第2章 やはり俺の春休みは間違っている。 (あらがき@北宇治高校)
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⓪あと少し、卒業式の1日は残っている。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。


⓪あと少し、卒業式の1日は残っている。

 

「ねぇ、比企谷くん?」

 

「なんだ?」

 

「友達なんだから…その…

 

今度、買い物にでも行くというのはどうかしら?」

 

 

 

「そうだな…。」

 

 

俺は人生で初めて友達ってやつができた。

 

そいつの名前は雪ノ下雪乃。

 

今、俺の隣に座っているのだが…。

 

なんだ、その…

雪ノ下は眠いのか、少しウトウトしていて…

やもすれば、俺にもたれかかってきそうで…

 

 

「ゆきのちゃーん!」

 

雪ノ下は体をビクッと硬直させ、俺との距離を離してから振り返る。

俺も声のする方に目を向けると、そこには…

 

ニヤニヤしながらこちらを見つめる陽乃さんがいた。

 

「あらー?

お邪魔だったかなぁー?」

 

雪ノ下は決まりが悪そうにするわけでもない。

というのも、陽乃さんの思わぬ登場を理解できていないのか、呆けた顔をしている。

雪ノ下は顔を横にぶんぶんと振ってから立ち上がり、口を切る。

「姉さん、何故ここにいるのかしら?」

「いやぁー雪乃ちゃんが珍しくわがまま言って行くほどの用事だから、きっと楽しいんだろうなーと思ってね!

ちょっと顔出しに行こうと雪乃ちゃんの部屋に行ったらいないからさぁー

ここかなーと思ってきてみたのよー

そしたら、まさかの!

逢瀬の場に出くわすという!

いいとこだったぽいしねぇー( ̄▽ ̄)

ごめんねー」

「なにを言っているのかさっぱり分からないわ。」

雪ノ下は平然と答えるが、陽乃さんは気にせず続ける。

「またまた~

もう!雪乃ちゃんも隅におけないなぁ~

でも、私!比企谷くんなら大歓迎だよ!」

誤解されちゃ雪ノ下に悪いし、俺がちゃんと言っとかなきゃな。

「いや、陽乃さん。」

「なんだい?弟よ。」

おい。いつから俺はあなたの弟になったんだ。

「俺たちはちょっと酔いを醒ましに外の風を浴びに来ただけですよ」

「ほんとーかなぁ~?」

「姉さん、くだらないこと言ってないで帰って。

そろそろ比企谷くんを送って行こうと思ってたとこだったし。」

「いや、いいよ。

俺、道覚えてるし。」

お前みたいに方向音痴じゃねえからな。

という言葉はそっと胸にしまう。

「何言ってるの?2人とも?

もうすぐ11時半だよ?

比企谷くんの家まで帰れる電車はないよー」

確かにそうだ…

千葉に詳しいヒキペディアによれば、海浜幕張から俺の家に帰るための最後の電車は23時41分発。

今からじゃ間に合わないだろう。

「ってことで、比企谷くんは雪乃ちゃんの家にお泊まり決定ね♪」

「何を勝手なことを言っているの、姉さん。

だいたい、わt…」

「あれー?

もしかして、雪乃ちゃん、比企谷くんのこと意識してるのかなぁ~?

別にただの友達なら家に泊めるくらい、なんてことないよね?」

陽乃さん!また余計なことを…

でも流石に雪ノ下もこんな分かり切った挑発には…

「そうね。

こんな腐った目の男が居ようと居まいと私は構わないわ。」

乗るのか…

本当に負けず嫌いだな。

だが、

「いや、ネットカフェとかありますし、そこら辺で適当に暇つぶして始発で帰りますからいいですよ。」

「え~?比企谷くん、雪乃ちゃんが作る朝ごはんが食べたくないの~?

雪乃ちゃん、すっごくお料理上手なのになぁ~

そっかぁ、食べたくないのか~」

おい、雪ノ下までこっち見るんじゃねえよ。

そりゃあ…

「食べたいですけど…

でもそれとこr…」

「だって!雪乃ちゃん!」

「ま、まぁ、料理は苦手ではないし…

比企谷くんの口に合えば…その…」

完全にまるめ込まれてんじゃねえか!

はぁ…もうここまで来て断れねえよ…。

「雪ノ下、いいのか?

嫌なら、ちゃんと断ってくれ。

別に友達だからってのとこれとは関係ないし。」

そういうのを『友達』という都合の良い言葉で押し通すのをよく耳にするが、俺はどうかと思うしな。

「構わないわ。

それに、そのゾンビのような目で夜道を歩いていたらガラの悪い人に絡まれてしまいそうだもの。」

お前、それ心配してると見せかけてけなしてるからな。

陽乃さんはしてやったりと言わんばかりの表情で言葉を継ぐ。

「それじゃあ、私は車で帰るから。

またね~!」

まったく…この人は何がしたいのかさっぱり分からん。

「それじゃあ、部屋に戻りましょう。」

「あぁ」

俺と雪ノ下は少々気まずい雰囲気のままエレベーターに乗り込む。

ふと思った。

「なぁ、雪ノ下。」

「なにかしら?」

「陽乃さん、車で来てたなら送ってもらえれば帰れたな。」

「…そうね。」

無言状態が続く。

エレベーターに居た時間は今までで一番長く感じた。

 

さっきと同じ雪ノ下の部屋の前なのだが、やけに緊張する。

俺…ここに泊まるんだよな…。ゴクリ

 

「どうぞ」

「おう」

雪ノ下はリビングに入るとすぐにキッチンに向かい、カタコト何かを準備している。

「雪ノ下、俺、もう寝るから。」

お互いのためだ、とりあえずさっさと寝よう。

「そう…。

お茶を淹れようと思ったのだけれど。」

「いや、寝れなくなるしいいよ」

「そう、分かったわ。

布団を用意するから少し待っててもらえるかしら。」

「いいよ。

地べたでも何でも。」

というか、その方がありがたい。

「いいえ、そういう訳にはいかないわ。

来客用の布団くらい用意してあるもの」

そう言って雪ノ下が持ってきたのは大きいのに軽そうな布団…

これ絶対いいやつだよ…

まぁ、こいつのお家柄からしたら当然なのか。

 

「その…寝巻の代わりになるものが無くて…

私のじゃ小さいと思うのだけれど…。」

「大丈夫だ!

俺はこれでいいから。」

俺は、すぐに布団をかぶってみせた。

「そう、それじゃあ私も寝ようかしら。

おやすみなさい。」

「ああ」

 

長かった卒業式の1日はようやく終わりを迎える。

色んなことがありすぎて、とても1日のこととは思えないが…。

明日から春休みという大学入学までの猶予期間が与えられる。(リア充どものために)

分かり切っていることなんだが。

多分、今年も…

 

 

 

 

 

第2章 『やはり俺の春休みは間違っている。』

 

って、言うことになるんだろうよ。



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①飄々たる雪ノ下雪乃も情味のあるもてなしをする。

初めまして、あらがきと申します。
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こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
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①飄々たる雪ノ下雪乃も情味のあるもてなしをする。

 

んっ…。

知らない天井だ。

とか、某シンジ君を感じながらまったりと起き上がる。

何と言っても今日からは学校がないからな。

なんて気楽なんだ。

 

とはならない。

ご存知の通り、俺は一人暮らしの雪ノ下雪乃の家に泊まらせて頂き、あろうことか、朝食まで頂くことに…。

まぁ、それも陽乃さんの仕業なのだが。

 

カタカタと朝らしい音がする。

小町が朝飯の準備をしていても同じような音が鳴っているのだろうが、それさえも今はどこか新鮮に聞こえるのだから不思議だ。

由比ヶ浜の誕生日プレゼントを選びに行った時に買ったエプロンを付けている雪ノ下は…

なかなか、、、いいな。

主夫(婦?)を譲るのも案外悪くないなとか思いつつ、キッチン全体をぼんやりと眺めていたら、ふと雪ノ下と目が合った。

「うす」

「おはよう、比企谷くん。

朝ごはん、もう少しでできるから。」

なんかいいよな、この響き。

「おう、サンキューな。」

 

それから5分もせぬうちにリビングのだだっ広いテーブルがディッシュで埋め尽くされた。

それぞれの皿は料理自体が占める面積の2倍くらいの大きさで、それは何とも言えぬ高級感を演出している。

手前には彩りと栄養バランスが考慮されているであろう野菜中心の小振りなサンドイッチ。

インスタントでないことが一目で分かる具だくさんのコーンスープ。

ベリー系の果物を中心に様々な種類の果実をふんだんにのせたヨーグルト。

一番大きな皿には中央にいい具合の半熟オムレツがあり、それを囲むように薄い生ハムが美しく並べられている。

基本MAXコーヒーしか飲まない俺でも分かる上品な香りを漂わせるエスプレッソコーヒー。

随分高そうなカップなだけに飲むのも一苦労だろうな。

「朝から豪勢だな…」

独り言のつもりだったのだが、雪ノ下には聞こえたらしく

「当然よ。

…比企谷くんだもの。」

どうしたものかと俺が雪ノ下の目を見ると、雪ノ下はすぐさま目を逸らし

「そそそのっあなたの腐った目を少しでも矯正するために私も友人の一人として当然の義務を果たしただけよっわ私が作った朝食ならいくらあなたのそのゾンビのような目でも少しは効果があるのではと思って… はぁ はぁ…」

お前、潜水対決してるわけじゃねえんだから、息継ぎしろよ。

そりゃ、そうなるわ。

「まぁ、なんにしろ、ありがたく頂くわ。」

俺は手を合わせてから、手前にあるアボカド中心の具が入ったをサンドイッチを一口で食べる。

うまい。

無言で赴くままに食べ進めていると、気が付けば俺の分の皿はきれいに平らげられていた。

「ふぅー

ご馳走様でした。」

お腹をさすって満腹のジェスチャーをする俺を雪ノ下は心配そうに窺っている。

「そ、その…

どうだったかしら?」

「これだけガツガツ食ってたら分かるだろ。」

雪ノ下は不安そうな表情を変えず答える。

「だって、無理して食べてくれてるかもしれないじゃない…」

んなわけねえだろ。

「これで不味かったら、気の済むまでバカにしてやったんだけどな。

そう出来なくて残念だよ。」

「そう…///」

雪ノ下は胸に手をあて、大きく息をはきだす。

「よかったわ。」

なんか、ここまで素直だと調子狂っちまうんだけど。

「いや、こんなに豪華な朝飯は初めてだわ。

いつか俺にもお返しする機会をくれ。」

「いいわよ。このくらい。

由比ヶ浜さんにもご飯を作ってあげたことだって何度もあるもの。」

「いや、施しを受けたままとか、俺の専業主夫プライドが許さねえから。」

「なんなのよ、そのくだらないプライドは…」

ぼっちってのは、こだわりを持ってしてプライドを捨てることで生きていくのだが…。

そのこだわりにプライドを持って行動することもあるのだ。

俺で言うとそれは例えば専業主夫についてのこだわりが該当する。

「洗い物は俺がやる。」

「そう、それならお任せしようかしら」

美味かったのは本当だしな。

恩着せがましくって訳じゃないが、せめてもの…と言ったところだ。

 

 

家事は今でも小町と役割分担してるし、ちゃっちゃと洗い物を終える。

リビングに戻ると、雪ノ下はソファーで姿勢を正して座ったまま微睡んでいた。

こう見ると小動物のような可愛さがあるんだがな。

黙ってれば可愛いってやつか。

 

「比企谷くん。」

雪ノ下は突然目を見開き、俺を睨む。

なんだ!?俺の心の中を覗いて怒ってんの?

心身掌握術でも会得してんのこいつ?

こえーよ。

「今日、ショッピングモールに行きたいのだけれど。」

なんだ、そういうことか。

こりゃ、来いってことですね。

口ごたえする余地を与えたくないがための、この言い方ですから。

「まぁ、俺からしても平日の方が人少なくて楽だしな。

それじゃ、今日の昼すぎにでも行くか。」

雪ノ下は「いいだろう」と言わんばかりに腕を組み

「そうね。

じゃあ、1時に駅でいいかしら。」

「ああ、それで。」

「それじゃあ、また後でね。」

俺は小さく頷いて、踵を返し、雪ノ下の家を後にした。



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②どうやら、雪ノ下雪乃は物言いたげな様子である。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。


②どうやら、雪ノ下雪乃は物言いたげな様子である。

 

南船橋駅に着いたのは、12時45分。

今日は雪ノ下雪乃と彼女曰くの『お買い物』をしに来た。

場所はお馴染みの東京BAYららぽーと。

まぁ、お馴染みって言っても、片手で数えれるくらいしか来たことないんだけどな。

しかし、そもそも『お買い物』って何すんの?てか俺いるの?

俺なんかを誘ってお買い物なんて意味があるのか…とも思ったが、『友達』ってやつに誘われるのは悪い気はしないからな。

未だに『友達』ってのは何をしたらいいかの分からんが、まぁ適当にやっていけばいいだろう。

どうせ、雪ノ下も由比ヶ浜くらいしか友達いないから、俺と然して差はないし。

 

12時55分。

人込みの中でも明らかに異彩を放つ黒髪ロングの美人が、こちらに向かって歩いてくる。

もちろん、そいつは雪ノ下雪乃だ。

きちんと5分前に待ち合わせ場所に到着するあたりは雪ノ下らしいな。

「待ったかしら?」

「いや。」

「そう。それじゃ、行きましょう。」

雪ノ下は俺の半歩前を歩いている。

平日とは言えど春休みに入っている学校も多いのか、ここを訪れる人は学生が多くを占めているようだ。

案の定、道行く男どもは雪ノ下を2度見したり、隣を歩く俺に冷たい視線を浴びせたりしてくる。

言っておくが、俺は決して彼氏ではないし、そうなることもない。

それに、雪ノ下はきっと何か目的があるのではないか…。

何の理由もなく、こいつが俺を『お買い物』に誘うとは思えないのだが。

雪ノ下の交友関係からして、流石に罰ゲームで俺と2人でデートめかしたことをやらされている訳ではないと思う。

まぁ、何でもいいさ。

俺は負けることに関しては最強。

『友達』という表面的で打算を孕んだ魔法の言葉に裏切られることなど、友達になってくれと言った時から覚悟はできている。

雪ノ下を信用していないというよりは自分に期待することを諦めていると言った方が適切だろう。

 

「ねえ、比企谷くん。」

「なんだ?」

「私はペットショップに行きたいのだけれど。

比企谷くんは行きたいところある?」

こうやって今の雪ノ下みたいに、行きたいとこ、したいことをはっきり言ってくれるのは本当に助かる。

『ねえ~どこ行く~?〇〇君の行きたいとこに行こーよ~』って言われんのは、『晩飯何がいい?』って聞いた時に『何でもいいよ』って言われた時の母ちゃん並に困る。

まぁ、2次元以外で女の子と出かけたことないから、困ったことなかったけど。

今までは選択肢を選ぶだけでよかったしな。

「いや、特にない。

お前の行きたいとこに行ってくれ。

途中で見たいとこあったら言うから。」

「そう。」

そう言って、つかつかと歩き始めた雪ノ下だったが、10分ほど歩いてもペットショップらしき店は見当たらない。

雪ノ下は入口付近で配られていた案内のマップと周りを交互に見て首をかしげる。

「おかしいわね…」キョロキョロ

そうだった。

こいつの方向音痴は筋金入りだったことをうっかり忘れていたぜ。

もうそりゃあ、某ら○ま1/2のリョウなんとかに匹敵するくらいだからな。

俺は雪ノ下の持っている地図にさらっと目を通す。

「そこの角を左だ。」

雪ノ下は一瞬ビクッとしたが、あくまでも平然を装い、答える。

「そうだったわね。そんなに早く行きたいなら前を歩いても構わないわよ。」

どんだけ素直じゃねえんだこいつは。

まあ、俺が前を歩くだけで全てが円滑に進むわけだしな。

俺は無言で雪ノ下を先導する。

 

途中でついてきているか確認しようと振り向くと雪ノ下はパンさんのぬいぐるみに見惚れていた。

こいつ、猫とパンさんにだけには無垢で純粋な顔を向けるよな。

この顔を見るのは俺は案外嫌いじゃないし、ちょっとほっといてみるか。

雪ノ下はパンさんの手をぷにぷにしたり、持ち上げてみたりと完全に自分の世界に入り込んでいた。

数秒して俺の視線に気付いたのか、雪ノ下はぬいぐるみを置き、何事もなかったかのように立ち上がる。

多分、こいつはこれが欲しいのだろうが、俺がいるから諦めようとしているに違いない。

「雪ノ下、それ買ってやろうか?」

いや、別に『ゆきのん的にポイント高い♪』みたいなのを狙っている訳じゃないぞ。

その…何ていうかさ。

俺も感謝してるんだよ、雪ノ下には。

まぁ、これは前にも言った通りだ。

雪ノ下に言ったあの恥ずかしい台詞に嘘はない。

「いいわよ。

欲しい時は自分で買うから。」

そう言って、雪ノ下はぬいぐるみを持ってレジに向かった。

実は雪ノ下が買いやすい状況にするために『買ってやろうか?』って言ったってのもあるんだけどな。

雪ノ下は薄っすらと満足した表情を浮かべながら戻ってきた。

 

それから5分ほど歩いてようやく雪ノ下さんのお目当てのペットショップに到着した。

俺も小町と東京わんにゃんショーに行く程度の動物好きではあるので満更でもない。

早速、雪ノ下は猫のいる場所へ向かいしゃがみ込む。

猫の手をツンツンしたり、にゃーと囁いたりして幸せオーラを解き放っている。

俺は俺で他の動物のところも見て回りながら、時間を忘れて動物たちと触れ合ったりしていた。

 

30分くらい経ったのに気付き、流石に雪ノ下も飽きてるだろうし、やばいと思って猫のコーナーに戻ると…

同じようなことを飽きもせず続けていた。

雪ノ下は俺が来たのに気付き、

「そろそろ次のところに行きましょうか。」

「もう少し見ててもいいぞ」

すげえ幸せそうだったしな。

「いえ、いいわ。」

 

雪ノ下はどこかに向かって歩き始めたが、流石に二の足を踏む俺ではない。

「雪ノ下、どこへ行きたいんだ?」

「このカフェで少しお茶でもしましょう。

コーヒーが美味しいらしいわ。」

そう言って、雪ノ下はマップの一点を指差す。

「そうするか」

俺は、雪ノ下の半歩前を歩き目的地に向かう。

 

着いたカフェは西洋風の古めかしさを演出したよくある感じの喫茶店だった。

俺たちは奥の方にある落ち着いた4人席の壁際に座って、ブレンドを注文した。

ずっと抱いていた違和感…。

多分、ここで何かを話そうと決めていたのだろう。

「雪ノ下、俺に何か話があるんじゃないのか?」

雪ノ下は目線をテーブル辺りに向けたまま口を切る。

「ええ、昨日のことで、ちょっと…」

まさか、やっぱり友達は無理ですってか?

まぁ、そのくらいの覚悟は出来てるよ。

「昨日は私もお酒が入っていたこともあって、姉さんの安い挑発に乗ってしまったせいで、あなたを巻き込んでしまったわ。

ごめんなさい。」

雪ノ下が皮肉を籠めずに俺に謝るなんて何回目だ?

片手で足りる回数だぞ。

「それにあなたに対して馴れ馴れしかったと思うわ。

私としたことが…。」

雪ノ下は顔を分かりやすく真っ赤にして、俯いている。

もしかして、頭を撫でたことか?

なんか、俺も急に恥ずかしくなってきたわ。

「い、いや、まぁ、別に気にすんな。

俺もなんていうか…ごめん。」

これは…あれだよ。

喧嘩してた友達に突然、潔く謝られたら自分に非が無くても謝っちゃうやつだよ。

あ、俺には以前、友達はいなかったのを忘れてました。てへ。

 

「あ、あと…もう一つ大事な話があるの。」

「なんだ?」

「由比ヶ浜さんのことなんだけど…。」

雪ノ下は一呼吸おいて言葉を継ぐ。

「比企谷くん、私には友達になろうって言ってくれたじゃない?

でも、由比ヶ浜さんと比企谷くんは…。

由比ヶ浜さんの誕生日の時に比企谷くんがチャラにしようって言ったきり、きちんと話してないでしょう?」

確かに、由比ヶ浜とは有耶無耶にしてこれまでやってきた…

いや、由比ヶ浜の性格だから、やってこれた。

だからいまさら…。

「こういうのはやっぱり、きちんとお互いの蟠りを取り除いておくべきだと思うの。

でも、これは私のエゴでしかないわ。

人の人間関係に口を出してどうこうしようとしているのだもの。

だから、これは私からのお願い。

私のたった2人しかいないその友達同士が少しでも分かり合えたらいいのにという私の希望。

だから、拘束力はないし、私に気を遣って決断する必要はないわ。

比企谷くんの意志で決めてちょうだい。」

確かに俺が由比ヶ浜に直接、言葉にして伝えたことだけを汲み取れば…、

事故の件をチャラにしよう。

それで終わっている。

でも、由比ヶ浜が解決したいと望んでいるかどうかなんて分からない。

由比ヶ浜は雪ノ下よりよっぽど分かりにくい。

なんせ由比ヶ浜は俺が今まで出会った中で最も優しい女子だからだ。

優しさとは嘘だ。

これまで、由比ヶ浜の愚直なまでに真っ直ぐなそのあり方に何度も心を動かされたことがあった。

だが、俺は今まで優しい女の子に何度も裏切られてきている。

どうしたらいいのか自分でもさっぱり分からん。

俺が珍しく真剣に悩んでいると、

「もし、比企谷くんの経験則が注意報を鳴らしているのなら、一つだけ私からアドバイスをあげるわ。」

 

 

 

「由比ヶ浜さんの優しさは信じていい…

 

と私は思う。」

 

 

そうか。

 

雪ノ下。

 

まぁ、どちらにせよ話してみる価値はあるだろう。

「分かった。

とりあえず、今度、由比ヶ浜と話してみる。」

「なら、今から話して。

私は席を外すから。」

そう言って、雪ノ下は立ち上がり、テラスにいるハットを深く被った女性に向けて手招きをした。

彼女はハットを取り、こちらを向いて小さく手を振る。

その女性は他でもない。

 

 

 

 

 

由比ヶ浜結衣だった。



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③こうして、彼女は彼に思いの丈を打ち明ける。

初めまして、あらがきと申します。
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テラスの席から立ち上がった由比ヶ浜は、少しぎこちない足取りでこちらに歩いてくる。

「由比ヶ浜…

ずっとそこにいたのか?」

「う、うん…」

珍しく由比ヶ浜は多くを語らない。

てっきり今からこうなるに至った事情などをあたふたと説明したりするものだと思った。

「それじゃ由比ヶ浜さん、私は行くわね。」

「うん…じゃあね」

雪ノ下は俺たちに特に言葉を残すこともなく、俺たちに何かを言わせる余地も与えず、颯爽とこの場を後にした。

 

「…」

「…」

 

言葉の空白は俺たちに『空気』の重さを改めて実感させる。

由比ヶ浜とこんな感じになったのは、それこそ誕生日プレゼントを渡す時以来だ。

「なぁ、由比ヶ浜。」

「なっ!なに?」

喋っただけで驚きすぎだろ。

俺は妹の親友のラブリーマイエンジェルですか?

焼き手錠とかジャイロキックとかしないよ?

「いや、なんだ、その…

雪ノ下から聞いてるのか?

今から話すこと…。」

「ううん。

ゆきのんには、『今のうちに解決できることは解決しておくべきだと思う。』って言われただけ。

まぁ、でも、分かるよ…。

私たちが話さないといけないこと。」

「それだけ言われて来たのか?」

「いや、ゆきのんに言われたってのもあるけど…

あたしからもっていうか…

その…

たまにはさ…」

由比ヶ浜の顔はみるみる赤くなっていく。

「べ、別にいいじゃん!

とにかくっ、ヒッキーはあたしに言いたいこと言って!」

「何を言えばいいんだ…。」

だいたい雪ノ下も無茶振りなんだよ…。

俺はこういう時にどういう風に喋ればいいか分かんねえし。

「…」

「…」

空気の悪さに耐え兼ねたのか由比ヶ浜が口を開いた。

「ヒッキーはさぁ…

あたしのことどう思ってるの?」

「アホの子。ビッチ。」

「ち、違うよ!

てか、ビッチ言うなし!

もう!

そういう意味じゃなくて!」

由比ヶ浜は頬をぷくーっと膨らませてから、はぁ~とため息を吐く。

んじゃ、何だ?

ま、まさか、胸のことを聞いてるのか?

いや、確かにいいと思うぞ…。

大きいに越したことはないからな。

「だからぁ、その…

と、友達なのかなって…

あたしとヒッキーは。」

その声は後半どんどん力を失っていく。

ここが落ち着いた雰囲気のカフェじゃなかったら聞こえなかったであろうと思えるほどに。

由比ヶ浜は自信無さげに肩をすくめ、徐々に視線を下に落としていく。

 

こんな時、どう答えればいいのだろうか。

俺は由比ヶ浜に悪い印象は抱いていない。

1年半しか一緒にいなかったとは言え、ここまで他人想いなこいつを見てきて嫌いになれるはずもない。

だが、由比ヶ浜の優しさは俺だけ、または俺を含む少数の人間だけに向けられるものではないのだ。

由比ヶ浜はほとんどの人間に対して人当たりが良く、公平にその笑顔を振りまいている。

それが悪いとは思わないが、俺はそれを受け入れられるほど真っ直ぐに育っていないものでな。

由比ヶ浜は俺をちらちら視界に入れては目を逸らしながら、言葉を継ぐ。

「確かにあたしとヒッキーは変な出会い方だったけどさ…。

それでもあたしはヒッキーに会えてよかったって思ってる!

始まりが間違ってたって…、だからって…、その後まで間違ってるなんて思わないよ!」

由比ヶ浜の口調は徐々に強さを増し、その声は少しずつカフェ内に響き渡り始める。

「確かにあたしはヒッキーにサブレを助けてもらって本当に感謝してる。

でも、今はそんなこと考えてヒッキーといるわけじゃない!」

 

由比ヶ浜の目には溢れんばかりの涙が溜まっていた。

ぐずった子どものように一度鼻をすする。

その反動で零れ落ちた涙を気に留めることなく、由比ヶ浜は目をつぶり、鼻声で続ける。

 

 

「初めて奉仕部に行って、クッキーを作るの手伝ってもらって…

 

ヒッキーが誕生日プレゼントくれて…

 

ヒッキーと行った花火大会は楽しかったし…

 

文化祭も修学旅行も…

いっつもヒッキーは他の人のために傷付いて…

 

ゆきのんが生徒会長になってからは2人で奉仕部として相談を解決したり…」

 

目をつぶったまま一つ一つゆっくりと話しながら、微笑み、照れ、沈み…。

紡ぎ出す思い出と共に由比ヶ浜はその表情を変えていく。

語りながらその情景が瞼に浮かんでいるのだろうか。

 

目を開けて俺を見るなり、テーブルに視線を落とす。

 

「簡単なことだったんだ。

ずっと言えなかったんだ。

なんて言ったらいいか分かんなくて。」

 

由比ヶ浜はポツリ、ポツリと零すように言葉を吐き出す。

 

「あたしはそんな1年半が…」

 

「ヒッキーと一緒の1年半が…」

 

「楽しかったんだ。」

 

「ただそれだけなの。」

 

「『それだけ』なんて言ったけど、あたしにとっては、たぁーいせつな思い出。」

 

両手を広げてその言葉を強調する。

 

「だからね。」

 

「言わせてね。」

 

そう言って顔を上げた由比ヶ浜は普段見せない毅然たる表情で俺を正視する。

 

「ヒッキー…。」

 

 

由比ヶ浜は俺から目を逸らそうとはしない。

 

 

「ありがとね。」

 

「でね。」

 

「これからもあたしの友達でいてくれないかな?」

 

 

 

 

 

まったく…やめて頂きたい。

こうやってさ…

また期待させるんだろ?

 

これだから優しい女の子は嫌いなんだ。

 

でも…

 

「由比ヶ浜。」

 

「なに?」

 

優しい女の子は嫌いだが…

 

優しい由比ヶ浜は嫌いじゃない。

 

矛盾しているか?

まぁ、そうだな。

 

「友達だ…俺たちは。」

 

「あ…りが、とな。」

 

由比ヶ浜は声が出なかったのか、大げさに首を縦に振ってみせた。

 

 

しかし、流石にここまで言われると…な?

期待するだろ?

男なら誰でも。

 

「なぁ、由比ヶ浜。

もしかしておm…」

「はぁーい!

もう暗い話はお・わ・り☆」

由比ヶ浜はさっと涙を拭って、ニヤッと笑ってみせる。

まぁ、そんなわけないか。

「ゆきのんも呼んで、3人で相談しよう!」

「相談ってなんだよ?

だいたい、もう暗い話は終わったんじゃないのか?」

こいつはいつも言ってることが支離滅裂だな。

「違うよ。

もっと楽しいことを計画するんだ!」

なんだよ…

由比ヶ浜が言い出すことってだけで、なんとなく嫌な予感がしてしまう。

 

 

 

「奉仕部で卒業旅行にいこーう!」



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④ほんの少し彼らの距離は縮まって、奉仕部の卒業旅行は幕を開ける。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!


 

「卒業旅行…?」

なんだ?その俺に縁のなさそうなリア充ワードは。

由比ヶ浜は俺の呆けて呟く様子を華麗にスルーして続ける。

「そう!卒業旅行!

他の部活も春休みのうちに旅行に行くの!

だから、あたしたちも旅行に行く!」

ガハマちゃん、よそはよそ、うちはうちよ。

そんなにうちが気に入らないのなら、よその家の子になりなさい!

この母親論理は理不尽さを孕んでいようと、小さな子どもが太刀打ちできない母ちゃんのジョーカーだが、それを今ここで使わせてもらいたい。

ようやく、『社会から隔離された至福の時=ぼっち生活』を満喫できる日々が訪れようとしていたのに。

ところで、気になることが…。

「なあ、その提案、雪ノ下は賛成してるのか?」

由比ヶ浜は人差し指を口元にあて、考える仕草をする。

「うーん…。

分かんないけど、ゆきのんは多分行くって言ってくれるよ!」

そりゃ、お前がお願いすれば雪ノ下はほぼ確実に来てくれるだろうな。

「悪いが俺は…」

「あ!ゆきのん、まだ近くにいるかも!

電話しよーっと(^^♪」

…もう、俺に選択の余地はなさそうだ。

「もしもし~?

ゆきの~ん?

今どこ~?

