指先に映る貴女 (とある世界のハンター)
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№1 吊るされた糸

お久しぶりです。書き直すと宣言してから一年半。ようやく重い腰を上げました。続きません。なので短編です。


 

 

 

 

 

 これは...夢か?

 この惨状を前にして突っ伏している彼、爆豪勝己はそういう感想を生み落とした。辺りは火の海で...例えるならばそう、彼が幼き頃、友人と共に動画投稿サイトで何度も何度も見返した№1ヒーローによる救出シーン...あの時のビルの大火災を彷彿とさせていた。

 

(いや、それ以上かもしんねぇ...)

 

 あの動画には人間が映っていた。悲鳴も、助けを求める声もあった。だが今観ているこれは、これにはそんなもの無かった。見えるのは勢いを増していく炎と瓦礫、聞こえるのは囂々しい破壊音と姦しい叫び声。

 それに、決定的に足りなかったものが一つ。

『ヒーロー』だ。

 

 西暦20XX年に中国の軽慶市で光る赤子が産まれたというニュースがあった。それ以降世界各地で様々な『超常』が確認され、そしてそれらは『日常』と化していった。そんな『超常』(───"個性"と称される)を用いて、悪事を働く者が続出した。『超常』が原因で迫害された者、力に驕る者、理由は様々だが従来のシステムでは彼等を抑える事は難しかった。だが、目には目を歯には歯を、『超常』には『超常』を━━━━━━━━その力を正義として奮う者が現れた。彼等は(ヴィラン)を打ち倒し、そしてこう称えられた。

ヒーローと。

 

 そんな存在がこの場に居ないのは不自然だ。救助活動を行うべきだろう。いや、今はまだ生存者を探し回ってる最中なのかもしれない。もしくは、まだこの地に到着してないのかもしれない。

 

(ざけんな...!!このくれぇ一人で)

 

 彼の個性は《爆破》。掌の汗腺から出たニトロの様な物質を用いて爆発させる能力だ。これを用いれば空中へ飛び上がる事も可能で、火の届いていない場所まで避難できる事は容易い。

 

(...動かねぇ)

 

 しかし、腕はジンジンと痛みを発し続け、これ以上の活動は無理だと知らせていた。なんとか頭を動かして身体の様子を窺うと、着ていたのは所々焼け焦げているが、自身が構想していた戦闘服(コスチューム)に似た物だった。どうやら今の彼はヒーローらしい。

 

(...あ?)

 

 砂利を踏む音が近付いてきた。ふと視線を上げると、目の前には黒コートの女性が此方を見ていた。満身創痍、いやもう死んでいるのでは無いかと思うほどの多量出血をしている彼女は、口角を上げて口を開けた。

 何を言ってるのか分からない。聴覚が一瞬にして消えたのだ。 

 

「...ァ」

 

 今までやろうとしなかったが、無意識的に彼の口は言葉を発した。そしてまた、無意識的に彼の口は心の内を零した。

 

「なに...泣いてんだ」

 

 

 

 

 

 

 

(なに、これ...)

 

 燃え盛る炎に包まれた惨状に、彼女は恐怖の念を抱いた。指を伸ばせば、身体は所々焼け焦げ、血を流し、骨も数本折れているのが分かった。指先の感覚があるのが幸いしたようで、彼女は『個性』を用いて死角を含めた全方位を探り始める。

 彼女の個性は《糸》。手先から糸を出せるといったものだ。出せる量は1つの指につき1本...即ち合計10本。だがそれでも辺りを探るには充分だった。

 

(やっぱり...)

 

 しかし糸という性質上、炎で簡単に燃えてしまった。大人しく糸を引っ込めた彼女は聴覚に全てを頼る事にした。先程から視界が覚束無いのだ。右眼は完全に死んでおり何も見えない。左眼には血が入り込み、まともに見ることすら叶わないのだ。

 

(...夢か)

 

 無意識的にボサボサになった前髪をかきあげると、死んでいた筈の右眼に光が射し込んだ。光と言っても、希望の光では無くギラつく炎の明かりなのだが。

 

(ん...?)

 

 空気を切る音が彼女の頬に触れた。そしてそれは彼女の視界へ映り込むように飛び降りた。

 

(またか...)

