【完結】ハリー・ポッターとラストレッドショルダー (鹿狼)
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プロローグ

初投稿作品です、
何とか完結できるよう頑張ります。


それはかつて「異能生存体」と呼ばれていた。

それは不死身の力……では無い、

それは死なない力、

それは死なない状況を作り出す力、

それは死ぬことのできない力、

それは街も、星も、大切な人を犠牲にしてでも生き残る力、

……呪いの力であった。

この呪いのために彼は苦しみ、絶望し、悲しんできた……。

 

しかしそれも今終わる。「異能」といえども寿命には逆らえなかったのだ。そして彼は幸せの中にいた、かつて幾度も共に死線を潜り抜けた3人の友、共に緑の地獄を、神の棲む星を生き抜いた仲間、そして唯一彼の子供といえる存在、彼らに見守られ確かな幸福を感じながら彼は眠りについた。かつてその手から抜け落ちた彼にとってのささやかな望み、彼女のもとへ行くために、覚めることの無い、永遠の眠りについたのだ……。

 

 

 

ついた、はずだった。

 

 

有り得てはならない目覚め、そして彼が見たのは既に息絶えた女性と、赤子となった自身の姿だった。

 

彼は……俺は理解した、何が起こったのかを、「異能」は俺をとらえて離さなかったのだ、異能は「記憶」と「人格」を保ったまま俺を転生させたのだ、どこか別の銀河、別の宇宙に……

記憶と人格を保ったまま転生する。それは生まれ変わったと言えるのか?死んだといえるのか?俺はこれを「死」だとは思えなかった、認めることも出来なかった。

俺の肉体は死んだ、しかし俺の魂は死ぬことができなかった、俺は再び地獄へ迷い込んだのだ。

 

しかしそれは今までに比べればはるかにマシな地獄だっただろう、

生まれると同時に母を失った俺を引き取ってくれた、新たな両親は俺に惜しみない愛情を注いでくれた。それは炎によって両親の記憶を奪われた俺にとって初めて感じるものだった、かつて…もう出会うことのできない彼女と交わした「愛」、もう二度と感じることないと思っていたそれを彼らは与えてくれた、それは地獄のなかで得た、かすかな炎だった。

しかしそれは、またもや炎によって奪われた、俺が6歳の時、何者かによって俺の家は炎に包まれたのだ。

母は俺を守るために死に、

父は俺を救い出すために死んだ。

俺は再び地獄へ、地獄の最底辺、ボトムズへ叩き落とされた。

 

 

……再び愛を奪われた俺に残されたものは何もなかった。

もう愛を得ることも

もう希望を抱くことも

もう死ぬこともできない

あてもなく俺は地獄をさまよう

絶望のまま…惰性のまま…

 

地獄をさ迷い続けるキリコ・キュービィー、

地獄に再び炎が灯ったのは11歳の誕生日の時であった。




魔法界を真っ二つに分けた、闇払いと
死喰い人が、杖を交えて数十年。
死喰い人の長が滅ぼされ、ようやく終戦となった
大戦の末期。イギリスの辺境、リドの町の
闇の中で物語は始まった。『ハリー・ポッターと
ラストレッドショルダー』、お楽しみに。


次回予告ネタは続けられるだけ続けます……。


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「賢者の石」篇
第一話 「開演」


事実上の第1話です、
予定としては
Part3まではキリコによる被が…
…活躍は抑え目で行こうと思います。


…その日の天気は雨だった。

季節は夏だったがこの国はイギリス、夕刻になれば少し肌寒くなる、雨なら尚更だ。

確かあの日は、そんな日だった。

 

俺は自分以外誰も居ないこの家で、一人読書に耽っていた。

何の本だったかは覚えていない、いや、今を忘れられるものなら何でも良かったのだろう。

唯一の希望が潰えたあの日から、俺は惰性のまま生きるしかなかったのだから。

 

 

 

 

遥か昔の記憶が、今でも思い出される。

何処もかしこも鉄と硝煙、血と戦争で溢れていたあの世界。

牙を持たねば生きていけないあの世界で、右肩に鮮血を背負い続けたあの日々。

そこで俺は、白いシーツのベッドに横たわっていた。

 

「…キリコちゃん!」

 

勢いよく開かれた扉の音が、掠れた耳に僅かに響く。

朦朧とする景色だったが、それが誰かは直ぐに分かった。

…最初は利害の一致に過ぎなかった、だが数々の地獄を共に潜り抜けていく内に、それは仲間と呼べるモノに変わっていった。

 

「―――キリコ!」

 

かつては明るく快活だった声も、今では漸く落ち着いてくれたようだ。

少し皺ができた手で、彼女は俺の手を握った。

 

「キリコ! 聞こえてるの!? 聞こえてるなら返事をしてちょうだいよ!」

「落ち着けココナ! 落ち着けって…ブフォッ!?」

 

鈍い打撃音が部屋に響く、この遣り取りも今となっては愛おしい。

思えば彼女が居なくては、俺は無事ではいられなかった。

治安警察に捕まった時も、彼女が説得してくれたんだと、とっつぁんは言っていた。

結果的に彼女の思いは裏切ってしまったが、その思いは純粋に嬉しかった。

…こう何度も見せられては、流石に呆れてくるが。

 

「痛っいじゃないの!?」

「うっさい! あたいは今キリコと話してるんだ!」

「お母さん…あの…お客さんみたいだけど」

 

確かあの二人の娘だったか、彼女の声の後聞こえてきたのは重い足音。

この足音も忘れはしない、彼も来てくれたのか。

 

「…キリコ」

「…シャッコか」

 

始めて出会ったクメンの地獄、それからクエントで再開した時の嬉しさ。

神の後継者を演じていた時に傷つけてしまったが、事情を知った後はあっさりと許してくれた。

それからもア・コバのバトリングといい、ヌルゲラントといい頼れる戦友でいてくれた。

 

「あー! キリコが起きた!」

「ちょっと少しは静かにしろよ! お互い良い年なんだから!」

「…そうだ、もう静かにしてやれ」

「…うん、ちょっとはしゃぎ過ぎた」

「何でシャッコちゃんの言う事は素直に聞くのかねホント」

 

年を取っても全く変わる様子の無いこの光景に、思わず苦笑が毀れる。

今思えば、この遣り取りに救われていた事もあるのかしれない。

もうここには居ないとっつぁんもだ、あいつのお人好しのお蔭で、俺は人の心を漸く取り戻せたのだから。

…まあ、金のがめつさには多少呆れたりもしたが。

 

「…やっと、やっと終わるんだね」

「ああ…本当にな」

 

長く長く、夥しい数の別れを経験した俺の命は、今終わろうとしていた。

この力のせいでどれだけ苦しんできたのだろう、悲しんできたのだろう、数える事すら苦しみを感じる。

 

「…ぶっちゃけ、寿命で死ねるか不安だったんだぜ?」

「まあ確かに…まさかコールドスリープから目覚めてるとは信じられなかったよ」

 

そうだ、彼女と戦争の無い世界を夢見て自殺同然のコールドスリープに俺は入った。

だが眠りは砂糖菓子の様に崩れ、再び地獄に堕ちた。

そして、その果てに彼女を失った。

フィアナという、ほんの僅かなささやかな祈りは、まさに炎の如く掻き消えてしまった。

 

それでも尚俺は生き続けた、それが彼女の祈りでもあったからだ。

俺は生きた、地獄の中で、何度も何度も戦いに呑まれながら。

死にたくても死ねない悪夢の中でもがき続けた。

…その中で手にした者も、僅かにあった。

 

「…………」

 

徐々に冷たくなる手に、人の温もりが滲みて行く。

かつて神に無理矢理押しつけられた、いたいけなる混沌。

それも今はすっかり大きくなり、柔らかかった手はいまはごつごつとしている。

 

「…お父さん」

「…………」

「…お疲れ様」

 

俺の無口な所まで完全に移ってしまったのか、最後の別れだというのに碌な言葉も交わさない。

だがそれは、下手な飾りで誤魔化した言葉よりも遥かに優しかった。

 

「そうだな…本当に…大変な一生だったな…」

「うん…やっと、やっとフィアナに会えるんだね」

 

…どんな地獄の中でも俺が生き延びてこれたのは、彼女を目指していたからだ。

本当にあの世があるかなど分からない、確かめようも無い。

しかし俺にとっては、それだけが最後の希望だったのだ。

 

時には″異能″の力によって寿命も迎えられないのではないかと不安にもなったが、幸いこうして死を迎える事ができた。

因果さえ歪める力であっても、寿命と言う絶対の法則には敵わなかったという事か。

 

「…やっぱり寂しいな、キリコが居なくなっちゃうなんて」

「言うなよ、分かるけどさあ…もう十分過ぎる位に戦ったんだ、休ませてやろうじゃねえか」

 

…次第に意識が遠のいていく、如何やらそろそろらしい。

全身が今まで感じた事の無い寒気に覆われて行く、かつての様な死に掛けの感覚とは違う確信的な″死″の冷たさ。

だが、今となってはそれすら愛おしい。

俺にとってこの恐怖は、彼女との再会を祝う春風の様に感じていた。

 

「…ココナ」

「…え? どうしたんだいキリコ?」

 

動かなくなっていく唇を懸命に動かし、俺の最後の思いを綴っていく。

これをせずに、旅立つ訳にはいかない。

 

「バニラ…シャッコ…」

「…………」

「キリコちゃん…?」

 

掠れて何も見えないが、俺の人生で家族と言える彼に目線を向ける。

 

「…うん、分かってる」

 

もう何も言わなくても分かっているらしい、最後に今ここに居ない彼等の名前を呼ぶ。

ゴウト…

そしてフィアナ…

 

「…皆に会えて良かった…」

「―――!」

 

硝煙の染みついた体に、冷たい水が滴り落ちる。

冷え切った手を、誰かの手が温める。

既に何も聞こえないが、思いは十分に分かった。

皆の事を―――決して――――忘れない―――――

 

…体が重い、全身に重しがついた様だ。

目の前は暗く染まり、何も見えない。

ここがあの世なのか?

天国には見えない、地獄へ堕ちたのか?

 

…体を動かそうとするも、上手く動けない。

いや、まるで体が自分の体ではない様な感覚だ。

何とかしようと腕を伸ばした時、俺は決定的な違和感に気付いた。

 

…この腕は誰のだ?

俺の腕はこんなに白くない、それに柔らかくもなければ短くもない。

まるで赤子の様な…

 

まさか、そんな事が?

いやある筈がない、そんな出鱈目あってたまるものか。

脳裏を過る予感から逃げる様に周りを見渡し、今を確認しようとするがそれは現実をより深く叩き付けるだけだった。

 

天井を回る、メリーゴーランドの様な物。

周りを覆う、ベッドの柵の様な物。

…認めたくなかった、だが認めざるを得なかった。

 

…俺は赤子として生まれ変わったのだ。

こんな事が起きた理由は一つしかない、異能だ、異能は俺の精神を生き残らせたのだ。

肉体を生かせなかったから、精神だけ生き残らせたのだ。

 

しかし、俺が落とされた地獄はこんなモノではなかった。

自らの今を知ろうと懸命に首を動かす中で、俺は見てしまった。

一人の女性が、ベビーベッドに凭れ掛かっているのを。

 

一目見て分かった、動かない肩、血の気の感じられない顔、口から垂れる赤い液体。

彼女は既に死んでいた。

その意味も、すぐに分かった。

彼女は俺の母親だ、何故だかは分からないが、俺は再び孤独になったのだと。

 

 

 

 

間も無くして俺は警察に保護され、孤児院に送られた。

だが母親が誰だったのかも分からず、分かっていたのは、この世界でも俺がキリコ・キュービィーだったという事だけ。

それは非情にも、異能の力までそっくりそのままだという事も意味していた。

 

孤児院での生活に、不自由はなかった。

食事は質素な物、多少のルールを強要されたが、何れも前世より圧倒的に楽かつマシなものだったからだ。

暮らしてすぐに分かったが、俺が生まれ変わったのはアストラギウスとは別の銀河…もしくは別の世界だった。

 

そこにはどこまでも続く戦いも無い、無論俺の力と過去を知る者も居なければ追われる事も無い。

あそことはまるで違って、少なくとも俺の居た国は平和といえる。

 

…しかし、しかし希望だけは何処にも無い。

異能生存体の力が魂にまで働く事が分かった、それはつまり、どう足掻いても彼女の居る場所へ行けない事を意味する。

 

ささやかな望みが、永遠に幻想のままであると知ってしまった俺は絶望した。

彼女に会えないなら、何故生きるのか。

何の為に生きて行けばいいのか。

俺は何に縋ればいいのか。

そうだ、俺は賽の河原に落とされてしまったのだ。

 

 

 

 

…それでも、救いが無い訳ではなかった。

四歳の頃、孤児院に二人の男女が訪れた。

如何やら子供を産めない体らしく、その為ここに来たらしい。

 

よくある話だ、これまでにも何人もここを訪れている。

最も俺を選ぶヤツらは居ない、正確には選ばれない様にしていた。

理由は簡単だ、俺は全てに疲れていた。

関わる事にも、築く事にも深める事にも、そして失う事にも。

にも関わらず彼等は俺を選んだ、それを当然疑問に思った。

 

何故、俺なのかと。

彼は答えた。

君が一番寂しそうだったから。

彼女は答えた。

君はきっと、一番優しい子だから。

 

…彼らが何故そう感じたのかは、いまだに分からない。

何回か聞いては見たが、何れも同じ答えしか返ってこなかった。

しかし、理由が分からずともその言葉は、深く胸に響いた。

そして俺は、彼等の養子になったのだ。

 

そこから俺の人生は大きく変わった、劇的に変わった訳ではないが、決定的に変わった点が一つある。

彼等は俺に、惜しみない愛を注いでくれたのだ。

前の世界でもこの世界でも、親の愛を知る事のできなかった俺にとって、それは初めて感じる温もり。

 

二年間、俺は間違いなく救われていただろう。

親の愛が、これ程までに優しいものだったとは。

…そう、それは二年間だけだった。

 

俺が六歳の時、家は火に覆われた。

それも俺が気付いた時には、火が回りきり手遅れだった。

…だが俺は生き残った。

 

彼女は全身を炎に包まれながらもその身を挺し、俺を炎から守ってくれた。

彼は一人炎の中を走り、俺を炎の中から連れ出してくれた。

…数刻後消防隊が到着した頃には、二人とももう息をしていなかった。

俺は彼等の命を喰らい、生き残ったのだ。

 

 

 

 

あれから数年、保護者を名乗り出たヤツ等は居たが全て断った。

再び両親を失った俺は、また大切な人を失うのを恐れていたのだ。

誰かと関わる気力すら失った俺は、雨の中、誰も居ない家で一人本に逃げ込む。

現実を忘れる為に、昨日も今日も、明日も明後日も…

 

唐突に鳴らされる玄関の音。

…空想の中に逃げるのも許されないのか、と自嘲しながら玄関へ向かう。

近所付き合いは最低限のみ、勉強も通信講座ですましている以上学校でもない。

なら大方セールスの類だろう、さっさと断り読書に戻ろう。

そして扉を開けた時、俺は目を丸くした。

 

何故なら、目の前の男は余りに怪しかったからだ。

人の事は言えないが厳つい顔つきに、全身を覆う黒いローブ。

頭髪は洗っていないのか、ベッタリと張り付いている。

形容するならば、育ち過ぎた蝙蝠と言った所か。

…警戒するなという方が無理だった。

 

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「……………………」

「……………あー…」

 

先に口を開いたのは、怪しすぎる男の方だった。

 

「キリコ・キュービィーで合っているな?」

「…何の用だ」

「我輩の名はセブルス・スネイプ、ホグワーツ魔法魔術学校の入学案内をする為に、ここへ来た」

 

俺は思った、こいつは一体何を言っているのだと。

 

 

 

 

「…ああ、すまん」

 

椅子に座るその男、セブルス・スネイプにコーヒーを差し出す。

ヤツは軽く礼をした後一口飲んだが、眉間によった皺をより深くしながら角砂糖を三粒入れていた、どうやら苦すぎたらしい。

 

最初は頭のおかしい不審者か胡散臭い宗教勧誘かと思ったが、それにしては目も口調もしっかりとしている。

嘘を言っている様には見えず、仮に本当に不審者だったとしても多少話してやるくらいいいだろう。

そう考え家に入れる事にした。

 

普通に考えればこんなヤツを家に入れるなど考えられない、俺は自分でも気付かない程人との関わりに飢えていたのかもしれない。

誰かと関わる事を拒絶しているのに、誰かと関わりたいと願う。

そうした矛盾を、心の奥底に押しとどめながらヤツの話を聞いて行く。

 

いわく、この世界には魔法と言う一般人には秘蔵された神秘の業が存在し、ホグワーツ魔法魔術学校はそれを学ぶ事ができる場所。

それだけでなく魔法に関わる概念や魔法使いが持つべき理念、制約や常識などを学ぶ事もできる。

そこには誰でも入れる訳ではなく、魔法を扱う素質があるヤツのみが入学できる。

逆に言えば、魔法の素質さえあれば過去魔法に関わってこなかった…向こうで言う処の″マグル″でも入学できる事。

 

「…俺に素質が?」

「左様、魔法使いの素質がある者を見つけ出す為の魔法がある」

「…………」

 

そうは言うが、俺は今まで魔法などした事もない。

本当に素質があるのか?

その疑問を見透かした様に、ヤツは話し出す。

 

「疑問に思っているようだな、自分が本当に魔法使いなのかと。

だが間違いなく魔法使いだ、これまで生きてきて何か、既存の物理法則に囚われない不可解な現象を目にした事はないかね?」

 

無い事は無い、今まで何回か不思議な事が起きた事はある。

…だが、それが魔法なのか異能なのかが分からない。

疑問を何となく察したのか、眼前の男は懐から杖を取り出すとそれを振るった。

 

「…………!」

「これが呪文というものだ」

 

机に置いておいたカップの中身は、途端にコーヒーから紅茶へと変わる。

更に本棚の本が次々と動き出し、集まり変化した後烏に変身した。

…成程、ヤツの言っていた事は本当の様だ。

事前に仕掛けておいた可能性もあるが、俺がそれに気付かない訳はない。

 

「…魔法を見ても驚かんとはな…やはり魔法についての知識を持っているのかね?」

 

俺はその問いに、首を振る事で答える。

驚いていない訳では無いが、こういった超常現象に慣れているのが反応の少ない理由だ。

何せ俺の異能だって魔法の様なモノ、出鱈目なのは両方ともだ。

 

(…出鱈目? 両方共…?)

 

その瞬間、俺の脳裏に一つの可能性が走った。

″異能生存体″、″魔法″。

どちらも同じく出鱈目な力だ、そう、両方共…同じような力だとすれば。

 

「君がホグワーツへ入学すると希望するならば、今すぐ入学する事ができる。

しかしそうでないのなら、本日の記憶を消さねばらな―――」

「入ろう」

「…何?」

 

目を丸くしながら聞き直してくる、早すぎる返答に少し戸惑ったらしい。

その混乱を消す為に、俺は改めて明瞭に断言した。

 

「…ホグワーツに、入学させてほしい」

「…さようか、ならば…」

 

今度は聞きもらしてはいない様だ、ヤツは一枚の羊皮紙を取り出す。

そこに名前をサインする事で、入学手続きが完了するらしい。

 

「これに名前を書けば、君は正式にホグワーツの新入生となる。

正しこの紙はただの書類ではない、魔法契約が掛けられている」

 

魔法契約とは何だ? 名前から察するに魔法による契約だろうが…

直球過ぎる推測を他所に、ヤツは詳細を語り始める。

 

「魔法契約とは文字通り魔法による契約だ、名前を書く事は単なる証拠では無い、契約に対する決意を証明しているのだ。

よって一度書いたら最後、決意を破れば…相応の報いがある」

 

…成程、つまり契約を破れば誰かが見ていなくても、自動的に制裁が行われるという事か。

だが問題はない、既に心は決めてあるのだから。

羊皮紙と一緒に差し出された羽ペンをインクに漬け、俺の名前を刻み込む。

すると俺の名前は光を放ち、染み込む様に消えて行ってしまった。

 

「…成程、余程魔法が魅力的だったらしい、これで君は魔法使いの世界の住人となった。

であるからには守らねばならぬ義務がある」

「…義務」

「魔女狩りを知っているかね? あの愚かな歴史が証明している様にマグルは魔法族を恐れる。

魔法界が隠蔽されていたのはそれが理由だ、例え我々に犠牲がでなくとも大きな騒乱を巻き起こす。

よって魔法界には、魔法の事をマグルに教えてはならぬという法が存在している」

 

要するに余計な面倒を避ける為に、誰にも言うなという事か。

もっとも言った処で、信じるヤツは殆ど居ないだろうが。

 

「…了解した」

「左様か、では次の説明に入ろう」

 

その後ヤツは入学するに当たって必要な物や、準備等を説明した。

そして入学用品を買うのには自分が同行すると言ってくれた、何故かと聞いた所「教員の義務」と言っていた。

一通り言い切った後、ヤツは「明日の正午頃準備して待っていろ」と言い残し帰って行った。

 

「では、吾輩は失礼する」

「ああ…………」

「…………?」

「いえ、これから宜しくお願いします、スネイプ先生」

「…ああ」

 

顔を上げた頃には、既に居なくなっていた。

…ヤツを見送った俺は考えていた。

魔法の事を、今まで思いつきもしなかった可能性に俺は僅かな希望を見出した。

この力なら終わらせられるかもしれない。

この力なら叶えられるかもしれない。

この力なら―――

 

 

 

俺 を 殺 せ る か も し れ な い 。

 

 

 

地獄に下ろされた蜘蛛の糸を、慎重に手繰り寄せ俺は登り出す。

この地獄から逃れるために、今度こそ「彼女に」出会うために。

例え登りきった場所が、新たな地獄だとしても…




異能の手を逃れたキリコを待っていたのは、また地獄だった。
戦いの後住み着いた絶望と怠惰。
魔法使いが生み出したソドムの街。
悪徳と野心、頽廃と混沌とを大鍋にかけてブチまけた、
ここは魔法界のゴモラ。

次回「ダイアゴン」。
来週もキリコと地獄に付き合ってもらう。


ダイアゴン横丁がソドムと化していますが気にしてはいけません。


追記 後書きを少し修正しました。


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第二話 「ダイアゴン」

いまはこの投稿ペースだけど
絶対遅くなっていく気がする。
それでも何とか頑張っていきます。

…事前に書いとけばよかった


その日の家事を一通り終わらせた後、俺は椅子に腰掛けながら入学案内を眺めていた。

必要な物の欄には杖にローブ、制服に教科書、連れていける動物の種類等が書かれているが、それらが何処で買えるのか見当もつかない。

金もありったけ持ち出してはみたが、使えるかすら俺には分からないのだ。

 

だがそれは魔法を知らなかったのだから当然、だからこそ教員が付き添ってくれるのだろう。

準備を終わらせ、少し経った頃12時丁度に玄関のチャイムが鳴り響いた。

 

「…こんにちは」

 

やって来たセブルス・スネイプは相変わらず不機嫌そうな顔を崩そうとはしない。

…いや、これが素なのだろう。

 

「準備はできているな、行くぞ」

 

そしてヤツは右手を俺に突き出した。

…握ればいいのか?

心の中で首を傾げているとますます不機嫌そうになってきたので、さっさと手首を摘む。

 

その瞬間胸を引っ張られる様に―――景色がぐるりと回り見知らぬ光景が現れた―――かと思った時にはまた別の薄暗い光景に―――次の瞬間、俺は地面に転がっていた。

 

いや転がってはいない、少し姿勢を崩しただけだ。

今のは瞬間移動の類いだろうか、体勢を立て直し周囲を確認すると、大勢の驚く顔が飛び込んできた。

 

「…ここは?」

「″漏れ鍋″というパブだ、ここから″ダイアゴン横丁″に向かう」

 

成程、確かに充満したパイプやアルコールの臭いは、正にパブそのものだ。

横丁というからには商店街、それも魔法使い専用の店があるのだろう。

…だが、そこは何処にあるのだろうか。

 

「おや珍しい、いらっしゃいスネイプ先生。

…そちらの子は?」

「本年度の入学生だ」

「そうですか、こんにちは坊や、私はこのパブを営んでいるトムと言います」

「…キリコ・キュービィーだ」

 

その後トムは何か話したそうにしていたが、スネイプが此方を睨んでいるのに気付き早々に切り上げた。

 

そしてスネイプの後を追い奥の扉から外へ出る、そこからダイアゴンに繋がっているのかと思ったが、そこはバケツや箒が置いてあるだけの裏路地だった。

 

此処からどう行くのか、疑問に思っているとヤツは懐から杖を取りだし、煉瓦の壁を複数回叩く。

すると煉瓦は怒濤の勢いで回転しながら組変わっていき、気付けば巨大なアーチができたがっていた。

 

「ここがダイアゴン横丁だ、大抵の物はここで揃う、だがまずマグルの貨幣を換金しなくてはならない、持ってきているな?」

「…はい」

「宜しい、ではまずグリンゴッツへ向かう」

 

使えるか不安だったが換金できるのか、不安を払拭された事で俺は周りを見渡せる様になる。

箒の店にローブの仕立て屋、何に使うのか見当もつかない巨大な大鍋にガラス瓶等見た事もない店が立ち並ぶ。

 

そこらでは魔法で動かしているらしい人形が躍り、客の目を引く。

俺は改めて、今までいた世界とはまるで違う事を実感していた。

 

見知らぬ場所は幾つもさ迷ってきたが、ここまで非現実的、そして興味をそそられるのは始めてだ。

そうこうしながら街を歩いていると、他と比べ明らかに巨大で浮いている建造物が見えてきた。

 

…あれがグリンゴッツか、その予想通りスネイプの足は向こうに向かっている。

続いて中に入ると、大勢の人が忙しなく行き来していた。

 

中でも一番目立つのはあの銀行員の様な生き物だろう、鬼というには小さくゴブリンの様な印象を受けるその生き物は丸眼鏡をかけ髭を生やし、シワ一つ無いスーツを着こなしながら天秤を使って作業している。

 

珍しい者を眺めていると、一番奥の高い机に座っているゴブリンに目が合う。

スネイプの視線もあそこに向いている、換金場所はあそこなのだろう。

 

「マグルの通貨を換金したい」

「換金ですね、では係の者を呼ぶので少々お待ち下さい」

 

受付が手元のベルを鳴らすと、換金担当のゴブリンが現れた。

ヤツの後を付いて行き、奥の小さな部屋へ案内されると換金手続きが始まる。

ありったけの金を持ち出してはみたが、果たして足りるのだろうか。

 

「…ふむ、この量ですと…こちらの額になります」

 

貨幣を図り終え差し出された用紙を見てみるが、魔法界の物価を知らない俺にはさっぱりだった。

 

「…先生、これは十分なんでしょうか」

「…数年間は持つな、だが十分ではない」

「…足りなくなったら」

「何、返済不要の奨学金がある、それを使えば問題ない。

…もっともお前にそれだけのやる気と才があればだが」

 

…節約すれば十分持つか、やる気に関しても問題ない。

この入学には、俺の人生全てが掛かっていると言ってもいい、やる気が出ない訳がない。

 

その後換金ついでに金庫を作る事になった、金庫管理もやっているとはな、ここは魔法界の中でも特に大きい銀行なのだろう。

換金された魔法界の貨幣を受け取った後金庫へ案内してもらう、そして俺は久し振り猛スピードを体験する事になった。

 

乗り込んだトロッコは減速という概念を知らないかの様なスピードで走り、急カーブやら一回転に跳躍等ジェットコースター顔負けの駆動をし、軽く気持ち悪くなった所でやっと金庫に辿り着いのだった。

 

 

 

 

換金を終わらせグリンゴッツを後にした俺達は、遅めの昼食を取る事にした。

とはいえ二人ともそんなに腹が空いてもいないので、出店でサンドイッチを買う事にした。

尚買ったのはキューカンバーサンドイッチ…キュウリサンドだ。

 

しかし貧相と舐めてはいけない、塩による濃い味付けを施されたキュウリはしっかりとした味を主張している。

更に塩のおかげでパンが水浸しになる事もなく、野菜の生臭さも消している。

流石かつても上流階級御用達だった事はある、…最も今や庶民の味方だが。

 

最初に訪れたのは薬問屋だった、スネイプはホグワーツで魔法薬学という科目を請け負っているらしく、どんな材料が良いか、どんな薬瓶が最適か…等といったアドバイスをしてくれた。

 

その後は鍋屋にマント、望遠鏡の店等で必要な道具を買い揃えていった俺達が次に訪れたのはオリバンダーという職人が営んでいる杖屋だった。

かなり有名らしいが、肝心の店内は埃っぽく細長い箱が散乱していたりと、お世辞にも儲かっているとは考えにくい。

 

「…不安そうだな」

 

…顔に出ている程だったか、ヤツはそう呟きこの店の利点を説明してくれた。

 

「杖は一生使う物、使い手の素質を見抜き、その力を引き出す重要な要素だ。

故にその辺の出店で売っている様な粗悪品を買うのは素晴らしい愚か者と言える、それに対しオリバンダーが作る杖は芸術品とも言える」

「そこまで言って頂けるとは、長年生きた甲斐があります」

 

そう言いながら箱の山から現れた老人、ヤツがオリバンダーか。

待ちくたびれたといった空気を纏いながら、スネイプが要件を伝える。

 

「この子の杖を選んで貰いたい」

「分かりました、初めまして私はオリバンダーと申します。

杖というのは一本一本強力な力を持った物を芯に使っております、同じユニコーンの毛でも同じ個体はおらず、故に同じ杖はこの世に一つとして―――」

「あー、吾輩は必要な教科書を買ってくる、ここでじっくりと杖を選んで貰いたまえ」

「…………」

「…では採寸からいきましょう、…杖腕はどちらですかな」

 

うんちくを無慈悲にたたっ切られた店主は少し物悲しい顔をしながらも採寸をし、終えた後店の奥に入り、一本の杖を差し出してきた。

 

「樫にドラゴンの髭、23cm、頑固だが火に適する」

 

杖を受け取った俺はそれを空で一振りする。

…しかし何も起こらず、念の為もう一度振ろうとする前に杖を引っ手繰られてしまった。

 

「駄目ですな、では次、杉に人狼の頭髪、21cm、極めて気難しい」

 

再び杖を振るうが、先端から軽い風が吹いただけでそれっきり何も起こらなかった。

 

「ならばこの新品の杖はどうでしょう、特殊形状記憶合金テスタロッサにキューブ、最新技術を惜しみなく搭」

「次だ」

 

そんな杖あってたまるか、その杖を即座に断った後も幾つか試してみたがどれもしっくりこない。

そのうち店主は店の奥に入ったきり出てこなくなってしまった。

気付けばスネイプが戻って来てしまっている、驚いた顔を浮かべているあたり相当時間が掛かっているらしい。

…その時、店の奥から地鳴りの様な音が聞こえてきた。

 

「…一体何の音だ?」

 

箱でも崩れたのだろうか、すると店主が奥からやっと出てきた。

…他と比べ明らかな異彩を放つ、巨大な箱を持ちながら。

 

「ありました、この店開業以来誰も触れた事の無い杖ですが、もしかしたら…」

 

そう言いながら箱を開け、取り出された杖は箱同様今までとはまるで違う、禍々しささえ感じられる物だった。

 

「吸血樹にケルベロスの脊髄、長さ40cm太さ直径4cm、威力こそありますが重く扱い辛く極めて凶暴」

 

差し出されたそれを手に握る、…とても杖とは思えない重量だ。

指先で持つ事等絶対にできないそれを、掌でしっかりとホールドし、若干振り回されながらも振るった。

 

「わあああああ!?」

 

瞬間、閃光が弾けた。

耳を劈く爆発音と、オリバンダーの悲鳴が響き渡る。

それがやっと消えた頃、俺は店の床の一部が消し飛んでいる事に漸く気付いた。

…俺を含め全員放心状態になっていたが直ぐに気を取り戻し、代金を払い店を後にした。

 

俺はこの杖に酷く懐かしい感覚を覚えていた。

この重さ、扱い辛さ、扱う者の事を微塵も考えていない様なこの設計。

しかし、どんな敵でも打倒してくれると思える力強さ。

それはかつてあの銀河で生きていた頃、俺が信頼し常に持ち歩いていたあの武器。

″バハウザーM571アーマーマグナム″によく似ていた。

 

 

 

あの子が去った後、儂は強烈な不安に駆られていた。

それは、″例のあの人″に杖を渡してしまった時に感じた不安…とはまた違う感覚じゃった。

オリバンダー自身は分かっていなかったが、その正体は″違和感″と言うべき感覚。

あの少年が人では無い、何かバケモノの様な。

恐ろしい″異常″を呼び覚ましてしまったのではないかという、あやふやな不安だったのだ。

儂は祈らずにはいられなかった、この不安が自分の勘違いであると…

 

 

 

後残ったのは洋服だけだったので、マダム・マルキンの洋服店と言う店に行く事になった。

店に入ると、恰幅の良い中年の女性が出迎えてくる。

店内には既に、俺と同じ入学生であろう眼鏡と金髪の少年が話している。

 

「あらいらっしゃい、坊ちゃんもホグワーツの?」

「…はい」

「この少年の服を頼む」

「はい分かりました、ではまず採寸をするのであちらの台にどうぞ」

 

そのまま問題無く採寸を済ませ、仕上がるのを店内で待つ事となる。

普通そこそこ時間が掛かる筈だが、彼女は「数分でできますよ」と言っていた。

これも魔法による技なのだろう、魔法様様と言った所か。

と、色々考えながら待機していると先に居た金髪の少年が急に話しかけて来た。

 

「ん? やあ君もホグワーツの新入生かい?」

「…ああ」

 

何やら嬉しそうに話しかけては来たものの、後ろに居た眼鏡の少年は何故か機嫌が悪そうだ。

答えを考える間もなく、ヤツはまた話し始める。

 

「君の両親も彼と同じく、僕達と同族なんだろう?」

 

彼…とは眼鏡の少年の事だとして、同族とは何の事だ?

何を言っているかまるで分らなかった俺は、明らかな事だけを言うしかない。

 

「…さあな、俺の両親は死んでいる」

「あ…す、済まない…」

 

明るい筈がない返事に、空気が一気に重くなる。

暫くの沈黙が経ち、耐えきれなくなった金髪の少年が場を少しでも明るくしようとし始める。

…それは完全に逆効果だったのだが。

 

「でも君の両親はきっと立派な魔法使いだよ、何せ雰囲気が違うからね。

その大人びた空気、他の連中とは絶対に違う」

 

大人も糞も、精神は相当な歳を食っているからなのだが…

仕方のない勘違いをしたまま、ヤツの論弁は続く。

 

「君達もそう思わないかい? 他の連中は入学させるべきじゃないんだ。

僕達純血のように常識のある生き方をしてこなかったんだよ、…君は仕方が無いけど。

ともかく、手紙を貰うまでホグワーツの事を聞いた事も無いような、特にマグルの血が混じってる連中と一緒にいるなんて考えたくも無いね」

 

…果たして、これは場を盛り上げようとしているのだろうか。

真剣に疑問に思いつつ横を見ると、眼鏡の少年がますます不機嫌になっているのに気付く。

しかし金髪の方がそれに気付く様子は無い。

 

「ほら見てごらん、あそこ! 森番のハグリッドだ! 言うならば野蛮人だって聞いたよ。

学校の領地内に掘立小屋を建てて暮らしてるんだってさ」

 

途端に眼鏡の少年の顔が、怒涛の勢いで赤く染まっていくのが分かる。

…ここまで聞いて大体察したが、ヤツはあまりできた人間ではないようだ。

どちらかと言うと、()()()()の様な自尊心が高い…簡潔に言えば面倒な連中と同類なのだろう。

 

「信じられないだろ? あんな所で生活なん―――」

「終わったぞ」

 

仕立てが終わったらしい、スネイプが服の入った紙袋を持ってきてくれたようだ。

袋を受け取った後代金を払い、買い残しがないか確認する。

…問題は無いようだ。

 

「あ、あれ? スネイプ先生?」

「準備はできたか」

「はい」

 

時計をチラチラ見ながら言っている、時間が無いのか?

手を突き出し掴むよう促してくる、行きと同じ呪文を使うのだろう。

 

「あ、おい! 話は終わってな―――」

「マルフォイ、すまないが時間が無いのでな、まあ彼とは特急でまた会えるだろう」

 

と言い残したと気付いた時には、腹を掴まれる浮遊感と共に自宅の前に立っていた。

最後に何か言いかけていたようだがどうでも良い事だ、ああいったヤツの話は聞く価値も無い、面倒なだけだ。

…そもそも純血とは何の事なのだろうか、大方差別用語の類だろうが。

 

「…これで必要な物は揃ったな、では吾輩は帰らせて貰う。

ホグワーツへ行く汽車のチケットは袋の中に入れてある」

「了解しました、今日は色々ありがとうございます」

 

そう言いお辞儀をして暫く経つと、瞬間移動をした時と同じ″バチン″という音が静かな住宅街に鳴り響く。

顔を上げてみれば、ヤツの姿はもう何処にも無かった。

 

家に入り荷物の整理だけ行った後、俺は夕飯の準備に取り掛かる。

本当は今すぐ寝たい気分だったが、腹を空かしたままでは満足に寝る事はできない。

それからシャワーを浴び、ペットとして購入した鼠に餌をやった後俺はベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまった。

 

久し振りに動き回ったせいか、俺はだいぶ疲れていた。

しかしそれは今までの様な、生きる事そのものへの疲れでは無い。

地獄に垂らされた一本の糸を、紛い物でないか慎重に確かめる。

あれは幻では無かった、この疲れが確かな現実だという事を教えてくれた。

ならば焦る事はない、ゆっくりと糸を登って行けばいい。

だからこそ、今は眠ろう。

明日につながる、今日ぐらいは…

 

 

*

 

 

「只今戻りました、校長」

「おおセブルス、ご苦労じゃった」

 

今日はだいぶ疲れた、急に梟便が来たかと思えば『人手が足りないので入学案内を手伝っておくれ』と言われてしまった。

正直面倒だったが行かない訳にもいかない、吾輩以外にも手の空いてる者等幾らでも居るだろうに。

 

「それで、どうじゃった? あの子…キリコ・キュービィーは」

「彼ですか、…取り立てて言う事は御座いませんが、しいて言うなら物静かな子…と言った印象でしょうな」

 

あの少年…魔法を見せても殆ど反応しなかったのは印象的だった。

大体の連中は家族も巻き込んで大騒ぎするのだが、年の割にだいぶ落ち着いている、大人びた子供だった。

やはりあの年齢で一人暮らしをしているからだろうか、色々苦労があるのだろう。

 

…いや違うな、あれ以降も何を見ても終始無表情であった、そう考えると大人びているのではなく度胸が据わっているだけなのだろう。

…それはそれで凄まじいのだが。

 

「それにしても意外じゃのう、君が自ら新入生の案内を申し出るとは」

 

今この老人何と言った?

自分の聞き間違いかと思い、もう一度問いただす事にする。

 

「…今、何と…仰ったのですか?」

「む? 君から言い出したのではなかったのかね?」

 

非情に残念な事に聞き間違いではないらしい、このままでは吾輩は新入生の案内を好んでいると思われてしまう、直ちに訂正せねば。

 

「…校長、吾輩は人手が足りないと梟便で頼まれたからこそ貴重な時間を割き、英国の辺鄙な場所まで行ったのです。

何より手紙を出したのは校長貴方ではないですか」

「…はて? そのような事伝えたかの?」

「…………」

「おお、そんなに顔をしかめるでない、まあ儂からのねぎらいじゃ、これを舐め休むと言い。

レモンキャンディーじゃ、美味いぞ」

「………………」

 

校長室から地下に向かいつつ、右手の飴玉を握り潰していた。

とうとう耄碌して来たのかあの老人は、あれが完全に無駄足だったと考えると更に腸が煮えくりかえってくる、お蔭で薬学の学会に出損ねた。

 

…まあ、あの生徒に対し嫌な感情は抱かなかった上、真面目そうだ。

恐らく優秀な生徒になるだろう、そう考えれば少しは怒りが収まる。

 

そういえばルシウス先輩の息子には少し悪い事をしたかもしれない、もし気にしていたのなら声を掛けるべきだろう。

魔法薬学の教室の扉を開け、飴玉を口に含みながらそんな他愛のない事を考えていた

 




食う者と食われる者、そのおこぼれを狙う者。
杖を持たぬ者は生きてゆかれぬ魔法の城。
あらゆる存在が跋扈するホグワーツ。
ここは四人の賢者が産み落とした大英帝国の神秘の城。
キリコの躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、
危険な奴らが集まってくる。
次回「出会い」。
キリコが飲むホグズミードのバタービールは苦い。


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第三話 「出会い」

データが吹っ飛びかけてマジでビビった、
今度からワードを頼りにしようと反省しています。
↑「嘘を言うなっ!」

追記 宴シーン入れ忘れてました。




俺はチケットをもう一度確認し直す。

キング・クロス駅

…間違いなくここはキング・クロス駅だ。

ホグワーツ行き 十一時発

…現在時刻は十時、乗り遅れたわけでもない。

九と四分の三番線

…そして周りを良く見渡す、俺が立っている場所は九番線。

…四分の三とは何の事なんだ、俺は駅のホームで立ち尽くしていた。

 

駅員に聞こうかと思ったが魔法の存在が秘蔵されているのを思い出し止めることにした、聞いた所で狂人に思われるだけだ。

実際の所魔法同様にこのプラットホームのどこかに入り口が隠されているのだろう、入り口を探しながらホームを適当に歩き回っていた俺の視界は違和感を捉えた。

 

違和感の先、そこにあったのは子連れの家族だった。

しかしそいつらは黒いローブを羽織り、動物やら杖やらが入った巨大な荷物を押していたりと、家族旅行と考えるには明らかにおかしな恰好。

恐らくあいつらは俺同様ホグワーツへ向かう生徒だろう、ならばホームへの入り口を知っている筈だ。

そう考えヤツ等を観察していたがすぐに見失ってしまった。と言うより壁の中に消えて行ってしまったのだ。

 

…つまりそういうことか、俺はヤツ等の後を追うように壁へ向かって突っ込んで行く―――

瞬間、俺の視界には石壁ではなく広大なホームが広がっていた。

再度周りを確認すると「四分の三番線」と書かれた看板がある、どうやら俺の考えは間違っていなかったらしい。

 

ホームは列車に乗り込む子供達にそれを見送るであろう保護者で溢れている。

人混みを避けながら、俺は早めに列車に乗り込む事にした。

 

 

 

 

…列車が出発した後暫く別れを惜しむ親子の声が響いていたが、それが急に届かなくなると同時にキング・クロス駅の姿も全く見えなくなった。

周りの景色が駅周辺と明らかに違うのを見るに、駅を出ると同時に何処かへ移動していたのだろうか。

俺は少し奥の車両のコンパートメントに腰掛けながら何冊か教科書を取り出し、その中の一冊に目を通す。

 

俺の″目的″、それは俺を殺せる魔法を探す事だ。

…しかし今の俺は魔法を全く知らない、だから今はこうして教科書を読み漁り基本を固める事にしている。

長い道のりとなるだろうが…希望の欠片も見えなかった今までよりは遥かにマシな道だろう。

そして俺は教科書を読みはじめた。

 

暫く経つと車両の奥から老婆の声が響いてきた、通路に身を乗りだし覗き込むと老婆は色々な食べ物を乗せた台車を運んでいる。

車内販売か、ホグワーツまではまだ時間が掛かるだろう、ならここらで何か食べておいた方が良いかもしれない。

そう考え老婆を呼び止める。

 

「車内販売よ、何か買いますか?」

 

そう言われカートを覗いてみる。

カートの中には百味ビーンズ、蛙チョコレート、かぼちゃパイにかぼちゃジュース、砂モグラ風ロールケーキ、大鍋ケーキ…カートの中は多分…お菓子だと考えられる物ばかりであった。

余り好みの物は無かったがここで何も買わないで腹を空かすのもどうかと思ったので危険そうな物は避け、大鍋ケーキとかぼちゃジュースを買う事にした。

 

「わかりました、毎度~」

 

老婆が去った後ケーキの袋を空けてみると、そのケーキは名前の通り黒い大鍋の形をしていた。

なかなか精巧に再現したその出来に感心しつつさっそく一口食べてみる。

…なるほど、このケーキはスポンジを幾つか重ねたような構造になっているのか。

その間には淡白な味のスポンジとは対照的に濃厚な生クリームが挟まっている。

それも多すぎず、最適な量となっておりそれがスポンジと混ざりあい滑らかな舌触りと甘さを演出する。

 

それだけではない、スポンジに混ぜられた固いチョコチップはちょうどいい歯応えと苦みとなり食べる人を飽きさせない。

暫く食べた後喉が乾いた俺は、かぼちゃジュースを飲み口の中に残ったケーキごと胃に流し込む。

なるほど、こちらのジュースもなかなか旨い。

かぼちゃの味は濃すぎず少し薄味となっている、さらにジュースに混ぜられているであろうリンゴがかぼちゃの甘さのクセを和らげ、爽やかな飲み心地となっている。

 

これならどんな子供でも飽きずにどんどん飲んでいけるだろう、そして俺はジュースで喉を潤した後少し溜息をつく。

 

「…甘い…」

 

…確かに旨いのだが、正直俺の舌には甘過ぎる。

いや、子供向けならこの位で丁度良いのかもしれないが。

あの世界に旨い物が碌に無かったせいだろうか、俺も気がつけば随分味に煩くなっている。

惜しむべきはこの国がイギリスだという点か、そうでなければもっと積極的に外食に行っていたのだが。

ホグワーツの食事はどんな味なのだろう、密かに期待しながら再びケーキに手をつけ始める。

 

 

 

 

俺は別の車両から自分のコンパートメントに戻ろうとしていた。まあ用を足してきただけだが。

 

「ゲコ」

 

車両の端から聞こえた音、その方向を見るとそこにいたのは何故か蛙だった。

何故蛙が?

少し考えた後、ホグワーツに持っていける動物を思い出す。

確か…ヒキガエル、ネズミ、ふくろうの三種類だったはずだ。

俺は結局どれも不要そうだったので適当にネズミにしておいたが、こんな所に居るということは誰かのが逃げ出したのだろう。

 

飼い主が探しているかもしれないので蛙を拾い上げておく。

改めてコンパートメントに戻ろうと車両を挟むドアを開けたところ、その飼い主とすぐ出会う事となった。

 

「あっ…えっと…、…あ!トレバー!」

 

トレバー、この蛙のことだろうか、なら目の前のこの大人しそうな少年が飼い主か。

 

「…気を付けろ」

「あっ、うん…、…あ、ありがとう」

 

そして俺はコンパートメントに戻り読書に戻ろうとするが、それは勢い良く開かれたドアの音に断ち切られた。

 

「ねぇちょっといい? 貴方ヒキガエル見なかった? ネビルって子のペットが逃げちゃったから皆で一緒に探してるんだけど中々見つからなくて。

それにしても本当に魔法ってすごいわね、人が突然透明になったり物が勝手に浮いたり、動物もお菓子も見たこと無いものばかりで本当に驚いたわ、私の両親はどっちも魔法使いじゃ無いから初めて見るものばっかりで…

あ、私はハーマイオニー・グレンジャー、貴方の名前は?」

 

…怒濤の勢いで喋りきったハーマイオニー…と名乗る少女に俺は少し呆気にとられていた。

こういった性格の人間は少し苦手だが、かつての友人を思い出す。

…いや違うな、あいつは目の前の少女よりさらに元気…というより騒がしいと言った方が似合っている。

 

「ねぇ、ちょっと聞いてる?」

「…キリコ・キュービィーだ、蛙ならもう見つけておいた」

「あ、そうだったの? ありがとう助かったわ!」

 

そう言い終わりかけた所で彼女はもうコンパートメントから出て行った。

外でまだ声が聞こえるが誰かと話しているのか、蛙が見つかった事を話しているのかもしれない。

まあ何でも良いだろう、静かになり俺は″近代魔法史″と書かれた本を取り出すと栞を挟んだページを開き、読書を再開する。

 

「…ポッター君、だからそこのそいつのようなヤツとは付き合わない方が良い」

「悪いけど、自分の友達くらい自分で決められるよ」

「そうだそうだ! お前こそ考えた方が良いんじゃないか? そんな腰巾着ばかりつれてさあ!」

「黙れよウィーズリー、血を裏切る者め」

「いい加減にしろよマルフォイ!」

「いい加減にするのは君たちの方じゃないか?それに―――!?」

 

再び開かれたコンパートメントの扉、その音に怯んだのか全員目を開けこちらを見ている。

居たのは彼女ではなく、五人の少年だった。

 

「…静かにしろ」

 

読書を邪魔され軽く苛立ちながらそう言い放ち、コンパートメントに戻ろうとすると金髪のマダム・マルキンの店にいた少年…たしか…名前は…マルフォイ…だったか? そいつがまたしつこく話しかけてきた。

 

「あ! 君はあの時の…

前は聞きそびれたけど、君もホグワーツに相応しいのはそこに居る連中じゃなく、僕らのような純血の魔法使いだと思うだろう?」

「どうでもいい」

「…へ?」

「あと、俺は純血ではない」

「え!?」

 

話す気も無かったが何か返さない限り延々と聞いてきそうだったので、さっさと会話を切り上げ俺は席に戻る。

あの買い物の後本で調べたが、純血とは両親や祖先にマグルの血が混ざっていない、つまり俺の予想通り選民思想の一種だと知った。

…まあ俺の実の両親は生まれた時点で死んでしまっていた為、実際は純血かどうかなど分からないが、わざわざ教えてやる義理もない。

しかしヤツは何故俺を純血だと思っていたのだろうか。

 

そう思った時、先程の会話で″ポッター″という言葉が出てきたのを思い出した。

ポッター…俺は何かを思い出すよう手元の本を捲っていく。

…あった、このページだ。

何処かで見た名前だと思ったがそうか、額に稲妻型の傷があった眼鏡の少年。

あれが闇の帝王…ヴォルデモート卿を倒した少年なのか。

 

だがあの少年、俺と同い年という事は当時は赤子だ、一体どうやってヴォルデモートを倒したのだろうか?

ヴォルデモートを倒した方法こそ気にはなったが、それ以外の興味が沸いた訳ではなかった。

そもそも考えても分からないことはどうしようもない、俺は考えるのを止め今度こそ読書に没頭し始めた。

 

 

 

 

(イッチ)年生はこっちだ!」

 

そう叫び新入生を案内しているハグリッドという名の大男は、クエント人の様に巨大な姿をしていた。

ヤツに案内された道は薄暗く左右は木々に覆われており、しかも急激な下り坂となっている。

…前でも後ろでも既に何人か転び坂を軽く転がっている、新入生を迎えるのに何故こんな道を選んだんだ。

 

足元に注意を払いながら進んでいくと急に広大な湖が現れた。

そして向こう岸にはパッと見ると古臭いが、何百年も積み重ねられたであろう伝統が伺える荘厳な城が聳え立っていた。

あの城がホグワーツか。

周りに合わせボートに乗り込みながら、俺は湖面の炎に浮かび上がるその城を眺めていた。

 

湖をボートで渡り切り、城内の階段を登りきった場所で待っていたのはエメラルド色のローブを羽織っている壮年の女性だった。

大男は新入生の案内をマクゴナガル先生と呼んだその女性に引き継いでいき、奥の扉から出て行った。

彼女は新入生の方を見渡したあと、全員に届くよう、かつ落ち着いた声で話始めた。

 

「新入生の皆さん、ホグワーツ入学おめでとうございます。これから皆さんの歓迎会が始まりますがその前に、皆さん一人一人の寮を決めなくてはなりません。

組分けはとても大事な儀式です、ホグワーツにいる七年間皆さんはその寮の中で学び、眠ります。

また自由時間もそれぞれの寮の談話室で、そして同じ寮生は家族同然となりこれらを皆さんと共に過ごすことになります。

寮は全部で4つ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。

それぞれに輝かしい歴史があり、多くの偉大な魔法使いや魔女が卒業して行きました。

ホグワーツに居る間、皆さんの行いは自らの属する寮の得点となります。

良い行いなら得点に、悪い行いなら減点に、 そして学年末には最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。

どの寮に入るにせよ、皆さん一人一人が寮にとって、またホグワーツにとって誇りとなるよう望みます。」

 

そう話終わり一息つき、服装を整えるよう新入生に伝えると彼女は準備のためと言い奥の扉に入って行った。

組分けの儀式か、″ホグワーツ歴史書″という本を読んではきたが組分けについては極秘事項なのか全く触れられていなかった。何故たかが組分けがそんなに極秘なのか、その疑問の答えは彼女が戻ってきた事で先伸ばしとなった。

 

案内された大広間は城外同様壮大な場所だった、天井には何千という数の蝋燭が糸も使わずに浮かんでいる。

その天井も武骨な石や精巧な絵画ではなく、多くの星が煌めく夜空が広がっている。

席の方を見ると部屋の端まで届きそうな四つの長机には、上級生が絶え間なく拍手を送っている。

少し奥にある上座の机は教職員の机だろう…そして間の机に置いてあるのは…帽子か?

 

何故帽子が置いてあるんだ、そんな疑問は突如顔の様な模様が浮かび上がりその帽子が歌い出した事で完全に吹き飛んでしまった。

 

 

 

『グリフィンドールに入るなら 勇気ある者が住まう寮 勇猛果敢な騎士道で ほかとは違うグリフィンドール

 

ハッフルパフに入るなら 君は正しく忠実で 忍耐強く真実で 苦労を苦労と思わない

 

古き賢きレインブンクロー 君に意欲があるならば 機知と学びの友人を 必ずここで得るだろう

 

スリザリンではもしかして 君はまことの友を得る? どんな手段を使っても 目的遂げる狡猾さ』

 

 

 

…つまりこの歌は、それぞれの寮の特徴を表した歌なのか。

彼女が言うにはこの帽子が一人一人、どの寮が相応しいか決めてくれるらしい。

まず最初の一人が呼ばれる。

 

「アボット・ハンナ!

…ハッフルパフ!」

 

するとハッフルパフの席と思われるテーブルから歓声と拍手が上がり、次々と名前が呼ばれていく。

 

「キュービィー・キリコ!」

 

…暫く経ち俺の名前が呼ばれた。

それぞれに相応しい寮を選んでくれるらしいが自分がどの寮になるのか見当もつかない。

まあ正直な所何処でも俺にとっては大差無いのだが、そうして俺はその帽子を深くかぶる。

 

 

 

これは…一体…どういうことだ…?

 

組分け帽子は驚愕した。

これまで幾人もの生徒を組分けてきたが、こんな生徒は見たことがなかった。

大人びた子は何人もいた。

冷静な子も何人もいた。

無口な子も何人もいた。

しかし皆、心の中では年相応の無邪気さや希望を持っていた。

しかしこの生徒は明らかに違った。

彼の心に無邪気さは欠片も無かった。

夢は粉々に砕かれていた、希望はあったがズタズタに引き裂かれていた。

彼の心をどこまで行ってもどす黒い暗闇しか見えなかったのだ。

 

…しかし彼が何であろうと私は組み分けねばならない、彼に最もふさわしき場所へ。

…彼が少しでも救われるであろう場所へ。

 

 

 

帽子をかぶり暫く経つと、頭の中に帽子の声が響いてきた。

 

(…これまた何ということだ。全ての寮への適性を持っている。

何物にも立ち向かう勇気、どんな困難も耐え忍ぶ忍耐、如何なる危機も切り抜ける機知、目的のためなら全てを欺く狡猾さ。

さて…どうしたものか…)

 

帽子はポツリポツリと困惑した様子でそう言った後黙り込んでしまった。

 

…もう五分以上は経った、帽子で塞がれよく分からないが前の上級生席や後ろの教職員席もざわついてきている。

確か五分以上かかるのは、組み分け困難者といいかなり珍しいらしい。

そこから更に二分ほど掛かり、帽子が一息ついた音が響いてきた、やっと決まったらしい。

 

「…ハッフルパフ!」

 

少し溜めた後帽子が叫ぶと、ハッフルパフのテーブルから一段と盛大な拍手と共に俺は迎えられた。

奥の空いた席に座ると、隣に座っていた短い茶髪の少年が話しかけてきた。

 

「お疲れ様! 僕の名前はキニス・リヴォービア、これからよろしくね!」

「…ああ」

「それにしても随分時間が掛かってたね、確か五分以上掛かった人って組み分け困難者って言うんだよねー。

あ、でもその分先輩たちは喜んでたな。

何でもハッフルパフは滅多に目立つことが無いからこういうことが起きると特に嬉しいらしいよ。」

 

そいつの会話を聞き流しながら、残りの組み分けを眺めていく。

周りを見渡すと何人かは眠そうに首を動かしてるが無理もない、長時間列車に乗っていたり、色々な事があったりともう疲れて当然だ。

そして半分以上が寝始めた頃、組み分けが終わり寮への案内が始まった。

 

厨房の間を通り抜け、上級生の後をついて行った先にあったのは何故か大量の樽であった。

上級生はその内の一つの樽に手を伸ばし、底を二回叩く。

すると壁に掛けられた絵画が動き出し、談話室への入り口が開く。

 

「今のが談話室への入り方だ、ただしどの樽でもいいという訳では無い。

樽山の内二つ目の列、その内真ん中の樽の底を二回叩かなくちゃいけない。

今のはハッフルパフ・リズムと言って分からなくなったら友達や上級生に聞くように。

でなきゃ君たちはアツアツのビネガーを頭から被ることになる」

 

上級生の言った事をメモに取る、忘れるのは不味い、ビネガーを被るのも御免だ。

書き取りを終え周りを見るともう殆どの生徒は意識が朦朧としている。

…明日は入口がビネガーまみれになりそうだ。

そんな事を考えながら談話室へ入って行くと、そこには黒と黄色を中心とした配色の暖かそうな空間が広がっていた。

左右には樽底のような扉が取り付けられた、細長い通路が続いている。

 

「ここが談話室だ、右が男子、左が女子寮となっているので間違えないように。

あとついでに言っておくと男子女子共にお互いの部屋への出入りは自由になっている。

…が、羽目を外さないように。

では今日はもうこれで解散だ、みんな疲れているだろうし、ゆっくり休んでくれ」

 

…今さり気無くとんでもないことを言っていた気がする。

確かにどの寮でも良いと思ったが色々大丈夫だろうか、一抹の不安に駆られながら俺は自分の部屋に入る。

俺の荷物も運び込まれてる、ここで合っているだろう。

だがもう一つ荷物があるということはここは二人部屋なのだろう、それを証明する様に再びドアが開く。

 

「あっキリコも同じ部屋なんだ! …じゃあ改めて、これからよろしくね!」

「…ああ」

 

どうやら先ほど隣の席にいたキニスというヤツが俺のルームメイトらしい。

最低限の荷物整理をし終わる頃には、ヤツはもうベットの上で熟睡していた。

…かくいう俺も猛烈な眠気に襲われる。

良く考えれば俺の体はこいつらと同じ年齢だ、なら疲れの溜まり方も同じで当然。

羽織っていたローブをハンガーに掛けると睡魔に引きずられる様に、俺の体と意識はベッドに沈み込んで行った。

 

薄れゆく意識の中、俺の手には暖かな毛布の肌触りがあった。

しかしそれに対して俺の心は鉄のよう冷え切っている。

死なない為に生きていた頃の、鉄の触感。

死ぬ為に生きる、今の暖かな触感。

どちらにせよもう、そこにおふくろの様な暖かさを感じる事は無い。

だからこそ俺はここに来たのだ。

今度こそ、深い眠りが訪れる事を祈って…




かつて、あの組み分け帽子の歌に送られた生徒たち。
寮を守る誇りを黒いローブに包んだ魔法使いの、ここは学び場。
無数の教師とゴーストたちの、
ギラつく期待に晒されて教室に引き出されるホグワーツの新入生。
学無きボトムズたちが、ただ己の成績を賭けて激突する。
次回「ホバリング」。
杖の閃光から、キリコに熱い視線が突き刺さる。


次回箒の授業やります、なので箒でホバリング…無理やり極まってるな
あと今回登場したキニス・リヴォービアは完全なオリキャラです。
なんせキリコ、ほっといたら永久に喋らないので会話の切っ掛けの為に
登場させた次第です。
もう一つ、キリコはハッフルパフ生となりましたが、これはハッフルパフの適性は
努力家、我慢強い、正義感が強いなどが条件なので
…散々考えた結果ハッフルパフ行きになりました。
色々言いたいことがあるかもしれませんがこのSSではこういう形でお願いします。


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第四話 「ホバリング」

本編作るより予告ネタの方に時間割いてるんじゃねえか?
まあいいや、
という訳で開幕グルメ、始まります。


こんがりと小麦色に焼けた皮を破ると軽快な歯応えと同時に芳醇な肉の香りと肉汁が口の中に広がっていく。

授業初日の朝、俺はホグワーツの朝食に舌鼓を打っていた。

イギリス料理とは曰く、「オウムの餌」「劇物」「ポリマーリンゲル溶液直飲み」などと自国民にさえバカにされるほど酷い物である。

俺も何度か外食しに行ったが、あれと比べれば味はまともな分アストラギウスの料理の方が遥かにマシだったと断言できる。

だが朝食だけは例外だ、これだけは何処に行っても安心して食べることができる、さすがEat three times a day breakfast(朝食を三回食べよ)と言われることはある。

ブラックプティング(ソーセージみたいな食べ物だ)を食べ終えた俺は豊かな朝食を再開する。

次はマッシュルームを頂くことにする、それを奥歯で噛み締めるとキノコの特徴的な噛み心地はもちろん、ちょうどいい焦げ目が作り出す香ばしい風味が口の奥にやって来る、塩の加減も絶妙だ。

しかし焦げ目と塩のせいか口の中が辛くなってきた。口に焼きトマトをほおばり、あふれかえる酸味で口内をリセット。

次は豪快にトーストの上に目玉焼き、その上にベイクドビーンズをたっぷり乗せる、三つとも同時に入るようかじるとビーンズにかかったトマトソースの酸味と目玉焼きの甘味、そしてカリカリのトースト達が三重奏を奏でる、もうたまらない。気がつけばトーストは食べきってしまっていた。

一通り食べきった後紅茶を飲み一息つく。本当はコーヒーが良かったのだか無いものはしょうがない。すると俺の隣に誰か…キニスが凄まじい勢いで突っ込んできた。

 

「ハー、ハー、キ、キリコ…お、起こしてくれても、良かったじゃんか…ハァ、ハァ、」

 

寝坊したヤツが悪いのに何を言っているんだ。大急ぎでヤツは朝食を食べ始める。俺も少し足りなかったのでおかわりをすることにした、

 

「モレニシヘモ、ホンナヒュヒョウヲスルンヒャヒョウ(それにしても、どんな授業をするんだろう)」

 

「…食べてから言え」

 

こいつには食事を味わう感性が無いのか、まあ俺も人のことは言えなかったのだが。

今日の授業は「魔法史」「闇の魔術に対する防衛術」「魔法薬学」だったはず、

…今の所ここの授業で最も興味があるのが闇の魔術に対する防衛術だ、俺の目的、そのための魔法を探すには普通の魔法では無く禁忌とされるような物で無くてはならない。それを知るためにも闇の魔術について知ることができるであろうこの科目は目的に適してると言える

 

「ハンハヘンヒヲヒ―――ゴホっ!ゴホっ!(何か返事をし―――ゴホっ!ゴホっ!)」

どのような授業になるだろうか、教科書は大体読んできたが実際に受けてみるのとは訳が違う。食べ物を詰め込みすぎたのかむせかえっているそいつを眺めながら俺は紅茶を飲み干した。

………俺はまだ知らない、この授業がまともに機能するにはあと二年かかることを…

 

 

 

無数の消える階段に動く階段、扉のようなただの壁、揚句絵が描かれたドアは合言葉や特定の言葉が必要。そんな軍事施設よりもたちの悪いセキュリティを何とか突破したころには授業開始ギリギリとなっていた。

思い返せば昨日の校長挨拶の時、死が潜む部屋には入ってはいけないとか言っていたがそんな部屋何故作ったんだ、何にせよここをつくったやつは相当ひねくれたヤツに違いない。授業開始のチャイムが鳴る直前に俺達は教室へ入っていった。

ホグワーツで受ける最初の授業は「魔法史」、つまり歴史の授業だ。この授業の担任であるピンズは教員の中で唯一のゴーストなのだとか、

しかし肝心の授業内容はピンズがひたすら教科書を読んでいくだけと恐ろしく単調な物であった。授業開始から数分で隣のキニスを含むほとんどの生徒は朝食の満足感とともに夢の世界へ一足先に旅立っている。教科書を既に読んで来てしまった俺も例外では無かったが、三時限目の魔法薬学の教科書を引っ張り出しその予習をすることで何とか机に留まることが出来た。

そして俺はまた校内を彷徨いながら次の教室へ入っていった。次こそはまともな授業のはず。

 

 

 

 

授業が始まって早々、俺やキニスだけで無く、合同授業で一緒となったレイブンクロー生も顔を青ざめながら帰りたそうにしていた。

その原因は教壇のあちこちと、防衛術の担任クィレルが体中にぶら下げてる大量の大蒜のせいだ。その臭いが部屋中に充満している。

キニスいわくヤツはルーマニアで吸血鬼に襲われたことがあるらしい。だとすればあれは吸血鬼避けということになる。

なら十字架にすればいいのに

そう言っていたキニスはもう何も話さず顔面蒼白で口を抑えていた。…放っておいたら確実におう吐するだろう。

 

「セメルフレス ー臭いを消せ」

 

「……あれ?」

 

俺が杖を取り出しそう唱えるとヤツは不思議そうに周りを見渡す、今のは「臭い除け」の呪文であり、ここに来るまでに使えるようになった内の一つだ。少なくともこの授業中は持つだろう。自分にもそれをかけた後、杖をローブにしまい代わりに教科書とノートを取り出す、これで授業に集中できるだろう。

 

「ねえ今のってキリコが唱えたの?もう魔法が使えるってことは知り合いに魔法使いが居るってこと?」

 

「予習してきただけだ、…俺に家族は居ない」

 

「あっ…ごめん。…さっきはありがとう」

 

俺が言いたいことを察したのか、それとも俺が授業に集中していたからか、その時間の間ヤツは話しかけては来なかった。

それでいい、俺に関わるとろくなことにならないからだ、これで気まずくなり話しかけてこなくなればそれが一番だろう。そう本当は望んでもいないことを願いしながらノートを書き綴っていく。

 

その日の授業の内容というと、魔法界に生息する様々な生物―例えば人狼やケンタウロウス、ユニコーンなどがどういった物なのかを解説することで終わってしまった。特に吸血鬼の話をしていた時はまるでそこに吸血鬼が居るのかのようにヤツは震え続けていた。

どこにもいない「吸血」鬼に脅えるか、それを見ていた俺もまたこの世界に居るはずの無い過去を思い出し、右肩が軽く震えるのを感じた。

 

 

 

 

最後の授業は「魔法薬学」だ、城内の仕掛けは幾つか覚えたのでさっきよりはスムーズに地下の教室へ向かっていく。キニスは俺の後ろをひたすら追いかけているが先ほどの事を引きずっているのか相変わらず無言のままである。俺はそれを追い払うかのように早足で歩き続けた。

地下へ続く通路を歩いていると魔法薬学を受け終わったばかりの生徒たちとすれ違う。しかし彼らは廊下の右と左、緑と紅で真っ二つに分かれて歩いており、お互いを常に睨み合っていた。

 

グリフィンドールとスリザリンはとても仲が悪い…

 

そう聞いてはいたがここまで露骨とは意外だった、一体何故ここまで険悪なのだろうか。

そう思っているとふと紅の中に見覚えのある顔を見つける、あれはたしかハーマイオニー・グレンジャー、そして稲妻の傷を持つハリー・ポッター、…それと隣にいる赤毛の少年。

…ホグワーツ特急の中で言い争いをしていた中に見覚えはあったが名前は知らなかったな。そうか、あいつらはグリフィンドールになったのか。

あいつらの方を見ていると彼女の方も俺の方に気づいたようだ、こちらに向かって手を小さく振ったのに対し軽い会釈で答えておいた。

 

魔法薬学の教室はさっきとは違い、大蒜の代わりに色々な薬品臭が少し臭っていた。教室に入ると教壇には入学を手伝ってくれたスネイプが立っている。ふと目が合ったので軽く会釈をする。

 

「魔法とは馬鹿みたいに杖を振るだけでは無い、この授業で学ぶのは魔法薬剤の微妙な化学とそれがもたらす厳密な芸術である。これを地味と感じるものも多いだろう。最もそう思うのはこの授業を真に理解していないウスノロだけであろうが」

 

授業開始早々辛口のあいさつをしてきたが、これだけでもこいつがどれ程魔法薬学を好きなのかは十分こちらに伝わってきた。

その後スネイプは魔法薬の概要や、調合する際に起こる危険性について説明した後薬剤の材料を配り、おできを治す薬を調合するように指示を出す。

二人一組か、誰と組もうか考えると隣のキニスがこちらを見つめている。

…誰でもいいか

そして俺達は薬の調合に取り掛かった。初めての調合とはいえ所詮一年生でならう初歩の初歩だ、量と手順を間違えなければ問題は無………っ!?

直ぐにキニスの腕を渾身の力でつかみ取る。

 

「いたたたたた!なっ何だよ急に!」

 

ヤツは大鍋を火から下ろさない内に山嵐の針を入れようとしていたのだ。これをしてしまうと大鍋が割れ、むしろおできまみれになる薬をばら撒いてしまうのだ。驚いた顔でこちらを見ていたヤツも鍋を見て自分が何をしようとしているのかようやく気付いたようだ。

 

「どうしたのかね?」

 

「…いえ、もう大丈夫です。お騒がせしました」

 

「さようか、気を付けるように」

 

スネイプはそう言い残し戻っていった。キニスに怪我がないことを確認した後鍋を火から下ろすと、ヤツはギリギリ聞こえる声でこちらに何か言って来た。何を言っているかは分かっている、しかしそれに対し俺は無視を決め込み作業を再開する。

 

その後俺たちの班はこの教室の中で最も早く調合を終えることが出来た。恐らく何の問題も無いだろう。そう思っているとスネイプはこちらに来た後。

 

「調合はほぼ完璧だ、だがもう少し遅くかき回すべきだな」

 

と言い残していった。

…やはり本で見るのと実践は違うな。どことなく悔しい気分になった俺は隣からの視線を遮るためにも一時限目同様教科書を取り出し、徹底的に読み倒すことにした。今度は完璧な調合をしてみせる。

 

 

 

 

これで今日の授業はすべて終わりか。余った時間は図書館で勉強に当てることにしているがこのままでは荷物が多いので一旦自室に戻ることにする。

…来てみると談話室入口周辺は顔を軽く火傷した子らと地面に転んだ子で溢れていた。その理由は絨毯のようにぶちまけられたビネガーが全てを語っている。

自室に戻り、教科書を置いた所で急にキニスが叫びだした。

 

「…キリコ!ごめん!」

 

俺は一切それに反応しなかった…だがそれでもヤツは尚続ける。

 

「そういった人も居るんだって、少し考えれば分かるはずなのに…僕は何も考えないで酷いこと言っちゃって…そのせいで嫌なこと思い出させっちゃって…本当にごめん!えっと…だからこれからちゃんと気を付けるし…も、もし怒ってるなら君の気が済むまで謝るから!あ、あと魔法薬学の時のも…だから、ゆ…許し…」

 

「…もういい」

 

「え!?…そ、そうだよね、謝っただけで許されようっていうほうが間違いだよ 「怒ってはいない」 …え?」

 

気にしていないことを伝えるために「もういい」と言ったのにキニスは今にも泣きそうな顔でこちらを見てくる。…このままでは正直俺の心が持たない、というかこれを放っておいたら俺は確実に人でなしになる。

罪悪感に耐えられなくなった俺の心はそいつを落ち着かせることを即座に決定した。

 

「気にしていないから大丈夫だ、謝る必要はない」

 

「…許してくれるってこと?」

 

「そうだ、だから落ち着―――」

 

「本当に!?やったーありがとうキリコ!次からはちゃんと考えて話すようにする!鍋の時も止めてくれてありがとう、それも気を付けるようにする!

ところでキリコはこれからどうするの?やっぱり校内探索?ここの学校いろんな仕掛けがあるから楽しいよね!キリコも一緒に行こうよ!」

 

………許した途端これか。ずっと引きずっているのもどうかと思うが、これはこれでどうなのだろう。切り替えが早いとポジティブに考えるべきなのか、考えているあいだにヤツはもう外へ飛び出して行った。

…どこへ行ったのか分からない上、追いかける理由もない。俺は当初の予定通り図書館で勉強することにした。

結果その日の晩、「来てくれなかった、やっぱり怒ってるじゃないか」と言われまたヤツを説得する羽目になった。あいつ思ったより相当面倒くさいかもしれない。

 

 

 

 

 

それ以降俺はひたすら授業を受け、図書館で勉強をし、布団に潜る…という生活を繰り返していた。

ただし図書館でやっていることは授業の予習では無く、本を引っ張り出しては片端から読み漁っていくという単純な作業であった。

当初は図書館にある「禁書棚」の本を読みたかったのだが、それを読むには先生の許可が必要でしかもそれを得るのは極めて困難らしく、一年ではまず許可は出ないことが分かった。

最悪夜にでも侵入すれば良いのだが、仮にそれで読むことが出来たとしても今の俺の知識ではまず理解できないだろう。だから今は通常の本を読み、徹底して基礎を固めることにしている。

 

ちなみに今読んでいる本は〝偉大なる錬金術師達とその偉業″という物だ、それを読んでいく内に俺は、ある一つのページに興味を持った。そのページにはニコラス・フラメルという人物、そしてこの男が作ったという「賢者の石」について書かれていた。

賢者の石とは如何なる金属も黄金に変え、不老不死を生み出す命の水を作り出すらしい。この男の生きている年齢が明らかに人間のそれを超えているあたり、その力は本物なのだろう。

 

不老不死…それについて俺は考える。何故人はそんなものを求めるのか、それは死への恐怖か永遠を生きることへの欲望か、もしくは死を超越することで全てを支配する力を求めるのか。そのどれも俺には到底理解できない。それを欲するヤツらに追われ続け、戦いの中で生きることがなぜそこまで魅力的なのか。

死への恐怖から逃れられるという甘美な誘惑、だがそれこそ悪魔の罠、死は地獄から逃れる唯一の免罪符。それに騙された哀れな獲物は永遠に蟻地獄の中で魂を食われ続ける。

賢者の作りし誘惑。それに引き寄せられた蟻はどこに潜むのか。

俺は無意識の内に感じ取っていた、この城に潜む蟻地獄、それに集まる獲物の気配を

 

 

 

 

 

その日、ハッフルパフの一年生はいつもよりも浮かれていた。それは談話室に張られたあの掲示のせいだろう。

 

「飛行訓練は今週の水曜日。ハッフルパフとレイブンクローの合同授業です」

 

そして今日がその待ちに待った水曜日、授業直前になったのである。まだ時間があるにも関わらず何人かの生徒は我先にと談話室を飛び出して行っている、その中にキニスの姿も見当たった。

かくいう俺も少し楽しみにしている、乗り物なら前世で棺桶に嫌というほど乗っていたが空を飛ぶというのは流石に初めてだ。そんなわけで俺もいつもより早足で広場に向かっていくのであった。

 

 

「何をボヤボヤしているんですか! 皆箒の傍に立って! さあ早く!」

 

そうこの科目の担任であるマダム・フーチが大声で指示を出す。やはり危険が伴う授業だからなのだろうか、他の担任に比べだいぶ厳しそうな人である。さきほどまで浮かれていた生徒たちも急いでその指示に従っていた。

 

「右手を箒の上に突き出して! そして、「上がれ」と言う!」

 

あちこちで「上がれ」と言う声が響く中、俺もさっそく試してみる。

 

「上がれ」

 

………

………………

何も起きない。周りを見てみると成功しているのは数人しかいなかった、しかもその中にキニスが含まれている。キニスはこちらを見ると自慢げな笑いを浮かべていた…ほんの少しだけ腹が立った俺はもう一度試してみる。

 

「…上がれ…!」

 

少し箒が震えた後、跳ねるように俺の手のひらに飛び込んできた。何故さっきのは成功しなかったのだろうか、まあそれはどうでもいいか、その間にもフーチは生徒の持ち方などを注意して回っている、キニスは持ち方を指摘され、さっきとは逆に軽く落ち込んでいた。

そしてようやく生徒全員のチェックが終わり飛ぶ段階となる。

 

「さあ、笛を吹いたら強く地面を蹴るんですよ。箒はしっかり持って、数メートル浮上したら前かがみになってすぐ降りてきなさい。いいですか、笛を吹いたらですよ? 1,2,3!」

 

ピー!

 

その音と同時に地面を蹴り飛ばす―――!

 

次の瞬間、俺の視界は一気に広がった、見下ろすと皆俺同様に驚きながらも楽しそうな顔をしている。しかし俺はそこに違和感を感じる。

…キニスはどこだ?

その答えは下から迫ってきた。

 

「ギャアアアアア!」

 

絶叫は下から近づいた後聞こえなくなり…一気に急降下している。その先には浮遊している生徒たちが大量に居る、このままでは激突とパニックで大事故になるだろう。それはマズイ、浮遊魔法を使うか? いや、今撃っても他の生徒に当たるだけだろう、なら方法は一つ。俺は箒を前に傾け全力で突っ込んで行く。操作方法など無論知らなかったが所詮乗り物だ、ATと変わらない…はず、

ヤツを追いかけ生徒の中へ突撃を掛ける、驚く生徒がパニックになる前に助けなければ。

そう考え人の中を突き進む、箒の先は常に目標を捉えたまま最大速度で…

右に、左、上に下に、生徒の間を縫いながら、急カーブですり抜け、ターンを描きヤツの下に回り込み杖を取り出す。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ ー浮遊せよ」

 

勢いを無理やり止め…られず俺は木の中に派手に突っ込んで行った。何とかはいずり出てみるとヤツは無事地上に着陸していた。ほかの生徒も緩やかに着陸していたので、惨事は免れたようだ。木を降りながら状況を確認しているとこちらにフーチが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫ですかキュービィー! 念のためあなたも医療室に―――」

 

「怪我は無い、それよりあいつを早く」

 

「ほっ本当に大丈夫ですね!? 決して無理はしないように、ハッフルパフに5点! 私はリヴォービアを念のため保健室に連れて行きます、私が戻ってくるまで絶対箒に乗ってはいけませんよ!いいですね!」

 

そしてフーチはキニスを抱え保健室に走って行った。見たところ外傷は無いようだし気絶しているだけだろう、それにしてもあれだけ無茶な落ち方をして箒から振り落とされなかったというのは中々凄いことなのでは無いだろうか。そう考え戻ってきたフーチからキニスは無事ということを聞き、俺はそれに安堵しながら再び箒に乗り込んでいった。

 

その日からしばらく経つと、「ハリー・ポッターがグリフィンドールのシーカーになった」という噂が校内に伝わっていた。どういうことかと言うと、ポッターが飛行訓練で素晴らしい飛行をし、それを見たマクゴナガルが、ヤツをシーカーに推薦した…と言うものである。

規則ではクディッチ(魔法界で人気のスポーツで、ホグワーツでも寮同士で試合をしてるらしい)の選手になれるのは二年生以上なのだが、校長のダンブルドアはポッターを気に入っているためそんな規則無視するだろう、ということらしい。先生一人ならともかく校長がそんな露骨に一生徒を優遇していいのだろうか。

その話を聞いていたキニスは「僕たちもすごい飛行をしたから選手になれるんじゃ!?」と期待していたが流石に二人も例外を認めることは無いだろう、第一俺はクディッチに興味は無いのだ。

そんなことより今俺が最も興味があるのはハロウィンパーティだ、きっとさぞ美味いものが食えるのだろう。俺は少し早すぎる期待に腹を減らしていた。

 

目新しい出来事の数々に俺はささやかな幸福を感じていた

だがこの幸せは湖に張られた薄氷のようなもの

それは突如簡単に砕け散り、真下に潜む深淵がこちらを引きずり込む

決して逃れることはできない底なしの暗闇を忘れるかのように

俺は砕かれた氷にしがみついていた。

 

 




最も危険な罠、それは不発弾。
たくみに仕掛けられた平穏の影に潜む内通者。
それは突然に動き出し、偽りの平穏を打ち破る。
ホグワーツは巨大な罠の城。
そこかしこで、陰謀を抱えた者たちが火を放つ。
次回「罠」。
キリコも、巨大な不発弾。
自爆、誘爆、御用心。


「キリコってこんな性格だったっけ?」と思う方がいらっしゃるかもしれません。
しかしこれにはちゃんとした理由があります。
まずキリコの精神年齢は前世を足すと約111歳です。
さらに神の子も育てきっているので子育て経験アリです。
この結果キリコの同級生を見る目は基本的に親のソレになっています。
なので同級生を助けることが多くなる…という訳なのです。
そのためキニス君、キリコ的には友人だとは思っておらず、親戚の子供みたいな感覚で接しています。
はたしてキニス君はキリコの戦友になれるのでしょうか?(壮大な付線)


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第五話 「罠」

ちょっと次回予告ネタとの兼ね合いで
今回から一話ごとの量が減ったり増えたりするかもしれません
つまりウd…違った賢者の石編は今回含めてあと八話の予定です
さあ、完走できるのか!?

(自主的に自分を追い詰める高度な作戦)


10月31日ハロウィン、今日はこの世界においてはるか昔に散っていった聖人や殉職者を弔い、そして祈りをささげる日。つまり死者の魂を弔うための日なのだ。

あの戦場で、そこの戦場で、どこもかしこも戦場のあそこで一体何人死んだのだろう。今はここにいない、そして行くこともできない。そんな俺は一人この世界で祈りを捧げる、一足先に自由になった顔も知らぬ兵士の為に。

 

「…キリコー、早く行こ、食べ物無くなっちゃうよ?」

 

「…今行く」

 

一人残された俺は、いつ自由になれるのだろうか。その答えは神でさえ知らないのだろう、神は殺してしまったのだから。

 

 

 

 

 

その日の大広間はまた随分と派手になっていた、広間を照らすのはいつもの蝋燭ではなくかぼちゃのランプ、並べられた食事は一面かぼちゃ、かぼちゃ、かぼちゃ… そこにはモナドに投入された一億二千万機のATを思い出させるほどのかぼちゃ料理が並んでいた。

その内過半数はデザートで占められているが、もう半分ぐらいは通常のかぼちゃ料理である。これならホグワーツ特急のように甘味で潰されることもないだろう。俺はさっそく色々な料理を皿によそっていく。

最初によそったのはかぼちゃグラタン、かぼちゃサラダ、パンプキンスープの三品だ。

最初にパンプキンスープを口へ流し込む、すると口の中にやさしく滑らかな甘味が広がっていく。その甘味はチョコのようなハッキリとしたものではなく、適度な温かさも手伝って空腹だった俺の胃を穏やかに満たしてくれる。甘いだけではない、その中に混ぜられた胡椒とハーブはさらに食欲を刺激する。

直ちに俺はグラタンに手を伸ばす。いや、急いではいけない、このまま食べれば口の中は大火傷だ。少し落ち着いた後改めてゆっくりと口にする。…何ということだ、とても美味い。こんがり焼けたチーズの甘味とかぼちゃの甘味、徹底的に煮込まれているのかかぼちゃは口の中でほろりと崩れ落ちトロトロのチーズと余すことなく絡み合う。その間に仕組まれた鶏肉はグラタンに旨みを染み出させコクを深くし、圧倒的な満足感を叩き込んでくる。

ではサラダはどうだ、今度は打って変わってさわやかな酸味と水々しさがとても心地よい、重めのメニューが続く中でこれは最高の清涼剤だ。いや、まだだ、サラダの中に隠されたかぼちゃは酸味と中和し、一味変わった味で楽しませてくれる。

美味い、どれも本当に美味い。そして残りのパンプキンスープを飲みほし改めて食欲を呼び覚ます。さて、次はどれを食べるか。

そんな俺の幸福は無情にも終わりを告げた。

突如開かれた大広間の扉、そこから現れたターバンの男…クィレルは取り乱しながらダンブルドアの近くまで走って行った。そして放った奴の一言は宴を終わらせた。

 

「ト、トロールが……地下室に……! お、お知らせしなくてはと思って」

 

そうヤツは言い残してその場に倒れこんだ。無論生徒たちは全員大混乱となった。

トロールとは全身から異臭を放ち、圧倒的な腕力でどんなものでも破壊する大型の魔法生物だ。しかし代償としてその動きは遅く、冷静に立ち回ればどうということは無い存在でもある。

ここの上級生もそんなことは分かっているだろう、…しかし実際にトロールと対峙したことのあるヤツは何人いるのか。どれほど銃を撃つ訓練をしても実際に戦場で迷わず撃てるのは何人いる?

その答えがこの光景だ、低学年はおろか最上級生までパニックになっており誰がどうすればいいのか誰も分からなくなっている。

 

「静まれーーーー!!」

 

そのカオスを終わらせた声の主はダンブルドアであった。

 

「監督生はすぐさま自分の寮の生徒たちを引率し、各自の寮へ戻りなさい」

 

さきほどまでの混乱が嘘のように落ち着いた生徒たちはダンブルドアの指示に従い、監督生を先頭に移動を始めた。俺達もそれに同行し寮へ戻っていく…はずだった。

視界の端に、何故か列を外れて一目散に走りだしたヤツらがいたのだ。あれはポッターと、ヤツと一緒にいた赤毛の少年。一体何をしているんだ、まさかトロールを倒そうとでも思っているのか? いや理由などどうでもいい、放っておくにはあまりに危険な状況だ。

 

「キニス、先生を呼んで来い、生徒がトロールに向かっていった」

 

「えっ!? ちょっキリコ!?」

 

そして俺はヤツらを追い走り出した。トロールへ挑むというのは俺の勘違いかもしれないが、その時は謝れば済むだけの話だ…!

 

ヤツらを追いかけたがどこにも見当たらない。どこだ、どこにいる…? 俺は目を閉じ、地面に耳を押し当てる。耳には避難している生徒たちの足音と騒ぎ声が流れ込んできた。それをかき分けながら浮いている音を探す。

 

・・・・!

遥か下の方から一つ、生徒の集団から離れた所に音を見つけた俺は地下へ向かって再び走り出す。誰もいないはずの地下へたどり着いたときにはその音はハッキリと認識できるようになっていた。その音を求めた俺は女子トイレにたどり着いた。どうやら俺の読みは間違っていなかったらしい、そこからはトイレの臭いとは明らかに違う異臭と、子供が騒ぎ立てるような声…の直後女子の悲鳴が響き渡った。どうやらあの二人以外にも人が居るらしい。ならば尚更急がなくては、俺は杖を取り出しトイレに進んで行った。

 

トイレに入るとそこにはポッターと赤毛の少年、そして無残に砕かれた個室の残骸とその中心にいる4m近い巨大な生物、そしてその陰には少女が…グレンジャーが震えながら腰を抜かしていた。

…つまり、こいつらは彼女を助けようとここへ来た。ということなのだろう。

そして俺は杖を構えトロールに近づいて行った。

 

「えっ!?なんであなたがここに?」

 

「えっ!?君は確か…」

 

「だっ誰だよお前!?」

 

「早くそこから逃げろ」

 

次々と反応するヤツらに対し逃げるように諭す。それに気が付いたのかトロールは俺の方にゆっくりと振り向いてきた。

俺は杖握りしめ、それをヤツに向け呪文を唱える。

 

「エクスパルソ ―爆破」

 

瞬間、強力な反動と共にすさまじい轟音と閃光がトロールに放たれた。本来この呪文の威力はそこまで高くはない、対人戦ならともかく魔法への抵抗を有する魔法生物が相手だと何の意味も無くなってしまうからだ。

しかし俺の杖…全長40㎝太さ4㎝に及ぶ、杖とは言いにくいこの棍棒のようなシロモノは例外だ。何回か使ってみて分かってきたことなのだが…どうやらこの杖は異常な反動と引き換えに呪文の威力を高めることが出来るらしい。とは言え、それは今のような攻撃呪文限定なのだが。

その結果、トロールの足は爆発こそしなかったが皮膚の一部が吹き飛ぶこととなった。

…しかしトロールの動きが衰える気配は無い。このまま魔法を打っていても埒が明かないだろう。ならば方法は一つだ、急所に確実に当てるのみ。

 

「グボオオオオオ!」

 

皮膚を抉られたことで激昂したのか、トロールはあいつらには目もくれず巨大な棍棒を振り下ろしてきた。

その一撃をギリギリでかわす。俺が生きていることに気付いたトロールが再び棍棒を振り下ろすが、やはり当たることはなかった。こんなものは脅威ですらない、同じ4mならATの方が遥かに素早く強力だ。速さと威力――そのどちらでも劣るやつが今更脅威になるはずもない。怒り狂うトロールの攻撃をギリギリでかわしながらチャンスを窺う…するとトロールの攻撃の手は急に止まってしまった。

棍棒は空を飛んでいたからだ。後ろ目でヤツらをみるとハリーが杖を突き出していた、どうやらヤツが浮遊魔法を使ったらしい。

―――チャンスは来た。トロールが空飛ぶ棍棒に気を取られた瞬間、洗面台に足をかけ一気に跳躍をする、そしてボロボロの服にしがみつき鼻の穴に杖を突っ込みそして―――

 

「エクスパルソ ――爆破」

 

トロールの皮膚をもえぐり飛ばす一撃を顔の中に直接浴びたヤツは顔の穴全てから血を吹き出しながら轟音と共に床に倒れ伏し、そしてしばらく痙攣した後動かなくなった。

…やったのか? 念のため杖を構えているとマクゴナガル、スネイプ、クィレルが部屋に入ってきた。

 

「これは……一体何があったのですか?」

 

「あ、……えっとその、これはその」

 

ポッターたちは混乱しているのか、彼女の質問にうまく受け答えできていないようだ。トロールの鼻水で汚れてしまった杖を拭いていると質問の対象は俺に切り替わった。

 

「ミスター・キニスに伝言を頼んだのはあなたですね、説明してもらえますか?」

 

「…彼らがトロールの場所へ向かって行ったので俺も追いかけただけです。そうしたらトロールに襲われていたため助けに入りました、恐らく彼らは逃げ遅れたグレンジャーを助けるためにここに来たのでしょう」

 

彼女はポッターたちの方を見ている。ヤツらはそれに対し首を縦に振っていた、それに彼女は納得したのか再び俺に質問を投げかける。

 

「では…これをやったのは貴方なのですか?」

 

「そうです」

 

いまだに頭から血を垂れ流すトロールを見ながら彼女は一瞬驚愕した。もしかして殺してはいけなかったのだろうか、彼女は表情を厳しくし俺とポッター、赤毛の少年を睨めつける。

 

「そうですか、事情はわかりました、先に連絡をしたのは正しい判断でしょう。…しかしならばそこで寮へ戻り、私たちが助けに行くのを待つべきでした。トロールに挑むなど危機管理が無さすぎます。

よってミスター・キュービィー、ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー。それぞれ十点減点です」

 

減点になったか、まあむしろこの程度で済んだのなら幸運な方だろう。落ち込むポッターを見ながらそう考えていると今度は意外なことを言って来た。

 

「…しかし友を心配し、助けようとした姿勢は素晴らしいものです。そして一年生でトロールを倒すのは誰でも出来ることではありません。よってハッフルパフに三十点、グリフィンドールにそれぞれ十五点ずつ与えることにします」

 

これは意外なことになったな。ポッターたちも驚きつつ喜んでいる様子だ、

 

「貴方たちの幸運に対してです。では、急いで寮へと戻りなさい。パーティーの続きを寮で行っています」

 

その後寮に戻った俺は、心配していたのかベッタリ引っ付くキニスを引きずりながらパーティーに戻っていった。

しかし俺の心には教師たちの、グレンジャー達の視線が突き刺さっていた。それは恐怖か、警戒か、それとも化け物を見る目なのか。

この世界ではそんな事は滅多にない。だから俺は忘れていたのだ、殺しに来たものは殺す。そんな俺の日常はここには無いことを。

…次からは注意しなくてはならないだろう。

 

―――その次はもう足元まで迫っているのだ―――

 

 

 

 

 

「そうか…そんなことが」

 

「ええ、恐らく頭部の中に直接爆破魔法を撃ち込まれたのでしょう、ほぼ即死のようでした。…本来一年で習うことの無い呪文のはずですが」

 

「いや、一年生でも高学年の魔法を習得する子は居ないわけでは無い。セブルス、儂が心配しているのは彼の過去なのじゃ」

 

「彼の…過去?」

 

「そうじゃ、人は本来誰しもやさしい心、愛する心をもっておる。それはトムとて例外では無かった。だから例えどんな人間じゃろうと初めて人を殺す時には戸惑いを感じ、ためらうのじゃ」

 

「…………」

 

「しかし彼は殺した、トロールを何のためらいもなく。そしてそれに動揺することもしなかったのじゃ」

 

「確かに彼は吾輩たちが駆けつけた時もいたって冷静でした」

 

「誰かを傷つけ、殺しても何も感じない…そのようなことになるとすれば、それはただ一つ」

 

「…殺し慣れている…と言うことでしょうか」

 

「そうじゃ、…じゃがあの子の年でそんな事は考えにくい。もしかしたら気づきにくいだけで、心の奥底で震えているのかもしれん。

…セブルス、あの子を監視しろとは言わん、ただ、よく見ていてやって欲しい」

 

「…もしや校長は、彼があの「予言」の子だとお考えなのですか?」

 

「そうかもしれんし、そうでは無いのかもしれん。だがどちらにせよ儂らはあの子を正しい道へ導かねばならんのじゃ、セブルス、よろしく頼む」

 

「…別の『仕事』もありますので難しいとは思いますが…できる限りはやりましょう」

 

「感謝するぞ、セブルス」

 

「いえ…では吾輩はこの辺で」

 

「……」

 

あの日、組み分け帽子が話してくれた彼の「闇」、それが何なのか儂には分からなかった。

しかしそれは彼に限った話ではない、誰しも大なり小なり心の中に抱えているものなのだ。

ならばあの子が仮に「予言」の子であろうと関係ない、儂らはあの子を光の道へ導かねばならない。

…それが彼女にできる、唯一の贖罪なのだから…。

 

 

 

 

 

ハロウィンから数日、今俺は図書館にこもって新たな呪文を考えている。手にとっている本は「変身魔法~応用編」、「最低野郎でも出来るゴーレムの作り方」、「物体操作の本髄」と言った物だ。

何故新しい呪文を考えているのか、その原因は数日前のトロールにある。あの時は地形の利もあってヤツを倒せたが、もし戦いの場があそこでなかったらどうなっていたかは分からない。だからこそ俺は再び巨大な敵に遭遇した場合に備え、新たな呪文を考えているのだ。

自分より圧倒的に巨大な敵を倒す方法…その武器として俺は石巨人(ゴーレム)に目を付けた。何か材料さえ有れば変身魔法で簡単に作ることができるゴーレムは大型魔法生物を相手にするのに最適だと踏んだからだ。

…しかし、そう簡単にいく筈もなかった。ゴーレムは比較的簡単に作れる代わりに動きが単純で、一つの事しか実行できない。では物体操作の魔法で制御を…と考えたが、これは術者が常に集中していないと使えず、些細なことで崩壊してしまうのであえなく却下となった。

そして完全に行き詰った俺はこの課題をひとまず置いておき、宿題に打ち込んでいるのであった。

八つ当たり気味に宿題に打ち込んでいると一人の少女が声をかけてきた。

 

「あ、ちょっといいですか?キュービィーさん」

 

グレンジャーと、彼女の陰に隠れている他二人は俺に何の用なのだろう。妙によそよそしい話し方で彼女は続ける。

 

「あの日の事でお礼を言えなかったから、あの時はありがとう」

 

「…気にすることは無い」

 

そのことか、どうやら彼女は真面目な人間らしい。俺はそれで会話を打ち切るつもりだったが、あいつはそれを許さなかったようだ。

 

「あれ、キリコにいつもの三人組じゃん! 君たちいつ仲良くなったの?」

 

そう現れたキニスはいつも通り馴れ馴れしく話しかけてきた。というよりこいつらは仲が良かったのか、いや、こいつの性格なら特におかしくもないが。

あいつの質問に答えたのは赤毛の少年であった。

 

「えっ!? 違うよ!? 僕たちはハーマイオニーに付き合ってるだけだよ! …というかキニスってキュービィーと友達だったの?」

 

「そうだよ、…ってかそんなに驚くこと?」

 

「そうだよ! だ、だってそいつ怖いじゃん!」

 

「ちょっとロン!」

 

「ハーマイオニー、もう行こうよ」

 

「怖い? キリコが? 何で?」

 

「だって顔色一つ変えずにトロールの頭をパンクさせた奴が怖くないはずないだろ!?」

 

やはりそうだったか、さっきからのよそよそしい態度の原因はそれか。まあそれが当たり前の反応だろう、ポッターもそれに同意するように頷いている…ところがキニスはそれに反論する。

 

「いやーまあ確かにそりゃおっかないけどさ…まずお礼を言わなきゃだめだよー。」

 

「お、お礼?」

 

「だってハリーもロンもキリコに助けられたんでしょ? 怖くても何でも、助けてくれた人にはお礼を言わなきゃ」

 

…もしかして、ロンとはこの赤毛の少年のことを言っているのだろうか。今まで知らなかった事実に少し衝撃を受けている間に尚キニスの説教は続く。

 

「で、でも最初に駆けつけたのは僕たちだよ、それにキュービィーがトロールを倒すチャンスを作ったのも僕たちだ」

 

「じゃあハリー達だけでトロールを何とかできたの? 出来たかもしれないけど出来なかったかもしれない。実際どうなのかは分かんないけど、キリコのおかげでトロールを倒せたのが事実なんじゃないの? だったらハリー達もちゃんとお礼を言わなくちゃ」

 

「そうよ、キニスの言うとおりよ」

 

…まて、確かにあいつの言っていることが正しいだろう。だが逆に言えばハリーがチャンスを作ったからトロールを倒すことが出来た…とも言える。

…つまり、俺もあいつらに礼を言わなくてはならないと言うことか? いや、それが道理なのだろう。

 

「…ポッター、それと……誰だ?」

 

しまった、苗字も知らなかった。突然話し出した俺に明らかにビビりつつもロンは答える。

 

「えっあっその、ロン・ウィーズリーです!」

 

「そうか、……ポッター、ウィーズリー、ありがとう。トロールを倒すことが出来たのはお前たちのおかげだ」

 

「え!? あ、ありがとうキュービィーさん」

 

「僕の方こそありがとうございます」」

 

そうポッターとウィーズリーはやはりよそよそしい敬語で礼を言った。これで何の問題も無いだろう、では俺は宿題に戻るとしよう。

しかしヤツはまだ満足していなかったのだ…

 

「よし! これで大丈夫! でもまだ! 皆よそよそしすぎる! まだキリコのこと怖いと思ってるでしょ! それは誤解だ、友達になればそれが分かる!」

 

…ん?

 

「さあまず『キュービィー』なんて言い方は止めて『キリコ』と呼ぶようにしよう!」

 

…これは…

 

「さらに友達の握手で友情の完成だ! もちろんキリコもだよ!」

 

…まさか…

 

「さあ! 早く! 握手を!」

 

……………………………。

こうして俺たちはヤツの手によって無理やり友達となったのだ…。

あの後何故こんなことをしたのか聞いてみたが

「キリコが怖い人だって誤解されるのが嫌だったから」

だそうだ、

他に方法があったのではないだろうか、今更もう遅いが…

 

 

 

 

 

ヤツの手によって無理やり誓わされた友情

だが、俺はそれに対し何やらくすぐったい物を久々に感じていた

しかしそれは幻想でしかない、

炎、硝煙、異能。誰一人としてそれを知らないのなら

これは到底俺の手で掴めるものではない

ならば一人、夢から覚め地獄へ戻ろう

 

だが俺は祈らずにはいられなかった

これが幻影でないことを

 




人の運命を司るのは、神か、異能か。
それは時と世界を巡る永遠の謎掛け。
だが、キリコの運命を変えたのは、魔法と呼ばれた、あの存在。
英国辺境リドの闇の中で走り抜けた戦慄が、今、ホグワーツに蘇る。
次回「魔法」。
クディッチのサポーターの中から蛇が嘲笑う。



キニス、お前そんな頭よかったっけ?
彼は基本実年齢から―2した感じの性格です。
ただし根本的には空気を察したり
道理を重視し、
あとお人よしな
ある意味理想的なハッフルパフの生徒です。

作品上使いやすいキャラって言っちまえばそれまでだがな!

あっちなみにトロール殺したのはキリコが生かして返してくれるイメージが全く浮かばなかったからです。合掌。


追記 次回予告修正しました
   誤字指摘ありがとうございます


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第六話 「魔法」

日常回が多いとむせる成分が減り
だからといってキリコを暴れさせると
ホグワーツが滅亡する
そんなジレンマを抱えながら執筆しています。


談話室の中はいつもにまして賑やかになっている。生徒たちはマフラーや手袋を着けて防寒準備をしていた、しかしその格好はこの談話室内では暑すぎたようで汗をかいてしまっている。

中には賭け事に興じている連中もいた。賭けの内容はグリフィンドールとスリザリン、どちらが勝つかという内容。

つまり今日は俺達一年生にとっては初めてのクィディッチ観戦なのだ。この興奮はそのためである。

初戦の組み合わせはグリフィンドール対スリザリン。朝食の間からお互いの険悪さは普段より数割増しになっている。

そして今回、一年生でありながらグリフィンドールのシーカーとなったハリーはそのプレッシャーのせいか朝食にほとんど手をつけていなかった。

多少心配ではあったが、ロンとハーマイオニーが励ましていたので恐らく大丈夫であろう。

 

「キリコはどっちが勝つと思う? 僕はグリフィンドール! だってハリーに勝って欲しいからね」

 

キニスはそう言っているが多くのハッフルパフ生だけでなくレイブンクローの生徒もグリフィンドールの勝利を望んでいるようだ。というのもここ数年スリザリン寮が勝ちっぱなしのため、いい加減この流れを何とかしてもらいたいらしい。

ハリーを無理矢理シーカーにしたのもその一環なんだとか。

 

「…興味がない」

 

「あーやっぱり、デスヨネー」

 

実際そうだ、本当に興味がない。こんなものはバトリングと一緒で遊びでしかないからだ。

…ただしプロ同士の試合だと死人が出ることもあるらしい、やはりどこの世界でも人は危険に魅力を感じるものなのかも知れない。会場に引きずられながら俺はそんなことを思っていた。

 

 

 

 

防寒対策は正解だったようだ、試合会場は冷たい風が突き刺さり、生徒達はお互い身を寄せあっている。

教員席の方からアナウンスが飛ぶ、そろそろ試合開始のようだ、会場に選手達が入場していく。グリフィンドールは紅のユニフォームを、スリザリンは緑のユニフォームに身を包んでいる、選手紹介の間にハリーの様子を確認する、緊張はだいぶ抜けたように見える、あれなら大丈夫だろう。

 

選手紹介が終わると会場の中心にフーチがクアッフルとガタガタ震える木箱を持って入ってきた。あの中でブラッジャーが暴れているのだろう。現に勢いよく蹴り飛ばされた木箱の中からは凄まじい勢いでそれが飛び出していったのだから。

 

「正々堂々と戦ってください! 期待していますよ!」

 

そして放り上げられたクアッフルを最初に掴んだのはグリフィンドールであった、そして奪おうとするスリザリンを巧みなパスで翻弄し流れるようにゴールへ叩き込み、先制点を奪っていく。

 

「さぁさ、早くもグリフィンドールが十点獲得です。クアッフルはスリザリンへと移りました……おっと!グリフィンドールがクアッフルを奪った!パスの隙を狙った素晴らしいプレーです!そのままゴールへと向かい……ゴール!!絶妙なタイミングでフェイントを入れて見事ゴールを決めました!再び十点!この調子でグリフィンドールにはスリザリンをボッコボコにしてもらいたいです!」

 

「ジョーダン!!」

 

「おっと、失礼しました。では実況を続けていきます、スリザリンがクアッフルを―――」

 

あのジョーダンという男はグリフィンドール生のようだが、随分とグリフィンドール贔屓な実況をしている。マクゴナガルはそれに注意してはいるが、彼女自身グリフィンドール担当なのと、クディッチ狂いなのを考えると恐らくまともに止める気は無いだろう。

 

「HAHAHAHAHA!! そのまま地獄に叩き落としてやれぇ!!」

 

「………」

 

それに他の寮生もその実況に不快感を示していそうなヤツはスリザリン生しかいない。嫌われるのもここまで来るといっそ清々しく思える。

それにスリザリンもスリザリンでさっきから審判の目に隠れるように悪質な妨害行為を仕掛けている。これも一つの戦術なのだろうが、これではお互い様だろう。

 

 

 

 

そうこうしてる内に試合は五十対二十でスリザリンが勝ち越している。やはりキーパーが殺られたのが響いたか。

すると金のスニッチを見つけたのか突如ハリーが動き出した、スリザリンのシーカーも一瞬遅れて動き出す。

…グリフィンドールの勝ちだろう、あの一瞬は致命傷だ。

しかしそうはならなかった。ハリーは急に制御を失った箒にしがみつくのに必死になっている。

 

「スリザリンの蛇野郎ども! ハリーの箒に何かしやがったな!?」

 

…さっきから別人のように罵声を飛ばしてるこいつは本当に何なのだろう。

だがスリザリンのせいとは考えにくい、あれだけ露骨な妨害行為がバレない訳ないし、第一、試合直前に箒のチェックが入っている。

だから箒の不調でもない、

さっきまで順調だったのだからハリーの不調も考えにくい。

 

ならば…外部からの干渉か?

そう考えた俺は客席に注目する、そして不振な人物を教員席に二人見つけた。

クィレルとスネイプだ、あいつらは二人ともハリーの方を凝視し何やら口を素早く動かしている。

何かを凝視しながら呪文を唱え続ける。それは恐らく呪いの可能性が高い。呪いは継続的に掛けるのなら対象を凝視し継続的に呪文を掛ける必要があるからだ。

この場合、どちらかが呪いを、どちらかが反対呪文を唱えているのだろう、両方呪いを唱えていたらもう墜落済みだ。

それはどちらだ? 俺は二人を凝視する…

………煙?

突然スネイプのマントの裾が火をふいた。それに驚いたのかスネイプはハリーから目を離す、そしてその次に距離をとった観客に押されたのかクィレルが姿勢を崩す。

ハリーの箒が安定を取り戻したのはその瞬間だった。

…このタイミングから考えて、呪いを唱えていたのはクィレルなのだろう。

よく見ると観客席からハーマイオニーが勢いよく駆け降りていた、火をつけたのはあいつの仕業らしい。

多分ヤツは呪いを掛けているのをスネイプと勘違いしたのだろう、そうでなければスネイプに火をつける理由が無い。

 

その時、会場に歓声が響き渡った。

試合が決したのか?

会場の方に視界を戻すと地上にハリーが転がっていた。どうやらヤツはスニッチを追いかけ墜落してしまっ―――

いや違う、ヤツの口から金のスニッチが吐き出されている、ということはグリフィンドールの勝利か。

 

「グリフィンドールがスニッチを獲得!一七〇対六〇でグリフィンドールの勝利!!」

 

フーチの叫び声と共に、スリザリンを除いて会場に大歓声が巻き起こった。一方スリザリンは大ブーイングを巻き起こしている。

その後スリザリンのキャプテンが何やら抗議をしているようだったが、多分駄目だろう。

 

 

 

 

学校へ帰る道の中、俺はあの時の行動について考えていた。

クィレルはハリーに呪いを掛けていた。それは間違いない、では何が狙いなのだ?ハリーの命を狙っているというならもっと別の方法があるし、わざわざ他の教師や生徒に見つかる可能性を侵す必要はなかった。

スリザリンを勝たせたかった? いや違う、クィレルがスリザリンに肩入れする理由など無い、だったら呪いを掛けるのはスネイプになる。

 

「それにしても、あの時のハリーはどうしたんだろうね。キリコ何か分かる?」

 

「…………」

 

「キリコも分かんないか…ほんと何だったんだろ?」

 

結局この疑問がその日解決することは無かった。だがその答えは確実に近付いて来ているだろう、それが何かは分からないが居るのは事実だ。

この城に潜むもの、そいつの呼吸は確実に聞こえているのだから。

 

 

 

 

 

クリスマス休暇の時期になった、この時期は多くの生徒達が実家に帰省するため必然的に学校に残るのは少数だ。

無論俺も家に戻ったとしてやることは無いので、学校に残っている。

やっていることと言えば、何時もと変わらず大量の課題と、例の新しい呪文の研究だ、あの呪文だが、ようやく構想を作り上げることができた、だが完成させるにはあまりに資料が少なすぎる。とはいえ既に手掛かりになりそうな資料は読み尽くしてしまっている。これ以上の情報を求めるなら閲覧禁止の棚にしか無いだろう。

…そろそろ頃合いかもしれないな。そう考えた俺は本を棚へ戻し、大広間へ向かっていった。

 

 

 

 

休暇中、ホグワーツに残る生徒は少ない、故にたとえ今日がクリスマス当日だろうとクリスマスパーティーが行われると言うこともないのだ。

しかし、ここは流石と言うべきか。大広間に置かれた夕食はしっかりとクリスマス用のメニューとなっている。

前のハロウィンパーティーはトロールが乱入したせいでほとんど楽しめなかった。その分このクリスマスメニューを堪能させてもらうとしよう。

 

まず俺が手にとったのはクリームシチューだ、何故か、その理由は単純に寒いからである。

イギリスで冬とくれば寒くて当然、しかもこの校舎は吹き抜けや渡り廊下が多いせいで風がかなり入ってくるため校舎内もかなり冷え込むのだ。

そんな冷えきった体を暖めるためにシチューを一口頂く。とたんに俺の体はおふくろのような暖かさに包まれた。シチューのとろみは口の中に暖かさと優しい甘さをいつまでも響かせてくれる。具材はブロッコリー、人参、玉葱辺りだろうか、原型が無くなるまで煮込んだことにより野菜の甘味が溶けこんだスープからは複雑な甘味と旨味が漏れだしてくる。胃に染み渡るシチューによって得た暖かさと共に次の皿へ手を伸ばす。

 

次に俺が目をつけたのはオムレツ…では無くオムライスだ、日本料理まで網羅するホグワーツの屋敷僕にはもはや尊敬の念さえ抱く。

ふわふわ、されど肉厚な卵の皮をスプーンで抉り、中のケチャップライスと共に食べることで現れるのは卵とライスのハーモニー。甘さが酸味を、酸味が甘さを引き立てる相乗効果の威力は圧倒的だ、ライスもいい、玉子単品だとボリュームに欠けるオムレツを見事ボリューミーにしている。ふわふわの玉子はライス一粒一粒に挟まり、舌の上でとろける食感が素晴らしい。

 

シーザーサラダを食べながら次の獲物を選ぶ。

…あれだ、そして俺が選んだのは七面鳥の丸焼きだ。ただし七面鳥は既に切り分けられ取りやすく食べやすくなっている。

丸焼きというのだから当然基本は焼いただけである。しかしそれは逆に料理人の技量が直接出るということも意味している。さあ、当たりかハズレか…

ロシアンルーレットに挑んだ俺は見事当たりを引き当てた。

香ばしさ、パリパリに焼かれた皮に散りばめられた香辛料は肉の旨味を消しはせず、基本淡白な味の鶏肉によく似合う。基本淡白といったが、よく噛んでみるとそれが誤解だと気づかされる。噛めば噛むほど染み出てくる肉本来の旨味はどれ程たっても飽きることはない、いやむしろ香辛料とも組み合わせで食べる速度は加速する一方だ。気が付けばもう三本目に突入していた。

 

 

 

 

あの後ひたすら食べ続けた俺はほとんど動けなくなっていた。ふらふらとしながらも何とか自室まで戻ってきたが、何かに転んで倒れこんでしまった。振り返るとそこには幾つかのクリスマスプレゼントが置かれている。

…こんな俺にでもプレゼントをくれる物好きもいるんだな、そう考えつつ少し嬉しさを感じながら箱を開けてみる。

送り主の一人はハーマイオニーだった、中身は新品の羊皮紙セットに同じく新品の羽ペンとインクである。そこには一枚のメッセージカードも添えられていた。

 

「メリークリスマス、この前はなんだかよく分からないことになっちゃったから、改めて言おうと思って。あの時は助けてくれてありがとう。」

 

…この前の礼を兼ねているということか。プレゼントとカードをしまった後もう一つの方を開けてみる。

 

「メリークリスマス! 僕は今、旅行で海外にいるんだ。新学期に会えるのを楽しみにしているよ!」

 

カードと共に入っていたプレゼントには“ウドのインスタントコーヒー”と書かれていた。

…あいつは何処へ行っているんだ…?

それも一応大事に閉まっておく。まあ、貰ったものを粗末にすることもどうかと思うので一杯頂くことにしよう。

 

「アグアメンティ ―水よ」

 

呪文で造り出した水を暖炉の近くで温めカップにお湯とコーヒーを入れる。

…やはり、ウドのコーヒーは苦いな、まあ俺の知っているウドとは違うのだろうが。

コーヒーを飲みながら暇潰しとして借りてきた本を読む、たまにはこういうのんびりした時も大事だろう。

そろそろ例の計画の準備も始めなくてはならない、どうやって突入するか…何処から観察するか…俺は今後の計画を考えながらまどろみの中に落ちていった。

 

 

 

 

平穏な日常、穏やかな日々

しかしそこには一匹の虫が紛れ込んでいた

そうだ、戦いの疫病をばらまく死の害虫だ

どうやら何処へ行っても俺の行く場所は戦場になるらしい

だが俺の心が揺れることはない

何処へ行こうとやることは変わらない

ならばそこが、戦場こそ俺の日常なのだから

 




学校という汚れの海に、見え隠れする陰謀という氷塊。
どうやら、水面下の謎の根は深く重い。
少年の運命は、賢者が遊ぶ双六だとしても、
上がりまでは一天地六の賽の目次第。
石と出るか、蛇と出るか、謎に挑む敵中横断。
次回「観察」。
キリコ、敢えて火中の謎に挑むか


という訳で今回はクディッチ観戦とクリスマス回の日常回でした
日常回はもう少し続きます
その次? そんな先の事は知らない


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第七話 「観察」

話数配分を考えていなかったせいで
僅か五千字になってしまったことを
深くお詫びします。

…次はもっと短くなるんだろうけど…





「………」

 

俺は息を潜め、ヤツらの様子を伺っていた。そして居なくなったのを確認すると次の場所へ移動する。

…俺は夜の校舎を出歩いていた。

何故こんなことをしてるのかと言えば「閲覧禁止の棚」の本を見るためだ。既に図書館の本はだいぶ読み尽くしたため、そろそろ禁書を見ても理解可能な頃合いだと考えたため図書館への潜入を決定した。

しかし夜の校舎は監視の教員や用務員のフィルチにその飼い猫等が巡回しており簡単には侵入させてくれない。

中でも特に危険なのがあのやたら派手な格好をしているゴースト、ピーブズだ。

あのゴーストはかなりの悪戯好きであり入学してから俺を含めて多くの生徒がその犠牲になっている。よって万が一あいつに見つかれば大惨事は免れない。

だから今はこうして身を潜め教員の巡回コースやゴースト(主にピーブズ)の行動傾向を観察している。

…この調子ならあと三日程度で侵入可能になるだろう。そろそろ次の場所へ移動を―――!

 

瞬発的に俺は姿を隠す。誰だ、この時間はここに人は居ないはず。

 

「セ、セブルス!?あ、い…いや、私は…」

 

「私を敵にまわしたくはないだろう?」

 

「は…話がさっぱり…」

 

「よくおわかりの筈だ。近々また話すとしましょう。その時までにどちらの側につくのか決めておくんですな。」

 

廊下にクィレルとスネイプの声が響き渡る、理由は分からないがどうやらスネイプがヤツを訊問しているようだ。

その理由は分からない、しかし原因は分かる。あの時、クディッチの試合の時ハリーに呪いを掛けていたのがそうだろう。

あの時スネイプは対抗呪文を唱えて対抗していた、スネイプはヤツが何を企んでいるのか知っているのだろうか。

だが何故だ、何故わざわざこんな脅迫をする必要性がある? ほかの教師に知られればスネイプもただでは済まない。

…まさかダンブルドアはこのことを知っているのか、だとすれば合点がいく。校長が直々に許可をしてるのならこんなことをする理由も―――

いやそれもおかしい、校長が知っているのなら直ぐに、もっと直接的な手を打つのが普通だ。ならばこんな回りくどいことをする理由は一体…

 

………

 

どうやらスネイプ達は居なくなったようだ、改めて確認をとった後、俺は次の場所―――禁書棚へ向かうことにした。

結局訊問の理由も、クィレルの企みも校長が直接的な手段をとらない理由も分からなかった。

だが、脅迫までしてそれがただの汚職や失態とは考えられない、ヤツが隠していることが普通でないのは間違いない。

…あの試合の日から感じていた予感、それは今確信へと変わった。この学校には何かの陰謀が渦巻いている、その渦の中心に居座るものが何かは分からないが―――

…何か、何か凄まじいものが潜んでいる。戦場で培われたこの直感はそう確かに告げていた、そうだ、俺だけが知っている闇からの警告だ。

 

…しかし、それを知っている人間はそこに潜んでいたのだ。ヤツらに気を取られ俺は気がつかなかった、そこで潜んでいた透明の奴らに。

 

「な、なんであそこにあいつがいたんだ!? まさかあいつもスネイプの仲間!?」

 

「いや、仲間なら隠れる必要はないはずだ」

 

「じゃあキリコも賢者の石を狙ってるってことか!?」

 

「シーッ! フィルチに見つかるよ、それにもしかしたらキリコも石を守ろうとしてるかも知れない」

 

「トロールを簡単に殺しちゃうようなやつが…?」

 

「…分からない、と、とにかく早く寮に戻ろう、フィルチに見つかったら大変だ」

 

 

 

 

閲覧禁止の棚へ入り込んだ俺は、そこの本を一冊一冊確認していく。これは欲しい本を素早く見つけるために必要なことだ、本を探すのに手間取っていたらその分見つかるリスクが増える。だから数日かけて本棚の下見も行っているのだ。幾つかそれをリストアップしていく。「魂と肉体のあり方」、「石人形による生命の誕生」、「石人形全構成解体禁書」

…大体このあたりが、恐らく俺の求める本だろうか、もう時間がないそろそろ寮に戻らなくては

 

コツ…コツ…コツ…

 

…! まずい、誰かが入っている。周りを見渡し一つのドアを見つけた俺は静かに素早くその部屋に駆け込んだ。

…この部屋は昔使われていた教室のようだ、壁際の机と椅子がそれを証明している。なら、あの中心に置かれている鏡は一体何だ? 俺は鏡に近づき、自分の姿を映し出す。そこには―――

 

 

 

 

 

フ ィ ア ナ が 立 っ て い た 

 

 

 

 

 

「フィ……アナ………?」

 

肩まで届く長い長髪、今にも消えてしまいそうな儚くも美しい顔。鏡に映っていたのは間違いなく、あの日、俺の手から零れ落ちたささやかな願い、フィアナそのものだった。

 

「何故…何故フィアナが…!?」

 

フィアナは俺に肩を寄せ 優しく俺に寄り添う

かつて戦いの無い世界を祈って眠ったあの時のように

だが 彼女は居ない あの目覚めの後

彼女は消えてしまった 死んでしまった

いつかまた会えると信じていた しかしそれもダメだった

彼女は もう見ることのできない 優しい笑顔を浮かべ

俺に寄り添う 

あの時のように

あの時のように

あの時の………

 

「やめろおおおおおおお!」

 

俺は絶叫し、鏡から目を逸らす。フィアナは居ないそして二度と会うことは出来ない。そんな事は分かっていた、だから俺はそれを忘れようとしていた、この生活の中で少しでもこの悪夢を和らげようとしていたのだ。

会えない筈のフィアナは、俺にそれを思い出させたのだ、会うこともできず、死んで会いに行くことも出来ない絶望を思い出させたのだ。

…どうしようもない絶望に、まるで「忘れるな」と叫ぶかのように叩きつけられたそれに俺は打ちひしがれていた。

………かつて、あの日以降心の奥に押し込めていた悲しみ。溢れだした濁流を止めることは出来ない、ならせめて、この濁流に押し流されぬようにただひたすら耐えることしか俺には出来なかった。

…俺は、何時死ねるのだろうか。死ぬためにここに来たが未だ目処は立たない。もしかしたら、俺を殺せる魔法など無いのかもしれない。いつまで、一体いつまで地獄を彷徨えと言うのだ。哀しみのまま、俺は絶望の底へと沈んでいった。そしてどの位たったのだろうか、何とか落ち着きを取り戻したころにヤツは現れた。

 

「どうやら落ち着いたようじゃの」

 

「………ダンブルドア校長」

 

いつから見ていたのだろうか、あいつの言い方からすればだいぶ最初の方から見ていたのかもしれない。

 

「すまんの、見ているつもりはなかったのじゃが」

 

「…大丈夫です」

 

「そうか、それなら良い。この鏡はのう「みぞの鏡」というのじゃ、それも映ったものをただ写すのではない。映った物の本当の望みを映し出すのじゃ、故にこの鏡に魅入られ、身を滅ぼしたものは何人もいる」

 

「…………」

 

「なので丁度、これを明日移そうと思って来てみた所、君も居たというわけなのじゃ」

 

…君も? 俺以外にも出歩いているヤツがいたのか? 校則違反をした俺を責める気配もなく朗らかな笑いを浮かべながら俺をその青い瞳で見つめている。俺は、俺の全てを見透かしているかのような視線に警戒を覚えた。

 

「…キリコや、ホグワーツは楽しいかね?」

 

…? 一体こいつは何故こんなことを聞いてきたのだろうか。質問の意図は分からなかったが答えないのも不自然だろう、俺は差し当たりの無いことを言うことにした。

 

「ああ、…それなりに」

 

「そうか、それは良かった。ホグワーツはただの学び場では無い、(みな)の居場所であってほしいのじゃ」

 

「……居場所?」

 

「そうじゃ、ここにはどこにも居場所が無かった生徒もたくさんおる。だからこそ儂はこの学校が(みな)にとって楽しく、帰ってきたい。そんな学校になってほしいと願っているのじゃ」

 

「…………」

 

「儂は君のことを心配していたのじゃ。だからこそ、ここでの暮らしを楽しいと思ってくれたことが嬉しくてのう。」

 

やはり俺の直感は間違っていなかった。この男は既に…いや、感づいているのかもしれない。俺がここに来た理由が何であるか見抜かれているのかもしれない。この質問が俺を説得するための物なのか、それとも本心からでた物なのかは分からないが…何にせよ俺の目的を知られる訳にはいかないだろう。

 

「…キリコや、儂はこれからも君がここで生活し、そしてそれが楽しいと思えることを祈っている」

 

「…ありがとうございます。…では失礼します」

 

 

 

 

図書館を出た俺は再び決意をした。フィアナ、彼女に再び出会うためにも…俺は必ず見つけて見せる、俺を殺せる魔法を。

あの鏡に写されたフィアナから再び決意を受け取った俺は、巡回の教師に見つからないよう寮へ戻っていった。

 

 

 

 

 

…結局、あの子があの鏡に何を見たのか聞くことは出来なかった。仮に聞いたとて正直に答えてはくれなかっただろう。あの子が抱える闇、その正体が分からぬ今下手な言葉で説得をすれば余計闇へ落ちていくのは明らかなのじゃから。

だが…それでも一つだけ、確実に分かることはあった。あの子の闇の正体、そこには「孤独」が潜んでいることを。さきほど儂を見たあの子の目はひたすら、まるで二度と会うことの出来ない家族を求めるような哀しい瞳をしておった。ならばあの子を光の道へ導くにはその「穴」を埋めなければならぬ。

しかしその「穴」は埋まりつつあるのかもしれん、あの友人…キニス・リヴォービアといるキリコは僅かながら、だが確かに楽しそうな顔をしているのじゃから。

 

「…もしかしたら、儂がすることは無いのかもしれんのう…」

 

ならばそれが一番良いのじゃろう、…どこか、彼の闇に恐れを抱いている儂では彼を救い出すことは出来ないのかもしれん。しかしこれならば、もう心配はいらんのじゃろう。少し安心した儂は部屋を後にした。

…だが、もしも彼が闇に堕ちるようなことがあれば…その時は…

…その時は…

 

…馬鹿なことを、その時こそ、儂ら教師があの子を正しき道へ導かねばならぬのじゃ。あの子の「闇」から目を背けてはならぬ、諦めてはいけない、その闇を払わねばならない。

それが妹を、アリアナを死なせてしまった愚かな自分にできる、たった一つの贖罪なのじゃから。

 

 

 

 

 

クリスマス休暇が終わり、新学期が始まった。それと同時に授業は激化の一途をたどり始める、それは学期末に控えている試験のためだろう。それに備えて授業だけではなくそこから出される宿題の量も増加していた。その結果最近俺の隣には常にキニスが付きまとうようになっており、しょっちゅうヤツに勉強を教えることになっている。が、今日は居ない。明日行われる今学期初のクィディッチの試合の為にグリフィンドールの寮に行っているらしい。

 

尚、明日の試合日程はグリフィンドール対レイブンクローである。さらにその数週間後にはグリフィンドールとハッフルパフの対決が予定されている。そのため選手たちは勉強など目もくれずにひたすら練習に打ち込んでいる。

今の所一位はスリザリンとなってはいるが明日の結果次第では逆転ができるかもしれない。だが、それは現在四位のハッフルパフにとっては全く関係ない話だろう。最も俺自身興味は無いのだが。

 

 

 

 

試合が始まった時、試合会場…もといグリフィンドールの観客席には赤地に金の文字と、派手な垂れ幕が掲げられている。その内容は…まあ予想道理ハリーを褒めちぎったような内容だった。隣で自慢げにしているこいつの様子から昨日の用事とはこれの作成だったのだろう。

それを見たハリーは箒で見事な空中三回転を決めていた、効果は十分あったらしい。

 

試合が始まると初めは得点の取り合いとなった、片方が決めればもう片方が決める、まさに一進一退の攻防といえる、しばらく経つと得点の取り合いからボールの取り合いへと変化していく、その結果得点は変わらなくなり試合は硬直状態となった。ハリーもレイブンクローのシーカーも会場のあちこちをゆっくりと飛び、慎重にスニッチを探している。

実況もこうなると中々言うことが減ってくるのか試合開始ほど喋らない。…そういえば前の試合のようなグリフィンドール贔屓な実況はしていないのか、どうやらあれはスリザリン限定らしい。

 

「殺れぇ! 決めろぉ! 防がれただと!? ふぅざけやがってぶっ潰れろぉ!!!」

 

…キニスはどちらが何をしようが関係なく罵声を浴びせている。こいつの罵声はスリザリン限定という訳では無いらしい。正直なところ流石に止めた方がいい気がしてきた。

 

その時ハリーが動き出し、それに続いてレイブンクローのシーカーも動き出す、いよいよ試合も大詰めか。

ハリーに襲い掛かるブラッジャー、一撃目をかわす事には成功したが減速した影響で二発目が直撃した。すぐに姿勢を立て直すがその隙にレイブンクローのシーカーが追い抜いた。

スニッチは曲がる気配がない、ならば最後は単純な速度勝負になる。

実況と観客席から発せられる熱の中、スニッチを取ったのは―――

 

「グリフィンドールがスニッチを獲得!」

 

ハリーの方だった。

 

 

 

 

「いやー、やっぱクィディッチは興奮するねー面白かったー」

 

つまりこいつはかなり過激なクィディッチ狂いで、例え自分の寮だろうと何処だろうとああいった罵声を浴びせるということらしい。それはあの後、数週間後に行われたグリフィンドール対ハッフルパフの試合で証明してくれた。まあ試合が終わればどこの寮にも拍手を送るあたり平等なのだろう。…良くも悪くも。

クィディッチの試合が終わると同時に試験もすぐそこまで迫ってきている。それと同時に俺の計画も実行に移す時が来た。あの日鏡を見たことで、俺は決意を新たにしていた。俺は何としてもフィアナに合わなければならないと。

 

「…試験嫌だなぁー…キリコは…大丈夫に決まってるよねー…ハァ」

 

さっきと打って変わって気分を落ち込ませているキニスをしり目に、俺の覚悟は否応なしに高まって行っていた。

 

 

 

 

あの時鏡から、フィアナから受け取った覚悟

だが俺は気が付いていなかった

その覚悟もまた鏡だと言うことに

つまりそれが意味すること

それは所詮まやかしでしかないという真実

そこから目を背けた罪

それは罰となり

もう目の前までやって来ていたのだった

 




ペペレル三兄弟は、川に魔法を掛け明日を得た。
死は、三人の兄弟を陥れ、その命を得た。
キリコは魔法に、己の運命を占う。
今、ホグワーツで明日を得るのに必要なのは、ユニコーンと少々の狡猾さ。
次回「取引」。
ホグワーツには死の臭い。


キリコと校長、腹の探り合い
…まあ実際死にたいと考えてるなんて夢にも思わんよな。
という訳でトラウマ回でした、もうそうそう次は無いな!


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第八話 「取引」

フォイの出番少ねぇな…
まあスリザリンと一番絡まなさそうな
ハッフルパフじゃね…

D.M「フォーイ」


相変わらず生徒でごった返している図書館、クディッチの試合が終わって以降その数はさらに膨れ上がっていた。クディッチの練習で忙しかった選手たちも、クディッチの熱で現実から逃れていた生徒たちも加わり今の図書館は自分が座る場所を探すのさえひと苦労する。ひたすら羊皮紙と教科書を睨み、羽ペンを無我夢中で走らせる生徒の中に何故か俺に向かって小さく手を振っている連中が居た。

 

「こっち、空いてるわよ」

 

「…ありがとう」

 

そう言ってきたのはハーマイオニーだった、その隣にはハリーとロンの二人も座っている。どうやら、こいつらも勉強のためここに来たようだ。…もっとも実際はハーマイオニーが二人に勉強を教えているのだろうが。

席を紹介してくれた彼女に礼をいい、その席に座らしてもらう。そして俺も他の生徒同様に羊皮紙と羽ペンを取り出した。

 

「あっそれ…使っててくれたの、調子はどう?」

 

「ああ、ペン先が冴えている。それに羊皮紙の滑りも良い」

 

そうだ、これはクリスマスプレゼントとして彼女から貰った物だ。

…実はあの時、贈ってくれるヤツが居るとは思っておらず彼女とキニスに何も贈っていなかったことに後で気づいた。今度は必ず贈らなければ…、俺は少しの後悔を思い出し、申し訳ない気分になりつつも勉強を開始した。

この時期はもう、例の呪文の研究は全くせずに学期末試験のための勉強に専念していた。というよりは一時中断と言った方が正しいのだろう、あの日閲覧禁止の棚に侵入し主な本は決めていた。それにいつ再び侵入するのかも決めてある、その為今研究を焦る必要はないのだ。

 

だが、不安はある。それはあの日見たもう一つの物、クィレルだ。無論あいつとスネイプの行動だけは分からないというのもあるが、何よりヤツが企んでいる事が何なのか、それが俺の心に緊迫したものを残していた。あれからだいぶたったがクィレルは俺が見ている限り特に目立った行動はしていない。故に、ヤツの狙いは未だ分からない。だからこそ漠然とした不安が俺の中に漂っているのだ。

 

「…ねぇキリコ、ニコラス・フラメルって知ってる?」

 

「…賢者の石の作成者だな」

 

そう、以前読んだ本に書かれていた人物だ。

…しかしこの質問は何の為だ? こいつの事について知らなければならないような試験は今学期出ないはず。単純に知識を満たすのが目的なのか。だが質問の理由はその後ろから察することが出来た。

 

「や、やっぱりキリコも石を―――」

 

「ロン!」

 

石、それは間違いなく「賢者の石」のことだ。だがそこから何故俺に繋がるのか―――

…まて、「キリコも」? これは俺以外に石に関わるような人間がいるということなのか?

賢者の石、命の水、不老不死、それに関わろうという人間が居るとしたら、その理由は不老不死の可能性が高い。そんな人間が居るとするなら―――そいつは―――つまり―――

 

「…俺が賢者の石を狙っている、…そういうことか?」

 

「「「!!」」」

 

この反応、間違いない。ヤツらは俺と…おそらくクィレルが賢者の石を狙っていると考えている。そうなら今までの不審な行動の理由も―――

…? ならあの時、ハリーに呪いを掛けていた理由は何だ? ヤツが石を狙っていると仮定してもハリーを襲う理由にはならない。それに俺も石を狙っていると、あいつらが考えている理由も分からない。

…こいつらは、恐らく俺の知らない事を知っているのだろう。それを聞いてみる必要があるかもしれない。

 

「…何故、俺が石を狙っていると思った」

 

「い、いや!? そんな事全然思ってないよ!?」

 

「ロン…もう駄目だよ…」

 

「…ハリーとロンから聞いたの、クリスマス休暇の時あなたがクィレル教授とスネイプの話を盗み聞きしていたって」

 

「ハーマイオニー! そいつに言って大丈夫なの!?」

 

「…それを確かめたいから聞いてるの」

 

…どういうことだ、まさかあの時こいつらも居たというのか? だがそんな人影は何処にも無かったはずだ。…あの時一瞬だけ感じた違和感、あれがまさか… いや、どちらにせよ見られていたのは確かだ。だからあそこに、クィレルが訊問されるような場面に居た俺も、ヤツ同様石を狙っていると疑っているのか。

 

「そうだ、俺はあいつらの話を聞いていた。…逆に聞くが、お前達は何故ヤツが石を狙っていると考えた」

 

「キリコは初めてハリーがクディッチの試合に出たとき、箒の様子がおかしかったのは知ってる? あの時私達は()()()()がハリーに呪いを掛けているのを見たの。

それだけじゃないわ、貴方も見たと思うけどスネイプはクィレル教授を脅していた、あれは石の在りかを聞き出すためだと私達は考えたの。

証拠にスネイプは石が隠されている部屋の罠を突破する方法を―色々な人から聞き出していたわ」

 

「…罠?」

 

「そう、あの部屋には石を守るために先生達が色んな罠を仕掛けているわ」

 

…どういうことだ? 何故こいつらは呪いを掛けたのを()()()()だと勘違いしているんだ。いや、あの時彼女はスネイプに火をつけていた。

…おかしい、あの時呪文を唱えていたのはクィレルも同じ、ならば何故スネイプの方に火をつけた? どちらが呪いを掛けているか分からないなら両方に火を着ければよかったはずだ。

いや、思い出せ、あの時クィレルは何処にいた? そうだ柱の近くにいたはずだ。そしてグリフィンドールの観客席は………

 

「…あのクディッチの日、お前達の席からクィレルは見えたのか?」

 

「えっ、クィレル教授?」

 

「そうだ」

 

「……………ハリー、あなたあそこでクィレル教授見かけた?」

 

「いや、僕は客席を見てる余裕はなかったよ」

 

「じゃあロンは?」

 

「え? えーと確か居たとは思うけど、…僕らの席から見た覚えはないなぁ、もしかしたら僕らから見えない所にいたのかも」

 

………! そうか、いや、もしそれが狙ったものだとすればヤツの目的は…まさか……

 

「キリコ、石が隠されている部屋の…罠の越え方を知りたくない?」

 

…? 急に何を言い出したんだこいつは、俺を疑っているのに何故それを助けるような事を言うのか、それとも別の狙いがあるのか。

 

「知りたいなら教えてあげる。ただし私達も知りたいことがあるの、それは石が隠された部屋。もしそれを教えてくれるなら教えてあげてもいいわよ」

 

こいつらは俺を疑っている、つまりこの取引の意図は…俺が石を狙っているかどうか見定める事。恐らくそれだ、もし俺がこの取引に乗ればそれは、「石の在りかを突き止めている」つまり石の在りかを知ろうとする理由が存在することを。「罠の越え方を知る必要がある」それは石を手に入れたいから知る必要がある。という二重の証拠を得ることが出来る。

ならば俺の選択は、というよりもそれしかない。

 

「知る必要はない、何より俺は石の在りかを知らない」

 

…実のところ、見当はつく。四階廊下の突き当たりに存在する「死の潜む部屋」に石はあるのだろう。しかしそれはあくまで見当でしか無い以上、取引に使うことはできない。それに俺自身賢者の石に興味が無いため、罠の突破方法も要らないからだ。

 

「…お前達は石を守るつもりなのか」

 

「ええ、もちろん」

 

「………」

 

「………」

 

…しばしの間続く沈黙。クィレルの目的も、呪いを掛けた理由もわかった今これ以上話す理由は何処にもない。このままこいつらを放っておくことが俺にとって一番平穏な道だ。

だが、俺も何時からかお人好しになっているらしい。死ぬかもしれない場所へ行くのを何もせずに放っておくことは出来なかった。

 

「…止めておけ」

 

「心配ありがとう、でも私達がやらなきゃならないの。」

 

「何故だ? お前達が調べたことを教員に報告した方がより確実ではないのか」

 

「言ったわよ、でも先生達はスネイプを信用しているから私達の言うことは聞いてくれない。だから私達が―――」

 

()()()()の狙いはそれかもしれない」

 

「…えっちょっと待ってどういうこと? 石を狙っているのは()()()()よ?」

 

そして俺は話した、呪いを掛けていたのはスネイプでは無くクィレルだということを、そしてそこから考えられる事実…ハリー達が石を守ろうとすること。それこそがヤツの狙いである可能性が高いということを。

 

「そ、そんなまさかクィレル教授が石を…!?」

 

「で、でも何でそんなことする必要があるんだよ!?」

 

「それは分からない、だから可能性と言ったんだ。それに恐らくこの事はダンブルドアも気付いている」

 

「何だって!?」

 

「だからこそ、わざわざ敵の罠に飛びいるような危険を侵す必要は無い。俺が言いたいのはそれだけだ」

 

「で、でも僕達も行った方が確実に石を守れるはずだ! それに―――」

 

「ハリー、ロン、ハーマイオニー」

 

「………」

 

「命を粗末にするな」

 

そして俺は席を立つ、これ以上居てもあいつらが気まずいだけだろう。だがこれで伝えることは出来たはずだ、もう余程の事が無い限り危険に首を突っ込むことは無いだろう。

…俺はどうする? いや俺も同じだ、クィレル…スネイプかもしれないが、奴等の企みをダンブルドアが知っている以上下手な手出しは余計な混乱を産み出す。

俺は俺のすべきことをするだけだ。

 

「あのー、キリコさんちょーといいですかね…」

 

図書館を出ようとしていた俺にキニスが話しかける。…大量の菓子を持って。

 

「えー、その、申し難いのですが他の課題が多すぎて…魔法薬学まで手が回らず」

 

「………」

 

「なので、このお菓子あげるんで………」

 

「………」

 

「課題写させて下さい!」

 

…あまりに酷い取引に俺は呆れながらもこの取引を()()()。未練がましく助けて下さい何でもしますからとか叫んでいるがそんなことは知らない、自力で何とかしろ。

 

 

 

 

「………ハアアアァァァー、き、緊張したわ…。 …そもそもハリー達が「キリコが石を狙ってる」なんて言い出さなければこんな質問を勉強時間削ってまで考える必要もなかったのに」

 

「ごめんハーマイオニー、…でもまさか、クィレルが黒幕だったなんて」

 

「でもそれは絶対じゃ無いんだろ?」

 

「ええ、でもこれでキリコが石を狙ってないのはハッキリしたわ」

 

「でもさ、キリコがバレたくないから嘘をついたのかもしれないじゃないか」

 

「確かにそうよ、でもキリコはあんなに私達のことを心配してくれたのよ? そんな人が嘘をつくなんて私には思えないわ」

 

「それでもキリコが石を狙ってないって断言は出来ない。だから気を許すのは危ないと思う」

 

「…そうね、でも私は信じたいの。そうでないならハロウィンの時あんなに心配して私達を助けてはくれなかった筈だもの」

 

 

 

 

 

テストもいよいよ近づいてきたある日、大広間はどの寮もざわついていた。その原因はグリフィンドールにある、一体何があったのかたった一晩で一五〇点も減点されていた。その結果グリフィンドールは寮対抗において最下位まで見事に転落することとなったのである。あと何故かスリザリンも二十点減点されていた。

まあ原因は簡単に予想できる、あそこまで深刻な顔でテーブルに座る三人…と一人の男の子、つまりハリー、ロン、ハーマイオニーと一人の男の子だ。それにしたって一五〇点も減点されるものだろうか、一体あいつら何をしたんだ。

…まさか、あれで尚賢者の石を守ろうとしているのか、それで何かしらの無茶をやったと考えれば筋は通る。だが実際はどうなのだろうか、本人達に直接聞くのはいくらなんでも気まずいので知ってそうなヤツに聞くことにする。

 

「キニス、減点の理由はハリーか?」

 

「うーん、さすがに細かくは聞いてないよ。僕が聞いたのはハグリットがドラゴンが何だかですごい喜んでいたってことぐらいだからね、その理由までは答えてくれなかったよ」

 

…ほぼ答えを言ってしまっている。つまりドラゴンの卵を欲しがっていたハグリッド(本人は秘密にしているようだがほとんどの人が知っている)が何かしらの方法でそれを手に入れた。だがドラゴンは許可なしに飼うことを禁じられてるため、困り果てたハグリットは…もしくはそれを知ったハリー達がそれを助けようとして教師に見つかった。もしくはその過程で何かしてしまった。…と言ったとこだろう。証拠にハグリッドの顔色もこの世の終わりと言わんばかりに青くなっている。

 

その日以降ハリー達に対する生徒の態度は一変した。それまではスリザリンに勝てるからと、英雄のようにもてはやしていたが今やグリフィンドールのみならずレイブンクローやハッフルパフからも侮辱の視線を浴び続け、スリザリンは心の底からの感謝を廊下ですれ違うたびに言っている。勝手に期待しておいてこの変わりよう、すがすがしいまでの手のひら返しに俺は少しの同情を覚えた。

 

「大変だキリコ! ハリーが死んじゃうよ! 助けに行かないと!」

 

「死ぬ? 何故だ」

 

ハリーが死ぬ? 罰則でか? そんな危険な罰則は流石にないはずだが。

 

「今夜罰で禁じられた森に行くらしいんだよ! 狼男に大蜘蛛にミノタウロスに…とにかくそんな危険な場所に行ったら大変だ!」

 

「落ち着け…生徒だけでいく筈が無い。随伴の教員が居るはずだ」

 

「え、あ、そりゃそうか。でも大丈夫かなハリー達」

 

日が没し、暗闇を映す窓を見るキニスはだいぶ心配そうな顔をしている。とはいえ俺もキニスもできることは無いのだ、しばらく経ち部屋へ帰ろうとするキニスと共に、あいつらの無事を祈ることで精一杯なのだろう。

 

 

 

 

 

賢者の石、不老不死。

それを守るもの、狙うもの、

揃いつつある役者たち、もうじき整うその舞台。

その中に巧妙に隠された真実への付線、

それを集め、繋ぎ合わせた時完成したのは戦いへの招待状。

乗るか、乗らないか。

いよいよ放たれる真実への扉、賽を振る俺はそれに気づく。

既に断たれた虚構と安息への道。

戦いから逃れることは出来ない、それこそが俺の運命なのだ。

 




昨日の朝、安息を手に入れ人の心に触れていた。
今日の昼、命を的に夢見た炎を追っていた。
明日の夜、愚かな油断と大きな孤影が、偽りの心に楔を穿つ。
これはニコラスが作ったパンドラの箱。
倫理を問わなきゃ何でもできる。
次回「喪失」。
明後日、どんな先の事でもわかりきっている。



名探偵キリコ テレテーレーテレテーテーテテー
ちなみに本編でも示唆してますが、
ハー子はあの質問即興でやったわけではありません。
流石に事前に考えてからやってます、
…頭良くし過ぎたかな、どっちも。 ハリー?ロン?知らない子ですね… 
ハリー ロン「」


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第九話 「喪失」

そろそろバトルを始めたいです、
いい加減ホグワーツを火の海にしたくなってきた。
どうやって滅ぼすか…

「大戦争を! 一心不乱の大戦争を!」


学期末試験四日前、生徒達は大量の課題と膨大な試験範囲に追い込まれ夜も眠らずに勉強を、教員達は大量の課題の添削と試験作成の仕上げに追われ食事を摂る隙もない。

そんな状況の中、俺はまたもや夜の学校に潜んでいた。目的は無論「閲覧禁止の棚」、そう今まで狙っていたのはこの時期なのだ。本来夜の校舎は巡回の教員がいるはずだが試験数日前ということもあり、大幅にその数を減らしている、加えて巡回している教員も試験作成の疲れか監視に穴がある。故にこの時期こそが「棚」への侵入に最適だったのだ。

「目眩まし術」を自身に掛けながら、巡回にもゴーストにも見つからずに図書館の禁書棚へたどり着いた。

 

「ルーモス ―光よ」

 

出力を限界まで絞り混み本棚を照らす。通常の出力で使うと俺の杖の場合、先端から閃光手榴弾並みの光が発生するためである。そんな事になれば巡回がやってくるのは確実、この計画は水の泡になる。

………!?

杖の光を消し身を潜める、誰かが禁書棚に居たのだ。暗闇のせいでよく分からないがそいつは顔から足の先まで闇に溶け込むような漆黒のローブで包んでいた。そいつは隠れるようにしながら禁書棚の本をいじっている、あの怪しい風体にこそこそとした行動、巡回の教員ではないだろう。俺と同じ目的でここに居るのだろうか。

その後動き出したヤツは、何も持たずに図書館を出ていってしまった。折角侵入したにも関わらず何も持たないとは、いよいよ何がしたいのか分からない。まあそれを考えるのは後でもいいだろう、それよりヤツのせいで少し時間をロスした、急がねばなるまい。

再び杖に光を灯し、以前確認した場所を確認する。そこには目的の内の一冊が置いてあった、タイトルを確認するとそこには「石人形全構成解体禁書」と書かれている。間違いないこいつだ、その本を懐にしまい次の本を探す。

次の本もすんなり見つけた後、最後の本も探す。だがこれは時間が掛かった、以前確認した場所とは別の場所へ移動していたからだ。不味いな、あと数分で巡回がやってくる、急がなければ。

「禁じられた魔術」…違う。

「ニワトコの軌跡」…これも違う。

「魂と肉体のあり方」…こいつだ!

最後の本を懐にしまい急ぎ足で図書館を後にする、最初の曲がり角を曲がったところでちょうどフィルチの姿が見えた。かなりギリギリだったようだが、何とかなったな。そして俺は行き同様に、巡回に見付からぬよう自室に戻っていったのだ。

…この本こそが、俺を再び地獄のドン底に叩き落とすモノだとも知らずに…

 

 

 

 

熟睡しているキニスを起こさぬようゆっくりとドアを開ける。机のランプを灯し、手にいれた本が間違っていないか確認をする。盗めたとはいえ長期間持っていてはバレるリスクも高まる、なるべく早く読みきらなければならないだろう。羊皮紙を取りだし、羽ペンを構え、本を開いた。

その時、それは起きた。

 

 

 

 

「こ、これは…!?」

 

突如目の前が真っ暗になり、気が付いた時俺は使われていない教室にいた。この教室はまさか、あの鏡はまさか。そこに居たのはフィアナだった。彼女はあの時と全く同じように鏡の中から微笑み、俺に寄り添っている。

何故だ!? 何故俺はここに居る!? 一体何が起―――

 

 

 

 

その次の瞬間写り込んだのは燃え盛る炎であった。今度はどこへ移動したんだ、ここは一体―――

そして俺は絶句した、何故ならそこに居たのは、炎に包まれている人間だったからだ、そうだ、俺の、母親だ。

次の瞬間、俺は外にいた。いや違う、連れ出されたのだ。後ろを振り替えるとそこには全身を黒く焼かれながらも、俺を助け出してくれた、そして今息絶えようとする父親の姿があった。一体、一体何が起こっているのだ…

 

 

 

 

視界には天井が写っている、何故か上手く動かない体を動かし、横を見る。そこには俺を産み、そして力尽きた母親が倒れていた。

………まさか。

 

 

 

 

目まぐるしく、まるで映画のフィルムのように回る、戦場、鉄の騎兵が群を成し森を、砂漠を、街を駆け、その全てを踏み潰していく。

そしてたどり着いたのは砂漠だった。そこにあったのは黒い稲妻と神の眷属達の成れの果て、そして緑色の血を流しながら横たわる彼女。

 

石と権威で覆われた聖地。最後の言葉さえ聞けずに燃え尽きてしまった、俺のささやかな望み。

 

意図せず作られた束の間の安息、それを打ち破る過去に向かってのオデッセイ。

 

何も知らぬまま、人ですら無かった俺が出会い、そして全てが始まった闇の中。

 

不死と信じ、不死に弄ばれ、俺一人だけ生き残った爆発の中。

 

俺達によって赤く染まった星。そこで思い出す忌まわしき過去。

 

俺を、家族を、思い出を、そして星をも焼き尽くす赤い肩の悪魔達。

 

巡る、巡る、巡礼の記憶は何度も巡る。

そう、何度も、何度も、何度も、何度も…

 

 

 

 

「……………………!!」

 

今のは、俺の記憶だ、それも思い出すのも考えるのも忌まわしい記憶。それを突如、現実かと思うほど鮮明に、その全てを呼び起こされた俺の精神はたった数秒、一瞬の事にも関わらず崩壊寸前まで追い詰められた。

記憶の底に閉じ込めていたトラウマは、一度吹き出せば簡単には止まらない。それは今も精神を徹底的に削り続けていた。

頭の中にはかつて、戦艦の中に閉じ込められた時のように何度もある一曲が流れ続ける。

視界に写る幻影には途方もない数の戦場と途方もない数の残骸が広がり、かつての仲間達が一瞬の断末魔を繰り返し叫び続けている。

それが止む気配は全く無い、何故だ、何故今になってこの記憶が蘇った。その原因について考えようとするが心の中で繰り返される地獄と断末魔はそんな余裕さえくれなかった。

 

「キ、キリコどうしたの? 凄い顔色悪いけど…」

 

知らない内に悲鳴でもあげたのだろうか、いつの間にか起きていたキニスは俺を心配して語り掛けてきた。

しかしその瞬間、思い起こされたのはかつての仲間、戦友、家族、そこまで呼べなくとも何らかの仲間意識は持っていたヤツら。そいつらが皆、尽く死んでいく記憶、未練など無い。だが俺只一人を生き残らせる為に星もろとも基地もろとも死んでしまった事実は未だに俺を苦しめる。

そして脳裏をよぎる最悪の未来、散り行く仲間の影とそいつの姿が重なる時、物言わぬ屍となったキニスがそこには居た。まさか、いやあり得ない話ではない。俺に関わるという事はすなわち地獄まで付き合うということ、そして望む望まないに関わらず盾となって死んでいくのが運命なのだ。俺に関わることで、キニスは死ぬ。

 

「………やめろ」

 

「何言ってるのキリコ? 大丈夫ってレベルの顔色じゃないよ、それにそんなに汗も掻いて…マ、マダム・ポンフリーの所に行った方が良いんじゃない? 無理だったら僕が先生を呼んでく―――」

 

「やめろ!! ………これ以上関わるな…!」

 

急に声を荒げたせいだろう、キニスは驚愕の表情を隠せていない。だがこれで良い、いやこうでなくてはならない。今までこいつを傷つけるのは良心が痛むから辞めておいたがもうそうは言っていられない、何としてもこいつを俺から引きはがさなくては。でなければ死ぬ、理由などない、死ぬ経緯も状況も分からない。だがこのまま行けば必ず何時か死ぬ時が来てしまう、そうなる確信が今の俺には出来た。

 

「…わ、分かった、でも辛かったら言ってね。」

 

キニスは再び布団の中に潜りこんでいった。…これで良い、こうでなくてはならない。もう俺のせいで親しいヤツが死ぬのはもう沢山だ。未だ頭の中で踏み鳴らすことを止めぬマーチを引きずりながら俺は部屋を後にした。そして俺は談話室で朝まで過ごし、マーチと幻影が収まったのはその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ、キリコ、…おはよう、あの後大丈夫だった?」

 

「………」

 

声をかけるキニスを無視し、疲弊した精神を表に出さぬよう大広間へ向かう。俺の意図を感じ取ってくれたのかキニスが話しかけてくることはそれ以降無かった。この状態を維持し、今までの関係を完全に無くすことが今の俺の目標だ、そうすればこいつが地獄に巻き込まれることは無い。俺のせいで死ぬことは無くなるだろう、…あいつは気にするだろうが、それがあいつにとって最も良い事なのだ。何、あいつの性格なら俺以外の友人は幾らでも手に入れることが出来るだろう、心配は要らない。

 

あの後強烈な頭痛に苦しみながら考えたが、あれは一種の呪いだったのかもしれない。以前本で見たことがある、飲んだものにトラウマを蘇らせる黒い水があるらしい。恐らくあの本に掛けられていたのはその水と似たような効果をもたらす呪いだと推測した、それを掛けたのはあの黒いローブの何かだろう。

だが、ヤツの正体は全く分からない。現状一番怪しいのはクィレルだろうがする意味が分からない、スネイプに脅されていた時俺に気づいた様子は無く、気づいていたと仮定しても万が一俺が死んでいたら校内の警備はさらに強化される。そうなれば目的である賢者の石の奪取は相当難しくなるはずだ。第一あの呪いを仕掛けたのがローブの人間だという確証も無い、何せ本来教員の許可を得てその監視の基にのみ閲覧を許された本だ、元々呪いが掛かっていても不思議ではない。唯一助かったのは、あの呪いは最初の一回で解除される点だろう、読むたびにあれでは本当に死んでしまう、これで俺の研究はだいぶ進むはずだ。…こんな状態で進むかどうかは分からないが。

 

 

 

 

今朝の食事は、いつもと変わらないイングリッシュブレックファストだ。だが試験の応援のためかいつもより少しだけ豪華なものとなっている。食欲はしなかったが空腹で倒れるわけにはいかない、俺は少しだけ皿に取った。

まず初めにトーストをかじった、脳の働きに炭水化物は必要だからだ。食べると口内の水がパンに吸われ口の中が気持ち悪くなった、味も心なしかサクサク感よりも焦げた味の方が目立つ気がした。

タンパク質としてソーセージを食べる、ドイツ産のでも取り寄せたのかいつもより肉の量が多そうである。しかし感じられるのはひたすら垂れ流される動物性油であり、軽い吐き気と胸焼けがした。

体を整えるためサラダを食べる。濃口のドレッシングはむしろ食欲を減退させ、草の苦みがそれを助長していた。

…心の中で、乾いた笑いすらこみ上げてくる。あの一瞬でここまで酷く追い詰められていたとは、いつの間にかあいつはそれだけ大事な人になっていた訳か。だが誰かと別れるのは慣れている、じきに俺もキニスも慣れていくだろう。

そういえば自分から誰かと完全に決別するのは初めてだ、今まではほとんど死に別れだったからな。まあ、何も死別する訳ではないのだからそこまで悲しむ必要はないだろう。そうだ、その筈だ。

 

 

 

 

一冊の本に綴られた炎の記憶。それが教えたのは死という真実。

悲鳴を上げているのは知っていた。

無論そんな事望んでいないのも知っていた。

だが、覚えたのは安堵と感謝。

こうすれば、死ななくて済む。

ズタズタに引き裂かれた俺は、ヤツの無事を祈りながら次の地獄へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が今の彼の状況です」

 

「…一体、何故そうなってしまったのじゃ?」

 

「見ていると、仲たがいをした。…という雰囲気でもなく、どちらかと言えばキリコの方が彼を避けている。故に彼も何を話していいか分からない。…のだと、吾輩には見えました」

 

「そうか、…やはり、あの時鏡で見た物が原因なのかもしれんのう。儂らに何か出来ればいいのじゃが…」

 

「今それは不可能でしょう、例の作戦のこともあります。それに吾輩もクィレルが何時動き出すのかを常に警戒しなければならないのですから」

 

「無論それは分かっておるよ。あやつがヴォルデモートと繋がっておるのは確かじゃ、そして賢者の石を用いて復活せんとしておることは…。キリコのことも心配じゃが、ヴォルデモートの復活を許す事だけはあってはならんのじゃ

…色々無理を言って悪かったのう、改めて礼を言うぞセブルス」

 

「…いえ、吾輩の方でも出来る限り気に掛けてはみます」

 

「珍しいの、おぬしがそこまで気に掛けるとは」

 

「…分かりませんが、何故か彼を見ていると、まるで自分自身を見ているような気になるのです」

 

「自分自身、とな?」

 

「はい、…では失礼します」

 

あの子が抱えているであろう孤独は、キニスとの関わりで和らいだように見えた。しかし何故かそれは崩れてしまい、以前よりも深くなったように見える。

そして儂はそれに対し、何もすることができない。ヴォルデモート復活を防ぐのが優先だから? そんなものは言い訳にもならない。

…何と無力なのだろう、何が最高の大魔法使いだ、何が偉大な校長だ。孤独に震える生徒一人救えないような愚かな男でしかないのに、今も彼に対して何もできないではないか。

だが、だからといってどうすればいいのだろう。あの子の孤独は儂が考えていたよりも遥かに深く、暗い。その闇を照らす方法は未だ分からない。

…だが、諦める事だけはしてはいけない。それだけはあってはならない。

彼の闇を払う鍵、それを握っているのは間違いなくあの少年だ

なら、儂のやるべきことは―――

 




敵の血潮で濡れた肩。
触れえざる者と人の言う。
ホグワーツに、百年戦争の亡霊が蘇る。
アレギウムの神殿、ヌルゲラントの地底に、
不死と謳われたメルキア装甲特殊部隊。
情無用、命無用の一兵士。
この命、30億ギルダン也。
最も危険なワンマンアーミー。
次回「レッドショルダー」。
キリコ、危険に向かうが本能か。


「回歴の呪い」★オリジナル設定
ダンブルドア校長が飲んだ黒い水の効果と同様の効果を持つ呪い。
相違点として水を飲み切った時と同じ効果を一瞬で与えるため、長時間苦しむことは無いが精神崩壊のリスクは比では無い。尚後遺症は6時間は続く。


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第十話 「レッド・ショルダー」

キリコ、やさぐれモード突入
だけど頑張りますキリコ君
第十話、始まります。



教室は静まり返り、唯一聞こえてくるのは紙が擦れ、ペン先を突き立てる音だけ。そう、学期末試験は既に始まっているのだ。

 

閲覧禁止の棚から本を盗み出してから試験勉強そっちのけで読書をしていたため試験対策は全くしていなかった、とはいえそれまでは散々勉強していたので問題が解けずに苦しむ事は無いのだ。

しかもあの一件が原因で最近全く寝付けていない、おかげで試験中睡魔に苦しめられる事も無かった。代わりに精神はボロボロだが、多少の事はやむを得ない。

周り同様、俺も羊皮紙に羽ペンを走らせるのであった。

 

その日の試験科目の内容は魔法史、呪文術、変身術だった。

魔法史は基本暗記が中心になる、その結果ろくに勉強していなかったせいで満点はまず期待出来ないが合格自体は確実だろう。

呪文術の内容はパイナップルを机の端から端までタップダンスさせるというもの、これはそのための呪文を覚えていれば良いだけなので容易かった。

変身術の課題は鼠を嗅ぎたばこ入れに変身させる内容だ、これもまた、そつなくこなす事が出来た。途中何回か鼠がタコになったり右肩が赤くなったりしたが些細な事だ。

 

一日目の試験も終わり、そのまま自室へ向かう。盗んだ本はまだ読み終えてはいない、しかし盗んだ物を図書館や談話室で読むわけにはいかないので自室で読むしかない。

 

「あっ…キリコ、えーその…」

 

「………」

 

そのまま椅子に座り本を開く、ヤツはしばらく黙っていたがその内部屋から出ていった。

…現実から逃げるように本を睨み付ける、内容は今まで読んでいたような本とは比較にならないほど難しいものではあったが、その分見返りも大きい。これだけの情報があれば俺の考えている呪文は十分実現可能な段階まで引き上げることが出来るだろう。

 

しかし、俺は本に集中しきる事は出来なかった。そうしなければならなかったとはいえ、キニスを突き放した事は未だ俺の心に暗い影を落としていたのだ。

その度に自分自身に語り掛ける、お前と共にいたヤツはどうなった? お前を助けようとしたヤツ、共に戦ったヤツはどうなった? それにより鮮明に蘇る仲間の屍、キニスをそれに重ねて見る事でどうにか決意を持ち直す。

「死なせてはならない」それだけが今の俺を支えている今にも崩れそうな一柱であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…全く、分からない。魔法史のテストとにらめっこを続けているが答えを吐いてくれる様子は欠片もない、授業を思いだし答えを導こうとしても浮かぶのはピンズ先生の子守唄と朝御飯の満腹感だけだ。

それに何より、ここ最近心を重くする事があった。そのせいでテストに集中する事さえ出来ないのが、今の僕の現状だ。

 

あの日の夜、キリコに何かあったのは間違いない。だってその前日までは全然変なところが無かったんだもの。…少し、無理してそうだったけど、でもそれまではいつもとそこまで変わんなかったはずだ。

 

…キリコは多分優しい人だ、普段は無表情の無愛想だけど箒の暴走を止めてくれたり、真っ先にトロールへ向かっていったり、僕やハリー達を助けてくれた。誰かのためなら自分の危険なんて厭わない…そんな人なんだと思う。

だから今、僕を避けているのも何か僕の為にやっている事なんだろう。

でも、それでいいのだろうか。僕は正直今の状況はイヤだ、これからずっと話すことも出来ないなんて耐えられない。

それにキリコだって同じはずだ、あんなに辛そうな顔をして夜も眠れていないのに平気なはずじゃない。

僕の事を思ってやっている事だろうと関係無い、友達があんなに苦しそうにしてるのに放っておく事なんて、僕には出来なかった。

彼が何であんなことになったのか、一体何を抱えているのか何一つ分からない。だけどやってみせる、せめて、ほんの少しだけでいいからキリコの助けになりたい。彼を―――助けて見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして全てのテストが終わった今、僕は完全に詰んでいた。

どうすればキリコの助けになるのか。そんなことばかり考えていた結果テスト勉強にこれっぽっちも集中できず、ただでさえ絶望的だったテストは数倍酷い出来となった。

特に魔法薬学は酷かった、その内容は忘れ薬を調合するという課題だったけど肝心の作り方を見事に忘れ、辛うじて出来たのは「三日前のデザートの内容を忘れ、かつ五日前の朝御飯を思い出す」という、あのスネイプ先生が苦笑いを浮かべるほど微妙なシロモノだったとさ、これは酷い。

挙げ句の果てに、これだけ酷い結果という代償を払ってなおキリコを助ける方法が浮かんでいない事だろう。

 

まさか、ここまで分からないとは思わなかった。数日掛ければ何か一つぐらい妙案が浮かぶだろうと高を括っていたがそれは完全に的はずれだったと認めざるをえない。

とにかく話しかけてみる?

 いや、全部無視されるだろう。

美味しいご飯を奢ってみる?

 ダメだ最近食欲さえ無いみたい。

キリコの闇を調べてみる?

 下手に触れたら余計傷付くだろ。

こういった時、今まで自分がどうやってたのか思い出してみた、結果全てその場の勢いで乗りきっていた。一体どうしろと。

 

だけど仲違いしたままもイヤだし、キリコが辛そうなのもヤダ。本当にどうすればいいんだ…

その結果、試験が終わったのに部屋にも戻らずひたすら学校中をウロウロしながら頭を抱えているのだ。

 

「キニス・リヴォービア」

 

「へ? 誰… スネイプ先生!?」

 

不意に呼び止められ、間抜けな返事をして振り返ったときいたのはスネイプ先生だった。足音もたてずに話しかけてきたものだから思わずビックリしてしまった。

一体何の用なんだろう。スネイプ先生とはほとんど話した事も無いしそんな親しい関係でもない。何か怒られるような事もして無いし… まさか、テストがあまりに酷いから再試になったとか…

 

「ダンブルドア校長からだ」

 

「へ? あ、はいありがとうございます」

 

ダンブルドア校長? いよいよ分からなくなってきた、何で校長先生が僕に手紙を渡したんだろう? 手紙の内容はというと、

 

「キニス、すまんが校長室に来てくれんかの

追伸 儂はレモンキャンディーが好きじゃ」

 

………ダメだ、なんか混乱してきた。何だよ、レモンキャンディーって。一体何の用なんだ… まさか、退学なんて事無いよね…?

かなーり嫌な予感を抱えていたが、校長先生の呼び出しを無視するのはダメだろう。僕は軽く退学の恐怖に怯えながら校長室へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試験終了から一週間の間、全ての授業は休みとなり生徒は惰眠を貪ったり、徹底的に遊んだりとそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。それと同時に、教員は数百人分の答案を採点しており試験前同様夜の警備は薄くなっている。

 

そして俺はこのタイミングを狙い、またもや図書館へ潜り込んでいた。ただ今回の目的は本を盗むことではなくその逆、本を返却することである。

数日前の記憶を頼りに、読み終えた本をそれぞれの場所に戻していく。あれ以降さらに数日かける事でどうにか三冊共読みきる事が出来た。

本当なら真の目的のためにもここで新たな本を盗んでおきたい所だが、あと数日後のパーティーが終われば長期休みに入り、家に帰らなくてはならない。そうなれば本を返すのは不可能だ、だから今回は諦めることにした。

結局一年掛けて、盗めたのは三冊だけだったが…まあ、一年目ならこんなものだろう。本を戻し終わり、図書館を後にする。

 

あれからキニスが話しかけてくることは無くなった、だがヤツは未だに俺の事を気にしているようだった。しかし俺がそれに反応することは無い、むしろ順調だ、これを続けていけば一切の関わりを断つことが出来るだろう。

巡回の目を避け、ゴーストの気配を読みながら進んで行き厨房の近くまでたどり着く。ここまで来れば警備が来ることは無い、「目くらまし術」を解き、少し気を緩め再び歩き始めた時だった。

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

…なんだ、今の音は。聞こえたのは異様な音だった。それは人の話し声には聞こえない、しかし物音とは明らかに違う音が確かに聞こえてきた。

俺は歩き出した、無論確かめに行く必要性など何処にも無かった。だがそれとは無関係に足は動いていた、俺の体に染みついた戦いの臭いはその在りかを辿っていたのだ。

 

 

 

 

そしてたどり着いたのは、三階のある部屋の前だった。そう、ダンブルドアが警告し入ることを禁じた部屋、そして賢者の石が隠されているであろう部屋に俺はたどり着いた。音はここから発せられたのであろう。よく見ると部屋の扉は僅かだが開いており、何者かが侵入したことを物語っている。

扉に耳を当て様子を伺うが何も音はしてこなかった、微かに聞き取れたのは人のような声だけだった。人の声、聞こえた音は虫の鳴き声にも劣っていたが、俺はその声に聞き覚えがあった。誰かに向かって指示のような声を出している、その声はやや甲高くうるさい印象を与える少年の声、そうだ、この声はロン・ウィーズリーのものだ。

 

つまりあいつらは結局賢者の石を守りにこの部屋へ入って行ってしまったのか、自身の忠告が届いていなかったことに悔しさを感じる。だが、それにショックを受けている場合では無い。賢者の石などと言う驚異的、かつ恐ろしく魅力的な物を守るために仕掛けられた罠だ、少し泣きを見る程度で収まる罠では無い。侵入者を必ず殺すような罠のはずだ、このまま行けばあいつらはほぼ確実に死ぬだろう。

それに気づいた瞬間、俺は扉の中へ飛び込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

部屋に侵入した瞬間、俺は音圧だけで吹き飛ばされそうになっていた。そこにいた生き物は部屋の半分を埋め尽くさんとする巨体を持ち、頭部は三つに分かれ先端には血走った眼をギロつかせる犬の頭があった。そう、地獄の番犬、その異名を持つケルベロスだ。

六つの眼光は既に俺を捉え、鋭い牙と爪を打ち鳴らしながら威嚇をしている。これ以上寄れば殺す、という意味だろう。

ケルベロスの横にはハープが置いてあった、ケルベロスという生き物は美しい音楽を好み、これを聞くとあっという間に眠りについてしまうのである。このハープを奏でるのが本来のやり方なのだろうが、それをすることは出来ない。当然だ、俺はハープを弾けない。

だがそんな事をせずとも突破する方法は幾らでもある。ヤツの足物にある小さな扉、あれが次の部屋への入り口だろう。殺すのが一番確実だ、しかし今はハリー達の安否を確かめなくてはならない。

地獄なら幾らでも見てきた、地獄の番犬くらいに恐怖する理由は無い。俺は杖を取り出しケルベロスに向かって行った―――

 

「エクスパルソ ―爆破」

 

巨大な杖をケルベロス…では無くハープに向かって撃ち込む。粉々に砕けたハープはケルベロスに襲い掛かった、しかし怯む様子はあるがダメージは一切見当たらない。だが優先するべきなのはハリー達だ、その隙に扉に向かって駆け出す。

しかしそれを許すほどヤツも甘くはない、俺が走り出したのに気付くと巨大な口で噛み殺そうとしてくる。

だが上手くいってくれたようだ、わざわざ近づけてくれた頭に呪文を叩き込む。

 

「ルーモス ―光よ」

 

一瞬、部屋の中が閃光で覆われる。閃光手榴弾に匹敵する光を至近距離から浴びた三頭犬は目の機能を完全に失うことになった。

絶叫し激痛に痛み苦しみ暴れ狂う、冷静さを失ったケルベロスは臭いで俺を確認する事すら忘れ、部屋もろとも俺を潰さんと牙を、爪を、巨大な尾をそこら中に叩きつける。部屋は破壊され瓦礫が降り注いでいた。

普通ならこんな状態のケルベロスに近づく人間は居ないだろう。そう、普通の人間ならば。俺は暴走するケルベロスに向かって歩き出した。

 

残り8m…

人間一人分はある爪が降り下ろされる、だがそれは頬を掠めるだけだった。

残り7m…

全身を使いタックルを叩き込む、しかし姿勢を少し屈めるとそれは上を通りすぎていった。

残り6m…

冷静さを少し取り戻したのか、臭いの位置を探り正確に噛み殺そうとする、それはたまたま落ちてきた瓦礫を噛み砕くだけだった。

残り5m…

丸太のような尾が降り下ろされる、それを紙一重でかわすが衝撃で吹き飛ばされ、俺はちょうと扉の所まで吹き飛ばされた。

扉の中は暗闇となっており、底は見えなかった。しかし俺は迷わず、衝撃を利用しそのまま扉の底へ落下していった。

 

 

 

 

暗闇の中を落下していく、このまま行けば落下死は免れない。だが闇が何処まで続いてるか分からず、落ちた先に何があるのかも分からぬ以上迂闊な行動も危険だ。

目を凝らし闇の中を見続けると、地面らしきものが見えてきた。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ ―浮遊せよ」

 

自分に呪文を掛け減速する、ゆっくりと着地した場所には植物の弦のような物が密集していた。その植物はまるで生物の様に蠢き、俺を引きずり込んでいく。

そうか、こいつは「悪魔の罠」か。大人しくしていれば何とも無いが、暴れるとその分強く締めつき締め殺されてしまう。だがこいつには弱点がある、日の光だ。大人しくしてても構わないが生憎時間が無い、ここは急がせてもらう。

 

「ルーマス・ソレム ―太陽の光」

 

放たれた太陽光に怯み、悪魔の罠は萎んでいく…はずが、余りの強力さに一本残らず枯れ尽くしてしまった。まあそんなことはどうでもいい。名前負けした罠を突破した俺は、目の前の扉を開け次の部屋へ向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

次は何が来る、次に来るものは何だ。

途切れることの無い緊迫感の中、俺は彼処を思い出していた。

前に居るのが敵なのか、後ろに居るのが味方なのか。

正体不明の四面楚歌、疑心暗鬼の危険地帯。

味方も敵も、誰が何処に居るかも分からない此処はまさに吸血鬼の故郷オドンそのものだ。

俺は今、この時だけはレッドショルダーに戻っていた。

 




混沌を体現する者が走る、跳ぶ、吼える。
杖先が光り、爆音が弾ける。
吸血鬼の腕が秘密の扉をこじ開ける。
炎の向こうに待ち受ける、ゆらめく影は何だ。
いま、解きあかされる、石を巡る謀略。
いま、その正体を見せるヤツの謎。
次回「強襲」。
キリコ、牙城を撃て。


やっとこさ部屋へ突入出来ました、話数合わせるのクソ大変だな…
さて、今の内にホグワーツの被害総額でも計算しておくか。


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第十一話 「強襲」

賢者の石編、いよいよクライマックスです。
果たしてどちらが勝つのか、ハリーに出番はあるのか!
クィレル教授の命やいかに!


ケルベロスの部屋や悪魔の罠と違い、今度はかなり、特に上に向かって広い部屋だった。目の前に扉こそあるが、鍵が掛かっており開ける事は出来ない。だがこの部屋の中に鍵はあるはずだ。

部屋を見渡すと、上の方に異様な光景を見つけた。どうやら大量の鳥が飛んでいるらしい、…いや、鍵だ、鍵に羽が生えて飛んでいるのか。つまりあの大量の鍵のどれか一つが扉の鍵なのだろう。

しかし、どうするか。鍵を取ろうにも相手は遥か彼方、箒でも持っていれば良かったのだが今更戻ることは出来ない、何より元々箒は持っていないのだ、呪文で撃ち落とすにもあの数は時間が掛かりすぎる。

羽を持つ鍵…か、一つ方法が浮かんだ俺はそれを試すことにした。魔法の羽にも通じれば良いのだが。

反動に備え地面に横たわり、杖を両手で構え上に向け全力で呪文を唱えた。

 

「アグアメンティ ―水よ」

 

杖の先端から発射された津波のような濁流、そして水圧に耐えながら上空一体をなぎ払っていく。その威力によって飛行していた鍵達は次々と天井に叩きつけられ、羽虫のように墜落していった。

どうやら大丈夫だったようだ。羽を濡らされた鍵は、その質量に抗えず地面でのたうち回っている。降り注ぐ水と銀の鍵の中、異様に古く、周りの鍵と浮いているヤツを拾い鍵穴に差し込む。鍵はすんなりと穴にはまってくれた、これが正解のようだな。

 

 

 

 

視界に広がるのは巨大なチェスの盤面、しかしそこに駒は殆どおらず、その多くは残骸となって打ち捨てられている。二体のキング、その内片方だけが剣を落としている。これは降伏の意味、つまり誰かがここで戦っていたということだ。盤面を見ると赤毛の少年が倒れていた。

ロン・ウィーズリーだ、こいつがここに居るということは俺の予想通りハリー達もここに居るのだろう。当たってほしくなかった予感にうんざりとした気分になったが、ロンの状態を確認する。

出血は少ない、心臓も脈もある。気絶しているだけのようだ。

向こうの扉が開いてるのを見るとハリー達は先に行ったらしい。念の為ロンに応急処置をしていると、砕けていたチェスの駒が元の形に戻り始めている。まさか―――

扉を見ると徐々に閉じ始めていた、まずい、ここで扉が閉じれば俺はチェスに挑む事になる。そうすれば大幅に遅れることになるだろう、応急処置を終えると扉に向かい全力で走り出した。

 

 

 

 

すんでのところで部屋に飛び込んだ場所に居たのは緑色の巨体に鼻を突く異臭、そうトロールだ。それもハロウィンの時のヤツよりも大きい、恐らく7mにはなるだろう。

幸い誰かが倒したのか気絶しており動く様子は無い、これを相手にする事になったら相当面倒だっ―――

 

…丁度目覚めたようだ、ならば仕方ないだろう。

 

「エクスパルソ ―爆破」

 

一先ず棍棒を爆破し攻撃手段の排除をする、そして突然の出来事に理解が追い付かないトロールに次の呪文を放つ。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ ―浮遊せよ」

 

浮遊魔法を使いトロールを天井ギリギリまで浮遊させ、呪文を解除する。トロールはもがくが既に手遅れだ、自分自身の巨体が仇となりその質量を全身に喰らうこととなったヤツはその場に崩れ落ちる。

 

「エクスパルソ ―爆破」

 

十分届く位置になったので、あの日のように口内へ直接爆破魔法を撃ち込む、無論トロールは顔から血を吹き出しながら絶命した。

トロールにトドメを刺した後次の部屋に進もうとした時、人の気配を感じた俺は死体の影に隠れる。

次の部屋への扉を開き、走ってきたのはハーマイオニーだった。一瞬だけトロールの死体に驚いていた様だが直ぐに再び走り去っていった。

一体何を急いでいるのだろうか。ここまで見たのはロンとハーマイオニーだ、ならこの先に居るのはハリーなのだろう。先ほどの彼女の行動、あれが助けを呼びに行った物だとしたら…

…急がなくてはならない。俺は危機感に煽られるように次の部屋へ走り出した。

 

 

 

 

これまた今までと違い、薄暗く小さめの部屋だ。中央には大小様々な薬品が置かれたテーブルがある、罠のような物は無いようだ。

警戒を続けながら部屋に入るとその瞬間今通った扉は紫色の炎に、次の部屋への入り口は黒い炎に包まれた。

テーブルには何かが記された巻き紙が置いてある。

…つまり、この瓶の内3つは毒薬、2つはイラクサ酒、そして1つが紫の炎を、もう1つが黒い炎を無力化する薬らしい。

だが、机の上にある瓶は五本しかなかった。さっき部屋を出ていったのだから一つはハーマイオニーが、ここに居ないのだからもう一つもハリーが飲んでしまったのだろう。

つまり、俺はこの部屋を出ることも進むことも出来ないらしい。ここに来て手詰まりになるとは、何か他に方法があればいいが…

 

「殺せ!」

 

突如先の部屋から聞こえてきた声、クィレルでは無い甲高い男の声だ。

もはや一刻の猶予も無い、俺はローブを脱ぎ、それを構えながら黒い炎の中へ突き進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、本当にクィレルだったなんて。それに何で僕の手の中に石があるんだ、何で同じ鏡を見てもクィレルは手に入れられなかったんだ。僕じゃないと石は手に入らなかったのか、だとしたら何もかもキリコの言っていた事が正しかった事になる。

悔しさと情けなさが込み上げてくる。僕がキリコの言う通りここへ来なければクィレルは石を絶対手に入れられなかったのに。

でも、それでも石を渡すわけにはいかない。ヴォルデモートを蘇らせるのだけはダメだ! もしこいつが蘇れば全てが壊される、ホグワーツ、ロン、ハーマイオニー、友達に先生たち、僕が皆を守らなくてはいけない!

石を奪い取ろうと襲いかかるクィレル、とにかく石を守ろうと必死で逃げようとする。でも体が上手く動かない、恐怖で足が震えるばかりだ。あれだけ大口を叩いておいてこれか!? 動け! 動け!

―――ダメだ! 奪われる!

 

だが、クィレルの手は僕に届かなかった。

突然飛んできた黒く燃えるローブ、それがクィレルを吹き飛ばし爆発したのだ。

 

「ああああ!?」

 

全く予想できない状況に混乱するクィレル、それは僕も同じだ。一体何が起きたんだ!?

ローブが飛んできた方を見る、暗闇の中からゆっくりと歩いてきたのは…

 

「キ、キリコ…!?」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間一髪間に合ったようだ、黒い炎に包まれたローブを爆破魔法で吹き飛ばした俺は体に燃え移った炎を払いながらヤツに近づいていく。

やはり、クィレルだったか。ハリーに目立った外傷は見当たらないようだ。

 

「な、…何故お前が、キリコ・キュービ―――」

 

「エクスパルソ ―爆破」

 

「! プロテゴ ―護れ!」

 

不意打ちとして爆破魔法を撃ち込む、ヤツと話す理由など無い。それは盾の魔法で防がれた、だが隙を与えはしない。

 

「エクスペリアームズ ―武器よ去れ」

 

「エクスペリアームス ―武器よ去れ!」

 

武装解除魔法に対し、同じ魔法で打ち消すクィレル。しかし最初の不意打ちのお陰か戦いの流れはこちらにあった。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

ヤツの杖から放たれた緑色の閃光、それを盾の魔法で防ご―――

 

「!? ウィンガーディアム・レビオーサ ―浮遊せよ」

 

その光に凄まじい悪寒を覚えた俺は咄嗟に瓦礫を浮遊させ閃光を防いだ、砕け散った破片で数ヵ所に傷を受ける。

あの閃光、ただの呪文ではない。分からないがあれだけは食らってならないと今まで生き残ってきた俺の本能は警告していた。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

再び飛来する閃光を横に跳躍することで回避する、だが上手く着地できず姿勢を崩してしまった。

俺の杖は、確かに強力だ。だが代わりに体力を大幅に消耗するという弱点も持っている。罠を越える為色々な呪文を使っていた俺はここに来るまでで既に体力をかなり消耗していたのだ。

息を切らしながら立ち上がる。そろそろ決めなければならないだろう。

 

「アグアメンティ ―水よ」

 

「インセンディオ ―燃えよ」

 

俺が放った水に対し、対抗呪文を放つクィレル。衝突した水と炎は部屋を大量の蒸気で埋め尽くした。

狙い通りだ、煙によってヤツは俺を見失っている。すぐさま後ろに回り込み至近距離から爆破魔法を―――

 

…居ない、ヤツの姿は何処にも無かった。では一体何処に―――

 

…! 頭の後ろに杖を突きつけられる。そうか「目くらまし術」だ、これで自分の位置を分からなくしていたのか。

後ろ目で確認するとヤツはほくそ笑んでいた、そして勝ち誇った顔であの呪文を放つ。

 

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 

それこそ、俺の狙いだったのだ。

 

「!?」

 

至近距離から放たれた、確実に当たるはずのそれは俺をギリギリ掠めず、あらぬ方向へ消え去って行った。

瞬時に振り返りヤツに杖を向ける。

信じられない事態に驚いたクィレルは俺から距離を取りながら再び閃光を放とうとする。

 

「アバダ・ケダブ―――!?」

 

クィレルは自分を支えられなくなり姿勢を崩した、いや、支える足そのものが無くなっていたのだ。

見るとヤツの足元にはハリーが驚いた顔で足…だった物に食らいついている。

こいつがやったのか? 一体どうやって? ハリー自身もそれを分かっていない様だがこれは絶好のチャンスだ。一切の出し惜しみをせず、トドメの一発を撃ち込む。

 

「エクスパルソ ―爆破」

 

「あああああああ!!」

 

部屋が吹き飛んだかと思うほどの閃光と轟音の中、クィレルの下半身は大爆発を起こし、後ろの石柱を砕きながら壁にめり込んでいき、そして崩れ落ちた。

それと同時に俺も膝をつく、だが勝てたようだな。

爆発の衝撃に巻き込まれたのかハリーも倒れている。様子を見てみると、単に気絶しているだけのようだ。

もうじき誰かしら助けが来る。これで一先ず大丈夫だろう、そう思い一息着いた時であった。

 

 

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 

 

!! 突如クィレルの背後から這いずり出てきた黒い靄、それはクィレルの杖を奪い緑色の閃光を放った。

どうすれば避けられる、跳躍するか、浮遊魔法を使うか。

しかしどの方法も俺の体はしようとしなかった。

…これを受ければ死ねるのか?

先ほどまでは単なる危険な攻撃だったそれは、まるで祝福の光のように見えた。

本能に反し、俺の体は動こうとしない。もし、これで死ねるのなら―――

 

 

 

 

「キリコーーー!」

 

 

 

 

閃光を遮るように現れた人影、それは紛れもなくキニスそのものだった。

!! 死にたいという願望を強烈な意志で体から叩き出し、咄嗟に盾の魔法を唱える。

 

「プロテゴ ―護れ!」

 

しかし無情にも盾は砕け散った。そして拡散した緑の閃光は俺とキニスを貫き吹き飛ばしていった。

 

まさか、駄目だったのか? 

結局キニスを殺すことになってしまったのか? 

俺がどうしようとこれが運命なのか?

 

 

 

 

途切れ行く意識の中、俺は絶望していた。

自分の意思ではどうしようもない、全てを飲み込んで燃やし尽くしてでも生き残ろうとする俺自身に。

文字通り何もかも焼き払ってゆく「炎のさだめ」に―――

 




ホグワーツと賢者の石、異能、キリコ、少年、ヴォルデモート。
縺れた糸を縫って、神の手になる運命のセストラルが飛び交う。
イギリス魔法界に織りなされる、神の企んだ紋様は何。
巨大なマトリクスに描かれた壮大なるドラマ。
その時、キニスは叫んだ。
キリコ!と。
次回「絆」。
いよいよキャスティング完了。


キリコ、ミスターお辞儀に気づかなかったん?
と思うかもしれません、しかし本編を読めばわかりますが
戦闘中キリコとクィレルはずっと相対し合っています。
よって一度も後頭部を見ていないからです。
唯一後ろに回り込んだ時は目くらまし術使ってましたし。


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第十二話 「絆」

残り八話と言ったな、あれは嘘だ
よってあと一話続きます。
また風邪でぶっ倒れ投稿遅くなりました
申し訳ありません


「………」

 

開かれた瞼、そこに写り込んでいたのは白い世界だった。

天井にはランプが吊るされており目を動かすと四方は白いカーテンで覆われている。

そして俺は白いシーツが敷かれたベッドに横たわっていた。

ここは医務室だろうか、だとすると俺はまたもや死に損ねたらしい。

とはいえそれは予想通りの事だ、落胆こそしたが絶望するほどでもない。

 

そこまで思い出した時、俺は大事な事に気が付いた。

キニス、俺を庇ったキニスは無事なのか。

周りを見渡そうと体を起こすと、そこら中から激痛が襲いかかってきた。

あの時食らった緑色の閃光によるものだろうか、激痛に悶えながらもヤツを探そうとする。

 

「…………!」

 

カーテンを開け放つと、ヤツはすぐ隣のベッドにいた。

あちこちを包帯で覆われ、目を閉じて横たわっている。

まさか、そんな、最悪の予感が脳裏を過る。

その予感が間違いであると確かめるために、これが嘘だと願い俺はキニスに触れようとする。

 

「ファー…あ、キリコ! やっと起きたんだ!」

 

その瞬間キニスは目を開け、あっさりと起きた、呑気に欠伸までしている。

 

「生きていたのか…」

 

「いやそれこっちの台詞だよ、キリコもう三日間まるまる寝込んでたんだから。

それに十ヶ所打撲、四ヶ所骨折、内一つは粉砕骨折だよ。

マダム・ポンフリーいわく「必ず死ぬはずよ…魔法が使えなければ!」だって。

まあ、僕も起きたのは少し前なんだけどね。

しかもあと一日は絶対安静だってさ…折角の休みなのに寝ることしか出来ないなんて」

 

…全く問題無いらしい、いつもと至って変わらないこいつを見て気が抜けるのを感じていた。

それにしても三日間も倒れていたとは、一体あの光はどれ程強力な物だったのだろうか。

もし直撃していたら、本当に死んでいたのだろう。

 

そこまで考えた俺は気づいた、俺にあの光は絶対当たらない事実に。

仮に拡散させるのに失敗していたら、光の直撃を受けたのは俺ではなくキニスだったのだ。

俺の異能が、俺を生き残らせるためにヤツを呼び出したという事実に。

 

俺の恐れていた事態が起こりかけていたのだ、俺に関わることでキニスが死ぬという事態があと少しで現実になろうとしていたのだ。

 

「お前は何故あそこに居た」

 

「え? いや最近キリコ辛そうだったし、それで心配してて寝れなかったんだ。

それで起きてたら、談話室の前で物音がしてさ、気になって行ってみたらキリコが出歩いていて。

何だろうと思ってついていったら立ち入り禁止の部屋に入ってったから心配して追いかけたんだよ」

 

そういうことか、しかし謎の音に気を取られていたとはいえ気付かないものだろうか。

そもそも物音をたてた覚えも無いが…

だが、これ以上こいつを地獄に付き合わせるわけにはいかない。

でなければ今度こそこいつは死んでしまう。

 

「それにしても本当に心配したんだからね、死が潜むって部屋にズカズカ入っていくんだもん」

 

「頼んだ覚えは無い」

 

無視していてもこいつは心配してくる。

だからヤツの気遣いを徹底的に拒絶する、そして完全に嫌われ二度と関わらないような状況にしなければならない。

だがこいつはその程度で引き下がるような人間では無い。

 

「そりゃそうだよ、第一死ぬかもしれない所に勝手に入って行ったら、頼まれ無くたって僕は行くよ」

 

「それが迷惑なんだ」

 

「…ちょっとそこまで言わなくてもいいでしょ、心配してるんだから」

 

少し、怒ったような表情を浮かべていたがヤツは言い返してきた。

もっとだ、完璧に拒絶しなければこいつは離れない。

 

「…分からないなら言ってやる、お前に関わられると迷惑だ、足を引っ張るばかりでろくな事がない。

俺の事を思ってるなら俺に関わるな!」

 

「………!」

 

かつて無いほど強い口調で拒絶の意思を示す、そんなつもりは無かったが声まで荒げていた。

それに衝撃を受けたヤツは何も言い返してこない、その顔は怒っているのか驚いているのかよく分からないものだったが、少なくとも好印象な感情では無いハズだ。

 

黙り混むヤツを見て手応えを感じた俺は痛む体を引きずり、あちこちの痛みに耐えながら医務室を後にしようとした。

しかし、ヤツはベッドから跳ね起き、痛みに表情を歪まながらも話そうとしてくる。

 

「…嫌だね、そんなこと。

だって友達を心配するのは普通の事だもん」

 

目を逸らさず、真っ直ぐに見つめてくる。

やはり、簡単にはいかないか。

だがここで引くわけにはいかない、そこで俺はさらに熾烈な言葉を必死にぶつけていく。

 

「死にたいのか? 

これ以上関わるならお前は必ず死ぬことになる」

 

「…な、何言ってるの?」

 

俺が言いたいことを理解できていないようだが、確実に動揺している。

当然だろう、突然死ぬと言われれば混乱するのは当たり前だ、この言い方ならまるで俺が殺そうとしているように聞こえるが、それも間違いではない。

 

「俺を心配してお前が来なければ、俺はあの光を避けることが出来た。

だがお前が来たせいで俺もお前も死にかける事になった。

お前の心配は俺の邪魔だ、そしていつかお前も死ぬことになる。」

 

今度こそヤツは黙り込んだ、自分の行動全てを否定されるということは相当辛い。

それに加え現に死にかけたという事実はあいつの心を折るのに十分な効果を発揮しているはずだ、完全に止めを刺すために最後の言葉を絞り出そうとする。

 

「だから言った、お前は邪―――」

 

「死ぬことになる? それが何? 僕のせいで怪我を負ったことは謝るよ。

でもキリコ、死ぬのが怖かったら僕はあの部屋には入らなかった!」

 

尚もしつこく反論してくるヤツに一瞬動きが止まる、だがすぐに次の言葉をぶつけようとする。

 

「それがどうした、お前は―――」

 

「ああああああああああ! もおおお!」

 

「!?」

 

突如頭を掻き毟りながら叫ぶキニス。

呆気に取られているとヤツは俺に詰め寄り、今までとは別人のように叫び始めてきた。

 

「いい加減にしてよキリコ! そんな顔してたら言ってることもその態度も全部嘘だって分かるんだよ!?」

 

そんな顔だと、近くの窓に映り込んでいる自分の顔を見てみる。

…特にいつもと変わらない、その筈だ。

冷静さを一旦取り戻し、反論を行う。

 

「何を言っている、全て俺の本心だ」

 

そう、嘘ではない。

これは全てまぎれもなく俺の心から出た言葉だ、キニスに死んで欲しくないからこそ今もこうして熾烈な言葉を吐き続けているのだ。

だがヤツもまたすぐさま反論してきた。

 

「いいや嘘だね、だってキリコは優しい人だから!」

 

…? 優しい? 急に何を言うのだこいつは。

突飛かつ的外れにもほどがある発言に、反論すべき言葉を一瞬見失っていた。

 

「理由を言ってあげるよ!

だって最初の箒の授業の時、暴走してた僕を助けてくれたじゃないか!」

 

そんなことで、そんな理由だけで俺を優しいと思ったのか。

その素直さに呆れすら感じたが、いくらでも言いようはある。

睨み続けるヤツに向かって淡々と理由を説明していく。

 

「あれか、あれは点数稼ぎのためだ。上手い飛行をすれば点数ぐらい貰えるかと考えたに過ぎない」

 

我ながら上手い理由を言えたと思う、だがヤツは視線を一層厳しくしながら次の理由を叫んでいく。

 

「じゃあ何でトロールに向かっていったの!? あれはハリー達を心配したからじゃないの!?」

 

「戦うためだ、自分の実力を試す機会はそうそうなかったからな、嬉しかったさ。」

 

そういった一面もあった筈だ、それが無いとは言い切れない以上理由としては十分だろう。

しかしヤツの叫びは止まらない。

 

「だったら何でハーマイオニーに助言をしたの!? ハーマイオニーから聞いたよ! 取引に応じなかったのに助言してくれたのはきっと自分たちを心配してくれてたからだって!」

 

「…当然だ、取引に応じなかっただけでは疑われる。

だから助言をした」

 

次々と理由を繰り出してくるキニスに対し、何とか次の理由を吐き出す。

 

「石を守りに行ったハリー達を追っかけた理由は!?」

 

「…それも点数加算だ、石をクィレルから守ればそうなると考えたからだ」

 

必死に言葉を絞り出していく、理由など幾らでも浮かんでいた、その筈だった。

しかしその言葉は俺の口から出てこようとしない。

 

「ロンに応急処置したのは!?」

 

「…それもだ、点数―――」

 

「クィレルと戦ったのは!? ハリーを助けるためでしょ!?」

 

もはや反論さえキニスは許してくれない、俺の心を暴かんとする勢いで問い続ける。

 

「…同じ理―――」

 

「だったら何で僕を守ってくれたの!? キリコはさっき避けれたって言ったよね、だったら僕のことなんか気にせず逃げれば良かったじゃないか! でもキリコはそれをしなかった、僕を守ろうとしてくれたのは何で!?」

 

「………」

 

言葉は出なかった、そんな事は知っている、俺は人を拒絶など出来ないことに。

誰かの温もりを求めずには要られないような、親しくなった人もそうでなくても見捨てることがで出来ないような情けない人間だとは知っていた。

だからこそ俺は人を拒絶してきた、俺のせいで誰かが傷つかないように。

俺の力のせいで誰かが死なない様に。

 

「…ね、そうでしょ? キリコは誰かの為なら自分が傷ついても構わない、そんな心を持った人だ。

そういう心を持った人が、人を傷つけるような事をして平気な訳だと思えない」

 

「………」

 

だがキニスは止めようとしない、どれ程拒絶しようと傷つけようと絶対に離れようとしない。

故に怖かった、いつも死んでしまうのはまさにこいつの様なヤツばかりだったからだ。

キニスも同じ運命を辿ると確信できたから全力で引きはがそうとした。

 

「なのにこんな事をするのは多分僕の事を思ってやってる事なんだと思う、もちろん理由は分からないけど。

でも僕はいやだ、僕の為でも誰かの為でも、キリコが苦しんでるほうが一番嫌だ」

 

「………」

 

しかし剥がせなかった、いや剥がそうとしなかったと言った方が正しいだろう。

俺の心は欲していたからだ、そう、まるであいつらの様に話せる人を、利害関係も何もなく腹を割って話すことの出来る親友を求めていたのだ。

 

「だからキリコ、そんなになるまで無理しないでよ。

別に悩みは全部言えとか秘密を抱えるなとか言わないけど、少しくらい頼って欲しいんだ」

 

「…お前は、何故そこまでする」

 

死すら紛い物だと知ったあの時から、俺の心は死んだものだと思っていた。

だからこそ傷つく事も無いと思っていた。

だが違った、俺の心は何もかも忘れようとしていたあの時と何も変わっては居ない、殺してしまうと分かっていても人の温もりを求めずには要られない傲慢なモノだった。

 

「友達を心配するのは普通のことでしょ? 僕はキリコの友達だ、キリコ自身はそう思ってないかもしれないけど僕はそう思ってる。

一緒に居ると必ず死ぬ? それがなんだよ、死に掛けようと何だろうと苦しんで辛そうな友達を放っておく事、それは僕にとって死ぬよりも嫌だ」

 

「………」

 

いいのだろうか、温もりを求めても。

その結果殺してしまう事になったとしても、地獄に付き合わせる事になったとしても。

こいつはそれでもいいのだろうか。

その答えなど、今更考えなくても分かり切っていた。

 

「友達が苦しんでるなら、僕は地獄にだって付き合ってやる。

―――それが友達だ」

 

ありふれた、よくある言葉。

しかし今の俺にとってその答えは、何よりも嬉しい言葉だった。

新たな地獄で傷付き冷え切った俺の心、その小さな灯は俺を温めてくれた。

安らぎと嬉しさ、何十年ぶりに得た感情に逆らうことは―――

いや、もう逆らう気すら無かったのだろう。

最後の、なけなしの抵抗に最後の疑問をぶつけた

 

「…何故、俺を友達と思う」

 

「………理由は…無いかな。

でも僕は一緒に居ると楽しいんだ、だからもしキリコも楽しいんだったら―――

友達で良いんじゃない?」

 

…やはりこいつはあいつらと同じ、お人良しなのか。

なら最初から拒絶することなど、不可能だったのかもしれない。

 

「…キニス」

 

「何? キリコ」

 

「…すまなかった、そしてありがとう」

 

「…うん、僕もありがとう、守ってく―――」

 

「何をしているんですか貴方達は! 絶対安静と言ったでしょう寝ていなさい!

ミスターキュービィー、大丈夫ですか? 後で検査をしますので待っていて下さい。

さあ貴方はベッドに戻って!」

 

「え!? ちょ!? このタイミングでそんn―――」

 

………

この状況を締まらないと言うのだろう。

今までの空気はマダム・ポンフリーに引きずられるキニスの断末魔と共に遠くへ去って行ったのであった。

だが俺の胸には、久しぶりに感じる感情が確かに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

マダム・ポンフリーにベッドに叩き込まれながら、僕はあの日の事を思い出していた。

 

 

 

 

「おおキニス、よく来てくれたのう」

 

いや、あれ部屋の合言葉だったのかよ。

もう少し分かりやすく書いて欲しかったと思う、現に僕は校長室の前で一時間途方に暮れ、結局通りすがりのスネイプ先生に助けを求めるハメになった。

 

「えーと、用って何でしょうか… まさか退学何てことありませんよねー…」

 

「退学? ほっほっほ、そんな事は無いから安心するのじゃ。要らぬ心配をかけてすまなかったのう」

 

…正直、僕はこの人が苦手だ。

別に悪い人じゃ無いとは思う、ただ何だか常に一物抱えてるような感じがする。

無論それも悪い事じゃ無い、誰だって言いたく無いことの一つや二つあって当たり前だからだ。

でも何か…何か突っかかる感じがする、それが苦手だった。

 

「じゃあ…」

 

「うむ、それなのじゃがキニス、君はキリコと喧嘩をしたのかね?」

 

「? いえ? してません…いや、もしかしたら知らない内に何かやらかしたかもしれませんが」

 

「ふーむそうか、では最近キリコに何かおかしな事はなかったかの?」

 

「…もしかして、用があるのはキリコの方なんですか?」

 

ダンブルドア校長は少しだけ驚いた顔をしていた、ってことは目的はそっちなんだろう。

 

「そうとも言えるし、そうとも言えん。

儂が心配しているのは君たち両方なのじゃ」

 

あ、両方でしたか。

じゃあ校長先生は僕とキリコの仲が悪くなってるのを気にして、呼んでくれたのだろうか。

 

「君たちは仲が良かった、じゃが最近は二人で居る所を見かけなくての、それで心配になったというわけなのじゃ

…一体何があったのか教えてくれんかの?」

 

「うーん、そう言っても…何故か急にあんな感じになっちゃたんですよね…

おかげで原因も分からず、仲直りする方法も分からないんです。」

 

ダンブルドア先生はちょっと落胆した後、僕にお礼を言ってきた。

そしてしばらく黙って何か考えてるみたいだった。

 

「…キニス、一つ頼みがあるのじゃが」

 

「頼み? 何でしょうか?」

 

「あの子の傍にいてやって欲しい」

 

「…はい?」

 

思わず聞き返してしまった、一体何でこの人はそんな当たり前の事を言って来たんだろうか。

 

「儂から見ると、彼は君といる時とても楽しそうな顔をしておった。

しかし今はこの学校に入学してきた時のような、悲しそうな顔に戻ってしまっておる。

じゃが、君なら彼をまた笑顔に出来るじゃろう。

今は辛いかもしれぬが、それでも彼の傍にいてやって欲しいのじゃ」

 

「もちろんですよ、離れろと言われてもそんなの嫌ですから」

 

「そうか、ありがとうキニス。

付き合わせて悪かったのう。」

 

「はい、…じゃあ失礼します」

 

さっき言った言葉はまぎれもなく本心だ、むしろ辛そうな時ほど傍にいるのが友達ってやつだろう。

でも改めて口にだして思った、今キリコから離れてはいけないと、絶対に支えて上げなければ取り返しの付かない事になるかもしれない。

キリコに何が起こったのかは分からない、けれど傍に居て元気づける事は出来る。

多分また拒絶されるだろうけど、それが今僕に出来る唯一のことだ。

 

 

 

 

そして今、ベッドに横たわりながら思う。

結局いつもの勢いで乗り切っていた気がするが…まあこの際何でもいいや。

最後までキリコに何が起きたのか聞くことは出来なかった、でもそれはいつか話してくれるまで待つ方がいいんだろう。

それよりも僕はキリコと仲直り出来た事の嬉しさで一杯だった。

何よりもそれが一番嬉しかったのだ。

 




降り注ぐ閃光。
迫りくる異能者。
野望と野心と陰謀の元、クィレルが燃える。
絶対的、ひたすら絶対的パワーが蹂躪しつくす。
我が主の望み、手に入れた石、力、狡猾な野心、
老いも若きも、男も女も、昨日も明日も呑み込んで、走る、炎、炎。
悲鳴をたててホグワーツが沈む。
次回「脱出」。
異能者は何があっても蘇る。


いや別に、家に帰るから「脱出」ってだけですよ
ホグワーツは燃えませんよ ま だ
というわけで次回、ようやく第一章完結です
まあプロローグなんで短めですが

追記 キニス君の部屋突破方法ですが
チェスの部屋までは自力で何とか突破しました、
で、立ち往生してたらダンブルドア先生が来た次第です。
描写不足で申し訳ありませんでした。


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第十三話 「脱出」

やっとこさ第一章が終わりました。
しかしまだまだホグワーツは地獄に程遠い、
このSSはホグワーツがイギリスもろとも滅ぶまで終わらないのです。

地球が消えないだけマシと思え


「また一年が過ぎた」

 

ダンブルドアは生徒達全員から見ることの出来る演説台に立ち話し始めた。

 

本来ならばあと数日間は絶対安静ということで、今行われている学年度末パーティーには出られなかったのだがキニスが無理やりマダム・ポンフリーを説得し参加できるようになった。

大広間の天井にはスリザリンの象徴、緑と銀そして蛇が書かれた飾りで埋め尽くされている、寮対抗杯はスリザリンの優勝で確定しているからだ。

既にスリザリン生達は七年連続優勝という快挙に喜びを隠せず嬉しそうに騒いでいる、かたやグリフィンドールはハリー達の減点のせいで最下位まで転げ落ち、どんよりとした雰囲気に包まれていた。

 

「今すぐご馳走にかぶりつきたいじゃろうが、その前に少し聞いて欲しい。

一年が過ぎ、空っぽだった君達の頭にも色々な物が詰まったのじゃろう、しかし新学期を迎える前に君達の頭がまた空っぽになる夏休みがやってくる

その前にここで寮対抗の表彰を行うとしよう、点数は次の通りじゃ。

第4位グリフィンドール、312点

第3位ハッフルパフ、382点、

第2位レイブンクロー、426点、

そして、第1位は475点でスリザリンじゃ」

 

スリザリン席から歓喜の声と地響きまで伝わってくる、他の寮、特にグリフィンドールの悔しさはすさまじかった。

責任を感じているのかハリー達は周りより一層暗そうな表情をしている。

 

「よーしよしよくやった、スリザリンの諸君。だがのぅ、最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまい」

 

騒がしかった大広間は一瞬で静まり返る、その多くは戸惑いの表情を浮かべており、スリザリン生はかなり不安そうな表情をしていた。

ダンブルドアは生徒達を見渡した後再び話し始める。

 

「まずは…ロナルド・ウィーズリー、近年まれに見る素晴らしいチェス・ゲームを披露してくれたことを称えて50点を与える」

 

途端にグリフィンドールの席から天井が吹き飛ぶほどの大歓声が巻き起こった。

ロン本人は照れくさそうな顔をしていたが胸を張り誇らしげだ。

 

「次にハーマイオニー・グレンジャー、火に囲まれながらも論理的に、冷静に対処した頭脳を称えて50点を与える」

 

さらに強力な歓声が巻き起こる、ハーマイオニーは嬉し涙が止まらないようだ。

 

「さらにキニス・リヴォービア、友の為に恐怖を乗り越え、またその身をもって友を守ろうとしたその精神を称えて50点を与える」

 

まさかのハッフルパフへの加点、一瞬の沈黙の後俺達の周りもまた大歓声に包まれた。

キニスは自慢げな顔で周りに手を振っているが口から洩れているスパゲッティで色々台無しになっている。

 

「キリコ・キュービィー、強大な力に怯むことなく戦い、そして見事打ち破った力と信念を称えて50点を与える」

 

…俺もか、だが悪い気はしなかった。

ダンブルドアの声は途中からハッフルパフ生の声でかき消されており聞こえることは無かった、まあこれでハッフルパフはスリザリンを上回り1位になったのだから当然の反応だろう。

だが、この流れであいつが含まれない筈が無い。

 

「そしてハリー・ポッター、その完璧な精神力と並外れた勇気を称えて、60点を与える」

 

会場は興奮のピークに達している、グリフィンドールもスリザリンにあと一歩に迫ったからだ、ハリーの姿は押しかけた生徒のせいで見ることは出来なかったが十分予想できた。

 

「そして最後に、勇気には様々な種類がある。

中でも友人に立ち向かうのは敵に立ち向かっていく事と同じぐらい困難なことじゃ、よってネビル・ロングボトムに十点を与える」

 

これでグリフィンドールとハッフルパフが同点となった。

もうダンブルドアの言葉は一切届かない、会場は全て生徒達の歓声で埋め尽くされておりもはや誰が何を言っているのかすら分からなかった。

 

「さて、儂の計算に間違いがなければ飾りつけを変えねばな…前例もないがこうじゃろう」

 

スリザリンは1位からまさかの3位へ転落したせいで可哀想なほど静かになり、グリフィンドールを睨みつけている。

校長が手を叩くと緑と銀で飾られた大広間は消え去り、代わりに赤と金のライオン、黄と黒のアナグマが大広間を二分した。

つまり二寮が同時優勝したということだ、滅多に目立つ事が出来ないからか俺とキニスは涙を流しながら喜ぶ生徒達にもみくちゃにされまともに食事を楽しむことすらままならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、とうとうホグワーツでの1年が終わった。

キニスに別れを告げた後、帰りのホグワーツ急行に乗り込もうとすると見覚えのある影がこちらに向かって叫んできた。

 

「キリコ、ちょっと待って!」

 

「…お前達か」

 

ハリー達三人は息を切らしながら走り、息を整えた後再び話し始めた。

 

「えーと、この前は助けてくれてありがとう。そしてずっと君の事を疑ってごめん!」

 

「…僕もごめんキリコ、悪かったよ」

 

「私も…ごめんなさい、あんなに心配してくれたのに疑ってしまって」

 

何だそんな事か、俺自身は気にして無かったのだがこいつらはずっと気にしていたらしい。

俺としてはこいつらが無事なだけで満足だが、ここはちゃんと返事をしておいたほうがいいのだろう。

 

「気にするな、無事ならそれでいい」

 

予想外の返答だったのかポカンとその場で突っ立っている、そういえばいつか礼を言った時凄まじく笑われた事があったが、俺が礼や心配をするのがそんなに意外なのだろうか。

意識が戻るのをしばらく待っていると、列車に乗るように諭すハグリッドの声が聞こえてきた。

 

「………」

 

「あ! ちょ、ちょっと待って!」

 

いつまでも動きそうにないので乗ろうとするが、またもや彼女に呼び止められた。

まだ用があるのか、振り向くと彼女は笑顔で叫んだ。

 

「新学期もよろしく!」

 

それに答える事はしなかった、ただ彼女はそれで満足してくれたようだ。

 

帰りの列車の中、俺は考えていた。

結局この1年大きな収穫は得られなかった、だが不思議と俺の心は満ち足りていた。

数十年ぶりに手に入れた掛け替えの無い友人。

それは本来目指していた事よりも嬉しいものだった。

しかしだからこそ、より決意を強くする。

この呪いを解かぬ限りあいつは必ず死んでしまう、それは確かだ。

俺を友達と、地獄まで付き合うと言ったあいつを死なせるわけにはいかない。

より強い決意と、久しぶりの暖かさを感じながら俺はかぼちゃパイの甘さを口の中に感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

学校から離れていく生徒達を見送りながら考えていた。

あの時放たれた閃光は間違いなく「死の呪い」じゃった。

しかしそれは彼らに当たることなく砕け散った、物理的な外傷だけで留まっておった。

それは素直に嬉しい事じゃ、大切な生徒が死なずに済んだのじゃから。

 

…じゃが、儂は素直に喜ぶことは出来なかった。

死の呪いが盾の魔法で防げるはずが無い、この程度で防ぐことが出来たら許されざる呪文にはなっておらん。

反対呪文が無い、当たれば必ず殺すことができるからこそ何よりも恐れられる呪いなのじゃ。

しかし、それは現に防がれておった。

 

…あり得ない訳では無い、原因など幾らでもあった。

あの杖はクィレルから奪って使った物、じゃから本来の力が出せなかった。

キリコの魔法のせいか杖にひびが入っておった、じゃから呪いが上手くいかなかった。

あの時、儂もとっさに「盾の呪文」を唱え、呪文を二重に張ることができた。

 

これだけ要因が重なれば、防げないことは無いかもしれん。

普通はあり得んが、あり得んこともまたありえる。

じゃが…ここまで都合よく重なるものじゃろうか、いくら偶然とはいえこれだけ起こるものじゃろうか。

 

シビル・トレローニーが予言した「異能者」、それはもしや…

 

いや、そう断ずるのはあまりに早すぎるじゃろう。

それにキニスとの仲も戻ってくれたようじゃ、ならば心配など要らんじゃろう。

それこそが何よりも最も大事な事なのじゃから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、我が君は…」

 

「…それは本当に残念な事だ」

 

「!? 何を言っている! そんな事など…」

 

「…無論丁重に保管している、失くす筈が無い」

 

「それは我が君からのご命令なのか?」

 

「分かった、では「日記」を誰かに持たせればいいのだな?」

 

「…ああ、では何時か」

 

 




ささやかな物が、炎の中から蘇った。
砕けかけた友情も、何処かへ置き去りにした愛も、秘密も。
かたや、あらゆる悪徳は違った。
全てが振り出しにもどった。
兵士は死んだ魂を温かな友情に包んで、泥濘と、硝煙の地に向かった。
次回「ダイアゴンYEAR-02」。
傭兵は誰も愛を見ないのか。


以上で賢者の石編は終了になります、次回まで少し時間が空くと思いますが、
クメン編(秘密の部屋)もまたよろしくお願いします!


