雷男と猫娘 (ぷらずまこだっく)
しおりを挟む

出会い

※GameWithSNSにて書かせていただいているものを編集して投稿させていただきます※


基本的な設定につきましては
舞台は極東
モンストアニメの野良モンスターが現実に現れるようになってからモンスターと人間が共存する世界になったとしたらというifストーリー。

ポ○モンみたいな世界観。
モンスターを自在に操るためには課程を修了しなければならない。
また、モンスターを操るためにはストライクリングが必要。

ストライクリングについて
モンスターを操るために必要な指輪。
属性は人それぞれ適正があるため、選ぶことが出来ない。

モンスターについて
元は異世界に住んでいたモンスター。
ゲートを通じてこの世界にやって来た。
人と契約をすることによってこの世界に存在し続けることが可能。
その契約の証がストライクリングである。
モンスターは沢山いて、個体ごとに特徴が違う(目の色、声など)

権限について
人それぞれ属性適正がある。
個人にもっとも適した属性が選ばれる。
ルール違反や人の在るべき姿から叛いた場合、執行者によって権限を剥奪される。

剥奪(ペナルティ)について
剥奪された場合、一般人に戻るか、違う属性を使うことが選択出来る。
剥奪の場合、ストライカーを続けることはできるが、最適正属性より力は格段に落ちる。

等々でございます。

劇中での設定説明もありますので詳しくはそちらで。


青年は走っていた。

 

「はぁッ…はぁッ…はぁッ…はぁッ………」

 

人気のない商店街の道を土砂降りの雨に濡れながら、街頭の下をひた走る。

 

「(夕方からこんなに降るだなんて聞いてないぞ)」

 

時刻は午後5時を少し過ぎたあたり。

いつもなら買い物客で賑わう筈の道を、青年は自宅を目指して走っていた。

天気予報では午後から雨が降るとは言っていたが雨粒が痛いと感じるほどの雨になるとは言っていなかった

商店街の路地の前を通りすぎる。

 

「あぁ、もう!」

 

青年がそう吐き捨てた丁度その時

 

「クシュっ」

 

誰かのくしゃみが聞こえた。

 

「……?」

 

青年はふと立ち止まる。

 

「……なんだ?」

 

くしゃみは路地裏からのようだった。

青年は少し引き返し、薄暗い建物と建物の間を進む。

路地裏には段ボール箱やビニール袋が乱雑に置かれている。

そこには。

建物の壁に背をあてて座り込む「人」がいた。

茶色いコートのようなものを着ていて、目深にフードをかぶっている。フードの下から表情は窺えない。

 

「なぁアンタ、そんなところにいたら風邪ひいちまうぞ?」

 

「放って、おいて、欲しい…私は、大丈夫、だから」

 

想像以上に可愛らしい声だった。が、どうも大丈夫そうではない。

 

「そうはいってもなぁ………」

 

青年は頬をポリポリとかく。

 

「お前さん、家は?」

 

「………」

 

「…聞こえてる?」

 

「………」

 

フードは黙りこんでいる。

 

「どうしたものか……」

 

「放っておいて欲しいって、言ってるんだけど」

 

ふてぶてしい声でフードがそう答える。息が荒い。

 

「なんだ聞こえてるんじゃないか」

 

「……」

 

再び押し黙るフードに青年が半分呆れながら

 

「とは言われてもなぁ……君のいう通りに放っておいてm…」

 

そこまで言った瞬間、

 

「放っておいてって言ってるにゃ!!」

 

そう、フードは叫んだ。

……語尾に「猫」要素をつけて。

 

「え」

 

「にゃ……!?し、しまったにゃ!」

 

「に……にゃ?」

盛大に慌てるフード。

 

「ぅうううるさいにゃあ!黙ってほしいにゃ!」

 

「ご、ごめん」

 

「うぅ、だから人前では喋りたくなかったのにゃ……」

 

状況を呑み込めない青年の口からでた言葉は

 

「かわいい」

 

などという、極めて趣味全開なものだった。

 

「にゃ?」

 

真顔で言ってのける青年の言葉に耳を疑うフード。

 

「かわいい」

 

「う、うぇ?かわいい?この語尾がにゃ?」

 

「うん」

 

「珍妙な趣味だにゃ」

 

「うっ」

 

「ま、まぁいいわ。とにかく、放っておいてちょうだい」

 

 

「それはできないかな」

 

照れ隠しなのかは定かではないが、言葉の刃で青年を容赦なく切りつけようとするフードに対して青年はお返しとばかりに現実を突きつける。

 

「む、なんでかな?」

 

「そんなに濡れて、寒くないわけないし」

 

「う」

 

「ガタガタ震えてるし」

 

「にゅ」

 

「それに」

 

丁度その時、フードのお腹から異音が

 

[きゅううぅぅぅぅるるる]

 

なった。それも盛大に。

 

「はぅっ!」

 

「フフッ」

 

「わ、わらうにゃあ!」

 

そう言ってフードの下からでもわかるように顔を赤面させる。

 

「それに、お腹もすいてるみたいだからね」

 

「うぅ……」

 

「さぁ、いこう。お風呂にはいってご飯にしよう」

 

青年はフードに向かって手を差し出す。

 

「放っておいて、ほしいっていったのに……」

 

フードは躊躇いつつも手をとった。

フードが立ち上がろうとしたその時

 

「にゃ」

 

「あ」

 

フードがバランスを崩して倒れこんだ。

 

「お、おい、大丈夫か!?」

 

「……」

 

返事がない。

 

「(ま、まさか頭でも打ったのか……?)」

 

心配になった青年がフードに駆け寄ったその時

 

「?」

 

フードに二つの膨らみがあることに気がついた

 

「なんだ…これ?」

 

フードに悪いと思いつつ、青年はフードを脱がした

 

すると、そこにあったのは所謂

 

「(………猫耳…しかも美少女)」

 

青年はその耳に手を伸ばす。

 

その時

 

「っ!?」

 

偶然おでこに当たった指が、彼女の異常を察知した。

 

「…すごい熱じゃないか」

 

このままではまずい

そう考えた青年は、猫耳の美少女を背負い、家への道を走っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

手当て

青年が自宅に着いたとき、辺りはすでに薄暗くなっていた。

部屋の暖房をつけた青年は、背負ってきた少女をソファに寝かせた。

 

「うぅ……」

 

少女が細くうめく。

 

「……まずは、と」

 

何はともあれ、まずは少女の身体の手当てをしなければなるまい。

 

「………」

 

2時間後、慣れない手つきで一通りの処置を済ませた青年は高熱を出している少女にベッドを明け渡し、そのベッドの横に椅子に座って大きな舟を漕いでいた。

少女は苦しそうに寝息をたてている。少女のおでこには濡れタオルが置かれ、格好は薄汚れたコート姿からダボダボの黒いパジャマに変わっている。

 

ゴンッ

 

突如、鈍い音がした。

舟を漕いでいた青年がバランスを崩して椅子から転げ落ちたのだ。

 

「~~~~~~!」

 

どうやら頭をフローリングに強打したようだ。頭を押さえてそこらをのたうち回っている。痛みが引き始めたあたりで青年は涙目で時計を見る。

 

「あ、あれ?もうこんな時間?」

 

時計はすでに20:00を回っていた。

夕飯はまだ作ってないらしい。

 

「晩飯は病人でも食べられるものがいいよな……」

 

そう呟きながら青年は台所に消えていった。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・・・・

その様子を窓の外から見下ろす二つの影があった。

 

いつの間にか雨は止み、あたりを月光と雲が包んでいた。

 

『あの少女…あちらの世界から来た者か』

 

『その様ですね。もっとも、あの様子では近いうちに消えてしまうかもしれませんが』

 

『それは我々の関知せぬ事だ』

 

『随分冷たいのですね』

 

『仕方がなかろう、我々ではどうすることも出来んのだから』

 

二つの影を月光が照らし出す。

 

二者の頭には天輪が輝いている

 

『それもそうですね。では、これで今日の仕事は終了です。行きましょうか、ウリエル』

 

『フン。お前もウリエルだろうに』

 

片方の影は飛び立つ。

 

ウリエル、そう呼ばれた少女はその場にしばし留まり、告げる。

 

『………急げよ少年。その少女の命は、貴様の有り様次第だ』

 

そう言い放った影は飛び立ち、月の光に呑まれて消えていった。

 

 

 

 

「あ、洗濯物干しっぱなしだった………」

 

「……?誰かいたのか……?ここ、6階なのにな……気のせいか?」

 

青年はベランダに出て雨に濡れた洗濯物を取り込んでいく。

 

「あー、また洗い直しか……」

 

そんな事をぼやく青年の頭に、ふわり、と落ちてきたものがある。

 

「……羽根?」

 

純白の羽根である。

 

「金木犀の香り……?」

 

勿論、その香りと羽根の持ち主を彼は知る由もないのだが。

 

 

 

 

 

 

少女は未だ目覚めない



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自己紹介

夜は更けていく。

月も星も眠りにつく頃、少女は目を覚ます。

闇夜を照らす淡い月光が、カーテンの隙間から室内に流れ込んでいる。

 

「知らない天井」

 

それもその筈。

少女には、気を失ってからの事は知らないのだから。

むくりと上半身を起こし、少女は周りを見渡す。

 

「…ここ、は」

 

「ここは俺の家だよ」

 

「誰!?」

 

暗闇からの返答に少女はベッドの上で身構える。

 

「安心してくれ。危害を加えるつもりはないよ」

 

突如として少女の目を光が射す。

 

「あっ」

 

目が眩んだ少女はバランスを崩して後ろに倒れ込む。

 

「危ないなぁ」

 

すんでのところで青年に抱き抱えられる。突然の出来事に目が丸になる少女

 

「……」

 

「怪我はない?随分疲れてたみたいだけど」

 

青年の対応に戸惑いつつも少女は答える。

 

「だ、大丈夫です……あの、貴方は?」

 

「平塚遥斗(ひらつかはると)と言います。君を手当てさせてもらったよ」

 

平塚と名乗った青年は少女が目を覚ますまでの事を説明した。

 

「ありがとう……助けてくれて」

 

「どういたしまして」

 

「……」

 

少女は黙りこむ。

 

「どこか痛む?」

 

どこから取り出したのか救急箱を平塚が持ちながら聞く

 

「あ、体は大丈夫です!ただ、その」

 

「?」

 

少女は頭をおさえて、落ち着かない様子である。おさえているのは耳であるのだが。

 

「その、私の身体、おかしくありませんか?」

 

「ん?なんで?」

 

少女の問いに平塚は疑問で返した。

 

「なんでって…その、私、尻尾があるんですよ?」

 

「それは何か問題あるの?」

 

「だ、だっておかしいじゃないですか!この世界じゃありえないことなんですよ!?」

 

もちろんこの世界の人間には尻尾などはない。

その問いに対して少女に平塚は返す。

 

「君はゲートの向こうの世界の人間なんだろう?ならなにも不思議じゃないさ」

 

「な、なんで私がモンスターだって知ってるんですか…!?」

 

「…この国は異種族共存特区として機能しているんだよ。異種族間での結婚、子育てとかも認められてる」

 

「異種族共存特区?」

 

少女は?を浮かべる。

 

「えと、ね」

 

平塚は説明する。

 

いつからか、この世界に異世界とのゲートが現れた事。

 

そのゲートからくる者達をモンスターと呼ぶ事。

 

モンスターが暴れて人的被害が多発した事。

 

人間とモンスターが共闘してモンスターを制圧するシステム『モンスターストライク』プログラムが開発され、それが社会に浸透した事。

 

プログラムによって実体化出来るようになったモンスターを自在に操ることのできるそのマスターである人間は、ストライカーと呼ばれる事。

 

そんな中、一部の人間によって彼らが非人道的な扱いを受けているという事実が白日のもとに晒され、モンスター達に人権を与えるという方案が国連より承認された。その試験特区として極東が選ばれた事。

 

平塚の説明が終わったとき、少女の目から静かに雫が落ちる。

 

「……」

 

「これでお話は終わり。プログラムはスポーツとして定着したけど、人間同士の問題の解決方法としても用いられ…って、だ、大丈夫?」

 

平塚が涙を流す少女を見てあわててタオルで拭く。

 

少女が落ち着いた頃、平塚が口を開いた。

 

「それより、君の事を話してもらえないか?なんであんなところに座り込んでいたんだ?」

 

「それは……ですね」

 

少女は口を開く。

 

「……わからないんです。前にいた世界での事は覚えているんですが、どうやってこちらの世界にきたのか、その前後の記憶がないんです。気がついたらあの格好で、あの場所に座り込んでいました」

 

少女は不安気な顔をして話す。

 

「ということは、マスターはいない……野良ってことなのかな?」

 

「そういうことになりますね……」

 

「んー、そうなると、明日……あ、今日か。中央管理局に出向するしかないか……まぁ、いいか。」

 

平塚がうーんうーん唸っていると、少女は首をかしげて頭の上に?をつけながら聞く。

 

「あ、あの、中央管理局というのは?」

 

「あ、あぁ、悪い悪い。中央管理局っていうのは、今の君みたいな野良モンスターをひとまず保護してくれるところ。働き口や住居とかも探してくれたりもするところだよ」

 

「はぁ。…っ!?」

 

疑問が解消されて、安堵したのが原因かは定かではないが、少女のお腹が盛大に鳴る。

 

「フフッ」

 

「わ、笑うにゃあ!にゃっ!?」

 

「お腹が空いたんでしょう?身体に優しいもの、作ってあるから」

 

平塚は台所に向かう。

少女は赤面しながらむくれる。

 

しばらくして台所に消えた平塚の声がした。

 

「そういえば、君の名前は?」

 

少女は答える。

「あ、えと、ダルタニャン、です」

 

「そう、よろしく、ダルタニャン。」

ダルタニャン。

それが少女の名前だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢

狭く、白い空間。

身体に走る焼けるような痛み。

虚ろな眼で少年を見つめるマスク姿の大人達。

 

それだけを覚えている。

赤く灼けた鉄の棒が身体の芯に刺さっているかのような痛み。

幼き日の少年は苦悶する。

 

……………て

 

少年は声を枯らしながら喘ぐ。

 

………けて

 

その声にならざる声は

 

………すけて

 

大人達には届かない。

 

…おねがい…たすけて……たすけてよぅ……

 

これは、少年/青年の記憶であり、悪夢でもある。

 

 

 

『ねぇ起きて!ねぇってば!』

 

「………ッ!!」

 

平塚は目をあける。心臓が早鐘をならしている。肺が酸素を求めて早く呼吸をするよう急かしている。

 

「うわぁっ!びっくりしたぁ!」

 

「……ハッ…ハッ…ハッ……ハッ…………ハァ…ハァ……」

 

驚いたような声に目の焦点を合わせると、見慣れた天井と心配そうにこちらを見つめる少女の顔が目にはいった。

 

「……おはよう」

 

そう言うと、平塚は額の汗を拭いつつ、身体をおこす。

 

「お、おはよう…大丈夫?うなされてるみたいだったけど」

 

少女は尻尾で?を作っている。

 

「大丈夫…よくあることだから……顔、洗ってくるね」

 

「あ、うん…」

 

平塚は洗面所に覚束無い足取りで向かう。

 

「どう見ても大丈夫じゃないよね、うん」

 

そう言って少女はリビングに置いてあるノートPCに目を向け、

 

「よし!」

 

キーボードを叩き始めた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

冷水で顔を洗う。追いかけてくる睡魔を振りきるかのように。

或いは。

忘れかけていた悪夢を拭い去るかのように。

 

「なんだってこんな時に……寝起きは最悪だな…美少女に起こされたのは喜ぶべきなんだろうが」

 

そう呟いてふと、腕時計を確認する。時刻は06:00を過ぎたあたり。タオルで頭を拭きながら朝食のことを考えながら居間に戻る。

するとそこには

 

エプロン姿の天使がいた。

 

お茶碗の上にはホカホカのご飯。

お椀に入っているのは煮干し出汁を使った豆腐とワカメの味噌汁だろう。

おかずはふっくら厚焼き玉子、良い焼き加減の焼き鮭、彩り鮮やかなサラダなど。

食卓には見事な日本食がところ狭しと並んでいる。

 

「えと……なにやってんの」

 

「なにって…料理?」

 

そう天使…ダルタニャンが答える。

 

「なんで疑問系?」

 

「えーと、そう、さっきの君の様子!具合悪いのかなーって思って!」

 

ダルタニャンはにこやかに答える。

 

「(天使やぁ~)」きゅぅぅぅぅ

 

平塚の表情が明るくなるのと、ダルタニャンのお腹から可愛らしい音がしたのは同時だった。

 

「にゃっ!?」

 

ダルタニャンは赤面する。平塚は頬をかく。

 

「……うぅ」

 

「それじゃ、ご飯にしよう?」

 

ダルタニャンは俯きながらも頷いた。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

「い、いただきます」

 

彼女の作った料理は美味しかった。

意外、と言ってしまえば彼女に失礼かもしれないのだが、そう思ってしまうほどに彼女の作った料理は美味しかったのだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末さまです」

 

朝食を済ませた後、食器を洗いながらリビングで珈琲を飲むダルタニャンに声をかける。

 

「ところで、よく日本食なんて知ってたね。どこで知ったの?」

 

「あぁ、あなたが昨日言っていた……い、いんたーねっと?を使ってみたの」

 

意外な回答だった。

 

「え?文字読めたの?」

 

そう、昨日まで彼女はこの世界の事はなにも知らなかったのだ。

 

「昨日までは読めなかったから覚えたよ?あなたの本を借りたけど、それがどうかした?」

 

「え」

 

さらり、と。

さも簡単な事であるかのように彼女は、日本語を覚えたといったのだ。

 

「書きはまだまだだけど、読むことなら支障ないよ」

 

唖然とする平塚に彼女は問いかける。

 

「次は私の番!君、今朝うなされてたけど、どんな夢を見たの?」

 

平塚は開いた口を閉じ、少し考え込んでから口を開いた。

 

「そうだね、いずれわかることだし話しておくよ」

 

 

 

青年は語る。自らの過去を。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平塚のルーツその1

「少し、昔話をしよう」

 

そう言って、平塚は話を切り出した。

 

モンスターが暴れて人的被害が出たこと。それは実は人類史に残る大事件だった。

最初はゲートが開いた一部の地域的な問題とされ、すぐに事態は解決すると思われていた。だが。

 

1つの国家が一夜にして滅んだ事で、事態は一気に悪化した。

ゲートから来たモンスターの一派によって、都市は壊滅し、すぐに連絡がとれなくなった。

夜が明け、破滅した国家への調査で国連から派遣された調査団は最悪の光景を目にする。

 

調査団が目にしたのは。

昨日まで、この世界に存在していた者達。笑い、喜び、怒り、悲しんでいた者達。

そのおびただしい数の亡骸。

老若男女問わず、小さな子供や赤子さえも見るも無惨な姿にされていた。

 

 

 

その亡骸達を喰らう者達がいた。

蠢く影のような姿の者や、牛人ともいうべき者達がものいわぬこの世界の同胞の頭蓋を割り、血肉をすすっていた。

 

その異形の姿と惨状に誰かが言った。

モンスターがいる、と。

 

その時、その一団の長と思われるものが調査団の前に顕れ、告げた。

 

“ごきげんよう、家畜の諸君。私は月嶋尋(つきしまじん)。我々はこの世界を植民地にするために来た。君達は我々の食料だ。イヤか?拒むのならば仕方がない。…戦争だ!”

 

月嶋尋。そう名乗った白髪の少年は自身が滅ぼした国の言葉で、心底楽しそうにそう言ったという。

まるで、好奇心に満ち溢れた子供のようだった、と。

唯一、その場で生き残った日本人がそう語った。

調査団は月嶋の手で一瞬にして壊滅させられた。

生き残りには目的を果たした後に爆散する呪いがかけられた。

情報の伝達の手段として、ただのきまぐれでその日本人は生かされた。

 

国連はその生き残りから知り得た限りの情報を引き出した。

 

一つ、モンスターに既存の兵器は効果がない。

 

一つ、モンスターを倒せるのはモンスターだけである。

 

一つ、例え人型であってもその力は2-5倍以上はあると思われる。

 

一つ、モンスターは種族ごとに固有の能力を有すると思われる。

 

最後に。

 

次にモンスター達が来るのは10年後である。

 

そう言い残し、その日本人は爆散した。

あたりには彼の血と彼の掛けていたレンズの割れた眼鏡が落ちていた。

そのレンズには彼の血と、彼の死に際に溢した涙が光っていた。

 

国連はこの情報をもとに、対策手段をとった。

すでに始めていたゲートの向こうの世界の調査として、あちらの人間と接触し、情報を集めていった。モンスター達にも国や文化があり、派閥もある。今回の事件を起こしたのは過激派のトップ集団であるらしい。

 

国連の認可のもと、様々な対モンスター撃退法が研究者達によって編み出された。『モンスターストライク』プログラムもその一例である。

 

だが、それよりも前に半実用化された対策法があった。

 

モンスターの細胞を胎児に移植し、モンスターの固有能力を人間の身で使えるようにするという『モンスターチルドレン計画』である。

 

モンスターの細胞は大人には馴染まない。拒絶反応で被験者が命を失う。赤ん坊や少年少女には馴染むが、すぐに拒絶反応が出てしまい、被験者が絶命してしまう。

だが。胎児に移植すれば。生まれつき耐性を持ち、成長と共に能力を発現し、その能力でモンスターを狩る事が出来る。

 

そう発言した研究者のもとに胎児だった頃の平塚たちが被験者として集められた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平塚のルーツその2

あれから5年がたった。

 

モンスターチルドレン計画によって集められた被験者100名の胎児達は全員が順調に能力を発現した。

 

が、その多くが自らの力に耐えきれずに死んでいった。

 

最初の一年で100名いた子供達は、64名に。

2年目では43名、3年目では36名、4年目では18名。

ついに5年目には10名になっていた。

 

皆が明日死ぬかもしれない。そんな恐怖に慣れていた。

力のコントロールを少しでも誤れば自分も死んでいった兄弟達の仲間入りだった。

 

それでも子供達は訓練という名の実験を生き抜いた。

その訓練は、お世辞にも人道的とは言えないものだった。

 

暗く、狭い低酸素空間で、高速連射される極小のゴム弾を避け続ける。

自身の能力をもって捕獲されたモンスターを殲滅する。

投薬された空腹の猛獣を自身の肉体だけで無力化する。

 

そこに優しさは存在しなかった。

情けをかけたら、やられるのは自分なのだ。

 

 

平塚を含む10人の兄弟の能力は火、水、木、光、闇の素因子に関するものだった。

 

平塚は光の部類。帯電体質として体内で電気を生成することができる。

他の兄弟、レンカは発火、セイジは鍛冶(生成)、マヤは凍結、カイトは重力、ソウマは自然、リゼルは治癒、タツヤは太陽、リエは死、メドキは再生の能力をもっていた。

能力は基本的にモンスターの能力に起因している。

 

モンスターの能力をもつ少年達は人間ではない。

ましてや、モンスターでもない。

人間とモンスターの狭間に在る者。

 

その証として、強靭な肉体と類い稀な再生能力を有している。

簡単には死なないのだ。

頭を吹き飛ばされようと、心臓を潰されようと。

その器官を直ちに再生させて生き返る。

 

彼らが10歳という子供でありながら最前線でモンスターを狩る事ができるのはこの能力が一番の理由である。

 

だが、彼らにも弱点がある。

細胞の分裂限界が原因で陥る〈咎堕ち〉と呼ばれる現象である。この現象に陥ると「モンスターチルドレン計画」被験者を襲い、喰らう事で疲弊した細胞を再生させようとする。この現象は、本人の意思とは関係なく起こるものである。

 

 

四年後。

9歳となった子供達に、巨大なゲートが開いたとの報せがはいる。

 

そのゲートから現れた膨大な数のモンスターを10人はいとも容易く粉砕していく。

凶悪なモンスターをモンスターの力をもって制圧していく。

 

 

その様から10人は素因子〈エレメンツ〉と呼ばれるようになる。

 

そして、その一年後。

エレメンツは月嶋尋の一団との壮絶な殺し合いの末、彼の言う植民地化を阻止することに成功した。

 

が。

 

その終戦直後、メドキが咎堕ちする。

自身を再生させながら戦うというスタイルのせいで、他の兄弟の倍以上の速さで細胞分裂限界が起きてしまった。

 

セイジとカイトが犠牲になるなか、レンカが自身の能力でメドキを焼き殺してしまう。

 

激昂する平塚と殺し合うレンカ。

 

「レンカァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

「ハルトォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!」

 

互いに己の身の事など気にすることなく能力を行使する。

実験によって鍛え上げられた四肢が相手の腹を抉り、肌を切り裂く。鮮血が噴き出しては、再生能力でその傷を癒やす。

 

片方が限界を続くかと思われた戦闘の終わりは、突如として訪れた。

 

ブチンッ!!

 

一際大きな音と共に、双方の右腕が宙に舞う。赤き血潮を撒き散らし、元の腕の持ち主が左手で受け止める。

 

「……いい加減にしろ」

 

片腕を喪ってなお戦い続けようとするレンカと平塚をソウマが自身の能力で制止する。

何もなかった所に一瞬で大樹を形成し、二人を巻き込んで押さえつける。

 

「なにすんだソウマ!」

 

「………」

 

ソウマはなにも言わない。寡黙な彼らしいのだが、こんな時くらいは何か言って欲しかった。

リゼルがなにも言わずに両者の腕の治療をする。

治療を受けながら、平塚は胸のうちを吐露する。

 

「兄弟とこれ以上殺し合うくらいなら…俺は……俺はこの世界で生きることはできない」

 

「……そうかよ」

 

レンカは通信機を取り出すと

 

「E1から本部へ。戦闘終了。E2…E4…E7はロスト。E10は…咎堕ちしたために処理した。以上、報告終わり。これより帰投する」

 

「………ごめん」

 

レンカは鼻で嗤ってから言う。

 

「…何処へでも行っちまえ」

 

その言葉は少しだけ湿っぽかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平塚のルーツその3

「それから8年間、俺は世界中を旅してまわった」

 

そこまで話したところで、ダルタニャンは平塚が苦しげな顔をしているのに気づいた。

 

「色んな所を見てまわったよ。その旅から人の営みや人の優しさ醜さを、世界を知った。施設にいた頃には知り得なかった事がたくさんあった。それと同時に、自分達がしてきた事の意味を痛感した。ゲートは世界中のそこらかしこに在ったんだ。勿論力を使って人を助けたり、町を救ったりはしたさ。それでも、死人は出た。無力だった。…本当の意味ではなにも…なにもしてあげることなんてできなかった。俺には傷を癒すことはできない。出来るのは、人を傷つけることだけ。…助けを求めていた人たちが目の前から消える。そんなことはもう嫌なんだ…」

 

皿を片付けながら、平塚は歯を軋ませていた。

ダルタニャンはそんな平塚を見て、込み上げてきた「大変だったね」という言葉を噛み殺した。

 

「(こんな言葉を口にすれば、彼がやってきた行動を侮辱することになる)」

 

平塚のこれまでの人生は波乱に満ちた人生だった。そしてそれは、これからも変わることはないだろう。

 

「あなたのしてきたことは誇れることです。平塚さん。」

 

「……」

 

ダルタニャンは告げる。

 

「あなたは人の命を助けた。その事実は変わりません。あなたの救った命が、いまもこの世界で生き続けている。それは素晴らしいことなのです。あなたは無力なんかじゃありません。あなたがしてきたことをあなた自身が否定したのなら、それは救ってきた人たちを否定することになる」

 

「違う!俺は……!?」

 

ダルタニャンの言葉に反応して平塚は振り返る。

すると、目と鼻の先にダルタニャンが立っていた。

 

「あなたはたくさんの人を助けた。救ってきた」

 

「それでも俺は…」

 

「大丈夫」

 

そう言って、ダルタニャンは平塚の頭を自身の胸に押し付けた。

 

「な…にを……」

 

「あなたは、私を救ってくれた」

 

平塚の目から雫が零れた。

 

「……ぁ」

 

「……」

 

ダルタニャンは黙って微笑んでいる。

 

平塚は泣いた。ダルタニャンの胸のなかで泣いた。生まれたての赤子のように。渇ききった心を潤すかのように。

家族を失ったあの日からずっと心のなかで流し続けてきた涙が今、溢れ出した。

 

ダルタニャンは平塚をきつく抱き締めていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「………」

 

30分後、あたりはいたたまれない空気になっていた。

泣き顔を見られた平塚はむくれている。

 

「…あの」

 

「…なんでしょう」

 

いつになく他人行儀だが、ダルタニャンは話しかけて初めて口を開けてくれたので安堵する。

 

「中央管理局、というところに行くのでは?」

 

そう言った途端に平塚ははっとした表情になり

 

「そ、そうだった!!」

 

…忘れていたようだった。

 

「急げダルタニャン!急いで仕度しよう!!」

 

「え?わたしも行くの?」

 

予想外だったらしく、ダルタニャンは尻尾を?にしている。

 

「保護してもらわなきゃ大変なんだって!ハンターに見つかったらどうするのさ!はいこれ服!」

 

聞き慣れない単語が出てきた。

 

「は、はんたぁ…?」

 

着替えを渡してきた平塚に訊ねてみようとそちらを見てみたが、ちょうど着替え真っ最中でそれどころではn……

 

「「あ」」

 

両者の目があった。完全にあってしまった。

 

「こんのエッチ!!」

 

「なにゆe」

 

バッチィィィィィィィィィン!!!

