ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ (ぐーたら提督)
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始まりを告げる雷鐘

 色んな人達の作品を見て、何となく思い付いた作品です。楽しんで頂けると何よりです。
 あと、この作品ではポケモンが話す時は『』を使うようにします。かなり少ないですが。


「着いたぁ!」

 

「ピッカー!」

 

 この日、港にやけに騒がしい、されど楽しそうな二つの声が飛行機の入り口から響く。

 発生源の一つは、元気を形にした少年で、その目はわくわくで輝いている。

 もう一つは少年の肩に乗っている黄色の身体に、先が黒い二つの耳、赤い頬っぺや稲妻を形をした尾が特徴の可愛らしいポケモンだった。

 

「ここがイッシュ地方か~、どんなやつがいるのか、今から楽しみだな。ピカチュウ!」

 

「ピカピ!」

 

 少年の名はサトシ。今いるこの地ではなく、カントーと呼ばれる地方のマサラタウン出身のポケモントレーナーだ。

 まだ若くはあるが、こう見えても様々な地方が多くの実績を残してきた経験者である。

 そんな彼が見知らぬ地方である、イッシュに訪れたのは、ここで新たな旅を始めるためではなく、単に母親のハナコの旅行に連れ添って来ただけである。

 にも拘らず、ハイテンションだが、サトシもピカチュウもその程度気にもしない。

 

「じゃあ早速、新たな地方への第一歩を――」

 

「……ピカ?」

 

 何はともあれ、イッシュへの第一歩を踏み出そうとしたその時だった。ピカチュウは感じたのだ。向こうにある雷雲と――『何か』を。

 

「ふーん? 何か起きそうね……。行こっ、キバゴ!」

 

「キバ!」

 

「……雷? 今日は晴れのはずだけど……やれやれ、折角の日なんだから、早く止んでくれないかな」

 

「間違いないね。あの雷……。いや、でも僕達の目的地はあそこじゃない。ゾロア、行くよ」

 

「ゾロ」

 

 同時にその雷を、少女と幼竜、少年、青年と子狐がそれぞれ違う場所で見ていた。彼等はそれぞれの目的を持ち、その地へと向かう。

 

 

 

 

 

 その『何か』は、ピカチュウが感じる雷雲の中で、今は身心を休めるべく風に身を任せながら静かな眠りに着いていた。

 雷雲の中にいるのは、『何か』は過去、その巨大な力を狙われた事があり、悪人や面倒な存在に目を付けられぬよう、激しく轟く雷雲の中でこうしていたのだ。

 

(……何だ?)

 

 ピカチュウがその何かを感じた様に、その何かもピカチュウの存在を感じ取っていた。

 それは同じ属性の存在だからか。本来はこの地にいない稲妻の波動を感じたからか。ピカチュウが鍛えられた強者だからか。それとも他の理由が有るのか。

 何れにせよ、今互いは互いの存在を強く認識していた。何かはゆっくりと意識を覚醒させる。

 その下に写る景色には、自分が感じた存在であるピカチュウと、一人の少年がいた。ピカチュウの主だろうか。

 ただ、何かは直後に気付いた。ピカチュウは棒に繋がった何かの檻に囚われており、助けようとしているのか少年がしがみついている。

 棒の先に視線を動かすと、黒衣を纏う男女とこれまた見たことないポケモンが何かの瞳に写る。

 何かは知らないが、その男女とポケモンはロケット団と呼ばれる悪の組織のメンバーであり、今はサトシのピカチュウを奪おうとしていたのだ。

 

(……)

 

 存在は何を思ったのか、青き稲妻を落とした。その稲妻はピカチュウを捕らえる檻を容易く破壊。

 サトシとピカチュウ、ロケット団を軽々吹き飛ばし、辺りの機器に大きな負荷まで与える。その力の凄まじさが伺えた。

 

(……!)

 

 しかし、ここで何かも予期せぬ事態が発生する。自身とピカチュウは同じ属性。それ故か、辺りの雷雲の稲妻が誘発され、避雷針の様にピカチュウに叩き込まれてしまったのだ。

 

「――ピカチュウ!」

 

 その様にサトシは叫ぶも、ピカチュウの視線に釣られ、雷雲を見つめる。

 先の稲妻を攻撃と認識してしまったピカチュウは、自身の金色の稲妻を雷雲目掛けて開放するも、蒼い雷鳴に相殺されてしまう。

 しかも、雷雲が反応したのか膨大な雷が嵐のように荒れ狂う。

 

「ポケモン、なのか……?」

 

 辛うじてその存在を感じ取ったサトシは、ピカチュウと一緒に見据える。

 

(……ふむ)

 

 こんな危険の最中にも関わらず、ピカチュウから離れようとせず、瞳も戸惑いの色は混じれど、真っ直ぐで純粋。何かはサトシにそんな印象を抱いた。

 

(去るか)

 

 これ以上は目立つ。サトシやピカチュウだけなら未だしも、他の多くの目に着くのは避けたい。

 何かは周りの目眩ましに雷を放射、雷雲を消滅させる。その一瞬の隙にそこから姿を消した。

 しかし、その際の雷の一つが再度ピカチュウに叩き込まれてしまったのは、気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

「う……」

 

 さっきまでの雷雲が嘘のような快晴の空の下、サトシが辺りを見渡す。

 ロケット団も、雷雲も無く――次にピカチュウが倒れていることに気付き、駆け寄って抱き抱える。

 

「大丈夫か、ピカチュウ?」

 

「――ピカ!」

 

 幸いなことに怪我は無く、サトシは相棒を抱き締めた。

 

「サトシ!」

 

 其処に年の差がある男女が近寄る。サトシの母のハナコとオーキド博士だ。

 

「貴方もピカチュウちゃんも、大丈夫?」

 

「何ともないかの?」

 

「大丈夫です。なっ、ピカチュウ」

 

「ピカ! ――ピッ?」

 

 サトシもピカチュウも大丈夫と告げるも、その瞬間、ピカチュウの頬っぺに小さな雷電が迸る。しかし、特に異常は感じず、何時もの動作でサトシの肩に乗った。

 

「それにしても、凄い雷だったわ……」

 

「全くじゃ、無事で良かったわい」

 

 そのやり取りでサトシは先程の件を思い出した。

 

「そうだ! あいつは?」

 

「あいつ?」

 

「あの雲の中に、何かがいたような気がしたんです」

 

「なんと? しかし、わしらは見とらんが……」

 

「私も……」

 

「そう、なんだ……」

 

(……なんだったんだろ?)

 

 二人は見てない様だが、自分とピカチュウは確かに感じた。あの雷雲の中に潜む存在を。

 

「あらら、オーキド博士。ここにいましたか」

 

 そこに、一人の女性が近付いてきた。明るめの茶髪を独特な髪型にしており、耳には赤い菱形のイヤリングを付けている。

 

「おぉ、アララギ博士」

 

「お迎えが遅れてすみません。さっき、凄い雷が鳴っていましたが……お怪我は?」

 

「大丈夫じゃとも。サトシ、ハナコさん。この方はアララギ博士。この若さでイッシュ地方のポケモン研究を牽引する大人物じゃ」

 

「へぇ~!」

 

 見たところ、オーキドの半分も年を取ってなさそうにも関わらず、博士の称号も持つ女性。それだけでも才気と実績に溢れた人物なのだと理解出来る。

 

「凄い方ですわ。わたしはハナコと申します」

 

「俺はサトシです! こっちは相棒のピカチュウです!」

 

「ご丁寧にありがとうございます。ここではなんですから、続きはわたしの研究所で」

 

 その提案に異を唱える者はおらず、三人と一匹はアララギが用意した車で研究所に向かう。

 

 

 

 

 

「どうかしら、サトシくん。初めて見るポケモンばかりでしょう?」

 

「はい!」

 

「ピカ!」

 

 向かう最中、森でピンク色の体毛が特徴の鹿に似たポケモンがこちらと平行して走り、空では灰色の体毛に胸が白いハートのような形をした鳥ポケモンが大量に飛び、葉や木の影では、赤い目と明るい茶色の体毛に白い尻尾のねずみのようなポケモンがいた。

 一匹一匹を見る度に、少年の心はわくわくで満ちていった。

 

「――ピ?」

 

 また、ピカチュウの電気袋からバチバチと雷電が溢れる。

 

「そう言えば、さっきもバチバチしてたわね……」

 

「うん……」

 

 ピカチュウはぶんぶんと顔を振り、何ともなさそうに笑顔を見せるも、相棒としてサトシは不安だった。

 

「着いたら、調べてみましょう。何かしら調子が悪いのかもしれないわ」

 

「お願いします」

 

「ただ、カントーのポケモンは珍しいので、教えてくださいね。オーキド博士」

 

「うむ。了解じゃ」

 

「こっちでは珍しいんですか、ピカチュウ?」

 

「えぇ、野生のピカチュウはまだ確認されてないの」

 

 今までの地方では、ピカチュウは差ほど珍しくは無かったのだが、イッシュでは違うらしい。こっちでは珍しい存在と知り、何となくピカチュウを見つめる親子。

 

「アララギ博士の研究所でも、初めて見るポケモン達に会えるじゃろう」

 

「楽しみにしててね」

 

「はい!」

 

 また新しい、水辺で毛繕い白鳥の様なポケモン達。彼等はサトシ達に気付くと、水辺から空へと優雅に飛び立った。

 

「新しいポケモン達かあ……!」

 

 その様を眺めながら、サトシとピカチュウは新しい出会いに期待を募らせていった。

 

 

 

 

 

 しばらく立つと、景色に人工物が混ざる。人の町が近い証だった。

 

「――ここがカノコタウンよ」

 

「カノコタウンですか」

 

 特別目立った建物や派手さはないものの、良い感じがする町だとサトシは感じていた。

 

「研究所はもうすぐよ」

 

 その言葉通り、十分もしない内に立派な外見の建物に到着。多少の説明をされると、早速、ピカチュウの検査が行われる事となった。

 

「ピカチュウ~……」

 

 器材の上で、頭や頬っぺ、腹に検査の為の道具に繋がれたピカチュウ。かなり不満そうだ。

 

「どうかね?」

 

「彼の話では、かなりの量の電気を浴びたそうですが……数値上では問題は見当たりません」

 

 モニターを慎重に確認するアララギだが、データ上では異常は存在しなかった。

 

「大丈夫なんですね!? 問題ないみたいだぞ、ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「ピカチュウ。もうちょっとだけ我慢して頂戴。まだ幾つかだけ検査があるから」

 

「……もう少し辛抱な」

 

「ピカ~……」

 

 やったと喜ぶピカチュウだが、もう少しだけ続くと知り、落ち込んでしまう。

 

「――アララギ博士。宜しいでしょうか?」

 

 扉が開き、一人のふくよかな助手が入ってきた。

 

「何?」

 

「今日旅立つ、新人トレーナーの子がやって来ました」

 

「あらら、もうそんな時間だったの?」

 

「新人トレーナー?」

 

 もう時間になったのかと呟くアララギの近くで、サトシは新人について気になっていた。

 

「アララギ博士はわしと同様、この地の新人トレーナーに最初のポケモンを渡す役目も担っているのよ」

 

「最初のポケモン!?」

 

 つまり、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメの様なポケモン達がいるということだ。ポケモンが大好きなサトシとしては当然気になる。

 

「新人の子の用だから、あなたに渡すには行かないけど……。見るだけなら構わないわよ。どうする?」

 

「その、新人トレーナーも見てみたいのでお願いします!」

 

「決まりね。こっちよ」

 

 

 

 

 

 玄関で、シャッター音とフラッシュが何度も発生する。薄緑に近い金髪とグレーの瞳をし、カメラを持つ少年が、慣れた手付きで撮影していたのだ。

 

「シューティー君、お待たせ」

 

 少年の名は、シューティー。今日からポケモントレーナーとして旅立つ新人である。

 

「こんにちは、アララギ博士。やっと僕にもポケモントレーナーとして旅立つ日が来ました」

 

「今日を心待ちにしていたものね。ポケモンの世界へ、ようこそ!」

 

 少年の門出を祝う様に、アララギは微笑む。

 

「ねぇ、君! 昨夜は眠れなかったんじゃないか? 俺もそうだったもん~」

 

 そこにサトシが自身の旅立ちの日の前日を語る。あの日は本当に楽しみだった。興奮のせいか、遅刻して色々あったの余談だ。

 

「君は……?」

 

 外見から分かるように、子供だ。ここの研究員とは思えない。シューティーが疑問を抱くのも当たり前の反応だろう。

 

「紹介するわね。彼はカントー地方のマサラタウンから来たサトシくん」

 

「宜しく、シューティー!」

 

「カントー、マサラタウン……」

 

 その二つを知ると、シューティーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「何がおかしいんだ?」

 

「いや、随分と田舎から来たんだな、と思ってさ……」

 

「田舎とは何だよ!」

 

 小馬鹿にしたような発言に、サトシも流石にムッとする。

 

「シューティーくん。それは失礼よ」

 

 冷たさが少し混ざった声が響く。アララギだった。彼女は腕を組むと、続きを語る。

 

「遠い地方から来たからとはいえ、田舎呼ばわりは偏見と変わらないわ。それに、マサラタウンはポケモン研究の第一人者であるあのオーキド博士が熱心に調査をなさっている町。……あなた、それを田舎と馬鹿するのかしら? 失礼極まりないわよ」

 

 子供の手助けをするのが自分達の役目。それは時に叱咤することも含まれている。

 

「も、申し訳ございません」

 

 遠い地方と聞き、つい田舎なんだなと感じたシューティーだが、自分の発言の失礼さに慌てて頭を下げる。

 もし、オーキド博士がいたら、失言では済まされないのだ。当然の対応である。

 

「シューティーくん? あなたが謝るべきはわたしかしら?」

 

 他に謝るべき人物がいる。それに気付き、シューティーはサトシにも頭を下げる。

 

「……さっきの発言はごめん。田舎呼ばわりして済まなかった」

 

「分かってくれたらいいよ。そうだ、一度マサラタウンに来ないか? すっげぇ良い所なんだぜ! 空気は綺麗で水は美味しいし、草木は生い茂ってて、ポケモンが生き生きしてるんだ!」

 

 サトシは少年だが、謝罪をした相手を許さないほど子供ではない。あっさりと許し、その上来ないかと勧誘している。

 

「へぇ……」

 

 さっきとは違い、シューティーは興味深そうにサトシの話を耳を貸す。

 彼もまだ少年だ。偏見さえなくせば、意外と他の場所の事は気になるものである。それに、高名なオーキド博士がいるのだ。気にしても仕方ない。

 

「あらら? シューティーくん、こっちのこと忘れてない?」

 

「あっ……ごめん、サトシ。先ずはこっちから終わらせてほしい」

 

「良いよ良いよ。こっちこそ話しかけちゃってごめんな」

 

 シューティーはありがとうと告げると、助手が運んできたカート。それに乗っている三つのモンスターボールに目を向ける。

 

「じゃあ、この三つのモンスターボールにいる子達の中から、選んでね。先ずは炎タイプのポカブ!」

 

 アララギが一番右のモンスターボールを放ると、中からオレンジの身体に頭の上側や耳、爪先や尻が黒の火豚ポケモン、ポカブが現れる。

 

「へ~、ポカブってというのか~」

 

 サトシが近付くと警戒したのか少し離れ、そこで火が混じった鼻息を吐き出す。それを見てサトシは元気が良いなと感想を抱いた。

 

「続いて、水タイプのミジュマル!」

 

 アララギが二つ目のモンスターボールを投げる。中からは、期待に満ちた眼差しをした、濃い水色の身体にホタテがあり、頭や手が白く、目や尾、足は黒いラッコポケモン、ミジュマルが出てきた。

 

「お~、可愛い~!」

 

「ミジュ? ミジュ~~」

 

 サトシにかわいいと言われて嬉しかったのか、さっきのポカブと違って喜びの笑みを浮かべるミジュマル。

 

「最後の子は、草タイプのツタージャ!」

 

 最後のモンスターボールが投げられ、自信に満ちたつり目に緑と白の身体、葉っぱの尾を持つ草蛇ポケモン、ツタージャが両手を身体に当てて鳴く。

 

「あははっ、お前は自信満々なやつだな!」

 

 三体は一列に並ぶと、シューティーと向き合う。

 

「三体とも、良いな~! どれも育て甲斐がありそう~!」

 

「……一応言っておくけどサトシ、選ぶのは僕だよ?」

 

「思うのは自由じゃん!」

 

「……まぁ、そうだけどね」

 

 それに、サトシの発言には一理ある。確かに育て甲斐が有りそうで、正直自分も迷っている。しかし、選べるのは一体だけだ。

 

「……」

 

 しばらく見つめ、シューティーはカメラで一枚撮る。

 

「ツタージャにします」

 

 自信満々な態度が気に入ったのか、シューティーはツタージャを最初の相棒に決めた。

 少年の決定に、ツタージャは当然!と言わんばかりに笑みを浮かべ、ポカブはむーと不満気な顔に、ミジュマルに至ってはショックから石へと化して倒れてしまった。

 

「OK、じゃあこれ、ポケモン図鑑よ」

 

「ありがとうございます」

 

 シューティーはアララギからスライド式のポケモン図鑑を受け取り、早速ツタージャの情報を確認する。

 

『ツタージャ、草蛇ポケモン。常に冷静で物事に動じない。尻尾の葉っぱで光合成して、エネルギーを作る』

 

「へぇ、尻尾からエネルギーを作るんだ」

 

「みたいだね」

 

 後は実際に確認するべきだろう。日がある内は外に出した方が良いかもしれないと、シューティーは考えておいた。

 

「次はモンスターボール」

 

 情報を知ると、アララギから五つのモンスターボールを手渡される。

 

「ポケモンは連れて行けるのは六体までよ」

 

「えぇ、基本ですね」

 

 次にもう一つモンスターボールを渡される。これはツタージャが入っていたものだ。

 

「行こう、ツタージャ」

 

「タジャ」

 

 シューティーはツタージャをモンスターボールに仕舞わず、そのままにする。さっきの説明を見て、今日一日の様子を把握しようと考えたのだ。

 

「シューティーくん。今からあなたの旅が始まるわ。頑張ってね」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 シューティーは力強く頷き、アララギに一礼。サトシにもじゃあと告げると研究所を出る。

 サトシは少し考えると、シューティーの後を追う。そんなに時間は経ってないため、直ぐに追いつけた。

 

「シューティー!」

 

「サトシ? まだ何か用があるかな?」

 

 話し掛けられ、シューティーは足を止める。足元ではツタージャがサトシを見上げていた。

 

「これからジムに向かうのか?」

 

「あぁ、ジムに巡り、バッチを八つ集めればイッシュリーグに挑戦出来る。基本だろ?」

 

 但し、シューティーの目標は其処ではない。彼にとってイッシュリーグは通過点と考えている。勿論、簡単に行くとは思っていないが、挑戦するだけの価値も意味もある。

 

「そっか、カントーとか他と同じなんだ」

 

「他? それにカントーも? ……一つ良いかな?」

 

 大差は無いらしいと考えていたサトシだが、その発言からシューティーは一つ引っ掛かっていた。

 

「何?」

 

「君は――」

 

「ピカピー!」

 

 シューティーの質問に入り込むように、聞き覚えが何度もある声にサトシが反応する。

 向こうを見ると、ピカチュウが軽やかな動きで駆け寄り、自身の肩に乗っかった。

 

「検査は終わったのか?」

 

「ピカ!」

 

「その、ポケモン……!」

 

 良かったと喜ぶサトシだが、シューティーは相棒のツタージャと違ってそれどころではない。咄嗟に図鑑を使い、確認する。

 

『ピカチュウ、ねずみポケモン。ピチューの進化系。尻尾を立てて周りの様子を探っていると、時々雷が尻尾に落ちてくる』

 

「やっぱり、ピカチュウ……! どうして――」

 

 このイッシュに、とシューティーは溢し掛けたが、気軽にサトシの肩に乗っている点や彼がカントー出身の人物であることを考慮すれば、誰でも簡単に気付くだろう。目の前のピカチュウはサトシのポケモンなのだと。

 

「そのピカチュウの写真、撮らせてくれないか?」

 

「写真……?」

 

 さっきのシューティーと同じ様に疑問を抱くも、アララギの説明を思い出した。ピカチュウはイッシュでは珍しいポケモンなのだ。

 

「まぁ、少しぐらいなら……」

 

「ありがとう」

 

 ちょっと眩しいよとサトシとピカチュウに告げると、シューティーは数回だけカメラで撮影する。

 

「これで終わり。良い記録が撮れたよ」

 

「どういたしまして。にしても、本当にピカチュウって珍しいんだなあ……」

 

「ピカ~……」

 

「まあね。アララギ博士から聞いたかもしれないけど、こっちじゃあ他の地方のポケモンはほぼいないんだ。だからびっくりしたよ」

 

「それなのに、田舎は失礼じゃないか?」

 

「……忘れてくれ」

 

 さっきの失言を蒸し返され、シューティーは気まずそうだ。

 

「冗談、冗談」

 

「やれやれ、君は意外と意地悪だね。まぁ良いよ。それよりもさっきの質問だけど……」

 

「質問?」

 

「カントーや他の地方の話だよ。君、もしかして、今まで色々な場所で旅をしてきたのか?」

 

「うん。カントー、オレンジ、ジョウト、ホウエン、シンオウの計五つ」

 

「五つも……!? り、リーグは!?」

 

「全部出たよ。優勝はオレンジだけだけどな」

 

 遠くから来た新人かと思いきや、実際は経験豊富な先輩。しかも、一つとはいえ、優勝までしている。またまたシューティーは驚愕する。

 

「……えと、サトシ先輩。一つ宜しいですか?」

 

(先輩?)

 

 シューティーの先輩発言や言葉遣いに、サトシは困惑気味だが、とりあえず質問に答えることにした。

 

「そんなに旅をしているのなら、サトシ先輩はどうしてピカチュウを進化させていないんですか?」

 

 ピカチュウにもう一つの進化、ライチュウが有ることをシューティーは知っている。それ故に、気になったのだ。サトシのピカチュウがライチュウに進化してないことに。

 

「シューティー、俺はさ。進化の判断はポケモン達に委ねてるんだ。だから、こいつらが嫌なら俺はそれを尊重するよ」

 

「……何故ですか? 進化すれば、もっと強くなります。その方が――」

 

「シューティー」

 

 経験が込められたかのような強い声色に、シューティーは息を飲む。

 

「進化ってさ。そんな単純じゃないんだよ」

 

「単純じゃない……?」

 

「そっ、心はそのままなのに、身体は大きく変わるんだぜ? 戸惑いも出たりする。それに、進化のせいで苦しむ事だってある。技が使えなくなったり、大きな身体のせいで今までの速さを失ったり」

 

 今まで知識しか調べて来なかったからこそ、知れなかった進化の欠点。それを知り、シューティーはまた驚愕に包まれる。

 

「だから、俺はこいつらに判断を任せる。そして、困難が有ったら一緒に解決していく。そう決めたんだ」

 

 誰に何と言われようが、これを変えるつもりはない。それはサトシの大切な信念の一つなのだから。

 

「勿論、シューティーにはシューティーの考えがある。それをどうこう言う気は無いよ。ただ――俺達には俺達のやり方がある。それは理解して欲しい」

 

「……すみませんでした」

 

 反論を出すだけの経験もない、新人のシューティーには謝ることしか出来なかった。

 サトシの言う通り、彼には彼のやり方がある。それに他人の自分が口を挟むのは失礼だろう。

 

「分かってくれてありがとう。あと、何でさっきから敬語だったり、先輩なんて付けたんだ?」

 

「いや、だってサトシ先輩は僕よりも多くの旅をしてますし……」

 

「そんなこと気にすんなよ。俺はジムリーダーでも四天王でもチャンピオンでもない、ただのトレーナーだぜ? 気楽に話し掛けてくれよ、なっ?」

 

 屈託のない笑みと差し出された手に、シューティーは思わず苦笑いすると手を握る。その手は、暖かかった。

 

「そうさせてもらうよ、サトシ」

 

「それでよし!」

 

 ニヒヒと笑うサトシに釣られ、シューティーも微笑む。直後、真剣な顔付きになった。

 

「サトシ。頼みがある。――僕と戦って欲しい」

 

「俺と?」

 

「あぁ」

 

 何しろ、五つのリーグを経験し、その内一つは優勝までした実力者だ。壁を知る相手としては申し分ない。いや、寧ろ有りすぎる。この先の為にも、是非とも勝負して見たかった。

 

「――良いぜ、シューティー」

 

 サトシは、その勝負を受けた。

 

 

 

 

 

 研究所の外にあるバトルフィールド。そこでサトシとシューティー、ピカチュウとツタージャが向かい合う。

 しかし、一匹のポケモンがそれをこっそりと見ているのは、誰も気付かなかった。

 

「何時でも良いぜ、シューティー!」

 

「ピカチュ!」

 

「あぁ! ……ツタージャ。僕達の初戦、そして、初めて体験することになる敗北だ。胸を借りるつもりで挑もう」

 

「タジャ!」

 

 さっきまでこそ、陽気な雰囲気を漂わせていたサトシとピカチュウだが、今は歴戦の実力者に相応しい、戦意と迫力に満ち溢れている。

 こうして向き合うと、一層強く認識でき、思わず怯みそうになった。ツタージャも同様だ。

 

「先手は譲るぜ」

 

「なら、遠慮なく! ツタージャ、たいあたり!」

 

「ター、ジャ!」

 

 足に力を込め、ツタージャは身体ごとぶつかろうと突進する。

 

「ピカチュウ、かわせ!」

 

「ピカ!」

 

 その体当たりを、ピカチュウは軽やかにかわす。ツタージャは何度も行うが、全て当たらない。

 研究所でそれなりに鍛えられてはいたのだろう。かなりの速さがある。

 しかし、所詮は初心者用のポケモン。幾度の戦いで磨かれた実力を持つピカチュウには、速さもキレも及ばなかった。

 

「速い……!」

 

 それでいて、動作に無駄が一切ない。こちらの体当たりが当たるどころか、掠りすらしていない。全て余裕を持って避けている。

 まだ回避だけにも関わらず、サトシとピカチュウの実力の高さ、即ちリーグのレベルをシューティーは痛感していた。

 

「そろそろ、こっちも行くぜ!」

 

「来るぞ、ツタージャ! 回避に専念しろ!」

 

「タジャ!」

 

「でんこうせっか!」

 

 ツタージャはかわそうとした。しかし、その時には既にピカチュウは目前におり、その突撃をただ食らうことしか出来なかった。

 

「タジャ……!」

 

「大丈夫か!?」

 

「タジャ!」

 

 ダメージはキツいが、ツタージャは踏ん張った。

 

「良かった。それにしても、なんて速さだ……!」

 

 文字通り、電光石火。対処する間もなく、攻撃を受けてしまった。

 

(あれが連続で来たら……!)

 

 間違いなく、それだけで敗北してしまう。その確信があった。

 まだ一つしか技を使っていないのに負ける。絶対的な実力差があるとはいえ、それはごめんだ。

 

(やるしかない!)

 

 ツタージャが今放てる技にして、最強の技を。

 

「ツタージャ、グラスミキサーだ!」

 

「――グラスミキサー?」

 

(知らない?)

 

 サトシの態度に、シューティーは彼がこの技を知らないと把握する。

 そう言えば、この技は最近発見された技とも聞く。だとしたら、彼等が知らなくても無理はない。そして、知らない以上は格上の彼等にも意表は突けるはずだ。

 

「ター……!」

 

 ツタージャがその場で回転。その動きに合わせ、大きな渦が大量の葉を伴って出現する。

 

「こりゃ、かなりの技だぞ、ピカチュウ」

 

「ピカ!」

 

「やることは分かるよな!」

 

 勿論、と言いたげにピカチュウは頷く。十万ボルトで迎撃するのだ。

 

「――発射!」

 

「ジャーーッ!」

 

 木の葉を伴う渦が、音を立てながらピカチュウ迫る。

 

「ピカチュウ、十万ボルトだ!」

 

「ピ~カ~、チューーッ!」

 

 力を込め、大量の電気を放とうとした。しかし――何も出ない。

 

「……えっ?」

 

 その呟きはサトシだけでなく、シューティーもだった。そして、無情にも木の葉の嵐はピカチュウを飲み込み、ダメージを与えていく。

 嵐が消えると、そこにダメージを負ったピカチュウの姿があった。

 

「タ、タジャ?」

 

「ミジュ……?」

 

 その場にいる、全ての者が戸惑っていた。

 

「どう、なって……?」

 

「ピ、カ……!」

 

「ピカチュウ……! もう一度、十万ボルトだ!」

 

「――ピカ!」

 

「ツタージャ、構えろ!」

 

 今度こそ来る。そう思ったシューティーとツタージャだが――やはり、何も出ない。

 

「これは、一体……?」

 

 明らかに何かがおかしい。冗談にしては、サトシもピカチュウも戸惑っている。

 ミスにしても、あれほどの電光石火を放てる彼等がこんなミスを犯すだろうか。

 

「ピ、カ……! ――ピカァーーッ!」

 

 何が何でも放とうとしたのか、ピカチュウがまた十万ボルトを使おうとした。その時バチッ、と火花と雷電が電気袋から溢れる。

 

「――シューティー! ツタージャ! 避けろ!」

 

「……えっ?」

 

 サトシの言葉に頭が付いて行けなかったが、直後にピカチュウから眩しい程の輝きが放れたのを見て、危険を察知。慌てて、ツタージャをモンスターボールに戻す。

 

「ピ……カアァァアァアアァ!」

 

 ピカチュウの悲鳴と共に、バトルフィールドを飲み込むのではないかと思わせ、天に高く届くほどの雷の柱が、大気と周囲に大地に炸裂した。

 

「あ、危なかった……!」

 

 一分ほど経った頃、離れた場所から黒焦げになったバトルフィールドを見て、シューティーは冷や汗を大量に掻く。あのままいたら、確実に巻き添えを受けていた。

 

「それにしても……!」

 

 凄まじい威力の雷に、シューティーは戦慄を感じざるを得ない。これがピカチュウの力。

 

「……サトシ!」

 

 そう言えば、彼はどうなったのか。探すと、雷撃の余波を受けたのか、服が焦げているがピカチュウの側にいた。シューティーも近付く。

 

「大丈夫かい!?」

 

「平気! それよりも……!」

 

 抱えているピカチュウは呼吸は荒く、ぐったりとしていた。明らかに無事ではない。

 

「何かしら? 凄い音が鳴ってたけど――って、サトシくんとシューティーくん?」

 

「どうしたのじゃ?」

 

 ただならぬ音を聞き、確かめに来たオーキドとアララギは二人に気付くと近寄る。

 

「それが、試合をしていたんですが、ピカチュウはどうやら電気技を使えなくなったと思ったら、突然とんでもない電気を放って……そのあと、こうなったんです!」

 

「間違いはありません。僕も見てました」

 

「とりあえず、研究所でもう一度検査を――」

 

「……ん? なんじゃ?」

 

「空が……暗く?」

 

 二人は素早く事情を語る。それを聞き、二人の博士が研究所での再度の検査を行なうとしたその時。急に空が暗くなったのだ。

 四人が空を見上げる。すると、膨大な量の雷雲が立ち込めていた。

 

「な、何で急に雷雲が!?」

 

「この、雷雲……!」

 

 天気の急変に、シューティーや二人の博士が驚愕する一方、サトシとピカチュウはさっき感じた『何か』を再び感じ取っていた。

 一つの線が、迸る。直後、光が彼等の視線を塞いだ。

 

「…………えっ?」

 

 光が消え、眩みから回復したサトシが呆然とした声を溢す。他の三人に至っては、声も出せずにいた。

 何故なら彼等の目の前には、さっきまでいなかったはずの存在がいたのだから。

 

「……」

 

「……ポケモン?」

 

 現れたのは、黒い巨大な身体、大きな翼に逞しい腕、発電機と一体化したような尾を持つ竜のポケモン。その風格、威圧は並々ならぬものだった。

 

「お前は……?」

 

 初めてのポケモン。当然サトシは知らないが、シューティーとアララギは別だった。

 

「あ、アララギ博士……! まさか、まさかこのポケモンは……!」

 

「え、えぇ、間違いないわ……! イッシュ地方に存在し、理想を持つ英雄の前に姿を現し、力を貸すと言われる、伝説のポケモン――ゼクロム!」

 

 イッシュ地方に生まれ育った者として、シューティーもアララギもその存在は知っていた。

 しかし、まさか目の前で目撃することになるとは、予想外以外の何者でもない。

 

「伝説のポケモンじゃと!?」

 

「ゼクロム……!」

 

 物語の始まりを告げるかの様に、理想を司る雷竜は今降臨した。

 



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旅の始まり

 折角なので、二話続けて投稿します。


 嘗て、二人の英雄と一頭の竜がいた。二人の英雄は仲良く協力し合い、竜もまた二人の英雄に力を貸した。

 彼等は様々な困難に立ち向かい、新たな国を造っていった。

 しかし、二人の英雄は考えの相違から何時しか、どちらか正しいのかを決めるべく、争うようになった。

 一頭の竜は、その勝敗を決めるため、二つの存在となった。一つは真実を求める者に力を貸す、白き炎竜――レシラム。

 そして、もう一つこそ。今、他地方からやって来た少年の前に佇む、理想を司りし黒き雷竜――ゼクロム。

 

 

 

 

 

「ど、どうしてイッシュ地方の伝説のポケモンが、いきなりこんな所に……!?」

 

 相対する者だけでなく、見ているだけの者ですら、動くことを躊躇わせるほどの圧倒的な威圧と重圧。

 全身を貫くような稲妻を思わせるような鋭い眼光を前に、二人の博士は勿論、シューティーも身動きが取れず、辛うじて呟くことしか出来ない。

 

(あ、あの伝説の存在が……目の前にいる……!)

 

 その事実は、新人になったばかりのシューティーはあまりにも重すぎた。心臓は激しく高鳴り、緊張で喉は乾く。

 写真を撮ることも、図鑑で見ることすら出来ない。況してや、捕らえるなど、頭に過ることすら無かった。ただ、立ち竦むだけだった。

 

「し、しかし、何故ゼクロムが……!?」

 

「わ、分からぬ。じゃが……」

 

 その理由は、サトシとピカチュウに有るのでないかと、博士らしからぬ勘でオーキドは推測していた。

 事実、ゼクロムはサトシとピカチュウだけを見ている。自分達など眼中にもない。そう言いたげに。

 

「……」

 

 その黒い巨躯を、ゼクロムはゆっくり動かし、バトルフィールドに足跡を刻みながらサトシ達に一歩ずつ近付く。彼等に自分の手が届く範囲まで歩くと、足を止めた。

 

「何……かな?」

 

「……」

 

 突然の伝説の前に、流石のサトシも緊張しながらも、しっかりと向き合って尋ねる。

 しかし、ゼクロムは答えず、視線をサトシから彼の胸で抱き締められているピカチュウに向ける。

 

「――ピカチュウに何する気だ、ゼクロム」

 

 瞬間、サトシはゼクロムに敵意を向ける。例え、伝説の存在だろうが、自分の相棒に危害を加えることは許さない――そう目で語っていた。

 

「ダメよ、サトシくん! ゼクロムに敵意を向けては!」

 

 アララギが止める。ゼクロムは理想を持つ英雄足るに相応しい人物に力を貸す存在だが、同時に敵対する者を容赦なく滅ぼす冷酷な一面もある。

 敵意を向けるだけでも、下手すると命を落としかねないのだ。

 

「どんな存在だろうが……俺の仲間に傷付けるやつは絶対に許さない!」

 

 命の危機に有ろうが、サトシは強い意志を込めた真っ直ぐな瞳でゼクロムを見据える。

 

(退かぬとはな)

 

 それどころか、自分を前にして傷付ければ許さないと断言する。どれだけ強大な存在が相手だろうが揺るがず、自分の相棒の身を想い続ける、強く気高い意思。

 フッと微かな笑みを浮かべると、ゼクロムは片腕をゆっくりと突き出し、爪の一つをピカチュウに近付ける。次の瞬間、バチッと電線が走った。

 

「ゼクロム! お前、何を――」

 

「……ピカ?」

 

「――えっ?」

 

 相棒の声に、そちらを向く。さっきまであんなに悪化していたピカチュウの体調が急に改善していた。

 

「まさか……治してくれたのか?」

 

 ゼクロムは無言で背を向け、数歩歩いてサトシ達から離れるとゆっくりと飛び立つ。

 

「――ゼクロム!」

 

 ゼクロムは声に反応し、顔を向けてサトシを見下ろす。

 

「さっきはごめん! ピカチュウを治してくれて、ありがとな!」

 

 非難かと思いきや――少年の口から出たのは謝罪と礼だった。

 

(やれやれ)

 

 元はと言えば、自分のせいで悪化したというのに、知ってか知らずかそんなことを口にするサトシに、苦笑いを浮かべるゼクロム。しかし、悪くはない気分だ。

 その気分のまま、ゼクロムは雷鳴の様な速度でアララギ研究所から去っていった。

 

(確か、サトシだったか?)

 

 空を駆ける中、ゼクロムは女――アララギが少年をそう呼んでいたことを思い出した。

 当初、ゼクロムはさっきピカチュウが放った特大の雷を感じ、もしや自分の雷が大きな負荷を与えていたのではないかと考え、その場合はピカチュウを治すためにサトシ達の前に現れたのだ。

 しかし、予想外の収穫はあった。勿論、サトシの事である。

 自分という、大きな存在を前にしても逃げず怯まず、己の相棒を強く想い、また原因の自分にも謝り、礼を述べる逞しくも純粋な意思の持ち主。

 ゼクロムとしては、多いに興味がそそられた者だった。

 

(また、何処かで会いたいものだ)

 

 そう思いながら、理想の雷竜は空の彼方へと駆けていった。

 

「行っちゃったな」

 

「ピカ」

 

 相棒の言葉に、自然な動作で肩に乗りつつピカチュウは相づちを打つ。その視線の先の空には、ゼクロムのいた痕はまるで残ってなかった。

 しかし、焼け焦げたこのバトルフィールドに数個だけあるゼクロムの足跡が、雷竜がいた確かな証拠として刻まれていた。

 

「……まさか、ゼクロムに出会すなんて」

 

 旅立ちの日に予期せぬ伝説の遭遇。この衝撃をシューティーは一生忘れることはないだろう。

 ただ、ゼクロムはおそらく、何らかの理由があって、サトシとピカチュウに会いに来ただけだ。

 事実、自分には目もくれなかった。つまり、偶々の偶々で会えただけなのだ。何よりも、ゼクロムは自分を認識すらしていない。これで満足などしていたら、上になど行けない。

 次の時は、自分の存在をゼクロムに認識させて見せると、シューティーは誓った。

 

「サトシくん、ピカチュウはどうなの?」

 

 一方、アララギとオーキドがサトシ達に近寄り、具合を確かめる。

 

「どうだ?」

 

「ピ~、ピカピ?」

 ピカチュウが力を込める。今度は勢いよくバチバチと鳴るも、直後に妙な違和感を感じた。

 

「まだ、調子がいまいちなみたいです……」

 

「直ぐにもう一度検査を行いましょう。オーキド博士、協力をお願いします」

 

「勿論じゃ」

 

 ――オーキド博士!?

 ポケモン研究の第一人者、カントーにいるはずの彼がこのイッシュにいることに、またまたシューティーは驚愕してしまう。

 

「むっ? わしに用かな?」

 

「え、えと……後でも構いませんっ! 今は彼のピカチュウを!」

 

 シューティーは若干テンパりつつも、ピカチュウやさっきの失言もあって、後回しと告げる。

 

「オーキド博士、彼の言う通りです。先ずはこちらを」

 

「そうじゃな。君はどうするかな?」

 

「付いていきます」

 

 流石に弱ったポケモンを無視するつもりはない。シューティーも同行し、サトシ達と一緒に研究所の中に向かった。

 

 

 

 

 

「どうですか?」

 

「ピカチュウは自分の許容力を超えたゼクロムの電気を受け、また放ったことで、電気を発生させる器官に異常を来したみたいね」

 

 検査室での再度の診察やサトシやシューティーの話の結果、ピカチュウは電気を作る器官に異常が起きたと推測された。

 ゼクロムの雷を受けただけなら、ここまでには為らなかっただろうが、直後のバトルで無理に使って電気を使おうとした結果、ダメージが残ってしまったのだ。

 

「その影響で、動作も体調と比例してるみたい。良いときなら、通常通り。悪いときは鈍くなると言ったように。ゼクロムがある程度は異常を正したみたいだけど……それでも、しばらくは続くと思うわ。調子が良い時なら電気技が使っても大丈夫と思うけど、不調の時は控えた方が懸命ね。出来ればバトルも」

 

「そうですか……」

 

 その報告に、全員が残念そうな表情を浮かべる。

「その、俺のピカチュウはボルテッカーが使えるんですけど……」

 

「ボルテッカーは反動がある。調子が良い時でも控えた方が良かろう。他の技を使ってはどうじゃ?」

 

「そうします」

 

 ボルテッカーは強力な分、反動もある。今のピカチュウの身体を考えると、使わない方が懸命だろう。

 

「ごめんな、ピカチュウ。俺が無理に戦わせたせいで……」

 

「ピカピー」

 

 そんなことないとピカチュウは頭を振る。自分が無理に戦おうとした結果でもあるのだから。

 

「サトシくん。ピカチュウ。あなた達は悪くないわ。元は言えば、私達の責任なのよ。……ごめんなさいね」

 

「……本当にすまんの。サトシ、ピカチュウ」

 

 もっと精密に検査を行なっていれば、ピカチュウの不調に気付けたはずなのだ。

 こうなったのは、完全に自分達の不備。二人の博士はすまないと頭を下げる。

 

「いえ、オーキド博士もアララギ博士も頭を上げてください。何時かは治るんですから」

 

「……ありがとうね」

 

「……すまんの」

 

 二人の博士は改めて、頭を下げた。

 

「とりあえず、サトシ。今日はピカチュウちゃんの為にも、ゆっくりしましょう」

 

「そうするよ。失礼します」

 

「ピカ」

 

 母親、相棒と一緒に用意してもらった部屋に向かおうと検査室を出る。

 

「サトシ」

 

「シューティー!」

 

 廊下に出ると、扉の近くで待っていたシューティーに声を掛けられる。足元にはツタージャがいた。

 

「どうだった?」

 

「……しばらくはこの調子が続くって」

 

 その報告に、シューティーは申し訳なさそうな顔をする。

 

「……ごめん。あの時、持ち掛けなければ良かった」

 

 それか、最初に技が出なかった時、止めた方が良いと伝えるべきだった。

 

「気にしないでくれ。俺にも失敗も有ったんだし。なっ、ピカチュウ?」

「ピカ」

 

「……すまない」

 

 過ぎた事だと、サトシとピカチュウは笑うも、シューティーとしては自分にも責任の一端がある。謝らざるを得なかった。

 

「ふふっ、良い子ね。あなた。サトシと大違い」

 

「あなたは……」

 

「私はハナコ。この子の母親よ。宜しくね、シューティーくん」

 

「はい」

 

 シューティーとハナコは互いに軽く挨拶をかわした。

 

「シューティー、この後はどうするんだ?」

 

「……本来は、旅に出ようと思ってたけど――」

 

 ピカチュウが不調になった一因にもかかわらず、完治もしてないのにこのまま旅をするのは、気が進まなかった。

 

「――シューティー」

 

 サトシに強い声で呼ばれる。目を見ると、強くも優しい光が宿っていた。

 

「シューティーは先に旅に行ってこいよ」

 

「……だけど」

 

「シューティーには、シューティー自身の旅が、目標が、夢があるだろ? 俺やピカチュウに遠慮して、それをないがしろにしちゃダメだ」

 

 ピカチュウを心配してくれるのは嬉しいが、その為にシューティーが自身の想いを優先しなくなるのは、嫌だった。

 

「ピカ!」

 

「……サトシ、ピカチュウ」

 

「シューティーくん。この子達は、そんなに弱くないわ。だから、あなたはあなたの道を行きなさい」

 

 サトシ、ピカチュウ、ハナコの声を聞き、シューティーはしばらく悩んだあと、その言葉を受けた。

 

「……分かりました。サトシ、ピカチュウが一日でも早く治るのを祈ってるよ」

 

「ありがとう。あと、オーキド博士には会わないのか?」

 

「忙しそうだし、またの機会にお願いするよ」

 

 わざわざカントーから遠く離れたイッシュに来たのだ。重要な用件なのだろう。それを邪魔する気はなく、また先の失言もあって後ろめたかった。

 

「それじゃあ、機会が有ったらまたどこかで会おう」

 

「あぁ、頑張れよ。シューティー!」

 

「あなたの夢、叶うと良いわね」

 

「ありがとうございます。ツタージャ」

 

「タジャ」

 

 ツタージャはピカチュウに話し掛け、次は負けないぞと告げる。ピカチュウがうんと頷いた。

 シューティーはそれを確認すると、サトシとハナコにもう一度頭を下げ、廊下を歩いて外へ出た。見上げると、青空が広がる。

 

「……色々有ったな」

 

 他地方の少年、サトシとその相棒、ピカチュウ。自分の相棒となったツタージャ。伝説の存在、ゼクロム。

 これだけの出会いがある旅立ちの日も早々無いだろう。そう思うと苦笑する。

 

「――よし、行こうか。ツタージャ」

 

「タジャ!」

 

 空を見上げ、軽く深呼吸すると少年と一匹が道を歩き出す。

 一人の新人トレーナーが旅が、今始まったのだ。

 

 

 

 

 

「行っちゃったわね」

 

「うん」

 

 シューティーを見送った二人は、ピカチュウを休めさせようと改めて部屋に向かおうとする。

 

「――ミジュ?」

 

「わっ!?」

 

「ピカ!?」

 

「あら?」

 

 そこに二人と一匹の後ろから、サトシには聞き覚えのある鳴き声が響く。振り向くと、ラッコポケモンのミジュマルがいた。

 

「お前……さっきの?」

 

「ミジュ」

 

「あら、かわいい子。ここの子?」

 

「ミジュ? ミジュマ~~」

 

 またかわいいと言われ、ミジュマルは照れる。しかし、あっと何かを思い出したのか、サトシに近付く。

 

「ミジュミジュ?」

 

「えと……心配してくれてるのか?」

 

「ミジュ!」

 

 服の痕を指したり、不安そうな表情からサトシはミジュマルが自分を心配してるのかと尋ねると、ミジュマルは強く頷いた。

 

「大丈夫! 問題ないよ」

 

 良かった~と言うと、ミジュマルはトコトコ歩いて離れていった。

 

「なつかれてるのね。ふふっ」

 

「そうかな。良いやつだから心配してくれたんだと思うな」

 

「どうかしらね。とにかく、部屋ね」

 

「うん」

 

 二人と一匹は今度こそ、部屋へと向かった。

 

「……うーん」

 

 夕暮れ。サトシは部屋で何か悩んだ様子で唸っていたが、直後に駄目だと言わんばかりに頭を勢いよく振る。

 

「ピカピ?」

 

「何でもないよ、ピカチュウ」

 

 相棒にそう言われるも、長い間一緒にいたピカチュウにはサトシの考えが分かっていた。

 サトシはきっと、このイッシュ地方を旅したいのだ。しかし、自分が不調だから迷っているのだろう。

 

「――ピカ!」

 

「痛っ! な、何するんだよ、ピカチュウ……」

 

 渇!と、ピカチュウはチョップをサトシの頭に叩き込む。

 

『行きたいのなら、そう言う!』

 

 自分はサトシの相棒なのだ。彼が彼らしくある限り、どんなに不調だろうが共にいる。そう決めているのだから。

 

「ピカチュウ……」

 

 サトシもピカチュウの想いを理解する。

 

「……きついぞ?」

 

『――いつもキツイ!』

 

 楽な旅など、今までに一度もなかった。だからこそ、楽しいのだが。

 

「迷惑かかるかもしれないぞ?」

 

『結構掛かってる!』

 

 特に、サトシは困った人やポケモンを見捨てないお人好しだ。付き合うのは結構疲れているが、もう慣れてしまった。

 

「……本当に良いのか?」

 

『――当然!』

 

 何よりも、自分は見たいのだ。新たなこの地で頑張るサトシを。

 

「ありがとう、ピカチュウ。俺、決めたよ!」

 

『よく決めた、サトシ!』

 

 それでこそ、サトシである。ピカチュウは両手を組み、うんうんと満面の笑みで頷いた。サトシもそれに釣られ、元気一杯の笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 翌朝、研究所の玄関に四人と一匹がいる。サトシとピカチュウ、ハナコとアララギ、オーキドだ。

 

「必要な物は揃えたの?」

 

「ちゃんと用意したってば」

 

「なら良いけど……」

 

「心配し過ぎだってば」

 

「ピカ」

 

「旅に心配し過ぎなんてないわ。準備はしっかりとするべきなのよ?」

 

「そうだろうけどさ……」

 

 ただ、用意し過ぎると、荷物が多くなって動けなくなってしまう。何事も程々である。

 

「それよりさ、ママ」

 

「なーに?」

 

「許可出してくれて、ありがとう」

 

 この許可とは、旅の許可だ。昨日の夕飯時、サトシはハナコとオーキドにイッシュ地方の旅がしたいと告げたのだが、二人は色々と聞いたあと、サトシの話を受け入れたのだ。

 

「そんなこと? あなたはポケモン好きで旅好きなんだから、言うのは読めたわ」

 

「まぁ、ピカチュウの不調だけが気がかりじゃったが……」

 

 サトシとピカチュウの強い希望であることや、オーキドとアララギが調合した、電気ポケモンの発生器官の調子を少しでも良くする薬を用意された事もあり、最終的には許可したのだ。

 

「サトシ。薬はちゃんと晩の寝る前に飲ませるのじゃぞ。ちゃんと毎日飲み続ければ、回復は早くなるからの」

 

「勿論です」

 

 相棒の為にも、それを欠かす気は無い。

 

「無くなった場合、私に報告してね。新しいのを用意して、システムで送るから。また経過は、ポケモン図鑑で診て。特製のプログラムを組み込んであるから、分かるはずよ」

 

 特別に診察用のプログラムを組み込んだポケモン図鑑と、五つのモンスターボールを受け取る。但し、シューティーの様な新人用のポケモンは無い。

 サトシは新人ではないので、当然と言えば当然なのだが。

 早速、ポケモン図鑑を開くと、一ヶ所に特別なアイコンがある。そこを押すとピカチュウのデータが浮かんだ。

 

「本当に助かります」

 

「良いの。これぐらいさせて頂戴」

 

 元々は、自分達の失態だ。これぐらい当然である。

 

「ここから一番近いジムは、サンヨウシティのジムね。先ずはそこを目指しなさい」

 

「分かりました」

 

 アララギから場所を聞き、先ずはそこを目的地にしようと決めた。

 

「シューティーくんにも、同じことは言ってあるから……もしかすると、会えるかもね」

 

「シューティーか」

 

 自分より、一日早く旅立った新人の少年。彼は今、どうしているだろうか。もう二体目か、もしかしたら三体目ぐらいは捕まえているかもしれない。

 ただ、ツタージャと頑張っていることだけは容易に想像出来た。

 

「そろそろ、行ってきます!」

 

「ピカ!」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

「気をつけるのじゃぞ」

 

「頑張ってね、サトシくん」

 

 母と二人の博士の見送りを受け、少年は相棒と共に新たな旅への一歩を進み出した。

 

「ふふっ、今度はどれだけ立派になって帰って来るのかしら。楽しみ」

 

「そりゃあ、一回りも二回りも立派に成長なって戻って来ることでしょうな。わしも楽しみです」

 

「私もです」

 

 ハナコとオーキドは、サトシがこの地方の旅でどれだけ成長するのか気になる一方、アララギは別の点からサトシに注目していた。

 理想の竜、ゼクロム。かの竜が偶々他地方にやって来た少年とその相棒と顔合わせしたのは、果たして単なる偶然なのか。もしくは何らかの必然なのだろうか。

 

(気になっちゃうわね)

 

 一人の人間としても、博士としても、アララギは彼等の行き末が気になって仕方なかった。

 サトシとピカチュウ。彼等の旅は、一体どんな結果をもたらすのか。今から楽しみである。

 

「――アララギ博士!」

 

 少年と相棒の先を楽しみにしていた三人だったが、そこにアララギの助手が慌ただしい様子でやってくる。

 

「どうしたの?」

 

「それが――」

 

 助手からあることを聞かされ、研究所は暫く慌ただしくなるのであった。

 

 

 

 

 

 そんな研究所の騒動はともかく、サトシはピカチュウと一緒にカノコタウンの道を全力で走っていた。

 自身の夢を、理想を迷わずに突き進むように。

 

「ピカチュウ! 本当に楽しみだな!」

 

「ピカ!」

 

 この先、どんな人達と、ポケモンと、出会うのだろうか。それを考えるだけで、わくわくが際限なく溢れ出してくる。

 目指すはサンヨウシティ。最初のジムへと向け、少年と相棒は歩き出す。

 

「――ミジュージュ!」

 

 そんな彼等の希望に満ちた後ろ姿を、一つの存在が追っていた。

 どうやら、サトシとピカチュウの楽しいことは、そう遠くない内に起きそうだ。

 

 

 

 

 

 研究所では、アララギ博士達が話し合いをしていた。

 

「うーん、あの子どこに行っちゃったのかしら……」

 

「外も探しましたが、全く見当たりません」

 

「ただ、カメラを見る限りは外に行ってはいます」

 

「また、適当な場所に行っちゃったのかしら……」

 

 彼女達が探している存在は、目を離すと何処かに行っている事が多い。今回もそうだと考えれば、大して心配しなくても良さそうではある。

 

「大丈夫ですかな、アララギ博士?」

 

「すみません、オーキド博士……」

 

「いや、これも個性じゃろう。良ければ、わしも手伝おう」

 

「いえ、そういう訳にはいきません」

 

 折角来てもらった客人、しかもポケモン研究の第一人者に手間を掛けさせる訳には行かない。

 

「しかし、見過ごす訳にも行かんじゃろう」

 

 博士として、この事態にただゆっくりしているのは、納得が行かない。

 

「それはそうですが……」

 

 どうしたものかと、アララギが悩んでいると扉が開き、一人の研究員が入っていた。

 

「アララギ博士、宜しいでしょうか?」

 

「もう……今度は何?」

 

「実は、アララギ博士に会いたいという人物が来ていて……」

 

「え? 今日は特に会う予定は無いはずよ?」

 

「はい。それらとは違う、個人的に訪れた人のようです」

 

「個人的に……?」

 

 これまた迷うアララギ。事前にアポなしで来たとは言え、お客であることは間違いない。重要な話の可能性も無くはないだろう。

 

「とりあえず、ここに来るように伝えて」

 

 今はもう一つ済まさねばならない用事がある。その人物の用件が直ぐに済むのなら、そちらから片付けた方が良いだろう。

 

「分かりました」

 

 数分後、研究員に案内された例の人物が部屋に入る。

 

「――はじめまして、アララギ博士」

 

 入って来たのは――黒い狐のようなポケモンを連れた、白黒の帽子を被り、薄緑の長髪、目にはハイライトが無い、少年というよりは青年というべき人物だった。

 



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少女と幼竜と小鳥と

「おっ、何だ?」

 

「ピカピ?」

 

 走っている途中、サトシとピカチュウは茂った草が揺れるのを見た。木の実がある草から何かが出ている。早速、アララギから受け取った図鑑で見ると。

 

『キバゴ。きばポケモン。牙で樹木に傷を付けて縄張りを主張する。牙は抜けても、生え変わる』

 

「キバゴ。だけど、明らかに違うよな?」

 

「ピカ」

 

 図鑑に表示されているキバゴは黄緑をベースにした体色をしているが、今自分達に写っているのは紫色だし、色違いにしても形や大きさが明らかに異なっている。図鑑の故障だろうか。

 とりあえず、確認の為にサトシは警戒しながらゆっくりと近付く。

 

「――ぷはぁ!」

 

「うわぁ!?」

 

「ピカァ!?」

 

 突然何かが出てきた。それは、明らかにキバゴではない――というか、ポケモンもですらなく、少女だった。褐色に紫色の特徴的かつ、長くて広い髪型をしている。

 何かがいるのは分かっていたとは言え、流石にこれは予想外にも程があり、サトシは腰から倒れてしまった。ピカチュウも驚愕から地面に落ちて転がってしまう。

 

「ん? 君だれ?」

 

「こっちの台詞だよ! とりあえず、出てきてくれ!」

 

「そうするわ」

 

 少女はサトシと目を合わせ、誰かと尋ねるも、サトシに言い返しつつ出るように促されたので、よっとと草から出た。背はサトシよりも低いようだ。

 

「あたし、アイリス。君は?」

 

 少女――アイリスの名を聞くと、サトシは立ち上がって自己紹介する。

 

「俺、カントーから来たマサラタウンのサトシ」

 

「カントー? 随分と遠くから来たのね」

 

「まあな。それよりもさ。君に図鑑を向けたら何故かキバゴの情報が出たんだけど……」

 

「あぁ~。それ? それはこういう事。――出てきて」

 

「――キバ!」

 

 サトシの疑問に答えるべく、アイリスが語り掛けると、何とキバゴが髪から顔と身体の一部を出した。

 

「そんなところに!?」

 

 道理で、キバゴの姿が見えないはずである。髪に隠れているとはこれまたビックリだ。

 

「大抵の人は驚くのよね~。これ」

 

「そりゃそうだろ……」

 

 何せ、人の髪にポケモンが入っているのだから。

 

「ピカ~」

 

 そこに、やり取りを見て納得した様子のピカチュウがサトシの足元に近寄って来た。

 

「えっ、ピカチュウ!?」

 

 シューティー同様、イッシュ地方にいないピカチュウに、今度はアイリスは驚愕。また思わず抱き抱える。

 

「本物!? あたし初めて見た! うわ~、頬っぺたプニプニ~!」

 

 間近で喜びに満ちた眼差しで見詰め、次にピカチュウの頬っぺたをプニプニするアイリス。

 

「けど、どうして!? 何で、ピカチュウがこのイッシュにいるの!? 教えて~!」

 

 喜びの余り、カントーのサトシが連れてきた相棒だという判断に辿り着けず、ピカチュウを強く抱き締めながらサトシに尋ねる。

 

「さっきも行ったけど、俺カントーから来たからさ」

 

「そっか! 君のポケモンだった訳ね! 納得!」

 

「ピ……カ……!」

 

 なるほどと言いたげに何度も頷くアイリスだが、抱き締めが強いせいでピカチュウの顔色がどんどん青くなっていく。

 

「あのさ、そろそろ離さないと不味――」

 

「ピカアァアアァ!」

 

 離そうとしたサトシだったが、一方遅かった。苦しさからピカチュウが電撃を放ち、アイリスとキバゴに諸に伝わってしまう。

 

「ふみゃ~! し、痺れるぅ~……」

 

「キバ~……」

 

「ピカ!」

 

「あはは……。あっ、体調はどうだ? ピカチュウ?」

 

「ピカピカ」

 

 ピカチュウが膨れっ面になりながらもサトシの元に戻る。苦笑いしてしまうサトシだったが、ピカチュウが電撃を放ち、身体に問題ないかを聞いた。

 今日は体調が良いことや、薬の効果も有って幸い何ともないようだ。

 

「良かった。とりあえず……」

 

 アイリスとキバゴが回復するまで、サトシは待つことにした。ただ、その時間は数分にも満たなかったが。

 

「いや~、ごめんね~。思わず抱き締めちゃった」

 

「ピカ」

 

 つーんとするピカチュウにアイリスはもう一度謝り、サトシの今を尋ねた。

 

「サトシはさ、何でこのイッシュ地方に?」

 

「最初は知人と一緒に旅行に来たんだ」

 

「旅行……。じゃあさ、雷雲に付いては知ってる?」

 

「……雷雲」

 

「そうそう。昨日、カノコタウンと港辺りで凄い雷雲が有ったでしょ? サトシは知らない?」

 

 旅行に来たのとここから一番近い港の存在から、アイリスは昨日の雷雲に関してサトシが何か知っているのではと予想していた。

 

「知ってる。二度も遭遇した。雷雲の中にいた――ゼクロムと」

 

「ゼクロム!? イッシュ地方の伝説のドラゴンポケモンと二度も!?」

 

「まぁ、実際に対面したのは二度目だけど……」

 

「それでも凄いわ! サトシって運が良いのね!」

 

「……運が良いかぁ」

 

「……あれ? あたし、変なこと言った?」

 

 普通なら、伝説の存在と二度も遭遇したのだ。喜ぶべきのはず。なのに、サトシとピカチュウも複雑な表情をしていた。

 

「実はさ――」

 

「ピカピカ!」

 

「ん?」

 

 サトシがゼクロムとの一件を話そうとしたその時、ピカチュウが指を指して叫ぶ。そこには昨日見た鹿みたいなポケモンがいた。

 

「昨日の! よし、行こうぜピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「えっ? ち、ちょっと、待ちなさいよ~!」

 

「キバ~!」

 

 走るサトシとピカチュウを、アイリスは追い掛ける。

 

 

 

 

 

『無事、着いた様だな』

 

「はっ」

 

 何処かの洞穴で、ロケット団のムサシ、コジロウ、ニャースが膝を着きながらバック型のディスプレイの向こうにいる人物に礼儀正しく答える。

 

「予定通り、イッシュ地方に着きました。サカキ様」

 

 画面に写る人物は、ロケット団のボス、サカキ。二人と一匹にイッシュ地方に出向くようにと指示したのも彼だ。

 

「速やかに任務を果たし、イッシュ地方の制圧をしてみせますにゃ」

 

「また、例の少年のピカチュウ及び、イッシュ地方の伝説のポケモンを確保し、本部へと御送りします」

 

『ふむ、伝説と呼ばれし存在をか……』

 

「はい。その為にも、本部に預けた私達の手持ちを転送して欲しいのですが――」

 

『その必要はございません』

 

 戦力確保の為にも、コジロウは今までのポケモンの転送をボスに頼むが、隣に立った秘書の女性、マトリに却下される。

 

『イッシュ地方は独自のポケモンが多い地方。他地方のポケモンを使えば、非常に目立つます。秘密保持の為にも、必要な戦力は現地で集めてください』

 

「分かりました」

 

 彼女の言うことは尤もだ。秘密裏に動くのなら、他の地方で入手したポケモンは目立ってしまう。ムサシとコジロウは納得したものの。

 

(あれ? ニャーは大丈夫なのかにゃ?)

 

 自分は良いのだろうかと、疑問が過るニャース。しかし、その事は最初から無かったかのようにサカキは二人と一匹に期待していると告げ、電撃を切った。

 

「聞いたか? ボスのあの御言葉!」

 

「あれほどの期待を裏切る訳には行かないにゃ!」

 

「良い? 我等、栄光あるロケット団の歴史にあたし達の名を刻むのよ!」

 

 おぉと、やる気に満ちた声が洞穴内に響いた。

 

「彼等、上手く出来るでしょうか?」

 

「さあな」

 

 一方で、ロケット団の本部ではコーヒーを用意したマトリの問いに、サカキがコップを持ちながらどちらでも良いと言いたげに返す。

 彼等の前でこそ発破を掛けたが、サカキは実際はあまり期待していない。彼の目的は別にある。

 

「だが、あれらが動けば、イッシュ地方で活動する謎の一団は何らかの反応を示すだろう」

 

 見えない敵ほど怖いものは無い。その存在の炙り出しこそ、サカキの狙いだった。

 

「さて、どうなるかな。ふふふ……」

 

 不敵な笑みを浮かべ、サカキはコーヒーを味わう。

 場所は戻って、先の洞穴ではニャース達が支給された食料や道具などを確認していた。

 

「これで全部にゃ」

 

「流石ボス。必要な物は一通り有るな」

 

 最低限の働きはしてもらわねばならないので、当然なのだが。

 

「これでポケモンをゲット出来るわ。強いの来てくれないかしら」

 

 道具を確認していると、洞穴の向こうから何かの音が聞こえ、ロケット団が反応する。

 奥から翼とハート型の鼻を持つポケモンの一群が彼等に迫ったのは、その数秒後だった。

 

 

 

 

 

 場面はサトシの方に戻り、彼は先程見たポケモンを追い、今は草に身を隠していた。隣にはアイリスもいる。サトシは一群の中の一匹に図鑑を向ける。

 

『シキジカ。季節ポケモン。気温や湿度によって色が変わる体毛を持っているため、季節によって姿が変わる』

 

「シキジカって言うのか。ピカチュウ、行けるか?」

 

「ピカピ~……ピカ!」

 

 絶好調ではないが、体調に異常はない事をピカチュウは相棒に伝える。

 

「よし行くぞ、ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 勢い良く飛び出したサトシとピカチュウ。捕獲には体力をある程度削る必要がある。早速、バトル――と思いきや。

 

「シキキ!」

 

 一匹のシキジカが素早く反応すると、仲間に危険を伝え、シキジカの群れはその場から走り去ってしまう。

 

「えぇ!? そんなぁ……」

 

「ピカ~……」

 

 シキジカ達の逃走に、サトシとピカチュウはショックを諸に出してしまう。

 

「ミネミネ!」

 

「へっ?」

 

「ピカ?」

 

 そこに彼等の横から大量の鳴き声が聞こえた。向くと、昨日のねずみの様なポケモンの群れが此方に向かって走って来ていたのだ。

 サトシとピカチュウは回避が間に合わず、群れに巻き込まれてその場で猛回転。目を回して倒れてしまった。

 

「い、今の、確かの昨日の~……?」

 

「ピカピ~……」

 

「ミネズミっていうの。さっきと言い今と言い、運が無いわね~」

 

「キババ~」

 

 その後、サトシ達は残念ながらポケモンとは遭遇せず、夕暮れになったので夕食を取ろうと木から木の実を一つ採る。

 

「ん? うわぁあぁ!?」

 

「ピカカァ!?」

 

 突然木から大量の実が落下し、サトシとピカチュウは下敷きになってしまった。直後、アイリスが着地する。どうやら、彼女の仕業らしい。

 

「ご飯ゲ~ット! あれ? サトシとピカチュウ……?」

 

「ここ~……」

 

「ピカ~……」

 

「あっ、ごめん……」

 

 とりあえず、その実を夕食にし、平らげていく。同時にサトシはゼクロムが原因で、ピカチュウが不調である事を話した。

 

「という訳なんだ」

 

「……そっか。ごめん。そうだとも知らずにあたし……」

 

「気にするなよ。何時かは治るし、ゼクロムに悪気が有ったわけでも無いしな」

 

 寧ろ、あの時の落雷はピカチュウをロケット団から守るための物ではないかと、サトシは思っていた。

 

「ありがと。にしても、あのゼクロムが二度もかあ。君やピカチュウにはゼクロムを引き寄せる『何か』が有るのかもね」

 

 理想の英雄の前にしか姿を現さないとされる、存在だ。それが二度も彼等の前に出来てきた。

 サトシとピカチュウは、特別なものを持っているのではないかとアイリスが考えても仕方ない。

 

「単なる偶然じゃないかな。それかゼクロムが良いやつだからだよ」

 

「ふーん。まっ、そうかもね」

 

 確かにこうして見る限り、サトシとピカチュウはただの他地方のトレーナーとポケモンにしか見えない。

 それだけでゼクロムが気に掛けるとは考えにくく、単なる偶然の可能性もある。

 

「にしても、あたしも会いたいな~ゼクロムと! ね、キバゴ!」

 

「キバキバ!」

 

 両手を上げ、少女と幼竜は待ちきれないと言わんばかりに叫ぶ。

 

「なぁ、このイッシュ地方には他にもいるんだよな? ゼクロム以外にも、伝説のポケモンが。どんなのが――って、あれ?」

 

 他の伝説のポケモンについて聞こうとしたサトシだが、どうやら、アイリスとキバゴは途中で寝てしまったようだ。

 

「寝ちゃった。寝るの早いなあ」

 

「ピカピカ」

 

 サトシもねとピカチュウは言い、サトシは苦笑い。

 

「始めて見る星ばっかりだ」

 

 空を見上げる。今までの場所とは違う夜空の輝きが、サトシとピカチュウを魅了していた。不意に、一筋の光が流れる。

 

「流れ星! 良いことありそうだな!」

 

「ピカ!」

 

 彼等は暫し、笑い合う。どんなことが起きるのだろうと。心の底から楽し気に。

 

「ミジュ~?」

 

 そんな彼等を、一つの存在が草から顔を出して不思議そうに見つめていた。

 

「さて寝る前に……。ほら、ピカチュウ。薬」

 

「ピーカ」

 

 サトシがリュックから取り出したのはオーキドとアララギが調合した薬だ。寝る前に飲むようにと言われている。

 

「ピカァ~……」

 

 口に含むピカチュウだが、かなり苦い。思わず表情に出るほどだ。

 

「ちょっと苦いけど、我慢我慢」

 

 ピカチュウはうんと頷き、薬を飲み干す。

 

「じゃあ、寝ようか」

 

「ピカ」

 

 こうして、彼等のイッシュ地方の旅の初日は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 翌朝。サトシとピカチュウは昨日採った身の残りを朝食にして食べる。

 

「今日の体調はどうだ?」

 

「ピ~、ピカ……」

 

 どうやら、今一の様だった。図鑑で見ても、不調気味だと出ている。とはいえ、無理をしなければピカチュウは問題ないと、サトシは旅を再開する。

 

「にしても、アイリスとキバゴ何処行ったんだろな?」

 

「ピカ」

 

「まっ、とりあえず今日も頑張るか!」

 

 朝を起きると、アイリスとキバゴの姿は無かった。気にはなるものの、サンヨウシティを目指して歩くサトシとピカチュウ。

 

「ルポ、ルポ!」

 

 そんな彼等の上から、羽ばたき音と鳴き声が聞こえる。これまた昨日見たハート型の胸が特徴の鳥ポケモンだ。

 

「あれは……」

 

『マメパト。小鳩ポケモン。集団で群れているので、鳴き声が非常にうるさい。キラキラ光る物が好きではない』

 

「マメパト。けど――」

 

「ピカピカ!」

 

 ――ゲットしたいんでしょ! さっさとやる!

 ピカチュウの体調が今一なため、止めて置こうかと考えたサトシだが、相棒の言葉に分かったと頷く。

 走るとサトシとピカチュウはマメパトの群れに遭遇。その一匹が彼等を見ると、応戦するように向き合う。

 

「よし、バトルだ! ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウは一気に加速。不調な為、普段よりも速さは無いが、それでもマメパトはかわしきれずに諸に喰らうも、速さが特徴の攻撃のために踏ん張った。

 

「アイアンテール!」

 

 そこに硬質化したピカチュウの尾が叩き込まれる。連続で受け、マメパトは目を回して後退するも、それで他のマメパト達が異変に気付いた。

 

「良し! 今だ、モンスター――って!?」

 

 捕獲しようとしたサトシだったが、仲間をやられて怒った他のマメパト達が攻撃を仕掛けてきた。

 こちらは一体の上に不調で、あちらは何体もいる。サトシとピカチュウはたちまち不利となり、攻撃をかわすのに必死だった。

 しかも、その間にピカチュウと戦っていたマメパトは意識を取り戻し、仲間と共に空へと去ってしまった。

 

「はぁ……はぁ……また逃げられた……。ピカチュウ、大丈夫か……?」

 

「ピ~カ……」

 

 サトシ同様、少し疲れてはいるが、ダメージは無かった。

 

「まぁ、そう簡単には行かないよな。けど、諦めないぞ! 次行こう――」

 

 また失敗。しかし、めげずに次に行こうとしたサトシにマメパトの一匹が写る。

 他よりものんびりしているのか、さっきの群れとは違うマメパトなのか。何にせよ、機会はまだ残っている様だ。

 

「今度こそゲットだ!」

 

 そのマメパトもサトシ達に気付き、来るなら来いと言わんばかりに向き合う。

 

「でんこうせっか!」

 

 ピカチュウがでんこうせっかを放つ。同時に、マメパトも同じ技を繰り出した。

 二人の線が正面からぶつかり合い、マメパトが悲鳴を上げながら吹き飛ぶも途中で堪えた。

 サトシは昨日同様に追撃のアイアンテールを命じ、ピカチュウは飛んでかわそうとするマメパトに見事に的中する。

 

「行け、モンスターボール!」

 

 赤と白、二色が使われたボールを全力で投げ、マメパトに当てる。光がマメパトを包み込み、ボールの中へと入れるが。

 

「ポー!」

 

「――惜しい!」

 

 あともうちょっとでゲットだったが、まだマメパトには余力が残っていたようで失敗に終わり、ボールから出てしまった。

 

「クル……ポー!」

 

「かぜおこし!」

 

 両翼を羽ばたかせ、風を発生させてピカチュウに浴びせる。それなりの勢いと体調が今一な事もあり、ピカチュウはその場にしがみつくのが精一杯だ。

 その隙を、マメパトは見逃さない。素早くでんこうせっかを繰り出し、ピカチュウにそれなりでも確かなダメージを与える。

 更に攻撃しながらも距離を取ったマメパトは両翼を交差。ブーメラン型の空気の刃を発射する。

 

「エアカッター! ピカチュウ、かわせ!」

 

「ピカ! ――チャア!?」

 

 急いでその場を蹴り、ピカチュウは空気の刃をぎりぎりで回避する。しかし、そこにマメパトのかぜおこしが放たれて体勢が崩れる。その一瞬にマメパトはでんこうせっか。

 体勢が崩れつつも、ピカチュウは動くも腕にマメパトの一撃が命中する。

 

「やるな、あいつ……!」

 

 かぜおこしを見事なタイミングで放つ力量から、どうやらあのマメパトは中々の強さを持っている様だ。油断は出来ない。況してや不調状態なら尚更。

 

「さて、どうするか……」

 

 サトシはマメパトの動きを警戒しつつ、周りを見渡す。近くの木に視線が注目した。

 

「あれ、使えそうだな。ピカチュウ、回避に専念!」

 

 サトシの指示に従い、ピカチュウはマメパトの攻撃を回避していく。

 

「クルー……!」

 

 それが十回程続くと、マメパトは徐々に苛立ちを募らせる。怒りから、一気に決めようと全力ででんこうせっかを行なう。

 

「今だ、地面に向かってアイアンテール!」

 

 ピカチュウが鋼化した尾を大地にぶつける。土が捲られ、煙が発生してマメパトの視界を塞いだ。

 

「ポッ!?」

 

 視界が覆われ、マメパトは困惑するも、でんこうせっかの勢いは止まらない。そして、突っ切った先に有るのは――木だ。ごつんと頭からぶつかり、地面に落下する。

 

「でんこうせっか!」

 

 そこに、ピカチュウのでんこうせっかが炸裂。衝突と合わせて大きなダメージを負う。

 

「今度こそ……! モンスターボール!」

 

 頭の帽子を回し、モンスターボールを構えて勢い良く投げる。モンスターボールはマメパトに衝突し、数度左右に細かく揺れると、パチンと音を立てて静止した。

 

「やった! マメパト……ゲットだぜ!」

 

 マメパトが入ったモンスターボールを空に向かって真っ直ぐに掲げ、ゲット時の決め台詞を高らかに告げる。ピカチュウも歓迎するように鳴く。

 

「やったやった! よっほー!」

 

「あーら、マメパトをゲットしたぐらいでそんなに喜ぶなんて……子供ねえ」

 

「キバー」

 

 喜びの余り、サトシはピカチュウと一緒にはしゃいでいると、木の実をかじっているアイリスがやれやれと言いたげに近付く。

 キバゴはひょっこりと出ると、ピカチュウと一緒に少し距離を取り、木の実を半分にして渡していた。

 

「だって、イッシュ地方での最初の仲間なんだぜ? 喜ぶべきだろ!」

 

「まっ、お似合いかもね。サトシとこの森のマメパトは」

 

 サトシとアイリスがそんなやり取りをしていると、次の瞬間、木の実を味わっていたピカチュウとキバゴを機械の手が掴み取り、遠くに放されてしまう。

 

「これは……またお前達か!」

 

 こんなことを仕出かすのは、あの連中のみ。そちらを向くと、やはりその通りの者達がいた。

 

「またお前達かと言われたら」

 

「答えてあげよう。明日のため」

 

 お決まりかつ、新しい口上を彼等は述べ出す。

 

「フューチャー。白い未来は悪の色!」

 

「ユニバース。黒い世界に正義の鉄槌!」

 

「我等この地にその名を記す」

 

「情熱の破壊者、ムサシ!」

 

「暗黒の純情、コジロウ!」

 

「無限の知性、ニャース!」

 

「さぁ集え! ロケット団の名の元に!」

 

 最後に構えを取り、彼等は自分達の所属を答える。しかし、秘密裏に動く立場としてはそれで良いのだろうかと突っ込むのは、おそらく野暮なのだろう。

 

「ロケット団? 何それ?」

 

 カントーに存在する組織のため、詳細を知らないアイリスは疑問符を浮かべる。

 

「人のポケモンを狙う、悪党だよ!」

 

「正解。人のポケモンを奪って悪の限りを尽くし、世界を手に入れる。それがロケット団よ!」

 

「そんなことどうでも良いわよ! それより、キバゴはアタシのポケモンよ! 返して!」

 

「キバゴ? なるほど、こいつはキバゴって言うのか」

 

「イッシュ地方の制圧の手始めに、こいつも頂くことにするにゃ!」

 

「ねぇ、君ニャースよね? て言うか、何で人間の言葉で喋れるの!?」

 

 ピカチュウ以外の他地方のポケモンの上に、人間の言葉で喋るニャースにアイリスは困惑気味だ。

 

「ニャーは他のとは一味も二味も違う特別なニャースなのにゃ」

 

「そ、そうなの?」

 

 それで片付けて良いのだろうかと気になるアイリスだが、今はキバゴやピカチュウを優先。見ると、二匹は透明なケースに入れられていた。

 

「観念するんだな」

 

「そうは行くか! マメパト、君に決めた!」

 

 ロケット団はそのまま連れ去ろうとするも、サトシがそんなことを許すわけも無く、さっきゲットにしたばかりの新しい仲間を出す。

 

「あいつも、この地方のポケモンを!」

 

「出番よ、ニャース! カントーのポケモンの実力を見せ付けるのよ!」

 

「みだれひっかきにゃ!」

 

「エアカッター!」

 

 空にいるマメパト目掛け、跳躍して連続の引っ掻きを喰らわせようとするニャースだが、空中でまともな身動きが出来ないところにエアカッターを叩き込まれ、呆気なく墜落する。

 

「でんこうせっか!」

 

 更に追撃のでんこうせっかが決まり、ニャースは大きく転がる。

 

「じゃ、ジャリボーイのやつ、容赦がないのにゃ!」

 

「……情けないわよ、アンタ」

 

 見たところ進化前の、それもおそらくは最近ゲットされたばかりのポケモンに押されるニャースに、ムサシが冷たい眼差しを向ける。

 

「まぁ、ジャリボーイも相当なトレーナーだしなあ……。ニャースじゃ荷が重いか」

 

「しゃあないわね。行け、アタシのポケモン!」

 

 ムサシのモンスターボールから、ハート型の鼻と小さな翼を持つポケモンが出現する。

 

「何だ、あのポケモン!?」

 

「あれはコロモリよ!」

 

「にゃるほど、アイツはコロモリって言うのにゃ」

 

「中々良い名前じゃない。――コロモリ、エアスラッシュ!」

 

 新しくゲットしたポケモンの名を知ると、ムサシは早速命令。コロモリの翼から、空気の丸鋸が数発発射される。

 

「かわして、でんこうせっか!」

 

「こっちもかわして、かぜおこし!」

 

 マメパトは迫る空気の丸鋸にも怯まず、果敢に進みながら避けて突撃するも、コロモリも回避し、その隙に風をぶつける。

 

「マメパト! その風に逆らうな! 逆に利用して加速! 高く飛べ!」

 

 横からの風に姿勢を崩され、地面に激突と思いきや、サトシの言う通りにかぜに乗って加速。地面すれすれを滑るように飛翔し、次に一気に高く飛ぶ。

 

「落下の勢いを加えろ! でんこうせっか!」

 

「コロモリ、かぜおこしで速度を軽減しなさい!」

 

 風と落下。二つの勢いを利用した高速のでんこうせっかが迫る。

 エアスラッシュではかわされる。回避は無理と判断したムサシはかぜおこしを命じるも、発動が間に合わなかった。

 また今のマメパトの速度は安易な勢いでは止めきれず、風を破ってコロモリに一撃を与える。

 

「かぜおこし!」

 

 ムサシは吹き飛ばされたコロモリに指示を出そうとしたが、サトシとマメパトの方が早かった。

 マメパトの翼から風が発生し、でんこうせっかで体勢が崩れたこともあり、地面に落下してしまう。

 

「連続でエアカッター!」

 

「直ぐに飛んで回避しなさい!」

 

 今度は指示通りに避けるコロモリだが、羽ばたきに一瞬の時間を取られ、空気の刃が一つだけ命中する。しかし、一撃にもかかわらずコロモリはかなりのダメージを受けた。

 マメパトの特性、きょううんとエアカッターの急所に当たりやすい性質により、コロモリに痛烈な一撃を与えたのだ。

 

「くっ、コロモリも弱くはないのに……!」

 

「ジャリボーイの能力が、あのマメパトってポケモンの力を引き出しているんだ!」

 

 単純な能力なら、コロモリの方が上回るだろう。しかし、サトシの今までバトルで積み重ねたトレーナーの経験がマメパトの力を本来以上に発揮させていたのだ。

 

「す、凄い……」

 

 サトシのトレーナーとしての力量に、アイリスは思わず感嘆の呟きを漏らす。的確な判断に、相手の力を利用する柔軟さ。

 とてもだが、マメパトをゲットしてはしゃいでいた少年と同一人物とは思えなかった。

 

「……このままじゃ不味いな。ニャース、ちょっと耳を貸せ」

 

「にゃ?」

 

 ムサシの劣勢を悟ったコジロウが、ニャースに耳打ちする。

 

「一気に決めるぞ! 連続でエアカッター!」

 

「ポー!」

 

「とにかく回避よ!」

 

「コロロ!」

 

 風刃の連弾を、コロモリはとにかく回避していく。しかし、先の一撃のダメージから動きが鈍くなっており、掠りだしていた。

 

「このままはヤバイわね……!」

 

 このままでは負けるとムサシも理解していたが、打開策が浮かばない。

 

「ムサシ!」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、コジロウが視線を動かし、ムサシも釣られて動かす。そこでコジロウの狙いを悟った。

 

「コロモリ、地面すれすれを飛びなさい!」

 

「マメパト、もう一度急降下しながら、でんこうせっか!」

 

「ポー!」

 

 ただ下がるだけと、落下の勢いを加えたでんこうせっか。どちらが速いかは一目瞭然で、マメパトはコロモリに猛スピードで迫る。

 

「決まった!」

 

 勝ったと、サトシもアイリスも確信していた。二人のその思いは間違っていない。寧ろ、正しい。

 

「――みだれひっかきにゃ!」

 

 但し、それは――『一対一の勝負』であった場合。

 いつの間にか潜んでいたニャースがマメパトを横から奇襲。みだれひっかきで連続のダメージを喰らわせ、吹き飛ばす。

 

「今よ、コロモリ! めざめるパワー!」

 

 すかさず、コロモリが追撃を仕掛ける。周囲に黄緑の光球が複数展開され、一斉にマメパトに襲いかかった。

 ニャースのみだれひっかきで体勢を崩されたマメパトには回避する余裕も無く、全て命中。無情にもマメパトは戦闘不能になってしまった。

 

「マメパト!」

 

「流石ジャリボーイね。危うく負けるところだったわ」

 

 コジロウの指示でニャースが加勢しなければ、冗談抜きでコロモリは敗北していただろう。

 

「卑怯者! 二対一で攻めるなんてずるいわよ!」

 

「賢いって言って欲しいな。それに、持っている力を駆使して何が悪い」

 

「その通りにゃ。ムサシ、コジロウ。向こうが回復する前にさっさと離れるにゃ」

 

「そうしましょう」

 

「同意見だ」

 

 さっきの不意打ちは、一度きりの策だ。次からはもう通用しないだろう。素早く逃げる必要があった。

 気球を素早く用意し、ピカチュウとキバゴが入ったケースを中に置くと、空へと逃走を開始する。

 

「さらば!」

 

「待ちなさい!」

 

 上空へと飛んでいくロケット団に、木を登ってアイリスが追い掛けるも、気球が昇る速度が速く、追い付かない。そこに、気球に向かって影が飛んでいく。サトシだった。

 

「ピカチュウ! キバゴ!」

 

「嘘ぉ!?」

 

 サトシは木の天辺を踏み台にし、高くジャンプ。アイリスはその跳躍力に驚愕する。

 

「く、くそ、届かな……!」

 

 しかし、後一歩の所で気球には届かずにサトシの手は空振り、サトシはそのまま木の枝や葉を捲き込みながら落下。心配からアイリスが駆け寄る。

 

「サトシ、大丈夫!?」

 

「くそ……!」

 

 このまま、相棒やキバゴが連れ去れるのを黙って見つめるしかないのか。そう思われたその時。

 

「ミジュミジュ!」

 

「えっ? ミジュマル!?」

 

 アララギ博士の研究所で見たラッコポケモン、ミジュマルが駆け出し、お腹にあるホタテの様な物――ミジュマルの武器であるホタチを全力で投げる。

 ホタチを気球の風船に穴を空け、気球を落下させていくと、そのままクルクルとブーメランのようにミジュマルの手元に戻り、ミジュマルはそれを腹に付ける。

 

「よくもやってくれたわね!」

 

「だが、まだピカチュウもキバゴもこっちの手の中にある!」

 

「お前達の不利は変わらないにゃ!」

 

 気球は落下こそしたが、ピカチュウとキバゴを捕らえたケースはまだ壊れていない。

 その上、マメパトは戦闘不能状態。サトシ達が不利な状況は変わっていなかった。

 

「コロモリ、ジャリボーイを痛め付けなさい! エアスラ――」

 

「ミジュマーー!」

 

 コロモリが技を放とうとしたその直前に、ミジュマルは口を膨らせて中からみずでっぽうを発射。コロモリと、ロケット団を吹き飛ばす。

 

「ミジュ~マッ!」

 

 隙が出来た。ミジュマルは素早く接近し、ホタチで一閃する。鈍い音と共に、有るものが切り裂かれた。

 

「ピカー!」

 

「キバー!」

 

「しまったわ! ケースが!」

 

「くそっ、やられた!」

 

「ミジュジュ~」

 

 そう、ピカチュウとキバゴを閉じ込めていたケースだ。自由の身となり、二匹はそれぞれのトレーナーの元に戻る。その様子にミジュマルはどうだと胸を張る。

 

「ここまでかにゃ……。退くにゃ!」

 

「おう!」

 

 数が二対一から三対二になった。コロモリも少なからずのダメージが有り、ニャースは戦いが得意ではない。

 引き際と判断し、ムサシとコジロウは煙玉でサトシ達の視界を塞ぐと、そのまま姿を眩ました。

 

「逃げたか……!」

 

「とりあえず、無事で良かったわ。ミジュマルのおかげね」

 

「そういや、そうだな。ありがとな、ミジュマル」

 

「ミジュ~」

 

 どういたしまして~、と言いたげにミジュマルは表情を緩めた。

 

「あとサトシ、マメパトの治療をしないと!」

 

 ピカチュウもキバゴもミジュマルも無事だが、マメパトだけはニャースとコロモリにやられて戦闘不能状態のままだった。

 

「そうだった! じゃあな、ミジュマル! 本当に助かったよ!」

 

「ミジュ?」

 

 自分に礼を言い、走り去っていくサトシの姿を、ミジュマルを少し呆然としながら見つめていた。

 

 

 

 

 

「おまちどおさま。お預かりしたマメパトは治りましたよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 夕暮れ。木造の建物、ポケモンの傷を癒す施設であるポケモンセンター。薄紅色の看護士の様な服を着た女性、ジョーイがマメパトの治療が完了したことを伝える。

 マメパトは元気満々と言いたげにサトシの隣で羽ばたく。

 

「元気になって良かったよ」

 

「ポー!」

 

「にしても、珍しいわね。ピカチュウを連れてるなんて」

 

 ジョーイもシューティーやアイリス同様、イッシュにいないピカチュウに、興味津々の様子だ。

 

「俺達、カントーのマサラタウンから来たんです。イッシュ地方のポケモンセンターはここが初めてで」

 

「そうだったの。ポケモン達の体力を回復、怪我を治したい場合はカントー同様、ここに立ち寄ってくださいね」

 

「はい」

 

 マメパトがしばらく羽ばたくと、サトシの手に乗って優雅な仕草を取る。それを皆で笑っていた。

 

「これから宜しくな。マメパト」

 

「ポー!」

 

 お任せあれ、とマメパトは執事の様にお辞儀。また全員が微笑む。

 

「……あのさ、サトシ」

 

「何だ?」

 

「キバゴを助けようと頑張ってくれて、ありがと」

 

「そんなこと気にすんなよ。当然だろ? それに一番頑張ったのはミジュマルなんだし」

 

 とそこで、サトシは呟いた。

 

「そういや、あのミジュマル……。何で、俺達を助けたんだろ?」

 

 それに、どうにも見覚えが有る様な気がしてならない。何処かで会ったことがあるような。

 

「……まさか、な」

 

 一つの可能性が思い浮かぶも、単なる偶然だろうとサトシはそれを流した。

 

「ミジュ~……」

 

 しかし、それが偶然ではないことを、サトシはこの翌日に知ることになるのであった。

 



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お風呂大騒動

「あのさあ、一つ聞いていい?」

 

「何?」

 

「何で着いて来てるんだ?」

 

「違うわよ。サトシがあたしに着いて来てるのよ」

 

 サンヨウシティに向かう途中のサトシ。しかし、隣には二日前に出会った少女、アイリスがいた。

 彼女は何故か、サトシといて、しかもサトシが自分に着いて来ていると告げる。

 

「……はぁ?」

 

 当然、サトシからすれば意味が分からず、抜けた声を出す。ただ、サンヨウシティに向かっているだけなのに、そう言われれば無理も無いだろう。

 

「俺はサンヨウシティにはジムバッチを手に入れる為に行くけど、アイリスは何か特別な用事が有るのか?」

 

「えっ? い、いや、そう言うわけじゃないけど……」

 

 特別、重要な用事が有るかと言えば否である。

 

「じゃあ、俺がアイリスに着いて行くってのはどう考えても変だろ」

 

 目的のある人物が、目的のない人物に着いていくなどあり得ない。どう考えてもおかしな話だ。

 

「そ、それは……。こ、細かいのは気にすることじゃないわよ! そんなのも分からないのかしら? 子供ねぇ~」

 

「アイリスだって、子供じゃん」

 

「さ、サトシに言われたくないわよ!」

 

「はぁ!? もう意味が分からないよ……」

 

 色々と支離滅裂なアイリスの台詞に疲れたのか、サトシは先に行こうとする。

 

「とりあえず、俺は行くから。じゃあな」

 

「ち、ちょっと待ちなさいよ! 君、この地方について知ってるの? アドバイスはいた方が良いんじゃないの?」

 

「いや、人に聞けば良いじゃん」

 

「ピカピカ」

 

 確かにその通りと、ピカチュウも頷く。アドバイスする相手がアイリスである必要性はない。

 

「あ、あたしがいれば、そんな手間は一々しなくて済むわよ?」

 

「……君さあ、もしかして一人旅が怖いの?」

「そんなわけ無いでしょ!」

 

「あー、もう良いよ。俺は行くから――」

 

「ミジュ」

 

 声に反応し、そちらを向くとまたミジュマルがいた。昨日と同じミジュマルの様だ。

 

「ミ~ジュジュ~」

 

「えと……」

 

『ミジュマル。ラッコポケモン。貝殻に似たホタチをお腹から外し、攻撃や防御にも使う』

 

 とりあえず、ミジュマルの情報を確認したサトシは先ずはお礼を告げる。

 

「昨日はありがとな。本当に助かったよ」

 

 何せ、絶体絶命の危機から救ってくれたのだ。サトシからすれば、幾ら礼を言っても足りないぐらいである。

 

「けど、お前何でここに……? それに――」

 

「ミージュ、ミジュミジュ」

 

 サトシが有ることを訪ねようとしたが、それよりも先にミジュマルが何かをお願いするように何度も鳴く。

 

「ピーカピ、ピカピカ」

 

 それをピカチュウがサトシに伝える。その意味は。

 

「えっと……俺達に着いて来たのか?」

 

「ミジュ」

 

「そっか~! あたしが好きになっちゃったのね!」

 

 その通りと返すミジュマル。しかし、それを自分に着いてきたのだと思い込んだアイリスがミジュマルを抱き締める。

 

「じゃあ、あたしがゲットしてあげ――」

 

「ミジュジュ~!」

 

 軽く触ったあと、ゲットしようとすると、ミジュマルは嫌だと激しく抵抗。

 

「え、えぇ!?」

 

 アイリスがショックを受けるも無視し、ミジュマルはピカチュウを押し退けながらサトシの肩に乗ってしまう。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピーカー……!」

 

 自分のお気に入り場所から退かされ、当然怒るピカチュウだが、ミジュマルには気にも止めずにサトシに訴える。

 

「ピ~カ……チューーッ!」

 

「ミジュ!」

 

 まだ本調子ではないので、それなりの威力しか無いが、それでも水タイプのミジュマルには大きなダメージになる電撃をピカチュウは放つ。

 ミジュマルは咄嗟にホタチでガードしたが、その際に弾いた電撃がサトシに命中してしまう。

 

「痛て……何すんだよ」

 

 本調子ではないので、威力は低いがそれなりには痛い。サトシが困った様に聞くと、ミジュマルが円らな瞳で見上げていた。

 

「お前……もしかして、俺と行きたいのか?」

 

「ミジュ!」

 

 うんとミジュマルは強く頷く。その為に、ここまでサトシを追って来たのだから。

 

「分かった。俺達を助けてくれたんだし、一緒に旅してくれるか?」

 

「ミジュ!」

 

 勿論と、ミジュマルがまた強く頷く。しかし、一方でピカチュウは若干不満そうだ。

 

「よーし、ミジュマル。宜しくな!」

 

 サトシがモンスターボールを投げる。カツンとミジュマルの頭に当たり、少し痛そうだが、このままモンスターボールの中に入る――はずだったが、モンスターボールは何の反応も示さず、地面に転がった。

 

「反応しない……?」

 

 つまり、このミジュマルは既に誰かにゲットされている証。そして、そこでサトシは確信に至る。

 

「お前……アララギ研究所にいたミジュマルか?」

 

「ミジュミジュ!」

 

 やっと気付いてくれたサトシに、ミジュマルはそうそうと笑みを浮かべた。

 

「となると……」

 

 一旦、通信や転送機械がある建物に行った方が良い。先ずはそれを探すことにした。

 

 

 

 

 

 幸い、近くに設備の整った場所があり、サトシはそこでアララギ博士にミジュマルのことを話す。

 

『そんなところにいたのね。勝手にいなくなっちゃって、心配してたのよ』

 

「どうやら、俺達に着いてきたみたいです」

 

『あぁ、なるほどね。だから、サトシくんが旅立った後にいなくなっちゃったと』

 

 理由を知り、アララギは納得した様子だ。

 

『サトシくん。君さえ良ければ、このままその子をお願い出来ない?』

 

「良いんですか!?」

 

『えぇ、ミジュマルがあなたを選んだんだもの。特別に許可するわ』

 

 本来は新人トレーナーの為のポケモンの一体だが、ここまでサトシの事を気に入っているなら、彼の方がミジュマルの為になるだろうと、アララギは例外的に許可を出した。

 

『今から、ミジュマルのモンスターボールを転送するわ』

 

 数秒もしない内に、転送機からミジュマルのモンスターボールが転送される。

 

「受け取りました」

 

『サトシくん、あの子を大切にね』

 

「はい!」

 

『ふふ、それにしても……』

 

「それにしても?」

 

『いえ、こっちの話。まぁ、その内分かるわ』

 

「そうですか」

 

 アララギ博士の笑みが引っ掛かるサトシだが、その内分かるという彼女の言葉をそのまま受け入れる。

 

『あと、あの子ちょっと目を離すと何処かに行く癖が有るから気を着けてね。宜しく』

 

 ミジュマルに対しての忠告をし、アララギは通信を切った。

 

「えーと、あっ、本当にいない!」

 

 折角モンスターボールを用意したのに、何処かに行ってしまった。サトシ、次いでにアイリスは慌てて外に出て探すも姿はない。

 

「どこ行ったんだ……?」

 

「探して上げようか?」

 

 ふふんと、アイリスが何故か上から目線で協力を申し出る。

 

「良いよ。マメパト!」

 

 モンスターボールを投げ、サトシはマメパトを出す。

 

「空からミジュマルを探して欲しいんだ。出来るか?」

 

「ポー!」

 

 了解と片翼で敬礼すると、マメパトはミジュマルを探し出す。

 

「さてと、俺達も――うわぁ!?」

 

「ちょっと! 人の厚意は――きゃあ!?」

 

 サトシはマメパトとは違う場所から探そうとし、アイリスは咄嗟に近寄るもその瞬間、地面が陥没。二人は落下した。

 

「何よ、これ……」

 

「落とし穴……?」

 

 落とし穴というと、サトシはついついロケット団を警戒する。

 

「誰がこんなことを――」

 

「メグロコだよ」

 

 アイリスが誰の仕業かと呟くと、その返事が上からする。見上げると、茶髪の少年がいた。

 

 

 

 

 

「しかし、ミジュマルがサトシくんの元に行っていたとは驚きですね」

 

「私もよ」

 

 アララギ研究所で、アララギ博士と研究員が話し合う。

 サトシから報告を聞き、ミジュマルの居場所が判明したが、彼を追い掛けていたのは流石に予想外だった。

 

「やはり、あのゼクロムと二度も会う少年だけあって、ミジュマルも惹かれたのでしょうか?」

 

 研究員はあの一件のあと、アララギとオーキドからサトシとゼクロムが二度も遭遇したことを知っている。

 

「う~ん、そういう理由とかじゃないと思うわ」

 

 あのお調子者のミジュマルの事だ。サトシと会ったあの時、シューティーが初めてのポケモンを選んだ時、彼に誉められたのが理由だろう。

 

「何にしても、これで旅立った訳ですね」

 

「えぇ。――『三匹』ともね」

 

 シューティーが選んだツタージャ。サトシを選んだミジュマル。そして、最後の一匹のポカブ。彼もまた、既にあるトレーナーと一緒に旅立っていた。

 

(まぁ、サトシくんと同じぐらいに変則的な形で渡す結果になっちゃったけど)

 

 何しろ、そのトレーナーは二人よりも年上にもかかわらず、今までトレーナーの経験は無かったのだ。ただ、トレーナー能力は非常に高い。

 しかし、変わっているところもあった。雰囲気やポケモンに関する認識もそうだが。

 

「しかし、アララギ博士。『彼』はどうして、ポケモン図鑑もモンスターボールも受け取らなかったんでしょうか?」

 

 そう、ポカブを受け取ったそのトレーナーは、本来用意されるはずのポケモン図鑑もモンスターボールも受け取っていないのだ。

 

「彼はどちらも必要ないって言ってたわ。なら、大丈夫でしょう」

 

 考えは普通のトレーナーと遥かに異なれど、彼もまたポケモンを深く思う人物なのは確か。

 話し合いや、ポカブを受け取る時のやり取りで、アララギ博士はそれを確信していた。

 

「さぁ、私達がすべきことはまだまだあるわ。頑張りましょう」

 

 はいと、アララギ研究所の一室で一体感のある声が響いた。

 

 

 

 

 

 三人の子供から離れた場所。ロケット団がサトシを追っていた。

 

「急ぐわよ! 早くピカチュウをゲットして、サカキ様に報告しないと……!」

 

「けどなあ。今のままの戦力じゃ、ジャリボーイに勝つのは少し無理がなくないか?」

 

「確かに……。コロモリはマメパトで対処されてしまうにゃ」

 

 昨日の結果を見る限り、このままで実行しても成功率は高いとは言えない。

 

「分かってるわよ。けど、時間が掛かったらその分ジャリボーイの戦力は増える一方。なら、今の内に強奪するのが最善だと思わない?」

 

「なるほどなぁ。一理は有るな」

 

「確かに、一番高い機会は今。にゃらば、強引にでもすべきかもしれないにゃ」

 

「でしょ。計画も立ててる。後はピカチュウを無力化すれば、立ち回り次第じゃあ――なっ!?」

 

「うおっ!?」

 