 

 全身を赤を基調とした色で塗りたくったようなヒトは、彼女の夢に今まで幾度となく出現していた。そしていつも華麗にさるのだ。片手から糸を射出し、どこか遠くへと。今回もその例に漏れずそれだった。

 

(...ねぇ、アンタ)

 

 去り際に彼女を見つめた顔。マスクで表情は見えないが、それでも彼女は、糸包クミには分かった。

 

(なんで笑ってんの...?)

 

 

 

 

 

 

 

(またあの夢...)

 

 瞼を開けば差し込んでくる日差し。程よい揺れが子守唄代わりになりいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 

(学生ばっか...同じ制服...は、居ないんだっけ)

 

 落ちる寸前に留まっていたスマートフォンに目を落とし、慣れた手つきで画面を開く。そこには昔から使い慣れた地図アプリが映されていた。目的地は『雄英高校』。国内にあるヒーロー科の中でもトップに君臨する高校で、毎年多くのプロヒーローを排出している超エリート校。ヒーローになる為の資格取得を目的とする学科の中で、全国で最も人気で最も難しい高校だ。今日はその雄英高校ヒーロー科の一般受験当日。もちろん彼女はそれを受けにこうして電車に揺られているのだ。

 

(真面目に勉強してる奴、興奮して体温が上がってる奴、ガチガチに震えてる奴...皆大変だね)

 

 右手の先から伸びた糸は、乗車している人間達の状態を瞬時に読み取っていた。別に読み取ってどうこうするという訳では無く、ただの暇潰しだ。

 ふと窓に目をやると、丘の上に堂々と聳え立つ青い校舎が見えてきた。あれが雄英高校、彼女の目的地だ。

 

「次は雄英高校〜。雄英高校〜。お出口は右側です」

 

 

 

 

 

 

 

(駅から通学バスが出てても問題は無い気はするんだけど...)

 

 雄英高校の最寄り駅を後にした彼女は、学生達の波に飲まれながらも目的地へと続く坂道を登っていた。

 歩みを進める度に揺れる右側頭部で結ばれた髪が甘い匂いを零す。釣られて鼻の下を伸ばす男共は、次に特徴的な彼女の前髪に目をやる。右目を覆う程の長い前髪。一見邪魔では無いかと思うが、死角に入る人間達は全て糸で感知している為特に問題は無い。そして次に目が移るのはその歳に沿わない程成長した胸。これでもまだ成長途中なのだ。

 そんな男達を碧く鋭い目で蔑視したと同時に、指から伸ばした糸を鞭の様に撓らせ脛を叩けばそれなりの痛みが出るのは必然だった。糸とは言えど、それなりの強度はあるようだ。

 

 それから数時間後、筆記試験を済ませたクミは実技試験説明会場の席に腰掛けていた。

 

「...zzZ」

 

 というより、寝ていた。前日の全てを受験勉強に当てていた彼女の睡眠時間及び食事時間その他諸々の時間は0分。偏差値が70を越える高校の入試を後にした彼女の体力は、とうの昔に限界を迎えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「...んぁ?」

 

 とんとんと優しく叩かれた事をきっかけに起こされるクミ。視線を机から周囲に移すと、説明会場には殆どの学生が残っておらず、残っている生徒も出入口へと向かっている最中の者ばかりだった。

 

「アナタ大丈夫?眠っていたようだけれど...」

 

「ん?あぁ...ありがとう。大丈夫」

 

 そんな中、クミの傍に立っている女学生が一人。恐らくクミを起こしたのは彼女なのだろう。咄嗟にお礼を言った彼女は、急いで手元の資料と持ってきた荷物達を掴み、その起こしてくれた女学生と共に説明会場を後にした。

 クミは起こしてくれた彼女から歩きながら手短に入試の説明を受けた。受験生は7つのグループに分かれ、それぞれの試験会場でロボの様な仮想(ヴィラン)と戦闘を行う。仮想(ヴィラン)にはそれぞれポイントが振り分けられており、受験者は仮想(ヴィラン)を破壊含む無力化すればそのポイントが手に入る。その合計ポイントが高い受験者から順に入学者が決まるそうだ。

 

「なるほど、ありがとね」

 

 それら一通りの説明が終わる頃には、既に彼女達は更衣室で着替えを済ませていた。ここからはバスで移動するようで、生憎クミと彼女は別のグループに分かれておりここでお別れだった。

 

「気にしなくて良いわよ。じゃ、お互い頑張りましょ」

 

「そうね。あ、最後に名前、教えてくれない?」

 

「蛙吹梅雨よ。アナタは?」

 

