闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか (サントン)
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設定紹介

注意事項

 

 この作品は、作者がチラシの裏で連載していた拙作の主人公闇派閥ルートとなります。闇派閥ルートですので、当然アンチ・ヘイトや残酷な描写、鬱展開等がおそらく盛り沢山に存在する可能性が高いと思われます。展開次第ですが。闇派閥すなわち犯罪者ルートですので、作中には多々犯罪行為が出て来ますが、当たり前の話として決して真似しないでください。それと煙草は二十歳になってからです。さらに申し上げますと、話の展開の都合上リューさんがドン引きするほどひどい目に会い、原作様の名前持ちキャラが多々死んでいく可能性が極めて高くなっております。さらに申し上げますと、これまで以上に原作様と著しく乖離した展開になります。リューさんが好きで堪らない方や、原作様を大切にする方には全くオススメができません。作者には特定のキャラに対するヘイトは特にありません。展開でそうなってしまうというだけです。チラウラの作品がギャグ風味だったため、これもギャグだと考えて読んでしまうとへこむおそれがあります。嫌いな方は、ご注意なさって下さい。

 

設定紹介

 

 本作品に置きましては、闇派閥には主に三つの派閥が存在します。原作様における名前を持っているキャラが所属する、なんだかよくわからないけど極悪な何かを盲信しているのではないかと思われる狂信派、拙作の主人公が所属する少数精鋭のオラリオへの復讐を目的とする復讐派、特に意味もなく何となくフラフラしているその他大勢の浮動派です。三つの派閥は普段、仲がよいわけではなく無意味に関わったりすることはありません。ただし、全く交流がないわけでもありません。この拙作は、その中でも復讐派を描いてみたものとなります。なお、原作様との矛盾により名称を変更するのが面倒ですので、主神様は狂信派と共通の神でどこかに存在するけど出て来ません。さらに付け加えますと、作者がカッコイイ名称やルビを考えるのが苦手なため、読み方は読者様の方で各自補完をお願いしています。

 

 それと、実は原作様の知識が曖昧なためにどうしてオラリオがステータスを持ったまま抜け出すのが難しいのかも知りません。ステータス封印薬がいくらぐらいするのかも知りません。フレイヤ様の眷属がどう戦うのかも知りません。わからないことだらけなので、取り敢えずオラリオでは数箇所の検問が行われている門以外は高レベル冒険者にも超えられないほど高い壁に囲まれていて、ロープをかけて脱走するのもなんらかの対応をされているために不可能であるということにしておきます。ステータス封印薬は闇で正規より劣化したパチモンが流通していて、そこそこの値段です。フレイヤの眷属が戦闘する場合は作者の思い付きの戦い方をします。そして、神々がアルカナムでダンジョン内の物事を見るのは物語が成立しないのでナシにします。

 

人物紹介

 

カロン・・・拙作のオリ主。二つ名は【青い目の悪魔】。闇派閥、復讐派の頭脳的な存在。でも実際は、そんなに頭がいいわけではない。ただ、用心深く頭を使う努力は行う男である。レベル3にも関わらず、オラリオから恐れられ、少数精鋭の復讐派の仲間の人間に一目置かれている。不運にも家族を盗賊に無惨に殺され、行く宛てのないところを闇派閥の人間に拾われた。青い目をした黒い髪の大男。耐久に特長を持つ。好物はコーヒーで酒が飲めない。タバコが好物で、頻繁に彼がタバコを吸う描写が出て来るが、特に他意はない。ただのキャラ付けです。ハンニバルとは仲がよい。適性は前衛の盾役だが、指揮を行うために前線に出ることは少ない。装備は全身鎧と小刀と盾。

 

ヴォルター・・・拙作のオリ闇キャラ。二つ名は【闇の王】。レベル7で、闇派閥でも強大な力を誇る。代々オラリオを憎むように親から教育され続けてきた一族の男。金髪碧眼で、顔に大きな傷を持つ大剣使い。カロンより少しだけ背が低いが、一般的に見れば大男の部類に入る。かつては傍若無人な性格だったが、主人公と関わりつづけて少し性格に変化が表れている。ステータスは比較的均してあるが、その中でも耐異常と力が高く魔力値が低い。前衛寄り。切り札は毒魔法。高速詠唱、並行詠唱共に使える。

 

レン・・・拙作のオリ闇キャラ。二つ名は【死神の鎌】。元ガネーシャファミリアの一員。レベル5で、近々ランクアップするのではないかと目されている。気が強く、赤い髪と茶色い目、身長は女性で見れば平均より若干高い程度。かつては正義を目指す三人組だったが、仲間の一人をタチの悪い貴族に殺された。三人組はレン、バスカル、そして死んだ人間の名はゲイル。レンはかつてゲイルと付き合っていた。そしてゲイルが殺された際に、オラリオで仲間の復讐の為に凄惨な殺戮劇を行ったため、オラリオにいられなくなって闇へと身を落とした。鎌を使い、力が強く速度が速い典型的な前衛。切り札は重力魔法。並行詠唱が使用可能。

 

バスカル・・・拙作のオリ闇キャラ。二つ名は【火葬】。レンと共に闇へと身を落とした元ガネーシャファミリアの一員。レベル5の中堅。茶色い髪にはしばみ色をした目の平均的な身長の優男。闇へと身を落とした理由はレンと同じ。片手剣を使い、即詠唱の炎の魔法を操る。前衛も後衛もこなせるオールラウンダー。切り札として火の大火力魔法を所持している。並行詠唱が使用可能。

 

ハンニバル・・・拙作のオリ闇キャラ。二つ名は【悪鬼】。幼少期に親の借金のカタとして売られ、闇で生きることを余儀なくされた。黒髪黒目でくせ毛の釣り目、やはり大男。レベル5。耐久に特長を持ち、やはり前衛の盾役。用心深いとも臆病だとも言える性格をしていて、何回もしぶとく危機を乗り越えて生き延びてきた。金に汚い男だと認識されている。同じく体が大きく、比較的境遇にシンパシーのある主人公を可愛がっている。切り札として、爆薬を所持している。

 

クレイン・・・拙作のオリ闇キャラ。二つ名は【失われた夢】。黒髪ロングに青い目、平均的な身長に大人しく清楚な見た目をしている。やはりヒロインなのか?そこはかとなくフローラルな香り。夏でも長袖、ロングスカートに手袋をしている。その理由は貴族の奴隷として買われ、麗しい見た目に嗜虐心がそそられた貴族から様々な虐待を受けつづけて体にたくさんの傷を持つためである。彼女はそこから逃げ出して来たところを闇派閥に拾われた。レベルは4で、専門の後衛として氷の魔法と回復魔法を所有している。周りの人間よりレベルが低いために、小間使い的な扱いを受けている。高速詠唱が使用可能。

 

リュー・リオン・・・みんなご存知リューさん。ひどい目に遭いそうな予感。もう、マジ勘弁してよ~。

 

デルフ、アレン、ビル・・・デルフをリーダーとしたガネーシャファミリアのオリ三人組。レベルは4二人と3一人。普通に良い人たち。

 

レイド・・・拙作のオリ闇キャラ。主人公を拾った存在。浮動派の人間で典型的なゲス人間。皆様のヘイトをその一身に集めそうな予感がしております。もしくは特に集めないかも知れません。そんなの展開次第ですよね。現時点では特に何も考えておりません。もしかしたらヘイトが主人公に集まるかもしれませんし、作者がヘイトを集めるかもしれません。果たしてどうなるのか!?主人公が復讐派でそこそこ重宝されているため、雑魚にも関わらず調子に乗っている。しかし主人公は別に彼のことを何とも思っていない。

 

住居・・・ダンジョンの22階層に、彼らはこっそりと住み着いている。広間と個室と牢屋が存在している。広間にはソファーがあり、個室には生活に必要なものが揃っている。用心深いカロンの提案により、念のために出入口は三つ存在する。なぜダンジョンにそんなものが存在しているのかは、作者にもわかりません。ここは突っ込まないで下さい。ダンジョンは世界の不思議。

 

開始時の主人公のステータス

レベル3

力 H126

耐久 C678

速度 H123

器用 E432

魔力 I90

耐痛覚 D

耐異常 E

魔法

ホールド

・即詠唱魔法

・魔法の縄で対象を拘束する。

スキル

【悪魔誘惑】

・発言によって相手の心を揺さぶる。

 

あらすじ

 

 ここは世界で最も熱狂する都市、迷宮都市オラリオ。華やかに繁栄する光の影にはつねに闇が存在する。

 

 流れの商人一家として、過ぎ行く日々を過ごしていた背の高い子供、カロン。彼はある日金品目当てに襲い掛かってきた盗賊に家族を殺されて、命からがら近くに存在した迷宮都市オラリオへと逃げ込むことになる。行く先に宛ても金もないカロンは、ダイダロス通りで身なりの汚いレイドという名の男に拾われ、食事をおごられる。そしてその男に連れていかれた先で出会った、ハンニバルという名の年上の男と意気投合する。彼らは共に子供にも関わらず、親が存在しないという共通点があった。ハンニバルは冒険者で、自分はレベル4だと言った。彼は、体の大きいカロンを気に入り、見込んでいた。行く宛てのないカロンは、若いにも関わらず実力を持つハンニバルに誘われて彼の所属する組織に入ることとなった。カロンはハンニバルに気に入られ、彼に連れられてステータスを鍛えあげた。

 

 そして月日が経った。

 

 彼らは、怪物祭の直前に、ガネーシャファミリアに対する大規模な襲撃を行った。そしてそれから一週間も立たないうちに、カロンはハンニバルより変な情報を聞かされる。



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変わる運命

 ーーはぁ、はぁ、はぁ、はぁ。私は何が何でも生き延びねばなりません。私は死んだ仲間の敵を討つんだ!

 

 ここは暗いダンジョンの下層域。

 今ここで彼女、リュー・リオンは明滅し今にも暗転しそうになる意識を必死に保ちながら、上の階層へと向けて死に物狂いで逃走を行っていた。彼女はすでにいくつかの階層の階段を上がっている。彼女には思考する余裕が与えられない。

 

 ーーいくつだ!?後いくつ階段を超えれば、私は逃げ伸びられる?私の体力は………何としてでも持たせるほかはない!

 

 リューはエルフでレベル4の冒険者。アストレアファミリア所属で、疾風の異名を持つ。

 彼女の所属するファミリアはつい先ほどに悪意に晒され、壊滅的な被害を被っていた。状況は絶望的で、すでにもう仲間は全員この世に存在しない。

 逃走する彼女の体は至るところが傷だらけで血を流し、その姿は足取りが定まらずに覚束ない。彼女にはもはや、疾風と呼ばれたその見る影も存在していなかった。

 

 ーーここを左だ!

 

 後ろからは多数の魔物が背中を追い縋って来る。速度を落とせば捕まり、そうなればどうなってしまうのかは明白である。彼女は消えそうになる意識を必死に保ち、憎しみで自身を鼓舞しながら迷宮を突き進んでいた。

 

 ーーここを越えれば、次の十字路を直進すれば上の階層にたどり着く階段だ!私は憎い相手に何としてでも復讐するんだ!!

 

 リューは必死に脳裏に来た道筋を描き出し、上の階層へと逃走を行おうとしていた。しかし。

 

 「なんでだ!!なんでなんだ!!!」

 

 なぜか来る際は普通に通行が可能だったはずの道は、大量の土砂に遮られて途絶えている。背中からは無数の魔物が迫って来る。彼女は復讐を遂げるために生き延びねばならない。

 

 「うわあああああああああっっっ!!!」

 

 あまりにも絶望的な状況に半狂乱になったリューは、髪を振り乱して背後から遅い来る魔物の群れへと絶叫を上げて飛び込んでいく。

 

 ◇◇◇

 

 「まだ息があるのか。存外にしぶといな。それにしてもつくづくやはりため息が出るほど詰めの甘い連中だ。」

 

 ーー何者だ?

 

 リューは消えそうな意識の中、虚ろに思考する。唐突に響く低い声。彼女は俯せで倒れていて、相手の顔は見えない。体は指一本動かない。相手はため息をつく。

 

 「それにしてもあの量の魔物を殲滅して生き残るとはな。最初から必死になっていればお仲間が少しでも生き延びれたかも知れないのにな。」

 

 相手はリューの髪を掴み、ダンジョンを引きずっていく。ダンジョンの粗く凹凸した床は、ただでさえ傷だらけのリューの肌にさらに引っ切り無しに傷を付けていく。もはやリューの綺麗な肌は見る影もなく、無数の無惨な傷痕が残っている。

 

 ーーこの男、ドンドンと暗い方向へと向かっている。やはり、そういうことか。

 

 リューは迷うが指一本動かせない。彼女は動かない体でなおも考える。

 潔く自害を選ぶべきか、汚れたとしても何としてでも生き延びて、復讐の機会を伺うか。

 

 やがて彼らは何者も存在しない一つの小部屋へとたどり着く。リューは壁に背を向けて座らされる。

 相手の顔が見えた。青い目に黒い髪の大男。リューは正義を標榜するアストレアファミリア所属で、闇の人間にある程度詳しい。おそらくはオラリオで【青い目の悪魔】と呼ばれて、恐れられている男だ。リューはその青い目が、ひどく暗く寂しく感じた。

 リューはそこまで確認して、意識が途切れた。

 

 ◇◇◇

 

 ーーなにもされてない!?

 

 リューは唐突に水を掛けられて目を覚ます。

 彼女は慌てて目線だけで身体を確認したが、彼女の衣服には特に脱がされた形跡はない。やはり目の前には大男がいる。

 

 「喋れるか?」

 「………ぁあ。」

 

 体には僅かに力が戻っている。彼女は辛うじて喋ることが可能になっていた。

 

 「………どういう………つもりだ?」

 「大した意味ではない。最後に慈悲をくれてやろうと思っただけだ。選択させるというな。お前には二つの選択肢が存在する。」

 

 大男はさらに続ける。

 

 「一つはここで終わりを迎えることだ。こちらを選べば、俺が責任持って埋葬してやる。お仲間とお揃いだな。」

 

 ーーこの男!!

 

 殺された仲間を想い、リューは激昂する。が、彼女に体が動くほどの力はない。

 

 「もう一つは、尊厳を踏みにじられるが生き残ることだ。お前には使い道がある。人間としての意思を無視され、ものとして扱われる。拷問を受ける可能性もある。まあどういうことか詳しく言う必要もないな。こちらはしぶとく生きつづければ、ひょっとしたらいつかは日の目を再び見ることができる可能性が残されている。さて。」

 

 男はそういうと懐より四角い小箱を取り出す。

 中から筒状の細い小さな物体を取りだし、口へと加える。

 

 「これは最近俺が始末した冒険者が所持していたものだ。嗜好品で、タバコと言うらしい。最近オラリオで、とある小さなファミリアで開発されたらしい。俺は気に入って愛飲している。」

 

 男はそう話すと新たなタバコと呼ばれる物体を取りだし、リューの口元へとくわえさせ、マッチで火を点ける。続けて自身のタバコに火を点ける。

 

 ーーまずい。

 

 リューは咳込み、煙を吐き出す。

 

 「それは俺からのせめてものプレゼントだ。悲惨な未来が待つお前へのな。どちらの選択肢を選んでも、どうせお前はもう当分嗜好品を楽しむことなどできない。それを理解したうえで、捨てるかどうか決めるんだな。お前に残された決断の時間は、俺がタバコを吸い終わるまでだ。その時までに答を出せなければ、お前は自動的にここに埋められることになる。」

 

 男は目を細めて煙を燻らせる。美味そうに煙を吸い、吐き出す。

 リューは迷う。

 

 ーー私は、どうするべきだ?私は誇りを持って、死ぬべきか?生きながらえて、仲間の敵を討つことに執着するべきか?

 

 リューはタバコを捨てられない。

 人生最後の嗜好品、そんなつまらない言葉に躍らされたわけではない。

 ただ、タバコを捨ててしまえば、自分が命を捨てた決断をしたように思える気がしたからだ。軽々と決断できない。

 尊厳を蹂躙されるのは許容できない。しかし、仲間の無念を晴らさずに死ぬ決断も出来ない。

 どうする?どうすればいい?どうするべきだ?

 リューはタバコを捨てられない。

 

 「残り時間はもう半分程だな。」

 

 自身の加えたタバコを眺めながらそう宣う大男。 

 リューは、どれだけまずくともタバコが捨てられない!

 迷いに迷うリュー。しかしすぐに決断の時は来る。

 

 ーーどうすればいい!?何か他に道はないのか?私は生き汚く残るべきか?死ぬべきか?

 

 時間はとまらない。考える時間は十分にはない。挙げ句に考えても答が出ると思えない。

 やがて吸い終わったタバコをダンジョンに投げ捨てる大男。

 

 「さあ、時間だ。どちらにする?」

 

 リューはタバコを捨てられない。

 

 「………私を見逃してくれるなら、私はお前に何でもする。お前の望みを何でも聞く。どんなことでもする。絶対に約束は破らない。」

 「ダメだな。お話にならない。時間稼ぎに目をつぶるのは一度だけだ。」

 

 リューはどれだけまずくてもタバコを捨てられない。捨てられない!捨てられなかった。

 ………どれだけ辛いことが待っていようとも、命を捨てられなかった。たとえ矜持を捨ててでも。

 仲間は死んだ。自分は残った。

 

 ここで死んでしまっては、仲間達のためには死ねなくとも、自身の矜持のためには死ねると言っているようなものだと彼女には思えた。ゆえに高潔な彼女には命を捨てられない。仲間より自身の矜持が大事などと認められない!

 私には仲間の方が大切なはずだ!

 

 「………私は生きる。生きながらえて必ずお前らを皆殺しにする。」

 「そうか。頑張れ。良く決断したな。さあ、行くとするか。」

 

 男はそう話すと、再びリューの髪を掴みどこへともなく引きずって行く。

 

 ◇◇◇

 

 「おお!良いもん拾ったな。」

 「ああ。アンタがいつも持っていた爆薬が役に立ったよ。それにしても浮動派の奴ら、つくづく馬鹿な連中だぜ。殺し損ねた相手を逃がしたら復讐に来ることなんざ、分かりきっているってのによ。」

 

 拠点に戻ったカロンは、リューを床へ放り投げてソファーに深く腰掛ける黒髪黒目の男と会話する。男の名前はハンニバル。カロンの兄気分のような存在だった。

 ハンニバルは俯せるリューの髪を掴み上げ、顔を確認する。

 

 「それにしてもこれはまたえらく上玉を捕まえてきたな。これからが楽しみだ。」

 「気を付けろよ。そいつは疾風だ。レベル4ですばしこいから、俺やアンタじゃあ油断したら逃がしちまうぜ。」

 「わかってるよ。じゃあ早速楽しませてもらうとするか。」

 「やめとけよ。短気なヴォルターが怒るぜ?ばれたら酷く厄介だろ?」

 「あぁーー、ちっ。まあ仕方ねぇか。」

 「それより今は誰がいるんだ?」

 「クレインならいつも通りいるぜ。他はみんな出張っているよ。」

 「そうか。」

 

 カロンは返事をして、クレインを捜しに席を立つ。

 

 「クレインを捜して来る間、こいつが逃げないように見といてくれ。」

 「あん?ボロボロだぜ?」

 「油断すんなよ。」

 「あいあい、わぁーったよ。」

 

 彼らは闇派閥で、復讐派と呼ばれる精鋭の一派である。

 彼らのレベルは高く、字面を追うと一見危険な奴らに思える。しかし彼らは、立ち上げたヴォルターが無計画だったため、場当たり的に目に付いた冒険者を襲うことで生計を立てていた。ヴォルターはオラリオを憎む一族の男だったが、そもそも彼らの先祖がステータスを鍛える以外の方法をろくに知らなかったのである。代を重ねるごとにその傾向は、顕著になって行った。そのために、ヴォルター自身にも作戦立案能力が著しく欠けていた。精鋭なのはあくまでも、ステータスの高さのみである。

 

 カロンは彼らの仲間になってその考え無しな行動に呆れ果て、計画をいくつか提出した。新入りの提案ではあったが、それなりの説得力とハンニバルの擁護があったためにそれらはいくつも採用された。そして今は、周りの人間からそこそこな評価を受けていた。今の彼らの行動指針は、カロンの計画に従うかそうでなければ普段通り目に付いた冒険者を襲うかだった。

 

 そして、カロンには計画を立てるだけの理由があった。彼はハンニバルとクレインに友情を感じており、無計画な行動をとっていては彼らが早晩死んでしまうと考えていたからである。戦いに関して指示を出すヴォルターは脳筋で、いずれロキやフレイヤの集団に手を出してのたれ死ぬことはわかりきったことだと考えていた。そして、その状況ではカロンが彼らに認められて、ヴォルターより指揮権を譲ってもらう以外に方法はない。

 

 カロンはクレインのいる部屋へと向かう。

 

 「クレイン、いるか?」

 「何かしら?」

 

 扉を開けて、黒髪に青い目の妙齢の淑女が出てくる。

 

 「ペットを捕まえてきた。お前が嫌がっていた仕事を代わりにやってくれる予定だ。世話は任せて良いな?」

 「ええ。任せて頂戴。」

 

 嫌がっていた仕事。

 仲間内でもレベルが低く、カロンのように庇護者が存在するわけではないクレインは、日頃の男達の性のはけ口にされていた。

 ゆえに、彼女に頼めば嫌な仕事を他人に押し付けられるために、喜んでリューが死なないように世話をする。

 カロンとクレインは、明かりが弱く薄暗い廊下を歩く。

 

 「こいつだ。レベル4で素早い。ステータス封印薬は忘れずに毎日打て。」

 

 広間に着いたカロンはリューの髪を掴んで立たせあげる。

 

 「またこれはずいぶんと綺麗なのを捕まえてきたわね。」

 「たまたまダンジョンに落ちてたんだよ。綺麗な程お前は助かるだろ?」

 「そうね。あなたには感謝するわ。」

 

 二人はそう話して、リューを牢屋へと連れていく。彼らの拠点には奥に牢屋が存在した。

 

 「ここがお前の部屋だ。」

 

 カロンはリューにそう告げると、彼女の四肢を壁から伸びる手錠で拘束をする。

 

 「じゃあ、クレイン、後は任せたぞ。」

 「ええ。お任せして。」

 

 カロンは己に割り振られた部屋へと向かっていく。

 

 ◇◇◇

 

 ーーさて、この先の計画はどうするべきかね?

 

 カロンはベッドに仰向けになりながら考える。タバコに火を点けて煙を燻らせる。

 あまりに調子に乗って暴れすぎれば、ロキやフレイヤ等に話が行って本気で殲滅しに来る可能性がある。

 カロンは、危険な奴らにはなるべく手を出すべきではないと考える。彼らの仲間は精鋭ではあるが、人間相手では基本雑魚専である。巨人殺しの異名を持つような連中には、なるべくなら関わりたくない。

 

 ーー今まではその辺の奴らを襲って適当に満足していたが、やはり一度味を占めるとどうしても、か。

 

 彼らは最近、カロン立案のもと怪物祭の準備に追われるガネーシャファミリアを計画的に浅い階層で襲撃していた。生活環境に文句を付ける仲間達に考慮して、カロンが立案したものだった。

 目撃者を出さず、生存者も存在しない完璧なものだったが、何度も同じことが起こると地上の連中もなりふり構わずに本気になるだろう。

 しかし、実入りが大きいものだったために、仲間連中は同じことを繰り返すことを望んでいた。

 そしてカロンはタバコを灰皿に押し付け、新たなタバコに火を点ける。

 

 ーーだが、やはり当然というか。今は動けない。

 

 今回、たまたま彼らがガネーシャ連中を襲った時期と、浮動派がアストレアを襲撃した時期が重なった。

 

 カロンの予測では仮にここでリューを逃がしてしまえば浮動派の連中が捕まり、そうなれば彼らからカロン達の情報が流れていく可能性があると推測していた。浮動派には大して執着がないとは言え、一応彼を拾った人間も存在する。カロンは彼を拾った父親づらをする人間の生き死ににはさほど執着していなかったが、そいつはハンニバルに付き纏いカロン達の拠点へと来たことがある。最悪彼から拠点の情報が流れて行きかねない。ゆえに万一を考えて、カロンがアストレアの連中の後始末に出張っていた。

 

 しかしカロンは見込み違いをしている。むしろここでリューを逃がせば彼女が勝手に浮動派連中を始末してくれて、ガネーシャには情報が流れなくなる。彼の父親づらをしている人間はリューに殺される。そしてリューは手配され、公の場でカロンを見た発言をすることは不可能になる。

 

 彼にはリューがどういう行動をとるか予測を外している。結果だけで見れば、カロンはリューを逃がした方が上手く事を運べている。

 

 さらに、眷属が大量に戻らないガネーシャは嘆き悲しみ、有り体にいえばキレていた。彼らの眷属は戦力十分で、たとえ怪物進呈(バス・パレード)を受けようが易々と生き延びるはずの階層にしか進出していないはずだった。ゆえにあからさまに何らかの異変が起きたと察知している。ガネーシャが躍起になっているという情報にアストレアの壊滅が加わり、ゆえに今動くのは極めて危険だと言うことをカロンは推測していた。

 

 カロンは同時に他のことも思案する。こんなことをいつまで続けられる?

 カロン自身はオラリオに別にこだわりはない。オラリオに復讐する意味も意志もない。しかし、彼はハンニバルと仲がよい。クレインにもそこそこ友情を感じている。ゆえに彼らには死んでほしくない。仮に説得して彼らと共にここを抜ける算段を付けられたとしても、ヴォルターが怒り狂い彼らを殺そうとして来るだろう。さらにいえば、彼らはすでに手配書で顔が割れている。そうなれば必然、待っているのはオラリオから逃げ出す逃亡生活だ。そもそも彼らはオラリオから抜け出す検問を通れるのか、非常に怪しい。

 

 ーー………やはり現状維持以外に道は無し、か。仲間はいつまで我慢がきく?次に大規模な襲撃をすれば間違いなくヤバい奴らが出張ってくる。

 

 カロンはさらに思考する。個人であれば、よほどの大物でない限りはダンジョンから帰ってこなくとも誰も気にも留めない。小規模ファミリアも同様だ。

 しかし、実入りの良い大規模な襲撃は敵を逃がす危険が高い上に、相手の戦力が想定以上の可能性が高い。こちらの最高戦力のヴォルターは、どこまで強者なのか判別が付かない。カロンには力わざに頼り切りな人間である印象だ。さらにカロンはヴォルターの切り札を聞かされていない。ヴォルターの切り札は、大量の人間を相手取るのに非常に有効だ。それを聞かされていれば、加味した作戦を立案できるが、易々と切り札を教える人間は存在しない。

 カロンのタバコはとっくに燃え尽きていて、灰がベッドに落ちている。

 

 ーー金を持っていそうな奴らは………ヘルメスファミリアとかか?だが奴らのような金を持っているであろう連中も、力を持つ奴らとの横の繋がりが強い。

 

 彼らはダンジョンで真っ当に稼ぐことも難しい。

 ダンジョンはある程度深い階層になってしまうと、そもそもそこまで進出できる人間に限りがあるという話になる。彼らは大勢で固まり互いに顔見知りで、カロン達が間違えて出くわしてしまえばあいつらは誰なんだ、とそういう話になってしまう。カロン達はオラリオですでに手配書も出回っている。魔石の換金も浮動派の人間に頼まない限りは不可能だ。浮動派の人間は、平気で換金した金を持ち逃げする。

 カロンはなおも思考を続けようとする。しかし。

 

 「カロン、ヴォルターが呼んでるわよ。」

 

 ーーちっ!あの早漏ヤローが!

 

 カロンはタバコを灰皿に捨てて、ベッドを立った。

 

 ◇◇◇

 

 カロンとクレインは並んで歩く。

 

 「あいつまたやらかしたのか?何回同じことをすれば気が済むんだ?」

 

 やらかした。

 カロンは以前にも同じように何回か女性を生きたまま捕らえて来たことがあった。対象はやはり冒険者だった。

 その際に、相手にステータス封印薬を注入しておいたのだが、反抗する相手についカッとなったヴォルターが手を上げてしまい、レベル7に殴られた相手は肉塊となっていた。

 カロンは呼び出された時間から、また女をヴォルターが殴ったのだと、そう判断する。もしもやらかしてなかったら、まだ楽しんでいる時間のはずだ。

 

 「ええ、また手を上げたみたいね。ああ、今回は命はあるわ。私も自分が可愛いから、ヴォルターが手を上げる可能性を考慮して、敢えて今日はステータス封印薬を打たなかったの。最初からボロボロで暴れる元気はなさそうだったし。ギリギリで生きてるわ。虫の息だけど。もう手当はしてあるわ。」

 「そうか。」

 

 彼らは会話しながら広間に向かう。

 

 「ヴォルター、アンタまた女に手を上げたのか?勿体ねぇだろ?上玉なのに。捕まえてきた俺の苦労も考えて我慢してくれよ?」

 「ああ、悪かったな。」

 

 カロンは広間でヴォルターへと声をかける。広間では彼の他にハンニバルとレンとバスカル、つまり仲間内全員が揃っていた。

 

 「ところで何か話があると聞いたんだが?」

 「ああ。次の襲撃はどうするかだ。お前はどう考えてるんだ?」

 「危険だな。次の計画は当分先だ。どこを狙うかも定まっていない。」

 

 どこを狙うか、カロン達は地上のファミリアの動向を追う情報のツテを持っていた。カロンはしばしば地上にいる闇派閥の浮動派の人間に小銭を握らせて、ダンジョンで落ち合い情報を流させていた。

 

 「マジかよ!?俺はさっさと金を得て贅沢がしたいんだが?」

 「とは言ってもお前が入れるのはせいぜいリヴィラだろ?」

 

 茶髪の優男、バスカルが発言する。

 

 「まあそうだがよ。いつまでも暗いダンジョンじゃあ気が滅入っちまうぜ。」

 「お前ら元々ガネーシャんトコの人間だろ?前の仲間に手を出してもいいのか?」

 「別に構いやしないよ。私達は仲間を殺されて動いてくれない神に忠誠を誓うつもりはない。」

 

 赤髪の女が発言する。名前はレン。

 仲間を殺されて動いてくれない、彼らの復讐相手は地位を持つ人間だった。ゆえに民衆の王であるガネーシャは、対応に多少慎重にならざるを得なかった。気の短いレンは、バスカルを焚き付けてガネーシャが対応する時間もないうちに相手の屋敷に雇われていただけの人間も含めての大量虐殺を行った。それが事の成り行きだった。

 

 「まあともかく今しばらくは我慢してくれよ。そもそも大規模に襲撃するためには上まで行かなきゃなんねぇだろ?そうすりゃ顔の割れてる俺達は追いかけられる可能性が高いだろ?ロキとかフレイヤとかに見付かったら最悪だぜ?」

 「アアン?俺が居るだろ?」

 「アンタの事は信頼してるよ、ヴォルター。でも頭数が違いすぎるんだ。俺達ゃ精鋭揃いでもたったの六人だぜ?」

 「ちっ!」

 

 カロンはごまかしている。ロキ達を相手にする際に、真に問題なのは六人だということではない。そもそもオラリオにはレベル5以上が少なく、精鋭のロキファミリアですらわかっているのはフィン、リヴェリア、ガレス、ティオナ、ティオネ、ベート、アイズの七人のみである。ヴォルターと同格なのは、オラリオ中を捜してもオッタル一人だ。

 

 真に問題なのは、最高戦力のヴォルターが戦術の重要性を理解する知能が低いことなのである。

 ヴォルターの知能が低いため、カロン達は十分な連携を取れない。対してロキは、強大な相手を幾度も高度な戦術と連携で討ち取って来ている。それがための巨人殺し。カロンの目算では勝ち目がない。力わざで正面から倒すなら、せめてヴォルターがレベルをもう一つ上げる必要がある。

 

 「まあ、というわけでしばらく我慢してくれよ?俺は部屋へと戻るぜ。」

 「あん?お前飯食わねぇのか?今日はお前が好きなカレーみたいだぜ?」

 

 ハンニバルがカロンに聞く。今の時間は夕飯時。

 彼らは普段、特に集まって食事をとる習慣があるわけではない。しかし、別段バラバラにとる意味もない。

 

 「ああ、ちょっと考えることがあってな。俺は今日は後回しにさせてもらうよ。」

 

 ◇◇◇

 

 ここは牢屋、中にはリューが仰向けになって倒れている。リューはまだ鼻が潰れている。傷を治したのはクレインの回復魔法だった。

 カロンはリューに声をかける。

 

 「おい、起きてるか?」

 「何ですか?」

 「お前、ヴォルターに逆らうのはやめておけ。あいつはすぐにカッとなって手を上げるぞ。本当に復讐する気があるなら、我慢したが良いぜ?」

 「それは不可能ですね。」

 「あん?痛い目を見るだけだぜ?」

 「知らないのですか?エルフは許した相手以外が触れると自然と手が出てしまうのですよ?」

 「ああーそういえば何か聞いた覚えがあるな。」

 

 カロンは思考する。

 

 「ならば睡眠薬でも使うか?」

 「いえ。自分から体を許すくらいならば痛い方がよっぽどマシです。」

 「俺はそれが仕事で連れて来ただろ?」

 「だったら私を殴って気絶している間に好きにすれば良いでしょう?」

 「そうか。」

 

 カロンはそれだけ聞くと話す意味がないと判断してその場を離れる。

 彼はクレインの部屋へと向かう。

 

 「クレイン、いるか?」

 「ええ。どうしたの?」

 

 ドアが開かれる。

 

 「ちょっと話があるんだよ。入れてもらっても良いか?」

 「構わないわ。」

 

 ヴォルター達は未だに食堂にいる。クレインは、彼らに良いように扱われた経緯からなるべく無駄に彼らに関わろうとしない。そのために食事をまだ取らずに部屋に戻っていた。

 カロンはクレインの部屋の椅子に腰掛ける。

 

 「あのエルフはどうやら体に触られると自然と手が出るらしいんだよ。ヴォルターは顔の腫れた女を抱きたがらないし、ヴォルターがそれっぽかったらあいつの食事に勝手に睡眠薬を混ぜたが良いぜ?じゃないと壊れちまうだろ?」

 「ええ。そうね。分かったわ。あなたからも気配があったら教えてちょうだい。」

 「ああ。それと。」

 

 カロンは部屋の中を見る。何も物のない部屋に、痩せた貧相な体つきのクレイン。

 彼女は他の人間と極力関わりたくないために、一人で食事を最後にしていて、満足に食費は渡されていない。そして彼女が食材を買い出しに行くリヴィラは物価が高額だ。

 

 「お前ちゃんと飯食ってんのか?外に出ることも他の奴らほどないみたいだし、よければ俺と一緒に狩りに行くか?」

 「いえ、遠慮するわ。私は大丈夫よ。」

 「でもお前、新しく捕虜が来たらその分の飯も必要になるだろ?」

 

 カロンは思案する。

 彼らは基本食費がどうなっているのか考えない。カロンがクレインにお金を渡すだけである。

 

 「ちょっと待ってろ。」

 

 カロンが告げて、自分の部屋からガネーシャ襲撃の取り分を持ってくる。カロンはクレインに金を手渡す。

 

 「これを使いな。」

 「ありがとう。助かるわ。」

 「そういや普段、食物はどこから買ってきてるんだ?」

 「私がリヴィラに寄って、買い溜めてるわ。」

 「そうか。ならば次は俺も手伝おうか?」

 「そうね。」

 

 クレインは少し笑う。

 

 「じゃあお願いしようかしら。ちょうど三日後に行く予定があったの。買い出しに付き合ってもらえる?」

 「ああ。でも拠点を留守にしてエルフの方は大丈夫か?」

 「どういうこと?」

 「ヴォルターのことを考えれば、あいつにステータス封印薬を打てないだろ?鎖をちぎって逃げたりしないか?」

 「それは問題ないわ。バスカルで試した事があるの。強度は問題ないはずよ。」

 「うーん、でも俺達が出かけている間に、ハンニバルがいたずらしようとして逃げられたりしたら大変だぞ?俺達の拠点がばれちまうぜ?」

 「そうね。じゃあその時間は薬で寝かしときましょう。」

 「あいつ、食事はとるのか?」

 「ええ、その辺りは大丈夫そうよ。生き抜く覚悟がありそうだわ。」

 

 生き抜く覚悟、クレインも過去、現在のリューに近しい状況だった。貴族の慰み物にされ、いたずらに体に傷を付けられていた。体を鎖に繋がれていた彼女は何があっても生き抜く覚悟を決め、万一の機会に逃げ出す事が可能なようにポーションをこっそりくすねて、足の傷には気を付けるようにしていた。さいわいにも、相手は万一にも逃げることはないと油断して、足の腱を切り落とすような事はされなかった。その後に万一の機会を得たクレインは死に物狂いで逃げて、闇に拾われ復讐のための牙を磨いで現在へと至る。

 彼女自身の経験から、リューは話してみて生きることに執着しているとクレインは判断していた。

 

 「そうか。じゃあ俺は戻るぜ。当日は買い出しに行くときに俺の部屋に寄ってくれよ。」

 「待って。あなた晩御飯まだ取ってないんじゃない?良かったら一緒に行かない?」

 

 カロンは考える。

 

 「俺は今日は腹減ってないよ。」

 「嘘つき。」

 

 クレインは笑う。

 

 「残り物が少なくても、半分ずつしましょう。あなたみたいな大男が、少食だなんてありえないでしょ?」

 

 クレインはやはり笑う。

 雑に扱われて、性のはけ口にされていた彼女であったが、カロンだけは彼女にそういう事を一切していない。食費を入れるのもカロンだけ。さらにカロンがクレインを尊重する扱いを取っているため、以前に比べて彼女に対する周りの風当たりが改善しつつある。

 

 「………そうだな。」

 

 彼らは食堂へと向かう。

 

 「今日はチキンカレーよ。あなたは好物だったわね。」

 「何で知ってるんだ?」

 「あなたの好物は偏ってるわ。コーヒーが好きで、タバコも呑むけど酒は飲めなくて食べ物は子供舌。」

 「まあ、当たっているな。」

 

 彼らは鍋に残された僅かなカレーを二人で仲良く分け合う。

 食事を取った後は、カロンは牢屋内でリューが就寝していることを確認をした後に横になるのだった。



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状況は突然変わる

 「カロン、起きてちょうだい。」

 「ああ、もう時間か。」

 

 クレインがカロンの部屋の扉を叩く。

 カロンはベッドから上半身を起こし、部屋のドアに近づいてドアを開ける。

 この日はカロンは、クレインと一緒にリヴィラまで行って物資の調達を行うことを約束していた。

 

 「スマンが少しだけ部屋の中に入って待っていてくれるか。」

 「分かったわ。」

 

 クレインは部屋へと入ってくる。カロンはクレインに椅子を差し出す。

 カロンは頭を掻きながら、タバコに火を点けて、コーヒーを煎れる。

 

 「お前も飲むか?」

 「ええ、貰っても良いかしら?」

 

 コーヒーをコップへと移し、彼らは口を付ける。

 クレインは口を開く。

 

 「あのエルフ、またヴォルターに殴られていたわ。あいつは今回はご執心みたいね。今回は特に当たりだから。」

 「マジかよ。朝っぱらからかよ。災難だな。エルフにはもう睡眠薬を飲ませたか?」

 「ヴォルターに殴られて気絶したから、その間に注射を打っておいたわ。」

 「そうか。じゃあ念のために様子だけ見てから出かけるとするか。」

 

 カロンは背伸びをする。彼は朝に弱い。

 彼ら二人はコーヒーを飲み干すと、牢屋へと様子を見るために向かう。

 

 「………どうするよ?」

 「………スルーするしかないんじゃない?」

 

 牢屋からはハンニバルの声が聞こえて来る。何をしているのか考えたくない。

 

 「仕方ないな。先にリヴィラに行くとするか。あいつの様子は帰ってから確認するとしよう。」

 「ええ。」

 

 彼らは拠点を後にする。

 

 ◇◇◇

 

 ーーちっ、マジかよ。宛てが外れたか。これは………まずいな。

 

 「カロン、どうするの?私は奴らに顔が割れてないわよ?店には良く買い物に行くわよ?」

 「いや、無理だな。リヴィラ(ここ)でたくさんの食料を買い込むリヴィラでしか見たことのない女なんざ、怪し過ぎる。最悪店からお前の人相がガネーシャ側に流れている可能性もある。これはまずいな。」

 

 カロンは思考する。

 宛てが外れた、遠めに見たリヴィラには予想よりも多い冒険者達が存在した。カロンはそれに違和感を覚えて思考する。そのうちの幾人かの顔を、カロンは覚えている。

 

 ーーガネーシャんトコロで名が売れている冒険者が何人もいやがる。ロキんトコの勇者と凶狼まで駆り出されてやがる。どっかの家屋の中にも、まだロキんトコの精鋭が隠れてたりすんのか?マジかよ!?つまり奴らもう動き出したのか?これは……予想外だ。

 

 カロンはガネーシャが本格的に動き出すのは、どれだけ早くともまだ先だと予想していた。

 

 ーーちっ!奴らまだ怪物祭直前じゃねぇか!この時期にも関わらず、奴らガチで来てやがる。

 

 今の時期は怪物祭の直前。ガネーシャの眷属に手を出したカロンは、彼らは伝統ある怪物祭を疎かにはせず、早くとも動き出すのは怪物祭が終わってからになると予想していた。しかし現実はすでに動き出している。カロンの予想を超えて本気で。ガネーシャは怪物祭を疎かにしても、ダンジョンに潜んでいる可能性の高い大量殺人鬼の確保をする決断を行っていたということになる。

 

 ーーしかもきっちりと要所を抑えて来やがる。これは……本気でまずいな。

 

 要所、生命は当然食べ物を摂らなければ生きてはいけない。冒険者から殺して奪える食料には限度があり、その供給は不安定だ。

 特にダンジョンの入口付近ならともかく、リヴィラのそばでは通行する人の数に限りがある。ガネーシャは、殺された眷属の数とレベルから相手の戦力を推し量り、大量の冒険者達を動員して補給の要所を抑えに来ていた。

 オラリオにはガネーシャの差し向けた人員を全滅させうる人材は、身元がしっかりしている人間しかいないはず。その理由で、ガネーシャはダンジョンに潜む何者かが犯した犯行の可能性が高いと判断していた。挙げ句にたくさん人員が存在したにも関わらず逃走に成功した人間が存在しなかったために、単独犯はありえず組織的な犯行であることは確定的。ゆえの危険度が高い連中だという判断だ。

 

 ーー兵糧攻めなら時間が経つほどに状況は悪化する。奴らは間違いなく俺達を本気で捕まえに来ている。即座に方針を決めるしかない。しかし………なぜだ?なぜリヴィラにあそこまでの人員を?俺達の拠点の位置を推測してるのか?しっくり来ないが………取り敢えずは急いで拠点に戻るのが優先か。

 

 「クレイン、拠点へと急ぎ引き返すぞ。」

 「分かったわ。」

 

 二人はきびすを返して拠点へと向かう。カロンは帰り道すがら、思考しつづける。

 

 ーーどうする?奴らが出て来て俺達は何ができる?リヴィラに存在する冒険者達よりはまだ俺達の方が戦力が上、か?しかし万一ここで勝てても、次はフレイヤも巻き込んでさらに大量の冒険者を動員される恐れがある。オラリオ側の防衛にどの程度の人員を残す?これは、以前から頭の隅に置いておいた方法は………無理か。

 

 カロンは早足で進みながら思案する。

 カロンは思い付くあらゆる選択肢を模索して、先を考える。

 

 リヴィラ強襲は?

 先がない。たとえここで勝利が可能だったとしても、さらなる被害に激怒したオラリオが本気を出せば、リヴィラを放棄するという選択肢さえ採りかねない。むしろそれが本線とも考えられる。さらに戦いに参加した誰かは必ず地上へと逃げ切り、ただでさえ手配されているカロン達の面相は絶対的に割れ、リヴィラ全滅の報は早期に伝わる。余計リヴィラ放棄の可能性が高まる。そしてカロン達は必然的にいずれオラリオまで補給を行いに行かねばならなくなる。そうなってしまえば、面の割れたカロン達は網に掛かった獲物以外の何者でもない。さらに最悪なのは、ダンジョンの一定期間封鎖まである。そこまでは不可能だと思うが、それをやられたらカロン達は餓死以外の選択は存在しなくなる。

 

 リヴィラの素通りは?

 無理だ。必ず見つかり戦闘になる。しかし相手の警備が薄い時間帯を狙い、かつ犠牲を容認するなら、不可能ではない。

 リヴィラより上の階層に拠点を移せれば、一定数の冒険者(カモ)が存在するためにしばらくは存続が可能だろう。たとえ検問が行われていたとしても、ダンジョンの入口から面相がまだ割れていない可能性のあるクレインをオラリオに補給に向かわせられる可能性も高い。時間が経つほどに面相が割れる可能性や、検問が厳しくなる可能性が増す。しかしやはりこれも、長期間に渡って捕獲が出来なかった場合にオラリオ側にダンジョンの封鎖を行われる可能性を孕む。

 

 狂信派の助力を乞う?

 これも不可能。そもそも拠点が分かっていないし、彼らとはウマが合わない。

 

 ダンジョンで食料を調達する?

 そんなもの存在しない。

 

 補給を捕らえたリューに任せる?

 そのまま逃げられるだけに決まっている。

 

 そもそもリヴィラにあれだけの人員を集めているということは、カロン達の拠点に敵が攻め入って来る可能性も考えねばならない。

 

 カロンは必死に思考する。

 

 ーー現状、採りうる選択肢で現実的なものは、リヴィラの素通り。そして状況を見てから次の行動を決める。具体的にはダンジョンの入口を強行突破するかダンジョン内に潜むか決める。………しかし、罠は逃げ道に張るものだ。

 

 カロンは少し思考して後に、この案の穴を悟る。

 

 ーーダンジョン19階層は、ゴライアスの住家。奴らがここにいると言うことは、間違いなく今現在ゴライアスは存在しない。そして19階層は階段を上がった先は大部屋。仮にリヴィラを通ることができても、ここに強力な人員を張られてリヴィラ側の人員と併せて挟撃されたら逃走という選択が甚だ厳しくなる。俺達の拠点が推測されていると仮定したらやらないわけがない。クソッ!状況はさらに悪い。しかし前もってその可能性に気づけたのは僥倖だった。

 

 カロン達は拠点へと帰還する。

 

 ◇◇◇

 

 「おい、今拠点には誰がいる!?」

 

 カロンは声をあげる。広間にはハンニバルのみ。

 

 「どうした?慌てて。今いるのは俺だけだぜ?」

 「厄介なことになった。ガネーシャファミリアにリヴィラを抑えられた。俺達は今日の晩飯も食えない。」

 「何だと!?どうするんだ?」

 

 ハンニバルは慌てる。彼にもリヴィラを抑えられる恐ろしさは理解できる。

 

 「取り敢えず残りの人間が戻るのを待つ。クレインは、エルフに簡単な事情を説明して選択を迫って来てくれ。大人しくついて来るか、ここで死ぬか。ついて来るを選択したときには、少しでもごねたらその場で殺すことをついでに伝えておいてくれ。」

 「おい、殺すのは勿体ねぇぞ?」

 「馬鹿言うな!俺達が死んだら何にもならねぇだろ?時間がねぇんだよ。俺は部屋で策を練る。アンタも覚悟を決めといてくれ。残りの奴らが帰ってきたら、悪いが俺に伝えてくれねぇか?」

 「ああ、それはわかった。それと後………」

 

 ハンニバルは口ごもる。

 

 「何だ?どうしたんだ?」

 「………ヴォルターの馬鹿がまた頭に血が昇って、今度は大剣でエルフの脚を切り飛ばしていたぜ。お前達が出かけたちょうどくらいの時間くらいに。俺がポーションでできるだけの治療をしといたがよ。」

 「何だと!?あの馬鹿ヤローが!何だってこんな時にそんな訳のわからないことを………!」

 

 カロンは頭を抱える。カロンは走って牢屋へと向かう。クレインが牢屋の中でリューの近くにうずくまっている。

 

 「おい、クレイン。どういうことだ?ヴォルターの馬鹿がカッとなってエルフの脚を吹き飛ばしたと聞いたぞ?何でエルフに睡眠薬は効いてなかったんだ?」

 「………私のミスよ。資金が無くて古くて安いお薬を使ったの。それでおそらく劣化してたんじゃないかしら………。」

 

 リューは大量出血で牢屋に横たわる。

 力のないリューの様子に異変を感じたクレインは、リュー本人から事態を聞き出していた。

 

 「………エルフの容態は?」

 「命はあるし、ハンニバルが迅速な治療をしたんじゃないかしら。脚は繋がっているわ。ただ、神経は切れてるでしょうね。」

 「クソッ!これから逃走しようって時に!あのクソヤローが馬鹿げた事をしやがって!クレイン、俺は部屋で策を練る。状況が変わったり、奴らが戻って来たりしたら俺に報告を頼む。」

 「ええ。」

 

 カロンはそう告げると、部屋に篭ってタバコに火を点ける。

 

 ーー何か、策は?仮に19階層に罠を仕掛けられているとしたら、なぜ奴らは俺達がリヴィラより下にいると推測した?ヤマを張ってたまたま罠を張っただけか?それとも、そもそも俺の杞憂なのか?待て、それは今は置いておこう。現状を打破する策は何か存在しないのか?下の階層に逃げ込む。それで何になる?リヴィラを制圧する。ダンジョン内で食料は生み出されない。クソッ!やはり最悪の場合は力付くでリヴィラを突破してその後にあの方法を選択せざるを得ないか。

 

 あの方法、カロンが忌避する最悪の手法である。

 カロン達は、闇派閥の中でも特にオラリオへの復讐を目的とした存在である。もっとも、実際に復讐の意思がある人間はヴォルターくらいであるが。カロンは全く復讐に興味が無かったが、実際に復讐が可能なのかを幾度かぼんやりと考えていた。

 そしてその結果、カロンは最悪としか呼べないであろう方法だけが唯一目的を達成しうる方法ではないかという結論を出していた。

 

 オラリオではたくさんの冒険者が存在する。その中でも脅威なのはロキファミリアとフレイヤファミリアである。

 しかし、彼らには唯一の明確な弱点が存在する。それは何なのか?

 もちろんそれは主神である。地上に於いて彼らは神の権能を使わず、死んだ後は天界へと送還される。そして弱点を理解する彼らは、主神の身の安全に留意する。

 しかし、突然主神の住家に天から隕石が落ちて来たら?地震で地面が割れてしまったら?

 

 カロンの答は、いわゆるテロ行為である。

 大火力魔法を持つ人間を片道のミサイルとして考えて、バベルの塔のフレイヤの部屋の真下から上層を吹き飛ばしてしまえば、フレイヤファミリアの人員は烏合の衆と化す。ロキとフレイヤを同時に吹き飛ばせば、強力な冒険者は著しく数を減らしてオラリオに復讐できる確率が劇的に高まる。それがカロンが思い付いた最悪の方法であった。

 この行為を行ってしまえば、カロン達の戦力でオラリオに住む大人数の殺戮が可能となる。紛れも無い最悪、しかしカロン達はすでに追い詰められつつある。他に生き残る手段が無ければ、考えるつもりだった。

 

 そしてその混乱に乗じて、手薄になるであろうオラリオの外へと出る門を力付くで突破して逃走する。

 カロンの脳内には逃げ延びる手段としてその方法も候補に上がっていた。

 

 ーーこの方法は当然使いたくない。しかし、すでに状況は追い詰められている。そして何らかの他のアイデアの発想に繋がりうる。オラリオの外に逃げ出す際に、力付くの行動を起こすことも可能にさせうる。ゆえに頭の隅には置いとかねばならない。他に何かの方法は?

 

 「カロン、全員帰ってきたわ。」

 「わかった。」

 

 カロンはとうに灰が落ちて、火も消えたタバコを部屋の隅へと投げ捨てる。

 

 ◇◇◇

 

 広間のソファーに、カロンとクレインとリューを除いた全員が腰掛けている。リューは、床に転がされてへたっている。

 カロンは話を切り出す。

 

 「聞いてくれ。状況は最悪だ。俺達はすでに包囲されているも同然だ。一刻も早く動かなければならない。」

 「どういうことだ?」

 

 バスカルは問う。

 

 「今日、リヴィラに買い出しへ行った。そこで見たのは、大量のガネーシャの連中だ。奴らはおそらく俺達を捜している。俺達には現状、物資の補給が不可能だ。このままでは早晩俺達は干からびることになる。もたもたしてると奴らがここに攻め入って来る可能性もある。リヴィラを力付くで突破するつもりだ。」

 「それがベストなのか?」

 

 ハンニバルが問う。

 

 「俺には他に案がない。何か考えついたら言ってくれ。しかしそれは歩きながらにするべきだ。」

 「ちっ。」

 

 レンが毒づく。

 カロンは、口を開かないヴォルターを不思議に思う。

 ヴォルターは何か考え込んでいるように見て取れる。

 

 「取り敢えず、出発する。クレイン、エルフはなぜ倒れてるんだ?」

 「おそらく昼間に血を失い過ぎたのよ。ステータス封印薬はすでに打っておいたわ。」

 

 クレインはリューを床から引き上げる。

 カロンはリューの脚を切り落とした事をヴォルターに文句を言おうか迷ったが、結局は時間の問題を優先させる。

 

 「ホールド!」

 

 カロンは即詠唱魔法でリューを縛り上げる。

 カロンの魔法の縄。カロンの魔法は脆弱だが、ステータスのない人間に解けるほどには脆くはない。

 

 「クレイン、食糧は持ったか。」

 「ええ。必要だと思ってすでに貯蓄していただけ用意しているわ。」

 

 クレインは、隅には置かれる荷物を指差す。

 

 「済まないが荷物はハンニバルが運んでくれ。それでは出発するぞ。」

 

 カロンはリューを肩に担ぎ上げ、ハンニバルが荷物を担ぎ上げる。彼らはリヴィラへと進行する。

 

 ◇◇◇

 

 「やはりたくさんいるな。」

 

 リヴィラの町を遠巻きから見た印象である。

 カロンは思案する。

 

 ーー警備が薄い時間帯を待つか?しかし結局19階層に兵が居た際の対応は思い付いていない。そしてここの警備をあえて薄くして、19階層の人員を厚くして嵌めるという策も採られる可能性が存在する。結局、正面からの力付くしかないのか?

 

 「みんな、少し休憩をとる。クレインはエルフをたたき起こして何か食わせといてくれ。」

 

 カロンは血を失ったリューへのフォローとして食事させることにした。食糧は少ないが致し方ない。

 そして、リヴィラ突破の案を捻り出すために時間を置くことにした。

 カロンはそれとなく、集中が出来るように仲間から離れていく。

 タバコに火を点ける。

 

 ーーふう。やはり良案が出ない。正面衝突を避けることは出来ないのか?19階層に強引に進んでからリヴィラへの入口を何らかの方法で塞ぐ?アリか?ハンニバルの所持している爆薬を使えば、上手く敵を分断出来るか?しかしこれはタイミングと運次第になるな。確実性は極めて低い。敵の戦力も定かではない。19階層の様子を探る方法は?………なさそうだな。

 

 カロンは次々と案を考えるが、どれも現実性が薄いものや、不確実なものばかりだった。

 カロンは苦い顔をして次々と案を練る。

 

 ーーダメだ。思い付かない。衝突しかないのか?俺達は勝てるのか?見えている勇者と凶狼とガネーシャ連中だけだったら勝てる可能性がある。しかしそれなりの数のガネーシャ連中を破った戦力を俺達が保有している事を敵側も考慮しているはずだ。だからこそ見えないところに強力な駒が存在する可能性が高い。

 

 「おい、カロン!」

 「何だ?ヴォルターか。」

 「何だじゃあねぇよ。さっきから呼んでいるのに。」

 「スマン、集中していた。何のようだ?」

 「俺にもそれ一本くれ。」

 「ああ。」

 

 カロンはタバコとマッチを差し出す。

 ヴォルターはタバコをくわえる。点火して、煙を深く吸う。

 

 「何だこれ。まずくて苦いじゃあねぇか!」

 「それが大人の味なんだよ。それよりヴォルター、俺は考えることがあるからしばらく一人にしてくれないか?」

 「俺の方がお前よりも年上だろうが!」

 

 ヴォルターは一瞬顔をしかめた後に、しゃべり出す。

 

 「………俺の切り札は広域の毒魔法だ。」

 「何だって?」

 

 カロンは驚く。

 カロンは仲間内から信頼されていた。しかしそれでもヴォルターからだけは切り札を明かされるほどの信頼を得ていないと考えていた。

 

 「俺の切り札は広域に蟲を召喚して、敵に毒を与えるものだ。範囲は、リヴィラくらいなら覆える。あれだけ敵がいるんだったら、何かの役にたつんじゃあねぇか?」

 「ヴォルター………どうして………」

 「お前はずいぶんと難しい顔をして考え込んでいる。よほど状況が芳しくないんだろう。ならば隠し立てをしている場合じゃあないだろう?何か気になることがあるのか?」

 「ヴォルター、アンタの魔法で何とか19階層の大広間まで覆うことは出来ないか?」

 「何でだ?」

 「敵はそこに伏兵を潜ませている可能性が高い。」

 「さすがにそこまで覆うことは不可能だが、蟲に指向性を持って移動させることは可能だ。大したスピードは出せないが。」

 

 カロンは考える。

 

 ーー新しい札、使える可能性が高い!値千金だ!