「にゃあ!?」

 

 先程のサトシとアイリス同様、突然目の前の地面が陥没し、彼等は落下。情けない体勢で墜落する。

 

「くっ……まさか、アタシ達が落とし穴に嵌まるなんて」

 

「嵌める場合を多くても、嵌められるのは少ないからなあ」

 

「……とりあえず、離れるにゃ」

 

 一番下でニャースが下敷きになっているため、二人分の重量がのし掛かっていた。

 

「にしても、誰がこれを――」

 

「メーグロッコ……!」

 

 何かの鳴き声が聞こえた。そちらを向くと、灰と黒の黒い瞳と縞縞模様、四足歩行のワニのような小さなポケモンが唸っている。また、何故かサングラスも着けていた。

 

「何これ?」

 

「こいつもやっぱり、始めて見るやつだな」

 

「クーロッコ……!」

 

 ワニの様なポケモンは、ロケット団を威嚇していた。

 

 

 

 

 

「メグロコ……」

 

『メグロコ。砂漠鰐ポケモン。砂の中に潜り、目と鼻を外に出して移動する。黒い膜が目を守る』

 

「へぇー」

 

 

 とりあえず、メグロコの情報をサトシは入手した。

 

「助けてくれてありがとう。アタシはアイリス。こっちはサトシよ」

 

「僕はダン。僕の家はこの近くで、温泉リゾートをしてるんだ」

 

「温泉!? アタシ、温泉大好きなのよ~!」

 

「俺も!」

 

 自己紹介が終わり、ダンの家では温泉があると聞いてサトシとアイリスは喜ぶ。しかし、ダンは困った表情だ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……。今は残念ながら休業してるんだ。メグロコのせいで」

 

「……どういうこと?」

 

「とりあえず、ここじゃなくてそこで話すよ。着いてきて」

 

 サトシとアイリスはダンの案内で、その場所に向かう。しばらくして到着するが。

 

「うわ、何だこれ……」

 

「穴だらけ……」

 

 仕切りテープが貼られた現場は至るところに穴があり、木も石も倒れているという、無惨な有り様だ。

 

「そう。この有り様なんだ」

 

「何が有ったんだ?」

 

「少し前の事何だけど……。男女のお客さんが砂風呂を楽しんで、父さんが安全の為の確認。僕はその手伝いをしていたんだ」

 

 砂風呂に関しては、二人は後回しにした。

 

「そこに群れのボスのメグロコが出たんだ。ただ、この辺りには仲間と一緒に前から砂風呂を楽しむためにいたし、こちらが何もしない限りはちょっかいや危害も加えない。はずだったんだけど……」

 

 どういう訳か、その日は急に暴れだし、仲間と共に砂風呂を荒らしていったのだ。

 

「その結果、こうなっちゃって……」

 

「大人しかったメグロコ達が急に? 明らかに変よね?」

 

「うん。理由がさっぱりなんだ」

 

 お客やトレーナーがメグロコ達にちょっかいや危害を加えた事は考えたが、その仕返しにしては頻繁に人を襲わないのが妙だ。メグロコ達はあくまで暴れるだけなのである。

 

「なら、俺達で調べようぜ。よっと」

 

「ピカ!」

 

「えっ、ちょっと!」

 

 サトシはピカチュウと現場に入ると、パンツ以外を脱いで、砂で身を覆う。要するに、砂風呂を体験していた。ピカチュウもである。

 

「あ~、気持ち良いな~。これ~」

 

「ピカ~」

 

 砂の熱が身体を程好く暖めてくれる。なるほど、これは良いとサトシとピカチュウは感じていた。

 

「何やってんのよ……」

 

 アイリスは呆れた様子で問いかける。隣のダンは困った表情をしていた。

 

「調べるからには、体験するのが一番だろ?」

 

「ピカピ~」

 

「砂風呂に入りたかっただけでしょ……」

 

 どう見ても、それ以外にないとまた呆れるアイリスだったが。

 

「キ~バ~」

 

 ピカチュウの隣に、小さな砂の膨らみが出現。同時にキバゴが顔を出す。どうやら、いつの間にかアイリスの髪から出て砂風呂を味わっていた様だ。

 

「キバゴまで……」

 

 自分のポケモンまで参加しており、アイリスは困った表情を、ダンは何とも言えない表情をしていた。

 

「うん、砂風呂良いな~」

 

「ピカ~」

 

「キ~バ」

 

 一人と二匹は、しばらく砂風呂を味わっていた。

 そんな彼等から少し離れた、機材が並ぶ場所では二人と一匹が彼等を監視していた。ロケット団だ。

 

「すっかり寛いでるな、ジャリボーイ」

 

「ちょっと興味あるにゃ」

 

「何言ってんの。どう見ても、チャンスじゃない」

 

「メーグロッコ……!」

 

「ん? これは……」

 

 そんな彼等に、また威嚇の声が上がる。サングラスを付けたあのメグロコだ。

 

「また? しつこいわね」

 

「何で俺達に付きまとうんだ?」

 

 このメグロコ。先程からロケット団を威嚇していたのだ。まるで、ここから離れろと言わんばかりに。

 

「目障りにゃ。あっち行くにゃ」

 

「クーロッコ……!」

 

「にゃに? 『良いから、さっさとここから離れろ』とにゃ?」

 

「どういうことだ?」

 

「にゃーに言われても分かんないにゃ」

 

 メグロコの言葉を翻訳したニャースだが、どうしてここから離れなくてはならないのか不明だ。

 

「ロコ!」

 

「うわっ!?」

 

 痺れを切らしたかのよう、メグロコは地面に潜る。そして、土山を上げながらある場所へと向かう。

 

「サトシ。ミジュマルは?」

 

「あっ、そうだ。忘れてた!」

 

 アイリスに言われ、サトシは身体を起こす。それに、ミジュマルを探しに行っていたマメパトも探さなくては。

 

「ポー……」

 

「ミジュミジュ~♪」

 

「ん? この声……」

 

 二つの鳴き声に、サトシ達は斜め左方向に向く。そこには満足げに砂風呂を味わうミジュマルと、呆れた様子のマメパトがいた。

 

「ミジュマル! マメパトも! こんなところにいたのか!」

 

 サトシ達は二匹に近付く。何にせよ、見付かって良かった。

 

「ごくろうさん、マメパト」

 

「ポー」

 

「ミジュ~」

 

 どういたしましてと鳴くマメパト。一方で、ミジュマルはまだ砂風呂を味わっている。

 

「調子の良いやつ」

 

 お調子者のミジュマルに、少し困った表情になるサトシだった。

 

「クーロッコ……!」

 

 しかし、そんな彼等の後ろから、一つのポケモンが迫って来る。メグロコだ。

 

「メグロッコ!」

 

「――何だ!?」

 

 鳴き声と音に、サトシがいち早く反応。他も続き、振り向いてメグロコを視認する。

 

「あいつ! メグロコのリーダーだ!」

 

「あいつが?」

 

「――メーグロッコ!」

 

 話しているその一瞬の隙を狙い、リーダーのメグロコは高速で移動すると、キバゴを口に加える。

 

「キバゴ!」

 

 メグロコはキバゴを加えたまま、サトシ達と距離を取る。

 

「くっ、これじゃあ迂闊に攻撃出来ない……!」

 

 下手に攻撃すると、キバゴにも当たってしまう。実質、盾にされたも当然だ。

 

「キバゴを放しなさい!」

 

 アイリスはキバゴを助けようとメグロコに近付き、口を開けようとする。サトシやピカチュウ達もだ。

 

「この……口を開けろ!」

 

 しかし、メグロコの口はビクともしない。その顎の力の凄まじさが窺えた。

 

「適当にやっても駄目だ! タイミングを合わせて!」

 

「分かったわ!」

 

 今度は息を合わせ、同時に一気に放そうとする。しかし、これでもメグロコの口は全く開かない。

 だが、思わぬことからメグロコはキバゴを放した。というのも、ピカチュウの耳が鼻に入って擽り、くしゃみをしたのだ。

 

「――ロコ!」

 

 しかし、それはメグロコにとっても新たなチャンスだった。サトシ達の体勢が崩れた隙を見逃さず、今度はピカチュウとミジュマルの腕を加え、二匹を捕まえたのだ。

 

「しまった! ピカチュウ! ミジュマル!」

 

「……ロコ!」

 

 メグロコは二匹を捕まえたまま、その場から離れようと走る。

 

「――ロッ……コ!?」

 

 しかし、その途中、メグロコの足が、いや全身が宙に浮き、そのまま何かの機械に吸い付いてしまう。ピカチュウとミジュマルを加えたまま。

 

「何だ? って、ロケット団か!」

 

 口上は長いので短縮します。サトシの言う通り、ロケット団が特殊な捕獲装置を付けたクレーン車を操り、三匹を捕らえていた。

 

「ロコー!」

 

 ジタバタと足掻くメグロコだが、手も足も空気を掻くばかりで効果は無し。更に高く吊るされてしまう。

 

「ロケット団! ポケモン達を離せ!」

 

「言われたからって、放す訳無いでしょ! この三匹はこのまま連れていくわ!」

 

 クレーン車を操作し、ロケット団は素早く離れていく。サトシ達は勿論追おうとするが、そこにニャースが煙玉を使って視界を塞ぐ。

 

「マメパト、エアカッターで車のタイヤを壊せ!」

 

「させないわ! コロモリ、エアスラッシュで相殺しなさい!」

 

「ポー!」

 

「コロロ!」

 

 無事だったマメパトで、クレーン車の動きを封じようとしたサトシだが、ムサシが対策に事前に出していたコロモリの技で失敗。そのまま逃走されてしまう。

 

「かぜおこしで煙を晴らせ!」

 

 ならば、素早く追い掛けようとマメパトの風で煙を吹き飛ばす。

 

「マメパト! そのままロケット団を追跡してくれ!」

 

「ポー!」

 

 いち早くマメパトが、その後にサトシが追う。

 

「このままどうする?」

 

「逃走を続けるわ。あのジャリボーイのことだから、マメパトを追手に出してるでしょうね」

 

「マメパトさえ倒せば、後は逃げるのも簡単にゃ」

 

 岩山まで逃走を続けるロケット団。一番の戦力であるピカチュウは、ミジュマルと共にメグロコに加えられたまま。あの体勢では技は使えず、この状態で十万ボルトを放てば二匹に感電する。やはり使えない。無力化したも当然だ。

 

「なっ!? 何これ!?」

 

 しかし突然、視界が揺れた。いや、クレーン車が揺れて巻き込まれたのだ。

 

「足場が崩れた? 何で――」

 

「ロッコォ!」

 

 リーダーの声。それに応えるように、周囲からメグロコの群れがわらわらと姿を現す。

 

「こ、これは明らかにヤバイにゃ!」

 

 コロモリ一体で対処可能な数を明らかに越えている。これでは戦いにならない。

 

「今すぐ逃げるのよ!」

 

「分かってる! フルス――」

 

「ロコー!」

 

 そうはさせるな。リーダーの指示に従い、メグロコ達は周囲の足場を掘って崩していく。

 クレーン車は為す術もなく、崩れた大地にどんどん沈んでいく。ロケット団は急いで離れるも、無数のメグロコ達の姿が目に入る。

 

「駄目だ、勝負にならない。撤退しよう」

 

「えぇ」

 

「了解にゃ!」

 

 自分達の劣勢さを認め、ロケット団は撤退した。

 ロケット団の姿が去ったのを確認し、リーダーのメグロコは仲間と共にピカチュウとミジュマルをある場所に連れていく。そこで二匹を放した。

 

「ピカ……?」

 

「ミジュ?」

 

 そこには、無数のポケモン達がいた。

 

「あれは……?」

 

「野生のポケモン達ね」

 

「どういうこと?」

 

 そこから少し離れた岩影に、マメパトの案内から素早く駆け付けたサトシ達がいた。様子を窺うも、状況が分からない。

 

「ロコ!」

 

 少し高い岩にリーダーのメグロコが移動し、ポケモン達に指示する。直後、地面が少し揺れ、遠くに勢い良く水柱が立った。

 その現象に、野生のポケモンは納得したのか、メグロコ達の指示に従って移動を開始。

 

「何だこれ?」

 

 見ると、次々と水柱が立っていた。サトシ達の近くにもだ。しかも、水には熱が込もっている。これは熱湯だ。

 

「これは……間欠泉!」

 

 その水柱に、ダンはこれが何かを悟った。

 

「間欠泉って、確か……」

 

「地面から、熱いお湯が出ることよ」

 

「今まで、こんなこと無かったのに……!」

 

 おそらく、長い時を掛けて自然に出現した間欠泉だろう。なので、推測も出来なかったのだ。

 

「……なぁ、ダン。このお湯は何処に流れ込むんだ?」

 

「えと、地形を考えるとこの辺りや……あっ、家の砂風呂にも入ってくる!」

 

「ちょっと、こんな熱湯がいきなり入ったりしたら、大火傷するわよ!?」

 

「そうか。メグロコ達はこれを感じ取って、人やポケモン達を危険から遠ざけるために暴れたんだ」

 

 かなり乱暴な手段だが、何時噴き出すか分からない事を考えると、これ以外には方法がなかったのだろう。つまり、メグロコ達は善意でしていたのだ。

 キバゴ、ピカチュウ、ミジュマルを捕まえたのも、砂風呂から遠ざけるために違いない。

 

「なら!」

 

 メグロコ達を協力し、ポケモン達を遠ざける。それがすべきことのはずだ。

 

「ピカチュウ、ミジュマル!」

 

 サトシの出現に二匹は喜ぶも、メグロコはまた邪魔者が来たと鋭い目付きになる。仲間と共に排除しようとする。

 

「待ってくれ、メグロコ! 俺達にも協力させてくれ!」

 

「……ロコ?」

 

「お前、俺達を助けようとしてるんだろ?」

 

「……」

 

 突然の協力に、メグロコは若干困惑していたものの、サトシが自分達の意図を理解してると知り、少し考える。

 

「これ……!」

 

「大きいのが来る!」

 

 大きな地響きと共に、無数の水柱が出現。岩が削られ、野生のポケモン達とメグロコが数匹、熱湯に囲まれてしまう。

 

「囲まれたわ!」

 

「次が来たら、間違いなく浴びてしまう……!」

 

 しかも、地響きがまた鳴り、何時新しい間欠泉が噴き出してもおかしくない状態だった。

 

「こうなったら、直接渡って! ――熱っ!」

 

 足を入れたサトシだが、高温に思わず出てしまう。

 

「無理よ! 耐えれる温度じゃないわ! 大火傷になるわよ!」

 

「けど、このままじゃ……!」

 

 マメパトに運んでもらうという手も考えたが、あの小さな身体では無理がある。万事休すかと思われたが。

 

「ロッコ!」

 

 リーダーの一声に、メグロコ達は規則正しく動く。先ずリーダーのメグロコが出っ張っている岩に噛み付いて身体を縦にし、他のメグロコが前に仲間の尾に噛み付く。それを繰り返していく。

 

「何を……?」

 

「橋だ! 橋を作って、ポケモン達をこっちに渡らせようとしてるんだ!」

 

「頼むよ、メグロコ!」

 

 メグロコ達は全員で、素早く橋を作る。

 

「出来た。けど……これ距離が足りなくない!?」

 

 しかし、距離を見る限り、向こうまでの長さが不足していた。これでは熱湯に落ちてしまう。

 

「数匹、あっちに取り残された分、距離が短くなったんだ……!」

 

 さっき取り残された数匹が加われば、橋は完成していたのだ。

 

「ちょっと、どうするのよ!」

 

「……マメパト! 全力でかぜおこしをしてくれ!」

 

「ポー!」

 

「サトシ、何する気!?」

 

 最早、一刻の猶予も無い。これしかないと判断したサトシが命令。マメパトが全力で翼を動かし、何時もよりも強い風を起こす。

 

「これなら! ――うおおぉおおぉ!」

 

 距離を取り、全力で走る。更にマメパトの風を受けて加速。手前で高く跳躍し、風で飛距離も伸ばし、見事に辿り着いた。

 

「凄い! 風を利用して長く飛んだ!」

 

「……昨日と言い今日と言い、凄いわね」

 

 自分も身体能力には自信が有るが、それでも凄いと感じるアイリスだった。

 

「けど、これってよく考えたらサトシが窮地に陥っただけじゃない!?」

 

「そ、そう言われたら確かに……!」

 

 アイリスの言う通り、サトシが自ら危険地帯に移動しただけ。状況は寧ろ悪化している。

 

「マメパト! もう一働きにこっちに来てくれ!」

 

「ポー!」

 

 全力のかぜおこしで少し疲れたマメパトだが、まだ余力は残っている。素早く向こうに移動する。

 

「よし! 次は……マメパト達、お前達の力が必要なんだ! 協力してくれ! 頼む!」

 

 サトシに懇願されるも、四匹のマメパト達は戸惑いが残っており、どうしたらと迷っていた。

 

「ポー! ポーポー!」

 

 そこにサトシのマメパトが野生のマメパト達に叱咤、力を貸せと告げる。マメパト達は半ば咄嗟に、分かったと頷いた。

 

「後は……! メグロコ達! あっちと同じ様にして橋を!」

 

「ロコロコ!」

 

 リーダーのその人間の指示に従えとの声もあり、残ったメグロコ達も急いで短い橋を作る。それをサトシが持つ。

 

「メグロコ! 倒してくれ! こっちと繋げる!」

 

「ま、まさか……! 倒れてくる橋と繋げる気なの!?」

 

「無茶だよ!」

 

 少しタイミングが擦れれば、その瞬間にこちらのメグロコ達がお湯に落ちて橋が台無しになり、メグロコ達も火傷を追ってしまう

 リスクが大きすぎる方法であり、リーダーのメグロコも大丈夫かと焦りを感じていた。

 

「メグロコ! 俺を信じてくれ!」

 

「……ロコ!」

 

 リーダーのメグロコは――サトシを信じた。このままでは、野生の彼等も仲間も怪我するだけだ。高くした橋をサトシ達に向けて倒す。

 

「今だ、マメパト! マメパト達! あの先端に向けてかぜおこし!」

 

「クルー……ポー!」

 

 サトシのマメパトが率先し、計五匹のマメパトが風を起こす。すると、落下の速度が軽減され、途中で柱に支えられたかのように停止した。

 

「風の勢いで落下を止めた!?」

 

「そうか、この為にマメパト達に協力を頼んだんだ!」

 

 先の全力のかぜおこしでの疲労もあり、サトシのマメパトだけでは落下は止められなかっただろう。だからこそ、サトシは野生のマメパト達に協力を頼んだのだ。

 

「これなら――行ける!」

 

 そして、停止した状態なら橋を繋げるのはとても簡単だ。サトシが短いメグロコの橋の端を持ち、向こうに近付ける。

 後は先のメグロコが向こうの先端のメグロコの尾に噛み付き――橋が完成した。

 

「橋が……!」

 

「出来た!」

 

「皆、急いで向こうに!」

 

 今の出来事から、野生のポケモン達はサトシを信頼し、マメパト達は空を飛び、シキジカやミネズミ達はメグロコの橋を次々と渡っていく。

 

「後はサトシだけよ! 早くこっちに!」

 

「あぁ、今すぐ――」

 

 最後にサトシが渡って終わり――のはずだったが、それを妨害するように新たな間欠泉が立ち上ぼり、サトシ目掛けて襲いかかる。

 

「サトシ!」

 

「危ない!」

 

「ミジュ~マァ!」

 

 ミジュマルが跳躍。そのままさせるかと口からみずてっぽうを放ち、水柱に横からぶつけ、サトシを熱湯から守った。

 

「ミジュ~――マッ!?」

 

 しかし、その際に体勢が崩れ、お湯の波に落ちようとしていた。

 

「戻れ、ミジュマル!」

 

 サトシはモンスターボールを使い、ミジュマルを戻して落下から守る。

 

 後はメグロコの橋を渡り、ピカチュウ達の元へと戻るだけ。その時、足下の岩が重さに耐えきれなくなったのか、皹が走って崩れる。

 

「や、ば……!」

 

 サトシが熱湯に落ち掛けた瞬間、誰かの手で手を握られた。それは、アイリスの手だった。

 

「無茶し過ぎ」

 

「ごめんごめん」

 

「――ロコ!」

 

 サトシの安全が確認出来た。最後の仕上げに、リーダーのメグロコが橋を縦に立てる。

 群れのメグロコは一匹ずつ尾から口を離し、地面に戻っていく。リーダーのメグロコも口を開け、漸く一安心。

 

「お疲れ様、メグロコ」

 

「ローコ」

 

 サトシが笑いながら告げると、メグロコもお前もなと、笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 翌日。昨日の一騒動が終わり、サトシ達は風呂を味わっていた。

 

「どうだい? 家の新しい風呂は」

 

「間欠泉のせいで砂風呂は使えなくちゃったけどね……」

 

 なので、これからこの温泉をリゾートの新しい売りとして使う予定である。

 

「気持ち良いです!」

 

「ピカチュ~」

 

「文句無しの五ツ星!」

 

「キバキバ!」

 

「ミジュ~」

 

「ポー」

 

 サトシとピカチュウ、浮いているミジュマルや、片翼で額を拭くマメパト、アイリスとキバゴ。全員が満足していた。

 

「良かったよ!」

 

「新しい名物になりそうで何よりだ」

 

「やっぱり、温泉は良いなあ」

 

「同意見!」

 

 新しい温泉を味わい、サトシ達は明日への英気を養っていった。

 

 

 

 

 

「ロコ」

 

 そこから少し離れた場所の道で、あのメグロコが姿を現す。黒い瞳が見据えるのは――サトシだ。

 

「クローコッコッコ!」

 

 あの時の出来事を振り返り、メグロコは高笑いしていた。どうやら、この出会いはここで終わることは無さそうだ。

 



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バトルクラブの騒動

「よっと、着いた。ここがサンヨウシティか?」

 

「違うわよ、ここはカラクサタウン」

 

 森を抜け、目の前に広がる町にサトシは目的地に着いたかと思ったが、どうやらここはサンヨウシティではないようだ。

 

「そんなことも知らないなんて、子供ね~」

 

 いや、俺数日前にイッシュに来たばかりだし。サトシはそう思うが、アララギに聞けば分かる事。聞かなかった自分が悪いと言えば悪い。

 

「サンヨウシティはこの次の町?」

 

「えっ? えぇ、そうだけど……」

 

「じゃあ、次の町に向かうとするか」

 

「ピカ」

 

 ジムが無いとすれば、この町に留まる理由もない。次の町にサトシは向かおうとし、ピカチュウも頷く。

 

「ま、待ちなさいよ! そう急ぐ必要も無いわよ!」

 

「何で?」

 

「ピカピカ?」

 

「まぁ良いから、あたしに任せて付いてきなさい」

 

「キバキバ」

 

 自分に任せろと言いたげに先を進むアイリスに、サトシはとりあえず付いていった。

 

 

 

 

 

「ここよ、ここ」

 

「ここは……?」

 

 目の前にあるのは、モンスターボールのマークがある大きな建物だ。

 

「そんなことも知らないの? ここはバトルクラブよ」

 

「バトルクラブ……」

 

 嘗て経験した、バトルフロンティア。それと同じくバトルの名が付く施設。当然サトシの興味を引いた。

 

「簡単に言うと、トレーナーと戦うための施設よ」

 

 アイリスは先に中に入り、機械に近付いて操作しながら説明をする。

 

「これが掲示板。ここに各トレーナーの自分のプロフィール、所持するポケモン、対戦したいポケモンの要望が記されてるの。で、お互いの要望が合えば呼び出して、バトルしてポケモンやトレーナーの経験を鍛えるって訳」

 

「なるほど……」

 

 つまり、効率よくバトルするの為の場所という事だ。これは参加する価値がある。

 

「バトルは何処で?」

 

「奥よ。着いてきなさい」

 

 アイリスの後を追い、一室に入る。広い場所で、バトルフィールドがあった。

 

「良いタイミング! 丁度バトルしてるわ!」

 

 バトルフィールドでは、二人のトレーナーが戦っていた。そのポケモン達を図鑑で調べる。

 

『ジャノビー。草蛇ポケモン。ツタージャの進化系。生い茂った木や草の影を踏み抜けて、攻撃を避ける。巧みな鞭捌きで反撃する』

 

「ツタージャの進化系か」

 

 そう言われると、確かにツタージャの面影がある。

 

「もう一体は――」

 

『フタチマル。しゅぎょうポケモン。ミジュマルの進化系。流れるような太刀捌きで二枚のホタチを扱う技は、厳しい修行によって身に付ける』

 

「こっちはミジュマルの進化系かあ」

 

 自分のミジュマルも何時かは進化して、この図鑑の様に流れるような太刀捌きを見せてくれるのだろうか。

 ちょっと気になるも、それを決めるのは本人――本ポケモン?――のミジュマルであって、自分ではない。

 そして、ミジュマルがどちらの道を選ぼうが、自分は見守る。それが彼のトレーナーである自分の務めなのだ。

 

「――ジャノー!」

 

 そんなことを考えていると、ジャノビーが土を捲りながらこちらに倒れてきた。その目は渦巻いており、戦闘不能であることを示していた。どうやら、フタチマルが相性を覆して勝った様だ。

 

「そこまで! ジャノビーを運んであげなさい」

 

「ジャノビー、行こう」

 

「ジャノー!」

 

 ジャノビーのトレーナーは治療をしようと、敗北の悔しみから叫ぶジャノビーを運んでいった。

 

「ポケモンバトルクラブへようこそ。儂はここのバトルマネージャー、ドン・ジョージという」

 

 鍛えられた体と、髭が特徴の男性、ドン・ジョージが二人に近付いて自己紹介する。

 

「あたしはアイリスです」

 

「俺はサトシです。ここではバトルが出来ると聞きました」

 

「勿論」

 

「ジム戦に備えて、バトルをしたいんです」

 

「ピカ!」

 

「むっ、ピカチュウ? 珍しい。この地方では見かけないポケモンだ」

 

 ドン・ジョージもピカチュウに驚く。とは言え、大人なだけあって取り乱す事はなく、笑顔でピカチュウを撫でる余裕さを見せていた。

 

「そのピカチュウ、君のポケモンかい?」

 

「君は……」

 

 サトシに近付いたのは、先程ジャノビーのトレーナーに勝利したフタチマルのトレーナーだった。ピカチュウが珍しくて来たのだろう。

 

「僕と勝負しないか?」

 

「えと、ごめん。今日はピカチュウは調子が悪いんだ」

 

「ピカ~……」

 

 バトルに異論は無いが、今日のピカチュウは体調がかなり悪く、バトルは避けたかった。

 

「だから、他のポケモンで良いかな?」

 

「構わないよ」

 

 お互い賛成し、二人はバトルフィールドに向かう。

 

「もう一つ良いかな?」

 

「なんだい?」

 

「もし良ければだけど、この勝負はダブルバトル形式で行わないか?」

 

 サトシがこう提案したのは、マメパトとミジュマルを一度に戦わせるのと、ダブルバトルで経験を得て貰うためだ。

 

「ほう、ダブルバトルか」

 

「確か、自分と相手の両方が二体のポケモンを同時に使うバトルだったわね」

 

 あまり、見たことはないバトルだ。

 

「面白そうだ。僕は受けるよ」

 

 相手トレーナーは初めてのバトルのため、経験を知ろうと受けた。

 

「では、ダブルバトルを始める。両者、同時に二体のポケモンを!」

 

「ミジュマル、マメパト、君に決めた!」

 

「行けっ、フタチマル! ミネズミ!」

 

「ミジュ~」

 

「ポー!」

 

「チマッ」

 

「ミネー!」

 

 バトルフィールドに四体のポケモンが並び、相手を見つめる。

 

「ミ、ミジュ……?」

 

 しかし、ミジュマルだけは自分の進化系であるフタチマルを前に、怯んでいた。不安そうにサトシを見る。

 

「ミジュマル。何事も経験だ! 頑張ろうぜ!」

 

「……ミジュ!」

 

 コロモリ戦での指示や、メグロコの一件もあり、ミジュマルはサトシを信頼して戦うことを決めた。マメパトは元より、やる気満々である。

 

「では、始め!」

 

「そちらからどうぞ!」

 

「なら! フタチマル、マメパトにみずてっぽう! ミネズミ、ミジュマルにたいあたりだ!」

 

「チマー!」

 

「ミネー!」

 

 水タイプに水タイプの攻撃は効果が薄い。なので、相手トレーナーはフタチマルをマメパトに、ミジュマルにミネズミをぶつけた。

 進化系だけあり、フタチマルの口からはミジュマルを上回る威力のみずてっぽうが発射。同時にミネズミもミジュマル目掛けて向かう。

 

「かわせ! ミジュマル、マメパト!」

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

 ミジュマルは走って、マメパトは飛翔でそれぞれ迫る攻撃を難なくかわした。

 

「マメパト、フタチマルに向けてかぜおこし! ミジュマル、その風に向かってみずてっぽう!」

 

「えっ!?」

 

 サトシの指示に、ピカチュウ以外全員が驚愕する。その中でも行動が早かったのは、マメパトとミジュマルだ。

 マメパトが風を起こし、ミジュマルが指示通りにその風にみずてっぽうを放つ。すると、風の勢いに水が加わり、威力、速度、範囲が増した。

 

「ふ、フタチマル! みずてっぽうだ!」

 

「フー……ター!」

 

 フタチマルがみずてっぽうを放った。しかし、水が加わった風の勢いには敵わず、大きく吹き飛ばされた。

 

「まさか、技を合わせるなんて……!」

 

「なるほど、これは実にお見事! ダブルバトルならではの技の使い方だ!」

 

 ドン・ジョージはサトシのダブルバトルならではの戦い方に、拍手を送る。

 

「ミジュマル、マメパト、ミネズミに向けてシェルブレードとエアカッター!」

 

「しまった! ミネズミ、かわすんだ! フタチマル、ミジュマルにみずてっぽう!」

 

 フタチマルが吹き飛ばされ、体当たりしたミネズミは二体の近くにいる。ほぼ二対一だ。先ずは二体からミネズミを離さねばならない。

 空気と水の刃が迫り、必死にかわそうとするミネズミだが、かわしきれずに空気の刃を一撃喰らう。

 

「ミジュマル、そのままシェルブレードでみずてっぽうを弾け!」

 

「ミジュ!」

 

 攻撃を与えたと同時に、サトシは素早く指示。ミジュマルは水の刃でみずてっぽうを弾いた。

 

「ミネズミ、こっちに!」

 

 その間に、相手トレーナーはミネズミを自分の近くに戻す。追撃も出来たが、無理に攻めて痛い目に遭うのをサトシは避けた。

 

「これがダブルバトルか……!」

 

 下手に動くと、ポケモンが片方だけとなって相手二体から攻められる。通常のバトル以上に、しっかりとした指示を出す必要があると相手トレーナーは理解した。

 向こうと同じこと、技の組み合わせは出来ないかと考えたが、残念ながら今の二匹にはそれが可能な技がなかった。

 

「なら! フタチマル、マメパトにシェルブレード! ミネズミはミジュマルにかみつく!」

 

 ならば、不利にならないように二対二を維持して戦う。相手トレーナーはそう判断した。

 

「ミジュマル、シェルブレードで応戦! マメパト、でんこうせっかでフタチマルを撹乱!」

 

 自分を噛み付こうとすりミネズミに、ミジュマルはシェルブレードを水を纏うホタチを振り回す。

 マメパトは二枚のホタチをでんこうせっかの速度を利用し、回避しながらフタチマルの周りを素早く動き回る。

 

「マメパト、高く飛べ! そこからエアカッター、二匹を狙え!」

 

「何!」

 

 マメパトは両翼を振るい、刃をフタチマルとミネズミに向けて一枚ずつ放つ。

 

「かわせ!」

 

「ミジュマル! フタチマルへのエアカッターに向けてみずてっぽう!」

 

 これまた意表を突く指示。だがミジュマルは回避しながら迷わずにみずてっぽうを発射。エアカッターの軌道を変化させ、フタチマルに直撃させる。

 

「チマー!」

 

「フタチマル!」

 

「ミジュマル! そのまま回転! みずてっぽうでミネズミを薙ぎ払え!」

 

 ミジュマルはその場で周り、薙ぎ払いのみずてっぽうでミネズミを当てて吹き飛ばす。

 

「マメパト、でんこうせっか! ミジュマル、シェルブレード!」

 

「クー、ル―……!」

 

「ミ~、ジュ~……!」

 

「フタチマル、ミネズミ! 早く立ってかわ――」

 

「ポーーッ!」

 

「マーーッ!」

 

 相手トレーナーは立て直しを指示したが、マメパトとミジュマルの方が速かった。でんこうせっかとシェルブレードが見事に決まる。

 

「フタ、チ~……」

 

「ミネー……」

 

 今の技が決めてとなり、二匹の戦闘不能となった。

 

「フタチマル、ミネズミ、戦闘不能! よって、サトシくんの勝利!」

 

「よっしゃあ!」

 

「ポー!」

 

「ミジュー!」

 

 勝ったと、サトシ達は満足げにはしゃぐ。

 

「完敗だよ。これがダブルバトル。良い経験をさせてくれて、ありがとう」

 

「こっちこそ」

 

 サトシと対戦相手のトレーナーは互いの健闘を祝い、握手する。

 

「とは言え、サトシは慣れてたみたいだし、勝てて当然の気もしなくもないけどね~」

 

「何だよ、その言い方」

 

「そうじゃないの?」

 

「まぁ、慣れてるけど」

 

「やっぱり」

 

 勝利にけちを付けられたようで、少し苛立つサトシだが、アイリスの言うことは間違っていないので反論しづらかった。

 

「僕はそう思わないな。確かに彼に有利な戦いだったかも知れないけど、ルール違反は一切してないし、こっちだって進化系のフタチマルがいたんだから」

 

 戦いにサトシの利が有るのなら、ポケモンにはこちらの方が利があったと対戦相手のトレーナーは答える。

 

「僕がもっと、フタチマルやミネズミの力を引き出して、冷静に判断していたら負けなかった。負けでも、ここまで一方的にはならなかった」

 

 練度の差が有るとは言え、自分はポケモン達の力を引き出せなかった。対して、サトシは力を見事に引き出した。

 

「何より、負けは負け。その事に異論は挟む気は無いし、これからのダブルバトルへの良い経験にはなったのは確かだよ」

 

「うむ、それにここは経験を得るために戦う場所、バトルクラブ。互いが了承した以上、その結果に対して何かを言うのは野暮だったりする」

 

 対戦相手の少年やドン・ジョージに言われ、アイリスは少し居心地が悪そうだ。

 

「またバトルをしてくれると嬉しい。その時は、ダブルバトルでも構わない。負けっぱなしなのも悔しいしね」

 

「あぁ!」

 

 サトシと少年は爽やかさを感じる握手を行なう。そのさまにドン・ジョージは正にこれこそがバトルクラブの意味だと、笑顔を浮かべていた。

 しかし、その時、彼等の気分を吹き飛ばすもの、アラートが鳴り響く。

 

「な、何だ!?」

 

「これは……!」

 

「マネージャー!」

 

 ジョージを除いた一同が困惑していると扉が開き、彼と同じ服装をしたバトルクラブの職員三人が部屋に入ってきた。

 

「また例の謎のポケモンです!」

 

「やはりか……」

 

「……謎のポケモン?」

 

「君達はここで待っていなさい。あと、君はポケモンの回復を」

 

 それだけを言うと、ドン・ジョージは職員と共に走る。

 

「ねぇ、謎のポケモンとか言ってたわよね!」

 

「うん……」

 

「面白そうだし、そのポケモン見付けてみない?」

 

「そうだな」

 

 困っているのなら、何か力になれるかもしれない。そう思い、サトシは先に走ったアイリスとドン・ジョージ達を追った。

 

 

 

 

 

 ドン・ジョージ達は、現場の倉庫で被害がほとんど無いことを確認すると、管制室でカメラの記録を見ていた。

 サトシとアイリスもいる。二人の意志を汲み取り、ジョージが許可したのだ。

 

「ジョージさん。カメラって何を?」

 

「近頃、倉庫に置いた食料が頻繁に荒らされ、見慣れないポケモンの目撃報告が多発している。だから、その正体を把握しようとカメラをセットし、その記録を見ようとしているんだ」

 

「見慣れないポケモンですか。新種でしょうか?」

 

 だったら、ゲットしてみたいと思うのはトレーナーの性だろうか。

 

「新種のポケモンがそう簡単に出るわけないでしょ」

 

「それもそうか……」

 

 アイリスの言う通り、そう簡単に新種のポケモンが出てくる訳がない。

 

「まぁ、ロマンはある」

 

 ただ、ジョージは否定しない。見掛けに寄らず、結構ロマンチストの様だ。

 

「準備完了しました」

 

「では、再生を」

 

「はい」

 

 職員が操作し、映像が映し出される。倉庫に黒い何かが高速で動いて画面の外に去り、次に怯んだ様子のロケット団が写る。

 彼等は資材の強奪に来たのだが、予想外の出来事が発生してカメラに気付かれ、逃げたのだった。

 

「今の……」

 

 ロケット団も気にはなった。しかし、その前の影がサトシにはより印象が残っていた。

 

「人間ですね。彼等は……」

 

「ロケット団です! 人のポケモンを盗ろうとする悪人です!」

 

 見知らぬ連中に職員が戸惑っていると、アイリスがロケット団について簡潔に話した。

 

「きっと、コイツらが今までの荒らしの犯人よ!」

 

「いや、違うと思う」

 

「ふむ、サトシくんも同意見か」

 

 アイリスの推測に、サトシが異を唱え、ジョージも賛同する。

 

「えっでも、ロケット団が倉庫に入ったのは明らかよ?」

 

「確かにそうだが……。最初まで巻き戻してくれ」

 

 わかりましたと、職員が事件発生直後の映像を出す。それをスローモーションで動かすと、細くて黒い影がはっきりと写る。しかし、正体までは分からない。

 

「やっぱり!」

 

「ふむ、先に出た事を考えると……この影が謎のポケモンの正体と見て、間違いないだろう」

 

「でも、こんなポケモン見たことが……」

 

「黒い色に、細い身体のポケモン……。これじゃないでしょうか?」

 

 サトシはとりあえず、推測したポケモンを図鑑に出す。

 

『ブラッキー。月光ポケモン。イーブイの進化系。月の波動を身体に浴びると、輪っか模様が仄かに輝き、不思議な力に目覚める』

 

「格好良い!」

 

 図鑑とは言え、初めて見るブラッキーにアイリスは興味津々だ。

 

「しかし、ブラッキーはイッシュ地方には存在しないはずだが……」

 

「俺も、そこが引っ掛かるんですけど……。俺みたいに他地方のポケモンと一緒に来たトレーナーと、何らかの理由ではぐれたとかではないでしょうか?」

 

「なるほど。有り得なくはないかもしれん」

 

 実際、今ピカチュウを連れたトレーナー、サトシがいる。決して、有り得ないとは言えない。

 

「だとすると、ポケモンセンターで何らかの届けが出されている可能性がある。おい、確認を」

 

「分かりました!」

 

「他は周囲を捜索してくれ」

 

 ジョージは職員の一人にポケモンセンターを。他に直接の捜索を出した。

 

「あたしも手伝いますね! サトシ、お先に~」

 

 次いでに、アイリスも捜索に行った。

 

「ブラッキーか。だが、やはり、一つ引っ掛かる」

 

「何がですか?」

 

「謎のポケモンの報告は最近とは言え、最初の日からそれなりに経っている。仮にはぐれたポケモンなら、もっと騒ぎになっても良いはずだが……」

 

「そういや、そうですね……」

 

 余程のトレーナー以外、はぐれたポケモンの捜索をしようとするだろう。少し不自然だ。

 

(……余程のトレーナー?)

 

 そこでサトシは、ある可能性に至る。もう一つかつ、残酷な可能性に。

 

「あの、ジョージさん。一つ聞きたい事が有るんですけど……」

 

 サトシは恐る恐る、その事を問い掛けた。

 

 

 

 

 

 大勢の職員達が辺りを捜索しており、それをロケット団達が建物の影から見ていた。

 

「しつこい連中ねぇ」

 

「さっさと離れてほしいもんだ」

 

「そちらにはいたか?」

 

「いない。何処にいるんだ、ブラッキーは?」

 

「ブラッキー?」

 

 自分達を捜していると思い込んでいたロケット団だが、職員達の言葉で違うと気付いた。

 

「あいつら、何でブラッキーを捜してるんだ? 確か、この地方には他の地方のポケモンはほとんどいないんだろ?」

 

「理由は分からないけど……。これはチャンスね。ブラッキーを使ってあいつらを誘導しましょう」

 

「ブラッキーに気を取られてる隙に、資材確保という訳にゃ」

 

「そういう事で。――ほい」

 

 ムサシが鞄を開け、中からペンキを取り出した。

 

「にゃ? それをどうする気にゃ?」

 

「決まってるだろ。お前がブラッキーになるんだよ」

 

「拒否は……」

 

「却下」

 

「トホホにゃ……」

 

 という訳で、早速インクで一部を金に、他を黒く染める。

 

「よし、行け」

 

 そして、ムサシとコジロウが草に隠れ、タイミングを見計らってニャースに合図を送る。

 受けたニャースは建物をコンコンと強く叩き、職員の注意を引くと同時に彼等の前に現れる。

 

「ブ、ブラッキー……」

 

「ブラッキーだ! 確保しろ!」

 

 職員達がブラッキーを扮したニャースを追う。

 

「よし、行こう」

 

「えぇ」

 

 彼等の姿が見えなくなるのを確認したムサシとコジロウが、倉庫へと向かう。

 

「――見付けたぞ! さっきの侵入者達だ!」

 

「な、何!?」

 

「嘘!?」

 

 しかし、道の曲がり角で複数の職員達と遭遇する。

 

「奴等は悪人だそうだ! 遠慮せずに捕まえろ!」

 

 雄叫びを上げながら迫る職員達に、二人は慌てて反転。しかし、反対側からも職員達が迫っていた。

 

「ちいっ!」

 

 コジロウが煙玉を投げ、職員達の視界を防ぐ。数秒して煙が晴れると、そこには二人の姿が無かった。

 

「失敗したか……!」

 

「まだ近くにいるかもしれない。警戒して当たれ!」

 

 職員達がバラバラに散っていく。それを近くの木の上から、ムサシとコジロウが見ていた。

 

「どういうことよ? あいつら、ブラッキーを捜してたんじゃなかったの?」

 

「分からん。というか、そもそも奴等はブラッキーなんて言ってるんだ?」

 

 予想外の失敗もそうだが、ブラッキーの件も不可解だ。

 

「ねぇ、そう言えば、あの倉庫でアタシ達何かと遭遇しなかった?」

 

「……確か、何かと出くわしたな」

 

 そのせいで、最初の強奪が失敗したのだ。忘れる訳がない。

 

「あれを、連中はブラッキーと認識してたんじゃない?」

 

「だから奴等はブラッキーを。だけど、そうなると今度はどうしてブラッキーが偽物かって分かった事が気になるな」

 

「きっと、本当の正体を誰かが見抜いたのよ。だから、ニャースが扮したブラッキーを偽物と分かっていた。付いていったのは、アタシ達を誘き出す為の罠ね」

 

「中々頭が回る奴がいるな。こうなると、強奪は無理か」

 

「いえ、もうちょっとだけ様子を見てみない?」

 

 厳重警備が敷かれている中で資材強奪するのは、流石に無理がある。諦めようとしたコジロウだが、ムサシが待ったを掛けた。

 

「何でだ?」

 

「どうも気になるのよね。そもそも、そのブラッキーに似たポケモンの正体もだけど、そもそもそいつが何で倉庫にいたのかが」

 

「なるほどな。ニャースを回収する必要もあるし……もう少しだけ待って見るか」

 

 それに、このまま裏を掛かれっぱなしというのも、気に食わない。ムサシの提案をコジロウは受けた。

 

 

 

 

 

「何してるんだ、アイリス?」

 

「サトシ。ジョージさんも」

 

 現場である倉庫で、サトシとジョージが何かをしていたアイリスと出会す。近くには、容器に入ったポケモンフーズが一定間隔で並べられている。

 

「ふむ。見たところ、例のポケモンを誘き寄せようとしているのかな?」

 

「はい! 倉庫を漁るぐらいですから、こうして並べれば寄って来るんじゃないかなと思って!」

 

「なるほど」

 

 手間が省けた。とサトシとジョージは心の中で呟く。

 

「サトシ、アタシは向こうを見てくるから。こっち宜しく。あと、ブラッキーはアタシがゲットするからね」

 

 サトシに釘を刺してから、アイリスは向こうを見張りに行った。

 

「……言う間が無かったりする」

 

「ですね」

 

 アイリスに事の事実を話そうとするも、その前に向こうに行ってしまった。

 

「ジョージさん。確か、例のポケモンは……」

 

「記録を見る限りは彼方に去っていった。となると……警戒から反対側から来る可能性が高い」

 

「ポーポー」

 

「マメパト」

 

 空から声。ターゲットの捜索に出していたマメパトが、サトシの元に戻ってきたのだ。

 

「どうだった?」

 

「ポー」

 

 片翼で方向を示す。それはジョージの予想通りの方向だった。

 

「もうすぐで来そうです」

 

「うむ。では、隠れよう」

 

 サトシ達が草に隠れる。すると、建物の影から一体のポケモンが出てきた。

 

「やはりか……」

 

「ポカブ……」

 

 そのポケモンは、全身が汚れ、痩せこけてはいるが、イッシュ地方で新人トレーナーに送られる最初のポケモンの一匹、炎タイプの火豚ポケモン、ポカブ。

 当たりたくなかったサトシの予想は、見事に的中していた。

 



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火豚と謎の青年

 原作にはない技を一つ加えてあります。


「あの、ジョージさん。……最近、捨てられたポケモンっていませんでしたか?」

 

「……捨てられたポケモン?」

 

 一旦、サトシのその質問をした頃まで時間を戻す。サトシの恐る恐るの問いに、ジョージも真剣な表情を浮かべていた。

 

「……どうして、そんな質問を?」

 

「さっき、ジョージさんは言ってました。それなりに時間が経ったのに、はぐれたポケモンの件が広まってないのは変だって。って事は、もしかすると……」

 

「……そもそも、捜す気がない。つまり、捨てられたポケモン。という事だね?」

 

「……はい」

 

 そう考えると、辻褄が合ってしまうのだ。

 

「……一匹、いた」

 

「いたんですか……!?」

 

 違ってほしかった推測だが、無情にも当たってしまった。

 

「あぁ……以前ここを訪れたトレーナーが、捨てていたポケモンが。ポカブだ」

 

「ポカブ……」

 

『ポカブ。火豚ポケモン。鼻の穴から炎を噴き出すが、体調が悪くなると炎ではなく煤けた煙を出す』

 

「でも、どうしてそのトレーナーは……」

 

「……バトルに負けてしまったポカブを、弱いポケモンはいらないからと杭に繋いで去って行ったんだ」

 

「自分の力の無さを棚に上げて捨てるなんて、なんて酷いことを……!」

 

 今はリザードンとなったヒトカゲを捨てたトレーナー、ダイスケや、モウカザルとなったヒコザルを手放したライバル、シンジを思い出す。

 しかし、焦っていた時期にあった、相性や相違から手放し、ヒコザルも渋々だが納得しており、その後も気にはしていたシンジはともかく、身勝手で手のひら返しまでしたダイスケと同じ――いや、それ以上に悪質なトレーナーだった。

 

「君の言う通りだな」

 

 先のバトルを見ていたからこそ、ジョージは断言出来る。サトシの言葉の正しさに。

 彼はポケモンの力を見事に引き出し、勝利していた。その彼や、先のバトルを見たジョージからすれば、そのトレーナーはポカブの力を全く引き出せてない未熟かつ、最低のトレーナー以外の何者でもない。

 せめて、自分達に一言でも言っていれば、話は違っただろうが。

 

「そのポカブは……?」

 

「分からん。保護しようとはしたが、その前に自力で縄を噛みきって何処かへ行ってしまったんだ」

 

「縄……。もし、その時の縄が口に絡まってたら」

 

 少しずつ、ピースが填まっていく。今回の事件との。

 

「まともな食事など出来んな……。相当痩せ細っている事も考えられる」

 

「って事は、謎のポケモンの正体は……!」

 

「ポカブに違いない! 直ぐに捜索、保護せねば……!」

 

 最悪命を落とす可能性もあり得る。一刻も早く、保護する必要があった。

 

「だが、その前に……。一つ対策せねばならん」

 

「対策?」

 

「アイリスくんが言っていた、ロケット団についてだ。儂等がポカブを保護している間に、また倉庫を狙うかも知れぬし、何よりも保護の邪魔になる可能性が高い」

 

 ジョージの心配は尤もだ。捜索をしている間、ロケット団が倉庫に向かう可能性がある。邪魔や妨害も考えられるし、対策は必須だ。

 

「じゃあ、こうしませんか? 謎のポケモンの正体はまだ俺達しか知りません。だから、表向きはブラッキーを捜すという事にするんです」

 

「なるほど。そうすれば、ロケット団は儂等を遠ざけようと偽のブラッキーで誘き出そうとするはず。そうして、引っ掛かったフリをして連中を捕まえる。うむ、悪くない策だ」

 

 ジョージはサトシの案を採り入れ、捜索をしている職人に他に然り気無く説明する様に伝え、その後サトシとポカブが来る可能性が高い、倉庫に移動したという訳である。

 

 

 

 

 

「しかし、あんなに痩せてるなんて……」

 

 身体もかなり汚れている。これでは別のポケモンに間違われても無理は無かった。

 

「今はとにかく、ポカブを保護しよう。タイミングを見計らい、決して刺激はせんようにな」

 

「分かってます」

 

 不幸中の幸いだが、ポカブは弱っている。上手く行けば簡単に保護出来る筈だ。

 ポカブがポケモンフーズに気を取られている隙に、二人は草で身を隠しながらポカブの左右に動く。

 前後にはピカチュウとミジュマル、空にはマメパトがいる。逃げ場はない。

 

「三……二……一――!」

 

 ジョージが手でサトシにタイミングを送り、サトシも同様の方法でにピカチュウとミジュマル、マメパトに伝える。そして、一斉に確保しようとしたその時だった。

 

「サトシ? こんなところで何してるのよ?」

 

「アイリス……!?」

 

「キバ?」

 

「――ポカ!?」

 

 運悪くアイリスとキバゴが戻って来てしまった。その声に反応し、ポカブはその場から逃走。サトシ達が気を取られた事も有り、包囲から出てしまった。

 

「もう! こんな時に戻って来るなよ!」

 

「ポーポー!」

 

「ピカピカ!」

 

「ど、どういう意味よ!?」

 

 本人にその気に無いとは言え、機会を潰してしまったアイリス達に、サトシ達は怒りの声を上げる。

 

「サトシくん! 今は言い争っている場合ではない! ポカブの保護を! ミジュマルも既に追っているぞ!」

 

 ミジュマルはサトシの指示通り、ポカブを追跡していた。ジョージも続いている。

 

「そうでした!」

 

 今はポカブが最優先だ。アイリスを放って、サトシはポカブが去った方向へと全力で走り出す。

 

「えっ、ポカブ? どういうこと? 待ちなさいよ~!」

 

「ピーカ……」

 

「ポー……」

 

 やれやれと、頭を振るピカチュウとマメパトだが、背後から自分達を狙う存在が近付いていたことには気付けなかった。

 

 

 

 

 

「待て、ポカブ!」

 

「ミジュジュー!」

 

「ポカー!」

 

「待ちなさい! 儂等はお前さんを保護しに来たんだ!」

 

「だから、どういう事なのよ、これ~!?」

 

「キバ~!?」

 

 逃げるポカブを、サトシとミジュマル、ジョージが追い、その彼等をアイリスが追うという奇妙な状態があった。

 

「――ポカ!?」

 

 しかし、その追いかけっこも、ポカブが行き止まりの道に差し掛かった事で終わりを迎える。

 

「うむ、ここなら安全に保護出来るな」

 

「ポカブ。俺達はお前を助けたいだけなんだ。心配ないよ。――よし」

 

 ポカブが逃げ場の無い場所に戸惑う間に、サトシは静かに優しく抱える。

 

「カブカブ! カブカブカブ!」

 

「怖くないって。なっ?」

 

 恐怖から、ポカブは暴れるもサトシは離さず、去れど優しく微笑む。

 

「――カブ!」

 

「うわっ!」

 

 しかし、ポカブは警戒から鼻から煤けた煙を発射。サトシの顔に諸に当たってしまう。

 

「ミジュ!」

 

「サトシ!」

 

「サトシくん! 大丈夫かね!?」

 

「けほっ、けほっ。――ほら、何もしないだろ?」

 

「カブ……」

 

 煙をぶつけられたにも拘らず、全く怒らないどころか、自分に笑いかけてくるサトシに、ポカブは少し警戒を緩める。

 

「お腹空いてるんだろ?」

 

「……カブ」

 

「これ、今取ってやるからな」

 

 ポカブは少し脅えながらも、サトシに任せることにした。

 サトシは縄を外そうと手を掛ける。かなり強く絡まったのか、中々外せないがだからと言ってポカブに苦しませたくはない。力を抑えたまま、何とか外していく。

 ミジュマル、アイリス、ジョージ達はそれを不安げながらも見守る。

 

「――よし、出来た!」

 

 少し時間は掛かったが、サトシは何とか縄を外し、ポカブは口の自由を取り戻した。

 

「ポカブ。これを食べなさい」

 

 ジョージがポケモンフーズを容器に入れて用意し、ポカブの前に出す。

 

「あと、喉も結構乾いただろうから、水もな」

 

 隣には、水を注いだ容器を置く。ポカブは先に水を飲んで喉を潤すと、次にポケモンフーズを貪るように食べていく。

 

「そんな焦らなくても良いよ。ゆっくり食べな」

 

「カブ!」

 

 サトシ達は敵ではない。それを理解したポカブはゆっくりとポケモンフーズを味わい、空腹の身体に取り込んでいく。

 

「お代わりもある。欲しかったら言いなさい」

 

「カブ!」

 

 一通り平らげると、ポカブは満足と安心からスヤスヤと寝始めた。

 

「カブ……カブ……」

 

「寝ちゃった」

 

 寝たポカブを、サトシは優しく抱える。その様子にミジュマル達も安心した。

 

「これで一安心だ。バトルクラブに戻ろう」

 

「はい」

 

「は、はい」

 

 話がまだよく分からないが、アイリスは二人と一緒にバトルクラブへと戻って行く。

 

「ねぇ、サトシ。このポカブは?」

 

「あぁ、そう言えばまだ話してなかったっけ」

 

 サトシはポカブに関しての出来事や、このポカブが倉庫を荒らした犯人だと知る。

 

「という訳なんだ」

 

「酷い……! 何なの、その最低なトレーナー!」

 

「キバキバ!」

 

「ミジュミジュ!」

 

「俺もそう思うよ」

 

 憤りから、アイリスやキバゴもそうだが、ミジュマルも怒り浸透で地団駄を踏んでいた。サトシやジョージも怒りを隠せない。

 

「ポカ……?」

 

「あっ、ごめん。起こしちゃった? ゆっくりしてて良いよ」

 

「カブ」

 

 ポカブはサトシに身を委ね、再度眠り出した。その様子に一同は再び安心する。

 

「そう言えば、サトシ。ピカチュウやマメパトはどうしたの?」

 

「あれ? 言われて見れば……」

 

 自分に付いてきていたはずだが、二匹ともいない。

 

「何処かではぐれたか? 職員達に呼びかけて、一緒に探そう」

 

「ありがとうございます」

 

 バトルクラブに到着し、次はマメパトやピカチュウを探そうとする。

 

「ん? 待ちたまえ。君達」

 

「はい。何でしょうか?」

 

 ジョージがある二人に目が止まる。自分達の服を着ており、台車で何かを運んでいた。

 

「何を運んでいる?」

 

「僕達は他のバトルクラブから急用で来ました。トラブルで資材が必要になって、職員の許可を得て譲って貰ったんです」

 

「そうだったか。ならば――」

 

「ピカー!」

 

「ポー!」

 

 荷物が揺れた。しかも、聞き覚えのある声が響き、ポカブも目覚める。

 

「この声、ピカチュウとマメパトじゃない!」

 

「何を入れている!」

 

「お前達、まさか!」

 

「ちっ、気付かれたか!」

 

「仕方ないわね!」

 

 そう、この二人はバトルクラブの職員の服を着て偽装していたロケット団だったのだ。

 二人は偽装したあと、隙を見て然り気無く職員達に紛れ、事情を知りながら倉庫に行き、ピカチュウとマメパトを電気対策のカバーで捕らえつつ資材を強奪したのだ。

 

「ふーん、それが例のポカブか」

 

「あたし達の元に来れば、ロケット団の戦力にしてあげたのに。残念ね」

 

「ポカー……!」

 

「こいつに悪事なんかさせるか! ピカチュウとマメパトを放せ!」

 

「そう言われて、放すと思うか?」

 

「だったら! ミジュマル、みずてっぽう!」

 

「ホイッと」

 

 ムサシが鞄から何かの機械を取り出し、そのスイッチを押す。すると二人を覆うバリアが展開されて水を弾く。しかも、浮き出した。

 

「コロモリ! ミジュマルを足止めしなさい! エアスラッシュ!」

 

「コロー!」

 

 バリアを展開する前に出したコロモリでミジュマルの妨害をしつつ、逃走の時間を稼ぐ。

 

「くそっ! このままじゃあ!」

 

 ピカチュウとマメパトが連れ去られてしまう。しかし、ミジュマルはコロモリに妨害され、これ以上進めない。

 

「……ポカポカ!」

 

「ポカブ!?」

 

 その時、ポカブがサトシの胸から降りた。

 

「カー……ブー!」

 

「コロ!?」

 

「ひのこ!」

 

 ポカブは鼻に力を込め、コロモリに向けてひのこを放つ。ミジュマルに気を取られていたコロモリは諸に受け、体勢を崩す。

 

「ミジュマル! シェルブレード!」

 

「ミジュ~マーーッ!」

 

 その隙に、高く跳躍したミジュマルが水を纏ったホタチでコロモリを攻撃。地面に落下していく。

 

「――カブゥ!」

 

「コロー!」

 

「かみつくか!」

 

 そこに素早く距離を詰めたポカブが、コロモリに強く噛み付く。エスパータイプのコロモリに悪タイプの技は効果抜群。大きなダメージを与える。

 

「ポカァ!」

 

「ミジュ!」

 

「あぁ! ミジュマル、みずてっぽう!」

 

 ポカブは加えたコロモリをミジュマルに向け、放り投げる。直ぐにその意図を理解したミジュマルはサトシに向けて呼び掛け、指示を受けてみずてっぽうを発射。迫って来るコロモリを吹き飛ばす。

 

「コロ~……!」

 

「コロモリ、戻りなさい!」

 

 立て続けの連続攻撃に、コロモリは戦闘不能になり、ムサシがモンスターボールに戻す。

 

「ミジュ!」

 

「ポカ!」

 

 ミジュマルとポカブ。二匹は並んで立つと、サトシに伝える。今だと。

 

「あぁ頼むぜ、ミジュマル! ポカブ! みずてっぽう! ひのこ!」

 

「ミ~ジュ~……マーーッ!」

 

「ポ~カ~……ブーーッ!」

 

 水と炎が同時に放たれ、バリアに命中。先程みずてっぽうを弾いたバリアだが、そこにひのこも加わったため、耐久力を超えて爆発。ピカチュウとマメパト、資材が落下していく。

 

「ピカチュウ、マメパト!」

 

 サトシは全速力で走り、身体を地面を滑らせ、傷を負いながらも二匹を見事にキャッチ。直後に、資材が入った箱がドスンと痕を残しながら地面に落下した。

 

「大丈夫か? ピカチュウ、マメパト」

 

「ピカ!」

 

「ポー!」

 

 サトシが空を見上げる。ムサシとコジロウがハングライダーで飛び去っていく姿が見えた。

 逃がしたのは悔しいが、ピカチュウとマメパトが無事なのでよしとした。

 

「ポカポカ」

 

「ポカブ。ありがとな、お前のおかげだよ」

 

 サトシがポカブに礼を述べる。実際、ミジュマルだけではピカチュウとマメパトを助けられなかっただろう。

 

「ポカ~」

 

「……ミージュ」

 

「勿論、ミジュマルも頑張ったよ。お疲れ様」

 

「ミジュミジュ」

 

 ポカブは笑みを浮かべるも、隣ではミジュマルは自分も頑張ったのにと不満の表情をしていた。

 とは言え、サトシに誉められると、ミジュマルもふふんと満足げな表情になったが。

 

「ふーん……。ポカブって、可愛いわね! 頬っぺたプニプニ~」

 

 アイリスがポカブに近寄り、頬っぺたで遊ぶ。プニプニ感が癖になった様だ。

 

「あたし、ゲットしちゃおっかな~」

 

「ポカポカ」

 

 どうやらポカブを気に入った様で、アイリスは空のモンスターボールを持つ。しかし、ポカブはお断りと言いたげに顔を左右に振る。

 

「カーブー! カブカブカーブー!」

 

 そして、サトシに近付くと甘えるような口調で尻尾を左右に振りながら彼を見上げる。

 

「え、えぇえ!?」

 

「はははっ、どうやらポカブが選んだのは、サトシくんのようだね」

 

「そんなぁ~……。ミジュマルと言いポカブと言い、何でサトシばっかりぃ~……」

 

「キバキバ……」

 

 二度連続で振られたアイリスは傷心から、涙目で愚痴を溢す。そんな相棒を、キバゴがまぁまぁと慰めていた。

 

「ポカブは漸く、素晴らしいトレーナーに出会えたんだ。サトシくん、大切に育ててくれないかね? 君なら儂も大賛成だ」

 

 事情を知った他の職員達も、ジョージの提案に同意していた。サトシなら、ポカブを大切にするだろうと。

 

「――ポカブ。俺と一緒に来るか?」

 

「カブゥ!」

 

 サトシはモンスターボールを投げ、ポカブに当てる。

 赤い光がポカブを包み、数度揺れるとパチンッと閉じた。

 

「ポカブ……ゲットだぜ!」

 

「ピッピカチュ!」

 

「ミジュミジュ!」

 

「クルーポー!」

 

 決めポーズを取るサトシと、新しい仲間に喜ぶ三匹。

 

「早速。出てこい、ポカブ!」

 

「カブ!」

 

「賑やかになったなあ、ピカチュウ」

 

「ピカピ」

 

 数日前までは、自分だけだったのに今では四匹。随分と賑やかになった。

 

「皆、ジム戦頑張ろうぜ!」

 

「ピカ!」

 

「ポー!」

 

「ミジュ!」

 

「カブ!」

 

 ピカチュウの不調が不安要素だが、新たに加わったポカブを含め、この四匹でサトシはイッシュ地方最初のジム戦を望む。勿論、目標は勝利だ。

 

 

 

 

 

「ふぅ、ここまで逃げれば大丈夫ね」

 

「しっかし、あの様子じゃあ、ポカブもジャリボーイの手持ちを加わりそうだし……戦力の補強は必須だな」

 

 ハングライダーで逃走したムサシとコジロウ。二人はカラクサタウンの一ヶ所の角にいた。

 

「そうよね。あれだけの戦力が相手だと、コロモリだけは分が悪すぎるわ」

 

「にゃ……にゃ……」

 

 ピカチュウ、マメパト、ミジュマル、ポカブ。これで四匹手持ちがいることになる。対して、こちらはコロモリ一匹。余程の策を立てても、全員を捕縛しない限りは強奪は無理が有りすぎる。

 

「一旦、ピカチュウの強奪は諦めて、幾つかの任務の方に集中しよう」

 

「そうね。他にも任務はあるし、その中で戦力増強も行えば良いわ」

 

「ムサシ……コジロウ……」

 

 自分達に呼び掛ける声に、小さい事もあって二人は気付かない。

 

「じゃあ、さっさとここを離れよう」

 

「えぇ。確か、任務の一つに、この次の街で行なうのが有ったはずよ。先ずはそれから――」

 

「聞いてるかにゃ! おみゃーらーーっ!」

 

 とそこで、二人は漸く自分達に迫る存在――ボロボロのニャースに気付いた。

 

「おぉ、ニャース。無事だったか!」

 

「本当に心配したのよ」

 

「さっきまでにゃーの名前を一度も出さにゃかった癖に、白々しいにも程があるにゃ! 絶対に忘れてたにゃ!」

 

 ニャースの言う通り、ムサシとコジロウは先程のやり取りでは一度も出なかった。ついつい忘れていたのだ。

 

「……にゃーは、あいつらからの厳しい追跡を潜り抜け、やっとの想いでここまで辿り着いたのに、おみゃーらと来たら……!」

 

「……いや、済まん」

 

「……悪かったわよ。これで良いでしょ」

 

「誠意が全く込もっていないにゃ!」

 

 両爪を立て、ニャースはじりじりとムサシとコジロウに迫る。並々ならぬ迫力に後退する二人だが、壁にぶつかってしまう。

 

「きっちり、罰を受けてもらうにゃ……!」

 

「ま、待て、話し合おう。話せば解るはずだ」

 

「そ、そうよ。アタシ達は仲間なんだから、きちんと話せば納得するわよ」

 

 手持ちで応戦しようにも、コロモリは戦闘不能。道具も二人で話している間にニャースに奪われており、ムサシとコジロウは絶対絶命だった。

 

「その仲間を囮にした挙げ句、忘れてたおみゃーらが言うなにゃー!」

 

 悲鳴が上がったのは、その数秒後であった。

 

 

 

 

 

「あー、今日も色々あったなー」

 

「ピカピカ」

 

 夕暮れ。ポケモンセンターでポカブにより良い治療をしてもらっている最中、サトシはピカチュウと外に出ていた。町は夕焼けの色で仄かに染まっている。

 

「次はサンヨウシティ。そして、サンヨウジム。頑張らないと――」

 

「ピカ?」

 

 途中でサトシの言葉が止まった。どうしたのかとピカチュウがサトシの視線の先を見ると、そこには一人の青年とポケモンがいた。

 青年の背は高い。髪は長く、薄い緑色をしており、ハイライトの無い瞳。頭には白黒の帽子を被り、特徴的なアクセサリーを身に付けている。

 その側には、赤が混ざった黒い体毛をした狐のポケモンがいる。

 

「――やぁ」

 

 青年は笑顔を浮かべると、隣のポケモンと一緒にサトシとピカチュウに近付いてきた。

 

「ピカチュウ。イッシュにはいないポケモンだね」

 

 青年は然り気無い動作でピカチュウに触れ、頭を撫でる。それはあまりにも自然で、そして優しくて、まるでサトシにされてるみたいで、ピカチュウは何の抵抗感も抱かなかった。

 

「ピカ~」

 

「よく鍛えられてる。ただ、ちょっと体調は悪いかな?」

 

(そこまで……?)

 

 少し触れただけなのに、少年はピカチュウの実力や健康状態まで把握した。凄い洞察力だ。

 

「はい。イッシュに来て直ぐに事故に遭って、その影響で……」

 

「そう。なのに、一緒に来てくれる。良い関係なのが一目で分かるよ」

 

 並程度の関係ならば、こうは行かない。彼とピカチュウの絆の深さ、強さを青年は感じ取っていた。

 

「ピカピカ」

 

 まあねと、ピカチュウは胸を張る。自分とサトシは長い時を過ごしてきたパートナー。良い関係で当然であると告げる。

 

「そっか。キミ達はそんなに一緒にいるんだね」

 

 うんと返すピカチュウだが――途中で違和感に気付いた。まるで、自分の言葉が分かっているような、そんな感じがした。

 

「聴こえてるよ、キミの声」

 

 ピカチュウの言葉に頷くように、青年はそう答えた。

 

「あの……あなたは、聞こえるんですか? ピカチュウの声が」

 

「――うん」

 

 何の迷いもなく、青年は微笑み掛けてそう頷いた。

 

「まぁ、もしかしたらボクがそう思っているだけかもしれないけどね。それに、一番重要なのはポケモンの心を感じ取り、強い絆を結ぶこと――ボクはそう思うよ」

 

 聴けることは、あくまでそのための手段に過ぎない。ポケモンの想いを理解し、確かな信頼関係を築くことこそが、重要なのだと青年は語る。

 

「まぁ、キミには言わなくても必要無さそうだけどね。ピカチュウとこんなに強い信頼を築けるキミには」

 

「あ、ありがとうございます。ところで、あなたは……」

 

「あぁ、自己紹介がまだだったね。ボクの名は――N」

 

「N……?」

 

 変わった名前に、サトシは怪訝な表情で呟く。

 

「ふふ、変わっているだろう?」

 

「ま、まぁ……。あっ、俺は最近カントーのマサラタウンから来たサトシって言います」

 

「サトシくんか。宜しく」

 

「はい、Nさん」

 

 二人は互いに、自己紹介を済ませた。

 

「サトシくん、キミは他の地方から来たと言っていたね。だったら、イッシュの英雄伝説は知っているかい?」

 

「英雄伝説?」

 

 その話自体は知らない。しかし、最近似たような言葉を何処かで聞いた覚えがあった。それは確か。

 

「理想の英雄……?」

 

 ゼクロムと直接会ったその時、アララギ博士がそんなことを言っていた。

 

「あれ、知っていたのかい?」

 

「あっ、はい……」

 

 どうしようかとサトシは悩む。イッシュの理想を司る伝説の雷竜と出会ったなど、普通は信じないだろう。初対面なら尚更。

 

「どうしたんだい?」

 

 悩むサトシを心配したのか、Nが問い掛ける。少し迷ったあと、サトシは打ち明ける事にした。

 

「あの、信じてもらえないかもしれませんけど……俺、ゼクロムに会ったんです」

 

「ゼクロムと……!? ……詳しく聞いても良いかい?」

 

 サトシはNに、ゼクロムと一日に二度遭遇し、その影響でピカチュウが体調不良になったことや、その内の一回は直接接触したことを話す。Nは真剣な様子でそれを聞いていた。

 

「ということなんです」

 

「なるほどね。しかし、ゼクロムと二度も会うなんて……キミにはもしかしたら、『英雄』の素質が有るのかもしれないね」

 

「英雄の、素質……?」

 

 ただのポケモントレーナーでしかない自分に、そんなものがあるのだろうか。

 

「そう。もう一つの英雄、『真実』と対なる存在のね」

 

「真実?」

 

「イッシュには理想の英雄ともう一人、真実の英雄と呼ばれる人物の伝説が有るんだ」

 

「真実の英雄……」

 

 それは初耳だった。と言うより、サトシはあまり歴史に関して詳しくないので知らなくて当然だが。

 

「あの、一つ気になるんですけど……。もしかして、真実の方にもいるんですか? 伝説の存在が」

 

 理想を司るのが、ゼクロム。ならば、対と言った真実にも、司る存在がいるのではないか。サトシがそう考えてもおかしくはないだろう。

 

「勿論存在するよ。ゼクロムと対となる存在、真実を求める英雄に現れ、真実を司る竜。その名は――レシラム。炎を操る白き竜」

 

「炎のドラゴン……レシラム」

 

 まだ見ぬ真実の炎竜、レシラム。一体、どんなポケモンなのか。気になって仕方ないサトシだった。

 

「会ってみたいかい?」

 

「ポケモントレーナーとしては。ただ、英雄の前にしか現れないじゃ、無理だと思いますけど。俺は所詮、ポケモンマスターを目指す、一人のトレーナーですから」

 

「……ポケモンマスター、トレーナーか」

 

「Nさん?」

 

 Nの様子が変わったのを、サトシは気付いた。

 

「サトシくん。一つ聞いても良いかな?」

 

「何ですか?」

 

「キミはモンスターボールについて、どう思う?」

 

「モンスターボールについて?」

 

「そう。これから言うことは、キミを不快にするだろう。それでも言わせて欲しい。ボクはね。ポケモンをトモダチと呼んで、親しみを待っている。そのトモダチを無理矢理捕らえ、閉じ込め、自由を奪う。そんな、人に都合が良い道具としか思えないんだ」

 

 Nの堂々とした批判。しかし、全て間違っているかと言えば答えは否だ。

 

「だから、ボクはモンスターボールを使っていない」

 

「じゃあ、そのポケモン……」

 

「この子はボクとしばらくいるけど、野生だよ」

 

「ゾロ」

 

 自分達にはモンスターボールは必要ない。それが伺えた。

 

「ボクの意見はさっきの通り。キミはどうかな?」

 

「……否定は出来ないと思います。だけど、それだけじゃないとも俺は思います」

 

「と言うと?」

 

「怪我をしたポケモンを安全に運ぶや、危険から守る事が出来ます」

 

「……なるほど」

 

 確かにそれはモンスターボールの利点とも言える。ボールの中に入れば、酷い怪我の状態でも安全な場所にまでの移動がスムーズに行える。

 災害時なども、ボールの中に入れ、遠ざければ危険から守れる。

 

「他にも転送装置を使えば、離れた場所の救助だって出来ます」

 

 被災地に素早くポケモンを送れれば、犠牲は大幅に減らす事が可能だ。これもモンスターボールがあってこそ。

 

「それに、モンスターボールに入ったからと言って、自由が無くなるとは思えません。勝手に出ることや、出ないことだって出来ますし、入る事を嫌がるポケモンだっています。このピカチュウみたいに」

 

「そのピカチュウ、モンスターボールを嫌がるのかい?」

 

 トレーナーのポケモンにしては、出ているのは妙だと思っていたが。

 

「はい。だから、モンスターボールがあるからと言って、自由が無くなるとは思えないんです」

 

「だけど、狭まることは確かじゃないのかな? 例えば、心無いトレーナーだった場合、ポケモンを放ったり、捨てたりすることもあるだろう。勝手に捕まえて置きながら、トレーナーの都合で手放すなんて、それはポケモンに失礼じゃないかな?」

 

「……それは俺も思います。今日もそれに関係する件に遭遇しましたし」

 

「それは?」

 

「俺、今日ポカブを仲間にしたんですけど、そのポカブ、前のトレーナーに捨てられたんです。……しかも、杭に紐で縛り付けられた状態で。そのせいでポカブ、痩せ衰えていたんです」

 

「……酷いトレーナーだ」

 

「ゾロ」

 

 心底軽蔑した表情を、Nとゾロアは浮かべた。

 

「ただ、そんなトレーナーばかりじゃないとは思ってます。さっき言ったポケモンを手放すトレーナーの中にも、彼なりの配慮の結果、それが互いに良いと思ってからの行動ですから。……一時、無茶苦茶したことはありましたけど」

 

「……失礼だけど、ボクにとっては良いトレーナーとは思えないかな」

 

「俺も最初はそう思ってました。だけど、勝つための最善の戦術を常に練ったり、ポケモンの鍛錬に余念はないですし、響く言葉も有りました」

 

「自他共に厳しいトレーナー、という訳だね」

 

 サトシの言葉を聞き、Nは完全に嫌悪感は消えないが、少なくともポカブを非道な方法で捨てたトレーナーよりは数段マシだと理解していた。

 

「良くも悪くも、それぞれ付き合い方がある、か。なるほどね。サトシくん、今日は話に付き合ってくれてありがとう。おかげで、色々と良い意見が聞けたよ」

 

「いえ、俺の方こそ」

 

 Nにとっては、モンスターボールがただポケモンを捕らえる檻ではないことを知ることが出来た。

 サトシにとってはレシラム、真実の英雄の話もそうだが、特にモンスターボールの話は、少し考えさせられる話だった。

 

「機会が有れば、また会おう」

 

「はい、Nさん」

 

 Nは帽子を被り直すと、ゾロアと共に町の向こうへと消えて行った。

 

「不思議な人だったな、ピカチュウ」

 

「ピカピカ」

 

 今までと出会った人達とも、異なる独特の雰囲気、思考を持つ人物、N。ただ、彼もまた、ポケモンの事を深く思っているのだろう。それをよく理解出来た。

 

「また会えると良いな」

 

「ピカ」

 

 Nとの再会を想いながら、サトシとピカチュウはポケモンセンターへと戻った。

 

 

 

 

 

「サトシくん、か。あんなトレーナーもいるんだね」

 

 町を行く中、Nはサトシの事を考えていた。あれほどにポケモンの事を想い、ポケモンとの強い繋がりを感じるトレーナーは初めてだ。

 

「やはり、会っていくべきだね」

 

 世界を知るためにも、この考えは正しかったとNは確信する。

 

「――カブ」

 

「おや、散歩は楽しんだかい?」

 

「ポカ」

 

 そこに一匹のポケモン、サトシの仲間になったのとは別の個体のポカブがNの元に駆け寄った。

 

「N様」

 

「ロットか」

 

 そこに更に一人の人物、ロットと呼ばれた老人がNに歩み寄る。

 明るい顔と髭が特徴だ。二人は二匹のポケモンと共に一ヶ所に移動すると、話を始める。

 

「最近はどうなってる?」

 

「相変わらず、躍起になっております。ヴィオからは、現状が続いた場合でもその内行動を起こすとのこと」

 

「……いようが、いなかろうが、お構い無しという事か」

 

「誠に残念ながら……その様です」

 

「仕方ない。もう少ししたら戻るしかないね」

 

「力足らず……申し訳ございません」

 

「あなた達は頑張っている。ボクにもその時が近付いている。たったそれだけさ」

 

 自分の運命と向き合う時が近い。それ以上でも以下でもない。

 

「その時は、頼むよ」

 

「お任せください。全力で御支えします」

 

 ロットは深々と頭を下げた。

 

「周りに気付かれてはなりませんので、私はここで失礼します」

 

「またその時に」

 

「はっ」

 

 ロットはまた頭を下げると、Nから静かに離れていった。

 

「ゾロア、ポカブ。ボクがこれから進む道はとても厳しいものだ。それでも、ボクに付き合ってくれるかい?」

 

「ゾロ」

 

「ポカ」

 

 二匹のポケモンは頷く。彼が進む道がどの様なものでも、共に歩みたい。それが彼等の意志だった。

 

「じゃあ、行こう」

 

 少しでも知るために。青年は二匹のポケモンと共に、目的地の町を向けて歩み出した。

 



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最初のジム戦。VSコーン

 原作と違って、コーンからです。このバトルはそこまでガチガチではない、かも。


「ここがサンヨウシティかあ」

 

「ピカー」

 

 カラクサタウンから歩き、漸く見えた次の街に入って辺りを見渡すサトシとピカチュウ。

 情報が間違ってさえいなければ、ここが最初のジムの街、サンヨウシティのはずである。

 

「何にせよ、初めてのジム戦。頑張らないと。……行けないんだけどな~」

 

「ピカピ~……」

 

 ごめんねと言うピカチュウ。実はというと、またピカチュウの体調が悪いのである。それもここ最近で一番の不調。この状態でジム戦は正直避けたい。

 となると、今日はマメパト、ミジュマル、ポカブの中から選ぶ事になる。能力に大差は無いが、経験で言えばマメパトが最適かもしれない。

 それか、今日は止めて明日以降の体調の良い日にするか。

 

(けどなあ)

 

 そんな消極的な判断で、ジム戦に勝てるだろうか。何より、ピカチュウ無しでは勝てないと思っている。引いて言えば、他の手持ちでは駄目だと思っているようで、サトシは嫌だった。

 

「よし。このまま行こうか。ピカチュウ」

 

『うん、サトシなら行ける!』

 

 自分が不在でも、サトシの能力とマメパト、ミジュマル、ポカブの力が勝てるとピカチュウは応援する。

 

「じゃあ、後はサンヨウジムに向かうだけだけど――」

 

「教えて上げよっか?」

 

「うわ、アイリス!?」

 

 道行く人々にサンヨウジムの場所を聞こうとしたその時、サトシの背後からアイリスが話し掛ける。

 

「どうせ、場所も知らないんでしょ? 折角だし、あたしが――」

 

「良いよ。街の人に聞くから」

 

「ち、ちょっと――」

 

「へぇ、キバゴだね」

 

 他の人に聞こうとしたサトシに、アイリスが待ったしようとその時、一人の人物が近付いてきた。

 性別は男性。背は二人よりも一回りは高く、薄緑の色の葉っぱが出てるような髪に、緑色の蝶ネクタイを付けたウェイターの服装が特徴だ。手には、買ったばかりと思われるパンが籠に入っている。

 彼はサトシやアイリスではなく、キバゴの方に注目したようで、近付くと興味深く観察するように見つめる。

 

「若草の様なフレッシュな肌。新芽を思わせるその二つの牙が、爽やかさと限り無い未来を醸し出しているね。自然な雰囲気の君には、ピッタリのパートナーだと思うよ」

 

「そう、ありがとう!」

 

 謎の人物の詩のような表現に、アイリスは礼を伝えた。

 

「えーと……」

 

「ピカァ?」

 

「えっ、ピカチュウ? ピカチュウだよね!?」

 

 謎の人物は目を輝かせると、思わずピカチュウを両手で持つ。

 

「本物を見るのは初めてだよ! こんにちは」

 

「ピ、ピカー」

 

 にっこり微笑んで挨拶してきた謎の人物に、ピカチュウは苦笑いで返す。

 

「けど、どうしてピカチュウが?」

 

「俺達、カントーから来たんだ。俺はサトシ。ピカチュウは俺の大事な相棒だ」

 

「なるほどね。僕はデント。ポケモンソムリエをしているんだ」

 

 ピカチュウの存在に納得し、デントは胸に手を当てて礼儀正しく自己紹介する。

 

「ポケモンソムリエ? それって何なんだ?」

 

 初めて聞く職業に、サトシは疑問符を浮かべる。ピカチュウもだ。

 

「そんなことも知らないの? 子供ね~」

 

「いや、カントーから来たサトシが知らなくても無理はないよ。イッシュ地方以外ではまだまだ知られてない職業だしね」

 

 アイリスはサトシをからかうも、デントは逆にフォローする発言をした。

 

「ポケモンソムリエは、豊富な知識や経験を活かして、トレーナーとポケモンの相性を診断したり、もっと親密な仲になるためのアドバイスをする。まぁ、身も蓋もない言い方をすると、ポケモン関連のアドバイザー、助言者だね」

 

「イッシュにはそんな職業があるんだ。折角だから、してもらおうかな? まぁ、相性最高だと思うけどね」

 

「ピカピカ」

 

(へぇ……)

 

 互いに最高だと信じて疑わないその純粋な瞳。一瞬見ただけにも拘らず、彼等に強い繋がりがあるのを感じ取らせている。ポケモンソムリエとして、デントは非常に強い興味を抱いた。

 

「ちょっと、サトシには他の用件が有るんじゃなかったの?」

 

「あっ、そうだった。デント、サンヨウジムってどこにある? ジムに挑戦したいんだ」

 

「挑戦? ……ふふっ、なるほどね」

 

 サトシの目的を聞き、デントは一瞬だけ不敵な笑みを浮かべた。

 

「分かった。案内するよ」

 

 

 

 

 

「ここがサンヨウジムだよ」

 

「ここが……!」

 

 デントの案内で一つの建物に到着するサトシ達。周りと比べても雰囲気は異なり、またモンスターに三角が合わさった様なマークから見ても、ジムと判断して間違いなさそうだ。

 

「よし! たのもー!」

 

「ピカピカー!」

 

 扉の取っ手に手を掛け、勢いよく開ける。

 

「……あれ?」

 

「ここがサンヨウジム?」

 

 しかし、サトシ達の視界に入って来たのは、料理を食べているお客とデントの格好に腰掛けがあるウェイターの二人だけ。

 とてもだがジムには見えず、サトシとピカチュウ、アイリスも疑問符を浮かべた。

 

「は~い! ウェルカム!」

 

「いらっしゃいませ」

 

 戸惑うサトシに、赤髪の青髪の対照的な態度と印象を感じる二人のウェイターが、礼儀正しく告げながら然り気無く近付いていた。

 

「とにかく、中に入って」

 

「え? いや、でも……」

 

「良いから良いから」

 

 デントに押され、とりあえず中に入って端のテーブルに座るサトシ達。

 

「では、注文を聞かせてください」

 

「先ずはお飲み物はお持ちしましょうか? 冷たい飲み物でしたら、サイコソーダがお勧めですよ」

 

「その次は、お手頃価格のランチはいかがでしょう?」

 

「えと……じゃあ、とりあえずサイコソーダは貰うよ」

 

「分かりました」

 

 注文を受け、青髪のウェイターが素早くかつ丁寧に動き、サイコソーダを速やかに運んでくる。

 

「どうぞ」

 

「じゃあ。……あっ、美味しい!」

 

「ピカ!」

 

 軽く一口飲むが、程好い炭酸と甘味、仄かに漂う柑橘類の香りが絶妙なバランスで組み合わさっており、とてつもなく美味だ。前に買ったことのある市販のサイコソーダとは雲泥の差である。

 

「これ、すっごく美味しいです!」

 

「そう言って貰えて何よりです」

 

「このサイコソーダは当店オリジナルの物でして、色々と手を加えてあるんですよ」

 

「それでこんなに美味しいんだ……」

 

「ピカー……」

 

 ごくごくとこの店オリジナルのサイコソーダを、美味しそうにサトシとピカチュウは飲んでいく。

 少し作法は為ってなくもないが、その笑顔にウェイターは微笑んでいた。

 

「……ちょっと、あたしにも飲ませなさいよ」

 

「キバキバ!」

 

 その様子にアイリスとキバゴも興味を抱いたらしく、サイコソーダを求めてきた。

 

「これは俺のだよ。アイリスはアイリスで注文すれば良いだろ」

 

「ケチね~。あの、あたしとキバゴの分も――」

 

「直ぐにお持ちします」

 

 また青髪のウェイターが動いて、サイコソーダを持って来る。その頃には、サトシとピカチュウは飲み終えていた。

 

「では、最初のサイコソーダを味わって頂いた事ですし、次はランチを――」

 

「あの、ランチも興味は有りますけど……」

 

 サイコソーダの味から、ランチも凄く美味な事は想像に難しくない。それはそれで興味あるサトシだが、ここに来たのは食事が理由ではない。

 

「ここ、ジム……ですよね?」

 

「ジム? デント? このお客さんは――」

 

「そういう事」

 

「なるほど。分かりました」

 

「ジム戦!?」

 

「始まるわよ!」

 

「え、えぇ、何なんだ?」

 

 サトシとデントの言葉に二人のウェイターが納得したかと思いきや、次はお客が目をキラキラさせ始めた。

 更に急に部屋が暗くなる。今度は何だとサトシ達が戸惑うと、デントと二人のウェイターが腰に手を当てた姿勢で、一ヶ所に向けて一例に歩いた。

 

「さぁ、君のお望み通り、始めようか」

 

「あぁ! 灼熱のような燃えるバトルを!」

 

「いえ、ここは水のように静かにクールに応対すべきでしょう」

 

 女性達の黄色い声援とスポットライトの光を浴びながら、三人はサトシの要求を了承したかのような発言を取る。

 

「あぁ、今日も華麗かつ、素敵なバトルが観られるのね~」

 

「何て幸せなのかしら! その場に立ち会えるなんて!」

 

「勿論、あたしは見学します! 皆もそうよね!」

 

 当然と、アイリスを除いた全員のお客が賛同する。

 

「……ど、どういう事? どうなってるんだ?」

 

「つまり、ここはレストランでもあり――サンヨウジムでもあるんだよ」

 

「そして、僕達」

 

「三つ子の兄弟が」

 

「このジムのジムリーダーなんだよ」

 

 多少の差異は有れど、最後の台詞はタイミングピッタリ。仲の良い兄弟の様だ。

 

「兄弟がジムリーダー? 三人もいるの?」

 

 アイリスが疑問を抱いた一方、三人のネタばらしにサトシは漸く疑問が解けた。

 つまり、ここはかつて旅したカントーのハナダジムや、ホウエンの地方のトクサネジムの様に、兄弟達がジムリーダーなのだ。

 

「イッツ、ショータイム」

 

 三人が同じ台詞、されど違うポーズを取ると、彼等の後ろの壁が動き出た。その先に現れたのは。

 

「バトルフィールド……!」

 

 土に無数の大きな岩があちらこちらに点在するそれは、正しくバトルフィールドだった。

 観客席の一ヶ所ではお客達がチアの格好をしており、アイリスとキバゴは彼女達から離れた場所でサトシ達を見下ろす。

 

「さぁ、誰と戦うかを選んでもらいましょうか」

 

「選ぶ? ここは、全員と戦うジムじゃないんですか?」

 

「違うよ。ここは僕、ポッド、コーンの内誰かを指名し、勝てばバッチを手に入れれる。それがこのジムのルールさ。ちなみに赤髪の彼がポッドで、青髪の彼はコーンだよ」

 

 どうやら、トクサネジムと違って、戦うのは一人だけらしい。ハナダジムと同じ形式のようだ。

 

「先ず、俺様のパートナーを教えてやるよ!」

 

「コーンが使うのはこのポケモン。ご参考までに!」

 

「そして、この子が僕、デントの相棒さ!」

 

「――バップ!」

 

「――ヒヤプ!」

 

「――ナップ!」

 

 三人が出したのは、見た目こそは類似しているものの、頭の髪型、顔や耳、尾などの体色がトレーナーと同じポケモン達だ。

 

「このポケモン達は……!」

 

『バオップ。高温ポケモン。火山に近い洞穴に住む。頭のふさは怒ると温度が上がり、三百度以上になる』

 

『ヤナップ。草猿ポケモン。元気の無いポケモンに、頭の葉っぱを分け与える。疲れを取る効果がある』

 

『ヒヤップ。水掛ポケモン。大昔は森で暮らしていたが、水辺で暮らしやすい身体に変化した。頭のふさに水を溜める事が出来る』

 

「炎、草、水の三体か……!」

 

 新人トレーナーが最初に受け取るポケモン達と同じ三体。おそらく、新人が有利なポケモンと戦う経験を得る為のジムなのかもしれない。

 また、選ぶ相手によって、違うタイプのポケモンと戦うのは始めての上、中々に興味深い。

 

「相手にとって不足なし!」

 

「さぁ、サトシ。誰とバトルするかな? 僕?」

 

「この俺、ポッドだよな!」

 

「コーンを選ぶのなら、丁重におもてなししますよ」

 

 サトシは戦意に満ちた表情で三兄弟から少し離れると、そこで振り返って自分の選択を告げる。

 

「俺は――三人共です!」

 

「えぇ?」

 

「三人共って……全員と戦うってこと!?」

 

 サトシの要求に、三兄弟もアイリスとキバゴ、女性客達も驚いていた。

 

「このイッシュで、初めてのジム戦なんです! だから、色々なポケモンと戦いたんです! お願いします!」

 

 三人は互いを見合わせると、それぞれの笑みを浮かべた。

 

「まさか、僕達全員ととはね。そんな人、初めてだよ」

 

「面白いやつだな!」

 

「では、三つの試合を行い、その内二勝すればバッチを獲得する。これでどうかな?」

 

 コーンの案にサトシは勿論、デントとポッドも賛成する。

 

「じゃあ、誰から戦うかを決めてもらうよ。僕?」

 

「先ずは俺からか?」

 

「コーンからでも構いませんが」

 

 サトシは自分が持つ三つのモンスターボールを見つめ、少し考えると最初の相手を指名する。

 

「先ずは――コーンさんからお願いします!」

 

「承りました」

 

「ちぇ、コーンからかよ」

 

「まぁまぁ」

 

 コーンは何時も通りに振舞い、ポッドは少し不貞腐れ、デントが彼を宥める。

 何はともあれ、先ずは第一試合。サトシとコーンはバトルフィールドの端に、ヒヤップが試合場に立つ。

 

「さぁ、君のポケモンは? そのピカチュウ?」

 

「いえ、こいつです。マメパト、君に決めた!」

 

「ポー!」

 

 サトシが繰り出したのは、飛行タイプのマメパトだった。

 

「マメパト。どうして、ピカチュウではないのですか?」

 

 相性を考えれば、ピカチュウの方が有利のはず。なのに、何故マメパトなのか。コーンはとやかく言う気は無いものの、気にはなっていた。

 

「俺のピカチュウ、ちょっとした出来事が原因で不調なんです。だからマメパトに」

 

「それは失礼しました」

 

 事情が有ったと知り、コーンは頭を下げた。

 

「今日も体調悪いんだ。ピカチュウ」

 

「キバ……」

 

 であれば、サトシが先鋒としてマメパトを出したのも、分からなくはない。

 サトシの残りの手持ちはミジュマルとポカブ。炎タイプのバオップにミジュマル。草タイプのヤナップにポカブを当てれば、勝率はかなり高まる。

 ヤナップに関してはマメパトでも良さそうだが、有利でも不利でもないヒヤップにぶつけて勝てば、後が楽になると考えたのだろう。

 ピカチュウを除けば、サトシとのバトルの経験が一番あるのは、マメパト。他の二匹と比べても勝率は高い。悪くはない判断だ。上手く行けば、の話だが。

 

(あのピカチュウ、調子が悪かったのか……)

 

 アイリスが分析していた中、デントは不調にもかかわらず、一緒にいるサトシとピカチュウに益々興味を抱いていた。

 余程、二人の繋がりは強いのだろう。でなければ、不調のピカチュウが同行するわけがない。

 

(さぁ、どう戦うかな?)

 

 見たところ、あのマメパトのレベルは差ほど高くはなさそうだ。飛行と水では相性に有利不利もなく、ヒヤップとコーンの方が優勢だろう。

 ただ、迷いのないマメパトの瞳が気になる。どうなるか楽しみだ。

 

「バトル――始め!」

 

「先ずはこちらから! マメパト、でんこうせっか!」

 

「ポー!」

 

「ヒヤップ。――かげぶんしん」

 

「ヤプ!」

 

 先制攻撃を仕掛けるサトシとマメパト。凄まじい速度でマメパトが迫るも、コーンもヒヤップも全く動揺せず、冷静に対応。無数のヒヤップが現れる。

 その内の一つに突撃したマメパトだが、それは分身で手応えは一切無かった。

 

「だったら! マメパト、かぜおこし!」

 

 羽ばたきによる風がバトルフィールドに吹き荒れ、ヒヤップの影を散らして本体だけを残す。

 

「良い判断です。ヒヤップ、みずてっぽう」

 

「ヤプー!」

 

「マメパト、上昇!」

 

 本体のヒヤップからみずてっぽうが放たれる。それをマメパトは上昇して回避する。

 

「マメパト、エアカッター!」

 

「ポー!」

 

 両翼をクロスさせ、マメパトは空気の刃を発射。しかし、ヒヤップはその攻撃を軽々とかわす。

 

「連続でエアカッター!」

 

「ポーポー!」

 

「ヒヤップ。かわしなさい」

 

「ヤプヤプ」

 

 空気の刃を、ヒヤップは見事な体捌きで踊るようにかわしていく。

 

「空から遠距離攻撃を続けますか? 悪くはありませんが、そんな消極的な戦法でヒヤップを倒せるとは思わないでください」

 

 遠距離からの攻撃は安全という利点も有るも、その分かわされやすい。コーンの言う通り、この戦法ではヒヤップを倒すのは難しいだろう。

 

(それに、挑発もしてる)

 

 近付いてこいと。冷静沈着に見えるが、意外と好戦的なのかもしれない。

 

「マメパト、急降下しながらでんこうせっか!」

 

 ならば受けて立つまで。だが、向こうの策にそのまま乗る気もない。落下を活かした高速のでんこうせっかで何かをする前にダメージを与え、更に向こうの出方を把握する。

 

(落下で加速ですか)

 

 中々だと、コーンはサトシの判断を誉める。技が迫っているにもかかわらず、彼は欠片も焦っていない。

 

「ヒヤップ、――どろあそび」

 

 指を鳴らし、コーンはその指示を相棒に伝えた。ヒヤップが手に力を込めて地面に叩き付けると、周囲の土が泥へと変化していく。

 

「どろあそび?」

 

「確か、電気タイプの技を弱める技。だけど……」

 

 マメパトに電気タイプの技はない。これでは、使う意味がないはずだ。ジムリーダーがこんなミスをするだろうか。

 

「ふふ。何も、電気対策のために使う技だとは限りませんよ。――ヒヤップ、泥を掬いなさい!」

 

「ヤプ!」

 

「何!?」

 

「ポー!?」

 

 ヒヤップが足元の泥を掬い、マメパトにぶつける。泥はマメパトの目を塞ぎ、体勢を崩させて速度も落とした。

 

「アクロバット!」

 

「アクロバット!?」

 

 その隙をコーンは当然見逃さない。ヒヤップはジグザグに翻弄しながら動き、強烈な一撃をマメパトに叩き込む。

 

「更にみずてっぽう」

 

 吹き飛ばされ、悲鳴を上げて地面を滑るマメパトだが、ジムリーダーとして容赦はしない。コーンは追撃を命じ、みずてっぽうがヒヤップから再度放たれた。

 

「マメパト、今すぐ飛んで避けろ!」

 

「――ポーーーッ!」

 

 サトシの指示は出たが、泥のせいでマメパトの反応が遅れ、みずてっぽうが直撃。また吹き飛ぶ。

 

「――アクロバット」

 

「マメパト! とにかく、上昇してかわすんだ!」

 

 目は見えないが、マメパトはサトシの指示に従って飛翔。追撃のアクロバットをかわすことに成功した。

 

「おやおや、決まると思ったのですが……残念ですね」

 

(手強い……!)

 

 にっこりと微笑むコーンに、サトシは戦慄を感じる。電気技を封じる技であるどろあそびを、目を塞ぐ目的で使うとは完全に予想外だった。

 みずてっぽうは受けたが、最後のアクロバットをかわさなければ、間違いなく窮地に陥っていただろう。そのまま倒されていた可能性も高く、避けれたのは幸いだった。

 

「ちなみに、アクロバットは飛行タイプの技です。素早く動いて相手を翻弄し、強烈な一撃を叩き込む。ヒヤップに似合っているでしょう?」

 

 コーンが説明したのは、さっきのサトシの態度から彼がアクロバットについて知らないと感じた為だ。

 

「参考になりました」

 

 電気にはどろあそび。草にはアクロバット。苦手なタイプへの完璧な対策だ。

 

「あぁ、流れるような動きに、見事な一撃……。流石はコーン様だわ!」

 

「えぇ、あの子には万一の勝ち目も無いわね」

 

 アクロバットによるダメージに加え、泥でまだ視界を塞がれている。

 コーンの優勢は火を見るより明らかで、ファンの女性達は早くもコーンの勝利を確信していた。

 

「言われちゃってるわよ~。このまま負けるつもり?」

 

「キバ~」

 

 言われたい放題のサトシだが、そもそも聞こえていない。仮に耳に届いても全く気にしないだろうが。

 

「このまま一気に決めましょうか。みずてっぽう」

 

「ヤプゥ!」

 

「マメパト! 右! 次は左!」

 

 みずてっぽうは一発ではなく、連続で放たれていた。サトシは方向を次々に指示。マメパトはその通りに動いて何とかかわしていく。

 

「ほう」

 

 目が見えないのにもかかわらず、指示に迷いなく従うサトシとマメパトの関係に、コーンは少し感心した様子だ。

 

「では、これはかわせますか? ヒヤップ、アクロバットです」

 

「ヤプ!」

 

「来る……!」

 

 ヒヤップが前後左右に素早く動き、溜めをしながらマメパトに迫る。

 みずてっぽうは直線的な軌道だったからこそ指示だけで回避出来たが、アクロバットは攻撃するまで出方が分からない。マメパトが視界が見えないままで回避するのは難しい。

 しかし、もう一度か二度攻撃を食らえば負けてしまう。回避するか防ぐしか無い。だが、前者は困難だ。となると、残るは自ずと防御だけになる。

 

(だけど!)