「糸包クミ。頑張ろね」

 

「えぇ。次会えたら、その時は梅雨ちゃんって呼んで」

 

 バスの乗り際、そう言った蛙吹は笑顔で見送ってくれた。勿論クミも、笑顔で応えた。少しぎこちない笑みだが。

 

(...今日の夕御飯はアマトリチャーナでいっか)

 

 

 

 

 

 

 

 〜演習場E〜

 

 バスに揺られて数分程度、学生達は巨大な扉の前に連れられてきた。都会のオフィス街を模した演習場が今回の試験会場であり、防犯対策からかそれが幾つもあるなど聞かされていなかった受験者達の口は開いたままだ。

 

(...って言いたいけど、そんなの少数。殆ど自信満々に始まりを待ってるじゃない)

 

 ゼリー飲料を口に咥えながら、念入りに準備運動しているクミはここでも人間観察をしていた。

 

(...準備運動はしてないようだけど、そんな余裕な態度だと...足元掬うよ?)

 

 否、彼女が着替えてバスに乗るまでの過程で既に準備運動は終わらせている者が大半である。

 

「ハイスタートォオ〜!!」

 

 いきなりの開始合図。受験者達が顔を上げれば、校内にある塔の上には入試説明を務めたプロヒーロー:プレゼントマイクが立っていた。曰く、実戦に合図等無いこと。だがその言葉を聞いた時、いや聞き終える寸前に行動を会場した受験者達が大半だった。

 

(まぁ...もう遅いけど)

 

 その大半に含まれない者が一人。クミだった。

 個性の準備運動がてら思い切り糸を伸ばしていたところ、静かだが微かにした扉の開閉の振動とプレゼントマイクの声の振動。それを糸で察知したクミは誰よりも早く駆け出したのだ。

 

「標的発見。ブッ殺ス!!」

 

(頭に1...恐らく1ポイント)

 

 駆け出したクミの進行方向を阻害するように、ビルを突き抜けて仮想(ヴィラン)が現れた。それは爪に当たる部分を高々と掲げ、キャタピラで急速に前身しながらクミへと突撃する。

 

(動きが単純...なら)

 

「殺s「ッラァ!!!!」

 

 なら...カウンターしてやるとでも言わんばかりに左足を踏み込んだ彼女は、個性を使うわけでも無く思い切りその右腕で仮想(ヴィラン)を正面から殴りつけた。

 

「...っ〜!」

 

「絶...ゼッタタ繧ソ繧谿コ?ス?ス?ス」

 

 完全に破壊する事は出来なかったが、中身はそれなりに壊せたようだ。仮想(ヴィラン)はその場でのたうち回るように回転し始め、最終的にはビルにぶつかり機能停止してしまった。

 ここまで約20秒。追い抜いた筈の受験者達は既にクミを追い抜きかけている。

 

「さて、と...始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 これより彼女、糸包クミの英雄譚。間も無く開演致します。

 席に着かれましたら、皆様お手元にある糸をお持ちください。お持ちくださいましたか?

 それでは皆様、お手元にあるライターを使って...

 

 ━━━━━━━━その糸を燃やしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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№2 併された糸

書き納めです。続きません。


 

 

 

 

 

 走る。走る。誰よりも速く。

 伸ばした糸は━━━━━━━━届い

 

「たァっ!!」

 

(1Pは動きを止めるのに2本。2Pは3本で3Pは5本...一度にやりあえる量はもう分かった。あと10分は欲しいのだけれど)

 

 ギシギシと今にも壊れそうな音を立てる仮想(ヴィラン)と、それを慢侮するのは糸包クミ。各所に糸が絡まり、自由に動くことが叶わない仮想(ヴィラン)はそのまま機能停止してしまう。これで更にポイントを確保できる。これを繰り返してもう何度目か、さすがに彼女の肩は疲労を震わせていた。

 

「標的発見!標的発見!!」

「ブッ殺ス!!ブッ殺ス!!」

 

「3と1...これで合わせて51、か」

 