 

見事なまでの平手打ちで平塚は吹き飛び、空中できりもみしながら三回転半の空中散歩の後にタンスの角に頭をぶつけて倒れた。

 

これにはさすがの平塚も堪えたらしく、頭をおさえて転がりながら思った。

 

 

理不尽だ、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンターその1

「らっしゃい遥斗くん!今日も良い魚はいってるよ!」

 

髭面の壮年男性が道行く平塚に声を掛ける。

 

「鰻さんとこの魚はうまいからなぁ、帰りに寄らせて貰いますね!」

 

「そうかい!ところで、その後ろのかわい子ちゃんは遥斗くんのコレかい?」

 

鰻と呼ばれた魚屋の店主は、ダルタニャンを見て年甲斐もなく小指をたてて見せる。

 

「どうでしょうね?ご想像にお任せしますよ」

 

それを平塚は軽くあしらって魚屋を後にする。

ちなみにこの魚屋、名を鯲(ドジョウ)というのだが、店主が鰻という名字のせいで魚屋鰻と呼ばれるようになって久しい。店主はもう諦めたようだが。

 

晴れ渡った空といつもの賑わいを見せる商店街を歩く平塚。

その後ろをキラキラした目で周囲を見渡しながら歩くダルタニャン。

平塚にとっては馴染みの商店街でも、異世界からきたばかりの彼女にとっては目新しいものでいっぱいなのだろう。

 

 

商店街を抜け、広々とした公園にはいる。

管理局までは公園を抜ければすぐだ。が。

 

「そうそう、ダルタニャン」

 

そう言って、平塚は歩みを止める。

 

「にゃ?」

 

「さっき君が聞こうとしてたハンターだけど」

 

「?」

 

「ハンターっていうのは、野良モンスターを狩ることを生業にしている人を称してそう呼ぶんだ」

 

「狩るってどういうこと?」

 

物騒な表現だったためか、ダルタニャンが聞き返した直後だった。

 

 

数秒前までそこにいた平塚が20メートル離れた自動販売機に激突した。

 

「平塚さん!?」

 

「あーらら、外れちったにゃ」

 

振り向くと、平塚の立っていた場所に片足を振り抜いた状態で立っている獣人のような格好をした女性が立っていた。

 

「いっつぅ…」

 

平塚が痛みに苦悶する。

 

「あーらら、完全な不意討ちだったのに防がれてたか」

 

また別の声がして振り返ると少し離れた木の上に座る金髪の男がいた。

 

「誰ですか!?」

 

「今お前らが話していただろ?噂のハンターってヤツだよ」

 

ハンターと名乗る男は木の上から地面に降り立つとこちらを指差しながら言った。

 

「んでおまえを狩るのはご存知この俺、C級ハンター底前誰雄(そこまえだれお)様だ!あの世に行ったら自慢しなァッ!!」

 

底前誰某が自己紹介を終えた瞬間、

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

盛大な笑い声とともに平塚が立ち上がる。

 

「溢れんばかりの小物感とモブ感だな、この腑抜け野郎。不意討ちで狙うべきは顎だとアカデミーで教えられなかったのか?」

 

「んだとぉ!!?」

 

その簡単な煽りに簡単に乗る底前某。

 

「テメェは俺がこの手でぶっ○す!」

 

「物騒な発言は控えろや金髪鼻ピアス。無駄にキャラ立てようとすんなや、ポッと出のくせにいきってんじゃねぇ、てめえの自慢の鼻ピアスごと鼻毟んぞ」

 

容赦ない罵倒に顔を真っ赤にして怒る底某。

 

「もう容赦しねえ!○ねや!行け!バステト!」

 

手元の端末の画面に指をつけ、空中まで引っ張り、さながら弓のようにこちらに向かって放つ。途端、

 

「怨むならご主人を怨めよー人間!」

 

そう言ってバステトと呼ばれた獣人が猛スピードでこちらに突進してくる。

 

そのとき、平塚の身に変化があった。

ごきり、と。平塚の首がなった。否、平塚が首に手をやり、自身の首をならしたのだ。

 

途端。

周囲に紫電が疾る。

 

一瞬の閃光。

 

光が収まり、両者は背を向けて向かい合う。が。

膝をつくバステトに対して、平塚は欠伸をかいていた。

 

その一瞬で起こった事に誰もが状況を理解できずにいた。

当の本人、平塚とバステトを除いては。

 

「お、おまえ、なかなかやる……ニャ」

 

バステトは相言い残すと、その場で崩れ落ちた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンターその2

「普通の人間だったら死んでたぞ」

 

平塚は服についた土をはらいながらつまらなそうにそう言った。

 

「どういうことだよ!?お前人間じゃないのか!?」

 

驚愕の声。当然だ。常人の2倍以上の力をもつモンスターの攻撃をいなし、しかも戦闘不能にしたのだ。

 

「人間だよ。ただ、ちょいと特別製でな」

 

≪M・C計画≫は国連レベルでので情報規制が行われているため、一般人には流布されてはいない。

 

「こんな馬鹿な話があってたまるか!バステトが、モンスターがたかが人間に負けた!?そんなこと嘘だ、大嘘だ!!」

 

「何も特別なことはしてないが。ただ」

 

1拍おいて平塚は事実をそのまま言った。

 

「アンタのモンスターに強めの電流を流し込んだ。それだけだ」

 

帯電体質の平塚にとっては電流を流すことは息をするよりも容易い事で、何より簡単なことである。が、そんなことを知る由もない某は状況を呑み込めずに

 

「で、電流?そんな物、人間が出せるわけがないだろ!」

 

「そりゃそうだ。仮にできたとして、人間だけの電気ではモンスターには傷ひとつつけることができない。」

 

それは大前提の1つであった。

 

モンスターを倒せるのはモンスターだけである。

 

「だがな、モンスター由来のものであれば人間でもモンスターを倒すことは可能なんだよ。俺みたいに、な」

 

そう言うと平塚は掌から高圧の電流を迸らせ、収束させて見せた。

 

「な、なんだよそれ…お前ほんとに人間かよ!?」

 

「人間だって言ってるだ……ろ!」

 

平塚は腕を振り下ろす。

 

「ひィッ!?」

 

「安心しろ、身体は斬っちゃいないさ」

 

そう言って、平塚は歩き出す。

 

「………!?……!?…!?」

 

目を白黒させてヒタヒタと自分の身体を触る某。

 

身体はどこも斬られていない事を確認すると

 

「こ、これで勝ったと思うなよ!!覚えてやがれ!」

 

そう見事な捨て台詞を吐き捨て商店街の方に駆けていく。

 

「さぁ、行こうかダルタニャン」

 

「う、うん…」

 

地面に座り込んだままのダルタニャンを立たせて管理局への道を進む。

 

「ねぇ、さっきの人、身体“は”斬っちゃいないって言ってたけど」

 

ダルタニャンが不思議そうに聞いてきた。

 

「あー、まぁ、これからのお楽しみということで。…あ、そろそろかな?」

 

丁度その時、商店街の方向から悲鳴が聞こえた。

 

「ねぇ、あれって…」

 

「まぁ、そうだねぇ…俺が斬ったのはあいつが着てた服、さ」

 

半笑いの平塚がネタバラしする。

 

「正確にはあいつの金髪とピアス、服全部だけど、ね?」

 

「そこまでする必要あったの…?」

 

意外という風な体でダルタニャンが聞いてくる。

 

「ああいうのは少し痛い目を見ないと成長しないんだよなぁ…」

 

「ふーん…」

 

そう言って、ダルタニャンは立ち止まる。

 

「あれ?ちょっと待って?今服全部って言った?」

 

「言ったけど」

 

さらり、と平塚は答える。

 

「全部って、どこまで………?」

 

「全部は全部さ。そこまで器用じゃないし、パンツだけ残すだなんて俺には不可能だよ」

 

ダルタニャンは額に手をあてて

 

「さすがにかわいそうになってきたよ………」

 

そういいながら、平塚の後をついていく。

 

 

 

一方数分前、平塚に斬られた事を知らない某君はというと。

 

「ったく、酷い目に遭ったぜ…」

 

商店街の道をフラフラと歩いていた。

 

「バステトは回収できたし、結果的にあまりダメージがないのが不幸中の幸いってやつか?」

 

ケッケッケ、と、わざとらしい笑いを浮かべつつ、精肉店に向かう。

お気に入りの看板娘と話し込むためである。

 

「いらっしゃい……って、またアンタか」

 

「そうつれないこと言うなよー」

 

相変わらずのそっけない態度で対応されるも、某にとっては慣れたものなのか、とびっきりの笑顔で話しかけようとする。

が。

はらり。はらり。

 

「うわっなに!?アンタその顔!その格好!!」

 

見ると、足下になにやら金色の毛のようなものや、派手なアロハシャツの断片がたくさん落ちている。

 

「あれ?どっかで見たぞ?この組み合わせ」

 

そう思ってしゃがみこんだ途端。

 

ばさり。

 

某の身に付けていた衣服という衣服がすべて切れ落ちた音だった。

その落ちる様はさながら満開の桜が風で散っていくように。

とても、綺麗だった。綺麗だったのだ。

 

残されたのが全裸の男の艶姿でさえなければの話だが。

 

「キャーーー!!」

 

「ゲッ!?なんじゃあこりゃあ!?」

 

「いくらなんでもクールビズ過ぎやしないかい?」

 

「若いって良いわねぇ?」

 

「あー、君?署までご同行願いますよ」

 

「えっあっ待ってくださいコレには深い理由がアッー!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異種族共存特区中央管理局

時刻は12時を過ぎた頃。ダルタニャンは平塚に連れられて大きな建物の前に立っていた。看板らしきものには「異種族共存特区中央管理局」と書かれている。

 

「あの、ここが……?」

 

「うん。中央管理局。俺達の国の生活インフラを構築する上で、最も重要な場所の1つだよ」

 

そう言って、平塚は中に入っていこうとする。

 

「あっま、待ってくださいよぉ」

 

ダルタニャンも後に続いてはいっていった。

 

そこでダルタニャンが目にしたのは、磨きあげられた大理石の床と天井から吊るされたシャンデリア。掲示板と書かれた板に貼ってある数多の紙を見つめる人。

そして、カウンターの向こうに座るピンクの紙をした女性だった。

 

「いらっしゃい、遥斗君。お待ちしてました」

 

女性は制服姿でにこやかに挨拶した。

 

「ミカエルさん。どうも、ご無沙汰してます。今日もお勤めご苦労様です」

 

そう言って平塚は小包を渡す。朝出発する前に作った弁当だ。

 

「ありがとうございます♪これで今日も頑張れます!」

 

ミカエル、そう呼ばれた女性はとても嬉しそうに小包を受け取ると、至極柔和な表情で言う。

 

「それで、そのとなりの方は?」

 

ダルタニャンが突然話題がこちらに来たことに驚いていると、

 

「彼女は、あっち側の住人です。路地裏で踞っていたところを保護して介抱しました。事情を聞いたところ、どうやら野良らしくて」

 

平塚がそうフォローする。

 

「なるほど、了解しました。では、書類を作成しますのでそちらでお待ちください。あ、遥斗君、今日は局長には会うの?」

 

事務的な態度で受け答えしつつも、ダルタニャンの事を気にかけている様子のミカエル。

 

「はい。自分は元々そっちが目的だったので。あ、この子も同行していいですか?」

 

先程までとはうってかわって申し訳なさそうな態度にダルタニャンは面を食らう。謙虚な一般青年としか思えないその態度は、公園での態度と似ても似つかない。

 

「構いませんよ♪お帰りの際はこれをカウンターに提出してくださいね♪」

 

そう言って案内パスを二人分とダルタニャンの書類を渡すミカエル。

 

「ありがとうございます」

 

礼を言って、平塚はエントランスを後にする。

 

エレベーターに乗って20階へ上る。

 

案内板によると、どうやらこの建物は上は40階、下は地下5階まであるらしいのだが、エレベーターは20階までしかないようだ。

 

では、どうやって40階まで上るかと言うと

 

「キャァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

平塚に抱えられながら、ダルタニャンは悲鳴をあげる。

それは何故か。

 

答えは平塚が壁面を走って登っているからだ。

しかも垂直に、時折ジャンプしながら。

 

普段、この20階以降は局の職員しか使わない。その職員というのは、そのほとんどが所謂天使と呼ばれる翼を持つ者達である。

 

21階から40階までは中心が筒抜けになっており、まずモンスターでなければ上に上がることはできない。

平塚のように特殊な人間を除けば、だが。

 

数十秒前。

エレベーターから降りた平塚がいきなり首を鳴らすと、ダルタニャンを抱き抱えて壁を登り始めた。平塚にとってはごく普通の当たり前の行為でも、ダルタニャンにとってはたまったものではない。

 

ようやく40階に到達したとき、ダルタニャンはすでに放心状態だった。

 

「ふぅ、着いた着いた。ダルタニャン、だいじょ………ぶ?」

 

「……跳ぶなら跳ぶって、言って欲しかったんだけど」

 

心底恨めしそうな眼差しを平塚に向け、平塚の頭をポカポカと叩いている。

 

「悪かったよ、説明もなしに跳んでごめんなさい」

 

申し訳なさそうな表情で平塚が頭を下げながらそういっていると

 

「は、遥斗くん!そんなところでいちゃついてないでこれどけてくれないかな!?」

 

そう、くぐもった声があたりからあがる。

あたりにあるのは本と書類の山、山、山。

その山が一部崩れ、丘のようになっているところから手が出ていて、じたばたともがいている。

平塚はその丘に駆けて行くと書類をかき分けながら手の持ち主を抱き上げる。

 

「ぷはぁっ!」

 

「大丈夫ですか?ガブリエル局長」

 

「うむ!くるしゅうない!!」

 

ガブリエル。そう呼ばれた女性…少女、否、幼女はずれた瓶底眼鏡を外しながら頭の触角、というかアホ毛をピコピコさせて興奮している。

 

「それで、今日はいかなるご用かな?」

 

そう言いながら極上のスマイルを浮かべるガブリエル。

 

その表情を見て、ダルタニャンは直感する。

 

彼女こそがこの異種族共存特区を治める長なのだと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お昼休み

「それで、今日はいかなるご用かな?」

 

そう言って、ガブリエルは平塚の腕から書類の山の上に座る。

 

「ご用もなにも、局長が仕事ができないっていうからこうやって来てるんじゃないですか」

 

少々呆れ気味に平塚がそう言うと、ガブリエルは頬を膨らませながら反論する。

 

「む、ちゃんと否定できない己が身を呪うぅぅ。で、でもでも僕だってちゃんと仕事してるんだよ?」

 

「例えばどのような?」

 

「ぅ……ミカエルちゃんにお茶淹れたりとか、ミカエルちゃんにお饅頭差し入れしたりとか、ミカエルちゃんの肩揉んだりとか!!」

 

ガブリエルは両手をパタパタさせながら弁明する。丈の合っていない上着の袖が手を隠している様は非常に可愛らしい、のだが。

 

「つまり、通常業務を殆どこなさずにミカエルさんのところで遊んでいたということですか?」

 

「(ギクッ)」

 

平塚のとびっきりの笑顔に表情が固まるガブリエル。

 

「お、おかしいな?笑顔に見えるのに後ろに般若がいるんだけど?」

 

「当たり前です!いつまでたっても仕事が下りてこないから街の治安も悪くなってるんですよ!今日だってハンター紛いのチンピラに絡まれたし自動販売機だって壊しちゃったしあの公園のコンテンツは貴重で結構気に入ってたのに…」

 

そう愚痴りながらガブリエルの座っている書類の山を下から引き抜いては仕上げるという荒業を平然とやってのける平塚。みるみる山は小さくなり、ガブリエルの姿が立った目線で視界に入るまでにはなった。

 

ガブリエルは申し訳なさそうな顔をしてしょげている。

その時、書類のバランスが崩れ、ガブリエルが真っ逆さまに落ちる。

 

「「あっ!」」

 

ガブリエルとダルタニャンが叫ぶ。

 

(だめだ、間に合わない!)

 

ダルタニャンがそう思った次の瞬間、平塚がガブリエルを抱き抱える。

 

「少しは局長であるという自覚を持ってください。……でないと俺が不安になります」

 

「……」

 

突然のことに思考が追いつかなかったのか、ガブリエルは何があったのかわからないような表情をしながら、コクリと頷いた。

途端、ガブリエルのお腹から可愛らしい音がする。

 

「……うぅ…」

 

顔を真っ赤に染めて俯くガブリエル。

 

「そういえば、もうお昼ですね。お弁当にしましょうか。ダルタニャン、そこのバッグからお弁当出してくれる?」

 

「あ、うん、わかった!」

 

ダルタニャンは青黄緑3色の弁当箱をとりだし、平塚に渡す。

平塚はその弁当を近くにあるテーブルに置き、椅子を三つ用意する。

その椅子にガブリエルを座らせると、残る椅子にダルタニャンと平塚が座る。

 

「食べたら書類片付けますよ?」

 

「うん!」

 

そう答えるとガブリエルは椅子から降り、平塚の膝に座る。

 

「……あの~、ガブリエル局長?そこに居られると俺が食べられないんですが」

 

「僕が食べさせてあげるよ!そのかわり、遥斗君が僕に食べさせてね?あーん!だよ?あーん!」

 

「んん……まぁ、構いませんが」

 

「えっへへ~♪」

 

無邪気に笑うガブリエル。その表情は実に楽しそうである。

 

「それじゃ」

 

「「「いただきまーす!」」」

 

各々弁当を開ける。

 

ダルタニャンが開けたのは青の弁当箱。

中には猫の顔型に盛り付けられたご飯の上に卵と鶏そぼろなどが盛られ、海苔で作った猫の口や目もついている。いわゆる三毛猫の顔が表現されている。トマトやレタス等も入っていて彩りも鮮やかである。

 

一方、ガブリエルの開けた緑の弁当箱は、ガブリエルの顔をデフォルメしたと思われるキャラ弁だった。黄色いパプリカのラッパまでついている。また、煮込みハンバーグや、タコさんウインナー、ハート型の卵焼きまで入っていて、子供心をくすぐる弁当となっていた。

 

「すごいすごーい!」

 

「こ、これ、いつの間に?朝はそんなに時間がなかったはずでは?」

 

弁当にはしゃぐガブリエルと驚くダルタニャン。

 

「昨日のうちに具材の下処理は終わらせてたんだ。それで、食器片付けた後に昔話の傍らで作ってたんだけど……気付かなかった?」

 

唖然とするダルタニャンの表情に苦笑いを浮かべながら、平塚は自身の弁当を開ける。そこには塩おむすび2つとたくあんが入っていた。

 

あまりに質素な弁当に驚くダルタニャン。

 

「ん?どうかした?」

 

「もしかして、私たちのお弁当作ってて自分の分作れなかったとか……?」

 

「いや、違うよ?ダルタニャンが炊いてくれたご飯が美味しかったから、お昼も食べたいなって思っただけだよ」

 

嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が赤くなるダルタニャン。それを見ながら、ガブリエルにトマトを食べさせる平塚。トマトをパクつくガブリエル。

 

 

 

その三者を書類の下から見つめる者がいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心肺停止

昼食を済ませた3人は、ガブリエルの淹れた緑茶をすすっていた。

この緑茶はガブリエル自身が取り寄せた茶葉をガブリエルの手ずから淹れたもので、程好い苦味と仄かな甘味があるのが特徴である。

 

「ダルタニャンちゃん、僕の淹れたお茶、美味しいかい?」

 

言うまでもなく幸せそうな顔をしていたダルタニャンに、ガブリエルがそう声をかける。

 

「とってもおいしいです!昨日平塚さんのところで飲んだ、ほうじ茶?も美味しかったですけど、こっちの方が好きかもしれません!」

 

「満足してくれたみたいで嬉しいなぁ♪僕、普段はミカエルちゃんやラファエルちゃん、遥斗君ぐらいにしかご馳走できないからさ~。一人だとなんだか味気ないし。だから、今日ダルタニャンちゃんにご馳走できて僕も嬉しいよ♪」

 

そういって、ガブリエルはお茶をすする。その様子を見て、平塚が口を開く。

 

「そういえば、そのラファエルさんは何処に?いつもならここで一緒にお茶すすってますよね?」

 

ガブリエルはアホ毛を?にして周囲を見渡す。

 

「あれ?そういえばどこにいるんだろ?おーい!ラファエルちゃーん!どこにいるんだーい!」

 

そうすると、入り口の近くの書類の山からくぐもった返事があった。

 

「こ、ここです!だ、出してくださーい!!」

 

山のてっぺんにラファエルのものとおぼしき両腕が突き出てきた。

平塚は山に近づくと、腕をしっかりとつかんで引っ張りあげようとした、のだが。

 

「なんか嫌な予感が」

 

そう言った平塚の予感は見事に的中した。

 

両腕が平塚の腕をかわし、あろうことか平塚の頭をがっしりとつかみこんで書類の山に引きずり込んだのだ。

 

「遥斗君つかまーえた!」

 

そう言いながら女性が書類の山から顔を出す。

水色の長髪の女性の胸には平塚の頭が埋もれている。

 

「ん"ー"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"!!」

 

「相変わらず遥斗君に熱心だねぇ、ラファエルちゃん」

 

胸に埋もれて苦悶する平塚を見ながらガブリエルが呆れ気味にそう言うと、ラファエルは身体をくるくると回転させながら笑顔で答える。

 

「だって遥斗くん可愛いんだもの!」

 

ダルタニャンはその光景を目にしておろおろしている。

 

「だ、ダルタニャン!助けてくれぇっん"ん"ん"!!」

 

なんとか胸から逃れようとする平塚がダルタニャンに助けを求めているが、その願い叶わずラファエルに万力のごとき力でホールドされる。

 

「むぅ!私というものがありながら他の女の子と話すんですか!」

 

そう言いながら頬を膨らませるラファエル。

普段の彼女は大人しく、真面目な女性なのだが。こと平塚遥斗に関することでは執念深さというか、愛着というか、独特な愛情表現のしかたをして来る。

 

「あのー、ラファエルちゃん?そろそろ遥斗君離してあげてくれないかな?その、とってもぐったりしてるというか…」

 

ガブリエルが助け船を出す。ラファエルは渋々、といった表情で平塚を解放する。

解放された平塚は青い顔で床に転がった。ガブリエルが様子を見る。

 

「……うん。これはあれだね、俗にいう所の心肺停止というやつじゃないかな?」

 

「「えっ!?」」

 

非常に困った表情でガブリエルがそう言うと、ダルタニャンとラファエルが驚愕の声をあげる。

 

「ごめんなさい!私が助けることができなかったせいで!」

 

「きつく抱き締めちゃってごめんなさぁい!!もうしないからぁ!!」

 

横たわる平塚の体に泣きつく二人の後ろで、神妙な面持ちでガブリエルが言う。

 

「天におわす我らが主よ、また一人あなたのもとに御霊が還りました。その御霊に安らぎを。amen」

 

つられて二人も手を胸の前にあわせて言う。

 

「「amen」」

 

ダルタニャンは涙目で手を合わせている。

 

すると、平塚の身体に紫電が疾り、跳ね上がる。

咳き込みながら平塚が目を覚まし、

 

「勝手に殺すな!」

 

と、開口一番文句を垂れる。

その姿を見て、平塚に飛びつくダルタニャン。

 

「ど、どうしたの?ダルタニャン?」

 

「良かった!良かったよぉ!心配したんだから!死んじゃったかと思ったんだからぁ!」

 

ダルタニャンは涙を流す。己が恩人の無事を喜ぶ。

 

その姿を見て、ラファエルとガブリエルは微笑んでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ずぼらふぁえる

「あのー、ラファエルさん?なんでまだ俺に抱きついてるんですかね?」

 

うんざりとした声でそう言った平塚は仕事のペースを緩める。その平塚の首に手を回して身体を押し付けているラファエルが甘い声で言う。

 

「だってぇ、抱きついて良いって言ってたじゃなーい?」

 

しまいには耳に息を吹きかけてくるラファエルに、平塚は真顔で

 

「たまにならって言いましたよね?」

 

そう言いながら、仕事のペースをいつもの倍以上に早める。

 

「あぁ~ビリビリする~きもちいぃぃぃ~♪」

 

平塚の背中にへばりついているラファエルは、そう言って平塚が加速している時に流れる電流を利用してマッサージがわりにしている。

 

数十分前、ラファエルの騒動の後、平塚はラファエルに説教した。当の本人は何処吹く風で全く聞いていなかったのだが。

その途中でラファエルの腹の虫が鳴き始めたので平塚が説教を終わらせて作ってきた弁当をラファエルに食べさせた。

その際、ぐずってなかなか弁当を食べようとしないラファエルに対して

「たまになら抱きついても良い」

的な発言を渋々させられたのが今のこの状況を生んだのである。つまりは平塚の甘さが招いた結果であるのだが。

 

普段の彼女は大人しく、仕事もきっちりこなす真面目な女性である。だが、平塚にだけ見せる彼女の一面には少々理由がある。

平塚が18になり、特区に来た頃のこと。当然身寄りもなく、中央管理局に頼った平塚を3ヶ月程度引き取ったのがラファエルであった。

その三ヶ月間、平塚の世話、否。ラファエルの世話をしたのが平塚だった。普段真面目に仕事をする反面、彼女の私生活はズボラといった感じだったのだ。アニメや漫画好き、ゲーム大好き、お酒大好き、でも掃除するのは嫌い、炊事洗濯なんてものは彼女の頭の中にはなかったも同然だったのだ。

平塚はラファエルのアパートの部屋につき、ドアを開けるなり、玄関先で彼女に説教した。その後、小一時間かけて彼女の部屋の掃除をしてのけ、その晩に食べるための晩飯とラファエルのための弁当の下処理までこなしていた。その手際と面倒見のよさから、ラファエルは平塚にベッタリとくっついて離れなくなった。

しまいにはラファエルはその翌日からガブリエルに対して

 

「私、遥斗くんに養ってもらうんだぁ~♪」

 

と公言してしまう始末。当然、平塚にはその気は全くなく、ものの三ヶ月で仕事と住居を見つけてラファエルの部屋を出ていってしまったのだが。平塚が出ていってから一週間で体調を崩したラファエルの様子をガブリエルに言われて見に行った平塚が目にしたものは、三ヶ月前、自分が掃除した部屋そのままの酷い有り様だった。

それからというもの、掃除洗濯ゴミ捨てと一週間分の食事を平塚が用意して、レンジでチンするだけという状態までするという週1の雇われ主夫までこなしている。三ヶ月という短い期間でここまで平塚には依存しなければ生きられない有り様。

 

「(ここまで骨抜きにするつもりはなかったんだけどなぁ……)」

 

そう思いながら書類をまとめる平塚の膝の上にはお腹いっぱいになり、鼻桃燈を膨らませながら昼寝をしているガブリエルの姿が見える。

 

弁当を食べながらここまでの経緯を説明したラファエルは、食べ終わるなり平塚の背中にへばりつき、ガブリエルは眠りについた。

 

すっかり餌付けされた二人を見ながらダルタニャンは

 

「(平塚遥斗さん……天然のたらしさんなんだなぁ……)」

 

と、そう思いながらお茶をすする。

 

平塚は恐るべき早さで書類の山を片付けていく。12あった山はいつの間にか残るは1つになり、その9/10を片付けたところで平塚は仕事をやめ、ガブリエルの両の頬をツンツンとつつき始めた。

膨らんだ鼻桃燈が弾け、ガブリエルが目を覚ます。

 

「……んむ………?あれ、僕、寝てた?」

 

今だ微睡んでいるガブリエルに対して平塚はにこやかに答える。

 

「おはようございます、ガブリエル局長。すごいですね、寝てる間にこんなに仕事を終わらせるだなんて」

 

ごく自然な表情を見せながら平塚がそう言うと、ガブリエルは得意気な表情で答える。

 

「へっへーん!僕だってやる時はやるんだよ!」

 

「それじゃ、もう少しだけお仕事しましょうか」

 

「はぁーい!」

 

ガブリエルはアホ毛をピコピコさせながら仕事に取りかかり、書類に目を通す。アホ毛を?にする。

 

「この書類……ダルタニャンちゃんは野良なんだね?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

精霊の死

場所はここじゃない何処か、別の世界。

時刻は深夜、男は深い霧の出ている湖の畔に佇んでいた。

月明かりが男の顔を照らし、水が男の姿を映し出す。端正な顔立ちには似合わない、右顎から頸、右上半身にかけての大きな傷痕が残っているのが見てとれる。

 

「……ハルト……ヒラツカ……」

 

左手を傷痕に這わせながら、男は獰猛な笑みを浮かべる。

猛々しい猛獣のように、牙を剥き出しにして嗤う鬼のように。

 

「もうすぐだ……もうすぐ会えるぞォ……」

 

そんな笑みを浮かべたまま、男は踵を返す。

 

「思う存分殺し合おう……あの時のように」

 

その時、湖面に浮かび上がるモノがあった。月の明かりがそのモノを照らし出す。

そのモノは、否。その者は、本来この湖を護る精霊。美しき女性の姿でありながら、強く、優しい。そんな悠久の時をこの湖で過ごしてきた偉大なる精霊、ウンディーネの見るも無惨な姿だった。

美しい髪は乱れ、か細い腕は折り砕かれ、首はあらぬ方向に螺曲がっている。身体は至る所に穴が開き、その脚は湖の畔に生えている樹齢何百年の大木に打ち付けられ、周辺に原型を留めていない肉片と骨片として散らばっている。

本来ないはずの精霊の死というものを直感させる、凄惨な光景が広がっていた、のだが。

 

「待って……ど…こへ………行くの」

 

精霊の持つ凄まじい生命力を振り絞って、彼女は男に声をかける。

 

「行かせない………皆のところへは……あの人の……あの子の所へは…絶対に……!」

 

男は立ち止まり、ウンディーネの方を向くと

 

「安心しろ。俺はお前の考えてるようなことはしないさ。約束する」

 

嘲るように、男は嗤う。心底楽しそうに。

 

「だったら……!」

 

 

「ただし、お前がここで死ねば、の話だがな?」

 

 

表情ひとつ変えずに、男はウンディーネに対して事実を突きつける。

彼女が死を選べば、湖周辺の村々の人間の命は助かる。

だが、彼女が死を選ばなければ、湖周辺の村々の人間は皆殺しにする。

彼女の家族……夫と娘の命は勿論、その他大勢の人間、老若男女子供赤子関係無く漏れ無く殺す。

男はそう言っているのだ。

 

「私が……死ねば、皆の…命は助か……るのね?」

 

そう言った彼女に向かって、男は告げる。

 

「安心しろ、約束は守る質だ。私は絶対に、危害を加えない」

 

「(ごめんなさい……私、あなたとの約束……守れないみたい……)」

そうして、ウンディーネは安らかな顔で湖の底に消えていく。彼女は湖の底にて、水に還るのだ。

その決断は彼女にとって苦渋の決断に他ならない。まだ小さい子供の成長を見守りたかった。愛する夫と、もっとずっと、一緒にいたかった。

『お願い……一日でも一時間でも、1秒でも長く……私と一緒の時を過ごして……もう一人ぼっちは…………いや……なの……』

その約束は、彼女が夫と結ばれた時に交わしたものだった。悠久の時を過ごしてきた彼女が、幾度となく経験した愛する者との別れ。その別れが、彼女にとって辛くなかった筈はなかった。

その約束を、彼女は破った。愛する者を守るために。

 

「(あなた……あの子を、ハンナをお願いね……)」

 

湖からウンディーネが消える。それほこの湖が、水が死ぬということを意味していた。旧き時代からこの大地を潤し、生物の礎を築いてきた、その水のひとつが潰える。ウンディーネの行いは、歴史上でも類を見ない愚行であった。それでも彼女は人を生かすためにその身を犠牲にした。

 

「逝ったか……ク…クハハハハハハハハハハハハハハァッ!!」

 

男は心底楽しそうに嗤う。その笑い声に大気が震え、木々が唸り声を上げる。

それを聴きながら、男____月嶋尋は声高らかに、謳うようにして宣言する。

 

「おお、偉大なる湖の精霊、ウンディーネよ!貴女の死に敬意を表し、私は周辺の村々に手を出さない!!」

 

すると、湖の周辺の村々から、爆音と共に人の叫び声や悲鳴、泣き声がこだまする。村には火が放たれ、黒煙が上がり、辺り一帯には血と人の焼ける臭いが立ち込める。

 

「ウンディーネ……私は手は出しておらんよ………私は、な」

 

そう、月嶋尋は一切手を出していない。今虐殺をしているのは彼の部下達なのだ。

月嶋尋は約束を守った。その事実は変わることはない。彼は手を出してはいないのだから。

 

月嶋は湖を後にする。その歩きは軽やかで、まるでガールフレンドとのデートの待ち合わせ場所に向かう若者のようだった。

 

「ハルトヒラツカ……もうすぐだ……もうすぐ君と会える……楽しみだねぇ♪」

 

屈託ない笑顔で夜道を歩く月嶋。その顔に嘘はない。

 

「存分に殺し合おう……あの時のように。君が、私の身体に傷をつけた時のように。」

 

月嶋は牙を剥き出しにして嗤う。

 

 

「私が君を殺めた時のように……!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

呪い

「ダルタニャンちゃんは野良なんだね?」

 

そう言ったガブリエルの無垢な表情を見たこととは関係無く、平塚は突如襲われた悪寒にその身を震わせた。息は浅く、速くなる。表情は強張り、身体に刻まれた古傷に奇妙な熱を感じる。食い縛った奥歯から異音が響き、突如背中には汗が吹き出ていく。

 

「……ッ」

 

「遥斗くん、大丈夫?顔色悪いよ……?」

 

心配したラファエルが自分の額を平塚の額に合わせる。当然熱はないのだが、平塚の異変に3人が気付かないわけがない。膝をつく平塚をすかさずダルタニャンが横に寝かせてから口を開く。

 

「あの、平塚さんがこの状態になるのは初めてですか?」

 

「僕は直接見るのは初めてだけど、ラファエルちゃんはこの状態、見たことあるんだよね?」

 

ガブリエルがラファエルに目線を向けると、ラファエルは少し間を置いてから真剣な表情で話し始める。

 

「外部からの精神的負荷による発作……だと思う。遥斗くんにこの症状が出るのは周期的なものじゃないわ。特定の人物から過度の精神干渉が行われた直後に発生するようになってるみたい。その証拠に」

 

そう言って、ラファエルが平塚のシャツを胸から切り裂く。ダルタニャンは驚く。

鍛え上げられた肉体と、過去の戦闘によるものらしい夥しい数の古傷が露になる。

だが、それだけではなかった。ダルタニャンが驚いたもの、それは。

胸の中心にある黒い、満月のような痣だった。中心からは眼球のようなものが浮き出ていて、虚ろな目でダルタニャン達を見つめている。しかも、黒い無数の触手のようなもので平塚の身体を侵食している。皮膚を蝕み、なお広がろうと蠢くその痣に抗うように平塚の体は再生を続けていた。

 

「これって……」

 

「おそらく呪いの一種だろうね。しかも極めて強力だ」

 

ガブリエルは断言する。

 

「肉を蝕み、対象の力を奪う。その痣が全身を覆ったが最後、遥斗君は……」

 

そこまで言ったガブリエルをラファエルが止める。

 

「えぇ、しかもこの呪いを遥斗くんにかけた術者はまだ生きている。おそらくは干渉してきているのもそいつなのでしょう」

 

「そ、それじゃあ平塚さんは……!」

 

不安がるダルタニャンを前に、ガブリエルは不敵な笑みを浮かべる。

 

「だいじょーぶ!僕を誰だと思っているんだい?どんな相手からでも君達を守るために僕たちがいるんだよ!」

 

そう言って、ガブリエルは声高らかに謳う。

 

「天におわします我らが主よ。あらゆる叡知、尊厳、力を与えたもう偉大なる父よ。人を救う為、我が我欲のために貴方様から授かりし力を使うことをお許しください。福音よ、苦しみに終止符を。この者の行く末に、万雷の喝采を!!