 

 ただ防御しても、有利になるかと言えば否だ。今のコーン優勢の流れその物をひっくり返す必要がある。

 

「マメパト、周囲を覆うように風を全力で起こせ!」

 

「ポー!」

 

 マメパトがその場で回転。すると風が彼女を守るかの如く、球体状に展開される。

 

「風のバリア、と言った所ですか。中々面白い手では有りますが――それでヒヤップの攻撃を防げると思ったら大間違いです。みずてっぽうで勢いを削りなさい」

 

「ナプゥ!」

 

 ヒヤップにみずてっぽうをぶつけられ、衝撃からマメパトは姿勢を崩し、風のバリアの勢いが半分以上落ちた。

 

「これで〆です。アクロバット!」

 

「ヒヤー……プウゥ!」

 

 すかさずアクロバット。風のバリアを元に戻すことも、まともな回避も出来ず、これで決まったと誰もが思った。サトシを除いて。

 

「マメパト! 周囲にエアカッターだ!」

 

「――えっ?」

 

「クルー……ポー!」

 

 小鳥が両翼を払う様に振るう。二枚の空気の刃が出現し、風の残滓の影響を受けて高速でマメパトの周囲を移動し続ける。

 

「ヒヤップ! 今すぐに攻撃を――」

 

 このバトル、初めて焦りを見せたコーンが慌ててヒヤップに呼び掛けるも、一歩遅かった。

 ヒヤップは自分から飛び込む形で二枚のエアカッターを受け、吹き飛び落下して転がっていく。

 

「マメパト! 前方に向かって広範囲に全力でかぜおこし!」

 

 コーンが初めてを焦りを見せた様に、サトシにとっては初めてにして大きな機会。ここで手を緩めるつもりもなく、マメパトに広範囲のかぜおこしを指示。

 広い範囲の強風に、体勢が崩れていた事もあり、ヒヤップは呻き声を上げながらその場に留まれてしまう。

 

「マメパト! 今聞こえたヒヤップの声の場所目掛けて、連続でエアカッターだ!」

 

「ヒヤップ! 回避に専念を!」

 

 マメパトの風刃を、ヒヤップが必死にかわそうとする。しかし、元々体勢を崩していた、エアカッターがまだ残っていたかぜおこしを受けて加速した。

 この二つの要因が合わさり、一つだけ直撃ではないが確かに受けてしまう。

 

「ヒヤップ、みずてっぽう!」

 

 このままは不味い。流れを引き戻そうとしたコーンの命令で、ヒヤップはマメパトへとみずてっぽうを放った。

 

「それを待ってました! マメパト、前方に向けてかぜおこし!」

 

 みずてっぽうとかぜおこしが激突。水は途中までは勢いよく迫っていたが、マメパトの一メートル付近で風に押されて弾け、雨の様に小鳥に降り注いで顔に付着していた泥を洗い落とす。

 

「ポーーッ!」

 

 視界が回復し、マメパトは喜びの大声を上げた。

 

「ヒヤップのみずてっぽうを利用して、泥を落とした……!?」

 

「すげぇ! あいつ、あの窮地を潜り抜けたぜ、デント!」

 

「うん、これは見事なテイストだよ」

 

 困惑するコーンに対し、ポッドとデントはサトシの力量に賞賛を送っていた。

 さっきまでは間違いなく、コーンとヒヤップが優勢だった。しかし、ポケモンの力を引き出し、尚且つ相手の力を利用する事で戦況の流れを戻した。いや、寧ろ今はサトシの方に有るかもしれない。

 

「かぁー! 何で最初に戦えなかったんだ! すっげぇ燃えてるのによぉ!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて、ポッド」

 

 要求なので仕方ないが、サトシと初戦で戦えないことにポッドは不満を抱き、デントがまた宥める。

 

(気持ちは分かるけどね)

 

 とは言え、ポッドの気持ちも分からなくはない。こんなバトルを見ていれば、トレーナーとして血が騒いで仕方ないだろう。かく言う自分も、サトシと今すぐ戦いたくなってきた。

 

「デント、この勝負、どっちが勝つと思う?」

 

「そうだね……。判断しにくい所だよ」

 

 能力はヒヤップの方が上。しかし、マメパトは能力を引き出すサトシの指示がある。ここに関しては五分と言った所。

 次にダメージだが、マメパトは強烈なアクロバットとみずてっぽうを一発ずつ、ヒヤップはエアカッターを三度。しかも、特性きょううんや技の性質で急所に当たったのがある。大差は無いだろう。

 後は流れ。今戦いの流れは、優勢をひっくり返したサトシとマメパトにある。四、六でサトシが有利かもしれない。

 

「どっちにせよ、終わりは見えてきたな」

 

「うん。時間は掛からないだろうね」

 

 決着まで、そう遠くはないとデントもポッドも確信していた。

 

「……」

 

「キバキバ?」

 

 二人のウェイターと同様に、アイリスも真剣に二人のバトルを見つめていた。キバゴの言葉にも反応しない。

 

「さっきまで不利だったのに……」

 

 それをマメパトの力を十二分に発揮し、一気に覆した。そのサトシのトレーナーの力量もそうだが、同時にマメパトの信頼感もアイリスは気にしていた。

 まだ一月も経ってないにも拘らず、マメパトはサトシに全幅の信頼を寄せている。それだけ、彼がトレーナーとしての力量がある証左だ。

 

「……」

 

「キバ……」

 

 アイリスは一つのモンスターボールを取り出す。空ではなく、中にはあるポケモンがいる。しかし、問題がある。

 

(あたしにも……)

 

 彼ほどの力量が有れば。そう思いながら、少女はそのモンスターボールを静かに見つめていた。

 

「ね、ねぇ……。コーン様負けたりしないわよね?」

 

「だ、大丈夫よ。さっきのあれも、行き当たりばったりかまぐれに決まってるわ」

 

「でも、あの子結構、というか、かなり出来るみたいだし……」

 

「正直、コーン様の方が少しだけ不利な気も……」

 

「な、何言ってるのよ! 貴女達どっちの味方なの!」

 

 アイリスから離れた場所の観客席。思わぬサトシの実力、底力、コーンが追い詰められてる点から女性客達が言い争っていた。

 とは言え、サトシもコーンも気にしていない。そんな余裕も無いのだ。互いと互いのポケモンしか写らず、気にしない。

 

「……ふふふ」

 

「何ですか?」

 

 不意に、コーンは微笑む。それはウェイター、ジムリーダーとしての顔ではなく、一人のトレーナーとしての笑みだった。

 

「いえ、こんなに楽しいと思えるバトルは何時以来かなと思いまして」

 

 冷静沈着をモットーとし、何時如何なる時も平常心を保って来た。

 しかし、サトシとのこの戦いは今まで迎え撃ってきたバトルにはない『熱さ』があった。コーンはその熱さに心を揺さぶられたのだ。

 

「お礼を言わせて貰います。そして――勝たせても貰います」

 

「そうは行きません。勝つのは――俺達だ!」

 

「ヒヤップ、アクロバット!」

 

「マメパト、でんこうせっかで翻弄しろ!」

 

「ヤプ!」

 

「ポー!」

 

 二匹のポケモンはそれぞれの技を使い、上下左右に前後も含め、バトルフィールドを高速で動き回る。

 二人のトレーナーは全神経を尖らせ、必殺のタイミングを測っていた。

 

「一瞬でも、判断を誤った方が負けるな」

 

「僕もそう思う」

 

 この高速戦、先に動けば隙が出て、そこを突かれて敗北するのは必須。しかし、どちらもこのままでは何時かは疲弊して動けなくなる。

 ここからどう打開するか。正にトレーナーの力量が試されている。

 

「――ヒヤップ、動きながらみずてっぽう!」

 

「ヤプ! ヤプ!」

 

 先に動いたのは、コーン。ヒヤップは移動の合間、一瞬だけみずてっぽうを発射する。一瞬のため威力は低い。

 しかし、食らえば体勢を崩し、必殺の一撃を叩き込むには十分。その為の水弾が次々とマメパトに迫る。

 

「マメパト! 左、右、前、後ろ!」

 

 サトシは極限まで高めた集中を維持し、マメパトに次々と指示。かわさせていく。

 

(ここまで来ても、的確な判断。実にお見事)

 

 しかし、勝つのは自分とヒヤップ。そのための策も出来ている。

 

「ヒヤップ、アクロバット!」

 

「マメパト、かわせ!」

 

 移動による溜めを込め続けた必殺の一撃を、ヒヤップは解放。高速かつ高威力のアクロバットを放つ。

 しかし、隙が出来てないマメパトには当たらず、空を切るだけ。ヒヤップはそのまま着地する。マメパトに背を向けると言う、致命的な隙を見せて。

 

「おいおい、コーンの奴、焦ったか?」

 

「いや、これはもしかして……」

 

 らしくないコーンの指示に、ポッドは判断ミスと受け取るも、デントは何かに気付いたようだ。

 

「今だマメパト! でんこうせっか!」

 

 背後を向けたヒヤップに、マメパトのでんこうせっかが迫る。これで決着かとそう思いきや――コーンが微かに笑った。

 

「――かげぶんしん!」

 

 ヒヤップの影が戦場に大量に現れた。マメパトのでんこうせっかはその内の一つを掻き消したに過ぎず、今度はマメパトが致命的な隙を出してしまう。

 

(しまった!)

 

 あのアクロバットは、罠だったのだ。隙が出来たと見せ掛け、こちらの隙を誘発するための。

 

「今度こそ決まりです。アクロバット!」

 

「ヒヤー……プウゥーーッ!」

 

 本体のヒヤップが動き、隙が出来たマメパトに、今度こそ本命のアクロバットが迫る。

 タイミングから見ても、回避は不可能。どうすればとサトシは考え――閃いた。

 

「マメパト、かぜおこし! 地面に向かって叩き付けろ!」

 

「ポーーッ!」

 

「なっ……!? いえ、ヒヤップ、強引に決めるのです!」

 

「ヤプゥ!」

 

 強風が放たれる。それは周囲の分身を吹き散らすが、コーンはヒヤップのアクロバットなら決まると判断し、続行を指示。

 その判断は正しく、風はヒヤップを押し込めるも、それは一瞬のみ。このまま突き破り、風の向こうにいるマメパトに命中する。はずだった。

 

「――いない!?」

 

「ヤプ!?」

 

 しかし、そこにはマメパトの姿が無い。何処にとコーンとヒヤップが捜し、いち早くコーンが気付いた。

 

「――上空!」

 

 コーンが見上げると、小さくも雄々しさに満ちたマメパトの飛行姿が有った。しかも、今までよりも遥かに速い。

 

(あのかぜおこしを、加速に使って!)

 

 そう。先のかぜおこしはアクロバットを一瞬止めると同時に、その風で加速して回避する目的と――速度で高まった一撃を叩き込む目的も有った。

 

「マメパト、これで決めるぞ! その速さに更に落下の速さを加えろ! でんこうせっか!」

 

「ポーーーッ!!」

 

 軌道後に烈風、マメパトの周囲には暴風が発生する程のスピードと共に、マメパトが超高速で突撃する。

 

「ヒヤップ、かげぶんしん――いえ、アクロバットを!」

 

 かげぶんしんもみずてっぽうも、回避も間に合わない。ならば、迎撃あるのみ。コーンも必殺の一撃を指示した。

 

「ヤプゥウウゥーーッ!!」

 

 でんこうせっかとアクロバットが激突。強い衝撃と共に二匹は吹き飛ばされ、地面に転がっていく。

 

「マメパト!」

 

「ヒヤップ!」

 

「ポー……!」

 

「ヤ、プ……!」

 

 二匹は残った力を引き絞り、フラフラながらも何とか立ち上がる。その直後。

 

「――ヒヤ、プ~……」

 

 ヒヤップが倒れた。その目はぐるぐると回っている。対して、マメパトはぎりぎりながらもまだ立っていた。

 

「ヒヤップ、戦闘不能! マメパトの勝利! よって、第一試合は……チャレンジャー、サトシの勝利!」

 

「よっしゃー!」

 

「ポーーーッ!」

 

 先ずは一勝。しかし、その勝利を心底喜び、サトシはガッツポーズを、マメパトは両翼を大きく広げた。

 観客席からは、女性客達のそんな~と悲鳴の声が上がる。

 

「……負けてしまいました」

 

 勝ちたい勝負に負けてしまい、心底残念そうなコーンだが、同時に勝利者であるサトシにも微笑んでもいた。

 

「コーンも、後一歩だったんだけどなあ」

 

「勝敗の決め手になったのは、技の威力だね」

 

 マメパトのでんこうせっかは、かぜおこしと落下でその威力が極限にまで高まっていた。

 対してヒヤップのアクロバットは、その場で放った故に力の溜めが足りず、威力が低かった。その差が勝敗を決めたのだ。

 

「にしても、初戦から勝つか。やっぱり面白えな、あいつ!」

 

「ポケモンの力を限界以上に引き出し、窮地になっても諦めない。ふふふ、興味が尽きないね」

 

 サトシが全員と戦うと言ってくれて良かった。興味が尽きない彼と戦える機会があるのだから。

 

「見事でした。サトシくん。君の勝利です」

 

「ありがとうございました」

 

 サトシとコーンは互いの健闘を祝い、二人同時に頭を下げた。

 

「マメパト、ご苦労さま。ゆっくり休んでてくれ」

 

「ポー」

 

 奮闘し、疲労困憊のマメパトを労うと、サトシはボールに戻した。

 

「ですが、まだ一勝です。後もう一勝しない限りはバッチは獲得出来ませんよ?」

 

「分かってます。何なら――」

 

 サトシは残る二人のジムリーダー、デントとポッドに顔を向ける。

 

「残り二人にも勝つつもりです」

 

「ほお~。つまり、俺やデントにも続けて勝つと?」

 

「そうです」

 

「ふふふ、はっきり言うね、君は。分かったよ。君が次の勝負に勝ったとしても、第三試合を行なおう」

 

「助かります!」

 

「まぁ勝てたら、の話だけどなあ」

 

 サトシからの大胆な宣戦布告に、デントもポッドも笑みを浮かべる。

 サンヨウジム戦。先ずは一勝したサトシ。残るは――デントとポッドの二人。

 



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炎対炎、灼熱の戦い

 すみません、どういう訳か話の順番が正反対になっていました。



「へへっ、良かったぜ。直ぐに戦えてよ」

 

「それは嬉しいです」

 

 サンヨウジム。先の戦いの痕が残るバトルフィールド。片方の端には挑戦者のサトシ。

 そして、もう片方の端にいる挑戦者を迎え撃つジムリーダーは――ポッド。サトシは次の相手にポッドを指名したのだ。

 

「あぁ、後俺には敬語は良いぜ。砕けた方が楽だからな」

 

「じゃあ、そうするよ」

 

「さぁ、俺とお前の猛火の様に激しくて熱いバトルを始めようか! 出てこい、バオップ!」

 

「バップゥ!」

 

 ポッドのモンスターボールから現れたバオップ。その瞳には、炎の様な闘志を宿す。

 

「さぁ、お前が出すポケモンは何だ? セオリー通りの水タイプか?」

 

 サトシは一つのモンスターボールを取り出し、暫し見つめて考える。

 ポッドの言う通り、ここは確かに水タイプのミジュマルの出番だろう。初戦の強敵、コーンとヒヤップには苦戦しながらも勝利した。

 このバトルにはミジュマルを、最後のデントにはポカブを当てる。それが最善だ。

 

(何だけどな……)

 

 先のバトルをサトシは思い出す。コーンとヒヤップは電気、草タイプ対策を見事にしていた。

 ポッドとバオップにも、同様の対策が有るのではないかとサトシは懸念していた。だとすれば、セオリーは逆に危険だ。

 

「……ちょっと良いか?」

 

「ん? 考え事か? まぁ、好きにしな。但し、考えるからにはしっかりしてくれよ」

 

 三兄弟の中では、一番血気盛んだと自覚しているポッドだが、ジムリーダーとして待つことに不満はない。

 中途半端よりも、しっかりとした方が良いと考えているのも理由だが。

 

「何迷ってるのよ、サトシ」

 

「キバキバ」

 

 ここはどう見ても、ミジュマルの出番。アイリスはそう思うことに何ら疑問を抱かない。キバゴも同様だ。

 

「……」

 

 サトシはモンスターボールを構え、中にいるポケモンに語り掛ける。

 

「……ミジュマル。俺を信じてくれるか?」

 

 中にいるミジュマルは、サトシの言葉に強く頷く。彼の判断なら、自分は信じられると。

 

「……分かった。ありがとう。――決めたよ! ポッド!」

 

「やっとか! さぁ、何を出すんだ?」

 

「――ポカブ! 君に決めた!」

 

「カブゥ!」

 

 サトシのモンスターボールから、火豚ポケモン、ポカブが現れる。その瞳もバオップ同様、炎の様な気迫に満ちていた。

 

「え、えぇ!? ポカブ!?」

 

「キバ!?」

 

(……驚いてる?)

 

 咄嗟にアイリスは声は抑え、その声はポッドには届かなかったものの、観客席に近いデントの耳には聞こえていた。

 

(……ポカブで驚いてる。それに彼は僕達全員との試合を要求した。それとピカチュウの不調を考えると……)

 

 最低でも、サトシは他に三体の手持ちを持っていることになる。おそらく、その中にはバオップに有利か、互角に戦えるタイプのポケモンがいるに違いない。

 なのに、サトシは炎タイプを出した。互いに効果が今一つのポカブを。

 

(……もしかして、気付いたのかな?)

 

 このサンヨウジムの、もう一つの『目的』に。だとすれば、サトシがポカブを出したのも納得出来る。

 

(まぁ、どちらにしても……)

 

 自分は見学者に過ぎない。第三試合が来るまで、このバトルを見つめるだけだ。

 

「ふーん、ポカブかあ。炎使いの俺とバオップに、炎で勝てるとでも?」

 

「勝って見せるさ!」

 

「カブ!」

 

「はっはっは! 良いねぇ、良い返事だ! ――口だけにはするなよ?」

 

 サトシとポカブの表情と台詞に、大声で笑うポッドだが、次の瞬間、その瞳には凍るような冷たさがあった。

 

「第二試合、サトシ対ポッド、ポカブ対バオップ。――始め!」

 

「折角だ! 最初を煽ってやるよ! バオップ、にほんばれ!」

 

「バオー!」

 

「えっ、にほんばれ!?」

 

「いきなり出たわ! ポッド様、必勝のパターンが!」

 

 アイリスが驚愕、女性客達が黄色い声援を送る中、バオップの掲げた両手の中央に、高熱と光の塊が展開。

 それをバオップは上へと発射。塊は天井付近で止まると、部屋に高熱と光を浴びせる。

 

「にほんばれ! 炎タイプの技の威力を高めると同時に水タイプの技の威力を下げる状態を作り出す技……!」

 

「そうよ。炎タイプのバオップには非常に有利だろ?」

 

「俺のポカブにもな!」

 

 しかし、この天気はこちらにも利点に働く。何しろ、ポカブは炎タイプだ。にほんばれの影響を受ける。

 

「だな。でもよ――だからこそ、ポケモンの能力の差、トレーナーの力量が諸に影響する。そう思わないか?」

 

「確かに!」

 

「さぁ、見せてくれサトシ! ポカブ! お前達の熱い熱い闘志を! バオップ、挨拶代わりのほのおのパンチ!」

 

「バップ!」

 

 バオップの右手から拳二回り分ぐらいの炎が上がる。それはにほんばれの影響を受け、バオップの顔以上にまで巨大化した。

 

「ち、ちょっと! 明らかに挨拶代わりってレベルじゃ――」

 

「ぶちかませぇ!」

 

「バオッ!」

 

「ポカブ、かわせぇ!」

 

「ポカァ!」

 

 バオップは素早くポカブに近付くと、炎の拳を放つ。それはポカブの移動で回避されたが、地面に接触した瞬間、爆音と人を容易く飲み込む規模の火柱が発生した。

 火柱は直ぐに火の粉となって散ったが、その痕跡はフィールドに大きな焼け跡として残っていた。

 

「はっはっは! これぐらいかわしてくれねえとな。一撃で決まったら拍子抜けにも程があるぜ」

 

「な、なんて威力よ……!」

 

「キ、キババ……」

 

 ポッドは笑うも、アイリスもキバゴもそれどころではない。にほんばれで暑いにもかかわらず、全身が冷えていた。

 あんなの炎技を半減出来る水タイプであろうが、まともに受ければただでは済まない。下手すれば一撃で勝負が付いてしまう。

 

「あぁ、なんて凄まじい火力……!」

 

「相性不利な水すら蒸発し尽くす、正に灼熱の猛火……!」

 

「あの子もこの熱さには勝てないでしょうね!」

 

 女性客達は、にほんばれの暑さに負けないぐらい熱気でポッドを応援していた。

 

「どうだ、サトシ。これが俺とバオップの炎だ! ――怖じ気付いたか?」

 

「まさか! 寧ろ、燃えてきたよ! なぁ、ポカブ!」

 

「カブ!」

 

 確かに相手の炎は凄まじい。判断を誤れば、一気に燃やし尽くされてしまうだろう。

 だが、判断さえ間違わなければ決して勝てない相手ではないと、サトシは確信していた。

 ポカブも身震いこそはしたが、サトシへの強い想いがそれを塗り潰し、またこれほどの炎を操る同タイプのバオップへの対抗心も、闘志の炎を昂らせる要因となっていた。

 

「ポカブ! ひのこ!」

 

「カーブー!」

 

「バオップ、かえんほうしゃ!」

 

「バー、プー!」

 

 ポカブから炎の粉の塊が、バオップから炎の帯が放たれる。それらはにほんばれで強化され、威力を高めた状態でぶつかり、大爆発を起こした。

 

「ポカブ、回避!」

 

 しかし、爆発の煙の奥からまだ炎の帯が迫ってくる。ひのこはかえんほうしゃの前方を相殺しただけで、奥はまだ残っていた。それをポカブは咄嗟にかわすも、まだ危機は終わっていない。

 

「ほのおのパンチ!」

 

 バオップがほのおのパンチを構え、接近してきたのだ。

 

「ポカブ、ひのこを薙ぎ払うように放て!」

 

「悪くはねえ! だが、その程度だ! バオップ、ほのおのパンチでひのこを焼き尽くせ!」

 

 ポカブが扇状にひのこを放ち、その一部にバオップがほのおのパンチを叩き込む。爆発と黒煙が発生する。

 

「バオップ、かえんほうしゃで薙ぎ払え!」

 

「ポカブ! かわしてかみつく!」

 

 炎の波が、黒煙ごとポカブを焼き尽くす勢いで放たれる。

 

「来るぞ、バオップ! ほのおのパンチを構えろ!」

 

「オプ!」

 

 バオップはほのおのパンチを構え、ポカブを迎え撃とうとする。

 

(この炎の範囲と勢いだ。必ずジャンプでかわし、反撃を仕掛けてくる)

 

 空中にいる所にほのおのパンチを叩き込み、一気に勝負を付ける。そう決めたポッドだが、ポカブが来ない。

 

「――カブゥ!」

 

「何!?」

 

「バオッ!?」

 

 しかし、ポカブが現れたのは炎の下からだった。ポカブは炎の波を飛び越えるのではなく、潜り抜けることでかわしたのだ。少しは受けたが、戦闘不能には程遠い。

 速度もトップギアで、意表を突かれて動きが鈍ったバオップの腕にポカブが強く噛み付いた。痛みにバオップが悲鳴を上げる。

 

「バオップ、噛み付かれた手にほのおのパンチ!」

 

「させるな! かみついた状態でひのこ!」

 

 炎と火が発生し、バオップの腕を中心に、再び爆発。その勢いで二匹は大きく吹き飛ばされる。

 

「大丈夫か、ポカブ!」

 

「まだやれるな、バオップ!」

 

「カブ!」

 

「バオ!」

 

 ダメージは受けた。しかし、まだまだやれるとポカブもバオップは火と炎を軽く放つ。

 

「へっ、やるなサトシ! お前とポカブも良い熱さを持ってるぜ!」

 

「そっちこそ!」

 

「だが、俺達の熱さには敵わねえ! それに俺達がただ熱いだけじゃないって事も教えてやる。――バオップ、あなをほる!」

 

「バオッ!」

 

 バオップは両手で地面に穴を掘り、地中へと姿を隠した。

 

「こんな技も持ってたのか……!」

 

 単純に威力が高い技だけでなく、トリッキーな技も覚えていた。しかも、あなをほるは地面タイプの技。炎タイプのポカブが受けたら大ダメージは免れない。

 

「全力で走り回れ!」

 

「狙いを付けさせないつもりだな。だが、甘え! バオップ、地中から全力でかえんほうしゃ!」

 

「ポカブ、直ぐにそこから――」

 

 直後、地中から巨大な炎柱が大量の土塊を巻き上げながら、天を焼き尽くすかの如く立ち上る。

 

「カブー!」

 

「ポカブ!」

 

 同属性で効果は半減しても尚、強烈なダメージを与える炎の柱を受けたポカブは吹き飛ばされ、大きく転がされる。

 

「そこだ! 出てこい!」

 

「オプーーッ!」

 

 更に追撃のあなをほる。地中からの一撃をバオップはポカブに撃ち込んだ。

 

「ポカブ! ひのこだ!」

 

「――カブゥ!」

 

「肉を切らせて骨を断て! ほのおのパンチ!」

 

 サトシはひのこで距離を稼ごうとしたが、ポッドの指示でバオップは直撃を受けながらも、ポカブに炎の拳を叩き込む。

 ポカブは怒涛の連撃によりまた吹き飛び、サトシの方へと転がっていった。

 

「あんな炎を受けた上に、あなをほるやほのおのパンチまで……!」

 

「キバ~……」

 

 先のダメージを考えると、ポカブはもう戦闘不能になっても不思議ではない。それほどの猛攻だった。

 

「残念ながら、コーンを倒したお前でも、圧倒的な力の差を覆すのは無理があったな。――俺達の勝ちだ」

 

「ポカブ……!」

 

(……ここまでかな)

 

 ポカブは動かない。力の差を考えれば、ここまで奮闘しただけでも立派だろう。審判のデントがポッドとバオップの勝利を宣言しようとした。

 

「カ……ブ……!」

 

「ポカブ……!」

 

 しかし、ポカブは立ち上がった。ボロボロで今にも倒れそうな状態にもかかわらずだ。

 そして、その瞳に写る闘志の炎も消えていない。寧ろ、今まで以上に燃えている様だ。

 

「ほう……。まだ立てるか! だが、その状態で俺とバオップに勝てるかな?」

 

「バプバプ」

 

「……ポカブ、まだやれるか?」

 

「カブゥ!」

 

 ポカブのダメージ、何より境遇を考えると、これ以上のバトルは躊躇われた。

 しかし、ポカブがまだ戦いを望んでいる。ならば、トレーナーとして最後まで己の役目を果たす。サトシはそう決意した。

 

「まだ――やれる!」

 

「良いねえ! やっぱり、熱いぜお前らは! だが――」

 

「カーー……!」

 

「え、なにあれ……?」

 

「これは……!」

 

 炎の様に赤く、揺らめくオーラ。それが突如、ポカブの身体の内から現れ出した。

 その様子にほとんどの者達がざわめく中、サトシはいち早く気付いた。この現象の正体に。

 

「――ブーーーーッ!!」

 

 ポカブの雄叫びと共に、全身を纏うオーラが炎へと変化。周りを急激に焼き、熱していく。

 

「こいつは……『もうか』か!」

 

 炎のエキスパートだけあり、ポッドはサトシの次に現象の正体を理解した。

 ポカブの特性、もうか。炎の力を高めるこの特性が、体力がぎりぎりになったポカブに力を与えていたのだ。

 

「ポカブ……!」

 

「カブ!」

 

「はっはっは! 熱い……! 最高に熱いぜお前ら! そんなお前らにサービスだ! バオップ、にほんばれ!」

 

「オプ!」

 

 最初にバオップが放った技、にほんばれ。高温と熱の塊を再度バトルフィールドの天井付近に展開する。

 

「さぁ、舞台は整った! 決着を着けようじゃねえか! バオップ、かえんほうしゃ!」

 

「ポカブ、ひのこ!」

 

「オプーーッ!」

 

「カー……ブーーッ!」

 

 バオップからは炎の帯。ポカブからはもうかとにほんばれで強化された、ひのことは思えない規模の大きさの炎球が発射される。

 二つの炎が激突。結果は先程負けたポカブのひのこが、今度はかえんほうしゃとせめぎ合っていた。つまり、互角だ。

 

「バププ……!」

 

「なんつー威力だ……! これがもうかで強化された炎か! ひのことは思えねえな……!」

 

「ポカブ、たいあたり!」

 

「やべえ!」

 

 ひのこはかえんほうしゃと違い、発射すれば自由に動ける。それを活かし、サトシは接近を指示。ポカブは忠実に動く。

 

「バオップ、この際受けても仕方ねえ! 受けるのを覚悟であなをほるに切り替えろ!」

 

「バオ!」

 

「かわされるか……!」

 

 バオップはまた両手を使い、ひのこが迫る中、あなを直ぐに掘り始める。

 

「――カブゥーーッ!」

 

「えっ!?」

 

「な、何っ!?」

 

 その時、全員に予想だにしない事が起きた。走るポカブの身体から炎が噴き出すと、ポカブが急に加速。

 炎を特性と天気で増幅させ、更に先に放ったひのこをも取り込み、巨大な炎の塊と化してバオップに突撃。大きく吹き飛ばす。

 

「バプゥーーッ!」

 

「バオップ!」

 

「ポカブ、ひのこ!」

 

「ポカーッ!」

 

 謎の現象に驚きは隠せないサトシだが、これは好機だ。追撃を命じ、ひのこをバオップに当てる。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 しかし、ポッドが黙っているわけもなく、反撃のかえんほうしゃを命じる。それを見てサトシは迎撃のひのこを指示。

 三度激突するも、かえんほうしゃが直ぐに破れた。しかも、バオップの姿が無く、穴が見える。

 

「かえんほうしゃを目眩ましにしてから、あなをほるを! ポカブ、下がれ!」

 

 ポカブが下がった直後、その下の地中からバオップが突き出てきた。判断が後一瞬でも遅ければ、間違いなくポカブは戦闘不能になっていただろう。

 

「なら、バオップ! もう一度あなをほる!」

 

「それを待ってたぜ! ポカブ、穴に向けてひのこ!」

 

「なっ、しまっ――」

 

 

 バオップが穴に潜る。また穴からかえんほうしゃを放ち、今度こそ決めようとしたポッドだが、サトシの指示にしまったと顔を青ざめる。

 急いで地中からバオップを出そうとしたが、その前にポカブが穴に向けてひのこを発射。穴から炎の柱が立ち上り、バオップが押し出されていく。

 

「そこだ、かみつく!」

 

「させるな! ほのおのパンチ!」

 

「……ポカブ、高く飛べ!」

 

 追撃のかみつくと反撃のほのおのパンチ。真正面ではやられるとサトシは本能的に判断し、ポカブを跳躍させる。炎の拳は空を焼くだけだった。

 

「避けられたが――貰ったぜ! バオップ、かえんほうしゃだ!」

 

 空中にいては鳥ポケモンではないポカブは自由に動けない。これで決まるとかえんほうしゃを指示。

 

「俺達の勝ちだ――ぐあっ!?」

 

「――パブゥ!?」

 

「な、何? 何が起きたの?」

 

「キババ?」

 

 ポッドとバオップが動きを見る、狙いを付けるとポカブを見上げた瞬間だった。彼等は腕で目を覆る行動を取ったのだ。アイリスや女性客達は戸惑うも、コーンとデントは何が起きたのか察した。

 

「これは……逆光!」

 

「にほんばれを利用して!」

 

 そう、跳躍したポカブの上にあるにほんばれの熱と光の塊。それを直視し、ポッドとバオップは目が眩んだのだ。そして、その隙を当然サトシとポカブは見逃さない。

 

「ポカブ、たいあたり!」

 

「ポーカー……ブーーーーッ!」

 

 ポカブが落下した直後、激突音と土煙が発生。衝撃でフィールドが少し揺れた。

 煙が徐々に晴れ、二匹の姿が露になる。そこには、満身創痍ながらもまだ立ち続けるポカブと、目を回したバオップの姿があった。

 

「カブゥ!」

 

「バ……プ……」

 

「バオップ、戦闘不能! ポカブの勝利! よって、第二試合……チャレンジャー、サトシの勝利!」

 

「よーーーしっ!」

 

「カブーーッ!」

 

 第二試合も勝利に、サトシとポカブは雄叫びを上げる。

 

「そ、そんなあ……」

 

「コーン様とポッド様が続けて負けるなんてえ……」

 

「こ、こんな事が……」

 

 続けての敗北に、女性客達は心底ショックな様だった。アイリスは場を見下ろし、ポカブがサトシの元を戻るのを眺めている。

 

「ご苦労様、ポカブ。本当に頑張ってくれたよ!」

 

「カブカブ!」

 

 サトシはポカブの奮闘に、ポカブはサトシの期待に応えれて、互いに喜びの表情を浮かべていた。

 

「カ、カブ……?」

 

 そこでポカブが力なく尻餅を付いた。激戦で疲れたのだろう。こうなっても当然である。

 

「ゆっくり休んでてくれ」

 

 サトシはポカブを休めるべく、モンスターボールに戻した。

 

「見事だったぜ、サトシ。まさか、にほんばれを利用されるなんてな。俺もまだまだか」

 

 やれやれと、残念そうなながらも、ポッドもコーンと同じくチャレンジャーの勝利を称えていた。

 

「にしても、あの土壇場でニトロチャージを使うなんて予想外だったぜ」

 

「ニトロチャージ?」

 

 あの炎を纏った技らしきものの名前だろうか。身体を回転させながら炎を放って突撃する技、かえんぐるまとは違っていたが。

 

「知らないのか? ニトロチャージは炎を纏い、突撃する技だ。自分の速度も高める効果もあるが……。どうも、さっきのは偶々使えただけらしいな」

 

 よくよく考えれば、ポカブの速さは増してなかった。おそらく追い詰められ、もうかを発動していた結果、不完全ながらもニトロチャージが出たのだろう。完全な習得ではないのだ。

 

「そっか……」

 

 新技を習得したかと思いきや、偶々だったと知ってサトシは少し残念だった。

 

「お前とポカブならその内完全に習得するさ。ゆっくり覚えていきな」

 

「あぁ、そうするよ」

 

 急いでも技は習得出来ない。ゆっくりと鍛えれば必ず覚えてくれるだろう。

 

「残る試合は後一戦。まっ、ここまで来たらデントにも勝つんだな」

 

「勿論、そのつもりだ」

 

 サトシが視線を動かす。その先にいるのは、最後の相手であるジムリーダー、デント。彼は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「二戦も戦ったんだ。少し休んでからでも僕は構わないよ?」

 

「いや、直ぐにするよ。最後の試合、受けてもらうぜ」

 

「――喜んで」

 

 デントがジムリーダー側の場所に移動。コーンが審判を務める。

 

「サトシ。君の実力は実に見事だよ。まさか、コーンとポッドに続けて勝つなんて。本当に予想外だった」

 

「どういたしまして」

 

「勝敗は決まり、君のバッチ獲得は確定した。だけど、このまま敗けっぱなしというのは、ジムリーダーとして避けたいからね。――勝たせてもらうよ」

 

 静かながらも、闘志に満ちた眼差しをデントはサトシにぶつける。

 

「そうこなくちゃ! あと、俺達はこのバトルにも勝つ! 完全勝利でバッチは頂くぜ!」

 

「ふふふ、勇ましい。――さぁ、始めようか。マイビンテージ、ヤナップ!」

 

「ミジュマル、君に決めた!」

 

「ヤプ!」

 

「ミジュ!」

 

「ミジュマル……?」

 

 最後の一匹に、サトシとアイリスとキバゴ以外、全員が怪訝な表情を浮かべる。

 

「やっぱり、ミジュマル……」

 

「キバ……」

 

 ピカチュウが出れない以上、残るは消去法でミジュマルしかない。ヤナップと相性不利のミジュマルを。

 

「草タイプのヤナップに、水タイプのミジュマル……?」

 

「あの子、続けて勝ったからって、調子に乗ってるんじゃないの?」

 

「消化試合って訳? 何それ、最悪!」

 

 女性客達からは批判の声が上がる一方、ポッドとコーンは真剣に考えていた。

 

「コーン、お前はどう思う?」

 

「彼のバトルセンスや心構えを見る限り、敵を甘く見ているからミジュマルを出した、とは程遠いですね」

 

 しかし、それにしてもミジュマルは予想外だった。ポカブは炎同士のため互角だったが、今回は完全にサトシ達の方が不利だ。

 

「この勝負を捨てた、僕を甘く見ている、という訳じゃ無さそうだね」

 

「あぁ、このミジュマルで勝つ! というかさ、相性良いポケモン出しても、それに抜群の技を使ってくるだろ?」

 

「正解。このサンヨウジムでは、タイプ相性を二重の意味で知って貰うと決めてるからね」

 

 有利なタイプを出すだけでは勝てない。それをしっかりと知ってもらうため、三人は苦手なタイプの対策を施していた。

 

「やっぱり、気付いてたな。サトシのやつ」

 

「まぁ、彼ほどのトレーナーなら気付くでしょうね」

 

 例えば、ポッドは自分との勝負時にミジュマルが出ていれば、四つの技にはソーラービームを加えるつもりだった。ポカブが出たので、あなをほるに変更していたが。

 ちなみに、コーンはヒヤップには高威力のみずタイプ技や、こおりタイプの技を覚えさせてない。

 みずてっぽうの方が連射可能、隙がなく、手頃に使える。それらの技の中に自分のバトルスタイルに合うのが無いためだ。ただ、今日の敗北を機に覚えさせようかと考えてはいる。

 

「まぁ、どちらにしても僕はサンヨウジムのジムリーダーとして全力で迎え撃つ。それだけさ」

 

 相手がどんなポケモン、戦術を繰り出そうとも、ジムリーダーとして迎え撃つ。それが自分の役目だ。

 

「これより、最終試合。チャレンジャー、サトシとデントのバトルを行います。――始め!」

 

 サンヨウジム戦、最後の試合が始まる。

 



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サンヨウジム決着

 今回は一話だけです。……あと、デントの性格を上手く表現出来たかな? あれは濃すぎる……。


「これより、最終試合。チャレンジャー、サトシとデントのバトルを行います。――始め!」

 

「先手必勝! ミジュマル、みずてっぽう!」

 

「ミジューーッ!」

 

(……あれ?)

 

 勢いよく水が放たれたが、威力が何時もより低い。どうしてとサトシとミジュマルが考えると同時に、デントが指示を出す。

 

「ヤナップ、ソーラービーム」

 

「ソーラービーム? あれはチャージに時間が――」

 

「ヤナ~……プーーッ!」

 

「――てっ、嘘ぉ!?」

 

 技の源、太陽光のチャージに時間が必要なソーラービームを、ヤナップは即座に発射。太陽の光線は高速で水の柱を容易く貫通し、ミジュマルに迫る。

 

「ミジュマル、ホタチでガード!」

 

「――ミジュ!」

 

 迫るソーラービームを、ミジュマルはホタチでガード。強烈な衝撃が伝わるも、全身に力を込めて踏ん張る。

 

「ミジュジュ……!」

 

「へぇ、ホタチで防ぐかあ。なら、ヤナップ、がんせきふうじ」

 

「ヤプ!」

 

 しかし、この間をデントが見逃す訳もない。ヤナップが力を込めた両手を地面に叩き付けると、無数の瓦礫が跳ね上がり、ミジュマルへと襲いかかる。

 

「やばい……!」

 

 このままでは、ソーラービームかがんせきふうじのどちらかがミジュマルに直撃してしまう。

 

「――ミジュマル、みずてっぽうを地面に向かって放て!」

 

 そこでミジュマルに地面にみずてっぽうを放たせる。その勢いで真上に飛び、ソーラービームを回避する。

 

「ミジュマル、シェルブレードで岩を切り裂け!」

 

「ミジュ!」

 

 ホタチを構え、水の刃を展開。無数の瓦礫を切り裂き、ミジュマルは無傷に着地。エヘンと胸を張る。

 

「やるね。あの連撃を乗り切るなんて。コーンやポッドに勝っただけはあるよ」

 

「どういたしまして。それにしても、にほんばれの影響が残っている内にソーラービームだなんて……。抜け目が無いですね」

 

「オードブルを提供しただけさ。残念ながら、ご満足はしてもらっていない様だね」

 

「そっか、にほんばれ……」

 

 見上げると目に写る天井付近にある、強い日差しを放つ熱と光の塊。これの下では、ソーラービームのチャージが瞬時に終わる効果もある。デントはこれを利用したのだ。

 とは言え、今はもうかなり小さくなっており、数秒後消滅。

 熱や光が少しずつ和らいできた。もうソーラービームの即時発射は不可能だし、水の威力も取り戻した。それらはもう気にしなくて良い。

 

「では、メーンまでの料理を提供させてもらうよ。ヤナップ、タネマシンガン」

 

「ヤプヤプ!」

 

「ミジュマル、ホタチでガード!」

 

「ミジュ!」

 

「そうくるよね。――がんせきふうじ」

 

 ヤナップの口から、無数の種が発射される。ミジュマルはソーラービーム同様にホタチでガードするも、そこにまたがんせきふうじが迫る。

 だが、それらによって発生した瓦礫はミジュマルではなく、その周囲に落下して包囲する。

 

「……当てない?」

 

「ヤナップ、上空からタネマシンガン。――周りにね」

 

「ヤプププ!」

 

 ヤナップはミジュマルではなく、包囲する瓦礫に目掛けてタネマシンガンを乱射。無数の種は岩にぶつかって跳ね返り、周りからミジュマルを襲う。

 

「ミジュマル、みずてっぽうで薙ぎ払え!」

 

「ミジュマーーッ!」

 

 みずてっぽうで無数の種を落としていくも、数が多すぎた。幾つかがミジュマルに当たって体勢を崩し、ダメージを与えながらその場に留める。

 

「ミジュジュ……!」

 

「ヤナップ、かわらわり」

 

「ミジュマル、ホタチで――」

 

「ヤプーーッ!」

 

「ミジューーッ!」

 

「ミジュマル!」

 

 力を込めた手刀をヤナップは振り下ろす。ミジュマルはホタチでガードしようとしたが、間に合わずに諸に食らって吹き飛び、岩壁に衝突する。

 

「――如何かな?」

 

(強い……!)

 

 水のように流れるトリッキーさのコーン。炎のように燃え盛るパワーのポッド。

 その二人ともまた違う、自然の緑のような深く濃密なテクニカルさ。それをデントは持っていた。彼もまた強敵なのは疑いようがない。

 

「まさかとは思うけど、これで終わりじゃないよね?」

 

「勿論だ! ミジュマル、シェルブレードでがんせきふうじの岩ごとヤナップを切り裂け!」

 

「ミジュマーーッ!」

 

「ヤナップ、かわして」

 

「ナップ」

 

 一つの線が走る。直後にがんせきふうじの岩が全て横に両断された。しかし、回避しつつ距離を取っていたヤナップは無傷だ。

 

「良い一撃だ。だけど、当たらないと意味は無いよ」

 

「……ミジュマル、みずてっぽう!」

 

「ミジュ!」

 

「単調な攻撃だね。ヤナップ、回避」

 

「ヤプ」

 

 ヤナップはスッと動いて、みずてっぽうで軽々とかわす。

 

「連続でみずてっぽう!」

 

「ミジュミジューーッ!」

 

「なら、こっちも連続で回避」

 

「ヤプヤプ」

 

 軽く動き、連続のみずてっぽうをかわしていくヤナップ。

 

「どうしたのかな? 急に深みの無い攻撃になって。そんな攻め方で、僕とヤナップを勝てるとでも?」

 

「ミジュマル、みずてっぽうを続けろ!」

 

 先のコーン、ポッドとの戦いとは全く違いすぎる攻め方に、徐々にデントはつまらなさを抱いていく。

 

「どうしたんだ、サトシのやつ。攻め方がまるっきり雑になってるじゃねえか」

 

「確かに変ですね……」

 

 単調な攻撃が無かったとは言えないが、それにしてもこれはあまりにも雑すぎる。明らかに可笑しい。ポッドもコーンも疑問を抱いていた。

 

「なーに、あれ? お粗末にも程があるじゃない」

 

「本気じゃないのよ。でないとあんな戦い方しないわ」

 

「そもそも、水タイプで挑んでいるんだし……所詮はあの程度って事ね。先の戦いも偶々勝てたに違いないわ」

 

「何やってるのよ、サトシ……。あんな攻め方で勝てる訳無いじゃない」

 

「キバ……」

 

 女性客達は怒りの、アイリスは呆れの言葉を出していた。

 

「……こんな浅い攻撃ばかりするなんてね。どうやら、僕は君を過大評価していた様だ。ヤナップ、かわらわり!」

 

「ヤー……!」

 

 やれやれと、落胆したデントは手で頭を抑えると、ヤナップに指示を出す。

 

「今だ、ミジュマル! 手前の足場にみずてっぽう!」

 

「――えっ?」

 

「ミジューーッ!」

 

 ミジュマルが手前の足元に水を放つ。みずてっぽうは地面に大きな水溜まりを作り、そこを踏んだヤナップが足を滑らせて体勢を崩す。

 

「ヤプゥ!?」

 

「シェルブレード!」

 

「ミジュマァ!」

 

 水の刃がヤナップを斬る。効果は今一つとは言え、無傷ではいられない。確かなダメージを刻んだ。

 

「更にみずてっぽう!」

 

「がんせきふうじで防御!」

 

 ここで下手に動けば大きなダメージを受ける。体勢を整えるため、ヤナップは自分の手前にがんせきふうじで展開。みずてっぽうを防ぐ。

 

「シェルブレード! 岩ごとヤナップを切り裂け!」

 

「ヤナップ、後退!」

 

 ヤナップが下がった直後、がんせきふうじの岩がまた真横に両断される。

 

「ミジュマル、その岩に向かって全力でみずてっぽう! 押し出せ!」

 

「ヤナップ、かわらわりで岩を砕くんだ!」

 

 フルパワーのみずてっぽうにより、両断された岩の一つが高速で押され、ヤナップに迫る。

 力を込めた手刀で岩を粉砕するも、その背後には水の刃を構えたミジュマルが姿を表す。

 慌てて回避をしようとしたヤナップだが、その前にシェルブレードが直撃する。

 

「ヤナップ、大丈夫かい!?」

 

「――ヤプ!」

 

 吹き飛ばされたヤナップはそれを利用し、ミジュマルから距離を取る。

 

「どうだ!」

 

「ミジュ!」

 

 一度ではなく、二度もダメージを与え、二人は不敵な笑みやドヤ顔を浮かべる。

 

「やられたよ。さっきの単調な攻撃の数々は、僕の判断を鈍らせつつ、地面に放つことを悟られない為のブラフだったとはね」

 

 どうやら、甘く見ていたのは自分だった様だ。その事実をデントは素直に受け止めた。

 

「イッツ……テイスティングタイム!」

 

「……テイスティングタイム?」

 

「出たわ! デント様のテイスティングタイム!」

 

「今日も聞けるのね!」

 

「えっ、なになに? 何が起きるの?」

 

 何がなんだがと戸惑うサトシ達を他所に、女性客達の黄色い声援を浴びながらデントはポケモンソムリエとしての評を出す。

 

「君とミジュマル……個性は強いも、残念ながら、まだまだ一体感のある味わいではないと言わざるを得ないね」

 

「な、なんだと!?」

 

「君の意志はとても素晴らしく、熱い。ミジュマルからは君への強い信頼を感じる。一件、非の打ち所がないように見えるが……悲しいかな、ミジュマルが君に追い付いていないのさ。その証拠に……」

 

 デントは手を裏返した状態で、ピッと人差し指をミジュマルに向ける。肩で息をするほどに消耗しているミジュマルを。

 

「ミジュマルは既に相当な消耗をしている。君の力量に付いていけてない、何よりの証さ」

 

「ミジュマル……!」

 

「ミジュ! ――ミ、ミジュ……?」

 

 サトシの指示に、ミジュマルは必死に従っていたが、それゆえに体力を酷く消耗していた。

 特に連続のみずてっぽうは疲労されるのに充分。こうして今、何もないのにふらついてしまうほどに。

 

「それを見ても、君達がまだ最近始まったばかりの関係だと分かる。マメパトやポカブもね」

 

 前の二匹の消耗には、サトシの力量との差も影響していたのだ。二匹はそれが表面化する前に決着した為に感じなかっただけ。

 しかし、ミジュマルは苦手な属性で戦っており、その差を埋める戦術を用いたために影響が早く出始めたのだ。

 

「苦手な相性のヤナップにここまで奮闘したこと自体、実に見事だよ。先の二勝を見ても、君のトレーナーとしての能力の高さは疑いようがない。しかし、ポケモンは別なのさ」

 

 サトシのトレーナー能力は、ポケモンリーグに参加できるレベル。それと、初心者用のポケモン。差があって当然だった。

 

「……ミジュマル、まだ行けるか?」

 

「――ミジュ!」

 

 ここまで戦っているのに、負けたくない。自分の為にも、自分を勝たせようと必死に指示してくれるサトシの為にも。

 ミジュマルは疲れた身体に渇を入れ、しっかりと立つ。

 

「俺達はまだ、戦える!」

 

「ミジュジューーッ!」

 

「深緑を思わせる濃さ、猛火の如き熱さ、また真水の様な清らかさも感じさせる……。ふふふ、実に、実に味わい深いテイストだよ」

 

 これが短期間での作り上げたとは、とても思えない絆だ。

 

「コーンとヒヤップの流れを超える対応力、ポッドとバオップの熱さを上回る闘志……。サトシ、ミジュマル、君達はこのバトルで僕とヤナップの深さを凌ぐ力を発揮出来るかな?」

 

「超えて見せる! なぁ、ミジュマル!」

 

「ミジュ!」

 

「では、僕とヤナップは全力でその想いに応えよう! ヤナップ、タネマシンガン!」

 

「ヤプ!」

 

「ホタチでガード!」

 

「がんせきふうじ! 但し手前にかつ、大量に!」

 

 ミジュマルは種の乱弾をホタチでガード。ヤナップがその隙にがんせきふうじを発動するも、展開されたのはヤナップの手前、しかも壁の様に積み重ねていた。

 

「何で手前に……?」

 

「こういう事さ。ヤナップ、ソーラービーム!」

 

「ヤナ~……!」

 

「しまった! 時間稼ぎの為の!」

 

 発動までのチャージ時間を稼ぐために、がんせきふうじを展開して盾にしたのだ。このままでは不味い。

 

「ミジュマル、シェルブレードだ!」

 

「ミジュ!」

 

 発動を潰すべく、ミジュマルはホタチに纏わせた水刃を振り回し、瓦礫を次々と両断。ヤナップまでの道を切り開いた。

 

「貰った! シェルブレード!」

 

「ミジュマ!」

 

 チャージは完了していない。ここで決めると、ミジュマルは水の刃でヤナップを切り付けた。

 

「良し――」

 

「掛かったね」

 

「ナー……!」

 

 しかし、ヤナップは怯まない。太陽の光のチャージを続け――完了した。

 

(しまっ、た……!)

 

 デントは最初から、これを狙っていたのだ。ミジュマルを誘い出し、至近距離で確実にソーラービームを命中させる為に。

 

「これで終わりだよ。――ソーラービーム!」

 

「――プゥーーーッ!」

 

「ミジュマル! シェルブレード!」

 

「ミジューー……マーーッ!?」

 

 太陽のビームと水のソードが激突する。しかし、属性は不利、威力でも劣るシェルブレードは三つ数える時間の間に掻き消され、ソーラービームはミジュマルにまともに直撃。

 ミジュマルはホタチと共に、地面に何度もバウンドしながら大きく吹き飛ばされ、最後は地面に力無く倒れた。

 

「ミジュマルーーッ!」

 

「ち、直撃……!」

 

「キバー……!」

 

 キバゴは思わず目を塞ぎ、アイリスも女性客達はミジュマルの敗北を確信する。

 

「……こりゃ、決まったな」

 

「えぇ、あの近距離でまともに喰らえば……」

 

 草タイプの中でも、最高クラスの威力を持つソーラービームを、苦手な水タイプがまともに受けたのだ。

 コーンやポッド、サトシやピカチュウさえも敗北だと、そう思わざるを得なかった。

 

「残念だけど、僕たちには一歩及ばなかったね。だけど、恥じることは無いよ」

 

 苦手なタイプ、トレーナーとポケモンの力量差、まだ短い期間の繋がり。それらを考えれば、大健闘と言えるだろう。デントはサトシに見事と褒め称えた。

 

「審判、コールを」

 

「えぇ。ミジュマル、戦闘――」

 

「ミ……ジュ……!」

 

 コーンがデントの勝利を告げようとした、正にその時だった。瀕死だったはずのミジュマルが動いたのだ。

 

「ま、まさか……!? ソーラービームの直撃を受けてまだ……!?」

 

「ヤ、ヤナ……!?」

 

 デントとヤナップに信じられない物を見る眼差しを向けられる中、ミジュマルは満身創痍の身体をゆっくりと、辛うじて起こし、運良く近くにあったホタチを掴む。

 しかし、痛みと疲れでふらふら。今にも倒れそうだ。

 

「ミジュ……! ミジュ……!」

 

「ミジュマル……!」

 

「おいおい、マジかよ……」

 

「偶々、ではありませんね」

 

 おそらく、先程のシェルブレードがソーラービームの威力を削り、体力をぎりぎり残す要因になったのだ。あの判断が無ければ、ミジュマルは確実に倒れていただろう。

 

(けど……!)

 

 これは瀕死寸前だ。攻撃も、一度か二度が限界だろう。こんな状態でまだ戦わせるのか。サトシにはその迷いが有った。

 

「ミジューーー……マーーーッ!!」

 

「水……!? これは……!」

 

 ミジュマルの周囲から、天を貫き、また全てを飲み込み、流し尽くすような激しい水柱が立ち昇る。

 その力の余波に、サトシは皮膚がピリピリと震えるのを感じた。

 

「『げきりゅう』……!」

 

 ポカブと同じく体力が残り少ない時に発動する、言わばもうかの水タイプ版の特性、げきりゅう。それがこの極限状態で起きたのだ。

 

「……ミジュマル。最後まで戦いたいか?」

 

「ミジュ!」

 

 しかし、この特性が発揮されても尚、サトシには迷いが残っていた。だからこそ、ミジュマルに問い掛けた。

 そして、ミジュマルはその問いに頷いた。ここまで来たら最後の最後まで足掻きたいのだ。

 

「なら――行こう!」

 

「ミジュ!」

 

 ミジュマルはまだ、戦いを諦めていない。ならば、自分は彼のトレーナーとしてその意志を尊重し、また勝たせるように最後まで指示を考える。たったそれだけだ。

 

「最後の勝負という訳だね。良いだろう、ならば最強の一撃で倒すのがマナーというもの。ヤナップ、ソーラービーム!」

 

「ヤナ~……!」

 

 ここまで来て戦いを諦めない彼等を、小手先の技で倒すのは失礼極まりない。最大の一撃こそ相応しい。

 ヤナップは三度、ソーラービームのチャージを開始。太陽光を吸収していく。

 

「ミジュマル――シェルブレード」

 

「ミジュマーーーッ!!」

 

 みずてっぽうでは、げきりゅうが発動していてもソーラービームには勝てない。体当たりは無理がある。ならば残るは一つ。

 シェルブレードのみとサトシと水のように静かに決め、指示を伝える。

 ホタチから水の刃が展開される。しかし、その大きさは今までとは一回りも二回りも、いやそれをも優に凌駕していた。

 

「で、でけえ!」

 

「何て大きさ……!」

 

 それは正に全てを流し、切るかの如しの水刃。今持てる全てを注ぎ込んだ最大にして最後の一撃。

 

「ミジュマル、まだだ」

 

「ミジュ……?」

 

「お前の刃は、何時もそうだったか?」

 

「……」

 

 違う。何時も振るう刃はこれではない。

 

「その水を、力を極限まで圧縮して、最強の刃を作り上げろ。ミジュマル!」

 

「――ミジュゥ!」

 

 水の刃がミジュマルの意志に呼応し、渦巻き出す。大きさは徐々に縮むも、その力と威力は反比例して高まっているのを全員が察していた。

 

「ミジュー……!」

 

「ヤナー……!」

 

 水の圧縮、光の吸収が続く。それが終わったのは単なる偶然か、或いは必然か。同じタイミングだった。

 

「斬り裂け、ミジュマル!」

 

「ヤナップ、発射!」

 

「ミジュ~……マーーーッ!!」

 

「ヤナ~……プーーーッ!!」

 

 数秒も経たない内に、激流の水刃と太陽の光線がぶつかり合う。属性、本来の威力で考えれば、勝つのがどちらかかは一目瞭然。

 

「ミジュー……マァアァ!!」

 

 しかし、極限まで引き出され、圧縮された水刃は属性不利も威力差も超え、光線を真っ二つに両断する。

 

「ソーラービームを……切り裂いた!?」

 

「行っけぇ、ミジュマルーーッ!」

 

「ミジューーーッ!!」

 

「ヤナップ、かわらわり!」

 

「ヤナプゥーーーッ!!」

 

 雄叫びを上げる二匹と共に、水刃と手刀が交錯。その後、極限まで張り積めた空気で満たされたバトルフィールドは無音となる。

 ドクン、ドクンと、高鳴る心臓の鼓動音がサトシとデントの耳に嫌に響き、汗で服を濡らす。

 そんな時間が数秒か、数十秒か、数分か、どれだけ経ったか分からないその時、遂に結果が訪れる。

 

「ミ……ジュ……」

 

 ぐらついたのは――ミジュマルだった。身体が傾き、ホタチを落とす。

 負けた、そう思ったサトシだが、ミジュマルは最後の力を振り絞り、踏ん張ってヤナップを睨み付けた。

 

「ヤ……ナ……プ……」

 

 直後、ゆっくりとスローモーションの様に、ヤナップは体勢を崩し――地面に倒れ込んだ。目を回して。

 

「ヤナップ、戦闘不能! ミジュマルの勝ち! よって、最終試合――チャレンジャー、サトシの勝利!」

 

「……勝っ、た?」

 

 その事実を認識するのに、サトシは十数秒の時間を有した。

 

「勝った……。勝ったんだ! ――よっしゃーーーっ!!」

 

 完全勝利。それをしっかりと認識したサトシだが、真っ先にミジュマルの側まで駆け寄り、強く抱き締めた。

 

「ミジュマル、ありがとう!」

 

「ミ、ミジュ~……。――ミジュッ!」

 

「あっ、ごめん。大丈夫か?」

 

「ミージュジュ!」

 

 何のこれしきと、ミジュマルは笑顔を向ける。ただ、あちらこちらが痛いのか、直ぐに表情が歪む。

 

「あぁごめん、ミジュマル!」

 

 感激の余り、思わず抱き締めてしまったが、今はミジュマルにはキツイはずだ。サトシは謝りながらゆっくりと下ろす。

 ミジュマルは激戦の疲れを休めるように、地面に仰向けになった。

 

「見事だったよ。サトシ」

 

 激戦に敗北したデントだが、先の二人同様、清々しい表情を浮かべていた。

 

「デント」

 

「まさか、あの場面から逆転されるなんてね」

 

「だけど、決して運任せじゃねぇ」

 

「えぇ、ミジュマルの奮闘も勿論必須でしたが、君の戦術も有っての勝利でした」

 

「一度の効果は薄くとも、シェルブレードでヤナップの防御力を下げる。その戦術が無くては、勝てなかっただろうね」

 

「あはは……バレてた?」

 

「勿論」

 

 シェルブレードには、相手の防御力を下げる効果がある。サトシがこの技を多用した理由はここにあった。

 あの最大威力のシェルブレードでも、あれだけでは勝利は無かった。事前に防御を何度も下げたからこそ、必殺の一撃と化したのだ。

 

「ポケモンとトレーナーの、限界を超えた力を発揮する見事なテイスト。僕の――いや、僕達の完敗だよ」

 

「サトシくん。これがこのジムを攻略した証」

 

「また、俺達三人に見事勝利した証――トライバッジだ」

 

「君に是非とも、受け取って欲しい」

 

 デントに差し出された、青、赤、緑の三色の菱形が繋がったような形のバッジ、イッシュ地方最初のジムを攻略した証、トライバッジをサトシは受け取ると、高く掲げた。

 

「トライバッジ……ゲットだぜ!」

 

「ポー!」

 

「ポカポカ!」

 

「ミジュー!」

 

 サトシのポーズに、勝利に貢献した三匹は疲労困憊ながらも、彼に同調した喜びの声を上げる。

 

「ピカ~……」

 

 一方、体調不良で仕方ないとは言え、勝利に貢献出来なかったピカチュウは少し不満な様子。しかし、親友が勝ったのは素直に嬉しいので直ぐに引っ込めたが。

 

「あぁ……デント様まで敗北するなんてぇ……」

 

「気持ちは分かるけど……こうなった以上は、あの子の勝利を讃えるべきよ」

 

「そうそう、じゃないとあの子だけじゃなく、三兄弟様にも失礼だもの」

 

 ファンとしては、三兄弟の全敗北は確かに悔しい。しかし、だからと言ってその事実を認めないのはサトシの、引いては彼等の戦い振りを貶すと同意義。

 女性客達はパチパチと、サトシとポケモン達に勝利を讃える拍手を送った。

 

「ありがとうございます。――アイリス、勝ったぜ!」

 

 拍手に頭を下げたサトシは、アイリスにどうだと言わんばかりにバッジを構える。

 

「あのね~、そもそも一人に勝てば良いバトルだったのよ? それなのに、手間と負担の掛かる全員を選んだんだから、勝てなきゃ情けないわよ」

 

「キバキバ」

 

 そう告げるアイリスと、確かにと頷くキバゴだが、突如寒気がした。右を見ると、女性客達が自分達を睨んでいるのに気付いた。

 

「なによ、あの子。自分は戦っても無いくせに……」

 

「というか、勝ってなきゃ情けないって……何様のつもり?」

 

「三兄弟様が負けて当然って訳?」

 

「それって、三兄弟様やあの子の頑張りも馬鹿にしてるのと同じじゃない」

 

「じゃあ、自分が戦って勝ってから文句言いなさいよ」

 

「そうよ。終わった勝負にケチ付けるんじゃないわよ」

 

「あっ、いや……。そういうつもりじゃ……。――し、失礼します!」

 

 批判に満ちた眼差しを向けられ、アイリスは逃げる様にその場を離れた。

 

「あらら」

 

「む~……」

 

「とにかく、お疲れ様。ポケモンセンターでゆっくりしてほしい」

 

「そうだな。そうするよ」

 

 デントの言う通り、三匹を回復させようとサトシはポケモンセンターに向かう。

 

「……」

 

 少年の後ろ姿に、デントは何かを考えるように顎に手を置いていた。

 



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夢の跡地の二匹

「ここが、夢の跡地か」

 

 ボロボロに壊れた建物ばかりが写る、廃墟と言って場所。夢の跡地。そこにロケット団がいた。

 

「ここである者達が、未来のエネルギーとやらを開発していたのね」

 

「にしても、ボロボロにも程があるにゃ」

 

 夢の跡地と呼ばれるこの地ではかつて、とある研究が行われていた。しかし、現状の無惨な様子を見れば、その研究が失敗に終わったのは容易に推測出来るだろう。

 

「まぁ、ここがどんな場所で、今がどうかなんてどうでも良いわ。任務開始よ」

 

「あぁ」

 

 鞄から複数の部品を取り出し、組み立てて一つの装置にしていく。

 

「システム起動。エネルギーの痕跡を検出し、そのデータを本部に送るわ」

 

 ニャースが装置本体の起動をし、装置が動き出す。二枚のパネルを地面に向け、特殊な波を送って調べながら移動する。

 

「これは……早速来たか!」

 

 調査を開始してから直ぐに、装置が対象のエネルギーを感知。同時に周りの景色がピンク色に染まり出し、何かの波が鼓動の様に発生する。

 

「大きくなって行くにゃ……」

 

 それは徐々に強くなっていく。そして、その場所の一ヶ所にいるあるポケモンが目を開いた。

 

 

 

 

 

「お願いしまーす!」

 

 一方のサトシ。ジム戦が終わり、戦ったマメパト、ポカブ、ミジュマルを治療しようと、ポケモンセンターで三体が入ったモンスターボールをケースに置く。

 

「はーい」

 

 そこに、このポケモンセンターで務めるジョーイがやってきた。

 

「あれ? カラクサタウンでも会いましたよね?」

 

 カラクサタウンのジョーイと全く同じ顔であり、サトシは同一人物だと判断した。

 

「カラクサタウン? あぁ、あの子は私の妹なの」

 

 ジョーイが近くに置いてある写真立てをサトシに見せる。

 

「この子がカラクサのジョーイ。で、こっちが私」

 

 ジョーイが微妙に違うでしょと言いたげに説明するも、サトシからすれば差が分からなかった。

 

「あはは……やっぱり、皆そっくりなんだ……」

 

 他の地方でも同じ事が有ったため、サトシは苦笑いを浮かべる。

 

「宜しくね。あと、その子ピカチュウよね? 珍しい子を連れてるのね」

 

「俺達、カントーから来たんです」

 

「そうなの。遠くからようこそ。ちなみに、ジム戦は明日?」

 

「ジム戦はもう終わりました」

 

「……デント?」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはデントがいた。

 

「彼、強いんですよ。僕達三人と戦って、全試合に勝利したんです」

 

「彼等三人に全勝? 凄いのね、君」

 

 この街のジョーイとして、当然ジムリーダーのデント達の事は良く知っている。その彼等に全勝したのだ。彼女が驚いていも仕方がない。

 

「ポケモン達が頑張ってくれたからです。ですから、治療お願いします」

 

「分かりました」

 

 ジョーイはボールを丁寧に持つと、奥へと入っていた。

 

「ところでデント。何でここに? ヤナップの治療?」

 

「それ自体は済ませてるよ。用が有るのは――君さ」

 

「俺?」

 

「そっ、君が良ければ話をしてもいいかな?」

 

「俺なら構わないよ」

 

「じゃあ、立ったままもなんだから、座って話そう」

 

 サトシ達はロビーの端の席に座ると、デントが話を持ち出す。

 

「今日は実り多い、実に良いバトルだった。トレーナーがポケモンの力を引き出し、ポケモンがトレーナーの指示に見事に応える。その関係の強さと魅力さに酔いしれたよ」

 

「そ、そう言われると少し照るな……」

 

「ふふふ、謙遜しなくていいよ」

 

 サトシとしては、トレーナーの役目を果たしただけと思っているので、褒められると照れてしまう。

 

「ポケモンソムリエとしても、またジムリーダーとしても後学に役立てようと、君に聞きたい事が有るんだ」

 

「俺で良ければ――」

 

「じゃあ早速。どうやったら、君の様にポケモンの香りや持ち味を限界以上に引き出せるんだい?」

 

 メモ用の手帳とペンを用意し、サトシに詰め寄るデント。

 

「僕もジムリーダーとして、挑戦者を迎え撃つために、ポケモンの味を百%発揮させることは常に心掛けているつもりさ。だけど、君は百%以上を引き出した。その為の調理法の秘密を是非とも知りたいんだ!」

 

「え、えーと、正直分かんないかな。ただ、常に挑むことを忘れず、あらゆる物を上手に使って、指示するって心掛けてるぐらい……かな?」

 

「危険を恐れずに新たな味を見出だし続ける。また、あらゆる調味料を程好いタイミングを使い、深さを引き出す。なるほどなるほど……」

 

「あはは……」

 

 テイスティングの時にも思ったが、デントは少し変わっているようだと、サトシは思っていた。

 

「――おや、サトシくんじゃないかい?」

 

「ゾロ」

 

「ジカ」

 

「えっ、Nさん!?」

 

 そこに一人の少年がやってきた。カラクサタウンで出会った、不思議の雰囲気を持ち、ゾロアを連れた人物、Nだ。今回はゾロア以外にもシキジカもいる。

 

「知り合いかい?」

 

「いや、カラクサタウンで一度会っただけだから、知り合いって程じゃないかな?」

 

「そうだね。今日が二度目だし、知人ではないよ。ただ、折角こうして再会した訳だし……ボクも同席して良いかい?」

 

「構いません」

 

「僕も良いですよ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 デントが奥に移動し、さっきまで自分が座っていた席にNを案内する。

 Nがそこに座ると、ゾロアは彼の隣のソファに、シカジカはその逆の隣で腰を下ろした。

 

「Nさん。このシキジカは……」

 

「近くで仲良くなってね。少し間、一緒にいることにしたんだ」

 

「そうだったんですか」

 

 前のやり取りから、このシキジカも野生なのだろうとサトシは推測した。

 

「ところで、キミは?」

 

「自己紹介を。サンヨウジムのジムリーダーの一人、デントと申します」

 

「ジムリーダー」

 

「何か?」

 

「いや、ちょっとね」

 

 露骨な不快感を出すNだが、少し考えたあと、デントに訪ねる。

 

「デントくん。一つ質問して良いかな?」

 

「僕で良ければ」

 

「キミはポケモンバトルについてどう思う?」

 

「ポケモンバトルについて、ですか?」

 

「そう」

 

 デントからすれば、当たり前の答えしかない問い。それだけに戸惑うも目の前の青年の瞳には真剣さしかなく、冗談やからかっていないのは明白。それゆえ自分が思っていることを口にする。

 

「トレーナーとポケモンの関係を深め、また力と心を鍛えるもの。そう思っています」

 

 真剣な表情で告げたデントだが、Nの表情に変化は無く、またゾロアに至っては呆れた様子である。

 

「ポケモンを傷付ける、野蛮な戦い。そうは思えないかい?」

 

「野蛮、ですか?」

 

「そう。だって、勝つには相性や強さを意識する必要がある。となれば、当然その時に適したポケモンを野生から捕まえなくてはならない。無理矢理に」

 

 Nは偏見があるとは自覚しているが、それでもポケモンバトルを人が満足するためにポケモン同士を傷付き合う、娯楽という風にしか見ておらず、はっきり言って嫌いなのだ。

 その戦いの一つ、ポケモンジムのジムリーダーには嫌悪感を抱いていた。リーグも同様である。

 

「それにキミだって、今の手持ちを戦って捕まえただろう?」

 

「……えぇ」

 

「そんな人が優先的な今の関係が、本当にポケモン達の為になるのかな? 人とポケモンはもっと、対等に生きていくべきではないのか――ボクはそう思っている」

 

「……一理はありますね」

 

 今の世に対した、辛辣な批判ではあるものの、決して間違っているかと言えば否である。ポケモンバトルに関しても、否定は出来ない。

 

「しかし、にしてはあなたもポケモンを連れていると言うのは矛盾していませんか?」

 

「ボクは彼等を力で連れてはいない。モンスターボールも使っていない」

 

 これには、デントも流石を隠せない。何しろ、自分のポケモンにしていないのだから。しかし、そうだとすれば彼の主張に矛盾は無い。

 

「どうかな?」

 

「なるほどと思いました。しかし、先程のバトルや捕獲に関しても、納得しているポケモンもいます」

 

「だろうね」

 

 ポケモン達は、戦いに対する本能が強いのが多い。この為、ゲットされても納得することや、バトルを望むことはある。

 

「だけど、人がそれぞれ違う性格をしているように、ポケモンの中にはバトルやゲットを嫌がるのもいるだろう」

 

「それについても、否定出来ないところですね……」

 

 事実、そんな性格の彼等に会ったことは何度もあるのだから。そんなデントの態度にゾロアが嘲笑を浮かべていた。

 

「しかし、今のままだからこそ、物事がスムーズに解決出来る事態が有るのも事実です」

 

「例えば?」

 

「野生のポケモン達が暴れ、鎮める時には彼等の力が無くてはどうにもなりません」

 

「彼等の『声』を聞けば、力が無くても問題は解決出来るはず」

 

「聞けても、彼等に聞く気がなくては意味が無いのでは?」

 

「……確かにね」

 

 確かに、『声』が聞ければ問題を解決しやすくなる。しかし、『声』が聞こえたからと言って、全ての問題が解決するかと言えば否だ。

 相手にその気がない、愉快犯だった、邪悪な性格のポケモンだった場合、力で直ぐに退治しなければ被害は瞬く間に広がってしまうだろう。それを防ぐには力は確かに必要だ。

 

「それに、彼等といるからこそ、僕達は武器を使わなくても済む。今の関係は言わば、無益な争いを防ぐための秩序とも言えるかもしれません」

 

「秩序、か」

 

 それも確かに一理ある。ポケモンバトルというルールが存在するからこそ、ポケモンと人の揉め事こそは有れど、争いは無い。

 捕獲も多くはしても大量にはない。一度戦える数が決まっているため、意味が薄いからだ。やるのは金儲けを企む悪人ぐらいだろう。

 

「だけど、その秩序の為に一部のポケモンに皺寄せが寄っているのかもしれない。それは正しいのかな?」

 

「そう言われると、僕も実に悩ましい所です。ジムリーダーとしても、一人の人間としてももっと考え、努力して行きたいと思います。今以上に互いの関係を良くするために。――これで僕の意見です。どうでしょうか?」

 

「参考になったよ。キミと話せて良かった」

 

「こちらこそ、考えさせられる内容に感謝します」

 

 先程まで少々険悪だったが、今ではそんな雰囲気はなく、二人は握手していた。

 そんな二人にサトシとピカチュウは良かったと笑顔になり、ゾロアは渋々だが、納得の態度だ。シキジカはそもそも、赤の他人なのでゆっくりしている。

 

「サトシくん。お預かりしたポケモン達は元気になりましたよ~」

 

「ごめん。ちょっと迎えに行ってくるよ」

 

 コミカルな音がし、次のジョーイの言葉が聞こえた。サトシが先に一階に着くと、あるポケモンに運ばれたカートの上にいるマメパト、ポカブ、ミジュマルと対面した。

 

「皆、元気になったな」

 

「ポー」

 

「ポカ」

 

「ミジュ」

 

「タブンネ~」

 

 ポケモン達に混ざり、聞いたことのないポケモンの鳴き声がした。

 見ると、大きな耳が特徴で、ピンクと肌色の肌をした可愛らしいポケモンが三体が乗るカートを運んでいた。

 

「このポケモンは……」

 

「タブンネさ。ポケモンセンターでジョーイさんお手伝いをしているんだ」

 

「タブンネはその耳でポケモンの健康や感情を把握する事が出来る。それに、ポケモンを癒す技も覚えれる。ここには最適のポケモンだろうね」

 

「どれどれ……」

 

『タブンネ。ヒヤリングポケモン。大きな耳をポケモンに当てると、健康状態や感情まで感じ取る事が出来る』

 

「凄いんだなあ」

 

 正に、ジョーイの手伝いとして最適のポケモンである。

 

「――ジョーイさん!」

 

「アイリス?」

 

「どうしまし――そのキバゴ……」

 

 そこにアイリスがポケモンセンターに入って来た。胸にはピンク色の光に包まれ、寝ているキバゴを抱えている。

 

「外で突然大量に出てきた変なピンク色の光を浴びて、こうなっちゃったんです!」

 

「これは……!」

 

 アイリスが説明すると、Nがキバゴに近付いて具合を確かめる。

 

「あ、貴方は?」

 

 アイリスにとっては初めての人物のため、無意識に警戒する。

 

「Nさんって言うんだ。それよりも、Nさんはこれを知っているんですか?」

 

「少しだけ。でも、どうして……?」

 

「あの、知っているのなら治せませんか!? お願いします!」

 

 よく知らない相手だが、サトシとは知り合いそうなので問題はないだろう。また、原因を知っていそうなため、アイリスはNに助けを求めた。

 

「ごめん。これを治すにはムンナかムシャーナじゃないと……」

 

「そんな……!」

 

「ムンナとムシャーナ?」

 

 サトシはキバゴを助けるため、情報を知ろうとポケモン図鑑で検索する。

 

『ムンナ。夢喰いポケモン。人やポケモンの夢を食べた後、身体から出す煙にその夢を写し出す事が出来る』

 

『ムシャーナ。夢現ポケモン。ムンナの進化系。食べた夢をおでこから漏れた煙で実体化させる』

 

「この二匹なら、治せるんですね?」

 

「うん。夢の跡地にいれば良いんだけどね……」

 

「夢の跡地?」

 

「ここから、北西にある場所の事だよ。確かにそこではムンナの目撃情報があった」

 

「だったら、直ぐに――」

 

 アイリスが夢の跡地に向かおうとした時、ポケモンセンターまた一人入って来た。性別は女性で白衣を着て、眼鏡を掛けている。そして、その隣には――ムンナがいた。

 

「やっぱり……!」

 

「それ……ムンナ!」

 

「ムンナ、キバゴを起こしてあげて」

 

「ム~ンナ~~」

 

 女性の指示に従い、ムンナが口を開けるとキバゴに覆う光がムンナの口内に吸い込まれていく。

 ムンナは光を吸い尽くすと、食べ物を味わうように口を三度ムグムグ動かす。

 すると、花柄の身体の模様がピンク色に光り、薄い紅色の煙がおでこから出てきた。

 

『キバキバ~』

 

「これは……」

 

「キバゴが見ていた夢よ」

 

 直後に光が消えてキバゴは目を覚まし、サトシ達と一緒にその夢を見る。

 すると、キバゴの身体が白い光に包まれ、二倍ほどある身体と手足、長く太い牙を持つポケモンへと変化していく。

 

『キバーー……! ――オノンド……!』

 

「進化した?」

 

「オノンド。キバゴの進化系よ」

 

「キバキバ」

 

 アイリスが説明し、彼女の腕の中でキバゴが手を出す。そうなりたいと告げるように。

 

『オノー……! ノノークス』

 

「オノノクス。キバゴの最終進化系」

 

 夢はまだ続き、オノンドが更に光ると、黄色と濃い目の灰色のスマートながらも堅牢そうな身体に、口からの刃を思わせる二枚の灰と赤の牙。キバゴの最終進化系、オノノクスだった。

 とそこで、夢が終わったように煙が散り、大気に消えていった。

 

「あれはキミの夢なんだね。それにしても――オノノクス、か……」

 

「Nさん?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 キバゴの夢を見て、Nが意味深げにかつ小声でオノノクスの名を呟いた。サトシが尋ねるも、Nは何でもないと返す。

「ところで、貴女は?」

 

 デントが名前を尋ねると、女性は令嬢の様にスカートを持ち、自己紹介する。

 

「皆さん初めまして。私はポケモンの不思議な力を研究する、夢見る乙女、マコモ博士と申します」

 

 その名前にいち早く反応したのは、Nだった。

 

「貴女がマコモ博士?」

 

「Nさん、マコモ博士を知っているんですか?」

 

「ある程度だけ」

 

「そう……。じゃあ、研究の結果についても?」

 

「はい」

 

 その返答に、マコモは少し暗い表情になるも仕方ないと受け入れた。

 

「だけど、今はこの事態を収拾する方が先決。違いますか?」

 

「貴方の言う通りだわ」

 

「と、とりあえず……今はどうなっているんですか?」

 

「そうね。貴方達にも話しておくわ。先ずは外に」

 

「だけど、光を浴びたらまた寝ちゃうんじゃあ……?」

 

「それなら大丈夫だよ。シキジカ、ポケモン達になやみのタネ」

 

「シキ!」

 

 Nが頼むと、シキジカは口から種を出し、ピカチュウ達の前でポンと炸裂させて花粉を浴びせる。

 

「これは?」

 

「なやみのタネ。ポケモンの特性を一時的に『ふみん』にして、眠らなくさせるんだ」

 

「そんな技が……。って、さっきこの技を使えば良かったんじゃ?」

 

 そうすれば、わざわざムンナが来るまでを待つ必要が無かったはず。

 

「寝ている状態に使うと、身体に負担が掛かるんだ。特にこのキバゴの様に身体が小さいポケモンには大きい。だから、出来るだけ避けたかった」

 

「そうね。先の眠りは特殊な力によるもの。無理にすると負担も大きいでしょう。彼の判断は正しいわ」

 

 ポケモンの身を重んじるNからすれば、直ぐになやみのタネを使うのは躊躇いがあった。

 

「とにかく、対策も出来たことですし、外へ」

 

 外に出ると、サトシ達は街一帯に拡がるピンク色の煙、降り注ぐ同色の光が見えた。

 

「アイリス、これが?」

 

「うん、これからの光を浴びてキバゴが眠っちゃったの。今は大丈夫?」

 

「キバ」

 

 今は特性が不眠になっているため、キバゴは勿論、ピカチュウ達も眠く無かった。

 

「けど、これは一体……」

 

「これはおそらく、ムシャーナの夢の煙が作り出したものだわ」

 

「ムシャーナって、確かムンナの進化系ですよね?」

 

「えぇ」

 

「ムシャーナもムンナ同様、夢の煙を作れるポケモンなんだ」

 

 マコモが肯定し、Nが説明する。

 

「――そこの君達」

 

「ジュンサーさん?」

 

 そこに一台のパトカーがサトシ達の前で止まり、ジュンサーが出てきた。

 

「ポケモン達を直ぐにモンスターボールに」

 

「どういうことですか?」

 

「この光のせいで、街中でポケモン達が眠ってしまっているの。だから早く」

 

「それなら大丈夫です。この子達は今、なやみのタネでふみんになっていますので、影響は受けません」

 

 眠り対策のため、ジュンサーはピカチュウ達にモンスターボールに入ることを勧めるも、すでに対策をしているとNが説明する。

 

「そうなの?」

 

「はい。それに彼のピカチュウは、モンスターボールに入るのが苦手なんです」

 

「えっ、そうなの、サトシ?」

 

「あぁ、それで俺のピカチュウは何時も出てるんだ」

 

「それはまた珍しい」

 

 サトシのピカチュウがモンスターボールに入るを嫌うのもそうだが、サトシと一度しか会っていないNがその事を知っている。

 それもデントは気になっていたが、サトシが話したのだろうと推測した。

 

「ところで、ムンナは大丈夫なんですか?」

 

 ピカチュウ達と違い、ムンナはなやみのタネを受けていない。この煙で寝てしまうのではとサトシは考えていた。

 

「大丈夫よ。ムンナとこの光は惹かれ合ってるから」

 

 ムンナは既にかなりの量の光を浴びているが、全く眠る様子はない。

 

「この煙と光、どうやったら収まるんでしょうか……」

 

「その鍵は多分……」

 

「夢の跡地、ですね」

 

「夢の跡地……さっき言っていた場所」

 

「とりあえず、解決するためにも行きましょう。ただ、このパトカーには私を含めて、四人までしか乗れないわ」

 

「となると誰が乗るかだけど……」

 

 先ず、研究者のマコモは必須だ。次に実力的にジムリーダーのデントもいた方が良い。後は二人だが。

 

「では、サトシとNさんに同行をお願いしては? サトシは僕達ジムリーダー三人に勝利する実力の持ち主。Nさんは多少なりとも事実を知っている。また、なやみのタネを使えるシキジカを連れています。いた方が良いかと」

 

「決まりね」

 

「……あたしは待機ってことね」

 

「仕方ないわ。それに、万一の為にもキバゴと一緒にポケモンセンターで待機した方が安全よ」

 

 確かに、キバゴの事を考えるとポケモンセンターで待っていた方が良い。アイリスはその提案に頷いた。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

 こうしてジュンサー、サトシ、デント、N、マコモの五人がパトカーに乗り、夢の跡地へと向かう。

 

「ところで、デント、Nさん、マコモ博士。そもそも、夢の跡地ってどんなところなんですか?」

 

「僕が知っているのは、町外れの廃墟と言うことと、数年前には何らかの研究が行われていたが、事故で大爆発を起こした。この二つだよ」

 

「正解よ、デントくん。あそこはかつて、ポケモンエネルギー研究所と呼ばれていたの。そこではムシャーナの夢をエネルギーに返還する研究が行われていたわ。私もその一人」

 

「夢をエネルギーに……?」

 

 夢への特別な力を持つポケモンとは言え、そんなことが可能なのだろうか。

 

「えぇ、その研究が完成すれば、そのエネルギーは究極のクリーンエネルギーとして、多大な貢献を世にもたらすはずだったわ。何しろ、エネルギーの元は人やポケモンが作る夢」

 

 際限なく、尚且つ、デメリット無しに生み出せるエネルギー。確かに、成功すればエネルギー革命すら起こせただろう。

 

「だけど……」

 

「何かあったんですか?」

 

「サトシくん。無限にかつ安全に生み出せるエネルギー。そんな便利な物が有ったら、キミはどうしたい?」

 

「それは、欲しいです。……まさか?」

 

「……えぇ、そのまさかよ。夢のエネルギーを求め、様々な欲望を持つ人達が現れたわ。彼等の抱く想いも、ある意味では夢……。それらの負に満ちた想いも、夢として吸収し続けてしまったムシャーナは、処理をしきれずある日遂に――」

 

「……暴走し、数年前の大爆発を引き起こしてしまった」

 

 サトシの言葉に、マコモはコクンと後悔に満ちた顔付きで頷いた。

 

「ムシャーナは……?」

 

「……爆発と共に、姿を消しました。その一件をあって嫌気が差して、研究も中止し、街からも離れました。だけど――」

 

「だけど?」

 

「ムンナが何かを感じ取って、私はここに戻って来たの。そして、この煙と光……おそらく、ムシャーナは生きている。それもおそらく、夢の跡地にいる」

 

「その可能性は非常に高いと思います。こうして、夢の煙が出ている以上、少なくともムンナかムシャーナが関係しているのはほぼ確実かと」

 

 そうでなくては、夢の煙が発生するわけがない。Nの意見に全員が納得していた。

 

「あら、あの光は……」

 

 街を覆う光と全く同じ色の光が、前の空を桃色に染めていた。

 

「急ぎましょう!」

 

 ジュンサーはアクセルを強く踏み、パトカーを全速力で進ませた。

 

 

 

 

 

「凄い反応ね……!」

 

「あぁ、これなら良いデータが採れる」

 

「後はこれを本部に送るだけにゃ」

 

 夢の跡地で調査を続けていたロケット団。結果も上々、後はそのデータを本部に転送するだけ。その時、彼等の背後からパトカーが現れた。

 

「警察!?」

 

「予想よりも速いにゃ!」

 

 パトカーからサトシ達が現れ、ロケット団に近付く。

 

「貴方達、そこで何をしているの!」

 

「夢の残り香を探しているのさ」

 

「あの機械……! ここに残っているエネルギーの残滓を増幅している……!」

 

「じゃあ、今回の現象の原因はムンナやムシャーナじゃなく、彼等が?」

 

「そう言うことよ」

 

「貴方達、何者?」

 

 ロケット団は、何時もの口上を高らかに述べる。

 

「ロケット団……?」

 

 初めて聞く組織の名に、デントやマコモは疑問符を浮かべ、Nは瞳を鋭くする。

 

「確か、カントー地方を拠点とする組織……! どうしてこのイッシュに……!?」

 

「イッシュ地方制圧プロジェクトが動き出したのよ」

 

「かつて失敗した、夢のエネルギー。それを我等の手で完全復活させ、制圧の為の力とするのさ!」

 

「邪魔は許さないにゃ!」

 

「夢を悪用する人がまだ……」

 

 かつての者達と同じ、夢を利用しようとするロケット団にマコモは辛い表情を浮かべる。

 

「マコモ博士、先程ムンナに呼ばれたと言っていましたが、もしかするとムシャーナがこの事をムンナを通して伝えたからでは?」

 

「ムシャーナが?」

 

「ムンナとムシャーナは、同じ夢に関しての特殊な力を持つポケモン。その可能性は有り得ます」

 

 デントの推測に、Nが有り得ると賛同。また、ムンナもそうだと言うようにコクンコクンと頷いていた。

 直後、辺り一帯が揺れ、火花や波動が溢れ出し、鳴き声が響く。

 

「この声……ムシャーナ!」

 

「ムシャーナ?」

 

「確か、ここの研究を手伝っていたポケモンか」

 

「となると、ゲットすればエネルギーのデータどころか、エネルギーそのものを確保出来るにゃ」

 

「――そんなこと、ボクや彼等が許すと思うかい?」

 

 氷の如く、冷たい声が響く。その発生源はN。その瞳は声同様の冷たさが宿っている。ロケット団だけでなく、サトシ達も怯むほどだ。

 

「キミ達がポケモンの――トモダチに望まぬことをすると言うのなら、ボクが持てる力を駆使して阻止する。絶対に」

 

「な、何だあいつは……?」

 

「分からないけど……ヤバそうね」

 

「それに、戦力的に見ても難しそうだにゃ」

 

 であれば、自分達が取る選択は一つ。ロケット団はムサシが出したコロモリの風で姿を覆い、その間に機械ごと姿を消した。

 

「去った……」

 

「……Nさん?」

 

「ふふっ、上手く威圧出来たみたいだね」

 

 先の雰囲気に、サトシが恐る恐る聞くと、Nが微笑んだ。その様子にはさっきの冷たさは欠片もない。

 

「それより、マコモ博士。貴女はムシャーナをどうする気ですか?」

 

「それは……」

 

「ムシャーナにここで安らかな生活を送ってもらうか。それとも、一緒に暮らしたり研究を再開するか。かつて、夢のエネルギーを研究した者として、今ここで決断してください」

 

「Nさん――」

 

「サトシくん。これは当事者の彼女が判断すべき事だ。また、この判断がムシャーナの今後に大きく影響するだろう。残念だけど、キミ達には口を出す資格はない」

 

 Nの言うことは正しかった。これはムシャーナとマコモの問題。その件に関して、当事者ではない自分達には口を出す資格が無いのだ。

 

「改めて聞きます。マコモ博士、貴女はどうしますか?」

 

「私は……」

 

 Nの言葉にマコモは迷う。マコモとしては、ムシャーナと暮らしたい。しかし、この惨状を作り出した一人であり、また今まで気付けなかった自分にそんな資格は有るのだろうか。

 

「ムナ……」

 

「ムンナ……」

 

 ムンナの瞳。ムシャーナに会いたい想いで満たされたその瞳。そして、何よりもムシャーナとこのまま離ればなれになるのは、嫌だった。

 

「私は――あの子と暮らしたいです」

 

「それは研究者としてですか?」

 

「無いと言えば嘘になるかもしれません。ただ、その前にあの子との日々を過ごしてきた一人の人間として、私はあの子と暮らしたいのです」

 

 研究の中で一緒に過ごし、共有してきた時間。時には共に笑い、悔しがり、ちょっと喧嘩したり。それらの思い出が、マコモに再会を願わせていた。

 

「――だそうだよ。ムシャーナ」

 

 マコモの答えに、Nは満足げな笑みを浮かべて呟く。すると、一ヶ所の空間が波が揺れるように歪み出した。

 

「ムシャーナ……!」

 

「シャーナ……」

 

 歪みが消えると、ムシャーナが姿を表す。

 

「ムシャーナ……また私といてくれる? こんな私と」

 

「――シャナ」

 

 ムシャーナは頷いた。確かに不満はある。しかし、それ以上にマコモとムンナと一緒にいたいのだ。その想いはさっきの言葉を聞き、強まっていた。

 

「――ありがとう」

 

 ムシャーナを優しく、されど暖かく抱き締めるマコモ。ムンナも彼女達の側に駆け寄り、再会を喜んでいた。

 

「一件落着、だね」

 

「あぁ」

 

 この場の全員が、マコモ達の再会を喜んでいた。

 

「じゃあ、ボクはここで失礼するよ。用事もあるしね。行こう、ゾロア、シキジカ」

 

「ゾロ」

 

「シキ」

 

「――Nさん」

 

 いち早く夢の跡地を出ようとしたNとゾロアだが、マコモが呼び止める。

 

「ありがとうございます」

 

「ボクは何もしていない。貴女の想いがムシャーナに再び一緒にいることを選ばせた。たったそれだけです」

 

「それでも、貴方に言われて良かった。そう思っています」

 

「それなら、ボクも問い掛けた甲斐はありました。お幸せに」

 

 一礼すると、Nは改めてゾロア、シキジカと共に森に入って行った。

 

「今日はありがとう。助かったよ」

 

「シキシキ」

 

 こっちこそ、力になれて良かったとシキジカは笑うと、Nとゾロアにバイバイと告げ、彼等に見送られながら森の中へと走り去って行った。

 

「――N様」

 

「この声……アスラか」

 

 直後、呼び止められる。Nが声をした方向を向くと、青い帽子とマント、釣り目と福耳が特徴の老人が現れた。

 

「どうしてここに?」

 

「異常な力を感じましたので、偶々いた私がここに」

 

「そうか。来たのが貴方で良かったよ」

 

「私もです」

 

 彼や一部以外の誰かがここに来ていた場合、一悶着は避けられなかっただろう。

 

「ちなみに、何が?」

 

「夢のエネルギー」

 

 その一言で、アスラは全てを悟った。

 

「……あのエネルギーですか」

 

「そう、ボク達も関わっていたあの、ね」

 

 実は、Nとアスラ達と夢のエネルギーは接点があった。彼等は支援者なのだ。つまり、間接的だが、事故の当事者とも言える。

 

「その当時、N様はまだお勉強中でした。あなた様は関わっておりません」

 

「まあね。だけど、完全に無関係かと言われれば、答えは否だよ」

 

「……しかし、あれは数年前の事故以来、封印された研究のはずですが」

 

「ロケット団とやらが狙っていた」

 

 その名前に、アスラは聞き覚えがあった。

 

「ロケット団……カントーの組織ですな。それがこのイッシュに?」

 

「そう。夢のエネルギーのデータを侵略の為に使おうとしていた」

 

「分かりました。直ぐに対策を練るよう、報告して置きます」

 

 勿論、Nの事は伏せておくが。

 

「頼む」

 

「それと、さっきから周りを動き回るポカブがおられますが」

 

「あの子が鍛錬してるんだ。意外と活発でね」

 

 

「N様のトモダチでしたか」

 

「――カブ」

 

 タンタンと音を立てた後、ポカブがNの足元に着地する。身体中が汚れているが、それだけ頑張っている証だ。

 

「では、私はこれにて失礼します。あと、彼等は最近人を増やしております。警戒は怠らないでください」

 

「よく覚えて置くよ」

 

 話を終えたアスラは、静かにその場を後にした。

 

「さて、ボク達は明日に備えて休むとしようか。それに、体も洗わないとね」

 

「カブ」

 

「ゾロアも明日は頼むよ」

 

「ゾロ」

 

 彼等は適度な休み場所を探しに、森の奥深くへと進んで行った。

 

 

 

 

 翌日。サンヨウジムの前でデントが兄弟達とある話をしていた。

 

「本当に行くのか、デント?」

 

「うん」

 

「理由を聞かせても良いですか?」

 

「彼とのバトルや話の中で、僕は思ったんだ。今のままだと行けないってね。だから、ジムリーダーとしてじゃなく、一人のトレーナーとして旅をして、経験を積みたいと思う。ジムリーダーとしても、またポケモンソムリエとしても成長するために」

 

 デントがポッドやコーンに話していたのは、自分が旅に出るという話だった。

 サトシとのバトルや話、Nとのやり取りの中で、今の肩書きではなく、一人のトレーナーとして旅をしたい。それがデントの考えだった。

 

「考えは変わらないのですか?」

 

「全く。……ただ、君達と離れたり、責務を押し付ける形になっちゃうのは心苦しいけどね」

 

 今まで三人で頑張ってきたサンヨウジムだ。なので、離れることに抵抗が無いわけではない。しかし、それ以上に旅をしたいという想いがあった。

 

「おいおい、そんなんで旅出来んのか? ったく……。――俺達がちゃんと守ってやるから、一回りも二回りもでかくなって帰ってこい!」

 

「えぇ、コーン達に手間を掛ける分、しっかりと学んでください。デント」

 

「ポッド……コーン……」

 

 何だかんだ言いつつ、自分の意志を尊重してくれた二人に、デントは目頭が熱くなる。

 

「頑張ってこいよ!」

 

「ベストウイッシュ、良き旅を」

 

 二人の見送りを受け、デントはサトシと一緒に歩き出す。

 

「良いな~、兄弟って」

 

「ピカ~」

 

「僕もそう思うよ」

 

「あとさ、デントはどこに向かうんだ?」

 

「君達が向かう場所。色々な出会いが有りそうだからね」

 

「つまり、俺と旅をするってこと?」

 

「正解。嫌かな?」

 

 サトシが嫌がるのなら、無理はさせたくないので遠慮する気だ。

 

「まさか! 楽しくなりそうじゃん!」

 

「そう言ってくれて嬉しいよ」

 

 デントと一緒に旅をする事が決まるも、サトシはふと思い出した。

 

「そういや、アイリスどこに行ったんだ?」

 

「アイリスって……君といた子だよね?」

 

「うん」

 

 何故か、自分と今まで一緒にいた少女。今はどこにいるのだろうか。

 

「――ばぁ~!」

 

「うわぁ!?」

 

「ピカ!?」

 

「おぉ~、これは驚きのテイストだね」

 

 歩いていると、道に植えられた木の枝から逆さまになったアイリスが現れ、サトシとピカチュウ、デントは驚く。

 

「あはは、驚いた?」

 

「キバキバ」

 

「そりゃそうだろ……」

 

 人がいきなり逆さまで出てきたのだ。驚かない方がどうかしてる。

 

「子供ね~」

 

「それで良いよ。俺達、先に行くから」

 

「ち、ちょっと!」

 

「待って、サトシ」

 

 サトシは先に行こうとしたが、そこをデントが止める。

 

「なんだ、デント?」

 

「折角だからさ、この3人で一緒に行こうよ。僕的には、この組み合わせが凄く良い感じに思えるんだ」

 

「まぁ、俺は良いけど」

 

「サトシ達がどうしてもって言ったら、一緒に行って上げるわよ?」

 

「やっぱ無しで」

 

「わ~、冗談冗談!」

 

 上から目線の発言に少しイラッとしたのか、サトシは反対するも、アイリスが慌てて冗談と謝る。

 

「と言うか、アイリスには俺やデントと旅をする理由は無いだろ?」

 

 デントがサトシとの旅を望んだのは、デントがサトシに興味がある。また、彼となら出会いが豊富だろうと感じたからだ。

 

「……有るわよ」

 

「どんな?」

 

「参考にしたいから。……これじゃ、ダメ?」

 

 アイリスは不安に満ちた表情を浮かべる。彼女その理由にサトシはよく分からなさそうな表情を浮かべるが、デントは対照的になるほどと納得していた。

 

「まぁ、良いけど」

 

「――ホント!?」

 

「うん。ピカチュウやデントも良いよな?」

 

「ピカ」

 

「僕はさっき言った通りだよ」

 

 生意気さや、上から目線さは伝わるも、アイリス本人は悪人ではない。それに助けられたこともある。

 何より、こんな表情での彼女の頼みを断るほど、サトシは子供ではないつもりだ。

 

「ありがと!」

 

「じゃあ、さっさと行こうぜ。俺はポケモンマスターになるために」

 

「僕はポケモンソムリエとても、ジムリーダーとしてもより相応しい人物になるために。アイリスは?」

 

「あたし? ……秘密! あと、先に行くからね~!」

 

 サトシとデントはそれぞれ目的を語るが、アイリスは悪戯っ子の様な笑顔で秘密と言うと走った。

 

「あっ、待てよ!」

 

「ふふ、楽しくなりそうだよ」

 

 先に走るアイリスを、サトシとデントが追い掛ける。こうして、彼等の三人旅が始まったのだ。

 



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草蛇との遭遇

 オリジナル要素を加えています。


「よし、ご飯にしようぜ」

 

「さんせーい!」

 

「僕も同意見だよ」

 

 サンヨウジム、ジムリーダーのデントも加わり、また賑やかになった一行。時間も良いぐらいなので、ポケモン達を出して朝食にしようとする。

 

「いただきまーす!」

 

「ちょっと待った!」

 

「ヤプ!」

 

 木の実を串で刺したのを丸かじりしようとするサトシ達。しかし、デントやヤナップが待ったを掛けた。

 

「どうしたんだよ、デント?」

 

「いや、このまま食べる気かい?」

 

「そうよ?」

 

「……健康には悪くないと思うけど、このままは流石にどうかと思うよ」

 

「……ヤプヤプ」

 

 サトシもアイリスも調理技術が無いため、木の実をそのまま食べるのが普通だったのだ。

 これは行けないと思ったデントは、何処からか調理セットを取り出す。

 

「僕が料理を作るから、少し待ってて」

 

「分かった。じゃあ皆、その間特訓しようぜ」

 

「ピカ!」

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

「カブ!」

 

 先日のサンヨウジム戦、勝利こそはしたものの、ピカチュウ以外はサトシの指示に追い付くには能力が不足しているのが判明した。

 このままでは、サトシの足手纏いになってしまう。それを避けるには特訓あるのみだ。

 

「始め!」

 

「ピカピカピカピカ……!」

 

「ミジュミジュミジュミジューーーッ!」

 

「ポーポーポーポーーーッ!」

 

「カブカブカブカブーーーッ!」

 

「やけに張り切ってるなあ~」

 

 特訓スタート。ピカチュウは適度なペースで、しかし、他の三匹は全力で疾走、或いは滑空していた。その速さと勢いはピカチュウを追い越し、思わず唖然とするほど。

 

「ふふ、君に応えようよと必死なんだよ」

 

 調理から目を離さないまま、デントはサトシにポケモン達が彼に追い付こうと努力していると語る。

 

「そっか、嬉しいな」

 

 ポケモン達が自分に応えようと必死に努力している。彼等のトレーナーとして、こんなに嬉しい事はない。

 