 大通りという性質上、仮想(ヴィラン)も受験者も標的を見つけやすい。今回はクミが見つかる番のようで、裏路地から顔を出した奴らの餌となった。

 しかし先攻を取ったのはクミのようで、彼女は先程壊れた仮想(ヴィラン)の千切れた四肢を本体に糸で繋ぎ合わせて補強、彼女の思うがままの玩具とする。そして右手の糸を全て使って、ようやっと使用可能となった玩具は彼女の手に連動して動く。サイドスローの様にして手を振れば、それに合わせて3Pの仮想(ヴィラン)の右側面へと突撃。人差し指を弾いて左碗部を操作。仮想(ヴィラン)の内の一つにそれを突き刺し、破壊。残りの一つにはその残骸を思い切り投げつけて吹き飛ばした。仮想(ヴィラン)はポイントが増える程、強度と大きさ、戦闘能力が上がっている為、3Pと衝突した1Pは所々砕けながら機能停止、即ち戦闘不能となる。

 

「っ...!」

 

(こんなに重いの持った事ないから指が...!)

 

 こんなポイントの稼ぎ方を試験開始からずっと続けていたクミの指は限界に達していた。指先はジンジンと痛みを発し続け、糸の放射口からは血が流れ出ている。心做しか肩から先に上手く力が入らず、脱力したような感覚が彼女の身体を巡っている。

 しかも頭も痛くなってきたようだ。更に身体に重圧が掛かるような気がする。動悸も速まる。ドクドクと、どくどくと。

 

 瞬間、轟音と共に彼女が踏ん張っている地面が大きく揺れ、試験会場を包んだ。混乱渦巻くビル群の中に、突如として現れたのは摩天楼かと見間違える程の巨大なロボット、仮想(ヴィラン)だった。

 

「...でか」

 

 少しでも気が抜けば倒れる。そんな状態のクミにとって、()()()()()()()()()()()()は格好の獲物だった。

 

(3ポイントとは比にならない大きさ...ざっと見積もっても30倍?って事はだいたい100ポイント......)

 

「ホント、頭おかしいよ。雄英高校...」

 

(こいつ倒せば...試験合格は確実)

 

 今の彼女の脳内は、目の前の巨大な塊のみが映し出されており、それを打ち倒す手段が勢い良く書き出されていく。

 

(今まで通りのやり方じゃダメ。動きを制限する為の本数が圧倒的足りない...あの巨体をどうにかする術...機能停止?電源を切る...何処にあるか分からん...思い切り投げ飛ばす?そんなパワー、私の糸に無い...)

 

 廻る廻る。思考は巡り廻る。

 

(...切る...斬る?どうやって?それを斬れる程の鋭い刃...は、無い)

 

「でも、下位互換の硬度なら幾つもある...か」

 

 彼女の目線の先には、先刻打ち倒した、打ち倒された仮想(ヴィラン)の群集があった。それらはまるで夜中3時に目覚める玩具達の様に立ち上がり、動き始める。

 

「烏合の衆...集めて、合わせて...」

 

 まるで自らの意思でクミの元に集まるゴミ屑達は、歪な形をしながらも凡そ真っ直ぐに、縦に伸びる。試験会場中の玩具達は集まり、高く、更に高くと伸びていく。

 

「...併せて」

 

 壊れかけの機械、そしてそれを纏める10本の糸で構成された巨大な刀。刀というよりは棍という言葉の方が合っているだろうが、彼女のそれは刀だった。摩天楼かと見間違う程の仮想(ヴィラン)に勝るとも劣らない程の高さの其れは、たった一人の少女によって支えられていた。

 

「せーのっ!!!」

 

 その刀剣は、『振るう』と言うより『押し潰す』という形で標的を襲う。其れは大型トラック同士が高速道路で対面衝突したかのような轟音を放ち、そこにいた筈の仮想(ヴィラン)は膝が崩れ落ち、残った胴体は恰も彼女に負けを認めるかのように頭を垂れた。 壊れた機体は砂埃を巻き上げ、忽ち辺りを包み込む。

 

「すごいね...アンタ」

 

「...ん、大丈夫?」

 

 砂埃の傍から現れたのは、小柄でボブカットの少女。どうやら右腕を負傷しているらしく、左手で必死に抑えている。指先からは零れた血が小さな川のようになって落ちているのも見えた。

 

「...ちょっと腕貸して」

 

「え?ちょっと!」

 

 有無を言わさずに彼女の着ているジャージを脱がせると、クミは自身のタオルを傷口へと被せて糸を巻き付ける。

 

「タオルはまだ使ってないから綺麗な筈。後で保健室に行ってキチンとした包帯で巻いてもらったがいいかもしれない」

 

「え?え、えと...ありがと」

 