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「秘密の部屋」篇
第十四話 「ダイアゴンYEAR-02」


どうも久しぶりです、
それでは秘密の部屋編開幕です


電車やバスに揺られること数時間、俺は一年ぶりにあの怪しげなパブの中へ入って行き、店の奥の煉瓦を叩くとあの時と変わらない賑やかな光景が広がってきた。

 

夏休み期間の間、やることは何も無かった、何せ呪文の練習をしようにも″臭い″が働いてる為出来ず、研究をしようにも家に禁書を持ち込める訳が無いのでひたすらトレーニングをしたり復習をする等して時間を浪費するしか無かったのだ。

そうこうしている間に夏休みも終わりが近づいて来たので、新たな教科書や荷物を買うためにここにやって来たのだった。

だが最初に買わなければならない物がある、ローブだ、この前の事件の時炎の罠を越える為に爆発させてしまった為買いなおす必要があった。

なので最初にマント専門店によって新しいのを購入し、店の外に出た時であった。

 

その人影は注意深く周りを観察しながら人気の無い脇道に急いで入って行っていた、それを怪しんだ俺は脇道を覗いてみる。

そこには何も無いように見えるが、よく見ると確かに店が並んでいた、壁には″ノクターン横丁″と書かれている。

 

いわばここは闇市のような場所なのだろう、間違いなく危険だがこういった場所にこそ色々な物がある、特に欲しい物がある訳では無かったがその危険な臭いに引き寄せられるように俺は路地裏に入って行った。

 

 

 

 

路地裏は暗く、じめじめとしており人の気配はほとんど無い、時折見かける人もそれは浮浪者であったりローブを深く被っていたりとここの雰囲気に溶け込むような連中ばかりだ。

あての無い道を進んで行くと一軒だけ店と分かる建物が見えてきた、打ち付けられた板には掠れた文字で″ボージン・アンド・バークス店″と書かれている。

あても無いので、まずはその店から入ってみることにした。

 

店の中はどれもこれも不気味さと悪趣味を前面に押し出した様な商品ばかりであった、これぞまさに非合法と言うものだろう、店の人間たちは訝しげな視線をぶつけてきたがそんな物は気にせず商品を覗いてみる。

人骨、爪、ポリマーリンゲル溶液(ワップ製)、巨大な黒蜘蛛…

まあ、碌な目的には使わないだろう、そんな事を思いながら見ていると、新たな客が店に入って来た。

 

「…え!?」

 

「ドラコ、知っている人間か?」

 

入って来たのは…ドラコ…だったはず、それと先ほど入って行った怪しい男だ、話し方からして父親だろう。

まあわざわざ話しかける理由も無い、向こうも同じ様に考えたのかそれ以上興味を向けることも無かった。

物色に戻り色々な商品を見ていると店の暖炉に違和感を感じた、店自体が暗いのでよく見えないが誰か潜んでいる。

 

こんな怪しい店なら、こんな所に人が居てもおかしくないが…

気になったので覗き込んで見ると、そこには少年が驚愕した表情で息を潜ませていた、というよりハリーが何故かそこにいた。

一体何でこいつがこんな所のこんな所にいるのだろうか、意外な人物の出現に驚いているとマルフォイ達が出て行ったと同時にハリーも飛び出て来た。

 

「…な、何でキリコがここに? というかここ何処?」

 

「ここはノクターン横丁だ」

 

どうもハリー自身も何故ここに居るのかは分かってないらしい、混乱するハリーを置いて出て行ってしまうのは流石に悪いので一緒に店を出ていく事にした。

 

「…で、何でキリコはここに居るの?」

 

「たまたまだ、むしろ何故お前が居る」

 

「あ、今僕ロンの家に泊まってるんだ、それで一緒に新学期の買い物をしようって事になったんだけど、移動に″煙突飛行ネットワーク″って言うのを使ったら…何か間違えちゃったみたいで…」

 

煙突飛行ネットワークか、俺自身は使ったことはないがその内容は知っている。

魔法使いの家の暖炉にフルーパウダーと言う粉をふりかけ、行きたい場所を叫べばそこに行けるという便利なシステムだ、ただし場所をハッキリと発音する必要があり、微妙な発音だと別の場所に飛ばされてしまうのだ。

ハリーがここに居る理由も同じなのだろう。

 

「それにしてもキリコがいて本当に良かったよ、僕一人じゃどうなっていたか…そうだマルフォイ! なんであいつもここに居たんだ!?」

 

別に誰がどこで何をしていようが良いと思うのだが、まあ嫌いなヤツがこんな怪しい店に居たら怪しむのも可笑しくは無いか。

 

「…そもそもノクターン横丁って何処なんだろう」

 

「…ダイアゴン横丁の近くだ、こっちに行けば出られる」

 

ハリーを連れてダイアゴン横丁へ戻る道を辿っていると、巨大な影が行く手を遮る、一瞬だけ身構えたがすぐその正体は分かった。

 

「おお! ハリーお前さんこんなとこで何してんだ?」

 

「ハリー! そこに居たのか…って何でキリコが?」

 

ハグリッドとその影にはロン…と、赤毛の少女が居た、状況から考えてロンの妹だろうか、二人はハリーを見て安心した顔をした後、俺の方には不思議そうな顔を向けてきた。

理由を説明するのも面倒なので無視しておく。

すると彼女、ハーマイオニーも声をかけてきた。

 

「キリコも新学期の買い物に来たの? これから私達も教科書を買いに行くのだけど一緒に来る?」

 

「…そうさせてもらう」

 

別に一人でも良かったのだが、俺も残りは教科書だけなので一緒に行くことにした。

 

「こらこら、闇の市横丁には入ってはいけないと…ん?君は?」

 

話しかけて来たのは燃えるような赤毛が特徴的な中年の男性だった、見た目からしてロンの父親で間違いないだろう。

 

「キリコ・キュービィーです」

 

「キリコ…ああ! 息子から話は聞いているよ! うちの子供を助けてくれたんだってね、本当にありがとう!」 

 

大げさにお礼を言ってくる彼を適当に対応しながら本屋へ向かうことにした、彼、アーサーはお礼に教科書や箒でも買ってあげようと言っていたが、ロンの顔が真っ青に染まっているので丁重に断っておいた。

無論遠慮していたのもあるが、ウィーズリー家の財政は基本火の車だとロンから聞いたことがある、多分これで俺が遠慮しなかったらかなり危険な事になった…かもしれないからな。

 

 

 

 

フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店は混んでいた、ただし学生ではなく中年くらいの女性の声援で埋め尽くされ、入るのも困難な状況になっている。

《ギルデロイ・ロックハート サイン会》

…俺は必要な教科書リストを見直した。

著者 ロックハート…

著者 ロックハート……

著者 ロックハート………

………こいつが原因か…

ほとんどがこのロック何とかで埋め尽くされている、しかも高い、いやそもそも教科書ですらない。

 

「…これ、本当に買うの…?」

 

ロンが言うのも頷ける、本棚の一冊を取ってみてみたが(泣き妖怪バンシーとのナウな…どうでも良くなってきた)内容はひたすらに彼の自慢で埋め尽くされている、数ページごとにこちらに送ってくる写真のウインクがヤツの全てを物語っていた。

 

「何を言っているの! あのロックハート様の本の素晴らしさが貴方達には分からないの!? ロックハート様は…」

 

…彼女はアレの熱烈なファンらしいな、趣味は人それぞれだからな。

気が付くとハリーの姿が見当たらない、本屋の中を見渡してみるとアレと一緒に笑顔の写真をとっていた、引きつっているが。

ロンとハリーにはそれぞれの生贄になってもらい、さっさと教科書を買いにカウンターへ向かって行った。

 

教科書を買い揃え、人の山から何とか脱出すると店の前で二人の男が言い争っていた。

片方はアーサー、もう片方はノクターン横丁に居たマルフォイの父親だ。

 

「おやおやウィーズリー、こんなに多くの教科書を、残業代も出ないのに大変ですな」

 

マルフォイはロンの妹の大鍋から教科書を取り、馬鹿にした顔でパラパラとめくっている。

 

「残業代はたくさん出ているさ、抜き打ち調査のおかげでね。

それよりも人の物を勝手に見る方が下品だと思うがねマルフォイ!」

 

「下品? 純血の面汚しが言うことかね?」

 

青筋を立てながらマルフォイはロンの妹の教科書を開き、ローブから何かを差し込もうと―――

 

「ぐっ!?」

 

マルフォイの手首を押さえ込み、その動きを止める。

 

「…急に何をするのかね?」

 

「今何を入れようとした」

 

ほとんど見えなかったが一瞬だけ見えたのは黒い本のような物だった、それにアーサーも反応する。

 

「マルフォイ! うちの娘に何をするつもりだ!?」

 

マルフォイは汗を一粒流した後、ローブから半分ほど出ていた手を引っ込め、先程の何かの代わりに羽ペンを取り出した。

 

「薄給のウィーズリーは大変だろうと思ってね、ちょっとした親切だよ」

 

「結構だ! 特に君のはね!」

 

一触即発、そんな緊迫感が場を包みこむ。

誰も言葉を発しないまま静まり返り、時間が過ぎていく。

その空気を感じ取ったのか店の人混みからハグリッドが現れた。

 

「おめえら、何やっとるんだ?」

 

二人の間に割って入るハグリッド、引き際と判断したのかマルフォイの方はこちらを睨み付けながら去っていった。

 

「あ、あの… ありがとう。

…私、ジニー・ウィーズリー」

 

「…キリコ・キュービィーだ」

 

「…なあ、一体あいつ何をしようとしたんだ?」

 

「ジニーの教科書に何かを仕込もうとしていた」

 

「何か…って何だろう?」

 

「マルフォイの父親だぞ、録な事じゃないさ!」

 

その後、険悪な空気を引きずったまま別れる事となった。

アーサーからはさっきの礼も兼ねて夕食を奢ろうと言ってくれたが、既に夕食の支度は済まして来たため遠慮しておいた。

それでも何か礼をしなければ悪いと言ってきたので、ゴーレムについての本を一冊買って貰うことにした。

そしてハリー達と別れ、行きと同じくバスに揺られながら帰っていた。

 

しかし、俺の心にはまたもや嫌な感覚が染み付いていた。

マルフォイの父親は何をしようとしていたのか、それが俺の意識を奪っていたのだ。

…今年も、何か起こる。

俺の直感は、新たな戦いの気配を確実に感じ取っていた。

 

 

 

 

「…何ということだ、これでは計画が…

クソッどうする? 屋敷僕に命じて潜り込ませるか…?

あの子供、キリコ・キュービィーとかいったか…

あの男の言う通り警戒しなくてはなるまい…」

 

 

 

 

数週間後のホグワーツ特急内、俺は一人でコンパートメントに居た、そう先程までは。

 

「あ! 逃げるな蛙チョコ!」

 

「気を付けてよ! 服にチョコが!」

 

キニスとハーマイオニーである、二人は俺一人だったはずのコンパートメントで壮絶な蛙チョコとの戦いを繰り広げている。

どうやらこの二人はハリーとロンを探していたらしいのだが列車のどこを探しても見つからず、諦めた末にここにたどり着きそのまま居座っているのだ。

 

「本当にどうしたのかしら…まさか退学なんて事にはならないでしょうけど」

 

「乗り遅れたんじゃないの? まああの二人なら大丈夫でしょ。

あ、砂モグラ風ロールケーキ下さい!」

 

実際に乗り遅れていたとして、入学式に間に合わなくても大丈夫だろう。

しかしそれよりもあの二人の場合、ただ遅刻をするよりも危険な事をしでかす気がしてならなかった。

 

…誰が車で空をドライブしていたと思うだろうか。

 

 

(イッチ)年生はこっちだ!」

 

一年前も聞いたハグリッドの声がホームに響き渡る、またあの道を歩かされるのかと思うと軽い同情を覚える。

新入生の多くは不安と期待が入り交じった顔をしていた、まあついこの間までは俺も同じ顔だったのだろうが。

 

二年生以降の生徒達は新入生と別の場所に案内される、少し開けた場所に行くとそこには巨大な馬車があった。

それを引くのは白い目に骨張った見た目の不気味な生き物だった。

 

「うわー大きいな、どうやって動いてるんだろう?」

 

「あの生き物が引っ張って行くのだろう」

 

「? 生き物なんて居ないわよ」

 

「…すぐそこにいるが」

 

「もしかしてあの白いモヤモヤ?」

 

どういう事だろうか、どうも俺以外の二人には見えていないらしい、キニスはぼんやり見えているようだが。

 

「…もしかして、キリコそれってどんな生き物?」

 

「白い目と骨張った見た目だ」

 

「やっぱり、それってセストラルよ」

 

「「セストラル?」」

 

「そう、セストラル。

天馬の一種で死を見たことのある人間にしか見ることの出来ない生物、多分それじゃないかしら」

 

なるほど、俺にしかハッキリと見えないはずだ、死ぬことは無くとも死人はいくらでも見てきた。

キニスが見えるのは恐らく、あの時食らった緑色の閃光のせいではないだろうか。

あの閃光は直撃を貰えば死んでしまう、そんな感覚がしていたからな。

あいつらは何とか見ようとしているが、見えない方が良いのだろう。

 

学校着いた俺達はマグゴナガル先生に直接大広間に連れていかれた、天井には去年と同じく星空が広がっている。

グリフィンドールの席を端から端まで探してみたがハリー達の姿は見あたらなかった、本当に何があったのだろうか。

 

寮の席で待機していると正面の門が開き、新入生達が入場してきた、今となっては見慣れた光景だがあいつらはそれに驚愕している、だがその顔は期待に満ち溢れていた。

 

 

 

 

期待、それは俺の中にもあった。

だがそれ以上に不安を感じていた。

あの時、ヤツは何をしようとしていたのか、如何なる陰謀を持ち込もうとしていたのか。

未だ何一つ分からないし、何も起こっていないがこれだけは言える。

俺は常に戦いと隣り合わせだという事、これだけは確実に言えた。

 




遙かな横丁の闇を走り、魔法の城に曲折し、
陰謀の泥濘に揉まれてもなお、キラリと光る一筋の光。
だが、この糸は何のために。
手繰り手繰られ、相寄る運命。
だが、この運命は何のために。
秘密のスリザリンに第2幕が開く。
次回「疑惑」。
まだ黒子は姿を見せない。


疑惑(ロックハートに対する)

ルシウス早速やらかしました、ハードモードスタートです。
没ネタ
ハグリッド「No1年! No1年! 返事をしろ!手前達のお守りはもう辞めだ!」
駄目ですね、新入生全員川底に沈んじゃいますもんね。


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第一五話 「疑惑」

声優ネタをどの程度ぶち込むか、
全力でネタに走るか真面目にネタに走るか、
難しい所です。


「―と、いう理由だったらしいよ」

 

なるほど、つまりキング・クロス駅の四分の三番線に何故か入れず、このままでは退学になるかもしれなかったから、やむを得ず車で空をドライブし、最終的に暴れ柳に突っ込んでいたと、何しているんだあいつら。

 

「でも羨ましいな…空をドライブなんて多分大人になっても出来ないよ」

 

出来てたまるか、しかもこの一件の後始末で魔法省の係が地獄を見たらしい。

何でも「心が乾く」と幻聴まで聞こえるほどだったとか。

 

新学期の初日、ハリー達のしでかした事は僅か一日で全校生徒に広まっていた。

それは話の種となり大広間を賑やかにしている、本来なら退学ものらしいが、厳重注意と厳罰で留まっているあたりは流石はハリー・ポッターと言った所か。

 

俺はその中、久しぶりのホグワーツの食事に舌鼓を打っていた。

昨日の長時間の移動で結構疲れている、だからこそ朝食は極めて重要であり、イギリス料理が朝食には力を入れているのだ。

が、毎日いつものメニューでは味気ない、皿にはいつもと違う料理がよそられていた。

今食べているのはサンドイッチだ、ただしいつものトーストを使った物ではない、固めのバケットに具材を詰め込んだフランス式のヤツだ。

中には様々な食材がこれでもかと詰め込まれている、それらをこぼさぬよう、かつ全ての具材を口に入れるようにかぶりついた。

広がるのは多種多様な具材の協奏曲だ、厚めのベーコンは濃厚な肉汁を、チーズは独特なコクと食感、レタスはその水々しさが潤いをもたらす。

それらの調和はまさに芸術的と言って良いだろう、レタスは口内の乾燥とチーズの癖を和らげ、チーズは単調になりがちな肉の味を鮮やかに彩っている。

 

バケットを食べきり、少し満足した胃を癒すのは薄味のコンソメスープだ、イギリス料理はとにかく具材を煮込む事に全力を掛ける、よって具材がぐちゃぐちゃになるわけだがそれが悪いとは限らない、こういったスープやカレーでは逆に長点となる。

原型を無くすほど煮込まれた野菜はその旨みを残す事なくスープに溶け込み、複雑な味を作り出す。

それに具材が溶けている事で飲み込みやすく、胃にも優しい、寝起きで上手く活動していない体にその温かさが染み渡るのを感じていた。

 

そこそこ満足出来たのでカップの中のコーヒーを飲み一服する、無論ブラックだ。

 

「…キリコ」

 

「何だ」

 

「何、それ」

 

「コーヒーだが」

 

「いや何でそんな大量に機材があるの!?」

 

「許可は得ている」

 

テーブルの上にはコーヒーを入れるための機材が積まれていた、無論コーヒーを入れるために自宅から持ってきたのだ。

何故なら、去年一年間通ったことで分かったのだが、ホグワーツではコーヒーを出してくれないのだ、あるのはせいぜいインスタントコーヒーぐらいである。

去年はそれでだいぶ辛い思いをしたので今年はコーヒーセット一式を持ち込むことにしたのだ。

無論他の生徒は注目しているしキニスは「ええ…」と言っているが全く気にはならなかった。

 

「そう言えば知ってる? 今年の闇の魔術に対する防衛術の先生」

 

「いや、知らないな」

 

結局去年はニンニクの臭いを浴び続け、挙げ句の果てには事件の黒幕という始末であった。

あの後クィレルは数週間聖マンゴ病院で治療した後、アズカバンに叩き込まれたらしい。

元々一番期待していた授業だ、今年こそまともな教師だといいのだが。

…まさか、あの大量の自著を買わせたあいつでは無いだろう、そうで無くては困る。

 

「ロックハートって人らしいよ。

…キリコ?」

 

…大丈夫だ、ダンブルドアも認めているのだ、教師としてはまとものはず。

 

その時大広間の扉が開き、そこから大量の梟が大広間に入ってきた。

梟は大小様々な荷物や手紙を抱えて飛んでいる、その中でポーズをとっているロックハートが居たが何も見なかった事にしよう。

 

その時であった。

 

「一体何を考えてるのあなたは!!!」

 

瞬間、大広間に響き渡る凄まじい怒声、いや地鳴りと言っていいだろう。

テーブルはガタガタと揺れており、食べ物は皿からひっくり返りそうになっている。

 

「車を盗み出すなんて退校処分になっても当たり前です! 首を洗って待ってらっしゃい! 承知しませんからね。

車がなくなっているのを見て私とお父様がどんな思いだったか。

お前はちょっとでも考えたんですか! 

昨夜ダンブルドアからの手紙が来てお父様は恥ずかしさのあまり死んでしまうのではと心配しました。

こんな事をする子に育てた覚えはありません。

お前もハリーもまかり間違えば死ぬ所だった!

全く愛想が尽きました。

お父様は役所で尋問を受けたのですよ。みんなお前のせいです。

今度ちょっとでも規則を破ってご覧。

私たちがお前をすぐ家に引っ張って帰ります!」

 

そこまで言い切って、何とか収まった後怒声の出所を見てみるとハリーとロンがひっくり返っていた。

 

「な、何今の…」

 

静まり返った大広間、一体何が起こったのかといった顔で生徒達は爆心地を見つめていたが、少したった所で笑い声が起こり再び喧騒が戻ってきた。

 

 

 

 

新学期最初の授業日ということもあって、校舎内は迷子になる生徒や遅刻寸前で走っている生徒が多かった。

しかし俺達の場合、去年使っていた教室に行くのでそんな心配は無かった。

…そう、闇の魔術に対する防衛術、つまりアレの授業というわけだ、不安しかない。

 

「ロックハートってどんな先生なんだろ?」

 

そうだ、まだ授業も受けていないのに決めつけるのは早すぎるだろう。

廊下を歩いていると先ほど防衛術を受けていたのか、グリフィンドールとスリザリン生が向こうから歩いて来た、相変わらず廊下の端と端で真っ二つになっている。

その中に居たハリー達は何か不満げな顔で話をしていた。

 

「いい加減にしろよハーマイオニー、あれは君が思ってるようなヤツじゃないって」

 

「あれはきっと私達に経験を積ませようとしてくれたのよ」

 

「ピクシー小妖精に杖を奪われて机の下に隠れるヤツが?」

 

…大丈夫…のはず。

 

 

 

 

「私だ。ギルデロイ・ロックハート。

勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。

そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。

もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ、バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払った訳じゃありませんしね」

 

帰るか。

一瞬そんな考えが脳裏をよぎった。

ヤツは授業開始の鐘と同時にとても爽やかな笑顔と派手な服装をまといながら教室に入って来た。

″そんな話では無い″と言ってはいるが、誰がどう聞いても自慢にしか聞こえない、ほとんどの生徒はその笑顔に対し呆れた目線を向けていた、一部目を輝かせてるヤツも居たが。

 

「さて全員私の本を揃えているね? そして私の素晴らしい経験に感動を覚えてくれたと思う。そこで簡単なミニテストを実施したい。

心配は無用、君達がどれくらい私の本を読んでいるのかちょっとチェックするだけですからね」

 

面白可笑しく書かれていた物にどう感動を覚えろと、ヤツは一部の生徒にウインクを送りながらテスト用紙を配って行った。

 

「とても悲しい事に先ほど同じテストをしたグリフィンドールとスリザリンで満点をとれたのはハーマイオニー・グレンジャー嬢以外居なかった。

君たちはそんな事ないと信じている」

 

配られた紙を確認してみる。

 

問一 ギルデロイ・ロックハートは泣き虫妖怪バンシーをどうやって追い払ったか?

問二 ギルデロイ・ロックハートはどんな色が好きでしょうか?

問三 ギルデロイ・ロックハートはどうやってモナドから脱出したか?

 

答案用紙には裏表にギッシリとそんな事ばかり書かれていた、問六あたりから本の内容すら関係なくアンケートとなっている。

隣に座ってるキニスは早速落書きを開始していた、俺もどうしようか悩んだが、あれに文句を言われるのも絡まれるのも面倒なのでそこそこ答えておくことにした。

 

「ふう、とても残念だ、君たちの殆どが私の本を読んでいないらしい。

あんなに分かりやすく書いてあったのにちっとも答えられていない、ですが大丈夫です、読んでいなくても私がここに居るのですから。

君達は私の力を直接見ることが出来るのです」

 

テスト用紙を机に置いた後、やっと始まった授業内容は途中途中に自慢を挟みながらヤツの本を読む、という内容だった。

『バンパイアとゆっくり船旅』を読んでいき、バンパイアを退治したシーンで一旦解説は止まった。

 

「さて、今バンパイアを退治した私の戦いを語った訳ですが、それだけでは意味がありません。

このような穢れた生き物と戦う術を授けるのが目的なのですから、ではどうすればよいのか?

実演すればよいのです! そうすることで君達は戦う術を身に着けることが出来ます。

さて、バンパイアの役は誰に頼みましょうか…では君! 先ほどのテストで最高点を取ったキュービィー君に吸血鬼の役を…」

 

「………」

 

「…キュービィー君は体調が優れないみたいですね、生徒に無理をさせるのはとても良くない。

ですので隣のリヴォービア君に頼みましょう!」

 

「えっ」

 

「さあこっちに! おおっとそうではありません、もっと迫力満点に! 真剣にやらなければ戦い方は身に付きませんよ!」

 

この授業が終わったのはキニスが犠牲になってから20分経過し、バンパイアがレタスしか食べれなくなる所までやった時だった。

キニスの迫真の演技のおかげでハッフルパフは5点貰えたが、生徒の中で喜んでいる者は一人として居なかった。

 

 

 

 

閑散とした人気の無い図書館、新学期が始まってから一週間、この時期は試験も無ければ課題もほとんど無い。

逆に言えば、だからこそ勉強に適しているとも言える。

 

俺はハーマイオニーと共に図書館で勉強をしていた、別に予定を打ち合わせていた訳ではないが、お互い暇さえあれば図書館に籠っているので一緒になる機会は必然的に増えるのだ。

 

ただ今日は珍しくハリーやロン、キニスも来ていた。

何でも魔法薬学の課題が難しかったらしく、調べものに来てるらしい。

 

「なあキニス、ロックハートの授業どう思う?」

 

「あー…そもそも聞いてないから分かんないや」

 

「嘘でしょ? 貴方もロックハート様の話を聞いてないの?」

 

「ハーマイオニー…まさかまだあいつの事を信じているの?」

 

授業開始から一週間たった今、ロックハートの評価は地に落ちていた。

どれほど経っても授業がまともに機能する様子は無く、いつまでも自著の解説と再現を繰り返している。

 

だが彼女はまだロックハートの可能性を信じているらしい。

ハリーはおろかロンでさえ無能と理解出来ているのに…まあ、彼女も半信半疑になっているみたいだが。

 

「でもあのロックハート様よ、無能と見せかけていて、何か隠してるんじゃ…」

 

「あー、分かった分かった、ひょっとしたら有能かもしれないね」

 

またハーマイオニーのロックハート弁護が始まることにうんざりしていたのか、ロンが話題を切り替えてきた。

 

「ところで皆、オーディション…どうする?」

 

オーディションとはクィディッチの事だ、数週間後にクィディッチの新メンバーを決めるオーディションがある。

 

「僕は元々シーカーだからね、ロンは受けるんだっけ?」

 

「もちろん! ハリーに負けてられないからね、ハーマイオニーはどうする?」

 

「私はいいわ、それより勉強したいし」

 

「だろうな、二人はどうするの?」

 

ロンは俺とキニスに質問をしてきた。

 

「受けるよー、ビーターになって相手の顎の骨を砕きたいんだ!」

 

極めて物騒な理由に場の空気が一瞬凍りつく、一応ブラッジャーで相手選手を攻撃するのは違反ではないが…

ハリー達の顔は青ざめていた、いつもの笑顔もこうなると狂気の笑みにしか見えない。

 

「キリコも受けるよね?」

 

「いや、俺はやらない」

 

「え!? あんな箒上手いのに!?」

 

キニスだけで無く、ハリーやロンも驚いていた。

どうも去年の一件で、いつの間にか俺はハリーと並ぶ逸材という事になっているのだ。

そもそも俺はクィディッチに興味も無ければやる気も無い、そもそもそれ以前の問題として―――

 

「俺は自分の箒を持っていない」

 

そういうことだ、別に授業を受ける時困る訳でもないので、未だ学校のシューティングスターを借りている。

仮にこれで参加しても、シューティングスターは蝶よりも遅いと言われる品物だ、戦力にはならないだろう。

 

「勿体無い…絶対活躍出来るのに」

 

そう言ってはいたが、箒を持っていない以上どうしようもないと考えたのかそれ以上言ってくることはなかった。

 

「あ、そういえばこれ誰のか分かる?」

 

ローブの中から取り出したのは、少し高そうカバーの本だった。

しかし本その物は色褪せておりかなり古そうである。

ハリーが本を手に取りながら質問する。

 

「…これ何処で拾ったの?」

 

「グリフィンドール寮の近く、だから知ってるかなって思ったんだけど」

 

「中身を見れば分かるかもしれないわ」

 

ハーマイオニーはそう言うと、本をパラパラとめくっていく。

しかし中には名前はおろか文字も書かれていない。

 

「なんだこりゃ? 何も書いて無いけど」

 

「ノート…かなあ?」

 

「それも変よ、こんなに古いのに使ってないなんて」

 

その怪しい本は最終的に、ロンが監督生である自分の兄、パーシーに渡す事になった。

怪しいといえば怪しいが、何かの禁書という訳でも無いのだから、誰かの落とし物で間違いなさそうだ。

仮に危険な物だったとしても、その場合は監督生経由で教員に伝えられるはずだから大丈夫だろう。

 

 

 

しかし、その認識は甘かったと俺は知る事となる。

あの時から体に纏まりつく嫌な予感、あれがその正体だったのだ。

それに気付かなかったのは、友を得た安心か。

それとも愛すべき平穏が感覚を鈍らせていたのか。

だが、今の俺はそれを否定しない。

だからこそ、戦いの炎が上がれば俺は戦う。

ただそれだけの事だ。

 




飛ぶ黄金、起きる歓声。
こわばった腕が箒をを走らす。
鉄塊が、選手を外れ、虚しい音を立てたとき、
皮肉にも、生の充足が魂を震わせ肉体に溢れる。
クィディッチ。
この、危険な遊戯が、これこそがこの世に似合うのか。
次回「選考」。
シーカーが動けば、試合が決まる。


久々のグルメ回、愉快なロックハート、雑談の三話でお届けしました。
尚ピクシー小妖精が出なかったのは、直前の授業で流石に懲りたからです。
万一また放ってたらキリコの手で教室ごと爆破されていました。
スプラッター映画にならなくてよかったですね!


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第十六話 「選考」

色々調べてみると、結構中の人ネタ多いですよね。
しかし思うがままぶっこむと逆につまらないし…
難しい所です。


放課後、談話室はいつもならば多くの生徒達がゆっくりとした時間を過ごしているのだろうが、今日は荷物を取りに来た人がまばらに通るだけであり殆ど居ない。

 

では何処に行ったのかというとグラウンドに行ってしまったのだ、そうクィディッチオーディションを受ける為に。

とはいえ全員がそうではない、何人かはオーディションの見物目的である。

 

まあ、受ける気も箒も持っていない俺には関係なかったので、一人温かいコーヒーを飲みながらのんびりと過ごしていた…はずだった。

 

「たのむキュービィー! チームに入ってくれ!」

 

四年生のキャプテン、セドリック・ディゴリーは何度もそう頼んできた。

オーディション中だと言うのに、俺が居ないと知るやいなやそれをほったらかしてすっ飛んで来たらしい。

無論、答えは決まっている。

 

「お断りします」

 

「そこをなんとか!」

 

と、これをさっきから繰り返しているのである。

何度断ってもディゴリーは引き下がる様子がない、一体何故そこまでするのか。

 

「俺達ハッフルパフはいつも負けてる、もちろん勝つこともあるがここ数年優勝を掴めたことはない。

今年はさらに状況が悪い、ハリーの練度はこの一年で十分なものになった。

スリザリンはマルフォイがメンバー全員に最新型の箒、ニンバス2001を提供してしまった…」

 

ニンバス2001は、去年ハリーが使っていたニンバス2000の最新型だ、無論その値段も凄まじい事になっている。

それをメンバー全員分か、確かに状況は最悪だろう。

 

「だがキリコ、君が入ってくれればチャンスが生まれるかもしれない。

去年の授業の時、君が見せてくれた飛行はハリーに匹敵するものだった。

たのむキュービィー! 僕達はどうしても勝ちたいんだ!」

 

気持ちは十分通じた、しかし俺はそもそも勝つことに興味が無い、というより戦いはもう飽きている、必要の無い戦いなら極力避けたいのだ。

よって、最大の理由を言うことにする。

 

「ですが、俺は箒を持っていません。

学校の箒では戦力にならないでしょう。」

 

「…ある、僕の予備がある、それを貸す!」

 

そこまで言うのか、しかしまいった、これでは断る事が出来ない。

どうしたものかと考えていた時、談話室にまた一人やって来た。

 

「ハァ…、あ、キリコにディゴリー先輩」

 

「ん? リヴォービアか、オーディションはいいのかい?」

 

深いため息をつきながら入ってきたのは

キニスだった。

ヤツはオーディションを受けていたはずだ、もう終わったのだろうか、いや明らかに早すぎる。

一体どうしたのだろうか。

 

「ええ、今年は諦めます…」

 

「どうしてだい?」

 

「ビーターのポジションが空いてないので…」

 

「ああ、そういえばビーター希望だったね」

 

何というか…呆れのような、ある意味尊敬を覚えていると会話の対象は再び俺に戻った。

 

「そうだリヴォービア、君もキュービィーを説得してくれないかい?」

 

「キリコ…僕の代わりに戦ってくれ、そして…仇を!」

 

これは突っ込んだ方がいいのだろうか、結局その後、二人がかりの説得を浴び続けた結果、今年一年に限るという条件で俺が折れる事になった。

 

 

 

 

選抜試験は終わり、人気の無くなったグラウンド。

もう九月下旬だ、この時間には少し肌寒くなり鮮やかな夕焼けが校舎を照らしていた。

 

しかしディゴリーの顔は浮かばなかった、寮の倉庫にあると思っていた箒が無かったのだ。

調べてみると、どうやら卒業した生徒がこっそり持って帰ってしまったらしい、誰だか知らないが最低な野郎も居たものだ。

結果俺の乗る箒が無いので、やはり不参加…という訳にはいかず、現在キニスと二人がかりで倉庫の探索中である。

 

グラウンドに放置され、しばらく待っていると遠くから二人が戻ってきた。

しかしどうした事だろうか、箒を持っているのにディゴリーの顔は暗いままである。

 

「…キュービィー、箒はあった、先輩が残してしまったヤツだ」

 

「いやー良かった! あれだけ説得に苦労したのに箒が無かったら僕泣くところだったよ。

…ディゴリー先輩?」

 

「…いいかキュービィー、よく聞いてくれ。

もしもこれが気に入らなければ、僕の箒の交換してもいい」

 

ディゴリーが深刻な顔で差し出してきた箒、それは明らかに異様な物体だった。

キニスやロンから散々聞かされたが、本来理想の競技用箒というものは、尾の部分は鋭く美しく、柄もシャープなのが優れている。

しかし目の前の、暗い赤色のこれは違った、尾の部分は太いのと細いの、長いのと短いのが不均一に入り交じり、柄は先端だけ妙に太い、極めて不格好な箒だった。

 

「インファーミス1024、十年くらい前のモデルだ」

 

「あの…何でそんな顔してるんですか?」

 

「この箒の性能は恐ろしく高い、最高速度も凄まじいが、瞬間加速はファイヤボルトすら上回る」

 

「ファイヤボルト…ってあの!? 一般販売は来年だっていうあれより上!?」

 

キニスは信じられない、といった顔だ.

ファイアボルト、現役プロチームでも今だ一部しか保有できていない現状最強の箒である。

それに十年前のモデルが匹敵、いや一部では優っているとは驚くほか無い。

だが、そんな古い箒でここまでの性能を叩き出すという事は…俺の嫌な予感は見事に的中した。

 

「だがその代償として、旋回性能とブレーキが全く機能していない。

具体的に言うと…いや一回だけ乗ってみてくれ、その方が分かる」

 

…絶対に乗りたくなかったが、一回参加すると言った以上断ることは出来ない、俺は箒にまたがり空へ浮かんだ。

そして少し動いてみ―――

 

「―――ッ!?」

 

空中へ投げ出されそうになるのを、渾身の力で握る事で何とか阻止する。

全身にATでも感じた事の無いようなGが押しかかっていた、気が付けばグラウンドの外へ飛び出かけている。

信じられない加速だ、一旦落ち着くためにブレーキを掛ける。

………

全く止まらない、いや減速する気配すら無い。

このままではまず―――

 

次の瞬間、それまでの加速が嘘のように止まった、一瞬で完全停止、完璧なブレーキだ、三秒遅れていなければ。

俺は夕日に向かって投げ飛ばされ、墜落地点にあった暴れ柳に一方的な暴力を振るわれた、そしてその結果、翌日は一日医務室で過ごすことになるのである。

 

「…い、今のは…!?」

 

「アレを作った会社だが、「ピーキーな物こそ需要が安定する!」とか言ってあの欠陥商品を作り上げ、その揚句倒産したらしい。」

 

「何でそんな物が僕達の寮に!?」

 

「さっき言っただろう、卒業した先輩が買ったんだ。

もっともすぐ、倉庫に叩き込んだみたいだけどね…当時は「殺したいヤツがいたら箒をコレにすり替えておけ」と言われてたらしい…」

 

「キ、キリコー!!」

 

 

 

 

全身打撲から早一週間、なんとかあのバケモノを乗りこなせるようになった頃、図書館には異様な光景が広がって、いや俺が広げていた、その原因は机三つ分を陣取って広げられている巨大な羊皮紙のせいである。

何人かこっちを睨んでいるが、そんなに混んでる訳でもないので無視しておく。

羊皮紙に黙々と書き込んでいく、既に一部は完成しているが何せだいぶ昔の事である、何とか記憶を辿りながらやっているので時間が掛かるのだ。

 

去年、トロールと戦ってから考えていた『対大型魔法生物用魔法』、その理論がついに完成し、その下準備をしているのである。

この魔法はゴーレムを作り出す呪文を基にしている、ただし俺が目指しているのはもっと複雑な構造のゴーレムであり、それを創り出す為にはその構造を完璧に叩き込んでおく必要がある。

その為にこうして記憶を辿りながら設計図を書き出しているのだ。

 

…駄目だ、これ以上思い出せない。

行き詰った所で羊皮紙を纏める、とにかく複雑な呪文だ、じっくり時間を掛けて完成させるべきだろう。

 

図書館を出て、廊下を歩いているとハリーとロンが歩いて来た。

ハリーの方はユニフォームを着ている、練習帰りのようだ、しかしロンの方はいつもの服である、…という事は選手になれなかったという事か。

その為か少し落ち込んだ様子である。

 

「あ、キリコ…選手になったんだってね、しかもシーカー」

 

ロンは若干未練がましく話掛けて来た、どうやら見た目以上に落ち込んでいるらしい。

 

「ああ、…残念だったな」

 

「うん…でも諦めた訳じゃない、来年こそ受かってみせる!」

 

そう言ってロンは自分自身を励ましているようだ、意外とこいつはタフらしい、なら心配は無用だろう。

するとロンは思い出したように、質問をしてきた。

 

「あ! そうだあの本知らない?」

 

本とは、以前キニスが拾ったあの高そうな本だろうか、あれは確かロンが兄に渡すと言っていたはずだが。

 

「いや、あの本がどうした?」

 

「…無くなった」

 

「え!? あの本無くしちゃったの!?」

 

「違うよ! どっちかって言うと消えちゃったんだよ!」

 

あの本が消えた? 一体どういう事だろうか。

 

「兄貴に渡そうと思ったんだよ! で、行こうと思ったら急にお腹が痛くなったからトイレに駆け込んだんだ、それで戻って来たら、談話室のテーブルに置いといた本が無くなってたんだよ!」

 

要するに急用が出来たから一旦テーブルに置いておき、その間に本が無くなっていたという事か。

誰かが盗んでいったのか? いやあの本は恐らくグリフィンドール生の物のはずだ、という事は…

 

「一体誰が盗んだんだろう? でもあんな本盗むやつなんて…ロンがトイレに落っことしたんじゃないの?」

 

「ハリー!」

 

「…持ち主が持って行っただけじゃないのか?」

 

「「あ」」

 

二人は今気が付いたらしい、抜けた声でそう返してきた。

その答えに納得したのか寮へ戻って行った、まああんな何も書かれていない本を盗んでいく物好きはそうそう居ないだろう、である以上理由はそれしか考えられない。

 

それにしてもあの本は結局何だったのだろうか、閲覧禁止の棚の本では無い、そんな危険物が寮の近くに置いてあるとは思えない。

教科書はあり得ない、ノートにしては古すぎるし高価すぎる。

一体何だったのだろう、その答えはそこの曲がり角から現れた。

 

「!!」

 

角から現れた赤毛の少女を避ける、しかし俺に驚いてしまったのかヤツは転んでしまい持っていた本を落としてしまっている。

 

「すまない」

 

「す、すみません…あ」

 

俺は目の前の少女を知っていた、この燃えるような赤毛、ダイアゴン横丁に買い物に行ったときに会ったロンの妹、ジニー・ウィーズリーだ。

驚くヤツをよそに、散らばった本を拾い集めていく、図書館から借りてきたものだろうか、本の内容はというと主に恋愛や美女になる魔法など、女性らしい本が主だった。

 

彼女はまだ十一歳のはずだが、もうそういった事に興味を持つのだろうか、それとも既に好きな人でも居るのだろうか。

そんな失敬な事を詮索していると、散らばった本の中に先ほど考えていたヤツがあるのを見つけた。

何故これを彼女が? 思わずその中身を覗いてみる。

 

『私は好きな人が居る、けれどどうすればいいのだろう』

 

「………」

 

「………あの」

 

「…すまない」

 

本を閉じ、目を合わせないように本を差し出すとひったくるような手つきで取って行った。

女性の秘密を覗いてしまい、極めて申し訳ない気分になりつつも何故彼女が持っているのか聞くことにした。

 

「…その本は、どこで拾った?」

 

こちらを睨みつけ黙り込んでいる、当然の反応に罪悪感が深まっていく。

暫く、いや数秒も経っていないのだろうが、彼女は答えた。

 

「…これは私の、…な、失くしたと思ってたら、机の上に…」

 

「…そうか、…本当にすまなかった」

 

彼女はそれに反応する事なく逃げるように去って行った。

だがまあ、持ち主が見つかって良かったとしておこう、書かれていた文章から推測するとあの本は日記だったようだ。

ならば何も書かれていなかったのも当たり前である、それにウィーズリー家は聖二十八族の一員でもある、高級な本も一冊くらいあるだろうしお下がりと考えれば古いのも納得できる。

 

後でロンに言って安心させなくてはならないな、そして俺もまた、自分の寮へと戻っていったのであった。

 

 

 

 

「うう…何てことを、誰も見つけてほしく無かったのに。

このままではハリー・ポッター様が死んでしまう…何とか、何とかしなければ…」

 




ソレを見たのが幻想なのか。
心の恐怖が幻想を生むのか。
噂の果てに真実を見るのが幻想に過ぎないことは、
子供の誰もが知っている。
だが、あの瞳の光が、体の震えが幻だとしたら。
そんなはずはない。
ならば、この世の全ては蜚語に過ぎぬ。
では、目の前にいるのは何だ。
次回「再来」
秘密なるものが牙をむく。


ディゴリー先輩、本当はまだキャプテンじゃないんですけど、どう調べてもハッフルパフのクィディッチメンバーが分からなかった為、こういった仕様にしました。
夕日に飛んでくキリコは、孤影再びの一シーンを参考にどうぞ。


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第十七話 「再来」

バジリスクをどうやって抹殺するか…
何か、最終的に自爆する気がする。
見えるぞ…その結果秘密の部屋が消滅する未来が!(未定)


「絶命日パーティ?」

 

「そう、ゴーストがハロウィンの時にやる死んだ日を祝うパーティーだよ」

 

「そうか、それがどうした」

 

「ハリー達に一緒に行こうって誘われてるんだ、キリコも一緒に行こうよ」

 

「断る」

 

死んだ日を祝うパーティーか、いつかは是非とも行ってみたいものだが今の所興味は無い。

何より今日は待ちに待ったハロウィンパーティーだ、何故ゴーストのご馳走を食いに行かねばならないんだ、ゴーストのご馳走など絶対に不味い。

 

「えー…ちょっと顔を出すくらい」

 

「断る」

 

「…キリコって食い意地凄いよね…」

 

キニスは呆れた視線を向けてくるが知った事ではない、去年はトロールの乱入が原因でほとんど食べる事が出来なかったのだ、今年は何としてもたらふく食べなければならない。

そうでなければ死んでも死にきれない。

文句を垂れながら大広間から離れて行くキニスを完全無視しテーブルを見つめる、そこには去年と同じく山ほど料理が並べられていた。

 

どれを食べるか悩んだが、一先ずパンプキンスープをゆっくりと飲み干す。

秋風で冷え切った体を温め、ハーブで食欲を加速させる。

準備は整った、さあどれから食べるか…

 

よしこれだ、山積みになっているフライを皿によそった。

これはフィッシュアンドチップスだ、ただしハロウィン仕様なのでパンプキンチップスになっている。

チップスを口に入れると、心地いい軽快な音と感触が楽しませてくれる、普通のチップスより太目に切られたそれは十分な噛み応えを作り出し、噛めば噛むほど甘味が吹き出してくる。

いや、それだけでは無い、これまた厚めに作られた衣、それは辛すぎず薄すぎず丁度いい塩加減で甘味を引き出しつつも旨みを主張しており、スナックらしく飽きずにいつまでも食べていられる。

チップスが無くなった所で魚の方に手をつける、当然モルトビネガーをどばどば掛けてからいただく。

厚い衣を食い破りアツアツの身を食べる、淡白な白身魚は濃い味の衣によく合う、モルトビネガーの酸味はどうしても出てしまう油濃さを打消し爽やかな風味を作り出す。

それにかなり分厚く揚げられている為、モルトビネガーを掛けても衣がふやける事も無く、サクサク感もしっかり楽しめる。

 

次に俺が狙いをつけたのはシェパーズパイ、要するにミートパイだ。

一口サイズに切り分け、少し大きめに切ったそれを大口を開けて食べる、途端に濃厚な肉の味とそれを引き立てるほんのり甘いかぼちゃの味が襲い掛かって来た。

なるほど、通常シェパーズパイは挽き肉とマッシュポテトを使っているのだが、これはポテトの代わりにかぼちゃを使っているのか、何もそこまでかぼちゃ尽くしにしなくても…と思ったが美味いので良しとしよう。

それにこの肉…普段よく食べる牛肉や豚肉では無い、羊肉だ、少しでも手順を間違えれば臭味で台無しになるそれは、一体どのような調理をしたのか濃厚な旨みへと変貌している。

素体のかぼちゃは甘味と特有のへばりつく食感が抑えられ、そのボリュームに反してどんどん食べる事を可能にしている、凄まじい、羊肉がこんなに美味いとは思わなかった。

 

さて、三品食べた事だ、この辺で一服つくのも良いだろう。

そう考えデザートに手を伸ばす、卓上の料理比率はデザートの方が多い、どれを取るか…

俺が手に取ったのはかぼちゃプリンだ、プリンはお子様の食べ物? 知らん、12歳はまだ子供だろう。

スプーンですくい、プルプルとした見た目を少し楽しみ、口に流し込むようにそれを頂く。

だが、それは俺の想像を上回っていた、ツルツルとした食感を想定していたのだがこれは違った、まるで濃厚なケーキを食べているような食感だったのだ。

しかし本来の食感も失われていない、触感は確かにプリンだがそれが溶けるように口に広がっていくのだ。

プルプルした食感と口に広がる濃厚な甘さにしばし時間を忘れる…気が付くと、空になった容器が三つもあった、信じられない。

 

さあ次はどうする? あれも美味そうだ、これも…

 

 

 

 

杖を文字通り杖にように使いながら、よろよろと廊下を歩く。

食べ過ぎた事で今にも倒れそうになっている、が後悔はしていない。

去年食べ損ねたのだ、これぐらい食べて丁度いいだろう、ふらふら歩いていると何やら人ごみが見えて来た、一体何があったのだろうか。

 

「継承者の敵よ気をつけよ! 穢れた血め、次はお前達だぞ!」

 

マルフォイの声が人混みの中から響いている、本当に何があった? どうもただの騒動では無いようだが…

人混みの中からハリー達三人とキニス、その横にはフィルチとロックハート、そして何故か異様な姿勢で固まっている猫のミセス・ノリスを抱えるダンブルドアが現れた。

人混みの中をかき分けると、壁には不気味な文字が書かれていた。

 

″秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気を付けろ″

 

どうやら俺の予感は当たってしまったようだ、今年も何かが起きるという予感。

これだけで終わる筈が無い、そう、これはまだ緑の地獄(スリザリン)からのプレリュードに過ぎなかったのだ。

 

 

 

 

夜、ようやく聞き取りが終わったのか部屋に帰って来たキニスから話を聞いた。

あいつらが参加していた絶命日パーティーから抜け出し、大広間に戻ろうとした所ハリーが奇妙な音を聞いたと言い、走り出しその後を付いて行った所、ミセス・ノリスが動かなくなっていたらしい。

 

「秘密の部屋…か」

 

「キリコ、知ってるの?」

 

「…″ホグワーツ歴史書″に乗っていたはずだが」

 

「読んでないや」

 

…秘密の部屋、それはホグワーツを創り上げた四人の内一人、サラザール・スリザリンが創ったと言われている。

ヤツは純血主義者でホグワーツからマグル生まれは追放すべきと主張したが、それは他の三人に受け入れられず、彼はホグワーツを去って行った。

しかし、その時ヤツは秘密の部屋、そしてそこに″怪物″を隠した、そして部屋を開くことの出来る継承者が現れた時、継承者は怪物を用いてマグル生まれ…穢れた血を追放する。

 

…ただしそのような事が起こったのは一度しか無く、怪物と言えるような生物でもなかったらしい。

よってこの話は噂でしかないのだ。

 

「…あれ誰かのイタズラだよね?」

 

「…いや、″完全石化呪文″は高度な闇の魔術だ、悪戯で使うような物では無い」

 

しかしその噂が真実味を帯びているのはこれのせいだ、完全石化させるのは簡単な事では無い、ダンブルドアやそれこそヴォルデモートなら可能だろうが、その辺の魔法使いでは絶対に出来ない、生徒ならなおさらだ。

だが現実としてそれは起きている、つまり怪物は確実に存在しているという事になる。

 

「なんか嫌な予感がする」

 

「…継承者の敵とは純血以外の事だ、この一件では終わらない、恐らくまだ犠牲者が出るだろう。

キニスも俺も警戒する必要がある」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「何だ?」

 

「…いや、またハリー達が巻き込まれそうな気がする…」

 

「ああ…」

 

第一発見者はハリー、妙な音を聞いたのもハリー、よくよく思い出してみれば入学以来、何か事件が起こればそこにはハリーが必ず居た。

…偶然と思いたいが、しかしキニスの考えに俺は納得を覚えていた。

…そしてその予想は、現実である事を俺はまだ知らない。

 

 

 

 

「マルフォイだ、継承者はマルフォイに違いない」

 

数日たったが、校内は秘密の部屋の噂でもちきりとなっている、だがそれは緊迫した空気を孕まない会話を盛り上がらせる燃料としてだが。

その原因は二つ、一つは″完全石化呪文″がどれ程脅威か知らない生徒が多い事。

二つ目は石化を治す事が出来る薬の材料、マンドレイクが順調に育っているからだ。

しかし教師達の目つきは鋭くなり、継承者を警戒しているのは明らかだろう。

 

「ええ…マルフォイが?」

 

中でも盛り上がっているのは″継承者が誰か″の考察だ、秘密の部屋がどういった物か数日で広まり、今や詳細を知らないヤツの方が少なくなっている。

継承者、その候補者は多くがスリザリン生である、まあ″スリザリンの後継者″なのだからこれは当たり前だろう。

 

「だって昔からの純血だぞ、あいつ」

 

目の前のこいつらも例外では無く、マルフォイを継承者と考察していた。

数日前に秘密の部屋の内容を教えてからと言うもの、三人で図書館に押しかけてはこうして会議を開いている。

 

「てか何でマルフォイ? 純血の人なら幾らでも居ると思うけど…」

 

「継承者って言ったら普通血縁者でしょ? で、スリザリンに代々いるのはマルフォイ家じゃない」

 

「確かにそうだけど…スリザリンの血縁者かなあ?」

 

「だから一番古い純血のマルフォイなら、血を引いてるかもしれないじゃないか」

 

難色を示すキニスにポッターはそう返す、確かに理屈は通っているが、完全な理屈とは程遠いのも確かだ。

何故なら古い純血など幾らでも居る、この理屈で候補をヤツに絞るのは不可能だ。

 

「でもなぁ…キリコ、パーティーの時マルフォイ見た?」

 

「ああ、ヤツは参加していた」

 

「じゃあ、やっぱり違うんじゃない?」

 

「でも、あそこに居なくても石にする事は出来ると思うけど」

 

「無理よ、そんな魔法二年生は習わないわ」

 

頭では分かっているが、納得は出来ていないらしい。

そもそも、こいつらは元々スリザリンに不信感を持っている、納得出来ない理由はそこなのだろう。

だからこそ継承者候補の中でもマルフォイを疑っているのだ。

 

「…そうだ!」

 

「ちょっハリー! シーッ!」

 

ハリーが急に叫び手を合わせた、こちらを睨み付けるピンズに気付いたハーマイオニーが慌ててハリーを注意している。

忙いで声を抑えた後ハリーは話始めた。

 

「マルフォイに直接聞けばいいんだ」

 

「…何言ってるんだ? どうやって聴くのさ、第一聞いたって話してくれる訳無いだろ」

 

「そう、だからスリザリン寮に侵入してこっそり聴けばいい」

 

「そうか! ハリー、君は天才だよ!」

 

「…でも、どうやって侵入するの?」

 

キニスの疑問も当然だ、スリザリン寮に入るためには特定のパスワードが必要となる。

それ以前の問題として、ほぼ確実に見つかってしまうだろう。

その問題の答えはハーマイオニーが出した。

 

「! もっと良い方法があったわ、″ポリジュース薬″よ」

 

「ポリジュース薬?」

 

「そう、これを飲むと他人に変身出来るのよ。

これを使ってスリザリン生の誰かに変身すれば…」

 

「マルフォイから直接聞き出せるって訳だ!」

 

「…だが、許可の無い薬品調合は違反だ」

 

「大丈夫、絶対に見つからない場所を知ってるの、そこで作れば問題ないわ」

 

見つからなければ違反では無いということか、校則を重視していた去年の彼女が懐かしく思える。

だが確かにポリジュース薬は良い方法だろう、上手く使えば直接情報を聞き出せるし、パスワードを知ることも出来る。

…上手く演技出来れば、だが。

 

「…二人は協力してくれるの?」

 

「遠慮させてもらう」

 

正直、マルフォイの様な男が人殺しを出来るとは考えづらい、加えるとホグワーツに人殺しを出来る人間が居るとは考えづらい。

生徒全員と面識がある訳では無い以上確信は無いが、そういった雰囲気を持つ人間は見たことがない。

 

「僕もいいかな…やっぱりマルフォイとは思えないから」

 

「そっか…でもハーマイオニーはポリジュース薬の作り方を知ってるの?」

 

「…知らないわ」

 

「え!? じゃあどうするの!?」

 

「シーッ! …作り方は、閲覧禁止の棚にあるわ」

 

「…ま、まさか去年みたいに侵入するの?」

 

「許可を貰えばいいのよ」

 

「誰に貰うのさ、あそこの本は闇の魔術に対する防衛術の先生しか許可を出せ―――」

 

「…あっ」

 

「あー、アレなら簡単に騙せ―――」

 

「ね、ロックハート様なら私達の気持ちを汲んでくれるわ」

 

「………」

 

…確かに、アイツなら許可を出すだろう。

適当な理由と適当におだてればどんな危険な本でもあっさりと提供するに違いない。

 

「…ロン」

 

「…うん、僕らでおだてかたを考えておこう」

 

「一体何話してるの?」

 

「い、いや? 何でもないよ」

 

ハーマイオニーと彼女以外でだいぶ差があるようだが、許可さえ貰えれば何でもいいのだろう。

 

会議はそこで終了し、時間も夕刻になっていたので解散となる。

ただハリーは今からクィディッチのグラウンド練習をするので途中で別れる事になった。

 

 

 

 

そして寮の別れ道に差し掛かった所で、俺は伝えなければならない事を思い出した。

そう、あの日記の行方だ。

 

「ロン、あの本があったぞ」

 

「へ? …あ、あの日記? 聞いたよ、ジニーのだったんだね」

 

「知っていたのか」

 

「うん、ママのお古を譲ってもらったらしいんだ」

 

やはり俺の予想通りだったか、とにかくこれでひと安心だ。

 

「でもママがあんな高そうなの持ってた何てな、僕家であんなの見たこと無かったよ」

 

「大切に保管してたんじゃない? 見るからに高そうだもの」

 

そして俺達はそれぞれの寮へ戻って行った。

もうそろそろクィディッチの初戦が始まる、だが初戦はグリフィンドール対スリザリンなので俺の出番は無い。

元々やる気は無かったが、やらなければならないなら、真面目に全力で戦おう。

俺は一人、試合に対する決意をみなぎらせていた。

 

 

 

 

秘密の部屋、継承者、スリザリンの怪物。

それは未だ現れない。

だが、それとは関係なくヤツは迫ってきている。

この、何処までも深い城に潜む謎の殺し屋。

プレリュードからインテルメッツォへ。

空白の40年が、俺を新たな地獄へ誘っていたのだ。

 




変わる、変わる、変わる。
この血の舞台をかえる巨獣が、奈落の底でまた目覚めはじめた。
喉が軋み、人々は呻く。
舞台が回れば立つ人も変わる。
昨日も、今日も、明日も、秘密に惑わされて見えない。
だからこそ、確かな敵を求めて、脅えぬ力を信じて求めて。
次回「決闘」。
本当の敵などあるのか。


石化イベント発生しました、
次回は決闘クラブです、
…誰と闘わせりゃいんだ、あんなの。


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第十八話 「決闘」

次回「ロックハート死す!」
決闘スタンバイ!


秘密の部屋事件の影響だろうか、会場は例年以上の盛り上がりを見せている。

グリフィンドール対スリザリン、今年初のクィディッチが始まろうとしていた。

 

「さあ今年もこのシーズンがやって来ました、去年は惜しくも優勝を逃したグリフィンドール、しかしその一年で期待のシーカー、ハリー・ポッターの練度は凄まじい成長を見せました。

対するスリザリンはメンバー全員分のニンバス2001を使い、シーカーの座を買収したドラコ・マルフォイが注目の―――」

 

「ジョーダン!」

 

グリフィンドール贔屓の解説もいつも通りである。

盛り上がる観客席だが、俺はそこに居ない。

少し離れた選手用の席に座り、選手達の様子を注意深く観察していた、何故なら今後の試合の為にチーム全員で相手の動きを調べる為である。

一体どちらが勝つのか、箒で買収したとはいえ一定の実力が無ければシーカーになることは出来ない、マルフォイの力が分からない今、結果を予想することは誰にも出来ない。

 

しかし、試合が始まってもマルフォイの実力を図ることは出来なかった。

真の実力は、互角、またはそれ以上の相手と闘う事で発揮される。

だが、その敵であるハリーがまともに動けていなかったのだ。

 

「一体どうなってるんだ…?」

 

ディゴリーも気付いたようだ、いやあんなに露骨なら気付かないヤツの方が少ないだろう。

クィディッチにはブラッジャーという鉄球が二つあり、これは近くの選手を攻撃してくる特性を持つ、そしてそれから選手を守り相手に打ち返すのがビーターの役目だ。

 

一体どういう事か、ブラッジャーの内一つがハリーを集中的に狙っているのだ。

結果ハリーを守る為にビーターの二人が付きっきりになってしまっている。

去年の呪いといい、つくづく面倒事に縁のあるヤツだ。

 

シーカーもビーター二人もまともに動けない影響か、試合の流れは100対0とスリザリンに傾き始めていた。

と、ここでグリフィンドールのキャプテンのキャプテンウッドがタイムアウトを要求し、試合は一時中断となった。

 

しばらく経ち試合が再開する、未だブラッジャーはハリーを狙っているがビーターが護衛につく様子は無い。

このままでは勝てないと判断したのだろう、ハリーはブラッジャーをスレスレで回避しながら飛び回っている。

 

その時俺は会場のすみ、スリザリンの応援席の影にそれを見つけた。

人では無い、蝙蝠のような耳に大きく飛び出している眼球を持つ小さな生物がそこにいた。

その生き物が指を動かすとそれに呼応してブラッジャーがハリーを攻撃しだす。

 

どうやら異常の原因はあの生物、″屋敷しもべ妖精″のようだ、屋敷しもべ妖精とは魔法使いに使える事を本能、そして誇りとする生物、ならばヤツは誰かの命令で動いてるはず。

しかしその顔に誇りは無く、苦しそうに歪んでいる。

どう見ても喜んでやっているようには見えない、命令で仕方なく従っているのだろうか。

 

ならばハリーの為にもヤツの為にも穏便に済ませるのが理想だ、しかしここはスリザリンの応援席からは反対側の位置、どうするか…

手元にあった硬貨を取りだし「目眩まし術」を掛ける、そして応援席の後方に回り込み、誰にも見つからないようにコインを上へ弾く。

 

「レラシオ ―放せ」

 

放たれたコインは、空気を切り裂きながら弾丸のようにヤツに迫る。

 

が、着弾の直前それに気付いたヤツは一瞬で姿を消してしまった。

姿晦ましだろうか? しかし学校の敷地内では使えない…いや、確か屋敷しもべ妖精の使う呪文は俺達のとは違う原理のはず、だから発動できるのか。

杖も無く詠唱も無く呪文を使えるとは…俺も習得出来ないだろうか。

まあ無理だろう、人間と屋敷しもべ妖精は体の構造自体が違うのだから。

 

会場に戻るとマルフォイが悲鳴を挙げていた、先ほどまでハリーを追いかけていたブラッジャーは正気を取り戻し、目の前のマルフォイに突っ込んで行ったのだ。

それに加えハリーまでマルフォイに突撃を掛けている、これは…

ブラッジャーの直撃を貰いながらもヤツの頭上をすれすれで飛行し、手を掲げるとそこには黄金の球体が握られていた。

つまりスニッチはヤツの頭上をのんきに飛んでいたという訳か、マルフォイはこの世の終わりの様な顔で空を漂っている、まああんな致命的凡ミスをすればああもなるか。

 

試合結果は120対160でグリフィンドールの勝利となり三寮から歓声が上がる、その一方マルフォイはキャプテンに怒鳴られていた。

その後、対グリフィンドールとスリザリンの対策会議をして終わった、あった事とすれば右腕を折ったハリーがロックハートに骨抜きにされたくらいである、文字通り。

 

 

 

 

しかし、翌日にはこの余韻は消え去っていた、継承者により新たな犠牲者が出てしまったのである。

石にされたのはグリフィンドール生の一年生コリン・クリービー、初めての人間の犠牲者、そしてマグル生まれである。

今飼育されているマンドレイクが成長すれば石化は解ける、だからといって安心できるはずもなく、マグル生まれの生徒たちは恐怖に包まれる事となった。

 

 

 

 

だがそれ以降継承者の襲撃は無く、あっという間にクリスマス一週間前になった。

時間と言うのは偉大だ、あれ程の恐怖の空気が包み込んでいたのに、今や生徒達はクリスマスプレゼントについて話し合っている。

 

早朝、いつもなら温かな談話室で豊かなコーヒータイムを楽しむはずだったが、今日は駄目らしい、談話室の掲示板に人が屯しているからだ。

 

「おはよ、キリコ。

…何で皆あつまってるの?」

 

「決闘クラブが開かれるらしい」

 

掲示板に張られていた紙には決闘クラブ開催の第一回が、午後八時から大広間で開かれると書かれていた。

恐らく、生徒の自衛意識を高める為に開催したのだろう、ならば俺も行って損は無いはずだ。

 

「決闘クラブ…キリコは行く?」

 

「ああ、行って損は無いからな」

 

「そっか、じゃあ僕も行こうかな…秘密の部屋も怖いし。

…そういえば、誰が講師になるんだろう?」

 

講師…誰かは掲示板にも書いていなかった、まあ、これについてはアレを心配する事も無い、決闘という少なからず危険な事をするのだ、スネイプか、それとも決闘チャンピオンと呼ばれたフリットウィックのどちらかだろう。

 

 

 

 

全てにおいて最悪とはこのことだろう、確かにスネイプは居た、居たには居たがヤツを後ろに控えさせ、煩わしいスマイルでロックハートが入って来たのだ。

 

「静粛に」

 

最悪の事態を前にして、ごくごく一部から黄色い声援が上がり、他大多数は灰色の溜息を付いていた。

 

「………」

 

「…今からでも帰れるけど」

 

「………」

 

「返事くらいしてよぉ! 怖い!」

 

「皆さん私の声は聞こえますか? 姿は見えますね? 勿論見えているでしょう!

この度ダンブルドア校長から私が許可を頂き、この決闘クラブを開く事が出来ました。

私自身が、数えきれないほど経験してきたように、自らを守る必要が生じた時に備えてしっかりと鍛え上げる為です、詳しくは私の著書を読んでくださいね。

では私の助手、スネイプ先生をご紹介しましょう!」

 

壇上にスネイプが重い足取りで登って行く、アレはとても眩しすぎる微笑みをさらに強烈にしてまたもや喋り始めた。

 

「スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてごくごく僅かにご存じらしい。

訓練を始めるにあたって短い模範演技をしようと話した所、勇敢なことに手伝って下さるとご了承下さったのです。

大丈夫ですよ皆さん、ご心配はおかけしません…私と彼が手合せした後でも、魔法薬の先生はちゃんと存在します、ご心配めされるな!」

 

スネイプを馬鹿にしたような紹介の後、小馬鹿にしたような笑顔を振りまくロックハート。

対してスネイプの表情は変わら…いやパッと見分からないがだいぶ変わっている、何というか、地獄の悪鬼も逃げ出しそうだ。

昔、あんな顔を見たような…そうだ、あのクズを谷底に叩き落とした時の、親友の顔によく似ていた。

それに気付かないアレも大概だが。

 

「…さすがに殺さないよね」

 

キニスは、いや大体の生徒はスネイプが発する殺気に脅えていた、が、それと同時に一方的に叩きのめすのを望んでいるのも事実である。

 

「ご覧の様に、私達は伝統に従って杖を構えています」

 

向き合って礼をする二人、無駄に優雅な立ち振る舞いをするアレに対し、スネイプは軽く会釈をしただけだ。

 

「3っつ数えたら最初の術を掛けます。

勿論、どちらも相手を殺すような呪文は使いません」

 

いやどうだろう、スネイプの目はどう見ても本気の臨戦態勢である、生徒の前でなければ殺しているかもしれない。

方やまだ生徒に笑顔を振りまき、方や全身に殺意を纏っている、ここまで見る価値の無い戦いも珍しい。

 

「では! 1、2、3、………!」

 

「エクスペリアームス! ―武器よ去れ!」

 

ロックハートが振り上げるよりも圧倒的に早く、杖を振り上げるスネイプ。

武装解除呪文の赤い閃光が放たれ、ロックハートを壁まで吹き飛ばした。

 

途端にスリザリン生、いやアレのファンを除いて全員が拍手を送っている、普段は嫌われているスネイプだが、この時ばかりは凄い人気だった。

床を這いずりながら、尚負け惜しみを吐いていたがスネイプに睨まれた途端、蛇に睨まれた蛙のように大人しくなった。

 

「模範演技はこれで十分! これから皆さんの所へ降りて行って二人ずつ組んでもらいます。

スネイプ先生、お手伝いをお願いします」

 

そう言うと二人は生徒の中に入って行き、二人ずつ組ませていった、どうやら勝手に相手を決める事は出来ないらしい。

次々と組み合わせは決まって行った、キニスはネビルと、ロンは別のグリフィンドールの生徒、ハーマイオニーはスリザリンの生徒と組まされた。

 

…しかしいつまで経っても俺の相手が決まらない、というよりも俺以外は全員決まっているようだ。

…どうしたものか。

 

「おや? キリコ君は相手が居ないと…よし! ではこの私が…」

 

「それには及びませんな、助手である我輩が相手をしよう」

 

アレの勧誘を遮るようにスネイプが相手を申し出てきた。

スネイプか…戦った事など当然一度も無いが、恐らくかなり歴戦の戦士だろう。

今の俺の力でどこまで戦えるか…

対人戦は滅多に無い貴重な機会だ、ありがたく戦わせてもらおう。

 

二年生対教員という異質な組み合わせは、必然的に周りの注目を引き付ける、それに気付いたロックハートが何か閃いたのか、また余計な事を言い始めた。

 

「皆さん注目! ハッフルパフ二学年最優秀生徒とスネイプ先生の決闘です、せっかくなので舞台の方でやってもらいましょう!」

 

またもや顔をしかめるスネイプ、俺も同じ気分だったが仕方なく壇上へ上がっていく。

決闘をしていたヤツらもこちらに注目し始めた、が、そんな事は気にせず杖を構え向き合い一礼をする。

…やはり、こいつは只者では無い、一度や二度では無い、相当な修羅場を生き抜いた戦士の雰囲気をスネイプは放っていた。

 

 

…やはり、こいつは只者では無い、放たれる威圧感は二年生の物とは到底思えん、これ程のプレッシャーは単なる強さだけでは出すことは出来ない、それこそ数えきれない程の戦いを経験した歴戦の魔法使いしか出せないだろう。

キリコ・キュービィー、ヤツは一体何者なのだ…

こんな茶番に手を貸したのは正解だった、一年生にも関わらずトロールを容易く殺し、死喰い人さえ倒すヤツの力は未知数、ここで戦う事で実力を測ることが出来れば、今後色々と対処しやすくなるはずだ。

 

 

舞台から放たれる異様な、先ほどまでの茶番劇とは違う圧倒的な戦いの空気に生徒達は息を飲む。

一瞬の沈黙の後、先に仕掛けたのはスネイプだった。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

放たれた赤い閃光、一瞬遅れて同じ呪文で相殺する。

 

エクスパルソ(爆破)!」

 

間をおかずに爆破呪文をスネイプの足元に打ち込む、

瓦礫に怯むヤツに、武装解除呪文を再度発射する。

 

アビフォース(鳥になれ)! オパグノ(襲え)!」

 

()()()()()()()()鳥に変身させ、武装解除呪文を防ぎつつ残りの鳥を突撃させる。

それに対し、ルーモスの光を最大出力で発生させる。

鳥の目は潰れ墜落したが、スネイプは盾の魔法で光を防いだ。

 

………

 

光りが晴れ、()()()()()()の中、スネイプは呪いを放つ、

それを盾の魔法で防ぎ、反撃の呪文を打ち込む。

一進一退の攻防、しかし経験の差か、俺は徐々に追い込まれていた。

一旦体制を整える為に後ろへ後退する、だがその隙を見逃さずスネイプが一気に距離を詰めて来た。

…そうだ、そのまま来い…!

 

「! レラシオ(放せ)

 

「! プロテゴ(護れ)

 

後ろに跳躍し、距離を大きく離した後、スネイプは足元にあった瓦礫をこちらに撃ち込む、

咄嗟にそれを防ぐと瓦礫は突如爆発を起こした。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

罠を読まれた事に怯んだ瞬間発射された閃光、それは俺の杖を弾き飛ばした。

…俺の負けという事だ。

 

一体何が起こったのか、凄まじい戦いに生徒はしばらく静まり返っていたが、少し経つと全員から拍手が上がり始めた。

奪いとった杖を返しにスネイプがこちらに寄って来る。

 

「…今のは何だ?」

 

「気付かれるとは思いませんでした」

 

「あの光で怯ませた時に仕込んだのだろう? 新しく瓦礫を作ってな…最もそれが何かは分からんがな。

…それで、先ほどの呪文は何なのだ?」

 

エクスインテラ(爆弾と成れ)…呪文を掛けた物を、俺の合図で爆破する魔法です」

 

「!? 作ったというのか…新たな呪文を」

 

「既存の魔法を改造しただけです」

 

「………」

 

スネイプは唖然としたまま固まっている、何度か閲覧禁止の棚に侵入して研究したかいはあったようだが、これは…少しやってしまったかもしれない。

 

その後、俺達と同じく舞台に上がったハリーとマルフォイ、だがその決闘は思わぬ結末を迎えた。

マルフォイが呼び出した蛇がハッフルパフのジャスティン・フレッチリーに襲い掛かった時、ハリーが異様な言葉を喋り蛇を静止させたのだ。

しかし、フレッチリーはハリーが蛇をけしかけたと誤解し出て行ってしまった。

そう、ハリーが話したのは蛇語、すなわちサラザール・スリザリンの直系のみが持つパーセルマウス…スリザリンの後継者だという決定的な証拠だった。

 




再来のための平穏。
復讐のための秘密。
歴史の果てから、延々と続くこの愚かな思想。
ある者は悩み、ある者は傷つき、ある者は自らに絶望する。
だが、血筋は絶えることなく続き、また誰かが呟く。
たまには誰かを使うのも悪くない。
次回「思惑」。
神も、ピリオドを打たない。


「キラー○イーンは既に瓦礫に触っている…!」
新呪文登場です、要するに↑のような魔法ですね。
追記 次回予告修正しました。


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第十九話 「思惑」

そろそろ日常回も終わりが近いですよ、
心残りのないように、
平穏さを堪能しておいてください。


決闘クラブの翌日、また新たな犠牲者が現れた。

石になったのはジャスティン・フレッチリー、そう昨日ハリーが蛇をけしかけた…と一方的に思い込んでいた少年だ。

加えて言うとグリフィンドールのゴースト首無しニックも犠牲になったのだが、幽霊は人数に含まないらしい。

しかしゴーストすら石化させる恐るべき存在という事実は、教員たちの警戒をさらに引き上げていた。

 

そしてパーセルマウスと発覚し、昨日フレッチリーを激怒させてしまった直後、まるで打ち合わせたかのように彼が石にされた事で、継承者はハリー・ポッターであると生徒の間で噂が広まっている。

その結果グリフィンドール生も含んだ生徒達は、ハリーが通ると蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、スリザリン生は後継者がグリフィンドール生だという事を認めず憎悪の視線を送っていた。

 

「………」

 

「元気だしなよハリー…」

 

今やハリーとまともに話すのはいつもの二人組とキニスくらいとなっている、また話すわけではないが、ほとんどの教員達もハリーが無実だと信じてるようだ。

キニス達が励ましてはいるが、ハリーは延々と溜息を吐き出している、去年の大幅減点に続き本当に不憫なヤツだ。

 

「一体何なのよ! 蛇と話せるくらいで後継者扱いなんて!」

 

「でもハーマイオニー、パーセルマウスはサラザール・スリザリンの血を引いてる人しか持って無いんだ」

 

「でも僕、そんな事知らなかったよ。

てっきり魔法使いなら皆話せるんだと…」

 

「それにしたってねえ…普通に考えたらあり得ないのに…」

 

「集団心理だな、恐怖のあまり冷静さを失っているんだ」

 

集団心理とは恐ろしいものだ、冷静さを失い、あり得ない可能性を信じ込む事の恐怖は身を持って味わっている。

…今思えば、あの時俺が″異能″を口にしなければあいつらは生き残れたのだろうか。

 

「キリコは、何でハリーが後継者じゃないって信じてるの?」

 

「簡単な事だ、ハリーが本当に継承者なら、そうとばれる様な事をするはずが無い」

 

実際の所、ハリーが継承者というのはあり得ない。

今まで姿を現さず怪物の正体も知られぬまま三人と一匹を石にした狡猾なヤツだ、それが今更、自分が継承者だと疑われるような真似はしないだろう。

真の継承者は今も尚、何処かに潜み次の獲物を狙っているはずだ。

 

「そうだわ、アレがようやく完成したのよ」

 

アレとは、間違いなくポリジュース薬の事だろう、あの日以降ずっと何処かに隠れながら調合し続けていたらしい。

 

「やっと出来たんだ、で、誰に変身する?」

 

「マルフォイから聞き出すんだから、取り巻きのグラップとゴイルでいいんじゃないか。

ハーマイオニーはどうするの?」

 

「私はもう大丈夫よ、髪の毛は手にいれたわ」

 

ポリジュース薬は、変身したい対象の髪の毛を用いることでそいつに変身する。

こいつらは一連の計画をクリスマスに実行するらしい。

 

「…僕らにも何か出来ないかなあ」

 

ハリー達と別れた後、キニスはそんな事を言ってきた。

マルフォイは継承者では無いと思ってはいるのでポリジュース薬の計画に協力してはいないが、自分だけ何もしていないのを少し気にしているのだろうか。

 

「下手に首を突っ込むのは危険だ」

 

去年キニスは俺を庇って緑の閃光…死の呪いをくらいかけた、その事もありこういった事に関わってほしくないのが俺の本心だ。

…当初はハリー達にも関わるなと説得しようと思ったが、去年の事から考えて言っても無駄なので止めておいた。

 

「でもなあ、またハリー達だけが危険な目に会うのも…」

 

だがこいつがそれくらいで引き下がる男ではないのもよく知っている。

そんなお人好しに対し、一つ提案をした。

 

「…怪物の正体を探ってみたらどうだ」

 

「えっ?」

 

「犠牲者は三人にも増えている、逆に言えばそれだけ手掛かりもあるという事だ」

 

この提案をしたのは理由がある、継承者を直接探しだそうとすれば怪物の標的にされかねない。

しかしこれならば継承者に気付かれる可能性はかなり低くなる。

 

「それがあった! ありがとう早速調べてみる!」

 

そう言うとキニスは図書館に向かって走り出してしまった。

…本当にお人好しなヤツだ、まあ俺もお人好しな奴らに何度も救われているのだから文句は言えないが。

 

外の景色は変わりつつある、木は緑を落とし大地を銀色に染めていっている。

もうすぐクリスマス休暇になる、去年はプレゼントを送る事が出来なかったからな、今年は送らなくてはならない。

 

雪に埋もれ、雪の底に少しずつ沈んでいく、数多の悪夢。

だが、時が来れば溶けだし、再び地獄が牙を剥く。

銀に塗りたぐられてはいるが、この下は緑の地獄。

春風が悪夢を蘇らせるのは、もうすぐの事である。

 

 

 

 

既に外は銀一色の冬景色、クリスマス休暇となっていた。

しかし学校に残っている生徒は去年より圧倒的に少ない、継承者の襲撃を皆恐れているのだ。

 

ハリー達は今日計画を実行すると言っていた、今頃はスリザリン寮の中に侵入したころだろうか。

 

グシャアッ!!

 

「………失敗か」

 

俺はと言うと、禁じられた森の中に侵入していた、ただし森の奥ではなく少し開けた湖がある安全な場所だ。

無惨に崩れ去った瓦礫を見つめながらため息をつく。

 

そもそも何故こんな所に居るのか、それは広いスペースと材料が必要だからである。

つい先日、開発していた呪文の設計図がようやく完成したので、さっそく実験に取り掛かっているのだ。

その実験場として、十分なスペースと、材料の石がいくらでもあるここを選んだのである。

 

また別の理由として、あまり見られない方が良いというのもある。

決闘クラブの時、開発した呪文を見た時のスネイプは明らかに警戒していた。

これ以上下手な事をして警戒されないようにする為、普通は人が来ない立ち入り禁止の場所にしたのだ。

 

しかし呪文は失敗、一瞬出来上がったように見えるが、すぐに崩れさってしまった。

おそらく原因は設計ミスだ、事前に書き、頭に叩き込んだ構造が間違っており、そのため自重で崩壊したのだろう。

 

近くの雪が積もっていない場所に座り込み休憩する。

ここに来て、大きな弱点が分かった。

まず、作るのに時間が掛かること。

これは俺の技量の問題だろうが、先ほど崩壊したヤツは、作るのに3分も掛かってしまった。

さらに一機作るだけで体力をほとんど使いきってしまう。

 

これらの弱点を何とかしなければ実践では何の役にも立たない。

建造時間に関しては、俺が慣れれば何とかなるだろうが…

だが、呪文が完成していない時点で心配をしてもどうしようもないだろう、俺は設計を見直した後、再び実験を行った。

 

グシャアッ!!

 

………もう一度だ。

 

 

 

 

持てる体力全てを使い果たし、倒れるように床につく。

目が覚めると既に次の日の朝、ベッドの元には綺麗にラッピングされた箱が何個か置いてあった。

 

そう、今日はクリスマス当日だ。

丁寧にラッピングを剥ぎながら中身を確認していく。

キニスからは″箒の手入れセット″、ハーマイオニーからは″箒の手入れセット″…だぶっているな。

ハリーとロンからもプレゼントが届いている、あいつらにもプレゼントを送っておいて正解だったようだ。

 

去年の失態を踏まえ、俺と交友関係にある奴らには全て送っておいた。

…贈り物など今まで一度もしていないので、気に入ってもらえるかは全く分からないが…おそらく大丈夫だろう、その筈だ。

 

 

 

 

クリスマスパーティーまでは時間がある、俺は今日もまた禁じられた森へ向かっていた。

あそこは呪文の特訓に適しているが、そもそも立ち入り禁止の場所なのだ、だからこそ人のほとんど居ないこの時期に通いつめている。

しかしクリスマス休暇が終わったらどうする、今度の休暇はイースターまで待たなくてはならない。

だがそんなペースではいつまで経っても完成出来ない。

 

考え事をしながら、暴れ柳の近くを通り森へ向かう。

暴れ柳か…あの時はひどい目に遭った、そもそも何故こんな危険植物を校内に植えているのだろうか、ここの設計は本当によく分からない。

 

…? 何だあの窪みは。

そんな事を考え、柳を見つめていると俺は違和感を感じた。

良く目を凝らして見ると、柳の根本に不自然な窪みがある。

隠されてる…というわけではなく、単に雪が積もって見えなくなっているようだが。

 

感じた違和感、その正体を確かめる為に柳に近づくと、柳は当然暴れ始めた。

 

「アレクト・モメンタム ―動きよ、止まれ」

 

また重症を負うのは御免だ、柳の動きを止め窪みに杖を突き刺す。

すると積もっていた雪が崩れ、地下へ続く穴が現れた。

穴の底が明るいのを見ると、何処かへ繋がっているのだろうか。

俺は足を滑らせぬよう、慎重に潜っていった。

 

 

 

 

穴の出口へたどり着く、そこは何かの建物の中だった、しかし建物は見るからに古く風で軋んでいる。

上へと向かう階段を登り、ヒビが入っている窓を見ると遠くの方にホグワーツが見えた、反対側のは…あれがホグズミードだろうか。

 

その後建物の中を調べてみたが、人は一人もおらず、動物すら居なかった。

誰かが住んでいたのだろうか、いや、猛獣でも捕らえていたのだろうか? 壁や床にはおびただしい数の爪痕がつけられていた。

 

…しかし、これは使えそうだ。

ホグワーツもホグズミードも遥か遠く、周りは禁じられた森に唯一の通路…らしき場所は暴れ柳に守られている。

おそらく何かを監禁していたのは間違いないが、もう何年も使用していないようだし、危険な生物も居なかった。

 

ここなら、余程派手な魔法を使わない限り誰かに見つかる事は無いだろう。

呪文の練習や研究には最適だ、いやそれだけではない。

以前ノクターン横丁に行った時に見つけた店、あの時はまず使えないし、置き場も無いので入らなかったが、ここに隠しておけば問題無い。

 

暴れ柳のせいで酷い目にあったが、その柳のおかげでこんな良い場所を見付けられるとはな…

一体何に使われていたのか分からないが、ありがたく使わせてもらおう。

 

 

 

 

休暇が終わって新学期が始まってから、僕は今までの人生で最も長い、と自負出来るほど図書館に籠りきりだった。

 

休み明けに皆から聞いたけどマルフォイは継承者じゃなかったらしい、結局薬を作る手間が掛かっただけで成果は0…むしろ調合に失敗したのでマイナスみたいだ。

 

では僕の成果は? さっぱりナシ、手掛かりの欠片も掴めていなかった。

…そもそも人を石にする生き物が多すぎる、この中から一匹に絞るのは至難の技だ。

 

「あらキニス一人なんて珍しいわね、何調べてるの?」

 

「スリザリンの怪物…成果はまだ無いけどね…」

 

「あらキニスも? 私も調べてたのよ。

…まだ分かってないけど」

 

ハーマイオニーなら何か知ってるんじゃないかって期待したけど駄目らしい。

 

「一応、手がかりっぽいのはあったんだけど」

 

「手がかり? どんなの?」

 

「いや、石にされた人が居た場所を探したり、近くに居た人に話を聞いたんだよ。

そしたらそこは全部水浸しだったみたいなんだ」

 

「…という事は、怪物は人を石にして、かつ水辺に住む生き物…かしら」

 

「どうかなあ…近くに水も何も無いのに来れる? このお城かなり大きいし、たどり着く前にカピカピになりそうだけど」

 

水浸しだったのはあくまで事件があった時だけ、近くの水道管が怪物のせいで壊れていたからだ。

じゃあ水道管を辿って来たのか? でも水道管は細いし、そんなの通れるサイズは限られている。

 

「うーん、一応その方向で調べてみるわ」

 

「…あれ? 一緒に調べるの?」

 

「え? だって個別に調べるより、二人で調べた方が効率いいでしょ?」

 

「それもそうだね、よろしくハーマイオニー」

 

「ええ、…あら、あの子ロンの妹かしら?」

 

図書館の奥に立っていたのはジニーだった、なんだか顔色が悪いし、フラフラしている、大丈夫かな?

 

「何だか調子悪そうだけど…ジニー?」

 

声を掛けてみるとオバケでも見たような顔で振り向いて来た、そんなに驚かなくてもいいのに…

 

「顔色悪いけど、大丈夫?」

 

「へ、平気です…」

 

「平気には見えないわよ、マダム・ポンフリーの所に連れて行きましょう」

 

「い、いいです、じ、自分で行けるので…」

 

どう見ても辛そうだけど、自分で行けるって言ってるなら大丈夫かな。

それにあまり女の子の体調不良を聞いちゃいけないってママも言ってたし、いざとなればハーマイオニーが連れてってくれるか。

 

「そう? 本当に辛かったらいつでも言ってね」

 

「…あ! 聞きたいことがあったんだよ!」

 

聞き込み調査をしてる内に分かったんだけど、事件があった時、あそこの近くには赤毛の女の子がいたらしい。

勿論全部じゃないけど、三回の内二回は目撃情報があった、それにこの学校で赤毛の女の子と言ったらジニーくらいしかいない。

 

「ねえ、ジニーって皆が石にされた時、近くに居た?」

 

「え? …は、はい、近くには居ました」

 

「やっぱり! じゃあその時変な音を聞いたりとか、何でもいいからその時の事を教えて欲しいんだけど」

 

「…ごめんなさい、音も聞こえなかったし、人も見てません」

 

「ちょっとキニス急にどうしたのよ、ジニーが可哀想じゃない」

 

「あっごめん、事件当時近くに赤毛の女の子が居たっていう話があったから…調子悪いのに呼び止めてごめんね」

 

「い、いえ…じゃあ、私はこれで…」

 

むう、何か知ってると思ったんだけど…残念外れだったみたい。

まあそんなあっさり見つかるならこんな苦労はしてないか。

 

「何も知らなかったかあ…」

 

「まあしょうがないわよ、さっ調査を再開するわよ、私は水辺の生物を調べるから、キニスは相手を石にする生物を調べてちょうだい」

 

「はーい」

 

 

 

 

頭がボーっとする、意識がハッキリしない。

何で、あの時、私はあそこに居たんだろう。

でも、本当に何も聞こえなかったし居なかった。

…そうだ、もしかしたら。

 

リドルさんなら何か知っているかもしれない。

 




さだめ、絆、縁。
人間的な、余りにも人間的な、そんな響きはそぐわない。
冥府の臭いに導かれ、地獄の炎に照らされて、
ミルキーウエイ銀河の星屑の一つで出会った、
60億年目のアダムとメシア。
これは、単なる偶然か。
次回「キニス」。
衝撃のあの日からをトレスする。



トム「ほーん、こいつら怪物の正体追っとんのか!」
はい、バジリスク襲撃フラグが立ちました。
そしてキリコ、なんつうもん見つけてんだ。


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第二十話 「キニス」

流石にこうも日常回が続くとだれてきますね…
ようやくターニングポイントです。


クリスマス休暇が終わり数か月が経った、この前まで継承者の恐怖に脅えていたのはどこへ行ったのか、生徒はもうじき訪れるクィディッチに盛り上がっていた。

それもあの決闘クラブ以来継承者の襲撃が無いからだ、もうほとんどの生徒はこのまま何も無く過ぎていくものだと考えている。

またマンドレイクの成長も問題無く、このままいけば収穫できるらしい。

そして平穏な日々の一つ、聖ウァレンティヌスが殉教した日バレンタインデーとなった。

まあこの日は女性が愛を誓うというものだ、男子、俺には特に無縁だろう。

 

が、今年は例外だった、男も女も皆げっそりやつれている。

その原因はこの大広間にあった。

壁、床、窓の全てから自己主張の激しいピンク色の花が咲き乱れ、薄い青色の天井からはハート型の紙吹雪が舞っている。

なんだこれは、レッドショルダー色の方がマシに見えるなんて初めてだ。

 

「…やあ、キリコ、元気? ボクスゴイゲンキ」

 

キニスの目は死んでいた、いや全校生徒及び教員たちも全員死んでいる、俺はまた地獄に迷い込んだらしい。

 

このカオスの原因をキニスに尋ね…いや必要ないだろう、こんな馬鹿をするヤツなどアレ以外あり得ない、居てたまるか。

新たな地獄と化した教員席には、ピンク色の悪魔が居た。

部屋と同じ色の、汚いピンク色のローブを纏ったロックハートがいい加減見飽きた笑顔の無差別爆撃を放っている。

 

「あいつは何をしているんだ」

 

「さあ…でもキリコ、碌な事じゃないって断言するよ」

 

ロックハートの評価が地に落ちてから半年ほど経ち、今や誰にも相手にされなくなっている。

授業内容は全く変わらず自分の著書の再現演劇、たまに思い出したように魔法生物を持ってきてはそれの暴走を巻き起こす。

生徒はおろか教員からも厄介者扱いだ、いまだにアレを信望しているのはハーマイオニーくらいか…既に半信半疑以下だが。

 

「静粛に」

 

ほとんどの生徒が、この光景に唖然としつつも大広間に集まったのを見て、目も表情筋も死んでいる教職員の中からロックハートが喋り始めた。

 

「皆さんバレンタインおめでとう! 既に46人から私にバレンタインカードが届きました、ありがとう! まだまだ送って大丈夫ですよ!」

 

あんなのにカードを送るヤツが46人も居た事に衝撃を受けていると、大広間の扉が少し動いているのに気付く。

…猛烈に嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

「そうです! 今日は皆さんを驚かせようと私がこの大広間をこのようにさせて頂きました。

し か も ! これだけではありませんよ、どうぞ!」

 

ロックハートが指を鳴らすと、大広間の扉から無表情、かつ派手…と言うより奇妙な格好をさせられた小人が重い足取りで入って来た。

 

「私の愛すべきキューピッド達です! 今日一日学校中をくまなく巡り、彼らが皆さんにバレンタインカードを配ります。

この程度で満足してはいけませんよ、先生方各々もこのお祝いのムードを楽しみたいと思ってらっしゃるのです」

 

もしも教師陣の死んだ目を知ってやっているのだとしたら、むしろ賞賛してもいいかもしれない。

この爆撃が過ぎるのを待っている教師達をしり目にまだ喋っている。

 

「さあ皆さん、スネイプ先生に″愛の妙薬″の作り方を聞けるのは今日くらいですよ?

フリットウィック先生は″魅惑の呪文″についてよく知っているそうで、素知らぬ顔をしていて、中々憎いですね!」

 

フリットウィックもあんな顔をするのだと思わず感心してしまった。

方やスネイプは…そんな事を聞こうものなら劇薬の実験台にされそうな顔をしている。

入学以来見た事も無いスネイプを前に、生徒達は震えあがっていた。

 

その結果、今日の授業は全て愉快なロックハートで塗りつぶされた。

ロックハートの被害者である小人達は、授業中だろうが何処だろうが、用を足してる時であろうがやって来てバレンタインカードをばら撒いている。

 

あげくの果てに小人達は、届けて来たカードの内容をその場で読み上げるのだ、当然の如く大声である。

俺はもともと知り合いが少なく、ハリーは後継者疑惑で避けられているから助かったが、他の生徒や人気者は本気の悲鳴を挙げていた。

 

「わあいとってもうれしいなあ」

 

目どころか感情も死にかけてるキニスもその一人だ、こいつは元々かなり交友関係が広いので、届くカードの数も桁外れになっている。

余りにもあんまりなので、最初の内は″黙らせ呪文″で対応していたが、カードの数が50を超えてから諦めた。

 

それにしても、何故よりによって今日魔法薬学の授業があるのだろうか。

教室に入った途端、凄まじい殺気をスネイプは放っていた、まあ当然言えば当然だが。

修羅の形相と化したスネイプは教室の中に小人が入ってくるたびに殺気を放ち、運悪くカードを貰った生徒はその視線を直接浴び震えあがっている。

 

これは後から聞いた話だが、普段罵りあっているグリフィンドールとスリザリンもこの日ばかりは話すのを止め、人が変わった様に授業を受けていたらしい。

 

「酷い目にあった」

 

本当は今日も図書館に籠るつもりだったらしいが、まともに調査出来ないだろうという事でキニスは談話室に避難していた。

 

「…これを許可したのもダンブルドア校長なんだよね…」

 

「恐らく、沈んだ空気を明るくしようとしたのだろう…アレは目立ちたいだけだろうが」

 

そもそも最初の授業日から思っていた事だが、決闘クラブの時といい今日といい、何故ダンブルドアはこんなヤツを雇い入れたのだろうか…

 

 

 

 

あの地獄から数ヵ月経ったが、いまだに継承者が現れる気配は無い。

無論それにこしたことは無い、だが嵐の前の静けさという言葉もある。

 

しかしほとんどの生徒達はそう考えず偽りの平穏を謳歌していた、その中でハリー、ハーマイオニー、ロン、キニスの四人だけは毎日図書館に籠り継承者が誰なのか、そして怪物の正体を探っている。

 

「正体は分かったのか?」

 

「ぜんぜん…って訳じゃ無いんだけどね…」

 

キニス達は調査の結果、50年前に秘密の部屋を開いたのがハグリッドという事を知ったらしい。

そして怪物は″毛むくじゃらの生物″だと絞り込む事ができ、今はその毛むくじゃらの生物が何なのかを調べているようだ。

 

しかしキニスとハーマイオニーはそれを信じておらず、別の可能性を探っているらしい。

 

「ハリーは凄い大きい蜘蛛みたいな生き物って言ってたんだ。

でもそんな目立つ生き物だったら、誰か見てるはずだよ」

 

「…ハリーは何故それを知っている?」

 

「え? …聞いてなかった。

ハーマイオニーから聞いただけだから、…ハグリッド本人に聞いたんじゃないかなあ、ハリーと仲良いみたいだし」

 

肝心な事を聞いていなかったキニスはばつが悪そうだ。

しかしハグリッドとは…信じがたいな。

…本当にハグリッドなのか? あまり関わらないのでよく分からないが、そんな事が出来るほどあの男は器用に見えない。

 

仮にハグリッドが継承者だったとしたら、今の継承者はハグリッドの親戚でなくてはならない。

だがハグリッドの親戚が学校に居るなど聞いたことも無い。

 

「でもハリー達の考えが今の所一番正しそうなんだ。

図鑑を片っ端から見てみたけど、水辺に住んでて相手を石にする生き物なんか居なかったんだ、だから僕の考えも間違ってたんだよ。

…キリコは怪物が何か分かる?」

 

「分からないな」

 

「さすがにキリコも分かんないか…せめてあと一つヒントがあればなあ…」

 

キニス達の調査によって今分かっている事。

一つ目は被害者は全員石になっていた点。

二つ目は現場は全て水浸しになっていた点。

…しかしこれに当てはまる生物は居ない、確かにあと一つ条件が見つかれば怪物の正体も明らかになるだろう。

 

「ねえ、キリコは怪物調査隊に参加しないの?」

 

「…いや、遠慮しておく」

 

確かに怪物を放置するのは危険だろう、しかし今回は状況が悪すぎる。

まず怪物の正体が分からない事、このままでは対策の仕様が無い。

次に正体が分かったとしても、その居場所が分からない。

さらに襲撃の時を狙おうにも、何処に現れるのか見当も付かない。

これでは怪物を撃破しようにも、生徒達を守ろうにも手の打ちようが無い、正直お手上げだ。

 

「そっかあ…残念」

 

「すまない」

 

またもう一つの理由として、あの呪文が完成間近なのもあった。

これは推測だが怪物は大型魔法生物の可能性が高い、この呪文はそういった相手と戦う為の魔法だ。

どうせ止めても無駄なのはよく知っている。

なら怪物の調査はあいつらに任せ、俺は怪物を倒す呪文を完成させた方がいいはずだ。

最も新呪文の開発は余り知られたく無いので、話してはいないが…

 

「そういえば明日試合だけど…練習しなくていいの?」

 

「今はグリフィンドールがグラウンドを使っている」

 

そう、明日はグリフィンドール対ハッフルパフの試合が行われる。

怪物調査に参加できなかった理由として、ここ最近クィディッチの練習が多かったのもその一因だ。

 

「…勝てそう?」

 

現在ハッフルパフはレイブンクローに対しては勝利しているが、スリザリンには僅差で敗北している。

対してグリフィンドールは全戦全勝、この状態から優勝杯を奪い取るには相当差をつけて勝たなければならない。

しかしグリフィンドールには現役最強と呼ばれるハリーがいる、開幕スニッチを奪われれば敗北確定だ。

つまり俺達が勝つには、グリフィンドールが点を入れる前にスニッチを奪い取らなければならない、かなり厳しい試合になるだろう。

 

「分からないな、…だが全力でやるだけだ」

 

「…ちょっと思ったんだけど」

 

「何だ」

 

「キリコって、緊張とか不安とか無いの?」

 

「どういう事だ?」

 

「あ、いや嫌味とかそういうのじゃなくて、キリコって去年トイレにトロールが出た時とか、試合前日と時とかも冷静だからさ、どうすればそんなに冷静さを保てるのかなーっと思ったんだけど」

 

「…しいて言うなら、常に状況を客観的に見る事だ」

 

今言ったのは嘘ではないが、本当とも言えない。

そもそも意識して冷静になっているわけではない、単に場馴れしているだけなのだ。

敵が急に襲撃してくる事はおろか、味方に襲われる事も何度かあった。

手を抜くわけでも、そんなつもりも無いが、試合にしても実戦に比べれば遊びでしかない以上、必要以上の緊張はしようと思っても出来ない。

 

「客観的かあ…何だか難しそうだね」

 

「常に意識していればそのうち慣れる」

 

「うーむ、…そもそも客観的って何だろう」

 

「………」

 

そこからか…まあ普通この年齢で、それをするのは難しいだろう。

そういった年相応な面を見ていると、何だか少し微笑ましくなってくる。

やはり子供が成長していくのは良い物だ、俺はあの忌々しい神から押し付けられた、あいつの事を思い出していた。

 

「…!? キ、キリコが笑っている…!?」

 

「…そんなに意外か?」

 

「入学以来初めて見たよ!?」

 

いつの間にか顔が綻んでいたらしい、そういえば人前で笑うのは何時以来だっただろうか。

しかし何もそこまで驚くことは無いだろう。

 

「びっくりした…ま、まああれだよ明日の試合、頑張ってね!」

 

「…ああ」

 

ここに来た時、俺は未だに地獄の中を彷徨っていた。

だがこいつと出会ったおかげで、僅かだが希望を持つことが出来た。

こいつと会っていなければ、今俺はどうしていたのだろう。

それがどんなものか、予想するのは難しくない。

未だ地獄に居る事に変わりは無い。

しかしヤツのおかげで、少しだけ生きる事に前向きになれた。

俺は今一度、キニスに心から感謝していたのであった。

 




人は、ここに何を求める。
ある者は、ただその日の学のため、ペンを走らす。
ある者は、虚栄のために己の手で忘却を与える。
また、ある者は、あてなき願いのために、禁忌と死臭にまみれる。
 秘密は汚れた管をたどり、流れとなり、怪物となって常に獲物をめざす。
次回「奮戦」。
人は恐怖に逆らい、そして力尽きて呑み込まれる。

ロックハートの馬鹿は結構書いてて楽しいです。
同じ無能でも、実力は一応あるカン・ユーとどっちがマシなんでしょうかね…


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第二十一話 「奮闘」

一体何話引っ張ったんだ!
お待たせしました、
ようやくキリコがクィディッチを地獄に変えてくれます!


 

天候は曇り、春先とはいえ風は強く、感じる空気は冷たく鋭い。

だが観客席から吹き荒れる熱狂は冷たい空気を容易く吹き飛ばしている、魔法界には娯楽が少ないからこそここまで人々を夢中にさせるのだ。

熱狂、緊張、絶叫…無我夢中に、時に死人さえ出るという、この爆発しそうな空気はある意味で、戦場に似ているようだった。

 

だが、あくまで似ているだけ、プロ同士の試合ならともかく学生同士の戦い、それは遊びにしか見えなかった。

では手を抜くのか? そんな事は無い俺の取柄はたった一つ、くそ真面目だという一点だけ、これが遊びだろうと全力で戦おう、箒を握る俺の手はじっとりとした汗で湿っていた。

 

「さあいよいよクィディッチシーズンも大詰め、グリフィンドール対ハッフルパフが始まろうとしています!

今年に入って驚きの成績を残しつつあるハッフルパフに対して、現在全戦全勝のグリフィンドール。

しかし点差によってはどう逆転されるか分かりません、一体この試合どうなるのでしょうか!?」

 

シーズン終わりが近づいて来たからか、ジョーダンの実況もさらに熱が入っていた、その実況に煽られ観客席の熱風はさらに強烈になる。

それと共に選手たちの緊張感は否応なしに高まっていた。

 

「皆、俺達ハッフルパフは今まで最下位かその近くしか居なかった。

だけど今年は違う、数年ぶりに、あと少しで優勝杯に手が届く」

 

キャプテンであるディゴリーが選手たちに呼びかける、負け続きだったハッフルパフが数年ぶりにクィディッチに優勝できる可能性が出て来たのだ、当然緊張もあったがそれ以上に選手達は希望と覚悟を目に映し出している。

 

「俺達が優勝するためにはグリフィンドールに一点も与えちゃいけない、圧倒的な得点差をつける必要がある。

だが問題は無い、グリフィンドールにハリー・ポッターが居るように、ハッフルパフにはキリコ・キュービィーが居る。

俺達がするべき事はキリコがスニッチを手にするのを信じて、ゴールを全力で守り抜く事だ」

 

随分と期待されたものだ。

だがグリフィンドールはハリーを抜いても強い、ニンバス2001を全員分用意したスリザリンがほぼ反則なプレーをしてようやく互角という事実がそれを証明している。

俺がスニッチを取るのに時間が掛かったが最後、試合に勝ったとしてもグリフィンドールの優勝は揺るぎないものになってしまう。

俺の背中にはハッフルパフの優勝が、メンバー全員分の重みとなって伸し掛かっていた。

 

「大丈夫だ、俺達は勝てる!

誰よりも負け続けて来たからこそ、その悔しさを誰よりも力に出来る!

優勝争いにすら参加出来ず泣くことも出来ないのは今日で最後だ、絶対に勝つぞ!」

 

指揮官にとって最も大事な事は指揮能力でも本人の技量でもない、如何にして部下を鼓舞するかだ。

どれ程そいつが有能であってもそれが無ければ、個々の力を生かすことは出来ない。

しかしこいつは問題無いようだ、目に映っていた炎はディゴリーの激励によりさらに燃え上がり、箒を天に掲げ力の限り叫ぶ戦士の姿がそこにはあった。

 

強風により巻き起こる砂嵐の中、選手たちが各々のポジションにつく。

そしていつもの年相応な顔では無く、戦士の顔となったハリー・ポッターと空中で相対する。

思えばハリーと戦うのは、どんな形であれこれが始めてか。

ハリー・ポッター、パッと見た限り何処にでもいそうな少年だが、その実必要とあらば危険を顧みずどんな事でもするヤツだ、決して油断していい相手では無い、全力で戦わなければ勝てない相手だろう。

 

 

 

 

その一方、ハリーは相当な緊張に駆られていた。

キリコ・キュービィー、トロールを爆殺し、ヴォルデモートの在り台だったクィレルを撃退し、スネイプと渡り合う事も出来る何から何まで規格外の存在。

正直言って怖かった、「ハッフルパフの特攻野郎」、「生体ブラッジャー」等、彼がクィディッチを始めてからついたあだ名は何れも物騒な名前ばかりだ。

 

あの時、クィレルに襲われそうになった時彼は助けてくれた。

だけどそれと同時に恐怖も覚えていた、彼は本当に僕と同じ年齢なのだろうか? 一体どうして彼はここまで強いのだろうか?

良く言って大人びた、悪く言って子供らしさを欠片も感じる事の出来ないその異質さに恐怖するのはごく自然の事だった。

 

だがそのぼんやりとした恐怖に負けるわけにはいかない、ここは空中だ、僕が唯一得意と胸を張って宣言できる場所がここなのだ。

勝てない訳じゃ無い、いや勝てる。

キリコがどれ程無茶苦茶でも、箒の勝負だけは負けやしない!

ハリーの目にもまた、燃え上がる覚悟と情熱が宿っていたのだ。

 

 

 

 

交わす言葉は無かった、ただ見つめ合うだけで十分その闘志は伝わっていたからだ。

静まりかえる観客席、むせかえりそうな突風の中で響き渡る試合開始のホイッスル。

途端キリコが全速力で動き出した!

スニッチを見つけたのか!? いや幾ら何でも早すぎる、あれはウロンスキー・フェイントだ!

 

ウロンスキー・フェイントとは、スニッチを見つけたフリをして地面に急降下、激突寸前で上昇し相手選手を自爆へ誘い込む戦術である。

だがハリーの予測は外れてしまっていた、確かにフェイントでは無かったが、別の意図があったのだ。

 

キリコは地面スレスレの壁際で停止し、それっきり動かなかった。

そしてあろうことか目を閉じてしまったのだ。

 

一体何をしているのかハリーにはさっぱり分からなかった、目を開けるのは精々ブラッジャーをかわす時くらい、スニッチを探す素振りも無い。

だがそんな事を気にしている暇はない、もしキリコが先にスニッチを獲得してしまってはグリフィンドールが優勝杯を手にすることは出来なくなってしまう。

 

ハリーは迫りくるブラッジャーを紙一重でよけつつ、フィールドを風の様に飛び回りスニッチを探す。

どこだ…一体何処に居る!

しかし吹き荒れる砂嵐は視界を阻む、この状態でスニッチを見つけるのは至難の業だ。

さらに強風がハリーを襲う! 勿論その程度で体制を崩すような事はしない。

 

一旦風に身を任せ回転する事で姿勢を立て直す、180度、ちょうど下を向いたとき地表で未だ動かないキリコが見えた。

 

「………!?」

 

その時ハリーに悪寒が走った!

次の瞬間その正体、キリコの目的に気づいたのだ!

砂嵐は彼に向かって吹いていた、即ち風下!

常識外れのスピードで動き出したキリコ、今度はフェイントでは無い、彼の視界の先を見ると、一瞬だが金色の影が見えた。

 

「―――!」

 

少し遅れて動き出すハリー、しかしこの差は致命的だった。

この砂嵐の中スニッチを視界で捉えるのは困難、だからこそキリコは音に頼ることにした。

そう、キリコは風下で意識を集中させ、砂嵐がスニッチの羽音を運ぶのを待っていたのだ!

 

スニッチを追いかけ急上昇する二人、キリコが掴むまであと数cm…の所でスニッチは急降下を掛けた。

それを見たハリーは瞬時に止まり、一気に急降下。

 

箒について研究し尽くしているハリーは当然知っていた、インファーミス1024は確かに早いがそれ以上に旋回性能が死んでいるという事を。

今の動きはハリーにとって有利な物だった…はずだった!

 

「え…?」

 

視界にはあり得ない光景が映り込んでいた、キリコが箒から飛び降りていたのだ!

今度は一体何を!?

次の瞬間彼は驚きの行動に出た。

未だ上昇を続ける箒を右手だけで掴み飛び降りる、そして箒の先端に残された右手を全力で振り下す。

すると何と! 箒がその速度を保ったまま方向転換したのだ!

何という事だろうか、彼は自分の落下する勢いと、腕力だけで箒の方向を無理やり変えたのだ! 無論ミスすれば落下し命の保証は無い、彼はそれを当然の如く行ったのだ!

 

(無茶苦茶だ…!)

 

唖然とするハリーと眉一つ動かさないキリコが並走する、数秒後嵐の中にぼんやりと地面が映り込む。

激突する瞬間、急転換するスニッチ、ハリーもそれに続きこなれた様子で急カーブをかけ追走する。

対してキリコは後ろ脚を振り上げ…蹴った!

箒の尾を蹴り飛ばし、またもや無理やり方向を変えたのだ!

 

が、その隙を見逃さなかった者達が居た、フレッドとジョージ、ウィーズリーの双子が同時にブラッジャーを殴り、ドップルビーター防衛をキリコに食らわせた!

ブラッジャーの一撃を肩に食らったキリコ、しかし怯む様子の欠片も無い。

顔色一つ変えず、一瞬でハリーに追いついた!

 

(化け物か!?)

 

ハリーがそう思うのも無理は無いだろう、肩の骨が砕けたのにコンディションに全く影響が無いのだから。

すると目の前にはグリフィンドールチェイサーのアンジェリーナ・ジョンソンが!

彼女の近くをすり抜けていくスニッチ、ハリーは最小限の動きで彼女を回避した。

しかしキリコは回避する様子が無い、それどころか減速する様子も無い。

 

だが彼女もまたよけようとはしなかった、このまま激突すればキリコは失格に、回避しようとすればインファーミスは止まるかやり過ぎた方向転換の他無く、減速を余儀なくされるからだ。

空前絶後の速度で迫りくるキリコ、シーカーが反則で退場すれば自動的にグリフィンドールの勝ちになる、彼は必ず回避する!

5m! 一切減速なし!

4m! やはり減速なし!

3m! 減速する様子は無い!

2m! ジョンソンがキリコを避けた!

その汗一つ書かない彼の恐るべき精神力に彼女は怯んだ、精神的に負けたのだ!

これが彼が「生体ブラッジャー」と呼ばれる所以である!

 

あまりに無茶苦茶、あまりに危険なその飛行に魅せられた観客たちは悲鳴とも賞賛ともつかない歓声を上げていた。

スニッチに手を伸ばすハリー、ほんの数cm遅れて飛行するキリコ!

速度差を考えれば辿り着くタイミングは同時! 可能性は五分五分!

手を伸ばすキリコ、お互い身の安全等考えずに突撃を慣行した!

そして黄金の球体を手にしたのは…!

 

ピ―――ッ!!

 

試合中断のホイッスルが、突如砂嵐を貫いた。

 

一体何が?

ブレーキをかけ、ハリーが、少し遅れてキリコが降りて来た。

タイムアウト…な筈は無い、では一体何が起こったのだろうか。

顔を青くしたマクゴナガルがこちらに走って来た、彼女が放った重い一言、それは戦いの興奮を一瞬で吹き飛ばした。

 

「キニス・リヴォービアが継承者に襲われました」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か分かった?」

 

「分かんないという事なら」

 

基本的に図書館は試験前でもない限りほとんど人は居ない、けど今日は全く居なかった、司書のピンズ先生もだ。

まあその分調査に集中出来るから、僕達にとっては都合が良いんだけど。

 

「それにしても珍しいわね、あなたが調査をクィディッチより優先するなんて」

 

「言わないで! 忘れようとしてるんだよ!」

 

そもそもこんなに人が居ないのは、グリフィンドールとハッフルパフの試合があるのが原因だ。

あろうことか司書のピンズ先生まで、仕事をほっぽりだして観戦に向かってしまった。

 

「で! あのモジャモジャが何か分かったの?」

 

「ええ、多分ハリーが見たのはアクロマンチュラよ、人の言葉を理解出来る賢い蜘蛛。

でも人を石にする力何て無かったわ」

 

「じゃあもしかして…」

 

「調査は振りだしね」

 

「ノー!!」

 

思わず頭を抱える、何てこった、これまでの苦労が全部パアだ。

 

「本当に怪物の正体は何なのかしら…」

 

ハーマイオニーの言う通りだ、ここで調査は完全に行き詰まってしまった。

やっぱりもう一つヒントが無いとダメかもしれない。

 

「もう一度今までの状況を思い出してみようよ、このまま唸っててもどうしようもない」

 

「それもそうね…」

 

あまり性能の良くない頭をフル回転させて、今までの記憶を思い出す。

…被害者は石になってた、場所は水浸し、起こった日は決闘クラブの後と、クィディッチの試合後と、ハロウィンパーティーの…

ハロウィン? ちょっと待て、何か、あの日何かあったような…

 

「ハリーよ!」

 

勢いよく椅子から立ち、ハーマイオニーがそう叫んだ、その声で僕もハロウィンの日にあった事を思い出した。

 

「ハロウィンの日、ハリーが何か音を聞いたって言っていたわ!

きっとあれは怪物の声だったのよ!」

 

そうだ、あの日絶命日パーティーから抜け出した時ハリーが音を聞いた。

その音の元を辿ると、ミセス・ノリスが石になっていたんだ。

 

「…でも、私達には聞こえなかったのよね、けれど聞き間違いとも考えにくいし…」

 

確かに僕達には聞こえなかった、何でハリーだけ聞こえたのだろう。

…いや、まさか!

 

「違う、聞こえなかったんじゃなくて、分からなかったんだ、あの音がハリーにだけ分かる音だとしたら…!」

 

僕らに分からなくて、ハリーにだけ分かる言葉、それはたった一つしかない…!

 

「「…パーセルマウス!」」

 

「そうだよ! だとしたら怪物は…」

 

「蛇! 蛇の図鑑を取ってくるわ!」

 

今までバラバラだったパズルのピース、そこに加わった最後の一つが、全ての答えを教えてくれた。

 

「キャアアアア!」

 

!? 突然ハーマイオニーの悲鳴が響いた。

一体何が、まさか継承者に襲われたのか!?

大急ぎでハーマイオニーの所へ走り出す、そこにあった物、それは…

 




大いなる意志が全ての始まり。
芽生えた意識は行動を、行動は情熱を生み、情熱は秘密を求める。
秘密はやがて、闇に行き着く。
闇はすべてに呵責なく干渉し、破滅の嵐を育む。
そして、放たれた雷が信管を打つ。
次回「触発」。
必然たりえない偶然はない。

何か変な所で止まっていますが、
文字数の関係です、
お許しください!


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第二十二話 「触発」

デイリーランキング乗りましたああああ!!!
WRYYYYYYYYYYY!!!

皆さん感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます、
これからもよろしくお願いします。


「…ど、どうしたの、それ」

 

「…図鑑が高いところにあって、取ろうとしたら本が崩れて来たのよ」

 

本に埋もれてもがくハーマイオニーがそこには居た、継承者の襲撃じゃなかった事に胸を撫で下ろしながら、散らばった本とハーマイオニーの荷物を片付けていく。

…ん? 何だこれ。

荷物の中にはちょっと雑にテープで補強されている折れた杖があった。

 

「どうしたのこれ? 杖折っちゃったの?」

 

「違うわよ、それはロンの杖、修理を頼まれたのだけど…」

 

修理の腕前は…酷いなこれ、テープはベタベタして手に引っ付くし、芯みたいな物が脇からアホ毛みたいに飛び出てる。

 

「…僕がやっておこうか? 本を見るのは一人で十分だろうし、こういうのは得意なんだ」

 

「え、いいの? じゃあお願い、私はその間に本を調べておくわ」

 

 

………

 

 

「出来た!」

 

「わー… キニスって案外手先が器用なのね」

 

何かさりげなく失礼な事を言っていた気が…まあいいや、とりあえず芯を整えて、テープを綺麗に巻き直し違和感の無いよう色をつけた、パッと見壊れているようには見えないだろう。

早速適当に呪文を使ってみる。

 

「ルーモス! ―光よ!」

 

うん、問題なく立派な光を放っているな、杖の尻からだけどね! おい!

 

「………」

 

「…で! 怪物は分かったの!?」

 

話を無理矢理変え、恥ずかしさをどうにか誤魔化す。

これは杖を変えなきゃダメそうだ…

 

「ええ! きっとこれよ!」

 

そのページに書かれていたもの、そこには巨大な蛇の姿が描かれていた。

名前は…毒蛇の王バジリスク

 

「バジリスクの眼を見ると死んでしまう、けど間接的に見るだけなら石化だけですむわ。

今までの場所は全て水浸しだった、だから石になっていたのよ」

 

「でもどうやって見つからずに…」

 

「ホグワーツには迷路みたいにパイプが走っているの、それを辿れば見つからないわ!」

 

そうか、そうだったのか!

確かに怪物がバジリスクだとすれば、全てのつじまじが合う!

バラバラだったパズルが、今完成した!

 

「早く先生の所に行こう! このことを知らせなきゃ!」

 

まだクィディッチの試合は終わってないはず、だったら先生はグラウンドだ!

怪物の正体が分かれば犠牲者は減る! いや、先生達が倒してくれるかもしれない!

大急ぎで図書館を飛び出す、勢いを緩めず曲がり角を走り抜け―――!?

 

「止まれぇ―――!!」

 

曲がり角の前でブレーキをかけ、その反動で後ろへ倒れ込む。

その結果ハーマイオニーまで巻き込んで転んでしまった。

 

「ちょっと、一体何を―――」

 

僕が止まった理由、曲がり角にあったソレを見てハーマイオニーは息を飲んだ。

レイブンクローの監督生、ペネロピー・クリアウォーターがまるで、石のように固まって倒れていた。

 

その意味はもう分かっていた、通路に鳴り響く何かの声、そこに居るのが何か察した僕達は曲がり角から急いで離れる。

 

「ま、まさか…!? こ、この音って…!?」

 

「…バジリスクだ…!!」

 

何てこった、こんな最悪のタイミングで出なくても良いじゃないか!

信じられない運命を呪いつつ、頭をフル回転させようとする。

 

「ま、回り道をして行きましょう!」

 

「ダメだ! バジリスクが居るのは後ろかもしれない!」

 

クリアウォータ先輩が図書館を出ていったのはだいぶ前だ、その後すぐ石になったとしたら、バジリスクはあの角にはもう居ないかもしれない。

でもこの通路は一本道、ここから出ようとすれば、前か後ろか、どちらかの曲がり角を行く必要がある。

 

どうする!? バジリスクはどっちに居る!? 戦うか? いや勝てるわけがない!

パニックに陥っていく思考、そこに一つの言葉が割り込んできた。

 

―客観的に見る事―

 

…そうだ、こんな時だからこそ冷静にならなくちゃいけない!

目的は何だ?

バジリスクの事を先生に伝える事だ、それが出来れば僕らの勝ちだ!

脱出ルートは前後の二つ、

ここに居るのも二人、

どっちかにバジリスクが居る、

どちらか一人が脱出出来ればいい!

 

「ハーマイオニー、よく聞いてくれ…!」

 

「な、何!? この状況で!」

 

「前と後ろの曲がり角、そのどっちかにバジリスクは居る。

だからそれぞれの角に、これを投げるんだ」

 

「これって…ほ、本?」

 

「そう、もし投げた方にバジリスクがいれば、何らかの反応があるはずだ。

そしたら、バジリスクを引き当てちゃった方がヤツの気を引く、その間にもう一人は全力で逃げるんだ」

 

「………」

 

「今一番大事な事は、怪物の正体を伝えること、どっちかが無事ならそれでいい!」

 

ハーマイオニーは少し戸惑ったような顔をしていたけど、すぐに目付きを鋭くし小さく頷いた。

 

「…じゃあこれを渡しておくわ」

 

「手鏡…! 分かった、ありがとう!」

 

 

 

 

バジリスクの声が響き渡る廊下の中、僕達はそれぞれの角につき、カウントダウンを始める。

 

3、2、1………!

 

同時に本を投げ飛ばす、すると僕の視界の端に緑色の鱗に覆われた鼻先が現れた! バジリスクが居たのはこっちの方だ!

 

「逃げろハーマイオニー!」

 

呼応してハーマイオニーが逃げ出す!

僕もすぐに目を閉じて廊下の壁沿いを走り出した。

 

「こっちだ化け物!」

 

「―――――――!」

 

一気に荒くなった鼻息を感じながら、バジリスクの脇を走り抜ける。

何も見えない中、自分の記憶だけを頼りにひたすら走る!

後ろから蛇の這いずる音が怒濤の勢いで迫って来た! は、早い!

 

想像以上の早さに一瞬恐怖してしまった、その恐怖心が足に絡み付き派手にスッ転んでしまう。

痛い! 息が止まるような感覚がする!

けれどそれを無理矢理押さえ込みまた走り出す。

 

その時、異常な圧迫感を感じた! その感覚を信じて前に飛び込んだ。

次の瞬間! 

 

ドゴオオオオ!!!

 

「うわあああ!」

 

思わず絶叫した! 鳴り響く轟音、むせかえる土の臭い、全身に降り注ぐ瓦礫、多分バジリスクが食らいついて来たんだ…!

立ち上がった所で最悪の事に気づいてしまった、手鏡が無い! さっきので無くしてしまったんだ!

 

つまり目を開けたが最後、バジリスクの目を直視して死んでしまう!

瞬間体が固まった、死ぬという恐怖がのし掛かり、指一本動かせなくなる。

 

…ダメだ! 止まるわけにはいかないんだ!

舌を思いっきり噛むと口の中に鉄の味が広がっていく、それと同時に起こった激痛で身体が覚醒した。

 

走れ、走れ、走れ!

 

無我夢中で走り抜ける、再度訪れる圧迫感!

再び飛ぶ! そして鳴り響く轟音!

 

だけど、その時気がついた、自分が何処で飛んでしまったのか。

全身が上に置いていかれるような感覚、風圧を全身に感じる。

階段だ、階段の奈落に向かって飛んでしまったんだ!

 

どうする!? このままじゃ落下死だ、どうすればいいんだ!?

身体中の感覚が絶望を教えてくる、風圧、殺意、激痛、

聞いたことも無いような甲高い音、

雨、…雨?

 

何で雨が? パイプが壊れたのか?

…! そうだ水だ! もしかしたら助かるかもしれない!

僕は空中で、一か八かの賭けに出た。

 

瞳をしっかりと開くと、視界は僕の血で真っ赤に染まっていた。

目の前には大量の雨粒が降り注いでいる、どこだ、どこにあるんだ!?

目的の光景を求めて水滴の中をひたすら探すと、下の方の水滴に黄色い瞳が写り込んでいた。

そう、死をもたらすバジリスクの瞳だ。

 

意識が一気に遠退いていく

指もまぶたすら動かなくなっていく

でも賭けには勝った

石になってれば地面に当たっても大丈夫のはずだ

…ハーマイオニーは逃げ切れたかな…

 

「キリコ…」

 

何でキリコの名前を呼んだのだろうか、助けを呼んだのか、後の事を託そうと思ったのか。

消える意識の中で理由を考えることは出来なかった。

 

そこで意識は途切れた

 

 

 

 

 

 

 

 

学校は継承者の恐怖に完全に飲み込まれていた、生徒達はパニックになり中には授業に出ようとしない物達まで居る。

とうとう出てしまった新たな犠牲者、レイブンクローの監督生 ペネロピー・クリアウォーター、そして…キニス・リヴォービア。

 

「………」

 

医務室のベッドに横たわるキニスは、驚くほど穏やかな表情をしていた、バジリスクに襲われたとは信じられない程に。

しかしその身体は冷たく死体のように動く事はなかった。

死んだわけではない、幸い石にされただけ、絶望する理由などない筈だった。

だが俺の心もまた石の様に固くなり何も感じる事はなかった、キニスが襲われたという事実を受け入れる事はそれほど困難だったのだ。

 

「じゃが…石になって良かったかもしれんの」

 

見舞いに来ていたダンブルドアの言葉、普通に聞けば無神経極まった一言だが、俺はその理由を知っていた。

 

現場からの推測ではあるが、キニスは階段の奈落に落下してる時に石化したのだろう。

もしも石になっていなかったら怪物に殺されるまでも無く死んでいた筈だ。

だから良いとは思わないが―――

 

「…本当に良かった」

 

そうは言っているが、ダンブルドアの青い瞳は微かに震えていた、それだけで十分理解できる、ヤツも俺と同じく無力さにうちひしがれているのだ。

その形容出来ない感情は、石よりも重い鉄塊となり足と心を縛り付け、前へ進む事を許さない。

 

しばらくの沈黙、それはここには似合わない、鋭い羽音が切り裂いた。

ダンブルドアの手元に一匹の梟が降り立つ、それは一枚の手紙を持っている

ヤツ宛の梟便の様だが…しかし中身を開く事は無く、全てを分かっているような顔でそれをローブの中にしまいこんだ。

 

「…では、儂はそろそろ失敬しようかの」

 

そう言い残し医務室を出ていくヤツの背中には、シワがつきやつれたローブと深い影が夕日と共に落ちていた。

 

隣のベッドにはハーマイオニーも横たわっていた、ただ彼女は石になったわけではなく気絶しているだけらしい。

あと数日で目を覚ますらしい、その無事を確認し俺も医務室から出ていった。

 

何故こうなったのだろうか?

怪物の正体を探ったからだろうか、だとしたらキニスをああしたのは俺自身なのか。

そんなはずは無い、あの時俺が助言しなくてもヤツは走り出したはずだ、それに少しでも危険の少ない方向へ導けたはずだ、それに…

 

いや、それは全て言い訳に過ぎない、理由が、過程が、そして結果が何であれキニスが襲われたのは俺のせいなのだ。

あの時止めるべきだったのだ、たとえ無駄だったとしても…

 

ふと放った一言、それは巡り希釈され、今猛毒の針となり俺の胸に突き刺さっていた。

既に手遅れだ、どれ程言い訳の言葉を重ね、傷口を誤魔化そうとしても毒は。

そう、後悔の毒は全身に回り、茨のように俺を縛り付け続けている。

 

誰も居ない廊下に、夕日に晒され孤影が揺らめく。

失意の後悔の泥沼の中を泳ぐ俺の前に現れた二つの影、見覚えのある二人は何を思ったか走る足をふと止めた。

 

「だ、大丈夫…?」

 

ハリーは俺を心配したのかそう言った、どうやらこの失意は全身から溢れ出ているらしい。

 

「…彼女の見舞いか?」

 

「うん、石にはなってないけど、やっぱり心配だからね」

 

そう言ってハリーは年相応の笑顔を作り、俺に向けてきた。

しかしその瞳は水面の様に揺れ、不安の風が心に波をうつ。

それは当然なのだろう、大切な人に何か起こった時完全に冷静で居られる人間がどれ程居るのか。

 

「キニスのお見舞いに行ってたの?」

 

「…ああ」

 

それは俺も同じだ、そう、あの日あの時からヤツは手のかかる子供ではなく、掛け替えのない親友になっていたのだ。

 

「…大丈夫だよ! 石になっただけだしマンドレイクももうすぐ収穫できるんだってさ!

だから、えーっと、元気だしなよ!」

 

「………」

 

「…いや、だから、その」

 

「…ありがとう」

 

「え?」

 

上手く言えてはいなかったが、俺を励ましたいのは十分分かる。

それがその場しのぎに過ぎないただの蝋燭の灯だったとしても、罪の意識に震える心を温めるには十分だった。

そしてロンに一言礼を言ったが、やはり驚かれてしまった。

 

「…やっぱり僕、ハグリッドに聞いてくるよ」

 

「え? どうしたのハリー、今まであんな嫌がってたのに」

 

「でもキニスも犠牲になった、ハーマイオニーも死ぬかもしれなかった! これ以上継承者の好きにさせるわけにはいかない!」

 

「そうだ」

 

「「え?」」

 

またもや二人に驚かれてしまった。

ほんの少し震えが収まった俺の心には、再び火がともり、今にも燃え上がろうとしている。

そうだ、今やるべき事は後悔でも、ましてや神に対する懺悔でもない。

 

「今お前達が知っている事を教えて欲しい」

 

「まさか、キリコ…!」

 

「ああ、俺も手伝おう」

 

継承者、そして怪物を滅ぼす事だ、これ以上犠牲を増やさないために、そしてキニスの仇を取るために。

俺の親友、その運命を弄ぶヤツを許すわけにはいかない。

それが怪物だろうと継承者だろうと、例え神だろうと許さない。

かつて神を滅ぼした時以来、数十年ぶりに燃え上がった復讐の炎。

俺の心は今再びその覚悟を決めたのだ、やつの運命(さだめ)を炎で焼き尽くすと…!

 




地底のスリザリンが、意志をはなつ。
それぞれの理想、それぞれの運命。
せめぎ合う策謀と、絡み合う縁。
視線をくぐり抜けたとき、突然現れた一匹の化け物。
沈みゆく夕陽に、二つの影が重なる。
だが、少女は、そのとき消えてゆく。
次回「失踪」。
地下の闇が怪物を隠す。



トム「ははっやってやったZE☆」
キリコ「………」
やってしまったのはトムさんのようですね、逃げて!
キニス君去年に引き続き酷い目にあってますが仕方ありません。
「地獄まで付き合う」なんて言ったのが運のツキです、ご愁傷様。


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第二十三話 「失踪」

秘密の部屋もいよいよ大詰め!
最後まで立っているのは誰か!
そもそも部屋は無事なのか!


以前の襲撃以来不穏な空気に包まれていたホグワーツ、それは昨日さらなる絶望感よって緑色に塗りつぶされた。

ダンブルドアが追放されてしまったのだ。

 

これは理事会の決定であり覆す事は不可能、確かに四人も犠牲者が出て尚有効な対策を打てていないのだ、責任能力を問われてもおかしくはない。

 

それでもあいつは最も優れた魔法使いだと聞く、ならばヤツ以上に優れた魔法使いは居るのか?

居たとしても限りなく少ないだろう、つまりダンブルドアの追放は完全な失策と言えた。

 

今のホグワーツはトップを失い、ありとあらゆる悪徳がはびこる頽廃の泥沼へ沈み込もうとしていた。

 

だが絶望かあるならば希望もある、数日前目を覚ましたハーマイオニーによりスリザリンの怪物、その正体が明らかになったのだ。

怪物の正体とは黒ずんだ緑色の鱗を鎧のように纏い、その黄色い眼光で見る物全てを殺し、その毒は魂すら溶かすと言われる毒蛇の王、バジリスクだ。

 

彼女は言っていた、この事を伝える事が出来たのはキニスが逃がしてくれたおかげだと…

そして生徒達は常に手鏡を持ち歩き、教員達はバジリスクにどう対抗するかをマクゴナガルを中心に話し合っている。

 

ただこの結果ハリーとロンがわざわざアクロマンチュアに話を聞きに行ったのが完全に無駄骨となり、死にかけただけだったため二人は不満を漏らしていたが些細な事だ。

 

「怪物の正体がわかったのはいいけどさ…肝心の継承者は結局誰なんだろう?」

 

廊下でロンは言った、その通りだ、怪物の正体が明らかになり誰もが安心しまっているが最大の問題が解決していない。

 

「あーダメだ、もう見つかる頃にはホグワーツが閉鎖してるよ」

 

「ロン! だったらその前に見つけなきゃ!」

 

ダンブルドアの追放もあいまって諦めかけているロンに対し、その執念を見せつけるハリー。

だがハリーの目にも以前のような自信は無く、諦めないためだけに言ったような物だ。

それもその筈、手がかりの欠片も無いのだから。

バジリスクに関しては多少なりとも手がかりが存在していたが、継承者に関しては何一つ無く、正直言って俺も手を挙げるしかない。

幸い、秘密の部屋については検討が付いてるようだが…

 

「もういっそ人間じゃないんじゃない? きっと継承者はサラザール・スリザリンの幽霊だったんだよ」

 

ロンの突拍子もない意見に頭を抱えていると赤毛の少女が通りかかった。

どうも彼女は最近体調が悪いらしい、顔を青白くしながらフラフラと倒れそうな光景にロンは心配そうな視線を送っている。

その手にはいつもの通り、あの日記が大事そうに抱えられていた。

 

「ハグリッドはあり得ないよね…」

 

「あり得ないな」

 

ハグリッドが後継者でないのはアクロマンチュアとの話で明らかになった、死にかけた事で得た少ない成果の一つらしい。

またハグリッドは前回の容疑者ということでアズカバン送りになってしまっている。

俺とハグリッドは特に親しい訳でもないが、冤罪を着せられるという無念、それは俺にとっても許しがたい事だ。

真の継承者が見つかれば、ハグリッドの疑いも晴れる、だからこそ煮えたぎる思い共に俺達は継承者を躍起になって探しているのだ。

 

「…ハリー、何故ハグリッドがかつての後継者…らしいと知っていた?」

 

ふと浮かんだ疑問を訪ねてみる、以前キニスは「ハグリッドから聞いたんじゃないか」と言っていたが、寧ろ聞くのを遠慮していたことがこの前の会話で分かったのだ。

 

「あ、キリコには言ってなかったっけ、日記だよ」

 

「…日記?」

 

瞬間、俺の全身を悪寒が襲った。

それはまるで蛇の様に全身を縛り付け今にも食らいつかんとする程に巨大な物だった。

そして蛇の正体は、すぐに明らかとなったのだ。

 

「うん、今までロンのお兄さん達や祖先の記憶が宿った日記だよ。

それがその時の映像を流してくれたんだ、…というよりさっきジニーが持ってた本だけど、それがどうしたの?」

 

「ジニー・ウィーズリー!」

 

全力で叫び廊下の端に居た彼女を呼び止める、しかし浮ついた表情で歩く彼女はそれに気付いた様子は無い、俺は全身の悪寒を引千切りながら走り出した。

 

「…痛ッ! …! か、返して! それを返してください!」

 

多少罪悪感はあったが、ジニーの肩を掴みとり日記を無理やり奪い取る。

すると彼女は青くなっている顔をさらに青ざめながら、異常な迫力で叫んできた。

 

「キリコ! 僕の妹に何をするんだ!」

 

「ロン、これはお前の兄弟が使った事はあるのか…!」

 

「何のことだよ! それよりもよくもジニーに乱ぼ―――」

 

「質問に答えろ…!」

 

怒るロンを気迫で黙らせ質問を迫る、もしも俺の予想通りなら、俺は最悪の見過ごしをしていた事になる…!

俺は予想が当たってしまう事への後悔で、水中で溺れるような感覚に陥いっていた。

 

「…! な、無いよ! 僕も誰もそれを見た事なんて無い! だってそれって僕のママのお古でしょ!?」

 

「え!? だって日記はジニーの兄さん達が使ってたって言ってたよ!」

 

「何言ってるんだよハリー! 第一使ってたとしても、日記に記憶が宿る訳ないじゃないか!」

 

「ええ!? これってそういう魔法道具じゃないの!?」

 

「そんな道具見た事も聞いた事もないよ!」

 

「返して! 早く返して!」

 

「全員静かにしろ…!」

 

大混乱している状況、俺は再び怒気を放ち場を落ち着かせる。

 

「状況を整理する、ジニー、これはお前の物なのか?」

 

「…そ、そう、だから早く返し―――」

 

「正直に言えばな」

 

「…ひ、拾ったの、談話室のテーブルで、誰かの落とし物かと思って…」

 

つまり、ロンが落とし物として届けようとした所、ジニーも同じ事をしてしまったという訳か。

そして全員の話を纏めた所こうなった。

最初ジニーは届けようとしたが、日記と話せる事を知ってから持ち主に返すのが惜しくなった。

またロンもそれを母親のお古と思い、不審に思う事はなかった。

しかし次第に意識を失ったり記憶が無くなる事が増え、不審に思ってトイレに捨てた。

それを今度はハリーが拾った、ジニーの物(実際は違ったが)と知っていたので最初は返そうとしたが、彼も日記と話せると知ってから返すのが惜しくなった。

 

「…日記は、ロンの兄弟の記憶…と言っているのか?」

 

「そ、その筈だけど…」

 

日記との会話は、本に文字を書き込む事で出来るらしい。

ハリーはロンの兄弟の記憶と言っているが、ロンはこれを母親のお古だと言っている。

物は試しだ、俺はどちらが真実なのか試すことにした。

 

《むせる》

 

何故か脳裏に浮かんだ言葉を書き込んで見る、するとインクが滲み出るように不気味な文字が浮かび上がって来た。

 

《はじめまして》

 

それはただの挨拶であった、だが俺には分かった、この言葉の裏には途方もない悪意が隠されていることを。

その悪意に気づかれぬよう、丁重な言い方でその名を訪ねる。

 

《貴方は誰でしょうか》

 

《僕はトム・M・リドルです。貴方の名前は?》

 

その答えにハリーは目を見開き驚愕する、どうやらロンの答えが合っていたらしい。

俺はその問いに答えることなく日記を閉じた。

つまりはそういう事だ、この日記こそがこの事件に深く関わっていたのだ!

でなければ何故日記が嘘をついたのかの説明が付かない!

 

「…あ、あの…返してほしいんですが…」

 

「ああ、…先生に見てもらってからな」

 

「!! そんな! 返して! 返してよ!」

 

ジニーは死にそうな顔をして叫んでいるが当たり前だ、こいつらの体験から仮定するとこの日記は所有者に異常な執着心を抱かせるのだろう、目の前の彼女を見れば一目瞭然だ。

そのような危険物質をこのまま放っておくわけにはいかない、継承者と関係無かったとしても教員に一度見せるべきだ。

最初から全ては見つかっていたのだ、その真実に俺は絶望していた。

俺が最初から気づいていれば…そんな事を考えずにはいられなかった。

 

 

シュー…シュー…

 

 

「…!」

 

その時俺の体に尋常ではない寒気と殺意が打ち付けられた、振り向くと目の前には青白い、いやまるで死体のような顔色となり、人間とは思えない声を喉から絞り出すジニーがいた。

その声はまるで…蛇の唸り声の様であった。

 

「ジ、ジニー? 一体どうしたんだい?」

 

彼女を心配するロン、その隣のハリーは顔を青くし、耳を抑えながら脂汗を流し震えあがっている。

そうだ、ハリーは聞いてしまったのだ、ジニー…のような何かが何を言ったのかを。

 

「…ハリー、…今、ヤツは何と言った」

 

「…こ、殺せ、殺せって…!」

 

地獄の底から鳴り響く轟音、迫りくる凄まじい圧迫感、壁の中から響き渡る蛇が這いずるような音、その不快な感覚全てが殺意に切り替わっていく。

 

「ッ!」

 

ドガアアアア!

 

二人に飛びかかり地面に押し倒す!

その一瞬の後、まさに濁流のような轟音が響き渡った!

 

「「わああああああ!」」

 

情けない悲鳴を挙げる二人、後頭部が感じる生暖かい風と、身の毛もよだつおぞましい声がそれの正体を現していた、そう、バジリスクだ。

空気さえ塗り替えるほどの殺意の中、俺は全てを理解した、継承者は人では無かったのだ、あの日記が継承者だったのだという真実に。

 

「どどどどうするの!?」

 

「そんな事言ったって!」

 

パニックになる二人とは対照的に俺は冷静だった。

確かにその殺意は凄まじいものだ、だがこの程度なら毎日のように晒されて慣れてしまった。

土煙の中、息を整え何をすべきなのか思考する…

 

アグアメンティ(水よ)インセンディオ(燃えよ)

二人とも目を開けろ! すぐにだ!」

 

現れた水に炎をぶつけ煙幕を創り出す、二人は戸惑いつつも目を開けた。

バジリスクの目を見れば死ぬ、間接的なら石化する、なら見えなければ何も起こらないという事だ。

 

「ついてこい!」

 

いまだ腰が抜けているこいつらの腕を掴み引っ張っていく、煙幕の中にはバジリスクの影だけが映り込みその目を見る事は望んでも不可能だ。

 

「ど、どうするの! 作戦でもあるの!?」

 

「ある、だからついてこ―――」

 

バジリスクは彼らが走る音に反応し、煙幕から這いずり出ようとしてきた。

通常蛇にはピット器官という物が発達しているがバジリスクは例外である、この生物はその代わりに視覚、聴覚、嗅覚が発達しているのだ。

キリコがもう一度煙幕をはろうとした時であった!

 

『!???!!?!!??』

 

「臭あっ!」

 

突然彼らを激臭の大旋風が襲った!

余りの酷さにハリー達はおろか毒蛇の王でさえのたうち回り、追跡どころでは無くなっている!

 

「誰! 何今の!」

 

「糞爆弾だよ…うええええ」

 

「何でそんな物を!」

 

「兄ちゃん達が「継承者の鼻も蛇みたいにしてやれ」ってくれたんだ!」

 

「助かった!」

 

この場合の兄ちゃんとは間違いなくフレッド&ジョージである、そして糞爆弾とは彼らも愛用する悪戯専門店の定番商品だ!

 

糞にまみれ悲痛な叫びを浮かべるバジリスクをしり目に三人は走った!

一体キリコはどこへ行こうとしているのか、どうやってこの毒蛇の王を倒そうというのか。

二人にはさっぱり分からなかった、だがキリコを信じて走った!

そして辿り着いた場所は―――図書館ッ!

 

「こ、ここでどうするの!?」

 

図書館へ全力疾走するキリコ、彼はその速度を緩めずに閲覧禁止の棚、そしてその中の一室に飛び込んだ!

 

「ここって確か…!」

 

ハリーは、いやここの三人は一年前この部屋を訪れていた。

そう、かつて賢者の石、それを隠した物…″みぞの鏡″を安置していた空き教室だ!

 

「ハリー、ロン、そこの机をドアの前にばら撒け!」

 

「え!? こういうのって普通バリケードを組むとかじゃないの!?」

 

「そうだよ! それにどこのパイプから現れるかも分からないんだよ!?」

 

「ここには無い、入口はあの扉だけだ! 早く作れ!」

 

キリコにせかされ二人は疑問を感じつつも急いで机をばら撒き始めた、それにキリコは一つ一つ呪文を掛けていく。

キリコは″罠″を張っていたのだ、そしてそれを確実に命中させるため入口が一つしかないこの部屋を選んだのだ!

 

「端でしゃがんで耳を塞ぐんだ、急げ!」

 

指示を受けた二人は部屋の隅でしゃがみ込む、キリコもまた襲来に備え瞼を閉じ意識を耳に集中させる…

 

………ドガアアア!

 

打ち壊された扉が封じられた殺意を開放する。

しかしその殺意はキリコの撃鉄を起こし、杖を叩きつけトリッガーを引かせてしまったっ!

 

「エクスルゲーレッ! -爆弾作動!」

 

キリコ・キュービィーが全力で爆破魔法を放った場合、小さめのトロールなら完全に消し飛ぶ、そして今回地雷化させた机の数は計30個。

即ち…

 

『ギャオオオオオオオ!』

 

「うわあああああああ!」

 

ホグワーツ創設以来最大の爆発がバジリスクの顔面に直撃!

そしてその前代未聞の大爆発はハリー達も教室も纏めて吹っ飛ばした!

 

 

………

 

 

「一体何事ですか…ッ!?」

 

瓦礫の山から何とか這いずり出たころ、マクゴナガルが唖然とした顔で教室…だった場所に入って来た。

ハリーとロンを引っ張り出し状況を確認すると、壁も天井も崩れ去り、隙間から美しい夕日が差し込んでいた。

 

「一体どういう事か説明しなさいキリコ・キュービィー!」

 

数か所打撲がある以外特に傷は見当たらなかったが、念のためハリーとロンに治癒魔法を掛けながら彼女は説明を求めて来た。

 

「バジリスクに襲われたので対処しました」

 

「!?」

 

彼女はまた驚愕していた、まあ当然か。

しかしバジリスクの死体が見当たらないあたり、恐らくまだ生きているのだろう、撃退は出来たようだが…

跡形も無く消し飛んだというのは都合が良すぎるだろう、そうしてる内に二人が飛び起きた。

 

「…! 先生! バジリスクに襲われて、それでここに逃げてきて…」

 

「分かっています、ですが余りにも危険な事です!

状況が状況ですから教室を吹き飛ばしたのは咎めません、しかし―――」

 

「そ、そうだ! ジニーは!?」

 

「落ち着きなさいロン・ウィーズリー、ジニー・ウィーズリーがどうかしたのですか?」

 

「ジニーが継承者だった…んじゃなくて、日記です! 日記がジニーを!」

 

「…先生、つまりこういう事です」

 

まともに説明出来ていなかったので、ことのあらましを彼女に説明した。

それを聞いた彼女は更なる驚愕に包まれていた。

 

「ま、まさかそんな事が…

…それで、ジニー・ウィーズリーは何処に居るのですか?」

 

ジニー・ウィーズリーは何処にもおらず失踪してしまっていた、ただ廊下に彼女の荷物が血まみれになって散乱しているのが見つかっただけだった。

それを知った俺達は理解したのだ。

ジニー・ウィーズリーがさらわれたのだと…

 




誰かが走らねば、部屋が開かぬとするなら、
静脈を走る折れた針となろう。
記憶の中にしか未来は来ないものなら、
己の血のちからに身を任せよう。
それぞれの運命を担い戦士たちが昂然と杖を掲げる。
次回「横断」。
放たれた光は、記憶を消すか。
自らに落ちるか。



オリジナル呪文
エクスルゲーレ『爆弾作動』
エクスインテラ『爆弾と成れ』で爆弾化した物質を爆破させる魔法。

まさかのバジリスク襲来5回目
ちなみにトムが嘘を言っていた理由は次々回明らかにします。




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第二十四話 「横断」

バジリスク戦だと思ったかい!?
残念、お茶目なロックハート回でした!

トム「アバタケタブラ!」


ジニー・ウィーズリーが拐われた。

それは突然大広間に集められた生徒達を絶望のドン底に叩き落とすには十分過ぎる一言だった。

あの後どれだけ探しても彼女を見つけることは出来ず、継承者に操られていた事から秘密の部屋に連れ去られたとしか考えられないからだ。

 

ただジニーが操られバジリスクを動かしていた事は生徒に伝えられなかった、ロンは妹が冤罪を着せられなかった事に心底安心したようだが他の生徒はそうではない。

聖28一族に数えられる純血のウィーズリー家の人間まで標的になった事実は、今まで安心しきっていたスリザリンの生徒達も恐怖で包み込む。

 

そして生徒達は大広間に集められ、継承者の襲撃に備えそこで眠る事になった。

だが安眠など訪れるはずもない。

ホグワーツは終わりだ。

皆殺される。

僕は狙われないはずだ。

悲鳴、絶望、懇願、ここはもう誰もが安心できる学舎などではない。

度しがたい悪意によって緑色に塗りたぐられた地獄がそこにはあった。

 

だがそんな状況で尚地獄に抗う者達がいた、そいつらは誰も寝付けない大広間の暗闇に潜み抜け出て、透明マントを羽織りながら廊下を走っている。

 

「本当に秘密の部屋の場所が分かったの?」

 

ハーマイオニー・グレンジャー。

 

「いや、でも知っている人なら知ってる!」

 

ハリー・ポッター。

 

「またあいつに会いに行くのか…」

 

ロン・ウィーズリー。

 

こいつらの顔にも勿論恐怖は浮かんでいた、しかしそれ以上にこの悪意を打ち払う事を、ジニー・ウィーズリーを取り返すという決意をその小さな手で大切に握りしめていたのだ。

普通に考えればただの12歳がバジリスクに立ち向かうなど無謀どころの話では無い。

だがこの戦士達は勇敢にもそれに立ち向かおうというのだ。

そして俺もまたそれを無視して、一人床につく事を許すなど出来なかった。

 

「で、知ってる人って誰?」

 

「嘆きのマートルだよ」

 

嘆きのマートルとは、二階女子トイレにとりついているゴーストの事である。

またちょっとした事で泣き、しょっちゅうトイレを水浸しにすることからこの名前がついた。

そしてハリーはアクロマンチュラとの会話から50年前の犠牲者が彼女だと知り、そこから彼女は秘密の部屋について何か知っているのではないかと推測したらしい。

 

「ん、誰だあれ」

 

ロンが指をさした先には何とも間抜けな人影が見えた。

隠れているつもりなのだろうか、身体をローブで覆ってはいるが文字通り尻が見えてるし、スーツケースは引きずられ物音を出している。

加えてローブもスーツケースもけばけばしいピンク色を基調とした派手なものだった。

 

「………」

 

「全くとんだ役だ! 秘密の部屋の場所も分からないのに「ジニー・ウィーズリーを助けてきて下さい」なんて無茶を言う!」

 

「………」

 

「それにこの世紀のハンサム顔がバジリスクの目でドロドロに溶けてしまったら、全魔法界何万人のファンが泣いてしまうじゃないか! ミス・ウィーズリーには悪いが私は逃げ―――」

 

「………」

 

「…あっ」

 

透明マントを脱ぎ、全員で杖を突きつけホールドアップした。

予想通りロックハートである。

 

「ややややあ君たちおはよう!!! どどどどうしたのかね!?」

 

「先生! 今からジニーを助けに行ってくれるんですか!?」

 

日は暮れているのに朝の挨拶、ジョークだろうか。

ハリーは驚くほどさわやかな声でそう言った。

何だ、一体こいつは何をするつもりだ。

 

「あっはっは! 勿論だとも! しかし残念な事に部屋の場所が分からなくてねぇ!」

 

「わぁ! 先生は運が良いですね! ちょうど僕達部屋の場所に心当たりがあるんです!」

 

「えっ」

 

「でも僕達だけじゃ心もとなくて…さあ先生一緒に行きましょう!」

 

「「「!?」」」

 

ロックハートはもとより俺もロンも目を丸くする、輝かせているのはハーマイオニーだけ…いや少し濁ってた。

 

「何考えてるんだハリー!? こんな世紀の大間抜けを連れてっても足手まといの足手まといだ!」

 

ロンの意見に首を強く振る。

無能、怯懦、虚偽、杜撰…この言葉が全て当てはまる最低人間を連れていったら死ななくていい場面で死にそうだ。

 

「いいかロン、秘密の部屋がどんな場所か分からないけど危険なのは確かだ」

 

「その通りだよポッター君! だからさあ早く戻りま―――」

 

「だからロックハート先生に先に行ってもらえば安全に通れるよ!」

 

「なるほど! そりゃいい考えだ!」

 

「君達!?」

 

「確かにロックハート様と一緒なら安全だわ!」

 

「最悪盾にはなるよ」

 

「ちょっと!?」

 

つまりこいつを生け贄、兼肉盾にしようと考えていたのか、なかなかいい考えかもしれない。

ハーマイオニーに関しては本気か皮肉かさっぱり分からないが。

 

「キリコ君! 君も彼らを説得してくれ! 優秀な君ならどんなに無謀な事か分かるだろう!?」

 

「ジニー救出を急ぎましょう。

先生、次のご命令は?」

 

「キリコ君ーーー!」

 

悲鳴を上げるロックハートに杖を突きつけながら歩く。

嘆きのマートルが何を知っているのか、そして秘密の部屋、その真実を求めて。

 

 

 

 

トイレなのだから湿っているのは当たり前だろう。

だがここの空気は普通ではなかった、鳥肌が立つ寒気と息の詰まりそうな重い湿気がのし掛かる。

密林の泥沼のような雰囲気で満たされていたのだ。

そして泥沼の中から悲痛さを纏った声が小さく聞こえてくる。

 

「誰…? あらっハリーじゃない…また変な薬でも作りに来たの…?」

 

「違うわ、今日は聞きたい事があって来たの」

 

「こんな事聞かれて嫌な気持ちにさせちゃうと思うけど…君が死んだ時の事を教えてほしい」

 

マートルを刺激しないようハリーがなるべく優しく頼む、悲しげな顔を一層暗くしたが彼女は話してくれた。

そして彼女は語った。

虐められ、隠れて泣いていた事。

その時男子が変な言葉で話していた事。

そして扉を開けると黄色い目が見え、その瞬間に死んだ事を…

 

「そうよ、まさにそこの洗面台よ…」

 

「…ありがとう。

…きっと入り口はこの洗面台だ!」

 

洗面台には錆がはえ、鏡は黒くくすんでいる、その周りを探すと、一ヶ所だけ蛇の模様が刻まれた蛇口が見つかった。

 

「これだ…!」

 

「蛇語で話せば開くのかしら?」

 

「ハリー、やってみなよ」

 

ハリーは目を閉じ意識を集中させる、そして…

 

「開け」

 

「蛇語だよ!」

 

「分かってるよ!」

 

改めて集中し、蛇のイメージを浮かべる、目の前の蛇口が蛇だと思い込む…

 

シュー…シュー…

 

ハリーの口から空気が漏れる音が静かに、かつ不気味に響き渡る。

その時洗面台が轟音を鳴らし動き出し、そして地獄まで続いていそうな深い穴が現れた。

そして俺は理解した、この穴の先に秘密の部屋が、悪意と野望の根源が潜んでいるという確信を得た。

 

「これが…!」

 

ハリー達もその気配に気づき後ずさる、一人既に腰を抜かしていた。

 

「誰から行く?」

 

「よしお前からだ」

 

「君達は正気か!? こんな所に入ったら絶対生きては帰れな―――」

 

ロンが地べたを這いずりながら逃げようとするロックハートの首根っこを掴む、そして杖を突きつけその尻を思いっきり蹴り飛ばした。

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁ………   うげっ!」

 

地獄へ向かって行くロックハートの悲鳴は遠ざかっていき、途中で尻餅をつく鈍い音が聞こえた。

ハーマイオニーが怒るが知った事では無い、彼の犠牲でパイプの安全を確認した後俺達も続いた。

 

 

 

 

石造りの通路は光を遮断し、壁や地面のヌメヌメとした液体が足を滑らせようと纏わりつき、地面に散乱した骨はこの通路が如何なるものかを指し示す。

トンネルの中は深く入り組み何処までも続いている、一寸先も見えぬ暗闇と湿気はまさに地下の大密林といった所か。

だが蛆と熱病が無いだけ遥かにマシだ、この程度慣れたものなのでさっさと進もうとしたが、二人が彼方へ遠ざかって行ってしまった、流石に早すぎたか。

杖の光を頼りに、ロックハートを盾にして慎重に進んで行く、すると何か巨大な影が現れた!

反射的に杖を構える。

 

「…これは」

 

それは全長15mにもなる蛇の…バジリスクの抜け殻であった。

これがここにあるという事は秘密の部屋がこの先にあると事の証明だ、所詮抜け殻に過ぎないがその威圧感は十分、ハリー達も冷や汗を流していた。

 

「ひいいいいいい…」

 

…子供でさえ冷や汗だというのにこの無能は…

腰を抜かし倒れるロックハート、呆れ返るロンは立つよう強要した…!?

 

「ロン! 止めろ!」

 

その時感じた! ロックハートから今までと違う自信に溢れた表情に切り替わったのを!

しかしもう遅かった! ロックハートは一瞬で立ち上がりロンを殴り飛ばし杖を奪い取ったのだ!

そしてあのうんざりする笑顔を取り戻し、杖とそれを俺達に突き付けた!

 

「ハッハッハー! さあ子供のおふざけは終わりだ!

私はこの抜け殻を持って帰ろう! そして女の子は死んでしまったと伝えよう!」

 

ロックハートは自信満々にそう宣言した、無能だとは思っていたが、まさか生徒まで見捨てるつもりなのか…!

 

「そんな話誰が信じるものか! 僕達が証人だ!」

 

「いいや信じるね! 君たちは恐怖のあまり気が狂ってしまい全てを忘れてしまうのだから! いままでのヤツらの様に!」

 

「今まで…まさかお前!」

 

「その通りだよ、今までの私のお話、それは全て他人の経験を奪ったものさ!」

 

「嘘よ!」

 

「ミス・グレンジャー、残念ながら本当さ、ちょっと親しくなって″忘却呪文″を掛ければそれは私の経験談になる!」

 

こいつは、自身の名誉と自尊心を満たす為だけに何人もの記憶を奪ってきたのか?

その上生徒を見殺しにしようというのか?

 

俺は()()()()()()杖を落としてしまった、そして威嚇するロックハートからじりじりと距離を取る。

 

「無駄だ…ここで諦めるのが賢明だろう」

 

「!?キリコ」

 

「何て事を言うんだ! 見損なったぞ!」

 

「おや、キリコ君は賢いらしい、だが駄目だね、嘘を言っているかもしれない。

君の記憶も消させてもらうよ…!」

 

「!? 辞めてくれ! お願いだ!」

 

そう悲痛な叫びをしながらヤツに許しを請うため、腰を下げながら()()()()()()

 

「記憶に別れを告げるがいい! オブリエ―――!?」

 

引っかかった!

近づいたのは格闘を仕掛けるためのブラフに過ぎない!

杖を構える手首を捻り照準をずらす、

そして首元を掴み引き寄せながらの足払い! そして背負い投げをぶちかます!

不意を突かれたロックハートは重力に抵抗できず地面に叩きつけられ肺の空気を全て吐き出した。

そして空気のガードが無くなった肺に向かって、全体重を掛けた蹴りを叩き込んだ!

 

「が………!?」

 

顔を青くしながらむせかえるロックハートの頭を掴み、素早く拾い上げた杖を喉元に突き刺した!

神すら騙し抜いたのだ、こんな無能を騙すのは訳ない。

 

「ま、まさか教員に手を上げるつもりじゃないよね? 君はかしこ―――」

 

「口を開くな」

 

どうやら俺はこいつの事を甘く見ていたらしい。

ただの無能だと思っていたがそれ以下だ、同じ無能でも自分の力で手柄を得ようとしたあの無能の方が遥かにマシだ…!

かつての親友の声が木霊する、そしてその言葉を目の前の男に向かって吐き捨てた…

 

「あんたは人間のクズだな…! ステューピファイ(失神せよ)!」

 

「あばぁっ!」

 

最大出力かつ接射した失神魔法がクズの喉元を貫き、そのまま地面にクレーターを創り上げた。

多少口から血を吐いているが何一つ問題は無い。

 

「…杖だ」

 

「あ、うんありがとう…今の作戦だったんだね」

 

綺麗にテーピングされた杖を受け取り、そう言うロンはどこか浮かない顔をしていた。

 

「ロン? どうしたの?」

 

「…やっぱり僕引き返すよ」

 

「急に一体どうしたんだ?」

 

「だって見てくれよこの杖、こんなんじゃ絶対継承者には敵わないよ」

 

ロンがそう言いながらルーモスを唱えると、杖の尻からぼんやりと光が現れる。

杖は一見綺麗だが、これでは使い物にならないだろう。

 

「そんな事無いって! 大丈夫だ―――」

 

「…いや、その方が良いかもしれない。

ロン、代わりにこのクズを地上に連れて行き、他の教員の助けを呼んでくれ」

 

「ちょっとキリコまで!」

 

「いいんだハーマイオニー、キリコの言う通りだよ。

…じゃあせめて、僕の代わりにこの杖を持っていてくれよ、…キニスも直すのを手伝ってくれた杖だ」

 

「…分かったわ、頼むわ!」

 

「あっでも…流石にコレを一人で運ぶのは骨が折れるんだけど…」

 

「…分かった、すぐに戻る」

 

そして杖をハーマイオニーに託した後、俺はロンと二人掛かりでこのクズを地上へと運びに行ったのだ。

そしてトンネルの最深部へと彼らはたどり着いた。

 

ついに辿り着いた緑の地獄。

そこは光さえ届かぬ暗黒の大密林だった。

その泥沼をかき分け俺達は進む。

秘密の部屋、そこに深い根をはる悪意。

今こそその根を燃やし尽くす為、俺達は奈落の底へと沈んでいくのだった。

 




崩れ去る怪物、放たれる光、断ち切られる日記。
そのとき、呻きを伴って流される記憶。
人は、何故。
理想も愛も牙を飲み、毒を隠している。
血塗られた過去を、見通せぬ明日を、切り開くのは力のみか。
次回「記憶」。
キリコは、心臓に向かう折れた針。




次回、いよいよ対トム&バジリスクです。
ちなみにロックハートはあの後、完全石化と締め付け呪文で拘束したそうです。
追記 次回予告修正しました。


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第二十五話 「記憶」

最初はね、短くなっちゃうかなーって思ったんですよ。
そしたら8000字越えだ馬鹿野郎!
こんな長くなるとは思わなかった…


トンネルの最深部、そこあったのは蛇の模様が描かれた重厚な扉。

入口同様ハリーはその扉を蛇語で開ける、そしていよいよ現れた秘密の部屋。

その部屋の中央に倒れていたのは、正に死体の様な色となったジニー・ウィーズリー。

彼女に駆け寄るハリー、そこに現れたのはかつて日記が見せてくれた50年前の映像、そこに居たロンの祖先を名乗る幻影だった。

 

「お前が…お前がジニーを操っていたのか!」

 

怒りに震えながら叫ぶ、だがこいつはそれに動揺することも無く丁重な話し方で自らを語りだした。

 

「その通りだよ、さて、ちゃんと自己紹介した事は無かったね?

はじめましてハリー・ポッター、僕の名前はトム・M・リドル、50年前ホグワーツに在籍していた生徒であり…その時秘密の部屋を開いた張本人だ」

 

「じゃあハグリッドに罪を着せたのは貴方だったの!?」

 

「ハグリッド…? ああ、あのデカくて間抜けな半巨人か! 

そうさ、あいつに限らず教員達も皆間抜けだったよ、僕の言う事を簡単に信じたんだから」

 

まるでジョークでも言っているような軽い言い方でそいつは言った、その言葉に僕はさらに怒りを燃やす、こいつはこんな軽い感覚で大切な友達のハグリッドを陥れたのだから!

 

「何で名前を偽ったんだ!」

 

「ああそれかい? 簡単な事だよ、君たちはこの日記をジニー・ウィーズリーの物だと思っていたんだろ?」

 

確かにそう思っていたけど…何故こいつはそんな事を知っているんだ?

 

「ジニーが色々書き込んでくれてね…その事を知ったのさ。

なのに君たちに対して「僕はトムです」なんて言ったら怪しまれるに決まってるじゃないか」

 

何てこった! つまり僕たちはこいつの作戦にまんまと引っかかったのか!

さらにトムは馬鹿にした口調で続ける。

 

「それにしても分からないな…こんな事にも気づかない子供に、何故将来の僕は滅ぼされてしまったんだろう?

しかも、この日記の事を知っていた筈なのにね…」

 

「? どういう事よ!」

 

「こういう事さ…!」

 

トムが手を美しい表紙の日記にかざす、そして表紙に沿うように手を払う。

すると表紙の模様が剥げ落ち、不気味な黒いカバーがその姿を現した。

 

「これは…あの時の!?」

 

そうだ! この本は去年のダイアゴン横丁で、ルシウスがジニーの大鍋に入れようとしていた本だ!

さらに腹が立った、あいつに対してではなく自分自身の間抜けさに!

 

「これは屋敷しもべ妖精の呪文かな? 何か事情があったのだろうけど…人の物を勝手にいじるのは腹が立つな。

そして本当に分からない、こんな間抜けに何で滅ぼされたのか」

 

「…貴方は一体誰なの!」

 

トムはにやりと蛇のような笑いを浮かると、自分の名前を光にして宙に浮かべた。

 

TOM MARVOLO RIDDLE(トム・マールヴォ・リドル)

 

杖を払い文字を組み替えていく。

そして出来上がった文字に僕は驚愕し、ハーマイオニーは小さく悲鳴を上げた。

 

I AM LORD VOLDEMORT(私はヴォルデモート卿だ)

 

そして今パズルが完成した、秘密の部屋を開けた事、僕に疑いが掛かるような事ばかり起こった事、マグル生まればかり狙ったこと。

こいつは過去のヴォルデモートだったのだ! だから僕を陥れようとしていたのだ!

 

「疑問は解決したかい? じゃあ僕の方からも質問したいな、僕がどうやって滅ぼされたのか…

でもその前に、悍ましき血を排除するのが先かな?」

 

トム…いや、ヴォルデモートの表情が醜悪に歪む、すると水面から巨大な蛇の影…バジリスクが水しぶきと共に現れた!

目を閉じるのは間に合わない!…けど大丈夫だった。

あの時の大爆発のせいだろうか、顔の皮膚は爛れて、右目には机の足が痛々しく突き刺さり、左目は大きな傷がついている。

そして何故か少しだけとぐろを巻いていた、そのとぐろの中心には…キリコ!?

 

「キリコ!?」

 

「いやあ上手くいってよかったよ、何せこいつはバジリスクの顔をこんなにしてしまったヤツだからね、先に殺しておきたかったんだ、あ、まだ死んでないから安心してくれ」

 

ステューピファイ(失神せよ)!」

 

ハーマイオニーが失神呪文を放ったが、バジリスクの強固な鱗はそれを簡単に弾いてしまう。

キリコはうめき声を上げながらもがいているが、脱出できそうにない。

 

「ウィーズリーの男の子と何だかよく分からないヤツを運び終えた時奇襲したんだよ、そしたら彼はそいつらを庇おうとしてさ…おかげで上手くいった、どうせあんな奴らはすぐ始末できるしね…ああそうだ、エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

キリコは杖を取り出す事に成功したが、あえなく奪われてしまう! これでは何の抵抗もできない!

 

「これで安心…とはいかない、こいつは何をしでかすか分からないからね、確実に仕留めさせてもらうよ、バジリスクの目線でね!」

 

「無理よ! バジリスクの目は潰れているわ!」

 

「確かに片目はね、だがもう片目は傷づいただけだったから治癒呪文を掛け続ければ何とかなったよ、そろそろ目が治りきる時間だ…そらっ!」

 

そう言ってトムは光を放つ! それに当たったキリコの目は閉じなくなってしまった!

そして無防備になったキリコに向かってバジリスクの左目が開きだす…!

 

その時近くの柱が燃え上がりその中から何かが現れた!

真紅の体に真紅の尾羽、そして黄金の嘴と爪を持つ美しい鳥。

ダンブルドアのペットである不死鳥フォークスがバジリスクに襲い掛かった!

 

《シャアアアアア!》

 

フォークスの爪がバジリスクの左目を抉り飛ばした!

その激痛に暴れのたうつ毒蛇の王! そして視力を完全に失った蛇の王は主であるはずのトムをブッ飛ばしてしまう!

 

「ぐわっ! つ、杖が!」

 

その衝撃でキリコの杖を手放すトム・リドル、弾き飛ばされた杖は放物線を描き、綺麗にキリコの手元に納まった!

 

エクスパルゾ(爆破せよ)!」

 

「!? プロテゴ(護れ)!」

 

キリコはすぐさま爆破魔法を発射したが、トムの方もすぐに体勢を建て直し盾の呪文でそれを防いでしまう。

それを見届けたフォークスは、何かを落として炎の中に戻って行ってしまった。

これは…組み分け帽子?

 

「…ハハハ、まさかあんな鳥にしてやられるとはね…だがどちらにせよバジリスクは健在だ」

 

トム・リドルはそう笑っていた、俺が拘束された状況から脱出できたとはいえバジリスクはいまだに相当な脅威を保っている。

まずあの蛇を何とかしなくてはならない、だがバジリスクを倒すためには時間が居る…

 

「なら今度は毒の牙で殺してやるとしよう、今度は逃がさないよキリコ・キュービィー…!」

 

リドルは口から蛇の言葉を出す、標的は俺か―――

が、おかしな事が起こった。

何とバジリスクが主の命令を無視しハリーに突っ込んで行ったのだ。

 

「うわぁ!?」

 

「どうしたバジリスク!? 僕の命令が聞けないのか!?」

 

何が起こっているのか分からなかったがこれはチャンスだ、これならば時間を稼ぐことができる!

 

「ハリー、時間を稼いでくれ、 バジリスクを倒す方法がある!」

 

それを聞いたハリーは聞き返す事もせず、瞬時に走り出す。

そして俺は正面の、巨大な顔の石造によじ登り杖を突きたてる、だがリドルはそれを許さない。

 

「何かするつもりかい? エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

「!」

 

俺に向かって撃った武装解除呪文はハーマイオニーの呪文によって相殺された。

 

「私も忘れちゃ困るわ!」

 

「クソッ、穢れた血め…!」

 

ハリーがバジリスクを、ハーマイオニーがリドルを引き付けてくれる。

だがいつまで持つかは分からない、それまでに呪文を完成させなければならない…

2分か? いや1分持ってくれれば良い―――!

そして、戦いが始まった。

 

 

 

 

アグアメンティ(水よ)!」

 

プロテゴ(護れ)

 

先手を取ったのはハーマイオニーだった!

しかし濁流はあっさりと盾に阻まれてしまう。

ハーマイオニーは震えていた、何せ相手は闇の帝王である。

その若いころの姿でしかなかったが、その威圧感は十分帝王のそれを纏っている。

しかし彼女は戦った、ハリーが、キリコが戦っている中自分だけが震えて縮こまっているなど自分自身が許せなかったからだ!

 

フリペンド(撃て)!」

 

ディフィンド(裂けよ)

 

二人の呪文がぶつかり合う!

だが拮抗したのは一瞬、リドルの切り裂き呪文が肩を切り裂いた!

 

「…! ステューピファイ(失神せよ)!」

 

ステューピファイ(失神せよ)

 

失神呪文同士の激突!

しかしそれもリドルに軍配が上がった!

呪文を押し切り迫りくる呪い、だがそれを思いっきり横に飛ぶことで回避。

そして最も得意とする呪文を全力で放つ! 最初に放った水はその為の下準備!

 

グレイシアス(氷河となれ)!」

 

「やれやれ…こんな物かい?」

 

だが! その氷河は杖を振るだけで燃え、溶けてしまった!

インセンディオの無言呪文だ!

炎! 濁流! 衝撃波! 次々と迫りくる無言呪文の大旋風! ハーマイオニーは呪文の正体も掴めず無様に地べたを転げまわる事しかできない!

せめて、せめてあと一人いれば!

 

その瞬間! 剣を持ったハリーが現れた!

 

 

 

 

《こっちへ来い》

 

バジリスクが自分にくぎ付けになるように、蛇語で気を引きながら狭いパイプの中を逃げ続ける!

何度もぬかるみに足を取られ、既に体は傷まみれ。

それでも走り続けたその先はなんと! 行き止まり!

振り向けば今にも食らいつかん迫力のバジリスク!

 

駄目だ! やられる!

 

絶望感に息も出来なくなったハリー! 数秒後訪れる死の恐怖から逃れようと目をつぶった!

 

…あれ?

 

ゆっくりと目を開けると、そこには周りを見渡す毒蛇の王。

 

一体どういうことだ…?

 

そして思い出した! バジリスクの感覚は視覚、聴覚、そして嗅覚だという事に!

その内二つはフォークスと糞爆弾のせいで機能停止済み!

音を立てない様、足元の石を投げ飛ばす。

するとバジリスクは、石が落っこちた通路へ移動し始める。

その隙に反対の通路へ移動! そして!

 

「こっちだよ!」

 

《!》

 

バジリスクを再度誘導した!

そう、ハリーの目的は逃げる事では無く時間稼ぎ!

だからこそ命を危険に晒してまで逃げ続けているのだ!

 

再び地獄のチキンレースを再開する。

そして光が見えて来た、その先には―――

 

「!? しまった!」

 

まさかの大広間! いつの間にか戻ってきてしまった!

だが絶望したのは一瞬! 直ちにハーマイオニーの援護へ向かう。

何故か? 顔を見たからだ、自信に満ち溢れたキリコの顔、それを信じたからだ!

 

《キリコを殺せ》

 

その瞬間聞こえて来たリドルの蛇語、今度は命令を無視することなくキリコのもとへ真っ直ぐと突撃をする!

それを見届けハーマイオニーの救援に向かうハリー・ポッ―――!?

 

その時ハリーがスッ転んだ! 組み分け帽子に躓いてスっ転んだ!

 

何だ、今の固い物は?

 

組み分け帽子を見ると、そこには先ほどまでは無かった何かが入っている。

それを引っ張り出すと、そこには美しい白銀の剣があった!

ハリーは当然知らないが、これこそバジリスクを倒しうる秘宝!

ゴドリックの遺産! 真に勇敢なる物が抜ける剣!

グリフィンドールの剣だっ!

 

「やあああああ!」

 

迷い無くリドルに肉迫し、ハリーは斬りかかった! 

無論これが何か等知る余地も無い、だがハリーは直感で確信した!

これはフォークスが、ダンブルドアが届けた物だ! ならばヤツを倒すことが可能な筈だと…!

 

「…! 日記を狙え!」

 

バジリスクの攻撃を跳躍して回避するキリコがそう言った!

その発言に日記を持っているリドルは顔を歪める!

間違いない! これなら倒せる!

 

「チッ邪魔だよハリー!」

 

忌々しく呪いを打ち出すリドル、それに向かってがむしゃらに剣を振る!

すると呪文が真っ二つに両断された!

普通の剣でこんな事は出来ない、だがこの剣が普通の筈が無い!

 

その隙を狙い呪いを撃ち込むハーマイオニー、しかし素早く無言呪文で打ち消す!

カウンターを撃ち込むがそれはハリーの剣が遮ってしまう!

そして日記に斬りかかるが…当たらない!

当然だ、ハリーは剣の使い方など知らない。

故に大振り、故に単純挙動! 剣と戦った事の無いリドルでも避けるのは造作も無かった!

 

「フフフ…流石にそれを喰らったら僕はマズイだろうね…

でも分かっているのかい? 君は剣の素人、僕は熟練の魔法使い、勝てる見込みなんて無いんだよ!」

 

そう嘲笑いながら次々と放たれる無言呪文!

ハリーが剣を振り、ハーマイオニーが呪文を唱えても尚押し切られる程の圧倒的破壊力! 圧倒的実力差!

そしてハーマイオニーは気づいてしまった!

 

駄目! 勝てない!

 

その時である!

 

「「「!?」」」

 

彼らは目を疑った!

 

 

 

 

間に合わなかった、 ハリーが稼いだ時間でも呪文完成は間に合わなかった…!

だが問題は無い、間に合わなかったなら間に合わなかったなりにやるだけだ。

バジリスクの突撃を跳躍でかわすと、今まで杖を突きたてて来た石像の一部が崩れ去った!

そしてキリコは、呪文を唱えた! 今まで研究してきたあの呪文を!

 

「アーマード・ロコモーター -装甲″起″兵」

 

宙を舞う石像の破片、それが地面に落ちた時それは降り立った。

回るターレット

むき出しのフレーム

薄っぺらい装甲

お袋の温もりを感じた、数多の地獄を共に彷徨った、戦争を泥沼へ引きずり込んだ最低野郎…!

ATM-09-ST、ミッド級アーマードトルーパー、スコープドッグが地獄に降り立った!

 

キュイイイイイイン

 

その頭頂に降り立ったキリコは杖を突きさす!

そして聞きなれたローラーダッシュの回転音!

 

ガキィンッ!

 

一瞬で肉迫しアームパンチ! バジリスクの顎をホグワーツ創設1000年以来初の衝撃が襲った!

 

《!??!?!?!!》

 

「「「!?」」」

 

大混乱した様子のバジリスク…とキリコ以外の全員。

当然の反応である、まるでジャパニーズアニメーションに登場しそうなロボットが現れたのだから。

装甲起兵、ATをゴーレムの要領で再現した魔法である。

しかし今回は精製時間が足りなかった為、大部分の装甲無し、よって骨組みがむき出し。

ついでに射撃兵装も無し、つまり出来損ないである。

が! 今はこれで十分!

 

食らいつくバジリスク。

だがボーンドッグ(出来損ない)はその場で高速回転し攻撃をいなす!

散々使ってきたターンピックとローラーダッシュの合わせ技だ!

 

さらに一回転しバジリスクの側面に! その勢いのまま口に手を突っ込んだ!

そしてアームパンチで口を強引にこじ開ける!

バジリスクの毒で溶け出す腕部! キリコは勝負に出た!

 

サーペンソーティア(ヘビよ出でよ)、 エクスインテラ(爆弾と成れ)!」

 

呼び出した無数の蛇を全て爆弾化させ、口の中へ滑り込ませる!

しかし途中でATの腕が溶けきり、蛇もまた喰らい潰されてしまった!

 

「!? まずい!」

 

しかしリドルが企みに気が付いた!

とっさに蛇語でバジリスクを呼び戻そうとする―――が!

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

突然響き渡る異常な音、それを聞いたバジリスクは動かなくなってしまった!

下を見るとそこには、蛇語を話すハリー・ポッター!

彼とリドルの命令の板挟みとなり、動けなくなっているのだ! 

…そしてトリッガーは引かれた。

 

エクスルゲーレ(爆弾作動)!!」

 

 

 

 

部屋を包み込む閃光! 轟音! 爆炎! 肉片! 宙を舞うバジリスクの生首!

バジリスクがやられた―――

部屋は土煙に包み込まれる。

 

その時戦っていた三人は感じた! この一瞬で勝負は決まると!

いざ始まる最後の決闘!

動き出したのはハーマイオニー! 放たれかけた武装解除呪文!

 

エクスペリアーム(武器よ去)―――」

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)

 

しかしそれを予見していたリドルは、その杖をあっさり奪い取った!

魔法使い同士の戦いでは杖を失う事は死を意味する!

 

「奇襲なんて随分単純な手だね? まあ穢れた血ならこんな物か…せっかくだ、君の杖で葬ってあげるよ!」

 

そして輝く緑の閃光! 許されざる呪文! 死の呪いが放たれた!

 

「アバダケダブラ!―――!?」

 

そして吹き飛んだ!

だが吹っ飛んだのはハーマイオニーでは無い!

リドルが! 何故かトム・リドルがブッ飛ばされたのだ!

 

一体何が起こった!? …しまった日記が!!

 

事態を理解する間もない! 今の衝撃で日記も飛ばされてしまっている。

宙を舞う日記に向かって剣を構えたハリーの影が突っ込む!

だが問題は無い、武装解除呪文を叩き込めばいいだけだ―――!

 

「!?」

 

そう思ったのは一瞬だった!

無い!

何も無い!

ハリーの手には剣はおろか、杖も何も持っていなかったのだ!

 

予測不能の事態に混乱するリドル、だがその混乱はコンマ数秒!

だから何だ! むしろ好都合! 直接殺せばいい!

そして再び死の呪いを撃とうとする、だがその数秒は既に致命傷だったのだ!

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

爆炎を切り裂き赤い光が杖を貫く! そして奪われた杖!

改めて言おう、魔法使い同士の戦いでは杖を失う事は死を意味する!

 

何故ヤツが杖を!? 奪った筈!?

 

混乱、焦燥、そう! 全て手遅れ!

そしてハリーが何も持っていない筈の手を振り下ろす。

すると日記は切り裂かれ、リドルの胸も同じように引き裂かれた…

 

 

 

 

爆炎が晴れた。

そこにあったのは勝者と敗者、その姿だけだった。

リドルは負けたのだ、あのたった数秒で。

そして理解した、何故呪文が逆流したのかを。

 

地面に転がるその杖はパッと見綺麗だが、呪文の反動でバラバラになっている。

そして修理した後のようなテープが幾つも引っ付いていた。

 

「こ、これは…」

 

「そうよ、私の杖じゃない、ロンの杖よ」

 

単純な話だ、壊れていた、だから逆流してしまった、たったそれだけの事だった。

 

「悔しいけど、私達じゃあなたには勝てない。

…だから負けてあげたの、まさかわざわざ使ってくれるとまでは思わなかったけど」

 

ならば、何故日記は切り裂かれたのだ?

その答えもすぐに分かった。

ハリーの手元から何かがほどける、その何かの中からグリフィンドールの剣が現れた。

 

「と、透明マントか…」

 

あの一瞬の時、ハリーはグリフィンドールの剣に透明マントを巻き付けて置いたのだ。

たった刹那の虚、それを突くために。

 

「認めろトム・リドル、お前の負けだ」

 

「フフフ…まさか未来の闇の帝王たる僕が…こ、こんな子供にやられるとはね…

だ、だが、ただ死にはしないよ…!」

 

シュー…シュー…

 

「させるか!」

 

無駄な悪あがきをしようとするリドル!

ハリーは日記に剣を突き立てた、そしてリドルの幻影もまた光を放ち砕け散った。

 

「!!」

 

「ジニー! 大丈夫か!」

 

それと同時に息を吹き返すジニー…どうやら全て終わったらしいな。

結局俺のやった事はバジリスクを仕留めただけだが、まあジニーも含め全員無事ならそれが一番だ。

闘いが終わり外からは足音が聞こえてくる、ロンが教員を連れて来たらしいな。

一段落つき俺も胸を撫で下ろした…その時俺は見た。

 

水面から迫る蛇の頭を

 

「ッ!!」

 

とっさにジニーとハリーを突き飛ばす!

バジリスクの頭が食らいついた! 馬鹿な! こいつはまだ生きていたのか!?

…そして俺の心臓はバジリスクの牙に俺は貫かれた

 

 

キリコ、いやここの誰も知らない事だろうが…蛇の中には頭部だけになっても数日間生存できる種類もいる、そして不幸な事にバジリスクもその一つであった。

 

 

「!? キリコーーー!!」

 

その異常事態に気づいたハリーが剣を構え突撃する!

 

《ギャアアアアアアァァァァァ………》

 

グリフィンドールの剣はキリコを掠め、口の裏から脳天を貫いた。

そして千年分の怨念、千年分の野望と共に今度こそ毒蛇の王は絶命した。

牙の間から崩れ落ちるキリコ、その胸には風穴が空き血が溢れ出している。

 

「キリコ! しっかりして!」

 

その時再びフォークスが現れた。

そしてフォークスが涙を流すと、キリコの胸の傷はみるみる塞がっていく。

不死鳥の涙には癒しの力が存在し、そして唯一バジリスクの毒を中和出来るのである。

…しかし。

 

「どうしたのキリコ! 傷は治ったわ! 毒ももう中和したわよ!」

 

「………」

 

「早く起きてよキリコ…!」

 

「駄目だ、…ハーマイオニー…」

 

「言わないで!」

 

「分かってるだろ、心臓が止まって生きてる人なんていないって…!」

 

「辞めて! お願い…」

 

「キリコは…もう、…死んでいる」

 

駆けつけた教員達とロン、彼らが見たのは涙を流し嗚咽するハリーとハーマイオニー、絶望した表情で呆然とするジニー、涙を流さないフォークス。

そして…キリコ・キュービィーの遺体であった…

 




時代は撓みに撓み、そして、崩れた。
嗚咽とは正にこれ。
悲劇とは正にこれ。
聖マンゴに響き渡る涙と絶望。
血筋も理想も火に焼かれ、毒に飲まれ、冥府へと流される土砂流。
悲劇は堆積され、軌跡となり、異能となる。
次回「奇跡」。
キリコは、歴史の裂け目に打ち込まれた楔。



フォークス「キョエエエエエwwwwカァアアッカwwwwwwピェエエエエエエwwwww」
バジリスク「おめーじゃねぇ!」

きゃあ! キリコが死んじゃった!
この人でなし!


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第二十六話 「奇跡」

感想欄にキリコを心配してる人が一人も居ない事に怒りを覚えていました。
まあ当然か!
では第二章の最終話です、お疲れ様でした。


回りの光景は白、白、白。

清潔に保たれてる医務室のベッド、その上で僕は目を覚ました。

 

…何でこんな所にいるんだろう。

 

石の様に重い頭をフル回転させる。

確か、ハーマイオニーと図書館にいて、怪物の正体を突き止めて…

 

そうだ! バジリスクに鉢合わせて階段から落っこちたんだ!

それでどうなったんだ!?

何とか覚えているのは水粒に写った黄色い眼球だけ、ってことは石にされていたと考えるべきなんだろうか。

 

「あがっ!?」

 

起き上がろうとしたら全身に激痛が走った、そういえば落下死を逃れるために石になったんだっけ。

だとしたら石になった後地面に大激突したのか。

 

運良く早めに完成したマンドレイク薬が彼に処方されてから一時間も経っていない、加えて石化していたとはいえ激突の衝撃は強く、全身打撲は免れなかったのだ。

 

「…おお、目を覚ましたのかの」

 

カーテンを開け現れたのはダンブルドア校長だった。

お見舞いだろうか? それにしては何だか元気が無い気がする。

 

「あのー、僕が石になった後バジリスクはどうなったんですかね」

 

「…バジリスクと、それを操っておった継承者もハリー達が倒してくれた」

 

ダンブルドア校長は静かに、淡々とそう答えた。

そっか、ハーマイオニーは逃げきってくれたんだ、そしてキリコ達がそれを元にバジリスクを倒してくれたんだ…

 

「そうですか、…良かった、事件が解決してくれて」

 

「………」

 

「…皆にお礼を言わなきゃな、あ、すいません、そういえば今日って何時なんですか?」

 

「………」

 

「…校長先生?」

 

何故かダンブルドア校長は顔をうつ向けたまま答えようとしない、一体どうしたのだろうか。

そしてダンブルドア校長は重く口を開いた。

 

「キニスや、…君が今から見る物はとても辛いものじゃ」

 

一体何の事か分からなかったけど、ダンブルドア校長の目付きは真剣そのものだった。

それに呼応し、僕は恐ろしい予感を感じていた。

 

「それは認めづらい事じゃろう、…じゃが君は独りではない、…じゃからどうか、覚悟を持って受け止めてほしい」

 

校長先生が僕の肩を支え、ベッドから降りる、そしてカーテンを開いた先には…

 

「キ、キリコ…?」

 

一つのベッド、その回りにはハリー達が居た。

ハリーは顔を歪ませ、ロンはベッドの上を必死で揺さぶっている、ハーマイオニーとジニーは顔を覆いながら涙を流している。

そしてベッドの上にはキリコが横たわっていた、…胸に大きな穴を開けて。

 

それがどういう事かくらい、すぐに分かった。

僕は力無くその場に崩れ落ちる。

キリコが…死んだ…

 

 

 

 

ハリーは自身の無力さを痛感していた、自分がもっと強ければこんな事には…と。

 

………

 

ロンは悔やんでいた、あの時引き返さねば結末は違ったのではないか…と。

 

………

 

ハーマイオニーばいまだに認められなかった、これは夢だ、ただの悪夢の筈だ…と。

 

…ク…

 

ジニーは後悔していた、自分がおかしくなっていた事を伝えていれば、罪に問われる事を恐れていなければ…と。

 

…クン…

 

そしてダンブルドアはその全てを感じていた。

結局何一つ出来なかった。

継承者に対しても、バジリスクに対しても何一つ出来ずに学校を追放されただけ。

そしてついには、生徒一人の命を守る事すら出来なかった。

何が世界最高の魔法使いだ、何が偉大な校長だ。

あの時から何も変わってはいない、愚かで傲慢な愚者のままだ…

 

…ドクン…

 

全身が痛むのも感じない、ベッドにしがみつきながら嗚咽するしかない。

どうしてこうなった? 何が悪かった?

何一つ分からず僕は泣いた、泣き続けた。

 

…ドクン…ドクン…

 

どれほど叫んでもキリコは反応しない、それを認めたくないからこそ叫び続ける。

 

…ドッド…ドッド…

 

すがるようにキリコの手を握る、その手は冷たく、動くことは無い………

その時僕は気づく、握った指に脈動が伝わっているのを。

 

…ドッド…ドッド…ドッド…

 

「!? キリコ!?」

 

叫ぶ、願いのままに。

それに気づいた皆もキリコを見つめる。

そして、その時。

 

 

 

「………………」

 

 

 

キリコが目覚めた。

 

「………!」

 

「…キ、キリコ………!?」

 

「………奇跡だ………!」

 

 

 

 

「聖マンゴの医者いわく…信じがたい事ですが、牙は僅かに心臓を掠めただけでした。

また毒らしきものは一切見当たらなかったようです」

 

「………」

 

「そして傷は不死鳥の涙で治癒した…だからこそ生き残れたのでしょう」

 

「………」

 

「ですが一つだけ説明がつきません。

バジリスクの毒は極めて強力…たとえ心臓を掠めただけであっても数秒で死ぬはずです」

 

「…いや、一つだけ可能性がある、グリフィンドールの剣じゃ。

グリフィンドールの剣の力は知っておるな?」

 

「ええ、グリフィンドールの剣に使われている小鬼の銀はより強きものを吸収する―――まさか」

 

「キリコの首元には切り傷があった、そしてハリーはキリコを掠めたと言っておった。

…そう、グリフィンドールの剣はキリコの体内の毒を吸いとったのじゃ」

 

「そんな事が…」

 

「君が信じられぬのも無理はない、儂もまだ信じられぬのじゃから。

…しかし、それ以外考えられないのもまた事実」

 

「…校長、やはりあやつは」

 

「落ち着くのじゃ、セブルス」

 

「しかし…」

 

「分かっておる、去年は死の呪いをうけて生き残り、今年はバジリスクの毒を心臓にくらっても生き残った…

もはや偶然と捉える事はできぬ、確信していいじゃろう…彼が予言の″異能者″じゃと」

 

「では…どうなさるおつもりで?」

 

「いや、どうもせんよセブルス。

あの子が何か邪悪な思惑をしたり、目論んだ事があったかね? むしろ行っているのは善行ではないかね?

疑いだけで罰を与えようとするのは最も愚かな行為の一つじゃ。

…それに儂らは″異能者″が何を意味するのかは知らぬ、ただあの子の異常さから推測しただけじゃ」

 

「………」

 

「今儂らに出来る事は、あの子を見守る事だけじゃ…それが良い方向か悪い方向に行くのかは分からんがの…」

 

 

 

 

俺が目を覚ましてから数週間、色々な事があった。

まず、日記を仕込んだ黒幕であるルシウス・マルフォイが理事を追放させられた。

ことの発端はこうだ。

まずハリーが一計を案じ、ヤツの屋敷しもべ妖精であるドビー、そうあのクィディッチの時ハリーを殺しかけていたヤツが、ルシウスから解放された。

そして忠誠の必要が無くなったドビーは全てを洗いざらい話した。

ルシウスに命令され、日記の見た目を変えた事、それをホグワーツに持ち込んだ事。

その結果理事を追放されたのだ、最もこれだけやって追放だけで済んでる事には驚いたが。

 

また継承者の正体が明らかになった事で、ハグリッドはアズカバンから帰ってくる事ができ、ダンブルドアも校長へ復職した。

そして50年前の冤罪も晴れ、名誉を取り戻すことができたのだ。

 

この結果ハリー、ロン、ハーマイオニー、俺は200点づつ獲得しグリフィンドールが今年の寮対抗杯を獲得した。

それらを記念し、また石化していた生徒の事も考慮し学年末試験は中止、盛大なパーティが夜通し開かれたという。

 

あ、あと生徒に忘却術を掛けようとした事から今までのペテンが全て露見し、ロックハートはアズカバン送りになった、どうでも良い事だが。

 

だが俺の心は穏やかでは無かった、そこにはダンブルドアに対する凄まじい怒りが渦巻いていたのだ。

よくも俺の居ない時にパーティを…!

そう、俺はあの後精密検査という事で聖マンゴ魔法疾患障害病院に入院する羽目になったのだ、別に異常は無かったので明日には退院らしいが…

一体どれ程美味い物が出ていたのだろうか、そう考えると夜も眠れない、ここで出るのは消化にいい不味い白湯だけだ。

俺は温くなった白湯を胃に流し込みながら、恨みつらみの言葉をつづっていたのだった…

 

 

 

 

それから瞬く間に時は過ぎ、夏の湿った風の中、俺達はホグワーツ特急に乗り込んでいた。

目の前には一年前と変わらない、生徒達が夏休みの予定を話し課題に対する不満を吐き出す、無難で平和な光景が広がっていた。

 

「今年も終わったねー…」

 

そして隣には、どことなく凛々しくなった顔をしたキニスが座っていた。

 

「いやはや、それにしても怪物が水道管を壊してくれて本当に良かったよ、でなきゃ死んでたね。

パパやママに自慢…したら卒倒しそうだから辞めとこ」

 

キニスは軽く笑いながらそう言った。

そうだ、この平穏な光景を取り戻した要因の一つは間違いなくこいつだ、こいつが居なければ怪物の正体は分からなかっただろうし、犠牲者も更に増えたかもしれない。

 

「………」

 

「………」

 

そして沈黙が流れる、だがそれは暗く淀んだ水では無い。

綺麗に澄んだ、心地の良い物が俺達の間を抜けていく。

 

「…キリコ」

 

「…何だ」

 

「…死なないでね」

 

「…何故そんな事を聞く?」

 

「いや、今年も見事に死にかけてたから…また心配になって」

 

一年前は死の呪いを喰らい死にかけ、今年も似たような事で死にかけた。

こいつは今年になっても何も変わっていないな、自分も死にかけたのに俺を心配しているのだから。

 

「…それはお前もだろう」

 

「それを言われると痛いです」

 

キニスは笑っているが俺からすれば全く笑えない、俺からしてもキニスが死ぬ事等あってはならないからだ。

 

「お前もだ、…少しは注意しろ」

 

「あははは、まあ今年みたいな事はもう起こんないでしょ」

 

「………」

 

「ちょっと、怖い、無言怖い」

 

果たして来年は無事に来るのだろうか…言いようの無い不安が俺を襲った。

 

また一年が終わった。

継承者の脅威は去り、学校は平和を取り戻した。

だが、俺の心の中にはキニスの言葉が何度も巡っていた。

…しかしその願いを聞き入れる事は出来ない、俺は死ぬためにここに居るのだから。

この二年で基礎は固まった、そろそろ本腰を入れても良いかもしれない。

俺を殺す魔法は果たしてあるのか…それを知るものは何処にも居ないだろう。

だが、それまで、その時までは…

俺は生きよう、力の限り、それを悲しんでくれる友が居るならば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

コツ…コツ…コツ…

 

「………」

 

「クィリナス・クィレル、…出ろ」

 

「…フフフ、とうとう吸魂鬼(ディメンター)接吻(キス)の時間が来たんですか?」

 

「チッそうしたい所だったが、そうもいかなくなった。

お前は一体何者なんだ?…出ろ、お前の無罪が明らかになった」

 

「…何?」

 

「魔法大臣秘書が証言したんだ、「クィリナス・クィレルは死喰い人残党に″服従の呪文″を掛けられていた」…とな」

 

「魔法大臣秘書だと…?」

 

「そうだ、よってお前は無罪放免、晴れて出所だ」

 

「………」

 

「あっそうだった、そいつから伝言だ、「死喰い人の疑いが掛かっていたら仕事に困るだろう、雇ってやる」だとよ、全く仕事まで斡旋してくれるとは随分気に居られてるらしいな?」

 

(一体…何が…?)

 

 

―クィリナス・クィレル 出所―

 

 




幸福は質量の無い砂糖菓子、もろくも崩れて再びの地獄
懐かしやこの匂い、この痛み
我はまだ生きてあり
鼠に欺かれて、鬼に喰われ、獣の本能に身を任せ、ここで堕ちるが宿命であれば、せめて救いは揺らめく怨磋
ハリー・ポッターとラストレッドショルダー、第二十七話『回帰』
幽なる獄の門が開く



デレレレレレン!(ドン引き) デッテッテッテ デッテッテッテ………
という訳で秘密の部屋篇完結です!
すがすがしい程の予定調和でしたね。
ってか完全に野望のルーツの再現でしたとさ。

またしばらく空くと思いますが、次章もよろしくお願いします。


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「アズカバンの囚人」篇
第二十七話 「回帰(Aパート)」


皆さんこんにちは、鹿狼です。
アズカバンの囚人編ですが、
上の(Aパート)を見れば分かる通り、
全5話 前後編構成の実質10話でお届けいたします。
それではよろしくお願いします。


煉瓦の抜けた先に広がるこの景色も変わっていない、子供たちは元気に走り回り行き交う人々は重そうな荷物を抱えているがその足取りは軽やかだ。

だがここは違う、暗く湿った路地に子供の気配は無くすれ違う人も居ない、たまに居るのは浮浪者、乞食、そして漆黒のローブを深く被った連中、そこに明るさや楽しさは無く陰鬱な空気が霧の様に立ち込めていた。

 

俺は今ノクターン横丁を一人静かに歩いている、だが去年の様にあても無く彷徨っている訳では無い、明確な目的を持ってここを訪れたのだ。

ボージン・アンド・バークスの脇にある先の見えない路地の先、街頭も店の照明も無い場所にその店はあった。

″非合法マグル用品専門店 プランバンドール″

釘一本で杜撰に打ち付けられた木片には、霞んだ文字でそう書かれている。

 

少し埃を被ったその扉を開くと立てつけが悪いのか扉が軋む音がする、そして現れた店内はマグル界の道具が所狭しと並べられており、それを最低限の赤い照明が不気味に照らしている。

置いてある商品は質の悪そうなガソリンに壊れかけのガスコンロ、この自転車に至ってはどう見ても中世頃の品物なのに『最新鋭!』と大嘘が書かれている。

 

つまる所ここに置いてある品物はそのほとんどが粗悪品なのだ、つまり本当に役立つ品物は何一つ無い。

だがそれが俺にとって問題になる訳では無い、俺の目的は最初からこの粗悪品達ではなく、この店の″本当の商品″なのだから。

最初それに気付いたのは去年の時だ、あの時ここを通りかかった俺は″ある臭い″を嗅ぎ取っていた、だがその時は商品を買っても置き場が無いので断念していたが―――

去年、絶好の隠し場所を見つける事ができた、だからこそ今俺はここにいるのだ。

 

「…ククク、随分若いお客さんだねぇ、迷子かぃ? 早くママの所へ帰った方が良いぞぉ、人攫いに連れてかれちまうよぉ?」

 

奥の暗闇からボロボロのマグルの服を着た店主が現れた、その表情は読み取れなかったが話し方でどんなヤツかは予想できる。

 

「…銃を売っているか?」

 

俺の一言にヤツの眉が少しだけ動いた、だが暫くの沈黙の後ヤツは不気味に笑いながら否定を返してきた。

 

「ヒヒヒッ生憎ですがぁ、うちではそんな物騒な物は扱ってなぁいんですよぉ…」

「ならば何故火薬の臭いがする」

「!」

 

眉が先ほどよりも大きく動き、細い目を見開く。

そうだ、臭い、俺は以前嗅ぎ慣れた火薬の臭いをここで嗅ぎ取っていたのだ。

ヤツは近づくと、俺の周りを回りながらまるで品定めをするかの様に凝視して回り、最後に俺の顔を覗き込んできた。

 

「………」

「………」

「…合格ですよぉ、ではこちらへどうぞぉ」

 

何だかよく分からないが合格したらしい、ヤツは不気味に笑うと俺を店の暗闇の底、奈落まで続くような螺旋階段へ案内した。

ヤツの持つライト以外まともな光源も無く、一歩一歩慎重に足を進める、その度に階段が今にも壊れそうな軋みを上げていた。

 

「いやぁ…すみませんねぇ、私の店では銃だけは簡単に売らない様にぃ、してるんですよぉ」

「………」

「なにせぇマグルの象徴みたいな物ですからねぇ、マグル友好派も純血主義者も、積極的にぃ摘発してぇ来るんですよ。

ですから、こぉうして簡単にお客さんを通ぉさない様にしてるぅんですよ…」

 

奈落へ下りながらヤツはどこか楽しげにそう語っている、歩きなれているのか、それとも少し興奮してるのか不安定な足場を難なく移動しており、俺はそれについて行くので精いっぱいだった。

 

「なら何故俺を通したんだ?」

「それですかぁ、まず貴方は火薬の臭いをしっていました、そして目ですよぉ」

「…目?」

「えぇ、これだけ長く生きてればぁ分かります、貴方の目は子供の目では無い、戦い…もぉしくは人生に疲れてぃらっしゃる。

そこから、貴方はきっと銃を使い慣れている…なら銃をちゃぁんと買ってくれると考えたのですよぉ」

 

自慢げに語るヤツに対し俺は正直驚いた、目を見ただけでそこまで分かるとは。

ようやく階段を降り切る、そしてヤツが壁にランプを置くと、暗闇の中を光が走り、部屋全体を白くハッキリと照らす。

そしてその部屋が明らかになる、そこには壁一面に色とりどりの銃火器、そして親切な事に演習場まで配備されていた。

 

「………!」

「まぁ、説明は要らないでしょうから、どうぞご自由に」

 

壁に立てかけられた銃を片っ端から手に取ってみる。

AK-47、M1911A1、RPG-7…

至れり尽くせりとは正にこのことか、だがよくよく見るとどれも細部が異なっている事に気づく。

 

「…これはカスタム品か?」

「あぁ、はい、魔法界でも使えるよぉうに調整してぇあるのです、例えばホグワーツなどでは複雑なマグルの道具は使えなくなってしまいます。

なので、一部のぉ機構を魔力で作動させたり…認識阻害の呪文を掛けておいたのです」

 

ヤツは当然の様に言っているがそれは並大抵の事では無い。

ホグワーツに掛けられている呪文は何れも強力なものばかり、中にはダンブルドアでさえ知らないような古代呪文もある。

それを平然と出し抜いているこいつは一体…

だがまあ、それを気にしていても仕方ないだろう、今はどれを買うかを決めるべきだ。

 

棚を物色していると一丁の銃が目に入った、それは何てこと無い大型の回転銃であったが何故か手に取らずにはいられなかった。

それを手に取ると、拳銃とは思えない重量が俺の体全体に圧し掛かってくる、だがそれは自分でも信じられない程しっくりきた。

それを両手でホールドし姿勢を安定させる、そして撃鉄を上げトリッガーを一気に引く。

 

「………ッ!」

 

異常な反動、鼓膜を震わす轟音、瞼を貫くマズルフラッシュ、その衝撃は13歳の俺の肉体にはあまりに大きい。

だが肉体とは裏腹に俺の心は懐かしい記憶を脳裏に映し出す、そして銃口から漏れ出す火薬の臭いが鼻を刺激するが悪くなく、むしろ安心を与えてくれる。

この銃を使うには少し取り回しが悪いだろう、だがそれで良い、この重さが俺を守ってくれる、俺はそう確信していたのだ。

 

「…お決まりですか?」

「ああ、こいつを貰うぞ」

「ケケケ…それはどうも、…でも大丈夫ですかぁ? よりによって″ブラックホーク″なんて…」

 

確かに13歳、いや子供が使うには無謀な代物だが俺にとっては問題ない、前世ではこれ以上の化け物を振り回していたのだ、この程度の銃なら容易いだろう。

俺は代金の金貨をローブから取り出し、代わりにそのリボルバーを胸に収めた。

 

「キヒヒヒ…お買い上げありがとうございますぅ、いやぁ久しぶりぃの上客で嬉しくなりますねぇ。

…そうだ、特別ぅサービスで良いぃ事を教えて上げます」

「良い事?」

「えぇ、ホグワーツの8階廊下の突当りの壁で、″物を隠す場所″と考えながら三往復してくだぁさい。

武器を隠すのにぃ良いぃ所がありますよ…」

 

武器を隠す場所か、既に良い所を見つけてしまったのだが…

まあどちらに隠すかは試してから決めればいいだろう。

 

「…所でぇ、何故それをお買い上げにぃ? やはり護身用ですかぁ?」

「…そんなところだ」

 

そう、この銃を買った理由は単に護身用に過ぎない、他の重火器は後々AT用に使うとしても流石にハンドガンでは有効打になりえない。

つまりこれは最終手段だ、魔力も切れ杖を無くした場合に備えての、まさに最後の隠し弾という訳だ。

 

「やっぱりそぉうですか…最近物騒ですからねぇ

「物騒? 何かあったのか?」

「知らないんですかぁぁ! ヒヒヒ…あの凶悪犯″シリウス・ブラック″がアズカバンから脱獄したんですよぉ!」

「シリウス・ブラック…」

 

シリウス・ブラック、ヴォルデモートに最も忠実な僕であり、そしてマグルを12人虐殺し魔法使い一人を殺害した男。

それがアズカバンから脱獄した、あの難攻不落と呼ばれたアズカバンから…

いやおかしくは無いだろう、不可能な事などあり得ない、それが世の常なのだから。

もしあるとすれば、それはきっと俺を―――殺す事かもしれない。

 

 

*

 

 

「あっはい、これフランス旅行のお土産」

「…これは?」

「ボーバトン名物″ボンバートン団子″爆発に気を付け―――」

 

ドグオオオオン

 

「………」

「…ば、爆発する団子…!」

 

誰が買って来たんだ、誰が。

どうやら俺は何処へ行っても爆発から逃れることは出来ないらしい。

誰かみたいなアフロヘアーを披露したキニスを眺めながら、俺はさっきの団子を慎重に食べていた。

味は悪くないが…

扉から煙を出すコンパートメントを見て何人か来たが、俺を見た途端納得した様子で帰って行った、どうも以前の″図書館爆発事件″以来あらぬ噂が広まっているらしい。

 

換気の為に窓を少し開ける、空は分厚い雲が稲光を放ちながら雪崩のような雨を大地に叩きつけている、新学期というには余りに暗い天候。

特急の車体が呻くような軋みを上げ、時折跳ねるような激しい揺れを起こしていた。

 

「あ、聞いた? シリウス・ブラックの事」

「それか…」

 

先ほどから列車の中を歩くと、聞こえてくる話の三回に一回はシリウス・ブラックの話題だった、隣のコンパートメントに居るハリー達もその話をしているらしい。

だがほとんどはその事を恐れていない、まあ今から行く場所は魔法界で最も安全と言われている場所だ、そう考えるのも無理は無い。

 

「でも何で脱獄したんだろうね…例のあの人もう居ないのに」

「…どうやら、ヤツはヴォルデモートが生きてると考えているらしい」

「へー、…でも何でそんな事知ってんの?」

「…知り合いからだ」

 

嘘では無い、付き合いが短いだけの知り合いだ。

例のマグル商品…もとい武器商人からの情報である、何でも魔法省関係に知り合いが居るらしい…本当に何者なんだろうか。

 

「じゃあ目的は例のあの人探しってことかな?」

「…恐らくな」

 

今のは嘘である、俺はヤツの目的を知っている。

それは…ハリーの命だ。

ヤツはヴォルデモートを打倒したハリーを殺すことで、最高の名誉を貰おうとしているらしい。

―あいつはホグワーツに居る―

…やはり俺には理解できなかった、名誉、栄光、地位、それを求めること、救済の様にすがる事、興味を見出すことはやろうと思ってもできない、だがそれは達観では無く、ただの諦めなのではないだろうか?

ふとそんな事を考える、いやどちらでも良い事だ、そのいずれも、そうでないささやかな夢も手に入れることが出来ない俺にとっては関係ない話だ。

 

だが今持っているのが一つだけある、ブラックの目的を言えばまたこいつは首を突っ込みたがるだろう、俺の身勝手な願望かもしれないが…こいつが命の危機に晒されるのは極力避けたい。

その親友を手からこぼさないために、今俺は一つの嘘をついたのだ。

 

しかし、分からない事はもう一つだけあった。

何故ブラックは『あいつはホグワーツに居る』と言ったのだろうか―――

その時。

 

「!」

「ありゃ? 故障かなあ」

 

照明が消えたと思った瞬間列車が急停止した、ここだけかと思ったが他の何処にも光は見当たらない。

どうやら列車全体が停電しているようだ、心なしか空気まで冷たくなった様に感じる。

 

「!? キリコ! これ!」

 

キニスが跳ねるように窓から離れる、その窓は豪雨で濡れていた―――筈だった。

打ち付ける雨は瞬きしている間に雹へと変わり、窓を流れる雨粒と共に全体が凍り付いて行く。

気のせいでは無い、明らかに気温が急速に下がっている。

これはただの異常気象では無い、俺は窓に打ち付ける雹の悲鳴と身に纏わりつく冷たい悪寒から今起こっていることの恐ろしさを実感していた。

 

「ど、どうなってんの!?」

「落ち着け…状況を確認してみる」

 

まず状況確認が先決だ、そう考えた俺はコンパートメントの扉を開いた。

…だが、この扉は地獄への門だったのだ。

 

「!?」

 

扉を開いた瞬間、そこから川の様な炎が溢れだしてきた。

その衝撃に思わず瞼を閉じる、だがその時俺の耳にある音が聞こえた。

重く、画一的に。

均一に、統率された鉄の軋む音。

俺はこの音を知っていた、焼かれているにも関わらず感じる冷たさの異常さも忘れ瞳を凝らす。

 

焼かれる人々、蹂躙される村々。

空を飛び交う鉄の爆弾、無数に続く鉄の背中。

そしてその右肩には、忌まわしい鮮血がこびりついていた。

そう、炎の先にあったもの、それは―――

 

「レッド・ショルダー…!」

 

周りは既にコンパートメントでは無かった、緑の大地が、青い空が赤く染まっていく。

無数の吸血鬼たちが群れを成し、サンサを地獄へ変えていく。

一体何が起こったのか、だがそれを考える時間すらない。

 

「ぐわあああああ!」

 

吸血鬼の炎が俺を焼く、あの日、俺の過去がズタズタにされた時の様に。

だが絶叫を上げながらも俺はそれを見続けた、あの時のように。

過去は俺を捕えて離さないのか?