うん。うん。

おっけおっけー

それじゃ、またさっきのカフェに戻って来てー

うん。分かったー。じゃあねー。」

由比ヶ浜は少し顔がほころんだまま俺に目を向ける。

「ゆきのん、まだ近くを見て回ってたらしいから、今から来るって。」

いや、雪ノ下は近くを見て回ってたというよりは、一人でこの近くから抜け出せず彷徨ってただけだと思うがな。

「俺、雪ノ下迎えに行ってくるわ。」

俺が立ち上がって歩き出そうとすると由比ヶ浜が焦り気味に引き止める。

「ひ、ヒッキーはいいよ…」

おいおい、俺は方向音痴じゃねえぞ。

「…あ、あたし、ゆきのんの携帯知ってるし、あたしが迎えに行くね。」

なるほど、確かに携帯を持ってたら連絡とりながら落ち合えるしな。

「なら、頼むわ。」

 

 

しばらくして、由比ヶ浜が雪ノ下を連れて戻ってきた。

2人は俺の向かい側の席に並んで座る。

「話はついたのね。」

雪ノ下は俺たちの『話』とやらが良い方向に向かったことを確信しているのか、柔らかい笑顔を浮かべている。

「さあな。まぁ良かったんじゃねえの?」

「そう。

由比ヶ浜さんも?」

一方の由比ヶ浜はというと…

「え?

あ、あぁ、うん…。

ちゃんと話せてよかった、かな…。」

由比ヶ浜はなぜか照れながら、含みのある口調で肯定の返答をする

「そう…。

ところで、由比ヶ浜さん。

どうして、また私をここに連れて来たのかそろそろ教えてくれないかしら。」

由比ヶ浜は「ふふーん…知りたい?」とおどけ顔で雪ノ下を煽る

「実はね、奉仕部で卒業旅行に行きたいなって思って。

だから、みんなで計画しようよ。

絶対、楽しいよ!」

「いや、だからなんで行く前提なんだよ。」

由比ヶ浜は「んっ!」と鋭い目線を俺に向けてくる。

と思えば、すぐさま犬が甘える時のように雪ノ下の腕にすがりながらねだる。

「ねぇ~ゆきの~ん、行こうよ~」

雪ノ下は「ちょ、ちょっと暑くr…」とか言いながらも頬は緩んでいる。

少しして、由比ヶ浜を優しくあしらった後、コホンと小さく咳払いをする。

「わ、分かったわ。

春休みは4月の初旬以外は忙しくないし、構わないわよ。」

「ゆっきの~ん♪」

ったく、雪ノ下がそっちについたら俺は不利――っていうか勝ち目がない。

しかし…所構わず抱き付くこの犬ガハマさんはどこのアメリカ人だよ。

「けれど、この男と旅行に行くなんて…

身の危険を感じるわ…」

雪ノ下は俺が初めて奉仕部の部室を訪れた時と同じように身を守るような仕草をする。

「おい、俺を犯罪者予備軍に仕立て上げるんのはやめろ」

雪ノ下は頭の上に?マークが出てきそうな顔をして首をかしげる。

「あら、犯罪者じゃなかったの?

てっきり、指名手配されていると思っていたわ。公然わいせつ罪で。」

雪ノ下は得意げな顔で俺を横目に見る。

こいつ、俺を罵る時どんだけ楽しいんだよ。

「い、いや!

そういうことでヒッキーと旅行に行きたいって言ってるわけじゃないよ!

そ、そりゃ…ちょっと嬉しいっていうか…

いろいろ考えちゃうというか…

でも、やっぱりそういうのは…」

由比ヶ浜の言っていることはどこか論点がずれている気がするのだが…。

しかも、最後の方は口ごもっていたから何言ってるか聞こえなかったし。

 

その後も、他愛のない(雪ノ下が俺を蔑むだけの)会話を続けていたが、結局、俺が参加することを強要されたことで話は終息する。

そして、ようやく本題に移った。

 

「それじゃあ、卒業旅行の計画を立てましょう。」

「おぉー!」

雪ノ下も案外乗り気なようで、由比ヶ浜が繰り出す怒涛の提案に一つ一つ的確な意見を返している。

由比ヶ浜、ブラジルってどこにあるか分かってんの?

往復の飛行機代で大学の入学金ほとんど払えるわ。

「ヒッキーは行きたいとこないの?」

「そうだな…

長崎の3つの武家屋敷とか…。京都の寺田屋にも行ってみたいとは思う。

宮崎県の藩校振徳堂も見てみたい…かな。」

俺が歴史的建造物をあげていくと、由比ヶ浜は「すごそうだね!」とか「名前かっこいいね!」とか必死に話を合わせようとしている。

そこで、由比ヶ浜が思い出したように手を叩く。

「そうだ!あたし、UFJ行きたい!」

「いやお前、それ銀行だから。

卒業旅行の定番は三菱東京じゃないから」

由比ヶ浜は何言ってんのみたいな顔して俺を見てくるが、間違ってんのお前だからな。

「私は大阪でも構わないわよ。

大阪にも一度見ておきたいと思っていた興味深い名所がたくさんあるもの」

雪ノ下はUSJに翻訳してあげているようだ。

雪ノ下の思考は俺と似通っているらしく、物見遊山をイメージしているようだ。

一方、由比ヶ浜はいわゆる旅行ってやつを想像しているのだろう。

…って、説明になってねえか。

「俺もいいぞ。

修学旅行の自由行動では大阪行けなかったしな。」

「それじゃあ、大阪で決まりー!」

 

それから、日にちや細かい行程をある程度相談して現地解散する運びとなった。

 

 

 

3月下旬に差し掛かるかという今日は旅行にはもってこいの快晴。

午前8時50分。

待ち合わせの10分前、成田空港の北ウイング4階中央部にあるガラスタワーに俺は一足早く到着した。

搭乗手続きや受託手荷物受付などは国内線2階で行われるのだが、あの2人が迷うのを極力避けたいので一番分かりやすいところにした。

雪ノ下と由比ヶ浜は地元で待ち合わせて、ここに向かうようだ。

べ、別にのけ者にされてるわけじゃないんだからね!

いや、本当に電車で話すのあんまり好きじゃないんだよ。

自分が一人の時に周りのやつが話してること聞くと、全てがくだらなく思えるからさ。

それを自分が聞かれてると思うとな…。

とにかく、あいつらが時間通りに到着できるのを願うばかりだ。

 

午前9時10分。

そろそろヤバいんじゃねえかと思い始めた頃。

「ごめーん!ヒッキー!」

由比ヶ浜が周囲の人が振り向くほどの大声で俺に謝りながら駆け寄って来る。

しかも、ヒッキーて言うな。

めちゃくちゃ恥ずかしいわ。

「ごめんなさい。空港には8時30分には着いていたのだけれど…。

その…私が迷ってしまって…。」

雪ノ下は本当に恥ずかしそうにしている。

お前が方向音痴なのを考慮した待ち合わせ時間にしてあるから大丈夫だぞ。

とは、口が裂けても言えない。

「大丈夫だ。

まだ時間には余裕あるし。

揃ったことだし行こうぜ。」

「よーし!出発だぁー!」

由比ヶ浜は雪ノ下の手を握ってスキップで駆け出す。

雪ノ下は一瞬、足をもたつかせたが由比ヶ浜にやれやれといった様子でついていく。

俺たちの卒業旅行はまずまず順調な滑り出しのようだ。

 

飛行機に搭乗するまでの面倒な諸々を終えて、ようやく席に着くことが出来た。

今、俺たちは普通席より約1万円高いプレミアムクラスの席に座っている。

国内線のプレミアムクラスは便数もそんなに多くはない。

なぜ、俺たちはこんなVIP待遇の旅行を満喫できているのか。

言うまでもなく、雪ノ下の父親のおかげだ。

雪ノ下の父親は建設会社の社長で県議会議員だ。

このプレミアムクラスの席はもちろん、大阪に泊まる2泊分のホテルとUF…じゃなくて、USJの3人分のチケットまで用意してくれたらしい。

しかも、そのチケットはというと、1日200人限定で通常の3倍の値段もするロイヤル・スタジオ・パスと言って、待ち時間を短くしてほぼ全てのアトラクションを楽しめたり、ショーなどのイベントを優先的に見れたりするものなのだ。

雪ノ下家のコネと財力によって、俺と由比ヶ浜はただ同然で快適、且つ豪勢な大阪2泊3日の旅をプレゼントされた。

それにしても、なぜ雪ノ下の父親が俺たちに、いや雪ノ下のためにここまでしたのか。

あまりにも良すぎる話だったから少し怖かったというのもあって、陽乃さんに電話で聞いてみたのだが…

―――――――

「あたしたちのお父さんはねー、基本的に雪乃ちゃんに甘いのよ。

でも、幼いころから雪乃ちゃんがあまり何かを頼んだりねだったりしない子だったから、甘やかしてあげる機会も無かったのね。

そしたら今回、『高校で出来た大切な友達と一緒に卒業旅行に行くから少し手助けをして欲しい』って頼まれたもんだからさー、お父さん張り切っちゃって!

それで何から何まで用意してくれちゃったってわけ。

それに『大切な友達』ってとこがおっきかったんじゃないかなー。

雪乃ちゃん、小学生の頃から今まで家族の誰にも友達について話したこと無かったから…。」

―――――――

ということらしい。

とにかく、思わぬ形で俺たちの卒業旅行はゴージャスなトリップになった。

 

俺たちが乗るボーイング767型機のプレミアムクラスシートは2人席と1人席の2種類がある。

だから、由比ヶ浜と雪ノ下をペアにして、当然、18年間ぼっちだった俺は中央にある1人席に座る。

おいおい、これうちのソファーよりよっぽど快適だぞ。

金持ちの家にはこれを上回るソファーがあるのだろうか。

 

やがて、飛行機は離陸し、やがて千葉を見渡せるくらいの高度まで上昇する。

その間ずっと由比ヶ浜は窓から見える景色を雪ノ下に実況していた。

大阪に着くまでは、富士山が見えたとか海がきれいとか日本地図を見てるみたいとか、由比ヶ浜がプレミアムクラスという場所の雰囲気に相容れない騒ぎ方をしていたためか、雪ノ下は少し恥ずかしそうにしていた。

俺はというと、いつも通りラノベ片手に一人、読書に耽っていた。

 

そうこうしていると、あっという間に飛行機は伊丹空港に着陸した。

あまりにも快適だったので、少しプレミアムシートに名残惜しさを抱きながら、機内を後にする。

荷物の受け取りを済ませ、空港の出口の自動ドアを出る。

すると、その途端に感じたものがあった。

下りたのは気候も風景も千葉と大きくは変わらない大阪の空港なのだが、何とも言えぬ空気の違いや新鮮味を覚える。

きっと、これが旅の醍醐味なんだろうな。

「大阪だぁ~~!」

由比ヶ浜がいつもの通りの高らかな声をあげたせいか、俺も旅行を満喫するスイッチが入った気がする。



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⑤宣言通り、由比ヶ浜結衣は待たない。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
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ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
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伊丹空港からホテルまでの道のりはストレンジャーの俺たちにとって予想以上に難易度の高いものだった。

やほー路線を駆使して目的のホテルに向かうのだが、このメンツだと頼りになるのは俺の判断力と直感のみ。

雪ノ下の直感なんぞに任せてみろ。

環状線に乗らなくとも、大阪一周の旅が出来てしまうに違いない。

運が悪ければ一日中大阪駅一周の旅になる可能性まであるので注意が必要。

結局、やほー様曰く最短48分で着くところが1時間半ほどかかって梅田駅に到着した。

事前に出口の番号を調べていたおかげで、梅田駅からホテルはほとんど迷うことなく辿り着くことができた。

 

午後0時30分。

ザ・リッツ・カーなんとかという五つ星ホテルに到着した。

しかし、明らかにその雰囲気は高校を卒業したばかりの俺たちを歓迎していない。

「ゆ、ゆきのん…

本当にここなの?」

「ええ、間違いないわ。

何度も来ているもの。

電車で来たのは初めてなのだけれど。」

由比ヶ浜はホテルの入り口で既にビビっているようで、微妙な表情を浮かべていた。

このホテル、入り口は自動ドアではないらしく、常時ドアマンが開閉しているらしい。

彼らの紳士的な微笑みは俺と由比ヶ浜から笑顔を奪う。

高級ホテルに泊まれるなんてそうそう無いことだから、素直に喜びたいところだろうが、このレベルまでくるとそうもいかない。

雪ノ下は慣れきっているのか、表情を変えることなくその空間に足を踏み入れる。

俺たちも恐る恐る雪ノ下の後に続く。

すると、入った瞬間に空気の味が変わったかのような錯覚を覚えた。

その直後に目に入りこんできた内装は仰々しくも、それらはあくまでも上品でバランスの取れた一種の芸術作だった。

雪ノ下がロビーでチェックインや荷物の引き渡しなどを済ませると、いかにも支配人といった感じの老紳士が落ち着いた足取りで雪ノ下に向かい、彼女に向かって美しくお辞儀をした。

「ご無沙汰しております、雪乃お嬢様。

本日は遠路はるばるお越しくださいましてありがとうございます。」

どうも2人は顔見知りなようだが、雪ノ下の方が立場は上のようで、彼女は浅くお辞儀をする。

「こちらこそ、ご無沙汰しております。

この度は、突然の来訪をご受託頂きましてありがとうございました。

どうぞよろしくお願い致します。」

入り込む余地のない、言葉遣いやその振る舞いに圧倒されていた俺たちだったが、雪ノ下が戻って来たことで少しばかり平静を取り戻した。

「それじゃあ、荷物は預けたことだし、5階にあるレストランでランチにしましょう。」

その後、ホテル内にある『ラ・ベ』というフランス料理の一つ星レストランで昼食をとった。

当然のように個室に案内され、運ばれてくるコース料理を半端にしか知らないマナーでたいらげた。

 

昼食を終えてホテルから出た時には、俺も由比ヶ浜も疲れ切っていた。

「よ、よし!

それじゃっ、大阪を満喫するぞぉ~」

由比ヶ浜は自分に言い聞かせるように、気合いを入れる。

 

一日目は市内観光で、これまた雪ノ下の父親が地下鉄の一日券を用意してくれているおかげで、思う存分行きたい名所を回れるわけだ。

まずは梅田駅から淀屋橋駅まで地下鉄で移動し、そこから徒歩5分のところにある適塾を訪れた。

適塾とはご存知の通り、かの緒方洪庵が蘭学を教えた私塾であり、ここから明治時代前後に活躍した人材を多く輩出した。(Hikipedia参照)

 

午後2時。

適塾に到着。

「ここが…」

雪ノ下は心底感動しているようで、多くを語らず、まじまじと外観を観察してから中に入っていく。

中は然るべき雰囲気こそ出しているが、展示がほとんどで昔の姿を留めているとは言い難いものだった。

とは言え、俺も文系の端くれだ。

得意な日本史で習ったことが展示品の情報と合致したりするのは楽しいもので、そこそこの満足感を与えてくれる。

「ふーん…なるほどねー

へぇー…」

関心のありそうな台詞を棒読みしているのは由比ヶ浜だ。

アホの子であるこいつにはさぞつまらなかろう。

まぁ、大学は俺と同じとこに合格したんだけどな。

一方、雪ノ下は俺たちには到底読めない古文書のようなものを小さく頷きながら読みまわっている。

「雪ノ下、俺コーヒー買って来るけど、何かいるか?」

「それじゃ、私は紅茶で。」

「はいよ」

「え!ヒッキー!

あたしは?」

「お前は一緒について来いよ。」

そのために決まってんだろ。

由比ヶ浜は興味なさげだし、雪ノ下は由比ヶ浜のその様子に気を遣ってるみたいだし。

「え?え?

い、一緒にか…

ヨシッ!」

由比ヶ浜は小さくガッツポーズをしている。

そんなに苦痛だったのか。

 

目の前にコンビニがあったが、流石にすぐに買って戻ったら雪ノ下が心置きなく展示品を見る時間を稼げないしな…。

「小腹空いたし、何か探しに行くか。」

さっき豪華なランチ食ったばっかりだけどな。

「う、うん!」

 

特に言葉を交わすことなく5分くらい散歩をしていると、こじんまりとしたたい焼き屋を見つけた。

「なあ、これでも食うか。」

「ぅん…」

由比ヶ浜は俯いたまま聞こえるか聞こえないかくらいの小さな返事をした。

 

―由比ヶ浜結衣―

 

今、あたしはヒッキーと二人で散歩(?)をしてるんだけど…。

もう気が気でないよ…。

心臓はバクバクだし、顔なんて見れない。

ららぽーとのカフェで話してからずっとヒッキーのことで頭がいっぱいでさ。

ずっとモヤモヤしてた心もすっかり晴れたし、友達なんだから遊びに行ったりしたいし…。

とか、ずっと考えてたんだけど、踏み出せなくて…。

気付いたら卒業旅行の日になってたんだよね。

でも、いつかあたしの気持ちを伝えようと思ってたんだ!

それで、卒業旅行で二人きりになれたら…って考えてたんだけど、いざとなると喋ることも出来ないよ…。

 

あたしはどうしようか考えながら、ヒッキーの足元だけ見てついていく。

 

そうだ。

待ってても仕方ない人は待たない。

自分で言ったんだ。

 

よし…。

 

 

 

 

「お前カスタードでいいk」

「ヒッキー!大好きだよ!」

 

 

 

 

 

 

言っちゃったよ…。

 

 

 

―比企谷八幡―

 

流石にびっくりしたわ。

そんなに叫ばなくてもいいだろ…。

「分かったよ。」

由比ヶ浜はパァっと表情を明るくする。

 

「どんだけ、カスタード好きなんだよ。

はいはい、お前はカスタードな。

すいません。カスタード一つとあんこ二つ。」

俺は味ごとに分けられた袋を二つもらって、カスタードの方を由比ヶ浜に渡す。

「はいよ」

由比ヶ浜は差し出した袋に目を向けることなく、呆然としている。

少ししてふと我にかえったようで、たい焼きが入った袋に目を向けた後、バシッと乱暴に袋を奪う。

「ヒッキーのばかっ!」

「は?」

由比ヶ浜はずかずかとかなりのスピードで歩き去っていく。

あいつ、カスタード好きだって言ったくせに何か文句あんのか?

よく分からんわ。

 

途中、信号待ちで由比ヶ浜を見失ってしまったが、多分適塾に向かっただろうし、俺も紅茶とMAXコーヒーだけ買って戻ろう。

コンビニで買い物を済ませて適塾に戻ると、入り口の前に不機嫌そうな由比ヶ浜と満足げな雪ノ下がいた。

「もう見なくていいのか?」

「ええ。結構よ。」

由比ヶ浜に目を向けると『プイッ』と効果音が付きそうなくらいハッキリと拒絶された。

「次、行くか。」

 

俺たちは再び地下鉄に乗り、動物園前駅で降りる。

『動物園前』駅ということからも分かるように、今から向かうのは天王寺動物園だ。

 

午後3時15分。

天王寺動物園に到着。

入り口を抜けて少し歩くとチンパンジーが見える。

「あら、比企谷くん、あなたと同じ種の動物がいるわよ。」

「おい、俺はチンパンジーじゃねえ。」

「そうだったわね。

彼らは仲間を作ることができるものね。

比企谷くんと同種扱いするのはあまりにも失礼よね。」

雪ノ下は勝ち誇った表情を薄っすらと浮かべる。

ったくよ…。

こいつは一度でいいから、どんな分野でもいいから、ボロボロになるまで打ちのめしてやりてえ。

「いや、よく考えてみろ。

仲間とか社会を形成する動物はその社会から独立して生きるのは困難だし、普通そんなことはしない。

だが、俺のようなぼっちはその社会に依存しなくともこうやって社会の中で生きている。

ゆえに、俺はチンパンジーはもちろん常人よりもよっぽど優れていると言っていい。

はい、証明終了。」

雪ノ下は額に手を当て、憐れむ目で俺を一瞥する。

「また屁理屈を…

救いようのない重症患者ね。」

「ゆきのーん♪

見て見てー!かわいいよー」

由比ヶ浜が指さす先にはアシカがいた。

「アザラシってビーチボールをくるくる回したりするっけ?」

「いや、あれはアシカだ。

アザラシショーってのもあることにはあるが、アシカショーほどメジャーじゃねえよ。」

ドヤ。ヒキペディアの情報量はなかなかのもんだぞ。

「へえー。ヒッキーはなんでアシカって分かったの?」

「アザラシがああいうのするの珍しいし、そこにアシカって書いてあるし。」

俺は動物の概要などを説明してあるボードを指差した。

「なんだー。

別にすごくないじゃん。

ねえ、ゆきのん?」

「全くその通りだわ。

アシカとアザラシを外見で見分ける最も簡単な方法は耳たぶの有無よ。

アシカには耳たぶがあるけれど、アザラシにはないわ。」(Yukipedia参照)

「うわぁー!本当だ!

ゆきのん、すごいね!」

たまたま知ってただけよ、とか言いながらも相当照れてる雪ノ下。

てか、これ別にヒキペディアがしょぼいわけじゃないだろ。

ユキペディアの情報量が人間離れしてるだけだって!

 

続いて向かったのはライオンのコーナー。

この年になっても男子たるもの、百獣の王を見ると興奮を覚えるものだ。

ゆっくりこちらに向かって来るのをわくわくしながら見ていると、少し服が重くなるのを感じた。

振り返ってみると、雪ノ下が俺を盾にするようにライオンから隠れて、服の背中辺りの部分をつまんでいた。

ライオンが小さく吠えると雪ノ下は服を強く握って俺の真後ろに隠れる。

「雪ノ下…」

「あまり得意ではないだけよ。

特に苦手なわけではないわ。」

いや、それってほとんど同じ意味じゃ…ってツッコミはNGだろうな。

それに、犬の時にも同じことを言ってた気がする。

「ん~~っ」

唸っているのは由比ヶ浜だ。ライオンではない。

そんな目で見られましても…これは不可抗力だろ?

誰もお前の大好きな雪ノ下を奪ったりしねえよ。

「ゆきのん、コアラ見に行こ!」

由比ヶ浜は雪ノ下の手を引いて小走りでコアラゾーンに向かって行った。

 

それから一時間ほど動物を見て回り、天王寺動物園を後にした。

 

午後4時30分。

次に向かうのは天王寺動物園から徒歩5分のところにある通天閣だ。

1日目は地下鉄を使っての観光だったわけだが、雪ノ下が効率よく回れるように計画してくれているおかげで無駄なく大阪市内の名所を見物できている。

動物園を出たところから既に通天閣は見えているのだが…

はっきり言って、特に感動はない。

東京タワーの方が高いし、きれいだし。

「へえー、これが通天閣かぁ~。

なんか、しょぼいね。」

いや、通天閣は由比ヶ浜が提案したとこだろ。

てか、そういうのは胸の内にしまっておいてくれ。

「行きましょう。」

 

おそらく、3人とも期待は薄めの状態で展望台に登ったのだが、実際、そこからの風景はなかなかのものだった。

ちょうど夕焼けが差し込む時間帯で、大阪の街並みは空とともに刻々とその色を変えていく。

「すごいねー!

きれいだぁ~」

由比ヶ浜はさっきの言葉とは打って変わって感嘆の声を漏らしている。

俺自身もいい意味で期待を裏切られた形になった。

雪ノ下はというと、ちゃっかり有料の望遠鏡に100円を払って、興味津々といった様子で大阪の夕暮れを見まわしていた。

「ゆきのん!

あたしにも見せてー」

「ええ、どうぞ。」

「おぉ~

遠くまで見えるよ~」

しかし、あれだな。

由比ヶ浜を見てたら、この世には平和しかないんじゃないかと錯覚してしまう。

花火大会に行った時も、あいつの隣にいるのは満更でもなかった。

隣できゃぴきゃぴしている由比ヶ浜を微笑ましく見ている自分がいることにも気付いていた。

ただ、すぐに俺はいつの間にか期待して、それが空を切ることになるから…。

「ヒッキー!あれなに?」

「ん?

あれって言われても俺の目は望遠鏡じゃねえし、見えねえよ。」

「じゃあ、片目だけね。」

お、お前。めっちゃ近いんだけど。

てか、望遠鏡って両目で見るもんだろ?

見にくいわ。

「ほら、あれ!」

由比ヶ浜が指しているのは多分あのひときわ高くてエスカレーターが交差しているビルのことだろうな。

「あぁ、あれはスカイビルだ。

建物の間を交差してるのはエスカレーターらしい。」

「へえー

行ってみたいね!」

「スカイビルはホテルから割と近いし行ってみるか。」

「うん!」

 

その後、もう一つ上の階に内装が黄金色の展望台があり、そこでも少し外を眺めたりして、通天閣を後にした。

「楽しかったね!」

「そうね。

大阪に観光をしに来たのは初めてだったから、どれも新鮮だったわ。」

こうして、一日目の大阪観光は幕を閉じた。

 

かなり歩いたのもあって、雪ノ下と由比ヶ浜は帰りの電車で寝ていた。

俺まで寝たら乗り過ごしそうだし、一人で必死に睡魔と闘っていた。

 

ホテルに戻ると、雪ノ下が鍵を受け取り部屋に向かう。

エレベーターに乗り込むと、雪ノ下は最上階の37階を押す。

「おい、こういうホテルの最上階ってスイートルームじゃねえのか?」

「ええ。

それに、今回泊まるのは『ザ・リッツ・カールトン・スイート』と言って、最高級にして最大の部屋よ。」

雪ノ下は何を今更と言わんばかりの口調で答えた。

「なんか…、すごいね。」

由比ヶ浜は相変わらず雰囲気負けしているようだ。

 

雪ノ下に続いて部屋に入っていくと…

「すごーい!」

そこはもはや一泊や二泊のために用意された空間ではなかった。

まず、目に入ったのはピアノ。

絶対、必要ないだろ。

ソファーは裕福な大家族がミーティングを始めそうなほどの数を備えている。

さらに驚くべきことに部屋は一つではなかった。

他にも大きすぎるベッドとジャグジーバス、高級そうな調度品の数々…。

世界が違った。

俺と由比ヶ浜はただただ部屋をうろうろしていた。

「ディナーがあるから行きましょう。」

「お、おう」

「そ、そうだね」

 

ホテル内にあるイタリアンレストランでディナーを済ませた後、雪ノ下と由比ヶ浜が先に風呂に入って、ようやく俺の番が回ってきた。

「おさき~」

「おう」

由比ヶ浜と入れ替わりで俺はバスルームに向かう。

 

―雪ノ下雪乃―

 

私は由比ヶ浜さんがお風呂に入っている間、ベッドに足だけ入れて座ったまま本を読んでいた。

それから少しして、由比ヶ浜さんがお風呂から戻ってくると、比企谷くんが入れ替わりでバスルームに向かう。

すると、由比ヶ浜さんが私と同じようにベッドに入ってきた。

それにしても、由比ヶ浜さんが私に寄ってくる時に何も言わないなんて珍しい…。

それから数秒の沈黙が続き、ようやく由比ヶ浜さんが口を開く。

 

 

 

「ねぇ、ゆきのん…

相談に乗って欲しいんだ…」

 

 

 

この時、私は考えもしなかった。

 

 

この『相談』がこの後の四年間の私たちを大きく変える告白になることを…。



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⑥今夜もまた、彼らが各々に馳せる思いは錯綜する。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
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―雪ノ下雪乃―

由比ヶ浜さんの言う『相談』

普段の由比ヶ浜さんがこんな面持ちで私に話し掛けることは滅多にない。

今回の相談って、そんなに深刻なことなのかしら。

「実はね…

あたし、好きな人がいるの。」

好きな人?

由比ヶ浜さんが初めて奉仕部を訪れた時にクッキーを渡したいと言っていた人かしら?

「そう…」

由比ヶ浜さんはどうも決まりが悪そうな様子。

「その人はね…。

捻くれてるし、目つきも口も悪いし、鈍感だし…」

由比ヶ浜さんが並べる特徴ははっきりと一人の男を私に連想させる。

「でもね、実はすっごく優しくて、あったかい心を持ってる人なの。」

私は本当に知らなかった。

まさか由比ヶ浜さんが彼に好意を抱いているだなんて思いもしなかった。

私の胸のあたりにこれまでに感じたことのない感情がぐるぐると渦巻く。

「その人にあたしの気持ちを伝えたいんだけど、ゆきのんはどう思う?」

そんなことを私に聞かれても…。

だいたい、恋愛経験のない私にどんなアドバイスができるというのかしら。

「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。

正直に言うと、私には分からないわ。

私に恋愛相談をするというのはあまり適切ではないと思うのだけれど。」

「あたしは、ゆきのんに恋愛相談をしてるわけじゃないんだよ。

ゆきのんの気持ちが知りたいの。

あたしのライバルだからね。」

「ライバルってどういうことかしら。」

「あたしの好きな人がゆきのんのことを好きだと思うの。

だから、ゆきのんはライバル。」

由比ヶ浜さんは真っ直ぐ私を見つめる。

彼が私に好意を寄せているとは到底思えない。

だけど、仮にそうだとすれば、私はどうするのだろう。

私にとって彼の存在がどのようなものなのか…

自分のことなのだけれど、全く分からない。

今はとりあえず会話を続ける。

「由比ヶ浜さんの推測に根拠はあるの?」

「なんとなく、かな。」

なんとなくって…。

まあ、恋愛なんてそんなものなのかしらね。

「でも、あたしはヒッキーに告白しようと思うんだ。

ゆきのんはいい?」

「どうして、私に許可を求める必要があるのかしら。

由比ヶ浜さんがしたいようにすればいいと思うわ。」

「だって、ゆきのんがヒッキーのことが好きだったら、あたしはすんなり告白しようなんて思えないもん。」

「こういうことは他人を気にする必要なんて無いと思うわ。

あなた、また人の顔色を窺って…。

そういう愚かな言動は不快だから止めてと言ったのを覚えていないの?」

気付けば口調は強くなっていた。

何をイライラしているのかしら。

「違うよ…」

由比ヶ浜さんは薄っすらと目に涙を溜めて私に向き直る。

「ゆきのんだからだもん!

あたしの大切な友達だからだよ!

ヒッキーのことは大好きだし、付き合えたらいいなって思うけど…」

言葉は徐々に力を失って、由比ヶ浜さんは布団に顔をうずめる。

 

「それで、ゆきのんと友達でいられなくなっちゃうなんて絶対いや…」

 

「由比ヶ浜さん…」

 

だから、由比ヶ浜さんはあんなに辛そうな表情を浮かべていたのかしら。

愚か者は私だった。

私は結局、由比ヶ浜さんさえ信用していなかったのね…。

その深層心理に気付くことが出来なかったのは無理のないことなのかもしれない。

でも、それは私にとってあまりにも残酷な事実だった。

「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。

そんな風に思ってくれているなんて…嬉しいわ。」

そう言うと、由比ヶ浜さんは顔を上げて微笑む。

目元は少し赤みを帯びている。

私が他の人に対しての気持ちとは異なる特別なそれを比企谷くんに対して抱いているのは本当よ。

けれど、自分でもはっきりと分からない曖昧な感情より、優先するべき友達が目の前にいる。

ここまで私のことを想ってくれていて、真っ直ぐに向き合ってくれる由比ヶ浜さん。

何も間違っていないわ。

それに由比ヶ浜さんが比企谷くんと恋人関係になったとしても、私が彼と交友関係を絶たなければいけないわけでもない。

答えは最初から決まっている。

「由比ヶ浜さん、安心して比企谷くんに想いを伝えればいいと思うわ。

私は彼と恋人関係になりたいという願望を抱いてはいないもの。」

「そ、そうなんだぁ…」

由比ヶ浜さんは胸に手を当て、息を静かに長く吐き出して、心底ホッとした表情を浮かべる。

「だから…その……

 

頑張ってね。」

 

「うん!