 

 「アンタの蟲は何処から出てくるんだ?」

 「地面からだ。」

 「屋根などの高所に避難することは?」

 「俺が指示を出せば蟲を移動させることは可能だ。」

 

 ーーなるほど。………蟲の毒で強襲が可能になった。戦力大幅増と考えていいだろう。

 

 「なあ、カロン。俺はこんな時だからお前にどうしても聞いておきたい事があったんだ。以前からずっと疑問に感じていたんだ。」

 「何だ?」

 「………俺達のやっていることは間違っているのか?」

 「ああ。俺もアンタも、俺達は全員多分間違ったことをしているよ。知らなかったのか?」

 「そうか。」

 

 ヴォルターは薄く笑う。

 ヴォルターはしばらく前よりずっと悩んで、迷っていた。

 

 「………なあ、聞いてくれ、カロン。俺はさ。小さいときから冒険者としてステータスの伸びがよかったんだよ。」

 「………それで?」

 「俺は親に喜ばれたんだ。お前だったらオラリオに復讐が出来る、と。俺は親が喜んだのが嬉しかった。」

 「ああ。」

 「俺はずっと親からオラリオに復讐をすることが正しいんだって言われて来たんだ。俺には友達も他に話を出来る人間もいなかった。俺の親は他人と関わるといけない、おかしくなるって言っていた。俺が少しでも疑問を持つと、俺の親は俺をひどく怒った。」

 「………。」

 「以前はそのことに疑問はなかった。でもしばらく前からずっと不安だったんだ。気付いたら周りには敵しかいなくて、仲間の数は俺を入れてもたったの六人。他の闇派閥の強い奴らも俺達の仲間になろうとしない。こんなに敵がたくさんいるのに、俺は本当に正しいのだろうかと。しかも仲間はすぐに手が出る俺の事を嫌ってるんじゃあないかと。俺はずっと不安だった。そしてお前にそれを聞いてしまったら、俺の今までの人生が無意味で馬鹿げたものだと言われてしまうんじゃあないかと。」

 「………。」

 「それで不安になってムカつく女を殴ったんだ。俺の親は言っていたよ。お前は相手が誰だろうと殴って当然だと。お前はムカついた女を殴って当然だと。何でも力で解決するのが正しいんだと。でもそれは、その場ですら俺の気持ちが不安になって、後から俺が間違ってるんじゃあないかって後悔じみた感情だけが押し寄せて来る。そしてその不安を晴らすためにまた殴ることになる。」

 

 それはずっとヴォルターにかけられつづけた呪い。一般に精神感応病と呼ばれたり洗脳と呼ばれたりするもの。呪いは力を削ぎ落とす。

 力で解決を強要され続ければ、戦術理解や知恵で屈服させる戦い方を理解する力は当然弱くなる。さらにヴォルター本人も、薄々これは違うと感じていた。そうなってしまうと当然、十全の力を発揮するのは難しくなる。ヴォルターがここまでランクアップしたきた対象は知能の薄い敵であり、肉体の強靭なヴォルターは知能の薄い敵との一対一の戦いではそれでもうまくいっていた。

 

 しかしヴォルターは自分よりずっと弱いにも関わらずいい結果を出すカロンを見続けて、以前からうっすらと自分は間違っているのではないかとも感じていた。

 

 「そうか。」

 「敵であるはずのエルフを殴っても、不安だった。俺はその不安が怖くてついに剣に手が伸びた。不安をはらうことが出来る可能性を信じて。しかしやはり不安は増すばかりだった。やっぱり俺の行動は間違ってたのか。気持ちが正しかったんだな。そうか………。」

 

 ヴォルターは笑う。

 カロンの言葉は悪魔の誘惑である。ヴォルターは悪魔の言葉に長い間揺さぶられ続けてきた。

 この時ヴォルターは自然と、自分の今までの行動は間違っていたことなのだと受け入れていた。

 

 「なあ、カロン。俺はどうすればいいんだ?俺は今から何をすればお前らの助けになれるんだ?」

 「それを俺が今考えてるんだろ?」

 「そうだったな。」

 

 ヴォルターはタバコを捨てる。ヴォルターはカロンを見る。

 

 「………なあ、カロン。俺を囮に使ったらお前らは上に抜けられるんじゃないか?」

 「………どうしたんだ?アンタそんな奴じゃあなかっただろう?」

 「いいから、どうなんだ?」

 「まあ………確かに囮作戦を視野に入れれば可能かもしれないが………本当にどうしたんだ?」

 「俺はたくさんの人間に嫌われている。いまさらそれは別に構わん。どうしようもできない。俺は救い様のない悪だった。でも一緒に過ごしたたった五人の仲間に嫌われたままってのは辛い。だから最後に少しくらいはカッコイイところを見せれば、少しはあいつは実はいい奴だったんじゃないかって言ってくれるんじゃないか?………まあ雑に扱ったクレインに関してはもう不可能かも知れないが。」

 「………アンタのそれはずるいやり口だぞ?」

 「いいじゃねぇか。お前達は助かるし、俺は格好が着く。互いにとっても得だろう?」

 

 カロンとヴォルターは目を合わせて笑った。

 ヴォルターは続ける。

 

 「俺もお前のやり方を見てきたからな。少しは戦況がわかるようになってきた。お前のあんな顔は始めてみる。お前があんなに難しい顔をしてるってことは、どうやっても戦いは避けられないんだろ?仮にここを何とかごまかせたとしても、背後を敵が追って来る。お前が言ってた19階層に潜む敵の伏兵の戦力もわからない、そうだな?」

 「おいおい、アンタは馬鹿なのが唯一の取り柄のはずだろ?何で急に戦局をまともに理解してるんだ?一体どんな進化だよ?」

 「いいから変なチャチャ入れずに聞けよ。お前の顔色で相当にまずい状況なのはわかってるんだ。だから俺だってどうすればいいのか必死に考えたんだよ。それでだ。俺はこれでもレベル7だからな。全力であいつらの前で暴れればあいつらだって必死にならざるを得ない。戦いが始まれば、19階層から奴らの伏兵が慌てて出てくる事になる。」

 「間違ってはいない。しかし他の案を検討するべきだな。アンタの戦力はでかい。先々もわからないし可能な限り失いたくない。」

 「いや、これで行くべきだな。」

 「何でだ?」

 「お前は俺の答が間違いではないと考えているのだろう?なら間違いだらけの人生の俺が、間違ってない答を出したんだ。記念に俺の答を採用するべきだろう。」

 「おい!?アンタ本当にどうしたんだ!?どんな進化だよ!?熱があるとかそういうレベルの話じゃねぇぞ?何で急にそんなに口が達者になったんだ?」

 「お前が間違っていると言ってくれたおかげで気持ちが軽くなったんだ。今までの俺だったら、怯えて相手を殴ってるはずなのにな。」

 「しかし………他には………。」

 「エルフ、お前もそう思うだろ?」

 「は?」

 

 カロンは振り返る。そこにはリューが立っていた。

 

 「カロン。考えろよ?全面的な戦いになったらエルフも巻き込まれるだろ?そうしたらステータスの封印されたエルフは死ぬことになるぞ。他のステータスを持つ仲間も死ぬ可能性が高い。俺が一人で出張るべきだ。」

 「………だが。というかお前は俺の拘束魔法をどうやって解いたんだ?」

 

 カロンは唐突にリューを縛っていたはずなのを思い出す。

 

 「どうせばれるだろうから言いますが、あなたのところの薬のせいでしょうね。全部古くなってるんじゃないですか?睡眠薬も全然効き目がありませんでしたし。しかし見つかってしまっては片足の利かない私に逃走は不可能ですね。」

 

 リューはその場に座り込む。

 

 「どうしたんだ?やけに素直だな?」

 「少しでもごねたら殺すと聞いてますからね。そっちの金髪の男には何回も殴られて強さを理解していますし、私の片足は動かなくてろくに逃走できません。さらに私はまだ死ぬわけにはいきません。それよりも、そっちのお話を勝手にどうぞ。」

 「それで、どうするんだ?」

 

 ヴォルターはカロンに決断を迫る。

 

 「他にいい方法は………。」

 「ない。時間が過ぎるほどやばくなるって言ったのお前だろう?」

 「………わかった。採用する。」

 

 カロンは覚悟を決める。先が見えない現状、ヴォルターの戦力を消費するのは手痛いが、他に良案が思い付かない。

 

 「それじゃあ俺は町に隠れ潜んで詠唱を唱える。蟲を19階層に移動させる。お前らは上から敵が出てきたのを確認したら入れ違いで上の階層に向かう。伏兵が居なかった場合はどうするんだ?」

 「その場合は俺達もアンタに加勢するよ。殲滅できる公算は、高い。」

 「了解した。」

 

 ヴォルターはその場を離れていく。

 

 「おっと。」

 「どうした?」

 「最後に記念にお前のタバコをもう一本くれよ。」

 「最後なんて言うなよ。生き延びれる可能性もあるだろ?アンタが勝つかも知れないだろ?」

 

 カロンは笑ってヴォルターにタバコを渡す。

 

 「互いに生き延びれても、二度と会えなくなる可能性だってあるだろう?その場合はお前と会うのは今日で最後になる。いつも用心深いお前がこの程度も思いつかないなんざ、珍しいじゃあねぇか。」

 「本当にどうしたんだ、アンタは?何で急にそんなに口達者になったんだ!?」

 

 ◇◇◇

 

 「地の底でうごめく数限りない蟲の群れ、それは闇より出でて、黄泉へと還る宿命られた旅路の案内者。」

 

 ヴォルターはリヴィラを隠れ進み家屋に潜み、詠唱を始める。彼は今までになく、全身に力が漲るのを感じていた。

 

 ーーこんなに違うものか、気分が変わるだけで。今までは俺はずっと不安だった。戦っても、飯を食っても、何をしててもだ。しかし今の気持ちは晴れやかだ。体が軽い。今日の俺なら間違いなく今までで最高のパフォーマンスが可能だ!

 

 ヴォルターは本来であれば闇派閥の最高戦力。その正体はオッタルと同格近い実力を持つ化け物である。

 化け物はかけられ続けていた呪いがとかれ、その真の力を明らかにする。

 

 「オーバーランッッ!!」

 

 ◇◇◇

 

 フィンは狼狽する。彼は唐突に町に起きた異変が理解できない。彼の足元からは、たくさんの蟲がはい出て来ていた。周りも一面、蟲だらけである。

 そしてフィンは即座に本能で理解する。

 

 ーー間違いない、毒だ。ヤバい!

 

 周りも異変に困惑仕切りで、対応がおぼついていない。

 ベートも引っ切りなしに蟲を追い払っている。しかし蟲は細かく動き、纏わり付いて離れない。

 

 ーーこれは、間違いなく毒だ。何者かの攻撃だ。

 

 フィンは必死に辺りを見回す。高所にはまだ、蟲が寄っていない。

 

 「みんな、上だ!上に逃げるんだ!」

 

 その言葉に反応して、次々に高所へと逃げ出す冒険者達。

 フィンとベートも高所に上ってひとあんし………。

 

 「ベートオオオオオォォォォ!!!!!」

 

 フィンが悲鳴交じりの絶叫を上げる。

 

 ーー僕は、僕は、何て浅はかだったんだ!!高所に蟲がいないのは誘導だったんだ!!奇襲で判断能力をそいで、戦力の強い人間を真っ先に殺す!奴は、戦力の大きいベートを最初の獲物に狙い定めていたんだ!!

 

 ベートの背後から唐突に大男が現れ、ベートの腹部付近を横薙ぎに両断していた。まるで獲物を狙う鷹のような俊敏な動き。大男はトドメとばかりに首に剣を突き立てる。

 ………ベートは間違いなくもうどうやっても助からない。

 

 大男はさらに近くに居たガネーシャファミリアの連中に突っ掛かる。近くに居た五人程を纏めて、大剣で紙のように切り裂く。

 

 ーー化け物だ!こんな奴が今までどこに潜んでいたと言うんだ!?

 

 さらに蟲は建物の屋上へと上って来る。

 

 ーーこれは、やられる!蟲に喰われたらやられるのが時間の問題だ!

 

 「テンペスト・リル・ラファーガ!!」

 「アイズ!!」

 

 唐突に現れた、アイズの風が蟲を吹き飛ばす。蟲は吹き飛ばされ、跡の道を通って続々と残りのロキファミリアの主力達が集結する。

 フィンは19階層にティオナ、ティオネ、アイズ、ガレス、リヴェリアを潜ませていた。つまりロキファミリアの主力は、全員リヴィラに集結していたのだ。彼らはガネーシャの本気の依頼に、本気で応えていた。そして出てきたのはまごうことなき化け物。フィンの周辺には、すでにロキファミリアが集結していた。彼らはリヴィラ側から蟲が登って来るのを見て、戦闘が始まっていることを理解した。

 フィンは声を張り上げる。

 

 「ガネーシャの奴らは散開して纏めて狙われないように留意しろ!アイズは魔法で蟲の対応を、ガレスが前面に立って敵の攻撃を凌げ!ティオネとティオナは撹乱を意識して一撃をもらうな!リヴェリアは敵の動きが鈍くなるまで安全な場所で待機しろ!敵はあからさまにレベル6以上だ!おそらくは7!ベートを一撃で倒すほどの強者だということを絶対に忘れるな!」

 

 フィンの怒号が飛ぶ。

 

 ◇◇◇

 

 「やはり伏兵が居たか。しかもロキの主力総員か。オラリオはここまで本気で来てたのか。しかし。」

 

 カロンは背後を見る。彼はあのあと入れ替わりでやってきたクレインに指示を出して、リューに再び効き目の薄いステータス封印薬を打ち込んでいた。

 

 「あいつ、本当はここまで化け物だったのか。まあ実際、レベル7は他には猛者しか話を聞かんしな。」

 

 縦横無尽に飛び交うヴォルター。彼が動く度に周りの人間が崩れ落ちている。

 均したステータスは器用貧乏にも思えるが、それがハイレベルなものであればオールラウンダーとも言える。つまり弱点が存在しない。

 続々とヴォルターの周りにはロキの主力が殺到する。

 

 「健闘を祈る。」

 

 カロン達はロキファミリアと入れ替わりに上階への階段を上って行った。



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惨劇と先行き

 「俺はついてるな。肺が残っていれば、タバコが吸える。」

 「この、化け物がっっ!!」

 

 フィンは仰向けになって、叫ぶ。辺りは一面惨状としか呼べない、悲惨な有様だった。

 ガネーシャの連中は、ことごとく毒にやられて地面に倒れ伏し、ロキファミリアも全滅としか言えないような状況。フィンの片目は潰されていて、惨状を作り出した張本人であるヴォルターは上半身と下半身が別れていた。

 

 ◆◆◆

 

 ヴォルターは辺りを見回す。ヴォルターの周囲には、ロキファミリアの精鋭達。戦いの場は建物の屋根の上。

 ヴォルターの脳裏には、必死に刻み込んだかつてのカロンの言葉が浮かんでいた。

 

 ーー浮いた駒から落とす。駒の配置には、意味があるものだ。浮いた駒は弱く、後々の伏線を考えて布石として置かれている可能性も高い。とすればあいつか。

 

 ヴォルターは敵の動きをつぶさに観察していた。真っ先に潜ませた駒。

 

 ヴォルターは周囲の人間を一切無視して、建物の影に隠れ潜むリヴェリアへと詰め寄る。周りのロキファミリアの人間はレベル7の人間の速度についていけない。唯一追い縋れるアイズの風も、蟲を吹き飛ばすことに使用されている。

 

 「リヴェリア、逃げろおおおおぉぉぉ!!」

 

 フィンが叫ぶも意味を持たない。行く手の冒険者を蹴散らしながら瞬く間に距離を詰めたヴォルターは、専門後衛で近接にさほどの心得を持たないリヴェリアを縦に一刀両断する。

 

 「リヴェリアァァァ!!!」

 

 ティオネが叫びながら真っ先に、リヴェリアを始末したヴォルターに追い縋る。

 ヴォルターは嗤う。

 

 「ティオネ!!突出するな!!浮いたら瞬殺されるぞ!!纏めてかかるんだ!」

 

 その言葉にティオネは止まり、ヴォルターは考える。

 

 ーー残念だ。蟲にも使用時間があるから、さっさと一人ずつかかってきて欲しかった。駒にはそれぞれ力の強弱と役割がある。カロンの言葉だ。役割を見極めて、急所を突く。戦場で、大きな役割を果たしていて尚且つ落としやすい駒。となると、俺の次の標的は蟲を無効にするあの風使いか。あいつは今、蟲を退けることに集中している。

 

 ヴォルターはアイズに向かい突進する。狙いを理解したロキファミリアはアイズの周りに集結する。

 フィンは考える。

 

 ーークソッ!!あっという間にベートに続きリヴェリアまでやられてしまった!!やはり化け物だ!わずかな隙が致命の一撃を呼ぶのだから、回復することすら不可能だ!浮いた人間は何も出来ずに落とされる事になる!しかもアイズを狙うということは!!

 

 「アイズ!!蟲の対応はするな!!風を剣に纏わせて、仲間と連携をしてしぶとく戦うんだ!!」

 

 ーー蟲への対応を捨てるか。まあそうなるだろうな。蟲は喰らうのが痛手でも死なないからな。俺の攻撃よりはヌルい。

 

 ヴォルターの蟲の毒魔法の真価。

 この魔法は広域の魔法であり、敵が多ければ多いほどに凶暴な効果を発揮する。さらに、相手方の対応に迫り来る幾つもの脅迫観念。

 自分を含めて広域に作用する魔法ゆえに、実は毒自体はさほど強力なわけではない。高レベル冒険者や高い耐異常を持つ者であれば、それなりの時間堪えられる。しかし、それを彼らは知る由もない。

 

 蟲に対応するのか?ヴォルターに対応するのか?蟲は敢えて捨て置くのか?蟲はどれくらいの時間、出現するのか?蟲の効き目はどれくらいなのか?蟲の効果に高をくくったら、戦いの後々に甚だ不利になる可能性が存在するのではないか?時間が経つほど、毒は体に回るのではないのか?今のままの対応で正解なのか?何か他には有利な戦術が存在しないのか?

 

 そう、蟲の魔法の真価は、『時間が経つほどお前ら不利になるぞ?』という相手の精神に迫り来る脅迫なのである。

 ヴォルターの広域毒魔法は戦術を理解して先手を取り、相手を後手に回しつづけることで最凶最悪の魔法と化すのである。

 

 ーー私は、負けない!目的も遂げずに、こんなところで死ぬわけがない!

 

 ヴォルターの真正面には風の魔法を剣に纏わせたアイズ、周囲にはガレス、フィン、ティオナ、ティオネ。

 ヴォルターは小枝のように大剣を振り回し、剣が動く度にロキファミリアの精鋭達の武器は少しずつ欠けて行く。ロキファミリアは必死に敵を囲んで連携し、ヴォルターの肌に傷を刻んでいく。

 

 ーー………確か、カロンは知能の高い相手は敵の焦りを見抜いて足元を掬って来るとか言ってたな。じゃあしばらくは現状で我慢するか?待てよ。俺の蟲の魔法はじきに効果がなくなるけど、毒は敵の体内に残る。それはつまりこいつらだっていつ蟲がいなくなるのかって焦っているはずということなんだろうな。足を掬う………ならば少し試してみるか。

 

 それは化け物が青い目の悪魔より授かった人心を惑わす手法。

 ヴォルターは、戦いながら周囲を見ていた。力任せに戦うかつての彼には有り得ないほどの視野の広さ。

 ヴォルターは囲まれるのを嫌がるフリをして、少し後ろへと引く。それを見て好機と迫り来るティオナ。浮いた駒。かかった。化け物は密かに嗤う。

 

 まともに考えれば、ティオナにも一人で突っ掛かるのは愚行だとわかるはず。

 しかし、蟲の魔法は脅迫する。

 

 ほら?今攻撃しないとお前ら時間と共に不利になるぞ?お前ら、時間が経つほど毒が回って力を落とすんだぞ?俺は対応が仕切れずに、逃げてるんだぞ?今を逃して、好機はもう来ないかもしれないぞ?

 

 ヴォルター(化け物)は嗤う。

 

 「ティオナ、ダメだああぁぁ!!」

 

 フィンの声に反応して、全力で回避を行うティオナ。迫り来る恐ろしく早いヴォルターの大剣の横薙ぎ。

 間一髪かわすも、武器の大双刃は両断され、吹き飛ばされる。

 

 ーー弱い駒や浮いた駒から、確実に落とす。

 

 ティオナはヴォルターの返しの二撃目で、そのまま両腕を斬り落とされる。さらに腹部を蹴り飛ばされ、血へどを吐いて地面にクレーターを作って沈み込む。トドメにヴォルターは体重をかけてティオナの頭部を踏み潰す。

 

 ーーこれは………ダメだ。犠牲を許容せずに倒せる相手ではない!!僕たちも最悪全滅を覚悟しなければならない!!

 

 ◆◆◆

 

 そこから先は、さらなる地獄だった。敵の蟲はその後すぐにいなくなった。

 残されたのは、肉の盾を許容したどちらが先に倒れるかの凄惨な殲滅戦。フィンはガレスやガネーシャの冒険者に死ぬように指示を出し、アイズとフィンとティオネで必死に化け物の生命を削り取る戦い。

 ロキファミリアやガネーシャの連中にも毒が回っていて、倒れるのは時間の問題だった。

 

 そして敵は、知性を持つ人間でも知性のない化け物でもなく、知性を持つ化け物である。あまりにも強大だった。

 フィンの切り札の魔法を使用した全力の投槍を、大剣でやすやすと縦に切り落とすほどの。

 そして、その時に足止めを行っていたティオネはヴォルターが口から吐き出す魔法の毒霧を顔に受け、怯んだ瞬間にやはり左手と左足を縦に斬って落とされた。

 

 最終的に、命を張ったガレスが死に物狂いで化け物の大剣の横薙ぎを盾と体で止めて、すでに剣を折られていたアイズがガレスの武器に風を纏わせてガレスごと横に両断した。

 化け物は両断される際に、同時に大剣をガレスの体から無理矢理引き抜いてアイズの首を切り落とした。さらに横薙ぎを喰らって吹き飛ぶ化け物の上半身は、すれ違うフィンの顔を強烈に殴りつけてフィンの顔は陥没して左目は失明した。

 

 戦いは決着し、十分な戦力を率いて居たはずのロキファミリアの生き残りは頭部に重傷を負い死にかけのフィンと左手と左足を切り落とされて出血多量で地に伏すティオネのみという、あまりにもあんまりな惨状。ティオネも早期に治療しなければ落命が時間の問題で、動ける人間は誰もいない。

 実質的にロキファミリア全滅である。

 

 惨状を引き起こした化け物は、戦いが終わり懐より一本のタバコを取り出して火を点け、上半身のみで仰向けになりながらのんきにタバコを吸っている。

 そして、タバコを吸い終わった化け物はやがて動かなくなった。

 

 フィン達ロキファミリアは巨人殺しである。今回の敵はあまりにも強大で、討伐は確かに巨人殺しの異名には相応しいだろう。

 

 英雄達は化け物を討ち倒す。 

 

 しかし、こんなに被害がでるのなら、こんなにやる瀬ない気持ちになるのなら、そんな勇名などいらないから逃げ出した方がマシだった!

 

 百戦錬磨の勇者は、始めて戦いを後悔して己の武勇を恨んだ。

 

 ◆◆◆

 

 カロン達は急ぎ上層へと向かう。リューは、万一の際に対応が可能なバスカルへと任されている。

 カロンは思考する。リヴィラの状況は、カロンには違和感の塊だった。

 

 ーーどういうことだ?ロキファミリアの主力が全員リヴィラに出てきているだと?なぜだ?ガネーシャの眷属もたくさん居たということと俺達がガネーシャを襲った直後だということを併せて考えればほぼ間違いなく俺達への対応だと思われる。しかし俺達への対応だとしても、当てずっぽうにしては過剰戦力のように思える。そこまでしたら、オラリオが手薄に、というほどではないか。にせよやはり過剰だ。おかしい。可能性、やはり俺達の住居がばれていたのか?俺達の拠点の位置になんらかの根拠があったということなのか?やはり俺達の拠点に攻め入る直前かもしくは俺達に対する兵糧攻めを行っていたということなのか?

 

 「カロン、少し休憩しましょう。」

 「ああ。」

 

 クレインはカロンへと声をかける。

 彼らは休みなしに上層へと向かっていた。ヴォルターの毒魔法を喰らっているリヴィラの敵が、すぐに追いかけてこれるとも考えづらい。カロンも落ち着いて思考する時間が欲しかった。彼らは休憩をとるために野営を設置する。

 

 「エルフはどうだ?封印薬の効き目と健康面は?」

 「そうね。バスカルに頼んで見ていてもらうわ。顔色は少し悪いけど、すぐにどうこうなる状況でもなさそうよ。封印薬はやはり効き目が薄いわね。さっきまた打っといたわ。」

 「そうか。」

 

 カロンは思考する。俺が考えるべきこと。

 

 「スマン、クレイン。もう少し俺には考えることがある。」

 

 カロンはやはり一人で思案の海へと沈む。

 リューをバスカルが見張り、辺りの様子はクレインが見張ってくれている。

 カロンは仲間内から離れて、小さな奥の行き止まりの部屋で座り込む。

 

 ーーさて、ダンジョンの階層も後少しだな。これからどう行動をとるべきだ?確定させられるのは?まずはクレインにダンジョンの入口を偵察してもらうことか?………違和感があるな。何だ?

 

 カロンは辺りを見回す。ここは6階層付近のはずだ………。

 

 「よう。」

 「ああ、何のようだ?」

 

 カロンの近くへとレンがやってくる。

 

 「お前下でヴォルターと何か話してただろ?何の話をしてたんだ?」

 「大したことではないよ。」

 「本当か?」

 

 レンは疑わしげにカロンを見る。

 

 「あの馬鹿が囮をやりたがるような殊勝な人間には思えねぇぞ?何かあっただろ?」

 「いや、別に何もないぞ?」

 「嘘つくなよ?」

 「嘘じゃねぇよ。それより今は考えることがあるんだよ。」

 

 レンはため息をつく。

 

 「はぁ、仕方ねぇ。正直に言うとするか。私はお前に懺悔の言葉を聞いてもらいに来た。」

 「お前が懺悔するような人間には見えんぞ?」

 「まぜ返すなよ。私にだって気持ちはあるんだ。」

 

 レンは続ける。

 

 「私はヴォルターの馬鹿がお前に何か話をしたんじゃないかと思ってな。ヴォルターは珍しくスッキリした顔をしていた。いつも不機嫌そうな顔付きをしているあの男がな。それをこっそり見てたから、私も話をしたくなったんだよ。」

 「そうか。それで、何を懺悔するんだ?」

 「………私だってかつてのガネーシャの仲間に手を出して心が痛まないわけないんだ。」

 「ああ。」

 「私の罪は、バスカルをこんな馬鹿げたことに巻き込んでしまったことだ。バスカルは以前どうすればいいのか悩んでいた。仲間を殺されて復讐も考えたが、それでもやはり主神のガネーシャを信用するべきなんじゃないかとな。」

 「ああ。」

 「私は寂しかった。ゲイルの復讐をしたかったが、一人で行動するのが嫌だったんだ。それで、迷っているバスカルを唆して、私より気の弱いバスカルを強引に巻き込んで復讐を手伝わせたんだ。私は復讐を遂げたことには何の後悔もないが、バスカルを巻き込んだことは後悔しているよ。あいつは今頃、ガネーシャのところで幸せに暮らしていた可能性もあったんだ。私のせいでこんな酷い状況に陥っている。」

 「そうか。」

 

 カロンは理解している。レンもバスカルも、復讐は終えている。

 しかしなぜ今ここにいるのか?

 他にもう、居場所が存在しないのだ。他には狂信派くらいしか居場所は存在しない。何がどうなってここにたどり着いたのかは知らないが。

 

 「そして生きていくのには金が必要で、私たちに残された稼ぐ道は殺す他には存在しない。さもなくば公に出頭して縛り首か、飢え死にだ。ガネーシャの連中に手をかけるのは心が痛んだが、私が弱気を見せれば連れてきたバスカルに申し訳が立たないだろ?バスカルは私より気弱で、バスカルはこんな馬鹿な私に付いてきてくれたんだからさ。」

 「ああ。」

 「だから、ガネーシャを襲撃する案が出たときも、私は強気で決行を主張した。私が迷えば、バスカルは私以上に迷い、自分を信じられなくなれば生きる力を失っていく。」

 「そうかも知れないな。」

 「今の状況は最悪で、駒は捨て駒として消費されていく。」

 「突然何を言ってるんだ?」

 

 レンは笑った。

 彼女はカロンの難しい顔とリヴィラを抑えられているという事実から現状は極めて悪いとカロンが考えているであろうことを推測していた。そしてそれが事実の可能性が高いということも。

 

 「私の懺悔はすでに終わったんだよ。話が変わったんだ。今度はお前の話だ。お前はこう考えているのだろう?『現状はどうなっているのか?どうやったら一人でも多く生還させられるか?』って。お前のそれは間違っているよ。」

 「何だと?」

 「すでにお前以外の私たちの意思は統一されているんだよ。お前が知らないうちにな。私たちはみんながお前を気に入っていた。私たちみたいな破綻者じゃあ無かったくせに、ハンニバルに友情を感じて何とかよい未来を築きたいとこんな馬鹿げた人生に必死になって考えてくれたお前が。知らないうちに何かを私たちの心に与えてくれるお前が。だからみんなお前を生還させることを目的にしているぞ?ヴォルターの馬鹿だってそうだったんだよ。」

 「………それは。本当なのか?」

 

 カロンは彼らの心の拠り所であった。

 カロンはヴォルターに欠けていた常識と知能を与え、レンとバスカルに仲間のことを考える心の余裕と指針を与え、ハンニバルの寂しさと孤独を埋め、クレインの安らぎと希望となっていた。

 

 「私たちには未来を築けない。その方法がわからないし、きっとその価値もない。」

 「………俺にも価値なんて存在しないぞ。」

 「お前は自分の価値を自分で決められる人間だよ。人間の価値は行動で決まるものだろ?お前は価値のある行動ができる人間だとみんな信じてるよ。」

 「信じられても困るぞ。」

 「いいんだよ。誰でも一度の人生ならば、信じた人間に全部を賭ける馬鹿がいたって別にいいだろ?安い人生なんだし。賭け事だから、損しても自己責任だ。お前は好きに生きろよ。覚悟を決めろ。みんなお前が生き残ることを何よりも強く願っている。話は終わりだ。」

 

 レンは去っていく。

 そしてしばらくして入れ替わりにバスカルがやってくる。

 

 「よう。」

 「ああ。お前はエルフの見張りを頼まれていたんじゃないのか?」

 「ああ、それはレンに替わってもらったよ。」

 

 バスカルは苦笑する。

 

 「それでどうしたんだ?」

 「………レンが言ってたよ。実はお前の本職は神父だって。これからどうなるかわからないから、懺悔するなら今のうちだぞって。」

 「俺が神父のわけないだろうが!俺はお前達と同じ、ただの闇の住人だ。」

 「そうか。神父じゃないのか。じゃあ守秘義務も持たないな。なぁ、カロン。教えてくれよ。さっきレンはお前に何と言っていた?」

 「………………。」

 

 カロンはただバスカルを見る。

 バスカルはカロンのその目の青がとても綺麗な色をしていると感じた。

 

 「教えてくれ。お前の顔を見ればわかるよ。状況は、甚だ悪いと。だからもしこれが最後の可能性があるのなら、俺だって知ってから死にたい。薄々何の話をしていたか予測は付いてるんだよ。」

 「……………。」

 

 カロンは考える。レンがバスカルをここに寄越した理由。

 それはレンも、ひょっとしたら自分の気持ちをバスカルに知っておいて欲しかったのではなかろうか?

 

 「………俺はレンに怒られたくない。お前が俺がしゃべったことをレンに悟られないようにできるんなら、こっそりと教えてやる。」

 「もちろんだ。」

 「レンはお前を連れてきたことを後悔しているといっていた。復讐に巻き込んだことを。」

 「やはりそうか。」

 

 バスカルはため息をつく。バスカルは目を細める。

 

 「後悔か。………俺は自分の理性に従ってレンを諌めるべきだったのかも知れないな。俺もそれをいつも考えていた。」

 「………誰にでも後悔はあるよ。」

 「後悔にしては少し重いな。おかげで俺達はこんな人を殺すことでしか生きながらえない道に迷い込んでしまった。………俺は迷っていたんだよ。俺が何としてもレンを止めることができてれば、どうなってたんだろうな?」

 「それは誰にもわからんだろう。」

 

 バスカルは懐から水筒を取り出し、中の水を飲む。

 

 「そうだな。誰にもわかんないんだろうな。そもそも止めることができていたのかもわからない。………俺には復讐を決めた当時は、どうすればいいのかわからなかったよ。俺にはレンは復讐を達成させなければ、死んでしまうように思えた。」

 「人間は案外と立ち直れるものだぞ。そうでない人間もいるけど。」

 「お前がそういうのであれば、そうなんだろうな。俺にはわからないことだった。自分の意思がわからず、どうすればいいのかわからず、心の中にはただただ相手が憎いという気持ちだけが残っていた。一方で、理性的に考えれば長く所属して、衆生の主と呼ばれるファミリアの主神を信じるべきなのではないかという気持ちも存在した。迷った末に、結果的に俺は憎しみを信じてしまった。」

 「そうか。」

 「俺も後悔しているよ。衆生の主であれば、民衆の気持ちがきっと理解出来るのだろう。ガネーシャはきっと、俺達の気持ちも汲み取ってくれたはずだった。しかし、結果を出せる時間も与えずに、話を聞く耳を持たずに飛び出してしまえばいくらガネーシャでも何もできない。俺達はきっと我慢するべきだった。最終的に復讐を望むにしろ、ガネーシャの起こした行動の結果を見るまでは我慢するべきだったんだ。俺はそれを辛抱強く、レンに説きつづけるべきだったのかも知れない。」

 「レンは聞く耳を持たなかったかも知れないぞ?」

 「もちろんその可能性も高い。でも俺達は、ずっと一緒にやってきた。それならせめて、試してみるべきだったよ。物事の道理を信じて。必死になって。そうしたら………何かが変わっていたかもしれない。」

 「そうか。」

 「俺達がお前達のところへやって来たとき、生きてていいのか悩む俺にお前は『生きなければ何もできない、悩むことすらも。』と言っただろう?」

 「そんなこと言ったか?」

 「言ったよ。あまりにも当たり前の言葉だが、俺には衝撃だったよ。俺より若いお前が、明確な心の指針を持っていた。俺には長い間、行動の指針がなかった。心に寄る辺がなかった。それを人任せにしていた。そのせいで、おかしいと思ってもレンを止めることをしなかった。」

 「………。」

 「………お前は強い男だよ。お前は本当に強い。俺にはずっと不思議だった。冒険者はステータスが足りてれば、壁を越えるとランクアップするだろう?」

 「ああ。」

 「壁って何なんだ?魂が強くなるということなのか?だが、魂が強くなるのであれば、弱くなることもあるはずだろ?ランクダウンはなぜ存在しないんだ?強くなったり弱くなったりすることはないのか?今日超えられた壁を、明日超えられないことが現実的にありえるんじゃないか?」

 「………。」

 「俺はお前を見て理解したよ。ステータスは信じすぎるべきではない。ステータスはただのシステムで、戦闘面における強さの目安に過ぎない。ランクアップだってあやふやだ。ステータスとは別のところにも人間の強さが存在して、俺はそれがずっと弱かった。俺はステータスにこだわらずに、キチンと自分で考えて自身の行動指針を持つべきだった。俺はそれを怠ったせいで、今ここにいる。」

 「そうか。」

 「俺は後悔しているよ。でもレンとはずいぶん一緒にやって来たんだ。俺達は冒険者になる前から友人だから、足掛け十年以上だな。」

 「ずいぶん若い頃から冒険者だったんだな。」

 「レンがお転婆だったんだよ。若い頃から冒険者に憧れて、私が悪を倒すって。俺はそれをずっと聞かされた。そして俺はレンに引きずられて冒険者になった。もう一人の死んだ人間も同じだったよ。そして俺達はそれだけ一緒だったから、楽しかったことも当然たくさんあるんだ。」

 

 カロンはレンの心中を慮る。

 正義を目指した人間が悪に成り果てたのだとしたら、彼女の心中は一体どのようなものなのだろうか?

 

 「俺は後悔しているよ。レンの言うことを聞くだけではなくて、もっとしっかり話し合うべきだったって。それが俺の懺悔だな。」

 「………レンは今もお前のことを自分の後を追って来る気の弱い男だと認識していたぞ?それを覆すために、しっかり主張するべきだな。」

 「そうだな。俺も成長するところを見せないとな。俺の話は終わりだ。」

 「………聞き届けたよ。」

 「結構な時間、話し込んでしまったな。俺はもう行くよ。聞いてくれてありがとう。」

 

 バスカルはそう言うと去っていく。カロンは今の会話に違和感を覚える。

 

 ーー?何だ?何がおかしいんだ?俺は確か、レンと話す前にも………違和感を………。

 

 カロンの脳裏に衝撃が走る。

 

 ーーそうだ!時間!時間だ!確か今は………確認しないと!

 

 カロンは仲間の元へ走る。

 

 「クレイン!おい!今何時かわかるか?」

 「今は夕方の7時くらいよ。」

 

 ーーそうか!今は夕方の7時で、ここは6階層。にも関わらず、俺はこの階層に来てから人間を見かけていない!このくらいの階層であれば、いつもなら初心者に毛が生えた程度の連中が、それなりにウロウロしているはずだ!それどころか、リヴィラからここまで他の人間と出会っていない!ダンジョンに冒険者がいない!

 

 カロンはあてどなく歩きながら思考を続ける。

 

 ーーつまりこれはなんらかの行動を、オラリオ側が起こしていると言うことか?最悪はダンジョンの出入口封鎖。しかしそれはリヴィラで冒険者を見かけていたためにありえない。あいつらもダンジョンを出られなくなるだろう。ならば………。

 

 カロンは懐よりタバコを出して、一服する。

 

 ーーやはり罠か。冒険者がいないのは、可能性として高いのは………何がある?冒険者がダンジョン内に存在しなければ、ダンジョン入口での検問が簡単に行える!送り込んだガネーシャとロキの連中以外はほぼ敵だ!リヴィラの人間はガネーシャ連中と一緒に戻れば判別がつく。俺達がガネーシャを襲ったのは一週間以上前だ。怪物祭を………まさか放棄したのか!?放棄して、冒険者に告知を行った。危険な戦いが起こる可能性、危険な闇派閥の喧伝、いや、これはおそらくガネーシャだけではない。オラリオ全体で行動を起こしつつある。つまりオラリオが闇派閥と戦う姿勢をとることにしたと言うことか!?

 

 カロンはさらに考える。

 

 ーーどうする!?ダンジョンの出入りを規制している以上は、間違いなく入口に張られる罠は必殺。ここまでやって逃がしましたが赦されないことは理解しているだろう。待てよ?確か俺はさっきまでリヴィラより下層に俺達の住居が存在する推測を敵は行っていると感じた。なのになぜ入口にもこんなに厳重に罠を?

 

 カロンは全貌を捉えつつある。

 

 ーーそうか!俺のせいだ!俺が入る前の闇派閥はリヴィラの下の階層で、無計画に冒険者を襲うことで暮らしていた。俺が計画を立てて行動するようになったから、全員で丸々俺の計画に乗って誰も本拠にいないという可能性が存在するからだ!さらに敵が計画的な相手ならば、入手した情報は罠で戦力を裂かせておいてオラリオを襲撃して来る可能性も高いと踏んでいるのか!俺の行動が推測されている?入手した情報?ガネーシャを襲ったときの結果から推測してるのか?ガネーシャは計画的に、組織的に浅い階層で襲われたと。しかし、推測と決断があまりにも早い………

 

 カロンのタバコから灰が落ちる。

 

 ーーそうか!!わかった!クソ!!そういうことか!!

 

 カロンは理解する。どうしてこうなったのかを。

 

 今回たまたまガネーシャの襲撃と、アストレアの壊滅が重なった。

 ガネーシャは大量の眷属が殺されて怒り、本格的に行動を起こすことを決意した。その直後にアストレアが壊滅した。

 

 アストレアは帰還予定日に帰還せず、アストレアは今まで期日を違えたことのない真面目なファミリアだった。さらにアストレアは闇派閥の目の上のたんこぶでもある。

 ガネーシャのみならずオラリオは危険な闇派閥が本格的に動き出したと推測して、時期の極めて近いアストレアの不明とガネーシャの事件を当然結び付けて考えた。さらにオラリオは、敵の目撃情報が存在しないことから瞬く間に流言が飛び交い、敵をどんどん強大な相手だと妄想していった。ゆえにオラリオは、ガネーシャの怒りに触発されて大規模な行動を起こした。アストレア襲撃の連中は、ガネーシャの事件の時はダンジョンで下準備をしていて、ガネーシャの事件が起こったことを知らなかった。地上に戻った彼らはガネーシャの動きを見てオラリオが予想より遥かに早く、かつ本格的に動いていると判断して恐怖して、自分達が犯人だと疑われる前に急いでカロン達の拠点を匿名の投書で売り渡した。危険な闇派閥の人間が、22階層に潜んでいるのを見たと。しかしガネーシャは文書を頭からは信じずに、罠の可能性を疑った。ゆえにロキファミリアというたとえ罠であったとしても踏み潰せる実力者を現地に派遣して、陽動作戦でオラリオを襲撃して来ることも警戒してオラリオの防衛も十全に行った。ロキが拠点まで攻め入って来なかったのは、密告が投書であり細かい場所の説明まではなされていなかったからだ。

 

 ーークソヤローがっっ!!

 

 カロン達の拠点を知るものは、たった一人である。カロンは自身の父親だと言い張るロクデナシが、自分達を売り渡したのだと理解する。

 

 ーーこれはまずい!想定した中でも最悪だ!戦力の充実した闇派閥の陽動作戦を警戒しているなら、入口で控えているのはほぼ間違いなくオラリオ最高戦力のフレイヤだ!多分猛者もいる。間違いなく勝ち目がない!どうすればいい!?

 

 「クレイン、全員いるか?」

 「ええ。いるわ。まずいのね?」

 「ああ。全員集まってくれ。」

 

 カロンは周りの人間を一箇所に集める。カロンは、リューもいることに気付く。

 

 ーーこいつ、どうするんだ?こいつはどう扱う?ダンジョンに置いていくか?うーむ。

 

 カロンは少し悩む。クレインが聞く。

 

 「どうしたの?」

 「………エルフの扱いに困っている。」

 「ああ、私は気にしないでください。」

 「いや、お前の生き死ににも関わるぞ?話に口を出したくなるだろ?俺達の結論を聞いてお前がごねたら俺達も面倒なんだよ。」

 「もうこいつ、逃がしてもいいんじゃないか?追われている現状でわざわざ殺す意味もないだろ?」

 

 ハンニバルはそう発言する。

 

 「しかし、今逃がしてしまえば俺達がもうここまで来ていることを伝えられてしまうかもしれないだろ?」

 「足が不自由なはずだろ?」

 

 バスカルが答える。カロンは考える。

 

 ーーうーん、今逃がしたら背中を刺される可能性があるんじゃないのか?

 

 「私は耳栓をしておきましょう。」

 「助かるよ。どんな風のふきまわしだ?」

 「あなたは案外と記憶力が悪いのですね。自分がごねたら殺すと言ったのを忘れたのですか?」

 

 リューは自主的に話を聞かないように行動する。

 

 リューは興味があった。

 彼女は正義を追う冒険者で、彼らは典型的な悪党だ。彼女はヴォルターの話を聞いていて、彼らに僅かに興味を持った。

 悪党でも生きている。たとえ人を殺すことでしか長らえない最低の連中でさえも。

 ヴォルターは暴力で人を屈服させる生き方しか今まで習って来ていない、わからない、そう言った。それは事実なのだろうか?彼が普通の人生を習っておらず、習っていないことが出来なかったというのは本当か?悪党が嘘をつく可能性もある。しかし話した後の彼の表情は晴れやかだった。

 

 悪が何かも知らないのに、正義を名乗るのは正しいのか?自分は戦いのことだけにかまけて悪を斟酌せずに問答無用で力で屈服させるのであれば、それは本当に正義なのか?彼らを知ることが、悪とは何かを知ることが、真の正義を為しうるのではないか?それが亡き仲間の意志を真に継ぐことに繋がりうるのではないのか?

 リューには少しだけそう思えた。

 

 ゆえに彼女は、もう少しだけ彼らがどう行動をするのかを見ていたかったのだ。

 

 ◆◆◆

 

現状

ヴォルター・・・死亡。

生存者

カロン、レン、バスカル、ハンニバル、クレイン

捕虜

リュー・リオン




未来のことは、誰にもわかりません。

そもそも主人公がリューを捕らえなければリューが地上の闇派閥の人間を虐殺して、情報がガネーシャに伝わらないどころかガネーシャはそちらの事件にかかりきりになっていたはずなのです。
主人公はリューを逃がしたら地上の闇派閥から主人公達の情報が漏れると思い込んでいます。さすがにそこまで見通せる人間はいません。


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リヴィラの夜

 「カロン、どうしたんだ?俺達に何か話があると言ってたみたいだが………。」

 

 ハンニバルがカロンに問う。

 彼らは車座になって、ダンジョンの床に座っていた。

 

 「ああ、まずいことになった。俺の予想が当たっていれば、ダンジョンの入口には必殺の罠が仕掛けられている。おそらくはそこに、猛者(オッタル)まで配置されている。………こうなってしまっては、まともに入口を抜けられる可能性は極めて低い。」

 

 カロンはそう切り出す。

 

 「マジかよ………。それは確かなのか?」

 「可能性はかなり高いと言える。」

 

 カロンの返答にハンニバルが暗い顔をする。

 

 「今からみんなにも、何かの案を考えてほしい。まともに正面を抜けたら、間違いなく全滅だ。」

 

 カロンは苦い顔をして、タバコを出して吸う。

 

 ーー何か、ないか?どうやったら入口を抜けられる?陽動作戦?食料は今、どれくらいある?

 

 「アレはどうだ?カロン、ほら、お前が以前やってただろ?俺達の拠点の入口を増やしたやつだ。」

 

 バスカルが話す。

 カロンは以前、拠点に出入口が一つしかないことを危惧していた。出入口一つでは万一の際に、敵に襲われてしまえば袋のネズミとなる。ゆえにカロンは入口を増やすことを望んだ。つまりは建物の非常口の発想である。

 そのためにカロンは、リヴィラから地質の本を買ってダンジョンの壁の知識を勉強してから、ハンニバルの所持する爆薬を使用して拠点の入口を増やしていた。

 

 「………なるほど。試してみる価値はあるが、壁の厚さがどのくらいなのかわからないと無理だ。さらに爆薬を使用して壁を吹き飛ばすのであれば、入口の近くで行う必要がある。奴らはその音を聞き付け、すっ飛んで来る可能性が高い。他の可能性に繋がりうる意味のある案ではあるが、そのまま採用は難しい。」

 

 カロンはそう答え、さらに考える。

 

 ーー猛者も四六時中ダンジョンの入口に居座っているわけではないだろうが………しかし少しでも敵に時間を稼がれてしまったらすっ飛んで来るのは明白だ。そうなればやはり勝ち目がない。どうやっても力付くで正面を抜けるという案は採りようがない。

 

 「カロン、なんでオッタルがダンジョンの入口で張っていると思ったの?」

 「………今日はダンジョンで冒険者を見かけないだろう。これは間違いなく、ダンジョンの入口で検問が行われている証拠だ。入口からダンジョンに入る冒険者を規制しているはずだ。ここまでやっているからには、入口の罠がヌルいわけがない。」

 「そう………。」

 

 クレインは黙り込む。

 

 ーーどうする?ハンニバルが所持する程度の爆薬で壁が抜けるのか?炸薬量的に厳しいか?陽動はどうだ?ダンジョンで爆薬を発破して、音に驚いて侵入した奴らとすれ違うのは………無理だ。入口にも人員を残すに決まっている。どうする?何かいい案はないのか?

 

 「なぁ、カロン。陽動はどうなんだ?敵をおびき寄せて、私が暴れればお前らは逃げきれないか?」

 「………無理だ。レン、お前は確かにレベル6直前の強者だが、敵はフレイヤファミリアが丸々出てくる可能性が高い。いくらお前でも、大して時間稼ぎはできない。」

 「………そうか。」

 

 レンは黙り込む。

 良案の出ない彼らは、沈痛な面持ちで黙り込む。

 

 「ああ、ヴォルターがこんな時いればな。そうすりゃ戦いにも目があったってのによ!」

 

 ハンニバルがつぶやく。

 

 「………フレイヤは強者の集団だ。いくらヴォルターでも………。」

 

 その時カロンの脳裏に稲妻が迸る。

 

 ーーそうか!それだ!その可能性があった!!今リヴィラはどうなっている?レベル7が暴れ狂ってどうなった?リヴィラには食料があり、物資がある!考える余地は十分だ!

 

 「ハンニバル!よくやった!アンタの発言には価値がある!俺は少し考えをまとめて来る。みんなはスマンが続けて案を考えておいてくれるか?」

 「どうしたってんだ?」

 「スマンが時間が惜しい。考えが纏まるまで待っててくれ。」

 

 カロンは仲間から離れ、タバコを捨てる。新しいタバコをくわえて火を点ける。

 

 ーー今、リヴィラはどうなった?ヴォルターの魔法のことを考えれば敵が丸々無傷というのは有り得ない。そして敵は戦いが終われば、相手がヴォルター一人だった理由を冷静に考えるだろう。指揮を行う戦いに知恵を持った勇者であれば、俺達は組織だという情報と併せてヴォルターが囮の可能性が高いことに気付くはずだ!ヴォルターが一人で暴れている隙に仲間が上の階層に逃げる可能性を。仮に敵がそれなりの戦力が残っていたとしても、奴らはおそらくは囮を使って上に抜けた俺達がこんなに短時間で再度奇襲を行う可能性を考慮してるとは考えづらい。さらにリヴィラには物資がある。物資があれば、爆薬が存在しうるか?掘削道具もあるだろう!ダンジョン内で崩落が怖かったとしても、工事開発を行うことが有りうる町に爆薬が一切存在しないとは考えづらい。他には役に立つものの可能性は?俺達がリヴィラに滞留している間に、無事な奴らが入れ違いに地上へと帰還して戦いの報告をされてしまえばダンジョンの入口を封鎖される恐れはある。しかし、爆薬での横抜けが可能であるのなら、封鎖されても吹き飛ばせる可能性が十分に存在する。賭けにはなるが分は悪くない。何か見落としはあるか?いや、時間がない。考えるのは行動しながらだ。よし!

 

 関係ないことではあるが、カロンは少しだけ思い違いをしている。実際はロキファミリアと相対したヴォルターはあまりにも強く、フィンはおそらくはヴォルターは囮ではなく自分達を壊滅させるために差し向けられた刺客だと考えただろう。その理由は、カロンがヴォルターの強さの目算を誤ったためである。

 カロンはタバコを投げ捨てて仲間の元へ戻る。

 

 「みんな、聞いてくれ。俺達は一度リヴィラまで戻り、町の状況を伺う。リヴィラ強襲が本線だ。何か疑問があるやつは言ってくれ。」

 「どういうことだ?」

 

 レンが問う。

 

 「ザックリ説明すると、今のリヴィラはヴォルターが暴れ回った直後だ。町を制圧できる可能性や、隠れて有用な物資を盗める可能性が高い。だから町がどうなったか一度様子を見に戻る。」

 「なるほどな。」

 「バスカルはエルフを連れてくれ。ハンニバルは荷物を頼む。移動を行おう。」

 「ええ。」

 

 リューを含めた六人は、来た道を戻り下層へと降りていく。

 リューはバスカルに担がれる。

 

 ◇◇◇

 

 カロンは考えながら道を行く。何か見落としは?抜けは?状況を考えれば予断は許されない。

 そうであるのなら、少しでも多い状況に対する対応のシミュレーションが必要である。

 

 ーーリヴィラの奴らが俺達が戻る可能性を考慮する余地は?取り敢えず万一に対してレンに先行を任せて町の様子を伺ってもらうことにするか。19階層に敵がいる可能性も伝えておくか。今の状況を考えれば、地上になんらかの情報が行かない限りはしばらくは上から敵が降りて来る可能性は存在しない。なぜなら敵は、ロキファミリアという信頼性の高い連中に対応を任せているからだ。町に存在する物資で役に立つ可能性が存在するものは?それは可燃性物質!文字通り、これから先は煙りに巻く必要がある状況がいくらでも出てきうる。例えば仮に、ダンジョンの入口から煙りが出て来たら奴らはどう対応する?まずは間違いなく調査班を送るだろう。罠を警戒して全部隊を送ることは有り得ない。せいぜいそれなりの人数の、それなりのレベルの奴らだ。決定的な効果は望めない、か。大量の煙りが出て来たら?それに乗じて俺達は逃走が可能になるのか?いずれにせよ有用性は極めて高い。他には何がある?何が役に立つ?ここでの選択が先々の命運を左右しうる。

 

 カロンはレンにリヴィラの様子を伺うように依頼する。

 

 ーーさて、町には何がある?先々で何が必要になる?

 

 カロンは考える。

 

 ーー現状で採りうる戦術………囮………相手の気を逸らせるもの………思い付かない。

 

 思考しながらもどんどん下へと彼らは進んでいく。

 

 「カロン、レンが戻ったぜ。」

 

 ハンニバルが呼ぶ。

 

 「ああ、わかった。」

 

 カロンはレンの元へと向かう。

 

 「レン、済まないな。状況はどうだった?」

 「ヴォルターの奴相当暴れ回ったみたいだぜ。町はほぼ全滅だ。あまりにも気配を感じないから町の中まで入って見てみたが、中の奴らは生きてても虫の息だったぜ。目に付いた限りはとどめは刺しといた。」

 「マジか?あいつらロキのところの奴らも居たんだぞ?ヴォルターはそこまで強かったのか?」

 「………ああ。みたいだな。私も知っている奴らがゴロゴロ転がっていた。私も驚いたよ。まあ今は侵入してもなんら問題ないだろう。」

 

 カロンは驚愕する。

 

 ーーそこまで強かったとなると、フレイヤにも対抗できた可能性があったのかもしれない………クソッ!ならばリヴィラで適当に暴れさせて逃走させるという選択肢もあったのか?ヴォルターの魔法の効果が切れるのを待って、合流して加勢するという選択肢もあったんじゃあねぇか?………まあもう考えても詮無いことか。

 

 「わかったよ。助かった。」

 

 彼らはなおも歩きつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「マジかよ。本当にひどい状況だな。」

 

 カロンはリヴィラの死人の多さと死体の状況のひどさに唖然とする。

 

 ーー凶狼、大切断、怒蛇、剣姫、九魔姫、重傑、ガネーシャの連中………

 

 カロンは町を見て回る。

 

 ーーヴォルター………。

 

 カロンは上半身と下半身が別れた、無惨なヴォルターの死体を見つける。

 

 ーー埋葬してやらないとな。

 

 「みんな、ちょっと集まってくれ!」

 

 カロンは仲間達を集める。

 

 「ヴォルターの死体だ。埋葬を手伝ってくれ。」

 「ああ。」

 「しょうがねぇな。」

 

 ハンニバルとレンが手伝い、ヴォルターを埋める穴を掘る。

 彼らは家屋からシャベルを持ちだし、深い墓穴を掘る。

 バスカルはリューの見張りを行い、クレインは食事の準備を行う。

 カロンはヴォルターを埋める際、タバコを一本添えておく。

 

 ーー助かったよ。ヴォルター。

 

 彼らは上半身と下半身が別れた無惨なヴォルターの遺体に土をかける。

 

 「それと済まないが、一つ気になることがある。」

 「気になること?」

 

 ハンニバルが問い掛ける。

 

 「勇者の死体が見つからない。さらにロキファミリアの遺体が一切の回復薬を所持していなかった。奴の死体を確認しておきたい。お前らも手伝ってくれないか?」

 

 ◇◇◇

 

 ーー見つからない、か。奴は生きてる可能性がありうるのか?この惨状で?