あの時振りほどいたとばかり思っていた悪夢の中に俺は居た。

それでも見続けたのはきっと、心を壊さないためだったのだろう。

地獄の炎が俺の憎しみの残り火を再び燃やす、それが俺の精神を支えていたのだ。

 

遠くから聞こえるキニスの悲鳴、そして聞こえて来た声は何故か誰かに似ている様だった。

炎に焙られながら感じる冷たさ、意識を失っていく俺は知った。

ホグワーツ、そこは地獄、いや幽獄になっていたことを。

そして今年もまた、平穏など訪れない事を―――

 




開幕不幸のキリコ、
流石不幸の御曹司と言った所か。
あ、あと作中の時間が大きく空く時ように*を導入してみました。
では後編に続く。


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第二十七話 「回帰(Bパート)」

今日は不死鳥の騎士団放送ですね、
このへんでピンク婆の活躍を思い出し、
どうブッ飛ばすかを考えておきます。


「…焼き払え! ―――全てだ! 全て焼き尽くせ!―――」

 

目の前も見通せない炎の海から声が聞こえる。

無数の赤い鉄鬼兵が隊列をなし、全てを塵に帰していく。

建物が、大地が、老いも若いも炎に焼かれ、大地に断末魔の悲鳴が鳴り響く。

 

炎に、熱に、煙に巻かれ次々と倒れ伏す子供たち、その中で俺はヤツを睨み付ける。

ヨラン・ペールゼン、俺の全てを狂わせたあの男に憎しみの炎を燃え上がらせながら。

そして俺は走り出す、同じく取り残された少女に向かって。

…そして俺は炎に焼かれる、その瞬間俺の視界は真っ黒に塗りつぶされた―――

 

 

 

 

「―――!!」

 

ブラックアウトした視界、それが光りを取り戻した時見えたのは既に見慣れてしまった医務室の天井だった。

体の神経が蘇っていくのと同時に全身がべたついた汗と寒気を感じ取る。

…一体何が起こったのだろうか、コンパートメントの扉を開けた瞬間そこから炎が噴き出し、気が付けば俺はサンサに居た、覚えているのはそこまでだ。

…何故今になってあの悪夢が蘇ったのだろうか、先ほどまでの悪夢を思い出し全身が冷たくなるのを感じていると、カーテンが開かれた。

 

「おや、意識が戻ったようだね」

 

カーテンから顔を出してきた男は、心なしか声が俺に似ている気がした。

だが見た目はだいぶやつれている、目には深い隈があり、ローブは継ぎ接ぎ、白髪交じりの髪の毛と下手したら浮浪者と間違われそうだ。

 

「…あんたは?」

「ああ私かい? 私は″リーマス・ルーピン″、今年から闇の魔術に対する防衛術の教授としてホグワーツに赴任したんだ」

 

その一言で俺は全身に先ほど以上の震えを感じた。

闇の魔術に対する防衛術、それは俺がかつてもっとも期待していた科目である。

だが一年目は犯罪者、二年目は人間のクズ、一人としてまともな授業をする教員は存在しなかった。

…目の前の男は果たして大丈夫なのだろうか、その震えを勘違いしたのかヤツは胸元から何かを取り出してきた。

 

「チョコレートだ、食べるといい、体が温まる」

「…ありがとうございます」

 

渡された蛙チョコレートを口の中へ放り込むと、じんわりとその甘味が温かく全身に回っていく、心なしかいつもと比べ美味しく感じた。

 

「やはり吸魂鬼に襲われた時はチョコレートに限る」

「…吸魂鬼?」

「何だ覚えていないのかい? 君は列車内に侵入してきた吸魂鬼に襲われて気絶してしまったんだよ」

 

吸魂鬼の事は知っている、アズカバンの看守でありこの地上でもっとも穢れた生き物、人の幸福を喰らいつくし絶望しか残さない恐怖の存在。

だがそれに襲われた覚えは無い、扉を開いた時にいたのは吸魂鬼ではなく吸血鬼だった筈だ、というより何故吸魂鬼が列車内に侵入したのだろうか、あいつらはアズカバンで一括管理されていた筈。

 

「…すみません」

「ん? どうしたんだい?」

「そもそも何故吸魂鬼が居るんですか?」

「ああ…そう言えば説明を聞けなかったんだよね」

「?」

「昨日の入学式の時ダンブルドア校長が説明して下さったんだけど、その時君はまだ寝込んでいたんだ」

 

昨日、その言葉に俺は思わず窓の外を見る、そこには美しいホグワーツ湖に真っ赤な空と地平線まで伸びる夕焼けが映っていた、雲の切れ間には小さな黒い物が飛んでいる。

丸一日中寝続けていたという事態に俺は驚いた、あの出来事が一体どれ程負担になっていたのだろうか。

 

「あー、じゃあ説明するよ、シリウス・ブラックが脱獄したのは知っているね?」

「はい」

「で、そのシリウス・ブラックがホグワーツに侵入したら大変だ、という事で魔法省が―――」

「吸魂鬼を警備につかせたと?」

「…その通りだ、ダンブルドア校長は反対したんだけどね」

 

やはり先ほど空に居た黒い影は吸魂鬼だったか。

ルーピンはチョコレートを食べながら深いため息をついた、こいつも吸魂鬼の配備に良い感情は抱いていないらしい。

それは当たり前の反応だろう、むしろ承認している魔法省がどうかしている。

というのも吸魂鬼に目は無い、ついでに言うと人間以外の生き物も認識できない。

よっていつ誰が襲われてもおかしくないのだ、現に俺も襲われている(記憶に無いが)。

 

「さて、私はそろそろ失礼するよ、君も今日は休んでおきなさい」

「はい、ありがとうございます」

 

外を見ればもう日は落ち、吸魂鬼も闇の中に紛れ始めていた。

夕食を食べに行きたかったが、マダム・ポンフリーに今日一日は休むように言われてしまった為叶わなかった。

 

布団の中に入り瞼を閉じ寝ようとするが、中々寝着く事はできない。

眼の裏に地獄が見えることこそ無かったが、呼び起された悪夢が簡単に離れることもないのだ。

そのトラウマは体に纏わりつき、俺はいまだ悪夢の中でもがいている。

何故あの時サンサが現れたのか、それは吸魂鬼の仕業だったのだろうか、一瞬とはいえ蘇ったそれが安らぎを与える筈も無く、心に乱れたモノを残したまま悪夢ではないただの夢の中へと俺は落ちて行った。

 

 

*

 

 

「いやー、大丈夫だった?」

「何とかな」

 

禁じられた森へ歩きながら二人で話す。

俺が意識を取り戻した翌日の授業の一つ、″魔法生物飼育学″で実習をするためだと、新任教師になったハグリッドは言っていた。

だが昼間とはいえ森は暗い、何人か木の根や穴に引っかかり転びかけている、俺は歩きなれているからいいが他の連中は中々大変そうだ。

そうこうしてる内に開けた場所に出る、そこには鳥か馬のような生物が堂々とした佇まいをしていた。

 

「こいつは″ヒッポグリフ″ちゅう生きもんだ、俺はバックビークって呼んどる」

 

ハグリッドがそう呼ぶと、名前に反応したのかそれは前足を上げ嬉しそうな咆哮を上げるが生徒達はそれに驚き数歩後ろへ下がってしまった。

 

「ああ怖がるこたあねえ、こいつは穏やかな性格だから大丈夫だ」

 

ハグリッドがそう言っても尚何人かの生徒は怯えている、まあ確かにハグリッドが要領の良いヤツでは無い事は全員知っている、その言葉を信用しきれないのだろう。

その後ハグリッドによるヒッポグリフの説明が入った。

その概要は簡潔に言うと、基本的に温厚、ただし侮辱されると激怒するので礼儀良く接しなければならない、―――つまりお辞儀をすることらしい。

 

とどのつまり変な気を起こさなければ何てことは無い安全な生き物という事だ。

説明が終わり、早速選ばれたのはハリーだった、ちなみに受講人数が少なかったので四寮合同での授業である。

 

ハリーが近づいて行くが近すぎたのかヒッポグリフが威嚇をする、それに怯んだハリーはハグリッドが注意する前に退いてしまった。

再度近づいて行くハリー、今度は適切な距離だったのかヒッポグリフもゆっくりと近づいてくれている。

そして少し震えながらお辞儀をする、暫くたちヒッポグリフも頭を下げた…かと思った瞬間その鋭い嘴でハリーの首元を掴み、自分の背中に投げてしまった。

 

「わあああああ!?」

「おお! バックビークに気にいられたみてえだな!」

 

予想外の事態に悲鳴を上げるハリー、そんな事気にしていないかのごとくヒッポグリフはその巨大な翼を広げ飛び立って行ってしまった。

 

「か、かっこいい…」

 

大空を飛翔するヒッポグリフを見ながらキニスは目を輝かせていた、確かにあれだけ巨大な生物がここまでの速度で飛翔する光景は凄まじいの一言に尽きる、他の生徒達も口を開けながら感歎の声を漏らしていた。

 

ハリーが戻ってきた後は当初の予想通り授業はつつがなく進行していった。

その背中で空を飛び、帰って来た生徒は皆興奮を残している、キニスは飛行中ヒッポグリフをひたすら撫で続けるという奇行に及んでいたみたいだが。

 

「もふもふ、かわいい」

「………」

 

そして俺の番となった。

俺とヒッポグリフの視線が交差し、目を逸らすことなくゆっくりと歩いて行く。

 

「………」

「………」

 

適切だろう距離になったのでお辞儀をしようと思ったが意外な事が起こった。

ヒッポグリフの方からお辞儀をしてきたのだ。

 

「おお!? お前さんよっぽど気に居られたらしいな」

 

生徒達はおろかハグリッドまで驚いている、一体何故ヤツからお辞儀をしたのだろうか、その理由を考えている内に俺の体は宙を飛んでいた。

 

「………!」

 

俺の知っている空からの光景と言えば、真っ赤に染まった大地か歓迎の弾幕くらいだ。

視界いっぱいに広がる光景、それは圧倒的な物だった。

どこまでも続く空、雄々しくそびえ立つ山々、全身で風を切る感覚。

それは俺が生きて来た中で間違いなく最も美しいと呼ぶことができた。

この速さ、あのバケモノ箒よりも速いかもしれない。

 

崖を渡り、湖を駆け、木々の間を飛んだところで広間に戻って来た。

暫くの間俺は意識を失っていた、その壮大かつ圧倒的な光景は、いつか向き合わなければいけない現実を少しだけ忘れさせてくれるのだった。

…その後マルフォイがしでかさなければ、だったが。

 

 

*

 

 

 

崩壊というものには二種類ある。

一つはゆっくりと崩れていくもの、雨に風に打たれ削られる石像のようにに消えてゆく。

もう一つは一瞬で崩れるもの、ほんのした一点から何もかもが崩れ去る。

ハグリッドの授業は後者の方だった。

あの後マルフォイが俺のマネでもしようと考えたのか、ヒッポグリフを無造作に触ってしまい結果としてヤツは腕の骨を折ってしまった。

 

それだけなら良かったのだが、あいつの父親は無駄に権力を持っていた。

魔法省は大騒ぎ、如何なる理由があろうと生徒が傷ついたのは教師の責任に他ならないといい、ハグリッドは停職中、しかもヒッポグリフは危険生物扱いされ鎖に繋がれてしまった。

 

揚句の果てにマルフォイは一体何が憎いのか、ハグリッドとヒッポグリフの悪評をこれでもかと言いふらしている、まあ人望はご覧のとおりなので効果は薄いようだが。

それにまたハリーが突っかかっていき、あいつらはまたもや注目の的になっているのであった。

 

「…ここか」

 

そんな騒ぎをしり目に俺は8階の突当りにある石像の前に立っていた。

そう、例の武器商人が言っていた″必要の部屋″を確かめるためである。

確かやり方は『物を隠す場所』と唱えながら三往復する、だったか。

周囲に人がおらず、ゴーストの気配も無いことを確認してから壁の前に立つ、

 

(物を隠す場所、物を隠す場所、物を隠す場所…)

 

そう唱えながら石像の前を三往復すると、武器商人の言っていた通り小さな扉が出現していた。

見つかったら面倒事になりそうなので素早く扉の中に入って行く、そこには箱が幾つも、まるで階段の様に、かつ扉を囲うように配置されていた。

周りを見渡すと机、本、ティアラ、クローゼット、マッスルシリンダー、統一性も何も無く色々な物が無造作に積み上げられている。

箱の中を覗いてみるとその底は10mくらいだろうか、蓋には鍵が刺さりっぱなしになっている所を見ると鍵付きロッカーみたいな物らしい。

だがこの深さだと取り出す事ができなそうだが、試しに羽ペンを落とし、それに向かって手を伸ばしてみる。

すると穴底の羽ペンは浮上し、吸い寄せられるように俺の手元に納まった、こういった仕掛けらしいな。

 

なるほど、確かに物を隠すには適しているだろう、しかし″目くらまし術″を使ってもここまで来るには人通りが多い。

だからといってあの館に鍵付きロッカーは無い、一長一短、どちらにするか…

 

しかし箱を見渡し終えた時点で、俺はどちらに隠すか即決した。

何故なら箱の一つが使用されていたからだ、これはつまり俺以外にもこの部屋、もとい箱を利用している人間がいるという事実を指し示している。

それは誰かと鉢合わせる可能性が極めて高いということ、よって隠し場所はあの館に決定した。

 

コツ…コツ…コツ…

 

「!」

 

その時扉の向こうから足音が聞こえて来た、瞬発的に箱の影に身を潜める、それと同時に人が入ってきた。

 

「~~~♪」

 

鼻歌を歌いながら入って来たのは占い学の教員″シビル・トレローニー″だった、手元にはシェリー酒の瓶と小さな鍵を嬉しそうに抱えている。

…こいつが使っていたのか、聞こえて来た珍妙な歌と何ともいえない感情に思わず力が抜ける。

シェリー酒をしまい部屋から出て行き、暫く経った所で俺も部屋から出て行った。

 

「!?」

 

扉を出るとシビル・トレローニーが俺に向かって立っていた、まさか気付かれてたのか? だが様子がおかしい、目線はあらぬ方向を向きまるで気絶しているように見える。

…持病か? 心配になったのでマダム・ポンフリーを呼びに行こうとした時、トレローニー―――のような何かが語り始めた。

 

『不死鳥が蘇る時 世界を渡った翅が合い見舞う

千古不易なる右の翼、世界を見渡す左の翼

翅が絡み合い 放たれる そして鳥の一片は歌を知る 

賢者が語る千古不易のわらべ歌』

 

「………」

「………あらっ? 貴方一体どうしたのこんな所で?」

「!? いえ、何でもないです」

「あらそう? ならいいけど。

…まさか、見た? そこの石像」

「!?」

「いえいいのよ? 私は言わないから。

…代わりにお酒の事も言っちゃ駄目よ」

 

彼女はそう言い残して帰って行った、本当に一体何だったのだろうか…

 

シビル・トレローニーの残した謎の言葉、その意味は考えても全く分からなかった。

しかし、妄言と切り捨てることもできなかった。

確固たる理由など無い、だがあの言葉に俺は予感めいたものを感じ取っていたからだ。

シリウス・ブラックの回帰、吸魂鬼、トレローニーの言葉。

一つだけ分かるのは、今年も平穏に終わる筈が無いという悲観のような、もしくは達観のような諦めだけが俺の中に渦巻いていた。

 




荘重なる欺瞞、絢爛たる虚無
律を謳い、秩序を司って一千年
不可侵海域にあって獲物を睥睨する大監獄が、消えたる畜生を求める
ハピネス・キャン・ビー・ファウンド
イブン・インザ・ダーケストオブタイムス
ハリー・ポッターとラストレッドショルダー、第二十八話『ディメンター』
空白の魂魄が饑渇する



次回はボガート登場です、
さあ何が出るか。
…やべえ、候補が多すぎるぞ、どうすんだこれ。


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第二十八話 「ディメンター(Aパート)」

参考と趣味がてら色々なポッターSSを回ってますが…
完結してる作品信じらんない程少ないな…

まあ、完結できるようコツコツ頑張っていきます。


教室の雰囲気は今までになかったものだ、一昨年は大蒜、去年はけばけばしいピンク一色だったが今目の前に広がるのは無駄な装飾も臭いも無く、最低限の品物だけが整理され置かれている。

これだけを見れば今年の″闇の魔術に対する防衛術″はまともと思えるかもしれない、だがそうと言い切れる訳では無い、その期待と不安によって生徒達は騒めいていた。

 

「ルーピン先生かあ、今年の先生は頼りになりそうだね」

「…どうだかな」

 

リーマス・ルーピン、以前医務室で話した時感じた印象からすると、前任者ほど酷い授業にはならないだろうがそれでも油断は禁物だ。

俺は今までの授業のせいで疑心暗鬼に陥っているのだった。

 

「いや、あの先生は絶対頼りになるよ、この前キリコが吸魂鬼に襲われた時も白い光であいつを追い払ったんだもん」

 

そうか、あの時意識を失う中で見た光は″守護霊″だったのか。

だが守護霊の呪文はかなり高難度だと聞く、それを扱えるという事実を知った事で俺はようやく期待を膨らませることができた。

そして騒めく教室の中にそいつが現れた。

 

「やあみんな、今年からこの教科を受け持つことになったリーマス・ルーピンだ。

準備してくれた所悪いんだけど、今日は教科書を使わないのでしまって、杖だけ持っててくれ」

 

そして教科書をしまい、机をどかすように指示を出す。

広いスペースを確保したところでヤツは奥の教員室から古ぼけた箪笥を持ってきた。

無論ただの箪笥の筈は無い、ガタガタと激しく揺れているそれは何かの存在を強く主張していた。

 

「この中には″ボガート″が入っている、君達にはこれからこいつと戦ってもらう」

 

その一言で途端にどよめき始める、どんな物とはいえ初めて相対するときは一定の恐怖を伴う、ましてや妖怪どころか戦闘経験も無い生徒達が脅えるのも当然の事だろう。

ルーピンはそんな不安を和らげるような声で再度話し始めた。

 

「さて、ボガートがどんな妖怪か分かる人はいるかな?」

「形態模写妖怪です!」

「その通りだキニス君、ちなみにこの性質そのまま過ぎる名前は今だしょっちゅう議論の的になっているけど、この授業でやるのはそこじゃない。

ではキニス君が答えてくれたが、一体何に化けるのか分かるかい?」

 

キニスに続き、別のハッフルパフ生が手を上げ答えた。

 

「その人にとって一番怖い物です」

「正解だ、それも怖い物なら、生き物、物、音にまで化けることができる。

だがそれゆえに誰かと一緒にいればその脅威は激減する、何故かわかるかい?」

「誰に化ければ良いか分からなくなるからです!」

「素晴らしい、キニス君は良く勉強しているようだ、ハッフルパフに5点!」

 

連続回答で得た得点に思わずガッツポーズをするキニス、そして話は続く。

 

「そしてボガート最大の弱点は恐怖の反対、″笑い″だ、これには強い精神力が居る。

君たちは見ていて滑稽だと思わせる姿をボガートに取らせる必要がある。

呪文は簡単だ、『リディクラス -ばかばかしい』、では一緒にやってみよう、さん、はい!」

「リディクラス! -ばかばかしい!」

「よし、だがこれだけでは完璧とは言えない、実際にやってみないと分からないこともあるだろう。

じゃあキニス君、こっちに来てくれるかい?」

 

見本として呼ばれたのはキニスだった、どうも先日のヒッポグリフの時と言い、こいつは動物とか妖怪とかその類に強い興味を持っているらしい。

 

「キニス君、君の一番怖いものは何かな?」

「えーと…、…バジリスク?」

 

騒めく教室からはフレッチリーの悲鳴が聞こえた、無理も無い、倒されたとはいえ怪物の恐怖はいまだ深い爪痕を残しているのだ。

特に直接襲われた二人はトラウマになっていてもおかしくないだろう。

 

「そうか、じゃあ思い浮かべるんだ、どうすればバジリスクが面白い見た目になるのかを。

皆もしっかり考えておいてくれ。

…浮かんだかい? じゃあ行くよ、3、2、1…!」

 

ゆっくりと、不気味に開かれた箪笥、だがいつまで経ってもバジリスクは出てこなかった。

代わりに出て来た物、それはベッドだった。

 

「あ…ああ…!」

 

凶荒状態に陥るキニス、やつれた目を限界まで見開き驚愕するルーピン、騒めく、いやパニックになりかけた生徒達。

当然の反応だろう、心臓に穴が空いた俺が出て来たのだから。

 

「こっちだ! リディクラス(ばかばかしい)!」

 

緊急事態と捉えたのかボガートの前にルーピンが割り込んできた、するとボガートは小さい銀色の球体へと変化、したと思ったらゴキブリへと姿を変え女子生徒の元へ迫って行った。

 

「!? キャアアアア!! リディクラス(ばかばかしい)!!」

 

絶叫と共に放たれた呪文により、ゴキブリボガートは床を盛大に滑ってひっくり返ってしまった。

その光景を見たことで生徒達は笑い出し、一先ずパニックから脱することは出来た。

 

「大丈夫かいキニス君、一先ず奥の教員室で休んでいてくれ」

「は、はい…」

 

ふらつく体を支えてもらいながらキニスは奥の部屋へ去って行った。

その光景に俺は複雑な感情を抱いていた。

当然疲弊していたキニスを心配していたが、それと同時にバジリスクに襲われたことよりも俺が死にかけた時の方がトラウマになっていること、それが意味する自分より俺のことを心配してくれたということに、ある種の嬉しさを覚えていたからだ。

 

だが逆に言えば、キニスは自分よりも俺のことを優先していることになる。

その行き過ぎたお人好しさを素直に喜ぶことは出来ない、だからこそ俺は複雑な思いを抱え込んでいたのだ。

 

「いや、すまなかった、キニス君は大丈夫だから安心してくれ」

 

戻って来たルーピンはそう言って授業を再開させた。

最初の内はキニスの反応を見てしまったことで恐る恐るやっていたが、次々と酷い醜態を晒すボガートを見てる内に順調になり始め、そしてついに俺の番となった。

 

…一体何になるのか想像もつかない、いや、恐い物が無いという意味では無いのだ。

むしろトラウマはうんざりするほどある、それ故にどれが出てくるのかサッパリ分からないのだ。

何が出てもいいように覚悟を決め箪笥の前に立つ、ボガートは少し停止した後何故か炎に包まれた。

…そして炎の中から出て来た物は。

 

炎の中からまず聞こえて来たのは軽快なマーチであった、だがその曲を聴いても心が軽くなる筈は無かった。

そして次に現れたのは壮年の男であった。

黒いサングラスの奥に見える眼光は鋭く、白髪が生え、皺が刻まれた体は老いていたがかつての過酷な訓練の成果を残している。

…ヨラン・ペールゼン。

 

周囲はキニスとは違った意味で騒めき始める、知らないおっさんが出てくれば当然の反応だ。

確かにこいつが出てくるのも納得だ、焼かれた過去、レッド・ショルダーの悪夢、俺の悪夢はほとんどこいつか″神″が発端となっているのだから。

だがいつまでもこいつを見るのは堪える、今更死んだ過去になど未練は無い。

 

「リディクラス -ばかばかしい」

 

呪文を唱えた瞬間、耳触りなレッド・ショルダーマーチは音程を激しく外し始め、ペールゼンは足が鳥みたいに細くなり、首から腰まで真ん丸に、そしてジグザグの髭が生えて来た。

全体的に言うと卵のような体形に早変わりしてしまった。

そのどっかのゲームで見たような姿に教室は笑いに包まれる、卵化したペールゼンは頭から蒸気を出し、まさにゆで卵その物になっていた。

 

 

 

 

「大丈夫か?」

「何とかね…」

 

全ての授業が終わり、寮へと戻るキニスの声はだいぶ疲弊しているようだった。

 

「………」

「………」

 

そして気まずい空気が流れだす、当然だ、自分の死体が現れてそれを笑い飛ばすことなど出来るはずが無い、授業自体は楽しい物であったが既に俺達にとっては苦いものに変わってしまっている。

 

「あー…なんかごめんね、あんなのを出しちゃって…」

「いや、お前が謝る必要は無い」

「そ、そう?」

「………」

 

またもや気まずい沈黙が空気を支配する、会話が続かないことは何時ものことだが、ここまで気まずい空気は久しぶりである。

まああの時のように、取り返しの付かないような空気と言う訳でもないので大丈夫だろうが…それでも俺の心は落ち着かなかった。

 

「そういえば…バックビークどうなっちゃうんだろうね」

 

この気まずい空気に堪えがたくなったのかキニスは話題を変えて来た、俺も辛くなっていたのでその話を繋げ出す。

 

「さあな、…だが簡単には終わらないだろう」

「まさか殺されちゃうなんてことないよね…」

「…ありえなくはないな、マルフォイの父親は未だに大きな権力を持っている」

 

普通に考えれば処分を受けるのはハグリッドの方だろう、しかしそうならない可能性がある。

ダンブルドアがハグリッドを弁護する可能性だ、もしもヤツが弁護をした場合ハグリッドの罪は軽くなり、恐らくしばらくの謹慎処分ぐらいにとどまるだろう。

だが軽くなった罪の埋め合わせは誰がする? マルフォイはあり得ない、ヒッポグリフが残りの罪を負うことになるだろう。

なら動物の罪の取り方は何がある? 殺処分、それ以外取りようも無い。

 

「何とかならないかな…」

「無理だな」

「ええ…そんな無情な」

 

無情と言われても本当にどうしようもない、一昨年去年と違い今回は犯罪では無く法による正当な手続きを得て行うものだ。

そうである以上ルシウス・マルフォイの介入があろうと、それを妨害することはできない。

ましてや子供ではどれ程騒いでも無駄だろう。

 

「…俺は用があるから、先に帰っていてくれ」

「あ、そう? 分かった …じゃあ後で!」

 

そうこうしてる内に寮への分かれ道へ着いた、だが俺は寮に戻らずキニスと別れ8階への階段を昇って行った。

 

 

 

ばれる危険性を考慮し、使わないと決めた筈の部屋、俺は再びそこに立っていた。

何故ここに居るのか、それは物を隠す為では無い。

必要の部屋、それは本人が必要とする物が置いてある部屋だ、だからこそ物を隠したかった時は、あの大量の箱が出て来たのだ。

…そこで俺は思いついたのだ、俺が必要としているのは箱では無い、ましてや銃でもない。

俺が最も欲するもの、それは俺を殺せる魔法だ。

だがそれは恐らく相当高位の闇の魔術になる、だからこそこの数年間、何度も閲覧禁止の棚にこっそりと侵入していたのだ。

 

…だがそこまでだった、魂や死に関わる禁書は粗方読みつくしてしまい、結局有効そうな呪文は見つからなかった。

しかしこの部屋の存在は光明だったといえる、もしかしたら…だが、ここになら閲覧禁止の棚以上の闇の本があるかもしれない。

そう考えた俺は今再びここにやって来たのだ。

 

あの時のように石像の前に立ち、周囲の気配を探ってから壁の前を歩き始める。

 

(闇の魔術を知れる部屋、闇の魔術を知れる部屋、闇の魔術を知れる部屋…)

 

三往復したところで目を開く、するとそこにはあの時と同じ扉が出現していた。

存在していればいいが…

僅かな不安を抱きながら部屋へと入って行く、するとそこの景色は以前と変わっていた。

しかし現れたのは以前のような部屋では無く、色々な物が無造作に置かれその間に狭い通路が続く。

その通路を辿った先には想像していた本棚などではなく、幾つかの本が置かれた小さな机が椅子と共に置かれているだけだった。

 

…上手くいかなかったのだろうか、しかし扉が出現した以上俺にとって必要な場所の筈、机にある本を読もうとする。

が、掴んだそれをうっかり落としてしまった―――

 

「!?」

 

落下したことで開かれた本はその中から緑の閃光…死の呪いを発射した。

だが下向きに開いたため呪いは地面を少し抉るだけ、不発に終わった。

 

…罠、というにはあまりに危険すぎる、予想外の地雷を踏み抜いたことにしばし呆然としていたが、少したち落ち着きを取り戻すと本を拾い直し、パラパラと下に向けながらめくることで安全確認を済ませる。

そして本の内容を見ると、そこには闇の魔術についての研究や考察が驚くほど詳細に書かれていた。

死の呪い、服従の呪文、磔の呪文、悪霊の炎・・・

許されざる呪文はおろか、それ以外の闇の魔術もこれでもかと詰め込まれ、これを書いた者の情熱が伝わってくるのを感じた、いや、ロクな情熱ではないだろうが。

 

だが、何故こんな危険な罠が仕掛けられているのだろうか、本の表紙を見直してみる。

 

「…なるほどな」

 

納得だ、こいつの持ち物だったならここまで過剰な罠があってもおかしくない、この本以外の本もかなり危険な罠が仕掛けられているだろう。

だがこの手の罠は不意打ちだからこそ最大の効果を発揮する、罠があると知ってしまえば対策は容易だ。

大方昔ホグワーツに在籍していたころの研究室代わりだったのだろう、忘れていたのか不要になったのかは分からないがありがたく使わせてもらおう。

その本の端には『トム・M・リドル』即ちヴォルデモートの本名が記載されていた…

 




キニスの方がとんでもないの出てきてんじゃねーか!
はい、真面目に考えた結果アレでしたとさ。
そしてキリコも何てもん見つけてんだか、
一体どうなることやら…


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第二十八話 「ディメンター(Bパート)」

後編はクィディッチ回でお届けいたします。
…特に言うことがねぇ。


今年こそは、と俺は意気込んでいた。

今までは散々なことばかりだった、終わり良ければ総て良し、逆に言うと終わりが駄目なら全て台無しとも言える。

トロール、バジリスクと事件ばかりが続き呪われているのではと疑い始めたころのハロウィン。

腹をすかせ、例の館でAT作成の練習をし疲労をピークに、その上シャワーを浴びて身も心も綺麗にし、いざ今年こそ楽しもうと思った矢先のことである。

 

「シリウス・ブラックが校内に侵入した、生徒達は大広間から動かない様に」

 

ダンブルドアの一言、その結果ハロウィンパーティは一瞬でお開き、安全を重視し今夜は大広間で眠ることに、その為美味そうな食事はあっと言う今に片付けられた。

 

 

 

 

「………」

「機嫌直しなよキリコ…」

 

翌日になり、学校を覆っていた不安の空気はだいぶ和らいだかに見える。

だが人生の楽しみを奪われたことへの怒りが簡単に収まる筈も無く、俺はブラックに対する怒りの念を燃やしていた。

シリウス・ブラック…必ず復讐してやる…

シリウス・ブラックは恐るべきことに、吸魂鬼の警備網を掻い潜りホグワーツ内に侵入、太った婦人をズタズタに引き裂いたのだ。

尚太った婦人とはグリフィンドール寮の談話室を守る絵画のことであり、現在ストライキ中である。

 

「ハリー大丈夫かな、ブラックの狙いってハリーなんでしょ?」

 

ハリーはブラックを警戒しているのか、あの日以降常に誰かと行動するようにしている。

さらにハリー自身は気付いていないようだが常に教員が影で護衛をしている、それを見るにブラックの標的がハリーである事には間違いないだろう。

例の武器商人の言っていたことが当たってしまったことに苦虫を噛み潰す。

 

その時チャイムが鳴り響き、教員室の扉が開いた、が…

予想外の人物に教室が騒めきだした、闇の魔術に対する防衛術だというのに入ってきたのはスネイプだったからだ。

 

「ちょちょちょ何でスネイプ先生が? 教室間違えたっけ?」

 

机に教材を置きながら混乱する生徒達をじろりと見渡し、そしていつものように重い口を開いた。

 

「静粛に」

 

一言ではあったがそれは重く、騒めいでいた教室はたちまち静まり返った。

その様子を確認してから再度口を開く。

 

「今日は吾輩が臨時で闇の魔術に対する防衛術を教える事になった、では…」

 

授業を始めようとした矢先に、キニスが手を上げているのを見つけてしまったスネイプは少し面倒そうな表情で「…何かね?」と尋ねた。

 

「あのー、ルーピン先生はどうしたんですか?」

「ルーピン先生は体調が優れず、本日は休みを取っておられる。

では39ページ、教科書のだ」

 

キニスの疑問に簡潔な回答をした後素早く授業を再開する、ヤツの贔屓や嫌悪はあくまでスリザリンとグリフィンドールに限定されており、先ほどのほうに礼節を守っていればあいつはそれなりの対応をしてくれる。

これがグリフィンドール生だったらどうなっていたかは分からない。

 

肝心の授業内容はと言うと″人狼″についてだった。

人狼とは普段はただの人間だが、満月が近づくにつれ凶暴性が膨らんでいき、そして満月になるとその凶暴性を抑えきれず人狼へと変身してしまうらしい。

一応満月の時でなければ精神力で抑え込むことができるが、その場合身体に影響が出る、さらに人狼への変身は多大な苦痛を伴うのである。

 

人狼の特性としては大方こんなところだ、教科書に書かれたその内容をノートに記載していき、″人狼の見分け方、及び人狼の殺し方″という課題が出て授業は終わった。

 

「ルーピン先生大丈夫かな?」

 

キニスはそう心配していたがこの学校にはマダム・ポンフリーもいる、心配はいらないだろう。

俺にとって気がかりだったのはシリウス・ブラックのことであった。

無論ハロウィンの恨みも無いわけでは無いが別の話である。

一体ヤツはどうやって侵入したのだろうか、確かにこの学校へ侵入する方法が無いわけでは無い。

 

まず浮かぶのは隠し通路の存在だ、俺が練習場、兼武器庫(予定)として入り浸っている″叫びの館″など最たるものだろう。

他にも方法は幾らでもある、屋敷しもべ妖精の″姿くらまし″だ、通常この学校内で姿くらましはできないが、それは人間に限った話。

理論や構造が根本的に違う屋敷しもべ妖精の姿くらましなら使えるのだ、ちょうど去年ドビーがやったように。

あと他には″姿をくらますキャビネット棚″とかがあったな…そういえば必要の部屋に置いてあったアレがそうではないだろうか?

とはいえ一目見て壊れていると分かるので使用はできないだろうが。

 

候補は幾らでもある、だが現状最も怪しいのは叫びの館だろう、禁じられた森、それも不吉な噂ばかり立つ場所に近寄るものは居ない、しかもホグワーツに繋がっている。

…絶好の隠れ家だな、むしろ今まで誰も居なかったのが不思議なくらいだ。

今度訪れた時に、侵入者検知呪文あたりを張って置くべきかもしれない。

 

しかしそれでも疑問が一つ残る、アズカバンの時もそうだが、何故ヤツは吸魂鬼の群れの中を突っ切って平気だったのだろうか。

そういえば新聞で、ブラックはアズカバンに居ながらも正気を保っていたと書いてあった。

…もしかしたらそこにシリウス・ブラックの秘密が隠れているのかもしれない。

俺は静かにシリウス・ブラックへの敵意を研ぎ澄ます。

だがそれは正義感などでは無く、これ以上キニスやハリー達に傷ついてもらいたくないという、むしろ罪悪感や使命感に近い物だったのかもしれない。

いとも容易く破られた今年の平穏、しかしそれにも慣れた物だ。

ローブの中、諦めと覚悟を入り混じらせながら握る杖とブラックホークの重みと冷たさが、確かな力強さを伝えているのを掌に感じているのだった。

 

 

 

*

 

 

空に轟く万雷の喝采にも似た轟音、ならば吹き付ける雨風は祝福の紙吹雪か。

渦巻く雲、掻き消えるホイッスル、視界を遮る雨、風、雷鳴。

グリフィンドール対ハッフルパフ、いつもなら寒さも吹き飛ばす熱気も今日ばかりは嵐に呑まれ誰の耳にも届かなかった。

視界は見えず、音も聞こえず、ついでに雨の冷たさが触感を奪っていくこの天候は最悪以外の何物でもない。

 

そんな状況であっても闘志だけは失われず、戦いは激しさを増していく。

そして嵐を悲鳴と狂声が貫いた。

 

「うわああああ!」

「ジョージーーー!」

「ヒャーハッハッハー! 次は誰の顎だぁ!?」

 

今年度めでたくビーターにつく事のできたキニスは、そのクィディッチ狂いっぷりを遺憾なく発揮していた。

憐れ、グリフィンドールのビーター、ジョージは顎を砕かれ退場になってしまった。

尚これで既に二人目、雨の中からは「やめて! もうジョージのライフは0よ!」という声まで聞こえてくる。

しかも頼りのハリーは眼鏡が濡れまともにプレーできていない。

 

そんなスリザリンも青ざめる暴力的プレーに晒された結果現在40対20でハッフルパフが優勢である。

だが相手も黙って顎を砕かれている訳では無い、彼らは人数が減ったことでオリバーはタイムアウトを要求、戦術の練り直しにかかった。

 

「皆聞こえるか!?」

 

嵐の中ディゴリーが張り裂けんばかりの声で叫ぶ、俺達はそれを必死に聞き取ろうと耳に意識を集中させる。

 

「グリフィンドールは一発逆転! スニッチ獲得を狙うはずだ! だから俺達はそれに対抗して、全員で攻め立て逆転できないようにする!

キリコはハリーを徹底的にマーク! スニッチを取らせない様にするんだ!」

 

「了解した」

 

その声が聞こえたかどうかは分からなかったが、ディゴリーは俺達に向かって信頼の笑顔を向けていた。

…元々一年で辞める予定だったのだが、キニスに「どうせなんだからあと一年くらい一緒にやろうよ」と一ヶ月間毎日付きまとわれ、俺が折れた結果クィディッチを続けることになった。

まあ俺としても、去年のように勝敗があやふやなまま終わるのもどうかと思っていたのでいいのだが。

 

それと同時にタイムアウトも終わり、俺達は再び嵐の中へと舞い戻っていく。

予想通りグリフィンドールは守りに入った、確かにこの大雨の中、加えて人数の減った状態ならこれが最良の方法だろう。

だがハリーの動きが変わった、防水魔法を掛けたのかその動きは嵐の中でも迷いが無い。

 

対して俺は有利とは言えなかった、この轟音の中では以前使ったような戦法は使えず、このよく言えばメリハリが、悪く言えば1と0しか無いこの箒はスニッチ探しに全く向いていない。

だが最高速度はニンバス2000より上だ、だからこそこうやってハリーを追い回すことに専念している。

 

その一方ハリーもまた苦境に立たされていた、この雷雲の中でスニッチを見つけるのは困難、よしんば見つけたとしても初動が遅れればキリコに追い抜かれてしまう。

しかもキリコがいつもの危険運転でまとわりついているため、探すこともままならない。

 

一進一退にもなっていない、決定打に欠けるドッグファイトを繰り広げる二人。

だが幸運はハリーの元へ落ちた!

二人の間を雷鳴が切り裂く、その時ハリーは見た!

雷光に照らされるスニッチの影を!

 

思考は無い、反発的に飛び出し風となるニンバス2000。

対してキリコは不幸なことに雷で視界を塞がれていた!

既に距離は離れ、勝負は決したかに見える―――だが!

 

「スニッチが!?」

「…まずいな」

 

何を考えているのか、スニッチは遥か上空地獄の雷雲へ飛び込んでしまった!

つまりスニッチを取るには雷が縦横無尽に走る積乱雲の中へ特攻しなければならない!

危険! 無謀! 自殺!

 

だとすれば先頭を走るのはあいつ!

キリコ・キュービィー!

怯んでいたハリーも負けじと飛び込む!

 

 

 

 

ハリーに先手を取られたが、雷に怯んだことで遅れを取り戻すことはできた、だが…

 

「………!」

 

肩を閃光が切り裂く、そう、この箒は小回りに欠ける…と言うより無いも同然。

そんな最低箒では次々と襲いかかる雷を回避するのも命懸けだ。

しかし小回りの利くニンバス2000は軸をずらし、時に一瞬の弧を描き、時に止まることで刹那の危機を確実に回避する。

 

徐々に、じりじりと距離を詰めるハリー。

焦りと迫り来る危機によるものか、体温が急速に下がっている気もする。

…ならば戦法を変えよう。

 

 

 

 

何とかキリコに追い付いた…と少し安心できたのは1秒と持っただろうか。

キリコは全速力で加速した!

まるで雷の洗礼など知ったことではないと言わんばかりの急加速に再び距離を開けられる!

 

ハリーも負けじと加速しようとする…が駄目!

目の前を過る閃光を反射的に回避してしまう。

 

これが箒以上の、ハリーに無くキリコにある最大のアドバンテージ!

それは度胸!

方や所詮学生、命の危機に晒されたことは二回しかない!

方や元軍人、命の危機に晒されたことは数百回以上!

今怯んだ時点でハリーの勝利する可能性は消え失せていたのだ!

…その筈であった。

 

暗雲の中から、漆黒のローブを纏う幽鬼が現れるまでは。

 

 

 

 

「「!?」」

 

突如として現れた存在、それはズタズタのローブを纏い、身の毛もよだつ悲鳴を上げる、この地上で最もおぞましい存在。

吸魂鬼の大群の中に俺達は居た。

 

それを視界に入れた瞬間全身に寒気が走り出す、いやそれだけではない。

指先から凍りだす体、全身からは力が抜けていき、意識は朦朧としていく。

そして記憶の底から呼び起こされる炎の映像。

 

…! 何をしている! 意識を保て!

顔を強く叩き、悪夢の中に沈みかけた精神を叩き起こす。

一体どうなっている、吸魂鬼は校内に立ち入れないのでは無かったのか!?

 

だが今更嘆いてる場合ではない、吸魂鬼を追い払うためには″守護霊″の呪文がいる。

しかしそれを覚えていない以上今は逃げるしかない…!

 

もはやスニッチどころでは無い。

激痛が走る心臓を押さえながら吸魂鬼の群れの中を突っ切る。

ハリーも俺に続くように飛び出す。

 

だが、この状態で逃げ切ることは不可能だった。

激しくなる耳鳴り、意識を穿つ頭痛、まともに呼吸すらできず、もはや何処をどう飛んでいるかすら分からない。

 

そして箒すらまともに掴めなくなった時、ローブに隠された吸魂鬼の顔、その空白の眼球が目の前に現れた。

 

「…また、なのか…」

 

吸魂鬼の顔は見えなくなり、ローブの中から再び炎が現れ全てを包み込む。

気づけば俺は炎に焼かれ、サンサの大地が赤く染まっていく光景を見ていた。

 

どうやらあのコンパートメントの時のも吸魂鬼の仕業だったということを俺は理解した。

冷気と熱が混じり合った空気を感じながら、炎の中に落ちていく。

だが既に俺の意識は遠く、何も感じないまま暗闇の中へと沈んでいくのであった。

 

だが最後の一瞬、俺が見たのは幻影の中に揺らめく黒い犬の姿だった。

それがただの幻か、それとも地獄へ迎えに来た番犬だったのかは分からなかった。

しかしその瞳は、かつての俺のように復讐の炎が燃え上がっている様に見えたのだった…




廻る、廻る、全てが廻る
巡る、巡る、誰もが巡る
温なる物を知らず、かたるすべも知らず
数千年の虚妄のままに、幾千万の飢渇たる虚が群れをなす
我も行く、運命のままに
軋む廃墟に虚像を置いて
ハリー・ポッターとラストレッドショルダー、第二十九話『襲来』
我が求める者はただ一人



没ネタ
ハロウィンパーティのキニス

「何だあいつら!?」
「リヴォービアとウィーズリー(双子)か!?」
ジョージ&フレッドのスネイプコス(ロックハート式スマイル仕様)
三人「ドヤァ」
スネイプ「減点」

やや蛇足気味だったのでカットでしました。
それにしてもキリコ、今年は厄年ですね。


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第二十九話 「襲来(Aパート)」

謎のプリンスの放送日ですね、
そしてSSだと高確率でやることが無くなるパートでもあります。
…今の内にプロット組まなきゃ…


俺が目を覚ましたのはあれから三日後であった。

試合はと言うと、吸魂鬼の乱入により試合は終了、その時点で勝っていたハッフルパフの勝利となった。

だが俺より早く目を覚ましたハリーの不幸はそれだけでは終わらなかった、吸魂鬼に襲われ落下した際、あいつの愛用していたニンバス2000が″暴れ柳″に突っ込んでしまいズタズタに引き裂かれてしまったのだ。

ちなみに俺のインファーミス1024も暴れ柳に突っ込んでいたのだが、ズタズタになるどころか柳の枝を一本へし折って地面に突き刺さっていたらしい、しかも無傷である。

 

その結果ハリーはすっかり意気消沈、ダンブルドアはこの一件に対し大激怒、吸魂鬼と魔法省に対し相当言い含めたらしいが…それでも効果があるかは当てにならない。

 

ならば身に着けておく必要があるだろう、吸魂鬼に抵抗できる唯一の呪文、″守護霊″を―――

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

と、意気込んだのは良いのだが、成果は思わしくない。

何と言うべきか、簡単に習得できないのは分かっている、だがあまりにも手ごたえが感じられないのだ。

守護霊の呪文を使うためには″幸福な感情″を強く思い出す必要がある、そして呪文の発音も杖の振り方も全て知っている。

だというのに白い光の欠片も出ないのだ、本当に全く出ない、マッチの煙ほども出ない。

正直言って、これ以上独学でやっても永遠に習得できない気がする…どうしたものか。

 

 

*

 

 

そんな困難にぶち当たった俺に光明が差したのはクリスマス休暇の少し前のことである。

 

「ハリーあなた最近何処へ行ってるの?」

 

こいつらは最近、ヒッポグリフの無罪を勝ち取るため図書館に籠り、過去の判例をあさり続けている。

無論ハリーもその仲間なのだが最近顔を出していないらしく、そのためハーマイオニーは不満げだ。

 

「ルーピン先生の所だよ」

「ルーピン先生? 一体何しに行ってるの?」

「守護霊の呪文を習ってるんだ」

 

あのコンパートメントで最後に見えた白い光を思い出す。

やはりあの光は守護霊だったらしい。

 

「守護霊の呪文? それ6年生で習うよう呪文よ?」

「うん、でもまた皆に迷惑かけるのも嫌だから…それにそろそろ習得出来そうなんだ」

 

ハリーは軽く頭を掻きながら言ったが、その顔は少し自慢げだ。

例の試合から数週間しか経っていない筈、それでもう習得しかけているとは…

どうやらあいつはかなり…いや今までが酷過ぎただけだが、かなり優秀のようだ、こうなったら手段は一つ。

手段を選ぶ必要も理由も無い、既に会得しているヤツから直接学ぶのがもっとも理想的だろう。

 

「あれ? キリコどこへ行くの?」

「ルーピン教授の元へだ」

「何で?」

「守護霊の呪文を教えてもらうよう頼んでくる」

「えっキリコも?」

 

ルーピンに頼むために席を立った。

戻りたくも、思い出したくも無い地獄、しかしそれはヤツらのせいで何回も叩き落とされる羽目になった。

もううんざりだ、いい加減にしてほしい。

俺は疲れた心を守るためにも、教員室へ足を進めるのであった。

 

 

*

 

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

ハリーの目の前にある箱を開けると、そこから吸魂鬼…に化けたボガートが現れる。

それに割り込み守護霊の呪文を唱えるが、杖の先端からは小さな光の玉が出てくるだけであった。

 

「………」

「…上手くいかないね」

 

吸魂鬼を箱の中に閉じ込めながらルーピンは頭を抱える、直接ならっても尚守護霊呪文の習得は難航していた。

「一人も二人も変わらないさ」ということで特訓してもらえるようになったのは良かったのだが、肝心の習得が一向に進まない。

 

「…何か原因があるのでしょうか」

「イメージがハッキリ出来てないんじゃない?」

「いや、それだけならもう少し光が出るはずなんだけど。

うーん………」

 

尚ハリーは先ほど習得完了したばかりだ、もっともまだ実体を成していないが…俺と比べれば雲泥の差。

ここまで酷いと何か根本的原因があるとしか思えない、俺と同じことを考えたのかルーピンも首を傾げながら考え出す。

 

「もしかしたら…」

「心当たりが?」

 

しかしルーピンは何故か言うのを少し渋っている、一体どんな理由が浮かんだのだろうか。

 

「…君は最初吸魂鬼に会った時、一日中寝込んでいたね?」

「はい」

「さらに以前のクィディッチで感情を吸われた時は、三日間も寝込んでいたね?」

「…それが何か?」

「…それは普通あり得ないことなんだ」

 

あり得ない? どういう事だ? 

吸魂鬼に感情を吸われればどんな人間でも影響を受けるのが普通のはずだが。

 

「え? そうなんですか?」

「ああ、吸魂鬼に感情を吸われれば影響が出る、だがそれは一時的な物で、魂を抜かれない限り長くても数時間で目覚める筈なんだ。

…でも君は三日間も寝込んだ、さらに感情を吸われず、目の前で会っただけで一日寝込むなんてあり得ない」

 

思いもよらぬ事態に目が丸くなる、それが意味するのは俺が吸魂鬼に対し人並み外れて弱いということ。

だが何故そこまで吸魂鬼の影響を受けるのだろうか…、そこで俺はようやく気付いた。

 

「…吸魂鬼の影響は、過去に大きなトラウマがあるほど大きくなる」

「そうだ、ここからは私の推測だが…君の心の中は、幸運よりも不幸な思いでのウエイトが大きすぎるんだ。

だからあそこまで影響を受けるし、本来あり得ないけど守護霊を出す事にも影響があるんじゃないか?」

 

推測どころでは無い、むしろ大当たりだ。

かつての思い出を思い出そうにも、ほとんどロクなのが無い、というか無理に思い出そうとすると発作まで起こる、流石に今はもう落ち着いているが。

…ということはまさか俺は守護霊を出せないのか? そんな俺の心境を知ってか知らずかルーピンは優しく静かに語りだす。

 

「…けど、守護霊の光は出ている、不可能ではない筈だよ。

君がどんな不幸を背負っているかは聞かない、…無理に聞かれるのは誰だって嫌だからね」

 

ヤツが語る言葉は、俺やハリーに向けてだけではなく自分自身に言っている様にも聞こえた。

 

「それに肝心なのは不幸の数でも、幸せの数でもない。

守護霊を出すのに大事なのは、『自分がそれをどれだけ幸せに考えている』かだ、例えそれが悲劇に見えても君にとって幸せならば…」

 

ルーピンの言葉を受け、俺は今一度自らの記憶を辿ってみる。

地獄、地獄、そのまた地獄。

その中で俺が幸せな思い出と考えられる出来事。

それは―――

 

「…イメージできたかい?」

「………」

 

あの時の映像を、気持ちを、忘れることの、忘れてはならないそれを鮮明に思い出す。

返事はしない、ただ記憶に没頭し首を頷かせるだけだ。

 

「ではいくよ…!」

 

開けられた箱から襲い掛かる偽りの悪夢、それを見据え、かつての光景を目に焼き付けながら呪文を唱える―――!

 

「エクスペクト・パトローナム! -守護霊よ来たれ!」

 

杖から発せられた光は徐々に強くなり、数秒後、激しい本流となり放たれた。

それは実体を成していなかったが吸魂鬼を払うには十分、吸魂鬼は光に弾き飛ばされながら箱の中へ押し込まれていった。

 

「やった!」

「よし! 成功だ!」

 

成功の喜びもつかの間、力が抜け一気に襲い掛かって来た疲労感でその場に座り込む。

 

「君たちの年齢でここまでできるのは素晴らしい事だ、誰でも出来る事じゃ無い。

けれどもまだまだ、展開速度が遅すぎる。

吸魂鬼を追い払うにはスピードが大事だ、幸福を吸い取られればそれだけ守護霊を出すのは難しくなる。

特にキリコ君は吸魂鬼の影響をハリー以上に受けやすい、視界に入った瞬間に出せなければ敗北が決定するだろう

…まあとにかく今日はお疲れ様、ゆっくり休みたまえ」

 

かくして俺とハリーの守護霊呪文の特訓は、一先ず幕を閉じたのであった。

 

 

*

 

 

俺とハリーが守護霊の呪文を何とか習得してから数週間、ホグワーツはクリスマス休暇に入った。

いつもなら殆どの生徒が家に帰るところだが今年は帰らない人数の方が多いように見える、それはシリウス・ブラックのせいなのだろう。

普通の家で脱獄囚の恐怖に脅えるよりはホグワーツの方が安全、ということだ。

 

だからなのだろう、ノクターン横丁はともかく普段は賑わいを見せるダイアゴン横丁は雪が無造作に積り、聞こえる風の鋭い音が人気の無さを表している。

そんな今年の休暇中、俺は珍しく家に帰省していた、といっても″漏れ鍋″に宿泊しているのだが。

それも只泊まっている訳ではなく、アルバイトで資金を稼ぎながら泊まらせてもらっているのだ。

 

別に学費が困窮しているわけでは無い、むしろ魔法界の通貨は人間界と比べて安いので比較的余裕はある方だろう。

このアルバイトの目的は資金稼ぎのためである、…武器調達のための。

今はまだ予定の段階だが、これからAT用に多くの武器を必要とするだろう、問題としては人間サイズではATが使えない点だが…

 

これについても対応策は考えてある、″検知不可能拡大呪文″と″肥大化呪文″の二つを駆使する方法だ。

まず肥大化呪文で武器をATサイズまで巨大化させる、それを検知不可能拡大呪文で内部を巨大化させたバックサック当たりに保管しておけば、状況に応じて様々な武器を使用可能になるだろう。

 

が、それだけの種類を買い揃えようとしたらアホみたいな金が掛かる、なので迫りくる人食い株と闘いながらも命がけで金を稼いでいるのだ、尚一人暮らしの期間が長かったので自炊は一通りできる。

 

「キヒヒヒ、いらっしゃ…おやぁ! 久しぶりですねぇ!」

 

立てつけが悪いプランパンドールの扉を開くと、例の胡散臭い武器商人がいやらしい笑みを浮かべながらこちらにすり寄って来た。

 

「…で? またアレですか?」

「ああ…」

 

店主の会話を適当にあしらいながら螺旋階段を下りていくと、あの綺麗に整頓された武器庫が姿を現した。

今回の目的は簡潔に言うと武器ではなく″罠″である。

そもそもは叫びの館にシリウス・ブラックが居るのでは? という訳でヤツが侵入してきた時の為に幾つか罠が欲しかったからだ。

まあ俺の勘違いだったとしても、それはそれで侵入者避けにはなるので、買って損は無いだろう、ということである。

 

C4(赤外線対応)、クレイモア、地雷…

 

しかしなかなか手頃な罠は見つからない、いくら凶悪犯罪者といえど殺してしまえばこちらが罪に問われる、あまりに過激な物は使えない。

…ここは原始的な方法にしてみるか、そう考え手に取ったのはスタングレネードであった。

 

「ん? それをどうするんですかぃ?」

「糸を使った罠にする」

 

要するに床に張った糸や、俺の使う扉以外を開いた時にピンが抜けるようにするという簡単な罠だ、糸はワイヤーを使えば大丈夫だろう。

棚からグレネードを二、三個取り出して店主に渡した。

 

「はぃはぃ、スタングレネード三個ですねぃ。

そういえばぁ、ブラックホークの調子はどうですかぃ? 何人殺りましたか」

「0だ」

「ありゃ、そうですか…まあその方が良いっちゃ良いですけど…あ、良ければメンテしましょうか? タダで」

 

銃の手入れというのは非常に重要だ、俺もこまめにメンテナンスしてはいるが専門家に見てもらえればそれが一番好ましい。

 

「良いのか?」

「えぇ、お得意様ですからぁ」

「なら頼む」

 

ここは好意に甘えておくとしよう、店主が拳銃を手入れしている間に他の武器を品定めしておく。

…そういえば、何故こいつはこれ程の武器を仕入れる事ができるのだろうか、一つ尋ねてみる事にした。

 

「…少し良いか?」

「はぃ? 何でしょ」

「お前は何故、これ程の武器を仕入れられる?」

「ああそれですかぁ? ククク…」

 

店主は随分ともったいぶった含み笑いをし、ギョロついた眼光をこちらに向けた。

 

「魔法省に″お得意様″がいましてねぇ、そのお方のお蔭で仕入れやすくなってるんですよぉ。

…はい、メンテできましたよ?」

「…ああ、感謝する」

 

光り輝く銃身を受け取り、その出来栄えに満足しながら店を後にした。

俺以外に兵器を使っているヤツが居るとは…

いや、そもそもあの商売が成り立っている時点で俺以外に客がいるのは当たり前か。

 

 

 

 

「…行ったか?」

「えぇ、でもお客さん何で急に隠れたんですか?」

「…トラウマなんですよ」

「あぁ、もしかしてぇ、お客さんの下半身を吹っ飛ばしたのって」

「そうですよ…そんな事より注文の品は?」

「まぁ…やってはみましたけど、何なんですかぁコレ…とても危なっかしいですしぃ」

「私も知りません、雇い主しか知らないと思いますよ」

「そうですかぁ…まあ雇い主様にはお願いしますよぉ」

 

 

*

 

 

クリスマス休暇が終わり、新たな日々が始まったころ、ホグワーツに二つの衝撃が走った。

一つ目はハリーが世界最速の箒″ファイアボルト″を手に入れた事だ、尚値段は500ガリオンである。

どうやってこの箒を手に入れたか、この箒は大丈夫なのかと色々あったが、結果としてハリーが世界最強の力を手に入れたことには変わりない、その力は後行われたグリフィンドール対レイブンクロー戦で、全寮の選手達が絶望するほどの見せつけてくれた。

 

そしてもう一つは、シリウス・ブラックが再び現れたというものだった。

それもグリフィンドール寮の中に侵入し、そこに居合わせてしまった生徒の一人、ロンを殺しかけたのだ。

だが何故ブラックがパスワードを知っていたのか…その原因はロングボトムが合言葉を書いたメモを落としていたという、何とも簡単な、そして深刻なミスが原因であった。

尚これでロングボトムはしばらくパスワードを教えてもらえなくなったらしい。

 

…だがおかしい。

何故シリウス・ブラックは誰も殺さず、しかもロンだけに襲い掛かったのか…

俺がこの答えを知るのは、意外すぎるほどにすぐのことだった。

 




キリコ用吸魂鬼マニュアル
50m内 急激な体温低下       対処可能領域
20m内 頭痛、吐き気、眩暈、心臓痛 対処可能領域
10m内 意識の混濁、全身の脱力   対処困難領域 
5m内  意識消失、最低1日卒倒   対処不能領域
1m内  意識消失、最低3日卒倒   対処不能領域
つまり50~10mまでに対応できないとチェックメイトです。


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第二十九話 「襲来(Bパート)」

ホグズミード回もといギャグ回です、
アズカバンの囚人もターニングポイントを越えました。
まあ、シリウスの無事でも祈っててください。


ホグズミードとは、世界で唯一魔法使いだけが暮らす村である。

だからだろうか、家も人の服装も、挙句の果てに空の様子まで違うらしい、それもダイアゴン横丁以上にだ。

週末そこに訪れる生徒達は皆思い思いの楽しみ方をし、今だ厳しい冬の寒さなど感じていないのだろう。

 

しかし俺はそこに行くことができない、ホグズミードに行くには親族の許可が必要なのだが俺にはすでに親戚は居ない。

よってどう足掻いても許可は出ることは無かった。

 

「ねえキリコ」

 

話しかけるキニスの表情はいつもと違い、何か言いたげである。

 

「許可、出なかったんだよね?」

「そうだが」

「許可が無いとホグズミードに来れないことは知ってるよね?」

 

一体何故こいつは当然のことをそんな顔で言っているのだろうか。

そしてヤツは叫んだ。

 

「じゃあ何でここにいるのさあああ!!」

 

絶叫するキニス、俺はホグズミードの広場でヤツとバッタリ鉢合わせていたのだ。

何故ここに居るのか、その理由は俺が熱い視線を向けるあの店にあった。

 

″珈琲豆店 ウド(ホグズミード支店)″

 

キニスが呆れ返った顔をこちらに向けてくるが知った事では無い、俺がこの店の存在を知ってからどれ程ここに来たかったことか。

何せホグワーツでコーヒーを飲もうにも、保存状態の関係上インスタントコーヒーが精一杯だった、今俺はその絶望から解放されるのだ。

尚正規のルートでは来れないので″叫びの館″を利用させてもらった。

 

「…もういいや、まあでも、まず″三本の箒″で温かいのを飲もうよ」

「断る」

 

いやまずはコーヒー豆だ、それしかない。

だが俺の腕はキニスに掴まれ、あえなく三本の箒まで引きずり込まれていくのであった。

仕方が無い、豆は後で買おう。

 

 

 

 

「酒をよこせ!」

「駄目です、未成年は飲酒できません」

「俺は酒を飲むんだ!」

「駄目なものは駄目です!」

「Noだ! Noだ!」

「子供は大人の命令を聞いていればいいんだ!」

「Noだ! Noだ! Noだ! Noだぁぁぁぁ!」

「ぐああああ!!」

 

店員の断末魔が響き渡っているが、俺の精神のため無視しておこう。

店の中には大人や子供など、多くの人々で賑わっていた、ここには多様なメニューがあるからだろう。

まあとりあえず何か頼むとするか…ホット蜂蜜酒、バタービール、ポリマーリンゲル溶液(コチャック製)、ギリーウォーター…

色々あるが、まあとりあえずコレだろう。

 

「バタービール! 二本下さい!」

 

どうやら俺の意図を察してくれたようだ、しばらく待っていると模様が書かれたジョッキに泡立ったビールのような飲み物が運ばれてきた。

震える体を温めるようにそれを流し込む…

 

冷え切った体にじんわりと伝わっていくのは、暖かさと滑らかな甘さだった。

それもお菓子のような自己主張の激しい甘味では無い、むしろ乳と卵がバランス良く配合され舌の上で溶けるような舌触りだ。

味も良い、とろみがついたバタービールの優しい味、それでいてくどいと感じさせないほんのりとした後味はまさに魔法。

その優しい味とボリュームの組み合わせは、冷え切った胃を満たすのに最高の成果を上げている。

 

…だが、やはり甘い、少しならともかくここまで量があると飽きてくるのは、もはや個人の問題だろう。

…よし、俺はバタービールに新たな力を与えるため水筒の中身を割と大目に入れる事にした。

 

「あらキニス、…ちょっと何でキリコが居るの!?」

「僕はそこにいるハリーの方が気になるんだけど」

 

新たな客はハリー達三人だった、ハリーは許可が出ていない筈だが…まあ些細なことだ。

俺達と同じくバタービールを頼み同じ席に座りキニスと話し始めていた。

それを他所に俺は新型バタービールに手を付けようとした…その時、外からマクゴナガルの声が聞こえてこなければ。

 

「! ハリー! マクゴナガル先生よ!」

「どうしたんだハーマイオニー、そんなに慌てて」

「忘れたのロン!? ハリーは許可を取ってないのよ!? あとキリコも! もし見つかったら…」

「と、透明マント!」

 

透明マントを取り出しそれに隠れるハリー、俺もそれに便乗させてもらったところで間一髪、マクゴナガルの目をかわすことができた。

…だが、その目が無くなったころ、ハリー達は明るさを失っていた。

 

「ハリー! ちょっとまってよ!」

 

マクゴナガル達の会話、それはシリウス・ブラックがハリーの名付け親であること、そしてハリーの両親を裏切り死へ追いやった張本人だという衝撃的、かつ残酷な真実だった。

その衝撃と怒りのまま飛び出して行くハリーと、それを追う二人。

 

「…酷い話だね」

 

キニスもまた悲痛そうな表情でヤツらの背中を見送っていた。

俺もまたいい気持ちはしていなかった、親を裏切った張本人、それが牢獄を脱出し近くに潜んでいるというのだ、その怒りは俺でも想像しえなかった。

 

だがそれと同時に不安も抱えている、その怒りに任せてまたハリーが無茶をするのではないかという不安が俺を蝕んでいたのだ。

しかしあの怒りを鎮める事は俺には出来ないだろう…そんな諦めを飲み干すように残りのバタービールを流し込む。

 

「………?」

「ん? どうしたの」

「…これはロンのだ」

「えっ」

 

先ほど出て行った時間違えたのだろうか、だとすれば非常にまずい、あのバタービールには水筒に入れていたコーヒーが結構な量入って―――

 

「ぶぅっつふぁああぁ!!?!?」

 

遠くから聞こえたロンのむせる声が教えるのは、既に手遅れだということ、そして少し入れ過ぎたという計算ミスであった…

 

 

 

 

腹も気持ちも満足したので学校へ戻ることにした、ただし列車は使えないので行き同様叫びの館経由である。

重く錆びついた入口を開け、軋む階段を登っていきたどり着いた部屋はあちこちが痛んでおり、積もった雪の冷たさが上から降り注いでいた。

学校へ戻る前に、無許可立ち入りが発覚しないよう体についた雪を払い買った物をポーチの中へねじ込む。

 

証拠隠滅を済ませ校舎に戻ろうと扉に手を掛けた…時であった、下の階から軋む音が聞こえて来たのは。

 

「………!」

 

反発的にローブから杖を取り出し構える、そして扉からすり足で慎重に離れ別の部屋に隠れようとする。

何者だ、突如として現れた来訪者、それはおそらくシリウス・ブラックだろう、そうでなくともまともなヤツがここに来る筈が無い。

 

ギシ…

 

(しまった…!)

 

だがどれ程警戒しようともこの老化した屋敷は簡単に悲鳴を上げてしまう、その軋みに反応するように下からの…いや、既に扉の前まで迫っていた足音はピタリと止んだ。

こうなれば止むを得ない、息を飲みこみ目を開き襲来を覚悟する、すると向こう側から少しやつれているような声が叫びを放つ。

 

「そこに誰かいるのか!?」

 

その声には聞き覚えがあった、日刊予言者新聞に載っていた写真、それに写っていたシリウス・ブラックの声と完璧に一致する。

やはりシリウス・ブラックだったようだ…しかしこのまま黙っていては必ず突入されてしまうだろう、とにかく何か返さなくては。

 

「…シリウス・ブラックか?」

 

分かり切っている質問の答えを投げかける、その間に逃走しようとしたが…返って来た言葉は思いもよらないものだった。

 

「…! その声、まさかリーマスか!?」

 

俺は思わず目を丸くした、何故ここでルーピンが出てくるのだ?

確かに俺とルーピンは良く『声がそっくり』と言われているが…いやそんなことはどうでもいい。

とにかくヤツは俺をルーピンと勘違いをしている、ヤツとルーピンの仲が良いのかどうかも分からないが話を合わせるべきだろう。

 

「…ああ、…そうだよ」

「やはり…! だが何故今日ここに居るんだ? 今日は満月ではない筈だが」

 

一体何のことを言っているのか分からず混乱へと陥りかける、まずい、今下手な答えをいう訳にはいかない、すぐさま質問の意図を探り始める…

満月…満月の日に何か特別なことがあるのだろうか。

その時スネイプの授業、その時の内容が満月と結びついた、そう″人狼″だ。

思えばあの日は満月だった筈、だとすればルーピンは人狼だったのか? そう考えればあの日休んだ理由の説明がつく。

 

その瞬間この屋敷の存在する理由を直感で理解した、ルーピンが人狼だったこと、そしてシリウス・ブラックの質問をつなぎ合わせる。

この屋敷は人狼になった時の為の隠れ家だったのだろう、他の誰かを襲わない様に、だからここまであちこちに爪痕がついていたのだ。

それが合っているかは分からなかったが今すぐ答えないと怪しまれる、その推測を元に答えをでっち上げる。

 

「…少しくらい修繕しておこうと思ってね」

「なるほどそういうことか」

 

何とか納得してくれたようだ、扉からさらに距離を取りつつ少し胸を撫で下ろす…だが、次の質問を答えることはどうやってもできなかった。

 

「本当に…また会えて嬉しいぞ()()()()! きっとお前は私の無実を信じていると信じていた!」

 

()()()()? まずい、これは恐らくあだ名だろう、ならば俺もあだ名で返さなくてはならない、しかしそんなことを知る訳が無い。

だがこの一瞬、少しの戸惑いが間違いだった。

 

「ムーニー? …誰だお前は!?」

「………!」

 

数秒間の沈黙がヤツに再び疑いを与えてしまった。

ばれたか…! ヤツは扉を勢いよく突き破り部屋に突入してきた!

こうなれば仕方が無い!

 

ステュービファイ(失神せよ)!」

「うおっ!」

 

先手を打ち失神魔法を放つ! だがヤツは驚いてこそいたが冷静に素早く身を翻す!

その隙に扉を開け別の部屋へと逃走するがそれを見逃す筈も無い。

しかしそれでいい、扉越しなら確実に命中する!

 

この杖は強力だが効率が悪い、よって長期戦にはとことん弱くなる。

だがその欠点をいつまでも放置しておく理由も無いのだ。

それは出力を全て″速さ″に回すことで貫通力を上げ、燃費を良くした呪文、よって遮蔽物に当たっても貫通することが出来る!

 

「エクスブレイト -爆破弾頭」

 

扉に向かって杖を振り、その軌道に乗って閃光が発射される!

閃光は回転し収束し、扉の向こうのシリウス・ブラックを貫いた!

 

ドゴオオオン!

 

「ぐあああっ!?」

 

奇襲! そして悲鳴と轟音!

扉が軽く吹き飛び、その中から肩の一部が抉れたシリウス・ブラックが絶叫を上げる。

致命傷にはいたらなかったか、この呪文は代償として威力が少し下がるのが欠点なのだ。

しかしヤツはまだ、倒れず部屋へ入ろうとする。

…だが作戦はまだあったのだ!

 

カッ!

 

「ぐあっ!? 目、目が!?」

 

部屋中を照らす光、部屋の境目のワイヤートラップが閃光手榴弾を起爆させたのだ。

これでヤツの目はしばらく使えないだろう、その隙に再び別の部屋へ隠れる。

 

俺を見失ったシリウス・ブラックを壁に空いた穴から見つめ、トドメを刺そうと杖を構える、が…

 

(!? 消えた!?)

 

瞬きの一瞬、シリウス・ブラックはその姿を消し去ってしまった。

壁から離れ全方位を警戒する。

姿くらましか? それとも目くらまし術か? いや杖が無い以上それは考えられない。

ならば…その瞬間衝撃は上から襲来した。

 

「ガアアアアア!」

「!?」

 

それは黒く巨大な犬だった、想定外の事態に対応が一歩遅れた!

そうか!動物もどきか! それに変身し暗闇に紛れ、臭いで俺を見つけたのか!

鋭い爪で腕を裂かれ、杖を奪われながら壁へ激突する!

 

「う…!」

 

その衝撃によって崩れ落ちるキリコ・キュービィー。

人間の姿へと戻ったシリウス・ブラックは奪った杖を構えながら倒れるキリコへ近づいてゆく。

 

(どうする…? 見た所ホグワーツの生徒のようだが。

死んではいないようだが…殺すのはマズイ、ここは忘却呪文で記憶を消す方が良いだろう)

 

忘却呪文を確実に掛けるため、気絶しているキリコの目の前まで接近し杖を向けた、だがその時!

 

カチャッ

 

「な!?」

「………」

 

青髪の少年が構えている物、シリウス・ブラックはそれを知っていた!

気絶していたとばかり思っていたこいつは! 自分の眉間に″銃″を突き付けたのだ!

 

「何故お前のような子供が銃を持っている!?」

「…さあどうする、俺を殺すか?」

 

シリウスの質問に答える事も無く、キリコは淡々と言葉を迫らせる!

思考するシリウス、今こいつを殺せば、自分は必ず捕まってしまう!

だが見逃しても捕まってしまうだろう…

まさに詰み、シリウスは既に敗北していた。

…ならばせめてマシな選択をしよう、そして杖を離す。

だがそれを見たキリコもまた銃を離したのだった。

 

「な…私を殺さないのか?」

「…エピスキー(癒えよ)

 

少年は疑問に答える様子も無く、むしろ私の肩の出血を止めてくれた、一体何者なのだこの少年は…

そう考えていると、何と少年はそのまま帰ろうとしていた。

 

「わ、私を捕まえないのか…?」

「…犯人では無いのだろう?」

 

目を見開くシリウス・ブラック、彼の口から出た言葉はそれ程に衝撃的な物だった。

 

「!! そうだ! 私は違う! …だが何故そう思った?」

「『あいつはホグワーツに居る』…ハリーが入学したのは三年前だ」

 

俺が前々から疑問に思っていたことがこれだ、ハリーの入学は当時相当話題になり、三日間は新聞の一面を独占していた。

なのに今更『あいつがホグワーツに居る』…気づくのがあまりにも遅すぎる、だとすればこれは今年になって初めて″何か″に気づいたと考えるのが妥当だった。

だがヤツを信じたのはそれだけでは無い。

 

「そ、それだけで私を信じたというのか…!?」

「俺を殺さなかったからだ」

 

そう、ヤツは今でも俺を殺すことができる、それに先ほど死んだふりをしているときもヤツは殺そうとしなかった、その気になればそれこそ死の呪いでも撃てたというのに。

ならばこいつは世間で言われているような凶悪犯では無い、俺は先ほどのやり取りでそれを確信していたのだ。

 

…ならば、真犯人、もしくはその手掛かりがホグワーツにあるということか?

だとすれば無視することは危険すぎるな…

 

「…真犯人は誰だ?」

「っ! ピーター! ピーター・ペティグリューだ! ヤツが真の犯人だ! あいつは鼠の動物もどきで(アニメーガス)で下水管に逃げていたんだ! 小指を一本だけ切り落としてな!」

 

確かにそれなら筋が通るな、…まて、鼠?

小指を切り落とした…小指だけ無い鼠…まさか…

 

「…スキャバーズ?」

「知っているのか!?」

 

そうだ、確かにロンの飼っている鼠は小指が無かった、だからこいつはグリフィンドール寮に侵入しようとし、ハリーには目もくれずロンに襲い掛かっていたのか。

…ハリーの両親を裏切り、そして自身の為なら手段を問わない男。

無視しておくにはあまりに危険な存在だろう、何より…

 

「…協力する」

「何?」

「ペティグリューの捕縛を手伝う、と言っているんだ」

「良いのか!?」

「ああ」

 

既に乗り掛かった舟だ、降りるわけにもいかないだろう。

 

冤罪により孤独を、地獄を味わってきただろうシリウス・ブラック。

俺はヤツに対し親近感を抱いていた。

神、その手足によって地獄へ叩き落とされた苦しみが癒えることは無い、あのリドの暗闇に落とされたからこそ、炎を見つける事ができたとしてもだ。

吹雪によって叫ぶ館の中、俺は古く色褪せた懐かしさを感じていた。

 




誰を狙うのか、何処へ潜むのか
憎む物が憎み、逃げる物が逃げる
ためられたエネルギーが出口を求めて沸騰する
復讐と執念、恐怖と弁疏、過去と悲劇
舞台が整い役者が揃えば、暴走が始まる
そして、先頭を走るのは、いつもあいつ
ハリー・ポッターとラストレッドショルダー、第三十話『臨界』
メルトダウン、始まる


同 盟 結 成
スキャバーズ「あ、これ死んだわ」 
ちなみにバタービールですが筆者はUSJのを飲んだことがあります。
味は…言うほど不味くないかと。

新魔法 ○○ブレイト -○○弾頭
呪文の貫通力と速度を徹底的に上げた呪文、様々な呪文に適応可
ただし威力と範囲が低下する…が、キリコの場合元から威力が高い。
よって低下しても威力だけは平均値のままである。
あと良コスパ


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第三十話 「臨界(Aパート)」

いよいよ書くことが無くなってきたな…
何かネタでも投下していくか?


俺がブラックと協力関係になってからも、シリウス・ブラックの恐怖は学校中を覆っていた、だが時は偉大だ、イースター休暇を越える程の時間と共にそれは風に吹かれ消えていった。

今学校を包み込む空気はシリウス・ブラックへの恐怖ではなく、じりじりと確実に迫り来る学年末試験への恐怖であった。

 

しかし何人かはそれに集中している場合ではないようだ、何故ならとうとう、ヒッポグリフの処刑が決定してしまったからである。

それを止めようとハリー達は躍起になって過去の判例を漁っているらしい、そしてここにもヒッポグリフを助けようとするヤツが一人。

 

「署名をお願いしまーす!」

 

授業の終わった放課後、ここ数週間キニスは試験勉強には目もくれずに広場でビラを配り続けているらしい。

 

「あ、キリコ! キリコも署名してくれる?」

「………」

 

正直な所、俺もヒッポグリフが処刑されることに良い感情は抱いていない。

それに書いたとして何か減るわけでもないので羊皮紙に名前を掻き連ねる、紙を見てみると既に中々の数が集まっているようだ。

 

「何の罪もないヒッポグリフが殺されようとしています!

そんな横暴を許さないためにも!

貴重な生き物を守るためにも皆さんの署名が必要です!」

 

喉が張り裂んばかりの大声で、一人叫び続けるキニス。

だが流石に数週間もたつと粗方署名しつくしてしまい、道行く人々は無視か、中には嘲笑を向ける者もいる。

 

「…すまないな」

「ん? ああ気にしないでいいよ、僕がやりたくてやってるだけなんだから」

 

一人でなく複数人いればもう少し違ったのかもしれないが、ハリー達は少々厄介な事になっており判例調査で精一杯。

俺もヤツとの作戦会議のせいで手を空けようにも空けられない。

それでも諦めずに叫び続けるキニスの姿に、俺は尊敬の念と、手伝おうにも手伝えないという状況のもどかしさに少しの後悔を抱いていたのだった。

 

 

 

 

周囲に人の気配がないか慎重に探り、誰もいない事を確認してから柳の麓のこぶを押さえる。

すると今にも暴れだしそうだった柳は嘘のように大人しくなった、ヤツから聞いたこの通路の正しい通り方だ。

 

暗い通路を進んでいき屋敷の中へ入る、そしてあちこちに仕掛けた罠を踏まないよう確実に足を進める。

最後の扉を開くと、そこの部屋には黒い大型犬が尻尾を振って待機していた。

 

「わふっ!」

「………」

 

持ってきた袋の中を取り出す、そこには食堂から直接買った干し肉などの保存食が入ってる。

それを一切れ渡すと、犬は一目見て分かる程に目を輝かせ肉に食らいついていった。

 

一方で俺はここに常設しているコーヒー器具たち(2セット目)を使い、温かく鋭い苦さを持ったコーヒーを二つあるカップに注いでいく。

 

それを飲みながら一息ついていると、もう一つのカップがすでに空になっていることに気がついた。

 

「それでどうだ? スキャバーズ…ペティグリューは見つかったか」

 

人間の姿へと戻ったシリウス・ブラックが窓に腰掛けると、憎しみを隠そうともしないように口を開く。

 

「………」

「そうか…クソ、一体何処へ隠れたんだ?」

 

顔を落としながら首を横に振ると、ブラックもまた肩を落とし落胆する。

そう、本来ロンの所に居るはずのペティグリューは数週間前から居なくなっていたのだ。

 

元々俺達は、俺がスキャバーズを捕まえこの館まで連れていき、そこで変身を解除する予定でいたのだがヤツが居なくなってしまったので計画の修正を余儀なくされていた。

 

「…ロンは、ハーマイオニーの猫、クルックシャンクスに補食されたと言っているが」

「いやそれはないだろう、あいつは確かに臆病の卑怯者の裏切り者だが、実力は十分あるし機転も利く、猫に喰われるほど間抜けでは無い筈だ。

…だからこそ俺はアズカバンにぶちこまれたわけだがな」

 

コーヒーを飲みきり、忌々しげにカップを机代わりのピアノに叩きつけるブラック。

厄介事とはまさにこのことだったのだ。

 

クルックシャンクスとは、ハーマイオニーが今年になって飼い始めた猫なのだが、何故かスキャバーズを親の敵のように追いかけ回していた。

そのためロンはスキャバーズがクルックシャンクスに食べられてしまったと思い込んでおり、大喧嘩になってしまったのである。

 

しかも証拠代わりに、スキャバーズに切り傷をつけた前科あり。

その結果ハリー達はロン無しの、人手が足りない状況での判例探しを。

キニスは一人で署名活動をする羽目になったのであった。

 

「それにクルックシャンクスには捕まえてくれるよう頼んであるからな、食われることは無いさ」

 

…こいつは今何と言った?

クルックシャンクスに頼んでいた? ではクルックシャンクスがスキャバーズを遅い続けていたのは偶然ではなく、こいつの命令を聞いていたから…

ということはロンとハーマイオニーの仲が険悪になってしまったのはこの男のせいなのか。

 

あまりに意外な黒幕の登場に対し、俺は呆れ返る以外の術を持たない。

…まさか、嫌な予感と共に脳裏をよぎった疑問を訪ねる。

 

「ファイアボルトを送ったのはまさか…」

「私だが…それがどうした?」

「………」

 

開いた口が塞がらない、とはまさにこのこのか。

 

「いや、箒が壊れてしまって落ち込んでるハリーを見たらついね

…あ、送るのもクルックシャンクスに頼んだから私だとは分から無い筈だよ」

「………」

 

クルックシャンクスを差し向けた挙げ句ハリー達の仲を険悪にしたこと。

自分の存在が発覚するかもしれないのにファイアボルトを送った迂闊さ。

こいつは本当にペティグリューを捕まえる気があるのだろうか…

俺は一抹の…いや、かなりの不安に駆られていた。

 

「まあそんなことより、ペティグリューをどう見つけるかだ」

 

そんなこと…深い溜め息をつきそうになるが何とか飲み込んでおく。

確かに優先すべきはそちらだろう、だが…

 

「…何か良い手段はあるか?」

「…無理だな」

「やはりそうなるか…」

 

俺に代わって深い溜め息をつくブラック、その気持ちが分からないわけではない。

しかしどうようもないのも事実だ、ホグワーツだろうと何処だろうと鼠など幾らでもいる。

その中から一匹だけ見つけ出せという方が無理難題である。

 

「…あっ! アレがあった!」

 

椅子から勢いよく立ち上がったブラックが、何か思い付いたのか強く叫んだ。

 

「″忍びの地図″だ!」

「…忍びの地図?」

「ああ、私達…ハリーの父親と私、それとリーマス、…ペティグリューが学生の頃に作った地図だ」

 

それはホグワーツ敷地内の詳しい詳細が書かれた地図らしく、隠し通路どころか、校内に居るなら人間の位置も分かるらしい。

これを使えばペティグリューの居場所も見つけることができる…と、ブラックはやたら熱く語ってきた。

 

「アレがあればペティグリューが何処へ隠れようとも無駄だ!」

「…それはどこにあるんだ?」

「あー…確か…用務員室のどっかだと思うぞ、まだ残っていればだが」

 

何でも卒業間近にフィルチに取り上げられた…もとい後輩のために取っておいたらしい、こいつら何て危険物を残してるんだ。

 

「…分かった、探してみよう」

「助かる、それで…罠は?」

 

ブラックの問いに呼応しローブから″罠″を取り出す。

何故罠が必要なのかというと、ペティグリューが万一にも逃げられないようにするためである。

 

「これを館のあちこちに仕掛ければいいんだな?」

「間取りはこれだ、…使い方は分かるか?」

「説明書を見ればな」

 

扱いを間違えないか不安ではあったものの、それをブラックに渡す。

これを買った結果バイト代が全て風に散ってしまったがやむを得まい。

 

そう、ブラックに渡したのは″クレイモア″。

それだけではなく催涙手榴弾(鼠用ワイヤートラップ)、地雷(改造型)等の爆発物、その他ホームショップで購入した鼠取り用の罠を用意してきたのだ。

一応店主に頼んで致命傷は負わないレベルにしてもらっている、問題は無い。

 

そう、叫びの館は炎と硝煙が漂う地獄に変わりつつあったのだ。

 

 

*

 

 

暗闇の中、光すらつけずに影が蠢く。

誰も居ない廊下に鳴り響く音は自分自身の足跡だけ、闇に目を慣らしながら俺は夜の廊下を歩いていた。

それはまるで俺の生き方のようであったが、ハッキリとした目的を持ちながら歩いていた。

 

用務員室に忍の地図はあるのか、それは分からなかったが行かないことにはどうしようもないだろう。

だがフィルチの所につく前に、地図は向こうからやった来た。

 

(光…? あれはハリーか?)

 

廊下の角から発する光を警戒していると、そこからハリーが現れた。

無論″目くらまし術″は使っているので見つかりはしないが。

しかしヤツは鬼気迫る様子でしきりに回りを見渡している、何か探しているのだろうか。

 

よく見ると手元には古そうな紙が握られている…まさか。

気付かれないように手元を覗いてみると、そこにはハリーや俺の名前が記載されている地図があった。

…参ったな、どうやったのか忍の地図はすでにハリーが手に入れていたらしい。

奪う…訳にもいかないが…貸してもらうか?

 

だが見付かっても面倒だ、いまだに周りを見渡すハリーから離れようとする。

だがその時俺はそれを見た、地図の端をピーター・ペティグリューの文字が走り去っていくのを。

 

「ルーモス・ソレム!」

 

暗闇に紛れ既に場所は分からない、だが先程の地図が大まかな位置を示していた!

そこを強烈な閃光で照らす!

 

「うわあああ!?」

「なんだ今の光は! ポッター貴様か!?」

「スネイプ先生!? 違います! いきなり光が―――

ってキリコ!?」

 

暗闇を引き裂いた光が、何も無い廊下に唯一動く影を映し出す。

それに狙いを定め一撃を放つ!

 

「ステューブレイト ―失神弾頭」

 

目にも止まらぬ早さで放たれた弾丸、しかしヤツは間一髪、ダクトの中へ滑り込み弾丸は壁を貫き何処かへ飛んでいってしまった。

 

(逃がしたか…)

 

ようやく見つけることができたペティグリューを逃がしてしまったことに悔しさを滲ませていると、背後から俺に似た声が聞こえてきた。

 

「一体何があったんだね?」

「おやこれはルーピン教授、何、校則違反をした挙げ句馬鹿騒ぎをしていた生徒を見付けただけですよ」

 

現れたルーピンに対し、嫌悪感むき出しの口調で対応するスネイプ。

二人の間に緊迫した空気が走る

 

「…では我輩はこやつらに罰則を与えなくてはならんので失礼する」

「分かった、しかし二人の罰則を一人で見るのは大変でしょう?

ハリーの方は私が罰則を与えましょう」

 

…どうやら俺はハリーを助けるための生け贄にされたらしい、ますます顔を険しくするスネイプだったが静かに溜め息をついた。

 

「さようですか…ではしっかりとお願いします」

「ああ、勿論。

…さあついてきたまえ」

「…キュービィー、貴様はこっちだ」

 

黒いマントを翻し引き返すスネイプの後についていく。

只でさえ暗い廊下のさらに奥、地下室は輪を掛けて暗く湿気が俺の肌を冷たく刺激する。

そこの一室、魔法薬学の教室にある教員室に辿り着いた。

 

「…座りたまえ」

「…失礼します」

 

古ぼけたソファーは反発せず、少し軋んだ音を出すそれに俺は座った。

スネイプはその対面の同じソファーに腰掛け、深い溜め息を一回ついた。

 

「まさか貴様がこういったことをするとは思わなかったぞ」

 

ヤツの機嫌の悪さが収まる気配は一向に無い、俺が手間を掛けたのが面倒なのか、はたまたハリーを取り逃がしたのが悔しいのか…

 

「それで…何故夜間に出歩いていたか教えてもらおうか」

「…ブラックを捕まえるために夜の校舎を彷徨いていると聞きました。

止めたのですが効果が無かったので、いざという時のために彼を見張っていたのです。」

 

俺は嘘でこの場を誤魔化すことにした、流石に「ピーター・ペティグリューを追い回していました」とは言えまい。

 

「…成る程、やはりポッターか」

 

どうやらヤツは騙されてくれたようだ、ハリーには悪いことをした、これで被害を被っていたら謝っておこう。

 

「やはり父親に似てどこまでも傲慢なヤツだな…まあブラックを憎むのは分かるが」

 

ブラックを知っているのか? いや、ブラックがハリーの親を裏切ったということは教員なら知っているか。

 

「ブラックめ…もし見付けられたら…

…ああ、そうだ罰則だったな」

 

ブラックの名を出すヤツの目には、凄まじいほどの憎悪が映し出されている。

そして吐き出すように何かを良いかけたが、それは罰則の話へと変わってしまった。

 

「…では罰則は教科書の書き取りだ」

 

思ったより軽い罰則に思わず拍子抜けしてしまった、スネイプがこの程度で済ませるとは珍しい。

 

「…それだけで良いのですか?」

「初犯に正当な理由もある、それとも最も重い罰則が望みか?」

「いえ、ありがとうございます」

 

やらなければならないことがある、罰則が軽いならそれに文句を言う理由は無い。

 

「では失礼します、申し訳ありませんでした」

「以後気を付けるように」

 

謝罪の後一礼をし、部屋から出て寮へと戻…らずルーピンの教員室へ直行した。

流石に罪悪感が沸いてくるが、ペティグリュー捕縛のためだ、やむを得まい。

 

闇の魔術の防衛術の教室まで来ると、ちょうどハリーと入れ違いになった。

それと同時に教室を覗くと、ルーピンが教員室に入って行くのが見えたのでその隙に教室に入り込む。

教室の中を探すと先ほどまでルーピンが居た机に忍びの地図が置いてあるのを発見した。

 

「ジェミニオ -そっくり」

 

双子の呪いを使い地図のダミーを作り、本物の代わりに置いておく。

本物の効果まではコピーできないのでその内偽物とはばれるだろう、だが盗んだのが俺とばれなければ問題にはならないのだ。

地図をローブの中に仕込み、教室から脱出し素早く寮へと戻って行った。

 

…しかし地図とは別に、俺の心にはスネイプの目が焼き付いていた。

あの目は確かに憎悪に燃えていたが、それだけでは無い様にも見えていたのだ。

憎しみの炎の中で僅かに揺らぐ瞳。

そこには憎しみよりも、悲しさと後悔が酷く寂しそうな影が差し込んでいるようだった。

 




叫びの館「あれ? もしかしてヤバイのって俺じゃ…」
それにしても必要の部屋に無断外出、このSSのキリコはだいぶ悪餓鬼ですね。


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第三十話 「臨界(Bパート)」

もうじきアズカバン編も終わりです、
ピーターか、シリウスか、スネイプか、
誰が消し炭になるのか楽しみにしていてください。


学年末試験は散々と言う言葉も生温い程酷かった、本当にこれでもかと言うほど酷かった。

 

まずテストの出来が酷かったのは予想済みだし、いつものことだからそんなに気にしていない。

 

特筆して言うことと言えば、″呪文学″のテスト内容は″元気の出る呪文″を上手く掛けられるか。

だったんだけど、僕が掛けた結果普段表情筋が死んでるキリコが、部屋中に高笑いを響かせたもんだからクラスの皆が震え上がった…くらい。

 

あとはハグリッドの魔法生物学が物凄くつまらなくなってしまったこと。

というかテストだけじゃなく、授業自体がつまらなくなっていた。

あの日バックビークがドラコの腕を折ってから、授業内容は″レタス虫″を育てるだけになっていた。

そいでもってテスト内容は自分のレタス虫がテスト終了まで生きていればOK

 

…ちなみにレタス虫はレタスさえ食べてれば年中絶好調だ。

 

でもそんなことはどうでもよかった、僕は、…僕たちはテストが終わった時よりも大喜びしていた。

 

「うおおおお! お前さん達好きなだけ食え!」

「うわ!」

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃ&酒臭いハグリッドの力強いハグを回避する。

そう! バックビークの裁判に勝つことができたんだ!

正確には無罪じゃなくハグリッドが罰金を払うことになったから有罪だけど、ともかく死刑は免れた!

 

「奴ら驚いていたんだ、裁判が始まった途端裁判所が埋まるほどの署名を梟が運んできたんだからな」

「本当にありがとう、キニスが居なかったら駄目だったかしれないわ」

「いやいや、ハーマイオニー達が無実の判例を見付けてくれなきゃ、何万人集めてもダメだったよ」

 

あれから数ヵ月、僕はありとあらゆる手段で署名を集めまくった。

ホグワーツは当然として、週末のホグズミード広場を占領したり、イースター休暇の時はダイアゴン横丁の大通りを練り歩いた。

さらに先生達の署名も限界まで集め、ついにダンブルドア校長の署名もゲットしてやった。

でもやっぱり一番効果があったのはドラコのお父さんが死刑要求を変えたことだろう。

あ、あと何故かホグワーツにいたニュート・スキャマンダーさんの直訴状も忘れちゃいけない。

 

「それにしてもキニス、一体どうやったんだ? あのマルフォイの親父の証言を変えるなんて」

「簡単さ! ドラコがお父さんを説得するまで付きまとって、後ろからシンバルとホイッスルを鳴らし続けただけだよ、延々と」

「…へ、へぇ」

「それは…お疲れ様」

「うん、流石に一か月間ずっと説得するのは疲れたよ」

「説得…?」

「それ脅迫…もういいや何でも」

 

何で皆首を傾げているんだろう?

そんな訳で、お礼として夕飯をご馳走になっている、…まあ僕らでも食べれる物はそう多くないんだけど。

ゴツゴツしたロックケーキを紅茶で柔らかくしながら食べてる内に、いつの間にか外は暗くなってきていた。

 

「ううっそれでよ、バックビークは俺の気持ちが分かってるように―――」

 

完全に酔っ払っているハグリッドはさっきから″ハグリッドとバックビーク種族を越えた友情~ドラゴンの卵付き″を三回程繰り返している。

 

「…私疲れてきたわ」

「同感だね」

 

僕もそういった話は嫌いじゃないので最初の方は楽しく聞いていたけど、流石にハリー達同様顔色が薄茶色になりつつある気がしてきた。

いつ撤収するか…そんな会話を目線で始めようとした時、急に暖炉からふくろうが飛んできて手紙を落としていった。

 

「何だ急に?」

「ハグリッド宛みたいだけど…」

「見ろハリー、バックビークが飛んだぞ!…グゥ」

「…駄目みたい」

 

酔いつぶれたハグリッドが手紙に気づく様子は無かった、こりゃどうしたもんか。

 

「中身見ちゃって平気かな?」

「駄目に決まってるでしょ」

「あれ? これダンブルドア校長先生からみたいだ」

「ダンブルドア校長!?」

 

手紙の端っこに書かれたダンブルドア校長先生の名前をハリーが読み上げると、酔いつぶれていたハグリッドが大声を上げながら跳ね起きた。

 

「一体何の用で…ああすまねえ、せっかく来てくれたのに悪いが俺は校長の所へ行かなきゃいけねえ。

好きなだけ食ってていいからくつろいでいてくれ ヒック!」

 

慌ただしく小屋から千鳥足で歩いて行くハグリッド、そして小屋に残された僕たちはボー然としていた。

 

「…どうしよっか」

「食べると言われても、僕たちが食べれるものは大体食べちゃったし…」

 

ドドドドド

 

「おっと言い忘れてた!」

「おわぁ!?」

 

地鳴りを鳴らしながらUターンしてきたハグリッドは、小屋の端の箱を指さした。

よく見ると少しガタガタと動いている。

 

「これがどうしたの?」

「ああ、中にロンの鼠…スキャバーズだったか? まあそいつが入ってる」

「え!?」

「何でそんな所に!?」

「今朝なんか小屋の隅に居たからな、とりあえず捕まえ取ったんだ」

 

まさかのスキャバーズ登場に大喜びするロンとハリー、しかし滅茶苦茶不機嫌オーラを出している人がいるのに気付いていないようだ。

 

「おーい…ローン…」

「え、何!?」

 

僕が指を刺した方向を見たロンは、そこに腕を組んで睨み付けるハーマイオニーを見つけバジリスクに睨まれたみたいに硬直してしまった。

 

「…よかったわねえ、スキャバーズが見つかって、ロン?」

「え!? あ、うん、本当に良かったよ!」

 

違う、そうじゃ無い。

的外れの返事にハーマイオニーの顔はさらに険しくなっていく。

 

「でも私は何も良くないのよね、何でかしら?」

「えー、あー、その…」

「………」

「…ごめんなさい」

「よろしい、後でクルックシャンクスにも謝っておいてよね」

「猫にも!?」

 

ジロッ

 

「駄目だロン、今は言うとおりにするんだ」

 

ハーマイオニーの気迫に押され、やや涙目になってきたロンにハリーはアドバイスを送った。

 

「…分かったよ」

「言い方!」

「分かりました!」

 

ハーマイオニーはそこまでやってようやく納得してくれたらしい、…が、まだロンはちょっと涙目だ。

外を見ると、言い争っていたからか日が落ちる数分前といった感じになっている。

 

「皆、そろそろ帰らないと罰則が…」

「本当だ、もうこんな時間か」

「じゃあ帰りましょうか」

「ちょっとまってよ、まずスキャバーズを箱から出さな―――」

 

ドグオオオン!!

 

「「「「!?」」」」

「何だ今の!?」

 

外から聞こえて来た爆発音、何が起こったか確かめるために外へと飛び出す。

 

「どこから聞こえて来たんだ?」

「…もしかしてアレじゃない?」

 

ハーマイオニーが指さした方には、畑のかぼちゃが一個だけ派手に吹き飛んでいた。

 

「…かぼちゃ?」

「もしかしてシリウス・ブラックが…」

「ハリー、シリウス・ブラックの敵はかぼちゃなのかい?」

 

まあシリウス・ブラックは論外としても、何でかぼちゃが爆発したんだろうか。

目的も何も分からず畑で首を傾げる。

 

「爆発…爆発といえば…もしかして…」

「キニス、どうかしたの?」

「いや、爆発が得意なのって確か―――」

 

ガチャアァン!

 

今度は何だ!?

後ろから聞こえて来たガラスが割れるような音、そして振り返った途端、ロンが悲鳴を上げた。

 

「スキャバーズ!?」

「何あの犬!?」

 

ハグリッドの小屋の窓をぶち破って出て来た大きい影。

そこにはスキャバーズが入っている箱を咥えた、黒い大型犬がいた。

その犬はこっちを一瞥すると禁じられた森に向かって走り出してしまった!

 

「ど、何処に行くんだ!」

「ロン!」

 

それを追いかけ駆け出していくロンを三人でさらに追いかける!

息を切らしながら走っていくと、犬が暴れ柳の根っこから消えてしまった!

 

「消えた!?」

「見てあそこ、穴があるわ!」

 

どうやら犬はあの穴に逃げ込んだらしい、しかも何でか暴れ柳は眠ってるみたいに動かない。

その隙を狙ってロンは穴に飛び込んでしまった!

僕達もそれを追いかけようとした…が。

 

「うわっ!?」

 

横から信じられない速さで飛んできた太い枝を縄跳びのように避ける、柳はまた動き出してしまったらしい。

 

「どどどどうすんのさ!?」

「そんなこと言ったっ…きゃあっ!」

 

今度は幹をハンマーみたいに振り下ろす! 間一髪かわしたけど柳が収まる気配は無い!

というか早い! 何かいつもより圧倒的に早い!

 

「どうするのこれ! 全く隙が無いよ!?」

「何でこんなに元気なんだろう…」

 

あまりの速さに枝が分裂して見える柳を見ながらハリーは悲鳴を上げる、けどその悲鳴も柳の風圧で飛ばされていった。

 

「君達一体ここで何をしているんだ!」

 

後ろの方からルーピン先生が青い顔をしながら走って来た。

 

「先生!? どうしてここに!?」

「教員室の窓から、ロンが犬を追いかけて穴に入って行ったのが見えたんだよ」

「そ、そうなんです! ロンのペットのスキャバーズが…」

「大丈夫だ、ロンはちゃんと私が助けよう、勿論あの鼠もね。

さあ君たちは早く寮へ戻るんだ」

 

僕達に帰るよう言い聞かせると、「おかしい…何故こんなに暴れてるんだ…?」と呟きながら近くの小石を投げ飛ばした。

それが柳の根っこの小石に当たると、一気に元気を無くして止まってしまった。

 

「アレああやるんだ…ってハリー!?」

「ロンを助けなくちゃ!」

 

何で行っちゃうんだよ!

思わず叫びたくなったけど今更どうしようもないと気が付いた僕は、同じ顔をしていたハーマイオニーと一緒に穴へ飛び込んで行った。

 

 

 

 

何とか暴れ柳を突破し、泥と土と砂とルーピン先生の説教にまみれつつも辿り着いた場所は、ボロボロの壁に割れた窓など、まさにTHE廃墟といった場所だった。

 

「ここもしかして叫びの館じゃない?」

「言われてみれば確かに…」

 

方向も外装からの雰囲気も大体合ってる…けど何でこんな所に繋がってるんだろ?

とりあえず階段を登って行くと、一つだけドアが少し開いてる部屋があった。

隙間から除くとスキャバーズを握っているロンが居た!

 

「ロン! 大丈夫!?」

「ハ、ハリー…逃げるんだ…!」

 

何故かロンは怯えた様子だ、逃げるってどういうことだろう。

 

「罠だったんだよ…! あの犬が、あの犬が…!」

 

ふと足元を見てみるとさっきの犬の足跡が続いている、それを辿っていくと…

 

「!?」

「お、お前は…!」

 

―――手配書と全く同じ顔をしたシリウス・ブラックが立っていた。

 

 

 

 

「お前が…お前が父さんと母さんを裏切ったのか!」

「待つんだハリー、ここは私に任せるんだ」

 

ブラックに詰め寄っていくハリーを静止し、杖を向けながらブラックに近づいて行くが何かおかしい、するとルーピン先生はブラックとがっちりと親友のようなハグをした。

 

「一体何がどうなってるんだろう…」

「ルーピン先生は人狼だったのよ!」

 

そこからは何だか怒涛の勢いで話が進んでいた。

何でもルーピン先生はブラックと同学年で、そいでもってルーピン先生は人狼だから本当は入学できなかったけどダンブルドア校長先生が計らってくれた。

それが満月の時ルーピン先生を隔離する叫びの館であり、それがばれないように入口に暴れ柳を植えた。

あとスネイプ先生が昔ブラックに虐められていて、それでスネイプ先生がブラックと、その友達だったルーピン先生を憎んでるということを話していた。

 

「さあ友よ! 一緒にヤツを殺そう!」

「ああもちろ―――ぐあっ!?」

 

ハリーを殺そうとした瞬間ルーピン先生が地面に拘束される。

そして扉をぶち破って入って来たのはスネイプ先生だった。

 

「復讐は蜜よりも濃く、そして甘い。お前を捕まえるのが我輩であったらと、どれほど願ったか。今どれほど歓喜に満たされているか、お前には分かるまい」

 

そう語るスネイプ先生の目は、いつもグリフィンドール生やハリーに向けるような視線より、何十倍もの憎しみを燃やしていた。

 

「さぞ愉悦だろうな、いいとも、そこの鼠と一緒なら大人しく付いて行ってやる」

「違うんだスネイプ! シリウスは―――」

「黙れ人狼、貴様も引きずって行ってやる…アズカバンにな」

 

震えるブラックとルーピン先生を引きずって行こうとした時、スネイプ先生の前にハリーが立ち塞がった。

 

「何のつもりだポッター? 英雄ごっこはいい加減にしてもらおうか」

「…ブラックは分からないけど、ルーピン先生は敵じゃない、もしルーピン先生がブラックの仲間だったら僕はとっくに殺されていた!」

「それも人狼の作戦かもしれんぞ? さあ退けポッター!」

 

スネイプ先生は本気の怒りを含ませながら叫ぶけど、ハリーはどきそうにない。

それどころかスネイプ先生以上の迫力で反撃し始めた。

 

「人狼人狼…って、恥を知れ! 学生のころ苛められたくらいで!」

「黙れ! 苛められたくらいだと!? やはりあの男の息子だな!

どこまでも傲慢で自分を正当化しようとする! 誰のおかげで今ここにいると思っているのだ? 地に伏して感謝すべきだ!

にも関わらず貴様は! 貴様などその男に殺されていれば自業自得だったろうに!

さあ退け! 退くのだ!」

 

一体何が勘に触ったのか、今までとは別人のように怒り狂うスネイプ先生。

ハリーもその剣幕に呑まれてしまったのか、先生に向かって呪文を撃とうとしている!

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

スネイプ先生に向かって呪文が真っ直ぐに飛んでいく!

…けど。

 

「えっ!?」

 

呪文に向かって飛んできた何かが、呪文の横腹をぶち抜きながら壁に逸らしてしまった。

 

「何者だ!?」

 

スネイプ先生が叫ぶと、さっき呪文が飛んできた扉から人が現れた、それは―――

 

「キ、キリコ!?」

「………」

 

キリコが杖をこちらに向けながら、ゆっくりと歩いて来ていたのだった―――

 




敢えて問うなら答えもしよう
望む事はささやかなりし
この腕に掴み取れるだけの命でいい、あの胸に収まるだけの真実でいい
今こそ言おう、その名はピーター
ピーターこそ我が命、ピーターこそ我が仇
ハリー・ポッターとラストレッドショルダー、第三十一話『囚われざる者』
だが、最後はその名の如くに



有名なネタですが、忍びの地図には一瞬ニュート・スキャマンダーの名前が載っています。
よって矛盾はありません。
またピーターの語源は使徒ペトロです、彼はローマから脱出しようとしますが、戻ってきた結果磔になり処刑されます。
さて、ペティグリューの最後はどんなんでしたっけ…?


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第三十一話 「囚われざる者(Aパート)」

今更だけど全10話って思ったより尺短いんですね…
いまだ話数配分が下手だな…今後の課題です。


極限の緊張が場を支配していた。

それは怒りか、憎しみか、はたまた悲しみか。

しかしそれは俺が現れたことで驚愕へと転じた。

 

「キ、キリコ!?」

 

要る筈の無かった奴らがいることに、思わず苦虫を噛み潰す。

そう、本来ならここに居るのは俺とブラックだけだったのだ。

 

忍びの地図を使いピーター・ペティグリューを見つけたのは今朝のことだった。

そして急いで練った計画。

 

クルックシャンクスを通じてハグリッドに偽の手紙を出し、小屋から追い出す。

招待されていたハリー達は外のかぼちゃを爆破することで誘導。

その隙にブラックがペティグリューを叫びの館まで連れ去る。

ハリー達が追ってきた場合に備え、暴れ柳に″元気になる呪文″を掛けておく…という計画だった。

 

しかし暴れ柳の突破方法を知っていたルーピンの出現により、事態は混濁した方向へと進んでいた。

 

「キュービィー! 何故ハリーを止めた!?」

 

憎しみを込めたブラックの叫びは、俺とブラックが協力関係にあったという事実を伝えている。

 

「な、何でブラックがキリコのことを…?」

 

「決まっている、こやつもまた卑しい畜生の仲間だったということだ」

 

スネイプは杖をブラックに向けたまま、視線でこちらを警戒する。

しかしそれに激しく反論しだすブラックが事態を更に混乱させてゆく。

 

「違うぞスニベルス! 彼も私も何もしていない!」

「この期に及んで言い訳とは、やはり貴様は最低の畜生だな」

「スネイプ! キリコまで疑うのか!?」

「貴様は黙っていろポッター! それともブラックを庇った罪でアズカバンに行きたいのか!?」

「ハリーを巻き込む気か!? ならば容赦は―――」

 

この状況、どうするべきか…と考えた時、叫びが館に響いた。

 

「ああああもぉぉぉう! うるさぁぁぁぁい!!」

『!?』

 

キニスの怒声に、全員一発で黙り混む。

そしてこちらに振り向き、怒りながら迫ってきた。

 

「キリコ! 一体どういうこと!? 説明して!」

 

全員の注目が俺に集まる、どこから説明すべきか少し悩んだが、とりあえず結論から言うことにした。

 

「ピーター・ペティグリューは生きている」

「………はえ?」

「…何かと思ったらあの畜生と同じことか、やはり貴様もアズカバンに―――」

 

そこまで良いかけた所でスネイプの目線は俺の手元に釘付けになった。

 

「それは…」

「忍びの地図!? 君が持っていたのか!?」

「…″我、良からぬ事を望む者なり″」

 

地図を見て驚くルーピンを他所に、起動させた地図をスネイプに投げ渡す。

スネイプはまじまじと地図を眺めていたが、途中でそれは心からの驚愕へと変わった。

 

「これは、我輩を陥れるための道具か何かね?」

「…スネイプ、それは間違いなく本物だ、私が保証しよう」

 

スネイプはルーピンを疑っているように見つめるが、先程のまでとは違い話を聞こうと耳を傾けている。

 

「それはかつて私やシリウスが作り上げた物だ、間違っている筈が無い」

「では貴様はウィーズリーがピーター・ペティグリューであると言うのかね?

地図ではそう書かれているが…」

「いいやここにはもう一人…いや! もう一匹いる!」

 

杖をロンが大切に握っている鼠に向けながら叫ぶ、しかしロンは震えながらもスキャバーズを庇おうと声を絞り出す。

 

「い、一匹って…まさかスキャバーズが…?」

「そうだ! ヤツは鼠の動物もどきだったんだ!」

 

ブラックの怒声に反応し、脱出しようと激しく暴れ狂うスキャバーズ。

 

「そんなことって! スキャバーズは僕の家族だ! ペティグリューなんてヤツの筈が…」

「12年も生きる鼠がいるか!?」

 

涙を流しながらも必死にスキャバーズを庇おうとするロンの姿は、もはや悲壮感さえ漂っている。

…すでに薄々感ずいてはいるのだろう。

 

「第一鼠なんて何百匹もいるよ…? 何でスキャバーズなのさ…?」

 

もう誰も杖を突き合わせていない、その敵意は全てペティグリューに向いている。

そして杖を向けていたスネイプが、それに気づき呟いた。

 

「…指が」

「そうだ! こいつは指を自ら切り落とし、鼠に変身して下水道へ逃げ去ったんだ! 私に罪を被せてな!」

 

狂ったように叫ぶブラック。

スネイプの目付きもまた、ブラックに向けていた以上に憎しみを込めている。

 

「ロン、鼠を渡してほしい、大丈夫、その子が只の鼠だったなら何も起こらない」

 

怯えるロンを刺激しないよう、できるだけ優しい声で説得するルーピン。

その説得に対ししぶしぶといった様に鼠を渡そうとする…が。

 

「スキャバーズ!」

「しまった!」

 

ペティグリューはロンの手から滑り落ち、そのまま逃げ出してしまった!

 

ステュービファ(失神せ)―――」

「待てリーマス! 放っておけ!」

 

まさかの制止に驚愕するルーピンは、信じられないという顔でシリウスを見つめる。

 

「何を考えているんだシリウス!? 奴に逃げられたら何もかも終わりなんだぞ!?」

セクタムセンプ(切断せ)―――!?」

 

何かの呪文を唱えようとしたスネイプに、杖を突きつけ制止させる。

 

「貴様! 何のつもりだ!」

「すぐ分か―――」

 

ドゴオオオン!!

 

スネイプが只ならざる殺意を向けた時上から響き渡る爆発音。

そして崩れ落ちる天井の中から、ちょうど俺の手にペティグリューが落ちてきた。

 

「…キュービィー、貴様まさか」

「察しの通りです」

「…キリコ、な、何をしたの…?」

「彼はもしもペティグリューが逃げた時のために、屋敷中に罠を張ってくれたんだ」

 

ブラックの説明に頭を抱えるスネイプ。

やはり張っておいて正解だったな、願わくば残りの罠がバレないとだいぶ嬉しい。

そして…時は来た。

 

「キュービィー君、逃がさないでくれよ…!」

 

俺が空に投げた鼠に向かって、スロー再生の様にゆっくりと、確実に光が迫る。

一瞬視界が消えた次の瞬間そこに立っていたのは、薄汚い小柄な、まさに鼠のような男だった。

 

 

 

 

「や、やあリーマス、シリウス、…ひ、久しぶりだね…」

 

旧友との再開を辿々しく喜ぶペティグリューに浴びせられる視線は懐かしさでも代えがたい友情でもない。

ただ、憎悪と侮辱だけがヤツの全身に突き刺さっていた。

 

「やっと会えたな、ピーター・ペティグリュー!」

 

歓喜にうち震えるブラックを見たペティグリューは、大袈裟に震える演技をしている。

 

「ひぃぃ! た、助けてくれ! 私は悪くない!」

「この期に及んでまだ言うのか!?」

「話を聞いてくれ! 私は逃げていただけなんだ、シリウスがいずれ脱獄するのは分かっていた。

彼は私を殺しに来るだろう、そう考えると恐ろしくてしょうがなかったんだ!」

 

怒濤の言い訳に対し、俺は呆れるだけだ。

それが言い訳だと分かりきっているブラックは笑いながら叫ぶ。

 

「私が? 違うな貴様が恐れていたのは私ではない、アズカバンで囚人達が言っていたぞ、『主の死の切っ掛けを作った奴を許しはしない』とな!」

「そんなこと…リーマス! 君は信じてくれるよな…?」

「そうだね、もし君の言っていることが真実だったら我々が全力で保護したさ。

…だから分からない、何故君が12年も鼠になっていたのかね」

 

ルーピンの言っていることは最もだ、反論の仕様が無くなったペティグリューはさらに言い訳を重ねる。

 

「シリウスはあの人のスパイだったんだ…だから死喰い人の残党に―――」

「貴様今何と言った!?」

 

シリウスに責任を擦り付けようとするが、それはどうやら逆鱗に触れたようだ。

 

「私が友を裏切っただと? ふざけるな! そんなことをするくらいなら私は死ぬ!」

 

ペティグリューを秘密の守人にしたのが間違いだったと怒り狂うブラックを前にぶつぶつと呟くペティグリューだったが、その目はいまだ油断無く逃走の隙を伺っている。

 

「…リーマス」

「ああ分かっている、共にこいつを殺そう」

「う、嘘だ…き、君なら分かってくれるだろう?」

 

あろうことかロンにすがり付き助けを懇願しだすペティグリュー。

しかしロンは汚物を見るような視線をするだけだ。

 

「お前のような奴と一緒に暮らしていたなんて…」

「お嬢さん、君からも説得してくれ…」

 

ハーマイオニーにまですがり付くが、彼女は軽蔑を向けながら下がっていく。

 

「だ、誰か…君は私の話を聞いてくれるよね…?」

「あんたみたいなクズ見たこともないよ」

 

無慈悲に切り捨てるキニスを見て、今度はハリーに助けを求める。

 

「ハリー、君は本当にジェームズそっくりだ…きっとジェームズやリリーなら許してくれる筈―――」

「ハリーに話しかけるとは何様のつも―――」

セクタムセンプラ(切断せよ)!!」

「ぎゃああああああ!!」

 

激昂するブラックを遮りスネイプが放った呪文は、ペティグリューの耳を切り裂きそこからは大量の血が溢れだす。

 

「貴様よくもリリーを言い訳に使ったな!? いいだろうそんなに追われるのが恐ろしいなら貴様に永遠の安息を与えてやろうではないか」

「ハリー、ジェームズならきっと分かってくれた、きっと許してくれた…!」

 

ペティグリューの首を掴みながら、額に杖を突きつけるスネイプ。

そして他の面々も杖を首元に突きつける。

しかしスネイプの杖を無理矢理ハリーが奪い取った。

 

「ポッター…貴様も父親と同じ場所に行きたいようだな」

「ゆ、許してくれるのか!? やはり君はジェームズの息子だ、何てやさ―――」

「お前なんかのためじゃない」

 

涙を流しながらお礼を言おうとするペティグリューだったが、ハリーはそれを遮った。

 

「僕の父さんは、お前なんかのために親友が殺人者になるなんて望んじゃいないからだ」

 

 

 

 

最終的にペティグリューは引き渡すことになった、吸魂鬼に直接。

これはスネイプの強い要望を呑んだ結果である、まあ当然の結果だろう。

張りつめた空気はすでに消え失せ、穏やかな光が俺達を照らしていた。

 

―――光?

 

脳裏をよぎった最悪の予感を確かめるため、崩れ落ちた天井を見上げる。

そこには…

立ち込めていた雲の切れ間から、月が俺達を嘲笑っていた。

 

(まずい…!)

 

ルーピンはすでに唸り声を上げながら、異形へと変貌しつつある!

 

セクタムセンプラ(切断せよ)!」

 

スネイプが切断呪文を撃ち込むが、分厚い人狼の皮膚は簡単には裂けない。

人狼は標的をこちらに切り替え、牙を剥き出しにして飛びかかる!

 

「シリウス!」

 

ハリーが悲鳴の様な叫びを上げる、ブラックは黒い犬に変身しそのまま人狼を向こうの部屋まで押し出した…が、これが参事の始まりとなった。

 

「目を閉じろ!」

 

「え?」

 

次の瞬間!

 

「うわあああ!?」

 

ワイヤートラップに引っ掛かったブラックと人狼が、スタングレネードの大閃光を引き起こしてしまった!

 

「ギャオオオン!!」

 

目を潰され暴れ狂う人狼、それを止めようとシリウスは必死でしがみつく。

だが人狼と動物のパワーには大きな差がある、シリウスはいとも容易く湖側の窓から突き落とされてしまった!…その時!

 

ドゴオオオン!!

 

「今度は何だ!?」

 

窓の外側に仕掛けておいたクレイモアが作動してしまった!

本来は怪我を負わせて逃走を困難にする物だったのだが…

その時ハリーが絶望しながら叫んだ。

 

「ペティグリューが逃げた!」

 

暴れ狂う人狼が屋敷の罠を次々と作動させていく中、ハリーが指さした方向を見ると、ペティグリューが鼠へと変身しダクトの中へ逃げ込んでいくのが見えた。

しかもどうやら、罠を器用に避け続けているらしい、畜生に落ちてでも生き残ってきたその執念はだてでは無いようだ。

しかしこのままヤツを逃がせば、ブラックの冤罪は証明できなくなってしまう!

その危機感のまま俺は走り出した!

 

「玄関への通路には罠は無い! 逃げろ!」

「でもシリウスが!」

「玄関から回り込め! 俺はヤツを追う!」

「え!? どうやって―――」

 

ガシャァン!!

 

ハーマイオニーの悲鳴も気にせず、身を守りながら窓をぶち破る!

全身にクレイモアの洗礼を浴びつつ3階から地上まで叩き落とされ…ようとした時、上から落ちて来た黒い影が俺を受け止めた。

 

「貴様何をしている!?」

 

スネイプが何らかの飛行呪文で俺を受け止めてくれたらしい、全身に鋭い痛みを感じながらもすぐさま立ち上がる。

 

「ペティグリューはこの近くです」

「本当か!? しかしこの暗闇では…」

 

罠設置の都合上屋敷の構造は把握している、あのダクトから逃げたのなら必ずこの近くに出るはずだ。

そして方向さえ分かっていれば探す手段は存在する…!

 

「目を閉じろ! ルーモス・ソレム(太陽の光)!」

 

初めてペティグリューを見つけた時のように暗闇を太陽の光で焼き払う! そして視界が白と黒に二分された!

こうなれば簡単だ! すぐさま影を探し出す!

そう、ここが人混みなどだったら捜索は困難極まっただろう、だがここで動くものはそう多くない。

しかもサイズも分かり切っている、逃走目的なのだから動き方も真っ直ぐ!

何よりキリコはシーカー! 小さく素早い物を探す事には慣れている!

 

目を凝らし森の中を見つめる…あれだ! 真っ直ぐ動く小さな影!

 

ステューブレイト(失神弾頭)!」

 

撃ち込まれる失神弾頭、しかし!

 

ガキィッン!

 

(クソッ!)

 

ペティグリューを貫く筈のそれは、森の木々に阻まれ軌道を逸らしてしまった! これでは当たらない! だがここにはもう一人居る!

 

セクタムセンプラ(切断魔法)!」

 

スネイプの放つ切断魔法が邪魔な木々をなぎ倒す!

そう、スネイプはキリコの意図に気づいていたのだ! 

あの夜の廊下でキリコの魔法を目撃していたため、キリコの意図を一瞬で理解しサポートしたのだ!

これでもう真実への道を阻むものは居ない…!

 

ステューブレイトッ(失神弾頭)!!」

 

虚構へ向けて銃弾が目にも止まらぬ速さで飛翔し、そして闇に響く悲鳴が俺達の勝利を宣言した。

 

アクシオ・ペティグリュー(ペティグリューよ、来い)

 

呼び寄せ呪文を命中させ、手元にペティグリューを引き寄せたスネイプ。

それを見た俺は思わず深いため息をついた。

 

「…館が」

 

スネイプと同じ方向を見ると、とうとう罠が連鎖反応してしまったのか叫びの館が炎に包まれ、ちょうど大爆発を起こして吹き飛んでいるあまりに酷い光景が背景にあった。

 

 ―叫びの館、火災と爆発により消滅―

 

「っ!? 身を隠せ!」

 

突然の警告にお互い暗闇の中へ溶け込む、そして崩れた屋敷の向こう、ホグワーツ湖を見ると湖が凍りついているのが見えた。

 

(…吸魂鬼)

 

何故か湖に集結している吸魂鬼だったが、その後放たれた守護霊の光によって弾き飛ばされていくのが確認できた。

…あの守護霊、…ハリーだろうか? あの中で守護霊を使えるのはヤツしかいない。

 

「一体何が起こっているのですか!? …また貴方ですかキュービィー!!」

 

ハリー達の安否を心配していると何故かマクゴナガルが青筋を立てながら現れた、…いやここまで大事になれば普通気づくか。

するとスネイプがマクゴナガルの前に鼠を突き出した。

 

「セブルス! ふざけているのですか!?」

「いえ、是非見てもらいたいことが」

 

とても良い顔をしながら鼠に呪文をぶち込むと再びペティグリューが現れた、それを見て声にならない声を上げるマクゴナガル。

 

「ピ、ピーター・ペティグリュー…!? ま、まさか…ではブラックは…!?」

「ああ…懐かしいマクゴナガル先生…!」

 

こいつまだ言い訳する気なのか。

もはやここまでいくと尊敬の念すら出てくる、スネイプは今にも殺しそうになっているが。

 

「…キュービィー、吾輩達はこのドブ鼠をまず連行する、なのでブラック共と他の連中の安否だけ確認してきてくれたまえ」

「了解しました」

「あー、それと…」

 

ハリー達を見に行こうとした時スネイプが呼び止めたが、何故か言い渋っているようである。

 

「…ペティグリュー捕縛の件、感謝する」

「…当然のことです」

 

俺はまだ知らない、セブルス・スネイプがこの時どんな思いだったかを。

そして俺とスネイプが、どれ程似ているのかも。

ペティグリューを前にした時のあの目の意味も。

だが今は喜ぶだけで良い、俺のような悲劇が一つ終わった事に。

俺は嘲笑う月に向かって嘲笑を向けるのであった。




ルーピン「私かよぉぉぉぉぉ!」
キリコ「まじごめん」
キリコ守護霊(有体)「アレ? 私の出番は…」
キリコ「無い」

以上、やっと予告通り叫びの館を葬り去れました。
いやあ、ずーとどっかブッ飛ばしたいなーと思ってはいたんですが、最初から臨界させる訳にもいかず…
これからは本格的に爆破オチが増えてきますよ! ご期待ください!


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第三十一話 「囚われざる者(Bパート)」

早いものでアズカバンの囚人編も最終話になりました。
さてピーターは逃げ切れるのか、ルーピン先生は生きているのか。
最終話スタートです。


医務室の空気は異様という他無かった。

ヒッポグリフの罰金と厳重注意の為ダンブルドアとコーネリウス・ファッジが話していた中医務室に呼び出され、その場でペティグリューを突き出したからだ。

現在ブラックとペティグリューは別々の部屋でダンブルドアが話を聞いている。

 

「そんな馬鹿な…一体どうすれば…」

 

医務室ではスネイプがいつも通り不機嫌な顔で外を眺め、吸魂鬼に襲われたハリー達はベッドに寝かされ、俺もまたマダム・ポンフリーの治療を受けていた。

ファッジは既に俺の証言を聞いているのだが、魔法省の権威の為どうしてもブラックを犯人にしておきたいらしい。

それに対し内心腸が煮えくり返っているのである。

 

「…スネイプ、君は彼の証言を信じるのかね」

「全面的に」

「うう………」

 

スネイプは何故か分からないがペティグリューに凄まじい憎しみを抱いている、なのでペティグリューのアズカバン行きを熱望しているようだ。

その時扉が勢いよく開かれ、マクゴナガルが血相を変えて飛び込んできた。

 

「マクゴナガル先生! ここは医務室ですよ!」

「それどころではありません! ペティグリューが逃走しました!」

「「「!?」」」

 

逃げた!? まさか鼠になってか!?

あまりに衝撃的な知らせに医務室が騒然とする。

 

「警備は何をしていた!? 確か魔法省の魔法戦士が警備をしていたのではなかったのか!?」

「トイレに行っていたようです! ふざけています!」

「ファッジ魔法大臣、その愚かな阿呆を是非清掃係りに任命を―――」

「ピーター・ペティグリューは死んだ! 最初からここには居なかったんだ!」

「「「!?!?」」」

「魔法大臣殿、君は何を言っているか分かっているのかね…?」

 

その時ダンブルドアも戻ってきたが、その顔にはいつもの穏やかさは欠片も無い。

この騒ぎでハリー達も跳ね起き、言葉をまくし立て始めた。

 

「大臣聞いて下さい! シリウスは無実でピーター・ペティグリューが真犯人です! ペティグリューは自分が死んだと見せかけて罪を被せたんです! あいつはキリコが捕まえています! だから―――」

「ハリー、落ち着きなさい、ピーターが何処に居るというのかね? ブラックは大量殺人鬼だ」

「何を言っているんですか!? シリウスは誰も殺していません、マグルを殺したのもペティグリューなんです!」

 

必死で訴えるハリーとハーマイオニー、しかし冤罪を認めようとしないファッジはどこ吹く風、怒りの目線の中宣言した。

 

「これより吸魂鬼のキスにより、シリウス・ブラックの処刑を行う!」

「そんな!!」

 

…何と言うことだ。

まさかの展開に、誰もが絶望に打ちひしがれる、だがハリー達はダンブルドアに必死で縋り付く。

…しかしダンブルドアに慌てた様子は無かった。

 

「ダンブルドア先生! シリウスは、シリウスは―――」

「勿論分かっておるともハリー、しかし証言には重さと言うものがある、13歳の子供達の証言では大人は動かせないのじゃ。

何より肝心のピーター・ペティグリューが逃げた以上、どうしようもない」

「う、嘘だ…」

 

床に崩れ落ちるハリーだが、ダンブルドアは何故か不敵に笑いながら、何かを回す仕草をした。

 

「…三回…いや一回で十分かの? 上手くいけば、罪なき命を救うことができるかもしれぬ。

…よいか、絶対に見られてはならぬぞ」

 

そしてダンブルドアもスネイプも医務室から出て行った。

誰しもが絶望していたが、その中でハーマイオニーだけが決意に満ちた目をしていた。

いつの間にか目を覚ましたロンが質問をする。

 

「…今のどういう事?」

「説明してる時間も惜しいわ」

 

質問を無視しハーマイオニーが慌てながら取り出したのは金色の鎖が特徴的な時計だった。

俺はそれに見覚えがあった…逆転時計(タイムターナー)だ。

それを見た俺はダンブルドアの意図を理解した。

 

「…全員で5人、…2人が限界ね…」

「…キリコ、あれ何?」

「逆転時計、ヤツらは過去へ行き、逃走したペティグリューを見つけるつもりだ」

 

キニスは『そんなのアリかよ』といった顔で驚いているが、そんなことはどうでもいい。

最終的にハーマイオニーと、強い要望でハリーが行く事になった。

…親の仇を逃がしたくないのは当然のことだ。

 

「…じゃあ行くわよ…!」

「ストーーープッ!」

 

突然ハリー達を静止したキニス、それに文句を言おうとしたハリーに向かってキニスは何かを手渡した。

 

「これは…忍びの地図!?」

「ドサクサに紛れて拾っといた」

 

意地悪そうな笑顔を浮かべるキニスにハリーは笑いながら頷き、そして次の瞬間…消え去った。

 

 

*

 

 

「…一体…どうすれば…」

 

医務室で頭を抱えるファッジの顔は、大空の青よりも青ざめていた。

あの後シリウス・ブラックの元に向かっているファッジの所に鼠を掴んだハリー達が乱入した結果である、ハリー達はペティグリュー捕獲に成功したのだ。

つまりこの瞬間、保身の為証拠を隠滅しようとした事実が確立されたのである。

 

「さて…どうしようかの」

 

ファッジの周りを回りながら呑気な言い方で語るダンブルドア、態度には出していないがどう見ても激怒している。

対してファッジはすっかり縮こまっていた。

 

「い、嫌…我々は決してペティグリューの脱走を隠蔽しようとは…」

「隠蔽? はて何のことかの?」

 

飄々と語るダンブルドア、スネイプと俺は目を合わせた。

…お互いあいつの意図に気づいたらしい。

 

「いやあ最近物覚えが悪くての…あー、何じゃペティグリューの隠蔽がナントカ…じゃったか?」

「ダンブルドア先生! 何を―――ムグッ」

 

失言をしかけたハリーの口を抑えるスネイプの顔は軽く笑っている様に見えた。

…最も殆ど変っていないが。

 

「むうやはり思い出せんの、もしシリウス・ブラックが無罪になったら、その喜びでこんな事忘れてしまうかもしれんのぉ」

「………!」

 

ヤツが言いたいのは、要するにシリウス・ブラックを無実にするならこの失態を黙っていても良い、という脅しに他ならなかった。

…とんだ狸だな。

 

「ううう…ん? 梟?」

「ファッジ、お主当てのようじゃが」

 

ダンブルドアから手紙を震える手で受け取るファッジの顔色は、手紙を読むごとにどんどん青…いや黒くなっている。

 

「…どうしたのかの?」

「…マ、マスコミが押しかけてきてるらしい」

 

その言葉を聞き外を見ると、確かにホグワーツ駅に人だかりができているのが確認できた。

つまりこのままチンタラしてたら全てがばれるということである。

追い詰められ椅子にがっくりと倒れこむファッジは沈黙し、そしてしばらく経ってようやく重々しい口を開いた。

 

「…シ、シリウス・ブラックを…無罪…放免とする」

 

『やっ…たあああああ!!!』

 

魔法大臣や校長の目の前にも関わらず抱き合い喜ぶハリー達、その目には大粒の涙が浮かんでいた。

喜ぶハリー達と裏腹に頭を垂れながら医務室から出ていくファッジに、ダンブルドアが冷え切った声を掛ける。

 

「コーネリウス、過ぎた保身は身を滅ぼすぞ」

「…肝に銘じておくよ」

 

 

*

 

 

翌日の朝刊は一面にシリウス・ブラックの無罪をこぞって報道していた。

そしてピーター・ペティグリューはめでたく有罪が決まり、近々アズカバンに護送されるらしい。

…あ、あと叫びの館が謎の大爆発を起こしたことも一面の端に載っていた。

ただそれ以降もファッジが証拠を隠滅しようとしていたことが載ることは無かった、これについてハリーあたりが不満を言っていたが、それよりもブラックが無罪になったことの方が嬉しいようでそこまで気にしていないようだ。

 

ただ良くない知らせもある、リーマス・ルーピンが人狼であることをセブルス・スネイプがうっかり漏らしてしまい、ルーピンはその日の内に辞職届を出してしまった。

…が、その前に何故か全身傷、火傷、催涙性の毒、鼠とりの罠まみれだった為速攻で聖マンゴ送りになったそうな、今度会ったら謝らなければならない。

ちなみに屋敷に仕掛けていた罠だが、屋敷ごと吹っ飛んだことでそれがばれることは無かった。

 

「今年も一年が終わった」

 

いつもの挨拶と共に始まった学年末パーティ、今年の寮杯はクィディッチの結果が直で反映された結果スリザリンのものとなった。

いつもならハリー達に大幅加点…といきたい所だが、今回は事情がかなり込み入っている為厳しかったらしい。

優勝の立役者であるスリザリン・クィディッチチームはパーティの主役のような歓声を受け、グリフィンドール・クィディッチチームはそれを親の仇のように睨み付けている。

これもいつもの光景だが。

 

「マルフォイめ…来年こそはあの尖った顎をバラバラにしてやる」

 

例の如く物騒なことを言っているキニスだが、こいつもそんな事より無罪が確定したことの方が嬉しいらしい。

一通り呪詛を言い終えてスッキリしたのか、いつもの爽やかな笑顔に戻っていた。

 

「ふう、いやあ今年も大変だった」

 

キニスの言うことも最もだ、だが全てが無事に終わった今それを気にしたりする理由も無い。

過ぎてみればいい思い出、そういう事なのだろう。

 

「シリウスはこの後どうするんだろうね…」

「………さあな」

 

あの後裁判すら待たずにシリウス・ブラックの無実は決まった、だからまだ校内の何処かに居るだろうが…それに答えるように俺の席に梟がやってきた。

 

「どうしたのソレ?」

「…ブラックからだ」

 

手紙を開いてみると、簡潔に『明日の7時天文台に来てくれ』と書かれていた。

一体何の用だろうか。

 

 

*

 

 

「ペティグリューめ…今度こそぶち殺してやる…」

 

何故ブラックがそんな事を言うのか、何と今朝の新聞で護送中のピーター・ペティグリューを死喰い人残党が連れ去ったというのだ。

この度重なる大失態をマスコミはこぞって非難している。

 

「………」

「…あ、来てくれたのか」

 

今までは汚く痩せこけていたブラックだが、ホグワーツの美味い食事を食べた事で大分体調を取り戻した様に見える。

憎しみが燃えていた目は憑き物が落ちたように黒く光っていた。

 

「ハリーは良いのか?」

「ああ、昨日話したから大丈夫だ。

それにもう、いつでも会えるからな」

 

ブラックはとりあえず実家に戻るらしい、その後夏休みの幾分かをハリーと一緒に過ごす予定だそうだ。

今後の予定を楽しく話した後、息を吸い直しこちらを向き直す。

 

「…今回私が助かったのは、間違いなく君のおかげだ。

本当にありがとう、感謝してもしきれない」

「………」

「それで聞きたいのだが…何故君は私を助けてくれたんだ?」

「…冤罪が嫌いだからだ」

「そ、それだけなのか? それだけの理由で―――」

「………特急が来るから、ここらで」

 

嘘は言っていない、というか正直に答えた所でややこしくなるだけだ。

質問を簡潔に答えホグワーツ駅に向かう中、背中に声が聞こえた。

 

「ありがとう! 本当に…ありがとう!」

 

手を上げそれに返す。

 

今年も何とか無事に終わった、しかし俺には一抹の不安…いや、疑問が残っていた。

キニスは掛け替えの無い友人だ、それは疑いようもない。

それにハリー達も間違いなく大切な奴らだ、だからこそ俺は今ここに居る。

…だが、果たして俺の過去を話せる日は来るのだろうか?

どれ程俺の心が光りで照らされようと、その中に炎が灯る事だけは決してない。

この炎の代わりは無いのだから。

…それを話せる日が来るのか、炎が灯る時…俺が死ぬ時は来るのか、この孤独を苦しみを話すことが俺にはできるのだろうか。

その答えはきっと―――

 

 ―――風だけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ…何とか逃げれたが…」

「いいや、逃げれていないよ」

「!? お、お前は…クィリナス・クィレル!? 何故生きて―――」

「知っているのか? ああお前はロンのペットだったか、なら私も見た事があるか」

「どうか見逃してくれ! 私は違う、悪いのは―――」

「いいぞ、無駄だと思うが」

「そ、それはどういう事だ!?」

「ピーター・ペティグリュー、お前が鼠の動物もどきだということは、魔法省にも闇の陣営にも既に伝わっている…お前に逃げ場はない」

「そんな…どうか…どうか命だけは…」

「勿論だ、むしろその為にお前の脱走の手引きをしたのだから」

「え、え?」

「私は今、ある人物につかえている、…とはいっても大体使い走りだが。

そして我が主は、お前の恐れる例のあの人の復活を目論んでいる」

「!? そ、それが一体何の関係が…?」

「…私の主はお前を助けようとしてくれているのだ、例のあの人の復活をお前に託すことで。

もし成功すれば、お前は裏切り者から英雄になる」

「だ、誰だ!? お前の主は一体!?」

「それは―――」

「そこからは私が話そう」

「!? お、お前は…!?」




俺たちは待った。
この100年を焦燥とともに。
瞼の裏に揺らめく赤い影、青い髪。
もはや追憶は銀河もろともに因果の彼方か
だが炎は突然に甦る。
杖の軋みと闇の呻き。
ローラーダッシュに乗せて魔法界を駆ける
遺伝確率250億分の1の衝撃
 ハリー・ポッターとラストレッドショルダー 第三十二話「国際試合」
不死の呪文は存在するか?



アズカバンの囚人編完結ーーー!
ペティグリューには何としても脱出してもらわないと困りますからね、
それにしてもトイレに行ってた警備員、きっと以前はシャドーモセスで働いていたんでしょう。
…多分ね、ククク・・・
…ファッジが少しクズ過ぎましたかね…? 個人的にはあんな感じだと思っていますが…やや悩みどころです。
しばらく経ったら、いよいよお辞儀復活編を始めたいと思います。
ではまた!


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「炎のゴブレット」篇
第三十二話 「国際試合」


事前に書き溜めたら一週間以上経っちまった!
お久しぶりです鹿狼です。
ようやくターニングポイントに入りました、炎のゴブレット編始まります。
お辞儀をするのだポッター!


今年の夏休暇になっても、俺は漏れ鍋でアルバイトに勤しんでいた。

何故ならこの前叫びの館に大量の罠を設置したが、その購入費のせいで今現在財政がかなり圧迫されてしまったからである。

とはいえ、ホグワーツの学費とは別枠で管理しているので生活を圧迫する程ではないのだが…今後も色々な武器を充実させたというのが大きな理由だ。

 

だが危険食材と関わる仕事も今日は一旦休みとなり、コーヒーを飲みながら人を待ち合わせている。

コーヒーが少し冷めてきた頃、店の扉が一気に開かれるのが目に入った。

そして店に入って来た少年は店内をキョロキョロと見回し俺を見つけると、テーブルを起用に避けながら俺の所へ勢いよく突っ込んできた。

 

「キーリーコー! 久しぶりー!」

「………」

 

待ち合わせていたキニスはいつも通りの元気さをまき散らしている、しかし服装はいつも来ている少しサイズが合っておらずぶかぶかな制服では無く、パリッと決まった…言うならパーティに参加するときの様な正装を着込んでいる。

かく言う俺も、今日は少し身だしなみに気を使っている、何故なら今日は―――

 

「さあ行こう! 早く行こう! ワールドカップ!」

 

そう、今日はクィディッチ・ワールドカップ、それも決勝戦であるアイルランド対ブルガリアの試合日なのだ。

事は数週間前、俺とキニスの自宅にこのチケットが届いたことにある。

差出人はシリウス・ブラック、何でもあの時の礼として飛び切り上等な席を用意してくれたんだとか。

尚ブラック家の資産と大量の賠償金があるため金の心配は要らないそうだ。

 

…それにしても席が上等過ぎるのには疑問があったが、ブラック曰く『大方ファッジが根回ししたんだろ』との事、つまり口止め料である。

まあ別にヤツの犯したことを告発した所で俺に何か特がある訳でも無いので、この際気にしない事にしよう。

 

「おーい、早く行こうよー」

「………ああ」

 

残りを飲み干しカウンターへ戻す、そして赤々と燃える暖炉に煙突飛行粉を掛けると炎は瞬く間に緑に変わり、その中へ発音を正確にしながら飛び込んだ。

 

「「隠れ穴」」

 

目まぐるしく変わる景色に上へ急速に引っ張られる感覚、それが終わると俺達は全く別の場所に居た。

 

「あら! 貴方達がロンのお友達の?」

「こんにちは! キニス・リヴォービアです!」

「…キリコ・キュービィーです」

 

明るい声で出迎えてくれたのは燃えるような赤毛が特徴的な、少しふくよかな女性だ、恐らく彼女がロンの母親モリー・ウィーズリーだろう。

だが他の人間が見当たらないようだが先に行ってしまったのか?

 

「あのー、ロンたちはどこに?」

「ロン達は外の庭で準備して待ってるわよ、さあ急いで! 遅れたら一大事よ」

 

窓から外の庭を見てみるとロンやハリーがこちらに向かって手を振っているのが分かった。

家から出ようとした瞬間、危険を察知した俺が玄関から一気に飛び出す。

すると出遅れたキニスの頭に大量の蜘蛛が落下し、キニスが変な声を出していた。

 

「のわぁぁぁぁ!?」

「クソッ何故ばれたんだ!?」

「俺達の新作がこうも容易く!?」

「お前達何をしているんだ!?」

「あっよく見たら可愛い」

 

若干ハグリッド化しつつあるキニスは置いておき、目の前でアーサーに頭を掴まれながら怒鳴られているそっくりなヤツらを眺める。

 

「あー、ごめんね、うちの兄貴たちが…」

「別にいいって、てかもう新作作ったのお兄さん達」

「本当に…なんで貴方達はその時間を勉強に当てられないの!?」

「でもママ」

「時間大丈夫?」

「ああ! もう貴方達のせいで…急ぎなさい!」

 

ウィーズリーの双子、ジョージ&フレッドはホグワーツでは有名人だ、…良くも悪くも。

しかしそれを帳消しにするくらい頭も良く機転も回る、今だって時間を出汁にして説教から逃げおおせているのが良い証拠だ。

そんな騒動も程々に、近くの丘の頂上まで登って行くとそこにはヤカンと人影が二つ立っていた。

 

「やあアーサー、随分遅かったじゃないか」

「まあね、ちょっと息子の友人達を待っていたんだ」

 

その内一人には見覚えがある、同じ寮で二年上、また同じクィディッチチームのセドリック・ディゴリーだ。

ということはヤツはディゴリーの父親だろう、ふとディゴリー…セドリックと目が合うと近づいて来た。

 

「久しぶり、キリコにキニス」

「…お久しぶりです」

「…おお! セドリック先輩も見に行くんですか!?」

「うん、まあね、父さんが魔法省の関係者だったからたまたまチケットが取れたんだよ」

「おや、ということは君達がかい? 私はエイモス・ディゴリー、君達の事は息子からよく聞いているよ」

 

俺について…一体どんな事を聞いているのだろうか。

俺のあだ名はこの世界でもロクなのが無い、″生体ブラッジャー″、″ハッフルパフの特攻野郎″揚句この前の″叫びの館爆破事件″を受け、″歩くコンフリンゴ″なんてものまで増えている、…自業自得といえばそれまでだが。

まあ、反応から見てそこまで酷い物では無い…筈。

 

「フレッドとジョージも元気で何よりだよ、今日はよろしく」

「ナニヨリー」

「キョウハヨロシクー」

「お前達」

 

辛辣…というか邪険に扱うウィーズリーズを睨むアーサー、この二人はディゴリーを目の敵にしている。

いや、ほとんどの男子から疎まれている、ただしそれは悪質な物では無い。

というのもこの男、全てにおいて完璧過ぎるのだ。

容姿端麗、成績優秀、クィディッチもプロ級、しかも性格も良し。

非の打ちどころがなさ過ぎて、ああいった対応でしか嫌がらせをできないのだ、はたも効果があるかと聞かれたらそれは別の話になるが。

 

「ちょっと先輩達、年上なんだからもうちょっと―――」

「ギャアアアア! 顎が! 古傷がぁぁぁぁ!」

「ジョージ! 死ぬな! お前言ってたじゃないか、いつか自分の店を持つって!」

「ガクッ」

「ジョーーーージィィィィ!」

「さあ皆行こうか、移動鍵(ポートキー)のヤカンを掴むんだ」

 

双子の寸劇を完全無視する当たり、この程度は日常茶飯事なのだろう。

ヤカンを掴み取り、遅れた双子も慌てて手を置くがハリーだけは不思議そうな顔をしている、もしや移動鍵(ポートキー)の事を知らないのだろうか。

 

「叔父さん、移動鍵(ポートキー)って?」

「ああ、魔法使いが使う移動手段の一つだよ、何せワールドカップと言っても大っぴらにやる訳にはいかない、マグルに見られたら大騒ぎだからね。

しかも会場も大きいから、人数分の煙突なんて用意できないし姿あらわしも皆が使える訳じゃ無い…そこでこいつの出番って訳だ」

 

移動鍵(ポートキー)は魔力を込める物では無く元から魔力がこもっているいる魔法具だ、だからこそ誰しもが平等に使え、かつ主催者側は準備が楽になる、ということである。

ハリーが納得した表情をした所で、ようやく移動となりアーサーがカウントダウンを始める。

 

「3,2、1、………!」

「わああああああ!?」

 

途端姿晦ましとはまた違った感覚で上に引っ張られていく、まるで無重力下で姿勢制御を失敗したATのような勢いで目まぐるしく景色が変わっていく。

そんな性質の悪いアトラクションみたいな感覚が数十秒程続いた後、今度は急激な落下の感覚と共に景色が横に回転しだした。

 

「手を離すんだ!」

 

その瞬間手を離すと、先程以上の速度で地面に落下していくのが分かった。

一瞬で近づいて来た地面に向かって、思いっきり足を叩きつけそのまま上体を地面に叩きつける。

手足を使い三点着陸を成功させ、圧迫感から解放された勢いで空気を思いっきり吸い込む。

衝撃が無くなり立ち上がると、周りの面子は大体地面に転がりこんでいる、後ろの方から話アーサーとセドリックが空中歩行の様にこちらへ降りてきていた。

 

「あああああぁぁぁぁぁ………」

「キニスーーー!?」

 

いや、一人だけ地平線まで飛んで行っていた、まあ誰かが連れ戻すだろう。

 

 

 

 

飛んでいったキニスを回収したアーサーが帰って来てから、ウィーズリー家用のテントの中で荷物整理をする、一見4人入るかどうかといった感じだが、空間拡大魔法によって20人は入れそうな内装になっている。

試合開始は3時から、現在はお昼時なので出店を見て回ることにした。

 

出店はアイルランドやブルガリアの食べ物飲み物に、クィディッチ用品に各国の国旗やグッズ、選手のユニフォームに動くプロマイド、など、まあ売れる物は全て売れといった様相を成していた。

 

「キリコ、一体どうやればそんなに物を持てるのさ」

「………」

 

喋れない訳では無い、口に色々突っ込んでいるせいで話せないだけだ。

あと両手が約12個くらいの品物で埋まってるだけだ、この程度漏れ鍋の皿運びと比べれば何てことは無い、やはり人生は経験だ。

 

色々堪能しつくした頃時間を確認すると既に2時になっている、そろそろ入場したほうが人混みにまみれずに済むだろう。

 

「ん? そろそろ時間?」

「…そうだ」

 

食べ終わった物をゴミ箱に捨て、ウィーズリー家のテントでハリー達と再度合流する。

 

「ジョージとフレッドは何処へ消えた!?」

「………」

 

結局アーサーが会場中を探し回り、見つけだした双子の耳を引っ張ってきた頃、まだ来ていなかったビル・ウィーズリーとチャーリー・ウィーズリーが″姿あらわし″で合流。

大量の人に揉まれた結果試合開始10分前になってようやく入場できた。

 

「おやウィーズリー、どうしてこんな所に? 席を間違えてしまったのかね?」

「おやおやマルフォイ、君こそよくこの席がとれたね、理事を辞めさせられて金は大丈夫かい?」

 

出会い頭にまたもや醜い争いを繰り広げるルシウスとアーサー、後ろの方ではロンとマルフォイが似たような事をしている。

一体何がどうなればここまで仲が悪くなるのだろうか、さっぱり理解できない。

 

「生憎貧乏役人の君と違って余裕はあるんだ、君こそ大丈夫か? 家を売り払ったんだろう? …いやあのボロ家じゃ無理か」

「マルフォイ貴様!」

「おっと試合が始まるようだ、では失礼」

 

今にも噛みつかんとする勢いのアーサーを残しマルフォイ親子は去っていった、…と言っても少し離れた席だが。

俺達の席は会場全てを見通せる一番上の席だ、会場は小高い丘を垂直にくりぬいた、言わば″お釜″の様な構造になっている。

 

「皆さんお待たせしました!」

 

観客席の中央から拡張された声が響き渡る、その元にはコーネリウス・ファッジが開催宣言をしていた。

 

「今宵ここで世界王者が決まります! 私は魔法大臣ですが今は―――」

 

うんちくやら何やらが長くなりそうなので、手元のパンフレットに目を通してみる。

 

『責任者及び関係者一覧

魔法大臣 ミスターK.F

 上級補佐官 ミスA.T

 下級補佐官 ミスターB.D

  魔法大臣秘書 ミスターK.L

国際魔法協力部部長 ミスターB.K.S

 部長補佐 ミスターP.W

魔法ゲーム・スポーツ部部長 ミスターR.P

………

プログラム

1.魔法大臣挨拶 2.マスコット入場』

 

会場を見てみると、ちょうどそれらしき影が入場口に見えている。

 

「まずはブルガリアチームのマスコットからです」

「ヴィーラだ!」

 

その叫びと共に会場中の男が立ち上がり、次々と叫び始めた。

ちなみにヴィーラは何もしなくても男を誘惑できる。、つまり―――

 

「僕は最年少シーカーだ!」

「僕は昔少年合唱団に入ってたんだ!」

「僕は…えーと…すごい! とにかくすごい!」

 

ご覧の通りである、酷い場合だと服を脱いで自己主張を始めるヤツまでいた。

それを余りにも冷たい目で見る女性陣、ちょうどモリーがアーサーの髪の毛をむしりとっている。

男性陣が一通り醜態を晒したのを見たファッジが次のマスコットを招待する。

 

アイルランドは金と緑の光を繰り出し、それは空を光速で駆け巡った後離れてそれぞれのゴールを潜る。

そこから再び合流し、合体した光はアイルランド・チームのマークと大量の金貨を降り注がせた。

 

瞬間ボックス席から人々が飛び出し、我先にと金貨に群がっていった。

尚レプラコーンの能力は偽の金貨をばらまく事である、つまりそういうことだ。

 

「では皆さん、いよいよ選手入場です!」

 

ヴィーラと偽金貨の興奮も冷めぬまま、ついに選手がその姿をあらわした。

次々現れる選手の中で特に喝采を浴びていたのはビクトール・クラムだ。

彼は現在のヨーロッパ・クィディッチの中で最も注目されているヤツだ、その噂に違わず入場の速度すら目で追うのが厳しい。

 

「では試合開始ぃ!!」

 

 

 

 

テントの中に戻っても、今だクィディッチ熱は冷めていないようだ。

 

「クラム! クラム! クラム!」

「ウェェェアァァァ!」

 

双子はご覧の通り、何でも誰かと賭けをして大勝利したらしい。

ロンはクラムの動きを真似てテントを走り回り、ハリーは彼の動きに衝撃を受けたのか窓辺でボーっとしている。

 

試合結果はと言うと、160対180でアイルランドの勝利である。

しかし正確には少し違い、クラムがスニッチを取ることで試合を終わらせた、と言った方が近い。

これ以上点差が開くくらいなら自分の手で終わらせる、そういうことだ。

つまりアイルランドは試合に勝って勝負に負けたのである。

 

その熱気のせいか外まで騒がしい、それを何となく微笑ましい気分で聞いていた、が…

 

(………?)

 

よく聴くと何かがおかしい、聴こえてくるは悲鳴は悲鳴でも、嬉しさによるものでは無く混乱と恐怖によるものに聴こえる。

嫌な予感を確かめるためテントの外に出ようとした瞬間、息を切らしたアーサーが飛び込んできた。

 

「皆! 全員いるな!?」

「あなた? 一体どうしたの?」

 

モリーが聞くと、アーサーは彼女を抱き締め額に口づけをした。

そして口を離した後彼女の目の色は変わり、素早く指示を出し始めた。

 

「どうしたのパパ?」

「非常事態だ! この騒ぎはサポーターのものじゃない!

全員杖だけ持って避難するんだ!」

 

あまりにもただならぬ緊迫感にテントの中の空気が一気に入れ換わる。

そして各人でチームを組んで避難を開始した。

 

「キリコ…何が起きたんだろう…」

「…テロの可能性が高い」

 

人混みの中から遠くを見ると、広場だった所から悲鳴を燃料に炎が燃えている。

そこからなるべく離れる用に動いていると、ハーマイオニーが悲鳴を叫んだ。

 

「ハリーがいないわ!」

「え? あ、本当だ!」

 

確かに行動を同じくしていたハリーの姿が無い、周囲を見るとハリーが人混みに流されもがいているのが見えた。

厄介な事にその方向はちょうどあの広場に向かっている。

 

「…連れ戻してくる」

「え!? ちょっとキリコ!?」

 

姿勢を屈め人と人の間を潜り抜けながら素早く移動し、ハリーの腕を捉える。

 

「!? あっキリコ!」

「…手遅れか」

 

目の前には黒いローブを羽織、銀色の仮面をつけた集団が我が物顔で周囲を破壊していた、ついでに人質まで取っている。

そしてその杖が既にこちらへ向いている以上、逃げるのは難しいだろう。

…ならばやることは一つ。

 

「…先に行け」

「え!? キリコは―――」

「こいつらを何とかする」

 

心配そうな顔でこちらを除き込むハリーを後ろへ突き飛ばし、死喰い人の集団に向かって歩き出す。

無論勝ち目はほとんど無い、実力差にはかなりの開きがあるだろう。

しかし勝敗を決するのは何も実力だけではない、隙をつけば格上の相手も倒すことができる。

そして、隙は作る事ができる。

 

「おいこのガキ今なんつった? 何とかする? ヒャハハハ! おつむはボケた爺って―――」

ルーモス・ブレイト(閃光弾頭)

 

少年が勇敢に向かってくる、漫画の様な光景。

それを嘲笑う死喰い人に向かって炸裂閃光弾を放つ、それは気づく間も無く鼻先で炸裂し目を潰した!

 

「!? ぎゃああああ! こっこの糞ガキ! どこへ行ったああ!」

 

想像を絶する速度と閃光に不意を突かれた死喰い人は呪文を手当たり次第に撃ちまくる。

しかしそんな雑な攻撃、身を水平に傾ければほとんど当たらない。

その姿勢のまま走り込み、杖の柄を腹に抉りこませる。

そして″てこ″の原理を使い、あばら骨をへし折る!

 

「ギャアアア!?」

エクスパルゾ(爆破せよ)プロテゴ(盾よ)

 

血ヘドを吐き出している内に人質を奪い取り、爆破呪文を盾の呪文で受け止める事で人質ごと至近距離から離脱、人質を遠くへ逃がす事に成功する。

 

「人質が!? 糞がぁ! 殺してやる!」

『アバダ・ケダブラ!』

 

前方を多い尽くす死の閃光、この場合の最適解は横に回避することである。

だがキリコはそれを蹴った! それよりも隙を作る事を優先した!

 

エクスパルゾ(爆破せよ)

 

爆破魔法によって砕かれた地盤、信じられるだろうか、飛び散った破片がちょうど死の呪文を防いだのだ!

 

「なっ!?」

 

その奇跡の様な光景を死喰い人は信じられなかった、そしてその一瞬の衝撃こそが命取りだった!

 

ステューブレイト(失神弾頭)!」

 

拳銃の様な破裂音と共に失神弾を撃ち込まれた死喰い人は、数10メートル程飛んでいきピクリとも動かなくなった。

 

「ぐ………」

 

それでも何人かは無言呪文で盾を張り防いでいたが、無慈悲にもバチンとした姿あらわし特有の音が時間切れをヤツらに宣言した。

 

ステュービファイ(失神せよ)!!』

「! 糞がぁ!」

 

だが伊達に死喰い人を名乗ってはいないようだ、闇祓いの一斉攻撃を姿くらましでいなし、そのまま暗闇の中へ消えていってしまった。

 

「逃がしたか…くそっ!」

「君! 大丈夫か…!?」

 

俺を心配してきた闇祓いの目線は地べたに転がる死喰い人に向けれている、しばらく唖然とした後フードを脱ぎその顔を表した。

 

「…まさか、これをやったのは君かい?」

「…はい」

 

浅黒い肌をした男性は、呆れてるのかどうなのかよく分からないといった顔をしていたが、すぐに冷静さを取り戻し俺に詰め寄ってきた。

 

「一体何を考えているんだ! 今回は偶々上手くいったかもしてないがそれは運が良かっただけだ!

死喰い人は人殺しの達人だぞ!? もし君が死んだらどれだけの人が悲しむかわかってい―――」

「キングズリー!」

「何だトンクス! 今はそれどころでは―――」

「それどころじゃないのはアレの方よ!」

 

トンクスと名乗る女性が指差す方向を見ると、そこには不気味な骸骨と、その口から蛇が顔を出す悪趣味な紋様が空に写し出されていた。

それはかつて死喰い人が自らの象徴として使っていた、知るものが見ればいまだ恐怖を蘇らせる忌まわしき印。

 

「闇の印…!」

「君! 早く避難するんだ! それと二度と危険な事をするんじゃないぞ!」

 

そう言い残すと彼等は再び姿くらましで消え去っていった、あの印の元へ向かったのだろう。

 

唐突に始まった混乱、それは一先ずの終わりを告げた。

だが俺はこれで終わりと考える事ができなかった。

戦争というのはそうだからだ、いつの間にか始まり何も知らぬまま終結する。

焼かれるテントと平和、空に浮かぶ空虚な屍。

揺らぐ炎の中に写る幻影が、俺に更なる戦いの予感をもたらしていた。




生き残った事が幸運とは言えない
それは次の地獄へのいざないでもある
ここは魔法学校の最前線
暗く燃え上がる蒼炎が臆病者はいらないと呻きを上げる
呻きは活気を呼び名誉を求める
競い合い、しのぎ合い、その覚悟を己の血で証明せと古の杯が叫ぶ
次回、『ゴブレット』
赤く揺らめく炎が狂気を促す



開幕早々戦闘シーン、もうモブ兵士じゃ相手にならないぜ!
ヴィーラに魅了されたロンの台詞、分かる人いますかね?


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第三十三話 「ゴブレット」

前哨戦も終わり、本編開始です。
さて、キリコを大会に参加させるべきか、
それとも否か…


『闇の印打ち上げられる、屋敷しもべ妖精の悪戯か?』

 

日刊予言者新聞の一面はここしばらくクィディッチ・ワールドカップの話が制圧している。

無論明るい話題などではなく、死喰い人が襲撃してきたというものだが。

 

しかし不幸中の幸いか、死傷者も負傷者も出ずに済んだらしい。

…魔法省が新聞に圧力を掛けていなければの話だが。

 

だがそんな安心を掻き乱すかのごとく、コンパートメントの窓に打ち付けられる雨がけたましく音を鳴らす。

それはまるで、新聞の内容を鵜呑みにし安心しきっている人々を嘲笑っている様に聞こえるのだった。

 

まあ雨とはいえ、去年の様に吸魂鬼が這いずっている訳では無いので遥かにマシだろう。

その不吉な雨の向こうにホグワーツ城が見えてきた所で、だらしなく寝ているキニスを叩き起こしておく。

 

 

 

 

セストラルの馬車に揺られながらホグワーツへと向かい、一刻も早く雨から逃れる為に城の中へと駆け込んでいく。

今年の組分けを見守った後、歓迎パーティーを堪能する。

そしてテーブル上のデザートが粗方排除された頃、ダンブルドアがいつもの挨拶を話始めた。

 

「さて諸君、腹一杯食べ、そのままベッドに飛び込みたいじゃろうが、何とか儂の話を聞き終わるまで頑張ってほしい」

 

内容は毎年の内容とさほど変わらず、学校内への持ち込み禁止物が追加(守っているヤツはほとんど居ない)、禁じられた森の立ち入り禁止、ホグズミードの諸注意といった所か。

 

「それととても驚きの事があるのじゃが、どうか驚かないでほしい」

「あいあい、まあ大したことないでしょう…」

 

腹を擦りながら瞼を擦るキニスだったが、穏やかな安息は次の一言で消し炭に成り果てた。

 

「今学期の寮対抗クィディッチは中止じゃ」

「やろうぶっ殺してやる!!」

 

真っ白い杖を鮮血で染めん勢いのキニスを無理矢理席に着かせる。

見ればあちこちから殺害予告が飛び交っている、しかしダンブルドアは動じる様子も無く、むしろその反応を待っていた様な意地悪い笑みを浮かべていた。

 

「ああちゃんと理由はあるんじゃ、これウィーズリーズ、糞爆弾を構えるのは止しなさい、そうそう」

 

暴走寸前の生徒達を宥め、一息ついた後息を大きく吸い込み一際大きな声で叫んだ。

 

「今年、三大魔法学校対抗試合(トライ・ウィザード・トーナメント)を開催する!」

「「御冗談でしょう!?」」

 

双子の反応と共に、暴走寸前だった大広間はとうとうメルトダウンしてしまった、が。

 

「…なにそれ?」

「…親善試合の様なものだ」

 

マグル出身である俺達には、それがどの程度凄い事なのか実感が持てなかった。

一応知識としては持っている、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校で行われる大会である。

かつては毎年開催していた様だが、やるたびに参加してない観客まで膨大な命の損耗をしていた為、とうとう100年前に中止されてしまったという歴史を持つ。

 

「長らく中止されてきた本大会じゃが、多くの方々が協力し、徹底的な安全措置を施す事で再び開催できる様になっ―――」

 

ダンブルドアの声を遮る様に放たれた扉、大広間に一人の男が入ってきた。

…その男の衝撃により、狂喜乱舞は一瞬で冷え込んだ。

何というか、どう言えばいいのか。

あえて言うなら、皹の入った茹で玉子に玩具の目玉を捩じ込んだ様な。

とにかく凄まじい見た目をしていた。

 

「久しぶりだなダンブルドア!」

「おおアラスター、来てくれたのか」

 

ズカズカと中央の道を歩いていき、アラスターと呼ばれた男はダンブルドアと力強い握手をする。

 

「紹介しよう、今学期の闇の魔術に対する防衛術を請け負ってくれるアラスター・ムーディ先生じゃ」

 

…どうしてこう、この教科にはアクの強い人間しか来ないんだ。

まあ見た目で判断するのは早すぎるだろう、少なくともロックハート以下という事は無い筈だ。

自分にそう言い聞かせ、出かけた溜め息を何とか飲み込む。

 

「で、なんじゃったか…おおそうじゃ、試合を開催するに至ってボーバトンとダームストラングの生徒達を10月のハロウィン頃に招待する、大会の詳細もその時伝えよう」

 

 

*

 

 

そこからの一ヶ月は、正に怒濤の勢いで過ぎていった。

一体どんな競技が行われるのか、誰が参加するのか、ボーバトンやダームストラングはどんな所か。

大会が始まってすらいないのに、学校内は既にお祭り気分で浮き足立っている。

 

が、それに待ったをかけるのが膨大な授業とその課題だ。

始まっていないのにこの熱気なら、始まってしまえば勉強所では無いのは誰の目にも明らか。

それ故に今の内に1年分の量を終わらせようと、かなり無茶な授業日程となっている。

 

特に元々課題の量が多い変身術や魔法薬学は地獄と言ってもいい程に熾烈なスケジュールとなり、今日も生徒達は断末魔の悲鳴を図書館に響かせている。

 

「死ぬ…マヂで死ぬ…」

 

睡眠時間も中々取れないのか、キニスの足取りは重く、目には深い隈が刻まれている。

 

「キリコはどーなの…?」

「問題ない」

「うへぇ…何でそんなに頭良いのさぁ…」

 

頭が良いと言うより、単に予習と授業と復習をクソ真面目にやっているだけなのだが。

ただ俺もこの過密日程のせいで、必要の部屋に行く機会が中々取れないのが悩み所である。

 

「ああ…ハグリッドの授業が待ち遠しい…」

「…何故だ?」

 

今年で魔法生物学を止めた俺には、何故あの授業が楽しみなのか分からない。

いや、別にハグリッドが嫌いという訳では無いのだが…

正直言ってあいつが教師に向いているとは思えない、よって今年は別の授業を受けることにした。

 

「え? やっぱ課題が楽だし」

 

まあそんな所か、妥当な理由だった事に納得していた…が、次の一言でそんな思いは消え去ってしまった。

 

「それに″尻尾爆発スクリュート″の飼育も面白そうだしね!」

「…尻尾?」

 

聞いたことも無く、そのあまりに奇妙かつ物騒な名前には不安しか覚えない。

まさかあの男、新種を創り出したのでは…確か新種の創造は違法の筈…

 

「何かハグリッドが()()()()()()()()()()で、殻を剥いた蝦みたいなのの尻尾が爆発するんだ。

今学期はそれの飼育方法を皆で見つけるのが課題」

「………」

 

やはり受けなくてよかった、心の底からそう思った俺は無心のまま天を仰いだ。

さて次の授業は闇の魔術に対する防衛術だ、一体あの男がどんな授業をするのか楽しみである。

 

「そういや、ムーディ先生ってどんな授業をするんだろ? 何か聞いてる?」

「…いや」

 

あの後ヤツについて少し知らべてみた。

『アラスター・″マッドアイ″・ムーディ』かつて魔法省の闇祓いとして第一次魔法戦争を戦い抜き、アズカバンの半数を埋めたと言われる男。

あの傷だらけの顔はその激戦が原因となっているらしい、…それ以上の変人としても有名なようだが、これは期待できそうだ。

 

「…ロンが言ってたには言ってたんだけど…」

「…何と?」

「『あいつマジでクレイジーだぜ』だって…」

「………」

 

期待…していい筈…

 

 

 

 

席に座った生徒達は、皆今年の授業がどうなるのかコソコソ話ている。

まああんな見た目だ、気になるのも当然だろう。

すると奥の扉からコツコツと義足を鳴らしながらヤツが荒っぽく入って来た、そして黒板のチョークを持ち、ギョロギョロと義眼を動かし、こちらをぐるりと見渡した後、名前を書き綴った。

 

「アラスター・ムーディ、貴様らに闇の魔術に対する防衛術を教える男だ! 貴様らいつまでくっちゃべっとる! え!?」

 

教室が軽く揺れるほどの怒声で始まった授業に、豆鉄砲を撃たれた様な顔をする生徒達。

それを「フン!」と鼻で笑い、出席を取った後また怒鳴り始めた。

 

「何故教科書なんざ出しとる!? しまっちまえそんなもん!!」

「え? でも―――」

「何だ貴様何か言いたいのか!? 貴様は敵が呪文を撃って当たるまでの間に教科書をのんびり読んで対抗呪文を見つけるのか!? え!? それはすごい能力だな! ぜひ闇祓いに欲しいな! ええ!?」

「………」

 

ぶっ飛んでいる、どうやらロンの言っていた事は間違っていなかった様だ。

あまりにあんまりな気迫に、すっかり縮こまってしまった可哀想な女子生徒は黙り込んでしまった。

 

「儂は闇の魔法と闘う術を教えに来た! しかし貴様らは闇の魔術について何を知っている!? 何故何も知らないで闘えるのだ!? お前達は知らねばならない、闇の魔術とはどういうものか!!」

 

やはりぶっ飛んでいる、そう感じるが言っている事は極めて真っ当、同感である。

その圧倒的気迫と目つきからは、どれ程の地獄を潜り抜けてきたのかが伺える。

 

「では聞こう、英国魔法界において″″許されざる呪文″は何だ、知っているものはいるか!?」

 

その質問に対し、一人のハッフルパフ生が恐る恐る手を上げた。

見渡せば多くの生徒が見えない何かに怯えるように縮こまっている、ただ聞かれただけだというのにこの反応、それだけでこの呪文の恐ろしさが伝わってくる。

 

「よし貴様! 答えてみろ!」

「は、″磔の呪文″です」

「その通り! これは対象に度しがたい程の苦痛を与える呪文だ!」

 

ただ苦痛を与えるだけ、言ってしまえばそれだけである。

しかし逆に言えば、苦痛を与えるだけだというのに許されざる呪文に指定されている事実、それがどれ程凄まじい痛みなのかを物語っている。

 

「それでは実際に見せてやろう」

 

そのとんでもない一言で生徒達の緊張も恐怖も遥か彼方まで消し飛んでしまった。

ムーディは唖然とする生徒達を気にも止めず、後ろの棚から蜘蛛が入った小瓶を取り出す。

 

「安心しろ、今から使うのはこの蜘蛛に対してだ。

しかし! この呪文は人に向かって使えばそれだけでアズカバン送りになるほどのものだ! そんなクズにはなるなよ!」

 

ヤツの説明で胸を撫で下ろす生徒達だったが、それでも尚その目は怯えたままである。

ムーディは瓶から蜘蛛を取りだし、全員に分かりやすい様に肥大化呪文を使い、そして杖を突きつけた。

 

「クルーシオ! ―苦しめ!」

 

痛みが度しがたいならば、悲鳴も相応のものとなる。

放たれた絶叫は教室が破裂するのでは、と思わせる程のものであった。

その呻きは蜘蛛のものであるにも関わらず、かつて聞いてきた拷問の悲鳴、そのどれよりも凄惨な音に聞こえた。

 

生徒達がその悲鳴に耐えきれなくなり、耳を塞ぎ涙を流し始めた頃、拷問はようやく終わりを告げた。

 

「これが磔の呪文だ、では次! 答えられるヤツはいるか!?」

 

だが先程の惨事を引きずっているのか、答えられるものは一人としていなかった。

それに対し不満げな舌打ちをした後、しょうがないといった風に説明を始める。

 

「″服従の呪文″、それが許されざる呪文の二つ目だ、文字通り対象を″服従″させる―――インペリオ! ―服従せよ!」

 

それまで息も絶え絶えだった筈の蜘蛛は、次の瞬間嘘のように元気になった。

それどころかシルクハットを持った様に優雅なお辞儀まで披露する。

そしてタップダンスを踊り出したり、何度も宙返りを見せる蜘蛛を見て、陰鬱だった空気は少しずつ笑いに変わっていく。

 

「ははは! どうだ面白いか!? では次はどうする? 死ぬまで踊らせるか? 入水自殺もいいな、いや、自分で自分の目玉を抉り取ってもらおう! 何せこいつは今儂の言いなりだからな!」

 

途端に場の空気が凍りつく、そしてこの呪文の恐ろしさを理解した。

何でも思い通りにできる、それは自分にとって都合の良い操り人形を作り出す事に他ならない。

他人の為に生き他人の為に死ぬ、俺はそれに吐き気を覚える程の嫌悪感を抱いた。

 

「この呪文の恐ろしさを理解したようだな、しかしこれは許されざる呪文の中ではまだマシな方と言える。

何故なら他の二つの違い、強い精神力があれば打ち破る事ができるからだ」

 

またもやドン底になった教室だが、その分余計な話をする者もいなくなった。

昨年のルーピンも良かったが、より実戦向きといった意味ではヤツの方が遥かに優秀だ。

…最初の2年が酷すぎたからではない、決して。

 

「では最後! 答えられるヤツはおらんのか!? え!? よしそこの青髪の貴様…キュービィーだったか? まあいい答えてみろ!」

 

直々の指名とはどういう事だろうか? まあ言わない理由も無く、知らない訳でも無いので坦々と答える。

 

「…″死の呪文″」

 

知っていたであろう生徒達は、肩をすくめ一層震え出す。

だが俺はそれほど恐ろしいにも関わらず、特に何も感じていなかった。

 

「そう、最低最悪、最強最凶の呪文―――アバダケダブラ!」

 

額から脂汗を流しながら、杖先から撃たれた緑の光。

それが当たった瞬間、蜘蛛はピクリとも動かなくなった―――死んだのだ。

もがく事も苦しむ事も、泣く事も絶望する間も無く、一瞬で死んだ。

 

この呪文が最強と呼ばれる理由がこれだ、理由も訳も無く殺す。

本来ある筈の過程を一切挟まず、文字通り″死″を与える呪文、だからこそ恐れられるのだ。

おかげでマグルが検死をした場合『死んでいる事を除けば至って健康』と、おかしな事になってしまう。

…最も、俺にとっては一番縁の無い呪文である、ハッキリ言って磔の呪文や服従の呪文の方がよっぽど厄介だと思う。

 

「この呪文をくらって生き残った人間は歴史上たった一人だ…お前達はよく知っているだろう」

 

これは言うまでも無くハリーの事だろう、無傷では無く額に傷を残してはいるが。

…そういえば、一年の時死の呪文から生き残った事は知られていないのか。

まあ下手に有名になるのも面倒なので、寧ろありがたいのだが。

 

「いいか! これが闇の呪文だ! 敵をいたぶり、操り、そして殺す! 身を守る為にはこうして相手がどれ程無惨な事をするか知らなければならない。 

肝に命じておけ、()()()()!」

 

衝撃の授業が終わり教室から出ていく生徒達は、興奮しながらムーディの凄まじさを語る者や気分を悪くして医務室へ行く者など、様々な姿を見せている。

 

「…凄かったね」

「…ああ」

 

その中でキニスは興奮と気分の悪さを足して二で割ったような様子であった。

 

「イカれてるって言ってたけど、まさかあそこまでとは…いや、面白かったのは確かだけど」

 

面白かった…と言うよりはひたすらに実戦向きなのだろう、流石元闇祓い、とても充実した授業である。

やや青ざめた顔のキニスとは対照的に、俺は興奮することも吐き気を催す事も無く、純粋な満足感を噛み締めていた。

 

 

*

 

 

「……うぅ」

 

揺らぐ視界と耳鳴り、頭痛とふらつく足取りの中、俺は杖を支えに何とか立ち上がった。

久しぶりに必要の部屋に籠ってからというもの、こうして気絶するのはもう五回にもなる。

今すぐ休みたい気分ではあったが、羊皮紙に成果を忘れない様記載していく。

 

一回目は不発、二回目は軌道がそれ、三回目は反対方向にすっ飛んでいった。

なので自身の周りを囲い、外れても反射で当たるようにしてみた。

その結果の四回目と五回目はご覧の通り、当たるには当たったが何故か気絶止まりである。

…そう、俺は死の呪いを自分自身に撃ちまくっていたのだ。

 

必要の部屋でヴォルデモートの研究資料を見つけてから早一年、俺は既に死の呪いを習得する事に成功していた。

あまり嬉しくないが、この研究資料が驚くほど分かりやすく書かれていたのも大きな理由の一つだろう、正直素直に感心している。

 

ただ何も理由も無く自殺未遂を繰り返していた訳では無い、というよりも俺に死の呪いが効かない…というか絶対に当たらないのは分かりきっている。

では何故か、それは単純に俺の異能を研究する為である。

 

思い返して見れば、どいつもこいつも死なない、とにかく死なない、どう足掻いても死なない…と連呼し続けていたが、この力が具体的にどういった状況で、どう発動するのかについて調べた者はいなかった。

 

俺の知る限り…の話ではあるが、この力についてハッキリと知っている者は俺を含めてもいない。

では自らの力を知らないのに、何故それを打ち破る事ができようか?

 

だからこそ俺は、こうして様々な方法を用いて異能の力を研究する事にしたのだ。

こうやって死の呪いを自分自身に撃っているのも、その方法の一つである。

 

そのおかげか、この力について少しだけ分かってきた。

一つは、発射から着弾までが長い場合は照準が外れる。

二つ目は、どうやっても被弾する状況なら不発を起こしたり、又は当たっても何らかの要因で生き残る。

 

つまり異能といえど、余りにも無茶苦茶な奇跡を起こすことはそうそう無く、変な言い方ではあるがなるべく自然に生き残らせようとする事が分かった。

…が、これは俺の経験で分かりきっていた事なので、結果で言えば改めて確認しただけである。

 

その進歩の遅さに肩を落とす、しかし千里の道も一歩からと言う、地道にやっていくしかないのだろう。

だがこれ以上頭に死の呪いを叩き込むのは流石に辛いので、これからは″何故照準が外れるのか″を調べる事にする。

 

その原因を推測するのは難しい事では無い。

単に運が悪かった、杖の相性が悪いのかもしれない、はたまた呪文の撃ちすぎで魔力が足りなかった…

もしくは自分の意思で照準をずらしたのか、それも考えられなくはない。

 

俺は死にたいと考えている、その悲観にも似た願いはここに入学してから今に至るまで変わってはいない。

だが頭で、心の底からそう思っていたとしても実際にそうとは限らない。

生きるという事は、生物であるなら当然の欲求と言える。

だとすれば俺が死ぬのを拒み、無意識下で避けようとするのも当然である。

 

…そうなのだろうか、だとしたら俺は何なのだろうか。

死にたいと願いながらも、その願いの奥底では死にたくないともがいている。

どれ程生きたとして、生きていても楽園(パラダイス)等絶対に来ないのに、何故そこまで足掻くのだろうか。

 

いや、そうではない、単純な事だ。

結局の所、俺はこの期に及んで尚死ぬのが恐いのだ。

死ぬのはどれ程辛いのか、どれ程の激痛なのか

死んだら何処へ行くのか、天国か地獄か、それとも辺獄(リンボ)か、もしくは何も無いのか。

一番恐ろしいのはそれだ、死んで、それで本当に彼女と再開できるのか…

もしあの世等存在せず、更なる地獄に足を踏み入れるだけだったとしたら…

 

いや、だとしても迷う事は無い。

この異能を殺さぬ限り、明日が訪れる事は無い。

その明日が地獄だったとしても、明後日は違うかもしれない。

少なくとも、生き地獄以外の道はある筈だ。

不安と恐怖、それを深い暗雲に隠す。

そして俺は、その中に見えた微かな光を追い求めるのであった。

仮にそれが、更なる奈落の入口だったとしても…




言うなれば運命共同体
互いに競い、互いに高め合い、互いに助け合う
一人が五人とともに、五人が一人とともに
だからこそ全力で闘える
嘘を言うな!
猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら笑う
お前も、お前も、お前も!俺のために死ね!
次回、『選手』
こいつらは何のために集められたか



予告で全部言ってるじゃねえか!
まあ分かり切っている事ではあるので…
でもホグワーツ3人はあんまりにもあんまりだと思います。


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第三十四話 「選手」

総合評価が1500を越えました!
これからも精進していきますので、
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時が経つのは早い、特に実年齢がかなりの物になっている俺にとってはあっという間の二ヶ月であった。

だがまだ若いこいつらはそうでは無かったらしい、特に楽しみな事を待つ時はさらに長く感じるものだ。

そうして待ちに待ち、いよいよボーバトンとダームストラングが来校するハロウィン前日となったのである。

 

まあ、昨日の夜の内に空飛ぶ巨大馬車や巨大潜水船やらが見えたので既に到着しているのだろうが。

その為大広間に集まった生徒達は、見たことも無い人々の来訪をまだかまだかと、そわそわしながら待っている。

その光景を一通り眺め、満足したのかダンブルドアが話し始める、するとそれまでの喧騒が嘘の様に静まった。

 

「本日、我々は新たな友を迎える、彼等は今年一年間ホグワーツの留学生扱いとなる。

始めての事ばかりで諸君らも緊張しているじゃろうが、それは彼等とて同じこと。

諸君らホグワーツの生徒は、彼等が困っていたら率先して助ける様な、誇り高い精神を持っていると儂は信じておる」

 

珍しく冗談抜きの挨拶をするダンブルドアだが、皆それを真摯に聞いていた、普段ヤツを小馬鹿にしているスリザリンもだ。

それは対外的な問題を起こして欲しく無い、といった理由ではなく本心から言っている様に感じた。

 

三大魔法学校対抗試合(トライ・ウィザード・トーナメント)の為に訪れたとはいえ、他国の者達と交流を持てるのは貴重なこと。

この一年間、彼等と親睦を深め、試合以上に素晴らしい友情を築き上げてほしい。

これで儂の長ったらしい演説は終わりじゃ」

 

結局冗談で締め括り、あちこちから苦笑が漏れる。

それと同時に沈黙で押さえつけられていた興奮がいよいよ爆発した。

 

「では諸君、お待ちかねの時間じゃ」

 

それと同時に、大広間の扉がゆっくりと開かれた。

まず入ってきたのは薄い水色の、スーツの様にも見えるローブを着込んだ女性達であった。

バレエ音楽に似た優雅な曲と共に、それに合わせた躍りは彼女らの魅力を一層と引き立てている。

 

「まずはパフォーマンスを見せてくれる様じゃ。

芸術と美の国フランスの淑女、″ボーバトン魔法魔術アカデミー″の生徒達。

それとフランス魔法生物飼育学の権威、校長はマダム・マクシームじゃ」

 

生徒達に続いて大広間を横切るのは、ダンブルドアが小さく見える程の巨体を持つ壮年の女性であった。

しかしその動きの一つ一つが洗練されており、若い頃では出すことのできない美しさを輝かせている。

その横を歩く女性は、下手すれば他の女性が引き立て役に成りかねない程の、それこそ人間離れした美貌を見せつける。

 

「お久しぶりーです、ダブルドー、元気そうで何よーり」

「マダムも、相変わらず美しい」

 

マクシームの手の甲に口付けをするダンブルドアは、ほとんど姿勢を変えなかった。

ダンブルドアは比較的大きい筈だが、彼女はそれを遥かに上回っている。

ハグリッドに迫る巨体を見るに、彼女はおそらく巨人の血を引いているのだろう。

 

「あ、フラーさんだ」

「…知り合いか?」

「いや、前フランス旅行に行ったでしょ? その時折角だからボーバトンの行事を見学したんだ。

その時フラーさんと少し話したことがあるんだ」

 

改めてこいつの持つコミュニケーション能力の凄まじさを痛感している間に、ボーバトン生とマクシームがレイブンクローの席に着く。

それを見たダンブルドアは次の学校の紹介を始めた。

 

「北からもお越しくださった、厳しい雪に鍛えられた屈強な魂を持つ者達、ドイツの″ダームストラング専門学校″の生徒達。

校長は闇の魔術に対する防衛術の専門家、イゴール・カルカロフどのじゃ」

 

先程までの優雅な曲とは一転、重厚な音楽が腹に響いてくる。

そして軽い爆発と思い靴音を打ちならしながら、分厚いコートを着込んだ男性達が入場してきた。

彼等が持つ長大な杖は、地に打ち付ける度に重い音や花火を撃つ。

その洗練され、統一された光景は学生の演目と言うよりも、軍隊のパレードの様に見える。

 

不意に杖を消し去った瞬間、驚くべき身体能力でアクロバティックな躍りを披露する。

杖を口元に当て息を吹けば、炎で象られた鷹が飛んでいき、その先にいた人に膝まずいた。

その鷹を作り出した青年が入ってくると、生徒達は一斉にどよめきだす。

 

「ク、ク、ク、クラム!? 本物!?」

 

分厚いコートをたなびかせ堂々とした歩みを刻む青年は、あのクィディッチ会場で見たビクトール・クラムその人だった。

学生というのは知っていたが、よもやダームストラングの生徒だったとは。

 

その横を歩いていた男性は、まるで山羊の様な髭をしており、そしてダンブルドアと力強い抱擁を交わした。

恐らくヤツが、校長のイゴール・カルカロフだろう。

 

「久しいなアルバス!」

「イゴールも元気そうじゃな」

 

ダームストラングの生徒達とカルカロフがスリザリンの席に着いた所で、再びダンブルドアの演説が始まった。

 

「紳士淑女にゴーストの諸君、ホグワーツへようこそ。

今回の来校が諸君らにとって、貴重で有意義なものになる事を願っておる。

さて、色々説明しなければならんが、まずは親睦を深めてもらおうかの」

 

そこで杖を一振りすると、次々と料理が表れた。

外国のヤツらが来ているからか、いつもと違い異国の料理が多いように見える。

…素晴らしい、これだけでも三大魔法学校対抗試合が開催された価値は十分ある。

 

さっそく手をつけたのはジャーマンポテトだ、ボリュームたっぷりのそれにフォークを突き刺すと、意外と固めに茹でている事が分かる。

分厚い切り口のポテトを口に含めば、胡椒の辛味が食欲を暴走させる。

その赴くままに噛み締めると、その度に染み付いたベーコンとソースの旨味が、満足感のある歯応えから染み出してゆく。

同じ味付けの玉ねぎは甘く、素材の味を限界まで引き出している。

 

流石ドイツ料理、素材の味を引き出す事で有名なだけはある。

…実のところジャーマンポテトはドイツ料理では無いのだが…まあ旨いならそれでいい。

続けてドイツ料理の鉄板、ヴルスト…つまりソーセージを頂く事にした。

 

皿に乗っているヴルストに同じ物は一本として無い、どれを取るか…と考える間も無く、俺はブラートヴルストにかぶりついていた。

ソーセージと言えば軽快な歯応えに溢れだす肉汁であり、これも例外ではない。

しかしこれの旨さは、その比ではなかった、こんがりとした風味に、皮を喰い破る快感は目眩がするほど。

それにナツメグや胡椒等が組合わさった羊肉や豚肉の旨さは、もはや暴力的ですらある。

 

さらにヴァイスヴルストやシュヴァルツヴルストにかじりつき、その芳醇な味わいを楽しんだ後、ザワークラウトの爽やかな酸味で一息ついている時であった。

 

「ヴぁの、キリコ・キューヴィーですか?」

 

誰だ、俺の安息を邪魔するヤツは。

食事を邪魔された事に少し苛立ちながら振り替えると、そこには何故かビクトール・クラムがいた。

 

「…そうだ」

「やヴぁり、一度ヴぁなしてみたかったんです」

 

超一流のクィディッチプロが何故俺と? それに何故俺の事を知っているのだろうか。

 

「…何か用か?」

「ヴぁ、えー…」

 

ドイツ訛りの強い英語で話すクラムだが、母国語で無いからか少し話しにくそうにしている。

すると隣で目を丸くしていたキニスが口を開く、次の瞬間俺もクラムも衝撃を受ける事になった。

 

『よかったら通訳しましょうか?』

「「!?」」

 

凄まじく流暢なドイツ語が飛び出してきたのである。

クラムも少し目を丸くしていたが、すぐそれに頼る事にしたようだ。

クラムはキニスに向かって話始め、キニスはその後俺に向き直った。

 

「あの″自殺用箒インファーミス1024″を自由自在に操る変態がいると聞いて、話してみたかったんだって」

「………」

 

クラムの方を見れば、憧れの様な珍しい物を見るような…何とも言えない表情でこちらを眺めている。

 

『何か聞きたい事はありますか?』

『そんな危険な箒で、どうやって勝ってきたんですか?』

 

その後ろを見れば、クラムが俺に会いに来たことがそんなに気にくわないのか、大量のスリザリン生が…いや、クィディッチ狂い達がこちらを睨んでいる。

まずい、このままでは至福の時が過ごせなくなってしまう。

危機感を抱いた俺は、ヤツが満足しそうな答えで手を打つことにした。

 

「箒の性能は絶対ではない、肝心なのは乗り手の技量だ」

 

その答えに満足してくれたのか、クラムはニヤリと笑い群衆の中に去っていった。

それを見届けていると、今度はキニスが騒ぎだした。

 

「…あ!? サイン貰い損ねた!」

「…ドイツ語話せたのか」

「え? まあ昔ドイツに住んでたし」

 

そういうことか、なら話せてもおかしくないだろう。

と思っていた直後、二度目の衝撃を受ける事になった。

 

「あと日本とフランスとイタリアに住んでたから、五つは話せるよ」

「…何?」

「いやだから、日本生まれでその後ドイツに引っ越したんだけど、パパの都合であちこちに移り住んでたんだ。

ちなみにイギリスに来たのは入学の数ヵ月前」

「………」

 

こいつもしかして、凄まじい才能を持っているのでは…

そんなやり取りをしてる内にいつの間にかパーティが終わり、いよいよ試合の説明をする時間となった。

 

最初に大会開催においての協力者達の紹介、その内バーテミウス・クラウチとルード・パグマンという奴らと、学校の校長を含めた5人によって審査委員会が構成されるということ。

そして大会の概要やら、それによる措置等を説明した後、ようやく生徒達が最も気にしている事を説明し始めた。

 

「皆選手をどうやって選ぶのか気になっておるじゃろう、その公平なる選考人は…これじゃ、ミスターフィルチ、頼む」

 

フィルチが運んできたのは、大小様々な宝石が散りばめられた木の箱だった。

ダンブルドアがそれをコツンと杖で叩くと、中から粗削りのゴブレットが姿を表す。

そしてそこに、煌々と揺らめく青い炎が灯った。

 

「″炎のゴブレット″これが選手を選んでくれる。

我こそは、と思う勇敢な者は、羊皮紙に学校名と名前を書き、この炎の中に投げ入れるのじゃ」

 

ただの炎が選手を公平に選べるとは考えにくい、恐らく魔法道具の一種だろう。

それにしても、あそこまで派手な演出をする必要性は考えにくいが…しかしその理由はすぐに分かった。

 

「炎のゴブレットに名前を入れればそれを取り消す事はできぬ、悪戯半分で名前を入れぬことの無いように」

 

なるほど、ただ派手なだけではなく、辞退やふざけ半分での参加を防止する能力もあるという訳か。

下手すれば死人が出るこの大会、そのくらいの措置はして当然だろう。

 

「選手は三校から一人づつ選ばれる、そして彼等が挑むのは三つの課題、それによってあらゆる角度からその力を試される。

課題の内容はすでにクラウチ氏とパグマン氏が協議し決定済みじゃ、この課題の総合得点が最も高い者に優勝杯が与えられる。

あ、あと1000ガリオンの賞金も忘れてはいかんな」

 

三つの課題、優勝杯、1000ガリオン。

名誉と金を同時に得られる一世一大の大チャンスに、生徒達は沸き上がった。

…が、次の瞬間その大半はあえなく撃沈していった。

 

「ただし、未熟な者が危険に挑まぬよう、今回は儂が直々に″年齢線″を張らせてもらった。

17歳に満たぬ者はゴブレットに名前を入れる事も近寄る事も出来ぬ」

 

ホグワーツ生を中心としてブーイングが上がる。

当然の措置と言えば措置だが、なにせ生徒の大半が参加できないのだ、苦情が出るのも無理はない。

 

「制限時間は24時間以内、ゴブレットは玄関ホールに置かれる、明日のハロウィンの夜、課題に挑むに相応しい者達をゴブレットが吐き出すじゃろう。

もう一度言おう、一度名前を入れれば、例え死のうとも闘い続けねばならぬ。

覚悟と決意を持つ者だけが、ゴブレットに名前を入れるのじゃ。」

 

 

 

 

パーティが終わった後、ゴブレットに名前を入れるヤツはいなかった。

まあ既に夜なので、今から入れるには遅すぎる、入れるヤツは明日入れるのだろう。

 

寮へ帰る道の中で生徒達が話しているのは、如何にして″年齢線″を突破するかだ。

老け薬を使うだの、ポリジュース薬はどうかだの、上級生に頼んでみてはどうかだの…

しかしそれは恐らく無駄骨になるだろう、世界最強のダンブルドアが引いた魔法だ、たかが学生ごときで突破できるとは思えない。

…この三年間、ダンブルドアが居るにも関わらず事件ばかり起こっているがこの際気にしないことにする、気にするだけ無駄だ。

 

だが大人しい事が特徴ともいえるハッフルパフに、そんな無謀な挑戦をするヤツは居ないようだ。

暖炉の前では、猛烈なセドリックコールが巻き起こっている。

 

「セドリック先輩かあ、…パーフェクトだ!」

 

容姿端麗、成績優秀、温厚篤実、ヤツなら例えスリザリン生でも文句は言わないだろう。

しかしあの男、こういった事に興味があるとは少し意外だな。

いや、少なからず目立ちたいという思いはあるだろう、でなければクィディッチ選手になどなっていない筈だ。

 

「キリコは出ないの?」

「…断る」

 

出たい、等微塵も思わない、むしろ全力で拒否する。

元来俺は目立ちたくは無いのだ、この三年間やむを得ぬ事情で面倒事に関わり続けてはいたが、できるならひっそり穏やかに過ごしたいのが理想である。

 

「…うう、た、大変だった」

「あ、セドリック先輩お疲れさまです、水飲みます?」

「ありがたく頂くよ」

 

群衆の中から脱出してきたセドリックは、キニスから渡された水を飲むといつも通りの笑顔に戻った。

 

「そういえば先輩、何で出ようと思ったんですか?」

 

俺も疑問に思っていた事を質問するキニス、セドリックは窓辺に腰掛けながらにこやかに答える。

 

「まあ理由は幾つかあるけど…皆に期待されてたり、父さんも期待してくれてるし…

でも一番は、やっぱり興味かな」

「興味…ですか?」

「うん、自分の力がどこまで通用するのか、どんな試練が襲い掛かってくるのか…怖くもあるけど、楽しみでもある」

 

少々意外な答えではあったが、予想の範疇でもある。

なにせ100年ぶりの祭典だ、興味を抱くなという方が無理だろう、俺でさえ少し興味を持っているのだから。

 

「それに100年ぶりのお祭りだからね、どうせなら参加してみてもいいんじゃないか…そう思ったんだ」

「なるほどー、流石セドリック先輩、死んでも応援しますよ!」

「そこまでやらなくても…第一まだ選ばれてすらいないんだから」

 

セドリック応援パーティも程々に、各々自室へと戻っていく。

明日は土曜日なので授業の準備などは必要ない、よって必要の部屋に籠ろうかと考える。

しかし少し思案し、それは無理だと断定した。

恐らく明日はボーバトンとダームストラングの生徒達が学校見学に勤しむ、その為必要の部屋に入る瞬間を見られる可能性があるからだ。

とどのつまり、明日は図書館に籠って勉学に励むしかないのである。

 

「でも残念だね、17歳じゃないと参戦できないなんて。

キリコなら絶対優勝狙えたのに」

「…興味が無い」

 

ブツブツ文句を垂れ流しているキニスには悪いが、今年はのんびり大会を見学しつつ、闇の魔術の研究に勤しむとしよう。

 

 

 

 

翌日の大広間には大勢の人が押しかけていた、最もその大半は野次馬であり、自ら参戦しようという者はいない。

その中からゴブレットに名前を入れるヤツが出るたびに、大きな歓声…というよりも煽り立てる様な歓声が爆発する。

ただ一日中見張っている暇なヤツはそうそうおらず、昼になれば観衆はほとんど居なくなっていた。

 

そんな大広間を通りかかった時、そっくりな見た目をした老人二人が俺を横切り遥か彼方まで飛んでいくのが見えた。

ロンが「兄貴ー!?」と叫んでいたので、あれは大方ウィーズリーの双子だろう。

老け薬を飲んで年齢線を突破しようとしたようだが失敗したみたいだな。

この調子を見るに、年齢線は問題なく機能しているようだ、これならまず突破されないだろう。

 

そうこうしながらも瞬く間に時間は過ぎ、気が付けば選手発表の時が訪れていた。

大広間はその日一番の静けさを見せ、生徒達は緊張と期待に胸を膨らませている。

しかしこの静けさは、熱狂が爆発する前のほんの一時でしかない。

 

「さて、時は来た」

 

ダンブルドアが壇上に立ち杖を振るう、大広間からは光が消え失せゴブレットの青い炎だけが人々の目に映り込む。

耳を凝らせば生唾を飲み込む音さえ聞こえる、それ程に静かな空間の中でヤツは再び話し出した。

 

「ゴブレットは試練に挑む勇者を選んだ、もう後戻りはできん、これに名前を入れた者は既に覚悟を決めている事じゃろう。

選ばれた者は、前に出るのじゃ」

 

そう言い終わるかどうかの所でゴブレットの蒼い炎は一層激しく燃え上がり、闘志を表すかの如く紅い炎に姿を変える。

一瞬、天井に届かんばかりにそれが燃え上がる。

次の瞬間天井から一枚の羊皮紙がユラユラと踊りながら、ダンブルドアの手元に舞い降りた。

そこに書かれた名前を、息を吸い込む空白の後に叫んだ。

 

「ボーバトン魔法魔術アカデミー代表は、フラー・デラクール!」

 

レイブンクローの席が爆発した、と思いかねない程の歓声の中をデラクールは歩く。

その立ち振る舞いはただ美しいだけでなく、その内に秘めた力強さも感じる女戦士の様である。

選ばれなかったボーバトン生の中には泣いている者もいるが、どこか納得したような表情で拍手を送っている。

 

彼女が奥の部屋に入って行った頃、その歓声と拍手も、次の炎が蘇った途端消え失せた。

再び紅く染まる炎が吐き出した羊皮紙を手に取ったダンブルドアは、先程と同じように叫んだ。

 

「ダームストラング魔法専門学校代表は、ビクトール・クラム!」

 

大広間がメルトダウンを起こした、ヤツに至っては別格ともいえる。

何故ならヤツはクィディッチ・プロの一人、いわばヨーロッパのヒーロー。

スリザリンの席から歩き出したクラムは、ホグワーツの寮を通り越してどの学校の生徒達も拍手を浴び続けている。

ダンブルドアと力強い握手をした後、ヤツも奥の部屋に入って行った。

 

そして最後の炎が揺れ始めた、陽炎の様な炎の中には羊皮紙が映り込み、それはするりとダンブルドアの手に納まる。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校の代表は、セドリック・ディゴリー!!」

 

ハッフルパフの席が核爆発を起こした。

その勢いは大広間全員の歓声よりも強力である、最もその理由は分かっていたが。

いわゆる日陰者、永遠の二番手、三年前に優勝杯を取っていたにも関わらず未だにそんな扱いのハッフルパフ。

そこから代表が出たのだ、嬉しくない筈が無い、見れば何人かは鼻水を垂らしながら号泣している…キニスお前もか。

自分の学校だからかほんの少し大声でセドリックを呼んだダンブルドアの元に、その笑顔を少しこわばらせながら歩いているセドリック。

 

「これで三校全ての選手が揃った! 彼らの勇気と情熱が見せる雄姿が今から楽しみじゃ! では観戦者である諸君にルール諸々を説明しよう」

 

ゴブレットの前に立、杖で空中に何かを書き綴っていくダンブルドア、今後の日程を分かりやすく紹介しようとしたのだろう。

…しかし炎は突然に蘇った。

 

「…これは」

 

死んだ筈の炎が、殷殷と火花を散らしながら蘇る。

そこから吐き出された一枚の羊皮紙が、異様な沈黙を打ち破った。

振り返ったダンブルドアは硬直しながらも、その憐れな犠牲者の名前を読み上げた。

 

「…ハリー、ハリー・ポッター」

 

大広間に居る全ての視線がハリーに注がれた、その騒ぎの元凶であるヤツは何が起こっているのかも理解できていないらしい。

目を白黒させながら戸惑うハリーに向かってダンブルドアは叫ぶ。

 

「ポッター! ハリー・ポッター! 来るのじゃ!」

 

混乱しながらもハーマイオニーに諭され、よろよろと中央の通路を歩いて行くハリー。

まるで死刑囚の様な雰囲気を漂わせるハリーに向かって、様々な感情を見つめる群衆たち。

だが俺は気付いた、その視線の中に一つだけ違う感情が混ざっている事に。

その大本を探ろうとした―――瞬間の事であった。

 

「…な!?」

 

炎は二度蘇る、地獄から聞こえる様な、不気味な音を鳴らしながらもう一枚の羊皮紙を打ち上げるゴブレット。

人々は騒めく、誰だ? 誰が選ばれるのだ? ホグワーツは既に二人選んだ、ならあれはボーバトンかダームストラングか。

しかし俺はこの時点で感じ取っていた、そこに刻まれたのが何なのかを。

 

「…キリコ・キュービィー」

 

何時だってそうだ、俺が望もうが望むまいが、常に戦いに巻き込まれてきた。

今回だけ例外、そんな都合の良い運命などある筈が無い。

 

「…キ、キリコ…!?」

「………」

 

深い深いため息をつきながらも立ち上がり、歩き出す。

期待、困惑、嫉妬、驚愕。

ありとあらゆる感情を乗せた視線の槍、それを全身に受けながら大広間を歩く。

どうやら、どう足足掻いてもこの戦いの堀から抜け出る事は無理らしい。

だが俺の感情が揺れる事は無かった。

こういった事は慣れきっている、今更驚くほどの事でもない。

だからこそ気付けたのだろう、その視線の中に一つだけ違うのが混じりこんでいた事に。

ハリーに向けて歓喜を、俺に向けて憎しみを向けるアラスター・ムーディ。

その訳を考えながら俺は一人、奥の暗闇に吸い込まれていくのであった。




無能、怯懦、虚偽、杜撰
どれ一つとっても試練では命取りとなる
それらをまとめて無謀でくくる
用意された計画、用意された地獄
行くも怖いが逃げるも怖い
脆弱な地盤 重裂な爪牙、充満する爆炎
まさに焼死必須の竜戦虎争
次回、『死の竜』
怒涛のドミノ倒しが始まる



久々の飯回&予定調和
Q何故わざわざ参加させたのですか?
A貴方はこの男が面倒事に巻き込まれないと思っているのですか?
よかったねセドリック! 出番は減らなかったよ!


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第三十五話 「死の竜」

タイトルの癖に課題に挑むのは次回!
しょうがない!
だって本編でも最初は予告になってるか微妙だもん!
あと感想100件に到達しました!
皆さんありがとうございます!


様々な絵画が飾られた部屋は、先程まで選ばれた選手達が和やかな会話をしていた筈だった。

だがその安息は俺達の来訪によって容易く崩れ去る、不思議そうな顔をした選手の中で最初に話しかけて来たのはセドリックだった。

 

「キリコにハリー? どうしたんだい?」

「それが…僕にも…」

「………」

 

まだ状況の整理が付いていないのか言いよどむハリー、片や俺も何と伝えれば良いのか考え込むが、結局そのまま伝えるしかないのだろう。

意識の外で深くため息をつき、言葉を口にする。

 

「…俺達も代表だ」

「…え?」

 

何を言っているのか分からない、といった様子だったが、その意味を理解してきたのかその顔は徐々に険しくなっていく。

次に口を開いたのはクラムだった。

 

「それヴぁ、そのままの意味ですか?」

「残念ながらな」

 

口を開け唖然としていたのは数刻の間、少し経った瞬間大騒ぎが始まった。

一体どういう事だ、何故代表が三人もいる、これは不正だ…

特に騒いでいるのはデラクールだ、彼女は俺達が不正を働いたと訴えている。

それに反論するのはセドリック、ヤツは俺達がそんな事はしないと説得をしようとしてくれている。

クラムは何も語らず、腕を組んだまま何かを考えているようだ。

騒然とした空気の中現れたダンブルドアは、俺達に詰め寄り声を荒げる、ヤツも混乱しているのだろう。

 

「ハリー! キリコ! ゴブレットに名を入れたか!?」

「「いえ」」

「上級生に頼んで名を入れてもらったのか!?」

「い、いえ…僕何もやっていません」

「俺もです」

 

否定を繰り返す俺達、しかしその言い方はまるで…

 

「…上級生に頼めば年齢線を越えられるんですか?」

「成るほど、その小僧の言う通りかもしれんな、どうなんだダンブルドア!」

 

怒りに声を荒げながらダンブルドアに詰め寄るカルカロフ、その隣のマクシームも同じ目つきで睨み付けている。

 

「…確かに年齢線は越えられる、じゃがゴブレットは複数人を選ぶことは決して無い」

 

そうだ、この事態で最もおかしいのはそこだ。

例え俺やハリーの名前がゴブレットに入れられようと、選ばれるのは一校一人、総数に変わりは無い。

だが現実に俺達は選ばれた、ある筈のない4人目と5人目として。

 

「でーすが、一体どうするのでーすか? 我がボーバトンは一人で三人に挑まーねばならないのでーすか?」

「そうだ! ホグワーツの選手が三人というなら、我がダームストラングも三人選ばせてもらう!」

 

怒りに身を任せ無理難題を怒鳴り散らす二人の校長、それを収める術をダンブルドアは持たない。

ヤツはこちらに振り返り、改めて問いかけた。

 

「もう一度確認じゃ、君達は何もしておらんのじゃな」

「「そうです」」

「嘘を言うな! わざわざ他人の名前を入れる物好きは居ない! こいつらが何らかの不正を行ったのは事実だ!」

 

ダンブルドアを横へ追いやり俺達に迫るカルカロフ、その目には激昂のあまり殺意が宿っている様にすら見える。

しかしハリーの胸ぐらを掴もうとした時、その殺意は一瞬で引っ込んだ。

ハリーの頬を僅かに掠め、その喉元に杖が突きつけられたからだ。

 

「ポッターに手を出そうとするとは随分度胸が据わっているな、えぇ!? どうなんだカルカロフ」

「!? マ、マ、マッドアイ・ムーディ!? な、何故お前が…!?」

「下種共を近づけさせないためだ! 丁度貴様の様な輩だ! ポッターに少しでも触れてみろ、地獄に引きずり戻してやるぞ!」

「アラスター!」

 

修羅の様な形相で杖を突きつけるムーディに怯えるカルカロフだったが、ダンブルドアの声でヤツが大人しくなると心の底から安心した声を出した。

確かにヤツは怖いが、この怯え方は異常だ、一体何があったのか…

 

そこで俺は思い出した、先程この男が発していた歓喜と憎しみを。

だがその様な気配は既に微塵も無い、俺の思い違いだったのか?

いや、それは無い、俺のたった一つの特技が覚えている、あの感情に僅かに混じっていた鋭い殺意は勘違いなどでは無かった筈だ。

だとしたら俺達の名を入れたのはもしや…

その思考は、新たな来訪者によって打ち切られた。

 

「炎のゴブレットは鎮火した…たった今」

 

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら暗い声で話すバーテミウス・クラウチ、それはつまりもう新たな選手を選ぶ事も辞退する事も叶わないという、残酷な事実を物語っている。

 

「炎のゴブレットが選んだ選手は、必ず試合に出なければならない、ハリー・ポッターとキリコ・キュービィーは今より代表選手の一人だ」

「そーんな事、許さーれるはずがあーりません!」

 

俺としても耐え難い状況であったが、既に賽は投げられた。

誰が何と言おうと後戻りはできないのだ。

クラウチがその事実を苦々しく告げる。

 

「そうだ、何らかの不正があったのは間違いない、だが炎のゴブレットは魔法契約、それを破れば何が起こるかも分からないのだ…」

 

リタイアを防止する為の魔法契約が、かえって仇となる。

危険から逃れる為には危険に飛び込まねばならない、矛盾を抱え込んだそれを正当と認めなくてはならない異常事態に、俺達はただ唸る事しかできない。

 

「ともあれ代表は代表、理由はさておき…」

「さておき!? クラウチ! 貴様はこの異常事態をさておきで済ませる気なのか!?」

 

もう帰りたそうな顔色のクラウチが話を切り上げようとしたが、それをムーディの怒声が阻む。

 

「″炎のゴブレット″の様な強力な魔法道具を騙すには、高度な″錯乱の呪文″が必要だ! 恐らく何者かが存在しない4校目と5校目の選手としてポッターとキュービィーの名を入れたに違いない!」

「確かにそれなら彼らは選ばれるでしょう、一人しか立候補していないのですから。

…しかしそんな強力な″錯乱の呪文″を掛けられる人間はそうそういない、それこそ極々一部の死喰い人くらいしか―――まさか」

 

そこまで言いかけ言葉を飲み込むクラウチ。

炎のゴブレットに錯乱呪文を掛けられるのは死喰い人くらいしか居ない、逆に言えばこれを引き起こせるのは死喰い人しか居ないという事。

そして死喰い人はヴォルデモートの忠実な部下、結論は誰の目にも明らかだった。

 

「ハリー・ポッターを殺そうと考えた輩がこの異常事態の黒幕だ!」

 

ハリー・ポッター、ヴォルデモートを滅ぼした英雄にして魔法界の希望。

だが闇に潜む者からすれば、憎んでも憎んでも尚憎み足りぬ忌まわしい怨敵。

ヴォルデモート、死喰い人、犯罪者、ハリーを憎む人間は五万といる、ヤツらはひたすらに祈る、目を背けるほど醜く死ねと。

 

「ハリー・ポッターを殺す…!?」

「それ以外何がある?」

 

絶句するクラウチに向かってムーディが断言する、しかしクラウチは首を傾げたままだ。

その理由をマクシームがつぶやく。

 

「ですーが、この少年は何なーのですーか?」

 

全員の視線が俺に集まる、そうだ、ハリーを憎むのは考えられるが、何故俺まで選ばれたのかが分からないのだ。

 

「…キュービィーだったか? 何か闇の輩に恨まれる様な事でもしたのか?」

「ほう、それを一番知ってるのは貴様じゃないのか!? ええ!?」

「アラスター」

「…心当たりが無い」

 

ムーディに再度脅迫されながらも睨みを利かせるカルカロフに対し、全員に聞こえるよう簡潔に答える。

そうは言ったものの心当たりはある、一年の時死喰い人のクィレルとヴォルデモートを撃退したのが最たるものだ。

 

しかし魔法省はヴォルデモートを故人として扱っている以上、言ったとして信用してはもらえまい。

二年の時トム・リドルの復活を阻んだがそれも同じ事、三年の事件はピーターを捕縛したくらい…

残る可能性はただ一つ、しかしそれが真実だとしたらそれは考えたくも無い、最悪の事態だ。

それは俺の″異能″を狙っているという事、即ちこの世界に俺の存在を知っているヤツが居るという事に他ならないからだ。

 

結局ゴブレットの決定には逆らえないという事で、俺もハリーも参加するという形で決着がついた。

全身からダラダラと汗を流しながら走っていくクラウチを先頭に、部屋から出て行こうとするとクラムに呼び止められる。

 

「大ヴぇんな事になりそうですね…」

「…いつもの事だ」

 

うんざりしている、といった意味で返したのだが、ヤツはそれを兆発と受け取ってしまったらしい。

少し驚いた顔をした後、口角を上げながら笑みを浮かべた。

 

「ですが僕ヴぁ気にしません、それに何人いようと勝つのヴぁヴぉくですから」

「…そうか」

 

自信に満ち溢れた宣言をし、クラムは早足で去って行った。

その後を追うように階段を登る俺は、この事件の企画者に目を向けていた。

あの時感じた違和感、俺達の名前を入れたのはムーディなのか? しかしそうだと確信するには証拠が少なすぎる。

だがヤツが何か隠しているという確信はある、今はまだ警戒するのが精一杯だった。

 

 

 

 

昨日の夜はそんな警戒心を投げ捨てたくなる程に面倒だった、あのセドリック・コール以上の、いわばキリコ・コールの雪崩に飲み込まれたからだ。

どうやって年齢線を越えたのかについて聞かれると思い適当な理由を揃えてはいたのだが、そんな事は普段目立たないハッフルパフ生からしたら些細な事だったらしい。

 

顔が死んで来たセドリックを生贄にその中から脱出できたのは深夜12時を回ってからの事である。

と、弁明する機会も無かったので校内では俺が年齢線を出し抜いたという噂だけが独り歩きする事になり、様々な視線にさらされる事となった。

 

幸いその程度で動揺するような精神は、とうに棺桶(AT)ごと爆破してしまったので気になることは無い。

が、憐れな事にその被害をハリーはモロに食らっていた。

 

所属寮であるグリフィンドールは純粋にハリーを応援しており、スリザリンはいつも通りである。

しかしレイブンクローは冷ややかな視線を浴びせている程度ではあるが、ハリーは大分堪えている様に見える。

中でも最も反発しているのは他ならぬハッフルパフである、どうやら自分達が目立つ最大の機会を横取りされたと考えているんだとか。

 

大減点に継承者騒ぎといい騒動の渦中にあったハリーだが、それでも比較的優しい反応だったハッフルパフにまで無視されるのは余程辛いようだ。

トドメに勝手に立候補したとロンが思い込んだせいで、ヤツら二人はほぼ絶縁状態、それを何とかしようとするハーマイオニーの顔色は悪く、ハリーの孤立はかつて類を見ない程に悪化しているのであった。

 

 

*

 

 

「ロンェ…」

 

その状況を何とかしようと努力してみたものの、あえなく撃沈し溜息を漏らすキニスと共に廊下を歩く。

キニスもキニスでハリーを庇うような言動をしているので、ハリーほどではないが寮内で少し避けられているのが現状である。

 

「まさか…あそこまで思い込みが激しいとは思わんだ…」

 

色々証拠を取り揃えて説得したみたいだが、何を言っても最終的に「どうせ僕はハリーの添え物だよ!」と、頭の悪い誘導尋問みたいな答えしか返ってこず諦めた次第だ。

確かにハリーやハーマイオニーと比べてロンが目立つ機会は少ない、あのくらいの年齢なら目立ちたいと考えるのはごく自然な事。

まあ所詮コンプレックスの発現に過ぎない以上、その内元通りの関係になるだろう。

 

「それにこんなの渡されてどうしろと」

 

ブラブラと手の上で回すバッジには、セドリックの笑顔と一体どうやって作ったのか俺の不自然な笑顔が描かれていた。

その淵には『ハッフルパフの戦士、セドリックとキリコを応援しよう!』と書かれている。

しかしキニスがそれを地面に叩きつけると一転、ハリーの写真にかぶさる様に『汚いぞポッター』と書かれたバッチが現れた。

 

「…正直頭悪いと思う、てか暇だなドラコ、一体いくつ作ったんだろう」

 

汚いぞポッターバッチの製作者であるドラコ・マルフォイ、ハリーも勿論だがその誹謗中傷の出汁にされた俺とセドリックもたまった物では無い。

スリザリン生を中心として、道行く多くの生徒がそれを着けている。

つまり事あるごとに、俺は俺の不自然な笑顔を目の当たりにしなければならないのだ。

それを視界に入れない様健闘していると、前の様からセドリックが苦笑いしながらこちらに近づいて来た、その理由は俺と同じに違いない。

 

「いたいた、…大分参ってるみたいだね」

「………」

「あははは…やっぱり」

 

無言の溜息がその憂鬱さを雄弁に語っていた、それを聞いたセドリックも笑ってはいるが不快感を隠せてはいない。

 

「あんまり良い気分じゃないからね、…まあ皆その内飽きてくるよ、…ハァ」

「お疲れ様です、…で、どうかしたんですか?」

「ああそうだった、キリコを呼びに来たんだよ」

「…?」

「代表選手はクィディッチピッチに集合するらしいよ、何かやるみたいだけど…」

 

一体何をするのだろうか、代表選手だけなのでキニスと別れセドリックと共にピッチへ向かう。

そこには代表選手達とクラウチ等スーツを着た役人に、何故かオリバンダーまで居た。

よく見るとハリーがまだ来ていないが、その内来るだろう。

近くの席に座りハリーを待っていると、隣からやたら声の高い女性が声を掛けてきた。

 

「んーまぁ! もしかして貴方がキリコ・キュービィーざんすか?」

「…そうだ」

 

その過剰に盛られた化粧とこれまた過剰に掛けられた香水の臭いは、俺に不快感を齎すには十分すぎた。

しかしその不快感は次の瞬間確信的なものに変わった。

 

「んーーまぁっ! じゃあ貴方が5人目の代表選手、ちょっとお話してもいいざんすか? ちょっとだけでいいざんす」

「………」

 

この会話とも言えない数秒で俺は理解した、この女はかなり危険だと。

目だ、一風変わった羽ペンと羊皮紙を持っているのを見るに新聞記者の類だろうが、それよりも飢えた獣の様な眼光をぎらつかせながら迫っていたからだ。

何より雰囲気で分かる、こちらを貶めようとする悪意がダダ漏れなのだ。

 

「ね? いいざんしょ? 本当に数分だけざんす」

「……………」

「…無視は酷いざんすよ、そんな男はモテないざんす」

「…………………」

 

流石に一言言いたくなったがその衝動を堪える、この手の人間は一言でも答えたが最後、ありとあらゆる理由をこじつけ取材しようとする。

それこそ怨霊の問いかけの様にだ、ああいったものは何か答えた時点で引きずり込まれると言われている。

人間を怨霊に例えるのはどうかと思うが、ひたすら無視を決め込み続けた結果、「二重の意味で魔法使いになるがいいざんす! モテないとそうなるざんすよ!」と捨て台詞?…の様な呪詛を吐き捨て、何時の間にか来ていたハリーの方へ向かって行った。

 

ハリーがうっかり答えてしまいスキャンダルの沼に引きずり込まれ、ようやく解放された頃、全員集まったのをクラウチが確認した。

その後例の新聞記者…リータ・スキータが全員の集合写真を撮影し、更なるインタビューを試みたが、オリバンダーの手で遮られる形になった。

 

どうやら競技をする前に″杖調べの儀″というものを行うらしい、つまり俺達は集合写真とこれの為に集められたという訳だ。

まあ要するに杖に不正や不備が無いかを確認する、いわば整備ということである。

 

名前を呼ばれ杖を差し出し、その杖をまじまじと見つめていくオリバンダー。

やはり国が違えば杖も違うのか、ホグワーツで見かけるのとは大分違って見える。

例えばフラー・デクラールの杖には持ち手の部分にカールのような装飾が施されており、そこ以外にも繊細な彫刻が美しく刻まれ武器と言うよりは芸術品の様である。

 

ビクトール・クラムの杖には鳥の様な意匠が施され、武骨さの中に荒々しさを感じる事が出来る。

そんな珍しい杖を見る事ができるおかげか、オリバンダーもどこか嬉しそうに微笑みながら整備をしていた。

 

「最後はキリコさんですな…、いや、あの時の事は忘れたくても忘れられませんよ」

 

残るハリーとセドリックの点検も終え、俺が杖を差し出す。

それを見たデクラールとクラムが、思わずぎょっとしているのが視界に入った。

まあ仕方ないだろう、長さ40㎝太さ4㎝の杖はあまりに異様だ、それを見つめるオリバンダーの目つきも少し鋭くなる。

 

「吸血樹にケルベロスの脊髄、40㎝、威力はあれど重く非常に凶暴、手入れは完璧ですな、…相変わらず忠誠心の欠片も無いみたいですが、ではルーモ…あ、皆さん目を閉じてください、危険ですから」

 

危険? いや確か買った時店の床を少し吹き飛ばしてしまった筈、その事を覚えていたのだろう、…むしろ忘れる方が難しいか。

 

「ルーモス -光よ」

 

瞬間予想通り閃光手榴弾に匹敵する光がクィディッチピッチを覆った、その予想以上の閃光をカメラ越しに食らってしまいスキータが医務室行きになった事以外は特に問題無く儀式は終わった。

 

「ではお返しいたします」

「…少しいいでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」

「忠誠心が無いとは、どういう事でしょうか?」

 

さっきの会話で少し気になったのがそれだ、普通杖には忠誠心というものがある。

それは決闘の結果や杖の特性で違いや変化こそあれど、忠誠心が全く無いなど聞いたことが無い。

 

「あー…、わたくしも初めて見るのですが、どうやらその杖には元々忠誠心というものが無いようなのです」

「…そうなんですか」

 

少し不安になった、忠誠心が無いという事は杖の力を引き出し切れていないと考えられるからだ。

その不安に気付いたのか、オリバンダーが続けて話し出す。

 

「ええ、ですが逆に言えばその凶暴性を操れる者ならば、忠誠心に左右される事無く力を引き出せるとも言えます。

貴方様はこの杖を完璧に扱っておられる、大丈夫ですよ」

「…ありがとうございます」

 

手元のバケモノの様な杖に視線を落とす、本当に扱いずらい杖だとは思うが、それでもこいつのおかげで助かった事も多々ある。

忠誠心が無いのに信頼できるというのも変だが、俺はその頼れる相棒を懐に収めながら校舎へと歩いていくのだった。

 

「キリコ? どこ行ってたの?」

 

その途中で何故かハリーとセドリックが、俺を待っていた様に声を掛けてきた。

一体何の用だ…と思っていると、ハリーの口から驚くべき言葉が発せられた。

 

「最初の課題はドラゴンだよ」

「…何?」

 

ハリーの目を見つめるが嘘をついてる様には見えない、隣のセドリックは苦笑いしながら頷いている。

聞いてみると昨晩ハリーがホグワーツに五匹のドラゴンが運び込まれるのを見たらしい、それが丁度人数分だったので、課題の為に運ばれたと確信したんだとか。

 

「ドラゴンか、…でもドラゴンを使って何をするんだろう?」

「そこまでは分からなかったんだ、…倒すとか」

「無理じゃないかな…専門家が10人集まってようやく倒せるんだよ?」

 

話し合ってはみたが、結論は出ず「最低限死なないようにしよう」となり各自の寮へ戻って行った。

ドラゴンで何をするのかが分からない以上、戦術は複数個考えておくのが妥当だろう。

まあ幸いああいった生物を相手に戦う魔法は丁度いいのがある、負ける事はまず無いだろう。

ならすべき事は、その戦術に合わせた設計図を作る事だ。

暗記しきれるかどうかは分からないが…そこを悩んでも仕方ないだろう。

俺は何を創り出すか考えつつ、図書館へと足を進めていた。

 

刻一刻と、着実に迫りくる試合の時。

踏みつぶされて死ぬか、炎に焼かれて死ぬか。

ゴブレットに選ばれた五人の戦士たち。

焦熱から始まる、三つの地獄巡りが、今始まろうとしていた。




野望とは恐怖の別名と冷たく嘯く
そうかもしれない
だが野望には破滅がひっそりと潜む事を知るがいい
この男がそうだ
理想の果てがそこにある
なるほど、警告のつもりか?それとも…?
ふん、惑わされはしない。不死は不死を知る
見せろ!見せてみせろ!力の全てを!
次回、『検証』
時に不死の別名は何と言うのだろうか?



キリコちゃんの杖ですが、
忠誠心が無い=無茶苦茶我が強い、とも言えます。
つまりある意味でキリコのそっくりさん、
って訳です。
まあその分忠誠心に左右されないので、
安定してるとも言えますが。


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第三十六話 「検証」

ひゃっほう!
やっとドラゴン戦が投稿できたぜ!
連載始めた頃からこれを楽しみにしていた…
では地獄巡りをお楽しみください。


設営された大型テントの中は驚くほどに静かだ、あるものは息を整え、あるものは最後の確認をし、またあるものは成功を祈っている。

 

課題の標的がドラゴンである事は恐らく誰もが知っている事だろう、ハリーや俺達が知れて他の二人が知れない道理は無い。

他の選手がどうやって挑むかまでは流石に知らないが、そんなに奇抜な策を取る者はいないと考えられる。

 

専門家がいれば対処できるレベルとはいえ、魔法生物の中でも飛び抜いて危険であることは事実なのだ。

故に危険を犯してでも目立とうとする選手はいない、多少なりとも安全を確保する筈だ。

 

しかしそんな方法で客が歓声を上げるだろうか? いや、それは無い。

意図せずして参加する羽目になってしまったが、やるからには全力でやるのが義務。

これで手を抜くのは、不正に対する不満を飲み込んだ他の選手に対しあまりに無礼だ。

 

俺は一つの光景を思い浮かべていた、あの日あの時、彼女を取り戻すためにレッドショルダーの幻影を背負ったあのバトリング。

どんな時客は湧いた? どんな時興奮した?

その記憶をトレスすれば、やるべき方法はおのずと見えてくる。

 

「おっ全員集合してるな?」

 

天幕に入ってきたのはこの大会の主催者の一人、ルード・パグマンだった。

ヤツの手が握っている紫色の袋は、うぞうぞと不気味に蠢いている。

 

「君達にはこの袋に入ってる五つの模型の内一つを取って貰う、それが君達の立ち向かう相手だ。

そして課題の内容は―――その相手を出し抜き、″金の卵″を手にすることだ!」

 

五つの模型、ハリーが見た数と合致するのでそれはドラゴンの模型で間違いないだろう。

予想通りドラゴンの撃墜でなかった事に俺は安心を覚えた、ただしそれは恐怖からではなく、予定していた戦術が使えるという確信から来たものだった。

 

「使っていいのは自分の杖だけ、他の持ち込みは禁止だ。

ではレディーファーストで」

 

恐る恐る手を入れていき、小さな悲鳴を上げ手を引っ込めてしまうデクラール。

しかしその手には生きてる様に動き回る、小さな模型が確かに握られていた。

 

「ウェールズ・グリーン普通種、競技は二番手だ。

普段は大人しいが…今回はどうかな?」

 

思わず苦笑いをするデクラールを見て、意地悪そうな笑みをうかべたパグマンはセドリックの方へ袋を向けた。

 

「スウェーデン・ショート―スナウト種、一番手だ。

美しい炎が特徴、戦う当人はそれどころじゃないだろうがな」

 

手の上で青く美しい炎を吐く模型を見たセドリックは、微妙な心境を全く隠せていない。

その笑顔は何とも形容し難いものだった。

 

「チャイニーズ・ファイヤーボール種、三番手。

三匹までは共存を認めるそうだ、最も卵に手を出さなければだが」

 

竜というより、龍に近い姿の赤いドラゴンを見たクラムは、その絶対的な自信を鼻を短く鳴らす事で表す。

次に袋から引いたのは、クラムとは対照的に自信無さげなハリーだ。

 

「ハンガリー・ホーンテール種、四番手。

この中で一番狂暴なヤツだぞ」

 

黒い鱗を持った棘棘しいドラゴンが、地獄から響く様な咆哮を上げる。

ハリーの顔色も地獄色に染まっていくのが分かった。

 

「最後だ、ぶっちゃけ引く必要は無いが…まあそれはノリだろう」

 

パグマンの軽口を聞き流しながら、袋の中にあった最後の一つを掴む。

…重い、そう感じて引っ張り出したのは銀色の鱗を持ち、そして何より他の模型より三回り程巨大なドラゴンだった。

 

「ウクライナ・アイアンベリー種、五番手。

世界最大級のドラゴン、全長18mだ」

 

全員の相手が決まった所で丁度良くダンブルドアがテントの中に入ってきた。

 

「各々準備はできたようじゃの、諸君らの無事と健闘を祈る、大砲が鳴ったら番号の順に行っ」

 

ズドンッ!

 

「………」

 

話を喰い気味に鳴り響いた大砲の轟音、一拍置いて巻き上がる観客達の歓声を聞き、肩を竦めるダンブルドアであった。

 

「…セドリック・ディゴリーからじゃ」

 

青ざめた顔をしながら歩き出すセドリック、しかしその目付きは真っ直ぐ鋭く、覚悟の重さを感じる足取りであった。

 

生憎試合を観戦する事は叶わないが、様子を伺う事はできる。

交互に巻き起こる歓声と悲鳴、それに挟まるパグマンの実況がベール一枚を挟んだ、地獄の光景を鮮明に伝えている、

 

『おぉ! 行けるか!? どうだ!? いや不味い! これは大ピンチ―――危ない! 何とか切り抜けた!』

 

それ以降も似たような解説が挟まっているということは、恐らくドラゴンの隙をついて卵を奪い取ろうとしているのだろう。

 

それから数分後に聞こえてきた大歓声、どうやら卵を取る事に成功したらしい。

続けて向かっていくデクラールは首からぶら下げたロケットを握りしめ、目を閉じ祈りながら地獄へ向かっていく。

 

『どうしたことだ!? ドラゴンが尻尾を振りながらすり寄っているぞ!?