「ちょっと暑苦しい気もしなくはないけどね~」

 

「キバキバ」

 

 ポケモン達の頑張りを茶化すようなアイリスと、サトシはムッとなるもそこは個人の感性だろうと押し込めた。

 

「アイリスはしないのか? キバゴの特訓」

 

 逆に、キバゴに特訓を提案していた。

 

「あ、あたし?」

 

「キバゴはオノノクスになるのが夢なんだろ?」

 

「キバ」

 

 夢の煙の騒動時、キバゴはオノノクスになる夢を見ていた。今も頷いて肯定している。そこからも、キバゴには強くなりたいという想いが有ることが窺える。

 

「だったら、強くなる為の特訓は必須じゃないか」

 

「確かにそれは言えてるね。どうなんだい、アイリス?」

 

「え、えと……パス! あたしにはあたしに合うやり方があるし!」

 

「ふーん、まぁ良いけど」

 

 若干焦り気味なのが引っかかるも、やり方は人それぞれ。彼女なりにキバゴの事を真剣に考えているのなら、特に言う気はサトシには無い。

 

「ポー……ポー……」

 

「ミ、ミジュマ……」

 

「カ、ブゥー……」

 

「ピカ~……」

 

「うわ、大丈夫か?」

 

 その後、全力疾走、もしくは滑空でへとへとになった三匹と、何時も通りのペースなので疲労せず、呆れ気味のピカチュウが戻ってきた。

 

「随分と頑張ったみたいだね」

 

「だとしても、これはやり過ぎだよ」

 

 サトシのポケモン達の頑張りにクスクスと微笑むデント。サトシは少し呆れはしてるものの、嬉しくはあった。

 

「今日はここで――」

 

「ポー!」

 

「ミジュ!」

 

「カブゥ!」

 

 まだやれる!三匹はそう言いたげに翼を上げたり、胸を張ったり、鼻息を立てたりする。

 

「分かった分かった。じゃあ、技の練習しようぜ。特にポカブはな」

 

「カブ!」

 

 サンヨウジム、ポッド&バオップ戦でポカブは偶然とは言え、ニトロチャージを発動していた。その完全な修得をする必要がある。

 

「ミジュマルやマメパトは得意な技の練習、ピカチュウも含めて無理しない範囲でな」

 

 三匹はコクンと頷くと、それぞれ技を磨きに始めた。

 

「よーし。行くぞ、ポカブ!」

 

「ポカ!」

 

「ニトロチャージ!」

 

「カブカブカブ……!」

 

 ポカブが意識を集中させると、全身から炎を展開。熱さや勢いはもうかを発揮していないあの時よりも当然ながら劣っているが、そこはサトシは気にしない。

 充分な炎を出すと、ポカブは走り出す。触れる空気を次々と焼き、熱して行くが。

 

「――ポカ!?」

 

「あっ……!」

 

 その途中で炎が四散した。つまり、失敗したという事だ。

 

「カブー……」

 

「気にすんなって、ポカブ。そんな簡単には出来ないさ」

 

 失敗にしょぼんと落ち込むポカブを、サトシは優しく慰める。ポカブはトレーナーに捨てられたポケモンの為、サトシは少し気を配っていた。

 

「少しずつ完成させようぜ」

 

「――ポカ!」

 

 笑顔のサトシに、ポカブは全力で頷く。彼のためにも、絶対にニトロチャージを修得してみせる。火豚ポケモンはそう誓った。

 

「よし、もう一度だ。ニトロチャージ!」

 

「カブ!」

 

「……」

 

 失敗にめげず、ニトロチャージの練習を続けるポカブ。そんな彼を、ミジュマルがチラッと見ていた。

 

(俺にも新技がいる)

 

 強くなる為、既存の技の鍛錬をしているが、新しい技も必要だ。

 そう思ったミジュマルは、炎を纏って走るポカブを見て自分にもあんな技が必要なんじゃないかと考える。

 ポカブが炎を纏うのなら――自分は水を纏い、突撃する。そんな技を。

 

「ミジュ~……!」

 

「えっ……?」

 

 ミジュマルがその意識を高めると、周囲からバシャッと水が溢れ出し、彼の身体を覆う。

 

「これは……げきりゅうじゃない」

 

 デント&ヤナップ戦の時と違い、水が出ておらず、オーラもない。つまり、特性げきりゅうではない証拠だ。一旦、ポカブからミジュマルに集中するサトシ。

 

「マーーーッ! ――ミジュ?」

 

 そのまま前に向かって、ミジュマルは突撃する。しかし、途中で止まって空中であたふたとしあと、地面にべちゃっと落ちる。どうやら失敗の様で、ガックリと肩を下ろしていた。

 

「今のは……」

 

「かなり不完全だけど……アクアジェットだね」

 

 水を纏い、高速で突撃する水タイプの技、アクアジェット。それをミジュマルはかなり不完全ながらも発動したのだ。

 

「ミジュ……」

 

「ミジュマル。ポカブにも言ったけど、簡単に技は身に付かない。ゆっくり修得していこうぜ」

 

「……ミジュ!」

 

 ミジュマルはおうと頷くと、対抗心が宿る眼差しでポカブを見る。お前には負けないと言いたげに。

 

「……」

 

 そしてポカブも、ミジュマルを見つめていた。それはこっちの台詞だと言わんばかりに。

 バチバチと視線の火花が上がるも、数秒後には互いの技の修得に戻った。

 

「……ポー」

 

 二匹が互いを意識するように、マメパトもまた彼等の新しい技の片鱗に、対抗心を抱いていた。

 ポカブが炎、ミジュマルが水、ならば自分は風を纏い突撃するような一撃。マメパトはそう考えていた。

 

「クルー……!」

 

「お?」

 

「ミジュ?」

 

「ポカ?」

 

 サトシ達がマメパトに視線を向ける。マメパトは高く飛び上がると、一気に降下して風を纏うかの如く加速していく、が。

 

「ポ? ポー!?」

 

「マメパト!」

 

 途中で体勢を崩し、必死に建て直そうとあたふたとマメパトは羽ばたく。しかし、落下していき、あわや衝突と言った所でサトシに抱えられる。

 

「無事か?」

 

「ポー……」

 

「今のはつばめがえしだね」

 

「俺もそう思う」

 

 突撃するという点はでんこうせっかと同じだが、速度が低く、代わりに威力が有った。つばめがえしと見て間違いないだろう。

 

「ポカブだけでなく、ミジュマルやマメパトからも滲み出始めた新しい味。君とだからこそのテイストかな?」

 

「どうかな? 分かんないな」

 

「君らしいね。――さぁ、丁度料理も出来たよ。疲れた身体に取り込んでおくれ」

 

「皆、特訓は終わり! 飯にしようぜ!」

 

 テーブルに料理を並べていくデント。見たところ、パンケーキと一口大にカットした木の実とサラダのようだ。ソースもある。

 

「召し上がれ」

 

「あらためて……。いただきまーす!」

 

 サトシ達がパンケーキを取り、軽く一口かじる。

 

「美味しい!」

 

「ほんと! すっごく美味い!」

 

 生地の柔らかさと木の実の甘さが程よく合わさっている。食べやすくて良い。特訓で疲れたミジュマル、マメパト、ポカブも次々に口にしていた。

 

「こっちも……やっぱり美味しい!」

 

 もう片方は油で軽く焼き揚げた木の実であり、そのままでも美味しいが、ソースを付けるとまた違った味わいがある。

 

「流石、レストランを経営するだけ有るわね!」

 

「キバキバ!」

 

「喜んで頂けて何よりだよ」

 

 料理を作った者として、喜んで貰えたのは嬉しい。

 

「こんな美味しい料理が毎日食べれるなら、三人旅も悪くは無いわね~。あっ、お代わりある?」

 

「勿論。多めに作ってあるから、欲しかったら用意するよ」

 

「じゃあ、お代わり! 皆の分も!」

 

「了解」

 

 デントがお代わりを用意していく。その間、サトシはピカチュウに確認を取る。

 

「今日はどうだった?」

 

「ピカピカ……」

 

「まだ今一か……」

 

 あの日からそれなりの時間は経ったが、まだまだ本調子とは言い難い。

 

「まぁ、ゆっくり行こうぜ。仲間も沢山いるしな!」

 

 うんとピカチュウは頷く。しかし一方で、サトシの最初のパートナーとして、努力している彼等に負けたくないという対抗心も有ったりする。

 

(新しい、技か……)

 

 ボルテッカーに代わる新技。早い内に覚えておきたくはあるが、そもそもその鍛錬が難しいと、ピカチュウは辛かった。

 

「ピカチュウ、俺にとってお前は最高のパートナーだ。それはどんな時でも、状態でも変わらないよ」

 

(――ありがとう)

 

 自分の心境を理解してくれたのだろう。親友の言葉にピカチュウは笑みを浮かべた。

 

「あれ? おかしいな……」

 

 とそこで、デントがそう言い出した。

 

「どうした、デント?」

 

「いや、木の実とサラダのセットのお代わりが用意したから、次にパンケーキをと思ったんだけど……数が足りない気がするんだ」

 

「足りない?」

 

「最初から無かったんじゃないの?」

 

「いや、そんなはずは――」

 

 ないとデントが言おうとしたその時、草むらが音を立てて揺れた。何かがいるとサトシ達は瞬時に理解し、食事を中断して草むらの奥に向かう。

 

「あれは……!」

 

 草を思わせる緑色の身体、葉のような尾を持つサトシが見覚えのあるポケモン。草蛇ポケモン、ツタージャだった。

 ツタージャは岩の上でパンケーキをかじっていた。足りないパンケーキはツタージャが食べていた様だ。

 

「ツタージャだ。野生?」

 

「トレーナーのポケモンにしては、周りにいないのが変だね……」

 

「……よし!」

 

「サトシ?」

 

 アイリスとデントが話していると、サトシは何かの意を決したのか、一人でツタージャの前に立つ。

 

「ツタージャ!」

 

「……タジャ?」

 

 何?と、ツタージャはクールさと警戒に満ちた眼差しをサトシに向ける。

 

「食べたいなら、一言言いなさい!」

 

「……ジャ?」

 

「それを言いに!?」

 

「あはは。彼らしい」

 

 どうやら、パンケーキをくすねた事を注意している様だ。

 

「……タジャ」

 

 予想外の言葉にぱちくりとするツタージャだが、数秒後目を閉じ、プイッと顔を反らす。聞くつもりが無いようだ。

 

「ツタージャ! ちゃんと聞く!」

 

「……」

 

 無視。それ以外に無いとツタージャは態度を崩さない。

 

「ここに一つパンケーキが有るんだけどな~」

 

 サトシはツタージャの数歩前で座り、パンケーキを突き出す。これで謝らせようとするも。

 

「タジャ」

 

「あっ、鼻で笑われたわね」

 

 ばかじゃないのと、ツタージャは呆れた様子で鼻で笑った。

 

「さっき、パンケーキくすねた癖に」

 

「……タジャ!」

 

「うわっ!」

 

 思わぬ指摘にイラッとしたのか、ツタージャは蔓を出してサトシの前を強く叩いた。

 

「ピカ!」

 

「タジャ?」

 

 外しはしたものの、危うく攻撃を受けるとこだったため、ピカチュウがサトシの前に立ってツタージャに威嚇する。

 

「……」

 

 ツタージャは興味深げにピカチュウ、サトシの順に一瞥する。

 

「ター……!」

 

「な、なに!?」

 

「これは……!」

 

 数秒後、ツタージャは大量の木の葉を周囲に展開。草タイプの技の中でも最強クラスの技、リーフストームだ。

 そのまま自分達に向けて発射するのかと、警戒するサトシとピカチュウだが、木の葉の嵐は少しすると消えた。ツタージャと共に。

 

「……行っちゃった」

 

「ピカ……」

 

 どうやら、あのリーフストームは目眩ましだったようだ。

 

「サトシ、大丈夫かい?」

 

「うん。ツタージャは外してくれたし」

 

 それはよかったと、デントは胸を撫で下ろす。

 

「けど……」

 

「けど? 何?」

 

「あのツタージャ、何か、俺とピカチュウを真剣な様子で見ていた様な……」

 

「ピカチュウが珍しいからじゃない?」

 

「……そうかな」

 

 どうも、そんな気がしない。あれは珍しいからではなく、別の理由で自分達を見ていた。そう思えて仕方ないのだ。

 

「というかさ、ツタージャって野生で見かけやすいポケモン?」

 

「いや、かなり限定的な場所じゃないと見掛けない、珍しいポケモンのはずだよ。アララギ博士の研究所以外だと、かなり難しいんじゃないかな」

 

「じゃあ、あのツタージャってまさか……」

 

 サトシは思わず側にいるポカブを見下ろす。あのツタージャはこのポカブと同じく、トレーナーに捨てられたポケモンなのだろうか。

 

「もしかしたら……捨てたポケモンかも」

 

「捨てたポケモン?」

 

 しかし、アイリスはその逆だと言うように告げる。

 

「ツタージャってポケモンは賢いの。だから、トレーナーが駄目だったり、実力不足だった場合、そのトレーナーから離れるって話を聞いたことがあるの」

 

「その可能性はあるね。あのツタージャはさっき、草タイプの技の中でも最高クラスのリーフストームを放っていた。相当な実力の持ち主であることは確かだよ」

 

「トレーナーを捨てたポケモン、か……」

 

 今までとは違う、トレーナーを見限ったポケモン。どうしてだろうか。サトシは不思議とあのツタージャが気になる。

 

「……俺、あいつを追い掛ける! 皆、行くぞ!」

 

「ピカ!」

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

「ポカ!」

 

「えっ、サトシ?」

 

「ち、ちょっと待ちなさいよ~!」

 

 決断したサトシは、ツタージャの後を追うことにした。

 

 

 

 

 

『上手く進んでいるか?』

 

「はい」

 

 深い草原の近く岩場で、ロケット団がボス、サカキと定時連絡、報告をしていた。

 

『ならば、結構。但し、一つ忠告して置くが、イッシュ地方には謎の組織が暗躍しているとの情報がある。気を付けろ』

 

「謎の組織、ですか」

 

『そうだ。制圧を進めながらも、その連中の情報を集めてもらう』

 

「分かりました。必ずや、その者達の情報を得て見せます」

 

『任せたぞ』

 

 そこでモニターの映像が途切れた。

 

「謎の組織。一体、どんな奴等にゃ?」

 

「分からんが、情報収集は必須だろうな」

 

「どうせ、大したことは無いと思うけど」

 

 ニャースとコジロウが警戒する中、ムサシは大した脅威にはならないだろうと告げる。

 

「――では、その身を持って、我等の脅威を味わって貰おうか」

 

 突如して響いた謎の声。ロケット団が振り向くと、そこにはバイザーを付け、まるで冬服の様な濃紫のかなり分厚いコートを着る人物と、部下と思われる工作員の様な黒い服を纏う人物が数人いた。

 

「お前達か? このイッシュで悪事を企もうとする悪党、ロケット団は」

 

 リーダーの声は、見掛けに合わない若々しい。正体がバレないよう、変声機を使っているのだろう。

 

「そうよ。我等こそ――」

 

「あぁ、最後まで言わなくていい。――寝てもらおう」

 

 ロケット団と認識した謎の連中、そのリーダーと思わしき濃紫の厚手の服の人物が指示を出す。

 部下達はそれぞれポケモンを出すと、ロケット団達に攻撃を命じる。

 

「コロモリ、かぜおこし!」

 

 多勢に無勢。ムサシは直ぐにコロモリを呼び出し、風を起こさせる。

 その風に複数の攻撃が突き刺さり、風を消す。しかし、そこにはロケット団の姿は無い。

 

「逃げたか。逃げ足は早いな」

 

「どうなされますか?」

 

「二人一組で追え。奴等を捕らえ、ロケット団本部の情報を吐かせろ。但し、深追いはするな」

 

「はっ」

 

 十人の内、八人が二人一組となって散らばり、ロケット団の捜索に向かう。

 二人残ったのは、リーダーの濃紫の厚手の服の人物の護衛、及び、いざという時に備えてある人物を守る為だ。

 

「薄汚ない悪党共が。何れ我等の王が統べるこの地で、勝手をさせてたまるものか。如何なる手段を持ってしても排除してやる」

 

 氷を思わせる、冷たい声色が静かに響いた。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

「あ、危なかったわ……!」

 

 謎の組織と思わしき連中の追跡を何とか掻い潜り、適当な岩影に姿を隠すロケット団。

 まさか、いきなりあれだけの数と遭遇するとは完全に予想外だった。

 

「まだ気を抜いちゃ駄目にゃ。近くに一組いるにゃ」

 

「しつこいわね……!」

 

 岩影から周りを覗くと、連中の一組が互いの隙をカバーするよう、背を合わせながら辺りを伺っていた。近くにはポケモンもトレーナー同様に見ている。

 

「どうする? 戦うか?」

 

「コロモリ一体じゃ難しいわよ」

 

 工作の道具もあるが、それは向こうも所持しているだろう。

 

「一応、にゃーもいるにゃ」

 

「あんたはほとんど戦力になんないでしょ」

 

 人の言葉を話せる、手先が人間並みに器用になった代償か、ニャースは差ほど強くない。

 何せ、サトシの指示有りとは言え、捕まえたばかりのマメパトに軽くあしらわれた程度の実力しかないのだから。

 

「そんなにはっきり言わないで欲しいにゃ……」

 

「おい、そんなことを話している場合じゃないだろ。今はあいつらに対してどんな行動を取るかを選ぶのを考えるのが先決だ」

 

「そうね」

 

 戦闘か撤退か。少し考え、彼等は後者を選んだ。戦力がほとんどないこの現状では勝ち目が薄く、また例の連中に関しての報告を優先したのだ。

 

「さて、そうと決まったらここから離れるぞ」

 

「えぇ」

 

「にゃ」

 

 方針を決めたロケット団は、素早くその場を後にしたその時、パキッと音が鳴る。ニャースが転がってあた枝を踏んでしまったようだ。

 彼等の心臓が一度高鳴るも、冷静になって二人組を見る。まだバレては無いようだ。

 

「何やってんのよ、ニャース」

 

「ご、ごめんにゃ」

 

「おい、そんなの良いから、早くここから――ん?」

 

 突如、モンスターボールが生えた。あり得ない光景だが、彼等にはそう見えたのだ。

 恐る恐る近付くと、それはモンスターボール型の傘をした茸のようなポケモン、タマゲタケだった。

 

「――タマ!」

 

 タマゲタゲはロケット団の接近に驚き、花粉を撒き散らす。それを吸い込み、慌てて嚔を仕掛けたが、口を抑えて塞ぐ。

 しかし、ニャースから音が出た。口からではなく――尻、つまり、屁である。

 

「げほ、げほ! 臭いわよ、アンタ!」

 

 それはムサシに諸に直撃、臭いで噎せ、ついつい怒鳴ってしまう。

 

「ごめんにゃ!」

 

「おい馬鹿! そんな大声を出したら――」

 

 影が差し、物音がした。ロケット団が恐る恐るそちらを見上げると、さっきの二人組がいた。

 

「ターゲット発見!」

 

「確保!」

 

「全力で逃げろおぉぉおおぉーーっ!!」

 

「ニャース、あんた本当に覚えてなさいよぉおおおぉぉおーーっ!!」

 

「本当に、本当にごめんだにゃああぁあぁぁーーーっ!!」

 

 こうして、ロケット団と謎の一団との逃走劇と追跡劇はしばらく続くのであった。

 

 

 

 

 

「タージャ……」

 

 草むらの中を、ツタージャはゆっくりと歩く。その内、小さな広場に着いた。

 

「――やぁ」

 

「……!」

 

 そこには人やポケモンと腰かけれる岩場があり、そこには先客がいた。薄緑の長髪の少年、Nとゾロアとポカブだった。

 Nは後ろを向いていたが、それでも来たのがツタージャなのは理解していた。

 

「――久しぶり、だね」

 

『……えぇ、そうね』

 

 振り返り、笑顔で久しぶりと語るNに、ツタージャは肯定する。

 彼等は初対面ではなく、一度会った事が有るのだ。ツタージャがあるトレーナーの元にいた時に、一度だけ。

 そして、その時の出会いこそ、ツタージャが今旅をしている切欠でもあった。

 

『その子は……初めて見る子ね。近くで会ったの?』

 

 ツタージャはポカブを見る。トレーナーや野生で遭遇した事もあるが、このポカブとは初対面だった。ゾロアと違って。

 

「いや、ある場所で会って、同行して貰ってるんだ。ね、ポカブ」

 

「ポカ」

 

『仲が良いのね』

 

「うん」

 

 笑顔で近寄るその表情や、Nがポカブを優しく撫でている点から、互いが互いを信頼しているのは疑いようがない。その様子を、ツタージャは羨ましいと感じていた。

 

『……貴方、何をしているの?』

 

「ボクは彼等と空を見ている。良い天気だね」

 

『そうね。日向ぼっこには良いわ』

 

 空を見上げる。そこには、雲一つすら存在してない晴れやかな蒼天があった。

 

「――何かあった?」

 

『……どうして、そう思うの?』

 

「何となく」

 

 自分の心を見据えるようなNの言葉に、ツタージャは一瞬の間を置いて答える。

 

『ある人間に会ったわ。貴方みたいに純粋で、真っ直ぐで、そして――絆を感じる人と』

 

「どんな人だい?」

 

『貴方と同じように帽子を被ってて、ここらでは見ない黄色のねずみ、かしら? そんな子と一緒にいた人』

 

 その特徴に、Nは覚えがあった。何しろ、二度も会っているのだから。

 

「……サトシくん?」

 

『知ってるの?』

 

「二度程会ってるんだ」

 

『そう……』

 

 Nとさっきの少年、サトシが知り合いだったのは、ツタージャも予想外だった。

 

『なら、どんな人か知ってる?』

 

「そこまでは。ただ、彼はボクと違う視線でポケモン達を深く思っている。そんな人物だよ」

 

『そんな評価を出すのね。あの貴方が』

 

「『あの時』よりは、世界を知ったつもりさ」

 

 サトシの評価に、当時のNを知るツタージャはらしくないと思うが、あの時よりも時間が経っている。Nが成長している証なのだろう。

 

「おや?」

 

『どうしたの?』

 

「見上げてごらん」

 

『……マメパトがいるわね』

 

 気配を感じたNが見上げると、一匹のマメパトが自分達を見下ろしていた。しかも、驚いた様子で。

 

「あのマメパトは、彼といるマメパトだよ。キミを捜しているようだ」

 

 そこにNを見付けたため、驚いているようだった。

 

『……彼があたしを?』

 

「もう一度会ってみたら? それに――彼となら、本当の意味での強さを得れるかもしれないよ」

 

『……』

 

「じゃあ、ボクはここで。縁があったらまた会おう」

 

 Nは帽子を被り直すと、ゾロアと一緒に草むらの向こうへと去っていった。

 ツタージャはマメパトを見上げる。マメパトは自分を確認すると、何処かへ去っていく。サトシの元に報告しに行ったのだろう。

 

(さて、どうしようかしら)

 

 ここで来るだろう彼を待つか。それとも、ここから立ち去るか。数秒考え――ツタージャは後者を選択した。

 ゆっくりと草の揺れる音や土の感触を味わいながら、歩いて行った。

 



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激闘、ツタージャ

 これは二話同時に出します。


 その数分後、マメパトはサトシの元に戻って来た。

 

「ツタージャは見付けたか?」

 

「ポー」

 

 マメパトは頷く。先ずはツタージャについての報告が先だ。

 

「方向は?」

 

 あっちとマメパトは翼を向ける。サトシはその方向に向けて走ろうとしたが、その前にマメパトに止められた。

 

「どうした?」

 

「ポー、ポーポー、ポーポーポー!」

 

 身振り手振りを行ない、マメパトはNがいたことをサトシに必死に伝える。少し時間は掛かったものの、サトシはそれを理解する。

 

「Nさんがツタージャと……?」

 

「ってことは、そのツタージャはNさんの手持ち?」

 

「ポー」

 

 違うとマメパトは首を振る。様子や離れたことから、どうにもパートナーには見えなかった。

 

「僕もそう思うよ。Nさんがツタージャのトレーナーなら、ツタージャがサトシを知らないのは少し変だ」

 

 話していない。手持ちになって間もないからとも考えられるが、それでも違和感があった。

 

「とりあえず、俺は追い掛けてみるよ。気になるし!」

 

 マメパトが示す先に向かって、サトシ達は走り出した。

 

「もう、また行っちゃった。子供なんだから」

 

「うーん、単に話してみたいだけに見えるかな。僕には」

 

 何にしても、安全の為にもサトシ達と離れるのは不味いので、アイリスとデントは彼等の後を走る。

 

 

 

 

 

 草むらを抜け、道を歩くとツタージャはゴツゴツとした岩山に到着。軽やかな動作で難なく頂上に移動する。

 

「――いた!」

 

(この声……!)

 

 その声に、ツタージャは素早く反応する。振り向いて見下ろすと、サトシとピカチュウ達が岩山の前にいた。

 

(……)

 

 ツタージャは色々考えながら、周りの岩を見る。そして――何を思ったのか、それらを尾で叩き落とす。サトシ達に向けて。

 

「う、うわあぁ!?」

 

「――ピカ!」

 

「――ミジュ!」

 

「――ポー!」

 

「――ポカ!」

 

 迫り来る岩の数々に、サトシのポケモン達は前に立つと、雷で、水で、風で、炎で転げ落ちる岩を破壊する。

 

(……ふーん)

 

 その様子を、ツタージャはまた興味深げに見つめる。ポケモン達が何の迷いもなく、サトシを助けに動いた。

 自分の感じた通り、彼とポケモン達との絆は強い様だ。それを確認すると、少し奥に移動する。

 

「よっ……と!」

 

 同時にサトシとそのポケモン達が先に頂上に到着。デントとアイリスは少し遅れて続いた。

 

「また会えたな、ツタージャ」

 

「……タジャ」

 

「なぁ、お前は何で――」

 

 俺達を興味深げに見るんだ。そう言おうとしたサトシだが、ツタージャが指をクイクイと動かす。言葉はいらない。かかってこい――と言いたげに。

 

「……戦えって事か」

 

「タジャ」

 

 そうだと、ツタージャは首を縦に振る。

 

「良いぜ、ツタージャ!」

 

 向こうが望むのなら、こちらは応えるまで。ツタージャの宣戦布告をサトシは受け入れた。

 

「――ピカ!」

 

「ピカチュウ」

 

 前に出たのは、ピカチュウ。サトシの最初のパートナーとして、ツタージャの先の行動は意図があったとしても許せなかった。

 

「……行けるか?」

 

「ピカピ!」

 

 まだ万全ではないピカチュウを戦わせるのは不安が有るも、当のピカチュウが望むのなら、自分はそれを尊重するだけ。

 それにミジュマル、マメパト、ポカブは特訓でかなり疲れている。体力を考えてもピカチュウが最適だろう。

 

「なら! ピカチュウ、君に決めた!」

 

「ピカ!」

 

「ピカチュウ対ツタージャ。属性は不利だけど……」

 

「彼等には関係ないだろうね」

 

 サトシとピカチュウ。体調の点は不安だが、彼等の戦いをやっと見れる。ジムリーダーとしても、ポケモンソムリエとしても気になる戦いだ。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピッカァ!」

 

「――タジャ!」

 

 高速の突撃を、ツタージャは見事な動きで紙一重で避ける。

 

「ター……ジャ!」

 

 ツタージャは回避するだけでなく、首から蔓を伸ばすと回転。しならせてピカチュウに向ける。

 

「つるのムチ! かわせ!」

 

 かなりの速度と不規則な軌道の鞭に対し、ピカチュウもまた不規則な動きで避ける。

 

『やるじゃない』

 

『こちとら、幾度も戦いを潜り抜けてるからね!』

 

『成る程、歴戦の戦士という訳ね。――なら、これは?』

 

 ツタージャは色気に満ちた態度でパチッと片目を閉じる。すると、ハートマークが次々と現れ、ピカチュウの周りに向かって行く。

 

「これは……メロメロ!」

 

 自分と異なる性別のポケモンを魅了する技。限定的な技だが、その分効果が大きい技でもある。

 

「ピカチュウ、その場に留まれ!」

 

「えっ、避けないの!?」

 

「違うね。これは……」

 

 サトシの行動に、アイリスは驚くも、デントは何かを見抜いた様だ。静かに見守っている。

 ピカチュウが動きを止めると、ハートマークが彼を包囲。次の瞬間、ハートマークが一斉にピカチュウに迫る。

 

「今だ、ジャンプ!」

 

「――ピカ!」

 

 そのタイミングでピカチュウは跳躍。ハートマークの衝突を回避する。

 

『やるわね。だけど――これはどう?』

 

「リーフブレード!」

 

 そのタイミングを見計らい、ツタージャは高速回転しながら尾による草の刃を発動していた。空中という回避が困難な場所で追撃を放ったのだ。

 

「アイアンテール!」

 

「ピッ……カァ!」

 

 草の刃と鋼の尾が衝突。しかし、発動したばかりのアイアンテールは体調不良の影響もあって、高速回転で威力が増したリーフブレードに負け、ピカチュウは吹き飛ばされる。

 

「でんこうせっか!」

 

 しかし、ピカチュウは直ぐに体勢を立て直し、でんこうせっかを放つ。つるのムチで迎撃を仕掛けるツタージャだが、まだ空中にいたために上手く当てれず、カウンターの一撃を食らう。

 

「タジャ……!」

 

 一撃を受けたが、ツタージャは不敵な笑みを浮かべる。

 

「……タジャ!」

 

「あっ!?」

 

「逃げた!?」

 

 そこでツタージャはサトシ達から背を向け、走り出す。サトシは当然追い掛け、アイリスやデントも続く。

 

「……タジャタジャ」

 

 また指でクイクイと、サトシ達を挑発するツタージャ。

 

「今度は追いかけっこってか? だったら、付き合ってやるさ!」

 

 サトシの言葉にクスッと微笑むと、ツタージャは全力で走る。サトシもピカチュウを肩に乗せ、三匹はモンスターボールに戻すと全力で後を追う。

 追いかけっこは草木の中でしばらく続き、ある場所でツタージャは振り向く。

 

「タジャ!」

 

「リーフストーム!」

 

 そのままリーフストームを展開。サトシに向けて放つも、本人は無視して突き進む。

 

「へっ、どうだ――うわっ!?」

 

「ピカ!?」

 

 突如足が空を切ったかと思うと、鈍い水音を立ててながら落下する。どうやら、沼地に誘導されていたらしい。

 ツタージャは蓮の葉の上でクスクスと、からかうような笑みを浮かべている。

 

「くそー、引っ掛けたなー。だけど、こんなので――なっ!?」

 

(あら、底無し沼だったのね)

 

 サトシの身体が沈んでいく。その沼は底無し沼だったのだ。

 これにはツタージャも驚きだが、同時に見極める機会だとも考えた。サトシという少年の本質を知るチャンスだと。

 

「くそっ、もがけばもがくほど沈むな……! ピカチュウ、頭に乗ってくれ!」

 

「ピ、ピカ……」

 

「早く!」

 

 沈んでいく中、サトシはピカチュウを頭に乗せさせながら、周りを見る。少し離れた場所にある一つの蓮の葉に視線を集中させ、三つのモンスターボールを放り投げる。

 三つのモンスターボールは見事に蓮の葉に乗る。これで三匹の安全は確保出来た。次はピカチュウだ。

 

「ピカチュウ、あそこまでジャンプするんだ。そしたら、お前も助かる」

 

 サトシは!?とピカチュウは大声で叫ぶ。親友を見捨てるなど出来るわけが無い。

 

「このままじゃ、お前も一緒に沈むんだぞ! 良いから早く!」

 

(……自分よりも、仲間が優先なのね)

 

 命の危機に瀕していると言うのに、己ではなく仲間を第一にする。少年のその心に草蛇は揺れる。

 

「――サトシ!」

 

「これに掴まって!」

 

 少年の身体が胸の辺りまで沈み、このままでは本当に危ない。ツタージャが動こうとしたが、彼女の動作よりも早く、大きな蔓が森から放たれた。

 サトシを助けようと、アイリスとデントが投げたのだ。サトシは蔓を掴み、何とか底無し沼から脱出する。

 

「助かったよ。デント、アイリス」

 

「どういたしまして」

 

「もう、無茶ばっかり!」

 

「ごめんごめん。デント、ヤナップってつるのムチを使える? あそこに置いた、皆が入ったモンスターボールを取って欲しいんだ」

 

「お任せ。マイビンテージ――」

 

 デントがヤナップを呼ぼうとしたが、その前に三つのモンスターボールがサトシの手元に放り投げられる。

 

「これって……」

 

「……」

 

 投げられた方向を見ると、ツタージャが伸ばした蔓を縮めていた。どうやら彼女が投げたらしい。

 

「……タジャ」

 

 サトシを何かを伝えるような眼差しで一度見た後、ツタージャは向こうへと去っていった。

 

「よし、追うぞ。ピカチュウ」

 

「ピカ!?」

 

「まだ追うの!? あのツタージャ、サトシの手に負えるとは思えないわよ!?」

 

「うーん、それは僕も感じたかな。あのツタージャ、癖がとても強い。君でも手こずるんじゃないかな?」

 

「その方が面白いじゃないか!」

 

 癖が強すぎると忠告する二人だが、サトシは逆にだからこそ良いと語る。ポケモンマスターを目指す彼からすれば、個性が有るからこそ、意味が有るのだ。

 

「それに、二人が言うほど、あいつそんなに厄介な奴とは思えないんだよな。俺」

 

「さっき沼地に誘き出されて、危うく沈む所だったじゃない!」

 

「けど、その気にしては直接手を出そうとはしなかったじゃん」

 

「言われてみれば……」

 

 ツタージャがそのつもりなら、サトシ達を沈めることは容易かっただろう。なのに、彼女はそうしなかった。

 誘い込む思惑は有っても、沈めるつもりが無かったのは明白だ。それに、三匹が入ったモンスターボールをわざわざサトシの元に戻した。

 

「あと、まだ俺達はあいつとのバトルに勝ってないしな。――行こうぜ!」

 

『はいはい』

 

 痛い目に遭いながらも、諦めないサトシにやれやれとしつつもピカチュウは微笑み、走る彼を追う。

 

「しつこすぎるわよ~」

 

「諦めないって言うべきだと僕は思うね」

 

 うんざりとしたアイリスと、苦笑いするデント。しかし、一人にするわけには行かないのでまた走り出す。

 

「……」

 

 歩きながら、ツタージャは時折後ろを見る。何かを期待しているかのように。

 

(……流石にもう来ないわよね)

 

 あんな目に遭遇したのだ。幾ら彼でも、もう自分を追おうとはしないだろう。仕方ないとは思いつつも、ツタージャははぁとため息を溢す。

 

(……どうして、ため息なんかしてるのかしら)

 

 知らず知らずの内に、自分がサトシに期待をしていることにツタージャは驚く。

 彼と会って、一日どころか半日も経ってないにも拘らず、自分はそんなに彼に興味を抱いたのだろうか。

 そんなことを考えながらしばらく歩くと、流れる水音が耳に響く。どうやら川に着いたらしい。喉も乾いたし、水を軽く飲んで潤す。

 

「追い付いた!」

 

「――!」

 

 声が聞こえた。振り向くとあの少年が、サトシがそこにいた。

 

「へへっ、俺とお前の勝負はまだ終わってないだろ?」

 

「……」

 

 まだ自分との勝負を諦めてなかった。まだ自分を追い掛けてくれた。

 その事実は一瞬、ツタージャの脳裏にある光景が過るも、少年の純粋な瞳の光がそれを簡単に掻き消す。

 今のツタージャには、サトシと彼の仲間達にしか興味がない。アイリスやデントなど、歯牙にも掛けない。

 

「どうする? まだ追いかけっこするか? それとも、バトルの再開か?」

 

「タージャ」

 

 ツタージャは蔓を少し伸ばし、サトシに戦いの意志を示す。ここまで来れば、もう見極めるものはない。後は戦って決めるのみ。

 

「ピカチュウ、行くぜ!」

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウ対ツタージャ。そのバトルが再開される。

 

「でんこうせっか!」

 

「ピカァ!」

 

「タジャ!」

 

 先程と同じく、高速の突撃。それをツタージャも先程同様、見事な動作で回避。またつるのムチを放つも、これもまたピカチュウはかわしていく。

 

「ター……ジャ!」

 

「――メロメロ!」

 

 ハートマークがまた次々現れ、ピカチュウに迫る。

 

「ピカチュウ、停止!」

 

「また繰り返し?」

 

「だけど、このままだと……」

 

 跳躍の隙を狙われる。先程はリーフブレードだが、今度は安全に攻撃できるつるのムチかリーフストームが来るかもしれない。

 

(わざと? それとも、それしか手がない?)

 

 前者ならともかく、後者ならがっかりだ。しかし、どちらにせよ、自分は向こうの行動に合わせて対応するだけだ。

 ハートマークがそろそろ、ピカチュウに向かおうとする。

 

「ピカチュウ、地面に向かってアイアンテール!」

 

「ピッカァ!」

 

 鋼鉄の尾が大地に叩き付けられ、その衝撃で煙と石礫が跳ね上がり、ハートマークを破っていく。

 

(跳ね上げた礫でこの技を破った!?)

 

 予測を上回る対処のやり方に、ツタージャは驚愕する。

 

(だけど、関係ないわ)

 

 ツタージャはその場で回転。大量の木の葉を纏う風、リーフストームを発生させ、煙に向けて放つ。煙ごと、ピカチュウを吹き飛ばすつもりなのだ。

 

「ピカチュウ、ジャンプ! そのままアイアンテール!」

 

「ピカ!」

 

 木の葉の嵐が煙を吹き飛ばす直前で、ピカチュウが大ジャンプ。リーフストームを回避し、技を放った硬直の間を狙ってアイアンテールをツタージャを叩き込んだ。

 

「タジャ……!」

 

 やられた。アイアンテールで地面を叩いたのは、メロメロを破るだけでなく、煙を起こしてリーフストームを誘導する目的も有ったのだ。

 

(なら、こうよ)

 

 ツタージャは草の刃を地面に叩き付ける。先程のピカチュウの時と同じ様に、石礫と煙が発生する。

 

「ピカチュウ、気を付けろ。来るぞ」

 

「ピカ」

 

 次の攻撃に備え、ピカチュウは身構える。その直ぐ後、煙を突き破るように上下から蔓の鞭が出てきた。

 その鞭をかわすと、突然煙から何かが出てきた。それは――ハートマーク。

 

「メロメロ!?」

 

「どういうこと!?」

 

 よほど鍛えてない限り、技は通常、一度に一つしか出せない。今つるのムチを出している以上、メロメロは使えないはずだ。

 

「――時間差か!」

 

「そうか、先にメロメロを放ってからつるのムチを……!」

 

 つるのムチは身体から出す技。その為、先に放てば仕舞うまで他の技を使えない。

 しかし、メロメロは発射型の技。放てば、他の技が問題なく使えるのだ。煙とこの性質を利用し、ツタージャは恰も二つの技を使った様に見せ掛けたのだ。

 

「ピカチュウ、後ろ右斜め後ろ左!」

 

「ピカピ!」

 

 つるのムチとメロメロ、二つの技をピカチュウはサトシの指示の元、縦横無尽に動いて回避していく。

 

「タジャア!」

 

 しかし、ツタージャも黙ってこの機を見逃すつもりはない。つるのムチを維持したまま、ピカチュウに接近。

 蔓で掴む――と見せ掛け、岩を掴んでその蔓だけを縮め、擬似的な高速移動を行ない、背後に回るとピカチュウを後ろから腕で捕らえる。

 

「ちょっ、捕まったわよ!?」

 

「これは不味いね……!」

 

 身動きの取れない状態では、メロメロが確実に受けてしまう。

 

「ピカチュウ――でんきショック!」

 

「ピカァ!」

 

「タジャッ!?」

 

 絶体絶命、かと思われたその時、ピカチュウは身体からそれなりの規模の電気を発射する。

 今の状態では、電気は差ほど使えない。しかし、でんきショックなら数回だけ使えるのだ。

 電気は組み付いているツタージャにダメージを与え、同時にメロメロも焦がす。

 

「ピ……カァ!」

 

「タジャ……!」

 

 思わぬ攻撃から拘束が緩んだ。ピカチュウは脱出と同時に身体を回転。尻尾をツタージャに勢いよく叩き付ける。

 

「タ……ジャア!」

 

「――ピカ!?」

 

「つるのムチ!」

 

 しかし、ツタージャもただで攻撃を受けるつもりは微塵もない。

 素早く伸ばしていた片方の蔓を、ピカチュウに叩き込む。確かなダメージを与えつつ、もう片方の蔓を身体に絡ませ、一気に縮める。

 その勢いを利用し、リーフブレードを放つ。その一撃はサトシの指示で直撃はしなかった。

 しかし、技の性質で急所に少し擦っており、小さくはあるが無視出来ないダメージをまた与えた。

 

「やっぱり、相当な実力者ね。あのツタージャ……」

 

「うん。サトシとピカチュウのベストテイストに食らい付いている。これほどとはね……」

 

 不調が影響しているとは言え、一番のコンビであるサトシとピカチュウとここまで戦える。明らかに、並の野生とは一線を画する実力の持ち主だ。

 並のトレーナーでは余程対策しない限り、勝負にもならない。自分でも手こずるレベルだとデントは確信していた。

 

「強いな、お前! 楽しいぜ!」

 

「ピカピカ!」

 

 それはツタージャもだった。こんな充実感と熱さに満ちたバトル、久々――いや、本当の意味では初めてかもしれない。

 この時間をもっと楽しみたい、もっと味わいたい。何よりも――彼等に勝ちたい。だからこそ、『あの時』から今まで抑えていたこの『力』を解き放つ。

 

「ターー……!」

 

「リーフストーム! だけど……!」

 

「威力がさっきより上がってない!?」

 

 ツタージャが放つのは木の葉の嵐。しかし、その規模は先程を優に上回る。

 

「しんりょく? いや……」

 

 しんりょく。ミジュマルのげきりゅう、ポカブのもうかと同じく、体力が少ない時に発動し、草タイプの技の威力を引き上げる特性。

 草タイプのジムリーダーだけあり、デントはその特性について知ってはいる。

 しかし、それとは違う。何しろ、ミジュマルやポカブの時と違い、オーラが出ていない。

 

(もしかして、あのツタージャ……)

 

 ある推測を立てるデント。しかし、そうであれば、あのツタージャは実力だけでなく、その秘めたる力も相当なものの様だ。

 

「ジャアァアアアァーーッ!!」

 

 木の葉の竜巻が放たれる。竜巻は縦の状態で、石や土を巻き込みながらピカチュウに迫る。

 

(相殺は無理か!)

 

 今の体調では十万ボルトは使えない。でんきショックでは威力不足だ。アイアンテールの衝撃でも焼き石に水。

 残るは回避だが、その間あのツタージャが何もしない訳がない。ただ、回避するだけでは駄目だ。

 

「ピカチュウ、リーフストームに飛び込め!」

 

「ち、ちょっと!? それ、自殺行為よ!?」

 

 鋭い木の葉が大量に舞う竜巻に飛び込む。大ダメージは免れない。しかし、ピカチュウはサトシの判断を疑わず、危険地帯へと進む。

 

「タジャ!?」

 

 自らこの竜巻に入ったピカチュウに、ツタージャは驚きを隠せない。しかし、関係あるかと言わんばかりにリーフブレードを放つ。

 リーフストームの勢いを利用し、回転しながら複雑な螺旋状に移動の刃の嵐。木の葉と草の二重の刃だ。

 

「ピカチュウ、竜巻の流れに乗れ! アイアンテール!」

 

(こっちと同じ方法を!)

 

 攻撃を食らうのを覚悟で、勢いを利用した鋼鉄の尾の乱撃。しかし、リーフストームを受けている分、あちらが不利。ツタージャは草刃の乱舞を続ける。

 アイアンテールとリーフブレード。木の葉の竜巻の中で二つの技が次々と衝突し、火花を撒き散らす。

 

(徐々に威力が増している……!?)

 

 尾から伝わるアイアンテールの衝撃が、一撃ごとに大きくなっている。向こうは草の竜巻でダメージを受け続けているというのにだ。

 どうしてと考えた瞬間、十何度目の衝突。すると身体が痺れ出した。痺れと威力により、ツタージャは竜巻から吹き飛ばされた。

 その一秒後、勢いで加速したピカチュウが竜巻から脱出。でんこうせっかを放つ。ツタージャは痺れる身体を無理矢理起こし、辛うじて避ける。

 

「タ、ジャ……!」

 

「まひになってる?」

 

 ツタージャを見ると、バチバチと火花と電気が発生していた。

 

「せいでんきだね。ピカチュウの特性で、相手が接触した時にまひにする効果がある」

 

(それだけじゃないわね……!)

 

 自身の防御力が、かなり低下していることにツタージャは気付いた。

 その理由はアイアンテールとの幾度の激突。それにより防御力が幾度も下がっていた。

 

(……しばらく使って無かったから、中途半端に発揮されたのね)

 

 本来なら、『逆』になるはずなのだが、『これ』を長期間抑え込んでいため、この結果になったようだ。

 ただ、逆になっていても有利になったかと言えば話は異なる。何度も接触したことで、せいでんきでまひになっているのだから。

 

(なら、次で決める!)

 

 この状態では長期戦は不可能。ならば、次の一撃で決めるしか道は無い。

 

「ター……」

 

 痺れる身体に渇を叩き込み、三度リーフストームを放つ。その大きさは更に増し、規模は最早巨大竜巻その物だ。

 

「こ、これ……! 回避出来る規模じゃないわよ!?」

 

「これほどとは……!」

 

「最後の勝負だな、ピカチュウ……!」

 

「ピカ……!」

 

 この攻防で決まると、サトシとピカチュウも確信していた。それほどの威力、そして気迫を感じたのだ。

 

「ジャアアァァアアアァ!!」

 

 その小さな身体のどこに有るのかと思える程の竜巻が、発射される。今度の渦は縦ではなく、前に真っ直ぐに全てを削らんとするばかりに進む。

 

「ピカチュウ! でんこうせっか! リーフストームにもう一度飛び込め!」

 

「何考えているのよ! そんなことしたら直撃じゃない!」

 

「……」

 

 確かに直撃だ。しかし、デントは何かあると、そしてピカチュウはサトシの指示を聞き、どうすれば良いのかを理解。でんこうせっかで再度巨大化した竜巻に飛び込んだ。

 直後に、竜巻の余波がサトシやアイリス、デントを襲う。目を覆うほどの強風だが、サトシは塞がない。その瞬間を見逃さないために。

 

(――勝った!)

 

 あのリーフストームを食らったのだ。自分の勝利、そう確信したツタージャだが、次の瞬間、緑色に染まった景色に黄色が写る。

 それはみるみる大きさを増し、こちらに向かって来る。その色の正体は――ピカチュウだ。

 

「ピッ……カァ!」

 

(う、嘘!?)

 

「あの竜巻を……乗り越えたの!?」

 

 ツタージャの驚愕の間に、ピカチュウはダメージを受けながらも、竜巻を突破する。そして、決着を決める一撃を放った。

 

「たたきつける!」

 

「ピー……カァアアァ!!」

 

「タジャーーーッ!」

 

 渾身の力を込めた、たたきつける。強烈な尾の一撃を受け、ツタージャは悲鳴を上げながら大きく吹き飛んで仰向けの態勢になる。

 痛みに耐えながらも身体を動かそうとする。しかし、まひもあって動けない。自分の敗け、だった。

 

(……負けた)

 

 勝ちたいと思った勝負に負け、とても悔しい。しかし、何処かこの空の様に清々しい気分でもあった。

 

「俺達の勝ちだな、ツタージャ」

 

「ピカ」

 

「……タジャ」

 

 傷だらけ、然れど快晴の空の様な明るい笑みの少年とポケモンが写る。そうねと、ツタージャは笑いながら頷いた。

 

「……タジャジャ?」

 

「ん?」

 

 しかし、どうしても一つ分からない事があった。あのリーフストームをピカチュウは何故突破出来たのか。それだけが引っ掛かった。

 その質問がツタージャからピカチュウ。そして、サトシへと送られた。

 

「台風の目って、あるだろ?」

 

「……タジャ」

 

 猛烈な嵐の際、一時的に風や雨が無くなる場所の事だ。それぐらい――と、そこでツタージャは気付いた。

 まさか、リーフストームの中心、無風となる場所をピカチュウは進んだと言うのか。

 

「それぐらいしなきゃ、勝てなかったからな」

 

「ピカピカ」

 

 どうやら本当らしい。やれやれと、威力に溺れて犯した自分の失態もそうだが、それ以上にそんなとんでも行為を指示、実現させた彼等の絆と強さに、ツタージャは苦笑いを浮かべていた。正に完敗だった。

 

「……タジャ」

 

 話の間に、少しだけ動けるようになった。ツタージャは身体を起こすと、サトシのモンスターボールを指で指す。

 

「……俺と、俺達と来るか?」

 

 少年の問いかけに――ツタージャは頷いた。彼ならば良いと、彼女は認めたのだ。

 

「よし――モンスターボール!」

 

 コツンと、ツタージャの頭にモンスターボールが当たる。赤い光が彼女を包み込み、中に仕舞うと地面に落ちて揺れる。数度揺れた後――パチンとなって止まった。

 

「ツタージャ……ゲットだぜ!」

 

「ピッピカチュ!」

 

 こうして、また一匹、新たな仲間が加わったのであった。

 

「……ゲットしちゃった。あのツタージャを」

 

「実に、実に見事なテイストだよ」

 

 自分やアイリスでは、こうは行かなかっただろう。サトシだからこそ、あのツタージャをゲットしたのだ。

 

「だ、だけど、あんな癖のあるツタージャと上手くやって行けるのかしら?」

 

「僕は大丈夫だと思うよ?」

 

 この先が心配と呟くアイリスだが、デントは大丈夫だと信じて疑わない。

 サトシなら逆に、あの癖すら取り込んで新しい味を、力を引き出してしまうだろう。自然にそう思えた。

 

「あっ、そうだ。サトシ、ツタージャを出した状態で君の図鑑をちょっとだけ借りても良いかい?」

 

「何で?」

 

「ほら、激戦の後だろう? まひが残ってるかもしれないし、手当ての為にね。後は、草タイプのジムリーダーとして、少し情報が見たくてね」

 

「良いよ、ほら」

 

 納得出来る理由のため、サトシは自分の図鑑をデントに貸した。

 

「出てこい、ツタージャ!」

 

「……タジャ」

 

 更にツタージャを出す。ダメージや痺れが残っているせいか、少し辛そうだが問題ないと、腰に両手を当てる構えを取って気丈に振る舞う。

 

「――やっぱり」

 

 そのツタージャのある能力を、デントは確認する。自分の思った通りだ。

 

「デント、今何か言った?」

 

「いや?」

 

「……」

 

 アイリスの質問に違うと答えるデントを、ツタージャが睨む。

 

「気にしなくて良いよ。僕は言わないから。君の為にも――サトシの為にもね」

 

「……タージャ」

 

「……デント?」

 

 しゃがみながら、デントは優しい表情でツタージャに伝える。

 ジムリーダーとして『この事』は時が来るか、ツタージャが言うまでは話すつもりはない。

 ツタージャもデントの目から、その言葉をとりあえずは信じることにした。

 

「なぁ、デント。ツタージャと何を話してるんだ?」

 

「ちょっとした質問だよ。どんなのかと言うと――♀なのを話した置いた方が良いかな、とか」

 

「♀!? お前、♀だったのか!?」

 

「タジャ!?」

 

 自分が♀だと気付いてなかったサトシに、ツタージャは軽くショックを受ける。

 

「サトシ、それぐらいは気付いて上げなよ。メロメロは異なる性別に対して効果を発揮する技なんだから」

 

「そういや、そうか……」

 

「そ、そうよ。それぐらい気付かないなんて、本当に子供ねー。言っておくけど、あたしは気付いてたわよ?」

 

「へー」

 

「ちょっと! 何よ、その言い方!」

 

 口癖を軽く流すサトシに、アイリスは声を荒らげる。

 

「……タージャ」

 

 二人のやり取りに、やれやれと首を横に振るツタージャ。これから色々と大変そうだ。面白くもありそうだが。

 

「あっ、そうだ。ツタージャ、お前Nさんと知り合いみたいだけど……どこで出会ったんだ?」

 

「タジャ」

 

 サトシにNとの関係を尋ねられるも、ツタージャは秘密よと答える。

 サトシも無理に問い質すつもりは無いので、彼女から言うまで待つつもりだ。

 

「じゃあ、ツタージャの治療が終わったら次の町に向かって進もうぜ」

 

 賛成と、その場の全員がサトシの提案に頷いた。

 

「――ゾロ」

 

 その時、一匹のポケモンがその場を後にしたのは、気付かなかった。ツタージャを除いて。

 

 

 

 

 

 草木に満ちた道を、一匹のポケモンが走る。岩山を見付けるとそこを登り、頂上で待つ仲間の元に駆け寄る。

 

「どうだった?」

 

「ポカポカ?」

 

「ゾロ」

 

 待っていたのはNとポカブ。駆け寄るのはゾロア。そう、彼等だった。

 

「ゾロゾロ、ゾロア」

 

「そうか。やっぱり、彼女は彼と歩むことになったんだね」

 

 ゾロアの説明に、Nは笑顔で頷いていた。こうなると確信し、また二人の関係の誕生を祝福しているかのようだ。

 

「カブカブ?」

 

「うん、喜んでる」

 

 Nにとっては、トモダチが最善の道を歩んでくれれば、それで良いのだ。例え、それが自分とではなくとも。

 

「――N様」

 

 一人の男性がNの背後から近寄る。ロケット団を急襲した一団のリーダーだ。

 

「やぁ、ヴィオ。上手く行ったかい?」

 

「申し訳ありません。逃がしました」

 

 ヴィオと呼ばれた男性は、自分よりもかなり年下のNに敬称を付け、膝を地面に着けた状態で頭も下げていた。まるで、王に仕える臣下の様な態度だ。

 

「ロケット団の尖兵。それなりの実力は有るだろう。逃げを優先していたのなら仕方ないさ」

 

「次こそは必ず――」

 

「いや、捕縛は無理をしてまで行わなくて良い。それよりも、向こうがどう来るかが知る方が先決。しばらくは泳がせよう。但し、監視はしてくれ」

 

「承知しました」

 

 Nの言う通り、ロケット団に関しては動向が不明。対策の為にも、彼等は泳がせた方が良い。

 

「他にもお伝えします」

 

「頼む」

 

 Nの指示を受け、ヴィオは一例すると静かにそこから離れた。

 

「もうすぐだよ、サトシくん。もうすぐで始まりの時を迎え、何れ、多くの運命を決める出来事が起きる。その時、キミはどうするかな? ――考えるまでもないか」

 

 きっと、立ち向かうのだろう。彼ならそうするとNは確信していた。

 そして――その時、自分は彼と、死力を尽くして戦うことになるだろうとも。

 運命は既に動き出している。その流れを止めることは――もう出来ない。



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時計塔の達磨達

 毎日投稿はここまでです。次からは週に一度か二度。土曜か日曜の投稿になります。


「よーし、今日も特訓頑張ろうぜ」

 

「ピカ」

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

「カブ!」

 

 今は早朝。デントが朝食を作っており、昨日に引き続き完成まで特訓をするという訳である。

 ちなみに、サトシはアイリスが用意した串に刺した木の実を食べようとしたが、デントは止められていたりする。

 

「ちなみに、ツタージャも参加するか? するかしないかはそれぞれに任せてるけど」

 

「タジャ」

 

 参加するわと、昨日加わった新しい仲間、ツタージャは縦に頷く。

 

「じゃあ、軽く走るぞ~。言っとくけど、昨日みたいに無茶するなよ。ミジュマル、マメパト、ポカブ」

 

 バテバテになってはいざというときに戦えなくなるので、渋々だが三匹は頷いた。

 

「スタート!」

 

 サトシと五匹のポケモン達は同時に走り出す。先頭はピカチュウと、横にツタージャだ。

 

「ピカピカピカピカ……!」

 

「……」

 

 二匹は普段のペースで軽やかにかつ、土煙を上げながら素早く走る。

 

「やっぱりやるわね、あのツタージャ」

 

「うん、ピカチュウの不調を考えても、あれほどの速さ。相当の能力だよ」

 

 残りの三匹は、二匹とどんどん距離が離されている。ポケモンによってそれぞれ得手不得手があるとは言え、実力差がよく伝わる光景だ。

 

「よーし、終わり!」

 

「ピーカ!」

 

「タジャ」

 

「ミジュ……ミジュ……」

 

「ポー……」

 

「カブ~……」

 

 ピカチュウとツタージャはまだまだ余力を感じさせるも、ミジュマル、マメパト、ポカブはそれなりに疲弊していた。

 

「ご苦労さん、皆。ところでツタージャ、お前って他にも技を持ってたりする?」

 

「タージャ」

 

 こくりとツタージャは頷く。野生として自然や様々なポケモン、トレーナーとのバトルを潜り抜けるため、彼女は四つ以外にも技を持っていた。一度のバトルで使うのは四つまでだが。

 

「じゃあ、どんな技があるのか見せてくれ」

 

「タジャ」

 

 わかったわと頷き、サトシに背を向ける。そして、一つ目の技を使う。

 

「ター……」

 

 その場でくるくると回り出す。すると高く細長い風が発生。しかし、リーフストームと違って木の葉はない。

 

「ジャ!」

 

 細長い風が十分な規模になると、ツタージャはその風を発射。風は土を巻き上げながらある程度まで進むと消えていった。

 

「タジャ」

 

 ツタージャはサトシの方を向き、どうと訪ねた。

 

「これ……たつまきじゃないか!」

 

「あのツタージャ、ドラゴンタイプの技が使えるの!?」

 

「キババ……!」

 

「これは驚きのテイストだね……」

 

 風を発生させて相手に叩き付けるかぜおこしと似てはいるが、竜の力が込められた縦に長い竜巻をぶつける技がたつまき。

 ちなみに、ツタージャはこの技を結構気に入っている。威力こそリーフストームに劣るが、怯ませる事が出来るし、力を使わない時には多用していた。

 この場にいる全員が驚愕する中、ツタージャは他にも複数の技を使っていき、その実力の高さを改めて知らしめた。

 

「凄いぜ、ツタージャ!」

 

「ピカピカ!」

 

「タージャ」

 

 サトシとピカチュウの賞賛に、このぐらい何でもないと言いたげにツタージャは振る舞う。

 

「ミ、ミジュジュ……!」

 

「ポ、ポー……」

 

「カブブ……!」

 

 一方、ミジュマル、マメパト、ポカブの三匹はツタージャの想像以上の実力の高さに、焦りを抱いていた。覚えている技がまだ少ないのも理由だろう。

 三匹は負けてたまるかと、今までの技や新技の練習に必死に励む。

 

「デント、まだ~?」

 

 途中、サトシがデントに料理の完成まで後どれだけ掛かるかと聞く。

 

「もう少しさ。その前に、ポケモン達の分のポケモンフーズをどうぞ。オレンの実の風味を活かしてポケモンフーズだよ」

 

 漂うオレンの実の風味が、食欲を適度に刺激する。ツタージャも美味しそうねと思っていた。

 

「――マッカ~」

 

「ん?」

 

「え?」

 

「おや?」

 

 とそこに、とあるポケモンが出てきた。赤い身体に達磨に手足があり、不思議な愛嬌さがあるポケモンだ。

 

「このポケモン……」

 

『ダルマッカ。ダルマポケモン。寝ているダルマッカは、押しても引いても決して倒れない』

 

「へー……面白いポケモンだな」

 

「マッカ!」

 

「可愛い~!」

 

 片手を上げ、愛嬌たっぷりの笑顔や動きを見せるダルマッカ。アイリスが身体中をまさぐるも、途中で限度が来て腹を立てたのかかえんほうしゃを放つ。

 

「あちゃちゃ!」

 

「やり過ぎだよ、アイリス」

 

「うー……」

 

 自分でも自覚はあるのか、アイリスはダルマッカを怒ることはしなかった。一方のダルマッカは手足を引っ込めて寝始めた。

 

「これが、図鑑にあったやつか?」

 

「そうなんじゃない? 確か、絶対に倒れないって言われたわよね? ちょっと押してみましょうよ。えい!」

 

 アイリスがダルマッカを押す。後ろに動き、元に戻った。次に引く。前に動くも、やはり元に戻った。

 

「へぇ、まろやかな風味に僅かな意外性もある、いい味わいのポケモンだね」

 

 デントはダルマッカをそう評価していた。

 

「ピカ~」

 

「キバキバ」

 

 そんなダルマッカを全員で見ていると、ピカチュウとキバゴの背後から微かな物音が鳴った。

 二匹が振り向くと、ピカチュウに用意されたポケモンフーズが消えていた。

 

「ピカ!? ピカ……?」

 

「キバ? キバキバ?」

 

「タジャ?」

 

 二匹が戸惑っていると、ツタージャがどうしたのと近寄る。ピカチュウはいつの間にかポケモンフーズが無くなったことを説明し、隣にいたキバゴに僅かな疑いを向けている様だ。

 

「……」

 

 ツタージャは少し考える。キバゴが食べたにしても、ポケモンフーズの器まで無くなっているのは不自然だ。

 

「タジャタジャ」

 

「ピカ?」

 

「キバ?」

 

 ツタージャは二匹にしばらくポケモンフーズに背を向けなさいと告げ、自分はあることをしてまた背を向ける。その数秒後。

 

「――マッカ!?」

 

「タジャ!」

 

「ピカ!?」

 

「キバ!?」

 

「な、何だ?」

 

 似た鳴き声が響く。サトシ達もそちらを振り向くと、もう一匹のダルマッカがキバゴのポケモンフーズを器ごと持って行こうとしていた。

 

「マ、マッカ……!」

 

「タージャ」

 

 しかし、キバゴのポケモンフーズの器にはツタージャの蔓が引っ掛かっていた。この為、ダルマッカは持って行けず、姿を見せることになったのだ。

 

「ダルマッカがもう一匹!?」

 

「タジャタジャ」

 

「キバキバ!」

 

「えぇ!? このダルマッカがピカチュウのポケモンフーズを盗んで、自分のも盗ろうとしたって!?」

 

「と言うことは、もしかしてこっちのダルマッカは……!」

 

「――マッカ!」

 

 自分達の注意を惹くための、つまり、こっちのダルマッカの仲間ではとデントが推測する。

 その推測は見事に的中。達磨になっていたダルマッカは手足を伸ばすと、素早く動いて串に刺した木の実の束を強奪する。

 

「あっ、待て!」

 

「マッカーーッ!」

 

「かえんほうしゃ!」

 

 片方のダルマッカに気を取られた隙を突こうと、もう片方のダルマッカがかえんほうしゃを放つ。

 このダルマッカ達、かなり息が合ったペアの様だ。

 

「やるな……。なら、ピカチュウ、でんこうせっかで二匹を追い回せ!」

 

「ピカ!」

 

「ヤナップ、君も手伝うんだ!」

 

「ヤプゥ!」

 

 ピカチュウとヤナップのペアが、見事な動きで二匹のダルマッカの動きを制限していく。

 

「マメパトとツタージャ、かぜおこしとたつまき! ミジュマルとポカブ、そのかぜおこしとたつまきにみずてっぽうとひのこを加えろ!」

 

「ポー!」

 

「タジャ!」

 

「ミジュ!」

 

「ポカ!」

 

「マッカーーッ!」

 

 二匹のダルマッカへ二つの風が発生し、更に水と炎が合わさってより大きなダメージを与える。

 

「あれ、ダブルバトルの時と同じ!」

 

「へぇ、技を組み合わせるなんて……面白いね!」

 

 二重の連携技に、アイリスは前のダブルバトルを思い出し、デントはお見事と讃えた。

 

「マ、マッカ……!」

 

「まだ手放さないの?」

 

「うーん、かなり強情みたいだね……」

 

 連携技を受けた二匹だが、ポケモンフーズと木の実を手放そうとしない。

 

「だけど、逃げられないぜ!」

 

 二匹のダルマッカの周囲を、六匹のポケモン達が完全に包囲している。逃げ場は存在しない。

 二匹のダルマッカは互いに見合わせて頷くと、同時にかえんほうしゃを地面から放つ。

 思わぬ行動にポケモン達が怯んだ隙に、ダルマッカ達は周囲にも放って焼いていく。

 

「ちょっ!? 何て事するのよ!?」

 

「ミジュマル、みずてっぽうで消化するんだ!」

 

「ヤナップ、君もがんせきふうじの岩で消すんだ!」

 

「ミジューーッ!」

 

「ナプーーッ!」

 

 このままでは、火が広がって大惨事になりかねない。サトシ達は火を鎮火するべく、適した技を指示する。

 

「あとはあっち――」

 

「タジャ」

 

 ほとんど鎮火させ、後は一ヶ所。素早くそこを消火しようとしたが、そこには火はなく、代わりにツタージャがいた。彼女が消したようだ。

 

「消してくれたんだ。ありがと」

 

「タジャ」

 

 当然の行動よと、ツタージャはまた堂々と振る舞う。しかし、今の間にダルマッカ達は逃げてしまっていた。

 

「にしても、あのダルマッカ達、とんでもないわね!」

 

「僕達が消火するだろうと考えた上での行動だろうけど……」

 

 しかし、一歩間違えれば大惨事になるところだった。

 

「けど、あのダルマッカ達、なんで盗んでいったんだろうな?」

 

「自分達が食べる為でしょ? それ以外に無いじゃない」

 

「にしては、何か凄く必死な気がしたんだよな……」

 

「それは僕も感じたよ」

 

「よほどお腹が空いてたんじゃない?」

 

 今一納得行かないサトシだが、ダルマッカ達はもういない。空腹な事もあり、皆でパエリアを食べ、その後次の町へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 その町の川沿い。カフェがあるその場所で、ロケット団の三人は店員を呼ぶ。

 

「注文は?」

 

「カプチーノ。ロケットの様に大至急お願い」

 

「――分かりました」

 

 それは合言葉だった。自分がロケット団であると。

 

「あぁ、そうだ。これを用意してくれ」

 

「お受け取りします」

 

 コジロウが紙切れを店員に手渡す。前に遭った一団についての情報が書いてあった。

 ボーイは自然な動作でポケットに仕舞い、店に戻ると直ぐにカプチーノを運び、クリームで次の指示を彼等に伝える。

 

「ごちそうさま。代金よ」

 

「またのご利用を」

 

 指示を受け、ロケット団は席を立った。

 

「――動いたぞ」

 

 その様子を見て、白い髪を肩で切り揃えた髪型をした、同じ顔の三人が呟く。

 

「分かった。私達に任せてくれ。お前はあの方々に報告を」

 

「あぁ。あと、王は?」

 

「分からん。何処にいるのかも不明だ」

 

 はぁと、その人物達は溜め息を吐く。彼に万が一が有るわけには行かない。早く戻って来て欲しかった。

 

「とりあえず、今は奴等の監視だ」

 

「気は抜くなよ。奴等の同行の把握はとても重要な任務なのだからな」

 

「勿論だ。何れ来る時の為にも、な」

 

 三人の人物は確認を終えると、二人はロケット団が去った方向へ、もう一人は正反対の方向へ歩き出した。

 

 

 

 

 

「へー、何か静かな感じがする町だな」

 

「うん。穏やかさを感じるテイストの町だね」

 

 サトシ達が着いたのは、派手さこそは無いものの、物静かで過ごしやすそうな街だった。

 

「ねぇ、あれ時計塔よね?」

 

「うわ、大きい……」

 

「相当な年代を感じさせるテイストが伝わってくるね。興味深い」

 

 アイリスが指を指す。そこには、周りの建物よりも一回りは優に大きい時計塔があった。

 

「とりあえず、どうする?」

 

「今日はポケモンセンターで少しゆっくりするのも有りかもね。食料の買い物もしたいし」

 

「そうだな。俺もポケモン達の疲れを取ってやりたいし」

 

「じゃあ、決まりね」

 

 と言う事で、三人はポケモンセンターに行くことにした。到着すると三人は一旦離ればなれになり、サトシはリビングルームで五匹のポケモンと休んでいた。

 

「よっと。皆、ゆっくり休んでくれよな」

 

「ピカ」

 

「ミジュ」

 

「ポー」

 

「ポカ」

 

「タジャ」

 

 五匹は明日にも備え、ゆっくりと身体を休める。ピカチュウとツタージャはまだまだ余力は有るも、体力の回復は大事である。

 

「にしても、今日のダルマッカ達はなんだっただろうな?」

 

 サトシのふと呟いたその疑問に、さぁと返したツタージャ以外が悩む。

 

「あらあなた、あのダルマッカ達と遭遇したの?」

 

 そこに偶々、道具を運んでいる最中だったジョーイが話しかけてきた。

 

「あのダルマッカ達の事、知ってるんですか?」

 

「えぇ、あの子達はヒヒダルマと一緒にこの町に暮らしてた子なの」

 

「ヒヒダルマ?」

 

『ヒヒダルマ。えんじょうポケモン。ダルマッカの進化系。体力が少なくなると、格闘モードから瞑想モードになる』

 

「ダルマッカの進化系……」

 

 となると、そのヒヒダルマとダルマッカは親しい仲なのだろうか。

 

「そう。彼等はこの町の人々と一緒に暮らしていて、何の問題も無かった。なのに、ある日からダルマッカ達が食べ物を盗む様になったの」

 

「ヒヒダルマは?」

 

「それが行方知らず。でも、気になる点が一つあるわ。ダルマッカ達が盗みを働き出した時期と、ヒヒダルマが姿を見せなくなった時期がほぼ一緒なの」

 

「ヒヒダルマがいなくなったと同時に、ダルマッカ達が盗みを始めた……」

 

 単なる偶然とは考えづらい。おそらく、ヒヒダルマが行方知らずになった理由が、ダルマッカ達が食べ物を盗む理由と考えるのが自然だ。問題は、その理由。

 

「うーん、分かんないな……」

 

「私達も全く。そろそろ、あの時計塔の解体も始まるし、それまでには分かると問題なく進むのだけれど」

 

「えっ、あの時計塔、無くなるんですか?」

 

「えぇ、老朽化であちこちに穴が空くようになって、鐘も鳴らなくなっちゃったの。もうしばらくしたら、取り壊される予定」

 

「そうなんですか……」

 

「昔からいる人達によると、あの時計塔は街の人々が誇りだったそうよ。その鐘の音が一日の様々な時を伝えていたんだって。子供達の遊び場にもなってたとか」

 

「なのに、壊すんですか……」

 

「時代の流れなのかもしれないわね……」

 

 昔は街の象徴だったにもかかわらず、今は不要となった。寂しさを感じさせる悲しい話だ。

 

 

「辛気臭い話にしてごめんなさい。あと少しで料理が出来るから、待っててね」

 

「はい」

 

 二時間後、夜になり、合流した三人は食堂で夕食を頂いていた。

 

「うま! これ美味い!」

 

「ほんと! 美味しいわね!」

 

 その内のコロッケ、しかも山もりになるほどあるそれを、サトシとアイリスがモリモリと平らげていた。

 

「この二人、案外似た者同士かも……」

 

「俺(あたし)達が似た者同士だって!?」

 

 互いに琴線に触れたのか、譲れない一線なのか、二人はデントの言葉を否定する。

 

「あはは、ごめんごめん。それよりサトシ、さっきの話だけれど……」

 

 サトシは食事前、合流したアイリスとデントにダルマッカとヒヒダルマの話をしていた。

 

「ジョーイさんの話によると、ダルマッカ達にはヒヒダルマがいた」

 

「そして、三匹は街の人達と仲良く暮らしていた。だけど、ある時から盗みをし始めた」

 

「同時に、ヒヒダルマは姿を消した……。うーん、ミステリーのフレイバーが漂っているね……」

 

「これって、偶然だと思うか?」

 

「ちょっと考えにくいわね……」

 

「うん。ヒヒダルマが消えた理由が間違いなく、ダルマッカ達が食べ物を盗む理由だと思うよ」

 

 問題はその理由。それさえ判明すれば、この謎が解決する筈だ。しかし、幾ら考えても全く分からない。

 

「――皆さ~ん。今日は満月ですから、特別にお月見団子を用意してますよ。良ければ、食べますか?」

 

 そこに、ジョーイが今日は特別に団子を用意してあると話す。満月なので作ったのだ。

 

「じゃあ俺、用意するの手伝います」

 

「なら、あたしも」

 

「僕も手伝います」

 

「皆ありがとう。団子はキッチンにあるわ。場所はあちら」

 

「分かりました」

 

 三人は直ぐ様団子を取りに向かい、キッチンの部屋前に立つ。

 

「よし、ここだな」

 

「直ぐに持って行きましょ」

 

「そうだね」

 

 サトシが取っ手に手を掛け、扉を開いた。

 

「――あっ!?」

 

「ピカ!?」

 

「マッカ!?」

 

「ダルマッカ!」

 

「こんなところにも!?」

 

 しかし、そこにはなんと、あのダルマッカ達がお月見団子を袋に積めて運ぼうとしていた。窓が開いている所から、あそこから侵入したようだ。

 

「マッカ!」

 

「マカ!」

 

 ダルマッカ達は互いを見合わせると、素早く動き、侵入した窓から外に逃走する。

 

「あっ、こら!」

 

「ねぇ、これってダルマッカ達の目的を知るチャンスじゃない!?」

 

「確かに! この機を逃すわけには行かない!」

 

 これ以上の盗むを止めさせる為にも、理由を知るためにも、ここでダルマッカ達を追うべきだ。

 

「マメパト! お前は先にダルマッカ達を追跡してくれ!」

 

「ポー!」

 

 マメパト、次にサトシ達が窓から外に出る。

 

「なぁ、ここは三手に別れてダルマッカ達を探した方が良くないか?」

 

「そうね。まとまってよりは、ばらばらの方が発見しやすいし、追い詰めれると思うわ」

 

「なら、僕はこっちに向かうよ」

 

「俺はあっち!」

 

「あたしはそっちから探すわ!」

 

 サトシ達は三手に別れ、ダルマッカ達を追う。しかし、町を知っているダルマッカ達の方が動きは無駄がなく、サトシ達は軽々と撒かれてしまった。

 

「アイリス、デント! ダルマッカ達は?」

 

「途中で見失ったわ……」

 

「ここは彼等が過ごしてきた町だからね……地の利は向こうにある。こうなっても仕方ない」

 

「けど、このままあのダルマッカ達を見逃す訳にも……」

 

 三人は途中で合流したが、ダルマッカ達を見失ってしまい、どうしたものかと悩む。

 

「ポー!」

 

「マメパト! ダルマッカ達を見付けたのか?」

 

 そこに、空からダルマッカ達を追跡していたマメパトがサトシ達に合流。問いに頷いた。

 

「ダルマッカ達はどこに?」

 

 マメパトは片翼でその場所を示す。その方角に先にあるのは――時計塔だった。

 

「時計塔? ダルマッカ達はそこに?」

 

「でも、何で時計塔に入ったの?」

 

「彼等はそこを根倉にしていたのかな?」

 

「けど、あそこは老朽化してるってジョーイさんが話してたぜ? そんなところを根倉にするか?」

 

「確かにね……。けど、とりあえず追い掛けるべきだと思うよ」

 

「それもそうね」

 

 ダルマッカ達がいる判明したのだ。そこを行けば理由も判明するかもしれない。サトシ達は古びた時計塔へと向かう。

 

 

 

 

 

「近くで見ると、でかいな……」

 

「遠くから見ても、あれほどだからね」

 

「ねぇ、あそこ! ダルマッカ達じゃない?」

 

 アイリスが指を指す。窓から二匹のダルマッカの姿が見えた。同時にダルマッカ達もサトシ達に気付いたらしく、急いで上へと進む。

 

「――うわ!」

 

 中に入り、上を目指そうとしたが、途中で足場が崩れた。

 

「ところどころボロボロね……」

 

「老朽化してるって話だから、当然と言えば当然だけど……。安全の為にも、ゆっくり進もう」

 

 足場を確認し、慎重に進んでいくサトシ達。途中の階段を上り切り、小さな一室に着く。

 

「――マッカ!」

 

「ダルマッカ!」

 

 声がし、サトシ達は咄嗟にその場を離れる。直後に二つの拳が空を通過した。

 

「マッカ~……!」

 

「今のは、きあいパンチだね……!」

 

「避けれて良かったわ……!」

 

 かなりの威力を誇る技だ。直撃すれば、大ダメージは免れなかっただろう。

 

「マ~……!」

 

「待ってくれ、ダルマッカ! お前達はなんで食料を盗むんだ? 俺達はその理由が知りたいんだ!」

 

「マカ?」

 

 てっきり、昼の時の様に自分達を蹴散らしに来たと思っていたダルマッカ達だが、どうやら違うと理解した様だ。

 

「――さっきから、騒がしいね」

 

「えっ、この声は……」

 

 聞き覚えのある声と共に、階段から誰かが降りてきた。その人物は。

 

「Nさん!」

 

「……サトシくん?」

 

 カラクサタウンやサンヨウシティで出会った謎の青年、Nだった。

 

「どうして、キミ達がここに?」

 

「実は――」

 

 ダルマッカ達との一件や、それが切欠で二匹を追跡し、ここに来た事を簡潔に伝えた。

 

「そうか、キミ達も盗まれたんだね」

 

「も? ってことは、Nさんも?」

 

「不覚にもね。ただ、その後は事情を聞いて手助けしようとしてたところ。丁度良い、キミ達も協力して欲しい」

 

「協力? 何の?」

 

 食料を盗む手伝いだった場合は、即座に断るつもりである。

 

「話は上に上がってから。――一刻を争う事態だからね」

 

 その言葉に、三人は危機感を抱き、ゆっくりと上の階へと上がる。

 そこには何故かサトシを見て驚くポカブと、Nといるゾロア、他に緑色の球体に目と口、旋毛みたいなのがあるポケモンがいた。

 新しいポケモンが気になるサトシだが、今は部屋の方を優先する。

 

「これは……!」

 

「ヒヒダルマ!」

 

 そして、行方不明のヒヒダルマもいた。しかもどういう訳か、ダルマモードになっている。

 

「Nさん、これは一体……!」

 

「あそこを見てごらん」

 

 Nが指差した方向を見る。そこには時計塔の大きな鐘があった。

 

「ねぇ、あれって……鐘が浮いてない!?」

 

 しかし、釣鐘はフックに掛かっておらず、宙を浮いた状態になっていた。

 

「そう、フックが変形してしまって、鐘が外れて落下しそうになっていたんだ」

 

 近くには、長年掛かった鐘の重さで変形してしまったフックが転がっている。

 

「この時計塔は老朽化でかなり脆くなっている……。そんな状態でこの大鐘が落下したら、その重みで時計塔が崩壊する可能性は十分ある……!」

 

「それに、この時計塔って周りの建物よりもかなり高かったわよね!? 下手したら……!」

 

 最悪、周りの建物や住民をも巻き込んだ、大惨事に発展しかねない。

 

「そうか、ヒヒダルマはそれを食い止めるために……!」

 

「うん。そして、ダルマッカ達の食料を奪ったのは、ヒヒダルマの体力回復の為」

 

 これで謎は解けた。となると次は勿論、この危機をどうやって食い止めるかだ。

 

「Nさん、どうしたら?」

 

「先ずは、フックを元に戻そう。ダルマッカ達とボクやキミといるポカブ。これらの炎で形を変えれるぐらいにまで熱する」

 

 フックの形を元に戻さない事には、鐘も戻せない。

 

「分かりました。ポカブ、君に決めた!」

 

「カブ!」

 

 サトシにポカブを見て、Nといるポカブがペコッと頭を下げた。

 

「ひのこ!」

 

「同じく、ひのこ」

 

「カブーーッ!」

 

「マッカーーッ!」

 

 四つの炎が、フックを赤く染めていく。上手く行った様だ。

 

「次は強く叩いて、形を戻さないと。ヤナップ!」

 

「ヤプ!」

 

「ピカチュウ、お前も手伝うんだ!」

 

「かわらわり!」

 

「アイアンテール!」

 

 手刀と鋼の尾がフックを強く叩く。その衝撃により、フックはS字型へと戻った。

 

「次はミジュマル!」

 

「――ミジュ! ……ミジュ?」

 

 ボールが出てきたミジュマルだが、Nといるポカブを見て、あれと疑問符を浮かべた。

 

「カブカブ、カブウ」

 

「……ミジュ」

 

 

 それは後回し、Nといるポカブの台詞に、ミジュマルは頷いた。ポカブの言う通り、今はこの危機の打開を優先すべきだ。

 

「みずてっぽう!」

 

「ミジューーッ!」

 

 水を掛けられ、フックは冷えて形が固定化される。後は、このフックを掛けて鐘を固定するだけ。しかし、一つ問題がある。

 

「Nさん、どうやって鐘を掛けるんですか?」

 

 そう、この大鐘をフックに掛ける事だ。この鐘はヒヒダルマでも浮かせるのが限界。これを持ち上げねばならない。

 

「大型か複数のポケモンで持とうにも、下手にしたら重量で穴が空いてそのまま崩壊しかねない。このまま持ち上げないと……」

 

「ツタージャやヤナップのつるのムチで持ち上げるのは?」

 

「重量が有りすぎるわよ。二匹の身体が持たないわ」

 

 この鐘は数トンは優にあるだろう。サイコキネシスに掛かった状態でも、ヤナップとツタージャの小さな二匹では無理がある。

 

「ユニランのサイコキネシスやゾロアのトリックを合わせても、まだ足りないね……」

 

 サトシは直感的に、その名前がこのポケモンのだと理解した。この子も近くでNと仲良くなり、少し間いることにしたのだろう。

 

「そのユニラン、サイコキネシスが使えるんですか?」

 

「うん、この部屋の足場を補強してるのに使ってる」

 

「……あの、だったら解除したら足場が崩れるんじゃ?」

 

 その場合、自分達が落下して怪我してしまう。

 

「大丈夫、補強している間に問題ない足場を見付けたから。ボク達が立っている所やその辺りは崩れないよ」

 

「トリックはどうして?」

 

「トリックの物を動かす性質を応用して、鐘を違う場所に送るか試したんだけど……重すぎて浮かぶのをサポートするのが限界なんだ」

 

「問題はやはり、鐘という事ですか……」

 

 ヒヒダルマとユニラン、ゾロアをサポートし、鐘を浮かせて持ち上げるだけだが、その方法が無かった。

 

「それなら、何とかなるかも。マメパト、ツタージャ!」

 

 サトシは二匹を出す。二匹はNを見て驚き、特にツタージャはNを見ると、視線を反らした。Nはそんな彼女に微笑む。

 

「えーと、マメパトとツタージャ、かぜおこしとたつまきで少しでも鐘を浮かせてくれ」

 

「ポー!」

 

「タジャ」

 

 二匹は鐘の下に移動すると風を起こす。二重のたつまきにより、鐘は少しずつ上に上昇する。

 

「これなら行けるかも……!」

 

「ヤナップ、あの部分からつるのムチで持ち上げるか試してくれ!」

 

「ナプ!」

 

 念動力と風。五匹の力が掛かっている状態なら、ヤナップでも持ち上げれるかもしれない。

 ヤナップは素早くフックを掛ける部分に移動し、つるのムチをフックに引っ掛ける。

 幸い、ギリギリで何とかなる様で鐘を更に少しずつ上げていく。

 

「ナ……プ……!」

 

 しかし、ヤナップの表情が歪む。かなり苦しそうだ。

 

「ヤナップ、大丈夫かい!?」

 

「サポートがあるとはいえ、実質彼だけで持ち上げてるからね……!」

 

 どうすればと、サトシ達は悩む。しかし、これ以上軽減しようにも、方法が無い。

 

「町の人達に協力を求めるべきじゃ?」

 

「うん。僕達だけじゃ、これ以上は無理だ」

 

「だったら、直ぐに――」

 

「……いや、駄目だ。時間が無い」

 

 町の人々に助力を求めようとサトシ達は考えるも、Nはそれでは間に合わないと語る。

 

「どういう事ですか!?」

 

「見てくれ」

 

 ヒヒダルマの周りが、高熱で揺らいでいる。

 

「念動力の使いすぎで、熱が発生してるんだ。このままだと、床が発火して火事が起きてしまう」

 

「そんな! どうしたら良いのよ!」

 

 残り少ない時間で、鐘を掛けなければ火事に。かといって、強力な念で鐘を浮かべているヒヒダルマが力を止めれば、この時計塔が崩壊してしまう。八方塞がりだった。

 

「――ピカピカ!」

 

「どうした、ピカチュウ?」

 

「それは……縄?」

 

「ここで用意された物かしら?」

 

「そうか。その縄で鐘を引っ張るんだね?」

 

「ピカチュ!」

 

 ヤナップだけでは無理なら、複数で持ち上げれば良いのだ。

 

「これだったら、行けるかも!」

 

「あとは僕達が鐘に引っ掛けて、持ち上げて軽減する」

 

「急ごう。もう一刻の猶予もない」

 

 縄を投げ、上に引っ掛けてから鐘の穴に掛ける。

 

「いっ、せい、のぉ!」

 

 息を合わせ、人とポケモンが一体となってここにいる全員で渾身の力で引っ張り、鐘を持ち上げていく。

 引く度に少しずつ少しずつ、鐘が上がり、掛ける場所にまで近付いた。

 

「よし、あとは掛けるだけだ! ピカチュウ、フックを持って、あの場所にまで行ってくれ! マメパト、ツタージャ、フルパワーでかぜおこしとたつまき!」

 

「ピカ!」

 

「ポーーーッ!」

 

「ター……ジャア!」

 

「ゾロア、ユニラン、全力でトリックとサイコキネシス!」

 

「ゾローーーッ!」

 

「ユニーーーッ!」

 

「ダーー……ルーー……ッ!」

 

 五匹は限界まで力を振り絞り、掛ける場所を全力で維持。その間に縄を外し、ピカチュウがフックを柱に、次に五匹の力で鐘をフックに掛ける。

 

「最後はゆっくり力を弱めるんだ。一気に力を解除すると、フックや柱に強い負荷が掛かってまた異常が起きるかもしれない」

 

「はい! もう一頑張りだ!」

 

 五匹は力をゆっくり落としていく。一分ほど掛けて全ての力を消す。しばらく見るも、柱もフックも問題ない。

 

「終わった、ね」

 

「やったーーーっ!」

 

「ふー、スッゴくドキドキしたわ……」

 

「これは僕達全員で解決した、正に友情のテイストだね」

 

 問題が解決し、全員が一安心する。ポケモン達も互いにお疲れ様と労っていた。

 

「ダルダル」

 

「ヒヒダルマ!」

 

 そこにダルマモードから普通の状態に戻った、ヒヒダルマが笑顔でサトシに近付く。自分達に力を貸してくれたことに感謝しているようだ。

 

「マッカマッカ!」

 

「マカ~!」

 

 ダルマッカ達も、サトシ達やNに感謝しており、先のご飯を盗んだ件について頭を下げていた。

 

「もう盗んだりするんじゃないぞ」

 

「そうだよ。盗みは悪いことだからね」

 

「マッカ」

 

 はいと、二匹のダルマッカは深々と頭を下げる。

 

「あと、ヒヒダルマありがとな! この町を守ってくれて」

 

「ダール」

 

 ここは自分やダルマッカ達が過ごしてきた町。それを守るのは当然の事である。

 

「さて、町の人にこの事を報告しよう。危機は去ったとは言え、きちんと対応してもらうには越したことはないからね」

 

「ですね」

 

 サトシ達は時計塔から出ると、ポケモンセンターでジョーイに事情を説明したのであった。

 

 

 

 

 

「Nさーん!」

 

 翌日。時計塔の前でサトシ達とNが再会する。Nの側には、ポカブとゾロアがいた。

 

「やぁ。今日も元気そうだね」

 

「はい。……ピカチュウはまだまだですけど」

 

「早く治ると良いね」

 

「ピカピ」

 

 ありがとと、ピカチュウはNにお礼を告げる。

 

「ところで、ユニランは?」

 

「あの子なら、キミ達が来る前に帰ったよ。あと、キミ達に頑張れだって」

 

「そうします」

 

 ユニランは名残惜しかったが、Nと離れていた。その際、サトシ達に応援の言葉を掛けていた。

 

「あなたがNさん?」

 

「はい。……あれ、サンヨウで会いましたか?」

 

 そこに、この町のジョーイが駆け寄る。しかし、ほぼ同一と言っていい顔に、同じ人物かとNが勘違いする。

 

「サンヨウはわたしの親戚の子なの。わたしの方が一つ上」

 

「似てますけど、違う人達なんです」

 

「……そ、そうですか」

 

 流石のNも、これには苦笑いするしかなかった。

 

「それよりもNさん。彼等と一緒に町を守って頂き、ありがとうございます」

 

「いえ、ボクは彼等の協力をしただけです。礼はヒヒダルマやダルマッカ達に言ってください」

 

「分かりました」

 

「あと、この時計塔はどうなりますか?」

 

「ヒヒダルマやダルマッカ達が頑張った事や、その話を聞いて昔から暮らす人達が残して欲しいと必死に訴えて、残す事に」

 

 昨日の一件を切欠に、やはり残して欲しいとこの町の多くの人々が告げ、あの時計塔は存続することとなった。

 

「安全の為にも、今度はしっかりと見てください」

 

「勿論です。今日の昼から早速点検が行われます。ヒヒダルマやダルマッカ達も協力してるんですって」

 

 色々あったが、どうやら良い方向で纏まった様である。

 

「私、仕事がありますから、これで失礼しますね」

 

 話を終えると、ジョーイはサトシ達から離れていった。

 

「何はともあれ、纏まりましたね」

 

「うん。だけど――そもそも、ここの人達の落ち度ではある」

 

 空気が悪くなるのを承知の上で、Nはその事を伝えた。

 

「Nさん……」

 

 しかし、間違ってはいない。老朽化したからとは言え、ここの点検を町の人が怠ったのが原因なのだから。

 

「ですが、Nさん。彼等は今回の一件で間違いを知りました。きっと、同じ過ちは二度と犯さないと思います」

 

 今回の件があるからこそ、この町の人々はそれを糧により良い道へと歩む。デントはそう語る。

 

「だと良いね。――ごめんね、キミ達にこんな話をして」

 

 Nはサトシ達に謝ると帽子を被り直し、町を出ようとするも、そこにミジュマルが出てきた。

 

「ミジュー」

 

「カブ」

 

「ミジュミジュ、ミジュマ?」

 

「カブカブ、カブー」

 

「……ミジュマル、そのポカブと知り合いなのか?」

 

「ミジュミジュ!」

 

 二匹はしばらく話し合う。その様子にサトシが尋ねると、ミジュマルが手振りや身振りで伝える。

 

「もしかして……アララギ博士のとこにいた、ポカブ?」

 

「カブ」

 

 シューティーに用意された、新人用のポケモンの一体のポカブ。このポカブはその時と同じ個体だったのだ。

 

「Nさん、アララギ博士から……?」

 

「うん、色々と話してね。それ以降、一緒にいるんだ。そのミジュマルもアララギ博士の所にいたのかい?」

 

「はい。俺達を追って、来ちゃったんです」

 

「サトシって、好かれるんだね」

 

 デントの言葉にNも同意だった。また、自分がアララギ研究所を訪れた時、少し騒がしかった理由も納得していた。

 

「ちなみに、この子達と一緒にいたツタージャは誰が?」

 

「シューティーっていう、トレーナーの元に」

 

 その名前に、デントが反応する。

 

「シューティー? 彼の事かな?」

 

「知ってるの、デント?」

 

「うん。サトシが来る前日にサンヨウジムに訪れたトレーナーだよ。結果は彼の勝利」

 

「誰と戦ったんだ?」

 

「コーンだよ。苦戦しながらもギリギリでね」

 

「やるなあ、シューティーも」

 

 相性で有利ながらも、あの強敵、コーンとヒヤップに勝てた様だ。大したものである。

 

 

「ボクはポッドって人と戦ったよ。彼も強かった」

 

「そうですか。――って、え? Nさん、ポッドと戦ったんですか?」

 

「うん。結果はボクとポカブの勝ち。その証拠に――」

 

 Nはポケットからケースを取り出して開く。そこには、サンヨウジムに勝った証、トライバッジがあった。

 

「Nさんもジムを……」

 

「デントくんには前にああ言ったけど、それには彼等を知った上で決めたい。だから、ボクもジムを巡っているんだ」

 

 批判するにしても、よく知ってからするべき。また、ジムリーダーのポケモンとの付き合い方もNは知りたかった。だからこそ、ジムを目指しているのだ。全部は無理だとしても。

 

「あの、ツタージャで思い出したんですけど……Nさんって、ツタージャとどういう関係なんですか?」

 

「秘密。彼女から聞くか、その時になるまではね」

 

 ツタージャとの関係を尋ねるサトシだが、Nは彼女が言うか、その時までその事を話すつもりはない。

 その返答にサトシも二人も残念そうだが、無理に聞く気も無いので諦めた。

 

「じゃあ、ボクは次の町を目指したいから、そろそろ失礼するよ。ゾロア、ポカブ、行こうか」

 

「ゾロ」

 

「カブ」

 

「サトシくん、デントくん、また会おう」

 

「はい」

 

「えぇ」

 

 挨拶も済ませ、一足先に町を出ようとしたNだが、視線をアイリスに向ける。

 

「あ、あの、何ですか?」

 

「――『仲直り』、出来ると良いね」

 

 その発言に、思わず息を飲むアイリス。しかし、Nはそれ以上は語らず、二匹と共に歩いて行った。

 

「……どういう意味だろう?」

 

「アイリス、何か心当たりはあるかい?」

 

「あ、あるわけ無いじゃない! あたしとキバゴは仲がスッゴく良いし! ねっ、キバゴ!」

 

「キバキバ!」

 

「それもそうだよね……」

 

 動揺しているのが気になるも、アイリスの言う通り、キバゴとの関係は良好だ。さっきの発言とは辻褄が合わない。

 

「じゃあ、Nさんはなんであんな事を……?」

 

「そんなことどうでも良いじゃない! 早く次の町に行きましょ!」

 

「あっ、おい。待てよ、アイリス!」

 

「うーん、気になるテイストだね」

 

 一つの引っ掛かりを残しつつも、彼等はこの街を後にしたのであった。

 



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ペンドラー大暴走

「今日も頑張ってるなー、皆」

 

 サトシの視線の先では、今日も五匹のポケモン達が走り込みをしている。今は一休み中なので、自主練という訳である。

 

「そっちも頑張れよ~、アイリス、デント」

 

 一方、振り向くとそこにはアイリスとキバゴ、デントとヤナップが向き合っていた。今からバトルするのである。

 ちなみに、サトシが相手でない理由は、本気でやるのをアイリスが避けたためである。

 

「当たり前よ!」

 

「キバキバ!」

 

「ヤナップ、オーダー通りにね」

 

「ヤプ」

 

「オーダー?」

 

 どういう意味だろうかと、頭を捻らせるサトシ。

 

「見てたら分かるわよ。キバゴ、ひっかく!」

 

「キババ~!」

 

「ヤナップ、タネマシンガン。――優しくね」

 

「ヤプ」

 

「優しく?」

 

 両手を前に出して迫るキバゴに、デントはサトシにとってこれまた意味不明な指示を出す。

 

「――ナプ」

 

 ヤナップは歩いて距離を詰めるとポン、威力を全く感じさせない勢いの種を一発だけ放った。

 

「キバ!」

 

「えぇ……」

 

 明らかに威力が低すぎるタネマシンガン、というよりタネだが、それでもキバゴは怯み、顔を手で守るようにしていた。

 超低威力、ドラゴンタイプに今一つの草タイプの技にもかかわらずこの有り様である。

 

「あぁ、キバゴ! 大丈夫?」

 

「キバ~……」

 

 心配したアイリスがキバゴに近寄る。キバゴは涙目で弱々しい声を上げていた。

 

「あら~、今ぐらいのパワーでもダメか~」

 

「ナプ~」

 

 かなり威力を落としたのだが、それでも駄目だったらしい。

 

「キバゴ、これは練習なんだから頑張って、ね?」

 

「練習? このバトルが?」

 

「そう、キバゴをバトルに慣らす練習。だから、こっちは技の威力を十%にまで落としたんだけど……もう少し下げる必要があるみたいだね」

 

「……それ、バトルって言うのか?」

 

 とてもだが、バトルには思えないサトシだった。

 

「良いの! ちょっとずつちょっとずつバトルに慣れる。そういう育て方もあるの!」

 

「ガンガンぶつけ合った方が面白いし、力も引き出せると思うんだけどな……て言うか、そもそも気迫や緊迫感の無いバトルが練習になるのかも疑問だよ」

 

 身心昂るからこそ、潜在能力は引き出される。そう思っているサトシからすれば、このバトルに意味が有るとは到底思えなかった。

 

「う、うるさいわね! 何でもバトルすれば良いってもんじゃないの! それに、人にはそれぞれ適したやり方があるの! そんなことも分からないの? 子供ね~」

 

「……まぁ、それもそうか」

 

 今の発言は正しい。自分には自分のやり方があるように、アイリスにはアイリスのやり方がある。

 

「第一、デントとヤナップはサトシと違って紳士的だし、私達に合わせてくれるのよ」

 

「指名、ありがとうございます」

 

「ナプナプ」

 

 デントとヤナップは礼儀正しく構えを取り、頭を下げる。

 

「そういや、アイリスとキバゴがバトルするの初めて見るな……」

 

 イッシュ地方を訪れたその翌日から、今に至るまで彼女達がバトルする所を見たことが無かった。

 

「まぁサトシ、ここは彼女達のやりたいようにやらせてみたら?」

 

「別に良いけどさー。でもよ、それなら違うやり方で練習したら?」

 

「例えば?」

 

「ちょっと待って。えーと……」

 

 サトシは少し考えると向こうを、ポケモン達が走っている方角を見る。今日もピカチュウとツタージャ、その後ろをミジュマルとマメパト、ポカブを走っていた。

 

「よし。おーい、ツタージャ。走り込みを止めて、こっちに来てくれないかー?」

 

「タジャ? タジャ」

 

 自分だけ呼ばれたので、一度疑問を抱いたが、何かの指示だろうと直ぐに理解し、サトシの元に駆け寄る。

 

「つ、ツタージャでどうする気よ?」

 

「ツタージャ、今キバゴがバトルに慣れようとしているからさ、付き合ってくれないか? 但し、技は一切禁止。ツタージャはかわすだけだ」

 

「タジャ」

 

 分かったと頷くツタージャ。聞いた話や自分が見たところ、キバゴは駆け出しですらない。

 サトシの旅の仲間のポケモンだし、一歩進む手伝いぐらい構わないと、ツタージャは考えた。意外と面倒見は良いようだ。

 

「なるほど。先ずはキバゴに沢山技を使わせようという訳だね」

 

 これなら、キバゴは攻撃されない。しかし、ツタージャは全力でかわすので、必死にならなければ攻撃は擦りもしないという訳である。そうして、気迫と緊迫感に慣らせるのだ。

 

「うん、良いんじゃないかな? アイリス、君は?」

 

「……ツタージャ以外はダメなの?」

 

 はっきり言って、今のキバゴではサトシのツタージャに攻撃を当てるなど不可能だとアイリスは理解している。出来れば、ツタージャやピカチュウ以外が有難い。

 

「いや、ピカチュウはせいでんきがあるし、他は今走り込んでる最中だしなあ……」

 

 不調とは言え、一番長い間一緒にいて経験を重ねたピカチュウや、既に高い実力を持つツタージャと違い、他の三匹はまだまだ成長途中。

 三匹とも、自分の指示に応えうるだけの体力を付けたがっているし、そうなると残るは実力、性格、適正を考慮すると自動的にツタージャだけなのである。

 

「じゃ、じゃあ、デントがそうしてよ! 良いでしょ?」

 

「僕は構わないよ。ヤナップ、付き合ってくれるかい?」

 

「ヤプ」

 

「決まり! ツタージャはいつかね!」

 

「……タジャ」

 

 やれやれと、ツタージャは顔を左右に振る。自分が付き合おうとしたのに、断ったアイリスに少し呆れた様子だ。

 

「キバゴ、続ける?」

 

「――キバ!」

 

 アイリスの言葉に、キバゴは小さな勇気を奮い起たせ、ヤナップに向き合う。

 

「よし。キバゴ、強い!」

 

「キバ!」

 

「キバゴ、頑張れ!」

 

「……タジャ」

 