ありがとね!ゆきのん!

やっぱり、ちゃんと話してよかったよ。」

由比ヶ浜さんはふんわりと抱き付いてくる。

私は思わず由比ヶ浜さんの頭をそっと撫でた。

 

 

―比企谷八幡―

 

一日中歩き回って疲れた体にジャグジーバスは最高の癒しをもたらす。

高い天井を見上げていると、ふと先日の電話での会話が頭をよぎった。

そう、俺が卒業旅行の件について陽乃さんに尋ねるためにしたあの電話だ。

あの電話には続きがあった。

―――――――

「あとね!

比企谷くんに聞いて欲しいことがあるんだ!

これ聞いたら比企谷くん絶対喜ぶよ~」

「いや、もう要件は済んだので結構です。」

「そんなこと言わないでさ~

聞いて損することは絶対にないからさ!

ね?」

「…手短にお願いします。」

「うん!

さっき、あたし達のお父さんが雪乃ちゃんに甘いって話したよね?」

「はい。」

「お父さんは雪乃ちゃんを溺愛してるのよ。

あんまり言動には出さないけどね。

そんなお父さんが男の子も同伴する宿泊込みの旅行を易々と了承するわけないよね?

それに今回は千葉村の時みたいに先生が同伴で学校の活動ってわけでもないし。

はい、ここで問題!

どうしてお父さんは雪乃ちゃんが男子同伴の宿泊をオッケーしたでしょう?」

「そりゃあ、口の立つ雪ノ下のことですから、詭弁でまるめ込んだんじゃないんですか?」

「ぶぶーっ!違いまーす。

雪乃ちゃんは嘘もついてないし、お父さんを論破してもいませーん。」

「じゃあ、分かりません。」

「そーかそーかぁー

それじゃあ仕方ないなぁ。

答えを教えてあげよう。」

 

「実はね…

雪乃ちゃんがお父さんに比企谷くんのありのままを伝えたからよ。」

「ありのまま?」

「うん!

お父さんに『因みに旅行は何人でどんな子と行くんだ?』って聞かれたの。

それで、雪乃ちゃんは『明るい性格の由比ヶ浜さんという女の子と比企谷くんという男の子。』って答えたのね。」

「なんで、俺に関しては説明が無いんだよ。」

「まぁまぁ~。

それでね。

お父さんは『正直に言ったのはいいが、成人さえしていない娘が異性とともに宿泊を兼ねた旅行をすることを私が容認して手助けすると思うか?その男はどんな奴なんだ?雪乃の恋人なのか?』って喰いかかってきたわけ。

そしたら雪乃ちゃん何て言ったと思う?」

「さあ?」

「実はね…、面白そうだったから録音しておいたんだけど、聞く?」

「いや、何してるんですか!?

それはまずいでしょ。」

この人は時に、ともすれば残忍ともとられ兼ねないようなことを平気でするからな…。

「いいのよ、雪乃ちゃんは比企谷くんの前では素直になれないんだから。

このくらい姉として当然の尽力よ♪」

「はぁ…。」

「それじゃあ、流すね。

再生っと。

『いいえ、彼は私の恋人ではないわ。

ただ、私は彼のことを特別な存在として見ている。

それがどういう感情なのかは私にはまだ分からないのだけれど。

私、男の人をきちんと好きになったことがないから。

あと、彼がどんな人か説明すればいいのよね。

彼の名前は比企谷八幡。

クラスでは孤立していて、性格は捻くれていて、死んだ魚のような目をしていて…、出会って間もない頃はどうしようもない男だと思ったわ。

けれど、実は彼の中には温かくて寛容な心があって、それを垣間見る度に私は彼の人間性に惹かれていった。

二年弱、彼と奉仕部で時間をともにしていくなかで、確かに分かったことがあったわ。

それは、私が彼のことを信用しているということ。

もちろん、父さんが危惧しているような交際の仕方にならないという意味でもあるのだけれど…。

彼は私が本当に嫌がることはしないと思うの。

これは、私の勝手な思い込みかもしれないけれど、18年間生きてきてそう思えた2人目の友達よ。』

よし、これで終わりっと。

聞いた!?

こんなこと言ったのよ、雪乃ちゃん!

そしたら、今までの雪乃ちゃんからは考えられないような物言いだったもんだから、流石のお父さんも圧倒されちゃって。

それで今回の旅行をサポートしてくれることになったの。

どう?

雪乃ちゃんの比企谷くんへの気持ち、伝わった?」

「さあ、どうでしょう。

あんまり分かりませんね。」

「またまたぁ~

照れちゃって~♪

まぁ、と・に・か・く!

そういうことだから、雪乃ちゃんのこと大切にしてあげてね。

これだけ比企谷くんのこと想ってるわけだし。」

「そうですね。適当に。」

「ん。よし。

じゃあねー!

いつでもお姉ちゃんに頼っていいからねー♪」

―――――――

電話の内容はこんな感じだったわけで…

 

男子たるもの期待しちゃうだろ?

流石の比企谷八幡も、少し思い上がってしまった。

だが、あくまで陽乃さんから聞いた話であることと、雪ノ下の言葉の曖昧さなどを考慮して冷静に判断した結果、何もないという結論に至った。

陽乃さんのすることだ。

録音した音源に何か小細工をしている可能性さえ無きにしも非ずと言える。

やっぱり流石だわ俺。

危うく勘違いしちゃうところだったぜ。

 

そんなことを回想しながら、一人で入るには大きすぎるジャグジーバスでめいっぱい足を伸ばす。

明日は丸一日USJだしな。

ゆっくり疲れを取るとしよう。

 

俺は顔にタオルをのせて、バスタブに体を預ける。

そのあまりの心地よさに、俺は少しの間、そのまま微睡んでいたようだ。




お読み頂きましてありがとうございます!
幸成さんの的確なアドバイスを参考にさせて頂きまして、修正いたしました。
これからもよろしくお願いします(^^♪


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⑦今回ばかりは、彼女らも彼に頼るわけにはいかない。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!


「ついに来たぞぉー!

 

ゆー・えす・じぇーー(^O^)/」

 

「今日はゆー・えふ・じぇーじゃないんだな。」

俺はおそらく相当憎たらしい顔をしていることだろうな。

「もぉー!

ゆきのんの家で散々からかったんだからもういいじゃんっ!」

由比ヶ浜は頬をぷくーっと膨らませる。

 

奉仕部卒業旅行二日目は今回の旅行のメインイベント、USJだ。

USJに行きたいという由比ヶ浜の熱望で大阪を選んだようなものだからな。

 

「じゃあー、まずは…スパイダーマン!」

人込みの中をもろともせず、由比ヶ浜は雪ノ下の手を引いて人と人との間を早足で駆けていく。

俺はあいつらを見失わない程度に早歩きで後に続く。

 

開園から一時間も経っていないのにも関わらず、お目当てのスパイダーマンには既に人が溢れかえっていた。

しかし、俺たちのようにロイヤル・スタジオ・パスを持っている人はそもそも並ぶところが違うらしく、10分程度で順番が回ってきた。

由比ヶ浜は上機嫌なようだが、その横で雪ノ下は若干不安そうな表情を浮かべている。

「ワクワクするねーゆきのんっ♪」

「え、えぇ、そうね…」

「雪ノ下、お前ビビってんのか?」

雪ノ下が弱みを見せた時にはここぞとばかりにからかってやらねえとな。

俺のことを日常的に罵り、蔑んでいる量を考えれば、割に合わねえから。

「何を言っているのかしら、ヒキガエルくん。

そもそもアトラクション施設なのだから、安全性は保障されているのだし、恐れることなんて何一つ無いと思うのだけれど。

だいたい…」

「ゆきのーん!

あたしたちの番だよー」

言葉を遮られた雪ノ下は由比ヶ浜に連れられ、重い足取りで座席に向かう。

と、座席を前にして気付いたことがある。

このスパイダーマン・ザ・ライド、四人席なのだが…。

まぁ、あとは察してくれ。

「ごめんね、ヒッキー…。」

由比ヶ浜は申し訳なさそうに哀れみの目を向ける。

「あなたが独り身オーラを出していたのだからスタッフの女性に非があるとは言えないわね…。」

雪ノ下は楽しそうに俺を皮肉っている。

結局、俺は四人席の端に一人で座り、横にリア充カップルを迎えることとなった。

「怖いよぉ~」

「大丈夫だって、俺がついてるからさ。」

そう言って男は女の頭に手をのせ、優しく撫でている。

「砕け散れ…」

「えっ!?」

女の方が俺を見て、ドン引きしている。

それに気付いた男が「どうしたの?」と心配そうに尋ねると、女は「なんか横の人が怖い」とかなんとか…。

くそっ、声に出てたか…。

こいつらの言動があまりにも露骨に俺の存在を否定するようだったもんで、つい…。

そうしているうちに機体は動き出し、暗闇や吹き替えの台詞による状況説明が俺たちを映画のワンシーンにいざなう。

3Dで繰り出される敵の攻撃を受けると機体は荒れ狂うように動き回り、その二次災害による水しぶきや炎による熱風はそれがアトラクションであることを忘却の彼方に押しやる。

ふと斜め前に目をやると「やばぁーいー」とか「きゃぁーーー」とか叫んでる由比ヶ浜に雪ノ下は体を小さくして触れるか触れないかくらいの距離で寄り添っていた。

 

「いやぁ~楽しかったね!

ねぇ、ゆきのん?」

「えぇ…

臨場感はなかなかのものだったわね。」

「いや、お前ほとんど目つぶってただろ?」

「比企谷くん、私が可愛いから見ていたいという気持ちは分からなくもないのだけれど、こんな時まで見ているなんて流石に気持ち悪いわ。」

どうして、こいつを相手にすると俺はこうも悪者に仕立て上げられてしまうのだろうか。

しかも、さらっと否定できない自慢を入れてくるあたりは質が悪いとしか言いようがない。

「よーし、次行くよぉー!」

しかし、約2年間、多くの時間をともにしてきたが、ここまで楽しそうな由比ヶ浜を見たのは初めてかもしれない。

目はキラキラ輝いていて、その笑顔を見ているだけでこっちまで幸せになれそうな感覚さえ覚える。

一応、断っておくが、深い意味はない。

こういうタイプの人間を積極的に拒絶してきたこともあって、ある意味新鮮で心地良いだけだと思う。

とはいえ、俺はこいつらと過ごす時間に依存するようになったのかもしれない。

いつの間にか信じ切っているのかもしれない。

それが愚かだとしても。

また同じことだとしても。

今だけは浸っていたい。

この場所に。

この感覚に。

そう思っている自分をこの三日間だけ甘やかすことにした。

 

スパイダーマンを満喫した後、王道のターミネーター、ジュラシックパーク、バック・トゥ・ザ・フューチャー、ジョーズなどを休むことなく回る。

3時を過ぎているというのに、昼飯さえ食べずに。

「そういえば、お昼ごはん食べるの忘れてたね。」

「私はずっとそろそろランチにしようと言っていたのだけれど…。」

「え、そうだったの?

ごめーん、ゆきのーん。

じゃあ、今からここのレストランに行こっか!」

由比ヶ浜はマップの一点を指差して、また慌ただしく駆け出す。

 

と、その時だった。

 

「あれ~?

結衣じゃなーい?」

聞き覚えのある口調に俺たち3人は一斉に振り向く。

そこには三浦、葉山、海老名、戸部、大和、大岡がいた。

「ゆ~い~、なんで、こんなとこにいんの?」

三浦の声色はいつも由比ヶ浜に話しかける時のそれとは明らかに異なる。

何か弱みを握っているような怖さはこの状況での三浦の立場の優勢を示している。

「い、いや…

なんていうか、その…」

由比ヶ浜の作り笑顔はひきつっていて、今にも泣き出しそうな様子だ。

見兼ねた雪ノ下が間に入る。

「由比ヶ浜さんがここにいてはいけないことがあるのかしら?」

雪ノ下がそう言うと、三浦以外の5人が決まり悪そうに俯く。

その中で最初に口を開いたのは葉山だった。

「実は、俺たちの仲良しグループで卒業旅行を計画していて、それに結衣も誘ったんだけど、用事があるから来れないって断られちゃってさ…。」

 

なるほど。

 

そういうことか。

 

これは由比ヶ浜の分が悪すぎる。

この状況で、由比ヶ浜に俺か雪ノ下がフォローを入れるのは不可能に近い。

ここで三浦が由比ヶ浜に対して憤慨することは理にかなっている。

「でも、仕方ないよね。

たまたま、日がかぶっちゃったんだし。」

葉山は苦し紛れにフォローをいれるが、それはむしろ三浦の怒りを助長させただけだったようで…。

「でもさぁー

結衣はあーしらじゃなくてそいつらを選んだってことっしょ?

それ、ひどくない?

あーしら、二年からずっと仲良くしてきたのにさー。」

三浦はこれでもかと声色に皮肉をこめる。

他の5人もショックを隠し切れないようで、誰も口を開こうとはしない。

 

 

しかしながら、俺はつくづく自分勝手な人間だと思う。

俺は自分のことは嫌いじゃなかったが、友達ってやつが出来てから此の方自分が嫌いで仕方がない。

結局、なんだかんだと自分に言い訳しつつも、俺は『友達』という曖昧な言葉に明確な意味や見返りを求めていたのだ。

俺にとって由比ヶ浜は数少ない大切な友達の一人だ。

だが、由比ヶ浜にとって俺は多くの大切な友達のうちの一人にすぎない。

いつの間にか、そこに同じだけの見返りを求めている自分がいるのだ。

全くもって、愚かである。

こんな愚かな人間があれだけ優しい人間にしてやれることなんて高が知れている。

だが、クラス一、いや学校一の嫌われ役の俺にだからこそ出来ることがある。

せめてもの償いなんて都合の良い考えを持っているのかもしれない。

しかし、何であれ俺がするべきことに変わりはない。

この場において、由比ヶ浜を悪者でないようにするのは無理だ。

だったら…、大悪人を作ってやればいい。

「三浦、ちょっと話を聞け。

今回の卒業旅行なんだがな、俺が由比ヶ浜を…」

 

「ヒッキーッ!!」

 

由比ヶ浜の声とは思えないような鋭い言葉は俺の喉を詰まらせる。

その迫力には流石の三浦も驚いているようだ。

 

 

「もうやめてよ…。

 

修学旅行の時にも言ったじゃん、こういうのはこれで最後ねって。

 

また…

 

また、ヒッキーはそうやってさ…。

 

そうやって、あたしを助けようとするんだ。

 

ヒッキーがどうやって人を助けるかなんて決まってるじゃん…。

 

また、自分を傷つけるんでしょ?

 

ヒッキーのしようとすることなんてお見通しだよ。」

 

由比ヶ浜は泣きそうな顔で優しい目を俺に向ける。

そして、覚悟を決めたようにきりっとした顔付きで三浦に向き直る。

「優美子…。

ちゃんと話しておきたいことがあるんだ…。

今じゃないとだめなの。

そんなに時間とらないから、ちょっとだけいい?」

三浦は無言で頷く。

「ゆきのん、ヒッキー。

ちょっとだけ待っててもらっていいかな?」

「ええ」

「おう」

由比ヶ浜と三浦は二人して人込みの中に消えていった。

 

俺らは待っている間どうすればいいものかと考えていると、葉山が歩み寄ってきた。

「ちょうどいい機会だ。

俺もヒキタニくんと雪ノ下さんに話があるんだ。

時間は取らないからさ。

いいかな?」

「俺を殴りたいだけなら雪ノ下が同席する必要はないと思うが。」

「雪ノ下さんにいてもらわないと、また君にまるめ込まれてしまうからね。」

雪ノ下の方を見ると、彼女は小さく頷き、

「ええ。

私も葉山君に言っておかないといけないことがあるから、出来ればあなたと一対一で話をしたいのだけれど。

そうしないと、また比企谷くんにまるめ込まれてしまうもの。」

雪ノ下は悪戯めいた表情で俺に笑いかける。

「葉山君、いいかしら?」

「うん。いいよ。」

葉山はこの事態の急転を予想外とは思っていないようだ。

「悪いけど、比企谷くんは下がっていてちょうだい。」

「お、おう。」

 

「では、行きましょう、葉山君。」

そうして、また二人、俺たちの前から姿を消した。

 

これはいわゆる修羅場ってやつなのだろうか…?



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⑧では、由比ヶ浜結衣は。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!


 

あたしは今、近くにあったフレンチスタイルのカフェで優美子と対面している。

空気もピリピリしてるし、優美子はいつにも増して怖いし…。

息が止まっちゃいそうだよ…。

 

あたしは優美子に少しだけ状況説明をした。

 

「まぁ、雪ノ下さんが予約とかをしてくれた後にあーしらが誘ったっていうのは分かったけど…。

でも、それじゃあ結局、結衣があーしらの卒業旅行に参加しなかった理由にはなんなくない?

つまり、あーしらのことを雪ノ下さんとかヒキオとかより大事じゃないって思ってるってことっしょ?」

「優美子、違うよ…。」

優美子は間髪入れずに続ける。

「じゃあ、どういうことなわけ?

ちゃんと説明してくんない?」

あたしは優美子の迫力に押されて、一瞬、言葉が喉を通らなかった。

一度、大げさに唾を飲み込んで口を開く。

 

「実はね…、優美子にずっと言えなかったことがあるの…。」

優美子は不機嫌そうに小さく頷く。

 

「あたし…好きな人がいるんだ。

 

てか、いたんだ。ずっと…。」

 

「はぁ!?」

「やっぱりびっくりするよね。えへへ。」

「いや、確かに、びっくりしたけど…。

それは、結衣に好きな人がいたってことより、なんでこの状況でそんなことを言い出したのかってことだし。

あーしらの旅行に来なかったのと関係なくない?」

確かに、そう思うよね。

でも…、

「ううん。

関係あるんだ。

今からきちんと全部話す。

だから、あたしが話し終わるまで優美子は口を挟まないで聞いて欲しいんだ。

お願いっ。」

精一杯の気持ちを表すために、あたしは目を強く閉じて手を合わせながら頼み込む。

 

「分かった。

言ってみ。」

 

「うん。

まず、あたしは入学式の日からその人のことが好きなんだ。

その理由はちょっと長くなっちゃうから、今は省くね。

でも、結局、高校三年間ずっとその人のことが好きだったのに、気持ちを伝えられなかったんだ。

それで、とうとう卒業式も終わっちゃって、もうその人とそれまでみたいに一緒にいることは出来なくなっちゃったんだ。

あたしとその人の通う大学は同じなんだけど、学部が違くて、キャンパスも違うの。

サークルとか絶対入んないだろうし、誘ってもあんまり遊んだりしたがらない人だからさ。

だけどね!

その人と一緒に卒業旅行に行けることになったの!

もう、ここしか気持ちを伝えるチャンスは無いと思ったんだ!

それで、ホテルとUSJのチケットの予約も全部してもらってたから、日程も変えることが出来なくて…

だから、優美子たちに誘われた卒業旅行断っちゃったんだ。

でも、優美子たちと卒業旅行に行きたかったのは本当だよ!

優美子や姫菜や隼人くんたちといた時間は楽しかったし、それはヒッキーやゆきのんといた時間と比べれない!

だって、どっちもあたしにとっては大切な時間だったから!

今回はどっちかを選ばないといけない状況になっちゃったから、今言った理由でヒッキーたちの卒業旅行に参加することになっちゃったけど…。

今度、みんなで集まる時はあたしも呼んで!

あたしもみんなと旅行に出かけたり、遊んだり、喋ったりしたい!

あたしもみんなのこと、、、大好きだよ…。」

あたしはいつの間にか泣いていて、しゃっくりも止まんなくて、喋るのもままならない状態だった。

そしたら、優美子が隣の席に座ってきて、頭を撫でてくれた。

「そか。

あーしもさ、結衣と一緒に旅行行きたかったし、ついかっとなったっていうか…。

ごめんね、結衣。」

優美子は心から謝ってくれた。

口調だけじゃなくて、優美子の表情とか全部から、その気持ちは伝わってきた。

「でも、それなら、あいつにしっかり気持ち伝えな!

あーしも応援してる!

なんなら、相談にも乗るし!」

「あっ、ありがと!」

「ん」

それからあたしが落ち着くまで、優美子はずっと背中をさすってくれた。

 

「てかさー、思ったんだけどぉー

結衣なんで、あーしに教えてくれなかったわけー?

言ってくれたら、相談とか全然乗ってあげたしー」

 

そんなの決まってるよ…。

 

「だって、優美子、ヒッキーのこと嫌いでしょ?

ヒッキー、口悪いし、目つきも悪いし…

それに、ヒッキー嫌われ者だから、相談したらやめとけって言われると思って…」

そう言うと、優美子は女神のような笑顔をあたしに向けた。

「そんなこと言うわけないっしょ

結衣の好きになった人なんだし、ちょー応援するし!

まぁ、確かにヒキオはうざいとこあるけどぉー

この前、隼人から聞いたんだけど、あーしらのグループが仲良くしていくために何回も協力してくれたらしいじゃん?

しかも、悪役やってくれてたらしいし。

意外と優しいとこもあるやつって思ったし。

あーし、今は結衣とヒキオが上手くいって欲しいってマジで思ってるから。」

「優美子…。」

 

「だから、頑張りな!」

 

「うんっ!」

 

「てか、そろそろ戻らないとヤバいっしょ?」

「だねっ」

 

あたしたちはカフェを出て、ヒッキーたちのとこへ向かって歩いていく。

 

「ほら。」

そう言って、優美子はハンカチをあたしに差し出す。

「その情けない顔拭きな

好きな人に泣いてぐしょぐしょになった顔見せれないっしょ」

もう、既に見られちゃってるんだけどね。

「そうだね、ありがと!

優美子っ♪」

あたしが優美子の左腕に抱き付くと、優美子は「ゆ~い~あついしぃー」とか言いながらも照れ笑いを浮かべていた。

 

ちゃんと話せてよかった!

優美子にも応援してもらってるんだし、今度こそはヒッキーに気持ちを伝えるんだ!

 

それに、まだ卒業旅行は終わってない!

最高の卒業旅行にしてやるぞぉー!



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⑨では、雪ノ下雪乃は。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!


 

私と葉山君は、少し歩いたところにあったアイリッシュパブのカウンター席で隣同士に座っている。

パブだからといって、お酒は注文していないわよ。

お酒には少し苦い記憶があるもの…。

 

「時間もそんなに無いことだし、単刀直入に聞くよ。」

葉山君はコーヒーを口に含んで喉を潤してから、体ごと私に向き直る。

「雪乃、比企谷と付き合ってないだろ?」

まあ、聞かれることは分かっていたのだけれど…。

そういえば、葉山君に雪乃と呼ばれたのは随分久しぶりだわ。

彼なりに学校では気を遣ってくれていたのかしら。

「ええ。

葉山君、あなたは分かっていたのではないの?

比企谷くんがあの嘘を吐いた時点で既に。」

葉山君は少し痛いところを突かれたのか黙り込む。

「もしそうなら、相当質が悪いと思うのだけれど。

あなたは比企谷くんの意図を理解していて彼の顔を殴ったことになるのだから。」

精一杯冷静な口調を装っているけれど、私は相当苛立っている。

「あぁ、俺は確かに比企谷の意図を理解していながら殴った。」

「なんですって…?」

私は感情が溢れ出すのを制御できずに、間髪入れず畳み掛ける。

「それじゃあ、どうして殴る必要があったの?

彼と少なからず時間をともにしていたあなたなら分かったでしょう?

比企谷くんは自分が傷付いてでも人を助けようとする。

それをあなたの前でも幾度もしているはずよ。」

「あぁ、分かっていたさ!

それが尚更頭に来たんだ…。」

葉山君にしては珍しく声を張り上げた。

「きっと、比企谷は分かっていたんだろう?

雪乃が俺と付き合う気がないってことを。

でも、どうして比企谷は分かったんだ?

今回は姫菜の時とはわけが違う。

比企谷があんな大胆な行動に移せる明確な情報がない。

雪乃の性格からして、自ら異性に対する好意を周りに言いふらしたりしない。

比企谷の性格からして、曖昧な憶測であんな行動に出たりしない。

俺の予想では、雪乃が比企谷に俺の告白を受け入れる気がないことを仄めかす発言をしたんじゃないか?」

 

…。

 

正直、図星だった。

悔しいけれど、葉山君の言うことは全て真実で、それは私にとって最も痛いところだった。

私が教室を出る時に残した言葉…。

私は無意識のうちに比企谷くんにどうにかして欲しいと『何か』を要請していたということなのかしら。

そして、とんでもないことに気付いてしまった。

「もしかして、比企谷くんを傷つけていたのは私だったの…?」

葉山君は私から目を逸らして、前を向き、コーヒーを少しだけ啜る。

「俺が雪乃を責める理由にはならないけどね…。

結局、俺は比企谷の置かれた状況を分かっていながら、あいつを殴ったことに変わりはない。

でも、そういうことだよ。

だから、そういうのも含めて俺は比企谷が憎らしくて、羨ましかった。

幼いころから大人びていて、何でも出来て、他人に頼るなんてことはほとんどしなかった雪乃から頼られているあいつが羨ましかった。

まったく情けない話だけど、俺は比企谷に嫉妬して八つ当たりしてたんだ。」

私は葉山君の話どころではなくなっていた。

葉山君を攻め立てていた私だけど、結局のところ、あの件で比企谷くんを傷つけた全ての元凶は他ならぬ私だったからだ。

「でも、俺は雪乃に自分を責めて欲しくない。

今の俺が言っても説得力が無いかもしれないけど、比企谷はああいうやつなんだよ。

あいつの周りの俺たちも確かに悪い。

だけど、あいつもあのまんまじゃダメなんだ。

そして、雪乃はそうやって他人に頼ってもいいんだ。

比企谷と出会う前の雪乃は見ていて辛いくらい他人に助けを求めなかった。

だから、雪乃はそれでいいんだ。

雪乃が比企谷を傷つけたんじゃないんだ。

雪乃が比企谷を頼ったら、比企谷は自分が傷付いて雪乃を助ける方法を選んだんだ。

だから、変わらなくちゃいけないのは比企谷だと思う。」

「でも…、でも…。」

「もし、これからも比企谷と付き合っていくなら、雪乃はそのことを分かっていなくちゃいけないんじゃないか?

それで、雪乃が誰にも頼らなくなったら、また振り出しに戻るだけだからだ。

だから、今度は雪乃が比企谷を助ける番なんだよ。」

「私が…?」

「あぁ。

結衣と一緒にな。」

葉山君の言うことは確かに筋が通っている。

だけど、どうしても私にとって都合の良い解釈のような気がしてしまう。

「雪乃。

だから、話を続けてもいいかな?

あの日、言えなかったことを今、伝えたいんだ。」

卒業式、葉山君が私に伝えようとしてたこと…。

「ええ。」

葉山君は目を瞑って、鼻から長く息を吸う。

そして、再び私に向き直る。

「俺、ずっと雪乃のことが好きだった。

物心が付いた時からずっと…。

だから、俺の恋人になってくれないか?」

 

 

正直、驚いたわ…。

確かに、あの時の比企谷くんの行動からして、葉山くんに告白されることは予想できた。

とは言っても、いざ直接告白されると吃驚するものよ。

私は男の人に言い寄られた経験は一般的な女子高校生よりは多いと思う。

けれど、私に言い寄って来る男の人はほとんど面識がなかったり、一言二言交わした程度なんて人ばかりなのだけれど。

葉山君は、それこそ幼馴染みだった。

私のことを一番よく知っている家族以外の男の人だと思う。

まさか、彼がずっと私に思いを寄せてくれていたなんて…。

もしかすると、男の人に告白されて初めて、素直に嬉しいと思えた瞬間かもしれない…。

それなら、私もきちんと彼の誠意に答えるべきね。

「ありがとう、葉山君。

本当に嬉しい。

だから、私の気持ちも包み隠さずきちんと伝えるわ。

私、昔のことを引きずっていて、高校二年生まではあなたのことが好きではなかった。

というより、むしろ嫌いだったわ。

あなたは私と他の人のどちらも捨てきれずにいつも何も出来なかったものね。」

「そうだね。」

葉山くんは自嘲的な笑みを浮かべる。

「それに、あなたが関わると女の子に妬まれるから、状況は悪化する一方だったし…。

その時は、あなたの無意味なお節介をする理由が分からなくて本当にあなたが憎らしかった。

私は虐められても、除け者にされても、なんとかやっていけたから放っておいて欲しかった。

けれど、奉仕部に比企谷くんと由比ヶ浜さんが来て、友達が出来て、たくさんの人と関わっていくうちに、自分以外の人のことも守りたいと思うようになった。

そして、ようやく分かったの。

葉山君が捨てられなかったもののことが。

それでも、葉山君のやり方が全て正しいとは思わないけれど、そういう考え方もあると思うことが出来るようになった。

そして、あなたなりのやり方で助けてもらったりもした。

文化祭実行委員会や生徒会はそうだったわね。」

 

私は彼にきちんと伝えなければならない。

 

 

「だから…ありがとう。」

 

「そして…ごめんなさい。」

 

葉山君は目の色も表情も変えずに私の言葉の続きを待っている。

 

「葉山君と話していくうちに、今、はっきりと分かったの。

私には好きな人がいる…。

これが好きという気持ち…。

訳があって、その人に気持ちを伝えることは出来ないけれど、ようやく曖昧だった感情を理解することができたわ。

そして、その好きな人は葉山君ではないの。

本当にごめんなさい。」

私は彼に向かって頭を下げた。

「顔上げてよ、雪乃。

こっちこそありがとう。

ちゃんと言ってくれて。

これで俺も前に進めるよ。」

葉山君が一番辛いはずなのに、彼はいつにも増して明るく微笑みかけてくれる。

「分かった。

とりあえず、雪乃のことは諦めるよ。

でも、納得いかないな。

雪乃が比企谷に気持ちを伝えられないなんて。」

「ど、ど、どうして比企谷くんと決めつけているのかしらっ。

確かに彼には何度も助けてもらっているし、顔も救いようがないほど悪いとまでは思わないけれど…」

顔が熱い。

私は今、どんな顔をしているのだろう。

「雪乃が他の男子の話でそんな顔をしないからだよ。」

「そ、それは…」

私は葉山君から目を逸らす。

本当に恥ずかしいわ…。

「本題に戻すよ。

どうして、比企谷に好きだって伝えられないんだ?」

「それは、あなたには関係のないことよ。」

「確かに、そうだ。

でも、振られた哀れな男の最後の頼みだと思って教えてくれよ。」

「…誰にも言わないと約束してくれるかしら?」

「あぁ、約束するよ。」

葉山君ならこういう約束は守ってくれるはず。

これは、私が彼と長い間一緒にいて、経験的に思っただけなのだけれどね。

「分かったわ。」

 

「――」

 

「――」

 

「だから、今は少なくとも比企谷くんに想いを伝えることは出来ない。

それに、伝えたくない。」

葉山君は真剣に考える仕草をして、数秒唸ってから口を開く。

「そうか…。

一つ目の理由に関しては何とも言えないけど…。

二つ目の理由は俺は気にしなくてもいいと思うな…。」

「これでいいでしょう?