彼女の美貌に魅了されたか!?』

 

ドラゴンが人間に惚れる…などある筈がない。

しかし魅了される事はある、彼女は″魅了の呪文″を使いドラゴンを無力化したのだろう。

その直後耳をつんざく悲鳴が上がる―――かと思うと一転して歓声に変わった。

何かトラブルが起こったが卵は確保できた、という事だろうか。

 

三番手であるビクトール・クラムは動じる様子は無い、かといって油断している訳でも無い。

その間にある完璧な集中力を保ったまま、堂々と地獄に挑んでいった。

 

突入と同時に、爆音の様な絶叫がテントを貫く。

ドラゴンに唯一効果的とされるのが″結膜炎の呪い″だ、ドラゴンは分厚い装甲で魔法を尽く弾き飛ばすが、それが無い眼球だけには呪文が通じるのだ。

クラムはそれを使ったのだろう、証拠に今もドラゴンが苦しんでいる様な地鳴りが響いてきている。

 

『あー! 卵が割れてしまいました! これは点数に響きそうです!』

 

だが代わりにこういった欠点もある、使用する場所を考えなければこういった事態を引き起こしてしまうのだ。

結果聞こえてきたのは、歓声と落胆が入り交じった声だった。

 

そして地獄へのホイッスルが聞こえてきたが、それを見て俺は不安に駆られた。

ハリーの足取りは重く遅くふらつき、目の焦点すらも合っていなかったからだ。

…大丈夫だとは思う、ヤツも相当な修羅場を潜っている、ドラゴン程度で死ぬ筈が無い。

 

会場に入ってから最初に聞こえたのは悲鳴だった、そして次に聞こえたのは歓声だった。

しかしその直後から何も聞こえなくなってしまった、それもドラゴンの動く音でさえもだ。

一体どうしたのだろうか? 競技が続いている以上死んではいない筈だが…

 

耳を研ぎ澄ましてみるとその無音の中に僅か、ほんの僅かに風を切る音が流れているのに気付き、そしてハリーの戦術にも気付いた。

炎の雷(ファイアボルト)″だ、箒を呼び寄せ空中戦を仕掛けたのだ。

確かにそれは有効な手段と言える、ハリーの箒の才能は誰もが知るところ、それにファイアボルトの性能が加わればドラゴンを相手取る事も夢ではない。

 

『戻ってきた! ドラゴンの姿は見当たらない! 撒いたようだ!

そしてそのまま箒で…取ったぁぁ! 最短記録です!』

 

やはり何の心配も要らなかった様だ、ハリーが無事だった事に内心安堵していると俺の出番が訪れた。

 

天幕を抜けると洞窟の様な道が20m程続いている。

その先の光に向かって歩く俺は、これから挑む地獄に恐怖して―――いなかった。

 

全く恐くない訳では無いが、それは理想的な緊張を作るものでしかない。

18m、確かに巨大だ、だがそれだけだ。

それにパララントの地上戦艦の方が遥かに巨大、全身に銃火器を纏ってる訳でも無い、狡猾な乗り手が居る訳でも無い。

 

一部なら魔法が通じ、口からしか火を吹けないドラゴンなぞに恐怖する様な神経は全く持ち合わせていなかったのだ。

例えそうで無くとも同じ事だったのだろう、そうだ。

…戦い方は人間相手と変わらない。

 

 

 

 

『最後の一人! 今大会注目の一人にして存在しない筈の5人目の選手!

キリコ・キュービィーだぁぁ!』

 

歓声と共に俺を出迎えたのは大小様々な岩山が並ぶ劣悪な地形と、中央に佇みこちらを睨み付ける巨大な竜だった。

その下には金色の卵が紛れ込む、竜の巣がある。

何はともあれヤツを退かさないとどうしようもない、挑発も兼ねて真っ直ぐに歩いていく。

 

『おお! 真っ直ぐにドラゴン向かって行った…あ! 不味い!』

「…!」

 

こちらを敵と判断したのか、圧倒的な迫力と共に息を吸い込む!

そして爆炎が放たれた!

 

インセンディオ(燃えよ)!」

 

爆炎には爆炎、炎を炎で相殺し、相手の炎が尽きるまで燃やし続ける!

 

『何と!? ドラゴンの炎に拮抗している! 何という威力だ!』

 

力尽きた瞬間、その隙をつき更に呪文を唱える。

…記憶を呼び覚ます、暗い星の海の中で、当てもない眠りについた記憶を。

その隣で微笑んでいた彼女との思い出を…

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

光輝く杖先から、2mにも及ぶ巨大な蝙蝠の守護霊がドラゴンに襲いかかった!

 

『守護霊だ! 僅か14歳の少年が守護霊を出した! これだけでも高得点が期待できるぞ!』

 

ドラゴンの周りを飛び交い、時に爪を立て時に卵を奪おうと襲いかかる!

勿論実際に取れる訳では無い、守護霊に実体は無いのだ。

だがそれで構わない、その間に岩影に隠れ呪文を唱え始める。

 

『どうしたんだ? 守護霊に任せて動く気配が全くないぞ!?』

 

ドラゴンは鬱陶しそうに守護霊を攻撃するが、それが幻影である以上効果が出る事は無い。

しかしいつまでもそれに気付かない程頭が悪い訳でも無い!

気配を探り、キリコの潜む岩影に飛び掛かった!

 

『これは不味いぞ!』

 

全長18mのドラゴンが空から迫る!

圧倒的、ひたすらに圧倒的な超スケールの攻撃!

既にかわすことは不可能、間に合いはしない!

 

「…アーマード・ロコモーター(装甲起兵)

 

爆発かと思うほどの地鳴り!

ガラスの様に砕け散る岩山!

その全てを覆い尽くす土煙!

 

『あああ! キュービィー選手はどうなってしまったんだ!?』

 

観客は絶叫する、五臓六腑をぶちまけたキリコの死体を未来に見たのだ!

だが彼等が見たのはそれ以上の衝撃だった!

 

やっと死んだ、これでひと安心だ。

ドラゴンはそう思った。

そして死んでいるかの確認をしようと煙の中を除き込む。

そして見た! 目の前にあった回るターレットを!

そして感じた! 片目が潰れる激痛を!

 

『な、な、な、何だアレはーっ!?』

 

アストラギウス銀河が産み出した戦場の最低野郎(ボトムズ)が、片目を潰し、砂煙を切り裂きながら再び魔法界に降り立った!

 

機体名″バーグラリーバックス″

ストロングバックスをベースに不整地走破用ユニット″トランプルリガー″を装備させたミッド級AT!

武装はソリッドシューターを模した投石器が二丁!

装弾数は合計16発!

しかし自慢の装甲もドラゴンの火力の前では紙クズ同然だ!

 

ありゃゴーレムか!?

違う人形だろう!

知ってるぜ! ありゃガン○ムだ!

想像の遥か彼方を行く展開に湧き上がる観客達!

 

「…無駄弾を使うつもりは無い」

 

未だに呻くドラゴンの背中を伝い後方へ着地、そのまま後ろ足へソリッドシューターを三連射!

一瞬ドラゴンの鳴き声が響くが致命傷には程遠い!

 

怒り狂うドラゴンの尻尾が鞭の様に大地を抉っていく!

それを芸術的とも言えるターンピック捌きで完全回避、それどころかかわしながら弾を後ろ足に残りを全て撃ちまくる!

当然の如く全弾命中だ!

ドラゴンが怯む隙にもう一つのソリッドシューターに持ち替える。

 

『凄い! 凄すぎるぞキリコ・キュービィー!

あのジャパニーズロボットは完璧にドラゴンを翻弄しているぞー!』

 

爪を降り下ろしATをスクラップにしようと目論むドラゴン。

だが当たらない! 変幻自在の超機動はドラゴンの予想を尽く覆す!

焦燥に駆られ再度飛び掛かってゆく!

地形もろとも押し潰す気だ!

 

それに対しキリコは大胆なカウンターを仕掛ける!

超質量の飛びかかりに合わせ加速! そり立つ岩から飛び出したATはなんと!

回避と同時にそのままドラゴンの翼に降り立った!

 

薄い翼膜にターンピックを突き立て穴を空ける!

そしてそのままローラーダッシュで強引に翼を走り抜けて行った!

そう、キリコは翼を引き裂いたのだ! もうドラゴンが飛ぶ事はできない!

 

『翼が裂かれた!? ドラゴンはもう飛べなくなってしまったぞー!』

 

目にも止まらぬ激戦に観客の視線は釘付けである。

全身を動かし大木の様な尾を振れば降着姿勢でそれをいなす!

からのダッシュで頭の下へ三連射! 不意を突かれ怯むドラゴン!

 

「ギァオオオオ!!」

「………!」

 

怒りに燃えるドラゴンが息を吸い込む!

ちょこまかと動く敵!

なら纏めて焼き払えばいい!

そしてブレスが解き放たれた! が!

 

「…余計な手間を取らせるな」

 

一気に加速をつけてからのスライディング!

腹下に潜り込む事でブレスを回避したのだ!

そしてこの回避は同時に攻撃でもある!

 

全身を鱗で覆っていようと、どうしても薄い部位は存在する。

生物である以上腹の装甲はどうしても薄くなってしまう!

だからこそキリコは容赦なく弾丸を叩き込む!

三連射! そしてしつこく後ろ足へ三連射…いや二連射だ!

 

一体どうしたと言うのだ? キリコはそれを投げ捨てた!

弾切れ! ここで弾切れである!

再び精製し直すか? いやそんな隙は無い!

そしてドラゴンは今こそチャンスと言わんばかりに、一層強く息を吸い込んだ!

 

だが問題は無い、腹下に潜り込んでやれば良いのだ。

―――しかし!

 

『ド、ドラゴンが後ろに跳ねた!? これはどういうことかー!』

「………!」

 

ドラゴンに向かって行っていた。

しかしドラゴンは後ろに下がった。

そして今まさに爆炎を撃とうとしている!

 

キリコは苦虫を潰す! ドラゴンの策に掛かってしまったのだ!

今キリコが居る場所は最悪の位置! 

腹下に潜るには遠すぎる!

爆炎から逃げるには距離が近すぎる!

つまりどう足掻いても炎に焼かれる運命!

 

『こ、これはかわせないぞ!? あーっ! ま、間に合わない!?』

 

そうと決まればやる事は早い!

上体を180度回転させ、ATから離脱!

と同時に杖を構える!

 

エクスパルゾ(爆破せよ)! プロテゴ!(盾よ)

 

炎に包まれたATが大爆発! 爆発で爆炎を相殺する事に成功!

しかしキリコが居たのは空中、その勢いのまま地面に叩き付けられたキリコは何か喋るように呻いた後動かなくなってしまった!

 

『どうしたキュービィー選手! 気絶してしまったのか!? あ、不味い! ドラゴンが迫っております!』

 

頭に血が上りきったドラゴンがトドメを刺そうと迫り来る!

このまま成す術無くミンチ死体になってしまうのか!?

観客が目を覆い絶叫する!

 

ところで、バトリングを思い出してほしい。

観客が湧くのはどんな時だっただろうか?

賭けてた選手が勝ったとき? それは別の話だ。

例えば…今にも負けそうだった選手が、満身創痍のそれが、奇跡のような大逆転を見せた時、とか。

そしてもしそれが、最初から狙っていた事だとしたら―――?

 

キュイイイィィィン………

 

『こ、この音は…?』

 

どよめきが静まる、皆その音がどこから聞こえるのかを探り出す。

突如、倒れていた筈のキリコが高速移動を始めた!

まるで何かに引きずられるように!

次の瞬間虚空を破り、それが姿を現した!

 

『!? も、もう一体! ロボットがもう一体現れた!?』

 

キリコを引きずっていたのはもう一機のATだった!

そう、何も創っていたのは一機だけではない、最初から二機創っていたのだ!

″目眩まし術″で隠しておいたそれを″呼び出し呪文″で自分の方に呼び出していたのだ!

気絶のフリをする寸前の呻きは、呪文の呻きだったのだ!

 

突如現れたATにドラゴンは一瞬怯んだ!

ほんの数秒、いや数コンマだが怯んでしまった!

この男の前で数コンマも隙を晒してしまったのだ!

 

「…その隙が命取りだ」

 

まだ生きている片目に″結膜炎の呪い″を叩き込む!

絶叫! そしてがむしゃらに暴れ狂う!

そして驚異の連撃が始まった!

 

グレイシアス(氷河と成れ)

 

凍結呪文で凍らせたのはドラゴンの後ろ足…ではなく、その足元!

ローラーダッシュを全力駆動させ疾走するAT!

不安定な地形でその体を必死に支える後ろ足を、ストロングバックスの重量と加速を纏ったタックルが襲う!

 

『ドラゴンの姿勢が崩れた! しかも痛みのせいで立ち上がれない!』

 

執拗に後ろ足を攻撃してきた理由がこれだ! 今まで蓄積されたダメージが今ので限界を越えたのだ!

そして結膜炎の痛みが姿勢感覚を奪い、立ち上がる事すらできない!

そして!

 

ウィンガーディアム・レビオーサ(浮遊せよ)!」

 

飛んだ! 全力の浮遊魔法によって一気に上昇していく!

気づけば遥か上空、ホグワーツ城を見下ろせる程の高度へ到達した!

 

『一体どこまで飛んだのか!? その姿が見えな―――いや!? お、落ちてきたー!?』

 

なんと浮遊呪文を解除し落下して行く!

何せこの高度、その落下速度は凄まじい勢いで加速している!

このままでは激突死必須! キリコはどうするつもりなのか!?

 

ディセンド(落ちろ)…!」

 

まさかの落下呪文!

さらに勢いを増すストロングバックス、そしてキリコはアームパンチを構えた!

 

そう! わざわざ機動力を犠牲にしてまで重装甲を持つストロングバックスを創った訳がここにあった!

キリコはドラゴンの頭に、落下の質量を乗せたアームパンチを叩き込むつもりだったのだ!

その一撃をより確実なものにするためにストロングバックスを創った!

遥か上空から、凄まじい速度で落下する!

ヘビー級ATの重量とアームパンチ!

その威力は考えるに及ばす!

 

「…オパグノ(襲え)

 

何とか姿勢を建て直したドラゴンの頭に向かって16発の岩石が纏わりつく!

これは!? そう、ソリッドシューターの弾丸!

その重さに耐えきれず、頭を押し潰される!

これでもうアームパンチから逃れる事はできない!

…そしてこの弾丸は全て、事前に爆弾化してあった!

何のために? 更なるダメ押しの為である! 

 

エクスルゲーレ(爆弾作動)!」

 

鈍く重い打撃音!

ドラゴンの絶叫!

その全てを押し流す怒濤の大爆発!

観客席の叫びすらも消し飛んだ!

 

『…な、何が起こったんだ? キリコ選手は? ドラゴンはどうなった!?』

 

会場全てを包む土煙。

その中に一つの人影が写り込む。

そして土煙が晴れた時見えたのは、意識を完全に奪われたドラゴンと、ロボットの残骸、そして悠然と歩くキリコ・キュービィーの姿だった!

あの刹那の中で、自分自身に浮遊呪文を掛け脱出していたのだ!

 

『な、な、な、何とぉ―!? た、倒した! たった一人でドラゴンを倒してしまったー!』

 

ドラゴンの単独狩猟という前代未聞の暴挙を見て、興奮しない者はいない!

拘束する場所まで計算したのか卵は全て無事!

守る者のいなくなった巣の中から黄金の卵を持ち上げる。

 

『取ったあああぁぁぁっ!

一体何が起こっていたのか私もまだ理解しきれていません!

しかも最短記録です! もう何なんだコイツは!?

ちょっと、ドラゴンキーパーまで唖然としててどうするんですか!』

 

気絶しているドラゴンを慌てて押さえに行くドラゴンキーパーを尻目に、俺は卵を抱えながらテントへと戻って行った。

やはり大した事は無かったが、あれだけ魔法を乱発したせいか少し疲労が溜まっている様に感じる。

 

「キリコ! いや何というか…まあお疲れ!」

 

何故かテントの中に居たキニスが出迎えてきた、よく見れば寮監のスプラウトも居る。

 

「てか何なのアレ、あのタコみたいなの」

「ゴーレムだ」

「あんな動きをするゴーレムなんて普通無いと思う…いや、とにかく無事で良かったよ」

 

少し会話をし、スプラウトから疲労回復効果のある飲み物を貰うと、彼らは観客席の方へ戻って行った。

その後係員の指示に従い、救急用テントでマダム・ポンフリーの診断を受ける。

結果は軽度の疲労以外問題無し、その足で競技場へ戻って行く。

 

「お疲れキリコ、最後凄い爆発音が聞こえたけど…どうやったの?」

「気絶させた」

「えっ」

 

目を白黒させるハリーがその意味を理解したのは数秒後だった。

ハリーから話を聞くと、現在の最高点はハリーとクラムの40点らしい。

何でもカルカロフが露骨な贔屓をしたかららしいが…

 

立ち回りは完璧だったと自負できるが、あの殺られたフリからの逆転が唯一の不安要素だ。

あれを戦術かミスのどちらで捉えるかで結果が変わるだろう。

そう話しているとちょうど俺の得点が発表され始めた。

 

マクシーム  ―9点

クラウチ   ―9点

ダンブルドア ―10点

パグマン   ―10点

カルカロフ  ―6点

 

合計44点、それが俺の結果であった。

…カルカロフの贔屓が気になるが、一位である事に変わりはない。

その後再度テントに集まると、パグマンが次の課題の内容を選手に説明し始めた。

 

「全員よくやった! 疲れているだろうから手短に済ませよう。

第二の課題は二月二十四日の午前九時半だ!

課題のヒントは君達が手に入れた金の卵の中にある!

質問はあるかな? では説明終わり! 解散!」

 

本当に手短な説明を聴き終えた俺達は各々の場所へと戻っていった。

 

最初の試練は一先ず切り抜ける事ができたが、いまだ地獄の中である事に変わりはない。

果たして俺達は何処へ向かうのか、その導はこの金の中にあるのか、それは地獄の出口に繋がっているのか。

それはない、所詮、この中にあるのは更なる悪夢への招待券に過ぎないのだから。




この時点で間違いだったと気づかなければいけないのだ
自分を知ってほしいとなど言った事はない
むろん認めてほしいなど考えた事もない
ましてや願い事など見る目も持たない
滅びもなければ喜びをも思わない
だが一つだけ確実になしている事がある
それは自分を支配せんととする者を抹殺する事
これだけは誠実に実行している
次回、『服従』
ただの一度も見逃した事はない



キリコ守護霊初登場。
ちなみに蝙蝠には死、不運、英知、狂気、沈黙、狡猾さといった意味があります。
…キリコそのものだな!
あともしドラゴン討伐が課題だった場合、パイルバンカーで脳天を串刺しにする予定でした。

追記 後書きを修正しました。


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第三十七話 「服従」

暫く日常回が続きます。
というか日常イベントの消化期間が始まります。


最初の課題を切り抜けた俺達を待っていたのは、談話室での祝勝会だった。

ハッフルパフの寮の一部は直接厨房と繋がっている、そこから貰って来たであろうより取り見取りの料理と飲み物が俺達を出迎えてくれていた。

いつになく大騒ぎする生徒達であったがこういった雰囲気もたまには悪くない、生き延びれた事に胸を撫で下ろしながらその光景を微笑ましく眺める。

気付けば俺やセドリックも関係無しに盛り上がってゆく空気の中一人の生徒が呟いた、あの卵には何が入っているんだ?

 

その言葉を皮切りに群がってくる生徒達、しかしそれを拒む理由も何も無いので開けてみる事にした。

パグマンはこの中に次の課題の手ががりがあると言っていたが、何が入っているのだろうか。

期待に目を輝かせる群衆の中、卵を掲げセドリックと同時に蝶番を開く。

 

瞬間、まるで狂気を体現しているような恐ろしい金切声が談話室を引き裂いた。

予想だにしない悲鳴の登場によって、耳を押えて蹲る。

混乱の中何とか卵を閉め直し音を止めるが、近くに居た生徒達はいまだ白目を剥きその被害の甚大さを見せつけている。

結果場の空気は一気に冷え込み、祝勝会はあっさりと終わりを告げたのであった。

 

 

*

 

 

『エルンペントの角を運ぶ違法業者壊滅! しかし同時に大爆発が発生、ノルウェー魔法界は大きな被害を受けた、爆発規模は調査中』

 

日刊予言者新聞の一面を読みながらホットコーヒーで体を温める、耳には冷たい金属音が常に鳴り響いている。

時は過ぎ十二月、外を見れば一面白銀で覆われており、それを更に分厚くしようと強烈な吹雪が大地を打っていた。

どうも今年はかなり冷え込むらしい、最低気温は既にここ数年を更新してしまっている。

しかし近づいてくるクリスマスに興奮する生徒達には関係の無い事であった。

 

その理由は数日前告知されたダンスパーティーにあった、三大魔法学校対抗試合の伝統としてクリスマスにそれが行われるというのだ。

それが知られて以降、生徒達は理想の相手を見つける為に目を獣の様にぎらつかせており、ホグワーツは猛獣の檻と化していた。

その理由は好意を寄せる相手であったり、なるべく美しい相手と踊りたいという自己顕示欲だったり、酷い場合だとそのままベッドの上で泥沼の様なバトリングを目論む為だったりと千者万別である。

いずれにせよ俺にとっては関係の無い話だ、誰かと踊る気も無いし踊ろうとも思わない。

そもそも全く興味が無いので行く理由自体無い、よって俺はその間一人で悠悠自適に過ごすつもりでいた。

…暫く経った後、絶対の危機に陥るとはまだ夢にも思っていない頃である。

 

そういった色話だが、今学校内で最も評判に…正確に言うと酷い目に合っているヤツがいる。

誰かと言うと、それはハーマイオニー・グレンジャーである。

再び日刊予言者新聞に目を通すと、ゴシップの欄に『玉の輿を目指す彼女の狙いはビクトール・クラムとハリー・ポッター、ホグワーツの秀才は色仕掛けも秀才の模様』ととんでもないのが書かれている。

その結果ここ数週間、彼女の元にはクラムファン(主に女性)からの吼えメールの集中爆撃が続いていたのであった。

執筆者の欄を見てみればそこには″リータ・スキーター″の名前、俺の勘は間違っていなかったらしい、あの女に口を聞いていれば俺も只では済まなかっただろう。

 

しかもそれに限らず他の選手の記事まで書かれている、ご丁寧にも全て例外無く嘘か本当か分からないロクでもない内容であるが。

ただあの時インタビューに一切答えなかった事が功を成したのか、俺の記事は少なくせいぜい無口で不愛想と耳にタコができる程聞いた事しか書かれていなかった。

 

そして俺は今、手元にある金の卵の謎を解き明かす為に必要の部屋に籠りながら、閉心術の特訓に勤しんでいた。

…間違いでは無い、閉心術である。

一体どういう事なのか、確かに最初は卵の謎に取り組んでいた。

しかし開けられる事以外卵本体には何の特徴も無い、開ければ卒倒しかねない程の騒音。

何かの暗号かもしれないとそれに耐えながら音を調べてみたが、音の並びに規則性も無ければそもそも人の感覚に当てはめる事もできなかった。

 

その後も遮音呪文や呪文解除呪文等色々試みてはみたものの成果は思わしくなく、顔をしかめる程に行き詰まっていたのだ。

よってこのまま悩んでいてもどうしようもないと、息抜きと実用を兼ねて閉心術の練習を始めたのである。

 

閉心術とは開心術の反対呪文であり、精神への侵入を防ぐ事で記憶を読まれる事や、操られる事を防ぐ事ができる呪文だ。

実の所前々から習得しようと考えてはいたのだが、ある出来事を切っ掛けに危機感を覚えたのが理由の一つでもある。

 

代表選手に選ばれてしまった時、俺は一つの可能性を仮定した。

それは俺の″異能″を知っているヤツがいるかもしれないという可能性だ。

もし何かの切っ掛けで開心術を掛けられ、その時異能の力を知られてしまったら?

 

そうなれば俺は以前の様にありとあらゆる勢力から追われる事になるだろう。

俺には全く理解できないが、不死というのは多くの奴等にとって魅力的な甘い果実に見えるらしい。

不老では無いとはいえ、魂や肉体等の代償を払わずに不死に成れるのだ、それを欲するヤツは山ほど居るだろう。

 

そうなれば俺自身は言うに及ばず、キニスや他の奴等まで巻き込まれる事になる。

俺だけなら兎も角、それは何としても避けなければならない。

それ故に、秘密を知られない為に、閉心術の習得は急を要するものだったのだ。

本当は他に会得したい呪文もあるのだが、それはまた別の機会にしておく。

 

ゆっくり息を吸い込み集中力を高め、目の前に置かれた小さな人形と相対する。

次の瞬間、体の内側をズルズルと這いずり回る感覚に襲われる―――

 

―――息をつく事も叶わぬ泥沼の中で一人喘ぐまた一人だけ生き残ってしまったしかしそれは次の地獄への誘いだった全身で感じ取る監視者の視線の中集められた五人の男達内通者は誰なのか切りの無い疑いドミノ倒しの様に崩れる谷底死神を浄化せんとする炎から逃げ惑うそして辿り着いた冷獄狂気と才能の間にある一線を頼りに生き残る黒い耐圧服を着込み最後の任務に挑む謎の現象異能生存体分隊の正体を語りそれを希望に足足掻く次々と散りゆく戦友体闇に落ちる感覚を覚えてるささやかな祈りだ人間らしかった彼らの様に俺も―――

 

「―――………ッ!」

 

抉り返されフラッシュバックする記憶を心の底へ追いやり、それに近づく全てを拒絶する。

頭の中で何かが弾ける様な音が鳴ると同時に、人形が弾き飛ばされる。

何とか追い出す事に成功したようだ、この調子ならもうじき完璧なものを会得できるだろう。

 

全身から嫌な汗を流しながら椅子に腰掛ける。

本当に必要の部屋様様だ、『閉心術を練習できる部屋』と考えたらこの部屋が出てきたのだ。

閉心術について書かれた本に術の威力を調整できる開心人形、お陰でまだ時間は掛かるが最高レベルの開心術も防げる様になった。

 

…アラスター・ムーディ、俺の勘が鈍っていなければ、この望まぬ参戦にヤツが関わっているのは確かだ。

しかし疑問は多い、何故ハリーに歓喜を向けていたのか、殺すつもりなら殺意ではないのか?

何故俺も参戦させたのか、ヤツは俺の力を知っているのか? あの殺意の訳はなんだ? そもそも殺すつもりなのか?

キリの無い疑い、しかし今やらねばならないのは俺の心を守り、この力を知られない様にすることだ。

…無論卵の謎も忘れてはいけないが。

 

 

*

 

 

日々悪化していく吹雪はもう一週間も吹き続けている。

そういった形で、卵の調査と閉心術の訓練を繰り返しながら数週間たった頃の昼時の事である。

 

「キリコ! 重要な話があるの!」

 

サンドイッチをもさもさもと食べている所に乱入してきたハーマイオニー、彼女が机に叩きつけたのはバッジの山であった。

ブームが去り校内のあちこちに放置されフィルチの頭痛の種になっている″汚いぞポッター″バッジかと思ったが、それとは違うようだ。

バッジにはでかでかと″S・P・E・W″と書かれている。

 

「…″Spew(反吐)″がどうした?」

「違うわよ! ″S・P・E・W″!  Society for Promotion of Elfish Welfare(屋敷しもべ妖精福祉振興協会)!」

「………」

 

何やら非常に面倒な事に巻き込まれた気がする、よく見ればハリー達やウィーズリーの双子は人混みの中に溶け込みながら逃げ出している。

その間際双子が憐れみの表情を浮かべながら俺に向かって親指を立てていた、奴等もこれに巻き込まれたのだろう。

 

「知ってる? 屋敷しもべ妖精はお給料も休日も福祉厚生も年金も何も与えられないで過酷な労働を強いられているの!」

「………」

「これは奴隷以外の何ものでもないわ、私それを知った時凄いショックだったの。

だってそうでしょ? 奴隷制度はもう何世紀も前に廃止されたのに魔法界ではそれがまかり通っているのよ!?」

「………………」

「誰かが彼らの意思を代弁しなくちゃいけないわ、″S・P・E・W″はその為の組織よ! 入会金は2シックル!」

「………………………」

 

久し振りに聞いた彼女のマシンガントークと想像以上の面倒さに頭痛が止まなかった。

人混みの中で息を潜めるキニスやハリーがあんな表情を浮かべるのも納得である。

 

「当面の目的は屋敷しもべ妖精達が正当な報酬と労働条件を確保すること、それ以外にやることは色々あるけどとりあえずはそれね、というわけでキリコも入会してほしいの!」

「断る」

「そう! ありがと―――え?」

「…断る」

 

にべもなく断られた事に唖然とするハーマイオニー、何故そんな事を言うのか理解できていないのか困惑した表情を浮かべている。

 

「ど、どうして!? キリコは屋敷しもべ妖精が可愛そうだと思わないの!?」

「お前は奴等から頼まれたのか?」

 

労働に正当な対価を要求する、それは別にいい。

問題は屋敷しもべ妖精の本能だ、奴等は一体どういう事なのか魔法使いに使える事を至上の喜びとしている。

にも関わらず報酬を寄越せと? あいつらが自分からそんな事を言うとは考えにくい。

 

「いいえ、聞いてないわ、だって彼らはそう言えないよう洗脳されているのだもの!

だからこそ代弁者が必要なの!」

「………」

 

これは駄目だな、どうしようもない。

彼女は純粋な善意で動いているのだろうが、その分たちが悪い。

これでは奴等の意向を無視し自分の正義を押し付けているだけ、ありがた迷惑というやつだ。

このまま放置てしいても構わなかったが、悪化するのも面倒だったので助言を送る事にする。

 

「…梨だ」

「え?」

「地下室にある果実皿の絵だ、その中の梨を擽れば厨房に繋がる、そこには屋敷しもべ妖精が100人程居る、意見を聞ける筈だ」

 

何故そんな事を知っているのかというと、これはハッフルパフ生の間では常識だからである。

 

「でも屋敷しもべ妖精は不満を言えないよう洗脳されてるかもしれないじゃない!」

「なら「正直に答えろ」と命令すればいい、奴等は魔法使いからの命令には逆らえない」

 

これなら奴等の本心を確実に聞き出す事ができる、彼女はいまだ納得していなさそうだが必ず聴きに行こうとする筈。

これで少しはマシになるだろう、時計を見てみれば午後の授業が近づいていた。

 

サンドイッチを食べきり席を立つ、次の授業は闇の魔術に対する防衛術だ。

あの男が何を目論んでいるか、そもそも本当にあいつが犯人なのかも分からない。

まあ仮に黒幕だったとしても、大衆の目がある中で変な事はしないだろう。

 

 

 

 

「今日は貴様らに″服従の呪文″を掛けるぞ!」

 

からのこれであった。

とんでもないを通り越して堂々と犯罪宣言をしたムーディ、生徒の反応は一律して正気を疑っている。

いくら実践向けと言えど限度は有るだろう、パニックに陥る生徒達を無視して授業は続く。

 

「以前も言ったが″許されざる呪文″の内これだけは精神力で抵抗できる!

しかし初めて喰らう呪文にどうして対抗できようか!」

 

聞いた直後はどうかと思ったが、ムーディの言うことは至極正しい、初見の攻撃に対し的確に対処するのは非常に困難だ。

本当に質の高い授業をしてくれる、これで黒幕の疑いさえ抱かなければ素直に喜べたのだが。

 

「よって貴様らにはこの呪文の恐ろしさを身を持って味わってもらう!

ついでに言っておくがこの事はダンブルドアの許可も得ている! 誰一人とて例外無く叩き込むから覚悟しておけ!」

 

半ば問答無用で一列に並ばされ、哀れな犠牲者達は次々と黒歴史を量産していた。

キニスは闇だの深淵だの片目が疼くだのと連呼し、フレッチリーは上裸になってからのブレイクダンス、ハンナは両手を伸ばし教室中を走り回っていた。

 

「全く駄目だ貴様ら! どいつもこいつも抵抗どころか喜んで闇の力を受け入れてしまっているぞ!?」

 

そしてとうとう俺の番になってしまった、一体何をやらされるのか…

もしかしたら俺の秘密を聞き出されるかもしれない、可能性は限り無く低いが無いとも言い切れない。

 

「次のヤツ! む!? 貴様か!」

 

他の奴等にとってはただ恥を晒すだけだが、俺にとっては深刻な問題だった。

絶対に掛からない様にしなければならない。

 

「ドラゴンは楽勝だったようだがこいつはどうかな?

インペリオ! ―服従せよ!」

 

その瞬間俺が抱いていた不安は全て砂の様に吹き飛んだ。

こいつへの警戒心も死ねない事への絶望も、誰かが死ぬことへの恐怖も。

残されたのは不気味な程暖かい幸福感と満足感だけだ、これが″服従の呪文″か。

そうか、これが俺の求めていた事だったのだ。

何て簡単な答えだ、もっと早くこれを知っていれば喜び涙を流しながらこの男に頼んでいたのに。

感謝しても仕切れない、嬉しい、嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい………

 

『儂に従え』

 

だがその幸福感と満足感は木っ端微塵に崩れ落ちた、と同時に凄まじい嫌悪感と怒りが溢れ出てきた。

従え? 従えだと? ふざけるな、何故お前などに跪かねばいけないんだ。

これは俺の人生だ、俺の運命だ、彼女の命だ、お前なぞに従うものか!

 

「………ッ!」

 

圧倒的な怒りの奔流が、頭に掛かっていたもやを消し飛ばす。

気持ちの悪い幸福感が抜け落ち、そして俺は冷静さを取り戻した。

 

「ほう、見たか貴様ら! キュービィーは一発で闇の力を打ち破ったぞ! ハッフルパフに10点!」

 

ニッコリと怒っているのかどうか分からない表情を浮かべるムーディ。

しかし恐ろしい呪文だった、涙を流しながら懇願しようなど一瞬でも考えた自分が嫌になる。

今回は事前に準備ができていたから抵抗できたものの、″磔の呪文″で疲弊した所に叩き込まれていればこうはいかないだろう。

 

 

 

 

結局その後も俺以外に抵抗できるヤツは出ないままであった。

 

「あー、やだー、絶対しばらく弄られるじゃないかー…」

「………」

 

げっそりした生徒達と共に教室から出ていく、俺の気分も最低ではあったが、まあ貴重な経験もできたのでプラマイ0といった所か。

何はともあれ授業はこれで終わりである、なので何時もの様に必要の部屋に籠る事にしよう。

 

「あっそういえばパートナー決まった?」

「…パートナー?」

「ダンスパーティーの」

 

そういえばそんなのもあったか、ここ最近忙しくてすっかり忘れていた。

まあ覚えていなくても問題無いのだが。

 

「で、誰になったの?」

「決めていない」

「ありゃ、じゃあどうするの?」

「行く気が無い」

「あー、そう、まあキリコらしいっちゃらしいけど…」

 

別に行きたい相手がいない訳ではない、しかし彼女がここに居ない以上そこに価値を見いだすことはできないのだ。

ダンスパーティーまで一週間を切っているが、俺には関係の無い事と言えよう。

 

「…お前はどうなんだ?」

「僕? 僕は…フフフ、ハハハ」

「…どうした」

「内緒だよ…ヌフフ」

「………」

 

何時もの他愛も無いがかけがえの無い一時を過ごす、ふと視線を上げればそこには眉をしかめるマクゴナガルが居た。

 

「ミスターキュービィー、貴方はダンス・パートナーを決めていないのですか?」

 

何故マクゴナガルまでそんな事を聞くのだろうか、ダンスパーティーはそんなに重要な事なのか?

 

「いえ、俺は出ません」

「…今何と?」

「出ません」

「駄目です」

 

一体どういうことだ? まさか全員強制参加だとでも言うのか?

深い溜め息をつくマクゴナガル、そして出てきた言葉は俺にとっては恐ろしい程の現実だった。

 

「聞いていなかったのですか? 代表選手は強制参加です、これは三大魔法学校対抗試合の伝統、例外はありません。

まだ決まっていないのは貴方とポッターたけですよ」

「…本当ですか?」

「私に虚言癖があると思いますか」

 

何と言うことだ、最悪以外の何ものでもない。

この瞬間俺の捉え方は″行く気が無い″から″行きたくない″というものに早変わりした。

 

「いいですか、必ずパートナーを見つける事です、万が一見つからなかった場合パートナーは私になりますよ、それが嫌なら―――」

「ではお願いします」

「冗談はいい加減になさい!」

 

本当に誰でも良かったのでマクゴナガルの提案は天恵だったといえよう、にも関わらず冗談と切り捨てられてしまった。何故だ。

 

「…で、どうするの?」

「………」

 

ゆるりと続く平凡な日々。

その中で男と女、悲鳴と秘密、歓喜と憎悪。

まるで遺伝子の様に絡み合うそれの狭間で俺は悩んでいた。

ダンスパーティー、それが遊びである事は分かっている。

ただ誰か一人を選んで、一回踊るだけでいい筈なのだ。

だが、たったそれだけの事が、彼女への裏切りだと感じてしまうのは…おかしな事なのだろうか?




恋路と嫉妬、欺瞞と弁明
閉塞空間に絡みつく異能の因子
利己的に、利他的に
そう、それは本能を懸けてせめぎ合う、唐突に仕掛けられた絶対の危機
純心を引き裂かんと、鉄の檻を突き抜ける炎からの銃弾
こわばる魂がそっと呟く
あいつもこいつも俺以外と踊ればいい
次回、『虚劇』
これも一つの茶番か



ギャグっぽく見えるけどマジで踊るの嫌がってるキリコでした。
どこまでもフィアナ一途故に…
ちなみにエルンペントってのは魔法生物の一種で、角に衝撃を与えると大爆発します。
原作ではこの結果ルーナちゃん家が半分吹っ飛びました。


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第三十八話 「虚劇」

一途+糞真面目=めんどくさい
よって本編じゃ絶対見れない、ややめんどくさくなったキリコが登場します。
…上手く書けてりゃいんだが…


『爆発規模判明! 一帯を巻き込んだ大規模火災、アジトがマグルの工場内にあったのが原因。

忘却術師は対応に追われ、スキャマンダー氏がスウーピング・イーヴルの薬をまかねばならぬ程の大惨事に。

ノルウェー闇祓い局長は辞任か』

 

日刊予言者新聞の一面を読み終えた俺は、深い息をつき寮から出ていく。

俺は困っていた。

何故か、無論ダンスパートナーの事である。

ダンスパーティーまであと四日、にも関わらず俺のパートナーはいまだ見つかっていなかったのだ。

 

その原因は幾つか存在する、一つは遅すぎた事。

何せ既に四日前、校内のほとんどの生徒達はパートナーを見つけており、無いヤツの方が少なくなっている。

そして俺の人間関係の少なさも理由だ、誰とも話さないという訳では無いがハッフルパフの中で良く話すのはキニスくらいしかおらず、他の寮の連中は顔すら覚えていない。

例外としてハリー達とは時々話すが、あいつらの相手はもう決まっているらしい。

 

自分の愛する人と踊り、その関係を深める。

とはいうもののこれは建前、実際は少し気になるヤツと仲良くなれたら良いと考えている連中が大半だ。

最悪その辺の女性に頼み込んで、素早く踊りさっさと解散してしまえばいい。

 

しかしそれが認めがたいからこそ俺は頭を抱えているのだ。

それでは踊ってくれる相手に対し、あまりにも無礼。

面倒くさそうに踊られてすぐに放置され、喜ぶ女性が一体何処にいるというのだ。

こんなクズそのものな行為、できるなら俺だってしたくは無い。

 

最大の理由は単純だ、俺自身が踊りたくない、彼女以外と踊りたくないからだ。

別の女性と踊る事を彼女がどう考えるかは分からない、例え許してくれるとしても嫌なものは嫌だった。

 

そうはいっても義務は義務、やらねばならぬ以上は仕方がない。

夕暮れの廊下を一人彷徨いながら頭を抱える。

だが一体誰と組むべきか、しかしもうほとんどの生徒はパートナーを見つけて…

 

いや駄目だ、そう悩んで一体何日間無駄に過ごしているのだ。

もうこうなればヤケだ、手段が何だのと言っている場合ではない。

今から出会う女性に片端から声を掛けていこう、それしか策は残されていない。

 

端から見れば笑い話に違いないだろう、しかしその実自分の気持ちと義務の板挟みになり、俺の精神は自覚している以上に荒みきっていたのだ。

自分の本心と義務、女性への敬意によって作り出された地獄…いや、ブラックホールの様な重力に足を掴まれているのが、今の俺だった。

 

内心かなり苛立ちながら渡り廊下の角を曲がると、運の良いことに…いっそ誰とも遭遇せず当日になってほしかったが、早速一人の女子生徒と鉢合わせた。

 

「………」

「………」

 

その少女は奇妙だった。

濁ったブロンドの髪に銀灰の瞳、レイブンクロー生だという事を示す青と白のネクタイ、株の様なイヤリング。

そこまでは普通だった、しかし問題がある、何故イヤリングが本物の株なんだ。

いや、取り合えずまじないか何かの類いと考えておこう。

 

「知ってる、あんたキリコ・キュービィーだ」

「…お前は?」

「あたし? ルーナ・ラブグッド、年齢は聞いちゃだめだよ」

「…何故そんな事を?」

「レディだから」

「………………」

 

全く会話をしている気がしない、どうやらこの少女はそのイヤリング以上に変わっている様だ。

しかしそれだけで距離を取る様な感性は俺には無かった、というよりも慣れているのだろう、何せあっちの宇宙に居たヤツらが濃すぎるからだ。

懐かしい面々をふと思い出し、少しの感傷に浸った後彼女との会話に戻る。

 

「頼みがある」

「いいよ」

「…え?」

 

俺は知った、この声帯からこんな素っ頓狂な声が出る事もあるのだと。

この場合の″いいよ″とは間違い無くダンスパートナーの事だ、しかし言っても居ないのに何故分かったのだろうか。

 

「だってこの時期のお願いっていったらダンスパーティーしかないもン」

「………」

 

この時に限り俺は純粋に感心していた、少しだけ変人というフィルターを掛けてしまっていたが、その実頭の回転は相当なものだ。

この少しのやり取りでそれを見抜くとは、流石レイブンクロー生といったところか。

 

「…いいのか?」

 

しかし俺は後ろめたさを感じていた、確かにパートナーの申し出を受けてくれた事は非常に助かる。

だがここまですんなり了承してくれたのに対し、踊りをさっさと済ませるつもりだという俺の狙い。

結果としてパートナーを蔑ろにするその考えは、俺に申し訳なさを痛感させるには十分過ぎた。

では何回か踊るか、と聞かれれば間違いなく「断る」と答えるだろう。

 

「うン、だってあんた踊りたくないんでしょ?」

 

一人唸っている所に恐るべき、確信的な発言が俺を貫いた。

何故そんな事まで分かったんだ、もしや開心術でも掛けていたのか?

 

「…何故分かった」

「鏡、見てみなよ」

 

あらぬ疑いを立てつつ、彼女の言うままに近くの大鏡を覗き込む。

…ここまで酷い顔をしていたとは自分でも想像できなかった、成程分かって当然だ。

いや、だとすると彼女は俺が嫌がっている事を承知で受けてくれたのか?

ますます申し訳なくなってきたが、こんな機会はもう来ないだろう。

その罪悪感を少しでもマシにする為に、改めて誠意を込めた申し出をする事にした。

 

「…すまない、宜しく頼む」

「うン、あたしもよろしく」

「…一つだけ質問がある」

 

だが一つだけハッキリさせなくてはならない事がある、それを無視して踊る事はできない。

 

「俺が行きたくないと知って、何故付き合ってくれるんだ?」

「あたしだって一回くらい踊ってみたいもン、でも一人はやだし、あんたならちゃんとしてくれそうだったから」

「ちゃんと?」

「そっ、真面目に付き合ってくれそうってこと」

 

…イマイチ分からなかったが、どうやら彼女の都合から見ると俺が一番丁度良い…という事で良いのだろうか。

まあ彼女が納得しているのならそれで良い、この利害の一致により、俺は何とか絶対の危機を脱する事に成功したのであった。

 

 

*

 

 

今年一番の極寒と大吹雪、魔法が掛かっているので寒さは感じない筈だが、それでも感覚が冷気を感じてしまう程の悪天候のクリスマス。

大半の生徒が帰省し、いつもなら蛻の殻となる時だが、ダンスパーティーがあるおかげか逆に殆どの生徒が残っている。

 

会場に到着してみれば開始30分前にも関わらず、玄関ホールは足の踏み場も無い程の群衆で埋め尽くされていた。

その中パートナーであるラブグッドを探す、これだけの中から一人探すのは骨が折れるだろう。

…その悩みは一秒も持っただろうか、ホールのど真ん中に居る彼女は一際、いや二際も三際も浮いていたのだから。

 

「………」

「あ、キリコ、こんばんは」

 

今年の持ち物リストの中に記載されていたドレスローブを着込む彼女、そのドレスローブは俺の予感通りなんとも奇抜なものだった。

白で統一されたドレスに、大胆に開いた胸元、からの肩から延びる鳥の様な羽が凄まじい自己主張を叫ぶ。

いや、このドレス、確かクメンで見たような…

 

「わあ、そのドレスローブ似合ってるね」

「…ああ」

 

確かに客観的に見れば似合っているのだろう、しかし俺は全く気に入っていなかった。

俺の着ているローブは黒一色という、シンプル極まった物だった。

だが店主が「この方が似合う」と要らぬ気を利かせた結果、所々に赤いアクセントを付けてしまったのだ。

そのお陰で俺は、これを見るたびにトラウマ(レッド・ショルダー)を思い出す羽目になっているのである。

しかし今更文句を言ったとてどうしようもないので、肩が赤く無いだけマシと思い込む様に勤めている。

 

「…行くぞ」

「うン、エスコートお願いね」

 

ちょうど良く玄関ホールが開き、彼女の手を取りながら会場へ入っていく。

 

「あ、キリコ、…とルーナ?」

「こんばんわ」

 

するとバッタリキニスと鉢合わせる、ヤツもまたパリッとした灰色のドレスローブで身を包んでいた。

その隣に居たのは美しい銀髪をなびかせる美女だった。

 

「あら、キュービィー君ですーか? こんばーんは」

「…今晩は」

 

フラー・デクラール、まさか彼女がキニスのパートナーだったのか。

通りであの時自慢げな顔をしていた訳だ。

 

「…彼女だったのか」

「うん、フラーさんが学校に来た頃、学校案内をしてあげていたんだ」

「私、言葉が上手く通じなーくて困っていまーした、その時彼が助けてくれたーのです」

 

キニスは五か国語を操る事ができる、それもあって彼女と仲良くなれたのだろう。

 

「うん、というかキリコパートナー見付けたんだ」

「まあな…」

「てっきり最後まで渋って、マクゴナガル先生と踊るのかと思ってたよ」

「へー、私じゃなくてマクゴナガル先生だったんだー」

 

訳の分からない疑いを吹っかけてくるラブグッドは無視しておく。

だがこれ以上会話に没頭し、パートナーを蔑ろにするのも悪い。

 

「んじゃ! しっかり踊ってきなよ!」

「分かっている」

 

お互いに気を使い合い、会話も程々にしてテーブルへ向かっていく。

近くの空いているテーブルに座るが、そこで俺達は途方に暮れた。

 

「わあ、綺麗なお皿、でも料理は何処だろう?」

 

無い、テーブルの上には金色の皿だけが置いてあり、後はメニュー以外何も無いのだ。

会場の何処にも料理が無いのでバイキングでもない、しかしウェイターも居ないので注文式でも無い。

これは一体何なんだ…と、どの生徒も混乱している。

 

「ローストチキン」

 

審査員席の方からダンブルドアの声が聞こえてきた、そしてそちらを見ると次の瞬間皿の上にローストチキンが直接出現しているのが見え、そこで俺達は注文方法を理解した。

 

「びっくりだ」

「…ああ」

 

何とも斬新な方法を考えたものだ、周りの連中も次々と頼みだすのを見て俺達も注文する。

 

「ローストビーフ」

「ダボフィッシュとチヂリウムソーダー」

 

出てきた料理を二人して無言で食べ続ける、そこに会話は一切無い。

どうやら食事に対する姿勢はお互い同じの様だ、極力邪魔されずに美味い料理を堪能する。

しかし俺が代表選手である以上、それは叶わぬ願いだった。

 

「ここに居ましたかキュービィー、パートナーが見つかった様で何よりです」

「こんばんわマクゴナガル先生、凄い綺麗ですね」

 

確かに若さを生かした色気とは違い、その老いすらも美しさへ昇華したそれはまさに英国淑女といった雰囲気である。

 

「おや、ありがとうラブグッド、用件ですが、代表選手は見本も兼ねて一番最初に踊る伝統があります、なのでパートナーを連れて壇上に上がってください」

 

まさかの事態が発生した、しかしもうここまで来たら腹を括るしかないのだろう。

 

「~♪」

「…………」

 

この状況でも鼻歌混じりとは、その精神力には圧巻するばかりだ。

壇上に上がると代表選手とそのパートナーが並び、何人かは恥ずかしげである。

そして魔法界で最も人気のあるバンド(らしい)″妖女シスターズ″の曲と共に、代表選手のダンスが始まった。

 

「へえ、キリコ結構上手だったんだね」

「…恥はかかせたく無い」

「知ってる、紳士ってヤツだ」

「…………」

 

 

 

俺達のダンスを切欠に盛り上がりだしたパーティー、その空気の中俺達はエントランスで休憩していた。

 

「…水だ」

「ありがと、みんな盛り上がってるね」

 

吹雪は一旦落ち着き、景色はクリスマスらしい静かな雪を積もらせている。

だが俺の心はある意味雪よりも静かだった。

その理由は俺も、彼女も分かっている。

 

「…まだ踊るか?」

「ううん、大丈夫、最初からそういう約束だったしね」

 

彼女に気を遣い、俺自身もなるべく楽しく過ごそうと意識していたが、やはり心から楽しめる事は無かった。

いや、最初から意識しようとした時点で無理だと分かっていたのだ。

 

「…すまない」

「いいよ、あたしとじゃ楽しめないって分かってた」

 

今のは自嘲だったのだろうか、しかしそれにしては何かが変だ。

…そして俺は、彼女の恐るべき直感を知る事となった。

 

「あっちに行っちゃった、好きな人に申し訳ないもんね」

「!?」

 

何故だ!? 何故こいつがフィアナの事を知っている!?

やはり開心術を使っていたのか!?

 

「…何故…分かった…?」

「だってパパにそっくりなんだもン」

「…パパ?」

「あたしのママね、魔法の実験で死んじゃったんだ、その時のパパが、キリコとそっくりの目をしてたの」

 

…そういう事だったのか、よく見ればそれを語る彼女の眼もどこか、遠い場所を見ている様である。

と、理解すると同時にそれを思い出させてしまった事に対する罪悪感が湧き出てきた。

 

「…本当にすまない」

「謝んなくていいよ、それにあたし、お陰で楽しめたから」

「…………」

「じゃあね! よかったらまた踊ろ!」

 

そう言い残し彼女は何処かへ去っていってしまった。

残された俺が感じていたのは、冷たい孤独感だった。

…フィアナ、お前に会える日は来るのだろうか、今生きている事はお前が消えてしまった時よりも辛くはない。

だが、それでも心のどこかで常に寂しさが泣いている、こればかりは無くなる事は無い。

 

「―――良かったのかの?」

「…ダンブルドア…校長」

「何だかあまり楽しそうでなくてのう、どうしたのかと思い、ちょっと覗いてみたら… すまん、聞くつもりは無かったんじゃがの」

 

カーテンの影から現れたのはばつの悪そうな顔をしたダンブルドアだった。

いつから聞いていたのか、あの顔を見るに割りと最初のほうからだろう。

 

「…おぬしが寂しそうな理由がようやく分かった」

「…ようやく?」

「今だから言うが、儂は君の事をずっと心配していたのじゃ」

 

心配か、だからこいつは入学したての頃、俺に妙な視線を向けていたのか。

確かにあの頃はキニスにもほとんど心を開いておらず、常に威圧感を放っていた。

 

「今はもう、その寂しさは和らいだ様に見える、しかしそれでも時折寂しそうな眼をするのが分からなかったのじゃ」

「…………」

「キリコ、君は、彼女の事をいまだ思っているのかね?」

「そうだ」

 

その思いが変わる事は無い、他は何も要らない、俺の望みはフィアナだけだ。

だからこそ、このパーティーに参加するのを散々渋っていたのだ。

 

「そうか、…それは良い事じゃ、じゃが覚えていてほしい、君が生きている場所はここなのじゃ、向こうではない。

彼女を忘れてもならんが、引きずられてもいかん。

君を思っている人は沢山おる、それだけは覚えておいてほしい」

 

そう語るダンブルドアの顔を覗き込む、その蒼い瞳には俺と同じ寂しさが写っている様に感じる。

それと同時に、まるで自分自身に言っている様な感覚も覚えていた。

 

「ところでもう一つあるんじゃが」

「…どうぞ」

 

急に声色を変えたダンブルドア、今度は何の用なのだろうか。

 

「最初の課題で君が使ったあれは、何の呪文なのじゃ?」

 

…不味い、この質問に答えるのは非常に不味い。

それを教える事は、俺が何なのかを教えるのと同義だ。

だが答えない訳にもいかない、それはむしろ警戒を呼ぶ。

ならば適当に誤魔化す以外ないだろう。

 

「…アニメ、…です」

「アニメ? やはりジャパニーズアニメかの?」

「…ロボットが好きで、ゴーレムで再現したん…です」

「ほう、確かにあれは凄い、実にクールじゃ、…しかし儂がボケていなければ、あんなロボットを見たことは無いんじゃが…」

「…オリジナル…です、他を真似てもつまらないので」

「なるほどのう、それにしては運転に慣れてる様じゃったが」

「…練習したので」

「…………」

「…………」

 

何てしつこい追求なんだ、先程の説得が嘘だったという訳でも無いだろうが、この質問も狙いの一つの様だ。

その真剣さを表す様に、ヤツの目線はこちらを見て離さない。

 

…目線?

まさか開心術か? 開心術は行う時に目線を合わせる必要がある。

しかしそうだとしたら、身体中を這いずり回る感覚に襲われる筈、それが無いという事は使っていないのだろうか。

万が一使われても、閉心術は会得済なので大丈夫だが…

 

「…ふう、少し話疲れてしまったのう」

「…………」

「儂は戻るが、どうするかね?」

「…寮に戻ります」

「そうか、では第二の課題、頑張るんじゃぞ」

「お疲れさまです」

 

会場へ戻っていくダンブルドアの言葉が、俺に染み付いていた。

引きずられてはならない、俺がフィアナを思い続けるのもそうなのだろうか。

だが俺にはそうとは思えなかった、いや彼女だけではない。

かつて共に戦った戦友(とも)達、人間らしく死んでいった彼等に未練など無い。

だが忘れた事も無いのだ。

…だからこそ。

 

 

 

 

ようやく、あの子の″闇″の一片に触れることができた。

愛すべき人を失った悲しみ、それがあの子の寂しさの理由だったのじゃ。

 

じゃが、儂の不安が消えることは無かった、むしろ膨らむ一方。

何故あの子は殺しに躊躇いが無いのか、あのロボットは何なのか、何故彼はあれほど冷静に戦えるのか。

 

彼の悲しみはその問いの答えには成らない、結局儂の不安は一つも解決していない。

…異質じゃ、あまりに異常過ぎる。

 

それだけではない、儂は彼に対し正体も分からぬ恐怖を感じていた。

恐怖の正体を見るために、それに駆られるまま、彼に開心術までかけようとした。

 

じゃがすんでの所で踏み留まる事ができた、そして儂は自己嫌悪に陥った。

あの子の過去を覗けば、愛する人の死を見るのも必然。

それを知りながら目的の為に記憶を掘り起こそうなど、それこそ儂が後悔して止まぬ″善″そのものじゃ。

 

大丈夫、今の彼は多くの友に囲まれている、それにあの子は邪悪などではない、これだけは間違いない。 

ならば儂がすることはない、あの子はいつか死の悲しみを乗り越え、自分の道を歩んで行くじゃろう。

あの子の光を可能性を信じる事こそが、儂の務めなのじゃから。

 

じゃが、それは大きな思い違いじゃった。

結局の所、儂は彼の事を何一つ理解してはいなかった。

これが儂の、罪を誤魔化す為の自己満足でしか無いこと。

それを知るのは、まだ遥か先の事…




会場に監禁と過酷を求め、完璧さを追求すればここになる
ここには厚い壁もなければ、深い海もない
吸魂鬼の群れもなければ看守さえいない
あるのは澄み切った湖と代えがたいモノのみ
摂氏1℃足らず
手足どころか内臓さえも凍る
息をくれ
鉄心石腸を立たす息をくれ
次回、『冷獄』
恨みつらみの言葉すら出せない



キリコに開心術を掛ける 異能ポイント+10
キリコに開心術を掛けない 異能ポイント+2
※10以上で回避不能の死亡フラグが成立します

たまたまキリコの過去を聞いてたから踏みとどまったが、もし聞いていなければ…
運の良い奴め。


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第三十九話 「冷獄」

予め言わなくてはならない事がある。
大 変 な 事 に な る と 。


猛烈な吹雪によって閉ざされる視界、その中を一人孤独に歩く。

このような悪天候の中では歩くのも精一杯、だからだろう、出歩く者は俺一人しか居ない。

ダンスパーティーを終えた俺は、残り僅かなクリスマス休暇を使いノクターン横丁を訪れていた。

 

ノクターン横丁、つまり目的は武器洗浄(ロンダリング)の店である。

別にイースター休暇の時に行っても良かったのだが、それでは少し不安要素が残ってしまう。

だからギリギリになってでも訪れる事にしたのだ。

 

しかしその店の前を通り過ぎてしまい、俺がその店に入る事は無い。

いや、今入る事はできない。

何故なら、俺は何者かに追跡されているからだ。

 

気付いたのはついさっきの事、体の内側まで舐め回すような視線を感じ取ったからだ。

だがどれだけ周りを探っても、そいつが出てくる気配はない。

しかし何かが居るのは確か、その何かから俺は逃げている。

 

追跡者の正体、それは多少察しはつく。

死喰い人か、もしくはその手先か。

どちらにせよ、俺を殺すために来たのだろう。

 

考えられる理由としては、俺がヴォルデモートに対し不利益な行動ばかりを取っている事。

それを恨んだ誰かが、俺を殺すためにゴブレットに名前を入れた。

そして殺す可能性を上げる為に、わざわざ暗殺者まで差し向けた…といった所か?

 

だが何にせよ、何の目的にせよ、俺を狙っているのは確かだ。

そいつを見付だし、対処しなければならない。

だがどれだけ気配を探れど、そいつは影も形も無い。

何かの呪文か、もしくは相当の手練れか…

 

…勝負を掛けた方が良いかもしれない、このままではらちが空かない。

そう考えた俺は不意に、一気に走り出した!

要り組んだノクターン横丁、その路地を次々と潜り抜けて行く!

 

これで撒く事ができればそれが理想的、できなければ―――

 

「…!」

 

できなければ仕留められる!

連続する路地裏から突然に開けた道へ出る!

賭けに等しいが、俺の逃走にヤツが付けて来てるとしたら。

見逃さんと全力で追跡をする余り、この通りに飛び出てしまう筈だ!

 

そして俺は、この通りの中に追跡者の気配をひしひひと感じ取っていた!

作戦通り、ヤツは通りに飛び出ている!

吹雪で視界は閉じたままだが、大雑把な位置が分かればそれでいい!

確信と共に、懐からするりと得物を抜き出す!

 

呪文は使えない。

17歳より下の魔法使いが呪文を使えば、″臭い″に引っ掛かる。

正当防衛の為なら免除されるが、実際に襲われていない以上それは成立しない。

だが、俺の武器は杖だけではない。

いや、むしろこういう時の為にこれを持っているのだ―――!

 

乾いた撃鉄と、鋭い破裂音が雪の中に響く。

ブラックホークの凶弾が吹雪を貫いた。

 

「…やったか」

 

銃声を掻き消す吹雪の中、敵の気配が消えて行くのを感じる。

どうやら命中したらしい、銃を構え警戒を保ちながら、姿の見えぬ暗殺者へ近づいて行く。

 

それでもそいつの姿は見当たらない。

だが確かな手応えはあった、ならばすぐ近くに居る筈なのだが。

その付近を探していると、足元からほんの僅かな、小さな音が聞こえてきた。

 

「…虫?」

 

そこに居たのは小さな黄金虫だった、その足は痛々しく千切れ飛んでいる。

…まさかこいつか?

切断面を見てみると、銃弾がかすったような焦げ目が付いている。

つまりこいつが追跡者だったという事か、成る程、このサイズなら気付けなくても無理はない。

 

こいつは″動物もどき″なのだろう、只の虫に追跡なんてできる筈が無い。

取り合えず正体を明らかにするのが先決だ、こいつをどうするかはその後考えればいい。

俺は黄金虫を摘まむ事で、ようやく店の中へ入る事ができたのだ。

 

「いぃっらっしゃ…何です? それ?」

「動物もどきだ、…恐らくな、これの正体を暴いてほしい」

「まぁそのくらぃなら、スペシアリス・レベリオ(化けの皮よ、剥がれろ)

 

俺は呪文を使えないので、店主に頼みこいつの変身を解除する。

すると黄金虫はムクムクと巨大化していき、けばけばしい格好をした女が現れた。

いや、こいつは確か…

 

「リータ・スキータ…ですねぇ」

「…ああ」

 

まさかこいつだったとは、という事は暗殺ではなく俺のゴシップを狙っていたのか?

だとすれば暗殺者より不味かった、14歳の少年が違法武器業者の店に入るのを観られていたらスキャンダルどころでは無い。

この女、俺の予想よりも遥かに危険だったようだ。

 

「…どぉしますぅ? これ」

「…縛っておこう」

 

近くのロープで腕と足をしっかり拘束し、店主の呪文で止血だけしておく。

その後店主はどっかで見たような青緑色の液体を取りだし、それをスキーターに…

 

「ぁ、間違えた」

 

ではなく真っ黒なコールタールの様な液体をスキーターに飲ませる。

すると足の切断面から怒濤の勢いで蒸気が発生した、こいつ何を飲ませたんだ。

 

「…これは?」

「再生促進剤ですよ…さぁ、店の奥へどうぞぉ」

 

切断面が見るに堪えなくなっているスキーターを置いて、俺達は武器庫への階段を下っていった。

久し振りに来てみれば、懐かしい火薬の臭いが俺の鼻を刺激する。

 

「では、ゆぅっくりどうぞ」

 

店主の言われるまま、色々な武器を手に取り試し撃ちをしていく。

それも隠し持てる様な拳銃や手榴弾ではなく、突撃銃等の大型火器ばかりを撃ちまくる。

 

「ぉや? デカブツを買ぅ目処がつぃたんですか?」

「…まあな」

 

それは資金が貯まったからだけではなく、これらの武器を安全に運べる様になったからである。

 

「…………」

「ぉ決まりですね? ではぉ会計…」

 

多めに買ったそれを前に、俺は大型の軍用バッグを取り出す。

明らかに入りきる大きさではないが、銃火器は何の問題も無くその中に吸い込まれていく。

 

「おぉ、″検知不可能拡大呪文″ですか」

 

そうだ、つい最近会得したこの呪文、これによって俺はようやく重火器を持てる様になったのだ。

これで武器を隠し持てる様になり、学校に持ち込む事ができる。

 

何故こんな事までして武器を持ち込むのか。

それはこの異常事態に備える為だ、今のホグワーツの何処かに黒幕が居るのは必然。

にも関わらず、武器となるのが杖と拳銃だけでは余りにも心もとない。

 

だからこそ、これらの武器を学校に持ち込める様にしたのだ。

最も、常に持ち歩く為にはもう一工夫必要だが…

 

『こ、ここは何処ざんすか!?』

「ぁ、起きたみたいですね」

 

バッグに武器を詰め終わった頃、スキーターの悲鳴が聞こえてきた。

地上へ戻るとスキータ―が凄まじい眼光でこちらを睨み付ける。

 

「キ、キリコ・キュービィー! ネタは掴んだざんすよ! こんな違法マグル用品の店に居ることが知られたらどうなるか分かってるざんすね!?」

「…………」

 

手足を縛られ、片足は再生途中だというのにこの言いぐさ、こいつのゴシップに掛ける情熱はどれ程のものなのか…

まあそんな脅しに屈する筈も無いのだが。

 

「…黄金虫」

「!? 何でそれを知って…知って…」

 

驚いた後何処か納得した様な顔を浮かべるスキーター、自分の身に何が起こっていたのか思い出したらしい。

 

「非登録の動物もどき…うわぁ、重罪じゃないですかぁ」

「そ、それがどうしたざんす!? それを密告するならこっちも考えがあるざんす!」

「無駄ですよぉ、私は杖を持っています、忘却呪文を掛けてしまえば真実は水の泡…」

 

唸るスキーター、ヤツにとって今の状況は最悪そのものだ。

折角掴んだスキャンダルも忘却呪文を喰らえば水の泡、それどころか動物もどきだという事を一方的に密告されるだけ。

だからこそこの状況は価値があった、俺はある事を思いついたのだ。

 

「…取引だ」

「は? 取引?」

「…俺の依頼を受けるなら忘却呪文も掛けない、密告もしない」

「それは脅しって言うざんす」

「無論謝礼もする」

 

実際その通りだが、だからといってこの脅しをヤツが拒む事はできない。

恨みつらみの言葉をぶつぶつと綴った後、ようやく口を開いた。

 

「…なんざんす、一体何を言うざんすか!?」

「アラスター・ムーディ、ヤツを見張ってほしい」

「は!?」

 

途中まで俺に一切気付かせないという驚異的な追跡能力、それ程の力ならムーディに気付かれる可能性は低い。

怪しいとは思っていたが決定的な証拠は無かった、だがこいつが協力してくれればそれを掴む事ができるかもしれない。

 

また唸った後、「前金寄越せ」と言い、取引は成立した。

人を利用するのはどうかと思うが、報酬を払っている以上問題は無い。

 

「イースターの日、ここで情報を貰う、それが終わった後残りを渡す」

「まったく、何で私がこんな事を…ブツブツ」

「…それと」

「!? まだ何かあるざんすか!?」

 

こいつの能力から考えて、もしかしたらアレを知っているかもしれない。

役員室に潜りこむなり、他の選手を探るなりしている可能性は高いからだ。

 

「第二の課題、あの騒音は何だ?」

「あれざんすか? マーミッシュ語ざんすよ! もう私は行くざんす!」

「そうか、感謝する」

 

礼を聞く間も無くヤツは店から出て行ってしまった、心境を考えれば当然だが。

しかし思わぬ収穫があった、マーミッシュ語…だったか。

確か図書館で見た覚えがある…がハッキリ言ってうろ覚えだ、しかし正体が分かれば対処のしようはある。

…問題はムーディの秘密を掴めるかどうかだが、それはヤツの能力を信じるしかないのだろう。

 

 

*

 

 

試合当日、気温は8度以下という極寒、天候は稲光を伴った曇り、昨日の夕方は晴れていたのだが、生憎の天候である。

しかし舞台は水中、嵐が来ようが関係ないのはある意味救いだった。

そう、第二の課題は水中戦だったのだ。

 

あの後マーミッシュ語について調べ直した所、それは水中でしか聞き取れない言語だと分かった。

なので必要の部屋を使い、風呂の部屋を呼び出して貰った。

そして卵と共に水中に入りそれを開いてみると、美しい歌が聞こえてきたのだ。

 

探しにおいで、声を頼りに。

地上じゃ歌は、歌えない。

探しながらも、考えよう。

我らが捕らえし、大切なもの。

探す時間は、一時間。

取り返すべき、大切なもの。

一時間後のその後は、もはや望みはありえない。

遅すぎたなら、そのものは、もはや二度とは戻らない。

 

この歌の意味は大体こんな所だろう。

水中人の歌を頼りに、何か大切なモノを探し出す、水中人の歌が聞こえるのだから舞台は当然水中。

会場を創り上げるとも考えにくいので場所は恐らくホグワーツ湖、制限時間は一時間、という事だ。

 

大切なモノが何かは分からないが、そこは実際見てみなければ分からない。

問題は場所が水中、それも真冬の湖だという点だ。

しかも長時間潜る事になるのは必須、冬の湖で最長一時間潜り続ける、それが何を意味するかは考えるまでも無い。

溺死、凍死、水圧による圧死、死亡要因は山ほどある。

 

その脅威への対策は当然考えてある、と言っても無難な物になってしまったが。

最初は第一の課題同様ATで挑もうと考えた、その第一候補はマーシィドッグ。

思いついた後数秒で却下になった憐れなATだ、何故ならこいつは″水中戦″用では無く浮き袋を使った″水上戦″用だったからだ。

湖の中を探すのに水上を軽やかに走るAT,道化も良い所だ。

 

次に浮かんだのはダイビングビートル、こいつなら水中戦も対応できる。

が、これも一瞬で却下となった。

何故か、単純である、俺が覚えている設計図はドッグ系しかないのだ。

…というか、乗ったかどうかさえも定かでない物を覚えている筈が無かった。

 

結果無難な選択肢として顔を泡で包み、呼吸を可能とする″泡頭呪文″。

体温低下を防ぐ″耐寒呪文″を使う事にした。

水圧に関しては軍に居た頃に潜水訓練を受けていたので問題は無い、水中を泳ぐのも同様だ、必要になった時の高速移動も考えてある。

 

残る二か月間その呪文を全力で練習し続け、迎えた試合当日、予想通り場所はホグワーツ湖であった。

水着姿となった選手たちは既に準備運動をしながら試合開始の時を待つ。

クラムとセドリック、俺はランニングシャツに競泳用のパンツ、デクラールは競泳水着を着ている。

 

ハリーはというと、…まだ来ていなかった。

もう開始二分前だ、一体ヤツは何をしているんだ。

焦り始める観客と共に周りを見渡すと、校舎の方から息を切らしながらハリーが走って来ていた。

だがその姿はいつものローブと、これから泳ぐ格好には見えない、しかも下に水着を着ている訳でも無い。

あいつは大丈夫なのだろうか…

 

『時間です! 生憎の天気になってしまいましたが試合を止める事はできません! そんな事したら私がゴブレットに焼かれてしまうからです!』

 

不安を他所に始まったパグマンの実況、苦笑を漏らす観客達だがあながち冗談とも言い難い。

ゴブレットによる魔法契約、その中に試合中の介入を禁ずるものがあってもおかしくないからだ。

 

『待ちに待った第二の課題、その内容は水中に潜り、大切なモノを取り返す事です!

如何に早く取り返し、如何に早く戻ってくるかが評価の分かれ目になりそうです!

この極寒の中でどう活躍してくれるのか、乞うご期待!』

 

そしてヤツの前に出てくるダンブルドア、挨拶をするのだろう。

隣を見ると何やらハリーが昆布の様な物を無我夢中で齧っている、途端に顔が水色になっていた、不味かったらしい。

 

「諸君らの活躍を期待しておるぞ! 大砲が鳴ったら選手は水中に飛び込むのじゃ! ではカウントダウンを始め」

 

ズドンッ!

 

「…………」

 

大砲の係を変えるべきだ、顎を外しているダンブルドアを見ながらそう思った。

次々と飛び込む選手に続き俺も冷水の中へ飛び込んで行く。

 

 

 

 

「―――!」

 

やはり冷たい、予想以上の極寒だ…!

今年の悪天候が響いたのか、水温は三度、…いや氷点下ギリギリの様に感じる。

そんな感覚から逃げるべく杖を振るう。

″泡頭呪文″と″耐寒呪文″を掛けると、その苦しさは直ぐに消え去った。

一度掛けてしまえばこちらのものだ、この杖によって強化されているので一時間は確実に持つ。

しかし油断できる訳でも無い、素早く探し出さなければ…

 

浮上するのは楽だが潜るのは難しい、体力のある前半に潜り、浮上しながら探すのが賢明だろう。

ゆっくりと、だが確実に、そして歌を聞きもらさない様下へ、下へと潜って行く。

 

…十分ほどたっただろうか、未だ音は聞こえず水底にも到達していない。

まあ十分で見付かる筈も無い、焦らずに確実な一歩を進ていく。

…その時、俺は音を聞き取った。

だがそれは美しい歌声では無い、まるで巨大な潜水艦が通る様な水切り音だった。

 

(―――こいつは!?)

 

振り向けば目の前に迫る巨大な影!

身を翻しその突撃を回避する、そしてその影の正体を見た。

 

(ホグワーツ湖の…イカか!?)

 

ホグワーツ湖には巨大なイカが住んでいる、しかしこのイカに凶暴性は無く、至って穏便である。

だが今目の前に居るのは違った! キリコに向かって明らかな殺意を向けている!

 

(どういう事だ…? だが…!)

 

その訳を考える前にキリコの体は動く。

この判断力の高さこそこの男の強みなのだ!

 

フリペーダ・ブレイト(貫通弾頭)!」

 

フリペンドを弾頭呪文に適応させた物を撃つ、その特徴は狙撃銃並の速度と貫通力!

周りの水を巻き込みながら放たれた弾丸が足を捩じ切った!

あまりの回転力に纏めて吹っ飛ばされたのだ!

だが!

 

(止まらない…!?)

 

野生とは即ち実力社会である、野生動物は力の差に敏感だ。

キリコはそれを知っていたからこそ驚いた!

足を吹っ飛ばされると言う明らかな″差″を見せたにも関わらず、こいつは向かってきていたのだ!

 

(″服従の呪文″か…!?)

 

この巨大イカは何者かに操られていたのだ、でなければ足を失ってまで向かってくる筈が無い!

再び襲い掛かる5mにも及ぶ足! それがキリコを包囲する!

ここは水中、どちらに分があるかは明らか! どうする!?

 

アグアメンティ(水よ)!」

 

逆手で杖を持ちながら水を噴出させる!

キリコが″水増し呪文″を使った時、どれ程の勢いで水が噴出されるかは知っての通り!

右へ左へ! まるで踊る様に攻撃を回避する!

分かっただろうか、キリコは″水増し呪文″を水圧ジェットにしたのだ!

 

空を飛ぶように動き回るキリコに大イカは翻弄される一方!

止めを刺すために背後に回り、そして距離を取る!

何故か? 巻き込まれないためだ! 何に? それは―――

 

グレイシアス(氷河となれ)!」

 

″凍結呪文″からだ!

威力に任せたゴリ押し、周りの水諸共氷漬けにしてしまった!

そのまま水底へ沈んで行くイカの氷漬け、それにキリコは掴まった。

彼は体力を温存したまま、一気に水底へ辿り着く事に成功したのだった。

 

 

 

 

巨大イカエレベーターを利用し水底へ辿り着いた俺は、それからすぐに歌を聴く事ができた。

着地した場所にたまたま居たハリーと合流しながら進む、しかしハリーはどうやって泳いでいるのか。

答えは首元にあった、あの鰓、そうか鰓昆布を使ったのか。

 

と他人の事を考えながら歌を辿って行った場所、そこには海藻で覆われた広場と一本の柱があった。

そしてそこに、大切な″者″が繋がれていた。

 

(…ルーナ・ラブグッド)

 

あのダンスパーティーはこれが目的だったのか、その隣にはロンやハーマイオニー、そしてキニス達が繋がれている。

彼らは眠っているのだろうか? ともあれ大切な者は見つかった、時間を過ぎたからといって本当に死ぬような事はないだろう。

…黒幕の存在が気になるが、第三の課題も残っている以上まだ犠牲者は出さない筈だ。

 

冷静に考えればそうだがハリーはそう思わなかったらしく、その場に留まり他の人質にも手を伸ばし警備の水中人(マーピープル)に止められていた。

 

しかし俺も余裕とは言い難いので、ハリーには悪いが先に行く事にする。

ラブグッドに絡まった海藻を切断し、浮上しようとした時の事だった。

 

(!?)

 

突如、何も無かった筈の水底から水魔が現れた。

それも一匹ではない、そんな数では無い。

―――視界を黒く塗り潰す程の水魔が、一斉に襲い掛かった。

 

アグアメンティ(水よ)!」

 

水圧ジェットで緊急離脱!

ハリーは無事か!?

しかしその心配は無用だった、代わりに俺が悪夢を見る事となる。

 

水魔の大群は、全て俺に向かって来たからだ。

ハリーに目もくれないのは良いが、逃げきれるか…!?

 

何とか水面が見え始めるが、その瞬間片足を掴まれる!

あと少しだ、何とか振りほどけないか!?

水底に引きずり込まれかけながらも、脱出しようと必死で地上を見つめる。

 

その時俺は見た、青白い光の粒を。

大穴を開け、雷鳴を響かせる黒い雲を。

その光が、雪の様に水面に降りてくるのを。

 

(―――!!)

 

杖を反転させ水底へ潜り直す!

水魔に揉まれながらも、それを承知の上で逃げる!

俺の直感が、魂が、そして記憶が告げていた!

…もし、この判断が一瞬でも遅れていたら、彼女はここで死んでいただろう。

 

…そして水面が全面凍結した。

一瞬でホグワーツ湖全域の水面が、厚さ10m級の氷塊になったのだ。

 

だが、この逃走がより最悪の事態を呼んだ。

潜る途中に、合流してしまったのだ。

人質を抱えた4人の選手と。

それはつまり、俺を追う水魔達の獲物が、4人に増えた事を意味する。

 

 

 

 

俺の誘導によって、今はまだ安全な岩陰に逃げ込んだ俺達。

しかし、その心に安全などありはしなかった。

互いの泡に顔を突っ込み、怒声とも悲鳴とも言えない声を出し続ける。

 

「一体どうなっているーんですか!? 早く脱出しなーいと!」

「…無理だ、あの厚さでは破壊できない」

「キリコ! あの水魔の大群は何なんだ!?」

「そうだよ、何で僕には向かって来なかったんだ!?」

「分からない、人質を助けた瞬間奴等が現れた」

「…助けを呼ぶことはできなヴぃか?」

「いや、それができるならダンブルドア先生が何とかする筈だよ」

「…え? い、いや、嘘…!?」

「どうしたんですか?」

「結氷が、…大きくなっていまーす…!」

「な!? 何故!? 一体何がおこってヴぃる!?」

「まだ続いているのか…!?」

「キリコ! 知っているのかい!?」

 

意図してか、意図せずか。

唐突に作られた巨大な水牢。

俺達を押しつぶさんとする氷塊と、引き裂かんとする水魔の大群。

俺はようやく気付いた、今までのは本当の地獄などでは無かったのだ。

 

「…ダウン・バースト」

 

恐怖の中で死ぬのを待つ、脱出不能の処刑場。

それこそが俺達の辿り着いた、真の冷獄だった…




溺死か凍死か
食い潰される固まるか
その間にある果てしなく脆い不安定な一滴
震える恐怖と才能がその記憶を探る
信じるか、信じられるか
助かるか、助けきれるか
ポリマーリンゲル液、俺はかつてこの鉄の血液に運命を託してきた
だからこそ
次回、『ダウン・バースト』
しかし、生き延びたとしてその先がパラダイスのはずはない


ど う し て こ う な っ た
※ボトムズではよくある事です。
※あとキリコが居たからです。


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第四十話 「ダウン・バースト」

☆ダウン・バースト発生☆

…やり過ぎたか…?
まあ今更引き返せないししょうがない、決死の脱出劇始まります。


ペリキュラム(花火よ上がれ)!」

 

今大会用にダンブルドアが用意した、救難用の花火呪文。

その花火は水中だった為、色水へと姿を変え地上へ昇って行く。

しかしその希望は、ぶ厚過ぎる氷塊に阻まれ誰の目にも届かない。

 

「何で!? 何で誰も来てくれなーいの!?」

 

これを撃ったのに救助が来ないという事は、少なくとも時間切れまで救助はあてにならないという事を意味する。

大切な者を取り返すだけだった筈の第二の課題、今やそれは確約された死を待つだけの地獄に成り果てていた。

 

「ど、どうすれば…」

 

愕然としているのはセドリックだけではない、ここに居る全員がその事実に絶望しきっている。

上を見上げれば、今も尚巨大化し続ける氷塊。

岩影から顔を出せば、数百匹は居るであろう水魔の大群が蠢く。

 

「なんとかならなヴぃのか…!?」

 

唸るクラム、それに対する答えを持つヤツはここには居ない。

デクラールは人質であるキニスを守ろうとしている。

ハリーは必死に打開策を考えているが、パニックに陥った頭が妙案を作り出せる筈も無い。

四面楚歌か、阿鼻叫喚か、もはや競技どころではなくなっているのであった。

 

だがその中で俺は一人、自分でも不気味だと感じる程冷静に、この地獄からの脱出法を考えていた。

それはかつて似た経験をした事があるからだろう、あの白い大地から生き延びたという事実が、ほんの僅かな冷静さを与えていたのだ。

 

だからといって状況が絶望的な事に変わりはない。

ガレアデを襲ったのとは性質が違うのだろうか、長時間続くタイプのダウン・バーストだと推測できる。

その結果凍る範囲を拡大させ続けている結氷は、あと数分で湖のほとんどを呑み込もうとしていた。

 

では残りに避難し救助を待つか、それもできない。

常軌を逸した水魔の群れ、一人だけなら逃げ切れたかもしれないが、人質を抱え水中という制約の中逃げ切る事は不可能だ

 

なら氷塊を破壊し脱出するか、それも良いかもしれない。

最も、既に目測50メートル以上に成長した氷塊を破壊できる自信があるならばだが。

 

まさに八方塞がりと言えよう、しかしのんびりと考える時間もない、この岩影もいつ水魔に襲われるか分かったものではないからだ。

 

「―――! まずい!」

 

セドリックの声につられ、ヤツの見る方向を見れば水魔の大群がこちらに迫っていた!

やはり気付かれてしまったか…!

逃げなければならない、その場から瞬時に離脱する!

 

先程は慌てていて分からなかったが、その量も種類も尋常ではない。

ケルピー、グリンデロー、果てには河童まで混じっている。

 

キリコは水圧ジェット、クラムは頭部を鮫に変身させる事で、ハリーは鰓昆布の力によって高速移動を可能にし素早く逃げ切る。

 

しかし残りの二人は高速移動手段を用意していなかったのだ!

それが意味するのは只一つ。

 

水魔達は遅れた二人に狙いを定め集中攻撃を行っていた!

しかもセドリックがデクラールを庇ったせいで泡が割れてしまっている!

 

フリペードブレイト(貫通弾頭)!」

ペトリフィカス・トタルス(石になれ)!」

 

貫通弾頭が河童の脳天を貫く!

キリコに続き状況を理解したハリーの石化呪文によってグリンデローが沈む!

攻撃によって水魔が気を取られた一瞬を突きクラムが突貫!

鮫の遊泳力を持って二人をその中から助け出す!

 

ペリキュラム(花火よ上がれ)!」

 

助け出されたデクラール、彼女は追い縋る水魔に向けて花火を撃ち込んだ!

この呪文はリタイア宣言用にダンブルドアが使うよう指示した呪文。

しかしここは水中、花火にはならず只の色水が吹き出しただけ。

だが彼女はそれを利用した!

 

色水の煙幕が水魔を包み込む!

その間に彼等は逃走を再開する!

 

すると突然ハリーが立ち止まり、杖を下に向けて何かを訴える!

ハリーが指し示した場所は海草の群生地帯! 隠れるにはうってつけの場所!

迷っている様な暇は無く飛び込んで行く!

最後の一人が隠れたと同時に、水魔が煙幕から脱出しこちらへ迫る!

 

「…………行ったか、…いや?」

 

息を潜める事数秒、幸いにも水魔はこちらに気付かす通りすぎて…くれなかった。

 

「こ、これは…!?」

 

信じられない事に水魔達は散開、水中にくまなく分散して行った。

奴等は索敵を始めたのだ!

このままでは再び見つかるのは必然か…!

 

「セドリック! 大丈夫ですか!? 今呪文を!」

 

溺死しかけていたセドリックに包頭呪文を掛け直すデクラール。

更に治癒呪文と蘇生呪文を使い意識を復旧させる。

 

「う、うう…」

「ああ! 良かった、本当に…」

「…だが、状況は全く好転してヴぃなヴぃ」

 

そうだ、一時は逃げ切れたが何も変わっていない。

むしろかなり悪化している、水魔の索敵もあるが上方の氷塊も更に巨大化しているのだ。

 

「…あれ、破壊できないの?」

「無理だ、大きすぎる」

 

あれ程巨大化しては、もう爆破呪文をどれだけ撃っても無駄だろう。

非常過ぎる現実を前に俺はかつての地獄を懐かしんでいた、これでは事前に覚悟ができていたガレアデの方が遥かにマシだ。

いや、この状況はある意味あの時そっくりといえる。

 

このダウン・バーストは、あのエルンペントの角によって起こされた大爆発が原因だったのだろう。

あの時の異常気象も俺達が発端となって起こった、ポリマーリンゲル液タンクの大爆発が原因だったからだ。

 

「………!」

 

その瞬間寒気がするほどの恐るべき感覚が俺を貫いた。

この方法なら脱出できる、しかし作れるのか? 確実と言えるのか?

 

「ど、どうしたんだキリコ?」

「…脱出方法がある」

『何だって!?』

 

上を見れば巨大化を続ける氷塊、水魔に見付かるのも時間の問題。

ならば…心を決めるしかない…!

 

「だが凄まじく危険だ、だからこそ聞きたい事がある」

「それは何でーすか?」

「救助を待つか、俺の作戦に乗るかだ」

 

だが最大の不確定要素がそれだった、競技時間中だから来れないだけという可能性がある。

それがあり得る以上、俺一人の意志で死地に向かう事は許されない。

…しかし。

 

「決まってヴィる、当てにならなヴぃ救助を待つ方が危険だ」

 

最初に口を開いたのはクラムだった、ヤツに続き全員がその決意を表していく。

 

「そうだよ! ここでじっとしていちゃ駄目だ!」

「ハリーの言う通りだ、それにこの競技に立候補したんだ、それくらいの覚悟はできている!」

「私達だけじゃない、大切な者の命も掛かっていまーす、今何かできーるのは私達だけでーす!」

 

何てことは無い、最初から覚悟は決まっていたという事か。

甘く見ていたのは俺の方だったらしい、潜った地獄こそ少ないがこいつらも十分な戦士だったのだ。

ならば迷っている暇は無い、時間も限られている…!

 

「…で、一体どうするの?」

「この湖を爆破する」

「は!?」

 

まあ脱出と湖を爆破する事を繋げるのは困難だろう、目を丸くするハリーが当然の指摘をする。

 

「何言っているのキリコ! それはさっき出来ないって…」

「可能だ、それを説明する」

 

この作戦の全てはそこにかかっていた、まさか二度と使う事は無いと思っていたあれを作る事になるとは。

実の所″装甲起兵″を練習している時に作ってはいたのだが、ATを動かすのに不要と分かってからは作るのを止めてしまったのだ。

そう、俺が創ろうとしていた物、それは″鉄の血液″と呼ばれた物、かつて俺達が運命を賭けてきた物。

 

「″ポリマーリンゲル液″、…それが作戦の要だ」

 

 

 

 

巨大化し続ける氷塊の近くに佇むキリコ、その目の前には泡頭呪文で作った泡が五つ。

その中に浮かぶのは、水を変身させた青緑の液体、…ポリマーリンゲル液。

あの後すぐに水魔に発見された彼等はただちに作戦を始めた、しかし内容は単純、PR液が完成するまで時間稼ぎをするだけである。

 

ペトリフィカス・トタルス(石になれ)!」

 

デクラールの石化呪文が命中し、水底へ沈んで行く水魔の一体。

だが水魔達は尚キリコに向けて猛進し続ける!

何故か水魔はキリコ一人に集中攻撃を加えていた!

 

その原因は彼が持つロープ、その先にある五人の人質!

時間稼ぎに専念する為に人質を預けたのが仇になったのかもしれない!

獲物が集中している場所を襲うのは当然だからだ! しかし!

 

インカーセラス(縛れ)!」

ステューピファイ(失神せよ)!」

 

縛られ沈静化するケルピー、失神させられる河童、そして食い千切られるグリンデロー!

ハリーやセドリックの呪文と、鮫になったクラムの牙が水魔の接近を阻む!

そうだ、こいつらの為にも急がねばならない。

 

妨害を潜り抜けようと密集体型をとるグリンデロー軍団、その数は目測で20匹相当!

しかしそれは逆に、奴等の戦力を大幅に削ぐ結果に終わった!

 

グレイシアス(氷河となれ)!」

 

杖を振るセドリック! 大イカに対してキリコがやったように周りの水諸共氷漬けに!

 

コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

からの爆破呪文! 纏めて木っ端微塵にされた!

密集体型が仇となり二次被害をモロに喰らっていく水魔達!

だが数の暴力は圧倒的! その間を潜り抜け一体の河童が現れた!

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

武装解除呪文を放つハリー、手馴れているのか赤い閃光は直撃するが怯ませただけ。

けど、それで十分だ…!

その怯みがヤツの接近を許す!

強靭な肉体に鮫の勢いを乗せ、頭の皿を破壊し力を失わせる!

高い遊泳能力によって縦横無尽に駆け巡るクラム!

誰もが必死に戦っている中、俺だけが違っていた。

 

(駄目なのか…!?)

 

先程生成したPR液は全て爆発、それ以降も失敗が続ている。

何故なら記憶が曖昧だからだ、あまりに昔過ぎる。

そもそもPR液の配合比率など、専門家でもない限り知る機会すら無い。

どうする、思い当たるのは全て試した、当てずっぽうをする時間は無い…

考えろ、どうすれば思い出せるのか…

 

(………!)

 

そうか、俺が忘れていても、俺は覚えている。

その事に気付いた俺は自分の額に杖を突き立てた、そして…

 

「レジリメンス -開心」

 

俺が覚えていないなら、記憶を直に見ればいいのだ。

全身の内側を這いずり回る感覚と共に、ビデオテープの様に記憶が廻っていく―――

 

―――極寒の地に取り残された俺達周囲を囲むパララントの大群空を覆うダウン・バーストの厚い雲小太りの仲間が液体を並べる様々な液体や材料をぶち込んでいき複雑な計算式を書き綴るだが上手くいかずヤツは頭を掻き毟る次々と爆発してくPR溶液ガンマリンゲル電子量0.265ボルス俺の持つサンプルを舐め戦慄する仲間達それが安定を見せ歓喜の声を上げるそのサンプルのリンゲル反応は代謝率R酸化剤配合したのはその量は―――

 

―――これだ、その記憶に従い水を変身術でPR液に変身させる。

そしてそれは、ダウン・バーストが齎した超低温の氷に触れても爆発する事は無かった。

あいつが創った零下200度でも凍結しないPR溶液が再び完成したのだ。

 

『PR溶液が完成した』

 

ハリー達の脳にキリコの声が響き渡る、しかし返事が来ることは無い。

この呪文は一方通行のテレパシーしかできないのだ、だが指揮や伝令をする時には最適でもある。

 

『これがそのデータだ、…頼む』

 

それぞれに配合比率等のデータをイメージとして送り付ける。

何も理解する必要は無い、それを大体把握していれば十分だからだ。

データを送った数秒後、セドリックとクラムが動き出す。

彼等が通った後には青緑色の液体が生成されている。

 

そう、キリコはホグワーツ湖の水をPR溶液に変身させ、その爆発で氷塊を吹き飛ばそうと目論んでいたのだ!

その為にPR液を作りつつ、二人が作ったのもこちらへ引き寄せる。

 

水魔の狙いがキリコに集中しているので二人はPR液生成に専念できるのも幸いであろう。

そして彼に集中した水魔達はハリーとデクラールが対処する。

凍結、失神、縄、水、ありとあらゆる閃光が飛び交い、その度に水魔が一匹、また一匹と沈んでいく。

だが状況は芳しくない、その圧倒的な数の暴力によって彼等は徐々に追い詰められている。

元々四人でも何体が逃がしていた以上、二人でやるのは無理だったのだ。

 

助けなければ、しかしそれをすればPR液生成に支障がでる…。

歯がゆさに身を震わせるが、突如水魔の大群が崩れ始めた。

その中に居たのは灰色の肌と緑色の髪を持つ、槍を持った戦士達。

 

(水中人…!)

 

この恐るべき状況の中、彼等を助ける為に現れたのだ。

その救援を生かし、一気に生成速度を上げていく。

…氷塊が更に巨大になっているのか? …いや狙い通りだ。

何故なら彼の周辺だけは凍結せず、まるで板に丸い窪みができている様になっていたからだ。

 

わざわざ自分に開心術を掛けてまで、あの時のPR液を作った理由がこれだった。

零下200度でも凍結しないPR液が湖の一部を満たした結果、そこだけ凍結せず薄い部分が出来上がっている。

少しでも破壊できる可能性を上げる為の策は、今功を成した!

 

『集まれ!』

 

だが危険な状態には変わりない、一刻も早く脱出しなければならない。

このくらい生成できれば十分だ、そう判断し彼は招集を掛ける。

 

アグアメンティ(水よ)

 

氷塊の窪みにできたPR溶液のたまり、そこに少しだけ真水の場所を作る。

そうしなければ着火した時全員巻き込んでしまうからだ。

次々と集まってくる選手達、それに追いすがる水魔の軍勢。

だがその中にハリーの姿だけが無かった、ハリーは溺れていた!

ヤツは鰓昆布があったのでは?

しかし彼らは、首元にある筈の鰓が無い事に気が付いた、効力が切れていたのだ!

 

助けに行かねば!

しかし窪みを作ったのが仇となり、その小さなスペースに集中してしまった水魔達。

人が通れるスペースは既に無い、纏めて吹っ飛ばせば巻き込まれる。

―――そうだ!

その方法を閃いたセドリック!

 

アクシオ・ハリー・ポッター(来い、ハリー・ポッター)!」

 

彼は呼び出し呪文を使った、その閃光は水魔の隙間をねりハリーに届いた!

呼び出し呪文! でも…!

ハリーの大きさでは水魔の密集地帯を潜る事は不可能、しかし彼女は瞬時に思いつく。

 

レデュシオ(縮め)!」

 

デクラールはハリーを縮小呪文で縮ませる、これで隙間を潜れる様になった!

水魔の間から飛び出してきたハリーに拡大呪文と泡頭呪文を掛ける。

人質、選手、全員揃ったか。

水魔はもう目前、今やらねばやられる…!

 

『盾を張れ!』

「「「プロテゴ(盾よ)!」」」

 

呪文が使えないハリー以外の三人が盾を張った瞬間、キリコは最初の火を放つ!

 

インセンディオ(燃えよ)!」

 

青緑色の液体に火が灯る、次の瞬間!

―――視界の全てが白く染まった。

 

「うわああああ!!」

 

盾一枚を挟み大爆発を起こすPR液!

火球に呑まれ消滅していく前方の水魔達!

軋みながら轟音を鳴らす後方の巨大氷塊!

それに挟まれた彼等は尋常ではない圧力に必死で抵抗する!

 

「あ、暑ヴぃ…!」

 

盾の魔法で軽減されているにも関わらず体感温度は300℃近く!

灼熱に晒され、空気に肺を焼かれ呼吸すらままならない!

 

しかし包頭呪文を張る間も無い、盾を解いたが最後水中で焼死してしまう!

 

だがキリコの読み通り、氷塊は大きく歪み今にも砕けんとしている!

このままいけばあと数秒で崩壊する!

しかしそう簡単に事が進む筈も無かった!

 

(…く、砕けない…!?)

 

僅かな皹が氷塊に入るが、それ以上割れてくれないのだ!

何故だ!? 爆発は十分だった!?

いや…水か!? 水によって威力が減衰したのか!?

愕然とするキリコ!

 

「ま、まだ…砕け無い…の…?」

 

氷と盾による密閉空間、その熱は上昇し続ける!

うっすらと見える地上、あと一押しだというのに…!

 

「あと…一回…強力な衝撃が…あれば…」

「衝撃…」

 

盾の呪文を張れないためその身で人質を守っていたハリーが呟く。

今行動を起こせるのはハリーだけだが、彼の使える呪文に″強力な衝撃″を起こせるものは無い!

 

「爆発呪文は…だ、駄目だ…!」

 

この密閉空間でそんな事をすれば全員巻き込まれる!

止めに最悪な事に爆発が弱まってきた!

爆発できるPR液が無くなってきているのだ!

 

「…た、盾が…!?」

 

展開していた盾に皹が入り始めた!

呪文を展開していたセドリック達が、この高温に耐えきれず倒れてしまったからだ!

溺死か、爆死か、万事休すか…!?

 

「………あ!」

 

その中で一人ハリーが叫んだ!

その目には確かな煌めきがあった!

そして、その機転のままに呪文を唱えた!

 

アクシオ―――(来い―――)

 

ハリーは思い出した、この湖にあったソレを!

ソレの質量がぶつかれば、この扉を破れるかもしれないと!

爆発を切り裂き、水底から引き寄せられたのは!

 

―――巨大イカ(巨大イカ)!」

 

氷漬けの巨大イカが盾に激突した!

イカと氷、それに呼び出し呪文の速度が加わればその破壊力は相当なものになる!

 

それだけではない! 

イカは盾に阻まれるが呼び出し呪文の効力により、ハリーに届くまで圧を掛け続ける!

 

盾越しに掛かり続ける圧力!

一気に広がっていく皹!

そして遂に、巨大氷塊が…決壊した!

 

前代未聞の大爆発を起こすホグワーツ湖!

吹き飛ばされた氷塊が客席に降り注ぐ!

突然の事態に唖然とする観客達!

それと共にブッ飛ばされた彼等はそのまま地面に落下して行く、呪文を唱える気力も残っていないのだ。

 

アレクト・モメンタム(動きよ、止まれ)!」

 

会場に響くダンブルドアの声、その瞬間周囲の氷塊ごと静止、そしてゆっくりと地面に降ろされた。

 

「ガハッ! ぐっ、ハァ、ハァ、ハァ…」

 

灼熱地獄と凍結地獄から解放され、温度差にむせながらも必死に息を吸い込む。

すると隣から、先程まで死ぬかもしれなかったとは思えない程明るい声が聞こえてきた。

 

「…大丈夫? キリコ」

「………お前は、無事か…?」

「うン、凄い元気」

 

全身火傷に噛み傷切り傷、凍傷と俺達はズタボロになっていた。

しかしダンブルドアが掛けておいたであろう保護呪文がしっかり作用していたのか、俺達とは違いラブグッドは傷一つ無いようだ。

 

「凄い爆発だったね、あんなの見れるとは思わなかったよ」

「…意識はあったのか?」

「あったよ、だから全部見てた、ポリマーリンゲル液って何?」

「…マグルの軍で使われてる液体火薬だ」

「液体火薬?」

 

全力で誤魔化していると、現れた大量の医務スタッフに取り囲まれてしまった。

そのまま何処かへ運ばれようとした時、ラブグッドがそれを呼び止める。

彼女は静かに、一言だけ言った。

 

「キリコ、ありがとう」

「………ああ」

 

その言葉を聞いて、俺はようやく理解した。

生き残る事ができたのだと。

暗闇に沈んで行く意識の中で、誰一人死ななかった喜びを噛み締める。

この安息が次の地獄までの、束の間の休息なのは分かっている。

だからこそ、今はこの暗闇に身を任せよう、真の地獄は目の前なのだから…




百年ぶりの大会が終結する
最後の戦い
古の牙城ホグワーツに動員される人員、一千二百人
勝利者が手にする名誉一千ガリオン
一度入れば小国の国家予算にも迫る
だが全てを知る者からすれば蚊の涙
こんなものだと狂気が嘯く
次回、『最終局面』
ウィザードトーナメントの仕掛け人が犯した最大の誤り
それは奴を敵に回した事だ



ホグワーツ湖「俺が何をしたあああぁぁぁ!!!」
ホグワーツ城「ドンマイ」
タイバス河「俺よりマシだよ」
残り三話です、かなりハイペースで進みそうだな…

追記 水中人&イカの安否は次回書きます。
   人質の部分を修正しました。


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第四十一話 「最終局面」

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これからも宜しくお願いします。


ダウン・バーストから生き抜いた翌日、俺達は大広間に集められていた。

それだけでなくカメラやメモ帳を持ったマスコミも居る。

昨日の大事件により結果発表ができなかった為、朝食の時に発表する事になったからだ。

 

勿論怪我は治りきっていない、文字通り肺や全身を焼かれた重症、魔法界で無かったら死んでた様な怪我が簡単に治る訳もなくマダム・ポンフリーは猛反対していたが、ダンブルドアの説得により発表だけ聞く事に落ち着いた。

 

「全員揃っておるの」

 

静かな大広間にダンブルドアの声が響くが、いつもの明るい口調ではない。

ヤツは重々しい低いトーンで語り始めた。

 

「結果発表の前に話さねばならぬ事がある、昨日行われた第二の課題、そこで起こったトラブルについてじゃ」

 

生徒が騒ぐ事は無い、あの時観客席もダウン・バーストの直撃を喰らっていたのだから知っていて当然だ。

 

「課題中、ホグワーツ周辺に局所的な大寒波が直撃し、その結果ホグワーツ湖全面が凍結し選手達が閉じ込められた」

 

ここまでは全員知っている事だが、次の話は俺にとっても予想外だった。

 

「更に試合中に隔離していた筈の大イカが乱入し、加えて水中内に大量の水魔が突然現れ、選手達を襲撃したのじゃ」

 

あのイカと水魔の大群は予定外の事だったのか。

だが、冷静に考えればあんな大量に放つ訳が無い。

 

「この結果氷塊に阻まれ脱出できず、更に水魔に補食されかけるという状態に彼等は追い込まれた。

この大会は時に命の危険に晒される事はあり得る、じゃが今回我々の想定を遥かに上回る危険に襲われる事になってしまった」

 

そこまで言い終えた所で一息つき、より重く真摯な口調になる。

 

「これは我々の想定不足と、対策が十分で無かった事により起こされた事態である。

故に選手達とその大切な者達、家族、また関係者諸君には深く謝罪したい。

…大変申し訳無い」

 

深々と頭を下げるダンブルドアと審査員達、眩しいカメラの光がその印象を深くする。

謝ったからといって俺達の怪我が直る訳でも無いが、こういうのは謝る事そのものが重要なのだ。

 

「…では、結果発表に移ろうと思う」

 

張り詰めた空気が少しだけ緩むのを感じながら、結果に耳を傾ける。

 

「氷塊と大量の水魔によって、本来水中内で選手の行動を見ている筈だった水中人も避難するのが精一杯じゃった。

よって今回、選手一人一人に話を聞き、それを合わせ採点する事となった」

 

その聞き取りを受けていた時聞いた話だが、水中人はかなり水底に逃げていた為、爆発に巻き込まれずには済んだらしい。

大イカも氷に守られ無事だ、…やや人間不振になったらしいが。

 

「彼等は湖の中に閉じ込められ、100体をゆうに越える水魔に襲われた。

じゃが自らの命さえ助かるか分からない状況の中で、彼等は協力しあい、誰一人欠ける事無く生還を果たした」

 

徐々に熱を帯びる大広間の空気。

それを感じたヤツは、明るく高らかに叫んだ。

 

「これは最早採点などできるものでは無い。

よってその勇気、力、機転、それら全てを讃え…

50点を全員に与える!」

 

緊張感に押さえ付けられていたからか、ダムが決壊したかの様な歓声が吹き出した。

まあ妥当な判断だろう。

その勢いのまま宴…と思った矢先に、マダム・ポンフリーが現れ医務室に引き摺られて行ったのであった。

 

 

*

 

 

あれから数日、どうにか火傷も治り授業に顔を出せる様になった頃に、第三の課題が説明された。

その内容は六月二十四日に行われるという点と、その一ヶ月前に詳細を発表する、という事前告知だった。

 

よって一ヶ月前になるまで内容は分からず、対策のできない日々が続いている。

だがやらねばならない事は大量にある、その為必要の部屋に籠ろうとした時の事である。

 

「何か飲むかね?」

「…大丈夫です」

 

俺は何故か校長室に居た。

数刻前、自室にダンブルドアからの呼び出しが飛んできたからだ。

一体何の用なのだろうか。

 

「そうかの? まあ取りあえずそこに座りたまえ」

 

促され、近くのソファに腰を掛ける。

その向かいに座ると、ヤツは話し始めた。

 

「儂は君に言わねばらなぬ事がある」

 

重々しい口調、一体何を言うというのだ。

と思うと、ヤツは急に頭を下げた。

 

「今回の課題で、君等を無用な危機に晒してしまった、その事を謝罪したい」

「…………」

 

何かと思えばそんな事か、確かに酷い目にあったが、最終的に誰も死なず生還できた。

それだけで十分、俺は既に気にしてはいない。

 

「…気にしていません」

「…そう言ってもらうと儂も助かる、今回は済まなかった、皆そう言ってくれた、…優しい子ばかりじゃ」

 

この呼び出しは個別謝罪だった訳か、確かにそれをするのは道理だろう。

これで終わりか…と思ったが、本題はここからだった。

 

「…ただ話はもう一つある、これは君にしか聞かない事じゃ」

 

まだあるのか、そう感じながらヤツと目が合う。

その目は先程の様な申し訳なさでは無く、強い意志の様なものが感じられる。

 

「…君は誰じゃと思う、この事件の犯人を」

「…………!」

 

俺は少しだけ驚き、疑惑を抱く。

こいつは俺が、既に見当をつけている事を知っているのか?

 

「…何故俺に?」

「…君が選手として選ばれた時、儂等はひたすら混乱していた。

しかし君はただ一人、誰よりも冷静じゃった、故に儂は君がおおよその見当をつけていたのでは、だから混乱しなかったのではないか…と考えたのじゃ」

 

…それだけで考えたというのか?

それに冷静だった理由も違う、あれは単純に面倒事に慣れていたからだ。

もしかしたらだが、俺に聞いたのは当てずっぽうなのかもしれない。

何も掴めていないからこそ、藁にも縋るつもりで聞いたのだろうか。

 

「…無論知らないならそれで良い、じゃがもし、もしかしたら…でも良いのじゃ」

「…………」

 

言うべきか?

だが言えば、俺自身が更に警戒されてしまう。

説明したら理由を言わなくてはならない、その理由が「殺気を感じたから」と言えば確実に怪しまれる、一体何処に殺気を感じ取れる十四歳がいるんだ。

 

…しかし、言わなければならないだろう。

危機に晒されているのは俺だけでは無い、ハリーやセドリック、選手全員が危ないのだ。

なら秘密に拘っている場合では無いのだろう。

 

「…アラスター・ムーディ」

「なんじゃと?」

「恐らくヤツです」

 

信じられないといった顔のダンブルドア、当然だ、ヤツは闇祓い中の闇祓いだ、死喰い人だったとは考えにくい。

 

「…彼は伝説の闇祓いじゃ、むしろ最も信頼のおける人物じゃぞ?」

「これまでの事件は関係者以外できません」

 

選手の名前を入れるのは城に居た人間しか、水魔を放つのは会場の下準備をした人間しかできない。

そのどちらにもヤツは矛盾していない。

 

「…確かにそうじゃが、何故彼が怪しいと考えた?」

「…殺意です」

「…殺意、じゃと」

「俺が選ばれた時、ヤツは明らかな殺意を向けて来ました」

 

黙り込むダンブルドアは顎に手をやりながら考え、ようやく口を開いた。

 

「その言い方じゃと、君は人の殺意を感じ取れるという事になるが?」

「…そうです」

 

断言してしまったが仕方無い、当然ヤツは疑惑の目線をぶつけてくる。

 

「…お主は…いやよそう、今やるべきなのは、選手達を守る事じゃ」

 

俺にではなく、自分に言い聞かせる様な口振りで呟く。

何とかこれ以上疑われずに済んだらしい、もっとも今だけだが…

 

「話を戻そう、君が感じた殺意は勘違いではないかね? アラスターが大広間に犯人が居ると考え、殺意を発したのではなかろうか」

「いや、あれは俺に向かっていました、不特定多数に向けた意識ではありません」

「そうか…」

 

また顎髭を擦り出すダンブルドア、あいつが怪しいのが余程信じられないらしい。

それは俺も同じだ、だが犯罪者を憎む余り同じ場所に身を落とすというのはよく聞く話でもある。

ヤツもそうなってしまった可能性は十分ある。

 

「信じがたい…じゃがそれしか手懸かりが無いのが現状じゃ、彼を重点的に警戒する事にしよう」

「…………」

「キュービィー、協力感謝するぞ、最後の課題は安心して頑張っておくれ」

「…はい、では失礼します」

 

そうは言っているものの、俺は余り期待していなかった。

一年や二年の時しかり、あの男は受け身の戦略が苦手に見える。

何もしない事は無いだろうが、こちらでも準備するべきだろう。

 

 

 

 

「…あの子は…一体…」

 

 

*

 

 

ダウン・バーストと共に寒波も吹き飛んだのだろうか、暑すぎず寒すぎず、穏やかな春風が心地よい季節。

しかしノクターン横丁にそんな風が吹く事は無い、相変わらず湿った空気が路地に立ち込めている。

 

そして俺は武器商人の店で、趣味の悪い服を着た女と向かい合っていた。

その女は本心を隠す気も無いのか、しきりに足を揺らしている。

 

「あー、やだやだ、何でこんな所に…」

 

と文句を垂れ続けるリータ・スキーター。

今日は武器を調達しに来たのでは無く、約束していた情報を買取りに来たのである。

 

「…情報は?」

「無理だったざんす」

「…そうか」

「防衛呪文のせいで部屋には入れない、後をつけようにも魔法の目がある、正直お手上げざんす」

 

だが依頼を達成できなかった事に、俺はあまりショックを受けなかった。

元々情報が取れれば、運が良いくらいの気持ちで頼んだのだ。

それにあいつは常に周囲を警戒している、それを掻い潜れないのも仕方が無いだろう。

 

「…でも成果はあるざんす、取り合えずこれを見るざんす」

 

肩をすくめる俺にヤツが突き出してきたのは、新聞の切れ端だった。

良く見ればそれは日刊予言者新聞ではなく、外国語で書かれた新聞だ。

 

「…日本語」

「翻訳は追加料金ざんす」

 

と言われたので6シックルを差し出したら、何故か目を丸くされたが快く翻訳してくれた。

 

「まさか払うとは…じゃあ読むざんすよ。

『魔法生物保護地区から河童等が大量消滅! 密猟者の仕業か?』ざんす」

 

様は日本魔法界の失態が書かれていただけだ、これが何なんだと言うのだ?

 

「それで日付を見るざんす」

「…………!」

 

そこには2月24日と書かれていた、それは第二の課題があった当日に他ならない。

 

「更にこれを見るざんす」

 

差し出された一枚のメモ、それは出張記録の写しだった。

名前の欄には、荒々しく″アラスター・ムーディー″と記載されている。

日付は2月22から23まで、試合日の直前だ。

 

「あの河童以外にも、水魔の消滅事件が起こっていたざんすよ、…試合当日に」

 

恐らく…いや、間違いない、あの大量の水魔はホグワーツ湖に住んでいたモノでは無い。

何らかの方法で湖に呼び出したのだ、その前日にはヤツの出張、これを偶然と捉えるのは難しい。

 

「あのブ男の出張先はロンドンだったざんす、…最も目撃証言はあちこちであったざんすが、例えば…日本とか」

「…………!」

 

この情報に俺は驚嘆していた、この女危険だと思っていたが、味方(一応)になればここまで頼もしいとは。

 

「さあ約束の報酬払うざんす」

「分かった」

 

催促されながらガリオン金貨を差し出す、ヤツはそれを勘定していたが突然こちらに向き直した。

 

「…何か多いざんすよ?」

「上乗せした、それだけの価値がある」

 

相応の情報には相応の報酬を、取引とはそういうものだ。

お陰でまた財布が燃え始めたが…仕方無い。

 

「…弱味さえ握ってなきゃ良いビジネスパートナーになれたざんすね」

「そうか」

 

これで取引は終わった、お互い席に席を立ち帰り支度を始める。

 

「これでお互いの弱味は忘れる、それでもう全部終わり、で良かったざんすね」

「ああ」

「はぁ、酷い目にあったざんす…」

 

こいつが約束を守るかは分からないが、破ったならその分きっちりやり返せば良い。

…尚、ヤツが安心して暮らせるのは数週間と持たなかった事を知るのは、まだ先の事だ。

 

ともかくこれで確証は得た、何故なのかは分からないが、この事件の仕掛人はヤツだ。

ならどうする? 知った以上放っておくのは危険だ。

しかし今すぐ襲撃する訳にもいかない、確証はあれど証拠は無い。

そんな事をすれば俺が捕まる、なら仕掛けるタイミングは…

 

 

*

 

 

最後の試練、それを発表する日が来た。

俺達が集められたクィディッチ会場は、随分おかしな事になっている。

草、草、草、広々としていた筈の会場はひたすら生い茂る生垣に蹂躙されていたのだ。

 

「…何これ?」

「さあ…? これが課題?」

 

首を傾げるハリーとセドリック、それは他の二人も俺も同じ。

生垣の要塞を前に佇んでいると、学校の方からパグマンが走ってきた。

 

「い、いやすまない! 少し遅れた!」

「どうしたーんでーすか? そんなーに慌てて」

「へ!? いやいやいや何にもない!」

 

デクラールの疑問に対し、異常なまでの反応をするパグマン。

何かあったのは間違いないが、早口で捲し立てそれ以上の質問を拒む。

 

「さあそんな事より課題について説明だ! 課題の会場は察しているだろうがここ、クィディッチスタジアムだ!

この生垣は課題の頃には6メートルに成長しているだろう!」

 

そんなに生垣を育てて何をしようというのか。

そう思い観察していると、生垣の間に隙間があるのが分かった。

その隙間はどの生垣の間でも均一になっている。

 

「…迷路?」

「おっ! その通り! クラム君の言った通りこれは巨大迷路に成長する!

その迷路の中心に置かれた優勝杯を最初に取った者が優勝だ!」

 

やはりそうか、しかし最後にしては随分シンプルに纏めたな。

だがこの課題は、シンプルどころかこの大会において最も混沌(カオス)な試練だったのだ。

 

「無論ただの迷路ではない、道中にはありとあらゆる呪いな魔法具やハグリッド厳選の魔法生物が仕掛けられている」

 

ハグリッドこそが、混沌(カオス)の化身だったのだ。

ヤツの趣味趣向を思い出せば、何が繰り出されるかは十分予想できる。

 

「スタートの順番は君達の持つ、得点が高い者からだ。

と言っても第二の課題は全員同じだから、第一の課題が直接反映される事になる」

 

だとすれば順番は俺、ハリー、クラム、デクラール、セドリックか。

 

「説明は以上だ! 質問は無いね!? では!」

 

大慌てで走り去るパグマン、あれで何でもないと信じられるヤツが居るのか。

 

「…何だったんだろ? キリコは何か知ってるかい?」

「…いや」

 

話も終わり各自の学校へ戻っていると、途中でセドリックが何か思い出した様に声を掛けてきた。

 

「そういえばキリコ」

「何だ」

「あの課題の時から、…ずっとタメ語だね」

「…あ」

 

しまった、極限状態のせいで敬語どころでは無かったのをずっと引きずっていた。

 

「…すみませんでした」

「いや全然良いよ、むしろその方が僕も話しやすいし」

「そうか、ならそうさせてもらう」

「…早い」

 

敬語は無しで良いと言ったのに、何故笑顔が少しひきつっているのだろうか。

疑問に思っていると、遠くから赤い髪をした男性が走って来ているのが見えた。

 

「…あ、パーシーさん!」

「え? ああ、ハリー! こんにちは」

 

パーシー、確かロンの兄の一人だったか。

クィディッチ・ワールドカップで見た覚えがある。

 

「こんにちはパーシーさん、…何をそんなに急いでいるんですか?」

「セドリック君に、キリコ君か、こんにちは、で急いでるだっけ? ははは全然そんな事無いよ本当だよ」

「…………」

 

パグマンといいこいつといい、魔法スポーツ部には隠し事のできないヤツが多いのだろうか。

そんな言い訳に騙される筈も無く、ハリーが詰め寄っていく。

 

「…何かあったんでしょう? パグマンさんも似たような事を言ってましたし」

「え!? パグマンさん口を滑らせ―――ヴェフン!」

「……………………」

 

滑らせたのはどっちだ、パーシーはその白い目に堪えきれなくなったのか、脂汗を流しながら口を割った。

 

「…ぜ、絶対言っちゃ駄目だよ?」

「はい、勿論です」

「実は…少し前から、クラウチさんが行方不明何だ」

「クラウチさんって、あの…」

「シィーーーッ!」

 

言われてみれば最近姿を見ていない、あのダンブルドアの謝罪会見の時も居なかった筈。

 

「だからその穴埋めで皆忙しいんだ、いいか、絶対言っちゃ駄目だよ!」

 

と言い残し全力疾走で去っていくパーシーを、俺達は呆然と見つめていた。

 

「クラウチさんが…あの時何がしたかったんだろ…」

「…あの時とは何だ?」

 

ハリーはクラウチの行方について何か知っているのか? まるでそんな言い方だが…

 

「いや、少し前クラウチさんが廊下に倒れてて…ダンブルドア先生を呼んで欲しいって言ってたんだ」

「ダンブルドア先生を? マダム・ポンフリーじゃなくて?」

「うん、それで呼びに行って、戻ってきたら居なくなっていたんだ」

 

クラウチが行方不明…ダンブルドアを呼びに行ったというのに、そのまま失踪…

ヤツは何を伝えたかったのか、その間に何が起こったのか、…既に死んでいるのか。

 

「…気を付けろ、第三の課題中、確実に何かが起こる」

「…うん、分かってるよ」

 

クラウチは真実にたどり着いてしまったのか? だからヤツに殺されたのか?

キナ臭さい臭いが、俺の警戒心を擽っていた。

 

 

*

 

 

いよいよ到来した最後の課題当日、俺は必要の部屋、その内″物を隠す部屋″で最後の準備をしていた。

 

目の前に措かれているのは″AK-47″が二丁、″RPG-7″、″グレネード″が三つに″ブラックホーク″。

それらを一つ一つ、念入りに整備していく。

 

それらを終えると、検知不可能拡大呪文を掛けたバックサックに武器を放り込んでいく。

 

「レデュシオ ―縮め」

 

バックサックに縮小呪文を掛け、さらに″対酸呪文″等を掛けていく。

最後に俺はそれを…

 

…飲み込んだ。

 

何故こんな事をするのか、それは不足の事態に備える為だ。

課題中、もしくはその前後に何かが起こるのは明白。

その為俺は何が起こっても対処できるように、この銃火器を持ち込もうとしていた。

 

しかしこれを課題中に使うことはできない、規定違反になる。

でなければわざわざ飲み込む必要は無い、規定を突破する為にこんな方法を取っているのだ。

本当に万が一の、最後の手段になるだろう。

 

実の所最後の手段はもう一つある、異能を研究する過程で開発した新しい呪文。

上手く使えば窮地を切り抜けられるかもしれない、…余り使いたくないが。

 

最後に大会用のユニフォームに着替え、必要の部屋から出ていく。

試合直前に召集が掛かっているのだ、内容は教えられていないが。

 

 

 

 

大広間脇の小部屋で俺は溜め息をついていた、この状況をどうしろと。

周りを見渡せば、選手が色々な奴等と抱き合ったり励まして貰っている。

招集の内容は、招待された家族への挨拶をする為だったのだ。

 

唯一の肉親が魔法使い嫌いで有名なハリーの所には、ウィーズリー一家が勢揃いし、ヤツを応援している。

 

その中で俺は只一人佇んでいた、理由は言う価値も無い。

…この世界に俺の家族は、既に居ないのだから。

 

思えば前の世界でもこの世界でも実の両親を知らない、もしくは記憶を炎に焼かれ、忘れてしまっている。

俺の産みの親はどんな人だったのだろうか、少し悲観的な気持ちになっていると、誰かが肩を叩いてきた。

 

「キリコ、久し振りだな」

「…ブラック?」

 

そこに居たのは去年俺が助けた男、シリウス・ブラックだった。

 

「…何故ここに?」

「ハリーの応援さ、ほら後見人だから…」

 

そういえばそうだったか、いわく今は大量の賠償金を散財し、14年間の鬱憤を晴らしているらしい。

 

「…改めてだがありがとう、君が居なければ私はこうして、ハリーを応援する事もできなかっただろう」

 

ヤツを助けたのは感謝を欲したからではないが、それを言われて俺は少しの嬉しさを感じていた。

 

「…所で君は気付いて居るのか?」

 

和やかな空気を引っ込めながら真面目な問い掛けをするブラック、俺やハリーの意図せぬ参加を何故知って…ハリーから聞いたのか。

 

「…大体はな」

「そうか、なら言う事は無い。

だが気を付けろ、相手は闇の輩だ、どんな手段を使っても不思議じゃない」

「…ああ」

 

本当に追い詰められた時に備え武器も持った、最後のかくし球もある、やれる事はやってある。

 

「…まさか懐に鉄製のアレを仕込んでないよな?」

「…………」

 

何故バレた、だが答える訳にもいかずしらを切る。

それを見たヤツは、苦笑いしながら溜め息をつく。

 

「もう良いかこの際…では頑張ってくれ、ハリーにと同じ様に、君も応援しているぞ!」

「…そうか」

 

所詮応援、俺を直接助けてくれる訳ではない。

だが少し寂しさを感じていた心にとって、それは間違いの無い温かさだった。

 

「おーい、僕も忘れないでよー」

「おはようキリコ」

「…キニスとラブグッド?」

 

何故こいつらが? 入っていいのは家族だけだった筈。

 

「あ、やっぱり不思議そうな顔してる」

「校長先生から聞いたんだよ、家族と挨拶するのに、キリコだけ一人ぼっちだって、で僕らが来たって訳」

 

ダンブルドアが気を利かせてくれたのか、あいつは何故か信用ならないが今回は素直に感謝しておこう。

 

「まあアレだよ、えー、あー、…何言おう」

「迷路だっけ? 凄い楽しそう」

 

ハグリッドが魔法生物を放たなければな、という思いは呑み込んでおく。

 

「とにかく頑張ってきてね!」

「迷路の感想、後で聞かせてね」

「…ああ」

 

余りに迷走した激励、応援された気はしなかった。

それでも俺の気持ちは大分明るくなった。

そして彼等の声に俺はただ、静かに感謝していた。

 

「…時間だ、全員覚悟はできてるな? では行くぞ!」

 

パグマンの言葉が小部屋に鳴り響き、クィディッチ会場へ足を進める。

 

少しだけ温かくなった心で俺は向かう。

そこにどんな邪悪な罠が潜んでいようとも、今更降りる事はできない。

重い杖を、揺らがぬ意思で握りしめる。

何が来ようとも、やるべき事は単純なのだから。

そして俺達は最早地獄かどうかすら分からぬ程の、最後の暗黒へ歩きだした。




腕もいい、用心深くもある、時に畜生以下に堕ちた
生きながらの死と誹られた事もある
畜生の肩を借りるような真似もした、策も練った
だがそれだけか
それ為だけに生き残り続けたというのか?
違う
成功確率250億分の1、鮮血の一族、悍ましき血
それが俺様の望みなのだ
次回、『不死の末裔』
この男は死なない



期待させて悪いんですが、今章で銃火器を使う事はありません。
でももうじき解禁するので、もうちょっと待ってて下さい。


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第四十二話 「不死の末裔」

ボチボチゴブレット編も終わりが近付いてきました。
さて、迷路は無事でいられるのか…


どこまでも続く暗黒、天を貫く様な生垣。

あても分からずその中を歩く。

しかし俺自身が歩いている訳では無い、ATの方だ。

 

機体名″スコープドッグⅡ″

特に特徴も無い、極めて平凡な機体である。

逆に言えば適応能力が最も高く、何が出てくるか分からないこの状況には最良だ。

尚、何故″Ⅱ″なのかと言うと、生成時周囲の草を巻き込んでしまい、全身緑色になったからである。

 

立ち込める霧が、潜むモノの気配を隠す。

聞こえるのはATが軋む音だけ。

 

しばらく進むと、道が二手に別れた。

…どちらに行くか。

少し悩んだ後左に進む事にした、右にはトラウマがある。

 

結果表れたのは、頭がどこかも分からず、外殻を取っ払った様な見た目を持つ、そして尻尾らしき部位をしきりに爆発させる生物。

 

…尻尾爆発スクリュートか。

ハグリッドが色々放っているのは知っていたが、生徒に育てさせた物を出すとは…

3メートル程の体格を眺めると、背中に″K″と書かれているのに気付く。

 

…確かキニスが「僕のスクリュート、一目で分かる様に背中に″K″って書いといたんだ!」と言っていたな。

あいつの育てた個体か、よくもこんな大きさまで育ててくれたな。

 

しかし躊躇は無い。

迫るスクリュートから距離をとりながら、ソリッドシューターを叩き込む。

だがスクリュートは尻尾を振り、弾丸を叩き落とした。

意外と強いな…

 

とはいえ、さほど時間は掛からない。

 

アクシオ(来い)

 

呼び出し呪文を撃った後の弾丸に叩き込み、俺に引き寄せる。

そして間に居たスクリュートの後頭部(頭か分からないが)に全弾命中、あえなく気絶したのであった。

 

さて、倒したはいいが…

仮にも親友が大切に育てた生物、他の選手に殺されるのもどうかと思う。

…そうだ、こうしよう。

 

スクリュートの問題を解決し、迷路の奥へと進んでいく。

二手に別れた道を左へ、時に右へ。

障害も無く、順調に進んでるかに見える。

 

…何かがおかしい。

似たような光景とはいえ、余りにも変化が無い。

障害も無さ過ぎる、違和感を確かめるべきだろう。

 

フィニート・インカンターテム(呪文よ、終われ)

 

次の瞬間空間が捻れ、立ち込めた霧が霧散し別の景色に変わった。

下にはATの足跡がびっしりと張り付いている、どうやら同じ場所をずっと歩いていたようだ。

 

周囲を確認しようと、後ろを振り向く。

―――そこには、猛烈な速度で迫る棍棒があった。

 

「―――!」

 

ターンピックを突き刺し反対のローラーを回転させ、ATを180度回転、棍棒をいなす!

 

そこに居たのは鼻息を荒げる、4m級のトロールだった。

ATの装甲は薄い、喰らえば即死だろう。

 

だがそれだけだ、こちらの方が早い。

攻撃を外した事にやっと気づいたトロールにアームパンチを叩き込み、怯ませる。

 

その隙にバイザーを上げ、身を乗り出し杖先を鼻にねじ込み呪文を撃つ。

 

エクスパルゾ(爆破せよ)

 

爆散する頭部、バイザーを戻し肉片を防ぐ。

浴びても害は無いが、あの異臭を直接嗅ぎたくは無い。

 

交戦経験があったのが役に立ったな、トロールを排除した俺は更に足を進める。

 

そこからも罠は絶え間なく続いた。

落とし穴、絡まる蔦、巨大な大蜘蛛、錯乱させる魔法具、エルンペント、ペールゼン…もといボガート。

それらを悉く叩きのめした俺は、通路の脇に影を見つけた。

武器を構えながらその正体を確かめる。

 

…クラムか。

ヤツは地面に倒れていた、何かにやられたのか?

近くにそれらしき物は無い、逃げたのだろう。

 

目立った外傷も無い、競技の続行はできそうだな。

そう考え蘇生呪文を使おうとした、その瞬間。

 

「―――インセンディオ(燃えよ)!」

「!?」

 

突如クラムが炎を撃ち込んできた!

ATの装甲で炎を防ぎ後退する。

不意打ちだと、だがクラムはそんな卑怯な事をするのか?

 

インカーセラス(縛れ)!」

「―――な!?」

 

後ろから縄が飛び、拘束される!

横目で後ろを確認するとそこに居たのはデクラールだった、ヤツらは組んでいたのか!?

 

…いや、違う。

証拠は無いが、俺は察した。

服従の呪文だと、大会に潜む黒幕が彼等を刺客に変えたのだ。

 

付き合いこそ短いが、彼等はそんな事はしないと信じている。

この信頼が俺に確信を齎していた。

―――ならば!

 

ローラーダッシュをそれぞれ逆回転、スピンターンを起こし縄を力ずくで千切る。

拘束を破ったキリコは、そのままATを走らせた。

二人は迷宮の中へ消えたATを追いかける。

 

コンフリンゴ(爆発せよ)!」

フリペンド(撃て)!」

 

呪文を連射する二人に対し、キリコは一切の反撃をせず逃げ惑うばかり。

だがいつまでも逃げれる筈も無く、行き止まりに追い込まれる。

 

インセンディオ(燃えよ)

 

キリコが放った炎は、二人では無く周囲の生垣を焼き払う。

炎上によって立ち込める煙によって、二人の視界は潰された。

 

何をするつもりだ?

いや問題無い、この通路なら確実に当たる。

通路の幅は石人形一体分、回避はできない。

 

この素早い判断こそが服従の呪文の強み。

服従の呪文は絶対的な安心を与える、それは全ての悩みを無くす事。

例え敵を見失おうと、煙に巻かれようと、友が死のうと。

悩む事なく、迷う事なく、動揺する事なく、目的に向けて猛進し続ける。

 

コンフリンゴ(爆発せよ)

 

爆破呪文をかわす事もできず砕けるAT。

同時に煙幕も吹き飛ばされ、キリコの姿が露になる。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)

 

動揺した様子のキリコに向かって、武装解除呪文を撃ち込むデクラール。

突然の事態に、いとも容易く杖を奪われてしまった。

 

杖を奪った、もうキリコは無力。

後は御主人様の命令通り、確実に抹殺するだけ。

無様に床を這いずるキリコに向けて、殺意を剥き出しながら二人が迫る。

 

―――しかし、悩まない事が本当に良い事なのだろうか。

戦場で最もやってはならぬ事、それは思考を止める事。

一つ一つの攻撃、行動、それにどんな意味があるのか考え続けねばならない。

 

だが服従の呪文はその悩みさえも消し去ってしまうのだ、それは紛れもない弱点。

彼等は気付くべきだった、ドラゴンを蹂躙し、ダウン・バーストから脱出する様な男が、こんな簡単にやられた事に。

 

「―――な!?」

 

上にずれるクラムの視界!

何が起こったのか?

答えは単純、ワイヤーに引っ掛かり転んだのだ。

 

あの煙幕は時間稼ぎ、キリコはその間に呪文のワイヤーを仕掛け、目眩まし術を掛けていた。

行き止まりに居たのも、確実に引っ掻ける為!

 

それがどうした?

ヤツに杖は無い、転んでいても呪文は撃てる!

動揺する事なく杖を振る。

 

彼等はまたしてもミスを犯した、この男が″転ばす為″だけに罠を張る筈が無い、と。

 

「「ステューピファ(失神せ)―――!?」」

 

突如、衝撃が彼等に降り注いだ!

キリコしか見ていなかったのもミスの一つ、上を向いた彼らが見たのは大量の…落石!

 

あれは只の罠では無かった、引っ掛かる事で上に仕掛けた岩石が落下し出すワイヤートラップだった!

 

呪文を撃とうとするが既に時遅し、落石を脳天に食らい二人の意識は暗闇に消えた。

 

キリコはヴォルデモートのレポートを読んでいた為、服従の呪文の弱点を知っていた。

だからこの作戦を組めたのだ、もし彼等が呪文に掛かっていなければ苦戦は免れなかった。

 

(…息はある、外傷だけだ)

 

二人の状態を確認し、治癒呪文を掛ける。

 

ペリキュラム(花火よ上がれ)

 

救助用花火を打ち上げた俺は思考する、誰がこいつらに呪文を掛けたのか。

試合前は正気だった、なら掛かったのは試合が始まった後。

選手以外で会場に入れるのは、救助要員だけ。

 

…今なら、決定的な証拠を得られる筈だ。

そして俺は、その場に倒れた。

 

息を潜め倒れる。

しばらく経った後、何かが降り立つ音が聞こえた。

それはゆっくりと歩き、こちらへ迫る。

そして―――

 

「…アバダケダブ―――」

ステューブレイト(失神弾頭)!」

「!?」

 

死の呪文が放たれる前に失神弾頭を撃つが、それを紙一重でかわす!

驚いた顔をした後、こちらを睨む。

その目には、かつてない程の憎悪が籠っていた。

 

「…いつから? いつから気付いていた?」

「…最初からだ、お前の殺意がそれを教えてくれた」

「殺意? …まさかあの時か? あの一瞬で気付いたのか?」

 

顔を歪め、不気味に笑う。

殺意を隠す気はもう無いらしい。

だが今捕らえれば、人に死の呪いを使った事を証明できる。

―――その時、光が降り注いだ。

 

ステューピファイ(失神せよ)!」

「何!?」

 

光から飛び出した呪文が、ムーディを失神させる。

そこに居たのは、ワールドカップの時に居たのと同じ奴等、…闇祓い。

 

「大丈夫か!?」

「…はい」

「そんな…ま、まさかお師匠様が…」

 

その中の一人、ショートカットの女性は愕然としながらヤツを見つめている。

そして別の男が語りだした。

 

「アラスター・ムーディ、とうとう尻尾を出したな。

貴様はその為に、泳がされていたのだよ」

 

…という事は、ボロを出させる為にこいつを警備に回していたのか?

あの男、選手の安全が最優先ではなかったのか…

怒るを通り越し、俺は呆れていた。

 

「…ククク、まさかね…」

『!?』

 

倒れていたムーディが口を開く、もう意識を取り戻したのか…!?

 

「でも…既に遅い、任務の片方はもうじき達成される…」

 

任務だと? こいつは誰かの指示で動いていたのか?

そいつは誰だ?

 

「敵の血は届き、帝王は復活する…」

 

…そうかそういう事か。

ヤツの裏に居たのは…

ゆらりと立ち上がるムーディは、それを嬉しそうに語る。

 

「その為にゴブレットに名前を入れ、彼が勝ち進む様に手を貸し、そして移動鍵(ポートキー)になった優勝杯を掴む…筈だったんだ!

お前が! お前さえいなければ!」

 

…どういう事だ、俺が参加するのは計画内の事ではなかったのか。

 

「帝王の閃きにより、計画に支障は出なかった。

だが僕は帝王を失望させてしまった! 分かるかい!? お前のせいで計画は頓挫しかけたんだ!」

 

顔を激しく歪ませ、激昂するムーディ。

…違う、本当に歪んでいる!?

 

「しかし、我が君は仰ってくれた、「ヤツを殺せ」と!

第二の課題では失敗したが、もうそうはいかない!」

「!? だ、誰!? お師匠様じゃ無い!?」

 

魔法の目を引きちぎった瞬間、その姿は別の者へと変化した。

まさかポリジュース薬か、ならこいつは…!?

 

「殺してやるぞ!! キィリィコォ・キュゥゥビィィィッ!!!」

『!? ぐわあああ!』

 

場を満たす閃光!

それが晴れた時、闇祓い達は地に伏していた。

あの一瞬で何をした?

まさか、あの光全てが無言呪文なのか!?

 

「死ねえええぇぇぇっ!」

「―――ッ!」

 

溢れ出す殺意と閃光。

声が伴う事は無い、全て無言呪文で唱えている様だ。

何とか反撃を試みるが…

 

「ハハハハハッ! そんなものかいキリコ・キュービィー!」

 

強い…これまで戦った誰よりも強い!

反対呪文を撃つ間も無い、かわすのが精一杯。

 

「…第二の課題も、お前の仕業か」

 

気を引く為にそう問い掛けると、ヤツは突然攻撃を止め呟きだした。

 

「いけない、冷静にならないと…」

「…………」

「その通りだ、君を殺す為に、移動鍵(ポートキー)で大量の水魔が転移する様にしたんだ、無論ポッターを襲わない様服従させてね」

 

服従の呪文は長くて三日しか持たない、直前に出張したのはそれが理由か。

 

「俺が転移時刻に来ると思っていたのか?」

「その為に大イカを用意したんだ、速すぎた場合は足止めをする様に…」

「…あの程度で足止めか」

 

挑発の一言、だがヤツは何故かより冷静になってしまった。

 

「そうだ、…白状するよ、僕は君を見くびっていたんだ」

「…………」

「認めなくなかったんだ、君ごときが僕を出し抜ける筈が無いと。

嫉妬していたんだ、″悍ましき血″にも関わらず、帝王から認められている事を。

…だから自分でも気付かない内に、あんな手抜きをしてしまったんだ」

 

垂れた頭を上げるとその瞳に憎しみは既に無く、代わりに冷たさを感じる狂気が宿っていた。

 

「もう油断はしない、確実に君を殺そう…

じゃあ決闘だ、僕の名は″バーテミウス・クラウチ・ジュニア″…次は君の番だ」

 

優雅に一礼するムーディー、…いや、クラウチ・ジュニア。

まさか、あの男の息子だというのか。

行方不明になったクラウチはこいつに…?

 

いや、それは後で考えれば良い。

思考を打ち切り、御辞儀を返す。

―――杖を隠し持ちながら。

 

「じゃあ死ね! アバダケダブラ!」

アーマード・ロコモーター(装甲起兵)!」

 

御辞儀の間に生成しきったATが出現、死の閃光が直撃するがATは無機物、効果は発揮されない。

 

反撃にソリッドシューターを連射するが、その全てを砕かれる、無言の爆破呪文か!

 

エクスルゲーレ(爆弾作動)!」

 

事前に爆弾化された弾丸を爆破、更に細かくなったそれは散弾となって襲いかかる。

 

「利くものか…!」

 

出現した盾が弾を防ぐ、だがそれで終わりではなかった。

軟化呪文(スポンジファイ)によって弾力を得た盾が、散弾を撃ち返した!

 

「!?」

 

細かい破片がATの隙間を通りキリコを襲う。

攻撃を逆利用されたのだ。

 

正面からでは敵わない、なら…

最大の速度で逃げ始めるキリコを追うジュニア。

無論只逃げているのではない、隙を作る為の逃走だ。

 

ターンピックを使い一瞬で角を曲がる、それを追い飛び出すジュニア。

かかった…!

そこを曲がったと分かっていても、敵が居るかどうか確認してしまうものだ。

 

ルーモス(光よ)!」

 

キリコは飛び出してきたジュニアに、強力な閃光を浴びせようとする!

―――しかし。

 

「馬鹿め! ノックス(闇よ)!」

 

破裂しかけた閃光が、反対呪文に打ち消される!

作戦は読まれていた、寧ろカウンターを受けたのはキリコだ。

閃光に備え目を閉じていたのが仇となる。

 

「ぐッ!?」

「甘いぞキリコ! 油断大敵!」

 

碎けるバイザー、その破片をモロに食らい全身から血を流す。

しかしキリコは怯まない、即座に反撃する。

 

ルーモス(光よ)!」

「なっ!?」

 

二回も連続するとは思わなかったジュニアは、今度こそ閃光を喰らう。

来るか、何を仕掛ける!

だが攻撃は来ない、何を目論んでいる…?

 

(…………)

 

目が眩んでいる隙に逃げたキリコは、ジュニアのいる通路から生垣を2、3個挟んだ場所にいた。

彼はターゲットが見えない中で、長距離狙撃を狙っていたのだ。

頼れるモノは気配だけと無謀、しかしそれまでの経験が自信を与える。

 

(…そこだ!)

 

無言の貫通弾頭を放つ。

かつて無い危機に呼応した集中力が、無言呪文を可能にした!

 

「…そこか!? プロテゴ(盾よ)! フリペンド(撃て)!」

「―――何!?」

 

キリコにできてジュニアにできない理由は無い、気配を感じての反撃、キリコは首元を抉られてしまう!

 

「チョコマカと…いつまで逃げれるかな!?」

 

…どうする、このままでは確実に負ける。

だが今負ければ、ハリーが危ない。

打てる手は無いか、競技中なので銃は使えない…!

 

思考しながら全身に治癒呪文を掛け、ローブの中を治療しようとした時、杖が何かにぶつかった。

 

(…こ、これなら…!)

 

 

 

 

一方ジュニアは迷路製作に関わっていた事を利用し、最短距離でキリコに迫っていた。

 

だがその前に小さな影が立ち塞がる、ATではない只の石人形である。

時間稼ぎのつもりか? 小賢しい!

 

敵にもならず片っ端から破壊される石人形、その次に来たのは煙幕、事前に張っていたのだろう。

邪魔だ!

杖を振り煙を吹き飛ばした瞬間、ATが殴りかかってきた!

 

が、これも予見済み。

激烈な連激に脚を砕かれ、ATが転倒する。

その時ジュニアは気付いた、コックピットにキリコが居ない事に。

 

エクスパルゾ(爆破せよ)

 

先程の特攻は囮、爆発したATの破片がジュニアを仕留めるだろう。

キリコのその予想は容易く覆された。

 

「―――!?」

 

ATが消えた!? 何処に行った!?

その時キリコに影が重なる、上を見ればATが空を飛んでいる!

何があったか、ジュニアはATを浮遊させる事で呪文をかわしていたのだ。

 

更に急上昇していたATは突如、弾かれたかの様にキリコへ落下して来た!

 

「!?」

 

自分の機体に潰されかけるも、後ろに飛び回避する。

実は競技場の上空には飛行手段を取られない様、浮遊防止の呪文が掛けてあるのだ。

関係者故にその事を知っていたジュニアは、それを利用した!

 

「追い詰めたぞ、キリコ・キュービィー」

 

着地を失敗したせいで片足を挫き、全身や首からの出血、満身創痍のキリコ。

迫るジュニアは、尚も油断しない。

 

「時間稼ぎで仕掛けたのはこれかい? ふざけているな」

 

ジュニアの足元でクラムに対して仕掛けたのと同じワイヤーが凍る、これでもう作動できない。

 

「フフフ…これで任務は達成される、僕は最高の名誉を持って迎えられるだろう!」

 

高笑いを上げ、大袈裟に、だが油断無く杖を振るう!

 

「終わりだ! アバダケタブ―――」

エクスルゲーレ(爆弾作動)!」

 

瞬間爆発したのは生垣、…の根本。

ドミノの様に倒れ込む、6メートルに及ぶ生垣。

それがジュニアに覆い被さる瞬間!

 

ボンバーダ・マキシマ(完全粉砕せよ)!」

 

警戒していた為、即座に生垣を爆破。

その時煙の中に影が一つ、尻尾爆破スクリュートの姿があった。

何故こいつが? そうか、埋め込んでいたのか、僕に襲いかかる様に。

 

あの時、キリコはスクリュートに縮小呪文と睡眠呪文を掛け、懐に仕舞っていたのだ。

そしてジュニアが石人形と戦ってる間にスクリュートを埋め、生垣の根本を爆弾にしていた。

 

なるほど無策ではない、しかし所詮一匹!

―――次の瞬間、彼はすぐ逃げなかった事を後悔した。

煙幕が晴れた時、彼は愕然とした。

 

「がっ………!?」

 

上、左右、前後。

その全てをスクリュートが包囲していた!

 

確かに埋めてはいたが、一匹では無い。

双子の呪いで増やしてから、埋めていたのだ。

生垣が爆破された時、目が覚める様に、元の大きさに戻るように、ジュニアを覆い尽くすように!

 

何だこれは!?

どうする!?

盾の呪文は…駄目だ一方向しか防げない!

爆破…いや誘爆で僕も死ぬ!

姿晦まし、不正防止の結界が!

終了呪文? それだ! これは呪いで増やした物だろう!

 

彼は呪文を撃とうとした、目の前の失神弾頭の光を見なければ。

 

「こ、こんな…僕が…!」

 

失神弾頭を防げばスクリュートの爆発が。

スクリュートを消せば失神弾頭が。

警戒していても無駄な状況。

そう、チェックメイト。

それがジュニアの運命だった。

 

「て、帝王様あああぁぁぁっ!!」

 

最後の絶叫。

それは恐怖からか、帝王に対する申し訳なさだったのか。

答えは、爆発の中へ儚く消えていった…

 

 

 

 

…恐るべき強敵だった。

しかしまだだ、急いでハリーの所へ行かなければ…!

応急処置をし、俺は走り出す。

 

そして見えてきた眩しい光。

その中心には優勝杯、移動鍵(ポートキー)か!

広場へ飛び込んだと同時に、ハリーとセドリックが現れた。

まずい、優勝杯に触れさせてはならない!

 

普段なら俺が先に取れただろう。

だが全身の傷はそれを許さず、鈍くなる動き。

優勝杯に触れる事ができたのは、二人が同時に触れた時だった―――

 

 

 

 

腹を引っ張られる感覚の後、地面に叩き付けられる強烈な痛みを感じる。

目の前に広がるのは大小様々な石に、人の名前が刻まれている場所、ここは墓場なのか?

 

「…ここはどこだろう?」

「優勝杯が移動鍵(ポートキー)になっていたのか? 二人は何か知ってる?」

「杖を構えろ」

「「え?」」

「早くしろ、死ぬぞ…!」

 

一歩遅かった、ジュニアの言っていた事が本当ならこの近くにヤツが潜んでいる筈。

急いで移動鍵(ポートキー)の元に戻らなくては、優勝杯はかなり離れた場所に落ちていた。

呼び出し呪文を使おうとした、その一瞬の間だった。

 

インカーセラス(縛れ)!』

 

縄掛け呪文の声が聞こえ、光が飛来する!

思考は既に、どう回避するかに切り替る。

 

「―――!?」

 

だがそれは甘かった、呪文は360度全ての方向から飛んでいた。

キリコは気付く。

かわしようが無い、ここに来た時点で手遅れだったのか。

 

「く…!」

 

後ろの墓石に縛りつけられ、きつい締め付けに呻きが漏れる。

表れたのは黒いローブと銀色の仮面を被った、十人近くの死喰い人。

ハリーとセドリックも捕まってしまったが、最悪の状況を悲観する間も無い。

 

『余計な奴は殺せ!』

 

墓地の奥、暗闇から寒気がする声が響く。

俺は直ぐに理解した、この声の持ち主はヤツだと。

 

殺せ? 誰の事だ?

ハリーは違う、ジュニア曰く復活に必要だからだ。

俺は問題ない、むしろ死ねるものなら死にたい。

なら、残るは…!?

 

「アバダケダブラ!」

 

奴等の一人が杖を突きだし、死の呪いが放たれる!

それは彼目掛けて、真っ直ぐに飛ぶ。

 

―――止めようと手を伸ばす、だがロープに縛られ、指一本動かせない。

 

やがて光が弾け、衝撃で千切れたロープから彼がずり落ちる。

 

「…あ、あ、ああ…」

 

何もできなかった、助けに行く事さえも。

彼が地面に落ちたとき、ハリーは絶叫した。

 

「セドリックゥゥゥ!!」

 

―――セドリックが、死んだ。

 

 

 

 

墓石に縛られながら俺は呆然としていた。

だから目の前で起きている事を、ただ見つめる事しかできなかった。

 

「父親の骨、知らぬ間に与えられん! 父親は息子を蘇らせん!」

 

不気味な液体に何かの骨を投げ入れる小太りの男、ピーター・ペティグリュー。

あれは恐らく、ヤツを復活させる儀式だろう。

 

(しもべ)の肉…よ、喜んで…差し出されん…(しもべ)は…ご主人様を…蘇らせん!」

 

…どうして、どうしていつもこうなるんだ。

俺と親しいヤツは、何故いつも死んでしまうんだ。

セドリックの死は異能によるものではないだろう、あの状況に俺の命は掛かっていなかったからだ。

 

腕を切り、それを鍋に落としたペティグリューは、過呼吸を起こしながらハリーに近づく。

 

「うわああああ!!」

 

ハリーの腕を短刀で切りつけ、流れた血を小瓶に入れる。

 

…しかし、異能によるものだった方がまだ良かった。

そうだったら、俺は自分を責めれたからだ。

この感情を自分にぶつけられた、後悔もできた。

 

「敵の血…力ずくで奪われん…汝は…敵を蘇らせん!」

 

小瓶を入れると、鍋は一層不気味に光出す。

そしてペティグリューは、その場に崩れる。

 

…だがセドリックが死んだのは偶然だ、偶々移動鍵(ポートキー)に触れてしまったのが、この死を招いた。

余りにも呆気ない最後、それはまるで戦場にそっくりだった。

 

誰のせいでも無い、異能のせいでも無い。

気付いたら死んでいて、そして最後に俺一人が立っている。

この光景は俺が最も嫌う、かつての戦場そのもの。

 

「ローブを着せろ」

 

湯気をたたせる大釜から、一つの影が現れる。

這いながらも、それにローブを被せるペティグリュー。

 

「会いたかったぞ、ハリー・ポッター、そして…キリコ・キュービィー」

 

蛇の様な顔。

紅く光る眼。

ヴォルデモートが復活した。

 

だが俺は、その事に何も感じなかった。

孤独と悲しさが胸を締め付ける中、俺はひたすら祈る。

もう…これ以上、俺を独りにしないでくれ…




ねじれて絡まる二重螺旋のように、精妙にして巧緻、残虐にして細心
練りに練られた謀略が御業の如く野望を結実する
いよいよクライマックス、いよいよ大詰め
舞台を作った全ての者がツケを払う時が来た
万雷の拍手にも似た閃光と共に、眩しすぎるカーテンコールが照らすのは何だ?
次回、『リドル』
真実はいつも残酷だ



ボコられた後のジュニア
失神&縄&完全石化。
更に地面に埋められ、上にスクリュートの重し付也。
以上VSジュニアでした、次回最終話です。


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第四十三話 「リドル」

炎のゴブレット編、最終回。
始まります。


セドリックの死。

ヴォルデモートの復活。

かつての戦場を思い出させる光景に呻きながらも、俺の体は動き出す。

心とは別に、体に染み付いた硝煙の臭いが俺を動かしていた。

 

「立て、ワームテール、俺様の杖を寄越せ」

「は、はい…ご主人様…」

 

腕の切断面から流れる血を押えながら、ペティグリューは杖を差し出す。

それを懐かしそうな顔で手に取ると、杖をペティグリューに向けた。

 

「腕を出せ」

「おお…ありがとうございます」

 

腕を治して貰えると思ったのだろう、だがその願いはあえなく潰えた。。

 

「違う、反対側の腕だ」

 

その言葉に身を竦ませ、泣いて許しを請う。

しかしヴォルデモートは聞き入れず、無傷の腕に杖を押し当てた。

 

「ああああああ!」

 

悲鳴と共に、ヤツの腕が焦げ付いていく。

数秒の後杖を離し天を仰ぐ、まるで誰かを待っている様に。

 

「今ので全員気付いただろう、これを見て戻る者は何人いるか、逃げ出す臆病者な何人いるのか」

 

一人呟いたヴォルデモートは、拘束されているハリーの方を向いた。

 

「ポッター、お前がいる場所が何か分かるか? そうだ俺様の父親の死体、その上だ」

 

淡々とヴォルデモートは語る、自分が何処で生まれ、どう育ち、どんな人生だったのか。

母の孤独死、魔法に恐怖した愚かな父の事。

自らの人生が、ハリーとよく似ていると。

 

その言葉に怒りもがくハリーを見つめ、笑いながらヤツは叫んだ。

 

「だがこの瞬間、愚かな父やマグルなどでは無い、本当の家族が戻ってくる!」

 

その言葉と共に、幾つもの黒い影が墓場に降り立つ。

最初から居た連中と合わせて、合計二十人程か。

 

「よくぞ戻ってきた、死喰い人達よ」

 

死喰い人達は一人一人跪き、ローブの端に口付けをしていく。

やがてヤツらがヴォルデモートを中心に円を組むように並ぶと、ヤツは饒舌に語りだした。

 

最初こそ戻ってきた部下に対する歓喜の言葉だったが、やがてそれは何故最初から助けに来なかったのだという、憤怒の言葉に変わっていった。

 

「俺様は告白しよう、…お前達には失望させられたと」

 

意図的なものだろう、冷徹な言い様に震えた一人が許しを請う。

だが懺悔の救済は、″磔の呪文″による拷問だった。

 

「ギャアアアアア!!」

「見ろ、彼は十三年分の裏切りを磔の呪文一つで償った、…俺様は寛大だ、お前達を赦そうではないか」

 

今のは見せしめだ、もっとも何人かが安堵の表情を浮かべているあたり、殺されないだけマシなのだろう。

死喰い人達を舐めまわしながら、ヤツは一人の仮面を奪い取る、その顔は俺も知った物だった。

 

「おや、面白いヤツが居るな…」

「お久し振りです我が君、肉体を取り戻せた事は私にとっても歓喜の極み」

「相変わらず白々しい男よ、ルシウス」

 

ルシウスはヴォルデモートを前にしても怯む事無く方便を語るが、その額には一筋の汗が流れている。

 

「誠に申し訳ありません、ほんの僅かでも情報があれば、直ぐに馳せ参じたのですが…」

「何を言う? 魔法省に勤めている同士、お前に伝わっていない筈が無かろう」

「そ、それは…」

 

勤めているだと、魔法省に間者が居るのか?

一瞬硬直するルシウス、それを嘲笑うヴォルデモート。

 

「まあいい、これからの働きを期待しようではないか」

「寛大なお心、感謝致します」

「ルシウスだけでは無い、お前達もだ、十三年間のツケをどう払ってくれるか楽しみだ。

その点、ワームテールや先んじて馳せてくれた者達は多少マシと言える、だが多少に過ぎない、分かっているなワームテール」

「は…はい…ご主人様…」

 

大量出血によって朦朧としながらも、声を搾り出すペティグリュー。

 

「その痛みは報いだ、だが復活に貢献したのも事実、ヴォルデモートは助ける者には褒美を与える」

 

杖を振ると、地面から液状の銀が溢れだす。

それはペティグリューに集まり、新たな義手を構築する。

 

「あ、有難うございます…!」

「その忠誠心が二度と揺らがない事を期待するぞ」

 

そしてヤツは裏切り者には制裁を、アズカバンに投獄された者に名誉を与えると宣言した。

 

「最後に最高の名誉を与えなければならない者が二人居る、一人はホグワーツで任に就きその命を散らしてまで任を達成した、もう彼がここに来ることはないだろう、俺様は彼の死を慎む」

 

バーテミウス・クラウチ・ジュニアの事か、ヴォルデモートが目を閉じると他の死喰い人達もそれに続く。

…殺してはいないが、あれで無事に帰れる筈は無いだろう。

 

「そしてもう一人、四年前俺様が生きている事に気付いたヤツは俺様を支えてくれた、魔法省の内情を探り、復活の策を練り、居なくなってしまった間死喰い人達を纏めてくれた。

彼等二人の働きにより、今宵二人の友人を迎える事ができた」

 

一人はハリーで間違いない、だがもう一人は…俺なのか?

 

「紹介しよう、かつて俺様の手から逃れ、滅ぼし、英雄として担ぎ上げられている男の子、ハリー・ポッターだ」

 

ヤツらの目線がハリーに集まると、ルシウスが一歩前に出て頭を下げながら問う。

如何なる軌跡を辿り、如何なる奇跡を用いたのかと。

 

ヴォルデモートは語りだした、何故ハリーを殺そうとし、呪いが跳ね返ったのか。

どう生き延び、どれだけ惨めな姿になったか。

クィレルを利用し、失敗した時の絶望を。

その時一人が馳せ参じ、ペティグリューを得復活した事を。

 

クルーシオ(苦しめ)!」

 

そこまで語り、ハリーに呪いを放つ。

絶叫を上げるハリーを見つめ、高笑いを悲鳴に響かせる。

 

「見たか! この小僧は何もできはしない! こいつは俺様から偶然と幸運だけで逃げ延びたに過ぎないのだ!」

 

醜悪な笑みを浮かべ拷問を続けるヴォルデモート。

暫く経ちようやく杖を下ろした頃にハリーの悲鳴は止んだ。

 

「宣言しよう、今夜我らが友人ハリー・ポッターを殺すと、そうすればお前達も、魔法省の腐った犬共も俺様の力を信じるだろう…だがもう一人紹介しよう」

 

ヤツの赤い眼が俺を捉える、それを困惑した目で見つめる死喰い人達。

その困惑をルシウスが代弁した。

 

「我が君…この小僧が何なのでしょうか?」

「良い質問だルシウス、まあこいつに関しては知らなくて当然だ」

 

何故俺が主演の一人なのだ、まさかこいつは異能を知っているのか。

考えられる理由はそこ以外見当たらない。

異能を知られるという恐怖に、冷や汗が頬を流れる。

 

「一体どこから説明したものか…よし、ここからだな、それといつまで縛られたフリをしている?」

 

ざわつく死喰い人達、既に見抜かれていたか。

とっくのとうに縄抜けをしていたが、これで不意を突けなくなってしまった。

奇襲を諦め、地面に降り立つ。

 

「見たか? こいつは呪文も使わずに拘束から脱した、四年生とは思えん恐るべき力量だ、…ああ杖はそのままでいいぞ?」

 

…いつでも殺せる自信があると言う事か。

杖を構えたからといって、状況は全く変わらなかった。

 

「さて続きだ、三大魔法学校対抗試合の時、彼にポッターを連れてくる事以外にもう一つ命令したのだよ…キリコ・キュービィーを抹殺せよとな」

 

…どういうことだ。

殺せと命じておいて、ここに主演として迎えられた? 矛盾している。

 

「彼は任務を全うしようとした、第二の課題では100体の水魔を放って殺そうとし、第三の課題では他の選手を操り、自分の手で殺そうとまでした。

…だがこいつはここに居る、分かるか? 俺様に最も忠実だったクラウチ・ジュニアは、たかが十四歳の学生に倒されたのだ!」

 

今までで最も激しく動揺する死喰い人達、ヤツはそんな強かったのか。

 

「だがそれで証明された、この男が何なのか。

…俺様はジュニアに嘘をついていたのだ、嘘をつかねばならなかった。

彼は忠実だ、それ故に…本心を話したら、無意識の内に手心を加える可能性があったのだ」

 

嘘だと、ならヤツが俺を憎んでいた理由も嘘なのか。

俺が立候補したのは、やはりヴォルデモートの思惑の内だったのか?

それならヤツ以外の内通者が居る事になるが…

 

「では本心は何なのか、何故殺せと命じたのか、それは…実験の為だ、こやつが生き残るかどうかの。

だからこそ本気で殺さねばならなかった、もし死んだら俺様の検討違いだったで済むからな」

 

実験、実験だと、まさか、こいつは、俺の事を…!?

確信に近付いていく予感に、俺は怯える。

 

「信じられるか? 100体の水魔どころか大寒波からも脱出し、本気のジュニアを破った事を。

それだけでは無い、クィレルに寄生していた時、俺様はこいつに死の呪いを放った、だがその呪いは―――砕け散ったのだ!」

 

どの死喰い人も驚愕を隠せない、死の呪いは普通防げないのだ、当然の反応と言える。

 

「更に二年生の時はバジリスクの牙に心臓を射抜かれ、尚生き残った! 奇跡でも起こらなければ助からない状況で二回も生き残ったのだ!

これは偶然などでは無い、もうお前達も理解しただろう…?」

 

何故その事も知っている?

いやそれよりも、こいつはやはり…!

 

「―――不死身の存在、それがこの男の正体だ!」

 

隠し続けていた秘密、異能の存在。

それが今、この世界に放たれた。

 

「―――な、何を仰います! 永遠なる存在は貴方様しか…」

「驚くのはまだ早いぞルシウス、その前にこいつの過去を語らなくてはいけない」

 

だが俺にとっての衝撃はここからだった。

 

「こいつは一人で生きてきた、六歳の時火事で両親が死んだからだ、だが本当の両親では無い、真の親、それが問題だ」

 

忘れもしない、俺を庇ってくれた義母の事を、助けてくれた義父の事を。

そして俺を生み、死んでしまった母の事を。

そこに、一体何があるというのか。

こいつは俺の母を知っているのか

 

「…俺様は不死に近い、だが完璧には程遠い、故に不死について誰よりも調べた、そして学生の頃知ったのだ、不死を求める一族を」

 

何かを懐かしみながら語るヴォルデモート。

それが俺の母と、何の関係があるというのだ。

 

「その最後の一人を、俺様は何とか見つけ保護する事に成功した。

純血、半純血、穢れた血、マグル、スクイブ、魔法界で優れた血の順番だ。

…だが知っているか? これよりも、更に下があると」

 

周りの死喰い人達が、急に騒ぎだす。

何となくだが勘づいてきた、この話は単なる昔話ではないと。

 

「教えてやろう、お前の母親の名は―――

―――ジャックリーン・ブラッド、″悍ましき血″ブラッド家最後の生き残りだ」

 

その瞬間、墓場に悲鳴が響いた。

ある者は後ずさりをし、ある者は倒れ、ある者は地に崩れた。

何なんだ、俺の母親は一体何者なんだ。

 

「わ、我が君!? ブ、ブラッド家と、い、今…!?」

 

ルシウスのあの動揺振り、あそこまで恐怖する理由は何なのか。

俺の疑問を見透かすように、ヴォルデモートは話し始める。

 

「知らないだろうから説明してやろう、ブラッド家とは何なのか。

奴等は300年程前、純血の王ブラック家から派生した分家の一つだ、奴等が不死を求めていた理由は分からないが…それを求めたのは事実だ」

 

…それだけでは無い筈だ、それだけで死喰い人があそこまで震えあがる訳がない。

 

「だが奴等の名は歴史に無い、何故だと思う? 実に簡単だ、弾圧されていたのだよ。

不死を求めるという、愚民共曰くの禁忌に手を染めたからだ、…だがそれだけで歴史から末梢はされない」

 

俺は血塗られた運命が、この世界でも尚続いている事を知る事となった。

 

「不死へのアプローチは魔法だけでは無かった、奴等はマグル式…つまり科学にも手を染めていたのだ。

いやまだだ、黒魔術、人体実験、更に近親相姦、家族殺し、大量虐殺、挙句の果てには吸血鬼や吸魂鬼の血や魂まで取り込んでまで不死を目指した。

…当然この様な存在を認める者は、マグル、魔法使い、純血主義者のどこにも居なかった。

そして徹底的な弾圧の末…滅んだのだ」

 

あまりにも無茶苦茶な、そして凄惨極まった歴史。

それが俺の血脈だった。

 

「奴らはこう呼ばれる、″悍ましき血″と、″鮮血を背負う一族(レッド・ショルダー)″と、学者達はこぞって奴等を歴史から末梢した。

その生き残りがお前の母親だ、俺様は保護をする代わりに、研究の成果を提供するよう命じたのだ」

 

では、俺の母もそうだったと。

何人も、欲望の為に殺した悪魔こそが、母だったと。

 

「そして一報が届いた、孕んだ子供に一つの呪文を掛け、成功したと。

″例え何があっても生き残る″という、成功確率250億分の1、その呪文が完成したと

…最も何と交わったかは知らないがな、少なくとも人間では無いだろう」

 

欲望の為に自分の子供さえ実験体にする様なヤツが、俺の母親だったのか。

今更血など気にはしない、それでも俺の心は抉られていた。

…だが。

 

「…俺様は歓喜し彼女の元を訪れた、…だが奴は居なくなっていた。

奴は自分の子供恋しさに、俺様に子供が利用されるのを拒み、逃げ出したのだ!」

 

彼女は逃げていた、俺を守るために。

それは何の贖罪にもならない。

だがそれだけで、心に刺していた徐々に影は消えていった。

 

「刺客を送ったが帰らなかった、あったのは奴と刺客の死体だけ、お前は綺麗さっぱり居なくなっていた。

探そうとしたが、…今度は俺様が滅ぼされてしまった」

 

代わりに沸いてきたのは、母親を殺された事に対する感情。

 

「絶望したよ…完全な不死、その鍵が無くなったのだから、だからこそお前が死の呪いを砕いた時、まさか、と思ったのだ。

そして徹底的に調べた所…大当たりだった訳だ」

 

ヴォルデモートの言葉は耳に入らない、俺の中は既にかつて″神″に対し抱いた思いで埋め尽くされていた。

 

「念を入れこの大会を利用し不死かも試した、それも成功した。

…さあキリコよ、俺様の元へ来るのだ、お前の正体が知られればまともには生きてゆけぬ、だが俺様はお前を迎えよう―――」

「断る」

「…何?」

 

母親を殺された事、俺を利用し支配しようと言うなら―――

 

「例え神にだって、俺は従わない」

 

幾度無く吐き捨てた言葉を、呪詛の様に叩き付けた。

 

「…そうか、なら仕方無い、無理矢理来て貰うとしよう、だがその前に奴を歓迎しなくては」

 

そう言いながら杖を振り、ハリーの拘束を解除する。

そしてヤツは宣言した、決闘をすると。

 

「決闘の作法は学んでいるな? まずお辞儀からだ、格式ある伝統は守らねばならぬ―――」

 

杖を振りハリーの頭を無理やり下げさせると同時に、高らかに叫ぶ。

 

「お辞儀をするのだ!」

 

一瞬の後、磔の呪文がハリーの叫びを呼ぶ。

決闘とは名ばかりの蹂躙劇、それを楽しむヴォルデモート。

助けに行きたいが、流石に喉元に杖を突き付けられてはどうしようもない。

 

「何をしているポッター、逃げてばかりでは恥を晒すだけだぞ?」

 

ハリーは更なる追撃を岩に隠れ凌ぐが、時間の問題。

ヴォルデモートの挑発に反応したのか、ハリーが飛び出し呪文を放つ。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

「アバダケダブラ!」

 

赤と緑の閃光が激突した。

…いやどうなっている、死の呪いが武装解除呪文と激突? そんな筈が無い。

相殺どころか拮抗もできない、だから死の呪いと恐れられるのだ。

 

その現象を目にした死喰い人も、ヤツ等の決闘に目を奪われていた。

今なら脱出できる、だがその後どうする?

 

今の俺ではヴォルデモートに勝てない、逃げるのが賢明。

しかし移動鍵(ポートキー)に触れても戻るのは俺だけ、ハリーはどうすれば良い。

手段を講じていると、再び異変が起こり始めた。

 

ハリーとヴォルデモートを中心に、巨大な黄金のドームが出現したのだ。

こちらからは分からないが、中の二人は何かを見て驚愕している。

 

そして突如膜が弾け、死喰い人達が吹き飛ばされた時ハリーが動き出した。

セドリックに向けて走るハリー、ヴォルデモートは何故か動けないでいる!

チャンスは、今だ―――

 

「え? あ!? ああああ!?」

 

杖を突き立てていたヤツに一本背負いを叩き込む!

キリコもセドリックに向けて走り出す。

キリコはハリーの意図を察していた。

 

ルーモス・ソレム(太陽の光よ)!」

 

逃げ出した事に気付いた死喰い人の目を潰し、二人がセドリックの所に到着するとハリーが杖を振った。

 

アクシオ(来い)・優勝杯!」

 

優勝杯、もとい移動鍵(ポートキー)を呼び出すハリー。

彼等の狙いはセドリックと共に、移動鍵(ポートキー)で競技場に帰還する事だった。

 

「アバダケダブラ!」

 

誰かが放った死の呪い、だがもう遅い。

呪いよりも、移動鍵(ポートキー)が届く方が早いからだ。

―――邪魔が入らなければ。

 

「―――え!?」

 

転がりながら迫っていた優勝杯が、あと一歩の所で止まった。

鼠が、ワームテールが優勝杯を押さえつけていたのだ!

 

まずい、間に合わない。

今の遅れのせいで呪いの方が早くなった、このままだとハリーに当たる。

…なら、最後の手段に賭けるしかない。

 

エクスパルゾ(爆破せよ)!」

 

足元に向けての爆破呪文。

煙幕の中、地面の破片と共に飛ばされる優勝杯とワームテール、キリコ。

 

「―――え?」

 

ハリーは目を疑った。

煙幕の中で、大きな影と緑の光が重なったからだ。

見間違いだ、今のはきっと…

だが無情にも大きな影、…キリコはその場に崩れた。

 

「キ、キリ―――」

 

吹き飛んだ優勝杯が手に触れるのは、現実を認めるよりも速かった。

 

 

 

 

「…ハリィィィ・ポォッタァァァァ!」

 

怨敵を取り逃がし絶叫するヴォルデモート、それに震える死喰い人達。

ところがその暴風は急に収まった、何故なら―――

 

「………死んだの…か…?」

 

地面に倒れこむキリコ、その顔は青ざめ血の気を感じられない。

ヴォルデモートは落胆した、キリコが死んだ事に。

ジュニアを犠牲にしてまで得た理想が、結局偽物だった事に。

 

やはり、完全な不死など無いのか…?

いやこいつは死んだのだ、どう見ても死の呪いは直撃していた。

なら前向きに捉えよう、厄介な相手が死んでくれたと。

…それでも諦めきれず、遺体をもう一度見直す。

 

「…?」

 

違和感、何かが違う。

ヴォルデモートは死の呪いの達人、故に呪いの犠牲者は何人も見た。

 

「…まさか…」

 

だからこそ気付いた、その決定的な違和感に。

 

「…アバダケダブラ!」

 

死体に呪いを放つヴォルデモート、そして―――

 

「―――!」

 

呪いをかわした。

そう、死体が動いた。

呪いの直撃を受けて、キリコは生きていた。

 

「な…!?」

「こ、こんな!? こんなことが…!?」

「…黙れお前達」

 

ばれたか…!

あのまま死体と勘違いしてくれれば、後で逃げれたのだが…

不気味なほど嬉しそうに笑うヴォルデモート。

 

「ククク…やはりお前は本物だ、俺様以上の、完全な不死…

先程の行動を見るに、お前は自分の不死を自覚しているようだな?」

「…………」

「だんまりか…まあ良い、今の俺様は機嫌が良い、…暴いてやるぞ、お前が宿す、不死の呪文を」

 

ヴォルデモートも何気ない一言、それは俺に疑問を与えた。

呪文? 異能生存体の能力は遺伝子に基づく力の筈。

ヴォルデモートが知らないだけなのか、この世界では呪文の力なのか。

 

「…さて、では来て貰おうか、勿論拒否権はないぞ?」

「…………」

 

逃げられない以上、断る事はできない。

だからこそ俺はヤツを睨み付け、支配への抵抗を示す。

 

「強がるものではないぞ? 俺様は多くの心を覗いてきた、だから人の心が分かるのだ。

見えるぞ、恐怖に怯えるお前の姿が………!?」

 

俺と目を合わせると、突然ヴォルデモートが硬直した。

 

 

 

 

(何だ…何だこの男は!?)

 

キリコの心を見た彼は、恐怖していた。

恐怖の象徴と呼ばれたヴォルデモート、彼の姿を見た者は多種多様な感情を抱く。

絶望、畏怖、反骨心、例えダンブルドアでさえ例外ではない。

 

だがこの男は違った。

恐怖の一片も無く、ただひたすらに殺意を研ぐ。

それはヴォルデモートが初めて出会う人間、自分を見て心を一切揺らす事の無い人間。

 

故に彼は、心の底から戦慄する。

人を見る目があるばかりに、理解してしまった。

この男は、誰にも支配できぬと。

 

 

 

 

「わ、我が君…?」

 

声を掛けるルシウスを、ヴォルデモートは突き飛ばす。

この空白の間、何を考えていたんだ?

 

「貴様は…」

「…………」

「お前は何者だ、キリコ・キュービィー!」

 

そう叫ぶヴォルデモートの顔は、まるで未知の存在に怯えている様だった。

 

「…まあいい、来て貰うぞ、逃げれはしないのだから

もっとも場所を知られては困るのでな…!」

 

ハリーは無事に逃げれただろうか、向こうはどうなっているのだろうか。

無事を祈りながら、俺は思う。

 

支配への嫌悪、それ以上の、孤独の悲しみを。

あと何回別れを経験するのか、幾つの死を見届けなければならないのか。

セドリックは、苦しまずに死ねたのだろうか。

 

「―――ステューピファイ(失神せよ)!」

 

闇に沈んで行く意識を、今でも覚えている。

それは、ささやかな祈りだ。

このまま永遠に目覚めなくてもいい。

最後まで人間らしかった彼の様に。

俺にも与えてくれ、永い眠りを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あり得ない、あり得てはならない…例のあの人が復活したなど…!」

「お気持ちの方、ご察し致します」

「ダンブルドアは私を惑わせ大臣の座を奪おうとしているのだ、そうでなかったら、そうでなかったら…!」

「ご安心下さい大臣、直ちにマスコミに手を回し、ダンブルドアの信用を失墜させるよう手を打ちます」

「おお、…流石君だ、頼りにしているぞ」

「はい、また闇祓いを再編成、死喰い人の活動に対する対策を考案します」

「…!? 何を言っているんだ!? 君はまさかあの男を信じているのか!?」

「滅相も御座いません、…しかし、しかし万一本当に復活なさっていたら…どうなるか分かるでしょう?」

「そ、それは…」

「対策をすればダンブルドアに足元を救われます、しかし事が真実だった場合、貴方は「何もせずのうのうと椅子にしがみ付いていた無能」の烙印を永遠に押されてしまいます。

念には念を、ご安心下さい、ダンブルドアに隙を突かれない様、極秘裏に対策を進めます」

「う、うむ…確かにそうだ、では頼んだぞ!」

「お任せ下さい、是非期待に応えて見せましょう」




時は過ぎ、日は巡る。
今が今であればある程、あの日あの場所が懐かしい。
例えそこが屈辱と涙、血と裏切りに塗れていたとしても。
だからこそ鮮烈に蘇る。
いまだ生きてあり、俺とお前とあいつとこの子。
賢者の混乱、緑の地獄、潜り潜って幽鬼の狂気。
暴走、暴走、また暴走。
百々の詰まりは繰り返し、あの人までがぶっ飛んだ。
切ない程に懐かしい、狂おしい程に懐かしい。
ハリー・ポッターとラストレッドショルダー、第四十四話「レウニオン」。
蘇れ、あぁ、幻影の、あの日あの時。



キリコのオリ設定ですが、実は入れなくてはならない事情がありました。
というのもヴォルは異能について知る機会が無い、つまりキリコとの絡みが生まれない。
よって因縁や絡みが終盤に集中してしまうんですが、これだとシナリオが終盤まで盛り上がらなくなってしまう。
なのでオリ設定を加える事で、キリコとヴォルの絡みを中盤に入れられる様にしたんです。
少々言い訳がましくなってしまいましたが、なるべくブラッド家の話は表に出さない様進めて行きますので宜しくお願い致します。

では今年の投稿はこれで終わりです。
皆さま良いお年を。


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「不死鳥の騎士団」篇
第四十四話 「レウニオン(Aパート)」


ひっさびっさの投稿です、休みにしては長すぎる…
まあいいや。
「アンブリッジをひたすらボコボコにする」編、始まるよー。


ヴォルデモートの復活、セドリックの死。

それらが与えた衝撃は余りに大きい、だが俺はその事を知らないでいる。

何故なら俺は、自分自身が何処に居るのかも知らないのだから。

 

あの時より数ヵ月、俺は何処かの牢獄に監禁されていた。

何故監禁されているのか、理由を聞かされていない以上憶測でしかないが、恐らく″異能″を調べる為だろう。

 

ヤツ…ヴォルデモートは、俺の不死性を″異能″によるものではなく″呪文″によるものだと捉えている様だった。

″異能生存体″そのものを知られなかったのは、不幸中の幸いだ。

だからと言って、俺の異常性を知られてしまったという結論に変わりはない。

 

この監禁生活中、俺は不死性を調べる為の拷問を幾度と無く受けた。

死の呪文により、何度も仮死状態を味わった。

磔の呪文により、精神が壊れる寸前まで苦しめられた。

 

肉体的に、精神的に、奴等はあらゆる方法で俺を殺しにかかってきた。

…結果的にそれは、俺が限界を迎える一歩直前になると、悉く不発になり俺を殺すには至らない。

だがそれは、更なる苦痛の縁に立つだけでしかない。

 

今日もまた暗い牢獄の中で出された食事を食べ、命を繋ぐ。

割りと良いメニューな辺り、これでも待遇は良い方なのだろうか。

餓死するかの実験で断食させられた時以外は、ちゃんと食事が出ている。

 

…分からない、ヤツは俺をどうしたいんだ?

ヤツはこれまでに様々な拷問を仕掛けてきたが、欲しいのは俺の不死性そのもの。

異能を手に入れるのと、拷問に何の関係がある?

 

俺を殺して、異能だけ奪い取るつもりなのだろうか。

返らない答えを考えながら、空の器を石畳に置く。

 

「―――ッ!」

 

立ち上がった瞬間、関節に鋭い痛みが走る。

ここに監禁されて約二ヶ月、ずっと日光を浴びていない弊害がいよいよ出てきたか。

このままでは、歩けず動けずしかも死ねないという、今以上の地獄になってしまう。

 

…脱出の手段が無い訳ではない、むしろ十分ある。

便器の後ろに隠してある、あの小さな袋だ。

第三の課題前に呑み込んでおいたバックサックは、ヤツ等にバレる事無く持ち込む事に成功している。

 

あれの中身を駆使すればどうにかなるだろう、しかし問題があった。

バックサックが小さすぎて、武器を取り出せないのだ。

しかも元に戻す為には杖がいる、その杖は何処にあるかも分からない。

 

その為少なくとも俺の杖の場所が…いや、誰かの杖を奪い取るまでは、待ち続けるしかない。

しかしヤツ等は油断無く、拷問の時も隙を見せてくれなかった。

 

「…おい! こっちを向け!」

 

牢屋にある唯一の階段、鉄格子で塞がれた場所から顔を除かせるワームテール。

今日の拷問の時間がやって来た訳か、軋む体を起こし椅子に腰かける。

 

「インカーセラス ―縛れ」

 

飛来した縄に縛られ動けなくなった所に、ワームテールの後ろから一人の男が現れた。

…初めて見る顔だな、担当が変わったのか?

いつもならルシウスや他の何人か、稀にヴォルデモート本人が拷問するのだが。

 

「よう、久し振りだなキリコ・キュービィー」

 

俺はこいつと会った事があるのか? まるで記憶に無いが…

内心首を傾げていると、ワームテールが小言を良い始める。

 

「いいかグレイバック! やっていいのはこのメモに書かれた事だけだ! 間違っても人狼にはするなよ!」

「はいはい分かってるよ…おっと口が滑った」

「ヒィッ!?」

 

ヤツは噛み付くフリでワームテールを驚かす、グレイバック…確か指名手配のポスターに名前を見た事がある。

 

「クソッ、てめぇを見てると去年折られた肋骨が痛むぜ…」

 

肋骨…もしかして、去年クィディッチワールドカップに現れた連中の一人か?

記憶と照らし合わせながらヤツを見るが、勘に障ったのか喉にナイフを突きつけてきた。

 

「この痛み…何十倍にして返してやるからな、覚悟しろよ?」

「…………」

 

随分と恨まれているな、だが。

目の前にはグレイバック、後ろには杖を構えたワームテール。

…この機会を逃す手は無い。

 

「…一言」

「あ?」

「一言言わせてくれ」

 

少し目を丸くした後、嫌らしい笑みを浮かべるグレイバック。

その顔を近付けながらヤツは語る。

 

「何だ命乞いでもする気か? いいぞ? 言うのは好きなだけできるから―――」

 

近付いたその顔に、唾を吐いた。

 

「…………」

「…は?」

 

口を開き、手を頬に当て、付着した唾を確認し、何が起こったかを理解したヤツは叫んだ。

 

「テメエエエェェェッ! 殺してや―――!?」

 

怒りに我を失ったグレイバック、その隙を突き股ぐらを全力で蹴り上げる!

 

「!??!!?!?」

 

悶絶するグレイバックと、混乱するワームテール。

それに向かって、俺を縛る椅子ごと体当たりをぶちかます!

 

「ぐぇっ!?」

 

石畳に頭をぶつけワームテールは気絶した、残るはグレイバックだけだ。

転倒しているヤツに足を絡め、首を締め上げる。

 

「…こ……の…野………郎…」

「…………」

 

気絶した様だな…

グレイバックの持っていたナイフを口でくわえ、肩のロープを切り出す。

 

「……く…う……ぐ……」

 

首を切らない様に慎重に、筋肉がつりそうになりながらも、ナイフを前後に動かしていく。

ゆっくりと、確実に切り込みを深く、深く…

 

「………ッ! ハァ、ハァ、ハァ…」

 

何分掛かっただろうか、だが拘束を解く事ができた。

かなり疲れたが…休むのはまだだ、ワームテールの持っていた杖を拾い上げ呪文を唱える。

 

「エンゴージオ ―肥大せよ」

 

バックサックを元の大きさに戻し、中身を確認する。

…よし、問題無く使えるな。

脱走方法の目処はついていないが、そんな事は何回もあった、今更気にはしない。

 

目覚めないよう、そこの二人を拘束する。

ATを創りたい所だが、あれは俺の杖だからできる呪文、この杖では無理だ。

まずは俺の杖を見つける事にしよう、だが何処にある?

…記憶に聞いてみるか、杖先をワームテールに向ける。

 

「レジリメンス ―開心」

 

―――卓上に並ぶ死喰い人達その上座に居座るヴォルデモートその横にはルシウスマルフォイ端にワームテールグレイバック更にスネイプヴォルデモートに渡される羊皮紙実験結果何れも死なず精神系統も崩壊直前で杖が破損ヤツは読み終わった後それをワームテールに渡すそれを持ってヤツは移動していく階段を降りきったその先は色々な物が置いてある倉庫その中に異様な風体の杖が―――

 

「―――そこか」

 

杖の場所は地下の倉庫か、しかも階段を下りきった場所と、移動方法も分かった。

何故あの中にスネイプが居るのかは分からなかったが、それは後でいい。

 

 

 

 

ワームテールの懐から鍵を奪い、鉄格子を開け脱獄する。

身を屈めながら先にあるエントランスを除き、人が居ないのを確認し飛び出す。

 

足音を立てぬよう、ワームテールの記憶を頼りにひっそりと歩く。

 

コツ…コツ…コツ…

 

「…………!」

 

足音に気付き石像の影に隠れる、廊下を歩いて来たのはブロンドの髪をした女性、ナルシッサ・マルフォイだった。

 

(…ヤツは確か)

 

キリコはクィディッチワールドカップの時に彼女を見た事があった。

そこから彼は推測する。

 

(…ヤツも死喰い人なのか? だが警備という訳でもなさそうだ。

ならここは…マルフォイ邸か? …もしそうなら…よし、それだ)

 

脱出方法の目処を立てたキリコは、彼女が通り過ぎたのを見て更に歩き出す。

すると途中、妙に騒がしい音が鳴っているのを聞き取った。

 

音を探し辿り着いたのは一つの部屋、扉を僅かに開け中を確認する。

 

「…それで、手筈はどうなっている?」

「はい、守護霊を使える連中を集めています、あとスパイを何人か」

「よろしい、アズカバンの見取り図は私が手に入れよう」

 

そこではルシウス・マルフォイを筆頭とした死喰い人達が、何らかの作戦会議をしている所だった。

 

(アズカバン…? 脱獄計画でも練っているのか?

…だが、不味いな)

 

キリコが見ていたのは応接間の奥にある地下階段、ワームテールの記憶で見た倉庫に繋がる道である。

つまり倉庫に行く為には、この部屋を突っ切らなくてはならない。

 

(…やるしかないか)

 

キリコはバックサックに手を入れ、パイナップルの様な物を引っ張りだす。

そしてそれに刺さっていたピンを、口で引き抜く。

 

(1…2…3…!)

「…ん? 何だこ―――」

 

カウントを終えると同時に投げ込まれた手榴弾が、応接間に炸裂した。

 

「ギャアアアアアア!?」

「何だ!? 何が起きた!?」

 

突然の爆発と衝撃波。

当然大パニックに陥る死喰い人達。

それを尻目にキリコは、煙幕の中を何食わぬ顔で走り抜ける。

 

「―――なっ!? ヤ…奴は!? グレイバックは…と、兎に角追え!」

「はいっ!? 今何と―――」

「追えと言っているのだ!」

 

それに気付いたルシウスが指示を投げ、生きてる内の動ける何人かがキリコを追う。

 

キリコが居るであろう場所に向けて呪文を連射するが手榴弾のせいで視界不良、どれもまともに当たらない。

螺旋階段を一気に下り、遂に彼の倉庫突入を許してしまった。

 

(…あれだ!)

 

杖を見つけたキリコは素早く杖を倉庫の宝物に向ける、高そうな彫像、宝石、儀礼用の剣等。

石では無い、金属によってATが練り上げられていく。

だが死喰い人もいつまでも待つ程優しくない、追いついた者が扉を開け放つ。

 

「クソ餓鬼が! ステューピファ(失神せ)―――!?」

 

しかしキリコはそれ以上に優しく無かった。

扉に群がっていた彼等に向けて、RPGが飛翔する。

 

「のぎゃああああ!?」

 

またもや爆発、当然何事かと後ずさる。

が、彼等に安息の時は無い。

爆炎を切り裂き、尋常では無い速度でATが突っ込んできた。

 

「何だこれはああああ!?」

 

タックルにより壁に叩き付けられるが、何とか気合いで肩にしがみ付く。

しかし、それが彼の不幸だった。

展開されるATの踵、そこにあった排出口の様な穴。

―――莫大な量の水が、ブースターの如く吹き出された。

 

一気に加速するAT、螺旋階段の壁に肩を寄り掛け速度を保つ。

…そう、肩である。

 

「――――――」

 

憐れ、断末魔すら出せずに紅葉下ろしでバラバラになった。

 

機体名″ライトスコープドッグ・TC″

ライトスコープドッグに、ジェットローラー機構を取り付けた狂気の機体。

脱出の為に速度に全てを振り切ったその最高巡航速度、驚異の125.9km/h。

万一転べば木端微塵、まさに動く棺桶と言えよう。

尚ジェット機構は、水増し呪文による水圧ジェットで代用。

 

上の方で待ち構えていたルシウス達は、現れた規格外の存在に一時硬直する。

あれは何だ!? あの手に持っている筒は何だ!?

その隙を見逃す筈も無く、AK-47の一斉掃射が始まった。

あまつAT用に巨大化済み、17mmの威力は察するにあまる。

 

乾音、跳弾、悲鳴。

不幸なのは彼等が純血主義者だった事、あの筒が銃だと理解するのに数秒を要するのだ。

 

「…ハッ!? 何をしている貴様ら!」

 

圧倒的速度のまま扉をぶち壊していったATを見つめていたルシウスは、正気に戻ると同時に怒声を張り上げる。

だが時速125.9kmに簡単に追いつける訳も無い、姿晦ましでも使えれば話は違うが、最低な事に侵入防止の結界が張ってある。

 

中世風の屋敷に、まるで似合わない機械音が鳴り響く。

何とか追いついても、踵から吹き出す水に押し流される始末。

時折先回りしていたのが出てくるが、片端からAKの餌食になっていく。

 

プロテゴ(盾よ)!」

 

それを防ぐ者も居る、が結局突撃したATに盾ごと敷潰されるだけ、今マルフォイ邸は戦場と成り果てていた。

地獄の中を爆走するキリコ、無論考えなしに走っている訳では無い。

彼はある部屋を探していた、それは暖炉が存在する部屋。

ここがマルフォイ邸と気付いた時から、彼は煙突飛行ネットワークによる脱出を思いついていた。

 

マルフォイ家は有力な貴族、それが暖炉を持っていない等あり得ない。

暖炉を探し求め、目についた扉にアームパンチを叩き込む。

時折死喰い人が巻き込まれ吹っ飛ぶも、暖炉は中々見つからない。

 

腰にぶら下げたバックサックから、マガジンを取り出し装填。

一見ただの虐殺にしか見えないが、キリコは焦っていた。

ここまで大暴れしたのだ、何時ヴォルデモートが現れてもおかしくない。

 

元々短期決戦前提で組んだATだ、水増し呪文による消耗も激しい。

今の状態でヤツが現れたら、何もできず負けるだろう。

 

「―――居たぞ! こっちだ!」

「―――!」

 

屋敷の構造を熟知している為か、流石に早い。

増援から逃げる様にジェットを吹かす。

弾も無限では無い、急がなければ…!

 

そして更に進もうとした時、遥か先に複数の死喰い人が居るのが見える。

躊躇なく突撃銃を構え、トリガーを引き縛る。

だが弾が当たる事は無かった。

 

プロテゴ(盾よ)!」

コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

盾の呪文による密集陣形が弾を弾き、隙間から爆破呪文が飛来する。

想定外の力は既に弱まっている、後は対策を立てればいい。

少しの打ち合わせによる作戦は、間違いなく有効だった。

 

―――乗り手が″生まれながらのPS″でさえなければ。

 

「―――はぁ!?」

 

狭い通路にも関わらず、目を疑う動きで呪文をかわしていく。

時に加速。

時に回転。

時に膠着姿勢。

時に片腕を犠牲にし。

とうとう死喰い人の目前に迫った。

 

が、そこでキリコは逆向きに引き返して行った。

―――盾の下に向かって、手榴弾を転がして。

 

陣形内に吹き荒れる爆風。

盾を組んでいたのが仇となり集中爆発をモロに浴びる死喰い人。

それを蹴散らし加速すると、ふとキリコは違和感を感じ取った。

 

(…………?)

 

視界の端に、一瞬だが妙な影が映り込んだ気がしたのだ。

キリコは影が見えた方向に向かって動く、本当に影を見たのか確かではないが、こういう時の直感は何よりも頼りになる。

分かれ道の無い長い通路を走ると、一つの扉が見えてきた。

キリコは直感で理解した、あそこが暖炉の部屋だと。

同時に警戒した、必ず何かが来ると。

 

「いい加減にしてもらおうか…!」

 

扉の前に待ち構えていたルシウス・マルフォイ、彼はキリコの狙いが煙突飛行ネットワークだと気付いていた。

 

ピエルテータム・ロコモーター(全ての石よ、動け)!」

 

壁の窪みに鎮座していた石像が次々と降り立ち、あっという間に長大な陣形が組上がる。

数にして数十体、これを切り抜けるのはATといえど困難。

…しかしルシウスは、現代兵器の火力を考慮していなかった。

 

キリコはバックサックから取り出したRPGをAT規格まで肥大化させ、騎士像目掛けて発射。

 

ジェミニオ(増えよ)

 

更に双子の呪いにより増殖、大量の弾頭が群を成す!

ルシウスは妨害しようと呪文を撃つが、騎士像が邪魔となり当たらない。

 

「―――! プロテゴ(盾よ)!」

 

防ぎきれないと判断し盾を張った瞬間、大量の騎士像が一斉に消滅する。

こうなれば正面からやり合うしかない!

だが、その覚悟は無駄となった。

 

「―――ッ!?」

 

鋭い激痛、足からの出血。

その痛みに、杖を離した直後。

盾の消えたルシウスに、ATのタックルが直撃した。

 

「がっ!?」

 

吹き飛ばされ壁に激突し、気絶するルシウス。

その横をブラックホークを構えたキリコが走り抜ける。

彼はルシウスの足元に向かって銃を撃ち、その跳弾で足を撃っていたのだ。

 

(あそこか…!)

 

ルシウスを倒した勢いのまま部屋に飛び込むと、そこには予想通り暖炉があった。

運の良い事に誰かが使っていたのか、煙突飛行粉も舞っている!

 

「逃がすかっ!」

「!」

 

後ろから迫る死喰い人、彼等から逃げる様に暖炉に飛び込む!

 

「ダイアゴ―――ノクターン横丁!」

 

漏れ鍋にはよく世話になっている、あそこを破壊するのは良くない。

そう考えノクターン横丁に転移するキリコは、追撃を断つため最後の手榴弾を転がす。

 

 

 

 

転移、そして爆発!

開けた視界に映るのは、ボージン・ワークスの店内と唖然とする店長。

それらを悉く無視し、最大千速で駆け抜ける。

ヤツ等はまだ指名手配犯、ダイアゴン横丁までは来れない。

あそこまで逃げ切れば…!

 

路地裏を破壊しながら駆けるATの後ろには、黒い煙を纏った死喰い人が追従していた。

暖炉を爆破されながらも、何とか転移できた数名。

それらが次々と、最も効果的な爆破呪文を撃ち込む。

ダイアゴン横丁に行く事を想定し、既に武器をしまっているキリコに防ぐ術は無い。

 

マルフォイ邸の廊下よりも狭い路地裏では、被害を抑えるのが精一杯。

徐々に破壊されていく部位、遂にコックピットが剥き出しとなる!

だが!

 

「―――!? 消えた!?」

 

コックピット内に、キリコは居なかった! 

脱出していた!? いつからだ!?

脱出に気付かなかった死喰い人は、地面に伏せるキリコをとうに通り過ぎていた。

後方遥か20メートル、そこでキリコは杖を振った。

 

アーマード・ロコモーター(装甲起兵)

 

時間を惜しんで創った事により、頭部無し片腕片足無しのAT。

だが狭い路地が、姿勢を支えてくれる。

片足のジェットローラー機構を吹かしながら突撃、後ろからの轟音に気付き振り向くがもう遅い。

 

「そこか―――なぁっ!?」

 

宙に浮いていた為に胴体に激突した死喰い人、キリコは片腕で彼等を押えこみ更に加速する!

加速の圧により、動く事もできずに押し込まれる。

ノクターン横丁の闇が開けるが、キリコは構わず目の前の建物に向かって行く。

 

「ま、まさか…!?」

「止めろおおお!」

 

ATで死喰い人を抱えたまま、建物に向かって加速!

キリコは、死喰い人をAT諸共吹き飛ばそうとしていた!

そして、全長4メートルの石人形が時速125.9kmでグリンゴッツの正門に突っ込んだ。

 

「な、何だ一体!?」

 

大爆発と大崩壊を起こすグリンゴッツ正門。

逃げ惑う一般人に、泡を吹いて倒れる小鬼。

土煙の中から出てきた、キリコ・キュービィー。

その足取りは重い。

 

(…逃げ…切れた…か)

 

激突直前に脱出したとはいえ、ダメージは大きい。

更に二か月に渡る監禁生活により蝕まれた体力、脱出に成功した安堵が止めとなった。

ボロボロの糸がばらけて千切れる様に、キリコはその場に崩れ落ちたのであった。

 

 

*

 

 

「…………」

 

真っ白な景色、首を動かせば同じ白いカーテンが見える。

またか、またここか。

意識を取り戻した俺は、ホグワーツの医務室に居た。

 

確か…マルフォイ邸から脱出し、グリンゴッツに突撃を仕掛け…そこで意識を失ったのか。

…だが何故だ? 何故俺はホグワーツに居る?

何者かが運んだのは間違いないが、だとしたら普通聖マンゴに居るべきではないのか?

 

助かった事に安堵しつつ首を傾げていると、急に光が差し込んできた。

 

「おお、目が覚めたようじゃの」

 

ゆっくりと開かれたカーテン、そこに居たのはダンブルドアだった。

 

「…何故俺はここに?」

「うむ、君の疑問はもっともじゃ、儂としては聞きたい事が山ほどあるが…そちらを先に答えよう」

 

まあ大方騒ぎを聞きつけたダンブルドア当たりが運んでくれたのだろう、俺はそう思っていた。

 

「実はのう、グリンゴッツ前で倒れていた君を彼が運んでくれたのじゃ」

「…何故ホグワーツに?」

「『その方が色々楽だろう』との事じゃ」

 

楽…か、確かにここなら追手もこないし、俺の事情もすぐに話せる。

しかしダンブルドアでないなら誰だというのだ、事情を知っているヤツに違いないが…

 

「彼もそこに居るのじゃ、紹介しよう」

 

開かれたカーテン、そこにヤツは居た。

衝撃を受けるなと言う方が無理だった、唖然とするのは必然だった。

居る訳が無い、忘れろと言われても忘れなれない、ある意味因縁の男がそこに立っていたのだから。

 

「魔法大臣秘書の、コッタ・ルスケ殿じゃ」

「―――!?!?!?」

 

俺を追い続けた、時に敵対し時に協力し、最終的に奇妙な腐れ縁となった男。

 

「久し振りだな、キリコ」

「…ロッ…チナ…!?」

 

あの忌々しくも懐かしい男が、かつてと何一つ変わらぬ顔でそこに立っていた…




―――ハリー・ポッターとラストレッドショルダー―――



色々ぶっこんでやった、後悔はしていない。
~キリコ脱出後のルシウス~
ヴォ「おいどうなってんだコレ」
父フォイ&狼&鼠「…………」
ヴォ「よっしゃクルーシオ」
三人「アババーッ!?」


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第四十四話 「レウニオン(Bパート)」

少女終末旅行終わっちまったあああああ!(絶望)
一体何を生きがいにすればいいんだ!



そうだ、死のう(天才的閃き)


余りにも衝撃的過ぎる再会に、俺は唖然としていた

永遠にも感じる沈黙、それを破ったのはダンブルドアだった。

 

「…何故お主がロッチナの名を知っておる?」

 

そういえばそうだ、さっきこいつはロッチナではなくルスケと名乗った。

何故こいつは偽名を名乗っているんだ?

 

「いえ校長、何て事はございません、彼が幼い頃私も近所に住んでいたのですよ」

 

…助け舟を出してくれたのだろうか。

嫌らしい笑みをこちらに向けながら平然と嘘をつく態度は、ヤツが本物だという確証を深くする。

 

「ふむ、そうなのかね?」

「…ええ」

 

一先ずこれで俺とヤツの関係を知られずに済んだが…

俺の気苦労を他所に、話は進んでいく。

 

「ルスケ…」

「ロッチナで問題ありません、ここに魔法省の人間はあの女くらいしか居ませんので」

「そうか、してロッチナ、お主は何処まで知っておる?」

「貴方が把握している事と殆ど同じですよ」

 

…一体何の事なのか、大方ヴォルデモートか俺の血筋だろうが。

 

「…そちらの方もかね?」

「ええ、同様に、何を話されても問題ありません」

「そうか、なら良い、ではキュービィー」

「…………」

 

何だかよく分からないが、折り合いはついたらしい。

こちらに向き直したダンブルドアが、咳払いをして話し出す。

 

「色々聞きたい事があるじゃろうが、まず君の問いから答えよう」

「…では」

 

そこから俺は尋ねた、ハリー達は無事に競技場へ戻れたのか、クラウチ・ジュニアはどうなったのか。

 

「では一つづつ答えよう、最初の質問じゃがハリーは無事に戻ってきた。

…ディゴリーも、帰ってこれた」

 

それ以上言葉を綴る事は無い、求める事もない。

分かってはいたが、その現実は俺の胸を深く抉る。

 

「…次の質問じゃ、競技場に倒れていたジュニアは儂等が捕らえた。

そして事のあらましを吐かせるために、真実薬(ベリタセラム)を飲ませた」

 

真実薬、どれ程強い意思を持っていようとたった数滴で何もかも吐いてしまう恐ろしい薬だ。

 

「ヤツは本物のアラスターとポリジュース薬で入れ替わっていた事、ゴブレットに錯乱の呪文を掛けた所まで吐いた」

 

概ね俺の予想通りだった訳だ。

しかしこれ以上俺の予想を確かめる事はできなかった。

 

「そこまで吐いたが、…それ以上は無理じゃった」

「…?」

「死んでしもうたのじゃ、突然血を吹きながら」

 

死んだだと、あいつが?

不自然な死に方に俺は訝しむ、それにヤツは答える。

 

「スネイプ先生が調べた所、真実薬に毒が混入されていたそうじゃ。

恐らく万一薬を飲まされても、情報を漏らさぬ様に手を打っておいたのじゃろう」

 

そうだったのか…そこで俺は、屋敷で見た事を思い出した。

これを聞き漏らす訳にはいかない。

 

「…スネイプ先生では?」

「む? 何故そこでスネイプ先生の名が?」

 

首を傾げるダンブルドアに、ワームテールの記憶にヴォルデモートと共にスネイプが居た事を話した。

 

「なるほど、じゃがスネイプ先生では無い、それについては後々話そう。

…聞きたい事は終わったかの?」

「…はい」

「では儂の質問じゃ、君は自分の力を自覚しているのかね?」

 

やはりそこになるか、大方ハリーから聞いたのだろう。

だが生まれつき自覚していると馬鹿正直に答える理由はない。

 

「…いいえ、ヴォルデモートに言われ自覚しました」

 

妥当な答えだが、ダンブルドアは納得した様な顔をしている。

当然だ、能動的に異能を発動させたと断言できる場面は今まで無いからな。

 

「そうか、では君の出生についても…」

「同様です」

「成る程のう、ハリーから聞いてはいたが、まさかブラッド家に生き残りが居たとは…」

 

やはりハリーから聞いていたか、そこからも質問は続いた。

何処に囚われていたのか、どうやって脱出したのか。

ヴォルデモートの勧誘を何故蹴ったのか。

 

それらに対し俺は、過去が露見しない様時に本心を、時に嘘を交えながら答えていく。

 

「良く分かった、今度は今何がどうなっているかを説明しよう」

 

ヴォルデモートの復活はハリーとクラウチの自白が証明しているが、魔法大臣のファッジが認めていない事。

むしろ自分の立場を奪う気だと考え、ハリーやダンブルドアに対し過度なネガティブキャンペーンをしている事。

その一環として、ホグワーツに魔法省の人間が送り込まれた事。

 

どうなヤツか聞いてみたが、「とても愉快なお方じゃ」とはぐらかされた。

…恐ろしく嫌な予感がする。

 

「それと君についてじゃが長らく行方不明だったのもあり、ハリーの言っておった状況、つまり君が死の呪いをくらい死んでしまったという事が皆の認識じゃ」

 

あの時はヴォルデモートの目を欺く為の、最後の手段を使っていた。

…しかし死んでいない事に気付くとは、もうあの呪文は使えないな。

 

「君が生きている事を知れば皆喜ぶじゃろう、中でもリヴォービア君は特に塞ぎこんでおった、声を掛けておいて欲しい」

「…………」

「…現状はこんな所かの、ではスネイプ先生の事も含めて話さねばならぬ事がある。

…あー、ロッチナ殿」

「はい、私は外で待っていましょう」

 

ロッチナが外へ出て行った後、ダンブルドアは″不死鳥の騎士団″について話し出した。

かつてヴォルデモートが暴れていた頃結集されたレジスタンス組織であり、今回のヴォルデモート復活を受け再結集した事。

スネイプがあそこに居たのは、死喰い人に送り込んだ二重スパイだったのだ。

 

「スネイプ先生は、俺が居た事に気付かなかったんですか?」

「うむ、どうもヴォルデモートは君の存在を極力隠したかった様での、まだ信頼を勝ち取れていないスネイプ先生然り、君が館に居る事を知る者は殆ど居なかったそうじゃ」

 

…だとしても早く気付いて欲しかったが、そもそも死んだと思われていたのだから仕方無いだろう。

 

「…そして、儂から君に頼みたい事がある」

「…………」

「君も不死鳥の騎士団に加入してほしいのじゃ」

「…何故ですか?」

「君の力がヴォルデモートに渡れば大変な事になる、君もまた危機に晒される。

君の為にも、騎士団に加入するべきじゃと考えたのじゃ」

 

口ではそう言っているが、要するに危険なモノは自分の手元に置いておきたいという事だ。

即ち騎士団へ加入すれば、常に監視される事となる。

だがヴォルデモートに追われ続けるのも真っ平御免だ。

どちらの方がマシかという思考は、横槍に遮られた。

 

「果たしてそれだけでしょうか?」

「…ロッチナ殿、待ってくれるのでは無かったのかね?」

「いえいえ、流石に未成年をレジスタンス組織に勧誘するのを黙って見ているのはどうかと思いまして…」

 

…またこいつか。

だが俺の過去を知っているこいつがそんな事を言いだす筈が無い、何か狙いがある筈。

 

「…全て話した方が身のためですよ?」

「…どういう事かね?」

「魔法省が何も掴んでいないと思いで? 貴方が″予言″の少年は彼ではないかと疑っている事くらい私も知っています」

「…!」

 

俺に関する予言とは何だ、分からなかったが嫌な予感だけは感じる。

 

「何、彼の幼少期を知っている私からの忠告ですよ、彼に隠し事はしない方がいい。

それに…闇と闘おうという者が、隠し事という卑怯な行為をするのは余り宜しくないかと、ではこれで…」

 

相変わらず口の回る男だ、しかし最もな正論に反論もできないダンブルドア。

ヤツが出て行った後暫く経ち、漸く口を開く。

 

「…ロッチナ殿の言う通りかもしれんのう…」

「…………」

「話そう、″予言″の事を、あれは今から5年前の、確か…六月二十日じゃった。

その日儂はトレローニー先生の予言を置く為に、先生と共に魔法省の神秘部に居たのじゃ」

「…トレローニー先生の?」

 

彼女は正直言って余り評判が良くない、曖昧な内容の授業に不吉な予言、二年前にハーマイオニーが叫びながら教室を飛び出したのは記憶に新しい。

その実力に疑問を抱くのは、不自然ではない。

 

「うむ、彼女の評判が良くないのは知っておる、しかしそれで尚彼女を雇っている理由がそこにある」

「…?」

「彼女は稀に…極々稀にじゃが、確信的な予言をする事がある」

「確信的…」

「そうじゃ当人にはナイショじゃが…赤子のハリーがヴォルデモートを滅ぼすと予言したのは彼女なのじゃよ。

そういった予言を逃さぬよう、彼女を雇っておるのじゃ」

 

彼女がそんな重要な予言をしていたのか、という事はまさか俺が三年の時の予言も…

 

「そして予言を置きに行きそこから帰る時じゃった、彼女は突然奇声を発し始めた」

「…………」

「予言の前兆じゃ、そして彼女は予言をした」

 

一言一言思い出すように、ダンブルドアは予言を綴った。

 

「『遥か東分かれた星が廻り合う時、運命が回りだした場所に再び現る。

千古不易の片翼が、世界を渡り現れる。

彼の者に触れるべからず、得ざるべからず。

彼の者は異能者なり、悍ましき者なり、永遠を約束された者なり。

触れえば最後、全ては炎に包まれるであろう』」

「…………」

 

予言を聞いた俺は、恐ろしい程に動揺していた。

異能者、触れ得ざる者、前世で俺に纏わる言葉のほとんどが含まれていたからだ。

俺の因縁はこんな所にまで付いて回るのか。

 

「『遥か東分かれた星が廻り合う時』これはつまり、日本における七夕…七月七日に生まれる事を意味しておる」

「…………」

「それ以外の事は儂もいまだに分からぬが、この予言は『永遠を約束された者』、七月七日に不死身の存在が生まれる事を意味しておるのじゃろう」

 

…だから死の呪いを砕いた時や、バジリスクの毒も乗り切った時に疑惑の目線を向けていたのか。

あの正体は俺が不死者なのではないか、という目線だったのだ。

 

「…俺が予言の子だと気付いたのはいつですか?」

「…疑い始めたのは一年の時、確信に変わったのは二年の時じゃ。

しかし儂は疑問に留めておく事にした」

「…………」

「それは予言に『決して触れるな』と記されていたからもある、じゃが儂は君とリヴォービア君の友情を信じる事にしたのじゃ。

彼との絆があれば、君がその力を間違った方向に用いる事は無い、そう儂は信じ、現に君はヴォルデモートの誘惑をも断ち切ってくれた」

 

…まるで不死である事を悪と同一視している様な気がした俺は、少し機嫌が悪くなる。

勘違いかもしれないが、なりたくてなった訳ではないのだ。

 

「まだ意味の分からぬ部分もあるがこれが予言の全てじゃ。

君がヴォルデモートの手に落ち、あやつが手を出した事で予言が成就するのは防がねばならない。

…どうか騎士団に入って欲しい」

 

騎士団に入り監視されるのと、ヴォルデモートに利用される事。

…どちらも嫌だが、どちらの方がマシかは明らかだ。

 

「…分かった」

「ありがとう、君の英断に感謝する」

 

ダンブルドアは俺をヴォルデモートから守る事、なるべくだが戦いから遠ざける事を約束し医務室から去って行った。

…そして、入れ替わりにヤツが入って来た。

 

「フフフ…随分な長話だったな」

「…何故、何故お前がここに居る!?」

 

あの会話は前座に過ぎない、最大の問題はこいつの存在そのものだ。

 

「何故か…正直私にも分からん」

「…………」

「個人的な推測としてだが、私とお前の″縁″は深い、…一方的なものだがな」

 

…決して間違っている訳では無い、俺の行く所には必ずこいつの存在があった。

 

「結果お前が転生する際、私の魂も引きずられたのではないか、と考えている」

「…………」

 

一切の根拠が見当たらない無茶苦茶な理屈だが、俺が転生した理由も無茶苦茶である以上文句の言いようが無い。

その時俺は、トレローニーの予言を唐突に思い出した。

 

―――不死鳥が蘇る時 世界を渡った翅が合い見舞う

千古不易なる右の翼、世界を見渡す左の翼

翅が絡み合い 放たれる そして鳥の一片は歌を知る 

賢者が語る千古不易のわらべ歌―――

 

蘇る時とは再結集される騎士団の事。

千古不易とは永遠、即ち俺の事。

世界を見渡すとは神の目であるロッチナの事。

つまりあの予言は騎士団が再結集される時、俺達が再会する事を意味したのではないか。

 

「…どうしたキリコ? 衝撃の余り口も出ないか?」

「…………」

 

…しかしそれはもう過ぎた事だ、今聞かねばならない事がある。

 

「…ヴォルデモートを復活させたのはお前か?」

「そうだが?」

「―――!」

 

予想できてはいたが、それでも俺は深い溜め息をつかずにはいられない。

一体、この世界で何を企んでいるというのか。

 

「疑問そうな顔をしているな、いいだろう全て話してやる」

 

そう語るロッチナの顔は、心の底から楽しげだ。

かくいう俺も、少し…ほんの僅かな一片だが楽になった。

十五年振りに、秘密を話せるヤツが現れたのだから。

…何故よりによってこいつなのかと思うが。

 

「私は今から二十二年前、ホグワーツに入学した。

寮は当然…スリザリンだ。

当時私は疑問だった、何故生まれ変わったのか、どうしてここに居るのか。

もしやして、キリコ・キュービィーも居るのかと」

「…………」

「そこで私は一先ず、キリコ捜索を当面の目標とした、その為にはどうすればいいか?

私は様々な組織に属する事が、キリコ発見の第一歩になると結論付けた」

「それが…」

「魔法省と…死喰い人だ、私は魔法省のルスケとして、死喰い人のロッチナとして活動し始めた」

 

つまりこいつはスネイプと同じ二重スパイだったのだ、その本心が何処にあるかまでは分からないが。

 

「そうして活動している最中、ある日私は用事で神秘部に居た。

その時偶々見たのだよ、トレローニーの予言を。

そこから私は、お前もこの世界に居ると確信した」

 

先程ダンブルドアが言っていたトレローニーの予言を何故こいつが知っていたのか、何てことはない偶々聞いていただけだったのか。

…それを魔法省の見解の様に言い、無理矢理正直に話させるとは…

いや、そもそも何故そんな事を?

 

「…何故ダンブルドアから、俺の予言を聞き出させる様な事をした」

「それか? ただの親切心だよ、お前の過去を知るものからのな…」

 

…確かに後から予言を隠している事を知ったら、俺は多少なりとも怒るだろう。

 

「お前の存在を知った私は次の行動に移った、如何にすればお前を追い続ける事ができるか。

その答えは、自らの地位を上げ、動ける範囲を広める事…つまり出世だ」

「…出世だと」

「そう、出世だ」

「ヴォルデモートを復活させたのも?」

「出世の為だ」

「俺を追い易くする為にか…?」

「御名答」

「…………」

 

…本当に、本当に前世と何も変わっていない。

そのブレなさに呆れを通り越した俺は、手で顔を押えながら苦笑いする。

 

「その為に色々やった、手駒を増やす為にクリュナス・クィレルを無罪にしたり、ワームテールを脱獄させたり…

とまあ、その結果ヴォルデモート復活に成功したのだ」

「そうか…」

「…………」

 

そこでロッチナは、まるで俺の反応を伺うかの様に黙り込む。

 

「何も言わないのか?」

「…何がだ?」

「セドリック・ディゴリーの事だ、彼は私が殺したようなものだぞ?」

 

…気にしていた事に驚くが、別に後悔している訳では無いだろう。

ヤツは結果的に彼を殺した事で、俺を怒らせていないかを心配しているのだ。

 

「…気にしてはいない」

「そうか、てっきり恨んでいると思ったが」

「…恨んだ所でどうにもない」

 

何も感じていない訳ではない。

間接的とはいえ殺したのは確かだが、そもそもの原因はヴォルデモートだ。

それに移動鍵(ポートキー)に触れなければ、彼が死ぬことはなかった。

 

結局の所憎むべき相手など、誰にでもこじつけられる。

そうである以上、敵討ちなど自分の憎しみを晴らすだけの行為でしかない。

 

悲しみが癒える事はないが、命の遣り取りに慣れすぎた俺はセドリックの死を仕方ないとも割り切っていたのかもしれない。

セドリックが死ななければならない理由もないが、逆も然りだと。

 

「…だが、これ以上手をだすのなら」

「フフフ…そこまで命知らずではない…さて長話が過ぎたな、これ以上話すとミス・ポンフリーに殺されかねない、私はそろそろ失礼しよう」

「…まて」

 

ここで帰す訳にはいかない、最後にして最大の疑問が残っている。

俺がいて、ロッチナもいて、ヤツがいない理屈など無いのだから。

 

「…ヤツ(ワイズマン)もこの世界にいるのか」

 

かつて俺を後継者に選び、支配しようとし、殺した神。

養育者としてまた選び、再び滅ぼされたヤツの存在が、この世界にあるとしたら。

 

「…この世界に来て私も当然疑ったが、その存在は欠片も見当たらない」

「…………」

「神はヌルゲラントで滅ぼされて以来姿を見せる事は無かった、断言するのは憚られるが…居るならとうに何らかの干渉をしてる筈だ」

 

ヤツが出て行った後、俺は再び眠りにつく。

瞼の裏に焼き付く神の幻影に魘されながら。

ロッチナが今更ヤツに味方するとは思えない。

しかし、顔を持たない″目″などあるのだろうか。

ならば、″手足″となるモノは何だ?