 アイリスやサトシはキバゴを応援するも、ツタージャは少し呆れ顔だ。頑張りなさいとは言ったが。

 

「それじゃあ、もう一度ひっかく! 行ってみよ~!」

 

「キバ!」

 

「ヤナップ、かわして」

 

「ナプ」

 

「キババババ~!」

 

 ぶんぶんと両手を振り回すキバゴだが、その攻撃は全てヤナップに軽々と回避される。

 というか、ヤナップはその場に留まっており、身体を動かすだけで避けていた。

 

「……ダメだ、こりゃ」

 

「タジャ」

 

 適当に振り回しているのもそうだが、身体の使い方がなっていない。あれではそもそも当たりもしないし、当たっても技の威力はほとんど発揮されないだろう。

 

「キバゴー、そんなんじゃ当たんないぞー。もっと肩や身体を使って全体で振らなきゃ」

 

「ちょっとサトシ! 余計な事を言わない――」

 

「キバ!」

 

「おっ」

 

「ヤプ」

 

 ブンと、それまでよりも遥かに勢いを感じるひっかくを、キバゴは放った。ヤナップは思わず一歩下がってかわす。

 

「今のひっかくは良かったよ、キバゴ。しっかりと力と勢いがあった」

 

「ナプナプ」

 

「キバ~」

 

「結構、筋が良いのかな?」

 

 まだまだではあるが、一度聞いただけでダメな所を改善した。以外と、呑み込みが早いのかもしれない。キバゴも誉められて嬉しそうだ。

 

「う、うぅ……」

 

 そんなキバゴとは対照的に、アイリスは色々と複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「なぁ、アイリス。他に技は無いのか?」

 

「え……。い、一応、あるにはあるけど……」

 

「じゃあ、それも使えよ。他の技をどう使うのも、練習には重要だぞ?」

 

「そ、それはそうなんだけど……」

 

 態度がおかしい。さっきの複雑そうな様子ともまた違う。

 

「もしかして、反動がある技とか?」

 

「だとしたら、それは止めた方が良いね」

 

 今のキバゴはレベルがかなり低い。反動がある技の使用は控えた方が良いだろう。

 

「いや、そういう類いの技でも無いんだけど……」

 

「もうなんなんだよ、さっきからはっきりしないな! その技見せてくれよ!」

 

 要領を得ないアイリスの態度に、少し腹立ったのかサトシはその技の使用を促す。

 

「……分かったわよ! 見せて上げるわよ! キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「キバ!」

 

「りゅうのいかり!」

 

「へぇ、そんな技もあるんだね」

 

 キバゴは口を開き、青色のエネルギーをチャージ。かなりの力が集まっていき、その威力は今のキバゴに反して中々のものだと分かる。

 

「――ハクシュン!」

 

「ッ!」

 

 キバゴがクシュンと、くしゃみをする。瞬間、閃光が迸り、大爆発が発生した。

 

「ピカピー!?」

 

「ミジュミジュー!」

 

「ポーポー!?」

 

「カブカブ!」

 

 その音に、走っていた四匹のポケモン達が走りを止めてサトシの元に向かう。

 

「お、お……」

 

「ヤ、ヤナ……プ……」

 

 そこには、思わぬ大爆発に巻き込まれ、煤が付着したデントとヤナップ。アイリスもである。

 

「……あれ、大丈夫?」

 

「……タジャ」

 

 しかし、サトシとツタージャは無傷だった。見ると、ツタージャの前方にたつまきの渦の残りがあった。

 どうやら、ツタージャが危険を感じ、咄嗟に防御をしたため、自分は無傷だった様だ。

 

「ありがと、ツタージャ」

 

「タージャ」

 

 どういたしまして。ツンとした表情でツタージャはそう答えた。

 

「あ、あはは……。失敗失敗! ……はぁ、今日もダメか~……」

 

「今日も!?」

 

「……タジャ」

 

 アイリスの言葉にサトシは驚き、ツタージャは呆れの態度を見せた。

 一方、さっきの爆発で凹みになった場所ではキバゴが照れ臭そうにしていた。

 

 

 

 

 

 森にある廃墟。そこの一部屋にロケット団がいた。コジロウが機械のキーボードを叩くと、ロケット団ボス、サカキの姿が映る。

 

「サカキ様、我らここに揃っています」

 

『うむ。早速、次のミッションについて伝える。目的地はリゾートデザートだ』

 

「リゾートデザート? 確か、砂漠が広がる場所ですね?」

 

『そうだ。そこには、メテオナイトと呼ばれる隕石が埋まっている。ミッションはその隕石の捜索及び、確保だ』

 

「何故、その隕石を?」

 

 ただの隕石なら、精々珍しい石っころでしかない。態々入手する必要は無い筈だ。

 

『メテオナイトには、膨大なエネルギーが宿っているからだ。小さな欠片ですら。メテオナイトは太古の昔、この星の大気圏に到着し、砕け散り、世界中に分散した。その中でも一番大きな物が存在する場所こそ――』

 

「リゾートデザート」

 

『その通り』

 

 これはロケット団が夢の跡地で入手した、夢のエネルギーを解析した結果、判明した事である。

 

『メテオナイトを入手すれば、世界のエネルギー事情は一変する。ロケット団世界戦略の切札となるだろう』

 

 それだけのミッションに参加出来る。団員としてはこれほど光栄な事はない。ロケット団達は表情を緩ませる。

 

『また、このミッション遂行に当たり、エージェントを送る』

 

 画像に、そのエージェントの姿特徴が映し出される。これほどのミッションだ。増援が送られても当然だろう。

 

『直ちにミッションにあたれ』

 

「はっ!」

 

 彼等は謹んで了承する。しかし、その会話全てを聞かれているなど、想像もしてないだろう。

 

 

 

 

 

「メテオナイト、ですかあ~」

 

 遠く離れた場所。何処かの研究所で、薄い金色と濃い青の独特の髪型をし、白衣を纏う人物が目の前のモニターから流れる会話をつまらなさそうに聞いていた。

 

「連中はそれを狙っているみたいですね」

 

 その背後には、二メートルの長身と目のような意匠が施されたマントを纏う人物がいた。右目には奇妙な形のモノクルを付けている。

 二人は、ロケット団のやり取りを盗聴していた。その方法は至って簡単。部下に命じ、彼等が行きそうな場所の候補に予め盗聴機を仕掛けたのだ。

 そして、その内の一つにロケット団が来たと言う訳である。

 

「しっかし、何と言うか、無知って本当に愚かですね~」

 

「えぇ、ワタクシもそう思います」

 

 二人はロケット団に対し、嘲笑を浮かべる。

 

「で、どうします? 放って置きます?」

 

「いえ、利用させてもらいます。彼等がメテオナイト、それも大型のを使うとなると、大規模な作戦になります。となると、行われる場所はかなり限られる」

 

「ヒウンシティですね。99%以上の確率で」

 

 イッシュ地方一の大都会、ヒウンシティ。そこでなら大規模な作戦を行うのに適している。

 

「で、具体的にどう利用するんですか?」

 

「おや? 貴方がそれを思い付かないとは考えられませんが?」

 

「私には研究があります。一々、小さな事に頭を使いたく無いのですよ。作戦はそちらにお任せします」

 

「やれやれ」

 

 目の前の彼は、とても優秀なのだが同時にかなり癖のある人物でもあった。それでも有能なので置いている訳だが。

 

「まぁそうですね。あれこれ考えるのはワタクシの役目。貴方は研究するのが役目。ここは役割分担と行きましょうか」

 

「助かります」

 

「ですが、例の物は頑張って手に入れてください」

 

「セキュリティ凄まじく堅いので、そろそろ止めたいのですが」

 

「駄目です。ここが終わった後に備え、今から得て置きたいのです。また、可能なら素早く確保し、戦力にするべきです」

 

「はいはい。分かりました。間が有ればしっかりとやって置きますよ。まぁ、私も気にはなりますからね」

 

 白衣を纏う人物の研究テーマ。その追求の為にも、彼はその情報を是非とも入手して見たかった。

 とは言え、それらの情報は悪用から遠ざける、万一の事態を避けるため、凄まじいセキュリティロックが仕掛けられている。

 なので、色々やっているが、今のところ入手する見込みは全くなかったりする。命令なので、続けるが。

 

「ところで、王様とやらは?」

 

「まだ見つかってません。彼等が動くまでには、戻って来て欲しいのですが……」

 

 下の者達を安心させるためにも、絶好の機を得るためにも。

 

(最悪の場合、無しで動くことになりますが……)

 

 その場合はとても面倒になる。何としても戻ってもらわねばならない。

 

「全く……どこにいるのやら。――N」

 

 彼は静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

「はぁ~、上手く行かないわね~……りゅうのいかり」

 

「キバ……」

 

 木の幹の上で、りゅうのいかりの失敗をアイリスとキバゴが嘆く。

 

「あれは、りゅうのいかりと言うより……」

 

「りゅうのくしゃみ、だね」

 

「ピカ!」

 

「上手い! アイリス、これからはりゅうのくしゃみにしたらどうだ?」

 

「くしゃみじゃな~い! あたし、真剣に悩んでるのに……」

 

「ごめんごめん。冗談だよ」

 

 落ち込んでいるアイリスを励ましたかったのだが、上手く行かなかったようだ。

 

「なぁ、キバゴの技はその二つだけ?」

 

「うん……。ひっかくとりゅうのいかりだけ」

 

 キバゴを撫でながら、アイリスは話を続ける。

 

「普通のりゅうのいかりは、ドラゴンの力を塊にして発射してダメージを与える技。だけど、この子の場合は違うの。力が暴発しちゃうの」

 

 ピョンと、キバゴ、ピカチュウの順に木から降りる。

 

「最初はゆっくりじっくり旅をして、習得して行けばなあ、って思ってたんだけど……全然上手く行かなくて。オノノクスまで道のりは遠いなぁ……」

 

 アイリスの言葉に、サトシは思った。

 

「なぁ、アイリス。俺思ったんだけどさ。キバゴには体も技も足りないんじゃないか?」

 

「……どういう事?」

 

「だから、りゅうのいかりの力を留めようにも、今のキバゴじゃあ、それを行えるだけの体と技が無いんだよ」

 

「確かにそれは考えられるね。あのりゅうのいかりから、キバゴには相当な潜在能力を感じた。だけど、それを発揮出来る土台が今のキバゴにない。だから、失敗するんだと思う」

 

 力を支えるための器がなっていない。これでは、失敗して当然だ。

 

「じ、じゃあ、どうしたら良いの?」

 

「そりゃあ……特訓しかないだろ。身体作りに走って、技の練習もする」

 

「うん、こればかりは地道に一歩ずつ進むしかないと思うよ」

 

「そっか……。あのさ、付き合って……くれる?」

 

「当たり前だろ、仲間なんだから」

 

「そうだね。僕達は旅の仲間だ。困っている時は支え合うのは当然だよ」

 

「……ありがと」

 

 何の迷いもなく、力になると言ってくれたサトシとデント。嬉しいが、照れ臭さからつい小声になっていた。

 

「キババ」

 

「キバゴ?」

 

 いつの間にやら、キバゴが木の実を持って来ていた。それも器用に両牙に刺して。

 キバゴは木の実を牙から外すと、その内の一つをアイリスに差し出す。

 

「へぇ、中々に器用だね」

 

 アイリスは木の実を一口かじる。程好い酸味と甘味が美味しい。

「美味しい。ありがとね、キバゴ」

 

「キババ~! キバ!」

 

 キバゴはアイリスのその言葉を聞くと、また木から降りた。

 

「あっ、キバゴ?」

 

「誉められて嬉しいんだろうね。もっと持って来るんじゃないかな?」

 

「遠くに行っちゃダメよ~」

 

 ピカチュウが念のために降り、キバゴの後ろを追う。

 

「キバゴも励ましてるんだし、頑張ってみたら?」

 

「あぁ、やる気十分って感じだしな」

 

「……そうね。あたし、頑張ってみる!」

 

 キバゴに、サトシとデントも付き合ってくれるのだ。トレーナーの自分が頑張らなくてどうすると、意気込むアイリス。

 

「ところでさ。アイリスはどうやってキバゴをゲットしたんだ?」

 

「それは僕も気になるね」

 

 アイリスの手持ちはキバゴ以外に見たことが無い。となると、キバゴをどうやって手に入れたかが気になる。

 

「授かったの。古里のおばば様から」

 

「おばば様?」

 

「あたしの古里は、竜の里って呼ばれてて、ドラゴンポケモンを放牧して育ててる自然豊かで穏やかな場所なんだ」

 

「で、そこでキバゴを託されたって訳か?」

 

「そう。ある日、おばば様から呼び出されて、卵から孵ったばかりのキバゴをオノノクスにまで立派に育てる。それがあたしに課せられた試練」

 

 その時、おばばが言っていた言葉はよく覚えている。キバゴがどう育つかは自分次第であり、一人前になるにはポケモンを知り、育て、心を一つにすることだと。

 

「……はぁ、と言う訳なの。旅立ってそれなりの時間は経ってるし、少しでも強くするためにバトルに慣らそうと、デントに相手を頼んだの」

 

 それで、さっきのバトルに繋がると言う訳だ。

 

「そのおばば様ってのは、アイリスのおばあさん?」

 

「ううん。里で一番偉い人。ねぇ、キバゴ――って、あの子まだ戻ってないの?」

 

「みたいだね。ピカチュウもだ」

 

「どこまで行っちゃったのよ……」

 

「とりあえず、探――」

 

 三人が探しに行こうとその瞬間、前で大爆発が起きた。

 

「今のは……!」

 

「りゅうのくしゃみ――じゃなくて、りゅうのいかり?」

 

「見てくる!」

 

「僕達も行こう!」

 

「あぁ!」

 

 三人は走る。すると、前の茂みからピカチュウが現れ、サトシに抱き着いた。

 

「ピカチュウ!」

 

「キバゴは!?」

 

「ピカピカ、ピカピカチュ! ピカピカー!」

 

 ピカチュウは身振り手振り、得意の顔真似などで必死に状況を伝えるも、焦っているせいかほとんど分からない。

 

「お、落ち着け、ピカチュウ。焦らずに説明を――」

 

「キバーーーッ!」

 

「ドラーーーッ!」

 

「何だ、今の!?」

 

 キバゴの悲鳴、そしてもうひとつの聞き慣れない雄叫び。その二つの声に反応し、サトシ達が振り向くと紫色の巨体と楕円の模様、二本の角と四本足が特徴のポケモンが見えた。

 

「あれは……!?」

 

『ペンドラー。ホイーガの進化系。素早い動きで敵を追い詰め、頭のツノで攻撃する。とどめを刺すまで容赦しない、とても攻撃的な性格』

 

 キバゴはそのペンドラーの角の間に挟まっていた。

 

「な、何で、あんな状態になってるのよー!?」

 

 こうなったのは、キバゴがアイリスの為に木の実を採ろうと無理をした結果、木から落下し、偶々その下にいたペンドラーの角の間にこれまた偶々挟まってしまったのだ。

 

「ピカピカ、ピカチュ!」

 

 ある程度冷静になったピカチュウが、再度顔真似や身振り手振りでサトシに伝える。

 

「え~と、つまり、木の実を取ろうとしたキバゴが落下して、偶々下にいたペンドラーに挟まったって事か!?」

 

「間が悪いと言うか、何と言うか……」

 

「キバーキバー!」

 

「ドラドラーーーッ!」

 

 ペンドラーは雄叫びを上げながら、ぶんぶんと顔を勢い良く左右に振る。その勢いでキバゴも左右に振り回され、涙目になる。

 

「――ドラァ!」

 

「きゃあ!?」

 

「アイリス!」

 

 ペンドラーが走りながら口から紫色の毒々しい液体を、アイリスに向けて吐き出す。サトシは腕を掴んで引っ張り、アイリスを助ける。

 

「今のはペンドラーのどくどくだ! 触れたら危ない! 絶対に避けてくれ!」

 

 どくどくは時間が経てば経つほど体力の消耗が激しいもうどく状態にする技だ。対策の木の実はあるとは言え、避けるべきである。

 

「とりあえず、あれを撒き散らされたやばい! 直ぐにペンドラーを止めよう!」

 

「あぁ!」

 

「マイビンテージ、ヤナップ!」

 

「ツタージャ、君に決めた!」

 

「ナプ!」

 

「タジャ」

 

 迫る大百足に、二匹の草ポケモンが立ちはだかる。

 

「デント、ちょっとだけでも良いから、ペンドラーを足止め出来るか?」

 

「可能だよ! ヤナップ、ペンドラーの足にタネマシンガン!」

 

「ナププゥ!」

 

 無数の種がヤナップの口から発射され、それは全てペンドラーの足に当たって怯ませる。

 

「今だ、ツタージャ! メロメロ!」

 

「ター……ジャ」

 

 色気を込めてパチッと片目を閉じる。ハートマークが次々と現れ、ペンドラーの周囲を囲み、一斉に命中する。

 

「よし、当たった!」

 

「これなら、ペンドラーを無力化出来る!」

 

「サトシ、やるじゃない!」

 

 メロメロにすれば、ペンドラーは暴れることはない。安全にキバゴを助けれる。彼等はそう思った――が。

 

「ドラーーーッ!」

 

「――効いてない!?」

 

「タジャ!?」

 

「どういうこと!? 命中したのに!」

 

 しかし、ペンドラーはメロメロになっておらず、暴れまわる。サトシとアイリスはどうしてと思うも、デントは直ぐにその理由に気付いた。

 

「あのペンドラー、ツタージャと同じ♀なんだよ!」

 

「そうか、だから効果が……!」

 

 メロメロは異性に対して効果が発揮する技。使い手のツタージャはペンドラーと同じく♀。これでは効かない。

 

「仕方ないわね……! キバゴはあたしのポケモン。あたしが助ける!」

 

「それ……!」

 

「モンスターボール!? アイリス、君はキバゴ以外にも手持ちがいたのかい!?」

 

 アイリスが取り出したのは、赤と白の丸い物体――モンスターボールだった。

 

「……」

 

「アイリス?」

 

 しかし、何かを躊躇ったかのように、アイリスはそのモンスターボールを投げない。

 

「どうしたんだ、アイリス!?」

 

「このままだと、危ないよ!」

 

「……行け、ドリュウズ!」

 

 モンスターボールから、一体のポケモンが現れる。半分は鋼色、もう半分は土色の楕円形の姿をしたポケモン。

 しかし、そのポケモンはその姿のまま地面に落下し、ゴロンと転がる。

 

「……えっ、何だこれ?」

 

 その様子に、サトシは呆気を取られた。とりあえず、ポケモン図鑑で情報を調べる。

 

『ドリュウズ、地底ポケモン。モグリューの進化系。鋼に進化したドリルは鉄板をも貫く破壊力。地下千メートルに迷路のような巣穴を作る』

 

「全然、姿が違うじゃないか!」

 

 図鑑には鋼の頭と爪を構え、足で立つ姿が写っているが、今出ているドリュウズはまるでサツマイモみたいな姿になっている。

 

「確か、ドリュウズはこの姿を取って地面を掘るとは聞いた事があるけど……これはどういうことだろう?」

 

 掘る体勢を維持したまま、何もしようとはしない。明らかに妙だ。

 

「ドリュウズ! お願い! 力を貸して!」

 

 アイリスが必死にドリュウズに訴えるも、ドリュウズは全く動こうとしない。

 

「……もう、こうなったらあたしがやる! サトシ、デント! 何とかしてペンドラーを足止めして!」

 

「おいおい、無茶だぞ!」

 

「そうだよ! 直接なんて……!」

 

「これも、おばば様が言う試練の一つよ! キバゴは私のパートナー! 私が守らなくてどうするのよ!」

 

 それだけは譲れないと、アイリスは断言する。

 

「……分かったよ!」

 

「僕達でペンドラーを止めるから、その隙に」

 

 ここまで言うアイリスの想いを、尊重しない訳には行かない。サトシとデントは足止めを受け入れた。

 

「ピカチュウ、ミジュマル、マメパト、ポカブ! 同時にペンドラーの手前に攻撃して、怯ませてくれ!」

 

「ピカ!」

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

「カブ!」

 

 四匹は頷く。先ずは彼等の攻撃でペンドラーの足を止める。

 直接ではないのは、ペンドラーにダメージを与えて逆上するのを避ける。また、ペンドラーには非がないので、直接攻撃は控えたいためだ。

 

「ヤナップ、動きを止めたペンドラーをつるのムチで数秒でも良いから封じてくれ」

 

「ツタージャも頼むよ」

 

「ナプ」

 

「タジャ」

 

 次に、怯んだ隙を狙って、ヤナップとツタージャがつるのムチで動きを封じるという訳である。

 

「ドラーーーッ!」

 

「来るよ!」

 

「皆準備だ!」

 

 ピカチュウ、ミジュマル、マメパト、ポカブの四匹が道に立ち、ツタージャとヤナップが左右の木に移動。直後にペンドラーが迫る。

 

「三、二、一……今だ! ピカチュウ、でんきショック! ミジュマル、みずてっぽう! マメパト、エアカッター! ポカブ、ひのこ!」

 

 

「ピー……カーーーッ!」

 

「ミジュ……マーーーッ!」

 

「クルー……ポーーーッ!」

 

「ポーカー……ブーーーッ!」

 

「ドラァ!?」

 

 電気、水、空気、炎。四つの力がペンドラーの手前の足場で同時に炸裂。ペンドラーの動きを止める。

 

「タジャ!」

 

「ナプゥ!」

 

 そこにツタージャとヤナップが木影から木に絡ませながら蔓を放ち、ペンドラーの身体に巻き付けて動きを封じる。

 

「今だ、アイリス!」

 

「うん!」

 

 準備している間に木に登っていたアイリスは、蔓を掴んだままぶら下がる。

 勢いや落下、重さを利用して加速すると、キバゴを見事にキャッチ。そのまま着地する。

 

「大丈夫、キバゴ?」

 

「キババー!」

 

 アイリスの元に戻り、また温もりを感じて安心したのか、キバゴは笑顔を浮かべる。

 

「――ドラーーーッ!」

 

「タジャ!」

 

「ヤプ!」

 

「ツタージャ!」

 

「ヤナップ!」

 

 と、そこで終われば良かったのだが、まだ怒りが収まらないペンドラーが暴れ、ツタージャとヤナップが振り回されて飛ばされる。サトシとデントは二匹を慌てキャッチ。

 

「キバゴは助けれたけど……」

 

「まだペンドラーは、怒り心頭のようだね……」

 

「ドラー……!」

 

 後は怒れるペンドラーをどう止めるか。それを考えるサトシ達だが、その時、ペンドラーの足がドリュウズに触れる。

 ごろんごろんと転がっていくドリュウズは岩に当たって跳ね上がり、その岩に突き刺さる。

 すると、今までは動かなかったのに突如回転し始め、岩や地面を貫通。地中から出てくると図鑑と同じ姿で登場する。

 

「ドリューーーウズッ!!」

 

「ドラ!?」

 

 その雄叫びに、ペンドラーが振り向く。

 

「ドリュウズ!? やる気になってくれたの!?」

 

「……」

 

「ド、ドリュウズ?」

 

 戦う姿勢のドリュウズにアイリスが嬉しそうに呼び掛けるも、ドリュウズは先程同様に答えない。ただ、鋭い眼差しをペンドラーに向けていた。

 

「ドラァ!」

 

 どくどくを吐き出すペンドラー。紫色の液体はドリュウズに掛かるも、何ともなさそうに堂々としている。

 

「どくどくが効いていない……? あのドリュウズ、鋼タイプ?」

 

「うん。正確には、鋼と地面タイプ」

 

 毒が効かないのは、同じ毒タイプか鋼タイプのみ。外見からはとてもだが、毒タイプのポケモンには見えないので、鋼タイプとサトシは予想したが、半分当たっていた。

 

「――リューズ!」

 

 どくどくが効かず、戸惑うペンドラーの隙をドリュウズは見逃さない。身体を出てきた時と同じ姿にすると、高速回転しながら突撃。ペンドラーを力ずくで後退させる。

 

「今のは……!」

 

「ドリルライナー。身体を高速回転して突撃する技だよ。かなりの威力と、急所に当たりやすい特性がある」

 

 確かに、あのペンドラーを力で押し退けた。技の威力、そして、ドリュウズの能力が伺える。

 

「それに、怯んだ隙を的確に突いた。あのドリュウズ、相当なセンスを感じるね。ただ……」

 

 ドリュウズはアイリスの指示をやはり、一切聞いていない。自分の力量だけで戦っている。

 

「なぁ、アイリス。何で指示を出さないんだ?」

 

「……の」

 

「えっ?」

 

「……聞かないの。ドリュウズはあたしの指示を」

 

「ど、どうしてだい!?」

 

 指示を聞かないとの発言に、デントは困惑するも、サトシは昔のリザードンみたいだと感じていた。

 

「……」

 

「ド……ドラァ!」

 

「メガホーン!」

 

 自分に強烈なダメージを与え、鋭い眼差しで睨むドリュウズに、ペンドラーは角を突き付けた状態で猛突進。虫タイプの技の中でも最強の威力を誇る技、メガホーンだ。

 

「ドリュウズ!」

 

「ド……リーーーウズッ!」

 

「――受け止めた!」

 

 その突撃を、ドリュウズはペンドラーの角を的確に掴み、足に力を込めて強く踏ん張る。

 後退はしたものの、ドリュウズは完全にペンドラーの技を受け止めていた。

 

「ド、ドラ……!」

 

「……」

 

 自身の最強技を受け止められ、ドリュウズとの力量差を悟ったペンドラーは戦意を喪失。

 そんなペンドラーに、ドリュウズは無言で爪を硬質化。メタルクローだ。これでペンドラーを倒すつもりなのだ。

 

「だーーーっ! 待った待った、ドリュウズ!」

 

「……ドリュ?」

 

「……ドラ?」

 

 そこに、サトシが立ちはだかる。疑問符を浮かべるドリュウズを他所に、サトシは同じく疑問符を浮かべていたペンドラーと向き合う。

 

「ペンドラー、怒らせてごめん! だけど、キバゴには悪気は無くて、偶々こうなっちゃったんだ!」

 

「ピカピカ、ピカピ!」

 

 サトシはペンドラーに事情を説明。また、ピカチュウも攻撃したことについて頭を下げていた。

 

「アイリス、キバゴ!」

 

「う、うん!」

 

 サトシに呼ばれ、アイリスもペンドラーに近付く。デントもだ。

 

「ペンドラー、キバゴが迷惑を掛けて、本当にごめんなさい!」

 

「キバキバ、キババ!」

 

「本当に申し訳ない」

 

「……」

 

 ペンドラーはしばらく、彼等をじーと見つめる。冷静に考えると、彼等は直接攻撃を控えていた。

 

「……ドラドラ」

 

 十数秒ほど経つと、故意にやったのではない事を納得したのか、ペンドラーは次からは気を付けろよと告げると、背を向けてサトシ達からゆっくり離れていった。

 

「どうやら、納得してくれたみたいだね」

 

「良かった~」

 

「キバゴ、次からは無茶しないこと!」

 

「キババ……」

 

 キバゴも反省したのか、頭をペコペコと何度も下げていた。

 

「後は……」

 

 ドリュウズだ。サトシ達が見つめ、アイリスが一歩を前に出る。

 

「ドリュウズ、その……」

 

「……リュズ」

 

 ふんと不快そうに鼻を鳴らすと、ドリュウズはサツマイモみたいな体勢に戻ってしまった。

 

「……戻って、ドリュウズ」

 

 アイリスは憂鬱な表情で、ドリュウズをモンスターボールに戻す。

 

「ねぇ、アイリス。君とドリュウズの関係って……」

 

「……色々あって、今は良くないの」

 

 そのアイリスの言葉に、サトシはあることを思い出した。

 

「アイリス、前にNさんが言ってた仲直りってもしかして……」

 

「……うん、この子との事。あの人がどうやってそれを知ったかは、分からないけど」

 

 Nは前の町で、アイリスに仲直り出来ると良いと言っていた。あの時さっぱりだったサトシとデントだが、今なら分かる。あれはドリュウズとの事だったのだ。

 

「……Nさんは、ポケモンの声が聴こえるって言ってたから、多分それでだと思う」

 

「……そうなの? ……羨ましい」

 

 自分にも有ることは有るが、それは限定的。N程の力が有れば。アイリスはついそう思ってしまう。

 

「だけど、アイリス。Nさんはその能力を話す時、こう言っていた。重要なのは、ポケモンの心を感じ取ることだって。アイリスも、このままが良いって思ってはないんだろ?」

 

「……うん。いつかきっとまた一緒に戦える日が来るって、あたしは信じてる」

 

 今はダメでも、何時かは。アイリスはそう思いながらドリュウズが入ったモンスターボールを見つめていた。

 

「アイリス、バトルも料理も、熟成するには時間と手間がかかるものだよ。焦らずにゆっくり、キバゴとアイリスのペースを、大事にしていけばいいんじゃないかな。もちろん、ドリュウズとも」

 

「手助けが欲しいなら、俺達が手伝うよ。なっ、デント?」

 

「勿論」

 

「……ありがと」

 

 キバゴとの事も、ドリュウズとの事も、力になると言ってくれた二人に、アイリスはまた小さくはあるが、礼を言う。

 

「じゃあ、スッキリするためにも軽くバトルしようぜ」

 

「やだ」

 

「えぇ~?」

 

「だって、キバゴはまだまだだし、ドリュウズは言うこと聞かないし。負ける勝負はやなの」

 

 これではまともなバトルなど出来ず、サトシには勝てない。

 

「そんなこと言ってたら、強くなれないだろ。それに言うことを聞かなくても見ることでドリュウズの気持ちを知れるかもしれないじゃないか」

 

「そ、そうかもしれないけど! イヤなものはイヤなの!」

 

 駄々っ子のように、アイリスは断る。とは言え、その台詞は上手く行くかどうかの不安からのだと、デントは気付いていた。

 

「そ、そんなにバトルしたいのなら、サトシがピカチュウとでもすれば?」

 

「俺とピカチュウで? ……うん、面白そうだな! やろうぜ、ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「……え? ウソ? 本気?」

 

「いや、サトシ。今のはアイリスの冗談……」

 

 アイリスが戸惑い、デントが冗談と伝えるも、既にサトシとピカチュウはその気になっており、近くの広場で向き合う。

 ちなみに、サトシのポケモン達もいや、まさかと思いながら見ている。

 

「でんきショック!」

 

「ピーカ、チュ!」

 

「うひゃあ! 中々痺れるぜ! 次はアイアンテール!」

 

「ピッカァ!」

 

 それを見て唖然とする者達。サトシは電撃を食らい、鋼鉄の尾を腕で受け止めながらも、平然としていた。

 しかも、高速の突撃のでんこうせっかはサトシも動いてかわすは、たたきつけるは腕で弾く。その後もやりあうわと、無茶苦茶である。

 

『……え? これ、夢ですか? 夢ですよね?』

 

『気持ちは分かるけど……多分現実、だと思う……』

 

『す、すげえぜ、サトシ!』

 

『いや、もうこれ凄いってレベルじゃないわよ……。あたし、色んな意味でとんでもない人といるのかも……』

 

 その光景に、ミジュマルを除いたサトシのポケモン達は唖然としていた。ちなみに、話しているのは順にマメパト、ポカブ、ミジュマル、ツタージャである。

 

「……ね、ねぇ、あそこまでやらなきゃダメ、なのかな?」

 

「いや、あれは……流石に例外」

 

 生身でポケモンと戦ってまで、鍛錬させる人間など早々いるわけない。これにはデントも冷や汗を流していた。

 

「行くぞ、ピカチュウ~!」

 

『こっちも遠慮なくやるよ!』

 

 サトシとピカチュウ、人とポケモンのバトルは、しばらく間続いたのであった。

 ちなみに、その後サトシは四匹にもしないかと聞いたが、ミジュマル以外は断り、唯一頷いたミジュマルもツタージャに止められたので、行われなかったのは余談である。

 



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サトシ対シューティー、前編

 最初はアイリス。中頃からバトルです。
 またのろわれボディについては、少し変更してます。アニメのままだと、ちょっと強力過ぎますし……。


「よし、早速始めよっか!」

 

「う、うん!」

 

「キバ!」

 

 朝、朝食の前の一行。ある木の広場では、キバゴの後ろにアイリスとサトシが立っていた。目の前には狙いの岩がある。

 

「アイリス、前にも言ったけど、今のキバゴじゃりゅうのいかりの力を制御出来ない。だから先ずは、威力をかなり落とした状態で使って見たら良いと思うんだ」

 

「な、なるほど……。キバゴ、今の聞いたよね? ちょっとだけで撃つのよ」

 

「キバ!」

 

「じゃあ、行くよ! りゅうのいかり!」

 

「キバ~……!」

 

「おっ、良い感じ良い感じ」

 

「ナプナプ」

 

 キバゴの口に、青白い力がちょっとずつ溜まっていく。

 その様子を、前と同じ様に爆発に巻き込まれないよう、離れた場所で料理を作っているデントとヤナップが良い感じと誉めている。

 

「発射!」

 

「キバーーーッ!」

 

「おっ!」

 

「おおっ!」

 

「ピカ!」

 

「ヤナ!」

 

 そして、光は前と違って暴発することなく、放たれて前に進んでいく、が。

 

「……何か違う」

 

「……キババ」

 

 へなへなと上下に揺れてる上に、そよ風一つで吹き飛びそうなほどに威力と勢いが全く無い。

 それでも狙いの岩目掛けて進むも、ポンと当たっただけで消えてしまった。岩にはほんの小さな傷しかない。

 

「まあまあ、とりあえずは成功したんじゃないか」

 

「それはそうだけど……これじゃ、とてもりゅうのいかりなんて言えないわよ~!」

 

「キババ~!」

 

 暴発はしなかったとは言え、威力が全くない。これでは、とても実戦では使えない。

 

「キバゴ! もう一回! さっきよりも威力を高めるわよ!」

 

「キバ!」

 

「お、おい! まだ一番低い力で成功しただけなのに、いきなり力を高めたら――」

 

「クシュン!」

 

 爆発と音が発生したのは、その直後であった。

 

 

 

 

 

 一分後、アイリスとキバゴは申し訳なさで一杯の表情で正座していた。目の前には煤で汚れたサトシとピカチュウがいる。

 

「……本当に、ごめんなさい」

 

「……キババ」

 

「まぁ良いよ」

 

「ピカ」

 

 血気に逸って失敗する時期はサトシやピカチュウにもあった。アイリスも謝まっていることだし、彼等は特に怒ることなく許した。

 

「やっぱり、地道にやってくしかないのね……」

 

「まあね。だけど、頑張って行けば、何時かは必ず習得するさ」

 

「そうそう、俺の仲間達みたいにな」

 

「そっちはかなり進んでるんだっけ?」

 

「かなり」

 

「ポカブのニトロチャージは、二回に一度成功するまでに仕上げてるんだよね?」

 

「そっ」

 

 ただ、失敗した場合もそれなりの威力は出る。追加効果の速度上昇は発生しないが。

 

「マメパトのつばめがえしも、かなり形になって来たんだけど……」

 

 ニトロチャージの完成は近い。つばめがえしも順調。ここまでは問題はない。

 

「ミジュマルのアクアジェットが、変な方向に移動しちゃうのよね?」

 

「そこなんだよなー……」

 

 今日である程度形にはなったものの、どういう訳か滅茶苦茶に動き回ってしまうのである。このままでは、完成しても使い物にならない。

 

「まぁ、気長にやろうよ。焦っても仕方ないからね」

 

「だな。じゃあ、次の町に向かおうぜ。バトルクラブが有るんだろ?」

 

「うん。次の町にはバトルクラブがある。寄るかい?」

 

 手にある端末で、次の町にバトルクラブが有ることは調査済みである。

 

「勿論。シッポウジムに備えて、調整をしたいし!」

 

「相変わらずだね。だけど、今は食事の方が優先だよ」

 

「分かってるって」

 

 キバゴとの特訓の間に、デントは朝食を手早く作っている。メニューは簡単なピザとコンソメスープである。

 

「いただきまーす! うん、今日も美味い!」

 

「ピカ!」

 

 周りはパリッと内はサクサクとした違いのある食感と、チーズや辛味のある木の実が続きを促す。コンソメスープも、味が深い。

 

「それは何より。まぁ、ここは野外だから、どちらも本格的な味は出せないけど」

 

「充分美味いって!」

 

 寧ろ、最低限の道具のみでこれほどの味を出せるのだ。改めて、デントの料理の腕の高さが伝わってくる。

 

「アイリスは?」

 

「サトシと同意見!」

 

「キババ!」

 

 アイリスとキバゴも、文句は一つも無かった。

 

「――ごちそうさま!」

 

「ピカ~」

 

 サトシとピカチュウは腹を満たし、満面の笑顔を浮かべる。

 

「ん? アイリスはまだか?」

 

「う、うん、ちょっとね」

 

 しかし、一方でアイリスは食事の速さが控え目だった。キバゴは腹を満たし、ポンポンと叩いているのに。

 

「――キバゴ、ちょっと良いかな?」

 

 そんな時、デントがキバゴを呼び出す。

 

「キバ?」

 

「……デント、キバゴに何のよう?」

 

「少し、手伝って欲しいことが有ってね。ダメかな?」

 

「……あたしは良いけど。キバゴは?」

 

「キバキバ」

 

 自分で良ければ手伝いたいと、キバゴは笑顔で頷いていた。

 

「ありがとう。――サトシ」

 

 デントはパチッと片目をウインクする。そっちもお願いと言いたげに。

 

「アイリス、ちょっと付き合ってくれよ」

 

「えっ、ち、ちょっと!?」

 

「ピカチュウ、キバゴを頼むな」

 

「ピカ」

 

 相棒に頼むと、サトシはアイリスの手を引っ張り、適当に動いて小さな場所へと移動する。

 

「ここなら良いかな」

 

「な、何する気よ?」

 

「俺は何もしないよ。するのはアイリス」

 

「はぁ? あたしが何を――」

 

「ドリュウズ。ここでなら、二人きりで話し合えるだろ?」

 

 息を飲むアイリス。同時に、デントがキバゴを遠ざけた意味も理解していた。

 

「……だけど、今のドリュウズは――」

 

「じゃあ、今のままで良いのか?」

 

「そんなわけないじゃない!」

 

 ドリュウズと元の鞘に戻れるなら、そうしたい。それがアイリスの答えだ。

 

「だったら、話し掛けるしかないだろ。例え聞く気がなくても、無視されても、アイリスがドリュウズと話そうとしなきゃ、何も変わらないだろ? それか、何時かが来るまで待つか。どうする?」

 

「……」

 

 ドリュウズの入ったモンスターボールを取り出し、見つめるアイリス。

 

「……一人にして」

 

「分かった。あっ、でも、何か有ったら直ぐに言えよ。あとこれ、デントがドリュウズ用に作ったポケモンフーズ。まだそんなに分かってないから、手頃な味のやつだってさ」

 

 そうとアイリスが答え、そのポケモンフーズを受け取ると、サトシは離れていった。

 

「……出てきて、ドリュウズ」

 

 モンスターボールのスイッチを押す。中からドリュウズが出てくるも、やはりあの状態のままだった。

 

「……ねぇ、ドリュウズ」

 

「……」

 

「そろそろさ、前みたいにまた話したりしない?」

 

「……」

 

 呼び掛けるも、ドリュウズは全く答えない。

 

「じゃあさ、今サトシやデント、キバゴ達もいるでしょ? その顔合わせぐらい……」

 

「……」

 

 自分とが嫌なら、仲間達と。アイリスはそう提案するも、やはりドリュウズは動こうとしない。

 

「……前みたいには戻れないの?」

 

「……」

 

 想いを込め、そう伝えるも、ドリュウズはやはり動かない。

 

「……」

 

 その後、色々と話し掛けたアイリスだが、ドリュウズから反応は無かった。

 

「……ドリュウズ。ここにデントのポケモンフーズがあるの。お腹減ってるだろうし、食べて。食べ終わるまではあたし、向こうに行っとくから」

 

 アイリスはポケモンフーズを置くと、その場を少しだけ離れる。気配を感じなくなったのを悟ると、ドリュウズは潜行状態を止め、元の姿に戻る。

 

「……」

 

 無言でポケモンフーズを手に取り、静かに味わう。好みの味ではないが、食べやすい。

 

「……」

 

 ポケモンフーズを食べ終えると、近くの木を何度か叩く。同時にまた潜行状態へと戻った。その少し後、アイリスが戻って来る。

 

「食べ終わったんだ。美味しかった?」

 

「……」

 

「……戻って、ドリュウズ」

 

 はぁと溜め息を溢した後、アイリスはドリュウズをモンスターボールに戻し、サトシ達の元へと戻る。

 

「アイリス。上手くは――」

 

「……行かなかったみたいだね」

 

「……うん」

 

 表情の暗さから、話し合いが上手く行かなかったのは明白だ。

 

「……キバ? キバキバ?」

 

 そんなアイリスを心配し、近寄るキバゴ。しかし、アイリスはキバゴを抱き抱えると笑顔を見せる。

 

「あたしは大丈夫。キバゴ、安心して」

 

「……キバ!」

 

 アイリスの笑顔に釣られ、キバゴも笑顔になる。それが彼女の強がりだとは、キバゴは幼さ故に気付けなかったが、今はその方が良いだろう。

 

「大丈夫かな、アイリス?」

 

「こればかりは彼女次第。僕達に出来るのは、その手伝いと応援だけさ」

 

「……だな」

 

 これは、アイリスが乗り越えねばならない問題なのだから。

 

「さっ、次の町に向かいましょ!」

 

「あぁ!」

 

「そうだね」

 

 自分を奮い立たせるような彼女の言葉に、サトシとデントは頷く。その後、彼等は旅を再開した。

 

 

 

 

 

「えーと……あった、これだ!」

 

 カレントタウンに着いたサトシは、待ちきれずに全力で走り、カラクサタウンにバトルクラブと類似した建物の前に着く。

 見上げると、カラクサタウンで見たマークと同一のが建物にある。ここがこの町のバトルクラブと見て間違いないだろう。

 

「さーて、誰と戦おうかな?」

 

 中に入り、掲示板を操作してどんなトレーナーを探す。

 

「やっと追い付いたよ……」

 

「ポケモンバトルは逃げたりしないのに、あんなに走るなんて……子供ね~」

 

「キバ~」

 

「あっ!」

 

「うわっ!?」

 

 突然サトシが大声を上げ、デントとアイリスが驚く。

 

「な、なんなの!? いきなり叫んだりして――」

 

「シューティーだ!」

 

 画面に出た人物は、アララギ研究所で会った新人トレーナー、シューティーだった。

 

「シューティーって……前に言ってた、ツタージャのトレーナーよね?」

 

「うん。彼もこの町に来てたんだね」

 

「――よし、決めた! シューティーとバトルしてみる」

 

「ピカ」

 

 前は中途半端な結果で終わったことや、ここで会えたのも何かの縁だろうと考え、サトシはシューティーを相手に決めた。

 

「うむ、了解した」

 

 その声に三人が振り向く。すると、カラクサタウンで出会ったドン・ジョージ、その人がいた。

 

「バトルの事なら何でもお任せ。バトルクラブへようこそ。シューティーくんとのバトルを希望だね? 君の名は?」

 

「サトシですけど……」

 

「ん? 何だね?」

 

「いや、カラクサタウンで会った様な……」

 

「カラクサタウン? そうか、従兄弟のクラブにも寄ったんだね」

 

「……従兄弟?」

 

 まさかと思いつつ、サトシは目の前のジョージに瓜二つの人物の話を待つ。

 

「あれを見たまえ」

 

 ジョージが指差すと、そこには前に見たジョーイやジュンサーと同様、沢山のジョージが写っている写真があった。正直、不気味である。

 

「これが君がカラクサタウンで会ったドン・ジョージ。そして、こっちが私だ」

 

「……やっぱり、同じなんですね」

 

 ここまで来ると、サトシはあははと苦笑いするしかなかった。

 

「では、シューティー君を呼ぼう。ライブキャスターに連絡する」

 

「ライブキャスター? 何ですか、それ?」

 

「モニターを介して話せる道具でね。遠くにいても話せるという訳だ」

 

 聞き覚えのない名前の代物に、サトシは質問。ジョージが答えながら掲示板を操作すると、シューティーに向けて連絡を送る。数秒後繋がり、シューティーの顔が写る。

 

「シューティー君、きみにバトルの申し込みが有るのだが……」

 

『誰ですか?』

 

「俺だよ、シューティー」

 

『サトシ!? 君も旅に出てたのかい? てっきり、カントーに戻ってたのかと……』

 

 ピカチュウの事を考えれば、シューティーがそう考えても無理はない。

 

「翌日に旅に出たんだ。でー――うわっ!」

 

 説明をしていると、アイリスとデントに押された。

 

「あたし、アイリス。よろしくね!」

 

「キバキバ!」

 

「やぁ、シューティー。元気そうだね」

 

『デントさん!? サンヨウジムの!』

 

「うん、色々あって、彼等と旅することになったんだ」

 

 サトシにデント。この二人が一緒にいることにまたシューティーは驚くも、説明に納得する。

 ちなみにアイリスもいたが、知らない人物なので一緒に旅をしているのだろうと思っている。

 

「なぁ、バトルの相手探しているんだろ? 勝負しないか?」

 

『君とかい? なら、喜んで受けるよ』

 

 シューティーからすれば、サトシは豊富な経験を持ち、リーグ出場や優勝までした先輩。その彼から直接申し込まれたのだ。断る理由がない。

 

『バトルクラブだね? 近くだから直ぐに着くよ。少し待って欲しい』

 

「あぁ、待ってるぜ」

 

 それから一分もしない内に、シューティーはバトルクラブに訪れた。

 

「アララギ研究所以来だな、シューティー!」

 

「あぁ。ところで、ピカチュウは大丈夫なのかい?」

 

「残念だけど、まだ……」

 

「そうか……」

 

 完治してないと知り、シューティーは残念そうな表情だ。

 

「あれ? シューティーはピカチュウの体調の事を知ってるのかい?」

 

「あぁ、だってその場にいたし、ゼクロムにも一緒に遭遇したもんな」

 

「えぇ!? シューティーもゼクロムに会ってたの~!? 羨ましい!」

 

「キバキバ!」

 

 サトシだけでなく、シューティーもゼクロムに会っていたと知り、アイリスは詰め寄る。

 

「ねぇねぇ、ゼクロムってどんな感じだった!?」

 

「とにかく、凄かった。僕にはそれしか言えないよ」

 

 あの圧倒的な威圧感、重圧感。雷鳴を感じさせる鋭い眼差しに、分厚い黒雲を思わせる重厚な巨躯。今思い出しても、あの衝撃が鮮明に甦ってくる。それほどだった。

 

「サトシとシューティーは、ゼクロムに会った事があるのかい?」

 

「あぁ」

 

「えぇ」

 

「凄いね、君達……」

 

 ゼクロムの事はイッシュのジムリーダーとして、デントも勿論知っている。

 しかし、一度も会ったことはなく、雲の上の存在と思っていた。それだけに二人が会っていたことに驚きを隠せない。

 

「それはともかく。バトル受けてくれるんだよな?」

 

「勿論。だけど、ピカチュウは……」

 

 バトルに異論はない。しかし、ピカチュウの体調が気掛かりだった。

 

「治ってはないけど、今日はかなり調子が良いんだ。なっ、ピカチュウ?」

 

「ピカ!」

 

 流石に何度も乱発は出来ないが、このバトルぐらいなら問題はない。

 

「分かった。ところで、手持ちの数は?」

 

「ピカチュウを合わせて、五匹。まだ四匹しか捕まえてなくてさ」

 

 五つの地方でリーグ優勝までしたサトシが、五匹しかいないことにシューティーは疑問を抱く。

 

「……今までのポケモンはいないのかい?」

 

「俺、違う地方で旅する時はピカチュウ以外は預けるって決めてるからいないよ」

 

「……君、わざわざ面倒な道を歩くタイプなんだね」

 

「その方が色々な出会いもあるし、初心も忘れなくて済むしな」

 

 然り気無くそう言えるサトシに、シューティーは大きな差を感じる。やはり、自分よりも多くの経験を得た先輩なのだと再認識出来た。

 

「良いよ、バトルは五対五。これで行おう」

 

 フルバトルでなくとも、サトシと戦えるのだ。この機を逃すわけもなく、シューティーは五対五のバトルを提案する。

 

「じゃあ、早速バトルだ!」

 

 サトシも断る理由はなく、了承。二人はバトルフィールドに移動すると、向き合う。

 

「これより、シューティーくん対サトシくんのバトルを始めます! 使用ポケモンは五体。交代は自由。どちらかのポケモン全てが戦闘不能になった時点で試合終了とします。――始め!」

 

 ドン・ジョージが試合の説明し、それが終わると直ぐに開始と告げる。

 

「マメパト、君に決めた!」

 

「さぁ行け、ハトーボー!」

 

「ポー!」

 

「ボー!」

 

 サトシが繰り出したのは、マメパト。シューティーが出したのはハトーボーと呼ばれた鳥ポケモンだ。

 

「ハトーボー……?」

 

『ハトーボー、野鳩ポケモン。マメパトの進化系。ハトーボーが住む森の奥には争いの無い、平和の国があると信じられている』

 

「マメパトの進化系か!」

 

「あぁ、最初にゲットしたポケモンで、バトルや鍛錬の中で進化したんだ。君には君の考えが有るように、やはり僕は進化をポケモンが強くなるための、基本だと考えてるからね」

 

「そうか」

 

 あの時の事をシューティーは覚えている。その上で、進化の選択肢を選んだ。それを批判する気はサトシにはない。

 

「ポー……!」

 

「ボー」

 

 敵対心に満ちた視線を向けるマメパトだが、ハトーボーは堂々としている。

 

「進化前と進化系のバトルか。面白くなりそうだね」

 

「けど、流石にこれはマメパトの負けでしょ~」

 

「キバキバ」

 

 マメパトの強さは知っているが、それでも進化系のハトーボーに敵わないだろうとアイリスは思っていた。キバゴもである。

 

「ハトーボー、つばめがえし!」

 

「マメパト、でんこうせっかで翻弄しろ!」

 

 指示を受け、二匹は動き出す。ハトーボーは直線的に進むも、マメパトは前後左右上下に動くことで翻弄し、つばめがえしを回避。両者は場所を相手のトレーナーの方に移動する。

 

「かわされたか……!」

 

「簡単に当たらせるわけないだろ?」

 

「確かに」

 

 進化前のポケモンとは言え、それを指示するサトシは相当な猛者だ。簡単に決まる訳がない。

 

「……ポー」

 

 マメパトがまたハトーボーを睨む。自分がまだ完全に習得してないつばめがえしをハトーボーが使ったことに、腹を立てているようだ。

 

「落ち着け、マメパト。そして、勝とうぜ」

 

「ポー!」

 

 息を吐き、怒りを外に出すと、マメパトは戦意に満ちた瞳をハトーボーに向ける。ハトーボーはまだまだ堂々としていた。

 

「マメパト、エアカッター!」

 

「ハトーボー、かげぶんしん!」

 

「ボー!」

 

 マメパトが空気の刃を出すと同時に、ハトーボーの周囲に複数の分身が出現。空気の刃はその内の一つを消しただけだった。

 

「ハトーボー、ふるいたてる!」

 

「ボーーーッ!」

 

 ハトーボーから、赤いオーラが漂う。

 

「ふるいたてる?」

 

「自分を高揚させて、力を高める技さ!」

 

「なるほどな!」

 

 シューティーの説明になるほどとサトシは頷く。かげぶんしんで分身を作り、自分の力を高める時間を稼ぐ。合理的な戦術だ。

 

「なら、先ずは分身に消えてもらうぜ! マメパト、かぜおこし!」

 

「ポーーーッ!」

 

「ボー……!」

 

 広範囲に風を発生させ、分身を瞬く間に霧散。本体を明確にする。

 

「直ぐに消されたか……流石。だけど、ハトーボーの力は高まってる! つばめがえし!」

 

「ボーーーッ!」

 

 先程よりも、威力が増したつばめがえしが放たれる。

 

「威力に惑わされるな! 地面付近でぎりぎりまで引き付けて――かぜおこし! 地面に叩き付けろ!」

 

「何!?」

 

「ポーーーッ!」

 

「ボーッ!?」

 

 風が発生し、土や砂を含んだ煙が巻き上がる。そこに向かってハトーボーがつばめがえしで突っ切る、手応えは全くなく、マメパトを探してキョロキョロとする。

 

「ハトーボー! そこから直ぐに離れろ!」

 

「遅い、でんこうせっか!」

 

「ポーーーッ!」

 

「ボーーーッ!?」

 

 ハトーボーの背から、強烈な一撃が叩き込まれる。コーン、ヒヤップ戦でも使ったかぜおこしを活かした、でんこうせっかだ。

 その衝撃により、ハトーボーは地面に落下。ごろごろと転がっていく。

 

「エアカッター!」

 

「ハトーボー! 早くその場から離れてかわすんだ!」

 

 危険を感じ、直ぐにハトーボーを離脱を指示するシューティー。その甲斐も有り、かなりの近距離だが、空気の刃が少しかするだけに留めれた。

 

「でんこうせっか!」

 

「ボーッ!?」

 

「しまった!」

 

 回避に専念する余り、無駄に動いてしまい、その動作の間に再びマメパトのでんこうせっかが腹に直撃する。

 

「軽くかぜおこし! 続けてエアカッター!」

 

「ポーーーッ!」

 

「ハトーボー、エアカッターで迎撃――」

 

「ボーーーッ!」

 

「ハトーボー!」

 

 エアカッターで反撃を試みたハトーボーだが、マメパトの軽い故に素早く放たれたかぜおこしで姿勢が崩れ、そこに逆にエアカッターを受けて吹き飛ぶ。

 

「決めるぞ、マメパト。つばめがえし!」

 

「ハトーボー、こっちもつばめがえしだ!」

 

「クルー……」

 

「ボ、ボー……!」

 

 早く技を仕掛けようにも、地上のままでは撃てない。飛び立ち、技を放つ。

 

「ポーーーーーッ!!」

 

「ボーーーッ!!」

 

 しかし、同時に未完成ながらも、マメパトのつばめがえしがハトーボーに直撃。

 技の激突により、二匹は互いに吹き飛ぶも、マメパトは空中で姿勢を立て直し、ハトーボーはごろんごろんと地面に転がり――目を回して倒れた。

 

「ボ、ボー……」

 

「ハトーボー!」

 

「ハトーボー、戦闘不能! マメパトの勝ち!」

 

「良くやった、マメパト!」

 

「ポーーーッ!」

 

 バサッと両翼を広げ、マメパトは勝利の喜びを表現する。

 

「か、勝っちゃった……。進化系に……」

 

「キバ~……!」

 

「流石、サトシだね」

 

「……戻れ、ハトーボー」

 

 シューティーはハトーボーにモンスターボールに戻すと、ふーと息を吐いてまた吸った。

 

(……やれやれ)

 

 相手が歴戦のトレーナーでも、進化前だからこちらが有利、勝てる。そんな下らない思い込みが何処かに有ったようだ。相手はあのサトシだと言うのに。

 パァンと乾いた音が響いた。シューティーが自分の頬を強く叩いたのだ。

 

「――よし」

 

 頭がすっきりさせ、シューティーは再度確かめる。サトシは自分よりも遥かに多い経験値を持ち、ポケモンの力をフルに引き出している。

 こちらも持てる力の全てをぶつけねば、最悪の場合は一体すら倒せない可能性も有り得るだろう。死に物狂いで挑まねばならない。

 

「――行け、プルリル!」

 

 シューティーが二体目に出したポケモンは、赤い目に水色の体、薄い腕に足と言うより、鰭らしき物が三つある姿をしている。

 

「そのポケモンは……?」

 

『プルリル、浮遊ポケモン。薄いベールの様な腕で相手の身体を縛り付け、毒で痺れさせる。水深八千メートルの深海に住処が有ると言われるポケモン』

 

「水タイプのポケモンか?」

 

「正確には、水とゴーストタイプ。でんこうせっかは効かないよ」

 

「どうも」

 

 情報からプルリルを水タイプと推測したサトシだったが、シューティーがゴーストタイプもあると付け加えた。

 

「まだ行けるな、マメパト?」

 

「ポー」

 

 プルリルにはでんこうせっかは効かない。しかし、同様に向こうのゴーストタイプの技もマメパトには通じない。ここは勢いに乗るべきだ。

 

「マメパト、でんこうせっか!」

 

「ちょっと! ゴーストタイプのプルリルには、ノーマルタイプのでんこうせっかは通用しないわよ!?」

 

「あぁ、分かってるさ! だから――動き回れ!」

 

「ポーーーッ!」

 

 攻撃するのではなく、プルリルの周囲を動き回り、翻弄していくマメパト。

 

「くっ、厄介な……!」

 

 素早く動くと言う技の特性を活かし、撹乱に使う。この使い方にシューティーは戸惑うも、落ち着けと自分と叱咤する。

 

(確かに厄介だけど、攻撃は効かないんだ)

 

 マメパトの残りの技の中でプルリルに通用するのは、かぜおこし、エアカッター、つばめがえしの三つ。

 でんこうせっかには気を配りつつも、この三つの回避にすれば負けはしない。

 また、プルリルにはサトシがおそらくまだ知らない力がある。それを使えばマメパトを倒せるはずだ。

 

「プルリル、みずのはどう!」

 

「リル!」

 

 両手から圧縮した水の球体を出現させ、打ち出す。しかし、でんこうせっかを使っているマメパトには当たらない。

 

「連発だ!」

 

「プル!」

 

 水の波動を連射するプルリル。しかし、全てマメパトには当たらず、回避されてしまう。

 

「サトシ、回避ばかりで勝てると思うかい?」

 

「まさか! 行くぞ、マメパト! エアカッターだ!」

 

「ポーーーッ!」

 

 攻撃してこいと、シューティーが挑発しているのを承知の上で、サトシはマメパトに指示。風の刃が放たれるも、プルリルに回避される。

 

「ヘドロばくだん!」

 

「プルゥ!」

 

 プルリルは手から毒の液体を塊化した物を展開。それを発射する。

 

「上昇! その後直ぐにかぜおこし!」

 

「ポー!」

 

「プル……!」

 

「エアカッター!」

 

「ポーーーッ!」

 

 かぜおこしで一瞬だけ姿勢を崩し、その隙に風刃を射出。見事に命中し、プルリルに悲鳴を上げさせる。

 

「プルーーッ!」

 

「かなり効いてる!」

 

「マメパトの特性、きょううんとエアカッターの性質で急所に直撃したようだね。かなりのダメージだと思うよ」

 

「マメパト、このまま――」

 

「ポ!?」

 

「どうした、マメパト!?」

 

 追撃を仕掛けようとしたが、マメパトの様子がおかしい。黒い靄みたい物が彼女の体に纏わり付いている。攻撃は受けてないはずなのに。

 

「――掛かったね」

 

 ニヤリと、シューティーは口元を歪ませた。

 

「これは……?」

 

「特性、『のろわれボディ』よ! 攻撃した技を一匹のポケモンに付き、一つだけ封じるの! それぐらい知っておきなさい! ホント、子供ね!」

 

「そんな特性が……!」

 

「現在、プルリルとその進化系しか確認されてない特性。君の不意を突けると思ったよ」

 

 幾ら彼でも、知らない物を初見で対処するのは不可能。そう考えたが、見事的中した様だ。

 

「やられたぜ」

 

 この封印はしばらく続くだろう。エアカッターが使えなくなったのはこのバトルでは厳しい。

 でんこうせっかは撹乱や回避にしか出来ず、残るかぜおこしと未完成のつばめがえしだけでは勝ち目が薄い。

 

「戻れ、マメパト!」

 

「戻した」

 

「良い判断だよ」

 

 あのままでは、マメパトはやられてしまうだろう。違うポケモンで対処した方が良い。

 

「君の二匹目。何かな?」

 

「相性で考えると、ツタージャかピカチュウよね」

 

「うん、どちらでも良いだろうけど……」

 

 共に戦った経験を考えればピカチュウ。もしくは、無いからこそツタージャ。

 そう思いきや、サトシは少し何かを考えた後、一つのモンスターボールを取り出す。

 

「ポカブ、君に決めた!」

 

「――カブゥ!」

 

「えっ、ポカブ!? なんで!?」

 

 相性有利なツタージャでも、ピカチュウでもなく、不利なポカブをサトシは繰り出した。

 アイリスは勿論、シューティーも驚いている。ただ、デントだけは狙いの一つに気付けた様だ。

 

(何かある)

 

 わざわざ、相性不利なポカブを出したのだ。間違いなく、何かがある。迂闊には動けない。

 

「こっちから行くぜ! ポカブ、たいあたり!」

 

「ポカ!」

 

「ち、ちょっと! たいあたりはノーマルタイプの技だから、プルリルには効かないわよ! 何考えてるの!?」

 

「……プルリル、かわせ!」

 

「プル!」

 

 ポカブが突っ込む。シューティーは一度迷うも、危険を感じて回避を命じる。プルリルはゆらゆらと揺れながらも軽々かわす。

 

「連続でたいあたり!」

 

「だ、だから効かないんだってば! 何してるのよ!」

 

「……連続でかわせ!」

 

 ポカブの攻撃と、プルリルの回避。それが五度程繰り返されると、ポカブに黒い靄が掛かる。

 

「のろわれボディ! あぁもう、たいあたりが封じ、られた……?」

 

「――あっ!」

 

「そうか。サトシはこれを狙って!」

 

 確かにたいあたりは封じられた。しかし、それはプルリルには効果がない。つまり、封じられてもこのバトルには何の影響も無いのだ。

 

「さっき、思ったんだけどさ。のろわれボディって、攻撃に使った技を一匹のポケモンに付き、一つだけ封印するんだよな? だったら、こうやって効果のないたいあたりを態と封じさせれば――もう、他の技は封印出来ない。のろわれボディ、封じたぜ」

 

 シューティーは呆気を取られる。まさか、こんな方法でのろわれボディを対処されるとは、予想外にも程があった。

 

「……見事だよ、サトシ。こんな攻略法が有るなんて、僕は思いもしなかった」

 

 豊富な経験や、常識に縛られない柔軟な戦術を駆使するサトシだからこその、対処法。シューティーは勿論、デントも見事と言わざるを得なかった。

 

「だけど、相性では僕の方が有利だ! プルリル、みずのはどう!」

 

「ポカブ、かわしてかみつく!」

 

 指示通り、水の塊を避けるとポカブは走る。

 

「不味い……!」

 

 悪タイプの技。ゴーストタイプのプルリルが直撃すれば、大きなダメージは避けられない。

 

「プルリル、まもる!」

 

「リル!」

 

「カブ!?」

 

 プルリルの手前に緑色の防壁が展開され、ポカブを弾き飛ばす。

 

「まもるか。だったらこれだ! ニトロチャージ!」

 

「カブカブカブ……! カブーーーッ!」

 

 炎が身体から噴き出し、全身を包むとポカブは全力で走り出す。

 

「プルリル、かわしてたたりめ!」

 

「たたりめ?」

 

「相手が状態異常の時、ダメージが増える攻撃技さ!」

 

 炎の突撃を上昇して回避し、霊の波動を放つプルリル。

 

「かわせ、ポカブ!」

 

「カブ!」

 

 サトシにとって初見の技だが、素早く指示。動いてポカブは回避する。その速さは先程よりも一回り増していた。

 

「速い!」

 

「速くなってる!」

 

「今回は成功したみたいだね」

 

 威力、追加効果の発生、今回のニトロチャージは成功したようだ。

 

「一気に行くぜ! かみつくだ!」

 

「プルリル、まもるだ!」

 

「ニトロチャージ!」

 

「かわせ!」

 

 再びポカブのかみつく。それをプルリルが先程同様、しかしぎりぎりのタイミングで、まもるで防ぐもそこにニトロチャージが迫る。

 またかわすプルリルだが、今回も技が成功しており、ポカブの速さが更に上昇した。

 

「ヘドロばくだん!」

 

「リル!」

 

「走ってかわせ!」

 

「カブ!」

 

 無数の紫色の塊が発射されるも、速さが二段階も上がったポカブには擦りもせず、全て回避される。

 

「当たらな……!」

 

「かみつく!」

 

「プルリル、まも――」

 

「カブーーーッ!」

 

「リルーーーッ!」

 

 三度、攻撃を防ごうとしたプルリルだが、ポカブのあまりの速度に技の発動が間に合わず、強く噛み付かれてダメージを受ける。

 

「ひのこ!」

 

 ポカブは口を離すと、火の粉を近距離で命中させる。効果今一つとは言え、確かなダメージに仰け反るプルリル。

 

「ニトロチャージ!」

 

 更に超高速の炎の突撃を受け、プルリルは地面に落ちて転がされる。

 

「追い込むぞ、かみつく!」

「プルリル、みずのはどう!」

 

「カブーーーッ!!」

 

「プルゥーーーッ!!」

 

 水の塊で反撃しようを試みるシューティーだが、その前にプルリルはかみつかれ、怯んでしまう。

 

「放り投げろ、ポカブ!」

 

「カブ!」

 

「プルーーーッ!」

 

 ぐるんぐるんとポカブは回り、遠心力を付けてプルリルを放り投げる。

 

「止めだ! ひのこ!」

 

「ポー……カー……ブーーーーーッ!!」

 

「リルーーーッ!!」

 

 放り投げられ、隙だらけとなったプルリルにポカブは火の粉を放つ。直撃し、爆発を起こすと煙からプルリルが地面に落下した。

 

「プルリル!」

 

「リ……ル……」

 

 ピクピクと、プルリルは揺れていた。戦闘不能になったのは火を見るより明らかだ。

 

「プルリル、戦闘不能! ポカブの勝ち!」

 

「よし、二体目!」

 

「カブカブゥ!」

 

「また勝っちゃった……」

 

 しかも、体力の消費以外は無傷で相性不利なプルリルを倒している。

 

「これはサトシの戦術も有るけど、シューティーのミスもあるね」

 

「どういう事?」

 

「サトシはたいあたりを敢えて使うことで、有効打であるかみつくや、未完成だけど、二度に一度は速さが上がるニトロチャージを封じられるのを避けた」

 

 デントはサトシは効果抜群のかみつくがあるから、ポカブを出したと考えていた。のろわれボディも含めてまでは流石に予想外だったが。

 

「そうよね。その内のどっちかが無かったら、プルリルには勝てなかったかも……」

 

 効果抜群のかみつく。速度上昇のニトロチャージ。この内のどちらかが無ければ、攻めきれなかったかもしれない。

 

「そして、シューティーのミスは、まもるに頼りすぎていたことだ。まもるは強力な技だけど、連続では使えない、またその効果故に後手に回ってしまう恐れがある」

 

「言われて見れば、終始サトシとポカブのペースだったわね……」

 

 ニトロチャージで加速したのを切欠に、ポカブは速さでプルリルを圧倒していた。

 

「あのプルリルはよく鍛えられていた。かみつくを受けてでも、肉を切らせて骨を断つようにみずのはどうを当ててれば、一気に勝機に持ち込めただろう」

 

「なるほどね~」

 

 デントの言う通り、プルリルは二度のかみつくを受けながらも倒れなかった。喰らうのを承知の上で、みずのはどうをカウンターで当てることも可能だったろう。

 

「……すまない、プルリル」

 

 自分の戦術ミスは、シューティーも理解しており、謝りながらプルリルをモンスターボールに仕舞う。

 

「これで五対三だな」

 

「あぁ」

 

 ハトーボーもプルリルも、マメパトやポカブ達よりも能力は上だった。しかし、二匹共負けた。サトシのトレーナー能力の高さ、また自身の低さゆえに。

 自分の未熟さに不甲斐なさを感じるも、自分には目指すべき目標がある。それに辿り着く為にも、ここで引くわけには行かない。

 

「僕の三匹目だ。行け、ヒトモシ!」

 

 シューティーが出した三匹目は、火が付いた蝋燭の形をした少し愛嬌のあるポケモンだ。

 

『ヒトモシ。蝋燭ポケモン。ヒトモシの灯す明かりは、人やポケモンの生命力を吸いとって燃えているのだ』

 

 さっきのプルリルもそうだが、このヒトモシも説明が怖いと、サトシは思わず感じてしまった。

 

「炎タイプか」

 

「それだけじゃない。プルリルと同じ様に、このポケモンもゴーストタイプを持ってる」

 

 つまり、ゴーストと炎の複合タイプのポケモンという事だ。さっき同様、かみつくが有効だろう。

 

(ただ……)

 

 その事はシューティーも理解しているはず。なのに、このヒトモシを出した。何かあるとサトシは推測する。

 

「ポカブ、先手必勝! かみつく!」

 

「ポカーーーッ!」

 

「ヒトモシ、くろいきり!」

 

「モシーーー!」

 

「カブ!?」

 

 高速で迫るポカブだが、ヒトモシが灯火から黒色の霧を吐き出し、動きが鈍る。

 

「くろいきり! 確か、すべての能力の変化を元に戻す技!」

 

「そう、これでポカブの上がった速さは元に戻る! ヒトモシ、シャドーボール!」

 

「トモーーーッ!」

 

「ポカブ、かわせ!」

 

「カブーーーッ!」

 

 ヒトモシが黒色の霊の力が込められた球を発射。かわそうとしたポカブだが、さっきまでの速さを失ったことによる動作の鈍りにより、直撃する。

 

「カブー……!」

 

「大丈夫か、ポカブ?」

 

「カブ!」

 

 かなり痛いが、頭をぶんぶんと振って払うポカブ。まだまだ行けるようだ。

 

「よし、ひのこだ!」

 

「カブーーーッ!」

 

 シャドーボール、くろいきり以外の技を見たい、また出方も見るため、様子見にひのこを指示。ポカブは火の粉を発射する。

 

「――何っ!?」

 

 迫る火の粉にかわすか、技で迎撃するか。そのどちらかかと思いきや、ヒトモシは動かない。シューティーも指示を出さない。

 そのまま、ひのこはヒトモシに直撃。爆発を起こし、効果は今一つでもダメージを与える、と思いきや。

 

「モシ~」

 

「無傷!?」

 

「いや、それだけじゃない。灯火が激しく燃えてる。これは……」

 

「『もらいび』か!」

 

 炎タイプの技を吸収、更に自分の炎を高める特性だ。

 

「なるほどな、これを狙ってたんだな。シューティー」

 

 大ダメージのリスクを背負ってまで、ヒトモシにしたのはこの特性の発動を狙っていたからだと理解した。

 

「これぐらいしないと、勝てないと思ったからね。ヒトモシ、ほのおのうず!」

 

「モシーーーッ!」

 

 灯火から、自分の周りに広範囲に炎を撒き散らすヒトモシ。それを動いてかわすポカブだが、しかし、少し擦ってダメージを受ける。

 

「――戻れ、ポカブ!」

 

 不利を悟り、サトシはポカブを戻す。炎技が通用せず、たいあたりもそもそも効きはしないが使えない。かみつくだけは不利過ぎる。

 

「三体目、それかマメパトかな?」

 

「いや、こいつだ! ミジュマル、君に決めた!」

 

「ミジュ!」

 

 サトシの三番手として出したのは、水タイプのミジュマルだった。

 

「ミジュ?」

 

 ミジュマルはシューティーを見ると、あれと首を傾げる。

 

「そのミジュマルは……アララギ研究所の?」

 

「正解! 色々あって、一緒にいるんだ」

 

「ミジュジュ!」

 

 えっへんと、ミジュマルは腕を組んでドヤ顔を浮かべる。

 

「水タイプ。こっちの方が不利だけど……」

 

 ヒトモシの炎は、もらいびでパワーアップしている。折角の力を戻すよりは、ここは力で押すべき。シューティーはそう判断し、ヒトモシでのバトルを続行した。

 二人のバトル。サトシはまだ一匹も倒されておらず、五匹のまま。シューティーは二匹倒され、残り三匹。

 



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サトシ対シューティー、後編

「ここだな、約束の場所は」

 

「えぇ、時間にはなってないけど」

 

「ここで新しい仲間との顔合わせになってるはずにゃ」

 

 サトシとシューティーがバトルしているその頃、カレントタウンのゴミ留置場でロケット団が待ち人を待っていた。

 

「しっ、誰か来るぞ」

 

 足音と共に、整った顔立ちに海藻のような髪型をし、片手に鞄を持ったた青年がロケット団の前に出てきた。前にサカキから送られたデータで見た人物だ。

 

「少し寒いな」

 

「えぇ、そうね」

 

「こんな日はカプチーノを飲みたいものだ」

 

「直ぐに飲みたい気分か?」

 

「――あぁ、ロケットのようにな」

 

 その言葉に、ロケット団は目の前の人物がエージェントその人だと確信する。

 

「名前は?」

 

「フリント」

 

「よく覚えたにゃ」

 

「これは次の任務に備えての道具だ。受け取れ」

 

 フリントから道具を受け取り、ロケット団は助かると礼を言う。

 

「今日は顔合わせだ。そろそろ、失礼するとしよう」

 

「素っ気ないわね。お茶ぐらいしない?」

 

「極秘任務にもかかわらず、見す見す自分達の身分を明かして指名手配されているお前達といては、私までなってしまうのでな」

 

「……にゃー達、指名手配なのかにゃ?」

 

「……馬鹿なのか、お前達は」

 

 警察の前で自分達がロケット団と明かしたのだ。指名手配ぐらいされて当然である。

 

「最近、謎の組織からの襲撃はないか?」

 

「全く。無駄だと諦めたんじゃないか?」

 

「ふむ……」

 

 それなりの人数で襲撃したにもかかわらず、その後は一切なし。幾らなんでも不自然だ。

 

(……何か準備していると見るべきか?)

 

 先の一件で取り逃がしたため、今度は自分達を確実に捕らえようと準備しているのかもしれない。これなら辻褄は合う。

 

「そうか。だが、油断はするなよ」

 

「分かってるわ」

 

 先の一件でも、危うく捕らわれそうになったのだ。油断はしないつもりである。

 

「では、さらばだ」

 

 フリントは釘を刺すと、その場を去って行った。

 

「じゃあ、俺達も行くか」

 

「勿論にゃ。全てはロケット団の栄光のため」

 

 ロケット団も決意を固めると、その場を後にした。

 

「――くっ、もういないわね……!」

 

 その数分後、鳴り響くサイレン音と共に複数のパトカーが廃棄所に到着。ジュンサーや彼女の仲間達が出てくるも、狙いの相手がいないことに表情を苦くする。

 

「既にロケット団は去った後……」

 

 ジュンサー達はロケット団を逮捕しに来たのだが、ある理由でここに到着するのが遅れたのだ。

 

「やはり、先程の報告はロケット団のものだったのですね……」

 

「そうと見て、間違いないでしょう」

 

 実は三十分前に、報告が有ったのだ。指名手配されたロケット団らしき者達を、ある場所で見たと。

 しかし、それはここではなく、正反対かつ見晴らしのいい場所だった。

 最初は敢えてそういう場所にしたのかと思いきや、実際はこちらを欺く嘘だったのを次の報告で知ることとなった。

 

「どうしますか?」

 

「追跡はしましょう」

 

「分かりました」

 

 見逃したからと言って、ここで犯罪者を追わないのは警察の名が廃る。ジュンサー達はそれぞれの方向に別れてロケット団を探しに動く。

 しかし、彼女達は知らない。最初の報告も、その次の報告も、撹乱の為にロケット団がしたことではないことを。

 

「――新しい者がいたな」

 

「報告にあった、新しいエージェントととやらだろう」

 

「あの者の追跡も行えとの命令だ。ここからは二手に別れよう」

 

「失敗はするなよ」

 

「勿論」

 

 ジュンサー達が去ったのを確認し、三人の人物がゴミ留置場の物陰から姿を表す。

 警察への先と次の報告は、ロケット団の動きをより知るためや、万一確保されるのを避けるため、彼等が命令を受けてしたことだった。

 

「ところで、王は?」

 

「まだ不明だ。最も気にすべきことではあるが――」

 

「今の我等の最重要案件は奴等の監視。行くぞ」

 

 王を気にしていない訳ではない。しかし、それは他に役目。三人は己のやるべきことを強く再認識すると互いを見て頷き、二手に別れて素早く動いた。

 

 

 

 

 

「これがバトルクラブ、か」

 

 バトルクラブの前に一人の人物と、二匹のポケモンが立ち寄る。彼は二匹のポケモンと共にゆっくりと中に入る。

 

「バトルの事なら何でもお任せ! バトルクラブへようこそ! 誰と戦いますか?」

 

 ドン・ジョージが今サトシとシューティーのバトルの審判をしているため、他の職員が対応に当たっていた。

 

「あっ、いえ、ボクはバトルをしに来たわけではなく、観戦をしに来たのですが……駄目ですか?」

 

「観戦。試合の合間にではなく、観戦を目的に?」

 

「はい」

 

「わかりました。構いませんよ」

 

 珍しいと思う職員だが、バトルもせずに観戦だけをするのは駄目だと言う規則はない。職員はどうぞと許可を出した。

 

「それに今、バトルが行われてますよ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 職員に案内され、バトルフィールドがある部屋に入る。

 

「……あれ? デントくんとアイリスくん?」

 

「――Nさん!?」

 

「ど、どうしてここに……」

 

 観戦するアイリスとデントの後ろ姿に、二人に呼び掛けるN。突然のNの登場にデントは驚き、アイリスは少し苦手そうな表情で距離を取っている。

 

「おや、君達は知り合いかい?」

 

「ま、まぁ……」

 

「キミ達がここにいるということは、もしかしてバトルをしているのは……」

 

「はい、Nさんの思ってる通りです」

 

 Nが左右を見る。左側に予想した通りの人物、サトシがいた。出ているのは、ミジュマルだ。

 

「結果は?」

 

「サトシが五匹のまま二匹倒して、有利ですね」

 

「やるね」

 

 ピカチュウとの強い絆だけでなく、腕前もかなりの様だ。

 

「カブ。……カブ?」

 

 サトシ、次に対戦相手のトレーナーを見たポカブは目を見開く。

 

「どうしたんだい、ポカブ?」

 

「カブカブ」

 

「そう。対戦相手の彼が、自分やサトシくんといるミジュマルと同期のツタージャを選んだトレーナー」

 

「カブ」

 

「……本当に、ポケモンの声が聴こえるんだ」

 

「みたいだね」

 

 ポカブの言葉を直接理解しているような言動に、アイリスもデントもNがポケモンと話せる力を持っているのだと感じる。

 

「今はヒトモシとミジュマルか。あのヒトモシ、炎の力が高まってる。もらいびだね」

 

「えぇ、そうです」

 

 確かにその通りだが、来て間もないNがそれを理解している。かなりの洞察力と知識だ。

 

「相性を活かしてか勝つか、特性の力を活かして勝つか。見物だよ」

 

「僕もそう思ってます」

 

 三人が見る先に、水と炎がもうすぐぶつかり合うだろう戦場が映る。

 

「ヒトモシ、かえんほうしゃ!」

 

「モシーーーッ!」

 

 灯火から、炎の波が発射される。それはもらいびで高まっており、サンヨウジムのポッドとバオップの炎に迫る威力を持っていた。

 

「ミジュマル、ソーラービームの時を思い出せ! シェルブレード!」

 

「ミジュ!」

 

 ホタチから、圧縮されて細身の剣のようになった水刃が展開される。ミジュマルはそれを構え、迫る炎に向けて振るう。

 炎は水刃に裂かれて左右に別れ、ミジュマルには火の粉すら届いていない。

 

「何て鋭い刃だ……!」

 

 属性有利とは言え、強化されたかえんほうしゃを見事に両断した。

 あれを受ければ、炎タイプのヒトモシはかなりのダメージを受けるだろう。下手すると、一撃で戦闘不能になるかもしれない。

 

「良い刃だ。あれは彼のセンスかな?」

 

「ミジュマルはホタチで斬るポケモンです。刃のセンスは元から高いのかもしれません」

 

「確かに」

 

 その進化系のフタチマル、最終進化のダイケンキも刃で斬るポケモン。ミジュマルの頃から上手くても不思議ではない。

 

「前に、ソーラービーム斬っちゃった事もあるもんね」

 

「キバキバ」

 

「それは凄い……」

 

 相性不利な技かつ、高威力の技を両断した。それもセンス故だろうか。

 

「その事も含めると……ミジュマルは、剣士として戦う方が適正なのかもしれない」

 

「なら、ミジュマルって将来は剣士になったりするのかしら? ……似合わないと思ったあたしって変?」

 

「キバ~……キバ」

 

「カブ~……」

 

「あはは……」

 

 あのお調子者のミジュマルが、剣士になる。アイリスもだが、正直なところ、デントや同期のポカブもイメージ出来なかった。

 

「まぁ、それは彼とサトシくん次第だよ。観戦に集中しよう」

 

 話に集中していては、彼等のバトルの肝心な場所を見逃してしまう。アイリスもデントも賛同していた。

 

「かえんほうしゃは斬られるか……。なら、ほのおのうず!」

 

「モシーーーッ!」

 

 一直線ではなく、周囲に円型にかつ、持続的に放つほのおのうずなら、斬撃では対処仕切れない。

 シューティーはそう判断し、指示。炎が円形に連続して放たれる。

 

「ミジュマル、下がりながらみずてっぽう!」

 

「ミジューーーッ!」

 

 ミジュマルは後退しながら、みずてっぽうを放つ。普通ならば有利な水が炎を消火、ヒトモシにダメージを与えるが、強化された炎は逆に水を蒸発していた。

 

「みずてっぽうじゃ、無理か……」

 

 たいあたりは効果なし。アクアジェットは何処に行くか予測不可能。となると、シェルブレードだけだが、ほのおのうずで対処されてしまう。

 

「ヒトモシ、シャドーボール!」

 

「モシ!」

 

 ミジュマルとの距離が離れ、シューティーは遠距離攻撃を指示。ヒトモシは再び黒い球を放つ。

 

「ミジュマル、かわせ!」

 

「ミジュ!」

 

 離れていた事もあり、ミジュマルはシャドーボールを軽々かわす。

 

「シャドーボール、連射だ!」

 

「モシモシモシモシ!」

 

「回避に集中!」

 

「ミジュゥ!」

 

 何度も放たれる黒球の嵐を、ミジュマルは避けていく。

 

「膠着状態だね」

 

「えぇ、どちらも攻めきれてません」

 

 ヒトモシの遠距離は届かない。かといって、ミジュマルも接近は出来ない。ここからどう攻め、打開するか。トレーナーの腕の見せ所だろう。

 

「――ミジュマル、シェルブレードで弾きながら接近しろ!」

 

「ミジュ!」

 

「ヒトモシ、連射を続けろ!」

 

「モシモシーーーッ!」

 

 大量の霊弾を、ミジュマルは水刃で弾き、両断してながら接近していく。

 

「ほのおのうず!」

 

「トモーーーッ!」

 

 技の射程範囲に入った。ヒトモシは周囲に渦巻く炎を撒き散らしていく。炎はそのまま、ミジュマルを焼こうと迫る。

 

「ミジュマル、地面にみずてっぽう! 高く跳躍しろ!」

 

「ミジューーーッ!」

 

 炎が触れる三歩先程で、ミジュマルはみずてっぽうを地面に放ち、その反動で跳躍。炎を超える。

 

「なっ……!?」

 

「シェルブレード!」

 

「シャドーボール!」

 

「モシーーーッ!」

 

「ミジュゥ!」

 

 シャドーボールとシェルブレードが激突するも、結果はシャドーボールが両断される。ミジュマルはそのままシェルブレードを叩き込む。

 

「ミジュー……マァ!」

 

「モシーーーッ!」

 

「ヒトモシ!」

 

 効果抜群の水刃を受け、ヒトモシは吹き飛ぶ。シャドーボールで威力は多少減衰してはいるが、かなりのダメージだ。

 

「ミジュマル、みずてっぽう!」

 

「ヒトモシ、かえんほうしゃだ!」

 

「ミジュ!」

 

「モシィ!」

 

 水、次に一歩遅れて炎が放たれ、激突する。しかし、強化された炎は水を次々と蒸発。霧を作り出しながらミジュマルに迫る。

 

「よし、行ける!」

 

「――ミジュマル、アクアジェット! 一瞬だけ斜め前に飛べ!」

 

「ミジュマァ!」

 

 このまま力で押し切る。そう思ったシューティーだが、サトシが次の指示、アクアジェットの使用を命じる。

 しかし、ミジュマルはまだアクアジェットを完成させていない上に制御出来ていない。このままでは暴走してやられるだけ。

 ならば、どう動くかを自分が先に指示すれば良い。未完成でも、それなりの速さは有るのだから。

 それなりの水を纏うと、ミジュマルは一瞬だけ斜め前に飛んでヒトモシとの距離を詰め、直ぐにアクアジェットを解除する。

 

「ヒトモシ、全力のかえんほうしゃでミジュマルを薙ぐんだ!」

 

「ミジュマル、炎ごとヒトモシを切り裂け! シェルブレード!」

 

「トモシーーーーーッ!!」

 

「ミジュー……マアァアアァァッ!!」

 

 一閃。直後、ヒトモシとその背後に炎に多少焼かれたミジュマルが着地。ダメージでぐらっと体勢は崩すも、まだ倒れてはない。一方で、ヒトモシはごろんと横に倒れた。

 

「モシ~……」

 

「ヒトモシ、戦闘不能! ミジュマルの勝ち!」

 

「くっ……! 戻るんだ、ヒトモシ」

 

 苦い表情を浮かべ、シューティーはヒトモシをモンスターボールに戻す。

 

「またまた、勝っちゃった……」

 

「さっきのアクアジェットの指示は見事だったと言わざるを得ないね。ミジュマルが制御出来ないのなら、サトシが動きを指示してしまえば良い」

 

 シンプルで制御は限定的だが、効果はある。ポケモンの欠点を、トレーナーが見事にカバーしていた。

 ミジュマルの話を聞き、Nもこれにはデント同様に見事と賞賛していた。

 

「これで、シューティーは残り二匹」

 

「一方で、サトシはダメージは受けてるけど、一体も倒れてない。更に無傷のポケモンが二匹もいる。圧倒的に有利だね」

 

「シューティーくんだったね。彼はここからどうするのかな?」

 

 然り気無い言葉でもあり、意味が二重にあることは、ゾロアやポカブしか分かっていない。

 

「……ふー」

 

 ヒトモシのモンスターボールを仕舞うと、シューティーは軽く溜め息を吐いた。

 

(……ここまで差があるとはね)

 

 リーグ優勝者と、新人。ある程度予想はしていた結果とは言え、ここまで一方的だと、やはりショックは隠せない。

 しかも、今まで出たポケモンの能力はこっちが勝っているのが、ショックの強さを高めてた。

 

(だけど、向こうも決して無傷じゃない)

 

 マメパトもポカブもミジュマルも、ダメージは確かに有るのだ。其処を上手く活かせば、一体だけでも倒せるはず。

 

(……まぁ、ピカチュウやまだ出してない一匹を出されたら、活かせないんだけどね)

 

 なので、これは都合の良い考えだとは理解している。それでも思ってしまうのは、新人故の願望か、無謀さか。

 しかし、どちらにせよ、自分は最後まで戦うと決めている。シューティーは四つ目のポケモンを繰り出す。

 

「行け、ジャノビー!」

 

「――ジャノー!」

 

 出てきたのは、自信に満ちた眼差しをしたジャノビーだ。

 

「ジャノビー……。進化したんだな」

 

「ピカ……」

 

「正解」

 

 シューティーが選び、ピカチュウと試合したあのツタージャが進化したのだと、サトシは直ぐに理解した。

 

「あのジャノビーが、ミジュマルやポカブと一緒にいたツタージャ?」

 

「カブ」

 

「みたいだね」

 

 アイリスの疑問に、Nといるポカブは頷く。ミジュマルもいるし、久々に三匹で話したいが今は試合中。グッと我慢する。

 

「シューティーは、あのジャノビーでコーンに勝った。能力は中々の物だよ」

 

「ミジュマル対ジャノビー。相性や能力では不利だけど……さぁ、どうするかな。サトシくん?」

 

 何処か楽しそうに、Nは呟いた。

 

「……ジャノ?」

 

「ミジュジュ~」

 

 自分を見て驚くジャノビーに、ミジュマルはよっ、久しぶりと返す。

 

「君といたミジュマルだよ。サトシの手持ちになったんだ」

 

「ジャノー」

 

 なるほどとジャノビーは頷いた。しかし、相手はミジュマルだが、またサトシと戦えるとは思わなかった。

 

「ジャノビー、現在僕は残り二匹。あっちはダメージは有るけど、一匹も欠けてない。無傷の手持ちも二匹いる。厳しい状況だけど……行けるかい?」

 

「ジャノ!」

 

 勿論とジャノビーは頷く。何なら、自分が今から全部倒してやると自信満々に告げていた。

 

「ジャノビー、グラスミキサー!」

 

「ジャノー……!」

 

 ジャノビーは尻尾を立てる体勢を取り、回転。尾から木の葉を伴った渦を作り上げる。

 充分な威力になると、ジャノビーは渦をミジュマルに向けて発射する。

 

「ビーーーッ!」

 

「ミジュマル、アクアジェット! 斜め右だ!」

 

「ミジュ!」

 

 ミジュマルは水を纏い、指示通りに斜め右に動いて木の葉の渦をかわすと、そこでアクアジェットを解除する。

 

「速い……! ジャノビー、いあいぎり!」

 

「ミジュマル、シェルブレード!」

 

「ジャノ!」

 

「ミジュ!」

 

 ジャノビーが片手を手刀にし、力を込めると白く輝く。ミジュマルはホタチを構えると、水の圧縮された刃がまた展開される。

 

「ミジュ!」

 

「ジャノ!」

 

 二匹は水刃と手刀をぶつけ合う。純粋な破壊力は進化系のジャノビーの方が上だが、ミジュマルは圧縮で刃の威力を高めているため、互角に渡り合っていた。

 

「互角か……!」

 

「みたいだな! だけど、良いのか? シェルブレードと打ち合ってて!」

 

「何を――しまった!」

 

 サトシの言葉に、疑問符を浮かべたシューティーだが、直後に気付いた。シェルブレードは攻撃を当てた相手の防御を下げる効果がある。

 こうしてぶつかり合っているだけでも、ジャノビーの防御力は低下しまう。実際に、ジャノビーの防御力はかなり下がっていた。

 

「ジャノビー、後退! エナジーボールだ!」

 

「ジャノォ!」

 

「切り裂け!」

 

「ミジュ!」

 

 ジャノビーがいあいぎりを解除し、両手を構えるとその中心に草のエネルギーが集まった球が出現。

 発射するも、ミジュマルの水刃が相性不利にもかかわらず、エネルギー球を両断する。

 

「相性不利お構い無しかい、それは!?」

 

「ジャノジャノ!?」

 

 さっき、かえんほうしゃが相性差を覆したが、あれはもらいびが発動していた、みずてっぽうという威力の低い技だからだ。

 今回は威力がほぼ互角、ポケモンの能力や有利があるのに、そんなの関係あるかと言わんばかりに両断した。その光景にシューティーもジャノビーも驚く。

 

「前に、げきりゅうが発動していたのもあるけど、デントのヤナップのソーラービーム斬っちゃったし……」

 

「ミ~ジュ」

 

「め、滅茶苦茶だ……」

 

「ジャノ~……」

 

 草タイプ、最高クラスの技を両断したことを、ミジュマルは腕を組んでえっへんとドヤ顔を浮かべ、シューティーとジャノビーは思わず引いてしまう。

 

「……全く、君達はとんでもないね」

 

 素質があるとは言え、そんなことを可能にするミジュマルや、それを指示するサトシに、シューティーは苦笑いを浮かべる。

 

「そうかな? 凄いのはミジュマルだよ」

 

「ミジュ~」

 

 自分が凄いとは思わず、ミジュマルを褒める。多くの旅を経験したからこその発言が滲み出ていた。

 

「それが君という事か。――ジャノビー、エナジーボール連射!」

 

「ジャノジャノジャノーーッ!」

 

「ミジュマル、斬りながら距離を詰めろ!」

 

「ミジュミジューーッ!」

 

 草のエネルギー弾の嵐を、ミジュマルは水刃でひたすら斬っていく。そんな中、シューティーは目を細めてある動作に集中する。

 

「ミジュマル、シェルブレード!」

 

「――今だ、ジャノビー! ミジュマルの左側からいあいぎり!」

 

「ジャノー!」

 

「――ミジュ!?」

 

 ミジュマルが振りかぶった瞬間。そこを狙い、利き腕とは反対の左側からジャノビーはいあいぎりを放ち、斬りつける。

 

「たたきつける!」

 

「シェルブレード!」

 

「ジャノォ!」

 

「ミジュゥ!」

 

 ダメージで怯んだ間を狙い、ジャノビーは軽く跳躍しながら全身をしなやかに使った尾の叩き付けを放つ。ミジュマルも身体を動かし、直ぐに水刃を振るう。

 二つの技がぶつかり合い、ミジュマルが軽く吹き飛ぶ。無理な体勢のシェルブレードと、全身の力を使った、たたきつける。威力は後者の方があったのだ。

 

「ミジュマル、ジャノビーの下に向かってみずてっぽう!」

 

「ミジューーーッ!」

 

「――ジャノー!?」

 

 しかし、サトシとミジュマルがこのままでいるつもりがあるわけもなく、ミジュマルは素早く水をジャノビーの着地箇所に放つ。

 水溜まりが出来たその場所にジャノビーが踏み、強く滑って転ぶ。

 

「ジャノー目掛けて、真っ直ぐにアクアジェット!」

 

「ミジュ!」

 

「ジャノビー、いあいぎり!」

 

「ジャ――ノーーーッ!」

 

 アクアジェットが迫る。ジャノビーはいあいぎりで反撃しようとするも、体勢が崩れた状態ではまともな威力が発揮されず、今度はこちらが吹き飛ぶ。

 ダメージも技が未完成で効果も今一つもあって、防御力が低下した状態でも、あまりない。

 

「更にシェルブレード!」

 

「いあいぎり!」

 

「ミジュミジュ~!」

 

「ジャノー!」

 

 再び、二つの刃が衝突しようとする。シューティーはまた、利き腕とは逆方向からの攻撃を狙う。

 

「ジャノビー、また左からいあいぎり――」

 

「ミジュマル、左に向かってたいあたり!」

 

「ミジュ!」

 

「ジャノーーーッ!」

 

 手刀の力の刃で斬ろうとしたジャノビーだが、その前に単純故に予備動作が少ない、たいあたりが身体に命中。カウンターで吹き飛ぶ。

 

「更にみずてっぽう!」

 

「ミジューマーーーッ!」

 

「ジャーーーッ!」

 

 追撃のみずてっぽう。体勢が崩れたジャノビーはなす術もなく食らい、更に転がされる。

 

「二度も同じ手は食らわないさ!」

 

「くっ……!」

 

 さっき通用したからと、また同じパターンで攻めたが、完全に失敗だった。もっと工夫すべきだったのだ。

 

「ジャノビー、大丈夫か?」

 

「――ジャノ!」

 

 ジャノビーは立ち上がり、痛みを払うようにぶんぶんと顔を左右に振るうと、鋭い視線をミジュマルに向ける。

 

「ミジュ」

 

 ミジュマルもまた、ジャノビーに同じ瞳を向けていた。

 同じアララギ研究所にいたポケモンとして、お互いに対抗心を抱いていたのだ。

 

「ジャノビー、いあいぎり!」

 

「ミジュマル、シェルブレード!」

 

「ジャノ!」

 

「ミジュ!」

 

 いあいぎりとシェルブレードを発動し、距離を詰める二匹。このまま再び、刃同士をぶつけ合う――と思いきや。

 

「ジャノビー、いあいぎりを解除して、たたきつける!」

 

「ジャ――ノォ!」

 

「ミジュ!?」

 

 シェルブレードの間合いの二歩前で、ジャノビーはいあいぎりから、走った勢いを利用したたたきつけるに切り替える。

 

「――ミジュマル、ホタチをジャノビー目掛けて投げろ!」

 

「――何!?」

 

「……ミジュ!」

 

 自分の攻防一体の武器、ホタチを投げるというサトシの指示だが、ミジュマルは一瞬で迷いを払ってホタチを投擲。

 ホタチはジャノビーの身体に当たり、姿勢を崩してたたきつけるを外させる。

 

「たいあたり!」

 

「ミジュマ!」

 

「ジャノ!」

 

 攻撃が外れ、隙だらけの身体に、再びミジュマルのたいあたりが直撃。ジャノビーは宙に浮かんで吹っ飛ぶも、空中で姿勢を素早く立て直して着地に備える。

 

「ミジュマル、着地地点にみずてっぽう!」

 

「ジャノビー、その場所にエナジーボール!」

 

「ミジュ!」

 

「ジャノ!」

 

 水溜まりを作り、足を滑らせようとするサトシだが、シューティーも二度は食らわない。

 水溜まりに向けて、ジャノビーはエナジーボールを発射。水と土を吹き飛ばし、その直後にその煙の中に着地する。

 

「グラスミキサー!」

 

「アクアジェット! ジャノビー目掛けて突っ込め!」

 

 くるくる周り、木の葉の渦を作り出していくジャノビーだが、距離が近いこともあり、その前にアクアジェットを受けて体勢が崩れた。しかし、踏ん張ると渦を完成させる。

 

「叩き込め!」

 

「ミジュマル、右にかわせ!」

 

「ジャノォ!」

 

「ミジュウ!」

 

 木の葉の渦が叩き込まれる。しかし、そこにミジュマルはいない。既に移動していた。

 

「まだだ、ジャノビー! エナジーボール!」

 

「ミジュマル、上昇!」

 

 迫るエネルギー弾を、ミジュマルはサトシの指示に従って上昇して避ける。

 

「ミジュマル、斜め右に少しずつ下がれ! ――そこで解除、ホタチを回収!」

 

「――ミジュ!」

 

 ミジュマルはアクアジェットを解除、近くにあるホタチを手に取る。

 

「もう一度アクアジェット!」

 

「ジャノビー、エナジーボール! 連射だ!」

 

「ミジュマル、右、左、斜め右、上、斜め左下!」

 

 素早く距離を詰めようとしたサトシとミジュマルだが、そこに無数のエナジーボールが迫る。ミジュマルは迷いなくサトシの命令通り動き、ジャノビーの間合い手前まで接近する。

 

「たたきつける!」

 

「ミジュマル、そこで停止! みずてっぽう!」

 

「ミジュ!」

 

「ジャノ!」

 

 効果今一つ水に、大したダメージは受けないものの、ジャノビーは怯んで倒れる。

 

「シェルブレード!」

 

「いあいぎり!」

 

「ミー……ジュマーーーッ!」

 

「ジャノ……ビーーッ!」

 

「ジャノビー!」

 

 ミジュマルの水の刃とジャノビーの力の刃が激突するも、まともな体勢では技は発揮されず、ジャノビーは吹き飛ぶ。

 

「よし、後少しだぞ、ミジュマル!」

 

「ミジュ!」

 

「ジャノビー、まだ行けるか?」

 

「ジャノ……!」

 

 何とか立ち上がるが様子から見ても、ジャノビーの体力が残り少ないのが伺える。

 

「ジャー……」

 

「ん? あれは……」

 

 緑色の光が、ジャノビーの身体から溢れ出した。

 

「ノーーーーーッ!!」

 

 ジャノビーの雄叫びと共に、その光は大量に放出され、力の余波が空気をピリピリと張り詰めさせる。

 

「しんりょくだね」

 

「えぇ、もうかやげきりゅうと同じく、体力が残り少ない時に発動し、草の力を高める特性」

 

「今はミジュマルの方が有利だけど……」

 

 しんりょくで強化された技を受ければ、相性不利なミジュマルは一気に戦闘不能に陥るだろう。シューティーにとって、これは逆転のチャンスだ。

 

「一気に迫る! ジャノビー、エナジーボール!」

 

「ジャノ……ビーーーッ!」

 

 先までよりも二回りは大きく、更に速さも増した草のエネルギー弾が発射、うねりを上げながらミジュマルに迫る。

 

「シェルブレード!」

 

「ミジュ!」

 

 水刃で斬りかかるミジュマルだが、今度はせめぎ合っていった。エナジーボールの威力が増し、簡単には斬れない。

 

「ジュー……マァ!」

 

 数秒の激突の後、両断はしたが、視界の向こうではジャノビーが尾を回転させていた。グラスミキサーだ。

 グラスミキサーもしんりょくの効果を受け、それなりの規模の竜巻と化していた。威力がかなり高まっている証拠だ。

 

「これで決める! グラスミキサー!」

 

「ジャノォ……ビーーーーーッ!!」

 

 木の葉の竜巻が前に真っ直ぐに放たれる。それは範囲だけでなく速度もあり、回避は間に合わなかった。ならば、指示すべきは一つ。

 

「ミジュマル、アクアジェット! 渦の中央に真っ直ぐ飛び込め!」

 

「――ミジュ!」

 

 自ら危険に飛び込む指示。しかし、このままではただ受けて負けるだけ。ならば、サトシの指示を信じて動くまでだ。

 ミジュマルは自分では制御不能のアクアジェットを使い、高速で渦の中へと飛び込んだ。

 

「――よし!」

 

「ジャノ!」

 

 その光景に、シューティーとジャノビーはミジュマルの撃破を確信する。

 

「ミジュジュ……!」

 

 しかし、ミジュマルはまだ倒れていなかった。ツタージャ戦でピカチュウがリーフストームの中心を進んで突破した時と同じ様に、ミジュマルもまたグラスミキサーの中を進んでいた。

 だが、あの時もピカチュウはダメージを負いながら進んでいた。

 今回のミジュマルもまた、アクアジェットの水が少しは守っているとは言え、ダメージを受けながら突き進む。

 すると、途中で自分の『力』が大きく増したのを実感した。それが直ぐに何なのか、ミジュマルは理解していた。

 

「――シェルブレード! 嵐を十字に切り裂け!」

 

 嵐の尖端に進んだのを、嵐の勢いに堪えながらしっかりと見つめていたサトシは、その指示を出す。

 

「……えっ?」

 

「……ジャノ?」

 

「ミジュ……マァ!」

 

 ミジュマルは戦闘不能になったはず。そう思っていたシューティーとジャノビーだが、次の瞬間、目の前の嵐の部分が十字に引き裂かれた。

 その部分の嵐は霧散。中からはボロボロながらも、身体から水色のオーラ――特性、げきりゅうを発動し、威力が大幅に増した刃を構えるミジュマルが姿を表す。

 そう、サトシはただ突破するだけでなく、勝つために特性の発動も狙っていたのだ。

 

「止めだ! シェルブレード!」

 

「ミジュー……マァアァアアァ!」

 

 ミジュマルが水刃を振るう。ジャノビーは頭ではかわそうとしたが、身体が目の前の現実に追い付かず、なす術もなく受けた。

 

「――ミジュ」

 

「ジャ……ノ……」

 

 ミジュマルがホタチを振り、水の刃を消して腹に付けてポンポンとする。同時にジャノビーの身体がぐらつき、地面に倒れた。目を回して。

 

「ジャノビー、戦闘不能! ミジュマルの勝ち!」

 

「ミージュジュ!」

 

 どんなもんだい!と、ミジュマルは胸を張る。しかし、直後に身体がふらついた。

 ダメージが大きいのだ。連戦に、苦手なタイプの進化系。それでもここまで頑張った。結果としては上出来過ぎるだろう。

 

「戻れ、ミジュマル」

 

「……戻れ、ジャノビー」

 

 サトシとシューティーはほぼ同時に、ポケモンをモンスターボールに戻した。

 

「これでサトシの四勝……」

 

 ミジュマルは戦闘不能寸前だが、まだ倒れてはいない。実質、敗けなしのままだった。

 

「後は一体」

 

「……ですが、ほぼ決まったも同然ですね」

 

 シューティーは後一体。対してサトシは、一体は戦闘不能寸前だが、まだ五匹のままだ。余程が無い限り、ここから覆すのは不可能に等しい。

 

「サトシ」

 

「何だ、シューティー?」

 

「このバトルで、改めて実感出来たよ。君の強さが」

 

「どうも。けど、俺だけの強さじゃない。皆の頑張りもあっての強さだ」

 

 リーグ経験者の強さ。それを徹底的に体験させられたシューティーだが、サトシはそれだけじゃないと語る。ポケモン達が頑張るからこそ、この強さがあるのだと。

 

「ポケモンと一体となった強さ、か。よく実感したよ」

 

 シューティーは五つ目のモンスターボールを取り出す。中には、このバトルで最後の一匹になるポケモンが入っている。

 

「行くよ、サトシ」

 

「来い、シューティー!」

 

「行け、バニプッチ!」

 

「マメパト、また頼む!」

 

「――プッチ」

 

「ポーーーッ!」

 

 同時に二匹のポケモンが出現する。サトシ側からは、プルリル戦で引っ込ませたマメパト。シューティーは、まるでアイスに顔が付いた様なポケモンだ。

 

『バニプッチ。新雪ポケモン。マイナス50度の息を吐く。雪の結集を作って辺りに雪を降らせる。寝る時は身体を雪に埋めて眠る』

「氷タイプか」

 

「そう。タイプは氷のみ」

 

 飛行と氷。属性だけを考えると、こちらが不利だ。

 

「こ、氷タイプ……」

 

「アイリス?」

 

「あたし、氷タイプが苦手で……」

 

 自身の目標から、アイリスは氷タイプが苦手だった。髪型も何故か変わっている。

 

「そういうのは良くないよ」

 

「わ、分かってはいるんですけど……」

 

 Nの注意に、アイリスもこれが自分の偏見だとは理解しているつもりだが、中々治らない物だったりする。

 

「飛行対氷。相性はこちらが有利だけど……」

 

 それだけで勝てる相手ではないことを、シューティーはこのバトルでよく理解している。今まで通り、死に物狂いで行かねばならない。

 

「マメパト、エアカッターは行けるか?」

 

「ポーポー」

 

「まだダメか」

 

 のろわれボディの影響はまだ続いている。不完全なつばめがえしを含めた三つで戦うしかない。

 

「不利なバトルだけど、行けるか?」

 

「ポー!」

 

 不利だろうが、何だろうが関係ない。ただ、サトシの指示通り戦うだけだ。

 

「バニプッチ、こおりのつぶて!」

 

「バー……ニプーーッ!」

 

「でんこうせっかでかわしながら接近!」

 

「ポーーーッ!」

 

 冷気が放たれ、大気中の水分の元に複数の氷の礫がバニプッチの周りに出現。マメパトに向けて発射する。

 

「下、右、斜め上、左――」

 

 効果抜群の技だが、マメパトは全く恐れずにサトシの指示通りに果敢に突っ込む。

 

「つばめがえし!」

 

「ポーーーッ!」

 

「バニーーッ!」

 

 氷を打ち付くし、無防備になったバニプッチにつばめがえしが直撃。未完成だが、きょううんの効果でそれなりのダメージを与える。

 

「こなゆき!」

 

「でんこうせっかで後退!」

 

 口から粒子状の雪を吐き出すも、その前にマメパトは素早く後退。技を避けていた。

 

「くっ、やはり速い……」

 

 こおりのつぶてはまず当たらない。こなゆきも難しいだろう。となると、方法は一つだ。

 

「こおりのつぶて!」

 

「でんこうせっか!」

 

 再び氷の礫を放っていくバニプッチと、でんこうせっかでかわしていくマメパト。このままでは先程の繰り返しである。

 

「今だ、つばめがえし!」

 

「エコーボイス!」

 

 二匹の距離が先程より少し離れたところで、つばめがえしを放つマメパトだが、そこでバニプッチが響くようなで声を発する。

 声は衝撃波となって周囲に放たれ、マメパトにも激突。ダメージを与えながら吹き飛ばす。

 

「れいとうビーム!」

 

「ニプーーーッ!」

 

「でんこうせっか!」

 

「ポ……! ポーーーッ!」

 

 口から線上に圧縮した冷気を放つバニプッチ。それはマメパトに向かって一直線に進むも、マメパトは擦りながらも直撃は回避する。

 

「マメパト、かぜおこし!」

 

「バニプッチ、こなゆき!」

 

 強風と雪風が衝突。結果は雪風が破るも、その頃にはマメパトは範囲外に逃れていた。

 

「決めれないな……」

 

 さっきの技、周囲に音を放つエコーボイスがあるせいで、簡単には攻めれない。かぜおこしで体勢を崩そうにも、こなゆきで対処される。

 ダメージ覚悟で突っ込むのも有るが、一気に決めないとやられてしまう。せめて、エアカッターが使えれば話は違うのだが。

 

「考える間なんて与えない! こおりのつぶて! 連射し続けろ!」

 

「バニーーーッ!」

 

「かわせ!」

 

「ポー!」

 

 三度こおりのつぶて。しかも今度は放つと更に次の氷を精製しており、攻撃が途切れる事がない。マメパトに休む間は無かった。

 

「持久戦に持ち込む気か……!」

 

 マメパトはハトーボー、プルリル戦で既に消耗している。持久戦になると体力が尽きてしまう。そうなる前に何とかする必要がある。

 

「やるしかないか」

 

 失敗すれば倒されるが、このままやられるよりはマシだ。

 

「でんこうせっか! 突っ込め!」

 

「ポーーーッ!」

 

「来たね……!」

 

 サトシがあのまま避けるだけでいるつもりの訳がない。シューティーはそう予想していたが、見事に当たっていた。

 

「バニプッチ、分かってるね?」

 

「バニ!」

 

 マメパトがかなり接近したところでエコーボイスを叩き込み、次にこなゆきで体勢を大きく崩し、最後にれいとうビームで戦闘不能にする。それがシューティーのプランだった。

 そのプラン通り、マメパトがバニプッチに近付いてきた。あともう少しでエコーボイスの射程範囲に入ろうとする。

 

「――今だ、エコーボイス!」

 

「バニニーーー」

 

 衝撃波となる綺麗な歌とも言える声を上げるバニプッチ。それは周囲に広がり、マメパトに当たろうとする。

 

「今だ、急降下!」

 

「ポー!」

 

 バニプッチの視界からマメパトが消える。降下による加速を活かし、マメパトは地面すれすれに飛んでエコーボイスの範囲外まで回避する。

 

「加速を活かせ! つばめがえし!」

 

「クルーー……ポーーーッ!」

 

「バニーーーッ!」

 

 加速のまま放たれたつばめがえし。それは今までよりも威力、速さが増しており、技の使用で硬直しているバニプッチにかなりのダメージを与える。

 

「技の後を狙って……!」

 

 やはり、強い。こちらがパターンを練り上げても、サトシはそれを越えてくる。ポケモンの技、力を活かして。

 

(どうする……! このままじゃ……!)