「うん。それとあと...見物人、ちょっと下がって...さすがに辛いんだけど」

 

 いつの間にか、彼女達の周りを囲むように受験者達が集まっていた。やはりあの並外れた巨体の仮想(ヴィラン)をたった一人で倒した受験者に興味津々のようだ。だがそんな彼らを一瞥したクミはすぐに退るよう指示。素直に言う事を聞いた受験者達がある程度離れたところで、彼女は個性を解除した。

 

「ドンガラガッシャーン...ってね」

 

「これ...さっきの」

 

「衝突し、壊れ合い...崩れ去り。飛び散ったデカい欠片は一応集めて上で留めといた。擦り切れた糸だともう耐えらんなかったから、ちょっとだけ新調させてもらったけど」

 

 彼女らの傍には先刻の機械片が一塊になって山のように積み上げられている。殆どが幼児以下程度の大きさだった。

 空中で毀損された彼女の玩具は、様々な大きさになり重力に従って地に向かい落ちようとしていた。だがしかし、クミは其れを縛り付けていた糸を瞬時に操りビル群の間に巨大なネットを形成させた。出せる量目一杯を放ち、糸の密度を上げて取りこぼしの出ないように。

 

(この数十分の間で、随分糸の強度が上がった気がする...)

 

 

 

 

 

 

 

 試験終了の合図を受けて、出口へと向かう受験者達の波の中にクミはいた。隣には先程助けた少女もおり、同じ歩幅で歩いている。

 

「仮想(ヴィラン)追っ掛けてたら急に出てきたデカいのに吹き飛ばされた...か。それは災難だったね...」

 

「ホントね。あん時押し潰されるかと思ったんだけど、アンタがぶっ潰してくれたお陰で助かった。まじでありがと。」

 

「別にいいよ。あんだけデカいポイント、貰っておかなきゃ損だしね。」

 

「え?...あいつ、0Pなんだけど。話聞いてなかった?」

 

「...え?」

 

「え?」

 

「えっ...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...私の苦労どこいった」

 

 

 

 

 

 

 



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№3 始まりの糸

 

 

 

 

 

 始まりの月、四月。

 グレーに緑のラインが入ったブレザーに、膝上スカート。新品のローファーを履いたら、そこからは高校生の風格。中学生から向けられた憧れの眼差しは避けられない。

 

 雄英高校受験を終えて数週間。糸包クミは狭い関門をくぐり抜け、無事に雄英高校に合格していた。唯一の家族である姉からは嫌という程祝われたが、めでたい時の彼女はそういうものだとクミは甘んじて受け入れた。仕事が忙しく中々話す機会がないためか、こういった時はとことん接する。だからこそ、この入学当日という日に言葉を交わせないのは、少しだけクミに寂しさを味合わせる。

 

『行ってらっしゃい!』

 

 書き置きの手紙が、彼女の口の中で反芻されていく。

 

「まもなく、雄英高校前。お出口は左側です」

 

 最寄り駅から一時間と少し。丘の上に聳え立つ、数週間ぶりの"最高峰"だ。

 

 

 

 

 

 

 

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(1-Aは......ここか)

 

 事前に送られてきた資料を片手に、教室の扉に手をかける。個性社会特有のバリアフリー(5m越え)の扉は存外軽い。始業開始ギリギリの教室は、殆ど席が埋まっている状態だった。

 

(っと)

 

「ゴメンね」

 

 扉を開けてスグのところで談笑していたグループを避けて、とりあえず空いている席、なるべく後ろの方を選んで座る。これは彼女のいつもの癖だ。

 

「ヒーロー科だぞ」

 

 カバンを下ろしたところで、入口から声が聞こえてくる。少なくとも学生の声ではない。先生の声であると察した。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 担任を名乗る人物が扉から顔を覗かせる。

 髪はボサボサ、無造作に生やした髭。"合理的"という言葉を頻繁に口にするこの男の挨拶から、彼等の学園生活は始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

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「「「「「個性把握テストォ!?」」」」」

 

 渡された体操服に着替えた生徒達は、皆グラウンドに来るよう指示されていた。よくある晴天は、この季節には苦にならない日差しだった。皆は座ることなく担任の話を聞くことになる。

 担任曰く、ヒーローになるなら入学式やガイダンス等の行事に出る必要はないとの事。

 

(まあ、極論そうですね)

 