 

 

 

「…そうか、もう帰るのか」

「ええ、あまり長いすると大臣に疑われますからね」

「それもそうじゃ、キリコを助けてくれた事、感謝しよう」

「いえいえ、大した事ではございません」

「しかしルスケ殿、これからは護衛の方も入校許可証を取って欲しいのう」

「…気づいていましたか、流石ですね…出てこい、″エディア″」

「…………」

「…影に潜んでおったのか」

「フフフ…中々優秀な人物ですよ、では私はこれで…」




ひょんなと言うには衝撃的過ぎるリンカーネーション
だが、その出会う奴等が、あいつとこいつであれば、ただの再会で済むはずもなかった
きな臭く素敵に、デンジャラスな授業へのご招待
この人選の真の企画者は誰?メインテーマは何?主催者は誰?
ともあれ、次の悪夢は決まっている
蛙と権力(パワー)がお出迎え
そう、『ジェーン』
あの淡紅の地獄だ



エディア
ロッチナの護衛、普段は死喰い人の呪文(黒い霧みたいなヤツ)を応用し、ロッチナの影に潜んでいる。
一切喋らないので、その存在を知ってるのは死喰い人にも殆ど居ない。


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第四十五話 「ジェーン(Aパート)」

デビルマン全巻か少女終末旅行全巻かで悩む人間なんて自分位だと思う。
あ、総合評価2000pt突破しました、皆さんいつもありがとうございます。


夕食中だった大広間は、異様な静寂に包まれていた。

ある者はフォークに指していたソーセージを取り零し。

ある者はあんぐりと口を開け含んでいた牛乳を滝の様に垂らし。

又ある者はその場で気絶していた。

 

あれから数日、怪我や病気が落ち着いた俺は、ポンフリーの許可を得た上で夕食を取りに来ていた。

だが彼等からしてみれば、死んでいた筈の男が何食わぬ顔で現れたのだ。

 

「ゴ、ゴゴ、ゴースト…!?!?」

「ほ、本物!? 何で? あいつが何で一体アバババババ」

 

大混乱と混沌を体現する中を歩き、ハッフルパフの席へ向かう。

正直予想できる反応ではあった為、俺は然程気にしていなかった。

そんなどうでもいい事は置いておき、空いている席の一つに座る。

 

「…キ…リコ…?」

「…心配を掛けた」

 

口をパクパクさせるキニスに俺は謝罪する、別に俺が悪い訳ではないが心配を掛けたのは紛れもない事実だからだ。

 

「…生きてた…キリコが生きてた…!」

 

だからこそ、顔を涙でグシャグシャにしていても、その腕を大人しく受け止める。

 

…セドリックが死んだ時俺でさえショックを受けたのだ、まだ15歳のこいつにとって俺やセドリックが居なくなった事の衝撃は計り知れない。

 

…数秒か数分か経った後、キニスはふてくされた顔を上げる。

 

「…後で何があったか、ちゃんと聞かせてよね」

「…ああ」

 

それを皮切りにハッフルパフ生を中心とした怒濤の質問責めが始まるか…に思えたが、ダンブルドアがそれを制止する。

 

「さてさて諸君、気付いているじゃろうが少し耳を傾けてほしい。

二ヶ月前、儂等は途方もない哀しみに襲われる事となった。

じゃが皆も死んだと思っておったキュービィーはこうして生きておった。

全身傷だらけではあったが治療に専念したお陰で完治する事もできた。

治療をしてくださったマダム・ポンフリー先生には今一度感謝をしたい」

 

尚どんな怪我だったかと言うと、爆発による火傷、吹き飛ばされた際の打撲に骨折、栄養失調(軽度)、更に日照不足によって骨粗鬆症寸前だったらしい。

…魔法とはいえ、全3日で完治してしまう辺り、自分の異質さを感じずにはいられない。

 

「積もる話もあるじゃろうからこれ位にしておくが、彼はまだ病み上がりなので気を使う様にの」

 

残念ながらその願いを聞く者は殆どおらず、また質問責めに呑まれる羽目になったのだった。

 

 

 

 

夕食後の談話室で、俺は更なる追求に追われる事になった。

やれ何処に居たのだとか、どうして居なくなっただとか、何をしていただの…

 

当然正直には答えず、どれも曖昧な返答で誤魔化すしかない。

その内一人の生徒が、顔を強張らせながら寄って来た。

 

「あ、あの、キュービィー先輩、先輩もあの時ポッター先輩と一緒に居たんですよね?」

「…それがどうした」

「ポッター先輩と校長先生は、″例のあの人″が復活したって言ってるんです、でも僕らは何も聞いていなくて…

う、嘘なんですよね? 魔法省や新聞が言ってるのが本当なんですよね?」

 

…どう返答したものか、ここで正直に言うのは簡単だ。

だが魔法省によって世論が支配されている中、言ったとしても信じてもらえる確率は低い。

少し思考し、どうともとれる答えを返す事にした。

 

「…セドリックは何故死んだ」

「! そ、それも聞いていないんです! だから―――」

「答えは既に分かっている筈だ」

「―――!」

 

これ以上追及されても堪らない、次の質問を打ち切る様に自室へと戻って行く。

部屋に入るとそこには、大量の菓子をバックに据えたキニスが待ち構えている。

 

「…じっくり…話そうじゃないか…」

「…………」

 

寝れなさそうである、もしくは胃もたれか。

 

「あ、事前に言っておくと…何だっけ、ブラッド? の事は知っているから、隠し事はダメだよ」

「…何故知っている」

「ハリーの首根っこを掴んで聞き出した」

「…………」

 

隠し事をしたら同じ目に合いそうだな…もっとも知られた事を隠す理由も無いが。

俺はキニスに、今まであった全ての事を洗いざらい語った。

…異能と前世は除いて。

長々と語り終えると、そこにはまた涙を垂れ流すキニスが居た。

 

「うう…酷い、酷過ぎる…」

「…………」

「ごめんねキリコ…助けに行けなくて…」

「…お前が悪い訳では無い」

「でも…地獄まで付き合うって言っといて…僕は何もできなかった」

 

…一体こいつはどこまでお人よしなんだろうか。

だが正直、今回ばかりは居なくて良かったと感じていた。

あの状態でもしキニスが居たら、確実にヴォルデモートに…

 

「…キリコ? どうしたの?」

「…いや、何でもない」

 

止そう、″もしも″等考えるだけ無駄だ。

 

「…お前は気にしていないのか?」

「へ? 何を?」

「…ブラッド家の事だ」

 

俺の祖先がどれ程悍ましい事をしていたかは知っているだろう、だがこいつは先程からまるで知っていない様な態度だ。

その理由は何となく分かっていたが、僅かな不安がこの質問を促していた。

 

「え? 何で? 別にキリコがした訳じゃないじゃん」

 

…予想通りの答えだが、決して期待外れでも無い。

残された暗雲が晴れた頃に、俺達はやっと眠りについた。

…果たしてこの先も、無事でいられるのか。

そんな予感を抱えながら…

 

 

*

 

 

翌日になっても質問の一斉掃射はまだ終わらなかった。

ハッフルパフ生の質問は粗方捌ききったのだが、今度は他寮からの質問責めが始まったのだ。

 

流石に堪らなくなった俺は、朝食を取り終えた後全力で一限目の教室に逃げ込む。

しかし苦労も虚しく、俺はラヴグッドに鉢合わせていた。

 

「おはようキリコ」

「…何故居る、授業までまだ時間はあるぞ」

「たまたま」

「…………」

 

本当なのだろうか、何故か狙っていた気がする。

彼女の本心を考えている途中に、とんでもない発言が襲いかかった。

 

「元気になったンだね、良かった、でも驚いたよ、キリコがあのブラッド家の末裔だったなんて」

「…誰から聞いた?」

「ハリーが言ってた」

 

あいつ、今度会ったらどうしてやろうか。

ブラッドの名は魔法界において禁忌、その末裔が俺だと知られれば、俺は勿論匿ったダンブルドアの立場すら悪くなる。

まさかハリーは、そんな事も理解していないのだろうか。

そんな事はないと思うが、あいつの口は余り信用できないのだ。

 

「あ、大丈夫、他の人には言ってないから」

「…そうか」

「まさか、凄い運が良いとは思ってたけど本当に不死だったなンてね」

 

まあ意外なのは当然だ、本来夢物語である筈の概念が目の前に居るのだから。

 

「…でも、羨ましくはないな、だって不死って事は、ずっと一人ぼっちだって事でしょ? 何だか可哀想」

「…………」

 

本当に彼女は容赦なくものを言うな…

数年前まで正にその状態だった俺に、その言葉は重く圧し掛かる。

思い出される苦しみから逃れようと、自分の席に着き話を打ち切ろうとする。

 

「…ねえキリコ」

「…………」

「そういえば教科書持って無いよね、どうするの?」

 

しまった、質問責めのせいで頭から抜け落ちていた。

そもそも二か月間捕まっていたせいで教科書を買う所か、何を買えば良いかも知らなかった。

 

「まあ、要らないんだけど」

 

要らない? 一体どういう意味だ?

一昨年の防衛術の様に、教科書を殆ど使わないのか?

 

「あたし要らないから貸してあげるよ」

「…良いのか?」

「うン、どうせあんたも直ぐに要らなくなるから」

 

そう呟くルーナの顔は変わっていないが、声色は露骨なまでに嫌悪感で満ち溢れている。

…一限目の″闇の魔術に対する防衛術″は、早速暗雲が立ち込めていた。

 

 

 

 

気分は最悪の一言に尽きる、あんな授業は二度と受けないだろう。

ダンブルドアが言っていた『ホグワーツに手を加える魔法省の人間』こそが、防衛術の新任″ドローレス・アンブリッジ″だったのだ。

肝心の授業内容はと言うと、魔法省の定めたマニュアルに沿って行われる知識と理論を机の上で完璧に覚える座学のみ。

つまり実戦では糞以下の価値すら無い、とんでもない内容だった。

 

そもそもルーナが渡してくれた教科書自体、『防衛術の理論』という基礎以下の本だ。

こんな物一年の入学以前に読んだっきり、本棚の奥に仕舞われている様な物だ。

 

更には授業中寝ているヤツや漫画を読んでいるヤツを起こそうともしない、挙手を許可制にする等軍隊なら兎も角教員としては信じられない態度を取っている。

ここまでくればヤツの意図は分かる、そもそも授業をさせる気等全くなく、むしろ学力を下げる事が目的なのだ。

 

本当にうんざりする、これでは教える内容は良かったクラウチ・ジュニアの方が…いや、下手したらロックハートの方がまだ聞いていられる。

三日三晩吹雪の中を行軍した時よりも更にげんなりしながら教室を出て行こうとしたが、後方から無駄に響く甘ったるい鳴き声がそれを許さない。

 

「エヘンエヘン、あらあら、ミスターキュービィー、確か貴方は今日の授業は初めてでしたよねぇ?」

「…はい」

 

一体何の用なのか、絶対碌でも無いのは確信できるが。

 

「まぁ! それは大変! このままでは授業に付いて行けなくなぁってしまいますわぁ!」

「…………」

 

あの授業内容で良くそんな事が言えるな…、だがやはり政治家だけあって口だけは良く回る様だ。

 

「そ! こ! で!、この私が特別に個人授業をして差し上げまぁーすっわ!」

「………………」

 

これが一年間続くのか? 俺は心の底からマルフォイ邸に監禁されていた方が良かったと思わずにはいられない。

 

「今日の放課後、私の部屋で待っていますわ…ウフッ♡」

「………………………………」

 

気が付けば右手がローブの中のブラックホークを握りしめていた。

落ち着け、何も殺す程ではない。

…必死で理性を利かせながら、俺は次の教室へ向かうのであった。

 

 

 

 

とうとう来てしまった、この時間が。

防衛術の教室の奥、目の前には見事なピンク色の扉が地獄の入り口の様にそびえ立つ。

 

「…ヌフッ! フフフ… エヘンエヘン」

 

試しに耳を澄ましてみれば、扉の奥から変な奇声が聞こえてくる。

…これ程までにやる気を削がれる事がかつてあっただろうか、しかし行かなければ突け入れられる口実を増やすだけなので行くしかない。

 

「あら? やっと来てくれたのねミスターキュービィー、ではそこの席に座って」

 

極力目を合わせないようにしたが、その代わりに悪趣味を可愛さと煮詰めた様な内装を目の当たりにしてしまう。

机、椅子、照明壁床家具その他諸々全てピンク一色、壁に敷き詰められた猫模様の皿、そこに居る猫が一斉に愛くるしい鳴き声を放てば鳥肌が立つ。

 

「では教科書を出して? っとそういえば教科書も買ってないんでしたよね? 私の教科書を使って良いわよ?」

 

差し出された教科書まで一面ピンク、呪いだろうか。

本当に呪われているかもしれないので、ルーナの教科書を持っていると手を上げ許可を取った上で発言する。

 

「…そう…ならいいわ、エヘン! では授業を始めましょう」

 

ピンク一色の地獄が幕を上げた。

…といっても、やる事は通常の授業と変わらず羊皮紙への書き取りが中心だった。

単調かつ無意味な内容だが、この時ばかりはありがたい、アンブリッジが言う事を書くだけで終わるのだから。

 

そして一時間位、体感時間二時間が過ぎた頃、終了となった。

さあ帰ろう…という願いを聞いてくれる筈も無く。

 

「お疲れ様ミスターキュービィー、ちょっとお茶にしましょうか」

 

と言いつつ紅茶を入れ始めるが、俺は紅茶のカップに何かが入るのを見逃さなかった。

…自白剤、もしくは真実薬(ペリタセラム)か、この際どちらでも大差ないが。

 

「さあどうぞ、遠慮しないで? グイッと、飲んで良いのよ? まさか私のお茶はお嫌い?」

 

飲む…訳にはいかない、不死鳥の騎士団についてか、可能性は低いが俺の血についてか。

何を聞かれるか分からない以上飲むのは危険過ぎる、だからといって飲まなければ更なる面倒を呼ぶ。

そこで俺は、一つの妙案を考えた。

 

「どうしたの? まさか紅茶は嫌いなの?」

「…いえ」

「なら飲みなさい! とっても美味しいは―――」

「アレルギーなので飲めません」

「―――は?」

「紅茶アレルギー、なので、飲むとアナフィラキシーショックで死にます」

 

幾ら魔法省の権力があるとはいえ、生徒を殺しかねない真似は大っぴらにはできない。

そのリスクがある以上、ヤツはもう飲ませようとはできないのだ。

 

「…そう、そうなのね、でも残念ねえ、英国人なのに紅茶が飲めないなんて!」

「…………」

 

この日はそれ以上薬物を飲ませようとはせず、無事に終わる事ができた。

だがこれからも″補修″の名目で何かを飲ませる可能性は否定できない、色々な口実を考えておく必要があるだろう。

 

 

 

 

翌日の授業にアンブリッジが無かったのは幸いだった、精神的にだいぶ楽だからだ。

だが肉体的に楽な訳では無く、昼食時に今度はハリー達からの質問攻めに会った。

当然その前に、俺の血について話すなと厳重注意をしてからだったが。

…最もキニスとルーナに話していて、ロンとハーマイオニーに話していない訳も無かったが。

 

「…まさかマルフォイの家に居たなんてね…」

「そ、それでどうやって脱出したの?」

 

最も質問の内容は一昨日のキニスと然程変わらず、同じ事をオウム返しの様に繰り返しただけだった。

それよりも重要な事があった、何とハリーがアンブリッジに罰則を受けていたらしい。

それだけなら良いが、理由が問題だった。

 

「それで私は止めたのに、ハリーは魔法省が間違ってるって言っちゃたのよ…」

「僕は間違った事は言っていない、キリコだってあそこに居たんだから分かっているだろう!?」

 

尚俺が行方不明になっていたのは驚くべき事に『移動鍵で何処かへ飛ばされ迷子になっていたから』と処理されていた。

本当に信じられない、どうなっているんだあの大臣は。

 

「そりゃ君の事を疑う訳じゃないけどさ…でもあいつに言ったって無駄じゃないか」

「じゃあロンはアンブリッジやファッジの言ってる事を黙って聞いてるのか!? 不死鳥の騎士団は居るけどほとんどが教師でアンブリッジの言う事には逆らえない、なら僕たちが真実を叫ばなくて誰が言うんだ!」

 

…ハリーの言う事が間違っている訳ではない、だが今世論は完全に魔法省に向いている。

余りに露骨すぎるネガティブキャンペーンのせいで本領は発揮できていないが、それでもかなりの勢いだ。

つまり今言った所で効果は得られず、付け入る隙を与えるだけなのだ。

 

「だから言ってるでしょう? 今魔法省はファッジの私物になっていて、そのファッジはダンブルドア先生の息の掛かった武装勢力が反乱すると思い込んでいるの。

そんな時にハリーが反抗的な態度を取ったら、あのカエル女(アンブリッジ)やファッジが本当に武装勢力があると考え、もっと干渉してくる可能性があるのよ!?」

「それが何だ! そう思いたいなら思わせておけばいい、真実を言って何が悪い!」

 

駄目だなこれは、怒りに駆られてどうしようもなくなっている。

…気持ちは分かるが。

 

「第一何でキリコは黙ったままなのさ! キリコはセドリックが死んで何とも思わないのか!?」

「…思っていないと思うのか」

 

流石に無視できない発言に、少しの怒気が籠る。

思わない訳がない、どれだけ″死″を見慣れても、″悲しみ″に慣れた事は一度もない。

 

「立場を考えろ、お前の行動次第では騎士団が壊滅するぞ」

 

これ以上話をしても無駄だと判断し、午後の教室へ俺は向かって行った。

…あれで納得するとは思えないが、少しでも冷静になってくれればそれでいい。

 

 

 

 

午後の授業は″変身術″の授業だった、付いて行けるか多少心配ではあったが、ATを創り上げる為に散々変身術の禁書を読み漁った甲斐あって無事に乗り切る事ができた。

まだまだ病み上がりの今、暫くゆっくり過ごそうと決めていたので談話室に戻ろうとすると後ろから呼び止められる。

 

「お待ちなさいミスターキュービィー」

 

振り向けばマクゴナガルがこちらに手招きをしていた、この状態にピンク色のデジャヴを覚える。

だが相手はマクゴナガルだ、あの女みたいな事はあり得ない。

 

「あー…じゃあ僕は…次の授ゲホン! 談話室に戻ってるねー」

「…………」

 

それはキニスも分かっているので、何故か非常に疲れた顔をしながら談話室に帰っていく。

それを見届けた後、教室奥の準備室に入りソファーにお互い座る。

 

「紅茶です、飲んで良いですよ」

「…ありがとうございます」

 

温かい紅茶を啜ると、豊かな香りが鼻を突き抜け心に広がっていく。

同じ紅茶でもどうしてここまで違うのか、やはり人間性が出るものなのか。

 

「マルフォイ邸に監禁されていたとは…本当に、よく無事に帰って来てくれました」

 

本当にグレイバックとワームテールの間抜けさには感謝するばかりだ。

 

「…では、先生も?」

「ええ、騎士団のメンバーです」

 

俺の事情は知っているという事か、なら遠慮なく話せるな。

 

「…何故呼んだんでしょうか」

「アンブリッジの補習を受けてきたと聞きました、何かありませんでしたか?」

「真実薬を飲まされかけました」

「真実薬!? あれは生徒に飲ませる物ではありませんよ!?」

 

紅茶を吹き出し掛ける彼女を落ち着かせ、沈黙で次の言葉を促す。

 

「…飲んでいないのにも関わらず、何故真実薬だと?」

「薬品を入れているのが見え、状況からそう判断しました」

「そうですか…しかし、どうやって飲むのを防いだのですか?」

「紅茶アレルギーだったので」

「…アレルギー? でも先程私のは…ああ、そういう事ですか…」

 

意味を理解した彼女は、パッと見分からないが明らかに笑いを隠せていなかった。

…あの女との間に何かあったのだろうか。

その後、アンブリッジに対する警戒や授業の遅れ等を話し、俺専用の羊皮紙を貰い話は終わった。

 

「ミスターキュービィー、貴方には味方が居ます、あの女…オホン、アンブリッジに何かされたら遠慮なく言いなさい、限界はありますが…できる限り対処しましょう」

「…ありがとうございます」

 

それはありがたいが、実際頼りになるかどうかは分からない。

自分の力でどこまであの横暴に対抗できるか、それはまだ分からなかった。




―――ハリー・ポッターとラストレッドショルダー―――



ご存知、ないのですか!?
彼女こそ只のウザいキャラから二次創作の恩恵を受け、ハリー・ポッターシリーズ最高のアイドル道を跳ね回っている超時空魔女っ子アンブリッジ補佐官です!

ツッコミはセルフでどうぞ。


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第四十五話 「ジェーン(Bパート)」

週二理想といっておきながらアレですが、期末試験やんなきゃ不味いんで暫く投稿お休みします。
このままでは働いてる分カン・ユー大尉以下になってしまう…


十月、秋晴れの日差しは暖かく秋風は心地よい。

だがホグワーツの中では、ピンク色の大嵐が吹き荒れていた。

数日前三桁に足をかけたアンブリッジの体罰に対し、マクゴナガルがとうとう切れたのが事の始まりである。

 

マクゴナガルは生徒への体罰は許されないと言ったのだが、あの雌毒蛙(アンブリッジ)は何処吹く風、権力を盾にそれを跳ね除け、それだけでなくホグワーツへの介入を更に強くすると宣言してしまった。

 

その翌日、日刊預言者新聞の一面は眩しすぎて直視できない微笑を浮かべるヤツが飾っていた。

そこにはアンブリッジが、″ホグワーツ高等尋問官″なるものに指名されたと書かれている。

具体的にどんな権力を得たかまでは書かれていなかったが、その横暴は後日存分に味わう事ができたので知る必要はなかった。

 

奴は授業中の所に乗り込み、教師への質問もとい授業妨害をしまくっていた。

マクゴナガルの所に乗り込めば魔法省の教育方針と違うと言い、フリットウィックの伸長をメジャーで図るのは日課と化している。

スネイプの逆鱗を突っつくような真似にスプラウトの服を一々嗅いでは鼻を摘まむ。

俺はもはや、よくあそこまで人を苛立たせられるなと感心するしかなかった。

 

しかしこれだけやっても文句が出ないのは、一重に権力があるからだ。

ヤツはやろうと思えば教員を解雇する事ができる、教員達は理解しているのだ、今やるべき事は教鞭を取る機会を失うことではなく、少しでも生徒が学ぶ様務める事だと。

 

しかし、それから数日後とうとう恐れていた教師追放が起こってしまった。

対象となったのは占い学の担任シビル・トレローニー、占い学というのは元々具体的な成果が見えにくい科目ではあるが、彼女の曖昧な授業進行が止めとなった。

 

ここ以外に居場所はないと泣きすがるトレローニーを「決定事項です」と、吐き気を催す微笑で突き放すアンブリッジ。

力なく崩れる彼女に駆け寄るマクゴナガルだが、千の言葉を掛けても彼女の首は変わらない。

 

だが稀に核心的な予言をする彼女を、放っておくダンブルドアではなかった。

ヤツは「ホグワーツから追い出す権利は、まだ儂にある筈じゃ」と反論したのだ。

 

屁理屈もいい所だが実際その通りな以上ヤツには何もできず、苦虫を噛み潰した様な顔で負け惜しみの言葉を綴るのが精一杯。

その様子に、何人の生徒の濁飲を下げた事だろう。

 

 

 

 

仕返しと言わんばかりに、『審問官の許可の無い団体は全て禁止する』という教育令が出て暫く。

キリコはダンブルドアに呼び出され、応接間に居た。

しかし用があるのはダンブルドアでは無く、他の人物である。

 

「また会えたなキリコ」

「…やはりお前か」

 

そもそもキリコを知っていて、かつ応接間に通さねばならない様な人間等彼くらいしか居ない。

 

「随分元気そうだな、いや、まだ少し窶れているな。

当ててやろう、あのホグワーツ高等尋問官様のせいだろう」

 

これは別にキリコに限った話では無く、どの生徒も似たような状況である。

 

「まあ私が今日来たのは、その尋問官様の仕事振りを確認する…という建前。

実際はお前に会いに来たのだ」

 

ロッチナが私的に会いにくる、キリコは今すぐ逃げたいと思っていた。

 

「簡潔に言うと頼みがある、お前にしかできない事だ。

そしてそれは、お前にとってもメリットがある」

 

キリコにしかできない頼みとは何なのか、彼は首を傾げる。

 

「以前も言ったが私はより強い権力を求めている、だがそれにはあの女が邪魔なのだ。

…単にムカつくというのも大きいが」

(そっちが本心なんじゃないか)

 

実の所権力闘争六割、私怨四割なので嘘とも言い切れない。

あのロッチナをイラつかせる程の才能を、彼女は持っていた。

 

「…ここまで言えば、私が何を頼みたいか分かるだろう?」

「…見返りは」

「フッ…」

 

この遣り取りでキリコはロッチナの狙いに気付く、それと同時にデメリットとメリットを天秤に掛け、乗るか乗らないかを探る。

 

「…神秘部に予言の保管室があるのは知っているな?」

「…ああ」

 

キリコは以前ダンブルドアが話していた、トレローニーの予言を置きに行った事を思い出していた。

 

「…もう一つあるのだよ」

「…何?」

「お前に関する予言はもう一つ存在しているのだ、その場所を教えよう」

「…………」

 

目を見開いたキリコは、思わず聞き直す。

そして不味い、と思った。

トレローニーの予言にもあった様に、キリコの過去が書かれている可能性があるからだ。

 

予言はそれに関係する人物しか取る事ができないので、放置しておく事もできる。

しかしこの予言に、キリコ以外が関わっていたらどうなるだろうか。

彼以外の誰かが、その過去について知ってしまったら…

 

このメリットの様に見えて実の所脅迫に等しい情報に、彼はロッチナを睨む。

だがロッチナはいつも通り、不敵な笑いを返すのみ。

 

「フフフ…さあどうする? 別に私は構わないが…」

 

構わないも糞もない、選択肢を選ぶ余地も無い。

狙われた一択問題を前に、キリコは小さく呟いた。

 

「…分かった」

「そうか、それは助かる。

…あー、まあその分見返りも増やそう」

 

多少は申し訳なく思ったのだろうか。

そんな筈は無い、そんな事を思う性格で無いのは明らかだ。

 

「フフフ…これでやっとあの女を視界に納めなくて済む」

 

良い交渉結果を得れた事に満足したロッチナは、置かれた紅茶を飲み更に満足げとなる。

 

「うむ、やはり紅茶は良い、香りも一級品だ…」

 

手元に置かれた紅茶を飲むキリコも、その感想に同意する。

だがその豊かな気分は、次の瞬間消し飛ぶ事となる。

 

「本当にコーヒー等とは比較にならない、あんな泥水(コーヒー)を啜っていた過去の自分が腹立たしいよ」

「…何?」

 

あからさまに不機嫌になるキリコ。

だがコーヒーを比較対象にして紅茶を褒め称えるロッチナはそれに気付かず、上機嫌で地雷原をスキップしていた。

 

「英国人に生まれた事を誇りに思うよ、幾ら革命運動だからといって、本当に紅茶を海に捨てる様なアメリカ人(阿呆)に生まれなくて良かった」

「…………」

「いや? だからいまだに泥水を啜っているのか…?」

 

キリコはロッチナに杖を突き付ける、彼はコーヒー派だったのだ。

 

「…まさかお前、コーヒー派なのか?」

「…………」

「そうか、なら許す事はできない、今から私とお前は敵同士だ」

 

誇りと意地が、今ぶつかり合った。

 

…数分後、応接間が謎の大爆発を起こした。

瓦礫の跡地に駆け付けた生徒達が見たのは、マクゴナガルに正座で説教されている黒焦げの生徒一人と大人一人だった。

 

 

*

 

 

ロッチナとの交渉から数日、キリコはハーマイオニーから図書館に呼び出されていた。

 

「…自己練習か」

「そう、もうあの女には我慢ならないわ、あんなのを当てにしていたらいざという時何もできずに遣られてしまうわ」

 

アンブリッジの授業は一切為にならず、防衛術の本懐を成していない。

ならば自分達で練習し、自らを守る術を身に付けなくてはならない。

その為の組織をハーマイオニーは計画していた。

 

「でも一つ問題があるの、それは私達に教えてくれる人が居ないのよ」

 

防衛術は実践あってこそだが、実戦経験のある学生は殆ど居ない。

しかし教員はアンブリッジに監視されている以上、教える役は生徒から選ばなくてはならない。

では、実戦経験豊富な生徒とは?

 

「…俺に教師役をしろと?」

「ええ、この中で一番実戦経験があるのは間違いなくキリコかハリー、でどっちが強いかは明らかだわ」

 

実際その通りだが、本人の前で言ってしまうハーマイオニー。

現に後ろのハリーが少し悔しそうな顔をしているが、それでも文句を言ってこないのは事前に了承済みだからだ。

 

「無論ハリーにも手伝ってもらうわ、キリコもアンブリッジの授業を受け続けたくはないでしょ?」

 

腕を組みながらキリコは、つい先日出た新たな教育令について思考する。

『尋問官の許可のない学生の団体は、これを禁ず』という、以前受けた屈辱に対する仕返しじみた規制。

これにクィディッチチームまで含まれていた時の衝撃は大きい、…もっともグリフィンドールのキャプテンアンジュリーナがアンブリッジに付き纏い続け、許可をもぎ取ったのは有名な話である。

 

「…分かった、引き受けよう」

「本当に!? よかった、断られたらどうしようかと…」

「だが条件がある」

「条件?」

 

一体どんな無理難題を押し付けられるのだろうか、不安になるハーマイオニー。

しかし飛んできたのは、予想を遥かに下回る要望だった。

 

「…集まりの運営に俺も関わりたい」

「何だそんな事? むしろお願いしたい位だわ、…この二人が組織維持に役立つとは思えないし」

「…何だかさっきから僕達に辛辣な気がするんだけど」

 

ロンのぼやきを完全無視するハーマイオニー、この中でアンブリッジに一番苛立っているのは、実は彼女である。

…ともあれ組織の運営に関わる事になったキリコは、多忙な数日を送る事になった。

 

 

*

 

 

組織の下準備とアンブリッジの横暴に揉まれながらも、時はあっと言う間に過ぎて行った。

そして組織の初会合の今日、彼等はホグズミード村に集まっていた。

…尚キリコとハリーは当然許可がないので、共に透明マントを被りながらそこに辿り着いた。

 

「…埃臭! 本当にここでするの?」

「そうだ」

 

入った建物の名は″ホッグズ・ヘッド″、ホグズミードの端にある寂れたバーだ。

だが店内に人気はなく、しかも店主の格好のせいか埃の臭いが充満している。

 

普通に考えれば密会の場としては不適切だ、こんな人気の少ない場所に学生だけで入って行くなど、今から何かしますと言ってる様なものだ。

しかし、だからこそここを選んだ。

人気が無い分間者が居れば一発で分かり、忘却呪文を叩き込めるからだ。

しかもホグズミード村なので、″臭い″も実質無効である。

 

「あ…キリコ、遅かったねー…」

 

二階の小部屋に付いた二人を出迎えたのは、何やら疲れた様子のキニスだ。

部屋には彼以外にも、中々の人数が集まっている。

総勢約20名、それがこの組織に賛同した人数である。

中々の人数にキリコが感心していると、ハーマイオニーが組織の概要について演説し始める。

 

 

 

 

演説が終わり、各自各々に帰っていくのをキリコは見届ける。

この後ハーマイオニーと会議をしなければならないからだ。

 

肝心の演説は、途中文句を言ってくる人や疑問を言う人が居たが、かなり順調に進み、最後は全員納得して帰って行ってくれた。

無論まだ文句がありそうな人や、裏切りそうな人も居るが…

 

「…ふー、取り敢えずスタートは順調ね、じゃあ次は何処で練習するかね…」

 

一言に練習場所と言っても簡単では無い、狭すぎれば練習できず、かといって秘匿性が無ければアンブリッジにバレてしまう。

 

「…禁じられた森はどう?」

「無理だな、あれだけの人数では見つかってしまう」

「じゃあ…ホグズミードの何処かに…」

「遠すぎる、機会が減ってしまう」

 

あっちを立てればこっちが立たず、頭を悩ませるハーマイオニー。

…だがキリコは知っていた、その条件全てを満たす場所の存在を。

 

「…″必要の部屋″」

「え?」

 

何それ、といった表情のハーマイオニーに、キリコは概要を簡潔に説明する。

 

「…必要な時だけ出現し、用途に応じた場所が現れる部屋だ」

「そ、そんな部屋があるの? 聞いた事ないわ…?」

「…だが、実在している」

 

信じられない様子の彼女だったが、話を聞く度に表情は変わり、すぐにその存在を理解した。

そしてそこ以外の候補も思いつかなかった彼等は、組織の練習場所を必要の部屋に決定する。

最後に組織の名前について話し合う事になったが、ここは大して凝りもせず″防衛協会″というシンプルな名に纏めた。

 

「…それじゃあ、最初に集まる日はこの日で決定ね!」

 

そう言い残し去っていくハーマイオニーを見送るキリコは、一人別方向に歩き出す。

一体何をしようというのか、その先には叫びの館の跡地があった。

何てことはない、許可が出ていないキリコは正攻法で帰れない、かつての抜け道を使いに行っただけだったのだ。

 

 

*

 

 

防衛協会の、記念すべき第一回目の練習、彼等はキリコの提案通り、必要の部屋に集結していた。

最初に誰がリーダーをやるかでひと悶着あったが、キリコが直々にハリーを指名し、彼も了承したのでハリーがリーダーとなった。

 

「最初は…″武装解除呪文″かな?」

「…そうだな」

 

武装解除呪文は所詮、三年生で習う様な基礎中の基礎の呪文でしかない。

だがその実用性は全呪文の中でもトップクラスである、何せ消費魔力も少なく動作も素早い。

それに魔法使い同士の戦いは杖で行われる為、杖を奪われれば全ての攻撃手段を失い無力化できる。

 

予備を持てばそれを防ぐ事はできるだろう、しかし持ち替えの隙が生まれる事に変わりはない。

それに上手く当てれば対象を吹き飛ばす事もできると、とにかく便利な呪文と言える。

高い性能に低い魔力消費、そして覚えやすい、最初に覚えるならまさに理想的である。

 

「よし、じゃあ最初はそれから始めよう」

 

そこから練習が始まったが、彼等は肝心な事が頭から抜けていた。

そもそも武装解除呪文を撃った事のある人間が、ここに何人居ただろうか。

…居る訳が無かった。

 

「エクスペリアーーーーッ!?」

「さあ来「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」!? 何でこっちに撃つんだ!?」

「エックスンペアァァムッス! …何も起きないな」

 

呪文が逆流した事による自爆。

照準が外れ隣に飛んでいき誤爆。

そもそも綴りが違っている者、等々練習処では無く、まず真っ直ぐ正しく呪文を撃つ所から始める事になったのであった。

 

幸い慣れていないだけだったので、暫く練習した結果一先ず真っ直ぐ飛ぶ様にはなった。

そこまでくれば後は実践あるのみ、二人でペアになり呪文を撃ちあう、実戦形式の訓練に移行していく。

 

後はキリコやハリーが助言をしつつ、それをひたすら繰り返すだけの単調なやり方になる。

しかしもっとも効率的なのは確かであり、かつ実際にやり合う分面白いのか、全員飽きずに練習に取り組む。

それを時間一杯続けた後、初日の練習は終了となった。

 

 

 

 

それから一週間、この位になると全員の成長が明らかになってくる。

中でも特に成長が著しいのが、ルーナ、ジニー、ネビルの三人だ。

ネビルの成長は意外かもしれないが、それもその筈、彼の失敗は自信の無さが原因だったからだ。

呪文は多少なりとも精神状態の影響を受ける、だから自信が無い彼は、呪文を良く失敗していたのだ。

その自信をこの訓練で補った結果が、今の成長である。

 

無論彼等以外も、順調に成長している。

それと共に上がっていく意識のまま、今日の練習を始めようとした時の事だった。

 

「キリコ、今日は何をする? もう皆武装解除呪文はできる様になったし、そろそろ次の呪文に移ろうと思うんだけど…」

「…いや、それは必要無い」

「…そうね、確かに複数の呪文を覚えようとして半端になるよりは、一つを極める方が…」

「…そうではない、もう練習する必要は無い」

「…? ど、どういう事?」

 

キリコの要領を得ない言葉に、首を傾げるハリーとハーマイオニー。

中々練習が始まらないなと、気になりだしたメンバーが彼等の元に集まっていく。

その時、キリコが笑った。

 

「…!? 扉が…?」

「ま、まさか…!?」

「その通りですよ、生徒の皆さん…ウフッ」

 

この場に居る誰もが絶句した、何故、何故アンブリッジがここに居るのかと。

もっとも知られてはならない危険人物の登場に唖然とするハリーに、アンブリッジが喉をゴロゴロ太った猫の様に鳴らしながら詰め寄って行く。

 

「尋問官の許可の無い組織は、これを禁ず…エヘン、これは何の集まりですか?」

「な、何であいつが…だ、誰が…」

「まあ言うまでもありませんね、″防衛協会″、ハーマイオニー・グレンジャーが発案者となり、ホッグズ・ヘッドで組織された」

「!? どうしてそこまで…」

「ウフッ、どうしてだと思います?」

 

ハリーとハーマイオニー、いや、先程の笑みを見た人達はその時点で察してはいた。

だが彼に対する信用が、それを認めまいと、思考を曇らせていたのだ。

しかし、それに関わらず現実は非情にも、その真実を告げる。

 

「ミスターキュービィーは非情に賢い選択を取りました」

 

―――キリコだ、キリコが裏切ったのだ。

 

「う、裏切ったのか!?」

「そうだ」

「!!」

 

否定してほしかった言葉を、息を吐くようにキリコは肯定した。

その目には罪悪感も達成感も感じられない、まるで裏切りが当然であるかの様に、冷静そのものだ。

だがキニスはそれをまだ認めず、喉を絞り叫ぶ。

 

「そんな事無い! キリコが裏切ったなんて事ありえ―――」

エクスパルゾ(爆破せよ)

「!!」

 

キニスの頬を閃光が掠める。

当たれば冗談では…いや、人を殺しかねない呪文。

キリコはそれを、親友に向けて一切躊躇なく撃ち込んだ。

それこそが決別の、何よりの証拠である。

 

「そ…そんな…嘘だ…」

「見ての通り、ミスターキュービィーは貴方方の様な劣等生とは関わりたくないそうです。

では教育令違反により…全員退学とします!」

「!!」

「正式な知らせは後から教えますわ、残りの学校生活を存分に楽しんでくださいね?」

 

恨みと怒り、悲哀と絶望。

様々な視線がキリコの背中を射抜くが、彼はむしろ心地よさそうに笑うだけ。

この視線が意味するのは決別、だからこそ彼は、無能共と完璧縁を切れる事が嬉しくて仕方が無かったのだ。

 

(友情、愛、信頼…

やっとだ、やっと煩わしいモノから解放された。

まだ完璧ではないが、俺は圧倒的な権力を手にする第一歩を踏んだのだ。

この力で何をする? どうヤツ等を甚振ってやろうか。

これから始まる楽しい学校生活、俺は今から楽しみで仕方が無かった…!)




かつてこの城を覆っていたあの美しさに満ちた白い光は既に無い
一人の暴虐が自由を押し流し、大地を洗い直したかに見える
だが、秩序だったかに見える大地の皮一枚下に食い込む、悍ましい核の槍
核に騙され核に泣く
忘れたのか、こいつがあいつをどう殺したか
核にすがって踊る女が一人
次回、『アーミー』
幻影の規律を脅かす、あの目、あの髪



うわー、何てこったい、キリコが裏切っちゃったー。
ホグワーツはもー終わりだー、どーしよー。


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第四十六話 「アーミー(Aパート)」

終末旅行難民と化し、二次創作に救いを求めハーメルンをハイエナの様に彷徨っている鹿狼です。
お待たせしました、投稿再開します。


気分は最悪の一言に尽きる、ここまで酷い気分はいつ以来だろう。

いや、どれだけ酷い思い出をかき集めても、不快感でこれに勝る記憶は無いだろう。

 

そりゃダーズリー家に居た時は酷かった、階段下の物置に押し込められたり、ダドリーのサンドバッグになったりと。

他にも一年の時奇跡の150点減点をしでかした時や、スリザリンの後継者扱いされた時も特に酷かった。

 

ダーズリー家の頃はもはや割り切ってたから違うけど、僕がそれに耐えきれたのは、僕を信じてくれる親友たちが居たからだ。

けど今回は違った、よりにもよってその信頼している親友が裏切ったのだ。

 

いや、もしかしたら最初から裏切るつもりだったのかもしれない。

僕たちを生け贄にして、あいつはアンブリッジの信頼を得ようとしたんじゃないか?

 

だとしたら今やそれは成功し、あいつはアンブリッジの右腕みたいな立ち位置になっている。

 

ダンブルドア先生が根回ししてくれたのか、幸いな事に僕たちは退学にはならなかったけど、関わった生徒一人につき50点減点され、スリザリン以外0点になってしまった。

まあアレ(アンブリッジ)が来た時点で、寮対抗何てあって無いようなものだから気にはならないけど…それでも腹が立つ。

 

そして僕は首謀者として、クィディッチ永久禁止令を出されてしまった。

僕は防衛協会以外唯一の息抜きであった、クィディッチすら奪われてしまったのだ。

 

けど、それ以上に僕を腹立たせているのは、更に激化するアンブリッジの暴虐だ。

僕たちの一件を理由に、あいつは尋問官親衛隊というのを設立した。

勿論リーダーはキリコ、というかキリコの発案だという噂がある。

更に僕たちの活動を理由に、あいつの権力は更に強力になってしまった。

 

親衛隊と、増大した権力の結果アンブリッジの横暴は今までとは比較にならない程大きくなった。

生徒への体罰が親衛隊に許可され、親衛隊になるだけで高い成績を約束される。

 

更に大広間には専用の席が設けられるという謎待遇を受け、挙げ句教員の親衛隊への罰則は禁止と、聞いた時は何の冗談だと思った。

 

アンブリッジ本人は言わずもが、ついに授業中の嫌がらせを通り越し、直接授業へ介入できる権利を手に入れ、気分次第で体罰をできるようになってしまっていた。

勿論フィルチ待望の、鞭打ち復活でだ。

 

無論僕も何度もマルフォイを筆頭とした親衛隊にリンチにされ、最近は常に集団で行動する様にし、それを警戒している。

そんな状況下でも、アンブリッジへのイタズラを続けている双子には尊敬を覚える。

今も目の前で、あいつの頭に蠍(玩具)が降り注いでいた。

 

「キャアアアア!?」

 

鳥肌が立つほどの甲高い悲鳴を上げるアンブリッジに、近くに居た全員の視線が集まる。

彼らが見たのは泡を吹き白目を向いてひっくり返るガマガエルと、高笑いしなから逃亡するフレッドとジョージの姿だった。

 

「よっしゃやったぜ!」

「逃げろ逃げろ!」

 

しかし、逃げ出そうとした瞬間全ての通路を親衛隊が塞いでしまう。

追い詰められた二人に向かって、してやったりといった顔を浮かべたあいつが迫る。

 

「いつまでも逃げれると思ったのか? ウィーズリー」

 

いつも憎たらしいけど、その憎たらしさを最近五割増しにしたマルフォイが現れる。

けど双子の前にマルフォイが出ることは無く、親衛隊を押し退け出てきたのはリーダーであるキリコだった。

 

「…お前達か」

「「これは! 俺達で親衛隊を買ったキリコ様じゃないか!」」

 

キリコは基本的に目付きが冷たい、正直今でも直視すると恐い。

けど双子を見詰める今のキリコの目付きは、この前までのキリコと同じ人間だとは思えない程冷たく鋭い。

 

「や、やっと現行犯で捕らえましたよ! 貴女方二人は退が―――」

「待って下さい、その程度で後悔する様な連中ではありません」

 

…僕はゾッとした。

あいつは今まで見たこともない、醜悪な笑みを浮かべていたのだ。

 

「…来い、死ぬほど後悔させてやる」

「「…クソッ!」」

 

何処かへ連れ去られる双子を助けたいけど、あいつの笑みに足が震えて動けない。

同じく双子の無事を祈りながら見詰めるロンとハーマイオニーが、心配そうに呟いた。

 

「兄貴たち…大丈夫かな…」

「大丈夫よ、きっと…そんな事、キリコはしないわ」

「でも、今のキリコは僕らの知ってるキリコじゃない」

 

ロンの一言で、ハーマイオニーも黙り混んでしまう。

皆キリコの裏切りにショックを受けていたけど、一番辛いのはキニスだ。

 

この中で一番付き合いも長く、一番仲が良かったのだから、そのショックも並大抵のものではない。

今も僕らの隣で、現実を認めまいと俯いて…

 

「…グゥ」

「寝てる!?」

「ハッ!? ここは何処!?」

 

いなかった、嘘だろ、何でこの流れで寝てられるんだ。

その能天気さに衝撃を受けた僕たちの叫びで、キニスは飛び起きる。

 

「…大丈夫?」

「うん、大丈夫、僕元気…スヤァ」

「ちょっと、寝るなって」

 

随分前からキニスはずっと疲れた雰囲気を出している、やっぱりショックが大きいのだろう、そのせいで寝不足なのかもしれない。

 

「…元気出そうよキニス、悲しいのは分かるけど」

「へ? 何の事?」

「ほらキリコの…」

「…あ、うん…」

 

忘れてたのか? もしくは忘れようとしてたのか。

悲しさを浮かべたキニスは、少し目を閉じる。

 

「大丈夫、もうあんな奴の事、忘れるよ」

 

キニスはそうバッサリ言い切った、けど言葉で言うのは簡単で、その顔はまだ辛そうだ。

同じく割り切ろうとしているハーマイオニーが、それを肯定しようとする。

 

「それが一番ね、…でも、本当にキリコは裏切ったのかしら」

「…………」

 

…やっぱりハーマイオニーも割り切れてない、けどそれは僕たちだって同じだ。

彼女の言う通り、実の所まだ信じられないでいる。

 

クィレルに、バジリスクに殺されかけた時、他にも色々僕たちを助けてくれたキリコが、本当に裏切ったのか?

 

セドリックが死んだ時だってそうだ、あいつは断ったら殺される状況でも、ヴォルデモートに屈しなかった。

自分が不死身だって言われたからかもしれないけど、そんな荒唐無稽な話をすぐに信じられるものか?

 

あの時は間違いなく、逃げるのも絶望的な中、自分の意思で拒絶していた。

そんな強さを持つあいつが、何でアンブリッジに付くんだ?

 

…予想できない訳じゃない、もしかしたらキリコは、アンブリッジに何かをする為に、だからこそ懐に潜り込んだんじゃないか?

 

けどキニスに爆破呪文を打ち込むのは明らかにやりすぎだ、アンブリッジに信頼されるための演技だったと考えても、躊躇が無さすぎる。

 

「考えても無駄じゃないか?」

 

悩む僕たちに向かって、ロンがそう呟く。

まったくもってその通りだ、その通り何だけど…

 

「確かにそうね、もし何か企んでいるなら何れ行動を起こす筈よ」

「じゃあ何で僕たちに伝えてくれないんだ?」

 

もしかして信用されていないのだろうか、考えたくないがあり得なくは無い。

頭に血が昇った時の、口の軽さはこれでも自覚している。

…自覚してるのと治せるのは、別問題だけど。

 

「それも分からないわ…けど…」

「…僕はもう行くよ、いつまでもあいつの話何てしたくない」

「あ…キニス…」

 

やけくそ気味の言葉を投げ捨て、キニスは自分の寮へ戻ってしまう。

それを追いかけようとしないのは、皆も同じ意見だからだろう。

自分達を裏切ったような奴の話を、好き好んでする人なんて普通は居ない。

 

「…仕方無いさ、一番の親友が裏切ったんだ? ああも成るよ」

 

複雑な感情を浮かべるキニスに、掛ける言葉を見つける事はできない。

それでもキリコの話をするのは、ここまでされて尚実は裏切って無いという確証が欲しいからだ。

だからこそ無駄だと分かっていても、話さずにはいられないんだ。

 

都合の良い展開を望む自分に呆れ、ハアと息を漏らす。

とその時、キリコに連れ去られていた双子が戻って来た。

 

「あ! 戻ってき―――!?」

 

けど僕たちは安心なんてできなかった、あのキリコがああ言っておいて無事に返す筈がなかったんだ。

 

「ど、どうしたのその傷は!」

「へ、平気さ…」

「こんなの何ともない…」

 

二人は、顔のあちこちが傷で血塗れになって戻ってきた。

それも生半可な量じゃない、まるで潰れたトマトみたいにびっしりと血が滴っている

 

「平気な訳ないじゃない! 今直すわ、エピス(癒え)―――」

「「いや本当に大丈夫! マダム・ポンフリーの所で治してくる!」」

 

怪我を治そうとしたハーマイオニーを突っぱねて、双子は医務室に飛んで行ってしまった。

 

「…何であそこまで嫌がったのかしら?」

「さあ…もしかして治癒呪文でもダメな傷だったのかも」

「…あれを、本当にキリコがやったのか…」

 

…キリコは本当に変わってしまったのだろうか。

そうは思いたくなかったけど、双子の傷を見た僕はそうとしか考えられなかった。

あれだけの傷を付けるなんて、悪戯でもあり得なかったから…

 

 

*

 

 

11月に入った頃、元防衛協会メンバー達は突然ハーマイオニーに呼び出された。

キリコの裏切りを引き摺っている僕にとっては、それを思い出す様で気乗りしなかった。

けど、いつまでもウジウジしてるのも良くないので、やはり行く事にする。

 

集合場所として指定された″暴れ柳″跡地に向かうと、元防衛協会メンバーが居た。

 

「…これ以上待つのは危険かしら」

 

ただ全員集まってはいない、前のが壊滅して以来アンブリッジに逆らわなくなった人や親衛隊入りしちゃった人は来ていない。

 

「一体何の用? 敷地内とはいえあいつに見つかったらイチャモンをつけられるぞ?」

 

ロンが言ってることももっともだ、あれ以降アンブリッジの無茶は爆走し続けてる。

ここは禁じられた森じゃなく、入っていい場所だけどあいつが「エヘンエヘンこんな時間に外を歩いては危険ですわよ」と言うのが想像できる。

 

「宣言するわ、防衛協会の復活を」

 

―――へ? どういう事?

予想していなかった宣言に、全員ポカンとしている。

 

「…ハーマイオニー、何を言ってるのか分からないんだけど」

「見つかったのよ、必要の部屋以上に、そして絶対に見つからない練習場所が」

「…そんな場所あるの?」

「あるわ、この穴の奥に」

 

ハリーの質問を受けたハーマイオニーは、かつて叫びの館に繋がってた穴を指し示す。

それを見た僕は少し懐かしく思う、ロンが大きい犬を追いかけたと思ったら、キリコがシリウス・ブラックと内通していて、更にロンのペットのスキャバーズがまさかのピーター・ペティグリューで…

 

スネイプ先生の乱入も乗り切り事件解決かと思ったらルーピン先生が人狼で、最終的に暴走したルーピン先生がキリコの仕掛けた罠に片っ端から引っ掛かって、最後は館が消滅…うん、色々ありすぎる。

 

いや問題はそこじゃない、そのせいで叫びの館はもう存在してないのが問題なんだ。

じゃあ何でハーマイオニーは、その抜け穴を指差してるのか…

ちなみに暴れ柳も館消滅に巻き込まれ、燃え尽きてしまっている。

 

「…ハーマイオニー、叫びの館はもう無いんだ」

「…僕たちが苦労させたせいで、とうとう頭が…」

「貴方達後で覚悟しなさい、私は狂ってないわ」

「あの…早くしないと見つかるよ?」

 

ハリーとロンにご立腹の彼女だったけど、余り余裕が無い事を思い出してくれた。

 

「とにかく防衛協会は復活するわ、でもまだ皆の意見を聞いてない。

絶対見つからない場所と言ったけど、万一の可能性は否定できないわ、それでも、もし復活するなら…って人だけ、ここに残ってちょうだい」

 

少し厳しめの言い方に何人かはムッとしてたけど、むしろそれが皆の気持ちを刺激したのか、集まったほとんどの人がその場に残る。

…まあよく考えたら、ここに来た時点で、アンブリッジに見つかる可能性はある。

それを承知の上で来たんだから、この反応は当たり前なのかも。

 

「…皆残ってくれてありがとう、それじゃあ付いてきて」

 

ハーマイオニーに続き、皆が抜け穴の中に入っていく。

通路の中は昔通った時と同じく、暗くじめじめとしている。

けど前あった筈の照明や整備された部分も無くなってるのは意外だ。

やっぱりあの時の火災で、通路も燃えちゃったのかな?

 

と考えていたせいで、列が止まってたことに気づかず、前の人の背中に頭をぶつけてしまった。

 

「いて…何で止まったんだ?」

「この辺だったかしら?」

「「ああ、ピッタリだ」」

 

目的地についたようだけど、目の前は他の人で塞がれている。

先を見ようとジャンプし、身長差を埋める。

けどそれでも先には何も見えない、皆にも見えないらしく首を傾げている。

 

「…ハーマイオニー、ここどこ?」

「すぐ分かるわ、じゃあ、二人ともアレをお願いするわ」

 

ロンの質問を打ち切ったハーマイオニーは、何故かフレッドとジョージに何かを頼んだ。

 

「「これを全員で回し読みするんだ」」

 

そう言うと二人は一枚の小さな羊皮紙を取り出した。

それを回し読みし、やがて僕の所に回ってくる。

そこには『秘密の練習場はホグズミード村6番地1-9にある』と書かれていた。

 

「…こ、これって―――!?」

 

ハリーは何か言いかけたけど、すぐに黙って…いや、絶句してしまった。

そりゃそうだ、だって目の前の何も無かった空間に―――小さな屋敷が突然現れたんだから。

 

「え、ええ…え?」

「どうなってんだ…?」

「さ、入るわよ」

 

いつまでも呆然としてる訳にもいかず、小さな屋敷の中に入っていく。

結果、僕たちはまた絶句することになった。

 

「…ええ…」

 

広い、超広い。

そこには必要の部屋並みの、いやそれ以上に広い空間が広がっていた。

本当にどうなってるんだ、コレ。

 

「ハ、ハーマイオニー? ここは一体何なんだ?」

「「それの説明は俺達の仕事だ」」

 

皆の気持ちを代弁したハリーの質問に、フレッドとジョージが答える。

 

「まずここは″忠誠の術″で守られている、だからアンブリッジに見付かる事は絶対にない」

「…でもここはホグズミード村だよ? ″臭い″に引っかかるんじゃないか?」

「何言ってるんだロン、魔法使いの村で誰が使ったか何て分かるか?」

 

…確かに、これなら幾らでも練習できる。

けど僕はそれ処じゃ無かった、このままだと話に付いていけなくなってしまう。

それを危惧した僕は、急いで手を挙げる。

 

「どうしたキニス?」

「…忠誠の術って何ですか?」

「あ…そりゃ知らない人も居るわよね…」

 

頭を抱えるハーマイオニーだけど、正直彼女がつき抜けすぎているだけなんじゃと思う。

僕以外にも、首を傾げてる人は多いんだし。

 

「忠誠の術とは、秘密を人に封じ込める呪文よ、一般的には家を隠すのに使われるわ」

「家を?」

「ええ、それで家の秘密を封じた場合、その家を見る事はおろか、どんな方法を使っても認識すらできなくなるの。

家に入るには秘密を封じた″守人″に教えてもらうか、守人と一緒に家に入るしかない」

「つまり守人が裏切らない限り、僕ら以外がここに入るのはできないってこと?」

「その通りだキニス」

「そしてここの守人は俺たちだ」

 

フレッドとジョージの二人が守人だったのか、だからさっきの羊皮紙をお兄さん達が回してたんだ。

 

「…でも、内通者が出たら前と同じ事になるんじゃ」

「問題無いわ、そういうアンブリッジに媚を売りたい人達は皮肉な事だけど殆どが親衛隊入りしているわ。

防衛協会に元々不満があった人達は、またばれるのを怖がってもう参加していないしね」

 

そう考えると、あの腹立たしい親衛隊や、防衛協会の壊滅は一種の振り分けになっていたのかもしれない。

だからといって壊滅して嬉しい訳ないけど。

 

「ついでに万一出ても問題無いぞ、要はアンブリッジに現場を押えられなければいいんだ」

「でもあいつはこの館を認識すらできない、だからスパイが居てもあいつはここに辿り着けない」

 

確かに親衛隊や裏切り者が何と言おうと、肝心の集団で練習している場面さえあいつに見られなければ、僕たちを捕らえる理由には不十分だ。

 

「誰かがアンブリッジを連れて来て、一緒に入ろうとしたらどうするの? それに先に待ち構えてたら…」

「いや、この通路は一本道だぞ? 俺たちが気付かない訳が無い」

「まず最初に俺たちが誰も居ないか確認する、それで待ち構えてたら逃げ出せば良い。

時間稼ぎ用の悪戯グッズも、あちこちに仕掛けてあるからな…」

 

よく目を凝らせば、部屋の天井に山のような糞爆弾が仕掛けられている。

この調子だとさっき通った道も同じだろうな…恐ろしい。

 

「まあその必要はないかもね、私達にはアンブリッジの動きを知る手段があるんですもの」

「そんな方法があるのか!? 流石ハーマイオニー!」

 

ハリーが誉めてるにも関わらず、ハーマイオニーの顔はすごい微妙そうだ。

まあ理由が分かれば、当然の反応だけど。

 

「…ハリー、貴方よ」

「え? 僕?」

「″忍の地図″! 忘れたの?」

「ああ! …ごめん忘れてた」

「…それがあれば入口付近にアンブリッジが居ないタイミングを伺って、出入りができるわ。

校内に居ないなら、ここに先んじて待ち構えてると予想もできる」

 

ハーマイオニーとお兄さん達の説明を聞き、ハリーも含め皆成程といった顔を浮かべている。

 

「…凄い…けど、一体誰がこの館を作ったの?」

 

ハリーが尋ねると、お兄さん達は何故か困った様な顔をした後、苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「「勿論俺たちだ!」」

「ちなみに今言った、万が一のアンブリッジ対策法を考えたのも二人よ」

「マジか」

 

ロンがぼやいた、皆も頷いた。

僕たちの中で二人は、″成績や授業も省みず日々を新たな悪戯に費やす問題児二人組″といった感じで、こんな凄い妙案を出せると思われていなかった。

勿論実は頭が良く、真面目にやればトップの成績を狙えることはロンから聞いて知っている。

 

「これ以上質問は無いみたいね」

 

そりゃそうだ、これ以上何を突っ込めば良いんだ。

質問が無いと言うより、圧倒的完成度を前に感動していると言った方が近い気もするけど、文句が無いって意味は変わらない。

 

「今をもって防衛協会…いえ″ダンブルドア軍団(DA)″の結成を宣言するわ!」

 

広々とした空間に、皆の興奮した声が響き渡る。

中には自主練習から飛躍して打倒アンブリッジや、打倒キリコを掲げている人も居た。

…けど、本当にキリコは裏切ったんだろうか。

僕には信じられない、何か企んでいるんじゃないのか。

 

そう信じていたからこそ、僕はあえてキリコに失望した様な態度を取った。

キリコが皆に嫌われようとしているなら、僕も嫌っているフリをするのが一番キリコの狙いに合っているからだ。

 

…勿論これはキリコが本当に何か企んでいる場合に限る、けど誰も信じていないなら、一人くらい信じても良いんじゃないか。

これは願いに近いのだろう、僕はキリコが裏切ったと認めたくないから、こんな理由を付けてまで信じようとしてるんだろう。




―――ハリー・ポッターとラストレッドショルダー―――



DAの完成度がどえらい事に…
一体誰が考えたんだろうなーアハハー。


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第四十六話 「アーミー(Bパート)」

フォイフォイフォ、フォフォフォイフォイ。
フォ? フォッフォ!
フォォォイッ!







(こんな前書きを、真面目に訳すと思ったか? 馬鹿め!)


必要の部屋は様々な用途に応じる為、基本的に巨大だ。

しかし今は小さく、こじんまりとしたスペースが広がるのみ。

心地よい暖房と、ふかふかとしたベッド、冬なので加湿器まで完備されている。

そこで一人、孤独に過ごしている人物が居た。

 

「…………」

 

キリコである、彼はここ最近自分の寮ではなく、必要の部屋で睡眠を取っていた。

別に寮で寝るのに飽きたという訳では無い、危険から逃れる為だ。

 

アンブリッジは贔屓にしているスリザリン生の一部にすら嫌われている、それに加担しているキリコも嫌われるのは当然だ。

 

結果彼はありとあらゆる生徒から実害を伴う嫌がらせを受け続けていた、それを喰らうような彼では無かったが、流石に寮という密室だと回避するのが困難な為、寝る時はここに引き籠る事にしていたのだ。

尚アンブリッジの許可付の為、夜間外出の減点は無い。

 

では日中の嫌がらせはどうしているか、彼は律儀に一つ一つ、それを数十倍にしてやり返していた。

水を掛けられれば一日中″太陽の光″を付き纏わせ、石を投げられれば変身術で作ったポリマーリンゲル液を″火炎呪文″付きでぶっ掛ける。

魔法界でなければ一生残る様な傷を、彼は何の躊躇も無く付けまくっていた。

 

それでも嫌がらせが尽きないのは、彼がどれだけ嫌われているかを如実に表している。

キリコは権力の代わりに、一切の安息を失っていたのだ。

最も自業自得と言えばそれまでだが。

 

クリスマス休暇中の彼は今、手元にある一枚の羊皮紙を眺めていた。

そこにはこう書かれている、『アーサーが襲われた、子供達とハリーは移動鍵で本部へ戻る、それ以外の者は学校で待機』と。

 

(…いよいよヴォルデモートが動き出したのか? 何故ヤツは襲われたんだ?)

 

この羊皮紙はダンブルドアが用意した騎士団メンバーへの連絡道具である、彼はアンブリッジに付いて以来騎士団から追放されていたのだが、如何なる手段を用いたのかこの道具を確保していた。

 

因みに彼が知る由も無いが、防衛協会もといDAのメンバーも同様の手段で連絡を取っている。

恐るべき事にハーマイオニーは死喰い人が使っている連絡手段を、ハリーから口頭で聞いただけで模倣していたのだ。

 

(…いずれにせよ、今やれる事をやらなくては)

 

彼はベッドから起きると、机に向かい何かを書き出した。

 

(確か″磔の呪文″が…30発、ここで発動していた。

では飢餓状態から脱したのはいつだ? …そうだ、一週間程過ぎた頃に、都合良く鼠が現れ、それで食い繋いだんだったな)

 

磔の呪文、飢餓状態、キリコはマルフォイ邸に囚われていた時、ヴォルデモートからどんな拷問を受けていたかを一つ一つ、丁寧に思い出しながら記録をしていた。

 

(やはり、いずれの時も異能が発動した疑いがある、飢餓状態は肉体的な死だが、磔の呪文でも発動したという事は、異能は精神的な死でも発動するという事か…

もっとも、俺が転生した時点で予想できていた事ではあるが、確認できたのは無駄では無い)

 

磔の呪文による拷問を、自主的にやる事は理論的にはできる。

しかし精神崩壊しかねない程、掛け続ける事ができるだろうか?

そんな事をすれば途中で自己防衛本能が働き、自分に手加減してしまうのは明確、いくらキリコといえど、そこまで意思で捩じ伏せるのは無理である。

ヴォルデモートの拷問にそれは無い、そこに限って言えば、貴重な実験記録を得たと言える。

 

(だが、いずれの場合も結局異能は発動してしまった。

しかし肉体的に死んでも転生すると分かっている以上、肉体的な死を試みるのは無駄になるだろう。

ならやはり、精神的な死を目的に研究すべきだな)

 

こんな状況になっても尚、キリコは自らの死を目指している。

彼は自覚しているのだ、死なない限り自分に救いは無いと。

無論ヴォルデモートを打倒するまで、死ぬ気は更々無いのだが。

 

だがそれだと謎が一つ残る、自らの死と打倒ヴォルデモートを掲げながら、何故アンブリッジに取り入ったのか。

その時、必要の部屋の扉が開かれた。

 

「…何の用だ、マルフォイ」

「色々とね、言いたい事があるのさ」

 

アンブリッジ公認で泊まっているという事は、親衛隊はキリコが必要の部屋で暮らしている現状を知っている事と同じ意味である。

よってマルフォイ(+グラップ&ゴイル)がここに来たのも、特におかしい事では無い。

その場にあった適当な椅子に座り、マルフォイはある意味当然の言葉を口にする。

 

「よくも僕の家を燃やしてくれたな」

 

あの時日刊予言者新聞の一面を、煌々と燃えるマルフォイ邸が飾ったのはまだ記憶に新しい。

その時純血主義者であるマルフォイ邸に、マグルの銃弾が転がっていたのをロッチナが目ざとく見つけ、権力闘争の脅迫材料にしていたのをこの二人は知るよしも無かった。

 

「知るか、自業自得だろう」

 

そんなマルフォイの恨みぶしはバッサリと叩き切られる、実際にそうなのだから反論の仕様も無い。

 

「…それだけか?」

 

自習や研究に当てる事ができる一人の時間を邪魔されたのでやや不機嫌なキリコは、素早く彼との会話を終了させようとする。

 

「いや…もう一つある」

 

この勿体ぶった言い方、マルフォイにとってこちらが本命の話題だった。

最初の話題が愚痴じみた内容だったのは、所詮会話の切っ掛けに過ぎない。

 

「『今戻ってくれば、今度は最高の待遇を用意しよう』…例のあの人からの伝言だ」

「…………」

 

今まで眉一つ動かさなかったキリコの眉が、ほんの僅かにピクリと動く。

それを見たマルフォイは、手応えアリと判断し、更に畳み掛けていく。

 

「まさかこの意味が分からないなんて事はないな?」

「…なら伝えておけ、″無駄″だと」

「…フン」

 

あれだけ苦しめておいて何を今更。

それはもっともな考えだ、あれだけ拷問しておいてまた仲間になれなど、虫が良いどころの話では無い。

仮に仲間になり、かつ最高の待遇を用意したとしよう。

 

…一度あそこまで暴れまわった男を、そのまま迎える訳が無い。

まず間違いなく、″服従の呪文″を掛けられるのがオチだ。

それを分かっていたからこそ、その雄弁を切り捨てたのだ。

 

「そうかい、けどじっくり考えておく事だ、残された時間はそう長くない」

(…やはり、ヴォルデモートは何かを企んでいる。

一体何時動く? マルフォイはそう長くないと言った、なら長くても今年度中には動くだろう。

それは何だ? アーサーが襲われた事と関係があるのか?)

 

僅かな手懸かりを繋ぎ合わせ、熟考するキリコだったが、途中でおかしな事に気付く。

 

「…まだ何かあるのか?」

 

何時まで経っても、マルフォイが帰ろうとしないのだ。

元からやや不機嫌だったのが、余計に悪くなっていく。

 

「さっきのは仕事だ、今から話すのは、僕個人が気になっている事だ。

お前は本当にアンブリッジに従ってるのか?」

「当然だ、何を言っている」

 

先程までと同じく即答するキリコだが、それだけで引き下がる程マルフォイもアホでは無い。

 

「…例のあの人に逆らったのに、何故アンブリッジには従った?」

 

奇しくもハリーと同じ疑問を抱いていたマルフォイ、それをぶつけられたキリコは、冷徹に微笑しながら答えた。

 

「権力だ、あいつはいずれダンブルドアを追放し、更に出世するだろう。

それに協力すれば、おのずと俺も権力を手にできる」

 

確かに説得力はある、現に今彼はアンブリッジの右腕となり、彼女の暴走を全力でサポートしている。

事実上アンブリッジがホグワーツのトップになっている今、キリコはNo.2と言ってもおかしくない。

しかしこの理屈には穴があった。

 

「…例のあの人が魔法界のトップになれば、それ以上の権力を手に入れられるんだぞ?

わざわざあいつに従う理由が無い」

 

ヴォルデモートに従えば、間違いなくその通りになる。

しかもアンブリッジ以上に、キリコを重宝してくれるだろう。

これは矛盾以外の、何者でもない。

では何故そうしないのか?

 

「ククク…分からないのか?」

「…何?」

「…ヴォルデモートより、アンブリッジの方が無能なんだぞ?」

「―――!」

 

マルフォイは気付いた、こいつはNo.2で居る気など更々無いことに。

キリコはアンブリッジをトップに据えて、そこでまた裏切り、自分をトップにするつもりなのだ!

普通はできないだろう、しかしマルフォイは″できる″と思った、何せ例のあの人を出し抜いた男、アンブリッジごとき、騙すのは屁でもない。

 

「…でも魔法省を乗っ取っても、いずれ例のあの人が襲ってくる、そうなったらどうするつもりなんだい?」

「簡単だ、死喰い人を殺せば良い。

いくらヤツといえど部下を全て失った状態では、ろくに動けない。

闇祓い全員を特攻させれば、大体は殺せるだろう」

「…………」

 

マルフォイは震え上がる、アンブリッジに媚びを売るどころの話ではない。

彼の目的が達成できるかなど分からないが、問題はそこではない。

全員特攻させると、平然と言い放つ冷徹さを恐れたのだ。

 

「そ、そうか、まあやれるものならやってみるといいさ…」

 

完全に腰を抜かしている彼に、それ以外話を続ける気力は無く、そう言い残し二人を連れ部屋から出ていくしかなかった。

 

「…………」

 

やっと一人に戻れたキリコは、溜め息をつき静けさを堪能する。

 

(ヴォルデモート、アンブリッジ…

どちらにつくつもりも無い、むしろ両方とも叩きのめしてやろう…

魔法省の力を手にするのは、俺一人で十分だ…!)

 

 

*

 

 

アーサー叔父さんの大ケガからしばらく経ち、クリスマス休暇も終わった頃。

何処かへ出張していたらしいハグリッドが帰ってきたお陰で、学校の雰囲気は少し明るくなったかに見えた。

けど、大広間の中にはとんでもなく重苦しい空気が立ち込めていた。

 

何故かと言うと日刊預言者新聞の一面に、『アズカバンからの集団脱獄』が報じられていたからだ。

しかも脱獄したのは誰もかも、ヴォルデモートに忠実だった人ばかり。

誰がどう見ても、ヴォルデモートの仕業に違いなかった。

 

これで脱獄したのが普通の犯罪者ならまだマシだった、けどそうとはならない。

アズカバンに居る死喰い人、それはつまり、ヴォルデモートが居なくなっても最後の最後まで暴れ回った、凄い忠誠心を持ってるってことだ。

 

そして死喰い人にとって忠誠心の高さは、そのまま実力の高さに直結する。

今回脱獄したのは、そういった精鋭ばっかだった。

 

だと言うのに、魔法省の態度が変わる様子は全く無い。

トンデモナイ事にこの事件をシリウス・ブラックの仕業だと報じていたのだ。

あの人は無罪じゃなかったのかと思ったら、『疑わしいので再審の必要有』とか言っているらしい。

 

今の魔法省じゃ絶対有罪にするに決まっている、これにはハリーも怒りを通り越し「嘘だろ」と呆れるしかなかった。

 

この酷さに顎を外した人達も居たらしく、DAメンバーが少し増えたのは素直に嬉しく思う。

…それで釣り合うかどうかは、考えるまでもないけれど。

 

とまあ更に活気ずくDAの活動内容も、徐々にレベルアップしている。

最近はもう皆、武装解除呪文と失神呪文を覚えたので、ついに″守護霊呪文″を覚える段階になった。

何でも吸魂鬼に襲われた時の対処方がこれしか無い為、覚えておいた方が良いらしい。

 

いや、覚えてないと一巻の終わりと言った方が良いか。

ただ本来六年生で習うような呪文なので、流石にこれは難航していた。

今のところ守護霊を出せるのは数人、その中で有体守護霊を出せたのとなるとルーナやネビルといった、極々一部の人に限られている。

…因みに、その極々一部に僕も居る。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ぐるぐるといった感じで杖を振ると、先端から白い光が放出される。

それは一か所に集まり、巨大な大鷲を形成した。

どうやら僕の守護霊は大鷲らしい、…もしかしてキリコの大蝙蝠を意識しているのだろうか。

いや、空を飛ぶ以外の共通項はないんだけど、あっちは哺乳類だし。

 

「わー、おっきい、可愛いね」

「そこはカッコいいっていって欲しかった」

 

ルーナは相変わらずだ、肩に兎の守護霊を乗っけながら何処かずれたことを言っている。

何だかな…って思っていると、ふとルーナと目が合う。

 

「どうしたの?」

「何だか、あんた疲れてるね」

「あー、…やっぱりそう見える?」

 

最近ハリーや皆から同じことを言われているのを思い出す、実際に最近寝不足気味だ。

やっぱりアレと、キリコが裏切ったことのダメージが大きいんだろうな。

そうなると、ルーナがどう思ってるか気になるのは当たり前だ。

 

「ルーナは、キリコのことを…信じてる?」

 

去年キリコのダンスパートナーになってから、彼女とキリコはたまに話す仲になった。

元々滅多に喋らないキリコとたまに話すと言うことは、普通の人に変えればよく話すって意味になる。

 

「信じては…居ないかな、あたし達を売ったのは事実だし」

「そっか…」

 

ルーナなら信じてくれるかと思っていた僕は露骨に落胆する。

僕は彼女が同意してくれることで、自分が間違ってないと思いたかったんだろう。

他人が肯定してくれるということは、それが少なくとも間違いじゃないって事を強くしてくれるから。

 

「でも、あれで終わりじゃないと思う」

「終わりじゃない? それは僕らを売っただけじゃって意味?」

 

売ってアンブリッジの信頼と権力を得て、まだ何かしようとしてるのか?

それとも、あれは何かの為の第一歩で、本当の狙いがあるのか…

 

「うン、裏切ったのか分かんないけど、きっとまた何かするよ、そんな気がする」

「そっか…そうだね」

 

何か、何かを企んでいるのは間違いない。

それが何なのかは分からない、けど…それがハッキリするまでは、キリコを信じても良いんじゃないだろうか。

 

「…ありがと、少しスッキリしたよ」

「? そう? じゃあ守護霊を何とかしてほしいんだけど」

 

何のことかと思ってルーナの肩を見たら、兎の守護霊がいなくなっていた。

何処へいったのか探してみると、部屋の端っこで僕の守護霊に追い回されていた。

 

「―――って何してるの!?」

「これが弱肉強食…」

 

何とか大鷲をひっぺがした頃、ハーマイオニーが練習終了の合図を出した。

けどまだ出ていく訳にはいかない、この扉一枚先に、大量の親衛隊が待ち構えているかもしれないからだ。

 

「誰か居る?」

「あー、またフィルチが居座ってる」

 

ハリーの持つ忍の地図を覗き込むと、柳跡地の所にフィルチさんの名前がキッチリと書かれている。

幸い今日は親衛隊が居ないみたいだけど、これじゃ簡単には出られないな。

 

「どうしたら良いかしら?」

 

ハーマイオニーがフィルチさんを何とかする方法を考え出すけど、彼女の目の前にフレッドとジョージの二人が現れる。

 

「…何?」

「「フッフッフ、少し待ってみなさいな」」

 

滅茶苦茶嬉しそうな顔でそう告げる二人。

あ、これ絶対何か仕掛けてる顔だ。

僕らが察した瞬間、ハリーが変な声を上げた。

 

「ぇえっ!?」

「どうしたんだい?」

「…フィルチの名前が消えた」

 

そんなアホな、姿眩ましじゃあるまいし。

第一ホグワーツの敷地内で、姿眩まし&姿現しはできない。

 

「…そんなアホな」

 

ロンの反応と僕の内心はまったく同じだったらしい、けどロンは地図を見ながら言っている点で違いがある。

え、じゃあホントに消えたの? どうやって?

 

訳が分からなくなりながら外へ出ると、確かにフィルチは居なくなっている。

一体何処に?

そう思い回りを見渡すと、何か一ヶ所だけ妙なことになっていた。

 

「…沼?」

「沼、だね」

 

沼である、文字通りの沼がそこにはあった。

いや別に沼なんて大したものじゃない、探せばそこら中にあるだろう。

なら何が変なのかというと、あんな所に沼なんて無かった筈なのだ。

 

「えーと、これはどういうこと? フィルチは?」

「「あそこさ」」

 

ハリーが小さく呟くと、その質問を待ってましたと言わんばかりの勢いで二人が現れた。

フレッドとジョージが指差す方向にあったのは、禁じられた森の更に奥、二年前吸魂鬼の大群に襲われた湖だ。

 

「「これぞ新製品、″泥沼ジェットコースター″!

ハマった相手をどこまでも運んでくれるぞ!」」

 

確かに沼のある場所から、何かを引きずった様な後が湖の方向まで続いている。

耳を澄ませば、遠くの方から「助けてくれぇ」という声が聞こえた気がする。

 

「うわぁ…酷い」

「むち打ちに比べれば遥かにマシよ、早く戻りましょう」

 

僕の同情は、一瞬で切り捨てられた。

まあその通りなんだけど…一応後で先生に伝えておこう。

と、早足で学校の方に戻っていく。

そして外出禁止時間ギリギリの所で校内に入り込んだ僕たちは、そこで解散となった。

 

 

 

 

DAが終わってしまえばやることは無い、次の練習のタイミングも、ハーマイオニーが用意した連絡用コインで何とかなるので、また集まる必要も無い。

ついでに夕食を食べ終えたらすぐに就寝時間だ、用も無いのに外出する程アホじゃないので、僕は自分の部屋に転がり込む。

 

「あー、疲れた、キリコー、居…ないよね…」

 

いつもの癖でキリコが居るかどうか確認してしまったことに、少し溜め息をつく。

あれ以来キリコはこの部屋に戻っていない、戻ればここの寮生全員に襲われるのが分かってるんだ。

 

僕くらい信じようと決めてはいるけど、やっぱり辛いものは辛い。

しかも確証なしかつ、いつ本心が分かるかも分からず待ってるのだ、余計辛い。

 

ベッドに持たれ込み反対側を見れば、物一つ置かれていない机に少し埃が積もっている。

あれから部屋は広くなった、けどそれが嬉しい筈も無く。

いつもより遥かに冷たく空気を感じた僕は、また一つ溜息をついた。




神が逃げ込み、神が蘇り、神が殺された星、ヌルゲラント
神はその今際の際に、野望の胞子を世界に放った
青い海と豊饒なる大地を持つ、因果の果ての蒼き星
その陰謀はひたすらに深く、恐怖を齎すに相応しい異能の刃だ
密やかに怪しく、瞼の奥にその時を淡々と待つ
次回、『ツインザンド』
対なる者が理想を求む古き城



語られるキリコの恐るべき野望…ホグワーツはどうなってしまうのか!
マルフォイの前髪がストレスで後退する!
以上、想像を絶する程久しぶりのフォイ話回でした。


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第四十七話 「ツインザンド(Aパート)」

見たいアニメは幾らでもあるのに時間が無い…


「あぁぁあっ! もうっ! 腹立たしい!」

 

防衛術の教室脇、教員に割り当てられる個室。

生徒からはもっぱら″蛙熟成施設″と呼ばれるアンブリッジの部屋では、その主である彼女が地団駄を踏んでいた。

見方によっては、喉が潰れた蛙が鳴きながら跳ねてるようにも見える。

 

「…………」

 

それを普段より一層死んだ目で見つめるキリコ、呼び出されから既に十五分、彼の精神はじりじりと削られている。

まああんなもの見せられて健康になる人間など存在しないだろう、キリコの喉から溜め息が漏れた。

 

「気に入らない! 気に入らない! 気に入らないわーっ!」

 

一体何が気にくわないのかというと、色々としか言いようが無い。

 

「何故!? 何故あんな野蛮で汚ならしくて穢らわしい半獣が教師なの!?」

 

その一因が、ホグワーツに教員としてやってきたケンタウロスのフィレンツェだ。

彼はケンタウロスの中でも比較的親人間派として知られており、それもあってか今回の招待を受けたのだ。

お陰で大多数のケンタウロスからは弾きものにされてしまってはいるが、彼がそれを気にする様子は無い。

 

が、彼女はご覧の通り、鳥肌ならぬ蛙肌を立たせながら叫んでいた。

というのも彼女、大の半獣嫌いなのである。

理由は分からないがとにかく半獣を嫌っており、悪法である″反人狼法″を作ったのも彼女である。

 

その半獣がやって来た事に彼女は腹を立てているという訳である、もっともトレローニーを失職させなければ占い学の教員が欠ける事もなかったのだが。

 

「ハァ、ハァハァ、ミ、ミスターキュービィー、それで、連中の様子はどうですか?」

 

やっと落ち着いてきた彼女は、漸くキリコを呼んだ目的を果たそうとする。

尚連中とは、言わずもがDAの事である。

 

「さっぱりです」

「キィィィィィ!」

 

もう一つの原因がこれである、まさかの復活を遂げた防衛協会改めダンブルドア軍団の存在は、今日もアンブリッジの胃をつついていた。

勿論存在は知っているし、何処で練習しているのかは叫びの館跡地だと検討がついている。

 

しかしそれだけでは不十分、あくまで実際に練習している場面を捉えなければ、証拠とは呼べない。

だが″忠誠の術″によりそれは不可能、場所もやってる事も分かっているのに現場を押さえられないというジレンマが、彼女を苛立たせていたのだ。

 

止めに敷地外立ち入りで捕まえようようにも、入り口自体はホグワーツの敷地内という有り様。

監視を付けようにも、僅かな隙を突いて脱出する始末。

 

「…落ち着いてください、既に目的は達成されたんですから、アンブリッジ校長」

「エヘンエヘン! 確かにそうですね」

 

キリコに校長と呼ばれ、先程までの機嫌が嘘の様にひっくり返る。

実はこのやり取りの数日前、ダンブルドアが理事会の決定により校長の座を追われていたのだ。

表面上は『教育適正に難アリ』という理由だが、この決定にファッジの疑心暗鬼や、死喰い人であるルシウスが関わっているのは言うまでもない。

 

結果校長のポストに、ファッジの推薦を受けたアンブリッジがなった訳である。

 

(…もっとも、適正は知れてるがな)

 

しかし校長であるにも関わらず、何故彼女は校長室に住まないのか。

何て事はない、あの校長室は″歴代校長が校長と認めた人物″しか住まわせないのだ。

つまりそういう事である、もっともそれを彼女が知る訳なく「ダンブルドアが何か仕掛けたんでしょう」と地団駄を踏む事になった。

 

「ヤツ等の処理はいわば、死体から蛆虫を潰す様なもの、気長にやりましょう」

「えぇ、えぇ、そうね、あの子達にじっくり教育的指導をしなければ…ヌフッ!」

(…分かっているのか?)

 

じゅるりと蛙というよりはカメレオンの様に舌なめずりする彼女を見て、キリコは果たして自分の言ったことを理解できているのか不安になる。

 

「では今から授業に行きましょう、今日もお願いしますよ?」

「…了解しました」

 

しかし、ダンブルドアを追放して、何故反発を受けないと思ったのか。

それ以来アンブリッジは、生徒達から正にピーラーゲリラのごとき奇襲(イタズラ)を受ける事になった。

その勢いは止まる事を知らず、日に日に加速し、遂には悪戯王を決めるノリと化している。

 

アンブリッジ以外の教師も注意してはいるが、実質無視同然、というか場合によっては協力すらしている。

グリフィンドール生の悪戯に、あのスネイプが注意しないと言えば、その嫌われっぷりが分かるだろうか。

 

そんなビーブスを筆頭とした嫌がらせを受けた彼女が目を付けたのがキリコだ、彼が自分への悪戯を数百倍にしてやり返しているのを知った彼女は、その力に頼る事にした。

 

…結果キリコはことあるごとに警備を命じられ、今では授業に出ている時間よりも警備時間の方が長くなってしまっている。

お陰でより気に入られているのだから文句は言えないが、流石に彼も辟易としていた。

 

「…! アンブリッジだ…!」

「キリコもいやがる…!」

 

教員室から一歩出れば、刺刺しい小声が彼等を突き刺す。

しかしその小声でむしろ機嫌が良くなる彼女は、一体どういう精神構造をしているのだろうか。

そうしながら教室に着いた彼女は、また一転して不機嫌になる。

 

「エヘンエヘン、これはどういうことですか?」

 

本来一杯になっている筈の教室の席は、半分も埋まっていなかったからだ。

憤慨している彼女にキリコが羊皮紙の束を差し出すと、更に顔色が赤くなっていく。

 

「欠席届けです、机の上にありました…全員『アンブリッジ炎』だそうです」

「ンンッンッ! ンッ!」

 

声なのかすら怪しい怪音を堪えるアンブリッジ、だがキリコからすれば慣れたものである。

悪戯戦争と時を同じくし、アンブリッジに対する抵抗を兼ねたボイコットが始まっていた。

どう休んでいるのかも確証がある、ウィーズリーズの商品である″ズル休みボックス″の仕業だ。

 

が、確証があっても証明できねば机上の空論、キリコとアンブリッジ、二人がかりでもこの仕掛けを見抜く事ができず、現状この休みを認めるしかないのだ。

尚その際、(やむを得ず)スネイプに協力してもらったのだが。

 

『我輩にはさっぱりです、精々分かったのは、″蛙の毒″が使われている点くらいですな』

 

と、仕掛けを見抜いているにも関わらず、皮肉が返ってきた事は生徒間で話題になっている。

 

「では、授業を始めましょう、まずはアルファベットの発音から―――」

 

 

 

 

そうこうして退屈極まった虚無的時間が終わり、教員室へ戻ろうとした時の事である。

 

「―――! プロテゴ(盾よ)

 

キリコが咄嗟に呪文を張った瞬間、上空から何かが襲いかかる。

盾に弾かれたそれを見れば、不発に終わった糞爆弾。

誰かが天井に仕掛けておいたのだろう。

 

「一体誰が…」

ステューピファイ(失神せよ)

 

アンブリッジが呟き終わる前にキリコが呪文を撃ち、その光は背を向けていた一人の生徒に命中する。

 

「…こいつです、糞の臭いがしています」

 

恐るべき嗅覚…かと思うが、実は嘘である。

キリコはそれらしき人間を、適当に犯人に仕立て上げたに過ぎない。

勿論アンブリッジにとって、それは些細な事ではあるが。

彼女にとって肝心なのは、生意気な生徒をどういたぶるかなのだ。

 

「ンフッそうですか、ではミスターキュービィー、彼を連行なさい」

「了解しました」

 

憐れな男子生徒は抵抗どころか指一本も動かせずに連れ去られてしまう、周りの生徒達はそれを助ける事もできず、精々目一杯睨むのが限界である。

 

「…………」

「ヒィッ!」

 

もっともキリコに睨まれればすぐ怯む程度だが、矮小な雑魚を一瞥し、彼等は男子生徒を教員室に放り込む。

 

「ウフッ、ではどうしましょうか?」

「…アンブリッジ校長、一つ、提案があります」

「? 何かしら?」

 

首を傾げ可愛げに微笑む彼女を見た男子生徒は、これからされる事への恐ろしさと悍ましさに鳥肌が止まらなくなる。

それを満足そうに見つめたキリコは、それ以上に恐ろしい事を提案する。

 

「″磔の呪文″を掛けましょう」

「なっ…!?」

「あらあら、理由を聞かせてもらっても?」

「はい、今まで校則違反を行った生徒に罰則を加え続けてきましたが、いまだ違反者は絶えません。

つまり今までより遥かに強力な罰則をする必要性があります、つまり、磔の呪文が最適と言えます」

「確かにそうね…けど杖の記憶はどうするつもり? それを調べられたら、流石に今の私の権力では隠し切れませんよ?」

「簡単ですよ…ククク」

 

キリコがにやりと笑った次の瞬間、彼は男子生徒の杖を奪い取り、そして―――

 

クルーシオ(苦しめ)

「!? ひぎゃあああああああああ!!!」

 

男子生徒の絶叫が部屋の中を満たし、それは教員室に留まらず外まで貫こうとする。

しかし事前に掛けた遮音呪文の効果により、その苦しみに気づく者は居ない。

 

「このように、罰則を犯した生徒の杖を使えばいいのです。

こうすれば記憶には残りませんし、むしろ違反者側の杖が記憶するため、許されざる呪文を使ったという脅迫材料にもなります」

「成る程ね…ウフッ、いつもありがとうミスターキュービィー、これで漸く、違反者を撲滅できそうですわ」

「…ぼ、僕は…やって…な…」

「嘘はいけませんよ? クルーシオ(苦しめ)

 

何度も何度も響き渡る苦悶の声、それに気付く者は一人も居らず、彼女を止める人物も居ない。

生徒の虐待に夢中になるアンブリッジ、だからこそ気付けなかったのだろう。

キリコの肩に、小さな黄金色が光っていた事に…

 

 

*

 

 

春休み期間到来、そしてその週末、ホグズミード村は大いに賑わっていた。

この盛況の理由が、アンブリッジ炎の蔓延から少しでも逃れようとしたからだという事は、皮肉以外の何物でもない。

が賑わっている事に変わりはなく、ホグワーツではもう見られない光景がそこにはあった。

 

しかし一か所だけ相変わらず不景気な店が一軒あった、ホッグズ・ヘッド、以前防衛協会を組織したあの店である。

店主の態度が原因か店の埃が原因か、この店だけある意味いつも通り寂れきっている。

だからこそ目立つ、何故こんな店に若い男女がいるのかと。

 

「で、動物もどき(アニメーガス)という事がばれて貴女に一年間の執筆を禁じられたこの私に今更一体何の用ざんすか」

 

いや、一人中年女性が居た、リーター・スキーターである。

今しがた彼女がぼやいた通り、彼女は今執筆ができない状況下にあった。

 

「ええ、そんな仕事ができない貴女に救いの手を差し伸べてあげるの」

 

その彼女を睨み付けるハーマイオニー、尚何故彼女がスキーターを恨んでいるのかというと、去年の日刊預言者新聞で散々騒ぎ立てられたのが原因である。

席の端の方で「一体どうすればいいんだ」と固まっているハリーとロンを放置し、会話は進む。

 

「救いの手なら間に合ってるざんすが」

「じゃあ脅迫ね」

「この娘…」

(…帰っていいかな?)

(帰れればね)

 

如何にもうんざりだといった溜息をつくスキーターを見た後、ハーマイオニーは要件を切り出す。

 

「ザ・クィブラー、って雑誌は知ってるわね?」

「あ知ってる、ルーナのお父さんが書いてる雑誌だ」

「三流オカルト雑誌の金字塔のあれざんすね」

「…まあ、正直その通りね」

 

珍しく同意するハーマイオニーだが、実際この雑誌、かなりアレなのである。

果たしてどう言うべきか、…とにかく内容が電波的としか言いようが無い。

そんな電波雑誌を現実的な思考をする彼女が、受け入れられる筈も無く、この様な感想を漏らすに至った。

 

「まあこの際それはいいわ、その雑誌にあるインタビュー記事を書いて貰いたいの」

「ええ…あの雑誌にざんすか?」

「虫」

「あっはい…それで? 誰をインタビューしろと?」

「ハリーよ」

「えっ僕?」

「そう、いい? 今預言者糞新聞は魔法省の言いなりになっていて、ファッジ達にとって都合の良い記事しか載せていないわ。

そのせいで世論の殆どは魔法省寄りになっているの。

なら、私たちもメディアの力を利用すればいいのよ、そうすれば多少かもしれないけど、世論も動くわ」

 

成る程、と呟くハリー達だったが、ロンが根本的な疑問を口にした。

 

「けどさ、一体何をインタビューするんだい?」

「僕が答えられる事なんてそう多くないよ?」

「何言ってるのよ、貴方散々アンブリッジに叫んでたじゃない、それをそのまま…じゃ説得力に欠けるから私が編纂するとして」

「もしかして、アイツについて…?」

「そう、例のあの人がどう復活したか…あの時何が起こっていたのか、こと細かに教えてちょうだい」

 

ハリーの脳裏にはあの時の光景が巡っていた、セドリックが死んだ事、ヴォルデモートが甦った事、キリコが連れ去られた事…

 

「…あ」

「? どうしたんだい?」

「いや、キリコが拐われた事はどうしよう…」

 

口に手を当て、軽く頭を抱えるハーマイオニー。

キリコはいまやアンブリッジの手先、しかもキリコ当人は拐われた事を否定している。

仮に彼が誘拐された事を載せたとしても、キリコはそれを否定する、そうすれば記事の信憑性は却って低くなってしまうだろう。

 

「…キリコの事は乗せない方針でいきましょう、逆に信憑性が落ちるわ」

「分かった、そうするよ、早速始めよ―――」

「ちょっと待つざんす」

「…一体何の用かしら? 拒否権は無いわよ?」

 

軽く勢いづいた流れを止められ、私怨があるとはいえ露骨なまでに不機嫌になるハーマイオニー。

 

「分かってるざんすよ、今さら拒否もできないし、取材はやるざんす。

け、ど、一つだけ条件があるざんす!」

「条件?」

「そう、そのインタビュー記事、それをクィブラーに載せるタイミングはこっちで決めるざんす」

 

ハリー達は訝しんだ、タイミングを向こうで決められるとはつまり、いつまでも載せない可能性もあり得るからだ。

 

「…理由はあるのかしら?」

「さっき貴女が言った通り、世論は魔法省寄りざんす。

今その記事を載せても、大した反響は得られないざんす。

重要なのはタイミング、逆に言えばそれさえ狙えば、想像以上の効果を得られるざんすよ」

「止めておこうぜハーマイオニー、こいつそう言っておいて、絶対載せないぞ?」

 

スキーターの言う事は正しいが、ロンの言う事ももっともだ。

この女を信用するか否か、暫く考えた末に彼女は決断した。

 

「分かったわ、タイミングは貴女に任せるわ」

「ほ、本気かい?」

「ええ、この女はこんな奴だけど、記者としては間違いなく一流よ。

素人の私達で決めたら、むしろ逆効果になる可能性だってあるわ」

「決まりざんすね、じゃあ始めましょう、まずは服装を整える所から…」

「えっ、服から?」

「当たり前ざんす」

 

ハリーのインタビュー準備の間、やる事の無いハーマイオニーとロンの二人は、バタービールを飲みながら寛いでいた。

 

「…そういえば」

「? どうしたの?」

 

それか半分程減った頃、ロンが何かを思い出した様に口を開く。

 

「いや…キニス大丈夫かな、と思ったんだよ」

「ああ、そういう事ね」

 

彼は実は数日前から、軽い風邪を引いてしまい授業を休んでいる。

無論アンブリッジ炎ではなく、普通の風邪である。

 

「折角ホグズミードに来たんだから、何か温かい物でも買っていきましょうか」

「一個位悪戯グッズを仕込んでおこう」

「…それで笑える程、精神的に余裕があればね」

「だよな…ハァ」

 

彼等とキニスも、何だかんだ言いつつ長めの付き合いである。

表に出さないものの、気落ちしている事には気付いている。

 

「…やっぱり、風邪引いたのもそれが原因かな…」

「いえ、それは無いわ」

「何でそう言い切れるんだい?」

 

ロンがそう言うと、ハーマイオニーは正に信じられないという目線を彼に投げ掛けた。

 

「え…まさか…気付いてないの…?」

「何の事だい?」

「…私と同じ理由なのに…」

 

ハーマイオニーが呆れながらブツブツ呟き、ロンの鈍感さに溜め息を三度吐いた後、彼女はキニスの風邪の原因を語った。

 

逆転時計(タイムターナー)よ、あれで少し無茶な授業日程を組んだのが原因だわ」

「へー、成る程…ってちょっとまって!? 逆転時計だって!? あいつそれを借りれる程頭良かったのか!?」

 

ロンの言う通り逆転時計は簡単には借りれない、非常に良い成績と、更に上を目指す向上心が認められなければ取得できないのだ。

 

「何でも、魔法生物学と別の取りたい科目が重なったから、マクゴナガル先生に掛け合って、借りれたらしいのよ」

「…先生、よく許可したな」

「…代償として、O.W.L.で上位10位に入れと言われたらしいわ」

「…ワーオ」

 

と彼等は言っているものの、実際の所マクゴナガルはそこまで考えてはいなかった。

この条件は心掛けに過ぎず、上位四分の一に入っていれば十分だと考えている。

 

「けどそこまでして魔法生物学を取ったのか…」

「何でも将来は、魔法生物学者になりたいらしいわ」

「あー、そういえば昔スキャ…何とかさんに会った事あったな、あいつ…」

「スキャマンダーさんよ」

「インタビュー準備、できたざんすよ」

「よし、始めるわよ!」

 

 

*

 

 

一方その頃、キリコは必要の部屋に籠っていた。

しかし今回は異能の研究でもなければ、呪文の練習でもない。

彼の目の前には数字が振られたボタンと、棒の様な物が付いた機械…そう、電話が置いてある。

 

(本当に何でもありだな、この部屋は…)

 

半ば呆れつつも電話のボタンを押し、無機質な機械音を鳴らす受話器を耳元に寄せる。

暫く経つと機械音は途切れ、代わりに胡散臭い声が聞こえ始めた。

 

「はぁい、非合法マグル用品店でごぉざいます…」

「…俺だ」

 

繋がったのはキリコがよく通っていたマグル用品店…もとい、武器洗浄屋であった。

彼は去年の頃、ここの電話番号を聞いていたのだった。

 

「ん? おぉ、貴方でぇしたか…しかし電話なんて、どうしたんですぅか?」

「学校から出れなくてな…」

 

何故直接行かなかったのかと言うと、単独行動が危険だったのもあるが、これが最大の理由である。

 

「…ああ、あの女性のせいですね? 聞いていますよ…ホグワーツはとても面白くなってるらしいですねぇ…」

「知っているのか?」

「はい、ルスケ殿から」

「…何?」

「あの人にはいつも贔屓にしてもらってまして…」

 

ここでもロッチナか…と、その神出鬼没ぶりに達観するキリコ。

 

「まぁそれはともかく、何のご用で…いや、何をご所望で?」

「…色々ある」

 

以前のマルフォイ邸の脱出戦、あれでキリコは多くの武器弾薬を使い尽くしてしまった。

今回の注文は、その補充を目的としているのだ。

…ついでに言うと、アンブリッジ護衛により、纏まった資金を得る事ができたのも理由の一つである。

 

「―――はいはい、確かに受けました、送り先は…」

「…ここの住所に頼む」

「はい…誰かに見られないように気を付けてくださいねぇ」

「分かっている」

 

一頻り注文し終わりそれの発注手続きも終わった、さあ商品の用意だと店主が意気込むが、彼の話はまだ終わっていなかった。

 

「それともう一つ注文が…いや、頼みがある」

「頼み…ですかぁ?」

「…銃の改造はできるか?」

「えぇでぇきますよ、カスタムでも呪文での魔改造も」

「今から図面を送る、一緒に送るブラックホークをその通りに改造してほしい」

 

元々最終手段として持っていたブラックホークだが、キリコは既に力不足だと感じていた。

だからこそ彼は、この拳銃の更なる威力向上を目論んでいたのだ、それこそ盾の呪文を一撃で破る程の拳銃を。

 

「了解しましたぁ、では、例の時を楽しみにしてますよぉ…ヒヒッ」

「…………」




――― ハリー・ポッターとラストレッドショルダー ―――



いよいよ″アレ″が登場します。
出番は…もうちょっと先だけど。



???「茶番は終わりだ…」
蛙「ゲコ?」


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第四十七話 「ツインザンド(Bパート)」

今回はO.W.L.回です。

…つまり。


魔法普通試験、通称O.W.L.(ふくろう)が終わり、生徒達はこれ以上なく浮かれていた。

天文学の試験中、ハグリッドとマクゴナガルがアンブリッジ傘下の闇祓いに襲われるという事件こそあったが…それさえ除けば、比較的明るい雰囲気となっている。

ではこの部屋の、重苦しい空気は何であろうか。

 

「いよいよ…遂にこの時が来たのですね…」

 

自分の部屋で感慨深く呟くアンブリッジは、じゅるりと舌舐めずりしながらフレッドとジョージを見つめる。

それを相変わらず無機質な目線で見つめるキリコ、そう、今から彼等は退学になるのである。

 

「ウフッ、本当に可哀想に、後数日で卒業できたのに、これでホグワーツは中退扱い、お父様もお母様もさぞ悲しんでいる事でしょう」

「「…………」」

「ですが許す訳にはいきません、私は校長、規則を破る者には規則に沿った罰を与えなくてはならないのです」

 

もうそれはそれは良い笑顔で語るアンブリッジ、対して双子は怒りに顔を滲ませて…おらず、拍子抜けする程冷静である。

そこに丁度、怒りに満ちたハリー達が現れる。

 

「フレッド! ジョージ! 一体どういう事だよ!」

「ミスターポッター? 部屋に入るときはノックを、発言の際には手を上げて下さいね?」

「うるさい!」

 

まさかの暴言、普段なら怒り狂う所だが、極めて上機嫌だった為そんなに気にしなかった。

代わりに淡々と、何があったのかを説明していく。

 

「この二人は教職員並びに生徒に対し、度重なる注意勧告にも関わらず悪質な違法行為を繰り返してきました。

よって校長及びに尋問官権限をもって、退学処分にとなったのです」

「ふざけるな! 何が校長権限だ!」

「あら? では貴方達は試験中の会場に箒で突入した挙げ句大量の花火を打ち上げる行為を容認するんですの?」

「え」

 

一気に凍てついたハーマイオニーの目線が双子を貫く。

これはいくらなんでもやり過ぎ、フォローの仕様が無い、よってこの退学処分は違法とは言い難くなってしまう。

 

「「皆、心配かけてすまないな」」

「そんな…二人が謝る理由なんて…」

「エヘンエヘン、さあ早く出ていきなさい、もう用事は終わったでしょう?」

 

そう言うと同時に、キリコが彼等を無理矢理追い出す。

 

「さて、では退学通知…の前に、貴方達にはずっと散々な目に合わされてきましたね?

ツケを払って貰いましょう―――」

 

私的制裁を加えようとした彼女の前にキリコが現れる、アンブリッジはその行動の意味を瞬時に理解した。

 

「あら、確かに貴方も大変でしたものね、いいでしょう、お先に好きなようにやっていいわよ」

「ありがとうございます」

 

キリコはアンブリッジに一礼し、そして杖を取り出した。

今からこの杖を使って、彼等を散々に痛め付けるのだろう。

だが彼女の予想に反し、その場で杖をコツンと手の甲に叩き付けるだけだった。

 

「…ミスターキュービィー? 何もしないんですか?」

「いえ、もうしています」

 

可愛げに首を傾けるアンブリッジ、今のは何だったのだろう。

その疑問の答えを得たとき、彼女は衝撃を受ける事となった。

 

「もう? 何をしたの?」

「爆弾です」

「は?」

「爆弾です」

「…爆弾? 何処にそんな物が?」

「この部屋全てに、アンブリッジ校長がよく招いてくれたので、事前に仕掛けるのは簡単でした」

 

恐る恐る部屋の壁をよく見ると、透明呪文と消臭呪文で高度にカモフラージュされた、糞爆弾が絨毯の様に敷き詰められていた。

 

「ま、ま、まさかあ、あ、貴方…!」

 

何かを察したアンブリッジ、だがもう遅い。

かつて組分け帽子は、キリコ・キュービィーにスリザリンの適正もあると考えた。

アンブリッジの那由多の過ちの一つ、それは彼がかつて神すら騙し抜いたという事を知らなかった事。

 

「では、そろそろ失礼します…永久に」

 

キリコと双子が部屋の外へ飛び出した瞬間、全ての糞爆弾が連鎖爆発を起こし―――

 

「嫌あああぁぁぁ!」

 

床が抜け、糞と埃まみれになった蛙が、井戸の底へと落下して行った。

 

 

 

 

部屋から追い出された数分後に起こった爆音、一体何がと思ったハリー達は、とんでもない光景を眺めていた。

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁああっ!?」

 

アンブリッジが糞と泥まみれになりながら、校内中をファイアボルト並みの早さで滑っているのである。

 

「…あれって確か」

「泥沼ジェットコースターだな」

 

以前双子の作り上げた悪戯グッズが、アンブリッジをあちこちに引き摺り回す。

当然生徒達の興味を引き、文字通りカオスとなっていた。

 

「デュフッ!?」

 

校内中の晒し者にされた挙げ句、最終的に昼食中の大広間に突っ込んでいったアンブリッジ。

生徒達は唖然としているが、教員達は何食わぬ顔でランチを楽しんでいる。

 

「ゼェ、ゼェ、な、何が起こったの…」

 

アンブリッジは状況を整理する、ウィーズリーの双子を虐待しようと思ったら、キュービィーが何か唱え、そして部屋が糞爆弾で爆発し、糞まみれになって末地面に落下。

そして変な沼にはまり、ここまで運ばれてきた…

 

「まさか…まさか…」

 

その時大広間の扉が開き、隙間から双子とキリコが顔を出す。

 

「キリコ…やっぱり…」

 

それを見付けた食事中のキニスはみるみる笑顔になり、反してアンブリッジの顔はみるみる歪んでいく。

 

「キュービィー…貴方…!」

「「そゆこと」」

 

双子はアンブリッジに向けて、あかんべーをした。

数秒沈黙が起こった。

 

「…殺してやりますわよおおおお!」

 

凄まじい形相が見るに耐えない形相となり、全力疾走しだすアンブリッジ。

当然逃走を始める三人、それを追いかけた彼女が大広間を飛び出した瞬間、全員また度肝を抜かれる事となった。

 

「殺してやりますわよおおおお!」

「殺してやりますわよおおおお!」

「殺してやりますわよおおおお!」

「!? 一体今度はな…ぁがっ!?」

 

アンブリッジ、アンブリッジ、アンブリッジ…

アンブリッジ目掛けて、大量のアンブリッジが走り出した!

 

「何よこれぇぇぇぇ!?」

「何よこれぇぇぇぇ!?」

「何よこれぇぇぇぇ!?」

「何よこれぇぇぇぇ!?」

 

ウィーズリー特製悪戯グッズその1、″そっくり大名行列″

選んだ対象のコピーを数百体生み出し、対象と同じ発言をしながら何処までも追い回す。

 

「真似ないで!」

「真似ないで!」

「真似ないで!」

「真似ないで!」

「何だコレ」

 

そうぼやくキニスに、誰もが同意した。

アンブリッジを追い回すアンブリッジ、それは例えるならばモナドから脱出しようとするファッティーの軍勢の様にも見える。

 

余談ではあるがファッティーの意味は″太っちょ″、パララント側の呼称フロッガーの意味は″カエル″である。

これは如何なる偶然か。

 

「一体何の騒…え…」

 

間が良いのか悪いのか、駆け付けたマルフォイ率いる親衛隊はその光景を見て思考能力を停止させる。

 

「何をしているの! 早く私を助けなさい!」

「! は、はい!」

 

悲鳴に等しい彼女の命令に従い、偽ブリッジに向けて次々と呪文を撃ち込むマルフォイ達。

 

「アアアアーッ!」

 

文字通り蛙の悲鳴をあげながら、次々と分身は消滅していく。

しかし悲鳴をあげているのは偽物ではない、偽物が消えたのは単なる時間切れである。

ついでに言うと、この分身に実体は無い。

つまり呪文は全て…

 

「ふう、やっと全部消え…」

「グェ…ゲゴォ…」

 

御覧の通り、ゴミ切れの様に早変わりしたアンブリッジが横たわっていた。

 

「…………」

「お、覚えておきない貴方達…」

「一体どういう事だキリコ!」

 

アンブリッジの目線から逃れた先に居たキリコに向けて、マルフォイが叫ぶ。

 

「何の話だ」

「言ってただろ、アンブリッジに取り入って権力を得るって! これじゃ全部パァじゃないか!」

「何ですって!?」

 

初めて聞く情報に驚くアンブリッジを置いて、話は進んでいく。

キリコは確かに、その野望を自分に語った。

だが今の行為に何の意味があるのか、マルフォイにはさっぱり分からなかった。

 

「…ああ、あの話か」

「一体どういう事ですかキュービ」

「あれは嘘だ」

「何ですって「だって」!?」

 

更なる情報に目をひんむく二人、そしてキリコがその驚くべき本心をついに語った。

 

「あんなものはお前を騙す為の方便に過ぎない、俺の目的は最初からこれだ」

「そ、そんな行為に何の意味がある!?」

「意味などない、たがやらずにはいられなかった」

 

とどのつまり、アンブリッジはキリコの怒りを買っていたのだ。

真実薬を入れた時からか、仲間であるハリー達に過激な罰則を加えた時からか。

しかし間違いなく言える事がある、アンブリッジはキリコを手駒として操ろうとしていた。

その時点で、運命は決まっていたと。

 

「「ヤホーイ!」」

「!?」

 

そして箒で颯爽と現れた二人がキリコを回収し、何かをばら蒔きながら飛び去って行く。

 

「ッ! 今度は花火!?」

 

迫り来る花火の弾幕、疲弊した体力と精神では防ぎきれず、その内一つが命中する。

 

「うっ! …あら、痛く無い?」

 

しかし意外な事に、少しチクッとする程度の痛みしかなかった。

…しかし、この花火は精神攻撃がメインだった。

 

「―――嫌あああ!」

 

色々な意味で暴走するアンブリッジを追いかける生徒達が見たのは、愛くるしいカエルの着ぐるみを着込んだ蛙だった。

 

ウィーズリー特性悪戯グッズその2、″簡単お着替え花火″

命中した対象を一瞬で着替えさせられる、なお風俗的な衣装は設定不可と、青少年にも配慮されている。

 

「笑うしかない」

「アハ、アハ、アハ…」

「大変だ! ハーマイオニーが壊れた!」

 

ハーマイオニーが壊れるのも止むを得ないだろう、アンブリッジの愛くるしい幼稚園児衣装やらフリフリのドレスローブ、その他文面に書くのも憚られる衣装を見て、正気を保つ方が無理というもの。

 

「も、もう嫌…ゆ、許して…」

 

当然当人であるアンブリッジの疲弊はその比では無い、半ば正気を失いかけている。

そこに止めを刺すべく、再び三人が表れた。

 

「ひぃっ! もう止め―――」

 

ポンポンと背中を叩かれ振り返った彼女が目にしたのは、彼女が最も嫌いとする半人…

即ち、ケンタウロスが彼女を見下ろしていた。

 

「ギャアアアアーーーッ!? 何で半人がぁぁぁ!?」

 

ウィーズリー特性悪戯グッズその3、″お手軽ボガート″

シールを張った対象が、それとは別のボガートシールを張った人物を見ると、ボガートの様に一番怖いものに見える。

効果時間は短い為、脅かすのに丁度良い。

 

「こないでこの野蛮人! 来ないでーっ!」

 

今までの疲労が嘘の様に跳ね回るアンブリッジを、キリコ達が変身したケンタウロスが追い回す。

 

「何で! 何で私がこんな目に!」

 

涙目で廊下を這いずり回る彼女は、逃げ回った末禁じられた森付近まで飛び出す。

ここまで来れば…と油断した瞬間、ケンタウロスが更に増えた。

前方、後方、どちらもケンタウロスである。

アンブリッジは完全にパニックと化し、ひたすら暴言を吐き続ける。

 

「来ないでバケモノ! ゲテモノ! 野蛮人! 半獣! 来ないで…え?」

 

叫び終わる頃にはキリコ達の効果が切れ、普通の姿に戻っていた。

しかし正面のケンタウロスが、人間に戻る気配は無い。

 

「え…あ…う…」

「…………」

 

凄まじい形相でアンブリッジを見下ろすケンタウロス、そう、こっちは本物であった。

 

「おや、アンブリッジ上級補佐官殿ではないですか」

「ル、ルスケ大臣秘書?」

 

禁じられた森から表れたロッチナは、頼んでもいないのに状況を説明し始める。

 

「いえ、何て事はございません、先日のフィレンツェ殿について、お話の続きをしていたのですよ。

それで今度はフィレンツェ殿も加えて話し合う為に、代表の方をホグワーツ校内まで御案内していたのです」

 

ロッチナはそう語り終えると、再びホグワーツへ向けて足を進め始める。

そして校内に入る直前足を止め、ケンタウロスの方に向き直す。

 

「護衛の方はここで、ゆっくりのんびりと、心行くまま思い思いに、かつ自由にお過ごし下さい」

「ま、待って! た、助けてルスケ!」

「仕事がありますので…では、ご健闘をお祈りしております」

 

ケンタウロスに取り囲まれるアンブリッジ、だがこの絶望的状況を前に、とうとうやけくそになってしまった。

 

「…殺してしまいなさい! 全員! 殺してしまいなさい!」

 

その叫びと共に、次々と傘下の闇祓いが現れる。

彼等はアンブリッジの命令に忠実に従い、ケンタウロスやロッチナを襲い始める。

 

「アハハハ! こ、これが私の力です!」

 

ケンタウロスも負けじと応戦するが、あんな人間の部下とはいえ流石は闇祓い、一人一人確実に無力化していく。

殺さないだけ、まだ良識は残っているのだろうか。

 

「さあ! あの男も殺してしまいなさい!」

 

一頻り無力化した事で余裕が生まれ、手の空いた闇祓いがロッチナに迫る。

しかし彼は一切動揺せず、不敵な笑いを浮かべていた。

 

ファントアラング(幻影編)

ステューピファ―――(失神せ)!?」

 

詠唱を途中で中断する闇祓い、いや彼だけではない、ここにいる闇祓いとアンブリッジ、キリコ、その全員が唖然としている。

何故なら、今さっきまで陸だった場所が海になっていたからだ。

 

「これは…ッ!」

 

そう呟いた瞬間、上空から降り注ぐ鉄槍に気付いた一人が回避行動に移る。

しかし鉄槍は尚も、大量に降り続ける。

それだけではない、彼等の目の前には、大量の鉄のゴーレムが隊列を成して迫っている。

 

エクスパルゾ(爆破せよ)!」

 

突然の事態に混乱しつつも、冷静に対処する闇祓い。

ところが呪文をどれだけ撃っても、ゴーレムには当たらない。

その内一人が、その違和感に気付く。

 

「…水の感覚が無い?」

「触れられない? いや違う、これは―――!」

「闇祓いの諸君御名答、この呪文はただ大掛かりな幻を見せるだけの目眩まし呪文なのだよ」

 

ロッチナ直々のネタばらしに拍子抜けする面々だが、キリコだけは違っていた。

 

(ただの幻影? どこがだ、この光景は…タイバス渡河作戦そのものじゃないか!)

 

この呪文は確かに幻影だ、しかし同時に現実でもある。

術者の記憶を編曲し、構築する幻影、それこそがこの呪文の正体である。

 

「いつまで怯んでいるんです! さっさと殺しなさい! 結局あいつは何もできないんですから!」

「その通り、私はこれ以外得意な呪文を持っていません」

 

戦意と落ち着きを取り戻し、燃えるPR液の幻影を突き破りながら迫り来る闇祓い。

だがそれでも依然として、この男は冷静なままだった。

 

「フフフ…そう、私はね」

「―――ぐあっ!?」

 

ロッチナに杖を突き立てた闇祓い、その頬に長い棒が突き立てられた。

一体何が、その時彼等は見た。

彼の影から、白い髪と仮面を付けた、一人の人間が現れるのを。

 

「やれ、エディア」

「…………」

「あれが…!? 噂は本当だったの!?」

(エディア…?)

 

ロッチナの専属護衛、噂ではあるがそれを聞いていたアンブリッジは目を見開く、

ここで撤退命令を出しておけば彼女は無事だっただろう、だが彼女はそう思わなかった。

 

「この数に! 勝てると思っているの!?」

 

6人も残っている闇祓い、戦いは数で決まる、アンブリッジはそれを信じた。

…そう、彼女はあくまで政治家。

軍人が政治家を兼任している事が当然となっている、アストラギウス出身では無い。

それもまた、命取りとなる。

 

インカーセラス(縛れ)!」

ステューピファイ(失神せよ)!」

インセンディオ(燃えよ)!」

 

次々と放たれる呪文、閃光は全方位から飛んでおり、避けようがない。

誰もが、特にアンブリッジが勝利を確信する。

 

「―――なあっ!?」

 

その光景を見た瞬間、闇祓いの一人が間抜けな声を上げてしまう。

エディアはその手に持った、片方に刃の付いた長棒を振り、全ての呪文を文字通り叩き落としたのだから。

 

「まさか魔法生物の皮を―――」

「き、消えた!?」

「何!?」

 

驚いている隙に姿を眩ますエディア、次に姿を表したのは、彼を必死で捜す闇祓いの真後ろだった。

 

「―――っは!」

 

時既に遅し、後頭部に強力な打撃を受け、一人の意識が奈落へ沈んでいく。

 

「…………!」

 

それにより隊列の崩れた闇祓いを、次々に撃破していく。

全て気絶させているので、殺す気は無い事は明確である。

だがそれが逆に、無意識の内に闇祓いの油断を呼ぶ形になる。

 

「クソッ! 何なんだこいつは!」

「呪文も使っていないのに!」

(あの動き…ま、まさか…!?)

 

キリコがその動きに既視感を覚えている間にも、一方的な戦いは続き、遂に闇祓いは一人残らず気絶させられてしまった。

 

 

 

「あが…あが…あが…」

「御自慢の闇祓いは、これで全員ですかね?」

 

ガクガクと、電気を流された蛙の死体の様に膝を震わせるアンブリッジ。

それは闇祓いが全滅されただけでなく、このタイミングでケンタウロス達が、意識を取り戻したのも原因だろう。

 

「戻れエディア…さて、私は急いでフィレンツェ殿の元へ向かわねば」

「!? ま、待って! 助けてルスケ!」

 

今さっきまで殺そうとしていた男に助けを求めるとはな、ほとほと呆れた女だ。

ケンタウロス達に体を押さえ付けられ、恐怖に震えながらヤツは、俺に目線を向けてきた。

 

「キリコ! キリコ! お願い! 今までの事は許してあげるから! 助け」

シレンシオ(黙れ)

「―――ッ!? ―――! ――――――!」

 

俺はヤツの忠実な部下だ、命令を聞いたら従わなくてはならない。

…命令を、聞けばだ。

 

「次の、御命令は?」

「―――!? ―――!!」

「すいません聞こえませんでした次の御命令は?」

「――――――!」

 

何処までも引き摺られながら、断末魔すら上げられなかったアンブリッジ。

その姿が見えなくなった瞬間、この茶番を見ていた生徒達は、ホグワーツ城がはち切れんばかりの喝采を上げたのだった。

 

 

 

 

…この翌日、ザ・クィブラーに、リータ・スキーターが今まで集め続けた、アンブリッジの横暴、その全てを捕らえた写真が公開された。

またそれと同時に、ハリー・ポッターのインタビュー記事も記載、クィブラーの売上は過去最大となる。

 

この結果、魔法省の信頼は地の底を突き破り、自分で穴を掘る程に転落。

コーネリウス・ファッジの支持率は歴代魔法大臣最低の5%を記録し、辞任する事になる。

またドローレス・アンブリッジは、闇祓いの私的運用、過激な罰則、許されざる呪文使用、半人への冒涜的発言等を理由に、アズカバンで終身刑が決定した。

 

…しかし、余りにも肉体的、精神的磨耗が激しかった為、聖マンゴでの長期療養を余儀なくされる事となった。

 

だが、それを知るのがまだ先である俺は、アンブリッジの追放を喜ぶどころではなかった。

エディアと呼ばれたあの男、何故ヤツはあの動きができたのだ。

何故あの武芸を、バランシングを知っていたのだ。

 

バランシングができる人間など多くは無い、いや、この世界に居る筈が無い。

であれば、ヤツもまたアストラギウスの人間なのは間違いない。

 

ヤツは、ヤツはまさか…イプシロンなのか!?

ホグワーツの灯りと、禁じられた森の暗闇。

俺はその間の黄昏に、かつての戦友(とも)の幻影を見ていたのだった。




ここは何だ?
この圧倒的なる場所
闇にうねって神秘を満たす
もしやして、こここそが予言なる物の意企潜窟か
果てしなき混乱、大いなる混沌
始まるは胎内くぐりか、戒壇巡り
鼓動、蠕動、圧縮、加熱
ねじれねじれてまたよれて、くぐりくぐったその先は
次回、『アンノーン』
アーチ潜るな、何処へ行く



ファントアラング ―幻影編
ドーム状の空間を作り、内部に術者の記憶を元にした立体映像を展開する映像。
尚外側からは何も見えず、ただのドームが見えるだけである。
しかし目晦ましにしても魔力消費が激しく、ちょっとしたパフォーマンスに使うのが限界である。

バランシング
本編第二クールの舞台、クメン王国に伝わる伝統的な武術。
片方に鎌の様な刃が付いた、長棒を使い戦う。
何故これをエディアが修得しているかは謎である。

以上キリコの壮絶な逆襲撃でした。
…さあこっからはシリアスだ。


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第四十八話 「アンノーン(Aパート)」

いよいよ神秘部戦がスタート。
の前にキリコさんのネタバラシ回になります。


壮絶なるアンブリッジへの復讐を終えた俺は、群衆に揉みくちゃにされていた。

最初は色々な事を謝ろうと思い近付いたのだが、どうもアンブリッジを地獄の彼方へ追いやった事の方が嬉しかったらしく、謝罪の暇もなく拍手に押し流されていた。

 

どうしたものかと悩んでいると、群衆を掻き分ける様にフレッドとジョージが現れ、俺を群衆から遠ざけてくれた。

その隙に抜け出し、キニスの元へ辿り着く。

 

「ぬーん…」

「…………」

 

…見るからに不機嫌だった、いや当然か、あれだけの事をしていたのだから。

 

「騙していてすまなかった、だがアンブリッジを最後まで騙し切るには、ああするしかなかったんだ」

「うん、知ってた」

「…やはりそうか」

 

何となくそんな気はしていた、こいつの直感は時に恐ろしさすら感じるほど鋭い。

だからといって、謝らなくて良いという事にはならないが…

 

「ぶっちゃけ、そこは別に気にしてない」

 

…では、何故こいつはこんなに機嫌が悪いのだろう。

理由が分からず困惑していると、それを読み取ったのか溜め息を付きつつ、その本心をぶっちゃけてきた。

 

「僕もやりたかった」

「…何?」

「僕もアンブリッジをボコボコにしたかったんだよ! なのにキリコとロンの兄さん達が全部良いとこ持ってったじゃんか!」

 

思わず体の力が抜けていく、そこか、そこなのか。

それを見たキニスは、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 

「全くもー、どうせやるなら僕も誘ってくれれば良かったのに…

これでも口は固い方なんだよ、僕は」

 

そう口では言っているものの、この一年間こいつがどんな気持ちで過ごしていたかは計り知れない。

 

「…すまない」

「だからそれはもーいいって、あんな奴の近くに居なきゃならなかったキリコの方が、よっぽどキツかったんだからさ」

 

結局今回も、こいつの優しさにつけこむような形になってしまった事に、後味の悪さを覚えつつも、それでも尚俺の心は落ち着きを取り戻していく。

 

「…ありがとう、それと、ハリー達は何処に居る?」

 

勿論キニスだけではない、悪戯の仕返しで燃やしたヤツやハリー達、全員に謝り倒さねばならない。

 

「あー、ハリーなんだけど、さっき頭を痛そうに抱えながらどっか行っちゃったよ」

「…そうか」

「捜す?」

「ああ」

「りょーかい、…で、一体何時から計画してたの?」

 

ハリー達を探し校内を歩き回りつつ、これまで被害を与えてしまったヤツ等にひたすら謝り倒していく。

許してくれるヤツもいれば、そうでないヤツも居るが…根気よく詫び続けるしかないだろう。

そうしながら、今までの計画、その詳細をキニスに語る。

 

「お兄さん達と一緒だったって事は、お兄さん達が作ったって言ってたDAの練習場も…」

「俺が作った、一度前身を壊滅させたのも、裏切りそうなヤツの振り分けをする為だ」

「じゃあ親衛隊は、誘蛾灯みたいたもんだったのか…けど、いつお兄さん達と結託したの? 常にアンブリッジが居たから、会う暇なんて無いと思うんだけど」

「あの二人が親衛隊に取り囲まれ、俺がヤツ等を別室へ連れていった時だ」

「え、でもあの時、二人とも血塗れに―――」

「あれは血糊だ」

「まじか」

「アンブリッジを騙さなくてはならなかったからな」

 

ハーマイオニーが唱えようとした、治癒呪文から二人とも逃げ出した理由がこれだ。

もし唱えれば血糊だとバレ、彼等の計画が露見するリスクがあったのだ。

 

「てか何でお兄さん達と、協力体制をとったの?」

「当初、秘密の守人は俺だった、それを譲渡するには、俺の本心を誰にも言わないような、かつアンブリッジの動向をDA側に流す為の協力者が必要だった」

「…だからあの二人だったのか」

 

少なくとも俺の知っている限りでは、それに最も適しているのがあの二人だったのだ。

その結果ヤツ等の提案を受け、今回のアンブリッジ公開処刑が生まれたのだ。

 

「じゃあ、アンブリッジの暴走を煽ってたのは?」

「…すまない、それについてはまだ言えない」

「ぬー…」

 

不満を漏らしてくるが、ヤツとの約束がある以上言えない。

何故なら、これはロッチナとの契約だからだ。

あの時ヤツは俺に、アンブリッジのスキャンダルを手に入れる様…それも取り返しのつかないレベルのを依頼してきた。

俺はそれをこなす為に敢えてヤツの暴走を促し、大量のスキャンダルを作り出す事にした。

 

更にアンブリッジの側に居る事を利用し、黄金虫に変身したリーター・スキーターを潜ませておく事で、証拠の確保にも成功。

それらの情報は、明日のザ・クィブラーで公開される予定だ。

そう、これはまだ未発表の情報、だから言えないのだ。

 

「明日になれば分かる」

「むう、まあいいや、…てかハリー居ないね」

「…ああ」

 

さっきから随分歩いたが、一向に気配すら感じない。

一旦部屋に帰るべきか? そう思い始めた時、後ろから俺を呼び止めるヤツが表れた。

 

「キリコ、色々話がある」

「ロッ…ルスケか」

 

以前爆破した応接間から手招きするロッチナ、謝礼や成果の話だろう。

 

「フィレンツェとの話は終わったのか」

「ああ、もっともあれは今日ここへ来る為の口実として、入れた予定に過ぎないがな」

「…あのー、どちら様で?」

 

キニスが不思議そうな顔をする、始めて会うのだから当然の反応か。

 

「む? キニス・リヴォービアか」

「え、何でおじさん僕の名前知ってるの」

「フフフ…私を誰だと思っている、キリコの交友関係を把握していて当然だろう」

「…ストーカー?」

 

あながち…いや、全く間違っていないのだが、それでも誰も言わなかった事を平然と口にし、沈黙に包まれる。

何時まで続くか…と思った瞬間、突然ヤツが大笑いをし始める。

 

「ス、ストーカーか、ククク、ま、まさかお前の口からそんな言葉が出るとは! ハハハ!」

「…このおじさん大丈夫?」

「駄目だろう…用事を済ませるぞ、暫く待っていてくれ」

 

今だ笑い転げているロッチナを引っ張り、応接間に腰かける。

漸く笑いが落ち着いた頃に、やっと話が始まった。

 

「さて、まずは礼を言おう」

「…………」

「お前やウィーズリーの双子のお陰で、大量のスキャンダルを証拠付きで手に入れられた。

これだれば政界追放は容易いだろう、アズカバン行きも免れないだろうしな」

「…………」

「礼だが、まず謝礼金だな、あと今年一年分の単位の便宜。

双子の方は確か店を出したいと言っていたな? ダイアゴンの一等地を斡旋して―――」

「それは後だ」

 

金は嬉しいが、正直今は全く嬉しくない。

金より何より、問い詰めなくてはならない事がある。

 

「お前の護衛、エディア…ヤツは、イプシロンなのか」

 

イプシロン…かつてフィアナを巡り、何度も激突した男。

愛憎をも通り越し、完全なる殺意に何度晒された事か。

そして、お互い戦いと硝煙の中でしか生きられない事に、唯一の仲間だったと知ったあの男。

そいつがここに居る、俺はその疑惑を確かめずにはいられなかった。

 

「…フッ、まあお前なら気付くとは思っていたさ」

「───!」

「その通り、エディアは…イプシロンだ」

 

予測していた、だが半信半疑だった事が真実だと知った事により、俺は息が詰まるような感覚を覚える。

 

「私も見付けた時は驚いた、私達のみならず彼までも転生していたのだからな」

 

どうしてヤツまでもが転生できたのか、ロッチナと同じ理由なのか。

いやそれはもはや些細な事、現にここに居るという事実が重要なのだ。

 

「…今ここに居るのか」

「いや、今は所用で離れている、アンブリッジの様子を見に行かせてるのだ」

「…そうか、だが、何故仮面を着けている?」

「護衛のプライバシーを守るのは、当然だとは思わないか?」

 

…話す気は無い、という事か。

何故なのかは分からないが、まあこいつがエディアの正体を素直に話したのだ、気にする事は無いか。

…それでも気になっていると、その思考を止める様にヤツが話し出す。

 

「その話は一旦終わりにしよう、まだ最大の報酬を支払えてないからな」

「…………」

 

この恐ろしく辛い依頼をこなした最大の理由、それはこの、俺に関する予言の情報を得るためだった。

果たしてそれが、俺の過去に関するものなのかどうか…

 

「私がその予言を見付けたのは偶然だった、トレローニーの予言、そこに私が偶々居たのは話したな?」

「ああ」

「あれを聞いた後、私は当初の予定通り神秘部の予言の間に、それとは別の予言を置きに行った」

 

ロッチナは思い出すように、かつやたらと勿体ぶりながらその記憶を思い出していく。

 

「そして予言を置いた時、私は床に予言が転がっている事に気付いた。

棚を見れば97列目の一つが欠けていた、私は理解した、そこから転がり落ちたのだと 

「…………」

「ひび割れていない事を確認し、戻そうと触れた時、私は水晶の中から予言が聞こえてくるのに気付いた」

 

馬鹿な、予言を見る事ができるのは予言に関わる人物だけ。

俺に関する予言なのに、ロッチナが見れる筈が───

───いや、まさか。

 

「予言は私にも関する物だったのだ、驚きながらも私はそれを食い入る様に見始めた。

…そして更なる衝撃に駆られた、あれほどの衝撃は久々だったよ…」

 

一体、一体どれ程の事がその予言に記されているのか、俺もまた恐れつつも、少しの好奇心を感じていた。

…しかし、その内容はその全てを吹き飛ばす様なものだった。

 

「まず見えてきたのは、燃え盛る建物と、炎に焼かれる少年少女達だ」

「…………」

「次に見えたのは奇跡の様な光景だ」

「…奇跡?」

「そう、宇宙空間に放りだされても生きている赤子、当たる直前で逸れる弾丸」

「…!?」

「更に天文学的数値に上る兵士の生存確率のデータ、遺伝確率の算出、それに伴う実験の記録」

「待て、それは…!」

「例えるなら、地獄の様な河を渡る作戦、崩落する谷、味方に襲われる分隊、氷点下250℃での活動記録」

 

ロッチナの言う例え、俺はその光景を鮮明に浮かべる事ができた。

それは当たり前の事だった、何故ならそれは全て、かつて経験した事ばかりだったからだ。

 

「…そう、これは予言の形式をとっているだけ、正確には膨大な研究と記録映像に過ぎない」

「ま、まさか…!?」

「お前も後年に聞いたのではないか? それは我々の世界にあったある文書に瓜二つなのだ」

 

聞いた事がある、俺がかつて所属していた分隊、それはある男の意図…をも意図した男によって組織されたものだと。

そしてその結成には、ある一つの文書が関わっていたと。

それと同時に思い出した、トレローニーの予言の最後の一文を、

 

「″ペールゼン・ファイルズ″、それが予言の正体だ」

「…馬鹿な」

 

″賢者が語る、千古不易のわらべ歌″…

思わずそう呟いてしまったが、簡単に信じられる筈がない。

あの文書がこの世界にある等、考えられない。

 

賢者、トレローニーは確かにそう言っていた。

ならワイズマンが? ワイズマンがこの世に存在しているのか?

ならファイルが存在している理由も説明できるが、何故ヤツはそんな事を、いや何故この世界に…

 

いや、それは後だ、まずはファイルだ。

現に存在している以上、事態は一刻を争う。

俺の過去どころの話ではない、俺のほぼ全てが誰かに知られる可能性が…

 

…いや、よく考えたらむしろ慌てる必要はないのでは?

予言がファイルなら、記されているのはアストラギウスの人間に限定される。

ならこの世界でファイルを見れる人間は、存在しないという事になる。

ワイズマンが絡んでいる可能性が高い以上は、油断できないが…

 

「む? 取りに行かないのか」

「…必要なさそうだからな」

 

信じられない事実に少し混乱していたが、実際のところ知られる恐怖はあり得ない。

と落ち着いていると、応接間の扉が乱暴に開かれた。

 

「キ、キ、キキリコ! たたた大変だ!」

「…どうした」

 

何の用だろうか、あの慌てぶり、ただ事ではなさそうだが。

 

「ハリーが! 魔法省に行っちゃった!」

「どういう事だ?」

 

ハリーが魔法省? 全く要点が掴めない。

何故そんな所へ行く必要があるのか。

 

「…ああ、なるほどな」

「ルスケ、お前は知っているのか?」

「…フフフ、手伝ってくれた礼に良い事を教えてやろう」

「…………?」

「シリウス・ブラックが死喰い人に捕まり、神秘部で拷問を受けている」

「!?」

「という幻を帝王がハリーに見せ、あいつを誘き寄せようとしている」

「!?!?」

「以上だ、行くなら急いだ方がいいぞ」

 

ハリーを神秘部に? 何故おびき寄せる?

態々神秘部に…なら目的は…予言か?

 

「おじさん何でそんな事知ってんの!?」

「死喰い人のスパイをやってるからな」

「ファッ!?」

「しかし奇妙な偶然もあったものだ、丁度六年前の今日ダンブルドアが予言をあそこに置いた事で、運命が決まった。

その予言が、運命の二人をそこに呼び出すのだから…では私はそろそろ帰らせて貰うぞ」

 

長々と言い残し帰っていくロッチナを見送る俺達は、多すぎる情報を処理するのに精一杯だった。

 

「…ワケわからん…何て言ってる場合じゃない! どうしよう!」

「…どうするか」

 

ロッチナの言った事が嘘の可能性は低い、あいつはこういった場面でホラを吹くヤツではない。

だが今更助けに行った所で死喰い人は完璧な布陣を敷いているだろう、罠に自分から突っ込むだけだ。

 

「…この事を他に知っているヤツは居るか?」

「居るよ! 全員魔法省に!」

 

何故全員行ってしまうのか、頭を抱えながら次の希望を確かめる。

 

「教員はどうしてる?」

「そう思ってスネイプ先生の所に行ったんだけど、居なかったんだよ…」

 

ヤツは死喰い人との二重スパイだ、この事を知っている可能性は高い、が…

間に合うかどうかは別の問題だ、騎士団が来る頃には全滅している可能性だってあり得る。

 

「…やっぱ僕達だけでも、いやでも罠まみれだし…せめてダンブルドア先生が居れば…」

 

確かにそうだが、ダンブルドアは今ここには居ない。

というより何処に居るのかすら分からないのだ、本当に手の打ち様がない。

 

「っあ」

「どうした」

 

何か思い付いた様にキニスが呟いたので聞き直してみたが、一人でぶつぶつ言い続けたまま固まってしまった。

 

「…確か…六年前? …神秘部には…確かルーナがそう言ってた…」

 

瞼を閉じながらゆっくりと深呼吸をし、キニスはこちらに向き直す。

…その時俺の背筋に、猛烈な寒気か走ったのだ。

 

「キリコ…良いアイディア…思い付いちゃった…」

「…言ってみろ」

「…やだ」

 

戸惑いながら答えを拒む、果たして何を思い付いてしまったのだろうか。

 

「何故だ」

「…言ったら、絶対行かせてくれなくなるから」

「…死ぬ可能性でもあるのか」

「違うよ! むしろそれは絶対無い、けど、けど…」

 

…てっきり死ぬリスクを抱えた作戦だと思ったが違うのか、では何故ここまで戸惑っている?

 

「…死なないよ、僕がちょっと寂しい思いをするだけだ」

「…………」

 

死なないのなら、それで全員助かるなら、この提案に乗るべきだろう。

…だが、そんな確証、何処にあるのか。

 

「だからキリコ! 早く行こ───っ!?」

「…………」

 

口から声にならない声と、涎を力無く垂れ流す。

突然の衝撃に息ができなくなり、視界が一気に歪んでいく。

 

「…すまない」

「…キリ……コ」

 

腹を抉られたキニスは、そう言い残しその場に倒れ込む。

…これでいい、これなら危険な目に合う事もないし、何もできなかったという無力感も多少は薄れるだろう。

 

かつてこいつは地獄まで付き合うと言ってくれた、それは素直に嬉しかった。

しかし、だからこそ、地獄になると分かりきっている場所に連れていく訳にはいかない。

…もう、誰かが死ぬのは、見たくない。

 

気絶したキニスを安全な場所に置き、俺は魔法省へ向けて出発し出す。

行き方は…確か、アンブリッジの部屋に直通の暖炉が設置してあった筈だ。

…床が抜けているが、端を渡れば何とかなるだろう。

 

 

 

 

糞爆弾の爆発の中でも、何とか暖炉は機能してくれていた。

それを利用した俺は、煙突飛行ネットワークにより魔法省へ辿り着いていた。

 

(…どうなっている)

 

しかし本来多くの役人や職員が歩いている筈のエントランスには誰もおらず、ただ静寂が広がるのみ。

…不自然過ぎる、異常だ、こんな光景はありえない。

なら誰かがこの状況を意図的に作り出したという事、それは死喰い人に他ならない。

 

やはりロッチナの言う通り、ここには大量の死喰い人が待ち構えているに違いない。

警戒心を高め、気配を殺しながら神秘部への道のりを探す。

 

…エレベーターか、これで行けそうだな。

それに乗り込むと予想通り、神秘部への階層が書かれたボタンがあった。

 

やたらと乱暴なエレベーターに揺さぶられながら到着した場所…神秘部は、全面が漆黒のタイルに覆われた、よく言って神秘的な、悪く言えば不気味な場所だった。

この先の予言の間にハリー達と死喰い人が居るのか、しかし何処へ行けばいいのか…

 

(…土?)

 

よく地面を見ると、埃一つ無い場所に似つかわしくない土や泥が付着しているのに気付く。

 

(まだ新しい、という事は…)

 

これを辿った先に、奴等が居る。

杖と拳銃を構えながら、俺はその先へと向かっていく。

暫く歩いた先にその部屋はあった、手のひら大の水晶が幾つも、それこそ数万個単位で棚に納められている。

 

(ここが予言の間か…ッ!)

 

神秘的な美しさに見とれる間も無く、遥か奥なら叫び声が聴こえてくる。

とっさに棚の影に身を隠し、双眼鏡で奥を確認すると黒いローブを羽織った人影が見えた。

 

(一歩遅かったか…だが、この部屋なら)

 

予言棚の隙間を辿りながら、無言呪文によって棚の根本を次々と爆弾に変えていく。

死喰い人はハリーの方に気を取られ、俺の存在には気付いていないらしい。

 

時間の許す限り、限界まで爆弾の量を増やす。

正面戦闘は目的ではない、逃げるルートを構築するのが先決だ…!

 

「…ん?」

「どうした?」

「いや、今誰か居た様な…」

「まさか、気のせいだろう」

「お前達何をしている…さて、そろそろ予言を渡して貰いたいんだが?」

「…………!」

「痛い目には会いたくないだろう? さあ、今なら許してあげ───」

「ちょっと待て…マルフォイ、何か聴こえないか?」

「グレイバック、お前までそんな事を…いや…

…な、何の音だ?」

 

十分爆弾は作り出せた、そして既に作動もしている。

水晶は重い、それが数万と降り注げば、ただでは済まない。

俺の作戦通り、根本から崩された水晶がドミノの様に死喰い人を押し潰しにかかる。

 

「!? これは───」

「逃げろ!?」

「ななな何だ急に!?」

「まさか!?」

「こっちだ! こちらは安全だ!」

「キ、キリコ! 来てくれたのか!」

「予言が! くそっ一体誰が…」

「!? キリコ・キュービィー!? 何故ヤツが」

「構うな捕まえ───ぐあぁぁぁ!」

 

 

 

 

「───戻ってきたか、どうだ? 居なくなっていたか?」

「…そうか、なら良い」

「…どうした? 少し話したかったか?」

「まあ気持ちが分からない事は無い、久しぶりの再開なのだから」

「…だが、まだ無理だ、それは分かっているだろう?」

「…しかし、仕方無いとはいえ随分面倒な役を押し付けてくれたものだ」

「フフフ…まあな、世界そのものが滅びかねないとなればな…」

「しかしそれも終わる、ここから先は私も分からない」

「───さて、賽の目はどう転ぶ?」




───ハリー・ポッターとラストレッドショルダー───



魔法省「ガタガタブルブル」
大丈夫、今回は爆発物も無い。
…所で魔法省って地下の建物なんだよね。
つまり何か起きたら、全部地下空間に集中するんだよね。

…よし、決めた。


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第四十八話 「アンノーン(Bパート)」

クソ忙しくて感想返す暇も無い…(´・ω・`)


「キリコ! 何でここに…!?」

「話は後だと言っている」

 

キリコの奇襲によって危機を脱した一行は、その足で予言の間を後にする。

だが山の様に降り重なった予言から、圧死しなかった死喰い人が這いずり出ようとしている。

しかし、キリコはとうに気付いていた。

 

 「エクスブレイト(爆破弾頭)

 

爆破弾が水晶の山に激突するが…爆発しない。

その高い貫通力により、爆発する前に内部へ入り込んでいるのだ。

当然水晶の中は極めて高密度な密集空間、その中で爆発が起これば、反射によりその威力は───

 

「ヌギャアアアッ!!」

 

───想像を絶するものとなる。

この段階で脱出できていなかった連中は、今ので殆ど爆死したであろう。

しかし死体を一々確認している暇も無い、一行は急いで駆け出す。

 

「ちょっと待って! 僕の予言を拾わないと…!」

「行かせるかよぉっ!」

 

黒煙を纏いながら現れたのは人狼、フェンリール・グレイバック。

その類い希なる身体能力によって、最初の雪崩から脱出していたのだ。

 

「ククク…お仲間を抱えながらで何処まで闘えるかな?」

「そこをどけ」

「聞くと思うか! 痛む、痛むぜ…てめえにやられた肋と首が!」

 

散々ボロクソにやられた事もあり、キリコを怨みに怨んでいるグレイバック。

しかし彼との戦いも三回目、その目に油断は無く、凄まじい速度で何かを引き抜くのを見逃さなかった。

 

「不意打ちは無駄だっ! プロテゴ(盾よ)! エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

盾と武装解除の同時詠唱、攻撃と防御を同時に行い不意打ちを潰しにかかる。

キリコは咄嗟に武装解除を回避するが、盾が張ってある以上何を唱えても無駄。

 

「……は?」

 

では今のは何だ?

何故、グレイバックの腹に風穴が空いている?

人狼としての嗅覚か嗅ぎ付けたのは、火薬と鉄が焼ける様な臭い。

 

「……な、何だそれは!?」

 

キリコの手元に握られていたのは、拳銃だった。

まさか、まさか? 銃の純粋な威力のみで、盾を力押しで破ったのか?

拳銃にしては巨大過ぎるそれを睨みながら叫んだ彼に対し、キリコが答えた。

 

「バハウザーM571 アーマーマグナムだ。

……複製品だがな」

 

盾の呪文すらぶち抜く、アストラギウスが生んだ怪物拳銃が、火を吹いた。

 

「がっ!? ……な、舐めるなよ……! こんな怪我ぐらいで人狼が死ぬか……!」

 

彼は変身していないとはいえ人狼、耐久力も尋常ではなく、それこそ心臓を撃ち抜かねばまず死なない。

しかし、ここに来てまだグレイバックは甘いと言わざるを得ないだろう、既に三回目の交戦となるのはキリコも同じ、対策を立てない理由が無い。

 

「……!? あ、熱い! 何だこれは! か、体が崩れ……て……ま……さ……か……!」

 

この中で唯一マグルの文化にも精通しているハーマイオニーが、この光景を見て、その原因に気付いた。

 

 「まさか……銀の弾頭(シルバーブレッド)……?」

 

人狼の弱点は銀、それを二発も体内に受けてたグレイバックは瞬く間に崩れていく。

 

「…こ…ん…な…所……で…俺………は…ま……だ……」

 

途切れ途切れの断末魔を残し、グレイバックは砂に返った。

 

「…まさか、死んだのか…!?」

「な、何も殺すことは…」

 

ロンとネビルが震えながら呟く、この場で人の死を見た事があるのは数人居るが、殺し慣れているのはキリコしか居ない。

始めて見る明確な死の光景に、彼等は死喰い人ではなくキリコに震え上がった。

 

「…というか何故貴方そんな物持ってるの!? 銃刀法違反よ!?」

「話は後だ、増援が来る」

「え、あ、う」

「早く逃げよう! 急げ!」

 

多少は人の死を見慣れているハリーが彼等を鼓舞するが、彼等は既に囲まれている。

 

「逃がすか!」

「予言は壊すな! つまり───」

「壊さなきゃ殺して良いんだな!」

「だ、駄目だ、囲まれてる!」

 

囲まれた状況で仲間を守りながら逃亡、どう考えても無茶な状況にも関わらず、キリコは冷静そのもの。

それもその筈、彼が来たのは死喰い人やハリーの更に後、事前準備の時間は十分あった。

そう、既に次の手が打たれているのだ。

 

「!?」

「あ、あれはまさか!」

 

予言の間をぶち破りながら現れた巨大な影、あの日マルフォイ邸に居た死喰い人には覚えていた。

呪文を尽くかわし、館を破壊し回った悪夢の様な石人形。

ATの左手に取り付けられた巨大なクローが、包囲網を引き裂く。

 

「これって…!」

「乗れ」

 

無言の呼び出し呪文によって呼び出されたATにキリコが乗り込み、ハリー達が装甲にしがみ付き、神秘部の床をターンピックが抉っていく。

 

機体名″ラビドリーイミテイトtype-S″

室内戦に適応する為、ラビドリードッグの武装を参考にしたAT。

格闘用クローにサブマシンガン(スコーピオン)グレネードランチャー(M79)の二丁流。

グレネード投下パックも装備し、全方位に攻撃可能である。

 

ATは兵器にしては遅いと言うが、あくまで兵器としての話。

人がまともに追い付ける速度ではなく、一気に死喰い人を引き離す。

 

「キリコ! 来たよ!」

「…………!」

 

ルーナの叫びに上体を回転させると、黒煙を纏いながら死喰い人が高速で迫っているのが見える。

ヴォルデモートが開発した飛行呪文、その早さはアクセル全開の車に匹敵する。

 

だが果たして完璧に乗りこなせているのだろうか? 否、それをできるのはごく一部のみ。

では、精密さに欠けたその動きで、跳弾も入り交じった弾幕をかわしきれるだろうか。

 

「ひぇぇぇ…」

 

サブマシンガンの一斉射によって羽虫の如く撃ち落とされる死喰い人を見て、腰を抜かすロン。

別に彼だけが怯えている訳ではなく、全員この光景に恐れを成している。

 

「うわっ!?」

「どうしたの?」

 

突然急ブレーキをかけて立ち止まったので、全員不思議に思った。

 

「…出口は何処だ」

 

まさかの迷子である、緊迫した空気の反動か、こいつでも迷子になるのか、と少しの親近感を彼等は感じた。

だが迷子になったのには理由があった、それにハーマイオニーが気付く。

 

「違うわ! 道が変化してるのよ!

ほら見て! 行くときにつけた印が、全然違う場所についてる!」

「本当だ…!」

(これで侵入者を惑わすわけか…)

 

思わぬ事態に足を止めてしまう、だが遥か後方からは死喰い人が今にも押し寄せんとしている。

 

「どうする!? このままじゃ不味いぞ!」

「手分けして出口を探すか!?」

「…いや、合流できる保証が無い」

 

数秒間思案した後、キリコは現状成しうる最適な行動を選択した。

 

「お前達はここから早く脱出しろ、だが決して一人になるな」

「でもあいつらが!」

「俺が全員仕留める」

 

全員息を飲み、キリコの正気を疑った。

馬鹿なのか? 一体死喰い人は何人居ると思っている!?

しかし食い止められるかを別に考えれば、間違った方法ではない。

 

別れ道になっているのはここからであり、予言の間からここまでは一直線。

つまりキリコがここで食い止めれば、ハリー達はじっくり出口を探せる。

尤も更に増援が来なければの話だが、それは想定しても無駄である。

 

「無茶だ! そりゃキリコは強いけど、あんな数を一人でなんて───」

「…分かった、直ぐに見つける!」

「ハリー!?」

 

誰もがキリコを止めにかかる中、ハリーだけが彼の提案に乗った。

 

「正気か!?」

「…キリコなら、大丈夫だ、むしろ僕たちが居たら足手まといになる」

 

クィレルの時、バジリスクの時、三大魔法学校対抗試合にヴォルデモートの復活。

キリコの闘いを見続け、その実力を最も知っているからこそハリーは彼を信じた。

 

「…行け、もう奴等が来る」

「うん、頼んだ!」

 

奥の扉にハリーが入って行くのを確認すると、キリコは素早く防衛戦の準備に取り掛かる。

一旦ATから降り、バックサックから取り出したのは 指向性対人地雷(M18クレイモア)、これをたった一つしか無い扉に設置する。

更に素早く装填する為にマガジンを手元に置き、一先ずの準備は完了した。

 

(…来た!)

 

扉の向こう側から放たれる、重さすら感じる殺意をキリコは敏感に感じとる。

次の瞬間、扉が勢い良く放たれた、つまり。

 

「!? あああっ!?」

 

クレイモアから放たれた大量のベアリング球によって死喰い人の全身はゴルフボールの様に変貌する。

立て続けにM79を一発ぶちこみ、更なる地獄を招く。

だが彼等が肉盾になったお陰で、後方の敵は健在。

 

 「ボンバーダ・マキシマ(完全粉砕せよ)!」

 

次々と放たれる爆破呪文、この密室においては巨体であるATでかわすのは不可能。

ATの弱点である爆破呪文が何度も直撃する。

 

 「エクスパルゾ(爆破せよ)! クソッ! 何度撃ち込みゃいいんだ!?」

 

だがいくら撃ってもATが壊れる気配は無い、それは当然の事だ。

何故なら装甲起兵は通常のゴーレムと違い、大量の部品が複雑に組合わさり構成されている。

つまり破壊できるのは一つの呪文につき一部位のみ、しかもこれを見越して装甲も強化済み。

そして、そんなに手間取っていてはサブマシンガンの良い的になってしまう。

 

 「コンフリン(爆発せ)───っがぁ!」

「クソッ、化け物め!」

 

密室での戦闘が不利なのは向こうも同じ、次々と撃ち落とされる。

この化け物と遣り合うは不利と判断し、何人かの死喰い人がハリー達が逃げたであろう扉へ向かって行く。

 

「…行かせはしない」

 

だがその黒煙を、左手のアイアンクローが引き裂いた。

狭い室内故に、手を伸ばすだけでも死喰い人に届いたのだ。

結果煙の跡にあったのは、上半身と下半身が分離した屍だった。

 

「今だっ!」

「!」

 

味方の死を隙と捉え、他の死喰い人も扉へ動き出す。

死喰い人はATの真後ろ、これでは攻撃できない…と憐れにも彼等はこの期に及んでまだ油断していたのだ。

 

背中の投下パックから、数発の手榴弾が投下される。

しかしこれだけでは起爆できない、そこでキリコはATのコックピットを開け放った。

これなら後方確認も容易い、死喰い人がキリコの目線に気付く頃には、アーマーマグナムの凶弾が既に手榴弾を撃ち抜いていた。

 

「なっ───あああっ!」

 

一つの手榴弾が爆発し、他のも連鎖爆発、扉の先へ向かおうとしていた死喰い人はこれで全滅である。

 

「きゃあああっ!」

「ッ!?」

 

その扉の遥か奥から聴こえてきたルーナの悲鳴、やはり死喰い人が回り込んでいたのか!?

念のためクレイモアを複数個仕掛け、ローラーダッシュを走らせる。

 

入り乱れる道に惑わされない様に、彼等の痕跡を辿っていく。

それらを突破し辿り着いたのは、真っ暗な一室だった。

その中央にはポウと蒼白く光る水槽が置いてあり、水族館にも似た雰囲気を感じる。

 

しかしその水槽は倒れており、中には何も入っていない。

その時、ルーナの声が再び聞こえた。

 

「…こんなヤツまで居るのか」

 

部屋の隅に居た彼女を襲っていたのは、腐臭を放ちながら触手を伸ばす異形の脳だった。

 

「キリコ!」

「伏せろ、フリペーダブレイト(貫通弾頭)

 

キリコの存在に気付いた彼女が身を屈めた瞬間、貫通弾が怪物の脳、そのど真中を貫く。

 

「大丈夫か」

「うン、皆と逃げてたら急にこれに襲われて、私が時間を稼いでたンだ」

 

どうやら大きな負傷は無いらしい、と一息吐く間も無い。

 

「───ッ!?」

 

確かにど真中を貫いたにも関わらず、脳の化物は再び動き出す。

どうやら簡単には死なないらしい、なら死ぬまで攻撃すれば良い。

 

レラシオ(離せ)

 

近くの瓦礫を怪物にぶつけ、怯んだ隙にATに乗り込むキリコ、彼はアイアンクローを振りかぶる。

だが化物は小さく、素早い、これでは引き裂く事は難しい。

…ならば、向こうから来て貰えば良い。

 

アクシオ(来い)

 

先程撃ち込んだ瓦礫に、引き寄せ呪文。

怪物は瓦礫に引き摺られる形で、キリコ、もといATの真正面に引っ張られる。

相手は空中、回避は不可能。

 

ターンピックで軸を固定し、片足だけローラーダッシュを起動。

その場で回転し、加速の勢いを乗せたクローが怪物に直撃した。

 

「──────!!!」

 

発声機関が無いので聞こえないが、怪物は確かな断末魔を上げた。

怪物は今ので死んだ、だがキリコに更なる事態が襲い掛かる。

 

「なっ!?」

 

今のターンピックが原因か、突如地面が崩落してしまったのだ。

 

「キリコ!?」

「問題ない、行け!」

 

AT諸とも高所落下してしまう、しかし驚きこそしたが問題は無い。

落下の衝撃は降着姿勢によって、難なく緩和された。

 

(…ここは、何だ?)

 

棚の山、それだけ見れば予言の間に近いが、置いてあるものは大量の懐中時計。

それらは金色の装飾を受け、ただならぬ雰囲気を放っている。

 

(そうか、ここは逆転時計の保管庫か)

 

また変なのが出たらどうしたものかと思ったが、そんな事は無さそうである。

さあ、早く出てハリー達と合流しなければ…

 

(…物音!?)

 

サブマシンガンを油断無く構えるキリコ、ここで戦闘になり逆転時計が起動したら恐ろしい事になる。

部屋の隅から隅まで観察すると、そこには飛んでもないヤツが潜んでいた。

 

「…キュウ」

「キニス!?」

 

そう、今頃ホグワーツに転がっている筈のキニスが居たのだ!

彼は先程のAT降下に吹っ飛ばされていたのだが、そんな事はどうでもいい。

胸ぐらを掴み取り、凄まじい剣幕を放つキリコ。

 

「何故お前がここに居る!?」

「え? あ、おはようございま…痛い痛い! は、話しますから! 取り合えず離して!」

「…どうやって来た、暖炉は封鎖した筈だ」

 

するとキニスはローブから小さな金色の懐中時計を取り出す、そう、逆転時計である。

 

「いやー…暖炉塞がってたから、これで塞がれる前に飛んだんだよね…アハハ」

 

何故こいつが逆転時計を持っているんだ?

実はキリコは一年間アンブリッジに付いていたせいで、キニスの現状を全く知らなかったのだ。

こんな事になるなら全身縛っておけば良かったと後悔するも、こうなった以上仕方無いとATを走らせる。

 

「乗れ、それと手短でいい、お前が何をしにここへ来たのか言え」

「あ、うん、えーと、あのルスケって人が、六年前の今日神秘部にダンブルドア先生が居るって言ってたよね?

それで前ルーナから、神秘部には年単位で飛べる逆転時計があるって聞いた事があったんだ」

「…まさか」

 

六年前のここにダンブルドアが居る、そしてここには逆転時計がある。

この二つを繋げば、彼のやろうとしている事は明らか。

 

「…僕が六年前に飛んで、今日の事を過去のダンブルドア先生に伝えれば、先生は確実にここに来れる」

「…寂しい思いとは、そういう事か」

 

逆転時計のルール、それは自分を知る者に姿を見られてはならないという点。

仮にキニスが飛べば、飛ぶまでの六年間彼は誰とも会えなくなる。

 

「…なら、さっき持ってたのは」

「うん、神秘部の、年単位で飛べる逆転時計だよ」

 

…沈黙が流れた。

ハリーがスネイプに話しているので、何もしなくても騎士団は来る。

だが来るまでに彼等が死なないとは限らない、もしキニスが飛べば、その可能性も無くせる。

ダンブルドアに話す事でタイムパラドックスが起こる可能性はあるが、ヤツなら起こさないように行動できるだろう。

 

「…どうしても」

「え?」

「もし誰かが死にそうになったら、その作戦をやれ」

「…いいの?」

「…良くは無い、だが、死んでしまっては元も子も無い。

それに俺は逆転時計の使い方を知らない以上、お前に任せるしかない」

「分かった、僕だって六年間もボッチは嫌だからね…」

 

だが、その決断は直ぐに迫られる事になる。

人の気配が最も強い所へ走り続け、辿り着いた場所は巨大な空間。

そこの中央、巨大なアーチがある台座に、ルシウスに杖を突きつけられているハリーが居た。

 

「何でここに! キリコが足止めしてたんじゃ!?」

「神秘部には多くの隠し通路があるのだよ…」

(一歩遅かったか…!)

 

ハリーだけではない、他の面々も死喰い人に杖を突き付けられ、拘束されている。

流石にこの数を同時に狙撃するのは無理、更にサブマシンガンにしろグレネードランチャーにしろ、味方まで巻き込みかねない。

 

「ど、どうしよう…」

「…下がっていろ」

 

キニスを後ろへ後退させ、何とか隙を伺おうとする。

しかし彼等もこの場に居ないキリコを警戒しているのか、中々隙を見せない。

下手に攻撃すればそれこそ人質を殺されてしまう、極めて厳しい状況に彼らは追い込まれていた。

 

(…ルシウスの目的はハリーの持っている予言だ、あれがある以上人質は無事だろう、だが…)

 

自分の頬を滴る汗に、キリコは気付かない。

考えど思いつかない打開策に、焦燥が募っていく。

 

「ハリーだめ! それを渡したら!」

「…でも、こうしないと皆が!」

「そうだそれで良い、またあの小僧に来られても面倒だからな、さあ予言を!」

「ハリー駄目だ! 絶対に渡しちゃ駄目だ! 僕はどうなっても良いから!」

「ネビル!」

「へぇ随分言うじゃないかい? じゃああんたもママやパパと同じになってみるかい?」

 

痩せこけた頬と、狂気を宿した目を併せ持つベラトリックス・レストレンジがネビルの喉にナイフを走らせる。

 

「いや? やっぱり一人づつ殺した方が小僧も思い知るか?」

「な…やめろ! だったら僕から無理矢理奪えばいいだろ!」

「ポッター、我が君は貴様をご自身の手で殺したいのだ…実に運が良い」

「…キリコは、無事かな」

 

ふと呟いたルーナの言葉がキリコの胸を抉り、無力感を傷口に滲ませる。

 

「ハハハ! 安心しな? あの小僧は私が必ず八つ裂きにすると決めているんだ、…必ず、必ずねぇ!」

「やめろ! ルーナに何をするんだ!」

「じゃあお前から死ぬかい? そうだ、それが良い!」

「クソッ! キリコは何してるんだ!」

 

ネビルに向かって振りかぶるベラトリックス、キリコはその動きが、死の呪いの動きだと気付いた!

 

「キリコ…ゴメン!」

「───!」

 

そしてキニスも逆転時計に手を掛けた、逆転時計の時間改変は″改変含めて時間軸成立″。

つまりキニスがネビルの死を目撃してしまえば、それはもう絶対に変えられなくなる。

 

「やめろおおおお!」

(行くしかない…!)

 

もはや選択肢は残されていない、一か八かの可能性に掛け照準を合わせる。

もしネビルに当たったら…そんな余計な事は考えない。

…そして、トリガーと、時計の針が同時に動こうとする───だがその瞬間!

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

「っ!?」

 

突如飛来した武装解除呪文を、ベラトリックスは紙一重でかわした。

誰が来た、トリガーと逆転時計を動かそうとしていた二人も含め、暗闇の中を見つめる。

その乱入者達を見た時、ベラトリックスの顔が一気に歪んだ。

 

「貴様…! よくも!」

「悪いが彼を殺らせる訳にはいかない、何せハリーの親友なんだからな!」

「シリウス!」

 

シリウス・ブラックに続き、神々しい光を放ちながら現れる不死鳥の騎士団。

 

「や、やった! 間に合った!」

「…ブラック」

 

逆転時計を使う理由が無くなったキニスは、未だ危険であるにも関わらず喜びの声を隠そうともしない。

対してキリコは、今が好機と騎士団に怯んだ死喰い人にランチャーを叩き込む。

 

「キリコ! 君も居るのか!」

「助かった」

 

騎士団と石人形みたいな化物の乱入にパニックに陥る死喰い人達。

騎士団の面々は攻勢へ転じ、内何人かを子供達の保護に当たらせる。

 

「いや、遅れて済まなかった大丈夫だったかい?」

「ルーピン先生!」

「グレンジャー、先生は止してくれ…私は今無職なんだ」

 

死の淵から解放され、やっと一息吐くDAの面々。

だがその中で、キリコだけが警戒心を剥き出しにしていた。

 

「…どうしたキリコ?」

「嫌な、予感がする」

 

長年戦場で生き残ってきたキリコの直感が告げていた、今すぐ逃げろと、手遅れになると。

…逃げる訳にはいかない、全員無事でなければならない。

杖を構えた時、それは来た。

 

「闇祓い! 来てくれたのか!」

 

奥の通路から現れた闇祓い、これで死喰い人を残滅できる。

…しかし、その希望は信じられない方向へ転がって行った。

 

「騎士団だと…やはり…まさか…」

「ファッジ? 何故彼も…」

「───伏せろ!」

 

独特な髪色の女性を押し倒した瞬間、頭上を失神呪文が掠めていく。

撃ったのは…闇祓いだ。

 

「な、何なの!?」

「予言の通りだ…このままでは魔法省が…私が…」

 

ブツブツと呟き顔を上げるファッジ、その目はどう見ても正気には見えなかった。

 

「全員、全員捕らえろ! 殺してもかまわない!」

「───何だと!?」

「予言の成就を食い止めろ! 騎士団は…敵だ!」

 

味方だと思われた闇祓いから、次々と放たれる閃光。

誰が仕組んだのかは分からないが、どうやら俺達は、想像以上の泥沼に引きずり込まれたらしい。

混乱と混沌が、全てを呑み込んでいく。

誰も彼もが叫び、倒れる。

もはやここは神秘とやらの居場所ではない、地獄の最前線だ…!




消える、消える、消える
轟音の中に、獄炎の中に全てが消える
そして残された物は、ささやかな希望か、過去からの神託か
答えはこの手の中にある
全銀河のきらめきを、その予言の意味を、畢竟、集約すれば、この法と律といたいけなる混沌と同じ
次回、『ファルウエル』
答えなどいらぬ、今はただこのカオスを走り抜けるのみ



さあ皆さんやってまいりました、ボトムズ恒例三つ巴の大乱闘!
生き残るのは死喰い人か! 闇祓いか! 騎士団か!
ヒント 「異能生存体が生き残る」


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第四十九話 「ファルウエル(Aパート)」

もみあげ


疑心暗鬼とは恐ろしいものだ、目を曇らせ、最悪の過ちを侵してしまう。

盲目は更に恐ろしい、現実を見る事すらできず、信じられない行動を平然と行う。

 

ファッジの疑心暗鬼によって生み出された、死喰い人、騎士団、闇祓いの三つ巴の戦いは泥沼の様相を呈していた。

 

「ハハハッ! 楽しくなってきたねえ!」

「全員捕まえろ!」

「子供達を安全な所へ逃がすんだ!」

「分かったわ───!? ご、御免! 難しすぎる!」

「止めろ! 俺は敵じゃない!」

「僕も闘う! 僕のせいでこうなったんだ…責任をとらなくちゃならない!」

「馬鹿な事を言うんじゃ───プロテゴ(盾よ)! 仕方ない! いいかいハリー、私の傍から絶対に離れないように!」

「ファッジめ! どこまで腐ってやがるんだ!」

 

壮絶なる呪文の撃ち合い、そこに敵味方の区別は無く、パニック状態にも近い。

しかし元から敵味方の識別など殆ど無く、殺害にも躊躇がない死喰い人にとっては、正に独断場だと言える。

 

「アバダケダブラ!」

「ッ!………」

 

一人、また一人と数が減っていく。

無数に飛び交う死の呪いに、既に何人も殺られていた。

だが闇祓いの損失に反して、騎士団の消耗は少ない。

 

「キリコ! 右だ!」

「…………!」

 

右を向く動作すら省いた直感での銃撃、それはシリウスの指示した先に居た、呪いを撃とうとしていた死喰い人を捉える。

 

「アバダケ───ッ! プロテゴ(盾よ)!」

ステューピファイ(失神せよ)!」

「やるなリーマス!」

 

銃撃を盾で防いだ結果、背面からのルーピンの奇襲に対処できず吹っ飛んでいく。

 

「あいつだ! あのマグルの武器を持った石人形を壊せ!」

 

闇祓いの指揮官が声を飛ばし、爆破呪文を次々に撃ち込む。

だが先程と違い十分な空間を確保できたATは、その巨体からは想像できない動きで呪文を回避する。

 

「そっちに気を取られてていいの? インカーセラス(縛れ)!」

「フン! 現役闇祓いがこの程度とはな!」

 

豊富な攻撃方法と、高い魔法耐性を併せ持つAT。

それが暴れまわった隙に、騎士団が各個撃破していく。

その戦術は高い効果を持ち、気付けば混沌の主役はキリコに刷り変わっていた。

 

ボンバーダ・マキシマ(完全粉砕せよ)!」

「っ!」

 

そのカオスを体現するあの男に、正面から襲い掛かる黒い影。

しかしその程度の攻撃は、簡単に回避できる。

だが、相手の執念は凄まじいものだった。

 

コンフリンゴ(爆破せよ)! フリペンド(撃て)! ディセンド(裂けよ)!」

「くっ…!」

 

とてつもない呪文のラッシュ、その中に無言呪文まで混ぜ込んでいた。

唐突な猛襲に対応しきれず、切断呪文が右肩を直撃。

 

「…ハハハ! やっぱりねぇ! 所詮は見かけ倒しか!」

「大丈夫かキリコ!」

「問題ない」

「…シリウス! お前ブラックの血を裏切った上、ブラッドの血を庇う気か!?」

「…知り合いか?」

「まあな、ベラトリックス・レストレンジ、私の従姉であり、ヴォルデモートの飛び切りのお気に入りだ」

 

ベラトリックスはその縮れた髪を、それこそメデューサの如く立てんばかりの怒気を放っていた。

何故彼女がここまで怒り狂うのか、それはキリコ・ブラッドにあった。

 

「お前も知っている筈だろう! ブラッドがどれ程おぞましい存在なのか!

ブラック家が何れだけ、その血の根絶を願ってきたか!」

「ああ知っているさ! だが彼はそれ以上に、私を冤罪から救ってくれた恩人だ!」

「だったらお前も死ね! 私達は400年前に誓ったのだ! ブラック家最大の過ち、魔法界最大の敵! ブラッド家を一人残らず根絶やしにすると!」

 

圧倒的、圧倒的殺意を吹き出しながらベラトリックスが飛翔する。

だが片手を失おうと機動力は健在、それに当たる程遅くはない。

 

むしろカウンターにクローを突き立てようとしたが、黒煙は唐突に消滅する。

 

「下だ!」

「!」

 

黒煙はATの足元に居た、自分を骨が折れかねない速度で地面に叩きつけ、キリコの目を欺いていたのだ。

そのまま真下まで入り込み、無言呪文を連打。

 

「ぐぁっ!」

 

ATは健在だが、その衝撃はコックピットを揺さぶる。

ベラトリックス・レストレンジ、その強さはかつて激闘の末に勝ったバーテミウス・クラウチ・ジュニアに迫る。

 

「その中に直接叩き込んでや───ッチィ!」

「私を忘れては困るぞ!」

 

だがあの時とは違い、数的有利を有している。

シリウスが牽制した隙に、キリコは再度距離を取りながらサブマシンガンを連射する。

 

プロテゴ(盾よ)!」

 

それを盾で防ぎながら、シリウスと拮抗した闘いを繰り広げるベラトリックス。

同時に呪文を展開するという高等技能だが、このままではじり貧である。

 

「───かぁっ!」

「何!?」

 

ならば、とベラトリックスはシリウスと距離を限界まで、それも杖を振るスペースがギリギリあるだけの超至近距離まで詰める

 

「ほらほらほら! 撃てるものなら撃ってみな!」

「…………」

 

サブマシンガンはどうしてもブレてしまい、精密射撃には向いていない。

マグルの武器に詳しくないにも関わらずそれに気付き、ここまで距離を詰めたのだ。

 

その選択肢は間違いではなかったが、別の間違いを二つ侵していた。

一つ目は、マグルには武器を一本しか持ってはならないなどというルールは無い事。

二つ目は、アレなら盾の呪文を破れる事を知らなかった事だ。

 

「ハッそんなチンケな銃ごときで…なっ!?」

 

アーマーマグナムの弾丸が盾に当たり、小さな皹が入るのを彼女は見た。

不味い、破られる。

咄嗟の顔の位置をずらした途端に、盾がガラス片の様に砕け散る。

 

「ぐがあっ!?」

 

顔を動かしたお陰で脳天への直撃こそ避けたが、片目をおもいっきり抉られてしまう。

眼球が抉られるという、ショック死してもおかしくない激痛にベラトリックスは崩れ落ちる。

 

「ブラッドめブラッドめブラッドめぇぇぇっ! よくも!」

 

地面に倒れ伏しながらも尽きない狂気に、流石のキリコも少し怯む。

だが何れだけ叫ぼうと、絶体絶命であるのは事実。

しかしサブマシンガンが突き付けられて尚、ベラトリックスは不敵に笑い続けた。

 

「こ、こうなりゃ…予定変更だ…先に裏切り者から始末してやる…!」

 

再び動き出したベラトリックスを、クローで引き裂こうとする。

しかしそれは叶わなかった、キリコはそれどころではなかったのだ。

 

「───なっ!?」

 

キリコの視界一杯に広がる炎と、血に染まった肩を持つATの軍勢。

レッドショルダーの幻影がキリコの全てを包み込んできたのだ。

 

「───ま…さか…!」

 

一気に闇の底へ沈んでいく意識の中で必死に目を動かした先に奴等は居た。

ボロボロのローブを羽織り、空白の眼孔を光らせ、飢渇する幽鬼。

吸魂鬼(ディメンター)の群れが、キリコのトラウマを鮮烈に甦らせていたのだった。

吸魂鬼を最大の弱点とするキリコにとっては、ただ近づかれるだけでも深刻な事態を招く。

もし直接魂を吸われれば…少なくとも、戦闘不能に追い込まれるだろう。

だが、キリコの手を引っ張り上げる影もあった。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

「!!!」

 

レッドショルダーの幻影を切り裂くように、白い大鷲が飛翔する。

切り裂かれた炎の間から、吸魂鬼が吹き飛ばされて行くのが微かに見える。

 

「…キ…ニス」

「大丈夫!? 立てる!? 水飲む!?」

 

こいつ守護霊を出せたのか、いや何故吸魂鬼がこんな処に。

と一瞬思った後、直ぐに正気を取り戻す。

 

「あの女は…!」

 

どこへ行った、あの時何をしようとした。

朦朧とする視界で見渡した先に、ベラトリックスの姿はあった。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)! 何で吸魂鬼が───っ!?」

「死ね! ハリー・ポッター!」

 

ハリーの真上に居たベラトリックスが、彼に向って死の呪いを打ち込もうとしている。

だがヴォルデモートが自分でハリーを殺したいと考えている以上、彼女が殺す可能性は皆無。

だが零ではない、それを信じられる程、シリウスは楽観主義者ではない。

 

「ハリー!」

「…ハハハ! やっぱりかかったか!」

 

ハリーに向けて走り出したシリウスを、大量の死喰い人が取り囲み、死の呪いを放とうとする。

ベラトリックスの狙いは、正にこれだったのだ。

 

「───!」

 

目前に迫るシリウスの死、キリコの意識は一瞬だけ完全に覚醒する。

あの女ともシリウスからも距離は離れている、直接止める手立ては無い。

死の呪いを止める手段も無い、手の打ちようがないのか?

いやまだだ、そうだ、あの隠し玉なら…

一瞬でいい、全員の視界をシリウスからずらせれば…!

 

「…当たれ…!」

 

咄嗟にキリコはアーママグナムを構え、ベラトリックスに切断された右腕を銃撃する。

…実は今回創ったATには、今までと違う点が一つあった。

実証の結果、それを採用したのとしてないのでは、反応速度に差があったのだ。

キリコはそれを入れた結果、誘爆確率が跳ね上がるのを承知で入れていたのだ。

…右腕から漏れ出していたPR液に、跳弾の火花が散った。

 

「アバタケタブラ───何だ!?」

 

死の呪文を唱え終わると同時に爆発が起こり、キリコ以外全員の目線がシリウスからずれる。

そのショックと同時に、呪いの照準もずれる。

だがまだだ、当たってないと分かれば直ぐに次の呪いに殺されてしまう。

 

キリコが放った緑色の閃光が、死喰い人の呪いに混じり、それだけがシリウスを貫く。

弾けた光に、全員の目線が再び彼に集まり、その視界は、息絶えるシリウスを映し出す。

 

「え…あ…そんな…!」

「ハン! 危なかった危なかった、爆発に気を取られて外したかと思ったよ」

「シリウス…シリウスゥゥゥ!!」

 

悲しみと絶望にハリーが叫ぶと同時に、吸魂鬼の影響が再発したキリコが倒れ込む。

卒倒こそ免れたが、極めて危険な状況だ。

しかしゆっくり休める程、状況は良くない、むしろ次の瞬間には一気に悪化した。

 

「キキキキリコ…アレアレアレな、なな何…!?」

 

吸魂鬼の影響は精神の低下に留まらない、幸福な感情を吸い取るという事は何事も悪く捉えるようになってしまうとも言える。

そう、ファッジだけでは無い、闇祓いも疑心暗鬼になっていた。

その状況下でプラスの感情を吸われたら?

…彼の目に、味方は映っているだろうか。

…四方八方敵か味方か分からない状況で、三つ巴と吸魂鬼で混乱の極致でそんな状況になったら。

…どんな行動にでるだろうか。

 

「悪霊の炎…!?」

 

そうなった闇祓いの一人が、安心を得ようと、何もかも燃やそうと放ってしまった。

その様な精神状態で制御できる筈もなく、瞬く間に暴走する。

 

「…あ、あっちにも火が!?」

「…………!」

 

これには流石の死喰い人も慌て、同じ炎で相殺しようとする。

が、もはや運が悪かったとしか言いようがないが、炎を放った瞬間、彼の背中を流れ弾の呪いが撃ちぬいてしまった。

暴走する悪霊の炎が二つ、戦況は混乱を通り過ぎ、無理矢理終局へと向かわされていた。

 

「…逃げよう!」

「待て…シリウスを…ぐっ!」

 

闇祓いも死喰い人も逃げ出す中でシリウスを回収しようとATから身を乗り出すが、疲弊した体はついてこれず落下してしまう。

着地はどうにかできたがバランスを崩してしまい、後ろに向かって倒れ込───

 

「…………!?」

 

寒気が走る、悪寒か芯を貫く。

駄目だ、倒れてはならない。

訳等分からないが、倒れたら何かが終わってしまう!

直感に従い姿勢を戻そうとするが重力には逆らえず、そのまま後ろのアーチを潜りそうになる…が。

寸前に何者かがキリコの手を取り、引っ張り上げる。

 

「動けるか小僧」

「…お前は…確か…」

「あっ、ムーディ先生! …本物?」

「何を馬鹿な事言ってる!」

 

偽物ではない本物のアラスター・ムーディがキリコを助け出す。

キリコは安心するが、何故かアーチへの恐怖心が収まらない。

 

「これは…何だ?」

「こいつか、こいつの正体は誰も知らない…だが、どうやらあの世の入り口になっているらしい」

「あ、あの世…!?」

「そうだあの世だ、一歩踏み入れたが最後、地獄まで真っ逆さまだ」

 

あの世の入り口? そんなものがあるのか?

自分が望んで止まない場所がすぐそこにあると知り、渇望に近い衝動が体を動かそうとする。

…いやまだだ、それをやるにしても、全員ここから逃がした後でいい。

 

「さあ早く逃げるぞ! 後は貴様らだけだ!」

「…ま、待て」

「何だ! 早く済ませろ!」

「シリウスだ、あいつの近くに連れていけ…」

「何故だ!」

「ヤツは死んでいない…」

「なっ!?」

 

馬鹿な、有り得ないとムーディは考える。

しかしこの小僧は、あのバーテミウス・クラウチ・ジュニアを一人で破っている。

それほどの力を持つ男が、有りもしない希望にすがるとは思えない。

 

「…分かった!」

 

言うが早いか、ほぼ一瞬でシリウスの側に彼等は移動する。

 

エネルビエート(蘇生せよ)

「───ハッ!?」

「…どうなっている、死の呪いは当たっていなかったのか…?」

 

目の前で起きた奇跡に混乱するムーディ、何が起きたかまず理解できていないシリウス。

そして何処までも冷静なキリコが、指示を飛ばす。

 

「…シリウスとキニスを頼む」

「何を言ってる! 私は動け───うおっ…!?」

「無理だ…さっきまで死んでいたんだ、何時もの様には動けない」

「だが貴様はどうする! その状態で!」

「…手足が動けば十分だ、…アレがある」

 

キリコが目を向けたのは炎の中で佇むラビドリーイミテイト。

昔視界が歪み意識が混濁し、体中に銃撃を受けても動かした事がある、問題はない。

 

「そうか、死ぬなよ小僧!」

「キリコ…!」

「大丈夫だ」

 

彼の実力に関しては一分の疑いも持っていないムーディは、先程同様キリコを信じた。

そして彼等はキリコをしんがりに、脱出口であるエレベーターへ走り出した。

 

 

 

 

(…何処だ、上への通路は何処にある!)

 

人一人居ない通路を疾走するAT、その後ろからは通路を埋め尽くす悪霊の炎と吸魂鬼が迫っていた。

先程までムーディ達とエレベーターに乗り込もうとしていたのがどうしてこうなったのか、それは数刻前の事。

 

追撃をかける勤務に忠実な死喰い人や闇祓いを追い払い、エレベーター前に着く所までは良かった。

しかし彼等が先に乗り、最後にキリコが乗ろうとした瞬間、下の大法廷まで回っていた悪霊の炎が地面から噴き出したのだ。

しかもそれは、丁度キリコをエレベーターから分断する様になっていた。

結果、自力で上層までの通路を探す羽目になったのだった。

 

(こうなるなら、ターボカスタムにすれば良かった…)

 

内心そう呟いてはいるが、後ろから追っているのが悪霊の炎と吸魂鬼だけなのは幸いである。

勿論どちらかだけでも十分危険なのだが、吸魂鬼は単純な思考しかできず、悪霊の炎に至っては意思すらない。

 

狡猾に残虐に、地の果てまで追ってくる吸血部隊と比較すれば、遥かに楽な逃走劇である。

 

(…見付けた! あれか!)

 

耐火シェルターに覆われてはいたが、漸く上層への入り口を見付け出す。

キリコは後方の敵から逃げていた勢いのまま、クローを構えシェルターへ突っ込んでいき、シェルターを力ずくで引きちぎる。

 

「…………!」

 

シェルター内部に突入しつつ修復呪文を唱え、復活したシェルターが追跡者を弾き出す。

しかし幾ら耐魔法処理が施されたシェルターといえど、悪霊の炎の前では数分と持たない。

魔法省そのものからの脱出を急がなければならないと、再びローラーダッシュを回し出す。

 

「そこに居たか!」

 

だが目の前に、片目を深く抉ったベラトリックス率いる死喰い人が立ち塞がる。

何故彼女がここに居るのか、キリコは知るよしもない。

実は少し前に、ヴォルデモートとダンブルドアがエントランスに現れていた。

そしてヴォルデモートは彼女に、キリコを捕縛する様命じていたのだ。

 

「ハハハ! 今度こそ地獄を見せてやる!」

 

ベラトリックスが振る杖が光を放ち、地面から次々と石人形が精製される。

それも一体約5メートルの大型石人形、それが目算にして10体近くがキリコに迫る。

それだけではない、石人形を盾に次々と呪文を撃ち込み続ける。

 

「それにしても楽な状況だねえ! 何せちょっと足止めするだけでいいんだから!」

「…………ッ!」

 

速い、ここまで速いのか。

逃走するキリコの後ろには、信じられない早さでシェルターを焼き付くした悪霊の炎と、吸血鬼が迫っていた。

 

前方へ逃げようにも、あの数の石人形は力押しでは突破できない。

…なら、纏めて破壊するだけだ。

 

石人形に向かって更に加速したキリコはコックピットから乗り出し、バックサックから通常サイズのRPGを取り出す。

そしてそれを石人形ではなく、その手前に撃ち込む。

 

「!!!」

 

できあがった巨大な窪み、そこを丁度踏んでしまい前向きに転倒する。

それは連鎖し、一時的に石人形の進行が停滞した。

 

「そんなもんかい!? その程度の足止めでぇ!」

 

所詮一時的に止めただけ、石人形のファランクスも死喰い人の攻撃も健在なのだ。

更に呪文を撃ち込まれ、全身のフレームが徐々に剥き出しになっていく。

不利と判断したのだろうか、ATは急旋回し後退する。

 

「馬鹿め! 自殺しようってのかい!」

 

後ろは悪霊の炎と吸魂鬼の群れ、PR液が巡回するマッスルシリンダーが剥き出しの状態で浴びれば即座に爆死する。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

だがキリコは守護霊を携え、悪霊の炎へ突っ込んで行った。

 

「ハハハハハ気でも狂ったか! だが狂っても許しゃしないよ!」

 

ベラトリックスは炎の中に居るATに向かって、更に呪文を叩き込む。

しかし皮肉にも石人形を展開してきたせいで、後退時に転がしていた手榴弾に彼等は気付けなかった。

 

「───爆発だと!?」

 

撃った呪文の一つに反応し爆発した手榴弾が、石人形を怯ませ僅かに後退させる。

しかしまだ破壊には至らない、至らなくていい。

 

「ば!? ば、馬鹿な!?」

 

ベラトリックスはその光景に叫んだ、悪霊の炎に突っ込み、あれだけ呪文を撃ち込んだ筈なのに。

…全身火だるまでありながら、ATは動いている!

 

止めて、怯ませる。

最後の攻撃の為には距離が必要だったが、確保の為に炎に突っ込む必要があった。

だが今入れば確実に死ぬだろう、そう、死ぬ。

だからこそ、キリコは死なないと確信し突撃したのだ。

 

サブマシンガンを乱射しながら、ATが地獄から甦る。

一度怯んだ隙への弾幕、石人形はもう進めない。

来るなと呪文を撃つが、何故かこの時に限って当たらない。

 

「こ、これが…不死の力…!?」

 

陣形を崩され怯んだ石人形に向かって、最大の加速を得たクローを叩き付ける。

 

アグアメンティ(水よ)!」

 

水圧ジェットをコックピットから放ち、ATを更に加速させる。

もう止まらない、止める事はできない。

クローが数十体の石人形を、死喰い人の全てを絡めとりながら───

 

「くそがぁぁぁっ!」

 

───真っ二つに引き裂いた。

瓦礫の山を、それに埋もれる死喰い人をも吹き飛ばした先は巨大なガラス窓。

ATはその勢いのまま突き破り、真下のエントランスに向かって落下する。

 

「───っぐ!」

 

かなりの高所から落下し降着姿勢もとれず、落下の衝撃がキリコをATから吹き飛ばす。

その直後、PR液に悪霊の炎が着火し、ATは完全に爆発した。

 

「────!」

「吸魂鬼…!」

 

舞い戻ってきた吸魂鬼を撃退しようと杖を振ろうとする、がここに来て疲労が限界を越え、杖を取り零してしまう。

そしてキリコの魂をむさぶろうと、悪鬼が襲い掛かる。

 

「しまっ…!」

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

光が爆発した、と誤認する程巨大な不死鳥の守護霊が展開される。

その力は凄まじく、吸魂鬼を撃退どころか魔法省の建物から吹き飛ばしていった。

 

「遅れてすまぬの、じゃが余り余裕もない」

「…ダンブルドア」

 

長い髭を整えながらエメラルド色の瞳が見つめる先、そこに居たのは───

 

「ククク…また会えたな、キリコ・キュービィー」

「…………」

 

闇の帝王、ヴォルデモートがそこに佇んでいたのだった。




───ハリー・ポッターとラストレッドショルダー───



次で第5章最後になります。
因みに吸魂鬼が居た理由は、対キリコ用にヴォルが呼んでいたからです。
尚情報元はネズミ野郎。


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第四十九話 「ファルウエル(Bパート)」

私用の為、パート5完結を持ちまして暫く投稿を休載させて頂きます。
再開は恐らく6月からになると思いますが、宜しくお願い致します。


ヴォルデモートが杖を掲げる、幾千万の硝子が砕け散り、千剣が放たれる。

ダンブルドアが杖を振り上げる、突風が巻き起こり硝子片が砂塵へ還る。

 

砂塵は暴風の赴くまま、圧倒的質量を持って押し潰そうとする。

しかし杖から吐かれる様に放たれた、紅炎のごとき悪霊の炎が溶かし気化させていく。

 

三匹のバジリスクを型どり、大気を震わせながら襲い掛かる。

それに対しダンブルドアは、噴水の水を止めどなく溢れさせ、暴れだす津波が炎を呑み込んでいく。

 

ならば、と互いが杖を構え、同時に呪文を撃ち合う。

死の呪いでも何か特別な呪文でもない、ただの失神呪文。

にも関わらず、激しく拮抗し弾けた閃光は大理石を抉る

ぶつけ合っただけなのに、衝撃波が走り、周囲の全てを吹き飛ばす。

 

杖を一回振れば、数十発の閃光が同時に飛来する。

呪文をぶつけ合う度に竜が暴れた様な地鳴りが起き、魔法省そのものが揺さぶられる。

 

援護に向かう者は一人として居ないが、逃げ出す者も居ない。

いや、逃げる余裕すらないのだ、迂闊に動けば巻き込まれると分かっているのだ。

世界最強の魔法使いと、世界最凶の魔法使い。

その戦いは正に、次元が違っていた。

 

「むぅ! これ程までとはの…!」

「やはり簡単にはいかないか…まあ、これで死んでしまってはむしろ悲しくなるが」

 

しかし当の二人は汗混じりとはいえ会話をする余裕がまだある、これでもまだ全力ではないのだ。

その底知れない強さに、キリコですら内心驚愕している。

 

「しかし貴様には弱点がある」

「ほう? 一体それは何じゃ?」

「善性を捨てられない所だ」

 

瞬間ハリーの眼前に、緑色の閃光、死の呪いの、絶望の光が見えた。

速すぎるからか、ダンブルドアが居る事に安堵していたからか、戦いに慣れていないからか。

逃げる事を意識するのすら間に合わない、ダンブルドアが庇おうとするが、何故か途中で止めてしまう。

そして、光が弾けた。

 

「───え」

 

しかし弾けたのは僅かに手前、呪いは目前の小石に当たり霧散していた。

小石の飛んできた方向を見たハリーは絶句した、余りに非常識な光景に、何度も瞬きをする。

 

「何で…呪いが…当たって」

 

信じていいのか、あの光景を。

あれもヴォルデモートの罠なのではないか、その方がまだ現実味がある。

そんなハリーの葛藤は、彼の叫びによって払われる。

 

「ハリーに手は出させんぞ、ヴォルデモート!」

「…グリム擬きが…!」

「───シリウス!」

「な、何故だ! 何故お前が生きている!」

 

死の呪いは当たったのではないのか、ベラトリックスは混乱しながら叫ぶ。

形こそ違えど誰もが驚愕する中、キリコだけはベラトリックスの混乱に隙を見出だし、アーマーマグナムを素早く撃ち込む。

 

「残念だが、こいつは貴重な人材なのでな」

「!」

 

しかしヴォルデモートが狙撃銃を上回る速度で呪文を放ち、弾丸を叩き落としてしまう。

瓦礫に潰され、全身ボロボロのベラトリックスは顔を赤らめながら彼を見上げる、彼女は助けて貰った事に喜びを感じているのだ、だが…

 

「失せろベラトリックス、貴様はキリコ捕縛の任に失敗した…」

「あ、ああ、申し訳ありません…お許しを…」

 

ほんの僅かに怒りを表すヴォルデモートに、ベラトリックスは海よりも顔を青ざめさせる。

 

「今殺さないのは、まだ人手が足りなすぎるからに過ぎない

…さあ失せろ!」

 

杖を振るい彼女を暖炉の中へ叩き込み、ベラトリックスはそのまま煙突飛行の炎に包まれ消えていった。

 

「ヴォルデモートよ、お主は儂の弱点が善性を捨てられない所だと言ったな。

じゃが、儂もお主の弱点を知っておるぞ」

「ほう? それは何だ?」

「信じられる友が、居ないという所じゃ」

 

その時不死鳥の騎士団がこの場に現れ、一気にヴォルデモートを取り囲む。

更に丁度地獄化した神秘部から脱出した闇祓いが、捕縛した死喰い人を引き連れ現れる。

 

「!? あ、あ、あ、あれはまさか…!? じゃあ…騎士団は本当に…!? しかし予言は…!?」

 

ヴォルデモートの姿を目の当たりにし、やっと騎士団の来た理由を思い知るファッジ。

既に殆どの死喰い人は殺されるか逃げたかの状況、つまりヴォルデモートの部下はもう居ないのである。

 

「…チェックメイトじゃ、トム、炎が寄らぬ様周囲には結界も張っておる。

…既にお主の逃げ場はないぞ」

 

幾ら闇の帝王といえど、何人もの騎士団と何人もの闇祓い、そして最強の魔法使いに囲まれれば手の打ちようがない。

 

「…ククク…ハハハ…それがどうした?」

「───!」

 

不意に笑い出すヴォルデモートに、ハリーもキリコも、DAも騎士団も誰もが寒気を感じ取る。

其れほどに露骨な悪意が場を侵食し、支配する。

 

「既に目的は達成されているのだよ…この予言が、俺様の未来を照らしてくれるだろう」

「それは!」

 

トレローニーが予言した、ハリーとヴォルデモートの運命。

あの時落としてしまった予言が、如何なる方法か彼の手元の収まっていたのだ。

 

「健気にもルシウスが、これを守っていてくれたのだ…」

「わ、我が君…」

「よくやったぞルシウス、アズカバンから出た暁には相応の褒美をやろう」

 

実は最初に闇祓いが現れた時、ルシウスはこっそり戦線離脱をしヴォルデモートに予言を渡しに行っていたのだ。

予言を奪われた事に、ダンブルドアは苦い顔を隠せない。

 

「じゃがどうする? 逃げる手立てはあるのかの?」

「ああある、キリコ・キュービィー、貴様には感謝するよ」

「…何?」

 

脱出方法の話が、何故キリコへの感謝に繋がるのか。

その理由は、ヴォルデモートの恐るべき頭脳にあった。

 

「俺様は死の呪いに頼りがちだったが、成る程こういった小細工を交えるとより効果的な殺しが可能になる」

「…………」

「この呪文を創ってくれた事に感謝し、今回は見逃してやろう、エクスルゲーレ(爆弾作動)!」

「───なっ!?」

 

キリコが作り上げた呪文を、教わっていないにも関わらず完全に物としていたのだ。

そして柱が、床が、暖炉が、エントランスが、硝子が、魔法省という建物を形成する全ての要素が次々と爆発する。

 

「魔法省が!」

「大臣! 危ない!」

「上に気を付け───!?」

 

エントランスの一階下は、悪霊の炎渦巻く神秘部。

崩落した床に居た闇祓いが、地獄の業火に悲鳴も残せず焼かれていく。

 

「───ハハハ! ではまた会おうかダンブルドア! その時は俺様が英国の全てを支配しているだろう!」

「ぬぅ…!」

 

ヴォルデモートを追えるが、追えば大切な生徒達が犠牲になってしまう。

それは、それだけはあっては成らない!

ダンブルドアは帝王の追跡を止め、直ちに救助活動へと動きを変えた。

 

「皆逃げるんだ! 魔法省が崩壊するぞ!」

「悪霊の炎がここまで来た! 急げ!」

「暖炉は…」

「駄目! あいつに破壊されてるわ!」

「子供達を優先させろ!」

「だがどう逃げる!?」

 

魔法省で姿眩ましは使えない、エレベーターは既に炎に呑まれた、頼りの暖炉は爆破済み。

あっという間に、悪霊の炎はエントランスを、いや魔法省全体を包み込み、崩落を加速させる。

 

「そうだ! セストラルを呼ぶんだ! 天井が壊れた今なら呼べるよ!」

「リヴォービア君、呼べるのかの?」

「あ、はい! ハグリッド先生から習いました!」

「頼むぞ、儂は崩壊を食い止める、お主達もやるのじゃ!」

「了解! …闇祓い達もだ!」

 

ダンブルドアを筆頭に大人達が力強く杖を掲げると、まるで時間が止まったかの様に炎と崩落が停止する。

そしてキニスが口笛を刻むと、崩落した遥か上空の天井からセストラルが舞い降りる。

 

「掴まれ!」

 

まともに乗る姿勢など整える間もなく、DAメンバーがセストラルにしがみつく。

 

「子供達は乗れたか!?」

「僕らは全員乗ったよ! だから先生達も早く!」

 

残りの面々もセストラルに乗り込んだのを確認したキニスが合図の口笛を吹き、死の天馬が飛翔する。

同時に杖を下ろした為、再び崩壊が始まる。

 

「しっかり掴まるのじゃ! けして振り落とされるでないぞ!」

 

飛翔した瞬間エントランスの床が全て崩れ落ち、正に地獄の大釜と化した元神秘部が剥き出しになる。

セストラルは自分の身を守ろうと、降り注ぐ瓦礫や炎をいなすように動く。

 

「行け! 行けえええ!」

 

誰かが叫び、それに答える様にセストラルは加速する。

肌を焼く様な空気が、上の大穴から流れる冷たさに押し流される。

そして、光が───

 

「───え」

 

キリコの後ろで、光が弾けた。

雷鳴の様な音がし、彼は、誰もが振り向いた。

 

「───キ…」

 

彼は、セストラルに掴まっていなかった。

何かが起こり、手を離してしまったのだ。

 

「うわあああぁぁぁ!」

「───アクシオッ(来い)!」

 

咄嗟の呼び寄せ呪文が、キニスを捉える。

炎の中に落ちるすんでの所で、彼は引き寄せられ始める。

 

「───ッ!?」

 

しかし、運悪く落ちてきた瓦礫がキニスにぶつかり、彼は再び落下を始める。

それを見たキリコが、彼に向かって飛ぶ。

 

アグアメンティ(水よ)!」

 

落下速度はお互い同じ、その間を埋める為に水圧ジェットで加速する。

だが炎は目前、助けられてもキニスは全身を焼かれるだろう。

 

「はぁっ!」

 

しかし、助けに向かうキリコに気付いたダンブルドアが、悪霊の炎を一時的に吹き飛ばす。

剥き出しになる神秘部の床、これだけの距離があれば間に合う。

にも関わらず、キリコの焦燥は更に加速した。

 

「アーチじゃと!?」

 

そう、キニスの落下地点に、丁度横向きに倒れたアーチがあったのだ。

潜ればあの世行き確定のそれが、彼の真下にある。

 

「───!」

 

もう呼び寄せ呪文に切り替える間すら無い。

限界まで、全ての魔力を使いきる勢いで加速して行く。

あと数センチ、キリコの伸ばした手を、キニスが掴む。

───しかし。

 

「───なっ…」

 

二人の運命を別つ様に、炎が上昇気流となり、キリコを数センチ吹き飛ばした。

その熱波が、キニスの手を引き剥がす。

ダンブルドアが、音速に迫る引き寄せ呪文を放つが、既に離れすぎている。

もはや間に合わない、どうやっても間に合わない。

 

「───諦めるかぁっ!」

 

だがキニスは、ある物を取り出した。

逆転時計、それを見たキリコが、彼の狙いを理解する。

 

過去に飛ぶ気だと、どの程度前かは分からないが、しかしそれなら確実に助かると。

───しかし、しかし、やはり、この世に神など居なかったのだ。

 

「───あ」

 

火の粉が手を擽り、逆転時計が火の海に落ちた。

そして、キニスが、アーチを潜った。

 

「────」

 

再び巻き上がる炎と、崩れ出す瓦礫。

キリコの視界を、炎が遮る直前。

誰にも聴こえない様に呟いた聞小さな声、それが、キニス・リヴォービアという少年の───

 

「───ごめんね」

 

───最後の言葉だった。

 

 

*

 

 

…長い魔法界の歴史において、これ程凄まじい惨事は数える程しかないだろう。

焼かれ、崩れ、瓦礫の山となった魔法省の前に彼等は佇んでいた。

 

「…コーネリウス、教えてくれんかの」

「…………」

 

嘗ての魔法大臣、その面影は何処にもない。

彼の今回の暴走は余りにも酷かった、その結果がこの魔法省崩壊を招いたと言える。

 

「…お主の性格は知っておる、押しに弱く、少しお人好しで、性根は優しい男じゃ」

「…………」

「…じゃからこそ、間者が横行し、権力闘争が支配するここでは、疑心暗鬼に成らざるを得なかったのじゃろう」

 

慰めに近いダンブルドアの言葉を、ファッジは自嘲気味に切り捨てる。

 

「…私は、そんな人間ではない、誰かに非難されたり、足を掬われるのが怖くて、日より見に逃げただけの臆病者だ」

「完璧な人間などおらぬ、過ちを悔い、繰り返さぬ様に努力する事が重要なのじゃ。

…あの様な暴挙、何かしら理由があるのじゃろ?」

 

そう諭された彼は、少し顔を俯けながら、罪を告白するかの様に話し始めた。

 

「予言が出ていたんだ、一週間程前に…」

「…………」

「″不死鳥の騎士団が神秘部に現れる、そこに居る者達によって、魔法省は崩壊する″と、いう予言だった。

私は、騎士団が魔法省を乗っ取りに来るのだと考えた…」

「…………」

「私は極秘裏に職員を退避させ、迎撃体制を整えた。

結果は見ての通り…騎士団が現れ、私が暴走し…文字通り崩壊した。

予言を実行したのは、他ならぬ私だったのだ」

「予言は所詮予言、そこに如何にして至るかは儂等次第なのじゃよ」

「…全くだ」

 

ファッジが振り向けば魔法省の役人が、真面目な表情で佇んでいる。

彼等の会話が一区切り着くのを待っていたのだ。

 

「コーネリウス・ファッジ、今回の事件において聴きたい事があります、御同行願えますね?」

「ああ、勿論だとも」

 

事情聴取など名ばかり、これから彼はこの惨事の責任全てを取らねばならないのだ。

最早アズカバン行きは確定と言える彼に、ダンブルドアが最後の言葉を掛ける。

 

「コーネリウス、話してくれた事感謝するぞ。

…お主に最も酷い目に逢わされた儂が弁護すれば、お主の判決も少しは軽くなるじゃろう」

「…ありがとう」

 

連行されるファッジを見送るダンブルドアに、一人の男が近付く。

 

「あの様な男気にする事もないでしょうに、奴のせいで我輩達が何れ程出遅れたか」

「セブルス、そうではない、彼もまたヴォルデモートに踊らされていただけなのじゃ」

 

だがスネイプの目線は誰でもなく、魔法省を修復する人達に向いていた。

その横の丁重に並べられた、大量の肉塊にも。

…あの地獄から逃げきれなかった、闇払いや死喰い人のなれの果てである。

いや、悪霊の炎に焼かれて遺体が残っているだけマシなのか。

 

「…奴は、生きているのでしょうか」

 

闇の陣営との二重スパイという重要な役目を負っている彼は、ダンブルドアからキリコの不死性を教えられていた。

それを疑ってはいないが…しかし、この惨劇の中で生き残っているとは信じにくい。

 

「…あやつの力は…解明しきれていない以上断言できぬが、生き残る可能性が微かでもあれば、それを拾い上げる…という力なのじゃろう」

「…悪霊の炎が蠢く瓦礫の中…それも最も深い階層に生き埋め、生き残る確率は零と断言できます」

「…生きていて欲しい、とは思うのじゃが」

「それは不死性の為ですか、それとも…」

「無論、一人の生徒としてじゃよ」

 

(…じゃが、決して生き残れないような状況で生きていたとしたら?

零を一へ引き上げる、それは因果率への干渉…神の御技に等しい)

 

ダンブルドアの頬を、一筋の汗が流れる。

いや、無い、形有る物は必ず滅ぶ。

それは自分が嘗て最悪の代償を払って漸く思い知った、この世の不変律。

それが歪むなど、あっては───

 

「…! 校長、奴です!」

「…なんと…」

 

瓦礫の中から引き摺り出されたのは、全身に酷い火傷を負った少年の死骸。

形が止まっているだけでも奇跡、一目で分かる、どう考えても助からないと。

 

「…やはり、駄目じゃったか」

「奴が死んだという事は、リヴォービアも…」

 

ダンブルドアは不死の力を恐れつつ、密かに期待もしていたのだ。

同じく瓦礫に呑まれたキニスが、キリコの力の恩恵を受け生存しているのではないかと。

 

「…二人とも…すまぬ…」

 

己の力不足を悔やむが、嘆く暇は無い。

自分の存在が割れた以上、ヴォルデモートは今まで以上に活発な動きを見せるだろう。

急がねばならない、幸いあやつの不死の一つは、既に見当が───

 

「…! 誰か! 誰か治療師を呼んでくれ!」

 

キリコの死体を運んでいた者が叫ぶが、周りの人は一体誰を治療するのだと訝しむ。

しかし、ダンブルドアだけが″まさか″と思った。

そして彼は、心の底から戦慄する。

 

「───この子はまだ生きているんだ!」

 

全身を悪霊の炎で焼かれ、数十ヶ所以上の複雑骨折に粉砕骨折。

更に内臓損傷まで負って尚、彼は生きていた。

そしてその怪我全てが僅か一週間で完治したと知る事となるのである。

 

 

*

 

 

聖マンゴに緊急入院した俺は、集中治療を受け、今は療養期間を過ごしている。

療者曰く、信じられない回復力との事だ。

 

…しかし、それと反比例する様に、俺の心は沈んでいた。

未だにそれを認めようとしない自分がいる、それが現実だと冷静に捉えている自分がいる。

考えるだけ無駄だと寝ようとした時、病室の扉が叩かれ幾つかの人影が入ってきた。

 

「キリコ、お見舞いに来たよ」

「あれ、もう怪我治ったンだ」

 

そう言いながらベッドの隣に菓子やら何やらが積み上がっていく、ヤツ等はそれからも、今の学校の状況や世論等を伝えてくれた。

…それだけだ、それくらいしかヤツ等は語らない。

 

ダンブルドアから既に聞いているのだろう、それが本当かどうか知るためにここに来たが、聞く勇気が出ないのだろう。

 

重い空気が部屋を満たしていき、息が詰まるような錯覚を覚える。

口を開こうにも、息苦しさがそれを邪魔する。

…何れ程経ったのか分からないが、次に音が響いたのは相当後だった。

 

「キリコ…聞いてもいいかな」

 

ハリーが声を弦の様に震わせながら絞り出し、目を現実から背ける様に泳がせながらも、言い切った。

 

「キニスは、…どうなったの?」

「…………」

 

何も答えない、それこれが、全てを示していた。

ダンブルドアから聞いて確信してしまった、アーチを潜った先はあの世だと。

 

「…う…う…うう…」

 

静かな嗚咽と慟哭が、淡々と流れる。

…誰のせいなのか、迂闊に罠に掛かったハリーのせいか、罠を仕掛けたヴォルデモートのせいか、自分から突っ込んで行ったあいつの自業自得か、止めきれなかった俺のせいか。

 

分からない、何れだけ考えようと答えは出ない。

死ぬ事はおろか、静かに過ごす事も許されない人生。

戦いの中でしか生きられないのではない、戦いの中しかない俺の運命を俺は呪った。

それに誰も彼もを巻き込む、その運命にも…

 

───キニスは、死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───何だ、この予言は」

「アストラギウス銀河? バララントギルガメス? 百年戦争? アーマードトルーパー?」

「これが、こんな事が有り得るのか?」

「───答えろ! ジャン・ポール・ロッチナ!」

「正直に話したとて、そんな話、貴方は信じたでしょうか?」

「…なら今話せ、これは真実か」

「全て嘘偽り無く真実、確かに存在する世界です」

「…異能者、賢者、異能生存体」

「成る程、奴の…あの年に合わぬ度胸、それなら納得できる」

「…予言を取り間違えた罪は重い、が…この予言の価値は高い。

奴の処罰は…アズカバンから出てきてから考えるとしよう」

「今はそれよりも、やるべき事がある」

「遺伝確率250億分の1、ならば、俺様の仮説は───」

「───しかし、どう確かめる? 確信はあるが確証はない」

「───いや、それでも殺らねばならない、永遠を生きるのは俺様だけなのだから」

「───掴んだぞキリコ・キュービィー、貴様の殺し方を!」




安らかな日々が終わる。
前を向けば近付いてくる賽の河原。
友よさらば。
薄れ行く意識の底に、這い出流数々の幽鬼。
耳に残る叫喚、目に焼き付く炎。
次の旅が始まる。
旅と呼ぶにはあまりに厳しく、あまりに悲しい、深淵に向かってのオデュッセイ。
次回、『暗転』。
キリコは、次の巡礼地に向かう。


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「謎のプリンス」篇
第五十話 「暗転」


少女終末旅行二期ハマダデスカ
ジョジョ五部ヤッター!
劇場版ノンノンビヨリココロガノンノンスルンジャー
という訳でお久し振りです遅れてすみませんボチボチ再開していきます。


ぽつり、と声が聞こえる

 

「──あ」

 

いっそ間抜けにすら聞こえるその一言には、どんな思いが詰まっていたのだろうか。

まだ生きたい、死ぬのは嫌だ、まだ何もしていない。

分からない、何を思っていたのか、分かる筈もない。

 

分かるのは口に出した言葉だけだ、だからこそ俺が分かったのは唯一つ。

あいつは最後まで、底抜けのお人好しだったと言うことだけ。

 

「──ごめんね」

 

……何故謝る? 助けられなかったのは俺だと言うのに。

地獄へ付き合いきれなかったことへの謝罪なのだろうか、もしくは他の何かなのだろうか。

 

だがそれがどれ程の意味を持っていたとして、結果それが、俺の胸を深く、深く抉りとることに変わりはない。

グロテスクに抉られた胸の中を、無力感が、後悔が、あの時たったの一言も言えなかったことが、何も伝えきれなかったことへの無念が、ひたすらに反響していた。

何度も、何度も、何度も、何度も……

 

 

*

 

 

「──ッ!」

 

凄まじい寝苦しさに叩き起こされ、意識が一気に舞い戻ってくる。

息を荒くしながら起き上がり、先程までのあれが夢だったと自覚する。

 

胃の中に沈殿しているような、ドロついた思いを溜め息に込めていると、全身がベタつく汗にまみれていたことに気づく。

少しでも気分をマシにしたかった俺は、ふらつく足取りでシャワーを浴びに向かうことにした。

 

少し山積みになってきた洗濯籠に衣服を投げ入れ、この不快感から逃れようと倒れ込むような勢いでシャワーを起動させる。

電源も入れていない唯の冷水は寝起きの体に堪える、だが、この冷たさがとてもしっくりくる。

 

無心で冷水を浴び続けながら、今が何時かを思い出す。

確か午前4時位だった筈だ、人が起きるには早すぎる。

尤も戦場に余りにも長く居すぎた俺にとっては、寝る時刻など関係ないのだが。

 

肌寒くなるこの季節に浴びた冷水に感覚を重く鈍らせながら、俺はそのままリビングへと向かう。

とても二度寝などする気にはなれない上に、夢の中へ閉じ籠もる程現実が見えないわけでもないからだ。

 

そうだ、今日これから向かうのは、地獄ではない。

その入り口から、現実という罪を通して見る天国。

もう帰らないという、俺以外決して覆らない現実を確かめるための、やらなければならないことなのだから。

 

それでも、弔う機会が、葬式ができることが、少しだけ羨ましく見えたのは…あの銀河と比べてか、もしくは俺なのか。

 

 

 

 

葬式とはいうが、実際に教会で死体を燃やすわけではない。

キニスはアーチの向こう側、あの世へ直接消えたのだ。

遺体が無く、一定期間が過ぎてもいないので、マグルの法的には行方不明者扱いになっており、葬式をすることはできないのだ。

 

だが、あいつが死んだのは間違いない。

法的に死んでいないなら、弔わなくても良い、などという理屈は存在しえない。

死者を、居なくなってまった人を弔うのは、死体ごと鉄と炭に埋もれているのが当たり前のアストラギウスでも行われていた。

肝心なのは遺体ではなく、それを悲しむことそれそのものだ。

 

この感性を完全に捨てることができたなら、楽な人生を送れるのだろうか。

戦いに飽きることなく、自分の異能を責め立てることなく、自由に生きれるのだろうか。

 

今まで何回と繰り返した考えを、まだ飽きずに繰り返す。

少しの呆れと無念が堂々と巡り、疲れはてた脳内に木霊を鳴らす。

パチリ、と散った火花の音が、当ての無い脳内を鈍く照らし、そこに目の前の光景を焼き付ける。

 

「主よ、我等の元に召され──」

 

ぽつぽつと蝋燭が灯るだけの、薄暗い小さな教会の中央、そこに置かれた、死体の無い、ただ死のみを意味する空の棺桶。

金で呼ばれた神父が、如何にも、といった雰囲気で慣れきった言葉をつらつらと並べていく。

棺桶を囲みながらその呪文を聞くのは、キニスを知っている中でも、僅かな面々。

あいつの両親と、どうして死体がないのかを知る魔法界の面子が何人か。

 

本当はホグワーツ生の何人かもこの葬儀に参加しようとしていたが、既にあちこちで暴れまわる死喰い人による襲撃や、生徒に責任を負わせたくないというダンブルドアの意向により、生徒は参列を許されなかったのだ。

 

「ここを訪れ、責められるのは儂だけで良かったのじゃがの……」

 

本来なら俺も例外ではない…寧ろ異能の力を持っている分余計に危険なのだが、十分自衛は可能と判断され、一人程度ならダンブルドアが直衛できる為、同行を許されている。

それ以上に、同行を懇願したことが……どうしてもここへ来たかったという方が大きくはあるが。

 

その訳は贖罪……ではない。

罪悪感も、後悔も当然ある、あの時もう少し早く動ければ、もしもっと来ないように言っておけば、ああはならなかったのではないかと。

だがそれは所詮もしの話だ、過去は変えられないし、死が覆るなどあってはならない。

 

責め立てられることで罪を清算しにきた訳でもなければ、けじめをつけに来た訳でもない。

ただひたすらにここで起こることを受け入れる為に、生き残った方としてできることをする為に、俺は来たのだ。

 

「あの……もしかして、君がキュービィー君?」

「……そうだ」

 

少し小さめな声を掛けてきたのは、あいつそっくりな茶髪と、皺を余り気にさせない程度に若々しい雰囲気を纏った女性だった。

 

「やっぱり、あの子の言ってた通り、じゃあそちらの方がダンブルドア校長先生?」

「そうじゃ、始めまして、ミセス・リヴォービア」

「始めまして、ダンブルドア校長先生」

 

彼女が、キニスの母親。

そう思った時には既に、ダンブルドアは頭を下げていた。

 

「──申し訳ない」

「…………」

「儂等を信頼して預けていただいたにも関わらず、生徒を危険な場所に連れていってしまい、挙げ句死なせてしまった罪は、とても購えるものではない」

 

そこに居たのはいつもの飄々とした老人ではなかった。そこに居たのは俺と同じ、自身の無力さと、罪と、悲しさに震える独りの老人だった。

 

「赦してくれ……とは言わぬ、いや、赦されてはならんのじゃから」

 

ダンブルドアは、ある意味ヴォルデモートよりも残酷な人間なのかもしれない。

最初から慈悲の欠片もないヤツとは違い、人並みの優しさを持っていながら、その思いを抑え込み、冷徹な判断を下せるのだから。

 

たが、哀れでもある。

ハリーが死ぬという最悪の事態は免れたのに、キニスの犠牲だけで済んだにも関わらず、優しさ故に自らを責めるしかないのだから。

 

その姿勢を見かねた俺もまた、罪悪感と情けなさを抱えて頭を下げようとするが、それは俺に向かって突き出された手によって阻まれた。

 

「キュービィー、お主が罪を感じる理由は無い。

全ては儂の過ちなのじゃ」

 

この男は全てを背負おうとしているのか?

俺の分の罰すらも、何故受けようとしているんだ?