 

 一体も倒せず、二匹も温存させたまま完敗してしまう。それだけの実力差が有るのだから、仕方はないだろう。

 だが、だからと言ってそれを受け入れては、自分の目標に辿り着けはしない。シューティーは必死に頭を働かせ、どうするを考える。

 

「――バニプッチ。こっちに」

 

 バニプッチを呼び出し、シューティーはある策を伝える。バニプッチはそれを聞いて頷いた。

 

「何かを伝えたね」

 

「何らかの策ですね」

 

「だけど、今さらじゃない?」

 

 ここまで来たら、勝ち目はない。もう意味は無いだろうとアイリスは告げる。

 

「彼は最後まで戦おうとしている。その意思は尊重するべきだよ」

 

「うん。観客のボク達には見ることしか出来ない」

 

「……」

 

 デントはともかく、Nには勝ち目のないバトルでポケモンがこれ以上傷付くのを見たくないので、止めたくはあるが、ポケモンが戦う意思を示しているので口には出さない。アイリスも二人に言われ、口をつぐんでいる。

 

「行くよ、バニプッチ」

 

「バニ」

 

「最後の勝負か。来い、シューティー!」

 

「ポー!」

 

「こおりのつぶて!」

 

「バニニ!」

 

 大量の氷の礫が造られる。それらをマメパトに向けて打ち出す。

 

「でんこうせっか!」

 

 サトシはやはり、でんこうせっかの機動力で回避、接近の指示。マメパトはバニプッチに迫っていく。

 

(チャンスは一度……!)

 

 迫る時に、シューティーは心臓の鼓動を高鳴らせる。

 

「れいとうビーム! 薙ぎ払え!」

 

「かわして、つばめがえし!」

 

 圧縮された冷気が放たれるも、マメパトは身体を捻ってかわし、つばめがえしを使う。

 しかし、もう少しで触れるその時、薙ぎ払いで回るバニプッチの横から有るものが現れる。それは氷の礫だった。

 

「ポ!? ポーーーッ!」

 

 不意打ち、しかも苦手な属性技を受け、マメパトはぐらつく。

 

「こおりのつぶて!?」

 

 困惑するサトシだが、それを考える余裕は無かった。

 

「今だ、バニプッチ! こなゆき!」

 

「バニーーーッ!!」

 

「つばめがえし!」

 

「ポーーーッ!!」

 

 雪風が放たれ、吹き飛ぶマメパトに命中する。しかし、そんなのお構い無しと言わんばかりにマメパトはダメージを受けながらつばめがえしを行い、バニプッチに激突する。

 

「バニーーーッ!」

 

「バニプッチ!」

 

 バニプッチは落下、地面で目を回していた。

 

「バニプッチ、戦闘不能! マメパトの――」

 

「ポ、ポー……」

 

「マメパト!」

 

 勝ちと言おうとしたドン・ジョージだが、直後にマメパトも落下。バニプッチ同様に、目を回していた。

 

「バニプッチ、マメパト。両者戦闘不能! 同時にシューティー君のポケモンが全て戦闘不能。よって、勝者――サトシ!」

 

「マメパト!」

 

 勝ったことは嬉しいが、今はマメパト。近寄って様子を見るが、大事には至らなさそうだ。

 

「ごくろうさん、マメパト。休んでくれ」

 

「ポー……」

 

 自分だけ倒され、不満そうなマメパトだが、大人しくモンスターボールに戻った。

 

「戻れ、バニプッチ」

 

 そこに同じく、自分のポケモンに近寄っていたシューティーがバニプッチをモンスターボールに戻した。

 

「楽しかったぜ、シューティー」

 

「……完敗だよ、サトシ」

 

 結果は完敗の上に、三匹しか出せなかった。しかし、一匹だけは倒せた。今はこれで由としよう。今は。

 

「シューティー、最後のあのこおりのつぶて……」

 

「一つだけ、小さな礫を背中で作って隠して待機させた。そして、れいとうビームの動作に合わせて――」

 

「ぶつけたってことか。やるなあ」

 

 あれは完全に一本取られた。実際、マメパトがやられている。

 

「お疲れさま、サトシくん」

 

「えっ、この声……」

 

 パチパチと拍手の音と共に、聞いたことのある声にサトシがそちらを見る。

 Nと彼といるゾロアとポカブの姿が見えた。彼等はサトシとシューティーに近付く。

 

「Nさん!」

 

「サトシ、君の知り合いかい?」

 

「あぁ、何度も会ってるんだ」

 

「初めまして。ボクはN」

 

「シューティーです」

 

 サトシ達同様、変わった名前だとは思うが、それは口に出さずにシューティーは自己紹介する。

 

「カブ」

 

「このポカブ……」

 

「アララギ研究所にいたポカブだよ」

 

 見覚えのあるポカブに、サトシが説明。シューティーはやはりと納得する。

 

「……」

 

「ポカブ?」

 

 自己紹介の後、Nはポカブがサトシを戦意で満ちた瞳で見ていることに気付いた。よく見れば、ゾロアも控え目だが、サトシを見ている。

 二匹のその様子に、Nは少し考える。

 

「……よし。サトシくん、少し良いかな?」

 

「何ですか、Nさん?」

 

「――ボクとバトルしないかい?」

 



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サトシVSN

「では、これよりサトシ君対N君のバトルを行なう。数は二匹ずつ。交代は自由。どちらかのポケモンが全て倒れた試合終了とします」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

 ドン・ジョージの説明に、バトルフィールドの両側に立つ少年と青年が頷く。サトシとNだ。

 

「へへっ、まさかNさんとバトルすることになるなんてな」

 

「ピカピカ」

 

 今まで何度も会い、時には協力し合った謎の青年、N。彼とのバトルになるとは流石に予想外だった。

 

「何度か会ってるけど、こうして戦うのは初めてだね」

 

「そうですね」

 

 そもそも、こうなったのはNが提案したからだ。サトシとシューティーのバトルで闘争本能が刺激されたゾロアとポカブの為、また、一度サトシとのバトルを経験したいとNも考えたのだ。

 

「サトシとNさん。……どんなバトルになるんだろう?」

 

「僕にも全く予想が出来ないね。Nさんはミステリアスなテイストに満ちているけど、同時にポケモンへの想いは本物だ」

 

 謎に満ち、掴み所が無さげに見えて、しっかりとした芯のある。それがデントが見て感じたNという人物の評価だ。

 ただ、バトルは一度も見てないため、やはりどう来るかが予測出来ない。

 

「持っているのは、サンヨウジムのバッジのみ、ですよね? デントさん」

 

「うん。まだ一つだけと言ってた」

 

 これだけを考えると、幾つもの地方を周り、多くの経験を得たサトシには勝てる要素がない。

 

(なんだけど……)

 

 シューティーはどうも、引っ掛かる。Nのあの静かさに満ちたあの雰囲気が。

 

「では――始め!」

 

「ツタージャ、君に決めた!」

 

「ポカブ、行こう」

 

「――タジャ」

 

「カブ!」

 

 草蛇と火豚の二匹のポケモンが、バトルフィールドに立つ。

 ツタージャはポカブの向こうにいるNに、何とも言えない表情になるが、ここに立った以上は戦うまでだ。ポカブはやる気まんまんである。

 

「ツタージャ、たつまき!」

 

「タジャ!」

 

「ポカブ、かわしてころがる」

 

「カブ!」

 

 ツタージャはクルンと周って竜の力を込めた風を作り上げ、ポカブに向けて放つ。

 迫る竜巻に、ポカブは軽やかな動きでかわし、更に移動しながら身を丸くして回転。そのまま突撃する。

 

「かわせ、ツタージャ!」

 

「ジャ!」

 

 勢い良く突撃する球を、ツタージャもまた軽やかに避ける。しかし、通り過ぎていったポカブは軌道をUターン。再びツタージャに向かって突撃する。しかも、先程よりも威力や速さが増していた。

 

「ツタージャ、回避に専念!」

 

 それも避けるが、また次が来る。やはり、威力と速さが増していた。

 

「ねぇ、どんどん威力と速さが上がってない!?」

 

「ころがるは、転がり続ける程に威力と速さが増す技だからね」

 

「あのまま回避だけしていたら、威力と速さが上がり続けて手が付けられなくなる。だけど――」

 

 サトシなら、攻略出来る。シューティーも、デントもそう思っていた。

 

「ツタージャ、目の前に強くたつまき!」

 

「ター……ジャア!」

 

「風でころがるの威力を削ぐ気かな? だけど、わざわざ突っ込む必要はないよ。ポカブ、右、そして左」

 

 向こうの狙いにわざわざ乗る必要はない。的確な指示を出し、更に風の流れを加速に利用。ポカブは更に速くなる。

 

「ツタージャ、ジャンプ!」

 

「タジャ!」

 

 微かに触れながらもツタージャはかわし、背後から高速で迫るポカブに向き合う。

 

「これ……凄い速さよ!?」

 

「ツタージャ、アクアテール! 地面に叩き付けろ!」

 

「ター……ジャ!」

 

 草蛇の尾に、水の力が集約していく。チャージが完了すると、たつまきで削れた場所に放つ。衝撃と共に地面が凹み、そこにポカブが入って来た。

 すると、変化した地形に合わせてポカブの動きも変わり、勢い良く空へと放り出されてしまう。

 

「カブ~~~!?」

 

「ツタージャ、もう一度アクアテール! 着地する所を狙え!」

 

「タジャ!」

 

「――ポカブ、スモッグ」

 

「カブ!」

 

 宙に浮き、ジタバタと足掻いて隙だらけのポカブを見て、サトシは追撃を指示。ツタージャは着地を狙って再度アクアテールを放つ。

 しかし、Nがそのまま決めさせる気は全くなく、迎撃を指示。ポカブは鼻から紫色の煙を放出する。

 

「ツタージャ、下がってたつまき!」

 

「タジャ!」

 

 ツタージャは下がると回転し、たつまきを作って放つ。たつまきはスモッグを巻き込み、ポカブに向かっていく。

 

「――かわしながらたつまきに、はじけるほのお連発」

 

「ポカァ!」

 

 炎の連弾がポカブから放たれる。それはたつまきに直撃すると同時に四方に分散。更にたつまきの影響を受け、火の粉を大量に拡散する。

 

「ツタージャ、近付く火を打ち消しながら後退!」

 

「タージャ!」

 

 水の尾で火を打ち消し、ツタージャはそのまま後退する。

 

「あのツタージャ、ドラゴンタイプだけじゃなく、水タイプの技も……!」

 

「うん、分かる分かる。あたし達も最初は驚いたし」

 

 ツタージャは草タイプでありながら、水タイプの技も修得していた。苦手な炎への対策として。

 ちなみに、ダルマッカの炎での小火を鎮火したのもこの技である。

 

「しかし、Nさんやポカブも見事だね……」

 

 たつまきを逆に利用して加速や、広範囲に分散させる。ピンチでも素早く指示を出し、迎撃する。これらの判断力は並みではない。

 また、それに付いていくポカブの力量も見事だ。技も強力な上、身体能力も良い。よく鍛えられている証だ。

 

「あのポカブって、ミジュマルやジャノビーと同期なのよね?」

 

「あぁ、ジャノビーがツタージャの頃にアララギ研究所で一緒にいた」

 

「つまり、ミジュマルやジャノビーと一緒にいた時間に大差はない。にも拘らず、Nさんはポカブの能力を既にあそこまで引き出している……」

 

 Nのトレーナー能力が高い証左だ。並のトレーナーなら、ポカブが宙に浮いた時点で致命傷か、一気に戦闘不能にまで陥るだろう。

 

「ツタージャ、メロメロ!」

 

「ター……ジャ」

 

「ポカブ、上に向けてはじけるほのお」

 

「カブー!」

 

 艶やかな動作でツタージャは片目をウインク。ハートマークが次々と現れ、ポカブに向かう。

 しかし、それはポカブが放った炸裂する炎弾の飛散した火を受け、一つ残らず焼かれた。

 

「ころがる」

 

 ポカブが再び体を丸め、土煙を立てながら突撃してくる。

 

「ツタージャ、アクアテール!」

 

「タジャ!」

 

 ころがるは転がれば転がるほどに威力が増す。先の手段がもう使えない以上、今の内に弱点の技を叩き込み、止めるまでだ。

 

「――ジャンプ」

 

「ポカ!」

 

 水の力が込められた尾が放たれる。二つの技がもう少しで激突――と思いきや、その寸前でポカブが跳躍。アクアテールは外れてしまう。

 

「直ぐにUターン」

 

「カブ!」

 

 ツタージャを飛び越えたポカブは、身体を傾け、ドリフトで地面に跡を残しつつUターン。またまた加速して迫る。

 

「――ポカブ、その状態のまま、スモッグ。一瞬でも良いよ。但し、定期的に」

 

「カブッ!」

 

「かわせ、ツタージャ!」

 

 球から微量の毒を含んだ紫色の煙が上がる。それを見て、サトシはダメージ覚悟のぶつけ合いから回避に変更する。

 しかし、それで安心は出来なかった。煙が次々とフィールドに現れ、毒々しい彩っていくのだから。

 

「これはとんでもなく厄介な戦術だね……!」

 

「ど、どうして? たつまきで払えば――」

 

「……いや、ころがるの特性を考えると、今は大丈夫でも、直ぐに無理になる」

 

 何しろ、どんどん速くなって行くのだから。発動の間など直ぐに無くなるだろう。

 

「うん。そして、防戦一方では、スモッグはどんどんフィールドを埋めていく。つまり、逃げ場が無くなってしまう……!」

 

「ちょっ、それって……!」

 

 そう短くない内に、ツタージャは確実にころがるかスモッグ、悪ければその両方を受けてしまうという事だ。

 

(どうする……!)

 

 早くしないと、間違いなくやられる。サトシは頭を必死に働かせる。この状況を打破する手段を。

 

「――ツタージャ、フルパワーでたつまき! スモッグを全部払え!」

 

 ポカブがUターンするタイミングに、ツタージャは最大のたつまきを展開。毒煙を巻き上げていく。

 

「ポカブ、威力は充分。そのまま突っ切って」

 

 触れるだけでもダメージを与えるほどに高速回転しているポカブは、力強くでたつまきを突破する。しかし、手応えは全く無かった。

 

「……いない? ――いや、違うね」

 

 Nは瞬時に理解した。ツタージャは巨大なたつまきの中にもう一つのたつまきを展開し、それを使って上に移動して避けたのだ。

 事実、たつまきが消えるとツタージャは無傷で宙におり、直後に着地した。しかし、ポカブが直ぐに迫っている。

 

「――ツタージャ、かわしながらポカブの上側につるのムチ! それも後ろから!」

 

「――タジャ!」

 

 その指示に、ほとんどが疑問符を浮かべるが、ツタージャは自身の能力をフルに使って、上手くつるのムチをポカブに当たる。まるで、ころがるの速度を上げるように。

 事実、その一撃により、ポカブのころがるの速さは更に増した。

 

「な、何してるのよ、サトシ! 攻撃どころか、手助けして――」

 

「カブブゥ!?」

 

「――えっ!?」

 

 ポカブが戸惑いの悲鳴を上げ、高速で地面を転がっていく。サトシはころがるを減速させるのではなく、逆に加速させることで制御出来なくしたのだ。

 

「今だ、アクアテール!」

 

「たいあたり」

 

 回避は不可能。ならば、少しでも威力を打ち消すべく、Nはたいあたりを指示する。

 

「ター……ジャア!」

 

「ポカ……ブーーーッ!」

 

 水の尾と体当たりがぶつかるも、威力は前者が上。更に苦手な属性の技を食らい、ポカブは吹き飛ぶ。

 

「まだだ、つるのムチ!」

 

「交互にかわして」

 

 しなやかな軌道の蔓を、ポカブは効果抜群の技で大ダメージを受けたばかりとは思えない動きで避ける。

 

「メロメロ!」

 

「はじけるほのお」

 

 再びのハートマーク。しかし、先程同様に弾ける炎で全て焼かれ、煙を出す。

 

「――まだ来てるよ」

 

 煙の向こうから、更にハートマークが出てくる。またメロメロをしたのだとNは理解した。しかし、今度は左右に広く別れている。

 

(はじけるほのおじゃ、ダメか)

 

 上に射てば打ち消しは出来る。しかし、距離が近い現状では、その間にツタージャに攻撃されてしまう。

 かといって、先にツタージャを攻撃しても、煙があるので直撃しないだろうし、その間にメロメロを受けて詰んでしまう。

 

「ころがる」

 

 真正面に身体を回転させて進むポカブ。敢えて、前に進む判断をしたのだ。

 

「つるのムチ!」

 

 二本の蔓が煙から突き出て、ポカブを叩こうとする。

 

「左」

 

 しかし、ポカブは途中で軌道を変更。ハートマークを振り払いながら、速さと威力を上げていく。

 

「まだだ、ツタージャ! 薙ぎ払え!」

 

 蔓が横から迫る。しかも、上下に並んでおり、跳躍で無ければかわせないが、そこを狙ってくるだろう。

 

「ジャンプ」

 

「今だ、ツタージャ!」

 

「タジャ!」

 

 Nにしては単純なのが引っ掛かるも、だからと言って隙を見逃すつもりもない。

 

「ポカブ、ころがるを中止。蔓に噛み付いて」

 

「カブ!」

 

「タジャ!?」

 

 迫る蔓に、ポカブが噛み付いた。ツタージャとサトシは驚くものの、サトシはそれを利用することを思い付く。

 

「ツタージャ、蔓を縮めてポカブを引き寄せろ!」

 

「ポカブ、スモッグ――」

 

「そこで停止――からの蔓で捕まえろ!」

 

「はじけるほのお。地面に」

 

 サトシが中止したのに合わせ、Nもポカブへの指示を変更。地面に炎を撃ち込み、接近していた蔓やメロメロを焼く。

 

「アクアテール!」

 

「たいあたり」

 

 その間を狙ってツタージャが接近。Nはやはりかわせないと理解していた。しかし、メロメロを破壊しない場合は受けてメロメロになっていただろう。

 Nは迎撃を指示。再び、アクアテールとたいあたりがぶつかり、またポカブが吹き飛んだ。

 

「カブー……!」

 

 踏ん張ったポカブの身体から、炎のオーラが漂い出す。特性、もうかの発動だ。

 

「はじけるほのお」

 

「ツタージャ、かわせ!」

 

 炎はもうかにより、大人を軽々飲み込る程にまで巨大化。地面に接触すると、人の顔サイズの火球に別れて周囲に撒き散らし、滞留する。

 

「あれ、ちょっとヤバイな……!」

 

 はじけるほのおが放たれる度に、フィールドが炎に包まれる。何れは逃げ場が無くなってしまう。

 

「連続ではじけるほのお」

 

「たつまき!」

 

「それも焼くだけさ。ポカブ」

 

 竜巻が出現し、炎を巻き上げるもそこにパワーアップしたはじけるほのおが炸裂。竜巻を消し、炎をフィールドに更に撒き散らした。

 

「さぁ、このままだと炎はフィールド全体を覆うよ? どうするかな、サトシくん?」

 

(……ただ、アクアテールでやってもダメだ)

 

 寧ろ、消す度に炎が増えていって逃げ場が無くなるだけ。

 

「タージャ」

 

「ツタージャ……」

 

 さっさと指示なさい。どれだけ無茶だろうが、勝つためのを。ツタージャは鋭い眼差しで伝える。

 

「分かった。ツタージャ、突っ込め!」

 

「タジャ!」

 

「捨て身の突撃? ダメだよ、それじゃあ、ね。――はじけるほのお」

 

「ポー……カブ!」

 

「今だ、つるのムチ! 炎を叩け!」

 

「――!」

 

 炎が発射された直後、ツタージャは炎の熱さに耐えながら蔓で炎を叩く。すると、はじけるほのおは技の性質でその場で炸裂。使い手のポカブを怯ませた。

 

「アクアテール!」

 

「スモッグ」

 

 水の力を宿した尾を出すも、ポカブが怯ませるための毒の煙を鼻から吐き出す。

 しかし、ツタージャは知ったことかと言わんばかりに煙に入り込み、中から出てアクアテールをポカブに叩き込んだ。

 

「ター……ジャ!!」

 

「カブーーーッ!」

 

 吹き飛ぶポカブだが、ギンとツタージャを睨む。

 

「ポカーーーッ!」

 

「何!?」

 

 そして、最後の足掻きとして技を使った直後の彼女へ自分の意志ではじけるほのおを放つ。

 

「アクアテール!」

 

「ター――ジャア!」

 

「ツタージャ!」

 

 アクアテールで迎撃を試みるも、硬直のせいで中途半端な威力になっており、炎をある程度しか削れなかった。技を受けて吹き飛ぶツタージャだが、身体を起こす。

 

「ツタージャ! 大丈夫か!?」

 

「……タ、ジャ」

 

 コクンと頷くツタージャだが顔色が悪い。スモッグで毒状態になってる上に、軽減されてるとは言え、苦手な炎を受けたのだ。当然だろう。

 

「カブー……」

 

 一方、先に吹き飛んだポカブは、最後に足掻きこそはしたものの、そこが限界だったようで気絶していた。

 

「ポカブ、戦闘不能! ツタージャの勝ち!」

 

「勝った!」

 

「だけど、ツタージャは毒状態の上に、ダメージもある……。良い状態とは言えないね」

 

「えぇ……。それにしても、あの人……」

 

 相性有利の差があったとは言え、能力ならツタージャが上。その状態であのサトシと互角と戦っていた。とんでもない実力の持ち主だ。

 

「……やっぱり、強いのあの人?」

 

「……さっきのバトルを見て、あの人が弱いと思うのなら、君、基本からやり直した方が良いよ」

 

「つ、強いのは理解してるわよ! だけど、こんなにとは思わないじゃない!?」

 

「まあね……」

 

 まだ短い間だが、アイリスもデントもサトシの実力の高さはよく知っているつもりだ。

 Nはそんな彼と互角に戦える。つまり、サトシに匹敵か、互角、或いはそれ以上の可能性もあり得るのだ。

 Nがそんな人物だと突然知れば、アイリスが戸惑うのも無理はないかもしれない。

 

「……次のバトルはどうなるんでしょう」

 

「……激しくなるだろうね」

 

 サトシはおそらく、ツタージャからピカチュウに入れ替えるだろう。Nは勿論、ゾロアだ。

 サトシにとって、一番の相棒がピカチュウ。ならば、Nにとっての一番の相棒は誰か。

 ポカブは最近、アララギ博士から授かったと聴く。となると、自ずと限られる。ゾロアだ。

 つまり、二人共一番のパートナーで戦うことになる。そのバトルが中途半端なはずがない。

 

「ツタージャ、ご苦労様。戻ってくれ」

 

「ご苦労様、ポカブ」

 

 サトシはツタージャをモンスターボールに戻す。Nは熱されたバトルフィールドを平気で歩き、ポカブを抱えると、自分の立ち位置にまで戻る。

 

「一旦、バトルフィールドを安定させたいので、少し待ってもらいたい」

 

 先程のバトルで、バトルフィールドには大量の熱が溜まっている。少し整備をしておきたかった。

 

「構いません」

 

「分かりました」

 

 職員が入り、バトルフィールドに水を掛けて熱を奪い、整備も手短に行なう。

 

「では、再開!」

 

「ピカチュウ、頼むぜ」

 

「ゾロア、行こう」

 

「ピカ!」

 

「ゾロ」

 

 ピカチュウとゾロアがバトルフィールドに立つ。

 

「ゾロアか……」

 

『ゾロア、わるぎつねポケモン。相手の姿に化けて見せる驚かせる。無口な子供に化けている事が多く、こうやって自分の正体を隠す事で、危険から身を守っているのだ』

 

 最初の遭遇時はNの雰囲気もあって、検索する間が無かったため、ここでポケモン図鑑でゾロアの情報を調べる。

 

「人に化けるポケモン……」

 

「そう。特性、『イリュージョン』。ゾロア、やって上げて」

 

「――ゾロ!」

 

 クルンクルンと回ると、ゾロアの身体が変化。ある人物の姿へとなる。

 

「――俺!?」

 

「ゾロロ! ――ゾロ!」

 

「今度はあたしに!」

 

 次はアイリス。他にもデントやシューティー、Nにもゾロアは化ける。最後には元の姿に戻った。

 

「さぁ、始めよう」

 

「えぇ!」

 

「シャドーボール」

 

「でんこうせっか!」

 

 ヒトモシと同じ技、霊の力を込めた黒色の球体を展開、ピカチュウへ打ち出すゾロア。

 その威力もそうだが、速さもヒトモシを軽々と上回っていた。瞬く間にピカチュウに迫る。

 

「――ピッカァ!」

 

 しかし、ピカチュウはそれをかわす。確かに速いが、軌道は直線的。ピカチュウなら避けるのは難しくない。

 

「ゾロア、連射」

 

「ゾロロ!」

 

 ゾロアはポンポンと黒い球を次々と作り出し、連射。ピカチュウはでんこうせっかでかわしながら距離を詰めていく。

 

「ハイパーボイス」

 

「ゾローーーッ!」

 

「ピカチュウ、下がれ!」

 

 ゾロアが突然大声を上げる。それは扇状の衝撃波を発生させ、ピカチュウに迫るがサトシの指示もあって回避された。

 

「かなりの威力だな……!」

 

 シャドーボール、今のハイパーボイス。どちらも威力、速度が高く、発動までが素早い。先程のポカブ以上の力を持っているのは確かだ。

 

「ゾロア、走って」

 

「ゾロ!」

 

「ピカチュウ、お前もだ! でんこうせっか!」

 

「ピッカァ!」

 

 次々と突撃していくピカチュウ。その速さは凄まじく、普通なら一撃か二撃は簡単に食らうだろう。

 

「ゾーロロ」

 

 しかし、ゾロアは一定の距離を保つ、また近付くと見せ掛けては離れ、逆に離れる振りをしては近付くという複雑な動きをする事ででんこうせっかを避けていた。

 

「やはりできるね、あのゾロア……」

 

 サトシやピカチュウとは正反対の、掴み所のない動作により、でんこうせっかをかわす。言うだけなら簡単だが、かなり難しい。

 

「10まんボルト!」

 

「ハイパーボイス」

 

「ピーカー……チューーーッ!」

 

「ゾーロー……アーーーッ!」

 

 電撃と衝撃がぶつかり合う。直後、電撃が衝撃波に削られながらも突き破り、ゾロアに命中して吹き飛ばす。

 

「ゾローーーッ!」

 

「貰った、アイアンテール!」

 

「ピーカァ!」

 

 転がった隙を狙い、ピカチュウは尾を鋼に硬化させて強烈な一撃を降り下ろす。

 

「――だましうち」

 

「――ゾロ」

 

 とそこでゾロアが素早い動作で起き上がった。アイアンテールを避けると、ピカチュウの身体に体当たりを叩き込んで吹き飛ばす。

 

「態と倒れたフリを……!」

 

「正解。この子はこういう技が好きでね」

 

「ゾロゾーロ」

 

 悪戯っ子の様な笑みを、ゾロアは浮かべる。

 

「ピカチュウ、大丈夫か?」

 

「――ピカ!」

 

 キツい一撃ではあったものの、戦闘不能に成る程ではない。体勢を整え、ゾロアを睨み付けるピカチュウ。

 

「そうこないと。シャドーボール」

 

「ゾロ!」

 

「アイアンテールで弾き返せ!」

 

「ピカァ!」

 

 迫るシャドーボールを、ピカチュウは鋼化した尾でまるで、野球の様に高速で打ち返す。

 

「おや」

 

「ゾロ!?」

 

「でんこうせっか!」

 

 咄嗟に避けるゾロアだが、その動きを狙ってピカチュウが突進。速さが上がりきっていないゾロアにぶつかる。

 

「踏ん張って。――ナイトバースト」

 

「ゾローーーッ!」

 

 ゾロアは全ての足で踏ん張ると、身体から円状に黒色の波動を解放。その一部が接近したこともあり、ピカチュウに命中。強く吹き飛ばす。

 

「ピ……カ……!」

 

「今のは……」

 

「ナイトバースト。闇の力を放つ、今のところこの子や進化系のポケモンしか使えない技さ」

 

「ゾロアの最強技って事ですか……」

 

 実際、ナイトバーストの威力は他の三つを上回っていた。この技がゾロアにとっての切札なのだろう。

 

(10まんボルトで相殺は……難しいか)

 

 ゾロアの最強技だけあり、ナイトバーストの威力はかなり高い。絶好調とは言え、まだ完治してないピカチュウの10万ボルトでは相殺しきれない。

 

「シャドーボール」

 

「もう一度アイアンテールで打ち返せ!」

 

「ゾロ!」

 

「ピカ!」

 

 クルンと身体を回転させ、鋼の尾で黒球を叩くピカチュウ。しかし、直後にシャドーボールが爆発。爆風に巻き込まれ、動きが鈍る。

 

「なっ……!?」

 

 驚くサトシとピカチュウ。これはゾロアがシャドーボールを前とその後ろに大小の二発を作ったため、打ち返したシャドーボールが後のシャドーボールと衝突し、爆発したのだ。

 

「ハイパーボイス」

 

「ゾローーーッ!!」

 

「ピカ!」

 

「ピカチュウ!」

 

 そして、Nは貴重な隙をみすみす手放しはしない。距離を詰めたゾロアから強烈な轟音が響き、ピカチュウにダメージを与えながら吹き飛ばそうとする。

 

「地面に尻尾を刺して踏ん張れ!」

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウは自分の稲妻の様な形をした尾を地面に突き刺し、吹き飛ばしを避ける。

 

「ゾロ!?」

 

「へぇ」

 

「アイアンテールで地面の土を掬い上げろ!」

 

「ピー……カッ!」

 

 身体を捻り、アイアンテールの威力で地面の土を持ち上げる。それは無数の土塊となって、ゾロアに迫る。

 

「……回避」

 

「そこだ、でんこうせっか!」

 

「ピカピカ!」

 

 ゾロアが動くと同時に、ピカチュウも全速力で走り出す。

 必死に避けようとしたゾロアだが、土塊への回避の間のせいでかわしきれずに直撃、転がっていく。

 

「アイアンテール!」

 

「ピカァ!」

 

 そこにピカチュウは鋼の尾を叩き込もうとする。しかし、アイリス達はさっきの光景を思い出した。

 

「だましうち」

 

「――ゾロ」

 

 ニヤリとゾロアは笑うと、また素早く起き上がって不意を突こうとする。

 

「今だ、ピカチュウ! 地面に叩き付けろ!」

 

「ピカ!」

 

 しかし、サトシもさっきの二の舞は踏まない。叩き付けの指示を地面に変更。

 アイアンテールの衝撃で大地を揺さぶり、体勢を崩しつつ土塊を跳ね上げてぶつけ、ゾロアの動きを鈍らせた。

 

「ゾローーーッ!?」

 

「アイアンテール!」

 

「ピカァ!」

 

「ゾロー!」

 

 今回の攻防の結果は先程と違い、ゾロアがダメージを受ける。

 

「だましうち返し、ってところです!」

 

「ピカピカ!」

 

「一本取られたね」

 

「ゾロー……!」

 

 何時もは自分が欺く側なのに、今回は自分が欺かれた。その事実に悪狐は頬をプクーと膨らませる。

 

「シャドーボール。大量展開。但し、その場で待機」

 

「ゾロロロッ!」

 

 黒い球が次々と展開。それをゾロアは目の前で待機させる。

 

「ハイパーボイス。範囲を絞ってからシャドーボールに当てて」

 

「ゾローーーッ!!」

 

 圧縮した音波が無数の黒球にぶつかる。すると、黒球が超高速で前に打ち出された。

 

「10まんボルト!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

 強烈な電撃が放たれ、迫る黒球を相殺していくが、流石に数が多すぎた。消しきれず、直撃こそはしないがその場に留められる。

 

「ゾロ!」

 

 その間に、ゾロアはピカチュウに接近していた。

 

「でんこうせっか!」

 

「シャドーボール」

 

 ピカチュウは真っ直ぐに突撃するが、ゾロアはそれを拒むように黒球を展開する。

 急ブレーキを掛け、真横に素早く方向転換するピカチュウだが、そこに放たれたシャドーボールが迫る。

 直撃こそは避けたが、そこに攻撃体勢に入ったゾロアが近付く。

 

「だましうち」

 

「ゾロ」

 

 ゾロアは右を見る。ピカチュウはその視線に釣られて右を見たが、瞬間にゾロアに左から攻撃される。

 

「ハイパーボイス」

 

「ジャンプ! そして、10まんボルト!」

 

 追撃に音波が放たれる。体勢が崩れたピカチュウだが、咄嗟に跳躍する事で回避。そして、素早く雷撃を放つ。

 技を放った後の硬直もあり、ゾロアは擦りはしたが、直撃は回避する。しかし、体勢は微妙に崩れた。

 

「行け、でんこうせっか!」

 

「ピッカ!」

 

「ゾロ!」

 

 そこにピカチュウのでんこうせっかが炸裂。ゾロアはダメージを受けて仰け反りるも踏ん張って、反撃を狙うが、先程の結果からピカチュウは素早く後退。更にその反動を活かし、接近する。

 

「でんこうせっか!」

 

「ピカ!」

 

「周囲にシャドーボール」

 

「ゾロロ!」

 

 先程の前に集中的にではなく、今度は周囲に黒球を作り出すゾロア。黒球の壁を見てピカチュウは後退し、周りを走る。

 

(またハイパーボイス……いや、今度は多分……!)

 

 ハイパーボイスは前に放つ技。これでは全ての球を打ち出せない。となると、使う技は一つ。

 

「ナイトバースト」

 

「ゾローーーッ!」

 

 周囲に闇の力を放つナイトバースト。これで待機させたシャドーボールを同時に打ち出す。予想通りだった。

 

「でんこうせっか! 横に避けろ!」

 

 ならば、同時に打ち出された事を利用して横に避けるのみ。

 そうしたサトシとピカチュウだが、まるでそのタイミングを狙ったかのように、ピカチュウの目の前に闇の力を纏ったシャドーボールが迫る。

 

「ピカ!?」

 

 これはシャドーボールの位置をずらしたため、同時には発射されたが時間差のようになったのだ。

 

「――ピカァ!」

 

 無理矢理動き、直撃だけは辛うじて回避するも、ゾロアが迫っていた。

 

「ハイパーボイス」

 

「ゾローーーッ!!」

 

「踏ん張れピカチュウ! でんこうせっか!」

 

「ピー……カァッ!」

 

 かわせないと判断したサトシは、敢えてその場に留まらせる。そして、技が終わった後を狙い、反撃のでんこうせっかをゾロアに叩き込む。

 

「10まんボルト!」

 

「ナイトバースト」

 

 電気と闇がぶつかり合う。すると、闇が電撃を飲み込み、突破した一部がピカチュウにダメージを与える。

 

「な、何なの、このバトル……!」

 

「どっちも凄い……」

 

「僕もそう思います……」

 

 この短い間に行われた凄まじくハイレベルな攻防の数々。正に一進一退。やられれば、直ぐにやり返す。

 

「これ、どう見てもただのトレーナーの試合じゃないですよ……」

 

 まるで、テレビで見たポケモンリーグのバトルだ。いや、実際にそうなのかもしれない。

 今目の前で行われているのは、場所が違うだけのリーグ戦。シューティーはそう感じていた。

 

(……僕は、この二人に勝たないといけないのか)

 

 イッシュリーグで優勝を目指すのなら、自分はこの二人、サトシとNに勝利せねばならない。

 その事実に、シューティーは思わず身震いする。それは怯えか、それとも武者震いか、今の彼には分からなかった。

 

「ふふ、強いね。サトシくん、ピカチュウ」

 

「ゾロゾロ!」

 

「Nさんとゾロアこそ!」

 

「ピカピカ!」

 

 一瞬足りとも気を抜けない、燃えるような激しいバトル。サトシとピカチュウは勿論、ポケモンバトルを嫌っている筈のNやゾロアもつい、笑みを浮かべる。

 

(……これが、ポケモンバトルか)

 

 互いの力、知恵、経験、戦意をぶつけ合い、その先の勝利を得る。それこそが、本当のポケモンバトル。トレーナーだけでなく、ポケモンも楽しむ為の試合。

 

(――でも)

 

 ゾロアと共にポケモンバトルの醍醐味を知ったNだが、やはり自分は積極的にやろうとは思えない。

 しかし、今だけはこのバトルを楽しみたい。だが、戦いとは何時か終わるもの。ゾロアもピカチュウも疲弊しており、終わりが近付いているのが分かる。

 

「そろそろ、決着を付けよう。サトシくん」

 

「えぇ、Nさん!」

 

 サトシに異論が有るわけもなく、力強く頷く。

 

「――ピカ!」

 

「ピカチュウ?」

 

 指示を出そうとしたが、その前にピカチュウが力強い眼差しで自分を見る。

 

(……もしかして)

 

 自分の相棒が言いたい事を、サトシは直感的に理解した。ピカチュウはあの技を指示して欲しいと言っているのだ。

 

(ボルテッカー……!)

 

 ピカチュウが扱える技の中で、最強の技。反動があるため、今まで使用を禁じていた。

 

(けど……)

 

 今のピカチュウは絶好調だが、完治はしていないのだ。使えば、明日以降の体調に影響する恐れがある。

 

「ピカピカ、ピカチュ!」

 

 ピカチュウもそれは理解している。しかし、Nとゾロアは強敵だ。ボルテッカー無しで勝てる相手ではない。

 

「――分かったよ! 行くぜ!」

 

 ピカチュウの想いを尊重し、サトシはボルテッカーの使用を決意する。ただ、一度だけだ。それ以上は絶対に使わせない。

 

(何か来る)

 

 サトシとピカチュウの決意と覚悟に満ちた眼差しに、Nは感じた。何かを仕掛けてくると。

 

「ゾロア、来るよ。集中」

 

「ゾロ」

 

 おそらくは、彼等の最大の一撃。ならば、こちらも最大の技で迎え撃つとNは決めた。

 

「――ナイトバースト」

 

「ゾーロー……アーーーーーッ!!」

 

「ピカチュウ、ボルテッカー!」

 

「ピッカァ! ピカピカ――」

 

 ゾロアからフルパワーの闇の力が放とうとするのと同時に、ピカチュウはダッシュ。強烈な電撃を纏いながら加速していく。

 

「――ボクの敗けだ」

 

「……えっ?」

 

「ゾロ?」

 

「……ピカ?」

 

 しかし、突然Nが敗けを宣言。抜けた声と共に、ゾロアとピカチュウの技の発動が止まる。

 

「ボクの敗けです。なので、降参します」

 

「え、えぇ!?」

 

 Nがジョージに降参を告げる。突然の事態にジョージも驚きを隠せないが、本人がそう告げた以上はそれを認めない訳にも行かない。

 

「では……。本人が敗けを宣言したため、この勝負、サトシくんの勝利!」

 

 こうして、サトシとNの初バトルは呆気ない幕引きとなったのであった。

 

「えと、これで……終わり?」

 

「ここで降参……? どうして……?」

 

「……」

 

 突然の終了に、アイリスもシューティーも戸惑っているが、デントは何かを考えている様子だった。

 

「あ、あの、Nさん? どうして――」

 

「話はポケモンセンターでしよう。疲れてるしね」

 

「……そうします」

 

 Nの提案に、サトシはモヤモヤしながらも頷いていた。

 

(もしかして……気付いた?)

 

 しかし、直後にサトシはNが降参したのは、ボルテッカーの反動を避けるためではないかと、彼の後ろ姿を見ながらそう思っていた。

 

「キミはどうだい?」

 

「えと……じゃあ、僕も一緒します」

 

 途中、Nはシューティーに来ないかと誘う。気になる事もあるし、ポケモン達を回復させたいのでシューティーは賛同。

 彼等はこの町のポケモンセンターへと向かった。

 

 

 

 

 

「はーい。お預かりの皆さん、元気になりましたよー」

 

「タブンネ~」

 

 ポケモンセンター。安心して良いのか若干、気になるタブンネの声を聞きながら、サトシ達はポケモンやモンスターボールを受け取る。

 そして、ロビーの一ヶ所で五人は腰掛けると、シューティーは話を切り出した。

 

「あの、Nさんはどうして降参を……?」

 

「どうしてだと思う?」

 

 そう言われても、シューティーにはさっぱりだった。

 

「あの、もしかして、ピカチュウの為に?」

 

「どういうこと?」

 

「最後に使おうとした技、ボルテッカーは反動が有るんだ。だから、Nさんはそれを避けるために……」

 

 説明の後、デントはやはりと呟き、アイリスとシューティーがNを見る。青年はニコリと笑っていた。正解の様だ。ゾロアもふふんと笑みを浮かべている。

 

「ただ、敗けたと思ったのは本当だよ」

 

 Nはあの時、ボルテッカーが非常に強力な技だと理解していた。ぶつかり合った場合、ナイトバーストは突破され、ゾロアは倒されていただろう。

 なので、ゾロアが倒れていないだけで、サトシ達の勝利は変わらない。

 

「全力で戦うのは良いけど、程々にね」

 

「すみません……」

 

「ピカピカ……」

 

 サトシとピカチュウは、Nに深々と頭を下げた。

 

「も~、サトシったら、子供ね~。ちょっとは抑えることぐらいしなさいよ」

 

「君の良いところだけど、悪いところでもあるね」

 

「う~」

 

 今回ばかりは反論出来ないので、唸ることしかできないサトシだった。

 

「大体、ただの試合でしょ? そこまでしてやる必要はないじゃない。ほんと、子供ね~」

 

「どうかな、全力で尽くすというのは基本中の基本だよ。ただの試合だからと言って、抑えたら上は目指せない」

 

 そこでシューティーがサトシの擁護に入る。確かに無茶はしたが、全力で戦うというのは必要だと語る。

 

「一理あるね。それに、さっきの技はサトシくんの独断じゃなく、ピカチュウの希望もあった」

 

 サトシやピカチュウの性格を考えると、ボルテッカーを使おうとしても無理はない。絶好調という理由もあるが。

 

「でも、意志の尊重も確かに大切だけど、それも程々にね」

 

「頑張ります……」

 

 時には、戒める事も必要。Nにそう言われ、サトシは頷いた。

 

「それと、ありがとうございました」

 

「ピカピカ」

 

「どういたしまして」

 

 止めたおかげで、ピカチュウへの負担が無くなったのだ。その事に関してサトシとピカチュウはNに礼を述べる。

 

「……ところで、Nさんは何者なんですか?」

 

 バトルの件が一段落し、シューティーがNに質問する。

 

「今は……新人トレーナーって事になるのかな?」

 

「し、新人!?」

 

「いや、それはちょっと、有り得ないかと……」

 

 何処の世界に、リーグ経験者と互角に渡り合える新人が存在するのだ。幾らなんでも、無理が有りすぎる。

 

「だけど、ボクは本当に新人なんだ。トレーナーを始めたのも最近だしね」

 

 信じがたい話だが、Nの瞳には真っ直ぐな光しかなく、シューティーもそれが事実なのだと受け入れるしかなかった。

 

「それまでは何を?」

 

「旅だよ。ゾロアと一緒にイッシュの色んな所を回って、色々なトモダチ――ポケモンと触れ合ってた」

 

「成る程、貴方の強さはその経験を活かして……」

 

 多くの交流で得た経験を活かし、ポケモンの力を引き出す。それがNの強さなのだ。

 シューティーも、Nがただの新人ではないと知り、少しホッと安心したようである。

 

「ポカブと一緒にいる事になった経緯は?」

 

「ボクがアララギ研究所でアララギ博士と話したのが切欠で、ポカブといることになったんだ」

 

 Nは思い出す。彼女との話をし、ポカブとの出会いとなったあの日の事を。

 



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向き合う真実

 何とか用意出来たのと、話の性質上、二話同時に投稿した方が思い、出します。ちょっと、人を選ぶ話かもしれません。


「始めまして、アララギ博士」

 

 シューティーが旅立ちした翌日、サトシが旅に出た少し後、Nはゾロアと共にアララギ研究所を訪れ、アララギ博士と対面していた。

 

「えと、貴方は?」

 

「Nと申します。高名なポケモン博士であるあなたとお話しがしたくて訪ねました。ダメでしょうか」

 

「少しぐらいなら構わないわ」

 

 変わった名前の青年だが、瞳は真剣さに満ちている。無礼な態度も取っていないし、断る理由は無かった。

 

「あと、出来れば二人きりが望ましいのですが、構いませんか?」

 

「分かったわ。ただ、安全の為に身体検査だけはさせて貰うわね」

 

「はい」

 

 万一に備えてだろう。Nはアララギの要求を受け入れた。

 その後、身体検査を素早く済ませると、客室でNとゾロア、アララギがソファーに腰掛ける。

 

「それで……私に何を聞きたいの?」

 

「アララギ博士。失礼を承知で申します。貴女はトモダチ――ポケモンの研究者とのことですが、率直に聞きます。何故、そんなことをなさるのですか?」

 

「……そんなこと?」

 

 前置きがあるとはいえ、Nの発言に研究者としての仕事を馬鹿にされた気分になり、苛立つアララギ。

 下手すれば、これだけでも追い出されてもおかしくはないが、Nの意図はまだ分かっていない。もう少し聞くことにした。

 

「はい。ポケモンを研究すると言うことは、捕まえるということです。その為だけに。違いますか?」

 

「……」

 

「また、この研究所では新人トレーナーにポケモンを授けると聞きました」

 

「……えぇ」

 

「その為にも、やはり捕まえる必要があるはず。それは彼等の自由の剥奪と同じでは?」

 

 Nの批判に、少し考えさせられるアララギ。研究に関しては、今は昔の研究で得た豊富なデータがあるのでその必要はないが、その時代の事を考えると、強ち筋違いの批判とは言いにくい。

 また、三匹については弁解の余地はない。確かにその通りだ。

 

「……そうね。貴方の言うことは正しいわ。だけど、私達は研究を続けるわ」

 

「それは何故?」

 

「人とポケモンとの関係をより良くし、彼等をより知る為よ。今はポケモンが近くにある時代。衝突の回避、的確な治療には彼等の情報は必要不可欠だわ」

 

「……」

 

 アララギ博士の言葉に、Nは無言ではあるが理解は示していた。確かに衝突の回避や、適切な治療にはポケモン達の詳細な情報が必須と言って良い。

 

「では、新人トレーナーに授けるポケモンについては? 彼等はあまり見ない稀少な存在。研究者の貴方が捕獲するのは独占、権力の横暴と言っても過言ではないでしょう」

 

「稀少だからこそ、保護をしているの。選ぶのも適正がある子に限定してはいるわ。新人との出会いに備えてケアもね。最初の相棒。新人の子もポケモンも、互いに特別な思い入れが宿るでしょう?」

 

 最初故に、色々と衝突は有るだろう。しかし、だからこそ互いの特別になる。そういう狙いもあった。

 

「また、こうすることで余計な揉め事を避けれるわ」

 

「トレーナーになる前の少年が血気に走り、独断でポケモンを捕まえたりするのを避ける、などですね」

 

「その通りよ」

 

 親が代わりに捕まえる。と言うのもあるが、それでも自分で捕まえたいと思う者は多い。その時、子供だけで勝手に行うのが一番怖い。

 

「……それでも、さっきの発言の否定は出来ないけれど」

 

 Nの三匹の捕獲については実際、限れた場所に限定している事を考えれば独占や、権力の横暴発言を完全に撤回することは出来ない。

 

「アララギ博士。貴女はポケモンへのケアに万全と行なっていると申しましたが、それぐらいは当然かと。しかし、トレーナーに関しては? 例え、能力は有っても、ポケモンへの思い遣りに満ちた人物とは限りません」

 

 才能は有っても、心が無くてはポケモンは不幸になるだろう。

 

「旅の中で心身の成長を促す。それはとても素晴らしい事だとは思います。しかし、その皺寄せがポケモンに寄る可能性が有るのはどうなのでしょうか」

 

「その前までにも、触れ合いの機会を作り、少しでも良くするべき。という事ね。でも、それ自体は既に可能な限り行なっているの。例えば、幼稚園やスクールなどでね」

 

「……そうでしたか」

 

 意外と思ったNだが、よくよく考えれば自分が思い付くのだ。既に誰かが提案していても不思議ではない。

 

(……世間知らずな所が出たかな)

 

 半年程前まで、Nはある場所の中で暮らし、普通とは異なる学びをしていた。その弊害が出たのだろう。

 

「しかし、そのようにしているのなら、無理に旅をする必要は無いのでは? 街の中でも、十分必要な事は学べるはずです」

 

「でしょうね。でも、夢の為に旅を目指す子供はとても多いわ。外に行きたいというポケモンもね」

 

 危険はある。しかし、それを補うだけの利点も旅にはあった。だからこそ、自分達は旅のサポートをするのだ。

 

「その子達へのサポート。また、いざという時の対応。その為にも、私は研究者であることを続けるわ」

 

 それがアララギが選んだ道。彼女のポケモンとの触れ合い方だった。

 

「……なるほど」

 

 アララギの信念、考えを知ったN。まだ思うところはあるも、ある程度の理解はした。

 

「Nくん。今度は良いかしら?」

 

「構いません」

 

「なら、率直に。――貴方が目指すものは何?」

 

 その問いに、Nは一瞬だけ間を置いてから語った。

 

「人とポケモンが平等に生きる世界です。具体的に言えば、ポケモンバトルを無くし、モンスターボールも使わない。人とポケモンはそれぞれの場所で生きていくべき――それがボクの目指すもの、理想です」

 

 Nの目指すものを聞き、アララギは少し考える態度を取る。

 

「それは、覚悟の上で?」

 

「……覚悟?」

 

「多くの人とポケモンを傷付け、苦しませる覚悟を背負った上で。そう聞いてるの」

 

「……待ってください。どうして、そうなるのですか。ポケモンは自然の中で生きるのが一番のはずです」

 

 Nの言葉に、ゾロアもそうだと呼び掛ける。対して、アララギは呆れた視線を向けていた。

 

「Nくん。はっきり言うわ。今の貴方のそれは、理想じゃない。幻想、もっと悪く言えば何も知らない子供の思い上がりよ」

 

「思い上がり……!? 何故ですか!」

 

「ゾロゾロ!」

 

 思わず声を荒げ、詰め寄るN。ゾロアも敵意を剥き出しにしているが、アララギは動じずに説明する。

 

「Nくん。人とポケモンがそれぞれの世界で生きるようになる。そうなったら、今のこの世界の人といるポケモン達はどうなるの?」

 

「彼等は、元は自然にいた存在です。受け入れてくれるでしょう」

 

「どうしてそう思うの? 彼等には時間を掛けて人と育んで来た絆がある。それを突然断ち切られて、何も感じないと思うの?」

 

「それならば、人の世界にいる前のポケモン達も同様です。その当時の彼等にだって、仲間達との絆はあったはず」

 

「そうね。なら、人の世界の中でタマゴから産まれた子や、望んで人の世界に来た子は? その子達も、離されても素直に受け入れれるの? まさか、他が受け入れたのだからそうしろって、押し付けるつもり?」

 

「ち、違います。そんなこと……」

 

「違わないわ。貴方が言ってるのは、そう言うことよ」

 

 アララギの指摘に、Nは言葉が詰まる。確かに人との世界で生まれた彼等が人と離されて、何も思わない訳がない。

 だが、自分が目指す世界を実現するには、それでもしなければならない。そうでなければ、完全な平等にはならない。

 

「それに、人との世界で生きてきた子達が、自然の中の世界で生きていけるのかしら? 自然の世界には厳しい生存競争が存在するわ。適応しなければ、当然命を落とすでしょうね。それも、考えた上で?」

 

「……」

 

 そこまで考えていなかった――いや、考えること自体が不可能だったNは、沈黙するしかない。ゾロアも悔しそうに歯軋りしている。

 

「だから言ったの。今の貴方のそれは、幻想、思い上がりでしかないって」

 

「……ボクのこの想いは、間違いだったという事ですか」

 

「別に、そんなことは言ってないわよ?」

 

「……えっ?」

 

 自分の理想は間違っていた。そう結論着けようとしたNだが、アララギにそうじゃないと言われ、間の抜けた声が出た。

 

「いや、だって……」

 

「私は、今の貴方のそれは空想でしかないということと、デメリットを語っただけよ。貴方のその思いを否定する気なんて、これっぽっちも無いわ」

 

 言われて見れば、アララギは自分の考えその物を否定はしていなかった。

 

「貴方の理想で救われるポケモンはいるでしょう。例えば、身勝手なトレーナーや研究者にいる子達はね。だけど、それと同じぐらいかそれ以上に苦しむポケモン達も出てくる。これは絶対に避けられないわ」

 

 今の世界、人とポケモンが共にいる世界から二つを切り離そうとしているのだ。悲しみを生み出す事は避けられない。でも、救われるポケモン達も確かにいるのだ。

 

「きっと、貴方は人に傷つけられたポケモン達を見て、助けたいと思ってそう考えたのでしょうね。それは何も間違ってないわ。ううん、寧ろ正しい」

 

 ただ、ポケモン達を助けたいだけなのだから。

 

「でもね。その理想の裏側で傷付くポケモン達に気付かない、見ようとしないのは――間違いだわ。だからこそ、私は聞いたの。貴方に覚悟はあるのかって」

 

 人やポケモン達の恨み、憎しみ、悲しみ。理想の裏側にあるそれらの真実を背負ってまで、その思いを叶える覚悟が有るのか。それこそがアララギの問いかけの意味。

 普通なら、アララギはここまでしないだろう。しかし、青年が掲げる理想は実現すれば今の世界に大きな変革をもたらすもの。

 果たされた後、自分が想定いなかった事態に陥ろうが、誤魔化しは一切通用しない。だからこそ、確かめる必要があったのだ。結果は、この通りだが。

 

「……正直、わかりません」

 

「そう。なら、止めなさい。そんな気持ちじゃ、不幸になるだけよ」

 

 半端な覚悟では、その理想を実現させても自分も他者も不幸にするだけだと、止めるように呼び掛けるアララギ。

 

「でも――トモダチを、ポケモン達を救いたいという気持ちに嘘はありません」

 

 例え、刷り込めれた物だとしても。それでも、これは譲れない。

 

「それは、本物?」

 

「……はい。ボクの中の――揺るがない真実です」

 

 現実を突き付けられ、へし折られそうになったが、それでも残った真実の思いだった。

 

「なら、好きにしなさい。私は何も言わないわ」

 

「……良いのですか?」

 

「貴方がしっかりと決めた事だもの、私が口出しする事じゃないわ」

 

「……ボクを止めなかったせいで、大変な事になるかもしれませんよ?」

 

「どれが最善かだなんて、私には分からないもの」

 

 Nの理想も、正解ではあるのだ。ポケモンは厳しい生存競争の中での生活を余儀なくされるが、本来自然とはそう言うもの。

 死が常に隣り合わせな世界だからこそ、生きるために命はここまで進化してきたのだ。それを間違いだなどと宣うのは、人の思い上がりでしかない。

 それに今の世界、Nの理想が実現した世界、この先どちらになろうが、自分のやるべき事は変わらない。

 人とポケモンのより良い関係のため、研究を続ける。たったそれだけだ。

 

「あと、私に言えるのは一つだけ。後悔しない様にね」

 

「はい。今日は本当にありがとうございました。付き合って頂き、感謝します」

 

 これからの為にも、自分は理想の奥にある真実と向き合い続けなければならない。今回のこの話は胸の中に深く仕舞って置こうとNは強く決めていた。

 

「もう出るかしら?」

 

「はい」

 

「なら、外まで送るわ」

 

「助かります」

 

 アララギの案内を受け、Nとゾロアは研究所の入り口まで移動する。

 

「所でNくん。貴方はこれからどうする気かしら?」

 

「ボクは――」

 

「カブーーーッ!」

 

 言おうとしたNの言葉を、叫びと炎の音が遮る。

 N達がそちらを見ると、一匹のポカブが的である岩に炎を放っていた。近くには、安全の為のスタッフもいる。

 

「トレーニングですか?」

 

「はじけるほのおの練習。あの子、既に十分な能力を持ってるけど、それでも練習を続けてるの。力が有り余ってるのよね」

 

 だからこそ、新人トレーナーのポケモンに選ばれた訳だが。

 また、昨日シューティーに選ばれなかったのも、ポカブがトレーニングに励む一因だった。

 

「まだまだ未完成ですね」

 

「えぇ、素質は有るんだけど、技が難しいの。あまり上手く行ってないわ」

 

「……」

 

「Nくん?」

 

 Nは少し考えたあと、ポカブの方へと歩いていく。

 

「――やぁ」

 

「カブ?」

 

 Nは膝を曲げ、ポカブとの視線を近付けて優しく語り掛ける。突然の人物に、ポカブは警戒する。

 

「だ、誰だね、君は?」

 

「ごめんなさい、その子はさっきまで私と話し合ってたお客さんなの」

 

 戸惑うスタッフに、アララギが説明する。Nは彼女に助かりますと言うと、ポカブとの会話を続ける。

 

「今、新しい技を身に付けようとしてるんだよね? 良かったら、手伝わせてくれないかな?」

 

「カブ? ……ポカ」

 

 最初は戸惑うポカブだったが、Nが自分に協力したいと知り、受けることにした。大して期待はしてないが。

 

「……上手く行くでしょうか?」

 

「まぁ、好きにやらせましょう」

 

 そんなNに、スタッフも少し戸惑い気味だが、アララギの言葉に様子を見ることにした。

 

「はじけるほのお」

 

「カブーーーッ!」

 

 岩目掛けて、炎の弾を放つポカブ。しかし、途中で勝手に弾けてしまった。

 

「もう一度」

 

「カブ」

 

 再度放つポカブ。しかし、結果は先程と同じだった。

 

「ポカブ、少し良いかい?」

 

「カブ?」

 

「今からボクの言う通りに。先ずは炎を溜めて」

 

 とりあえず、ポカブはやって見ることにした。炎を溜めていく。

 

「ポー……」

 

「そこで停止。溜めた炎をよく練ってみるんだ。一点に集中するように」

 

「カー……」

 

 溜めた炎に意識を集中させ、圧縮していく。

 

「最後。炎を一気に解放する」

 

「ブーーーッ!」

 

 炎を発射。それは今までよりも勢いよく、岩に着弾すると炸裂し、周りに飛び散る。

 

「凄い……」

 

 完成はまだだが、簡単なアドバイスだけで、一気に精度を高めた。相当な指導能力だ。

 

「良い感じ。今の感覚を続ければ、技は完成するよ」

 

「カブカブ!」

 

「どういたしまして」

 

 ありがとうと笑みを浮かべるポカブに、Nも笑顔で返す。

 

「……」

 

 そんな彼等のやり取りに、アララギは少し考えに浸る。そして。

 

「Nくん」

 

「何でしょうか、アララギ博士?」

 

「貴方――その子を育てて見ない?」

 

「……え?」

 

 突然の提案に、Nは驚きを隠せないでいた。

 

「今のアドバイス、見事だったわ。この短時間でポケモンの力を引き出すそのセンス。貴方にはトレーナーとしての才能がある。その子と一緒に旅をしてみない?」

 

「カブカブ!」

 

 アララギの提案に、ポカブはそうしようと喜びに満ちた声で語り掛ける。この青年となら、自分は強くなれるとポカブは確信したのだ。

 

「……嬉しい御言葉ではありますが、お断りします」

 

「カブ……!?」

 

 しかし、Nから拒否されてしまい、ポカブは深いショックを受ける。

 

「それは、貴方の理想と反するから?」

 

「……いえ、それだけじゃありません。ボクはポケモントレーナー、そして、ポケモンバトルが好きではありません。彼等を傷付ける人の娯楽としてしか見えないんです。ですから――」

 

「それは、知った上で?」

 

「……というと?」

 

「ポケモントレーナー、ポケモンバトルの全てを知った上で、貴方はそう思っているの?」

 

「……いえ」

 

 そうと言われると、躊躇いがある。何故なら、自分はあまり見ておらず、あの部屋の中でそう思ったに過ぎないのだから。

 

「――そういうこと」

 

 アララギは何かに納得したように、そう呟いた。

 

「なら、Nくん。貴方は尚更ポケモントレーナーになるべきだわ。そして、旅をして多くの人とポケモンと触れ合い、今の世界をその目で見て、知りなさい。それが貴方の務めよ」

 

 世界を変革させるほどの理想を持つからこそ、今の世界にある真実をその目で見なくてはならない。

 

「世界を見て、知る……」

 

「えぇ。第一、その為に私の所に来たのでしょう?」

 

「……はい」

 

 少しでも知るために、彼女に会いに来たのだ。さっきのやり取りで気付かれたようだが。

 暫しの間、Nは悩む。自分はまだポケモントレーナー、ポケモンバトルを表面しか知らない。ポケモンの事を含めて。

 そんな自分では、真実を抱いていても、己が決めた道を歩むことなど、到底不可能だろう。途中で挫折か、道を間違えるかもしれない。

 

「――分かりました。ボクはポケモントレーナーになります」

 

 ならば、自分はポケモントレーナーになろう。そして、彼等やポケモンバトル、ポケモン、それらで満たされたこの世界を、真実を知ろう。青年はそう決意した。

 Nの決断に、ゾロアは不満げだが、彼の決めた事ならと口出しはしなかった。

 

「ちょっと待ちなさい。渡すものがあるから」

 

 アララギは研究所の中に入り、しばらくすると戻って来た。手には二つの道具がある。

 

「ポケモン図鑑。そして、モンスターボールよ。どうぞ」

 

「……これは新人トレーナー用のでは?」

 

「貴方、今までトレーナーしたことないでしょう。つまり、新人と変わらないわ」

 

 ならば、若干強引では有るが、彼にポケモン図鑑やポカブを託しても問題はない。

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「……すみません。ボクはポケモン図鑑やモンスターボールを受け取れないんです」

 

「受け取れない……?」

 

 その台詞にアララギは訝しむ。話し合いの時や、今のと言い、どうもこの青年――『闇』が相当に深い様だ。

 

「そう。なら、この子だけでも連れて行きなさい。さっきので貴方の事気に入っちゃって、行きたがってるの」

 

「カブー……」

 

 懇願の眼差しで見上げるポカブに、Nは少し考えてからアララギにこう話す。

 

「……ボクに託しても、良いのですか?」

 

「え?」

 

「もう、ボクが得体の知れない人物、いや危険だとは理解しているはずです。下手したら、この子の力を悪事に使うかもしれない。その場合、貴女に責任が及びますよ?」

 

「危険かもしれないけど、悪人じゃないでしょ? 悪人はそんなこと一々言わないわ」

 

「いや、そうですが……」

 

 スタッフはNの発言に、危機感を抱いたようだが、アララギはだから?と堂々としている。

 

「まぁ、その時は私が見る目が無い、ただの馬鹿だったという事になるわね。それだけよ」

 

「そ、それだけ……」

 

「Nくん。私はさっき言った筈よ? その子達――つまり、新人へのサポート。また、いざという時の対応。その為にも、私は研究者であることを続けると。要するにそういうことよ」

 

 ニッコリと笑うアララギに、Nは勝てないなと思ってしまった。

 

「ポカブ、さっきはごめん。こんなボクと来てくれるかい?」

 

「カブ!」

 

「――ありがとう。ゾロア、仲間が出来たよ」

 

「ゾロゾロ」

 

 Nと自分の仲間になったポカブに、ゾロアは自己紹介。それを聞いてポカブも自己紹介した。

 

「アララギ博士、ありがとうございました」

 

「気にしないで。新人の手伝いも、私の仕事だから」

 

「貴女には迷惑はお掛けません。それは約束します」

 

 これから自分が進む道では、必ずアララギに迷惑を掛ける。だからこそ、Nは彼女には責任が及ばない様にと決めていた。

 

「それぐらい、気にしないのだけれど」

 

 いざというときは、自分が責任を取るつもりだ。ただ、その際に供えてオーキドに頼んで置くが。

 

「ボクが気にします。では、失礼しました」

 

 Nは一礼すると、ゾロア、そして新たな仲間、ポカブを連れて静かに礼儀正しく歩いていった。

 

「……アララギ博士、本当にあの青年にポカブを託しても良かったのですか?」

 

 スタッフからすれば、どうしても危険な気がしてならないのだ。

 

「そうね。何かは避けられないかもね」

 

「でしたら……!」

 

「だけどね、私達の仕事には問題や責任なんて付き物よ」

 

 図鑑やポケモンを託したトレーナーが、何かを仕出かし、問題を引き起こした。

 そういうことは一度や二度ではない。どれだけ細心の注意を払おうが、それは無くならない。ただ、だからと言ってこの仕事を止めるつもりはないが。

 

「それに、あの子にはこうするべき。そう感じたのよね」

 

 それは研究者としてもだが、個人の直感でもあった。

 

「あと、今の私達の仕事はポケモンの研究と彼等の手伝い。なら、全力で尽くすだけよ」

 

 Nには謎が多いが、今の彼ははっきり言って、まだまだ知らない大きな子供だ。

 だからこそ、先は厳しい問いかけを、今は世界を知って貰うため、トレーナーになることを勧めたである。

 

「さぁ、次はミジュマルの捜索よ。さっさと見付けましょう」

 

「分かりました」

 

 アララギは研究所に戻る前に、一度だけN達が去った方向を見る。

 

「ベストウイッシュ。良き旅をね、Nくん」

 

 それだけを言うと、アララギは中に入った。

 

「ポカブ」

 

「カブ?」

 

 道を歩く最中、Nがポカブに語り掛ける。

 

「ボクの進む先は、きっとキミに辛い思いをさせる」

 

「ポカ……」

 

 不安に満ちた声を、ポカブは上げる。正反対の隣にいるゾロアは静かだ。

 

「それでも、付いてきてくれるのなら――ボクはキミを強くして見せるよ。必ず」

 

「――カブ!」

 

 分かったとポカブは頷く。その心中には、強くなる思いともう一つ、この青年を放って置きたくないという思いもあった。

 

「ポカポカー!」

 

「あっ、そんなに先に行ったらはぐれるよ」

 

「ゾロロ」

 

 先を走るポカブを追うように、Nとゾロアも走り出す。こうして彼等の旅は始まったのであった。

 

 

 

 

 

(……そんなボクが、こうして話したりしている、か)

 

 振り返りも終わり、Nは今を見る。カラクサタウンで出会ったサトシやピカチュウ、デントやアイリス、シューティーが目の前にいる。

 トレーナーとして進まなければ、彼等とこうして出会うこともきっと無かっただろう。そう思うと、笑みを浮かぶ。

 

「どうしたんですか、Nさん?」

 

「いや、こうして話すのは楽しいと思ってね」

 

「そうですね。あの子達も楽しそうですし」

 

 サトシ達が視線を動かす。その先には、ポケモン達が色々なグループに分かれて話に花を咲かせていた。

 例えば、ピカチュウはツタージャやゾロア。ポカブはヒトモシやプルリル。マメパトはハトーボーやバニプッチと。キバゴは色々と。

 またアララギ研究所にいたミジュマル、ジャノビー、ポカブの三匹はそんなに時間は経ってないとはいえ、こうして一堂に再会出来て嬉しそうだ。

 

『いや~、まさか、またこうして一緒になるとはな~。サトシに付いていって良かったぜ!』

 

『オイラも、Nと旅することにして正解だったよ。ツタージャ、今はジャノビーか。アンタは?』

 

『……まぁな。再会して嬉しくはある』

 

 プイッと反らすジャノビーに、ミジュマルはニヤニヤと笑い、ポカブはご機嫌な様子だ。

 

『ところでよ。俺達のトレーナーの中で誰が一番だと思う? やっぱり、サトシだよな!』

 

『Nが一番さ。だって、オイラの力をここまで引き出せたんだもん』

 

『し、シューティーもまだまだだが、有望ではあるぞ!』

 

『え~? けどよ、バトルではサトシは二人に勝ったんだぜ~? つまり、サトシが一番って事さ!』

 

 ドヤ顔でのミジュマルの発言にむ~、口を膨らませるポカブとジャノビー。

 

『Nの強さなら、次は勝つさ!』

 

『シューティーだって、経験を積めば必ず勝てる!』

 

『はっ、どうだか!』

 

 バチバチと火花をぶつける三匹。少しずつ空気が悪くなり、このままだと即発――かと思いきや、パァンと強い音が鳴る。

 

『アンタ達、言い合うのは勝手だけど、喧嘩するのならそれなりの目に遭ってもらうわよ』

 

『そうそう、喧嘩はダメだよ』

 

『Nも怒るよ?』

 

『あっ、はい、すみません……』

 

 ピカチュウ、ツタージャ、ゾロア。今出ている中では上位の実力に忠告され、三匹は謝る。

 そんな彼等のやり取りに、Nは少し微笑むとアイリスの方を見る。

 

「アイリスくん。まだダメかい?」

 

「……全然。頑張ってはいるんですけど」

 

「そう。だけど、諦めない様にね。無視はしていても、キミのことを見てる筈だから」

 

 

「……はい」

 

「……どういう意味だい?」

 

 事情、ドリュウズの件を知るサトシとデントは直ぐに理解したが、シューティーにはさっぱりだった。

 

「あー、色々あってさ」

 

「……なるほど、聞かない方が良さそうだね」

 

 それならば、無理をして聞く事もない。シューティーは別の質問をすることにした。

 

「サトシ、君どうやってポカブやツタージャをゲットしたんだ?」

 

 シューティーのふとした疑問。ミジュマル、ポカブ、ツタージャの三匹はかなり珍しいポケモンで、野生ではあまり見掛けない。

 ミジュマルはアララギ博士に託されたから。しかし、ポカブとツタージャは何処でゲットしたのかが気になる。

 

「あ~、それな~……うーん……」

 

「どうしたんだい、サトシ?」

 

 サトシの言いづらそうな態度にデントが首を傾げるも、アイリスは気付いた。サトシはポカブの事で悩んでいるのだ。

 

「いや、ちょっと空気が悪くなるんだけど……それでも良いなら話すよ」

 

「分かった」

 

 サトシは先にツタージャとの件を話す。旅の中で見つけ、激闘の末にゲットしたことや、ツタージャが前のトレーナーを見捨てたポケモンであること。

 次に、ポカブだ。カラクサタウンのバトルクラブの一件を切欠に自分のポケモンになった事を話す。

 

「――って事なんだ」

 

「……最低のトレーナーだね」

 

「……バットテイストにも程があるよ」

 

 ポカブの件に、デントもシューティー、振り返しでアイリスやNも不機嫌な表情を浮かべる。

 シューティーは強い弱いと判断する事はあれど、捕まえたポケモンをそんな風に捨てはしないと決めている。

 ちなみにNのポカブは、その話に辛かったんだなと、サトシのポカブにポンポンとしている。

 

「ごめん、やっぱり話さなきゃ良かった」

 

 やはり、空気が微妙になってしまい、サトシは皆に謝る。

 

「いや、僕達が聞いたのも原因だからね。そんなに気にしなくて良いよ」

 

「それにしても、その最低なトレーナーは今頃どこで何をしてるのやら」

 

「ろくな目に遭ってないんじゃない? て言うか、遭っちゃえば良いのよ」

 

「それで自分の愚かさを痛感して、反省してくれればね。――そろそろ、切り上げようか。空気が悪くなってしまう」

 

 はいと、全員が頷く。今は折角皆で話しているのに、その内容がこんな物なのは嫌だった。

 

「サトシくん、君は確かカントーから来たんだったね?」

 

「はい。マサラタウンから旅立ちして、色々な地方を巡って今はこのイッシュに」

 

「最初のポケモンは?」

 

「ピカチュウだよ」

 

「……あれ? でも、ピカチュウは電気タイプだよね?」

 

 普通、新人トレーナーのポケモンは炎、水、草タイプの三匹の何れかの筈。それ以前に持っていたのだろうか。

 

「あー、それがさ。俺、旅立ちの日に寝坊しちゃって……」

 

「寝坊って……子供ね~」

 

「……そう言えば、君わくわくで眠れなかったと言ってたね」

 

「で、限界を迎えて途中で寝てしまったと……」

 

「あはは、サトシらしいよ」

 

 サトシの寝坊に、シューティーとアイリスは苦笑い。対照的にNとデントはらしいと微笑んでいた。

 

「まぁ、それで受け取るポケモンがいなくなっちゃってさ。だから――」

 

「ピカチュウになったと」

 

「うん」

 

 その事に関して、Nは思うところがあるも、この場では言わない。

 

「最初はどんな感じだったの?」

 

「正直、良くなかったなー。喧嘩ばっかり」

 

「えっ、そうなの!?」

 

「これまた驚き」

 

「そうなんだね……」

 

「想像も出来ない……」

 

 今の彼等を見ていると、その頃の様子が全く想像出来ない。

 

「最初はそんなキミ達が、今はこんなにも深い絆を持ってる。時の積み重ねを感じるよ」

 

「僕も同意見です。最初はバラバラでも、一緒に旅をする中で様々な苦難を糧に育まれた強く堅く美しい絆……正に、友情のフレイバー!」

 

「……デントさんって、こんな人なのかい?」

 

「そうよ、面倒くさいでしょ?」

 

 ポケモンソムリエとして、サトシとピカチュウの関係を評するデント。その様子に、シューティーは何とも言えない表情だ。Nもちょっと苦笑いしている。

 

「そもそも、サトシくんもだけど、シューティーくんもどうしてポケモントレーナーになろうと思ったんだい?」

 

「俺はポケモンバトルをテレビで見てです。あんな風になりたいなって思って」

 

「僕もサトシと同じです」

 

「デントくんやアイリスくんは?」

 

「僕は、兄弟と一緒に幼い頃からレストランの手伝いをしていて、お客さんと一緒にいる彼等を見ていく内に、興味を抱きました」

 

「あたしは里にドラゴンポケモン達がいたから、それでかな」

 

「Nさんは?」

 

「世界をこの目で知りたいからだよ。先の為にね」

 

 憧れからのサトシとシューティー。仕事からのデント。生活と共にあったからのアイリス。世界を知りたいからのN。

 こうして話すと、トレーナーになる理由が色々有ることが分かる。

 

「これから、サトシくん達やシューティーくんはどうする気だい?」

 

「僕は次の町を目指します。次のバッジをゲットにするために」

 

「シッポウジムだね。アロエさんは強敵だよ」

 

 ジムリーダーとして、デントは他の町のジムリーダーと多少なりとも交遊があったので知っている。

 

「分かっています」

 

 サンヨウジム、コーン&ヒヤップとのバトルではタイプ有利だったにも拘わらず、後一歩の所まで追い込まれたのだ。

 次のジム戦も厳しいものになるだろうと、シューティーは予感していた。

 

「アロエさんか。どんな人なんだ、デント?」

 

「それは会うまでのお楽しみだよ」

 

「そうよ~。まぁ、今の内に対策したいのは分かるけど」

 

「え?」

 

「え? だから、今から対策するために聞いたんじゃ……」

 

「いや、単純に気になったから聞いただけだけど」

 

「あはは、だろうね」

 

 今から対策というのは、正直サトシの性格には合わないとデントは思い、つい笑っていた。Nもだ。シューティーは少し微妙な表情だが。

 

「サトシやデントさん達は?」

 

「治療も終わったし、話が終わったらまた行こうって思ってる」

 

「Nさんも、やっぱり次のジムを?」

 

「うん。ただ、今日一日この町に留まってから行こうかなとは思ってる」

 

 もう少しバトルクラブでトレーナーやポケモンを見てみたいので、Nは今日一日はこの町に留まる予定だった。

 

「なら、ここでお別れかな」

 

「ですね。だけど、また会えますよ」

 

 その時は、またこんな風に話したいものである。

 

「じゃあ、先に失礼します。あと、サトシ」

 

「なんだ?」

 

「次会うときはもっと強くなって見せるよ」

 

「その時は、俺達も強くなってるよ」

 

「だろうね」

 

 そうでなくては、倒す価値が無い。

 

「それと、Nさん」

 

「なんだい?」

 

「今の僕では、貴方達には勝てません」

 

 サトシと互角に渡り合える実力者。今の自分では、到底勝機は無いだろう。

 

「だけど、何時かは必ず勝ちます。覚悟して置いてください」

 

 でなければ、自分が目指す先には辿り着けないのだから。

 

「よく覚えておくよ」

 

 シューティーはサトシとNにそれだけを言うと、一人先にポケモンセンターを後にした。

 

「じゃあ、俺達も行きますね」

 

「怪我や危険には気を付けてね」

 

「ありがとうございます」

 

 サトシ達はNに頭を下げ、先のシューティーと同様にポケモンセンターを出た。

 

「楽しかったね」

 

「カブカブ!」

 

「……ゾロ」

 

 うんうんと頷くポカブと、少し間を置いてからのゾロア。二匹共、楽しかった様だ。

 

(……だけど、ボクの理想を叶えるには、それらを犠牲にしなくてはならない)

 

 でなければ、その理想は実現したことにはならないのだ。

 

(……苦しいね)

 

 胸の底が締め付けられる様だ。これが、理想の裏にある真実の苦しみ。

 

(……改めて思うと、ボクの道って厳しいなあ)

 

 だけど、それでも歩まねばならない。それが、自分に示された運命なのだ。

 

「ゾロア、ポカブ」

 

「ゾロ?」

 

「カブ?」

 

「しっかり学ぼうか」

 

「カブ!」

 

「……ゾロ」

 

 ポカブは力強く、ゾロアは渋々だが頷く。二匹のその様子を見たNは立ち上がると、多くのトレーナーとバトルを見るべく、バトルクラブへと向かった。真実と向き合うために。



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石宿借の意地

 無理がない程度の変化を加えています。


「この新鮮で軟らかいポテトサラダに、スパイシーなテイストが漂う大粒の胡椒を振り掛ける。そして、これをパンに塗り、更に中に木の実のスライスを挟む。ポテトサラダの刺激と、木の実の甘さが合わさり、正に――」

 

「はぁ~~~……」

 

 側に川がある岩場で、デントはポテトサラダのサンドイッチを表現しながら作っていたのだが、その途中、曇った表情のアイリスの溜め息で中断されてしまった。

 

「元気出しなよ、アイリス」

 

「そう言われても……」

 

 アイリスが曇っている理由は簡単。ドリュウズだ。今日も話し掛けたのだが、やはり無視されてしまい、落ち込んでいたのだ。

 

「気を落とさないようにね。ほら、食べて」

 

「……そうする。……うん、美味しい」

 

 気分は曇っているも、デントのサンドイッチにアイリスは少しだけ表情を緩ませる。

 落ち込んでも仕方ないし、キバゴを心配させるだけ。深呼吸して、気持ちを強引に奮い立たせた。

 

「早く仲直り出来たら良いのにな~」

 

「僕もそう思うよ。はい、どうぞ」

 

「ありがと」

 

 アイリスを心配するサトシにデントは直ぐにサンドイッチを渡す。

 

「サンキュー。――美味い。デントが作るサンドイッチは本当に美味いよ」

 

「でしょ?」

 

 カットされた二つのサンドイッチを縦に重ね、サトシもかぶり付く。

 その野性的な様に、デントは微笑みつつ、やはりサトシとアイリスは似た者同士だと感じた。

 

「皆、デント特製のポケモンフーズは美味いか?」

 

「ピカ!」

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

「ポカ!」

 

「タジャ」

 

 練習を終えたばかりの五匹のポケモン達は頷く。味付けだけでなく、食感も絶妙なのだ。

 しかも、所々味を変えており飽きさせない。食べる側への心遣いを感じさせるフーズだ。

 彼等の内、ピカチュウやツタージャ、手が無いポカブとマメパトもゆっくりと丁寧に食べていたが、唯一ミジュマルだけはガツガツと、時々食べ滓を撒き散らしながら荒っぽく食べている。

 

「タジャタジャ」

 

「ミジュ?」

 

 その食べ方に、ツタージャははしたないと感じたのか、ミジュマルに注意。しかし、ミジュマルは気にせずに食事を続ける。

 

「……タジャ?」

 

「ミジュ!?」

 

 蔓を伸ばし、冷たい声と合わせて威圧するツタージャ。その迫力や、彼女がこの中でピカチュウに次ぐ実力の持ち主であることもあり、ミジュマルはすみませんと思わず頭を下げると、ゆっくりと食べ始めた。ツタージャも食事を再開する。

 

「何か、お姉さんみたいだね」

 

「ほんとだな」

 

「そうね」

 

 そのさまを、デントは駄目な弟を注意する、姉みたいだと感じていた。サトシやアイリスもである。

 

「キバ?」

 

「タジャ?」

 

「どうしたの、キバゴ?」

 

「ツタージャ、どうしたんだ?」

 

 純粋さのキバゴと、野生で過ごしてきた期間で培った直感でそれを感じたツタージャ。

 ツタージャがサトシに話そうとする前に、キバゴとピカチュウが先にそちらに向かう。

 

「ピカピカ?」

 

「キバキバ、キ~バ」

 

 岩影でキバゴを連れ戻そうとするピカチュウだが、説明にこっそりとそちらを覗く。サトシ達も合流し、その存在を見る。

 

「あれは……」

 

 サトシの目に写ったのは、オレンジ色の身体と大きな前足と爪、小さな尻尾と黒い瞳が特徴のポケモンだ。

 これまた、初めて見るポケモンであり、前足の爪で岩に何かをしていた。

 

「イシズマイだ。それも、家を背負っていない。珍しいね」

 

「家を背負ってないイシズマイ……」

 

『イシズマイ、石宿ポケモン。手頃な岩を見付けると、岩の底をくり貫いて身体を守る殻の代わりにする』

 

「へぇ……」

 

 図鑑で出たのと違い、今のイシズマイは本体だけである。

 

「きっと今、その家を作ってる最中なのよ~」

 

「そうだね。こんな場面に遭遇出来るなんて……ラッキーだよ」

 

「うん。イシズマイは家を作る時、人気のない場所で行うからね。かなり運が良い」

 

「……えっ?」

 

 自分達以外の声に、三人が振り向く。そこには。

 

「やぁ、皆。また会えたね」

 

 謎の青年、Nがそこにいた。ポカブやゾロアも勿論いる。

 

「Nさ――」

 

「しっ。大声を出したら気付かれる。そしたら、逃げてしまうかもしれない」

 

「すみません」

 

 Nは人差し指を立て、大声を出しかけたサトシを止める。

 

「ところで、どうしてここに?」

 

「この辺りを回ってたら、微かに音がしてね。で、その音を頼りに来てみたらキミ達とまた会えたって事さ」

 

 サトシ達とNがカレントタウンから出たのは一日差が有るも、Nは一人なので追い付いたのだ。

 

「ズマー……マイッ!」

 

 イシズマイの頑張りの声に、サトシ達の視線が集中する。イシズマイは岩を倒すと、短い間隔で岩を削っていく。

 

「イマイマイマ……!」

 

「頑張ってるなー」

 

「自分の住処になる岩だからね。一生懸命なんだよ」

 

「マーーーッ!」

 

 作業を続けていると、イシズマイは途中で口から液体を出し、岩に掛けた。

 

「あっ、口から何か出した」

 

「あれは確か、岩を削りやすくするための液体だよ。多分、中をくり貫くためだね」

 

「凄いなぁ。イシズマイ……!」

 

「ピカピカ」

 

「マイマイマイ……!」

 

「にしても、家作りって大変なのねー……」

 

 さっきからひっきりなしに岩を削り続けるイシズマイに、アイリスはハードだと感じた。

 

「外敵から敵を守るための殻だからね。念入りにしないと。――おっと、完成かな?」

 

 イシズマイは岩をある程度まで小さくし、次に面から中を削ると後ろ向きに入っていく。

 

「あれ、出てきちゃったけど……」

「多分、違和感があったのかな?」

 

 しかし、出てきてしまった。デントの推測通り、微妙に合わなかったらしく、もう少しだけ削ると、今度はしっくり来たのか入る。

 

「今度はバッチリみたいだ」

 

「あれが、本来のイシズマイの姿だよ」

 

「凄く喜んでるね」

 

 自分の家の完成に、イシズマイは上機嫌にくるくる回っていた。

 

「背中の岩がもこもこと動いてて、何か可愛い!」

 

「キバキバ!」

 

「おい、大声は……」

 

「ここまで来たら大丈夫だと思うよ」

 

 そんなイシズマイを見て、可愛いと思ったアイリスはキバゴと共に少し声を出す。サトシは止めるが、デントは完成後である以上は大丈夫だろうと考える。

 

「――あれ、何か少し揺れてない?」

 

「何か来るね。これは……地中?」

 

 Nがそう呟いた直後、歩き出したイシズマイの前の岩が盛り上がり、地中から何かが出てきた。

 

「イシズマイ? それも三匹」

 

「仲間のイシズマイかな?」

 

 それは三匹のイシズマイ。前に出ている少し大きなイシズマイと、二匹のイシズマイだった。サトシ達は仲間か友達だと考えていたが。

 

「イーーーシ!」

 

「マイーーーッ!」

 

「イマイッ!」

 

「えっ、攻撃した!?」

 

「どういう事!?」

 

 しかし、三匹の中のリーダーと思われる大きいイシズマイが子分の二匹を指示を出し、その二匹はイシズマイに体当たりをした。

 

「イシー……」

 

「ズマイッ!」

 

「――イマイッ!」

 

 二匹のイシズマイは更に、イシズマイへ攻撃を仕掛ける。きりさくだ。

 イシズマイは殻に籠って、からにこもるを発動。高めた防御力で二匹の攻撃を弾く。

 

「イシズマイを襲ってるのか?」

 

「ピカ?」

 

「でも、なんで?」

 

「……知らない外敵ならともかく、同族をいきなり攻撃だなんて、普通はあり得ないね」

 

「――イマイ!」

 

 殻に籠っていたイシズマイが防御体勢を解き、反撃にきりさくを放つ。

 

「イシ!」

 

「ズマ!」

 

「――イーーーッ!」

 

 しかし、イシズマイの攻撃は二匹のからにこもるで弾かれた。更にそのタイミングを見計らって、ボスのイシズマイがイシズマイに攻撃。

 イシズマイは吹き飛ばされた挙げ句、殻が外れてしまった。

 

「イーシ」

 

「マイッ!?」

 

 ボスのイシズマイはイシズマイの殻を引っ掛けると、それを自分の殻の上に乗せ、二匹の糸でくっ付けてしまう。

 

「イマイッ!?」

 

「イシズマイの作ったばかりの家が!」

 

「……それを奪うために、襲ったという事だね」

 

 トモダチ――ポケモンのそんな非道を前に、Nは苦い表情を浮かべる。

 

「三対一でなんて、卑怯だぞ!」

 

「……意地悪なテイストだね」

 

「おい、お前ら――」

 

 三匹の悪事に、サトシ達の表情が険しくなる。我慢出来なくなったサトシが出ようとしたが、三匹のイシズマイはもう用はないと言わんばかりに穴を掘って移動。

 イシズマイも奪われた家を取り戻そうと、同様に穴を掘って三匹を追い掛ける。

 

「取り戻す気か?」

 

「だったら、ヤナップ! あなをほるでイシズマイ達を追うんだ!」

 

「ナプゥ!」

 

「皆も、あのイシズマイ達を追ってくれ!」

 

「ポカブ、ゾロア。キミ達もお願い」

 

 ポケモン達はそれぞれペアを組み、イシズマイ達を捜索しに行くも、辺りに詳しい訳ではないので見付からず、戻って来た。

 

「ヤナップ、どうだった?」

 

「ナプナプ……」

 

「こっちも見付からなかったって」

 

「ボク達の方も残念ながら」

 

「うーん、イシズマイ達はどこに――」

 

 手掛かり無しの状態に、どうしたものかと一堂が悩むと、彼等の近くの地面の一ヶ所が盛り上がり、一匹のポケモンが出てきた。家を奪われたあのイシズマイだ。

 

「――イマ! マーイ……」

 

「さっきのイシズマイ!」

 

「家が無いまま。つまり……」

 

 あの三匹から自分の家を取り戻せなかった。という事になる。

 

「大丈夫? 落ち込んでないかい?」

 

 そんなイシズマイに、デントは優しく語りかけながら手を差し伸べる。

 

「イマーーーッ!?」

 

 しかし、イシズマイはデントを見ると驚いて後ろ足で全力で走ってしまう。

 

「ち、ちょっと?」

 

「パニックになってるね」

 

「ま、待てよ、イシズマイー」

 

「イママイ、ママイーーーッ!」

 

 あたふたと逃げるイシズマイを追い掛けるサトシ達。途中、アイリスが素早く身のこなしでイシズマイの前に立つ。

 

「怖がらなくて良いのよ~?」

 

「イママ!」

 

 アイリスは笑顔でそう告げるが、イシズマイはまだ混乱から収まっておらず、急いでUターン。しかし、サトシ達が目の前におり、逃げ場が無くなってしまう。

 

「落ち着いてくれよ、イシズマイ」

 

「僕達は危害を加える気はないんだ」

 

「そう。キミの手助けをしたいと思ってるだけなんだ」

 

「ピカピカ」

 

「ゾロゾロ」

 

「――……イマーーーイッ!」

 

 また優しく話し掛けるサトシ達だが、パニックになったイシズマイが爪を振り回す。

 

「ヤナナ!? ――ナプ!」

 

 しかも、運が悪い事にその攻撃により岩がヤナップの方に飛び、近距離や突然の事もあって彼のの頭に命中。倒れてしまう。

 

「ヤナップ!」

 

「イマ!?」

 

「大丈夫か、ヤナップ?」

 

 ヤナップやデントの叫びに、イシズマイは目を見開く。デントと一緒に近付くと頭を下げていた。

 デントは素早く傷薬を傷に吹き掛け、絆創膏を貼り付ける。その様子を、イシズマイが不安げに見ていた。

 

「大したことはなさそうだけど……」

 

「だとしても、頭の近くだ。何らかの影響が残ってるかもしれないし、今日はゆっくりさせた方が良い」

 

「そうします」

 

 Nの言葉をデントは素直に頷いた。一方、イシズマイはまたヤナップに近付くと、申し訳なさそうに頭を再び何度も下げる。

 

「ヤナナ」

 

 ヤナップはそんなイシズマイに手と声、表情で気にしないでと伝える。

 

「悪気があったんじゃないだろ?」

 

「家を奪われた直後で、焦っていたんだろう? 仕方ないさ」

 

「ボク達は分かってるよ」

 

「イーマ……」

 

 サトシ達は仕方ないと言ってくれるが、イシズマイには申し訳なさで一杯だった。

 

「また新しい家を作ったら?」

 

「――イマイマ!」

 

 アイリスに新しい家を作る事を提案されるも、イシズマイはそれは嫌だと顔を勢いよく左右に振り、強い意志が込められた眼差しを見せる。

 