 皆が不満や疑問を漏らす中、クミは相澤の意見に頷いていた。彼女は面倒な行事には参加したくない口なのだ。

 どうせやるなら楽しいことをやりたい。そうして生きてきた彼女にとって、この状況は心を踊らせるものだった。

 

「雄英は"自由"な校風が売り文句。そしてそれは"先生側"も然り」

 

 "自由"というワードに少し引っ掛かるクミだが、止まらない担任の話に意識を向けた際に疑問を手放してしまった。個性禁止の体力テストを文部科学省の怠慢だと罵る相澤は、生徒の一人を指刺した。

 

「爆豪、ソフトボール投げを"個性"を使ってやってみろ。思いっきりな」

 

 相澤は爆豪勝己にボールを投げ渡した。見るからに粗暴の悪そうな少年は、言われるがままに円の中に入る。余裕綽々と言った表情で構え、足を踏み出し、

 

「死ねえ!!!」

 

 爆風を乗せて投げた。

 

(......死ね?)

 

「まずは自分の"最大限"を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

「705.2m......」

 

 相澤が差し出したタブレット端末に表示された結果。まだいけると高を括る爆豪と、口に手を当てるクミ。そして、この『個性把握テスト』というイベントに歓喜する生徒達。

 そんな生徒達の零した「面白そう」という言葉が鼻に触ったのか、相澤は冷たい眼でこう告げた。

 

「ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

 皆に悪寒が走る。しかし、そんな事など気にしてないかのように相澤は続ける。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

「「「「「はああああ!?」」」」」

 

(これは......)

 

「生徒の如何は先生の"自由"。ようこそこれが雄英高校ヒーロー科だ」

 

(中々に厳しいんじゃない?)

 

 でも、問題ない。

 冷や汗を垂らすクミ。不安と自信、相反する感情を抱いて、このイカれたテストへと臨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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 個性把握テストは全8種目行われた。第1種目は50m走。

 出席番号5番の糸包クミは、本人が想定していたよりも早く番が回ってきた。位置に着くまでの間、生徒達には個性使用の為の時間が設けられている。その間にクミは、指先から腕、指先から足の先まで()()()()()

 

 糸包クミの個性は『糸』。

 手の指先から糸を伸ばす個性で、糸は鍛えれば鍛える程に硬くなる。柔らかい、硬いなど、大まかな硬度は任意で変更可能。

 

 脳→脊髄→四肢<脳→個性

 つまり、四肢を動かすより個性を使う方が速いというのが彼女の持論である。

 手足の動作確認を終えたクミは、クラウチングスタートの構えをとる。

 

「START!!」

 

 雄英ロボの合図により走り出す。傍から見れば何ら変わったところはない。隣の女子も同じようだった。

 結果は6:24。

 

(まあ......中学の時よりかは速くなってるよね)

 

 想定していた通りの結果に安心感を覚えるクミ。息を吐きながら個性を解除する。無理矢理動かされた筋肉達は悲鳴をあげているようで、出来れば座りたいと叫んでいた。しかし周りが座らない為か、クミも座らない。

 

(『"Plus ultra"さ。全力で乗り越えて来い』なんて、言うけどさ......)

 

 始まる直前の相澤の言葉を思い出すクミは、たった今走り終えた彼を目で追った。先程の爆豪と共に走った、地味目の男子。傍から見れば個性を使っていない様に見えたが、その真相を知るのは彼のみだ。

 

(私は大丈夫そう、だな)

 

 少し、不安が減った。

 

 

 

 

 

 

 

 第2種目、握力。

 第3種目、立ち幅跳び。

 第4種目、反復横跳び。

 第5種目、ソフトボール投げ。

 いずれも自分の身体に糸を這わせるといった手法を使ってパスした。結果はどれもそれなりで、下位ではないが、全てトップに及ぶものではなかった。

 

「みんな凄いわね」

 

 投げ終わったクミの隣には、同じく投げ終わった蛙吹梅雨がいた。入試の際、寝ていたクミを起こした人物だ。

 思った事を口に出してしまうという彼女は、生徒達の投げる姿をじっと見詰めていた。

 

「そうだね」

 

 授業中特有の、喋ってよいのか分からない時間。故の会話。

 少しだけクラスの中にある壁が溶け始めた頃、事件が起きた。

 

「何か言われるわね」

 

 一球目を投げた"地味目の男子"が担任に呼び止められていた。これまでの成績が振るわない彼は、悪い意味でクラスの中で少しだけ浮いていた。除籍宣告だろう、嫌な言葉が飛び交う。