普段なら小さく光っているコバルトブルーの瞳には、何処までも暗く、苦しそうな、寂しそうな暗闇が広がっている。

 

「──顔を、上げてください、先生」

 

この空気にまるで合わない程明るい声が、垂れた頭を引き上げる。

それが必死で作り上げた声なのは、誰にとっても明らかだ。

 

「あの子は……友達の為に、戦ったんですよね?」

「……うむ、あの子は……優しい子じゃった」

 

走馬灯のように甦る、あの日、あの時。

止めようとしても、それでも死地へ行こうと、行ってしまったあの無謀さが。

 

「あの子は……友達を助ける為に、庇ったんですよね?」

「……そうだ、俺はあいつに、助けられた」

 

つらづらと、淡々と並べられる言葉。

よくもまあ、我ながら何故ここまで口に思いを乗せられないのか。

果たしてこの重さは通じているのか、不安を感じずにはいられない。

それを軽くしようと、いや、言葉にすることが肝心なのだと、ダンブルドアと同じ、こういった時の決まり文句を──

 

「……よかった」

 

──綴れなかった。

よかった、全くもって予想外の一言が、俺達の言葉を塞き止める。

 

「……よかった、とは?」

「……あの子はいつも、学校での、友人達との生活を楽しく話していました。

……それを、守りたいとも。

だから…きっと、後悔は無いと…思います。

私も、そんなあの子の……生きざまを、誇り……に、感じ……ます」

 

嘘なのは、明らかだ。

自分の子供が死んで、それを簡単に誇りなどで片付けられる訳がない。

 

「……だから、お願いですから、悔やまないで下さい、自分を……せ、責めないで下さ……い。

それじゃあ、あの子が……悲しみますから……う、うう……」

「…………」

 

誇りがあった。

無駄ではなかった。

そうでなければ、何故死んだのか。

そう思わなければ、自分自身が折れてしまう。

だが、このある種の現実逃避を、臆病だと非難するようなヤツはここには居ない。

ただひたすらに長い沈黙が、曇天のように埋め尽くしていた。

 

「……リヴォービア君の、父親は何処に?」

「……席を立っています、顔を合わせたら……多分我慢できないから……と」

「…………」

 

……頭で分かっていようと、気持ちが納得できるかは分からない。

諸悪の根元がヴォルデモートだと分かっていようと、俺達に怒りをぶつけるのが筋違いだとはならない。

寧ろ、それは誰よりも普通の反応なのだろう。

 

「……ごめん……なさい、他の方にも……挨拶しなきゃ…ならないので……」

「……ミセス・リヴォービア」

「……?」

「ありがとう、キニス君の……勇気のお陰で……生徒達は、守られた」

「……! そ、そう……ですか……。

それなら……う……良かった……です……う……うぅ……」

 

涙を押さえることは出来なかった。

ダンブルドアのせめてもの気遣いが、彼女を多少ではあるが、慰めたのかもしれない。

それが、それしかできないという、無力を証明するだけだったとしても。

 

「……キリコ」

「……分かっている」

 

キニスは死んだ。

それは覆らないし、覆ってもならない。

残された俺達にできることは、あの時出会ったことを、記憶を、軌跡を忘れないこと。

 

あいつが生きていたという記憶を、生かし、残し続けること。

記憶の中に生き続ければ、心の中で生き続けられる……等という、綺麗事などではない。

遺伝子のように、その意思を受け継ぐこと、それこそが生き残った者の……使命なのだから。

 

そして、意思を、生きざまを無にしない為に。

あの行動が、明日の為だとあいつが誇れるように。

 

二年前、セドリックが殺された時から決意していた思いを、何度も胸に刻み込む。

それは使命という名の、呪いかもしれない。

異能と同じ、俺の運命を縛り続ける物と変わらない。

 

それならそれで良いだろう、幾らでも、何時までも呪われていて構わない。

忘れたくないなら、寧ろ好都合だ。

この後悔も、怒りも、全てを叩き付けてやる。

 

ヴォルデモート、俺はお前などには従わない。

そして、お前を決して許しはしない。

俺は今、正に、静かに燃えていたのだった。

 

 

*

 

 

葬儀が終わり、ただでさえ静かだった空気が、凍るように冷える中、俺達はホグワーツ城へ戻っていた。

正確に言えば戻る、と言えるのはダンブルドアだけであり、春休みの真っ只中、俺が此処に来るのは本来ありえない。

 

普段は大勢の生徒で、暖かい騒がしさが満ち溢れている此処も、人が居なくなった途端、先程の葬儀会場とさほど変わらない程静まり返っている。

 

そのせい…に加え、全く会話も無いせいか、廊下を歩く俺とダンブルドアの足音は、静かさに反し、煩いほど良く響いていた。

 

会話が無いのは別に、話題が無いからではない。

寧ろ、話さなければならない事がある。

それは俺達が此処に居る理由であり、いずれ…やらなくてはならなかった事だ。

それでも中々切り出せないのは、俺にとってもダンブルドアにとっても、ある種の気まずさがあるからなのだろう。

 

「……何故此処に呼んだか、分かっておるの?」

「…………」

 

当然知っている、先日理由は告げられている。

また聞き直すのは、俺の意思を再度確認する為。

無言、それが肯定になる。

 

「ヴォルデモート側へ潜り込んでいるスネイプ先生から、連絡があった。

先日の神秘部での闘い、あれはハリーの予言を狙ったもの」

 

予言……予言か、それがあいつに取って、どれだけ重要なものだったのか。

内容を知らない俺には全く分からないことだが、それが闘いの発端だと思うと……八つ当たりでしかないが、予言すら疎ましく思ってしまう。

 

「結果、ハリーの予言はヴォルデモートに奪われる事になった……と、儂等は考えておった。

しかしそれは違った、あやつは"ハリー"の予言を手に入れてはおらぬ。

果たして何時入れ換わったのか……手にしたのは"おぬし"の予言じゃったのじゃ」

 

入れ換わったのは恐らく、俺が予言棚を崩した時だろう。

そしてその予言とは、ロッチナが言っていた……

 

「詳細は掴めておらん、分かっているのはその予言が、おぬしの過去を語っているという事だけじゃ」

 

"ペールゼン・ファイルズ"

何故そんな物があんな所に置いてあったのかは分からない、だが、アレがヴォルデモートの手に渡ったという事は、俺の過去がヤツに知られた事に他ならない。

 

今後、ヤツはその過去を有効活用してくるだろう。

異能を、レッドショルダーを、フィアナを。

どうすれば、それに対抗できるのか。

 

「……こうなれば、綺麗事など言わぬ。

儂はおぬしの不死性を利用するつもりでいる、戦力として、場合によっては……ハリーの盾としても」

「…………」

「じゃが、然るべき時に利用する為にも、できる限りおぬしを守らねばならぬ。

そうでなければ、ヴォルデモートの打倒は叶わぬじゃろう。

ヴォルデモート打倒は、おぬしの望みでもある筈じゃ」

 

校長室の扉を開けながら、綺麗事も建前も誤魔化しも無く、利益だけを語るその姿勢は、今の俺には聴きやすい話だった。

 

「ヴォルデモートを倒す、おぬしを利用する為に守る。

故に、過去を知ったあやつに対抗するには……儂等も過去を知らねばならぬ」

 

できるなら、できるなら……キニスに、伝えたかった。

知って貰いたかった、それはもう叶わない。

やはり、簡単には割り切れないか。

それでも尚割り切る様に顔を上げ、校長室の中央にある、銀色の御盆の様な物に目を向ける。

 

「どうか、教えて貰いたい。

おぬしの過去を、おぬしがどのような人間なのか」

「……事前に伝えた通りだ」

「……そうか、感謝する」

 

"憂いの篩"

記憶を保全し、それを人に見せる魔法具。

 

「……これは儂の直感じゃが、恐らく、過去を全て語るのはおぬしにとって……辛い事なのかもしれぬ。

じゃから"これ"を使おう、これならば語らずとも、知る事ができる」

 

正直な所、直接語ろうが間接的だろうが関係無い。

生まれて生きて、死んでいくまで。

それを全て見られて、気持ちのいい人間が居るものか。

どっちだろうと、不快な事に何ら変わりはない。

……それでも、見せなくてはならないのだから。

 

「……では、いくぞ」

 

ダンブルドアが俺の側頭部に杖を押し当て、小声で呪文を唱える。

そして尖端が光だし、引っ張られ、糸の様な軌跡が振るわれる。

 

これが俺の記憶、俺の生きた全て。

するすると引き出されるそれは、その熾烈さとは対照的に、美しくもあった。

 

「これがおぬしの記憶じゃ、これを憂いの篩に入れ、顔を浸けることで、その記憶を覗く事ができる」

 

篩の中に入れられると、まるで水に溶かした血の様に溶けて行き、鈍く赤い、中身を表しているかのような赤色へと姿を変える。

覗いていると、混ざって行く様相に合わせる様に俺の視界も唐突に歪んで行った。

 

「…………?」

「大丈夫かの? まあ、一生の記憶を全て写し取ったのじゃ、その分大きな負担になったのじゃろう。

……休んでおきなさい」

 

確かに、ヤツが記憶を見終わるまでやることはない。

加えて、わざわざ過酷な過去を見返そうとも思わない。

俺はダンブルドアの言葉に甘え、近くのソファに倒れ込む。

 

……記憶を一気に移されただけではない、今日一日色々あって疲れたのだろう。

強烈な眠気に誘われるまま、俺はあっという間に、夢も見ない、深い眠りへと誘われていく。

 

寝ている筈なのに、起きている様な感覚。

起きたいと思うのに、寝ている様な感覚。

曖昧な一線の上を漂いながら、俺は小さな炎を見つめていた。

それは、そう、異能の炎だ。

どれだけ死のうと考えても、心のどこかで、生きたいと願う、小さな種火だ。

なら俺は生きよう、少なくとも、仇を取るその日までは。

この種火を、燃やさなければならないのだから。




全ては、リドの闇の中から始まった。
人は生まれ、人は死ぬ。
天に軌道があれば、人には歴史がある。
炎に生まれ、血脈に導かれ、暴かれる果ては何処。
だが、この命、求めるべきは何。
目指すべきは何。
打つべきは何。
そして、我は何。
次回「運命」。
目を疑う真実の中を、キリコが走る。



書いててキツイ。
…いや、オリキャラに葬式回まで用意するのはどうかとは思ったんですよ…けど、
①あんだけ盛大に死んどいて葬式が無いのは不自然。
②もう登場しないというキリとしてちょうどいい
③パート6ヤルコトネエンダヨシャクガアマル
という事情により、やることにしました。


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第五十一話 「運命」

ストック溜め直しながらなんで、以前のペースに戻るまでには、もうちょい掛かりそうです。


改めて言うのもどうかと思うが、儂は長く生きている。

当然上には上がいるもので、もう旅立ってしまったニコラスを筆頭に、儂より長生きな者も大勢おる。

ともあれ、長い事世の中を見続けて思うのは、生きる事そのものは然程重要ではないという事じゃ。

 

より分かりやすく言えば、幸福な人生に長さは重要ではない。

ニコラスは賢者の石の力により、何世紀も生き続けた。

その上、儂が見る分には、幸福な顔で生涯を終えた。

しかし……彼以上に永遠が約束されているトムは、果たして幸福なのじゃろうか。

儂にはそうは見えぬ、誰も信じられず、常に"死"に怯え続ける永遠が、幸福だとは思えぬ。

 

では、人生に重要なのは?

それは即ち、"愛"なのじゃろう。

信じること、共に在ること、死を迎えること。

その根底にあるのはきっと……自分を、他人を愛する事なのじゃ。

あの三男も、決して"死"が恐くなかった訳が無い。

言葉でどう取り繕うと、恐くない者など居る筈が無い。

それでも彼が死を受け入れられたのは、きっと愛する者が居たからなのではないじゃろうか。

だからこそ、"力"に溺れる事も、"奇跡"に狂う事も無く、息子を"信じ"られたのではないか。

 

だから、儂は愛に憧れるのじゃ。

"力"に溺れ、"奇跡"を求めた結果、妹も、弟も、友も失ってしまったからこそ……

ハリーだけではない、多くの生徒達に、儂は愛の大切さを説いてきたのじゃ。

 

……もしかしたら、もう確かめることも叶わぬが、トムは儂の説く愛の薄っぺらさを見抜いていたのかもしれぬ。

もし儂が真に人を愛せていれば、こんな事にはならなかったのではないか。

無論手心を加える気などない、あやつを放っておけば、更に罪無き命が危機に晒されるのじゃから。

 

じゃが、アレは……何なのじゃろうか。

間違いなく、愛はあった。

しかし、アレを幸福と呼んでいいのか?

 

キリコ・キュービィ。

彼と初めてあった時、儂は言い様の無い、不気味な感覚を覚えた。

人から情動がすっぽり抜け落ちたような、野心に燃えておった、小さき頃のトム以上の不気味さを。

特にハロウィンの日、クィレルが招き入れたトロールを無惨にも殺害した時は……正直あやつの冷徹さに戦慄した。

 

じゃがその不気味さも、2年に上がる頃には大分収まっておった。

同じハッフルパフのキニスや、ハリーとの交流によって彼の冷たい心は少しずつ、溶けていったと。

バジリスクにキニスやグレンジャーが襲われた時の怒り、その証じゃと、儂は考えた。

 

……その頃からじゃ、あやつが予言の子、"異能なる者"ではないかと疑い始めたのは。

死の呪いを受けても、バジリスクの毒を心臓に喰らっても"奇跡的"に生き残る姿は、正に異能そのもの。

確信に変わったのは、4年の時、あやつが触れえざる者、ブラッド家の末裔にして、最高傑作だと知った時じゃ。

 

儂は思った、この子を正しき道へ導かねばならぬと。

しかし儂は同時に、その不死性に恐怖した。

完全な不死という、万物の摂理に正面から唾を吐く怪物の姿に。

 

いや違う、そうではない。

儂は、嫉妬していたのじゃろう。

かつて追い求めた末に、何もかも失う事となった"奇跡"が目の前にあったのじゃから。

最も望ましくないものを欲しがる……あれだけ後悔して尚、追い求めてしまうのか。

 

……じゃが、だからこそ知っている。

それに溺れた末に、何が待っているのか。

彼にはそうなってほしくない、それもまた儂の本心。

あの子にとって精神的な支えであったろうキニスが死んでしまった今、儂が支えねば……とまで傲慢とはいかぬとも、せめて見続けねばならないと、儂は決意した。

 

……それが、それが、その覚悟が。

……何もかも一片残らず勘違いじゃったとは、予想できる筈もなかった。

 

冷酷?

子供らしくない?

不気味?

当然じゃ、あの様な……儂等の常識では考えられぬ、アストラギウスという世界で生きてきたのならああなって当たり前じゃ。

 

小さき頃から兵士として生きてきたのなら、相手を殺すのに躊躇など無くて当然。

既に一生分の人生を歩んでいるのじゃから、大人で当然。

未知のゴーレムも、"アーマード・トルーパー"というサンプルがあるのじゃから作れて当然。

何より、自分自身の不死性……"異能生存体"を既に自覚していたのなら、これまでの無茶も当然。

言い訳などする気も無いが……儂のこれまでの気遣いは、全て的外れでしかなかった。

 

茶番、これでは茶番じゃ……

何があの子を導くじゃ、何が光ある道じゃ。

この、"転生"などという突拍子もない真実を知り、儂は呆然と笑うしかなかった。

 

……じゃが、儂にとって何より驚いたのは、あの子……彼が真の愛を知っていた事じゃった。

今なら分かる、五年前の夜、彼が"みぞの鏡"に見たのは、"フィアナ"じゃったのじゃろう。

 

彼の人生は、その末期に彼も参加していた"百年戦争"の時に、一度終わっていた。

それを不死鳥が、灰から甦るが如く蘇らせたのが、フィアナじゃった。

 

完全なる兵士、パーフェクトソルジャー。

異能生存体を模した、キリコの擬似的なコピー。

しかし、キリコを倒すために作られたそれは、そのキリコに惹かれてしまった。

彼もまた、彼女の愛に応えるように、彼女を愛するようになった。

彼は、人を愛する事を、取り戻したのじゃ。

 

……しかし、始まりがフィアナなら、終わりもまた炎。

パーフェクトソルジャーは、寿命が僅か二年しかなかった。

彼女と永遠を過ごすために、彼等は特殊な機械を用いて、永遠に、死にながら生き続ける選択をした。

それが間違いだとは言えぬ、生きるだけで追われる彼等には、それしかなかったのじゃろう。

 

じゃが、それも儚く崩れた。

彼等を利用しようとする者等の手により、結局彼女は死ぬこととなった。

彼は愛を知った、が、それを得る事は叶わなかった。

 

愛を失っても尚、彼は生き続けた。

生きるしかなかった彼は、最後の最後まで生き続けた。

そして最後まで生きて、親しい者達に見守られて逝くことができた……筈じゃった。

 

永遠の命、"異能生存体"は、それを許さなかった。

彼は再びこの世へ舞い戻ってしまった。

ホグワーツに来たのも、今度こそ"死"を迎える為。

それが彼の、異能生存体キリコ・キュービィの真実。

 

……儂は今まで、"愛"が重要なのじゃと思っておった。

しかし、彼は愛を知りながらも、幸福とは呼べぬ一生を、今も送っている。

真の幸福に必要なのは、"死"そのものなのではないじゃろうか。

限りがあるからこそ、人を愛せるのでは。

限りがあるからこそ、懸命に生きられるのでは。

 

フィアナと出会い、愛を知った。

しかし、あの世で再会すらできず、ひたすら孤独に生き続けることが……寧ろ、愛を知ったが故に苦しむのか。

彼は今、幸福なのじゃろうか。

 

儂は知った、奇跡は呪いなのじゃと。

奇跡には……代償が付き物じゃと。

……ただ、ほんの少しだけ、彼を羨ましく思う。

儂が得れなかった物を持っていることに、二度と得ることが叶わずとも、真の愛を知っていたことに。

……儂は、アリアナは、果たして、そうだったのか。

 

……しかし、憧れている場合ではない。

悲嘆にくれている場合でも、同情している場合でもない。

今尚力を増しているヴォルデモート、あやつを止める事が、儂に残された最後の償い方じゃ。

 

その為にも、やらねばならぬ事は山程ある。

あやつの奇跡を暴く事。

ハリーにあやつを倒す道を示す事。

ドラコ・マルフォイの危機を救う事。

キリコの助けになる事。

 

内一つは、過去を知れた事で大分進んだ。

あとは記憶を見る事で得た、事実を確かめるだけじゃ。

……しかし、手間が省けたというのかの。

あそこに何が隠されているのか、それは果たして儂等の力となるのか、ヴォルデモートに渡してはならぬ物なのか。

騎士団の召集は済んだ、あとは儂が向かうだけ。

……行こう、キリコ・"ブラッド"・キュービィ。

あの日焼け落ちた、彼の生まれた場所へ。

 

 

*

 

 

天気を心象風景に例える、というのはよくある話だ。

晴れなら明るい、雨なら悲しい、曇りなら重い。

ならば、今の天気は果たしてどうなのか。

雨でも曇りでもない、重たく薄暗い空模様が俺の心境を表していた。

 

どこまでも続く灰色の空を眺めながら、少し冷めてしまったブラックコーヒーを啜る。

こういう天気はどうしても感傷に浸り勝ちだ、少し油断すればキニスの記憶が……それだけではない、フィアナや共に闘っていたあいつらの思い出までもが、甦る。

 

気楽に思い出すには暗すぎる記憶から、一時的に逃げ出す為に、俺は独り、本棚の本を読み漁る。

 

(この本棚も、大分増えたな……)

 

数年前、ホグワーツに入る前にここにあったのは、どれも暗かったり明るかったり、丁度今の空の様に、雑多な内容の物語ばかりだ。

それらを集めたのは、フィアナの元へ行くことさえ叶わないという現実から目を背ける為の物だった。

 

今あるのは、ホグワーツから借りてきたり、ダイアゴンで購入した"死"や"不死"に関する本。

これは正しく、俺にとって希望そのものだ。

……だが、それを見るとやはり思い出してしまう、あいつらと一緒だった、長い五年間を。

 

唐突に、玄関からチャイムがなる。

 

(……来たか)

 

鋭い鐘の音が俺の思考を中断し、残ったコーヒーを一気に啜り込む。

軽くむせそうになるのを無理矢理堪えながら、俺は急ぎ足で玄関を開ける。

 

「……時間だ、準備はできているな?」

 

手元の鞄を軽く掲げ、肯定を表す。

そして差し出された手を掴むと、俺の視界はぐにゃり、と螺曲がった。

 

 

 

 

「此処からは歩いていく、目的地はマグルの住宅街、目についてしまうからな」

 

"姿眩まし"をした後、俺はスネイプと共に、暗い住宅街を歩いていた。

 

「目的は聞いているな?」

「……ああ」

 

事前にダンブルドアから聞いている、これは俺の、過去に向かってのオデッセイだと。

だが今やあちこちに死喰い人が潜んでいる今、単独行動は危険という理由で、こいつが護衛につくことになっている。

 

(過去、か……)

 

俺はこの状況に、何か懐かしい感覚を覚えていた。

これは……そうだ、あの時だ。

俺が初めて魔法会を訪れたあの時も、こうしてスネイプと歩いていた。

あの頃と比べ、色々変わってしまった。

ある意味一番大きな変化は、やはり……

 

「……しかし、知っていても違和感がある」

「…………」

「まさかお前が、吾輩より年上だったとはな……」

 

そう、俺の過去を知った事だ。

あの後ダンブルドアと話し合い、俺の安全を徹底する為に、騎士団のリーダー的存在であるムーディ。

そして死喰い人のスパイであるスネイプには、俺の正体を知って貰う事になっている。

 

「取って付けた様な敬語だとは思っていたが、年上か、ならば、取って付けて当然か」

 

…別に取って付けていた訳では無い。

あれはあれで、教わる立場として最低限の礼儀を考えたものだ、そこには年齢など関係ないと考えていたのだが、そうは受け取って貰えなかったらしい。

 

「…………」

「…………」

 

そこから目的地まで暫くの間、やはり終始無言のまま歩き続けて行く。

その道のりは記憶に無い筈だが、俺の肌は何故か懐かしい感覚を感じ取っている。

…そして、そこにあった。

 

(……ここが)

 

数少ない、仲間といえるあいつらに囲まれて、フィアナの元に行けると思ったあの時。

だが、目覚めた場所は、天国でも地獄でもなかった。

 

「……着いたぞ、ここが―――」

 

確かに、そして鮮明に思い出す。

炎から始まった、俺の新たなオデッセイを。

 

「―――お前の生まれた場所、ブラッド家の隠れ家だ」

 

炎に包まれ、焼け落ちた廃屋。

だが、間違いない、俺はここで生まれたのだ。

 

「来たか! キリコ・キュービィー!」

「……ムーディか」

 

その廃屋の前に立っていたのは、スネイプとダンブルドア以外で俺の過去を知る男だった。

 

「おお、着いたかキリコ」

「……ここが、俺の生まれた場所なのか?」

 

俺の記憶は、赤子の時の炎で途切れていた。

だから俺自身は、この生まれた場所を知らなかったのだ。

ムーディの後ろから現れたダンブルドアが、その質問に答えて行く。

 

「左様、ここが間違いなく、おぬしの生まれた場所じゃ。

お主の記憶を、第三者として、外側から見る事でここを特定できた」

「……しかし校長、分からない事が」

「何じゃの? セブルス」

「……我々がこやつが"ブラッド"だと知ったのは最近だとしても、この事実を昔から知っていた闇の帝王が、何故ここを特定できなかったのか?」

 

ブラッド家は、血塗られた一族。

だがそれが齎した研究成果は膨大、恐らくヴォルデモートも知らないであろう知識が保管されていると推測できる。

その情報がここに隠されているかもしれない、というのが、今回の調査の目的だ。

だからこそ腑に落ちない、そんな魅力的な場所が、今の今まであいつに発見されなかった事が。

 

「うむ、それは高度な封印術によるものじゃ。

知っての通りブラッド家はマグルや魔法族、全てから敵視されておった。

じゃからこそ自らを隠蔽する術にも通じており、ここにも高度な魔法が掛けられておったのじゃ」

「……だがおかしいぞ? こいつの記憶によれば死喰い人の襲撃を受けて燃えたんだろう? 隠されてないじゃないか!」

 

そうだ、封印されていた筈なのに何故襲撃されたのか。

だがムーディの反論に、ダンブルドアは頬をポリポリと掻くだけだった。

 

「……そうなのじゃよ」

「は?」

「それが分からぬのじゃ、どうもあの襲撃の時だけ、狙い済ましたかの如く結界が破れていたのじゃ」

「……その原因も、調査する訳ですな」

「そういう事じゃ、さ、始めようかの」

 

何とも締まらない空気の中、調査が始まった。

 

……が、やる事は主に瓦礫の撤去作業ばかり。

しかも火事のせいか、稀に物を見付けても大体が灰と化している始末。

 

「……ないな」

「……そうじゃの」

 

このまま何も出ず、ただの片付けで終わるんじゃないか……

暗めの空気が漏れだしてきた。

……その時だった。

 

「──ッ!」

「何じゃ!?」

「……光?」

 

突如俺の足元が光りだし、瓦礫が瞬く間に消えていく。

 

「……そうか、キリコじゃ、彼が封印の鍵じゃったのか」

 

後にあったのは、小さなとって付きの扉。

地下室への入り口が、そこにはあった。

 

 

 

 

突如現れた地下室、そこは今までとは全く違う場所だった。

コンクリートで組まれた白い清潔な床に壁、埃の一つも無い階段、だが光は魔法で賄われている。

中央に広がるのは、様々な科学薬品や魔法薬が綺麗に置かれた実験台。

科学と魔法をない交ぜにした、ある意味不気味な世界。

 

「……本命はここじゃったか、直ぐに調べよう」

 

清潔に保たれた地下室の中を歩き回る、初めてでありながら歩き慣れた感覚。

その度に、ここで産まれたのだと実感する。

 

(……あの部屋は何だ?)

 

地下室の扉はどれも、研究所にあるような扉ばかり。

だが目の前の一枚だけ、木造の古びた板だった。

 

ギイイと軋ませながら入ると、雑多に散らばった本や、生活用品が床に転がる部屋が現れる。

 

何故か俺の目線は、奥の机に釘付けになった。

正確には、その上に置いてあった一枚の手紙。

……俺は直感した、これが、今の俺にとって重要な物だと。

備え付けの椅子に座り、過去からの手紙を読み始めた。

 

 

 

 

こんにちは。

この手紙を読んでるという事は、私はこの世に居ないのでしょう。

居たとしても、死んでるのと同じなのでしょう。

本当は、手紙なんて残しちゃいけないのでしょう。

私の事は、誰からも忘れられるべきですから。

けど、ご免なさい、私は、忘れられたくなかった。

だから残します、私の思いを。

私は、ジャックリーン・ブラッド。

貴方の母親です。

 

もうブラッド家がどんな事をしていたかは知っていますね?

私も例外ではありません、私も……何人も、何人も、研究の為に殺しました。

 

それに疑問はありませんでした、産まれた時から、それが当たり前だったのです。

"完全な不死"、それを実現する為に、何でもしました。

そもそも何故不死を目指したのか、それすら知らないままに。

 

その結果、私は子供を授かりました。

……その頃、既に私の周りには誰も居ませんでした。

因果応報、当然の報い、そんな思いはありません、漠然と受け入れるだけです。

 

私はとても嬉しかったです、長年の願いが叶ったんですから当然ですね。

周りの死喰い人……ああ、当時の私の協力者、トム・リドルの部下の事です。

その人達も喜んで、すぐリドルさんに連絡しました。

 

リドルさんも喜んでたみたいです、初めて聞く程明るい声でした。

けど、リドルさんを待つ間に、私は何だか苦しくなってきました。

 

想像してただけなんです、この子をどうしようかと。

DNAをコピーして、クローンを作ろうかな。

死の呪いや毒物の耐性はあるのかな。

首を切ったら、心臓を抉り抜いたらどうなるかな。

何時も考えている事を、夢みたいに考えただけでした。

 

それを考えれば考える程苦しくて、苦しくて。

何故なのか、分かりませんでした。

でも、リドルさんが同じ事をしてくれると思うと、もっと苦しくて、私は遂に逃げ出してしまいました。

 

逃げてる間も、苦しみは収まりません。

死喰い人もいっぱい追ってきて、怪我も何度もしました。

漸く辿り着いたのが此処でした。

ここはリドルさんが唯一知らない、ブラッド家の隠れ家でした。

 

けど、そこでもやっぱり、分かりませんでした。

分からないまま、時間が過ぎて、いよいよ貴方が産まれる時が近付きました。

 

私は考えました、何時も考えてる事が辛いなら、反対の事を考えれば良いんじゃないかと。

貴方と一緒にご飯を食べる事を考えました。

貴方と一緒に散歩する事を考えました。

……とても嬉しかったです、あと、何故か涙が出ました。

 

苦しいのは止みました、けど何でかは分かりません。

でも、私の本心は分かりました。

私は貴方を守りたい、理由は分かりませんが、そう思っていました。

 

けれど、私は何時死ぬか分かりません。

もしかしたらこの結界も破れるかもしれません。

だから、色々しておきました。

 

一つはこの地下室です。

家とは別の、貴方のDNAコードだけに反応する封印術を掛けておきました。

手紙以外に使えそうな薬品や、リドルさんの不死のカラクリも……知る限り残してあります。

もし貴方が今リドルさんに追われているなら、役立てて下さい。

 

もう一つは、貴方です。

魔力の反応や"匂い"を無力化する呪文を掛けておきました。

これでリドルさんに、場所がバレなくなる予定でした。

でも此処に居る時点で、解除されているのでしょうから、ちょっと残念です。

 

私の残した物は以上です、そろそろお腹も痛くなってきたので、これ以上は書けそうにありません。

だから、最後に一言。

ありがとう、私は幸せです。

 

 

 

 

「…………」

 

不思議と涙は出なかった。

ただ不思議な感覚が胸を過っていた。

その正体が"家族愛"だという事は、分かっている。

分かっているが、感じるのは初めてだったのだ。

 

自分を肯定できている。

存在を認められている。

それでも、自分の親から"ありがとう"と認められる事が……どれだけ嬉しい事なのか、俺は知らなかった。

 

"愛される"という事、それは炎に燃える心の中に、僅かな、だが大切な物を、確かに残してくれたのだった。




孤高の闇を、ただ行く。
霊験な黒き石に詰め込まれるのは、希望か、破滅か。
男の罪が、女の残渣が、霊験な黒き石の中で、渦を巻く。
賢者は尋ねた、理想たる異能者に。
いつかは訪れたであろう、一時の決断を。
次回「二人」。
ミッシングオデッセイの幕が開く。



以上、ブラッド家実家調査編でした。
次回は、ある意味運命の分岐点です。
ここ次第で、世界の今後が決まります。
ヒント「指輪」


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第五十二話 「二人」

「それにしても意外じゃのう、君が自ら新入生の案内を申し出るとは」
今この老人何と言った?
自分の聞き間違いかと思い、もう一度問いただす事にする。
「…今、何と…仰ったのですか?」
「む? 君から言い出したのではなかったのかね?」
非情に残念な事に聞き間違いではないらしい、このままでは吾輩は新入生の案内を好んでいると思われてしまう、直ちに訂正せねば。
「…校長、吾輩は人手が足りないと梟便で頼まれたからこそ貴重な時間を割き、英国の辺鄙な場所まで言ったのです。
何より手紙を出したのは校長貴方ではないですか」
「…はて? そのような事伝えたかの?」
「…………」

↑このやり取り覚えてます?


思えば、親に関する思い出を持ったことがない。

一つ一つ思い返して見るが、多くは産まれたばかりで覚えていないか、トラウマのせいで、殆ど覚えていないのどちからだ。

 

それを気にしたことはない、両親への記憶がなかろうが、俺は俺だ、仲間も、愛する人も居る。

何一つ問題はない、実際に問題はなかった。

だが、それとこれとは、話が別ということか。

 

この手紙に書かれた、実感のない母親からの遺言。

彼女は間違いなく狂っていた、死んで当然の最低の人種と言える。

それでも、尚、俺は嬉しかった。

炎に焼かれ、追われ、恐れられる毎日。

彼女が死んでからは特に……何故生きなければならないのか、何度も考えた。

だからこそ、嬉しいのだ。

俺が産まれてくることを、望んでくれたことが。

"異能"など関係なく、愛していたということが。

 

他人から肯定されなければ生きられない程、虚しくもない。

それでも、俺自身を肯定してくれたことが、愛してくれたことが、どうしようもなく嬉しかったのだ。

 

……だから何だ、何もない。

愛されていたことが分かったからといって、今の孤独は埋まらない。

思い出にだって限度はある、ヴォルデモート打倒の意思がより強まった訳でもない。

 

ただ、ほんの少し。

生きていて、良かった。

そう思えただけだ。

 

手紙を丁寧に保管した俺は、引き続き部屋の調査を再開する。

尤もこの部屋は、手紙の置き場以外の役目は負わなかったようだ。

捜索はあっさり終わり、別の部屋の扉を開ける。

 

「む、キリコか! 何か見付かったか!?」

「……いや、特には」

 

何時もの大声は、この地下空間にやたらと響く。

本当は手紙を持っているが、あれの中身を見られると思った俺は、何故か嘘を吐いていた。

 

「……そうか、まあ、それならそれで構わん!」

 

誤魔化せた……訳ではなさそうだが、気遣ってくれたのだろう。

 

「こっちは凄いぞ! 流石はブラッド家だ! とんでもない物が大量だ!」

 

興奮気味のヤツが握っていたのは、殆ど黒い紫色の液体と、それから吹き出る同じく殆ど黒い紫色の気体が充満した……これでもかと危険性を主張する瓶だった。

 

「──ッ!?」

 

一瞬、胸に激痛が走った気がした。

何故? そしてフラッシュバック。

まさか? あれはまさか?

 

「後でスネイプに見て貰わねば断定できぬが、メモ書きによれば、これはバシリスクの毒の複製品だ!」

「……!」

 

やはり、そうか。

今の痛みの正体は、二年の時、バシリスクに心臓を掠められた時と、幻影だったのか。

 

「更に透明マントまである! ただのマントではない! 効果は永続的らしいぞ!

……ダメージを受ければ壊れるらしいが」

 

透明マント自体は珍しいが、無いものではない。

しかし多くは、時間経過と共に、能力が消えていったり。

ただのマントに透明化呪文を掛けた……といった物が大多数だ。

つまり、永続的に続くマントは恐ろしく貴重ということになる。

……そういえば、何故ハリーのは永続的に続いているのだろうか?

 

「儂はまだまだ探さねばならん! お前もドンドン探せ!」

 

そのまま部屋の奥へ入って行くムーディを見送り、色々な部屋を巡っていく。

そうしている内に、ある事に気が付いた。

 

どの部屋にも、ダンブルドアが居ないのだ。

あいつも調査している筈なのに、これはどういうことだ。

 

「校長が居ないだと?」

 

一応、死喰い人が襲来してくる可能性がある以上、ダンブルドアの場所くらい知っておくべきだろう。

その為、知っていそうなスネイプに問いただしてみる。

 

「……あの家だ」

 

スネイプの指差した方向をよくよく見ると、遥か遠くに家があった。

しかしそれは、人気の無い、今にも崩れ落ちそう廃屋だ。

あんな所に本当に居るのだろうか?

 

「気になるのなら確かめてくればいい、恐らく後悔するだろうが」

「…………?」

 

何故? 初めて行く場所で何を後悔しろというのか。

よく分からないまま、廃屋へ向かって歩き出す。

パキ、バキ、と、枯れ木の折れる音が、霧の中に響いていく。

秋だというのに、ここだけ冬になったような、濃密な″死"が漂っていた。

 

そして、廃屋に辿り着く。

不気味だが、やはり、ただの廃屋でしかない。

その時振り返ったのは、果たして偶然か。

 

「…………!」

 

そういう、ことか。

眼前に広がる景色が、答えを張り巡らす。

廃屋のある、丘の下。

敷き詰められた、大量の十字架が、あの記憶を呼び覚ます。

 

 

『余計な奴は殺せ!』

「アバダケタブラ!」

「…あ、あ、ああ…」

「セドリックゥゥゥ!!」

 

 

ここは、あいつが死んだ場所。

ここは、ヴォルデモートが産まれた場所。

リトル・ハングルトン共同墓地、それが、ここだ。

 

俺の足は自然に、墓に向かっていた。

幽鬼の如く彷徨い、歩き回る。

目的の墓は中央にあり、巨大で、目立ち、直ぐに見付けることができた。

 

セドリック、あいつは、一言で言えばいい男だった。

そういえば俺がクィディッチを始めたのも、あいつが発端だったな。

試合で勝ちたいと必死で頼まれたのを、鮮明に思い出す。

 

…結局、五年の時、アンブリッジの元に潜りこんでいたせいでクィディッチは続けられなくなってしまったが。

六年になったが、クィディッチをやるつもりはない。

セドリックも死んで、キニスも死んで、正直続ける気が起きない。

 

「セドリック・ディゴリーのことを、思い出しているのかね」

「……まあな」

 

ダンブルドアに声を掛けられ、振り向く。

 

「あの子は本当に良い青年じゃった、優しく、忍耐強い、まさしくハッフルパフの見本となる子じゃった。

……あの子も儂が殺したようなものじゃ、あの時バーテミウス・クラウチ・ジュニアの目論見を、もっと早く防げておれば……」

 

深い後悔の映り込んだ目を、静かに揺らしながら呟く。

 

「君は、儂を恨んでおるかね?」

「……いや」

 

唐突に振られ、簡潔に返す。

ダンブルドアは意外そうな表情をする、そんなに責任を感じているのか。

だがそれは検討違いだ、そもそもの原因はヴォルデモートにあるのだから。

 

「優しいんじゃな…じゃが、君はそうでも、あの子たちがどう思っているかは分からぬ」

 

どこか、不自然だ。

あの子、といいながら、他の誰かについて語っているような。

 

「儂は、苦しい」

「…………」

「儂自身の過ちによって、殺してしまった人達が、儂をどう思っておるのか。

恨んでいるだろうか、許してくれているのだろうか。

それを確かめる手段は……ない、ないのが道理じゃ」

 

当然だ、死人は話さない。

話したら死人では無いし、話せたらもうそれは『死』では無い。

だからこそ絶対の恐怖として、最後の癒しとして死は成り立つ。

 

「キリコ」

「…………」

「"異能生存体"キリコ・キュービィー」

「…………」

「おぬしも、その体質故に味わってきた筈じゃ。

自らの過ちによって、大切な人が死んでいく景色を。

おぬしは、後悔しておるのか」

「……ああ」

 

自分が居なければ、死ぬことはなかった。

何度も考えた、何度も後悔した。

 

「そうか、やはり、おぬしもか」

 

だが。

 

「罪は、購うべき、ならば儂は───」

「だからこそ、俺は生きる」

「……それは」

「後悔はしている、だがそれだけだ」

 

恨んでいるかもしれない。

生きろと願っているかもしれない。

償えと呪っているかもしれない。

幸福を祈っているかもしれない。

 

「死んだヤツ等がどう思っているかなど、俺達には関係ない。

俺達ができることは、ただの"死"にしないことだけだ」

 

自分の為に死んだからこそ。

自分のせいで死んだからこそ。

自分の事を願ったからこそ。

 

「その為に、俺は生きる」

「……………」

「例えあいつらが、どう思っていようと関係ない。

彷徨っても、絶望しても、俺は生きる。

それが、俺があいつらにできるたった一つの事だ」

「……………」

 

長い沈黙が、風のように墓場を突き抜ける。

それは、死んでいったヤツ等が、何かを言い残そうとしているような一陣だった。

 

「……そう、じゃの」

 

閉じていた瞼を、ゆっくりと開ける。

俺の言葉が、あいつの何を動かしたのか。

そこには、固く、悲しい、決意が宿っていた。

 

「……やはり儂は、愚かじゃな。

あれ程偉そうに、言っておきながら、それが全て自分に帰って来ておる。

お主に聞いてみて良かった」

 

いつもと同じ、飄々とした笑顔を浮かべるダンブルドア。

そう言って取り出したのは、一つの指輪だった。

綺麗だが、それ以上に危険な臭いを感じさせる指輪。

 

分霊箱(ホークラックス)、これこそ、ヴォルデモートの命そのものじゃ」

 

ダンブルドアは語った、これが、あいつの"不死"そのものだと。

人を殺すことは、何よりも罪深い。

それは自分自身の魂を引き裂く程に。

だが、それを不死へ転じさせるのが、この呪文。

引き裂かれた魂を、自分という器とは、別の器に封印する。

例え死んでも、その魂は残り続け、術者を現世に留め続ける。

誰一人として後世に伝えようとしなかった、禁忌の不死。

 

「お主の家の捜索も目的じゃが、こっちも目的じゃったのじゃ。

あの廃屋に、見覚えがあるじゃろう?

あれこそ、ゴーント家最後の男が過ごした屋敷。

そう、トム・リドルの実家じゃよ」

 

ダンブルドアが気付いたのは、"顔"を見たからだと言う。

分霊箱により魂を引き裂けば、それは身体にも影響を及ぼす。

学生時代の面影を一切無くした姿を見たことで、その不死が分霊箱なのではないかと、気付いたのだ。

 

「……まさか、トムの実家とお主の実家が、こんなにも近かったとは…トムも盲点じゃったろう。

ともあれ、分霊箱がある可能性を考え、来た所……これがあったのじゃ。

"ゴーントの指輪"、ゴーント家に伝わる、由緒正しき品じゃ」

 

それを眺めたダンブルドアは、再び深い溜め息を吐く。

 

「……じゃが、これはただの指輪ではない、"死の秘宝"の一角、"蘇りの石"じゃ」

「……死の秘宝?」

「何じゃ、知らなかったのかの? 簡単に説明するとの―――」

 

"ペペレル三兄弟の物語"という話がある。

そこには、"死"から三つの秘宝を貰った兄弟の末路が描かれている。

最強の杖、"ニワトコの杖"

死者を呼び戻す、"蘇りの石"

死すら欺く、"透明マント"

だがマントを貰った三男以外は、悲惨な末路を遂げてしまった。

要するに、死は必然、受け入れるべき……という、教養物だ。

 

だが、これは物語ではない。

"死の秘宝"は、実在しているのである。

 

「"ニワトコの杖"は、今儂が持っている杖じゃ。

……これもまた、過ちの一つ。

"蘇りの石"は、この指輪の宝石。

そして"透明マント"は、ハリーが持っておる」

「ハリーが……!?」

 

まさかの持ち主に、俺は衝撃を隠せなかった。

それと同時に納得した、だから永続的な効果を持っていたのか。

 

「儂は今、この石を使おうと思った。

……儂自身の過ちによって死んでしまった彼女を呼び戻し、許して貰おうとした」

「…………」

「じゃが、お主の言葉で、どうにか踏み止まれた。

また、取り返しのつかない過ちをする所じゃった。

……儂も、生きなければならぬ、今はまだ、全力で」

 

ゆっくりと瞳を閉じ、指輪を宙へ浮かばせる。

奇跡に別れを告げるように、今をひたすら生きる為に。

 

「アバダケタブラ!」

「───────────ッ!!!」

 

ヴォルデモートが、断末魔を上げる。

微かな勇気を、一瞬だけ振り絞った、賢者の一撃が、幻影を引き裂いた。

 

その顔は晴れやかではない。

見るからに名残惜しい、無念の表情を浮かべている。

だが、それで構わない。

一時の決意、それで十分、人は生きて行けるのだから。

 

 

*

 

 

ブラッド家の探索を終えた俺は、また別の場所を訪れていた。

グリモールド・プレイス12番地。

ブラック邸にして、不死鳥の騎士団の本部。

本来なら去年の時点で知っていた筈の場所だが、去年はマルフォイ邸に幽閉されていたので来れなかったのだ。

 

会議室に居た騎士団のメンバー、シリウスにルーピン、キングズリーやニンファドーラ・トンクスと適当に顔を会わせ、俺は一人部屋に通されていた。

 

「此処が君の部屋だ」

「……そうか」

「一人部屋なのは……ダンブルドアが気遣ってくれたらしい」

 

そう語るのはルーピンだ、気遣ったと言うのはキニスを失った事や、一人暮らしだと言う事、更に……色々ヤツ等には言えない秘密を抱えている事だろう。

 

「ともあれ、新学期が始まるまでは此処で生活して貰う」

 

無論、外出は禁止だ。

休暇の間はホグワーツに居られない、だが外は何時死喰い人に襲われるか分からない状況。

よって次に安全な、此処で生活しなければならない。

 

「窮屈だろうけど……君の安全を考えての事だ、我慢出来るかい?」

「……ああ」

 

まあ仕方無い、実家で常に警戒しながら眠るよりはマシだろう。

割り切りを付けた俺は、部屋の中へと入り……隠れる様に居座っていたスネイプと目が合った。

 

「漸く来たか……では報告を始めよう」

「ダンブルドアはどうした」

「校長は……今年迎える、新たな教師をポッターと共に迎えに行っておられる」

 

新たな教師……つまり『闇の魔術の防衛術』の教師か。

いい加減ルーピン以外にも、まともな人員が欲しいと思うが、多分駄目だろうと俺は諦めた。

無駄な事は止め、報告に耳を傾ける。

 

内容は、ブラッド家の調査で得た収穫や情報だ。

ダンブルドア曰く、『子供でも無いのに、情報を隠すのは道理が通らぬ、それに君の家の情報なのじゃから、伝えるのは当然』との事らしい。

 

「まずお前が魔法界に関わらないように、掛けられていた呪文についてだ。

平たく言えば、魔力の反応そのものを抑え込む呪文だった。

故に条件が満たされるまでは、魔法省に決して感知されず、魔力の片鱗が現れることもない」

「…………」

「その条件とは、『自分自身が魔力を自覚すること』

あの時は、吾輩が自覚させたから解除されたが、成程、魔力の片鱗も封印している以上、独力での自覚は不可能ということか」

 

どうしてそんな封印をしたのか、それはきっと魔法界に関わらせない為……ヴォルデモートから俺を逃がす為だったのだろう。

 

「次にあの家の方に掛かっていた結界だが……高度な結界が何重にも掛かっていた、と言える」

「……あの時、一時的に破れていた原因は?」

「どうやら……校長曰く、偶然の災害が起き、乱れたのが理由との事。

証拠に、『要』の一部が落雷によって壊れていた」

 

偶然、偶然だと。

この言葉に連想するのは当然『異能』、まさかお袋を殺したのも、異能が原因なのか。

だが、何故殺す必要が有った?

疑惑を置いて、報告は進む。

 

「回収した魔法道具は、こんな所だ」

 

手渡された羊皮紙には、恐ろしく物騒な物品の数々が記されていた。

 

「これは今この家の地下室に隠されている、鍵を渡しておこう」

「……自由に使って良いのか」

「お前なら間違えはしないだろう、との事。

場合によっては、仲間に配っても良いらしい」

 

……良いのだろうか、こんな危険物。

使う機会が来ない事を祈りながら、次の報告を待つ。

 

「最後に明らかになったのは、帝王の不死の手掛かりだ」

「……分霊箱」

「左様、だが……これは……凄まじい」

 

驚嘆しながら語るスネイプが、再び羊皮紙を差し出す。

内容を見た俺は納得した、それはヴォルデモートにとって最悪とも言える内容だったからだ。

 

「……スリザリンのロケット、レイブンクローの髪飾り」

 

一体何が分霊箱にされているのか、全六個その全てが正確に記録されていたのだ。

流石に隠し場所までは書かれていないが、十分過ぎる内容。

 

「報告は以上だ、質問は?」

「……大丈夫だ」

「左様か、では我輩はこれで失礼する。

騎士団の会議内容については、また後で伝達しよう」

 

俺は騎士団の正規メンバーでは無いが、実質正規メンバーとして扱われる事になった。

俺の正体を知っているのは数人だけ、他から見ればハリー達と同じ子供。

加入しようとすれば反発する上、説得も時間が掛かり、結束も弱まるかもしれない。

なら無理に加入させる事は無い、という事だ。

 

立ち去るスネイプを見送る俺は、昔を思い出す。

ヤツが俺の家を訪れてから、この世界での全てが始まった。

一体ヤツが来ていなかったら、俺はどうなっていたのだろうか。

 

…訪れていなければ?

 

「ッ待て!」

「……何用だ」

 

この封印術は、片鱗だけではない。

魔法省に感知もされなくなる。

では、では、では……!?

 

「お前はどうして、俺の家に来た……!?」

 

スネイプは何故、俺が魔法使いだと確信出来たのだ。

 

「校長から、案内しに行けと言われ……!?

あの時校長は、『そんなことは言っていない』と言っておられた。

そもそも、キリコに才能があると、知る手段はない筈……!?」

「……一体、何が」

 

母の愛、賢者の生還。

だが、その先にあったのは、余りに不可解な謎。

偶然なのかもしれない、手違いかもしれない。

だが、そうとは思えない。

水面下に、俺は見た。

謎という名の化け物が、密かに動き出す、その瞬間を。




過去からの銃弾が、魂を射抜く。
傷ついた魂は、敵を求め暗闇を彷徨う。
ブラッドの光、ブラッドの影、ブラッドの痛み。
輝くはずの過去、護るはずの過去が、キリコの新たな謎を発掘する。
次回「幻影」。
燃える魂が、戦いに真実を求める。



爺「ユルサレターΣ(・ω・ノ)ノ!」
伏線回収&ダン爺生存回でした。
分霊箱はニワトコ×アバタケでも破壊できるって書いて有った気がする。

おまけ ブラッド特性便利アイテム一覧
No1「偽バジリスクの毒」
殆どオリジナルと変わらないぞ! 但し数秒で気化するから息は止めとけ!
No2「凄い透明マント」
死の秘宝同様効果が永続的だ! でも凄く壊れやすいから取扱注意。
No3「悪霊玉」
これでどんなペーペーでも悪霊の炎をぶっ放せるぞ! 勿論制御は聞かないから逃げの一手だ!
No4「吸魂鬼ホイホイ」
これを使って野生のディメンターと触れ合おう! 死んでも自己責任です。

後で使うかもしれないし使わないかもしれない。


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第五十三話 「幻影」

暑い、熱い、厚い、篤い。
熱中症には気を付けよう。


ホグワーツ急行が、今年も動き出す。

 

「車内販売は───いかがですか───?」

 

ブラッド家から引っ張り出してきた、魔法薬に関する研究資料を読みながら、周りを見渡す。

何時もと変わらない景色に、何時も通りの空気。

突然消えるキング・クロス駅も、車内販売の老婆も。

 

だが、僅かな違和感がある。

薄暗い、暗闇を警戒する様な、震える緊張感。

子供でも感じ取れる、迫り来る死の気配。

今も尚、何処かで死体が増えているのだ。

それは、そう、気付かぬ内に、大黒柱を崩していく白蟻だ。

イギリスが終わる日も、近いかもしれない。

 

尤も俺にとって、イギリスがどうなろうが興味はない。

そもそもからして、ヴォルデモートに復讐するのが目的なのだ、国や、世界を守ろうという、きらびやかな使命感など持ち合わせていない。

 

では、この胸の内に溜まり、渦巻く危機感は何だ。

俺の脳裏から離れないのは、ダンブルドア、スネイプ、ムーディによる、数週間前の緊急会議の光景だった。

 

 

 

 

「───どういうことじゃ」

「先程申し上げた通りです、キリコには、魔力の片鱗を抑制し、更に魔法省にその才能……即ち、ホグワーツへ入学する資格がアリと、認識できなくなる、術が掛けられていました」

 

俺をヴォルデモートから守る為に掛けられていた封印術が明らかにしたのは、優しさなどではなかった。

 

「それが解除される条件は、彼が才能を自覚することのみ。

あの時は我輩が、魔法の才があると教えたことで、解除されたのです」

「───おい、おかしくないか?」

「左様、疑問なのだ。

キリコに才有りと分からぬにも関わらず、何故校長は、我輩をこやつの元へ遣わせたのか」

 

明らかになったのは、大いなる謎。

五年越しに暴かれた、歪な楔だったのだ。

 

「……儂はあの時、君が『時間があるので、案内を手伝う』と、梟便で報告を受けたのじゃが」

「違います、校長から梟便で指示を受けたのです」

「……お互いに矛盾した梟便が、届いていたって訳か」

 

あの時、そんなことがあったのか。

当時の事情を知らない俺は、じとり、と汗を流しながら、話を聞くしかなかった。

 

「ヴォルデモートが仕込んだ可能性は?」

「有り得ぬ、当時のヴォルデモートはまだ、実体を持たぬ幽鬼、ろくに動けぬ。

仮にクリィナス・クィレルが代わりに動いていたとしても、まだキリコが"ブラッド"の末裔とは知らなかった筈じゃ」

「……あの時は、校長がまた悪ふざけをしたのかと思っていましたが、まさか、こうなってたとは」

 

スネイプが悔やむように、頚を掻く。

だが誰もが同じ過ちをしている以上、責めるヤツは一人も居ない。

 

「だが、スネイプが来る前から既に、魔力を自覚してた可能性は無いのか?」

「確か……あの時……そうだ、こやつは我輩の「不思議な現象を目にしたことはないか」という問いに、肯定するような表情をしていた」

「……確かにした、だが、それが"魔力"によるものとは思っていなかった」

「では、何故肯定の意を示したのじゃ?」

「"異能"だ、その力が、不思議な現象を起こしたと思っていた。

だから魔力を自覚したことはない」

「なら、その可能性もナシか」

「ロッチナはどうですかな? 彼はキリコにご熱心な様子でしたし」

「……あいつがそこまで直接的な干渉をするとは思えない」

 

答えを得れずに進む会議は、苛立ちを募らせる。

しかし、手掛かりを掴むことはできた。

 

「じゃが、何者かが儂等を欺き、キリコをホグワーツへ導いたのは確かじゃ」

「ですが何故? そうなればそやつは、キリコの封印を知っていたことになります。

そして何故、ホグワーツへ入れたのか」

「……何か思い当たらないか?」

 

目的も、手段も、理由も分からない。

全く分からないが、感じ取ることはできた。

似ているのだ。

遥か昔に感じた、蜘蛛の巣に囚われたようなそれに。

まるで、"神"の手によって転がされた感覚に。

 

「……ワイズマン(賢者)

「ワイズマン?……誰だそいつは」

「まさか、お主の記憶にあった……?」

 

 

 

 

賢者

異能者

アストラギウス3000年に君臨した神

それらを僭称した、巨大コンピューターシステム。

それがワイズマン。

 

その強すぎる野心と闘争心を恐れられた異能者は、戦いの末銀河の彼方へ追放された。

だがヤツ等は、文明を発展させることで、アストラギウスへの帰還を果たした。

 

しかし、種としての寿命が近付いてたヤツ等は、恐るべき選択をした。

自身等の精神をコンピューターに組み込むことで、新たな一つの存在(ワイズマン)として生まれ変わったのだ。

 

全てを支配する愉悦、それを3000年に渡って味わったヤツ等だが、それでも、寿命は来た。

全てを失うことを恐れたヤツ等は、後継者を探しだした。

 

100年にも渡る戦争を巻き起こし、異能者を産み出す土壌を造り上げた。

産み出された俺を、自身の後継者にしようとした。

 

死の縁をさ迷った俺に、措置を施した。

フィアナと出会わせ、愛を覚えさせた。

クエントへ、俺を導いた。

そして、全てを受け継がせようとした。

 

……そして、俺はそれを拒絶した。

俺は、俺を利用し続けたヤツへの復讐を選び、フィアナと共に生きる道を選んだのだった。

 

その後、ヤツは復活した。

新たな後継者として、神の子を選び、俺をその養育者に任命してきたのだ。

 

無論また殺したが……まだ赤子の神の子を放ってはおけず、俺はワイズマンの神託に、意図せず従う羽目になったのだった。

それが神の始まりであり、最後の末路だった。

 

 

 

 

「じゃが、そやつはとうに滅ぼされたのではないのか?」

「その筈だ、だが……」

 

一度滅ぼしたが、復活された経験が、確証を否定する。

何より俺自身が、それを否定しかねないのだ。

 

「……転生していると、考えているのか?」

「ああ」

 

俺は元より、ロッチナの存在が拍車を掛ける。

 

「ロッチナも転生している以上、俺と縁が深いワイズマンが転生していないとは言い切れない」

「そういえば、あやつもお前の同類だったか」

「お主の記憶によれば、あやつはそのワイズマンの"目"だったようじゃが、あやつはワイズマンが居ると考えているのかの?」

「いや、だが……」

 

散々振り回されたお陰で、あいつの興味が俺に向かっているのは知っている。

もしかしたら俺を追い回す為だけに転生したかもしれないのだ、今更ワイズマンに従いはしないだろう。

 

それでも、何らかの形で協力しているのかもしれない。

つまり、嘘を吐いている可能性も、存在しているのだ。

 

「……信用ならない、寧ろ通じているかもしれぬ、か」

「では、このことはロッチナに気付かれぬようにしましょう」

「頼むぞ、セブルス」

「もしかしたらだが、ヴォルデモートが手にした"ペールゼン・ファイルズ"とやらも、そいつが置いたんじゃないか?」

「だとすれば、そやつは魔法省の奥深くまで、根を張っていることになるのう……」

 

ペールゼン・ファイルズ……か。

あれがこの世に在ると知った時、俺はワイズマンの存在を疑った。

その時は神秘部の闘いに急ぐため、思考の外に置いておいたが、こんな形で呼び起こされるとは。

 

「……仮定でこれ以上話を進めるのは危険だ」

「うむ、じゃが、居ないと仮定していれば、万一の時、大惨事を招く。

ヴォルデモートとの戦いと平行し、対策を考えねばならぬの」

 

 

 

 

「───間もなくホグワーツ───お降りの準備を───」

 

気付けば、目の前にホグワーツ城が見えていた。

大分考え事に没頭していたらしい。

ワイズマン……ヤツは、本当に居るのか?

一体何を企んでいる?

何を望んでいる?

巡る思考が、答えを出すことはなかった。

 

 

*

 

 

入学式兼、始業式。

去年は居なかった分、少し懐かしさを感じる。

筈だった。

やはり、この違和感は拭えてはいない。

 

毎年行われる、組分け帽子の歌。

それは毎年帽子が一年間掛けて作詞、作曲をしている、渾身の力作である。

だが、何時もなら明るく、剽軽な歌詞は、そこにはなかった。

 

警告

 

ヴォルデモートが、死喰い人が、戦争が。

迫り来る驚異に備えよ、組で力を合わせよ。

入学式に似つかわない歌詞に、新入生は不安を隠せずにいる。

 

戦争は始まっていない?

まだ安全だ?

違う、戦乱の足音は日常の地盤さえ、徐々に軋ませているのだった。

 

そんな不安を抱えたまま始まった初日の授業だが、一言で表すならば、暗かった。

手を挙げるヤツが居ない。

授業にまじるヒソヒソ声がない。

幽霊のように、という程でもないが、以前のような活気は明らかに失われている。

 

これが今の、ハッフルパフの日常だったのだ。

去年セドリックを失い。

今年キニスを失った。

セドリックが頼もしかったのもある、キニスが誰とでも親しかったのもある。

 

そうでなくとも、寮の仲間を二年連続で失ったことへの悲しみは、深く食い込んで離れはしない。

 

……しかし、俺に何ができるのか。

何もできはしない。

悲しんでいるヤツを慰めるやり方など、俺は知らない。

だから俺もまた、この肌と、体の芯を貫く寒さに耐えるしかないのだ。

 

 

 

 

だが、幸いにも、その空気は今日で大分払拭されることとなる。

それは意外にも、"魔法薬学"でのことである。

 

ホグワーツでは六年以降、受けられる授業に制限が掛かることがある。

七年生末に受けるN・E・W・T(ヤモリ)レベルの授業は、O・W・Lで合格点を録った生徒のみが受講できるようになっている。

 

勿論魔法薬学も例外ではない、というよりあの生徒にもやたらと高いレベルを要求するスネイプが、受講制限を掛けない筈がない。

寧ろ更に高い制限を掛け、"優"以外の生徒は受けれなくしていた。

結果多くの生徒が落ち、魔法薬学は今後受けれなくなったのである。

 

が、ここでまさかの人事が発生した。

 

スネイプが"闇の魔術に対する防衛術"の教員になったのである。

あの工作員、無能、ルーピン先生はまともとして。

偽物、人間のクズという、もう顔を会わせたくもない連中がオンパレードなアノ授業である。

実の所スネイプは、ずっとこの授業の教員を熱望していたらしい。

 

「闇の魔術は多種多様、千編万化、流動的にして、永遠なるもの。

言うならばそれは、幾つもの頭を持つ、不死身の化け物を相手取るに等しい。

頚を切り落としても、また別の、より獰猛で賢い頭が、更に生えてくるのだ。

諸君等の相手は常に耐えず変化し、破壊不能のものだといえよう」

 

その為か、何時もの授業前の演説が、やたら熱を帯びているというか、難解さが悪化しているというか。

ともあれ、随分と機嫌が良いらしい。

 

まあ、この人事異動に関して言うことは何もない。

……というより、ヴォルデモートの危機が差し迫っている中で、また今までのような連中が教員になっていたら、いい加減俺も怒っていたであろう。

 

そしてその日の授業は、"無言呪文"に関しての授業になった。

俺は既に、幾つかの呪文は無言で撃てるようになっているのだが、やはり専門家から受けるにこしたことはない。

 

が、教師がスネイプということもあり。

俺としては満足できる内容だったが、多くの生徒達は嫌みの数々に苦虫を噛み散らすのであった。

 

 

 

 

「初めまして、私はホラス・スラグホーンだ、この度スネイプ先生に代わり、魔法薬学を担当することになった、皆宜しく頼むよ」

 

そして魔法薬学の時間。

このセイウチのような雰囲気を醸し出す、少し小太りの人の良さそうな男が、魔法薬学の教員だったのだ。

 

「さて、さて、皆、秤と魔法薬セットを出して、それと上級魔法薬の教科書もだよ」

「あの、先生、僕何も持ってないのですが……」

「大丈夫、スプラウト先生から聞いているよ、何せスネイプ先生は"優"以外取らないと仰ってたからね」

 

この生徒は成績が足りず、受けれる予定ではなかったのだが、教員がこの男に変わったことで、誰もが受けれるようになったのである。

そのせいで、こういった事が起きてはいるが、見た目通りの人の良さなのか、あっさり教科書一式を渡していた。

 

「よし、皆に見せようと思って幾つかの薬を煎じてきた。

N・E・W・Tが終わる頃には、皆もこういうのを煎じられるようになっている筈だ。

これが何か分かる者はいるかね?」

 

この質問に答えられた生徒は、やはりというか、レイブンクローの生徒が主だった。

俺も幾つかは分かったが、名前と大まかな効能しか知らなかったりと、完全な知識とは言えない。

 

嘘を言えなくする"真実薬"、人を変身させる"ポリジュース薬"、"アルモルテンシア"……通称愛の妙薬。

一頻り答え終えた時点で、スラグホーンは満足したのか、レイブンクローに合計15点与え、授業に移ろうとする。

しかし、まだ何の説明もない薬があった。

 

極めて小さな黒い鍋の中で、ピチャリピチャリと、跳ねるような水飛沫を上げながら、一滴も漏れない金色の液体。

 

「先生、その薬は何でしょうか?」

「ほっほう」

 

ハッフルパフ生からの質問に、スラグホーンは正に"来たか"といった表情を浮かべる。

つまり、敢えて説明せず、向こうから質問させることで、より強い興味を引こうという魂胆らしい。

 

「これは数ある魔法薬の中でも、特に興味深いものだ。

さて紳士淑女諸君、これは"フェリックス・フェリシス"という名なんだが───分かりそうなのは……キリコ、分かるかな?」

 

何故そこで俺なのか。

突然の質問だが、答えられなくはない。

……実を言うと、寧ろ手に入れたいと考えていた。

 

「……幸運の液体」

「効果は?」

「名の通り、全てが上手くいくようになる。

だが、ドーピングと同じ行為なので、公的な場合での使用は禁じられている」

「素晴らしい、ハッフルパフに10点!」

 

満足できる回答に、スラグホーンはにっこりとほほ笑む。

気付けば教室の連中も、騒めきだっていた。

"幸運"その二文字が心を掴んで離さない。

 

「この薬はとても興味深い、非常に調合が面倒だし、複雑で、僅かでも間違えると酷い事になる。

しかし成功すれば、やる事なす事全てが上手くいくようになる」

 

やる事なす事全てが上手くいく。

俺はそこに興味があった。

全てが上手くいくなら、自殺も上手くいくんじゃないかと。

"異能"を打消し、死ねるんじゃないかと。

 

ヴォルデモートへの復讐がある以上、今使うつもりはないが、その後の事を考えた時、研究の為欲しいと以前から考えていたのである。

 

「そしてこの素晴らしい薬を、今回の褒美にしよう。

フェリックス・フェリシスの小瓶一本、効果は約12時間」

 

湧き出す生徒達の顔には、先程以上のやる気が溢れている。

餌でつるという、実に単純なやり方だが、効果的でもある。

成程、過去教えていたと聞いたが、それだけではなく、優秀なようだ。

 

「キリコが言っていたが、これを試験やクィディッチの試合等で使ってはならない。

これを使うのは普通の日だけだ、それによって、君達は普通の日がどれだけ素晴らしくなるか知るだろう。

課題は"生ける屍の水薬"、作り方は上級魔法薬の100ページに乗っている。

一番上手く調合できた者に、これを与えよう、では始め!」

 

弾かれた様に机に向かい出す生徒達、俺も例外ではない。

だからこそ、俺は教科書の知識だけに頼らない方法を選んだ。

 

思い出すのは、ブラッド家の研究文書。

異能の力、即ち『幸運』についての研究だ。

当然幸運を齎す、この薬についての記述もあった。

そこに書かれていた方法を思い出しながら、調合を進めて行く。

 

「うむ、うむ、あと少しで完璧だが……しかし、間違いなく一番だ!」

 

結果、見事フェリックス・フェリシスの獲得に成功したのであった。

だが取れなかった生徒達も、この盛り上がりを通じて大分元気を取り戻しているのが分かる。

俺は薬を獲得できた事以上に、この元気さに、嬉しさを覚えたのだった。

 

 

 

 

寮に戻って来た俺は、フェリックス・フェリシスを手元で転がしながら考えていた。

"幸運"とは何だろうか。

全てが上手くいくとは、どの程度なのか。

異能を打ち消す程、強力なのか。

そもそも自殺を幸運と、捉えてくれるのか。

 

いずれにせよ貴重な一本、使いはしない。

まずは研究、それに限る。

結論を出し、部屋に戻ると、そこには寂しくなった空間が広がっていた。

 

「…………」

 

より深く実感する、あいつが死んだのだと。

誰も居ないベッドが、それを強く主張する。

 

その思いと同じ以上に渦巻くのは、ワイズマンへの警戒心。

居るのか、居ないのか、何がしたいのか。

 

幻影が入り乱れ、複雑に混じり合う。

明日をも見えぬ霞の中を、俺は一人彷徨っていた。




この、とめどなく散らばる鍵は、輝く扉のためにあるとしたら。
今日という日が、明日のためにあるとしたら。
真実はこの疑惑の隣にあるはずだ。
ここはもう充分に見た、充分に。
たとえそれが驚愕の者であろうとも。
次回「未確認存在」。
だが、今日という日が、昨日のためにあるのだとしたら



去年からワイズマンの存在は疑ってましたが、この件でほぼ確信に近づいています。
しかし目的が分からないので、まだ警戒フェイズ位です。

キリコが幸運薬を使ったらどうなるんでしょうね、まだ使いませんけど。


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第五十四話 「未確認存在」

やっぱりパート6は中だるみしやすい、構成に四苦八苦しています……
あ、今回久々にあいつが出ます。


時の流れは残酷だ、どんな記憶であっても、瞬く間に風化させていってしまう。

だがそれは、ある意味優しいとも言える。

トラウマも、痛みも流し、癒してくれるのだから。

 

時は十二月、あの事件から半年も経ち、ハッフルパフは漸く元の活気を取り戻しつつある。

特にホグズミード、この村は相変わらず賑わい、闇の陣営が差し迫っているのを忘れてしまう。

 

しかし、俺は忘れてはならない。

忘れるつもりもない。

忘れられる訳がない。

俺を利用し、あいつらを捲き込んだヤツを許す理由など、有りはしないのだから。

 

そして何故、俺が此処に居るのかというと。

 

「マルフォイが何か企んでいる」

 

果たしてこの台詞を聞くのは何回目だろうか。

大事な話が有ると、ハリーに引き摺られた俺は三本の箒に居た。

元々ホグズミードに用事があったので、構いはしないが……

 

「……あー、ごめんキリコ、大変なのに」

 

キニスの事に気を使っているので、気まずそうに溜め息を吐くハーマイオニー。

 

「…………」

「……ハァ、で、どういう事?」

 

事の発端は、ハリーがマダム・マルキンの店でマルフォイを見掛けたのが始まりだ。

そこでマルフォイの挙動を怪しんだハリーはヤツを尾行し、ボージン・アンド・バークスへ入っていくのを見た。

マルフォイは店主に杖を向け脅しながら、何かの修理方法を聞き出そうとしていたらしい。

 

ハリーはマルフォイが、マダム・マルキンの店で左腕に触れられるのを嫌がったことを思い出した。

左腕……そう、そこにはどくろと蛇の紋様、死喰い人のマークが刻まれる場所だ。

 

「だからマルフォイは死喰い人に、ヴォルデモートの手下になったんだ」

「……それがどうしてマルフォイが何か企んでることに繋がるのよ」

 

疑惑にすらなってない、個人的主観が入りまくっているのは間違いない。

 

「ま、まだ証拠がある!」

 

触れられるのを嫌がったのは、"闇の印"が刻まれているからではないか?

その後決定的な証拠を掴もうとしたハリーは、ホグワーツ急行の中で、マルフォイの話を盗み聞きしていた。

結果、ヴォルデモートの部下になった……と思わせる発言をしていたのである。

だがそこでマルフォイに気付かれ、酷い目に遭ったのだ。

 

「あいつがヴォルデモートの手下になったのは間違いない……それに、何かしようとしてるのも確かだ!」

「でも、その何かって何だい?」

「それは……分からない」

 

全く確証のない持論を弁護することはできない、他の二人も同じ気持ちの様で、遠い目をしながらバタービールを啜っていた。

 

「キ、キリコは信じてくれるよね?」

「…………」

「そんな……」

 

項垂れるハリーだが、怪しいのは確かだ。

しかしボージン・アンド・バークスか、一体何を修理しようとしているのだろうか。

少し見かねたハーマイオニーが、フォローしつつ話題を変える。

 

「まあ怪しいのは分かるわ、けど、生徒が何かしてるならダンブルドアが気付かない筈はないわ」

「……まあ、確かに」

「それよりどうしたの? 最近ダンブルドアに頻繁に合ってるみたいだけど」

「個人授業だよ」

「何それ?」

 

ロンの疑問に対し、ハリーが答える。

それは、ヴォルデモートの過去を探る授業だと。

ヤツの過去を探ることで、その弱点を見つけ出すつもりなのだ。

 

そもそも今年度スラグホーンが着任したのも、あいつが元々トム・リドルの教師だったからであり、不死性の正体を知っている可能性があるからだと。

 

その不死は……秘密の部屋を開いた、"トム・リドルの日記"から推測するに、分霊箱(ホークラックス)の可能性が高い事。

バジリスクの牙で破壊されたにも関わらず、ヤツがまだ生きていることから、複数個作った可能性がある。

ダンブルドアはそれを調べてくれと、ハリーに頼んだらしい。

 

「その総数をスラグホーン先生が知っているかもしれないんだ」

「そんなのダンブルドアが直接聞けばいいじゃないか」

「いや、スラグホーン先生はダンブルドアのことを警戒してるらしい、だから僕が聞き出さないとならない」

 

……一体何が目的なのだろうか。

ダンブルドアはブラッド家の情報で、不死の秘密が分霊箱だという事も、幾つ有るかも知っている。

今更何をしたいのか、俺には分からなかった。

 

「でも何でハリーなの? 会うの初めてでしょう?」

 

ハリーは話術に長けてもいないし、開心術に特化してもいないのに、どうしてスラグホーンの記憶を引き出せるのか。

 

「あ、何でもスラグホーン先生て有名な人や優秀な人が好きなんだって。

ホグワーツに来たのも、『あのハリー・ポッターに教えることができる』のが理由」

「……へえ」

「……そう」

 

そもそも着任の決め手になったのはハリーだったのである。

スラグホーンの意外な側面を知ったのであった。

 

 

 

 

日が短い冬のさなか、早めに帰らなければ暗闇の中を歩く羽目になる。

それはごめんだと帰りだす人の中に、俺達も居た。

しかし俺だけが一人、駅とは逆に向かって歩いている。

 

「キリコ? 何処行くの?」

「用事だ」

 

俺がホグズミードに来たのはハリー達と話す為ではない、本当の目的を果たす為ホッグズ・ヘッドへ足を進める。

まだ時間もあるので焦る必要はないが、遅れるのも何だ、早めに行った方がいい。

 

「そう? 早く帰ってきなよ?」

「…………」

 

ハリー達と別れ、外れた道を一人歩く。

言っては悪いがホッグズ・ヘッドは人気がない、踏み固められていない雪は、膝丈まで覆いつくしている。

シャクシャクと、人気のない道に、雪を掻き分ける音が静かに聞こえる。

 

だが、静寂は破られた。

 

『アアアアアアアアアアア!!!!!』

「!!」

 

遥か後方から聞こえる、異様な絶叫。

跳弾の如く、来た道を逆走する。

 

「ど、どうなってんだよ!?」

 

狼狽えるロン達、その目の前……いや、上に十字架があった。

違う、白い顔で空に浮かぶ女子生徒に、十字架の幻影を見たのだ。

 

「助けなきゃ……!」

「でもどうやって!?」

「多分あのネックレスよ、きっと呪われてるんだわ!」

 

注意深く観察すると、確かにネックレスが首を絞めてる様にも見える。

そうでない可能性もあるが、迷っている暇はない。

 

フリペーダ・ブレイト(貫通弾頭)

 

居合い抜きさながらの速度で振り抜かれる杖が、鋭い閃光を発射し、女子生徒の首元を掠める。

しかし首に傷は無く、有るのは深く穿たれた鎖だけ。

まさしく紙一重、完璧な狙撃が呪いを撃ち抜いたのである。

 

「やった───じゃない、落ちる!」

ア、アレクト・モメンタム(動きよ止まれ)!」

 

咄嗟にハリーが呪文を唱え、地面に直撃する数センチ手前で、落下は停止した。

杖をゆっくりと動かし、女子生徒を地面に下ろす。

 

「ハァァァ……」

 

無事に下ろせたことに、ハリーが安堵の息を漏らすが、一息ついてる場合では無い。

女子生徒の顔色は、未だ死体のように真っ白なのだから。

呪いの影響が残っているのか、早く治療しなければならない。

 

「早くホグワーツへ運ばないと!」

 

混乱する現場だが、良いタイミングで適任者が現れた。

 

「そんな所で、一体おめえらどうしたんだ!」

「ハグリッド! 大変なんだ!」

 

ハリーの叫びと女子生徒の顔を見たハグリッドは、ただ事ではないと理解し、女子生徒を素早く抱き上げる。

 

「こいつは俺にまかしておけ、あとそのネックレスには絶対触るんじゃねえぞ!」

 

と言い残し、ハグリッドは駅に向かい風よりも早く飛んで行った。

 

「……行っちゃった」

「これでひと安心ね……」

 

疲れを乗せた溜め息を放つハリー達、だがこれで一件落着とはいかない。

 

「でも彼女、何故あんなネックレスを持ってたのかしら」

「その辺に落ちてる……訳ないか」

「じゃあ誰かが、置いていったってことか?」

 

では、何故置いていったのか。

状況から考えると、誰が被害にあってもいい無差別な犯行が妥当だ。

しかし……それだけなのか?

 

あれほど強力な呪いを宿した魔法具は貴重だ、それを只の無差別犯罪に使うものだろうか。

愉快犯と考えるのには強すぎる、必ず殺す意思にしては杜撰過ぎる。

明瞭にならない犯人像は、只こちらを惑わすだけだった。

 

「ホグワーツに戻りましょう、私達が考えても何も解決しないわ」

「まさかこれもマルフォイが?」

「何でそうマルフォイに繋げるのよ……」

 

尚、被害にあったグリフィンドールのケイティ・ベルだが、手袋の上から触っていた為、幸いにも致命傷には至らなかった。

それでも聖マンゴへの長期入院を余儀なくされ、ホグワーツを騒がす結末に変わりはなかった。

 

 

 

 

ネックレスの一件を終えた俺は、再びホッグズ・ヘッドに向かって足を進めていた。

勿論、本来の用事を果たす為である。

それは、取引……と言う程でもないが、商品の受け取り、が一番正確である。

 

俺は今まであの武器商人の店で色々買っており、今回も神秘部で消費した分を補充しなくてはならないのである。

だが、問題が起こった。

俺が銃火器を所持していることが、いよいよバレたのである。

 

「ところでキリコ、確か私の記憶が正しければ、神秘部で銃火器を使ってなかったか?」

「…………」

「銃火器って、マグルの使ってる鉄の棒?」

「モリーさん、そんな優しい物じゃないんだが……で、キリコ、持ってるよね?」

 

シリウスとルーピンの追求を受けた俺は、目の前で使っていた以上誤魔化すこともできず、已む無くそれを肯定する。

 

「……ああ」

「今も持ってるのかい?」

「……ああ」

「ちょっと見せて」

 

しょうがなく検知不可能拡大呪文を掛けたポーチを引っくり返し、溜め込んだ武器をテーブルに広げていく。

 

「…………これは」

「…………凄いな」

 

シリウスとルーピンの二人は銃についての知識を持っているのか、その物々しい光景に絶句している。

 

「へー、色々あるのね」

「? この四角いのは何かしら?」

「!? クレイモア!? トンクスそれに触るな!」

 

逆にモリーやトンクスは知識がないのか、玩具を扱う位の感覚で危険物を手に持っている。

下手に広げたのは、失敗のようだ。

 

「ハンドガン、アサルトライフル、ロケットランチャー手榴弾クレイモア……アハハハハ」

 

アーサー・ウィーズリーなどは白目を剥きながら茫然と笑っているが、やたらと詳しいな。

その時ふと思い出す、こいつはマグル製品不正使用取締局の局長をやっていた。

なら違法に持ち込まれるマグルの道具について、詳しくて当然か。

 

「……まさかこれ程持っておったとはのう」

「ホグワーツ退学を速やかに行う程ですな……」

 

天を仰ぎ頭を抱えるダンブルドアとスネイプであった、俺からすればこの程度で持ち込める魔法界の杜撰さの方が問題だと思うのだが。

そんな思いは届かず、この武器と、今後どうするかについての処置が議論されていく。

 

「取り合えずこの武器は没収しましょう」

「それが妥当だね」

 

不味い、非常に不味い。

呪文だけでも戦えるが、使い慣れた武器がないのは正直辛い。

内心頭を抱えていたその時、ムーディが助け舟を出してくれた。

 

「まて、奪う必要などない」

「何故だムーディ、彼は未成年だ、こんな危険な物は持つべきじゃない」

「お前は馬鹿かリーマス? こいつが銃を暴発させたことがあるか!?」

「それは……」

「無いだろう!? ええ!? そうだ、銃と杖に何の差がある! どちらも人を殺せる! だがこいつは死喰い人以外は殺していない! ならどこに問題がある! 言ってみろ!」

 

静まり返ってはいないが、致命的な反論は出てこず、場は沈黙する。

 

「以上だキリコ、お前は今まで通りでいい、だが覚悟しておけ、もしそれを味方に向ければ……!」

「落ち着くのじゃアラスター、しかし彼の言い分は全く持って正しい。

銃も杖を持つ者次第、それを安全に管理できるのなら、止める理由はない」

「しかしダンブルドア、杖には失神呪文があるが、銃にそれは無い。

私はこれ以上、人を殺して欲しくない」

「アーサー、君の言い分も正しいじゃろう、じゃが人は時に道徳以外で動かねばならぬ時もある」

「……死喰い人との闘いはそうだと?」

「儂等は勝たねばならぬ、その為には生きねばならぬのじゃ、分かってくれるな?」

 

ダンブルドアの説得に、渋々応じる面々。

ここはアストラギウスとは違う、子供が人を殺して良い顔をする者は居ないのだ。

今更ながら自分の感性との違いを感じ、何とも言えない気分が漂う。

 

ともあれ武器の所持は許される事になり、早速補給しようと武器商人に電話を掛けた。

外出は出来ないので去年と同じ様に、配達して貰う事にしておいた。

 

結果、このホッグズ・ヘッドで受け取ることになったのである。

ダンブルドア似の店主は『俺の店を違法取引の場にするなよ……』とぼやいていたが、知ったことではない。

尚、店主は忙しいので、別のヤツが運んでくる手筈だ。

 

少し埃を被ったグラスを片手にバタービールを飲みながら、人を待つ事暫く。

カランコロン、空な音が、時間を告げる。

残るビールを飲み干し、振り返る。

 

「───!?」

 

思いっきり吹き出しかけたのは、後から考えてもやむを得ないと思う。

何故なら、その運び屋というのが。

 

「キ、キ、キ、キリココココ!?」

 

ターバンを幻視するスキンヘッドに、演技だったおどおどした表情。

闇の帝王を寄生させ、賢者の石を奪おうとしたあの男。

 

「…クィリナス・クィレル」

 

かつての教師が、ガクガク震えながら突っ立っていた。

 

 

 

 

「帰りたい」

 

情けない声を無視し、俺は受け取った武器を黙々と確認していた。

中を取り出してみると、これまでの戦闘で消費した武器・弾薬類が一式揃っているのが確認できる。

品質に関して言う事は無い、今まで誤作動が無かったのがその証明だ。

一通り動作チェックを済ませ、取引は完了する……が。

 

「何故お前が運んできた」

「ひっ! あ、その、あの店に行った時頼まれたんです! ついでに運んでくれと」

 

あの店に寄っていた? 俺が言うのも何だが、普通のヤツは行かない場所だぞ。

それを聞いた俺は、深い溜め息をついた。

 

「ロッ……ルスケ大臣秘書が、この店に注文をしていて、それを取りに来てたんです」

「…………」

 

またか、またあいつか。

曰く、このノクターン横丁の多くに、ロッチナが関わっているらしい。

 

そもそも何故クィレルがロッチナの下働きをしているのか、それはアズカバンに捕まっていたこいつを助け出したのが始まりとのことだ。

それ以来、下っぱとしてこき使われているんだとか。

 

「以上です……」

「…………」

 

まさか、アズカバンから出所していたとは。

本当にロッチナのヤツ、何を考えているのか。

何だかうんざりした気分になりながら、店の外へ出ていこうと席を立つが、丁度店の扉が開かれた。

 

「───!」

「…………!」

 

今度こそ、俺は衝撃に固まった。

フラッシュバックの閃光が写すのは、片刃の槍を振り抜き闇祓いを瞬殺するワンシーン。

白い髪、バランシング、パーフェクトソルジャー。

 

「……お前は」

「フッ久しぶり……か? キリコ」

 

エディアと言う偽りの仮面が剥ぎ取られ、空虚な音が地面に響く。

逆光に照らされるその顔を、見間違える筈が無い。

 

「イプシロン……!」

 

ロッチナ、ワイズマン。

次々と俺の前に現れるアストラギウスの幻影が、無慈悲な宣告を告げる。

お前は未だに、運命の上なのだと。

この再会が、どんな歯車を差し込むのかは分からない。

だがその先にあるのが、誰も見たことのない宇宙だということを、俺は薄々察していたのだ。




何故にと問う。
故にと答える。
だが、人が言葉を得てより以来、問いに見合う答えなどないのだ。
問いが剣か、答えが盾か。
果てしない撃ち合いに散る火花。
その瞬間に刻まれる影にこそ、真実が潜む。
次回「イプシロン」。
飢えたる者は常に問い、答えの中にはいつも罠。



イプシロン(仮)久々の登場。
あとクィレル(笑)もついでに登場。
変えようのない次回予告。

おまけ 今日のロッチナ
ロッ「私の紅茶を飲んだのは誰だ!」
ベラ「どうしたあいつ」
モブ「やべえ、誰か知らんが死ぬぞ」
ベラ「?」
モブ「前同じことやった馬鹿が居たんだが、緑色の液体を飲まされて腹から爆発して死んだ」
ロッ「スコーンもなくなっている……」

ヴォ(どうしよ)

※この後ヴォルデモートは禿げました


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第五十五話 「イプシロン」

今回から三人称目線になります(唐突)


プロト・ツー。

二番目のパーフェクトソルジャーとして創られたその兵士は、イプシロンと呼ばれていた。

しかしある男の願いから、彼は殺戮兵器マシーンではなく人として育てられることになる。

 

一番目である、プロト・ワン。

フィアナとも呼ばれた彼女が、彼の養育係となった。

外部から隔離された閉鎖空間の中で、ただ二人。

 

それが原因かもしれないし……もしくは、PSとしての同族意識がそうさせたのかは分からないが、ともかく彼はフィアナに特別な感情を向けるようになった。

 

それは、同じく彼女に思いを寄せるキリコ・キュービィーとの、決して逃げることのできない因縁を意味していた。

彼女を巡り、星々を巡り、幾度となく激突を繰り返す。

遂には戦士のプライドだけで戦いを挑み、絶対零度に燃え上がる殺意を叩き付ける。

 

それでも、キリコには勝てなかった。

いや、そもそもからして勝ち目はなかったのかもしれない。

何故ならPSイプシロンは、異能生存体キリコを再現し、超える為に創られただけの存在だったのだから。

 

この残酷な真実を知ることなく、PSとしての誇りを抱いたまま死ねたのは、ある意味幸福だったのかもしれない。

 

だが、まさしく奇妙な運命と言えよう。

今、此処に、彼は居る。

如何なる経緯を辿り、此処へ辿ったのか。

 

「また会えたな、キリコ」

「イプシロン……!」

 

 一歩間違えれば千切れ、少し触れただけでも人を切りつける、張り詰められたピアノ線が琴を鳴らす。

この衝撃の再開に、キリコは唖然としてるようで……内心冷静だった。

 

去年ロッチナがアンブリッジの部下に囲われた際、現れた護衛が見事なバランシングという、アストラギウスにしかない武術を披露した時から、このエディアという男をイプシロンと疑っていたのだ。

 

……落ち着けとキリコは自分に言い聞かせる、イプシロンと決まった訳ではないのだから。

確かに仮面を取った顔や、外見はイプシロンその者。

だがこれらは、魔法でどうとでもなる。

しかし……クメンの伝統武術、バランシングを操るヤツが、この世界に居る筈が無い。

 

「……何故お前が此処に居る」

「あの男と同じだ、私はお前を倒す為に此処に居る」

 

ロッチナはキリコとの『縁』の深さによって転生した、ならばイプシロンが転生してもおかしくはない。

もしくは……『神』が呼び寄せたか。

 

「……決着はついた筈だ」

「いや、まだだ、私のPSとしての誇りは汚されたままなのだから!」

 

やはり聞いていたかと、一人納得するキリコ。

彼はロッチナから知ってしまったのだ、自分が何故、どうして、如何にして産まれたのかを。

 

「PSがPSに破れたのなら悔いはない? とんだ茶番だ。

私はお前の劣化コピーでしかなかった、あの糞の様な機械が用意した濾過装置でしかなかった!」

 

PSとしての誇り、それはワイズマンが用意した、後継者に相応しいかを見極める為の試験でしかない。

惨たらしい真実を知ってしまったイプシロンの胸中にあるのは、純粋な怒りだったのだ。

 

「私は今度こそお前を倒し、PSとしての誇りを取り戻す」

 

しかしキリコの内心は冷めきっていた。

戦いに関する拘りもない、フィアナを巡る戦いも本人が居ない。

未だ戦いにしか生きることのできない戦友を前に、キリコは何処か冷めた憐れみを送っている。

 

「……何だその目は、ひょっとして私を憐れんでいるのか?」

 

短いようで長い付き合いが、同類としての感性が、キリコの奥底にある憐れみを見抜いた。

それはイプシロンの、更なる怒りを招いたかに見える。

 

「私を侮辱するか、人として余計なものを削ぎ落とし、鋭くしただけの機械と罵るか、その通りだ」

 

PSは所詮、感情や心……といった部分を無くし、空いた分を戦闘力に割いただけである。

何も知らない人が聞けば、人の都合で作り出された糸繰人形マリオネットと思うだろう。

 

「だがその事実を恥じたりはしない、この戦いは確かに私のものなのだから!」

 

それでも尚、彼は誇りを譲らない。

誰かに利用されてあれ、道具であれ、その戦いは全て己が通った道。

与えられた戦いでも、付けられた能力でも、闘いは自らが手に入れたもの。

何一つ悲劇などなく、確かに自らの道なのだ。

なれば後悔などなし、パーフェクトソルジャー・イプシロンは誇りである。

 

「だからこそ私はお前と闘わなければならない、試験だとしても結果が見えていたとしても、私は負けたのだ」

 

利用されていても構わない、勝ち続けることが、己の存在意義。

たった一つの汚点が、この男。

同じ存在ではなく、格上に負けたという、PSの限界。

これこそがイプシロンの抱える、唯一にして絶対無比の怒り。

 

「これは告知だ、キリコ、私は勝つ、そしてPSの誇りを取り戻す」

「…………」

「……しかし、今ではない。

今の私はロッチナの護衛だ、勝手に戦いなど言語道断、いずれまた会おう」

 

宣戦布告と共に、イプシロンは消えて行った。

殺意や意思は……あの時感じた、ヤツの空気そのものだ。

未だ途切れぬ因縁が、キリコを固く締め付ける。

残された殺意の中、キリコだけが残されていた……訳ではない。

 

「……知り合い、だったのか?」

 

歴戦の戦士二人の本気の殺意に晒されたクィリナス・クィレルが、端で呆然と突っ立ていた。

 

「……は! で、では私はこれで失礼して……良いでしょうか……?」

 

過剰に丁寧な態度をとるクィレルに対し、キリコは少し呆れた視線を送る。

……ああそうか、下半身を吹っ飛ばした事がトラウマになっているのか。

 

目の前の男を眺めていたキリコは、ある一つの事件を思い出す。

それは一年の頃、期末試験の数日前の時。

 

禁書棚に居た、謎の黒ローブの男。

そこで何かをして、そのまま立ち去って行った謎の存在。

 

あの後、キリコは本に掛けられた呪いをモロに受け、散々な目に合ったのである。

あの時はこいつを、クィレルと考えていた。

だが、何故あのような行動に出たのかは知らない。

 

……ヴォルデモートは、あの時から俺を警戒していたのか?

警戒する理由は十分にある、ハリーに呪いを掛けていた事を一瞬で見抜いた観察眼は十分脅威だろう。

寧ろ……もし、そうでなかったとしたら。

僅かに震える心を隠し、キリコは口を開く。

あの時、禁書棚に居たのはお前なのかと。

 

「いえ、あの時期は試験問題の作成に忙しく、それ所ではありませんでしたが……?」

 

キリコは絶句し、戦慄した。

黒ローブは、クィレルでは無かった。

続けた問い、ヴォルデモートが体を操っていたのでは。

それもまた否、帝王では無かった。

 

では……誰なのか。

そんな事、解り切っている。

この事実が意味する、最悪な真実も。

ワイズマンが居るとするなら、ホグワーツ内部。

感知されず侵入する方法は無い。

……事前に潜むしか、策は無いのだから。

 

 

*

 

イプシロンとの再会から数日経ち、ホグワーツはざわめいていた。

何と、ロンがスラグホーンの持っていた蜂蜜酒を飲み、死に掛けたのである。

当然彼が疑われたが、その蜂蜜酒は他人から貰った物と分かり、無罪は確実。

犯人は以前のネックレスと同じく分からない、生徒達は不安に駆られていた。

 

そんな中、キリコは一人、『必要の部屋』を訪れていた。

自分の『異能』の研究資料を回収する為である。

元々この部屋で研究していたのは、同室のキニスを気遣ってのこと。

彼が死んでしまった今、いちいち此処を訪れるのも手間だと、陰鬱な心境になりながら回収しに来たのであった。

 

……思えば、録に研究出来なかったな。

死ぬ為の呪文を見付けにホグワーツに通い、異能の研究をしているのに、毎年何かしら起こるせいで碌に進められなかった。

 

だが幾つかの成果は得る事が出来たと、キリコは資料を見つめる。

 

一つは、どのタイミングで異能が干渉しているか。

これは確実に死ぬ状況が決定的になった時から、干渉が確認できた。

逆に言えば、死ぬかどうか分からない状況での発動は確認できなかった。

 

二つ目は、異能の対象である。

そもそも死なないの定義は何だろうか、死にも様々なものがある。

キリコは自身の経験から、本質は精神であると結論づけた。

 

この世界に転生したのも、異能が精神的な死を許さなかったからである。

つまり寿命などで肉体的死が免れない場合、精神を優先するということだ。

 

……やるとするなら、精神からのアプローチだろう。

だが、精神的な死など御免である。

キリコの目的は極端な話フィアナとの再会だ、だからこそあるかどうかも分からないあの世へ行こうとしている。

にも関わらず精神的に死んでしまっては、再会もクソも無い。

 

「…………!」

 

物音、唐突な音が自分以外の存在を告げる。

考えるよりも先に身を翻し、姿を眩ます。

物音のした方を、本棚を背にしながら、慎重に観察する。

 

(ヤツは……マルフォイか?)

 

青白い顔、少し尖った耳、紛れもなくマルフォイだ。

誰にも見つからずここまで来たので緊張が緩み、脱力する深い息を吐き、椅子に凭れ掛かっている。

そんな彼を、キリコの目線が鋭く貫く。

 

だがマルフォイは気付かぬまま、椅子から立ち上がると目の前のキャビネットに向き直す。

懐からメモを取り出し、杖や道具を使いキャビネットを弄り出した。

キリコは懐から以前の買い物で調達しておいた軍用双眼鏡を取り出し、遠距離からメモを盗み見る。

 

……姿を眩ますキャビネット棚。

ボージン・アンド・バークスに繋がっている? 

書かれているのは……修理方法か?

 

メモから情報を得たキリコが再び目線をマルフォイに戻すと、彼は何故か小鳥を持っていた。

小鳥がキャビネットに入る。

キャビネットを閉じる、開ける。

小鳥が消える、また閉じる、開ける。

死んだ小鳥が現れた。

 

頭を掻き毟るマルフォイを見たキリコは、今のが失敗だったのだと推測する。

なら成功していれば、生きたままの小鳥が現れるのか?

消えた先は?

ボージン・アンド・バークスか。

 

キリコは注意深く観察しながら、素早く思考を重ねて行く。

ワープさせたいのは誰だ、仲間に決まっている。

何故仲間、死喰い人を招く、理由は明らかだ。

キリコの視線がより鋭くなり、確信を呼び覚ます。

 

ヤツは死喰い人を招き入れるつもりか……!

マルフォイにとってこれ程の悲劇はないだろう、慎重にねった計画が、たまたま同じ部屋を利用していたのがキリコだったというだけで、完全に露呈したのだから。

 

……だが、キリコは疑問を抱いた。

マルフォイにスパイであるスネイプも絡んでいる以上、ダンブルドアは知っている筈。

なのに何も対策を取らないことが、やけに引っかかる。

かくしてマルフォイの計画は、焼き尽くされずに済んだのであった。

 

 

 

 

マルフォイが部屋から出て行った後に続き部屋を出たキリコは、校長室の前をウロウロしていた。

合言葉が分からないので、こうしていれば向こうが気付くだろうという魂胆である。

 

「……儂に用かね?」

「最近の連続殺人未遂の犯人についてです」

「……成程、立ち話は不味いのう、入るのじゃ」

 

部屋に通されたキリコは、ダンブルドアに諭され椅子に座る。

紅茶と珈琲を持ってきたダンブルドアも座り、キリコが真実を語り出す。

 

「マルフォイが死喰い人を招き入れようとしている」

「ほう、どういうことじゃ」

「必要の部屋でヤツは"姿を眩ますキャビネット棚"という魔法道具を修理していた」

「ああ、ボージン・アンド・バークスと対になっているやつじゃな」

 

キリコの言葉一つ一つに、ダンブルドアは予知でもしているかの如く先んじて重ねていく。

 

「呼び出したいのは死喰い人だろう、それ以外でコソコソする理由はない」

「そりゃそうじゃろうな、そして狙いは儂の命かの」

「…………」

「…………」

 

キリコは確信した、こいつ、やはり知っていたな。

暫しの無言が気まずさを加速させ、耐えきれなくなったのはダンブルドアである。

自分が知っているのを察したキリコに対し、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「……怒らないのかの?」

「理由次第だ」

 

終始冷静さを崩さない彼に、「助かる」と告げ語り出す。

今のややこしい状況を。

 

「まず儂が知っていた理由じゃが、これはまあ分かるじゃろう、セブルスからの情報じゃ。

ドラコ・マルフォイはヴォルデモートから、儂の暗殺を命じられておる」

 

キリコはふと怪しんだ、まだ十六歳の子供にこんな大役を押し付けるのは可笑しい。

 

「気付いた様じゃの、そう、この任務はヴォルデモートの私情が大きい。

あやつは任務が失敗しようが成功しようがどうでもよいのじゃ」

 

事の発端は、ルシウス・マルフォイが予言を取り違えた事に発する。

ペールゼン・ファイルズというこれはこれで貴重な予言を手に入れたので、多少はマシなのだが任務に失敗したことに変わりはなく、ヴォルデモートは怒っていた。

 

そして思い付いたのが、マルフォイへのダンブルドアの暗殺命令である。

もし成功すればそれで良し。

失敗しても息子を殺すことでルシウスに対する罰になる。

どちらへ転んでもヴォルデモートには得しかない、それがこの作戦なのだ。

 

即ちダンブルドアが迂闊に手を出せば、その瞬間マルフォイの死が確約されてしまう。

その為彼は黒幕を知っていながら、何もできなかったのである。

 

「確かにドラコは死喰い人の息子じゃ、しかしあの子の手はまだ汚れておらぬ。

何者にもチャンスは与えられるべき、じゃが儂はまだ死ぬわけにはいかぬ」

 

理性と人情、どちらかに振り切れれば完璧。

それでもどちらも取れず、悩み苦しむ人間の姿がそこにあった。

だが時間は冷徹、決して待ってはくれない。

 

「…………」

「分かっておるよ、このまま手を拱いていれば、最悪な結末が待っておる」

 

死ぬか、見捨てるか。

ダンブルドアの心は比較して、死ぬ方に偏りつつある。

彼の自分の命に対する評価は、かなり低い。

過ちを繰り返す愚者、老い先短い老人、未来ある若者。

相対的な結論は、既に明らかだ。

 

それに死んだとしても、打てる手はまだ残っている。

マルフォイではなくセブルスに儂を殺させれば、よりヴォルデモートの信用を得ることができる。

 

そうなれば恐らく分霊箱の捜索に旅立つであろう、ハリー達のサポートもしやすくなる。

ヴォルデモートとの戦闘を手伝えないのが不安だが、あの繋がりがある以上そうそう負けはしないだろう。

 

加えてこの方法ならば、儂の持つニワトコの因果を終わらせられるかもしれぬ。

ニワトコの杖の所有権は、所持者に勝利することで移行する。

しかし茶番で殺されたなら、移行はしない。

 

何と、儂一人の死で得られる物の多いことか。

ダンブルドアは決意した、自らの死を、その宿命を。

 

「……儂は、セブルスに殺されようと思う」

「……スネイプにか」

「これが最善の手じゃ、マルフォイの手を汚さず、セブルスをより深く潜らせることができる」

 

最良とは言い難いが、これは紛れもなく最善の手だろう。

だが、キリコの表情は変化を見せない。

今から喜んで死のう、それを喜んで受け止められるような冷徹さは、彼にはない。

 

誰かの為に死に、お前は人の為になったと、拍手を打つのではない。

何故その為に死んだのかと、彼は嘆くのだから。

 

「……そうか」

 

だがキリコは淡白に返すだけ、彼の本質は優しさだが、基本的にはドライ。

目の前の相手がどんな心境だとしても興味はなく、最善の手なら、それを受け止めるだけ。

 

彼もまたドライさと優しさの間をさ迷う、愚者なのだ。

ダンブルドアと違うのは、それをやり直そうと思わず、背負い続けるという覚悟である。

 

「やはり、死ぬ覚悟は辛いのう。

じゃが、やらぬ訳にもいかぬのじゃ」

「……お前が居なくなったとして、ホグワーツの安全はどうなる」

 

ホグワーツが未だに死喰い人に襲われないのは、古の古代呪文と、ダンブルドアという最強の牽制によるもの。

それがなくなればホグワーツは死喰い人に占領され、彼らの支配に置かれるであろう。

 

「問題ない、儂を殺すことでヴォルデモートはセブルスをより信用する。

あやつにとってもホグワーツは重要な場所、ならば信頼できる者に任せるじゃろう。

校長に就任したセブルスは、最悪の事態を引き起こさないよう生徒達を守る……という訳じゃ」

 

成る程と納得するキリコに対し、ダンブルドアは敢えて矛盾する言葉を言い放つ。

 

「じゃが、不安は残る。

セブルスとて校内全てを監視できる訳ではない、もし見ていないところで死喰い人が生徒を害した場合……儂は、この選択を地獄で悔やみ続けるじゃろう」

 

それに、死喰い人がスネイプの命令を聞くとも限らない。

どれだけ工夫しようとも不安要素は残ってしまう、これを極限まで減らすのがダンブルドアの役目である。

 

「では、どうすれば万一に備えられるか。

……DAの活動が持続しておるのは知っておるな?」

 

アンブリッジの暴走に対抗する為に作られたDAだが、そのアレが消えた後も活動は持続していた。

少しでも自衛能力を高めようという、教師達の配慮だ。

 

「俺にDAを手伝えと?」

「そういうことじゃ、闘えなくともよい、生きて逃げ切れるように鍛えて貰えないじゃろうか」

 

キリコにとって他の生徒は関係ない、だが次々と子供達が死んでいく光景など、彼にとっては耐え難い。

この提案を受け入れるのは、ある種当然の結果であった。

 

「……分かった」

「そうか、ありがとう、手間を掛けてすまぬのう」

 

偶然にも暴かれた事件の黒幕、だがその中心は、絡み合い縺れた糸のようだ。

ダンブルドアの提案と決意を受け入れた俺だったが、本当にそれしか方法は無いのだろうか。

俺の意思は対照的に、未だ霞の中に居たのだった。

 

「……いや」

 

去り際の一言を、霞に残して。




愛の究極に、憎しみの究極に、ともに潜むのは孤独。
永久なる孤独は、最早寂しさではなく、無為なる贖罪。
人は、神に似せて創られたという。
それでは、神の意志に潜みしものは、罪か、孤独か。
次回「会談」。
神の使いは、蛇に囁く。



禁書棚の黒ローブ、覚えてました……?

おまけ 去年のロッチナ
ヴォ「神秘部にキリコ乱入すると思うけどどうする?」
ベラ「私にお任せください! ケチョンケチョンにしてやります!」
ロッ「あいつを甘く見るなよ」
ベラ「あんなちょっと常識がない餓鬼一人に何びびっt」
ロッ「奴について知った風な口を聞くなッ! 特にこのロッチナの前ではな!」
ベラ「!?」
ロッ「フハハハハ……キヒヒヒヒ……奴は有害なバクテリアだ、猛毒を持つ細菌だ」
ヴォ「また発作か、誰か薬を飲ませてやれ」

※この後ベラトリックスの髪がよく燃えました


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第五十六話 「会談」

自衛能力の強化を目的に、昨年から継続を許されたダンブルドア軍団。

指導者であるハリーとハーマイオニーは、今後の計画を練っていた。

失神呪文や武装解除呪文の習得が概ね終わった今、新たな呪文を習得させようと彼らは考えていたのである。

 

しかし、その計画はキリコの参入により、大きく変わる事になる。

 

「……お前達を鍛えろとダンブルドアから頼まれた」

 

使用許可の出た『必要の部屋』で、壇上に上がっているキリコは、事の経緯を説明する。

 

「俺に頼まれた理由は、誰よりも地獄を生き残ってきたからだ」

 

ホグワーツ生の知っている限りでも、賢者の石強奪阻止、バジリスク討伐、三大魔法学校対抗試合、闇の陣営からの単独脱出など、逸話は非常に多い。

彼が指導してくれるなら、誰にも負けない強さを得れると、彼等は意気込む。

 

「……お前達は敵に勝てない」

 

その意気込みを、今までの努力を踏み潰す発言。

一拍の休符を起き、怒声と混乱のフォルテが起きる。

 

「ちょっと皆! 落ち着きなさない! 先ずは話を聞きなさい!」

「駄目だ、皆聞いてないよ」

 

場を収めようとするハーマイオニーの声は届かない。

よってキリコは、爆破呪文の爆音で狂奏を畳む。

 

「たった一言でこうなるお前らと、人殺しに躊躇しない死喰い人。

結果は明らかだ」

 

確かに技術は身に付いている、努力も無駄ではない。

だが勝てるかと言われたら、ほぼ不可能。

戦場において重要なのは、場馴れしてるかどうか。

 

死体を見ても動じないか。

友の死体を踏んでも、進めるか。

痛みを捩じ伏せ、攻撃出来るか。

咄嗟の直感を、信じられるか。

 

死喰い人は当然出来るだろう、そんな連中を相手に、生徒が勝てるとは思えない。

いや、不可能。

よってキリコは、『勝つ』という目標を捨て去っていた。

 

「だからお前達には、生き残る為の特訓をして貰う」

 

ダンブルドアの頼みもあるが、頼まれなかったとしてもこうする予定。

 

「生き残れば、戦闘経験を積める。

生き残れば、敵の戦術を知れる。

生き残る事は、最終的な勝ちに繋がる」

 

魔法族の戦争は、決闘形式が基本。

そこに持ち込まれたマグル式……と言うよりテロリスト式の考えは、彼等にとって未知の考え方。

 

「だからこそ、生き残ってきた俺が教官に指名された」

「皆納得した? 勿論予定していた新しい呪文の習得もやるわ、けどそれはキリコの特訓が終わってから。

基本の力が上がるのだから、そちらもスムーズに進む筈よ」

 

今度はブーイングも起こらず、全員納得する。

それを確認したキリコは、まず始めにやる事を指示する。

 

「最初にやるのは『体力強化』だ」

 

キリコが杖を振るうと同時に、必要の部屋の内装が変化する。

 

「……何処、ここ」

 

ハリーが呆然と呟く、彼等三人も、具体的内容までは聞いていなかったのだ。

 

キリコは知っていた、生活するだけで体力が鍛えられる星を。

彼等にとっては最悪な事に、必要の部屋は此処を再現出来る力を持っていた。

深い谷、聳える山、過酷な荒れ地、低酸素環境。

 

……レッドショルダーの本拠地、惑星オドンの地獄が地平線まで広がっていたのである。

 

「体力があれば、逃げ切れる。

逃げ続け敵の体力が尽きた所に、集団で襲撃をかける事も出来る」

 

キリコが最大の問題と考えたのは、魔法族の体力が少ないと言う欠点。

移動は箒や姿現し、もしくは煙突。

何をするにも魔法なせいで、基礎体力が少なくなってしまっている。

 

「以上、走り込みを始めろ」

「……ハリー、先頭は貴方よ」

「あ、はい」

 

何だか嫌な予感に襲われながら走り出すハリー、彼に続き走り出す生徒達。

 

エクスパルゾ(爆破せよ)

 

キリコはそんな彼等の最後尾に、呪文を叩き込んだ。

当然驚く生徒達は思い知る、生き残る為には地獄を見なければならない事を。

 

「一定の速度を保て。

遅れたヤツにはこれを食らわせる、ノルマは五十周だ。

一定時間以内に終わらなくても、これを食らわせる」

 

まさか、冗談だよな?

多くの生徒は一瞬そう考え、直ぐに改める。

彼等は覚えていた、去年アンブリッジに一泡吹かせる為に、大勢の襲撃者を返り討ちにした事を。

やる、間違いなく撃ってくる!

恐怖に駆られた彼等は脱兎の如く走り出した。

 

時間にしておおよそ一時間後、目の死んだ魚の様に走り込みを続ける彼等の中から、ハリーとロンが表れる。

 

「ゼェ……ゼェ……五十周、終わった……」

 

まさか完走するとは、流石はクィディッチの選手か。

感心するキリコ、クィディッチは酷い場合だと数日間に渡って行われる。

それを想定して訓練に励んでいる二人の体力は、抜き出ていたのである。

 

「これで……終わ……」

「続けて三十周」

 

二人の目が点になる、今キリコは何と言った?

そうだ、これはきっと幻聴に違いない。

希望的観測をするも、目の前のキリコの目は本気であった。

 

「体力以上に重要なのは精神力だ、体力が尽きて逃げれず、殺される事態は避けなければならない」

 

この訓練は、それも兼ねている……とキリコは説明する。

彼は不器用だが、糞真面目な男。

中途半端な優しさは死に繋がる、彼は優しさを完全に捨て去り、レッドショルダーだった頃に戻っていたのだ。

 

「戦場で精神力を鍛えられない以上、訓練で限界以上まで追い詰めるしかない」

「…………」

「スネイプ先生から非常用の魔法薬は貰っている、問題は無い」

「……マーリンの髭」

 

ロンの断末魔と、ハリーの声にならない断末魔。

 

「死ぬ気で走れ、死にたくなければ」

 

結局このノルマをクリア出来たのはクィディッチ経験者の何人かしか居らず、キリコは警告通り、タイムオーバーの罰則である爆破呪文を敢行。

最後に魔法薬の処方を以て、この日の訓練は終わった。

 

 

 

 

しかし、本当の地獄はこんなものでは無かった。

 

「今日は走り込みの後、武装解除呪文の訓練をする」

「……キリコ、それは皆出来るけど?」

「知っている、お前達には武装解除呪文を、最低でも百発は撃てる様になって貰う」

 

百発という数字は、彼等を絶望させるのに十分な威力を持っていた。

 

「ひゃ……く……!?」

「呪文の多様性でも、お前達は勝てない。

使いやすく優れた呪文が必要、それがこの呪文だ」

 

攻撃呪文の中では最も基本型、故に魔力消費も低く、連発もし易い。

 

「数でもお前達は勝てない、だが簡単に、大量に放てる呪文は数の有利を覆す。

こういった呪文を何れだけ撃ち続けられるか、それが重要だ」

 

話は理解出来るし、納得も出来る。

しかしそれとやる気には何の関係性も無い、と言うかやりたくない。

最も、彼等の為を思っているキリコが、そんな甘さを認めてくれないのは、もう誰もが知っていた。

 

「……僕、死ぬかも」

「……恨むよ、ダンブルドア」

「以上、今日の走り込みを始める」

 

時期はまだ1月、単純に考えても特訓はあと半年は続く。

絶望するハリーを余所に、キリコは悩む。

 

(キャビネットが何時修理されるかは分からない、何時ヤツ等が学校を襲っても可笑しく無い。

何れだけ走っても消えはしない影と不安が、今も俺を捉えようと蠢いている。

……いや、これは過去。

何かにがむしゃらに成る事で、少しでも傷を癒そうとする俺の、傷そのものか)

 

 

*

 

 

その大きな館は、本来なら持ちえた権力を示すかの如く、月明かりを鈍らせる。

しかし今宵、この館に灯る明かりは僅か、月の光は煌々と闇を照らし出す。

さながら、闇に紛れ、卑しいことを隠そうとしているかの如く。

 

そう、今宵ここに集うのは死喰い人、闇に巣食い、闇を広げ、闇に生きるモノ共。

特に重宝されている何人かが、このマルフォイ邸に集うことを許された。

だがこの館の主は居ない、ルシウス・マルフォイは未だアズカバンの中なのだから。

尤もアズカバンに居るお陰で、帝王の粛清を逃れているのは皮肉としか言えない。

 

その代わりに粛清を受け、両親や自分の命の為血眼になりキャビネットを修理しているドラコ・マルフォイも今はホグワーツの中。

ナルシッサ・マルフォイ以外家族はおらず、主なきこの館は死喰い人の温床に成り果てていた。

 

豪華絢爛な椅子を一つ残し、質素な椅子に腰かける死喰い人。

目の前に置かれた上等な紅茶とスコーンを彼は啜り、彼は貪り、時を待つ。

 

途端、扉が開かれ"死"が飛翔した。

そう、主、ヴォルデモートの到着である。

 

「お前達、今宵はよく集まってくれた」

 

始まるのは闇の宴、死と陰謀渦巻く恐怖の会議。

こここそ、イギリス魔法界の闇の底なのだ。

 

「さて、こうして集まってくれたと言うことは、俺様の為の計画が着実に進んでいるということだが」

「は、はい! その件についてですが」

 

死喰い人の中でも出世争いは存在している、ヴォルデモートの機嫌を取ろうと一人が突っ走るが、彼は忘れていた、主の言葉を遮る事が如何なる結末を招くか。

 

「……俺様が喋っていいと、何時言った? 答えてみろ」

「!!」

「答えてみろ」

 

圧倒的圧力に心まで震えながら、彼は自身の迂闊さを呪う。

火炎呪文か!? それても磔の呪文か!? せめて死の呪い以外であってくれ!

だが彼は、今この場では幸運だった。

 

「まあいい、今一々指摘しててもキリがない、報告を聞いてみようじゃないか」

「あ、有難う御座います!」

 

ここ最近のヴォルデモートは機嫌が良い、予言を取れなかったことは惜しかったが、裏工作や破壊活動などそれ以外は概ね上手く行っているからだ。

 

「お任せ下さった破壊活動についてですが、現在マグル界のロンドンなど、イギリスの都市部を中心に多くの破壊活動を行っています!

最近では大英博物館に破壊工作、あちこちに吸魂鬼を放ち、国防総省の何人かに服従の呪文を掛け、疑心暗鬼に陥らせています」

「そうかそうか、愚かなマグル共は狙い通り疑心暗鬼になり、狙い通り注目を集めているということか、よくやってくれた、この調子で頼むぞ」

「はっ! 有難う御座います」

「では次だ」

「はい、ご命令通り計画に備え、各地に死喰い人を潜伏させています。

無論魔法省に露見しないよう、記憶を操作し、マグルの移動方法を用いさせています」

 

それからもご機嫌で報告を聞いて行くヴォルデモートを、一人冷めた目線で見る男が居た。

 

(何故、あそこまで機嫌が良いのだ? 気味が悪い)

 

騎士団と死喰い人の二重スパイ、セブルス・スネイプである。

幾ら上手く行っているからと言って、部下を褒めるなど病気に掛かっても言わない相手だぞ。

 

「さてセブルス、お前の報告を聞こうか」

「……はい、ドラコ・マルフォイの計画についてですが、以前報告した通り、キャビネットの修理は順調に進んでおります、この調子ならば6月頃には修理が完了するでしょう」

 

意識を切り上げ、事務的に報告していくスネイプ。

それをヴォルデモートは、やはり嬉しそうに聞いていた。

果たしてそれはダンブルドアを殺せる歓喜か、ルシウスを苦しめられる愉悦か。

 

「成程、実に素敵なことだ、ではセブルス、ドラコに伝言を頼む」

「何なりと」

「『期待しているぞ』と、しっかりと伝えて欲しい」

「……かしこまりました、我が君」

 

この伝言は心の底からのエールなどでは決してない、『失敗すれば分かっているな』という相手の苦しむ姿が見たいだけに生まれた呪詛なのだ。

スネイプは内心で、毒づいた目線を差し向ける。

 

「さて、次は……」

「私です、ヴォルデモート卿」

 

軽く身を乗り出し存在をアピールするその男、ヴォルデモートの席に最も近い二つの席の片割れに座るその男は。

 

「そうだったな、ロッチナ上級次官」

 

ペールゼン・ファイルズのことを黙っていたにも関わらず、尚ヴォルデモートの腹心という立ち位置に納まっているジャン・ポール・ロッチナである。

ファッジの辞任により彼は魔法大臣秘書を解雇されたが、同時にアンブリッジもアズカバン行きとなった。

この隙を突き、彼はちゃっかり上級次官のポストに納まっていた。

 

「魔法省内部での裏工作についてですが、既に各部署の局長、その三分の一近くの協力を取り付けております」

「……よくそこまでやったな、服従の呪文の維持は平気なのか?」

「いえ使っておりません」

 

その時、死喰い人に衝撃が走った。

 

「スキャンダルを利用した脅迫や、我々の側に付いた際のリターンを丁重に説明することで納得して頂きました」

 

訴えれば自身のスキャンダルが明るみに出る以上、保身しか脳にない彼等が告発する可能性は皆無である。

 

「又万一闇の陣営が敗北した場合においても、支援者の方々に被害が及ばないよう調整することで、より積極的な支援と、再起体制を確立しております」

 

一切の穴が見当たらない計画に絶句する死喰い人達、服従の呪文無しでこの成果、彼等の出世の道は閉ざされた。

だが、この計画に怒り狂う者が居た。

 

「貴様! 我が君が敗北するかもしれないと言うのか!?」

 

死喰い人の中でも特に忠誠を誓っているベラトリックスにとって、彼の言葉は到底容認できるものではない。

しかしロッチナはどこまでも冷静に説明するだけである。

 

「ダンブルドアも健在、一度ヴォルデモート卿を滅ぼしたポッターも健在、滅ぼされないにしろ、我々が先に壊滅し組織活動が成り立たなくなる可能性は十分存在すると考えられますが」

「ハッ、あんな連中を恐れるなんて、所詮は半純血だね」

「そのあんなポッターに、偶然滅ぼされたのでは?」

「貴様ぁ! まだ愚弄する気か!?」

 

言わずもがな、ハリーに一回殺されたことはヴォルデモートにとってタブーな話題である。

それに何度も何度も触れるロッチナ、もはや何時殺されてもおかしくない。

いや、今正にベラトリックスは殺そうと杖を構えている。

 

「止めた方がよろしい、貴女は貴重な戦力なのだから」

「何だと?」

「これ以上来てしまうと、貴女は死んでしまう」

「ふざけたことを! お前が殆ど戦えないのは知っている!」

「いや、既にチェックメイトだ」

 

コツン。

ベラトリックの首に、杖が刺さる。

 

「!?」

「…………」

 

何時、どうして、どうやって。

エディアが背後に立ち、杖を向けていた。

どうやろうと、エディアが撃つ方が早い。

だがプライドに掛けて引く訳にもいかない、状況は固まった。

 

「お前達いい加減にしろ、ベラもだ、こいつが俺様に欠片も忠誠を誓っていないのは良く知っている」

「……申し訳ありません」

「ロッチナにも言っておこう、お前を重宝しているのは……他の誰よりも政治工作に長けているからだ、成果を上げれられなくなった時は……」

「無論、承知しております」

 

ヴォルデモートの仲裁により一先ずこの場は収まり、その後の会議は恙なく進んで行った。

その内会議も終わり、屋敷から人が散り散りになって行く。

流れに沿い消えようとしたロッチナを、スネイプが呼び留めた。

 

「どうしたセブルス?」

「……不躾ながら、先輩に聞きたい事がありまして」

「何だね、答えられる範囲でだが……」

「……貴方は、『神』を信じていますか?」

 

神、即ちワイズマン。

スネイプはダンブルドアから一つの任を受けていた、ロッチナがワイズマンについてどの程度把握しているか調べるという任務を。

 

キリコからは、居るかもしれないし居ないかもしれないと証言したと聞いている。

しかし数々の事実……スネイプへの梟便や更なる転生者イプシロンという護衛の存在は、ワイズマンの実在を浮き彫りにしつつあった。

 

知らねばならない、ロッチナが自覚在る『神の目』なのか如何かを。

 

「……神か、はたまた賢者か」

 

此処まで直球な質問をした理由は、キリコからの助言が在ったから。

はぐらかすか如何か、それで答えは分かる。

 

「残念だが私の見識は変わらない、神が実在するならば、我々愚かな人類に……とうに干渉をしているだろう」

「……そうですか、すいません、妙な事をお聞きしていしまい」

「構わぬよ」

 

狙い通りに行った、とスネイプは静かに安堵する。

ロッチナは徹底して中立、在るがままのキリコを観察するのが目的。

つまり中立の意見が出るという事は、その質問がキリコに影響すると知っているという事。

 

ワイズマンの事を聞き、それをはぐらかす。

スネイプは確信した、ワイズマンの実在を。

……と安堵した所に、ロッチナが予想外の反撃を繰り出した。

 

「所で……ルシウスの倅の調子はどうかな?」

「……先程報告した通りですが?」

「いや違うな、ドラコの計画をダンブルドアはどう利用しようとしているか、だな」

「!!」

 

バレている、それもヴォルデモートの腹心に。

何とか平静を装うが、背中を伝う冷や汗は止まらない。

 

「フフフ……隠す必要はない、本心がどちらにあるかなど、お前が抱いているリリー・エバンズへの思いを知っていれば、容易く分かる」

「何を言っておられるのか、リリーなどという穢れた血への思いはとうに棄てている」

 

他の死喰い人への嘘を、半濁するように繰り返し誤魔化そうとする。

 

「いや、それはない、お前のような人間がどういう行動を取るのかはよく知っている」

「お前のような……?」

「似ているのだよ、お前はキリコに」

 

似ているだと、あの男と我輩が?

一体何処が、そう思ったスネイプはある一点を思い出した。

 

「大方私についても知っているのだろう、なら分かる筈だ、特に……一途な所などそっくりだ」

「……だから、何だと言うのですかな?」

 

だが、やはり意図は分からない。

人の気持ちを勝手に暴いておいて、一体何がしたいのか。

 

「何だという程でもないが、何お節介だよ、私はお前のことを気に入っているからな」

「……それは、キュービィーに似ているからだと?」

「それもあり、又ホグワーツの先輩としてでもある。

ではお節介だ、キリコ・キュービィーと少し話してみろ」

「は?」

 

ますます訳の解らない提案に、スネイプはまず発しないであろう間抜けな声を出してしまった。

 

「お前は少しヤツを見習った方が良い、あいつの方が人生の先輩なのだからな。

では行くぞ、エディア」

「…………」

 

そのまま影に溶け込んでいくロッチナを、ただ茫然と見送る。

見習うとは何を、吾輩はそれを見て何を学べというのか。

ある意味キリコ以上に意図の読めない男、もしかしたら神に手を貸してるかもしれないあの男。

 

我輩は間違ってなどいない、リリーへの贖罪こそ残された唯一の道なのだから。

このお節介を彼は切り捨てたのであった、この時は、まだ。




赤い空、赤い土。
今まさに流されて夥しい血がこびりつく、憐れな星。
そして、メルキア装甲騎兵団特殊任務班X-1、
レッドショルダーの生き残りが予言を導く。
次回「マグル作戦」。
間も無くこの星で、人の皮を被った疑惑の悪魔が蠢き始める。




おまけ 今日のロッチナ

ロッ「まだだ! まだ終わっていない!」
クィ「勘弁してください! もう敗けでいいですから!」
モブA「何さわいでんだアイツ」
モブB「ポーカーで負けまくってんだとよ」
ロッ「俺は最高の博打打ちだぁぁぁ、受けてやるぅ!」

″ノーペア″

ロッ「かぁっ!?」

※この後クィレルと通りすがりのポル○レフがコインにされました。


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第五十七話 「マグル作戦」

初対面の印象は、大人ぶった生意気な子供。

少し経ち、物分かりの良い、他と比べればマシな男。

更に過ぎ、明らかに只の子供ではない、凄まじい何か。

最近に成り、ブラッドという悍ましき末裔。

 

その果てに、キリコは我輩にとって理解出来ない存在と化した。

切っ掛けはダンブルドアやムーディと同じ様に、奴の過去を知った事。

……そして、フィアナの存在を知った事だ。

 

そう、彼女の存在が有る故に、我輩はキリコを理解出来なくなった。

奴の過去を知った時最初に感じたのは、同情の思い。

たった一人の女性を自らの運命とし、全てを賭けて愛し駆け抜けた刹那。

だが、得る事が出来ず、失ってしまった最後。

 

まるで同じだ、我輩と。

全身全霊でリリーを愛し、今でも変わらずに思い続けている我輩と驚く程似ている。

余りに近い境遇故に、我輩は仲間意識を持った。

 

だが、この意識は直ぐに消えた。

我輩とキリコは近く、しかし決定的に違っていたからだ。

 

我輩はリリーを殺めてしまった事を、永久に後悔している。

ハッキリ言って、彼女への償いが無ければ、今直ぐ自殺しても構わない程に。

それをしないのは、償いの為。

彼女が命を賭けて守ったポッターを守る事が、我輩に残されたただ一つの、罪を贖う方法。

それをせずにリリーに顔見世など、あの世でも出来ない。

 

……しかし、キリコは違っていた。

キリコもまた、後悔している。

奴の異能の力が、フィアナを殺す結末を呼び込んだのだから。

結果論に過ぎないが、何れにせよキリコは、自分が彼女を殺したと感じている。

 

それにも関わらず、奴は……贖罪に生きていなかった。

罪を贖おうとせず、何処までも空っぽに成りながらも、自らの人生を歩んでいる。

 

我輩には、理解出来ない。

罪の意識もあり、真に愛していたと確信していて、何故贖罪に生きぬのかが。

 

何故彼女の居ない世界で、生き続けるのかも。

我輩はこの世界に価値を感じていない、彼女の居ない世界は何処までも灰色だ。

にも関わらずキリコは、生き続けている。

同じ灰色の世界が、広がっている筈なのに。

 

異能のせいで死ねない?

馬鹿な、なら何故奴はホグワーツに来た?

死ねないとしても、死んだ様に生きる事は出来る筈。

それをせず、死ぬ為とは言え、奴は此処へ来た。

いや、人生の最後に待つのが『死』なら、それに向かって歩む奴は誰よりも『生きている』。

前世の時も、生き抜く事は……諦めなかった。

 

ロッチナに言われた事で、漸く自覚した。

何故キリコに対し、言いようの無い感覚を抱いていたのか。

似た境遇にも関わらず、生き方の全てが違う事。

それが理解出来ないのが、蟠りの正体だったのだ。

 

……だが、だから何だと言うのか。

生まれが同じでも未来が違うのは当然ではないか、何を苛立っている?

理解出来なくとも構わないではないか、奴と我輩には何の関係も無いのだから。

 

故に、我輩は間違っては居ない。

贖罪に生きる事が間違いである筈が無い、例えダンブルドアに命令された事とは言え、ポッターを守るのはリリーの願いだ。

 

……それが本当にリリーの願いかは分からない。

しかし、命を賭け守ったポッターを守る事は、間違いなく彼女の意志だ。

 

寧ろ間違っていたら……今までの僕は何だったのか。

 

我輩は吾輩で、奴は奴。

違っていて何が悪い、違っていて何がおかしい。

我輩の生き方が間違っていて、奴の生き方が正しいなどどこのどいつが決めると言うのだ。

この生き方を、誰も否定することはできない。

 

そう考えても、未だに心が疼く。

我輩はまだ、何か抱えているのか?

理解出来ない事の苛立ち以外に、何を抱えている?

 

どうしても消えてくれない疼きが、我輩をより一層苛立たせていく。

キリコとは……何なのか。

 

 

*

 

 

数週間前に起きた事件は、未だに校内を騒がせていた。

マルフォイが何者かによって重症を負わされたのである。

その場に居たスネイプの治療によって無事回復したが、騒ぎの余韻は残ったまま。

 

最もキリコは犯人が誰なのか、既に知っていた。

マルフォイに付いてきた深い切り傷……あれは切断呪文(セクタムセンプラ)によるものだ。

そしてそれを使えるのは、ハリーだけ。

 

だがキリコは何も言わなかった、彼は自分の行動を悔い、この呪文が記されていた『謎のプリンスの蔵書』を、必要の部屋の何処かへ隠したからである。

 

やった事と言えば、謎のプリンスが誰なのかスネイプに問い詰めた程度。

何故未知の呪文を受けたマルフォイを、的確に治療出来たのか。

スネイプが何か知っているのは、それだけで十分。

キリコは警戒していたのだ、あの本が『トム・リドルの日記』の様に、危険な物なのではないか、知らなくてはならないという理由で。

 

そんな事件があった数週間前、今はイースター休暇の真っ只中。

外の方が危険という事もあり、生徒自体は大勢残っているが授業は無い。

それを利用しホグワーツでは、校内の一斉点検が行われていた。

 

「……何か気になる場所はあったかね?」

「……無いな」

 

そして地下水路の点検を行っているのは、キリコとスネイプの二人組。

 

……そう、一斉点検は建前。

実態は、校内の何処かへ潜むワイズマンを見付ける為の一斉調査であった。

 

キリコはクィレルの証言により、禁書棚へ居た存在がクィレルでもヴォルデモートでも無い事を知った。

 

彼は推測する、ヤツは『ワイズマン』だったのではないかと。

証拠は無い、理屈も無い。

しかし単なる愉快犯にしてはやり過ぎ、何らかの意図が有るのは確か。

 

何らかの意図を持ってキリコに害成す存在、彼にはワイズマンしか思い浮かばなかった。

 

そしてもう一つ。

ホグワーツには何重もの侵入者探知呪文が掛かっており、外から入れば直ぐ分かる。

侵入は分かる、なのに黒ローブの存在が露見しなかった理由。

 

最初からホグワーツに潜んでいた可能性を、キリコは思い立ってしまった。

勿論潜んでいない可能性も高い、何せ相手はアストラギウス銀河3000年に君臨した神、どんな方法で干渉してくるか分かったものではない。

学校の外から気付かれず干渉している可能性も、有り得るのだ。

 

だが調査するに越した事は無い。

それが彼等の出した、結論。

よってワイズマンでなくとも、不法滞在者を放置は出来ないとなり、一斉調査が行われたのである。

そして彼等の担当箇所こそ、この地下水路……の、最深部。

 

「……この先も調べねばならぬようだな」

「空けられるか」

「……蛇語の真似ごとならな、やってみねば分からぬが」

 

ならば頼むとキリコが言い、スネイプは息を吸い『開け』と蛇語で綴る。

 

シュー……シュー……シュー……

 

空気の抜ける様な音と共に、蛇の彫刻が施された扉が轟音を立て、開かれる。

 

封印の先へ向かえば、満たされた人工の溜め池に、鎮座するサラザール・スリザリンの彫刻。

中央に横たわるのは、頭部だけに成り、すっかり腐敗したバジリスクの残骸。

 

……二度と、来たくなかったが。

彼等は、『秘密の部屋』の探索に来ていたのである。

 

「我輩はここらを調べる、お前はパイプの中だ」

「了解した」

 

ワイズマンが何時から居たのか分からないが、この部屋に潜んでいる可能性は高い。

蛇語を使わなければ入れず、かつバジリスクという怪物まで住んでいた此処は、隠れ家には最適だ。

止めにこの世界で蛇語を完全に操れるのは、スリザリンの血を引くヴォルデモートとハリーだけだ、完璧だ……とキリコは考える。

 

ダンブルドアから教わった、隠蔽呪文の解除呪文を掛けつつ、パイプの中を歩き続ける。

そうしていると、最後に最初の部屋に着いてしまった。

一周した、つまりパイプの中には居ないと言う事。

 

「……駄目だった様だな」

「……お前はどうだ」

「無いな、隅から隅まで深淵の奥、溜め池の中も見たが、それらしき物は発見出来なかった」

「そうか……」

 

分かり易く落ち込むキリコ、これでヤツを見付けられれば……と思ったが、現実はそう甘くないらしい。

 

「校内や必要の部屋はマクゴナガル先生やハグリッドが調べている、我輩達の仕事は……終わりだ」

「…………」

 

これで見付からなかったら、ホグワーツ内にワイズマンは居ないと言う事になる。

……とても、そうとは思えない。

だが見付からない以上、俺に出来る事は無い。

キリコはバジリスクを見る、瞳にある種の懐かしさと、興味を持って。

 

「……バジリスクの毒を回収するのは、流石に認めんぞ。

お前にはブラッドが作り出した複製品があるではないか」

「……こいつの記憶を見れれば……そう思っただけだ」

 

千年前にサラザールによって産み出されたと伝えられるバジリスク、その記憶を除ければ、ワイズマンの断片に触れられたのでは、とキリコは考えていた。

 

「確かに、だが既に屍、思考出来ず留める事も出来なくなった物の記憶など……それこそ開心術を極めている闇の帝王でもなければ、覗けまい」

「…………」

「調べても無駄だ、以前死体調査をやったが……精々『スリザリンの継承者』に従う術式が刻まれていた程度だ」

「……死体調査?」

 

そんな事をしていたのか、という心境が、キリコを呟かせる。

スネイプは何を当たり前な事を、と返す。

 

「ダンブルドア直々にな、魔法生物による事故が発生した場合、それが不幸な事故か、何者かが魔術を掛け操ったのか調べるのだ」

 

バジリスクは無理か、ならもう一つの手掛かりはどうだ。

キリコはスネイプに、まず間違いなく知ってる男について問う。

 

「ロッチナは何か言っていたか」

「……仮に居るとするなら、とうに干渉して来ている筈、と言っていた。

嘘を言っているのは、間違いあるまい、だが……」

「……本心を聞くのは無理だろう」

 

神の目、ロッチナ。

彼の信念であり、存在意義はキリコを追い続ける事。

故に彼は中立であり続ける、あるがままのキリコと、それを取り巻く因果を記録する為に。

 

居る、とも居ない、とも言わないのはそれが理由。

知っているとしても、伝える事がキリコの『利』に成るなら、彼は言わない。

意見さえ中立にする事で、干渉を最小限に留めるのだ。

彼が干渉するとしたら、それは余程の事態に限る。

 

最も、その時点で真実を知っていると、言ってる様なものだが……

何れにせよ、ロッチナから取れた情報は一つ。

ヤツが中立な意見を出した、即ちワイズマンは実在するという事。

……しかしこれは大体予想していた事実なので、今の調査に役立ちはしないのである。

 

「…………」

「……どうした?」

 

スネイプが見た事も無い、悲しげな苛立っている様な、形容し難い瞳をしていたからだ。

 

「……何も」

 

キリコは訝しむが、言及はしなかった。

スネイプの瞳の理由は、ロッチナとの会話。

 

───キリコと話してみるがいい。

それをロッチナについてキリコに問われたせいで、思い出してしまったのだ。

 

馬鹿馬鹿しい、何を考えている。

あの様な男の戯れ事を聞く理由は無い、第一聞いた所で何に成る。

リリーの守ったポッターを守る、この行動は間違いではなく、正しい意思だ。

例え、贖罪であろうとも。

 

「……いや」

 

そうではない、そう言う問題では無い。

最早隠し切れない本心を、スネイプは自覚する。

 

何故鬱陶しく思うのか、憎しみに近い感情すら抱くのか。

その果てに、キリコが脳の端に引っかかる理由。

理解出来ない苛立ちの根に潜んでいた、真の理由。

 

それは、嫉妬と言うべき感情。

キリコとスネイプは、良く似ている。

自らの運命と感じる程に、たった一人の女性を愛する姿。

運命の為に、全てを捧げる程の愛。

 

にも関わらず、ある一点だけがどうしようも無く違っているのだ。

彼女の愛を受けれた者と、そうでない者。

意志を知った者と、そうでない者。

似ているのに……そこだけが違っている。

 

だからこそ、彼は嫉妬する。

その上で、どうしてこの違いが出来てしまったのか……知りたいと渇望する。

スネイプの中で渦巻いていた思いの正体が、これだったのだ。

もう抑えられない、蓋は自覚した事で取れてしまった。

彼はとうとう、ある意味禁忌とも呼べる深淵へ手を伸ばす。

 

「キリコ、何故お前は生きているのだ」

「…………」

 

質問の意図は、分からなかった。

だが奥に渦巻く感情の渦に、キリコは引き込まれていく。

何時か感じた思い……そうだ、これはイプシロンが俺に向けていた感情。

キリコは身構える、何故彼が嫉妬しているのか、受け止める為に。

更なる奥に居座る、小さな悲しみを感じ取ったが故に。

 

「お前は何の為に生きているのだ?」

 

リリーを失い、死のうとしたスネイプ。

フィアナを失っても、生き抜こうとしたキリコ。

リリーを殺し、贖罪に生きるスネイプ。

フィアナを殺しても、自分の道を生きるキリコ。

 

「我輩には、お前が理解できない」

 

生きる理由を失って、何故生きれるのか。

殺した自覚が在って、何故自分の道を行けるのか。

愛を受けれた奴と、受けれなかった自分。

彼女の意志を継げた奴と、継げなかった自分。

その原因は、何なのか。

 

「お前は一体、何を目指しているのだ」

 

では、何故(なぜ)何故(なにゆえ)に。

彼は生きるのか。

何から何までそっくりなのに、そこから全てが違っている。

理解出来ない苛立ちを、愛を得れた嫉妬を込めて。

どうしてそうなるのか、彼は知りたいと叫んだ。

 

「…………」

「答えろ、キリコ・キュービィー!」

「俺は……」

 

鬱憤が、嫉妬が、憎悪が、雪崩の如く溢れだし、累積したそれは雪崩となる。

雪崩は叫びとなり、五臓六腑の全てをぶちまけた。

キリコは理解した、彼が何故問いかけるのか。

そしてキリコは答える、その胸中を。

 

「……夢を、目指している」

 

それが、彼の答えだった。

生きる意味だった。

残された物だった。

全ての答えだった。

 

「……夢、だと」

「俺は戦いのない世界を追い求めていた、彼女と共に。

それは彼女の夢だった」

 

かつて追い求めた世界、アストラギウスで叶わなかった夢。

利用されることも追われることも無い、平和な世界。

そこで二人静かに暮らすという、ささやかな願い。

 

「……死にたいとは思う、彼女と共に居たいと思う。

だからこそ俺は此処へ来た」

 

ならばと問う。

だがと答える。

 

「ただただ死ぬ為に生きるつもりなど無い。

俺は叶えたい、彼女の夢を」

 

たった一つ残された願いを、砕かれた夢を拾い集めて。

彼は彷徨う、当て無き世界を。

それこそが彼が彼女の為にできる、精一杯の送り物。

 

「彼女だけではない、俺の為に、俺のせいで散ってしまった戦友(仲間)の為にも、俺は生きなければならない」

 

これは贖罪などではない、『務め』なのだ。

生き残った者が、残された者が。

先に自由になった者達の為にできる、しなければならない、唯一絶対の不問律。

それが答えであり、キリコ・キュービィーという一人の男の全てであった。

 

夢の為に。

彼女の為に。

戦友の為に。

そして何より、彼自身の夢の為に。

 

「だからこそ、俺は必ずヴォルデモートを倒す」

「…………」

 

キリコもまた、五臓六腑をぶちまけた。

夢の為。

余りに単純な、ささやかな願い。

しかしスネイプは感じ取っていた、この言葉の重みを。

自分とは比較にならない、百年分の重みを。

それだけの背負った物を。

 

「……何が」

「…………」

「何が、違うと言うのだ……」

 

スネイプは感じた、その重さを。

だが、余計に分からなくなった。

重さが違うだけで、同じではないか。

 

我輩もまた、リリーの夢の為に生きているのだから。

リリーの願いはポッターを守ることだった、ならばそれが夢でない筈がない。

 

ならば何故、ロッチナはああ言ったのだ?

スネイプはますます意図が分からなくなる。

 

愛の為に生きることが間違っている筈がない。

贖罪の為に生きることが間違っている筈がない。

スネイプは何度も反復する。

 

実際それは、間違っては居ないのだろう。

だが問題はそこではない。

キリコとスネイプの、最大の違いにして全ての根源。

……キリコは、己に正直だった。

そして、誰よりもフィアナの事を思っていた。

あの日の、フィアナの笑顔を。

 

スネイプはまだ、気付いていない。

……しかし、このキリコとの会話が。

彼の運命を少しだけ、そして大きく変えることになる。

 

 

 

 

「……俺はそろそろ引き返す」

「……そうか」

 

お互い訳の解らぬまま終わってしまったが、時は待ってはくれない。

やむなく話を切り上げ、地上へ戻ろうとした時であった。

 

「セブルス! おるか!」

「……校長? どうなされたのです?」

「キリコもおったか! 丁度良い!」

 

部屋に飛び込んできたダンブルドアの様子は、誰がどう見ても焦っていた。

普段冷静な彼が焦るという事実に、二人は自然と身構える。

 

「外を! 早く外を見るのじゃ!」

 

そう言い残し走り去るダンブルドアを追いかけ地上に出た二人は、信じられない光景を目にする事となる。

 

「な、何だあれは……!?」

 

真っ暗な大空に()()は居た。

 

『世界中の……愚かな政府に飼われた腐った犬共へ告げる、俺様の名はヴォルデモート卿』

「一体どうなっておる!? マグル作戦はまだ先だった筈じゃ!」

「計画を早めたとしか……まだヴォルデモートの信用を得切れていないのが仇になりました……!」

『魔法界を統べる……帝王だ』

 

まるでSF映画の様に、大空に映し出されたヴォルデモート。

俺は知らない、これから何が起ころうとしているのか。

俺は予感した、これから起こることは、ただ事ではないと。

砕かれた夢を拾い集める日々。

彷徨う運命が確かに告げていた、新たな戦乱の幕開けを。

今まで誰も見たことのない、恐るべき戦乱の神託が、確かに今下ったのだった。




たとえそれが、一夜限りの夢物語であろうと、
思い出すのもおぞましい事がある。
まして、この地、この世界に燻ってきた火種の残さが、
必然たる結果を焚き付ける。
目に焼きつく炎、耳にこびりつく叫喚。
青い星、地球が呻く。
次回「死線」。
復讐するは、我等にあり。



忘れがちですがスネイプはまだヴォルヴォルの信用を得れてません。
彼が信用を得れるのはダン爺を殺してからです。
次回、空前絶後のトンデモ展開に突入します。


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第五十八話 「死線」

天高くに写されたヴォルデモートの姿、それはさながら神託を下す神のごとき振る舞い。

世界中の人達はこの超常的光景を前に、「あれは何の出し物だ」「凄い技術だ」と、都合のいい解釈を重ねるばかり。

 

『俺様の名はヴォルデモート卿、魔法界を統べる帝王だ』

 

魔法界、魔法省では混乱が起こる、自身があたかも魔法界全ての頂点に立つと言わんばかりの宣言に。

 

『魔法と聞き、この姿を見、お前達は混乱しているだろう。

魔法とは何だ? これは出し物(フィクション)なのかと。

それを恥じる必要はない、何故なら我等魔法使いは、長い間この世界と隔絶されてきたのだから。

400年前、中世ヨーロッパを包んだ暗黒時代、魔女狩りの始まりだ』

 

それはヨーロッパの人々にとって、最も忌むべき記憶。

購えぬ過ちにして、繰り返してはならぬ時代。

だからこそ暗黒と呼ばれ、忌まわしくされる。

 

『その時まで魔法族は豊かな繁栄を築いていた、魔力を持たぬ者達、マグルやノーマジもその栄華を讃え、発展していった。

だが暗黒が訪れた。

魔法族の栄華をモノにしようと片端から火にかけ、水に沈め、十字架へと吊るした。

豊かに生きてきた魔法族は、衰退へと追いやられた』

 

恐るべき欺瞞が演説の中で渦巻く、魔女狩りで魔法族は衰退などしていない。

当初から自分達を守る術に長けていた彼等は姿を眩ましており、被害に遭っていたのは無関係な者ばかり。

しかしそんなことマグルは知らない、例え自らが魔法族を絶滅に追い込んだのではなくても、そんなことマグルは知らない。

 

『しかし先人達は許した、愚かで軽率で、短絡的で俗物的でどうしようもないお前達を許した。

いずれ過ちに気付くと、過去を悔い改め魔法族へと救いを求め、歩む日が来ると』

 

余りにも傲慢な、魔法族がマグルより優れていると言わんばかりの宣誓。

だがマグルは知らない、魔法界が光と闇で二分されていることなど。

これが魔法界の総意ではないことも。

 

『それでもお前達は裏切った! 自らの過ちを自覚するどころか、魔女狩りを細菌やウイルスを知らなかったから起こった、止むを得ない事件として片付けた!

本質に眼を向けず、時代遅れの混乱として定義した。

それどころか、魔女など無かったと創作(フィクション)として面白可笑しく描き、滅ぼそうとしている!

創作だ、ファンタジーの産物だ、そして俺様達は歴史から抹消され忘却という絶滅へと向かっている!』

 

創作は実在していない、していないから創作なのだ。

逆説的に創作とされれば、それは実在していないことになる。

ムー大陸を本気で信じる者は何人居る?

UMAを信じる者は何人居る?

奇跡を、神を、審判を、輪廻を。

真実は虚構へと置き換わり、創作という空虚な忘却が人々の共通認識となるのだ。

それは、種の絶滅に他ならない。

 

『魔法界はこれを宣戦布告と受け取った、お前達を許そうとした先人達への最大にして最悪の裏切りと捉えた。

ならば俺様達も受けようではないか! これは宣戦布告だ! 最早一片の慈悲もない』

 

ヴォルデモートの眼が見開かれる、民衆はどよめき騒めき慌て嘆く。

予感が過る、戦争の予感が、惨事の予感が。

 

『男も女も、老人も子供も、今にも死にそうなヤツだろうと今産まれようとする赤子だろうと。

無謀にも挑んでくる愚者も許しを乞う愚者も、生きていようが生きていまいが、死んでようが死んでいまいが。

魂の一欠けらも残さず殺し尽くしてやろう!!』

 

だが、あわれにもここまで言っておいて尚、現実を受け止めようとしない者も居る。

プロパガンダと都合の良い曲解解釈を鵜呑みし、呑気にも写真を撮っている者が居る。

 

『魔法族の恨みを思い知らせてやろう、先人の慈悲を、俺様達の慈悲によって生かされていたことを思い知らせてやろう。

これは理不尽などでは決してない、ツケだ。

現実から歴史から暗黒から目を背け、都合の良い泥沼に浸かってきた報いなのだ』

 

世界中を暗雲が覆う、炎が各地から舞い上がる。

 

『400年に渡り溜め込まれてきた怨念は今、正に、濁流となって溢れ出した!

もう誰にも止められない!

止める必要などない!

背教者は滅び、ノアの箱舟に選ばれし魔法族だけが生き残る!』

 

悲鳴が上がり、狂気は踊る。

 

『魔法を恐れよ! 俺様達は奇跡を操る!

姿形を変え、貴様らの隣に潜む。

心を容易くねじ曲げ、従順な奴隷に変えることができる。

世界中の権力者どもよ、俺様達の存在を自らの都合で隠蔽し続けたことを後悔するがいい!』

 

ラッパが響き。

天地が引っくり返り。

地獄の蓋が遂に開かれる。

 

『黙示録の時は来た! だが審判を下すのは神ではない。

このヴォルデモート卿なのだ!!』

 

 

*

 

 

─アメリカ合衆国 ホワイトハウス─

 

「緊急! 緊急入電! アメリカ上空を飛行していた旅客機が此方へ向かっています!」

「何だと!?」

「更に入電! 同じく各部重要施設へ接近しているとの情報が!」

 

ホワイトハウス内部は大戦後類を見ない混乱に襲われていた。

ヴォルデモート卿なる人物からの宣戦布告、それが終わった途端大量の入電が入ったのだ。

その内容は旅客機が制御を失い、あちこちに向かっているというもの。

 

「テロリストによる占拠なのか!?」

「違います、占拠はされていません、通信機器を除くあらゆる機械が動かせなくなっている模様」

 

テロリストによる占拠ならまだ対処のしようがあった、だがこれは単なる故障。

にも関わらず、故障にも関わらず、確かに重要施設へ向かっている。

 

「通信機器は生きているのだな!? 直ちに連絡、脱出させろ!」

「し、しかし訓練を積んでいない乗客がパラシュートを開くのは非常に困難です! 人数分もありません!」

 

一般的にパラシュートの訓練には約200時間掛かると言われている。

また乗客分のパラシュートを積んだ場合乗客は半分にしなければならない為、コスト的側面から搭載されていない。

更に旅客機が着陸する時の速度でパラシュートが開く確率は非常に低く、生存は絶望的といえる。

 

「それでもやらせろ! 脱出後旅客機を迎撃する!」

「民間人が乗っている飛行機をですか!? 残骸も市街地に墜落します!」

「……分かっている! だがやるしかないんだ!

ホワイトハウスだけじゃない、これらが無くなった場合の軍事的、経済的損害は想像を絶することになる!

やれ、やるんだ! 全ての咎は私が負う!」

 

軍が民間人を殺すと言う、最低な行為をしなければならないジレンマ。

彼等はより大きな善を取った、取るしかなかった。

だが。

 

「……だ、駄目、です」

「何を言っている!」

「制御を失った旅客機の数が判明しました。

……総数9機、迎撃しきれません」

「なっ……な、な、ならば……退避、だ、退避。

少しでも犠牲者を減らすしか」

「!? 旅客機の墜落速度上昇! あと3分で激突します!」

「がっ!?」

 

どんなに避難訓練を徹底していようと、2分で逃げ切れる施設が何処にあろうか。

 

「残り1分! もう駄目です!」

「か、神よ、神よ……」

 

"ホワイトハウス及び各重要施設 崩壊

大型旅客機9機 墜落 

死亡者 約10000人"

 

 

*

 

 

─フランス 原子力発電施設─

 

「緊急事態! 冷却装置の稼働率が凄まじい勢いで低下しています!」

「一体原因は何だ! 早くそれを明らかにしろ!」

「そもそも誰が緊急停止をさせたんだ!」

 

死喰い人の透明マントや錯乱の呪文を使った潜入工作により、冷却装置は完全に意味をなさなくなっていた。

 

「原因は後でいい! ECCS(緊急炉心冷却装置)を作動させろ!」

 

原子力発電は緊急停止する際、核分裂生成物が大量の熱を放射し続ける為冷却を行い続けなければならない。

冷却装置が作動しないこと自体あってはならないことだが、万一の為ECCSといった設備が用意されている。

 

「待て! 装置を作動させてはならん!」

「しょ、所長!?」

 

メルトダウンという最悪の事態を防ぐ為に奔走する職員の前に現れた所長。

だがその現実を見ていないのではないか、と思える発言を、職員は誰一人理解できない。

 

「ね、燃料棒が融解を開始! これ以上は」

「繰り返す! 装置を作動させてはならん!」

「気でも狂ったんですか!?」

 

馬鹿な、彼は決して保身に走るような人物ではなかった。

しかし眼の前に居るそれは保身どころか、自分の安全さえ頭になさげである。

 

「もういい! 所長は無視しろ! 直ちにECCSを作ど」

 

彼の口から次の言葉は出なかった。

彼の口は無かった。

彼の口には大穴が空いていた。

その穴の向こうには、銃を構える所長が居た。

 

「装置を作動させてはならん!

メルトダウンを起こすのだ!」

「は……!?」

 

ここにきて彼等は漸く、彼がおかしいことに気付いた。

彼は正気ではない。

"服従の呪文"によって操られた、ヴォルデモートの人形に成り下がっていたのだ。

 

「メルトダウンを起こせ! フランスを滅ぼせ! マグルを殺せ!」

「所長! どうか正気に戻っ」

 

再び拳銃が火を吹く。

誰彼区別なく火を吹き穴を穿つ。

 

「うわあああ! く、狂った! あいつはもう狂っている!」

「こ、これが魔法なのか!?」

「逃げろ! 助けて! 撃たないでくれぇ!」

「メルトダウンを起こせフランスを滅ぼせマグルを殺せメルトダウンを起こせフランスを滅ぼせマグルを殺せ!!

我等の主の為に!

我等の主の為に!

我等の主の為に!」

「死にたくない! 死にたくないぃぃぃぃ!!」

 

現在もであるが、フランスは発電の70%を原子力で担っている。

これが全て崩壊した場合、フランスの生活基盤は……どうなるであろうか。

 

"原子力発電施設 全56基 メルトダウンにより崩壊

この放射能汚染、及びライフラインの断絶による死者数

2000万人 これは総人口の3分の2に相当する"

 

 

*

 

 

─ドイツ ベルリン─

 

「何だ? あれは?」

 

ふとした一言、それが虐殺、いや、蹂躙の始まりだった。

 

「あああああぁぁぉぁ!!」

「誰がぁぁぁ! 水を、ぐれぇぇ!!!」

 

それを眼にした人は、誰もが叫ぶ。

人だ、人が燃えながら歩いているのだ。

正しく文字通りの火だるまが、亡者の群れのように歩いていた。

 

だが、誰も振り返らない。

彼等は知っている、亡者の上に、これを作り出した張本人が居ることを。

 

二対の角、全身を覆う鱗。

火を吹く鼻に蛇のような尻尾。

ドラゴンが、約30匹ものドラゴンが大空を覆い尽くしていた。

 

「逃げろ! あんたも早く逃げるんだ!」

「逃げる? 何で?」

 

一人の男が、女に叫ぶ。

彼女は瓦礫を前に、そう呟く。

 

「赤ちゃんを置いては逃げれないわ、旦那を置いて逃げれないわ」

「赤ちゃん……何を……」

 

そう言いかけ、彼は気付いてしまった。

彼女が抱いている炭が、赤子なのだと。

瓦礫から伸びる上半身が、頭だけない上半身が旦那なのだと。

 

「私が守らなきゃ……赤ちゃんも……一緒に守りましょう? 貴方」

「…………」

 

ドラゴンに家を潰され、赤子を殺され、彼女はもう狂っていたのだ。

もう駄目だ、そう考えた彼も死んだ。

狂人を相手にしたせいで、彼も逃げ遅れたのだ。

 

「照準用意! 目標、巨大不明生物!!」

 

戦車隊が駆け付けた頃には、もうベルリンは原型を無くしていた。

 

「お、俺の町が……」

「よくも……よくもぉ!!」

「殺せ! あの化け物を絶対に許すな!」

 

いくら伝説に出てくるモンスターだろうと、戦車の主砲を何発も食らって耐えれる筈がない。

 

「総員! ファルエル!!」

 

だが、返事が来ない。

大砲の音も、返ってこない。

 

「どうした! 一体何を……」

 

息ができない。

声が出ない。

手が動かない。

 

「あ……ぎぎ……が……?」

「ガバァッッ!!」

 

血が止まらない。

何も見えない。

そして死んだ。

腐って死んだ。

 

それを見下ろしていたのは、ヒョウの体を持つ怪物。

所詮、鉄の塊。

毒の王である、ヌンドゥに敵う訳がなかった。

 

「痛いよぉ! 痛いよぉ!」

「嫌! 嫌ぁぁぁぁっっ!」

「パパァァァ! ママァァァ!」

「俺たちが、俺たちが何をしたんだ!? 何が魔法だ!!」

 

"ドイツ ベルリン崩壊 首都機能及びに政治機能喪失

累計死者数 約150万人

ベルリン総人口の半数に相当"

 

 

*

 

 

─ロシア 南部連邦管区─

 

1991年ソビエト連邦は崩壊し、それに伴い当時ソ連の農業を支えていたウクライナが独立、ロシアは深刻な食料危機に襲われていた。

その為現在ロシアを支えているのはここ、南部連邦管区である。

 

「火事だ! 火事が起こった!!」

 

今、そのロシアの生命線が燃えていた。

 

「消防はどうなってる!?」

「もう来てる! 消火も始まってる!」

 

農耕地帯の火災といえど、初期段階なら消化は簡単。

そう、それが、普通の火災ならば。

 

「なら何で消えないんだ!!」

「逃げろ! 早く逃げろ! もう燃え広がってる!!」

 

水を掛けても、消火液を掛けても消えない。

この炎は地獄の炎、怨念を撒き散らす地獄の炎。

魔法以外で"悪霊の炎"を止める方法は、ない。

 

「お、俺の畑が……」

「もう駄目だ! ここら一体全て燃えてしまった!!」

「ふざけるな! ソ連崩壊からの復興計画の真っ最中だぞ! 何人だ! 何人飢え死にするというんだ!」

 

″ロシア首長国連邦 各大規模生産拠点 焼失

1997年度の餓死者数 推計1億人″

 

 

*

 

 

─イギリス 首相官邸─

 

『首相! ヴォルデモートという人物の発言は真実なのですか!』

『魔法の存在を知っておられたのですか!?』

『何故あのような犯罪者を黙認していたのです!』

 

首相官邸に押し掛けるマスコミ達から逃げるように、首相へ駆け寄る官僚達。

 

「報道陣が抑えられません!」

「国防省との連絡が途絶えました! 他にも大多数が!」

 

次々と迫る報告を処理する間もなく、次の報告が現れる。

その光景は、正に溢れ出した濁流のよう。

 

(一体何がどうなってる、魔法界のことは魔法界で解決するんじゃなかったのか!

どうすればいい!? この状況で魔法など知らないとシラは切れない。

だが知っていたといえば、隠蔽していたことを責められる!)

 

首相である彼が魔法の存在を知ったのは、ついこの間。

念願叶って首相になったその日、魔法界の使者が現れたのだ。

そこから今の魔法界が、光と闇で二分されてることを知ったのである。

 

(ヴォルデモートとかいう男が魔法界の頂点というのは嘘っぱちだが、魔法を隠蔽してきた私が言った所で信じてはもらえない。

……じゃあ、じゃあ私は一体どうすればいいんだ!!)

 

権力にしがみつき、潔さを知らぬ愚か者。

これが″ツケ″だった。

争いを恐れ自らの世界に籠り、ぬるま湯に浸かってきた。

誰も何も知らないから、真実を知ることなく踊らされるのだ。

 

 

*

 

─イギリス マルフォイ邸─

 

会議の行われる大広間、そこは地獄の展覧会。

あちこちに浮かぶ映像が、各地の惨事を写し出す。

そして死喰い人はそれを肴に、宴に酔いしれていた。

 

「諸君、俺様のいとおしき諸君、これで″マグル作戦″の第一段階は完了した」

 

壇上に立つヴォルデモートが宣言し、大歓声が巻き上がる。

この日の為に彼等は多くの努力をした。

魔法省に悟られないよう、記憶を改竄しマグルの方法で各地へ潜入させた。

 

透明マントや錯乱の呪文を何度も駆使し、原子力発電施設や軍事基地に何度も潜入、今日この時瞬時に″姿現し″ができるよう内部を調べあげた。

 

それ自体を悟られないよう、破壊活動をイギリスに限定し、警戒心を削いだ。

そしてそれは遂に、実を結んだのである。

 

「あとは第二段階だが、俺様達はもう何もしなくていいのだ。

偽善は剥かれ、″魔女狩り″が甦る」

 

マグル作戦の第二段階、魔女狩り。

彼等はこの20世紀に、中世を蘇らせようとしていた。

しかし魔女狩りという時代遅れの産物が本当に甦るのか、一人の死喰い人が疑問を叫ぶ。

 

「では逆に聞こう、何故現代では魔女狩りが起こらない?

科学の発展か? 違う。

魔法の否定か? 違う。

人が進化したからか? 違う、違う、違う。

そもそもからして違う、魔女狩りは消えてなどいないのだ!」

 

両手を掲げ、ヴォルデモートが叫び出す。

人の真理を、人の本心を。

 

「あのようなものは、長年蓄えられた火花が豪炎となり、歴史に焼き付けたに過ぎない。

西洋で、アメリカで、アジアで、世界の果てで。

今日この時も魔女狩りは行われている。

魔法の有無など関係ない、髪の色が、眼の色が、肌が言葉が爪が細胞が身長が!

一つでも違えば、そいつは″魔女″になる!」

 

それは魔女狩りの本質。

人類が眼を背ける、決して認めようとしまい人間讃歌の汚点なのだ。

 

「だが、マグルどもはそれを認めようとはしない。

あれは科学的知識が足りなかったから起きた、偉大なる(どうしようもなかった)勘違いと片付けた。

それどころか、その本質に眼を向けず、無原の過ちと片付け、無限の忘却へと片付けた」

 

魔女狩りが起きたのは、集団ヒステリーの一種。

科学的知識が足りなかったから故に起きたのも、確かな事実の一片だろう。

 

「魔女狩りの本質とは、逃避の現れだ。

恐怖に直面したマグルどもは勇気をもって立ち向かうことはしなかった。

怪しさを、危険さを、灰の山から救い出すように仕立て上げ、魔女にする。

全ての黒幕にでっち上げ、英雄讃歌と共に吊し上げるのだ。

我々こそが正義! 我々は悪ではない!

それが何の意味もない、楽へ楽へと流される落日への逃避行だとしても」

 

今も、そう。

結局の所、人々は何一つ学んではいないのだ。

勘違いという、最も楽で、辛くなく、無責任で無意味な免罪符を買い漁っただけなのだ。

 

「魔女狩りを蘇らせるのは俺様達ではなく奴等自身だ。

見て見ぬ振りをし、世界中に溜まり続けた火種は、この400年でマグマの如く累積された。

何れ壊れたであろうその蓋を先んじて開けたに過ぎない、これこそが奴等の運命。

奴等は自分自身に滅ぼされるのだ」

 

疑心暗鬼に陥ったマグルは、自ら自滅するだろう。

しかし、隠れることに長けた魔法族は被害を受けない。

マグルがマグルだけを殺す一人芝居。

 

何より、その光景を見て、親マグル派はその意思を変えずにいられるだろうか。

御互い疑い、隣人が、家族が、親子で殺し会うその姿を見て。

 

親マグル派は消え、闇の陣営が増えていく。

最早勝負は決した。

後はこの混乱に乗じ、国を乗っ取るなり、対処に精一杯のダンブルドアを殺すなり、好きにするだけ。

 

「そして、俺様達純血だけが残る。

方舟へと乗り込んだ、ノアと家畜の番だけが残る。

あらゆる道徳に、論理に、歴史に寄生するマグルは滅び去るだろう。

そして、純血という未来永劫変わることのない絶対の秩序を持つ、不変という強者こそが、世界の規範となるのだ!」

 

″マグル根絶計画 マグル作戦″

 

ヴォルデモートの恐るべき計画は、今正に成就してしまったのであった。

 

そして今日

錯乱の呪文で暴走し

世界各地に降り注ぎ

反撃が降り注ぎ

 

第三次世界大戦(核戦争)が始まった




家族、望み、笑い、涙。
かつてこの星に息づき、溢れていたもの。
それらは、ある日砕けて、無造作な瓦礫となった。
瓦礫は蒔かれて地表を覆い、廃墟となった。
いま、人が瓦礫を踏みつける。
怒りと悲しみの人の素顔が、荒れた空気に晒される。
次回「恩讐」。
風に散る残骸が、心の姿。




やり過ぎたかもしれない。
でも実際ポッター世界の呪文って、やろうと思えばこれくらいできると思うんだけどな。

※追記
Q これ核で魔法界も滅ぶんじゃね?

A 二つに分けて説明致します。

 始めにホグワーツや魔法省と言った重要施設ですが、こちらにはマグルの機械が使えなくなるような呪文が掛けられています。
よって核は無力化されます。

 次にウィーズリー家やその他のエリアですが、重要施設同様そもそも発見及びに位置特定が困難であり、ピンポイントで撃ち込むのは非常に難しいと言えます。

 こういった場所に放射能が到達する可能性は否定できませんが、以上のことから核戦争に巻き込まれることで魔法界が消滅するのは、まず無いと考えていいでしょう。


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第五十九話 「恩讐」

『御覧下さいこの光景を、タワーブリッジやロンドン橋は崩れ落ち、跡形もありません。』

『たった今、アメリカ大統領の遺体が確認されました、また多くの政治家が死亡しており、今後の対策すら立てられていません』

『犠牲になった国民の皆様に対し、黙とうを……』

『我が国へ撃ち込まれた核に対し、報復を行うかの結論はまだ……』

 

ラジオから聞こえる、冗談のようなニュース。

これはそうだ、お昼時のSF番組に違いない。

そう信じたい、そう信じていたい。

しかし、SF番組にヴォルデモートの名が登場する筈がない。

 

「ダンブルドア! これは一体……!」

「ミネルバ、生徒を大広間に集めよ、他の寮監の先生方もじゃ」

 

指示に従い走り出す教員達を見送り、キリコ達も歩き出す。

だがダンブルドアもスネイプも、その動揺を隠し切れてはいなかった。

 

「何故じゃセブルス、報告によればマグル作戦の決行はまだ先だった筈」

「我輩に警戒して計画を早めたのでしょう、我輩はまだ信用されておりませんので」

 

二重スパイスネイプはまだヴォルデモートに信用されておらず、スパイの可能性を疑われている。

彼が信用を得れるのは後に行われる、ダンブルドア暗殺計画の後なのだから。

 

「計画に先んじて、対策を進めていたのじゃが……間に合わんかったか……」

「……魔法省の足が遅いのは、どの国でも同じです。

特に校長の場合、去年のアンブリッジによるネガティブキャンペーンがまだ尾を引いております」

「最早計画は止められぬ、このままでは世界は終わるじゃろう」

 

ダンブルドア達の会話を黙って聞いているキリコもまた、動揺していた。

まさか、これが、"予言"の時なのか。

異能者の予言に書かれた、世界が炎に包まれるという一文。

今正に世界は核の炎に包まれようとしていた。

……だが、本当に核で包むのだろうか。

ヴォルデモートの目的はマグルと穢れた血の根絶、しかし放射能汚染が進めばそれどころではない。

 

「いえ、世界そのものを終わらせる気はないようです」

「どういう事じゃ」

「闇の帝王はマグル根絶までは考えていないご様子、純血だけで社会を回すのは不可能だとご理解なされているのでしょう」

 

言うまでも無く純血の数は非常に少ない。

彼等以外が全滅したら、社会はどうなるか。

食料は作れない。

秩序も回らない。

本心では絶滅を願っていても、現実はそうとは許してくれないのだ。

 

「帝王は放射能を取り除く魔法を開発なさいました、暫く経った後、自分達に平服する者達にだけこの呪文をお掛けになる模様」

「……そして人々の対立はより深まる、という訳じゃな」

 

核戦争、放射能汚染すら利用するヴォルデモートに、キリコはもはや感服するしかなかった。

絶滅ではないが、純血以外の全てが純血を支える社会。

成程、ヴォルデモートの理想だな。

 

「ともあれ、まずは生徒達を少しでも安心させねばならぬ」

「ええ、これに乗じ騒ぎ出す愚か者もおりますでしょうし……」

 

 

 

 

そうして大広間に集められた生徒達だが、存外にも彼等は落ち着いていた。

いや、理解できていないのだ。

余りにも非現実的、余りにも滑稽な、余りにも無茶苦茶な現実に。

ならば、今の内に安心させねばならぬ。

ダンブルドアが語り出す。

 

「皆の者、よく聞いて欲しい。

先程の空に映し出された光景は、残念じゃが全て真実じゃ」

 

真実、現実、それが生徒達に叩き付けられる。

 

「これから先、マグル達による魔女狩りが始まるじゃろう。

裏切り者を暴き出し、背教者を罰する為に。

じゃがその中に皆はおらぬ。

長年その目を誤魔化し続けた儂等を捉えることは、決してできぬのじゃから」

 

少なくとも自分達が標的になることはない。

その事実は、ほんの些細な多少ではあるが、彼等を安心させるのには十分である。

 

「その分、マグルの凄惨な殺し合いを目にするじゃろう。

親を疑い、子を売り飛ばし、友と殺し合う。

まさしく地獄のような光景を、嫌でも目にするじゃろう。

そしてマグルを、恐るべき悪魔と蔑むじゃろう」

 

そして親マグル派は悉く消え、闇の陣営がその根を伸ばす。

マグルへの疑いは土を肥やし、根が深く張られるのだ。

 

「じゃが、それこそがヴォルデモートの狙いじゃ。

マグルを両親に持つ者達に尋ねたい、君達の両親は、そのような者じゃったか?

マグルの友を持つ者達に尋ねたい、君達の友は、そのような者じゃったか?

マグルと関わりのない者達に尋ねたい、君達はマグルのことをどれ程知っておる?」

 

何故、相手を敵と断定できるのか。

何故、魔女と断定できるのか。

何故、何も知らないのに、断定できるのか。

 

「君達は知っている筈じゃ、親の愛を、友との友情を。

君達は知らぬ筈じゃ、マグルの素晴らしさを、儂等と何ら変わりないことを。

今、こうして起こっていることはマグルだから起きておるのではない、人が人じゃから起きておるのじゃ。

ヴォルデモートが猛威を振るっておったあの頃、世界は闇に包まれておった。

誰に服従の呪文が掛けられておるのか、誰が脅されておるのか。

誰も信じられず、お互いを売り合う時代が、儂等にもあったのじゃ」

 

あの暗黒時代、それは服従の呪文の全盛期でもあった。

家族か、友か、赤の他人か。

誰もが誰もを疑う、そう、正に今の様な時代が確かにあったのだ。

 

「しかし、儂等は乗り越えた。

確かに一度、その悪夢を乗り越え、平和を勝ち取ったのじゃ。

今のマグル達も同じじゃ、必ずやこの暗黒を乗り越えることができる。

絶望してはならぬ。

悲観してはならぬ。

ましてや、軽蔑などあってはならぬ。

信じるのじゃ、皆が知る"友情"を、そして"愛"を」

 

マグルだから魔女狩りが起きたのではない。

魔法族でも魔女狩りは起きたのだ。

なら我等は同じ、人間なのだろう。

なればマグルもまた、魔法族同様平和を勝ち取れるのだろう。

 

「憎むなとは言わぬ。

疑うなとも言わぬ。

しかし、それでも尚信じなくてはならぬのじゃ。

それこそが、儂等が"人"であり続ける為に、絶対に守らねばならぬ一線なのじゃから」

 

どうか化け物にはなるなと、人であれという願い。

届いたかどうかは分からないが、生徒達を落ち着かせることだけはできた。

 

「マグルの世界で暮らしている親が居る者は教員方に申し出よ、直ちにその者等を保護する制度を作るのでな。

また休暇の間も迂闊にであるかず、魔法は決して使用しないよう心掛けよ」

 

かくしてホグワーツ内の混乱は一先ず収まる事となった。

だが世界の混乱、否、戦争は収まることはない。

この戦争の終わりは、予想もできぬ程に遠いのだから。

 

 

*

 

 

マグル作戦から数週間後、世界は混迷の一途を辿っていた。

アメリカは南北に分裂し、第二次南北戦争が勃発。

ロシアでは魔女狩りが再燃し、かつての大粛清を繰り返している。

これと同じ規模の虐殺と混乱が、世界中を包んでいた。

 

……この嵐の中で、ホグワーツが無事なのは奇跡と言ってもいいだろう。

と言うより、マグルがどう頑張っても魔法使いを殺す事は出来ない。

多くの結界により、侵入どころか探知さえ防いでいるのだから。

 

混乱の最中、俺は……荒れ狂う海に浮かぶ、岩礁に立っていた。

空を見れば曇天、海を見れば猛獣。

此処だけ周囲と、空気が違っている。

 

「……ヴォルデモートの分霊箱(ホークラックス)が、何かしらの影響を及ぼしておるのかもしれぬ」

 

推測するダンブルドアが洞窟に向かって歩き出し、後ろに追従する。

そう、俺はダンブルドアと共に、分霊箱の下見に来ていたのだ。

 

「済まんのう、手伝って貰ってしまって」

「……気にするな」

 

ダンブルドアは探索や調査の果てに、此処に分霊箱の一つが在る事を突き止めたのだ。

そして此処に気付く切っ掛けになったのが、ヴォルデモート自身の記憶。

 

「ハリーとの個人授業でトムの記憶を何回か覗いていたのじゃが、幼い頃のあやつがこの洞窟を訪れていた事が気になってのう」

 

結果行ってみた所、遠目に分霊箱らしき物体を確認したのである。

ダンブルドアは最終的に、ハリーと共にこれを奪取する腹積もりだ。

当然キリコは尋ねる、何故ハリーと行くのかと。

 

「……それを確かめる為に、おぬしと来たのじゃよ」

「……そうか」

 

訝しむキリコだが、今回は彼の正直さを信じる事にした。

彼は事前に聞いている、自分が呼ばれたのは、ある種の人柱としてだと。

 

「……分霊箱には、多くの罠が待ち構えているじゃろう。

しかし儂等は何としても奪わなければならぬ、故に……お主に来てもらったのじゃ」

「……罠の情報を持ち帰る為か」

「……そうじゃ」

 

キリコは生き残る、何が起きようとも。

故に此処にどんな罠が在るか確かめ、情報を持ち帰るには最適な人員。

ダンブルドア自身が行くリスクは避けたかった、彼にはマルフォイを救う使命が残っていたからだ。

 

しかしそれは、キリコに毒見役に成れと言ってるのと同じ。

ダンブルドアは当初、少し誤魔化して言おうと考えたが……直ぐに止めた。

キリコは自分が守る童でも無ければ、導かねばならぬ存在でもない。

対等に接するべき、一人の戦士。

 

……何れにせよ断る筈が無い、という計算をしていた事も含め、全部キリコに伝えたのである。

結果、キリコの協力を得る事に成功したのだった。

 

「ところでダンブルドア軍団の調子はどうじゃ?」

 

何時までもこんな腹黒い話題をしたく無いのはお互い様、一応聞いておきたかった事でもあるので話を変える。

 

「概ね順調だ」

 

あれから数か月、最大の課題かつ問題点だった体力は殆ど解決した。

全員正規軍人程では無いが十分な体力と、十分戦い続ける事が出来る魔力を獲得。

これなら、延々と簡単な呪文を撃ちつつ逃げ続けるという、ゲリラじみた戦いが可能になるだろう。

 

「成程、今はどうしておる?」

「……個人個人での特訓が主だ、俺の出番は殆ど終わっている」

 

例えばハリーなら、兵士を鼓舞する英雄といった役割だ。

生き残った男の子という知名度も、追従する実力も十分。

その為、純粋な戦闘能力の強化がメインになっている。

 

ロンは、チェスの才能から派生した戦略の予測能力。

即ち、指揮官としての役割が適していると判断。

全体を見渡す能力と、素早い思考能力の強化に努めている。

 

ハーマイオニーは当然、指揮官であるロンの参謀だ。

今日も彼女は図書館で、戦略書やら何やらを読み込んでいるだろう。

 

「そうか、何にせよ生き残る力が付いたのは何よりじゃ……ありがとうキリコ」

「……お前はどうなんだ」

「うむ、個人授業は順調じゃ……先日ハリーが、遂にスラグホーン教授の記憶を手に入れてくれたのじゃ」

 

ヴォルデモートを滅ぼすのに、スラグホーン……トム・リドルに分霊箱の存在を教えた彼の記憶は、非常に重要であった。

そこから分かった事実、分霊箱は本人の命を含め『七つ』存在しているという事。

 

「……それは俺のお袋が残したメモで分かったんじゃないのか」

「確かにそうじゃが……言い難いのじゃが、あのメモには根拠が無かった。

相手は仮初とはいえ不死を得た存在、根拠と確証の無い情報で動くのは、危険なのじゃよ」

「…………」

 

言っている事は分かるが、事実自分の母親の努力を無駄にされたのと同じ。

キリコにしては珍しく、不快な気持ちを余り隠さなかった。

 

「……それ以外にも理由は有る、ハリー自身に分霊箱が『六つ』だと印象付けたかったのじゃ」

 

キリコは不信感を更に高めた、ダンブルドアは説明していない、何故『六つ』と印象付けなくてはならないのか。

 

「……済まぬ、それだけはどうしても話せぬ」

「…………」

「話した方が良いのは分かっておるが、話せば全てが瓦解し、最悪ハリーが戦いから逃げてしまう可能性もあるのじゃ。

無論あの子がそんな、儂の様な臆病者でない事は知っておる、しかし……儂はどうしても、恐れてしまう」

 

……何故印象付けなくてはならないのか。

それは、ハリーに時が来るまで悟られてはならないから。

万一気付かれれば、自分の運命に恐怖するかもしれないから。

 

ハリーは、ヴォルデモートに殺されなくてはならないという運命を。

分霊箱は、合計『七つ』存在してしまっているのだ。

 

幾つもの分霊箱を作った事により不安定になった彼の魂は、ハリーに殺された時、一瞬だが散らばってしまった。

その時、一部が引っ掛かってしまったのだ。

 

ハリーこそ、『七番目の分霊箱』だったのである。

 

一応彼の見立てでは、一度死んでもトムの魂が死ぬだけに留まると推測している。

だが確証は無い、その一撃で彼は死んでしまうかもしれない。

死ななければ、帝王を滅ぼせない。

それを知った時ハリーがどう動くか、ダンブルドアは恐れていた。

その事実が、キリコから伝わってしまう事も。

 

「……時が来れば、おぬしらにも儂自ら全てを話す」

「……分かった」

 

キリコは取り敢えず、この疑惑を保留する事にした。

ダンブルドアの瞳に映る、良心の呵責は間違いなく本物だったからだ。

自分の口から話すのなら、尚更だ。

……しかしお袋の努力を無駄にされて怒るとは、俺にこんな面が有ったのか。

自分で驚きながら歩く彼等は、洞窟の中へ辿り着く。

 

「……頼むぞキリコ、それは事前に言った通りじゃ」

 

キリコは目の前に有る石の扉に向けて、自分の手を翳す。

 

セクタムセンプラ(切り裂け)

 

スネイプから教わった呪文が、自分自身の腕を傷付ける。

ポタポタと滴る血が扉に染み込み、動き出した。

この扉は、血を捧げなければ開かないのだ。

 

苦痛に顔をしかめる彼に、ダンブルドアが直ぐ様治癒呪文を掛ける。

 

「……済まぬ」

 

申し訳無く頭を垂れる彼を一瞥し、キリコは先へ進む。

扉の奥には、広々とした、だがコールタールの様に真っ黒な湖が広がっていた。

そこの再奥の小島に有る、小さな台座。

 

キリコは備え付けられていたボートに乗り込み、島へ向かって漕ぎ始める。

 

「此処からは儂も知らぬ……覚悟しておくれ」

「…………」

 

如何にも何か潜んでいそうな湖だが、特に罠らしき予兆は無い。

島に上陸したキリコは、台座に置かれた皿を見る。

謎の液体に満たされた皿の底には、光るロケットの様な物が見えた。

 

これが、分霊箱か。

取り出そうと液体に手を突っ込み、ロケットを掴むが、それ以上引っ張れない。

……水をどうにかしないと取れない様だ。

続けて持っていたコップで水を救い取るが、一向に減る様子は無い。

 

飲んで減らせと言う事か、どうやら相当厄介な代物らしい。

得体の知れない液体を飲む事に嫌悪感を顕にしながらも、キリコは液体を飲み込んだ。

 

「ッ!」

 

瞬間、キリコの脳裏に衝撃が走る。

殴られたのとは違う、稲妻が走り回る様な、焼き付く様な痛みが。

 

巡る、記憶が巡る。

自分に寄り添い、永遠の眠りについたあの流星が。

目覚めて消えて、追って失ったあの赫奕が。

漸く会えると希望を抱き、絶望に変わったあの始まりが。

アーチに向かって落ちて、消えた友の姿が。

 

「……み……ず……!」

 

凄まじい勢いで、壊れたテープが回る。

混乱と錯乱、抉り出されるトラウマにキリコは喘ぐ。

この感覚、覚えが、在る。

一年の時、禁書に触れて掛かった。

黒ローブが仕掛けた、呪いと、同じだ……!

 

だがこんな惨たらしい罠に、慣れる訳が無い。

のたうち回りながらキリコは杖を構え、『水増し呪文』を唱える。

副作用か分からないが、喉が渇いて仕方なかったのだ。

 

「……出ない……のか……!」

 

性質が悪い事に、いや狙いなのか、呪文封じの結界が張られている。

水を得れなくなったキリコは、本能的に湖へ近付く。

明らかな罠だが、過去の牢獄に囚われた彼に思考する余力は残されていなかった。

 

「ッ!」

 

第三者から見れば予想通り、これこそ罠。

湖に近付いたキリコに、水底から這いずり出た亡者の群れが絡みつく。

遠目で見ていたダンブルドアは、この罠の狙いを理解した。

扉で血を使うのも、毒水でトラウマを甦らせ、喉を乾かせるのも、この為。

混乱する思考と失われた体力、亡者に抗う気力すら出せずに、侵入者は溺れ殺されるのだ。

 

罠は分かった、もう今の所用は無い。

直ぐにキリコを救出しなければと、半身が呑み込まれたキリコに向けて杖を振るう。

 

「感謝するキリコ、今助けよう!」

 

杖の先から、炎が現れる。

オーロラの様に広がった悪霊の炎が地上へ舞い降り、水面とキリコに群がっていた亡者は瞬く間に消し飛ばされた。

キリコは無傷である、これと同時に、彼の周辺に結界を張ったからだ。

 

パーティス・テンポラス(道よ開けよ)! アクシオ(来い)・キリコ!」

 

続けて悪霊の炎を真っ二つに裂き、出来上がった一本の道沿いにキリコを呼び寄せ、そのまま受け止める。

ダンブルドアは直ちに気付け薬をキリコに飲ませ、彼の正気を取り戻させた。

 

「ッ!? 俺は……一体」

「お蔭で罠の突破方法が見い出せた、さて帰ろうかの」

 

完結に礼を述べ、素早く洞窟から脱出。

同時に姿くらましを行い、二人はホグワーツへ帰還した。

 

「…………」

 

疲れた、とキリコは天文台に凭れ掛かる。

彼を見たダンブルドアは、一杯の珈琲を持って来た。

キリコは無言でそれを受け取り、ちびちびと啜って行く。

 

「……おぬし程の精神力を持ってしてもこうなるとは、やはり予定通り行くべきじゃのう」

「…………」

「もう一つ言うべき事があるのじゃが、後日にしておこう」

 

ダンブルドアの声は殆ど聞こえていなかった。

俺の中に渦巻いていたのは、あの日の幻影。

そこから手を差し伸べてくれたのは、あいつだった。

……だが、それすらも幻影に成り果てた。

朦朧とする蜃気楼、全てが白昼夢に成る感覚。

過去は、俺を捉えて離さない。




悔やんでも、悔やみ得ぬもの。
届いても、届き得ぬもの。
狂おしいまでの無念が、覆せぬ道理が、殺意と闘志を育む。
心に地獄を持つ者同士の、理不尽なる茶番が、再来する過去を整える。
次回「纏」。
流される己の血潮で、差を埋める。


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第六十話 「纏」

イギリス魔法界の中心、魔法省。

秩序の要であり、権威の倨傲。

絢爛たる地下に渦巻くは、傲慢か、欲望か。

 

「日刊預言者新聞です! スクリムジョール魔法大臣は現状をどうするつもりなのでしょうか!?」

「具体的解決案はあるのでしょうか!?」

 

エントランスに押しかけるマスコミは、餌を待つ雛鳥に見える。

親鳥は何も無いと、餌を喰らって飛んで行く。

マグル作戦以来、魔女狩り以来の大混迷に陥った魔法省に、かつての権威は無かった。

 

そんな空虚な大伽藍と化した会議室で、局長達が話し合いと言う名の告別式を送っていた。

 

「ジャックボルト局長、死喰い人の対策はどうなっているのかね!?」

「現在彼等は殆ど破壊活動を行わず、現れて、悪霊の炎を放つ、吸魂鬼を放つなどした後、直ぐに逃走するという行動を行っています。

我々が着く頃には、それらの対処しか……」

「迅速な行動が足りないのではないか!?」

「人員が足りていないのです、我々は時に起こるマグルの破壊活動にも人員を割いているのです」

 

姿を隠す魔法使いを、マグルが見付ける事は不可能。

だが、大まかな場所を割り出す事は出来る。

マグル……の中でも特に過激な一派は、魔法使いの目撃情報が在る場所を中心に、無差別爆撃を行っていた。

闇祓いは、それにも備えなければならないのである。

 

「マグル側の現状は今どうなっているのですか」

「……最悪、としか言いようが無い。

名前を言ってはいけないあの人が、自身を魔法界の王だと宣言してしまった。

我々とマグルは元々交流を行っていない、総理一人なら兎も角、マグル国民の多くは、例のあの人の発言を信じているのだ」

 

それに拍車を掛けているのが、散発的な死喰い人の破壊活動。

被害に合ったマグルは、正義を謳っているのに、直ぐ来ない闇祓いを不審に思い、結果帝王の発言が真実だと考えてしまうのだ。

何もかもが例のあの人の思惑通り、マグル作戦を許した時点で手の打ちようが無くなっていた現実に、スクリムジョールは頭を抱える。

 

「……英国政府の方はどうなっている、ルスケ上級次官」

「……どうしようもありませんな」

 

彼の質問に、コッタ・ルスケもとい死喰い人、ロッチナは応える。

 

「政治家は支持率で動くもの、市民の大多数が魔法族根絶を歌っている以上、彼等もまた魔法族の根絶をマニフェストにしています」

「そうか……」

「こちら側としましてはやはり、そもそもの原因である闇の帝王を一刻も早く倒さなければならないと考えております」

「だが、その人員が足りないと言っている!」

「ジャックボルト局長、対局を成すには……犠牲が必要です」

「市民を見捨てろと言うのか、貴方は」

「マグル作戦を許した時点で、我々にはもう市民に構う余裕は無いのです」

 

ルスケの過激とも言えるやり方だが、魔法界を存続させるには必要だろう。

だがこれこそ、ロッチナの狡猾な策。

魔法省側からすれば、現状解決に最も近い考え。

しかし実行すれば多くの魔法族はマグルの犠牲となり、マグルを憎み……闇の陣営に加わる。

こうなれば、死喰い人の利である。

実行しなければ、そのまま死喰い人が自由に動ける。

どちらに転んでもロッチナに害は無い、狡猾な政策提言だったのだ。

 

「それ見ろ! だからマグルに隠れなどせず、支配体系を築けば良かったのだ!」

「何を言う! それは国際魔法法に反するぞ!」

「既に国際協力など無い、どこもかしこも自国の対処に目一杯だ!」

 

叫び、暴れ、会議は回る。

全く、話し合った所でどうしようも無いと言うのに。

ロッチナは無関心に、視線を冷たくする。

 

根本的な話、彼は魔法省がどうなろうが闇の陣営がどうなろうがどうでもいい。

キリコを追い続けられれば、後は野と成れ山と成れ。

魔法省に入ったのも、死喰い人に成ったのも、視界を広げキリコを見付け易くする為。

だからこそ、捉え方によって『利』にも『害』にも成る事を言うのだ。

 

「大変です大臣! 緊急事態です!」

「どうした!」

 

そしてロッチナを除き、此処に居る彼等全員に激震が走る。

意味するは終わり、若しくは新たな始まり。

 

「英国総理が殺されました! 軍事クーデターです! 魔法族完全根絶を目指す軍事政権が樹立しました!」

「何だと!?」

「同時にこちらに宣戦布告! 降伏は認めず、生息するであろう『巣』を空襲し続けるとの事!」

「会議は終了だ! 直ちに各部で情報収集を!」

 

慌ただしく出て行く大臣や局長達、一歩遅れルスケも歩き出す。

最も彼の今の仕事は、主にマグル側の政治家との交渉。

こうなった以上、私はお役御免か……別の仕事に回されるだろう。

さて、無駄な交渉を素早く終わらせるか。

不敵に笑いながら、自室へ戻るロッチナ。

 

「……紅茶を頼む、エディア」

「私は貴様の小間使いになった覚えはないのだがな」

 

愚痴りつつも持って来た紅茶に口を付け、まずはと一息。

続けて羊皮紙を手に取り、無駄だと分かり切っているが、関係者への手紙を書き始める。

 

「会議はどうだ」

「相変わらずだ、これなら……アストラギウスの軍事政権の方がまだ纏まっている」

 

あそこが腐っていなかったとは言わないが、軍人出身者が多かった分、頭にせよ政治闘争にせよ、無能はそこまで居なかった。

大して魔法界は純血主義により、無能が政治家に成るケースが多い。

全く持って度し難いと、内心で呆れる。

いや、それとも……

 

「ワイズマンの、掌の上なのか」

 

ロッチナは疑問に思っていた、このマグル作戦を立てたのはワイズマンなのではないかと。

幾ら魔法の力を使ったとは言え、あれ程世界的なテロ行為が、スムーズに行くとは思えない。

だが、ワイズマンが手伝っていたと仮定すれば。

かつて銀河を支配した存在が、居るならば。

 

「……アストラギウス銀河三千年に君臨し、私やキリコ、フィアナを操った存在。

やはり現実味が無い」

 

イプシロンはワイズマンと、直接会った事は無い。

ロッチナから伝え聞いただけ、故にどうしてもこんな、出鱈目な怪物が実在するのか、実感を持てないのである。

 

「だが現実だ、神は哲学者だけの存在では無くなっている。

この世界にも存在しているのは間違いないだろう、それはお前も分かっている筈だが?」

「…………」

 

ロッチナは確信していた、キリコの予想通り。

彼はこの立場からも、情報収集を行っていた。

スネイプへの梟便、クィレルから聞いた黒ローブ。

更に自分やキリコ、イプシロンの存在。

これだけの疑惑があって、ワイズマンが居ないとは考えられない。

 

「……場所は、知らないのだな」

「ああ、私が知っているのは『実在しているかどうか』だけだ。

……見当は付いているがな」

「それは何処だ?」

 

イプシロンの皮一枚下に、衝動が渦巻く。

殺したい、自分の誇りを穢したあの存在を抹殺したい。

無機な機械の歯車が、鉄と血で出来た殺意を錬成する。

 

「……お前にも教えた筈だ、今まで神は何処に居たのかを」

「……クエント、そしてヌルゲラント」

「だがそれは認めん」

 

ロッチナは釘を刺す、今好き勝手動かれては困るのだと。

お前を拾ってやったのは何処の誰だ?

お前に真実を教えてやったのは誰だ?

与えた恩は楔となり、彼の自由を奪い取る。

 

「お前には……最後の一仕事が残っているのだ、それが終わるまでは居て貰うぞ」

「分かっている……!」

「何処へ行くつもりだ?」

「何処でも構わないだろう、貴様の指示を受けれる場所に居れば」

 

静かな怒声と共に、影の中へ消えて行くイプシロン。

……やれやれ、まだ若い。

彼を見るロッチナの目は、妙に優し気だ。

不快に感じる事も無く、彼は電話を手に取る。

 

「私だ……報告をしろ、クィレル」

『はい、例の武器商人に頼んでいた『液体』ですが、完成した様です』

 

不敵な笑みを浮かべるロッチナ、漸くだ、漸く私の願いが叶う。

願いというにはささやかだが、これでやっと、お目に掛かれる。

数年前から武器商人に頼んでいた『液体』の完成は、ある意味彼の悲願だった。

 

「他の二つは……どうだ?」

『宇宙開発局に頼んでいた『赤い宇宙服』と、軍事工場に発注した『妙な兵器』ですね。

どちらも、完成は間近だと……』

「フフフ……それは良い、実に良い事だ」

『ええ、両組織からも、多額の研究費に感謝するとの声が……』

「それには君が適当に返事をしてくれたまえ、では」

「え!? ちょっとお待ちを───」

 

この程度なら、キリコの行動に影響はあるまい。

聊か趣味に走り過ぎな気もするが……アンブリッジ追放、その謝礼の一つと思えば良いだろう。

ここからだ、世界が……異能の因果に巻き込まれるのは。

中心に居るキリコが何を成すか、私は観客席から見守っていた。

 

 

*

 

 

誰しもが溜息を漏らす学年末試験も終わったある日、ダンブルドア軍団の面々は必要の部屋内部に創られた惑星オドンに集められていた。

 

「……訓練のまとめが、最後の訓練だ」

 

今まで見て来た仮初とは言え地獄、それが実っているのかキリコは確かめ様としていた。

体力訓練、撃てる呪文の絶対数の上昇。

これが実戦で使えなければ、意味が無い。

 

「やる事は簡単だ、3キロ先の地点に用意した旗を回って、此処に帰って来ればいい」

 

彼等は息を飲む、キリコは簡単と言ったがそんな筈は無い。

絶対に恐ろしい罠の数々が仕掛けられているに違いない、これを乗り切らなければ帰ってこれない様になっているだろう。

 

「ルールは特に無い、以上だ、始め」

 

機械的に語るキリコの開始宣言と同時に、走り出す生徒達。

以前の様に、走り出す事その物に時間が掛かる、新兵の面影は何処にも無かった。

それに速い、アスリート程では無いが、息を切らさず一定のテンポで走り続ける姿に、キリコは訓練の成果を見た。

オドンの瓦礫を踏み締め、奈落を飛び、荒れ地を登る。

これなら、どんな無茶苦茶な状態に成った戦場でも走り回れるだろう。

 

「…………」

 

なら後は実際の戦場と、此処に欠けてる要素を追加するだけだ。

 

「───しゃがめ!」

 

最初に気付いたのはロン、彼が叫ぶと同時に理解を後回しにした生徒達が指示に従った。

直後襲い掛かって来たのは、マズルフラッシュと大量の弾幕。

一斉掃射の跡には、真っ赤な絨毯が敷き詰められていた。

遠くから、キリコの声が響く。

 

『ペイント弾に当たったヤツは失格だ』

 

そっと頭を上げたハリーが目にしたのは、地獄だった。

何処かで見た、いや三大魔法学校対抗試合以来キリコの代名詞となった呪文が作り出す有人型石人形。

地平線に、スコープドッグの大群が映り込んでいたのだ。

 

このATは無人型である、本来のゴーレムの特性を一部戻したのだ。

唯一違うのは、手にペイント弾入りのアサルトライフルを持っている一点。

数と弾幕、これがあれば多少の技量は要らない。

古来より戦争とは、如何に一人の強さを一定水準まで伸ばすかが要なのだ。

 

再び振りまかれる弾幕の暴力に、ロンが叫んだ。

 

「全員バラバラに動くんだ!」

 

指示を合図に散開する、一か所に纏まっていては一網打尽。

単純な思考しか出来ない自動AT軍団は、彼の予想通り弾幕をバラケさせて行く。

 

……やはり、あれは実戦では使えない。

キリコは思う、苦労して何機も作ったが、手間と結果が合っていない。

あれでは少しの手練れ一人に、全滅させられるだろう。

そもそも機動力が利点のATなのに、細かく動けないのではただの木偶だ。

 

だからこそ、この場ではもう一工夫しておいた。

散開していた内の一人が、突如爆発に襲われ……咄嗟に張った『盾の呪文』で助かる。

驚愕する周りの中で、ハーマイオニーが真っ先に気付いた。

 

「地雷よ! ゴーレムの周りは全部地雷原だわ!」

 

続けてロンが、キリコの狙いに気付く。

これは恐ろしい罠だ!

地雷原と知ってしまえば、恐怖で動けなくなる。

けどそれで足を止めれば、ペイント弾の餌食だ!

空を飛んでも、あの弾幕は躱せない!

 

ロンの予想通り、生徒達は地雷を恐れ動けなくなってしまう。

後は簡単だ、動かない的にアサルトライフルで一発当てれば、生徒は失格になる。

 

だが恐怖に竦んだ彼等を突き動かすのが、ハリーの役目。

 

「アクシオ・ファイアボルト!」

「…………!」

 

キリコの目が驚きに染まる、ファイアボルトだと。

だが事前に近くに持って来ていなければ、呼び出す事は不可能。

自分を掠め飛んで行く箒を眺め、キリコは気付く、まさか試験内容が漏れていたのかと。

 

だがそれは違う、彼等は備えていただけだった。

ロンは考えた、相手はキリコ、絶対えげつない最終試験をして来るに違いないと。

ハーマイオニーは提案した、なるべくあらゆる準備をしようと。

前日の内に、この部屋の近くまで持ち込まれた、あらゆる道具。

この展開はキリコの性格を考え、対策を練った彼等の一手だったのだ。

 

コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

圧倒的な高速機動によって弾幕を掻い潜りながらATを破壊していくハリー、当然AT軍団は彼に弾幕を集中させているので、地上の生徒達は自由になる。

だが地雷は健在、如何に突破するべきか。

 

「ロン! 守護霊よ! 視界を同調させれば!」

「そうか! 使える人は地雷を探して上で旋回してくれ!」

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

呪文を使える生徒達が光り輝く守護霊を呼び出す。

彼等がしようとしているのは、地雷の探索。

守護霊と視界を同調させれば、地面の中の地雷を探す事は容易い。

地雷の上を旋回する守護霊に向かって、爆破なり石化なりを撃ち込んで行く。

そして突破口が作り出され、生徒達は一気に走り出す。

同時にATも爆破呪文で破壊して行き、このまま試験は攻略と思われたその時。

 

「……ッ!?」

 

上空を飛行していたハリーに悪寒が走る。

振り向いた先には、自分以外居ない筈の、箒に乗った人影が。

 

「キリコ!?」

 

最高速度と瞬間加速だけならファイアボルトに並ぶ、インファーミス1024に乗り込んだキリコが現れた。

そもそも自分が妨害しないとは、一言も言っていない。

アサルトライフルを構え、下の一本道を走る生徒達に照準を合わせる。

 

「させない!」

「…………!」

 

唐突に始まったキリコとハリーの対決。

ライフルを乱射し高速で迫るキリコを、紙一重で躱す、制動力はこっちが上だ!

背中を向けるキリコに杖を合わせたが、擦れ違い様に投げられた手榴弾の回避が優先。

相手は飛び道具持ち、下手に離れたら不利になる。

ハリーは手榴弾の爆発を背景に、キリコまで急速接近。

 

ライフルの牽制は、ファイアボルトには効かない。

目と鼻の先にハリーの杖が突き付けられた瞬間、キリコは箒から降りた。

と見せかけ、箒を武器の様に振り回す。

体を曲げ回避したハリーだが、片手での挙動の代償は、杖の落下だった。

 

「杖が……!」

 

ハリーは杖が無い、キリコには杖もライフルも有る。

最早勝負は決まった、後ハリーに出来るのは全員が目標を達成するまで時間を稼ぐ位。

ファイアボルトを全力で飛行させる彼に、キリコが追従する。

 

箒の性能もクィディッチの経験もハリーが上だが、その有利性はキリコの攻撃によって埋められてしまう。

攻撃を躱す事を意識すればどうしても速度が落ち、その分接近を許し、更なる攻撃の激化を招く。

どうしようも無い悪循環に、ハリーは追い詰められていた。

 

「ッ!?」

 

しかし、突如キリコの視界が何かによって塞がれた。

彼は直ぐ正体に気付く、これは守護霊だと。

視界の端に映り込むルーナ、彼女が守護霊を目晦ましとして使い、ハリーの逃走を援護していたのだ。

ならこちらも守護霊を使えば良いと、杖を振るう。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

ルーナに向けて巨大な蝙蝠を放ち、彼女の視界を塞ぐ。

同時に制御を失った兎を振り切る、ハリーの姿は下にあった。

地表スレスレを飛行する彼に向かって、キリコは急降下。

地面に激突する恐怖は無い、こちらもギリギリで方向転換する技量は持っているのだから。

 

それが、彼等の真の狙いだった。

地表で方向転換した事で生まれた突風により、土煙が舞い上がる。

キリコは気付いた、余りにも嗅ぎ慣れた臭いだったからだ。

 

───火薬!?

キリコに纏わりつく火薬、時は既に遅い。

ネビルが起爆する為に、杖を向け、いやもう発射していた。

 

ロンが最も警戒していたのは、キリコ本人の襲来。

故に……確実に撃破する為のキル・ポイントが必要だった。

それを提案したのは、ネビルとハーマイオニー。

 

ハリーが箒でキリコを誘導し、地面スレスレに誘き寄せる。

急降下した際の風圧で、火薬が舞い散る様にすれば、逃げられない。

爆破工作への適性を持っていたネビルだからこそ、思いついた策だった。

 

インセンディオ(燃えよ)

「!!」

 

真っ赤に爆発する空間と、中心に居たキリコ。

衝撃に箒から投げ出され、彼はオドンの荒れ地に叩き落とされた。

 

「……負けか」

 

痛みは有るが、爆発に巻き込まれたのに傷一つ無い。

有ったのは、全身を真っ赤に染めた自分の姿。

大方、WWWの悪戯グッズを加工したのだろう。

やはり悔しいが、どちらかと言えば成長してくれた……生き残る力を得てくれた事への喜びが勝る。

 

そして試験は、そのまま最後を迎えた。

結果は、全員合格。

キリコの欲していた、生き残る力の地盤は完成され、更に自らの適性を伸ばす事にも見事成功したのであった。

 

赤く染まる体を晒し、オドンの荒野を仰ぐ。

同じレッドショルダーの姿だが、やる事の全ては真逆。

忌むべき過去のお蔭で、力を得たあいつらの姿を見た俺は思う。

……あれが此処へと繋がったなら、あの過去は無駄では無かったのだと。




なぜ、どうして蘇る。
なぜまだ殺し合う。
ともに落ちた二度目の地獄で、互いの心の中を覗く。
そこには、退廃たる街の中、
闇夜に鏡を求めて崩れ落ちる、孤独な己の影が落ちていた。
次回「暗闇」。
死が互いを証明する。


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第六十一話 「暗黒」

暗闇に染まるホグワーツの一角に、二つの人影が伸びる。

期末試験も終わった今、殆どの人は疲れて眠っており、夜更かししている人間は居ない筈。

だが、彼等は例外。

闇の魔術の防衛術の教員室で、スネイプとキリコが話し合っていた。

 

「キャビネット棚の修理は完了した、つい先日の事だ」

「……連中が来るのか」

「そうだ、いやそうする様にしたと言うべきか」

 

話し合っている内容は、今宵行われる一世一代の茶番。

この世を乗せた天秤を傾けさせる、神の目を欺くイカサマ。

失敗は、許されない。

 

「ダンブルドアは」

「既にポッターと分霊箱の奪取に向かった、予定通りに」

 

キリコのお蔭で如何なる罠が有るのか知った彼は、ハリーを同伴させる事にした。

あの満たされた毒水を飲み切らなければ、分霊箱は手に入らない。

しかし……キリコでさえ発狂しかけた物を、独力で飲み切れるだろうか。

よってダンブルドアはハリーを連れて行き、彼に頼む事にしたのだ、自分がどうなっても水を飲ませ続ける様にと。

 

それだけの理由では無い、茶番とは言えただスネイプに殺されては疑問が残る。

ダンブルドアとスネイプの力は、非常に隔絶しているからだ。

理由が必要だった、負けを納得させる理由が。

 

毒水で弱化したからこそ、スネイプに負けた。

ハリーには全てを見て貰い、この理由の生き証人に成って貰おうと言うのだ。

そして、間違いなくスネイプが殺したと、全校生徒に伝わらせる為に。

 

「…………」

 

当然と言うべきか、キリコは不満しか抱いていない。

自分の恩師が苦しみ、死ぬ瞬間を、当の恩師がワザと見せつけると言うのだ。

幾ら仕方の無い理由が有るからと言って、納得は出来なかった。

 

「……俺に必要な物は」

 

キリコは気分を少しでも変える為、話し合いを素早く終わらせる事にする。

 

「用意してある、全てこの中だ」

 

スネイプが出したのは、少し大きめの袋。

中に有ったのは、何かの液体と、二つのガラクタ。

キリコは素早く確認を済ませ、懐に仕舞い込む。

 

「繰り返しておくが、この戦いでのお前の役割は……勝利では無い。

ダンブルドアの用意した保険と、思わせる事だ」

「…………」

 

彼等が恐れる事態は、この暗殺劇が茶番だと疑われる事。

死喰い人は思うだろう、あのダンブルドアが本当に、マルフォイの計画を見抜けなかったのかと。

この見抜いていた事への証明が、キリコ。

彼が現れた死喰い人を迎撃し……その上でダンブルドアが殺される。

『計画は露呈していたが、結果的に殺害は成功した』、これで全ては完璧と成る、露呈していたとしても成功さえすれば、マルフォイが殺される事は無い。

 

ついでに死喰い人の目をキリコ一人に集中させ、無関係な生徒達への被害を減らす事も、役目の一つである。

 

「そしてもう一つ、校長からの預かり物がある」

「…………?」

 

一体何だ、この話は聞いていないぞ。

疑問に思うキリコに手渡されたのは、一枚の地図だった。

 

「死んだ暁に校長は……自らの遺品をポッター達に渡すつもりだ」

「……それと何の関係が有る」

「お前に与える物は少し特殊らしい、二つ同時に渡すのでは余りにも疑わしく、魔法省……内部の死喰い人に感づかれかねないので、片方を先に渡すとの事」

 

そうか、と言い残し地図も懐に仕舞う。

地図か、何を意味しているのだろうか。

何の意図も無く、意志を伝えるのに地図という手段を取るとは考え辛い。

ならば……場所か?

行って貰いたい場所が有るのか?

思考を重ねるキリコに対し、スネイプが示した答えは、衝撃的過ぎるものだった。

 

「地図が示す場所に行けば……分かるかもしれないらしい」

「……かも、だと?」

「ワイズマンの場所だ」

「ッ!?」

 

唐突過ぎる神の手掛かりに、キリコの目が、歓喜にも驚愕にも見える色に染まる。

 

「何故そこに、神の情報が有る……!」

「有るとは言っていない、有るかもしれぬと言っている。

校長曰く、お前を取り巻く境遇に覚えが有ったからだそうだ」

「境遇……?」

「……誰が仕掛けているか分からない、掛けられているかすら確証が無い。

己がどれ程奮闘しようと、過程も結果も、全てが掌で有る様な不気味さ。

違和感に流されるままだった過去が、そこに有る……との事」

 

ダンブルドアが何を言ってるのか、どんな過去が有るのかは分からない。

だが共感し、納得出来るだけの理由は有る。

俺も感じていたからだ、誰かに踊らされている感覚を。

 

「話は以上だ……死喰い人の襲来まで後三十分、準備に掛かるとしよう」

「…………」

 

椅子から立ち上がり、準備に行こうとするスネイプを引き留めるべきか、キリコは悩んだ。

脳裏に浮かぶのは、鮮烈なる記憶。

頭を抱え、激情に吼え、嘆き垂れる彼の顔。

……自分が何故生きているのか、問われた時の記憶。

 

あれがどうしても気になっていたキリコは、ダンブルドアにスネイプの過去を尋ねていた。

最も答えてはくれなかったが、誰にも話さないでくれと、約束しているらしい。

聞き出せたのは、一つだけ。

 

『彼はおぬしと同じ過去を抱き、悔やんでいるのじゃ』

 

分からない、これだけで分かる訳が無い。

だが……分かってしまう、何故だが分からないが。

何処までも似ているからこそ、キリコは分かってしまったのだ。

 

愛する人を、失ったのだと。

自分が原因となって、死んでしまったのだと。

自身の『異能』の因果に巻き込まれ、フィアナが消えた様に。

 

キリコがスネイプを気にする理由は、明確だった。

単に……だが、同じ過去を持つからこそ。

彼の姿が、見ていられなかったのだ。

まるで過去の古傷を、自傷行為で誤魔化している様で。

 

「……スネイプ」

 

戦いに身を投じ、死を唯一の救いにしていた自分を思い出す。

逃げでしかなかった行為から、どう戻って来たのか。

自分自身の生き方を思い出し、根本を探る。

 

夢の欠片を拾い集め、戦友の記憶を引き摺り歩いて行く。

これが恐らく、自分を傷つけるヤツと俺の違いなのだろうと、感じ取って。

 

「俺は、糞真面目に生きている」

「……何を」

「……今のお前は、見ていられない」

 

キリコはそう言い残し、立ち去って行く。

残されたスネイプは、今の言葉の意味を考えようとして……止めた。

もう、そんな時間は無いのだから。

 

 

*

 

 

ダンブルドアとハリーが分霊箱を破壊しに向かってから数十分後、必要の部屋が開かれる。

ぬるりと這いずり出ルは、死喰い人。

マルフォイの計画は今成功し、ダンブルドアに牙を突き立てんと動き出した。

 

「ドラコ、あんたはやってくれると思ってたよ」

「…………」

 

今にも踊る処か歌い出しそうな位の歓喜の溢れるベラトリックス、彼女に対しマルフォイの気分は陰鬱にどっぷりと浸かっていた。

 

今から自分はダンブルドアを殺さねばならないのか。

ダンブルドアは嫌いだ、死んでも何とも思わない。

しかし、彼はまだ誰も殺したことはなかった。

殺人への恐怖が、最も忌むべき行為への嫌悪感は、彼がまだ取り返しのつく道に立っていることを示す。

 

「早くあのジジイを殺してやりましょうよ!」

「まて、声を出すな、油断するな」

 

ベラトリックスと同じ歓喜に吠える死喰い人だが、彼女は喜びながらも冷静に努めている。

まだ計画は成功していないのだ、喜ぶには早すぎるのだ。

 

「あの餓鬼が、ブラッドが潜んでいるかもしれない……!」

 

彼女にとってキリコは既に、油断していい餓鬼ではなくなっていた。

あの神秘部での戦いで、下手をすれば負けていたかもしれない。

何よりあの殺しへの躊躇のなさは、紛れもなく歴戦の戦士の覚悟そのもの。

実はマルフォイの企みを知っていて、纏めて根絶やしにする為に敢えて黙っていたかもしれないのだ。

 

「探せ、探せ、探せ。

影一ツ見逃すな、灯火の揺らぎすら見逃すな。

ヤツは来る、遅かれ早かれヤツは来る」

「……何故、そんな確証が」

「あいつは犬だ、血の臭いに誘われる狂犬だ。

あの目は狂人の目だ、紛れもなくブラッドの目だ。

だから来る、血の流れる予兆すら嗅ぎ付け、おおはしゃぎで飛びかかってくるぞ」

 

無論、来てくれればとても嬉しいのだが。

彼女はそうとも思う、一族の恥どころか魔法界史上最大の汚点を、殺す機会が得れるのだから。

 

「来るのか……?」

 

そうだ、ヤツは来る。

 

「来るなよ……!」

 

何時だってそうだ。

最初に走り出すのはあいつ。

 

「来るか……?」

 

爆心地にヤツが居なかったことなど、一度もない。

そうだ、正に今なのだ。

メルトダウンが始まる!

 

「来た!!」

 

とっさに自身を壁に叩きつける、その判断は正解だった、先程まで居た場所には巨大な大穴が広がっていたからだ。

 

奈落へと落ちていく死喰い人、その大穴からフワーッと、重さなど無いように浮かび上がる装甲騎兵。

浮遊呪文の切れたATは重さを取り戻し、地鳴りを鳴らして降り立つ。

 

″ATM-09-STTC スコープドッグ ターボカスタム″

アサルトライフルに4連ロケットランチャーを搭載、更に足元のローラーダッシュにより恐るべき加速力を持つ。

ホグワーツの構造を熟知しているからこそ、使用できるカスタムである。

 

「やはり来たか! ブラッドォォッ!!」

「…………」

 

咆哮、激昂、そして連撃。

機関砲の如く連射される呪文の幕がキリコに迫る、まずは距離を取るべく、ローラーダッシュを巻き上げる。

何発かが被弾し、貫通し、キリコを掠める。

 

一手、いや二手遅れた死喰い人が撃つのも、ベラトリックスと同じ呪文。

成る程、流石にAT対策はされているか。

『死の呪い』は全く無意味。

″爆破呪文″も、パーツが一つ消えるだけ。

″貫通呪文″なら、複数個破壊できる。

それを複数人数で乱射し、ATを直接破壊しに掛かる。

 

ただでは殺らせぬと、突撃銃の火花が飛び散る。

しかし、残る死喰い人が盾を張り、それらを防ぐ。

ファランクスという時代遅れの産物だが、間違いなく効果的な戦術である。

 

「ドラコ! あんたはダンブルドアの所へ行きな! お前らお守りもだ! ブラッドはあたしの手でぶち殺す!」

 

ファランクスを盾に逃げ出すマルフォイ達を、キリコは見送るしかない。

否、これは計画の内、何一つ問題はない。

マルフォイと目撃者になる何人かが、ダンブルドアの元へ辿り着けば良いのだから。

故に、目の前のヤツ等に手加減は無用。

 

貫通呪文が雨の如く張り巡らされ、突撃銃もそれに呼応する。

どちらも退かぬ拮抗状態が、ひたすらに続いていた。

だが、徐々に戦況は変化している。

 

キリコのATは既に全身蜂の巣になっているが、これ程受けても尚動き続けている。

彼の絶妙なコントロールにより、致命傷だけは尽く避けられていた。

 

対して死喰い人のファランクスは、徐々に崩れてきた。

″盾の呪文″は多くの魔力を使用する、それに加えて四方八方から奇襲をかける跳弾や、度々足元へ送られる手榴弾にも警戒しなければならない。

削られる魔力、削られる集中力。

しかしここは耐えねばならない、粘り強くチャンスを待たねばならない。

 

キリコは不死身だ、だがATはそうではない。

あれの動きが鈍ったその瞬間に、猛攻撃を掛けるのだ。

そして遂に、一つの弾丸がATの足を貫いた。

 

「ッ!!」

「今だ! 捕まえろ!!」

 

10発超の″捕縛呪文″が放たれ、ATを捉える。

動けなくなったATからキリコを引きずり出し、拘束しようと迫る死喰い人。

だが彼等は突然の爆風に吹き飛ばされる、盾こそ張っていたから無事だが、肝心のキリコが消えている。

 

ベラトリックスだけは見ていた、彼はロケットランチャーを自分の足元に向けて撃ち込み、穴を作ることで落下、拘束から逃れたのだ。

煙から現れた大穴に気付いた死喰い人が、追跡しようと覗き込む。

 

「逃げろっ!」

 

迂闊な死喰い人一人が、遂にランチャーの餌食となる。

次々と放たれる爆炎から距離をとるが、その隙にキリコは大穴を塞いでしまっていた。

 

「下へ逃げられたか……二つに別れて下れ! 左右から追い詰める!」

 

だが結論から言うと、下る必要はなかった。

何故ならキリコが降ろしてくれたからである、廊下全てを爆破させることにより。

 

「何が起きたぁぁぁ!?」

 

先程の攻防で飛び散った数々の跳弾、それは床や壁にめり込んでいた。

事前に爆弾化していたそれらを、一斉に起動させたのだ。

一つ一つは小さくとも、合わされば巨大な亀裂となる。

かくしてホグワーツの七階は、半壊したのである。

 

落下した死喰い人を出迎えたのは、スモークディスチャージャーによって張られた煙幕と、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ製の"お手軽泥沼キット"の二本立て。

視界を封じられ、動けない理由も分からない彼等はいとも容易くパニックへと陥る。

ファランクスも陣形もない、格好の的に成り果てたそれに、キリコは一斉射を仕掛ける。

 

「ぎゃあああああ!!!」

「う、動けねぇ! 何が起きてる!? 何をされた!!」

「逃げろ! 逃げぁぁぁぁ!!」

 

"AT用改造型 15.2mm自動小銃 AKM"

"左腰部搭載 12.7mmガトリング式重機関砲 GAU-19"

"右腰部搭載 二連改造型対戦車ロケット擲弾発射器 RPG-16-2"

その全てが身動きの取れない彼等に向かって、情け容赦なく叩き込まれる。

 

「…………」

 

無慈悲な一斉射が、長い沈黙を呼ぶ。

全滅できたのか、いやそこまで甘くはない。

キリコの予想通り、その瞬間煙幕が炎によって吹き飛ばされた。

 

「糞が! 糞が! 糞があぁぁ!!」

 

落下の一瞬、煙となってどうにか上昇に留まっていたベラトリックスは、悪霊の炎により煙幕も沼も纏めて焼き払っていたのだ。

 

「役に立たないクズ共が! 一人で来た方がまだマシだったよ!」

 

頭やら腕やらが吹き飛んだミンチ死体と化した死喰い人に向かい、罵倒と絶叫を叫び散らす。

キリコはその全てを無視し、再びライフルを撃ち込もうとする。

 

「せめてあたしの役に立ちな!」

「え? あ? ぎゃあああ!?」

 

何と彼女は、沼の中に潜ることで弾幕をやり過ごした死喰い人を引き摺り出し盾にした。

当然叫びながら弾け飛ぶ死喰い人、そして彼女は恐るべき攻撃に乗り出した。

 

ベラトリックスが杖を振った瞬間、沼に埋まっていた死体が次々と動き出す。

死体をアンデットとして操る、闇の魔術だ。

だがアンデットの動きは遅く、キリコの弾幕からは逃げられない。

 

「さあ踊れ! 死体共よ踊って死ね! 死んで踊れ!!」

「…………!」

 

ミサイルだ!

死体のミサイルだ!。

動きが遅いなら飛ばしてやればいいと、アンデットが次々と吹っ飛ばされて行く。

 

確かに、機動力は確保できる。

それでも、ただ飛んで来るだけなら、撃ち落とされてしまうだろう。

だからこそ彼女は、更なる一手を放つ。

 

ボンバーダ・マキシマ(爆発せよ)!」

 

爆破呪文を壁に向けて撃ち、穴を作る。

ひたすら壁に向けて撃ち続け、穴を作り続ける。

気付けばキリコの周りは、大量の穴……塹壕まみれになっていた。

 

「…………!!」

「気付いたかい? そうだよ、これで何処からアンデットが飛んで来るか分からないだろう!」

 

どれとどれが繋がっているかも分からない。

塹壕から次々と、不規則に飛来し、消えるアンデット。

撃ち漏らした一人がATに張り付き、力任せに装甲を傷つけていく。

それを皮切りに、どんどん張り付かれていく。

 

「ハハハハ! あんたは蜂の巣に入り込んだ獲物だ! そのまま死んでしまえ!!」

 

どう乗り切るか、この多さではローラーダッシュでも振り切れない。

一旦自爆させるべきか、そう思考し続けた時。

 

「グギョガッ!!」

「は?」

 

アンデットが一人、爆散した。

 

「アギッ!!」

「なっ、だ、誰だ!」

 

外から、外部から攻撃されている。

突然の協力者の出現に、ベラトリックスは動揺する。

だがキリコも動揺していた、計画上では協力者など居ないからだ。

 

「は、は!? 何故、何故もう一機!!?」

「!?」

 

アンデットを全滅させ、暗闇からそれが現れる。

ガション、ガションと駆動音を鳴らし、現れる。

 

青いカラーリング。

巨大なクロー。

何より、その固定されたターレットレンズ。

 

こいつが居る。

ならば、それしかない。

そうだとしたら、目の前のヤツは味方にはなりえない。

何故なら、何故ならば。

 

「そいつは私の敵だ、手出し無用」

「誰だお前は!?」

 

姿が見えない以上、ベラトリックスに正体は分からない。

だがキリコは分かった、そのATが何よりの証拠。

 

「イプシロン……!」

「決着をつけに来たぞ、キリコ!」

 

"XATH-02-SA ストライクドッグ

PS専用ATであり、全てにおいて高い性能を発揮する。

尚このATはキリコのゴーレムとは違い、実際に製造された本物である"

 

「何を勝手なことを───」

 

せっかく追い詰めたのを全てパアにされ怒り叫ぶベラトリックスだが、気付いた時には突然目の前に現れたストライクドッグに鷲掴みにされていた。

 

「……フン」

「ぐあああああ!?」

 

そのまま力一杯に投げられ、窓ガラスをぶち破り彼方へと飛んで行く。

そしてイプシロンはキリコと相対する。

 

「ロッチナは戦闘はできない、だが一切参加しないのでは面子が立たない、故に私が派遣されたという訳だ」

「…………」

「嬉しいぞ、漸く貴様と決着をつけることが出来るのだから」

 

二機のATが一歩一歩歩み寄る。

キリコは弾切れの装備をパージしながら。

AKMのマガジンをリロードしながら。

そして相対し、立ち止まる。

 

「…………」

「……行くぞ!」

 

激しく撃ち込まれるアームパンチが火花を打ち鳴らす。

暗闇に映し出される、二機のATの姿。

暗幕に隠れた役者に光が当たり、サンサで終わった筈の地獄が、再び開演しようとしていた。




己の放った銃弾が、鏡の中の己を打ち砕いた。
飛び散る破片に写るのは、千切れ逝く誇り。
遙かな時の彼方、自分自身を証明する鏡を砕きに、ホグワーツへ。
次回「パーフェクトソルジャー」。
この身体の中の紛い物を、真に。


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第六十二話 「パーフェクトソルジャー」

ダン「フフフ……ついに儂が奇跡の生還を果たす時が来た!」
鹿「ソウデスネ」
ダン「伏線も張りまくった儂に、隙は無い!」
鹿「ソウデスネ」

Part6最終話、始まります。


アームパンチが激突し、鉄の軋みと火花が廊下を照らし出す。

反動でお互い距離を取り、機銃を全力で打ち合う。

狭い廊下を飛び交う大量の跳弾に、一発も当たることなく壮絶な撃ち合いが続く。

 

「やはり当たってはくれないか」

 

それはキリコも同じ思いであり、掠りすらしない操縦技術に懐かしさを覚える。

この戦闘能力、ATの操縦技能。

キリコは確信した、こいつは間違いなくイプシロンであると。

PSの能力が、努力云々で身に付かないのは彼が最もよく知っている。

 

「そうだ、それでこそ私の怨敵!」

「ッ!?」

 

突如足元が爆発、何をされたと驚くキリコが見たのは、何時の間にか構えられていたソリッドシューターだった。

機銃と共に次々と撃ち込まれるミサイルを、ガトリングで次々と撃ち落としていく。

至近距離で撃たれたそれを迎撃する光景は、まごうことなき神業。

 

弾幕を掻い潜り、エディアが照準を構える一瞬。

そのタイミングに向けて、予知したようにトリガーを引き絞る。

破裂、そして飛来。

距離は既に、PSでも回避できない間合いとなった。

 

 

消えただと!?