___I am here to inform the blessing(祝福のお知らせに参りました)!!!」

 

一方外では、空に変化があった。

ガブリエルが歌い始めた直後、前触れなく空が陰り始めたのである。雲一つなかった快晴の空に暗雲が立ち込め、地上を多い尽くした。やがて、その暗雲の中心……異種族共存特区中央管理局庁舎の上空から輪が広がっていくように雲が引いていく。

 

そんな外の様子を知る由のない屋内にいるダルタニャンは、ガブリエルの頭上に輝く天輪を目にする。

ガブリエルが両腕を天高くあげたさらにその上で、ガブリエル自身の天輪が座標固定したままゆっくりと回り、何かキラキラとした粒子を下に振り撒いている。

 

「…………ッ」

 

「平塚さん!」

 

見ると、平塚の胸にあった目玉の瞼が半分ばかり閉じつつある。痣は平塚の肉体への侵食をやめ、瞼が閉じていくにつれて何もなかったかのように小さくなっていく。目玉の瞼が完全に閉じると、痣の色もだんだんと薄くなり平塚の肉体に馴染んで、やがて消えた。浅く、速かった呼吸も深くゆっくりとしたものになっていく。

 

「この分なら、あと30分もすれば目が覚めるでしょう」

 

ラファエルがそう言うと、力を酷使したらしいガブリエルが膝から崩れ落ちる。

 

「ふぃ……疲れた……僕、少し休むよ」

 

そう言ってガブリエルはラファエルの膝を枕がわりにして目を閉じる。

 

「あの……これで平塚さんは……?」

 

ダルタニャンが怖い顔をしてラファエルに問い詰めると、彼女は首をゆっくりと横に振り、

 

「今回はおさまったけど、問題のあの目玉……呪いの根元はまだ生きてるよ。しかもあれは対象の力をほぼ無制限に取り込んで弱体化させる事が出来る極めて殺傷性の高いもの……こんなことを遥斗くんにかけられる人はそう多くない」

 

ラファエルは苦虫を噛み潰したような顔をしながら言う。

 

 

「……この呪いをかけたのは多分……8年前の戦争の首謀者……月嶋尋だよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

化け物か人間か

月嶋尋がまだ生きている。

 

ラファエルが口にしたその事実は、ダルタニャンを震え上がらせるには充分すぎた。

 

「そ、そんな!?月嶋は素因子が倒したはずじゃ!?」

 

「倒した、というか重傷は与えた筈だった。どう考えても致命傷としか言いようがない程の傷を。だからこそ遥斗くん達は仲間3人を犠牲にして、月嶋を撃退することに成功したんだ。それでもなお、奴は生きていた」

 

ラファエルが歯噛みしながら答えると、ダルタニャンは静かに涙を溢す。

 

「平塚さんが何をしたって言うんですか……?月嶋の戦争に勝つために造り出されて、戦争に勝ったと思ったら呪われて!………れじゃ、これじゃあ平塚さんがあまりに……あまりにもかわいそうです」

 

平塚の胸に顔を押し付け、ダルタニャンは胸のうちを吐露する。

 

「……そうでもないさ」

 

目を閉じたまま、平塚が口を開く。

 

「平塚さん……!意識が戻ったんですね!?」

 

「そりゃ、ここまできつく肉掴まれたら死んでたって反魂するよ」

 

平塚の目線の先には平塚の脇腹をつかんでいるダルタニャンの手がある。

 

「~~~~ッ!!ごめんなさい!」

 

ダルタニャンは脇腹から手を離して平塚に頭を下げる。

 

「気にしてないよ、大丈夫」

 

そう言って、平塚は胸をさする。

 

「また、アイツにしてやられたみたいですね、俺」

 

拳を握りしめてそう呟く平塚。

平塚の様子を見て俯くダルタニャン。

ラファエルは眠りにつくガブリエルの頭を撫でながら物思に耽っている。

____。

暫しの間流れる微妙な空気を破ったのは、寝ているガブリエルの鼻桃燈が破裂する音だった。

 

「……んにゃ?……おはよう諸君!!この僕の寝顔は満喫したかい?」

 

突然起きるなりハイテンション全開で捲し立てるガブリエルが場の雰囲気を3℃ほどあげようと頑張っていることに気がついた平塚は

 

「……おはようございます、所長。先程はお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

そう言って、深々とガブリエルに頭を下げる。

 

「ん?なんだい?ぼくがつかった福音のことかい?」

 

ガブリエルはアホ毛を?にして平塚に聞き返す。

 

「ええ……あなたの『福音』は特別なもの。それを俺のような人間かもわからないような化け物のためにつk……」

 

そこまでいったところで、平塚の身体が吹き飛び、書類の山に突き刺さる。山は崩れ、埋もれた平塚が顔を出す。

 

「__自虐はそこまでだよ、遥斗君」

 

ガブリエルは手を伸ばしたまま平塚に向かって言い放つ。

 

「君は人間で僕の友達なんだ。その友達が苦しんでいたのなら、僕は迷いなく僕の力を使う。だけどね……君を人間じゃないとか化け物だとか、そう呼ぶ連中のことを、僕は決して許しはしない。それがたとえきみだとしても……ね?」

 

そう言って、ガブリエルは平塚に手を差し伸べる。

 

「……そうでした。すみません、俺変なことを言いましたね」

 

平塚は差し伸べられた手を握る。

 

「うん!それでよし!」

 

ガブリエルは満足そうに笑うと、平塚を書類の山から引っ張り出そうとする。

……のだが、如何せん体格の違いで全く引っ張れない。

 

「ふんぎぎぎぎぎぎぎ!」

 

顔を真っ赤にしてガブリエルが引っ張っているが、平塚の身体はピクリとも動かない。

 

「局長、お気持ちはありがたいのですが、そのままだと危険です。少し離れていてください」

 

「ふぇ?」

 

そう言って、ガブリエルが手を離し、平塚に指示されるまま3㍍程後退する。

ガブリエルの位置を確認すると、平塚は首をゴキリとならして書類の山を持ち上げ、投げ飛ばす。

 

「おおッ!」

 

短い気合いと共に空中に放り上げられた書類の山を、一枚一枚丁寧にまとめ、倒れない高さ毎にまとめる。

 

「よしっと。今日の業務これにて終了!!」

 

ここまで、わずか5秒あまり。

 

「か、神業……ですねぇ……」

 

呆けて見ていたダルタニャンがそう呟くと、平塚が照れながら

 

「俺にできることをやっただけだよ。それに、そこまですごいことでもないからね

 

そう謙遜してのけると、ラファエルが

 

「そういえば……思い出した。ねぇ遥斗君。ダルタニャンちゃんって野良なのよね?」

 

最初の話題がやっと出てきて平塚は安堵する。

 

「そうです。路地裏にいたところを保護して介抱した経緯はその書類の通りです。問題はこの後どうするか、なんですけど」

 

「現状宿舎に泊まってもらうのが一番なんだけど、あいにく今はどこの宿舎も定員オーバーらしいし……どうしよう」

 

平塚とラファエルがあれこれ考えていると、ダルタニャンにガブリエルが質問する。

 

「ねぇ、ダルタニャンちゃん!」

「はい?」

「ダルタニャンちゃんって遥斗くんのこと、好き?」

「えっ」

「好ーき?」

「すっすすすすきとかそそそそんな!」

ダルタニャンが赤面して盛大に混乱している。

 

「ふーん?」

 

ガブリエルが意味深な笑みを浮かべる。

その場でくるりと1回転半まわり、とびっきりの笑顔を浮かべたガブリエルは平塚に声を掛ける。

 

「ねぇ、遥斗くん遥斗くん!遥斗くんが引き取ったらどうかな?」

 

 

平塚とダルタニャンの表情が固まる。

 

「「え?」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リンゴと名前とガブリエル

更新するの忘れてました……(^^;)
のんびり書いてるので基本遅筆です(^^;)


 

「遥斗くんが引き取ったらどうかな?」

 

ガブリエルが貼り付けたような笑顔でそういうと、平塚の表情が固まる。

 

「……局長がその顔を見せるときはなにかしら後ろめたいことがあるときなんですがねそうなんですねまだなにか隠しているんですねそうなんですね!?」

 

そう言って平塚がガブリエルの頭を手のひらで鷲掴みにする。それはいわゆるアイアンクローと呼ばれるものであり、こめかみに平塚の指がメリ込んでいく。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ痛い痛い僕なにも企んだりしてないよぅホントだよぅ!!」

 

手足をじたばたと動かして平塚の手から逃れようとするガブリエルだが、平塚の手は緩むことなくガブリエルの頭を締め付け続ける。

 

「なにも企んでないんだよぅ!!だから放して痛い痛い痛いってぇぇぇ!!」

 

ガブリエルが涙目になりながら懇願していると、平塚が握力を緩める。

 

「本当になにも隠してないんですね?」

 

平塚が優しくそう聞くと数秒の間をとってからガブリエルが平塚から目をそらして

 

「ウン,ボクナニモタクランデナイアルヨー」

 

そういった瞬間、平塚の手が閃き、いつの間にか左手にはリンゴが1つ載っていた。

 

「いいですかガブリエル局長。次に嘘ついたらあなたの頭がこのリンゴのようになりますよ?」

 

その言葉を言い終わらないうちにリンゴが四散する。平塚が握り潰したのだ。

 

パシャンと割れる音と共に溢れる果汁を撒き散らし、床に落ち行くリンゴの様は実に美しかった。

 

……平塚の青筋が浮き出た顔に、般若の如き眼光ととびきりの笑顔との相反する感情が混在しなければ。

 

 

「はわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ」

 

ガブリエルが腰を抜かして座り込むのと、リンゴの果汁がいつの間にか床に置かれていたガブリエルの湯呑みに並々と注がれたのはほぼ同時だった。

 

「それで?何を企んでいるんです?」

 

怯えるガブリエルの顔を上から覗きこみながら、平塚は呆れた顔で問い掛ける。

 

「き、今日の業務は終了って遥斗くんが言ったんだよ!?」

 

「だからってダルタニャンをぞんざいに扱うわけにはいかないでしょう」

 

「うぅ……だって、ダルタニャンちゃんだって遥斗くんになついてるみたいだし……」

 

そう言うガブリエルに対して額に手をやりながら考える平塚。

 

「………俺は構いませんが……ダルタニャン、君はどうかな?俺に引き取られても大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

平塚はダルタニャンからガブリエルの方に向き直り、深い溜息をついてから答える。

 

「はぁ………わかりました。ダルタニャンは俺が預かりましょう」

 

その渋々といった態度で言った言葉を聞いた瞬間、ガブリエルがニヤリと笑う。

 

「いやー!よかったよかった!僕もう今日は仕事しなくて良いんだね!やったあぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?!?」

 

本音が飛び出したガブリエルが平塚に頭を鷲掴みにされて苦悶する。

 

「男に二言はありませんが……その隙あらばサボろうとする癖、いい加減治してくださいな?」

 

そう言いながら平塚が握力を強める。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぎぶ!ぎぶ!治す!治すから!!痛い痛い潰れるぅぅぅぅ!リンゴのようにぃぃぃぃぃ!!」

 

ジタバタともがくガブリエルを尻目に書類に必要事項を明記する平塚。

 

「ダルタニャン」

 

「?」

「俺が引き取るということは、俺とこういうことになるんだが……それでも構わないか?」

 

そう言って平塚は書き終えた書類をダルタニャンに渡す。

 

「えーと……」

ダルタニャンが目にした書類にかかれてあったことを把握する。

 

「つまり……平塚さんはハンターで、平塚さんに引き取られるとハンターのマスターとモンスターの関係になるってこと?」

 

「んまぁだいたいそんなとこだね。で、どうする?出来ればあまりおすすめはしたくないんだが」

 

ダルタニャンのかいつまんだ説明を平塚は困り顔で肯定する。

 

「構いませんよ。働かざる者、食うべからずなんですから。」

 

自慢げに胸を張るダルタニャンを見て、平塚はにこやかに手を差し出す。

 

「そっか。んじゃあ、よろしく、ダルタニャン」

 

ダルタニャンは平塚の手をとるがすぐに離し、微妙な顔をして口を開く。

 

「あの…ダルタニャンって、少し長いので良かったらシャル、と呼んでいただけませんか?」

 

「シャル、ね。わかった。んじゃ改めて、よろしく、シャル」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

ダルタニャン改め、シャルは平塚の手をとり、書類にサインする。

 

そこに記された彼女の名は

 

Charlotte de Batz-Castelmore

 

シャルロット・ド・バツ=カステルモール

 

それがその猫の亜人の名前だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

模擬戦

ダルタニャンことシャルロット・ド・バツ=カステルモールは困っていた。

 

手に対モンスター殲滅用のライフルを持たされたことに、ではない。

 

ましてや管理局の庁舎の地下にある広大な運動場に立たされていることでもない。

 

勿論それらも一因ではあるのだが、ライフル片手にシャルが困り果てているという状況を作り出しているのは他でもない、シャルの前方30M先にて屈伸等の準備運動をしている男。

 

平塚遥斗に原因がある。

 

「……スゥ……」

 

胸にたまった気持ちを吐き出すためにシャルは大きく空気を吸い込み

 

「さて、やろうか、シャル」

 

肩甲骨を伸ばしながらそう言う平塚に

 

「……どうしてこうなったぁぁぁぁ!!?」

 

思いきりぶつけた。

 

 

時は今から30分ほど遡る。

 

平塚とラファエルが書類をまとめるなかで、部屋の隅でシャルにガブリエルが「平塚特製☆絞りたて(物理)リンゴジュース」を飲みながら慰められていた。

 

「僕だって頑張ってるのにぃ…」

 

どうやらつい先程まで平塚に説教された事にぐずっているようだ。

 

「平塚さんだってやりたくてやってる訳じゃないと思いますよ?普段はあんなに優しい方ですし。きっとガブリエルさんが可愛くて」

 

そう言うシャルの言葉を聞いた瞬間、ガブリエルの目が閃く。

 

「僕が可愛いのかい!そうかい!それなら仕方ないネ!僕のオ・ト・コ♥を魅了する魅惑のボディが悪いのサ!!(ドヤァ)」

 

そんな事を幼女ボディで臆面無く言ってのけるあたり、ガブリエルらしいと言えばらしいのだが。

 

問題はそのあとガブリエルの眼光がシャルをターゲットしたことだった。

 

「でも僕から言わせてもらうとダルタニャンちゃん、シャルちゃんも負けず劣らず可愛いよねぇ」

 

息を荒くしてシャルに近づくガブリエル。完全にヤバい目である。

 

「え、とあの……」

 

「心配しなくても良いよシャルちゃん♥優しくしてあげるからサ!」

 

「い、いやぁ……」

 

怯えながら後ずさりするシャルだが、壁際に居たためにすぐ背中が壁についてしまう。

 

「おぅ、これはなかなかそそるシチュ♪」

 

「ひゃ、やめてください!」

 

シャルの胸にガブリエルの魔の…否、天使の手が伸びていく。刹那。

 

「やめなさい」

 

「ぎゃふんっ!」

 

ガブリエルが崩れ落ちる。

 

ラファエルがガブリエルの後頭部を持っていた帳簿の背で叩いたのだ。

 

「なんともない?シャルちゃん」

 

ラファエルがシャルに手を伸ばす。

 

「あ、ありがとうございました」

 

「礼なんて良いのよ。いつもは私かミカエルが犠牲になってるから」

 

立ち上がったシャルにラファエルが苦笑いしながらそう言う。

 

「そうそう、シャルちゃん」

 

「はい?」

 

ラファエルが気を失ったガブリエルを寝かせようとするシャルを呼び止める。

 

「これから遥斗くんと模擬戦をしてもらうんだけど」

 

「へ?」

 

突然ラファエルから聞かされた事にシャルが面食らう。

 

「遥斗くんと戦ってもらうんだけど」

 

「え……あの、意味がよくわからないんですけど」

 

当然である。誰だっていきなり戦えと言われては驚く。

 

「これは遥斗くんたっての希望よ?現段階でどのくらいの力があるか試したいらしいの」

 

「……命を預け、預かるためにはお互いをよく知っておく必要があるってことですね?」

 

ラファエルの真剣な眼差しに圧倒されること無くシャルは頷く。

 

「察しが良くて助かるわ。さしあたって、服や獲物はこっちで準備するけど……なにか希望はある?」

 

「ええと……それじゃあ……」

 

時は戻る。

 

「ふー、スッキリしたぁ」

 

シャルが迷いを振り切り、毅然とした表情になる。

 

ここは地下運動場。

 

広さはだいたい東京ドーム1つ分くらいだろうか。

 

地には土の上にやわらかな軽い砂が敷き詰められ、その地面を囲むように立てられた黒々とした重厚な合金の壁群には抉られたような痕や傷が無数についている。

 

その壁の向こうには無数の椅子が並べられ、そこから見下ろせる観客席になっている。

 

そこはさながらコロシアムと呼ぶに相応しいものである。

 

普段は修練場として解放されているが、毎月15日と終日、観客席に一般人を招いてハンター同士の戦いを公開するのだ。

 

そんな戦いの祭典の舞台で、互いの力を知るために二人は相見える。

 

審判役として、受付にいたミカエルが凛とした声で説明を始める。

 

「決着は相手が戦闘不能、もしくは戦意喪失するまでとする。武器の使用は無制限、只し、開始までにこの場に持ち込まれていることが条件である。では双方」

 

 

「始めッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後悔先に立たず

『始めッ!』

 

そうミカエルの言葉が辺りに響いた瞬間、シャルは躊躇なく駆け出していた。

 

数瞬とかからず平塚の懐に潜り込み、短い気合いの一声と共に平塚の腹を思いきり蹴りあげる。

 

「シッ」

 

ズドッっという鈍い音と共に平塚の身体が浮き上がり、空中に放り出される。

 

すかさずシャルは持っていた銃を平塚に向かって乱射する。

 

土埃が舞う風を切って平塚に向かう弾丸は、容赦なく平塚の肉体に突き刺さっていく。

 

「あっ」

 

さすがにすべて当たるとは思わなかったのだろう、シャルが声を出す。その間に平塚の身体は地面に叩きつけられる。

 

「(まさか、死んじゃった……?)」

 

そう思ったところで平塚がむくりと起き上がる。

 

実に奇妙な光景だ。

 

シャルの攻撃をくらっても傷ひとつ付かず、何事もなかったかのように立ち上がっているのだから。

 

パラパラと金属片が落ちるような音がする。

 

平塚の足下を見ると、小さな弾丸が複数転がっている。

 

その形は潰れたようにひしゃげていて、元の形を留めていない。

 

「まさか、と言いたげな顔だね、シャル」

 

平塚が口を開く。

 

「開始直後に打って出たのは評価する。見事に不意を突かれて反応するのが遅れたよ。一瞬遅れていたら危なかったかもしれない。だが」

 

淡々と平塚は今の攻撃の評価を始める。

 

「蹴りを入れてから銃に切り換えるとき一瞬だが遅れていた!躊躇したな?シャルロット!なぜ本気を出さない!」

 

シャルに対して吼える平塚。

 

『今の一瞬であったことを説明するするならば、シャルちゃんが蹴りを入れてから銃に切り換えるまであった時間は0,2秒。常人ならば瞬き1つで過ぎてしまう時間でシャルちゃんが銃を取り出した!けど刹那だけ躊躇った!!それが遥斗さんに傷ひとつ付けられなかった原因なのデェス!』

 

と、マイクを握りしめ実に楽しそうにミカエルが解説する。

 

「はい、詳しい解説ありがとう、ミカエルさん」

 

手を軽く振ってミカエルに礼を言う平塚。

 

「蹴りは良かった。その躊躇いは捨てた方がいい。それでは俺を守る前に俺に守られることになる」

 

その言葉を言いながら平塚は悲しい目をしている。

 

シャルを見透かすような目。

 

或いは。

 

在りし日の自分を見つめるような目だろうか。

 

「すみません……頭冷やしてきます」

 

そう言ってシャルは俯いたまま踵を返す。

 

「あーあ、遥斗君がシャルちゃん泣かしちゃった」

 

観客席で事の次第を見ていたガブリエルが茶化す。

 

「し、仕方ないでしょう?相手を思いやることも大事でしょうが」

 

ぱんぱんと服についた土埃を払いながら平塚が言う。

 

「思いやったが結果殺されたら意味はない」

 

 

シャワールームにて、シャルは火照った身体を冷水で鎮めていた。

 

「(あの人の言うとおりだ……)」

 

シャルは後悔していた。恥じていたのだ。自身の甘さを。

 

「(あの目……私は……)」

 

あの目が見ていた。

 

蹴りを入れた瞬間にも。

 

銃を撃ち込んだ時も。

 

平塚は瞬き1つせずにシャルの攻撃を受けきった。

 

あの瞬間、蹴りを右手で受け、衝撃を空中へいなし、両手で弾丸を防ぎきったのだ。

 

目には見えなくとも足裏の感覚でわかった。

 

目には見えなくとも、耳には肉を貫く音が伝わってはこなかった。

 

あの強さに震えた。

 

獣人族ですら持ち得ないあの驚異的なまでの観察眼とそれに対応する体術。

 

「(私は……私はあの人に近付きたい!追い越せなくてもいい!)」

 

そう思考してから、シャルはシャワールームを飛び出した。

 

長い廊下を一息で駆け抜け、平塚のいる休憩室のドアを開ける。

 

すると

 

「「あ」」

 

丁度廊下に出ようとしていた平塚と正面からぶつかる。

 

バランスを崩した平塚が咄嗟にシャルを庇って転身した結果、床に強かに頭を打ち付ける。

 

「平塚さん!」

 

「っつつ……シャ……ル……?」

 

シャルが平塚に覆い被さるように倒れている状態から起き上がる。

 

つまりは馬乗りの状態であるのだが。

 

「もう一度、戦ってください!追い付きたいんです!あなたを守れるくらいに!」

 

「……あ、あぁわかった。わかったから」

 

そう言いながら、平塚はシャルから目を逸らす。

 

「……とりあえず服を着ろ」

 

そう言った平塚の頭と鼻から鮮血が溢れだす。

 

シャワールームから直行してきたシャルは所謂生まれたままの姿、分かりやすく言うと全裸なのである。

 

「きゃぁあああ!!」

 

悲鳴と平手打ちのパァンという音と共に平塚の意識は刈り取られた。

 

最後に聞こえたのは

 

「平塚さん!?平塚さん!!」

 

という、平塚の身を案じるシャルの声だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャルの力

 

再び。

 

場所は運動場。

 

両者は向かい合う。

 

「とは言ったものの」

 

意識が戻った平塚は頭部に包帯を巻き、シャルに叩かれた左頬に湿布を貼り付けながらくぐもった声を出した。

 

「また気を抜いたりしたら次はどうなるかわからないからね?」

 

「わかってます。はじめからおもいっきりいかせてもらいます!」

 

気合充分にシャルは答える。

 

「その意気や良し。じゃあミカエルさん、お願いします」

 

『わっかりましたぁ!それでは双方、構えて!』

 

ミカエルの号令でシャルはライフルを持って脚を軽く折り、四肢に力を込める。

 

一方、平塚は無手の状態でだらんと脱力している。

 

対極ともいえる両者の構えの中で、ついに開始の合図が

 

『始めっ!』

 

発せられる。

 

 

 

平塚は開始の合図と共にシャルに向かって駆け出した。

 

本気を出すと言ったシャルに仕掛けるためだ。

 

平塚の間合いまであと3歩。

 

シャルは息を吸い込んでいる。

 

平塚の間合いまであと2歩。

 

シャルはまだ動かない。

 

平塚の間合いまであと……1歩。

 

目と鼻の先にまで平塚が接近したところで、シャルが片足を地面に打ち付ける。

 

途端、地面の土砂が舞い上がり、平塚の間合いからシャルを遠ざけ、平塚の突進は失敗に終わる。

 

「ッ!」

 

シャルの意図を察した平塚は静かに目を閉じる。

 

辺りは土埃が舞い、空気中の細砂が目の自由を奪う。

 

乱れた視界を頼るよりは聴覚、嗅覚を用いて察知した方がいいと判断したようだ。

 

「(今のは……あぁ、気と共に地面を撃ち抜いたのか。……シャルは何処に?)」

 

そこまで思考したとき、平塚の耳がシャルが風を斬って進む音と、なにやらダンッ!というなにかがぶつかるような奇妙な音を捉えた。

 

 

「シッ!!」

 

シャルは空中を飛んで……否、跳んでいた。

 

ダンッ!という音はフィールドを囲んだ重厚な鉄の壁をシャルが蹴りつけて空中に躍り出る際に生じる音だ。

 

空中に舞う砂埃の周囲を半球型を成型するように、何らかの意図があるかのように空中を跳び回っている。

 

その速度はおおよそ人間が出せるようなものではなく、明らかに物理限界を越えた速度で風を生み出している。

 

「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ!!」

 

息を切らし、眼を紅く染め、顔を激痛に歪めながら。

 

それはシャルが平塚に認められる為に出した全力の代償だった。

 

[血擦]。

 

血中の成分を限界まで擦り減らし、筋肉に取り込むことによって己の身体限界のさらに最果てにある力を引き出す獣人族に伝わる奥の手。

 

 

だが、それは自らの命を削ることによって得られるドーピング作用であり、場合によっては廃人、死人となる事もある非常に危険な状態の事を言う。

 

 

「(命が減ろうと構わない……それでも……私は!)」

 

シャルのただならぬ決意を感じ取り、平塚は目を見開く。

 

霞む視界に紅くたなびく光を捉え、シャルが血擦を使っていることを目にした平塚は奥歯を噛み締める。

 

「なんということを………!」

 

平塚は決死の覚悟で飛び回るシャルに対して複雑に感情の入り乱れた眼差しを向け、シャルに向かって突き進んでいく。

 

丁度平塚が土埃の中心に立ったとき、シャルに対して口を開く。

 

「血擦を解け、シャルロット。俺はお前を失いたくはない」

 

ダダンッ!という音と共にシャルが平塚の正面にある壁に降り立つ。

 

「おもいっきりいかせてもらいますと申し上げました!聞こえなかったんですか!」

 

「なにも命を擦り減らせとは言ってはいない!いいから血擦を解け!」

 

真っ向から意見をぶつけ合うシャルと平塚。

 