 

「......なんだろうね」

 

 少しの期待。

 その予感は的中した。

 平凡な男子高校生程度の一球目に対し、二球目は先刻の爆豪勝己と大差ない結果を出したのだ。投げた手の人差し指が痛々しく腫れ上がっている。その異質さと、今までとのギャップにクラスメイトは度肝を抜かれた。

 

「凄......」

 

 クミもそのうちの一人だった。

 

 地味目の男子......緑谷出久は、その後すぐに爆豪勝己に悪い意味で絡まれた。しかし相澤の個性『抹消』と、武器として使用しているであろう『捕縛布』によって事なきを得た。

 個性把握テストはそのまま続行。

 第6種目、持久走。

 第7種目、上体起こし。

 第8種目、長座体前屈。

 

 これらを終わらせた生徒達に待っていたのは除籍━━━━

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

(嘘か〜い!)

 

 最大限を引き出す為の合理的虚偽、そう笑う相澤は校舎裏へと消えて行った。カリキュラムに目を通すこと、カリキュラムを取ったら帰宅して良いことを伝えられた彼等もまた、同じように校舎へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

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「で、友達できたの?」

 

 妹の愚痴を聞く姉は、初めて聞くヒーロー科の話に高揚していた。破天荒と言っても差し支えないその学園生活は、彼女と相性が良かったのだ。

 

「もちろん出来たよ。クラスの女の子とは一通り話したけど、帰りは芦戸三奈ちゃんと葉隠透ちゃんと一緒に帰った」

 

 あの妹に友達が出来た。そのうち家に招いてお泊まり会を開くこともあるのだろうか、そんな時間無いのだろうか。自分の事のように喜ぶ姉は、口も箸も止まらない。

 

「へ〜。どんな感じの子? やっぱりヒーロー! って感じ?」

 

「ヒーローって感じが分かんないけど、2人とも明るいよ。特に三奈ちゃん。あの子がムードメーカー的な感じになるんじゃないかなぁ」

 

「クミはムードメーカーって柄じゃないもんねぇ。男の子はどう? 喋った?」

 

「まだ。まあいずれ話すんじゃないかな」

 

 対して妹は食に没頭したいようで、テキパキと箸を動かしていく。

 

 ご馳走様の声と共に皿洗いを始める2人、まだ会話が途切れることは無い。

 数時間後、就寝。糸包クミの学園生活1日目は、漸く幕を閉じたのだ。

 

 

 

 

 

 

 



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№4 憧れの瞳

頑張れば5話まで行くかも。多分続きません。
次は春休みor卒制終わり+就活終わり後になるかなと。


 

 

 

 

 

 

 

「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!!」

 

 本格的に授業が開始して数日。午前は英語等の一般科目、お昼を過ごしたヒーロー科の午後の授業は『ヒーロー基礎学』。ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う科目だ。入学してから数日は座学を行っていたが、本日はどうやら違うようだ。

 

「早速だが今日はコレ!戦闘訓練!!!」

 

『BATTLE』と書かれたプレートを突き出す筋骨隆々のヒーローは"№1ヒーロー オールマイト"。絶やさぬ笑顔で人々を救ける最強のヒーローで、国外でも名前が知られている程の知名度を持つ大人気ヒーロー。"平和の象徴"として、今も活躍し続けている。

 そんな彼は、今年から雄英で教師をしている。人気絶頂のヒーローが身近にいると言うのだから、生徒達からは勿論大人気だ。

 

(戦闘訓練!)

 

『戦闘訓練』というワードに、生徒達は目を輝かやかせる。クミもその中の一人だった。

 

「そしてそれに伴って......こちら!入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた......」

 

 教室の壁が稼動し、数字の書かれたアタッシュケースが現れる。

 

戦闘服(コスチューム)!!!」

 

 

 

 

 

 

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 

 

 

 

 

 

 

戦闘服(コスチューム)?」

 

 被服控除。入学前に『個性届』と『身体情報』を提出すると、学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれるシステムが存在する。その際、『要望』を添付することも可能で、ヒーロー科に入学する生徒の殆どが利用しているシステムだ。

 

「とりあえず一通り書いてみたんだけど。」

 