 

 カロンとハンニバルとレンはあのあとに三人で、町の捜索を行った。

 カロンにとっては、勇者が生きているのであれば、脅威と為りうる可能性が存在すると考えた。

 ハンニバルとレンは、ことここにおいてはいくら面倒でも頭脳であるカロンの指示に反対することはできない。彼ら三人は時間をかけて探し回ったが、結局勇者の死体を見つけだすことは出来なかった。

 そして夕食の準備が終わり、彼らはクレインに集められる。

 

 「おお、しばらくろくなもん食ってねぇから、助かるぜ。」

 

 ハンニバルの言葉。彼らが拠点を出立してから、すでに一日以上が過ぎていた。

 

 「それでカロン、これからどうすんだ?」

 

 レンが問う。

 

 「そうだな。これからの予定は、今日はもうゆっくり休むことにしよう。明日は朝から、俺は町を見て回る。お前達には俺が指示したものを集めて来てほしい。」

 「ああ、わかった。」

 

 ハンニバルがそう答える。

 

 「それとエルフの処遇だな。」

 

 カロンはチラリと目をやる。

 末席で食事をするリューはステータス封印薬を再度打たれている。

 

 ーー本当に面倒だな。今の悲惨な町の状況を見て、こいつが何も考えていないとは思えない。怒って暴れる可能性があるのか?俺達の万全な逃避を考えれば埋めるべきなのだが、こいつはここまで俺達の言い付けを守っておとなしくしている。生きるために殺すのは、俺にとっては仕方のないことだ。しかし殺して何にもならない奴を無駄に殺すのは気が引ける。特に被害が無いなら逃がしてやっても構わんが、その場合は俺達を追いかけて来れないようにステータス封印薬を打ってダンジョンに放置という選択肢になる。そしたらどうせ魔物に襲われて死ぬ。ここに置いて行くという選択は?現状では無理だな。先の展開が定まらない。予定が決まっておらず、俺達がいつまでダンジョンにいないといけないかも定かではない。そして俺達のステータス封印薬は三時間程度しか効かない。やはり封印薬の効果がきれたあとに俺達に追いつかれる可能性がある。復讐目的のこいつなら、命を度外視して暴れる可能性があるのか?………わからん。考えていることが読めないし、読めたと思ってもそれが確定事項というわけではない。

 

 やがて彼らは食事を終える。

 

 「各自勝手に部屋をとって休んでくれ。クレインはちょっといいか?」

 「どうしたのカロン?」

 「エルフには封印薬の効き目は三時間程度だっただろう。予断を許さない状況だけに、戦力の高い奴らには十分な休息をとってもらいたい。俺達で交代で起きて、薬の投与を行おう。」

 「わかったわ。」

 

 ◇◇◇

 

 カロンは部屋で椅子に座り思案する。彼の横にはクレインによってコーヒーが煎れられてあった。部屋では他には椅子に座るクレインと、ステータスを封印された上でカロンの魔法に拘束されてベッドに転がされたリューが存在する。

 

 ーー考えるべきこと。それはやはり、ここから持ち出す物資を何にするかだ。それが考えるべき最優先事項。他に考える必要があることは?消えた勇者の行方?考えるだけ無駄だ。エルフの処遇?………どうしても邪魔になったときだけ埋めることにして、取り敢えず現状維持か?時間は少しある。取り敢えずクレインに先に休んでもらうことにするか。

 

 「クレイン、お前先に休んでくれるか?」

 「………カロン。」

 

 クレインはカロンを見つめる。

 

 「どうしたんだ?」

 「………カロン、あなたが考えることに忙しいのは知ってるわ。それでもいつ最後になるかわからないから、話をしてほしいの。」

 「何の話だ?」

 「私はどうすればよかったのかしら?」

 「………続けてくれ。」

 「私は以前、私をひどい目にあわせた人間に、復讐を考えていたわ。」

 「そうだな。」

 「私は、最初は行く宛てがなくここに拾われて、ステータスを鍛えた。復讐を望んで必死に。ステータスは以前は伸びたわ。でも最近は全く伸びない。」

 「そうか。」

 「理由はわかっているの。私はもう復讐したいとは考えていない。全く戦っていない。復讐なんてどうでもいい。」

 「………。」

 「私はステータスがあるから、その気になれば逃げ出せたわ。私は手配も受けていない。まあヴォルターがどこまで追って来るかわからなかったけど。」

 「………。」

 「私はずっと望んでいた。復讐を忘れるほどに。あなたは私を尊重してくれた。私はあなたとしばらく関わってから気付いた。私はあなたの近くにいるときは、心が安らぐのを感じるの。私はあなたが私を連れて、どこか遠くに逃げてくれることをずっと望んでいた。過去の恨みつらみなんかどうでもいいから幸せな未来が欲しくなった。」

 「………。」

 

 カロンは思考する。

 もし彼女がカロンにそれを伝えたら、カロンはどう行動を起こしていたのか?

 カロンはハンニバルにも友情を感じていた。

 カロンはハンニバルを置いて逃げただろうか?それとも説得を試みただろうか?わからない。

 彼女はずっと苦しんでいたのだろう。クレインは一人で逃げるという選択はなかったのだろうか?

 彼女は自分の命が仲間達が殺した命で長らえていることを理解していた。カロンが殺しで得た金を元に。ゆえに自分一人だけ被害者面して逃げ出すつもりはなかった。

 

 そして、カロンもまた苦しんでいた。カロンはクレインが雑に扱われるのを見たくない。彼は仲のいいハンニバルにクレインを雑に扱うのをやめるように説得を考えたこともあった。しかし、ハンニバルもいつまでも長い間地の底暮らしではストレスが溜まる。するとそれを言えば言い合いになり、喧嘩になりかねない。たった六人しかいない中で揉めてしまえば、結果として今より状況が悪くなる。そのためにカロンは現状を少しずつ変えていくしかないと判断していた。

 

 「でも私には未来を築けない。あなたも知っている通り、私の体はどこもかしこも傷だらけ。未来につなげない。あなたはきっと、未来の意味を知っている。人が未来に何かを残すことの意味を知っている。」

 「俺は知らないよ。未来のことなんか、誰にもわかんないだろ?未来のことは関係ないだろ?」

 「そうでもないわ。仮にあなたがいいと言ってくれても私が嫌だったのよ。気が引けたの。あなたが未来につなげなくなることが。」

 

 クレインは俯く。

 

 「でもそうね。未来のことは誰にもわからないんでしょうね。用心深いあなたでさえも、今回こんなに早く敵が動くことを想定していなかった。」

 「ガネーシャの奴らに手を出したのは俺のミスだったよ。」

 「あなたは止めていたわ。」

 「結局、俺が作戦を立てちまったろ。まとまって動く方針を作り上げたのは、俺だ。俺がまとめちまったせいで、今までよりも強い相手に手出しを出来るようになっちまったからな。」

 

 カロンは考える。

 クレインは逃走可能だった。そしてガネーシャ襲撃の際も彼女は、随行しなかった。

 カロンは、彼女が誰かを殺すところを見たことがない。

 

 それはつまり、彼女は彼らと一緒にいる意味はなかったということなのだろうか?

 彼女が仮に復讐を望んでいたとしても、それを取りやめたのは果たして本当にカロンが理由なのだろうか?復讐は一時期の激情、麻疹にかかったようなものに過ぎなかったのではなかろうか?

 もしもそうなのだとしたら、彼女は一体どんな心持ちで日々を過ごしていたのか?どんな気持ちで、カロンが連れて逃げることを夢想していたというのだろうか?

 

 カロンにはわからない。話は続く。

 

 「あなたも、本当は人殺しなんていやなのはわかっているわ。でも、私もハンニバルもここにいる。あなたは苦渋の決断で、私達のために知らない誰かを殺しつづける道を選んだわ。」

 「………誰だって無意味に人殺しなんて望まないだろ?」

 

 闇派閥、復讐派。

 レンとバスカルはすでに復讐を終えている。ヴォルターがおらず、クレインも復讐を考えない今となっては、ただの他に行き場のない人間の身の寄せ集めになってしまっていた。ハンニバルももともと行き場がなかったからヴォルターに引き抜かれただけである。もはや復讐とは名ばかりでしかない。そして彼らはオラリオから、あらゆる敵意を浴びている。

 

 「どうかしらね?下にいる狂信派の連中だったら、そういう人間たくさんいそうだけど?」

 「わからないな。奴らはあまり関わったことないしな。」

 「そうね。」

 

 カロンは時計を見る。

 

 「あまり長い間しゃべるのも良くない。これから何が起こるかわからないからそろそろ体を休めといてくれ。」

 「そうね。」

 

 部屋にはベッドが二つある。片方にはリューが転がされている。

 

 「それじゃあ私は、先に休ませていただくわ。カロン、私はあなたが好きよ。」

 「………そうか。」

 

 クレインはベッドに横になる。

 

 「それじゃあ三時間経ったら起こして頂戴。お休みなさい。」

 

 ◇◇◇

 

 カロンはタバコに火を点ける。

 カロンは先ほどの続きを思案する。

 

 ーー使える物資、勇者の行方、エルフの処遇、考えることはこの三つか。優先順位は使える物資からだ。しかしこれは最重要ゆえに後回しにするか。まずはエルフの処遇。やはり現状維持しかないか?俺達としては邪魔にさえならないなら、別にどうでもいいことだ。………やはり現状維持か。次は勇者の行方。勇者はどこに行った?確か………レンが町に入ったときには虫の息の奴らが存在していたと言ったな。勇者はそいつらの治療を行わなかったのか?何よりも町の状況を考えれば、奴が無傷ということは有り得ない。それを鑑みると、仮に奴に今襲撃されたとしても俺達には返り討ちが可能だろう。いや、なんらかの回復薬を所持してるか。ロキ連中の遺体に回復薬がなかった。まあどのような状況かはわからんが、現状襲われたら返り討ちにするために戦うという決定事項以外は存在しないか。

 

 カロンはどこまでも思案しつづける。

 

 ーー奴が地上に向かった可能性も高い。しかし無傷でないのなら………傷の度合いにもよるか。そういえば………このまま町の物資が無くなるまでリヴィラに居座って奴らを焦らす手はあるのか?死体を燃やせば、疫病が蔓延することもない。奴らは間違いなく、定期的な連絡を行っていただろう。それが途絶えれば、奴らは異変を察知する。その時には奴らはどう動く?採りうる可能性は?兵を差し向けるか?しかしここにいたのはロキだ。ロキからいつまでも定期連絡が来ないとなると、奴らは相当警戒するはずだ。ロキファミリアを壊滅させうる戦力を持った相手が敵だと。そうなってしまえば、手段を選ばずにダンジョンの蓋をされてしまう可能性が高いか?わからん。いくつも可能性がある。下手したらオラリオの総力を挙げて、ここに襲撃に来る可能性もある。高い確率であるフレイヤへの委託も、俺達には絶望だ。しかし逆に考えれば、ダンジョン内で奴らの派兵と上手く行き違えれば、上の連中の戦力は大幅減か?ダメだ。もぬけの殻のリヴィラを見たら、どうせすぐに戻って来るに決まっている。それに第一、敵が派兵してくるにせよいつ頃になるのか全く見当がつかない。

 

 タバコの火はすでに消えている。

 

 ーー勇者が今、地上に向かっている可能性はあるのか?蓋をされたらそれを抜けるほどの火力は存在するのか?………ダメだ。この方向の思考は手詰まりだ。考えてもわからない。火力にしても実際に明日町中を見てみないとな。となるとやはり考える時間を割く必要があるのは役に立つ物資。何を持ち出す?火薬を持ち出すのであれば、ダンジョンの壁を掘削出来るツルハシなんかが有用だ。他には何かあるか?………何か。ダンジョンの横抜きをするのであれば、相手が攻めて来れないように正規のルートを俺達側から封鎖する策も有りだな。音を立てたら入口から人間が寄って来る可能性がある。となると壁を掘削道具で薄くして、入口側の天井と脱出側の壁を同時に爆薬で抜く。それで外に出て、その後はどうする?最も有効なのは、囮作戦だ。誰かが派手に暴れれば、そっちに目が行くことになる。

 

 「聞いてますか!」

 「おぉぅ!?」

 

 カロンは突如声をかけられて驚く。

 彼は慌てて時計を見る。思考を始めてからおよそ二時間。まだ時間ではない。しかし思考に没頭しすぎていた。カロンは反省する。

 

 「ああ、済まない、クレイン。見張りにも集中するよ。」

 「は?」

 「ん?何だエルフか。催したか?」

 「………違います。」

 「じゃあ何のようだ?腹でも減ったか?キチンと晩飯を食わないからだぞ。」

 「違います!!」

 

 リューはベッドから起き上がって、縛られたままでベッドに腰掛ける。カロンを見て、切り出しを考える。

 

 「………今日、町の惨状を見ました。」

 「それがどうした?俺は考えることがある。」

 「待ってください!私は!!」

 

 リューは声を荒げる。

 

 「声を落とせ。クレインが起きるだろう。」

 「………すみません。」

 「それで何だ?時間がもったいないから手短にしろよ。」

 「私は短い間とはいえ、クレインに世話をされました。」

 「ああ。」

 「彼女は私に言いました。自分の嫌な仕事を私に押し付けると。」

 「そうか。あいつは伝えたのか。」

 「ええ。しかし同時に彼女は服を脱いで、『私は以前あなたと同じ境遇で、こんな体になっても生きてるわ。あなたも頑張って生きなさい。』とそういいました。」

 「そうか。」

 

 カロンは目を細める。穏やかなその青い目はとても優しいものだとリューには思えた。

 

 「町の惨状を引き起こしたのはあなたの仲間で、彼女も仲間だったはずです。町の惨状を見ればあなたたちが悪なのは絶対的です。なのに私には彼女がどうしても憎めない………。」

 「………それは悪党に対する、ただの同情だよ。俺達は悪で、人を害する疫病のような存在だ。」

 「………私はあなたが彼女と話しているときも起きていました。」

 「………早く寝ろよ。」

 「あなたたちの仲間のせいです。あなたたちの仲間が、私をしょっちゅう殴ったせいで、私は気絶してばかりで体内時計が狂っています。おかげで眠れませんでした。」

 

 ーーヴォルターのせいかよ!?

 

 カロンは仏頂面をする。

 

 「彼女とあなたの話を聞いていました。あなたは人を殺したくないと。それは真実ですか?」

 

 リューは真っ直ぐにカロンを見つめる。カロンは顔を逸らす。

 やがていつまでもカロンを見つめつづけるリューにカロンは根負けする。

 

 「………まあそうだな。」

 「じゃあどうして闇派閥にいるんですか?どうして人を殺すのですか?」

 「………だから疫病なんだよ。あいつらもきっと生きるために人を殺している。殺さなければ、生きられないからだ。俺達も殺さなければ、生きられない。俺達も疫病も人間に嫌われている。」

 「それならあなたはそこからクレインと逃げればよかったじゃないですか!!」

 「………俺がここに来たのは、10歳くらいの時だったかな。」

 

 カロンは話す。

 

 「俺がここに来たとき、俺は人生の宛てがなかった。俺は何も知らずにダイダロス通りに迷い込み、闇派閥の男に拾われた。俺は連れていかれた先でハンニバルと出会って気が合い、俺はハンニバルしか頼りがなかった。」

 

 リューはとても寂しい話だと感じた。

 カロンの二つ名は青い目の悪魔。

 悪魔は人を食うことでしか生きながらえないのか?

 

 「ハンニバルは手配されていた。ヴォルターも手配されていた。俺が入ってしばらくしてからレンとバスカルもやってきた。そいつらもやっぱり手配されていた。手配されていなかったのはクレインだけだ。俺が来たとき、他の奴らはすでに人を殺して生きていた。」

 「………そうですか。」

 「俺にも当然それはまずいことだとわかった。でも俺はどうすればいいのかわからなかった。当時は死んだヴォルターが今よりも遥かに苛烈だった。今よりさらに弱い頃の俺は、叩かれるのをハンニバルに体を張って庇われていたんだ。ハンニバルが耐久特化なのも臆病なのも多分、ヴォルターに殴られつづけたせいだな。」

 「それは………。」

 「俺はあいつを何とかしたかった。あいつは臆病でも、俺をたった一人の仲間だと想ってくれたんだろうな。俺はあいつに可愛がられた。俺はあいつを助けたかった。でもあいつは手配されている。俺は行く宛てがない。逃げたらあいつが一人ぼっちになってしまうし、俺は今よりもさらにステータスが低かったんだ。一度着いてきてしまった以上はある程度強くならないと逃げ出せない。逃げたらヴォルターが怒って追いかけて来る可能性も高かった。」

 「………。」

 「そのころは、ハンニバルはレベル4でヴォルターがレベル6だな。俺は新人でヴォルターに叩かれたら手加減されてたとしてもすぐに死んじまう。俺はヴォルターにしょっちゅう口応えをしていた。俺はそのたびに叩かれそうになり、ハンニバルはその度に痛い想いをしてたんだ。………見捨てられないよ。クレインだっていい奴だったし。………それから俺達は変わったこともあれば、そうでないこともあった。ヴォルターは以前よりは暴力を控えるようになった。」

 

 リューはカロンとヴォルターの話を思い出す。ヴォルターは力で屈服させることしか教えられなかったと言っていた。

 

 「俺はその後もどうすればいいか考えたよ。ずっとずっと考えた。オラリオで暮らすことは不可能だし、ヴォルターは暴力が減ってもオラリオへの復讐にはずっとこだわっていた。」

 「………。」

 「俺はどうすれば幸せになれるかずっと考えた。ハンニバルとクレインを連れて逃げることも考えた。でも、オラリオは中に入るのは簡単でも、外に出るのは難しいという話を聞いたことがあるんだ。ハンニバルが手配されている以上、力付くでオラリオの外に逃げる以外に選択肢は存在しない。そしてやがて体が大きくて目立つ俺もあっという間に手配された。オラリオに留まったら、しばらくは隠れ潜むことができたとしてもいずれヴォルターと民衆が俺達を殺しにやって来る。俺達にとってはオラリオは出口のない迷宮で、迷宮はその中の安全地点のようなものだ。普通のやつらとあべこべなんだよ。」

 「………そうなんですね。」

 「お前は正義を目指していたのだろう?俺からアドバイスするが、復讐殺人は止めといたがいいと思うぞ。俺だってそんなつまらないこと考えねぇぜ。生きることには賛成するが。生きるために人を殺す必要のある俺の考えでは、自分の感情のままに人を殺すのは贅沢が過ぎると思うがね。体の汚れは落とせても、魂の汚れは落とせないと思うが。」

 「………なぜそう思うのですか?」

 「お前が誰かの憎しみを買えば、忘れようとしても逃れようとしても敵意がお前をどこまででも追って来る可能性がある。敵はお前が考えている以上に鼻が利くかも知れねぇぜ?執念深い奴らだったら、猟犬のようにお前の魂の汚れの臭いを嗅ぎ付けてどこまででも追って来る。そうなりゃお前は敵意に囲まれて、のっぴきならない事態に陥らないとも限らない。深淵を覗くものは深淵から覗かれる。その視線は、お前が考えているよりもずっとしつこくて恐ろしいと思うがね。」

 

 リューは考える。彼の話を眉唾だと切り捨てることは出来る。しかし。

 彼自身が自分の魂の話をしているということだろうか?

 彼は殺人を行い、魂が汚れている。彼は敵意に囲まれて、確かに現実のっぴきならない事態に陥っている。

 自分のようになるなと言ってるのだろうか?

 

 「じゃあ!私はどうすればいいというのですか!?」

 「知らんよ。これはただのどうでもいいアドバイスに過ぎない。どうするかはお前が自分で決めることだろ?俺はもう交代の時間だ。」

 

 カロンはクレインの側へ寄り、彼女へと声をかける。

 

 「クレイン、起きてくれ。」

 「………時間かしら。」

 「ああ、頼むよ。コーヒーも煎れといたぜ。封印薬はまだ打ってないから任せたぜ。」

 「ええ。ありがとう。」

 

 カロンは布団に横になり、すぐに寝息をたてる。リューは彼の言葉を忘れられない。

 リヴィラの夜は静かに過ぎていく。




ダンジョンに存在する別の出入口はレベルではなく多くのマンパワーがないと作れません。たった六人の彼らは、狂信派か浮動派が造ったそれを知らされてません。いざという時のとかげのしっぽ扱いですね。いざという時は彼らをオラリオにぶつけてしまえば彼らは高レベルだからそれなりにオラリオにダメージを与えて混乱させることが出来るだろう、という他の闇派閥の人間の思惑です。


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後悔しても、反省しても

 リューは眠れなかった。カロンの言葉が頭にこびりついて離れなかった。

 

 『人を殺すことでしか生きられないからだ』

 

 リューは目をつぶって様々なことを考える。

 

 彼らは今日、仲間の金髪の男を埋葬していた。リューは彼らが血も涙もない人間だと認識していた。しかし彼らはこんな余裕のない状況下でも、仲間の埋葬を行っている。

 リューは彼らに、仲間の命を大切に想う気持ちがあることすら知らなかった。闇派閥に、仲間を大切にする人間が存在することを知らなかった。

 それを知らずに正義を名乗ることが、彼女には恥ずべきことに思えた。

 

 そして彼女は思考を続け、一つの結論にたどり着く。

 

 ーーそうか。あの男が生かして私を連れてきたのも、仲間のクレインが嫌な仕事をさせられるのが見てられなかったからなのか………。そしてそれにも関わらず、何もできない状態の私に選択肢を与えた………。死か奴隷以下の扱いかというろくでもない選択肢ではあったが、あれは彼に与えることが出来る精一杯の慈悲だったのかもしれない。問答無用のやり方も可能だったというのに。始めて出会っただけの、私にかける情けが存在するのであれば、殺さなくて済むなら殺したくないというのもやはり真実なのだろうか………?

 

 リューはいつまでも眠れない。目をつむって横になったまま思考しつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「カロン、起きてちょうだい。」

 

 クレインはカロンの肩を揺さぶる。カロンは寝起きが悪かった。

 

 「カロン、カロン!」

 「うん、ああもうそんな時間か。済まないな。今起きるよ。」

 

 カロンは頭を掻きながら起き上がる。

 

 「コーヒーを煎れといたわ。エルフのステータス封印薬もすでに打ってある。」

 「………そうか。わかった。」

 

 コーヒーを一口飲み、カロンは考える。仲間はまだ起きていないか?

 

 「クレイン、お前はまた休んでいてくれ。」

 「もう休んだわ。時間が惜しいでしょ?」

 「いや、そうでもない。今の状況なら、むしろ多少ゆっくりするべきだ。」

 「なぜなの?」

 「リヴィラで何らかの物資が手に入ることは、俺達にとっては何よりの僥倖だ。ここで何を持ち出すかが、俺達の先行きを決定的にする。多少の時間のロスをしても、しっかり考えて持ち出すべきだ。」

 

 カロンは考える。当初の予定以外に役に立つものは?

 

 「そう。わかったわ。でもあまり眠くはないわ。」

 「………先がどうなるかわからんから、無理してでも眠っておけ。」

 「私よりも、頭を使うあなたに睡眠が必要だと思うわ。あなたねぼすけだし。」

 

 カロンは言葉に困る。

 カロンは持ち出すものを見繕うために時間をかけるとは言ったが、クレインが横になっている間に町にどの程度の物資が置いてあるのか見て回るつもりだった。

 そしてカロンは時計を見て、自分が寝坊していたことに気付く。

 

 ーー三時間といったのだが………クレインは俺に気を遣って一時間余計に寝かせてくれたのか。

 

 今の時間は朝の7時。

 

 「………俺は今から町を見て回る。眠くないならお前は適当に食えるもん捜して、他の奴らが起き出して来たときに出しといてくれるか?」

 「それはもう、あなたが寝ているうちに済ませているわ。せっかくだし、町を一緒に見て回らない?」

 「こいつ、どうすんだ?」

 

 カロンはベッドで横になるリューを指差す。

 

 「あと二時間は薬が効いているわ。あなたの魔法で縛っているし、動けたとしても芋虫よ。」

 

 カロンは、思案しながら町を見て回るつもりだった。そのためにできれば一人で回りたい。しかし。

 

 ーー少しゆっくりした方がいいと言ったのは俺か。仕方ない。本当に少しゆっくりすることにするか。どうせ先はわからないし、定期連絡の間隔のことも考えれば、すぐに敵が降りて来ることも、上で俺達に対応して何らかのアクションをとることも考えづらい。勇者の動きだけは気掛かりだが。

 

 カロンとクレインは連れ立って家屋を出る。

 

 ◇◇◇

 

 ーーやはり、悲惨なものだな。

 

 地面に捨て置かれた夥しい量の死体。すでに蛆や蠅がたかっている。

 放っておけば、それらはすぐにでも腐り、疫病の温床と化す。

 

 カロンは可能であれば、土葬か火葬をしてやりたかったが、今は意味のない無駄な時間を使うつもりはない。

 カロンはやはり考える。

 

 ーー死体………死体は放っておけば、ガスを発生する。ガス………毒ガスのアイデアは?さすがにそんなものは置いていないか?可燃性燃料はガス状のものもある。

 

 カロンは早くもすでにクレインと連れ立っていることを忘れ果てている。

 回りには一面の丸一日経った凄惨な死体だらけで、男はそれを穴が開くほど見続けて一心不乱に毒ガスのことを考えている。あまりにも悲惨なデート。未だかつてこれほど最悪のシチュエーションのデートは存在しただろうか?

 

 しかし、それでもクレインはなお笑う。彼女には、カロンと共にいる時間は安らぎである。

 彼女は、カロンがいつも自分たちの状況を良くするために、必死に考え事をするその表情が好きだった。

 

 カロンはどこまでもクレインをガン無視して考え込む。

 

 ーー掘削道具。ツルハシ、スコップ、シャベル………仲間に集めるのを頼むときは、穴を掘れるものといえば構わないか。そうすればあいつらは勝手に穴を掘れそうな物を探して来るはずだ。可燃性燃料………油か。確か俺の記憶が正しければ、燃やすものによって発生する気体が変わるはずだ。二種類の特性を持つものを持って行くべきか?相手の無力化を目的とするものと、目くらましのための人体に影響が少ないもの………。いや、俺にはその辺りの詳しい知識はない。目くらまし、目くらまし、他に何かないか?

 

 カロンは家屋の物置小屋に目をやる。

 

 ーーツルハシは置いてある。他にあるのは縄、針がね、燃料、ノコギリ、あとはよくわからない物か。縄は俺の魔法があるから必要ない。?いや、一応持っておくか?針がねは必要性を感じない。ノコギリもいらないだろう。しかし掘削道具と、燃料だけで大丈夫なわけがない。予断を許さないのだから、役に立ちうる物は可能な限り持ち出すべき。しかしあまりたくさん持ち出すと戦闘に支障が出る。次は家屋の中を探してみるか?

 

 カロンは家の中に入ろうとして、クレインと目が会う。クレインはニコニコと笑っている。

 

 「………スマン。」

 「別にいいわよ。あなたらしくてかわいいわ。」

 「俺みたいなでかい男がかわいいなんてありえないだろう?」

 「そうでもないわよ。」

 

 クレインは、笑う。

 

 「次は家の中を見てみたい。いいか?」

 「ええ。いいわよ。」

 

 二人は連れ立って、家屋の中へと入る。

 部屋へと入ったカロンは、椅子に座って考える。

 

 ーー必要な物。魔石、必要ない。明かり、必要ない。うん?明かり?明かり、魔石灯。これはどういう構造になってるんだ?魔石からエネルギーを取り出して、光に変えている。魔石はエネルギー。

 

 カロンはその時に気付く。

 

 ーーそうだ!魔石だ!魔石は必要だ!オラリオは魔石産業だ!大体の物は魔石を原動力にして動いている!オラリオで何かが必要になったとき、物を盗んでも魔石がないと動かないという状況が起こりうる!加工した魔石をいくつか持って行くか。それによくよく考えれば、夜間の移動の際に明かりが必要になる可能性もある。魔石灯も必要だな。

 

 カロンは念のために魔石灯を取り、そこらの物を壊して魔石を取り出す。

 

 ーー他は何か必要か?うーん?

 

 考えるのをやめないカロン。コーヒーを作り、そっと差し出すクレイン。カロンは無意識にコップを手に取り、コーヒーに口をつける。

 

 ーー取り敢えずは思い付かない。何か?何かないか?どういうシチュエーションに陥りうるのかシミュレーションしておくべきか?

 

 カロンは頭をクシャクシャに掻きむしる。クレインはそっと後ろに立って髪を撫で付ける。

 

 ーーそういえば仲間達はそろそろ起き出す頃じゃないか?エルフのステータス封印薬は時間的に大丈夫か?

 

 「クレイン、仲間はそろそろーー

 「ええ、起きてるわよ。先ほど食堂で見かけたわ。エルフを連れて一緒に行きましょう。」

 「ステータス封印薬は?」

 「あなたが考え込んでいる間に、打ってきたわよ。」

 

 カロンが悩んでいる間に彼女はやることを済ませていた。

 

 「済まないな。じゃあ、行くか。」

 

 ◇◇◇

 

 「おい、エルフ!起きろ!」

 「………ふごッッ。」

 

 横になるリューは頭を叩かれる。リューは昨晩遅くまで考え込み、寝る時間が非常に遅くなっていた。どちらかというと現時点が寝入りばなに近い。それゆえのふごッッ、である。どのような顔だったかは、察していただきたい。

 

 「寝てるのはお前だけだぞ?なんで捕虜のお前だけがそんなに呑気なんだ?」

 

 カロンは自分の寝起きの悪さを棚に上げて、捕虜という現状を理解しているのか疑わしいエルフに呆れ果てる。

 リューはカロンを睨む。

 リューはカロンの言葉のせいで眠れなくなり、カロンに恥ずかしいところを見られた。

 

 ーーおのれ!!私にこんな恥ずかしい思いをさせてくれようとは!!

 

 リューはカロンを恨む。

 

 「ほら、行くわよ。」

 

 カロンはリューの拘束を緩める。

 二人はクレインに連れられて、食堂へと向かう。

 

 ◇◇◇

 

 「よう、みんな起きてたか。」

 

 カロンとクレインとリューは椅子へと腰掛ける。

 

 「どうだ?何か必要な物は思いついたか?」

 「そうだな。確定的に必要なのは、油と爆薬と壁を掘れるものだ。油と爆薬はあるだけの。扱いに注意してくれ。他に欲しいのは縄とか鉄線とかかな。あとはここでの選択が生死に直結するから、何か役に立ちそうなものをみんなで適当に持ってきてみてほしい。」

 

 三人も食事を始める。

 朝の食事は、保存されていたパン類だった。

 

 「お前は何か思い付かないのか?」

 

 レンは口に食べ物を詰めたまましゃべる。

 闇派閥に、行儀という概念は存在しない。

 

 「うーん、一通り考えてももう思い付かないんだよな。突発的に何かが必要となる事態はいくらでも想定しうるはずなんだがな。でも上に上がったあとの戦略と戦術も練らないといけないし。まあそういうのは、歩きながらになるかな。後でもう一通り、その辺を回ってみるよ。」

 「そうか。」

 

 彼らは食事を続ける。

 カロンは食事しながらも思案する。

 

 ーー爆薬で壁を抜いた後。次の行動は囮作戦。ここで囮にする人材はすでに決まってるんだよな。言いに行くのが非常に気が重い。実質的に死にに行けと言っているようなものだし。

 

 カロンはボロボロ食事を零しながら考える。

 囮をやるからにはある程度時間が稼げて、なおかつ先々の重要度がより低い人物。

 

 ーー早く伝えるべきなのはわかっているが、それにしても気が重い。やめよう。どうせ言う時にも気が重くなるんだし。他に考えること。何があるかね?あぁ。出立時間だ。………どうせ先行きが不明なら、道具を集めたら今日一日休もうか?他の人間はどう考えているのだろう?

 

 「みんな、今日は道具を一通り揃えたら休みにしようかと考えたんだが、どう思う?」

 「急ぎじゃあねぇのか?」

 

 レンが聞く。

 

 「今ここで急くよりも、万端の準備の方が優先だ。」

 

 カロンは答える。

 

 「それだったらこれから先の行動のシミュレーションを行わねぇか?」

 

 レンがそう答える。

 

 「レン、お前はそういうのあんまり好きじゃなかったはずだろ?」

 「馬鹿いうな。今がどんな状況か、私にだってわかってるよ。少しでも先の行動を考えていた方がいい。」

 

 カロンは困り、渋い顔をする。

 

 「カロン、すでに意思統一はできてるよ。覚悟はできてる。私だって以前それなりの期間ガネーシャにいたんだ。全く戦略や戦術を理解できないわけじゃない。()()()だ?」

 「………お前だ。」

 「そうか。」

 

 レンは笑う。

 

 ダンジョンが仮に爆薬で横抜けが可能だったとしても、音に反応して大勢の冒険者が寄って来ることは明白である。まとまって逃げれば、当然すぐに大勢に攻撃されて全滅の憂き目を見ることとなる。全員で暴れればそれなりの人数を殺せるかも知れないが、復讐を目的としない彼らにそれは全く意味がない。逃げを優先するならば当然、囮が必要となる。

 ここで必要な囮はある程度戦えて、ある程度逃げ回れる人材。防御特化で素早さがないハンニバルやカロン、専門後衛のクレインには徹底的に向かない。必然的に消去法で、バスカルとレンが残る。二人でまとめて残ればより時間が稼げるかもしれないが、少しでも戦力を残したい状況でもある。さらに、バスカルには他の使い道が残されている。

 

 「んで、どうすんだ?」

 

 レンは問う。

 

 「………お前ら、一緒でなくても構わんのか?」

 「ああ。話し合ったよ。カロンの案に乗って、どちらかを少しでも温存するやり方に異存はない。」

 

 バスカルも笑う。

 それを見たカロンは、彼らが二人でしっかりと話をしたのだということを理解する。

 

 「………わかった。取り敢えず飯を食い終わったら物資を集めよう。集め終わったら、これから先の作戦を話すことにする。」

 

 カロンは寂しい。

 

 たとえ彼らが人で無しであったとしても、それなりの期間を一緒に過ごした相手に、カロンはこれからどう死ぬかの指示を出さなくてはならない。

 やがて食事は終わる。

 カロンはこの食事がいつまでも終わらないものであったらいいのにと願った。

 

 ◇◇◇

 

 「それじゃあみんな、物資の調達を頼む。クレインはエルフについといてくれ。俺は先々のシミュレーションに抜けがないか、もう一度確認を行う。」

 「ああ。」

 

 仲間達は、物資の調達に町中へと向かう。

 先々のシミュレーション、まずは確定していること。

 

 ーーほぼ確定していることは、取り敢えず六階層まではこのまま進めるということだ。奴らがオラリオからダンジョンに大規模に降りて来ることは、ほぼ有り得ない。なぜなら最悪の場合はダンジョンのどこかで俺達と擦れ違いになるからだ。擦れ違ってしまったら強力な人員がダンジョンにいる状態で、危険な俺達がオラリオに出現することになる。それが奴らにとって最悪だとそう判断するはずだ。そこから先は……おそらくは敵はダンジョンの入口付近で待機していることだろう。待機期間はおそらくはガネーシャの連中の定期報告でなんらかの情報が入ってくるまで。それを考えれば、長期間待機する場所はやはり入口近くになるだろう。一本道の場所も念のために警戒しておくか?となるとレンに斥候を頼むべきだが………しかし真っ先に捨てごまに使う人間にさらなる仕事まで頼みたくない。できる限りバスカルと一緒の時間をやりたい。俺は考える必要がある。ならばハンニバルに頼むか。あいつは性格的に臆病だし、案外偵察に向いている。能力を加味すれば万全なのはレンだが。取り敢えず六階層まではまず大丈夫だろう。

 

 ーー奴らの行動を考えれば、浅い階層の誰も来ない場所で潜むのもアリか?食糧をここからある程度持ち出せば、奴らを焦らすことができる。定期報告が入らなかった場合は、奴らがリヴィラに向かうことも有り得る。そうすればしめたもので、上手くやれば擦れ違うことができる。壁の掘削と同時に奴らの監視を行えれば、それがベストか?

 そうだ!忘れていた!ダンジョンの壁は生きている!ダンジョンは、放っておけば穴はふさがる!ということは、穴を塞がらないように維持するために木材で補強することも必要となって来る!壁の厚さも確定しない。掘削した岩クズを投棄する必要もある。これは想像以上に時間がかかる可能性がある。他には何か見落としはないか?まずはみんなに伝えるとするか。

 

 カロンは外へと向かう。

 

 「おい、みんな済まない。忘れていた。木材と釘と食糧もくすねといてくれ。」

 「木材だぁ?何に使うんだ?」

 

 ハンニバルが問う。

 

 「ああ、爆薬の量と壁の厚さ次第にもよるが、おそらく俺達はある程度壁を薄くしてから爆薬で壁を爆破しないといけない。そのためにはそれなりの期間のダンジョンの壁の掘削が必要だ。なるべくなら後々まで利用性の高い爆薬を確保しておきたいという理由もある。ダンジョンの壁を掘削するためには、木材が必要になってくる。補強しないと生きている壁が勝手に閉じてしまうからだ。俺達のアジトも、確かそうだったろ?それとみんなには悪いんだが死体を一カ所に集めるのを手伝ってくれないか?」

 「何だっていまさらそんな面倒なことをするんだ?」

 

 バスカルが聞く。

 

 「ああ。当初想定していたよりも、俺達の行動は時間がかかりそうなんだよ。今日の話し合いは取りやめだ。相手の行動次第だが、奴らが最も行動する可能性が高いパターンを考えると、食糧の補給のために幾度かリヴィラに戻って来る必要が出そうなんだ。そうなりゃ、ここを死体が腐って病気の温床にするわけにはいかねぇ。まとめて油で燃やすぞ。」

 「………面倒だが仕方ねぇか。」

 

 レンがごちる。

 カロンはクレインの元へと向かう。部屋をノックし、返事が来たために扉を開く。彼女たちは宿屋の一室に居た。

 

 「クレイン、エルフはどうしてる?」

 「部屋の中に居る限り、好きにさせてるわ。ステータスがなければ何にもできないし。」

 「そうか。」

 

 カロンはしばらく考える。

 

 ーーステータスがない人間に作業を手伝わせても高が知れてる、か?というよりも壁を掘っている間は彼女たちはここに置いておくという選択肢は?それはナシか。死体を燃やしても衛生面が万全なわけではない。ああ、そうだ。

 

 「クレイン、ここにステータス封印薬が置いてあるか確認したか?」

 「いえ、してないわ。」

 「そうか。じゃあ俺が今から確認して来るよ。」

 

 カロンはそう告げて、物資を置いてある店へと向かう。

 

 ーーステータス封印薬はナシか。タバコがあったのはツイてたな。マッチも持っておこう。他には必要な物は?

 

 カロンはぐるりと見渡す。

 

 ーー特にはナシか。さて、俺も手伝いに行かねぇとな。

 

 ◇◇◇

 

 結局、その後は四人がかりで死体を集めるのにまるまると半日かかった。すでに辺りは薄暗い。

 カロンは民家の納屋に置いてあった油を大量にかけると、死体の山へとマッチで火を点ける。

 

 勢いよく立ち上る黒煙、強烈な臭いに口元や鼻を覆う彼ら。

 カロンはクレインとリューの存在に気づく。

 

 「クレイン、どうしたんだ?」

 「ええ、エルフがどうしても死者に黙祷を捧げたいって言うから。」

 「そうか。お前もついでに捧げとけ。エルフは俺が見とくよ。」

 「そうね。」

 

 クレインは黙祷を捧げ、カロンはリューの近くへと寄る。

 しばらくしてからリューは目を開ける。

 リューは何となく、口から言葉が出る。

 

 「………命の重さとはどのようなものですか?」

 「俺に聞いてるのか?何の禅問答だ?お前馬鹿だろ。俺達は命を軽く扱う闇派閥だぞ?」

 「馬鹿なことを聞いてるのは自覚しています。」

 「命の重さね。………命に重さなんて存在しないな。」

 「馬鹿な!そんなわけないでしょう!」

 「そんなわけあるよ。お前が命に重さがあると思いたがっているだけだ。」

 「………なぜそのような結論になるのですか?」

 「俺達が命に重さが存在したら困るからだ。相手の命を推し量ってしまったら、俺達が死なないといけないという結論が出てしまう。俺達は、複数人を殺している。命に重さが存在したら、俺達の命の方がどう考えたって軽い。」

 「………そうなりますね。」

 「お前が命を重いものだと考えているのも同じ理由だ。お前にとっては命が重いものの方が都合がいい。」

 「違う!」

 「違わないよ。誰だって自分の行動に正当性が欲しい。お前はお前の正義が意味のあるものだと思いたい。俺達は俺達で生きるための正当な理由が欲しい。しかし実際は、命に重さや価値をつけるのは、神々であっても不可能だ。」

 「それは………。」

 「あいつらは娯楽に溺れているだろう。しかしたとえ天界に生真面目な唯一神が存在していたとしても、俺はそいつが勝手に決めた命の重さを認める気はないよ。俺は今ここで生きている。今ここで生きている俺の意見より、ここではないどこかにいるなぜ偉いのかもわからないような奴の意見の方が優先されていいわけがないだろ?真に命に重さや価値をつけることができるのは、自分だけだよ。ただし、自分で付けた価値が、他人に認められるかはわからない。どうやって価値をつけることができるかもわからない。自分で高い価値を付けたとしても、それで命が護られることが決められたわけではない。」

 「………。」

 「ただし、これは闇派閥の俺の持論だ。一般人がどう思っているかとか、そういうのは一切関係ない。お前が命は重いと思えば、少なくともお前の中ではそうなんだろうさ。」

 「………そうですね。」

 

 死体の一部はオラリオで名を馳せたロキファミリアの中枢の人員である。しかし彼らは今はもうすでに物を言わないただの肉の塊に過ぎない。どれだけ強い人間であっても死ぬときは案外呆気ない。

 

 燃え上がる炎、立ち上る黒煙、死体の爆ぜる音。

 上昇気流に乗って、彼らの魂はどこへと向かうのであろうか?

 天国か?地獄か?あるいはそのようなものは一切存在しないのか?

 

 リューはただただ、彼らの冥福を祈った。

 

 「みんな、後は俺がしばらく残っとくから先に家に帰っててくれ。」 

 

 カロンはそう指示を出す。

 彼は燻る炎を見つめながら思考をしつづける。

 

 ーーさて、考えることの続きだな。次は上の奴らの思考の追跡(トレース)をしてみるか。さて。まずほぼ確定していることだ。奴らはまさかロキファミリアを差し向けたリヴィラが現状で全滅状態だとは考えないだろう。しかし例外として、消えた勇者のヤローが報告すれば別だ。だが勇者が報告したとしても、奴らは全員は下には降りて来ない。上に向かって居るはずの俺達とダンジョン内のどこかですれ違う可能性があるからだ。万一すれ違ったら、強力な冒険者がダンジョン内にいる状態で危険な俺達が町に出現する。そうすればオラリオの町が悲惨なことになると奴らは考えているはずだ。仮に定期報告が来なかったら、奴らはそれなりのレベルの、それなりの人数の人員をここへ調査へ送るだろう。最悪、リヴィラ全滅を想定して送って来るはずだから、そこそこできる奴のはずだ。ヴォルターがいない今、そいつらとはかち合いたくはない。斥候程度なら勝てる可能性も高いが、俺達にそいつらを撃滅する意味がない。撃滅しても、しなくても、どうせ奴らはリヴィラ全滅にすぐに気付く。斥候が戻らなければ、真っ先にその可能性を疑うだろうからな。しかしリヴィラ全滅を知った奴らはどうする?爆薬が無くなっていることにいつ頃気付く?俺達の狙いはいつ頃奴らにばれる?やはり斥候は片付けておくべきか?奴らが爆薬が消えていることに気付けば、俺達の狙いに気付いて一階層の探索を行うだろう。やはりなるべく早く掘削を終わらせて、後は火力に明かせて無理矢理壁を抜くべきか。爆薬が大量に置いてあればいいが。

 

 ーー次に、考えることは………出立の日時か。まだ物資の確認も終わっていない。明日出発になるな。エルフはどうするか?今日もクレインの睡眠を削るのは気が引けるな。つくづくさっさと埋めておけばよかった。ここまで連れて来ちまったからには約束を守っておとなしくしてる奴をいまさら埋める気になれん。これは最大の選択ミスだったな。

 

 やがて火は下火になり、カロンはこれ以上見ておく意味はないと判断する。

 カロンは家屋へと戻る。

 

 ◇◇◇

 

 「戻ったか。もうみんな、飯食っちまったぜ。」

 

 レンがそう話す。

 

 「そうか。クレイン、ちょっといいか?」

 「何?」

 「出立は明日になる。今日も面倒だがエルフの見張りを交代で頼みたい。今からは俺が見とくから、お前は早めに寝ておいてくれるか。」

 「わかったわ。」

 「それとステータス封印薬はどれくらいあるんだ?」

 「そうね。まだしばらくは持つわ。」

 「結構たくさん持ってたんだな。」

 「ええ。」

 

 クレインも、かつては人を殺したことがないわけではない。ただしさほど回数は多くない。まあ回数自体に大きな意味があるとは言えないが。

 

 彼女はすぐに、自分の行為に嫌気がさした。しかし誰も彼らのアジトに食費を入れない。食事がないと、当然ヴォルターが腹をたてる。専門後衛の彼女は単騎ではあまり強い魔物は狩れない。それでも彼女は魔物を相手に必死に戦って、今がある。

 当時も今も、ヴォルターがアジトに便利に使えるクレインがいないと激昂していたために、長い時間を空けるオラリオに行っての魔石の換金は不可能だった。

 そしてやがてカロンが来る。カロンはある日、クレインのために冒険者の女を捕らえてきた。嫌な仕事を他人に押し付けることができるクレインはそれを喜び、大量のステータス封印薬を取っておいた蓄えでオラリオで購入した。ヴォルターはクレインに相談されたカロンが必死に説得した。

 そして、ヴォルターは初日に女を肉の塊にした。ステータス封印薬は残った。

 それがカロン達のアジトに大量のステータス封印薬が残されていた経緯であった。

 

 「何だ?お前ら今日も二人でエルフの前で見せ付けるのか?昨日もだったろ?おかしなプレイが好きなんだな。」

 

 レンが茶化す。

 

 「ええ。他人に見られるのもなかなか悪くなかったわ。」

 

 クレインがそれに乗っかる。

 

 「おいおい、クレインまで馬鹿なことを言うのはよせよ。明日からは大変なんだからみんなもしっかりと休んでいてくれ。」

 

 晩飯を取り終えた彼らは各々の部屋へと戻る。

 

 ◇◇◇

 

 ーーさて、と。

 

 カロンはコーヒーを煎れ、タバコに火を点ける。

 

 ーー俺はうっかり考え込む癖があるからな。エルフのステータス封印薬を打ち込むのは忘れないようにしないとな。

 

 カロンはリューを見る。カロン達が起きている間は、ステータスの使えないリューは特に拘束はされていない。もう少し遅い時間であれば、見張り役がある程度自由に動けるように拘束しておく。

 ベッドには、先に横になるクレイン。時刻は午後八時。次に薬を打つのは一時間後。

 

 ーー1時間か。微妙な時間だな。考え込む癖がある俺にとってはどう時間を使うか………。

 

 「………何ですか?」

 「うん?どうしたんだ?」

 「どうしたんだも何も、あなたがずっと私のことを見ていたのでしょう?」

 「ああいや、別に用があったわけでも、意味があるわけでもない。俺の癖だよ。考えていたんだ。お前に視線が行ってたのはたまたまだよ。」

 

 ーーああ、そういや物資の確認も行う必要があるんだった。1時間じゃあ微妙だな。次の薬を打ってからエルフを縛ってから確認に行くか。

 

 カロンは唐突に思い出す。

 

 「あの、あまり見られると落ち着かないのですが。」

 「ああ。」

 

 カロンは視線を逸らす。

 

 「………変な男ですね。ずっと見てくるからてっきり変なことをしてくるのかと思いましたが。」

 「………うん?いやお前、状況を考えろよ。今の俺達にそんな余裕があるわけないだろ?そんな呑気なのは捕虜になっても堂々と寝坊するお前くらいだよ。」

 「んなっっ………。」

 

 リューは痛いところを突かれて絶句する。

 

 ーー1時間でできることか。考え込む癖のある俺の場合1時間でできることを1時間以上かけて考え込むなんてマヌケなことになりかねん。適当にエルフとしゃべって時間を潰すか。

 

 「おい、エルフ。お前どうしたい?」

 「どうしたいとは?」

 「俺達としては、お前を生かす意味はない。だが殺す意味もない。逃走に捕虜を連れていても、俺達の邪魔になるだけだ。お前が絶対に俺達の害にならないと俺達が確信できたなら、いつでも逃がすことができる。お前から何か案はないか?」

 「………思いつきません。」

 「お前もうちっと考えろよ。本当に呑気なアホエルフだな。幸薄そうなツラしてるし。」

 「アホエルフ!?幸薄そう!?」

 「お前自分の命がかかってんだぞ?んで景気の悪いツラしてるから、必死に考え込んで居るのかと思いや、ほぼ即答で思いつきませんとか。お前の辛気臭いツラはただの見せ掛けか?」

 

 リューはなかなか反論ができない。寝坊したのは彼女で、あまり時間を置かずに返答してしまったのも彼女である。

 

 「………私のどこが幸薄そうだというのですか?」

 「今の状況がお前にとっちゃ、ツイてるのか?」

 「うっ………!」

 「俺達に連れて来られて仕事させられたり、ヴォルターに殴られまくったり、散々だろ?」

 「殴られたのは災難でしたが、仕事はしてませんよ。」

 「あん?」

 

 ーーこいつを捕らえてからまだたったの四日程度しか経っていないし殴りまくったヴォルターはいいとして、ハンニバルのアレがあったはずだが?うん?ああ、そういやあの時ハンニバルは俺達が出かける時間帯くらいにエルフの足が吹っ飛んだと言ってたな。アレはそれで騒いでたのか。

 

 「そうか。」

 「ええ。拷問を受ける可能性があると最初に明言されていますし、よくよく考えてみれば私にとってはそれに比べれば足が片方動かないことくらい、問題ありません。私はツイてます!」

 

 リューは幸薄そうという言葉をひっくり返せると思って喜び勇んで胸を張る。

 

 「お前つくづくアホエルフだな。俺達はいつ命を落とすかわからなくて、お前はそれに巻き込まれてんだぞ?挙げ句の果てにお前の仲間は全滅したんだろ?一体お前のどこらへんがツイてるんだよ?」

 「うっ………。」

 「だから必死に考えろよ。生きて還って復讐するんだろ?」

 「………。」

 

 リューは考える。

 やはり私は今も復讐を望んでいるのか?

 カロンの悪魔の言葉は他人の思考を引きずる。

 

 「どうすればいいんでしょうか………。」

 「だからなんで俺に聞くんだよ!自分で必死に考えるんだよ!俺の言葉は闇派閥の戯言に過ぎねぇだろうが!必死に考えた結果、復讐をするならそれでいいじゃねぇか!考えるのを人任せにするなよ!」

 

 カロンは譲れない。

 カロンは決して自分が頭がいいと思っていない。それでも彼は必死に考える。

 どうすればいいか?どうすれば明日は今日より良くなるか?

 今の状況に納得していない。どこまでも考えつづける。

 

 なぜか?