「命を擦り減らしてでも!あなたを殺してでも私は平塚さん!あなたに認めてもらう!それが私の決意です!!」

 

そう言って、ダンッ!と壁を蹴り抜いて平塚に向かって特攻するシャルに、平塚は大きなため息をつき、はじめて戦闘の構えをとる。

 

「いいから血擦を解け!シャルロット!!」

 

「私は!あなたに認めてもらいたい!」

 

両者が交錯する。

 

平塚はシャルの土手っ腹に掌底を喰らわせる。

 

対するシャルは。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

なにもせず土埃の中から押し出され、

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

もんどりうって壁に背中を打ち付ける。

 

「ガフッ」

 

吐血するシャル。

 

だが。

 

 

シャルはボロボロになりながら左手を突き出し、握っていたものがポロポロと溢れ落ちる。

 

それは封の開いた薬莢だった。

 

シャルの掌の所々に黒い粉塵がついている。

 

それを見た平塚は空気中の匂いを嗅ぎ、空気中に漂う物質の正体を知る。

 

「しまった……火薬か……!」

 

 

「私の……勝ちです……平塚さん!」

 

シャルはライフルの引き金を絞る。

 

弾では平塚は倒せない。

 

だとしたら、巨大な爆発ならば。

 

 

粉塵爆発。

 

 

凄まじい爆音と衝撃のなかで、平塚はごきりと首をならした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャルの過去

爆音が耳を、硝煙が鼻を、痛いほどの熱が肌を刺す。

 

シャルが放った銃弾は空気中を滞留する火薬に当たり、その際に生じた火花を起点に粉塵を巻き込んで爆発を引き起こした。

 

「う……ああああああああ!」

 

無論、弾丸を放ったシャルも無事では済まなかった。

 

引き金を引いた時、少なからずシャルの周辺にも粉塵は在ったのだ。

 

結果、残りの弾丸によって銃は暴発し、シャルの右腕、肘から下は欠損していた。

 

爆発によって肉は削れ、白い骨が鮮血にまみれながら震えている。

 

「ッ!」

 

左の掌を右脇に入れ、力一杯血管を圧迫する。失血による死を防ぐためだ。

 

『シャルちゃん大丈夫!?そのまま動かないで待ってて!医療班!医療班!』

 

ミカエルが迅速にシャルの怪我の対応をしている。

 

だが。

 

「(駄目、だ)」

 

 

血は止まらない。

 

目は霞み、意識は朦朧とし、酷く耳鳴りがする。

 

それでも血は滴り落ちる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

その滴が突如として空中で止まる。

 

それはあくまでも思考速度が跳ね上がったことによるシャルの主観なのだが。

 

走馬灯というものだろうか、シャルの記憶が遡っては流れていく。

 

自分と同じ、猫耳の少年少女老若男女様々な人との会話がまざまざと甦る。

 

それは幸せだったことだけではなく、苦しく、辛かった記憶もつい先程起こったことも瞬時に頭のなかを駆け抜ける。

 

「(何……これ………)」

 

同族が殺されている。

 

同族が食べられている。

 

シャルの父親が。

 

シャルの母親が。

 

シャルの兄が、姉が、妹が、弟が。

 

叔父が叔母が祖父が祖母が。

 

友達が先輩が後輩が名も知らぬ人々が。

 

頭蓋を砕かれ、手足を毟られ、腸を引きずり出され、肉を貪られている。

 

大いに咀嚼されている。

 

 

シャル逃げろ、と誰かが叫んだ。

 

その誰かも断末魔の声をあげて喰われていく。

 

或いは逃げろと言うのが断末魔だったのだろうか。

 

彼女は逃げた。

 

昼夜を問わず。

 

照り付ける晴れの日も。

 

土砂降りの雨の日も。

 

吹き荒れる風の日も。

 

降り積もる雪の日も。

 

走って。

 

走って。

 

走り続けて逃げた。

 

そして、何日走り続けたかもわからないほどに憔悴しきった彼女は力尽きた。

 

不眠不休で走り続けたからだろうか。

 

飲まず食わずで走り続けたからだろうか。

 

彼女は混濁する意識の中で、誰かの影を見た気がした。

 

次に目を覚ましたとき、彼女はベッドの中だった。

 

そこは大きな山の麓にある老夫婦が住まう木製の小屋で、お婆さんがそばに椅子に座って看病してくれていた。

 

倒れてから何日経ったのだろうか。

 

彼女はむくりと起き上がってから自分の髪が随分と長くなっていることに気がついた。

 

すると、目を覚ました彼女に気付いてお婆さんは食事を作ってくれた。

 

しばらくたったある日、お爺さんがシャルの髪を切ってくれた。

 

老夫婦は良くしてくれた。

 

見ず知らずの彼女をまるで孫と接するかのように。

 

彼女は申し訳ないと思いながらも、その優しさに甘えてしまった。

 

 

それから7日が経った。

 

その日の深夜、外で物音がした。

 

野犬が騒いでいた。

 

3人は眠け眼を擦りながら起き、お爺さんが外の様子を見に行って来ると言って、猟銃を持って出て行った。

 

5分ほどした後、辺りに銃声が響き渡る。

 

お婆さんは何かを察したようだった。

 

お婆さんはなにやら鍵のようなものを彼女に渡し、裏口から山に逃げるように言ってシャルを逃がした。

 

 

山の中腹まで来た時、振り返ってしまった彼女は目撃する。

 

闇夜に蠢く無数のかがり火に照らされる異形の者達と、小屋の辺りから上がる紅蓮の火柱を。

 

追ってきた、そう思った彼女は全速力で駆け出していく。

 

山の頂上まで来たところで、この山が活火山だということに気がついた。

 

その時、強い突風が吹き荒れ、シャルは強風に煽られて火口に真っ逆さまに落ちていく。

 

彼女が死を覚悟した瞬間、手に握っていた鍵が火口に落ちた。

 

すると溶岩を押し退けるかのように門が開く。

 

いや、その表現は相応しくない。

 

溶岩とシャルの間にある空間を歪めて、門が開いたのだ。

 

ポッカリと口を開け、待ち受けるかのようにシャルを飲み込み、やがて門は閉じる。

 

そして、彼女は真実を思い出す。

 

「ま……だ…死ね……ない…」

 

時間は動き出す。

 

シャルの瞳に光が戻り、思い出したかのように呼吸を始める。

 

肺が空気を取り込み、酸素を血中に取り込ませる。

 

血液は移動し、全身を巡っていく。

 

依然として血は止まらない。医療班はまだ来ない。

 

当然だ。ミカエルが対応してからまだ十数秒しか経っていないのだから。

 

「死にたく………ない……」

 

涙を流しながらそう溢すシャルの前方で、黒煙をあげていた場所に変化があった。

 

 

立ち上る黒煙の中から平塚が現れる。

 

「絶対に、お前を死なせはしない」

 

そう言って平塚は。

 

・・・・・・・・・・・・・

己の手首を手刀で切り裂いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再生

黒煙を掻き分け、確かな足取りでシャルに歩み寄る平塚。

 

その焼け焦げた皮膚とその表面についた無数の傷からは爆発の凄まじさが窺える。

 

だが、平塚はそのような傷をものともせず歩み寄る。

 

「平塚さん……なん、で」

 

爆発をもろに食らった筈の平塚の様子を見て、瀕死のシャルが驚きの声をあげる。

 

「もう喋らない方がいい。質問なら、後でゆっくりと聞いてやる」

 

平塚の言葉にシャルがゆっくりと頷く。

 

「……せないから」

 

「……え?」

 

消え入りそうな平塚の声に、思わず聞き返すシャル。

 

「絶対に、お前を死なせはしない」

 

そう言って、平塚は己の右手の指を真横に揃えて、自らの左の手首を掻き切った。

 

傷からは血液が吹き出し、乾いた地面が鮮血で潤される。

 

「何を……ッ!?」

 

思わず声が出たシャルの口に左手首をあてがう。

 

「飲み込んで」

 

シャルは平塚に言われるがまま、平塚の血液を飲み込む。

 

紛う事なき血の味。

 

鉄分を含んだヘモグロビンが口の中いっぱいに広がるのを必死で飲み下す。

 

十数秒は経っただろうか。

 

平塚が手首を押さえながら腕をシャルの口からはずすと、新鮮な空気がシャルの咥内を満たした。

 

失われた血液が戻ってきたかのような感覚がある。

 

ふと、シャルが自身の右腕を見ると十数秒前まで骨が剥き出しになっていた腕が癒えていく様が見ることができた。

 

まずは骨が指の先まで再生し、次に筋肉が骨に沿うように再生を始めた。

 

数十秒もすれば皮膚も再生し、すっかり元通りとなるだろう。

 

問題は、なぜこの現象が起きたのか。

 

その原因はひとつしか有りはしない。

 

平塚の血だ。

 

「あの」

 

シャルは体を起こし、平塚に声をかける。

 

平塚は手首から手を離し、傷を確かめるように触ってから口を開いた。

 

「聞きたいことはわかってるさ。あの爆発からどうやって逃れたのか、それと何故私の傷は治ったのか。だろう?」

 

シャルは頷く。少し黙ってから平塚は説明を始めた。

 

「君が爆発を引き起こしたのと同時に、所謂電気火花を能力を使って形成した。その火花で粉塵と火薬に引火させて、自分から爆発を引き起こさせたんだ。その結果、外からの爆発と内側からの爆発で威力が相殺される…………筈だったんだけど、実際には違うんだ。反応が少し遅れて、見ての通り爆発を受けてダメージを負ってしまった」

 

分かりやすく噛み砕いた説明を、さらに分かりやすく地面の砂を用いて図解までつけた説明だった。

 

「ここまでは、ご理解?」

 

「は、はい。それで、なんで私の腕は……?」

 

本題、シャルの腕を治した平塚の血。

 

それを説明しようとした平塚は、遠くから聞こえてきた複数の足音で口を閉じ、わざとらしく『シーッ』と口の前に指一本を縦に置いた。

 

 

「シャルちゃーん!」

 

「オゴッ」

 

ガブリエルの声に振り向くシャルの胸にガブリエルが飛び付く。

 

否、それは飛び付くと言うよりかは鳩尾にヘッドバットと言った方が良い代物であった。

 

悶絶しながらガブリエルの玩具になるシャルを他所に、やっと到着した医療班がラファエルにこっぴどく叱られていた。

 

班員が一人、短時間持ち場を離れた事が到着が遅れた原因のようだった。

 

「ガブリエルちゃん、ラファエルちゃん!そろそろお仕置きは終わりにして、契約の儀に移りませんか?そろそろシャルちゃんも残存マナの限界でしょうし……」

 

ミカエルが助け船を出す。

 

ガブリエルは当初の目的を思い出したように渋々シャルの胸から手を離す。

 

「仕方ない、シャルちゃんがあっちに帰っちゃったら僕もつまらないしぃ、さっさと契約を済ませて続きを………」

 

ガブリエルがそこまで口にしてから目を開くと平塚の般若の形相が目に入る。

 

「す、するのはやめてぇ、シャルちゃんの歓迎会やろうぜ!!」

 

今度は一人で勝手に盛り上がるガブリエルを他所に、シャルは平塚に耳打ちする。

 

「あ、あの」

 

「どうかした?ん、あぁ、契約の儀のこと?」

 

コクコクと頷くシャルに対して、少し考え込んでから説明する。

 

「生き物が出身じゃない世界に留まるために必要なマナって言う力があるんだけど、それは元々1つの世界に1つしか存在しちゃいけないものなんだ。そして、異なるマナはより大きなマナに吸収されてそのマナの大元、オドの一部となる。つまり、今のシャルのようなモンスターは出身じゃない世界にいるわけだから、徐々にマナが吸収されてしまう。マナがなくなると元の世界に強制的に戻されてしまって、二度と世界を渡ることが出来ないらしいんだ。だから、契約の儀によってマスターのマナを供給してもらうことでこの世界に留まっていられるようにするのさ。」

 

聞いたこともないような話に目を白黒させながらシャルは頷く。

 

「さぁ、始まるよ」




駆け足過ぎるな……この回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約

 

「それじゃあ始めようか」

 

ガブリエルはそう言って、運動場の砂の上になにやら魔方陣のようなものを書き込み始めた。

 

ラファエル、ミカエルも同じようにして魔方陣を描き、その中心に自らが直立する。

 

「遥斗くん、シャルちゃん、そこに立って貰えるかな?」

 

ガブリエルが言う通りにそのポイントに移動する二人。

 

「心の準備が出来たらいつでもはじめて良いよー」

 

間の抜けた声でガブリエルがそう言うと、平塚が深く息を吸い込んでから口を開く。

 

「__告げる」

 

そう言った途端、平塚とシャルを囲むようにして立つ三者の魔方陣を繋ぐようにして蒼白い光の線が浮かび上がる。

 

『彼の大いなる力は循環する。大地を潤し、大海を育み、大空を蒼く染める』

 

蒼白い光は魔方陣を基準に円を描く。

 

『だが、彼の者はすでに亡く、故にこの世に救済などはありはしない』

 

平塚の言葉に合わせるかのように光は多岐に別れては結び合い、その軌道は様々な模様を描いていく。

 

『我らは世の理を護りし者。我らは世の安寧を望む者』

 

やがて光は外周を囲む鉄の壁にまで到達し、その地面との接地面に沿って円が描かれる。

 

平塚の足元にも変化が顕れ始める。

 

光が円を描き、平塚の言葉に呼応するかのように陣が形成される。

 

それと同時に、両者の右手の甲にも陣が描かれる。

 

模様は、地面に刻まれているものと一致している。

 

『我が同胞に我が力を分け与え給え』

 

平塚がそう言うと陣が一際眩い光を上げ、やがて消える。

 

光が消えると、シャルの身体に力が流れ込む。

 

それは平塚の血を飲んだときと同じ感覚だった。

 

「お疲れさま、シャル。どこか違和感とかある?」

 

詠唱を終えた平塚がシャルに話しかける。

 

「………」

 

手に描かれた魔方陣をじっと見つめているシャル。

 

「……シャル?」

 

「ひ、ひゃいっ!?」

 

軽く肩を叩いた平塚に、素頓狂な声をあげるシャル。

 

「だ、大丈夫?」

 

「は、はい!少し元気すぎるくらいに!」

 

「そっか、それは良かった……んだけど、その様子じゃやっぱり少し馴染んでないみたいだね」

 

顎に手をやり、少し考え込む平塚。

 

「あの、やっぱりって?」

尻尾を?の形にしてシャルが聞くと平塚が口を開…

 

「あぁ」

 

「それは遥斗君の属性とシャルちゃんの属性が違うからですね」

 

こうとしたが、ミカエルが先に説明を始める。

 

「遥斗君の属性は光。対して、シャルちゃんは水。三竦みの火、水、木の三属性程ではないけれど、他属性のマナが身体に馴染むには時間がかかりますよ。マナ切れの心配はないと思いますが」

 

噛み砕いた説明にシャルが納得すると、近付いてきたガブリエルが割り込む。

 

「さぁ!契約の儀も終わったことだし!今日はシャルちゃんの歓迎会だよ!」

 

実に屈託ない笑顔でガブリエルがそう言うとラファエルが首をかしげて口を開く。

 

「やるのは良いけど、どこでやるの?店だとお金かかるよね?」

 

「え?遥斗くんの家に決まってるじゃないか!料理は遥斗くんに作ってもらって、お酒も遥斗くんの家にあるやつ!」

 

即答。ガブリエルがその回答を導き出すのにかかった時間は0.000001秒以下。もはや彼女のなかでは決まったも同然だったようだ。

 

「俺の意思は無視ですか……まぁ、構いませんが……」

 

若干項垂れる平塚にガブリエルがアホ毛を?にして聞き返す。

 

「あれ?いつになく素直だね?いつもなら反抗してくるのに」

 

「今日は食事のお誘いも兼ねて来たんですよ。久々にみんなで食事するのも悪くないかなって」

 

平塚がそう言うと、ミカエルとラファエルが目を輝かせる。

 

「遥斗君の手料理、久しぶりですね!」

 

「さっきお弁当食べたばっかりだけどねぇ」

 

「むー、ラファエルは良いですよね、家に帰れば作り置きの遥斗飯があるんだもん」

 

「へっへーん、良いでしょー!……でも、たまには作りたてのも食べたいのよねー」

 

頬を膨らませるミカエルと豊満な胸をこれでもかと張るラファエル。

 

「そうと決まれば、早速食材の調達だよ!シェフ!今日の食材はなーに?」

 

ぴょんぴょんと跳ねながらガブリエルが平塚に聞く。

 

「シャルが食べたいもの……シャル、何が食べたい?」

 

「えっ」

 

聞かれるのは予想外だったのか、それとも考え事をしていたのか、シャルは少し考え込んでから口を開く。

 

「お魚が、食べたいです」

 

じゅるりと思わず涎が口の端から垂れたのを慌てて拭くシャルに平塚は少し笑いながら頷く。

 

「わかった。なら、鰻さんのとこの魚を買って帰ろうか」

 

そう言って全員は身仕度を整える。

 

そんな中、ぼんやりと考え込むシャルを平塚は見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

買い物

 

「おっ!来たねぇ!遥斗くん!……とぉ、天使さん御一行!よぉこそいらっしゃいました!」

 

閉店間際に魚を買いに来た平塚たちを店主の鰻は歓迎した。

 

嫌な顔ひとつ見せずに厳つい無精髭の生えた面をくしゃっと笑わせて見せる。

 

「今日のおすすめはなんですか?」

 

ラファエルが魚を見ながら店主に聞くと、鰻は少し苦笑いして顎の下に手をやりながら答える。

 

「いやぁ、今日はもう魚屋は閉めようかと思ってたもんで、あんまりモノはないんですがねぇ……あぁ、そうだ!」

 

そう言って鰻はドタドタと店の冷凍庫に駆け込んでいった。

暫くして、冷凍庫から出てきた鰻の手には大きめの発泡スチロール箱が。

 

「これは?」

 

「遥斗くんが来ると思って、目ぼしいモノを取っておいたんだ。鯵に鯖に鰈に烏賊にホタテに牡蠣、海老とかそんな感じの詰め合わせだ!うんまいぞぉ~?」

 

「買った」

 

半ば興奮して言う鰻に、財布を取り出して金を払おうとする平塚。

 

「即決はやいねぇ」

 

「まぁ無理もないよね、シャルちゃんがそんな状況だもん」

 

呆れ顔でそう言うラファエルに、ガブリエルが横目でシャルを見ながら言う。

 

そのシャルはと言うと。

 

「(ぐぅぅぅぅぎゅるるるるるる)」

 

空腹を訴えるお腹を押さえてしゃがみこみ、膝で顔を隠しているが激しく耳まで赤面していた。

 

「遥斗くん、あの子、大丈夫かい?あれ、君のコレだろ?」

 

そう言って鰻がにやけながら小指を立てる。

 

「違いま……すよ」

 

「お?今の間はなにかな?ん?」

 

なお追求してくる鰻に、平塚が溜め息をつく。

 

「……鰻さん」

 

「あ、ごめんごめん!すぐに会計済ませるよ!」

 

「……それもなんですけど、これ、次の祭りの三日前までに用意できますか? 」

 

そう言って平塚は書類の束を鰻に見せる。

 

「可能だけど…あぁ、こりゃあ……もしかしてあの子のかい?」

 

書類とシャルを一瞥してから平塚に聞き返す。

ゆっくりと頷く平塚に、今度は鰻が溜め息をつく。

 

「契約、ねぇ……」

 

腕組をして物思いに耽る鰻の目に、キラリと滴が光った。

 

「今度はちゃんと、護ってやれ。いいな?」

 

「勿論です。もう2度と、あんな思いはしたくありませんから」

 

 

 

「ねぇ、鰻さんと何を話してたの?(モグモグ)」

 

シャルが尻尾を?にして聞いてきた。

 

店を出て、夕焼けのなかを五人は歩いている。

 

平塚の手には海産物の入った箱がある。

 

「……魚をどうやって食べたらいいか、参考までに聞いてきたんだよ」

 

「それでそれで?どうやって食べるの??(ハムハム)」

 

ガブリエルがそう聞くと、平塚は少しばかり意地悪な顔をして答える。

 

「ナ・イ・ショ」

 

「お姉さんには教えてくれるよねぇ?遥斗くん?(ムシャムシャ)」

 

ラファエルが平塚に寄り掛かって聞いてくる。

 

「んじゃあシェフのお任せってことで」

 

今晩のシェフ、平塚は表情ひとつ変えることなくそれをスルーする。

 

「あ、あの、食べながら喋るのはやめましょう?お行儀悪いですよ?(マグマグ)」

 

「おまいう」

 

思いっきり言動と行動が矛盾しているミカエルに対して容赦ない突っ込みを浴びせる平塚。

 

平塚の厚意で鰻特製おにぎりを買って貰った四人はそれを平らげて談笑を始める。

 

歩き始めて十数分。平塚は自身が住むマンションの前にて立ち尽くしていた。

 

正確には、彼の前に広がる光景を見て立ち尽くせざるを得なかったのだが。

 

その光景は。

 

金髪の絶世の美女が。

 

昔のホラー映画さながらといった感じで。

 

地べたを這ってこちらに向かってくるという光景だった。

 

ゆっくりとではあるが、確実に。

・・・・・・・・・・・・・

口の端からよだれを垂らして。

 

「ルシファーさん……何してるんですか」

 

「………ぁ………あ………」

 

ルシファーと呼ばれた女性は顔を上げて言う。

 

 

 

「……………………おなか、すいた」

 

と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宴会

 

 

 

「んぐっんぐっ……プッハー!生き返るぅ!!」

 

そう言ってルシファーは大ジョッキに並々と注がれたビールを飲み干す。

 

「それで、なんであんなところで呻いてたんですか」

 

平塚が台所からルシファーに質問を投げ掛ける。

 

「ヒック……それは遥斗、お前が何も言わず出掛けるからだろ?私を一人置いて!」

 

「俺はちゃんと声かけましたが。年中二日酔いで飲むか寝てるのかのどっちかしかしてない人が悪いんですよ」

 

揚げ物特有の音と共に、平塚の愚痴が台所から聞こえてくる。

 

どうやら魚のフライか何かを揚げているようだ。

 

「なら書き置きくらいしてくれたっていいじゃない」

 

「しましたよ?それを寝惚けて握り潰して灰にしたのはどこの酔っぱらいだったかな」

 

それを聞いて拗ねたようにビールを煽るルシファー。

 

 

平塚の前でルシファーが力尽きてから、大体2時間程が経つ。

 

持っていた箱を右肩にのせ、倒れているルシファーを左脇に抱えて平塚は階段を上る。

 

他の三天使はルシファーを見ながら呆れ顔になり、シャルは予想だにしない展開に目をぱちくりとさせていた。

 

平塚の部屋に運び込み、ルシファーを床に寝かせるやいなや、平塚は開いている口に缶ビールを流し込む。

 

咥内に溜まった黄金色の液体はみるみるうちに飲み下され、ルシファーが目を覚ます。

 

が、目は虚ろで上の空である。

 

「おなか、すいた」

 

「はいはい」

 

目の焦点が合わないルシファーが言った通りに平塚がルシファーの口に朝作ったのであろうサンドイッチを突っ込む。

 

むぐむぐ言いながらルシファーが残りも平らげていく。

 

「遥斗くん、お風呂の準備出来たよー」

 

ミカエルが廊下から顔を出す。どうやら風呂の準備をしていたようだ。

 

「んじゃ、あとは局長よろしくです」

 

「あいあいさー!」

 

シャルとルシファー、ラファエル、ミカエルがガブリエルに連れられて風呂場に行く。

 

来る途中の会話のなかで、

 

『ながしっこしようぜ!』

 

とガブリエルが言い出したのが事の発端である。

 

「さて、と」

 

平塚は買い取った食材を列べて調理を始める。

 

「牡蠣と烏賊と鯵はフライにして、大きなホタテは貝つきのままオーブンで焼いて……鯖は明日の朝食べる用の味噌煮にして、海老は……」

 

おおまかなメニューを決めていく。

 

手際は良く、魚を捌く包丁に迷いはない。

 

「秋刀魚はとりあえず刺身で良いか、魚のアラは…」

 

 

「ママ~ご飯まだぁー?」

 

「誰がママだ」

 

我慢しきれなくなったガブリエルが平塚に軽口を叩きつつ台所に来る。緑髪からはシャンプー特有の良い香りがする。

 

「それじゃ、ガブリエルちゃんにも盛り付けとか運ぶのを手伝ってもらいましょう」

 

汁物を盛り付けながらミカエルがそう言うと、ガブリエルはお盆を持ってくる。

 

「あ、これ熱いから気を付けてね?」

 

「あーい!」

 

ミカエルの盛り付けた汁物を慎重に運ぶガブリエル。

 

リビングでは、シャルとラファエルが談笑している横で、ルシファーが酒を煽っている。

 

「んじゃ、料理も出揃ったところで飯にしましょう」

 

「はーい!」×5

 

テーブルに所狭しと並んだ料理を見て五人はごくりと喉をならす。

 

秋刀魚や鮪、烏賊の刺身から始まり、フライの盛り合わせに殻焼きホタテ、彩り鮮やかなサラダにピッツァ、ブリの照り焼きなど、バリエーション豊かな出来立ての料理達が目の前に広がる。

 

「いただきます」

 

「いただきまーす!!」×5

 

そう言うやいなや五人は箸を閃かせて料理を口に運んでいく。

 

「ッ!?」×5

 

次の瞬間、五人の味蕾に衝撃が疾る。

 

「このフライ、揚げ加減最ッ高!」

 

とはガブリエル。

 

「このホタテ、ンまぁああ~い!」

 

とはルシファー。

 

「複数の魚のアラから出た複雑な出汁のポテンシャルを塩コショウというシンプルな味付けだけで全て余すことなく引き出している!なおかつそこにバターを落とす事で魚の旨味が口の中いっぱいに広がる!」

 

とはシャル。

 

「こっこれはぁぁ~~ッ!この味はぁぁ~ッ!ブリのさっぱりとした所に照り焼きソースの濃厚な部分が絡みつく旨さだっ!ハーモニーっつーんですかぁ~!味の調和って言うんですかぁ~!たとえるならアダムとイヴ!トリンとリント!っつー感じですよぉ!!」

 

と、涙を流しながら食べ進めるミカエル。

 

一斉に食べた料理の感想をぶちまける五人の言葉を受け流して平塚はアラ汁を啜る。

 

「ん、んまい」

 

ラファエルはというと、平塚の手を取り頭を下げながら

 

「うちに嫁に来てください!」

 

とまで言い始める始末。これには平塚も

 

「俺がかよ」

 

と、呆れることしか出来なかった。

 

「はぁ~幸せ……♪」

 

「もう動けない……」

 

天使達が腹を抱えて動けなくなる中で、シャルと平塚は台所で洗い物をしていた。

 

「そういえば……シャル」

 

「はい?」

 

ある程度洗い物が片付いたところで、平塚は話を切り出す。

 

「記憶、思い出したんだろ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目的

 

 

「記憶、思い出したんだろ?」

 

平塚は前置きもなく話を切り出した。

 

シャルの動きが止まり、持っていた皿を取りこぼしてしまう。

 

床に落ちる寸前で皿を受け止める平塚に、シャルは口を開く。

 

「な、なんで……」

 

「……契約の後」

 

一呼吸置いてから平塚は立ち上がる。

 

「思い詰めてる感じがあったから」

 

ずば抜けた観察眼故だろうか。

 

「……あの時」

 

胸を抑えて、押し出すように答えるシャル。

 

「走馬灯って言うんでしょうか……生まれてからの記憶が頭のなかで流れたんです。楽しかったことだけじゃなく、嫌なことまで……」

 

やがて震えを抑えるように肩を抱くシャルを、平塚は抱き寄せる。

 

シャルの呼吸は荒く、過呼吸の症状に似ている。

 

「無理はしなくて良い。自分のペースで良いんだ」

 

「……っは…い」

 

シャルが落ち着くまでに十数分の時を要した。

 

ソファに仰向けで横になり、額に濡れタオルを載せた状態で、シャルは説明する。

 

シャルの一族がシャル一人を除いて敵の手に落ちたこと。

 

シャルがこの世界に来れた理由とその経緯。

 

思い出した記憶を、全て。

 

「門番の老夫婦と、それを襲った者達、ね」

 

平塚は顎に手をやり、首をかしげる。

 

「にしても、なんでシャルを狙った……?奴らの目的はなんだ……?月嶋の陰謀なのか……?」

 

「そうそれ!僕も気になったんだ!なんでシャルちゃんを狙ったのかな?なにか目的があっての事なんだろうけど……」

 

ガブリエルが手を上げて疑問を投げ掛ける。

 

「情報が足りなさすぎますね……っと、何見てるんです?ミカエルさん」

 

ミカエルが空中を見つめては右手人差し指を滑らせている。

 

「あぁ、すみません。これを」

 

そう言ってミカエルはテレビに向かって指を振る。

 

すると文面が画面に映し出された。

 

ゲートの向こう側の調査員からの報告書だろうか。

 

「これって……」

 

「数時間前、門番の一角、ウンディーネが襲撃され、殺されました」

 

周辺の村々を巻き込んだ襲撃とされ、惨状が映し出された。

 

「月嶋の犯行かい?」

 

「そのようですね……手口から何から、他の被害の場所と似通った点が多く挙げられています」

 

シャルが身体を起こして画面を見つめる。ある一点を見つめたとき、シャルの目が止まる。

 

「……こ、これって」

 

一点を指差してシャルが絶句する。そこには、黒い月の中に蠢く無数の不気味な目がこちらを見つめるマーク。

 

「月嶋の一派のシンボルだね……」

 

「こいつらです……私を襲ったのは」

 

シャルが声を絞り出す。その声は憎悪にまみれ、眼は悔しそうに歪んでいる。

 

「間違いないんだね?」

 

そういったガブリエルに、シャルはゆっくりとだが、確かに頷く。

 

「月嶋の犯行なのは確定か……それにしたってシャルを襲った理由はなんだ……?」

 

「シャルちゃんは門番とは関係ないからね……奴等が門番を殺すのはこちらへのゲートを確立させるためだし……」

 

平塚とラファエルが頭を悩ませながら唸る。

 

頭のなかで組み立てようとするが、どうにも情報が足らずに正解にたどり着けない。

 

「あーもう!わからん!」

 

頭をガシガシと掻いてから、平塚が資料を読み耽り始める。

 

「それで、シャルちゃんはどうしたいの?」

 

ラファエルがシャルの目を見て聞く。

 

「私は……」

 

「……」

 

「殺したい?」

 