「あれが良いの?」

 

「イマイッ!」

 

「そりゃあ、一生懸命作ったんだからね」

 

「凄く気に入ってるんだ……」

 

「イママイ!」

 

「それに、今のままだと、新しく作ってもまたあのイシズマイ達に取られるかもしれない」

 

「それもそうですね……」

 

「マイマイ!」

 

 新たに作っても、あのイシズマイ達に襲われれば、先の二の舞だ。ここはガツンと攻めるべき。家を取り戻すためにも、イシズマイはそう思っていた。

 

「よほど取り戻したいんだな……」

 

「やられっぱなしなんて嫌だもんな。だったら、俺達が協力するぜ!」

 

「ピカピカ!」

 

「……イマイマ!」

 

 やる気に満ちたイシズマイに、サトシ達が助力を申し出るも、当の本人はそれを拒絶。また穴を掘ってどこかに行ってしまう。

 

「おい、イシズマイ!」

 

「とりあえず、全員で家を奪わったイシズマイ達を探そう」

 

 先ずは、あのイシズマイ達を見付けないことに話が始まらない。サトシ達は捜索に走った。

 

「……ナプ」

 

 その時、ヤナップが少しふらついたが、本人が周りに気づかって隠してしまう。

 

「ミジュミジュ!」

 

「クルッ、ポー!」

 

「カブカブ!」

 

「タジャ」

 

「皆、どうだった?」

 

 夕暮れ。一組二匹の二ペアにイシズマイ達を捜索させたサトシだが、四匹は首を横に振る。見付からなかった様だ。

 

「こっちもダメだった」

 

「ゾロ……」

 

「カブ~……」

 

 Nの方も、ゾロアとポカブが捜索に赴いていたが、進展は無かった様だ。

 

「どこに行ったんだろ……?」

 

「キババ……」

 

 手詰まりになり、全員がどうしたものかと悩むと地面がまた盛り上がって、息を荒くしたイシズマイが出てきた。残念な様子から、成果は無かったらしい。

 

「どうする?」

 

「仕方ない。今日はここまでにして、夕食にしようか」

 

 夜になれば、視界が悪くなって危険が増してしまう。今日はここまでと打ち切る。

 

「そうだな」

 

「Nさん、一緒にどうですか?」

 

「ボクもかい? ……そうだね。折角だから、ご一緒させてもらうよ」

 

 特に断る理由もなく、Nはデントの提案を受け入れた。ゾロアとポカブも、Nが賛成したのならと同意する。

 

「イシズマイ、君もおいで」

 

「マイ?」

 

「ナプナプ」

 

 日が完全に沈み、焚き火を灯りにしてサトシ達は夕食を頂く。作ったのは勿論、デントだ。

 

「どうですか、Nさん。お口には召しましたか?」

 

「とても。デントくんって、料理上手なんだね」

 

「サンヨウジムで料理を沢山作って来ましたので」

 

 初めて自分の料理を味わうNに、口に合うかと質問するデント。彼の美味しいとの評価に、表情を笑顔にする。

 

「ゾロア、ポカブ。そのポケモンフーズ、口には合うかい?」

 

「……ゾロ」

 

「カブカブ!」

 

「美味しいだって」

 

「良かったです」

 

 研究所以上の味付けに、ポカブは満足。ゾロアはこんなに美味いなんてと、少し不満ながらも食べていた。

 

「イシズマイ、お前はどうだ?」

 

「イママイ!」

 

「……ナ、プ」

 

 初めてのポケモンフーズに、上機嫌なイシズマイだが、その直後にヤナップが倒れてしまう。

 

「ヤナップ!?」

 

 全員がヤナップに近付き、デントが体調を伺う。頭に触れるが、熱はない。

 

「熱じゃない……。何が原因だ……?」

 

「ナ、ナ……プ……」

 

「頭が揺れて、気分が悪いって言ってる」

 

「頭……あっ!」

 

 意識を振り絞り、症状を訴えるヤナップ。それをNが翻訳すると、全員が思い至った。

 

「昼間の……!」

 

「イーマイ……」

 

 自分のせいでヤナップがこんなにも苦しんでしまい、イシズマイは自責の念に駆られる。

 

「どうする?」

 

「こればかりは横にして、安静にするしか……」

 

「……ねぇ、ちょっと周りの草花を採って来てくれない?」

 

「何でだ?」

 

「あたし、薬草には詳しいの。もしかしたら、気分を和らげる薬が作れるかも」

 

「分かった!」

 

「ボクも手伝わせてもらうよ」

 

 サトシとNはポケモン達と一緒に周りの草花を集め、アイリスに出す。

 

「えーと……あっ、これ!」

 

 その中に適した薬草を発見し、早速調合。ヤナップに差し出す。

 

「ヤナップ、はい」

 

「ナプ……?」

 

「気分を和らげる薬。ちょっと苦いけど飲んで」

 

「……ナプ」

 

 ヤナップは薬を含み、僅かな苦さを体験しながら飲み込んだ。

 

「これで、少しは楽になると思うけど……」

 

「治りはしないのか?」

 

「この状態の時は、強い薬は厳禁なの。薄めた軽い薬で和らげて、後は様子を見るしかないわ。おばば様もそう言ってた」

 

「そうか……。何にしてもありがとう、アイリス」

 

「それはヤナップが良くなってからね」

 

 デントは礼を言うが、アイリスはそれはヤナップが完全に回復してからと返す。

 

「にしても、アイリスって薬草に詳しいんだな」

 

 自分にはさっぱりの知識を、アイリスが知っていることに驚くサトシ。

 

「旅に出るに当たって、おばば様から沢山助言貰ったから」

 

「良い人なんだね」

 

「はい」

 

 Nの言葉に、アイリスは頷く。その片原では、イシズマイがヤナップを心配そうな表情で見ていた。

 その後、就寝時間にもなったので、焚き火を中心に全員が眠りに付く。

 

「ん……?」

 

 途中、ふと目が覚めたデントがヤナップを見つめるイシズマイの姿が目に入る。

 

「心配なのかい?」

 

「イマイ? ……イマ」

 

 デントに呼び掛けられるが、イシズマイはまだ落ち込んだ表情をしていた。

 

「アイリスが調合した薬のおかげで少し楽にはなった様だし、表情も悪くない。きっと、明日には良くなってるよ」

 

「イマ……」

 

 デントはそう言ってくれるも、イシズマイからすれば自分のせいでこうなったため、どうしても申し訳なさがあった。

 

「気にするな、イシズマイ。それに、お前にはやることがあるだろう? もう寝なよ」

 

「――ヤナ……」

 

「イマ?」

 

 ヤナップの声に振り向くと、寝返りを打ったせいか布団が外れていた。イシズマイは布団を丁寧に掛け直すと、自分もゆっくりと寝始めた。

 

 

 

 

 

「気分はどうだい、ヤナップ?」

 

「ナープ」

 

 翌日、体調が回復したヤナップは皆に心配かけて申し訳ないと頭を下げる。

 

「ヤナップ、イシズマイがお前の看病をしてくれたんだよ」

 

「ヤナナ」

 

「イママイ」

 

 看病をしてくれたお礼をするヤナップ。イシズマイはどういたしましてと笑顔だ。

 

「大分良くはなったみたいだけど、万一もあるから、今日もゆっくりさせた方が良い」

 

「ですね」

 

 折角回復したのに、無理をさせてまた悪化するのは避けたい。Nの助言をデントは聞き入れた。

 

「じゃあ、あのイシズマイ達を探しましょ!」

 

「あぁ!」

 

 サトシ達は手持ち達に頼み、三匹のイシズマイ達の捜索を始める。

 

「――来た!」

 

「ご苦労様、皆」

 

 幸い、近くにいたため直ぐに発見。三匹のイシズマイ達と対峙するサトシ達。

 

「――イシシ!」

 

 しかし、ボスのイシズマイは用は無いと言いたげに背を向け、子分の二匹と共に走り出した。

 

「逃がすか!」

 

 だが、この機を見す見す手放すつもりはない。ピカチュウとキバゴがイシズマイ達の追跡する。

 

「ピカ?」

 

「キバキバ?」

 

 辺りを見渡す二匹。しかし、周りには岩ばかりでイシズマイ達はいない。と、そこでピカチュウがある岩に視線を集中させる。

 

「ピカ~?」

 

「キババ?」

 

 それは三つ並んだ岩で、一つは他の二つよりも高い。その岩を疑わしそうに凝視するピカチュウ。

 と言うも、あのイシズマイ達が背負っていたのがこれぐらいの岩だったからだ。それに、心なしか何か焦った雰囲気を感じる。

 

「ピー、カー……」

 

「マイ!?」

 

 とりあえず、攻撃しようとしたピカチュウに驚き、殻に隠れていたイシズマイ達が姿を表す。

 

「見付けた! ご苦労様、ピカチュウ、キバゴ」

 

「ピカピ!」

 

「キバキバ!」

 

「イママー……!」

 

「――待った、イシズマイ。ボクに少しだけ時間をくれないか?」

 

「マイ?」

 

 自分の家を奪った憎きイシズマイ達に、速攻で攻撃しようとしたイシズマイだが、Nが前に出て止めに入る。

 

「何をする気ですか?」

 

「彼等を説得したいんだ。ダメかな?」

 

「説得……。君はどう思う? イシズマイ」

 

「……イママイ」

 

 自分の手で取り戻したいイシズマイだが、戦わずに済むのならそれが一番。Nの提案に分かったと頷く。

 

「ありがとう。――イシズマイ。キミ達が今背負っている岩だって、必死になって作り上げたものだろう? もし、キミ達の岩が奪われたら当然悔しいし、悲しいよね?」

 

「なるほど、そう説得を……」

 

「これなら、行けるかも……!」

 

 イシズマイ達に被害者側に立った時の事を話し、自分達が悪いことをしたのだと自覚させる。

 Nの中々のやり方に、サトシ達は上手く行くかもと期待を寄せていた。

 

「……イマ」

 

「だよね? だから、その家をイシズマイに返してあげて欲しい」

 

 むむと、少し申し訳なさそうに顔を俯かせるボスのイシズマイに、これは行けると思ったNは返却を求めた。

 

「――イマイ!」

 

「――っ!?」

 

「Nさん!」

 

 直後、ボスのイシズマイが顔を上げる。表情をニヤリと歪ませて。そして、二匹のイシズマイと共にNに襲いかかる。

 

「ポカ!」

 

「ゾロ!」

 

「イマ!」

 

 Nに迫ろうとした三匹のイシズマイの攻撃だが、ポカブとゾロアに防がれる。

 不意打ちに失敗し、三匹のイシズマイは悔しそうに表情を歪ませた。

 

「いきなり攻撃!?」

 

「ど、どういう事だろう?」

 

 突然の事態に、サトシ達は困惑する。

 

「イシイシ、ズママーイ」

 

「……え?」

 

「イママイ!? イマイマ!」

 

 ボスのイシズマイが何かを話す。それを聞き、Nは驚愕の後に呆然と、イシズマイは怒りを顔に浮かばせる。他のポケモン達もだ。

 

「ど、どうしたの、イシズマイ?」

 

「イママイ! イマイマーーーッ!」

 

「Nさん、彼等は何と……?」

 

「……彼等、家を作ってない。そう言ってる」

 

「え? でも、岩を背負ってる……」

 

「ま、まさか……!?」

 

 三匹のイシズマイは家を作った事がない。にも拘らず、彼等は自分の家を持っている。それらが結びつく答えはただ一つ。

 

「あいつら……他のイシズマイ達からも家を奪ってたのか!?」

 

 今自分達といるイシズマイ以外のイシズマイ達からも、家を奪った。それしか考えられなかった。

 

「イママーイ」

 

 その通りと言いたげに、イシズマイ達はニヤリと口元を歪ませた。

 彼等は必死になって自分で作るより、他から奪って合わせた方が楽だと考え、イシズマイ達から家を強奪していたのだ。

 

「このイシズマイ達、とんでもない悪党じゃない!」

 

「必死に家を作ったイシズマイが他から奪うなんて考えづらかったけど……最初から、話し合いが通じる相手じゃなかったのか……!」

 

「……みたい、だね」

 

「え、Nさん、元気出してください! あんな奴らばかりじゃないですよ!」

 

「カブカブ!」

 

「ゾロゾロ!」

 

 親しみを持つトモダチ――ポケモンがこんな悪党だと知り、深く落ち込むNを、サトシやポカブ、ゾロアが慰めていた。

 

「イママイーーーッ!」

 

 悪党だと知り、容赦する必要がないと悟ったイシズマイは爪を振り上げて迫る。

 

「イーマ!」

 

 迫るイシズマイに、ボスのイシズマイは子分に指示。時間差攻撃でイシズマイにカウンターを叩き込んで吹き飛ばす。

 

「イシズマイ!」

 

「三対一……。圧倒的に不利よ!」

 

「だったら、加勢するまでだ! ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 自分の力で作ろうともせず、他から奪う悪党に遠慮する必要はない。サトシはイシズマイに協力しようとする。

 

「――イママイ!」

 

 しかし、それを遮るようにイシズマイが前足の爪を横に向ける。

 

「イママイ、イマイマ!」

 

「自分の力で取り戻したいのか?」

 

「イマイ!」

 

 あのイシズマイ達が悪党とはいえ、イシズマイの自分の力で取り戻すという意志が変わることは無かった。

 

「……分かった。頑張れ、イシズマイ!」

 

「イマ!」

 

 果敢に立ち向かうイシズマイ。しかし、数は三倍の上に、身を守る殻が無いと言う圧倒的に不利な立場では敵わず、あっという間に返り討ちにあってしまった。

 三匹のイシズマイ達も、その場から立ち去り、姿を消してしまう。

 

「イマー……」

 

 数分後、手当てを済ませたサトシ達はイシズマイに助言する。

 

「なぁ、イシズマイ。やっぱり、三対一は無理があるよ」

 

「うん。流石に分が悪すぎる。せめて、一匹ずつじゃないと……」

 

 先程まで落ち込んだいたNだが、今はイシズマイ達攻略の助言をしていた。あの三匹が悪党だと分かった以上、流石のNも遠慮はしない。

 

「分断ぐらいさせて。ね?」

 

「……イマ」

 

 やられっぱなしなため、また、あくまで自分の力で倒すというスタンスは崩れてないため、イシズマイはその申し出を受け入れた。

 

「後は、どうやって分断するかだね」

 

 それも、イシズマイの意地を立たせるよう、武力以外の方法でだ。

 

「よし、ポケモンフーズを使おう。香りが強い特製のフーズで誘き寄せるんだ」

 

「良い考え!」

 

「ボクもそう思う」

 

「流石、デント!」

 

 と言うわけで、早速三つ用意。また、ポケモンフーズには糸を付いており、ポケモン達が引っ張ると釣られて移動し、三匹は離れていくという訳である。

 サトシ達とポケモン達がそれぞれの岩影でじっと待つと、イシズマイ達が香りに誘われて現れた。

 

「合図が出たよ!」

 

 イシズマイ達の出現に、空にいるマメパトが合図を出す。トレーナーの指示を聞き、ピカチュウ、キバゴ、ゾロアが走り出す。

 それに釣られてイシズマイ達も走り、作戦通りに分断される。

 

「一匹ずつ、確実に倒していこう」

 

「イマイ!」

 

 予定通り進み、イシズマイは行動を開始する。

 

「マイマイ~」

 

 何故か離れていくポケモンフーズが止まり、味わう子分のイシズマイ。

 

「マーーイッ!」

 

 そこに、きりさくを放とうとするイシズマイの襲撃。茶色の岩を背負う子分のイシズマイは咄嗟に反応し、岩でガードする。

 

「防御されたか!」

 

「なぁに、これからさ!」

 

「イマーーーッ!」

 

「マイッ!」

 

 防御から反撃に移った子分のイシズマイの岩を斬る攻撃を、イシズマイは後退でかわす。そして、岩場で軽やかに動いて敵を翻弄する。

 

「岩場に誘い込んでるの?」

 

「あぁ、今のイシズマイには身を守る殻がない。だから、地形を利用しようとしてるんだ」

 

「それに、岩がない分、身軽で素早い点を活かせる。良い戦術だよ」

 

「中々やるね、あのイシズマイ!」

 

 今あるものを最大限に活用し、敵を倒そうとするイシズマイに、デントや他の三人も感心していた。

 

「イマ……?」

 

 イシズマイは素早く動きながら、勝つための思考を続ける。すると、尖った岩山を見付けた。

 イシズマイがピンと思い付くのと同時に、子分のイシズマイが岩の陰から現れる。

 

「イマイ!」

 

「イーーマ!」

 

「シザークロス!」

 

 イシズマイが岩山に近付くと同時に、子分のイシズマイが両爪を交差しながら突撃する。

 

「イマイ! ――イー……マイ!」

 

 その一撃で岩が無いからこその身軽さで回避。更に岩山の尖端付近にきりさくで斜めに一閃。

 斬られた尖端の岩は重力に従い、子分のイシズマイへとずり落ちていく。

 

「惹き付けると同時に技の後の硬直を狙って、岩を落とした!」

 

「イシズマイはこれを狙っていたんだ!」

 

「イ……マーーーッ!」

 

 岩と激突し、子分のイシズマイは大きく吹き飛ばされた。

 

「良いぞ、イシズマイ! 一気に決めろ!」

 

「イマ!」

 

 着地した子分のイシズマイだが、それだけに何も出来ず、そこを狙ったイシズマイの連続攻撃が命中。あっさりと倒された。

 

「先ず一匹目!」

 

「数で押していたんだ。所詮はあの程度ということだろうね」

 

「えぇ。ですけど、イシズマイの実力もあります。シザークロスからのきりさく。中々スパイシーな技のコンビネーションですよ」

 

「この調子で次行くわよ!」

 

 二匹目は、ゾロアに付いたポケモンフーズを追い掛ける子分のイシズマイ。しかし、ゾロアの速さもあって追い付いていない。

 

「ゾロゾロ」

 

 そろそろ来るかなとゾロアが思っていると、その予想は的中。イシズマイがもう片方の子分のイシズマイに攻撃を仕掛ける。

 その一撃もまた外れるが、イシズマイは動揺せずに次の手を行なう。岩壁の細い隙間の近くに立ち、子分のイシズマイを誘う。

 そして、子分のイシズマイが岩を使った突撃をしたのを見計らい、岩壁の向こうに後退。

 一方、子分のイシズマイは岩があるために面積が広く、岩壁の隙間に引っ掛かってしまった。

 

「イーマイ!」

 

 勿論、その機を見逃す訳もなく、イシズマイはきりさくとシザークロスの連続攻撃を叩き込み、瞬く間にもう片方の子分のイシズマイを撃破する。

 

「二匹目撃破!」

 

「後は、あのボスのイシズマイだけだよ!」

 

 イシズマイやサトシのテンションが上がる中、ボスのイシズマイはと言うと、子分がやられてるなど思いもしないまま、デントのポケモンフーズを食べていた。そこに、サトシ達が近付く。

 

「さぁ、イシズマイ! 自分の力で自分の家を取り戻すんだ!」

 

「イマイ!」

 

「ズシ? ズシシ?」

 

 声に反応して振り向くボスのイシズマイ。イシズマイを見て、また子分達と共に撃退しようするも、子分が二匹共いないことに気付く。

 

「残念でした! 仲間はもう倒されてるのよ!」

 

「一対一の勝負! 付き合ってもらうよ!」

 

「思いっきり行けぇ、イシズマイ!」

 

「先の二匹同様、使えるものを活かして戦うんだ」

 

「イマイ!」

 

「イマ……!」

 

 こうなったらやるしかないと割り切ったボスのイシズマイは、先に背負った岩での体当たりを仕掛ける。

 

「イママイ! イマーーーッ!」

 

 イシズマイは身軽さで素早く避け、反撃のきりさくを放とうとする。

 

「マイ!」

 

「イマイ!?」

 

 ボスのイシズマイがニヤリと笑い、宿を向ける。それを見て、イシズマイは慌てて攻撃を止めるも、そこを狙われて岩を叩き付けられる。

 

「どうして、攻撃を止めたんだ?」

 

「ピーカ?」

 

 イシズマイの行動に疑問を抱くサトシ達だが、デントが気付いた。

 

「――そうか! 自分の家を盾にされたからだ! 自分が一生懸命作った家に攻撃なんて出来るわけがない!」

 

 況してや、今取り戻そうとしている家だ。攻撃出来るわけが無かった。

 

「あのイシズマイ、本当に悪い奴ね~!」

 

「狡猾、だね」

 

 ボスのイシズマイの悪どさに、アイリスは腹立たしそうな表情を、Nは苦い表情をしていた。

 

「マーイ!」

 

 ボスのイシズマイは防御を解くと、きりさくを放つ。それは回避されたが、まだ空中にいるイシズマイへすかさず力を込めた弾丸を発射。命中させる。

 

「うちおとす!」

 

「子分と違って、それなりの力量はある、か」

 

 腐っても、ボスということだろう。子分よりも強さがあった。

 

「大丈夫か、イシズマイ?」

 

「イマイ!」

 

 吹き飛ばされたイシズマイに呼び掛けるデント。イシズマイはまだやれると立ち上がる。

 

「よし、負けるなイシズマイ!」

 

「頑張って、イシズマイ!」

 

「手強いけど、勝てない相手じゃない。冷静に」

 

「ピカピカ!」

 

「キバキバ!」

 

 サトシ達の応援や助言を聞き、イシズマイは周りを見渡してから次の行動に移る。ボスのイシズマイに接近――と見せ掛け、ある方向へと走っていく。

 ボスのイシズマイは追跡するも、途中で岩を背負っているために地形に引っ掛かって動きが止まる。

 

「また地形を活かして、動きを止めた!」

 

「やるう!」

 

「――イマイ!」

 

 そのタイミングに合わせ、イシズマイはシザークロスを放つ。見事直撃するも、直後にボスのイシズマイの反撃のきりさくが命中する。

 

「イマイ! ――イマーーーッ!」

 

「な、なんだ?」

 

 痛烈な反撃を受けたイシズマイだが、その身体に亀裂らしきものが走ると、真っ赤に輝く。

 

「あれはからをやぶるだよ」

 

「からをやぶる?」

 

「防御力が下がる代わりに、攻撃力や素早さが高まる技よ!」

 

「もっと簡単に言えば、防御を捨てて攻撃に特化した状態になる技だよ。ハイリスクな技だけど、今のイシズマイには最適だろうね」

 

 イシズマイには防御のための殻が無く、また連戦やこのバトルで残り体力が少ない。リスクは控え目だろう。

 

「イーー……マーーーイッ!」

 

 イシズマイはからをやぶるで高めた力を爪に込め、強烈な一撃をボスのイシズマイに叩き込む。

 その威力でボスのイシズマイは大きく転がり、イシズマイは止めの一撃を叩き込もうと素早く接近する。

 

「イマイ!」

 

「シズ!」

 

「また宿を盾に!」

 

 しかし、またボスのイシズマイが宿を盾にした。それを見て急停止したイシズマイに、ボスのイシズマイが逆に止めを差そうと岩で殴打しようとする。

 

「――マイ!?」

 

 だが、その一撃による感触は無かった。何故とボスのイシズマイが思った瞬間、目の前にイシズマイが現れる。

 

「あれを避けた!」

 

「ああ来ると読んでいたんだよ」

 

 先の件から、イシズマイはボスのイシズマイが追い詰められれば、自分の家を盾にすることは用意に読めた。だから、止まったと見せ掛けて回避したのだ。

 

「イー……マーーーッ!!」

 

「マイーーーッ!」

 

 そして、万策が尽きたボスのイシズマイに、イシズマイがきりさくを叩き込んだ。

 その一撃により、ボスのイシズマイは戦闘不能。家からも追い出されて転がされる。

 

「やった、イシズマイの勝ちだ!」

 

「後は、イシズマイの家とこの家を離すだけだけど……」

 

 力を込めるが、粘着力が強くて離れない。これ以上は家が壊れる可能性もあるため、力強く以外の方法が必要だった。

 

「なら、炎で粘着を溶かそう。そうしたら離れるはずだ」

 

「分かりました。ポカブ、出てこい!」

 

「カブ!」

 

「繋ぎ目の所を熱するんだ!」

 

「ポカブ、手伝って」

 

「カブーーーッ!」

 

 二匹のポカブが繋ぎ目を炎で熱する。その後に家を引っ張ると、二つの家が外れた。

 

「はい、イシズマイ。君の家だよ」

 

「イマ。イマイマイマ。――マーイ!」

 

 デントから差し出された家を受け取り、後ろの尾に引っ掛ける。自分の家を取り戻し、イシズマイは喜んでいた。

 

「頑張ったね、イシズマイ」

 

「マーイ!」

 

 家を離す手伝いこそはしたが、それ以外は自分の力で取り戻せてイシズマイは上機嫌だ。

 

「――イーマ!」

 

「あっ、子分のイシズマイ!」

 

 しかし、そこに子分のイシズマイ二匹がボスと合流してきた。ボスがやられた仕返しにイシズマイに報復しようとする、が。

 

「まだやる気か?」

 

「言っとくけど」

 

「これ以上は、僕達も」

 

「容赦はしないよ?」

 

 イシズマイの顔は十分立てた。これ以上は自分達も相手になると、サトシ達がイシズマイの横に立ち、ポケモン達を出す。

 大量のポケモン達を前に、子分のイシズマイ達は勝ち目がないと瞬時に悟り、逃げようとする。

 

「待て!」

 

「マ、マイ? マイマーイ」

 

 呼び止めたサトシに、イシズマイ達がもう何もしませんよおと、前足の爪で胡麻を擂る。

 

「お前らが背負ってるその岩も、他のイシズマイから奪ったやつだろ! それも渡すんだ!」

 

「そうよ! じゃないと許さないわよ!」

 

 二匹の子分のイシズマイ達は互いに顔を見合わせると、渋々ながら奪った家を外し、ボスのイシズマイを連れてあたふたと走り去って行った。

 

「全く、これで反省すると良いけど」

 

「痛い目に遭ったんだ。彼等ももう止めてくれると……嬉しいかな」

 

「お、落ち込まないでください……」

 

 まだイシズマイ達が悪党だったことにショックを隠せないNを、サトシが慰める。

 

「後はこの三つの家を、本来の持ち主に返すだけだね。イシズマイ、協力してくれるかい?」

 

「マイ」

 

 同族なら、今いる場所がある程度分かるのではと考え、デントは協力を申し出る。イシズマイは喜んで頷いた。

 

 

 

 

 

 薄暗く、辺りはボロボロの場所。今は廃れた地下鉄のホームで、三人と一匹のポケモンがいた。

 ロケット団と、最近イッシュに来た新たなエージェント、フリントだ。

 

「フリント、これがメテオナイトのデータよ」

 

 ムサシがあるUSBメモリを取り出す。中身は、フリント経由でのサカキからの指示で、アンチモニー研究所から盗み出したメテオナイトの研究データだった。

 

「なるほど、先遣隊としての実力は確かのようだな」

 

 ムサシからUSBメモリを受け取り、フリントは彼等への印象を、多少改める。

 

「誉め言葉は無用だ」

 

「さっさと行くにゃ」

 

「そうしよう。ただ一つ確認しておく。ここしばらくもやはり奴等とは遭遇していないか?」

 

 奴等とは勿論、謎の組織の事である。

 

「えぇ、全く」

 

「ふむ……」

 

 こうも動きを見せない謎の組織に、フリントは訝しむ。幾らなんでも大人しすぎる。

 

(……本当に何を狙っている?)

 

 色々と考えるも、向こうの思惑が読めない。

 

「今は動きを見せない連中の事なんて、どうでも良いだろ?」

 

「そうにゃ。その間に、向こうが手の打ちようがないほどに進めれば良いだけの話にゃ」

 

「……それもそうだな」

 

 向こうの不気味さが引っ掛かるフリントだが、ニャースの尤もな発言に頷く。

 規模、目的、場所が判明していない現状、下手に動くのは危険過ぎる。ならば、向こうが動いても無駄になるほどに準備を進めてしまえば良い。

 

「だが、気は抜くなよ。その油断を狙って、奴等が襲ってくるかもしれん」

 

「分かったわ」

 

 前に一度襲われた経験もあるので、ムサシ達は頷いた。

 

「では、また会おう」

 

 そのやり取りを最後に、ロケット団は地下鉄のホームから去っていった。

 

「――と、これが奴等のやり取りです」

 

 地下鉄がある街のホテル。その一室で、三人組の男が目の前の男に報告をしていた。内容は、ロケット団の会話だ。

 

「なるほど、こちらの思惑通りに進んでいる様ですね」

 

「その様です、スムラ様」

 

 自分達の予定通りに進んでいる事に、スムラと呼ばれた紳士的な顔立ちの男性が静かに頷く。

 

「後は、向こうがどこまで、ですね」

 

「はい」

 

 彼等にとっては、それが一番重要なのだ。それ次第では、今後の予定がかなり変わるのだから。

 

「分かりました。では、この件に関しては私の方からあの方に伝えるとします。貴方達は引き続き、彼等の追跡を。とのことです」

 

「ははっ」

 

「では、失礼しますよ。急いで王を捜索せねばなりませんから」

 

 スムラは三人組に任務の続行を伝えると、もう一つの任務の務めに戻った。

 

「……ふむ、まだ王は見付かっておらぬのか」

 

「我等の内、一人が参加するべきではないか?」

 

 時期が迫っている。早い内に王を発見しないと、手遅れにはならないが、手間が増える。

 

「我等の任務は、奴等の追跡。そう指示された以上、それをこなす事に全力を尽くせ」

 

「――了解」

 

 一人の言葉に二人が頷く。彼等は準備を済ませると、追跡の続行を始めた。

 

 

 

 

 

 時間が立って夕暮れ。イシズマイの案内で宿を持ち主に返したサトシ達は、イシズマイに別れを告げようとしていた。

 

「それじゃ、イシズマイ。僕達はもう行くね」

 

「元気でな! 会えたら、また会おうぜ!」

 

「ピカピカ!」

 

「もう家を取られちゃダメよ~」

 

「達者でね」

 

「……イママイ!」

 

 イシズマイに背を向け、シッポウシティへと歩くサトシ達だが、途中呼び止められた。

 

「なんだい、イシズマイ?」

 

「イママ、イママイ!」

 

「デントくんと行きたいって言ってる。仲間になりたいんだよ」

 

「そうですか……」

 

 Nの翻訳に、デントは少し考える。

 

「自分の力で家を取り戻すどっしりとした味わいと、ヤナップを看病する優しいフレイバー……。それに、僕もポケモントレーナーとして一から旅をする必要がある。――よし、僕と行こうか」

 

 自分は草タイプのジムリーダーだが、今は多くの経験を得たい。ならば、他のタイプのポケモンをゲットし、旅をするのも良い経験になるだろう。

 また、イシズマイの意思も尊重したかったため、デントはゲットを決意した。

 

「一緒に行こう、イシズマイ!」

 

「イマイ!」

 

 デントはモンスターボールを取り出し、投げる。イシズマイがスイッチに触れると中に入り、地面に落ちて数度揺れるとパチンと鳴って止まる。

 

「んー、イシズマイ、ゲットで――グッドテイスト!」

 

 右手でモンスターボールの香りを堪能するように息を吸い、左手でポーズを取りながらデントは決め台詞を告げた。

 

「良かったな、デント!」

 

「あぁ。ヤナップ、君も嬉しい?」

 

「ナプナプ!」

 

「キバキバ!」

 

「キバゴも仲間が増えて嬉しいって!」

 

 新しい仲間に、ヤナップやサトシ、アイリスやキバゴが喜ぶ。

 

「おめでとう、デントくん」

 

「カブカブ」

 

「ありがとうございます。Nさん、ポカブ」

 

 また、Nやポカブもイシズマイがデントの手持ちになった事を祝ってくれた。ゾロアは微妙そうだが。

 

「じゃあ、ボクはここで。今日はキミ達と一緒に居れて良かったよ」

 

 良いものであるデントとイシズマイの繋がりの誕生。悪いものであるが必要な、悪者のイシズマイ達。

 しかし、どちらも見るべきではあった。ポケモンとトレーナーが協力があったからこそ解決したこの件。ポケモン達にも、悪者はいる。

 その両方を間近で体験して良い経験になったと思いながら、Nは去ろうとする。

 

「あの、Nさん」

 

「なんだい?」

 

「良かったら、俺達と一緒に旅をしませんか?」

 

「……キミ達とかい?」

 

 サトシの提案に、Nは驚きの様子を見せる。

 

「はい。俺達、何度もこうして会ってますし、いっそのこと一緒に旅をするのも良いんじゃないかと思って」

 

「確かに、Nさんがいるとミステリアスな雰囲気が加わって良いかもしれませんね」

 

「あたしは……二人が良いなら良いわ!」

 

 サトシの意見にデントは賛成。アイリスは、苦手さは完全に消えないが、彼がいればドリュウズとの仲の改善が上手くかもと思い、二人が良いならと告げる。

 

「……嬉しい提案だけど、ごめんね。ボクは旅は一人ですると決めてるから」

 

 撒くためにも、基本は一人の方が良いのだ。

 

「そうですか……」

 

「残念です……」

 

 Nの返答に残念と思うサトシ達だが、本人がこう言う以上は納得するしかない。

 

「まぁ、また会えるよ。その時はよろしく」

 

「はい。Nさん、また!」

 

「またね」

 

 Nは三人に別れを告げると、違う道を歩んでいった。

 

「残念だったなー……」

 

「Nさんがそう言ってたんだから仕方ないじゃない。それに、今日はイシズマイが仲間になった日よ? そんなにくよくよしないの」

 

「そうだね。出ておいで、イシズマイ」

 

「――マイ!」

 

 残念な気持ちを払うべく、デントはイシズマイを出す。イシズマイは笑顔でデントやサトシ達を見上げる。

 

「よーし、気を引き締めて……。皆シッポウジムに向かおうぜ!」

 

 イシズマイの笑顔に、気を引き締めたサトシ達は、シッポウシティへ向けての旅を再開した。

 ちなみに、三匹のイシズマイ達はその後、他のイシズマイ達からこっぴどいお仕置きを受け、反省して真面目になったのは余談である。

 



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ヤブクロン戦隊の秘密基地

 今回も色々と細かい変化や、今後の流れに関わるあるポケモンが出てきます。


「――ロコロコ?」

 

 ある場所の土が盛り上がる。さっきからする音に反応し、あるポケモンが出てきたのだ。

 そのポケモンとは、かつて砂風呂のリゾートで色々ありながらもサトシ達と協力してポケモン達や人を守った、砂鰐ポケモン、メグロコ。しかも、リーダーのサングラスを付けたメグロコだ。

 彼はあの件の後、とある理由から群れを離れ、こうして旅をしていた。

 

「おーい、そっちはどうだー?」

 

「上手く行ってるー」

 

「壁も出来てきたー」

 

「罠はー?」

 

「ちゃんと仕掛けてるー」

 

「……ロコ?」

 

 見ると、幼子がゴミ袋みたいなポケモンと一緒に物を積み重ねていた。

 何をしているんだとメグロコが疑問を浮かべていると、気になる話が聞こえてきた。

 

「これで、ひみつきちが出来るね!」

 

「うん、ユリ先生に分かってるもらうんだ!」

 

「ヤブクロンを追い出させたりするもんか!」

 

「ヤブー……」

 

「心配しないでね、ヤブクロン!」

 

「お前はボクたちが守るから!」

 

 そのやり取りから、ヤブクロンというポケモンに関して子供達が頑張っていることが分かる。

 

「……ロコ」

 

 メグロコは少し考えたあと、地面の中に戻っていった。

 

 

 

 

 

 柵が隣にある場所、そこでサトシ達が道方向を確認していた。

 

「デント、方角はこっちで合っているよな?」

 

「うん、こっちに進めば、シッポウシティに着くはずだよ」

 

「じゃあ、早く行きま――」

 

「わーい!」

 

 アイリスが最後まで言おうとしたが、そこに騒がしい声が聞こえてきた。

 サトシ達がそちらを見ると、五人の子供達が三輪車に乗って砂煙を上げながら走っている。しかも、一人の子供の三輪車にはポケモンがいる。

 

「……なんだ?」

 

 突然の事態に、困惑するサトシ達。その直後、子供達の向こうから女性と老人が見えきてた。

 

「皆、止まりなさーい!」

 

「あんた達、その子達を止めておくれー!」

 

「えっ?」

 

 三人が声を合わせる。とりあえず、子供達を止めれば良いのだろうかと思うと。

 

「前方に敵を発見! 皆、構えー!」

 

「らじゃー!」

 

 子供達はサトシ達を敵と判断したのか、籠から泥団子を出して構える。

 

「敵? 構え? ちょっと――」

 

「どろだんごばくだん、発射ーっ!」

 

 子供達から大量の泥団子を放り投げられる。突然の事もあり、サトシとピカチュウ、デントは泥が顔に命中する。

 

「とっとと……」

 

 ちなみに、アイリスは柵の杭の部分に立ってかわしていた。

 

「攻撃成功ー!」

 

 攻撃が命中し、リーダーと思われる子供の声を上げ、他の子供達は短く復唱。

 

「あっ、俺の帽子!」

 

 声を上げながら向こうへと走り去って行く子供達だが、その際にポケモンの手らしき部分にサトシの帽子が引っ掛かり、持って行かれてしまった。

 

「なんなの、あの子達!」

 

「子供の悪戯にしても、程があるよ……」

 

「あったま来た!」

 

 泥団子をぶつけられた挙げ句、お気に入りの帽子を持って行かれたのだ。サトシも流石に腹を立てていた。

 

「ごめんなさい!」

 

 そこに、先程の女性とお婆さんが近寄る。サトシ達は一旦、そちらに視線を向ける。

 

「あの子達は、幼稚園の子供達なの……」

 

「すまないねえ」

 

「どういう事ですか?」

 

 とりあえず、サトシ達は詳しい話を聞くことにした。

 

「――ロコロコ。……ロコ!?」

 

 その際、状況を確かめようと遠くから眺めていたメグロコがサトシ達を発見したことを、彼等は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 サトシ達が案内されたのは、ポケモンのタマゴが沢山ある部屋だった。

 

「凄ーい! ポケモンのタマゴがこんなに!」

 

「へぇ……」

 

「良いですね、この部屋に満ちた命を育む優しさのフレイバー……」

 

「はっはっは、そう言ってくれると嬉しいねえ」

 

 お婆さんがおおらかに笑うと、ふとあることを思い出した。

 

「そういや、あの子達が出る前に来た人もそんなことを言ってたねえ」

 

「確か、まだいましたよね。あのポカブとゾロアを連れた人」

 

「えっ、ポカブと……ゾロア?」

 

「それって……」

 

「もしかして?」

 

「キクヨさん、ユリさん。もう帰っていま――って、皆?」

 

 聞き覚えのある人物とポケモンに、まさかとサトシ達が思った瞬間、扉が開き、向こうから謎の青年Nが入って来た。

 

「おや、あんた達知り合いだったのかい?」

 

「はい。というか、Nさんは何でここに……?」

 

「ボクはここに興味があって来たんだ」

 

「彼はここを育て家と聞いて、訪れたんじゃよ」

 

 育て屋がどの様なものか、またここの子供達が、ポケモン達とどう触れ合うかを聞くべく、Nはここに訪れたのだ。

 

「そろそろ自己紹介と行こうかの。わたしゃキクヨ、この子は孫のユリじゃ」

 

「よろしくね。あと、私は幼稚園の先生もしてるの」

 

 サトシ達が自己紹介を告げると、ユリが謝罪する。

 

「後、サトシくん、デントくん、アイリスちゃん。さっきは本当にごめんなさい」

 

「……何かあったのかい?」

 

「さっき、子供達に泥をぶつけられて……」

 

「……ご愁傷様」

 

「カブカブ」

 

「ゾロゾロ」

 

 Nがサトシに事情を聞き、ポカブやゾロアと一緒にご愁傷様と同時に、デントが理由を尋ねる。

 

「構いませんけど……そもそも、あの子達はなんであんなことを?」

 

「昨日、あの子達がヤブクロンを見付けて、勝手に連れて来ちゃったの」

 

「へー、あのポケモン、ヤブクロンって名前なのか」

 

「ピカ」

 

「あのヤブクロンは、あの子達がこの街の外れのスクラップ置場で見付けたらしいの」

 

 その時、ヤブクロンが悲しそうにしていたため、子供達が連れて来たという訳である。

 

『ヤブクロン、塵袋ポケモン。捨てられたゴミ袋と廃棄物が化学反応を起こして、ポケモンになったと言われている。ゴミ捨て場等、汚ない場所を好む』

 

「ふーん……」

 

 ヤブクロンがどんなポケモンなのか知ろうと、サトシは図鑑で検索。情報を得る。

 

「ゴミが好きなのね」

 

「言っとくけど、俺の帽子はゴミじゃないからな」

 

 その情報にそう思ったアイリスに忠告するように、サトシはそう言い放つ。

 

「それで……ヤブクロンが何か問題でも起こしたのですか?」

 

「あたし……ヤブクロンを見た時、思わず嫌な顔をしちゃったの」

 

 

 

 

 

 前日の幼稚園。子供達はヤブクロンをユリに会わせていた時。

 

「ヤーブ」

 

「連れて来ちゃったの!?」

 

「うん!」

 

「泣いてたから……」

 

「ヤブブ」

 

 寂しい自分を拾ってくれた子供達に、ヤブクロンは嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「ねぇ、先生! 幼稚園で預かろうよ!」

 

「あたし、一緒にいたーい!」

 

 子供達は期待に満ちた眼差しを向け、ユリに頼むも。

 

「残念だけど、それは無理よ……」

 

「どうして?」

 

「ポケモンを預かること自体は良いの。でも、ヤブクロンはゴミが大好きなポケモン。幼稚園をゴミだらけにするわけには行かないわ」

 

 預かるという事自体には、ユリに異論はない。寧ろ、ポケモンと触れ合れるのだから賛成したい。

 しかし、そのポケモンがゴミ好きのヤブクロンである事が大きな問題だった。

 幼稚園にゴミが溜まり、不潔になってしまえば、子供達が病気になってしまうかもしれない。

 その可能性を恐れていたからこそ、ユリは反対していたのだ。

 

「それぐらい、僕達が掃除するからー!」

 

「それか、ヤブクロンに一生懸命話してそうしないようにするからー!」

 

「ダメなものはダメなの! スクラップ置場に返して来なさい!」

 

 子供達の言うことは分かるが、それで上手く行くとは限らない。それゆえ、ユリは戻すように強く言い付けた。

 

「やだー! ヤブクロンを飼ってよー!」

 

「飼って、飼って、飼ってー!」

 

「幾ら言っても、ダメ!」

 

 ユリがそう言っても子供達は納得せず、飼っての一点張り。

 すると、悲しそうにしていたヤブクロンが溜め息のように吐く。それは途中で弾け、猛烈な臭いとなって周囲に広がる。

 

「く、臭い……! 何なの、この臭い……!」

 

 とんでもない悪臭にユリも子供達も鼻を抑えるが、子供達はヤブクロンを追い出させないために途中で臭くないと我慢する。

 

「……それでもダメ! 口で言っても納得しないのなら、あたしが返して来ます!」

 

 子供達の健気な想いに一瞬躊躇いはせど、心を鬼にしてユリはヤブクロンをスクラップ置場にまで連れていく。

 

「ごめんね。だけど分かって。君を幼稚園で預かる訳には行かないの」

 

「ヤーブ……」

 

 ユリだって、好き好んでこんなことをしたいわけではない。しかし、子供達の健康の為には、これが最善なのだ。

 

「……ごめんなさい」

 

「……ヤブー」

 

 余計な情を抱かない内に、ユリはスクラップ置場から去って行った。

 

 

 

 

 

「――という事なの」

 

「……」

 

 ヤブクロンを幼稚園から追い出した事に、Nは不満気だ。しかし、同時にユリの心配も尤もなものだった。

 万一、預かったのが原因で子供達が病気になった場合、取り返しが付かないのだから。

 

「この子は元いたスクラップ置場に返したんじゃが……今朝になったら、とんでもないことになっておってのう……」

 

「とんでもないこと?」

 

「外を見れば分かるよ。……あれはボクも驚いたから」

 

 とりあえず、サトシ達は外に出ることにした。

 

「――クロコッコ」

 

 その話を、メグロコが全て聞いているとは思いもしないまま。

 

「……なんですか、これ?」

 

 外に出たサトシ達の目に入ったのは、家具や道具の数々が積み重ねられて出来た山だった。

 

「子供達とヤブクロンがスクラップを集めて、こんな風にしちゃったの……」

 

「このテイストはもしかして……秘密基地かな?」

 

「……秘密基地?」

 

「子供の頃、友達とやったりする遊び場ですよ! Nさんもやったことあるでしょう?」

 

「……あぁ、なるほど。確かに秘密基地だね」

 

 疑問符を浮かべるNに、サトシが説明。それを聞いて、Nは頷いた。

 その際、彼に影が宿っていた事にはポカブやゾロアしか気付かなかった。

 

「にしてもやるなあ、あいつら」

 

「ちょっと、感心してる場合じゃないでしょ! 子供ね~」

 

「ちぇ」

 

 出来栄えや頑張り具合を褒めるサトシだが、アイリスにたしなめられて不満そうだ。

 

「早く片付けないと、何時崩れてもおかしくないわ」

 

「ですね……」

 

 経験もない子供達が適当に積み重ねた山だ。ちょっとした表紙で崩落しても何ら不思議ではない。

 

「済まぬが、ユリを手伝ってくれぬかのう」

 

「良いですよ!」

 

「あたしも」

 

「僕も」

 

「手伝います」

 

 早くしないと子供達やヤブクロンが危険だ。四人は協力を承諾する。

 直後、秘密基地の入り口から、ダンボールを鎧にした子供達とヤブクロンが出てきた。サトシ達が注目していると。

 

「この場所は、僕達ヤブクロン戦隊の秘密基地だ! お前達、大人やその味方は入って来ちゃダメだぞ!」

 

「そうだ! そうだ!」

 

 子供達はヤブクロン戦隊と名乗り、ここには近寄るなと声高々に宣言する。

 

「ヤブクロン戦隊……?」

 

「戦隊ものか」

 

「子供ね~」

 

 Nは疑問を抱き、デントはそういう設定かと納得し、アイリスは呆れていた。

 

「……」

 

 そんな中、サトシは少し考えたあと、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「皆ー、危ないからもう終わりにしましょー?」

 

「やだ! ヤブクロンを預かるまでここから出ないもん!」

 

 その声に子供達はまたそうだ、そうだと大声を上げる。

 

「うぅ、どうしたら……」

 

「あの、ユリさん。俺に行かせてくれませんか? 俺も、昔はよくやってましたから、あいつらの気分がなんか分かるんです」

 

「それは頼もしいねえ。ユリ、どうだい?」

 

「じゃあ……サトシくん、お願いね」

 

 自分達よりも、サトシの方が子供達も話を聞くかもしれない。そう考え、キクヨとユリは頼みをお願いした。

 

「はい! 行こうぜ、ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 サトシとピカチュウはスクラップのバリケードで登っていく。

 

「敵が登って来たぞ! ヤブクロン戦隊、攻撃開始!」

 

「ヤブー!」

 

 登ってきたサトシとピカチュウを見て、子供達は撃退するべく攻撃を開始。先ずは、ヤブクロンの悪臭攻撃でサトシとピカチュウを怯ませる。

 次に子供達の泥団子だ。サトシが敵じゃないと告げるも、子供達は無視して投げる。

 泥がまた顔に命中し、動きが止まった所へ子供達はトラップを起動。サトシとピカチュウをタイヤに嵌めてしまう。

 

「痛た……」

 

「動くな!」

 

 動こうとしたサトシだが、目の前にダンボール製の玩具の剣の刃を突き付けられ、見事に捕まってしまう。

 

「ちょっとー! なんか、凄い音や悲鳴がしたけど、どうしたのー?」

 

「それが……捕まっちゃったんだ」

 

「ちょっと!? しっかりしなさいよ!」

 

「分かってるよ! もうちょっと待ってくれ!」

 

 捕まりはしたが、まだ自分達に任せて欲しいとサトシは伝える。

 

「こら、勝手に喋るな!」

 

 抵抗はするなと言わんばかりに、子供達が水鉄砲を発射。今度は水を顔に浴びせる。

 

「わ、分かった、分かったって!」

 

 こうして、サトシとピカチュウはヤブクロン戦隊の捕虜になってしまったのであった。

 

「もうー、大丈夫かしら?」

 

「うーん、思ったよりもあの子達は手強い様だね」

 

 サトシはしっかりしているところはしっかりしている。本気は出せないとはいえ、その彼を捕らえたのだ。子供達の本気度が伺える。

 

「怪我してないと良いけど……」

 

「それも心配ですが……」

 

「何か他の不安があるのかい?」

 

 他にも懸念がありそうなN。キクヨが聞くと。

 

「……サトシくんが、あの子達の味方になってしまったら、と思いまして」

 

「……」

 

 Nの懸念に、十分に有り得る。アイリスとデントはふとそう思ってしまった。

 サトシの事だ。子供達やヤブクロンの想いに感化され、向こう側に回ってしまう可能性があった。

 

「だ、大丈夫、よね? ミイラ取りがミイラになったりしないわよね?」

 

「……多分」

 

 五人は嫌な予感がしながらも、様子を見守る事しか出来なかった。

 一方のサトシとピカチュウ。捕虜として木の上に作った秘密基地に連れて行かれた彼等は、その中を見ていた。

 

「しっかりと作ってあるんだな……。お前らで作ったのか?」

 

 子供が作ったものとは思えない、その予想以上の出来栄えにサトシは驚く。かなりのものだった。

 

「この子が手伝ってくれたの。ねっ、ヤブクロン」

 

「ヤーブ」

 

「そっか、凄いんだな」

 

「ヤブー」

 

「こら! 大人の手先と仲良くしちゃダメだろ!」

 

「ヒロタン、ごめん……」

 

 サトシと然り気無くやり取りする仲間の女の子やヤブクロンに、サトシの帽子を被ったヒロタンと呼ばれた男の子が注意。女の子とヤブクロンはごめんと反省する。

 

「ヒロタン、って言うのか? お前?」

 

「本当はヒロタだい!」

 

 どうやら、ヒロタンは彼の愛称らしい。それを知ったサトシは自己紹介から始める。

 

「俺はサトシ。こっちは相棒のピカチュウだ」

 

「ピカ、ピカチュ」

 

 この地方にいないピカチュウに、子供達は興味津々な様子だ。

 

「本物のピカチュウ!」

 

「あたし、初めて見た!」

 

「すごくかわいい!」

 

「ねぇ、触っても良い?」

 

「あぁ。ピカチュウも良いよな?」

 

「ピカピカ!」

 

「わーい!」

 

 許可を貰った子供達は、可愛いや柔らかい、プニプニしてると言いながら、ピカチュウの身体を触りまくる。

 

「俺はお前達の敵じゃないよ。ただ、話がしたいんだ」

 

 警戒からか、一人だけまだ触れてないが、興味津々なヒロタにサトシは笑って優しく語りかける。

 

「……本当?」

 

「あぁ!」

 

「……僕も、ピカチュウ触って良い?」

 

「良いよ」

 

「ピカチュウ、こっち!」

 

 ヒロタも加わるが、その為にピカチュウは少し強めに引っ張られる。

 

「こら、無茶はダメだ! 電撃食らっても知らないぞ?」

 

「電撃!?」

 

 電撃と聞いて、子供達は思わず距離を取る。ピカチュウも攻撃の構えを取り、電撃を放つ――わけもなく、愛嬌のある笑みを向けた。ちょっと驚かしただけである。

 

「ピカチュウは電気タイプのポケモンで、電気技が得意なんだ。なっ?」

 

「ピー、カチュ!」

 

「ふぎゃ! ――凄いだろ?」

 

 早速実践し、弱い電撃を放つピカチュウ。その際に抱えていたサトシに感電するが、今はでんきショックが精一杯なのでそれほど聞いていない。

 

「おー!」

 

「ピカチュウは可愛くて強いんだ!」

 

「ピカ!」

 

 でんきショックに子供達が凄いと声を上げ、サトシがピカチュウの良さを話す。すると、ヤブクロンがピカチュウに近付いてきた。

 

「――ヤーブ!」

 

 ヤブクロンがウインク。そのさまには、塵袋ポケモンとは思えない愛嬌に満ちていた。

 

「お前も可愛いな!」

 

「そっ、ヤブクロンも可愛いんだ!」

 

「可愛いよ!」

 

「ヤブー!」

 

「本当にヤブクロンが好きなんだな」

 

「うん、大好きー! ねー!」

 

 子供達がヤブクロンに想いを込めて撫でる。そのさまや、即答から、子供達がヤブクロンを好いている事がよく伝わってくる。

 

「これ、サトシお兄ちゃんのだよね? 返す。ごめんなさい」

 

「ありがと」

 

 ヒロタがサトシの帽子を返し、サトシは受け取る。やはり、この子達は悪い子ではないのだ。ただ、ヤブクロンを守ろうと一生懸命なのである。

 そう思いながら、サトシは帽子を被る。すると、この場の全員が微笑んだ。

 

 

 

 

 

 電車のホーム。子供達とヤブクロンが原因でスクラップが無くなった件がちょっとニュースとして流れている中、椅子に静かに座るロケット団に、鞄を持った一人の男が近付く。

 

「特急列車の発射時間」

 

「十九時」

 

 合言葉だ。コジロウ達と男はそれで互いをロケット団と認識する。

 

「用件はなんだにゃ?」

 

「これだ」

 

 男は周りを警戒しながら、鞄をコジロウ達の方へと動かし、コジロウが受け取る。

 

「隕石? メテオナイトか?」

 

「いや、これはそのダミー。詳細は後々話す」

 

「分かった」

 

 男はコジロウ達の最近の評価が良いと等を告げると、タイミングを見計らって同時に姿を消した。

 

「――ふむ、奴等は一部を入手するつもりらしいな」

 

 追跡の三人組が、ロケット団との会話から目的を推測していた。

 

「確か、シッポウ博物館にその一部があったはず」

 

「なるほど、その奪取が奴等の目的か」

 

「どうする?」

 

「先ずはあの方に直ぐに報告だろう」

 

「うむ、我等が動くのはそこからだ」

 

 自分達の役目は、命令に従って動くことだ。三人組もロケット団と同じ様に静かに去っていった。

 

 

 

 

 

「皆、そろそろユリ先生と仲直りするつもりはないか?」

 

「ピカピカ」

 

 場所は戻り、幼稚園。サトシとピカチュウは子供達の説得を始める。そもそも、彼等はそれが目的なのだ。

 

「イヤだ! 大体、僕達悪くないもん!」

 

「うん、悪くない!」

 

「悪いのは先生だ!」

 

 そうだそうだと、子供達は声を揃える。

 

「それって、ユリ先生がヤブクロンを返してこいって言ったから?」

 

「それだけじゃないよ! ヤブクロンを勝手に捨てたんだ!」

 

「ヤブクロンは悪くないのに!」

 

 子供達もヤブクロンは悪くないと言い張る。実際、ヤブクロンはまだ悪事をしていない。

 

「だけど、ゴミが好きだし、臭いの出しちゃうんだろ?」

 

「う、うん……。ゴミが好きだし、凄く臭い……」

 

「臭くない!」

 

 そばかすの女の子が思わず頷き、ヤブクロンが落ち込む。

 直後、ヒロタの言葉に女の子はやっぱり臭くないと言い張り、ヤブクロンは元気を取り戻すも、その際に強烈な臭いの息を吐き出し、秘密基地内に充満。

 子供達は臭くないと必死に耐えるも、我慢の限界を迎えたのか、サトシと一緒に出てしまう。

 

「~~~~~っ! やっぱり、臭ーーーい!」

 

 サトシの悲鳴が、幼稚園の広場に響き渡る。

 

「凄い強烈だ……!」

 

「ピカー……」

 

「――全然臭くない! 大丈夫だからな、ヤブクロン!」

 

「ヤブー……」

 

 臭いに落ち込むヤブクロンを、ヒロタが励ましていた。

 

「良い友達を持ったな、ヤブクロン」

 

「ヤブー」

 

 笑顔になるヤブクロンと子供達。その様子を見て、サトシは問いかける。

 

「なぁ、皆。本当にヤブクロンと一緒にいたい?」

 

「うん!」

 

「もしかしたら、時には喧嘩になったりするかもしれないぞ?」

 

 今は良くても、これから先もずっと仲良しである保証はどこにもない。時には喧嘩して擦れ違う事もあるだろう。

 

「そんなことならないもん!」

 

「なっても、直ぐに仲直りするもん!」

 

 断言する子供達に、サトシは次の質問を問いかける。

 

「じゃあ、もう一つ。お前らはヤブクロンの幸せの為なら、別れる事も出来るか? ヤブクロンも、子供達の幸せの為なら、同じことが出来るか?」

 

「えっ……?」

 

「そ、それは……」

 

「ヤ、ヤブ……」

 

 サトシのもう一つの問い掛け。自分達といることより、相手の幸せを優先出来るか。その問いに、子供達とヤブクロンは言葉に詰まる。

 

「出会いがあれば、当然別れもある。俺も仲間達と幾つの別れを経験したよ」

 

 オコリザル、バタフリー、ピジョット、ラプラス、ゼニガメ、リザードン、エテボース。他にも多くのポケモン達との別れをサトシは体験した。

 

「……辛く無かったの?」

 

「辛かったな」

 

 共に旅をし、戦ってきた仲間だ。辛くなかった訳がない。

 

「だけど、それでも俺はあいつらの想いを優先した。だから、苦しかったけど受け入れた」

 

 辛い質問だが、共にいる以上は何時かは訪れる可能性がある問題でもある。だからこそ、サトシはこの質問を今の内に問い掛けたのだ。

 

「――……出来る!」

 

 しばらくの沈黙のあと、別れの時を想定し、その目を涙で潤ませ、ヒロタが震えながらも告げる。

 

「ヤブクロンの為なら、出来るもん!」

 

「う、うん! 出来るもん!」

 

「ヤブー!」

 

 子供達は全員、涙目になりながらも、出来ると告げる。ヤブクロンもまた、同様だ。それが彼等の答えだった。

 

「……そっか。分かったよ」

 

 仕方ないと言いたげに、サトシは苦い笑みを浮かべ、次に優しい笑みになる。

 サトシは子供達と一緒にユリ達が見える場所に移動し、届くように大声を話す。

 

「ユリ先生ー!」

 

「サトシくん? 子供達を説得出来たの?」

 

「すみませーん! 俺、この子達の味方になりまーす! という訳で、俺もヤブクロン戦隊の一員として参加します!」

 

「……ええぇえぇぇえっ!?」

 

 サトシの発言に、ユリ達から悲鳴のような大声が上がる。

 

「ち、ちょっと、なに言ってるのよー!」

 

「あららー、本当にミイラ取りがミイラになっちゃったね……」

 

「サトシくんらしい、かな?」

 

「サトシくん、どういう事なのー!?」

 

「だって、この子達、本当にヤブクロンといたいんです! だから、その想いを尊重したいんです!」

 

 辛い選択肢に、子供達とヤブクロンはしっかりと答えた。その想いに応えたいのだ。

 

「そ、そんなー……」

 

「サトシお兄ちゃん、ありがとう!」

 

 サトシの寝返りに、ユリがショックを受ける一方、子供達は頼もしい仲間に喜んでいた。

 

「……やっぱり、わたしがやるしかないのね」

 

「うむ、そうじゃ」

 

 サトシが向こう側に付いてしまい、エリは自分がやるしかないと決意する。

 

「皆、わたしとしっかり話しましょう!」

 

「やだ! ヤブクロンを飼うって話以外、聞かないもん!」

 

「それはダメって何度も言ってるでしょう! 分かって!」

 

「分かんない!」

 

 理解してほしいと告げるユリだが、子供達は分かんないの一点張りだ。

 

「ユリ先生! 少しはこの子達の話も聞いてください!」

 

「サトシくん、あなたは黙ってて!」

 

「黙りません! 俺はこの子達の強い想いを確かめました! この子達とヤブクロンは一緒にいるべきです!」

 

「……この幼稚園は、わたしの幼稚園なの! わたしが守らなきゃダメなの!」

 

「ユリ先生の気持ちは分かります! だけど、この幼稚園はこの子達のものでもあるじゃないですか! しっかりと話したいのなら、先ずはこの子達の想いをきちんと受け止めるべきです!」

 

 次々と反論され、焦ったユリは仕方ないと言いたげに一つモンスターボールを取り出す。

 

「もうこうなったら、力強くで!」

 

「ダ、ダメです! サトシかなり強いんですよ! 返り討ちに遭っちゃいます!」

 

 サトシの実力はかなり高い。並みのトレーナーでは相手にならないだろう。

 

「Nさん! サトシを倒しちゃってください!」

 

 なので、アイリスはNに頼んだ。サトシと互角に戦える実力者の彼なら、勝てる可能性は高い。

 

「……ごめん、ボクもどちらかと言うと、あの子達側かな」

 

 サトシが味方に付いた。つまり、子供達がそれほどの想いを見せたという事だ。Nとしては、あちら側に協力したい。

 

「そ、そんな~! Nさんまで加わったら、絶対に勝てませんよ~!」

 

 サトシとN。この二人が組んだら間違いなく勝てない。アイリスはNに必死にすがり付き、子供達側には行かないようにする。

 

「デント~! 何とかして~!」

 

 その間に、デントに頼むアイリス。デントもジムリーダー。一対一なら、勝ち目は十分にある。

 

「……うーん、僕は中立を取らせてもらおうかな」

 

「ちょっと~!?」

 

「キババ~!?」

 

 最後の頼みの綱であるデントも、サトシが認めたからか、中立を宣言してしまう。

 

「どうしたー? アイリスが来ても良いんだぜー?」

 

「くぅ~!」

 

 自信満々のサトシに歯軋りするアイリスだが、ドリュウズでないと勝てない。しかし、そのドリュウズは言うことを聞かない以上、打つ手が無かった。

 

「ど、どうしたら……」

 

 万策尽き、ユリは呆然とする。その時だった。スクラップの山の一ヶ所が突然崩れたのだ。

 

「なんだ?」

 

「崩落!?」

 

「いや、これは勝手に崩れたというより……」

 

 下から崩された。そんな風に見える。しかも、連続で。

 

「――クローコ!」

 

「あれは……」

 

「あの時のメグロコ?」

 

 崩れたスクラップの山から現れたのは、サングラスを付けたメグロコ。一度見たことのあるメグロコにサトシとアイリスが素早く反応する。

 

「アイリス、君はあのメグロコを知ってるのかい?」

 

「カラクサタウンの前にある砂風呂をやってたリゾートにいたメグロコよ。けど、何でここに……?」

 

「そこからここは相当離れてるね……。もしかして、誰かを付けてきた?」

 

「……誰を?」

 

「……さぁ?」

 

 Nはあのメグロコと会った事も話した事もない。誰が狙いなのか、分かるわけがない。

 

「――ロコ!」

 

「ストーンエッジ!」

 

 メグロコはサトシとピカチュウに視線を向けると、無数の小さな尖った岩を展開。近くに子供達がいるのもお構い無しに放つ。

 

「皆、俺に掴まれ!」

 

「う、うん!」

 

 サトシは子供達が抱き着くと木から降りる。直後に岩が秘密基地の部屋に突き刺さる。

 

「攻撃!? なんで!?」

 

「あのメグロコ、あんなに乱暴なのかい?」

 

「ううん、強引なとこはあったけど、あんな乱暴じゃなかったわ」

 

 強引ではあったが、ポケモン達や客達を守るために奮闘していた。とてもだが、こんなことをするポケモンではない。

 

「とりあえず、あのメグロコを止めよう」

 

 理由はどうあれ、今のメグロコを止めるべき。Nがいち早くポカブとゾロアで対処しようとしたが。

 

「――ロコォ!」

 

「じならし!」

 

「まずい!」

 

 メグロコが右の前後足を地面に叩き付ける。それにより振動が発生し、スクラップの山の一ヶ所が崩れた。

 

「くっ、迂闊に近付こうものなら、揺れでスクラップの山を崩す気か……!」

 

「ローコローコ」

 

「その通り、お前達はそこで大人しくしてろ。変な動きは見せるな。か」

 

「言うこと聞くしか無いわね……!」

 

 下手に動けば、サトシや子供達だけでなく、自分達もスクラップの崩落に巻き込まれる。言うことを聞くしかない。

 

「だけど、このままだとどうなるか……!」

 

 確かにユリの言う通りだ。メグロコの目的が不明なため、どんな事態になるのか予想も出来ない。

 

「なら、あのメグロコの裏をかきましょう」

 

「どうやって?」

 

 あのメグロコは自分達を見張っている。迂闊な行動は出来ない。

 

「ゾロアの力、忘れたかい?」

 

「――イリュージョン!」

 

「ゾロゾロ」

 

「なるほど、ゾロアを僕達の内の誰かに変装させて……!」

 

 ゾロアは他者に変装出来る。これなら、メグロコの目を欺く事が可能だ。

 

「そうして、変装元の人物は動き、隙を見てメグロコの不意を突く。という訳じゃな?」

 

「ならその役目、わたしにさせて。――お願い」

 

 幼稚園の、子供達の先生として、自分の手で彼等を守りたいのだろう。N達はその想いを尊重した。

 

「じゃあ早速」

 

「――ゾロ」

 

 身体をクルンと回転。すると、姿がユリへと変化する。

 

「ゾロロ」

 

「はぁー、大したもんじゃのう」

 

 ゾロアのイリュージョンを目の当たりにし、ユリとキクヨは驚く。外見からはポケモンとは思えない。

 

「では、ユリさん」

 

「えぇ」

 

 ユリは然り気無くゾロアと交代すると山を下がり、物音を立てずにゆっくりと移動する。

 

「――ロココォ!」

 

「またストーンエッジか!」

 

 一方、サトシ達。メグロコがまた子供達もお構い無しに技を放った。

 

「ピカチュウ、でんきショックで右端のを落とせ!」

 

「ピーカ、チューッ!」

 

 電撃が石の一部を破壊。サトシは同時にそちらに移動してストーンエッジを回避する。

 

「ロコロコ!」

 

 メグロコは更にストーンエッジを二度、三度と続けていく。これもサトシはさっきと同じやり方で回避していった。

 

「……クロコ!」

 

「じならし! ピカチュウ、ジャンプ――うわあっ!」

 

「ピカ!?」

 

「ロコォ!」

 

 揺れを放つ。ピカチュウは跳躍で避けたが、サトシは動きを封じられる。

 ピカチュウがサトシに注意が向いたその一瞬の隙を狙い、メグロコがまたストーンエッジを放つ。

 

「でんきショック!」

 

「ピカァ!」

 

 またでんきショックで石を破壊していくが、威力不足なため、ストーンエッジは残っていた。

 

「――皆!」

 

 間に合わない。命中してしまうとサトシが思った瞬間、こっそりと移動していたユリが前に出て、攻撃から子供達を守るべく、自分の身体を盾にしようとする。

 

「ユリ先生!」

 

「ロコ!?」

 

「――ヤブー!」

 

 当たる直前、ヤブクロンがサトシの背中から飛び、ヘドロばくだんで残りのストーンエッジを破壊。

 子供達やユリ、サトシやピカチュウを技から守った。

 

「ヤブクロン!」

 

「ヤーブ!」

 

 攻撃から子供達やユリ、サトシやピカチュウを守れ、ヤブクロンは笑みを浮かべる。

 

「ヤブクロン……」

 

 攻撃から子供達や自分を守ったヤブクロンに、ユリは複雑な気持ちを抱いていた。

 

「――ロコ」

 

「……」

 

 また、その時メグロコが小さいが確かに良かった、また、これはこれで良いかと、安心した様子でそう言っていた事に、Nは気付いた。

 

「ヤブクロン、力を貸してくれるか?」

 

「ヤブヤブ!」

 

「よし、行こうぜ! ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピッカァ!」

 

 ピカチュウはメグロコ目掛け、素早く突撃する。

 

「ロコ! ――ロコォ!?」

 

「ヤブー!」

 

 ピカチュウの一撃はかわすメグロコだが、合間を狙い放ったヤブクロンのヘドロばくだんはかわせずに直撃。軽く吹き飛ぶ。

 

「アイアンテール!」

 

「ピー……カァ!」

 

 そこに鋼化した尾の一撃を、ピカチュウが叩き込む。

 

「メーグロッコーーーッ!」

 

 その一撃により、メグロコは少し前のロケット団の様に、叫びながら彼方へと吹き飛んでいった。

 

「ふぅ。……なんだったんだ?」

 

「ピカ?」

 

 あのメグロコの子供達を巻き添えの突然の襲撃。性格からはとても思えない行動にどうにも納得が行かず、理由もさっぱりのサトシだが、とりあえず子供達は守れたのでよしとしよう。

 

「あぁ皆、無事で良かった……!」

 

「ユリ先生……! 先生、ごめんなさいー!」

 

「ごめんなさいー!」

 

 子供達が涙目でユリに近寄る。危うく、自分達を庇って怪我をする寸前だったのだ。

 自分達がこんなことをしなければと、後悔の気持ちで一杯だった。

 

「わたしこそごめんね。自分の気持ちだけを押し付けて、あなた達の気持ちをちっとも理解してあげないで……」

 

 サトシの言う通りだった。子供達の事を想うのなら、先ずはこの子達の思いをしっかり受け止めねばならなかったのだ。

 

「ユリ先生、お願いします。ヤブクロンを幼稚園に置いてあげてくれませんか? この子達の為にも」

 

「ユリ、どうするんじゃ?」

 

「……」

 

 子供達の懇願の眼差しを見渡しながらゆっくりと自分の思いを向き合い、不安げなヤブクロンの前に立つ。

 

「ヤブクロン。――宜しくね」

 

「ヤ……ヤブー!」

 

 ユリがそう告げた。つまり、ヤブクロンをこの幼稚園で預かる事を認めたという事だ。子供達は嬉しさのあまり、ヤブクロンに擦り寄る。

 

「ちなみに、人と仲良くなったヤブクロンは臭い息を吐かなくなるはず。勿論、しっかりと育てる必要はあるがの」

 

 とここで、キクヨがヤブクロンに関しての知識を語る。

 

「キクヨさん、そうだったんですか?」

 

「だったら、それを先に話せば……」

 

 ここまで手間はかからなかった。と言うか、そもそもヤブクロンはスムーズに幼稚園に入れたのではないか。

 

「ポケモンも子供達も、育て方は自分で見つけるものじゃ。それに、大切なのは相手への想いじゃ。臭くなくなるから大丈夫、ではイカンじゃろう?」

 

「確かに……」

 

 相手がどんなポケモンでも向き合う。それこそが、育て屋に必要なものだ。

 臭くなくなるからと許可すれば、臭いポケモンは駄目だと差別しているのと同じ。キクヨの発言にユリは自分の未熟さを実感した。

 

「あと、子供達の想いも確認したかったからの」

 

 それに、子供達のヤブクロンへの想いも知りたかった。ユリに言われたからで諦めるのなら、何時かは必ず上手く行かなくなっただろう。

 

「ヤブクロンときちんと仲良くするんじゃぞ」

 

「うん! サトシお兄ちゃんにも言われたから!」

 

「ほーう。やるのう」

 

 既に言われていたのは、キクヨも流石に予想外だった。

 

「サトシくん、よければ家で働かんか? 良い育て屋や先生になるかもしれんぞ?」

 

「確かに、サトシなら良い先生や育て屋になるかも……」

 

「うん、ポケモンへの気持ちに溢れてるし、子供達との話も出来る。悪くないかもね」

 

「それには先ず、勉強ね~」

 

「うるさいなあ! あと、俺はポケモンマスターを目指すの!」

 

 冗談、冗談と、笑い声が幼稚園の広場に程よく響き渡った。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。昨日の騒動の後、サトシ達が夜通しでスクラップを置場に戻し、綺麗になった幼稚園の広場。

 

「皆、今回は本当にありがとう」

 

「サトシくん、これを受け取ってくれんかのう?」

 

「これは……」

 

 キクヨが持っていたのは、ケースに入ったポケモンのタマゴだった。

 

「今回のお礼、というのもあるが、サトシくんならこの子を良いポケモンに育ててくれると思ったのじゃ。どうかの?」

 

「……」

 

 お礼にポケモンのタマゴを渡す。という行為にNは少し眉をしかめるも、キクヨはそれだけではなく、相手を選んだ上で渡している。

 気分を悪くしたくはないし、後で聞きたい話でもある。ここは黙って置くことにした。

 

「ありがとうございます。大切に育てます」

 

 受け取ったタマゴを、サトシは大切に受け取った。

 

「サトシお兄ちゃん! また一緒に遊ぼう!」

 

「ヤブクロン戦隊の仲間だもん!」

 

「ヤブー!」

 

 

「あぁ! その時は良いバトルもしような!」

 

 子供達との約束を交わしたサトシはユリやキクヨ、子供達の見送りを受けながら、旅を再開する。

 

「ではキクヨさん、話をお願いしても良いですか?」

 

 Nがキクヨに尋ねる。そもそもNがここに来たのは、話が理由だ。子供達とヤブクロンの騒動で今まで遅れてしまい、やっと出来る。

 とはいえ、今回の騒動のおかげでまた色々と知れたのも事実。事情の差による揉めごと。しかし、それを乗り越えれば良い事態に纏める事が出来る。

 これは人と人、人とポケモン、ポケモンとポケモンの全てで出来ること。勿論、絶対に上手く行く可能性があるとは断言出来ないが、ないとも言えない。

 これらも考えた上で、最善を考えねばならない。それが理想を持つ者の役目なのだ。

 

「うむ、こっちも一段落したからの」

 

「ありがとうございます。ただ、ちょっと空気を味わって来ます」

 

「早めに戻ってくるのじゃぞー」

 

 はいとNは頷くと、幼稚園の壁の影に移動する。

 

「やぁ、メグロコ」

 

「――ロコ!?」

 

 そこには、あのメグロコが隠れていた。吹っ飛ばされたあと、急いでここに戻ったのだ。Nはその気配を察し、ここに来たのである。

 

「上手く行って良かったね」

 

「ロコロコ?」

 

 Nの言葉に何の事やらと、メグロコは惚ける。

 

「キミが悪者になって、ヤブクロンをこの幼稚園に預ける作戦の事だよ」

 

「……ロコ」

 

 ちぇと、メグロコは悪態を付く。どうやら、この青年にはバレていたらしい。

 そう、メグロコが襲撃した理由は子供達を襲い、ヤブクロンに守らせる事で幼稚園で預かるようにしようとしたのだ。

 

「にしても、強引だね」

 

「クローコッコ」

 

 あれぐらいしないとダメだろと、メグロコは言う。

 とはいえ、ストーンエッジは本気では無かったし、当てないように軌道を寸前で変化させるつもりとメグロコなりに配慮はしていた。

 ユリが出てきた時は流石に焦ったが、結果としては一番良い結果に纏まったので、よしとしよう。

 

「キミは誰が狙いだい?」

 

「ロコ」

 

 秘密。メグロコはそう告げるもNは大体、読めていた。サトシかピカチュウ、或いはその両方がこのメグロコがここまで来た理由だろう。

 

「ロコ、ロコロコー」

 

 じゃあ、待たせてるやついるからと、メグロコは地面に潜り出す。

 

「誰だい?」

 

 その問いに、メグロコはこう返す。――片刃の黒き竜、と。それだけを言うと完全に潜った。

 

「……へぇ、まさか彼とね」

 

「カブカブ?」

 

 聞き覚えのある特徴に、Nの目が細まる。知ってるのとポカブが尋ねると、Nは首を縦に降った。

 

「知ってる。まぁ、それだけ、だけどね」

 

 一度だけ会った。たったそれだけだが、かなりの衝撃があったのも事実だ。

 

「……ふふ、色々と動き出しているという事だね」

 

 その流れを、Nは強く感じる。だが、今は知るためにキクヨとの話だ。メグロコとのやり取りを終えたし、Nは幼稚園に向かう。

 

「さぁ、キミはどう動くかな?」

 

 遠くにいるだろう、そのポケモンに対してNは不敵な笑みで告げた。

 

 

 

 

 

「――ロコ」

 

 夕暮れの森の中でボコッと土が盛り上がり、メグロコが地面から出てきた。

 

(――いた)

 

 顔をキョロキョロと動かすと、そのポケモンの一番の特徴、刃を認識する。

 

「ロコ」

 

 よっと、メグロコがそのポケモンに呼び掛ける。すると木の影が動いた。突然見た場合、そう思うかもしれない動作と――身体の色だった。

 

『――見れたか? 例の少年と鼠とやらに』

 

 木の影から出てきたのは、竜だった。幾度もの戦いを思わせる無数の傷が刻まれた黒と灰の身体と尾に、赤い瞳と爪。

 そして、そのポケモンの一番の特徴である、顎から出た斧の様な牙を持つ竜。その名は――顎斧ポケモン、オノノクス。

 キバゴの夢に出た、彼の最終進化したポケモン。しかも普通とは違う珍しい色違いの、黒いオノノクス。

 但し、もう一つ異なる点もある。通常、オノノクスには左右二本の牙が有るのだが、このオノノクスは左側の牙しかない。右側の牙が無いのだ。

 折れた痕がある事から、最初から無いわけではない。途中で、また傷跡の新しさから比較的最近折れて無くなったのだと分かる。

 

『出来た』

 

『そうか』

 

 この二匹の面識はメグロコが昨日吹っ飛んだ時、その落下地点にこのオノノクスがいた事で出来たのだ。ちなみにキャッチされたので、激突はしていない。

 

『メグロコ、その者達は出来るか?』

 

『まだ全力で戦ってないから、強さに関しては何とも言えないけど、面白い連中ではあるな』

 

『面白い、か。ふむ……』

 

 暇潰しにメグロコから聞いた連中――サトシとピカチュウに、オノノクスは今は小さな興味を抱いた。

 

『では――会ってみるとしようか』

 

 サトシとピカチュウが自分のこの興味に応えれるだけの者達なのか、それとも否か。それを確かめようと、片刃の黒竜は動き出す。

 

『潰さないでくれよー』

 

 サトシとピカチュウは自分のターゲット。それを潰されるのは非常に困るのだ。

 

『加減はする』

 

 自分の興味はただ一つ。全てを満たす強者との激しい戦い。決して、弱い者いじめが目的ではない。

 それだけの相手でない、もしくは将来性があると判断すれば、戦いはそこで終わりである。

 

『――楽しみだ』

 

 くくっと、オノノクスが剥き出しの刃の様な戦意を放ちながら歩く。

 

『やれやれ、余計な事言わなきゃ良かったな』

 

 自分のせいで目を付けられたサトシとピカチュウを気の毒に思いながら、メグロコは黒き竜の後を着いていった。

 




 ちなみに、Nとキクヨの話については、今後の話で出します。この話で出すと長くなりますので。


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マイペースな少女と綺麗好きのチンチラ

「ちょっとちょっとーっ!」

 

「へっ?」

 

 川の側を歩いているサトシ達に、慌ただしい声が聞こえた。

 振り向くと、大きくハネた金髪の髪型と緑色の瞳、緑のベレー帽や白のベルスカートを来た少女が近付いている。

 デントは見たことがある容姿に記憶を探ながら、サトシとアイリスは誰だと思いながら其処で止まる。

 

「待って待って――わわっ!?」

 

 少女が石に躓き、フラフラとしながらこっちに来る。その拍子でサトシとデントにぶつかり、二人は川に落ちてしまった。アイリスは前と同じ様に避けたが。

 

「何すんだよー……」

 

 鞄の中にはこの前育て屋の幼稚園で受け取ったタマゴがある。

 ケースに入ってるとはいえ、水から守るため、咄嗟に鞄を持ち上げていたサトシはびしょ濡れになりながらそう呟いた。

 

「ごめんなさい!」

 

 その後、濡れた服を脱ぎ焚火の近くで暖をとるサトシとデントに、少女は何度も頭を下げていた。

 

「もう良いから……ところで、君は確かベルって名前だったよね?」

 

「あっ、はい」

 

「知ってるのか、デント?」

 

 少女、ベルの事を知ってるようなデント。彼女も了承したことから、それが事実だと分かる。問題は何処で会ったかだ。

 

「以前、サンヨウジムに来た挑戦者だよ」

 

「あっ、デントさん? どうしてここに?」

 

 そこでベルもデントの存在をしっかりと認識し、ジムリーダーの彼が目的の人物といるのかを尋ねる。

 

「僕は今、彼と旅をしているんだ。ところで、君がサンヨウジムに挑んだのは結構前だよね?」

 

「えっ、そうなの?」

 

「うん、シューティーやサトシよりもかなり前のはずだよ」

 

「じゃあ、ここにいるのっておかしくない?」

 

 時間や距離を考えると、彼女はもっと離れた場所にいるはずだ。

 

「そ、それは……」

 

 その事を聞かれ、ベルは困った表情を浮かべる。

 

「負けたからとか?」

 

「いや、彼女は勝ったよ。……まぁ、かなり無茶苦茶な戦い方だったけど」

 

「だったら、変よね?」

 

 無茶苦茶な戦い方というのが引っ掛かるも、ベルはサンヨウジムで勝った。ならば、この場所にいるのはやはりおかしい。

 

「そ、そんなことどうでもいいでしょ! それよりも、あなたサトシくんよね?」

 

「俺?」

 

「ピカ?」

 

「これ見て」

 

 ベルが腕に付けたライブキャスターのスイッチを押すと、アララギ博士の顔が映る。

 

「アララギ博士!」

 

『はーい、サトシ君。元気? ジムはどう? バッジは?』

 

「一つゲットしました!」

 

『やるわね。――で、そのバッジなんだけど……。ごめんなさい、バッジケースを渡すのを忘れてたわ。だから、その子、ベルから受け取って』

 

 急にサトシが旅立ちを決意したこともあり、バッジケースまでは頭が回らなかったのだ。

 これはNの時もであり、彼の場合は直ぐに思い出したことで届けれた。

 

「分かりました」

 

『あと、薬はまだある?』

 

 この薬とは、ピカチュウの体調を改善するための物だ。

 

「え~と、まだあります」

 

『良かった。足りなくなったら言ってね。ちょっと時間が掛かるけど、必ず送るわ』

 

「はい」

 

『じゃあ、頑張ってね』

 

 報告が終わり、ライブキャスターの映像が途切れた。

 

「と言うこと」

 

「そっか、ありがとう」

 

 届け物を渡してくれたベルに、サトシは礼を言う。

 

「一応自己紹介。わたしはベル」

 

「俺はサトシ。こっちは相棒のピカチュウ」

 

「あたしはアイリス。こっちはキバゴ」

 

「僕はデント。今は一人のポケモンソムリエ、ポケモントレーナーとして旅をしてる」

 

 自己紹介が終わると、サトシは気になる事を尋ねる。

 

「ベルは、アララギ研究所まで行ったのか?」

 

 サンヨウシティから、カノコタウンまで戻り、またここまで来た。何故、そんなに歩いたのかが引っ掛かる。

 

「ま、まぁ、それは良いでしょ! とりあえず、バッジケースね!」

 

 誤魔化す様な態度でベルは話を切り上げると鞄を開き、バッジケースを取り出そうとする。

 

「あ、あれ? ここに容れたはずなんだけど……」

 

 しかし、どうやら鞄の中がごちゃごちゃしているせいか、バッジケースが中々見つからない。

 しばらく立ち、火が消えて服が乾いた頃。

 

「バッジケース、まだ?」

 

「待って! え~と――あった! はいこれ」

 

 漸くバッジケースを発見し、ベルは取り出したが埃にまみれており、思わず嚔する。

 

「凄く汚れてるじゃない!」

 

「ふー、ふー……はい、どうぞ」

 

 息を吹き掛け、埃をある程度飛ばすとベルはサトシにバッジケースを手渡す。その様子を、木の上からあるポケモンが見ていた。

 

「じゃあ、早速」

 

 バッジケースを開き、トライバッジを仕舞う。

 

「あと、七つか」

 

 それでイッシュリーグへの参加権を得られる。速く手に入れたいと思うサトシだった。

 

「サトシなら順当に行けるよ」

 

「ありがとう」

 

「サトシくんは幾つ持ってるの?」

 

「まだ一つ」

 

 まだ挑戦したのはサンヨウジムだけなので、一つしかない。

 

「奇遇! わたしも一つなんだよ!」

 

「トライバッジよね?」

 

「うん、デントさんに勝ってゲットしたの」

 

「戦ったの、デントだったのか?」

 

「うん」

 

「どんな勝負だったんだ?」

 

「……猪突猛進?」

 

 デントにベルとの戦いを聞くが、その言葉にアイリスはえっと呟く。

 

「とにかく突撃ばかりしてきてね……。おかげでペースを崩されて、負けちゃった」

 

 色んな方法で対処しようが、そんなのお構い無しに突撃し、その内に特性の力が合わさった一撃を受けて負けたのだ。

 

「凄い戦い方……」

 

 サトシも攻めるタイプだが、突撃ばかりはしない。彼以上に超攻撃的なバトルスタイルだ。

 流石のサトシも少し呆れていると、手にあったバッジケースが突然無くなった。

 

「えっ!?」

 

 何かが持っていたのを察したサトシがその方向を見ると、灰色の身体のポケモンが走っていた。あのポケモンが持っていたのだろう。

 

「俺のバッジ! ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 そのポケモンを追いかけるピカチュウ。その後ろをサトシ達が追う。

 

「結構、すばしっこい……!」

 

 この辺りに住んでいるからか、そのポケモンはスムーズに道を走っていた。

 

「やるわね~!」

 

「誉めてる場合?」

 

「だって私、あんなに素早いポケモン見たこと無いから、嬉しくなっちゃって!」

 

「変わった人だね……」

 

 何と言うか、マイペースな性格をしているベルに、デントはそう思ってしまった。

 

「早く取り返さないと……!」

 

「バッジは理由を言えば、また渡してくれるわよ?」

 

「あのバッジは俺とポケモン達が一生懸命頑張ってゲットした物なんだ! 新しい物なんて却下だよ!」

 

 あのバッジでなければならない。代わりのバッジなど、お断りであると木を乗り越えて走りながらサトシは言う。

 

「ピカピカ」

 

「ピカチュウ、いたか?」

 

 ピカチュウはコクンと頷き、サトシ達を案内。茂った草から顔を出すと、視線の先にはあのポケモンがバッジケースに尻尾で何かしていた。

 

「可愛い!」

 

『チラーミィ、チンチラポケモン。綺麗な物が大好きなポケモン。汚れている物を見ると、尻尾を箒代わりに汚れを払う』

 

「なるほど、バッジケースが埃まみれだから取っていったのか……」

 

 ポケモン図鑑からの情報を聞き、デントはチラーミィが何故バッジケースを取ったのかを理解する。

 

「綺麗好きなポケモン。面倒臭がりのわたしにはピッタリ!」

 

「とりあえず、バッジを取り返――」

 

「決めた!」

 

 バッジを取り戻そうとサトシが前に出ようとしたが、それよりも先にベルが前に出た。

 

「あのチラーミィ、わたしがゲットする!」

 

「えぇ!?」

 

「本当にマイペース……」

 

「自分勝手なだけじゃない?」

 

「おい、俺が――」

 

「良いから、良いから! バッジケースもわたしが取り戻してあげる!」

 

 サトシは溜め息を吐く。とりあえず、ここはベルに任せた方が良さそうだ。

 

「――あむ」

 

 ベルの行動に、チラーミィはバッジケースを口に含んでから向き合う。

 

「さぁ行くわよ、チャオブー!」

 

「――チャオー!」

 

「あのポケモン……」

 

 ベルのモンスターボールから出てきたのは、初めて見るポケモンだが、何処か見覚えのある容姿のポケモンだった。

 

「チャオブー。ポカブの進化系だよ」

 

『チャオブー、火豚ポケモン。ポカブの進化系。食べた物を燃料にして、胃袋で炎を燃やす。体内の炎が燃え上がると、動きのキレとスピードが増す』

 

「チャオブー、チラーミィにたいあたり!」

 

「チャオチャオチャオ!」

 

 チャオブーはチラーミィに向かって真っ直ぐに走り出すも、軽々とかわされて草の茂みに突っ込んだ。

 

「うーん、やはり素早いね」

 

「――チャオー!」

 

 チャオブーは草から出て、ベルの前に立つ。

 

「ニトロチャージ!」

 

「チャオチャオチャオ……!」

 

「あのチャオブー、ニトロチャージが使えるのか」

 

 ポカブはまだ未完成のニトロチャージを、チャオブーが完全に使える事にサトシは少し驚く。

 そんなサトシを余所に、チャオブーは炎の突撃を放つ。しかし、それもかわされ、チラーミィは木を走って登っていた。

 

「惜しい~!」

 

「チャオチャオ~!」

 

 技が外れたことに、ベルとチャオブーは一緒に地団駄を踏む。

 

「うーん、僕の時と全く同じの突撃振り……」

 

「サンヨウジムの時もそうだったの?」

 

「うん、ニトロチャージが中心の突撃ばっかりの攻撃」

 

 そうして、速さが最大まで上がった所をひたすら攻められ、負けたのだ。

 

「早く、バッジケース取り戻してくれよー」

 

「分かってるって!」

 

「チャオ!」

 

 チャオブーの声に振り向くと、チラーミィが登った木の枝に立ち、バッジケースを出す。

 

「チャオブー、もう一度ニトロチャージよ」

 

「チャオチャオ……」

 

 それからチャオブーに向き合い、両耳を畳むと大量の息を吸い込んで口を大きくすると――大声を発射する。

 

「ハイパーボイス!」

 

「チャオーッ!」

 

 強烈な音波にダメージを受け、チャオブーは軽く吹き飛ぶ。

 

「――チラ!」

 

 その隙を狙い、チラーミィは素早くチャオブーの懐に入り込む。そして、尻尾を使ってチャオブーの身体を擽る。

 

「チラチラチラチラ!」

 

「チャオチャオチャオーッ!」

 

「くすぐるか!」

 

 相手の身体を擽り、攻撃と防御を下げる技、くすぐるだ。

 

「ハイパーボイスでダメージを与えて怯み、その隙を狙ってくすぐるで攻防を下げる……」

 

 その次はおそらく、攻撃してダメージを与える。中々の戦術だ。

 

「戻って、チャオブー!」

 

 不利と悟ったのか、ベルはチャオブーをモンスターボールに戻す。

 

「なになに、あのチラーミィ、小さいのにあんなに出来るなんて~! 益々ゲットしたくなっちゃった~!」

 

「もう良いよ、俺がやる!」

 

 これ以上は待てないと判断したのか、サトシは自分でやると前に出る。

 

「さてと、誰に――」

 

「ミジュ!」

 

 しようかと思ったサトシに、モンスターボールからミジュマルが出てきた。

 

「ミジュジュ!」

 

「お前がやりたいのか?」

 

「ミジュ!」

 

 あのトライバッジは、サトシや自分、仲間のマメパトやポカブが一生懸命頑張って手に入れた努力の証。だからこそ、自分の手で取り戻したかった。

 

「分かった! 君に決めた、ミジュマル!」

 

「ミジュ!」

 

 サトシはその意志を汲み、ミジュマルで戦う事を決めた。

 

「へ~、サトシくんのポケモンって、モンスターボールから勝手に出てくるんだ~」

 

「まぁ、ミジュマルだけ――」

 

「面白ーい!」

 

「話聞かないし……」

 

 勝手に出てくると思い込んだベルに、ミジュマルだけの例外だとアイリスは言ったが、やはり話を聞いていない。

 

「ミジュマル、アクアジェット! 前!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

 先制攻撃に、ミジュマルは水を纏って突撃する。

 

「チラ!」

 

「右!」

 

「ミジュ!」

 

「チラ!? チラーーッ!」

 

 右に避けたチラーミィだが、サトシの指示で方向転換したアクアジェットが直撃、吹き飛ぶ。

 

「みずてっぽう!」

 

「ミジューーーッ!」

 

「ミィーーッ!」

 

 追撃のみずてっぽう。体勢が崩れた事もあり、チラーミィは諸に受ける。

 

「チラー……ミィーーーッ!!」

 

 距離を取り、両耳を畳むとまた大声を放つ。ハイパーボイスだ。

 

「右にかわして、たいあたり!」

 

「ミジュ! ミジュマ!」

 

「チラーーッ!」

 

 ハイパーボイスをかわし、技を放つ硬直の間を狙って体当たり。ダメージを与える。

 

「ミージュ」

 

「チラ……!」

 

 どうだと、ミジュマルはチラーミィに向けてふんぞり返る。

 

「うわ、サトシくん強い!」

 

「まぁ、あのチラーミィも出来なくはないけど、サトシの敵じゃないね」

 

 特にチラーミィはハイパーボイスを放つ時、耳を畳むと言う、分かりやすい事前の動作がある。

 Nのゾロアのハイパーボイスとは雲泥の差だ。あれに比べれば、かわすのは容易い。

 

「ミジュマル、アクアジェット! 後ろだ!」

 

「――ミジュ!」

 

 チラーミィとは正反対の方向だがミジュマルは従い、そちらに向かって移動。

 

「……チラ!?」

 

 その方向に、チラーミィはまさかと思ったが、止めることが出来ない。

 

「上! そこでアクアジェットを解除! バッジケースを取るんだ!」

 

「――ミジュ!」

 

 チラーミィがバッジケースを置いた木の枝にまで移動したミジュマルは、バッジケースを回収。サトシの元に戻り、手渡す。

 

「ありがとう、ミジュマル」

 

「ミジュミジュ」

 

 どういたしましてと、ミジュマルは自信満々に胸を張る。

 

「攻撃と見せ掛け、バッジケースを取り戻す。流石サトシだ」

 

「さてと、後は――」

 

「チラーミィーーーッ!」

 

 チラーミィをどうするか。ベルがまた前に出ようとしたが、その前に綺麗にしようとしたバッジケースを奪われ、怒ったチラーミィが突撃する。

 

「チラーーッ!」

 

「おうふくビンタか! ミジュマル、シェルブレードで打ち合え!」

 

「ミジュ!」

 

 尻尾を振り回すチラーミィだが、水刃で何度も弾かれる。

 

「ミジュマ! ミジュー……マーーーッ!」

 

「チラーーーッ!」

 

 シェルブレードの打ち合いで防御を低下し、尾が弾かれて隙が出た一瞬を狙い、斬撃で叩き込んで大きなダメージを与える。

 

「うーん、一方的……」

 

「実力は完全に上、怒りでまともな判断が出来ていない。これじゃあ、チラーミィに勝ち目はないね」

 

 自分のヤナップ、シューティーのヒトモシやジャノビーとの厳しいバトルでの経験を得た、ミジュマルに勝てる要素はないとデントは断言する。

 

「ミィ~……」

 

「ふらついてる」

 

「チャンス!」

 

 また、シェルブレードの一撃でチラーミィはフラフラだった。それをゲットのチャンスと見たベルが、モンスターボールを取り出そうとする。

 

「あ、あれ? モンスターボールどこだっけ?」

 

「おーい、早くしないと逃げちゃうぞ?」

 

「わ、分かってるってば! え~と、これじゃない、これでもない……」

 

「――チラ? ……ミィ!」

 

「あっ、逃げちゃう!」

 

「――あった!」

 

 その間に多少回復し、ミジュマルには勝てない、諦めるしかないとチラーミィは逃げようとしたが、同時にベルがモンスターボールを取り出した。バッジケース同様、埃だらけの。

 

「また埃だらけ……」

 

「ミィ!?」

 

「けほ、けほ……。ふー、ふー……」

 

 また息を吹き掛け、埃を飛ばすベル。そこにモンスターボールの汚れに反応したチラーミィがベルの肩に乗ると、さっきのバッジケース同様、尻尾でモンスターボールの汚れを払っていく。

 

「あっ」

 

「ミィ!?」

 

 すると、モンスターボールのスイッチに尻尾が触れ、チラーミィが吸い込まれた。

 そして、ダメージの蓄積もあってかそのままパチンと鳴って、ゲットされてしまう。

 

「……ゲットしちゃった」

 

「えぇ!?」

 

 これには、流石のサトシも驚くしかなかった。

 

「うわー、完全に棚ぼた」

 

「よほど、あの汚れが気になったんだな……」

 

 無視して逃げれば、ゲットされなかっただろうが、チラーミィには見逃せなかったようだ。

 

「だけど、大丈夫なの? 面倒臭がり屋と綺麗好きって……」

 

「まぁ、そういう凸凹コンビだからこそ、上手く行くマリアージュもあるよ。それに、最初は悪くとも、付き合い方次第では良くなるさ。サトシとピカチュウの様にね」

 

「それもそっか」

 

 サトシとピカチュウは最初険悪だったが、旅の中であれほどの中になったのだ。まぁ、そう行くかはベル次第だが。

 

「じゃあ、チラーミィもゲットしたことだし、近くのポケモンセンターに向かいましょ!」

 

「ちょっと、おーい!」

 

 ベルはサトシの手を取ると、ポケモンセンターに向かって走り出した。

 

「本当、マイペースね~……」

 

「あはは……。とりあえず、着いていこうか」

 

 こうして、四人はポケモンセンターへと向かった。

 

「――ノクス」

 

 その騒ぎを聞き、一匹のポケモンが静かに歩いているのを、まだ知らないまま。

 

 

 

 

 

 場面は変わり、シッポウシティ。カラフルなデザインが施された倉庫が並ぶ町の一ヶ所にロケット団がいた。これからの作戦に向け、下見を兼ねて来たのだ。

 

「ここがシッポウシティにゃ」

 

「倉庫ばかりね……」

 

「まぁ、使われなくなった倉庫を再利用して出来た町だからな。それよりも……」

 

 コジロウが持っているタブレットを操作し、シッポウシティの地形のデータを出す。

 

「これは?」

 

「今は使われていない鉄道の線路だ。昔は倉庫が沢山あったと聞くし、その為のだろうな」

 

「博物館はどこにゃ?」

 

「――ここだな」

 

 タッチパネルを操作し、目的の物がある博物館を発見する。

 

「後は下見ね。逃走経路を確保して置きましょう」

 

「あぁ」

 

 予定も決まり、ロケット団は任務の為の準備を始めた。

 

「――追跡はどうですか?」

 

 その近くのホテルの一室。そこで、明るい目の色の男性がロケット団を追う三人組の男とあっていた。

 

「問題ありません、リョクシ様。追跡は順調です」

 

「流石、あの方の側近ですね」

 

「有り難き御言葉」

 

「ところで、例の物は?」

 

「これです」

 

 リョクシと呼ばれた男性は、持っていた鞄を三人組の一人に手渡す。

 一人が鞄を開くと、そこには人の腹ほどの長さの岩があった。

 

「しかし、これが使える時が来るとは、世の中何が役に立つか分からない物ですね」

 

 この岩は失敗作。ある目的で造られたものの、その目的を達成する事が出来ず、後の研究の為のサンプルとして保管されたが、今回の目的には使えると持ち出されたのだ。

 

「後は貴方達にお任せしますよ」

 

「はい、お任せください」

 

 目的の物も渡した事なので、リョクシは部屋を後にする。

 

「では、今日の夜に動くぞ。データはあるな?」

 

「あぁ、以前の調査で入った事があるからな」

 

 以前、ある調査で向かった事があるので、構造については知っていた。

 

「確か、岩や骨を調べていたのだったな?」

 

「そうだ。ただ岩はともかく、骨は目的の物とは違ったがな」

 

「そうか。それよりも、入るタイミングだが、明日秘宝展の展覧会が開催されると聞くぞ。今夜直ぐに向かうべきではないか?」

 

「ふむ、では今日中に実行しよう。ただ、準備や警備で人が多い場合も有り得る。慎重にだ」

 

 展覧会の話を聞き、三人組は今日中に済ませる事にした。

 

「では、始めるぞ」

 

「了解」

 

 次の任務に向け、三人組も準備を始めた。

 

 

 

 

「はい、お預かりしたポケモンは皆良くなりましたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ポケモンセンター。戦いで疲れたミジュマルや、ダメージを受けたチャオブー、チラーミィの治療が終わり、モンスターボールを受け取るサトシとベル。

 

「あと、サトシさんが持っていたタマゴの健康診断ですが、とっても元気ですよ」

 

「本当ですか? 良かった」

 

「タブンネ」

 

 元気と聞いて喜ぶサトシだが、タブンネの言葉にちょっと微妙になった。

 

「なんのタマゴなの?」

 

「さぁ、俺も聞いてないから分からない」

 

「そう。それよりサトシくん、わたしのバトルしない?」

 

「おっ、良いね! やろうぜ!」

 