 リビングの机に()()()()を目一杯広げるクミは、仮で書いた要望を姉に手渡した。クローゼットの奥に仕舞われていたであろう分厚いゲーム資料、一昔前の漫画、それらしい過去の文献、数年前のヒーロー図鑑、最新のヒーロー図鑑etc......全て彼女が集めていたもの。数年前に収集癖に目覚めてから、毎月のお小遣いをこれに当てていたのだ。

 

「......こんなヒーローいるの?」

 

「居たらキャラ被るじゃん。」

 

「......そう。」

 

 こうもあっけらかんと答えられては、返す言葉も湧いてこない。真っ直ぐな瞳で見つめられては、苦言を呈すのは罪悪感が付き纏う。姉は『......そう』を反芻しながら、キッチンへと入っていった。

 

「......?」

 

 その真っ直ぐな瞳は、純粋さ故に留まることを知らない。

 

 

 

 

 

 

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 

 

 

 

 

 

 

「これは?」

 

「趣味。」

 

「これは?」

 

「趣味。」

 

「じゃあ、これも?」

 

「趣味。」

 

「そっかぁ......」

 

 戦闘服(コスチューム)を渡された生徒達は、更衣室で着替え終わった後にグラウンドβへと集まるよう指示を受けていた。

 ここは男子禁制の女子更衣室。打ち解け始めていた彼女たちは、皆殆どが着替え終わっていた。自分とは違う戦闘服(コスチューム)、話題作りにはピッタリ。だからこそ、その余りにも多い"付属品"を持つクミは質問攻めにあっていた。

 

「先生を待たせるのは宜しくないですわよ?」

 

((((ツンツン......!))))

 

 そこに割り込むのは推薦入学者の1人、八百万 百。本来ならその奇抜な(露出の多い)戦闘服(コスチューム)に突っ込むべきなのだろうが、彼女のその生真面目さと、それよりも注目すべきモノの存在によりスルーされていた。

 

「八百万さんの言う通りだよ。準備出来たなら行こう?」

 

(((ワクワク......!)))

 

 八百万の意見に賛同し、クミは"付属品"を片手に扉へと向かう。

 髪型はいつも通り、右眼を隠して左でサイドテール。フード付きのロングコートを羽織り、右腰には日本刀。インナーはクロップドTシャツにショートパンツ。左太腿にホルダーを巻き、ロングブーツを履いた姿はまるでゲームに出てくるアサシンの様だ。だが、その憧れを宿した瞳はヒーロー志望の女の子そのものだ。

 

 クミら女子陣がグラウンドβに着く頃には、男子陣の殆どは既に揃っていた。

 ここは入試の試験会場の一つで、馴染みのある生徒も居るようだった。

 最後の一人である緑谷出久が来たことにより、オールマイトから戦闘訓練についての詳細が告げられた。

 

「今回は"屋内での対人戦闘訓練"を行ってもらう!」

 

「屋内限定ですか?」

 

「そうさ!(ヴィラン)退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪(ヴィラン)出現率は高いんだ。」

 

(ニュースで聞いたことあるな......)

 

「監禁、軟禁、裏商売......真に賢しい(ヴィラン)屋内(やみ)に潜む。そして!君らにはこれから『(ヴィラン)組』と『ヒーロー組』に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう!」

 

「基礎訓練も無しに?」

 

 蛙吹の問いに対して、オールマイトは基礎を知る為の実践だと返した。続けて彼は今回の状況設定を話し出した。

 曰く、(ヴィラン)がアジトに"核兵器"を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている。

 勝利条件は、ヒーローは制限時間内に(ヴィラン)を捕まえるか、核兵器を回収する事。(ヴィラン)は制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえる事。

 

「コンビ及び対戦相手はくじだ!一人余ると思うけど、そこは3人チームで組んでくれ!」

 

 そこからはオールマイトがトントン拍子で進めて行った。彼が出席番号順にクジを引いていき、コンビが決定。クミはAコンビとなった。

 

(相手は......あの緑の子(緑谷出久)。)

 

「続いて最初の対戦相手はコイツらだ!」

 

「Aコンビが『ヒーロー』!Dコンビが『(ヴィラン)』だ!」

 

死ねの人(爆豪勝己)真面目そうな眼鏡(飯田天哉)、か。)

 

 話した事のない相手ばかり。少しだけ寂しさを感じたが、そんな事はどうでも良いとスグに捨て去った。幸いにも、コンビ相手はすぐ側にいる。

 

「糸包クミです。よろしくね、緑谷くん。」

 

 彼女の瞳には、憧れが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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