「そ、それは……」

 

ラファエルの問いに戸惑うシャルの様子を見て、ラファエルは安心したように息を吐きだす。

 

「シャルちゃんはそれで良いんだよ」

 

そっとラファエルがシャルの頭を撫でながらそう言う。

 

「シャル。落ち着いて聞いてくれ。俺は君を月嶋との戦いに巻き込みたくない。だから……今ならまだ間に合う。俺との契約を破棄することだって……」

 

平塚が言葉を言い終わらないうちにシャルが口を開く。

 

「わ、私は……私は月嶋を止めたい!こうしてる間にもどこかで私と同じ思いをしてる人がいるかもしれない。だから」

 

「私、戦います。その為に、戦い方を教えて下さい。平塚さん」

 

シャルの決意を、平塚は真正面から受け止める。

 

「………わかった。妥協はなしだからね?」

 

「あちゃー……」

 

ガブリエル、ラファエル、ミカエルは一斉に頭を抱える。

 

「どうかしたんですか?」

シャルは首をかしげる。

 

「あのねぇ……シャルちゃん。遥斗くんの妥協なしは……」

 

3人は口を合わせて言う。

 

「「「地獄だよ!」」」

 

顔をひきつらせるシャルに、嬉々として平塚は口を開く。

 

「よし、んじゃあシャル。明日から一週間、合宿しようか」

 

「……は、はいぃ……お手柔らかに……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合宿その1

シャルは後悔していた。

 

『私、戦います。その為に、戦いかたを教えて下さい。平塚さん』

 

その言葉を言ったことに。

 

合宿が始まってからすでに三日が過ぎた。

 

その三日を、シャルは逃げ続けていた。平塚から。

 

辺りを真っ白な雪が大地を覆う雪山にて、初日に平塚に言われた言葉を思い出す。

 

『これから5日間、寝る時と食事の時以外、俺と鬼ごっこしてもらうよ』

 

そうにこやかにメニューを伝える平塚。

 

『俺に一回捕まるごとにその日の食事、一回抜きね』

 

にこやかに残酷なことを言ってのける平塚に、シャルは顔を引きつらせる。

 

それから三日。

 

高地ゆえの低酸素濃度に息をきらし、呼吸する度に容赦なく肺に叩き付けられる冷気に喘ぎながら。

 

それでもなんとか、平塚に捕まることなく走れている、のだが。

 

 

 

「はぁッはぁッ……」

 

木の陰に隠れ、乱れた呼吸を調えようとした瞬間。

 

ズドンという異音と、ミシミシというなにか繊維が引きちぎれる音がして、シャルはまた走り出す。

 

「休む暇なんて与えないよ~?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

逃げるシャルが視界の端で捉えた光景は、平塚がシャルの隠れた大木を文字通り殴って折り倒すという、まさに異様な光景だった。

 

 

数時間後。

 

昼飯時になり、平塚はキャンプしている洞窟にて昼支度をする。

 

「……………」

 

「はい、シャル。芋の子汁」

 

「………」

 

返事がない。

 

「おーい、シャル?おーい?」

 

「………」

 

放心状態で芋の子汁の入った器に手を伸ばし、冷まさないまま食べようとするシャルと、それを心配そうに見つめる平塚。

 

「あっづ!?」

 

案の定熱さに驚いてシャルが取り零した器を、平塚が受け止める。

 

「心ここに在らずだったけど。大丈夫……じゃないよね」

 

「す、すみません…私……」

 

「どうかした?」

 

ズズッと汁を啜る平塚が聞く。

 

「……戦い方を教えて欲しいって言ったのに、もう三日です。いつになったら……」

 

すると、平塚がきょとんとした表情をする。

 

「あれ?もしかして気付いてない?」

 

「え?」

 

「シャルの戦法がもう定まっているから、俺はそれを実践できる基礎体力と身体作りをしてたんだけど……」

 

「???」

 

頬をぽりぽりとかきながら地面に図解を描く。

 

「んーと、シャル。君の強みは奇策と速さだ。俺との戦いではその強みに血擦という強化要素を付与していたよね?」

 

「え、ええ。でも……」

 

芋の子を咀嚼しながら、シャルはしょんぼりとする。

 

「うん。血擦は多用しない方が良い。あれは剥き出しの心臓で殴り続けるようなものだからね」

 

あからさまに落ち込むシャルを見て、平塚は咳払いをしてから口を開く。

 

「だったら、単純に肉体を強化してしまえば良い。筋力、瞬発力、耐久力を底上げすれば血擦を使う必要はないし、持久力も上がるから戦略に厚みが出る」

 

「あの、でもそれだと……」

 

両手の人差し指を合わせてもじもじするシャル。

 

「あー、大丈夫。そんなゴリゴリのマッスルボディにするわけじゃないからね。それに、モンスターと人間は筋肉の構造が違うから」

 

「筋肉の構造が違う?」

 

シャルは聞いたことのない話に目を白黒させる。

「そもそも形状が違うんだ。人間の筋肉は……そうだな、鳥のササミみたいな感じなんだけど」

 

「ササミ……?」

 

「あっ、まだ食べたことないよね……うーん……一本の筋繊維がまとまってるんだ。対してモンスターの筋繊維はまず細い筋繊維同士が互いに捻れあっていて、縄みたいになってる。その縄が複雑に絡み合って、たとえるなら……隙間なく編み込んだ注連縄みたいになってるんだ」

 

図解も合わせて説明してくれる平塚の説明でなんとか理解できた。

 

「だから……質量が同じように見えても内包している力は段違いってこと、ですか?」

 

「そゆこと」

 

器に残った汁を飲み干し、平塚は立ち上がる。

 

外に置いてある大きな丸太に歩み寄り、両手の関節をならす。

 

「だから、鍛え方によってはこんな風に」

 

ヒュバッという音ともに肉体を以て丸太を整形していく。

 

手刀で切り裂き、貫手で抉る。

 

2メートル近くあった丸太が次第に小さくなり、人の形になる。

 

経った時間は3分ほどだろうか。

 

平塚が手を止めた頃、出来上がったのは。

 

半身裸形に筋骨隆々とした荘厳たる姿。

 

金剛力士像。

 

その双璧の一角、吽形像だった。

 

 

「こんなこともできるようになる。……さて、目標はできたね?午後からは鬼のレベルアップだ。ガンガン攻めるから、逃げ切って見せなよ?」

 

背筋が凍るシャルを笑い飛ばす平塚。

 

残る合宿はあと4日。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合宿その2

雪を踏みつけながら、シャルは走る。

 

寒空の月に照らされる木々の間を抜け、崖を飛び越え、川を渡る。

 

およそ人間が出来ない動きで夢中で走り続ける。

 

合宿5日目の真夜中。

 

朝に平塚に言われた言葉を思い出しながら、シャルは必死で逃げ続けていた。

 

 

『明日の夜明けまで俺から逃げ切って見せてよ。明日は体術を教えてあげる。今のシャルには多分、一番必要なもんだから。……あぁ、それと、明日の朝まで飯抜きね。昨日三回捕まってるから』

 

 

最後の言葉で心を砕かれたシャルは必死で逃げた。

 

雪のなかを走るということは決して楽なことではない。

 

踏み込んだ足に雪がまとわりつき、シャルの体力を容赦なく奪う。

 

しかし、それだけではない。

 

突如背後から雪球が飛来し、それをギリギリのところで横に転んで躱す。

 

「くっ!」

 

切れた息を整える間もなく、ボロボロの身体に鞭を打って立ち上がる。

 

見ると、300メートル程後方から追い掛けてくる影がある。

 

平塚だ。

 

すると、平塚が放ったらしい雪球が顔の横を通過し、後ろの大木を大きく揺らす。

 

シャルの頬が僅かに切れる。

 

「ほらほら!捕まっちまうよー!」

 

全く疲れた様子のない平塚を尻目に、シャルは一目散に逃げ出した。

 

 

数時間後。

 

 

白んできた東の空を見つめながら、シャルは雪の上で大の字に転がっていた。

 

肺が空気を求めて忙しなく収縮と膨張を繰り返す。

 

陽の光に照らされて息が白く輝いて見える。

 

雪を踏み固める足音が近付いてきて、シャルは顔を上に向ける。

 

「お疲れさま、シャル。よく逃げきったもんだ」

 

肩で息をするシャルの隣に座って、平塚はシャルを労う。

 

「必死、でした、から」

 

「ゆっくり休め。今日は午後からにするから」

 

シャルの頭をぽんぽんと叩き、平塚は仰向けに寝転ぶ。

 

高く、澄んだ空を雲が流れていく。

 

「……なぁ」

 

しばらくして、平塚が口を開く。

 

「なんでしょう?」

 

「……本当に、後悔はしてないのか?俺と……その、契約して」

 

自虐気味に聞いてくる平塚に、シャルは少し間をとってから答える。

 

「…………後悔はしていません。……でも」

 

「でも?」

 

「……不安なんです。私だけが生き残って……いま、こうして平塚さんに教えて貰っているこの状況が、本当に正しいことなのか」

 

そう言ったシャルは、上半身を起こして膝を抱える。

 

「多分、というか俺個人の見解はね」

 

数秒とって平塚が口を開く。

 

「この世界に、本当に正しいことなんて1つもないんだと思う。すべてが正しくて、すべてが間違ってる。何が正解か、なんて誰にもわからない」

 

「…………」

 

「……けれど」

 

そう言って、平塚はゆっくりと立ち上がる。

 

「いま、この状況で、自分が本当にやるべきことはなんなのか。それを、じっくり見定めることは誰にだって出来る。それを実行するか、しないかは当人次第だけどね」

 

シャルに手をさしのべながら、平塚はそう言う。

 

平塚の手をとって、シャルは立ち上がろうとする。

が、どうにも足に力が入らない。

 

「……すみません、立てません」

 

「うーん、仕方ないな……」

 

恥ずかしそうに言うシャルを、平塚は困り顔で抱える。

シャルの背中に右腕を回し、左腕を両膝の下に差し入れ、持ち上げる。

 

「わ、わ!!」

 

突然襲った浮遊感にシャルは慌てる。

 

「危ないから、俺の首に手を回してもらえるかい?」

 

「……」

 

平塚に言われる通りに首に手を回す。世に言うお姫様抱っこ、である。

 

「(顔、近い)」

 

「し、シャル?そんなに見つめれると、さすがに照れるというか、その、恥ずかしいんだけど……」

 

平塚が赤面しながら訴える。

 

「疲れただろ?寝てて良いから!というか寝てくれ俺が困る」

 

「…それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

そう言ってシャルは目を閉じて寝息をたてる。

 

 

塒にしている洞窟についた頃。

 

平塚はシャルを下ろそうとする。

が、首に回したシャルの腕がどうにも外れない。

 

「弱ったな……」

 

仕方なく、シャルを抱いたまま火を焚く。

 

煌々とした炎が暗い洞窟のなかを照らす。

 

「……ま」

 

シャルの寝言だろうか。

 

「?」

 

「お父様……お母様……ごめん………ごめんなさい」

 

シャルは魘されていた。

 

平塚はシャルを強く抱き寄せ、優しい声で呟く。

 

「俺が、守るから。君のことを全力で。今度こそ」

 

パチパチと火の粉が舞う。

 

平塚はシャルを抱いたまま、眠りに落ちる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残留思念

白い空間。果てしなく広い空間に、シャルは立っていた。

 

つい先程、平塚に抱えられながら眠りについたところまでは覚えている。だが、なぜ自分がこの空間に立っているのかはわからない。

 

回りを見渡そうとして、すぐ横に黒髪の男の子が立っているのに気が付く。

 

「うわっ!?」

 

全く気配を感じなかったのだ。

 

「うわっ、じゃないよ。全く。人の顔を見て驚くだなんて失礼だと思わないの?」

 

驚いたシャルに少年は心外だと言わんばかりの呆れ顔で溜め息をつく。

 

「き、君は誰?ここはどこ?」

 

「僕は……そうだな、君が飲み込んだ平塚遥斗の血液に残った残留思念とでも言ったところかな?それで、ここは君の夢の中。君の体は疲れ果てて動けない。だから意識だけをこちらに呼んだんだ。僕は君に伝えなきゃいけないことがある」

 

シャルはおおまかな説明をする少年__平塚の残留思念だという彼を凝視する。上下白い簡素な長袖のシャツとズボン。

年は6~8歳くらいだろうか。

 

「な、なんだよ……?」

 

「いやぁ、可愛いなぁって思って」

 

そう言って、シャルは少年の頭を撫でようとする。が、頭に触れるか触れないかのところでバチッという音と共に手に衝撃が疾り、シャルは思わず手を退ける。

 

「……遊んでる暇はないんだけど」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

不機嫌そうに言う少年に、シャルは謝る。

 

「それで、伝えなきゃいけないことって……?」

 

「ああ、そう。実はね」

 

おそるおそる聞くシャルに、少年は人差し指を立てながら答える。

 

「この間、君の体を治しただろ?その時に違和感があったはず。余った血液が君の中で暴れてるんだ。早く取り込まないと大変な事になるよ」

 

「大変な事って……?」

 

「目眩がしたり、頭が痛くなったり、最悪死んだりとか」

 

「落差がすごい!?」

 

しれっと怖いことを言う少年に、シャルがおおいに焦る。

 

「うん。まぁ取り込んでしまえば大幅に肉体強化出来るだろうから、頑張って」

 

「具体的には何を……?」

 

「筋力強化して取り込める許容範囲を広げるとかそのくらいじゃないかな」

 

確かに少年の言うとおり、ここ数日で身体の違和感が薄れてきている事を思い出す。

 

「それで、君はどうして私の夢に出てきてるの?」

 

「言ったろ?残留思念だって。君がちゃんと取り込んでくれないと、僕は消えることはできないんだ」

 

困った表情で少年はそう訴える。

 

「残った血液って、どのくらいあるの?」

 

「これ見て」

 

少年はズボンのポケットの中から砂時計のようなものを取り出した。よく見るとそれは、砂ではなく紅い液体が入っている。

 

「上の方にあるのが残りの血液を表してる。君が取り込む毎に、徐々に減っていくんだ」

 

「つまり、それの残りがなくなれば」

 

「君は今より強くなれるし、僕は消えてなくなる。まさにWinWinな関係だろ?」

 

どこか眼鏡を掛けたエセ社長を彷彿とさせる言動だが、シャルはその提案に頷いた。

 

「んじゃあ、これから僕と君は運命共同体だ。よろしく!……えーと」

 

少年は握手を求めた小さな手を一旦戻して、頬をポリポリと掻く。

 

「シャルロット。シャルって呼んで」

 

今度はシャルが握手を求める。少年は苦笑しながらその手をとる。

 

すると、シャルの足先と指先が透明になっていく。

 

「なっ、なに!?」

 

「今回はそろそろお別れみたいだ。おやすみ、シャル」

 

少しはにかみながら、少年は手を小さく振る。

 

「名前!」

 

「え?」

 

「名前、教えてよ」

 

シャルがそう聞くと、少年は困った顔をする。

 

「だから、残留思念だって言ったろ?名前なんてないよ。……でも……好きに呼べば良いさ」

 

「ふーん……じゃあ、ハルくんで!どう?かな?」

 

「なんでくん付けなんだぁ!?」

 

シャルのつけた名前に憤慨する少年。

 

「んじゃあ、ハルくん。またね」

 

そう言って、シャルは消える。

 

「ハル………ハル……か。………へへっ」

 

少年__ハルはこそばゆいのか、シャルにつけられた名前を反芻する。

 

 

 

コトン、と。

 

火にくべた薪が焼け落ちる音がして、シャルは目を覚ます。

 

洞窟の外は陽がすっかり登り、降り積もった雪がキラキラと輝いて見える。

 

眠い目を擦ろうと手を目元に持ってこようとしたところ、平塚の首に腕を回していたことに気づく。

 

どうやら平塚の腕のなかで眠っていたようだ。

 

すぐ近くで寝息をたてる平塚の顔を見ながら、シャルは頬を赤く染める。

 

夢の出来事はぼんやりとだが覚えている。体を鍛えなければなるまい。

 

「(でも)」

 

「(もう少しだけ、このままでも良いよね)」

 

そう思いつつ、シャルはもう一度瞼を閉じる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

限界

ひゅぱん、と。突き出した左掌が大気を震わせる。風を切り裂いて身体に迫る平塚の腕をシャルは大きく飛び退いて避ける。

 

「どうした、もう終わりか?」

 

荒い息に顔を上気させるシャルに向けてそう言った平塚は、感触を確かめるように左手を握り締める。

 

「明日にはもう下山するんだから今日が最終日なんだ。今日はギリギリまで実践しないと」

 

「わかっ…ては…いるん……ですけど」

 

そこまで言ったところでシャルは膝から崩れ落ちる。

 

「あ…なんで……動いてよ……私の身体でしょ……!?」

 

「オーバーワーク……さすがに限界か」

 

頭を掻きながら平塚が近づいてくる。

 

「割と無理矢理なスケジュールだったからね……身体が追い付いてこないのも仕方ないか」

 

「……して」

 

「どうして私は……こんなにも良くして貰ってるのに……動いてよ…私の身体!」

 

目一杯に涙を貯めて、シャルは奥歯を噛み締める。

 

「今!ここで強くなれなくちゃ意味無いんだ……!少しでも追い付かなきゃいけないのに!」

 

「……切り上げよう。今無理したら身体に残るかもしれない」

 

「そんな!?」

 

シャルは立ち上がろうとするが、前のめりに倒れてしまいそうになるのを平塚に抱き抱えられる。

 

「そんな身体で何をしようってんだ。今はいち早く帰って、栄養を充分とって、身体を休めることが君のやるべきことだ」

 

「……っ」

 

そう言って平塚はシャルを背負う。

シャルも渋々体重を平塚に預けるが、それだけでは終わらず平塚はシャルを自分の身体に固定する。

 

軽くその場で屈伸するとシャルに振り向き、少し笑う。

 

「吹雪いてくる前に下山するから少し急ぐよ。口は閉じてて。舌噛むから」

 

その言葉を言い終わらないうちに、平塚の身体は移動を始める。

 

岩を駆け上がり、谷を飛び越えながら、洞窟を目指す。

 

その速度は二日前まで繰り広げていた鬼ごっこの速度よりも明らかに速い。しかも怪我人1人を背負った配慮しなければならない状態で、シャルに全く負担を感じさせない走りなのである。

 

「(あれで手加減してたんだ……この人の強さは底が見えない)」

 

「……なんか言った?」

 

「いえ、なにもってわぁ!?」

 

平塚が雪山の斜面から一気に飛び降りる。急に襲ってきた浮遊感にシャルが驚くと、平塚は呆れた声で応える。

 

「だからしゃべるなって。舌噛むぞ」

 

「聞いてきたのは遥斗さんじゃないですかぁぁぁぁ!?」

 

シャルは絶叫するが、依然として落下スピードは変わらず、みるみるうちに地面は近付いてくる。

もうだめだ、とシャルが思ったその時、平塚の右手が何かを握っているのが見えた。

 

平塚は“ソレ”を左掌に突き立てると、グッと45度回転させ、一気に引き抜く。途端、雷光が平塚の右手と左掌の間に迸り、一振りの大太刀が顕れる。

 

「セイッ」

 

短い気合いと共に大太刀を岩肌に突き刺すと、岩を切り裂く金属音と共に落下の勢いも収まり、足が地につく頃にはもう勢いは殺しきっていた。

だが、岩肌から引き抜いた大太刀をいそいそと左掌に戻そうとする平塚をシャルは見逃さなかった。平塚の耳に息を吹き込む。

 

「ふあっ」

 

平塚が間抜けた声と共に大太刀を落としてしまった所をシャルは追及する。

 

「いきなり飛び降りるとは何事ですか死ぬかと思いましたなんで相談もなしに飛び降りたりしたんですかだいたいこの刀はなんですかどこから出したんですかなんでこれを出せるんですか銃刀法違反じゃないんですか」

 

「ま、待て、わかった説明するから少し待って」

 

質問責めにされるとは思わなかったのか、平塚が焦りながらシャルを手ごろな岩の上に座らせる。

 

「まず、何も言わずに飛び降りたのは謝る。悪かったよ」

 

「はい」

 

シャルは謝罪を受け入れたが、目線は問題の大太刀の方にあった。

 

「……どうしても、説明しなきゃ、ダメ?」

 

「ダ・メ・で・す」

 

「だよなぁ……」

 

平塚は頭を掻きながら大太刀を手に取る。長さ1.6M近い刀を平塚は軽々と持ち上げて見せる。

 

「これは大太刀、日本刀の一種で……」

 

「ソレは見ればわかります。ソレが、どうしてなんで遥斗さんの手にあるんですか?」

 

平塚は目をぱちくりと二、三度瞬きする。

 

「その前に」

 

「シャル、俺の事呼ぶときさっきまで名字呼びだったのにいつの間にか名前呼びになってる」

 

「はうっ」

 

「へぇ?無意識か」

 

少し可笑しいといった表情で平塚が笑う。

 

「だ、ダメでしたか?」

 

「構わないさ。呼びやすい方で呼んだら良い」

 

「ありがとうございます!……あ、では、続きを」

 

「ちぃっ」

 

感付かれたら仕方ない、といった体で平塚が神妙な面持ちになる。

 

「これはね、俺の親の刀なんだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神威

 

「親の……刀?」

 

平塚の言った言葉にシャルは首をかしげる。

 

「正確には、俺の力の元になった人の刀なんだけどね」

 

雪原で胡座をかきながら平塚は刀の刃をそっと撫でる。

 

「神々との戦を生き残った剣士。それが、俺のルーツ。……本人は何も守れなかったと言っていたけどね」

 

淡く黄色に光る刀身は平塚の指に反応するかのようにぱちぱちと表面で光が疾る。まるで生きているかのように。

 

「この刀、銘はあるんですか?」

 

「ん?……あぁ。神威。霊刀神威。俺のもう一人の親、剣の師の名が、コイツの銘だよ」

 

神威と呼ばれた刀はその声に呼応するかのようにジジッと一際大きな光を疾らせる。

 

「んじゃ、次の質問だね。どこから出したか、だっけ?」

 

「あ、はい。左の掌から引き出したように見えたんですけど……」

 

シャルは自身が見た光景をジェスチャーで再現しようとする。

 

「うん。大体正解。タネはこれさ」

 

そう言って、平塚は左の手の甲を見せる。そこには右手とは違う模様の魔方陣が刻まれている。が、刻まれたのは相当昔らしく、陣の表面には無数の傷が。

 

「門の性質を利用してるんだ。この陣で小規模の門を開けて、中にコイツをしまっておく。流石に振り身だとあらぬ疑いをかけられるからね。それに、神威は一応神器の一種だから」

 

「それじゃあ、あの柄は」

 

「柄?ただの起因だよ。柄自体にはあまり意味はないんだ」

 

そう言いながら、平塚は刀を仕舞って見せる。左掌に近付けた刀が門に雷光と共に呑み込まれ消えていく。

 

「最後は……あぁ、なんで銃刀法違反にならないか、だっけ?」

 

平塚の問いにシャルはコクコクと頷く。

 

「……ハンターは銃刀法には囚われないんだ。いつ門が開いて野良モンスターが出るかわからないし、その時に戦えないって事になったら話にならない」

 

そう言いながら、平塚は懐からあるものを取り出した。その手には1枚のプレートが。

 

「これは?」

 

「ハンターの証。んで、ランク毎に手にすることができる武具が設定されてるんだけど」

 

平塚はある一点を指差す。そこにはrankという文字のとなりにSの文字が3つと+が1つ。

 

「と、SSS+?」

 

「神威は神話に描かれるような聖遺物だからね。今誰の手にあるのか、どこの国にあるのか。上が管理してるんだ。加えて、ハンター証は各地域毎に取得しなきゃならないものだから」

 

「各地域毎に?」

 

シャルは首をかしげる。

 

「管理してるところが違うんだよ。神話が違うって言えば良いのかな」

 

平塚はニヤリと笑いながら説明する。

 

「北欧神話とか、エジプト神話とか、そういうことですか?」

 

「その認識であってるよ。んで、違う神話の神器を他所で許可なく使うのは条令で禁止されてるんだ」

 

「そ、それはどうして?」

 

「考えても見なよ。アポロやラー、天照大神、ヴィシュヌやインドラ……太陽神として崇め奉られている神だけでもまだまだたくさんいるんだ。その力を自分の領地で勝手に使われて、太陽神といえば○○!みたいな風潮が出来たら神同士での潰し合いが勃発しちゃうだろ?」

 

「……あぁ、たしかに、そんなことになったとしたら都市壊滅どころの話じゃありませんね……」

 

頭のなかで戦火に燃える太陽神達の姿を想像して、シャルはゾッとする。

 

「そんなわけで、神器を使うには資格が必要なんだ。地域毎にハンターとしての能力がrankS以上だと認定されないと自由に使うことができない。というか、rankS以上じゃないと剥奪されてしまうからね」

 

「ということは?」

 

「……あぁ、俺が世界中を旅してきたっていうのはその通り。その過程で、どうしてもrankS以上のハンター証が必要だった。だから行く先々でハンター証を獲得してきたんだ。んで、気がついた時にはほら、この通り」

 

少し困った表情で、平塚はプレートを仕舞う。

 

「長々と話し込んじゃった……。さぁ!下山するよ!」

 

そう言って、平塚はシャルを背負って洞窟へ歩を進める。

 

平塚の背の上で、シャルは少し振り返る。

 

絶壁に入った大きな縦の亀裂。

 

その岩盤を切り裂いてなお刃零れ一つしなかった霊刀。

 

そして、神威という平塚を育て上げたモンスター。

 

「まだまだ知らないこと、たくさんあるんだなぁ」

 

「なにか言った?」

 

ポツリと呟いたシャルに平塚は聞き返すが

 

「なんでもありません!」

 

シャルはそう、元気よく答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鍛冶屋鰻

平塚とシャルが街に帰れたのは日付もとうに変わった深夜だった。

 

人気のない路地を音をたてないように歩く。

 

つい昨日まで雪山にいたはずなのに、夜の街はどこか寒く感じられ、シャルは大きく身震いする。

 

街灯に紛れるように、魚屋鯲の看板がぼんやりと照らされている。

 

「ちょっと寄るから。荷物、ここに置いて行くよ」

 

背負った荷物を静かに地面に下ろし、平塚は店の奥へと歩いていく。シャルは戸惑いつつも平塚の後について行く。

 

薄暗く長い廊下を歩き、扉を開けた先にあった螺旋状の階段を下る。

 

どの程度下ったのだろうか、とシャルがそう思ったとき、奇妙な音をシャルの耳が捉えた。

 

カン、カンと一定のリズムで打ち鳴らされる金属同士がぶつかる音。

 

その音が階段を下る度に徐々に大きくなっていく。

 

下り終えた時、そこに広がっていた光景。それは。

 

赤々と煮えたつ巨大な炉から取り出した金属を金槌で叩く。

その度に耳をつんざくような音と共にオレンジ色の火花が散る。

その金槌を振るう腕には無駄な筋肉など一切なく、その腕は大きな金槌を乱れることなく振るい続ける。

 

「ここって……」

 

シャルが掠れた声で口にした言葉を、平塚が口に人差し指を当てて抑える。

 

どうやら、終わるまで待てということらしい。

 

しばらくして、金属音が鳴り止み、水に浸けた金属がジュウッという音ともに水を焦がす。

 

「こんばんはー、鰻さんいる?」

 

平塚がそのタイミングを逃さずに声をかける。

 

平塚の声に振り向いた職人の顔に、シャルは驚愕の声をあげる。

 

「えっ!お、女の人……?」

 

赤銅色に焼けた肌に白いタンクトップ、黒のぶかっとした作業着といった中性的な出で立ちだが、出るところがちゃんと出ている。

れっきとした女性であった。切れ長の目にスラッとした鼻という、全体的に整った顔。

 

「いらっしゃい。親父ならまだ奥でゴソゴソやってるよ」

 

頭に巻いていたタオルをほどき首にかけると、長い金髪がばさりとおりる。

 

「ありがとう。佳那さんは今の今まで?」

 

「うん。もうすぐ祭りだから武器新調したいっていう依頼が多くてね。最近はずっと寝不足だよ」

 

どうやら本当なのだろう、佳那と呼ばれた女性は両腕を上にあげて大きく伸びをする。

 

「それで……その子は?」

 

そう言って、佳那は煙草を咥えて火を着ける。

 

「あー、初対面だよね。ほら、シャル」

 

平塚に言われてシャルはお辞儀をしながら挨拶する。

 

「あ、あの、シャルロットって言います!この度、遥斗さんとコンビ組ませていただくことになりました!」

 

煙草の煙を吐き出しながら、佳那はシャルの顔をまじまじと見つめながら笑う。

 

「おお、元気良いね。アタシは鰻佳那。そっか。君が噂の遥斗のパートナーか……誰とも組まなかったあの遥斗がねぇ?」

 

「うるっせぇよ。組まなかったじゃなくて組めなかったんだっつの」

 

平塚がそう訂正すると、佳那は肩を竦めながら煙草の灰を落とす。

 

「はいはい」

 

「聞く気ねぇだろ……」

 

平塚の意見を受け流して、佳那は楽しそうに笑う。

平塚はがっくりと項垂れるが佳那は平塚の様子を見てまた笑う。

 

「そういえば親父になんか用があるんじゃねぇの?」

 

「あ、そうだった。頼んでたもの出来上がったか見てくるわ。その間、シャルの事お願いしていい?」

 

そう言われた平塚は工房の奥に歩を進めようとするが、佳那に呼び止められる。

 

「えー、アタシもう風呂入って寝たいんだけど」

 

「んじゃシャルも一緒に入れて貰える?ここの風呂広いじゃん」

 

「……まぁ、良いけど……。パートナーがどんな子なのかちゃんと見ておきたいし」

 

そう言われて佳那は渋々といった体で引き受ける。

 

「じゃあシャル、また後でね」

 

「あっ、はい!」

 

平塚はシャルに小さく手を振って、奥へと歩いていく。

 

「んじゃあシャルちゃん、だっけ?」

 

そう言って、佳那が平塚に手を振り返したシャルの肩を抱く。

 

「は、はい」

 

「お風呂行こっか。裸の付き合いってやつ」

 

「は、裸!?」

 

抱かれたシャルが赤面する。

 

「れっつごー!おー!」

 

「お、おー?」

 

などと、肩を組んで腕を上に突き上げながら、二人は工房を後にする。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お風呂

 

「鰻さーん」

 

平塚が奥の扉を開けると、髭面の男が振り返って見せた。魚屋の店主、鰻だ。

 