 

 彼ら復讐派を立ち上げたヴォルターは、あまりにも無計画だった。カロンはずっと前から自分たちの置かれた立ち位置が、選択を間違えればあっという間に地雷を踏んで吹き飛ぶ程に危ういものだということを理解している。リューに対する彼の『感情で殺すのは贅沢』というのは真実彼らが切羽詰まっているということでもあるのである。生きるために必要となる殺しだけでも彼らはすでに大々的に手配されている。これ以上ヘイトを受けたらただでさえいつまで持つかわからない現状がさらに悪くなる。現状がそれゆえに彼は生き続けるためには考える必要があることを知っている。常に考えていなければすぐに詰んでしまうという状況が、カロンが思考を続ける現状の下地として存在した。カロンが思考を続けるおかげで現状なんとかもっていることを理解する彼の仲間達は、それがためにカロンに感謝をしていた。

 

 そして無計画に復讐派を立ち上げた死んだヴォルターが彼らに完全に恨まれているかというと、案外とそうでもない。彼らの多くは闇派閥の復讐派でなければ狂信派にしか居場所がなくなる。クレイン以外は危険度の極めて高い連中としてオラリオで手配されているためオラリオには居られない。そして彼らは復讐派を抜けて狂信派に行ったら、捨て駒以外の使い道をされない。彼らは戦闘力がそこそこ高いために優秀な捨て駒となりうる。ヴォルターの個人の戦闘力が高かったおかげで、彼ら復讐派は狂信派の干渉を受けずに済んでいたことを理解していた。狂信派であっても無闇に手をだせば、手痛いしっぺ返しを喰らう恐れがある。

 

 悪の成り立ちを理解するガネーシャを筆頭としたオラリオの徳の高い神々は、それらの対応を今までは眷属に任せてきていた。本来ならば人間のことは人間が対応するのが筋である。しかし対応を眷属達に任せていても、多くの面倒ごとを嫌い娯楽に浸る神々と人々を動かすことが出来ず、結果ロキやフレイヤ等の強力な駒を動かした大規模な作戦が組めない。そして今回の被害は目に余る。考えた末に自分が陣頭指揮を取ってでもこのまま危険な相手をのさばらせるつもりはないという結論に至った。

 

 物事はいろいろと複雑なのである。

 

 結局彼らは全員、以前から極めて難しい一つ物事を決定的に間違えればすぐに詰んでしまう状況からどうやっても逃れることが出来なかったのである。オラリオで快楽に溺れた、人間や神々のツケが廻ってきた存在以外の何者でもない。死体が疫病の温床であることと同様に、人間の欲望は闇の温床となる。

 

 親のいないカロンとハンニバルは人生に宛てが無くオラリオの闇に拾われ、復讐を行ったレンとバスカルはオラリオで利益を得るタチの悪い人間の殺人に短絡の癇癪を起こし、洗脳されて育てられたヴォルターはオラリオが見て見ぬ振りをしてずっと放置しつづけた恨みの行き先である。

 彼ら自身は、オラリオに復讐を行う意思は存在しないが、彼らが復讐派であるという事実は意外にもこの上なく当てはまる。彼らはオラリオで享楽に耽る人々や神々の裏側で被害を受けた存在なのである。

 

 光があれば影が出来るのと同様に、禍福は糾える縄の如し。勝者の裏側には常に敗者が存在する。金持ちはたくさんの貧乏人の上に成り立ち、一人の高レベル冒険者の裏側にはたくさんの死者が存在する。そして敗者の妬み、そねみ、歎きはやがて何も知らない子供達の足を平気で引っ張り出す。勝者は勝者で勝ちつづけるために手段を選ばなくなり、ばれなければ、捕まらなければ何をしてもいいと考えはじめる。それらが闇の成り立ちの大元なのである。

 

 すぐに詰んでしまう状況に置かれているゆえにカロンは常に考えつづける。間違うこともあるし、失敗することもある。

 それでも必死に考えた結果であるなら、後悔はしても、反省はしても、少なくとも納得はできる。

 そして何度も何度も考えつづけて自分の考えの穴や、ミスを捜す。

 

 彼は少しでも納得行く人生をおくるために、明日が良くなるように、いつだって必死に考えるのである。




物資の補給がない状況で兵糧攻めを喰らえば詰むことは主人公も理解していましたが、地下に長く居座る仲間のストレスとの兼ね合いで大規模な襲撃の決定をどうにも出来ませんでした。
補足して付け足しますと、主人公の思惑として敵がオラリオで最も実入りの大きいはずの魔石産業をこんなにも早く不定期の期間放棄することは経済面の観点から有り得ないと考えていました。挙げ句に時期が怪物祭。完全に思惑の外でした。

それと拙作の闇派閥は

浮動派・・・大多数の何となく悪事を働いたり行き場が無かったりする原作様に於けるソーマファミリアのカヌゥのような人間の延長線上にいるような人間。小者だからオラリオからあまり積極的に手配されているわけではない。リューの仇。リューが個人で復讐が可能だったことを考えると強力な人員は存在しないと考えられる。ある意味、最もタチの悪い存在。

復讐派・・・生きるために頻繁に殺しを行い、無計画だったためにカロンが来る前は手配されるということを念頭に置いてなかった。そのために戦闘力が高いことがオラリオにばれてしまっていて危険視されて、大々的に手配されている。浮動派や狂信派にとってはていの良い目くらましになっており、彼らがいざとなったらいけにえに捧げられる存在。

狂信派・・・何か目的があり、目的を共有していない人間にはどこまでも冷淡。謎に包まれている。

こんな感じです。

ついでに十万字を超えそうです。


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作戦

わかりづらかったかもしれませんので時系列をまとめておきます。

主人公達によるガネーシャ襲撃事件。

ガネーシャ、怪物祭を放棄して動き出す。

浮動派によるアストレアの壊滅。ガネーシャ襲撃と時期が重なったのは、たまたま。

リュー、主人公に捕まる。

浮動派、地上に戻ってガネーシャの動きを見て恐慌を来す。

浮動派連中、自分達が疑われないように匿名の投書で復讐派の主人公達をオラリオに売り渡す。内容はアストレアの壊滅は主人公達の仕業ではないかというもので主人公達のだいたいの拠点の位置も一緒に売り渡す。

オラリオ、投書内容のアストレアの壊滅とガネーシャの被害を結び付けて考える。大規模な闇派閥の襲撃を警戒する。オラリオ、アストレアの壊滅を投書で知り、投書の信憑性を疑うも人員を動員する。緊急の話し合いを行い、ロキの眷属に白羽の矢が立つ。

主人公の思惑………オラリオが利益の大きい魔石産業を放棄することはそうそう有り得ず、攻撃を加えたガネーシャの動き出しは早くとも怪物祭の後。地上の闇派閥から彼らの動きの情報を金で買い、それによって相手の動きに対応するつもりだった。しかし相手の動きが予想外に異様に早かった。

こんな感じです。


 ーー樽入りの油が数樽、爆薬はそこまで多いわけではないが、あっただけ僥倖と考えるべきか。それと後は………

 

 カロンは物資の確認を行う。

 あのあと封印薬を打つ時間を迎えたカロンは、リューにステータス封印薬を打ち込み、縛った後にベッドに転がした。

 そして彼は、その後に物資の確認に来ていた。

 

 ーー針がね、縄、木材に鉄の棒………どうせ食糧の大量運搬も必要になる。だったら荷車が必要だな。俺が運ぶことにするか。後は………レジャーシート?これは………誰だ、こんなものを持ってきたのは?こんなものが役に立つとは思えんが………まあクレインの事を考えてこれも一応持って行くものに入れておくか。汚れるのは嫌だろうし。

 

 カロンは物資の確認を行いつづける。

 

 「よう、カロン。」

 「ああ、ハンニバル。どうしたんだ?」

 

 物資の確認を行うカロンの下へ、ハンニバルが現れる。

 

 「いや、別にたいしたことじゃない。」

 「そうか。」

 

 カロンはハンニバルを見て、ここに居る理由を推し量る。

 おそらくハンニバルは眠れないのだ。彼は臆病だ。彼は臆病なおかげでここまで生き残ってきたと言っていい。

 

 「………寝とかないと、明日からの行動に支障が出るぜ。」

 「………ああ、わかってるよ。」

 

 カロンはレンの言葉を思い出す。

 『お前を生かす方向で、私たちは意思統一をされている』、事実だろうか?

 事実であれば、ハンニバルもカロンを生かすためには死を受け入れているということになる。

 

 「ハンニバル………眠れないならエルフでも抱きまくらにするか?」

 「………いや、遠慮する。カロン………。」

 

 ハンニバルはその釣り上がった黒い目でカロンを見る。

 【悪鬼】、ハンニバルの異名である。彼はその大きな躯と吊り上がったまなじり、恐ろしい顔付きから大勢の人間に悪魔だと呼ばれて恐れられている。彼はずっと、ずっと、そうだった。

 しかし、ハンニバルは臆病な人間である。

 

 人間が悪魔を恐れる以上に、悪魔はきっと大勢の人間を恐れている。

 ハンニバルはずっと一人ぼっちだった。ずっと、ずっと。

 親に捨てられ、買われた闇派閥でも。後に彼を拾ったヴォルターは、最初は彼を仲間として扱わなかった。ヴォルターは、そういう男だった。今は、昔に比べればかなりぬるい人間になったと言える。

 それはカロンの悪魔の誘惑のスキルにヴォルターが長く揺さぶられ続けたためであった。

 

 ハンニバルは臆病な男。

 人を殺して生きる人間にも、寂しいという気持ちは存在する。ハンニバルはその狂相で、人々からずっと悪魔と呼ばれて恐れられていた。

 カロンは初めてできた、比較的に歳の近い友人だった。それでも十程は離れているが。ハンニバルは、悪いことじゃないかと薄々感じながらも、カロンを闇へと連れて来た。一人ぼっちが、どうしても寂しかった。寂しかったゆえに、ハンニバルは命懸けでカロンをヴォルターの暴力から庇いつづけた。

 

 彼らがなぜたったの六人しかいないのか?彼らがなぜ都合よく精鋭揃いなのか?

 

 ヴォルターが彼らを立ち上げた時には、もっと多くの人員が存在した。欲望渦巻く巨大な都市の、人の欲望の被害者がたったの六人なんてこと、絶対に有り得ない。

 

 それがたったの六人きりならば、冒険者に見捨てられダンジョンで死んだサポーターの恋人の恨みはどこに消えたのか?ロキに憧れ、怪物進呈に巻き込まれて冒険者として命を落とした子供の親の悲しみはどこへ消えたのか?たまたま入団したファミリアが、犯罪者紛いの奴らでそれに巻き込まれて殺された男の兄弟のやるせなさはどこへ消えたのか?治安の悪いダイダロス通りで、物盗りに刺された女性の親友の怒りはどこに消えたのか?

 

 オラリオに恨みを持つ人間なぞ、掃いて捨てるほどに存在するはずだ。オラリオの住民は、そのことを気にも留めない。

 

 明確にオラリオに反旗を掲げているのは彼らだけ。その名目は『精鋭を育て上げ、オラリオに復讐をする』。そして無知な子供は、単純に強さに憧れる。知恵のある大人でも、憎しみにしばしば引きずられる。

 それでも今彼らは死んだヴォルターを含めてもたったの六人しかいない、その理由は簡単である。

 

 たった一人の高レベル冒険者は、たくさんの死者の上に成り立っている。

 

 彼らの状況は、簡単に淘汰されるひどいものなのである。不法に人を殺して生きる犯罪者の生活基盤が、安定していることなど有り得ない。

 

 実は彼らが少し前まで住んでいた居住空間も、カロンがそれが必要だと判断して彼らに指示を出して彼ら自身が作り出したものである。そして彼らは他にもいくつもアジトを後にしている。手配されている人間が、追いかけ回されないわけがない。それに反撃してしまえば、さらに強力な人員が動員され、彼らの脅威度や戦力の情報が敵に筒抜けになるだけなので彼らは逃げつづける。

 そもそもガネーシャが電撃作戦を行ったのも、投書の密告によるところの首謀者の青い目の悪魔は、時間をおけばあっという間に姿をくらませてしまうためであった。

 

 彼らは強くなければ生き残れないのだから、結果として精鋭しか残らない。彼らは仲違いをしたらあっという間に全滅してしまう、故に一枚岩。彼らの損耗率は、死が日常に在る計画的にダンジョンに潜る冒険者と比べても段違いである。

 物事はわからないもので、ヴォルターの無計画さが結果として彼らを精鋭揃いにしたのである。

 

 ハンニバルは、年の近い人間の数多の死を見つづけてきた。カロンとハンニバルとクレインは、たった三人きりの生き残った存在なのである。ハンニバルはその中でも、復讐派最初期からいた筋金入り。レンとバスカルは外部からやってきた、最初からそこそこ強かった特例である。そして外部からやってきた人間が彼ら二人きりだとは、実は限らない。

 

 彼らは死者のことは決して深く考えない。悪魔には死者の妄念や呪いは決して、効かない。彼らには死者のことを考える余裕はない。それを考え出すと、いずれ死に引きずられて行くことを彼らは理解している。彼らはそんな人間をたくさん見てきた。

 そんなものを考えるくらいだったら、どうやったら自分たちが明日も生き残れるかを優先して考える。

 

 悪魔は死者の怨嗟の声を糧にして、成長するのである。

 カロン達は死者を反面教師にして生きる方法を、学んだ。感情を優先させて理性を蔑ろにする、復讐に逸る前掛かりな人間は、ことごとく居なくなった。感情を力に変えるのは、正義とか英雄とかそういう種類の人間だけの特権である。

 

 憎しみの感情から生まれた復讐派にも関わらず、復讐心という感情が薄い人間のみが生き残るという、葛藤(ジレンマ)。笑えるほどに致命的過ぎる、構造上の欠陥。

 

 最初から復讐のことをまったく考えていなかったカロンは変わり種で、ハンニバルは元々は自分を捨てた親を恨んでオラリオに対する復讐のことを考えていた。しかし、生き続けることがあまりにも困難なため、目標が生き続けることに実は擦り変わっている。そしてハンニバル本人、そのことを理解している。

 

 ハンニバルは自分の人生を後悔している。生き続けることがこんなにも困難ならば、初めから復讐など目指さなければ、大多数のどうでもいい浮動派の連中の一員として生きていれば、と。

 しかし、ハンニバルが闇に拾われたのは物心が着く前だった。教育すら受けていない子供に物事の先を見通せというのは、あまりにも酷である。彼は最初は、襲撃した際に逃亡者を出してしまえば自身が手配されてしまうということすら理解していなかった。それでも彼はこれまで臆病に、必死に生き続けてきた。

 

 そしてロキの精鋭が全滅したのは、実は当然の結果なのである。

 ロキファミリアは無意識のうちに自分たちを特別視して、淘汰されつづけてきた行き場のない生命の生への執念を甘く見た。

 

 ステータスとは戦闘面の強さの指標に過ぎない。しかしだからこそどれだけ想いが強くても、そんな曖昧なものでは戦闘面の強さの指標は覆せない。覆せるとしたら、それは戦術だけである。闇はただでさえ生活基盤が不安定なのだから、戦闘まで曖昧なものに頼ってしまったら、絶対に生き残れない。ピンチに覚醒することなんて、タイミング良く仲間が助けに来てくれることなんて、彼らには絶対に有り得ない。

 

 生き残った闇は、非常にシビアでしたたかなのである。したたかなカロンは、自分達の戦力の情報を極力隠しつづけた。情報は命である。英雄が人の夢を力に変えるのと同様に、闇は厳しい現実を力に変える。カロンがハンニバルに浮動派によるアストレア壊滅の話を聞かされたときも、正義の危機管理とはそれほど緩いものなのかと実は内心呆れ果てたほどである。リューが今生かされているのは、彼女が彼らの総力に比べて圧倒的に弱く、足が不自由で逃走も不可能だからである。

 

 そしてどれだけロキが名声を得ようとも、本質として彼も我も大元はただの一個の人間に過ぎない。

 

 ロキファミリアは主力を集結させて一見油断の無いように思えるが、主力を集結させれば勝てるというその思い込みそれこそが油断そのものだった。真に油断が無いのであれば、前もって敵の戦力を推し量る犠牲を許容した偵察部隊を送るべきだった。余裕があったにも関わらず、ロキファミリアが敵の戦力分析すらも行おうとしていなかったと知れば、カロン達はロキファミリアを鼻で笑うことだろう。

 ロキファミリアは敵を取るに足らないものだと考えて、面倒ごとをさっさと片付けようとした。自分達の目的や目標のことだけを考えて、物事や悪の成り立ちを一切考えなかった。自分達には関係ないことだとして、彼らを長く放って置いた。ダンジョンの深部で蠢く強力な敵ばかりに目を取られて、近くを姑息に逃げ回る敵を軽視した。

 そして、それは致命的な間違いだった。遠くの目標だけを見据える者は、得てして疎かになっている足元を現実に掬われる。

 

 そしてその結果として、過酷な環境に淘汰されつづけて肥大化した知恵を持つ化け物が出てきたのである。テルスキュラの淘汰されるアマゾネスに必要なのは個の戦闘力のみだが、彼らが生き延びるにはそれに加えて知恵も必要とされていた。

 

 生物が環境によって進化するように、悪も環境で進化する。

 彼我の戦力差、敵に手を出した後の自分達の先行き、罠の有無、正確な状況判断能力、相手の危険度を推し量る嗅覚、敵を倒せなければ自分達が死ぬという厳然たる事実故の練りあげられた戦術、個人の戦闘能力に不安があるのであれば指揮を取る能力及びに指揮を取ることを他者に認めさせる能力。

 それは英雄と闇の決定的な違い。闇で生き残った人間には、それ相応の理由があるのである。英雄が生き残るには、理由がいらない。英雄だからというわけのわからない理由で生き残る。危機管理の緩さから陥る危機的状況も、試練という謎の耳障りのいい言葉に置き換えて生き残る。彼らはなまじ乗り越えてしまうだけに、学習せずに何度でも同じことが起きる。闇派閥にはそんなこと絶対に起きないし、それが全く理解できない。

 

 そして化け物は生き残るために、悪魔より知恵を授かった。

 ヴォルターはカロンやハンニバルの必死さから、生きるための知恵を学んだのである。知恵が薄いヴォルターであっても、数多の死を見つづければハンニバルとカロンが生き残ったそこには明確な理由があることを理解するようになる。

 そして物事を見通すはずの、地上に存在する叡智を持つ神々の予想を遥かに超えて化け物は肥大化した。過酷な環境下でなおも生き残る存在が居たのなら、それが強者であるのはあまりにも当然の理である。オラリオという避け得ない明確に強力な敵が存在するのだから、敵と戦うために彼らは進化する。

 

 環境が生み出す悪とは、闇とは、放置すればするほどに際限なく肥大化するものなのである。

 

 しかしそんなシビアな彼らでも、たった一人彼らの拠点を知る人間を作ってしまったことでこんなにも危機的な状況に陥っている。

 

 そしてカロンは物資を前に、必死に現状を打破する手立てを考えつづけ、ハンニバルはそんなカロンを飽きることなく見やり続ける。

 

 悪鬼と青い目の悪魔。

 悪魔は人を喰らうが、同胞を決して裏切らない。

 ハンニバルにとってカロンは、血を分けた兄弟のような存在であった。

 

 どんなに怖くても、辛くとも、ハンニバルは決してカロンを死なせない。

 悪魔は、ただ一人の同胞を愛して止まない。

 

 ハンニバルは物資の確認を行うカロンを見つづける。

 町に置かれた爆薬が、想定よりも少なかったのには訳があった。

 

 ーー怖くとも、辛くとも、俺はお前の生還を何よりも願っている。

 

 ハンニバルは哀れな男。

 親に捨てられ、拾われた先で殴られつづけ、そしてそれでも彼は同胞を得た。

 そして臆病な悪魔は、いずれきっとただ一人の同胞のために死ぬのだろう。

 

 ーーカロン………。

 

 ハンニバルはいつまでもいつまでもカロンを飽きることなく眺めつづけていた。

 

 ◇◇◇

 

 物資の確認を終えたカロンは部屋へと戻る。

 カロンはコーヒーを煎れて、タバコに火を点ける。

 

 ーーさてと。エルフのステータス封印薬を打ち込むにはまだ時間が早いか。クレインは、昨日は三時間しか寝てなかったはずだから七時間寝かせよう。できる限り万全の状態を保ちたい。そこから交代で俺が寝かせてもらうことにするか。

 

 すでにリューは寝息を立てている。

 

 ーーさすがのアホエルフも今日は寝坊しないだろう。さて、余った時間は明日からのシミュレーションに使うことにするか。まずは荷物を纏めて出発する。六階層まで進んだら、そこからハンニバルに斥候を頼む。道に問題がなければそのまま進めるだけ進む。一階層に到着したら、薄い箇所を推測して壁の掘削を行う。ある程度掘削が終われば、そこから爆薬で壁を抜く。壁と同時に入口側の天井も崩す。

 

 ーーそしてそこから、バスカルの魔法でオラリオに花火をあげる。同時にレンが暴れ回って注意を集める。レンを囮にして、俺達はダイダロス通りへと逃げ込む。ダイダロス通りでは顔を隠していても不思議ではない。布か何かで顔を覆う。ダイダロス通りにはそういう連中がごろごろ居る。しかしそれでも俺達は目立つ。短期決戦しかあるまいな。

 ………ダイダロス通りは捜索が行われるはずだが、民間の安全より優先することは有り得ない。俺達は危険な闇派閥で、俺達が民間を害して回ることを奴らは何よりも恐れているはずだ。多少であれば時間が稼げるはずだ。俺達は昼夜問わずに移動を行い、浮動派の連中を巻き添えにして囮にする。

 

 すでにタバコの火は消えている。

 

 ーーそしてオラリオを移動しながら爆薬と油をしかけ、ある程度の時点でバスカルを囮に使う。人の多い複数箇所に火の手をあげて、オラリオを混乱に陥れる。火の手が上がれば当然人の目はそちらに向かい、そのあと暴れ回る高レベル冒険者が現れれば、おそらく闇派閥の襲撃に恐れ慄いた一般人による大混乱が起きるはずだ。そうすれば敵は民間人の避難を最優先せざるを得ない。オラリオが混乱に陥れば、オラリオの外に出る門の警備が手薄になるはずだ。警備が手薄になれば、俺達はそこから逃げおおせるはずだ。………どこかに見落としはないか?俺が忘れている要素は?突発的な事態に対する対応は?切り札となりうる札は?レンとバスカルを犠牲にせずに済む手段は存在しないのか?おっと、そろそろエルフに薬を打つ時間か。

 

 カロンは立ち上がり、リューにステータス封印薬を打ち込む。

 

 「………おはようございます。」

 

 リューは体に触れられて、寝ぼける。

 カロンは面倒なのでスルーする。

 

 ーーさて、と。思考の続きだな。レンの代わりに囮にできるものは………思い付かない。爆薬を使わずに掘削道具だけで壁を抜ければ?うーん、やはり壁の厚さ次第になるが、あまりそこで時間をかけすぎると敵方に狙いを悟られやすくなるか。強大な敵と出くわした時に切り札となりうる存在は?例えば猛者と出くわしたら、俺達はほぼ何もできずに詰んでしまう。………ダメだ。猛者と出くわさないようにする以外に方法はおそらく、ない。

 

 カロンはタバコが消えていることに気づき、新たなタバコをくわえて火を点ける。

 

 ーー何か他に有用なアイテムは?使える戦術は?何か強力な手札は?クソッ!思い付かない。このままでは、やはりレンとバスカルを囮にせざるを得ない。………手詰まりだ。他に道はないか!?

 

 「カロン、起きたわ。」

 「クレイン。」

 

 カロンは時計を見る。時刻はだいたい午前一時。クレインが横になってから、およそ五時間が経っている。

 

 「カロン、あなたが寝る番よ。頭を使うあなたは、寝るべきだわ。」

 「ああ。わかった。そうするよ。」

 

 カロンはベッドへと横になる。

 しばらくしてから寝息が聞こえて来る。クレインは寝入ったカロンの髪を撫でる。

 

 「………そんなにその男が好きですか?」

 「あら?起きてたの?」

 「前の薬の時に、目が覚めてしまいました。」

 「あなた、寝ないとまた寝坊するわよ。あまり迷惑かけられると困るわ。」

 「………すぐに寝ます。そんなにその男がいいのですか?」

 「私にとってはこれ以上にないわ。」

 「なぜ?なぜですか?あなただったら、一人でもここから逃げ切れたはずです!」

 

 リューはクレインを睨む。リューはクレインが今ここに居ることが、悔しい。

 

 「そうね。でも私が万一逃げおおせても、癇癪を起こしたヴォルターがハンニバルやカロンに当たり散らす可能性が高いわ。」

 「そんな………。そこまでその男がいいんですか?」

 「そうよ。そこまでこの男がいいの。彼は必死に私たちの未来を良くしようと考えてくれるわ。これ以上いい男がどこに居るの?」

 「他にも、他にもいい人間は、たくさんいます!」

 「そうね。いい人間は、たくさん居るでしょうね。」

 「あなたが汚れていたとしても、それでもあなたを愛する人間が現れるはずです!」

 「それはわからないわ。」

 「………あなたは綺麗です。」

 「どうでもいいことよ。」

 

 クレインは立ち上がり、自分のためにコーヒーを煎れる。

 

 「あなたのために、必死に努力する人間が他にも居るはずです。」

 「それで?」

 「あなたはその人間と、幸せになればよかった!」

 「………彼は私が綺麗だから必死に努力したわけじゃないわよ?」

 「………そうかもしれませんが。」

 「私の外見が仮に綺麗だったとして、外見が綺麗だから努力するなら、私の外見が綺麗でなくなれば離れていくということね。」

 「………理屈としては、そうなりますね。」

 「信頼とは時間をかけて築くものよ。私は長い時間をかけて、彼が信頼に足る人間だと判断したわ。」

 「………。」

 「この世のどこかに、私でも信頼できる人間はたくさん居るのでしょうね。でも私にとってはカロンが誰よりも信頼できたわ。カロンと仲のいいハンニバルはあまり好きじゃないけど。でも彼も苦しんでたことは知ってるわ。私たちは、ヴォルターさえいなければ幸せになれたのかもしれない。でもそのヴォルターでさえも、苦しんでいた。」

 「………。」

 「私は生きることが苦しかった。でも私はそれでも生きつづける道を選んだ。そしてカロンが来た。私はカロンと一緒にいて、心に安らぎを覚えた。始めてだった。」

 

 クレインはコーヒーに口をつける。

 

 「………。」

 「それが私のすべてよ。馬鹿でも、愚かでも、クズと呼ばれたとしても、私は決してカロンを見捨てられない。たとえ何があったとしても。私は彼を愛してる。あなたはそろそろ寝なさい。」

 

 クレインは、本を取り出して読みはじめる。

 リューは考えつづける。

 

 たとえ何があったとしても、見捨てられない。

 

 闇派閥でも信頼があり、愛がある。愛があれば、人の営みは代を重ねて続いていく。悪は続いていく。

 

 それでは、一体悪はどうすれば打ち倒せるのだ?続いていく悪は、どうすれば終わらせられるのだ?

 

 横になるリューは考えつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「おい!起きろ!アホエルフ!!」

 「………んがっっ。」

 「お前、本当にどうなってんだ!お前の頭の中は、本当に脳みそが入ってないのか?なんで捕虜が二日も続けて堂々と寝坊できるんだ!?」

 「………あなたたちのせいです。

 「あん?声が小さくて聞こえないぞ!」

 「なんでもありません。」

 

 リューは顔を赤くする。

 さすがに二日続けて寝坊しては………いや、相手が敵で現状が捕虜だということを考えれば、一日でも寝坊を大目に見られたのは、十分過ぎる温情だと言える。

 

 「ほら、アホエルフ。さっさと飯食うぞ。」

 

 リューはことここに至っては、アホエルフという言葉を否定できない。

 

 カロン達は、すでに先に荷造りを済ませていた。食事を摂ったら出立することになる。

 食卓には、パン類と簡単な副菜が並んでいる。

 

 「クレイン、食料はどの程度おいてあった?」

 「六人で食べれば、それなりの量よ。」

 

 カロンはいつだって考える。

 

 ーー陽動は効くか?食糧の具体量次第か?相手を焦らせるか?火薬を所持して、今一度アジトに篭ったら相手はどう動く?まず相手はリヴィラに斥候を送る。全滅を知る。やがて火薬がなくなっていることに気付く。そうしたら、どうする?当面ダンジョンは封鎖する、か?封鎖しながら、ロキを全滅させた相手を精鋭を率いて捜し回るだろう。火薬がないことに気付いたら、一階層を捜し回るだろう。見つからなかったら?そしたら再びリヴィラに人員を送るか?わからん。余りにも、不確定だ。リヴィラよりも上の層に長期間潜伏するのは?ナシか。仮に封鎖が解かれたと仮定してもゴライアスの階層を境目にそれより上は、冒険者は数を激増させる。リヴィラの上では、木っ端の冒険者に見つかる可能性が高い。居住空間を新たに作るのも一苦労だ。やはり、以前のアジトへと戻ることになる。そうなればどうなる?フレイヤが攻めて来るのか?うーん?

 

 カロンはボロボロとパン屑をこぼす。クレインがそれを片付ける。

 

 「クレイン、食料は六人で分けて、どの程度だ?」

 「二ヶ月くらいだと思うわ。」

 

 クレインが答える。彼女はすでにリヴィラの町をみて、確認を済ませていた。

 

 ーー二ヶ月!籠城するにはあまりにもすくなすぎる。そういえば俺達の情報はどこまで敵に伝わっている?俺達の人数は敵には伝わって居るのか?楽観はできない。密告がどの程度詳細なものかはわからない。下手したら浮動派の奴らも、すでにガネーシャに捕まっている可能性がある。そうすれば奴らから俺達の情報が流れていくことになる。必然的にアジトの場所も総人数もばれていることになる。やはり、爆薬でダンジョンを抜ける案が最有力か?

 

 カロンは考えながらも口を動かす。

 気もそぞろな彼の口元からはたくさんのパン屑がこぼれ落ち、それをクレインは笑いながら眺めている。

 

 やがて食事は終わる。

 

 「さて、それでは出発しよう。」

 

 彼らはリヴィラを出立し、上の階層へと向かう。

 

 ◇◇◇

 

 カロンが荷車を曳き、彼ら六人は上へと向かう。リューはこまめに薬を打ちながらクレインが隣についている。道中の魔物は、レンとバスカルが片付ける。

 

 「スマンがここより上は、ハンニバルが斥候を行ってくれ。階段までの道の確認ができたら、ハンニバルは戻って来てくれ。特に一本道のところは、敵の待ち伏せに気をつけてくれ。俺達はハンニバルの報告を待って進むことになる。」

 「ああ。」

 「わかった。」

 

 六階層に着いた彼らは、ハンニバルを斥候に使う。

 

 ーー拠点への籠城は、先がない。たった二ヶ月全滅を先に伸ばして、俺達に道があるとは思えない。我慢比べに勝ち目はない。他に何か有効な方法は………浮動派の連中に罪をなすりつける?不可能だ。リヴィラが壊滅しちまっている。それは誰がやったんだという話になるし、捕まったら奴らは平気で俺達を売り渡すだろう。アジトに攻め込んで来るのを待って、やり過ごす?奴らが攻め込んで来ずに我慢強く上で待機したらどうにもならない。そしてリヴィラを壊滅させるほどの危険な俺達に対して、その案が採られる可能性は極めて高い。ロキを全滅させるほどの戦力相手だと思われるだろうから、さすがにオラリオの油断はなくなるだろう。付け入る隙が無くなる。

 

 ーーそもそも敵の動き出しの速さから考えれば、無理を通した速攻なのは確定的。だからこそ、敵方にもどこかに見落としやミスが存在する可能性が高い。不確定だが、それは時間が経つほどに存在する確率が低くなる。時間は俺達の敵だ。やはり早急に対応するのがベストだろうな。………?待てよ?

 

 カロンは新たな一手を思い付く。

 

 「………おい、エルフ。取引だ。」

 「………なんですか?」

 「お前が俺達の言う通りに動くなら、お前を解放してお前の復讐相手の情報をやる。」

 「「「カロン!」」」

 

 仲間達は驚く。

 リューが言うことを聞くと言って逃げる可能性は極めて高い。

 

 「………それは不可能です。あなたたちの言うことを聞いてあなたたちを逃がしてしまえば、大勢の人間が死ぬこととなる。」

 「………俺達が首尾良く逃げおおせれば、戦いを避けることができて死ぬ人間が圧倒的に減るぜ?」

 「………。」

 「俺達が今から予定しているのは、いわゆるテロ行為だ。一般人を多く巻き添えにして、そのどさくさに逃げ切ろうって算段だ。」

 「………。」

 「俺達の目的は逃げ切ることだ。お前が俺達の言うことを聞いてうまく役をこなすことが出来れば、俺達はつまらないことをせずに済む。一般人が多く命を拾う。俺達はそのあとは、決して人殺しをして生きるようなことをしない。」

 「………。」

 「どうする?」

 

 リューは考え、カロンも考える。

 

 ーーエルフヅテに嘘の情報を流して、ダンジョン入口の冒険者を退かせることが出来れば、俺達は奴らと行き違うことができる。フレイヤの連中さえ入口からどかせられれば、俺達が逃げきれる算段はずっと高くなる。首尾良くフレイヤの連中を俺達のアジトまでエルフが誘導してくれれば、あとはダンジョンで煙を上げてそれに乗じて力わざで逃走する。戦力をまるまる残せれば、外へ逃げる門も無理矢理抜けれる可能性が見えてくる。………エルフが裏切らないことが条件となるが。他にも誘導に奴らが乗らない可能性も高い。しかしうまくやればベストな結果が出せる案でもある。さて………。

 

 カロンはリューに嘘をついている。どのみち、門を抜ける際はテロ行為を行うことを視野に入れている。しかし、戦力が充実しているほど、その規模が小さくて済むこともまた事実でもある。

 

 「………いいでしょう。」

 「カロン、こいつを信じるのか?」

 

 バスカルがカロンに問う。

 

 「………これが最善を導く可能性のある、唯一の案だ。もちろん不確定要素は多く、現時点で先がどうなるかは全く見えない。賭けになるが、現状がすでに十分以上に不安定だ。」

 「………そうか。」

 「とりあえず上へと向かう。ニ階層まで行って一時的に待機する。俺は進む間に、この案に穴がないか。先々はどうなるかのシミュレーションを行う。それまではこのまま進もう。」

 

 カロンは思考する。

 

 ーーエルフは壊滅させられたアストレアの生き残り。こいつの言うことはどの程度信憑性が出せるか。こいつは片足が動かない。もう少しボロボロに傷まみれにすれば、出口に控える連中のところに行ったときにこいつの言葉はそこそこの信憑性を出すことが可能になるだろう。そして奴らをどう動かす?

 

 ーーこいつが裏切る可能性は?そこそこ高い。しかし正義のアストレアの生き残りのこいつなら一般人が犠牲になることを望まないだろう。それを鑑みると、こいつはそこそこ裏切り、そこそこ従順に行動すると判断することが可能だ。仮にこいつが俺達の言う通りに動いた場合、ガネーシャの連中がこいつの言うことを信じる可能性は高い。その場合、俺達は奴らに何を伝えればより上手く動かせる可能性が高くなる?

 

 ーーシミュレーションしよう。仮に俺達がアジトに居ると伝えさせた場合………奴らはまるまる戦力を送り込むか?まずは斥候を送るだろう。そしてアジトがもぬけの殻だと知るはずだ。俺達がリヴィラに潜んでいると伝えさせた場合………やはり行き違いを恐れてまるまる戦力を送り込むことは有り得ない。

 

 ーーこれしかない!俺達が一階層に潜んで、ダンジョンの壁を爆破して逃げようとしていると伝えさせる!こいつは足が不自由で、長距離の逃走は不可能だ。一階層ならば、敵から逃げ切れたという説得力が劇的に増す。そして俺達が隠れている場所を、嘘をつかせる。そうして俺達が出口に近いところに隠れれば、奴らをやり過ごせる可能性が高くなる。すでに一階層に爆薬を仕掛けていたと伝えさせれば、俺達を逃がすことを恐れたガネーシャの連中の判断を誤らせる可能性がある。最悪の場合は………主神のガネーシャが直々に出張って居ること。神は子供の嘘を見破る。ガネーシャが直々に来ていたら、エルフの嘘が通用しなくなる。それが最悪、か?

 

 ーーガネーシャがいた場合はどう対応させる?その場合は………これは並行して作戦を行うのがベストか?実際にある程度の期間、ダンジョンを掘削する。ある程度経って、ダンジョンを火力で抜くことが可能となったら爆薬をしかける。

 

 ーーそして、エルフを逃がして入口近くの連中の下へと送り込む。ガネーシャがその場にいた場合、エルフは嘘をつけない。しかし俺達は実際に爆薬を仕掛けていて、壁抜けが可能な状況!嘘にならない。あとはエルフのセリフを考える必要がある、か。それを考えるのは後回しにして、俺達は爆薬で壁を抜ける案を出していて、爆薬が仕掛けられている場所へとガネーシャの連中とフレイヤの連中を案内させる。フレイヤの連中を誘導させるためには………敵はリヴィラを壊滅させるような危険な連中とでも伝えさせるか。これも嘘にはならない。

 

 ーーエルフを逃がした後に、俺達は仕掛けた爆薬を手早く回収する。そしてエルフの後を追い、可能な限り入口の近くで身を潜める。俺達は奴らが過ぎたのを見届けて、奴らが通った後の道を爆薬で封鎖する。奴らはしばらくダンジョン内に立ち往生することになる。俺達は油をばらまき、煙に乗じて力わざで入口を抜ける。これがベストか?

 

 ーー最悪の状況は、それなりの人数を入口に残されること。特に猛者を残されてしまったら致命的だ。しかし、ロキファミリアを壊滅させるような危険な相手だということが伝われば、奴らが戦力を分散する可能性はぐっと低くなる。俺のこのシミュレーションに穴は?

 

 ーーこの案の利点は、囮としてレンを使う必要がなくなるということ。対して欠点は、爆薬で抜くよりさらに確実性が低くなるということ。もともとあまりにも状況が不安定だ。勇者の行方も不明。先行きに確実なものが何一つとしてない、しかしそもそも俺達の人生自体が不安定だ。俺達は以前から、いつ死ぬかわからないような暮らしだった。

 

 ーーどちらにしろしばらくは掘削が必要だ。その間はエルフをダンジョンに残す必要がある。考える時間は十分に、ある。

 

 「カロン、もうニ階層だぞ。」

 

 バスカルがカロンに伝える。

 

 「ああ、わかった。みんな、ここから上はどこで敵が張っているかわからない。緊張感を持って行動してくれ。悪いが一階層の偵察はレンに任せたい。下手をしたら上は連中が哨戒している可能性や、猛者が張っている可能性まで存在する。最大限の緊張をもって偵察を行ってくれ。」

 「ああ、わかった。」

 

 彼らはやがて、一階層へと向かう階段にたどり着き、レンは上の偵察へと向かう。

 

 ◇◇◇

 

 「カロン、ツイてるぞ。奴らの待ち伏せは、入口近くだ。猛者も見当たらなかった。」

 「そうか。」

 

 カロンは荷車を曳きながら考える。

 彼らは一階層へと上がっていく。

 

 ーー見当たらないことがいないこととイコールではない。俺達は油断するべきではない。猛者やガネーシャが近くに存在していることを想定しておくべきだ。………どこだ?俺達はどの辺りに陣取るべきだ?壁が比較的に薄いダンジョンの入口に近い地点は奴らに見つかりやすく、壁が厚い地点は奴らに見つかりにくい。奴らはいつ頃、定期連絡が来ないことを不信に思う?難しい………19階層からリヴィラに向かう道を爆薬で崩しておくべきだったか?………うん?そうか!そうだ!いい方法がある!俺達は神に嘘をつけない。必然的に、ガネーシャがいた場合はエルフは嘘の情報をガネーシャに伝えられない。だがこの方法は、馬鹿正直に壁をギリギリまで掘削する必要はない。俺達がエルフに嘘を教えればいい!敵を騙すには味方から。いや、別に味方ではないか。俺が馬鹿正直にエルフに情報を伝えずに、適当に掘削したところで適当な量の爆薬を仕掛けてからエルフを騙してしまえばいい!こいつが爆薬や地質学に明るいとは思えない。エルフがそう思い込んでしまえば、エルフの中ではそれが真実になる!嘘の内容を伝えても、それが嘘でなくなる!よし、ここから先は一手を誤ることができない。行動の時は近い。

 

 「みんな、来てくれ。」

 

 カロンは仲間達を呼び寄せる。

 

 「エルフ、耳栓をしておけ。」

 「わかりました。」

 「クレイン、重要事項だ。エルフの耳栓を確実に確認してくれ。」

 「わかったわ。」

 

 クレインが確認を行う。

 

 「さて、みんな。聞いてくれ。俺達は奴らから見つかりにくい、奴らから遠い場所へと陣取ることにする。」

 「カロン、遠い場所じゃあ壁を掘るのが大変だぜ?エルフを使う案を採用するのか?」

 

 ハンニバルがカロンにそう問い掛ける。

 

 「俺達は、その合わせ技を使う。エルフは爆薬や壁の強度とかに詳しいとは思えない。まず俺達は壁を二、三日間掘りつづける。」

 「それで?」

 

 バスカルが問う。

 

 「ハンニバルは戦闘に爆薬を使用するから、どの程度の爆薬でどのくらいの破壊を行えるか知っている。しかしエルフはほぼ間違いなくその辺には疎い。俺達はエルフに嘘をつく。軽く掘って、このくらい掘れば、あとは爆薬で壁を崩せるとな。エルフを騙すんだ。」

 「何のためだ?」

 

 レンが問う。

 

 「子供は神に嘘がつけない。ダンジョンの入口にガネーシャが存在する可能性が有りうる。そうすればエルフの言葉の信憑性が筒抜けになる。だから嘘じゃない状況を作り上げる。」

 「なるほどな。」

 

 レンが頷く。

 

 「俺達がここで壁を掘り、爆薬で壁を抜く寸前だと、エルフにそう思い込ませるんだ。そしてエルフを逃がす。敵が迅速に動けるように時間帯は昼間がいいだろうな。俺達は爆薬を回収して、エルフの後を追い、入口の近くに隠れる。エルフは入口の連中の下に行き奴らにこう告げる。『危険な連中がすぐそこまで来ている。リヴィラはすでに全滅した。奴らは一階層に潜み、ダンジョンに爆薬を仕掛けようとしている。奴らはダンジョンの壁を爆破して、すぐにでも逃げることができる。』ここに一切の嘘はない。実際は俺達はさほど壁を掘削していなく、壁を抜くことは不可能だが、エルフは俺達が壁から逃げ出すことが可能な状況だと俺達に騙されてそう思い込んでいるからだ。」

 「なるほど。」

 

 ハンニバルも頷く。

 

 「そして、フレイヤの奴らが動いたのを確認したら、俺達は奴らが通った道を爆破する。そして入口付近で同時に油を撒いて、物を燃やした煙に乗じて一目散に逃走する。逃げる先は俺が先導する。外に抜ける門に一直線に向かう。決して仲間を見失うな!見失ったら二度と合流できないと思え!これが少し先までの計画の全容だ。利点は、強力な連中をダンジョンにしばらく足止めが可能だということだ。そうすればレンを囮にしなくても、逃げきれる可能性が出てくる。最悪の場合は猛者を入口に残されることだが、これはさほど可能性が高くはない。なぜなら、俺達がリヴィラに差し向けたロキファミリアを壊滅させるほどの戦力だということをエルフに伝えさせるからだ。リヴィラは壊滅したとだけエルフが奴らに伝えれば、奴らは自然とそう解釈するはずだ。エルフの裏切る可能性に対しては、俺達はエルフには偽りの案を伝える。」

 「偽りの案?」

 

 バスカルが頭を捻る。

 

 「ああ。俺達の作戦は敵をおびき寄せて、すれ違うことだ。しかし、エルフに聞かせる俺達の案は、こういうものだ。俺達はエルフを敵の下に送り込み、敵を動かす。俺達はレンを囮にして、敵を下の階層におびき寄せる。そして他の人間は二階層の入口付近に潜み、敵が下りて来ると同時に上に昇り階段を爆破して逃げ出す。」

 「ふむ。」

 

 ハンニバルが考え込む。

 

 「俺達が爆薬を所持していて、俺達はそれを活用して逃げ出すことをエルフは理解している。虚実を混ぜて、煙に巻く。みんなの役割は、差し当たっては三日間壁を掘削してくれ。悪いが俺は先のシミュレーションを行う。クレインはエルフの見張りと敵が近づかないかの警戒を行ってくれ。掘削が終われば俺達はウッカリエルフに逃げられる。俺達はその際、闇派閥に捕まったエルフ………いや、今のうちにやっとくべきか。後でエルフを袋だたきにする。これはエルフが危険な闇派閥に捕われていたということに、より現実味を出すためだ。まあそれは置いといて、エルフに逃げられたら俺達はエルフの後を追う。入口付近に隠れて、危険な奴らが入口からどいたのを確認したら俺とハンニバルが手早くダンジョンの奴らが通った後に爆薬を仕掛けて爆破、レンとバスカルが手早く入口付近に燃えやすい物資を置いて、油を撒いて引火させる。煙が立ったら、俺達は一目散に固まって、移動を行う。レベルなどを考えれば、レンとバスカルが俺とハンニバルとクレインを運んだ方がいいのかも知れないな。それが作戦だ。」

 

 カロンがそう告げる。

 カロンはリューの耳栓を外す。

 

 「エルフ、俺達は今から行動を行う。俺達は壁を掘削して、爆薬をしかける。これは入口にガネーシャがいた場合の対策だ。俺達は神に嘘がつけない。俺達は実際に、壁を爆破して逃げることが可能な状況へと持っていく。」

 「………。」

 「そして、お前は俺達の掘削が終わったら、ガネーシャの下へと行って、こういうんだ。『リヴィラが壊滅した。危険な奴らが一階層に潜んでいる。奴らはいつでもダンジョンの壁を爆破して逃げることが可能な状況だ。』と。」

 「………。」

 「俺達は、レンを囮にする。レンがお前達の前に姿を現し、奴らを二階層へと誘導する。二階層に奴らが降りれば、二階層の入口付近に潜んでいた俺達が入れ代わりに、上へと向かうことが可能になる。俺達は二階層と一階層を繋ぐ階段を爆破する。差し当たっての問題は、お前は闇派閥の危険な連中に捕まっていた割には、見た目に傷が少な過ぎる。俺達は今からお前を袋だたきにする。何か異存はあるか?」

 「………ありません。」

 「そうか、重畳だ。これはお前へのプレゼントだ。」

 「これは………。」

 

 カロンは懐から一枚の紙を出す。

 

 「それが俺が知る限りの浮動派の連中の名前と特徴、それに居場所だ。アストレア壊滅の件に関わった奴らだ。一人捕まえれば芋づる式にできる可能性が高い。」

 「………いつの間に?」

 「リヴィラに居るうちに作っておいた。万一のお前との交渉で何かの役に立つことを考えてな。あとはせいぜい好きにすることだな。」




戦術を一切理解しないままヴォルターがロキファミリアと戦ったら、ヴォルターは囲まれて凌がれつづけて疲労したところをリヴェリアの魔法が着弾してあっさり負けてました。それが知恵を持たない化け物と知恵を持つ化け物の違いです。
ロキファミリアもおそらく少し強いだけの敵としか認識しなかったでしょう。そしてすぐに忘れ去られていたはずです。
そして拙作では、フィンが英雄だからというわけのわからない理由で、リューが正義だからというわけのわからない理由で生き残りました。


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新たな人員

 リューには二つの選択肢が提示され、一つの提示されない選択肢が存在した。

 

 一つは闇派閥の手伝いをして、一般人が多く命を拾う道。

 もう一つは闇派閥の手伝いをせずに、一般人が多くの命を落とす道。

 最後に、闇派閥の手伝いをすると嘘をついて、逃げ出す道。

 

 どれを選んでも、致命的な裏目が存在する。そもそも闇派閥の言うことは信用できない。

 

 カロンの悪魔の誘惑はあくまでも、揺さ振るもの。水面に石を投じるだけのものである。相手の決定権までは決して、奪えない。

 

 選択とはしばしば、決断するときに多大な苦痛を伴う。

 どれが正解だったのか、いつまで経っても、選択の結果が出た後ですらも、それはわからない。そして、選択の結果によって、大きな痛みを伴いうる。

 

 悪の成り立ちを知るガネーシャは、苦汁の決断で民衆の安寧を守るために直々に悪を根絶やしにする決断を下した。

 

 リューは苦悩しつづける。そしてリューは知らない。

 それは、ずっとカロンが味わいつづけてきた苦しみである。

 

 人を殺して生きるべきか?人を殺さずに死ぬべきか?

 どちらの人間を囮にするか?どちらの人間を見捨てるべきか?

 どの選択肢を選べば、未来は良くなるのか?

 

 カロンは今までずっと、決断しつづけてきた。

 苦しみが麻痺したと自分で思い込むしかないほどに。悲しみを覚える暇なんてないと自分で思い込むしかないほどに。

 本当は苦しいし、悲しい。そしてそれによって彼は耐える力が恐ろしく強くなっていく。

 それがバスカルがカロンを強いと評した理由である。バスカルは、かつて選択することが出来なかった。

 

 闇に生きる不安定な人間の人生は、苦しみを伴う決断の連続である。そもそも彼らの現実は、非常に苦しい。出口のない迷宮に囚われ、いつになったら安寧が齎されるのか、皆目見当がつかない。いつになっても、人生の先行きに安定を得ることが出来ない。彼らは長い間、苦痛を受けてきた。

 

 そしてそれは、彼らが強い決定的な理由の一つでもある。

 彼らは一様に皆、恐ろしく苦しみに強い。我慢強い。

 堪えられない人間は、我慢できない人間は、当然すぐに消えていく。

 

 そして、リューは苦しみに弱い。

 リューは苦しみに弱いからこそ、仲間が死んだ苦しみに堪えかねて、復讐を望んだ。苦しさを発散できる対象を捜した。

 

 どれだけ苦しくても、時間は待ってくれない。

 決断を先延ばしにしても、余計に苦しいだけでしかない。

 彼らはそういう状況に、幾度となく置かれてきた。彼らは幾度となく、苦しみを伴う決断をしてきた。

 

 リューは、考える。

 

 ーー私は………どうするべきだ?確かに、民間に被害が出るのは受け入れられない………正直にガネーシャ様にすべてを話すべきか?それとも奴らの言うことに従うべきなのか?奴らの言う通りにすれば本当に民間人の被害を抑えられるのか?どうするべきだ?私が耳栓をしている間、奴らは何を話していたのだ?あの男の考えが読めない………。

 

 カロンは考える。

 

 ーー時間はいくらあっても足りない。考えれば考えるほど、新しい状況、戦略、戦局が存在する。クレインは手配されていない。つまりクレインに新しい傷を複数箇所作れば、彼女を闇派閥の被害者としてエルフと一緒にガネーシャの下に保護させることは………それは不可能か。神は子供の嘘を見破る。クレインは闇派閥だ。しかし、ダイダロス通りに逃げ込む際に、クレインの面相が割れなければ彼女は市民に紛れ込むことが可能になる。そうなれば彼女に工作を命令することも、彼女をただの市民として市中で平穏に暮らさせることも可能になる。まずはクレインと話をすべきか。

 

 ◇◇◇

 

 「エルフ、わかってるな?」

 「ええ。」

 

 カロン達は、手加減をしてリューを痛め付ける。リューは顔を殴られ、胴体手足を蹴られ、体に生傷を増やす。血に塗れるリュー。

 

 「エルフ、俺達を好きに恨みな。」

 「………。」

 

 リューは考える。

 今は体の痛みより、自分の行動による結果の方が大事だ。

 私の行動は正しいのか?私はどうすればよいのか?

 答はでない。

 

 リューは知らない。

 それは明確な答の存在しない選択肢で、自身の強い意志でいずれかを選ぶしかない選択肢だということを。どうやっても裏目から逃れられない選択肢だということを。

 

 「このくらいでいいか。ハンニバル、レン、バスカル、掘削を頼む。穴が塞がらないようにする補強板は俺が作る。」

 「ああ。」

 

 ハンニバルが答える。

 

 「クレイン、話がある。」

 「どうしたの?」

 

 カロンはリューと共に居るクレインの下へと向かう。

 

 「エルフは耳栓をしろ。」

 

 リューは素直に耳栓をする。

 

 「クレイン、お前はオラリオで手配されていない。ダイダロス通りに首尾良く逃げ込めたら、お前は昼間は俺らと別行動できる。お前は市民に紛れ込める。」

 「………そうね。」

 「それで、どうしたい?俺としては、お前がそのまま市民として暮らして行くのがいいと思うのだが。」

 

 クレインがその選択を選べば、彼女の安寧を守るためにクレインの面相を知るリューは手段を選ばずに埋められることが決定される。

 

 リューを埋める決断をすることは、カロンにとって苦しみである。意味のない殺しなんか、誰だってしたくない。しかしそれがどれほど苦しくても、カロンは決断する。

 

 「どうかしらね。」

 「俺としては非常に………何と言うか、判断に迷っている。懸念事項が多い。俺達が危機に陥ったとき、お前は俺達を見捨てることができるか?」

 「無理ね。」

 「まあそうか。やはりそう言うか。そうなると………どうするべきか………。工作を任せるべきか?物資の補給………ヴァリスの必要性………これは予想外だ。今のオラリオはダンジョンを封鎖している。魔石の換金なんかをしたら、一発で通報されてしまう。物資は盗まずに買う方がリスクが低い。リヴィラからヴァリスをくすねて来るべきだった。急いで戻るか………。」

 「私がもう盗って来てるわよ。」

 「本当か?助かるよ。さすがクレインだ!」

 「今までお金に苦労したから。必要になるかもと思って持ってきたの。500万ヴァリスくらいは持って来れたわ。」

 「本当に助かるよ。気が利くな。クレインが予約すれば、身分確認が必要になるような宿でないなら泊まれるな。夜間に話し合いを行い、昼間は市中に紛れておいて欲しい。………いや、エルフにガネーシャ側にクレインの人相を伝えられてしまったら、まずいか?」

 「髪をバッサリ切るわ。私はあなたたちのように面相着きの手配書が出回っているわけじゃないから、エルフ本人に出くわさなければしばらくは大丈夫よ。」

 「うん………仕方ないか。それについては後で考えておくよ。」

 

 リューを埋める決断は、回避された。

 カロンは思案する。

 

 ーーとりあえず、策は練ったが………やはりエルフが裏切った場合は………不安だ。エルフが裏切った場合のシミュレーションを行う。エルフが裏切れば、奴は敵に何と伝える?奴は俺達の人員を伝えるだろう。そしておそらくは、俺達がダンジョンで爆薬を仕掛けていて、俺がなんらかの策でダンジョンを脱出しようとしていると敵に伝わることになる。俺はエルフに、浮動派連中の情報を渡した。その情報は俺達が、奴が裏切らないように報酬として渡した、わけではない。新たな敵が現れれば、奴らは戦力を分散させる必要を考えるからだ。撹乱のために俺達は奴に情報を提供した。それがガネーシャに伝われば、僅かであっても効果が見込めるか?俺達はロキファミリアが居たリヴィラを壊滅させたほどの、危険な連中だ。奴らは俺達を軽視しなくなるだろう。さほどの効果は見込めない。しかしやっておいて無意味ではない。

 

 ーー考えろ、どこまででも、考えろ!エルフはガネーシャにどう伝える?奴はリヴィラ全滅を伝える。俺達の人員を伝え、俺が策を練っていることを伝える。しかし俺がダンジョンに爆薬を仕掛けていることも同時に伝わるはずだ。そうすれば敵はどう動く?慌てて人数を使って俺達の捜索を行うか?人数はどう使う?纏めるか?散らばらせるか?ガネーシャも、犠牲0を想定はしないはずだ。エルフが奴らに俺達の指示通りに伝えれば、奴らは慌てて俺達を攻めて来る可能性が大だ。ダンジョンを横抜きしてしまったら、危険な俺達が市中に現れることになるためだ。エルフが俺の指示に従わなかった場合は………奴らはどう考える?まず奴らに伝わる情報。それは俺達が火薬を仕掛けている。それは囮で、俺達がなんらかの手段で逃走を試みている。俺達の頭脳は俺。

 

 ーーそれが伝わればどうなる!?エルフは俺達がレンを囮にすることをどの程度信憑している!?ガネーシャが採りうる選択肢はいくつか存在する。しかし、それはあまり宛てにならない。十分な思考時間があるなら、俺達は奴の考えることを推測しうる。敵方の視点で見ると、エルフからもたらされた情報では俺達はすでにダンジョンに爆薬を仕掛けているということになる。ガネーシャが俺達の想定通りに行動を起こさなければ、俺達はそちらを脱出の手段として採用する可能性が高いとオラリオは考えるはずだ。

 

 ーーそうなると、市中の警備に人員を割くか?それともダンジョンの強襲に人員を割くか?あるいは全く別の行動を採るか?現状維持か?最も可能性が高いのは、万一を考え強力な連中をある程度オラリオに残し、犠牲を許容してダンジョンに部隊を送ること、か?

 

 ーー市中に人員を割かれたら、俺達は一旦少し下の階層まで逃避する。強襲されたら何としてでも行き違う。現状維持ならば新たな策を考える。部隊を送り込むようならそいつらを帰さない。それがベストな選択か?クソッ!裏切られた場合の有用な策は、極めて少ない。ならばいっそ次善の策として本当にダンジョンを爆薬で横抜き出来る状況にしておくべきか?しかしそれはそれで敵方から偵察を送られる可能性が高まるというデメリットも存在する。

 

 リューは考える。

 

 ーー私はどうするべきだ?私はつい奴らの案に乗って嘘の情報を流すことに首肯してしまった。一般人の犠牲の減少に釣られて、頷いてしまった。私はどうする?どうすればいい?私は逃がされた先で正直に話すべきか?それとも奴らの言う通りにするべきなのか?わからない、わからない、わからない。

 

 カロンはタバコに火を点けて、考える。

 

 ーーこうなってしまえば、つくづくヴォルターの戦力の喪失が惜しい。あいつが生きていれば、蟲の魔法で選択を強制的に迫ることが可能だった。エルフを逃がすと同時に、蟲で敵を覆ってしまえば、敵は攻めるか退避するかさほどの時間をかけられない。選択を間違えさせやすい。ほぼ敵は退避するだろう。他にもオラリオの人の多いところで使えば、あいつの切り札は囮としては決定的だった。敵は真っ先に一般人の退避の指示を行わないといけなくなる。しかしこの方向の思考は詮なきことだ。

 

 ーーレンの重力、バスカルの火炎、クレインの氷塊………どれも組み合わせて決定的に強力に現状を打破できるわけではない。クソッ!