まさか、葉山君にこんなことを話すなんて思いもしなかったわ。

はぁ…。

迂闊だったかしら。」

「ありがと。

でも、ちゃんと聞けてよかった。

また悩んだら、俺に相談して。

俺しか雪乃が今言ったことは知らないわけだしさ!」

「気が向いたらね。」

「あぁ。」

「そろそろ戻りましょう。

たくさんの友達を待たせているのだし。」

「そうだね。」

 

こうして、10年以上の時間を経て、ようやく葉山君と少しだけ分かり合うことが出来た。

幸か不幸か、私の本当の気持ちにも気付くことになった。

きっと…よかったのよね…。

 

「雪乃!

早く行こう!」

「ええ。」

 

私たちは、大切な『友達』のもとへ駆け足で向かっていく。



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⑩竟に、彼女の三年越しの想いは届く。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!


「あちぃ…」

影のない大通りのど真ん中で太陽に照り付けられるわ、人の密集具合は増す一方だわで、それは孟春の陽気とは程遠いものに感じられた。

残された俺たちはこの場を動くわけにも行かず、所在なく立ち尽くしていた。

 

雪ノ下と葉山がこの場を後にしてから15分くらい経った頃だろうか。

由比ヶ浜と三浦が戻って来た。

すると、三浦が俺の方にずんずんと向かって来る。

おい、なんだ。

もしかして、二人で俺の悪口でも言ってたの?

由比ヶ浜がタブーを吹き込んじゃったの?

とにかく、こえーよ。

三浦は俺の目の前で立ち止まり、思いっきり俺の肩を叩いて、その手を肩に乗せたまま囁く。

「ヒキオ…結衣を泣かしたら承知しないかんね…」

やっぱりだ!

由比ヶ浜、何を吹き込んだんだあいつは…。

俺は肩を叩かれてから恐ろしくて目を瞑っていたのだが、恐る恐る目を開けると、そこには俺に微笑みかける三浦がいた。

はっきり言って気味が悪い。

これはもしかして、ガチでキレてんじゃねえか?

「ま、あーしも応援しないことはないからさ。

じゃ、そういうことだから。」

三浦はそう言って仲間のもとへ戻って行った。

何がしたかったのかさっぱり分からなかったが、とにかく怖かった。

 

そうこうしていると、雪ノ下と葉山が小走りで戻って来た。

「みんな、お待たせ。」

「ごめんなさい、遅くなってしまって。」

これでようやく全員揃った。

「ねぇ、みんな!

せっかくだから一緒に回ろうよ!

あと2、3時間くらいだけどさ。」

由比ヶ浜らしい提案だな。

「俺はいいと思うよ。

こんな遠くであったのも何かの縁ってことで。」

葉山は俺にさわやかスマイルを向けてくる。

「隼人がいいなら、あーしも別にいいけど~」

三浦も髪を弄びながら満更でもなさそうだ。

「ヒッキー、ゆきのん、いいかな?」

「私は構わないわよ。」

まあ、特に断る理由もないしな。

「あぁ、いいぞ。」

 

こうして、俺たちは9人でUSJを回ることになった。

それからは、リア充グループに舵を取らせて、俺たちは戸部曰くのUSJ王道コースってやつを満喫させてもらった。

幸い、葉山グループもロイヤル・スタジオ・パスを購入していたようで一緒にアトラクションに乗ることもできた。

最後はマジカル・スターライト・パレードという大きなイベントを皆で見て、長かった二日目は幕を閉じた。

俺たちは葉山グループの面々と別れ、異常なまでに混み合う電車に揉まれながらなんとかホテルに辿り着く。

 

ディナーを済ませ、部屋に戻ると、雪ノ下は真っ先にシャワーを浴びに行った。

 

「楽しかったね~USJ!」

「だな。

すっげーくたびれたけど。」

こんなに太陽光を浴び続けたのは千葉村に行った時以来じゃないだろうか。

「ねぇ、ヒッキー?」

「なんだ」

「通天閣で言ってたスカイビル行かない?

携帯で調べてみたんだけど、夜景がすっごくきれいなんだって!」

「あぁ、いいぞ。

雪ノ下には言ってあるのか?」

「ううん。

今から。」

そんな話をしていると、雪ノ下がタオルで髪の毛を拭きながら戻って来た。

「ねぇ、ゆきのん、スカイビルに行こうよ!

夜景がきれいらしいよ~」

雪ノ下は少し考える仕草をした後、残念そうな表情をして答える。

「行きたいのは山々なのだけれど、湯冷めしてしまうし、私は遠慮しておくわ。」

「そっかぁ…。」

「ごめんなさいね。

せっかくだから、二人で行ってきてちょうだい。」

「え!?

二人きり?

いや…その…それはちょっと…。」

由比ヶ浜は一人であたふたしている。

「悪いな、雪ノ下。

ほら行くぞ、由比ヶ浜。」

「え、うん。

ごめんね、ゆきのん。」

「気にする必要はないわ。

楽しんできてね。」

「うん!

写真とか撮ってくるから!」

雪ノ下は「ええ。」と小さく返事をして、いつものように本に目を落とす。

 

スカイビルは歩くには遠く、電車では一駅という微妙な距離だったので、タクシーを使うことにした。

少し贅沢な気もしたが、雪ノ下のおかげで大阪に来てからほとんど金は使ってねえし、二人で割れば対して高くはない。

 

タクシーだと早いもので、10分弱でスカイビルに到着した。

「うわぁ~

すごーい!」

由比ヶ浜はキラキラ目を輝かせている。

下から見上げた時の迫力は、当然ながら遠くから見たそれとは段違いで、その凄みに圧倒される。

「行こうぜ。」

「うんっ!」

高速エレベーターで一気に35階まで上がり、そこからは有名なハブーブエスカレーターで展望台に向かう。

「なんか、空を散歩してるみたいだね。」

由比ヶ浜のアホっぽい言葉も心なしかセンスのあるものに感じれてしまうあたり、このエスカレーターの雰囲気作りには脱帽だ。

1分以上かけてゆっくりと39階まで昇っていく。

そして、39階から普通のエスカレーターとエレベーターを使ってお目当ての空中庭園に到着した。

「ヒッキー見てっ!

地面が光ってるよ~

こっちの方が空を散歩してるっぽいねっ!」

「そうだな。」

由比ヶ浜はこの異空間の虜になっているようで、キャッキャと幼い子どものようにはしゃいでいる。

俺も澄ましてはいるものの、360度に広がる絶景と地面版プラネタリウムに包まれて気分は高揚していた。

「ヒッキーあっち行こっ!」

由比ヶ浜は俺の服を引っ張って、空中庭園の端に向かう。

 

そこから見える景色はまさに絶景と呼ぶに相応しいものだ。

淀川から大阪湾まで続く水路を縁どるように輝く無数の光はなんとも幻想的だった。

「ねぇ、ヒッキー」

「ん?」

「ヒッキーって好きな人いるの?」

「いない。」

「即答!?

そうなんだ…。

ずっと?」

「いや、よく分からん。

いるのかと思ったこともあったが、最近…ってなんで俺がお前にこんな話をしなくちゃいけないんだよ。」

「えーっ!

教えてよー

気になるじゃーん」

「どうでもいいんだよ、俺のことなんて。」

俺がそう言うと、由比ヶ浜は俯いてボソッと呟く。

「どうでもよくなんかないよ…。」

数秒の言葉の空白の後、由比ヶ浜は声のトーンを元に戻して、

「分かった!

じゃあ、あたしの恋バナを聞いて!」

「俺が聞いてなんか意味あんのか?」

「いいからっ!

あのね、あたし好きな人がいるんだ。

高1からずっとなんだよ!

でも、3年間気持ちを伝えることが出来なかったんだ…。

あたしもうじうじしてたのは悪いんだけど、そいつもほんっとーに鈍いんだもん!」

「へぇ~」

「でね、決めたの。

大学生になる前にちゃんと気持ち伝えよって。」

「いいんじゃねえか。」

「うん。

だから、ヒッキー…

ちゃんと聞いててね…。

 

ほらっ、あたしの方むいてっ!」

由比ヶ浜は俺の両腕を掴んで強引に引っ張り、俺たちは向き合った状態にさせられる。

「ふぅー…

よしっ。」

由比ヶ浜は俺の目をこれでもかと真っ直ぐ見つめて、ゆっくりと口を開く。

 

「あたし、ずっとヒッキーのことが…

好きだったの。」

 

…。

 

ん…?

 

ナニヲイッテイルンダコイツハ。

 

「なにびっくりしちゃってんの?

この鈍感バカッ!」

「びっくりするだろ!

お前が俺を?

いやいや…。

あ、なるほどな。

おい、『ドッキリ大成功!』のボードはどこにある?

監視カメラは手すりの下か?

まさか、USJで葉山たちと会ったのは、偶然じゃなくてこのための…?」

こんなことあるはずがない!

俺は生まれてこの方、女子に告白されたことなんてないし、多分好かれたことさえない。

どんだけ陰湿な罰ゲーム任されてんだこいつは!?

「ちょ、ヒッキー何言ってんの?

あたしは本気だよ!

そうやって誤魔化さないで!」

「残念ながら、俺は女子から告白されるなんて経験はゲームでしかないからな…。」

「きもっ…。

もう…。

どうしたら信じてくれるの…?」

「信じるも何も、まず、お前に好かれるようなことした覚えねぇし。」

「あたしだって分かんないよ!

細かい理由やきっかけはあるけど、いつの間にか好きになってたんだもん!

ほんとだもん…。

ヒッキーが好きで…

好きで仕方なくて…

いっつも頭の中はヒッキーのことでいっぱいで…

一緒にいれるだけで嬉しくて…

でも、いっつも空回りして…

気持ちは伝えられなくて…

そんな日々はもどかしくて…

でも、朝になったら、またヒッキーに会いたくなるの。

目を覚ましたら、今日もヒッキーのことが好きなの。

そうやって、3年間、あたしは毎日、比企谷八幡に恋してたんだよ。

だから、ヒッキー…。」

 

 

 

 

「     ――あたしと付き合ってください――     」

 

 

 

 

この浮世離れした夜景のせいだろうか…。

俺はまるで宙に浮いているような感覚を確かに感じている。

時間は止まっている。

吹いていたはずの夜風は止んだ。

由比ヶ浜の顔と立ち並ぶビルの遠近感さえ掴めない。

建物の赤い光だけを視覚が捉え、逆にそのぼんやりとした残像が俺の視界を埋め尽くす。

俺の五感は絶対なる何かに支配されてしまったようだ。

 

「…キー

…ッキー」

 

「ヒッキー!」

由比ヶ浜の指が俺の頬に触れた時、ようやく全てが元に戻った。

「あっ、あぁ、わりぃ…。」

「う、うん…」

 

正直に言おう。

めちゃくちゃ嬉しかった。

この感覚はリア充には、いや並のぼっちにも理解できないと思う。

18年間、存在をも嫌われていたような俺。

いつの間にか、一人で生きることを選んだ俺。

それを悲しいとか寂しいと思う感情も忘れるほどまでに孤独だった俺。

奉仕部という居場所ができて周りに人がいても、俺自身が孤独であると思っていた以上、それまでと然して変わらなかった。

 

だが…今は…

そんな俺のことを好きだと言ってくれる人が目の前にいる。

 

この上ない喜びだった。

 

涙で由比ヶ浜の顔はよく見えない。

 

『何が最強だ。比企谷八幡。』

俺の中の俺がそう言った気がした。

別にいいだろ?

初めて友達ができた時もそうだったが、最強の比企谷八幡だって人間だ。

片意地張って、社会や人に背を向け、孤高の道を歩んできたのも比企谷八幡だが、今、由比ヶ浜の言葉を心底嬉しいと感じているのも比企谷八幡だ。

俺はヒーローになりたかった訳でも、世界が認める勇敢なぼっちランキングのトップになりたかった訳でもない。

だから、俺は由比ヶ浜の言葉をありがたく受け取ることにする。

 

「…」

「…」

また、言葉の空白が続く。

 

だが、すぐに返事が出来ないのは、なにも言葉が喉を通らないという理由だけではない。

俺が雪ノ下と由比ヶ浜に抱く感情がほとんど同じだから、どうしていいか分からなくなっているからだ。

雪ノ下が、俺が傷付くのは辛いと言ってくれたことに対して、俺も彼女への特別な想いを抱いた。

由比ヶ浜とはその言葉の度合いにこそ差があるが、同じ方面の気持ちだ。

そして、俺は二人ともにその感情を抱いている。

そんな状態で俺は由比ヶ浜の恋人になってもいいのだろうか。

「ヒッキー…」

由比ヶ浜は不安そうに俺の顔を窺う。

「わ、わりぃ

その…なんだ…あ、あ、ありがとうございます…。

本当に嬉しかった。」

そう言うと由比ヶ浜はエヘヘッと無邪気に笑ってみせる。

これは正直に言おう。

じゃないと、由比ヶ浜に対して失礼だと思うから。

「なぁ、由比ヶ浜。」

「は、はいっ!」

「お前にとってあんまり嬉しくない話だと思うんだが、聞いて欲しい。」

「俺は…」

俺は雪ノ下と由比ヶ浜について抱いている感情について、包み隠さず由比ヶ浜に伝えた。

しどろもどろではあったが。

「だから、お前と付き合っていいのかどうか分からない。」

「いいの。」

由比ヶ浜は即答した。

「いいの、ヒッキーはそのままで。

なんなら、あたしのことを好きじゃなくてもいい。

今からあたしのことを好きになってくれたらいいの。

ぜーったい、あたしの彼氏でよかったって思わせてみせるから!

それに、あたしもゆきのんのこと大好きだし、大好きな親友のことも彼氏が大好きでいてくれるなんて一番いいことじゃん!

だから、その気持ち抱えたままでいいから…。」

由比ヶ浜は徐々に視線を足元に落としていく。

「由比ヶ浜。

条件がある。

俺と付き合ってくれるなら、絶対に今から言う約束を守ってほしい。」

そう、俺が一番されたくないことを防ぐための絶対の約束だ。

「なに?」

それを守ってもらわないと俺は誰とも付き合えない…。

 

「俺のことが好きじゃなくなったら、すぐに俺に言え。

そして別れる。

これが絶対の条件。」

 

「…なにそれ。

ヒッキー、バカみたい!」

「お、お前、俺はだな…」

「はいはいっ!

分かった分かったー。

それじゃ、約束ね。」

由比ヶ浜は右手の小指を差し出す。

「ん。」

俺も右手の小指を差し出す。

どうしてか分からんが、俺たちはそれから数分間ずっと指切りをしていた。

 

こうして、俺と由比ヶ浜は付き合うことになった。

 

「なぁ、由比ヶ浜。」

「なに?」

「その…なんだ…

本当に俺でいいのか?」

「当たり前じゃん…。

ヒッキー『が』いいの。」

「そうか。」

「ってなんでこんな恥ずかしいこと言わせんの?

きもいっ!」

「うっせービッチが!」

「ビッチ言うなし!」

 

未だ余韻の残るこの空間を無碍にしてしまうのはどうも名残惜しくて、俺たちはタクシーで来た道のりを1時間弱かけて歩いてホテルに帰って行った。




第2章 ⑩竟に、彼女の三年越しの想いは届く。 を読んで頂きましてありがとうございます!
まだ第2章は終わっていませんよ('ω')ノ
今回、大きな動きがありましたが、これからこのシリーズは今まで書いた量の2倍は話が続いていく予定です。
ですので、これからの展開には無限の可能性があります!
どうか、皆さん結末を決めつけないで、これからも私の駄作にお付き合いください<m(__)m>
(特にゆきのんを愛して已まない方)
(因みに、私はゆきのんと結衣は甲乙つけられないくらいに、どちらも愛して已まない救いようのない俺ガイル信者です。私は何を言っているのでしょうね…(*_*; )
これからもどうぞよろしくお願いします。


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⑪本当に俺の春休みは間違っている?

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』の続編になります。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!


 

「グリコだぁ~!

ねぇ。みんなであれのマネして写真撮ろーよー」

「「嫌だ(よ)」」

「二人して即否定!?」

俺たちは最終日、THE大阪と言うべき名所、なんばのひっかけ橋こと戎橋に来ている。

今日は特にこれと言って目的地があるわけではなく、ブラブラしながら大阪らしきものを満喫する予定だ。

「じゃあ、普通にね。

はい、チーズ!」

 

それにしても、このひっかけ橋。

その名の通り、ナンパが横行している。

雪ノ下は超絶美人だし、由比ヶ浜は年相応の可愛さがあるため、どちらもしつこく声を掛けられている。

雪ノ下は相手が凍えそうになるほどの冷たい視線を浴びせ、由比ヶ浜は申し訳なさそうに一人一人丁寧に断っていく。

「こいつら、誰でもいいのかよ。」

「全く困ったものね。

比企谷くんのような目の腐った男が隣にいるのも省みず、私たちに話しかけてくるなんてどうかしていると思うわ。」

「おい、俺が既にお前らをナンパしているように見えるってか?」

「あら、自意識過剰よ、比企谷くん。

あなたのような男が私たちをナンパ出来るなんて誰も思わないわ。」

「へいへい、そうですか。」

「わぁ~たこ焼きだよぉ~

いいにお―い

あ!

このストラップかわいー!

ねぇ、ゆきのん、ヒッキー!

これお揃いで買おうよ~(^^♪」

「これは…たこ焼きかしら?」

由比ヶ浜はたこ焼きを顔に見立てたぬいぐるみを雪ノ下と俺に渡す。

「分かったわ。

それじゃあ、これも買いましょう。」

そう言って、雪ノ下は大阪限定パンさんストラップを差し出す。

雪ノ下、確実に大阪に来る前にこのストラップについて調べてただろ。

こいつは地域限定パンさんを集めるために日本一周の旅をしてもおかしくないレベルのパンさん好きだからな。

「いーよ!

ヒッキーはなんか欲しいものある?」

「ん?

俺はいい。

後で適当に小町に頼まれたお土産を買えばいいだけだしな。」

「相変わらず、小町ちゃんのこと大好きだね。」

「当たり前だろ。

可愛い妹がいることこそ、俺の一番の自慢だからな!」

何故か今、某千葉県民のシスコン兄貴と心が繋がった気がする。

「ヒッキーは他にも…。」

何か知らんが由比ヶ浜は俯いてぼそぼそ独り言を言っていた。

 

それから俺たちはそれぞれ同じストラップを2つずつ買って、また宛てもなく歩き出す。

 

「ゆきの~ん

串カツおいしそー!

入ろーよー」

「そうね」

 

「ゆきの~ん

たこ焼きおいしそー!

食べよーよー」

「そうね…」

 

「ゆきの~ん

大阪お好み焼き専門店だって

いこーよー」

「えぇ…」

 

宛てがないとは言え、こんなに食べるとは思っておらず、流石に男の俺でもきつい。

無論、雪ノ下はそれ以上にダメージを受けていて歩くのさえ辛そうだ。

一方の由比ヶ浜はというと、ケロリとして次の店を探し始めている。

「ねぇ、ゆきの~ん

次はなに食べる?」

「由比ヶ浜さん、そろそろ食事は遠慮するわ。」

「もういいの?」

「ええ」

「まぁ、あたしもお腹いっぱいなんだけどね。

せっかく大阪に来たんだし色々食べとかないと!って思って。」

由比ヶ浜の食いだめの旅はそれからも続いた。

 

最終日は終始、食い歩きだった。

由比ヶ浜と中華街にでも行ったらとんでもないことになりそうだ。

 

16時30分。

俺たちは千葉に戻るべく空港に来ていた。

「楽しかったね!」

「ええ。」

「また旅行行こうね!」

「そうね。」

「ヒッキーも!」

「あぁ、気が向いたらな。」

俺たちは飛行機に乗り込む。

 

実家を愛して已まない俺らしくもない。

離陸し、遠ざかるこの地に一抹の哀愁を感じた。

それは、いったい何に対するものだったのか…。

 

 

卒業旅行が終わってから入学式までの約2週間の間に3人で集まることはなかった。

 

 

 

 

―4月8日 某H大学入学式会場最寄り駅―

 

「ヒッキーおそーい!

入学式始まっちゃうよ!」

「わりぃ。

つい、これから始まるぼっち生活から目を逸らしたくてな。」

「もうぼっちになるのは決まってるんだ!

そんなこと言ってないで、友達作れるように頑張ろうよ!」

「それに…。」

「なんだよ?」

由比ヶ浜はキョドりながらぼそっと一言。

「…あたしがいるから一人じゃないよ。」

由比ヶ浜は上目遣いで俺を窺うように見つめる。

「…行くぞ。」

「うんっ!」

 

改めて自分に問い直したくなる。

眩しいほどの笑顔で隣を歩く自分の恋人を見ても言えるのだろうか。

 

 

 

『やはり俺の春休みは間違っている。』

 

なんてことを。(完)




第2章完結です!
最後の⑪はいまいちでした<m(__)m>
自分でも上手く纏められなくて…。
第2章の中に第3章を投稿していこうと思いますので、これからもよろしくお願いします(^^♪


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第3章 ①何故か、比企谷八幡は介抱している。

あらがきと申します。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』『第2章 やはり俺の春休みは間違っている。』の続編になります。
奉仕部三人組に加えて戸塚や葉山、三浦と過ごす大学生活が始まります。
まだハーメルンでの勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!

<追記>このssは一話完結ではないので、その点はご了承ください<m(__)m>


第3章 つまるところ、彼らは上手くやっている。

 

①何故か、比企谷八幡は介抱している。

 

―4月30日、キャンパスの最寄り駅付近の居酒屋―

「ひっきぃーー ヒクッ

ねーえー?

聞いてるぅー?」

「あぁ、聞いてるって。」

「ひっきぃ目が怖いよぉ~

あたしのこと嫌いなの~?」

いや、目つきの悪さは仕様だから。

そうやって、意図せずして短所を揶揄されんのは結構辛いんだが…。

「嫌いじゃねぇから。

ほら、さっさと家帰るぞ。

歩いて帰れる距離だろ?」

「やだ。」

それにしても、酔っ払ってる人間ってのは総じて面倒だ。

由比ヶ浜の場合、他人に暴力を振るったり、物を壊したりしないだけ随分ましな方ではあるのだが。

「じゃあ、どうすんだ?

早く帰らねえと終電なくなるし、お前を家まで送ってやれなくなるぞ。」

俺は千鳥足の由比ヶ浜に肩を貸している状態なのだが、それでもフラフラしていて危なっかしいことこの上ない。

「じゃーあ~泊まってけばいーじゃーん?」

おい!

大学生の男子に平然とそんなことを言っちゃうなんて、八幡、柄にもなく心配になっちゃうぞっ。

俺の知る限りでは、由比ヶ浜に尻軽女なんて要素はない。

とはいえ、コミュ力が高く、誰とでもすぐに打ち解けられて見た目も可愛いこいつのことだから結構モテるのだ。

確か修学旅行の前に戸部が由比ヶ浜は男子から人気があるって言ってたこともあった。

戸塚もこの前、「由比ヶ浜さん、サークルの男子から可愛いって評判だよ。」とか言ってたしな。

要するに、ただでさえ男を引きつけるんだから、ガードは堅くしておいて欲しいと思うのだ。

この由比ヶ浜の言うことや接し方が俺だけに対する挙措言動だなんて思い上がりは端からしていない。

恋人とは言っても、卒業旅行後に会ったのは入学式とサークルで二回と今日だけだ。

特に恋人らしいこともしていないと思う。

「お前ん家ワンルームだろ?

流石にそれはまずいんじゃないか?」

「なにがぁ?」

そこは察してくれよ!

こういうことは口に出して言うもんじゃねえだろ。

「とにかくだ!

帰るぞ。」

「じゃあ、おんぶして!

あたし、歩けない。」

由比ヶ浜は俺から少し離れて両手を広げる。

「分かったから。

ほらよ。」

「やったぁ~

ひっきぃ大好きだよ~」

由比ヶ浜は容赦なく俺に体重を預ける。

「はいはい。」

俺は酔っ払いを軽くあしらって、居酒屋の入り口付近にいる天使に声をかける。

「戸塚、俺、由比ヶ浜送って行くから、先に帰っててくれ。」

地上に舞い降りた天使は小走りで俺のもとへ駆け寄って来る。

「八幡、一人で大丈夫?」

おい、その上目遣いはやめろ。

常時、それだと俺の理性がもたない。

「大丈夫だ。

家に行ったことは一度あるし。」

「そっか。

じゃあ、よろしくね。」

「あぁ、またな。」

戸塚は手を振りながら、この世の物とは思えないような(素晴らしい)笑顔を俺に向けている。

一方、居酒屋の前にたまっている男どもは俺に冷ややかな目を向けていた。

「あいつ誰?

あんな目つき悪いやついたっけ?」

「てか、なんで結衣ちゃんをおんぶしてんの?」

「家まで送るとか言ってたけど、酔っ払ってる結衣ちゃんをお持ち帰りとかマジ最低だな。」

「あーあ。俺、結衣ちゃん狙ってたのになー」

その内緒話、しっかりと俺の耳元まで届いてるっつーの。

なんなの?

わざと聞こえるように言ってんの?

ますます、サークル内で孤立するのが目に見えてくるわ。

 

すると、由比ヶ浜は俺の肩に顎をのせて不機嫌そうに俺の顔を覗き込む。

「ひっきぃー

さいちゃんには優しいよね~」

「戸塚は天使だからな。」

「あたしだって、ひっきぃーの天使になりたーい」

由比ヶ浜は俺の背中の上でジタバタしている。

時々、攻撃も加えてきやがる。

「分かった!

お前は天使だから!

頼むから大人しくしてくれ!」

そう言うと、由比ヶ浜は満足したのか、騒ぐのを止めた。

「ったく…。

飲み会って何のためにあるんだろうな。」

 

今の状況を説明するためには、入学式後の三週間のいきさつについて触れておく必要があるか。

ちょっと長くなりそうだが、まず、俺と同じ大学に通っている知人をあげると…。

医学部の無いこの大学では最も難関な法学部に通う葉山がいる。

葉山と俺は基本的に同じキャンパスで授業を受けているが、学部が違うため英語以外の授業で見かけることは殆どない。

そして、てんs…戸塚と由比ヶ浜だ。

この二人は現代福祉学部に通っており、キャンパスは俺や葉山とは異なっていて、電車で1時間弱かかる距離にある。

しかし、戸塚が現代福祉学部とかドンピシャすぎるだろ。

もはや、存在が福祉と言っても過言ではない。

あと、三浦が経済学部で、戸塚や由比ヶ浜と同じキャンパスだ。

経済学部はチャラ経と言われるが、三浦はお似合いだと思う。

由比ヶ浜曰く、葉山を追っかけて大学を同じにしたらしいが、キャンパスが違うことに後々気付くことになり、落ち込んでいたらしい。

まあ、サークルが同じだから、あいつらはよく一緒にいるのだが。

ついでに言うと俺を含めてこの5人は全員同じサークルに入っている。

数あるテニスサークルの中でも割と真面目にテニスをやる『ウィニング』というサークルだ。

そもそも、俺はサークルに入る気などさらさら無かった。

ただ、由比ヶ浜に『戸塚』と一緒に三人でテニスサークルに入らないかと誘われたため、断ることが出来なかった。

仕方あるまい。

サークルに入るのを決めた数日後、英語の授業終わりに葉山に出くわし、「比企谷はサークルとか入るのか?」と聞かれたので、その旨を伝えた。

すると、「それなら俺も入ろうかな…なんてね。」とか言ってたのだが、結局、葉山も入ることになった。

葉山が入ったので、必然的に三浦も…ってわけだ。

男女合わせて計60人がこのサークルに所属しているのだが、4人も知り合いがいると新鮮味はあまりない。

活動を行うテニスコートは由比ヶ浜たちが通うキャンパスにあるので、俺と葉山は週に二回、電車で40分かけて移動しているのだ。

そして、由比ヶ浜は4月からキャンパスから徒歩10分くらいのアパートで一人暮らしをしている。

由比ヶ浜が授業を受けるキャンパスは実家から2時間弱かかるからな。

雪ノ下の家ほど仰々しくはないが、セキュリティーなどはしっかりしているようで、両親の由比ヶ浜に対する愛情が窺える。

 

それで、今日はそのサークルの新歓コンパだったってわけだ。

いくら真面目な方だとはいえ、所詮はテニサー。

リア充が蔓延るリア充のためのサークルであり、飲み会なんかも結構な頻度で行われている。

由比ヶ浜はあの性格だから、お酒も上手く断れずこうなってしまったのだ。

俺なんて、酒を飲まされるどころか席に着いていても、水さえ回ってこなかったぞ。

べ、別に輪に入れて欲しいなんて思ってないんだからねっ!