「おう、遥斗くん。久しぶり。とは言っても、一週間ぐらいかな?」

 

「はい。これ、頼まれてた物です」

 

そう言って、平塚は小包を鰻に渡す。

 

「あぁ、これこれ。これがなくちゃ完成しないからね」

 

受け取った小包を開きながら、鰻はハハッと笑って見せる。入っていたのは良質な木の最も頑丈な部分。

 

「ということは、大体は完成してるんですか?」

 

「あぁ、とはいっても全体の八割くらいだけどね。今回は物が物だから」

 

少しばかり皮肉を言ってから鰻は書類を広げる。平塚が魚を買いに来たときに渡した書類だ。

 

「無理言ってすみません」

 

平塚の謝罪を笑い飛ばしながら、鰻は小包から出した木の板を書類通りに整形する。

 

「良いんだよ謝らなくて。俺はただの武器好きの魚屋で、遥斗くんはお得意さんなんだから」

 

そう言いながら、鰻は整形した木を鑢にかける。表面を削りすぎないようにゆっくりと丁寧に。

 

「あの子……シャルちゃんって言ったっけ。あの子のための物だよね?これ」

 

平塚が肯定すると、鰻は一息ついてから木にニスを丁寧に塗っていく。

 

「俺の作ったコイツで、あの子が何をしてくれるのか。非常に楽しみだよ。……はい。あとは乾かして取り付ければOK。メンテナンスと調整はこっちでやっておくから」

 

「ありがとうございます」

 

平塚が礼を言うと、指についたニスをタオルで拭きながら鰻は静かに笑う。

 

「あぁそうだ、風呂、入っていきなよ」

 

突然の鰻の風呂入って行け宣言に、平塚は戸惑う。

 

「え、あの」

 

断ろうとでも思ったのか、鰻が顔を顰めようとするので

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

と。思わず平塚は風呂入って行きます宣言をしてしまった。

 

 

一方。

 

家の風呂というには大き過ぎる浴槽に張った大量のお湯。

 

地下の炉の熱を適度に逃がすために温泉があるのだというのだが。

そのお湯にざぶんと浸かるシャル。少し熱めのお湯が全身を包みこむ。

 

「……はぁ~」

 

思わずでた声に頬を赤らめるシャル。

 

「どうだい?気持ちいいだろ」

 

そう言った少しばかりハスキーな声は、洗い場で体を洗う佳那からだった。

 

引き締まった身体は思わず感嘆の声が出るほど美しく、それでいて胸や尻など、女性らしさを感じさせる部分はちゃんと出ている。

 

「毎日この時間だけが楽しみでさ。鉄と親父に囲まれた生活での唯一のオアシスと言っても過言じゃないんだよねぇ」

 

ぼやきながら佳那は全身をシャワーで洗い流す。背中についた泡が水流に流され、下に落ちていく。

 

傷痕。

左肩口から背中にかけての大きな傷。ほとんど目立たないが、やはり焼けた肌と比較すると違う。

 

シャルは見なかった事にしようと目をそらす。が。

 

「背中の傷、やっぱ目立つよね」

 

そう聞きづらいことを平然と言いながら、佳那はお湯に浸かる。

 

微妙な空気が二人の間を流れる。

 

「………アタシさ。8年前のあの日、遥斗たちの戦いから逃げ遅れたんだ。もっと早くに逃げるべきだったのに、馬鹿だよね。瓦礫の下敷きになって、不思議な光が見えてさ。もう死ぬんだと思った」

 

「でも、アイツが、遥斗が助けてくれたんだ。遥斗が、アタシを生かしてくれたんだ」

 

そう言って、佳那は弱々しく微笑む。

 

「じゃあ、その傷は……」

 

「そう。遥斗が治してくれたんだ。でも、酷い傷でね……どうしても傷痕が残っちまった」

 

シャルはそっとその傷痕に触れる。

 

「ハハハ、くすぐったいよ」

 

「どうして、私にその話を?」

 

シャルの質問に、佳那は頬をぽりぽりと掻いてから答える。

 

「んー、この話するとさ、大抵の人は“大変だったねー”とか、そんな事を言ってくるようなもんなんだけど。でも、たまにアンタみたいになにも言わずに傷痕に触ってくる人がいるんだ」

 

「アンタの反応を試したのさ。前者ならそれっきり、後者なら末長い付き合いをしようってのがアタシの信条でね」

 

そう言って、佳那はカラカラと笑って見せる。

 

シャルはお湯のなかに頭を突っ込んで、息を吐き出す。泡となって水面で弾ける。

 

「ど、どうしたの?」

 

息を吐ききって、水面から顔を上げたシャルに佳那が聞く。

 

「……なんだか最近、試されることが多くって……」

 

そう答えたシャル。その言葉は、シャルの本心だった。

 

「た、大変だったね……あっ」

 

「……ふっ」

 

 

二人は朗らかに笑う。

 

二人の笑い声が月夜の寒空にこだまする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真夜中の来訪者

「うー寒……」

 

平塚が腰にタオルを巻いてがらりと戸を開けると、真夜中の外気と湯船の湯煙が身体を包む。

 

ぶるりと身震いした身体をピシャリと叩いてから洗い場に座ると、壁の向こう側からシャルと佳那の笑い声が聞こえてくる。

 

鰻家の風呂は男湯と女湯に別れており、一枚の高い壁で隔ててある。

 

つまり、壁の向こうは女湯であり、互いに音は筒抜け。なおかつ露天風呂であるため、四季の彩りに囲まれた風呂が年中楽しめるのである。

 

「そうか……もうすぐ祭なんだな」

 

十日夜の月が桶に張ったお湯に映り、滴る水滴が水面を揺らす。ゆらゆらと揺れる月を眺めながら、平塚は泡のついた身体をお湯で洗い流す。

 

「ふう……」

 

湯船いっぱいに張られたお湯が溢れだす。濡れた髪をかきあげつつ、平塚は冷えた身体を一気に肩までお湯に浸からせる。

月明かりに照らされた雲が流れていく。

 

「………」

 

月に手を伸ばし、その掌で月を隠す。

 

「もうすぐだ……もうすぐ……貴様を……」

 

その先を言うことはなく、平塚はその手をグッと握り締める。

 

「貴様って、誰のこと?」

 

突然、そんな涼やかな声が聞こえた。

 

そう言った声は誰の声だったのか。平塚は途端に立ち上がって身構える。だが、周囲に人影はない。気のせいかと腰のタオルを巻き直してから、正面に向き直った平塚の目に飛び込んできたのは。

 

紫の髪に紫の瞳。何処かあどけなさの残った顔立ちの少女が。

 

一糸纏わぬ状態で湯に浸かっているという光景だった。

 

「こーんばーんは♪」

 

「誰……!?」

 

いつの間にか居た少女に平塚は当然の疑問を投げ掛ける。だが。

 

「んー?ふふ、誰だと思う?」

 

少女そうはぐらかしながら、手に持った徳利を傾け、清酒を注いだ御猪口をすする。赤らんだ顔でちらりと平塚を見つめる。

 

「……っ!」

 

平塚は少女から目をそらし身体を逆に向ける。

 

「なぁーんだ、面白くないなぁ」

 

そう言いつつも、少女の声は何処か楽しげであるのだが。

 

「私はね……ツクヨミだよ、ツ・ク・ヨ・ミ。月と夜の女神」

 

ツクヨミと名乗った少女は、もう一杯と酒を煽る。

 

「__馬鹿馬鹿しい。誰がそんな事……っ!?」

 

平塚の大きな声が周囲に響き渡るが、その声はそれ以上は続かない。

 

ツクヨミの手にいつの間にか握られていた杖……否、杖の先端から伸びた光が平塚の首元に迫り、少しばかり皮膚を切り裂いたからだった。

 

傍目から見ればそれは所謂鎌の形をしている。

 

「これで……信じてくれた?」

 

白銀に変わった髪を纏めながら、ツクヨミは杖を仕舞う。

 

「……えぇ。貴女は本当にツクヨミ様なんですね」

 

「信じてくれたようで何よりだよ」

 

一瞬にせよ、平塚が感じた圧力はおおよそ人程度から感じられることのないものだった。

 

「それで、なんでツクヨミ様が俺に会いに来たんです?」

 

一瞬でかいた冷や汗を拭い、湯に浸かりながら平塚がそう言うと、ツクヨミは少し驚いた表情をする。

 

「……それは」

 

「それは?」

 

「私の話を聞いてほしくて……」

 

消え入りそうな声で、ツクヨミがそう言う。

 

「……話とは?」

 

「聞いてくれるの!?」

 

キラキラした目で見つめてくるツクヨミを、平塚は静止しようとする。

 

「え、えぇ。俺に出来ることがあれば」

 

「ありがとう!」

 

そう言ってツクヨミは平塚の胸に飛びつく。素肌が触れ合うが、ツクヨミは構うことなく首に腕を回そうとする。

 

ザパーンという音ともに、平塚は支えにしていた左腕が滑り、強かに後頭部を湯船の底に打ち付ける。

 

「~~~~~~っ!」

 

平塚が慌てて飛び起きるが、ツクヨミの額に盛大に頭突きしてしまう。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いえ、こちらこそ」

 

両者頭をさすりながらしばらく黙る。

 

「それで、話って?」

 

平塚がそう聞くと、ツクヨミはまたしばらく黙り込み、ポツリとその名を口にする。

 

「……月嶋尋のことです」

 

「……っ!?」

 

平塚の全身の毛が総毛立つ。

 

「私は、月嶋尋の出生に深く関わっています」

 

「………教えて下さい。奴のことを」

 

そう言った平塚の声は酷く冷たく、ツクヨミはまた少し黙り込んでしまう。が、ツクヨミは空中に手を伸ばして小さな門を開く。そして取り出した杖についた小さな玉を手に取ると、こう言った。

 

「今からあなたにお見せするのはすべて真実です。あの子がどうしてそうなってしまったのか」

 

ツクヨミが玉をお湯のなかに落とすと、不思議な光が平塚の眼前に広がる。

 

「どうか、あの子を救ってあげてください」

 

どこからか、そんな声が聞こえた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月の村の忌み子

夜明けの明るんだ空にすっかり薄くなった月がぼんやりと浮かぶ朝

赤ん坊の泣く声がする。

 

ほぎゃあ、ほぎゃあ、と力一杯泣く声が。

だが。

 

「__忌み子だ」

 

最初に、誰かが言った。

周りの大人達は赤ん坊の姿を見るなり口々にそう言った。

 

「__なんて事だ、このアマ、忌み子を産みやがった!」

 

赤ん坊の父親らしき男が、出産を終えたばかりの母親を指差し、畏怖と失意の念を含んだ震える声でそう叫んだ。

周囲もそれに同調し、人々は声を荒げる。

 

赤ん坊の身体は。髪は雪のように白く、瞳は血のような紅だった。

 

「う……ぅうぅぁぁぁあぁぁぁ…………!」

 

母親が悲痛な叫びをあげ、自身の頸を両手で掴むと、ガクンという音と共に崩れ落ちる。

 

突然の出来事に産婆が短い悲鳴をあげる。

 

「あ、あああああああああああああああ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

正気を失った父親が叫び声と共に外に飛び出して行き、暫くしてどこか遠くで何かが転げ落ちる音がした。

 

辺りに冷たい空気と沈黙がたちこめる。

 

一人、泣く赤ん坊を遺して。

 

 

その日の真夜中。朝の騒ぎを聞きつけた村の大人達が村長の家に集まった。

 

「忌み子……じゃが、この子を捨て置くことは出来んだろうのう」

 

「しかし、長老!この子を育てるというのですか!?」

 

「忌み子を殺すという事はこの月の村の掟を破るという事じゃ。それに、この子に罪はない」

 

「儂が育てよう。」

 

「では、儀式に?」

 

「それは経過を見てからじゃのう。なぁーに、仮にも天才と呼ばれた巫と覡の子じゃ。忌み子であろうとなかろうと、その役目はそう変わらんじゃろうて」

 

村長は白く長い顎髭を触り、ガハハと笑い飛ばす。

 

 

それから数年がたった。

 

 

村の御神木の下で、数人の子供が白髪の男の子を囲んでいる。

 

「いみご」

 

そう言って、身体の大きな子供が白髪の子供の頬を張り倒す。

 

「いみご」

 

そう言って、痩身の子供が白髪の子供に石を投げる。

 

口々に忌み子という言葉を浴びせ、暴力を振るう子供達に、地面にうずくまる白髪の男の子は泥だらけになりながら。

 

「え、えへへ」

 

と。そう笑った。

 

「うわ、またわらった!きもちわりい!」

 

「こんなやつほっといて、あっちいこうぜ」

 

そう言って、子供達は男の子から離れていく。

 

 

「なんじゃ千尋。またいじめられたのか?」

 

村長はそう言って千尋と呼んだ男の子の顔に薬を塗りたくる。

 

「ち、ちがいます!ぼくが、かってに…その、ころんだだけで……いたっ」

 

必死に否定しようとする千尋だったが、顔についた傷に薬を塗られた痛みで顔を歪ませる。

 

「仕返ししてやりたいと思うか?」

 

「………ううん、おもいません。ふくしゅうは、とてもおろかなことだっておじいさまがいうので」

 

千尋は涙を滲ませながら、否定する。

 

「うん、良く言った」

 

ガシガシと乱暴にだが、村長は千尋の頭を撫でる。

 

生まれた直後に両親を亡くした千尋は物心つくより前から忌み子の烙印を押された。その事実は本人はおろか、村中の大人から子供全員に知り渡り、千尋は小さな頃から迫害の対象になっていた。

勿論、村長を除いて、だが。

 

 

そして、千尋が10歳になったその年。

 

「明日は100年に1度の月読命降ろしです。……気持ちは決まりましたか?」

 

夜になり、神主が村長の家を訪ねてきた。千尋はウトウトしながら話を聞いていた。

 

「こんなにも幼い覡は前例がありません……。もしかしたら、この子の心が……」

 

「…この子の心は強い。きっと大丈夫じゃろ」

 

囲炉裏の前で舟を漕ぐ千尋を見ながら、村長は目を細める。

 

「……この月の村では100年に1度、月読命をこの地に降ろして五穀豊穣を願う儀式が伝統としてあり、その儀式のために巫の一族が存在している。月の村の人間は霊媒体質であることが多く、中でもその一族はより強力な霊体を降ろすことが出来る……じゃが………」

 

そのあとに続いた筈の言葉を村長は酒と共に飲み込む。

 

「よろしいのですね……?」

 

「……元々は巫の家の子じゃ。これが、この子の運命だったんじゃ」

 

そう、悲しそうな目をした村長が、千尋を見詰める。

 

夜は更けていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅い月

 

次の日の夜。

 

村外れの神社の境内にある祭壇に、千尋は身体を鎖で繋がれて俯いていた。

 

篝火に照らされた周囲を数人の大人が奇怪な面を着けて踊っている。

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

そう、何者かの声がして、千尋は周囲を見渡す。が、大人達以外の姿はない。

 

ふと頭上に気配を感じ、顔をあげようとするが、鎖で縛られていて身体が自由に動かない。

 

無理矢理上を向くと、声の主は見当たらないが、代わりに紅く大きな月が目に入る。

 

「どうしたのって」

 

顔の見えない声からの問いに、千尋は仕方なく答える。

 

「……僕、本当は神降ろしなんてしたくない」

 

「どうして?」

 

「もしこの儀式が成功しても、僕の立場は変わらない。虐げられていつか、苦しみのなかで死んでいくのさ」

 

「なら、なんで君はここにいるの?」

 

「儀式を成功させるために必要だからさ」

 

「君はそれで良いの?」

 

「嫌に決まってるでしょ!?でも、やらないとまた酷い目に逢わされるから……だから、やるしかないんだよ!」

 

「ふーん」

 

なにかつまらないものを見るような、声は心底つまらなさそうにそう言う。

 

数分の間をとって、声がまた口を開く。

 

「ねぇ」

 

なにか面白いものでも見つけたかのようなトーンに、千尋は僅かに頭をあげる。

 

「もし君に力があると言ったら、君はどんな風に使う?」

 

「力?」

 

「うん。持っている人の気持ち次第でなんでも出来る可能性のある、そんな可能性の欠片が君の中にあると言ったら?」

 

「有り得ない。……けど、そんなものが本当にあるとしたら……僕は」

 

 

「僕は僕の置かれたこの状況を破壊する。生まれた境遇、外見、特性、それだけで運命が左右される世界なんて間違ってる」

 

 

「んふふ………君、やっぱり面白いや。気に入った」

 

「な、なんだよ!?」

 

「言ったろ?君には力がある。だけどその力はまだ種火だ。だから私が薪になってあげる」

 

声の言っていることがよく分からない。

 

「君の住む世界を変える手助けをしてあげるって言ってるの!」

 

「な、なんであんたの力なんか………っ!?」

 

「1度体験した方がいいね……習うより慣れろ、さ」

 

「なにを……!?」

 

黒い障気が千尋の身体に入り込む。それは千尋の心の中のぽっかりと空いた穴のなかに入り込み、充満する。

 

「なんだ……これ……!?力が………!?」

 

「君の本当の力はまだまだこんなものじゃないけれど、現在を破壊するには充分だね」

 

謎の声がそう言うと、千尋の身体を縛っていた鎖が解ける。

 

パキン、という何かが割れるような音に、大人たちは踊るのをやめる。

 

「おい、あれ」

 

ひとり立ち上がった千尋を見て、面の男のひとりが声をあげる。

 

「鎖が緩かったか……?」

 

「おい、忌み子!儀式の途中だ!まだ動くな!」

 

「……の、名前は……」

 

「あ?」

 

「___僕の名前は忌み子なんかじゃないッ!」

 

そう叫んだ千尋の握った鎖が、まるで意思をもつかのように大人達の首に巻き付き、上空へと持ち上げる。

 

「ガフッ!?」

「グッ………クッ」

 

声にならない呻きを聞きながら、千尋はけたたましく嗤う。

 

「辛いか?苦しいか?それはよかった。だがな、生来、僕の受けた苦しみはそんなもんじゃすまないぞ」

 

「だ……れだ………おま……え…は……!?」

 

「僕の………いや」

 

ゴキン、と。太い骨が折れる音がして、男達は糸の切れた操り人形のように項垂れる。

 

「俺の名は………月嶋尋だ!!」

 

紅い月の下で、紅い双眸の少年は自身の新しい名を吼える。

 

「……月嶋千尋という名はお前との契りで文字通り捨てる。力を貸してくれ……」

 

そこまで言ったところで、少年は声の主の顔も名前も知らないことに気が付く。

 

「んふふ、そういえばまだ名乗ってなかったね」

 

そう言って、声の主は姿を顕す。見開かれた大きな紅い瞳が、互いの姿を鏡のように写し出す。

 

「初めまして、月嶋尋君。私はツクヨミ。もっとも、君たちが降ろしたかったのは豊穣の私なんだろうけれど」

 

自身をツクヨミと名乗った少女はにこりと微笑んでみせる。

 

「改めて、お誕生日おめでとう。それで、これからどうするの?」

 

「決まってる」

 

月嶋尋はくるりと身を翻すと、村に向かって歩き出す。

 

「___皆殺しだ」

 

月嶋尋は嗤う。その顔を憎悪に歪ませながら。

 

「やっぱり、君、面白いや」

 

ツクヨミは、その紅い瞳から笑みを滲ませる。

 

 

紅い月の浮かぶ夜空に二人の笑い声がこだまする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

微睡みの中で

 

「なんだよ…これ……」

 

目の前に広がる惨状に、平塚は息を呑む。

 

同族の血に濡れた指を払いながら、少年は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

傍に降り立ったツクヨミが指し示した方向に歩こうとする月嶋を止めようと咄嗟に手を伸ばすが、その手は何も掴むことなく月嶋の身体をすり抜けてしまう。

 

血溜まりに映し出された月が風に吹かれて揺らぐ。

 

 

「救ってあげてくれ……か」

 

ツクヨミの言葉を思い出し、口に出す平塚。

 

「……無茶言ってくれるよな、倒すために造られた奴に救ってくれ、だなんて」

 

そう言って平塚は自分の頬をピシャリと叩き、大きな声で叫ぶ。

 

「わかったよ、やってやるよ!!只し、俺なりの方法で、だ!必ず救ってみせるさ!」

 

確固たる決意の灯った瞳でそう叫んだ平塚に呼応するかのように景色が光の粒になって消えていく。

 

 

 

次に平塚が目を開けると、柔らかな布団の中で陽射しが目に入る。

 

「お、やっと起きた」

 

隣から眠そうな声が聞こえる。顔をそちらに向けると、椅子の上に胡座をかいて座る佳那の姿があった。

 

「ここは……」

 

「うちの寝床。アンタ風呂でぶっ倒れてたらしいぞ?逆上せたのか?」

 

呆れたような佳那の声。どうやら風呂に入りに来た鰻に運ばれてきたらしい。

 

「そう、みたい」

 

平塚は身体を起こそうとしたが、右腕に違和感を感じ、目を向ける。

 

「……スー……スー……」

 

シャルが平塚の右腕を抱き枕にして静かに寝息をたてていた。

 

そこに雪山で感じた不安そうな影は見当たらず、平塚はそっとシャルの頭を撫でる。

 

「ずっとアンタを看病してたんだ。もう少し寝かせてやりなよ」

 

「うん。わかってる」

 

平塚はシャルの布団をなおしてから台所へと向かう。長い廊下を抜けた先にある戸を開ける。

 

古めかしい竈に羽釜を載せ、火を焚く。

鍋に煮干と水を入れて、竈に載せる。

 

時刻は6時前。台所には平塚の野菜を切る小気味良い音が響く。

 

下処理が済んだところで、冷蔵庫から取り出した鱒の切り身の表面を流水でさっと洗い流し、よく水気を切る。

粗塩を掌を使って身の全体に擦り付け馴染ませる。少し置き、指先に軽く塩をつけて弾くように切り身に振りつける。

 

油を引いたフライパンで皮目を軽く焼き、裏返して七割火を通す。再びひっくり返して皮目がパリッとなるまで焼いたら火を止め、盛りつける。

 

水に醤油、砂糖、酒、味醂などを入れ、軽く煮た立せた鍋の中に大きめに切ったカボチャを入れてホイルで落し蓋をする。

 

出汁に味噌を溶かす頃には、米が炊ける時特有のふわっとした甘い香りが台所いっぱいに充ちる。

 

「お、今日は遥斗くんの朝飯かい?こりゃ期待できるなぁ」

 

魚屋の仕込みを終えた鰻が台所に入ってくる。

 

「おはようございます。あの、俺風呂で倒れてたって聞いたんですが」

 

「あぁ。驚いたよ。汗を流しに風呂に浸かろうとしたら遥斗くんが浮かんでるんだもの」

 

「ご迷惑をおかけしました……」

 

「いやいや、良いんだよ。疲れてたんだろうし」

 

少し笑いながら鰻は新聞を開く。

 

「そういえば……ここのところの怪事件、まだ犯人捕まってないんだって?」

 

聞いたことがない話に、平塚は耳を疑う。

 

「怪事件?」

 

「あ、まだ聞いてない?事件さ。裏道で顔の皮を引き剥がされた人が連日発見されてるんだ」

 

「顔の皮を……?」

 

「幸い全員命に別状はないんだけど、精神的ショックでまともに話を聞ける状態じゃないらしい……」

 

「うへぇ……」

 

心底不愉快そうな顔をする平塚に、新聞から目線をあげた鰻がばつが悪そうな顔をする。

 

「ごめんごめん、飯前にする話じゃなかったね……。あ、ご飯もうすぐ出来るんだろ?佳那達にも声かけてくるよ」

 

そう言って廊下の方に歩いていく鰻が、ふと足を止める。

 

「そうだ、遥斗くん。君、風呂でこれ落とさなかったかい?」

 

「え……?」

 

広げたハンカチの上に置かれた小さな玉。見覚えのある形だった。

 

昨晩、ツクヨミが落としていった不思議な光景を映し出す玉。途端、平塚の脳裏に月嶋の記憶がフラッシュバックする。

 

「………ッ」

 

「お、おい、大丈夫かい?」

 

「……いえ、ありがとうございます。助かりました」

 

「そうかい……?それじゃあ、私は呼びに行ってくるよ」

 

そう言って、鰻は踵を返す。

 

「………夢じゃなかったんだな」

 

少し哀しげにそう呟いた平塚の手の中で、翡翠色の玉がちらりと光る。

 

「………とりあえずまぁ、やれることをやるだけだ」

 

一息ついてからそう言って、平塚は味噌汁の味をみる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒い双銃

朝食を済ませた一行は工房に場所を移した。油臭い工房の空気を胸いっぱいに吸い込んで、佳那は大きく伸びをする。

 

「んじゃ、依頼のものを」

 

「OK」

 

平塚の呼び掛けに、腕を下ろした佳那は工房の奥に進んでいく。

 

「あの、依頼のものって……?」

 

「合宿に行く前に頼んでおいたんだ。シャルのメインアーム……主武装ってやつ」

 

「めいんあーむ?」

 

さっぱり訳がわからないと言った様子のシャルに、鰻が口を開く。

 

「ハンターやモンスターだからって、相手と丸腰で戦う訳じゃないからね。当然武装が必要なのさ。そんなわけで…これが、遥斗くんが君のために設計して、鰻工房が製作した謹製シャルちゃん専用メインアームさ」

 

奥から出てきた佳那が、銀色のケースをシャルに渡す。

 

「さ、開けてみて」

 

鰻に促されるまま、恐る恐るシャルがケースを開ける。そこにあったのは二挺の黒い銃だった。

 

少し大きめの四角いフォルムに木製のグリップ。持ちやすいようにと、シャルの手にも収まるように工夫されている。

 

銃を手に取ってみるとひんやりとした鋼の感触とずしりとした重みが伝わってくる。

 

銃口には珍しく、大きく四角い穴が1つとその上に4つ横並びに開けられた丸い小さな穴が見える。肉球を模したような形に思わずシャルの顔から笑みが溢れる。

 

 

「これからハンターとして戦うことになるシャルちゃんに僕からの餞別だよ。今回のは自信作だから、安心して使ってくれて大丈夫」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

目を輝かせて礼を言うシャルに、佳那がもう片方を渡す。

 

「んじゃあ試し撃ち……と、その前に簡単な動作説明をさせて貰うよ」

 

こほん。と1つ咳払いをしてから佳那が口を開く。

 

「この銃の特徴は性質変換機構による弾薬の半永久的生産が可能なことなんだシャルのマナに反応して空気中の水分を吸い込んで弾を射出することができる勿論マナの残量には限りがあるからセーフティを付けてあるけど現状出来うる限りの効率でモガガ……!?」

 

機関銃のような速さで説明する佳那の口を鰻が手で塞ぐ。

 

「えーと、つまり?」

 

困惑したシャルが平塚に助けを求めると、平塚は要点をまとめて説明する。

 

「つまりこの銃はシャルのマナを消費することで使うことができる。マナの量は有限だから全体保有量の残り3割を切ったところでセーフティがかかる。でも効率よく変換出来るからそんなに気にしなくて良いよってこと」

 

「な、なるほど」

 

「まぁ使ってみればわかるさ」

 

 

「それじゃシャルちゃん、構えてみて」

 

外に出て庭にある少し開けた空間にて、佳那に言われる通りにシャルは両手で銃を構える。

 

引き金に手をかけ、引き絞る。キン、という射出音と共に銃口から空を裂いて氷の礫が飛んでいく。的にしていた空き缶を掠めて壁に当たり砕け散る。間髪いれずに続けて2度3度と引き金を引き絞る。その弾は空中を舞う空き缶に風穴を開け、また壁に当たり砕け散る。

 

「感触はどう?」

 

「……少し重いけど、すごく扱いやすいですね。これなら二挺でも大丈夫そうです」

 

シャルの感想を聞いた鰻が顔を綻ばせる。

 

「気に入ってくれたみたいで良かったよ。にしても凄いなぁ、初めての銃であんなに正確な射撃をしてみせるだなんて。驚いたよ」

 

「えへへ……でも、この銃のお陰ですよ。当てようとしたところに正確に当たるんです!」

 

「そんなに音も出ないしね。気合いいれて設計して、鰻さんに持ち込んだ甲斐があった。でも、それだけじゃないんだ。ここに注目」

 

そう言って平塚は銃の遊底をスライドさせてから引き金を引いて見せる。

 

すると、銃口から1メートル弱の氷柱が形成される。朝日に照らされてキラキラと光るそれは、研ぎ澄まされた刃のように見える。

 

「シッ」

 

短い気合いと共に振り抜かれた氷刃は太さ15センチもの鉄棒を容易く斬り落として見せる。

 

「近接戦用の剣も兼ねてるんだ。スライドを動かせば銃に戻る。銃の時よりマナを浪費するから使うときは気を付けてね」

 

平塚が引き金の指を緩めると、氷刃は瞬時に砕けて水の粒子となって消える。

 

「ほ、ほんとにこんな良いもの貰っちゃっても良いんですか……?」

 

二挺の黒銃を腰に巻いたホルスターに入れながら、シャルはそんなことを聞く。

 

「良いの良いの」

 

「ほんとに……?」

 

「あんまりしつこいと金取るよ?」

 

「有り難く戴きます」

 

佳那がシャルをからかいながら煙草を吹かす。

 

「うん。今日はこれから仕事?祭は明日からだから局も忙しいでしょ。頑張って」

 

「ありがとうございます。それじゃ」

 

「「行ってきます」」

「「行ってらっしゃい」」

 

人もまばらに出てきた商店街の道を、大きな荷物を担いだ二人が歩いていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特務指令

昼になり、平塚とシャルは管理局に顔を出していた。

 

仕事疲れで若干寝不足気味のガブリエルの顔には薄い隈が出来ている。

 

ガブリエルに餌付けしながら、平塚は不在中の事件について話を聞いた。

 

「それで、このところの怪事件っていうのは、犯人の目星はついたんです?」

 

「んぐっ」

 

平塚の話にミートボールを喉につまらせたガブリエルの背中をシャルが軽く叩く。

 

「怪事件って……なんです?」

 

初耳だという顔でシャルが説明を求める。

 

「今朝聞いた話なんだけど……裏路地で顔の皮を引き剥がされた人が連日発見されてるみたいなんだ。こっちで少し調べてみたんだけど、被害者は全員で4人。その全てがハンター資格を持った者。局としてはすぐに犯人を捕まえたいはずなのに、任務依頼も出されてない。だから局にしては対応が遅れてると思ったんだけど……多分、局長は俺に依頼を出すつもりだったのでしょう?」

 

掴んでいる情報を細かく整理する平塚に、お茶で生き返ったガブリエルが一息いれてから口を開く。

 