 

 考え込むカロンの側へとリューが近寄る。リューは物いいたげにカロンを見つめる。

 

 「………。」

 「あん?どうしたエルフ?何か用か?」

 「………気が変わりました。やはり私はあなた方のことを信頼できません。私は逃げた先であなた方の言う通りに行動できません………。」

 「いまさらか?お前が俺達の言う通りに動けば、死人は減るぜ?」

 「あなたが仮に、人を殺したくないというのが事実であったとしても、それでも生きるために必要になったと思ったら人を殺すでしょう。」

 「まあ、そうなるな。しかしお前には、すでに報酬を渡していたはずだが?」

 「………お返しします。」

 

 カロンは考える。

 

 ーー逃走先で裏切られるよりはマシだが………まあ決行ギリギリで翻意をされるよりはいいと考えるしかないか。俺達はまだ、さほど行動には移していない。そうなると掘る場所も変えないといかんな。………すまない、レン、バスカル。

 

 リューは本来であれば、嘘をついてオラリオに逃げて彼女の知る限りの情報を作戦本部に伝えるべきである。それが最も正解に近く、裏目が少ない答である。しかし彼女がカロン達の境遇を聞いてしまい、カロンが最初にリューに慈悲で選択肢を提示したことがここに至って彼女にこのような解答を出させた。

 

 悪党が慈悲で偽り無しに選べる選択肢を提示するのに、正義は嘘をついて逃げるのか、と。

 

 しかしそれは高潔さや正義などではない、ただの甘さである。リューは無意味な個人の正義感に足を引っ張られている。それは彼らがこれから起こす行動で、どれだけオラリオが被害を受けるのか、どれだけ死人が出るのか、それを考えていない想像力の欠如でしかない。もしこれがカロン達が逆の立場であったら、彼らだったら平気で嘘をついて逃げる。

 

 そして、彼女の選択は、自分は手伝わない。その答は、明確な彼女の意志によって決定されたものではなく、どれを選べばいいのかわからないからという理由の思考放棄による現状維持である。

 

 思考放棄しなければ、命とは個人の正義感などとは比べものにならないほど重いという結論を出したはずなのに。

 思考する苦しみに、選択する苦しみに、彼女は負けた。逃げた。

 

 リューは苦しみに弱いゆえに、思考放棄という最も愚かな選択肢を選んだ。

 

 「………本当にいいのか?お前がここで俺達の言うことを聞けば逃げれるんだぞ?」

 「………このままでは私は誰かには嘘をついてしまいます。………気が乗りません。」

 「………その紙は持っていけ。」

 「いいのですか?」

 「構わん。俺達にとってはどうでもいいことだ。」

 

 カロンは掘削を始めた仲間の所へと行く。

 

 「………みんな、済まない。状況が変わった。最初の予定通り、壁を抜いて逃げることになる。別の場所を掘ることになる。」

 「………そうか。」

 

 レンが沈痛な面持ちで答える。

 

 レンの心中は如何ばかりだろうか?

 死ぬことが決まった状況から、生きることに僅かな希望が持てる状況に変わり、再び死ぬことが決まった状況へと落とされる。

 しかし彼女は何も言わない。

 

 「場所を移動する。俺が入口の場所の確認による地表までの距離の推測と爆薬の保有量を加味して、どの程度掘削するか決定を行う。クレインはより敵の動向に気をつけてくれ。下手したらフレイヤの奴らが出張ることも有りうる。」

 「ええ、わかったわ。」

 

 仲間達は、壁を掘る。カロンはどこまででも考える。

 

 ーー参った。この手を使うとなると、先ほどの案よりも時間がかかる。そうなってしまえば、俺達は少しでも長い時間稼ぎが必要となる。俺達の現在地点は、ダンジョンの正規ルートから外れた横道。こちらに偵察が寄って来る可能性は薄いと言えるが………しかし少しでも長い間リヴィラの現状を敵に伝わらないようにせねばならない。リヴィラ全滅の報を帰還した偵察から聞いた奴らは、それに対する何らかのアクションを起こす。リヴィラから偵察が帰って来なければ、奴らはより強力な人員をもう一度リヴィラに送る必要性が出てくる。ゆえに少しでも時間を稼ぐために、奴らの偵察を埋めなくてはならない、か。まあ仕方あるまい。

 

 「クレイン、奴らが何かのアクションを起こすことを最大限に警戒しろ。奴らが人員を送っていたら、俺達の方へ来なくとも俺に必ず伝えてくれ。」

 「ええ、わかったわ。」

 

 彼らはひたすら穴を掘りつづける。カロンはひたすら思考し続ける。

 

 ◇◇◇

 

 彼らはひたすら掘りつづける。カロンはひたすら思考し、補強板を作成する。 

 彼らが壁を掘りはじめて二日後に、少し事態は動く。

 

 「カロン、偵察と思われる奴らがいるわ。」

 「わかった。」

 

 カロンはダンジョンの影に潜み、敵の確認を行う。

 

 ーー俺でも見たことがあるそれなりに名の通った奴ら。確かガネーシャの所のレベル4が二人にレベル3が一人、か。埋めるのは問題なく行える。奴らがリヴィラに行って戻るまで丸一日以上かかる。が、まだ穴を掘りつづけるのは当分かかる。残念だが、処分することにするか。

 

 「レン、バスカル、済まないが別の仕事だ。ガネーシャの所の偵察を三人、片付けてくれ。死体はここへ持ってきてくれ。奴らの持ち物で使えるものがないか俺が確認する。」

 「敵のレベルと所在地は?」

 

 バスカルが問う。

 

 「敵はレベル4が二人、レベル3が一人。今下の階への通路を降ったところだ。確実に葬って、絶対に逃げられないようにしてほしい。………済まないがガネーシャの奴らだ。」

 「………ああ、わかった。」

 

 レンとバスカルは掘削を中断し、冒険者を襲いに向かう。

 

 ◇◇◇

 

 ダンジョンに送られた三人の偵察、彼らの名前はデルフ、アラン、ビルである。

 唐突に複数の炎がデルフ達三人を襲い来る。

 炎を確認したリーダーのデルフは即座に仲間達に叫ぶ。

 

 「みんなっっ!!敵だ!警戒しろ!!」

 

 ーーこれは、見覚えがある。ということは、敵は()()か。クソッ!

 

 暗闇から、二人組の男女が現れる。強者の雰囲気を纏った、赤い髪の女と茶髪の優男。

 

 「レン!バスカル!こんな馬鹿げたことは、もうやめろ!おとなしく捕まるんだ!」

 「あん?おとなしく捕まったところで、どうせ私たちは縛り首だろうが!自分から死にに行く馬鹿が、どこにいるんだ?」

 

 レンはそう答える。

 向き合う二人と三人。

 レンとバスカルはもともとガネーシャファミリアの人間である。彼らは顔見知りだった。

 

 「バスカル!お前までこんな馬鹿げたことに付き合うのか!!」

 「ああ、付き合うね。もう俺はここまで来ちまった。たとえ馬鹿げてても、間違っていても、死を望まれる最悪の奴らと呼ばれても、俺は俺の命の限り生きつづける。生きなければ、何もできないだろ?」

 「……ああ、確かにバスカル、お前の言う通りだ。誰だろうと生きなければ何も出来ないんだろうな。」

 

 デルフはバスカルのその言葉に、説得することは不可能だと判断する。

 

 レンとバスカル、対するはガネーシャのレベル4二人にレベル3。

 デルフ達はレンとバスカルに面識がある。

 デルフ達はそれなりの期間をレン達と共にガネーシャファミリアで過ごしていたために、戦いで自身達に勝ち目が極めて薄いことを理解していた。

 

 デルフは考える。

 

 ーー奴らに入口側に陣取られてしまった。仲間から定期連絡が来ないことに不審を感じた俺達だったが、まさか敵がもうこんな所に来ていたとは!?どうなっている?リヴィラはどうなったんだ?奴らは入口の近くに構えていたのか!?こいつらはかつてガネーシャファミリアに在籍していた時でさえ、すでにレベル5目前だったはずだ!元ガネーシャファミリアの最高戦力!俺達じゃあおそらくはこいつらに勝ち目がない。

 

 「問答無用だ!」

 

 レンが宣い、迫り来る。戦端が開かれる。

 

 ◇◇◇

 

 ーー奴ら………やはり強い!レンの動きだけでも俺達は対応で精一杯なのに、炎が隙間を縫って襲い掛かって来やがる、クソッ!!

 

 デルフは毒づく。

 デルフ達の戦法は、槍と盾を持つレベル4のデルフが前衛を一手に請け負い、レベル4のアランとレベル3のビルが魔法攻撃を行う。比較的万能なアランはデルフの指示に従い、前衛と後衛を行き来する。

 しかし全く通用しない。デルフ達にとって何より最悪なのは、手札、戦術、切り札がばれてしまっていること。

 

 彼らの今現在の戦術は、デルフが足止めし、アランが雷魔法で相手の動きを止め、ビルがトドメの風の刃の魔法で打ち倒すというもの。前衛、後衛、後衛の三人組。しかし。

 

 彼らの指揮者のデルフは考える。

 

 ーーここまで実力差があると俺達の戦術は総崩れだ。俺が足止めが出来てなくて、アランの雷魔法は詠唱が終わるタイミングを知られているために魔法を避けられる。当然ビルの風の魔法が当たるわけがない!

 

 デルフが考えている最中にも敵は襲い掛かって来る。レンは壁を蹴り、空中で宙返りを行い、死神の鎌は空中から重力と遠心力を加算されて振り下ろされる。

 

 「ぐっっっ!!」

 

 デルフにとっては重い、あまりにも重い一撃。彼の持つ盾を貫通し、彼の鼻先で間一髪鎌は止まる。しかし彼が安心するひまはなく、バスカルの炎が側面から迫って来る。

 

 「くっ。」

 

 補助をするビルの風の刃魔法が何とか炎を斬り飛ばす。しかしバスカルの炎は即詠唱で、ビルの魔法は詠唱に時間がかかる。どちらが不利か言うまでもない。

 

 「ライトニング!!」

 

 ーーマジかよ!?いくら手札を知っているとは言え、雷を避けるかよ!普通!クソッ!

 

 アランが雷魔法を打つが、敵の打ち出しを見ていたレンは軽々と雷を避ける。

 レンはそのまま床を走り、盾を壊されたデルフへと襲いかかる。デルフは敵の鎌を壊れた盾で何とか防ぐが、バスカルに炎で狙い撃たれる。デルフはバスカルの炎を無理な体勢で避けてレンに致命的な隙を晒す。

 

 「トドメだ!」

 「待ってくれ。降参だ。」

 

 デルフは無様に床にしりもちをついている。

 デルフは武器を床に放り投げ、両手を上にあげる。

 

 「あん?」

 「この状況じゃ、俺達に逃げる目も、勝てる目も存在しない。」

 「「デルフ!!」」

 「お前のお仲間は、何かいいたげだぜ?」

 「俺が説得する。」

 

 デルフは後ろの仲間へと振り向く。

 

 「おい、降参してどうすんだよ?相手は危険な奴らだぜ?」

 「戦っても、確実に死が待つだけだ。奴らに対して俺達は勝ち目がない。今を生き延びて、機を伺うんだ。」

 「………。あんたがリーダーだしな。」

 

 アランとビルは、文句をいいたげではあるが、しばらく話し合い結局はリーダーの言うことに従うことにする。

 

 「俺達はお前らに降伏することにする。俺達は、死にたくない。」

 

 レンは考える。

 

 ーーカロンのヤローは埋めろと言ってたが、別に無理して今埋めなくとも構わねぇ。それはいつでもできる。ならば生かしたまま、連れていくか?問題ありゃ、あっちで埋めればいいか。

 

 彼らは顔見知りだ。レンは埋めなくて済むのであれば、そちらの方がいい。

 

 「バスカル、どうするよ?」

 「殺すのはいつでもできるしな。無駄に殺したいわけでもないし。お前ら、逃走を試みたらその時点で残った仲間の首が飛ぶのはわかってるな?」

 「あ、ああ。」

 

 彼らの処遇が決定される。

 レンとバスカルは相手に逃げられないように細心の注意を払い、カロンの元へと帰還する。

 

 ◇◇◇

 

 「カロン、奴らを捕らえてきた。」

 「生け捕りにしたのか。………少し待ってくれ。少し考える。そいつらが反抗しないように、万全の注意をしてくれ。」

 「ああ。」

 

 ーー………想定外だ。レンとバスカルが敵を生かしたまま、捕らえてきてしまうとは。しかし、これはもしかすると妙手かもしれない。案外と使い道が存在するのか?

 

 「おい、お前ら。」

 「………何だ?」

 

 デルフが答える。

 

 「お前らは命が惜しいか?」

 「………ああ、もちろんだ。」

 「当たり前の話だが、俺達はお前らを逃がすことが出来ない。お前らを逃がしてしまえば、俺達の計画が敵に筒抜けになってしまう。」

 「………。」

 

 デルフは考える。

 

 ーークソッ!!レンとバスカルだけで俺達には勝ち目がほとんどない。俺達はここまでか?

 

 カロンは考える。

 

 ーー特に生かす意味はなさそうだが、こいつらを掘削人員に使うとなると話は別だ。こいつらにも壁を掘らせてしまえば、俺達が壁を掘る期間は短縮できる。夜間はステータス封印薬を打って、俺とクレインの交互に見張ればいい。俺達が逃げる際に、適当な所にステータス封印薬を打ったまま置き去りにすればいい。

 

 「………お前ら、上のお前らの状況と人員はどうなっている?お前らが戻らなければ、次は誰が偵察に送られる?」

 「………それは死んでも言えねぇ。たとえ拷問されたとしても。俺達は、民衆を愛するガネーシャ様の眷属だ。仲間は売れねぇし、民衆が傷付くのなら、俺達は命を捨てて戦う。」

 

 カロンは考える。

 

 ーーやはり情報は吐かんか。実際に拷問を行ったら、こいつらは掘削人員として使い物にならなくなってしまう。別々のダンジョンの部屋で拷問すれば、得た情報のすりあわせも出来る。そうすれば信憑性の高い情報を得られるか?情報はかなりの価値が有り、どうしても欲しいものではあるが、現実どれだけこいつらが拷問に耐えきれるかは不透明だ。本当に死ぬまで何も吐かなければ、俺達がこいつらを捕まえても捕まえた時間と拷問した時間がかかっただけで何にもならなかったことになる。それならばやはりいっそ情報を諦めて掘削要員にするか。これも断るようなら埋めるほかはない。

 

 カロンは彼らに告げる。

 

 「………お前らは壁を掘れ。お前らが必死に壁を掘るのを手伝うなら、俺達はその間お前らを殺したりはしない。俺達が首尾良く脱出できれば、俺達は俺達の都合がいいときにお前らをどこかにうっかり置き忘れて逃走することになる。これも断るようだったら、残念ながら俺達はお前らをここに埋めることになる。」

 

 デルフは考える。

 

 ーー誰かを殺せと言われるくらいだったら死に物狂いで戦うつもりだったが、壁の掘削をやらせられるくらいだったらまだ許容範囲だ。おとなしく従おう。隙があれば逃げれるかも知れんが、こいつは確か青い目の悪魔と呼ばれる男だ。そんなにぬるい奴だとは思えん。

 

 「………わかった。」

 「さらに言うと、お前らが少しでも反抗的な素振りや逃げる気配を見せたら、迷わずに埋めることになる。言動には気をつけろ。理解したか?」

 「………ああ。」

 

 カロンは考える。

 

 ーーレベル4二人にレベル3一人。仮にこいつらが逃げ出したとしても、逃げる進路上に俺とクレインが居れば奴らが逃走を試みてもわずかに足止めが可能だ。そうすればレンとバスカルとハンニバルもすぐに合流する。とりあえずは、問題ない。問題は次だ。次はこいつらよりも、強力な偵察が送られて来ることになる。おそらくはフレイヤの人員だ。そうなればどうする?まさか猛者を送りだしたりはしないだろう。もうワンランクは落とすはずだ。なぜなら最悪の場合はリヴィラ壊滅を想定しているはずだから、単体で送り出せば最悪猛者を失うことになりうると考えるはずだ。となると………。

 

 カロンは思考を続ける。仲間は掘削を続ける。クレインはリューの見張りを続ける。

 

 ーーどうする?次の人員を俺達はどうするべきだ?次の人員はおそらくは盲目的にフレイヤを信仰する奴らだ。そいつらは今日捕まえたこいつらほどぬるい相手ではなく、まず間違いなくレベル5以上。奇襲で倒すべきか?スルーするべきか?なんらかの罠を張るべきか?奇襲をした場合、俺達は敵の必死の抵抗にあう。しかしオラリオに潜伏する際、俺達を捜す強力な駒を一つ減らしうるというメリットも存在する。スルーした場合は、特にメリットもデメリットもない。予定通りにガネーシャに情報が伝わるだけだ。………どうする?やはり相手次第か?次はオラリオ側の罠も警戒する必要が出てくる。二重尾行、今日捕まえた奴らが帰還しないことを警戒して、次に送った人員を密かに仲間に尾行させるというやり方だ。敵の攻撃を受けたら仲間を合流させる。その手を使って来るのか?まあ、偵察の人数と質次第で奇襲をかけるか決まることになる、か。となると、奇襲の戦法も考えておかないとならない。レンの重力で相手を止めて、バスカルの魔法で相手を燃やす。しかし相手が予想以上の手練だったら、奇襲の重力魔法を避けられる可能性まで存在する。

 

 ーーところで………エルフにも壁を掘らせるか?いや、エルフは片足が使えないし、体中傷だらけだ。そうなるとそこまで壁を掘らせるのに役に立つとは思えんし、クレインは俺とここで見張りをさせている。クレインも一人では退屈だろう。このままでも構わんか。さて。

 

 ーーこいつらを解放する際、少しでも敵に情報が伝わらないように手を打つ必要がある。ダイダロス通りのどこかに縛って転がしとくのがベストか?俺達がオラリオから外に逃げ切れたら、こいつらが何を言っても、何をしても問題はない。掘削にはまだ時間がかかる。その間に考える時間はある、か。

 

 時間は経ち、夜になる。

 

 ◇◇◇

 

 夜になり、彼らは食事をする。

 そしてやがて彼らは眠りに就く。カロンは捕虜のステータス封印薬を打ち、見張りを行う。

 

 「そうか。やはりアストレアは全滅していたのか。アンタはその生き残りだったのか。災難だったな。体中傷だらけだし。」

 「………ええ。」

 

 デルフ達はリューと話す。

 カロンはそんな彼らに告げる。

 

 「おい、お前ら。多少の話をする分には構わないが、俺達の話はするんじゃねぇぞ!」

 「………ええ、わかりました。」

 「………ああ、わかった。」

 

 カロンが彼らに告げる言葉、その意図。

 デルフ達はカロン達が襲撃したガネーシャファミリアの人間であり、カロン達は彼らの仇である。リューにあまり彼らの憎しみの感情を煽って欲しくはなかった。今のまま素直に彼らが掘削を手伝ってくれてれば、役に立つ。相手は命を拾い、カロン達も時間を得る。互いに得がある。リューがうっかりカロン達がガネーシャファミリアを襲撃したといってしまえば、彼らの憎しみの感情を刺激することになる。デルフ達は薄々カロン達がガネーシャを襲撃したことを理解しているが、直接そう言われてしまったら、また別の話だ。そうなれば無駄に争う可能性が高まるだけである。

 

 「で、アンタはここから逃げ出せたらどうするんだ?」

 「………どうするとはどういうことでしょうか?」

 「ファミリアはアンタ一人きりなんだろ?立て直すのか?何だったらこんな縁だし、俺達も手伝おうか?まあ生きて還ってからという話になるが。」

 

 リューは衝撃を受けた。

 彼女はもう、自分は一人きりだと考えていた。仲間は全滅して、自分が一人で行動を取るしかないと。しかし、彼は復興を手伝おうかと言ってくれた。

 

 「………私はあなたにそんなことをしてもらう謂われはありません。」

 「そうか。まあ大変だったら言ってくれ。人生困ったときは、お互い様だ。」

 

 リューは心苦しい。

 困ったときは、お互い様。リューが凄惨な復讐を行えば、彼女にそういってくれた彼らに殺人鬼として追われることになるのだろうか?

 彼らは衆生の主、ガネーシャの眷属だ。衆生がリューを嫌えば、彼らはリューを追いかけることになるだろう。そうすれば、リューは彼らと戦う必要に迫られるのだろうか?命のやり取りをすることになるのだろうか?

 

 ◇◇◇

 

 主人公が闇派閥のこの物語の視点は、もちろん闇派閥寄りである。正義を嫌い、英雄を否定することが闇の存在意義。闇にも闇の主張がある。

 正義がどう考えているかとか、一般人がどう考えているかなどは、一切勘案していない。

 

 夢を基調とする英雄の強さと、現実を基調とする悪の強さはきっと、永遠に相容れない。

 日々の努力や練習の成果、下準備を疎かにして、それでも結果を出すのが英雄。

 日々の努力や練習でいくら結果を出しても、どれだけ入念に下準備しても、それでも結果を覆されるのが悪党。

 

 誰も知らない。それは闇派閥だけが知っている。

 物語とは、実は描かれていないところにも、いないところにこそ、たくさんの人の強さや優しさが存在する。

 彼ら闇派閥が襲撃した人間にも、仲間を命懸けで庇おうとした人間や、逃がそうとした人間がたくさん存在した。

 

 未熟な人間が不安定な強さを獲得していく過程を英雄として描かれ、強い人間や優しい人間は物語の展開に邪魔だと脇に追いやられ、名前も与えられないまま知らないうちに戦火に消えていく。

 

 神々は気付いていないのだろうか?気付いてておもちゃにしてるのだろうか?

 なぜ外部からの人間を受け入れている経済力のあるオラリオの人口が飽和点に達しないのか?

 

 神々が人間にステータスを与えてしまったせいで、死を恐れない冒険者が花形職業のせいで、冒険者という身近な存在が頻繁に居なくなるせいで、人間は消耗品だというおかしな価値観がオラリオの市民に蔓延している。おかしな話だ。実際に死に接する冒険者はさすがに必死だが、市民はそんな彼らをいくらでも替えの利く消耗品だと見なしている。どれだけ仲良くとも、居なくなったら仕方ないで済ませてしまう。人間が消耗品なんて価値観は、明らかにオラリオが神々の価値観の影響を受けている。そしてそのおかしな価値観に耐えきれない人間が、反旗を翻した人間が、復讐派に身を落とす。例えば仲間を殺されたリューが復讐を望んだように。

 

 人間は、幾通りも存在する。

 冒険者は、単純に強さを求める者だけがなるわけではない。犯罪者も当然犯罪に有利だからという理由でなるし、犯罪者を捕まえる側にも当然必要とされる。自衛にだって、必要となる。

 猫も杓子もステータス。ステータスなんてものがあるから、犯罪の脅威度はますし、捕縛の際の手違いも多くなる。戦闘の被害も大きくなる。巻き込まれる民間の人間も多い。しかし、ステータスがあれば利益が上がるから指摘しない。目をつぶる。どんなものも使う側の使い方次第なんて言い分は、きちんと教育機構を整備して、治安を維持した上でないと通用しない言い分だ。

 

 それは滑稽な喜劇でしかない。人が軽いという価値観に耐えられなかった人間が、人を大切に想う人間が、人を喰らう闇へと身を落とすのだ。そして人を喰らう闇は、また人を喰らう闇を生み出す。

 そしてそのおかしな価値観のおかげで、闇派閥は今までオラリオから全力で討伐されることはなかった。闇派閥なんてものの、復讐派なんてものの存在が、許された。

 

 いびつだ。

 ステータスがあるからオラリオのモラルが崩壊している。そしてモラルが崩壊しているから闇が存在する。オラリオ壊滅を目論んで殺人を犯して死んでいく闇があるから、オラリオの人口が一定に保たれている。それは、ヴォルターが復讐派を立ち上げる前からずっと、存在している。

 

 無差別殺人鬼が必要悪な社会なんぞ、いびつに過ぎるだろう。

 神々はそれを喜劇として、特等席で愉しんでいるのだろうか?

 

 オラリオになまじ経済力があるせいで、彼らは産んでは消えてを繰り返す。

 

 それは、多数の冒険者を闇に葬った彼らにだけ気付ける視点。

 彼らがいくら冒険者を襲っても、その数は決して減らない。一人の価値が、軽い。

 オラリオ全体の価値観は実は、命の軽い闇派閥と近いのである。

 

 命が重いという考えが少数派(マイノリティー)だから、オラリオにとってその声高な主張が邪魔だから、命が軽い方が利益が上がるから、アストレアファミリアは淘汰されたのである。だから当事者が居なくなったら再建されない。きっと代わりの組織も出てこない。オラリオが必要としないから。闇派閥はただの実行犯に、過ぎない。

 何故誰もそれに気付かないんだろう?民衆が治安維持機構を否定してるんだぞ?

 

 オラリオから闇が居なくなれば、おそらく経済力があるオラリオの人口は激増する。どれだけ利益を生み出す都市でも、人口の増加には限界がある。ダンジョンはあまりの多勢に蹂躙され、きっと悲鳴を上げることになる。オラリオはその時が来るまで、気付かない。

 仮に英雄が闇を完全に撃滅しても、その先を続く命はどうするんだ?

 それを彼らはどう解決する?話し合い?他国への侵略?

 

 おそらくは身内の喰らい合いだろう。

 

 ステータスがあるのに、命が消耗品なのに、今更話し合いを選択するとは思えない。せめて戦争遊戯で済めば良いけどな。

 他国に侵略することもないだろう。オラリオが最も欲を満たせるし、オラリオが賄いきれないものを他国からの略奪で賄いきれるとは考えづらい。しかし、もしオラリオがその選択をしてしまったら、真に世界の暗黒の時代が始まるだろう。

 

 オラリオから完全に闇が居なくなれば、人口の増加したオラリオで仲間内を喰らい合う争いが始まるのは時間の問題なのかも知れない。欲望都市での命が消耗品という価値観が蔓延した中での身内の喰らい合い、こんなものは想像しただけで恐ろしい。欲望に助長されたそれは、きっと止まらない。

 

 気まぐれな神々は、いつ飽きて天界に帰還するかわからない。彼らは人間同士の争いに嫌気が差して、無責任に天界に帰還するかもしれない。そうなったら、ダンジョンに潜れなくなる。膨れ上がった人間に、経済の貧困、周囲の敵対する国。オラリオは致命的な破滅を迎える。

 

 まあしかし、もし仮にそれが実現するようなことがあったとしても、どうせその時は闇派閥である彼らはもう、いない。多分英雄様がまた試練だなんだと言って、なんとかするんだろ。闇派閥には、関係ない話だ。

 

 ただ、悪を知ることを望んだリューは、いつか問題の根っこに気付くのかもしれない。

 

 神とはつくづく、罪深い。

 

 ◇◇◇

 

 「どうしたんだ?」

 「………なんでもありません。私たちは捕虜です。あなた方は明日も壁を掘らねばなりません。体力を取っておくために、もう寝ましょう。」

 「ああ、そうだな。」

 

 先程まで話をしていた四人、彼らはすでに、カロンの縄の魔法で縛られている。

 デルフ達三人は、さほど経たずに寝息を立てる。

 リューは先ほどの言葉が忘れられない。

 

 新たに加わった三人の捕虜達は、壁を掘るのに疲れ果てて泥のように眠り込むのだった。

 

 ◆◆◆

 

現状

ヴォルター・・・死亡

生存者

カロン、レン、バスカル、ハンニバル、クレイン

捕虜

リュー・リオン、デルフ、アラン、ビル



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大破する戦車

 ここはオラリオの神会。今ここは、闇派閥を打ち倒すための有力な神々や眷属による作戦会議室となっていた。

 

 「それで次の我々の対応だが………。」

 

 作戦会議の陣頭をとるガネーシャはつくづく困り果てていた。

 リヴィラからの定期報告は遅れ、それに対する偵察の第一陣の報告もまだ上がって来ない。偵察はすでにその日の帰還予定時刻より遅れている。あからさまに異常事態だ。にも関わらず出席する神々の緊張感が著しく、薄い。それどころか、敵が捕まってないにも関わらず利益を追求してダンジョン封鎖を解く声すらも上がっているのが現状だ。無能な味方程厄介な存在はいない。

 

 賢神ガネーシャですら、時には選択を誤る。生物とは個体数が多いほど、逸脱した個体が現れやすい。まさかオラリオの闇がここまで深くなっているとは、彼にすら予想外だった。そしてそれは最初で最後の、あまりにも致命的な見込み違い。ガネーシャはロキの精鋭が帰ってこない理由を、薄々察している。しかし、それを口に出すとロキが錯乱しかねない。

 

 そして、件の敵の作戦を推測するための頭脳として期待していた道化師(トリックスター)と呼ばれるロキは、眷属から連絡がないことに不安を感じて浮足立ってる。ロキは戦力を出陣させて敵を撃滅することを主張したが、町の防衛が最優先であるため当然受け入れられるものではない。そのためにロキは会議でも上の空であった。ロキが眷属を可愛がっていることは周知の事実である。ロキが平静であったのなら、高い知能を持つロキはカロン達の思惑をあるいは容易に看破していただろう。

 フレイヤは相変わらず自分の興味の薄いことにはさほど思考を裂かない。

 他の娯楽主義の神々は、ロキの眷属の実力を過信して定期連絡が遅れていることを楽観視している。彼らは敵がロキファミリアを撃滅するほどに強力だと思いたくない。彼らは自分の信じたいものしか信じない。

 

 彼らと闇派閥の決定的な差は、思考する習慣と危機感である。

 闇派閥は思考を続けないと生き残れない。いつ危機が襲い来るかわからない。事実から目を逸らしても現実は変わらず、対応が遅れてより多くの血を流すだけだと理解している。それを嫌と言うほどに思い知らされている。

 対する神々は娯楽に溺れて、面倒ごとをさっさと片付けたいと考えている。

 その差がここに来て、オラリオの命運を分ける決定的な要素となっている。

 

 ガネーシャ達の速攻による致命的なミス、それはオラリオ全体に闇派閥の危険性が浸透しきっていないことだった。オラリオはロキの眷属の実力を過信しきっている。ロキの精鋭であれば、危険な闇派閥を撃滅できると信じている。

 信頼と言葉にすれば美しいが、それは思考放棄と油断以外の何物でもない。

 

 物事はつくづく、わからない。

 それはガネーシャが、信頼性の高いロキファミリアという人員に任せたことによる弊害。彼らは信頼性が高い人員に任せたが故に、次の行動が遅れているのである。彼らはまさかリヴィラが全滅しているとは考えない。

 そしてそれは今現在はカロン達の有利に働き、時間が経つに連れてカロン達に不利に働く。時間が経つに連れて脳天気な彼らであっても不安感を抱いていく。

 

 オラリオに住まう神々は危険な闇派閥の機先を制していたはずなのだが、いつの間にか後手に回っていて、尚且つそれに気付かない。

 もうすでに目前に、悪魔が先導する死者の怨念の集大成が迫っていることに、弱者の生への妄念が迫っていることに、気付いていない。

 死者は復讐などという破滅の願いなんかに決して力を貸したりはしない。死者が力を貸すのは、生者の切実な生への執着だけ。屍はいつも、自分のようになるなとひたすらに身をもって叫んでいる。

 

 そして会議は明確な打開策を提示しないままに終了を迎える。

 

 ◇◇◇

 

 「おい!!いい加減にしろクソエルフ!!お前は脳みそが腐ってんのか!!」

 「ンガガォッッ。」

 

 カロンは三日連続寝坊する捕虜に呆れ果て、頭を足で小突く。

 横になっているリューは驚き、鼻の穴を大きく広げて息をする。

 リューは顔を真っ赤にして飛び跳ねて起きる。

 

 「お前本当にどうなってんだ!?昨日穴を必死に掘っていた他の奴らでさえも、とっくに起きて穴掘りを始めてんだぞ!?脳みそ、本当に入ってないのか?捕虜という言葉の意味を理解出来ていないのか!?」

 「少しだけです。ほんの少しだけ、寝坊しただけです。

 「あん!?ふざけんな!!もう何時間経ったと思ってるんだ!?お前は俺達が昨日痛め付けたから、多少大目に見てやったら、一体いつまで寝つづけるつもりなんだ!?俺達はすでに三時間前には起きてるんだぞ!?」

 

 ◇◇◇

 

 彼らは起きて、穴を掘りつづける。カロンはやはり、思考する。

 

 ーー新たに三人人員が手に入ったのは大きい。予想より早く、穴を掘り終えれる公算が高い。しかし、人数が増えればその分食糧は早く枯渇する。おそらくは後一回食糧を取りに戻れば掘削が終わるまで持たせることは可能だが………。これは俺のミスだ。昨日のうちに食糧をリヴィラに取りに行っていれば敵と遭遇する可能性は存在し得なかった。そろそろ俺がリヴィラに一度取りに戻るべきだ。急げば今日中に行って帰ることが可能だ。しかし………敵の動きは気掛かりだ。連中が戻らなければ、奴らはいつ頃動き出す?敵はいつ頃の帰還を予定していた?俺が食糧を運搬する帰り道に新たに偵察として送り込まれた人員と遭遇する可能性はどの程度存在する?

 

 カロンは穴を掘る新たな三人の元へと寄る。

 

 「おい、お前ら。お前らはリヴィラ偵察からいつ頃の帰還を予定していた?」

 「………なぜそんなことを聞く?」

 

 三人を代表して、デルフがカロンに問い返す。

 

 「………お前らにはどうでもいいことだろう?」

 「………俺達は穴掘りをすることだけを条件にお前らに従っている。」

 

 カロンとデルフ達三人の間に緊張が入る。

 

 「カロン、こいつら埋めんのか?」

 「………待て、レン。少し考える。」

 

 カロンは考える。さほど考える時間の余裕はない。

 

 ーーどうする?どうすればいい?どうすればベストだ?早ければ敵は今日中に新たな敵を送り込む。仲間に食事を我慢させて、無理矢理強行軍で穴を掘るか?偵察は消すべきか?リヴィラ全滅の報が伝わるのが遅れれば遅れるほど、俺達にとっては状況がマシになると言える。しかし次の偵察は間違いなくヤバい奴だ。どうすればいい!?

 

 ーーこいつらを拷問して情報を吐かせるか?いや、それはどうするべきか早々に決められることではない。こいつらは今現在明確に、掘削要員として俺達の役に立っている。現状で役に立っている人員を、不安定な情報を得るために拷問で使い物にならなくすべきではない、か。

 

 ーー時間はない。どうするか決めておかないといけない。俺達が全員でかかれば、レベル6でも単体の相手であれば、互角に戦えるはずだ。偵察を首尾良く消せれば、俺達は多少であっても時間が稼げる。………覚悟を決めるべきか。そうなると、敵が送り込んで来る偵察に当たりを付けて、戦術を前もって練っておく必要がある。

 

 カロンは仲間の元へと向かう。

 

 「聞いてくれ。レンとバスカルは一時的に作業をやめて休憩してくれ。お前らガネーシャの三人は作業を続けろ!」

 「どういうことだ?」

 

 レンが寄って来る。

 カロンは渋面を作り、答える。

 

 「次の偵察はいままでよりもおそらくはヤバい相手だ。敵の人数次第だが、基本的に高確率で戦闘が起こる。お前達は敵と戦う際の主要戦力だ。休んでてくれ。」

 「ハンニバルはいいのか?」

 

 バスカルが問う。

 

 「ハンニバルはここに残って、エルフとガネーシャの奴らを見張る。ステータス封印薬を打ち込んだ上でな。今日は戦闘が起こらない可能性もあるが、万一に備え用心をしておいてくれ。戦闘に参加する人員は、俺が指揮、レンとバスカルが前衛を務め、クレインが後衛で回復と足止めの役割だ。敵は相当ヤバい相手の可能性が高い。回復薬もリヴィラから持ち出しているが、あまり宛てにしないでくれ。」

 「ああ。」

 

 バスカルが答える。

 

 「ハンニバル、アンタはそいつらの見張りを頼む。そいつらはステータス封印薬を忘れずに打ってくれ。効き目はおよそ三時間だ。」

 「盾役の俺がいなくとも構わんのか?」

 

 ハンニバルが問う。

 

 「どちらにしろ見張りとしてここには誰か一人は残さないといけない。そいつらに逃げられたら俺達の先行きが一気に暗くなる。盾のアンタがいないのは痛いが、回復と足止めのクレインを優先して連れていく。もし俺達が戻らない場合は………その時は済まないがアンタも俺達と一緒に死んでくれ。そうなったらもう俺達には策はない。さて。」

 

 カロンはレンとバスカル、クレインを順番に見る。

 

 「戦術の指示を出す。俺達はまずは、敵の正体を見る。相手次第で、奇襲するかスルーするか俺が指示を出す。」

 「ええ。」

 

 クレインがそう答える。

 

 「敵がさほどでもなければ、奇襲で重力魔法で足を止めて、燃やした後に氷漬けにする。ヤバい相手だったら、レンの重力魔法は切り札として温存する。敵次第だ。とりあえず、どの程度の相手を送り込んで来るか………敵方の二重尾行も想定しなければいけない。敵を見つけたからすぐに戦闘とは行かない。敵がぬるければ余計にその可能性を疑うべきだ。とりあえずは敵を待つ。」

 

 戦術の極意、それは弱者が強者を打ち倒すための創意工夫である。様々な戦い方が出来る人員がいれば、戦いの幅は広がる。

 古来より弱者の人間は強大な敵を狩るために相手を囲み、道具を作りだし、火を操った。ヴォルターは長い間それを理解しなかったために知能を持つ相手には雑魚専に過ぎなかった。ただ力任せに戦うだけの人間に知能を持つ強者を打ち倒す権利は決して与えられることがない。

 

 カロン達はひたすらに敵の動き出しを待ちつづける。

 

 ◇◇◇

 

 ーーアレン・フローメル!?マジかよ!?フレイヤの懐刀じゃねぇか!偵察に女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)を使うのかよ!?

 

 カロンは考える。

 ダンジョンを行く敵は女神の戦車。レベル6の中でも特に名を知られた強者。フレイヤファミリアのレベル6で猫人。かなり厄介な相手である。

 

 「おい、どうするよ?奴はやべぇぞ?」

 「………待ってくれ。少し考える。」

 

 バスカルの問いにカロンは答える。

 

 ーー女神の戦車!6の中でも特に名を知られた強者。危険度(リスク)は特大!フレイヤの連中の中でも猛者の次くらいに強力な駒と言っても過言ではない。しかしそれは逆に言うと、信頼性の高い人間を送り込んだということは二重尾行の可能性はだいぶ低くなったとも言える。確実に敵が策を練っていないかの確認は行うが………しかし奴一人だった場合、どうする?消せればでかい。一人俺達を撃滅しうる強力な駒が消滅して、敵に情報が伝わるのが遅れる。さらに、敵は女神の戦車という強力な駒が帰ってこないことで、より慎重になるだろう。なればこそ、余計に時間が稼げる可能性が高くなる。

 

 「おい、カロン!どうする?あいつ行っちまうぜ!」

 

 レンが小声で叫ぶ。

 

 カロン達は、敵から結構な距離を置いていた。敵はレベル6、見付かったらほぼ強制的な戦闘へと突入し、敵のレベルを考えれば逃走は極めて難しい。そのために、万一でも見つからないように距離をとっていた。爆薬でアレンの帰り道を無くす手も考えたが、それは悪手だという結論がすでに出ている。爆薬量には限りが有り、カロン達にとってそれは重要な戦略兵器だ。さらに仮にアレンを下の層に閉じ込めても、敵が上から新たな偵察を送ってくれば、敵が崩落をカロン達の居場所を推測する手立ての一つとして考える可能性が高い。つまり敵は、道を塞ぐことによってアレンとカロン達が別のサイドにいる可能性が高いとそう判断するだろうということだ。道を無くしてアレンという強力な駒を封印したのだろう、と。そしてアレンが戻らないことから、アレンが崩落地点よりも下の階層にいる可能性は高い。必然的にカロン達は、道を塞がれている地点よりも上にいるだろう、と。ゆえに爆薬での強制的な分断は悪手である。

 

 「いいの?カロン。もうすぐ敵の追跡に間に合わなくなるわ。」

 

 普段は冷静なクレインすら焦る。カロンは覚悟を決める。リスクが高くてもその分見返りは大きい。

 

 「戦術は練った。みんな。覚悟を決めてくれ。女神の戦車を消す。敵は格上、最大限の緊張感を持ってことにあたれ!」

 

 ◇◇◇

 

 「チッ!もうすでにこんなとこに居やがったか!」

 「女神の戦車はもう女神の元には帰れないよ。ここがお前の死に場所だ!」

 「ぬかせ!死ぬのはお前らだ!」

 

 カロン達は急襲でアレン・フローメルを襲撃した。バスカルの炎を撃ちだし、待避先をカロンが予測してレンを配置する。しかし、アレンは退避せずに軽々とバスカルの炎を槍で切り払った。

 カロン達は、敵を逃がさないためにダンジョンの入口側に控えている。

 

 唐突だが、女神の戦車。この戦車とはどういう意味だろうか?

 戦車を英訳するとタンクになる。しかし、ダンマチの世界観を考えると、それが砲身の付いた現代の重戦車だとは考えづらい。戦い方を示しているのであれば、重戦車は極めてイメージしづらいものとなる。

 ゆえにおそらくはこの戦車とはチャリオットを表しているものだと推測される。古代の戦闘において、馬車に乗って戦う戦士達。彼らはしばしば槍を片手に、もう片方の手には盾を携えて戦闘を行う。

 

 戦端はすでに開かれている。バスカルの炎を切り払ったアレンは、後ろから急襲するレンの鎌の攻撃を盾にて受け止める。

 

 カロンの指示が飛ぶ。

 

 「レン!バスカル!敵は格上だ!なるべく正面からは当たるな!バスカルの炎を正面に当てる挟撃を意識しろ!」

 

 クレインはカロンの指示により、隠れている。

 戦闘において、レベル6が相手だとしてもレンとバスカルはある程度の時間を持たせることができる。

 レンとバスカルで注意を引いて、クレインの氷で敵の足元を固める。そして四人が持つ()()()を用い、敵を打倒する。それがカロンの戦術。

 

 レンとバスカルは敵を挟み込んで戦いは始まっている。

 

 バスカルが中距離から炎を連続して撃ち込む。アレンは炎を斬り払い、その隙を狙い後ろからレンが鎌で急所を狙う。チラと目をやったアレンは軽々とレンの鎌を盾で防ぐ。回転する槍、レンは槍を片手で受け、槍の勢いを利用して後ろに飛びずさる。

 アレンは思考する。

 

 ーー敵の頭はあいつ………青い目の悪魔か。あいつを真っ先に落とすべきだ。あいつは確かそこまで強くないという話だったはずだ。あいつが指示を出し、おそらくは戦局を動かす人間。

 

 戦車は真っ先にカロンに狙いを絞り、襲い来る。

 

 ーーまあ、俺から落としに来るよな。狙いやすい弱者から狩るのは、戦闘に於ける常套手段。さて………。

 

 悪魔(カロン)は嗤う。

 

 「なあ、女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)。レベルの低い俺が単体でここにいるのは()()()だと思う?

 

 カロンの言葉は悪魔の揺さぶり。

 カロンは自身のスキルを十全に理解し、最も効率的で凶悪な使い方を理解している。

 

 アレンは戸惑う。敵は青い目の悪魔。闇で名の知れた知能犯。

 奴はレベルが低いにも関わらず、なぜ前線にいるんだ?

 その思いが、一瞬アレンを前へと進ませるのを躊躇させる。そしてそれは隙となる。

 

 「おらあっ!」

 「はあっ!」

 

 アレンの両脇よりレンとバスカルが挟撃を行う。アレンはその場で槍を回転させて、二人を弾こうと試みる。

 しかし、レンは槍をしゃがんで避けて、バスカルは片手剣で受けてやや後退する。バスカルはその場から炎を放ち、レンはアレンの炎を盾で受ける動きに対応して鎌で切りかかる。避けるアレン、しかし鎌はアレンの腕を掠り、アレンは僅かに出血させる。アレンはやや退避して考える。

 

 ーー青い目のヤローは罠を仕組んでいるのか?仮にそうだったとしても俺にそれを告げる意味はねぇ。奴のハッタリだ。それはわかっている。しかし、なんだ?奴の言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がしたのも事実だ。奴のスキルか?

 

 ーーなんだ?

 

 嫌な気配を感じとり、さらに少し退避するアレン。先ほど彼がいた場所には、地面に氷塊が存在していた。

 アレンは周りの敵を見渡す。しかし誰も魔法を使った形跡はない。

 

 ーーちっ!他にも敵が居やがったか。こいつは氷の魔法を操る後衛か。どっかに潜んで居やがる!これは………足止めを意図した攻撃か?

 

 戦闘は続く。

 

 レンが鎌を用いて、アレンの背後から詰め寄る。アレンはそちらに僅かな視線しかやらずに、槍の柄を回転させる。鎌で受けて弾かれるレン。バスカルの炎がアレンへと迫り、アレンはそれを盾で受ける。アレンはその鍛えられたステータスによる敏感な触覚を頼りに、足元に生成される氷を周囲の温度から推測して避け続ける。

 

 「女神の戦車か。女神………女神ねぇ。お前、そんなにフレイヤがいいか?あの気の多い尻軽女神が?お前がどんだけフレイヤを愛しても、返ってくるのは私はみんなを愛しているという女神特有のごまかしだけだろうに。つまらん奴だ。」

 「だまれっっ………!!」

 

 アレンは敬愛するフレイヤを馬鹿にされて激昂する。

 隙を見たバスカルが片手剣でアレンの足を浅く斬り付け逆手で即詠唱の炎を放つ、逆方向からレンが鎌を投擲する。アレンは炎を槍で斬り払い、鎌を盾で弾く。レンは投擲した鎖がまを鎖を引いて手元に戻す。

 アレンはレンに飛びかかるが、まともに正面から戦うつもりのないレンは退避する。退避しながらアレンの攻撃を受けつづける。レンを攻撃するアレンの背後から迫り来る炎、アレンはそれに対応しないわけにはいかない。アレンは体を捻り、レンはその隙に距離をおく。

 

 さらに戦闘は続く。真逆の方向より同時に襲い掛かるレンとバスカル。近づく二人を相手に力わざでアレンは槍を振り回す。至近にいたレンとバスカルは凄まじく早い槍の水平撃に武器を取り落とす。アレンは嗤う。アレンはより近いバスカルへと襲い掛かる。

 

 「レン、落ち着け!武器を拾うことを優先しろ!バスカル、なんとしてでも時間を稼げ!」

 

 バスカルのカバーに回るか一瞬迷い浮足立つレンにカロンからの指示が飛ぶ。

 アレンは槍を用いてバスカルを突きにかかる。間一髪致命を避けるバスカル、しかし横腹が裂かれる。隙と見たアレンは、脇腹を裂かれて動きが鈍っているはずのバスカルにさらに獰猛に襲い掛かる。しかしバスカルの傷は回復していく。クレインの回復魔法。クレインの回復魔法は空気中の水分に依存し、離れた位置から精密な箇所の回復を可能とする。そしてアレンから必死に距離をとるバスカル、鎌を拾いアレンの後ろから襲い掛かるレン、レンはアレンを相手に何とか時間を稼ぎ、バスカルが戦列に復帰して戦いは振り出しへと戻る。

 

 アレンは猫人の鋭敏な聴覚で隠れ潜み詠唱する敵の居場所を探そうと試みる。しかし、敵の挑発と戦闘音で潜む敵の居場所が特定できない。

 アレンは思考する。

 

 ーーチッ!隠れている奴は回復魔法の使い手か。氷塊の魔法といい、魔力の精密な扱いに長けていやがる。厄介だが、隠れている以上は後衛専門だろう。戦いを訓練されている相手ならば見つけだすのは一苦労だ。後回しにせざるを得ない、か。

 

 レンとバスカル、そしてクレインは………ハンニバルもだが。カロンとしばしば共闘しているために、カロンの戦い方とその恐ろしさを理解している。カロンの悪魔の二ツ名は伊達ではない。悪魔は敵を地獄の底へと引きずり込む。

 カロンは彼らにその指揮能力と即興の戦術立案能力の高さを示しつづけたことによって、彼らの絶対的な信頼を得ている。

 

 戦闘はなおも続く。

 カロンを落としにかかるか迷うアレン。ゴリゴリに揺さぶりにかかるカロン。挟撃で見事に連携するレンとバスカル。時折氷塊を敵の足元に生成し、足止めを意図するクレイン。

 

 カロンは思考する。

 

 ーー女神の戦車。とりあえずは戦局は俺達が上手く敵を俺達の土俵に引きずり込めている状況だ。しかし、敵は格上。誰かが僅かな隙に決定的な一撃を喰らえば、いつでも戦局はひっくり返る。切り札を外せば、それを敵にみとがめられて警戒される。そうなれば俺達のまず負けだ。なればこそ、今は現状の天秤を大きく崩さないことが肝要!レン、バスカル、クレイン、頼んだぞ!

 

 カロンはなおも挑発を行う。

 

 「ヘイヘイヘイヘイどうしたチビ?そろそろ帰ってママに泣きつかないのか?お前の大好きな女神様に?そろそろママにイジメられたってさ、言いに行った方がいいんじゃねぇか?お前の愛する女神様はお前のために動いてくれるかな?お前の大好きな女神様は俺達を怖がってお前の仕返しをしてくんないかもしんないぜ?」

 「だまれっっ!!」

 

 レンが鎌でアレンを水平に斬り払う。アレンはそれを盾で弾く。逆側から襲い来るバスカルの片手剣、アレンはそれを槍で受け、力でバスカルの剣を押し戻す。足元に生成された氷塊を避けたため、アレンは追撃ができない。さらに押し戻したバスカルから炎が連続で飛んで来る。盾で防ぐも同時に後ろから襲い来るレン、アレンは槍で受け舌打ちする。

 

 ーーチッ!あの悪魔ヤローを最初に落としたいんだが!ダメだ。まず間違いなくなんらかのスキル!俺のパフォーマンスが安定しねぇ。奴がこの戦いの敵の中心だ!クソッ!しかし………この纏わり付く二人組の連携も侮れねぇ。特に赤い髪の女は………そこそこやりやがる。

 

 戦いは続く。

 レンが鎖がまの分銅を槍の柄に向かって投擲する。連携を理解したバスカルは炎を放ちながらアレンへと詰め寄る。アレンは、バスカルを槍で斬り払おうとするが、鎖で槍の柄を抑えているレンが全力で抵抗する。僅かな時間、槍が使用不可能。盾で炎を受けるアレン。バスカルの片手剣の攻撃を避けようとする、刹那。

 

 「ホールド!」

 

 カロンより魔法の縄が飛んで来る。カロンの魔法の縄は脆弱で、レベル2以上の相手には効き目がほとんどないものだ。しかし、アレンはそれを知らない。悪魔から飛んできた不気味な縄を警戒して、必死に引っ張り自由になった槍で縄を斬り払う。隙を見たバスカルがアレンの背中を斬り付ける。アレンは体を捩り躱そうとするも、背中を斬られ、出血する。さらに敵の槍の柄から鎖を上手く外し、波状で襲い掛かるレン。アレンは猫人のしなやかな筋肉で後ろに大きく跳躍する。

 

 「ビビってるビビってる。ニャンコは俺達を怖がって逃げ出してるぜ。逃がすわけねぇだろうが!テメェの終わりはここだよ!ここで寂しく死んでいくんだ!テメェは二度と大好きなママの元に帰れねぇぜ!このみっともないマザコン集団が!」

 

 カロンはどこまでも挑発する。

 アレンは沸き立つ怒りとともに、カロンを標的にすることを決定する。

 

 ーーあのヤローをまず落とす。不安感なんぞ知ったこっちゃねぇ!!間違いなく敵の中心戦力だ!!弱者の分際でよくもここまで戦局を引っ掻き回してくれるぜ!

 

 アレンは足に力を込め、水平にカロンに向かって一直線に跳躍する。レベル6の全力の跳躍、余りにも素早い。

 アレンに追い縋るレンとバスカル。そしてカロンは嗤う。

 

 「かかったな。

 

 ーー不安感なんぞ知ったこっちゃねぇ!力付くであいつを無理矢理仕留める!

 

 カロンは敵の攻撃を盾で受ける。レンとバスカルはアレンに背後より迫る。

 アレンに迫りながらも密かに高まるレンの魔力。

 カロンはアレンの突撃を受け、壁まで吹き飛ばされる。吹き飛ばされたカロンは、凄まじい音を立てて、壁へと埋まる。

 アレンはカロンのいた場所へと着地している。

 

 ーーやっぱりハッタリだったか………いやこれは!?しまった!

 

 アレンの足元には氷塊。

 全力で突進したアレンは、周囲に注意を払うことができる状況ではなかった。その速度に彼の視界は狭まり、集中するのは目前の敵のみ。

 

 カロンは挑発と長期戦による敵の突進を予想して、敵が突進したら着地点に氷塊を生成する指示をクレインに出していた。そしてその着地点がカロンのいたところになることも。突進は戦車(チャリオット)の必殺である。カロンは敵の異名としなやかな筋肉を持つ猫人という種族の特性から、戦い方と切り札を推測していた。カロンにとっては二ツ名とは、敵の戦い方を推測する重要な情報源である。もちろん盲信はしないが。しかし根拠の薄い不確かな情報であったとしても、切羽詰まっている以上使えるものはなんでも使う。

 

 さらに、アレンは誤解させられていた。氷塊の生成可能時間と生成可能位置。氷塊を幾度も打ち込み、氷塊の詠唱時間を敢えてアレンに推測させる。生成可能な時間を遅めに覚えさせて、アレンに氷塊の魔法の使用可能までにかかる時間をごまかさせる。さらに、地面から氷塊を生やしつづける事によって氷塊は地面からしか生えて来ないと誤解させる。事実は、空気中の水分を凝結させるためにどこでも生成可能。

 

 クレインの魔法と特性を理解するカロンは、前もって十分な戦力に組み込めるようにクレインの魔法の精度をあげるようにクレインに指示を出し、以前からクレインの魔法は精密なものとなっていた。結果、クレインは火力はないが戦術に上手く組み込むために魔法の精度に特化した後衛となっていた。そして戦闘の際は自在な場所に氷塊を生成可能で、敵を騙すために敢えて詠唱の時間をずらしたり地面からのみ氷塊を生やしたりするという戦術をクレインは理解していた。

 

 そして氷塊の魔法の詳細を騙されたアレンは、片方の足を氷塊に覆われることによって僅かな時間拘束される。さらに、そこに連続して撃たれるバスカルの炎。炎を斬り払うつもりが、アレンの目の前に唐突に氷塊が現れて、アレンは思わず反射で氷塊を斬り払う。複数の炎は粉々になった氷塊に突っ込むことになる。そしてそれによって発生する熱を持った水蒸気。

 

 ーークソッ!これは………視界が!

 

 「グラビティフォールっっ!!」

 

 レンが声を上げ、足止めされるアレンへとさらに襲い掛かる重力。レンの切り札の重力魔法。レンはカロンの指示により、アレンがカロンへと飛びかかったら詠唱を始める指示を出されていた。

 そしてさらにアレンは逆側の自由な足もクレインの氷塊の魔法によって拘束される。

 

 両足を拘束され、熱した水蒸気で視界を潰され、重力によって動きを制限されたアレンの背後にバスカルが襲い来る。視界を潰されて動きも制限されたアレンは気配だけで必死に槍を振り回す。しかしバスカルは、アレンの槍撃を気にも止めない。水平の槍撃の穂先を腹部に受け、傷付き腹を裂かれながらも死に物狂いでアレンに密着する。

 バスカルはアレンの背後より、アレンの背中に何かを撃ち込む。

 

 ーーこれはっっっ!!!!やられた!!!!