まあ、由比ヶ浜はそんなに酒癖も悪くないし、それほど気にしてはいないが、周りのゲスリア充どもが馴れ馴れしく由比ヶ浜にべたべたしてるのはどうも好かない。

葉山がある程度のところで間に入ってくれているおかげで懸念すべき事態に至ったことはないのだが。

俺は自分の独占欲が強いというわけではないと思っている。

ただ単に、酒という口実を媒介にしてセクハラめいたことをしようとするリア充の連中が気に食わないのだ。

由比ヶ浜を介抱したのは今日が二回目で、一回目は今日ほど酔いは回っていなかったようで、新居まで由比ヶ浜に案内してもらった。

その時は本当に家まで送っただけだった。

家の内装を見て、すぐに帰ったし。

今回はどうなることやら。

 

由比ヶ浜の家は駅からかなり近く、おんぶしながらでも15分程度で家の前に着いた。

とりあえず由比ヶ浜を下ろして中に入る。

俺は机とセットで備え付けられている椅子に腰を下ろし、由比ヶ浜はベッドに座る。

「水飲むか?」

「うん。

ありがと。」

眠そうにはしているが、割と落ち着いてきたようだ。

可愛らしいピンクのコップに水を注いで由比ヶ浜に渡す。

「由比ヶ浜、終電まであと30分しかないし、俺帰るわ」

「待ってっ!」

俺が立ち上がると由比ヶ浜は必要以上に強く俺の手を引っ張る。

「お、おい!」

予想以上の力で引っ張られたので思わず俺も体勢を崩しベッドに倒れ込む。

 

 

 

…って、これ相当まずいぞ。

 

「ひ、ひっきぃ…?」

由比ヶ浜は不安そうな目をして俺を見上げる。

 

俺は由比ヶ浜に覆いかぶさるような体勢になっていた。




第3章①をお読み頂きましてありがとうございます!
これから、第4章、第5章…と続いていきますが、全てこの第2章の作品として投稿していきます。
その方が章ごとに分けて投稿するより見やすいとのご指摘がありましたので。
これからも私の拙作をよろしくお願いします<m(__)m>


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第3章 ②何から何まで、三浦優美子は企てる。

あらがきと申します。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』『第2章 やはり俺の春休みは間違っている。』の続編になります。
奉仕部三人組に加えて戸塚や葉山、三浦と過ごす大学生活が始まります。
まだハーメルンでの勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!

<追記>このssは一話完結ではないので、その点はご了承ください<m(__)m>


 

「ひ、ひっきぃ…?」

 

まさかの事態にお互い身動きが取れないでいる。

どれだけ避難訓練をしても、実際にはマニュアル通りに動ける人が少ないのと同じように。

ましてや、一ヶ月前に生涯通じて初めての彼女が出来たばかりの俺だ。

避難方法どころか、災害そのものが如何なるものかさえ知らない。

由比ヶ浜にとっても俺が初めての恋人のようで、二人きりの時は未だぎこちなかったりもする。

しかしながらこの状況――傍から見れば、俺が由比ヶ浜を襲おうとしているように見えても仕方ないだろう。

「わ、わりぃ…」

俺は由比ヶ浜から目を逸らしたまま体を起こそうとする。

 

と、その時…。

ガチャッと玄関からドアノブの回転音が鳴り、聞き覚えのある声がした。

「ゆぅーいぃー♪

終電なくなったから泊まりにk…」

 

 

……ま、まずい。

本当にまずい。

これはもう、穴があったら入りたいとかのレベルじゃない。

穴が無かろうと、スコップでもドリルでも使って穴を掘って、その穴から永遠に出たくないレベル。

三浦は弄んでいた髪が指に巻きついた状態で、口が半開きのまま俺たちを凝視している。

続いて、これまた聞き覚えのある天使の声が…。

「おじゃましまーす。

由比ヶ浜さん、具合はd…」

 

 

戸塚だ。

戸塚もこの光景を目の当たりにして、口は言いかけた「お」の形のまま硬直している。

「ゆ、結衣…。

やっぱ、今日はあーしネットカフェにでも泊まるし、大丈夫だわ。

ほら、つかさも帰ろし!」

ちなみに、「つかさ」というのは戸塚がこのサークルに来てから付けられたあだ名だ。

「と『つかさ』いか」ということらしが、もはや面影もない。

あだ名なんてそんなものか。

戸塚をつかさと呼ぶのは総武高校出身者では三浦だけだ。

まぁ、高校時代に大して絡みも無かっただろうしな。

って!そんなことはどうでもいい!

この誤解を解かなければ!

もう解は出てるんだからどうしようもないなんて理屈は、ここでは適用されない。

なぜなら!

戸塚がいるから!

「ちょっと待て!

勘違いをしてるなら、断っておくが、これは由比ヶ浜が酔っていて俺の手を引っ張ったからこういう体勢になっただけであって…」

俺が早口で言い訳をするのを尻目に、三浦は悟ったような顔で口を挟んでくる。

「ヒキオ。

結衣、初めてだから優しくしてやんな。

どうせヒキオは童貞なんだろうし、無茶すんなよ。

そんじゃ。」

「おいおいおい!

だから違うんだって!

由比ヶ浜からも何とか言ってやってくれよ。」

顔を真っ赤にした由比ヶ浜は斜め下に目線を移して口籠る。

「ゆ、優美子!

あたしが、その…しょ、しょ、処女ってことは内緒だって言ったじゃん…。」

そこツッコむの!?

いや、もっと言うべきことあるでしょ!

それに、初めて奉仕部に来た時にお前が自分で言ってたから知ってるし。

「そうじゃなくてだな。

この状況を見られて、勘違いされたままじゃまずいだろ?」

俺がそう言うと、由比ヶ浜はようやく冷静になったようで、慌てて体を起こし、俺から少し離れてベッドに座りなおす。

固まっていた戸塚も我を取り戻し顔を赤らめながら、ボソッと一言。

「二人は付き合ってるんだし…、いいと思うよ。」

「待て、戸塚。

お前には真実を知っていて欲しい。

むしろ、お前だけでいい。」

横で由比ヶ浜が唸りながら、頬を膨らませているが今はそれどころではない。

「ついでに三浦も聞いてくれ、頼む。」

「ついでって何だし!

まぁ、どうせ暇だしいいけど。」

それから俺と由比ヶ浜で必死に弁解した。

途中で何度も三浦に突っ込まれたが、スルースキルと雪ノ下には遠く及ばない詭弁を駆使して乗り切った。

「そんなに必死に言い訳しなくても良くない?

あんたら付き合ってんっしょ?」

「でも、、、

あたしたちまだそんな感じじゃないし…。」

「キスくらいはしたっしょ?」

「そ、そ、そんなわけないじゃん!

あたしたち、まだ付き合って一ヶ月だよ。」

こういう話は本当に居づらい。

奉仕部に入る前なんて、まさか俺がこの系統の話の渦中にいる時が来るなんて思いもしなかった。

「ヒキオ、あんたヒヨってんの?」

「ひ、ひよ?

なにそれ?」

頼むから日本語使ってくれよ。

現代人の用語集みたいな本が書店に並んでいるのを目にすることがあるが、あれを見つけて買おうと思う奴の気が知れん。

てか、基本ぼっちの俺に対して矢庭に振るの止めてくんない?

ぼっちは自分がその場の空気であると思い做すことで現実を生き抜いているというのに。

「だからぁ~、結衣ともっと近づくことに対して怯んでんのかって聞いてんの。」

「いや、別にそういう訳ではないんだが。

そんなに義務感に駆られてしなきゃならんことか?」

戸塚も同意してくれたのか、大袈裟に頷いて口を切る。

「そうだよ、三浦さん。

八幡と由比ヶ浜さんのペースでいいんじゃないかな?」

はい、きました、この世に舞い降りた妖精。いや、天使。いや、女神。

まじラブリーマイエンジェルさいかたん。

しかし、さいかたんの詔とも言えるお言葉を物ともせず三浦は平然と答える。

「女子は進展が遅いことを不安に思ったりする奴もいるって言ってんの。

結衣とか超考え込むタイプだし、少しは気にしろってこと。」

いやぁー、まじ、あーしさんお母さんキャラだわー。

まぁ、修学旅行の海老名の一件でも突っかかってきたのは、仲間を思ってのことだったみたいだしな。

「優美子、いいよ。

あたしは別に恋人っぽいことがしたいから、付き合ったわけじゃないしさ。」

「じゃあ、なんで付き合ってんの?」

おいおい、そういうのを彼氏本人の前で言わせるの止めてくんねえかな?

どんな言葉が返ってきても困るか傷付くかの二択って相場が決まってんだよ。

「そ、それは…。」

由比ヶ浜は言葉に詰まり、目線を落とす。

そして、数秒の言葉の空白が続いた後、何度も躊躇してようやく口を開いた。

「ちょっとでも一緒にいる時間が増えたらいいなって…。」

あの…。

こんな嬉しすぎるマジレスに対して俺はどんな風に返答すればいいんだ?

早く選択肢出してくれよ!

こんな状況に対応しなくても何の不自由もなく生きてこれた俺にとっては、まさに絶体絶命。

「あ、ありがとうございます…。」

スカイビルでもこんな感じだった気がする…。

そんな俺たちを見て、三浦は腕を組んで仕方がないなぁと言わんばかりの態度で応ずる。

「分かった。

あんたたちはそーゆーカップルってことか。

でも、一緒にいたいっていう割にはデートとかもしてないっしょ?」

由比ヶ浜は黙ったまま小さく頷く。

「そんじゃ、あーしがデートプラン立ててやるし、楽しんできな!」

はぁ!?

何言ってんのこいつ?

なんでデートの計画を第三者が立てるんだよ!

あの戸塚でさえ、(;^ω^)みたいな表情浮かべてるよ。

「いや、三浦、俺たちのことならべt…」

「いいって、ヒキオ。

大した貸しと思わなくていいから。

サークル終わりにスポドリ一本で勘弁してやるし。」

いやいや、迷惑な提案してくれた上にしっかり貸し換算されてるし。

「ほ、ほんと!?

優美子ありがとー♪」

なんだと!?

由比ヶ浜がそっちに付くとは予想外の展開だった。

由比ヶ浜は三浦に抱き付いて顔をすりすりしている。

「なぁ、戸塚、どう思う?」

戸塚は、とつかわいく首を捻って少し考える。

「でも、いいんじゃないかな?

三浦さん、そういうの得意そうだし。」

だな。

それじゃあ、三浦に任せよう。

「で、どんなデートなんだ?」

「ふっふーん…。

今からあーしがしっかり伝授してやるから、よく聞いておきなって。」

 

 

 

 

―5月2日 横浜中華街―

「まさか、ここに来ることになるとは…。」

俺は完全に三浦などのリア充どもが嗜むチャラチャラしたデートを押し付けられて振り回される展開だと思っていたわ。

――――――

『こういうのは楽しめないと意味ないわけ。

結衣、食べ歩きとか好きっしょ?』

――――――

三浦の口から発せられた言葉とは思えないほど、正論すぎて驚いている。

由比ヶ浜の嗜好を加味して、真面目にデートプランを立てている三浦は俺にとっては意外だった。

 

「ごめーん!ヒッキー!」

由比ヶ浜は毎度、待ち合わせ場所に走ってくるな。

てかあいつ、なんかいつもと違うぞ。

「お待たせー。」

「お、おう。」

今日の由比ヶ浜はキャミソールの上に薄い黄色の網目が粗いニット素材の上着を羽織り、膝下まである白のスカートを穿いている。

程良い華やかさを演出しているのは胸元に光る金属製のアクセサリーだ。

靴はハイヒールを履いているおかげでいつもより背が高く、スタイルも良く見えるし、まるでモデルのようだ。

いつもお団子にしている髪は下ろしていてふんわりとウェーブがかかっており、髪色はワントーン落としていて落ち着きのある雰囲気を醸し出している。

「ヒッキー、どうしたの?」

「いや、なんというか…。」

俺としたことが我を忘れて凝視してしまっていた。

そういえば、昨日、小町にかなり気合い入れて指導されたんだったな…。

――――――

『お兄ちゃん!

女の子はデートの時は細かいところまで気を配ってオシャレしてくるんだから、ちゃんと褒めてあげないとだめだよ!

特に今回は、お兄ちゃんと結衣さんの初デートなんだからねっ!』

――――――

なんか、こういうの面倒だよな…。

でも、確かに今日の由比ヶ浜は全体的に大人っぽさがあって、いつもとのギャップもあるせいか、一際映えて見える。

「今日のお前、いい感じだな。」

由比ヶ浜は照れる訳でもなく無垢な笑顔を俺に向ける。

「ありがとっ!嬉しいよ!

どう?

大人っぽいかな?」

「あぁ。

よく似合ってるよ。

モデルみたいだ。」

「良かったぁー!

さすがに、モデルなんて言われると照れるなぁ~♪」

由比ヶ浜は頭をかいて、少しだけはにかんでみせる。

「さすが、優美子だね。」

ん?

なぜ、三浦が出てくるんだ?

「どういうことだ?」

「実はね、このコーディネートも全部優美子がやってくれたんだぁ♪

優美子が『どうせヒキオは結衣がいつも通りの年相応の格好で来ると思ってるから、そこをギャップ萌えでグイッと引き寄せるって作戦!』って言ってた。」

おい、まんまとその策略にやられてた俺ってめっちゃ恥ずかしいじゃん。

しかもそれを三浦に謀られていたというのが気に食わん。

「でも、ほんと良かったよー。

だって今日のために昨日、一日中優美子に付き合ってもらったんだ!

二日酔いと戦いながらだよ!

服揃えてー、髪の毛変えてー、デートのひっs…、っていや何でもない!」

由比ヶ浜は慌てて手を振り、わなわなしている。

しかし、デートってそんなに気合い入れるものなのか?

俺、ほとんど何にもしてねえぞ。

ん?髪の毛も寝癖のまま?

これはアホ毛だ!

そこは察してくれ。

しかしながら、周りの連中も次々と容姿端麗な由比ヶ浜に目を奪われているようだ。

なに?

もしかして目を奪う能力でも持ってんの?

確かにMOMOちゃんと似てるような気はしていたが…胸とか。

そいつらは由比ヶ浜に見惚れた後、十中八九俺に冷ややかな視線を浴びせてくれる。

隣にいるのが俺で悪かったな!

まぁ、こういうのには慣れてるから然して気にするほどでもない。

 

「じゃあ、行くか。」

「うんっ!」

 

こうして、俺たちの初デート、俺の人生初デートの幕が切って落とされた。



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第3章 ③前もって比企谷小町は忠告する。

あらがきと申します。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』『第2章 やはり俺の春休みは間違っている。』の続編になります。
奉仕部三人組に加えて戸塚や葉山、三浦と過ごす大学生活が始まります。
小町が八幡とヒロインをくっつけるために、色々しているのって結構好きなんですよね~(^^♪
ゆきのんも結衣も八幡を前にすると素直になれないから、小町が動いて丁度いいですよね!
まだハーメルンでの勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!

<追記>このssは一話完結ではないので、その点はご了承ください<m(__)m>


 

「由比ヶ浜、いつまで食べるんだ?」

由比ヶ浜は俺の言葉に、「何を言ってるの?」とでも言わんばかりの表情で答える。

「え?

中華街って食べ歩き専門の観光スポットだよ。

まだまだこれからじゃん!」

まあ、随分と元気なこと。

一方の俺は食い過ぎて、歩くのも辛い段階にまで達している。

量は大袈裟に形容する程ではないのだが、味の濃さへの飽きと油分の蓄積による胸焼けで食欲が削がれていく。

このままでは飽食終日になってしまう。

「ねぇ、ヒッキー!

杏仁豆腐ソフトクリームだって!

なんか中華っぽいね。

あれ食べよーよー。

 

一緒に…ね。」

「ん?

杏仁豆腐ソフトクリームか…。

まあ、いいぞ。」

これなら、俺の胃も受け付けてくれるだろう。

ちなみに日本で販売されている殆どの杏仁豆腐関連の嗜好品に『杏仁』は含まれていないから中華っぽさは無いがな。

杏仁と似た香りを持つアーモンドエッセンスを用いて作ったものを杏仁豆腐やその味の○○とのたまい市場に流通させているのが現実だ。

というHikipedia参照マメ知識が浮かんだので、由比ヶ浜にティーチングしてやろうと思ったが、口を吐く寸前で小町先生のデートでのNGリストが頭をよぎる。

――――――

『お兄ちゃん、どうでもいいマメ知識とか長々と語っちゃう癖あるから気を付けてね。

そんな話ばっかりしてたら結衣さんに嫌われちゃうからね。』

『お前、俺がタメになるマメ知識を教授してる時はいつも、「へー、すごーい。」とか言ってなかったか?』

『だって、他の反応したら余計に話が長くなって面倒くさいんだもん♪テヘッ』

『それって…。

俺、めっちゃ可哀想な子じゃんかよ。

今まで毎度毎度、適当にあしらわれてたなんて、あまりの悲しさにお兄ちゃん泣いちゃうよ?』

『はいはい、分かったから。

と・に・か・く!

少なくとも付き合って間もないのに、結衣さんにマメ知識の話をするのはNGだからね!』

――――――

こんな感じで最愛の妹から手厳しいご忠告を頂戴したので、とりあえず従うことにしよう。

「ヒッキー、なに一人でブツブツ言ってるの?

気持ち悪いよ。」

おい、曲がりなりにも貴女の彼氏なんですけど…。

どうして、俺の周りにいる女子ってこうもずけずけと辛辣な言葉で攻撃してくるの?

千葉に住む妹好きのお兄ちゃんはデフォルトでこういうキャラ設定されてんの?

ところでガハマさん…、二人で食べるソフトクリームなのにスプーンが一つしかないんですけど。

「なぁ、すp」

「あ、あれぇー?

おっかしいなぁ~

スプーン2つって言ったはずなんだけど、一つしかないやー

困ったなー」

由比ヶ浜はしらじらしくも、文化祭の劇で台詞を読むような棒読みをしつつ、きまり悪そうにちらちら俺とソフトクリームを交互に見る。

なんだよ、自分から言ったくせに。

実際、ソフトクリームの量を目の当たりにしたら、思ったより少なくて俺にあげるのが惜しくなったのか?

「それなら、お前が一人で食っていいぞ。」

「え!?

なんでそうなるわけ?」

いや、なんでって、お前がそういう風に仄めかしたんじゃねえか。

「優美子は簡単だって言ったけど、全然上手くいかないよ…。

いや!まだ諦めちゃダメだ!

今日はほんの少しでいいからヒッキーに近づくって決めたんだもん。」

由比ヶ浜はソフトクリームを凝視しながら、一人でぼそぼそと何か言っている。

「よし!

もー分かった。

じゃあ、目つぶって口開けて。」

「なんでだよ。

まさか!

お前、ソフトクリームの中に何か入れただろ?」

「何にも入れてないし!

そんなことする訳ないじゃん!」

中学生の頃に珍しくクラスメイトに声を掛けられたことがあって、微かな希望を抱いて耳を傾けると、

「シュークリーム買ったんだけど、24個入りで流石に多すぎるからヒキタニくんにもあげるよ」

とのことなので、「名前間違ってるぞ」という言葉を胸にしまって有り難くそれを頂くとワサビ含有率100%だったという苦い過去を持っているからな。

二度同じ手にのる俺ではない。

「いいから、あーんして!」

そう言うと、由比ヶ浜は殆ど開いてない俺の口に無理やり劇物を捻じ込んできた。

こうなったら大袈裟なリアクションでも何でもしてやろうと思って備えていると、俺の口の中に広がったのはふんわりと杏仁が香る程良い甘さだった。

「う、うまい?」

「なんで、疑問形だし。

おいしいでしょー。

ふふーん♪」

由比ヶ浜も同じスプーンで幸せそうに食べ進める。

「はい、もう一口あげるっ!」

「自分でたべr…んんっ…m…」

またしても、強引に口に突っ込まれた。

もしかしてこれは、俺がカップルに出くわした時に見たくないイチャつき方ランキングBEST3に入る「あーん」なのか!?

ヤバいぞ…。

今の俺たちを客観的に俺が見たら、どのように映るのだろうか。

心中で『爆ぜろ、リア充が!』とでも非難の声をあげるのかもしれない。

 

そうか。

俺は今までの俺が忌み嫌っていたリア充の立場にいるのか…。

リア充とは恋人がいるという条件を満たすことで得られる称号なのだろうか?

今更ながら、これまで疎んでいた連中を表す言葉の定義について考え直したくなる。

「ヒッキー?」

「なんだ?」

「ヒッキーもさ、あたしに食べさせてよ…ね?」

由比ヶ浜は大人びた容姿とは裏腹に、可憐な瞳で俺を見上げる。

この上目遣いは反則だ。

これ何のギャルゲー?

もう少し難易度が低ければ、買うまである。

俺もその場にいるじゃねえかって?

いや、選択肢が無いのとセーブが出来ないという理由から三次元(リアル)は却下。

「いやだ。」

「えー!

ヒッキーのいじわるっ!」

由比ヶ浜はフンッとそっぽを向いてしまった。

そして、心底残念そうな表情を浮かべるから困ったものだ。

「それ、ちょっと貸せ。」

「えっ?」

仕方なくだ。

あくまで仕方なく、俺は由比ヶ浜の持っているカップを奪って、半開きの口にスプーン山盛りのソフトクリームを突っ込んでやった。

「満足か?」

「うーん、突然だったから味分かんなかったかなぁ。

もう一回!」

「はいはい。

ほらよ。」

こいつ恋人らしいことがしたいから付き合ってるわけじゃないとか言ってなかったか?とか思いつつも、由比ヶ浜の口にソフトクリームを運ぶ。

「うん!

おいしい!」

満面の笑みを浮かべながらそう言われるとな。

案外悪い気もしないもので…。

 

結局、最後の一口まで俺が由比ヶ浜に食べさせてやっていた。

「ぷはぁ~、美味しかったなぁ♪

ヒッキーが食べさせてくれたからかな?」

そんなに顔を覗き込まれても、俺には気の利いた返事の一つも出来やしないぞ。

「そりゃ良かったな。」

由比ヶ浜は俺の素っ気ない返事に気を落とすでもなく、ご機嫌な足取りで次の目的地に向かう。

きっと、その辺りは分かってくれているのだろう。

 

事故の件ですっかり愛想を尽かしてもおかしくないような態度をとっていた俺を。

いつも他人を排斥し、非難し、自分を正当化して、時には自虐することで逃げていた俺を。

好意を伝えられても、一度はそれをはぐらかそうとした俺を。

それでも好きだと、少しでも一緒にいたいと言ってくれるのだ。

俺のような人間がこんなにも健気で一途な恋人に何をしてやれるのだろうか。

まぁそうだな…。

いつか気が向いたら、伝えてみるとするか。

ありがとうな…由比ヶ浜。

みたいな感じで。

「ヒッキー、急にどうしたの!?

恥ずかしいじゃんっ!」

そう言いながらも嬉しそうに俺の腕にきついツッコミを入れてくる由比ヶ浜。

まさかとは思うが、、、

「もしかして、俺…、口に出してたか?」

「思いっ切り、言ってたよ。

ありがとな、由比ヶ浜。って。

もー、ヒッキーたらさぁ~♪」

マジかよ!

これは自他ともに認める俺の悪い癖だ。

USJの時も心中の暴言のはずが、見ず知らずのカップルに憎まれ口を叩いてしまうという失態を犯してしまったしな。

「てか、ヒッキー、そろそろ由比ヶ浜って呼ぶの止めて欲しいなぁ。

付き合ってるのに名字で呼ぶなんて、なんかよそよそしくない?」

「別にいいんじゃねえの?

それこそ、俺たちのペースってやつで。」

「そっかぁ。

でも、やっぱり結衣って呼んで欲しいよー。」

そこまで、呼び方に拘る理由は俺にはよく分からん。

実際、リア充グループが男女問わず、友達同士ならば下の名前で呼び合うという風習には異を唱えていたしな。(勿論、心の中で。)

「ま、気が向いたらな。」

「うんっ!

待ってるよ!」

 

それからも俺たちは空が赤みを帯び始める頃まで食べ歩きを延々と続けた。

中華街を堪能した後、横浜の夜景を見に行くというのが三浦の立てたプランだったのだが…。

その頃には、双方、疲労困憊といった状態で、その計画を遂行するだけの体力は残っていなかった。

「せっかく、優美子に計画してもらったけど、今日は帰ろっか。」

おー、分かってらっしゃる!

お前からそう言ってくれると助かるわ。

なんせ小町に、『結衣さんが行きたい、したいって言ったことを当たり前のように断るのもダメだからね!』って釘を刺されていたからな。

由比ヶ浜なら無理にでも行くと言い兼ねない気もしていたが、流石にお疲れみたいだな。

「そうだな。

今日のところは帰るとするか。」

「うん。

それじゃあ、約束!

いつかまた横浜に来て、その時は二人で一緒に夜景見ようね!」

由比ヶ浜は小指を差し出す。

「おう。

きっとな。」

俺も小指を差し出そうと由比ヶ浜に手を伸ばした時だった。

由比ヶ浜は俺の手を握って、俺が前のめりにこけそうになる程強く引っ張る。

「よーし、このまま駅までレッツゴー♪」

「おい、手つないだまま走ったら危ないだろ。」

「ふっふふーん♪」

「だから、俺の話をだな…」

「分かってるよ!

ヒッキーの考えてることはなーんでも分かるから大丈夫だよ。」

どうだか。

まぁ、案外そうかもしれないと思う場面も時折あるのは確かだ。

「そうかい。

じゃあ、安心か。」

「そうだよっ♪」

俺たちは駅までの道のりをバカップル丸出しで駆けていった。

 

―帰りの電車―

「んっ…ひっきぃ~…ムニャムニャ」

寝言を呟く由比ヶ浜はというと、俺の肩にもたれかかって眠っている。

邪心の欠片も感じさせないその寝顔には思わず見惚れてしまいそうになるが、その引力をなんとか振り切って目を逸らす。

寝てる女子の顔を見つめていたら、不審がられるだろうしな。

俺みたいな男がこんなに可愛い子の彼氏ではないという周囲の人間が決めつける前提の下に。

 

まぁ、そもそも周りのことばかり気にしていたら由比ヶ浜と俺が付き合っていくのは厳しいからな。

そこら辺は由比ヶ浜も分かっているのだろう。

彼氏というのは女子のステータスである以上、俺にも責任は付き纏うわけだ。

それは、花火大会で相模らと出くわした時にも感じていた。

あの時は恋人関係ではなかったとはいえ、連れていたのが異性であることは他人からすれば然して差はない。

由比ヶ浜は空気を読める部類の人間だが、どう思っているのだろうか…。

なんて、どうしようもないことを思い巡らせるのは付き合ってから一ヶ月間ずっとだ。

夕日もビルの奥に沈みきるかという頃、くすんだ紫色の空がより一層俺を物思いに耽らせているような気がする。

「まぁ、俺が危惧してどうにかなる事でもないしな。」

そう自分に言い聞かせるように呟き、俺の肩からずり落ちてしまいそうな由比ヶ浜をそっと手で支えて俺も瞼を閉じた。

 

 

 

この日以降もまた、三浦の後押しもあって、何度か二人で出かけることが出来た。

世に言われる進展は特にしていないようだが、俺たちの距離は縮まっているのではないかと思う。

それは…なんとなくだが。

そして、俺たちにとって一つの節目となる日が刻々と迫ってきていた。



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第3章 ④柄にもなく、比企谷八幡は粉骨砕身す。

あらがきと申します。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』『第2章 やはり俺の春休みは間違っている。』の続編になります。
奉仕部三人組に加えて戸塚や葉山、三浦と過ごす大学生活が始まります。
まだハーメルンでの勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!

<追記>このssは一話完結ではないので、その点はご了承ください<m(__)m>


 

―6月17日―

 

「ねみぃ…」

ここまで大学に行くのが憚られるほどの眠気に襲われる朝というのもなかなか無い。

昨日は眠りに就くのが異常に遅かったのだ。

ぼっちというのは生活リズムを崩すことが非常に少ない生き物である。

というのも、友達がいないために付き合いで自分のペースを乱されることがまず無い。

そのうえ、俺の趣味は読書くらいだから、いつでも中断可能で、スポーツのように夜間は出来ないというわけでもない。

よって、学校生活も含めた毎日のバイオリズムが崩れることが殆ど無いため、夜更かしへの耐性は皆無である。

この睡眠不足の原因はというと、小町の『女の子っていうのはね…講座』を3時間以上も受けさせられたことにある。

事の発端は、

「そういえば、もうすぐ結衣さんの誕生日だよね?

お兄ちゃん、どんな感じで祝ってあげるの?」

と小町に聞かれたので、俺は正直に

「あぁ、まだ考えてなかったわ。」

と言ってしまったことだ。

「お兄ちゃん、結衣さんの誕生日いつ?」

小町は歩みを止め、ジト目で俺を睨みつける。

「明後日だったかな。」

その言葉に小町が憤慨して…。

ここからは前述の通りだ。

乙女心やら何やらについて、ひたすら頭に叩きこまれた。

残念ながら、女心が分かるほどに女子と接していないので、俺にその方面の話に対しての理解があるはずもなく…。

だから、小町に「じゃあ、どんな感じで祝ってやればいいか教えてくれよ。」と頼んだら、

「何言ってんの、お兄ちゃん!

そんなのお兄ちゃんが考えないと意味ないじゃん!」

と怒鳴られる始末。

お前を含めて女子というのはよく分からん生き物だ。

矛盾と不条理のオンパレードじゃねぇか。

まあ、その例外として雪ノ下みたいなのもいるにはいるが。

あれだけ言動が貫徹された女子もそれはそれで厄介なのは間違いない。

 

まぁ、こんなわけで、俺は大学までの道中の全時間を誕生日構想に費やした。

しかし、生まれて此の方、家族以外の誕生日的なイベントに関わったのは4回程度。

由比ヶ浜の誕生日2回と雪ノ下の誕生日2回だけだと思う。

それらは、俺が何もしなくても円滑に進んだのだが、今回は違う。

計画から準備までの全工程を自分で進めなければならない。

いくらなんでも初めてのミッションにしては難易度が高すぎる。

エアーマンが倒せないなんてもんじゃねえぞ。

とはいえ、彼女の誕生日に何もせぬ訳にもいくまい。

自分の発想に限界を感じた俺は、誰かに相談するという方法を視野に入れてみた。

では仮に相談するにしても、大学で交友関係が極度に狭い、というか殆どない俺が誰に相談などすればいいのか。

最初に浮かんだのは戸塚だった。

しかし、俺と戸塚は通うキャンパスが違う上に、由比ヶ浜と学部が同じなので、相談中に遭遇してしまう可能性がある。

別にサプライズをしたい訳ではないのだが、画策しているところを見られるのも野暮だしな。

次に思い付いたのは…。

…。

……。

いなかった。

俺が相談できる相手などそもそもいる筈がない。

考えを巡らせていると、とうとう電車が大学の最寄り駅に着いてしまった。

由比ヶ浜の誕生日は明日だ。

今日中に場所と時間くらいは伝えておかないと、友達の多いあいつのことだから、誕生日当日に祝ってやれなくなってしまう。

もう詰んでしまったのか…。

と肩を落としていると、後方から聞き覚えのある爽やかな声が俺を呼ぶ。

「比企谷、おはよう。」

「うす。」

声の主は葉山だった。

「どうしたんだ?

いつもに増して、眉間に皺を寄せているように見えるんだけど。」

前から思ってたけど、お前はサラッと辛辣な言葉で俺を傷つけてくるよな。

「別に。」

「悩み事か?

結衣のことか?