弾は当たらなかった。

ストライクドッグが蒸発したからだ。

先程のソリッドシューターの逆、煙のように掻き消えた。

 

「甘い、甘いぞキリコ」

「ぐぉっ!?」

 

理解どころか視認する間もない、キリコは背後から羽交い締めにされてしまう。

何時移動した、どうやって消え失せたんだ。

 

「終わりだ!」

 

止めを刺すべく、象徴とも言えるクローを振りかぶる。

しかし、勢いを付けるべくやった構えがチャンスを生み、混乱しながらも貫通弾頭を真後ろへ乱射する。

だが。

 

……また消えたか。

やはり、躱される。

何処から来てもいいよう、全方向へ警戒心を構える。

次の攻撃は、壁から来た。

 

「…………!」

 

ターンピックで全体を回し、回避。

その時キリコは見た。

壁から生えたクローアームを。

 

次の攻撃は床から。

床から生えたソリッドシューターが、爆音を放つ。

次々と、床から壁から天井から。

あらゆる方向から、ストライクドッグが現れ襲いかかる。

 

「理解したか? 魔法を使えるのはお前だけではないということを」

 

如何に警戒しようと、防げない時もある。

このままではなぶり殺しになると、キリコはローラーダッシュを全開にし逃亡を図る。

 

ストライクドッグは消えたままだが、襲っては来ない。

これによりキリコは、謎の切っ掛けを掴んだ。

あれは瞬間移動ではなく、姿を何処かへ消して移動しているに過ぎないと。

だからこそ、今も速度で上回るこちらを追従できていないのだ。

 

キリコは危機を覚える、あのカラクリを解かねば負けてしまうと。

逃亡したキリコが辿り着いたのは、月明かりに照らされた渡り廊下である。

彼は考える、手品の種を。

 

「見つけたぞ! 逃げられると思うな!」

「!」

 

廊下の奥から疾走するストライクドッグを見たキリコは、反射的に銃を構える。

放たれるミサイル、渡り廊下。

キリコに閃きが走る。

 

ディセンド(落ちよ)エクスブレイト(爆破弾頭)

 

立て続けに放たれる二つの呪文。

落下呪文によりミサイルが落ち、爆破弾頭により誘爆させられる。

 

「何!? 小癪な!」

 

爆発が渡り廊下を崩落させ、ストライクドッグごとイプシロンを奈落へと追いやる。

暗闇へ消える彼を振り替えることなく、キリコは走り去った。

 

ヤツは姿を消せる、しかし先程は姿を表したままだった、そこに何が違う?

あいつが、あれで殺られるとは思えない。

未だ続く殺し合いの緊迫感が、窓から溢れる月明かりと共にキリコを照らす。

 

(月……夜……影……影?)

 

キリコは気付いた、その違いに。

その瞬間、暗闇の中から再び銃口が覗く。

だがもう遅い、種は解かれたのだから。

 

ルーモス・ソレム(太陽の光)

 

真っ暗な室内を照らす太陽光、影一つ無くなった部屋の片隅に、それはあった。

まるでヘドロのような、平べったく真っ黒な物体が。

瞬時に撃ち込まれたAKMが炸裂するのと、ヘドロからATが飛び出るのはほぼ同時だった。

 

「見破ったか、私の呪文を」

「…………」

「そうだ、自らを影にし、闇に溶け込む、それが私の呪文だ、だがお前は間違っている、この力の本質はそこではない!」

 

キリコの力量に感心しながら、手品の種を語る。

が、途端に消え失せ、闇へ姿を変える。

種は割れたのだと弾を撃ち込むキリコだが、変幻自在の流動体と化した彼は正に流れる水の如くいなしてしまう。

 

そのままするりと足元に滑り込み、実体化したクローが足を切り付ける。

対抗のアームパンチを撃ち込むが、これはフェイク。

切りかかるに見せかけ、そのまま天井へ。

腕を下へ向けていたキリコは対処できず、遂に肩へ直撃を貰う。

 

「とったぞ!」

 

純粋なパワーはあちらが上、肩を掴まれ身動きがとれなくなるキリコ。

呪文を撃って脱出しようとする、だが突然の浮遊感が、平衡感覚を狂わせた。

 

「なっ……!」

 

クローアームを使った、一本背負い。

スコープドッグは宙を舞いながら、窓の向こう……奈落の底へ落ちようとしていた。

この高さから落ちれば只では済まないだろう、それはキリコの勝機となる。

 

「落ちろ! ……は、離れない!?」

 

ATの肩とクローに永久粘着呪文を掛け、イプシロン諸とも落ちようというのだ。

……などという筈もなく、一人ATから脱出。

 

「開かない!? そういうことか!」

 

ついでにコックピットにも呪文を掛け、脱出不能にしておく。

そのまま跳躍し、窓へ手を掛け、校内へ戻る。

キリコは生き残り、イプシロンは落ちる。

誰が見ても納得する、キリコの勝利……だった。

 

「……ッ!?」

 

切れた。

窓が、その壁一体が。

掴んでいた命綱が、叩き切られた。

 

「形勢逆転だ、キリコ」

 

振り返り、理解する、

イプシロンの手元には、バランシング用の片刃槍が握られていた。

コックピットをこれで叩き切り、脱出。

そのままキリコの掴まっていた壁を、切り落としたのだ。

 

キリコはそのまま、暗黒の谷底へと消えて行く。

あの高さでは助からないだろう、死んではいないだろうが、イプシロンの勝利である。

……とは彼は考えなかった。

 

「……キリコ、貴様……!」

 

寧ろ怒りに震え、歯を軋ませる。

彼は感じてしまった、いや気付いてしまったのだ。

誰一人戦う者の居なくなったホグワーツに、一つの孤影が木霊した。

 

 

*

 

 

キリコがイプシロンに敗北した頃、ハリーとダンブルドアは丁度帰還していた。

その彼等が見たのは、上層階が酷く崩れたホグワーツだった。

 

「誰がこんなことを……」

 

呆然と呟くハリーだが、それよりもダンブルドアを医務室へ連れて行かなければならないことを思い出す。

 

「先生! 掴まって下さい、医務室へ行きます」

「待つのじゃハリー……儂は、よい」

「そんなことを言ってる場合じゃ!」

「下を……見よ」

 

天文台から下る螺旋階段を見たハリーは、愕然とした。

此処に迫るマルフォイ、彼以外にも血塗れのベラトリックスが凄まじい勢いで階段を駆け上っていたからだ。

 

「死、死喰い人!? そうかマルフォイは!」

 

ハリーはマルフォイの目的を、手段を完全に理解した。

だがもう遅い、彼に今出来るのはダンブルドアを逃がす事だけ。

 

「先せ……!?」

 

叫ぼうとする彼に向けて、自身の口に人差し指を当てる。

無言を意味するジェスチャーをした後、彼はハリーに隠れるよう指示する。

何を考えているのか、本当に大丈夫なのかと心配するハリーだったが、死喰い人が迫る今、悩むチャンスは無かった。

 

「…………」

 

ダンブルドアは溜息を吐く、これから待ち受ける自分の運命に。

どんな聖人君子だろうと死ぬのが怖くなかった筈はなく、恐いからこその死なのだ。

なら聖人君子とは程遠いダンブルドアが、恐れない筈もない。

しかし、覚悟を決めねばならない。

ここで臆病風に吹かれて逃げ出せば、キリコの、スネイプの、あいつの努力も全てパア。

もうこれ以上、何かを裏切るのだけは嫌だった。

 

「見つけたよぉ……老いぼれェ!」

「ほう、こんな夜更けに何の……随分ボロボロのようじゃが、大丈夫かの?」

「うるさい老害が! 殺してやる……と言いたいが、悔しいが、ナルシッサの為に譲ってやる」

「…………!」

 

ダンブルドアの前に出るマルフォイ、彼の膝は笑い、腕は震え、今にも泣きそうな顔をして、杖を構えている。

 

「か、覚悟しろ、ダンブルドア」

「……成程のう、儂はまんまと一本取られたという訳じゃ」

 

まんまと引っ掛かったという演技を行い、マルフォイの行動が漏れていなかったと印象付けて行く。

多少ではあるが、兎に角彼が生き残れる様にしなくては。

 

「しかし、おぬしに儂を殺せるのかの? 止めるのじゃ、自らの手を汚すことは無い」

「黙れ! 僕を舐めるな!」

 

諭そうとしたつもりだったが、却って怒りを招き、そのまま閃光が弾ける。

ダンブルドアはそれを躱す事すらできず、直撃を貰い杖を吹き飛ばされた。

 

ハリーは自分の口を塞いだ、塞がなければ、怒りと混乱と焦りの余り叫びだしかねなかったからだ。

だがそれを突き破り、叫び掛けた。

何故ならハリーの真横に、軽く血を流すスネイプが居たからだ。

 

「!!」

「…………」

 

心臓が飛び出そうなハリーを一瞥し、スネイプは階段を上がって行く。

 

「さあ殺れ! ドラコ!」

「ア、ア、アバダケダ───」

 

マルフォイが死の呪いを撃とうとした瞬間、スネイプの放った武装解除呪文がマルフォイを吹き飛ばす。

 

「!? 何をしている!」

「…………」

 

間一髪間に合った。

ダンブルドアが恐れていることは、マルフォイが殺人を犯し、魂を引き裂かれることなのだから。

 

その光景は、ハリーやベラトリックスといった、第三者から見れば別の意味となる。

 

スネイプは信用ならない、だがダンブルドアは何度も言っていた、彼は信用できると。

もしかしたら、本当にもしかしたらだが、いいのかもしれない。

彼は味方だと、信用してい

 

「アバダケタブラ」

 

光った。

倒れた。

落ちた。

誰が? ダンブルドアだ。

誰に? スネイプだ。

 

「…………え」

 

何が、起きた。

理解するのに、時間を要した。

余りの事態に、信じられない、夢のような光景に。

ハリーの視界は真っ暗になっていた、だから、逃げ出す死喰い人にも気付けなかった。

 

「…………あ」

 

血塗れの彼等を見て、意識が戻って行く。

自分に視線さえ見せず、逃げ出すあいつの顔が映り込む。

瞬間、ハリーは爆発した。

 

「あああああああああ!!!!!!」

 

心の内から、何もかもを吐き出しながら叫ぶ。

全身から燃えカスのような気力を、憎しみで燃やしながら走る。

裏切った、あいつはダンブルドアを裏切った!

あんなにも信じていたあの人を! 最悪の形で返した!

 

必死で走り、走り続ける。

逃がしてはならない、許しちゃいけない!

絶対の意志が彼を走らせ、裏庭で漸く追い付いた彼が見たのは、逃げる奴等と燃えるハグリッドの小屋だった。

 

「スネイプゥゥゥゥ!!!!」

「…………」

「よくも! よくも裏切ったな! あの人を!」

 

訓練の結果凄まじい弾幕を放てるようになった呪文を、出鱈目に撃ちまくる。

 

「裏切り者! 恥知らず! ろくでなし! 最低野郎!!!」

 

思いつく限りの罵倒をならべても、尚怒り足りない。

足りない部分は、呪文で補えばいい。

ハリーは怒りの余り、自分で封じていたあの呪文を撃ち込んだ。

 

セクタムセンプラ(切り裂け)!!!」

 

超高速で飛んで行く、鋭利な切断呪文。

例え知っていても、回避できる呪文ではない。

 

「…………」

「なっ…………」

 

かわした、それさえも紙一重で躱してしまった。

本来『姿くらまし』でも使わなければ間に合わないそれを、純粋な反応速度で躱したのだ。

反撃と言わんばかりに、全く同じ呪文がハリーを貫く。

 

セクタムセンプラ(切り裂け)

「うわああああっ!!」

 

肩から血が噴き出る、出ても出ても、あの日のマルフォイのように止まらない。

痛みと、同じ呪文が帰って来た衝撃にハリーは喘ぐ。

 

「な、何、で、おな、じ呪文、が……」

 

何故同じ呪文を使えるのか、自分しか知らない筈の呪文が。

謎のプリンスが作った、この呪文が。

謎のプリンス?

まさか、そんな、馬鹿な。

 

「ま、まさ、か、……おまえ、が……!?」

「そうだ、……『謎のプリンス』……だ」

「!!」

 

開発者なら、撃てて当然、かわせて当然。

そうして、絶望している間に。

動けない間に。

彼等は、バチンという音と共に、闇へと消えた。

 

「…………」

 

逃がした。

逃げられた。

逃げてしまった。

僕の力が足りなったせいで。

ダンブルドアが死んでしまった。

死なせてしまった。

 

「あ…あ…ああ…」

 

怒りの興奮が冷め、訪れたのは、後悔。

力が足りなかったことへの、悔しさ。

もう叫ぶ気力もなく、全てがごちゃ混ぜになったハリーは、ただ。

 

「ああーーー…………」

 

力なく、泣いた。

泣くしかなかった。

一人、悲しむしかなかった。

 

ジャリ、と足音がする。

涙を流しながら振り向いた先にいたのは、血で濡れたキリコだった。

 

「……キリ、コ?」

「…………」

 

何故血塗れなのか、その理由は聞かなかったし、聞けなかった。

キリコはすぐ振り返り、校舎へ行ってしまったからだ。

だからこそ、理解できた。

キリコも必死で闘っていたのだと、それでも、駄目だったのだと。

今の自分と、同じなのだと。

 

「ひぐっ、あ、ああーー……」

 

無様に泣いた。

今は、それしか、もう。

できない。

 

 

*

 

 

アルバス・ダンブルドア死亡の知らせは、彗星の如くホグワーツを、魔法界を駆け抜けた。

ある者は偉大なる賢者の死を嘆き、ある者はもう誰も死喰い人に逆らえないと嘆いた。

 

実際、ヴォルデモートに唯一勝てるから、というだけでなく、光の象徴としても果たした役割は大きい。

それが無くなった今、不死鳥の騎士団すら役に立たないだろう。

 

加えて、魔法界の中でも特に親マグル派だった彼が居ない今、マグルへの悪感情を押し止めるのも最早不可能。

ダンブルドア一人の死で、全ての盤面が笑える程見事にひっくり返されたのだ。

 

どれ程本人が愚者と言おうと、彼は間違いなく偉大だった。

そんな彼の葬儀は英国魔法省主導で行われる予定だったが、彼が此処を一番望むだろう、となりホグワーツで行われることとなる。

 

何人もの生徒が、教員が、幽霊ですら列に並び、感謝という別れを告げていく。

スリザリンの生徒ですら、何人か並んでいた、それ程彼は愛されていたのだろう。

 

そして最後に、あの男が立った。

 

「…………」

 

キリコが思っていたのは、ある種の『敬意』だった。

世界の為、一人の子供の為。

全てを騙し、罵られる覚悟で、殺される茶番を完遂した事への。

綺麗事だとしても、彼は敬意を感じ、棺に花を置いた。

一輪の、フキの花を。

 

「…………」

 

これで、けじめはついた。

あの時と同じ、再び歩き出す為の一歩が。

多くの花で飾られた、棺の中のダンブルドア。

その蓋を閉じ、彼は歩き出す。

 

「……キリコ」

 

ハリーが、キリコに声をかける。

彼だけではない、ロンやハーマイオニーも居る。

彼等の赤く腫れた眼が、その哀しさを主張する。

 

「僕、来年はホグワーツに戻らない」

 

理由は知っている、だが答えない。

自分自身で言うからこそ、その意思が確立されるのだから。

 

「ダンブルドアが居ない今、僕が分霊箱を探さなくちゃならない、これを含めて」

 

ハリーが握っていたのは、黒いペンダントだった。

これこそ、ダンブルドアが命懸けで手に入れた分霊箱の一つである。

その、筈だった。

 

「……ペンダントは偽物だった」

 

キリコの眉が、僅かに動く。

ロンはその事実に驚愕し、次に彼の死が無駄だったことに嘆き悲しむ。

そしてハリーが広げた、羊皮紙をハーマイオニーが読み上げる。

 

「『闇の帝王へ。

あなたがこれを読むころには、私はとうに死んでいるでしょう。

しかし、私があなたの秘密を発見したことを知ってほしいのです。

本当の分霊箱は私が盗みました。

出来るだけ早く破壊するつもりです。

死に直面する私が望むのは、あなたが手ごわい相手に見えたそのときに、もう一度死ぬべき存在となることです。――R.A.B』

……R.A.B? 一体誰なのかしら」

 

偽物だった揚句、既に破壊されていた。

ダンブルドアの苦労が根底から無駄だった事実に、ハーマイオニーも嘆き悲しむ。

だがハリーは、そうとは考えなかった。

 

「……破壊できたのかは分からない、だから破壊されていたとしても、本物を探さなくちゃならない」

 

ハリーの考えに、キリコは無言で同意する。

もしで行動し、一つでも破壊し損ねた場合、全てが台無しになるからだ。

 

「……でも、当てはあるの? 分霊箱は全部で六個あるんでしょう? やみくもに探して見つかるとは思えないわ」

「それでも探すしかない、それしかあいつを倒す方法がないんだから」

 

ハリーも口ではそういうが、実際は内心不安しかない。

何せ最悪の場合、その辺の川底の石が分霊箱だった……何てケースさえありえるのだ。

しかも世界中の何処か、正直自信は欠片もなかった。

それでも……そう思ったハリーに対し、突然キリコが紙を渡す。

 

「何これ、一体ど……!?」

「どうしたんだい? ハ……!!?!?」

 

ハリーが絶句し、ロンが絶句した。

何事かと覗き込んだハーマイオニーも絶句した。

何故なら、そこに書かれていたのは。

……何が分霊箱なのか、全て書かれていたからだ。

 

「俺の母親が残していた情報だ、使え」

「あ、ちょっとキリコ! 待って! キリコは来年どうするつもりなんだ!?」

 

ハリーは彼のことを心配していたのだ、キリコもまた、ヴォルデモートに命を狙われている人間だけに。

だがキリコはその言葉をいつもの通りに無視し、また立ち去ろうとしていた。

 

「じゃ、じゃあ一言! 一言言わせて!」

 

キリコに聞こえるよう、息を吸い込み、息を落ち着かせ、静かに叫ぶ。

 

「ありがとう、絶対に分霊箱を見つけ出すよ」

「…………」

 

ダンブルドアを守る為に一人戦ってくれたことへの感謝を、情報をくれたことへの感謝を。

一つの単語に込め、決意を示した。

 

その真っ直ぐさに、キリコは顔を合わせられずに立ち去った。

言えまい、これが茶番だったなど。

彼の悲しみも決意も、それが最善の方法だったとしても、ダンブルドアや自分達の手の上でしかないなど。

 

これでは自分もあの自称神と変わらないじゃないか、と自虐する。

何時か、自分から話さなければならない、その時溢れ出す怒りと悲しみを、全て受け止めねばならない。

 

スネイプや、あいつ以外知らない決意を抱き、彼は歩き出す。

キリコもまた、ホグワーツへ背を向けた。

 

彼は旅に出る、血と硝煙に包まれたマグルの世界へ。

何の因果か地球に再現されたアストラギウスを、再び彷徨う。

 

そこに、ワイズマンの真実があるのか。

知っている人間が居るのか。

ヴォルデモートを殺すのがハリーの運命ならば、ワイズマンを殺すのは俺の運命。

 

この旅で、全てが分かる筈だ。

俺の運命が、全ての真実が。

そして、終わるだろう、血塗られた因縁も。

そして、今度こそ付けねばならないだろう、あんな曖昧な形ではなく、完全なる決別を。

 

……イプシロンとの、再戦は近い。

 

再び始まる地獄巡り。

そして終わる、地獄巡り。

リドの暗闇から始まった、異能の因果が、俺を最後の戦いへ誘っているのを、間違いなく感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ……どうだった? ヤツとの戦いは」

「……貴様には関係のないことだ」

「関係ない? キリコに起こる全ての事象は私にとっての宝に等しいのだ」

「だから何だ?」

「満足してないのだろう?」

「…………」

「パーフェクトソルジャーとしてのプライドが、あんな茶番は認めないと言っているのだろう?」

「……そうだ、あの時、崖から戻ろうと思えば戻れた筈。

しかしヤツはそのまま落ちて行った! ヤツは敗北に逃げたのだ。

私が望むのはただ一つ、私が認められる結末だけだ」

「殺し、殺される、それが望みか」

「そうだ……といいたいが、ヤツを殺せないのはよく知っている、だが殺せずとも勝つことはできる、そうだろう?」

「なら待つことだ、何れチャンスは回ってくるのだからな」

「そうさせてもらおう」

「…………」

「…………」

「……どうした?」

「いや……いや、言っておこう、ケジメとして」

「…………」

「ありがとう、貴様のお陰で、私はこうして此処に居る」

「気にすることはない、因果が狂ってからの世界滅亡など望んでは居ないからな。

それに、また転生してキリコを探し直すのはこりごりだ」

「……そういうヤツだったか、では、また何れ」

「ああ、ではまた」




始めから分かっていた、心のどこかで。
固い決意の裏にある本音を。
燃える正義の底に潜む罪悪を。
似た者同士。
自分が自分を果たすために、自分を守ったものの数を数える。
声にならない声が聞こえてくる。
次回「六人」。
一足先に自由になった家族のために。



ダン「アレ? 儂死んだ?」
鹿「死んでますね」
ダン「実は"残念だったな、トリックry"とか……」
鹿「アバタケ直撃してるんで、無いです」
ダン「実はアバタケを防ぐ呪文が」
鹿「無いです」
ダン「キリコの異能を利用した、奇跡的に生き残る呪文が」
鹿「無いです」
ダン「つまり?」
鹿「出番終了です、お疲れさまでした」
ダン「ユルサレナカッタ……」

以上でPart6終了です。
次回から遂に、やっとこさ、漸く!
最終章突入です!
もう後腐れないから、バンバン主要人物も殺せるぜ!

☆事前情報:ホグワーツは消える(物理・存在共に)

てな訳で、2週間程ストック溜めの為、休みます。
では、また。


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「死の秘宝」篇
第六十三話 「六人」


二週間待たなかったですね。
いよいよ、爆破し放題、殺し放題、やりたい放題のPart7が始まります。
まずは『()()のポッター作戦』からどうぞ。


 リトル・ウィンジング、プリベット通り四番地、ロンドンへの通勤者が多く住む、賑やかな街。

 しかしまだ夜7時頃だというのに、街は静まり返っている。下手に夜出歩けば、魔女と疑われ、警察が飛んでくるのだ。そうでなくとも、住民による私刑を受けるのは確実。

 

 魔女狩りの狂気に取り付かれたこの街だが、此処の住居の一角には、これから何かします、と言わんばかりに、人が詰め込まれていた。

 だが住民が気付く様子はない、何故なら″人払い″の呪文が掛けられているからだ。

 

 そう、彼等は本物の魔法使い。

 今滅びへ向かう世界でも、尚戦い続ける″不死鳥の騎士団″である。

 彼等は今宵、ハリーを守る為に集ったのだ。

 

 ハリーがこの魔法使いを嫌悪するダドリー家で暮らしたのには理由がある。彼は母の残した呪文によって、此処に護られていたのだ。

 此処こそが、彼を死喰い人から護っていたのだ。

 

 その呪文は、一年に一度、ハリーが家と認識する場所に帰ることで、十七歳の成人までの間持続するようになっている。

 しかし彼は、あと数日で成人を迎える、それまでに此処を脱出しなくてはならない。

 

「パイアス・シックネスが服従させられた! これで移動鍵(ポートキー)も煙突飛行ネットワークも使用禁止、挙げ句に"姿眩し"での出入りも禁じられた!」

 

 ムーディが吐き捨てたように叫ぶ。

 名目上はハリーを守る為だが、実際はハリーをダドリー家に閉じ込めるのが目的だ。

 もしこれで無理に使おうものなら、犯罪者の烙印を押され、あっという間に捕まってしまう。

 

「更には"臭い"だ! これがある限り魔法も使えん!」

「臭い? 僕そんなもの……」

 

勘違いするハリーに、ルーピンが優しく説明する。

 

「ああ、違うよハリー、"臭い"というのは魔法省の使ってる、"未成年者の周囲で行われた魔法行為"の探知魔法だ」

 

 この"臭い"も、また厄介だ。

 これがある限り、"付き添い姿眩し"でも魔法省に分かってしまう。

 そしてシックネス経由で、転移先も死喰い人に伝わってしまうのである。

 

「故に、魔法以外の移動方法を使う必要がある。

 箒、セストラル、そしてハグリッドのバイク。

 これなら魔法も糞もない……だが! その分襲撃のリスクは比ではない!」

 

 だからこそ、こんなにも多くの人が、護衛の為に集まったのだ。

 友人のロンに、兄弟のフレッド&ジョージ。

 長男のビル、彼の恋人のフラー。

 父さんの親友であった、シリウスにルーピン先生。

 闇祓いであるキングズリーと、元闇祓いのムーディ、その弟子のトンクス。

 騎士団メンバーであるマンダンガスに、ハグリッド。

 

 そして、やっぱり無言で佇んでいる……キリコ。

 自分を含めて合計14人、これが全て自分を護る為に居るという事実は、自身がどれだけ重要な存在なのかを実感させる。

 

 しかし、ハリーは何か、致命的な違和感を抱いた。

 念のため、もう一度周りを見渡し、違和感が間違いでないことに気付く。

 

「……ハーマイオニーは?」

 

 これだけ居て、彼女だけどうして居ないんだ?

 当たり前の疑問だが、周りは何故か酷く辛い表情をする。

 

「皆知ってるの? ハーマイオニーに何があったんだ?」 

「……ハリー、落ち着いて聞いて欲しい」

 

 キングズリーが、目を伏せながら語りだす。

 

「彼女は今回、参加できないと判断した、彼女は既に"隠れ穴"に居る。

 そしてその理由だが───」

 

 ハリーは理由を聞き、ショックを隠せなかった。

 

「───つい先日、マグル達の私刑を受けかけた」

 

 ハーマイオニーの両親は、娘が魔法使いになったことを、誇りに思っていた。だからこそ周りにも、言い触らしこそしないが、否定は一切しなかった。

 結果それが疑惑を招き、このリンチを呼び込んだのである。

 

「親族保護制度を利用し、避難している途中だった。

襲われることを恐れていた役員が、マグル側に裏切り、情報が漏れてしまったんだ。

 到着が遅いと思った私達が来たから助かったが、両親は重症を負い、聖マンゴで治療を受けている」

 

 ハーマイオニーも無事だが、その精神的外傷は大きく、作戦参加は不可能だとされたのである。

 

「そんな……」

 

 どうして、何もしていないのに、疑いだけで、そこまでできるんだ。

 余りに酷い人間性に、ハリーはただ絶句した。

 

「…本当……なのか……?」

「ロン?」

 

 どうしたのか、ハリーは今のロンを、恐ろしく感じた。

 次の瞬間、彼が爆発した。

 

「ハーマイオニーを襲った奴等は今どこに居るんだ!? 許さない! 許さないぞ! よくもハーマイオニーを!!」

「落ち着け! 落ち着くんだロン! 彼女は無事だと言っているじゃないか!」

 

 思い人が襲われたという事実に、怒りを剥き出しにし、吼えるロン。アーサーは彼を必死で諌める。

 ハリーはその光景を、更に恐ろしく感じた、これがヴォルデモートの狙いなのか。

 人の繋がりを絶ち、疑心と暗鬼が渦巻く地獄が、あいつの目指す世界。

 

「黙れ! それが帝王の狙いだと忘れたか!?」

「!!」

 

 ムーディの怒声が、ロンを冷静へと引き戻す。

 そうだ、ダンブルドアが言っていたじゃないか、信じぬかなきゃいけないって。

 

 「憎むのは結構だ、だが矛先を間違えるな! 全てを仕組んだのは闇の帝王ということを、忘れるな! 油断大敵!!!」

「……ごめん」

「……いや、偉いぞロン、よく堪えた」

 

 アーサーはロンを褒めた、その、怒りを堪える勇敢さを。これこそが今信じなければならない、暖かさなのだ。

 

 ……だが、全員がこれを信じれる筈がない。

 キリコはただ一人、事態を悲観的、かつ客観的に見詰めていた。

 世界は間違いなく、着実に地獄へと堕ちている。

 自分の望む世界からかけ離れていく現状は、キリコの心に深い影を落としていた。

 

「では、作戦を始めよう、その為にこれがある、トンクス!」

「はい、お師匠様!」

 

 トンクスが懐から取り出したのは、グロテクスな色合いをした魔法薬。

 ハリーは一目見て分かった、この薬を飲んだことがあるからだ。

 そして察した、彼等が何をしようとしているのか。

 

「駄目だ!」

 

 彼等はポリジュース薬を飲み、ハリーへと変身、六人の囮を作るつもりなのだ。しかしこんな全員を危険にさらす作戦、彼は認めようとしない。

 だがハリーに、シリウスが自身の無念を語り掛ける。

 

「いや、頼む、守らせてくれ」

「シリウス……」

「私はジェームズを、リリーを守れなかった、むしろ殺してしまったと言っていい。だから今度こそ、全力を尽くして君を守りたいんだ」

 

 大切な人を守るどころか、危機に追いやった。

 そしてその時、間に合わず、何もできなかった。

 キリコはシリウスの気持ちが、痛い程に良く分かった。彼もまた、間に合わなかった人間なのだ。

 

 ハリーもまた、その無念を聞き、反論することはできなかった。これだけの償いと後悔に、どう反論するかなど、分かる筈も無い。

 

 そしてハリーの髪の毛を入れ、金色に変わったポリジュース薬を飲み、合計五人のポッターが現れる。背丈、顔、声以外は全て同一、話さないのだから声でも露見しない。

 が、ここでまたもや、致命的な違和感を感じた。

 

「……キリコは飲まないの?」

 

 合計十四人、偽物が七人で残りが護衛と思っていたが、何故かキリコだけ飲んでいない。

 まさか、と思い尋ねると、そうだ、と返って来た。

 

「キュービィーは単独で行って貰う」

「何だって!? 一人で死喰い人の群れに飛び込むのか!?」

「理由がある! 聞け!」

 

 態々言うまでもないが、死喰い人も手柄が欲しい。その上で、この光景を考えて貰いたい。

 空を飛ぶ六人のハリーと、護衛も何もないキリコ。

 ハリーを追っても、本物である確率は六分の一。

 大してキリコは護衛もなく、一分の一。

 どちらの方が確実に手柄を得れるかは、一目瞭然である。

 

「だからって一人はないだろ!?」

「何一つ問題はない! これは決定事項だ!」

「キリコはそれでいいの!?」

 

 こんな無茶、キリコの承諾を得ているのか。無理矢理させたんじゃないか。余りの危険さにハリーがキリコに問い詰める。

 

「…………」

 

 無言、彼の無言。

 つまり是非も無し、そういうことであった。

 

「……無茶は、止めてくれ」

 

 こうなったキリコを止める術がないことは、ハリーも理解していた。彼にできるのはささやかに、無事に辿り着くことを祈るだけである。

 その祈りを受け取ったキリコは、何も答えず、静かに武器と意志を研ぎ澄ましていた。

 

「出発三分前だ、各自最後の準備を怠るな」

 

 キリコは傍らにある、いびつな形の箒を手に取る。

 "インファーミス1024"、空前絶後の最低箒であり、キリコが持つ唯一の箒である。

 元々クィディッチチームに参加した時、ハッフルパフの倉庫から持ってきた物だが、誰も使えずいつの間にか自分の物になっていた。

 

 結局クィディッチに参加したのは二・三年の時だけで、それ以降は三大魔法学校対抗試合や、アンブリッジへの潜入など、色々あったせいで参加出来なかった。

 だが、此処での生活の中で、確かな色を持つ思い出でもある。

 

 箒を使うのは久し振りだが、整備を怠ったことはない、俺の期待に応えてくれるだろう。

 大量の武器を詰め込んだバックパックを背負い、箒を手に持つ。

 カーテンの隙間から外を伺い、死喰い人も一般人も居ないことを確認する。

 

 この作戦で注意しなければならないのが、マグルに見られないことだ。

 このご時世で、空を飛んでいる所を見られれば、粛清まったなし、その為飛び立つタイミングにも気を使わなければならない。

 "人払い"を掛けていようと、見つかる時は見つかるのだ。

 

 しかし……幸いにも、周りの目が此処に向かうことはなかった。

 何故なら、それは"ダドリー家"に答えがある。

 

 この家族は、"普通"であることを、取柄にしていた。

 故に、魔法などを、普段から否定しまくっていた。

 当然ハリーが魔法使いなど、髪の毛一本の証拠さえ残さなかった。

 

 結果……周りからの疑いが、これっぽっちも掛からなかったのである。

 その為にダドリー達の避難もあっさり行き、今もマグルに見られる心配がないのは、皮肉以外の何物でもない。

 

「時間だ! 作戦開始! 何としてもハリーを生き残らせろ!!」

 

 ムーディが宣言する。

 全員が一斉に飛び立つ。

 その瞬間、まるで突然光を浴びた蝙蝠のように、死喰い人の群れが羽ばたいた。

 羽音を合図に、それぞれが、別々の方向へと飛び散って行く。

 

 瞬間速度だけならファイアボルトにも追従する、インファーミスが、キリコを群れから弾き飛ばす。

 後ろを見ると、死喰い人の多くは少しだけ迷い、キリコを追跡し始めた。

 

 本物のハリーが乗っている、ハグリッドのバイクを追いかけている死喰い人は少ない。

 彼等の予想通り、キリコは特大の囮になったのである。

 

 だがそれは、キリコが単独で大多数をどうにかしなければならない、という意味でもある。

 今は箒の加速度でどうにか振り切っているが、そう長くは持たないだろう。

 

 キリコの予想通り、飛行に長けた死喰い人が、彼の隣まで迫り、杖を振りかざす。

 身を翻そうにも、この箒は小回りに難があり過ぎる、せいぜい体を動かして、呪文をかわすのが目一杯。

 

 そんなことをしていれば、当然速度は落ちる。

 更にキリコを取り囲む死喰い人、既に、呪文から逃げるスペースは無い。

 一斉に呪文が放たれようとした……が。

 

「へ?」

 

 死喰い人はあり得ない光景を見た。

 さっきまで箒に乗っていたキリコは、空中で箒を、長刀のように360°ぶん回していた。

 

 箒で箒の軌道を変えられない。

 なら、俺が箒の軌道を変えれば良い。

 

 一歩間違えれば地上まで真っ逆さまの曲芸飛行を、彼はやってのけた。

 

 ところで、インファーミスの速度はファイアボルトに匹敵する。

 更に、暴れ柳にその勢いのまま突き刺さっても、かすり傷一つない頑丈さを持っている。

 つまり、その破壊力は。

 

「がはっ!?」

 

 側頭部。

 首元。

 肋骨。

 偶然にも、致命傷となる場所に、悉く直撃。

 しかもその全てが、粉砕骨折という、避けられぬ死を残していった。

 

 中にはすれすれで助かった者も居た……が、偶然にも吹っ飛ばされた仲間に激突し、魔女狩りの真っ只中へと墜落していく。

 この時点で、この一撃で5人が殺られた。

 

 後続が僅かに怯んだ隙に、再び距離を離すキリコ。

 死喰い人はこのまま追うべきか悩むも、追わねばヴォルデモートに殺される恐怖が、彼等を駆り立てる。

 

 前門のキリコ。

 後門のヴォルデモート。

 彼等の運命は、キリコを敵に回した時点で決まっていたのだ。

 

 再び始まるドッグファイト、呪文を放ちながら追い掛ける死喰い人に対し、キリコは取り回しの利くサブマシンガンで牽制する。

 銃撃。

 回避。

 加速。

 シンプルな動作の繰り返しだが、その分実力の差が露骨に現れる。

 

 激突を恐れず延々と加速するキリコと、激突を恐れ時に失速する死喰い人。

 明らかに開いていく距離を、数のアドバンテージでカバーする。

 

 実際撃っても撃っても、次々と補充される彼等に対し、キリコの疲労は着実に溜まっていた。

 これは、本来七チームで分散する数を、殆ど一人で賄っているのだから、当然のことである。

 

 だが、無論、キリコが無策な筈がない。

 

 壮絶なるドッグファイトは、遂にロンドン上空までもつれ込んだ。

 激戦を繰り広げる彼等、激しい閃光が飛び散る光景は、遠目に見てもすぐ分かる。

 

 そう、遠目に。

 例え地上からでも。

 

「……何の音だ?」

 

 そう呟いた彼は、高速で飛来する何かに吹き飛ばされた。いや彼だけでない、次々と何かに落とされる。

 

「な、あ、え、せ、戦闘機!?」

 

 魔女狩りが正義、いや政策の中心となっている今、空中を生身で飛んでいる連中が居て、こうならない訳がない。

 戦闘機部隊が、彼等を撃墜する為飛来したのだ。

 

『こちらドッグ1、ドッグ1、ターゲットを確認』

『こちらドッグ2、了解、これより攻撃を開始する』

 

 生身対、訓練された戦闘機部隊。

 結果は言うに及ばず、まさに羽虫を落とすかの如く蹴散らされていく。

 勿論、弾幕の真っ只中に居ながら、キリコには当たらない。

 

「舐めるなぁ!」

「錯乱を掛けろ! 所詮マグルの機械だ!!」

 

 その戦闘機も、錯乱呪文を掛ければ、一撃で墜落する。

 死喰い人と戦闘機の混戦状態、これこそキリコの狙いであった。

 

「ぐおお!! 待ちやがれぇ!!」

「…………」

『こちらドッグ4、一人がロンドン橋に向かって逃走中、追撃を行う』

 

 それでも尚、諦ぬ者。

 それを更に追い掛ける戦闘機。

 死喰い人は減ったが、その分戦闘機が加わり、数は然程変わらない。

 

「ッ!」

 

 瞬間、最後のスパートの如く、箒を全力で加速させるキリコ。

 その速度をもってしても、戦闘機は振り切れない。

 

 深夜のロンドン橋を、一つの流星が突き抜ける。

 流星を追い、彼等もロンドン橋を突き抜け───れなかった。

 

「う、動けない!?」

「ネット!? 何故こんな物が!?」

『こちらドッグ4! 制御不能! 制御不能!』

 

 そもそもだ。

 敵の襲来が分かっていて。

 自分に集中することも分かっていて。

 

 ()()()()()()()を置かない理由がない。

 

 ロンドン橋の二本の柱。

 その間に張り巡らされた、透明化済特製ワイヤー。

 ″永久粘着呪文″まで掛けたそれから、逃げる術はない。

 止めに、一本一本、全てが爆弾。

 

エクスルゲーレ(爆弾作動)

 

 夜のロンドンに、特大の花火が上がった。

 

「…………」

 

 海の藻屑と化したそれを一瞥し、キリコはブラッド製の透明マントを羽織り、悠然と去って行く。

 キリコは"隠れ穴"を目指しながら、下の光景を眺める。

 

 ある場所では、炎が上がっている。

 そこでは、十字架に吊るされた人が、疑いを証拠にした、私刑を行っていた。

 

 ある場所では、パレードが行われている。

 そこでは、バラバラにされた死体を串に刺し、旗印にして行軍を行っていた。

 

 ある場所では、悲鳴が聞こえる。

 自分から疑いを逸らす為に、他人に疑いを掛ける為に、凄惨な拷問が行われていた。

 

 これが、あの栄有るイギリスと、誰が信じるのか。

 しかし、これが、あのイギリスなのだ。

 これが、今の栄有った、世界の姿なのだ。

 

(下は、地獄だった。

人々が落とされたのではなく、地上その物が地獄へ変わったのだ。

"六人のポッター作戦"は成功した。

だが、果たして、この戦いの先に、平和な世界が待っているのだろうか?

空は、天国だと言う。

だがこの天国を抜ける風には、炎と、人の焼ける、むせ返る臭いしかしなかった)




地表を覆う線の一本一本に、賢者の謎を秘めた地図。
ここに全てがある。
PSが、魔女狩りが、ホグワーツが、ブラッドが。
すべてのものがここに収斂される。
照りつける月光、吹き咲く花々。
祝福の後に、歴史が眠る。
次回「ブラッド」。
キリコは世界の過去に出会えるか。



ロンドン橋落ちた~♪落ちた~♪落ちた~♪
主人公がロンドン橋を崩落させるSSなんて早々見られませんよ!
尚まだ序の口の模様。

遂に原作改変の被害が主要キャラにまで及んでしまいました。
次なる犠牲者は誰になるのか……


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第六十四話 「ブラッド」

結婚式回もとい箸休め回です。
もっともホンワカとは程遠いが。

*気が付けば本日で、この作品一周年になっていました。
こんな脳がポリマーリンゲル漬けになっているんじゃないか、と思うような作品が続けられたのは、一重に皆様の応援のお蔭です、本当にありがとうございます。
完結まであと少し、ワケワカメな展開に顔を顰めるこもあるとは思いますが、完結まで見届けて貰えれば幸いです。


 結果から言えば、『六人のポッター作戦』は成功した。

 途中、十八番である武装解除呪文を使用したせいで、ヴォルデモートに本物とバレ、追われるというアクシデントこそあったが、無事ハグリッド共々『隠れ穴』に着くことができた。

 

 しかし、全員無事とはいかなかった。

 ジョージ・ウィーズリーが、スネイプの攻撃により、片耳を喪失してしまったのだ。

 

 実の所スネイプは、騎士団サイドの人間であり、殺す気は欠片もない。

 寧ろ、この作戦の為に誤情報まで流していたのだが、それを知るのはキリコ唯一人。

 

 言う訳にもいかず、ますます全員の恨みを買うことになってしまったのである。当の本人は『これでフレッドと見分けがつく』と元気そのものだが。

 

 また、ハリーのペットである、ヘドウィグが犠牲になった。

 ヴォルデモートの放った『死の呪い』から、彼を守り、死んだのである。

 長年連れ添った、ある意味一番長い『友』の喪失に、ハリーは深く落ち込んでいた。

 

 そして、最大の被害が、彼。

 アラスター・ムーディが、殺された。

 

 これを聞いた時、キリコも、誰もが耳を疑った。

 あの、あのあいつが、死んだのかと。

 一振りで何人もの死喰い人を薙ぎ倒す、彼が何故殺られたのかと。

 

 それは、偽ポッターになっていたマンダンガスが原因であった。

 ヴォルデモートの出現に恐れを成した彼は、一人『姿眩し』で逃亡。それを止めようとした、一瞬を突かれ、殺されたのだ。

 

 それは、無念の死だった。

 まさか、臆病風に吹かれた味方のせいで、命を落とすとは。

 誰もがそう感じた。

 誰もが、あの臆病者を蔑んだ。

 

 しかし、キリコは違った。

 

 この光景は、彼にとって、既視感を覚える光景。

 

 ダレ・コチャックという男を、知っているだろうか。

 

 かつてキリコと同じ分隊に居た男だが、その臆病さと無能さにより、幾度無く分隊を危機に陥れていた。

 味方を裏切ったことも、一度や二度ではない。

 

 だが……それは、果たして可笑しなことだろうか?

 つい昨日、『お前達は家族だ』と言われ、命を賭けれる者が、果たして居るのだろうか。

 

 誰であろうと、自身の命は大事だ。

 最後に自分を優先することは、ごく自然なことだろう。

 

 つまるところ、マンダンガスにとって、ハリーはそこまで大事な存在では無かったのだ。

 何処までも、遠く見知らぬ『他人』でしかなかった。

 

 故に、ムーディが死んだのは、マンダンガスのせいであって、マンダンガスのせいでない。

 ムーディが死んだのは、彼に期待し過ぎた、信じ過ぎた、纏めれば『運』がなかった、唯それだけのことなのだ。

 

 だから、キリコは恨まない。

 純粋に、ムーディの死を、独り悼むのだった。

 

 そんな薄暗い空気の中、『隠れ穴』では一世一代の一大イベントが行われていた。

 『結婚式』

 ビル・ウィーズリーと、フラー・デクラールの結婚式である。

 

 こんなご時世に、人が死んだのに結婚式など狂ってると言われそうだが、その通り、狂わねばならない。

 こんな時だからこそ、全力で祝うのだ。

 結婚という幸福を。

 新たな門出を。

 明日への祝福を。

 明日を向いていたいからこそ。

 

 その効果は確かにあり、参加者は皆、久しく見ていなかった、明るい表情をしている。

 薄暗い空気は、今明るくなっていた。

 マグルの私刑を受けかけたハーマイオニーも、時間が経ったこともあり、大分持ち直している。

 そんな、明るい空気に合わない彼はというと。

 

「…………」

 

 独り、会場の外で警備をしていた。

 

 何故こんなことをしているのか。

 それは、折角の結婚式を、死喰い人なんぞに壊されたくない……というのが、表向きの理由である。

 

 本当は、単にこういう空気が苦手なのと、どう足掻いてもフィアナのことを思い出してしまうのが、理由である。

 その心境と、襲撃への警戒で、固まっているキリコの傍らに、ふと一杯の、暖かいコーヒーが置かれた。

 

「やっほ」

「…………」

 

 相変わらず、極めて個性的なドレスを着ている、ルーナがこれを入れてくれたのだ。

 冷めても悪い、と一口入れる。

 くどいくらいに濃く出した、凄まじい苦味がキリコを襲う、が、少しウトウトしてきた瞼と、夜風で冷えた指先に、それは良く染みた。

 

「警備、お疲れ」

「…………」

 

 こういう時、やたらと詮索せず、察して動く彼女は、比較的関わっていて楽な相手だ。

 ……察しが良すぎて、とんでもない所まで気付いてしまうのは、些か困るが。

 

「キリコは今年、学校に戻らないの?」

「……ああ」

 

 彼はダンブルドアに託された、最後の任務を、ワイズマンの場所が分かるかもしれない場所を目指さねばならない。

 

「そっか、寂しいな、けど私はホグワーツに行くよ」

 

 今の時代、自宅とホグワーツどちらが安全かなど、死喰い人の支配下であっても、考えるまでもない。

 だが、彼女が残る理由は、キリコの考えていたのとは違っていた。

 

「ハリーもキリコも、闘うんでしょ? なら私も闘わなきゃ。一人でずーっと安全な場所に居るのも、何だかヤダ」

 

 ……まだ十六歳程度だというのに、戦おうというのか。

 

「どうしよっかな、やっぱりダンブルドア軍団かな?」

 

 そう呟く彼女の小さな瞳は、大きな勇気を携えていた。

 彼女の覚悟を見間違えていたことに、少し恥ずかしさを感じた彼は、彼女の無事を、内心で願う。

 

 その時、キリコは背後から近寄る気配に気付き、鋭い視線で斬りかかる。

 

「ッ! お、驚きまーした……」

「…………」

 

 誰かと思えば、このパーティーの主演であるフラーであった。

 一体何の用かと、訝しむキリコ。ルーナも同じ気持ちらしく、きょとんと小首を傾げる。

 

「その、三大魔法学校対抗試合(トライ・ウィザード・トーナメント)、以来でーすね」

「…………」

 

 キリコと彼女が知り合ったのは、確かにそれが最初だ。

 ダウン・バーストに閉じ込められ、全員でホグワーツ湖を爆破脱出した記憶は、忘れる方が難しい。

 しかし、そんな世間話をしにきたのではないだろう。

 

「……えーと、じーつは……」

 

 言いよどむフラーだったが、これをイギリス英語に慣れていないのだと考えたルーナが、ふと、語りだした。

 

『言いにくいなら、私が翻訳するよ?』

『! 貴女、フランス語を話せるの?』

 

 ルーナの口から流れる流暢なフランス語に、目を丸くするという、非常に珍しい表情をキリコは浮かべる。

 

『それで、どうしたの?』

『実は……』

 

 当然だがキリコはフランス語など分からない。二人の会話から耳をそらしつつ、残りの珈琲を胃に流し込み、時間を潰す。

 

『……を、彼に伝えたくて』

『……それは、ちゃんと貴女の口から言わなきゃね』

『ええ、折角なのにごめんなさい』

 

 会話を終えたフラーはキリコに向き直し、少し息を整え、話始める。

 

「……ハリーから聞きました、キニス君のことは、とーても、残念に思っていーます」

「…………」

 

 そうか、そうだったか。

 キリコは納得した、彼女は第二の課題の時、キニスと組んでいたからだ。

 少なからずキニスと親交があったからこそ、彼の死を知り、彼と最も親しかったキリコに話しかけたのだ。

 

「でーすが、彼が死んだのは……」

 

 そう言いかけ、辞めた。

 フラーは始め、『貴方のせいではない』と慰めようとした。

 しかし、彼女は思い出した、彼の強さと、その精神を。

 なら言うべきなのは、慰めではなく───

 

「頑張りましょーう、彼が望むようーな、平和を取り戻すまで」

「……ああ」

 

 キリコも同じ思いだった。

 もはやこの夢は、彼等だけのものではない。かつての戦友や、仲間の思いも、懸かっているのだから。

 

 そう言い残し、パーティへと戻って行くフラーを見送った二人。

 死んでしまった人の話はどうしても重く、暗くなる。その空気を変える為か、ルーナが先程のキリコの顔について、語り出す。

 

「さっき、凄い驚いてたけど、意外? 私がフランス語を話せるの」

「…………」

 

 実際、意外である。

 その思いを口に出さないが、察しのいい彼女は、内心を理解し、会話を続ける。

 

「私のパパの仕事は知ってる? ザ・クィブラーっていう本の編集者なんだ。それで昔からあちこちに引っ越してて、生まれはイギリスだけど、戻って来たのは入学の前くらいなんだ」

 

 そうか、程度の気持ちで聞き流しているキリコ。

 これが果たして会話なのかと、周りは思うだろうが、彼等にとってこれは、間違いなく日常の、ありふれていてほしい光景なのだ。

 

「キリコー! ちょっと、こっち来て!」

「あ、ハリーだ、いってらっしゃい」

 

 ありふれた日常から引き戻すように聞こえたハリーの声に従い、立食が行われているテントの、更に向こう、『隠れ穴』の庭に向かう。

 そこに居たのは、いつもの三人組に、見慣れない一人の男だった。

 

「……ん、君がキリコ・キュービィーか」

「そうだ」

「そうか、私は魔法大臣のスクリムジョールだ、今回、ダンブルドアの遺品整理が終わり、君達への遺品が見つかった為、渡しに来た」

 

 来たか、キリコは内心そう思った。

 事前にダンブルドアから、遺品を送られることは知っていた。

 

 ハリーには、一年の時、初めて獲得した『スニッチ』を。

 ロンには、一本の『火消しライター』を。

 ハーマイオニーには、『吟遊詩人ビートルの物語』を。

 

「そして君にだ、『キリコ・キュービィーに『翅の折れた鍵鳥』を遺贈する。人生を大空から望むことはできない、しかし、這いずりながらでも進むことはできる。君が苦難に陥った時、これが、儂の言葉を思い出す『鍵』になるであろう』、以上だ」

 

 『鍵鳥』

 そう、一年の時。

 賢者の石が隠されていた部屋への、試練の一つ。

 あの部屋を飛んでいた鳥である。

 

 その言葉に偽りなく、翅は折れ、無様に(てのひら)を這いずり回っていた。

 だがキリコは知っている、これの本当の使い方を。それを明かさず、鍵ごと胸の奥に仕舞いこんだ。

 

「遺品は以上だが、何か質問はあるか?」

 

 質問に対し、首を横に振る。

 

「では私はこれで失礼する」

 

 バチン、と『姿くらまし』で消える。

 

「……これどうするんだろ」

 

 ロンが『火消しライター』を付けると、近くにあったケーキの炎が、ライターへ飛んで来た。

 ……意味不明である。

 キリコも、ハリー達の遺品に関しては何も聞いていないので、やはり意味不明である。

 

「けどダンブルドアが残したのもよ、何か意味があるはずだわ」

「意味? これに?」

「……多分」

 

 ハリー達の脳裏に浮かんだのは、あの聡明なダンブルドアでなく、悪ふざけに全力を出すダンブルドアの姿であった。

 ……いや、流石にその筈はない、と首を振り、ダンブルドアを霧散させる。

 今頭を抱えても、意味はないと遺品を胸に仕舞い、パーティへ戻ろうとする三人。

 

「待て」

 

 その三人を、キリコが引き留める。

 何故?

 次の言葉が、リボルバーのように放たれた。

 

「ヤツ等が来る」

「ヤツ等? まさか!?」

 

 根拠はない、ただの勘である。

 だがキリコも、彼等も知っていた、こういう時の彼の勘は、予言とほぼ同一だと。

 それは次の、誰かの叫びで、確信に変わった。

 

「スクリムジョールが殺された! 魔法省が陥落した! 逃げろ! 死喰い人が攻めて───」

 

 その言葉は言い切れなかった。

 緑の閃光(アバダケダブラ)が光り、死の前奏がラッパを奏でたからだ。

 

「逃げろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 叫ぶが早いか逃げるが早いか。

 一目散に逃げだす人々が、次々と倒れて行く。

 

 ハリー達の前にも、死喰い人が出現、彼等に呪いを撃ち込もうとする。

 キリコは瞬間、机を蹴りとばすことで、自分達を守る盾とした。

 

 視界を机に塞がれた死喰い人の、取れる選択は二つ。

 机を吹き飛ばすか。

 横に移動し、視界を確保するか。

 いずれにせよ、『一歩』手間を掛ける行動しかとれない。

 その『一歩』の間に、キリコは既に、攻撃を完了していた。

 

エクスブレイト(爆破弾頭)

 

 徹甲榴弾に近い特性を持つ弾丸が、机を貫通した後、向こう側で炸裂する。至近距離で撃たれた弾丸は、本来キリコ達を巻き込むが、机が遮蔽物の役割を果たした。

 

「───掴まって! 『姿くらまし』で逃げるわ!」

 

 逃走のチャンスに気付いたハーマイオニー、ハリーとロンがその手を取る。

 アーマーマグナムで敵を牽制していたキリコも、彼女の手を取り、バチン、と姿を消した。

 

 

 

 

 死喰い人による『隠れ穴』襲撃から逃れた彼等は、一先ずのセーフ・ハウスとして、ブラック家に、下水道を歩いて向かって行った。

 何故下水道など使わねばならないのか、パーティから着替える間もなく逃げ出したせいで、格好……特にロンの格好が、一目で魔法使いと分かるような見た目だったからである。

 

 結果、汚水にまみれながらも、彼等は無事ブラック家に逃げ込むことに成功した。

 シャワーを浴び、話し合うのは、今後の行動についてである。

 

 ここで一つ、分霊箱について進展があった。

 

 本物の『スリザリンのロケット』の場所が分かったのである。

 

 『R.A.B』、偽のロケットと摩り替えた人物。

 その正体は、『レギュラス・アークタルス・ブラック』。

 即ち、シリウスの弟であり、死喰い人だったのだ。

 

 彼は屋敷しもべ妖精を大切に思っていた。だがヴォルデモートは、屋敷しもべ妖精をゴミの用に扱っていた。

 故に彼は、裏切りを決意したのだ。

 

 そして命懸けでロケットを摩り替え、その破壊をブラック家の屋敷しもべ妖精であるクリーチャーに託していた。

 

 しかし分霊箱は破壊できず、放置されていたのを、あろうことか、あの逃げ出していたマンダンガスが、屋敷の宝ごと火事場泥棒。

 

 実質レギュラスの形見になっていたロケットを渡したことで、ハリーの忠臣になったクリーチャーと、偶々いたドビーによって、マンダンガスを確保。

 尚、その際ドビーはキリコを見て、悲鳴を上げながら立ち去ってしまっていた。

 理由は二年の時、一回キリコに重症を負わされかけたからである。

 

 そうして明らかになったロケットの場所は、こともあろうに、いや、まさかの、アンブリッジの所であった。

 あの、アズカバンで吸魂鬼の接吻を執行された筈の、アンブリッジである。

 

 どうも、魔法省陥落よりも大分前に、アズカバンは陥落していたらしく、接吻執行のギリギリで助かったらしい。

 

「……じゃあ、ポリジュース薬で魔法省に潜入するんだね」

「というより、それしかないわね」

 

 よってアンブリッジからロケットを奪うために、動き出したハリー達だが、彼等を余所に、キリコは一枚の地図を広げていた。

 

「何それ?」

「何って地図だろ、ハリーそんなことも分からないのか?」

「でもおかしいよこれ、地形が動き回ってメチャクチャだ」

 

 覚えているだろうか、六年の時、ダンブルドアから預かっていた地図のことを。

 そう、キリコに遺贈された『翅の折れた鍵鳥』。

 この二つは、組み合わせて使うことで、意味あるものになるのだ。

 

 鍵鳥を地図の中心に置く、するとしっちゃかめっちゃかだった地図が、意味ある内容に変化した。

 それはまるで、鍵鳥を中心にスクロールしているようでもある。

 

「あ、地図になった……」

「でもやっぱり動いてる、これじゃ一体何処を示してるのか分からな」

「あ! 分かった!」

 

 いつの間にか覗き込んでいたハーマイオニーが、突如耳元で叫ぶ。鼓膜に軽いダメージを負った二人だが、文句を言う間もなく彼女が説明を始める。

 

「鍵鳥が示してるのは目的地、その目的地自体が常に動き回っているのよ、だから地図がこれを中心に動いているんだわ! そうよねキリコ!」

「……そうだ」

「やっぱり!」

 

 喜ぶハーマイオニーだが、すかさずハリーが疑問を叩き付ける。

 

「で、これ、そもそも何処?」

「待って、周りの地名を見れば分かる筈……」

 

 と言うが、石化呪文を喰らったように、動かなくなってしまった。

 

「……大丈夫かい?」

「……ドイツ語」

「え」

「地名がドイツ語よこれ! ここドイツだわ!」

「ドイツ……ドイツ!?」

 

 キリコは自分達とは違う目的があることは、六年末の遣り取りで察していた。だがまさかドイツ!? この国交が極限まで制限されているご時世にドイツに行くとは!

 驚愕に、石化呪文を重ねて喰らう彼等、気付けばキリコが居なくなっていた───かに見えて、地下室から大量の荷物を抱えて登って来ていた。

 

「キリコ! まさかドイツへ行くのか!?」

「無茶よ! 魔法使いってばれたらただじゃ済まないわ!」

「そもそもどうやって行く気だ!?」

 

 その全てを無視し、無言で荷物をぶちまけた。

 

「ダンブルドアからだ、自由に使え」

「…………」

 

 話の流れを粉砕するキリコ、彼等は無言で荷物を手に取る。

 

「……透明マント?」

「……悪霊玉? あ、説明書……悪霊の炎!?」

「ふ、複製バジリスクの毒……」

 

 そう、ダンブルドアが言っていた『便利な物』とは、ブラッド家に残されていた魔法具の数々だったのである。

 やり過ぎな危険物の数々、彼等は思った、どう使えと。

 ……『分霊箱の破壊用』など、ダンブルドアの注釈が付いていたのは、不幸中の幸いか。

 

「……ハーマイオニー、管理お願い」

「安心して、死んでも貴方達には任せないわ」

「酷いや、いやそうなんだけど」

 

 ロンのぼやきと、つけっぱなしのテレビをBGMに、一人立ち去ろうとするキリコ。

 一瞬引き留めようとするが、しても絶対に無駄と気付き、せめて笑顔で見送ろうと、ハリーが席を立った、その時であった。

 キリコの平穏が、完全に消し飛んだのは。

 

『───では次の番組です、今日は予定を変更し、現代にはこびる悪魔、魔法族の中でも最も恐るべき『ブラッド家』』

 

 何故、どうしてその名が。

 隠蔽されていた血の歴史が、どうして人間界に。

 

『───その所業と、唯一の末裔、『キリコ・ブラッド・キュービィー』の特集を、お送りします』

 

 そして、何故、彼の名が。

 ハリーが、目を丸くする。

 ロンが、絶句する。

 ハーマイオニーが、床に倒れる。

 キリコが、己の運命を、賽に委ねる。

 

(賽は投げられた、だが、俺が振った賽ではなかった。

俺の知らないナニカが、それもジョーカーに対し、運命の賽を転がしたのだ。

分かり切った勝負の結果、これから待ち受ける正真正銘の地獄の日々。

『触れ得ざる者』と、『異能生存体』と。

追われ、疎まれた、あの日々が、大口を空けた猛獣のように、俺に迫っていた)




道徳を見捨てたのか、道徳に見捨てられたのか。
延々、悠久の時の流れを遡り、闇の底から現れた、中世の怪物。
彼らを恨んだものは何か。
彼らを動かしたものは何か。
魔法界の真実が、この先に眠る。
次回「頽廃」。
1000年ぶりに火雷が走る。



箸休め()回。
特番の内容
「不死の為に人体実験を繰り返してました!」
「キリコは不死身です!」
「二度の世界大戦もキリコの仕業です!」
「ハレー彗星が接近したのもキリコの仕業です!」
「世界がこうなったのもry」
「モナドが爆発したのもry」
酷い! 誰がこんな番組を!


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第六十五話 「頽廃」

今回原作キャラが死にます。
散々迷いましたが、最終的にこうなりました。
この世界観で誰も(味方)が死なない展開は違和感があると思い、決断しました。
では、どうぞ。



 『ブラッド家』、そして『キリコ・ブラッド・キュービィー』に関する特集。

 それは、真実と捏造にまみれていた。だがそれこそ、今の大衆が求めてやまない林檎の実。

 

 あの、何者かが仕組んだとしか思えない、一夜の番組によって、キリコの名前と顔は、全世界に知らしめられた。

 今やこの世界に、キリコの名前と、一族の悪行。そして、最大の禁忌、『不死』について知らない者は居ない。

 

 それでもドイツへ行こうとするキリコを、ハリー達は当然引き留めた。

 顔も何もかも知られた今、死にに行くような、いや拷問されに行くようなものだと。

 

 彼はこう返した。

 『何時ものことだ』

 その言葉が、何を意味するかは分かる筈もない。

 彼等が感じたのは、言葉の底に敷き詰められた、タールのような思いだけ。

 結局、笑顔で送り出すしか、彼等にはできなかった。

 

 それでも彼は内心感謝していた。

 ブラッドの悪行を聞いても、気にせず、自分を案じてくれた彼等に。

 

 だが、影響は大きかった、

 非常に意外かもしれないが、実はキリコ、『姿くらまし』ができない。

 

 その為目的地まで、歩いて行くしかないのだが、誰の目にも触れずに移動するのは、幾ら彼でも困難極まる。

 何度も見付かり、その度に、マグルに襲われた。

 

 恨みを晴らす為。

 不死を手に入れる為。

 キリコを利用する為。

 武勲を上げる為。

 

 それら悉く一切を薙ぎ倒し、突き進み、歩き続け。

 目的地に着く頃には、ブラック家を出た時から、数ヵ月が経過していた。

 

 それでも、此処に着けたなら、あと一歩。

 眼前に拡がるは、聳え立つ管制塔に、張り巡らされた有刺鉄線。

 隙間無く目を光らせる警備網に、兵器の数々。

 

「…………」

 

 『アッセンブルEX空軍基地』

 そう、キリコの目的は『戦闘機』。

 これを奪い去り、颯爽とドイツまで逃げ仰せるつもりなのだ。

 

 問題は、どう奪うかだ。

 

 正面突破は難しい、キリコはあくまで肉体的、精神的に死なないだけ。AT一機で一つの基地全てを相手取るのは、出来なくはないが、掴まって拷問される可能性の方が高い。

 仮に相手取れたとしても、自分の悪評が広まっている以上、救援が来るのは必須、ハッキリ言ってキリがない。

 

 魔法を使った正面突破も難しい、ここ最近の軍事基地は、以前の死喰い人による多発テロを受け、魔法を感知できるようにしている。

 

 そもそも何故マグルがそんな物を作れたのか。それは魔女狩りを恐れた一部の魔法使いが、マグルを支援しているからだ。

 その殆どは利用された後に殺されているが、キリコにとって今、厄介な現状を作っていることに変わりはない。

 

 と、なれば。

 純粋単純な、潜入しかない。

 

 近くの茂みから、基地の様子を伺う。

 有刺鉄線を隔て、中に一名、外に二名。

 巡回タイミングは完璧であり、死角は生まれそうにない。

 

 なら作るだけ、懐から取り出した空薬莢を、なるべく遠くへ投げる。

 本来なら聞き逃す程の、僅かな音が、草を揺らす。

 皮肉にも優秀なばかりに、音を聞き逃さなかった兵士達。瞬時にフォーメーションを組み、接近する。

 

 死角が生まれた。

 音もなく走りだし、そのまま有刺鉄線を駆け昇る。

 痛みが走る、が、耐えられる。

 

 着地の瞬間音が鳴る、それよりも早く移動。

 内側の兵士が振り向いた時、キリコはもう壁の影に居た。

 

 ここからは、なかば運との戦いだ。

 壁の影から、ちょっとした突起の影へ。

 安全だが、突然誰かが角から飛び出る可能性も高い。すぐに対処できるように、アーマーマグナムを構えながら、進む。

 

 一つ一つの影を、慎重に進む。

 駐車されていたジープの下から、遠く、滑走路がある方向を覗く。

 幾つもの足が、規則的に、かつ忙しなく歩き回る。

 その向こうには、訓練棟か、宿舎か、三階程度の建造物が有る。

 

 この更に向こうが滑走路、戦闘機がある場所。あの建物を抜けなければ辿り着けない。

 

 息を整え、目を閉じる。

 全ての神経を、聴覚のみ残して、感じなくする。

 足の離れる音、近づく音。

 テンポを計り、合わさった、八分のチャンス。

 

 振り向かず、戸惑わず、全力でただただ走る。

 振り向かれたら終わり、その感覚が八分を、一小節まで引き延ばす。

 

 兵士が、振り向く。

 キリコは居ない。

 

 間に合った、彼は建造物の、偶々目に入ったダクトへ飛び込んでいた。

 足でも出ていたら堪らない、全身を虫のように動かしながら、狭く暗い通路を進んでいく、

 

 このまま滑走路を目指そう、そう思い進んでいた彼に、ポタポタと、水が垂れた。

 だが、水にしてはやけにベタついた触感が、彼に『舐める』選択を取らせた。

 

「ッ!?」

 

 血だ、血が滴っているのか。

 明らかな異常事態、キリコは上からの光を見付け、目線だけを向ける。

 

 地獄があった。

 

 時代にそぐわない拷問器具の数々が、血を滝のように、噴水のように流しながら、人を苛めている。

 魔女狩りだ、ここは魔女を炙り出す為の……いや、罪悪を擦り付ける為の偶像(イコン)の、製造工場だったのだ。

 

「…………」

 

 キリコはダクトを抜け出し、拷問室の更に奥へと進んで行く。拷問に酔いしれる看守達は、気付かない。

 再奥の別室に侵入すると、そこには、それこそ象の一匹でも入れそうな牢屋に、生け贄が詰め込まれていた。

 

「───キ、キリコ!? まさかキリコ君か!?」

「お前は……」

 

 雑多とした無気力溢れる群衆の中、一人叫んだのは、やや頭髪が消えてきた、金髪の男。

 ……アーサー・ウィーズリーであった。

 

 何故奴が此処に、いや、いまは助けなければ。

 こうなれば知ったことではない、存在が露呈すること上等で、牢の鍵を開ける。

 

アロホモラ(鍵よ開け)

 

 ……何も起こらないのを見るに、検知魔法はここまで張られてないようだ。

 

「だ、誰……?」

「あれは、あ、あの髪の色、まさか……!?」

「お前が、お前のせいか!? 世の中がこうなったのはお前のせいか!!」

「何しに来た! 悪魔! 悪魔! 悪魔!」

「助けてくれ!! 誰か! 『悍ましき血』に殺される!!」

「…………」

 

 助けに来たキリコに浴びせられる、いわれの無い、狂声。

 消音呪文を掛けて黙らせた後、一人一人の手錠を破壊しつつ、何が起きたのかアーサーから聞き出していく。

 

「ハハハ……実はね、結婚式の後逃げるのに少し失敗して、ロンドンの貧民街に逃げ込んだんだ。そこで暫く潜ってたんだけど、そこでも魔女狩りが行われていてね」

「…………」

「つい見かねて、使っちゃったんだよ、魔法。それでこうなってしまったのさ。けれど、君が来てくれて……こんな所に居るのはどうかと思うけど、本当に助かった」

 

 何も言葉が出なかった、人を助けたくて、助けようとして、助けて、助けた人に売られるとは。

 お人好しこそが地獄を見る、これを地獄と言わずに何と言う。

 

「立てるか」

「大丈夫だ、自力で立て───」

「貴様ら! 一体何をしている……!?」

 

 扉から飛ぶ看守の声、外で拷問を行っていた看守が戻って来てしまった。

 目の前には魔法族の疑いがある、潜在的テロリストが集団で脱獄する光景。

 

「敵襲ーーーッ!!」

 

 即座にアーマーマグナムを撃ち抹殺、だが既にけたけましいサイレンの音が、基地中に鳴らされてしまっていた。

 耳に、次々と集まる軍靴の音が聞こえてくる。

 途端に囚われていた人々が、悲鳴を上げ逃げ出す。

 

「キリコ君! 君も早く逃げるんだ!」

 

 アーサーはそう言うが、そういう訳にはいかない。

 結局こうなるのか、と何だか疲れながらも、覚悟を決める。杖を構えATを創ろうとする。

 

「敵を発見! 敵を……!? ブラッド!! キリコ・ブラッドです!!」

「ブラッド!? 外部に援軍要請をしろ! 何としても殺すんだ!!」

 

 相手の動きは迅速、ATを創る間も与えてくれない。しかも遮蔽物もろくにない、独房の中。

 津波に等しい勢いで迫る、弾幕。アーサーと共に『盾の呪文』を張るのが精一杯。

 

 しかし、その時『透明化呪文』が掛けられた、スタングレネードが、彼等の足元を転がった。

 

 炸裂、閃光、轟音。

 

 キリコとアーサーは無事、目の前に、瓦礫が投げられ、光を遮ったからだ。

 

 だが、誰が。

 

「───!」

 

 振り向いた先に居たのは、三年の頃から長く世話になったあの男。不気味さと不信さを、これでもかとばら蒔く、あの男。

 

「ご無事でぇすか? キィリコさぁん」

 

 あの、『非合法マグル用品専門店 プランバンドール』の武器商人が、此処に居た。

 何故此処に、その疑問はさておき、相手が怯んでいる隙を突き、ATを一気に練り上げる。

 

アーマード・ロコモーター(装甲起兵)

 

 完成したノーマルのスコープドッグに、肥大化させたAKを持たせ、二人の首を掴み、ローラーダッシュが駆ける。

眩んだ兵士を吹き飛ばしながら、キリコは、どうして、と問う。

 

「いやぁ、戦場で商品を調達すぅるのも良いんですぅが、やはりぃ最新鋭は難しくてでぇすね。それで偶にこうしぃて、ワザと捕まって、仕入れているですよぉ」

 

 開いた口が塞がらないというが、キリコは正にその心境だった。

 尤も自分も幾度なく同じことをしているのに加え、お蔭で助かったので、文句を言える筈もない。

 

「では行ってきますぅ、いい混乱になってますからぁ」

 

 周りを少し見てみると、状況は更に混迷へと突入していた。

 脱獄が脱獄を呼び、巻き込み雪崩となり、暴動が暴動へ、そして虐殺へとなだれ込む。今まで受けてきた拷問が生み出した恨みつらみが、因果を辿り兵士を襲う。

 

 人間性の欠片も無い、思いのまま叫び、笑い合いながら、泣きながら、兵士と民間人が殺し合いを演じている。

 それを他所に、キリコは走る。

 この混乱は強力だが、長続きはしないだろう。何時も通りに戻れば、もうチャンスはない。

 目指すは滑走路、ただ一つ。

 

 その前に、アーサーをATから降ろす。

 

「君は、一体どうするつもりなんだ」

「俺はやることがある、先に逃げろ」

「待て! 待つんだ!」

 

 アーサーはただ、キリコを心配していただけなのだ。

 彼にとってはまだ、十七歳になったばかりの子供。それがマグルの武器を片手に、人を殺しながら、こんな所まで来るのは、とうてい見逃せるものではない。

 

 それを知っているからこそ、キリコは走る。

 彼は知っていた、アーサーのような人間ほど、俺に近づけば死んでいくと。

 

 遠くなるアーサーの声は、既に銃声の音で掻き消されていた。

 銃声の音、どうやら兵士から奪ったらしい銃を、囚われていた民間人が撃ちまわしているらしい。だが素人が制御できる筈もなく、周囲に無差別な脅威を振りまくだけだ。

 

「…………」

 

 キリコはその混沌へ向かって、ローラーダッシュを走らせる。AT一機ギリギリの幅は、逃げるスペースを与えず、兵士も民間人も吹き飛ばす。

 

 一時の静寂が、場を包む。

 

 兵士も、民間人も、その異様な風体に、思考を止めた。

 次に訪れるのは、民間人のパニック。

 続けて起こるのは、兵士の反撃。

 

 至近距離からの銃撃は、ATの装甲を貫通するに十分な威力を持っていた。しかしそれらは全て、奇跡的……兵士にとっては不幸な角度で装甲に当たり、弾き飛ばす。

 兵士達は、人型兵器と戦うべきか、逃げる囚人を追うべきか、内心戸惑っていたのだ。これはそれが結果に表れたのである。

 

 無情な反撃が、兵士達を襲い、瞬く間に吹き飛ばす。

 ロケットランチャーでもあれば話は別だったのであろうが、彼等にとって屋内で使用できる戦車など、前代未聞。狭い通路、有効打にならない武器。拷問棟からの脱出は、あっさり成功した。

 

「…………!」

 

 ターンピックがキリコを救う。

 既に、ATのことを含めて、連絡が行っていたのだろう。

 拷問棟から現れたキリコを襲ったのは、重装歩兵による、ロケットランチャーの歓迎だった。

 

 ターンピックが地面を撃ち、その場からATをずらす。

 直撃を躱し、けん制として左右に放たれていたロケットを、AKで撃ち落とす。

 

 第二射が撃たれた、瞬間、杖を振り、ロケットを彼等の目前で静止させる。

 掃射、誘爆、自滅。

 加害範囲に巻き込まれ歩兵がバラバラに吹き飛ぶ。そして陣形が崩れ、突破口へ導く。

 

 その時キリコの耳元に、何か、が火を吹く音が、連続して聞こえた。

 再びターンピックをかけ一瞬だけ停止、走り出す。予測タイミングが擦れ、僅か後ろにミサイルが着弾。

 

 ターレットを遠距離スコープに変え空を見ると、そこには計六機にも及ぶ、戦闘ヘリの空挺部隊が待ち構えていた。

 

 次々に、キリコの進路を予測して撃たれるミサイル。

 しかし、ピックやローラーダッシュによる急激な可変速が、全てを無駄弾に変える。

 

 ならば移動を制限すればいい。

 戦闘ヘリに乗せられたガトリングが火を吹き、同時にバイクに搭乗した、重装歩兵のランチャーがATを円状に包囲していく。

 

 だが。

 偶然にもランチャーは外れ。

 偶然にも弾は上手く弾かれ。

 偶然にも当たったランチャーは不発。

 

 不意に、上空へ、AKを一発一発、撃つ。

 

 『異能』の力か、『技量』の力か。

 全てがウィーク・ポイントへ、導かれるように入り込み、六機中四機が、墜落。

 しかもその墜落コースは丁度、重装歩兵の密集地帯。

 

 しかしここで、AKが弾切れ。

 

 カチ、カチと、意味のないトリガーの音が、兵士達に逆転のチャンスが来たと錯覚させる。

 戦闘ヘリも同じく、錯覚。

 確実にミサイルを命中させようと、距離を詰めたのが命取りとなった。

 

 AKを、少し上に投げながら手放す。

 そのAKは、まるで銃の弾のように、アームパンチで殴り飛ばされ、ヘリに向けて打ち出された。

 

 AKが丁度ローターに挟まり、制御不能に。

 墜落コースの真下を、キリコが潜り抜けた───瞬間に、墜落し爆発。

 爆風に阻まれ、追えなくなった兵士の一人が、呟いた。

 

「ば、化け物……」

 

 キリコは滑走路傍にある格納庫へ入ると、まず入り口や、侵入経路を、全て呪文で塞いだ。

 次に爆破呪文を使い、自分が乗る一機を残し、戦闘機を破壊し始める。

 

 ただ奪っただけでは追撃される危険がある。その可能性を断つために、しっかりと念入りに破壊しなくてはならない。

 壁の外から、銃撃や砲撃音が聞こえてくるが、兵器庫は頑丈に建てられるのが常、暫くは大丈夫だろう。

 

 それでも、急がなければならないことに、変わりはない。

 素早く丁寧に破壊しつくした所で、自分自身に酸素確保用の『泡頭呪文』と、耐G用の『耐圧呪文』を掛け、戦闘機に乗り込む。

 出撃通路は自分で塞いだが、爆破呪文でこじ開ければいい。

 そう考え杖を構える、しかし呪文を使うまでもなく、今から破壊しようとしていた壁が、爆音と共に崩落した。

 

「発見! ブラッドを発見!」

「…………!」

 

 C4により壁を破壊し、突入してきた兵士達。

 戦闘機を中心に、一気に包囲されるキリコ。

 まだエンジンは掛かっておらず、発進してからの強行突破もできない。

 まさしく、絶対の危機である。

 

「目標! キリコ・ブラッド・キュービィー!

目的! 対象の抹殺!」

 

 部隊長と思われる一人が、天高く腕を掲げる。

 それが振り下ろされると同時に、あらゆる武器の一斉射が、放たれた。

 

 と、同時に。

 天高くから、天井をぶち破り、影が降りた。

 

アレスト・モメンタム(停止せよ)!」

 

 戦闘機に当たる直前で、全てが止まり、地面に落ちる。

 崩落の煙から、一人姿を現したのは

 

「…………!?」

「大丈夫か! キリコ君」

 

 逃げた筈のアーサー・ウィーズリーだった。

 切り傷、打撲、銃傷。

 彼の体は、最初見た時よりも、ボロボロになっていて、思わず呟く。

 

「その傷は……」

「何、マグルの人達が逃げるのを、助けていたんだ」

 

 彼は、マグルを助けて、裏切られて、此処に来た。

 それでも尚、マグルを守っていたのだ。

 どれ程のお人好しなんだ、キリコは、思わず呆然としてしまった。

 

 突然の襲撃に、同じく止まっていたマグルの攻撃が再開する。

 しかし、アーサーが防ぎ、戦闘機を死守する。

 

「キリコ君! 君が何をしようとしてるかは分からない!」

 

 機関銃の如き厚さの、失神呪文が、兵士達を吹き飛ばす。

 

「本当は、子供にやらせてはならないことなんだろう。けれど! 君はそれをやろうとしている!」

 

 ロケットランチャーを迎撃するが、破片が体中に突き刺さる。

 助けたい、援護したい。

 だが一度閉めたキャノピーは、開きはしない。

 

「なら、私はそれを全力で助ける! 子供でも大人でも、命を掛ける勤めなら!」

 

 不意打ちの手榴弾が、片足を抉る。

 血を吹き出しながら、激痛を食いしばり、立ち塞がる。

 

「キリコ君! お願いだ、家族に伝えて欲しい!」

 

 エンジンが掛かる。

 炎が噴き出し、動き出す。

 早く、早く、キリコの願いを嘲笑うように、ゆっくりと。

 

「私は、魔法族の為、マグルの為、人々の為に戦ったと! そして───」

 

 加速が始まり、兵士を吹き飛ばす最中。

 轟音の最中、確かに聴いた。

 

「───『愛している』と!!!」

 

 全てが、一つの線になる。

 体中に掛かる圧が強くなり、浮遊感が、空に飛び出したことと、脱出できたことを告げる。

 

 ……後ろから来る攻撃は、一つもなかった。

 聞こえたのは、巨大な爆発音だけだった。

 

(……燃える、崩れる、何もかもが。

 体を突き抜ける風と共に、繰り返して、過ぎる過去が、俺に絡みついていた。

 振りほどけないそれを引き摺りながら、俺は目指す。

 

 ───『ヌルメンガード』

 

 そこに、過去があると信じて)




ヌルメンガードとは、より大きな善のこと。
数千年を経て、歴史の底に姿を隠した超存在を追って、キリコが走る。
ヌルメンガードの長の罪とは。
長の罪の審判者とは。
全てを捕えて苛む牢獄に、世界のルーツを求めて、キリコが彷徨う。
次回「因縁」。
キリコは追い、そして追われる。




殺してよかったのかな……
未だに迷ってます。
しかし『マグル作戦』が魔法族への悪感情を極限まで高める内容である以上、親マグル派のアーサーさんが死ぬのは、作戦を書いた時点で半ば決めていたことではあります。
それにキリコの回りの人も大体死んでいるので、このSSでもそのジンクスは守らねばならず、結果アーサーさんに白羽の矢が立ってしまいました。
こういう展開は、書いてて正直辛いです。

せめて、キリコを敵に回した連中は全滅するようにします。


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第六十六話 「因縁」

ヌルメンガードの構造は独自描写が中心です。
だって原作でも碌に描写されてないんですもの。
ファンタビで細かくやるんでしょうか?

キリコの日帰りヌルメンガードツアー
ゲラート「あっ(察し)」
ヌルメン「あっ(察し)」

あ、あと再戦フラグが立ってたあいつとの決着がつきます。



『より大きな善の為に』

 

 その言葉が深々と刻まれた、巨大な門。

 地滑りの如く、地面を移動し続ける巨大な建造物、ヌルメンガード。

 

 ドイツ魔法省は機能の殆どを消失しつつも、ある事情により、此処だけは運営を保っている。

 巨大監獄の中央棟、その頂上で、一人の老人が新聞を読みふけっていた。

 

『ホグワーツ生徒のマグル保護者リストを英国軍へ譲渡。本格的なマグル狩りが始まる。シックネス政権の実績になりうるか?』

『旧アメリカ合衆国、ノーマジ派と魔法使い派による、第二次南北戦争始まる』

『ドイツ、核により国土の三分の一を消失』

『キリコ・ブラッド・キュービィー。魔法界、マグル界共に全世界で指名手配。報酬金は一億ガリオン』

『英国魔法省、傘下に入る国家に核除染魔法による支援を行うと発表』

 

 本来新聞など、入手できる筈もない。

 彼の居る檻は、他の何よりも厳重に監視されている。

 それでも尚入手できているのは、彼が他の誰よりも超常的な魔法使いだからに他ならない。

 

 痩せこけた肌に、深く刻まれた皺。

 この姿を見て、彼が彼だと分かる者は、一人しか居まい。

 

 そう、ヌルメンガードがまだ無事なのは、この男を捕えて置く為なのだ。

 かつて、『史上最悪の闇の魔法使い』と、()()()()()()()

 アルバス・ダンブルドアと史上最大の決闘を行い、敗れた男。

 そして、彼の親友だった男。

 

 彼の耳に、階段を登る、規則的な音が聞こえる。

 ふむ、おかしい、食事の時間はまだだったと思うが。ということは、いよいよ私はボケてきたという事か?

 所がそういう訳でもなさそうだ、警備も何やら首を傾げている。

 

「おい、交代の時間はまだ───」

 

 不審に思った警備兵が、そう言いかけた瞬間、彼の意識は刈り取られた。

 暗い廊下を、蝋燭が照らす。

 蝋燭に照らされ、揺らめく赤い影、青い髪。

 彼には彼が誰なのか、直ぐに分かった。新聞の一面を飾る有名人が目の前に立ち、言った。

 

「お前が、ゲラート・グリンデルバルトか」

「その通りだ、キリコ・ブラッド・キュービィー」

 

 異能生存体と、死の秘宝を求めた男。

 二人の出会いが、過去に秘められた真実を紐解く。

 

 戦闘機を使い、どうにかドイツへ逃げ切ったキリコは、『地図』と『鍵』を使い、常に移動する姿の隠された此処へと辿り着いた。

 その『鍵』を使い、ゲラートの牢を開け、傍に近寄る。

 

「それで? 今をきらめく有名人が、この老いぼれに何の用だ?」

 

 ゲラートは既に過去の人物。ダンブルドアに敗れ、帝王の座も今やヴォルデモートの物だ。

 『ニワトコの杖』について聞きにでも来たのか?

 キリコの人物像を知らないゲラートは、幾つかの推測を重ねる。だが答えは、そのどれでもなく。

 

「『ワイズマン』」

「!!」

「その様子だと、知っているらしいな」

 

 ダンブルドアは何故、ゲラートがワイズマンを知っていると推測したのだろうか。

 それは、あの頃抱いていた、僅かな『違和感』にある。

 明確な証拠はないが、ゲラートと親友として付き合っていた頃と、敵対していた頃の彼とでは、確かに何かが違っていたのだ。

 そしてそれは、まさしく『正解』だった。

 

「……成程、お前と私は、同じだったという訳か」

「お前は何処まで知っている」

「……ワイズマンは、私の協力者であり───」

 

 そして、過去が暴かれる

 

「───私の、敵だった」

 

 

 

 

 ゲラートとダンブルドアの出会いは、偶然だった。

 叔母のバチルダの元を訪れた時に出会い、共に優秀で……そして、現状に縛られていた者同士、瞬く間に親友となった。

 彼等は、ある計画を練った。

 『死の秘宝』を制し、『死』の支配者となり、魔法界を統べること。

 賢い魔法使いが、マグルを支配する世界を作ること。

 

 だが、彼等は道を違える事となる。

 ダンブルドアは妹、アリアナに縛られていた。彼女の魔力は幼い頃マグルの暴行を受けたせいで、非常に不安定になっていたからだ。

 それから逃げる様に計画に打ち込んだ彼に、たまたま帰って来ていた弟のアバーフォースは、激怒した。

 

 口論の末、脅しのつもりでゲラートが放った呪いが、三つ巴の笛を吹く。

 その末に……流れ弾により、アリアナは死んだ。

 

 ダンブルドアは後悔した、自分の傲慢さを。

 ゲラートは恐れた、親友の妹を殺したかもしれない可能性に。

 

 それでもゲラートは計画を諦めず、ドイツを拠点に様々な活動を行った。

 テロ行為、ヌルメンガードの建設、それらは悉く上手く行き、彼の計画は結実に近づき始める。

 

 彼は違和感を抱いた、成功率が高いのも低いのも、悉く上手くいく事に。

 

 何かが、居るのではないか。

 調べ始めた、今まで起こした全ての事象を、事柄を。

 全ての行動。

 それが成功するように、たまたま動いていた人々。

 たまたま人々が動いていた、その原因。

 

 魔法省、否、『予言』。

 予言が、ゲラートの計画を手伝っていたのだ。

 

 彼は知った、その予言を出していた存在を。

 いや、たまたま叔母の元を訪れるようにし、たまたまアバーフォースが帰宅するようにしていた存在を。

 

 『ワイズマン』

 

 彼は激怒した、全てがこの存在の茶番だった事に。

 求めたのは『力』。

 『ニワトコの杖』、『オブスキュラス』。

 全てはワイズマンを倒す為だった。

 

 だがワイズマンの名前がヒントのように隠されていたことこそ、罠だった。

 自分を追う者を始末する為の釣り餌。

 全てが上手く行かなくなった、ニュート・スキャマンダーがニューヨークに来たことも、ダンブルドアとの対決も、全てが仕組まれたことだった。

 

 

 

 

「……後は知っての通り、私は負け、此処に居る」

「…………」

「私は悔しい、アルバスに負けたことでも、ワイズマンに負けたことでもない。あの青春の日々が、情熱の日々が、誇り高き魔法族の歴史が、全て何もかもヤツの掌であったことが!」

 

 キリコは彼の慟哭を、黙って聞いていた。

 彼に気遣ったというよりは、ワイズマンの力に圧倒されることで。

 

「……お前も恐らくヤツの掌に居る、ヤツの存在を知り、追っているのなら。言ったろう、魔法省はヤツの五臓六腑だと」

「何?」

「二年前の魔法省崩壊事件、その混乱の一端は、騎士団に襲撃を掛けたファッジ率いる闇祓いにある。では聞こう、何故ファッジは騎士団を襲った?」

 

 キリコはあの時の記憶を探り、思い出す。

 確か、ファッジの証言によれば、騎士団が魔法省に現れ、そして崩壊するという()()を信じたからだ。

 

「…………!」

「気付いたようだな、既にお前も、ヤツの掌に居る」

 

 まさか、魔法省で起きた全てもワイズマンの意図したことなのか。

 では、ワイズマンは魔法省に居るのか。

 しかしゲラートは否定する。

 

「私の調べた限り、魔法省には居ない、あくまであそこは手足、心臓の場所までは、潜んでいる場所は分からなかった」

「……ヤツの狙いは何だ」

 

 何故ワイズマンは、マグル界を支配しようとするゲラートを支援したのか。一体あの神はこの世界で、何を目指しているのか、キリコは知らなくてはならなかった。

 

「ワイズマンの目的は、歴史を紐解けば分かる。それは、全てヤツが関わっている前提を組まねば気付かぬ程に巧妙だが、確かにその痕跡を残しているのだ……それも、釣り針だったのだがな」

 

 自分を追う為を誘き出す為の罠は、歴史にすら仕込まれていたのだ。

 だがそれこそが、目的を浮かび上がらせる欠片になる。

 

「純血思想、魔女狩り、そして私の計画。マグルとの対立を引き起こす事柄に、ヤツは必ず居た」

「……対立」

「そう、ワイズマンの目的は、『マグルと魔法族の全面戦争』に他ならない!」

 

 全面戦争、終わりなき戦い。

 キリコは瞬時に気付いた、ヤツはあの銀河(アストラギウス)を再現しようとしているのだと。

 しかし何故、今更そんなことをするのだろうか? その問いにゲラートは答えられなかった。

 

「そこまでは分からない、がもう一つ二つ、分かることはある。

 一つは、ワイズマンは今、ヴォルデモートの背後に居るということだ」

 

 全面戦争がワイズマンの目的なら、確かに今の状況はヤツの理想と言える。

 それを引き起こしたのはヴォルデモート、成程、ヴォルデモート自身が知っているかは分からないが、関わっているのは確実。

 

「もう一つは、この状況が更に酷くなるという事だ」

「…………!?」

「今はマグルの一人舞台だ、マグルが魔法族に干渉する手段はないのだから。それは様々な『結界』によって守られているからに他ならない。では、それが壊せるとしたら……どうなる?」

 

 マグルがマグルを殺し、無防備となった市街地を、ひたすら蹂躙し尽くす。

 アストラギウスですら見れなかった、悪魔のサバトが、容易く想像できてしまう。

 

 その時、彼等を巨大な轟音が貫いた。

 小さな鉄格子から外を見たキリコは、唖然とした。

 

 戦車、装甲車両、爆撃機。

 あらゆる重兵器が、群れを成してヌルメンガードを破壊し始めたからだ。

 そう、様々な結界で守られている筈の、此処が。

 結界が、消えた。

 

「ククク……始まるぞ、役者も、観客も、監督も巻き込んで、会場ごとぶつけ合う大舞台(クロスオーバー)が!」

 

 叫ぶ彼を尻目に、キリコはすぐさま脱出の準備を始める。その為にまず、一本の薬瓶をゲラートに渡す。

 

「此処を出たいなら、飲め」

「こいつは、『幸運の液体』か? 何故こんな物を……いや、それはどうでもいいか」

 

 ゲラートは長年の牢獄暮らしで衰弱しており、脱出は難しい。その為これを彼に手渡したのだ、後は彼が脱出の意志を持っているかどうか。

 

「……ククッ、そうだな、このままでは終われない」

「外に車と運転手が居る」

「分かった、ではありがたく行かせて貰うとしよう」

 

 余談だがこの『運転手』とは、例の武器商人である。

 何故彼がこんな所に居るかというと、脱出のドサクサに紛れ、『検知不可能拡大呪文』を掛けたケースでコックピットに潜っていたのである。

 この『車』も、彼から買った物なのだ。

 

アーマード・ロコモーター(装甲起兵)

 

 警備兵とマグル軍との戦闘音が聞こえる、見つからないように、などという暇はもうない。

 スコープドックに乗り、ゲラートを掴んで、監獄棟から一気に階段を走り下りて行く。

 

「…………?」

 

 おかしい、外では戦闘音が聞こえるのに、中には人一人っ子居ない。

 いや、居るには居るが、全て気絶させられているのだ。

 一体、誰が。

 それは、辿り着いた先に、エントランスに居た。

 

「…………!」

「……遅かったな、キリコ」

 

 エディア。

 いや、イプシロン。

 ストライクドッグが、待ち構えていた。

 

「戦闘機を奪取してまでドイツへ向かう理由など、此処くらいしかないと思ったが、当たってくれたらしい」

「……先に行っていろ、薬は保つ筈だ」

 

 一人語るイプシロンと、ゲラートを逃がすキリコ。

 二人の間に、それ以上の会話はない。

 言いたいことはとっくのとうに済ませている、残されたのは、ただ一つ。

 

「もう茶番はうんざりだ、今日、今、此処で、決着をつけさせてもらう」

「……そうか」

 

 勝つか、負けるか。

 

「行くぞ!!」

「…………!!」

 

 本当の決着を付けるべく、本物と紛い物が、再び激突する。

 ATの性能の違いか、先に動いたのはイプシロンだった。

 

 僅か一瞬の間にソリッドシューターと機銃の弾幕がキリコの退路を消す、その合間を縫うように動き、致命的な攻撃だけ的確に撃ち落としていく。

 だがイプシロンは既に『影』になる呪文によって、目前まで迫っていた。

 一撃で致命傷を作るクローが突き出されるが、超人的な反応速度でいなし、逆にアームパンチを撃ち込む。

 

 反撃を予見していたイプシロンは一瞬で距離を離そうとする、その直前、退路に向けてライフルが放たれていたことに気付く。

 逃げられない、なら、食らいつく。

 逆にキリコへ突っ込んで行くイプシロン、咄嗟に打ち込んだターンピックが姿勢を安定させ、受け止め、逆にストライクドッグが投げ飛ばされる形になった。

 

 空中に投げ飛ばされたイプシロンは追撃を防ぐ為機銃をばらまき、キリコも距離を取る為そのまま離れて行く。

 地面へ激突するイプシロンと、その瞬間を狙うキリコ。

 しかし衝突の瞬間影に姿を変え、瞬時に戻ることで、高速での体勢復帰を実現した。

 チャンスを失ったキリコは、再度攻撃を始め、イプシロンも呼応する、ここまで僅か三秒間。

 

 張られる弾幕、爆発の轟音、ローラーダッシュの軋み。豪雨のように互いを飛び交う銃弾は、お互いに掠りもしない。

 たった一発の被弾が命取りになる、逆に言えば、一発当たれば勝負は決する。

 それを理解している彼等は、確実なる先手を取りにいこうと強襲し、先手で返し、拮抗し振り出しに戻り続ける。

 呪文で小細工する間などない、杖に持ち替える間にやられるのは明らかだった。

 

 ヌルメンガードの中と外では、この瞬間もマグル軍と警備兵の激しい戦いが行われている。

 しかし彼等の周りには、マグル軍も警備兵も、囚人も誰一人として居ない。

 いや、まるで核がさく裂したかの如く、ある特定の距離から絶対に近づこうとしないのだ。

 

 本能的に理解していた、異能生存体とPS、近づけば確実に死んでしまうと。

 だが彼等は見誤った、デッドラインはそこではなく、この戦場全てが死の傘下だということに。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

 流れ弾が跳弾し、装甲車両の当たってはいけない箇所に直撃、爆散。

 残念ながらここはリアルバトルの会場では無く、このスリリングなワンシーンを楽しめる最低野郎は居なかった。

 

「逃げろおおおお!!」

 

 蜘蛛の子を散らし逃げ出すオーディエンス、かくして観客は消え、役者一人、観客一人の舞台が完成した。

 決闘を邪魔する者も、見る者も居なくなった時、遂に決着のトリガーが引き絞られる。

 

 ささやかな偶然、ヌルメンガード自体を攻撃した戦車砲の一撃が、天井を崩す。

 崩れた天井から落ちた瓦礫が、スコープドックの進路に落ちる。

 このまま行けば僅かに減速する、かわせばその分減速する。

 鋭敏なばかりに気付いてしまったキリコ、僅か一瞬思考の海に沈んだ隙に、イプシロンは全てを賭けた。

 

 ソリッドシューターの残弾を全て吐き出し、あえてそれを自分で撃ち抜き、誘爆させる。

 爆炎の煙幕が、キリコの視界を覆う。

 いくら生まれながらのPSといえど、見えてないものをかわす手段はない。

 

 クローに搭載された機関銃が、スコープドックを襲った。

 鉄屑同然の装甲は容易く撃ち抜かれ、蜂の巣にされていく。

 しかし、異能生存体たるキリコに、それは当たらない───筈だった。

 

「……ッ!」

 

 装甲を貫通した弾丸が、キリコの肩を、足を、そして……肺を貫いた。

 『死』だけは絶対に回避する異能の力。

 高まった果てに、傷一つ負わなくなる程の力。

 では何故、キリコは今傷を負ったのか。

 

 イプシロンは、キリコを殺そうとしていなかった。

 殺そうとすれば、必ず敗北することを理解していたイプシロンは、その切れ味のいい殺意を、極限、限界、臨界まで研ぎ澄ました。

 そして、産まれた。

 『殺意』の全てを勝利への『闘志』にまで、練り上げた硝子のナイフが。

 

 殺すつもりはない、必ず殺す程の勢いで、勝ちに行く。

 刃が、キリコの喉元に突き付けられる。

 最初から、異能の魔法は解けていたのだ。

 

 迫る、迫る、迫る。

 意識から追い出そうとしても、神経を貫く激痛が、キリコを縛り付ける。

 牽制の弾幕も、あらぬ方向へ逸れ、意味を成さない。

 

 勝利のクローがキリコの喉元に食らいつこうとする、異能なきキリコなど、ただの一兵士に過ぎないのか?

 ……否、そんな筈がない。

 キリコは杖を構え、恐るべき大博打に打って出た!

 

「ッ!?」

 

 イプシロンが目を見開く。

 何かしてくるとは思っていた、だが……これは想像できまい。

 

 スコープドックの下半身が、爆散した。

 

 姿勢を保てなくなり、前のめりで地面に落下する上半身。

 何かが来る!

 『影』に姿を変え備えようとするが、余りに予想外の行動に、動きが一瞬遅れる。

 ほんの0.001秒足らずの誤差、だが彼等には永遠に等しい。

 

 前のめりで落下したスコープドックが、跳ねた。

 

 アームパンチを射出機代わりにし、ストライクドッグへ向けて突っ込んだのだ。

 逃げ遅れ頭突きを喰らったイプシロンを、コックピット越しのアーマーマグナムが貫く。

 反応は出来る、が、狭いコックピットでは致命傷を避けるのが限界。

 

「ぐぅっ!!」

 

 腕に、肩に、風穴が空く。

 射程内だったクローも、低下した操縦技能では、致命傷に届かない。

 スコープドックの横腹がひしゃげ、千切れる。

 アームパンチが、ストライクドッグの頭部を歪ませる。

 

 お互いのコックピットが破壊され、お互いが投げ飛ばされる。

 宙に浮き、墜落。

 衝撃が空気を、肺から押し出す。意識が途切れかけるが、執念で繋ぎとめた。

 

 折れたかもしれない足に力を込め、全力で立ち上がる。

 全身の出血も気にせず、立ち上がる。

 残弾一発のアーマーマグナムを構える。

 隠していたバランシングの槍を構える。

 

 歩み寄る、一歩一歩。

 確実に命中させる為に。

 確実に切り裂く為に。

 荒れた息が、十分聞こえる程の距離。

 

「…………」

「…………」

 

 時間が止まる。

 長き因縁が、この一瞬に収束されていく。

 そして。

 流星が流れた刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラン、という、槍の転がる音。

 地に伏せる、一つの影。

 勝敗は、決した。

 

「…………」

「……わ、私の……負け……か」

 

 放たれたマグナム。

 斬り落とそうとした。

 だが、抉られていた肩の痛みが、狙いを狂わせた。

 マグナムは槍を弾き飛ばし、イプシロンから戦う術を奪ったのだった。

 

 残る武器は杖だけ、しかしこの痺れた腕では、それも叶わない。

 『影』になろうにも、この距離では間に合わない。

 もう一度言おう、勝敗は……決した。

 

「……所詮……紛い物に……過ぎなかった、訳か……」

「…………」

 

 何か声を掛ける訳ではない。

 前世から今に至り、言いたいことは、言わなければならないことは、全部言っていた。

 唯一かもしれない戦友、PSにこだわるしかなかった友。

 

 憐れもうとしたが、辞めた。

 負けたにも関わらず、その顔はどこかすがすがしかった。

 

「……やはり悔しいが……納得はいった」

 

 二人の世界。

 戦士の世界。

 その世界も、直ぐに終わりを告げる。

 

「ッ!?」

「……空爆が始まったらしいな」

 

 外を包囲していた軍の戦車砲と、爆撃機による空爆が、ヌルメンガードを崩壊へと導く。

 逃げる体力など残っていない、それでもキリコは、イプシロンを担ぐ。

 

「……私は、置いていけ。裏切り者には……相応しい末路だ……」

「喋るな、傷に響く」

 

 誰が見捨てられるのか、同じ咎を抱えた仲間を。

 友情を嘲笑うように、崩れた柱が、二人を押しつぶそうと迫る。

 だが友情に答える者も居た。

 RPG7である。

 

「遅いでぇすよぉ、大丈夫でぇすかぁ?」

「…………!」

「肝心のお前が居なくなってどうする、キリコ・キュービィー」

 

 瓦礫をジープで蹴散らし乗り込んできた、ランチャーを構える武器商人とゲラート。

 二人は二人の手に捕まり、車に転がり込む。

 

「さて、ウォーミングアップと行くか」

 

 何時奪ったのか、ちゃっかり自分の杖を取り戻していたゲラートが杖を振る。

 瞬間、ジープが光のように加速。

 視界が戻った頃には、もうヌルメンガードは遥か彼方だった。

 

「…………」

 

 キリコが呆然としているのは、決して崩壊するヌルメンガードを見ていたからではない。

 確かに一緒に乗った筈のイプシロンが、居なくなっていたからだ。

 

「あの白髪の小僧なら、さっきの間に『姿くらまし』をして消えたぞ」

「……そうか」

 

 それを聞き、キリコは少しだけ、安堵を覚えた。

 殺し合いしかしたことのない彼等だが、その間には確かな絆があった。

 

「……あ、キィリコさん、ニュゥゥスがあるんですが」

 

 空気をまるで読まずに話しかけてくる武器商人、キリコは努めて無視したが、その内容は無視できるものではなかった。

 

「ポッターとそぉの仲間達が、マルフォイ邸に捕まっているそぉうですよ」

「……本当か」

「えぇぇ、死喰い人にも、お金が好きな人は大勢居ますからぁ」

「次の目的地は決まったらしいな」

 

(懐かしい戦友、イプシロン。

ヤツとの戦いは、まるで旧友と語り合うように、楽しかった。

だがそれは終わった。

次に語り合うのは親友ではない、忌まわしき過去そのもの。

ワイズマンの幻影は今、影になった。

後は影を照らす日の光を追い求めるだけ、沈む夕日の先にこそ、ヤツは居る)




結界がねじれ、地層が断裂する。
魔法界の腸が抉られる。
過去に見えた古代秘宝の輝きが、叛逆をそそる。
天の川銀河の再奥で、巨大な意志が響きはじめた。
触れ得ざる扉を開くのは誰だ。
次回「禁忌」。
神への決起が始まる。




ヌルメン「知ってた」
アズカバ「良かった……助かった」
マグル軍「などと思っていたか! 馬鹿め!」
アズカバ「ぬわーっ!」
※アズカバンが崩壊しました。

 キリコvsイプシロンは、『異能』補正なしで闘ったらどうなるんだろう、と思いながら書きました。
 最終的に死線を乗り越えた経験の差で、キリコが勝つのでは?
 と思い、キリコwinとなりました。


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第六十七話 「禁忌」

マルフォイ邸の戦いです。
少し箸休めな話かもしれない。



 瓦礫の道を、途切れ途切れに光るランプが照らす。

 霧のように浮かぶ、むせかえる程の灰塵。

 建物の路地を塞ぐのは、崩れた土砂と死体の大木。

 乱雑に建てられたプレハブ小屋が築き上げた要塞には、生きているのか分からないような浮浪者が鼠のように住み着いている。

 

 街の影では銃を持った暴漢が、折れた杖を抱える浮浪者を殴り、蹴り、首を絞め、川に捨てた。

 水ではなく、小川のように流れる、血の河に。

 新たな大地のように敷き詰められた瓦礫の下には、死体の地層と血の水源が眠る。

 

 ここは、ダイアゴン横丁。

 数日前までは魔法使い達で賑わっていた、活気ある街。

 今やゴーストタウン以下の、落ちぶれたスラムに成り果てていた。

 

 あれは突然のことだった。

 様々な結界によって守られていた筈の此処に、突然マグルの大群が押しかけて来たのだ。

 装甲車両が住民を殺し、戦車が建物を殺し、爆撃機が街を殺した。

 地下に隠れていた女子供も、最後は毒ガスでいぶり殺された。

 

 浮浪者の一人が呆然と空を見上げる。

 彼は数日前まで、グリンゴッツで働いていた。

 家族も居た……ささやかだが、幸せに暮らしていた。

 それが、何故?

 問いに答える者は居ない。

 残された疑問は、やがて、恨みへと変わって行く。

 

 世界中で、同じことが起こっている。

 その事実に、マルフォイ邸に滞在しているベラトリックスは頭を抱えていた。

 

 何故だ、一体何がどうなって、結界が破れたのだ。

 そもそもヴォルデモート達の計画『マグル作戦』の本質は、マグル達の自滅にある。

 様々な結界で守られた魔法族を見つけ出すことは不可能、それによって一切の被害を受けず、向こうが自滅するのを悠々と待つ……それが要であった。

 

 だがこれではどうしようもない。

 攻め入ったマグル共は純血も穢れた血も関係なく殺している、穢れた血が死ぬのは一向に構わないが、純血が滅ぼされては闇の陣営の理想社会、純血による絶対支配は成り立たない。

 

 かと言ってダイアゴン横丁などの街を守るには、死喰い人の絶対数が足りない。

 『マグル作戦』を実行した理由の一つは、マグルとの正面激突では絶対に勝てないと分かっていたから。

 しかし、このままマグル軍の魔法界侵略が進めば、正面激突に転がり落ちて行くだろう。

 

 もう一つベラトリックスの頭を悩ませているのが、核除染についてだ。

 ヴォルデモートは核戦争を起こしたが、自分にひれ伏す国家にのみ、『核除染呪文』を与え、その国家全てを忠実な家畜に仕立て上げた。

 

 ところが最近になり、隷属する国が急速に減少しだしたのだ。

 調べてみて分かったのが、何者かが勝手に除染呪文を伝授している、という事実。

 死喰い人に裏切り者でも出たのか、ヴォルデモートでさえ数年かけて完成させた呪文を、作れる魔法使いが居るのか。

 

 腹立たしい、頭を掻き毟る激情が、胸につっかえる。

 あの偉大かつ、誰よりも力強い我が君の、素晴らしき理想。

 それにコソコソと動き回りながらションベンを引っ掛けている野良犬が居ることに!

 

 だが、肝心のヴォルデモートが動く様子はない。

 ベラトリックスには、理由が分からない。

 いや、我が君が何も考えていない筈がない。恐らく私などでは思いもよらない考えだからこそ、動かないのだろう。

 

 ならば私は、やるべきことをやるだけ。

 そう、このグレンジャーとかいう穢れた血を拷問し、レストレンジ家の金庫にある筈の『剣』をどうやって盗み出したのか吐かせなければならない。

 ゴブリンは贋作だと言っていたが、もしこれが本物だった場合、『カップ』も何処かに隠している筈。

 これ以上、我が君を失望させるわけにはいかないのだから。

 

 マルフォイ邸に、ハーマイオニーの絶叫が響く。

 それ故に彼女達は気付けなかった、地下牢から爆発音がしたことに。

 

 

 

 

「…………」

 

 ハーマイオニーの悲鳴を聞いたキリコは、足を速める。

 ぬかるんだ水が足を邪魔し、邪魔を踏みつぶして歩く。

 ハリー達が捕まったと聞いたキリコは、ゲラートの『姿くらまし』によってイギリスまで帰還した。

 そしてゲラート、武器商人と別れた後、此処まで来たのだ。

 

 正面からの侵入は危険、不可能、困難。

 魔法による警備網は侵入自体を物理的に許さない。

 しかし、どんな場所にも穴は存在する。

 その一つが、今キリコが居る下水管であった。

 魔法でどれだけ代用しても、水といった生きるのに必要な設備を外すのは不可能。

 生きる為に必要な設備は、皮肉にも死神の通り道になっていた。

 

 キリコは歩きながら、壁に武器商人から購入したC4を設置して回る。

 使う機会はない方が良いが、万一の時チャンスを作れないのはもっと困る。

 そうしている内に、ふと上の方から声が聞こえてきた。

 

「何故屋敷妖精が此処に……は、早く殺さねば!」

「逃げてドビー!」

「無理です! ドビーめはポッター様を守ると誓ったのです!」

 

 ……この声、ワームテールか?

 声からキリコは状況を察し、余り時間がないことに気付く。

 声の発した場所からワームテールの位置を特定、真下へと移動。

 他の連中にばれない様、消音呪文を掛けた上で、杖を床越しにワームテールへ向ける。

 

エクスブレイト(爆破弾頭)

「アバダケ───ッ!?」

 

 音はない、爆風と衝撃だけがある。

 床を貫通しワームテールにめり込んだ弾頭が炸裂、彼を木端微塵に吹き飛ばした。

 空いた大穴から出てきたキリコを出迎えたのは、腰を抜かすハリー達や、オリバンダーにルーナなど、囚われていた様々な人だった。

 

「キ、キ、リ、コ?」

「…………」

 

 俺が脱獄した時に構造を変えたらしい、地下牢は集団で閉じ込める物から個々で閉じ込める形式に変わっていた。

 ワームテールの懐から牢の鍵を取り出し、それぞれの牢屋を開けていく。

 

「助けに来てくれたのか!」

「静かにしろ、バレる」

 

 喜ぶロンだが、ハリーは複雑な思いを抱える。

 あんなにあっけなく死んでしまったワームテールを見つめながら。

 こいつは父さんと母さんを売った卑怯者の裏切り者、けれども確かに、父さん達の友達だった。

 ……どんな思いで裏切ったのか。

 今は、どんな思いだったのか。

 それすらも、もう聞けない。

 そう思うと、恨みや怒りよりも、虚しさが勝った。

 ハリーを他所に、キリコは淡々と脱出作戦を作って行く。

 

「ドビー」

「ッ!? ははははい!? 何でしょうか!?」

「こいつらを先に連れ出せ」

 

 ドビーに指示を出したキリコ、屋敷妖精の呪文は人間とは違い、通常の阻害魔法を無視できるのだ。

 かしこまりました!

 と震えた声で叫び、ルーナやオリバンダーを連れて逃げるドビー。

 見送るキリコの目線は鋭い、ルーナ達に刻まれた拷問の跡が、彼の導火線に火を着けてしまった。

 

「お前達は上のヤツ等の気を引いてくれ、隙が生まれたら彼女を助けろ」

「何か仕掛けてるのか?」

「ああ」

「分かった!」

 

 時間がないのは重々承知、簡潔なブリーフィングを済ませた二人が動き出す。

 キリコは『透明マント』を羽織り、何処かへと消えて行く。

 残る二人が上へ上ると、そこでは凄惨な拷問が行われていた。

 

「さあ吐け! あの剣は何処で手に入れたんだ!!」

「知らない! わ、私は何も」

「余計な口をきくんじゃない!」

 

 杖を押し付け、手を灼熱で焦がしていき、文字を刻む。

 これ以上ハーマイオニーを痛めつけさせるものか!

 先に飛び出したのは、ロン。

 

「やめろ!!」

「!? 何故、しくじったのかワームテール!」

「あいつ! やはりポッターだったか! けど丁度良い」

 

 ルシウスがあの男の無能さに、思わず舌打ちをした。

 脱獄されたことに驚くベラトリックスは、取り出したナイフをハーマイオニーの首に突き付ける。

 

「お前ら『剣』を何処で手に入れたか言いな! 言わなきゃこいつを殺す!」

「卑怯者!」

「やれるならやってみろ!」

 

 ハリーがまさかの発言をしたと思わせて、逆にベラトリックスを脅迫しだす。

 

「やったら僕も死ぬぞ!」

「ハリー!?」

「知っているぞ! ヴォルデモートは僕を自分の手で殺したがってる! それがお前のせいでパアになったらどんな顔をするだろうな!?」

「き、貴様ぁ……!」

 

 ハリーとヴォルデモートは深く繋がっている。

 故に、あの男が自分に対しどんな感情を抱いているのか感じ取っていた。

 あいつはこだわってる、不死身である自分を一度殺した僕を自分の手で殺さなきゃ、無敵のままでいられないと考えている。

 

 この脅しは、ヴォルデモートを失望させることを誰よりも恐れるベラトリックスにとって、まさに首元に突き付けられたナイフ。

 お互いに突き付けられたナイフが、拮抗を生む。

 だが彼女はこの時点で気付かなければならなかった、何故二人がわざわざ姿をさらしたのかを。

 

「うわあああ!?」

「足が落ちる!?」

「家が! ま、まさかあいつが!?」

 

 嵐を走る稲妻のような轟音と共に、足場が傾き出す。

 壁も床も天井までもが軋み、割れ、ひしゃげる。

 崩れているのはマルフォイ邸ではない、それを支える地盤その物が崩れ出したのだ。

 

 何て無茶苦茶な、二人は唖然とする。

 仕掛けていたC4を、キリコが起動させたのだ。

 ともあれ『隙』は生まれた。

 姿勢を保つためにハーマイオニーの拘束が緩んだ瞬間。

 

アクシオ(来い)・ハーマイオニー!」

 

 ロンに救助されたハーマイオニー、丁度ルーナ達を逃がし終えたドビーも現れる。

 しかしベラトリックスも、ここでそのまま見逃す程無能では無い。

 『姿あらわし』を阻止しようと、ナイフを構える。

 

 ところで何故キリコは『時間を稼いでくれ』と頼んだのだろうか?

 

「がっ……!?」

 

 突然後頭部に衝撃を受けたベラトリックスが卒倒。

 何かが居るのか!?

 ルシウスが呪いを撃った瞬間、彼女の背後が揺らぎ、穴の空いた透明マントとキリコが現れた。

 執念深いこいつのことだ、最後の悪足掻きに備えなくてはならない。

 キリコの予見は、見事的中し、ドビーの命を助ける事となる。

 

「待て! 逃がすな!」

「キリコオオオオ!!!」

 

 マルフォイが悲痛な叫びを上げている間に、ルシウスが呪いを撃つ。しかし本来の杖ではない代用品ではコントロールが利かず、キリコの逃亡をあっさりと許した。

 姿くらましで、彼等はマルフォイの悲鳴と共に消え失せた。

 

(失われる均衡の中で、俺は一瞬、懐かしい物を見た。

ベラトリックスの懐に仕舞われていた、グリフィンドールの剣。

思えば、あの時からだ、ヴォルデモートをワイズマン同様、敵として認めたのは。

剣、日記、バジリスク。

全てを繋げた時、触れ得ざる扉は開くのだろうか)

 

 

*

 

 

 キリコによってマルフォイ邸が爆破されてから数刻後、闇の陣営の隠れ家にヴォルデモートは佇んでいた。

 彼の目の前にあるのはグリフィンドールの剣……レストレンジ家の金庫で厳重に保管されていた筈の剣。

 気絶していた所を叩き起こし、隠し持っていたのを磔の呪文で無理矢理奪い取った物だ。

 

 セブルスを校長にした時、校長室に保管されていたのを奪い、金庫に入れていたのだが、何故これをポッターどもが持っていたのか?

 

 グリンゴッツに盗みに入った?

 もしくは、校長室にあったのは偽物で、本物は別の場所にあったのか?

 逆に、目の前のこれが贋作なのではないか?

 

 だが贋作ではない、あの感覚、ポッターどもはこの剣で分霊箱の一つを破壊したのだろう。

 

 グリンゴッツに盗みには行っていない、それなら……あの『カップ』も破壊されている筈。

 

「……ダンブルドアが、とうに贋作へ摩り替えていた、という訳か。

 最初から偽物だったとは」

 

 しかし、グリフィンドールの剣は結果的に目の前にある。

 分霊箱を喪ったのは痛いが……今は目の前の脅威を払拭するのが先決だ。

 

 この剣をベラトリックスから奪ったヴォルデモートは、まず何故ただの剣で分霊箱を破壊できたのか調査し、結果この剣がバジリスクの毒を吸っていることを突き止めた。

 何時取り込んだのかは、簡単に推測できた。

 

 五年前ルシウスによって解き放たれた分霊箱の一つ、『トム・リドルの日記』。

 彼によって起きた秘密の部屋の解放。

 そして秘密の部屋を封じた……即ちバジリスクを倒したのはハリー。

 ホグワーツに居ながらバジリスクの毒を吸える機会など、あそこしかない、ハリーはこの剣でバジリスクを倒したのだ。

 

 ……本当にルシウスは、碌なことをしない。

 今度『磔の呪文』を打ち込んでおこう、そう決意しつつ、剣を手に取る。

 

 ……惜しい、非常に惜しい。

 正直、破壊したくない。

 彼はグリフィンドールの剣も、分霊箱にしたいと思っていた。

 偉大なる創設者の遺品こそ、偉大なる自分の魂の器に相応しいと、考えていたからだ。

 

 これはサラザールを除き、思想こそ理解しえないが、その強さは魔法族として優れているという、彼なりの『敬意』の現れ。

 だが今や、誰でも分霊箱を破壊可能にする危険物その物。

 

「惜しい、が、所詮は物に過ぎない」

 

 名残惜しさを残しながら、『悪霊の炎』を吹き荒らす。

 剣のみを包み込むように圧縮し、鋼鉄すら瞬時に溶かしきる程の、白い輝きが剣を焼き尽くす。

 一分、十分、毒も欠片も残さないように、延々なる炎々を創り続ける。

 

「……ん?」

 

 剣が、ない。

 何てことはなかった。

 熱で机に穴が空き、剣が下に落ちただけ。

 俺様にしてはうっかりしている、そして光球を剣に向かって降ろしていく。

 

「……何?」

 

 今度は軽い地震が起き、剣が転がり、炎から逃れた。

 やけに、偶然が続くな。

 今度こそは、と炎を広げ、一気に包み込む。

 

「……なっ!?」

 

 無傷、掠り傷一つない。

 プラズマ化する程高熱化した悪霊の炎だが、放たれるスパークは偶然にも、全く剣に当たらなかった。

 

「……アバダケダブラ!」

 

 何かがおかしい、偶然が過ぎる!

 得体の知れない相手を試すように、『死の呪い』を剣に打ち込む。

 

「───それた……だと……!?」

 

 偶然、手元が狂ったのか?

 偶然、偶然、偶然。

 

「まさか!? レジリメンス(開心)!」

 

───ハリーが剣を構え日記に突き立てるトム・リドルの魂が悲鳴を上げて消えていく誰もが勝ったと思ったその瞬間リドルの最後の足掻きがキリコを襲うバジリスクがキリコに噛みつくハリーが咄嗟にグリフィンドールの剣を持って突っ込みキリコを掠めながらバジリスクを貫いた───

 

「……ク、クク、は、は、は……」

 

 剣の記憶を見たヴォルデモートが、腹を抱えて呻き始める。

 こんなことが?

 あっていいのか?

 

「俺様はやはり! 天に味方されている!」

 

 ヴォルデモートが知った真実、それは、恐るべきものだった。

 グリフィンドールの剣に使われているゴブリンの銀は、『自身を強化するものを吸収』する、という特性を持つ。

 だからこそ、バジリスクに止めを刺すことで、毒性を獲得していたのだ。

 

 だが、その前。

 バジリスクを切る前に、ハリーは何を切った?

 

 『トム・リドルの日記』、即ち『分霊箱』。

 分霊箱は悪霊の炎やバジリスクの毒といった、強力な魔術でしか破壊できない。

 つまり、『強い』のだ。

 

 あの時グリフィンドールの剣はリドルを吸収し、『分霊箱』の力を手に入れていたのだ!

 

 しかし、肝心なのはそっちではない。

 日記から魂が引き剥がされた時点で、分霊箱の『特性』は残ったが、生き残らせる『役目』は果たせなくなっている。

 この剣にヴォルデモートを繋ぎ止める力はなく、ただ破壊されない魂の器に過ぎないのだ。

 

 ……もう一度尋ねよう。

 ハリーはバジリスクより前に、何を切った?

 

『グリフィンドールの剣を持って突っ込み、()()()()()()()()()バジリスクを貫いた』

 

 『キリコ』を切った。

 

 『異能生存体』を切った。

 

 グリフィンドールの剣は、『異能』を取り込んだ。

 

 本来取り込まれた『魂』は分霊箱の特性故に、『バジリスクの毒』によって消滅する筈である。

 しかし『異能』の力により、『魂』は極限まで衰弱していながら生き残っていたのだ!

 剣の中の魂は、『異能生存体』と化していた!

 

 繰り返しになるが、この剣にヴォルデモートを繋ぎ止める力はない。

 『分霊箱』と『異能』の力により、絶対に壊れない完全無欠のナニカになっただけである。

 

 なら何故ヴォルデモートはここまで歓喜しているのか。

 それはある呪文を検証する機会を得たからだ。

 

「これで確かめることができる、あの呪文を、俺様の最高傑作を、『異能殺し』の呪文が、真に効くのか!」

 

 彼は掴んでいた、『異能生存体』を殺す方法を。

 本来本番一発勝負で使う予定だったが、この『異能』の剣を得たことで、より確実なチャンスを得た。 

 

「これでやるべきことは、残り二つ。『神』でも『触れ得ざる者』でもない!

永遠の命を持つのは、このヴォルデモート卿ただ一人!」

 

 魔法界の闇の底で、地獄の声が響く。

 今、一人の魔法使いによる、『神』への反逆が産声を上げた。

 彼は誓う、『キリコ』の抹殺を。そして───

 

───『ワイズマン』の打倒を。




ホグワーツへ。
あらゆる闘争が、あらゆる因縁が、
紡がれる謎を秘めた魔術の起源へと向かう。
ホグワーツの何処(いずこ)に住まうは、神か、賢者か。
欲は継承者を遡り、秘宝が欲望をいぶり出す。
次回「遭遇」。
戦慄が、核心へと誘う。



ワームテール死亡。
原作でもここで死んでたから問題は何一つありませんね。
そしておっかないナマモノ化していたグリフィンドールの剣。
いつぞやの感想をやっと返すことができました。


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第六十八話 「遭遇」

評価数が100に到達しました!
嬉しい!
有り難う御座います!
では今回で死の秘宝Part1は終わり……の前に、もう一戦挟んでおきましょう。
主人公なんだから、一回位まともに戦わないとね。


 マルフォイ邸から逃げ切ったキリコ達は、ビルとフラーの新居である『貝の家』に避難していた。

 しかし、そこでの生活は到底穏やかとは言えなかった。

 

「パパが……死んだ……だって?」

「……ああ」

 

 キリコは当時の状態を重重しく語る、あの時の言葉を一字一句間違えないように。

 彼の意思を正しく伝える為。

 

「『愛している』、そう伝えてくれと頼まれた」

「……そんな」

 

 力なく床に崩れるロンと、絶句し続けるビル。

 ……当たり前だ、あいつが自分の子供達を深く愛していたのは俺も強く感じていた、あいつらも同じように感じていたのだろう。

 その痛みが大きくない筈がない。

 

「マグルを庇ったせいで捕まって……キリコだけじゃなく、またマグルを庇ったっていうの……?」

「……そのマグルに、最後は殺された、のか、父さんは」

 

 恨みを綴る余裕すらなく、直視できない父親の死に、呆然とするばかり。

 悲しみも恨みも考えられず、白痴の中に残されたのは、一つの疑問。

 

「どうしてパパは、そこまでしてマグルを庇ったんだ……? 何でそこまでできたの……?」

「人が良すぎる……! 馬鹿だ、馬鹿だよ……! 家族を残して……まだ、何も返せてないのに……!」

 

 とどのつまりはお人好し、困っている人が居たら手を出さずにはいられないというサガ。

 善人だからこそヤツは死ぬことになったのだ。

 その馬鹿に、俺もまた助けられた。

 幾度となくそういった馬鹿に、助けられてきた。

 『異能』がそうさせたのか、そんなことはどうでもいい。

 

「……パパって凄いんだね」

「……どうして、そう思った?」

「僕じゃきっと、できないから」

「……そうだな、本当に……凄い」

 

 アーサーの意志が受け継がれるのかどうかは分からない、憎しみを抱いて動くことを、俺は否定できない。

 俺もまた復讐者なのだから。

 今はこれで良い、忘れ去られることさえなければ。

 

 俺は俺のなすべきことをしなければならない、アーサーの意志を無駄にはしたくない。

 懐から、一枚の手紙を取り出す。

 ヌルメンガードから脱出した際、いつの間にか入れられていた物。

 名前の所には『エディア』と書かれていた。

 

 

 

 

『ワイズマンの存在は、私もロッチナも既に確信している。

 我々の存在、アストラギウスと化した世界、全てが証拠となる。

 私もワイズマンを追う者の一人だ、PSの誇りを穢した奴を許す訳にはいかない。

 故に、お前にこれを教える。

 恐らく、ヤツが関わっているからだ。

 

 三大魔法学校対抗試合の時、お前が参加したのは、何者かがゴブレットに名前を入れたからだ。

 事件の黒幕は『バーテミウス・クラウチ・ジュニア』、そいつが名前を入れたと、考えている筈だろう?

 

 違う、クラウチは貴様の名前を入れてはいなかった。

 

 ロッチナの護衛として動くことで知った真実、本来はハリーをヴォルデモートが殺し、大会で警備が手薄になった時、お前をクラウチが襲う予定だった。

 しかし、何者かが名前を入れたことで頓挫したのだ。

 

 死因を覚えているか? 真実を吐かせる為に飲ませた『真実薬』に毒殺されたことを。

 公的には、秘密を守り抜く為、事前に毒を入れていたとされている。

 

 もう分かるだろう、毒を入れたのもクラウチではない。

 クラウチは殺されたのだ、お前を参加させた何者かに。

 

 私から伝えるべき情報は以上だ、これとお前の持つ情報を繋ぎ、神の住処が暴かれることを期待している。

 その時が、我々の最後の再会の時だ』

 

 

 

 

 ……何ともあいつらしくないが、それ程ワイズマンへの憎しみが強いのだろう。

 自分の生まれも、戦いも、あまつさえ決着までも茶番だと知って、どうして何も感じずにいられるのか。

 

 しかしお陰でキリコは、一つの結論を得た。

 

 まずワイズマンはどうやって名前をゴブレットに入れたか。

 年齢線を誤魔化す為には強力な『錯乱の呪い』が必要、ホグワーツ生徒にそこまでの実力者は居ないので『服従の呪文』による代行は不可能。

 教員も不可能、『足』が残りかねない。

 

 残る手段は一つ、自分自身で入れるしかない。

 ……そう、如何なる手段を用いたかは分からないが、ワイズマンは今生身の肉体を手に入れている。

 

 だとすれば、もう一つの手掛かりも証明できる。

 一年の時、禁書棚に居た謎の黒ローブ。呪いを掛けた本やタイミングからして、キリコ個人を狙った犯行なのは間違いない。

 そしてあの時点でキリコの特異さを知っている存在は、ホグワーツ内には誰も居ない。

 

 もし遠距離から手を下す手段があったなら、わざわざ自分から呪いを掛けに行く筈がない。

 そして呪いの強力さから考えれば、あれがワイズマンだったのは疑う余地すらなくなる。

 

 生身の肉体。

 ホグワーツの情報を24時間以内に知れる場所。

 キリコの動向を掴み続けられる場所。

 

(ワイズマンの居場所、神の住処は、ホグワーツの何処かだ……!)

 

 神の潜む地とは、ホグワーツだった。

 あれだけ捜索しても見付からなかったが、ヤツは間違いなくそこに居る。

 キリコは完全なる確信を手に入れた。

 もしそれが、クエントと同じだとするならば……

 

 

*

 

 

 二か月が経過し、ハリー達がグリンゴッツへ銀行破りに行った頃。

 ホグワーツ湖に浮かぶ小さな小島に、ヴォルデモートが降り立った。

 

「……漸く見つけたぞ、まさか貴様が持っていたとはな……ダンブルドア」

 

 この小島はダンブルドアの墓であり、遺体が安置されている場所。

 ヴォルデモートは此処にある物を取りに来たのだ……死の秘宝が一つ、『ニワトコの杖』を。

 

 彼がニワトコの杖を欲したのは、それが自らを最強にすると信じているからだけではない。

 四年の時ハリーを殺せなかった理由は、杖にあると考えた。

 そこで杖作りの職人オリバンダーを拷問し、『兄弟杖故に共鳴した』と突き止めたのだ。

 

 一先ず自分以外の杖として、ルシウスの杖を使った。

 だが俺様の力に耐えきれず、そのまま砕けてしまった。

 もう一度オリバンダーを拷問した、『俺様の力に耐えうる杖は何だ?』と。

 奴は『ニワトコの杖をおいて他にない』と答えた。

 まさか死の秘宝などというものが存在していたとは……魔法界の生まれでないばかりに、こんな失態を犯すとは思ってもみなかった。

 

 ヴォルデモートは感慨深く墓を見つめる。

 誰か……大方キリコだろうが、杖の在りかを知っているゲラートを連れ出されたせいで、捜索が大幅に遅延する羽目になってしまった。

 

 しかし、そのニワトコは遂に今俺様の目の前にある。

 これで俺様は最強になることができる。

 兄弟杖故の共鳴も起こらず、確実にポッターを殺す事ができる。

 何よりこれがあれば、ワイズマンを越える事ができる。

 

 墓石を動かし、剥き出しになった棺桶を解き放とうとする。

 だがそれは、一発の銃声に遮られる。

 

「……貴様か」

 

 ヴォルデモートは既に、誰なのか確信していた。

 マグルの武器を使用する魔法使いなど、魔法界広しといえども奴しか居ない。

 悍ましき血にして、ポッター同様滅ぼすべき存在、あってはならない俺様以上の不死。

 ───キリコ!

 

「…………」

 

 墓石を挟み、対になる場所に、キリコは立つ。

 

「何をしにきた?」

「ニワトコの杖をお前に渡す訳にはいかない」

「……成程、オリバンダーから聞いたか、此処のことは……グリンデルバルトからだな?」

 

 キリコはハリー達が銀行破りに行く直前になり、ヴォルデモートがニワトコの杖を狙っている事をオリバンダーから知った。

 但し杖の場所を知ったのは、単にニワトコの杖を処分する計画の、協力者だからである。

 危なかった、もう少し遅れていれば、全てが無駄になるところだった。

 キリコは少しだけ安堵する。

 しかし、その存在を知られるのはまだ不味い。

 

「だがグリンデルバルトを脱獄させて何をするつもりだ? 

 まさかあのような老いぼれ一人加われば、俺様に勝てるとでも考えているのか?」

「知りたかっただけだ、ワイズマンのことを」

 

 ヴォルデモートが目を見開き、まさしく衝撃の表情を浮かべた。

 だがすぐ納得した顔に戻る。

 それもそうだ……むしろワイズマンに関しては、キリコの方が詳しいではないか。

 

 対するキリコもまた、今の反応で確信する。

 『ヴォルデモートの背後にはワイズマンが居る』という、ゲラートの言葉を。

 なら教えなくてはならない、ヤツがどのような存在なのか。

 

「どんな寵愛を受けたのか知らないが、ヤツはお前を利用しているだけだ」

「フン、そんなことはとうに知っている。

 ワイズマンの正体も……貴様の不死の正体、『異能生存体』も!」

「…………!」

 

 馬鹿な、何故知っている。

 ヤツは俺の不死のカラクリを呪文だと考えていた筈。

 それにどうやって、ワイズマンの正体を知ったんだ。

 キリコの困惑を見抜いたように、ヴォルデモートは語り出す。

 

「魔法省、神秘部での戦い。

 俺様はそこで、ポッターと俺様を繋ぐ予言を手に入れた」

「………」

「しかし違っていた、ルシウスはあろうことか予言を取り違えていたのだ!」

「……まさか」

「そう! 偶然……いや、今考えればあれも神の御業だったのだろう。

 俺様が手にした予言は『ペールゼン・ファイルズ』だった!」

 

 そうか! 過去の全てが記されたあの予言か!

 何という事だ、結局ヤツの手に渡ってしまったのか。

 ……だが何故だ、予言は予言に記された人物しか見れない。

 アストラギウスなど全く関係ないヴォルデモートが、どうして見れたのか。

 瞬間、ゲラートの言葉が再び脳裏を過る。

 『魔法省、神秘部こそ奴の五臓六腑なのだ』

 気付きを得たキリコに、答えを述べる。

 

「妙に思った、俺様が一切関係ない予言を、俺様が見れたのだから。

 その時突然目の前に現れたのだ、黒いローブを深くまで被った何者かが」

「黒いローブだと……!?」

「そいつは言った、その予言をしたのも、誰でも見れるようにしたのも自分だと。

 俺様は何者だと尋ね、奴は答えた───『ワイズマン』と!」

 

 

 

 

 ワイズマンは言った、手伝ってやろうと。

 当然ヴォルデモートは拒絶代わりの死の呪いを撃ち込んだが……当たったにも関わらず、平然と立っていた。

 驚く彼を他所に、語り出す。

 『私はキリコを狙い、お前はポッターを殺す。

 それまではお互いに協力すべきだ、それが最善の手段』

 

 ……ヴォルデモートは、提案を飲んだ。

 死の呪いを無力化した時点で、忌々しいが今勝てる相手ではないと理解したからだ。

 ワイズマンの神託は、まずイギリス、ダンブルドアからでなく、世界を滅ぼすことだった。

 最初に世界が大混乱に陥れば、国は勿論ダンブルドアもまともには動けなくなる。

 その隙を突き、殺す方がより効率的。

 この神託に納得したヴォルデモートは、そのアイデアを元に『マグル作戦』を立案、見事成功した。

 

 裏でワイズマンも暗躍していた、各国のネットワークを使い、軍事基地や国の警備・防衛システムを無力化。

 またヴォルデモートの望む『純血による支配社会』の為に、発射される核ミサイルを調整、世界そのものが滅ばない様にしていた。

 

 しかし突然、協力関係は崩れた。

 ワイズマンが絶対の力を持って、各地の街や施設を守る結界を破壊しだしたのだ。

 当然ヴォルデモートは、ワイズマンに問い詰めた。

 『これでよい、魔法族とマグルによる闘争こそが、人類の進化を呼ぶ』

 

 ……最初から利用されていることは分かっていた、その上で利用してやろうと考えていた。

 だがこれは何だ?

 蓋を開けてみれば、何から何まで踊らされっぱなしではないか!

 やらねばならない……神の打倒を!

 奴の不死を暴き、殺し切れるほどの力を!

 

 

 

 

「だからこそ、俺様は今こうして、ニワトコの杖を奪いにきたのだ。

 お前にとってもワイズマンは怨敵。

 ここで俺様が杖を手にすることは、結果的にお前の望みにも繋がる……」

 

 マグル作戦以来の動向を語るヴォルデモート。

 確かに、ワイズマンを殺す手段が増えるのは決して悪くはない。

 ……が、所詮はそれだけだ。

 

「くどい」

「……ほう?」

 

 セドリック、キニス、アーサー。

 あいつらの死にこいつが関わっている、ならやることは何時も変わらない。

 キリコは瞬きもなく、当然のように言い切った。

 

「お前を生かしておく理由はない」

「……そうか、まあ、そうだろうな。

 支配を拒み、支配せんとする者を決して許さぬ、『触れ得ざる者』。

 一度お前に手を出した俺様もまた、例外ではない」

 

 分かり切った返答に、彼は不敵に笑う。

 

「だがそれ故にお前は死ぬこととなる、永遠の命を持つ者は一人で十分なのだから!」

 

 ───速い!

 歴戦のガンマンよりも早く抜かれた杖が、機関砲よりも早く厚く光を放つ。

 炎、水、風、失神、石化、武装解除、磔、服従。

 ありとあらゆる攻撃呪文が、キリコを襲う。

 

 早いのは動きだけではない、呪文自体も目視からの回避では間に合わない程の超速。

 生まれながらのPSですら、ギリギリでしか反応できない。

 反対呪文は間に合わず、魔力消費の多いプロテゴで防ぐのが精一杯。

 ……本当なら消費の少ない反対呪文で防ぐべき。

 だが駄目だ、俺の知らない呪文が多すぎる、知らなければ反対呪文も分からない。

 

 キリコは確かに強い、戦士としては間違いなくヴォルデモートより上だろう。

 しかし魔法使いとしての力は、技量才能共に、ヴォルデモートの方が圧倒的に上。

 所詮魔法を学んで七年ちょっとのキリコと、闇の魔術を極めたヴォルデモートとでは天と地ほどの差がある。

 

 では天と地の狭間を埋める物は何であろうか?

 数々の呪文をプロテゴで防ぐが、その度盾は砕け散る。

 ……だが砕けたと同時に、呪文もまたギリギリで逸らされてしまう。

 続く奇跡的な偶然に、ヴォルデモートが舌打ちをする。

 やはり、異能の力は圧倒的か!

 そう、埋める物の一つは、『異能』である。

 

 生き残らせる、ただその為だけに因果律を捻じ曲げ、挙句魂すら操る呪いのような奇跡。

 このまま闘っても俺様が疲労するだけか。

 

「ならば、これはどうだ!?」

 

 ……何てヤツだ。

 キリコは絶句した。

 制御しきるだけでも相当な鍛錬を必要とする『悪霊の炎』を、三つ同時に展開するとは!

 しかし悪霊の炎の威力は即死……『異能』の発動は避けられない。

 

 そこでヴォルデモートは悪霊の炎をバジリスクの姿に変え、三匹の大蛇によりキリコを取り囲んだ。

 彼を包み込むようにとぐろを巻く大蛇。

 不味い……ヤツの狙いは窒息か!

 彼の目的に気付くキリコは逃れようとするが、狭い小島に逃げ場はない。

 

「『死』に至る前にお前は窒息する、『窒息』は『死』ではない……!」

 

 異能が確実に発動するのは、間違いなく死ぬと分かった状況でのみ。

 窒息という死に直結するか曖昧な攻撃では発動しない!

 そうすればキリコは無力化され、俺様は安全に杖を手にすることができる。

 ヴォルデモートの目的はキリコ打倒……の前に、杖を手に入れること。

 今の彼にとって、キリコは二の次でしかない。

 成す術なく悪霊の密室に閉じ込められたキリコの意識を、確実に削り取って行く。

 

 密室内の空気は炎によって瞬く間に食い潰され、数秒でゼロになるだろう。

 では杖を頂くとするか。

 ヴォルデモートは火の檻を放置し、墓へ向かう。

 土を退かし、棺桶を開けようとする。

 重い蓋が擦れ、中身が露に───

 

プロテゴ・マキシマ(最大の防御)!」

 

 肌を焼く殺気を感じ、咄嗟に張られた盾が、攻撃を防ぐ。

 目の前には、巨大な鉄の塊を携えたキリコ。

 どうやって脱出した!?

 その答えは、キリコの足元の沼にある。

 『ウィーズリー兄弟特性泥沼ジェットコースター改! 床も地面も突き抜けて一層スリリングに!』

 これを使い、キリコは脱出していたのだ。

 

 彼の傍らに浮かぶ鉄の塊は、『M61 20mmガトリング砲 通称『バルカン』』。 

 本来固定したりATに持たせるべきそれを、呪文で宙に浮かせることで保持。

 毎秒約100発を撃ち込む恐るべき兵器が、ヴォルデモートの視界を完全に埋め尽くしていた。

 

 だがこれを持っても闇の帝王の盾を突破することは叶わない。

 杖を一振り、ただそれだけで残る弾丸が全て停止。

 更に一突き、停止していた数百発の弾丸が、逆にキリコに襲い掛かった。

 

レラシオ(放せ)

 

 キリコはバルカンをそのまま盾にし反撃を防ぐが、それにより残弾が誘爆。

 爆散するバルカンが視界を塞いだ内に、キリコは小瓶を投げつける。

 反撃に警戒していたヴォルデモートは、ほぼ反射的に小瓶を撃ち抜いてしまう。

 

 罠か!

 恐らくは猛毒、それも即効かつ即死を招くような代物に違いない。

 ヴォルデモートの推測は当たっていた、あの小瓶の中身は『バジリスクの複製毒』、凄まじい気化性を持つ劇物。

 吸えば即死確定、故に死なないキリコの切り札になりえた。

 だが正体が分かれば何ということはない、所詮は小細工だ!

 

アグアメンティ・マキシマ(水よ)!!」

 

 水増し呪文が、水を増加させる。

 キリコがその光景を前に、再び唖然とする。

 まさか、ここまでやるのか!

 ヴォルデモートはホグワーツ湖の水を増加させ、超規模の大津波を生み出した。

 そして小島に叩き付け、島諸共バジリスクの毒を押し流す。

 

 全身の骨を折りかねない濁流を、自分自身を一時的に石化することで耐えきる。

 その隙にヴォルデモートが数発の呪文を撃ち込むが、幸い石化という回避方法を取ったことでダメージを避けることに成功する。

 しかし津波の勢いで、キリコは彼方まで流されてしまった。

 

 ……今の内だ、とヴォルデモートが墓に駆け寄る。

 今の内に杖を手に入れてしまおう、急げ、あいつは直ぐに戻ってくる!

 ヴォルデモートがダンブルドアの棺の蓋を、一気に退かした。

 ……この時焦っていなければ、対処できたのに。

 

「──は?」

 

 棺桶が炎上した。

 蓋の中から炎が上がり、超高温を示す青色に。

 立て続けに飛来したのは、ブラッドが作り出した『悪霊玉』。

 呆然と立つヴォルデモートの反応は間に合わず、ダンブルドアの墓が消滅していく。

 

「……何を」

 

 いつの間にか戻ってきていたキリコに、彼は叫んだ。

 

「何をした! キリコ・キュービィー!」

「……お前が作り出した『水』を、変えただけだ。

 『ポリマーリンゲル液』に」

 

 ペールゼン・ファイルズに記されていたあの液体。

 三大魔法学校対抗試合の二戦目で、ジュニアが報告してきた液体。

 極めて高い引火性を持つ、危険な液体。

 そして、空気に触れれば激しく反応する特徴。

 

「お前が空けた隙間からPR液が入り、棺を満たしていた。

 蓋を一気に退かしたことで、入り込んだ空気と反応した、ただそれだけだ」

 

 杖を奪われなければそれでよかった……そう言い切るキリコを前に、彼は絶句する。

 唖然、としか形容できない。

 やることが狂ってる、どうしてそんなことができるのか。

 

 見事キリコの罠に引っ掛かった自分と、キリコが投げた悪霊玉によって、塵一つ残らず燃えるダンブルドアの棺。

 かくしてニワトコの杖は、彼の遺体諸共、完全抹消されたのである。

 ヴォルデモートも、確認するのは無駄だと分かっていた。

 

「……愚かな」

「…………」

「貴様は何という愚かなことをしたのだ! 死を超越する絶対的な力! 神をも殺し切る程の秘宝!

 それを……それをお前は抹消したのだ!

 自分のしでかしたことを分かっているのか!?

 何ということを……あれが……どれだけ素晴らしい物だったのか……」

 

 死の秘宝の一つを、平然と消し去る。

 理解できない、意味が分からない。

 ヴォルデモートはひたすらに吼える、それが何の意味もないと分かっていても。

 

「……続けるのか?」

「……既に、意味はない。

 俺様にはまだ、すべきことが残っているのだ。

 心に刻めキリコ、俺様は予言しよう、次会う時が、お前の最後だと……!」

 

 『姿くらまし』で消えるヴォルデモートを、キリコは見送る。

 ニワトコの杖など、所詮はただの道具に過ぎない。

 にも関わらずあれ程こだわる姿は、いっそ滑稽にすら見える。

 彼にはまるで理解できなかった、不死を求める姿勢も、最強に固執する訳も。

 

(立ち昇るポリマーリンゲル液の黒煙が、空を覆い隠していく。

 この暗雲は、今の世界そのものだ。

 雲の上に居座る神の視線が、今も俺に纏わりついていた。

 だが、それを引き千切る時は、もう直ぐそこまで来ている)




ホグワーツが発する、暗く巨大な引力が、
天の川銀河に文明の光を産み落とす。
錯綜する戦術と陰謀。
目に見えぬ無数の導火線に火が走る。
消えて居ずとも力強い、あの賢者、あの瞳が蘇る。
次回「凶兆」。
ホグワーツの大地が震える。



敵に奪われたくなければ、破壊してしまえばいい。
当初の予定では上から戦車を落として大爆発☆。
もしくはホグワーツ湖がまた大爆発☆
の予定でした。
バトルシーンって難しいね。

これでこのSSからニワトコの杖は永久退場です、お疲れさまでした。
次回から遂に死の秘宝Part2に突入です。
……あれ、あと7話で終わるのかこれ?


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第六十九話 「凶兆」

正真正銘、最後の箸休め回です。
久方振りにあのストーカーの出番。
次回からはいよいよホグワーツ決戦に突入です。


 英国魔法省とは、秩序の要。

 例えそれが死喰い人による、理不尽かつ頽廃的な、余りに無軌道なものだったとしても変わりはない。

 服従の呪文を掛けられたシックネスによる様々な政策により、ここは地下に建設された巨大な拷問施設になっていた。

 日々マグル生まれの魔法使いを裁判にかけ、その場で拷問し、その場で吸魂鬼の餌にする。

 こんな物が地下にあって、地獄でないとは言い逃れられまい。

 

 しかし今日、この地獄が終わる時が来た。

 否、新たな始まり。

 新たな地獄が産声を上げる時が来た。

 何の前触れもありはしない、ノアだけが生き残った大洪水のように、裁きとは唐突に訪れるものなのだから。

 

 唐突に魔法省を覆っていた透明化呪文が、解かれた。

 それだけでなく多くの人々によって築かれた護りの結界全てが、剥ぎ取られた。

 何もかもが剥き出しになった魔法省に、洪水が押し寄せ……ない。

 

 ……何も来ないぞ?

 結界が解かれパニックに陥った職員達だが、それ以上何も起こらないことに首を傾げ……泡を吹き倒れた。

 倒れる、血を吐く、崩れる。

 その様を見て漸く攻撃を受けていることに気付いた職員が逃げ出すが、そんなことで毒ガスから逃げ出せる訳がない。

 何人かは毒ガスと気付き、『泡頭呪文』で防ごうとするが、呼吸だけでなく肌からも殺しにかかる化学兵器には敵わない。

 悲鳴と絶叫が、次第に言葉にならない呻きへと変わって行く。

 しかし、意外にも使用しているのは非致死性の化学兵器であり、まだ死人は居ない。

 

 だがあくまで死んでいないだけ、意識は朦朧とし、吐き気と眩暈で今にも発狂しそう。

 それこそが、それこそが彼等の目的。

 対化学兵器装備をした兵士達が、戦車の大群が、洪水が押し寄せる。

 

 ガスにやられもがく職員を、片っ端から銃殺していく。

 ウジ虫のように這いずり回る連中は戦車で潰す、穴倉に立てこもる蟻共は砲弾で駆除する。

 そこを見てみろ、とっくに死んで頭が真っ二つになった死体を、満面の笑みで何度も何度も刺突している。

 そっちはもっと凄いぞ、大量の職員がキャタピラに呑み込まれ、まるでミキサーみたいだ。

 

 何故非致死性の毒ガスを使ったのか?

 答えは、自分達の手で殺す為だ。

 これは魔女狩りなのだ、ハンティングなのだ、正義に捧げる供物なのだ。

 今まで自分達を狩ってきたきた悪逆非道の魔物に与える、鉄と血と硫黄の炎。

 職員だろうが死喰い人だろうが、冤罪で捉えられていた魔法使いだろうが関係ない、全員虫だ、虫に区別はない、等しく焼却炉へぶち込んでしまえ。

 

 逃げる連中は当然殺す、逃げない連中も当然殺す。

 そして更なる混迷が巻き起こる。

 増援が来た!

 民間人の自称レジスタンスが現れた!

 

 今までの暮らしを全て壊された憎しみが、彼等を駆り立てる。

 まだ残っているガスに何人かやられるが、知ったことではない。

 逃げる職員を捕まえ、ごくごく普通の主婦が、手に取った包丁でそいつの目を抉った。

 農民の鍬が腸をぶちまけ、ただの浮浪者も瓦礫を手に取り、頭をかち割る。

 

 悍ましいのは彼等の多くが、笑顔だということだ。

 彼等に罪悪感はない!

 これは正当な復讐だからだ!

 世界を浄化する大義もある!

 菩薩の笑みは人を殺し、返り血で両手を染めると、更に美しくなった。

 死体と血溜まりから聞こえる、狂気で溢れた笑い声。

 

「おい! 豚が隠れていたぞ!!」

「ヒィッ!?」

 

 法廷の隅に隠れていたのは、ドローレス・アンブリッジだ。

 彼女は今までシックネス政権の元、マグル生まれ登録委員会会長として、多くの罪なき人々をアズカバン送りにしていた。

 その彼女が死ぬことに文句のある者は、当人以外居ないだろう。

 

「太っているぞ! まさしく魔女だ!」

「全身ピンク色? そうか血だ! こいつは全身に血を染みこませているのか!」

「魔女だ! 魔女がまだ生きてやがる!」

「ゆ、許してください! 何でもしま───」

 

 瞬間アンブリッジの頭が花火になって消えた。

 命乞いは聞かない以前に聞いていない、復讐の美酒に酔いしれているのだ。

 大量の兵士に取り囲まれ、散弾銃による暴行を受けた。

 バラバラに吹き飛んだ上のミンチ死体、その様は尻から空気を詰め込まれ爆散した蛙のよう。

 その蛙の残りカスを集めて、トイレに流す。

 

 返り血を浴びて、死体を全身に張り付かせて、魔法省をあらゆる意味で滅ぼしていくマグル達。

 老若男女も関係ない、誰もが等しく殺戮者。

 彼等は気付いていない、自分達がもはや軍隊でもレジスタンスでもないことに。

 

 暴徒、いや、ただの獣。

 獣以下の畜生、違うな、更にその下。

 喪失に腹を空かせ、満たされない復讐で飢えを満たさんとする餓鬼。

 彼らは餓鬼に、本能すら碌にないバケモノに成り果てていたのだ。

 

 

 

 

 果たしてこの状況を、神は制御しきる自信があるのだろうか?

 ロンドン市内に用意したセーフハウスから、魔法省崩壊を眺めるロッチナは思った。

 ……しかし、襲撃が上手く行き過ぎている。

 何故魔法省の護りの消えるタイミングが、マグルに分かったのか。

 ロッチナは考え、やはり『神』だろうと結論付ける。

 

「凄まじいことになっているな」

「どこの魔法省でも同じだ、もう魔法界の政治体系は持たないだろう」

 

 机を挟んで椅子に座り、紅茶を飲む。

 フウと、一息つき、その老人が話し出した。

 

「で? 私何ぞを招待して何のようだ?」

「お前と話したいだけだ、ゲラート・グリンデルバルド」

 

 首を傾げるゲラート、彼は用事……世界中を回り、どちらかといえば自分寄りな魔法使いを、闇の陣営から引き剥がしてきた彼は、最近になりイギリスへ帰国した。

 その時目の前にクィレルが現れ、ここへ連れてこられたのである。

 誰にも入国を悟られたくなかったので助かったが、正直疑問しかない。

 

「お前に話すようなことなど無いぞ? できて精々昔話だ」

「それを聞きたいのだ、もっとも昔話にしては少々最近だが」

「最近?」

「キリコに会ったな?」

 

 ゲラートはますます分からなくなった。

 確かに会ったには会ったが、キリコ本人に関して知っていることなど何もない。

 それどころかヌルメンガードで合ったのが初対面、そんな私から何を聞こうというのか。

 首を傾げる彼に、ロッチナが自分の目的……否、運命を告げる。

 

「私はキリコを探求する者だ、故に奴の関わった者、関与した事象、その全てが興味の中にある」

 

 かつてマーティアルの地下でキリコの資料を編纂していたように、彼はこの世界でもキリコの軌跡を追い続けている。

 ゲラートとの関わりも当然、知るべき事象の一つ、だから此処に呼んだのだ。

 そうか……で納得する筈がない。

 

「それは構わないが、何故そこまであの男に興味を持つ?」

 

 ふとロッチナの顔が強ばり、困ったようであり、懐かしそうでもある顔で天を仰ぐ。

 

「何故……か、それは非常に難しい問いかけだ。

 奴の不死性、異能に興味を持っていたのは確かだが、始まりに過ぎない。

 嫉妬もあった、ヤツは私が望んで得られなかった物を得られたに関わらず、あっさり捨てたのだから」

 

 ある意味最もキリコを知り、最も知らないと知る男、ロッチナ。

 彼の抱える感情は長い年月故に、とても複雑である。

 当の本人も今の今までキリコにしか興味を抱いていなかったせいで、初めて自分の思いについて考えたのだから。

 

「……そうだな、ある意味嫉妬が一番近いのかもしれない。

 全能の力にせよ、彼女にせよ、あれだけ追い回して尚、キリコの中に私は居ないのだから……む?」

「どうした? 何か分かったのか?」

「そうか、そういうことか。

 成る程、それはまさしく『毒』に等しい」

 

 一人頷くロッチナが得た答え、それは余りにもチープだが、そうとしか形容できないものだった。

 

「『愛』か、私はキリコを愛しているのか」

 

 ゲラートが訝しげな顔をする、彼にとってそういうのは、覚えのない感覚ではなかった。

 無論、そうではない。

 

「キリコは何なのか。

 キリコが持つものは何なのか。

 キリコは何を成すのか。

 それを知ろうとするのは、私も奴に魅せられた一人だからか」

「……結局、何が言いたい」

「至極単純なことだよ……私もキリコのファンだということだ」

 

 ファンだからこそ、より知ろうとする。

 ファンだからこそ、何処までもおいかける。

 そして、決して舞台に立つことのない観客だからこそ、嫉妬し、魅せられる。

 それはまさしく、『毒が回った』と言って相応しい姿であった。

 

「…………」

 

 しかしアストラギウスを知らないゲラートに、この複雑怪奇な心境を理解するのは無理な話。

 そうか、とお茶を濁すしかできなかった。

 

「まあ私のことなぞどうでもいい、今肝心なのはお前についてだ」

「……キュービィーと話したことを話せばいいのか?」

「そういうことだ、奴との会話はどうだった? ワイズマンについてどれ程教えた」

「!? 待て! お前はワイズマンを知っているのか!?」

 

 目の前の男から唐突に振られた、魔法界を支配する未知の名前。

 知っている人間などほんの僅かしか知らない存在を、何故こいつが知っているんだ。

 こいつは只のファンでは無かったのか!?

 ワイズマン、ロッチナ、そしてキリコの関係性について知らない彼は、尋常ならざる衝撃を受けた。

 

「知っているとも、私は『神の目』なのだから」

「『神の目』……だと?」

「魔法省が神の手足だとするならば、キリコを追いその動向を掴み続ける私は『神の目』になる。

 とは言え今もそうなのかは知らないがな」

 

 自分がこの世界に転生したのは、キリコとの『縁』によるものだと彼は語った。

 それは間違いではない。

 しかし、もう一つの可能性を彼は考慮していた。

 私はキリコを捕え続ける『目』として、ワイズマンに転生させられたのではないだろうか。

 

「……神の目だった、ということか。

 しかし、よくそれを自覚できたな」

 

 ワイズマンは人に気付かれない様、環境をコントロールし人を操る。

 知らないうちに課せられた自分の役目を自覚することが如何に難しいのか、ゲラートはよく知っていた。

 

「まあな、ある意味運が良かったのだろう」

 

 秘められた真実を語る理由は特にない、と適当に返すロッチナ。

 何か隠しているな、とゲラートは訝しみ、誤魔化すように言葉を続ける。

 

「恐らくは……だが、私が魔法省や各機関に報告したキリコに関する情報が、様々な機関を通じ、ワイズマンの目に届くようになっていると、推測できる。

 逆に言えば私が目を閉ざし、誰にも報告しなかったことは、ワイズマンも知らないだろう」

「裏切りか?」

 

 ロッチナの言葉は、ワイズマンに知られたくない情報を渡さないという、裏切り宣言と同一。

 ひょっとしてこいつも神への叛逆を望んでいるのではないか……だがロッチナは、薄い笑みを浮かべるだけ。

 

「私は中立だよ、一介のファンが舞台に乱入したら、全て台無しではないか」

「では報告しない時とは、どんな時だ?」

「キリコ探求が妨げられようとしている時に決まっているではないか」

「……またキリコか、随分とお熱だな」

 

 口を開けばキリコ、キリコ。

 一体こいつはどれだけキリコが好きなのか、辟易としてきた彼は小さくぼやく。

 

「フッそれは褒め言葉だよ、尤もワイズマンも一緒だが」

「ワイズマンが、キュービィーに?」

「奴とワイズマンの因縁は深い、アストラギウスの頃からな」

「アストラギウス?」

「私達はアストラギウス銀河という、別の宇宙の出身なのだよ」

 

 あっさり告げられた衝撃的な事実に、ゲラートは目を引ん剝く。

 それを他所にロッチナは話し続ける。

 アストラギウス銀河を三千年に渡り支配してきたことを。

 後継者を望み、不死、否、『異能生存体』であるキリコを誕生させたこと。

 しかしそのキリコに、二度も滅ぼされることになった事を。

 

「……信じがたい、だからお前はワイズマンについて知っていたのか」

 

 思わず天を仰いで呆然とする、こんなフィクションのようなSF世界が、実在していたとは。

 当然だ、魔法界を支配してきた超常的存在が、別の世界からの侵略者だと知って、唖然としない奴などいない。

 何から何まで無茶苦茶だが、これが現実、頭を抱えた。

 

「しかし、ワイズマンの目的は今までとは違うものになるだろう。

 後継者は失敗した。

 養育者は成功した。

 今度は何を望む?

 少なくともキリコを利用しようとしてることだけは、間違いないが……」

 

 神は賽を振らず、したたかだ。

 できなかった事を、もうやった事を繰り返す程、無駄なことはしない筈。

 再臨した神の意志は、ロッチナでも推し量れない。

 

「分からんな」

 

 ゲラートが首を傾げながら、彼に問う。

 

「何故そこまでキュービィーにこだわる? 確かに奴は素晴らしいだろう、『異能』とかいう『不死性』も。

 だが言ってしまえばそれだけだ。

 そこまでして『異能』が欲しいのか?」

「神は強欲なものだ、一度手に入れた物を諦める神など居ない、ましてやそれが自分で育てた物ならな。

 証拠に奴は再び、全銀河を手中に収めようとしている」

 

 銀河、銀河を支配する?

 かつては魔法界の頂点に立ち、マグルを支配しようとしたゲラートだが、銀河を支配するという考えたこともないスケールに、彼は今圧倒されていた。

 

「人類を発展させてきたのは常に戦争だ、魔法族とマグルの全面戦争により、人類は飛躍的な進歩を遂げるだろう。

 それは科学、魔法共に同じ、やがて肥大化した技術は地球などという一惑星では収まらなくなり、太陽系に納まらなくなり、銀河へと至る。

 かつて銀河の辺境へ追放された彼等が周辺文明を発展させたのと同様に、ワイズマンは地球の支配者から再び銀河の支配者へと到達するつもりだ」

 

 支配の愉悦、それは神にとって何物にも代えがたい快楽。

 ただの推測に過ぎない、しかし元神の目が語るその野望は、説得力に満ち溢れている。

 ゲラートは唾を飲む、一体……ワイズマンはどれ程の力を隠しているのか。

 

「まあ、最後はキリコに滅ぼされるだろうが」

 

 が、散々その力を強調しておいて、辿り着いた結論は非常にあっさりしていた。

 

「一先ず……地球脱出用の船でも頑張って用意してみるか」

「……地球脱出」

「地球が爆散したらキリコを追えなくなるからな、生きてさえいればキリコは追える」

「まて、何故地球が爆散する」

 

 疲れてきたゲラートの疑問に、ロッチナはよくぞ聞いてくれた……と考えていそうな顔で、異能の恐ろしさを語り出す。

 

「『異能』の力は生き残らせる力だ、もしワイズマンがキリコを狙っていて、地球が消滅しない限り死なないような相手だったとしよう。

 キリコが生き残る方法は一つだけ、地球が消滅することだ」

「……あり得るのか、そんな馬鹿げたことが」

「ククク……奴は有害なバクテリアだ、猛毒を持つ細菌だ。

 地球という苗床が奴を受け入れた時点で、いずれにせよ地球がただでは済まないことは確定しているのだ……そうなってもまだ、奴は死ねないがな」

 

 狂気に満ちた顔から一転、顔を伏せながらキリコの運命を語る。

 もう、あいつを追って何年になるのか。

 どれ程奴は苦しみ続けるのか、私は確かに、キリコのファンだ。

 しかし憐れにすら思う。

 終わりのない舞台程、虚しい物はないのだから。

 

 

*

 

 

 死ぬとこだった、とハリー達は語る。

 取り返した暁には、グリフィンドールの剣を渡すことを条件に、グリップフックの協力を得て行われたグリンゴッツ破りは成功した。

 侵入も何も、ダイアゴン横丁が壊滅していた為、彼等の精神を引き換えにしたものの、非常に楽に突破することができた。

 

 問題はその後、追手を警戒して辿り着いたホグズミード村での出来事だ。

 ダイアゴン横丁同様ホグズミードも廃墟と化していた。

 しかも武装したマグルが常に警備している状況、寄せ集めの死喰い人とは違う、訓練された警備網にあっさりと見つかり、捕まり掛けたのだ。

 もう駄目かと思った瞬間、自力で結界を張り店を隠していたホッグズ・ベッドのバーテンダーに助けられ、どうにか一息つくことができた。

 

「……ホグズミードも、なくなっちゃったんだね」

 

 ロンが悲しげに呟く、週末によく通い、色々なことをして遊んだ思い出の場所。

 廃墟と化した地平に、哀愁が漂う。

 

「……それで、お前達はヴォルデモートと闘うつもりなのか?」

「……そうです、その為にここまで頑張ったんですから」

 

 ダンブルドアそっくりのバーテンダーに、ハリーは強い意志を持って告げる。

 彼は警告する、勝てる相手ではないと。

 勝った所で、平穏は取り戻せないと。

 

「それでも、やります」

「……フン、そうか」

 

 ギイ、と扉があく。

 誰だ!?

 ここは姿を隠した避難所の筈じゃ!

 杖を構え警戒する彼等だが、扉から現れたのは……キリコだった。

 

「な、何だぁ……驚かさないで……」

 

 また悍ましい襲撃に合うのか。

 と震えていたハーマイオニーは、腰を抜かし崩れる。

 

「……貴様も帰って来たか」

「ああ」

「……どうだった? ニワトコの杖は破壊できた?」

 

 不安げに尋ねるハリーに、小さく頷く。

 破壊も破壊……遺体諸共粉みじんである。

 

「……お前も、戦うのか?」

「当然だ」

「そうか、なら勝手にするがいい」

「……貴方は戦わないんですか?」

 

 ハリーがバーテンダーに尋ね、彼はその通りと返す。

 勝てる訳がないからだ、という彼の理由は、掻き消された。

 

「貴方はそれでいいんですか、それで妹に顔向けできるんですか……アバーフォースさん!」

「…………」

 

 ハリーの一言が、バーテンダーの、いや、アバーフォース・ダンブルドアの胸を抉る。

 こんな終わり方でいい訳がない。

 それじゃこの人は、一生後悔する。

 色々な気持ちを混ぜ、彼を説得しようとする。

 

「「茶番はやめろ」」

 

 しかし、説得は強制的に終わらされた。

 キリコと、店の奥から出てきた誰かの声によって。

 

「は!?」

「ど、どうなってるの!?」

「アバーフォースさんが……二人……!?」

 

 店の奥からアバーフォースが、目の前に立つのもアバーフォース。

 これは何だ、ドッペルゲンガーか何かか。

 思考停止に陥った三人を無視し、店の奥から来た方のアバーフォースが、怒りを滲ませながら怒鳴る。

 

「こいつらは十七歳だ、それも三人しか居ない。

 そんな状況で、何時死んでもおかしくない地獄を生き延びてきたんだぞ!

 闇の陣営どころか、護ろうとしているマグルにもだ!

 ふざけるのも大概にしろ!

 それ以上ふざければ俺はお前を軽蔑する! 妹を見捨てたあの日以上に!」

 

 妹を、見捨てた!?

 アバーフォースの言葉に、ハーマイオニーがハッと口を塞ぐ。

 続けてロンとハリーも、息を飲む。

 

「……そうだな、いや、そうじゃな」

 

 アバーフォースの顔が、僅かに歪んでいく。

 知っている、これはポリジュース薬の効果が切れる時の見た目だ。

 そして、目の前に居たのは───

 

「ダンブルドア……先生……!?」

「ただいま、ハリー」

 

(今、一つの茶番が終わった。

 神もを食わす芝居が終わった時、俺はどれ程の咎を受けるべきなのか。

 今はただ、開かされる真実の一つを、見守るしかない)




膨大な、あまりにも膨大なエネルギーの放出。
巨艦を突き抜ける閃光。
塵も残さず消え去る艦隊。
1000年の歴史の彼方から、異能のエネルギーが降臨する。
混沌か、狂気か、キリコか。
未知なる意志を触発したのは何か。
次回「開戦」。
ホグワーツの空が燃える。



「ダンブルドア! 死んだ筈じゃ!」
「残念じゃったな、トリックじゃよ」
生きてやがったかこのジジイ。
何故生きていたのかは……次回。


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第七十話 「開戦」

伏線自体は一杯張って置いた。
「ギャグ同然じゃねぇか!」と思われるのが一番恐い。
ホグワーツ決戦(ボトムズver)始まります。


 ダンブルドアが己の死を決意したあの日、キリコは一つの奇策を思いついていた。

 

「……待て」

「どうかしたかの?」

「死ななくて済む方法がある」

 

 キリコは自分の死に方を見付ける為に、様々な実験を繰り返してきた。

 その内の一つが、自分に死の呪いを撃ち込むと言う方法。

 これは失敗に終わったが、ある一つの成果を出した。

 

 覚えているだろうか。

 三大魔法学校対抗試合のクライマックス、墓場に誘き出された彼等が脱出する際、キリコが緑の閃光を浴び、倒れたことを。

 しかし、ヴォルデモートが攻撃した瞬間起き上がったことを。

 

 覚えているだろうか。

 神秘部での戦いの時、ベラトリックスに緑の閃光を撃ち込まれ、シリウスが倒れたことを。

 しかしキリコが蘇生呪文を使った途端、息を吹き返したことを。

 そもそもベラトリックスが死の呪いを撃ち込む直前、キリコが何かを撃ち込んでいたことを。

 

「『仮死の呪い(アバダケタブラ)』、だ」

 

 死の呪い「アバダケ()ブラ」ではない。

 仮死の呪い「アバダケ()ブラ」。

 彼は自分の異能により生き残る現象を、一つの呪文として昇華させた。

 心停止、体温低下、死後硬直。

 見た目は死の呪いと同然だが、僅かギリギリの所で活かし続ける。

 名前もまた死の呪文と瓜二つであり、注意して聞かねば、これが別の呪文だとは気付けない。

 

 ヴォルデモートが気付けたのは、死の呪いの死体を、誰よりも多く見ていたから。

 逆に言えば、ヴォルデモート程死の呪いを多用していなければ、気付かれない。

 あの日キリコを、シリウスを救い、ダンブルドアをも救ったのは、まさにキリコ・キュービィーの十八番だったのである。

 

 

 

 

「ま、待って下さい、でもその仮死の呪いを使えるのはキリコだけなんですよね!?

 けど呪いを先生に撃ったのは、スネイプだわ!」

 

 衝撃どころではない圧倒的真実を前に、口を開け愕然とする彼等。

 最初に機能が戻ったハーマイオニーが、当然の疑問を叫ぶ。

 

「いや、あの時儂に呪いを撃ったのは間違いなくキリコじゃよ、ほれ、思い当たる物はあるじゃろ?」

「……ポリジュース薬」

 

 小さく呟くハリーに、ダンブルドアが正解じゃと答える。

 

「儂がハリーと学校に戻り、ドラコに殺されそうになるその時、ポリジュース薬でスネイプ先生に変身したキリコが、儂を殺すように計画していたのじゃ。

 そして『姿くらまし』でホグワーツから逃げる瞬間、禁断の森に隠れていた本物と入れ替わる」

「キリコは『姿くらまし』ができないわ!」

「確かにできぬが、その場から瞬時に消え去る物は幾らでもある、移動鍵(ポートキー)とかの」

 

 全員があんぐりしながらキリコに向かって、何とも言えない目をして振り向く。

 当然だ、こんな人を騙す真似をして、喜ばれる訳がない。

 あの日のイプシロンとの戦いで、俺は崖に落ちて負けた。

 だがあれはわざと、誰にも気付かれずスネイプに変身し、ダンブルドアを殺しに行くのにうってつけのタイミングだったからだ。

 

「そして最後に、棺桶に入れられた儂は……時間式の移動鍵化していたフキの花によって、ここまで転移したというわけじゃ」

「先生は……その間、何をしていたんですか?」

「……世界は闇の陣営に大きく有利に傾いておる、儂は仲間を集める必要があった。

 しかし学校を離れれば襲撃のリスクは避けられない、それはできぬ選択じゃった。

 じゃがこれにより、儂は学校を離れることができた。

 儂を殺した手柄によりセブルスはホグワーツの教師になり、生徒を守ることもできた。

 儂はポリジュース薬によりアバーフォースへと姿を変え、世界中を巡っていたのじゃ」

 

 結果だけ見れば正解である。

 学校を離れたことにより、ボーバトンやダームストラングのみならず、世界中の学校、闇祓い、レジスタンスを集めることができた。

 独力で核除染呪文を開発し、ヴォルデモートの作戦の妨害もできた。

 もうお分かりだろう、何故キリコがダンブルドアの墓を木端微塵に消し飛ばしたのか。

 あの棺桶は空っぽ、それをヴォルデモートが見たら全部パア。

 故にキリコは、棺桶諸共消し炭にしたのである。

 

 しかし、それで済む筈がない。

 これだけ大勢の人々を悲しませておいて、実は作戦だったのじゃで済まされる筈がないのだ。

 

「……儂は皆に謝らねばならぬ。

 如何なる理由があろうとも、皆を騙し、苦しめた罪は許されるものではない。

 ハリー、お主達にも辛い思いをさせてしまった、済まぬ、それで清算などできぬが、言わせてくれ、済まぬと」

 

 目を伏せ、ハリーに語るその姿に、大賢者としての威厳はない。

 あるのは一人の、愚かで時代遅れな老人の後ろ姿。

 

「……俺も同罪だ」

「キリコ?」

「本当に……済まなかった」

 

 歴戦の戦士の面影もない。

 あるのは人を操り騙す神と同類だという、自己嫌悪。

 

「……けれど、帰って来てくれました。

 頭を上げて下さい、キリコも」

 

 顔を上げた二人はハリーの目を見つめ、気付く。

 彼の目には憎しみを恨みも何もない、ただ『嬉しい』という純粋な気持ちだけが、そこにはあった。

 

「死んでなくて、生きてくれてた、それで僕は十分なんです。

 それに、そのおかげで多くの仲間や、マグルが助かったのなら、先生を責める人は居ません」

「そうだよ、一体何を難しく考えてるのさ」

「……生きてれば、やり直す方法は一杯あるわ」

 

 三人の言葉に、二人はただ黙っていた。

 卑屈とでもいうべきか、若さ故の真っ直ぐさは、余りにも眩しい。

 思わず目を背けたのは、眩しさか、惨めさ故か、それとも嬉しさか。

 

「……皆、ありがとう」

「貴様には勿体ない生徒達だ」

「全くじゃ」

「…………」

 

 いずれにせよ、この罪はこれで終わった。

 しかし罰は受けねばならない、ケジメをつけねばならない。

 ダンブルドアは、本来ならスネイプに押し付けていた筈の、一つの役割を、自ら担う事とした。

 

「ハリー、お主に言わねばならぬことがある」

「…………?」

「帝王と、お主との関係についてじゃ」

 

 ハリーは、彼の仲間は、キリコは知る。

 彼に待ち受ける、残酷な運命を。

 そして、決戦が始まる。

 

 

*

 

 

 ホグワーツ城内は、誰がどう見ても口をそろえて『パニックだ』と言える様相を晒していた。

 ハリー・ポッターが侵入したという知らせを受け、スネイプが大広間に全校生徒を集め、知っている者は居ないか尋問しだす。

 その時当のハリーが現れ、彼に続き不死鳥の騎士団……のみならず各国の闇祓いにレジスタンス、協力者、総勢三百近くの大軍勢が登場。

 しかも先頭に立つのは死んだ筈のダンブルドア、生徒どころか死喰い人のカロー兄弟まで大混乱。

 トドメに、徐にスネイプに近づいたダンブルドアが、『よく生徒を守って来てくれた、辛い役目を押し付けてすまない』と発言。

 全校生徒の前でスネイプの真相が暴かれ、唖然としたままカロー兄弟はお縄となった。

 

 死喰い人はもうじき攻めてくる。

 ダンブルドアの指示の元、大規模な防衛線が引かれた。

 低学年は問答無用でホグワーツの外へ避難、戦う意志のない者も避難。

 彼等を臆病者と罵倒する者には、ダンブルドア自ら叱咤する。

 『彼等もまた勇気ある者なのじゃ』と。

 教員達により知る限り、ある限りの結界を張り巡らせ、侵入を防ぐ。

 城の石像を全て動かし、百体に迫る兵とする。

 

「まさしく万全の護りですね」

「いや、まだ足りぬじゃろう」

 

 冗談でしょう、という顔をするマクゴナガルに、ダンブルドアは告げる。

 

「ヴォルデモートもまた世界中から闇の力を集めておる、総兵力は……二千近くに昇るようじゃ」

「二千!?」

 

 そもそも魔法族は絶対数が少なく、その戦争も決闘形式が中心の小規模戦になりがちだ。

 五百対二千。

 かつてない程の大規模決戦である。

 

「加えてマグルの大軍勢も迫っている情報も入った、総兵力一万のな」

「い、一万……!? ですが、ホグワーツには護りの呪文が……」

「……この短い期間で、あちこちの結界が破られておるのは知っておるじゃろう?」

「ホグワーツも、そうなると……!?」

「なる、間違いなく」

 

 ダンブルドアには確信があった、必ず結界は破れると。

 キリコから聞いた、ゲラートがワイズマンを知っていたことを。

 そしてその狙いを。

 魔法族とマグルの全面戦争。

 此処で介入しない訳がない。

 

「リーマス、避難状況はどうじゃ?」

「一年と二年生は避難し終えました、後は三年と、戦う意志のない者達だけです」

「急がせよ、今この瞬間戦争が始まってもおかしくないのじゃから」

 

 足早に立ち去るルーピンは少し前にトンクスと結婚していた、だが此処に彼女は居ない。

 死喰い人だけならまだしも、マグル軍まで雪崩れ込む大戦争に、自分達の子供を宿す彼女を連れてくることはできなかったのだ。

 

「……戦おうとしている生徒達は、どの程度おるのじゃ?」

「私の知る限りでは、殆どの生徒が残っています」

「そうか……」

 

 ホグワーツを守るべく、立ち上がる生徒達。

 素晴らしい光景だ。

 などと、今のダンブルドアには到底思えなかった。

 

「儂は情けない、あのような今を、未来に向かって生きるべき童をも地獄へ送らねば、戦う事もできぬことが」

 

 それはキリコを見て、生まれた感情。

 地獄のような少年時代、少年兵として血を浴び続けた日々。

 あれを見て以来、勇敢に立ち上がる子供達が、まるで自分の無能さを象徴しているように見えて仕方なかった。

 

「……私もです、校長。

 私達は間違いなく人でなしです」

「なら、命など惜しんでは居られぬか」

 

 命を惜しまないのは、儂だけではない。

 セブルスも……恐らくそうじゃろう。

 課していた全ての任は、あの瞬間終わった。

 二重スパイとして役目も、儂の生存が明らかになった時点で続行はできぬ。

 最後に、任務失敗の咎を受けかねないドラコを、安全な場所を避難させるように言っておいた。

 それが終わった時、どう動くのか。

 ……分かり切ってはおる、あやつの守護霊が、女鹿だった時点で。

 

「せ、先生!」

「どうしたのじゃ、ジョーダンよ」

 

 クィディッチの解説役である彼の役目は、敵の監視。

 故に彼が焦る理由は一つしかない。

 

「死喰い人が現れました! 地平線を覆い尽くしています」

「……きおったか」

 

 その時、ホグワーツに巨大な声が響き渡った。

 

『聞こえているだろう……愚かな生徒、教員諸君。

 俺様の名はヴォルデモート、今からお前達を殺す者の名だ』

 

 地獄の底から響く声に、あれだけ騒がしかった校内は、静寂の帳に包まれた。

 

『だが俺様は慈悲深い、今ここで投降するのなら……命は助けよう。

 俺様は諸君らが、賢い選択をすると信じている』

『ならば逆に提案してもよいかの?』

『!!!?!?!?』

 

 全く同じ呪文で語り返すダンブルドアに、ヴォルデモートは生きていて最大の混乱に襲われた。

 

『ダン……ブ……ル、ドア……!?』

『元気そうで何よりじゃ、トム』

『ッ! その名で呼ぶな!』

『儂等は今、おぬしらと闘う意志のない者を避難させている最中じゃ。

 それが終わるまでは待ってほしい。

 お互い魔法族の血が流れるのは望んではいないのじゃろう? 慈悲深いお主なら、きっとこの提案を飲んでくれる筈じゃ』

 

 ヴォルデモートの目的はあくまで純血による支配社会、彼の提案はそう間違ったことでもない。

 むしろここで提案を蹴れば、嘘を吐いたことになる。

 それは自身の信用が、絶対が揺らぐことになるのだ。

 

『……ククク……ハハハ……いいだろう、いいだろう!

 ならば一時間だけ待ってやろう!

 ただし!

 今すぐハリー・ポッターを此処へ連れてくることが条件だ!』

『それは難しいのう……学校へ戻って来た途端、あの子は何処かへ走って行ってしまったからの。

 探すのに三十分はかかるじゃろうな』

 

 正直な所あと十五分もあれば避難は終わる。

 それを見越したやり取りが、二人の間で繰り広げられる。

 

 しかし。

 それは唐突に終わる。

 一発の爆音によって。

 

『………な』

 

 ホグワーツの天文台が、粉々に砕け散った。

 それは即ち、結界が破れたことを意味する。

 音も無く、誰にも気付かれず。

 ほぼ反射的に何かが飛んで来た方向を見る。

 

 ホグワーツ湖が黒く染まっていた。

 ダームストラングの生徒達は、巨大な海賊船でホグワーツに来たことがある。

 船を潜水艦にする呪文は存在する。

 そして、脅し、恐怖、利益により、マグル側についた魔法使いも相応に居る。

 だが、しかし、幾ら何だってこれはないだろう。

 

 戦艦が、揚陸艦が、そしてイージス艦までもが。

 一斉に浮上し、ホグワーツ湖を埋め尽くした。

 

「護りを張り直すのじゃ!!!」

 

 ダンブルドアが叫んだと同時に、戦艦による砲弾が、イージス艦によるミサイルが空を覆い尽くす。

 しかし多くの魔法族にとって、軍艦は未知の存在。

 あっけにとられた僅かの遅れが、ミサイルや主砲の直撃を許す。

 砲弾が直撃し、前線が一瞬で崩壊する。

 プロテゴだろうとプロテゴ・マキシマだろうとまるで関係ない、圧倒的な質量とエネルギーの暴力は、瞬く間にホグワーツを蹂躙せしめた。

 ミサイルに武装解除呪文を撃ち込もうと、錯乱呪文を撃ち込もうと、落下し爆発することは変わらない。

 適当に落ちたミサイルが、避難中の三年生の四肢をもぎ取って行く。

 

「何をしている貴様ら! マグル風情にホグワーツを蹂躙させるつもりか!?」

 

 考えうる上で最悪の展開に、ヴォルデモートが絶叫する。

 アレに行かなくてはならないのか!?

 当たり前だが全員戸惑う。

 

「我が主よ、マグルどもが蹂躙し、弱ったところを襲う方が効り───」

 

 進言したシックスネスが、死の呪いで殺された。

 

「……俺様は、同じことを二度も言いたくはない」

 

 聞き返せば死ぬ。

 是か非か考えている余裕はない!

 憐れ死喰い人はヴォルデモートに付いたばかりに、今宵死ぬことになった。

 だがヴォルデモートの気持ちが間違っている訳ではない。

 何であろうと初めて手に入れた自分の場所、それが何も知らぬマグルどもに、あの忌々しい神の好きにされて黙っては居られない!

 

 崩壊した戦線に雪崩れ込む死喰い人達。

 漁夫の利を狙うには無茶な光景が広がっていた。

 揚陸艦から次々に上陸する兵士達。

 石で作られた騎士は、悉く戦車砲の一撃で砕かれる。

 呪文よりも遥かに射程の長い狙撃銃で、眉間を撃ち抜かれていく。

 

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「悪魔の巣窟だ! ここに居るのは全員死体だ! 疫病を流行らせる腐った死体だ!」

「燃やせ! 燃やせ! 燃やせ!」

「疫病を駆逐し! 我等の世界を取り戻せ!」

 

 ……どうして、どうしてここまで狂ってしまったのか。

 神の意図とはいえ、ここまで狂えるものなのか。

 だが、考えてみても欲しい。

 突然家族を奪われ、日常を奪われ。

 誰が敵か味方かも分からない疑心暗鬼を抱え、廃墟で一年間を過ごしてみよ。

 ……貴方は正気でいられるか?

 

 この狂気に飛び込む死喰い人も、血眼である。

 戦車に悪霊の炎を放ち、爆散させ。

 黒い煙となり、スナイパーに一気に接近し、呪いを浴びせ。

 当たれば即死の死の呪いを、重装歩兵に浴びせて行く。

 

 生徒達も全てを賭け、戦う。

 失神呪文に武装解除、石化の呪い。

 どれ程のハイテク装備であろうと一撃で無力化する武器が、軍隊と渡り合うことを可能にする。

 しかし多勢に無勢。

 数も物量も全てが上回る軍隊に押しつぶされる。

 人殺しに躊躇のない死喰い人に、次々と殺されていく。

 

 トロールの棍棒が、生徒達の頭をクラッカーみたいに砕く。

 そのトロールの体が、機関砲の掃射で蜂の巣に変わる。

 機関砲を撃っていた装甲車両が、腐食魔法で動けなくなる。

 ホグワーツ湖からの砲撃とミサイルが、彼等を纏めて塵に帰した。

 

 圧倒的、圧倒的なる暴力が降り注ぐ。

 避難もままならず、戦う術も逃げる術も知らない下級生の死体が積みあがって行く。

 教員達も奮闘する。

 マクゴナガルとスラグホーンが、巨大なプロテゴ・マキシマにより生徒達を守る。

 フリットウィックの一撃で、死喰い人が纏めて谷底へ落とされる。

 ダンブルドアの張る結界が、砲撃やミサイルをそのまま反射していく。

 直撃により炎上する戦艦、しかし巨大な鉄の城は、その程度で沈みはしない。

 

 このままではどうしようもない!

 ホグワーツを潰すまで押し寄せる軍隊に死喰い人。

 全滅は時間の問題になりつつあった。

 

 ……しかし、誰か忘れていないだろうか。

 この混沌に、混沌(カオス)を体現するあの男が居ない筈がない。

 

 彼は言った、『用事がある』と。

 武器商人に渡された鍵を握り、ダイアゴン横丁の店の、更に地下へ。

 そこに、それはあった。

 ロッチナが極秘裏に注文していたPR液は、この為にあったのだ。

 

 神の目からのささやかな贈り物。

 マッスルシリンダー、PS用PR液。

 そして赤い耐圧服。

 

 光が、イージス艦から放たれた。

 船腹内部から、まるでSF映画に出てきそうなビームが、放たれた。

 艦の爆発、船腹破損による浸水、衝撃による崩壊。

 真っ二つに割れたイージス艦の甲板に、その影はあった。

 

「キリコ!」

 

 誰かが叫んだ。

 装甲起兵ではない。

 本物の装甲騎兵スコープドッグ(ボトムズ)が、甲板に立つ。

 その手には、耐艦用装備『ロックガン』が握られていた。

 アストラギウスにおいて唯一の光学兵器である。

 しかし、莫大なエネルギーを必要とする武装が、何故使用できたのか。

 

 理由は、杖にある。

 ダンブルドアを一旦殺したのは、スネイプに化けたキリコだ。

 だがその前、ダンブルドアはマルフォイに杖を奪われていた。

 そのマルフォイから、キリコは杖を奪っている。

 

 ニワトコの杖の忠誠心は、勝利者へと与えられる。

 つまりはそう、今のニワトコの主はキリコになっているのだ。

 

 いや、これは必然。

 ニワトコの杖の芯には、セストラルの尾が使用されている、故に死を受け入れる覚悟がある者だけが、この秘宝を完全に使いこなせる。

 覚悟など、とっくの昔にできていた。

 

 ダンブルドアから渡された杖を振るい、暴れまわるキリコ。

 魔力を限界まで引き出し、不可能とされる呪文さえ可能にする秘宝。

 その力が、光学兵器のエネルギーを生み出す。

 ロックガンの光が、戦艦の群れを一斉に薙ぎ払い、更なる混迷を照らし出した。

 

(莫大なエネルギーの奔流が、全てを吹き飛ばしていく。

 懐かしい、愛おしさすら感じるコックピットの中、俺は死の秘宝を握りしめる。

 この棺桶、この赤い影、この炎。

 俺は帰って来た、全てがあの時と同じ、地獄の中に)




秘密の神秘から聞こえた、支配者からの勧誘。
謎の香りに包まれた、絶対支配の甘い味。
そこには、奇跡を起こす全てがある。
神の存在が、あらゆる軌跡を遡る。
次回「継承者」。
神が望む者は誰か。




アバダケタブラ 仮死の呪い
 キリコが自分を殺す実験の過程で発見した呪文。
 見た目や魔力の光どころか名前までそっくりの為、見破るのは困難極まる。
 キリコの十八番である死んだ振りの、完成形とも言える。
 ちなみに名前まで同じにすると、死の呪いその物になる為要注意。

ロックガン
 ボトムズに登場する唯一の光学兵器。
 出番の少なさに定評がある。
 というか第一話でしか使われていない。


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第七十一話 「継承者」

ニワトコ×本物AT×耐圧服=むせる
てかあと5話で終わんないよこれどうしよ何かいい方法わ



 瓦礫塗れの荒れ地になることを想定し、トランプリガーを装備させたバーグラリードッグが走る。

 予想通りだ、何処もかしこも大砲やミサイルで瓦礫塗れ。

 この戦場をスムーズに走れるのは戦車か、空飛ぶドラゴンぐらいしかいないだろう。

 なら、バーグラリーが負ける筈もない。

 

 我等を沈める有効打などあるまいと推測し、回避をおざなりにした密集艦隊。

 それはSFからの光学兵器(ロックガン)により、次々と轟沈させられていく。

 フレンドリーファイアを恐れるあまり、キリコの居座る軍艦へ向けての砲撃もできない。

 一方的な虐殺をしていた彼等は、一方的な一人の災害によって水底へ沈められていった。

 

 これだけ沈めれば十分か。

 キリコはロックガンを捨てる、戦車や生身相手には過剰火力だからだ。

 だがこれではATは丸腰、アームパンチしかできない。

 

「撃て! 奴は丸腰だ!」

 

 あの戦車!

 報告にあったキリコ・ブラッドが乗っているやつか!

 部隊長の指示により、装甲車両隊五十車両全てがキリコへ照準を向ける。

 

「あれはキリコだ! 破壊しろ!」

 

 ヤックスリーが指示を出し、死喰い人による爆破呪文や貫通呪文の雨霰が降り注ぐ。

 上陸するキリコに、鉄の雨が迫る。

 

「…………」

 

 雑な照準だ。

 キリコはかわす、呪いと機銃を躱していく。

 当たっても、全て弾かれる。

 呪いも反対呪文を、ピンポイントで撃ち込み相殺。

 

「お前達に構っている暇はない」

 

 ホットゾーンから離脱したATは、いつの間にか両肩にランチャーを搭載した『ショルダーミサイルポット』カスタムへと変化していた。

 誘爆を避け、弾幕の外からミサイルを叩きこむ。

 僅か一瞬にして、装甲車両隊の半数が全滅した。

 

プロテゴ(盾よ)!」

 

 ヤックスリーがミサイルを防ぐが、真後ろから飛来した装甲車両の破片に潰され絶命する。

 そして再びATの姿が変わる。

 今度は両手にヘビィマシンガン、両肩に長距離砲ドロッパーズフォールディングガンを装備。

 遠・中距離に特化したカスタムである。

 

 これがニワトコの杖の力。

 今まで不可能だった戦闘中での武装交換。

 死の秘宝はそれを可能にした。

 このバーグラリードッグは、その場に応じて瞬時に武装を切り替えることができるのだ。

 即ち、無数にあるATカスタム全てを相手取るに相応しい。

 

 ヘビィマシンガンが兵士も死喰い人も蹴散らし、流れ弾で更に死ぬ。

 フォールディングガンが口内に命中し、空中のドラゴンが次々に墜落する。

 これがキリコ。

 これが異能生存体。

 これが触れ得ざる者。

 

 死喰い人達は、軍隊はキリコの背中に、天使を見た。

 キリコだけを護り、キリコ以外全員殺す死の天使。

 ホグワーツ側に立つ不死鳥の騎士団と、ワンマンアーミーキリコに挟まれ、戦線は一気に硬直状態へともつれ込んだ。

 

「ハリー、今しかないよ!」

 

 戦場を俯瞰する能力をキリコに散々鍛えられたロンの観察眼が、絶対の好機を捉える。

 

「戦闘があそこに集中している今なら分霊箱を探しに行ける! これを逃したら動けなくなるぞ!」

「でも、皆が……」

「私達が戦っても大した戦力にはならないわ! 私達にしかできないことをやらなきゃ!」

 

 事実上仲間を見捨てることになる選択に、ハリーは戸惑う。

 だが二人の説得に、すぐさま決意を引き締めた。

 

「……分かった!」

「分霊箱の位置は分かるのかい!?」

「ルーナが見た目を教えてくれた、場所は分からないけど、知ってる人なら心当たりがある!」

 

 ヴォルデモートとの同調で気付いた、分霊箱の一つはホグワーツにあると。

 キリコのお母さんが残してくれた情報で、それが何かも分かった。

 『レイブンクローの髪飾り』は、此処の何処かだ!

 

「それって誰なの!?」

「灰色のレディだよ! ホグワーツのゴーストで、ロウェナ・レイブンクローの娘だ! だからハーマイオニーにも来てほしい」

「どうして?」

「説得するのを手伝って欲しいんだ!」

 

 灰色のレディは人間不信に陥っていた。

 何故なら形見の髪飾りをヴォルデモートに騙され、分霊箱化されたからである。

 

「僕は此処に残って指揮を取ってる! 皆の体勢を立て直さなきゃ……!」

「頑張ってくれ、ロン!」

 

 灰色のレディへと走り出すハリーとハーマイオニー。

 二人を見送ったロンは、戦場を見直す。

 キリコがでっかい船を沈めてくれたお蔭で、状況は大分マシになった。

 けど好転はしていない、仲間が死んだショックに、見たこともない兵器。

 僕自身も、キリコにメンタルを鍛えられてなきゃパニックになっていたと思う。

 

「……死喰い人が、少し後退してる?」

 

 鍛えられた観察眼が、妙な光景を目にする。

 

『ダンブルドア先生!』

『む? どうしたのかの、ロン』

『死喰い人が後退してます!』

 

 キリコから貰った無線機越しに連絡を取る二人、ダンブルドアは瞬時に、ヴォルデモートの狙いを察した。

 

 ……嵐か?

 空が暗い。

 今は夜で暗いのは当たり前だが、月明かりすらなくなっている。

 空を見上げると、分厚い雲で覆われていた。

 しかも雪まで降って来た。

 ……雪!? 今は春だぞ!?

 

「…………!!」

 

 真っ先に反応したのはキリコだ、彼は最もそれに敏感だったから。

 

「…………!!」

 

 次に反応したのはハリー、彼等に共通することとは。

 

「あやつめ! この混戦だからこそか……!」

 

 『吸魂鬼(ディメンター)に影響されやすい』

 空の暗雲は、全て吸魂鬼。

 疑心、暗鬼、恐怖、殺意、混沌。

 それらが犇めく今の地球は、吸魂鬼にとって最良の苗床。

 この一年間で繁殖に繁殖を重ねその数は……『一億』へと到達していた。

 

「何だ! 何が起きた!?」

「消える!? 皆何処へ行ったんだ!?」

 

 魔力を持たない者に吸魂鬼は見えず、ただの暗い霧にしか見えない。

 何が起きたのか、魔法使いだけが理解していた。

 マグル軍の大半が、一瞬で吸魂鬼化していたのだ。

 

 吸魂鬼は人の幸福な思い出を吸い、その魂を吸う。

 そして廃人になった犠牲者もまた、血を吸われた者が吸血鬼になるように、吸魂鬼に堕ちてしまう。

 

 しかし吸魂鬼化には時間が掛かるにも関わらず、彼等は一瞬で吸魂鬼化している。

 これは彼らが元々正気を失うほどの憎悪を持っていたのと、一億体もの吸魂鬼に、津波の如く魂を奪われたからだ。

 

 雪だるま式に増える吸魂鬼のハリケーンが、ホグワーツへと墜落する。

 落ちる空へ向けて杖を構えるダンブルドア。

 あれが落ちれば、生徒は全て全滅するだろう、それは阻止しなければならない!

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 彼の守護霊である不死鳥が翼を広げ、吸魂鬼を寄せ付けない巨大な結界を作り出す。

 

「むぅっ……!」

 

 しかし多勢に無勢、一億体もの怨念と絶望が結界を取り囲み、結界越しに魂を吸い取る。

 

「私達も守護霊を! エクスペ───」

「アアアアアア!!!」

「コロセコロセヨクモヨクモアアア!?!!!」

 

 シリウスに向かって放たれる機銃の一斉射、紙一重でかわすが、後ろの同じ味方を撃ち抜いて尚、掃射は止まない。

 

「味方を殺すのか!?」

「吸魂鬼に幸福を吸われ、絶望で正気を失っているんだ!」

 

 ヴォルデモートめ! よくもこんな真似を!

 怒りに満ちるシリウスとルーピンだが、怒りに身を任せても守護霊を出せるチャンスが来るわけではない。

 

「不味いの……限界かもしれぬ……!」

 

 マグルの攻撃をかわしながら守護霊を出し続けていては結界に集中もできない、ピキピキと亀裂が走り始める。

 普通の生徒だけではない、作戦の要であるキリコとハリーは吸魂鬼の影響を受けやすい。

 侵入されれば、全てが一貫の終わり。

 その焦燥感が守護霊の結界を保つ、最後の一線。

 それに限界が来たとき、魔法界の運命が決まっ───

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 不死鳥に並んで飛翔する、もう一羽の不死鳥。

 不死鳥が二匹!?

 一体誰の守護霊だ!?

 周りが混乱する中、ダンブルドアは狂おしい程に懐かしい感覚を、感じていた。

 彼の守護霊が不死鳥なのは、不死への憧れがあるから。

 では、彼と同じ憧れを抱いていた男は……?

 

「年をとったな……アルバス」

「おぬしが言えたことではあるまい、ゲラート」

 

 誰だあの老人は?

 そう思っていた彼等は、『ゲラート』の名前に戦慄した。

 ヴォルデモートの登場前は、史上最悪の魔法使いと呼ばれた男が、此処に居ることに。

 その魔法使いが、彼を倒したダンブルドアと普通に話していることに。

 

「……で、後ろの怖そうな連中は?」

「ヴォルデモートも神も魔法省も気にくわない、百戦錬磨の社会不適合者だ」

 

 ゲラートの時代に輝き、その輝きを忘れられない闇の魔法使い総勢三十名。

 彼らの参戦により、暴走するマグルが次々と抹殺されていく。

 

「余り殺すでない! この戦争が終わらなくなるぞ!」

「相変わらずの人道主義者だな貴様は! そんなんだから世界はこうなったんだぞ!?」

 

 ゲラートは思う、目の前の友が教師ではなく、指導者になっていればと。

 住み分けられ、ぶつかることもなければ進化することもない、停滞の泥沼に浸かった魔法界を救えたというのに!

 

「そういうお前は今さらなんじゃ!? お主こそ不死なんぞ目指さなければ世界を変えられたろうに!」

 

 ダンブルドアは思う、あの時不死など目指していなければ、儂等は友のままでいられたというのに!

 

「お前が言えた口か!?」

「自覚しておるわい! じゃからこんな阿呆なことをしとるんじゃろ!」

「違いない! なら阿呆以下の怪物にはご退場願おう! あんな自称神の好きにさせてたまるものか!」

「──ッ!」

 

 かつての親友、かつての敵で、今は味方。

 何とも奇妙な関係か、ダンブルドアに憎悪といった感情はなく、何とも言えないむず痒さがあった。

 これが何なのか、儂は知っている。

 まだ儂等の罪は、清算されていないのだ。

 一先ず預けられたツケを乗せて、二匹の不死鳥が空を翔ぶ。

 

「「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」」

 

 雲を割き天を割り、吸魂鬼の暗雲が地平線の彼方まで消えていく。

 賢者の片割れと元部下達はまさに百人力、即ち百人の生徒を後退させられるということ。

 

「負傷者は指定した場所まで下がらせて! 兄ちゃん頼む!」

「残念だなロニー坊や!」

「ジョージはもう行っちまったぞ!」

 

 忍の地図を持っていたお陰で、隠し通路に詳しくなったジョージが生徒を誘導する。

 もし今のマグル軍に治療室の場所がばれれば、毒ガスが撒かれかねない!

 無事避難していく生徒達に、吸魂鬼が消えたことに気付いた死喰い人が迫る。

 

「邪魔だ……!」

 

 その後ろから突っ込んできたバーグラリードッグが、彼等を薙ぎ倒しながらホグワーツ内部へと突撃する。

 フォールディングガンが迫撃砲のように陣形を崩し、ばらけた所へマシンガンを叩き込む。

 混乱と混沌渦巻く混戦は、キリコにとって一番闘い易い環境である。

 ヴォルデモートはハリーが戦うだろう、俺は俺の倒すべき相手の所へ急ぐだけだ。

 

(……ついに、行くか)

 

 ダンブルドアが回歴するのは、決戦前に交わしたキリコとのやり取り。

 ゲラートがワイズマンを知っていたこと、ワイズマンはホグワーツの何処かに潜んでいること。

 そして───

 

 

 

 

「……ダンブルドア、聞きたいことがある」

 

 ゲラートとの青春が全て茶番だったと知ったダンブルドアは、キリコの問いを呆然と聞いていた。

 今更何だろうか、いやワイズマンについてなのは分かるが、ゲラートも知らなかったことなど、儂はもっと知らない。

 

「バジリスクについてだが……」

「……秘密の部屋のヤツかの?」

 

 二年の時ハリー達によって打倒されたバジリスクだが、遺体はそのまま部屋に放置されている。

 下手に動かして第三者に利用されるのも……魔法省やホグワーツの余計なスキャンダルを恐れた人々の思惑によるものだ。

 

「あれの死体解剖はやったのか?」

「死体……解剖じゃと?」

 

 こういった事件があった時、マグルなら死体の検査などをやるのが普通だ。

 しかし基本非常識な魔法界で行われているかは、俺にとって賭けだった。

 

「まあ、やったが……」

「結果はどうだった」

「あのバジリスクは千年前に生まれた個体であり、バジリスクとしても最大級の種類じゃった」

「他には、何か呪文は掛かっていたか」

「うむ、服従の呪文の一種が掛けられておっての、制作者であろうサラザール・スリザリンの血を持つ者……『スリザリンの継承者』の命しか聞かぬようになっておった」

 

 これこそ、トム・リドルがホグワーツを恐怖へ陥れることができた理由。

 ……今更聞くことか?

 ダンブルドアは知らない、秘密の部屋で何が起きていたのか。

 

 キリコも気付かなかった、先程ハリーの運命を聞くまで。

 俺は勘違いをしていた、てっきりハリーも『スリザリンの継承者』だと思っていた。

 

「資格は『魂』ではなく『血』なのか」

「間違いない」

 

 断言するダンブルドアが、俺に確証をもたらす。

 資格は『言葉』でも『魂』でもなく、『血』だった。

 これが正しければ、俺の記憶に致命的な矛盾が発生する。

 

「……ハリーには『魂』と『言葉』はあるが、『血』はない」

「そういうことじゃ」

「だが、ハリーはバジリスクを操っていた」

「!?」

 

 ハリーは俺とバジリスクが戦っている最中蛇語で指示を出し、リドルとの命令の間でヤツを混乱させた。

 しかし、ハリーにバジリスクを従わせる力はない。

 ならば、あの時バジリスクが混乱した理由は何だ。

 目の前のダンブルドアが、混乱しながらも推測を重ねて行く。

 

「魂が疑似的な血となったのか……?

 それとも本当に血を継いでいる……?

 もしくは……」

「あそこに、スリザリンの後継者がもう一人居るとするなら」

「……まさか」

 

 ワイズマンが生身の体を持っているのは、ほぼ確実。

 そこから俺達を監視し、行動できる場所としてありえるのはホグワーツだけに絞り込む。

 最後のピースが、カチリと嵌る。

 ワイズマンが活動していたのは、遥か昔から。

 もしもホグワーツ創生に関わっていたとしたら?

 創設者との関わりがあったとすれば?

 スリザリンの継承者……否、スリザリンと同等だとすれば?

 バジリスクに直接声を掛けれる場所は?

 

 

 

 

 回歴する記憶を読みながら、キリコはホグワーツの下水管を走る。

 目の前に立ち塞がるのは、蛇の刻印が施された扉。

 

シュー……シュー……シュー……

 

 見様見真似で行った蛇語だが、存外上手く行ったらしく、錆が剥げ、鉄の軋む音と共に扉が開いて行く。

 そこには懐かしい光景が広がっていた。

 一本の長い通路に、張り巡らされた下水道。

 横たわるバジリスクは、既に白骨化している。

 人工的に作られた溜池、鎮座するサラザール・スリザリンの巨像。

 

 この部屋に奴が居るのか。

 ここが神の心臓なのか。

 教員全員で徹底捜索しても、何も無かったという。

 

 キリコは一つの推測をしていた。

 かつて神の啓示を受けた光の部屋、赤子のような声。

 そこは俺以外の侵入を許さぬ、聖域。

 あそこと同じなのではないか?

 何も無いのではなく、俺以外見付けられないのでは?

 俺にしかできない方法、それは……

 

「…………」

 

 全てが、仕組まれていたとしたら。

 『それは全ての事象に奴が関わっているという前提で組まねば、気付かぬ程に巧妙』

 キリコは自らの記憶を、全て思い出していく。

 

 一年の時、禁書棚へ本を返し、寮に戻ろうとした時。

 キニスが言っていた、僅かに聞こえた物音。

 バジリスクに向けてハリーが命令し、奴が混乱した時。

 ……あの声は、そう意識すればそう聞こえる。

 赤子の声に。

 一種の暗号、超音波。

 それを発したことはないが、ワイズマンと同類の俺が話せない筈がない……!

 

 息を吸い、記憶をトレスしながら、記憶のドッペルゲンガーになりきる。

 俺が俺と思えない声が、喉から放たれた。

 

「─────────────────────」

 

 轟音が静寂を貫き、穿たれた穴から水が排斥される。

 スリザリンの像を乗せる溜池の水が抜けて行き、水底が明らかになる。

 そこにあったのは、光の扉。

 神の国へと繋がる、天国の門。

 ……天国の門が、地下の地獄と一緒とはな。

 光の扉に降り立つと、キリコは全身を引っ張られる感覚に襲われた。

 姿くらましとは違う、あの時と全く同じ感覚。

 視界を包む閃光に、目を覆う。

 

 光が収まった。

 目を開けた。

 そこに、それはあった。

 そこに、ヤツは居た。

 

 電子基板のピラミッド、情報の摩天楼。

 巨大コンピューターに自らの意識を集約させた、神を僭称するモノ。

 

『 待 っ て い た ぞ   キ リ コ よ 』

「まさか、ずっと俺を見ていたとはな……ワイズマン」

 

 キリコは反射的に、マグナムを構えそうになっていた。

 今までの自分を弄び、今も尚弄ぶ神に対する怒りは、とっくのとうに限界を超えていたのだ。

 マグナムを構えなかった代わりに、摩天楼に飛び付くキリコ。

 かつての様に、収められた電子基板を引き摺り出していく。

 

『 止 め ろ キ リ コ 』

「貴様の話など聞く気はない……!」

 

 何か語ったところで何か変わる訳でもない、俺を迷わせるだけの戯言に興味はない。

 魔法も使い次々に基盤を抜き取り、神を破壊しにかかる。

 

『 そ う で は な い   意 味 の な い 行 動 は 止 め ろ と 言 っ て い る の だ 』

「…………」

『 そ れ は 世 界 中 の ネ ッ ト ワ ー ク を 繋 い だ 集 積 装 置 に 過 ぎ ず   私 で は な い 』

 

 ならお前は何処に居る。

 聞こうと上を見上げた時、そいつは視界に入った。

 摩天楼の頂上に立つ、人型のシルエット。

 

「……そういうことか」

 

 道理で、バジリスクを操れたわけだ。

 キリコはワイズマンの姿に見覚えがあった、歴史の教科書で何度も見た姿だった。

 

「お前は知らなくてはならない、避けられぬ運命を、全てはこの私の掌の上だったということを」

「…………」

「私を呼び寄せたのは他ならぬお前だということを」

「!?」

「そして、キニス・リヴォービアもまた、私の手足だったということを」

「なっ……!?」

 

(サラザール・スリザリンそのものの姿で、ヤツは神託を下す。

 祝福では無い、絶望を与える為だけの、傲慢な神託が降りる。

 そびえ立つ摩天楼が、俺の運命を絡めとっていく感覚に、俺は襲われていた。)




やはりこの転生は単なるリンカーネーションなどでは無かった。
明かされる戦乱の目的、企画者の配役。
そうか、4000年の知識を賢者の遺体に押し込め、銀河に再臨しようとする貪婪なる倨傲。
お前は安永を望まない、融和など認めない。
自らが作った血と鉄の中に楔を埋め込み、新たな支配と進化を望んでいる。
神と名乗って。
だが未だかつて真の神は名乗った事など無いのだ。
神は望まない、神は眠らない、神は恐れない。
例えそれが滅びであっても……
いいだろう、戦いの終着点は近いらしい。
そこにどれ程残酷な真実が隠されていようと、乗り合わせた船を降りる奴はいない。
次回、「野望のルーツ」
だが心せよ、お前が相手にするのはカオスを体現するあの男なのだから!




話数が足りないならOVAタイトルを使えばいいじゃない!
ゲラートの守護霊は独自設定です。
遂にラスボス戦……の前に伏線回収。
今回は生身なので、原作のようにあっさりは死にません。
流石にまた引き出死を繰り返す程、神も阿保じゃないよね。


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第七十二話 「野望のルーツ」

原作でもスパロボでも神(笑)だったワイズマンに、ラスボスらしい強さを設定するのも二次創作の醍醐味だと思うんです。


 二度キリコに殺されたワイズマンだが、神の力を殆ど失いつつも生き長らえていた。

 二度と現世に介入できなくなってはいたが、チャンスを未だに待ち続けていたのだ。

 三千年待ったのだ、今更百年程度、大したことではない。

 

 そしてチャンスは来た。

 ある日大規模な時空間の歪みを観測し、それはキリコを中心に発生していた。

 異能だ、異能生存体がキリコの魂を生かそうとしているのだ。

 このまま朽ち果てるか?

 キリコを追い、再起を目指すか?

 前者を選ぶ理由はない、ワイズマンはキリコの起こした歪みを利用し、この世界へと転移したのだった。

 

 しかし並行世界への移動という、やったこともない挑戦はそれなりのリスクを持ち、キリコの転生する千年前に、ワイズマンは辿り着いてしまった。

 彼等は待つことにした、キリコの転生を。

 そしてキリコが生まれるのを促進する為に、あらゆる手を打った。

 

 最初に行ったのは、ホグワーツ創始者の分断であった。

 元々純血主義を持っていたサラザール・スリザリンに目を付け、彼を利用。

 最終的に彼の体を乗っ取ることに成功し、純血主義を極端に排他的なものへと先鋭化。

 後々まで続く魔法界の闘争の、最初の火種を生み出した。

 

 次に行ったのが、魔女狩りだった。

 当時の政治家や民衆に対し地道な工作を重ね、魔女を攻撃するように誘導。

 魔女狩りから逃れる為に、魔法界は人間界と完全に分離し、お互いの理解、認識の欠如が生まれる。

 それは今、『マグル作戦』として結実した。

 

 これらの目的は『戦争』、それ自体にある。

 ロッチナの推測通り、彼等はかつての栄華を渇望していた。

 戦争による人類の進化、技術革新、宇宙開発。

 再び銀河の玉座に座る為に、欲望を満たす為に。

 

 もう一つの側面が、キリコ転生の促進。

 激しい戦争が起これば起こる程、キリコの生まれる確率は上がって行く。

 二度の世界大戦も、ゲラートを利用したのも、全て戦争の為だったのだ。

 

 最後に打った手が『ブラッド家』の誕生である。

 『不死』を直接目指す血統は『異能』を転生させるのに優良な苗床になるだろう……その見込み通り、キリコはブラッド家の子孫として誕生することになる。

 キリコ誕生の予兆……時空の歪みを再び観測したワイズマンは、それを利用しある人物を転生させた。

 

 神の目、ロッチナである。

 ロッチナは転生の理由を『縁』だと推測したが、それはあながち間違いではなかった。

 キリコとの縁がなければ、ワイズマンが転生させる理由はなかったのだから。

 かくしてロッチナは、再び神の目として生を受けた。

 

 そしてキリコが誕生した……が、ここで一つの懸念が発生する。

 このキリコは、果たして『異能者』なのだろうか?

 転生の拍子に異能が消えてはいないか?

 ワイズマンは検証を行う事にした、生き残るかどうかの検証を。

 

 ワイズマンはキリコへ火を放った。

 彼を引き取った夫婦を巻き添えにして、家を焼き尽くしたのだった。

 結果キリコは生き残り、『異能生存体』だと確信することとなる。

 キリコの義理の両親の死は、ワイズマンの手によるものだったのだ。

 

 そこまでは良かったが、やり過ぎてしまった。

 キリコはワイズマンが処置をする前の、人間らしさの欠片もない状況へ戻ってしまったのだ。

 このままでは不味い、キリコを再び人間にしなければならない。

 かつて生死の境を彷徨った時に、幾つかの処置を施したのと同じく、ある一つの治療をした。

 

 それこそが、『キニス・リヴォービア』だった。

 お人好しで、仲間思い。

 キリコに人間性を取り戻させることが可能な特効薬、その素質を持つ人間を世界中から探した結果が彼。

 更に魔力と、ハッフルパフの素質も重要だった。

 キリコを自分の懐、ホグワーツへ入れることを決めていたワイズマンは、彼がハッフルパフに入るだろうと予想していたからだ。

 最後にダンブルドアとスネイプに偽りの梟便を出し、キリコとキニスを自らの懐に引き摺り込んだのである。

 

 

 

 

「キニス・リヴォービアが世界中を転々としイギリスへ越したのも、奴をホグワーツへ入れる為。

 ハッフルパフ以外の寮に入った場合の保険として、ルーナ・ラブグッドをイギリスへ呼び寄せたのだ」

 

 ルーナが三か国語を話せるのも、キニスが五か国語を話せるのも、偶然ではなかった。

 

「お前がキニスに対し友情を感じられるよう、様々なイベントを組んだ。

 禁書棚の本に呪いを掛け、かつての宇宙戦艦と似た精神状態に、他人から優しさを受ければあっさり懐く精神状態へ調整した。

 賢者の石が置かれた部屋にお前達を呼び出し、死の呪いから庇うようにした。

 バジリスクにキニスを襲わせたのは、お前が人間らしくなったか確かめる為。

 秘密の部屋でバジリスクを混乱させたのは、トム・リドルを抹殺するハリー・ポッターに万一のことがあっては危険だったから」

「…………」

 

 怒濤の勢いで、今までの全てが明かされていく。

 ゲラートの言っていた通り、誰にも気付かれずにワイズマンは干渉し続けていた。

 

「ゴブレットに名前を入れたのも私だ、お前にはトム・リドルと出会い、この世界での自らの運命を自覚しなければならなかった。

 真実薬に毒を入れたのは、バーテミウス・クラウチ・ジュニアの口封じする為に過ぎない」

「…………」

 

 セドリックが死ぬことに繋がったあの事件も、全ては神の計画の上。

 何もかも、一から十まで全てが。

 

「ペールゼン・ファイルズを予言したのはトム・リドルを利用し、魔法界と人間界の戦争を起こす為、全ての仕上げに、キニスをアーチの中へと落とし、廃棄した。

 闇祓いとの混戦が起きるように予言をし、奴が死にやすい状況にした上で」

 

 キリコは黙ってワイズマンの話を聞く。

 彼の目には何も映っていない、怒りも恨みも何一つ。

 全てが神の掌の上だと知っても、尚。

 

「全てが計画通りに行った、戦争は起き、トム・リドルは神へ叛逆すること叶わず、ポッターに殺されようとしている。

 お前は人間らしさを取り戻し、今私の前に立っている。

 キニスはフィアナ()の後釜としての務めを果たしてくれた、キニス()の名の通りに」

「……それで」

 

 空気が一変する、ある意味穏やかだった空気が、圧倒的殺意に塗り潰される。

 

「そこまでして、お前は俺に何をしたい」

 

 何も映っていなかった目に、五臓六腑を焼く炎が灯る。

 神の五臓六腑を焼き尽くす、運命の炎。

 

「お前には、私の代行者になって貰いたい」

「……代行者だと」

 

 ロッチナは予見した、神の狙いは『継承者』でも『養育者』でもないと。

 神の目の予見は、ここでも当たっていた。

 

「魔術の力は私に異能程ではないが『不死』の力を与えた」

「死体を乗っ取ったそれがか」

 

 ゾンビなら不死身に決まっているだろう、生きているかは知らないが。

 下らん戯言とキリコは一瞥するが、気にする様子はない。

 

「乗っ取っただけではない、だがそれはどうでもいい。

 『異能』に固執する理由は既に私にはない、故に私の支配の代行者となって貰いたいのだ。

 神の力は絶対だ、しかし過度の干渉は依存を招き、私の願いである進化は停滞する。

 だが人間であるお前の干渉ならば、依存と停滞は起こらない」

「わざわざ俺を選ぶ理由でもあるのか」

「神の代行者に、素質がない者がなってはならない。

 『異能者』であり、『異能生存体』であるお前ならば、神の代行者に相応しい」

 

 要するに自分が動き過ぎれば、神の力に依存してしまう。

 だからこそ人間である俺が、こいつの代わりに人類を進化させるのか。

 ……ふざけているのか?