 

 アレンに撃ち込まれるステータス封印薬。

 ステータスを封印されたアレンは己の敗北を理解する。

 

 ーーフレイヤ様………申し訳ありません………。

 

 壁から体中を血まみれにした体躯の大きな青い目の悪魔がノッソリと出て来る。

 悪魔はひしゃげた盾を放り捨てて懐よりポーションを取りだし、自身の頭からぶっかける。

 戦車と悪魔の視線は交錯する。

 

 「何とか突進に耐え切れたか。俺はツイてたな。潰れた盾もお前の盾で代用すれば問題なしか。さて、女神の戦車。戦いは決着した。お前は強いせいでどうやっても生かしておくことができない。なぜなら今回俺達が勝てたのはたまたま即興の戦術がハマったに過ぎないからだ。そしてそれが全てだ。お前を生かしておいてしまうと俺達の足元が掬われてしまう。よってお前はここで死ぬことになる。お前はツイてない。強さも良し悪しだな。お前は強いせいで偵察を任され、お前は強さに自信があるせいで、俺達と戦う選択をした。逃走に徹されてたら、俺達には為す術がなかった。お前は強いせいで選択を誤り、強いせいでここで終わる。………最後になるが、何か言い残すことはあるか?」

 「………クソッタレが。」

 「そうか。それとこれは俺の趣味だ。俺は可能なら獲物に最期に一服させることにしている。これはタバコという嗜好品だが、お前のタバコの火が消えるときが、お前の命が無くなるときだ。」

 

 カロンはそう言うと、懐より取り出したタバコを一本アレンへと差し出す。

 アレンは差し出されたタバコを受け取らずに地面へと投げ捨てる。

 

 「僅かな時間であっても生きることを否定するか。本当につまらん奴だ。だがまあ俺達にとってはどうでもいいことだ。それではさよならだ。お前の次の人生がいいものだといいな。」

 

 悪魔は嗤い、戦車は破壊される。

 戦いは決着した。

 

 ◇◇◇

 

 戦いは終わり、腹を裂かれたバスカルもクレインの魔法により回復する。

 カロンは破壊された盾の替わりに、アレン・フローメルの所持していた盾を拾っていた。

 確実にアレンを始末したカロン達は掘削地点へと戻る。

 

 「上手く仕留めたか。」

 

 拠点に残っていたハンニバルが問う。

 

 「ああ。何とかなった。戦術が上手くハマったよ。俺達はツイてた。」

 

 カロンは仲間を見渡して、言葉を続ける。

 

 「俺はこれからリヴィラへと向かって食糧の確保を行う。お前達は掘削の続きを頼む。女神の戦車を討ち取れたのは僥倖だ。しかしここから先は送り込んで来るとしたら敵の偵察はまずアンタッチャブルな戦力だろう。戦いは出来ないから可能な限り急いで掘削を頼む。クレインはエルフのステータス封印薬の打ち込みに留意して、バスカルは俺が戻るまで掘削をせずに俺の代わりにこいつらの逃走に対する警戒の監視を行ってくれ。レンは万一のゴライアスが産まれていた場合の対策として俺について来てくれ。時間はない。俺は急いでリヴィラへと向かう。」

 「わかった。」

 

 バスカルが答える。

 時間を無駄遣いするつもりはない。カロンは急ぎ、拠点を出発する。

 カロンはリヴィラへと急ぎ、道中やはりカロンは思考する。

 

 ーーさて、女神の戦車という大物は討ち取ったが………猛者が控えているというのが、やはりどうにもならん。現状の戦力では、俺達は奴にはどうやっても勝てん。遭遇しないことを祈るより他にない。猛者でなくとも女神の戦車に近い実力を持った相手が二人以上存在するという状況に陥ることも絶望だ。やはり壁を抜けた後はレンを囮に使う以外の選択が存在しない。レンが居なくなれば、俺達の攻撃力は半減すると言っても過言ではない。女神の戦車が戻らないことを敵は警戒………するだろうな。ことここに至って楽観するようなことはないだろう。ロキを差し向けたリヴィラから報告が入らず、偵察に送った強者の女神の戦車が帰らない。そうなれば奴らの首脳は間違いなく戦略を練るために会議を行うはずだ。可能な限り時間をかけてくれることが望ましい。さて、とりあえずは俺達のやることは決まっている。敵の動きに多少左右されるが………まあ敵の動きが不確定なのはどうしようもない、か。

 

 ーー次の偵察が行われても、俺達はそれを無視する。敵が俺達のいる場所に気付くまで、俺達は掘削を続ける。俺達の行動が終わるまで敵に気付かれないことを祈って。確率はまあ、かなりの確率で上手く行くだろう。何よりでかかったのが、ガネーシャのところの三人だ。あいつらに掘削を手伝わせることができたおかげで、現時点で何よりも価値を持つ時間の短縮を行うことが可能だったのがとにかく僥倖だ。まあしかし、後々こいつらの処遇も考えなければいけなくなる。なるべくなら、埋めたくはないが………しかしどうにも邪魔にしかならないようなら埋める他はない。エルフも含めて。

 

 ーーさて、余り考えたくないことだがレンとの別れの時も近い。上に戻ったら先々の予定と戦略、戦術も考えねばならん。壁を破ってオラリオに出た後の俺達の行動だ。それはやはり時間が何よりの価値を持つことになる可能性が高い。そして人員………駒は捨て駒として消費される、か。つくづく現状を示しているな。しかもヴォルター、レン、次は高い確率でバスカル。強力な順に捨て駒と化しているのが現状だ。戦力は加速度的に落ちていく。俺達は果たしてどこまでもつのやら………。しかし、俺は生きたい。決して生を諦めるつもりはない。たとえ世界が俺達の敵に回ったとしても。そのために考えつづけないとならない。考え続けて、少しでも良い選択肢を導かねばならない。先の道が見えなくとも、どれだけの絶望を感じたとしても、たとえ先に道が存在しないのであったとしても。



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レンの矜持

 ーー未だ消えぬ蔓延する死の臭い。いつ嗅いでも気分の悪いものだ。

 

 鼻をつくすえた臭い、リヴィラへとカロンとレンは到着する。

 道中、19階層でゴライアスが産まれていることはなかった。

 荷車を曳いて、カロン達は食糧庫へと向かう。カロン達は黙々と荷車へと食糧を積みつづける。

 

 ふとカロンはあることに気付く。

 

 ーー食糧が僅かに減っている?ネズミか?いや、これは………。

 

 「レン、万が一の警戒をしておいてくれ。食糧が不自然な減り方をしている。」

 「………あん?誰かいるってことか?」

 「………おそらく。可能性が高いのは勇者が生き延びていることだ。」

 「ああ、わかった。」

 

 レンは万一の警戒を行う。しかし特に誰も現れることはない。

 食糧の減少は気になるが、カロン達はそれを調べるほど時間的な余裕を持たない。

 カロン達はやがて食糧を積み終え、再び上の階層へと急ぎ足で戻っていく。

 

 ◇◇◇

 

 カロンとレンは、荷車を曳いて掘削地点へと戻る。

 カロンは指示を出す。

 

 「レンとバスカルは引き続き掘削に戻ってくれ。ここから先は時間との戦いだ。ハンニバルは俺と役割を交代して少し休んでくれ。」

 「………お前は考えることがあるんじゃないのか?」

 「まあ、そうだが他の人員にも少しは休憩を取らせないと効率が逆に落ちるからな。俺は壁を掘りながら考え事を続けるよ。」

 

 カロンは壁を掘りながらでもどこまででも考える。

 

 ーーさて、と。いよいよ本格的に危険の高い行動の開始だ。直に壁抜きが可能になるはずだ。そうしたらどうする?まずは壁抜きと同時にバスカルが街中に大きな花火を打ち上げる。レンが囮として町行く人々を害しながら敵の注意を引く。………レンには余った爆薬をいくらか持たせるのがベストだろうな。そうすればわざわざ一般人を攻撃しなくとも、音で自然と注目が集まることになる。効率面で上だ。囮として有効なのはレンよりも火炎使いのバスカルだが、バスカルは後々より有用な使い道が存在する。

 

 ーーそして、レンが周囲の注目を浴びている間に俺達は死に物狂いで人通りの少ない通路を選んで逃走する。目的地は、ダイダロス通り。ここは案外上手く行く算段がついている。敵は、今現在ダンジョンの入口を警戒しているだろう。夜間にいきなり全く違う地点から発破音がすれば、浮足立つはずだ。そうなれば指示系統が混乱を来す。強力な駒が出遅れる。

 

 ーー仮に、強力な敵に俺達がつけられてしまったら………さらなる囮を使うしか無くなる。ここは何としてでも駒を消費したくないところだ。万一俺達が街中に逃げ込んだら俺達がダイダロス通りに逃げ込むだろうことは間違いなく敵も想定済み。しかし同時に敵は民間の安全の優先も行わねばならない。

 

 ーー敵の行動が後手に回っている間に、オラリオの人通りが多い地点に油を仕掛ける。これは注目を浴びるためのもので、人を害する目的ではない。多くの犠牲は出るかもしれんが、他に有用な策がない。力でオラリオの外に抜ける門を出ようとしても、敵もそれを警戒しているはずだ。少しでもそこで時間を稼がれたら、ヤバい奴らにあっという間に取り囲まれてしまう。それを鑑みても火力による陽動以外に方法は思いつかない。俺達がダイダロス通りを逃げている間に、市井に紛れ込んだクレインに各地点に油をしかけてもらおう。クレインの工作は夜間がいいだろうな。昼間は物資の調達を任せよう。

 

 ーーそして工作が終われば、バスカルが放火魔として注目を集める行動を起こす。バスカルはオラリオを走り回り、各地点に火の手をあげる。当然人々の目はそちらへと向かう。複数箇所から火の手が上がれば、放火犯が闇派閥の俺達である可能性が高いことを敵は推測するはずだ。そうなると敵はオラリオの防衛を最優先にするはずだ。俺達はその隙に、手薄になるはずの門を力付くで抜ける。仮に門を抜ける策が読まれていたとしても、敵が市民の安全を優先させる公算は高い。

 

 ーーここまでの案に抜けはないか?より有効な策は?切り札は持ち得ないか?手持ちの札でより効率的な策は?この予定では最上の結果で、俺とハンニバルとクレインが逃げきれることになる。レンとバスカルは助からない。

 

 ーーレンは俺を逃がしたいと言ってくれた。………考えるのを………俺はやめてはいけない。レンがそう言ってくれたからには………と俺は単純に考えるべきか?………爆薬を使用前に仲間内の合意を再度確認しておくべきか。

 

 ーー今までは運よく敵に見つかっていない。このまま爆薬を使わずに人力による掘削のみでダンジョンの壁を抜く案は?そうすれば囮を使う必要もなくなる。それは………わからん。不確定過ぎる。掘削のみで抜ける決定をすれば、爆薬を使うより多くの時間がかかる。かなりの時間のロスになる。今まで俺達が敵に見つかっていないのは敵が後手に回っていて運が良かっただけだろうし、今は有事としてオラリオで夜間の警戒が行われている可能性すらある。壁を抜いた後に最初から囮を使っておけば、そいつらの視線も集めることが出来る。敵の情報が………圧倒的に足りない。時間をかければかけるほどに、状況はより不安定で不確定なものになっていく。それは戦力が劣る俺達にとって、どんどん不利に働いていくはずだ。時間は何よりも貴重なのが現状だ。

 

 カロン達は一心不乱に壁を掘りつづける。

 やがて、カロンとハンニバルが役割を交代して、カロンはどこまででも思考を続ける。

 

 ーー当初は壁とダンジョンの入口へと繋がる道の天井を同時に爆破する案を考えたが、それよりは囮のレンに爆薬を持たせた方が有用性が高い。奴らは発破音がしたら、オラリオの防衛を優先させるだろう。必然的にダンジョン前に配置しておいた戦力はオラリオの街中へと向かうことになる。そうすればダンジョンの天井を崩す意味はない。

 

 ーーもう遅い時間だな。食事も各々勝手に摂っていたことだし、今日はここまでか。

 

 やがて時間が経ち、ひたすら壁を掘りつづける人員は泥のように眠る。

 

 ◇◇◇

 

 「レン、今日はお前は掘削は休みだ。」

 「………今日か。」

 「ああ………そうなるな。」

 

 ついにダンジョンの壁を爆破する日時が来ていた。

 レンはこれまで経った日数と自身を休ませるという事実から、今日が命運が尽きる日だと理解した。

 

 あれから後、敵がダンジョンに偵察を送って来ることはなかった。

 カロンは、敵の思惑をすでに推測していた。

 

 ーーやはり、相当に敵方の首脳は警戒しているのだろう。話し合いの結論が出ていないと予測できる。ロキが高確率で全滅していて、女神の戦車も女神の下に帰還しない。俺達の戦力が相当なものであると予測しているのだろう。ゆえに偵察を送り込んでも人員の損耗になるだけの可能性が高いと。それくらいならば、ダンジョンの入口に戦力を結集させておく、と。これは敵方に俺達の情報を渡さないように敵の偵察を消したことによる利点だ。しかしその利点は同時に、いつ敵がその決定を覆すかわからない危うい利点でもあった。

 

 ーー首脳で話し合いをもたれているのなら、奴らは俺達の人員の推測も行っている、か?すでにオラリオでは強力に俺達の手配書が出回っている可能性が高い、か。そうなると宿屋に潜伏するのは不可能か。大男の俺とハンニバルはどうやっても目立つ。

 

 カロンは辺りを見回す。

 バスカルとハンニバルとガネーシャの三人組は壁の掘削を行っている。クレインはエルフの側にいる。

 レンは瞑想を行っている。彼女は何を考えているのだろうか?

 

 「………レン。」

 「ああ。」

 「お前の行動の指示を出す。決行は今日の深夜だ。俺達は闇に紛れて逃走する。お前は高所で爆薬で周囲を爆破しながら注目を浴びながら逃走してくれ。ヤバい相手が釣れたら、高所から降りて一目散に逃げろ。狭い路地を選んで、相手が直線的に追って来る状況を避けて時間を稼げ!」

 「わかった。カロン、それと私から一つ考えついた策があるんだ。」

 「考えついた策?」

 「ああ。私が思い付いた時間稼ぎだ。それが効果的かどうか、お前の意見を聞かせてほしい。」

 

 ◇◇◇

 

 カロンとレンの話し合いは終わる。

 カロンは辺りを見回す。いよいよ仲間達に次の行動の指示を出す段階である。

 

 「穴を掘っているみんな、集まってくれ。ガネーシャの奴らは穴掘りを続けろ。」

 

 穴を掘る人員はカロンへと視線を向ける。

 やがてカロンの下へと近寄るバスカル、ハンニバル、クレイン、リュー。

 

 「作戦を話す。みんな聞いてくれ。俺達は今日の深夜にダンジョンの横抜きを決行する。ダンジョンを爆破したら、バスカルが火炎の大火力魔法で周囲の視線を集める。そして、そこからレンが爆薬で周囲を発破しながら逃げ回る。俺達は必死で暗い路地裏を選んでダイダロス通りへと逃走を行う。油樽と食糧を持ちだし、ダイダロス通りに隠しておく。その際に、クレインは俺達とは別行動だ。俺が場所を指定するから、クレインは俺の指示通りに動きながら、俺達と落ち合ってくれ。」

 「わかったわ。」

 

 クレインが頷く。

 

 「俺達は逃げ回りながら、クレインの工作が終わるのを待つ。クレインの工作が終われば、俺達はバスカルを囮とした作戦を決行することとなる。………俺の策ではレンとバスカルはどうやっても助かる見込みはない。………お前らはそれに納得しているのか?」

 「いまさらだ。私たちはすでに覚悟を決めている。」

 「ああ。どちらにしろこのままじゃ全滅するだけだろ。」

 

 レンとバスカルは頷く。

 

 「わかった。俺はクレインにオラリオの各地に油を仕込む指示を出している。それとクレインは、初日にオラリオの地図を複数買っておいてくれ。そしてそれを俺達に渡してくれ。初日は俺が口頭で油を仕込む場所の指示を出すが、二日目以降は地図に書き込んだ地点に油を仕込んでくれ。」

 「ええ。」

 

 クレインが頷く。

 

 「そして、バスカルにも同じ印を書かれた地図を渡す。仕掛けが終わったらお前は地図に従ってオラリオの街中に火を点けて回ってくれ。火を点け終わったら、オラリオの中心地で暴れ回る。そうすれば街中に上がる火の手と中心で暴れる高レベル冒険者に注意が向いて門の守備が薄くなるはずだ。俺達はそこを力付くで抜ける。」

 「エルフ達はどうするの?」

 

 クレインが問う。

 

 「エルフ達はここに置いていく。俺達の人員はすでにある程度予想されている可能性が高い。俺の顔もハンニバルの顔もバスカルの顔も、すでに大々的に連携して手配書を各ファミリアに回されているはずだ。人相書きの出回っていないクレインの顔を見られているだろうが、目立つ俺とハンニバルの面相と元ガネーシャのバスカルが目くらましになってクレインの人相書きが出回るまではまだ時間がかかるはずだ。さらに言うと、俺達の時間稼ぎのために浮動派の連中をガネーシャに真っ先に売り渡す予定だ。どちらにしろそいつらから情報は流れていく。総合的に見て、俺達の計画の内容を知られていないなら問題ない。」

 「エルフはすぐそこにいるわよ。」

 「あ゛っっっ!!」

 

 カロンは焦る。ここに来てミスを犯していたことに気付く。

 

 ーーし、しまった!!シミュレーションに集中し過ぎた!置いていく人員はてっきり壁を掘っているものだと………というよりもこいつは何故平然と俺達の仲間のような顔をして会議に混ざってるんだ?なぜ俺は気付かなかったんだ!?クソッ!!

 

 「………エルフにはまだ使い道がある。仕方がないから連れていく。」

 「そうなの?」

 

 ◇◇◇

 

 バスカルはレンとの別れを惜しみ、二人きり。

 カロンは先の道行きを思考しつづける。

 クレインとハンニバルはそんなカロンを穏やかに見つめる。

 リューは自分の行動で逃げるチャンスを失う。

 ガネーシャの三人は穴を掘りつづける。

 

 やがて、決行の時間が来る。

 

 ◇◇◇

 

 「聞け、俺達は今から行動に移る。レン、わかってるな?」

 「ああ。」

 

 レンが答える。

 

 「ハンニバル、バスカル、クレイン、仲間を見失うな。バスカルはエルフを担いでくれ。ハンニバルは油の樽と食糧を載せた荷車を曳いてくれ。しばらくは明かりは燈せない。ダイダロス通りにたどり着くまでは、何としても味方を見失うな!」

 「「「ああ。」」」

 

 カロンの仲間の三人が答える。

 

 「お前らガネーシャの連中は、ステータス封印薬を打ってここに放置することになる。生還できる可能性はきわめて高い。お前らの選択は正解だったよ。」

 「「「………。」」」

 

 ガネーシャの三人は黙ったまま。

 カロンは三人に薬を打ち込む。

 

 「さて、計画を決行する。レン………。」

 

 カロンとレンの視線が交錯する。

 

 「カロン、元気でな。クレイン、ハンニバルも。バスカル………。」

 

 レンとバスカルは見合う。

 長く共にした二人は今生の別れに互いを見つづける。

 

 「………それでは状況を開始する。バスカルは詠唱を始めろ。詠唱がある程度したら、ダンジョンの壁を抜く。レン………お前は俺達のために死んでくれ。」

 「ああ。任せろ。最後にカロン、お前のタバコを一本分けてくれ。」

 「そら。」

 

 レンがタバコをくわえて、火を点ける。レンは煙を吸う。

 

 「何だ、いつもお前が美味そうに吸ってるから、どんだけ美味いのかと思ったら………苦いじゃねぇか!」

 「子供舌だな。」

 

 レンとカロンは笑う。

 状況は開始される。

 バスカルの切り札の大火力の炎魔法。バスカルは詠唱を始め、バスカルの魔力が高まっていく。

 

 「行くぞ!」

 

 カロンは火薬へと火を放つ。

 凄まじい音を立てて、ダンジョンの壁が崩落する。

 

 ◇◇◇

 

 「何事だ!?」

 「あっちだ!!」

 「火事だぁーーっっ!!」

 

 静寂のしじまを打ち破る唐突な爆破音、立て続けに起きる夜間にも関わらずの巨大な明かり、それは炎の波。さらにそのあとも間断無く聞こえつづける爆弾とおぼしき発破音。

 近隣のオラリオの住民は大混乱へと陥る。

 

 「何事だ!?」

 

 本拠地で眠る作戦の指揮を執っていたガネーシャは錯綜する情報を受けた眷属に眠りを妨げられる。

 ガネーシャは急ぎ起きて他の眷属の下へと向かう。

 

 「何があった?」

 「わかりません!突然大きな音が鳴ったとしか………。」

 「確認を急げ!」

 

 ガネーシャは眷属に指示を出す。

 作戦の指揮を執るガネーシャの近くへと、早くもバベルより向かって来たオッタルが近づく。

 

 「………近くの建物の屋根に爆弾を持った女が居るという情報が入っています。俺が出て来ます。」

 「オッタル………わかった。お前らフレイヤファミリアに任せる。頼んだ。」

 「フレイヤ様の御心のままに。」

 

 オッタルはフレイヤファミリアを集めて出陣する。

 

 ◇◇◇

 

 カロン達は爆薬で壁を抜く。続けざまに放たれるバスカルの炎の波。

 レンはカロン達から別れ、近くの建物の屋根へと駆け登る。レンは建物の屋上から逃げる仲間達の背中を飽きること無く眺め続ける。

 

 ーーさて、と。いつまでも見てるわけには行かない。

 

 レンは懐からマッチを取りだし、火を点けた爆弾をばらまき始める。

 

 ーー私の役割はしばらく衆目を集める。後に、敵が本格的に出て来たら狭い路地を選んで敵がこちらを見失わないように爆弾をばらまきながらの逃走。

 

 「あっちだ!」

 「屋根の上に女が居るぞ!あいつが爆弾をばらまいてやがる!」

 「俺はあいつを追いかける!お前らは民間人を落ち着かせるために家を回れ!」

 「あいつ、死神の鎌だ!待て!行くな!」

 

 レンは真っ先にガネーシャファミリアの四人組の人間に見つかる。

 ガネーシャの眷属はあわてふためいている。二人は民家を落ち着かせるために訪問に回り、一人が血気盛んに向かい来る。

 レンはステータスに頼り、近づく人間の喉を素早く鎌で苅っ斬る。

 

 ーー済まないな。かつての同報達。私は私たちのために、お前らを殺すことを躊躇わない。私のことを恨め、憎め、呪い殺せ。ただし私の仲間達は逃がしてもらおう。カロン、ありがとう。私はお前のおかげで、悪党であっても生きるためには悪党なりの矜持が必要であることを知った。矜持無き悪党は、ただの外道に過ぎない。外道はただ一人、何者からも疎まれて死に逝くのみだ。私はお前から矜持を倣い、私はお前達の間で生きながらえた。お前達がいなければ、私もバスカルもとっくにここにはいない。ただ二人きりで死を待つのみか、さらに救い様のない狂信派の捨て駒だったはずだ。今の私にとってはお前達が生き延びるのが喜びだ。おそらくはガネーシャの奴らにも矜持があるのだろう。私がガネーシャにいたときにそれを学んでいれば………今は詮無いことか。

 

 矜持。

 ガネーシャは衆生の主である。衆生の主の矜持は、きっと民衆のためにあることなのだろう。おそらくはそれがガネーシャの誇り。何物にも替えられないもの。

 

 カロンは悪党である。悪党であるカロンは、ハンニバルとクレインという数少ない大切な仲間を何よりも大事にした。それはカロンにとっては譲れ無いもの。カロンは行動で示すことによって、ただの外道の集団に仲間を大切にするという誇りを無意識に植え付けた。

 

 それはレンが勝手に言っているだけで、対外的には一切認められない一見無意味なもの。

 しかし、それは同時に何よりもレンにとっては大事なものとなった。誰にも認められなくとも、誰しもに後ろ指を刺されようとも。レンはそれが自身の矜持だと言い張りつづける。

 

 矜持とは、立場に依る対外的なもの。悪党に矜持が存在するとは誰も考えない。

 しかし、それはそう行動しつづけることによって、いつか周りから認められるものである。

 ゆえに彼女は仲間が大切だと行動で示しつづける。たとえ自身が死のうとも。

 自身が死んでも、誰からも認められなくとも、行動で示しつづける他にそれを得る方法は存在しない。

 

 レンはカロンに倣い、仲間を大切にすることの真の意味を理解した。レンは考え抜いた末に、自主性の薄い当時のバスカルを復讐に巻き込むべきではなかったという結論に達した。真に仲間のバスカルが大切だったのなら、先行きの無い道に引きずりこむべきではなかった。バスカルの復讐心を煽ったのは、それが正しいからではなく私がただ寂しかっただけだった、と。

 

 レンがガネーシャにいた頃に、ガネーシャファミリアの矜持を真に理解していれば、ガネーシャの行動を待ち仇の裁きを民衆に委ねるという選択肢が存在したのかも知れない。

 

 今のレンは何があっても悪党の矜持を捨てられない。それは彼女が手に入れたもので最も大切なもの。仲間のために死神の鎌を振るい、彼女の鎌にはかつての同報達の血がたくさんこびりついている。

 

 闇派閥復讐派は、結束が固くて仲間のことが何よりも大切なんだよ。

 私たち悪党は、平気で嘘をつく。だが仲間が大切だというのは絶対に嘘にさせない!

 

 レンに残されたものはカロンからもらい受けた勝手に宣っている矜持だけ。

 

 ならばもう間違いは赦されない。

 それでは仲間達は逃がしてもらおうか?

 

 レンは本格的な強者が出て来るのを待ち、血に染まった鎌を振り回し続ける。

 

 ◇◇◇

 

 ーー来たか!

 

 すでに周囲には雑魚はいない。レンの戦闘力を理解したガネーシャファミリアは周辺の民間の安寧に努めている。そして出て来るのはフレイヤお気に入りのヤバい奴ら。

 

 ーー先頭にオッタル、脇にヘグニ、ヘディン、ガリバー兄弟まで控えていやがる。後ろにもフレイヤで名を知られた奴ばかり。釣れたな。オールスターだ。

 

 まだ敵とはずいぶんな距離がある。しかし、レベル7のヤバさを理解しているレンは、敵の確認が済んでから真っ先に高所を離れ、薄暗い道へと向かう。

 

 ーーさて、と。あの程度の距離はレベル7にとってはあってないようなものだからな。私は時折爆弾を撒きながら、なるべく長い時間逃走を行う。障害物に視界を遮られれば、オッタルであっても聴覚だのみの不安定な追跡しかできない。

 

 レンは薄暗い路地裏を、樽や木箱を蹴飛ばしながら逃走する。

 

 ◇◇◇

 

 「オッタル、どうしたんだ?なぜ奴を追わないんだ?」

 「………おそらくは奴は囮だ。俺が奴を捕らえる。奴の他にも逃げ出した奴らがいるはずだ。ヘグニ、お前は戻ってそれを上に伝えろ。他の連中も上の指示を仰げ。」

 

 レンを見て少し考えたオッタルは脇の仲間にそう伝える。

 

 「確かに敵は一人だが。いいのか?」

 「あの程度の敵であれば俺一人でも問題ない。」

 

 オッタルは答える。

 フレイヤファミリアにも二度の偵察が帰って来なかったことを加味した情報として、リヴィラが壊滅している可能性が高いことは伝えられていた。そして当然ロキファミリアが滞在していたはずだということも。

 ゆえにオッタルは暴れているたった一人の敵が、万が一の単騎での一騎当千を警戒していた。

 そしてレンを見たオッタルの答は、それなりにやりそうな相手だが俺の敵ではない、というものであった。

 

 オッタルは単騎にて出陣する。

 

 ◇◇◇

 

 ーー来た来た、来やがった!よりにもよってオッタルかよ。他の人員は見当たらない。ということは奴は単体での追跡を選んだのか。この展開は、考えていなかったな。

 

 レンは壁を走り、上方からの視界の遮断を意識して、裏路地を走る。

 オッタルは、未だ遠い敵をその鋭い聴覚を頼りに居場所を確定して屋根の上を走り追跡する。

 レンは時折視界に入るその姿に、オッタルが自身を確実に追跡していることを理解する。

 

 ーーやはり………視界を遮ったくらいではオッタルは撒けないか。これだけきっちりついて来るなら居場所を教えるために爆弾をばらまく意味もないな。足音を立てているつもりはないのだが………これでも奴にははっきり聞こえているんだろうな。

 

 オッタルも追いながら思考する。

 

 ーーやはりレベル5か6といったところか。筋肉の動きや素早さ、敵の雰囲気を総合的に見て、その辺りの相手で間違いはなかろう。まだ少し距離はあいているが、捕らえるのは時間の問題だ。しかしそれが問題でもある。奴の目的はおそらくは時間稼ぎ。しかし、敵が囮だということを考えると、現状俺が単体で追うのがベストだ。

 

 レンは逃げ、オッタルは追う。

 オッタルは視界がなくともどこまでも確実にレンの位置を確定して追って来る。

 

 ーー化け物が!どんどん距離が縮まってるじゃねぇかよ。これじゃあ私が路地裏を走ってる意味がねぇじゃあねぇか。

 

 レンは止まれない。止まったら化け物にあっという間に捕まってしまう。

 音に怯えて時折窓から外を覗く人々も見受けられる。

 レンは考える。

 

 ーー他人の家に逃げ込むのは………意味ねぇな。人質も意味ねぇ。敵と交渉が可能な距離になったら、オッタルなら私が声を出す暇も無く首を飛ばしに来るだろうな。だとすれば………気が乗らねぇが、さらなる時間を稼ぎうる道はやはり一つだけ、か。ハァ、つくづく気が乗らねぇが仕方ない、か。絶対強者相手に僅かでも時間が稼げること自体が僥倖か。カロンと話し合ったアレしかないか。

 

 レンは逃走しながら、詠唱を唱える。

 オッタルは考える。

 

 ーー魔力の高まり、並行詠唱か。なんら問題はない。俺がやることは決まっている。

 

 レンは裏路地を障害物が多い場所を選んで逃走する。オッタルは屋根から屋根へ飛び移りながら、決してレンを見失わない。レンは壁を蹴り、身を隠しやすい場所を選び、必死に逃走する。

 

 「極点へと向かってどこまでも落ちよ。どこまでも。終わりなき奈落の底へ。はい上がれぬ闇の彼方へ。無限に広がる、遥かの空へ。」

 

 ーーまあ詠唱しても魔法を喰らう敵じゃないよな。だけど、全くの無意味かと言うと、案外そうでもないんだよな。

 

 「グラビティフォール!!」

 

 ーーむ?

 

 レンは唐突に屋根へと駆け上がり、飛び上がって自身に重力をかける。

 同時に所持する爆薬全てに火を点けて、下へと放り投げる。

 

 ーーーーーードガアアアンッッ!!

 

 高く飛び上がったレンの体は、落ちていく重力に自身の魔法を重ねて、加速度的に落ちていく。

 彼女の体は、発破を受けて脆くなった建物の屋根を突き破る。

 

 ◇◇◇

 

 「よう、ガネーシャ様。久しぶりだな。」

 「お前は………。」

 

 レンが屋根を突き破った建物はガネーシャの本拠地。ガネーシャの周りには眷属が控えている。

 

 「奴はガネーシャファミリアに泥を掛けて出て行った、闇派閥の死神の鎌だ!総員警戒をしろ!」

 

 レンが空けた背後の穴から、オッタルが突入して来る。すでにレンの周りはガネーシャの眷属に取り囲まれている。

 ガネーシャが一歩前へと進み出る。

 

 「何のつもりだ?お前は何のためにここに戻ってきた?」

 「降参だよ。降参。私には勝ち目がないからな。別におかしなことじゃないだろ?」

 「………お前はいまさら出頭したところでどちらにしろ絞首刑だ。何の目的だ?」

 「さあな。自分から死にに行く馬鹿が参上しただけなんじゃないか?」

 

 ガネーシャの眷属はレンを警戒している。オッタルはことの成り行きを見守っている。

 

 「暴れるつもりか?仲間はどうした?バスカルは?」

 「しゃべらせてみるといい。お前ら神は私たちの嘘を見抜く。それは私たち悪党にとっては致命的だ。しかしそれは、強制的に口を割らせるということではない。拷問でも自白剤でも神の力でも使って、しゃべらせてみろよ。」

 

 ーー仲間の時間稼ぎか。

 

 ガネーシャはレンの狙いを悟る。

 ガネーシャはフレイヤの人員から敵が単体で囮であったことを聞かされ、眷属をたたき起こして検問を行う指示を出す直前であった。しかしその直前でレンが割り込み、ガネーシャの行動は中断させられる。すでに貴重な時間が稼げている。

 そしてさらにレンから彼女の仲間内の情報を得るためにガネーシャの眷属を行動させ、少しでも仲間に手が回ることを減らそうという目論見である。レンを捕らえたら、ガネーシャは差し当たってのレンの処遇を考える時間もとられる。すでにオッタルと真っ当に戦う以上の時間を稼げている。レンは戦って死なずに、民衆の裁きを受けて死ぬ。衆生の主の下に恥知らずにも帰還することによって仲間達のために僅かでも長い時間を稼ごうとしている。それが彼女にとっての矜持。

 

 「私はアストレア壊滅の犯人を知っている。アストレア壊滅の犯人は私たちじゃあない。」

 「………それがお前の罪の酌量の余地にはならんぞ。」

 「そんなの知ってるよ。私は案外いろいろ知っている。私は仲間の人数も、人員も知っているし、仲間達の狙いも知っている。それなりの情報を持っている。衆生の主様は、出頭した罪人をその場で独断で処分はできないだろ?」

 

 レンの覚悟。

 情報に釣られて、拷問でもしてくれるならむしろありがたい。

 自白剤の実態は、脳の判断能力を落とすものである。打たれるようだったら自身との戦いだ。

 いまさら神の威圧なんて、効くと思ってるのか?

 

 さて、好きにしてみろよ?

 

 「………そいつを牢屋へとつなげ。差し当たっては、明日から尋問を行う。」

 

 ◇◇◇

 

 ーーハァ、ハァ、ハァ、ハァ。何とかだいぶ逃げ切れた。しかし、注意は怠れない。万一敵に見つかったら、その場で敵を処分しないといけなくなる。死体を作ればそこから足が着く。

 

 すでにクレインとは別れ、彼女は市中に紛れている。

 カロン達は、ダイダロス通りへとすでにたどり着いていた。

 人員は、カロンとバスカルと荷車を曳くハンニバルと縛られてバスカルに担がれたリュー。

 

 「ここから先は明かりをつける。帽子や布なんかで出来るだけ顔を隠せ。エルフは荷車に載せて、布かなんかを被せろ!エルフ、暴れたらどうなるかわかってるな?俺達は浮動派の連中の下へと向かう。」

 

 ーーレンが時間ぎりぎりになって考えついた策。そこに俺のアレンジも加えたもの。俺達は浮動派連中のアジトへ突入して奴らを壊滅させる。レンは逃げ回った後にガネーシャへと出頭して、頃合いを見計らってアストレアを壊滅させた浮動派の連中の情報を売り渡す。浮動派の情報を得たガネーシャは奴らのアジトに僅かでも人員を送り込むはず。そうなれば壊滅したアジトを見つけ、本当にアストレア壊滅に関わったかの裏付け等の時間もとられるはずだ。壊滅してなかったら、おそらくは確実な犯罪者の俺達の追跡を優先させるだろう。壊滅させるからこそなぜそうなったかの原因を探るための時間もとられるはずだ。まあ、エルフは仇討ちができなくなるが黙って放置しておくか。

 

 リューはステータス封印薬を打たれ、カロンの縄で縛られる。窒息しないように気をつけた上で口にガムテープを貼られる。縛られたリューは荷車の上へと転がされる。

 

 カロン達はダイダロス通りを、より暗い方向へと進んで行く。

 

 ◆◆◆

 

現状

ヴォルター・・・死亡

レン・・・捕縛

生存者

カロン、バスカル、ハンニバル、クレイン

捕虜

リュー・リオン



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貫く正義

 リューは縄で縛られ口にガムテープをされ、荷車に転がされながらも考える。

 

 ーー敵は、オラリオの複数ヶ所に火の手を上げる計画………私が素直に奴らに従っていれば、それは避けえたのか?私の選択はこれでよかったのか?ガネーシャの人間は逃がされた。奴らは約束を守る相手なのか?ダメだ。考えてもわからない。私が採るべき行動、私が取るべき選択。私は今の自分の行動が正しいのか、私は私の正義が正しいものなのか、私は復讐を行うべきなのか、考えれば考えるほど何もかもがわからなくなる。

 

 リューは荷車の布の下で考えつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「ハンニバル、アンタ奴らの正確な場所を確か覚えてるだろ?後は先導してくれるか?」

 「ああ。任せておけ。」

 

 ハンニバルは浮動派の連中から時折仕事を請け負っていたために、相手の居場所を知っていた。

 彼らはダイダロス通りをどんどん暗く、嫌な匂いがする方へと向かっていく。

 

 「ここだ。」

 

 ハンニバルが告げる。

 ダイダロス通りに建つ、ネオンの消えた看板を表に出している一件のきな臭い酒場。そこが普段の浮動派連中のたまり場だった。

 

 「よし、三人掛かりで突入する。荷車はその辺に置いておいてくれ。ハンニバルは店を破壊してくれ。俺とバスカルで中の連中の足腰を立たないようにして来る。」

 

 三人は、店の中へと突入する。

 

 ◇◇◇

 

 「なあ、あんたら。勘弁してくれよ。あんたら復讐派の奴らだろ?どうしていきなり俺達にこんなことするんだよ。」

 

 カロンは店の内部で歯の欠けた男の胸倉を掴み、顔面を殴る。男の口からさらに歯が欠け、血を流す。辺りの人間はすでにバスカルによって片付けられている。

 

 「なに、大したことではないよ。俺達の状況が芳しくなくてね。お前達は俺達を助けるために、囮になってもらおうってことさ。困ったときはお互い様だろ?」

 「や、やめてくれ!」

 「おいおい、いまさら何言ってんだ?お前らが俺達を売り飛ばしたことも俺達にはばれてんだぜ?お前は俺達を売り渡したことを知らないはずないよな?」

 「………。」

 「別に命を奪おうってわけじゃねぇよ。お前らが生きて捕まってくれりゃあ、俺達の時間が長く稼げる。悪いな。」

 

 そういってカロンは男の足を蹴る。メキリと嫌な音が店内に響く。

 

 「ギャアアアアア!!」

 

 反対の足も踏み潰す。男は両足の骨を折られて歩くことが出来ない。男は脂汗と鼻水を垂らして、店にうずくまる。

 

 「こんなもんか。俺達もハンニバルの手伝いをするとするか。」

 「ああ。」

 

 店を破壊するハンニバルに二人も加わり、店はあっという間に見る影もなくなっていく。

 

 ◇◇◇

 

 「マジかよ。さすがダイダロス通りだぜ。こんな夜中にこんなことになるとは。さほど時間は使ってねぇはずなんだがな?」

 

 カロンは呆れる。

 店に入って暴れ回った僅かな間に、荷車は盗まれていた。あったはずの荷車は、今は影も形もない。

 カロンは考える。

 

 ーーチッ!荷車がなけりゃあ油を仕掛けられない。他にも様々な物資を載せていたはずだ。エルフも載せていたが………まあエルフは別にいいか。しかしこれは………無駄に時間をとられちまうな。クソが!

 

 「カロン、どうする?」

 

 ハンニバルが問う。

 

 「仕方ない。三人でバラけて捜し回ることにしよう。油がなけりゃ、計画が総崩れだ。見つかっても見つからなくても一時間後に、再びここで落ち合う。絶対に遅れるな!」

 

 三人は暗闇の中へとバラバラに消えていく。

 

 ◇◇◇

 

 「おうおうおう、これは良いもん拾ったみてぇだな。」

 

 ーー何事ですか?

 

 いきなり覆われていた布が外される。

 リューは辺りの様子を見渡す。当然見覚えのない場所、汚い家の横。目前には見たことのない男。

 

 「こいつはずいぶん別擯なお嬢ちゃんだな。エルフみてぇだな。ヒッヘッヘ。都合よく縛ってくれている。何だ?お嬢ちゃん。どこかに売り飛ばされるところだったのか?俺が貰ってやるよ。」

 

 男が近寄って来る。掛かる息は臭く、ステータスを封印されて縛られているリューにはなすすべがない。

 男は荷車の上のリューを担ぎ、家の中へと運んでいく。

 

 「ムームー。」

 「あん?何だって?まあ何でもいいか。楽しませてもらおうか。」

 

 リューはガムテープを口に巻かれて喋れない。

 男はすえた布団の上へとリューを投げ転がす。

 男はリューへとのしかかろうとする。リューは体を捩り逃げようとする。

 しかしリューは体をぐるぐる巻きに縛られている。

 

 ーーもうダメか!?

 

 その刹那。

 

 「グェッ!」

 「よりにもよって、お前か、レイド。」

 「カ、カ、カロン!?どうしてここに!?」

 

 男は背中を蹴り飛ばされる。

 男は後ろを振り返り、その見覚えのある青い目に驚く。

 

 「大した理由じゃないよ。お前が俺達を敵に売り渡してくれたおかげで、隠れ潜むことが出来なくなっちまった。さて。」

 「ま、待て。俺はお前の育ての親だろう?お前はそんなことをする奴じゃ………ギャアアアアア!!」

 

 カロンはリューに覆いかぶさるレイドの足を躊躇わずに踏み折る。再び足を上げ、逆側も踏み潰す。

 

 「親が聞いて呆れるな。お前は気分で俺を食事で釣って、そのまま変なところに放り捨てただけだろう。運が良けりゃ俺が何かの役に立つかと考えて。俺にはそんなつまらない話をする時間はない。」

 

 カロンはそう告げるとリューを脇に抱える。

 

 「さて、と。エルフ、せっかくだからそいつの顔を覚えとけ。そいつは確実にお前の仇だ。そいつは口が軽いから、復讐を確実にしたければそいつから芋づるにするのが一番有効的な方法だ。」

 

 カロンはリューを抱え、家を出る。リューを荷車に載せ、再び布を被せる。

 カロンは荷車を曳いて、待ち合わせの店の前へと向かっていく。カロンはやがて店の前へと戻る。

 

 「カロン、よかった。荷車は見つかったみてぇだな。」

 「ああ。ツイてたよ、バスカル。ハンニバルはまだ来てないか。」

 「ああ、まだだ。敵に遭遇していないといいが。」

 

 ◇◇◇

 

 「いたぞー!!敵は悪鬼、ハンニバルだ!奴はレベル5だ!応援を呼んでこい!」

 「ああ、任せ………グペッ。」

 

 悪鬼の振り回す鉄柱を喰らい、男の頭部がはじけ飛ぶ。

 

 ーーチッ!厄介なことになった。注意を払ってたってのに、これだ。やはりすでに敵は動き出しているということか。

 

 「逃げろ!!逃げて報告を………。」

 

 次々にもの言わぬ肉塊と化していく、槍を持ったガネーシャファミリアの眷属達。囲むは五人。

 ハンニバルはレベル5。耐久に特長があるとはいえ、木っ端にやられるタマじゃない。三下を逃がすほどぬるくはない。

 ハンニバルが鉄柱を振り回す度に、ガネーシャの眷属達は溜め込みすぎた水風船のようにはじけ飛んで行く。

 やがて、周りの敵をすべて片付けたハンニバルはカロンとの待ち合わせた場所へと急ぎ向かっていく。

 

 ◇◇◇

 

 バスカルとカロンが待つ場所へ、ハンニバルが戻って来る。

 

 「ハンニバル、戻ったか。」

 「カロン、面倒なことになった。敵はすでに憲兵を送り込んで来ている。俺がさっき、そいつらと出くわした。」

 「何だと!?ならば速やかにここから離れるしかないな。」

 「ああ。それが賢明だ。」

 

 カロンは考える。

 

 ーーやはり敵の動きは迅速。敵は俺達がどこに向かったかを今日の内に推測して行動したということだ。さらに民間の安全を疎かにしているとも思えない。レンから浮動派連中の情報はまだガネーシャ側に言ってないはず。どうする?これから先は時間が経つほどにクレインと落ち合う場所へ向かうのも難しくなるだろう。どこか小さなファミリアのホームでも乗っとるか?いや、ガネーシャの奴らはそいつらの元への巡回も行っているだろう。昼間に見つかったらやはり詰んでしまう。瞬く間に猛者がすっ飛んで来る。

 

 カロンはオラリオに来ることがないために、少し思い違いをしている。

 カロンはオラリオの街中に来ないために知らないが、オラリオに所属する冒険者の数は膨大である。彼らが十全な連携を取っていれば、どうやっても彼らはすでに見つかってしまっている。オラリオの動きは迅速ではなく、鈍重。現状ですでに十分以上の僥倖なのである。

 

 ーーこうなったらゆっくりしている暇はない、か?クレイン一人に工作を任せず、俺達四人掛かりで強行で行動を起こせば、今夜のうちに油を撒くことが可能となる。ただし、当然見つかる可能性は高くなる。だがことここに至ってはのんびりしている暇はない。覚悟を決めるべきか。おっと、エルフに薬を打つのを忘れてはいけない。

 

 カロンはリューにステータス封印薬を打ち込む。

 

 ーー俺達が油を仕込む場所、それはオラリオでも防衛の必要がある重要な地点付近。バスカルはその複数のヶ所に火を点けて回る。最終的な場所はバベル。バベルに火が回れば、それが大したものでなくとも、フレイヤの眷属は泡を食ってフレイヤの下へと帰還するだろう。そうすればオラリオ内に強力な駒が存在する可能性が劇的に低くなる。しかし、同時にバベルはフレイヤの眷属に守備要員を残されている可能性が高い地点でもある。………それでも襲撃を試みる価値は十分だ。陽動を行うか?オラリオに複数のヶ所に火を点けて、フレイヤの眷属が出動したのを見極めてからバベルに火を点けて逃げる。バベルに火を点けるのがバスカルである必要はない。バベルが燃え上がらなくとも、バベルに火が点いたというだけでフレイヤの眷属は警戒して、行動が慎重になることだろう。

 

 そのままカロン達はダイダロス通りのどんどん暗い場所へと進んでいく。そして彼らは、薄暗く狭い路地へと入り込む。

 

 「差し当たってはこのあたりで良いだろう。見つかる可能性はあるが、ガネーシャの奴らが浮動派連中のところで足止めを喰らっていることを願うしかないな。さて。」

 

 カロン、ハンニバル、バスカルは荷車に座り休憩する。カロンは荷車の布を除ける。

 カロンはリューの縄をとき、口のガムテープを剥がす。

 

 「さて、エルフ。ここで大声を出しても誰にも聞こえないだろうし、そんなことをしたら迷わず消すことになる。今のうちに必要な行動を済ませておけ。」

 

 カロンはリューに指示を出す。

 

 「さて、ハンニバルとバスカルには新たな行動の指示を出す。間違えずに聞いてくれ。」

 「エルフが聞いてるが、良いのか?」

 

 バスカルが問う。

 カロンはリューをちらりと見る。

 

 「構わん。どちらにしろ明日の今頃には終わる。」

 「工作に時間が掛かるのではなかったか?」

 

 ハンニバルが聞く。

 

 「少し予定を変える必要が出そうだ。ハンニバル、アンタは敵と出くわしたろ?これは敵が俺の予想より遥かに早く行動を起こしているということだ。爆破が起こったたったの六時間後には、敵は巡回をダイダロス通りに向かわせている。こうなると明日は高確率で検問だらけだ。浮動派の囮も大して役に立つとも思えん。時間をかけるほどにクレインと合流することすら難しくなる。」

 「………なるほど。」

 

 ハンニバルが頷く。

 

 「ゆえに明日の夜は、全員で強行で街中に火種を仕込むことになる。道中で敵と遭遇するかもしれんが、そこはもう片付けるか、どうやっても勝てない相手だったら諦めてくれ。クレインが地図を持ってきたら、俺の指示に従い作戦を開始する。各自俺が指示したヶ所に油を仕込んでくれ。バスカルは仕込みが終わり次第各地に火を点けて回ってくれ。そして、そのまま俺達のために死んでくれ。残りの三人は火の手が上がったら、一カ所で落ち合う。時間を決めて、すこしでも遅れた人間は死んだものと判断して置いていく。いいな!」

 「ああ。」

 「もちろんだ、ところでカロン。」

 

 ハンニバルがカロンに告げる。

 

 「お前のタバコがあったら分けてくれないか。」

 「ああ、構わんがアンタは爆薬を隠し持ってるんじゃないのか?引火しないように気を付けてくれよ。」

 「もちろんだ。」

 「カロン、俺にも分けてくれ。」

 

 彼ら三人はタバコを吸う。ダイダロス通りの淀んだ空気に煙は充満し、滞留し、緩やかに流れていく。

 

 「まずいな。」

 

 ハンニバルがポツリと呟く。

 

 ◇◇◇

 

 ーーカロンに指示された通りに油樽を仕掛けた。髪も隠し持ってたナイフでバッサリ切って落とした。それにしても………。

 

 夜間にも関わらず、うろつくガネーシャの憲兵達。その数はクレインの予想より遥かに多かった。

 クレインは面相が割れていない。そして、髪も短く切って、昼間であれば敵にみとがめられる可能性は低い。しかし今は夜間で、樽を持っている姿を見られてしまえば相手に執拗な質問を受けることは想像に易い。下手をしたら、そのままガネーシャの本拠地に連れていかれる可能性まで存在する。クレインは思考する。

 

 ーー私が今夜のうちに出来ることはもう終わった。後は敵に見つからないように明るくなるまで隠れ潜む。日が昇ったら、地図を買い求め、宿を予約する。そしてカロン達との合流の時間を待つ。 

 

 クレインは夜のオラリオで、敵に見つからないように暗闇に潜む。

 

 ◇◇◇

 

 「………また眷属に新たな死者が出たのか!」

 

 ここはガネーシャファミリアの本拠地。本拠地にはダンジョンに偵察に送っていた眷属が帰り、敵の人員が割れていた。ガネーシャは珍しく苛立っている。しかしそれも当然の話。

 ガネーシャは考える。

 

 ーー青い目の悪魔、悪鬼、火葬、それに黒い髪の女、か。死神の鎌、かつての俺達の同胞のレンは捕らえたが、奴は未だに情報を吐かん。捕らえるのに時間がかかるほどに、俺達の死者数は増えていく。つくづく忌ま忌ましい連中だ。敵の行動の指揮を執っているのは青い目の悪魔。元俺達の最高戦力の一人、火葬も未だ敵方にいる。俺の眷属だけでは殺されておしまいだ。フレイヤの強力な人員の助力に頼るほかない。

 

 フレイヤの強力な人員、ガネーシャはフレイヤファミリアに協力を打診していた。しかし、当然の話だが人間は休息も必要である。二十四時間は働けない。

 

 そしてフレイヤファミリアには、実は致命的な弱点が存在する。フレイヤの眷属は主神の身の安全に執着するあまり、敵の明確な位置が判明するか主神フレイヤの直々の命がない限り、バベルからあまり遠くに動かない。フレイヤの眷属を顎で使えるのは、フレイヤ以外に存在しない。そして、その時点でフレイヤファミリアは実は後手に回っているのである。故に弱点。

 

 そもそもの立ち位置が不安定で生きるためには自分で考え自身の足で立つほかない闇派閥、対して心の拠り所や方針をまるまる全て主神に依存するフレイヤファミリア。

 

 それは神と悪魔の決定的な違い。悪魔は人を誘惑しても、決定権までは決して奪わない。神の魅了は、相手の決定権まで平気で奪う。決断を奪われた人間が、果たして本当に強いと言えるだろうか?