あ…、そういえば結衣って明日、誕生日じゃなかったっけ?」

お前、どんだけ鋭いんだよ。

もはや見た目が子どもだったら、コ○ン君も夢じゃないレベルの推理力だわ。

待てよ…。

葉山に相談するというのはありかもしれない。

同じグループだった由比ヶ浜の嗜好を知っていてもおかしくないし、なんせリア充グループの頂点に立つ男なら色恋系統の話題には強いだろう。

「そうだな。」

だが、こいつに頼むというのはどうも気が進まない。

安いプライドを守りたいなんて、くだらない意地を張っている訳ではない。

土下座であろと、靴舐めであろうと、必要があればやってやるさ。

俺が危惧しているのは、モテすぎる葉山の意見にあいつ自身の前提条件が加味されたものを俺に勧めてくる可能性があるということだ。

そればかりだと、参考にならんからな。

とはいえ、俺に選択肢など残されていない。

今回は仕方あるまい。

「すまんが葉山、今日の授業が無い時間帯か放課後に少し付き合ってくれないか。」

葉山は意表を突かれた顔で俺を見つめる。

「驚いたな。

比企谷が俺に頼み事をするなんて。」

「已むに已まれぬ事情があるもんでな。

それに、奉仕部の件なんかでも、俺はお前のことを案外頼りにしてきたと思うが。」

俺の言葉を聞くと、葉山は少し呆れたような笑みを浮かべながら答える。

「本当かな?

俺には、君が全てを負うことで何事も解決してきたように思えるけどね。

まぁ、いいよ。

今日は1、2限しかないから、午後ならいつでも空いてるし。」

「そうか。

俺は3限まであるから、14時40分にフォレストガーデンでいいか?」

「分かった。

それじゃ、俺はこっちだから。」

「おう。」

俺は授業が行われる棟に向かって足を踏み出そうとするが、ふと後ろ髪を引かれる感覚を覚えた。

流石に、一言だけ礼を言っておくべきではないだろうか。

今回は、葉山に一切関係のない件なわけだし。

「葉山。」

俺が呼ぶと、葉山は顔だけをこちらに向ける。

「いや、その、なんだ…。

付き合わせて悪いな。」

なぜか、葉山に面と向かって『ありがとう』と言えないのだが、そういう俺って捻くれてんのか?

「いいよ。

俺も比企谷には借りがあるからな。」

なんだそれは?

まぁ、そんなもの作った覚えなどないが、この件でお前がその借りってやつから解放されるならそれでいい。

中途半端な関係の人間同士の間を繋ぐ何かがあるというのは、お互いにとってまどろっこしいものだ。

特に関わりがないのなら、そんなものは早々に清算しておくべきだろう。

「そうか。

じゃあな。」

「あぁ。」

そう言って俺から離れていくあいつの周りにはどこからともなく人が集まり、小さな大名行列を構築していた。

それを横目に見つつ、俺は一人で学部棟に向かう。

 

 

講義が若干長引いてしまったので、俺は小走りで待ち合わせ場所に向かう。

大学の憩いの場となっているフォレストガーデンに着くと、葉山をはじめとするいかにもリア充っぽい男女が8人ほど座れるテーブルを陣取っていた。

葉山は入り口の前で立ち尽くす俺に気付き、仲間たちに別れの挨拶を告げてから俺のもとへと駆け寄ってくる。

「あいつらはいいのか?」

俺は葉山と一緒にいた連中を顎で指す。

「うん。

約束の時間まで暇だったから、学科の友達と喋ってただけだしね。」

「そうか。」

リア充ってのは、仲間と過ごすことで空いた時間を消化するのが大前提のようだからな。

一人でいることが悪であるような観念を抱く者も少なくないだろう。

「じゃあ、あの端の席にでも座ろうか。」

「あぁ。」

俺たちは比較的人気が少ない場所の小さなテーブルに向き合って座る。

「それで、相談ってなんだい?」

葉山は少し悪戯めいた表情で俺の顔を覗き込む。

お前…、分かってるくせに俺に言わせるとか質悪いな。

「率直に言うと、由比ヶ浜の誕生日に何をしてやればいいか分からなくて困っているから、相談に乗って欲しい。」

「へぇ~

比企谷、ちゃんと祝ってあげるんだな。」

「ふんっ。

俺はちゃんと祝うぞ。

これまでだって、小町とか小町とか小町とか…。」

「そうなんだ…。

妹思いなんだね。

ははは…。」

葉山はぎこちなく作った笑顔をこちらに向ける。

「話を戻そう。

実はかなり切羽詰っていてな…。

今日中には、由比ヶ浜に時間と場所くらいは伝えないとまずいんだ。」

「そうだね。

でも、結衣は比企谷がこうやって計画してくれてるってだけで喜びそうだけどな。

高1からお前のこと好きだったんだろ?

本当に一途だよな。」

「んなことは、どうでもいいんだよ。

てか、俺自身もなんで好かれてんのかよく分からんし。

葉山ならどうするかを教えてくれ。」

「そうだな…。

比企谷、結衣にこうして欲しいとか言われたことあるか?」

「いや、特にないと思う。」

「細かいことでもいいからさ。」

細かいことって言ってもな…。

そういえば、プレゼントとは関係ないが、由比ヶ浜に頼まれていたことは一つあった。

「―――って由比ヶ浜に言われたことはある。」

「へぇ~。

なるほどね。

良い作戦を思い付いたんだけど、聞くかい?」

葉山は随分と挑発的な笑みを浮かべる。

「あぁ。」

少しイラッとしたが、ここでは葉山の意見を取り入れる他ない。

 

 

「――。

―――っていうのはどうかな?」

 

「それって意味あんのか?」

俺には大して効果のある作戦には思えなかった。

「あぁ、きっと喜ぶぞ。

普段の比企谷の愛想の悪さがより一層感動を呼ぶと思うけどね。」

「もう、突っ込む気も起きねえ…。

まぁ、それはそれでいい。

だが、もっと具体的なとこを詰めていかないと、その作戦も意味を成さない。

葉山の思う誕生日パーティーってやつを俺に教えてくれ。」

「俺なら普通にプレゼントとケーキ買って、レストランで一緒にご飯でも食べるかな…。

彼女にそういうのしたことないから想像でしかないけど。

友達の誕生日パーティーなんかはこんな感じかな。」

『普通』にってなんだよ。

『普通』にプレゼント買えたら苦労しないっつーの。

「自慢じゃないが、俺は日雇いのバイトをたまにする程度だから、レストランで食事して、ケーキもプレゼントも買ってやる金は持ってない。」

「そうか…。

結衣は一人暮らししてるんだし、結衣の家でパーティーすればいいと思うよ。」

「それだとあいつの家で俺が料理を作るってことになるな。

まぁ、それなら金も足りるか。

残金は8600円。

ざっと見積もって、ケーキ3000円、食材2000円、プレゼント3000円ってとこか。

ところで、プレゼントってどんな物を買ってやればいいんだ?」

葉山は「友達が彼女にあげてた物なら幾つか知っている」と補足してから、列挙していく。

「指輪やネックレスみたいなアクセサリーを買ってあげてる奴が多かったかな。

あとは、財布やバッグ、時計を買ってる友達もいた。

自作のラブソングを贈ったやつは翌日には振られてたな。」

うーわぁー。

痛々しいわ、それ。

完全に自分に酔ってるやつじゃん。

歌ってる時は喜んでもらえると思っていたのに、後から思い返すといくらベッドでジタバタしても逃れられない恥ずかしさに襲われるやつだわ。

分かるよ、ナル夫君。

俺もカッコいいと思ってやってたコスプレを小町に見られて、それから数週間俺に対する態度が冷たくなったことがあった。

「なるほどな。

ただ、そういうのって好みが分かれるだろ?

『正直、いらねー』って、思われるのは避けたいからな。

由比ヶ浜の好きなブランドとかを知ってるわけでもないし。」

「でも、何を渡すにしてもそのリスクは付いて回ると思うけど。」

確かにそれはもっともだな。

人間、他人の気持ちが理解できるなんてことはないだろう。

心が通じ合っているなんてのは、互いに幻想を見ているにすぎない。

それなら、いっそのこと何でも良しになってしまうのだが、その極論に至るのは最終手段だ。

リスクが付き纏うことは変わらなくとも、一般的確率の問題に持ち込めばいい。

より広く好まれている物を選ぶことによって、多くの人間の好みに当てはまりやすいだけでなく、より多くの人間に持て囃される可能性も高くなるというメリットも付いてくる。

社会動物の典型である人間は周囲から褒められることに大きな価値を見出すのだ。

要するに、仮に自分が好きでない物を貰ったとしても、一般受けする物なら、周りの人間に羨ましがられて、いつの間にか満更でもなくなっているというパターンに持ち込める可能性があるのだ。

「じゃあ、お前が知っている一番人気なアクセサリーのブランドを教えてくれ。」

「うーん…。

やっぱり、女物ならティファニーかな。」

「ティファニーか…。

分かった。

それとケーキを買って、由比ヶ浜にたらふく俺の手料理を食わせてやればいいか。」

「いいんじゃないか!」

よし!

なんとか、絶体絶命のピンチを切り抜けたぞ。

「サンキューな。

助かった。

じゃあ、俺、準備とかあるから行くわ。」

椅子を引いてその場を後にしようとしたら、葉山が俺を呼び止めた。

「比企谷!」

「なんだ?」

「大事なこと言うの忘れてたけど、」

「ん?」

 

「ティファニーって3000円じゃ買えないぞ。」

 

「…。」

 

また、俺に新たなミッションが課されることとなった。

 

 

 

 

 

「ふぁ~~あ。」

気の抜けた欠伸は俺を襲う睡魔の存在を明確に認識させてきやがる。

ただでさえ睡眠時間が足りないっていうのに、こんな時に限って神様は畳み掛けるように俺をベッドから遠ざけるのだ。

葉山に相談した日の夜、俺は名前だけ置いている登録制の派遣会社に頼みこんで自宅から自転車で行ける距離の日雇い労働を入れてもらった。

工事現場の交通整理なので、肉体労働というほどでもないが、今の俺には少々きついものがある。

何故こうなったのかというと…。

そもそも、葉山の薦めるティファニーというブランドの商品は最低でも10000円はないと買えないらしいのだ。

自分でも調べてみたが、確かに最安のネックレスで11000円だった。

ということで、俺はお金を調達すべく、急遽日払いのバイトを入れたわけだ。

22時から働いて5時に終わる、典型的な夜勤のシフトなのだが、1限に授業があることも考慮すれば相当しんどい。

今日から明日にかけての俺のスケジュールはまさに鬼畜そのものだ。

バイトを終えて5時半に家に着いたら1時間半だけ睡眠を取り、7時から30分で朝の支度を済ませ、7時半の電車に乗って9時前に大学に到着。

今日も3限まであるので、14時半に授業を終えたら由比ヶ浜の家に行く途中の大型デパートがある駅で下車して、ケーキとティファニーのネックレスを購入。

それから由比ヶ浜の家の最寄り駅近くのスーパーで食材を一通り揃えたら、17時半から1時間半かけて少し手の込んだ料理を作って、予定通り19時から誕生日パーティーの開始だ。

改めて、手帳にびっしりと敷き詰められたタイムスケジュールを目の当たりにして俺は唖然とする。

俺、死なないかな?

だが、これで完璧なはず。

既に由比ヶ浜には誕生日パーティーについて必要最低限のことは伝えてあるので大丈夫だ。

 

―6月18日 朝5時―

「お疲れさん。

はい、そんじゃこれが今日のお給料。」

いかにも優しそうなおじさんから醤油でもこぼしたようなシミのある茶封筒に入った給料を手渡しされる。

「ありがとうございます。」

中には9450円入っていた。

家にある緊急用の3000円も足せばなんとかなりそうだ。

俺は帰宅して風呂も入らずに即就寝し、1時間半後には暇つぶし機能付き目覚まし時計に叩き起こされ、通勤ラッシュの時間帯なので座って寝ることも出来ないまま講義を受けるはめになった。

まぁ、1、2限はレジュメさえもらえれば寝ててもなんとかなる授業だったのは幸いだったと言える。

3限を終えた時には、体が言うことを聞かない状態にまでなっていたが、力を振り絞ってデパートに向かう。

デパート内にあるティファニー・ショップに足を運んだのはいいが、その店の雰囲気は俺をはっきりと拒絶している。

アクセサリーショップなだけあってやたらに鏡が多いのだが、そこに映るまともに睡眠をとっていない俺の顔はというと、それはもう酷い形相だった。

『気にすることはないわ、比企谷くん。

あなたの形相は元から酷いのだから、普段と何一つ変わらないように見えるもの。』

おいおい、こんな幻聴が聞こえてくるって、俺もう死ぬまであるよね?

雪ノ下さんが脳内でも俺を罵ってくるんですけど、もしかして俺って潜在的にMなの?

とにかく、お目当てのブツを買ってしまおう。

ここでの滞在時間は極力短くしたい。

ガラスケースの中で輝くジュエリーはどれも小振りで可愛らしいデザインなので、きっと由比ヶ浜には似合うと思う。

ならば、値段で決めよう。

一番安いものは…っと。

13500円だと!?

そうか。

俺はネットで調べたから、あれは定価じゃなかったのか。

最近のネット通販は驚くほど安いからな。

この前、プリキュアのBlu-ray BOXを買おうとした時、店舗販売とamazonを比較したら、2000円違ったほどだ。

しかし、緊急用の3000円のおかげで、ケーキと食材に必要なお金はかろうじて残った。

プレゼントの場合は無料でラッピングしてくれるらしく、見た目はそれっぽく仕上がってくれたのでよかった。

続いて、デパ地下で良さげなケーキを探す。

由比ヶ浜はおそらく、味どうこうよりも見た目が華やかな物の方が喜ぶだろうから、上に動物の砂糖菓子やチョコのアーチが乗っているケーキを選んだ。

こちらも、誕生日なら無料で名前を入れてくれるとのことなので、頼んでおいた。

ところで、どうして世の中、プレゼントになるとこうも人に甘くなるのですか?

俺は祝う側にも祝われる側にもなったことが殆どなかったので、知らなかったですけど!

 

ようやく、デパートでの用件が終わったので由比ヶ浜の家に向かう。

駅から由比ヶ浜の家に行く道中に割と大きなスーパーがあるから、そこで食材を買うことにしよう。

スーパーに行くまでに由比ヶ浜に食べたいものでも聞いておくか。

通話機能をタップした時に気付いたのだが、機種変更して2ヶ月経つのに、初めて家族以外に電話を掛ける気がする。

「もしもし、ひっきぃ?

ヒッキーから電話してくるなんて珍しいね。」

「そうだな。

今日の晩飯、何がいい?」

「うーん、そーだなぁ…。

ハンバーグが食べたい!」

「はいよ。

他には?」

「ミートスパゲッティ!」

いや、メインディッシュ2つもいるの?

まぁ、誕生日だしいいか。

由比ヶ浜は誕生日じゃなくてもよく食うけど。

「りょーかい。

あと1時間ちょっとで着くから。」

「うん、分かった!

じゃあ、また後でね。」

「あぁ。」

しかし、今さらながらお金が足りるか心配になってきた。

大学から由比ヶ浜の家までの電車賃を計算していなかったのと、ティファニーのネックレスがネットで調べたものより高かったために、残金が予想以上に少ない。

2000円か…。

まぁ、なんとかしてみせよう!

小学6年生まで家事全般をこなしていた俺の主夫力がだてじゃねぇってことを証明してやる。

 

スーパーに着いたら、まずタイムセールか数量限定特価の商品がないかを確認する。

くそっ…。

やはりこの時間帯にはなかったか。

だが、棚に並んでいる商品を見る前に、ワゴンに出ている商品から極力買うようにする。

お、コンソメがワゴンにあった。

これで、スープは大丈夫だ。

パスタなどはトップバリューにすればかなりお得に購入できる。

よし、あとは普通に買うしかないが、野菜の見分け術なんかも俺には備わっている。

そうしてレジに行くと、2030円のお買い上げで、俺の残金は45円になった。

ひもじすぎるだろ…。

しかし!

長かった1日ももうすぐクライマックスだ。

 

17時20分。

由比ヶ浜の家に到着した。

「やっはろー!

今日はわざわざありがとね。」

「おう。

まぁ、あんまり期待はしないでくれ。」

「はいはい。

ヒッキー、何か手伝うことない?」

いや、何も手伝わないで頂けるのが一番の手助けになるんですけどね。

まぁ、そんなこと言えるはずもなく…。

「いや、今日は由比ヶ浜の誕生日だから、お前にはゆっくりしてて欲しいんだ。」

別に嘘を言っている訳ではないだろ?

俺は由比ヶ浜が料理が上手かろうと彼女の誕生日に手伝いをさせようとはしない…はずだ。

「そっかぁ…。

でもやることないしなぁ。」

「それなら、俺の主夫力の高さを篤と見ておくといい。

俺が専業主夫になるのも仕方ないって思わせてやる。」

「まだ、その野望諦めてなかったんだね。」

「当然だ。

働いたら負けだという気持ちに二言は無い!」キリッ

「いや、全然カッコよくないし!」

俺の渾身のドヤ顔にツッコむ由比ヶ浜は柔らかな笑顔を浮かべていた。

 

さてと、ここからが本番だ。

しかし、体力的には限界がすぐそこまで迫ってきている。

俺のHPはもはや10%未満で、ウル○ラマンなら胸のライトが点滅しているに違いない。

それにしても、俺がこんなに身を削ったのは初めてのような気がする。

人間、自分に尽くしてくれる相手には、粉骨砕身するのも悪くないと思うのではないだろうか。

俺は往々にして、自分に関与する利害に基づいて行動する。

だが、その例外として挙げられるのは小町だ。

俺は何もやりたくてシスコンを演じている訳ではない。

小町は何だかんだ言っても、俺の味方でいてくれているのだ。

俺に対してそのような接し方をする人間は小町しかいなかった。

要するに、俺は妹という属性が好きなわけではなく、長年かけて構築された信頼感が小町のためなら一肌脱ごうかと俺を動かすのである。

そして、由比ヶ浜もその例外の一人になりつつあるのではないかと思う。

曖昧な表現を使うのは、自分でも自分のことはよく分からないからだ。

だけど、今はそれでいい。

なぜか、今はそう思える。

 

19時05分。

ようやく、全メニューが完成した。

「わぁ~

豪華だー!!」

実は、高級食材を使うほどの残金が無かったために、少し庶民的な味に仕上がってしまったのだが、由比ヶ浜が満足してくれるならそれでいい。

「それじゃあ、食べるとするか。」

「うん!

いただきまーす!」

料理にはそこそこの自信はあるのだが、口に合わない可能性もあるからな。

どうだろうか…。

「…。」

由比ヶ浜は黙ったまま、淡々と食べ進める。

「あの…。」

「ん?」

「どうだ?」

そんな無言で食べられたら不安になってくるじゃねえか。

「うん。

ちょっとビックリしてるかな。」

なんだよ…、はっきり言ってくれねえかな。

「上手いか?」

「えっと…

おいしい…。

すっごく美味しいよ!

正直、ヒッキーの主夫力は口だけだと思ってたから、驚いちゃって言葉が出なかった。

ヒッキーこんなに美味しい料理作れるんだね!」

「そうか。

ならよかった。」

由比ヶ浜の反応を確認して、少しホッとしたので俺も箸を進める。

うん。

我ながら上出来だ。

「美味しいから嬉しいんだけど、彼氏より女子力低いのはちょっと辛いなぁ。」

「また今度、一緒に練習するか?」

「ほんと!?

ヒッキーが教えてくれるの?」

由比ヶ浜はパアッと表情を明るくして、俺の目を食い入るように正視する。

「あぁ。

俺も雪ノ下ほど完璧にこなせる訳ではないが、この程度なら慣れれば誰でも出来るようになる。」

「そっか。

よーし、いつかヒッキーに『おいしい』って言わせてやるぞー!」

 

二人分にしては少し多めに作ったのだが、30分もせぬうちに綺麗に平らげてしまった。

「おいしかったぁ~

ありがとね、ひっきぃ♪」

「お粗末様でした。

じゃあ、ケーキ食べるか。」

「え!?

ケーキも用意してくれてたの?」

由比ヶ浜は素で驚いているようだった。

それってちょっと悲しいんだけど。

俺、どんだけ期待されてないんだよ。

「そりゃ、誕生日だからな。」

「ヒッキーがこんなに色々してくれるなんて、思わなかったよ!」

やっぱりか。

まぁ、喜んでくれてるならいいか。

俺は、キッチンでロウソクを立ててテーブルに運んでくる。

「わぁ~♪

このケーキ超かわいー!」

「電気消すぞー」

俺は葉山に言われた通りに一つ一つミッションを消化する。

「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー…」

合唱では口パク王子の異名を持っていたほどの俺だが、葉山に歌わず祝う方法を悉く却下されてしまったためにやむを得ず歌っている。

俺は恥じらいを捨てて独唱してるというのに、それを見て由比ヶ浜は吹き出しそうなのを堪えようとしている。

くっそ~!葉山の野郎…。

もしかして、ハメられたのか!?

だが、ここまで来て引き下がる訳にもいかない。

「ハッピバースデートゥーユ~~

よし、消していいぞ。」

由比ヶ浜は勢いよくロウソクの火を吹き消した。

「ヒッキー、本当にありがとね。

もう泣いちゃうかも。」

由比ヶ浜は大袈裟に言っているわけではないようで、本当に目に涙を浮かべていた。

「ほいよ。」

俺は切り分けたケーキに出来るだけ砂糖菓子やチョコをのせて由比ヶ浜に渡す。

「こんなにもらっていいのー?」

「当然だ。

今日の主役はお前だ。」

「そっか♪

じゃあ写真撮ろー!」

「おっけ。

はい、んじゃケーキ持ってこっち向けー」

「何言ってんの!?

ヒッキーと一緒に撮るに決まってんじゃん!」

「いやぁ、俺、写真苦手なんだわー」

「ダメだよ。

主役の命令だからね!」

そう言うと、由比ヶ浜はケーキの皿を持っていない方の腕で俺の腕に抱き付いて、携帯の内カメを向ける。

「はい、チーズ!

上手く撮れたかな…。

よしっ!

見てー。どう?」

「いいんじゃねえか。」

「だね。」

撮った写真を眺めながら、由比ヶ浜は幸せそうにケーキを食べている。

 

それじゃあ、そろそろ出すとするか。

「じゃあ、最後にプレゼント。」

「まだあるの?

そんなに気遣わなくてもいいのにー」

そう言いながらも由比ヶ浜は嬉しそうだ。

「その…なんだ…。

えーっと…。」

これが今日最後のミッション。

葉山の思い付いた『いい作戦』ってやつだ。

どうも小っ恥ずかしくて避けたい道だったのだが、ここまで来ればもう同じだろう。

 

「誕生日おめでとう。」

 

 

「結衣。」

 

 

 

 

由比ヶ浜は俺の差し出した箱を受け取ろうとしたまま固まっている。

「ねぇ…ヒッキー?

今、結衣って…。」

由比ヶ浜が俺に頼んでたことってそれくらいしか思いつかなかったんだよ。

まさか、葉山にそこを突かれるとは思ってなくてだな。

「あぁ。

この前、言ってただろ?

『結衣』って呼んで欲しいって。」

由比ヶ浜はそっと俺のプレゼントを受け取る。

「開けていい?」

「どうぞ。」

由比ヶ浜は、リボンも包装紙も慎重すぎるほど丁寧に解き、ひらいていく。

「きれい…。」

「今度は、犬のじゃないから付けても大丈夫だぞ。」

「うん…。」

おっと。

今のちょっとボケたつもりだったんだけど。

そんなに神妙な面持ちでスルーされるとは思ってなかったわ。

由比ヶ浜は早速ネックレスを身に着けて、膝歩きで俺の隣に来て一言。

「どうかな?」

「似合ってると思う。」

「そっか。」

そう言う、由比ヶ浜の目は直視できなかった。

なぜなら、由比ヶ浜は目元を真っ赤にして、頬にぽろぽろと涙を伝わせていたからだ

「大切にするね。

何よりも大切にするからね。

返してって言っても絶対返してあげないからね!」

「はいよ。」

「それでね…。」

 

 

「ありがと!はちまんっ♪」

そう言って、由比ヶ浜は全力で俺にタックルしてきた。

そして、そのまま俺の背中に手を回し、俺の胸に顔をうずめている。

「なんだよ!

暑苦しいっつーの。」

「そんなの知らないもん。

ひっきぃが悪い!

あたし、ヒッキーから離れられなくなっちゃうよ!」

「そりゃ困ったな。」

 

…なんて思ってもいないことを言ってみる。

 

「ヒッキーのせいだからね!」

「はいはい。

それじゃ、そういうことでいいや。」

シャンプーや香水の香りに加えて、由比ヶ浜の体温が肌を通して伝わってくるので、流石に頭がぽわーんとしてきた。

俺は由比ヶ浜から目を逸らす。

「そうだ。」

この由比ヶ浜の言葉がやけに耳元で聞こえた気がして、視線を戻すとその時には…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜の唇が、、、

 

俺の頬にそっと触れていた。




第3章④柄にもなく、比企谷八幡は粉骨砕身す。
をお読み頂きましてありがとうございます!
二人の距離はすこーしずつでも縮まっているのでしょうか…?
次回の第4章あたりから、ゆきのんも本格的に出てくると思います!
これからもよろしくお願いします(^^♪


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第4章 ①言うまでもなく、雪ノ下雪乃は激昂する。

やっはろーです!
あらがきと申します。前作、第3章④の続きになります。
急遽、第4章に入りました(-.-)
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』『第2章 やはり俺の春休みは間違っている。』『第3章 つまるところ、彼らは上手くやっている。』の続編になります。
何だかんだで一緒にいた時間の長い奉仕部3人組ですが、一つの別れを迎えることに…。
色々、事情がありまして…。
この話を書いてて、自分で泣いてました(;O;)
どうして、この世は全ての人が幸せになれないんだろう?
まぁ、私自身は現実では、性善説も楽観的な幸福論も信仰していないんですけどね。
てか、一級フラグ解体士のヒッキーが攻略難易度最低って、ありえへんやろ!(笑)

まだハーメルンでの勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!

<追記>このssは一話完結ではないので、その点はご了承ください<m(__)m>


第4章 こうして、別れは唐突に訪れる。

 

①言うまでもなく、雪ノ下雪乃は激昂する。

 

由比ヶ浜の誕生日から10日ほど過ぎたある日のことだ。

梅雨入りしたせいでコートのコンディションが悪かったり、中間テストがあったりといった理由で、俺はここ数週間、サークルの活動から足が遠のいていた。

実際のところ、休日に外出するのは辛いのだが、久しぶりに戸塚とテニスの練習をするというのも悪くない。

戸塚も暇らしいので、いつものコートで少し汗を流すことにした。

 

それにしても、家から直接コートのある多摩キャンパスまでの道のりは長い。

ちなみに、戸塚はキャンパスの最寄り駅から一駅の距離にアパートを借りて一人暮らしをしている。

何度か家にお邪魔したことはあって、シンプルでいつも整頓されている戸塚らしい部屋だった。

それに戸塚は料理も上手い。

専業主夫志望の俺だが、戸塚に働いてくれと頼まれた暁にはバリバリのビジネスマンになること間違いなしだ。

その点で、由比ヶ浜さんは大丈夫なのだろうか。

まぁ、あいつなりに努力しているようで、2、3日前に料理の練習をした時はそれなりのチャーハンを作ってみせた。

塩辛かったことを除けば、及第点をあげられるレベル。

いつか俺に美味しいって言わせたいらしい。

クッキーの時にも言ったが、俺は作ってくれるだけで満足なんだけどな。

俺が乙女ゲーの攻略キャラなら難易度は最低ランクに違いない。

 

約1時間半かけて着いたテニスコートには既に戸塚がいて、一人で黙々とサーブの練習をしていた。

「おっす。

待ったか?」

戸塚は打つのを止めて、その天使のような(いや、まさに天使の)笑顔を俺に向けて答える。

「ううん。

待ってないよ。

八幡がウォーミングアップ終わったらラリーでもする?」

あぁ、いいぞ。

ラリーでも言葉のキャッチボールでも、戸塚となら永遠に出来る自信がある。

「そうだな。

ちょっと待っててくれ。」

そう言うと、またしても戸塚はてn…(ry

 

今日は休日だが、俺たちのサークルは比較的参加率が高く、女子に至っては殆どのメンバーがコートに来ているようだ。

そういえば、由比ヶ浜はいないな…。

サークル内でも派閥らしきものはあって、活動日以外の練習なんかはそのグループで集まっているのを見かける。

三浦はもちろんカーストのトップに君臨している。

しかし、高校の時と違うのは人数が多いことと、ほとんどの連中がリア充の素質を持っていることだ。

ゆえに、高校のクラスのように三浦の独占市場ではなく、それぞれの派閥が均衡することで成り立っている。

まさに社会の縮図だな。

だって、そうだろ?

携帯電話会社のシェア率なんて、avとhardbankとdacamaの寡占状態だ。

f-mobileなんて入ってみろ。

三方向からギロッと睨まれてイチコロだ。

あー女子ってこわー(棒)

ま、俺には女子同然の戸塚がいるからそれでオールオッケー。

久々に体を動かすとしよう。

 

「ハァ、ハァ…、やべぇ。」

1ヶ月弱まともに運動してなかった俺には、炎天下でのテニスはかなり堪えた。

「八幡、運動不足でしょ?

今日は無理しないで、そろそろ終わりにする?」

「そうするわ。

すまんな。」

戸塚は首を横に振って「いいよ。」と可愛く一言。

あれだけ動いても余裕の表情を見せる戸塚だが、一方の俺はというと、喉はカラカラで体は水分が抜けて干乾びそうになっている。

「戸塚、俺スポドリ買ってくるけど、なんかいる?」

よし。

これで、戸塚の好感度アップイベントは成功のはず。

「いいの?

それじゃあ、僕も八幡と同じのがいいかな。」

「りょうかい。」

 

俺は女子更衣室の近くにある自動販売機に向かう。

いや、これはラッキースケベに遭遇できるかも!みたいな淡い期待を寄せてるわけじゃないからな。

コートから一番近いんだよ。

角を曲がって自動販売機が見える位置に来たのだが、俺はふと足を止めて角に隠れる。

自動販売機の前でたむろっているのは同じサークルの女子だ。

ああいうの止めて欲しいんだけど。

お互い、微妙に顔を知っているから余計に近付きづらい。

ここで俺があの自動販売機に行けば、間違いなく不穏な空気が流れる。

他のとこに行こうとして踵を返さんとしたその時。

俺に関係の深いワードが耳に入った。

気になって、建物の角に隠れながら聞き耳を立ててみると…。

 

信じられない言葉の数々が聞こえてきた。

いや、信じられないというのは嘘だ。

今までの俺なら当たり前だと思えたことなのに、ここ最近の平和や幸福の大きさにかまけて目を逸らしていたのだ。

俺は、戸塚を待たせていることも忘れて呆然とその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

――――――――

「最近、結衣ノリ悪いんだよねぇ~」

「確かにー

あの目付きの悪い彼氏のせいだと思わない?」

「絶対そうだよねー

この前も、あたしの彼氏と結衣んとこのカップルでダブルデートしよって言ったんだけどさぁー

『ごめん、ヒッキーそういうの苦手だがら、厳しいかも…』とか言ってさー

別にあたしだってあんな目付き悪いやつと一緒にダブルデートなんてしたくないけどぉー

そこは結衣が『友達』だから誘ったわけじゃん?」

「てか、彼氏を優先するのはいいけどさー、友達のことも考えろって感じだよねー」

「結衣も何だかんだ性格悪いんじゃないの?