「……簡単に動く訳にはいかなかったんだよ。今回狙われた4人はクラスB+~AAA-までのランクの高いハンター達だったんだ。そのハンターを単独で容易く戦闘不能にさせるような相手だ。敵レートSS-は下らないと思ってね。被害者を出すわけにはいかなかったんだ。……それに」

 

「それに?」

 

理由を簡潔に述べるガブリエル。拳を握りしめたその幼い顔、痛々しいほどの悲しみがそこにはあった。

 

「……僕だって警戒態勢をとって単独行動は控えるように警報したんだ。それでも……」

 

「一人になったところを襲われた、か」

 

「うぅ……」

 

涙をこらえて唇を噛むガブリエルの頬に両手をそっと添えて、平塚は優しい言葉で言う。

 

「……局長の頑張りはわかりました。あとは俺に任せてください」

 

「うん、よろしくお願いするよ」

 

目の端から涙を流しながら、ガブリエルは無理に笑おうとした。

 

数分後、ガブリエルが落ち着いてから平塚は

 

「それで、その被害者達の名簿と、傷の具合とそれによる凶器の特定……勿論、出来てるんですよね?」

 

と、話を切り出す。

 

「それについては万全だよ!ちょっと待ってて」

 

パタパタと駆けていったガブリエルが机からファイルを持って戻ってきた。そのファイルを平塚に渡す。平塚が開いたそのファイルをシャルも覗くが、写真に思わず息を飲む。

 

「鋭利な刃物で皮だけを綺麗に切り落としてる……か。肉の部分に損傷は見られず、もう既に皮の再生も始まっている……それでも心の傷までは癒えるのには時間がかかるでしょう。……もう、ハンターとしては終わりかもしれない」

 

「それと、これ。なんとか喋れる二人から聴取を行ったところ、興味深い話が聞けたんだ」

 

ガブリエルが指差した文を見てみると意外な文章が目に止まる。

 

「犯人像が不一致……!?しかも、これって」

 

「うん。他のハンターの顔の特徴と類似しているんだ」

 

襲われたハンター4人のうち二人の顔と、証言に基づいて描いた似顔絵二枚が酷似していたのだ。

 

「傷は同一犯なのに目撃した証言が違う……ということは」

 

「敵は変身能力、もしくはそれに似た能力の持ち主……と推測できる」

 

変装とは到底思えない程に似たものに、平塚が声を震わせる。

 

「条件は相手から顔の皮を奪うこと、ですかね」

 

「顔を盗む………顔を盗る……顔盗り……“カオトリ”」

 

 

「ハンター、平塚遥斗。そのパートナー、シャルロット・ド・バツ=カステルモール」

 

凛とした声で名を呼んだガブリエルがその命令を口にする。

 

「本日イチサンマルマルより、局長権限で貴殿らに特務を与えます。カオトリを……捕らえなさい!」

 

「了解。目標、暫定レートSS-“カオトリ”の捕縛及びその事件の収束、承りました。これより任務を開始します」

 

胸の前に右腕を当てた平塚を、シャルが真似をする。

 

「頼んだよ。……死なないで。また、僕に美味しいお弁当食べさせて……ね?」

 

微笑を浮かべながらガブリエルがそう言うと、少し遅れて平塚が笑う。

 

「……勿論です」

 

そう言った平塚の横顔が、シャルにはとても頼もしく見えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遭遇

管理局を出て、公園の敷地に入る。

 

数人の老人が談笑している姿や、家族連れが遊んでいる姿が見える。

 

まるで事件などなかったかのように思える光景に、シャルは違和感を覚えた。

 

平塚が自販機から珈琲と牛乳を取り出して近くのベンチに座る。

 

「それで、これからどこへ向かうんです?」

 

「もしかしたら、なんだけど。次狙う場所がわかるかもしれない」

 

一口缶珈琲を啜ってから、平塚は携帯端末を取り出してマップを開く。

 

「最初に事件があった場所がここ。それで次がここ、ここ、あとは……ここ」

 

端末を叩いてシャルが分かりやすいようにマークする。

 

「?」

 

「それぞれの地点から等距離になる点を中心として円を書いてみると、こうなる」

 

「あっ!」

 

描かれた四点を線で繋ぐと、欠けた星形が。どうやら平塚は欠けた五箇所目の場所にカオトリが現れると踏んでいるようだった。

 

「そう。それと……これを見て」

 

「これは?」

 

「管理局の地下にある修練場の設計図。これが五芒星の形になってるんだ。丁度、この線上に建てられている」

 

「じゃあ、管理局も標的に……!?」

 

「そうとわかった訳じゃないけど、その可能性は充分にあると思う」

 

シャルの脳裏に3人の天使の姿が浮かぶ。

 

「絶対、捕まえましょう」

 

拳を握って力強くそう言うシャルの頬に、冷たい牛乳のパックをくっ付ける。

 

「ひゃうっ!?」

 

「気負うのは良いけど、肩の力を抜こうな。いざというときに身体が動かなくなる」

 

そう言いながら呑気に珈琲を啜る平塚を横目に見ながら、シャルは牛乳をストローで吸う。

 

一息いれた二人は目的の地点に移動した。辺りは工場が密集し、人気はあまりないように見える。

 

「……ここだな。シャル。いつでも撃てるように準備しておいて」

 

「は、はい!」

 

シャルは腰のホルスターから銃を引き抜いて感触を確かめる。シャルのマナに反応して銃身がほんのり冷えてきたのがわかる。

 

「絶対に側から離れるなよ?」

 

「単独行動は厳禁、ですよね」

 

細い通路を歩きながら、シャルは頷く。

 

二時間半は経っただろうか。人1人会わずに、あてが外れたかと思い始めた頃。

 

「シッ」

 

口に人差し指を当てながら、平塚は歩みを止める。

 

辺りから聞こえてくるのは、軽やかな足音。スキップするかのようなリズムは大人のものではないように思える。

 

平塚が通路を右に曲がったのを確認してから、シャルもそのあとに続く。その先にいたのは。

 

十歳くらいの男の子。薄暗い通路では表情は窺えない。

 

 

「こんなところで子供がなにしてるの!危ないでしょう?」

 

子供と確認して安心したのか、シャルが保護しようと近付こうとする。が。

 

「待った、シャル。ビンゴだ」

 

そう言った平塚が左腕をシャルの前に出して制止する。

 

「え……?ビンゴって……何がですか?」

 

平塚の言葉に疑問を隠せないシャルに、平塚が核心を口にする。

 

 ・・・・・・・

「コイツが犯人だって言ったんだよ」

 

「俺は少し鼻が利くんだ。コイツの甘ったるいミルクみたいな香りの中に、濃厚な鉄、血の臭いがする。もう既に皮を剥いできたか……。それに、歩き方。大袈裟にスキップしている割には歩幅が狭いし、微かに得物が擦れる金属音がした」

 

「で、でも」

 

「尚且つ。コイツは殺気を隠しきれてない。次の目標はどうやら……俺だったみたいだな」

 

平塚が腰から短刀を2本取り出して、大きく息をはく。少年は頭をガシガシと掻いてから大きく距離をとる。

 

 

「……恐れいったよ。まさか出会い頭でバレるだなんて思わなかったな」

 

少年は……壮年男性のような深い声でそう言うと、身体に変化が起きる。

 

華奢な少年の姿はどこへやら。細めではあるものの、柔らかそうな筋肉に覆われた身体。176㎝はあるだろうか。50代くらいでありながら甘いマスクに短く切った髪。実に整った顔立ちの男性が立っていた。

 

 

クンクン、と自分の匂いを嗅ぐ男に、平塚は両の手に握った短刀を再度握りしめ、身構える。

 

「……そんなにミルク臭いかな。それとも加齢臭?うーん、おじさん傷ついちゃうなァッ!!」

 

突如斬りつけてきた男の手にはメスが。

 

「なっ!?」

 

思いもよらぬ凶器に平塚の反応が遅れ、男の蹴りを腹に喰らって後退する。

 

不意に襲ってきた左足の痛みにそちらを見ると、2本のメスが突き刺さっているのが見える。メスを引き抜いて傷が癒着してから、平塚は、ごきり。と首を鳴らす。

 

その光景を見た男が目を輝かせる。

 

「おいおい、参ったなぁ」

 

「ああ、参った参った。久々に」

 

 

「「楽しくなってきたじゃねえか」」

 

 

そう言った両者は、刹那の間を待たずして激突。

 

両者の間で大きな火花が散った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雷光

耳をつんざくような剣戟の音と共に、二人の男の間には無数の火花が散る。

 

黒のコートをたなびかせながら、平塚は両の手に握った短刀で相手が放ったメスを打ち払いながら猛追する。

初老の男は右手の指に挟み込まれた四本のメスを平塚に向かって投げつける。迫り来る平塚の右足が次に踏み込むであろう場所を狙って放たれる刃群。

 

「お……らぁッ!!」

 

その刃群を左足だけでの跳躍で空中へと体を逃がし、右足で通路の壁を蹴ってそのまま男の左側頭部に蹴りを捩じ込む。

 

「チィッ」

 

すんでのところで腕で防がれるが、男の身体は衝撃で吹き飛び、地面を転がる。すぐさま起き上がる男の口元からは一筋の血が。口の中を切ったのか、左手で口の端から流れた血を拭って男はニィと笑って見せる。平塚が痛みを感じた左肩に手を伸ばすと、二本のメスが刺さっていた。おそらく平塚に蹴られた時に刺したのだろう。

 

「言っておくが」

 

笑う男の前でメスを抜きながら平塚は口を開く。

 

「失血によるお前の勝ちは諦めた方がいいぞ。さっきも見せたとは思うがこの程度の傷ならすぐ塞がる」

 

傷が塞がる様を見せながら平塚はコートを脱ぐ。男は白髪混じりの頭をガリガリと掻きながら肩をすくめる。

 

「なるほど、さっき見たのは幻覚じゃなかったわけか」

 

「一応、この国の最高戦力やらせて貰ってるんでな。この程度の傷は屁でもない。さて、とっとと降服してくれると手間が省けて助かるんだがな」

 

ふらふらと立ち上がる男性に平塚が間合いを詰める。

 

「おいおい、あまり笑わせないでくれるか……な!」

 

「……だろう…な!」

 

懐から取り出した6本のメスを指に挟み、平塚に突進する男。前のめりになりながら全速力で飛び出してくる男に、平塚は。

 

コートを広げ、その場に漂わせて大きく跳躍した。

 

やがてそこを通過する男がコートに気をとられて失速した途端、

 

「今だ!やれ、シャル!!」

 

背後で二挺の銃を構えながら待機していたシャルに向かって平塚はそう叫ぶ。

 

「や、やぁぁぁぁぁ!!」

 

張り上げた声と共にシャルが2つの引き金を連続で引き絞る。待ちわびたかのように一際大きな氷弾が飛び出したのを合図に礫群が一斉に男に飛び掛かる。

 

コート越しに男の全身に突き刺さる弾に、男は苦悶の声をあげる。肉を叩き、骨を砕いたシャルの弾丸は男の意識を簡単に刈り取った。

 

崩れ落ちた男の身体のすぐそばに降り立った平塚がしゃがみこみ、コートを引き剥がす。

 

「ナイスだシャル。っと、こっち来いって」

 

「は、はい」

 

シャルを労ってから呼び寄せる。平塚に言われた通りに近寄るシャル。

 

「なんだこれ…」

 

平塚の声に男の顔を見る。頬についた傷から血のかわりに何やら黒い靄が出ている。

平塚が男の顔をむんずと掴むと、ズルリと皮が剥がれる。そのまま引き剥がした平塚の顔が曇る。

 

「おいおい……マジかよ」

 

平塚が苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

・・・・・・・・・

男には顔がなかった。

 

いや、その表現は正確にはあってはいないのだが。

 

目や鼻、口はある。あるにはあるのだが、そのすべてが黒い靄に包まれているのだ。

 

その怪奇な面構えにシャルは閉口する。

 

「………見た……な」

 

意識が戻ったカオトリは飛び起きると大きく距離をとって左手で顔を隠すようにしておさえる。平塚の事を見つめながら大きな目を憎悪に染め、指を突きつける。

 

「必ず、お前を、殺す。いつか、必ず、だ!」

 

そう、低く呻くような声をあげ、カオトリは闇に紛れて姿を消す。

 

「ま、待て!」

 

「……追うな」

 

追おうとするシャルを平塚が手で止める。

 

「でも!」

 

「まぁ見てろって」

 

そう言って、平塚は指をならす。

 

ぱちん、という乾いた音が周辺に響くと、カオトリと思わしき悲鳴が響く。

 

足を引き摺って走る。足を踏み出す度に激痛がはしり、痛みに顔を歪ませる。

 

「クソッ……クソックソッ……クソクソクソクソクソ!!クソがァ!!」

 

右腕を壁に打ち付け、大きく荒れた息を正常に戻そうとする。

 

「(見てろよ……剥がしたテメエの顔をズタズタに引き裂いてやるからよ)」

 

そう思考した男の顔が憎悪による笑みを浮かべた途端、強烈な光が男の身体に降り注ぐ。

 

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」

 

強烈な熱と光がカオトリの身体を突き抜ける。光が止むと、男は身体を大きく仰け反らせて仰向けに倒れる。

 

薄れ行く意識のなかで、傍らに移動してきた若い男がこちらを見ながらコートを羽織る。

 

「俺と鉢合わせた時に逃げの一手を決め込むべきだったのさ。それがお前の敗因だ」

 

やがて近付いてきたサイレンの音に、男の意識はかき消されていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

交渉

カオトリが捕らえられたその日。

 

平塚は夜になっても自宅に帰らなかった。

 

「よう」

 

独房の中で横たわるカオトリに向かって平塚は声をかける。

 

「……なんの用だ」

 

「そんな邪険にするなよ。アンタの傷を治しに来たんだ」

 

「……何?」

 

平塚の行動にカオトリは、ない眉をひそめる。

 

「そんなことをしてお前になんの得がある。………無駄な情けをかけるな!殺せ!!」

 

激昂するカオトリは異形の顔を歪ませながら独房の境界へと近付く。

 

「あのなぁ」

 

呆れたような口調で平塚が右手で男の口元を柵越しに掴み上げる。

 

「俺に出されたのはアンタの捕獲命令で、殺せなんていう命令は一切出されてないの。わかる?」

 

「ッ!!ふざけるな!!」

 

男が平塚の手に噛みつく。歯が肉に食い込み、皮膚は破け、鮮血が滲む。

 

「………」

 

「クッ……殺せ!!」

 

「……ふざけてんじゃねえ!!!」

 

カオトリの顔を奥の壁へと投げ飛ばす。壁に激突したカオトリが苦悶の声をあげると、独房のロックを外して独房に侵入した平塚がカオトリの胸ぐらを掴んで引寄せる。

 

「答えろ。テメエは何者だ。誰の命令だ。何のために顔を剥いだ!答えろ!!」

 

「…………ッ」

 

「もういい……後はこれを使ってからゆっくりと聞かせてもらう」

 

カオトリから手を離した平塚は、懐から注射器と赤い薬品を取り出す。

 

「たッ!」

 

「た?」

 

カオトリが咳き込むように口を開く。

 

「大義の為だ!あの方の恩義に報いる為だ!!」

 

「あの方?」

 

「私の顔を見ても唯一眉ひとつ動かさず、忌み嫌わなかった方だ!あの方は私を受け入れてくれた!私はその恩義に報いたかった!」

 

汗をかきながらそう言うカオトリに、平塚は薬品を入れた注射器をあてがう。

 

「そうかい」

 

「だから、待て、やめろ!それだけは」

 

懇願するカオトリを無視して針を突き刺し、薬品を注入する。

 

「あぐ……ガッ……!?」

 

苦しみ悶えるカオトリに平塚が薬品を片付けながら冷たい声で告げる。

 

「なんか勘違いしているようだけど」

 

 

「それ、ただの回復活性剤だぞ?治り切るのには一晩かかるだろうが、痛みは引いただろ?」

 

「…ゥ……へ?」

 

平塚の言葉に目を点にするカオトリ。事実、呼吸する度に痛んでいた筈の身体から痛みが引いていく。

 

「いや、自白剤なんて使う筈ないじゃん。アンタ、ケガニン、オレ、ゼンニン。OK?」

 

「なんで……?」

 

「だってアンタ、自白剤使わなくても良さそうなんだもの。根っこは優しそうだ。アンタみたいな恩義を大事にする人なら、今治した恩にも報いてくれそうだしな。あぁ、それと」

 

平塚はその場に胡座をかきながら口を開いた。

 

「アンタは皮を剥いだだけで殺しはしなかった。それだけで、殺すなんて惨いことは出来ないよ」

 

「……甘いな、お前は。敵に情けをかけてまで救おうと言うのか」

 

ふっ、と、すっかり毒の抜かれたカオトリは笑いを溢してからそう答える。

 

「それで、アンタの言うあの方っていうのは……もしかして月嶋尋のことか?」

 

「………あぁ、その認識で合っている」

 

ピクリと目を細めてからカオトリは質問に答える。

 

「含みのある答え方だな。なに、少し違うのか?」

 

「あの方には、二面性があるのだ。完全に善と悪が離別しているというか……人格が入れ換わると言った方が早いか」

 

「二重人格…ね」

 

ふとツクヨミが見せてくれた記録を思い出す。

 

「成る程……。あ、アンタの見せたあの変装……というか、変身?あれはどうなっているんだ?」

 

「ん……あぁ、被った皮を解析して擬態している。最初が幼かったのは、皮を変質させて、その元の顔の幼少を再現していたからだ。自分でも原理はよく判っていないがな」

 

思った以上にペラペラと喋るカオトリに、あっけらかんとする平塚。

 

「はぁ。……最後の質問だ。何のために顔を剥いだ?なにか目的があるんだろう?」

 

懐から出した帳面に記載しながら、平塚は最後の質問をぶつける。

 

少し黙ってからカオトリは口を開く。

 

「……詳しいことはいくらお前にでも言えん。……だが明日、お前と相対する四人に奪った皮を被せた」

 

「その四人の目的は」

 

「こちらの世界に逃れた者の確保だ。儀式に必要なんだそうだ」

 

「儀式?」

 

大きく咳払いしてから、カオトリはわざとらしく笑って見せる。

 

「おっと。つい口が滑ってしまった。これで終わりなんだろう、ならとっとと出て行け」

 

「あぁ。情報提供、感謝する」

 

あっさりと身を引き、牢を施錠する平塚。

 

踵を返して立ち去ろうとすると、長い廊下にカオトリの声が響く。

 

「天地に満ちた紅き月と星が顕れし時!新たな依代に旧き神が宿るだろう!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

司書ウリエル

局長室にて。

 

3天使の手には平塚から渡された報告書。そこにはここ10日間の情報がこと細かくまとめられていた。

 

「月の村の惨劇……これはいつ起こったのかな」

 

「それはわかりません……が、とにかく古い様式の建物でした。日本古来の家屋に近いかと」

 

ガブリエルの問いに平塚が答えると、隣に座っているラファエルが口を開く。

 

「それに、カオトリの言葉も気になるよね……」

 

「天地に満ちた紅い月が顕れし時、新たな依代に旧き神が宿る、ですか」

 

ミカエルがそう言うと、ガブリエルが茶を啜ってから溜め息をつく。

 

「情報が足りないね……少しでも情報が……あっ」

 

何か思い出したような反応をしたガブリエルの顔を、3人は覗き込む。

 

「あ、アーカイブだよ、あそこなら記録を閲覧出来るかもしれない」

 

ガブリエルが白衣のポケットから端末を取り出し、連絡を取り始める。

 

「あ、ウリエルちゃん?」

 

「……ウリエル?」

 

「今からそっち行っても良い?……はーい、わかった、それじゃ後でね」

 

平塚がガブリエルが口にした名前に反応する。

 

「んじゃ、アーカイブに向かおう。……遥斗君?」

 

「どうかした?……すごく恐い顔だよ?」

 

平塚の異変に気付いたガブリエルとラファエルの心配を、平塚は茶と共に飲み下す。

 

「……いえ、何も。特に問題は有りません」

 

そう言った平塚の瞳には少し、後悔の色が映った。

 

 

一行が向かったのは管理局の中層、普段多くの天使達が働いているスペースのとある階だった。

 

他の階と比べて少しばかり暗い照明の中を歩くと、平塚達の前に現れた重厚な扉。

 

その上の札には少し癖のある字で“Archive”と書かれた板が照らされて光っている。

 

「ウリエルちゃん、居るかい?」

 

扉を開けたガブリエルが大きな声で呼び掛けながら入っていく。

その後を付いていくと、少しばかり黴臭い空気が身体を包む。

目が暗闇に慣れてきた頃、平塚は目の前に広がった光景に圧倒された。

ファイルや書類など、色や形は様々であれど、本であることには相違ない。

そんな本が、反対側の壁が見えないほどの空間に、ずらりと並んだ夥しい数の本棚に納まっていたのだ。

 

「………」

 

思わず絶句する平塚の周囲にふわりと香る金木犀の香り。覚えのある香りに平塚は周囲を見渡すが、灯りが照す壁や天井は暗くて何も見えはしない。

 

「気のせい……じゃないよな」

 

そう呟きながら、三人の後を追う。

 

暫く進んだ先に少し開けた場所があり、司書と書かれたプレートの置いてあるカウンターの向こう側に、一人の女性が立っているのが見えた。

 

「いらっしゃい、ガブ、ラファ、ミカ。そして…こうして会うのは何ヵ月ぶりかしら?平塚君」

 

「……2年7か月と13日ぶりですよ。お久しぶりです、ウリエルさん。お変わりないようで何よりです」

 

「あら。それはどういう意味かしら?」

 

ウリエルと呼ばれた女性は口に手をやってクスリと笑う。ブロンドの髪を靡かせながら平塚に近付くウリエルに、ガブリエルが割って入る。

 

「ウリエルちゃん、少し調べて欲しいことがあるんだけど良いかな?」

 

矢継ぎ早にそう言ったガブリエルに、ウリエルは肩を竦める。

 

「……構わないわよ?お仕事だもの」

 

そう言って、ウリエルは空中に両手を翳した。すると空中に半透明の光が顕れる。キーボードでもあるのだろうか、ウリエルがその表面を叩くと、それに反応するかのように本棚がひとりでに動き出す。

 

「それで?探したい資料はどんなものなの?」

 

ガブリエルが示した条件を、ウリエルは眉をピクリと動かしてから光に打ち込む。

 

暫く動き続けた本棚群の中から、他のものと比べると少しばかり小さな本棚が現れる。

 

 

「__, __, __ .」

 

 

その本棚の前に立ったウリエルが、平塚には聞き取れない言語を二言三言口にすると、その本棚の中から3冊のファイルが出てきた。

 

「あの、今のは?」

 

「あれは天使語。天上の世界でも滅多に使われない、神様の加護を持った言語です」

 

平塚の問いにミカエルが答える。

 

天使語。門の向こうにある天使達が暮らす天上の世界。そこから遣わされて来た天使達がそこの言語を使ってもなんら問題はないだろう。

 

「さぁ、これがお探しの資料よ」

 

ウリエルがそう言って平塚に渡そうとする。平塚が受け取ろうとすると、ひょいとウリエルが資料を取り上げる。

 

「労働の対価は払ってもらうわ」

 

そう言ったウリエルは背後に親指を突き出す。その先にあるのは、“司書室”と書かれた部屋だった。

 

「……」

 

平塚は右肩を回しながらその部屋に向かう。

 

暫くして、辺りに響いたのは。

 

ウリエルの艶かしい矯声だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

極上の…

平塚とウリエルが入って行った司書室から嬌声が響いた。

 

普段のウリエルからは想像もできないような艶めかしい色気の含んだ声に、3人の天使達は思わず司書室の扉に耳を当てる。

 

「な、中でなにやってるんだろ」

 

「………」

 

「…………」

 

ガブリエルが素朴な疑問を口にするが、ラファエルとミカエルは口を接ぐんで頬を赤らめ、明後日の方向を向いている。

 

壁で隔てた此方側でもしっかり聞き取れるほど、ウリエルの声は大きく響いている。

 

 

『……あぁっ……ひぅっ……はうぅ……』

 

『ココが良いんでしたよね?』

 

『ああっ!……そう……そ…こぉ……!』

 

2人のやり取りを耳にした3人は思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 

二人の声に雑ざるように、何かが軋むような音と、僅かに布同士が擦れ合うような音も聴こえる。

 

「ねえガブ、もっとそっち行ってよ」

 

「そんなこと言ったってスペースないよぉ」

 

ラファエルがもっとよく聞こうとガブリエルを押し退けようとするが、ガブリエルもスペースを取られまいとそれに対抗する。そして、その二人に挟まれる形に位置するミカエルが負けじと前に力を掛けた瞬間。

 

「2人とも待って、押さないで……ってわぁ!?」

 

バターンという音と共に司書室の扉が開き、3人は室内に転がり込む。

 

「いったぁ……」

 

「うぅ……」

 

「きゅぅ……」

 

3人が呻き声をあげてから目を開けると、そこには。

 

 

休憩用のベッドに横たわり、恍惚の表情を浮かべるウリエルと。

 

その隣で指圧による施術を行う平塚の姿があった。

 

「何やってるんですか……?」

 

平塚が手を止めずに突然の侵入者3人に当然の疑問をぶつける。

 

「あ、あはは」

 

「な、何やってるかわからなかったから、つい……」

 

ラファエルとガブリエルが乾いた笑いを浮かべる。

 

「見ての通り、マッサージです…がっ」

 

平塚が肘を当てながら力を加えると、ゴキッという音と共に

 

「あんっ」

 

という声を上げて、ウリエルが恍惚の表情を浮かべる。

 

……どうやら声はウリエルが整体を受けていたことが原因だったようだ。

 

「……何だと思ってたんです……かっ?」

 

少々呆れながら平塚が溜め息をつく。

 

「そ、それはそのう………せ……」

 

ミカエルがモジモジしながら言葉を探そうとする。

 

「……せ?」

 

「………せ……せ……せ」

 

平塚の追及に顔を耳まで赤くしたミカエルが目を回しかけたところで

 

「遥斗君?会話にかまけて手が止まってるわよ?」

 

という、ウリエルの声で平塚が追及するのをやめる。

 

「はいはい、すみません……ねっ」

 

そう言った平塚が手に力を込めた瞬間。

 

「ああんっ♡」

 

ウリエルの口から一際大きな艶やかな声が発せられた。

 

 

 

「なんでマッサージ?」

 

「最近疲れが溜まってたから丁度良いかなって。遥斗君も居ることだし、ここは利用するっきゃ無いと思ってね~?それに、遥斗君世界中を回って知識を吸収してきたでしょう?料理や武術、宗教、医術に薬学、その他沢山。その中には整体なんかについての知識も含まれてる。だったらその辺の整体師に頼むより遥斗君に頼んでみるのが一番手っ取り早いかと思ってね」

 

ウリエルがすっかり艶々になった肌を燦然と輝かせながら、ガブリエルの淹れた茶を啜る。

 

「ほんと不思議だよね、遥斗君のあの眼。全体と一部分を同時に把握することで相手の動きを模倣することが出来る……だっけ?」

 

ラファエルが戸棚から出してきた芋羊羮を切り分けながらそう言うと、平塚が口を開く。

 

「あくまで人間の常識内の行動に限りますよ。火を吐けだの巨大化しろだの言われても俺には無理です……よっと」

 

つまるところ、平塚の類い稀な観察眼の応用だ。

 

見たことのある動きを記憶し、それを身体に投影しているに過ぎない。

 

「……んっ…んんっ……」

 

小さく、細く息を吐くように声を殺しているのは、先程までウリエルの寝ていたベッドで横になり、平塚から整体を受けているミカエルからだった。

 

ウリエルの提案で整体を受ける羽目になったのだった。

 

枕に羞恥で赤くした顔を埋め、声をころす様は女目から見ても嗜虐心を擽られるシチュエーションだが、何故かガブリエルは参加しようとはしない。

 

その理由とは。

 

「ねぇ……これって……!?」

 

資料に目を通したガブリエルがある項目を目にした途端に大きな声をあげる。

 

「えぇ。その資料が本当ならば」

 

ウリエルは至極落ち着いた声でその事実を口にした。

 

「月の村の惨劇は約2500年以上も昔、邪馬台国が始まるより以前にあったことなの」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神代

約2500年前。弥生時代にまで時が遡る。

 

それはかつて人と神とが共存していた神代と呼ばれていた時代。無論、現代のように神々が地上を闊歩していた訳でなく、人が神を敬い、神が人を治めていた時代である。

 

やがて人は長らく神という高位の存在を認識することが出来なくなり、その存在は現代まで信仰の中でのみの存在となったのだが。

 

その神々が、門が開いたことにより世界のマナと神々とが結合し、現界するに至った。そして、両者は本当の意味で共存することを選んだ。

 

「その現代に現れたのが、神代の人間……」

 

平塚が額に滲んだ汗を拭う。

 

「“そんなこと、有り得ない”…とでも言いたげだね?」

 

ウリエルが芋羊羹を口に運びながら平塚の表情から窺える言葉を口にする。

 

「でもこれは事実。ここにある書類は天界のアーカイブのコピー。世界を観察した記録を保存したものよ?そこに偽りはないわ」

 

「……実際に体験しましたから、そんな言葉は吐きませんよ」

 

平塚が皮肉混じりにそう言うと、ミカエルが枕から顔を上げる。

 

「それで、明日からの祭は中止でしょうか?」

 

少しばかり困惑の色を含んだその声に、ガブリエルが口を開く。

 

「いや、このまま行こう。下手に中止して、敵に情報が漏れたことが察されるよりかはマシだと思うし」

 

「では警備を?」

 

「うーん、単純に人数を増やすよりは装備をレベル4にまで上げた方が良いかもしれないね、お客さんの中にも何人か紛れ込ませておこうかな」

 

ガブリエルの指示をまとめ、ミカエルがそれをメール形式で送る。

 

「ではそのように」

 

その様子を見たウリエルがクスクスと口に手を当てて笑う。

 

「……どうかした?」

 

「ごめんなさい、珍しく真面目に局長らしいことしてると思ったらつい」

 

しまいにはお腹を抱えて笑い出すウリエルにガブリエルがジトっとした目で反論する。

 

「む。失礼だなぁ、たまにはちゃんと仕事するよ?」

 

「それ自慢になってないからね?……まぁ、さっきのガブは少し格好良かったけど。シャルちゃんに見せてあげたかったな」

 

ラファエルが呆れながら茶を啜る。

 

 