 フレイヤファミリアとは、実は主神のフレイヤが居なくなればほとんどが明確な指針を持たない烏合の衆でしかないのである。

 

 カロン達がダイダロス通りでフレイヤの眷属と出くわさないのは、そのような理由があった。彼らはフレイヤが危険な闇派閥に襲撃されることを、何よりも恐れている。

 

 さらにガネーシャは、キレて神の権能を使用する可能性のあるロキを宥めるのにも労力を割かれていた。

 

 そして一刻も早く危険な犯罪者を捕らえねばならないが、最優先の民間の安寧を筆頭にして、外へ抜ける門の厳重な警護、検問の設置、夜間の警備、行うべきことはたくさんあり、強力な冒険者が多数常駐するオラリオには長く明確な脅威となる敵が居なかった。ゆえに娯楽に溺れきった神々に、守られつづけた民間人に、この期に及んでなおも緊張感がない。オラリオに防衛の際の指揮権の委譲順序の概念が存在しない。

 外野で野次を飛ばし続けてきた人間に、いきなり役をこなせと言っても不可能な話である。

 

 完全無欠の理想郷(ユートピア)などこの世に存在しない。人間は過去からしか学べない。どんな強大な帝国も、内部の敵を甘く見るといとも容易く瓦解する。無敵と言えば聞こえはいいが、敵がいないということはそれ以上進化する余地がないということである。

 誰の言葉だったか、停滞とは緩やかな衰退である。

 

 面白いことに、オラリオの弱点とオラリオを憎んでいたヴォルターの弱点は一緒なのである。

 強者で有りつづけ、知恵を必要として来なかった故の弱点。

 オラリオは個々人で見れば賢い存在も多いが、総体で見ると非常に愚かである。高レベル冒険者による力付くでの問題の解決が可能で有りつづけたために、オラリオの総体は突発的な危機や知略が必要不可欠な戦いに滅法に弱い。攻めには凄まじく強いが、攻められるシチュエーションに慣れてない。自分達が主導権(イニシアチブ)を握れない事態に、弱い。

 

 闇派閥は捕まったら終わりなので、手段を選ばない。まともに戦っても勝ち目はないので、勝ち目のすこしでも高い手段を選ぶ。なりふり構わない。

 

 一方のオラリオは危機的状況が無かったために、危機の際の統率がとれない。有事の際が今まで有り得なかったために、有事の際にどう連携していいかわからない。知略が必要とされることが無かったために、知略が必要な時に誰の言うことを信じればいいのかわからない。それだけでなく利益を追求して、この期に及んでなおも事態を軽く見て火事場泥棒や詐欺師のようなまね事をする輩まで多数存在する。そして、有事にも関わらず被害を受けた民間人は被害を訴え、闇派閥と戦っている彼らの足を引っ張る。

 

 そして、オラリオは知らない。

 その勇猛さだけが轟いているために、ロキファミリアであっても必要となれば時には逃走という選択肢を取ることを知らない。ゆえに逃げ回る敵を軽視している。実はロキファミリアが逃げ回る復讐派を軽視したのも、オラリオのそんな空気に流されたせいである。

 

 しかし、実際は逃げ回る敵の方が余程恐ろしい。力勝負だけならオラリオは無双である。

 逃げ回る敵が立ち向かってきたその時は、明確に勝てる算段が付いた時かどうしようもなく追い詰められた時である。

 

 それもこれも今まで危機がなかったため、オラリオの民間が命懸けの人間がどれほど恐ろしいか理解していないためである。

 

 ゆえにオラリオの対応は初動が遅れている。

 

 挙げ句の果てに、民衆を煽動することが可能であった英雄を擁していたロキが機能不全を起こしている今現在のオラリオの総体は、まさしく雑魚専なのである。

 

 ぬるま湯に浸かりきったオラリオは後手後手に回っている。

 

 ーー早い時期にフレイヤの人員が動ける時間帯に人海戦術で何としても敵を捕らえねばならない。

 

 ◇◇◇

 

 「ヘルメス様、オラリオにはまだ強力なフレイヤファミリアが存在します。ここまでする必要があったのですか?我々の高額な魔導具を使用してまでオラリオから待避する必要が?」

 「アスフィ、キミは賢いけどしばしば愚かだ。あのガネーシャですら、時には選択を誤る。あれは追い込み過ぎだ。ガネーシャはそれに気付いているが、最初にロキファミリアを動かしてしまった以上、もうあいつにはそう行動を取るほかに道はない。追い詰められたらネズミでも生がかかってるとなれば必死になる。ましてや相手は命懸けの闇派閥だ。どれほど危険か知れたものではない。魔導具なんざ生きてりゃいくらでも作り出せる。俺達に出来る最善は、ことが終わった後に速やかにオラリオの助けになることだよ。」

 

 ◇◇◇

 

 「なぜだ!どうしてだ!」

 

 リューが耐え切れずに唐突に叫ぶ。

 

 「あん?どうしたエルフ?埋められたいのか?大声出すなって言ったろ?」

 「………あなた方の計画がうまくいったとしても、たくさんの人が死にます。リヴィラの時のように死を覚悟した冒険者達だけでなく、民間人も数多く!あなた方には正義がないんですか?あなた方はできれば殺したくないのではないのですか?あなた方はあなた方の都合が最優先なのですか!」

 

 カロンはリューを見る。

 

 「エルフ、お前相変わらず馬鹿だな。」

 「………何が言いたいのですか?」

 「生きるために自身の都合を最優先させるのは、生命にとってはあまりにも当たり前だ。」

 「それは正義ではない!」

 「別に俺達は正義を目指しているわけじゃねぇぞ。」

 「そうでしょうが………しかし犠牲になる人間に申し訳ないとは考えないのですか!」

 「申し訳ないな。俺達のために死んでくれて非常に感謝している。」

 「あなたたちは悪です!なぜ正義に唾を吐くのですか?」

 「正義ねぇ………そんなら正義とはそもそも一体何なんだ?」

 「正義とは絶対的な………揺るぎない正しいものです。」

 

 ハンニバルとバスカルは煙を燻らせながら二人の問答をノンビリと眺めている。

 

 「絶対的な正義、ね。そんなものはこの世に存在しないよ?」

 「そんなはずない!」

 「そんなはずあるよ。俺達は俺達が生きるために人を殺すし、お前らはお前らの都合で俺達を殺す。お前が言ってる正義とは、つまりは大勢の都合に過ぎない。俺達は大勢と都合を共有できなかったから悪党なんだよ。」

 

 カロンは言葉に虚実を織り交ぜていた。彼は頻繁に嘘を吐く。

 もともとオラリオの外からやって来たカロン個人の価値観は本当はアストレアに近しい。本当は命が重いものだと彼個人はそう判断している。そしてオラリオの価値観はリューとは異なり、命が軽い。

 カロンは重い命をそれでも踏みにじり、リューはオラリオとの価値観にズレがある。

 

 そして彼はそれでも他者の命を踏みにじりなお、生きる。

 しかしそれをリューに告げて同情を乞うことは彼にとっては卑怯なことに思えていた。殺して生きていることは紛れもない事実。彼にとっては同情されるくらいならむしろ理解できない悪党だと思ってくれた方がありがたい。本来ならば殺したくないという本音も聞かれたくなかった。リヴィラの夜にリューにそれを聞かれていたのは彼にとっては想定外だった。

 

 人を殺して生きることを決めたその日から、彼は自身の境遇を呪うことも同情を乞うことも嫌った。

 人殺しが同情を乞おうなどと虫酸が走る、それが彼の本心である。

 

 それでも彼はリューに自身の境遇を語った。そこには二つの理由がある。あやふやな正義などとは違い、悪の行動には明確な理由がある。

 

 一つは彼女に同情させて自分たちの作戦に組み込めれば、自分たちの仲間の命の損耗を抑えられるかもしれないという可能性。リューは飄々としたカロンの物言いの裏側がどれだけ必死なのか、知らない。たとえ虫酸が走るような行為であっても、誇りを捨ててでも、仲間の命には変えられない。彼の明確な意思と価値観に基づいた選択である。

 その程度の腹芸くらいはできなければ、彼が彼らのリーダーだと認められることはなかったであろう。しかし彼のその思惑は結局失敗した。彼の打った布石は意味を為さなかった。

 

 もう一つは単純に、彼がろくに話したこともないどうでもいい彼女に人殺しになってほしくなかったという、ただそれだけのつまらない理由である。そして実は、そのつまらない理由こそが、彼が闇派閥で信頼を集めた決定的な理由でもある。

 根がお人よしの彼は、明日も知れないはずの人殺しの仲間が、大勢に生きる価値がないと思われている人間の屑達が、より良い明日を過ごすためにいつも必死に考えつづけたのだ。

 

 未来のことは、誰にもわからない。生きなければ、未来は存在しない。

 未来の意味とは、必死に生きた人間だけがいずれその本人なりの意味を見出だすものである。

 

 「そんなことはない!私は正しさを………正義を………貫く。」

 「そもそもそこから間違ってるよ。正義は多分お前が考えているより、遥かにあやふやでいい加減なものだ。正義は時代によって変わるものだよ。大勢の都合や価値観は時勢によって容易く変わる。絶対的な正義とか貫くとか言ってる時点でそんな人間はただの詐欺師だ。大勢の人間を騙して煽動する、俺達よりもいくらかマシかもしれない程度のタチの悪い連中に過ぎない。」

 「何を!!」

 

 カロンは青い穏やかな目でリューを眺める。

 

 「正義とは貫くものではなくて、行動を以ってして結果として貫いたものだよ。」

 「意味がわかりません………。」

 「お前の正義とは何だ?」

 「それは………住民の安寧を守ったり、治安を維持したり………。」

 「それがお前の中の正義なんだな。じゃあ、復讐なんてしたら正義は貫けないだろ?殺人は治安維持の対極だ。結局、お前もオラリオに流されてんだよ。命が軽いと無意識に感じているから、危機意識不足で仲間を死なせることになるし、正義とかほざいときながら軽々と復讐に走ろうとする。」

 「………。」

 「エルフ、人間なんて簡単に気が変わるよ。正義なんてあやふやだし、幾種類も存在する。それにどれだけ必死になって考えても、人間は間違えることがありうるし、どうにもならない事態だって存在するんだ。俺だってどうしようもないことが散々あったし、しこたま間違えてきた。そして誰だって死にたくない。たとえ俺達みたいな生きる価値のない人間であったとしても。たとえたくさんの人間から死ねという大合唱をされたとしても、たとえ胡散臭い大賢者にお前はたくさんの人間を殺したから死ぬべきなんだと言われたとしても、たとえ出口のない迷宮に囚われたとしても、俺は俺達の生を決して諦めない。潔く死ぬなどと言えば聞こえはいいが、そんなものはこの世界に生を受けた奇跡に対する冒涜に過ぎない。」

 

 カロンは簡単に言っているが、彼の結論は彼が暗い穴底で多大な苦痛を伴い何度も何度も考えつづけた末に出したものである。だからこそ彼は一切、ぶれない。

 

 「………何が言いたいのですか?」

 「エルフ、お前には決して何者にも譲れないものは存在するか?お前の中に、確固たる行動指針が存在するか?」

 「それは………。」

 「俺達は必死に生きる。俺は必死に生きていれば、いつかきっといい未来を築くことが出来ると信じている。俺は生きるためにどうすれば良いか、何をすれば少しでも俺達の明日が良くなるか考えつづける。」

 

 選択は、苦しみである。

 彼らは生きつづけることを選択した。たとえそれがどれだけ苦しかったとしても。

 

 「………。」

 「貫ける確固たる正義がもしこの世に存在するのだとすれば、それはお前の中にある信念だけだよ。それは公に認められている正義ではなくて、あくまでもお前一人の価値観に過ぎない。それを以って大声で高らかに正義を謡うのは、ただの恥知らずに過ぎない。お前の中にそれがあるのなら、お前はそれを死ぬまで守り通せるといいな。」

 「俺にとっては耳が痛いな。」

 

 バスカルは笑う。かつては彼の仲間のレンも正義を謡っていた。

 

 そして、彼らの大元の死んだヴォルターもオラリオへの復讐を正当なものであるとそう考えていた。欲望渦巻く都市の、人の欲望の被害者はたくさんいる。彼の言葉の裏側とは、つまりそういうことである。正義とは頻繁に大勢の人間を煽動して、死地へと追いやるものである。

 

 正義とは、正当性である。闇派閥が正当性を掲げないとは限らない。むしろ悪党ほど正当性にこだわりがちなのは世の常である。そして正当性が認められるのは正しい方ではなく勝者ですらない。正当性を掲げたまま最後までしぶとく残った方である。ヴォルターは正義の正当性の認められない敗者ではあるが、それでも貫き通した挙げ句に、死んだ。ロキを撃滅した復讐派の英雄として、死んだ。

 

 たったの一人の高レベル冒険者は、たくさんの死者の上に成り立っている。

 みんなの憧れのロキファミリアは、その勇猛さを大々的に知らしめることによって、たくさんの人間を死地に追いやる。フィンが最後に吐いた弱音は、すべからく弱者のいまわの際の声と酷似している。ロキファミリアはそれを、知っている。

 英雄が多くの人間を死地に追いやるのは、どんな世界でも、どうやっても避け得ない運命。しかし彼らもまた、屍の上を歩いてでも強くなること貫き通すことを選択した存在である。

 彼らの誤算は、彼らが知らないところに彼ら以上に屍の山を築いていた存在が居たことと、敵の正体を見誤ったことである。敵の正体が英雄が死地に追いやり続けてきた死者の怨念の集大成だと知っていれば、強者のロキファミリアといえど決して油断しなかったであろう。

 

 リューは知らない。アストレアの正義はオラリオの民衆に合わないからオラリオから淘汰された。アストレアの掲げる正義とは、大勢の都合ですらない。

 そしてリューはこのまま復讐殺人を行えば、自身の正義を捨てた上に民衆に追われる恥知らずのただの敗者となる。どれだけしぶとく生き残ろうが、正当性を自分から捨てた恥知らずの敗者に正当性が再び認められることはきっと永遠に、ない。正義を掲げたエルフは、罪を隠して生きる欺瞞に満ちた人生を歩むことを決定づけられる。

 

 殺人の大罪が真に赦されることがもし仮にあるのだとしたら、それは民衆の正当な怒りをその身に受けた後以外に有り得てはいけない。

 

 ガネーシャファミリアに捕まった悪党のレンは意図せずとも、唾を吐かれ、石を投げられ、罵詈雑言を浴びせられ、それでも最期に赦されて死ぬ。

 

 罪から逃げるリューは潔癖にも関わらず、赦しを得られないまま呪いを背負い続けていずれ死ぬ。

 

 悪魔は正当性などいらない。貧者の彼らにとってはそれはあまりにも贅沢過ぎる嗜好品。大々的に掲げる正義とは、極論として心に明確な指針を持たない人間の縋るものでしかないと彼はそう考える。正当性は、あればあるで嬉しいけれど、ないならないでも構わない。そんなものにこだわる余裕など、ない。恥知らずで構わないし、罪を赦される必要など、ない。生きなければ、何もできない。そして彼の縋るものは、拠り所は、己自身。

 

 カロンにとっては、生きていればそれだけで勝者なのである。そして、彼は明日を良くするために必死に考えつづける。

 

 それでも彼が最後まで生き続けることが出来るのなら………

 

 「それならば………仮にそれが正しいのだとしたら………私はどうやったら正義を貫けるというのだ!!」

 「うーん、あれだな。小難しいことを考えるからおかしくなるんだ。だから誰にも否定しようのないことをお前の正義にすればいいんじゃないか?太陽が東から昇ることとか。『太陽が東から昇るから、私はお前達を許さない。』とか適当をこけばいいんじゃあないか?」

 「ふざけるな!」

 「ふざけてるのはお前だよ。他人に己の正義を委ねるなんざ。ましてや闇派閥だぞ、俺達は。どうやったら正義が貫けるかお前が必死になって自分で考えるんだよ。」

 「………あなたにも正義があるのですか?」

 「あん?そんなもんあるわけないだろ。俺達は、闇派閥だぜ?」

 「………。」

 

 リューは空色の目でカロンをいつまでも見つめ続ける。

 カロンはまたこれかと笑う。

 

 どうせ根負けするならさっさと話してしまっても構わないか。きっと、もう会うこともなかろうし。

 

 「考えつづけることだよ。俺にとっての正義は。俺は考えつづけて、許された数少ない選択肢の中からでも少しでも良いものを選びたい。少しでも今日より良い明日を過ごしたい。考えに考え抜いて、俺達が少しでも良い明日を過ごすことが俺の正義だ。お前も自分の正義を精々必死に考えるんだな。」

 

 カロンは吸い終わったタバコを投げ捨てる。

 

 「さて、そろそろ休むとしようか。俺とハンニバルとバスカルで交代で見張りを行う。精々一人当たり二時間程度しか寝られないが。お前らも忘れずにエルフにステータス封印薬を打ち込んでくれ。まずは俺が起きておく。」

 「「ああ。」」

 

 ハンニバルとバスカルは横になり、リューはカロンの魔法の縄でぐるぐる巻きに縛られる。

 

 ーー貫ける正義とは私の中にあるものだけ。

 

 リューは横になり、どこまでも思考しつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「さて、今日の夜が運命の夜になる。」

 

 カロンが告げる。

 辺りはすでに明るくなりつつある。彼らが休むことの出来る時間はすでに終わった。遠く水平線から上り行く朝日、これはおそらく彼らの幾人かは最後に見る朝日になるのだろう。彼らは長く地下に居たために朝焼けを見ることも稀である。

 彼らはその薄ぼやけた曙光をとても美しいものだと感じた。

 

 カロンを囲むバスカルとハンニバル。

 

 「今日の夜に行動を起こす。今日の待ち合わせの時間になったら、比較的他の人間に紛れやすいバスカルがクレインを待ち合わせ場所に迎えに行ってくれ。俺とハンニバルはどうやっても目立つ。図体が大きいからな。お前はガネーシャの奴らにみとがめられやすいだろうが、顔を隠せばいいしステータスも俺達より高いしな。隠密行動にも俺達より適性が圧倒的に高い。それまでは俺とハンニバルが交互に見張りを行う。消せる敵が近づいて来たら消すし、ヤバい奴らが近付くようなら必死に逃げる。夜を待つ。」

 「見張りは俺がやるよ。カロン、お前は計画を考えるのに集中してくれ。」

 

 バスカルがそう告げる。

 

 「いいのか?」

 「どちらにしろ今日で終わりだ。少しでも成功率をあげるために行動する必要がある。それにしても………。」

 

 バスカルは荷車の上を見る。

 荷車の上には鼻提灯を作りピスピスと変な音を立てるリュー・リオン。

 彼女は考えすぎて、脳がストライキを起こしていた。

 

 「このエルフは結局終始寝坊しっぱなしだな。俺はここまで図々しい捕虜がこの世に存在するなんて、思いもしなかったよ。」

 「ああ、俺も初めてだ。こいつだったらおそらくは俺達が全滅しても、ゴキブリが絶滅するような環境でも、きっと生き残るんだろうな。」

 「まさか闇派閥の俺達をこうも驚嘆させるとはな。」

 

 三人は笑う。

 

 ◇◇◇

 

 カロンは作戦の先を考える。

 

 ーーもう、今日で大詰めだ。今日の深夜に俺とバスカルとハンニバルとクレインで油を仕掛けるために行動する。行動を起こす時間帯は皆が寝静まった頃。時計の針が頂点を回った後くらいが良かろうな。仕掛ける場所で、ヤバいのはバベルだ。バベルはなるべく時間を稼ぐために敵が出て行ったのを確認してから火を点けたい。油を仕掛け終わったら、バベルは仕掛けた人間が、その他のヶ所はバスカルが火を点けて回る。一人二カ所の八ヶ所くらいが理想か?俺達は後に仕掛けた方の油は点火しても良さそうだな。そうすればバスカルが火を点けるヶ所は五ヶ所に減る。いや、今日クレインに一ヶ所仕掛けさせたから六ヶ所か?まあそれは後で俺が考えよう。そしてそのあとにバスカルはオラリオで暴れ回る。時間をなるべく稼ぐために、バベルからある程度離れた地点でバベルから逃げる方向に向かわせるのがベストだな。

 

 ーーそして俺達は、その隙に外へ出る門へと詰めかける。力わざで制圧して、無理矢理外へと抜け出る、か。

 

 ーー言葉にすると簡単だし、上手く行きそうにも思えるが、検問が増えてるだろうし、さほど成功率が高いとも思えないんだよなぁ。フレイヤの奴らが上手くバベルにおびき寄せられていてくれればいいなぁ。

 

 「カロン、敵がいるぜ。」

 

 バスカルが降りて来る。

 

 「うん?消せそうか?」

 「ああ、問題なく消せる、消せるが………。」

 「どうした?」

 

 歯切れの悪いバスカルにカロンは困惑する。

 

 「………デルフとアランとビルだ。あいつらよりにもよってここの巡回を任されてやがる。どうするよ?」

 「………マジかよ!?」

 

 カロンは建物上からこっそりと敵を眺める。

 

 ーーうーん、良く考えれば、ガネーシャファミリアでレベル4二人とレベル3だったら主力を任されることになる、か。だからあいつらはこんなきな臭いところの巡回も行う必要が出てくるわけだ。なんだかなぁ。あいつらツイてるんだかツイてないんだかイマイチわかんねぇな。

 

 「あいつらあまり殺す気にはなれないな。掘削を手伝ってもらっちまったし。奇襲をして無力化しよう。ステータス封印薬を打って、エルフと一緒に仲良く転がしとくか。」

 

 カロンとバスカルとハンニバルの三人組は、敵の三人組の背後をとり、ひそかに襲いかかる。

 

 ◇◇◇

 

 「それで、どうするよ?」

 

 バスカルが問う。

 カロン達の荷車には、リューの他に新たに捕まえたガネーシャの三人組が転がされている。彼らもやはり縛られて、口にガムテープをされている。

 

 「………待ってくれ。少し考える。」

 

 カロンは考える。

 

 ーーどうするか?もともと巡回が向かって来るのは想定の範囲内。巡回を消すことも予定の範囲内。しかし、巡回が戻らなければ危険な奴らが潜んでいる可能性が高い地点としてより強力な人員を送り込むであろうことも想像に難くない。検問が行われてない道を極力避けて、移動を行う。どこかの民家を乗っ取って潜伏するのもありだったのか?うーん、しかし今現在街中はどうなってるやら。俺の予想では、おそらくは一般人は危険な闇派閥を恐れて出歩くのを控えている状況。そんな中クレインには買い物を任せてしまっている。地図がないと決定的な行動を起こせないからだ。不審に思われないよう、二つの店舗を回って二部ずつ購入するように指示は出したが。クレインは気が利くしどうにかしてくれることを信じるほかはないか。

 

 カロン達は移動を決意する。三人はダイダロス通りのさらに奥へと向かっていく。

 

 ◇◇◇

 

 時刻は昼日中にも関わらず、オラリオの街中は活気がない。

 憲兵らしき人間が辺りをうろついている。

 クレインは考える。

 

 ーー人通りがないわけではないけれど、今行動したら多少は目立つわ。でも行動せざるを得ない。幸運にもいくつかの店は営業しているわ。

 

 クレインは店の中へと入って行く。

 

 「地図を二枚いただけるかしら。それと食料をいただきたいわ。」

 「あん?あんた見かけない人間だな。よくこんな状況で外に買い出しに出てこれたな?」

 

 店の主人はうさんくさげな目付きでクレインを見る。

 

 「私は旦那と二人でちょっと前にオラリオに来たの。まだ住むところも決まってないし、洋服もろくに買い揃えてないの。だから今の時期でも長袖しか着れないのよ。それなのにこんな状況よ?参ってしまうわ。旦那も今、住むところを探して出かけざるを得ない状況だし。いつまでも宿屋暮らしじゃお金なんてすぐに無くなっちゃうし。」

 「そりゃあ災難だったな。旦那さんと二人ぶんかい?」

 「ええ。この後は宿屋の延長の手続きもしなくちゃなんないし。つくづく参るわ。」

 「そうかい。いつもはこんなんじゃねぇんだけど、時期が悪かったな。そらよ、500ヴァリスだ。」

 「ええ。」

 

 クレインは他の店でも二枚の地図を購入して、待ち合わせの予定地に近い宿へと入る。

 

 「一部屋お借りできるかしら?」

 「あん?」

 

 宿屋の主人は、長袖のクレインをうさんくさげに見る。

 今はまだ、時期的に怪物祭が本来ならば行われている時期だ。

 

 「………私も困ってるのよ。元々冒険者だったんだけど、ステータスを返上して田舎に帰ろうかと思ったらいきなりこの有様よ?家はもう売っちゃったし、お気に入りの洋服以外ももういらないかなって捨てちゃったの。門は検問が厳しくて、今は誰も外に出せないの一点張りだし。宿屋も営業しているところが少なくて困ってたの。元々のファミリアも男関係で問題があって居づらいし………。」

 「………そうかい。そりゃあジロジロ見て済まなかったな。いつまで滞在するかい?」

 「そうねぇ。いつになったら終わるかわかんないし、とりあえず一週間くらいまとめて払った方が良いわよねぇ………。」

 「うん?別に日毎に延長するごとに金を払ってくれりゃあ、構わないよ。お客さん、別嬪さんだし。」

 「あら、それは助かるわ。」

 

 クレインは宿の一室に入る。

 時間は緩やかだったとしても、確実に過ぎていく。

 

 やがて、日が暮れる。

 

 ◆◆◆

 

現状

ヴォルター・・・死亡

レン・・・捕縛

生存者

カロン、バスカル、ハンニバル、クレイン

捕虜

リュー・リオン、デルフ、アラン、ビル




というわけで必死に考えることが彼にとっての正義ですので、拙作ではこんなにも思考の描写が多くなっております。


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バベルは悪魔の不興を買い、倒壊する

 やがて日が暮れて、夜が近付く。

 カロンは荷車に転がした四人、リュー、デルフ、アラン、ビルにステータス封印薬を打ち、口元のガムテープを解く。

 カロンはデルフに笑いかける。

 

 「お前ら、ついてるんだかついてないんだか。普通の奴らだったら、邪魔にしかならないから消すはずだったんだけどな。」

 

 デルフは渋面を作り、応える。

 

 「ファミリアに戻ったら、俺達の仲間はたくさん死んでたよ。俺は間違えた。こんなことならお前らの手伝いをするべきじゃなかった。………ちくしょう。」

 「死んでもか?」

 「………ああ、死んでもだ。」

 

 この世は滑稽な喜劇。

 彼らが彼らの正義で命を懸けて民衆を守っても、民衆は彼らを消耗品としか見ない。

 

 ガネーシャも苦しんでいる。自分達の眷属が消耗品として見られていることを。しかし、ガネーシャは理解している。価値観を覆すには、長い時間と正当な道のりが必要なことを。闇が存在するのはその土壌があるからであり、時代が必要ないと判断すれば消えていくものである。

 

 そしてガネーシャですら、耐えきれなかった。

 実は一つの嘘がある。ガネーシャは苦痛に耐えて兵を動員したのではなく、苦痛に耐えきれなかったから兵を動員した。

 価値観と戦うには、我慢強さが何よりも重要だというのに。今はまだ自衛の時期だとそう判断していたはずなのに。闇との戦いは、本来は人々が自発的に決意しないと意味がない。ガネーシャですら眷属を大量に喪失した苦しみに耐えきれなかった。価値観を正してから本格的に闇と戦うという重要な過程をすっ飛ばしてしまった。そこを飛ばしてしまうと、闇はさらに深く昏くなるだけである。

 

 衆生の主が、苦悩しないわけがない。ガネーシャは、いつも心の中で泣いている。だから普段あんなにも明るい。明るくないと、闇に囚われてしまうから。眷属が迷うから。衆生の主は、衆生のためにいつも必死に虚勢を張っている。

 

 欠陥だらけの人の世を、それでもガネーシャは深く愛している。

 

 「そうか………だがお前がいまさらどうしようと、何を望もうと、お前らは生き残ることになるよ。無駄に死んでも仕方ないだろ?」

 「………。」

 

 リューはデルフに問い掛ける。

 

 「………あなたにも正義があるのですか?あなたのそれはあなたの正義ですか?」

 「………あん?正義なんて大層なモンじゃあねぇよ。俺達ゃ民衆を愛するガネーシャ様の眷属だ。俺達には俺達なりの民衆や仲間を守りたいっていう願いがあるってだけだ。」

 「そうですか………。それは他の何物よりも大切なものなのですか?」

 「ああ、当然だ。」 

 

 他の何よりも大切なもの………それはきっと正義なのだろう。ガネーシャファミリアの三人にも確固たる正義が存在した。

 私の正義とは何なのだろうか?

 リューは彼らに問う。

 

 「………正義とは何ですか?」

 「あん?あんた確か全滅した正義のアストレアの生き残りだろ?俺達よりもあんたの方が正義には詳しいはずだろう?」

 「………。」

 

 カロンはリューとデルフのやり取りを見ている。

 リューは正義がわからない。彼女は悪が何かどころか、正義が何かもわからなくなっている。

 ハンニバルとバスカルはカロンに貰ったタバコを燻らせている。

 アランとビルは無言のまま。

 やがて辺りは夜の帳が落ち、闇の動き出す時間がやってくる。

 空には雲間から覗く僅かな月明かり。乾いた風が微かに流れていく。

 

 ◇◇◇

 

 「それではバスカル、計画の決行を頼む。お前はクレインの下へと行き、あいつをここまで連れて来てくれ。道中は敵に細心の注意を払うのを忘れずにな。」

 「ああ、わかった。」

 

 バスカルが頷く。

 

 「ハンニバル、アンタは周囲の警戒を行ってくれ。俺は自分の計画の立案を最後まで詰めることにするよ。」

 「わかった。」

 

 ハンニバルも頷く。

 カロンは計画を詰めに入る。

 

 ーーさて、と。計画の骨組みは決まっている。後は最後まで詰めるだけだ。細かい人員の配置も考えよう。計画を詰めて、なるべく最上の結果へ持っていくための行動を起こす。それにしても………計画を立てたとしてもつくづく予定通りには行かないものだ。

 

 カロンはガネーシャの三人組を見る。

 彼らは完全なる予定外。リューが今、ここにいるのはカロンのミス。

 

 ーー予定を万全に立てたつもりでも、常に予定と違うヶ所や裏目が存在する。まさかこいつらが俺達の下に帰って来るとはな。シャケでもあるまいに。しかし今の状況は当初からの推移を見れば上々だ。まあぶっちゃけ俺達の現状を冷静に考えれば、詰んでさえいなければ上々なんだがな。しかしやはり、今ここにヴォルターがいないのが何よりのマイナスだ。ヴォルターさえいれば、あいつの蟲の魔法さえあれば、俺達の行動は劇的に選択肢が増えていた。しかしそんなものは考えても何にもならない。今できる最善の策を考えよう。

 

 ーー1人当たり二カ所、計八ヶ所に油を仕込む。ここは八ヶ所という数にはこだわる必要はない。だいたいそれくらいの数だというだけだ。俺とハンニバルとクレインはそのうちの一ヶ所ずつに火を放つ。昨日クレインがすでに一ヶ所は油を仕込んでいる。残りの六ヶ所はバスカルが火を点けて回る。バスカルはバベルから離れながら火を放つ。俺達の火を点ける場所は取り敢えず二カ所確定している。確定している一ヶ所はバベルだ。確定しているもう一ヶ所は、逃げる門の近くだ。バスカルは火を放ちながらオラリオで暴れ回り注意を引く。

 

 ーー周りの目が火事とバスカルに向いている間に、俺とクレインとハンニバルの三人は力付くで外へと出る検問を抜ける。そして、後はひたすらに、ただただ遠くへと逃げる。遠くへと逃げれたら………それは逃げた後に考えるしかないか。取り敢えずは計画をうまく進めることが最優先だ。

 

 ーー計画はどの程度上手く行く?俺達はどれほど成功をつかみ取れる?どこに落とし穴が存在する?懸念事項は………あるが………しかし他には取れる道は………いつまででも今のオラリオに隠れ潜む事は出来ない。敵がそれを赦してくれるとは思えない。それを考えればやはり決行をせざるを得ないという結論しかどうやっても出ない。

 

 ーー………さて、結論を再確認したら、ここから考えるべきは人員の配置だ。誰をバベルに回すか。誰を門の近くに配置するか。どうすればよりスムーズにことが動くか。

 

 カロンはタバコに火を点ける。

 無意識に煙りを吸いながら、カロンはどこまででも思案しつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「待たせたな。至るところにやはり検問が仕掛けられている。時間がかかってしまった。」

 「そうか。やはり計画を上手く行かせられるかどうか………非常に厳しいな。」

 

 バスカルとクレインがカロン達と合流する。

 

 「クレイン、地図はあるか?」

 「ええ。これ、どうぞ。書くものもあるわ。」

 

 クレインはカロンに、四枚の地図とペンを手渡す。

 

 「さて、計画の決行はそこの四人に次のステータス封印薬を打ち込んだタイミングだ。今からおよそ二時間半後になる。そのタイミングでそいつらを俺の魔法の縄で縛り、計画を決行する。」

 

 カロンは捕われの四人を見る。

 カロンは彼らに告げる。

 

 「お前らは、二時間半後に俺の縄で縛られる。しかしさらにその三時間後には、ステータスが戻るはずだ。そうしたら好きにしろ。俺達は勝手に逃げる。さて。」

 

 カロンは仲間の三人を見る。

 

 「………俺達の行動を起こすときだ。泣いても笑っても、今日の行動が俺達の先行きを決定的にする。覚悟は良いか?」

 「「「ああ。」」」

 「まずはクレイン。」

 「ええ。」

 「お前はオラリオの東と南東の二地点に油を仕込んでくれ。南東の方には火も点けてくれ。そしてそのまま南の辺に潜伏。」

 「わかったわ。」

 

 カロンはクレインに油を仕込む地点が書かれた地図を渡す。

 カロンはクレインに渡した地図の二カ所の大きな黒点を指差し、最後に小さな黒点を指差す。

 

 「次にハンニバル、お前はオラリオの北と北東に油を仕込んでくれ。少し遠いが頼む。お前は北の方に火を点けてくれ。」

 「………。」

 

 ハンニバルは黙ってカロンを見る。黙って地図を受けとる。

 

 「バスカル、お前は俺達のために死んでくれ。断るなら今のうちだ。」

 「問題ない。」

 「お前の地図はこれだ。お前が油を仕込む地点はその中でも大きな黒い点、オラリオの南と南西だ。他の点はお前が火を点けて回るべきヶ所だ。注意点は、行動が夜間になるために地図が見れない可能性があるということだ。しかししばらく暴れ回れば敵もそれに気付くし、火も回ってすぐに辺りは明るくなると考えられる。火を点ける最初の数地点は暗記しておいてくれ。」

 

 バスカルは地図を見る。カロンは説明を続ける。

 

 「バスカル、俺達は南の門から抜けるつもりだ。門には強力な冒険者がいる可能性がある。俺達はそれぞれ仕掛けた油の片方に火を放ち、南へと急ぎ向かうことになる。だからバスカル、お前には無理を言うが、南門の敵を何とか引き付けてくれ。そして南から北に向かって行動してくれ。バベルには近づかずに迂回しろ。」

 「ああ、任せてくれ。」

 

 バスカルは答える。

 カロンは辺りを見回す。

 

 「そしてそれぞれ行動が終わったら、その南の黒い点に集合することになる。火を点ける時間は統一した方がいいだろうな。発火時間と待ち合わせ時間は片道にかかる時間を考慮して、俺が今から決める。万一敵に見つかった場合は相手を確実に消せ。これが今夜の作戦だ。決行は説明に時間がかかったからおよそ後二時間後か。文句がある奴はいるか?」

 「ああ、大ありだ。」

 「どこに文句があるんだ?ハンニバル。」

 

 ハンニバルはカロンへと近付き、地図を奪い取る。

 

 「やはりお前が自分で危険な場所を担当していたか。」

 

 ハンニバルはカロンの地図を見る。カロンの地図の担当はバベルだった。

 

 「お前の地図は、こっちだ。」

 

 ハンニバルは自分の担当する方の地図を渡す。

 

 「ハンニバル………。」

 「カロン、クレイン、お前らは俺を待たなくて良い。置いていけ。バベルは生半可な火ではすぐに消し止められるだけに終わる。バベルに居座るのはフレイヤの奴らだ。奴らのやばさは俺ですら理解している。」

 

 ハンニバルはカロンを見る。

 

 「………さよならだ。カロン。お前達は俺を待つ必要はない。」

 「ハンニバル!!どうしようってんだ!」

 「俺は長くお前に助けられた。俺はヴォルターの暴力からお前を庇ったが、それはお前を引き込んだ罪悪感による俺の自己満足に過ぎない。俺はお前に与えられたものを少しでも返したい。俺にはフレイヤの奴らを足止めする手だてがある。」

 

 足止め。ハンニバルはレベル5だ。真っ当な手段でフレイヤの連中を足止めできるはずが無い。

 明らかに死ぬつもりだ。誰だって、わかる。

 

 彼らは理解している。自分達のやり取りが、安い茶番であるということを。彼らは多くの屍の上に立ち、これから多くの人を巻き添えにしようとしている。それなのに、たった一人の仲間の命が惜しい。この上なく滑稽だ。

 それでも悲しいものは、悲しい。

 

 「ハンニバル!やめろよ!そんなんでお返しになんてならねぇよ!」

 「カロン、お前は目が曇っている。俺とクレインを死なせたくないあまり、フレイヤの奴らのやばさを甘く見ている。わかるだろ?」

 「………。」

 「フレイヤが総出で来たら、俺達は瞬く間に全滅だ。僅かな火力では、バベルの火はすぐに消されちまう。バスカルもすぐにやられちまう。お前だって、本当はわかってんだろ?」

 「………。」

 「俺に任せておけ。俺はお前の兄貴分だと考えてきた。兄は弟が出来ないことでも、できるものだ。」

 「………。」

 「お前は考える男だから、どちらが正しいかわかってるな。俺を待つな。お前らは二人で逃げろ。お前のその考えつづける力でどこまででも、追っ手が着かなくなるまで、迫り来る運命などというわけのわからないものからどこまでも逃げきってくれ。」

 「………アンタは臆病だと思ってたんだがな。」

 「まあそれは否定せんがな。ここに来てそうも言ってられんだろ。それに俺にだって全く逃げられる可能性がないわけではない。ただ、お前らよりそれが少しだけ低くなるだけだ。………差し当たっては、俺にお前が持ってるタバコをくれ。」

 「俺も分けてくれ。」

 「私にも頂戴。」

 

 バスカルとクレインもカロンからタバコを受け取り、四人は吸う。

 カロンはハンニバルの横顔を見つづけ、ポツリと呟く。

 

 「ハンニバル、塔とは縦長の高層の建築物ゆえに非常に不安定な建物だ。………爆薬を使用するつもりなら、その前に内部の支柱を破壊しておくべきだ。フレイヤの連中に気付かれたいように慎重に。」

 「………わかった。任せておけ。」

 

 やがて、作戦決行の時間が来る。

 

 ◇◇◇

 

 「それでは作戦を行動へと移す。わかってるな。」

 「「「ああ。」」」

 

 カロンは仲間の三人を見る。

 彼らは皆我慢強く、用心深い。こと工作に関してはスペシャリストと言っていいだろう。

 

 「………ハンニバル、バスカル、さよならだ。」

 「ああ、またな。」

 「次はもっと良い人生を送りたいもんだぜ。」

 

 ハンニバルとバスカルは笑う。

 

 「クレインも決して油断するなよ。顔が知られてなくても細心の注意を払え。どこに敵がいるかわからない。」

 「ええ。」

 

 カロンとクレインの視線が交錯する。

 

 「さて、と。」

 

 カロンはリュー、デルフ、アラン、ビルを見る。

 

 「お前らはこれからステータス封印薬を打って縛って放置する。それにしても………。」

 「………ムニャムニャ。」

 「どうしてこのエルフはこうも緊張感がないんだ!?なんで今このタイミングで爆睡してられるんだ!?なんでこうも幸せそうな寝顔なんだ!?今からテロが起こるんだぞ!?」

 「………それは敵であるはずの俺達も同感だよ。」

 

 デルフが答える。

 リューは、この日まで散々寝入りばなを叩き起こされていたため、睡眠不足でまさかのこの日この時に熟睡していた。

 カロンは四人にステータス封印薬を打ち、魔法の縄で縛る。

 

 「………まあアホエルフはほっといて。さて、今から状況を開始する。各自油樽を持て。行くぞ!」

 

 四人は両肩に樽を抱え、ダイダロス通りの壁の上を走る。

 

 ◇◇◇

 

 ーーそれにしてもやはり巡回している人間が多いな。見つかったら敵を消すしかない。今のオラリオではハンニバルやバスカルであっても一切の油断は出来ない。やばい敵にあったらそこでおしまいだ。

 

 カロンは行く手に最大限の注意を払う。物陰に潜み、先の道を警戒し、少しずつ少しずつ進んでいく。

 

 ーー一般人がこの時間帯だとまるで出歩いていない。まあ………当然か。つまり俺達は見つかったら即敵だとばれるということだ。仲間は心配だが、自分の成功をさせることに集中することが何よりも肝心だ。

 

 カロンは一区画、一区画、少しずつ進んでいく。

 

 ーー報告を上に上げられてしまったらおしまいだ。雲霞の如く敵が湧き出てくることになる。ゆえに見つかったら即座に相手を消すほかない。ヤバい奴らに見つからないことを、祈るしかない。

 

 夜空には星が瞬き、空気は乾燥している。流れていく乾いた風。火事日和だ。

 天の時には恵まれた。

 

 彼らの心は一つ。必死さは折り紙付き。ただ彼らの目的に向かって命すらも惜しまずに進みつづける。

 人の和にも恵まれた。

 

 惜しむらくは、彼らは長きにわたり、暗い穴底に住みつづけた。オラリオは彼らの住家ではない。

 地の利だけには恵まれない。

 

 彼らは必死に闇に紛れ、目的へと邁進する。

 

 ◇◇◇

 

 ーーさて、ここがバベルだな。やはり近くで見るとデカイもんだな。

 

 ハンニバルは上を見上げる。

 ハンニバルの両肩には樽がある。ハンニバルの火を点ける場所はバベルのみである。火を点けるヶ所は一カ所のはずなのになぜ彼は樽を二つも持ち出したのだろう?

 彼の樽には油が入っておらず、替わりに別のものが詰められるだけ詰めてある。

 

 ーーさて、と。後やることは、と。

 

 ハンニバルはカロンが来たときのことを思い出す。

 

 ーー最初は俺より幼いただのガキだと考えてたが、あのヴォルターに口答えする案外肝の座った奴だった。済まないな、カロン。真っ当に生きれたかも知れないお前をこんな訳の分からない状況に巻き込んで。お前は案外根性があったから、大成してたかも知れないのにな。

 

 ハンニバルは暗闇に紛れ、バベル内部へと消えていく。

 事態が動くまで、彼は弟分のことを想いつづけながら。

 

 ◇◇◇

 

 ーー私の仕掛けは終わったわ。後は少し待つだけ。

 

 クレインはすでに仕掛けが終わっていた。

 彼女は、比較的近所に配置されていた。

 

 ーーカロンの配置が一番遠いところ。無事に戻って来ることを祈るわ。

 

 悪党でも何者かに祈りを捧げる。

 彼女は果たして神に祈るのか?悪魔に祈るのか?祈る対象はそもそも存在するのか?

 それは彼女しか知らない。

 

 ◇◇◇

 

 ーーさて、と。

 

 バスカルは遠くを見る。暗闇に聳えるバベル。人生最後の自由でゆっくり使える時間。

 

 ーー地下に逃げた当時はこの風景が恋しくて堪らなかったが、人間なんでも馴れるもんだな。今となっちゃあ、仄暗い地下の拠点が恋しいものだ。

 

 バスカルは静かに時間を待つ。

 

 ーー俺とレンは地獄行きか。ゲイルは良い奴だったからな。天国に行ってるんだろうな。済まないな。俺達が三人揃うことはもう、永遠にない。俺の人生の先もない。まあゲイルもレンもすでに死んでるから問題ないか。

 

 バスカルはレンが出頭したことを知らない。

 

 バスカルはカロンからひそかにちょろまかしたタバコを懐から出す。

 くわえて火を点ける。暗闇に僅かに燈る明かり。流れていく煙。

 

 ーー済まねぇな、カロン。他の奴らはまずいまずいと言ってたが、俺はこれ気に入っちまった。どうせ俺達は最悪の連中の集まりだ。窃盗くらいは大目に見てくれや。

 

 バスカルはオラリオの片隅で静かに煙りを燻らせる。

 

 ◇◇◇

 

 「火事だああぁぁーーっ!!」

 「複数ヶ所で、大きな火の手が上がっているぞ!消して回れーーっっ!!」

 「放火魔がいるぞ!奴は北へ向かった!!」

 「どうすんだ!?消火を優先すんのか?放火魔を追うのか!?」

 「新たに火の手が上がったぞーーっっ!!」

 

 オラリオは混乱へと陥る。

 大慌てするガネーシャの眷属達。慌てて協力に馳せ参じる他のファミリアの人間達。

 窓から外を見て愕然とする一般人。彼らは急いで自分の家から避難する。

 

 そして唐突に場面はバベルの最上階へと切り替わる。

 

 「オッタル、下界が騒がしいわ。」

 「………出て来ましょうか?」

 「ええ、お願いするわ。」

 「あなた様の御心のままに。」

 

 オッタルが出陣する。

 

 ◇◇◇

 

 カロンは時間をかけて目的地へと到達する。北の目的地で火を点ける。

 カロンはその後に足早に集合地点へと向かう。

 

 ーーこちら側の工作をクレインに任せておけば、帰り道は顔が割れてないために楽だったが、まあ行きの大変さを総合するとやはり俺で正解だろうな。後は火事にみんなが集中して、俺が気付かれないことを祈るばかりか。

 

 ◇◇◇

 

 ーー私の役割は終わったわ。後はカロンを待って、門から抜けるだけ。私は顔が割れてないけど火事にも関わらず落ち着いてその場を動かない人間なんて不審極まりないから隠れてましょう。……そうだわ。折角だから身を隠しながらの有効な時間の使い方があるわね。その辺で先々何か役に立ちそうな物をいただきましょうか。

 

 クレインは人目を避けて、集合地点近くに潜む。彼女は火を点けた後は辺りを見回し、火事で人の居ない店の中へと入っていく。

 

 ◇◇◇

 

 ーーさあて。俺がどれだけ人目をひけるか。どれだけ逃げ回れるかが鍵になるな。そら、逃げ惑え。

 

 バスカルは頻繁に火を放ち、時折逃げ惑う民衆に紛れながら時間を稼ぐ。

 北上しながら油を仕込んだ地点に火を放つ。

 

 ーーなるべく長い時間強い敵が出て来ないと助かるが、まあそれは期待薄かな。

 

 バスカルはすでにたくさんの冒険者に追われている。

 

 ◇◇◇

 

 ここはバベルの足元。ここまではまだ火の手が回っていない。

 暗闇に同化する精強な冒険者達。

 ここでは今、一部のすでに街中に出ていた眷属を除く出陣直前のフレイヤファミリアが揃っていた。

 

 ーーふむ。

 

 オッタルは辺りを見る。

 オッタルは僅かな間、思案する。

 

 「………お前らは先に行け。」

 「どうしたんだ?」

 「………俺は気になることがある。」

 

 気になること。

 単純に全員出撃したら、バベルの防衛が手薄になってしまう。

 彼らは美の女神の信奉者、フレイヤの命令を聞き、フレイヤの安全を何よりも最優先に考える。

 

 仲間は先に行き、オッタルはバベルの周辺の確認を行う。

 

 ーーむ。

 

 バベルの入口の裏手に、暗闇に紛れて樽に座る一人の大男。辺りは暗くて非常に気づきづらい。

 彼はのんびりとオッタルを見ている。

 

 ーー確か手配書で見た男。名前はハンニバル。俺達の標的だ。

 

 オッタルは即座に敵だと判断する。大剣を片手に、敵に突っ掛かる。

 対するハンニバルは、オッタルを確認したときにはすでに詠唱を始めている。

 

 ーー敵の魔力が高まっている。なんらかの魔法を使うつもりか。だが、なんら問題ない。

 

 「ストーンスキンっっ!!」

 

 ーーむ?

 

 ストーンスキン、ハンニバルの隠し持つ短文詠唱の魔法である。ごく僅かな時間、自身の防御を劇的に上昇させる魔法。ハンニバルが切り札に爆薬を用いる理由は、この魔法と相性が良いためであった。爆薬が炸裂する瞬間、自身の防御力を上げるという切り札。

 

 しかし、ハンニバルは今すでに切り札を使用してしまっている。オッタルの一撃は、魔法を使用せねば堪えきれない。

 

 オッタルの敵を両断するはずの大剣は、肩から袈裟にハンニバルを切り裂き腹部で止まる。

 主君のフレイヤの住家を敵の血で汚すのを嫌ったオッタルは、ハンニバルの首を締め上げてその場からどかそうとする。

 ハンニバルは体から止めどなく血を流し、口から血を吐きながらなおも嗤う。

 

 それは悪魔が最期に残す呪詛。

 悪魔は喉を掴まれ肩から腹まで裂かれながらなおも呪いを遺して逝く。

 

 「バベルは天に住まう神々の怒りのみならず………地の底に潜む悪魔の不興も買っている………悪魔が呼び出す地獄の業火に焼かれて………バベルは完全に倒壊する。」

 

 ーー何が!?

 

 オッタルは血の臭いと目前で喋る敵に気を取られて硝煙の臭いに気付かない。

 すでに導火線に火は点いていた。

 

 ◇◇◇

 

 「見つけたぜ。テメエ青い目の悪魔だな。わざわざ手間をかけさせやがって。覚悟しな。」

 

 ーー炎の四戦士!クソッ!出て来るのが余りにも早い!こいつらすでに街中にいたのか!

 

 カロンは火事を起こした帰りに、ガリバー兄弟と遭遇してしまう。

 ガリバー兄弟、別々の武器を使用する四人組。レベル6相当の実力者に、カロンは手も足もでない。

 カロンは勝ち目がないことを理解して、一目散に逃げ出す。

 

 「ははは。オラッ、逃げろ逃げろ!どうせ他の敵も俺達の仲間が仕留めてるよ。テメエら、よくもここまでまあ引っ掻き回してくれたな!」

 

 ーー俺は、必死に生きる!

 

 ガリバー兄弟は後ろから迫り来る。

 カロンはたとえ逃げきれる目がなくとも、どこまでも逃げつづけることを決意する。

 

 ◇◇◇

 

 ーー一体何が!?

 

 オッタルは何が起こったのか理解できない。わかるのは、自分の耳が聴こえず、自身が体から大量の血を流していることだけ。それが今の彼に認識できたこと。

 そしてオッタルは衝撃で飛んでいた少し前の記憶が戻って来る。

 

 ーー敵にやられたのか!?馬鹿な!?敵はせいぜいレベル5相当のはずだ!?なぜ俺はここまでのダメージを喰らっているんだ?

 

 オッタルは理解が追いつかず、辺りを見渡す。

 

 ーー俺は確かバベルの側にいたはずだ!?しかし今はそこから少し離れた場所にいる!?居たはずの敵もいない!?!どういうことだ!?あれは、一体何が起こったんだ!!

 

 そして、オッタルは驚愕する。

 

 バベルが酷く抉れている!

 ハンニバルが密かにリヴィラから隠しつづけてきた切り札の爆薬。ハンニバルは跡形も残らない。レベル5の耐久特化を粉々に吹き飛ばすほどの炸薬量。

 バベル内部の支柱はすでに破壊してあり、爆破の衝撃を受けて徐々に自重に耐えられなくなり傾いていくバベル。

 

 ーーフレイヤ様!!

 

 オッタルは自身の傷を省みずにバベルに走り寄り、倒壊しつつあるバベルを支える。

 

 「ぬおおおおおぉぉぉぉっっ!!!」

 

 オッタルは力の限りを振り絞ってバベルの倒壊を留めようとする。

 しかしなおもどんどん傾き行くバベル。

 

 「おおおおおおおおっっっっ!!!」

 

 バベルの傾きはどんどんまして行く。

 

 「おおおおおおおおおおおあああぁぁぁっっっ!!!!」

 

 やがて傾いたバベルの屋上付近から一つの人影が地面へと落下して来る。オッタルはそれに気付かない。そして落ちた場所から天に向かって立ち上る光の柱。

 

 ーー馬鹿な!?ステータスが消えただと!!フレイヤ様!?フレイヤ様っっ!!!

 

 オッタルは絶望を感じる。

 そのままバベルは、オッタルの上へと倒れて行った。

 

 ◇◇◇

 

 「オラ!もう逃げねぇのか?雑魚の癖に時間をかけさせやがって!」

 

 ーークソッ!!

 

 カロンは暗く狭い道で逃げ回りながらガリバー兄弟の四人に思い思いにいたぶられる。

 カロンのステータスには耐痛覚が付いている。体中を痛めながら、なおもカロンは必死に敵に背を向けて逃げる。

 

 「オラ!喰らえや!」

 「ヒャッハッハ。こいつしぶとくておもしれーな。」

 「ほれほれ!」

 「まだ逃げるのか。いい加減諦めろや!」

 

 ガリバー兄弟は思い思いにおもちゃをいたぶりつづける。

 カロンは剣で斬られ、鎚で叩かれ、槍で刺され、斧で裂かれ、なおも必死で逃げつづける。

 

 「全くしぶてぇヤローだぜ。まるでゴキブリみてぇだな。」

 「ああ、違いねぇ。ゴキブリはさっさと片付けねぇとな。」

 「オラ、早く死ねよ!」

 「オ、オイ。待てよ。あれ、見ろよ!」

 

 彼らの一人が突然彼方を指差す。彼は遠くで何かが爆発したような音を聞き付けており、そちらの方へ視線を向けていた。

 四人はそちらを見やる。指差す先には暗い中僅かに見える徐々に傾き行くバベル。

 

 「マ、マジかよ!」

 「フレイヤ様!」

 「オ、オイ!ステータスが消えたぞ!フレイヤ様が!」

 「どうする?どうするんだ!?フレイヤ様!!」

 

 フレイヤが天界へと帰還した事を理解したガリバー兄弟は錯乱する。

 カロンは彼らを一瞥すると、ポーションを懐からだして飲み込む。

 そして、その場を去って行った。

 

 ◇◇◇

 

 ーー何があったんだ?俺にとっては凄く助かるけど。

 

 バスカルは火を放ちながら逃走する。彼の背後には夥しい数の冒険者。しかし、先ほどまで先頭を走っていて今にも追いつかれそうなはずだった、フレイヤファミリアの中枢、ヘグニとヘディンが存在しない。バスカルには、彼らが脱落して行った理由が理解できない。

 

 ーーまああいつらがいなくてもこれだけたくさんの敵に追われていたらどうにもなんないな。そこそこの実力者もたくさんいるし。

 

 バスカルは火炎を放ちながらいつまでもどこまでも、逃走しつづける。

 必死に逃げ回る彼は、いつの間にかオラリオから象徴とも言えるバベルが無くなっていることに気付かない。

 

 ◇◇◇

 

 「何事ですか!?」

 

 リューはびっくりして飛び起きる。

 

 「うん?どうしたんだ?」

 

 デルフが突如飛び起きたリューに返答を返す。

 

 「いえ、今突如爆発音が聴こえた気がしまして。」

 

 リューはその長いエルフの耳で、遠くバベルで大量の火薬が炸裂した音を聞いていた。

 

 「うん?確かにお前の言う通りなんか少し音が聴こえた気がしたが、そんなに大きな音じゃなかったぞ!?」

 「そうですか………私の気のせいですか?」

 

 ◇◇◇

 

 ーーハンニバル。

 

 カロンは遠くバベルを見やる。

 

 カロンには即座に何が起こったのか理解できていた。そのやり口は、かつてカロンがどうすればオラリオに復讐ができるか考えていた方法そのものである。

 フレイヤが天界に帰還したということは、フレイヤの側に彼女の眷属が居なかったと言うことだ。彼女の眷属が側に控えていたならば、彼らはフレイヤを抱えて倒壊するバベルから逃げ出すことが可能だったであろう。強兵が本丸を離れた隙に、周辺ごと本丸を破壊するというあまりにもえげつない悪魔らしい手法。バベルを倒壊させるほどの爆発ならば、仮に巻き込まれていたら耐久特化のハンニバルであっても跡形も残らないだろう。

 

 ーーしかし、今は考えることよりもひたすらに向かうことだ。ひたすら集合地点に向かって進みつづけ、門を抜けてオラリオから脱出する。俺は仲間達の死を無駄にするつもりはない。俺は生きつづける。生きて、少しでも良い道を探しつづける!

 

 カロンはただひたすらに歩き、待ち合わせの場所へと向かう。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ーー痛い、ああ、痛い。頭がずきずきする。左目も見えない。失明してしまった。ああ、頭がどうしようもなく痛い。僕は?ああ、思い出した。そうだ、僕は仲間を全滅させた憎い相手を皆殺しにするためにここまで戻ってきたんだった。あいつらを皆殺しにするために、泥を食んで、ろくに動かない体で地面を這って、奴らがリヴィラに戻ってきた時に逃げ延びたんだった。許さない、赦さない、決して逃がさない。ああ、頭が痛い。ポーションも効かない、万能薬も効かない。ああ、あいつらは今、どこにいるんだ?なぜ周りは赤いんだ?まあ、どうでもいいか。取り敢えず、頭が痛くて堪らない。

 

 ◆◆◆

 

現状

ヴォルター・・・死亡

ハンニバル・・・死亡

レン・・・捕縛

バスカル・・・別行動

生存者

カロン、クレイン



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最終回 アンチヘイト スーパーヒーロー

最終回、仕上がってるので早めに投稿します。


 「計画は上手くいっているようだな。」

 「面白いわ。本当に面白い。これがオッタルすら戦うことを嫌がった闇派閥の首領、青い目の悪魔ね!こんなにも面白いなら、見物料として喜んでバベルくらいくれてやるわ。なにもかもを思い通りにする悪魔の知略、美しいとさえ言える。一つの計画で複数の目的を全て達成してるじゃない。逃亡を成功させて、復讐を代行させる人材を育て上げて、互いの遺恨を残さないための共同作業、さらに被害の最小化。ついでにおまけでちゃっかりと彼個人の恨みもはらしてる。協力者のあなたにも民衆の称賛をプレゼントしている。さらに痛快なのが、復讐の代行者が正義の味方というところね。オラリオがこんな若い敵の手玉に取られてる。ロキの子供達もあなたも最上の結果が共有できるから従わざるを得ない。若くてこんな鮮やかな計画が立てられる人間なんて、是非とも欲しいわね。」

 「………それは不可能だ。あいつはオラリオで名が売れすぎている。」

 「わかってるわよ。本当に、もったいないわ。あなたはどう思う?」

 「………私は私の大切な子供が立ち直るなら特に意見はないわ。」

 「つまりあなたまで目的が共有できるというわけね。今回の計画に必要だったのなら正義の神のあなたであっても、人間の悪の彼に自発的に従わざるを得なかったということね。オラリオの徳の高い神が揃って悪の計画に荷担するわけね。面白いわ。」

 「………その通りね。もう私は、正義を謡うのはやめるわ。これだけ悪にいいようにされてしまったら、とてもじゃないけど恥ずかしくて正義とか言えないし。後はリューにすべてを任せることにするわ。」

 

 ◆◆◆

 

 夜間にも関わらず赤く空が染まるオラリオ、乾いた空気、燃えつづける大火、それは次々と辺りへと飛び火していく。

 そしてどこまでも逃げ回る放火犯。必死に鎮火しようと試みる人々。終わり無く鳴り響く不吉を告げる警鐘。

 オラリオの象徴であるはずのバベルはすでに存在しない。

 

 悪魔はこの世に地獄を顕現させる。

 

 ーーこれは………ひどい。これが私の選択の結果だというのか?他の選択肢を選んでいたら、この状況は避け得たのか?私がしっかり考え抜いていたら………。

 

 逃げ惑う人々の悲鳴を聞き付け、縄に縛られたリューは心を痛め、自分の現状をもどかしがる。

 自分にステータスが戻るまではあと凡そ一時間程度。

 その時に自分はどういう行動を取るべきだろうか?

 リューは近くで自分と同様に縛られるデルフへと話しかける。

 

 「あなた方は動けるようになったらどうなさいますか?」

 「あん?そんなん一般人の避難と救出を最優先するに決まってんだろう。クソッ!この縄がとっとと解けてくれりゃあ!」

 

 リューを含めた四人は、唯一敵の作戦を知っている存在である。敵の作戦をオラリオの首脳部に告げれば、あるいはオラリオから逃げ出す敵を追跡して捕縛できる可能性が存在するのかも知れない。

 

 リューにはわからない。

 自分が彼らと同様に民間の避難を優先するべきなのか?

 上役に敵の情報の伝達を優先するべきなのか?