だから、あの陰気な彼氏と気が合うんだって。」

――――――――

 

またある時は…

 

――――――――

「サークルの練習中にあたしの打ったボールが結衣の彼氏に当たっちゃった時のことなんだけどさー

そん時、あたしはちゃんとごめんって謝ったのにとびっきり不愛想な顔しながら無言で返されてさ。

しかも、それを結衣に言ったら、『ヒッキーは目付きとか超悪いけど、本当は優しいんだ。』とか言って、反省の色も無しだったし。」

「うーわぁー、それはないよねー」

「このままだったら、今度の女コン誘わないまであるよね。」

――――――――

 

これは何の話かって?

サークル内の女子同士で話す愚痴を俺が直接聞いた内容だ。

これらを耳にしたのは、由比ヶ浜の誕生日から10日ほど経った頃だっただろうか。

幸か不幸か、ステルスヒッキーは愚痴を聞く機会が多い。

俺の存在感を消す技術がプロフェッショナルであるために、内緒の愚痴を直接の悪口に変えてしまうのだ。

まぁ、俺としてはその悪口の内容を考慮して最適な行動をとれるので幸と言っていいだろう。

しかし、今回はこれまでとは訳が違う。

 

ぼっちという生き物は自己管理能力に長けており、自己責任に関して自分自身で清算できるようになるものだ。

ただ、自分の評判が悪化するのには慣れていても、自分が原因で他人が風評被害に遭うことなど殆ど無いため、その点に関して耐性はない。

なぜなら、他人を巻き込むためには他人と関わらなければならないからだ。

ゆえに、人との関わりを避けてきた俺には縁のない話だった。

だが、俺は今まさにその状況に直面している。

これらの愚痴が俺だけに向けられたもので、俺に対しての評価や印象が悪くなる分には構わない。

今さら、悲しむべきことでもないしな。

しかし、由比ヶ浜にまで被害が広がっているというのなら、話は別だ。

俺個人で清算すればいい問題ではなくなる。

 

どうして、今の今まで気付かなかった。

いつも結果は同じだというのに。

期待したものに、それ同等以上の結末は訪れない。

努力したものに、それ相応の所産は生まれない。

この時が案外悪くないなんて思ったら最後。

そこがピークで、後はピラニアが口を大きく開けて待っている沼にずるずると引きずり込まれていくのが世の常である。

現実を知る度に、プラグマティズムやペシミズムを受け入れ、俺は何事も自己責任に帰結させる生き方にシフトしてきた…はずだった。

何を浮かれている、比企谷八幡。

俺は結局、入学式に心を弾ませ1時間早く家を出たあの頃と何も変わっていなかった。

このままではいけない。

自分で蒔いた種だ。

ここまで確実な情報を持っているのに、由比ヶ浜をこれ以上追い込む訳にはいかない。

この状況を打開する策は既に出来上がっている。

俺が今までの俺に戻るだけの、ただそれだけの簡単な方法だ。

 

 

 

 

 

ブーッ ブーッ ブーッ

「誰だ?こんな時間に。」

今の時系列はというと、由比ヶ浜の誕生日から約1ヶ月、俺がサークル内の暗雲に気付いてから約2週間、俺が問題解決のための対策を講じてから約10日が経ったある日の夜だ。

珍しい人物から電話が掛かってきた。

「もしもし。

久しぶりね、比企谷くん。」

電話越しでも伝わるひんやりとした声の主は雪ノ下雪乃だ。

「おう。

どうしたんだ?

お前が俺に電話してくるなんて初めてじゃねえか?」

「そうね。

だって、わざわざあなたと話すことなんて無いし、話したいとも思わないもの。」

自分から電話してきているやつの台詞とは思えない口ぶりだ。

まったく、相変わらずみたいだな。

「けれど、それでも話さなければならないことがあるのよ。

私は今、あなたに鞭打ち1000回をしたとしても足りないほどに怒り狂っているわ。」

雪ノ下の声色はいつものように冷徹さを感じさせるものではなく、無機質で淡々としたものへと変わった。

「何の話だ?」

俺は雪ノ下の言わんとすることを分かっていながら、敢えてこの言葉を選んだ。

「くだらない茶番はよしなさい。

電話越しじゃダメージを与えられないから、今すぐに私の家まで来なさい。」

おいおい、ダメージを与えるって何するつもりだよ。

「いや、今何時だと思っt…」

「あなたに拒否権はないわ。

まだ、終電まで時間はあるでしょう。

すぐに来なさい。

それj」

俺に喋らせないためか、雪ノ下自身の言葉も言い終えないうちにブチッと通話を切りやがった。

何をされるのか見当もつかないが、行かなかった場合、後が面倒そうだから俺は渋々雪ノ下の家に向かう。

 

 

 

 

 

―雪ノ下の家―

俺は雪ノ下の家に入るや否や、問答無用で正座させられている。

「さて、比企谷くん。

今から早速尋問をして、終わり次第罪を償ってもらうわ。

いいわね?」

「罪って…。

俺は法律に触れることをした覚えはないのだが。」

「えぇ。

そうかもしれないわね。

けれど、あなたは確かに私の荘園で私の大切な人に刀を突きつけたわ。

この意味、分かるでしょう?

如何なる事情があろうと、それは許されないことよ。

鎌倉時代と違って、問答無用で首を刎ねられないだけ有り難く思いなさい。

今から私はあなたの愚かな言い訳に耳を傾けるとするわ。」

由比ヶ浜と雪ノ下の深い友情からしたら、雪ノ下の行動は当然の対応と言えるだろう。

だが、今回の件に関して、俺が真意を語ったところで誰も得などしない。

「お前が由比ヶ浜から聞いている通りだよ。

由比ヶ浜の誕生日を過ぎたあたりから、リア充の嗜む恋愛なんてやっぱりくだらないと思っただけだ。

気持ちが冷めれば、態度にもそれが表れるのはごく自然なことだろ?」

雪ノ下は腕を組んだまま、表情を変えずに俺を睨み続ける。

「比企谷くん。

言いたいことはそれだけかしら?

それなら、早速、刑を執行するのだけれど。」

刑ってなんだよ。

まあ、雪ノ下の気が済むことでこの場が収まるなら、何でも受けてやろう。

「あぁ、そうだ。

好きにしろ。」

雪ノ下は横隔膜辺りからゆっくりと深い息を一定の強さで吐き続けながら、合気道らしき構えに入る。

と、その直後だった。

 

 

パッチーン!

 

 

「…」

「…」

閑散とした部屋にその音が2、3回反響するほどの強さで雪ノ下は俺の顔面をぶった。

あまりの衝撃に俺は思わず倒れ込む。

「あまり私を見縊らないでちょうだい。

私はあなたの三文芝居に付き合うために睡眠時間を削るつもりは毛頭無いわ!」

雪ノ下がここまで感情を剥き出しにして怒るのを見たのは初めてだ。

こういう切羽詰った時に、状況がやけに客観的に見えてしまうのは俺だけではないだろう。

どうしても雪ノ下の怒りの矛先が他人に向いているように思える。

「あなたはいつもそうやって逃げる!

真実からも、友情からも、感謝からも、そして愛情からも!」

雪ノ下は喧嘩でむきになっている小学生のような形相で俺を睨む。

「由比ヶ浜さんがどれだけ苦しそうに泣いていたかあなたは知っているの!?

人の涙を見てあんなに心が締め付けられたのは初めてだったわ。

私には何も出来ないかもしれないとも思ってしまったほどいたたまれない様子だった。

それを知っても、あなたはまだ何の価値もない嘘を吐き続けるの?」

 

 

「知るか…。」

 

恋人ってやつが、もし己が原因の不幸もともに背負わせていかなければならない関係なのだとしたら、俺にそんなパートナーは一生できない。

「俺から言えることは変わらない。

由比ヶ浜に対してもそろそろケジメをつけようと思っていたところだ。」

「もういいわ。

一番愚かだったのは私だったようね。」

雪ノ下は再び先ほどと同じように深く息をついて構える。

これで、雪ノ下の気が晴れるならいくらでも殴られてやるよ。

俺は雪ノ下が振りかぶるのに合わせて歯を食いしばった。

 

「ゆきのん!やめてっ!」

 

甲高い叫び声に雪ノ下の手は俺の頬すれすれのところで止まる。

廊下から姿を現したのは由比ヶ浜だった。

こいつがここにいるのは不思議なことではないのだが…、正直驚いた。

「ゆきのん…。

ダメだよ。

あたしの大好きな人をそれ以上引っ叩いちゃ。」

由比ヶ浜は優しい声で雪ノ下をなだめる。

雪ノ下にとってはまさかの事態だったのか、呆然としている。

「由比ヶ浜さん、私がいいって言うまで絶対に出てこないでって言ったじゃない。」

雪ノ下の手は小刻みに震えている。

「ありがとね。

ゆきのん。

ゆきのんの気持ちはすっごく嬉しいよ。

でも、ヒッキーが傷付くだけじゃ、何にも解決しないと思うの。」

「だけど、この男はまだ白々しくも…。

私だって分かっているわ!

比企谷くんが何の理由もなく、由比ヶ浜さんに対して冷たい態度を取らないことくらい。

けれど、どんな理由があっても、由比ヶ浜さんを傷付けていいことにはならないわ。」

「ゆきのんは本当に優しいね。

ねぇ、ひっきぃ?

もしヒッキーなりに色々考えてやったことなら、それを教えてくれないかな?

あたしバカだからさ。

分かんないの。

本当に冷めちゃったなら、それでもいい。

別に、あたしは自分が嫌われるわけないって思ってるわけじゃないんだ。

そういうのもあると思うし。

でもね。

もし、何かあるなら本当のことを教えて欲しいな。」

由比ヶ浜の真っ直ぐで優しい目は俺の胸をちぎれそうなくらい強く締め付ける。

「…。」

だが、今さら俺の行動の真意を語ったところで何になる?

俺が生み出した問題を誰も傷付けない方法で解決することもできずに、結局はこのざまだ。

動機など然して重要なことではない。

人間、大事なことは勝手に判断し、判断材料は結果に尽きる。

いっそのこと、何もかも無くなってしまえばいいと本気で思った。

 

―ピンポーンー

 

もうじき日も変わろうかという時間帯に来客とは…。

だが、俺にはこの来客が誰なのかも大体想像はついていた。

「こんな時間に誰かしら?」

雪ノ下はインターホンの画面を覗く。

「雪乃!

原因突き止めたぞ!」

「葉山君!

本当?

すぐに上がってきて頂戴!」

声の主はおそらく葉山だ。

声質は勿論だが、雪ノ下のことを雪乃と呼ぶのはあいつくらいだろう。

 

それから1、2分くらいで葉山は部屋に到着した。

「それじゃあ、葉山君。

私たちに真実を教えて頂戴。」

「うん。

まず、一番の原因は俺たちが所属しているサークルの女子の愚痴だ。

さっき電話したら、丁度コンパをやっていて、みんな酔っていたから全部話してくれたよ。

比企谷が彼氏だから結衣のノリが悪いとか色々言われてるらしいんだ。」

「そうなんだ…。」

由比ヶ浜は少し俯く。

「そして、比企谷はそれを言っている場に居合わせてしまったんだろ?

それを聞いて、お前は自分のせいで結衣がサークルで居場所をなくしてしまうことを恐れた。

だから、サークルで噂になるほど大袈裟に結衣を拒絶したんじゃないのか?

そうすれば、これまで非難の対象だった結衣は比企谷に酷い扱いを受けた被害者になる。

それが君の一番の狙いだったんだろ?」

「…。」

「ひっきぃ…。

本当なの?」

「…ふんっ。」

俺は思わず微笑を洩らした。

「何がおかしいんだよ!

お前はいつもそうy…」

俺は葉山の言葉を遮るために言葉を重ねる。

「お前ら、俺を買い被り過ぎるにも程がある。

俺がそんなに美しい人間に見えるか?

澄んだ心を持つ人間に見えるか?

もしそうなら、それは違うな。

真実ってやつを教えてやる。

だが、これは由比ヶ浜にしか言わない。

悪いが、雪ノ下と葉山は少しの間、席を外していてくれないか?」

雪ノ下と葉山はお互いをの目を見て、確かめるように頷く。

「分かったわ。

話が終わったら呼んで頂戴。」

「あぁ。」

 

 

 

 

広いリビングには俺と由比ヶ浜がテーブルを挟んで向かいに座っている。

「由比ヶ浜、悪かったな。」

由比ヶ浜は大袈裟に首を横に振る。

「ヒッキーは何も悪くないでしょ?

いつだってそうだったじゃん。

周りから見たら、ヒッキーが悪者でも、あたしやゆきのんは本当のことを知ってた。

ヒッキーが自分を犠牲にたくさんの人を救ってたこと。

だから、今回もゆきのんはヒッキーが悪者じゃないって分かってたんだよ。

でも、それじゃあ、何でゆきのんがヒッキーに怒ってたか分かる?」

「雪ノ下にとってお前が大切な友達だからだろ?」

俺の言葉が予想通りだったのか、由比ヶ浜は納得した顔で話を続ける。

「そう言うと思った。

半分は正解だよ。

でもね、残り半分をヒッキーは絶対に知らないし、信じてくれないと思う。」

俺が知らない?

確かに、俺は雪ノ下のことなんて1%も理解してやれてないだろうな。

「ゆきのんはね…。

ヒッキーを助けようとしてるんだ。」

「なんだよそれ。」

助ける?

俺を全力で引っ叩いて、何か救われるのか?

だったら、俺は物心ついた時から自分の顔面を殴りまくってるわ。

「実は今日、テニスコートで隼人くんに会って、帰りに相談してたらゆきのんとUSJで話したことを教えてくれたんだ。

それで、隼人くんに勧められてゆきのんの家に来て、ゆきのんの本音も聞いた。」

USJって…、卒業旅行で雪ノ下と葉山で抜けた時のことか。

「ゆきのんはヒッキーのことを本当に大切に思ってて、すっごく感謝してるんだって。

だから、ゆきのんはヒッキー自身も幸せに生きていけるようにするって言ってた。

すごいよね…ゆきのん。」

「なぁ、由比ヶ浜。」

「なに?」

「葉山の言うことも聞いて改めて分かったと思うが、俺は最低な人間だろ?

結局、自分の近くにいる人を傷付けてでも、失敗に気付けば自分の殻に閉じこもる。

俺はそういう人間だ。

雪ノ下には悪いが無駄だと思う。

昔と違って、今は自分が嫌いで仕方ない。

それは大切な人ができたからだ。

自分で自分を認めるだけじゃダメなんだろう。

それが分かっていても、まだ俺には打開できるだけのキャパシティが無かった。」

俺は今日初めて由比ヶ浜と視線を合わせる。

「だから恋人関係は一旦止めよう。

俺には荷が重すぎたんだ。」

この言葉を聞いてなお、由比ヶ浜も俺から目を逸らそうとしない。

「それはね。

あたしも思ってた。」

「そうか。」

「ヒッキーがどうこうってわけじゃないよ。

ゆきのんの話聞いて思ったんだ。

あたしにヒッキーの彼女でいる資格なんかないって。

ゆきのんはヒッキーのことを思って本気で問題を解決しようとしてた。

思いっ切りぶつかっても、嫌われるかもしれなくてもなんとかしようって。

それ見て思ったんだ。

好きだって言うのは誰だってできるけど、誰かを愛して幸せにしようって思うのはなかなか出来ない。

あたしはヒッキーに甘えてるだけだったんだって気付いた。

だから、今はヒッキーのこと諦める。

だって、ヒッキーにもっと相応しい人がいるもん!

でも、あたしだって今のまんまじゃないからね。

いつか、ヒッキーに見合う女になったら、また告白するから!」

「そうか。

分かった。」

だが、一つ清算し忘れていることがあることに由比ヶ浜は気付いていないようだった。

それについては、俺が言うべきか…。

「だけどな、由比ヶ浜。

約束を破るのは俺の主義に反するんだよ。

まぁ、約束をする相手がいなかったから、反することも勿論無かったけどな。

だからだな…。」

 

 

「つまり、なんつーか、その…。」

 

 

「いつか…。

初デートで約束した横浜の夜景は、絶対に見に行こうな。」

 

 

「ひっきぃ…グスッ」

由比ヶ浜は緊張の糸が切れたのか、今までの毅然とした表情は一気に崩れ、大粒の涙を流し始めた。

「由比ヶ浜、一つだけ言わせて欲しい。

お前といた時間は本当に楽しかった。

リア充も案外悪くないって思えたしな。

残念ながら、俺のいるべき場所じゃなかったみたいだが。

それでも、由比ヶ浜との4か月間の思い出は忘れない。」

「やめてよー。

もう会わないみたいじゃん!」

涙を拭いながら、由比ヶ浜は俺に笑いかける。

「これからも、友達だから!

ヒッキー、ただでさえ友達少ないんだから、あたしはずっとヒッキーの友達でいてあげる。」

由比ヶ浜の作り笑いは全く笑えてなくて、それがあまりにも切なかった。

「そりゃどうも。」

俺は溢れ出しそうな気持ちを誤魔化すように素っ気なく答える。

「あと、あたしも…。

ヒッキー、短い間だったけどありがとね。

今までで、一番楽しかった4か月だったよ。」

由比ヶ浜は胸元のネックレスを見つめ、それからゆっくりと目を閉じる。

「それなら…よかった。」

 

俺の初リア充記録。

4か月弱。

 




第4章①をお読み頂きましてありがとうございます!
急展開、鬱展開と読者の皆様からすれば、フラストレーションの溜まる作品で申し訳ありません。
事態が錯綜し過ぎていて、まとまっていないのですが、最終的には全てを回収して、整合性がとれた完結に繋げていくよう構想を練っておりますので、これからも私の長編ssにお付き合い下さいませ<m(__)m>


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第4章 ②出し抜けに雪ノ下雪乃は激白する。

やっはろーです!
あらがきと申します。前作、第4章①の続きになります。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』『第2章 やはり俺の春休みは間違っている。』『第3章 つまるところ、彼らは上手くやっている。』の続編になります。

まだハーメルンでの勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!

<追記>このssは一話完結ではないので、その点はご了承ください<m(__)m>


 

あれから、数分ほど由比ヶ浜は俺に寄りかかりながら泣き続けていた。

おそらく俺に気を遣わせまいと気を張っていた分、溢れ出す感情も大きかったのだろう。

由比ヶ浜が落ち着いたのを見計らって、俺は雪ノ下に電話をする。

あいつらは、確か屋上に行くと言っていた。

「もしもし。

雪ノ下、戻って来ていいぞ。」

電話の送話口に吹き付ける風が強いためか、こちらの受話口から出る雑音は音割れしている。

やはり屋上に居るのだろう。

「話は終わった?」

雪ノ下の声色はいつものそれに戻っていた。

「あぁ。

終わったよ。」

色々とな…。

「分かった。

それじゃあ、今から戻るわ。」

「りょーかい。」

 

雪ノ下と葉山は少し緊張した面持ちで部屋に現れた。

「どんな話をしたの…?」

雪ノ下は俺の顔色を窺うように質問をするが、らしくない言動だ。

「お前に引っ叩かれた頬が痛いって話をしてた。」

「そっ、そうだったの…。

ごめんなさい。

ちょっとやり過ぎたわ。」

真に受けられるとは思ってなかったぞ!

「いや、冗談だから。

確かに痛かったけど、そんな話はしてねえよ。

ちゃんと話はついた。

そこで、葉山に頼みたいことがある。」

「なんだ?」

葉山は突然振られて一瞬体を硬直させるような素振りを見せたが、すぐにいつもの表情を取り繕う。

「由比ヶ浜がサークルのことで悩んでいたら、相談に乗ってやってくれ。

この件に関しては、俺はお前らが望まない方法でしか、由比ヶ浜を救ってやることはできない。

その方法を雪ノ下と由比ヶ浜が最も避けたいってことは、よく分かった。

だから頼む。

これは貸しってことでいい。」

葉山はいつも通りの爽やかな笑顔を俺に向ける。

「あぁ!

任せてくれ。

それに、悪口を言っていた子たちも、きっと結衣が心底嫌いで悪口を言ってたわけじゃないと思うんだ。」

しかし、葉山は相変わらず性善説的な立場を崩さない。

まぁ、今回はその葉山に頼っているわけだから何とも言えないんだがな。

俺の決まりの悪そうな表情に気を遣ったのか、由比ヶ浜はすかさずフォローを入れる。

「ヒッキー、心配しなくても大丈夫だから!

あたし、こういうの初めてってわけじゃないしさ。

ヒッキーのこと悪く言われたのは悲しかったけど、あたしに対しての悪口はそんなに気にしてないよ。」

最近、しばしば思うのだが、初めて会った頃に比べて由比ヶ浜は本当に強くなったと思う。

雪ノ下と出会ってから、芯の通った人間になったように見える。

いつの間にか、俺の憧れている人間に憧れている人間は、その人間に少しずつ近づいていた。

一方、俺はどうなのだろうか…。

雪ノ下雪乃という人間に憧れながらも、進むことを恐れ、拒まれることを恐れ、何より変わることを恐れている。

自分が『変わる』。

周りが『変わる』。

それは当たり前のことで、知らず知らずの間に変化を受け入れていたともとれる行動を起こしていた時期もあった。

だが、何度片足を前に出しても、もう片方の足はずっと同じ場所にあって、気付けば踏み出した足も元の場所に戻している。

かといって、『変わらないこと』の正当性を哲学的に、論理的に説いたところで俺は納得できないのだろう。

雪ノ下が自分を変えようとしても尚美しいことを、理論だったものだけでは説明できないからだ。

いったい俺は雪ノ下の何を見ているのか…。

こんな堂々巡りの思考の後、俺は間の空きすぎた適当な返事をする。

「そうか…。」

俺の小さな返事を最後に静まりかえった部屋で最初に口を開いたのも由比ヶ浜だった。

「この話はこれで終わり!

楽しい夏休みの予定でも立てようよ!

ゆきのん、夏休みはいっぱい遊びに行こうね!」

 

なぜか、雪ノ下からリアクションは無く、この空間において時間が止まったような錯覚を覚える。

 

 

「えっと…、その…。

それは無理なの。」

雪ノ下は誰とも目を合わせない。

由比ヶ浜は状況を呑み込めず、おろおろしている。

しかし、大学生は長期休暇が最も自由であるにもかかわらず、由比ヶ浜大好きの雪ノ下が前もって断るとは…。

「ど、どういうこと…?」

今にも泣き出しそうな表情で雪ノ下の顔を窺う由比ヶ浜。

「由比ヶ浜さんとだけ遊べないというわけではなくて…。」

「じゃあ、どうして?」

雪ノ下は決まりが悪そうで、答えるのを何度か躊躇する。

由比ヶ浜のその目線に耐えきれなかったのか、雪ノ下はためらいながら重い口を開く。

 

 

 

 

 

 

「私…

 

夏休みに入ってすぐにイギリスへ留学するの。」

 

 

 

 

 

「りゅ、留学…。」

由比ヶ浜は「留学」というワードを理解しきれてないようで、口を開けたまま呆然としている。

葉山は然して驚いてはいない。

既に知っていたのだろうか。

「へ、へぇ~

留学かぁー

どのくらい行ってるの?」

由比ヶ浜の棒読みには明らかに動揺がにじみ出ていた。

「帰ってくるのは1年後かしらね。」

雪ノ下は平然と答える。

「1年後って…。

そんなの聞いてないよ。」

由比ヶ浜の僅かに憤りを含んだ口調に怯んだ雪ノ下は、申し訳なさそうに頭を下げる。

「ごめんなさい。

なかなか言い出せなくて…。

卒業旅行の時には分かっていたのだけれど。」

「あ、あっ、いや…

そこまで怒ってないよ。

だから顔上げて。」

由比ヶ浜は雪ノ下の両肩を包み込むように掴んで、優しく彼女の体を起こさせる。

「でも、言って欲しかったな。

最近だって何回か遊んだこともあったしさ。

あたし、寂しいよ。

1年もゆきのんと会えないなんて…。」

「私も寂しいわ、すごく…。

だけど、あなたには比企谷くんがいるじゃない。」

そういえば、さっきの結末を雪ノ下に言ってなかったな。

「あ、それはね…。

さっき、あたし、ヒッキーとは別れたの。」

「「え…。」」

雪ノ下と葉山は予想外の展開に口をあんぐりとさせている。

「もしかして、私が言い過ぎたせいで…。

由比ヶ浜さん、先ほどの言葉は比企谷くん個人のやり方に対してのものであって、二人が上手くいっていないと言いたかった訳ではないの。

その、だから…」

「あたし達が別れたこととゆきのんの言動とは関係ないよ。」

由比ヶ浜は雪ノ下の言葉に被せて言い放つ。

「今日、こんな風にならなくたって、いつか違う形であたしとヒッキーは話し合うことになってた。

そこで、きっとあたし達は同じ答えを出したと思う。

それに別れることについては、あたしもヒッキーも思っていたことだったし。

お互い、理由は違うけど、納得して出した結論だから後悔はないよ。」

「そうだったのね…。」

「だから、ゆきのんは気にしないで!

そんなことより、ゆきのんの留学応援パーティーやろうよ!

ね?」

由比ヶ浜は俺と葉山それぞれに同意を求める。

「いいね!

俺も何かしたいと思ってたんだ。」

由比ヶ浜は葉山の返答に満足したようで、次に俺が答えるのを笑顔で待っている。

「あぁ、いいんじゃないか。

なんでも。」

俺の返答には不満なようで、ぷくーっと頬を膨らませる。

「よーし、決まりだね!

ゆきのんの家でいい?」

「ええ、構わないわよ。

ありがとう、由比ヶ浜さん、葉山君。」

「おい、なんで俺を抜いた?」

「あら、もう帰ったのかと思っていたわ。

ごめんなさいね。

1年間会えないけど、きっとあなたのことは忘れないわ。

ヒトリガヤくん。」

「いや、既に名前間違ってるから。

それで忘れないとか全く説得力ないから。

しかも、俺が振られたことも揶揄するとか、皮肉の達人かよ。」

雪ノ下は勝ち誇った笑顔を浮かべている。

こいつのこんな顔を見るのは久しぶりだ。

由比ヶ浜も葉山も苦笑いではあるが、俺たちを微笑ましく見ているような気がする。

しかし、このやり取りを心地良いと思ってしまう俺って変態なの?

久しぶりに雪ノ下と交わした言葉はこの頃味わうことのなかった満足感で確かに心を充たしているのだ。

ところで、由比ヶ浜は何やら葉山と計画を立てているようだ。勿論、俺抜きで。

さっきの適当な返事に対して怒ってんのか?

まぁ、由比ヶ浜は切り替え早いし、怒気も早々に忘れそうだけどな。

「ゆきのん、何日に日本を出発するの?」

「8月8日よ。」

「そっか…。

あと、20日くらいだね。

直前は忙しいだろうし、8月1日なんかどう?」

「ええ。

特に用事もないわ。」

「よし、じゃあそれで決まりだね!

さいちゃん達も誘って、盛大にゆきのんを送り出すぞぉー!」

雪ノ下も満更でもないようで、照れくさいのか、仄かに頬を染めている。

 

すると突然、空気になりかけていた葉山が口を開く。

「ところで、雪乃、お前も比企谷に話さなくちゃならないことがあるんじゃないか?」

さらに、間髪入れずに由比ヶ浜も畳み掛ける。

「そうだよ。

あたしはヒッキーときちんと話したけど、ゆきのんは違うでしょ?」

雪ノ下は曖昧な表情を浮かべたまま何かを話そうと口をパクパクさせているが、一向に彼女から言葉は出てこない。

てか、俺と雪ノ下が話す必要のあることってなんだよ。

こいつと話しても誹謗中傷の数々を拝聴するだけだと思うのだが。

「結衣のことなら俺の家の車で送って行くから、心配しなくていいぞ。」

いやまぁ、俺が懸念してるのはそこじゃなかったんだけどな。

「隼人くん、ありがと。

今日は甘えさせてもらおうかな。」

由比ヶ浜が珍しく遠慮しないのは俺と雪ノ下が話すという展開にどうしても持っていきたいからだろう。

それにしても、こんな時間に迎えに来てくれるなんて、流石、弁護士と医師の息子だな。

由比ヶ浜と葉山は雪ノ下の目を真っ直ぐ見つめる。

一方、俺は…、話を振られないようにステルスヒッキーを発動させて自分の存在を空気に近似させていた。

「わ、私は別に…、」

「逃げちゃダメだよ、ゆきのん!

そのままイギリス行っちゃったら、絶対に後悔するよ。」

それから雪ノ下は視線を落としたまま黙り込んでいたが、突然顔を上げて俺の目を凝視し始めた。

「分かったわ。

比企谷くん、あなた、もう少しここに残りなさい。」

「嫌だ。」

「ヒッキー!」

由比ヶ浜は全力で俺を睨みつけてくる。

だって、この状況で雪ノ下と二人きりにされたら、俺の生存が脅かされるじゃねぇか。

あいつの張り手はマジで痛かったからな。

「わ、分かったよ。

どうせ、終電の時間はとっくに過ぎてるしな。」

まぁ、ここでは俺が折れるまで話が進まなさそうだったから、渋々了承する。

「それじゃあ、あたし達は帰ろっか。

ゆきのん、今日はありがとね。」

「私こそ、ありがとう。

葉山君も。」

「俺は大したことはしてないよ。

じゃ、またパーティーで。」

「えぇ。」

雪ノ下は葉山にもぎこちない笑顔を浮かべながら、手を振っていた。

この様子から察するに、こいつらが抱えていた問題は卒業旅行で解決したのかもしれんな。

 

 

雪ノ下が二人を見送って戻って来ると、これまでの空間とは別物であるかのような静けさがあった。

必要最低限のものしか置いていないこの部屋の広さは実際よりも遥かにそれを感じさせる。

「比企谷くん…。」

「なんだ?」

俺は雪ノ下を見ていない。

おそらく、雪ノ下も。

「話なのだけど…。

さっきはごめんなさい。

あそこまでやる必要はなかったわ。」

雪ノ下の声は少し震えていた。

「お前らしくないな。

俺はそれ相応の罰を由比ヶ浜の代役であるお前から受けただけだ。

謝る理由がないだろ。

謝るとしても、その相手は由比ヶ浜だ。

この方法が流れてしまって、これからサークルに居辛くなる可能性が残っている。」

「勿論、それはそうなのだけれど…。

私も自分から目を逸らしていたのよ。

冷静になってから気付いたのだけれど、比企谷くんに怒鳴っていたことは私にも当てはまっていたわ。

あなたが由比ヶ浜さんを傷付けたことに憤っていたはずなのに、私は根本的にそれを解決させていなかった。

由比ヶ浜さんが望んだとはいえ、結局、比企谷くんが傷付かない方法を優先させた。

私が辛いから。

比企谷くんが私の思う幸せに近付けるように。

自分勝手だっt」

「それ以上言うな。」

俺は少し声を張って、雪ノ下の言葉を遮る。

「お前が俺に幸せを押し付けたいように、俺も清々しいほど正直なお前の生き方に憧れて、それを押し付けようとしていた。

だから言わせてもらう。

雪ノ下が正しいと判断してやったことだ。

俺はそれでいいと思う。

お前がそんなに揺らいでてどうすんだ?