「ねぇ、そういえばそのシャルちゃんって娘は今どこにいるの?挨拶くらいしておきたかったんだけどな」

 

ウリエルが思い出したように周囲を見渡すが、勿論そこにはシャルの姿はない。

 

「あぁ、シャルなら今頃……」

 

 

 

小望月が空に浮かぶ夜。暗い部屋に月の明かりが窓から室内に流れ込む。

 

ソファに座り込んだ少女が寝息を立てている。

 

 

少女の膝の上には平塚の蔵書、日本文学“文豪達の傑作選”と題された分厚い本が開かれている。

 

どうやら読んでいる途中で寝てしまったようだった。

 

 

 

「やぁ」

 

白い空間にポツンと立っていたシャルが、後ろからかけられた声に振り向く。

 

少年は簡素な椅子に座ったまま、立てた膝を抱える。

 

「ハルくん……久しぶり!元気だった?」

 

「抱きつこうとすんな!」

 

ハルと呼ばれた少年は抱きつこうとするシャルに対して容赦なく電撃を浴びせる。

 

プスプスと黒い煙をあげながら、シャルはハルの前に座り込む。

 

「ひどい目に遭った……!」

 

「ジゴージトクだ!」

 

腕を組み、そっぽを向くハルにシャルが困った顔をする。

 

「……からだの調子、どうなんだよ?」

 

ハルがそっぽを向いたまま話しかけてくる。ぶっきらぼうな態度もハルなりの気遣いなのだろう。

 

「身体作りはしてるよ。どのくらい減ったのかは、正直わからないけど……」

 

「……全体の5%が良いとこってところかな」

 

ハルが砂時計を取り出し確認すると、紅い液体が下に溜まりはじめている。

 

「あと95%……かぁ」

 

「………そんなに早く強くなりたいの?強くなって、どうするの?」

 

微妙な顔をするシャルに、ハルは疑問を投げ掛ける。

 

「……あの人に近付きたい。あの人を護ることが出来るくらい、強く」

 

「ふーん。んじゃ、その気持ちはどんな感情から来てるの?憧れ?それとも何?恋?」

 

「ふぇっ!?」

 

思いもよらない質問に、シャルは顔を赤くさせて俯き、たっぷり1分以上考えてからぽつりぽつりと話はじめる。

 

 

「………多分、その両方、かな。あの人の強さに憧れて、あの人自身を好きになったんだと、そう、思う」

 

「意外。そんなに簡単に認めるだなんて思わなかった」

 

シャルの答えにハルはぽかんと口を開ける。

 

「まぁ、頑張りなよ。アイツそういうことには結構疎いから、身体作りより苦労するかもしれないけど、ね」

 

ハルのクスクスという笑い声と共に、シャルの手足の先が光に包まれはじめる。

 

「じゃあ、また今度ね、ハルくん」

 

「うん。また今度」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2人きりの…

自宅の扉を開け、室内に入った平塚を暖かい空気が包む。

 

年末の凍れる空気から抜け出した平塚は、靴を脱ぎながらホッと息をつく。

 

時刻は既に8時をまわっている。

明日からの祭に備えて早く寝ないと…とまで思考したところで平塚の鼻腔をふわりと甘い香りが撫でた。

 

見れば窓から射し込む月明かりに照らされながら、シャルがこてん、と横になっている。

 

戸締りを忘れてはいなくとも、カーテンを閉め忘れ、部屋が暗いままだったところを見ると、どうやら読みかけの本を開いたまま眠ってしまったようだった。

 

カーテンを閉めてから、シャルにタオルケットを掛けると、平塚はそのままキッチンへと姿を消す。

 

「さてと」

 

数十分後、コトコトと煮込むような音と共に、ふわりと優しく撫でるような香りがしてシャルはそっと瞼を開ける。

 

「……んぅ?……寝ちゃってた」

 

未だ眠りたがっている眼を擦りながら、シャルはキッチンの方に歩いて行く。

 

「遥斗さん?」

 

暗いキッチンに向かって呼びかけてみるものの、聞こえて来たのはカチャンというコンロの火が消える音だけだった。どうやらタイマーをセットしていたようだ。

 

「ここじゃないとなると……あ、あの部屋の明かりがついてる」

 

あの部屋、とは平塚の家にある謎のスペースの事である。特別家具が置いてあるわけでもないのに壁は防音で、硬めのマットだけが敷き詰めてある少し広めの部屋。

 

「あの、遥斗さん?」

 

他の部屋と比べて少しばかり重いその扉を開けながら、シャルは平塚に声をかける。

 

 

そこにいたのは、

 

「19857、19858、19859...」

 

淡々と膨大な回数を数えながら左腕だけで体を支え、倒立腕立て伏せを繰り返す平塚の姿だった。

 

既に相当な負荷を与えられているであろうその身体は、普段の平塚の物腰からは想像も出来ない程引き締まっていた。

 

「…19899、19900……あ、シャル、起きた?あと100回だけ待ってくれる?」

 

「は、はい……わかりました…」

 

額に珠の汗をかきながら、平塚は1.5倍速まで速度を上げる。19999まで数えたところで、大きく身体を揺らしてからそのまま腕を曲げ、そこからゆっくりと全身の筋肉を伸ばすかのようにつま先から指先までを一本の棒のように真っ直ぐにしてから足をつき、立ち上がる。

 

「おまたせ。んじゃ、ご飯にしようか」

 

そう言った平塚は、ホカホカと湯気をたてる上気した身体を大きなタオルで拭いながら壁についたディスプレイを弄ると、床に紫色の幾何学模様が表れ、模様を変化させて消える。

 

「あっ、あの、今のは?」

 

目の前で起きた現象と、平塚の身体をまじまじと交互に見ながらシャルが口を開く。

 

「ルシファー印の重力制御装置〜ってやつさ。重力を操作して体への負荷を限界ギリギリまで上げてたんだ。俺が使ってる時はその赤いラインからこちらに来ないように、気をつけてね」

 

「わ、わかりました」

 

シャルがコクコクと頷くと平塚は少し笑ってからシャルの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「ご飯食べる前に軽くシャワー浴びてくるね」

 

暫くして、平塚が向かった風呂場から水音が聴こえて来ると

 

「きゅぅ」

 

という小動物を思わせる声と共にシャルは赤面しながらその場に崩れ落ちる。

 

風呂から上がった平塚が放心状態のシャルを見つけてから介抱して、やっと晩御飯を食べ終えたその頃。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強奪

「報せがあって駆けつけたが…」

 

そう言ったウリエルの口からは驚愕の声が伺えた。

 

処は監理局地下の独房、つい先程までカオトリが捕らえられていた筈の場所だった。

 

つい先程まで、と言うのは既にそこにカオトリの姿は無く、大きくひしゃげた鉄格子が残るばかりであった。

 

「平塚君の話じゃ夜明けまでは動けないって話だったけど」

 

ウリエルが現場に駆けつけた時にはカオトリなど見る影もなく。痕跡を調べる部下達の忙しそうな様子を目にしながらそんな事を呟くと、房の中からその呟きからの返答があった。

 

「おそらく第三者の介入だろう。治りかけの力だけでは壊せる筈が無い」

 

「あら」

 

凛とした声と共に暗い房の中から女性が現れる。

 

「あら、じゃない。今までどこほっつき歩いてたんだ」

 

不機嫌そうにそう言った女性の見た目はウリエルの特徴と酷似しているが、少しばかり切れ長の目つきに凛とした印象を覚える。

 

「ごめんなさいね、来客があったのよ」

 

「それは知っている。問題は現場の指揮を私に押し付けて今まで何してたかって事だ」

 

「それはー、そのぅ」

 

ウリエルが手をもじもじさせていると、部下の天使が1人足早に駆けてくる。

 

「隊長、副隊長」

 

「どうした」

 

「監視カメラにこんなものが」

 

そう言った天使が空中に映像を投影すると、そこにはまさに異形とも言える影が牢をこじ開け、無抵抗のカオトリを連れ出す姿が映し出された。

 

「これは……」

 

「オリジナルタイプ、しかもゼロシリーズ……にしては違和感が……?」

 

通常のゼロシリーズとは違い、大きく発達した角と影の内部に何か見えている。

 

「……月嶋は異形……一族の逸れ者ばかりを集めていたそうだな?」

 

「これも特異性の片鱗?」

 

「かもしれない、という話だ」

 

2人のウリエルが唸っていると、部下の天使達が目を見合わせながら指示を仰いでいる。

 

「そうね……とりあえず、牢の補修が終わったら今日はもうあがって頂戴。明日も朝から忙しいんだし、各自はやく帰って寝るように。良いわね?」

 

隊長の指示に従って行動を開始する天使達を尻目に、2人は翼を広げて上層へと躍り出る。

 

「ところで……今日はどうしてそんなに肌の色艶が良いんだ?ウリエル」

 

「……あのねぇ、2人の時は別にウリエルって呼ばなくてもいいんだよ?どっちもウリエルなんだから。ね?穂斑(ほむら)」

 

「……旭陽(あさひ)姉さん。一応、ここは職場な訳なんだからそういうプライベートな事は慎んだ方が」

 

「あーもう、全く固いんだから!誰に似たのかなぁ、こういう変に真面目なところ」

 

「それは耳タコだよ……それで、その肌。どうしたの?」

 

「ふふーん、それはねー」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残滓

「っくし!」

 

突如として出た嚔をティッシュで拭き、鼻をかむ。ぶるっと身震いしてから平塚は頭をぽりぽりと掻く。

 

「風邪、ではないと思うけど……」

 

時刻は日付が変わって少し経った頃。

シャルは平塚の膝を枕代わりにしてソファで横になっている。

すぅすぅと寝息をたてる度にシャルの耳がピクピクと動く。

起こさないようにそっと頭を撫でると、シャルがくすぐったいのか、少しばかり寝返りをうつ。

サラサラの髪の毛が平塚の指を撫でると、流石に疲れたのか平塚の意識が徐々に遠のいていく。

 

(……明日、というか今日は、早めに起きないとな……)

 

そう思考した平塚の肩を誰かが強く掴んだ。

 

何処からか声が聞こえる。

 

『……ナイ』

 

その酷く掠れた声は強い意志を孕んでいた。

 

『……サナイ』

 

先程とはまた違う人の声。

 

『……許サナイ』

 

その声が響く度に、平塚の身体に掴み掛かってくる手は多くなっていく。

 

『私達ヲ無駄二スル事ハ』

 

『僕達ヲ無駄二スル事ハ』

 

『『許サナイ』』

 

その声は平塚の身体の奥底から響いてくる。

 

それは平塚の身体を構築する者達の声か、はたまた彼の因果の歯車の動く音か。

 

平塚の意識はその声と手に導かれるがまま、深く深く落ちていく。

 

深層よりも深く、漆黒よりも尚暗く。

 

やがて平塚が辿り着いた場所は先程までの声が嘘のように静まり返った、果てしなく広い空間。

 

その空間に犇く無数の紅い双眸。

 

何を言う訳でもなく、ただその瞳で平塚の事を見つめている。

 

その瞳からは、後悔、苦痛、憂い、そんなありとあらゆる負の感情と、平塚になにかを託そうとする希望。そんな感情がごった返し、渦巻いている。

 

 

『……』

 

『………』

 

『……………』

 

 

影達は何も言わずに佇むばかりではあるが。

 

その物言わぬ影に、平塚は大きく頷いた。

 

途端、巻きついた鎖が解けるように、重かった身体は浮上を始める。

 

浮上して行く平塚を、影達は少しばかり誇らしげな表情で見送っている。

 

彼等はかつて平塚と目的を同じくして造られた者達。その残滓である。

 

大きく息を吸う。少しばかり暖かな空気が鼻腔を、そして肺を満たす。

 

すぐ横にシャルの気配を感じて少しばかり目を開けると、枕にしていた膝にその姿はなく、平塚の身体にもたれかかる形で首に両腕を回しているシャルの姿が目に入る。

 

「……ありがとうな」

 

平塚の胸に耳を当て、心音を聴きながら寝入っているシャルの頭を撫でてから、平塚はシャルの身体を膝に座らせてその上から毛布を被る。

 

「おやすみ、シャルロット。良い夢を」

 

静かに、柔らかな声でそう言った平塚は、部屋の灯を消す。

 

 

___願わくば、この安らかな眠りが毎夜彼女に訪れますように。

 

 

そんな事を思いながら彼は深い眠りに落ちる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エントランスにて

朝。

 

12月中旬を迎えた冬の商店街を、シャルと平塚は急ぐ。時刻は‪午前8時‬前だというのに、街は人で溢れ、賑わいを見せている。

 

端に寄せた雪が人の熱気で融け出したのか、路面は所々滑り、道行く人の足を取る。

 

それは当然シャルも例外ではなく、足を取られてバランスを崩し、前を往く平塚の背中につんのめって頭から突っ込む。

 

「ふぎっ」

 

思い切り鼻をぶつけたのだろうその悲鳴は平塚のコートでくぐもったものとなった。

振り返った平塚は鼻をさするシャルの手を握る。

 

「少し急ごう」

 

そう言った平塚は店と店の間の路地に入り、シャルの身体を抱き抱えると店の壁を蹴って上へ上へと登って行く。

 

「の、登るんなら登るって言ってくださいよ!」

 

「悪い悪い」

 

シャルの言葉に対して悪びれた様子の無い平塚は、雪の積もった店舗の屋根をひょいひょいと跳んで走って移動する。

 

2人の様子を下で見ていた客から歓声が沸くが、店の店主からは一斉にブーイングをくらう。

平塚はそれに対して手を頭の前に立てながら商店街を走り抜け、最後の店の屋根から飛び降りると己が身体のクッションを使って衝撃なしで地面に着地する。

 

広い公園を今度は障害なく越え、しばらく歩くと管理局の庁舎が見えてくる。

 

入り口にはもう既に大勢の人集りや出店が出来ていて、今日から始まる祭りの規模が伺える。

 

「ひはっはひはふほふん」

 

入り口で出迎えたのは口一杯にアメリカンドッグを頬張っているガブリエルの姿だった。

 

「おはようございます、ガブリエル局長。朝から食べますね。それと、口に物をいれながら喋らないでください」

 

少々呆れ気味に平塚が具申すると、ガブリエルが咀嚼するスピードを早める。

 

「んぐっ、あむっ、ごくん。おはよう、遥斗くん、シャルちゃんも。皆待ってるよー、教官殿はまだかー、主席殿は何処だーって」

 

「あー、はい。了解です。では、行きましょうか」

 

そう言った平塚は受付にパスを通すといそいそと建物の中へ入って行く。

 

「教官?主席??」

 

シャルが疑問を呟くと、ガブリエルがふふんと鼻を鳴らして、シャルの手を取る。

 

「すぐわかるよ」

 

シャルが建物の中に入ると、エントランスには沢山の人、そしてモンスター達が。先程までと少し違うのは、人と場の雰囲気だった。

 

苛立ち、殺意、不安などの様々な感情が渦巻いて辺りに立ち込めている。

 

「___お待たせして申し訳ない」

 

エントランス中央、シャンデリアの真下に立った平塚が良く通る声を響かせる。

 

「全くだ。教官、俺たちをいつまで待たせるつもりだったんだ?」

 

「今日という日をどれだけ待ちわびた事か……」

 

獲物を見つけた獣のような目を爛々と輝かせながら、彼等__祭に参加予定のハンター達は舌舐めずりする。

 

「そう殺気立てないでくれよ。うちのパートナーが怯えてる」

 

飄々とした態度の平塚はそう言うとシャルとガブリエルに手招きをする。

 

「俺の新しいパートナー、ダルタニャンだ。皆よろしく頼むよ」

 

平塚の宣言にどよめきがいっそう強くなる。そのどよめきも御構い無しに平塚はシャルに挨拶を促す。

 

「だ、ダルタニャンです、よろしくお願いします!」

 

そう言ったシャルが頭を下げる。

 

「ち、ちょっと待ってください!」

 

周囲のどよめきの中から良く通る声で異議を申し立てる女性が顔を出す。

 

「何故でしょうか。その子の他にも主席殿と組みたがっていた候補たちは沢山います。その声を無視してまでその子を選んだ理由をお聞かせ頂きたい!」

 

彼女の声に同調した数人のハンターがそうだそうだ、と口を一斉に開く。

 

「…あぁ、それはだな___」

 

「やめないか」

 

平塚が説明しようと口を開いたのと同時に、低く野太い声が2階フロアの方から響き渡る。

 

声の方向に顔を向けようとすると、2メートルをゆうに越えるだろう巨体が吹き抜けの鉄柵から身を乗り出して、まさしく今そこから飛び降りようとしている姿が否応にも目に入る。

 

3秒と経たずにズズンという地響きと共に地上に降り立っ___いや。

 

突き刺さった巨漢は、窪んだ大理石のパネルから脚を抜きながら大きく溜息をついた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マーカスとステラ

「マーカス。なんのつもり?」

 

「お前こそなんのつもりだ、ステラ。これは教官殿や上層部の決定なのだろう?ならば、我々はそれに黙って従うのみだと思うが」

 

「私はただ理由の説明を求めただけよ、マーカス。主席殿は多忙であまりプライベートなことは仰ってくださらないから」

 

マーカスと呼ばれた男は後ろで束ねた自慢の黒いドレッドヘアを揺らしながら、ステラの前に移動する。

 

一方ステラは向かい合ったマーカスの顔を正面から見上げるが、金髪を短く刈り込んだ彼女の頭と彼の身長差は大人と子供ほどもある。

 

ステラも女性としては高い方なのだが。

 

2人は互いに気圧される事なく一歩、また一歩と近付いていく。

 

2人の距離が50センチを切ろうとした瞬間、ガブリエルが双方の口の中にそれぞれ熱々おでんを捩じ込む。

 

「「ん"あ"っ"つ"イ"!!!?」」

 

「はいはい、2人とも仲良くねー、僕が説明しても良いんだけど、やっぱり遥斗くんの口から説明した方がいいよね。ってなわけで、はふほふんほうほ(もぐもぐ)」

 

ガブリエルの機転、というかただの悪戯のおかげで場の雰囲気が多少和んだところで、平塚がバツが悪そうに口を開く。

 

 

「あー、先ずは要請があったのは知ってる。だが、その候補の子達の多くは既にパートナーと契約を結んでいるか、訓練中の者が殆どだった。また、俺がこなす依頼は可及的速やかに対処が必要なものなんかが非常に多いから、単独でこなす方が割く人員も少なくて済む。そして何より、人員は常に不足している。怪我なんかでも前線から離れる事も多い。なら、今組んでるパートナーとの絆を深めることや訓練を受けた上で己の身を守れなきゃいけない。ちゃんとその旨を伝えた上で断りの手紙まで書いて出したんだがなぁ……」

 

頬をポリポリ掻きながら平塚がそう答える。

 

「ではダルタニャンさんを選んだ理由は…?」

 

「試験の結果が非常に優秀だったからだな」

 

ステラの質問に平塚が即答すると、周囲のハンター達が一斉にどよめく。

 

「あ、あの遥斗さん」

 

「何?」

 

「試験って……?」

 

シャルの質問に平塚はガブリエルから受け取ったフランクフルトを囓りながら答える。

 

「地下闘技場での一戦、雪山での合宿、初めて触れる武器への順応性と肉体ポテンシャルの高さ。それに加えて、既に実戦を経験してる。…これを優秀としないで何とすると?」

 

「で、でも私合宿は途中で下山しちゃいましたし、実戦とはいってもサポートしただけですよ!?」

 

平塚ののほほんとした答えにシャルが平塚の胸をポカポカと叩くが、平塚は笑って誤魔化している。

 

「ここにいる殆どの人間やそのパートナーは、ハンターになる際に君と同じように平塚教官殿に拉致らr……んんっ、教官殿主導で山籠りをする事になっている。大体の者が3日か4日でリタイアしてしまうんだが……」

 

「ここにいる者の中で平塚’sブートキャンプを一週間持ちこたえた者はいないのよ。私とマーカスですら5日と半日が限界だったわ……」

 

2人は遠い目をしながら頭上に輝くシャンデリアを見つめる。その瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。

 

「教え子の中で七日間耐えた子は1人もいないよ。ふざけた根性を叩き直して生まれて来たことを後悔させるレベルでってのがハンター養成学校、及び合宿の主な目的と上から指示された内容だからね、メニューは様子を見ながらハードにしていくし」

 

「それで、ダルタニャンさんは何日目まで?」

 

「6日目の昼までは耐えた。久々の合宿だったから気合い入れて鍛えてたんだけどな」

 

「記録更新…だと」

 

平塚の言葉に周囲のどよめきの中に感嘆の声が混じる。

 

「それはそれは…是非対戦してみたいものね」

 

「当たるとしてもタッグマッチじゃないとまぁ対戦は叶わないだろうけどな」

 

ステラの心底楽しみそうな弾んだ声にマーカスが少々呆れ気味でそう言うと、平塚がフランクフルトの串をへし折りながら答える。

 

「そうとも限らないだろう。なんたって今日は_」

 

「半年に一度のバトルロワイヤル形式予選だからね!いやあ、君たちがどんな戦い方をしてくれるか、僕たちは非常に楽しみにしてるんだ!」

 

バトルロワイヤルというパワーワードに嬉々として無い胸を躍らせながらガブリエルがはしゃぐ。

 

「んじゃ皆!お祭りだからって気を抜いちゃいけないよ?昨日通達したように警戒レベルは4、何があっても人命最優先で動くように。良いね?」

 

ガブリエルの言葉に平塚をはじめとするハンター一同は姿勢を正す。

 

「Yes,my lord」

 

「では、解散!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平塚のおしごと!

「あの、ガブリエルちゃん」

 

「なに?シャルちゃん」

 

「ガブリエルちゃんがさっき言ってたのってもしかして、遥斗さんの肩書き…?」

 

「あー、うん、そうだよ。極東異種族共存特区最大の守護者集団(ハンター・ギルド)トリスメギストス。その実質的な長を任されてるのが彼、平塚遥斗なんだ。」

 

無い胸を張ってガブリエルが鼻を鳴らしながら説明すると、シャルは驚きのあまりあんぐりと口を開ける。

 

「思ってた以上に凄い人だったんだ…」

 

「それだけじゃないよー。ハンター育成学校の臨時教官でもあり、この国最大の戦力でもある。でもその実…」

 

「その実、それらは全部副業でさ」

 

質問責めにされたのだろう、平塚が割とげっそりとした顔で戻って来た。

 

「あ、遥斗君おかえりー」

 

「副業…?じ、じゃあ本業はなんなんです?」

 

「あー…と」

 

何気ない問いに言葉を濁した平塚が口を開こうとするとガブリエルが思わず口を挟む。

 

「本業はシュフだよね?」

 

「えっ!?主婦!?」

 

「違うぞ、シャル。ふの字が間違ってる。そしてそれは本業じゃない……と、あー、係の天使さんに呼ばれてるんだった。じゃ、また後で」

 

ぱたぱたと荷物を抱えて駆けていく遥斗を見送りながら、シャルとガブリエルは談笑を続ける。

 

 

「改めて、よろしくダルタニャン」

 

「さっきはごめんなさいね、主席殿の新パートナーの事で皆気が気でなかったから……。勿論歓迎するわ」

 

エントランス内の人もまばらになって来た頃、マーカスとステラが話しかけて来た。

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

先程のやり取りから若干のやりにくさを感じたのか、シャルの声には緊張の色が伺える。

 

「……あー、もしかして緊張してる?ほら、ステラ、恐がられてるぞ?」

 

「あ、アンタのその厳つい面のせいよ!なにその犯罪者面!強面どころの話じゃないじゃない!」

 

「お前こそその髪型どうにかしろよ!なんなんだその悪の幹部然とした悪そうな顔は!子供に泣かれでもしたらどうする!」

 

「アンタにだけは言われたくないわよ!」

 

「喧嘩は良くないよう」

 

口論を始める2人の間に両の手に握った牛串をぱくつきながらガブリエルが割って入るが、2人は互いを睨みつけている。

 

 

「アンタら、いい加減にしないか!いつもいつもケンカしやがって!」

 

 

という、突如としてエントランス内に響いた声は啀み合っていた2人はおろか、手続きをしていた平塚や職員達でさえも震え上がらせた。

 

「か、佳那さん!?」

 

「「姐さん!?」」

 

一同が目線を向けた先には、大荷物を引き摺りながら肩で息をあげる鰻佳那の姿があった。

 

「おう、遅れちまったわ」

 

「あ、姐さん……これは……」

 

佳那の登場は予想外だったのか、問題の2人の表情がガッチガチに固まる。

 

膝や肩は小刻みに震え、ダラダラと脂汗をかいている。

 

蛇に睨まれた蛙とはいうが、今の2人の状況はまさにこれである。

 

「アンタら、シャルをいじめたら承知しないからね」

 

佳那の睨みに2人がシュン、と落ちこむと、シャルが狼狽えながら佳那に近づく。

 

「あ、あの佳那さん?どうしてここに?」

 

「どうしてって……コイツらの武装を届けに来たのさ」

 

シャルの質問に佳那が親指で大荷物を指しながら答える。

 

白い布に包まれた佳那の身の丈に迫る程の__シルエットから推測するに大剣の類だろうか。

 

「整備依頼されたバスターブレードと手甲、確かに納めたからね。代金は鐚一文も負けないから」

 

包みを床に置き、腕をぐるぐると回しながら請求書をそれぞれ依頼人であるマーカスとステラに渡す。

 

「シャルは?銃の方はなんともない?」

 

「え、あ……と、うん。問題ないよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

差し入れ

シャルが3人と話し込む場所から少し離れたところで、平塚が係の天使に話しかけていた。

 

「ミカエルさんとかラファエルさんとかはどこにいるの?」

 

「今は開会式準備の為、上層で準備しておられます」

 

「あー、成る程。んじゃ後でこれ渡して置いてください」

 

平塚がバッグからピンクと水色の小包を出してカウンターテーブルに置く。

 

「あの、これは」

 

「朝食べられたか心配だったから作ってきたんです。勿論、昼でも食べられるものなんで」

 

包みの中は自宅で作ってきたフルーツサンドである。

薄くスライスした甘い果物を甘さ控え目のホイップクリームと一緒にサンドした逸品。

 

少々遅刻したのはこれを作っていたから、というのも一因である。

 

「あとこっちは皆さんで」

 

そう言って、肘にかけた大きめのバスケットを渡す。

 

「こ、これは……!」

 

バスケットに掛かっていた布をめくった天使が歓声をあげる。

 

中に入っていたのは色とりどりのサンドウィッチ。

トマトや玉子、ハムなどの具材だけではなく、平塚自らが焼いたのであろうパンの香りが広がり、鼻腔をくすぐる。

 

「朝早くから作業してくださってる皆さんに自分からせめてもの御礼です。よかったら空いた時間で食べちゃってください」

 

「あ…ありがとうございます!」

 

近くにいた天使たちがバスケットめがけて飛んで来る。

 

瞬く間にサンドウィッチが無くなっていく中で、見覚えのある緑髪の天使がサンドウィッチに手を伸ばしたところを平塚がむんずと首根っこを捕まえて引き摺り出す。

 

「何やってるんですか局長」

 

「ほぇ?」

 

ガブリエルがもぐもぐとサンドウィッチを貪りながらくぐもった声を出す。

 

「ほぇ?じゃないです。局長の分は別にあるんですから部下の分まで取るもんじゃあありません」

 

「えっほんと!?」

 

呆れた声で平塚が床にガブリエルを下ろし、バッグから少し大きめの包みを出すと、ガブリエルが目を輝かせる。

 

「はい、どうぞ」

 

「いただきまふ!!」

 

いただきます、を言い終わらないうちにフルーツサンドを口いっぱいに頬張るガブリエルの隣で魔法瓶からマグにお茶を注ぐ平塚。

 

「それで、開会式は予定通り?」

 

「んぐっ!?」

 

ガブリエルが喉に詰まりかけたサンドウィッチをお茶で流し込む。

 

「ぷはっ!!……とりあえずは予定通り行う事にしたよ。前にも言った通り、勘付かれたと思われない事も重要だからね」

 

そう言って懲りずに口いっぱいにサンドウィッチを頬張るガブリエル。

 

傍目から見るとそれはまるでハムスターや栗鼠のように愛らしく見える。

 

「はむはむはむはむはむはむ」

 

がつがつがつがつ。こちらの方が擬音としてはあっている食べっぷりであるのだが。

 

みるみるうちにサンドイッチが消えていき、ものの数分で包みが空になった。

 

「ごちそうさまでした!」

 

「はい、お粗末さまでした」

 

「あ、そうそう。遥斗くんに預かり物だよー、はい、コレ」

 

ガブリエルが懐から取り出したのは薄緑色の液体が入った簡易注射器であった。

 

「……やっぱりそれ必要ですかね?」

 

「必要に決まってるじゃないか!敵の戦力もわからないんだ、ある程度の準備はしておくぐらいは当然なんじゃないかな」

 

ガブリエルの言葉に渋々と言った感じで平塚が注射器を胸元のポケットに入れると、ぴんぽーん、というチャイムの音と共に

 

『予選に参加されるハンターの皆様は、地下3階、個別控え室までおいでください』

 

というアナウンスがあたりに響いた途端、周りにいたハンターがぞろぞろと階段を降りていく。

 

エントランス内は係の天使と平塚を含む数人となった。

 

 

「んじゃ、シャル、遥斗。頑張って」

 

「佳那さんは参加しないの?」

 

「アタシは今休業中だからね。良い稼ぎになるんだとしても参加出来ないのさ」

 

肩を竦めながら答える佳那が大きな欠伸をかいてから、観覧用ゲートの方に向かう。

 

「アタシはゆっくりビールでも飲みながらアンタらの活躍を拝むとするさね」

 

ニッと笑った佳那の横顔を見やってから平塚はシャルを連れて地下へと降りて行った。

 

 

数分後、誰もいなくなったエントランスの柱の影から黒い影がするりと浮上する。

 

影は平塚達が降りて行った地下への階段を見つめ“ニタァ”と口の端を耳まで吊り上げて嫌な笑みを浮かべる。

 

 

 

ミツ…ケ、タ。

 

影はそう小さく呟くと、柱の影に足下から沈んでいき、やがてトプン、という水面に石を投げ込んだような音と共に完全に姿を消した。

 

しん…と静まり返ったエントランスに差し込む日差しが、少しずつ翳り始めていた。




いかがでしたでしょうか。
久しぶりの更新です。ここ数ヶ月体調不良だったり慢性的な不眠症だったりと割と散々だったのですが、細く短く根気よく書き綴ってました。拙い文章ではありますが、少しでも楽しんでいただけると幸いです。
感想など頂けると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。