 

 彼女はひたすらに考え、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 ◇◇◇

 

 「すまない、待たせたなクレイン。道中で敵に捕まって時間を取られちまった。」

 「構わないわ。急いで逃げましょう。」

 

 カロンはガリバー兄弟と遭遇したことによって、予定していたよりも時間をとられていた。すでに僅かとは言え待ち合わせの時間を過ぎている。

 当然ハンニバルは、いない。

 カロンは、内心で密かに願っていたハンニバルの生還を諦める。彼らは周囲を高い壁にグルリと囲まれた中、南の門へと向かう。

 

 カロンは考える。

 

 ーー取り敢えずここまでは上手く行った。………上手く行って生還者は俺達二人のみになりそうだ。しかし、俺は死んだ奴らに全賭けをさせられてしまった。俺は生きねばならない。直に外へ逃げる門だ。

 

 「カロン!危ない!」

 

 クレインが叫び、カロンは突き飛ばされる。

 クレインは脇から、槍の穂先が飛び出てくるのを見ていた。

 

 ーーしまった!敵か!油断した!俺は門を抜けるまでは必死でいるべきだった!敵は何者だ?

 

 クレインはカロンの側に寄る。

 彼女はカロンを突き飛ばした際に、敵の攻撃を腕に受けて破れた袖から血を流している。

 

 「やァ、マッ………てたよ。ァあ、アたマ………ガ………イタい………。」

 

 ーー勇者!ここに来てか!

 

 門へと続く通路にフィンが現れる。

 

 ーー………敵は確かレベル6だったはずだ。

 

 カロンは刹那に思考する。

 

 フィンはレベル6。カロンはレベル3でクレインは後衛のレベル4。

 ここまで近接戦闘に差がついてる相手に不意打ちで攻撃を喰らえば、カロンもクレインも本来ならば生還できる道理がない。

 

 ーー奴の左顔面が陥没している。おそらく相当なダメージが蓄積されているのだろう。ゆえに俺達は奴の不意打ちを躱す事が可能だった。

 

 カロンは採りうる選択肢を即座に判断し、指示を出す。

 

 「クレイン、奴は手負いだ!俺達は奴を仕留めて逃走する。おそらくは相当なダメージが残っているはずだ!覚悟を決めて俺を盾に使え!」

 

 カロンは戦闘することを決意する。

 

 フィンのダメージ、それはあまりにも大きなものであった。レベル7の拳の直撃を顔面にまともに受けたため、左目は失明し、脳は散々に揺さぶられて混ぜくられてさらに蟲の毒が回っていた。言語中枢もすでにあまり機能していない。挙げ句に戦士の命とも言える片目を潰されているため、距離感も掴めない。死角も存在する。万能薬でも回復できない程のダメージをフィンは、負っていた。さらに彼が今持っている槍は、ダンジョンに放置されていたアレン・フローメルの所持していたものである。彼本来の槍はすでにヴォルターに使い物にならなくされている。ダメージと失明と本来の武器でないことより、フィンは十全から程遠い実力しか出せない。

 

 フィンはその状況で必死に這い、リヴィラに敵が戻ってきた時に下の階層に潜むことによって命を長らえた。彼はここまででもカロン達の襲撃は可能であったが、自身のダメージを何とか理解するだけの理性は残されていた。敵の戦力が充実している状況で襲っても勝ち目はない、と。そのためにフィンは敵の行動をあまり働かない脳で必死に推測し、淡々と復讐の機会を狙っていた。

 

 燃え盛る建物を背後に、彼らは向かい合う。

 今現在彼らの持つ盾と槍は、奇しくも共に死んだアレン・フローメルの持っていたものであった。

 つくづく先のことはわからない。カロンはアレンという強力な駒を仕留めてしまったせいで、今ここで武器を持った勇者という強力な敵と相対しているのだ。

 

 「勇者、お前良く生き延びてたな。」

 

 カロンは盾を前面に押しだし、一切の警戒を怠らない。

 

 「まァ………ね………。キみタチ………ノオかげで………サんざン………だヨ。」

 

 フィンはそう宣うと槍でカロンを突いて来る。

 空気を切る音を立てて、槍でカロンの右肩へと突きかかる。カロンはそれを盾で弾く。

 

 ーーさすがに速いが、これがレベル6の十全の実力だとは思えん。やはりダメージは相当なもの。俺の右肩を狙ったことと奴の顔面の陥没を併せて考えれば、奴は左目を失明している可能性が高い。そちらが敵の急所だ!

 

 「クレイン!敵はおそらくは左目が見えてない!奴の左への移動を意識して建物に身を潜めろ!」

 「わかったわ!」

 

 クレインはフィンの左を意識して、建物の影へと身を潜める。

 クレインがフィンの足元に氷塊を生成する。フィンは足元を固められたまま槍を振り回す。カロンは力任せの敵の槍を受け、はじき飛ばされる。足元の氷塊をフィンは槍で打ち砕く。フィンはカロンに突進するが、それは片目が見えていないために照準がズレているもの。フィンはカロンに突進を受け流され、壁へと突っ込む。

 

 カロンは思考しながら戦いつづける。

 

 ーーこれだけ入念に想定しうる状況を確認したにも関わらず、やはりいつだって裏目は存在しうる。まさかここに来て、もう必要ないと置いてきたステータス封印薬が切り札として必要になるとは!あれだけ必要になりそうな物資を必死に考えたというのに、クソッ!どうする?敵は著しく戦闘力を落としているが、それでも強靭な肉体を持っている!逃げてもおそらくはどこまでも追って来る!俺達が奴に速度で勝れるわけがない。

 

 夜を明々と照らす炎を背景に、三人は戦い続ける。

 カロンは敵の槍のなぎ払いを転がり避け、クレインは相手の行動の阻害を意識した魔法を放つ。カロン達には敵を打倒しうる強力な札がない。フィンの攻撃はうっかりまともに喰らえば必殺。周囲の人間は今は他の地点の鎮火か比較的火の回っていない西に避難に向かっていて誰もいないが、いつまでも姿を晒しつづけるわけにはいかない。

 

 カロンは自身のスキルを試行してみる。

 

 「なあ、勇者。お前は何のために俺達と戦うんだ?」

 「そン………なのハ………ドウデもいィ………。いたインだ………。」

 

 フィンは槍でカロンを突く。突きはたまたまカロンに向かって真っ直ぐにのびて、盾で受けたカロンは衝撃で後ろへと弾かれる。フィンは追撃を行おうとするが、片足を氷に纏われたために動けない。

 フィンは忌ま忌ましく思いながら足元の氷を槍で砕く。

 

 カロンは考える。

 

 ーー………クソッ!!やはり敵は言葉で揺さぶれるほどの理性が残っていない。何か、使える札はないか?奴を必殺に陥れる策は?手札は………切り札は?何かないか?

 

 ーー俺の手持ちは小刀と盾とあとはリヴィラから持ち出したいくらかの物資だけ!小刀での攻撃は、残った敵の目を抉るくらいしか有効的なダメージを与えられない!しかも敵との身体スペック差でそれは不可能だ。策もなく近づけば弾かれるか致命の一撃を喰らうだけに終わる!

 

 ーーダメだ!手持ちの札だけでは良くても現状維持だ!クレインの氷塊魔法も、空気中の水分を凝結させるために火事の今は空気が渇いていて著しく効力を減衰させている!

 

 ◇◇◇

 

 「ステータスは戻りましたか。」

 「ああ、そうみてぇだな。」

 

 ステータス封印薬の効果が切れ、魔法の縄を力で引きちぎるリュー達四人。

 リューはデルフに問い掛ける。

 

 「あなたたちは、やっぱり町の人々の救出に参加するんですか?」

 「ああ、もちろんだ。」

 

 デルフが答える。

 その淀みなき返答に、リューは決断する。

 

 「それでしたら私にも手伝わせてください。四人で手分けして、協力して行動に当たりましょう。」

 「助かるよ。俺がアンタに指示を出しても良いのかい?」

 「ええ、よろしくお願いします。」

 「ならアンタは片足が不自由だし、ここから比較的近い地点をお願いしようかな。これ、支えにして持って行きな。」

 

 デルフは自身の槍をリューに手渡す。

 彼は足が不自由なリューを慮り、火に巻き込まれることがないように比較的近くて火力の弱い地点の救助を要請する。そこは火の周りが弱くすでに避難活動も終わったと目されている地点である。

 四人は燃え盛るオラリオへと人命救助と鎮火のために向かう。

 

 ◇◇◇

 

 「あア………あたマがィたいナァ。」

 

 フィンは呟きながら槍を、力いっぱいに縦へと振り下ろす。

 カロンは避けようとするも避け切れずに、穂先が正中線近くを通り落ちて多量の出血する。

 カロンは痛みに耐える。

 

 ーー敵に技量はない。しかしつくづくステータスの厄介なところだ!一度鍛えあげてしまったら、肉体スペックだけはどうやっても覆せない!早過ぎる!くそっ!遮蔽物を使って退避するしかない!

 

 「クレイン、行動変更だ!俺はそこらの民家へと逃げ込む!任せた!」

 

 カロンはそう叫ぶと人の居ない近くの民家へと飛び込む。フィンは足元に氷を生成されて追撃できない。クレインは声で居場所がばれるのを恐れて黙したままに行動する。

 カロンは民家に侵入する。フィンはカロンを追いかける。クレインは敵に察知されないように遠巻きに二人を追跡する。

 

 戦場は室内へと移り変わる。

 フィンの武器は長槍で、室内では自由には振り回せない。しかも左が死角。

 カロンはフィンに追い付かれたら先ほどまでの焼き増しであるためにどこまででも逃げる。

 クレインは二人を見失わないように、必死に追跡する。

 

 カロンは民家の階段を駆け登り、窓から隣の家へと飛び移る。

 フィンは家具にぶつかり、槍を壁に引っ掛けて辺りの物を壊しまわりながら窓から飛び移ろうとして目測を見誤る。フィンは庭へと墜落する。

 カロンの指示が飛ぶ。

 

 「クレイン!先に行け!俺は何とか勇者を巻いて逃げる!お前は先にオラリオから脱出しろ!!」

 

 ◇◇◇

 

 ーーやはり………酷いものですね。

 

 リュー達は手分けして人命救助活動を行っている。

 オラリオで特に酷い火災が上がっている地点は、北、東、南、中央。四人はそれぞれ手分けして、手助けが出来る区画へと向かっていた。

 建物の焼け焦げる臭い。阿鼻叫喚の巷。

 果たして如何程の犠牲者が上がっているのだろうか?

 

 リューは僅かな間黙祷し、作業へと移った。

 

 ◇◇◇

 

 「嫌です!私はここに残ります!」

 「馬鹿っっ!!」

 

 クレインは叫び、戦闘の際の不文律は破られる。

 専門後衛であるクレインは、敵に居場所を決して知られてはならない。それが彼らの鉄則。

 しかし、カロンを一人残したら彼は間違いなく死ぬ。クレインはそれが受け入れられない。

 

 そしてフィンは敵が二人いたことを思いだし、獰猛に嗤う。

 フィンは本能で弱者から討ち取りに向かう。

 

 ーーあの馬鹿っっ!!クソッ!さっきまでとは状況がまるで逆だ!俺が勇者を追いかける側になっちまった!

 

 カロンは必死に声のした方へと向かう。

 

 ◇◇◇

 

 クレインは逃げ回る。途中で氷塊を生成して、相手の行動を阻害しながら。

 クレインが声を上げてから、クレインがフィンの姿を確認するのにほとんど時間がかからなかった。敵は瞬く間に追ってきた。

 

 クレインはテーブルを飛び越え、障害物を避けて、氷で相手を阻害しながら家の外へ向かって逃走する。

 フィンはテーブルを壊し、障害物を蹴飛ばして、力付くで氷を排除しながらクレインの背中を追う。

 

 やがて彼ら二人は家の外へと出て、彼らはカロンと合流する。

 カロンは手立てを考える。

 

 ーークソッ!状況はマイナスになっただけだ。再びクレインを隠そうとしても、こいつはどうせ倒し易いクレインを追いかけるはずだ。何か手立ては?何か手立てはないのか!?

 

 カロンはフィンとクレインの間に割り込み、槍撃を受け止める。たたらを踏み吹き飛ばされるカロン。

 カロンという盾が無くなったクレインは対応に一瞬苦慮する。

 

 「クレイン!俺を盾にしろ!俺の近くに逃げて来い!」

 

 しかしクレインの目前にはフィンが存在する。

 フィンは嗤い、槍は迸る。自身の命運を理解したクレインは、目をつぶる。

 

 「クレイィィーーーンッッ!!」

 

 ーー何?

 

 クレインは突如として何者かに突き飛ばされる。

 

 「やァ………きミはそいツラのナカ………まかィ?」

 「………いいえ、違います。」

 

 リューは返答する。

 

 「ジャあ………ナぜじゃマヲ………するンだい?」

 

 リューは返答に苦悩する。

 彼女はたまたま足が不自由なためにデルフの指示で近場の地点で火の周りが弱くもあるこのあたりに配備されていた。たまたま逃げ遅れた人間を捜している最中に、民家から彼らが出て来たのだ。クレインが殺されそうなところを見たリューは、気付いたら支えの槍を投げ捨てて彼女を突き飛ばしていた。

 

 なぜ自分が邪魔をしてしまったのか?考えはまとまらない。つい手が出てしまったと以外言いようがない。

 リューはクレインの言葉と行動が忘れられない。わざわざ自分の傷を明かして生きることを励ました彼女が忘れられない。たとえそれがクレイン自身のためのものであったとしても、リューは確実にあの時に元気づけられたのだ。

 

 カロンは話をするフィンを隙と見て、フィンの背後から残った目を短刀で抉りにかかる。

 しかしフィンはそれに気付いていて、背後より襲い掛かるカロンを槍の柄で押し戻す。

 

 「クレイン、俺の近くに戻れ!」

 

 クレインはその言葉に速やかにカロンの側へと寄る。

 

 「キみモてきカ………。」

 「私は敵じゃない!」

 「………うソヲ………つくナ………。」

 

 思考能力の薄いフィンはリューも敵だと見定める。

 リューは相手の様子を見て正気ではないことを理解する。

 

 カロンは思考する。

 

 ーーエルフは片足が使えない!現状じゃあ、奴にすぐにやられてしまう。あいつは囮にも出来ない。時間が稼げない。ならばいっそのこと共闘が得策!

 

 カロンは即座に決断する。

 

 「エルフ!俺の後ろに来い!そいつを倒すまで共闘だ!」

 

 リューは迷い、フィンの槍は迫り来る。

 リューはその乱暴な一撃を必死に転がって避ける。

 リューは考える。

 

 ーー確かに………相手の攻撃から実力を察するに生還するためには一人で戦うのはダメだ。しかし共闘する相手は闇派閥………生かして置くべきではない相手。それでも私は………生きることを誓ったはずだ………私はどうすれば良い!!

 

 リューは酷く苦悩する。悩む一瞬、迫り来るフィンの突き。

 カロンは大きな体で体当たりをしてフィンのリューへの一撃を何とか逸らす。

 

 「悩んでる時間はないぞ!エルフ!生にしがみつくつもりなら手伝え!死んでもいいなら断れ!その二択だ!今すぐにここで決めろ!」

 

 カロンの言葉は悪魔の囁き。それは相手の心を揺さぶるもの。

 カロンの言葉はリューの心を揺さぶる!

 

 ーーそうだ!!私は捕まったあの時に生きると決めた!仲間の無念を晴らすために何としてでも生き延びると決めたんだ!!

 

 リューは覚悟を決める。リューはカロンの背後へと回る。

 

 「良く決断した。」

 「余計な一言です。悪人に褒められる謂われはありません。」

 

 戦いは三対一へと移り変わる。

 フィンは力付くで目前の三人を攻撃する。

 カロンは敵の攻撃を少しでも後衛に通さないために必死で粘る。

 クレインは氷塊で敵の行動の阻害を行う。

 リューは片足が不自由ながらも鍛え上げた体幹で敵の攻撃を避け、反撃を行いつづける。

 

 人間には利き手が存在する。リューはカロンの左側に陣取る。その理由はフィンは右利きであり、必然的に槍を振り回す攻撃はフィンから見て右回り、つまりカロンの左側に陣取る人間の方が脅威度が高いからである。さらに今のフィンは理性が薄い状態である。結果として、カロンの左側から攻撃が飛んで来る可能性が圧倒的に高く、脅威なのである。クレインよりも前衛に向いていて体捌きの上手いリューは必然的にカロンの左に位置する事となる。

 

 カロンはフィンの水平の一撃を受けて、弾かれる。リューはカロンを弾いて速度の落ちた槍の一撃を躱し、短刀をフィンの腕へと突き立てる。クレインは大回りになった槍の攻撃を避けて、カロンの背後へと退避する。フィンは槍をさらに動かし、リューを斜めに斬り払おうとする。リューはその場から片足と片手のみで後方宙返りを行い避ける。カロンが前線へと復帰し、クレインは隠し札を切る。

 フィンは唐突に眼前に氷結を纏わされる。フィンの顔の右半分。クレインの氷はどこにでも生成可能であるが、高レベル冒険者相手に普通に魔法を使用しては空気の温度の低下を理解して避けられる。そうなれば戦術の札が暴かれるだけ。しかし今のフィンは頭の痛みで周囲の温度の低下に気が行かない状況。

 フィンは唐突な視界の狭まりに驚き、槍を力を込めて振り回す。カロンはそれに僅かに堪え、少しの時間が稼げたリューは左手に持つ小太刀をフィンの頸部目掛けて突き刺さんとする。しかしフィンの振り回す槍に弾かれて、リューは退避する。

 

 フィンは顔を覆う氷を理解して、力で氷を剥がす。氷は剥げる際にフィンの顔の右半分の皮膚を掻っ攫い、ただでさえ顔の左半分が陥没しているフィンはさらに凶相となる。フィンは頭痛が酷く、顔の皮膚を剥ぐ痛みを感じていない。

 

 カロンは考える。

 

 ーー戦況はエルフがこちらに付いたことでだいぶ戦えるものとなっている。絶望ではない。しかしさっさと戦いを終わらせてしまわないと、いつ住民にみとがめられるかわからない状況!取り敢えず今はこの辺の住民は比較的安全な西の方へと避難しているが………。クレインの隠し札も切ってしまった。敵の肉体は強靭でこのままではいつ致命的な一撃を喰らうかわからない!決定打がない!考えろ、俺!どうすればいい?

 

 「………私の切り札は風の魔法です。戦いながらの並行詠唱が可能です。」

 「助かる!詠唱にどれくらいかかる?」

 

 リューはボソリと呟く。リューの切り札を聞き、カロンは戦いながら作戦を考える。

 フィンの突きを盾で何とか逸らし、攻撃を周りに任せ、カロンはなおも考えつづける。

 

 ーー敵は力任せに襲ってくる知能が薄い相手だ。レベル6の肉体に単体のレベル4の魔法では致命の一撃にはなり得ない。策を練るならば俺がなんとなくでリヴィラから持ち出した()()が役に立つかも知れんな。まさかあんなものが。人生、つくづく先のことはわからんものだな。

 

 カロンは内心で苦笑して、奇策を練る。

 リューから得た情報を元に、カロンはリューとクレインの詠唱時間を考慮して作戦を練る。

 

 「クレイン、俺が合図をしたら詠唱を始めろ!奴の顔面の視界が利いてる方を氷で覆え!エルフ、風力をある程度弱めに調節して奴に向かってお前の風を吹かせることが出来るか?」

 「可能です!!」

 「ならばそのように行動しろ!作戦は練り上がった!」

 「わかりました!」

 

 戦いは続き、リューは詠唱を始める。

 カロンは最前線に立ち、はじき飛ばされながらも必死に後ろに攻撃を通さないようにする。

 リューは相手の攻撃を避けて、詠唱に集中し続ける。

 クレインは相手の攻撃を避けて、時折相手の行動を阻害する。

 

 彼らは敵の槍を時折体に掠らせて血を流しながらも、必死に相手に食らい付き続ける。

 

 そして、時は来る。

 

 「クレイン、詠唱を始めろ!」

 

 今だ暴れ狂うフィン、彼らは必死に戦い抜き、やがて状況が完成する。

 

 「フリーズ!」

 「ルミノスウィンド!!」

 

 ーー今だ!

 

 カロンは懐より、さほどの深い意味は無くリヴィラから持ち出してきたレジャーシートを出して広げる。クレインと逃げるのであれば、彼女のために使えると考えて持ち出したものであった。

 

 フィンは目の前に青い大きなシートが広がり、驚いた隙に再び無事な方の視界の右目を氷に覆われる。シートはリューの風に乗ってフィンを覆わんとして来る。フィンはあまり良く見えない視界でシートを槍で斬り払う。そしてそこにカロンが可能な限り姿勢を低くして近付く。姿勢の低いカロンはフィンの槍の斬り払いを首尾良く避ける。フィンはシートを斬り払っても、視界が狭いまま。敵の姿は視界の外。

 

 ーーここだ!!

 

 フィンはシートを斬り払っても、酷い頭痛のせいで敵の行動に気が行かない。それは本来のフィンであれば軽々と避けるはずの一撃。カロンは右手に持つ短刀を、敵の剥き出しになっている見えない左目へと深々と突き立てる。

 どこまでも深く捩り込み、抉り込み、そしてそれはフィンの脳まで到達する。ただでさえ混ぜられて出血しているフィンの脳にとどめとなる致命の一撃。

 

 「ぐがガがガがガガっっ!!」

 

 フィンは鼻と口から血を流し、手に持つ槍を地面へと取り落とす。

 戦いは終わる。

 

 ◇◇◇

 

 「さて、俺達は急いで去るが、戦いはどうする?」

 「行きなさい。」

 

 リューはカロンとクレインを見た後に燃え盛るオラリオを見る。

 

 「………ずいぶんと素直だな。俺達は大量殺人鬼だぞ?捕まえに来ないのか?」

 「あなたは必要があれば殺すのでしょう。必要が無ければ殺さない。私は片手と片足が不自由で切り札もばれてしまっている。挙げ句に二対一の戦いで勝ちの目は薄い。足がこんな状況なので逃げに徹されたら追いかけることさえ不可能だ。私は生き延びると決めたんだ。」

 「そうか。」

 

 カロンはクレインの下へと寄り、彼女を抱えて立ち上がらせる。彼女も戦闘で随分消耗している。

 

 「差し当たってはそんな無駄な行動をとるくらいならば、その時間をあなた達が散々に散らかしたオラリオの人命救助に費やした方が遥かにマシです。」

 「………そうか。」

 「オラリオを頑張って立て直します。明日を良くするために必死に行動します!死んだ仲間達にも立派に胸が張れるように!それが私の正義です!」

 「そうか。それがお前の選択か。そうだな。悪くない。せいぜいどっかで幸薄いエルフの幸運を祈ってるよ。」

 

 カロンは笑う。

 

 選択とは、苦しみである。同時に、選択することとは、苦しみに耐える強さである。

 この話の冒頭で、リューは苦しみを背負ってでも、生きることを決めた。

 

 そして今また彼女は、彼女の明確な指針を以って、選択した。

 

 正義を嫌い、否定するのが闇の存在意義である。

 しかし、正義や英雄を成長させるのもまた、闇の存在意義である。

 

 一流の悪役と相対する未成熟な正義は弱点を浮き彫りにされ、必ずそれを乗り越える。結局は彼らも、彼らが嫌う英雄や正義の試練の一つに過ぎない。

 

 敵が居ない英雄譚は、さぞかし味気無いものとなるだろう。

 

 英雄が真に無敵で、たった一人で誰も彼も倒してしてしまうのならば、それは恐怖政治や弱いもの虐めとたいして変わりがない。ゆえに英雄は無敵ではなく、彼らは感情を揺さぶり人々の力を一つに纏めて戦う。

 

 そして英雄が歳をとっていなくなっても、人の営みは続いていくし悪は存在する。

 悪は人間から生まれるものだから、どうやってもなくならない。どう根絶するかという簡単な理想の戦いではなく、どう被害を最小限化するかという苦しい現実的な戦いである。

 

 英雄が去ったその後、彼らは新たな英雄が現れるまで悪に為されるがままなのだろうか?

 

 そのために彼女は生きて残された。英雄不在の際も、悪と戦える組織を作り上げるために。

 

 悪の行動には、いつだって理由がある。

 

 アストレアを襲撃した悪党は、自分達の役割や行動理念を理解しない三流の悪党だった。だから綿密に描写されない。

 一流の悪党は役割を理解し、苦しめる振りをして正義や英雄をしっかりと育成する。それが悪党の正義。

 

 だって正義がしっかりしないと、悪の見せ場も減るだろう?弱いもの虐めをする悪党の話なんて、一体誰が喜ぶんだ?正義がしっかりしないと、悪党はいつ正義が来るかとワクワクしたまま暗いダンジョンの底で延々と何年も待ちぼうけを食らうはめになるんだぞ?いくら悪が我慢強くても、ものには限度があるだろう?どれだけストレスが溜まると思ってるんだ?

 

 悪は、SSにも虚実を織り交ぜる。

 実は悪は、社会を恨み正義や英雄を嫌う振りをして、いつも救いを願っている。

 

 俺達はいいよ。自分たちでどうにかするから。でも俺達の他にたくさん消えて行った奴らがいるんだ。俺は悪党だから戦えない。俺にはどうしようもできないんだ。だから頼むから、代わりに正義が戦ってくれよ。

 

 彼らの苦しみや閉塞感を打開してくれるのは、いつだって英雄や正義だって知っている。本当は誰よりも英雄の登場を心待ちにしている。自分達を乗り越えていく正義や英雄の強さを知っている。その程度の腹芸くらい出来なきゃ、悪党は名乗れない。

 

 だって強いはずの悪党を噛ませいぬにして乗り越えるんだぞ?実際にやられた悪党以上に正義や英雄の強さを実感してる奴らがいるわけないだろ?

 

 あんなに強いあいつらだったら、きっと社会の歪みだって正して乗り越えてくれるはずだ。俺達がいずれ俺達を救ってくれる正義や英雄の芽を摘み取るわけないだろう?そんなの間違えないように、潰れないように、大切に育てるに決まってる。

 悪には正当性は必要ないが、正義や英雄には正当性が必要不可欠なんだ。正当性のない力は、ただの暴力に過ぎない。

 正義にしか倒せない敵だって、存在するんだよ。

 

 そしてきっと、それが復讐派にとっても最高の復讐になる。

 

 彼らを復讐に駆り立てた問題点を、強く育った正義は正当な手段で打倒する。

 

 悪党に正当な手段はとれない。悪党は問題の根本と戦えない。悪党はみんなに嫌われているから、みんなが話を聞いてくれない。悪党では、永遠に復讐出来ない。

 この上、リューまで民衆に嫌われてしまったら、一体誰が問題の根本と戦うんだ?正当性を失った大量殺人鬼の言うことなんて、普通に考えて絶対に誰も聞く耳持たないぞ?

 

 三流の悪党には、復讐と称して感情を無意味に誰かに発散することだけしか出来ない。

 正義を嫌い英雄を否定するふりをして、正義を応援し英雄を育成するのが一流の悪党の存在意義。そうすりゃ悪の彼らの苦しみの元を、正義はいずれきっと倒してくれる。

 苦しみが好きなのは、悪ではなくてただのどMだろ?俺達だって、ずっと苦しいままなのは、つらいに決まってるだろ?

 

 こんなに明確な理由があるのに、悪党が正義や英雄が嫌いなわけないだろう?

 

 悪の行動にはいつだって理由がある。

 俺達が表だってあいつらを応援したら、あいつらの経歴に傷を付けちまう。癒着を疑われて、せっかくの正義が潰れちまうかも知れないだろう?だから嫌いなふりをするしかないだろ?応援は絶対に誰にもばれないように、だ。

 

 脇役だって、いつまでも英雄におんぶに抱っこじゃあ立つ瀬がないだろう?

 立派な大人が正義を志す子供の力になってやれよ。

 

 ロキファミリアやフレイヤファミリアだって、いつも主役級の活躍なんだからたまにはやられ役を担当してくれたって、いいだろ?

 

 「それにしたってこんなに情けない配役は初めてだよ。お詫びに適当でいいから僕がリリルカさんを颯爽と助けるSSをーー

 「スマン。無理だ。そんな実力はない。」

 

 闇派閥にも闇派閥の主張がある。

 ヘイトや評価が怖くて、SSなんて書けないだろう?

 

 手痛い被害を受けたオラリオからも、当分悪に対する油断はなくなるだろう。

 オラリオは何か変わるのだろうか?それは彼女の活躍次第。

 悪はそれを、とても楽しみにしている。

 

 あいつらは、きっと俺達の状況を良くしてくれる。我慢していればいずれ俺達が苦しまなくてもいい未来を築いてくれる。だから俺達はあいつらを大切に育てていくのが一番のいい方法なんだ。

 

 悪党だって本当は、いい明日を、夢を、英雄を、正義を、信じているんだ。

 

 「私はツイてます!こんな中でも、私は今ここで生きてるから幸運です!」

 「お前はまだそれを言い張るのか………。何なんだそのわけのわからない強情さは!?だったら少しは笑えよ。四六時中不景気なツラしやがって。」

 

 リューはしばらく俯き、何かを決意して顔をあげる。

 

 「以前もらったタバコというのを一本分けていただけますか?」

 「それはダメだな。絶対にダメだ。何が何でもいけねぇ。」

 「どうしてですか?」

 「タバコは二十歳になってから、だ。お前多分未成年だろ?」

 「………あなたも未成年に見えますが?」

 「俺は犯罪者の闇派閥だから特別に許される。一般人は真似してはいけねえ。」

 「………邪悪な闇派閥だというのならやっぱり何が何でも捕まえないといけません!」

 「嘘だよ、嘘!闇派閥改め逃亡者だ!きちんと法を遵守して禁煙するよ!」

 

 カロンとクレインは去る。リューはオラリオへと人命救助へと向かう。

 

 正義を敵に回して英雄の免罪符を失ったフィンは死に、正義を貫くリューは生き残る。

 そして、現実を信じていたはずの悪党のカロンは仲間達の愛という感情によって逃げ延びる。

 

 英雄譚であれば、それで綺麗に収まる。

 もしもこれが英雄の話だったのならば。

 

 

 

 

 一流の悪党とは、鮮やかでなければならない。

 

 ◆◆◆

 

 「フィン、お疲れ。」

 「やあ、ティオネ。待っててくれたのかい?ありがとう。………それにしても衝撃だ。彼の指摘した通りだった。これが彼の言っていた見えない敵か。民衆が僕たちに依存しきっている、民衆にも悪と戦える強さが必要、か。悪魔はなにもかもを見透かして、僕たちに知恵を授けて去って行った。僕たちがいないオラリオがこれほど脆弱だったなんて。僕たちだっていつ死ぬかわからない冒険者だというのに………。」

 「フィン………。」

 「目に見える敵は怖くない、彼はそう言っていた。目に見える敵は知恵を振り絞れば倒せるし、倒したのがわかるからって。目に見えない、わかりづらい敵は気付くのが難しいし、本当に倒せたのかわからないから恐ろしいって。それは真理なのかもしれない。彼はきっと、ずっと目に見えない敵と戦っていたんだ。苦しくてどうしようもない現実という敵と。」

 「それにしたってフィンにこんな雑用を押し付けるなんて!」

 「ティオネ、そう言うんじゃないよ。僕たちもオラリオに住む一員だ。僕たちも無関係じゃない。彼らは間違いなく強いし、人間同士の凄惨な殺し合いなんて、僕だってしたくない。闇には皆で協力して立ち向かわないといけない。闇派閥ですら闇に立ち向かっているのだから。」

 「フィンがそういうんだったら。でもあの人達そんなに強いのかな?」

 「彼らが強い理由はいくらでもある。彼の言葉を聞いたとき、僕は親指だけでなく全身の震えが止まらなかった。彼の言葉の裏側は、見えてる敵であれば、知恵を凝らせば何でも倒せるとそう言ってるんだ。戦わずに済んだのは、本当に英断だった。」

 

 ◇◇◇

 

 「………つくづく惜しい男だ。死者の怒りすら鎮めるとは。悪名さえ知られていなければ、お前はきっと英雄になれたはずなのに。」

 「英雄なんざ興味ねぇよ。それより、立場が違えばお前とは友になれたかもしれねぇのにな。俺にとってはそっちの方が遥かに残念だ。」

 「友………。友か。確かにそうかも知れんな。俺もとても残念だ。………人は己の弱さや罪を悪魔のせいにして責任を押し付ける。お前はそれにすら打ち勝った。それではさらばだ、悪魔の皮を被らされたただの人間よ。お前は、信じられないくらいに強かった。」

 「俺をただの人間だと認めてくれるのか。ありがとう、慈悲深い衆生の主よ。それではさよならだ。」

 

 ◆◆◆

 

エピローグ

 

 ここは正義のアストレアファミリア。あれから時間が経ち、痛手を受けたオラリオの傷も癒えていた。

 大火の後にファミリアに戻ったリューによって、アストレアは再建されていた。

 人数はそこそこ。副団長は、リューがガネーシャファミリアに赴いて頭を下げて引き抜いたデルフ。団長室の机の上には灰皿があり、リュー・リオンは二十一才。

 

 あのあと、リューの敵の浮動派は全員ガネーシャに引っ張られていった。少数精鋭の復讐派は、全員オラリオから消えて居なくなった。

 

 リューはあのあと、大火の最中に助けた人間や、町を立て直す最中に出会った人間をアストレアファミリアへと迎え入れていた。町の再建活動の最中には、ガネーシャファミリアやヘルメスファミリアなどの有力なファミリアとの縁も出来ていた。

 リューは若いにも関わらず、怪我で戦闘が出来ないにも関わらず、明日を良くしようと行動する姿勢を以ってして正義を貫く団長として尊敬を受けていた。

 そして今日は今年のアストレアの新人面接日。

 

 「団長、今年はあまり良さそうな人材がいませんね。」

 「そういうことを言うんじゃありません。」

 

 デルフがしゃべり、リューが苦笑い。

 

 「団長、新しい面接希望者がいらっしゃいました。」

 「通してください。」

 

 リューに今声をかけたのは、大火の最中に拾ったリリルカ・アーデという有能な眷属。彼女は火事の中、行く宛てなくオラリオをさ迷っていたところをリューが保護をした。リューの秘書の役割を負っている。

 

 リリルカが呼びだして団長室に新しい面接希望者が入ってくる。白い髪の小さなうさぎみたいな少年。

 

 ーー期待薄、かな?頼りなさそうに見えるし。

 

 「名前と志望動機をお聞かせください。」

 「はい、ベル・クラネルです。志望動機はアストレアの方針に共感したためです。いいですよね、明日を良くするって。」

 「オラリオ在住の方ですか?」

 「いえ、地方から出てきました。」

 

 リューはクビを傾げる。

 

 「アストレアの方針がオラリオの外に広まっているとも考えづらいですが………。」

 「近所に住んでいたいつも僕に良くしてくれたお兄さん夫婦に聞かされました。何でもその人達以前にオラリオに住んでいたことがあったとか。」

 「どのような方ですか?」

 「あっ、その人からアストレアファミリア宛てに伝言があります。」

 「伝言、ですか?」

 「はい。何でも『遅れたが再建の御祝儀だ。これで少しは景気が良くなるだろ。』だそうです。僕には意味がわからないんですよね。そう伝えろって。何も持たされてないのに………。」

 

 リューはそれを聞いて、ただ笑う。

 

 ◇◇◇

 

 「ベル、オラリオに行っちまったな。」

 「ああ。あいつが心配か?」

 「あの子なら大丈夫よ。あなたがしっかり手助けしたじゃない。信頼出来るファミリアも紹介したことだし。」

 「ハンニバルは最後まで怖がられてたけどな。」

 「お前は顔が怖いんだよ。」

 「アンタも大概だろ?ヴォルター。」

 

 ◆◆◆

 

本当の状況

 

逃亡成功者・・・カロン、クレイン、レン、バスカル、ハンニバル、ヴォルター

 

オラリオ被害状況

死者・・・0

重傷者・・・少数

軽傷者・・・少数

家屋焼失・・・多数

ギルドに記された特筆事項・・・バベルが倒壊。再建の目処は立っていない。極めて危険な闇派閥の襲撃であることを鑑みると、人的被害の極めて少ないオラリオ全体の被害は異常と言える。ごく少数の軽傷者は、避難の際に負ったものである。重傷者は闇派閥の人間で、敵の仲間割れなのではないかと推測されている。敵はオラリオに軽微な損害を与えて、気付いたら居なくなっていた。家屋焼失に関しても、すでにガネーシャファミリアから保証金が出されている。ガネーシャファミリアの避難誘導が的確だったために死者が出なかったという声もオラリオから多く上がっており、保証金の件と合わせてガネーシャファミリアには称賛の声が上がっている。事件に関しては、敵の首魁が狡猾で悪名を知られている青い目の悪魔であることを考えれば、これは何らかの作戦である可能性が高いと言うのがオラリオの見解である。決して予断は許されない。

                                  完




ヘスティア様とヘファイストス様はバベルが倒壊したにも関わらず、多分地下の教会とかでしぶとく仲良く今日も私は元気です。ヘファイストス様も住居や店舗を無くして貧乏になってます。

おまけ1『茶番劇』

ダンジョンをひた走る、ベル・クラネル。彼はカヌゥによって嵌められて、直前まで窮地に陥っていた。彼は彼を裏切ったリリルカを助けるために必死になってダンジョンを駆けていた。

 「リリィィーーーっ!!」

脇目も振らず、息も絶え絶えにリリルカを探す、ベル・クラネル。彼は見失ったリリルカを必死に探す。彼は彼同様にカヌゥに嵌められて危機に陥っているリリルカを見つける。

 「リリっっ!!」

たくさんの魔物に囲まれて窮地に陥っているリリルカ。
ベルはリリルカを助けるために必死に駆け寄ろうとする、その刹那。

 「大丈夫だったかい、リリルカさん。僕が来たからにはもう大丈夫さ。邪悪な魔物め、食らえ!とおっ!!」
 「ええっ!?」
 「フィン様!!」

ベルが到着する前に、ロキファミリア団長のフィンが颯爽と現れてリリルカに迫る悪意をバッタバッタと薙ぎ倒したのだ!

 「フッ、リリルカさん。キミは僕が守る!僕が来たからにはもう大丈夫さ。」
 「フィン様、ステキ………。」
 「何なんですか!?この茶番劇は!?」

おまけ2『生き残った闇は、シビアでしたたか』

 「クレイン、ところで俺達の新天地での生活の資金はどこから出てるんだ?」
 「オラリオから逃げるときに、ついでに火事場泥棒でちょろまかしてきたわ。」
 「………すごいな。俺は金のことはすっかり忘れてたよ。結局俺達の中で一番シビアでしたたかなのはお前じゃないか。」
                         
おまけ3『ベルの憧憬はリュー』

 「リュー、大変よ!この間受け入れた新しい眷属のベルちゃんにレアスキルが発現したの!」
 「アストレア様、レアスキル、ですか?」
 「ええ。しかも二つもよ。」
 「二つもですか!?」
 「ええ、片方は憧憬一途というスキルでこっちはまだいいのよ。」
 「それではもう一つは?」
 「………悪魔崇拝というスキルよ。」
 「悪魔崇拝!?正義のファミリアなのに!?」

おまけ4『くっころさん』                       

 「どうだ~憎い正義のリュー・リオンめ!苦しめ!苦しいだろう~!」
 「くそ、悪め!………うっ!もうダメだ!苦しい。苦しすぎる。もう私はこの苦しみに耐えられそうもない。くっ、殺せ!」
 「いや、違うよ。そうじゃない。もっとねばれよ。乗り越えろよ。俺が求めているのはそういうのじゃないんだよ。」

おまけ5『もっとも被害を受けた神々』

 「ヘファイストス。ボクはなんかとてつもなく大切なフラグを失った気がするよ。」
 「ヘスティア、世迷い言はいいからしっかりとじゃが丸君を揚げなさい!生きていくにはお金が必要なのよ!」

おまけ6『真実』

 「ううっ、なんでやあああぁぁ。アイズたああぁん、みんなあぁぁ、ウチを置いてなんで死んだんやああぁぁ!!」
 「ただいま、ロキ。」
 「ええっ!?アイズたん!みんな!なんで!?死んだはずじゃあ!?」
 「ああ、それはこのSSの作者が闇派閥だから闇派閥をかっこよく書くためにSSにも嘘を織り交ぜてるから実は死んでなかったの。」
 「ええっ!?どういうことや!?そしてなんでフィンだけはおらんの!?」
 「フィンにはまだ仕事があるから一人だけ残業だって。私たちは復讐派の人たちに頼まれてたの。自分達のような苦しい状況に陥る人間が出ないようにするために、たまたま死にかけているところを保護した正義を立ち直らせたいから協力してくれって。それでヴォルターって名前のおじさんから身の上話を聞かされながらリヴィラでお茶を飲んでた。ベートさんは喧嘩売ってビンタ一発でゴミみたいになってたけど。」
 「ア、アイズ、バッ………!それ秘密にしろって言っただろ!」
 「ええっ!?ウチがめっちゃ心配してる間にみんなそんな呑気に過ごしとったの!?」
 「だってオッタルさんやアレンさんもフレイヤ様のところにもう帰ってる。民間の被害も実はゼロだし。みんな狐につままれたような反応してるけど、ガネーシャ様は闇派閥はフレイヤファミリアを恐れて元来たダンジョンに逃げたって説明したみたい。バベルだけは戒めとこれまでの復讐派の死者への墓標のために本当に倒壊したままだけど。復讐派の人たちはガネーシャ様と裏取引して全員オラリオの外に逃げたよ。本当は機密事項だって言われてたんだけどロキなら話していいって言われてる。」
 「ガネーシャと!?どうやってや!?」
 「怪物祭のために地下に来ていたガネーシャ様の眷属のデルフって人にガネーシャ様との渡りを付けてもらってたみたい。それでなんかオラリオの生命に対する危機感が足りないから抜き打ちの避難訓練を手伝ってもらったんだって。より危機感を煽るためにロキファミリアを撃滅するほどの危険な闇派閥が突然襲ってきたって設定で。復讐派のリーダーのカロンって人が考え出した案らしいの。復讐派とガネーシャの利害が一致するからって。ガネーシャ様とフレイヤ様の共謀らしいよ。あのヘルメス様まで見事に騙されたって大笑いしてたよ。」
 「ええっ!?ここまで書いといてそんなん許されんの!?」

おまけ7『悪魔との密約 ~戦術よりも戦略~ 』

リューが捕まった翌日、ガネーシャ本拠地。

 「よう。始めましてだな、ガネーシャ。」
 「………闇派閥が俺に何の用だ?………?お前本当に青い目の悪魔なのか?確かに容貌は一致するが、それでもずいぶん若く見えるが?」
 「それはどうでもいい。今日は大人の話をしに来た。」
 「大人の話だと?お前のような若い人間がか?」
 「年のことは放っておけ。ガネーシャ、俺達をオラリオから逃がせ。互いに利益の大きいいい提案がある。俺達は復讐を達成できて、お前らは闇を打倒しやすくなる提案だ。」
 「………何だと?」
 「互いに争っても死者が続出するだけだ。お前は俺の言葉の真偽がわかるな?俺は人殺しなんてしたくない。」
 「………続けろ。」
 「俺達は先行きがどうしようもなくなってしまった人間の集まりだ。俺達の目的はオラリオから逃げることだ。」
 「………。」
 「仲間はすでに説得が済んでいる。説得に今まで時間がかかってしまったが。俺達はオラリオから逃げたい。仲間も含めてもう二度と犯罪をしないと誓える。俺達だって憎しみの感情が強かっただけのただの人間なんだ。俺はずっと、真っ当に生きたかった。」
 「………。」
 「だがただ俺達が逃げるんじゃあお前らも俺達に恨みがあるし納得し辛いだろ?だからそこで互いに利益の大きい案だ。俺達だって俺達をこんな状況に陥れたオラリオに遺恨がある。」
 「………何が言いたい?」

 「ガネーシャ、闇はいきなり理由もなく現れるものではない。闇は民衆の弱さだ。社会の歪みだ。戦えよ。大本を絶てよ。見えないところで汚い手を使ってでも民衆を守れないようじゃ、俺は絶対にお前を民衆の王様だと認めねぇぜ?お前もわかってんだろ?」
 「………。」

 「そのために一芝居を打つんだ。死が他人事だから命は消耗品なんて馬鹿げた価値観が出来上がる。価値観とは、時代の常識だから問題があったとしても当人達はなかなか気付かない。闇派閥に命の大切さを説かれたらおしまいだぞ?」
 「続けろ。」

 「突然オラリオに危険な闇派閥が現れたとなったらオラリオは少しは自分の命の大切さを思い出す。怪物祭で浮かれてる時期だ。冷や水をぶっかけるのに、ちょうどいい。僅かではあるが俺の仲間の積年の恨みの発散にもなる。仲間達にはそれで納得させてある。本当は、実際にそれなりの死人を出した方が効果的なんだが、そんなことはしたくない。それに死者が出なければ、対応したファミリアのオラリオでの発言力も強くなる。力のある神を秘密裏に味方につけて、サクラにすればより効果的だ。そうすりゃお前の主張に以前よりオラリオが耳を傾けるようになる。価値観を変えるための土壌が作りやすくなる。」
 「………。」

 「俺は出来る限りの協力をする。俺だって俺をこんなに馬鹿げた状況に陥れた敵を打倒してほしい。俺達の手元にはたまたま拾ったアストレアの生き残りがいる。俺達のアジトに連れてきた際にそいつが大暴れしたせいで、鎮圧したときに手違いで片足が動かなくなっちまったが。さわると暴れる野良猫みたいな奴で、そのせいで手当も遅れちまった。ちょうどいいし、そいつを闇と戦う旗頭に据えればいい。本人に志があったんだから、周りに信頼できる大人を付けてそいつをみんなに認められる立派で強力な正義に育て上げるんだ。オラリオの腐った価値観をぶっ壊せるほどに。ガネーシャ、お前がパトロンになってそいつを守れ。」
 「アストレアの生き残り?アストレアは壊滅したということか?確かに投書があったが………。」

 「ああ。浮動派の馬鹿共はつくづくろくなことをしねぇ。俺が気付いた時にはすでに手遅れだった。投書ということは奴らまた俺達に罪をなすりつけやがったな。あいつらの所在もお前ら欲しいだろ?あいつらをほっときゃアストレアの生き残りが復讐しに行くぜ。あたら有望な冒険者の前途を潰すのは本意じゃねぇだろ?だから俺達が荒療治で何とか立ち直らせてやるよ。俺には破格のスキルがあり、それは壊れた精神を立て直すのに打ってつけだ。時間が経てば、そいつのダメージも抜けて演技がばれやすくなる。やるなら今のうちだ。闇派閥に力を貸すたちの悪い神の詳細も俺が知る限りの情報を渡す。そこをどうにかすりゃ、オラリオの闇派閥は一気に弱体化する。だからそれらと俺達の命と引き換えだ。狂信派の実態に関しては、悪いが俺達でさえもよくわからなかった。こっそり捕まえて拷問してみたりもしたんだがな。とりあえず目に付いた狂信派の奴らは手土産に片付けておいた。捕まえても自害するせいで身柄の引き渡しは出来ねぇが。」
 「お前は逃がしてもいい。お前が闇派閥のリーダーになってから犠牲者が減少していたことには気付いている。お前がどうにかしようとしていただろうことは、信じられる。………しかしレンとバスカルは大量殺人鬼だ。許すわけにはいかん。」

 「二人は渡せないよ。誰だって仲間は大切だ。俺は仲間を何よりも大切にしたから、こんなに弱いのに危険な奴らのリーダーとして認められてるんだ。それを反古にすりゃあ、考えるのも嫌になるほどの恐ろしいことになるぜ?それに俺達はお前らが考えているより遥かに結束が固い。さほどレベルが高くない俺が単体で出てこれたのも、俺に手を出したら地獄だという確信があるからだ。」
 「………。」

 「お前は俺が言ってることが本当だとわかるな?だからお前があいつらは死んだと嘘を付け。神が神の嘘を見破るかは知らないが、そこはいくらでもやりようがある。そこで渋ったら凄惨な命懸けの戦いに突入することになる。こんな馬鹿げた話はない。お前なら呑めるだろ?それともまさかお前まで自分の眷属に命は消耗品だから戦って死ねとか馬鹿げたことをぬかすのか?戦いを避けられるのに?間違いなく大勢死ぬのに?力わざで門を抜けるとお前らに大勢の死人が出るからわざわざ俺は捕まるリスクを冒してここに話し合いに来てるんだぞ?」
 「………致し方なしか。それにしても本当に痛烈な奴だ。挙げ句にその若さで神をあごでこき使おうとはな。だが嫌いではない。忠言とは得てして耳に痛いものだ。」

 「口が悪いのは許せ。闇じゃあこれくらい言えないと生き残れない。それで互いの合意が出来たら俺から策を提案する。概要はまずは、アストレアの生き残りになるべく不自然にならないように俺達の境遇を聞かせて闇もただの人間だということを理解させる。闇も人間であって果たして短絡的に命を奪っていいのかという問題提起をする。そしてそこから立て続けに人の死を意識させる難しい選択を迫る。今のそいつは思考する意志を放棄した自暴自棄な状態だ。まずは本人に思考する意志を植付ける。後は俺のスキルで何度も揺さぶりをかける。最後に頼れる立派な大人だってたくさん存在するのだということを理解させる。それらとオラリオの避難訓練を結び付ければ手っ取り早く、矛盾も出にくい。避難訓練でオラリオに人がいないうちに俺達はそのままいなくなる。詳細はこの紙に書いてある。細かく計画の説明をしよう。まずはお前が自分たちの眷属も最近俺達にたくさん殺されていたと民衆を煽る。次にーーー

1、オラリオの価値観を変えたい
2、死者を減らしたい 争っても互いに死者が出るだけ
3、リューを立ち直らせたい
4、復讐派を生み出す大きな原因の一つである浮動派をなんとかしたい
5、オラリオからいなくなってほしい(いなくなりたい)
6、悪党に力を貸す邪神をなんとかしたい

彼らはこれだけの利害が一致するんです。フレイヤはオラリオを騙すのが面白そうだったから乗っかりました。バベルは自演です。オッタルさんがめっちゃ頑張って倒しました。ガネーシャからの依頼でバベルは倒れたままにしてあります。

英雄が強い裏で、民衆は英雄に頼り切りで弱くなっています。英雄が悪をやっつけてくれるからなぜ悪が生まれるのかも考えないし、英雄が守ってくれるから自分たちは弱くても構わないとそう考えています。自分たちのことだけを考えて、悪は自分たちとは関係のない得体の知れない存在だというその無責任な考えこそが復讐派を生み出しました。民衆は彼らもロキファミリアが倒してくれると無責任に考えています。だからこそ、闇派閥にロキファミリアが敗れたら次はフレイヤファミリアに縋ります。

ガネーシャ様は問題を眷属を増やして影響力を強くして行くことで、問題を何とか地道に解決しようと努力なされています。

狂信派の連中は復讐派を恐れてちりぢりに逃げました。ほぼ壊滅状態です。彼らは犬猿の仲で、元々主人公が頭角を現したのも闇派閥同士の抗争の最中でした。裏設定として、原作様の正史においては、復讐派は狂信派に敗れて飲み込まれたという設定で、本作では主人公が頭角を現したせいで逆に復讐派が狂信派に勝利したという設定です。
今現在の復讐派の人員はめちゃめちゃ強くていやらしいです。主人公が狂信派が壊滅してることに気付いていないのは、拷問で得た彼らの行動原理が理解できずにもっと何らかの裏があると深読みしてるせいです。

ロキやフレイヤが手を出しあぐねたのも、復讐派は普通に戦っても強い上に狡猾な戦い方をして来ることを理解しているからです。

リリルカはただソーマから逃げてただけです。他のアストレアの人員は多くが密かなガネーシャ様からの支援です。人格者を見繕ってあります。金銭的な痛手は裕福なオラリオからすればさほどのものではありません。

神の千里眼や、ダンジョンの抜け道も、本当は無しにしたのではなく使う必要がないから使っていないだけです。

彼らの復讐心も、長期に渡るカロン必死の説得ですでに薄れています。
彼らは以前は何回も凄惨な戦いを経験していますが、カロンの説得の結果としてここ最近は魔物を狩って魔石をそこらの冒険者に押し付けて替わりに身ぐるみ剥ぐという奇妙なやり方で生活していました。

ロキに情報が行ってないのは、そっちの方が面白いからというフレイヤの協力の交換条件です。
ロキファミリアとガネーシャファミリアの生存報告は近々なされます。彼らが生きてた理由は、世渡り上手なロキ辺りが何か上手い言い訳を考えるでしょう。

話の中に出て来る、物語は闇派閥の視点であるという言葉と、悪党は平気で嘘を着くという言葉は伏線で、作者は闇派閥の悪党だから話に平気で嘘も書きますよ、という暗示です。滑稽な喜劇という言葉も暗示です。

話は、悪党の逃亡記でありながら、リューの成長譚でもあります。つまり本当は正義と悪のW主人公です。主張という意味での視点は闇派閥ですが、実際に起こったことはリューの視点で、残りは悪魔の言葉に誘導されたリューの想像による補完で書かれています。主人公の思考描写は、演技に緊張感を持たせるためと、普段の思考する癖で、実際にその状況に陥ったらどうするかを思考しています。戦闘シーンはただの字数稼ぎです。闇派閥の作者はバトルものでバトルを字数稼ぎだと言い切ります!

リヴィラに関しては、再到着時に彼女を眠らせておくことで上手く対応しました。実際は彼女は全く死体をみておらず、クレインからの伝聞だけだったためにあんなにも冷静でした。死体を燃やすシーンも、大男の体に遮られた魔物の死体を燃やすシーンでした。ガネーシャファミリアやロキファミリアは魔物の死体を集めた後は、シュールにも家屋に隠れています。
フィンを刺すシーンも、刺すところは大男の体に遮られて見えませんでした。もちろんデルフも共謀で、家屋に隠れてリューが来るまで計画をカロンとフィンで話し合っています。
ステータス封印薬も、実はガネーシャからの根回しです。

物語の冒頭も、リューはケガをして朦朧としていることと精神的に追い詰められていることと相手は闇派閥だという先入観より記憶違いしています。リューが頻繁に変なタイミングで寝込むのも、殴られたのではなく襲撃のダメージが抜けていないせいです。

つまり実は、リューはいろいろ勘違いしています。このころにはすでに、復讐派は仲間内で逃げ出す合意が取れているからリューをどうこうするつもりは全くありません。リューの勘違いのせいで、物語にも間違いがたくさんあります。物として扱うとか、カロンは本当は言ってません。タバコも与えてません。そもそもリューを拘束したのも放置したら暴れるせいです。暴れて鎮圧されるでダメージが一向に抜けない無限ループにはまってます。変に回復させると余計に元気に暴れるのでカロン達は困り果てています。挙げ句に放流すると新たな復讐派を立ち上げかねないという懸念を捨てきれないどうしようもない困ったちゃんです。そしてリューは鎮圧された際のダメージを殴られていた、手当するために触られるのをそういうことをするためだと勘違いしています。しかし、実際に策を立てるカロンは、そちらが都合がいいと気づき、放置します。

策に関して言えば、例えばヴォルターの話を立ち聞きするシーンなんかは、闇派閥がただの人間だということを理解させるためにあえて拘束を緩めて立ち聞きさせるなど、カロンはいろいろな策をこらしてます。

そして最後に、リューはオラリオの実際の被害の状況と照らし合わせて自分が騙されて励まされていたことに気づき、彼女は大笑いします。

まあつまりは闇派閥とガネーシャ様とアストレア様とフレイヤ様が共謀して、仲間を失って失意に沈む子供を大人の汚いやり口で立ち直らせて大切に育てていくだけの話です。
だからレンの矜持の回に出てくるカロンのリューにはまだ使い道があるという言葉は本当の言葉です。

悪魔は嘘をついて、読者様も平気で欺いていたのです。
                           
 「ああそうだ。ガネーシャ、ついでにアストレアとかいう分別のついてない子供にステータスを与えていた邪神に文句言っといてくれ。」
 「あいつは眷属を失ったばかりだ、勘弁してやってくれ。………それにしてもお前は本当にどこまで口が悪いのだ。」
                        おまけ 完


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