 キリコは本気で困惑した、こいつはこんなんで俺を従わせられると思っているのか?

 

「ただでとは言わぬ、無論見返りも大きい」

「そんなもの……」

「まずキニスを返してやろう」

「……いい加減にしろ」

 

 一瞬だけキリコが硬直する、ワイズマンは好機を見た。

 

「キニスは死んでは居ない、神秘部は私の五臓六腑、アーチに入る瞬間、私が奴を転送し助けておいたのだ」

「……嘘だ! キニスはアーチの中へ落ちた!」

「神の力はアーチ如きでは止められない」

 

 否定しようにも、かつてクエントやヌルゲラントで、何度も不可思議なワープをした経験が、神を肯定してしまう。

 

「それだけではない、フィアナの蘇生もしてやろう」

「…………!」

「魔法という新たな知識は、それすらも可能とする」

 

 キリコは激怒し、その内心で大いに戸惑っていた。

 キニスが生きていて、フィアナが帰ってくる。

 彼にとって正に、神の誘惑というに相応しい誘いが心を揺さぶる。

 そんな都合の良い話がある筈がない!

 躊躇いを怒りで振り切り、キリコはATを起動させる。

 

「良いのかキリコ、代行者にならなければお前に未来はない」

「……そんな言葉で、俺が迷うと思っているのか」

「事実だ、お前がブラッド家の末裔であることは、異能生存体であることは世界中の人間が知っている。

 ブラッドを殺す為、異能の力を求めて、お前は追われ続けるだろう。

 かつてのアストラギウス銀河のように。

 私の代行者にならない限り、一時の平穏すらないのだ」

 

 あのニュースも、こいつが仕組んだものだったか。

 確信を得ながらも、キリコは自らの信念を、恨みつらみを持って宣言する。

 

「それがどうした、そんな生活は慣れきっている……!」

 

 決別、抹殺宣言と共に放たれるロックガンの光線が、スリザリンの姿をしたワイズマンを包み込む。

 爆炎と閃光が、巨大な礼拝堂を満たす。

 キリコはヴォルデモートの発言から、ワイズマンの不死のカラクリを大まかに推測していた。

 『死の呪い』が効かなかったのは、死体を操っているに過ぎないから。

 既に死んでいる者に、死の呪いが効かないのは当然。

 なら死体を操る『核』がある筈、それを剥き出しにすれば……!

 

「……では仕方が無い、次点の目標を果たすとしよう」

「…………!」

 

 掠り傷一つないだと!

 キリコは衝撃を受ける、盾の呪文を張っている様子はなかった。

 つまり単純な肉体能力だけで、光学兵器を防ぎ切ったということ。

 そんな馬鹿な、死体に肉体能力などあってたまるか。

 では何だ、どれ程の防御能力を持っていればロックガンすら防げる?

 

「……これで!」

 

 一つの可能性に賭けてキリコが撃ち込んだのは『悪霊の炎』。

 魔力消費の激しいキリコにとっては非効率的な呪文だが、自動的に最効率化させるニワトコの杖なら、制御できる。

 激しい渦を巻き、津波のようにワイズマンを包み込む炎。

 

「…………!」

 

 杖越しに感じる確かな手応え、炎は間違いなく直撃した。

 同時に炎の中からおぞましい声と亡霊のような魂が溢れ出す。

 それはハリー達から聞いた、分霊箱を破壊した時の現象そのもの。

 キリコは確信する、やはりこいつも『分霊箱』か!

 自分自身を分霊箱にしていたから、ロックガンが効かなかったのか。

 キリコが悪霊の炎を使ったのは、ワイズマンの不死が分霊箱によるものか確かめる為。

 回避されようが直撃しようが、確かめることができる。

 ……にも関わらず、嫌な汗が、一滴流れた。

 

 

*

 

 

 迫りくる鋼鉄の怪物と、本物の怪物。

 狂気も無く、悪意も無い。

 ホグワーツの生徒が押されるのは、当然の結果だった。

 

「生徒の避難はまだ完了しないのですか!」

 

 マクゴナガルが叫ぶが、そうではない。

 残る三年は、もう殆ど死んでしまっているのだ。

 その知らせを聞かなくて済むのは、果たして幸福だったのか。

 

「教員から殺せ!」

「───ッ!」

 

 教員が居なくなれば、生徒を統率する者は居なくなる。

 死喰い人のセルウィンが、呪いを放つ。

 瞬間猫へと変身し、柔軟さを持って呪いを片っ端から躱し、ひょいと肩に乗る。

 

 再び人に戻り、無言の失神呪文。

 セルウィンは意識を失い、吹っ飛ばされて行く。

 なるべく命を奪わないこと、それは教師として彼女の覚悟だった。

 

「……なんと……いう事ですか」

 

 だが、覚悟は潰される。

 飛ばされた先は不幸にも、戦車の進行方向だったのだ。

 ぐしゃ、と潰れて、また一人死ぬ。

 

 悪意どころか死体を求める餓鬼と化したマグルの群れは、死喰い人よりも恐ろしく見える。

 そしてまた、最悪の報が彼女へと届いた。

 

「マクゴナガル先生……よろしいですかな」

「どうしました、フリットウィック先生」

 

 短距離の姿あらわしで出現したフリットウィックと、死角を補うように背中合わせになる。

 四方八方から飛ぶ攻撃をいなしながら、要件を訪ねる。

 

「……ルーピン先生が、亡くなられました」

「……何故、ですか」

 

 死ぬだろう、こんな戦場で一人っ子死なないなど、考えては居ない。

 だが元教え子で、同僚だった子の死はショックでしかなかった。

 

「スリザリン生の多くは戦いを拒み、寮へ立てこもっていました」

「……まさか、マグルが」

「ええ、入口が割れてしまい、そこから毒ガスを……ルーピン先生は、生徒達を逃がす時間を稼いでおられたのです」

 

 返事は無い、彼女の顔色も伺えない。

 分かるのは、攻撃が明らかに激しくなっていることぐらいだ。

 そんな彼女の視界に映り込んだのは、空から落ちる鉄の塊だった。

 空爆と呼ばれる、無差別攻撃である。

 

「今度は……仲間すら巻き添えにする気ですか!」

 

 非道極まりないマグルの攻撃に、マクゴナガルの怒りが爆発する。

 だから見えなかった、爆風で塞がれていたからこそ、瓦礫から自分を狙う狙撃手の姿に。

 

「───先生危ない!」

 

 誰かに押し倒され九死に一生を得た、狙撃手はフリットウィックが失神させる。

 マクゴナガルは、助けてくれた生徒の顔を見なかった。

 見ずとも、誰か分かった。

 

「ネビル・ロングボトム、ありがとうございます」

「先生こそ……大丈夫ですか」

 

 と傷だらけで言う彼に、少し呆れるマクゴナガル。

 優しいのは良いが、正直自分を客観的に見ていて欲しい。

 

「貴方は貴方の心配をしなさい、第一杖はどうしたのですか」

「……折れちゃって」

 

 重ねて溜め息を吐く彼女は、ネビルに帽子を手渡した。

 『組み分け帽子』と呼ばれる魔法具、中に創始者の秘宝を秘めた道具だ。

 何故かそこらに落ちていた帽子を、彼女は拾っていた。

 剣を使う気はない、というか自分に使いこなせるとは……余り思えなかった。

 

「貴方なら、抜ける筈です」

 

 何故、ネビルなら使いこなせると思ったのかは分からない。

 グリフィンドールの寮監としての直感か、長年生きた魔法使いとしての勘か。

 

「……ありがとうございます!」

 

 剣を取り出したネビルは、杖を使えなかった鬱憤を晴らすかの如く、ドラゴンに向かって突っ込んで行った。

 炎を吐き焼殺しようとするが、グリフィンドールの剣は炎ごと切り裂いて行き、頭を両断する。

 まるで炎の方から、斬られに行ったかの様に。

 

「…………」

 

 地獄の中で、マクゴナガルは感傷に浸っていた。

 あれだけ手間の掛かるあの子に、助けられるとは思ってもみなかった。

 本当に、子供の成長とは早いものだと。

 

 あと少し耐えれば、もっと立派になったネビルの、生徒の姿を見れるに違いない。

 そう思えば、力も湧いてくる。

 ネビルだけではない、ルーピン先生が命懸けで守ったスリザリンの子供達もだ。

 

 機関銃の掃射すら真正面から防ぎ切る、創始者の秘宝の力に自分で驚くネビル。

 彼の姿を見ながら、マクゴナガルは敵陣の中へと切り込んで行った。

 

 

*

 

 

 手ごたえを感じたキリコは、疑問を抱いていた。

 何故直撃を受けた?

 かわそうと思えばかわせる攻撃に対し、何もせず無抵抗のまま燃やされた?

 

「愚かなり、キリコ」

「!!」

 

 響き渡る声が、ワイズマンを包む炎を消滅させる。

 無傷……ではない、依代となっているスリザリンの遺体は、焼け焦げてボロボロだ。

 ボロボロではなくなった。

 

「なっ……!?」

 

 キリコは信じられない現象を目撃した。

 瞬きした一瞬の間に、ワイズマンは元の姿へと復元されていたのだ。

 

「スリザリンの遺体を乗っ取ったのは、私の力に耐えきれる力が残っていたからなのだ。

 キリコよ、これは証明だ、お前がどう足掻こうと、私を殺すことはできないという」

「…………」

 

 何が起きた。

 あいつの体が分霊箱なのは、さっきの悪霊が溢れ出すような現象で分かった。

 だが何故再生する、分霊箱ごと再生などどうすればできるんだ!?

 

「分かるぞキリコ、お前の怯えが」

 

 キリコの感情を見透かしたワイズマンが、不敵な笑みを浮かべながら両手を広げる。

 

「お前を諦めさせる為、私の力を語ろう」

 

 ぐにゃりと曲がり、剥き出しになったワイズマンの体内には、小さく輝く緑色の宝石が四つ、組み込まれていた。

 ───あれは、まさか。

 キリコは予感してしまう、当たってしまえば勝てないと分かってしまう未来を。

 

「そう、『賢者の石』だ」

 

 かつて復活の為にヴォルデモートが求め、ダンブルドアに破壊された秘宝。

 一つで永遠の命を与えるそれが、四つ。

 

「これもまた、名の如く私が創り上げた物。

 ニコラス・フラメルは自力で創り上げたと思っているが、私がヒントを与えたに過ぎない。

 憐れな男だ、時の権力者を利用する為だけに、石を作らされたと気付いていないのだからな」

 

 道理で、再生する訳だ。

 あれを四つも組み込んでいれば、瞬きの間に再生して当然。

 

「更に私は分霊箱を作り上げた、私だけではない、深海の小石一つや、スペースデブリに至るまで、666ツの分霊箱を」

 

 分霊箱の厄介さは、正確には不死ではない。

 例えそこらの塵でも分霊箱にできる点だ。

 小石が分霊箱にされ宇宙に飛ばされたら、延々と加速し続け、二度と捉えられず、破壊もできない。

 砂漠の砂一つを分霊箱にすれば、探し出すのは不可能。

 ヴォルデモートと違い、高貴な器を求めなかったワイズマンは、それをやった。

 何処にあるのか分からず、分かっても探せない。

 

「分霊箱の欠陥は私にとって意味を成さない」

 

 止めに分霊箱のデメリット、魂の弱化もワイズマンには意味がない。

 ヴォルデモートは魂を五分割したが、このデメリット故に魔力的なモノに対する感性が弱まってしまった。

 しかしワイズマンは元々古代クエント人、『異能者』が一つに集まった存在。

 分割しても、元々の魂が一つ分離するだけに留まる。

 

 つまりどういうことか?

 掠り傷すら与えられない。

 与えても瞬時に修復される。

 『石』を破壊しても分霊の力で生き残る。

 その分霊箱を破壊しきることは不可能。

 ……キリコは絶句し、ワイズマンは高らかに宣言する。

 

「これこそ神の御技なり。

 理解したであろう、お前は私から逃れることはできぬのだ。

 さあ私の代行者に───」

 

 ワイズマンが言い切る前に、ライフル弾が眉間に直撃。

 風穴を空ける筈のライフル弾が潰れたポップコーンのようになり、足元を転がった。

 

「…………」

 

 勝ち目はない、どう考えても。

 それでもキリコの闘志が衰えることはない、常人なら逃げ出すほど鋭く尖った目線で、自称神を一瞥する。

 これぞまさに、『触れ得ざる者』の姿。

 ワイズマンは笑う、所詮人間が畏怖して付けただけの俗称など、私には何の意味もないと。

 

「愚かなり、愚かなりキリコ。

 代行者という唯一の救いを拒み、自らを失う道を選ぶか」

「……お題目はもううんざりだ、お前に支配されるくらいなら、死んだ方が何倍もいい」

 

 死ねればな。

 自嘲するキリコに、神は違うと言う。

 

「殺しはしない、それは私でもできぬ。

 ただお前という人間がお前を見失うだけだ」

 

 言っている意味がよく分からないが、俺が俺を見失うこと……それがヤツの言う次点の目標なのか?

 分かるのは、ヤツが俺を勧誘することを止めたという一点だけ。

 

「よって、神の裁きを与える、自らの無知を呪うがいいキリコ・キュービィー」

 

 ワイズマンの位置する塔の中から、轟音が響き出す。

 まるで出番を待ち望んだ役者が、万雷の拍手と共に奈落から姿を表すかの如く、一機のATがその姿を表す。

 歌舞伎において奈落から現れるのは、この世の者ではない演者だけ。

 漆黒の風貌、異形の影、禍々しい圧力。

 正しく冥府から甦った、神の如し。

 それに乗り込み、神託は下された。

 

「この『レグジオネータ』が、お前に裁きを与える」

「レグジオ……ネータ……?」

 

 レグジオネータが手を振り下ろし、神殿全てを光で包み込む。

 咄嗟に張ったプロテゴ・マキシマは、時間稼ぎもできずに消え去り、キリコは稲妻の濁流に飲み込まれていった。

 

(全てを還す光の中、文明を照らす進化の光の中。

 圧倒的な差を見せ付けられた俺は、焦燥に駆られていた。

 異能の力が通じないかもしれない。

 それだけではない、フィアナとキニスを返すというふざけた提案が、俺を焦らせていた。

 そんな奇跡はあり得ないと、否定する為に)




人の世の喜びも悲しみも、巨大な宇宙(そら)の一部。
万物流転。
全てが遺伝子に仕組まれた、巨大なステージセットだとしたら。
果ての無い過去でしつらえられた、もう一つの人間を真似て、
いつ動き出すかも知れぬ、神秘の技の黒子を狙い続けた者。
それは誰か。
次回「影法師」。
例え、我が運命でも。




ワイズマンスペックを纏めてみた。
・inレグジオネータ
 『青の騎士ベルゼルガ物語』に登場したヤベーAT、スコープドッグがマジンカイザーに挑むような物。
・666個の分霊箱
 細胞も幾つか分霊箱なので殆どの攻撃は無効、しかも幾つかはアステロイドベルトのどれか、事実上発見不可能。トドメに魂の群体なので、魂の弱化というデメリット無し。
・賢者の石四つ積み
 破壊しても超再生能力あり。
・素体はサラザール
 魔力適性も高い、ワイズマン全員分の魔力を存分に活かせます。
・杖
 スリザリン自体を杖に見立てている、ある意味最良の素材ではある。
・1000年分の魔法知識と3000年分の科学知識。
 言わずもが。

転生チートは異世界モノのお約束だから何一つ問題無い。

あ、ちなみに『キニス』はラテン語で『(cinis)』という意味です。


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第七十三話 「影法師」

最近コーヒーメーカーを買った。
美味い(気分的に)

今回特別に2話同時投稿です、こっちが前半。


 外は地獄だ。

 キリコとダンブルドア、ゲラートの活躍により、ホグワーツ湖の艦隊はほぼ轟沈した。

 だが上陸しきった武装歩兵の数が減る訳でもなく、むしろ士気は高まるばかり。

 吸魂鬼が撃退されたことで死喰い人も戻って来てしまい、戦場は混乱の一途を辿っていた。

 

 三つ巴の大混戦、散布される毒ガス。

 次々と投入される巨大なドラゴン。

 マグルの兵士も、死喰い人も、ホグワーツの生徒も、バタバタと死んでいく。

 そんな中、幸運にもまだ生き残っている者達も居た。

 

「おっと危ない! デスクワークで体が鈍ったんじゃないか?」

「お前達だってデスクワークじゃないか!」

「違う違う、残業代無し、二十四時間労働のブラック労働(デス・ワーク)さ!」

 

 冗談を飛ばすフレッド&ジョージと、頭に血を昇らせ続けるパーシー。

 だがそのジョークに何時ものキレはない、何故なら無理矢理捻り出したネタだからだ。

 しかし、無理矢理にでも笑わなければならない。

 目の前の地獄から目を背けはしないし、笑い飛ばしたりもしない。

 こんな状況だからこそ、彼等は何時も通りあろうとするのだ。

 

 だが現実は無情にも、彼等の何時もを踏みつぶしてく。

 

「アバダケダブラ!」

「しまっ───」

 

 緑色の閃光が弾け、パーシーが動かなくなる。

 ……誰が。

 叫ぼうとした双子の前に、彼を殺した女が現れる。

 

「ははははっ!

 ざまあぁぁぁないねぇ、血を裏切る者!」

「「ベラトリックスゥゥゥ!!」」

 

 笑いを捨て、怒りを剥き出しにして杖を構える。

 混迷の戦場で、思うがままに暴れ狂う彼女は正に、死の飛翔そのものだ。

 あの女を許してなるものか!

 しかし、突撃しようとした双子の前に、一人の女が割り込んできた。

 

「「ママ!?」」

「おやおや? 誰かと思えばマグル風情に殺された馬鹿の雌犬じゃないか?

 夫婦そろいもそろって、いぃっぱい苦しんで死ににきたのかい? キャハハハハ!」

 

 死人をも冒涜する挑発、彼等の母親モリーは、怒りに燃えていた。

 

「……よくも」

「あ?」

「よくも私の息子を殺したな雌狐!」

 

 瞬間、呪文が爆発した。

 

「ぐぅっ!? 何だこの力は!?」

 

 呪文の力はその人の感情によって多少だが左右される。

 多少だが、息子を殺された彼女の怒りは、頂点などという場所に納まってはいない。

 

「よくも私の夫を冒涜したな! 

 あの人は誰よりも優しかった、誇り高かった!

 それを貴様のような! 血に縋るしかない貴様風情が!」

 

 圧倒的弾幕に押されるベラトリックス。

 いや弾幕だけではない、剣幕、覚悟。

 全てにおいてベラトリックスは負けていたのだ。

 

「馬鹿にするなぁぁぁ!!」

「ば、馬鹿な!? 我が君ぃぃいいぃ!!」

 

 あれだけ、あれだけ猛威を振るった暴風が、一瞬で鎮められた。

 ベラトリックスは粉々に砕け、モリーは魔力を使いすぎ、膝をつく。

 

「……あ、あなた達は逃げなさい」

「「何を言ってるのママ!?」」

「あなた達まで死んだら、もう私は耐えられない!」

「「…………」」

 

 彼女にとって、家族を失うことはトラウマであった。

 第一次魔法戦争で両親を失って以来、それは恐怖であり続けた。

 そしてアーサーの、パーシーの死が、絶望を抉り出す。

 だからこそ。

 

「残念だけどママ、そりゃ無理だ」

「だって俺達、もう成人だし」

「ここまできて、まだ聞き分けのないことを言うの!?」

「その通り! 何せ俺達は悪戯仕掛け人!」

「死ぬまで悪ガキさ!」

 

 ここで離れれば、ママは間違いなく壊れてしまう。

 パーシーと喧嘩して、あんな険悪な空気になって。

 あれ以上の地獄何て、真っ平御免だ!

 

 双子は杖を構える、目の前に広がる鉄の騎兵を前に。

 真実の愛は、狂気の暴力に踏み潰されようとしていた。

 

 

 

 

 また、ここも地獄だった。

 ホグワーツの隠し部屋の一つに、呻き声のオーケストラが始まる。

 ダンブルドアや、マダム・ポンフリーの意向により、マグル魔法使い問わず、怪我人を治療していた。

 しかしこの混沌、この地獄。

 治療しても治療しても数は減らず、あっと言う間に部屋を埋め尽くす。

 

「包帯が足りない!」

「カーテンを千切れ! なければ自分のローブをだ!」

 

 もう薬はない、包帯もない。

 あるのは魔法だけだが、ポンフリーの魔力も限界に近付きつつある。

 

「先生! ネビルが!」

 

 駆け込んできたルーナの抱えるネビルは、全身が焼かれて爛れていた。

 

「静かに! どうしたのですか!?」

「マグルの持ってる筒から炎が出て、それで───」

「分かりました、スプラウト先生、直ぐに軟膏を!」

 

 ネビルは火炎放射器で全身を焼かれ、意識不明の重体。

 監視をしていたリー・ジョーダンは、スタングレネードを喰らい失明。

 コリン・クリービーに至っては、死喰い人の呪いにより、全身から蛆が沸いていた。

 その呪いを撃ったラバスタンは、肺に穴が空き今にも死にそうになっている。

 敵味方の区別なく治療する姿は、医者の鏡と言ってもいいだろう。

 だがそこに、一個のボールが転がって来た。

 

「フ、フリットウィック先生……!?」

 

 ルーナが絶句し、嘔吐する。

 それはフリットウィックの生首だったのだ。

 彼はこのある意味最重要区画である治療室を守る役目を負っていた。

 だが彼は今、生首になっている、つまり。

 

「居たぞ! バケモノの巣窟だ!」 

 

 雪崩れ込むマグル軍が、次々と人を焼き払っていく。

 

「止めなさい! ここには貴方達の仲間だって───」

「もう駄目だ! こいつらは魔女に血を吸われたんだ! 殺すしかない!」

「逃げて先せ───」

 

 一人の生徒が死ぬと同時に、マダム・ポンフリーが粉々に千切れ飛ぶ。

 魔法使いだろうと死喰い人だろうとマグルだろうと関係無く、怪我人すら皆殺しにしていく。

 通常このようなエリアを攻撃するのは、軍規、法に違反する。

 しかし相手は人外の化け物であり、戦争法など存在しないのだ。

 

「見つけたぞ! 纏めて殺してやる!」

 

 更に反対側から乱入して来た死喰い人が、残るトロールを突入させた。

 ただでさえ狭い治療室に押しかけた、巨体のトロール。

 患者も看護婦も医者も、死に絶えるまでそう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 地獄となる戦場を逃れ、必要の部屋を目指し走るハリーとハーマイオニー。

 灰色のレディが教えてくれた、レイブンクローの髪飾りは必要の部屋にあると。

 急げ、何時ヴォルデモートが僕の命を狙ってやって来ても可笑しくないのだから。

 

 イージス艦や戦艦がなくなったお蔭で、飛来するミサイルは殆どない。

 全くない訳では無いが、戸惑っていては何時まで経っても進めない。

 結局何時も通り、がむしゃらに走るしかないのだ。

 

 そうして七階に辿り着いた彼等、キリコの特訓のお蔭か、息切れ一つない。

 此処まで来れば一息、後は必要の部屋で、三往復するだけだ!

 しかし、それは余りにも楽観的過ぎた。

 ハーマイオニーは窓から見た、此処目がけて飛来するミサイルを。

 

「身を屈めて!!」

 

 何故と問うことなどせず、反射的に身を屈める。

 瞬間壁が崩れ落ち、二人の体を瓦礫が痛めつけていく。

 

「大丈夫か、ハーマイ……」

 

 言い掛けて、絶望した。

 そんな、此処まで来たのに。

 剥き出しになった廊下から見えたのは、大量の武装を積んだ武装ヘリの大群だった。

 

 艦隊が全滅するのは想定外だったが、予備の手段は備えていた。

 それがこの、武装空挺部隊。

 ハインドDを筆頭に、ミサイルや機関砲を積んだ武装ヘリが空を覆い尽くす。

 

 十機にも上る鋼鉄の暴力に、ハリー達は囲まれた。

 どう考えても逃げ場はない、よりにもよって真後ろは必要の部屋。

 攻撃を避ければ部屋に当たり……入口は消えてなくなるだろう。

 分霊箱は、永久に破壊できなくなる。

 

 最初から、この物量に勝てる訳がなかったのだ。

 さあ化け物の幼虫め、此処で死ぬがいい!

 機関砲が回り出し、外れ無しのロシアンルーレットが始まろうとした。

 次の、瞬間。

 

「がああああああああ!!」

 

 上から来た『何か』に、武装ヘリが殴られた。

 ローターが激しく歪み、何機か巻き込みながら墜落していく。

 唖然とする彼等に向かって、彼は振り向く。

 

「大丈夫か、ハリー」

「ハグリッド!? 何で此処に!?」

「お前さん達を探そうと、天文台の跡地からずっと探してたんだ」

 

 親友であるハグリッドの助けに、ハリーは心の底から安心する。

 とは言え、空挺部隊はまだまだ健在、危機であることには変わらない。

 あの攻撃を防ぎながら、部屋に入らなければならないのだ。

 

「必要の部屋に行く気か?」

「知ってたの? この部屋の事」

「まあ……というかホグワーツの教員は大体知っちょるぞ? 勿論入り方もな」

 

 ハリーは何故か、悪寒を覚えた。

 ハグリッドから怖い程の、威圧感を感じていたからだ。

 何故、こんな雰囲気を?

 不幸にもハーマイオニーは、訳に気付いてしまった。

 

「まさか!? 駄目よ! 幾ら巨人の血を引いてたって、あんなのを喰らったら!」

「ハグリッド! 一体何をする気なんだ!?」

「盾よ! 部屋に入るまでの盾になる気だわ!」

 

 三往復するまでの間、機関砲とミサイルの嵐に晒され続ける。

 幾ら、どころではない。

 死ぬ、間違いなく。

 ハグリッドは、死ぬ気で此処に来ていた。

 

「そんなの駄目だ! 僕の為に」

 

 止めようと必死で叫ぶハリーの口を、彼は塞いだ。

 

「いいかハリー、おめえさんにはやらなきゃなんないことがある。

 それは誰もできねえことだ。

 例のあのひ……ヴォ、ヴォルデモートを倒せるのは、おめえさんだけだ」

 

 空挺部隊の陣形が修復され、ハグリッドを取り囲んでいく。

 彼はそれに向かって、仁王立つ。

 

「だから……その……何だ。

 上手く言えねえが……兎に角、突っ走れ!

 辛えだろうが、頑張るんだぞ!」

「ハグリッド!!」

「ハーマイオニーもだ! ハリーを支えちょくれ!」

「……ハリー! 早く!」

 

 泣きながらハリーは、部屋の前に立つ。

 ハーマイオニーはハリーの前に立ち、彼に流れ弾が当たらない様警戒する。

 焦らずゆっくりと、集中しながらイメージを浮かべる、『物を隠す場所』という部屋を。

 

 歩く。

 爆音が聞こえる。

 歩く。

 血の噴き出る音がする。

 歩く。

 悲鳴を必死で押し殺す声が、聞こえない。

 

 まだか、まだか、まだなのか。

 永遠にも思える距離を歩き、夢なのか現実なのかすら分からなくなる。

 けれど、往復した回数だけは、ハッキリと。

 

 歩き、終わる。

 目を開けるとそこには、必要の部屋の扉があった。

 ハリーとハーマイオニーは、何も聞こえなくなった背後に目を向けず、部屋へと飛び込んだ。

 

 その判断は、正解だったのかもしれない。

 彼は部屋を守りながらも、空挺部隊を撤退へ追い込んだのだ。

 仁王立つ影に空いた穴から、月明かりが差し込んでいた。

 

 

 

 

 何処も地獄、上も地上も。

 なら地下が地獄でない理由はない。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 息切れするキリコに、傷は一つもない。

 搭乗するATにも、損傷はない。

 だが周りには、壮絶な光景が広がっていた。

 

 鋼鉄でできていた壁は、マグマのように融解。

 空気は高温の余り、一部がプラズマとなり迸る。

 これが、一機動兵器によって作られたと、誰が信じるのか。

 

「分かったかキリコ、このレグジオネータを滅ぼすのは不可能なのだ」

 

 ワイズマンの乗るレグジオネータというATの力は、圧倒的どころの騒ぎではなかった。

 手を振れば、鋼鉄を両断する稲妻が迸る。

 直接殴れば、小隕石でも落ちたようなクレーターができあがる。

 指を突き出せば、嵐のようなレーザーが吹き荒れる。

 

 冗談じゃない、あんなのがATであってたまるか。

 異能によるものか、技量によるものか。

 天災に匹敵する神罰をどうにかかわし、攻撃をしてはみた。

 ロックガン、ヘビィマシンガン、機関砲、ミサイル、ソリッドシューター。

 悪霊の炎、バジリスクの複製毒、貫通、爆破弾頭。

 それら悉く、意味もなし。

 掠り傷さえ、付けられなかった。

 

 僅かでも傷を付けれるなら、突破口はある。

 それが偶然へと繋がり、破滅を齎すのだから。

 しかし、可能性がゼロでは如何に異能といえど成す術無し。

 ただただ一方的に溜まっていく疲労、間違いなく敗北の坂を転げ落ちていた。

 

「……憐れな、そこまで自分を追いつめて何になる?

 現実を見よ、私に敗北し全てを失うか、代行者となり友も愛も取り戻すか。

 答えは明らかではないか」

 

 服従の呪文と磔の呪文は最高の組み合わせである。

 磔で殺さない様痛めつけた所に、服従で至高の快楽を与えれば、堕ちぬ者はまず居ない。

 ワイズマンがやっているのも同じことだ。

 絶対無力をしらしめ、改めて甘美なる誘惑を教示する。

 

「…………」

 

 だが、それでも尚キリコは折れない。

 ふざけるのもいい加減にしろ、誰がお前に隷属するものか。

 ワイズマンは感心してしまった、その童にも似た諦めの悪さに。

 

「キリコよ、お前に改めてチャンスを与えよう」

「……そんなものは、願い下げだ」

「これを見るがいい」

 

 レグジオネータが指を掲げ、稲妻が走る。

 攻撃が来るか!?

 と、身構えるキリコだが、彼には何も来なかった。

 では何をした?

 稲妻の落ちた場所を見ると、一つの人影が立っていた。

 そのシルエットは、余りにも彼に似て、否、彼そのもの。

 

「───キニス!?」

 

 死んだ筈のあいつが、そこには確かに居た。

 だがその目に生気はなく、虚ろな幽霊のように立っているだけ。

 これで証明されてしまった、ある筈がないと否定したかったことが。

 

「見ての通りだ、こいつは生きている。

 私の代行者を受け入れれば、こいつもフィアナも返してやろう。

 断れば、こいつを今度こそ廃棄する」

 

 ワイズマンの誘惑というには邪悪な脅しと同時に、キニスが懐から取り出したナイフで、自身の首を切り裂こうとする。

 

「───止めろ!」

 

 代行者を受け入れたくはないが、目の前で二度も死ぬ光景も見たくない。

 わがままな思いが、レグジオネータに向けてライフルのトリガーを引かせる。

 尤も、やはり効く筈もない。

 それどころか、更に絶望的な宣言をされてしまう。

 

「無駄だキリコ、すでに命令は下してある。

 仮に私が滅ぼされたところで、こいつは自ら死ぬ選択を止めることは無い」

 

 何故だ、何故キニスはあんなヤツの命令に従う!?

 ワイズマンには、人を洗脳する能力でもあったのか!?

 自分の知らないワイズマンの力に戸惑う彼だが、それは違っていた。

 

「何故か、気になるのか?」

「…………!」

「図星か、いいだろう、教えてやろう。

 キニスが私の命令を遵守する理由は簡単だ、それは奴が『パーフェクト・ソルジャー』だからに他ならない」

「なっ!?」 

 

 キニスが───PS!?

 信じられないというキリコの顔を見て、ワイズマンは心なしか笑ったような顔をする。

 

「キニス・リヴォービアは、神秘部の戦いで廃棄する予定だった。

 だが、万一生き残った場合への備えが必要だったのだ」

「それが、PSか!?」

「そう、いざという時は私の制御下に置き、様々な方法でお前を揺さぶる事ができるように。

 戦わせる方法を考慮した場合、PS化の処置は必要だった」

 

 キニスのPS化は、いささか大変だったと、ワイズマンは語る。

 彼を意図的に事故に合わせ、入院。

 その際手駒に置いた医者達を使い、PS化の処置を施した。

 

 それは今までのPS技術の総決算。

 ギルガメス系の生体技術を中心に、脳を改造。

 更にバララント系の機械技術を発展させた、ナノマシンによる身体強化。

 最後にネクスタントの補助脳を応用した、精神のコントロール。

 

 ヂヂリウムの必要と言った欠陥は、依然として残っていた。

 だがこの問題は、新たな知識である『魔術』によって、解消することができた。

 結果生まれたのが、後天的かつ、欠陥も持たない、完全なる兵士。

 パーフェクト・ソルジャー、キニスの誕生であった。

 

「クィディッチの時奴が見せた凶暴性、あれこそPSの持つ闘争心の表れに他ならない」

「…………」

 

 俺は、どうすればいい?

 勝てない相手を前にしただけでなく、親友の命を盾に取られ。

 キリコは長い間生きてきて、初めて神を殺した時以上の混乱に襲われていた。

 此処で誘惑を無視して、鉛玉をぶち込める精神を、彼は本来持っている。

 だがこの状況において、そんな選択を取れるほど、キリコは特段強くはない。

 

「さあ、どうするキリコ」

 

 いや……そうではない。

 キリコはそこまで強くはないのだ。

 ただ誰よりも糞真面目で、優しく、繊細。

 それ故に、中々折れなかっただけなのだ。

 

「……お、俺は……」

 

 代行者にもなれない、親友の命を無視できない。

 運命の歯車に挟まれたキリコの精神は、軋みを鳴らし、今まさに折れようとしていた。

 

 ……だが、運命を。

 神如きが御しきれると。

 誰が、思っていたのか。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

「──────!!」

 

 上空から降って来た何かによって、キニスが真っ二つに切り裂かれた。

 唖然とするキリコ、ワイズマン。

 血の雨を降らせるキニスを背後に、そいつが振り返る。

 

「イプシ……ロン……!?」

「手紙の通り、再会の時は来た」

 

 キリコはどう反応すればいいか分からなかった。

 迷いをぶった切った彼に感謝すれば良いのか、それともキニスを殺した彼に怒れば良いのか。

 

「らしくもないなキリコ、そんな誘惑に戸惑う男とは思わなかったぞ」

 

 呆れたように呟くイプシロンに向けて、静かな怒りを滲ませる神が迫る。

 

「誰かと思えば、ロッチナの転生に引き摺られたPSか」

「お前がワイズマンか、ずっと会いたいと思っていたぞ」

 

 エディアの仮面はもうない、剥き出しの表情には、般若の面が張り付いている。

 

「愚かな、私に利用されるだけのPS風情が、敵うと思っているのか」

「…………」

「だが神罰は与えなくてはならない、キリコへの誘惑を破壊した罪は重い」

 

 レグジオネータが、生身のイプシロンに向けて手を構える。

 しかしイプシロンが気にする様子はなく、燃え盛る目で睨み付けるだけ。

 彼は語る、自らの怒りを。

 

「……例え意図されたものでも、それは誇りだった。

 お前はそれを穢した、あろうことか、キリコとの決着まで!」

「そうだ、それがお前の限界であり、運命なのだ」

「私はお前を許さない、()()()の誇りを穢すものを許しはしない!」

 

 パーフェクト・ソルジャーとして、勝利する事。

 誇りだったそれは良いように利用され、最後は茶番で幕を閉じた。

 彼は怒る、利用された彼の気持ちで。

 

()は貴様を許さない、()を、キリコを傷つけたお前を!」

「……何を言っている?」

 

 何だ、何だこの違和感は。

 神は再臨以来感じたことのない感情を味わい、動揺していく。

 

「例えそれが仮初だったしても、イプシロンの無念は、晴らさなくてはならない!」

「貴様は……まさか!?」

 

 エディアが、自らの顔を握る。

 彼等は、神に宣戦布告する。

 

「僕達は貴様を絶対に許したりなんかしない! してなるものか!」

 

 握った手を引っ張り、イプシロンの顔が、髪が引き千切れる。

 そこに居たのはイプシロンではない。

 エディアでもない。

 そう、彼は───

 

「キ……ニ……ス……!?」

「待たせてゴメンね、キリコ」

 

(何故? どうして?

 湧き出てやまない疑問の数々。

 神を探している時も感じてきた感情が、俺の中で溢れる。

 しかし致命的な差がそこにはあった。

 この気持ちは、決して悪いものではない)




暗闇から飛来する鉄穂が、賢者の目が仕組んだ(かいら)が、今重く厚い過去のベールを引き剥がす。
その後に語られる夥しい施術。
その後に明かされる、忌まわしい記憶。
憎悪と殺意の人間兵器、パーフェクト・ソルジャーの、彼は孤影。
細かく濃密な電子の網で、やがて赤い溶岩を晒す大地で。
次回、「孤影再び」。
鉄の(けだもの)達の競演が始まる。




はい、予想通り生きていました。
理由は次回です。


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第七十四話 「孤影再び」

今回は2話同時投稿です。
こっちが後半、注意してください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚く程に静かだ。

 此処に居る誰もが、息もせず黙り込んでいる。

 キリコは混乱の極致に居た。

 今の今までイプシロンだと思っていた奴が、実はキニス、なら先程真っ二つにされたのは誰なんだ。

 

 しかし、不思議とこの混乱は心地悪いものとは思えなかった。

 目の前に居るイプシロンを騙っていた男こそが、本物のキニスなのだと、朧気ながらに確信する。

 長いこと生きていて培われた、人を見る目がそう教えてくれる。

 

「……何故だ」

 

 ワイズマンは真逆に、最悪な混乱に苦しむ。

 キリコを陥れる為の計略が、何時からか知らない間に崩れていたのだから。

 曲がりなりにも神を名乗るに相応しい頭脳が、この大茶番の仕掛人を導き出す。

 

「ロッチナ、奴は裏切っていたのか!?」

 

 イプシロンもといエディアを雇っていたのはロッチナ、その彼が彼の正体を知らなかった筈がない。

 寧ろ、キニスをイプシロンへと仕立て上げたのも、奴の仕業か。

 馬鹿な、あの男は中立、我々へこんな干渉をする訳がない。

 

「いや、ロッチナさんは裏切ってなどいない。

 キリコ探求を続ける選択肢を取っただけだよ」

 

 世界が消えたらキリコ探求どころじゃないからな。

 キニスは言う、お前はロッチナという男を見誤ったのだと。

 あれは神の目ではなく、探求者なのだと。

 

 

 

 

 逆転時計(タイムターナー)

 それが全ての発端であった。

 

 アーチに落ちた彼の意識は、急速に薄れていった。

 これが、死ぬ感覚なのか?

 あの世とは暗く冷たい場所らしいが、それさえ感じられないことは恐怖でしかない。

 その恐怖もまた、消えていく。

 

 しかし、彼は諦めなかった。

 死ぬまで、地獄まで付き合ってやる。

 そう言った、僕が居なくなったら、キリコは一人になる。

 ダンブルドアから言われたからじゃない、彼の思いはシンプルなもの。

 独りじゃ、悲しすぎる。

 

 打つ手はないのか、逆転時計は燃えてしまったけど、最後まで諦めてなるものか。

 懐を探り、鈍くなった神経に冷たい触感が走る。

 動かしているのか自覚出来ないまま引っ張り出したそれこそ、もう一つの逆転時計だったのだ。

 

 逆転時計の保管庫に落下したキリコに吹っ飛ばされた時、懐に転がり込んでいたもう一つの時計。

 通常の比ではない、一回転で一年飛ばす、禁忌中の禁忌。

 

 キリコの前で燃えたのは、マクゴナガルから借りた授業用の逆転時計だったのだ。

 もうアーチに入ってしまったが、知ったことではない。

 キニスは起動させた、逆転時計を。

 

 結果、転移は成功した。

 こんなことが有り得るのか、アーチに入ったのに助かるなど。

 逆に聞こう、誰か試したことがあるのか?

 アーチに入った後、逆転時計を使う実験を。

 試してもいないのに、不可能と言い切ることこそ不可能。

 あの世を越えるよりも、時を越える力が強かった、これぞ結論であった。

 

 この時、ある偶然が起きた。

 事前に作戦していた故か?

 それともこの作戦を、深く刻み込んでいた故か?

 ダンブルドアを確実に呼ぶ為、五年前に飛ぶという作戦を。

 

 キニスは飛んだ、ダンブルドアが神秘部を訪れていた、あの五年前に。

 ……飛べたのか?

 飛んでもない無茶により、身体中の骨が砕け、筋肉が緩む感覚の中、周りを見渡す。

 

 ───ダンブルドア先生!

 視界の端に見付け、叫ぼうとするも声が出ない。

 そのまま気付かず神秘部から出ていく彼を、絶望しながら見送る。

 

 だが、忘れてはならない。

 ダンブルドアは神秘部で、異能者の予言を聞いた。

 ……この予言を聴いた者が、もう一人居ることに。

 

「……小僧、そこで何をしている?」

「……ル…スケ………さん……?」

 

 コッタ・ルスケを騙るロッチナが、彼に気付いた。

 不法侵入者だろうか、こんな小僧がか?

 放置するのは有り得ないが、かといって闇祓いに突き出すには、事情が複雑そうだ。

 そもそも何故私の名を知ってるのだろうか、彼は不思議に思いつつ、一先ず保護することにした。

 

 キニスはロッチナに、事情を話した。

 この時点でキニスは、彼がどんな人間か知らない。

 キリコの知り合いなら、そう悪い職員じゃない筈だと、予想しただけ。

 それは結果として、最良の選択になる。

 

 ───稲妻みたいなのに打たれ、アーチに落っこちた。

 目の前の小僧を殺そうとしたのがワイズマンだと気付くのに、時間は掛からなかった。

 それと同時に、自分が転生したのも神の狙いだと気付く。

 

 キリコの親友という点では興味のある対象だが、其処らに放置しても構わなかった。

 ワイズマンさえ、関わってなければ。

 

 逆転時計を使う時、自分に会ってはならない。

 これは逆転時計において、絶対の法則。

 何人もの魔法使いが、これで自分自身を殺す羽目になった。

 

 ……違う、おかしいとは思わないだろうか。

 自分に会ったからといって、何故殺す必要がある?

 彼等は殺したのではない、消えてしまったのだ。

 

 時空の自己修復を知ってるだろうか、時間軸に起きた矛盾は、多少なら内包されるという考えだ。

 では、同一人物が二人居る矛盾は、どう解消するのか。

 そう、二人とも消してしまえばいい。

 そうすればそれ以上の矛盾は、起こらなくなる。

 

 問題はここからだ、仮にワイズマンが殺す予定だったキニスの生存に気付いたとしよう。

 ワイズマンは世界中に、何千年と影響を与え続けてきた。

 それほどの存在が、タイム・パラドックスに巻き込まれた場合、影響はキニス同士の消滅では済まない。

 

 自己修復能力の限界を越え、致命的矛盾は覆せなくなる。

 因果率の歪みは全てに等しく降り注ぐだろう。

 世界は崩壊する、時空諸とも。

 

 これはロッチナの可能性論に過ぎない、しかし予測が当たってしまった場合、取り返しがつかなくなる。

 それだけは避けなくてはならない、世界の命運なぞどうでもいいが、キリコを追えなくなることだけは、御免被る。

 

 今此処で彼を殺す選択もない、キリコを敵に回すことの危険さを彼は誰よりも知っていた。

 さりとて相手は神、半端な方法では隠しきれない。

 なら……隠さなければいいのだ。

 

 ロッチナはキニスに、キニスを止めろと言った。

 イプシロンのドッペルゲンガーになること、それが唯一の手だと。

 この世界の人間では、データを取られればバレてしまうからこそ。

 ワイズマン自身が知っていて、ロッチナも知っている人間だからこそ、彼を選んだ。

 

 当然キニスは戸惑ったが……彼はそれを承諾した。

 全てを知った時点で決めていた、ワイズマンを許しはしないと。

 自分を殺そうとしたのもそうだが、最も許せなかったのは、未だにキリコを苦しめようとしていること。

 何としても一泡吹かせてやる……奇しくもキリコと似た思いを抱いて。

 

 魔法による洗脳、精神手術(サイコセラピー)

 ロッチナ自身が持つイプシロンの記憶を元に、仮想人格を埋め込んでいく。

 PSとしての戦闘能力を再現する為、幻影編(ファントアラング)によってアストラギウスでの戦いを刷り込ませる。

 

 何時培ったのか、SASとのパイプを使い、イプシロンの変装マスクを製作。

 更に魔法でマスクを動かすことで、違和感を無くす。

 偶然にもワイズマンが、キニスをPSとして改造していたこともあり、訓練の結果PSの力を覚醒させる事に成功。

 そうしてキニスは、イプシロンのドッペルゲンガーと化した。

 

 ワイズマンは完全に騙された、性格、戦闘能力共にイプシロンそのものだったのもある。

 何よりロッチナが自分を騙すなど……考えてもみなかったのだ。

 

 キリコに二度襲いかかったこと、その全ては自分がイプシロンだと印象付ける為。

 殺意がなく、闘志しかなくて当然……彼はキニスなのだから。

 

 

 

 

「さっきの僕は、魔法か何かで培養した肉塊に過ぎないのだろう」

 

 全てを語ったキニスは、二人分の怒りをたぎらせる。

 

「僕の中のイプシロンは所詮偽物だ、だが私は感じてきた、貴様への怒りを」

 

 人が他人そのものに成りきることなどできはしない、だが、その思いを感じることはできる。

 キニスの怒りは、間違いなくイプシロンの怒りそのもの。

 

「これも、何かの縁だろう。

 私に代わり、僕がその怨念を晴らす!」

「……だからなんだ、たかがPS一人増えただけで、レグジオネータは滅ぼせぬ」

 

 落ち着いてるようには全く見えない、どう見ても怒り狂っている。

 所詮紛い物の神か、侮辱しながらキニスはストライクドッグを呼び出し、稲妻を避け、キリコの隣に立つ。

 

「……キリコ、その……」

「後でだ……!」

 

 あいも変わらず無頓着に言い切るキリコに、キニスは思わず笑ってしまう。

 当のキリコも、実は少し笑っていた。

 次の瞬間、ニワトコの力により、ATがその姿を変える。

 

 何を撃ち込んでも効果がないなら、多くの装備は要らない。

 ヘビィマシンガンを装備しただけの、最もシンプルなターボカスタムへ換装する。

 

「策はあるのか」

 

 仮にもPS、何も考えず此処に来た訳ではないだろう。

 何かしらの打開策を持ってきているに違いない。

 当然だ、とキニスは応える。

 具体的にどんな方法なんだ……と聞こうとするが、神はそれを許さない。

 

「神の裁きを受けるがいい」

 

 50mもの距離が一瞬で縮められ、クレーターを作る拳が突き出される。

 紙一重でかわしたコックピットの中を、ハリケーンに迫る風圧が突き抜けた。

 頭を激しく揺さぶられ意識が飛びかけるが、遺伝子単位で組み込まれた戦闘プログラムが、無意識の内にATを突き動かす。

 無意識が捕えていたのは次なる裁き、左右に突き出された両手から、鋼鉄をも融解させる稲妻が迸る。

 

 此処でキリコは稲妻を掻い潜りながら、敢えてワイズマンに迫って行く。

 当然ワイズマンの注意はスコープドッグへ向けられる、わざわざ射程に入るとは、無駄な足掻きを。

 収縮された稲妻が、無限に伸びる光の剣となって、振り下ろされた。

 

 壁も地面も、大陸さえも突き抜けて、イギリスの大地を両断する。

 キリコは悪霊の炎とプロテゴ・マキシマを使い、僅かだが威力を減衰させた後に、緊急離脱。

 減衰させたのは正解だった、させていないエリアは融解どころか、気化していたからだ。

 そして振り下ろし切った時、剣に合わせる様に、上から奇襲する影にワイズマンは気付く。

 

「そこだっ!」

 

 影から戻ったストライクドッグのクローが、正面装甲に突き立てられる。

 これがキニスの狙い、どんなに分厚い装甲だろうと、極端な一点特化を食らわせれば穴は空く筈だ!

 しかし、神の乗る玉座故か、傷も何も付きはしない。

 

「無駄なことを」

「まずっ───」

 

 キニスへ向かって、剣が振り上げられようとした時。

 

アクシオ(来い)・ストライクドッグ」

 

 引き寄せられることで間一髪逃げ切るキニス、剣は虚空を切り裂いただけ。

 だが状況は全く変わっていない、一点特化という策も無駄だと分かっただけである。

 

「まだだ!」

「…………!」

 

 だとしても彼等は止まらない、ヘビィマシンガンとソリッドシューターの嵐が神を飲み込んでいく。

 レグジオネータが手を翳し、指先から幾万もの光線が迸る。

 気付けばもう、全ての弾丸が迎撃されてしまっていた。

 

 4000年分のデータを蓄積できるコンピューターにとって、たかが数百発の弾丸の軌道を予測し迎撃することなど、赤子の手をひねる様なもの。

 ある種のイージスシステムに近い機能を持つワイズマンに、牽制などは効かないのだ。

 

 対するキリコ達はあくまで生身、絶え間なく降り注ぐ即死の光は、間違いなく体力も集中力も削り取っていた。

 それでも尚諦めず、彼等は猛攻を仕掛ける。

 キニスが再び影になり、クローを突き立てるチャンスを図る。

 ワイズマンは魔力反応から瞬時に居場所を見抜き、残象ができる程の速度で殴り掛かる。

 

「……来い!」

 

 だが突如、背後から組み付かれたもう一機のATに阻まれる。

 キニスが話していた隙に拵えた、装甲起兵の内の一体だ。

 更に起爆呪文によって、爆破。

 少なからず衝撃を与え、コンマ数秒の隙が生まれる。

 この隙にもう一撃を加えようと、キニスがクローを構えた。

 

「小賢しい」

「ぐぅっ!?」

「……何だ!?」

 

 レグジオネータが身構えた途端、全身からプラズマが迸り、爆風もストライクドッグも吹き飛ばしてしまう。

 バリアまであるのか!?

 無茶苦茶な性能に驚嘆しながらも、このチャンスを逃すことはできないとキリコは突っ込む。

 ストライクドッグに向かって。

 

「うっ……りゃあああ!」

 

 ターボ付きのアームパンチで思いっ切り殴られたストライクドッグは、照らし合わせたかのようにローラーダッシュを回転させる。

 二機分の出力がプラズマの障壁を一瞬だが突破させ、クローが正面装甲に叩き込まれる。

 ……が、無傷。

 再び展開されたプラズマによって、離れた壁まで吹き飛ばされる二機。

 しかも代償に、ストライクドッグのクローは跡形もなく消えてしまった。

 これではもう、一点特化の攻撃はできない。

 

「再生の間など与えぬ」

「固すぎる……!」

 

 異能生存体とPSが揃ったとしても、やはり神に勝つことはできなかった。

 唯一の策すら失い、二人は途方にくれながら逃げ惑う。

 しかしこの、お世辞にも広いとは言えない空間に、逃げる場所などない。

 暴れ狂う神の力が、神殿を蹂躙していく。

 

「そろそろ終わりにしよう」

 

 死刑宣告と共に、レグジオネータがバリア代わりのプラズマを展開させた。

 いやもはやバリアなどではない、徐々にプラズマの範囲も威力も広がって行く。

 地面どころか空気までプラズマ化し、消滅していく。

 まさに極小規模で起こる、太陽の膨張現象である。

 逃げ場のない此処では、この攻撃を躱す道はない。

 残った道は、怯えながら死ぬのを待つか、発狂して死にに行くかの二本だけ。

 

 彼等は迷わず後者を選んだ、しかし発狂していないという一点だけが違っていた。

 キリコは、キニスを盾にした。

 放射線状に広がって行くプラズマはストライクドッグの盾のお蔭で、スコープドッグまでは届かない。

 PR液が誘爆する危険性さえも賭けて、突っ込んで行く。

 

 だが代わりにストライクドッグ、キニスは正気を失う程の激痛に苛まれる。

 彼は歯を食いしばりながら高熱に耐え、更にワイズマンへと接近していく。

 していくが、遂に二機とも足がやられ、一歩も動けなくなってしまった。

 

「愚かな、長く苦しむ道を選ぶとは」

「へへへ……」

 

 激痛の中、キニスは笑う。

 何が可笑しい? とワイズマンは問いかけた。

 

「やっぱ貴様はプログラムだ……魔法を掛けただけの……変装マスクといい、そんなん……だから、騙されるのだ……」

 

 魔法にも化学にも精通していると言えば聞こえはいい。

 その実態は、特定のパターンの組み合わせしかできないだけの存在。

 1か0か、所詮情報集積装置に過ぎないワイズマンの限界は、そこにある。

 レグジオネータは確かに強い、通常攻撃も、魔法も効かないのだから。

 だが戦場での戦い方が、『効かないから勝てる』の一つである筈がないのだ。

 

「やり方が単純過ぎるんだよ! 貴様は!」

 

 キニスが、キリコが消えた!?

 そう思った時には既に、レグジオネータは動けなくなっていた。

 超短距離の『姿くらまし』で背後まで回り込んだストライクドッグが、レグジオネータに組み付く。

 例え『効かなく』ても、『殺し方』は幾らでもある!

 プラズマの障壁など、ワープすればどうということはない!

 

 同じく『付き添い姿くらまし』でワープしたキリコが、レグジオネータの正面に立つ。

 武装換装により、新たな装備を携えて。

 一点特化の、武器を構えて。

 

「それは……!」

 

 何の因果か。

 ワイズマンを追放したクエント人。

 彼等の愛用するATの代名詞。

 かつて何処かで、レグジオネータを宇宙の彼方まで追放した一撃。

 アームパンチが壊れた時用に……その程度の気持ちで持ちこんでいた武器が、撃ち込まれる。

 ニワトコの杖の力で、出力を限界以上に上げて。

 異能者として力が、ATの重量の全てを、一点に集めて。

 

 『パイルバンカー』の一撃がレグジオネータをぶち抜いた。

 

 ───馬鹿な、貫ける装甲ではない。

 ワイズマンの演算回路が、この奇跡の理論を導き出す。

 そうか、一点特化とはそういうことか。

 

 キリコとキニスは何も考えず、攻撃し続けたのではない。

 マイクロ単位のズレもなく、完全に同じ場所に、一点特化の一撃を撃ち込み続けたのだ。

 僅かだが確かな罅が、最後の一撃で砕けたのである。

 

 しかしレグジオネータ自体は健在、穴が一つ空いただけ。

 PR液が少し漏れ出している程度、キリコはそこに勝機を見出した。

 穴に向かってスコープドッグの手を突っ込んだと同時に、ATから脱出。

 

 ───あいつは確かに強いが、それは皮の話だ。

 中の電子機器は?

 マッスルシリンダーは?

 何より、PR液は、その特性を失っているのか?

 

 キリコは自らのATを自爆させた。

 スコープドッグの中を循環していたPR液が誘爆、突っ込んでいた腕を伝い、導火線のようにレグジオネータの内部のPR液まで誘爆へと巻き込む。

 全身に隈なく張り巡らされたPR液の爆発により、レグジオネータの内部は完全に破壊された。

 装甲はまだ生きているが、動く為のマッスルシリンダーを失った以上、身動き一つとれない。

 

「やったか!?」

 

 全身から煙を出すレグジオネータを前に、キニスが火傷で爛れた顔半分を押えて叫ぶ。

 

「まさか破壊されるとは、だが無駄だ」

「───ッ!」

 

 ワイズマン自身は平然としながら、コックピットから現れる。

 駄目なのか!

 四つの賢者の石と666個の分霊箱による不死性は、伊達ではない。

 突如再展開されたバリアに二人は、再び壁まで叩き付けられる。

 そう、破壊されたのは電子機器や人工筋肉だけ。

 武装などはまだ、使用可能なのだ。

 

 今度こそ完全蒸発したストライクドッグから投げ飛ばされ、床を転がるキニス。

 ATという緩衝材を失ったキリコはバリアと激突の衝撃をモロに受け、意識を朦朧とさせながら壁に寄りかかる。

 

「武器は使えるか、だが動けないデクに乗っていても仕様がない」

 

 地面に降り立ったワイズマンは、キリコに向かって歩み寄る。

 得体の知れない危機感を感じた彼は逃げようとするが、空気がプラズマ化したことによる低酸素状態に加え、激突の衝撃による軽い脳震盪で動けない。

 小鹿のように、足をガタガタ震えさせるのが精一杯。

 

「キリコ、私はお前を殺しはしない」

「…………」

「ただ自分を見失うだけだ、私に取り込まれることによって」

「……な……に?」

 

 キリコを代行者にしようとした彼等の予備のプランとは、自分自身が異能生存体になることだった。

 

「私は言わば多くの魂の群体だ、そこに個の概念はない。

 この中にお前が取り込まれれば、膨大な人格の中で自分自身を観測できなくなる。

 しかし死んだ訳ではない、肉体的には生きている、精神が崩壊した訳でもなく、自分を見失うだけだ」

 

 屁理屈だ、死んだも同然ではないか。

 だが、異能が発動してくれる保障が何処にある?

 

「お前は自分を失いながらも、私に異能の力を与え生き続けるのだ、私の中で」

 

 キリコは必死だった、死にたくないという思いよりも遥かに恐れていた。

 自分の意志で生きることも叶わず、死ぬこともできない。

 地獄だ、今まで生きてきて間違いなく最大最悪の地獄と断言できる。

 

「キリ……コ……!」

 

 キニスが助けに行こうと駆け寄るが、いつの間にか張られていた結界のせいで近づけない。

 もう、逃げれない。

 

「これが罰だ、私の寵愛を拒んだ罪を償うがいい……私の中で」

「止めろ……!」

 

 キリコの頭をワイズマンが掴み、魂の海の中へキリコが溶けて行く。

 ワイズマンが異能生存体となり、キリコは永遠に海の中を沈んで行く。

 誰もがそう思ったその時、誰もが予想だにしなかった乱入者の刃が、ワイズマンを貫いた。

 ……キリコの体内から。

 

「───ッ!?」

 

 キリコの胸から延びた、槍状の悪霊の炎が、ワイズマンの胸を貫く。

 彼は唖然としていた、自分の胸から人の手が生えるという異常事態に。

 

「……ぐ……石の一つが……!」

 

 キリコの胸から伸びた悪霊の炎を纏う腕は、そのままワイズマンを貫き、彼等の背に降り立つ。

 一体何が起こったのか、賢者の石の一つを抉り出されたワイズマンが振り向く。

 

「……これは分かり切っていたことだ」

 

 手の中で賢者の石を転がす、何者かが不敵に笑う。

 

「異能の逆鱗に触れず不死性を獲得するなら、貴様の群体という特性を利用するのが最も手っ取り早い。

 だからキリコを移動鍵(ポートキー)化させたのだ、『ワイズマンがキリコに接触する』という、限定的な条件のやつをな。

 俺様に予言を与えたのが仇になったな、ワイズマン……」

 

 ダンブルドアの墓で行われた戦いの時、津波を防ぐ為に石化したキリコに打ち込まれていた、二発の呪文の内の一つがこれだった。

 予期せぬ乱入者は吼える、何もかも貴様の思い通りにはいかぬのだと。

 キニスがその名を呼ぶ、死の飛翔の忌み名を。

 

「ヴォルデモート!?」

 

 不敵に笑う彼に、石を奪われたワイズマンが問う。

 ……だから何だと。

 私は666個の分霊箱を保有している、石一つ奪った程度で意味はないと。

 

「ああ、羨ましいぞ、神よ、貴方は魂の群体故に、分霊箱の危険性を恐れぬのだから」

 

 実際そうだろう、不死の代わりに様々な危険を齎す分霊箱。

 それをノーリスクで使えるなんて、理不尽極まっている。

 当人にとっては、何よりも楽で効率的な、不死への至り方だ。

 

「しかし俺様は信じておりました、貴方が必ず分霊箱によって不死になっていると。

 貴方はコンピューター、効率を追求して不死になるなら、分霊箱以外に最効率は無いと」

「何が言いたい、トム・リドルよ」

「……分霊箱の破壊方法は一つではない」

 

 悔い改める事こそが、もう一つの方法。

 人を殺めた事を悔い、二度としないと後悔する。

 そうすれば激痛を代償に、バラバラになった魂は帰ってくる。

 

 だが分霊箱を作るような人間が、後悔するだろうか?

 しない、ヴォルデモートが最たる例だろう。

 

「後悔すれば魂は戻る、俺様は違うが……貴様はどうかな?」

「私が不死を後悔している筈がなかろう」

「……そうだろうな、大多数のお前はそうだろう。

 言った筈だ、お前は魂の群体だと」

「───お前はまさか!」

 

 ワイズマンもまた後悔はしていない、神はそんな些細なことは気にしない。

 しかし、全員後悔していないのだろうか。

 ワイズマンを構成する異能者達は、全員人殺しを気にしない悪逆非道の者だけだったのか。

 4000年もの時が経ち、たったの一つの後悔も無い人間が一人も居ないのだろうか。

 

 もし居たら。

 後悔する一人の意志が、前面に出たら。

 一人の後悔が、総体であるワイズマンに等しく降り注いだら。

 

「不死になったことを後悔する奴が、一人も居ないことを願うがいい!」

「止め───」

 

 狙いに気付いたワイズマンが止めに掛かるが、既に遅い。

 杖が分霊箱たる、賢者の石へと向けられる。

 神の過ちは、闇の帝王に自身の情報を与え過ぎたこと。

 ヴォルデモートがやるべきといった二つの内の一つこそ、この神殺しの呪文の完成だったのだ!

 

エネルベート・エンティア(意志よ目覚めよ)!」

 

 賢者の石に当たった覚醒の光が、分霊箱越しにワイズマンに眠る全ての魂へと影響を与える。

 余りのエネルギーの奔流に、彼の持っていた石が砕けて行く。

 そして光の一つが、後悔する魂を捉えた。

 

「─────────!!!!」

 

 声に鳴らない絶叫と共に、ワイズマンが光出す。

 いや、地球そのものが輝いて行く。

 千切れていた魂が、光を発しながらあるべき場所へと返って行く。

 地響きが、轟音が、閃光が無造作に放たれる。

 

「……ヤツは」

 

 全てが収まった時、ワイズマンはただ佇んでいた。

 不敵に、何かを言うこともなく。

 誰しもが理解している、これは嵐の前の静けさに過ぎないと。

 666個全ての分霊箱が破壊された、神を僭称する怪物が口を開く。

 

「……私はお前を、軽んじて居たようだ」

「違うな……俺様は許せないだけだ、魔法族の誇りも、その始祖であるサラザール・スリザリンの遺体すら弄ぶ貴様が!」

「今の私は、三つの賢者の石で維持される死体に過ぎないということか」

 

 分霊箱化の儀式は簡単にできるものではなく、手順を踏まなければ製作できない。

 即ち、残る三つを破壊すれば、神は死ぬ。

 にも関わらず、神の余裕は崩れない。

 

「……遊びは終わりにしなくてはならないようだ」

 

 ワイズマンが手を翳した瞬間、凄まじい地鳴りが辺りを包む。

 何が起きる。

 次の瞬間、凄まじい現象が起きた。

 地盤が隆起し、遥か地下に封印されていたワイズマンの神殿が地上へ顕現し出したのだ。

 

 大地を押しのけ、地盤を粉砕し、大地震が世界を鳴らす。

 ひび割れ裂けるホグワーツの大地に、何人もの人間が呑み込まれていく。

 キリコもキニスもヴォルデモートも、一瞬の内に神殿ごと地上へ放り出された。

 

「ワイズマンは何処に行った!?」

「……上だ」

 

 瓦礫でもみくちゃになりながら、上を見る。

 そこには、杖も箒もなしで、大空を飛翔するワイズマンの姿。

 血みどろで闘うマグルも魔法使いも、ただ事ではない光景に唖然とする。

 

 ぴちゃぴちゃと、小雨が降り始めた時、神は言った。

 

「トム・リドルよ、貴様には報いを受けて貰う」

「報いだと? 何をしようが……!?」

 

 突然ヴォルデモートが、胸を抱え崩れ落ちる。

 彼はまさかと思った、この感覚に覚えがあり、最悪の事態を意味していたからだ。

 

「今この瞬間、お前の残る分霊箱であるナギニとハリー・ポッターは死んだ」

「「!?」」

「ポッターが……分霊箱……!?」

 

 この瞬間に知った真実に、驚愕する暇もなかった。

 何故なら、今ナギニとハリーを殺した裁きは、全員に等しく降り注いでいるのだから。

 

 雨粒が当たった人が、死んでいく。

 雨が激しくなるに連れ、死人は増えて行く。

 信じられない。

 信じてたまるか。

 ───この雨粒一つ一つが、全て死の呪いだなどと。

 

「これが神の力だ……」

 

(キニスの生存、ワイズマンの不死の破滅。

 全てを殺して押し流す、死の呪いの豪雨。

 誰一人として区別なくその姿に限っては、まさに神と呼ぶに相応しい光景だった)




宇宙でたった一人その宿命を持つ男達が、座標を定めて走り始めた。
生き残った男の子、大賢者、異能生存体。
ヴォルデモート、ラグナロク、ワイズマンの完全終結。
絡み合う歯車が、舞台を終わりへと収束させる。
全てを此処で。
次回「乱雲」。
もう止められる者はいない。




 分霊箱には、原作の時点で『悔い改めると、激痛と共に、引き裂かれた魂が還ってくる』という設定があります。
 まあ普通そんなヤツが悔い改める筈が無いので、余り意味がありません。
 しかし複数人の魂の集合体であるワイズマンならば、一つぐらい後悔する魂がある可能性が……悔い改めている可能性がありました。
 ちなみにワイズマン自身も、分霊箱のこの特性については知っていましたが、人間が自身の細胞の意志を自覚出来ない様に、後悔している魂があるとは気付いていませんでした。
 電子基板の引き出死が無いかと思ったら、魂の引き出死だったってオチですね。

 ……けど、いやはや、本当に、()()()悔いてる魂があって良かったですね。


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第七十五話 「乱雲」

 やっと……最終回まで書き終えた。
 という訳で今日から、毎日投稿で一気にクライマックスまで転げ落ちて行こうと思います。


 神とは何だろうか。

 白痴、全能、神秘。

 様々な在り方が在るが、力のあるモノを神と呼ぶならば、ワイズマンは間違いなく神だった。

 

 吹き荒れる嵐と打ち付ける雨粒、一つ一つ全てが死の呪い。

 屋外に居た者達は次々と死んで行き、戦いで野晒しになった屋内にも水が入り込む。

 水溜まりを踏んだだけでも死ぬ、何の冗談か。

 

 こんな状況の中でポッターを助け出す事が出来た我輩は、相当な幸運なのだろう。

 ハリーを抱えるスネイプは、誰と知れず感謝した。

 

 マルフォイと同じく裁かれるであろうルシウスを比較的安全な場所に隠した後、スネイプはハリーを探した。

 あちこちを彷徨った末、野晒しになった必要の部屋で、レイブンクローの髪飾りを破壊したハリーとハーマイオニーを発見。

 

 その直後、死の呪いの雨がハリーを殺した。

 何が起きたのか全く理解出来なかったが、これが危険な物だとは分かった。

 彼は飛び出し、ハリーを抱え雨の当たらない屋内へと逃げ込んだのである。

 その際グレンジャーを突き飛ばし、ついでに屋根の下へ放り込んでおいた。

 

 ハリーの生死を確認した所、何とか生きていることが分かり安堵する。

 ダンブルドアの見立ては当たっていた様だ……ヴォルデモートがポッターの分霊箱になっているという推測は。

 ヴォルデモートは復活する際、ハリーの血を使った。

 結果血の中に在る魂や、リリーの護り諸共取り込んでしまったのである。

 結果、疑似的なハリーの分霊箱になっていたのだ。

 ヴォルデモートが生きる限り……ハリーは死なない。

 

 この調子だと、恐らくポッターの中の魂は破壊されているのだろう。

 次死んで生き残れる保証は、限りなく低い。

 我が君は間違いなく、このチャンスを狙ってくる。

 スネイプはハリーの懐から透明マントを取り出し、ハリーに被せる。

 

 ずっと、考えてきた。

 キリコ・キュービィーの在り方を、考えてきた。

 フィアナの願いの為に生きている、その願いは間違いなくフィアナの願いだ。

 どこまででもフィアナの為に、その在り方はリリーの為に生きる我輩と変わらない様に見える。

 

 見えるが、致命的に違う点があった。

 罪悪感、贖罪。

 リリーを殺めてしまった事への罪悪感と償いが、我輩の根源。

 そんな思いを持たず、純粋にフィアナの願いを叶えようとするキリコとは違う。

 

 気付いていた、我輩のは所詮自己満足でしかない事に。

 償いという新しい傷で、罪悪の痛みを誤魔化すだけ。

 どれ程傷付いたとて、彼女がどう感じるかなど分からないのだ。

 

 そう……分からない、彼女が何を願っていたのか。

 直接聞き届けた奴と違い、我輩は分からないのだ。

 我輩に何を願っていたのか、いや、何も願っては居ないのだろう。

 穢れた血と罵倒した我輩に願う事など、あってはならない。

 だからこうして、ジェームズ似の忌々しいポッターの子守をしているのだ。

 それしか、彼女の願いを知らないのだから。

 

 だが、このままで良いのかとも思う。

 我輩はリリーを愛している。

 彼女に捧げる思いが、単なる自己満足で良いのだろうか。

 こんなので本当に、彼女を愛していると言えるのか。

 彼女が本当に喜んでくれるのは、何なのか。

 

 だからこそ、考えてきたのだ。

 キリコのように、真にリリーを愛していると、どうすれば証明できるか。

 リリーの願いは何だ。

 ポッターを守る事だと考えてきた。

 命乞いまでして自身の息子を守ろうとした、彼女の気高さが、その証。

 

 考え続けている時に、ふと脳裏に浮かんだ光景があった。

 それは、不死鳥の騎士団の集合写真。

 偶々目にした写真に写っていた光景、その時は見て見ぬ振りをした。

 耐えられなかったのだ……ジェームズと並ぶリリーの姿を見るのが。

 

 何故なら、笑っていたからだ。

 既に子を宿していたお腹を、愛おしそうに摩りながら。

 辛かった、憎んだ、嫉妬した。

 どうしてこの笑顔が、僕に向けられないのか。

 

 ……嫉妬、か。

 罪の意識に縛られて、忘れ掛けてた事を思い出す。

 彼女の聡明さに惹かれた、教えた魔法の知識をどんどん吸収していくのは、本当に楽しかった。

 明るさにも惹かれた、散々だった家庭の中で、彼女との時間だけが色咲いていた。

 偏見の無さも良かった、あっさり僕を受け入れてくれた事は、本当に嬉しかった。

 

 何より、笑顔が素敵だった。

 あの笑顔に、僕は何より惹かれていた。

 ……そうだ、この笑顔を見ていたいと思っていた。

 あのジェームズと並んでいた笑顔ですら、どうしようもなく素敵に写っていたのだ。

 

 けれどそれはもう、叶わない願い。

 なら、どうする。

 漸く気付いた、リリーが本当に喜ぶのは何なのか。

 彼女が笑顔で居られ続けるのは、何なのか。

 

 お腹を摩るリリーの笑顔が、答えだった。

 だから、命乞いまでしたのだ。

 ハリー・ポッター、奴こそがリリーの笑顔の……答え。

 息子の成長を見守り、幸福を喜ぶ。

 

 答えは、単純だった。

 単純過ぎて笑えて来る。

 ふざけるなよロッチナめ、結局やることは変わらないではないか。

 あのアドバイスは嫌がらせだったのではないか、いっそそう思えてくる。

 

 ハリー・ポッターを守る事では無い。

 ハリー・ポッターが死ぬ瞬間まで護り抜く事。

 心底嫌だが、奴が最後まで幸福に生き抜く事。

 それを見届けるまで、護り続ける事。

 これが、これだけが自己満足などではない、笑顔でいてくれる方法。

 真に彼女の為になる、たった一つの道。

 

 ならば、死んでなどいられない。

 ハリーを護る為に死んで、終わりなど認めない。

 最後まで、幸せに死ぬ瞬間までポッターを護り抜かねばならない。

 

「……セブルス、久方だな」

「……ご機嫌はよろしく無いようで」

 

 目の前に、ヴォルデモートが現れる。

 我輩を殺すつもりだろう、既に我輩は裏切り者なのだから。

 その後に、ポッターを殺しにかかるつもりだ。

 

「ああ、実に悪い、うっかりお前を殺してしまう程にはな……だが長い間俺様に貢献してくれたのだ、一つくらいの慈悲はあってもいいだろう」

「…………」

「ポッターの場所を教えろ、そうすれば楽に葬ってやる」

 

 贖罪の意識は残っているが、それよりもリリーの笑顔を護りたい思いの方が強い。

 その為に、護り続けなければならない。

 眼前に居るのが奴の命を狙う者なら、返事は一択。

 

セクタムセンプラ(切り裂け)

「……これが、答えか」

 

 ヴォルデモートを倒す。

 ポッターも我輩も、生き抜かねばならない。

 やることは変わらない筈だが、不思議と力が漲って行く。

 

「何故ポッターを護る? 嫌っている小僧一人を……何故?」

「無論、リリーの息子だからです」

 

 ヴォルデモートが、目を驚愕に染める。

 愛を認めない彼には、理解出来なかった。

 

「帝王よ、ヴォルデモートよ、我輩もポッターも死ぬ訳にはいかぬのです。

 こやつに生きて貰わねば……リリーの笑顔は守れない」

「貴様は言っていただろう、穢れた血の女に、興味は無かったと」

「全てはリリーの為……あの時リリーを殺してから、我輩はずっと貴方の敵でした」

 

 やることは変わらない、ポッターを護ること自体は。

 だが、もう贖罪ではない。

 全てをリリーの為に、愛する者の幸せの為に捧げ抜く。

 セブルス・スネイプは、覚悟を決めた。

 

「これ程の時が経ってもか」

「永久に」

 

 彼は今、キリコと同じ者になった。

 僅かに変えられた運命だが、結末は変わらない。

 しかし、確かに変わった事がある。

 彼は気付く事が出来た、自分自身の本心に。

 それは小さくとも、大きな変化だった。

 

 

*

 

 

 嵐が吹き荒れる、死の呪いを宿す大雨が。

 木も石も人も溶かして洗い流す。

 主戦場は屋外、瞬く間に死体の山が積み重なって行く。

 地獄の中で、二人が動き出す。

 

「やれるかの?」

「フン、伊達に老いては居ない」

 

 二人が杖を、空を覆う暗雲に向けて突き立てる。

 突風が渦を巻き、暗雲を掻き回す。

 死の呪いを撒き散らす雲は、瞬く間に霧散して行った。

 

「ゲラートよ、奴が……」

「ああ、ワイズマンだろうな」

 

 ゲラートは空に浮かぶワイズマンを睨み付ける、目の奥で積年の思いが煮えたぎる。

 遥か昔に諦めていた、神を打倒するチャンスが巡ってくるとは。

 どうやら俺はまだ、運命に見捨てられてはいないらしい。

 

 対するダンブルドアもまた、睨み付ける。

 あやつがワイズマン、何故スリザリンの姿をしているのか分からぬが、関係あるまい。

 儂等の出会いも、青春も、アリアナの死もこやつの仕業だった。

 このまま黙ってはいられない、恩讐に身を焦がすなど忌まわしい行為じゃが、今この時だけは魂を燃やそう。

 

「……あいつは何だ!?」

「殺せ! 人間が空を飛べる筈がない!」

 

 屋内に居た、兵器の中に居たなど、助かったマグルの兵士が動き出す。

 傍から見れば悪逆その物、生身の人間に戦車砲や機関砲、ミサイルや対戦車ライフルを撃ち込んでいるのだから。

 

「!? 効いていないだと!」

「撃ち続けろ! 何れ体力は尽きる!」

 

 ダンブルドアだけが気付いた、ワイズマンの周りにプロテゴが張られている事に。

 それもマキシマを、無言で、幾重にも、杖も無く。

 

「アバタケダブラ!」

「ハハハ! 良い的だ!」

 

 続けて死喰い人が、即死や瀕死を齎す呪いを放つ。

 どんなに呪文を張ろうと、死の呪いの反対呪文は存在しない。

 プロテゴを突き抜け、何発も死が放たれる。

 

「な、なぜ死なない!」

「……そうか、死体に死の呪いが効く訳がない」

 

 理解できない死喰い人を他所に、理解したゲラートが呟く。

 それでも尚、効く効かないに関わらず、死喰い人とマグル軍の攻撃は続く。

 

「……邪魔、だな」

「!」

 

 二人の背中を、悪寒が抉る。

 ただ一言口に出しただけだが、裁判官の死刑宣告よりも避けられぬ死が感じ取れた。

 

「皆逃げるのじゃ!」

 

 生徒に向かって叫ぶ彼だが、もう手遅れだ。

 ワイズマンが初めて、呪文を唱えた。

 

カエルム・プロフォンド(地とは天)

 

 瞬間全ての人が、兵器が、空へ浮かび上がった。

 瓦礫も砂も、何もかもが。

 この現象を正しく理解出来たのはごく少数、彼等は等しく絶句した。

 

 浮かんだのではない、空へ向かって落ちている。

 一切の比喩無し、天地が逆転していた。

 

「何……と……」

「これ程までとは……」

 

 魔法でホグワーツの壁に張り付くダンブルドアとゲラートは、僭称と言えど神と呼ばれる力の一端を思い知る。

 そう、一端に過ぎ無い。

 ワイズマンは崩れなかった建物の中に、逃げ込めた人々に更なる裁きを下す。

 

クイントゥバ(蝗の音)

 

 地平線の彼方が黒く染まり、砂嵐が押し寄せる。

 しかし近づくに連れ、それが嵐で無いと理解する。

 

「イナゴ……!?」

 

 イナゴの群れが億、兆、京、那由他。

 人食いイナゴの大津波が、ホグワーツを包み込んだ。

 

「痛い! 痛いいいい!」

「俺の手がない! 足も!」

「誰か助けてくれれええ!!」

 

 水に落ちた獲物を喰らうピラニア以上に、肉を貪るイナゴの群れ。

 壁に張り付いていた人は手を食われ、大空の彼方へと落下して行く。

 それだけならまだ救いがある、意識を残したまま体の中を食い破られるよりは。

 彼の様に。

 

「逃げろ! ……逃げろ……ドラ……コ……!」

「嫌だ! パパ! パパ!」

 

 屋内へ潜んでいたばかりに、イナゴの大群に包囲されてしまった彼等。

 ルシウスは体を喰われながらも、息子を逃がそうと奮闘する。

 当然認められぬと絶叫するマルフォイだが、父親の呪文によって……何一つ出来ずに、遥か彼方へと飛ばされて行く。

 ドラコは睨み付ける、この惨事を引き起こした神を。

 

 死ぬのはルシウスだけではない。 

 ロドルファス、ラバスタン、ドロホフ、ルックウッド。

 他ホグワーツ陣営500人中300名。

 マグル軍10000人中7000名。

 闇の陣営魔法生物を含み2000人中1800名。

 以上全て、この2分間での犠牲者である。

 そして次の犠牲者が、また一人増えようとしていた。

 

「ネビル!?」

 

 ダンブルドアの目に映ったのは、今まさに天空へ墜落しようとしているネビルであった。

 医務室からの襲撃から運よく助かった彼だが、火傷を殆ど引きずったままであり、遂に気絶。

 一切の抵抗無く、死に向かっている。

 見捨てるか? 所詮はただの子供一人、戦力の足しにもならない。

 否! 子供だからこそ見捨てぬのだ!

 

アクシオ(来い)・ネビル!」

 

 この程度なら杖を使わずとも行使可能、片手間に彼を引き寄せる。

 しかしこの善行が、微かな隙が、最悪の危機を呼ぶ事となった。

 

「やはりお前は危険だ、排除しなければならない」

「何じゃと!?」

 

 彼とネビルの間に、一瞬で現れたワイズマン。

 戦争を望む彼にとって、親マグル派のダンブルドアは邪魔者でしかない。

 今後の邪魔は無くしておこうと、神が迫る。

 だが今度は、彼等の間に三つの影が現れた。

 

「貴様の相手は私だ! ワイズマン!」

「早くネビルを、ダンブルドア先生!」

「……急げ!」

 

 ダンブルドアは驚愕する、キリコとゲラート。

 そしてキニスが現れた事に。

 驚愕を押し留め、ネビルを引き戻し抱え込む。

 

「今お前達に用はないのだ」

 

 神が、突如光りだす。

 全身から、呪文の光が溢れ出す。

 そうか、そうだったのか!

 ゲラートは理解した、何故ワイズマンが杖も無く呪文を使えるのか。

 体だ、サラザール・スリザリンの肉体そのものを杖に見立てているのか!

 魔法の才に溢れた彼の遺体は、ある意味杖の材料には相応しい。

 

 という事は、彼は戦慄する。

 遺体が杖なら、全身の細胞が杖という事。

 人間の細胞は合計37兆個と言われている、即ちワイズマンは37兆個の杖を持っているに等しいのだ。

 

「消えよ」

プロテゴ・マキシマ(最大の防御)!」

 

 三人が使える限り、最大の防御呪文を張る。

 だがワイズマンから放たれた37兆個の攻撃呪文は、何もかもを更地に帰した。

 意識が飛ぶ、体が千切れそうになる。

 全てが意味を持たず、誰もが吹き飛ばされる。

 ダンブルドアもまた、引き寄せたネビルを抱えて守るのが精一杯。

 暗転する意識がぐるりと戻り、天地が在るべき姿へと戻っていた。

 

「……やはり石の一つを失ったのは痛いか、呪文が維持出来ないとは」

 

 ワイズマンが何か言っているが、それどころではない。

 天地が戻ったという事は、今まで落ちて行った物・者が全て落ちて来るという事。

 地上に向けて彗星の如く落下する戦車や戦艦、礫に人。

 一息さえ許さず、ぐちゃぐちゃに潰れて行く。

 まさに最後の審判、三番目のラッパが響き渡っていた。

 痛む体に鞭を打ち、ネビルを安全な場所へ逃がそうとするが、神は何一つ許さない。

 

「しかし人間一人を殺すには十分、お前を排除する」

「むぅ……!」

 

 こんなものか、こんなものなのか。

 大賢者と呼ばれておいて、教え子一人助けられぬのか。

 どうすればいい、ネビルを見捨てられないが、打開策も無し。

 ダンブルドアの脳裏に、走馬燈が走る。

 後悔ばかりの人生だった、一体どうして、この様な結末になってしまったのか。

 死を覚悟する彼だが、裁きの時間は……何時まで待っても来ない。

 

 怒声が聞こえる。

 こんな状況で後悔、舐めた真似をする馬鹿に向かって、叱咤の声が飛ぶ。

 蹴り飛ばす音が示すのは、ネビルが相当乱暴な手段で、安全地帯へ飛ばされたという事実。

 瞼を開けたそこには、体から光を覗かせる、親友の姿が在った。

 

「ゲラー……ト……!?」

「ふざけるなよアルバス……お前は何時もそうだ!」

「まだ立ち塞がるか、お前の役目はとうに終わったのだ」

 

 ワイズマンが光り、全身から呪いを放つ。

 何発も、幾千発も直撃を食らいながら、それでも彼はワイズマンに歯向かう。

 こんな結末は認めない。

 神の好きに等させない。

 何より、そこの馬鹿に言う事が山程在る。

 

「優柔不断で、綺麗事ばかり言い!

 その癖変に効率を求めるから、最悪な事に成る!」

「……ッ!」

 

 リリアナだってそうだ。

 校長になったのもそうだ。

 野望と体裁、欲望と権力。

 どっちも取れず、どちらも離さず。

 結果がこれだ、こいつが指導者になれば、閉塞する魔法界は少しでもマシになったかもしれないのに!

 

「無駄な足掻きを、お前はもう時代に取り残されている」

「がっ……!」

「止めるのじゃ! 儂なんぞを庇う理由など───」

「まだ言うか!? お前に逃げ場は無い……逃げ込む綺麗事は無い!」

 

 瞬く間に千切れて消える体を立たせ、彼は叫ぶ。

 親友として、宿敵として残すべき言葉を。

 あの日言えなかった、真実を。

 

「アリアナを殺したのは俺だ!」

「!!」

「怖かった、お前に責められるのが、たった一人の友を失うのが。

 だから俺はドイツへ逃げて、真実をうやむやにしたのだ!」

 

 ワイズマンに踊らされた末の悲劇だとしても、仕立て上げた演者もまた黒子。

 彼は逃げるのを止めた、そうでなければ叫ぶ資格は無い。

 

「これで……消えた筈だ、お前の後悔は」

「…………」

「アルバス…お前は……ぐぅっ!?」

「これで終わりだ」

 

 思いの他頑丈だったと言いながら、無慈悲な鉄槌を振り下ろす。

 人間如きの戯れに付き合う理由は無いと言い。

 

「させるか……!」

 

 飛び込んで来たキリコの肩を掴み、地面に叩き付ける。

 全身の骨が砕ける衝撃を、キニスが影になって受け止めた。

 

「邪魔は許さない……」

「キリコ……!」

 

 親友が今際の際に残す言葉が、どれ程重いのかは知っている。

 それを邪魔する存在を、キリコは許さない。

 

「……ゲラート!」

 

 キリコが叫ぶ、今の内だと。

 ほんの少しの付き合いだが、感じていた。

 こいつにはこいつなりの、意志がある。

 間違っていたとしても最後の時なのだ、意志は残せずとも伝えさせてやりたい。

 

「……おぬしは」

「……負い目は……なくなったか?」

「……余り」

 

 此処まで来ても後悔する、消し切れぬ善性には呆れるしかない。

 しかしそれこそが、真に指導者に必要な事なのだ。

 より大きな善の為に、されど一線は越えない為の。

 

「フン……やはりな……まあ、それでも良い。

 進めアルバス、俺の様に過去を……自分を恐れるな」

 

 欲に溺れる自分を、権力に振り回される自分を恐れて逃げて居たら、何時までも歩き出せない。

 過去の過ちは繰り返してはならないが、囚われてもならない。

 難しいが……こいつなら、できる筈だ。

 

「……魔法界を救え……アルバス」

「……ああ、親友よ」

「……これでもまだ、言うか……アホが……」

 

 動かなくなったゲラートを見つめる。

 もう、逃げ場は無い。

 儂が逃げれば、魔法界はおろか世界も消えるだろう。

 

 逃げるのは止めだ、親友の為にも。

 彼はそっと目を閉ざし、眠りに就かせ、彼の杖を取る。

 二本の杖を持ち、教え子を殺さんとする怪物に牙を剥く。

 

「……終わったか」

「うむ、いやしかし……おぬし、生きておったのか」

「話は後だよ先生……!」

 

 目覚めた賢者は、遂に真に立ち上がる。

 神は気付く、纏う空気が一変した事に。

 面倒な事になりそうだ、なら自動的に葬り去るとしよう、と天高く腕を掲げる。

 

 変身呪文は物理法則を無視する、ワイズマンはこれを極めていた。

 原子一個からでも、巨大な石像を顕現できる程に。

 バチンと弾ける音と共に、大地が暗黒へと染まる。

 

「これって!?」

「お前の相手はこれに任せるとしよう」

 

 そう言い残し、キリコ達を巻き込み消えるワイズマン。

 取り残されたダンブルドアは、目の前の軍勢と相対する。

 彼の相手は地を、空を覆う、合計1億2000万機のAT、それもオーデルバックラーであった。

 ワイズマンの火器管制能力により、スペックはPS以上の強さを持つネクスタントと同等。

 キリコも只では済まない大軍勢、人間風情が勝てる訳が無い。

 

「……ワイズマンは、あちらの方角か」

 

 しかし友の力を得たダンブルドアの相手では無い。

 無言呪文で位置を特定し、二本の杖を構える。

 

「残念じゃが、おぬしらに構っている暇は無いのじゃ」

 

 燃え上がる炎、吹き上がる荒波。

 ワイズマンは神だろう、だがダンブルドアもまた、今世紀最強の魔法使い。

 オーデルバックラーの持つ絶対の力は、無意味その物。

 彼の周りに浮かぶ火と水を混ぜ合わせた四体の不死鳥が、全てを蒸発させた。 

 そして突撃、一直線に飛翔する不死鳥を、止められる程オーデルバックラーは固く無い。

 融解、誘爆、爆発。

 レッドカーペットの様に続く道の先で、二人と相対するワイズマンが驚愕した。

 ワイズマンは、誰も手が出せない大空へと飛翔する。

 

「……何者も、神には届かない」

 

 ワイズマンが宣言するが、キリコからすれば予想外の抵抗に自身を鼓舞している様にしか聞こえなかった。

 

「二人とも、勝算はあるのかの?」

「……ある、ヤツの不死は三つの『賢者の石』で賄われている」

「それを破壊すれば……です」

「なら、儂はあやつを留めるとしよう!」

 

 ダンブルドアも、箒無しで飛翔した。

 神が目を見開く、彼等は分かっていない、この程度の呪文作ろうと思えば誰だって作れる事を。

 ヴォルデモートが作れて、ダンブルドアが出来ない理由は無い。

 

「儂から行かせて貰うぞ!」

 

 二本の杖を剣の様に振るい、幾つもの呪文が同時かつ、神を覆いながら放たれる。

 

「効かぬ」

「じゃろうな!」

 

 全身に纏った幾重ものプロテゴで弾き返すが、既に放たれた二撃目が迫る。

 今度は糸の様に細くなった悪霊の炎、プロテゴの隙間から死体を焼き、皮膚が飛び散る。

 

「無駄だ」

「まだじゃよ!」

 

 賢者の石により火傷も一瞬で再生、だがダンブルドアは止まらない。

 飛び散った皮膚を変身させ、目視できない程細い槍を突き刺し拘束する。

 

「小賢しい方法を!」

「むぅっ!」

 

 再び全身から炸裂する兆の呪文で、自分の体もダンブルドアも消滅させる。

 槍は消え、体は再生する。

 これで奴は消滅と目の前を見るが、僅かな魔力反応が感知されただけ。

 

「それは偽物じゃよ」

 

 後ろから聞こえる声に向かって呪いを撃つ。

 

「それも偽物じゃ」

「……!」

 

 今度は真上、いや右、下全方位。

 何たる技量か、本来人には掛けられない『双子の呪い』を自分に掛けたのだ。

 十人のダンブルドアが、一斉攻撃を仕掛ける。

 

「やはりその程度だ、そんなものだ!」

 

 お返しか嫌味か、同じ方法で二十人に分裂したワイズマンが攻撃する。

 ダンブルドア達は本物諸共、瞬時に破壊されてしまった。

 辛うじて躱した頬から、血が流れる。

 あと少し遅れて居たら、首が飛んでいた。

 しかし、恐怖に怯んでいる暇は無い。

 

 神と鍔迫り合うダンブルドアだが、やはり押されている。

 時間稼ぎにはなっているが、勝つのは絶対に不可能だ。

 賢者の石を破壊しなければならないが、どうやっても再生速度の方が上回る。

 必要なのは大火力か、防御無視の一撃。

 

「キリコ、何か火力兵装は持っているか?」

「……いや、ロックガンがそうだったが、レグジオネータに破壊されてしまった」

 

 運が悪い、あれがあればまだ勝算は在ったのだが。

 だが泣き言を言っていたらヤツが殺られてしまう、何か考えなければ。

 試案するキリコだが、打開策は見つからない。

 

「……狙撃は出来る?」

 

 キニスが問う、こいつの目には確信が在った。

 神の命を削り得るという、必殺の策が。

 

「……出来なくは無い」

「上等、石は僕に任せるといい」

 

 影に成り何処かへと消えるキニスを見送り、キリコは狙撃銃を手に取る。

 PSとしての力でも、僅かな可能性でも無い。

 ずっと付き合って来た、あいつ自身の力を信じるだけだ。

 懐から取り出すのは、一発の徹甲榴弾。

 弾を装填、ヤツが気付かない場所に潜み、スコープを覗き込む。

 

「力を持たない人間にしては優秀だったが、私には勝てぬ」

「……それが何じゃ!」

 

 稲妻がプロテゴ・マキシマを破壊しダンブルドアの体を貫く。

 痛みに歯を食い縛りながら反撃の刃を放つ。

 幾千万のナイフが鳥の様に奇襲を掛けるが、光が近接防御火器システム(CIWS)のように、ナイフを撃ち落とす。

 瞬く間に追い詰められるダンブルドアがまだ持っているのは、ゲラートから借りた杖による二刀流と、友の意志を託された意地が在るから。

 それも、もう限界である。

 

「勝てぬ、これこそ運命」

 

 勝負を決めに掛かる神が、掌に黒い光球を出現させ放り投げた。

 あれは危険だ……死が肌を焼く前に、ダンブルドアはプロテゴを張りながら急速に離脱する。

 しかし離れようとしても、どんどん黒い光球に向かって引き寄せされて行く。

 ダンブルドアだけでは無い、空気も地上の戦車も人も全員吸い寄せられて潰れていた。

 

「これは呼び寄せ呪文(アクシオ)だ。

 神に掛かれば、これすらブラックホールと同等になるのだ」

 

 粘着呪文でどうにか足場に張り付くキリコが絶句する、どれだけ無茶苦茶なのか。

 何時足場ごと持って行かれてもおかしくない。

 それに、しがみ付く物の無い空中では……!

 

 キリコの予感通り、ダンブルドアは瞬く間に呑み込まれようとしていた。

 必死で抗うが、光すら呑み込む重力の底からは逃れられない。

 だからこそ彼は冷静に勤める、どんな状況でも冷静さを捨てられないのが、彼の欠点であり長所でもある。

 故に見つけた、起死回生の一撃を。

 

「これで最後じゃ!」

 

 ワイズマンの演算回路が出した答えは、自身と同じ引き寄せ呪文。

 成程、ブラックホールへ道連れにするつもりか。

 そんなのが最後の手段とは、当たらなければ効果は無いというのに。

 あっさり躱すワイズマンだが、神は読み違えた。

 ダンブルドアが引き寄せようとしたのは、ワイズマンの背後に居た()だったのだ。

 

「───掴まえたぁ!!」

「キニス・リヴォービア!?」

 

 重力に引き摺られながら、彼は背後で機を伺っていたのだ。

 ダンブルドア、ワイズマン、キニスという並びで引っ張れば、ワイズマンに激突する。

 

「頼む、キリコ!」

 

 そしてキニスが、ワイズマンごと『姿くらまし』をした。

 これが彼の狙い、姿くらましには『バラケ』のリスクが伴う、キニスはこれを逆に利用した。

 ワイズマンの肉体諸共、意図的にバラけたのだ。

 

「!!」

 

 意識が飛ぶ、片腕が消え、足が抉れる。

 何より、心臓が裂けた感覚があった、死の感覚が。

 だが、ワイズマンも同様。

 全身がバラけたことで、内部の『賢者の石』が剥き出しになる。

 

「止……め……ろ……!」

 

 こんな無謀な戦術が成り立ったのは、賢者の石が在ったからだ。

 ワイズマンの命を奪い取ると同時に、発生させた命の水で心臓を再生させる。

 生き残れた安堵と共に、石を握った手を高く掲げた。

 

「一撃で仕留める……!」

 

 破裂音、マズルフラッシュ。

 まさしく吸い込まれるように、徹甲榴弾はキニスの手を、内部の賢者の石を貫いた。

 同時に消滅するブラックホール、落ちて来るダンブルドアとキニスを受け止める。

 

「へへ……ざまあみろ……!」

「喋るな……」

 

 全身から血を流すキニスに、駆け寄ったダンブルドアが応急処置を施す。

 これで一先ずは……と呟いた時。

 

「……なんという事を」

 

 ダメージのショックで墜落したワイズマンが、瓦礫から立ち上がる。

 体の一部が崩れているサマは、再生能力の低下を意味していた。

 信じられない事態に神はふら付きながら、バジリスクの死体へ歩み寄って行く。

 

 何故バジリスクの死体が?

 そうか、ワイズマンの神殿の真上は秘密の部屋だ。

 地面を突き破る神殿に巻き込まれ、地上まで放り出されたのか。

 

「こうなれば、手段は選ばない」

 

 落ちていた無線機から声が聞こえたのは、運が良かったのか悪かったのか。

 終末へ、舞台が向かう。

 人も世界も巻き込んで。

 

『……報告! 核弾頭が、世界中の核弾頭が発射されています! ……目標はホグワーツの模様……』

 

 神がバジリスクの亡骸に手を付き、宣言する。

 もう終わりだ、余興も舞台も、全ては塵と還り閉幕するのだと。

 

 ワイズマンが、バジリスクの中へ溶け込んで行く。

 骨だけだった残骸に肉が付き、目に光が宿る。

 地鳴りと轟音のオーケストラ、主旋律へ移行する様に、指揮者の乗るバジリスクが膨れ上がって行く。

 

「……ウソだろ」

 

 呟いたのは誰か。

 バジリスクが、蘇った。

 それもホグワーツ城に絡みつき、覆い尽くす程の。

 蛇どころでは無い、もはや天を貫く『竜』その物。

 正しく黙示禄に記された、終末の獣に他ならない。

 城へ巻き付く獣の轟音が、七番目のトランペットを吹き鳴らした。

 

(名に偽りのない神の咆哮、裁きの雷と終わりの獣。

 地獄どころか、審判そのものが再現されたかの様だ。

 加速する指揮はもう、誰も纏めてはいない。

 好き勝手に鳴らされる、魔法と銃、楽器の数々。

 俺が吹く銃撃の音は、あの怪物へと届くのだろうか)




誕生以来変わる気もなし、戦乱と誘惑。
神の望みとその歪み。
驕りに満ちた有と空。
加うるもなし、引くもなし。
淡々たる自己複製、外道と言わば言うも良し。
我が行く道は絢爛の、後は捨て置く塵ばかり。
黒い獣の烈火の眼、ぐるり回って虚ろの目。
全ては、そう、振り出しに戻る!!
次回、「ビッグバトル」
これがボトムズだ!!

 ラスボス戦で過去ボスが復活するのは定番だって誰か言ってたのでやってみました。
 でもそのまま復活するんじゃつまらないので、一工夫加えてみました
 復活バジリスクの全長は……ホグワーツ城に巻き付いてもまだ余る位ですかね。


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第七十六話 「ビッグバトル」

 タイトルに偽り無し。


 意識だけがぼんやりと在った。

 キングズ・クロス駅みたいな何処かで僕は、僕の中に在ったヴォルデモートが死ぬのを見た。

 

 これが、彼の成れの果て。

 不死に執着したのは、誰も信用出来なかったから。

 友情も、愛も。

 誰かに自分を託せず、だから永遠に生き様とした、哀れな化け物。

 そう、父さんと母さんは言った。

 

 どうやって、此処に?

 何時も、私達は居た。

 蘇りの石のお蔭で、こうして見えるようになっただけ。

 

 確かに僕は蘇りの石を持っていた、ダンブルドアの遺品として貰った、一年の時手に入れたスニッチの中に隠される形で。

 途中で気が付き、取り出す事に成功した。

 けれど、掌で三回転がさないと、効果は出ないんじゃ?

 

 回さなくても効果は在る。

 此処はこの世とあの世の境目、だから秘宝は力を発揮したのよ。

 そうなのだろうか……そういうものなのだろう。

 

 ハリー、あれを見るんだ。

 

 父さんが指さす方向を見た僕は、訳も分からない気持ちになってしまった。

 映画のスクリーンみたいに、駅の壁にホグワーツの景色が映っていたから。

 上映されていたのは、ヴォルデモートと闘うスネイプの姿だった。

 

 どうして、あいつが戦っている?

 あいつが裏切っていなかったのも、ずっとダンブルドアの味方だったのも、先生が教えてくれた。

 だけどその理由までは教えてくれなかった。

 『彼との約束なのじゃ』、と、『悔いているのじゃ』としか。

 

 そんな筈が無い、母さんを『穢れた血』と罵る男の何処に、そんな人間味が在る。

 そう思って来たのに、目の前には、どう見ても僕を庇って戦う先生の姿があ在った。

 

『これ程の時が経ってもか』

『永久に』

 

 見たことも無い顔で、断言するスネイプ。

 母さんを愛していたと、その為に僕を護ると宣言する。

 ずっと、ずっと僕を護っていたのか。

 いや、そんなことは……一年の頃からとっくに分かっていた筈だ。

 見て見ぬ振りをしてきたのは、僕の方じゃないか。

 

 母さんは、とても悲しそうな、けど嬉しそうな顔で、あいつを見つめる。

 父さんは物凄く苦々しい顔で、あいつを見つめる。

 

 目にも止まらぬ速度で、切断呪文を繰り出す。

 直接狙いに、牽制、不意に捻じ曲がる物、全く違う呪いを混ぜて。

 一つの呪文をこれだけ応用出来るスネイプの力は、圧倒的。

 しかしヴォルデモートは、杖も振らずピンポイントで盾を張る。

 

 それどころか盾が呪文を反射し、逆にスネイプを傷付ける。

 動きが鈍ったと同時に変身術による大蛇が、彼を飲み干す。

 体内から切断し脱出するものの、噛まれた事による毒が、傷口を深く抉る。

 

 こんなにも、差があるのか。

 スネイプは掠り傷一つすら与えられずに、一方的に蹂躙される。

 このままじゃ、あいつが死んでしまう。

 散々嫌がらせを受けていたので、嫌いだと未だに思うが、死んで欲しくは無い。

 何とかしたいと思うのに、現実の僕はまだ寝ていて動けない。

 

 もう、止めてくれ。

 僕の思いを何時も通りに裏切り、あいつはまだ戦う。

 死ぬ気には見えない、けど、間違いなく死ぬ気で闘っている。

 

 煌々と燃える瞳を携え、黒い煙になる独特の飛行呪文により、高速で死角に回り込む。

 高速移動と多重攻撃。

 次第にヴォルデモートでも盾を張るのが追い付かなく、体の幾つかに傷を付けて行く。

 代償に傷口がどんどん開き、地面を赤く染めて行く。

 

 持つ訳が無い、ヴォルデモートを倒し切る前に、あいつが倒れるに決まっている。

 母さんの為に、僕の為に。

 此処まで無茶をするのか、そこまで愛していたのか。

 

 ……勝負が決まる。

 加速に慣れたヴォルデモートが、杖で切断呪文を受け止め始める。

 何十発撃ち込んでも、全て杖で防がれる。

 まるで剣だ、魔力を通した杖を、剣の様にして、受け流しているのだ。

 

 これ以上の加速は出来ない、覚悟ではなく、スネイプ自身の限界。

 遂にパターンを見破ったヴォルデモートが、転移するスネイプの前に出現。

 切断呪文を宿す杖と、死の呪いを宿す杖が、鍔迫り合う。

 結果は分かり切っている、死の呪いに、反対呪文は無いのだから。

 

 ……行けそうな、戻れそうな気がする。

 遅い、遅すぎるぞ。

 自分で自分を恨む、あとちょっと早ければ。

 

 二人に、行って来ますと告げる。

 二人が、僕を抱きしめてくれた。

 感触も温かさもないけど、心を感じて。

 光が、溢れて消えた。

 

 

 

 

「……死んだか、裏切り者には相応しい末路だ」

 

 全身がバラバラになり、よく見なければ人だと気付けない程ボロボロになったスネイプを、ヴォルデモートは見下ろす。

 たかが穢れた血一人を愛したばかりにこうなるとは、やはり愛とは碌なものではないな。

 時間を喰ってしまった、早いところポッターを殺し、ワイズマンの所へ向かわなければ。

 

「待て、ヴォルデモート!」

 

 背後から聞こえて来る、渇望した声。 

 セブルスめ、だから必死で抵抗したのか。

 あいつの後ろには、透明マントで隠れていたポッターが居たのだ。

 脱ぎ捨てた透明マントが、宙を舞い外へと飛んで行く。

 懐から転がり落ちた石には、見覚えがある。

 ……何故破壊済みの分霊箱を、持っていたのだろうか。

 まあ既に、終わった事だと片付けた。

 

「態々姿を現すとは、命懸けで庇ってくれたセブルスに……申し訳ないとは思わないのか?」

「此処でお前を倒す事が、先生への……弔いだ!」

 

 ハリーの胸中に在ったのは、どこまでも溢れる尊敬と後悔、感謝の念であった。

 彼は誰よりも、勇敢な人だった。

 どうして僕は、この人を軽蔑し続けていたのか。

 そして、ありがとう。

 初めて先生と呼んだ事が、証拠であった。

 

「俺様は不思議でならない、どうしてそう『弔い』やら『愛』とやらで、死にに来れるのか。

 死んだら全て等しくゴミ、生きていてこそ全てが在ると言うのに」

「皆死んでなんか居ない、何時も傍に居る!」

 

 きっと、いや間違いなく、僕の事は嫌っていただろう。

 僕や、父さんの様に。

 それでも尚、先生は母さんへの愛を貫いた。

 どれ程の覚悟か、どれだけの勇気か。

 

 ……背中が重い、色々な人達の色々な思いが圧し掛かっている。

 不安だ、これに応えられるのか。

 皆そうだろう、恐怖にしろ死にしろ、不安を抱えて生きている。

 けどこれを乗り越えて戦う心こそが、『勇気』だ。

 一転して、重さが力へと変わる。

 

「ならば皆とやらの元に送ってやろう! これで忌々しい因縁も終わりだ! ハリー・ポッター!」

「終わりになるのはお前だ、トム・リドル!」

 

 それから逃げ出した、可愛そうで臆病なお前なんかに、負ける理由は無い!

 崩壊を始めるホグワーツ城の一角で、この世界を揺り動かしてきた、一つの巨大な因縁に決着が着こうとしていた。

 

 

*

 

 

 地獄、黙示禄、最後の審判、神々の黄昏。

 色々並べてみたが、しっくりこない。

 前の光景が非現実的過ぎて、神話の方がまだ実感を持てる。

 城に巻き付く程のバジリスクの暴挙は、出鱈目極まっていた。

 

 巨大な尾を一薙ぎするだけで、どんなに頑丈な兵器も潰れる。

 ついでに地面が割れ、地獄へ繋がる亀裂が走る。

 まさにブラックホール、誰彼構わず等しく地獄行き。

 

 身動き一つもまた天災、魔法で固められていた城壁はクラッカーの様に崩される。

 真下に居た者達は、隕石の如き雨に晒される。

 衝撃一つが、また城壁を打ち崩す。

 

 神の怒りは止まらない、バジリスクの毒がワイズマンの力により増幅される。

 蛇の中には毒を発射する個体が居る、同じ様に口から毒を打てるように改造。

 

 決定的に違うのは、毒が水圧カッターの様に掃射されている点。

 切断面を気化させ、ホグワーツ湖が真っ二つに裂けた。

 バジリスク本体の魂が作用しているからか、死の魔眼が無いのが唯一の救いかもしれない。

 

 狂気に身を任せていたマグル達は、恐怖に身を任せ逃げて行く。

 狂気といえど所詮は人の産物、神の怒りに敵う筈も無し。

 我先と走る渦を掻き分け、ロンが彼女の元へ走っていた。

 

「ハーマイオニー!」

「ロン! 此処よ!」

 

 船着き場に隠れて居た彼女を見付けると同時に飛び込み、二人で暫く抱き合う。

 この地獄の中で生きていた事が、何よりも嬉しい。

 

「ハリーは? 一緒に居たんじゃ」

「スネイプ先生に助けられて……離れてしまったの」

 

 スネイプが?

 ハリーが無事か不安になるが、裏切ってなかったんだから、信じても良い……筈。

 

「そっちはどう?」

「どうもないよ! 指揮も統制も無茶苦茶だ! あいつのせいで……」

 

 指差す先にはバジリスク、昔見たマグルの映画に登場する様な怪獣に、戦場は蹂躙されていた。

 

「やっぱり秘密の部屋のバジリスクなのかしら……」

「……そうだ」

 

 不意に聞こえた声は、キリコの声。

 彼も生きてくれてた、喜びを全身に出しながら彼を見ると、肩に人を背負っている事に気付く。

 

「キリコ! ……誰そ───」

「───キニス!?」

「……あ、ひ、久し振り……」

「余り喋るな……傷に障る」

 

 当然何故生きていたと、応急措置を施す彼に詰め寄る。

 のんびり語る時間は無い、処置をしながら簡潔に経緯を語っていく。

 

「……マーリンの髭」

「良かった……本当に……」

 

 茫然とするロンと涙を流すハーマイオニー、共に有るのは驚愕と喜び。

 気まずいなと眼を反らす。

 キリコはキニスに、自身のインファーミス1024を渡す。

 

「これで逃げろ」

「……ああ、悪いが、後は頼む」

 

 もっと、最後まで戦っていたい。

 しかしPSとしての本能が教えてくれる、無駄だと。

 寧ろ足手纏い、碌に戦えない。

 我が儘を聞く余裕が無い事は、理解している。

 

「……任せろ」

 

 聞こえ無い程小さな声、反して込められた意思は大きい。

 キニスを見送ったキリコは、空を見上げる。

 

「ぬおおおおおお!!」

 

 腹の、心の底から捻り出す轟音。

 今ホグワーツに迫っている核ミサイルは、ダンブルドアが食い止めている。

 つまり、俺達だけでバジリスクと闘わなければならないという事。

 力の差は明確、下手すれば奴に呑み込まれ、異能を手にしてしまうかもしれない。

 

「先生……」

「……僕が、僕たちがやらなきゃ」

 

 ロンは立ち向かおうとしていた、天を突く怪物に。

 勝てるのか、犠牲が増えるだけじゃないか。

 あれは俺の敵、お前達が戦う必要はないんだ。

 悲鳴が過るが、押し止める。

 こいつらは覚悟を決めている、もう子供では無い、一人の意思を持つ戦士の目。

 

「……言っとくけど、止めても僕は行くよ」

「…………!」

「此処で逃げて、何もしないのは嫌だから」

「私だってそうだよ」

「ルーナ!」

 

 そんなに嫌そうな顔をしていたのか、思った以上に俺は脆いらしい。

 ロンの意思に呼応し現れたルーナも、同じ思い。

 

「……あいつを、止めなきゃいけないんだよね?」

「ネビル!」

「おいおいキリコ、まさか一人で戦う気じゃないよな?」

「悪戯仕掛人の裏ボス様は部下を頼る事を知らないらしい!」

「兄ちゃん!」

 

 何処で拾ったのか、グリフィンドールの剣を持つネビル。

 アンブリッジの一件以来、周りからキリコの部下という認識になっていたフレッド&ジョージ。

 

「……というかどうやって僕たちを?」

「フォークスだよ」

 

 ルーナが上を指差す先で、不死鳥フォークスが羽搏く。

 ダンブルドアの差し金か、善意と冷徹さを使い分ける賢者に、キリコは呆れる。

 ───お主らなら、勝てる。

 調子の良い事を言っている気がした。

 

「……だが、どう倒すつもりだ」

 

 相手はバジリスク、魔法生物でも王と呼ばれる者。

 皮膚は魔法を防ぎ、ワイズマンによる強化は大地を穿つ。

 幾らなんでも勝算無しに、挑むのは認められない。

 

「弱点でもあれば……」

「そりゃ頭に決まってるだろう、物を制御するには中枢が必要だ」

「悪戯グッズも死体も同じさ、生き物なら頭に決まってる」

 

 悪戯グッズを山ほど量産し続けていた知識が、こんな所で役に立つ。

 しかしそれはキリコも知っている、ワイズマンがバジリスクの頭に入って行くのを目撃していたからだ。

 肝心なのは、倒し方。

 

「───頭だわ! そうよ!」

「急に如何したんだハーマイオニー?」

「死体を操る魔法、多くは死んだ直後の姿なの。

 バジリスクは口裏をハリーに貫かれて死んでいた、きっと古傷が残ってる筈よ!」

「じゃあ、そこだけは皮膚が薄いって事?」

 

 三人そろえば文殊の知恵、キリコ一人では気付かなかったかも知れない。

 彼は……一人では無い。

 というか、勝手に惹かれて集まって行く。

 これもまた、異能の因果が成す技か。

 なら、危険に飛び込むのは俺の役目だ。

 

「後はあの巨体、どうやって頭を攻撃するかだけど……崖に落とすのはどうかしら」

「名案だと思うけど、あのデカさ絶対脱出するぞ」

「……酷い案を出していいかな」

 

 ネビルが戸惑いながら言った理由は、彼等ホグワーツ生の思い出を粉砕する作戦だったからだ。

 

「ホグワーツ城で押し潰そう」

 

 現在ホグワーツ城はギリギリ原型を留めている状態になっている。

 加えてワイズマンが地底から出現した影響により、地盤が崩壊寸前。

 僅かな衝撃を加えれば、瞬く間に崩れる。

 この方向を制御できれば、押し潰す事が可能。

 

「それしかないわね……爆破の制御は出来るの?」

「大丈夫、こういうのは昔から得意だから」

「……ヤツの狙いは俺だ、谷底へ誘導する」

 

 作戦は完成した、完遂出来るかは俺次第。

 装甲起兵(アーマード・ロコモーター)で創られたATに乗り込み、残り少ない武器を手に取る。

 キリコは身を晒し、ワイズマンを宿すバジリスクに向かって行った。

 

 半端な攻撃では気を引くことも出来ない、大火力を出せるソリッドシューターを、眉間目掛けて発射。

 完璧に命中するも、分厚い皮膚は破壊仕切れない。

 付いた傷も、賢者の石により修復。

 

『そこに隠れていたか、キリコよ!』

「…………」

 

 レーザーの様に石畳を切り裂く毒液、驚異だが狙いが単純、複雑に動き、狙いを合わさせない。

 

「ネビルと兄ちゃん達は城を崩しに行って!

 ルーナは守護霊で、頭が弱点か確かめる!

 ハーマイオニーは僕と一緒に、判断を頼む!」

 

 矢継ぎ早に指示を繰り出すロン、チェスの才能はキリコの地獄によって開花していた。

 城へ走り出す三人は、箒を取りだし反対側……崖の方へと向かう。

 バジリスクの近くを通るが、気に止める様子は無い。

 神は平たく言って、彼等を舐めていた。

 賢者の石は残り二個、警戒を引き締めているつもりで、4000年間君臨した愉悦は、中々紐を絞めない。

 

 途中、ダンブルドアを見た。

 視線の先を見た彼等は、核ミサイルを確認する。

 双子は父親から良く聞いていた、マグルが如何に凄いか……恐ろしいか。

 あれは、その中でも最たる物。

 あんなものが落ちたら、ここら一帯は更地になる。

 

 ダンブルドアはそれを食い止めている訳だが、良く見ると……徐々にミサイルが進んでいる。

 これは相当に急がなきゃならないらしいと、双子はネビルを引っ張り箒を飛ばす。

 途中で飛んで来る流れレーザーや、巨大すぎる体の体当たりは、箒を持たないネビルがグリフィンドールの剣で防いでいく。

 何発も浴びるが、よっぽど頑丈に作られたんだな、と製作者にネビルは感謝した。

 

 一方ルーナはウサギの守護霊を出し、頭部の中へ侵入させていた。

 守護霊呪文は吸魂鬼を追い払うのが主な役目だが、熟練すれば伝言や視界の共有をすることも出来る。

 元々守護霊の呪文を素早く習得していた彼女は、既に熟練者だった。

 

 傷口も……ある、頭の中に核……?

 何で人が収まっているのか、ルーナは分からなかったが、敵だと理解した。

 守護霊がバジリスクの上で、蜂のように踊る。

 彼等の推測が合っていたことを示すサインだ、つまり今の戦いは間違っていないという事。

 確信が、戦意向上を齎す。

 

 それと同時にルーナは、城の中でヴォルデモートと戦っているハリーの姿に気付く。

 城の崩壊に巻き込まれてしまう、ハリーに教えなきゃ。

 しかし付近をレーザーが掠め、その間に彼を見失ってしまう。

 けどまだ少し時間は有る、崩壊直前に伝えよう。

 

 口から毒のレーザーを吐き、巨体をうねらせキリコを押し潰そうとする。

 ふとした動き一つが、想像を絶する規模の破壊を呼び込む。

 さながら生き物というより、天災その物を相手取っているかのようだ。

 だが相手は神、人間の作り出した妄想の産物、人の届かない相手ではない。

 

 かつて潰れた、外皮を持たない目の跡に向けて打てば、僅かだが怯む。

 痛みは感じていない様だが、再生に魔力を取られ、動きが鈍るのだ。

 鈍ればその分、距離を稼げる。

 血と瓦礫で塗装された道が、ローラーダッシュの音で軋む。

 

 ふと疑問に思う、好都合だが何故今までの呪文を使わないのかと。

 追い詰められているのではないか、賢者の石という命の源泉を失った影響で、使える呪文に限界が来ているのではないか。

 なら尚更、この好機を逃す訳には行かない。

 

 瞬間、目の前が裂けた。

 放たれたレーザーにより、クレパスが出来上がる。

 これでは先に進めない、神の狙い通りか。

 

『逃げれるとでも思ったのか』

「…………」

 

 動きが止まった瞬間、蜷局を巻きATが包囲される。

 巨体に見合わず、いや、この巨体だからこそ、一跨ぎで数百メートル移動出来るのだ。

 世界そのものが狭まって来ている錯覚に襲われながら、俺は潰されようとしていた。

 

 危機こそ、チャンス。

 装甲起兵最大の利点は、ATを無尽蔵に生成出来る事ではない。

 戦場に在る物なら何でも、規格さえ合えば組み込める点。

 このスコープドッグ、腕だけは残骸になっていたオーデルバックラーの物を使っていた。

 

 バジリスクに向けて鉤付きワイヤー『ザイルスパイド』を発射、引っかかった所で巻き取り機『スピンラッド』を使い、AT自体をバジリスクへ引っ付ける。

 

『私を橋にしたのか!?』

 

 巨大なバジリスクの体表を疾走し、クレパスも追撃も逃れたキリコは遥か遠くへ向かい飛翔する。

 叩き落としてやろうとレーザーが発射される直前、ワイズマンの目の前をウサギが覆った。

 ルーナだ、彼女は守護霊によってキリコを手伝っていたのだ。

 あらぬ所へ命中するレーザー、ATは無事にそのまま、ホグワーツを繋ぐ橋へと降り立つ。

 橋の下は奈落、此処へバジリスクを叩き落とす。

 

 キリコは橋を渡り、追い駆けて来る様に誘い出す。

 果たして引っかかってくれるのか、キリコは掛かると確信していた。

 全ての分霊箱を破壊され賢者の石も後二個のワイズマンにとって、キリコは神の誘惑にも勝る麻薬の様な物。

 神たる不滅を保つ為の最後の手段を、むざむざ逃がす理由は無い。

 

「……今だ!」

 

 キリコが叫んだ瞬間、ホグワーツ城が傾き出す。

 あいつらは上手くやってくれたらしいと、キリコが安堵する。

 正確な計算により崩壊した城は、質量兵器としてバジリスクを谷底へ押し込む。

 しかし狙いに気付いていた神は、レーザーを裁断機の様に振り回し、城全てを裁断しようとした。

 罠には気付いていたが、幾らでも切り抜け方は有る。

 キリコを逃がすリスクと比較すれば、取るべき選択は明らかだ。

 

「───知ってたよ!」

 

 こんな解り易い罠に掛かる訳が無い、ロンは最初から確信していた。

 故に乗り越える事も含んだ作戦を組み、チェックメイトを掛けるクイーンを配置していたのだ。

 レーザーの真正面に立つのは、ロンと共に箒に跨るハーマイオニー。

 ロンはレーザーに向けて、小瓶を構えた。

 

 水圧カッターの威力、バジリスクの猛毒。

 瞬く間に破壊と蒸発を始めると思われた小瓶だが、何とレーザーをそのまま受け止めた。

 『複製バジリスクの毒』が入って居た小瓶に『割れない呪文』を掛ければ……彼等は賭けに勝った。

 

グレイシア(氷河となれ)!」

 

 小瓶に向けてハーマイオニーが氷結呪文を放つ、毒入りの小瓶が凍結し、一直線に繋がっていた毒のレーザーまでも凍らせて行く。

 遂に氷はバジリスクまで到達し、そのまま発射器官である牙諸共凍結させた。

 ───しまった、これではレーザーが!

 

 ホグワーツを破壊する術を失ったバジリスクは、城ごと谷底へ叩き落とされる。

 更に地形崩壊によりホグワーツ湖が決壊、大量の水が流れ込むと同時に、再度の凍結呪文。

 瓦礫と氷によって、バジリスクは完全に閉じ込められた。

 

「今だ! 止めを刺せ!」

 

 ロンが叫ぶと同時に、キリコが、ハーマイオニー達が突っ込む。

 口裏の傷口から、脳を貫く為に。

 だがバジリスクは死体、どれ程損壊してもワイズマンに痛みは無い。

 ……それが、水道管が破裂する様に、牙や口が爆発するという強行策を可能にした。

 

『愚かな、この程度の策、私には何の意味もないのだ!』

 

 凍結を力押しで破り、レーザーを自分自身に向けて発射。

 瓦礫と氷に埋まっていた胸から下を切断し、拘束から脱出したのだ。

 

「───そんな!?」

「ロン! 逃げ───」

 

 キリコがATごと破壊され、瓦礫の上を転がる。

 ロンを庇おうとしたハーマイオニー諸共、二人は尻尾に潰された。

 グリフィンドールの剣で防ごうとしたが、叶わず崖の壁に埋もれるネビル。

 ルーナは頭突きによって、遥か高度まで飛ばされ、落下。

 双子は動き出した怪物に崩された氷の床を突き抜け、奈落へ落ちて行った。

 

『キリコ! これで最後だ!』

「───ッ!」

 

 杖を振るおうとするが、手元に感覚が無い。

 何処だと見渡した俺は、今の衝撃で木屑に成り果てたニワトコの杖を見つけた。

 まだ杖は在るが、取り出すのが間に合わない。

 空が落ちて来る様に、俺は大口を空けるバジリスクに呑み込まれようと───

 

「まだ……終わっていないぞ……化け物!!」

 

 大口に向けて突撃して来たネビルの剣が、バジリスクの頬を貫く。

 思わぬ乱入に驚いたのか、キリコへの攻撃は中断され、ネビルに向けて再開された。

 

「が………っ………!?」

 

 圧倒的質量が直撃し、ホグワーツ城だった瓦礫の跡地に、ネビルが転がる。

 盾にしたグリフィンドールの剣は、弾かれ谷底へ落ちて行ってしまった。

 これで彼は、闘う手段を失ったのである。

 しかも凍っていた牙に貫かれ、肩にバジリスクの毒と凍傷が同時に捻じ込まれる。

 

 それでも尚、叫びたくなる痛みの中、彼は闘志を失わなかった。

 ワイズマンは思わず感心した、異能生存体でも無いのに、これだけ痛め付けても怯まぬ人間が居るとは。

 こういうのは、放置しておくと脅威になる。

 今だに痛みで動けないキリコを見て、逃走はされないと判断したワイズマンは、彼を殺す事にした。

 

『恐ろしい執念だ、だが私が神と知っていれば、この様な最後にはならなかっただろう』

 

 目の前の奴が誰かなど知らない、誰でもどうでもいい。

 丸腰の勇者は、唾を吐く。

 

「地獄の窯が凍っても、お前に逆らってやる」

『……愚かなり、ネビル・ロングボトム!』

 

 神は気付いていなかった、異能など関係無い人の強さに。

 何が人の強さ足りえるか、どんな奇跡を起こすのか。

 敢えて間違いを言うなれば、悪戯に犠牲を増やし過ぎた事である!

 

「パパの仇だ! 化け物ぉぉぉぉっ!!」

『───何だと!?』

 

 頭にグリフィンドールの剣を突き付けたのは、まさかのドラコ・マルフォイ!

 左手には、剣を取り出す為の『組み分け帽子』。

 超高度からの落下呪文(ディセンド)の重ね掛けが、頭部に傷を作り上げたのだ。

 だが何故だ、何故マルフォイがグリフィンドールの剣を持っている!?

 

 グリフィンドールの剣を取り出せるのは、『真のグリフィンドール生』だけである。

 マルフォイはスリザリン生、取り出せる訳がない。

 

 違う、今マルフォイは真のグリフィンドール生だったのだ。

 真のグリフィンドール生とは、恐怖を乗り越える勇敢さを持って、脅威に立ち向かうこと。

 勇気と狡猾さ、それは対極の様だからこそ、鏡写しの関係。

 オセロの様に、状況によってどちらにも引っ繰り返る。

 

 父親を殺され、怒りに燃えるマルフォイ。

 恐怖を越え、何としても仇を取らんとする姿が、勇気を与えた。

 寮など関係無い、今マルフォイは真に勇敢なる者だったのだ。

 

『小賢しい真似を!』

 

 勇敢だろうと力の差は変わらず、剣諸共吹き飛ばされるマルフォイ。

 しかし剣は、まるで導かれる様に再びネビルの手に納まる。

 マルフォイを追い、上空から覆い尽くさんと迫るバジリスク。

 

 ───これが、最後のチャンスだ! 

 ネビルはドラコの前に立ち、喰らい付く怪物の口の中に剣を突き立てた!

 入った!

 傷口を貫き、確かに脳に!

 片腕を貫かれながら得た実感、それは絶望へと変わる。

 

 倒れない!?

 貫いたのに!?

 バジリスクは巨大化していたが、脳の大きさだけはそのまま。

 剣の長さ自体が足りず、届かない。

 無情過ぎる現実が、希望を押し潰した。

 

「───全員、死ぬなよ!」

 

 なら希望を潰す現実ごと、押し潰してしまえばいい。

 ネビルの勇気に触発された彼等が、バジリスクの脳天へと迫る。

 ジョージ、フレッド、ルーナ、ロン、ハーマイオニー、キリコ。

 先程マルフォイがやったのと同じ様に、落下呪文を重ね掛けし、自身等を加速。

 

 違うのはプロテゴを張り、質量弾に見立てている点。

 あと少しで剣は脳に届く、ならバジリスク自体を剣に押し込めばいい。

 隕石となった彼等が、頭部へと直撃した。

 

「これで……!」

 

 最後の駄目押しに、キリコが腕を構える。

 かつてのドラゴンとの戦いの様に、残っていたATの腕を、アームパンチを叩き込み。

 

「─────────!!!」

 

 赤子の悲鳴が、神の断末魔が聞こえる。

 キリコの耳に届いたのは、グリフィンドールの剣が砕ける音。

 そして、賢者の石が、神の命が残り一つとなる音だった。

 もう一つの声は───

 

「───は、はは、ハハハハハ!!」

 

 狂った様に笑う、ヴォルデモートの声。

 何だ、何が可笑しい。

 キリコにも、誰にも分からなかった。

 

「……ば、馬鹿……な……私が……神が……!」

 

 断末魔に等しい声に振り向く、骨に戻ったバジリスクから出て来た神の体は、崩れ始めていた。

 1000年前の死体に、ワイズマン自身の膨大過ぎる魔力。

 分霊箱と賢者の石によって保っていた姿は、いよいよ持たなくなっていたのだ。

 

「キリコ……こいつは一体……!?」

「何でサラザール・スリザリンの姿を……!?」

「……お前達は、もう逃げろ」

 

 色々聞きたい事がある、彼等の疑問は切り捨てられた。

 キリコの目は、今まで見たことが無い程本気。

 いや……彼等でも分かる程の、殺気が。

 

「キリコ」

「…………」

「帰って来てね」

「……ああ」

 

 彼等は気絶するマルフォイを担いで、安全な場所へ逃げて行く。

 まだ無線機を持っている事に期待し、ダンブルドアにも連絡を取る。

 ───最後は、俺の役目だと。

 

 空で核ミサイルを留めていたダンブルドアは、程なく負傷者の救出に移る。

 核到達まで……あと10分だろうか。

 キリコはアーマーマグナムを手に持ち、弾が無い事に気付く。

 ……弾代わりには成るだろう、ワイズマンに気付かれぬよう、足元の()()を纏めて拾っておく。

 

 この時キリコは気付かなかった、それに紛れて、ホグワーツ城の崩壊によって、此処まで転がって来た『ある物』まで拾っていたことに。

 

「───馬鹿な」

 

 まだ現実を見れない、当然だ、神は空想の産物なのだから。

 しかし、どうも変だ。

 目の前のワイズマンからは、異常なまでの動揺を感じる。

 ───次の瞬間、俺はその正体を知った。

 

「…………!?」

 

 頭の中に、声が聞こえる。

 死んだ筈のヴォルデモートの笑い声が。

 『実験は成功した』

 『神の野望は潰えたのだ』

 そして俺は、意識を失う事となる。

 腹を貫く、巨大な落石によって。

 

(───また何時ものように、意識が消える。

 幾度となく味わった感覚だが、何か、根本的なものが違うように感じられる。

 最も奇妙なのは、この恐怖感に、悍ましい程の愛おしさを抱いていた所だ。

 ……そう、まるで、長い悪夢から覚める様な。

 ───今この瞬間、俺は、『異能』を失った)




死に掛けた神が吼えている。
夢を失ったのなら、我が下に来るべからず。
王は与える、永久なる終わりを。
王は嘲る、1000年の謀略を。
神足りぬ者の壮大な絶叫。
人たる者の壮絶なる絶叫。
今ホグワーツに、最後の戦いが始まる。
次回「修羅」。
全てを得るか、地獄に落ちるか。




 ちゃんとDAメンバー(+フォイ)にも活躍の機会を与えておきたかったのが本心。
 グリフィンドールの剣が砕けてしまいましたね。
 これは一体どういう事なのか……次回、またお辞儀様が暴れるぞ!


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第七十七話 「修羅」

ハリーVSヴォルデモート決着
キリコの願い(死)が叶う時が来た、よりにもよってこんなタイミングで。


 バジリスクが滅ぼされる少し前のこと。

 怪物に壊されるホグワーツ城内部で、ハリーとヴォルデモートが激突していた。

 

 勝算が無い訳では無い、ダンブルドア先生は僕とヴォルデモートとの間に、深い繋がりが有り、それが僕の力に成ると言っていた。

 ヴォルデモートが生きる限り……僕は死なないと。

 あくまで死なないだけで、無力化されたり拘束される事はある、決して油断してはならないとも言っていた。

 

 甘かった、死なないからまだ勝算があるなんて、どうして思ってしまったのか。

 相手は闇の帝王、今世紀最悪の闇の魔法使い。

 実際は色々ミスを犯している、身の丈に合わない名前を名乗っていると感じていたけれど、力は紛れも無く本物だった。

 

「どうしたハリー! 俺様を滅ぼすのではなかったのか!?」

 

 杖を振る、それだけで嵐が巻き起こる。

 吹き上がる嵐は壁も床も打ち崩し、礫となってハリーを打つ。

 とてもじゃないがプロテゴ一つで防げる量ではない、無様に地べたを転がって何とか逃げおおせる。

 

レヴィオーサ(浮遊せよ)!」

 

 波打つ地面に危険を感じ、自分を浮かせたのは正解だった。

 床に向けて瓦礫や壁が沈んで消える、一帯が底なし沼に変身させられていた。

 しかし浮遊するのもまた狙い、無防備なハリーにヴォルデモートは呪いを叩き込む。

 咄嗟にハリーも、反対呪文で対抗する。

 

「弱い!」

 

 純粋に力が強過ぎる、相殺は出来たが勢いは殺せず、吹き飛ばされて壁に体を打ち付けた。

 左腕で体を受け止めた結果、貫く様な激痛が走る。

 折れたけど、利き腕でなくてまだ良かったのだろうか。

 だが普通なら、此処でハリーは失神なり絶命なりしている筈。

 ヴォルデモートは手加減していた……せざるを得なかった。

 

「……やはり、持て余しているな」

 

 ヴォルデモートは手元の杖を見て、溜息を吐く。

 ハリーと彼の杖は兄弟杖であり、ぶつかると共鳴してしまう為、まともに戦う事すら出来ないのだ。

 こういった事情により、彼は自分のとはまた違う杖を持ち込んでいた。

 自分の魔力に耐え切れず壊れたルシウスなんぞの杖とは違い、超一級と呼ばれる杖。

 それでも尚、ヴォルデモートの魔力の全てを受け止める事は出来ず、全力を振るえなくなっていた。

 

 まあこの杖でも、一方的にセブルスを殺せたのだ、ハリーならこれで十分だろう。

 当然手加減などしないがな!

 再び杖を振るうヴォルデモート、痛みに呻きながらハリーも立ち向かう。

 

 魂が繋がっている影響故に、ヴォルデモートが放つ呪文は分かる、反対呪文も。

 連動して動く機械の様に、的確に、呪いを相殺。

 それをもってしても、ヴォルデモートが倒れる様子は無い。

 余波の直撃を貰い、全身に傷を作って行く一方。

 知識も魔力も実戦経験も、才能すらヴォルデモートの方が上なのだ。

 

 十の呪いを余裕で放てるヴォルデモートに対し、ハリーは体も精神も酷使して撃ち返す。

 早いとこ倒された方がまだ楽だったろう、なまじ半端に対抗出来る分、長く苦しむ羽目になる。

 

 だがどれ程苦しもうと、倒れる訳にはいかないのだ。

 多くの人々が繋いだ自分の命が、此処で消えては、皆何の為に死んだのか。

 何も無い者には決して分からない思いが、ハリーを繋ぎ止めていた。

 

「そろそろ楽になったらどうだ!」

「うるさい! エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 少し話した事で生まれた隙、ハリーは初めて先手を取った。

 如何に闇の帝王と言えど、杖が無ければ呪文は使えない。

 車に対するハンドルや、パソコンに対するキーボードの様に、無ければ非常に難しく複雑になるのだ。

 屋敷しもべ妖精や、ワイズマンという例外中の例外も居るが、ヴォルデモートはまだ人間のくくりに納まっていた。

 

「……先に撃てた気分はどうだハリー?」

「!!」

 

 ヴォルデモートが背後にベッタリとくっついていた。

 超短距離の『姿くらまし』で、武装解除呪文を躱したのだ。

 先手を取らせたのはワザと、敢えてチャンスを見せてから叩き潰すことで、ハリーを繋いでいた精神的アドバンテージをへし折る為の布石だったのである。

 

「アバダケダブラ!」

 

 振り返ると同時に、目の前に死の呪いの光が在った。

 躱せない、間に合わない。

 本能的に腕を翳すが、当たっただけで死ぬ呪いに対し意味は無い。

 死の未来と、今までの過去がフラッシュバックする。

 

 過去が、廻る。

 最後に映ったのは、キングズ・クロスで出会った父さんや母さん、ハグリッド達。

 ───そうだ、僕は!

 何という皮肉か、確実に殺す為に放った死の呪いによって起きた走馬燈が、彼の折れかけた精神を立て直したのだ。

 死の呪いが弾けるまでの時間が、スローに感じる。

 絶対の危機を前に、ハリーの脳が高速で状況打破の為の思考を行う。

 一発、一発だけなら呪文が撃てる。

 ハリーの脳が出した突破口は、今最も尊敬する男の十八番であった。

 

セクタムセンプラ(切断せよ)!」

 

 切断呪文を()()()()()に向けて撃つハリーに、ヴォルデモートは目を見開く。

 腕を切り離してしまえば、もうそれは自分の体では無い。 

 死の呪いは強力だが、何かに当たれば効力を失う。

 ハリーは、自分の左腕その物を、盾にしたのだ!

 

 今度危機に直面したのはヴォルデモートの方だ、呪いを阻止された彼の目と鼻の先にはハリーの杖が。

 詠唱の暇は無い、痛みを堪えながら心の中で唱えるのは、武装解除呪文。

 ───これは、躱せない!

 思わぬ逆転劇に会った彼だが、即座に突破口を見つけ出す。

 武装解除呪文の光を今まさに発射しようとしたハリーの杖に、直接杖を叩き付けたのだ。

 

「うっ!?」

 

 まるで剣を持ち、鍔迫り合う剣士の様な光景。

 ヴォルデモートはハリーと全く同じ方法を取っていた。

 無言で唱えた武装解除呪文を、ハリーの杖に直接ゼロ距離で叩き込む。

 数コンマの間に無言詠唱出来るだけの力を、彼は持っていた。

 杖同士で激しくぶつかった武装解除呪文は、お互いを吹き飛ばすという結果を出した。

 

 杖も、二人も宙を舞う。

 この状況の場合、多少だが杖無し呪文の心得のあるヴォルデモートの方が速い。

 簡単な呪いしか出来ないが、動きを鈍らせるぐらいなら出来るだろう。

 それこそ一年で習う様な、簡単な呪いをハリーへ浴びせようとする。

 

 ところが、この呪いは、誰にとっても予想外の偶然によって遮られる。

 呪いは、突如乱入して来た、青いウサギに遮られたのだ。

 

「ルーナの守護霊!?」

 

 何故彼女の守護霊が此処に居るのか、それはハリーに危機を伝える為。

 メッセージを託されたウサギが、小声でハリーにだけ聞こえる様に呟いた。

 『窓の外へ逃げて』と。

 地面を転がりながら杖を掴み、外へと飛び出す。

 疑問に思う余地は無かった、彼はここぞという時の決断能力に長けていた。

 

 何故外へ、ヴォルデモートは何かしらの意図を感じ、逃がすまいと杖を取り、呪文を放つ事を優先してしまった。

 その時だったのだ、ネビル達がバジリスクを押し潰す為、ホグワーツ城を崩壊させたのは。

 ルーナは内部へ居るであろうハリーを、作戦の巻き添えにしない為に、守護霊を飛ばしたのだ。

 

「何だと!?」

 

 城の外へ飛び出たハリーは、石の雪崩に巻き込まれてはいたが、質量の直撃を免れた。

 逆に室内に居たヴォルデモートは、質量の暴力に晒される羽目になった。

 城と雪崩れ込んだホグワーツ湖とは別、城があった跡地に倒れ伏す。

 

 ……止んだか?

 そっと目を開け、右手で瞼を擦りながら周りを見渡す。

 そうか、皆があのバジリスクと闘ってこうなったのか。

 ホグワーツ城は綺麗さっぱり消え、かつては橋が架かっていた谷底に城が引っ掛かっている。

 肝心の城も、決壊したホグワーツ湖の水ごと、凍結させられていた。

 

 状況を理解し、冷静になるに連れ、切断した左腕の痛みが鋭くなる。

 何とか止血だけでもしようとするけれど、杖が無いので出来ない。

 

 今ので何処かへ行ってしまったのか、何処にある!?

 当たりを見渡すと幸いにも、近くに僕の杖が転がっていた。

 急いで取りに行こうとした瞬間、ヴォルデモートが瓦礫の中から現れた。

 

 あの崩壊の中無傷である事に驚くハリー、ヴォルデモートは膨大な質量の直撃を、ただのプロテゴ一つで正面から受けきっていたのだ。

 杖を拾おうとしている事に気付き、すぐさま呪いを放つ。

 

 ハリーは走った、僅か数メートルの距離だが、人生で最も速かったと断言できる程に速く。

 命どころか人生の掛かった一瞬に目覚めた、ハリーの全力。

 予想を上回る速さに、移動先を予想して撃ったヴォルデモートの呪いは、ハリーの少し後ろに着弾した。

 

 ハリーが、杖を取る。

 視界には杖を構えるヴォルデモート、ハリーは何も考えずに呪文を撃った。

 考える時間が無かったから、故に唱えたのは、自分が最も得意とし、頼りにしてきた呪文。

 自分の命運を託すのに、相応しい一手。

 

 対するヴォルデモートも、考えずに呪文を撃った。

 何よりも確実に葬り去る為に、全てを排して来た、自身を帝王に押し上げた呪文。

 完全無欠を証明する為に、相応しい一手。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!!!」

「アバダケダブラ!!!」

 

 赤と緑の閃光、本来拮抗する事は無い呪文は、魂の繋がりによって激突した。

 しかし、拮抗は僅か。

 威力も、元と成る魔力も、全てが格上のヴォルデモート。

 巨木が中央から割られる様に、武装解除呪文が押し込まれて行く。

 

「これで何もかも終わりにしてやろう! ハリー・ポッター!」

「……ッ!」

 

 諦めるか、諦めてなるものか!

 死に行く一瞬まで諦めぬ勇気が、ほんの僅かだが呪いを押し返す。

 その光景を見たヴォルデモートが、本気を出す。

 自分自身の持つ、この後神と闘う為の魔力全てを、この一撃に込める。

 

 七つの分霊箱を作る程の圧倒的魔力の全てが込められた死の呪いが、ハリーの目と鼻の先まで迫った。

 これで俺様は勝利し、証明する。

 俺様が完全無欠にして唯一絶対なる存在だと!

 

 だが、ハリーは、唯一では無かった。

 それこそがトム・リドルを滅ぼす、トドメになった。

 

 バキン

 

 ───何だ、何の音だ。

 力が抜けて行く感覚に、彼は襲われた。

 答えは、手元が。

 手元の、根元から裂けた杖だった。

 

 自分に合わない杖を使ったから。

 魔力に耐え切れない杖で、全力を出したから。

 死の呪いに、更に力を込めたから。

 

 この結末を引き起こした原因は、杖の傷。

 何十か所にも付けられた、切断呪文(セクタムセンプラ)の傷跡。

 それが、杖が自壊する原因となった。

 

 ヴォルデモートは負けたのだ、ハリーだけでなく、彼を支えたスネイプ……いや、数多の人々の意志によって。

 

 杖が折れれば、呪いは逆流する。

 ハリーが吼えた、この一瞬に全てを賭けた。

 

「うわああああああああ!!!!」

 

 死の呪いが、武装解除呪文が。

 杖を無くした裸の帝王に、直撃した。

 彼の命を繋ぎ止める物も、守る物も、もう無い。

 トム・リドルは、此処に敗北した。

 

 武装解除呪文によって、吹き飛ばされるトム・リドル。

 ……勝った、のか?

 自分自身が信じられず、彼に近づくハリー。

 

 そこに響く轟音に、ハリーは空を見る。

 灰塵と化し、死体に還るバジリスク。

 力尽きる皆の姿と、粉々に砕ける、ネビルの掲げる剣。

 皆も、勝ったんだ。

 彼等の状況は全く知らなかったが、それだけは分かった。

 

「……ハハハ」

「ッ!?」

 

 突然の笑い声に、彼は戦慄する。

 まさか、死の呪いが逆流していて生きているのかと。

 

「ハハハハハ! クハハハハハ!」

 

 いや、違う。

 杖が折れた事で、不完全に逆流した死の呪い。

 結果一瞬で殺すのでは無く、時間を掛けて確実に死へ向かう呪文へと変化していたのだ。

 結果は変わらない、ヴォルデモートは死ぬ。

 では何故、笑うのか。

 

「聞こえるかキリコ、ワイズマン、実験は成功した、神の野望は潰えた!」

 

 掠れる様な声だと言うのに、世界中へ響き渡っている様な錯覚に襲われる。

 実験とは何だ、こいつは何をしようとしているのだ。

 

「俺様以外の不死は許さない……神の支配も許さない……俺様の、最後の足掻きを見るが良い……!」

 

 何かをしようとしている。

 止めようとするが……間に合わない。

 呪文は既に仕掛けられていた、起動だけなら杖が無くとも出来た。

 

レフィーヌス(永久に絶えよ)!」

 

 最後の悪足掻きと共に、彼は動かなくなった。

 風と共に消えるトムを、僕は見送る。

 そして願う、どうかキリコが、こいつの悪足掻きに……勝てる事を。

 

 今此処に、一つのカーテンコールが降りた。

 

 

*

 

 

 ───脳裏に聞こえる、ヴォルデモートの声が。

 目の前で足掻くワイズマンの様子を見るに、ヤツも同じらしい。

 だがそんな事を気にしては居られなかった。

 今俺は、自分という存在が、根底から崩れた様な感覚を味わっていたからだ。

 

 今さっき俺は、巨大な落石に胴体を貫かれた筈だ。

 なのに、今は無傷で立っている。

 馬鹿な……だが、この程度では済まなかった。

 

 不意に落ちてきたバジリスクの骨の牙が、首元に刺さる。

 毒は一瞬で全身に回り、俺の意識は暗転した。

 

 

*

 

 

『……異能生存体とは、どんな状況でも生き残る力だ』

 

 ───ヴォルデモートの声に、意識が覚醒する。

 首元に牙は刺さっていない、毒の痛みも無い。

 

『肉体を寿命まで、精神を永遠に』

 

 訳が分からない、白昼夢を見ている気分だ。

 分かるのは、全身を這いずり回る、想像を絶する悪寒だけ。

 

『……しかしそれは、放っておけば確実に死ぬ状況に限られる』

 

 そうだ、それは俺も知っている。

 何度も繰り返した、異能の発動を調べる実験によって。

 何故こいつが、いやペールゼン・ファイルズでか……?

 

 俺の思考は、埋められていた地雷を踏んでしまった事で絶えた。

 千切れ飛ぶ体ごと。

 

 

*

 

 

『故に考えた……放っておいても死なない呪文なら、死ぬか分からないならどうだと』

 

 ───まただ、また意識が戻った。

 全身が飛ぶ感覚は覚えているのに、体は無傷その物。

 

『確実に因果を操るには……曖昧な状態なら、力は振るわれないのではないかと』

 

 嗚咽する、穴の空いた腹が、毒の痛みが、千切れ飛ぶ衝撃が。

 あれが現実だったと教えてくれるのに、現実では生きている。

 

『死んでも、確実に生き返らせる呪文なら、影響を受けないのではないか。

 生き残る可能性が100パーセントなら、異能は起こらないのでは』

 

 死に掛けるのは慣れているが、こんな短期間で死に続けた事は無い。

 俺の精神は、猛烈な勢いで疲弊していた。

 

『仮に死ぬとしても……何時、どうやって死ぬのか曖昧なら、発動は阻止されないのでは。

 時間も理由も分からなければ、どの因果を操れば良いかも分からないのだから』

 

 疲弊した心が、凍り付く。

 崩れ出す瓦礫に、突如空いたクレパス。

 俺は谷底へ落ち、全身の骨が砕けて死んだ。

 

 

*

 

 

『もう一つの疑問は、異能生存体が何故……複数人居ないかだ。

 250億分の1とはいえ、神が君臨していた3000年で、キリコ一人しか何故居なかったのか』

 

 ───また、生きている。

 何故、どうして。

 いや、薄々分かっては来た、俺に何が起きたのか。

 ヴォルデモートが、何をしたのか。

 

『……異能生存体の多くは、精神的に疲弊している、度重なる臨死体験や……自分だけ生き残る罪悪感によって。

 例え死んでも……異能の力によって、別の世界で生きる』

 

 恐らく、ダンブルドアの墓での戦い。

 津波を乗り越える為に、俺自身を石化した時、撃ち込まれた二つの呪文。

 一つは、ワイズマンの目の前に出現する為の、移動鍵化の呪文だった。

 

『此処に矛盾がある……精神的に疲弊した異能生存体が、異能の力によって転生し、更に苦しむ。

 何れ精神的な死を齎すだろう……この場合、死の原因は……何だ?』

 

 もう一つが、今俺に起こっている地獄の原因。

 ヤツは本気だったのだ、本気で俺を殺そうとしていたのだ。

 

『異能生存体だ……異能の力そのものが、生き残らせ過ぎる事により、精神の死を招いているのだ。

 なら……これを回避する方法は……原因を取り除く方法は……』

 

 道理で、異能の力が無くなっていると感じる訳だ。

 現に、この力は消えつつあるのだろう。

 

自己破壊(アポトーシス)、それ以外には無い。

 異能生存体に寿命は有ったのだ、魂のテロメアが、限界点が、異能が自壊するタイミングが』

 

 今度は何だと言うのか、不意に足を滑らせた俺は、火炎放射器の上に転倒した。

 体が、焼かれる、熱い、痛い。

 まるで……あの時の様な……

 

 

*

 

 

『これはそれを、早める呪文』

 

 ───トラウマを抉られながらも、俺は生きている。

 生き返らせられる、生かされている。

 

『異能生存体のDNAコードを媒介に……一度作動させれば、周りの因果を巻き込み……殺し続ける。

 だがその度に、強力な治癒呪文で……強制蘇生させるのだ。

 蘇生するのだから、異能は起こらない。

 何時死ぬか……ひょっとしたら死ぬまで耐えきるかもしれないのだから、確実に死ぬとは言い切れないのだから、阻止も出来ない。

 何故死ぬかも分からないのだから、因果も操りようがない』

 

 俺はもう、呆然とヴォルデモートの話を聞いているだけだった。

 何故丁寧に説明しているのか……ああそうだ、神に一泡吹かせるとか言っていたな。

 説明しなくては、一泡吹かせられないか……

 

『肉体的には絶対に死なず、精神が何時死ぬかは……本人次第。

 DNAを基盤にしている以上、呪文を解く方法は……コードを改変するしかない』

 

 俺は、思わず笑ってしまった。

 死ぬ為に来たホグワーツで、死に方を見付ける事が出来ず、見付けたのがあのヴォルデモートで、今まさに死に掛けているとは。

 

『俺様の魂の破片と……異能の力を併せ持つグリフィンドールの剣が……この仮説を証明してくれた。

 あの剣が砕けた事が、何よりの証明だ……』

 

 確かに、バジリスクの体当たりや毒の牙、普通なら耐えられない直撃を受け続けていた。

 そうか、気が付かない間に修復……いや、蘇生させられていたのか。

 

『幾度となく死に掛ける痛みは、お前の精神を削り取る。

 限界に達した時……原因である異能は自壊する。

 ざまあ見ろワイズマン、貴様の夢は……此処で潰えたのだ。

 さらばだキリコ、地獄で待っているぞ……』

 

 それを最後に、ヴォルデモートの声は聞こえなくなった。

 ふらつく足取りを支えながら、目の前に居る神だったモノを見る。

 

「……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なバカナバカナバカナバカナ」

 

 そこに、神を僭称したモノは居なかった。

 あったのは十重二重の計画を、そもそもの根本、目的とした全てから台無しにされ、存在意義を失いかけた化け物でしかない。

 

 何故こうなったのか、ヴォルデモートよりも遥かに強く賢い筈のワイズマンが見付けられず、何故ヴォルデモートが異能の殺し方を見付けられたのか。

 それは執念の差だろう、俺を取り込もうとしていたワイズマンは、本気の殺意を乗せる事が出来なかった。

 神とは違いヴォルデモートは、己の全てを持って俺を殺そうとしていた。

 神如きの野望よりも、化け物と称される人間の執念が勝ったのだ。

 

 ならば俺も、執念を見せなければならない。

 今も何時死が襲い掛かって来るのかと、俺は間違いなく怯えている。

 本当の死の痛み、実感、恐怖、一生に一度しか味合わない筈の、初めて感じる感情は、間違いなく恐ろしかった。

 

 だが、恐怖に潰れてはならないのだ。

 潰れるにしても、目の前の化け物を殺すまでは、潰れられない。

 俺達の全てを利用して来た神に、報復をしなければならない。

 渦巻く怒りを、此処で晴らす。

 

 そしてケジメを付けなくてはならない、偶然だったとしてもワイズマンをこの世界に入れてしまったのは俺のせいだ。

 俺自身が意図した事で無くとも、この世界を歪めた責任は取らなければならない。

 壮絶なる決意を胸に、杖を構える。

 ニワトコではない、長年連れ添った、アーマーマグナムの次に頼れる、吸血樹の杖。

 

 ……どうかヤツを殺し切るまでは、異能が、俺の精神が持つ様に祈る。

 野望をへし折られた神が、狂気に逃げ込んだ果ての慟哭を吐いた。

 

「滅ぼさなければならない! 神の居ない世界などあってはならない! 私は神のままでなくてはならない!」

「……言いたい事はそれだけか」

 

 酷い醜態に、俺は神を僅かだが憐れんだ。

 人生の全てを賭けた野望を潰された結果が、ああなのかと。

 自業自得とは言え、暴論に走るしか無くなった超越者の姿に。

 

「キリコ! 貴様は、まだ私の意にそぐわぬというのか!?」

「当たり前だ」

「ならばもはや無用! 異能の力を無くしたお前は、ただ私の望みに歯向かう悪魔に過ぎない!」

 

 今更悪魔か、まあその方がやりやすい。

 同情も憐れみも無くし、殺意だけを残したと同時に、ワイズマンが爆発する。

 爆発と見間違うかの様に、全身から放たれる呪いの光だ。

 だが、さっきまでのバジリスクよりも、ダンブルドアと闘っていたよりも、数も質も弱い。

 賢者の石を三つも失った弊害は、かなり大きく出ていた。

 

プロテゴ・マキシマ(最大の防御)

 

 あの時は防げなかったが、今なら受け止められる。

 防御不能である死の呪いだけを的確に回避し、呪文を防御する。

 それでも圧倒的、津波が大嵐に下がった程度の違い、人が受けきれる物ではなく、反撃をする余裕は無い。

 

 なら糸口を掴むだけだ、こういう時に便利なスタングレネードをそっと転がす。

 ワイズマンは直ぐに気付き、石化呪文で無力化しようとする。

 それを見越していたキリコは、呪いよりも早くグレネードを誘爆させた。

 

エクスルゲーレ(爆弾作動)

 

 炸裂するスタングレネードが、神の目を潰す。

 これで大きな隙は……生まれない。

 ワイズマンが依代としているのは死体に過ぎない、故に潰れた目を廃棄し、新たな眼球を生成すれば良いだけの事なのだから。

 掛かる時間は0.3秒程度、隙というには短すぎる。

 

 しかしキリコには十分、ガンマンの早打ちの様に、速度に優れる貫通弾頭を発射した。

 無言で撃ったので、詠唱するより更に早い。

 弾丸が、間違いなく体にめり込んだ。

 

「ぬううううう!!」

「…………!」

 

 めり込んだが、賢者の石には届かなかった。

 ワイズマンは自身の体の中をコントロールする事で、弾を別の方向へ誘導したのだ。

 此処まで追い詰めても、この強さか!

 驚くキリコに向かって、神が必殺の一撃を撃つ。

 

「死ぬがいい!」

 

 キリコの周り全てを、まるでバリアーの様に、剣が取り囲んだ。

 ただバリアーとは違い、剣が全て内側に向いている。

 変身呪文をやったに過ぎない、空気中の水分子を変身させただけなのだ。

 

 全身に、脳に心臓に五臓六腑に突き立てられる剣。

 咄嗟の姿くらましも間に合わず、キリコは死んだ。

 

 

*

 

 

 ───死んだが、ヴォルデモートの呪いによって息を吹き返す。

 確かな死の感覚から、持ち直すのには時間が掛かる、だがワイズマンが待ってくれる筈も無い。

 俺は相手の様子も確認せず、地べたを無茶苦茶に転がった。

 

 その後に、俺を刺殺した剣が突き刺さる。

 直ぐ動いていなければ、また死んでいたという訳か。

 やはり強いと、相手の危険さを実感する。

 むしろ手加減を止めたワイズマンは弱化しているにも関わらず、今までよりも強く感じる。

 

 距離を取るべきだと、俺はまた転がる。

 全身に礫や棘が刺さるが、立つ力すらまだ回復しない以上どうしようもない。

 廻る視線と何かを巻き込む感覚の中で、俺は岩陰に逃げ込んだ。

 

「何処へ行っても無駄だ!」

 

 ワイズマンが空へ浮かぶ、上空からなら何処から見てもすぐ発見出来るからだ。

 今の内に状態を立て直さねば、治癒では無く精神に作用するタイプの、気付け薬を飲み干す。

 周りは酷い有様だ、俺達は谷底に横倒しで引っかかっているホグワーツ城の上に居た。

 あの作戦で雪崩れ込ませ、凍結させたホグワーツ湖の水で、今は持っているが……あと数刻で、城ごと奈落へ真っ逆さまか。

 それよりも前に、世界中の核で全部更地になるだろうが。

 

「上手く隠れたものだ、なら纏めて消滅させる!」

 

 ワイズマンが手を振り翳し、天災を起こす。

 キリコは疑問に思った、どうした、俺の方からヤツの姿は見えているのに、ヤツの方から見付けられないのか?

 そこでキリコは、神が見付けられなかった原因に気付く。

 

 何故これが此処に、さっき転がった時何かを巻き込んだ感覚があったが、その時か?

 推測する時間は無かった、既に空にはワイズマンの起こした天災が、白い光が爆発していたからだ。

 あれを見てはならない!

 直感に従い、目線を光から逸らす。

 

 だが意味は無かった、あの光はソドムとゴモラを滅ぼした、神の兵器だったのだから。

 

 

*

 

 

「……そこに居たか」

 

 ───キリコは、復活していた。

 形容し難い感覚が、彼の身を包む。

 俺は……今どう死んだんだ?

 その答えは、足元の死体……だった物が教えてくれた。

 

 塩だ、人の死体が塩に変わっていたのだ。

 まさにソドムとゴモラ、俺は塩にされて死んだのだ。

 

「……まだ朽ちぬのか! キリコ!」

「…………!」

 

 塩になって死ぬという悍ましい感覚をフラッシュバックさせながらも、キリコはスモークグレネードを投げて誘爆させた。

 こんな物は目晦ましにもならない、隙は作れない。

 それは重々承知、キリコがグレネードを投げたのは、最後の一撃を用意する為。

 

 バジリスクを倒した時に拾った、()()()の残骸で作った弾丸。

 西洋では狼男や悪魔を滅ぼすと伝えられる、アーマーマグナム用の予備弾頭を手に取る。

 それを、ワイズマンがキリコを()()()()()()()()()()に、包み込み、手で握った。

 

 布石は間に合った、だがその瞬間キリコは再び死に掛ける事となる。

 煙を破って現れたのは、最後の審判で現れるイナゴの群れだった。

 最初に出した時より遥かに少ないが、キリコ一人を喰うには十分な数。

 

 噛まれた傷が更に広げられ、そこから血管の中を食い破って行く。

 感じた事も無い激痛に、キリコは遂に悲鳴を上げた。

 

 おかまいなしに迫るイナゴに向かって、切り札として取って置いた最後の悪霊玉を放つ。

 燃えながらもイナゴは迫るが、届く前に朽ち果てる。

 だが体内のイナゴは除去不能、ただの呪文では自分に当たってしまうからだ。

 

ワシ……ディシ……(逆詰め)

 

 何かに詰められた物を詰めた物に詰め返す。

 滅多に使われない呪文を、キリコは唱えた。

 血管に詰められたイナゴは摘出され、これを召還したワイズマンに詰め替えされる。

 最も……死体である彼に意味は無い。

 

「アバダケダブラ!」

「…………!」

 

 炎を割って現れたワイズマンによって、キリコは再び殺された。

 暗転する意識は、じきに明転するだろう。

 絶対に生き返られるという最悪極まった安心感の中、キリコは思う。

 

(死んで、生き返って、死ぬ。

 今まで無い程に短く行われる死のサイクルに、俺は追い詰められていた。

 一歩一歩処刑台へ向かう死刑囚の様に、俺の魂は削り取られていく。

 だが、何より恐ろしいのはそこでは無い。

 やっと、やっと死ぬ事が出来る。

 やっとフィアナに会いに行ける。

 踏みしめる事に強くなっていく、死ねる事への歓喜は、神を殺せない無念よりも、どんどん強くなって行く。

 待ち望んだ安らぎが、何よりも恐ろしい)




一人の男と、数多の戦士が、銀河の闇を星となって流れた。
一瞬のその光の中に、人々が見たものは、愛、戦い、運命。
いま、全てが終わり、駆け抜ける悲しみ。
いま、全てが始まり、きらめきの中に望みが生まれる。
最終回「流星」。
遙かな時に、全てを掛けて。




異能の特性おさらい
・肉体及び精神を生かす、キリコが転生した理由。
・確実に、何故(原因)死ぬのか分かっていれば発動。
・生き残らせ過ぎると精神的に死ぬ、故に原因である異能は自壊する。

レフィーヌス 永久に絶えよ
・肉体的には絶対に死なないので、異能は発動しない。
・死ぬかどうか自体本人次第なので、阻止ができない。
・何時精神が壊れるか分からないので、因果(原因)も操れない。
・DNAが呪文の発動元、DNAの書き換え=自壊をしなければ、終わらない。

 要するに、『精神崩壊するまで仮死→蘇生を繰り返す』と考えればOKです。

 この異能の特性ですが、そもそも異能なら精神的にも生存させるんじゃないか……という、本作の根幹設定だからこその設定です。
 実際に魂も生存させるのか、原作では分からないので、この特性はあくまで本作だけの設定であり、原作とは無関係です、ご了承下さい。

 ……ついでに、呪文は発動しましたが、『異能』が()()()喰らった可能性を示しておきます。

 次回、遂に最終回。


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最終回 「流星」

 キリコ・キュービィー。
 奴はアストラギウス銀河、しいては天の川銀河最大の謎だ。
 かつて神であったワイズマン。
 銀河4000年に君臨した存在を以てしても、奴は支配し得なかった。

 奴を語る言葉は少なくない。
 生まれながらのPS。
 異能生存体。
 触れ得ざる者。
 悍ましき血。
 そのどれもが奴であり、奴で無いとも言える。


 体が、動かない。

 手が震え、足が軋む。

 息を吸う度に、胃液や胆汁を吐き出し、碌に呼吸も出来ない。

 無様にひゅうひゅうと、断末魔を搾り出すだけ。

 幾度無く繰り返された死が、心の中にお前は死んでいるのだと、ありもしない幻聴を刷り込んでいく。

 

「……遂に絶えたか」

 

 まだだ、俺はまだ動ける。

 そう叫ぶ力さえ、残されていない。

 体には傷一つ無いのに、動けなくなるとは思わなかった。

 

 奈落へ落下し、鋭い岩が胴体を貫いた。

 崩れる壁に潰され、血を吐き出すだけの肉袋に成り果てた。

 稲妻が直撃し、苦痛を感じる暇も無く死んだ。

 

 死の呪いが直撃して、死んだ。

 悪霊の炎で全身を焼かれて、炭になる感覚まで味わった。

 蛇やイナゴに、体中を喰われて、餌になった。

 

 それでも、その度に、無傷で蘇る。

 瀕死と決定的に違う、『死』の一線。

 それが此処まで、魂を削り取るものだったとは。

 

「…………」

「……まだ、そういう目を出来るのか」

 

 せめて殺意だけでも目に携えたいが、視界すら揺らぐ今の状態では、睨み付けると言う悪足掻きすらさせて貰えない。

 

 目の前の神を倒す武器は、もう無い。

 杖は折られ、完全に燃やされた。

 愛銃であったアーマーマグナムも、粉々に粉砕された。

 持っていた他の武器も、魔法薬も全て、使い切った。

 

 無い、俺にはもう、戦う手段も、気力も。

 諦めまいと回さなければならない頭も、まともに働いてくれない。

 既に俺の精神以外の全ては、自分が死んだと思い込んでいるのだろう。

 それはもうじき、現実となる。

 

 考える事すら出来なくなった俺は、とうとう膝を突く。

 間違いなく、俺は死ぬだろう。

 絶望するしか無かった、結局ワイズマンを滅ぼす事も叶わず、死ぬとは。

 

「……此処まで来ると、哀れですらある」

 

 ……だんだんと、意識が遠のいて行く。

 景色も、音も、掻き消えて行く。

 今までの全てが夢だったかの様に、霧散して行く。

 

「核到達まであと……2分か、よく私相手に此処まで持った」

 

 ……此処まで来てしまえば、後は楽だった。

 全身を覆っていた激痛も、鮮明に焼き付けられた死の瞬間も、分からなくなる。

 白痴にも似た快楽の中に、俺はずぶずぶと沈んで行く。

 それこそ、お袋に抱かれている様な、安心感さえ宿して。

 

「それを称えて、苦しまない様、一瞬で……最大の激痛を持って、お前の異能を滅ぼしてやろう」

 

 もう、分からない。

 目の前のヤツが誰なのか、何を言っているのかも。

 自分が何をしたくて、こんな目に合っているのかも。

 絶望も希望も、怒りも執着も。

 何一つ無くなって、楽になりたいと言う諦めだけが残る。

 

 とうに疲れ果てていた、生きる事も苦しむ事も。

 戦う事も戦わず生きる事も、彼女に会えずに生き続けなければならない事も。

 会える、やっと、フィアナ、に。

 何と言われる、の、か。

 流石に、呆れられる……だろうか。

 それで、も……良い、彼……女に、会、え……る……なら……

 

「……まだ足掻くか、脊髄に染みついた兵士の本能の成せる技か」

 

 この時キリコは自分が何をしていたのか、自覚していない。

 彼は這いつくばりながらも、ワイズマンから逃げていたのだ。

 体の奥底まで叩き込まれた、戦士のしての経験が作り出した、本能という別人格が、彼を生き長らえさせようと、足掻いていたのだ。

 

 それが、奇跡を生んだ。

 生き残ろうと戦い抜いたキリコ自身の経験が、奇跡を起こした。

 這いつくばった事で、懐から落ちた『緑の宝石』。

 残骸と共に間違って回収した宝石が、そのまま這いつくばる手の平に納まり、『三回転がった』のだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

『……全く情けないねぇ、天下のレッドショルダーがこのザマとは』

『全くだ、おいキリコ! 何してやがる、全身を血で塗られたいのか……!?』

『何が何でもそいつをぶち殺すと誓ったんだろ!』

『……行け! そして生き抜け!』

 

 ……聞こえる、声が。

 あいつらの、声が聞こえる。

 それを皮切りに、次々と声が……響いた。

 

『えぇ……と』

『ノレェ! 先言っちまうぞ! 死神よりも生き残った奴が、神なんぞに負けんじゃねえ!』

『俺の命懸けの犠牲を二人共共無駄にする気か?』

『死にたくて死んだんじゃねえよ! キリコ! お前を殺そうとしたそいつを、オレを操ったそいつの始末は頼んだぜ!』

『俺は報告してただけだからな! 本当だぞ!? 信じてくれるよな!?』

『お前……』

『おうキリコ! こんなんで借りが返せるとは思えねえが、まあチャラにしてもらうぞ!』

『クメンの内乱もそいつが引き起こしたのだとしたら……俺は許せない。

 済まないキリコ、俺の……クメン王国全員の無念を晴らしてくれ……!』

『……許しゃしない……と言いたいけど、死んじまってまで憎むのはねぇ……サンサをこんな事にしたのも、元凶はそいつなんだろ? 神だか何だか知らないが、そいつをぶっ殺したら許してやるよ!』

『キリコ! 諦めるな! 彼女はまだ呼んでいない!』

『……私は認めない、こんな生き方も、お前のこんな終わり方も認めはしない!』

『お前との決着は私の幻影が晴らしてくれたが……茶番を整えたヤツはまだ死んではいない!

 立てキリコ! PSの誇りをまた穢すつもりか!?』

『……まさか、私達の息子がこんなに生きてくれるなんてね』

『ああ、嬉しい限りだ』

『……こんな時で済まない、レッドショルダーが研究所を燃やした時、お前だけ生き残らせてしまって悪かった……!』

『転生者、異能生存体、とっても興味深い内容……あ、御免ねキリコ。

 ……本当に御免ね、貴方を此処で生んだのが、私なんかのせいで……こんな目になっちゃって。

 だからせめて、どうなっても、最後まで見てるわ……愛してる、キリコ』

『私達もよ、キリコ、貴方を引き取って……本当に良かった』

『やっぱり僕達の見立て通りだった、君は……誰よりも、優しい子だよ、僕達は君を誇りに思う』

『キリコ、三大魔法学校対抗試合で僕が死んだのは君のせいじゃない、君は自分を誇りに思うんだ! ハッフルパフは、誰よりも人を思える人が集う寮だから!』

『グリフィンドールだってそうさ! 僕は君をマグル軍から庇ったことも、マグルを助けた事も後悔していない!

 どんなに辛くても、それを乗り越える勇気が、君にもある!』

『にしてもまさか、あれだけしんみりと別れて、まーだ生きていたとはな……難儀な人生だ。

 だがなキリコ、お前は決して独りじゃない、お前に惚れた連中はこんなにも居るんだからよ!』

『そうだぜキリコちゃん! 此処で死んだらウドでばらまいた金全部請求するぞ!』

『うるさいよあんたは!』

『いや違げえってこれはキリコちゃんを元気付けようと……止めろ止めろケツ引っ張るな痛てぇ!』

『キリコ! あたし達がちゃーんと付いてるからね!

 ……だからさ、何時かこっちへ来る時はそんな顔じゃなくてさ、何時ものぶっきらぼうな顔で来てちょうだい!』

『……父さん、ありがとう、頑張って下さい』

『──────!!』

『『負けるな、勝て』だそうだ。

 ……俺も同じだ、人間のクズ以下の神になど、負けるな』

 

 

 

 

「…………」

 

 あいつらの声が、どこまでも聞こえた。

 負けるなと、諦めるなと、生き抜けと。

 共に戦った戦士という家族が、暗闇の銀河を、流星となって流れて行く。

 

 意識が急速に戻って行く。

 体が、手足が、自分の力で動かせる様になって行く。

 ただ、あいつらの声を聴いただけで、戦う気力を取り戻して行く。

 

「……何が、起きた」

「…………」

「何故また動ける様になった、馬鹿な、蘇りの石は、死者の声を届けるだけのガラクタに過ぎない!」

 

 神は動揺する、あれ程心を傷つけて、一度確かにへし折れて、尚立ち上がるという奇跡に。

 

「私の知らない効果がまだあるというのか、死者の声を生命力に変換する力でもあると───」

「そんなものは無い」

 

 ゆらりと、だが力強く立ち上がったキリコが告げる。

 蘇りの石の効果は、今お前が言った効果だけだと。

 

「では、何故……!」

「……そんな事も、分からないとはな」

 

 そういうキリコ自身も、これを何と言えば良いのか分かっていない。

 だがワイズマンと違い、この思いが確かな力を持つ事を、彼は知っていた。

 友情、因縁、腐れ縁。

 それらを纏めて、何と括るか。

 

「分からない……!? 私に分からない事柄があるのか……!?」

「……時間が無い、手短に終わらせる……!」

「認めぬ! 私の知りえぬ奇跡など認められてはならない! 私はワイズマン! マグル界に、魔法界に君臨してきた神なのだ!」

 

 目の前で起こった奇跡を認めず吼える様こそ、ワイズマンが神でない事の証明。

 神が知りえない事など、無いのだから。

 杖も、銃も無くしても、キリコは立ち向かう。

 既に見えないし聞こえないが、俺の背中に、あいつらの思いを確かに感じる。

 

 散り行く友に未練など無い、縋りもしない。

 俺はただ、その死を無駄にしないようにするだけだ。

 あいつらが思っていてくれるなら、尚更。

 

 思い、思い合う。

 普通の形と違えど、それが恨みや、戦いの中でしか見い出せないとしても。

 それらを纏めて、何と括るか、我々は知っている。

 ……『愛』。

 それこそが、キリコの持つ、最大の一撃と成る。

 

 キリコは走り出す。

 最後の望みを握りしめた、左手をより深く握り込んで。

 

 

*

 

 

 既に崩れ、崩壊したホグワーツ城。

 横倒しになった城は崖に引っかかり、雪崩れ込んだ後凍結させられたホグワーツ湖の水によって、宙ぶらりんに固められている。

 しかしもって後数分、後1分後に着弾する世界中の核弾頭が、此処を消滅させるだろう。

 

 そこから離れた遥か先で、命からがら生き延びた人達が、戦況を見守っていた。

 生徒も、マグルも、闇の魔法使いも。

 狂気は無くなっていた、あれだけの傍若無人を体現した様な大災害を前にしては、狂気も気力も奪われるというもの。

 

 空を見れば、ダンブルドアがホグワーツ城を取り囲む様に、大規模な結界を張っている。

 核ミサイルの衝撃、放射能汚染の被害を、結界内で食い止める為だ。

 恐らく、被害はホグワーツ城周辺で留まるだろう。

 

 ……だが、キリコの脱出は間に合ってくれるのか。

 心臓以外が全てバラけ、今さっきまで死に掛けだったキニスが、不安そうに城を見つめた。

 

「───居た! キニス!」

 

 誰かと思えば、ハーマイオニーにロン、ハリーか。

 久し振りの再会に嬉しくなり、結構な痛みに耐えながら、手を振る。

 

「……!? 何で!? どうしてキニスが!?」

「……傷が治ってからで良いな?」

 

 ハリーが衝撃に目を飛び出んばかりに引ん剝く、まあ当然だろう。

 この反応も久し振りだと、安堵による溜め息を吐いた。

 ハリー達も私の説明に納得したのか、それ以上は言及してこなかった。

 

「傷は大丈夫なの?」

「致命傷じゃないから、死にはしないさ……痛いがな」

「何か痛み止めの魔法薬でもあれば良いのに……!」

 

 ハリーが悔しそうに呟くと同時に、キニスの手元に魔法薬を持った手が伸ばされた。

 当然、痛み止めの魔法薬である。

 

「む、済まないな、感謝す……」

 

 お礼を言い掛けて、キニスは硬直した。

 礼を言うには、余りにも相応しくない相手だったからだ。

 

「……誰?」

「……あ、思い出したわ、アンブリッジが学校から追い出された時、闇祓いに襲われていた人よ!」

「……何で貴様が此処に居るんですか? ロッチナさん」

「ふむ、やはり精神手術の後遺症は残っているか」

 

 キニスの質問を全く聞かず、一人で話し出すロッチナの登場は、場に軽い混迷を齎した。

 最も彼が何者なのか具体的に知っているのはキニスだけなので、他の三人の混乱は軽い。

 

「いや、何であなたが此処にいる?」

「何でと言われてもな、私はこの戦争が始まってからずっと此処に居たぞ?」

「……戦闘に参加は」

「高度な戦闘能力は私には無いのでな」

 

 要するに何時も通りと言う事か、相も変わらない元上司のマイペースというか、身勝手さに、彼はまた溜息を吐いた。

 呆れる彼を他所に、ロッチナは戦場を見つめる。

 そう、キリコ最後の戦いを。

 

「……ロッチナ」

「……何かね?」

「キリコは、勝つと思うか?」

 

 彼等は知らないが、既に死なないと言う大前提すら覆されている。

 もはや勝てないが死にはしないと言えず、勝てなければ死ぬのみという、極限状態にキリコは追いやられていた。

 それを友人として、影法師として敏感に感じ取ったからこそ、出た問い。

 

「……私は、長年疑問に思って来た事がある」

「…………」

「何故ワイズマンは、異能生存体に成り得なかったのか」

 

 異能者と異能生存体には、深い関係性……互換性と言える物が存在している。

 異能者である事とは異能生存体であり、それは異能者でもある。

 しかし、異能者であるキリコは異能生存体でありながら、同じ筈のワイズマンは異能生存体では無い。

 

「古代クエント人、後のワイズマンは……時の同胞によって銀河の彼方へと追いやられた。

 だが何故殺さず追いやったのだ?

 殺すのが普通では無いのか?」

「……殺せなかったから、か?」

「そうだ、ワイズマンは元々異能生存体だったのではないか、だから殺せず、追放するしか無かったのではないか?」

 

 これなら理屈は通る、異能者であるワイズマンは異能生存体だった事になる。

 だが、今彼等は異能生存体では無い。

 

「ならば何故今異能生存体では無く、ただのワイズマンに成り果てたのか。

 何故異能の力を、失ってしまったのか」

 

 ロッチナは長年、キリコを追い続けてきた。

 同時に彼自身と、キリコの裏に常に潜んできた神の軌跡も追い駆けて来た。

 キリコよりもキリコを知り、神よりも神を知る男。

 

「……この世界まで追い駆け、漸くその結論が出た」

「……それは?」

「……生きようとする意志、なのでは無いだろうか」

「意志、か、随分チープな結論に落ち着いたな」

「ああ、だがキリコとワイズマンの決定的な違いはそこに有るのだろう」

 

 戦争を俯瞰し続けた神と、戦場を駆け抜けた男。

 地獄を生み続けた神と、地獄で足掻き続けた男。

 永遠を望んだ神と、永遠を拒んだ男。

 

「……死にたがっては居た、だが」

「そうだ、奴は今この瞬間も、生きる事そのものから逃げ出しては居ない」

 

 例えそれが、己の最後を見つけ出す為だったとしても。

 いや、アストラギウスの時でさえ。

 やろうと思えば、川を流れる死体の様に、生きる事だって出来た。

 けれどキリコは、どれ程絶望しても、何処かへ向かって歩き続けていたのだ。

 戦場の中でも、地獄の中でも。

 キリコは戦っていた、死ぬ為だけに戦っては居なかった。

 

「異能生存体だから、生き残るのでは無い。

 心の何処かに、いやより根本の、本能的な所で、生き抜こうとしているからこそ、奴は異能生存体に成り得たのだ」

「……ややこし過ぎる、もっとシンプルな答えで十分だ」

 

 ロッチナと比べれば遥かに短い、加算分も幻の様な物。

 だが、短くても分かる。

 神の目としての答えに対し、友人としての答えとは。

 

「あいつは生きる事にも死ぬ事にも、糞真面目だった……これで良いよ」

「……成程、ではワイズマンは不真面目と言う事か」

「死ぬ事から逃げ出す様な奴が、真面目に人生を生きてると思うか?」

「それもそうか」

 

 だからこそ、神は異能生存体で無くなってしまったのだろう。

 納得し頷くロッチナは、懐から何とティーセットを取り出した。

 全く話を理解できず、ただならぬ関係としか分からなかったハリー達は目を丸くする。

 キニスは何時も通りである、これは彼等にとって日常茶飯事だったのだ。

 

「飲みたまえ」

「あ、ありがとうございます……?」

「……何で今紅茶?」

 

 核ミサイルが上空にある中行われる茶会を、ロッチナは優雅に楽しんでいた。

 傍から見れば不謹慎を彼方へ追いやり意味不明の領域だが、ロッチナは確固たる意志を持ってお茶を嗜んでいたのだ。

 

「これで戦争は終わりでは無い、これから……何時終わると分からない大戦争が始まる。

 折角だから助言をやろう、地獄を生き抜く方法はただ一つ、自分に忠実に生きる事だ。

 信念を持たぬ雑兵のままでは、心まで地獄に成り果てるぞ」

「……だから、日常の一服である紅茶を?」

「その通りだお嬢さん、地獄だからこそ、何時ものままに生き抜くのだよ、あいつの様に」

「……成程、ありがとうおじさん」

「あ、ルーナ」

 

 彼等は紅茶を飲みながら見守る、キリコの最後と始まりを。

 地獄が終わり、地獄が始まる。

 地獄の門の前で飲む紅茶の味は、何故かやたらと体に染みた。

 

 

*

 

 

 銃も無い、杖も無い。

 身を守る物を何一つ持たないキリコを蹂躙するのに、然程時間は掛からなかった。

 

「追い詰めたぞ、キリコ」

「…………」

 

 キリコはあちこちの骨を折られ、碌に動けなくなっている。

 だが甦った炎が、目から消える事は無い。

 寧ろどんどん燃え盛り、ワイズマンは己でも気付かない恐怖に怯え始めていた。

 

「ミサイルの到達まで後1分、放置しておいてもお前は滅びる……とは考えぬ」

 

 ワイズマンは警戒する、いや恐怖する。

 異能の力が消え始めているとはいえ、まだ消滅しては居ないならば、核爆発の中でも生き残ってしまうのではないかと。

 

「確実に、油断無く、私の手で今後の憂いを断つ」

 

 自らの手で抹殺まで見届けなければ、完全な安心は得られない。

 慎重に、最後に確実な一撃を叩き込む。

 

「まず動きを封じる」

「───ぐぁっ!!」

 

 ワイズマンの手によって浮かび上がった巨大な岩が、キリコの下半身をそのまま押し潰そうとする。

 かわそうとするが、折れた骨の激痛に呻いている間に、潰されてしまった。

 

「次に罠の可能性を排除する」

 

 続けて放った悪霊の炎……が強化された、雨の様な稲妻と光が辺り一面に降り注ぐ。

 ワイズマンの予想通り、数ヵ所でキリコが仕掛けた罠が爆発する。

 キリコ自体は巻き込まない様に燃やす、止めを刺すのはまだ先、うっかり異能が発動したら目も当てられない。

 

「更に自由な両手を使えなくする」

「───ッ!!」

 

 木材を鋼鉄の杭に変身させ、十字架に張り付ける様に、キリコの両手を貫く。

 余りの痛みに、ずっと握り締められていたキリコの手が開く。

 半身を岩に、両手を杭に潰され、醜く地面を舐める様な姿勢は、罪人そのもの。

 それを見て、何も隠していなかった事を改めて確認する。

 

「残り50秒、最後に私の知る最も激痛を与える呪文で……お前の精神を破壊し、異能を破壊する」

「…………!」

 

 ワイズマンが両手を掲げ、手の間に光の塊を創り上げていく。

 激痛を与える『磔の呪文』を何十、何億倍にも濃縮した一撃。

 それは一発でショック死を引き起こす程の威力なのだと、キリコに向かってワイズマンは語る。

 

「確実に当たる距離を取る」

 

 今更異能が発動して、外れたら目も当てられない。

 その為に徹底して、罠の可能性を排除したのだ。

 

「…………」

 

 キリコの目と鼻の先にワイズマンが降り立つ、絶対に躱せぬ、そして最後の死刑宣告。

 手に握られた光を浴びれば、俺は死ぬだろう。

 

「残り40秒、超常的な痛みは、物理的威力すら持つ。

 お前は精神、肉体共に死を迎えるのだ」

 

 罠も壊された、腕すら動かせない。

 這いつくばりながら、キリコは呻く。

 もう、何も出来ない。

 俺は神では無い、磔にされても嵐は起こせない。

 

「───終わりだキリコ!」

 

 目の前が、白く光る。

 これで、終わりだ。

 

「───貴様がだ、ワイズマンッ!」

 

 這いつくばる姿勢のまま地面に向かって、食らい付く。

 俺はそこにあった()()をくわえ……首の骨も筋肉も犠牲にする挙動で、神の目の前に()()を投げ出した。

 

「───何を」

 

 ワイズマンは、理解出来なかった。

 馬鹿な、どうして、何時、どうやって。

 何故私の目の前に、『銀の弾丸(シルバーブレッド)』が在るのだ。

 

 ……キリコがやった事は、簡単だった。

 ホグワーツ城崩壊と同時に、足元にあった砕け散った()()を、『グリフィンドールの剣の残骸』を、アーマーマグナム用の弾に加工しただけ。

 

 ワイズマンの攻撃から転がって逃げた際、身に纏わり付いた()()を、偶然此処に落ちていた()()を。

 ヴォルデモートと戦う時ハリーが投げ捨てていた()()を、『透明マント』を回収しただけ。

 

 キリコがやった事は、簡単だった。

 最後まで武器を失わない為に、ワイズマンに悟られない様、透明マントの中に銀の弾丸を包んで隠していたに過ぎない。

 

 しかし、どれ程死に続けても、それを握って離さなかった事が。

 何としても打倒すると、生き抜こうとする意思が、この結果へ収束されたのだ。

 

 確実に止めを刺す為、キリコの周辺は燃やさなかった事が、手を貫かれて落としてしまったマントも、弾丸も無事のままにしてしまったのである。

 

 ───駄目だ、止まらない。

 宙へ放り投げられたマントから飛び出した一発の銀の弾丸に向かって、神の裁きが迫る。

 

 ───駄目だ、間に合わない。

 余りにも急かつ至近距離、体内の石を移動させる事も出来ない。

 

 ───止めろ、止めろ、止めろ。

 何故こうなった、考えられる偶然も罠も全て排除した、一つ残らずだ、何を間違えた。

 後悔が、絶望が、無念が。

 

 それさえも無慈悲に打ち砕く、悪魔殺しの、バジリスクの毒を持つ銀の弾丸(シルバーブレッド)

 ワイズマンの攻撃が、薬莢を爆発させる。

 運命に従い、弾頭が賢者の石に向かって導かれる。

 

 言うまでもない、考えるまでもない。

 神が犯した最大の過ち、それは奴を敵に回した事だ。

 

 神の命が、砕けた。

 神の魂が、終わった。

 

「…………」

「…………」

 

 ヤツの絶命により、俺への攻撃は消えた。

 押し潰してきた巨石にも何かが作用していたのか、岩は粉々に砕け脱出に成功する。

 目の前には、体を維持する力の全てを失った遺体が、呆然とそこに佇んでいた。

 

 運が良い……崩れた瓦礫の中に在った、マグル軍のハンドガンを拾う。

 このまま放置しても死ぬだろうが、止めは……俺の手で刺さなくてはならない。

 

「止めろキリコ」

「…………」

 

 足を貫き、立てなくなった神が地獄に堕ちる。

 

「予言を、結実させる気か、止めろキリコ」

 

 腕を貫き、何一つ出来なくする。

 

「今こうなっても世界が滅びぬのは、私が調整しているからだ。

 私が死ねば、滅びは止まらなくなる」

「…………」

「『世界は炎に包まれる』。

 予言はまだ実現していない。

 予言のトリガーを引くのは、他ならぬお前なのだ」

「…………」

「世界を滅ぼす勇気があるか、罪を背負えるか」

「…………」

「止めるのだキリコ、止めるのだキリ───」

 

 何度だって言ってやる、俺を支配しようというなら。 

 

「              」

 

 乾いた音が、虚空に響く。

 既に死んでいた神の、灰色の脳髄が砕かれる。

 

「止めろ……キリコ……止め……ろ……キリ……コ……」

「…………」

「止め……ろ……キ……リコ止……め……ろキ……リ……コ……」

「………」

「わた……し……は……恐い……止め………………恐………い………キ………リ………」

 

 風と共に、霞の様に、灰の様に。

 神を名乗った化け物は、完全に消え去った。

 空を、見上げる。

 全てが終わった空と、核が飛来する、今から終わらせる空を。

 ……俺は、身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処は何処だ、辺りを伺おうにも真っ白な霞に覆われていて、何も見えない。

 俺は死んだのだろうか、でなければこんな場所に居る説明が付かない。

 なら此処はあの世か、地獄にしては殺風景過ぎる、天国にして寒過ぎる。

 本当にあの世だとしたら、何も無く見えない此処は、地獄よりも恐ろしい場所だ。

 

 俺は何かを探す様に歩き出す、此処が俺の想像を越える地獄で無い事を祈って。

 だがどれ程歩いても、霞が晴れる事は無い。

 俺は囚われていた、自由も先も無く、それすら見透す事の出来ない霧の牢獄に。

 手を縛る手錠も、足を引き摺る足枷も無いが、紛れもなく牢獄だ。

 

 歩いて、歩き疲れて、俺はとうとう立ち止まった。

 これがあの世か、これが……俺があれ程求めた世界だったのか。

 体が震える、心が悴む。

 此処で一人で過ごし続けなければならない、それが俺の運命。

 

「……フィアナ」

 

 不意に出た彼女の名前、そうだ、俺は死にたかった訳では無い。

 ただひたすらに、彼女に会いたかっただけなのだ。

 寂しい時も、悲しい時も、何時も目に浮かんでいた彼女に。

 

「…………?」

 

 その時、ふと耳に何かの声が聞こえた。

 こんな場所に、一体誰の声が響いているのか気になり、再び歩き出す。

 

 霞の中、声の元を辿り歩く。

 そこへ向かって歩けば歩く程、霧が薄くなっていく。

 そして俺は気付く、声の向こう側、霞を照らす光の中に、人の影が写り込んでいる事に。

 直ぐに分かった、間違える筈が無かった。

 一人の時も、会いたいと思った時も、光と共に眩しく胸の中に居た。

 

「───フィアナ!」

 

 俺は走り出した。

 もう、俺を捉えていた牢獄は無くなっていた。

 あれは『異能』の檻だったのだ、だがそれはもう俺を運命に縛り付けはしない。

 

「!? 待ってくれ、フィアナ!」

 

 しかし、今度は俺が走る程、彼女は遠ざかって行く。

 もう閉じ込める檻は無いのに、彼女の方が消えて行く。

 どうして、何故居なくなる。

 逃がすまいと、俺は必死で走り続けた。

 

「……この声は」

 

 俺は彼女の声の元へ走っているつもりだったが、違っていた。

 先程からの声は、あいつらの声だったのだ。

 

『キリコ! 起きてキリコ!』

『魔法薬は無いのかハーマイオニー!』

『今探してるわよ! 焦らさないで!』

『……キリコ、約束を破るなんて最低だよ』

『ルーナもそう言ってるぞキリコ、だから……さ、僕だって生きてたんだから……帰って来てよ』

 

 振り向けば、そこに彼女が居た。

 目の前には光と、そこから聞こえるあいつらの声。

 

 ……ああ、そうか、此処まで導いてくれたのか。

 彼女は首を、こくりと動かし、俺を拒絶した。

 

 こんなにも目の前に居るのに、会う事も抱き締める事も出来ないのは、余りにも残酷だ。

 だがそれは仕方が無い、生きている者が死んでいる者を抱けはしないのだから。

 

 済まないフィアナ、まだ俺は生きなければならないらしい、待っていてくれるか?

 ……そうか、ありがとう。

 分かっている、何処までやれるか分からないが、お前と夢見た世界を追い続けるさ。

 

 何時かは会いに行ける、それまで生きてみよう。

 考えた事も無いが、お前の分まで人生を楽しんでみよう……それが、お前の望みなら。

 

 またな、フィアナ。

 俺は懸命に生きよう、俺自身の人生を。

 

 俺は光の先へ歩き出す。

 どれ程長い人生が、残酷な現実が待っていようと。

 何時か来る時に向けて、俺は行く。

 これが運命とあらば、心を決める。

 俺は死なない、俺自身を生き抜くまでは。

 また始まる炎の運命、むせかえる悪夢の世界を、彷徨い続けよう。

 ───また、会えるのだから。




 ハリー・ポッターならでは、ボトムズならではと言える終わり方は何だろうか。
 それが、『蘇りの石』を使う事でした。
 余りボトムズらしく無いかもしれませんが、多くの人々と別れてきたキリコだからこそ、出来たクライマックスなのではないか……と、私は考えています。

 ワイズマンにトドメを刺す時の、キリコの台詞の「 」ですが、これはあるOVAのシーンを再現した奴です。
 往年の最低野郎なら、何が入るかは分かると思います。

 以上で『ハリー・ポッターとラストレッドショルダー』は完結となります、此処までご愛読有り難う御座いました。


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エピローグ 「ザ・ラストレッドショルダー」

 真の最終回です。
 OVAタイトルは回収しきらないとね。
 後タイトル回収も。


 キングズ・クロス駅9と4分の3番線。

 ホグワーツ急行の始発駅である此処には何時もの様に、大勢の子供達が押し掛けていた。

 

 だが、今までと違う点も在る。

 一つは、このホグワーツ急行が走り出すのが20年ぶりだと言う事。

 二つ目は、ホームに居るのが生徒と保護者だけで無く、マグルの報道陣や一般の人々も居ると言う事。

 

「……奇跡みたいだ」

 

 ハリー・ポッターは、少しだけ涙を流した。

 あの日あの場に居た人達は、ダンブルドアが作り出したホグワーツを包む結界のお陰で、助かった。

 けれどその日から20年、戦争は終わ……らなかった。

 寧ろ激化の一途を辿り、世界中は混迷へと転がり落ちて行くばかり。

 もはやマグルも、魔法族も関係無く、戦争は起きていた。

 

 世界中のミサイルが全部ホグワーツに落ちたお蔭で、撃つミサイルが無いのだから核戦争は起きなかったけれど、だからって戦争が無くなる訳じゃない。

 

 結局キリコの、異能者の予言は完璧に当たった事になる。

 世界は、炎に包まれたのだった。

 

 だけどダンブルドアは言った、『燃え続ける火などないのじゃ』と。

 魔法省が壊滅しても、僕達はひたすら戦い続けた。

 時には同じ魔法使いにすら、杖を向けなければならない時もあった。

 地雷原の中に飛び込んで、何時死ぬかと分からない恐怖と向き合いながら、マグルと戦った時もあった。

 

 戦っても戦っても終わらない日々に、幾度無く挫けそうになった。

 けどその度に立ち直れたのは、何時も僕達の最前線で戦っていた……キリコの姿が在ったから。

 

 一度聞いた事がある、『どうして戦い続けられるのか』と。

 キリコはこう答えた、『彼女の夢だから』と。

 それが……誰の事なのかは分からない。

 いや、僕達は今もキリコが誰なのか知らないままだ。

 ダンブルドアやキニスは知ってるらしいけど、無理に聞き出そうとは思わなかった。

 聞かなくても、僕達はやっていけたからだ。

 

 そんなキリコの姿を見て、戦い続けたお蔭だろうか。

 何時終わるかも分からない戦争に、希望が見えた。

 

 当然、そこには僕達の戦い以外にも多くの要素が絡んでいた。

 これ以上戦争を続けられないと言う、政治的、経済的理由。

 今まで断絶していた交流が、皮肉にも戦争によって起きたお蔭で、相互理解が進んだ事。

 ダンブルドアが上手いとこ、ワイズマンとか言う存在に戦争責任を押し付けたのも在る。

 

 あの戦いでの犠牲者は、尋常ならざる数になった。

 ホグワーツ陣営は約400人。

 闇の陣営は約1900人超。

 マグル軍に至っては……生存者は50人だけだった。

 

 だけど残りの50人が、ワイズマンという存在が居たと言う、生き証人に成ってくれた。

 ……まあそれだけで上手く行く筈も無く、凄まじい苦労がダンブルドアを襲ったのは言うまでもない。

 

 けど、それは此処に結ばれた。

 3年前にイギリスと新生魔法省の間で、和平条約が結ばれた……戦争が終結したのだ。

 

 平和と相互理解への第一歩として行われたのが、ホグワーツの再建。

 当たり前だけど、以前の場所には建ってない。

 寧ろマントルが軽く剥き出しになっている場所に建てる方法が有ったら、是非教えて欲しい。

 

 此処にマグルの人達も居るのは、そういう訳だ。

 こういった取り組みにより、お互いの理解を深めて行こうとしている。

 

 改めてホームを見れば、見覚えのある人達が見受けられる。

 ネビルとルーナと、彼等の子供。

 相変わらず憎たらしい顔をしているマルフォイと、あいつの子供。

 騎士団のメンバーだった、トンクスと娘の姿。

 

 誰しも無事では居られなかった。

 ネビルはバジリスクの牙に貫かれた状態を放置していたせいで、不死鳥の涙を使っても完治せず、右手と左目を失ってしまった。

 

 マルフォイも父親を失った事、純血主義が忌むべき風潮になった事もあり、逆境の中一人で家を存続させようと必死だったらしい。

 

 トンクスはルーピン先生を失った悲しみから立ち直れず、一時期は荒れに荒れていた。

 

 僕だってあいつに死の呪いを受けたせいか、繋げても再生させても左手が動かず、義手を使って生活している。

 

 けれど、皆生きている。

 僕はそれが、何より嬉しかった。

 

「後二年待てばリリーも学校に行けるんだから、我慢しなよ」

「嫌よ、私もう簡単な魔法は使えるのよ……なのに」

 

 母親似の姿を持つ娘は泣きべそをかくが、それを長男が慰める。

 その光景を見たジニー・ウィーズリー、もといジニー・ポッターは苦笑いを浮かべた。

 

 本当に、酷い戦いだった。

 もう、戻らない人が……多過ぎる。

 数えるのが嫌になる程の別れは、幾度無く悪夢となって僕を襲った。

 

 だからこそ、僕はこの光景を噛み締める。

 生き残った事、生き残らせてくれた事、こうして幸せを掴めた事全てに、心の底から感謝する。

 

 ダンブルドア先生も、もう居ない。

 1年前にとうとう死んでしまった……それも日本語で言うところの『過労死』だった。

 当然だ、戦争が終わってから政治も戦いも全部引っ張り続けたのだから。

 もっとも直接の原因は、核ミサイルを防いだ時……命を削る程に力を使ってしまったのが理由だ。

 けど、その最後の顔は、とても満足げだった。

 

「ねえパパ、もしもスリザリンに入ったら……どうしよう」

 

 長男が不安そうに、ハリーを見つめる。

 次男や長女はまだ入学しないが、同じ気持ちの様だ。

 スリザリンに良い噂は聞かない、多くの闇の魔法使いを輩出した寮であり、闇の帝王もそこの出身だったからだ。

 不安に思うのは当然、故にハリーは彼等の目をじっと見つめる。

 

「ルビウス・アラスター・ポッター」

 

 彼は長男の名を呼ぶ、最も勇敢だった男と、最も頼りになる男の名前を貰った子供の名を。

 

「セブルス・リーマス・ポッター」

 

 彼は次男の名を呼ぶ、最も誇り高かった男と、最も優しかった男の名前を貰った子供の名を。

 

「リリー・ポッター」

 

 彼は長女の名を呼ぶ、最も自分を、友を愛していた女性の名前を貰った子供の名を。

 

「お前達は僕の知る、色んな人々の名前を貰っている、その内一人はスリザリン生だけど、父さんの知る限り最も勇気の有る人だった。

 スリザリンに入る事は恥じゃない、それを恥だと思う自分こそ、罵る他人こそが恥なんだ。

 父さんはそれに気付くのに、長い時間を掛けてしまった」

「……けど、もしも」

「もしそうなったら、スリザリンは素晴らしい生徒を一人獲得したと言う事だ。

 どうしても嫌なら、組み分け帽子はその意志を汲み取ってくれるよ」

 

 昔は寮が何処かというだけで、その人がどんな人か決め付けていた。

 スリザリンは卑怯者の集団だと思い込み、勝手に敵視していた。

 寮が何処か何て、大した問題では無い。

 誰にだって欠点は有るし、誰にだって素敵な所は有る。

 そこに目を向けて行かなければならないのだ、未だ真っ暗闇のこの世界だからこそ。

 

「さあお行き、皆が待ってる」

「……うん! 行ってきます!」

 

 そう言い残し、かつての自分達の様に走り出す息子を、彼等は見送る。

 入れ違いにやって来たのは、同じく子供達を見送った二人の姿。

 

「やあ久し振りハリー、元気にしてたかい?」

「ああ、今まさに元気になった所だよ、ハーマイオニーはどう?」

「……政治の遣り取りが黒過ぎて心が荒みそう」

「……僕に言われても」

 

 ロンとハーマイオニーも、僕達同様結婚し、子供を授かっていた。

 結婚生活について聞く程野暮では無いけど、上手くやっているらしい。

 

「良いかイプシロン? ホグワーツだろうと何処だろうとPSの誇りを忘れてはならんぞ」

「サー・イエッサー!」

「戦いを挑まれたら卑怯な手を使わず正々堂々と挑み、泣いて許しを請わせた後、二度と逆らわないと誓わせ心を圧し折る程に叩き潰して来い!」

「サー・イエッサー!」

 

 飛んでもなく物騒な会話が聞こえる……キニスと彼の息子だ。

 彼はフラーの妹の、ガブリエルと結婚していた。

 ……精神手術(サイコ・セラピー)の後遺症が治っていないけど、本人は全く気にしていない。

 

「……ん? ハリーだ!」

「久し振りキニス」

「いやー、皆老けたね」

「…………」

「止めてくれキニス! ハーマイオニーをこれ以上怒らせるな!」

 

 相も変わらずマイペースな彼を見ると、力が抜けて行く。

 しかし、このメンバーを見ると、余計にあいつが居ない事が寂しくなってしまう。

 

「……キリコ、大丈夫かな」

 

 イギリスで和平条約が結ばれた後直ぐに、キリコは居なくなってしまった。

 多分だけど、あちこちから追われている自分が居たら、迷惑になると考えたからだ。

 

 キリコが悪逆非道のブラッド家の末裔である事、本当の不死の力を持っている事は、あのニュースのせいで世界中の人が知ってしまった。

 魔法界の顔になっていたダンブルドアが『そんなものは無い』と否定したのと、元々本当に不死が有り得るのか、多くの人達が懐疑的に思っていたのもあり、表面上では解決した。

 

 けれど不死を望む権力者や、ブラッド家を恨む人、中には武功を上げ様とする連中は、未だにキリコを狙い続けている。

 そんな自分が居たら、またイギリスは戦場になると、考えたのだろう。

 

「んー、まあ、キリコの事だ、上手くやるよ」

 

 キニスは何にも心配していない風に、欠神しながら答える。

 そこには考えるのを諦めるのでは無く、完全に信頼している親友の関係が見えた。

 

「けれど、場所ぐらい教えてくれても良いのに……」

「場所? 恐らく何処かの荒野を彷徨っているのだろう、そんな気がする」

「……確かに」

「せいぜい出来る事と言えば、フラッと現れた時に備え、ご飯を用意しておくぐらいだな」

「ご飯だって?」

「貴様等知らないのか? あいつ美味しい御飯食べると、ちょっとだけ顔がにやけるんだよ」

「何それ見てみたい」

 

 イギリスは和平条約を結べたけど、他はまだまだだ。

 アメリカは東西南北で更に分裂して、戦争が続いている。

 ヨーロッパの多くは停戦状態に過ぎず、終戦した訳じゃない。

 酷い所だとどちらかが植民地になっているし、中には両方共滅んでしまった国もある。

 

 けど、変わらない事なんて、無いのだろう。

 変わらない事も、有るのだろう。

 この世界が変わるのか、変わらないのか。

 そんな、むせかえる程に荒んだ世界でも、僕達は生きて行く。

 あいつの様に。

 

 

*

 

 

 20年の歳月は、世界を変えるのに十分な年月を持っていた。

 だが、私の成す事は変わらない。

 キリコを探求するという、私の存在意義は。

 

 あの日、キリコは何故生き延びたのか。

 核が落ちる直前、ホグワーツ城は崩壊し、奴は瓦礫の中へ落ちた。

 お蔭でそれらが盾に成り、衝撃波の直撃を免れたのだ。

 

 無論それだけで防げる訳が無いが……キリコの近くに落ちたミサイルだけは悉く不発に終わり、ある意味予想通りの展開になりながら、爆破を押し留めていた結界の外、谷底まで無事落下したのだった。

 

 だが多量の放射線まで防げる筈も無い、起爆したミサイルの放射線はキリコを蝕み、死ぬのは時間の問題、しかも谷底の中の瓦礫の何処に居るかも分からない。

 

 捜索は困難どころか、不可能と思われていた。

 だが突如谷底から一筋の光が発生し、その元でキリコは発見された。

 光の大本は……『蘇りの石』が発生させていたと言う。

 この石にそんな力が有ったのかは分からない、石はその後何処かへ消えてしまったのだから。

 

 ともあれ、こうしてキリコはまた生き延びる事と成る。

 ヴォルデモートが死の間際に放った『異能殺しの呪い』は、あれ以降一度も観測されていない。

 

 あの呪文はキリコのDNAを基点に発動している、故にコードの書き換えが起きなければ呪文の解除は不可能。

 以上から、異能生存体の遺伝子が自壊したのは間違いないと言える。

 結果的に、ヴォルデモートの目論見は達成された。

 

 コードの書き換えが起きるのは、精神が限界直前になってからだ。

 あの時キリコの精神は、確かに死の直前まで行っていた。

 そこから持ち直す事が出来た理由を、奴が語る事は無い。

 私が知るのは、異能が消えたと言う事実だけだ。

 

 ……しかし、本当にそうだとは思えない。

 何故なら異能生存体のDNAが、一通りしか無いと証明されてはいないからだ。

 

 収斂進化というものがある。

 場所や種族が別であっても、環境が近ければ、姿形や特性も似通って来るという現象だ。

 これと同じ様に、別のコードであっても、『生存させる』という現象を引き起こすDNAが存在するならば……奴の目論見は失敗し、キリコは異能生存体のままと言える。

 

 とは言え、ヴォルデモートの言う魂のテロメアが実在するのは間違い無い。

 生き残らせたせいで魂が損耗していくなら、死の原因は異能その物。

 何時か異能は自壊し、キリコの魂も……肉体も滅びる。

 

 キリコは以前の様な自暴自棄とは違い、夢に向かって懸命に生きている。

 それは自分が死ねると知ったからに、他ならない。

 奴はこの戦いによって、自分が何時か死ねると知る事が出来たのだ。

 

 ワイズマンが復活する事はもう無い、分霊箱か、魂すら破壊するバジリスクの毒が原因か。

 神は、魂ごと破壊されてしまったのだから。

 仮に蘇ったとしても、何の意志も無い情報集積装置に過ぎないだろう。

 

 全ては上手く行き、上手い所に納まった。

 ……そう、上手く行き過ぎているのだ。

 

 『異能殺しの呪い』は本当に防げなかったのか?

 死ぬか不明瞭故に防げないと言うが、何れ心が死ぬ事が明らかな呪文を、本当に防げなかったのか?

 

 私は考えてしまう、ワザと喰らったのではないかと。

 キリコ自身に、魂のテロメアが在ると、寿命が有ると教える為に。

 何故ならそのお蔭でキリコは生きる気力を取り戻した、即ち『精神的に生き残った』と言えるからだ。

 

 それだけでは無い。

 キニスがアーチに入って、生還した事。

 『異能殺しの呪い』を生み出す切っ掛けになった、グリフィンドールの剣が異能を取り込んだ事。

 ワイズマンの滅びを呼び込んだ、ヴォルデモートに与えたペールゼン・ファイルズの事。

 そもそもの原因となる、ヴォルデモートをワイズマンが利用した事。

 

 どれも偶然と片付けるには、ある一つの結果に繋がり過ぎている。

 まるで最初から、その為に起こったかの様に。

 

 『キリコの生存』へと。

 

 キリコに害成すワイズマンは、完全に滅びた。

 キリコ自身は友を得、死を知り、前向きに生きる様になった。

 即ち、精神的な『生』を取り戻した。

 ワイズマン転生から起きた全ての事柄は、此処に収束している。

 

 神の転生から始まった動乱の1000年間、その全てはこの為だけに在ったのではないか。

 1000年間の何もかもが、キリコを生存させる為だけに『異能』が引き起こした、巨大な喜劇の一幕に過ぎなかったのでは。

 人々の悲哀も意志も、全てが『異能』の掌の上だったのではないだろうか。 

 

 世界の全てが宇宙の中心に居座るキリコという存在に、カーテンコールを浴びせる為だけに存在する、巨大な舞台の歯車でしかないとしたら……

 

 ……いや、何れにせよ、私のやる事は変わらない。

 例え世界が異能の花であり、支える根に過ぎないとしても、見届けなければならない。

 私は鳴り響く電話のベルに答えた。

 

「……うむ、分かった。

 私が直接聞こう」

 

 どうであれ、私にしか出来ない事があるらしい。

 そう……舞台が作られ続けるのは何も此処だけでは無いと言う事だ。

 いずれまた、何処かでお目に掛かる事もあろうさ……

 

 

*

 

 

 『ハリー・ジェームズ・ポッター』

 新生魔法省の闇祓い局長に就任。

 ジニー・ウィーズリーと結婚、二男と一女を授かる。

 マグルと魔法界の和平の為、世界中の戦場を今でも駆け回っている。

 

 『ロナルド・ビリウス・ウィーズリー』

 冒険家として、あちこちの戦場や人類未踏の地を探索。

 フレンドリーな性格による現地住民との繋がりは、後に誕生する国際地球連合の礎となる。

 

 『ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー』

 新生魔法省の役員として経験を積み、三代目魔法大臣に就任。

 マグル出身の魔法大臣として、マグルと魔法界の和平に尽力する。

 

 『ネビル・ロングボトム』

 決戦後右手と左目を失うという、完治不能の重傷を負うも生還。

 死去したスプラウト教授の後を継ぎ、新生ホグワーツの薬草学教員に就任。

 

 『ルーナ・ラブグッド』

 著名な魔法生物学者ニュート・スキャマンダーに弟子入りし、しわしわ角スノーカックを発見する事に成功する。

 その後も彼の元で研究を続け、多くの発見を成し遂げた。

 

 『フレッド・ウィーズリー』『ジョージ・ウィーズリー』

 ウィーズリー・ウィザード・ウィーズを経営し、多くの悪戯グッズを全世界に拡散、マグル魔法族問わずあらゆる保護者を阿鼻叫喚へと貶め、大人気のチェーン店まで伸し上がる。

 尚、アドバイザーとしてある青髪の男を雇っているらしいが、詳細は不明。

 

 『ドラコ・マルフォイ』

 父親を亡くし、純血主義への逆風の中、家の存続の為に奮闘。

 財産の殆どを失うが、家の存続に成功する。

 またアステリア・グリーングラスと結婚、一人息子のスコーピウス・マルフォイを授かる。

 

 『アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア』

 新生魔法省初代魔法大臣として、世界の立て直しに尽力する。

 結果的にはだが、かつて夢見たマグルと魔法族の共存する世界を創り上げる事に成功するが、ホグワーツ再建の1年前過労により死亡。

 享年136歳、ホグワーツの名誉校長として、後の後世に伝えられる事となる。

 

 『シリウス・ブラック』

 戦争から生還するものの、障害を負い引退。

 しかしその経験を買われ、闇祓いにおける教官、アドバイザーとして活動する事となる。

 

 『ギルデロイ・ロックハート』

 ヴォルデモート支配下におけるアズカバンからの大量脱獄に紛れて脱獄、マグル界に潜伏。

 魔法界に関わる様々な出版物を出し、物語作家として才能はあったのか大成する。

 

 『クィリナス・クィレル』

 上司の因果の恩恵か、奴を敵に回したにも関わらず生存。

 代償として一生ロッチナの小間使いとして生きる羽目になったが、本人はこれ位が最も性に合っていると満足している。

 

 『キニス・リヴォービア』

 敢えて魔法界から距離を取り、旧国連に連なる特殊部隊に身を置く。

 イギリス和平後は引退し、スキャマンダー氏に弟子入り、後にホグワーツの魔法生物学の教員となる。

 だがその授業内容はハグリッドの授業を更に凶悪にした内容が主であり、安全が確保されてある分余計に性質が悪いと、生徒からの評価は二分されている。

 

 『ジャン・ポール・ロッチナ』

 ダンブルドア亡き後の、二代目魔法大臣に就任。

 あらゆる手段を行使し、イギリスの利権獲得に勤める。

 また神秘部と闇祓いの一部を合併、独立させた『闇の魔術の研究部門』を作り上げた。

 だが、この部門はある特定の人物の研究に私的に運営されているともっぱらの評判である。

 

 『キリコ・ブラッド・キュービィー』

 不明

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽炎の荒野を、俺は行く。

 振り向けば俺を追う連中だった、鉄と血の成れの果てが転がるだけ。

 またこの生活だが、慣れたものだ。

 

 『幻影』を赤く染める、『孤影』を乗せた鉄の肩。

 『赫奕』たりて蔓延したのは、『野望』の『ラスト』。

 『巨大な戦い』を記した、『一人の男のファイル』。

 

 全ては、過去へと流れた。

 レッドショルダーの過去も、そうさせた異能も。

 既に俺は、レッドショルダーでは無い。

 最後の一人は、やっと終わりを告げたのだ(ザ・ラストレッドショルダー)

 

 俺は知った、死ねるのだと。

 明日を得たなら、今日を生きるだけ。

 もう、苦しくは無い。

 友も、あいつらも、間違いなく此処に居るのだから。

 

 耳に残る銃声が撃ち鳴らす、『鉄のララバイ』が戦火を燃やす。

 今だ途絶えぬ『炎のさだめ』に、『いつもあなたが』浮かび上がる。

 そこへ向かって、俺は行く。

 砕かれた夢を拾い集め、彼女へと届ける為に。

 地獄が有るか、悪夢が有るか、明日が有るか、夢が有るか。

 答えはきっと、『風が知っている』。

 だからこそ、俺は歩いて行く。

 ───風と共に。

 

 

 

 

『ハリー・ポッターとラストレッドショルダー Fin』




 以上で終幕と成ります。
 あれこれ言いたい事は有りますが、それは活動報告の方で。
 こちらでは短く。

 この様な面妖な小説ではありましたが、最後まで読んでいただき、有難う御座いました。




最後のおまけ
 『キリコ介入による被害一覧(リザルト)

賢者の石
 ・クィレル(下半身)
秘密の部屋
 ・図書館の準備室(爆発)
 ・ロックハート(アズカバン行き)
 ・バジリスク(胴体消滅)
アズカバンの囚人
 ・暴れ柳(全焼)
 ・叫びの館(全焼)
 ・ルーピン(全身火傷)
炎のゴブレット
 ・ドラゴン(気絶)
 ・ホグワーツ湖(爆発)
 ・ジュニア(撃破)
不死鳥の騎士団
 ・マルフォイ邸(半壊)
 ・ロッチナと話した部屋(消滅)
 ・アンブリッジ(発狂&アズカバン行き)
 ・魔法省(完全崩壊)
謎のプリンス
 ・世界中の都市(マグル作戦による被害)
 ・ホグワーツ(一部損壊)
死の秘宝
 ・ロンドン橋(崩落)
 ・空軍基地(陥落)
 ・ヌルメンガード(完全崩壊)
 ・マルフォイ邸(完全崩壊)(ある赤子死亡)
 ・ダンブルドアの墓(爆破)
 ・全世界の魔法族の村組織建物(マグルの襲撃)
 ・ホグワーツ城及び周辺(土地諸共完全消滅)
 ・地球(第三次世界大戦)

総合評価 『触れ得ざる者』

 地球も木端微塵にしてれば、総合評価が『最低野郎(ボトムズ)』(最高評価)になってたのに……残念です。


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