虚言だけは吐かないんだろ?

お前は世界を考えるんだろ?

自分を追い詰めすぎる必要はないが、少なくともそうありたいと思ってるなら、突き進むべきだ。

最初は鼻で笑っていた俺だが、今となっては雪ノ下雪乃ならやり遂げるんじゃないかって思ってる。」

雪ノ下は俺の言葉を聞いて少しの間立ち尽くしていた。

「そう…。

あなたがそう言ってくれるのなら、私も…」

そう言ったきり、雪ノ下は口をつぐむ。

「あと、まぁ、なんだ…、俺のことは気にしなくていい。」

「そういうわけにはいかないわ。

だって、あなた、私のこと好きなんでしょ?」

「は?

急になんだよ!」

「比企谷くんは私のことも好きだったけど、由比ヶ浜さんと付き合っていたのでしょう?」

由比ヶ浜…、そこまで話したのかよ。

まったく面倒なことしてくれやがって。

「あぁ、そうだ。

悪いか?」

ここまでばれてるなら、開き直るしかない。

しかし、なんだよこの状況。

「べ、別に悪いとは言っていないわ。

でも、もし比企谷くんが、その…、私のこt…」

「だが、由比ヶ浜と付き合って分かった。

俺のいるべき世界じゃないってことがな。

だから、もう考えないようにする。

悪かったな、変なこと聞かせたみたいで。

忘れてくれ。」

俺は雪ノ下の言葉を意図的に遮った。

「そ、そうね。

そうするわ。」

 

 

「今日は泊まっていく?」

口を開いた雪ノ下はそっぽを向いている。

「いいのか?

まぁ、ホテルに泊まったり、タクシーで帰るだけの金も無いから、そうしてもらえると助かる。」

「えぇ。

構わないわ。」

「悪いな。」

 

 

重い沈黙が充満するこの部屋には俺と雪ノ下だけ。

雪ノ下も由比ヶ浜も俺を信用し過ぎだと思う。

そして葉山も含めて俺に期待を寄せすぎている。

今回、上手くいかなかったことを嘆いているわけではないが、これまでの俺が解決してきたことも決して成功とは言えないものだった。

俺が悪役になること以外でも、様々なほころびは所々に生じていた。

それが解決した方の印象を悪印象として上回らなかったのは偶然としか言いようがない。

それを美化されて、俺のキャパシティを超える立ち回りを望まれても困るのだ。

だが、当の俺も雪ノ下に同じことをしているのかもしれない。

これから、雪ノ下と1年間会わないことでそれも薄れていき、元の俺に戻れるのならそれはそれでいいのかもしれん。

お互いにとってな。

一方で雪ノ下と由比ヶ浜に依存していた己を否定できない自分もいるわけで…。

そろそろ、ケリをつける時なのかもしれないな。

いい機会だ。

 

「お、おやすみなさい。」

その挨拶はどこかぎこちない。

 

「おう。」

明日も豪勢な朝食が用意されていることを期待して、真夏の熱帯夜にもかかわらず、俺は掛け布団を頭まで被って眠りに就いた。



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第4章 ③やはり比企谷八幡のプレゼンは間違っている。(前編)

やっはろーです!
あらがきと申します。前作、第4章①の続きになります。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
こちらは、私が投稿した『第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。』『第2章 やはり俺の春休みは間違っている。』『第3章 つまるところ、彼らは上手くやっている。』の続編になります。

まだハーメルンでの勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
感想、ご指摘など頂けると嬉しいです!

<追記>前作でストックが切れてしまい、これからはリアルタイムでの投稿となりますので、1週間に1話くらいのペースになってしまいます。
お待ち下さっている方が、もしいらっしゃれば、本当に申し訳ありません。
これからもどうぞお付き合いください<m(__)m>


「ゆきの~んっ!

りゅう、がく?おめ…でと?」

乾杯の音頭だというのに由比ヶ浜が自信無さげな口調なので、一同、グラスを中途半端に掲げたまま固まってしまった。

「いや、なんで疑問形なんだよ。」

「だってさー、留学おめでとうってなんか変な感じじゃない?」

葉山は顎に手をあて、考える仕草をしてみせる。

「確かにね…。

じゃあ、雪乃が向こうでも元気でいられることを願って乾杯というのはどうかな?」

「いーねー!

んじゃ、そういうことで…

かんぱーい!」

由比ヶ浜のハイテンションな音頭に続いて、俺たちはグラスを合わせる。

 

 

雪ノ下の家での一件から今日のパーティーまでの間、特に大きな出来事はなかった。

由比ヶ浜はというと、サークル内で他の連中との諍いが起きることも無かったので、三浦派閥で伸び伸びと過ごしている。

その理由の一つとして、葉山が女子たちにあることを言ってくれたおかげというのもあるだろう。

そう。

俺が必ず葉山に伝えてもらうように頼んだことは、俺と由比ヶ浜が別れたという事実だ。

もちろん、葉山には『そういえば、別れたらしいよ。』的なニュアンスで伝えるように頼んだ。

葉山が嫌味なやつに仕立て上げられてしまうのは、絶対に避けなければならないパターンだからな。

しかし、あれから由比ヶ浜が普通に過ごせているのは、それだけが理由ではないと思う。

そもそも、そこまで神経質になる問題ではなかった可能性があるということだ。

前にも言ったように、俺たちの所属するサークルではいくつかの派閥が均衡しているため、派閥同士のバランスを大きく乱すようなことが起きない限り、サークル内の雰囲気が険悪なムードになる程の事はないのである。

俺は、自分のせいで由比ヶ浜を巻き込んでしまったことばかりに気を取られて、由比ヶ浜を助けると言いながらも、自分が逃げることしか考えていなかったために、冷静な判断力を欠いていた。

つまり、放っておけば早々に時間が水に流してくれていた可能性が高かった問題なのだ。

まったくもって、身勝手だったと言える。

雪ノ下が激怒するのも当然だ。

彼女は俺が傷付く方法を選ぼうとしたから怒ったらしいが、実のところどうなのだろうか。

虚言は吐かないと言う雪ノ下だが…。

とにかく、今回は俺の独りよがりが事態を余計に深刻化させてしまったのだ。

その報いとして、俺が由比ヶ浜のような可愛い恋人を失ってしまったとなればいいのだが…。

仮に、由比ヶ浜がこんな俺のことをまだ好きでいてくれいたのなら、畳み掛けるようにあいつを傷付けてしまったことになる。

だが、そうであっても俺と早い段階で別れることができたのは由比ヶ浜にとって良かったはずだ。

きっと、あいつは俺と一緒にいても幸せになれない。

そもそも、お前と同じくらい好きな人がもう一人いると宣言して付き合うなんて、自分でもどうかしていたと思う。

これでよかったんだ…。

しかし、由比ヶ浜が別れるのを認めた理由というのが、また一つ俺にわだかまりを残した。

由比ヶ浜は言った。

雪ノ下が俺を想うそのあり方に及ばないことを知り、俺に見合わないから別れるべきだと思ったと。

そうするとだな…。

雪ノ下が俺のことを…。

 

いや、これ以上考えないでおこう。

いくら考えようと雪ノ下はもうすぐイギリスに旅立つ。

それに、この前の一件で流石に雪ノ下も愛想を尽かしたに違いない。

 

 

「ヒッキー?

なにぼーっとしてるの?」

由比ヶ浜は俺の視界いっぱいにブンブンと手を振ってみせる。

「い、いや、別に…」

「由比ヶ浜さん、仕方のないことよ。

比企谷くんが現実から目を逸らそうとして白昼夢へ旅立つのはいつものことじゃない。」

「そ、そうだね…。あはは…。」

いや、雪ノ下さん。

その満足げな顔はなんなんですか?

どんだけ俺を罵るの好きなんだよ。

あの由比ヶ浜でさえ、リアクションに困ってるよ?

それにしても、俺が物思いに耽っていただけで、この言われ様って…。

「由比ヶ浜さん、これから何をするのかしら?」

「ふふーん♪

それはね…、ご飯を食べ終わってからのお楽しみっ!」

由比ヶ浜は雪ノ下の不思議がる顔を見て、イシシと歯を出して笑う。

広いテーブルは俺と葉山と戸塚(と由比ヶ浜?)が作った料理で埋め尽くされている。

いや、由比ヶ浜も色々手伝ってくれてたぞ!

使い終わった調理器具を洗ってくれたり、出来上がった料理を運んでくれたり…TARI…TARI…。

まぁ、つまりは大方男3人で作った訳だが…。

専業主夫を夢見る俺。

女子力の高い戸塚。(つーか、もはや女子を超越している。)

何でも起用にこなす葉山。

出来上がった料理は男の料理なんて、言い訳がましい言葉を用いる必要のないクオリティーだった。

「それにしても、この唐揚げおいしーね!

誰が作ったの?」

「ぼく…だよ。」

恥じらいながら、遠慮がちに手をあげる戸塚。

 

嗚呼戸塚

嗚呼とつかわいい

嗚呼戸塚

 

八幡、心の一句。

「さいちゃん、すごーい!

お嫁さんにしたいくらいだよー」

「大したことないよ…。」

おいおい、戸塚が嫁いでくるのは俺のはずなんですけど。

なんて冗談は流石に今の俺と由比ヶ浜でやるとまずいので自粛する。

「それにしても、葉山さんも戸塚さんも料理お上手ですねー」

小町も普段は料理を作る側ではあるのだが、そんな俺の妹からも高評価をもらえるとは…、やっぱり将来は専業主夫になろう、そうしよう。

「うちの兄も、料理も出来て、社交的なお二人を見習って欲しいですよー

お兄ちゃんも料理だけは出来るんだけどなー」

そう言いながら、最愛の妹は俺を横目に睨む

「ま、まぁ、ヒッキーも初めて会った頃と比べたら、マシになった方だってー」

由比ヶ浜は眉根を寄せながらも作り笑いを浮かべている。

その顔で言われても、あんまりフォローになってないよ?

「俺は社交的ではないが、非常に社会的な人間だぞ。

社会に迷惑をかけないように、ぼっちとして生きてたんだからな。」

「はは…。」

部屋には由比ヶ浜が顔を引きつらせながら零した苦笑の声だけが響いて、その後に沈黙が続く。

その雰囲気を見兼ねたのか、小町と由比ヶ浜が目を合わせて、二人して立ち上がる。

「よ、よし!

ご飯も食べたことだし、企画に移るよー!」

由比ヶ浜は威勢よく握った手を掲げる。

「おっ、おぉー!」

小町もそれに続く。

「企画…。

それがさっき由比ヶ浜さんが言っていた『お楽しみ』かしら?」

「そーだよー!

今日のメインイベントー!

それは…。」

由比ヶ浜は含みを持たせて、小町に目を向ける。

すると、小町は「なになにー?」とわざとらしい盛り上げ役を買って出る。

 

「ゆきのんにプレゼント!

海外生活に役立つ便利グッズ、プレゼン大会ー!」

 

「なんか、語呂わりーな。」

あまりのセンスのない題名に、つい本音が口を吐く。

「はい、お兄ちゃんマイナス5ポイントー!」

小町は俺に広げた手を向けて、5ポイントを失ったことをアピールしてくる。

てか、マイナスって何から引かれるの?

Tポイントカード?

「今のは、これから始める企画のポイントからも小町ポイントからも引かれますー」

いや、まず、小町ポイントの価値も残高も知らないから、反応に困るんですけど…。

なに?肩たたき券にでも交換できるシステムなの?

「それじゃあ、結衣さん!

ルール説明、よろしくお願いします!」

「はーい!

まず、ゆきのん以外の5人は今日の企画のためにそれぞれプレゼントを買ってきています。

そのプレゼントはゆきのんの留学先で役立ちそうな便利グッズであることが条件。

そして、各自、自分の買ってきたものを2分以内でアピールして、最後にゆきのんに順位を付けてもらいます!

1位の人にはなんと…

ゆきのんのブログのURLを教えちゃいまーす!!」

「ちょ、ちょっと由比ヶ浜さん。

それは秘密って言ってなかったかしら?」

雪ノ下は少し顔を赤らめて、由比ヶ浜にしかめっ面を向ける。

「いーじゃーん

せっかくだから、見てもらう人がいた方がいいと思うし!」

雪ノ下は続けて何かを言おうとするが、言い淀んで少し俯く。

「雪ノ下、お前、ブログなんかやってたのか?」

あまりにも、雪ノ下に似合わなそうなことだったから、思わず質問してしまった。

「いいえ。

由比ヶ浜さんに、留学先で私がどのように過ごしているか気になるからブログを書いて欲しいと言われたのよ。

これから作るわ。」

なるほどな。

そんな面倒くさそうなことまで請け負うとか、本当に由比ヶ浜のこと好きなのな。

ほんと、ゆるゆりくらいで留めておいてください。

「それじゃあ、まず、私がお手本を見せまーす!

小町ちゃん、開始の合図よろしくっ!」

「りょーかいです!

それでは、よーい…スタート!」

そう言って小町は高く掲げたストップウォッチを大袈裟に振り下ろす。

 

「あたしがゆきのんにプレゼントするのは…これでーす!」

由比ヶ浜は背中に隠していた20cm四方の箱を俺たちに見せつける。

「そう、炊飯器です!

きっと、ゆきのんも向こうで1年も暮らしていたら、日本の味が恋しくなるはず…。

日本と言えば、米。

おいしい炊き立てのご飯が食べたい…。

そんなとき!

自前の炊飯器があれば、万事解決!

しかも、最新式なので早炊きだと20分で炊けちゃいます!

さらに、日本の美味しく炊ける炊飯器でホームパーティーを開けば、盛り上がること間違いなしだよ!

我ながら、ナイスアイデアだと思うんだけどなぁ。

ゆきのん、どうかな?」

由比ヶ浜は渾身のドヤ顔で雪ノ下を正視する。

「一つだけ質問してもいいかしら?」

「いいよ♪」

「その炊飯器の電源周波数は、イギリスで使えるものかしら?」

 

 

 

「え…。」

由比ヶ浜の顔は見る見るうちに青ざめていく。

 

「っていうか、電源周波数ってなに?」

いや、分からずに顔が青ざめるってどういうこと?

まぁ、おそらく、雪ノ下に何かを指摘されたという事実がショックだったんでしょうけど。

「電源周波数というのは、…」

それから約5分間、ユキペディアに掲載されている電源周波数についての解説から、その関係語句までの詳らかな説明を受けた。

「あの…、あたし分かんなかったかも…。」

由比ヶ浜は知恵熱を出して唸っている。

ここは、俺がフォローしとくか。

「要するに、お前の買った炊飯器はイギリスの家電と仕様が違うから、向こうでは使えないってことだよ。」

ポンッと効果音が出そうな素振りで由比ヶ浜は納得の表情を浮かべる。

「なんだーそれならそうと最初からそう言ってくれればよかったのにー

…。

…。

って、えーー!

これ、使えないの!?」

「あぁ。」

由比ヶ浜は頭を抱えて、ひざまずく。

「そんなぁ~」

雪ノ下はそんな由比ヶ浜を見兼ねて、なんとかフォローを入れようとあたふたしている。

「ゆ、由比ヶ浜さん。

変換器を買えば使えるから、ありがたく頂くわ。

ありがとう。」

由比ヶ浜は一転して快晴のように晴れた笑顔を見せる。

「そうなの?

ありがとーゆきのーん!」

由比ヶ浜は勢いよく雪ノ下に飛びつく。

 

「波乱の幕開けとなったプレゼン大会…、果たして勝つのは誰なのか…?

勝負の行方は後編で!」

 

「小町…、お前、誰に喋ってんの?」

お兄ちゃん、ちょっと心配になってきたよ…。



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④須らく、彼らの別れは斯くなりし。

お久しぶりです、あらがきですm(__)m
リアルタイムで読んで頂いていた方とは2ヶ月ぶりになります。
この2ヶ月間は思わぬ事態もあり、毎日忙しすぎて全くssに手を付けられませんでした。
きっと、この間にも私のssは忘れられているし、今となっては良作俺ガイルssをお書きになる作者の方もたくさんいらっしゃるので、もういいかなと思っていたのですが、今でも過去の作品を読んで感想を下さる方もいらっしゃいまして…。(とても嬉しいことに!)
投稿していない間もたくさんの方がフォローして下さり、やはり書きたいと思いました!
今の状態ではどこまで書き進められるか見当もつきませんが、今後ともよろしくお願いします(^^♪

また、③の後編について一言
第4章③は後々の伏線がたくさん詰まった回なのですが、展開的にも後に投稿した方が面白いかなと判断しまして、先に第4章を完結させてしまいました。
第4章③後編はそれこそss、もとい番外編という形で後日投稿する予定です。

それでは前置きが長くなりましたが、本文へどうぞ!!


④須らく、彼らの別れは斯くなりし。

 

8月8日。

俺の愛すべき千葉にも例外なく真夏の太陽光がギラギラと照り付ける。

成田空港の搭乗口には見知った顔も多く、薄っすらと涙を浮かべる者や、別れの一言を告げる者など様々だ。

というのも、今日は我らが奉仕部元部長の雪ノ下雪乃がイギリスへ留学するのである。

飛行機の出発時間はそれほど迫っていないが、別れが辛いのだろう。

号泣したまま雪ノ下雪乃に抱き付いて離れない女の子が一人。

おそらく雪ノ下雪乃を最も慕い、尊敬しており、雪ノ下もまた彼女を信頼している。

由比ヶ浜は5分ほど前からこの状態で、一向に雪ノ下から離れる気配がない。

まぁ、仲良きことは美しきことなりとか言うらしいから一般的には微笑ましい光景なのだろう。

しかし、周りから見れば少し異様な気もする。

端的に言えば、若干ゆりゆりしい。

その一方で、意外な面子もこの場に居合わせていた。

例えば、三浦優美子。

彼女は高校時代、その女王様気質が原因で雪ノ下と衝突することが幾度かあった。

わざわざ見送りに来たのは、意外にも三浦が見た目にそぐわず、律儀な人間だからなのだろうか。

もう一人、川…なんとかさん。

川越さんだったか?

とにかく怖い人。

彼女も俺が知る限りでは、弟以外には基本的に無関心なやつだった。

雪ノ下を特別嫌うことはなかっただろうが、この場に姿を現すほどの間柄でもなかった気がする。

それから数分間、各々が雪ノ下に何かしらのアクションを起こすのを遠目に見ていた。

雪ノ下本人は友達などいないと言っていたが、高校時代の彼女のクラスメイトもちらほら見送りに来ていた。

あの性格だから、反感を買うことも多かった反面、由比ヶ浜のようにその凛々しさに憧れる者も少なからずいたのだろう。

それはクラスメイトが雪ノ下に敬語で話していたからという理由だけでなく、態度にもはっきりと表れていた。

 

出発時刻まで残り30分を切った頃、雪ノ下はいつの間にか先ほどまで居た場所におらず、周りを見回していると陽乃さんがニヤニヤしながら俺の方へ歩いてくる。

どうしたんだい、雪ノ々下(ゆきののした)くん?

何かいいことでもあったのかい?

「やぁ、比企谷くん。

誰かお探しかなぁ?」

こちらの思惑を全て見透かしたような陽乃さんの笑顔はいつまでたっても脅威だ。

「いえ、別に。」

俺が不快感をあらわにして目線を逸らすと、陽乃さんは俺の正面まで回り込み覗き込んでくる。

その魅惑的な胸をよせながら上目遣いで男の子の目を覗き込むなんて…破廉恥な!

「ねぇ…比企谷くん。

雪乃ちゃんに別れの一言を言ってあげてよ。」

意外にも真面目な声色に驚き、思わず顔をあげると、陽乃さんは今まで見たことのない類の目線を俺に向けていた。

それはいつもの打算や計略を内に秘めたような、俺を窺う目ではなかった。

俺の知るところの陽乃さんに最も似合わない言葉かもしれないが、その目は確かに真っ直ぐで純粋だった。

決して胸の谷間に誘惑されて催眠状態に陥っているわけではないぞ!

「別れの一言と言われましても…。

それに雪ノ下はいませんよ。

もう飛行機に乗ったんじゃないんですか?」

「全く、比企谷くんは女心が分かってないなぁ。

まっ、いっか。

とにかく、私についてきなさいっ!」

「えっ、ちょ、ちょっと!」

陽乃さんは俺の手を強引に引っ張って一目散に走る。

それにしても女心ってなんだ。

女子の心中は複雑で、その度合いは男子をまさっているから、それを理解しないと恋愛という土俵にすら立てない説?

しかし、どんな状況であれやはり女の人と手を繋ぐというのは意識してしまう。

なんせ幼い頃、ケイドロで捕まった時に俺の両サイドの女子だけは服の裾をちんまりつまんでたからな。

俺の記憶では由比ヶ浜が初めてじゃないかと思う。

…なんて頭ではのんきに回想していたが、体は陽乃さんに振り回されて悲鳴をあげていた。

「んーここらへんでいいかな…っと!」

と、陽乃さんが今までの全力疾走から急ブレーキをかけて手を放したため、俺は前方に大きく投げ飛ばされる。

「はい。

お姉ちゃんがしてあげられるのはここまでだからね、比企谷くん。」

「いってっ…

って、ここは…。」

陽乃さんに連れられて、たどり着いたのは人気の少ない展望デッキだった。

「あの…」

「じゃーねー」

陽乃さんは俺を連れ回した挙句、俺を無視してそそくさと姿をくらませた。

あの人の考えることを理解できる人がもしこの世にいるなら、是非、翻訳家として俺のもとで働いて欲しい。

もちろん、誰であれ養う気はないから給料は出さないが。

しかし、空港の中にここまで閑散とした場所があることに若干の違和感を覚える。

それに空港の展望デッキと言えば、賑わいはしないまでも、それなりに人が集まってくるのではなかろうか。

もしかして、俺のぼっち力は他者の行動にまで影響を与えるほど強力になっていたのか。

俺ガイルところには人は集まらない特殊能力みたいな。

Lv5も夢じゃない!

…言っておくが、俺は既に中二病は卒業している。

今は『闇の炎に抱かれて消えろ!』なんて言ってないんだからね!

 

「一人でニヤニヤしているのは周りから見ると気味が悪いから止めるべきだと思うわ、比企谷くん。」

離陸の音をもろともせず、俺の耳元までその声は届く。

人を散々罵りつつも、あくまで口調は冷ややかな声の主はもちろん…。

声のする方に目を向けると、そこには雪ノ下雪乃が立っていた。

「こんなところで何してんだ?

もうすぐ出発だろ?」

「そうね。」

俺と目を合わせないのはいつものことだ。

だが、今は珍しく儚げな雰囲気を醸し出している。

奉仕部の部室から窓の外を眺めている時の雪ノ下のその顔をふと連想した。

「だけど、私はここに未練を残してイギリスに行くのは嫌なのよ。」

未練?

『未練』なんて言葉は、いかにも雪ノ下雪乃と相容れなさそうな言葉だ。

雪ノ下のことを知ったかするつもりはないが、少なくとも俺があいつに抱く印象とはそぐわない。

「なら、こんなところで油売ってる暇はないんじゃねえのか。」

「その通りね。

いつもならそうなのだけれど、今日はあなたに用があるの。

私自身、本当に気は進まないのだけど。」

おいおい、言ってることが矛盾しているんですけど。

それとも、俺に会うように誰かに強制されてるの?

そんなことを雪ノ下に強要出来るのは、どう考えても陽乃さんくらいしか思い当たらないが。

「あっ、その、今のは…。

ちがっ…違わないのだけれど…。」

何かを誤魔化そう、取り繕おうとする雪ノ下は明らかに不自然だった。

「いえ、本当のことを言うと、私自身、気は進まないのだけど、あなたと最後に話しておきたかったのよ。」

「言ってることがよく分からないんですけど…。」

気が進まないのに、話したいって…。

何か知らんが今日の雪ノ下は変だ。いつもと違う。

「えっと…、その…。

これを比企谷くんに渡そうと思って…。」

そう言って、雪ノ下はかばんから丁寧に包装された黄色の箱を取り出して俺に差し出してきた。

「これはどういうことだ?」

雪ノ下は俺と目を合わせようとせず、胸の前で手を合わせてモジモジしている。

「な、何をとぼけているのかしら。

今日が何の日か考えればすぐに分かることだと思うのだけれど。

けれど、仕方のないことよね。

あなたがこれまで生きてきて殆ど経験したことがないことでしょうし。」

「今日はお前がイギリスに旅立つ日だろ。」

雪ノ下は「はぁ~」っと肩を落とし、気怠そうな目で俺を睨む。

なんか、俺悪いことしましたか!?

してないよね?

「まったく…。」

心底憐れむような目を俺に向けるのはいつも通り。

だが、今はその中に照れや恥じらいが垣間見えてしまう。

これは俺の自意識過剰なのか?

「…今日はあなたが生まれてから19回目の誕生日でしょう?

これは誕生日プレゼント。

自分の誕生日を忘れるなんて、どうすればそんな頭になるのか不思議ね。」

 

「誕生日プレゼント…。」

 

小町が生まれてから親にもまともに祝われていない俺が、家族以外から誕生日プレゼントをもらうのは勿論、初めてだ。

友達がいない上に、夏休みのど真ん中に誕生日があるから、祝ってもらったことなど一度もない。

素直に嬉しいという感情がなかなか出てこないのは、驚嘆という衝撃がいつまでも胸の中に居座っているからだろう。

「あ、ありがとうございます…。」

「どういたしまして。

中身は帰ってから見て頂戴。

今は、誕生日プレゼントの感想をもらっている暇はないの。」

「分かった。

もう行くのか?」

「いいえ。

今からあなたに言わなければならない事があるの。」

「なんだ?」

「えっと、言わなければならないことは内容的に分類すると8個あって…。

まずは…」

俺に8個も言いたいことがあるってなに?

怖すぎるから!

イギリスに行く前に罵倒しまくって、すっきりしておきたいってことか。

俺の繊細なメンタル面についても考慮して欲しいね。

 

「おかしいわね。

あなたに言おうと思っていたことがたくさんあったから、昨日、纏めておいたのに…。

忘れてしまったわ。

どうしたらいいのかしらね。」

なんだよそれ。

8個あったんじゃないのか。

「さあな。

まぁ、言葉で伝えられることなんて、たかが知れてるだろ。

別に無理に伝えなくてもいいんじゃねえか?」

そう。

思っていても言わない方がいいこともある。

雪ノ下さんの言葉は酷く辛辣であることを自覚して欲しい。

「そうね。

曖昧さを孕んでる言葉では、本当の気持ちは伝えられないのかもしれないわ。

なら、行動で示すしかないと思うのだけれど…。

ね、比企谷くん?」

そう言う雪ノ下はそれまでとは打って変わって、なんとも言えない表情を俺に向ける。

どう表現すればいいのか…。

適切な言葉は見つからない。

だが言えるのは、その可愛すぎる悪戯めいた笑顔で上目遣いをするのは反則だということだ。

俺のようにわきまえていて、且つ経験値が高い男じゃなかったら、マジで惚れちゃうから気を付けた方がいいと思う。

「そ、そうだな。」

「ねぇ、比企谷くん。」

間髪入れず迫ってくる雪ノ下は怖かった。

迫ってくるのは物理的な距離はもちろん、なんかこう…雪ノ下の迫力みたいなものも一緒に。

 

「不本意ながら…本当に不本意なのだけど…。」

 

 

 

 

 

 

「私は比企谷八幡のことを好きになってしまったのよ。」

 

 

 

「え…?

 

いや、どういう…」

 

と、呆けていたのも束の間。

雪ノ下は何も言わずゆっくりと俺に顔を近づけてくる。

俺は少しずつ仰け反る。

雪ノ下から自分の顔を遠ざける。

すると、離れようとする俺の顔を雪ノ下のてのひらが包む。

もう、これ以上離れられない。

 

「ゆ、雪ノ下…?」

 

近い!近いって!

 

 

そして、俺の視界は雪ノ下の可憐な顔でいっぱいになる。

そして、至近距離で目が合う。

そして、彼女は目を瞑る。

そして…

 

 

 

 

 

 

俺の唇と雪ノ下の唇が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きです。

比企谷くん。」

 

雪ノ下は薄っすら頬を染めながら、これまでのあいつからは想像できないような屈託のない笑顔を浮かべる。

雪ノ下のこんな笑顔を見たのは初めてだ。

 

「い…、いや…

な、な…」

 

「私はきちんと行動で示したわ。

今度はあなたの番よ、比企谷くん。」

『ばん』ってなんだ!?

晩?盤?板?

未だに、状況が飲み込めてないのに、雪ノ下は前に進もうとするから訳が分からなくなってきた。

「と言いたいところなのだけれど、流石にそれは酷かしら。

どちらにせよ、私はあなたと1年間会うことはないのだから、ゆっくり考えて頂戴。」

「あの…雪ノ下さん?」

「それと、その誕生日プレゼントの中に手紙が入っているのだけれど、そこにホームページのアドレスを書いてあるわ。

あなたは、あの企画で1位ではなかったけれど、特別に閲覧の権利を授けるわ。」

「それはどうも…。」

「それじゃあ

 

また――――――――ね。」

 

雪ノ下はそっと歩き出す。

その足音は小さくて聞こえなかった。

離着陸の騒音にかき消されたわけでもないのに。

雪ノ下は音を立てず、けれど踏みしめるように一歩ずつ俺から遠ざかっていく。

何かを待っているかのように。

その背中に伝えるべき言葉は何かしらあったはずなのに、俺は口を開かなかった。

雪ノ下の姿は曲がり角に消える。

 

だが、曲がり角から覗く彼女の影は一旦止まった。

 

そして、また動き出した影は今度こそ見えなくなる。

 

あまりにもあっけない別れ――――。

惜別の情が湧いたのは、それから随分後のことだった。

 

第4章 こうして、別れは唐突に訪れる。(完)



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