 タマゴに興味を持っていたベルだが、何かは不明と聞いてサトシとのバトルを提案。サトシは勿論受けた。

 

「使用ポケモンの数はどうする?」

 

「折角だから、二体にしましょう!」

 

 ポケモンセンターの隣にあるバトルフィールドで、サトシとベルが試合のルールを決めていた。

 チャオブーだけでなく、ゲットしたばかりのチラーミィともやってみたいので、ベルは二体を提案した。

 

「分かった」

 

「バッジは一つ同士。どっちが勝つかしら?」

 

「サトシだね」

 

 デントは迷わずに断言した。サトシが勝つと。

 

「何で即答で断言出来るの?」

 

「確かに僕に勝った者同士。だけど、差がある」

 

「差?」

 

「まぁ、見れば分かるよ」

 

 どのみち、今の自分達は観客なので、そうするつもりだった。デントと一緒にこれから始まるバトルに気を集中させる。

 

「じゃあ、行くわよ~! 先ずはチラーミィ!」

 

「チラ!」

 

「じゃあ、俺は――」

 

「サトシくん、ミジュマル出してよ! この子、さっきのリベンジしたいでしょうし。ねっ、チラーミィ?」

 

「チラ!」

 

 チラーミィは頷く。先ほどのリベンジをしたかった。

 

「やだ。――行け、マメパト!」

 

「ポー!」

 

 サトシはベルの要請を断り、マメパトを繰り出す。つばめがえしの完成のためにも、経験を積ませたいのだ。

 

「むー、サトシくんのいけず。まぁ良いわ! チラーミィ、ハイパーボイス!」

 

「ミィーーーッ!」

 

「右から攻めろ! つばめがえし!」

 

「ポーーッ!」

 

「ミィッ!?」

 

 放たれたと同時に右に動いてかわし、直ぐに左に動いてチラーミィに突撃。軽々と命中する。

 

「うー、やっぱり強い……。だったら、これよ! スピードスター!」

 

「チラーーッ!」

 

「でんこうせっか! 突っ込め!」

 

「ポーーーーッ!」

 

 星型のエネルギー弾を大量に放つチラーミィだが、機動力で全て回避されてしまう。

 

「かぜおこし! そして、そこからのつばめがえし!」

 

「クルーポーーーッ!」

 

「チラーミィ、避けて!」

 

「チラ――ミィーーーッ!」

 

 避けようとしたチラーミィだが、最初の風で体勢を崩された所につばめがえしを叩き込まれる。

 

「もー! こうなったらこの技よ! メロメロ!」

 

「メロメロ?」

 

「あのチラーミィ、メロメロが使えるの?」

 

「これは意外なテイスト」

 

「チラー……ミィ!」

 

 チラーミィがツタージャと同じ様にウインク。すると、ハートマークが次々と出てマメパトに迫る。

 

「周りにかぜおこし、次にエアカッター! 切り刻め!」

 

「ポー!」

 

 風を周囲に展開し、次に空気の刃を放ってハートマークを切り刻んでいく。

 

「えっ、ウソー!?」

 

「ミィー!?」

 

「まぁ、素直に食らおうとするわけないよね」

 

「それもそうね」

 

 とっておきに出したメロメロだが、瞬時に対処されてしまった。

 

「でんこうせっか!」

 

「ポー!」

 

「ミィ!」

 

「あぁ、チラーミィ!」

 

 ショックなチラーミィだが、その隙をサトシは見逃さない。素早くでんこうせっかでダメージを与える。

 

「とどめだ、つばめがえし!」

 

「クルー……ポーーーーッ!」

 

「チラーミィ、おうふくビンタ!」

 

「ミィッ!」

 

 つばめがえしとおうふくビンタが激突。しかし、一撃のつばめがえしと連撃のおうふくビンタでは前者に軍配が上がり、チラーミィは吹き飛んだ。

 

「ミィ~……」

 

「チラーミィ! そんな~」

 

「ご苦労様、マメパト」

 

「ポー」

 

 勝利と労いの言葉に、マメパトは笑みを浮かべる。

 

「ゆっくり休んでくれ」

 

 サトシはマメパトをモンスターボールに戻し、次のモンスターボールを取り出す。

 

「今度は負けないんだから~! チャオブー!」

 

 ベルもチラーミィを戻すと、チャオブーを繰り出す。

 

「チャオ!」

 

「やっぱり、チャオブーか」

 

 良かったと、サトシは安心する。これで良い経験になる。

 

「よし――」

 

「サトシくーん! 次はピカチュウにしてー!」

 

「えぇ?」

 

「ピカチュウと戦える経験なんて、中々ないもーん! 良いでしょー?」

 

「だから、ベルが決めないでくれよ。――ポカブ、君に決めた!」

 

「――ポカ!」

 

 またベルに頼まれたが、サトシは断ると次のポケモン、ポカブを出す。

 

「えっ、ポカブ? 何で?」

 

「あー、なるほどね。だからポカブを……」

 

 てっきり、ミジュマルかと思いきや、出したのはポカブ。アイリスは疑問符を浮かべたが、デントは納得した様だ。

 

「ふーん、ポカブかぁ……。なら、この勝負はわたしの勝ちね!」

 

「どうかな?」

 

 進化前のポカブを見て、このバトルは自分の勝ちだと思うベル。一方、サトシは不敵な笑みを浮かべる。

 

「チャオブー、とっしん!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「ポカブ、かわせ!」

 

「ポカ!」

 

 チャオブーの荒々しい突進を、ポカブは軽やかにかわす。

 

「むー、やるわね……。なら、ニトロチャージ!」

 

「チャオチャオチャオ……!」

 

「カブ!?」

 

 何度か踏むと、チャオブーから炎が噴き出す。それにポカブは驚くも、同時に何故サトシが自分を出したのを理解した。

 

「チャオブーーーッ!」

 

「ポカブ、かわしてひのこ!」

 

「ポカ! カブーーーッ!」

 

「チャオッ!」

 

 チャオブーの突撃をポカブはかわし、加速から止まった所に、火の粉が命中させた。効果は今一つだが、確かなダメージを与え、怯ませる。

 

「ポカブ、ニトロチャージ!」

 

「カブカブカブ……! カブーーーッ!」

 

 その隙にニトロチャージ。炎の突撃を放つポカブ。

 

「かわして!」

 

「チャ――オブー!」

 

 回避しようとしたチャオブーだが、ダメージによる怯みが影響して鈍り、直撃してしまう。

 

「サトシくんのポカブもニトロチャージが使えるんだ! ならチャオブー! もう一度ニトロチャージよ!」

 

「引き付けてから避けろ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「カブ!」

 

 更にニトロチャージを放つチャオブーだが、直線的な為に引き付けられてかわされる。

 

「かみつく! 更にひのこ!」

 

「カブカブ!」

 

「チャオ!」

 

 また止まった所を狙い、かみつく。次にひのこの連続攻撃を浴びせる。

 

「ニトロチャージ!」

 

「カブーーーッ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

 更にニトロチャージ。ダメージを着実に重ねていく。

 

「チャオブー! もー、どうしてこうも一方的なのー!?」

 

 相手が進化前にもかかわらず、一方的な展開にベルは戸惑う。

 

「良い様にされてるわね~」

 

「彼女の戦法は単調過ぎるんだ。ひたすら突撃じゃあ、サトシには通用しない」

 

 ジム戦でベルが自分に勝てたのは、デントが待ち受ける、受け側だった、初めて見たという理由もある。だからこそ押し切れた。

 しかし、一度見た以上はサトシには通用しない。攻撃的という点は似ているが、その攻撃を当てれるだけの技量がサトシにある。一方でベルにはない。それゆえに届かない。

 

「だったら……そうだ! チャオブー、全力でヒートスタンプ!」

 

「チャオー!」

 

「何だ?」

 

 初見の技に、サトシは少し反応が遅れた。その間に跳躍したチャオブーはポカブ目掛けて落下する。

 

「のしかかりみたいな技か! ポカブ、かわせ!」

 

「カブ!」

 

 動作から、ヒートスタンプをのしかかりのように身体で押し潰す技だと判断したサトシは素早く回避を指示。ポカブは距離を取る。

 

「ふふーん、やっぱりそうくるよね。でも、本当の狙いは――地面よ!」

 

「チャオブーーーッ!」

 

 ヒートスタンプによる衝撃が大地を揺らす。その揺れにより、ポカブやサトシがふらつく。

 

「うおっ!」

 

「ポカ!?」

 

「今よ、とっしん!」

 

「チャオー!」

 

 隙が出来た。チャオブーが全力の突進を仕掛ける。速さもニトロチャージで上がっており、ポカブは体勢が崩れたまま。確実に決まるとベルとチャオブーは思った。

 

「ひのこ! 足下にだ!」

 

「カブ!」

 

 しかし、その前にポカブが足下に向けて火の粉を放つ。すると激突による爆風が発生、その勢いでポカブは跳躍して突進を回避する。

 

「えぇええぇー!?」

 

「チャオーーーッ!?」

 

 当たると思った一撃をかわされ、ベルとチャオブーは大声で叫ぶ。

 

「たいあたり!」

 

「ポッ――カァ!」

 

「チャオ!」

 

 ポカブは着地すると素早く体当たり。チャオブーがダメージで吹き飛んだ所を狙い、サトシはとどめの指示を出す。

 

「ニトロチャージ!」

 

「カブカブカブ……カーブーーーッ!!」

 

「チャオーーッ!」

 

「チャオブー!」

 

 炎の突撃を受け、大きく転がるチャオブー。ゴロンと止まると、目を回していた。

 

「チャオブー、戦闘不能。俺の勝ちだな」

 

「あーん、完敗……。戻って、チャオブー。ご苦労様……」

 

 ベルは完敗のショックで落ち込みながらも、チャオブーを労いながらモンスターボールに戻す。

 

「良くやった、ポカブ。ニトロチャージも完成間近だな。良い経験になったろ?」

 

「カブカブ!」

 

「経験……。もしかして、チャオブーがニトロチャージを使うから、サトシはポカブを?」

 

「うん。完成してる技を使う相手とのバトルは、これ以上ない技の鍛錬になる。だから、サトシはポカブを選んだんだ」

 

 況してや実戦だ。これ以上ない経験を得れる中でそれが出来たのは、とても大きい。サトシの言った通り、ニトロチャージの完成も近いだろう。

 

「はぁ、まだまだね~。これじゃあ、追い付けないな~」

 

「追い付けない?」

 

「あっ……まっ良いか。わたし、カノコタウンに同い年のお馴染みがいたんだけど、その人わたしよりも先に旅を経験して、今ではジムリーダー候補にまでなってるの」

 

 ベルは幼馴染み、同年のその人物に付いて話す。彼は前の電話で順当に進めば、あと一年か二年でジムリーダーになれると言っていた。

 

「へぇ、それは凄いね」

 

 若くしてジムリーダーになるには、相当な努力が必要だ。自身がジムリーダーだからこそ、デントはそれを理解していた。

 

「でしょ? だから、わたしも頑張らなきゃと思ってるんだけど……」

 

 バッジはゲットしたが、サトシには完敗。これでは先は長い。

 

「旅をすれば、大丈夫さ」

 

「そうだね。旅ほど沢山の経験を得るものはない。頑張って行けば、その友人に追い付けるよ」

 

「そう上手く行けば良いけど……」

 

「何か不安でもあるの?」

 

「え? ないない! そんなのないよ!」

 

 感付かれると思ったベルは、慌てて手を振って誤魔化す。

 

「そんなことより! サトシくん、今日はわたしの完敗だけど、次に会う時までには強くなってリベンジするから宜しくね!」

 

「あ、あぁ」

 

 落ち込んだり、はしゃいだりと忙しいベルにサトシは思わず押された。

 

「じゃあ、わたしはこれで――」

 

 バイバイ、とベルが言おうとしたその時、草がガサッと揺れた音がした。

 

「なんだ?」

 

 音は、ベルが立っていた側のバトルフィールドの方から聞こえた。

 野生のポケモンかと、サトシ達が待っていると――そのポケモンは草木の奥から姿を現した。

 瞬間、サトシ達全員に寒気が走る。その迫力を間近で感じたために。

 

「あれは……!」

 

「オノノク、ス?」

 

 現れたのは、刃を持つ黒き竜――キバゴの最終進化系、オノノクス。

 自分を見る少年に、黒き竜は微かに表情を歪ませた。

 



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片刃の黒竜

 サトシはその竜が放つ雰囲気による寒気に耐えながら、ポケモン図鑑で情報を得る。

 

『オノノクス、顎斧ポケモン。オノンドの進化系。鉄骨を斬り付けても刃溢れせず、簡単に切り裂く破壊力抜群の頑丈な牙を持つ。全身は堅い鎧で覆われている』

 

「やっぱり、オノノクス。だけど――」

 

「色が違う……。あのオノノクス、色違いか」

 

 前で見た夢や図鑑では、薄い黄色の部分があるのだが、目の前のオノノクスはその部分が黒になっている。珍しい、色違いのオノノクスだ。

 

「オノノクス……」

 

「キバ……」

 

 自分達の目標である、オノノクスを目の当たりに、アイリスとキバゴは引きながらも凝視していた。

 

「なぁ、あのオノノクス、牙が片方足りなくないか?」

 

 本来あるはずの二本の牙。目の前のオノノクスには、その片方の右の刃が無いのだ。

 

「怪我してるって事!? じゃあ、早く手当てを――ひっ!」

 

 手当てをしようとしたベルだが、オノノクスに強烈な敵意の視線と表情を向けられ、押し黙らされる。

 

「手当てはいらなさそうね……」

 

「この辺りのオノノクスか?」

 

「分からない。何が目的なのかも……」

 

 ただならぬ迫力を感じるオノノクスに、何があっても直ぐに対応出来るよう、サトシとデントは身構える。

 

「……」

 

 黒き竜が、鋭い眼差しで四人の少年少女を順に見渡す。先ずは一人目、ベル。

 

(――論外)

 

 敵意を向けられとはいえ、自分に圧倒され、怯えに満ちている。黒竜からすれば、先を言っていたように論外。次に移る。

 

(駄目だな)

 

 二人目、アイリス。ベルと比べて怯えは少ないが、圧倒されて引いている。黒竜の評価は否だった。

 

(――悪くはない)

 

 三人目、デント。自分の力量、強さに押されてはいるが、目に怯えはない。妥協点と言った所だ。

 

(――良い)

 

 最後、サトシ。自分に押される所か、戦意といざという時は守るという意志が合わさった良い眼差しを向けている。メグロコが言うだけはありそうだ。

 

「……」

 

 黒竜は無言でバトルフィールドに移動すると、やはり無言でサトシを見つめ、静かに佇む。戦え――そう告げるかのように。

 

「……サトシ、どうする?」

 

 オノノクスがサトシを見ていることから、狙いを彼に決めたのは明らか。デントは戦うか否かをサトシに確認する。

 

「さ、サトシ、止めた方が良いわ。あのオノノクス、サトシでも勝てる相手じゃない……!」

 

 前に一度、アイリスは目の前のとは違うオノノクスを見たことがある。

 しかし、その時を遥かに上回る威圧感、重圧感を黒いオノノクスは纏っていた。見ただけなのに、勝てないと思ってしまうほどのを。

 

「わ、わたしもそう思う……。あれ、凄く怖い……!」

 

 ベルに至っては、心が恐怖に満たされていた。色違いという、珍しい存在にもかかわらず、好奇心は一切立たない。それほどまでに、ベルはオノノクスに恐怖を抱いていたのだ。

 

「……」

 

 サトシはオノノクスを見る。未だ無言で、静かに自分だけを見据えていた。

 

「……出てこい、皆」

 

 サトシはモンスターボールのスイッチを押し、手持ちを出す。四匹は目の前の黒竜を見て、その圧倒的な迫力に思わず怯む。

 しかし、ピカチュウを合わせた全員意思を奮い立たせ、オノノクスを睨み返す。

 そんなポケモン達に、オノノクスはフッと微笑を浮かべる。トレーナーが良いだけあって、ポケモン達も良い眼をしている。

 

「ツタージャ、ピカチュウ。勝ち目が少ないバトルだけど――付いて来てくれるか?」

 

 現状では、勝率は少ない。それを理解した上で、サトシは戦って見たかった。

 血が騒ぐのだ。どうしようもなく。強い相手と戦いたいと。

 

「ピカ!」

 

「タジャ」

 

「ありがとな」

 

 自身が戦いたいという理由もあるだろうが、それでも自分の無茶に付き合う二匹にサトシはお礼を言った。

 

「ミジュミジュ!」

 

「カブカブ!」

 

「ポー?」

 

「ごめん。お前達は横で見てくれ」

 

 バトルに出すのをピカチュウとツタージャだけにしたのは、今のミジュマル、ポカブ、マメパトでは残念ながらあのオノノクスの相手にすらならないという確信に近い予感があったからだ。

 自分がどう指示を出そうと、三匹では戦いの土俵にすら上がれない――と。しかし、これから先の為にも、見ておいては欲しいので出していた。

 サトシの言葉に、三匹は渋々だが頷く。彼がこう言う以上は従うしかないし、何よりも彼等も感じていた。今の自分達ではあのオノノクスに刃が立たないと。

 

「じゃあ、バトル開始、で良いかな?」

 

「――オノ」

 

 サトシはバトルフィールドに立ち、向こう側にいるオノノクスに尋ねる。オノノクスはあぁと頷いた。

 

「先ずは――ツタージャ!」

 

「タジャ」

 

「――オノ」

 

 草蛇が黒竜の前に立つも、赤い眼光や傷だらけの体躯を間近で見て、流石の彼女も少し怯んでいた。直ぐに払うが。

 

「先ずはツタージャ対オノノクスか……」

 

「け、けど、勝てるの? あんなのまるで、子供が大人に挑むようだよ……!」

 

「あたしもそう思う……! あのオノノクス、絶対にヤバイわよ……!」

 

 ツタージャの実力は知っている。しかし、オノノクスから漂う威圧感を見ると、アイリスも勝てないと思ってしまうのだ。

 

「……確かに勝ち目は少ないかもね。だけど、無いわけじゃない」

 

「そ、それって……?」

 

「直ぐに分かるよ」

 

 とりあえず、アイリスもベルも見届けることにした。

 

「ツタージャ、たつまき!」

 

「ター……ジャ!」

 

「オノ」

 

 ツタージャの竜の力を込めた竜巻を見て、ほうとオノノクスは少し驚いた様子を見せるも、迫る竜巻を回避しようともせず、その場で受けた。

 

「たつまき! そっか、ドラゴンタイプの技なら同じくドラゴンタイプのオノノクスには効果抜群!」

 

「これなら、オノノクスにもダメージが――」

 

 アイリスとベルは気分が上がるも、デントにはそんな様子はない。直後、ズバッと物が鋭い刃で斬れた音がした。

 

「ノクス……」

 

「う、うそ……! たつまきを、斬った……!?」

 

「それに、全然効いてない……!?」

 

 オノノクスが刃の牙を振るい、竜巻を軽々と切り裂いて飛散させたのだ。

 しかも、効果抜群のたつまきを受けたのに、ほとんどダメージが無いように見えた。

 

「ノクス?」

 

 どうした、これで終わりかとオノノクスはツタージャとサトシに尋ねる。

 

「へへっ、あれで倒せるなんて思ってなかったけど……ほとんど効果なしってのは予想外だったな」

 

「タジャ……」

 

 これだけで、あのオノノクスが桁外れの強さの持ち主だと分かる。

 

「なら、次だ! ツタージャ、もう一度たつまき!」

 

「タジャーーーッ!」

 

「……オノ」

 

 破られたにもかかわらず再び放つたつまきに、オノノクスは少し呆れた様子を浮かべる。

 迫る竜巻をまた刃の牙で両断。しかし、飛散した竜巻の後ろにツタージャがおり、オノノクスの目が見開く。

 

「しぼりとる!」

 

「タジャアアァァアッ!」

 

 ツタージャはオノノクスの右腕に身体を絡ませると、そこからオノノクスの体力を搾り取っていく。

 

「あの技は……!」

 

「しぼりとる。相手の体力が多いほど威力が高まる技だよ」

 

 鍛錬の時に出した技の一つ、しぼりとる。体力が沢山ある相手に使うと与えるダメージが増す技だ。

 

「つまり、ほとんどダメージのないオノノクスには最適って事ね!」

 

「うん、でも――」

 

「――ノクス」

 

「タジャ……!?」

 

「それで勝てるかは、全く別だけどね……!」

 

「そ、そんな……!」

 

 ほぼ最大にまで威力が高まったしぼりとるを受け、オノノクスはふらつきはした。しかし、それは食らった直後の一瞬だけ。その後は平然としていた。

 

「ツタージャ、離れろ!」

 

「タジャ!」

 

 サトシとツタージャは危険を感じ、急いでオノノクスから離れる。

 直後、その場所に竜の爪が通り、外れはしたが大地に触れたその一撃は大きな衝撃と地面に刃の痕を残した。

 

「ドラゴンクロー……!」

 

「な、なんて威力……!」

 

 竜の力を込めた爪の一撃、ドラゴンクロー。しかし、オノノクスのそれは大地に大きな痕を刻み付けた。その威力の凄まじさが伺える。

 

「オノノ」

 

 やはり出来るなと、オノノクスはツタージャとサトシを褒める。さっきのたつまきからのしぼりとるのコンボも中々だった。

 並みの相手なら、あれで追い込まれるか戦闘不能だろう。しかし、自分は並みではない。

 

「たつまきもしぼりとるもダメ……! となると、あれしかないよな、ツタージャ!」

 

「タジャ!」

 

 効くかは50%の確率の技。しかし、それだけに効果も大きい切札。それをサトシ達は使おうとする。

 

(何か来るな)

 

 決意の眼差しに、サトシとツタージャが何かを仕掛けてくるとオノノクスは予想。身構え、出方を待つ。

 

「ツタージャ、プルパワーでたつまき!」

 

「タジャーーーッ!」

 

 三度たつまき。しかし、先の二度よりも威力がある。だが、オノノクスは迫る竜巻を平然と牙で切り裂く。すると、ハートマークが中から出てきた。

 

「メロメロ! そっか、あれなら!」

 

「あぁ、幾らあのオノノクスでも、メロメロにされれば……!」

 

「勝てる! 行け~、決まっちゃえ~!」

 

「――オノ」

 

 三人から歓声が上がり、それを糧にするように迫るハートマーク。だが、オノノクスは焦らずにクルンと周り、牙で瞬く間に両断した。

 

「そ、そんな……! 一瞬で、対処された……!」

 

「オノノ」

 

 今のは驚いたとオノノクスは告げる。流石の自分でも、メロメロにされれば負けていただろう。

 しかし、オノノクスは過去に何度も経験している。だからこそ、直ぐに対応したのだ。

 

「――オノ」

 

 オノノクスが動いた。その身体には似合わない思わぬ早さでツタージャとの距離を詰め、ドラゴンクローを無動作で放つ。

 

「リーフブレード!」

 

「タジャアアァ!」

 

 回避は間に合わない。ならば、迎撃しかない。竜の爪と草の刃が衝突するも、威力の差は歴然。ツタージャはピンポン玉の様に吹き飛んでしまう。

 

「ツタージャ!」

 

「タ……ジャ……!」

 

(倒れていないか)

 

 自分の一撃を受けても尚、辛うじてでも立ち上がるツタージャに、オノノクスは少し感心する。

 決まったと思ったのだが、予想以上の強さの持ち主、また先のリーフブレードが威力を僅かに削り、立ち上がるだけの体力を残したらしい。だが、ダメージは大きい。まともに戦えないだろう。

 

「ツタージャ、戻れ!」

 

 ツタージャは戦闘不能ではないが、もうまともに戦えない。サトシはモンスターボールに戻す。

 

「ご苦労様、ツタージャ。ピカチュウ」

 

「――ピカ」

 

 ツタージャに代わり、ピカチュウが前に出てオノノクスと対峙する。

 黒竜の並々ならぬ迫力に、ピカチュウも少し飲まれたが、同時に戦意に満ち溢れていた。勝ってみたい――と。

 

(――良い)

 

 先程のツタージャも中々だったが、目の前のピカチュウはそれ以上だ。おそらく、このポケモンこそがサトシの一番の相棒なのだろう。

 オノノクスは思わず笑みを浮かべるが、同時に少し妙な様子をオノノクスは感じ取っていた。

 

(まぁ良い、楽しませてもらうぞ!)

 

 こっちに来てやっと、まともな試合が出来るのだ。溜まりに溜まったその鬱憤や蓄積した闘志を声にして開放する。

 

「オノノォオオォォオーーーーーッ!!」

 

 刃の黒き竜が、咆哮を上げた。大地と大気、サトシ達を身震いさせるそれは、竜が本当の意味で戦うという宣告。

 

「ピカチュウ――来るぞ!」

 

「ピカ!」

 

 黒竜が目の前に移動してきた。ピカチュウは思わず後退すると、さっきまでいた大地が大きく跳ね上がった。ドラゴンクローだ。

 

「さっきより威力が上がってる!」

 

「あれがあのオノノクスの全力か……!」

 

「あんなの、一撃でも食らったらヤバいわよ!」

 

 急所に当たれば、今は調子が良いとは言え、完治してないピカチュウではそれだけで戦闘不能になるかもしれない。

 

(パワーの差は歴然……! だったら!)

 

 ピカチュウの最大の武器、スピード。それを活かすしかない。

 

「ピカチュウ、こうそくいどう!」

 

「ピッカァ!」

 

 光が纏うと同時に、ピカチュウのスピードが急激に上昇した。

 

「すっごく速い!」

 

「こうそくいどうは素早さを大きく高める技! あれなら、あのオノノクスでも――」

 

「――ノクス」

 

「っ! かわせ、ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 ギンとその場所を睨んだオノノクスは、ドラゴンクローを放つ。直後に大地が炸裂した。

 そこはピカチュウの丁度移動先であり、サトシが指示を出さなければ今頃、命中していただろう。

 

「直ぐに当てかけた!?」

 

「あんなに速いのに!?」

 

 速さを上げたというのに、オノノクスはまるでピカチュウの動きを見えているかのように技を放っていた。

 

「あのオノノクス、僕達が思っている以上に強い……!」

 

「ど、どういうこと?」

 

「パワー、防御力は勿論だけど、速さが上がったピカチュウの動きを瞬時に見抜いた……! つまり、あのオノノクスはそれほどの技術を持ち、経験を積んでいるんだ……!」

 

 おそらく、あのオノノクスは幾度もの戦いを潜り抜けた猛者だ。自分より速い敵との戦いも何度も経験しているのだろう。そう、デントは推測していた。

 その推測は正しい。オノノクスは生まれた直後から負ければ多くを失う戦いを幾度もなく経験し、時間さえあれば己を高めるべく、鍛錬をする。そんな日々に明け暮れていた。

 速さで翻弄しようとしても、それだけでは無理なのだ。

 

「それに、オノノクスはドラゴンタイプ……! ピカチュウの電気技はあまり効かないわ……!」

 

「じゃあ、サトシくんとピカチュウには勝ち目が無いってこと!?」

 

 自分を完敗させたサトシでさえ、あのオノノクスには勝機が低すぎる。その高すぎる壁に、ベルは押される。

 

「けど――楽しそうだ」

 

「えっ?」

 

 デントの言葉に、アイリスやベルはサトシとピカチュウを見る。彼等の表情には、恐れが微塵も感じさせない。寧ろ、笑みを浮かべていた。

 

「へへっ、燃えて来たな、ピカチュウ……!」

 

「ピカ……!」

 

 目の前の強者、オノノクスにサトシとピカチュウは胸が熱くなる。感情と闘志が昂って仕方ない。

 

(良い……! 良いぞ……!)

 

 それはオノノクスもだった。自分との差を感じたにもかかわらず、戦意を喪失も低下もしない所か、逆に上げてくるサトシとピカチュウに、黒竜は感情を高揚させていた。

 

「――ノクス!」

 

「またドラゴンクローよ!」

 

「ピカチュウ、更にこうそくいどう!」

 

「ピー……カァ!」

 

「更に速くなった!」

 

 二度目のこうそくいどうを行い、ドラゴンクローを回避する。

 

「ピー、カァアアァ!」

 

 自慢のスピードが大きくアップし、ピカチュウはバトルフィールドを縦横無尽に走り回っていた。

 

(なるほど、これは凄まじい)

 

 かなりの速さ。しかし、決して見切れないレベルではない。それに、対処のしようならある。

 

「今だ、でんこうせっか!」

 

「ピッー……カァ!」

 

 一瞬の間を狙い、ピカチュウが放つ正に電光石火の一撃が、オノノクスの腹に命中。衝撃で黒き竜の身体が後ろに傾く。

 

(――笑った?)

 

 直後、サトシは見た。オノノクスが、微かに笑みを浮かべ――同時に悪寒が走った。

 

「ピカチュウ、そこから直ぐに――」

 

「オノ!」

 

「ピ――カァアアァ!」

 

「あれは……カウンター!」

 

 ピカチュウが大きく吹き飛ぶ。攻撃を直撃させたピカチュウの身体に、オノノクスが膝を叩き込んでいたのだ。受けた技の威力の倍にして返す技、カウンターである。

 

「ピカチュウ、ドラゴンクローが来る!」

 

 オノノクスは更に、ピカチュウが吹き飛ぶと同時に動き出していた。このままでは、確実に直撃してやられてしまう。

 

「アイアンテール!」

 

「ピー、カァ!」

 

「オノノ」

 

 鋼の尾と竜の爪がぶつかり合う。しかし、結果は後者の勝利。ピカチュウは容易く吹き飛ぶ――も踏ん張ってオノノクスと向き合う。

 

「ピー……カッ!」

 

(ほう、決まったと思ったのだがな)

 

 カウンターで隙だらけの所に追撃。並みの敵はこれで倒せたのだが、ピカチュウは倒れなかった。

 

(威力の高さ、身軽さに救われたのもあるが、判断があってこそか)

 

 カウンターは受けた技の威力を倍にする。それと小さな身体と身軽さゆえ、ピカチュウは長く吹き飛び、間合いから僅かに外れていた。

 しかし、アイアンテールで少しでもドラゴンクローを弱めねば、そのまま戦闘不能になっていただろう。やはり、彼等は出来る。

 

「まだピカチュウ立ってるけど……!」

 

「もうボロボロよ……!」

 

 カウンター、ドラゴンクローでピカチュウはかなり追い込まれていた。オノノクスのパワーを考えると、後一撃で倒れてしまうだろう。

 

(まさか、あれほどとは……!)

 

 デントは自分の見極めがまだ甘かった事を、自覚する。ドラゴンクローの破壊力だけでなく、素早さを活かす相手対策になるカウンター。

 しかも、カウンターはただ使っているのではない。直撃時に受け流しをしながら発動していた。

 そうすることで、ダメージを軽減しながらカウンターの威力を引き上げている。何という繊細な技術。

 

(でも……)

 

 同時に、デントは違和感を覚えた。これほどの技術を、野生のポケモンが使えるだろうか。明らかにその領域を超えている。

 

(誰かのポケモン? いや……)

 

 それにしてはトレーナーの存在を全く感じられない。となると、やはり野生。

 だが、あの完成形とも言える重厚な技術。それを野生で身に付けるだろうか。

 

(考えられるのは……)

 

 あのオノノクスが強さを求めるポケモンか、逆に――強くならねばならなかったポケモンなのか。このどちらかだ。今の所の言動から、納得が行くのは前者。

 強さを求め、ストイックに己を鍛えることで高みへと至ったオノノクス。

 それならば、あの強さだ。この辺りのポケモンでは相手にならず、力が有り余っているはず。新たな相手を捜し、サトシを見付けた。筋が通る。

 

「サトシ――!」

 

 ここは敗けを認めた方が良い。そう言おうとしたが、デントはサトシとピカチュウの窮地にもかかわらず衰えない戦意に満ちた瞳に、言葉が詰まった。

 

(……言えないな)

 

 見ただけでデントは分かった。自分が言っても、彼等はバトルを止めない。敗北のその時まで戦おうとするだろう。ならば、自分に出来ることはただ一つ。

 

「サトシ! ピカチュウ! 頑張れ!」

 

「あぁ、そのつもりさ! なっ、ピカチュウ!」

 

「ピカピカ!」

 

 デントの声音を受け、サトシとピカチュウは再度オノノクスと向き合う。

 

(さて、どうする?)

 

 威勢を切ったのは良いが、このままではカウンターで倒されるだけ。あの技を何とかせねばならない。

 

(でんきショックか10まんボルトで体勢を崩す……いや、ダメだ)

 

 体勢を崩しても、受けの技のカウンターがある限り意味がない。と言うか、距離を取って攻撃など、あのオノノクスには通用しないだろう。もっと、別方向での対策が必要だ。

 

(――よし、やってみるか!)

 

 ある策を思い付くサトシ。かなり難しいが、自分とピカチュウなら出来るはず。いや、してみせる。

 

「ピカチュウ、動き回れ!」

 

「ピッカ!」

 

 またフィールドをピカチュウは走り回る。オノノクスがピカチュウを見据え、同様にサトシもオノノクスの挙動を凝視していた。

 

「ピカチュウ!! ――でんこうせっかだ!」

 

 強い声での呼び掛け。一瞬、ピカチュウはサトシを見て――その瞳で全てを理解し、全速力で突っ込む。

 

「――ノクス」

 

 ピカチュウに向けて、また竜の爪を構えるオノノクス。そして、完璧にタイミングを見切って放った。

 

「ピカァ!」

 

「――オノ!?」

 

「えっ、あれは……!」

 

「アイアンテール!?」

 

 しかし、ピカチュウが放ったのはでんこうせっかではなかった。鋼の尾、アイアンテール。

 

「そうか、さっきの指示はブラフ……!」

 

 それを、おそらくさっきの目で――アイコンタクトでサトシはピカチュウに伝え、ピカチュウはサトシのその意図を瞬時に理解した。何と言う信頼の強さ。

 

「ピーー……カッ!」

 

 ピカチュウはドラゴンクローを身体を回転させながらのアイアンテールで受け流すと、カウンターを発動する前に本命の一撃を黒い身体に叩き込んだ。

 

「オ、ノ……!」

 

 鋼の尾の衝撃により、黒き竜の身体が傾く。

 

「決まった!」

 

 それにカウンターが出ない。やはり、自分が思った通りだ。

 一度カウンターが発動してしまえば必ず受けてしまう。ならば、そもそも使わせなければ良い。例えば、他の技をしている間。

 あのオノノクスでも、他の技を使用中にカウンターを使うのは無理だとサトシは考え、それは見事的中していた。

 

「ぐらいついた!」

 

「チャンスだわ!」

 

「ピカチュウ、10まんボルト!」

 

「ピーカ、チューーーッ!」

 

 強烈な電撃を放つピカチュウ。それはジグザグの軌道を描きつつも、オノノクスに向かって進む。

 

「――ノクス!」

 

 しかし、その電撃は体勢を素早く立て直したオノノクスのドラゴンクローで弾かれる。

 

(やられたな)

 

 そう思うオノノクスだが、その表情には笑みが浮かんでいる。裏をかかれたのが楽しいのだ。

 

「ちぇー、上手く行かないか」

 

「ピカー……」

 

 やっと来た追撃のチャンスだが、簡単に潰されてしまった。やはり、あのオノノクスは強い。

 

「折角のチャンスが……」

 

「あそこは、でんこうせっかやアイアンテールで攻めるべきだったんじゃ?」

 

「いや、でんこうせっかやアイアンテールで追撃すれば、オノノクスは十中八九カウンターを放っていただろう」

 

 そうすれば、ピカチュウは間違いなく倒れていた。10まんボルトを使ったのは正しい。ただ、あのオノノクスには届かなかっただけだ。

 

「にしても、気が抜けないな……!」

 

 判断を一つでも誤った瞬間、間違いなくやられる。あのオノノクスはそれほどの実力者だ。

 

(……ここからどうする?)

 

 アイコンタクトや技の間を狙う指示で、やっとまともなダメージを与えれた。このまま、カウンターを使わせないまま攻撃すれば、勝ち目は出てくる。

 

「――ノクス」

 

「いわなだれ! ピカチュウ、走れ!」

 

 問題は、向こうがこちらの狙い通りに進ませてはくれない事だ。

 オノノクスはドラゴンクロー、カウンターに続く三つ目の技、いわなだれを発動。無数の岩を落としていく。

 ピカチュウは上昇したスピードで岩との衝突を避けていくが。

 

「――オノ」

 

「あのオノノクス、動きを封じるように岩を……!」

 

 しかし、オノノクスはピカチュウの動きを先読みし、向かう場所に正確に岩を落とす。

 ピカチュウはスピードのおかげで直撃はしないが、動きが鈍り出していた。

 

「このまま動きを封じて、岩を直撃させるかドラゴンクローで決める気か……!」

 

 どちらにしても詰んでしまう。しかし、これはチャンスでもある。今オノノクスはいわなだれを使っている最中。この攻撃の間なら、カウンターは使えないからだ。

 

「ピカチュウ、降り注ぐ岩を足場にしろ!」

 

「ピカァ! ピカピカ……!」

 

「――ノクス!?」

 

「い、いわなだれの岩を足場にしてる!?」

 

「そんなのあり!?」

 

「こ、これまた凄いテイスト……!」

 

 ピカチュウは降り注ぐ岩を宙にある状態で渡り、オノノクスとの距離を瞬く間に詰める。

 

「でんこうせっか!」

 

「ピー……カッ!」

 

「オノ……!」

 

 アイアンテールで防御が下がった状態かつ、速さが上がった状態のでんこうせっか。

 カウンター時よりも大きいダメージをオノノクスは受け――同時に笑った。

 直後、ピカチュウとオノノクスの周囲に大量の岩が落下、二匹を包囲する。

 

「ピカ!?」

 

「しまった!」

 

 カウンターに気を取られたあまり、いわなだれへの注意が完全に疎かになっていた。まだオノノクスのいわなだれは終わって無かったのだ。

 

「……」

 

「ピ……カ……!」

 

 零距離で動きが一瞬止まる。その間を、オノノクスは見逃さない。瞬時に発動したドラゴンクローをピカチュウ目掛けて振り下ろし――途中でピタッと止めた。

 

「ピカ……?」

 

「オノノ、オノオノ」

 

 攻撃が止まって戸惑うピカチュウに、オノノクスは今日はここまでにしようと告げた。

 

『十分に楽しめた。今日はもういい』

 

『どういうつもり?』

 

 戦いに来たのに、決まる寸前で止めた。その事が引っ掛かり、ピカチュウは何故かと聞いていた。

 

『ここで決めるのは勿体無いと思っただけだ。それに――本調子ではないな?』

 

『……』

 

『やはり。気迫や練度の割りには、どうも動きに少し鈍りがあるので妙だと思っていた』

 

 最初は久々の戦いで興奮して気付けなかったが、途中で違和感を感じたのだ。

 

『そんな状態で勝っても、勝利とは言えん。身体を完全に治してから、改めて戦うとしよう。その時はツタージャや、今は未熟だが、見込みが十分あるそなたの仲間達も一緒に、な。少年や仲間達にそう伝えておけ』

 

 言いたい事を言い終えたオノノクスは、包囲した岩を破壊し、サトシやその仲間達を一瞥すると背を向け、森の中へとゆっくり歩いて行った。

 

「ピカチュウ、大丈夫か?」

 

「ピカピ」

 

 サトシがピカチュウに駆け寄る。ピカチュウは大丈夫と告げ、サトシはホッと一安心していた。

 

「あのオノノクス、どうして止めを……?」

 

「ピカピカ、ピカピ」

 

 デントの疑問に、ピカチュウがサトシに説明。オノノクスの伝言を伝える。

 

「また今度、って事か」

 

 万全で、強くなってから改めて戦おう。そんなオノノクスに、サトシは笑みを浮かべる。

 

「はぁ~、世の中って本当に広いね~」

 

 今日の一連の流れを見て、ベルは世の中の広さを大きく実感する。バッジ一つで喜んでいる場合ではない。

 

「サトシくん。今やさっきのバトル、ありがとうね!」

 

「えっ、あ、あぁ」

 

「バイバーイ! ――とその前に、もう一度治療してもらおっか! サトシくんも! ほら!」

 

「お、お~い!?」

 

 別れる、と思いきや、ベルはチャオブーやチラーミィ、後は善意でサトシのポケモン達を回復させようと、再度ポケモンセンターに入る。

 

「はーい、お預かりのポケモンは皆元気になりましたよー」

 

「ありがとうございます」

 

「にしても、一日に二度も同じポケモンを治療するとは思わなかったわ」

 

 長くポケモンセンターで働いていたが、同じ相手を一日に二度もするのは初めてだった。

 

「すみません……。あっそうだ。ジョーイさん。この辺りの色違いの黒いオノノクスについて知りませんか? それも牙が片方ない」

 

 折角なので、あのオノノクスについてジョーイに聞いてみる。この辺りにいるなら、ここで働く彼女が知っている可能性があった。

 

「牙が片方ない色違いの黒いオノノクス……? ううん、そんな話聞いたこと無いわ。そんな珍しいポケモンがいるなら、噂ぐらいにはなってるはずよ」

 

 長いことここで働いてはいたが、そんな話は今まで一度も聞いたことがない。

 

「ってことは、あのオノノクスはこの辺りのポケモンじゃないって事になるわね」

 

「違うどこかからやって来たポケモンってこと?」

 

「どこから、何が目的で来たんだろ」

 

「サトシと戦いをした所から見ると……自分の強さがどこまで通用するのを確かめる為、とかかな?」

 

 ただ、相手を選び、また許可を取ってから戦いをしたことから、迷惑な戦闘狂ではない事は確かだ。

 

「どこまで通用するのかを確かめる為、か……なんかカッコイイな!」

 

 己の強さを知るために戦う黒竜に、サトシはかなりの興味を抱いた。

 

「勝ってみたいなー」

 

「無理に決まってるでしょ。さっきのバトルだって、終始オノノクスの優勢だったじゃない」

 

「そりゃあ、今はピカチュウも治ってないし、他の皆や俺もまだまだだから勝てないさ。だけど、もっともっと強くなって、何時かはあのオノノクスに勝つ! なぁ、皆!」

 

「ピカ!」

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

「ポカ!」

 

「タジャ」

 

 オノノクスとの再戦。その時までには、仲間達と一緒にもっともっと強くと、サトシとポケモン達は心に誓った。

 

「ふぇ~、サトシくんって凄いね~」

 

 結果はほぼ完敗にもかかわらず、サトシ達はいつか勝つことをポケモン達と誓った。

 自分にはそんな気分が全く起きなかっただけに、ベルはサトシを凄いと思ったのだ。

 

「もっともっと、頑張らないとダメってことだね~。うん、サトシくん、今日は本当にありがとうね~! バイバーイ!」

 

 少しでも強くなろうと、ベルは飛び出すようにポケモンセンターを後にした。

 

「本当にマイペース……」

 

「でも、素直にああ思えるのは良いところだよ」

 

「だな。じゃあ、俺達も行こうぜ」

 

「そうね」

 

「あぁ」

 

「頑張ってね」

 

 ジョーイの見送りを受け、サトシ達はもうすぐ付くシッポウシティに向けての旅を再開した。

 

 

 

 

 

「オノ」

 

「ロコ」

 

 夜。サトシとピカチュウの件を報告するため、メグロコと合流したオノノクス。

 

『どうだった、結果は?』

 

『今回は中断だ。結果は次に回した』

 

『良かった、潰されなくて。で、評価は?』

 

『お前の言う通り――いや、それ以上に面白い』

 

 その言葉に、メグロコは笑顔になる。自分の感じた通り――いや、それ以上と聞いて倒し甲斐があると改めて思った。

 

『そして、見所もとてもある。将来有望だな』

 

 サトシとその仲間達を、オノノクスは高く評価をしていた。サトシとピカチュウは現時点でも強く、ツタージャも中々。残りの三匹も将来有望だと感じている。

 

『遅くとも、もう数年以内には確実に追い付かれるな』

 

 或いは、もっと早く追い越されるかもしれない。しかし、それでもオノノクスは全く構わない。

 

(もう頭打ちだろうからな)

 

 オノノクスは悟っている。自分はもう、昔の様な進歩は望めない。今の強さが己の限界だと。

 それだけに、これからぐんぐん成長する若き者達に負け、追い越されても構わないと思っている。

 過去の自分が、未来の糧になれるのなら十分だろう。勿論、彼等が強者となり、全力で戦った上での話だが。

 

『――誰だ?』

 

『ん? 誰かいる――な』

 

 その気配をオノノクスは先に、メグロコは少し遅れて感じ取り、一ヶ所の木を凝視する。

 

「――やぁ、また会ったね。オノノクス、メグロコ」

 

『見たことがあるな』

 

『あっ、この前の』

 

 木の陰から現れたのは、Nだった。側にはポカブとゾロアがいる。しかし、一つ違う点があった。

 

『あれ? そのタマゴは……持って無かったよな?』

 

『確かにそうだな』

 

 Nは、ケースに入っているタマゴを持っていた。メグロコもオノノクスも前見た時には無かった物だ。

 

「うん、ある場所で譲られてね。大切にしてる」

 

『そうか。で……何用だ?』

 

「今日は彼と戦った様だね」

 

 その事を言われ、オノノクスは目を細める。

 

『見ていたのか?』

 

「見たのはボクじゃなくて、この子」

 

「カブ」

 

 ポカブが前に出てそうだと頷く。但し、偶々見掛けた上、見たのは顛末のみだが。

 

『その者、前に会った時はいなかったな』

 

「うん、キミに会ったのはそれ以前だからね」

 

 Nとオノノクスが会ったのは、ゾロアと二人きりで旅をしていた時。タイミング的には、アララギに会う二三日前だった。

 その並々ならぬ雰囲気、威圧感。Nは一目で相当な実力者と感じ、自分と来ないか勧誘をしたが。

 

「オノノクス、ボク達と――」

 

『ならば、分かるだろう?』

 

「勝て、と」

 

『そうだ』

 

 こんな風に断られていた。オノノクスは仲間に、糧になることに躊躇いはない。しかし、その糧になる相手には条件がある。

 一つは自分に勝つこと。もう一つは、その相手が善である事。磨き上げた力を、悪行に使う気はさらさら無いのだ。

 

「なら、諦めよう。勝ち目が無いからね」

 

 戦いは好まないが、理想の為には頼れる仲間が必要だ。オノノクスの様な。

 それを得る為の戦いなら、自分は行おう。しかし、それは。

 

「――今は」

 

 今ではない。もっと強くなった未来でだ。そして、勝って仲間にする。それをNはオノノクスに宣言する。

 

『楽しみにしよう』

 

 サトシと言いNと言い、若くこれからが楽しみな者がいる。それがオノノクスにとって嬉しい。

 

「ところで、オノノクス。キミはそもそも、どうしてここにいるんだい?」

 

『……』

 

 その事を言われ、オノノクスは少し無言になる。

 

「それほどの強さ。キミはおそらく、長だろう?」

 

 これほどの強さだ。纏め役としても不思議ではない。

 

「なのに、どうして故郷や仲間を捨ててまで――」

 

『存在しない』

 

「……えっ?」

 

『もう、故郷も仲間も存在しない。だからこそ、こうして旅をしている』

 

「……ごめん」

 

『構わん』

 

 既に故郷も仲間もない。それを聞いてNは踏み込み過ぎたと理解して謝る。オノノクスはそれを許した。

 

(正確には、少し違うからな)

 

 さっきの言葉は嘘ではない。しかし、本当かと言われると違う。

 

「……ちなみに、無くなった理由は?」

 

『大体、分かるだろう?』

 

「人間のせい、か」

 

『その通り』

 

 人のせいで故郷も仲間も失ったオノノクスだが、だからと言って人全てを嫌う事はしない。良し悪しを理解しているし、時には協力して貰ったこともあるからだ。

 

「……片方の牙はその時に?」

 

 折れた右牙。それはその時に無くしたのだとオノノクスは頷いた。

 

「色々、あるんだね」

 

『他の者にもあるだろう』

 

 決して、自分だけが辛い訳ではない。オノノクスは淡々とそう告げた。

 

「色々失礼な事を言って済まない。今日は失礼するよ。またね」

 

『あぁ、また来るがいい』

 

 N達は頭を下げると、森の向こうへと消えて行った。

 

『なぁ』

 

『何だ?』

 

 もう寝ようとしたが、メグロコに話し掛けられ、答える。

 

『あんたはさ、新しい仲間を求めて旅をしてるのか?』

 

『……かもしれんな』

 

 一番は故郷で培った強さがどこまで通用するかを知るためだが、もしかしたら新しい仲間を求めているのもしれない。

 

『なら、見付かると良いねえ』

 

『……ふん。余計な世話だな。それよりも、そっちこそ良いのか? 故郷や仲間はどうした?』

 

『あ~、それなら大丈夫。出る前に次のボスを決めてるからな』

 

『……お互い、元長同士だったか』

 

『面白い偶然だな』

 

 そんな自分達が出会った。一種の必然なのかもしれない。

 

『無駄話は終わりだ。そろそろ寝るぞ。あの少年や鼠を追うのだろう?』

 

 自分はしばらく適当に歩き、他にも見込みが者達がいるかを捜す予定だ。

 

『そうだなー、次はマジでやり合いたいし……寝るか』

 

 前は芝居をしていたので、全力で戦えなかったが、今度こそは邪魔なしの真剣勝負をする気でいる。

 

『では、ここで別れだな』

 

『縁があったらまた会おうぜー』

 

『あればな』

 

 それだけ言うと、メグロコは地面を潜って何処かへと去って行った。

 

『寝るか』

 

 今日は中々に疲れた。気分も良く、いい夢が見れそうだ。

 

(……)

 

 ふと、オノノクスはある方向を見る。その先の彼方には、自分の故郷があった。

 こうして気にするのは、先の会話で出たせいだろう。だが、オノノクスは直ぐに払った。もう仲間も故郷も、過去のものなのだから。

 

(……まぁ、だが)

 

 夢で見るぐらいは良いだろう。まだ存在していたあの頃を、夢として。

 黒竜はゆっくりと目を閉じ、夜の暗さと同化するように静かに寝息を立て始めた。

 



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博物館の騒動

「ピカピカピカピカーーーーーッ!」

 

「ミジュミジュミジュミジューーーーーッ!」

 

「ポーポーポーポーーーーーーッ!」

 

「カブカブカブカブーーーーーッ!」

 

「…………」

 

 早朝。静かな一匹を合わせた五匹が、森の中を全力で走っていた。サトシのポケモン達だ。

 

「頑張ってる頑張ってる」

 

「昨日のあのオノノクスのバトルは、彼等にとって良い刺激になったみたいだね」

 

「俺もそう思う」

 

 昨日、ベルと出会い、ちょっとした騒動の中で出くわした色違いかつ、桁外れの強さを持つ片刃の黒いオノノクス。

 サトシはバトルしたものの、結果はオノノクスが止めはしたが、実質こちらの完敗も同然だった。

 戦ったピカチュウとツタージャはリベンジのため、実力不足が故に戦えなかったミジュマル、マメパト、ポカブは次の戦い時には参加し、勝つため、トレーニングに精を出していた。

 

「――おっ?」

 

「どうしたんだい、サトシ?」

 

「なんか今、タマゴがちょっとだけ動いた気がする」

 

 鞄から出した、ケースに入った状態のタマゴがさっき動いた様な音をしたのだ。今は静かだが。

 

「産まれるのが近いのかな?」

 

 だとしたら、嬉しい。一日でも早く会いたいのだから。

 

「それか、もしかすると――」

 

「もしかすると?」

 

「仲間の頑張りに反応したのかもね」

 

 必死に頑張る仲間達に、タマゴが反応をした。当たってるかは不明だが、デントは料理を作りながらそう推測する。

 

「ふーん、やんちゃなのかな?」

 

「流石に、僕もタマゴまでは詳しくないから何とも言えないけど――元気が良さそうな子が産まれそうな気がするよ。君にピッタリだ」

 

「褒めてる?」

 

「勿論さ」

 

「ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 そんなやり取りでサトシとデントが笑っていると、アイリスが二人に近付いてきた。溜め息を吐いており、表情は少し暗い。

 

「進展……なし?」

 

「……うん」

 

 ドリュウズに話し掛けていたが、今日もまた全て無視されていた。

 

「元気出して、アイリス」

 

「……そうする」

 

 キバゴを落ち込ませない為にも、アイリスは気丈に振る舞って暗さを隠す。

 

「ちなみに、キバゴはどう?」

 

「頑張ってるよ、ほら」

 

 サトシが親指で示した方向を向くと、キバゴとヤナップがいた。例の慣れる為の練習である。

 

「キバキバ~!」

 

「ナプナプ」

 

「全く当たっていないけどね」

 

 必死にひっかくを放つキバゴだが、攻撃は全て回避されていた。

 

「だけど、やる気マンマンだぜ」

 

「やっぱり、あのオノノクスを見たから?」

 

「十中八九そうだろうね」

 

 キバゴにとって、オノノクスはいずれ自分が至るべき姿。それが目の前に現れ、更に圧倒的な強さを見せたのだ。

 怖くとも、キバゴがああなりたいと、頑張るのは当然であった。

 

「キバゴー、次はりゅうのいかりにしましょ」

 

「キバ? キバキバ!」

 

 アイリスが戻り、キバゴは笑みを浮かべると同時に更にやる気を高めていた。

 

「イシズマイ、お願い」

 

「マーイ」

 

「ナプ」

 

 イシズマイがヤナップに近付き、交代と告げる。ヤナップは頷くと少し離れた。

 

「イマイ」

 

 イシズマイはキバゴに向き合うと、殻に込もって防御を固めた。この状態のイシズマイに必死に攻撃することで、キバゴの攻撃力を鍛えようという訳である。

 

「じゃあ、キバゴ! 今日は十五よ!」

 

「キーバー……!」

 

 キバゴの口の中に、青白い竜の力が溜まり出す。

 

「発射!」

 

「キバー!」

 

 ボヒューと、少し抜けた音をしながら、大体直径十センチ程度のりゅうのいかりが発射。イシズマイに向かって行くが、岩に簡単に弾かれて消えた。

 

「やっぱり、こんなものね~」

 

「キババー」

 

 今のは本来に比べれば六分の一にも満たない。この程度の威力しか出なくて当然だろう。

 

「でも、最初の時に比べればずっと威力はあるよ」

 

 それで暴発もしていないのだ。順調に特訓の成果が出ている証である。

 

「分かってるけど、やっぱりもっと早く完成させたいのよね~」

 

「キバババ!」

 

 まだ子供のため、少しでも早く完成させたいと思うアイリスとキバゴ。

 特にキバゴは少しでも早く黒いオノノクスみたいになりたいという想いが強く、その為に次もやりたいと言っていた。

 

「急がば回れ。じっくりとやって行くことも大切だよ」

 

 特にキバゴはタマゴから生まれたばかりでレベルが低い。無理をしても、成果はほとんどでないだろう。

 

「まぁでも、折角のやる気を削るのも良くないね」

 

「だな。今日はもう一段階上げて良いぜ」

 

「ありがと! キバゴ、今日はもう一段階だけ規模を上げるわよ!」

 

「キバ!」

 

 許可を貰い、再びりゅうのいかりを放つ。先程よりも力を溜めたその一撃は、一瞬ブレはしたものの、見事に発射。

 しかし、イシズマイの防御は突破出来ないが、成功はしている。

 

「キバキバ!」

 

「もっとやりたいの?」

 

「キバ!」

 

「うーん……気持ちは分かるけど、これ以上は絶対に失敗するからダメ」

 

「キバー……」

 

 しょぼんと落ち込むキバゴに、つい賛成したくなるも、サトシやデントに迷惑を掛けない為にも前の二の舞は踏まない。アイリスはしっかりダメと告げる。

 

「キバゴ、今はグッと我慢だよ」

 

「あぁ、焦らなくてもお前なら出来るさ。だから、今は耐えようぜ」

 

「……キバ!」

 

 仲間達に言われ、キバゴは逸る気持ちをグッと抑えた。

 

「偉いよ、キバゴ。ヤナップ、練習に付き合って気持ちを発散させて上げて」

 

「ヤナ。ナプナプ」

 

「キバー!」

 

 キバゴは我慢した気持ちをぶつけるべく、ひっかくを放っていく。ヤナップはそれを次々とかわす。

 

「キバゴ、頑張るわよー!」

 

「キバキバー!」

 

「張り切ってるなー」

 

「良いことだよ」

 

「だよな。あ、デント、あとどれぐらいで料理出来そう?」

 

「数分あれば出来るよ」

 

「分かった。皆ー、もう少ししたらご飯が出来るから、そろそろ仕上げに掛かってくれー」

 

 サトシの声に、五匹は声を出したり頷くとラストスパートに入る。

 そして、デントが料理を完成すると、彼等は全員で楽しい朝食を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 早朝の訓練を終え、色々な人やポケモンと出会い、出来事を経験し、サトシ達は遂にシッポウシティに到着する。

 

「ここがシッポウシティかあ!」

 

「うわぁ、倉庫ばっかりね!」

 

「この町は使われなくなった倉庫を芸術家に使ってもらってる事から、芸術の町とも呼ばれているんだ。また、お洒落度が高いことから、憧れの町ともね」

 

 物知りなデントが、サトシとアイリスにこの町の事を話す。

 

「言われてみれば、そんな感じの町よね~」

 

 至るところ建物の絵や模様もそうだが、歩く人達が色々とお洒落をしているのも目立つ。アイリスは興味津々だ。

 

「芸術だろうが、憧れだろうが俺には関係ないぜ! 目的は一つ! シッポウジムだけだ!」

 

 だが、サトシにはどうでも良い。彼の目的はポケモンジムで二個目のバッジをゲットすることなのだから。

 

「なら、博物館に向かおうか。シッポウジムはその中にあるかね」

 

「へぇ~、博物館の中にジムが」

 

 それは少し興味があるサトシだが、早速挑戦するべく、博物館を目指す。

 

「――はぁ、今日もダメか」

 

「あれ? あの後ろ姿は……」

 

 シッポウジムがある博物館。扉の前の、見覚えのある後ろ姿にサトシは話し掛ける。

 

「おーい、シューティー!」

 

「――サトシ!?」

 

 その後ろ姿はシューティーのものだった。彼はサトシの声に振り向く。

 

「カレントタウン振りだな。シューティーもジムに挑戦か?」

 

「あぁ、そのつもりで来たんだけど……」

 

「何かあったのかい?」

 

「閉まってるんです。ジムが」

 

「閉まってる!?」

 

「本当だ……」

 

 シューティーの言葉にサトシはショックを受ける。デントが確認すると、確かに閉館していると記した看板があった。

 

「しかも妙なことに、今日から秘宝展が開かれるはずなんです」

 

「秘宝展?」

 

 シューティーがポスターのある場所まで三人を案内。ポスターを見せる。

 

「確かに今日からだね……」

 

「じゃあ、何で閉まってるのよ?」

 

「僕に聞かれても困るよ。そのせいか、昨日からアロエさんにも会えないから理由も不明だからね……」

 

 その間は、この町にはバトルクラブがあるので、そこで経験を積んでいるため、時間の無駄になってない。

 

「あのー、すみません! シッポウジムにチャレンジしに来たんですけどー!」

 

 扉を叩き、人が中にいれば届くように大声で語り掛けるサトシだが、返事は無かった。

 

「どうする、サトシ?」

 

「どうするって言われてもなあ」

 

 折角挑戦しに来たのに、閉館している以上は開くまで待つしか無いが、どうにもすっきりしない。

 

「なら、サトシ。僕とまたバトルしてくれないか?」

 

「おっ、良いね!」

 

 シューティーに誘われ、サトシはその提案を受ける。シッポウジム戦前の調整には最適だ。

 

「言っておくけど、前の様には行かないよ」

 

 前は二匹も温存され、しかも一匹しか倒せなかった。今回はそうは行かないとシューティーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「へへっ、楽しみだな」

 

 こうして、二人のバトルが始まろうとしていた――その時。

 

『うわぁ~~~~っ!?』

 

「何だ!?」

 

「悲鳴!?」

 

「建物の中からよ!」

 

 突如、博物館の中から誰かの悲鳴が聞こえ、次に扉が何かにぶつかる音が。

 その数秒後、悲鳴が鳴りながら扉が中から開いて眼鏡を付けた男性が慌てた様子で飛び出してきたが、地面に転ぶ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あれ、貴方は……」

 

 シューティーが男性に尋ねると同時に、デントは見覚えのある人物に反応した。

 

「デント、知ってるのか?」

 

「確か、ジムリーダーのアロエさんの旦那さんだよ。名前は確かキダチさん。以前、お見掛けしたことがある」

 

「で、デントさん? どうしてここに……。い、いえ、それよりもあれを!」

 

 キダチが建物の中に向けて指を指す。しかし、見えるのは廊下だけだ。

 

「見えるのは、廊下だけですが……」

 

 シューティーが注意深く見つめるも、写るのは廊下だけだ。

 

「カブトの化石に追い掛けられていたんです! ほら!」

 

「化石に……?」

 

「追い掛けられた?」

 

 ポルターガイストの様な超常現象に、サトシ達は先程より注意して見るが。

 

「何もいませんが……」

 

 写るのはやはり、廊下だけだった。

 

「でも、いたんですよ!」

 

「……とりあえず、調べてみないか?」

 

「そうだね。確認した方が速い」

 

 サトシの提案にデントが頷く。こうなれば、直接確認した方が手っ取り早い。

 という訳で、四人は博物館に入り、飛んでいたというカブトの化石を探す。

 

「あっ、これじゃないか?」

 

 サトシ達は例の化石を発見。近くに記録がある事から、カブトの化石はここの物だと分かる。

 

「ここにありましたよ」

 

「そんな……さっきは確かに僕を……」

 

「何があったのか、聞かせてくれませんか?」

 

「は、はい……」

 

 とりあえず、一度話を聞くべきだと考え、五人は博物館の外にある休憩スペースに移動。

 そこでサトシ達は、キダチから話を聞く。秘宝展開催の準備が遅れ、スタッフと一緒に深夜まで作業し、その後に最終チェックを行なっていると、照明が消えたり、後ろから足音や鳴き声が聞こえたり、人魂が出たりしたとのこと。

 怖くなり、キダチは翌日スタッフと調べたが原因は不明。何が起きるか分からないと、安全面から秘宝展は延期にし、スタッフを返してから再度確かめると、浮遊したカブトの化石に遭遇。さっきの騒ぎに繋がるという訳である。

 

「不思議な事があるもんだな~」

 

「ピーカ」

 

「……」

 

 驚いた様子のサトシとピカチュウ。隣のシューティーは、何かを考えている様だ。

 

「これは……祟りよ」

 

「祟り!?」

 

「ピカ!?」

 

 アイリスの祟りという言葉に、サトシとピカチュウは思わず引いてしまう。

 

「そう……あらぶる魂が、この博物館に災いをもたらそうとしているのよ……!」

 

「わ、災い!?」

 

「キキキ、キバ!」

 

 大層な様子で説明するアイリスにキダチは怯み、キバゴは脅えからアイリスの髪の中に引っ込んだ。

 

「ほら、キバゴもそれを感じてる」

 

「いや、それは君の発言が原因だと思うよ?」

 

 キバゴの引っ込みをアイリスの自身の考えの裏付けだと語るが、シューティーは怖いことを言ったから怯えただけだと告げる。

 

「ははっ、確かにね。それにそういう超常現象は大体は思い込みか、勘違いが原因なものさ」

 

「あたしの勘違いって言いたいわけ!?」

 

「科学的に調べれば、本当の原因がわかるはずさ」

 

「じゃあ、デントは科学的に調べなさいよ! あたしはあたしのやり方で調べるから!」

 

「お、おい、アイリス……」

 

「望む所だよ。ふふっ、中々にスリリングなテイストになって来たね」

 

「あの、デントさん?」

 

 自分達を余所に論弁するアイリスとデントに、サトシとシューティーが話し掛けるも、ヒートアップする二人には届いていない。

 

「えと、協力して頂ける、と思って良いんですか?」

 

「はい! あらぶる魂の怒りが何に怒り、何に祟ろうとしているのか、調査します!」

 

「僕は超常現象の原因を、科学的なアプローチから解明させてもらいます」

 

 アイリスとデントがキダチに協力を申し掛けるが、ここでサトシとシューティーが大声で話す。

 

「ちょっと待てよ! 二人だけで勝手に話を進めるなよ!」

 

「そうですよ! それに、僕達にはジム戦が……!」

 

「そんなの後回しよ!」

 

「僕も同意見だ。それに、この祟りが終わらないことには、ジム戦なんてまともに出来ないと思うよ?」

 

「うっ、た、確かに……」

 

「一理……ありますね」

 

 確かにこの騒動が片付かない限り、博物館の中にあるジムのバトルは上手く行かないだろう。いつ中断されるか分かったものではない。

 

「おや、お二人はジムに用があったんですか。ですが、まだママは出張中なので、出来ませんよ?」

 

 とここで、キダチはアロエがそもそもいないと話す。

 

「えっ、そうだったんですか!?」

 

「でしたら、その事を看板などで報告して貰えると……」

 

「あぁ、すみません……。何分準備で忙しかったので……」

 

 説明出来なかったことに、キダチは頭を下げる。

 

「二人はどうする?」

 

「まぁ、いないのなら手伝いぐらい良いかな」

 

「そうですね。帰ってきても戦えないとなると困りますし」

 

「じゃあ、決まりね!」

 

 サトシとシューティーも、この怪奇現象の調査に参加することにした。

 

「あと、自己紹介します。俺はサトシです。こっちは相棒のピカチュウ」

 

「ピカ」

 

「僕はシューティーです」

 

「あたしはアイリスです」

 

 調査する以上、自己紹介はした方が良い。三人は素早く簡潔に名乗った。

 

「では、早速中を調べさせてください」

 

「はい。では先ず、中をざっくりとですが、館内を案内しますね」

 

 先ずサトシ達が来たのは、先程のカブトの化石がある部屋だった。

 

「甲羅ポケモンであるカブトは、何と三億年も前から砂浜で暮らしていたとのことです」

 

「カブト……」

 

『カブト、甲羅ポケモン。化石から復活したポケモンだが、稀に当時から行き続けているカブトを存在する。その姿は三億年変化していない』

 

「なるほど……」

 

 シューティーが図鑑でカブトの情報を検索する。正に生きた化石とも言えるポケモンだ。

 

「この化石や他の展示物、写真を撮っても良いですか? 旅の記録にしたいんです」

 

「えぇ、どうぞ」

 

 許可を貰い、シューティーはカブトの化石の写真を撮る。良い記録になりそうだと、心の中で思った。

 その後、カイリューの骨や、とある隕石、他にも幾つかの展示品をキダチの説明を聞きながら回り、秘宝展が並ぶ部屋に着く。

 

「そして、ここが今回の目玉、秘宝展の部屋です」

 

「うわぁ、格好良いな!」

 

「これは、随分と凄いですね……」

 

 サトシとシューティーは並んでいる甲冑に注目する。どれもかなりの代物だ。

 

「それらは、かつてのイッシュ地方で使われていた甲冑なんです」

 

「迫力満点ですね!」

 

「甲冑……」

 

 デントもサトシとシューティーと同じ反応を取るが、アイリスは何かを考えるような態度を取る。

 

「うわ、何だこれ?」

 

 一ヶ所、遺跡を再現したような場所に金色の棺桶があった。

 

「それはデスカーンだよ。まだ君は見たことが無いかもしれないね」

 

「デスカーン?」

 

「えぇ、遺跡にいるとされるポケモンで、これはそのレプリカです」

 

 まだ聞いた事のないポケモンの名前に、サトシが尋ねるとキダチが簡単に説明する。

 

「ここには遺跡で発掘した物を並べているので、似合うと思ってデスカーンのレプリカを用意し、置いているんです」

 

 レプリカである事を、キダチは動かして証明する。

 

「なるほど。しかし、よく出来てますね……」

 

 遠くからではパッと見、本物と区別が付かない。それほど精巧なレプリカだった。

 

「……」

 

「どうした、アイリス?」

 

 デスカーンのレプリカに考えている様子のアイリス。サトシに聞かれると、その事を話す。

 

「もしかしたら、祟りと関係あるかもしれないわ」

 

「根拠は?」

 

「勘よ!」

 

「つまり、具体的な証拠はないと」

 

「むー……!」

 

 推測をデントに否定され、アイリスは不満そうだ。

 

「キダチさん、これは?」

 

 サトシがある展示品に目を付ける。それは、マスクのような物だった。

 

「それは遺跡によく現れるポケモン、デスマスが持っているマスクですよ」

 

「ちなみに、デスマスはデスカーンの進化前のポケモンだよ。これもレプリカですか?」

 

「えぇ」

 

「――感じる。何か感じる……」

 

 説明や質問が交わされると、アイリスが突如そう言い出す。彼女はそのマスクから、何かを感じ取っていた。

 

「わぁー……!」

 

 展覧会の部屋から、サトシ達は大量の本の部屋に入る。そこには途方もない数の本があった。

 

「ここの本は全て、さっきの展示物の関係書類なんです。入場者は好きなだけ読めるんですよ」

 

「これ全てをですか!?」

 

「至れり尽くせりですね!」

 

 興味がある人にとって、夢中になれる部屋だろう。勉強タイプのシューティーやデントはどんな本が有るのか、興味を抱いていた。

 

「これで館内の案内は終わりですが……どうですか?」

 

「うーん、僕はこれと言って……」

 

「あたしは少し嫌な感じがしたけど、その理由がまだ……サトシとシューティーは?」

 

「俺は……腹が減った」

 

 その言葉に、ピカチュウ、アイリスとデント、シューティーも軽くずっこける。

 

「とりあえず、夕食にした方が良いかと。その間に話したい事がありますし……」

 

 シューティーの提案にサトシ達は分かったと頷くと、スタッフが料理を作ったり、食事をする部屋に向かう。

 

 

 

 

 

 夜、路地裏でロケット団が仲間を待っていた。

 

「時間になったわね」

 

「あぁ、ここに仲間が待っているとの話だが……」

 

「その仲間なら、ここにいる」

 

 ロケット団の背後から、新しい仲間のフリントが現れる。

 

「いつの間に……全然気配を感じなかったのにゃ」

 

「これぐらい、必須の技術だろう。それはともかく……本部からの任務を伝える」

 

 雑談をしに来た訳ではない。フリントは手短に任務について話す。

 

「大体は分かっているだろうが、展示物の中にある隕石――メテオナイトをダミーとすり替えることだ」

 

「けど、本部の目的のメテオナイトはリゾートデザートにあるはずでしょ?」

 

「方針を変更したのか?」

 

「いや、本星はあくまでリゾートデザートのメテオナイト。今回のは、その為の奪取だ」

 

「ふーん。まぁ、アタシ達は隕石に詳しくないし、とりあえず博物館のを摩り替えて来れば良い訳ね?」

 

「そう言うことだ」

 

 自分達は指示通りに任務をこなす。それだけで良い。

 

「ちなみに、下調べは終わっているだろうな?」

 

「勿論にゃ」

 

「なら良い。後はそちらに任せるとしよう」

 

 こっちもこっちでするべき任務がある。連絡も終わった以上、自分はその任務に戻るだけ。

 

「さらばだ」

 

 フリントはニャース達に背を向けると、そのまま闇に紛れて姿を消した。

 

「にゃー達も、準備を始めるにゃ」

 

 頷いたムサシとコジロウと共に、ニャース達も姿を消した。

 

 

 

 

 

 デントが作った簡単な夕食を平らげ、アイリスが話を切り出す。

 

「それで、なんなの? 話したい事って」

 

「そもそも、僕はこの超常現象って何が原因なのかって思ったんだ」

 

「それは、あらぶる魂が原因に決まってるわ!」

 

「僕は、機材の故障だと思ってるよ」

 

 シューティーの問いに、アイリスとデントはそれぞれの意見を迷わずに告げる。

 

「シューティーは?」

 

「僕の答えは――どちらかと言うと、君よりになるね。アイリス」

 

「えぇ!?」

 

「ほら、シューティーも感じたのよ!」

 

 シューティーの答えに、アイリスは上機嫌に、デントはショックを受ける。

 

「シューティー、君は超常現象等という、得体の知れないものを信じるのかい!?」

 

「落ち着いてください、デントさん。第一、僕もあらぶる魂とか祟りとか、そんな迷信は信じてませんよ」

 

「ちょっと!? どういうことよ!?」

 

「君、人の話は最後まで聞くって言う基本を知らないのかい?」

 

「うっ……」

 

 今度は自分の意見を否定され、声を荒げるアイリスだが、シューティーの正論に言葉に詰まる。

 

「じゃあ、シューティーは何が原因だと思ってるんだ?」

 

「あらぶる魂や祟りはない。だけど、そんな不思議な力を持つ存在はいるだろう? 僕達の間近に」

 

 シューティーの言葉にいち早く反応したのは、サトシだった。

 

「もしかして……ポケモン?」

 

「あぁ、それもエスパーやゴーストタイプのポケモンだと思う」

 

 サトシの答えとシューティーの補足に、あっと呟くアイリスとデント。

 

「そうか、エスパーやゴーストタイプのポケモンなら、超常現象の類いを起こせても全く不思議じゃない……」

 

「ってことは、この館内のどこかにそれを起こしてるポケモンがいるってこと?」

 

「そう考えるのが、現実的だろう?」

 

「うっ、まぁ……」

 

「確かに……。僕とした事が、その可能性に至らないなんて……」

 

 思い込みから視野が狭くなり、ポケモンの仕業だと考えなかった自分にデントは溜め息を吐く。

 

「となると、そのポケモンを見付ければこの騒ぎも片付くよな?」

 

「問題はどこにいるかだけど……」

 

 うーんと悩む一同。そもそも、そのポケモンがどんなポケモンなのか知らないため、探しようがない。

 

「何か手掛かりがあれば……」

 

「あのマスクは?」

 

「あのマスク……デスマスの?」

 

「うん、あれからは何か力を感じたのよ」

 

 さっき感じた、デスマスのマスク。それに手掛かりがあるのではとアイリスは話す。

 

「だけど、あれはレプリカですよね?」

 

「えぇ、レプリカです」

 

「じゃあ、違うね。他の物だろう」

 

「隕石とかは?」

 

 回っている際、隕石の説明も聞いていたが、何かしらの宇宙エネルギーを持っているとの話だ。

 

「ですが、あれは今回の展覧会の準備が始まる前からありました。なのに、最近起きたというのは……」

 

「少し変ですね」

 

 また悩む一同。どうにも、正体まで掴めない。どうしたらと考えていると、サトシがふとあることを思い付いた。

 

「なぁ、シューティー。シューティーって確か、プルリルやヒトモシを持っていたよな?」

 

「それがどうしたんだい?」

 

「プルリルもヒトモシもゴーストタイプを持ってるだろ? その二匹なら、もしかしたら感じられるんじゃないか?」

 

「なるほど、それは良い考えかもしれないね」

 

 霊の力を持つ二匹なら、エスパーやゴーストの存在を感じ取れるのではないか。サトシはそう提案していた。

 

「とりあえずやってみるよ。プルリル、ヒトモシ」

 

 シューティーは二つのモンスターボールを投げ、プルリルとヒトモシを出す。

 

「プル」

 

「モシー」

 

「プルリル、ヒトモシ。この博物館の中には、エスパーかゴーストポケモンがいるはずなんだ。感じられないか?」

 

 二匹は頷くと、集中してその気配を感じ取っていく。

 

「プル」

 

「モシ」

 

 その反応がする場所に向け、二匹は動き出す。

 

「感じ取ったみたいだ」

 

「追い掛けよう!」

 

 動き出した二匹に、付いていくサトシ達。

 

「――やっと動いたか」

 

「全く、昨日は妙な騒ぎ。今日はあんな子供がいるなど、聞いて無かったぞ」

 

 部屋の一ヶ所から、ロケット団を追っていた三人組が現れる。

 彼等は本来、昨日の夜にすり替えをしようとしたのだが、博物館に向かうと、逃げるキダチを見て予想外の事態になったと知り、今日改めて来たのだ。

 しかし、今日来たら来たらで、今度はサトシ達がいた。更に余計な手間が掛かり、今まで長引いてしまったのである。

 

「とりあえず、今は好機だ。奴等の動きの間を狙い、さっさと済ませるぞ」

 

 三人組はサトシ達が目的の場所と違うのに向かったのを見て頷くと、スコープを付ける。

 これは何がいても対処するための、特製のスコープ。姿を消しているポケモンでも見える優れものだ。

 彼等はそれで、周りを確かめながら無駄なく隕石がある部屋に移動。

 

「直ぐに調べろ」

 

「ジャミングも忘れるな」

 

「あぁ」

 

 三人組はセンサーを一旦解除するとケースを外し、メテオナイトを機材で調べる。

 もしかしたら、既にロケット団にすり替えられている場合も有るので、調べる必要があったのだ。

 

「大丈夫だ。これは本物。奴等はまだ奪っていない」

 

「なら、入れ替えるぞ」

 

 一人が持っていた鞄を開き、例の失敗作と素早く入れ替え、隕石を鞄の中に仕舞う。

 

「よし、終了だ」

 

「余計な事態になる前に出るぞ」

 

 三人組はセキュリティを再起動させると素早く動き、入ってきた窓から脱出。そのまま、夜の町の暗さに紛れて闇の中へと姿を消していった。

 一方、そんなことがあったとは思いもしないサトシ達。二匹の案内で着いたのは、秘宝展の部屋だった。

 

「ここにいるのか?」

 

「いや、まだ二匹は動いてる」

 

「あれ? あの方向は……」

 

「プル」

 

「モシ」

 

 二匹はある物の前に立ち、それに向かって指差す。それはデスマスのマスクのレプリカだった。

 

「これから感じたのか?」

 

 二匹は頷く。これから同タイプの力を感じるのだ。

 

「でも、これはレプリカ……ですよね?」

 

「え、えぇ、その筈です。輸送の時に落ちていて、本来はデスカーンのしか無かったんですけど、向こうがサービスで用意してくれて――」

 

「待ってください。……これは本来無かった物なんですか?」

 

 今初めて聞いた話に、サトシ達全員が強く反応する。

 

「じゃあ、このマスクってもしかして……!」

 

 その時、ガシャンと金属製の何かが動いた音がした。そちらに振り向くと、展示品の甲冑の一つが一人で動き出したのだ。

 

「これは……サイコキネシスか!」

 

「とりあえず、この甲冑を何とか操ってるポケモンを探さないと!」

 

「展示品なんで、出来れば傷付けないで頂けると嬉しいんですが……」

 

「えぇ、しかし……いや、仕方ないですね」

 

 展示品に傷が付けば、展覧会に影響が出るだろう。仕方ないと判断したサトシ達は、どうやって甲冑を傷付けずに対処するかを考える。

 

「なら、僕に任せてくれ。プルリル、サイコキネシスで甲冑の動きを封じろ!」

 

「リル!」

 

 プルリルの念動力が、同じ念動力で動く甲冑を止める。

 

「ヒトモシ、くろいきり!」

 

「モシー!」

 

 ヒトモシから、大量の黒い霧が放たれる。

 

「念動力で力を止め、黒い霧で見えないポケモンが何処にいるのかを探ってるのか。やるね」

 

 霧が部屋を覆っていくが、その一部が不自然に避けていた。

 

「そこだ! 姿を見せろ、デスマス!」

 

「……」

 

 居場所や正体を知られたと理解し、そのポケモン――デスマスが姿を現す。

 

『デスマス、魂ポケモン。古代文明の遺跡をさ迷うゴーストタイプのポケモン』

 

「やはり、デスマスだったのか……!」

 

「けど――て言うか、そもそも何でデスマスがここにいるのよ?」

 

 遺跡のポケモンがどうして、博物館にいるのか。それがそもそもおかしい。

 

「さあね。ただ、そんなのは後回しだ。ヒトモシ、デスマスに――」

 

「ま、待て待て、シューティー! 攻撃する気か!?」

 

 攻撃の指示を出そうとしたシューティーを、サトシが慌てて止めに入る。

 

「それ以外に何があるんだい?」

 

「話を聞いてからでも良いじゃないか」

 

「どうやって? 第一、このポケモンがいる限り騒ぎは収まらないし、ジムバトルも出来ない。それは君も困るだろう」

 

 サトシは先輩ではある。タメになる言葉も聞いた。しかし、だからと言ってなんでもかんでも聞く訳ではない。自分はイエスマンではないのだから。

 

「それとこれは話が別だ! 事情があるかもしれないだろ!」

 

「どんな理由だろうが、このデスマスが騒ぎを起こした事には変わりはない。先ずは倒してからの方が確実で安全だ」

 

「怒って仕返しに来たらどうするんだよ!」

 

 ここでサトシとシューティーが、やり方の差で揉め始めてしまう。しかも厄介な事にどっちも正しい手段を告げていた。

 話し合いで成功すれば、傷も恨みも出ることなく最善の形で終わる。しかし、デスマスの性格が分からない以上、それが百%上手く行く保証はない。

 一方で、倒してからは確実性こそはあるが、恨みを買って報復に来る可能性がある。

 どちらも選択肢としては間違っていないために、今度は二人がヒートアップしていた。

 

「ちょっと、何喧嘩してるのよ~!」

 

「あらら~、テイストの差が出ちゃったね……。――危ない!」

 

 その声にサトシとシューティーが振り向く。さっきとは別の甲冑が自分達に迫っていた。

 

「危なっ!」

 

「全く、君は甘いね。まぁ、それが君の良いところで、やり方何だろうけど――僕には僕のやり方がある」

 

 それはサトシが相手だろうと、変えるつもりはない。まだまだ新人とも言える頑固さだが、そう思うのが間違いかと言えば否だ。彼には彼なりの考えの上で行動しているのだから。

 

「僕のやり方で対処させてもらう。プルリル、ヒトモシ、デスマスに――」

 

「だから待ってって! デスマス、お前はなんで暴れてるんだ!? どうしたら止まるんだ!?」

 

 プルリル、ヒトモシとデスマスの間に入り、攻撃を中止させるとサトシはデスマスに問い掛けた。

 

「……マス」

 

 デスマスは指で、ケースの中にあるマスクを指す。

 

「あのマスクか? キダチさん! 出してくれませんか!?」

 

「わ、分かりました!」

 

 キダチはカードキーを差し込み、ロックを解除する。

 

「えっ? ち、ちょっと――」

 

 すると、マスクが浮いて少しした後、デントの顔に付着。デスマスはその隣に移動する。

 

「デント! おい、何を――」

 

『これで……話せる……』

 

「えっ、話せる?」

 

 マスクを付けられたデントから、低い声が聞こえた。

 

『昨日の夜起きたら……遺跡からこの近くにいて……大事なマスクが無かった……。だから、探して見付けた……。けど、その中に閉じ込められてたから……』

 

「――だから怒って、同時にその時博物館に一人だけいたアンタをマスクを奪った犯人だと思い、騒ぎを起こした。って所かね」

 

 デスマスの説明の後に、女性の声が部屋の入り口から聞こえる。

 そこには、緑のドレッドヘアに褐色肌、着ているエプロンが特徴の女性がいた。

 

「ママ!」

 

「ママって事は……あなたがアロエさん!?」

 

 キダチがママと言った。つまり、この女性がアロエだという事になる。

 

「あぁ、シッポウジムのジムリーダー、アロエだよ。それはともかく……デスマス、アンタが騒ぎを起こしたのは、さっきので合ってるかい?」

 

 デスマスはコクンと頷く。キダチが自分のマスクを盗んだと思い、怒って暴れたのだ。

 

「多分、寝ている時に遺跡から物を運ぶ際に紛れてしまったんだろうね。マスクもおそらく、その時に落とした」

 

「それをキダチさんがケースに入れてしまい、取り出せなくなったから暴れたのか……」

 

 これが今回の事件が起きた経緯、と言うわけである。

 

「ほら、事情があっただろ?」

 

「……僕は、間違った判断はしてないと思ってるよ。……早計だったかもしれないとも思ってるけどね」

 

 シューティーは自分の判断が間違いではないが、遠回しには非を認めた。それを聞いて、サトシも苦い表情だが、シューティーが間違った判断はしてない事は認めていた。

 

「……デスマス、知らなかった事とは言え、申し訳ないことをしました! 本当に申し訳ありません!」

 

 キダチはアロエの隣に駆け寄ると、デスマスに向けて頭を何度も下げる。

 

「私からも謝るよ。済まなかったね」

 

『……こちらも済まない。早とちりで暴れ、迷惑を掛けた……申し訳ない……』

 

 それを言うと、デスマスはマスクをデントから外し、下の部分に引っ掛けるとアロエとキダチに頭を下げる。

 

「デント、大丈夫か?」

 

「う、うん。話の内容も聞いてたよ」

 

「あの子、悪い子じゃなかったのね~」

 

「……みたいだね」

 

 事情を聞いたり、謝罪している所を見ると、シューティーはまた申し訳なくなってしまう。

 

「デスマス、ありがとう」

 

「ありがとうございます」

 

「デース、デース」

 

 また頭を下げるキダチとアロエに、デスマスも頭を下げた。

 

「意外と礼儀正しくて可愛いやつだな」

 

「ピカピカ」

 

「それに神秘的なテイストを感じるね」

 

「いい子ね~」

 

「キバキバ」

 

「……」

 

 サトシ達は思いの外礼儀正しいデスマスにそれぞれの印象を言うが、シューティーはさっきの判断もあって、表情はまだ苦いままだった。

 

「モシモシ」

 

「リルリル」

 

「……ありがとう」

 

 そんなシューティーを、ヒトモシとプルリルが間違ってないよと励ました。

 

「デスマス、もう行くのかい?」

 

「デース」

 

 まだ夜が暗い博物館の前。サトシ達はそこに移動し、デスマスは元いた遺跡に向かおうとしていた。

 

「もう行くかい?」

 

「マース」

 

 自分の住処はここではない。用件も終わった以上は帰るのが普通だ。

 

「デスマス、もし良ければまたこの博物館に来てください。歓迎します」

 

「デース」

 

 コクンとデスマスは頷く。この博物館には自分がいた遺跡から持ち出された物や、多くの珍しい物があるため、遊び場としては悪くないのだ。

 

「デスマース」

 

 バイバイとデスマスは手を振ると、夜空の向こうへと去って行った。

 

「今日は済まないね。家の旦那が仕出かした騒ぎに付き合ってもらって」

 

「本当にありがとうございました」

 

 デスマスは去った後、アロエとキダチの夫婦は改めてサトシ達にお礼を述べた。

 

「アロエさん、ジム戦を申し込んでも構いませんか?」

 

 怪奇現象も片付き、シューティーはアロエにバトルを申し込む。

 

「おや、チャレンジャーかい?」

 

「はい、俺達二人共です」

 

 サトシとシューティーの言葉を聞いて、アロエは二人が挑戦者だと理解した。

 

「分かった、二人共受けるよ。順番は?」

 

「僕から――で良いかい、サトシ?」

 

「あぁ、良いぜ」

 

 先に待っていたのはシューティー。ならば、先ずは彼が挑戦するのが筋だ。

 

「了解。ただ、今日はもう遅いから明日にしてくれるかい?」

 

「分かりました」

 

 今回の一件で少し疲れたし、アロエも帰って来たばかり。互いにベストコンディションになるため、休息は必要だろう。シューティーは異論は無かった。

 

「じゃあ、明日。待ってるよ」

 

 それだけ言うと、アロエはキダチと一緒に博物館の中へと戻った。

 

「シューティー、頑張れよ」

 

「勿論」

 

 二個目のバッジ獲得を賭けたバトル。イッシュリーグ挑戦の為にも、負けるつもりはない。

 

「じゃあ、今日はもう夜だし、ポケモンセンターでゆっくりしようか」

 

 シューティーははいと頷き、サトシ達と一緒にポケモンセンターへと向かった。

 




 やはり、考えの差があるからこそのライバルだと思っているので、サトシとシューティーの言い合いは外せませんでした。
 あと皆さん、健康の為にも風邪には気を付けましょう。


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シッポウジム、シューティー対アロエ

 設定を変えている技があります。



「ふぅ……」

 

 博物館の騒動から一夜明け、シューティーは身体をベッドから起こす。モンスターボールをしっかりと確認し、ホルダーに付けると部屋からポケモンセンターのロビーに移動する。

 

「おっ、シューティー。おはよう」

 

「サトシ。おはよう」

 

「はい、サトシくん。タマゴの健康診断が終わりましたよ。状態は至って問題ありません」

 

「タブンネ」

 

「ありがとうございます」

 

 タブンネの声がやはり引っ掛かるも、問題なしと聞いてサトシはタマゴの入ったケースを持つ。

 

「サトシ、それは……ポケモンのタマゴだよね?」

 

「あぁ、これ? シッポウシティに向かう途中で寄った育て屋を譲ってもらったんだ」

 

「へぇ……」

 

 本やテレビでは見たことがあるが、実物を間近で見るのは初めてだ。ポケモンのタマゴに、シューティーは興味を持っていた。

 

「一枚良いかい?」

 

「それぐらいなら良いぜ」

 

「ありがとう」

 

 許可を貰い、シューティーはポケモンのタマゴの写真を一枚だけ撮る。また一枚、良い写真が撮れたと内心で喜ぶ。

 

「――おや、サトシくんとシューティーくん」

 

「Nさん!」

 

 そこに一人の人物がポケモンセンターに入ってきた。ゾロアとポカブを連れた青年、Nだ。

 

「あれ? Nさん、それって……」

 

「ポケモンのタマゴ……」

 

 Nが大事そうに持っているポケモンのタマゴに、サトシとシューティーが強く反応する。

 

「そのタマゴ、もしかして……」

 

「うん、サトシくんが思ってる通りだよ。キクヨさんとユリさんから譲ってもらった」

 

「やっぱり」

 

 ヤブクロンやヤブクロン戦隊の子供達や、ユリやキクヨがいた幼稚園で受け取ったと考えたサトシだが、見事に的中していた。

 

「このタマゴの診断、お願いします」

 

「任せてください」

 

 ジョーイはポケモンのタマゴをNから受け取ると、丁寧に運んでいった。

 

「にしても、サトシ、Nさん。ポケモンのタマゴを預かるって……大変じゃないですか?」

 

「と言うと?」

 

「生まれるまでしっかり見ないと行けませんし、生まれたら生まれたで一から育てないとならないでしょう?」

 

 シューティーはポケモンのタマゴについて、個人としては命が宿る素晴らしいものと理解しているが、トレーナーとしては手間が掛かるものと認識している。

 何しろ、大切にしないとダメだし、生まれたポケモンはレベルが低く、一からの子供のために二重の意味で育てるのに苦労する。

 タマゴを卑下しているつもりはないが、正直な話、自分は遠慮したい。

 

「うーん、俺はそういうの気にしないしなー。新しい仲間が出来る方が嬉しいし」

 

「ボクもサトシくんと同意見。それに、一から育てるのは多くを学べると思うよ」

 

「なるほど……」

 

 言われてみればそうかもしれない。研究所や野生のポケモンとはまた違う育て方が必要になる。多くを学べるのは確かだろう。

 

「シューティーも経験したら見たら?」

 

「機会が有れば、そうして見るよ」

 

 とはいえ、ポケモンのタマゴは中々手に入らない代物。そんな機会が有るかどうか分からないが。

 

「サトシ、もう起きて――って、Nさん」

 

「Nさんも来てたんですか?」

 

「やぁ、デントくん、アイリスくん」

 

 デントとアイリスがロビーに訪れ、Nと顔を合わせた。

 

「さっき会ってさ。あと、Nさんもタマゴを持ってた」

 

「Nさんも?」

 

「うん、このタマゴと同じく、あの幼稚園で」

 

「何のタマゴかは……」

 

「不明。その方が楽しみだけどね」

 

 サトシとN。二人が同じ場所で受け取った二つのタマゴ。一体、どんなポケモンが生まれてくるのか、五人全員が興味津々な様子だ。

 

「じゃあ、サトシ。僕はジムに挑んで来るよ」

 

「観戦しても良いか?」

 

「対策の為かい?」

 

「それもあるけど――応援したいから?」

 

「何で疑問?」

 

 応援は別に良いのだが、疑問符が付くのが引っ掛かった。

 

「アロエさんが許可を出すのなら僕は構わないよ」

 

 ジムリーダーのアロエが許可を出すのなら、シューティー自身に反対する理由もないため、断らなかった。

 

「さて、そろそろ僕は行くよ」

 

「じゃあ、俺達も」

 

「ボクはこの子の検査があるから。じゃあ」

 

 Nと別れ、シューティー達はシッポウジムへと向かった。

 

 

 

 

 

「アロエさん、どこでジム戦をやるんですか?」

 

 博物館。騒動が片付き、多くの来場者で満ちた部屋を歩くシューティー達。

 

「まだ秘密さ。付いてきな」

 

 はいとシューティーは頷くと、アロエとキダチの後ろを歩く。サトシ達はその次に続く。

 六人が少し歩いていると、機会的な扉の前に立つ。キダチがセンサーに手を翳すと開く。

 

「ここからは一般人は立ち入り禁止のエリアです」

 

「挑戦者専用、と言う訳ですか?」

 

「他にも用がある人も使うよ。とりあえず入りな」

 

 扉が開いた先には、本棚が並んでいた。ここまでなら先程の部屋と大差はない。

 

「この部屋は……?」

 

「貴重な本や研究書を集めた書庫だよ。閲覧にはあたし達の許可が必要さ」

 

「ここにある蔵書の数はイッシュ地方一! イッシュ地方の事なら、歴史も文化も全て分かりますよ」

 

 そう豪語するキダチの表情や仕草に、ここには相当な数があることが理解出来る。

 

「歴史……」

 

 サトシのその呟きは、ピカチュウにしか聞こえなかった。

 

「凄い、ポケモンソムリエの歴史書もある……!」

 

「あはは、あんたは確かポケモンソムリエだったね。そりゃあ、気になるだろう」

 

「えぇ、とても」

 

 許可が貰えるのなら、今すぐにでも読んでみたかった。

 

「と言うよりデント、あんたはそもそもどうしてシッポウに? 予定はあったかい?」

 

 それなら、連絡の一つぐらい入って来そうなものだが。

 

「実は僕は今、ジムリーダーを止めて、見聞を広めようとサトシやアイリスと旅をしているんです」

 

「そうだったのかい。頑張りな」

 

「はい」

 

 予定の話が入ってないのも納得が行き、シューティーに問いかけをする。

 

「さて、シューティー。ポケモンバトルには知識も必要。分かるね?」

 

「えぇ、基本です」

 

「そうだね~、この本はどうだい?」

 

 アロエは移動し、ある本を叩く。この本を読めということだろうか。

 

(……何かある)

 

 ジムリーダーが挑戦者にわざわざに勧めるのだ。そう思っても無理はないだろう。

 

「いえ、他の本にします」

 

「――そう。何を読むんだい?」

 

 シューティーは本を見渡していく。ここには歴史の本、それも貴重な代物があるとアロエは言っていた。

 ならば、『あれ』に関しての本もあるのではないのかと思っていたのだ。

 

「――あった」

 

 そして、それは予想通りあった。シューティーはその本を手に取る。

 シューティーが手にしたその本の題名は――理想の竜、即ち、ゼクロムに関しての本だった。

 

「ほう、まさかそれを狙って開くとはね」

 

 適当な本や、他の興味がある本を探す中でその本を読む挑戦者はいたが、狙ってこの本を読もうとしたのはシューティーが初めてだ。

 

「どうしてそれを?」

 

「信じてもらえないかもしませんが、僕は一度ゼクロムを会ったことがあるんです」

 

「あのゼクロムに……?」

 

 イッシュの理想とも呼ばれし伝説のポケモン、ゼクロム。そのゼクロムとシューティーが会ったと知り、アロエとキダチは目を見開く。

 

 

「それは本当かい?」

 

「はい。まぁ、ゼクロムはサトシに会いに来たようですが」

 

「へぇ、そうなのかい?」

 

「いや、どちらかと言うと、ピカチュウに会いに来たんだと思います」

 

 今と次、二人の挑戦者がゼクロムと遭遇したと知り、アロエは興味深げに見ていた。

 

「あの、アロエさん。俺もゼクロムの本を読んでも構いませんか?」

 

「やはり、興味あるかい?」

 

「まぁ……」

 

 初日に会った伝説のポケモンだ。色々と気にして当然だろう。

 

「構わないよ。ただ、一つ質問に答えて貰うよ」

 

「どんな質問ですか?」

 

「アンタが挑戦者だった場合、その本とさっきの本。どっちを先に取る?」

 

「俺が挑戦者だった場合……」

 

 サトシは少しだけ考え、直ぐに結論を出した。

 

「さっきの本です」

 

「どうしてだい?」

 

「ジム戦、早くやりたいですし……」

 

 若干照れ臭そうにサトシはその理由を告げる。ゼクロムの事は気になるが、優先すべきはジムなのである。

 

「なるほどなるほど」

 

 サトシの返答を聞き、アロエは理解した様な表情を浮かべる。

 

「質問は終わり。好きに見て良いよ」

 

「ありがとうございます」

 

 アロエに許可を貰い、サトシもゼクロムに関しての本を見る。

 

「ふーん、サトシったら無理しちゃって。勉強苦手でしょ?」

 

「まあな。だけど、興味あるから読みたいんだ」

 

 そのやり取りを聞き、アロエはふむふむと納得した表情にする。

 

「ここに有るのは、歴史書だけでしょうか?」

 

 しばらく本を読んでいく二人だが、シューティーがそうアロエに尋ねる。

 

「残念ながら、ここでもゼクロムに関しての情報は少ないんだよ」

 

「伝説の存在ですからね……」

 

 歴史や物語は有るのだが、ゼクロムの詳しい生態や力に付いてはほとんど手に入らないのだ。

 

「じゃあ、アロエさん。レシラムに付いては?」

 

「イッシュの真実、レシラムかい?」

 

「はい」

 

 そこでサトシがゼクロムの対の存在、レシラムについて質問する。

 

「サトシ、君はレシラムにも会っていたのか?」

 

「いつの間に!?」

 

 シューティーはつい、そう思ってしまう。とはいえ、いきなりそんな話を持ち出した。サトシがゼクロムに会ったことを考えれば、そう早とちりしても仕方ないだろう。

 

「いや、ふと思っただけだよ。前にレシラムの話を聞いたことがあってさ、ゼクロムの対って聞いたから」

 

「あぁ、それで」

 

 だから、レシラムについても少し気になった。と言う事だろう。筋は通る。

 

「なんだ、会ってないのね。勘違いさせないでよ」

 

「ごめんごめん。で、アロエさん」

 

「あぁ、レシラムに関してだね。それはあっちにあるよ。まぁ、成果はゼクロムとほとんど同じだけど」

 

「歴史や物語しかない、と」

 

「そう」

 

「僕達も、その二体に付いては日々情報を集めているのですが……ほとんど成果がありません」

 

 詳しい情報に関しては、ほぼ手に入らないのだ。

 

「ただ、少し判明していることもあるよ」

 

「それは一体?」

 

「ゼクロムとレシラム。この二体はどうも、石に変化するらしいのさ」

 

「ポケモンが石に!?」

 

「あぁ。石から二体になったのか、逆に二体が石になったのかは不明だけどね」

 

 二体のその変化を聞き、サトシ達は目を見開く。ポケモンが石になるとはどういう事なのだろうか。

 

「その話、聞いたことがあります」

 

「アイリス、知ってるのかい?」

 

 そこでアイリスが自分も聞いた事があると話す。デントが聞くと、アイリスは説明する。

 

「うん、おばば様がその話について言ってたの。二頭の竜は石になって眠りに着いたって」

 

「そう。そして、ゼクロムが石に変化したのをダークストーン、レシラムが石に変化したのはライトストーンと呼ぶらしい」

 

「ダークストーンとライトストーン……」

 

「とはいえ、分かってるのは精々、これぐらい。後はさっぱりでね」

 

「アイリスも?」

 

「うん、あたしが知ってるのもそれぐらい」

 

 そもそも、何故二匹が石になるのか、石からどうやって二匹になるのかは不明だった。

 

「なるほど」

 

 丁度本を読み終えた所なので、シューティーは本を本棚へと戻す。

 

「アロエさん。本を読みましたが、この後は?」

 

「こっちさ」

 

 アロエはシューティー達をある場所まで案内する。そこは、彼女が最初の本を勧めた場所だった。

 

「ほいっと」

 

 アロエがシューティーに勧めた最初の本を動かす。すると機械的な音が鳴り、本棚が動き出す。

 

「これは……!」

 

「階段!?」

 

 本棚が動いた後には、違う部屋に続くだろう階段があった。

 

「これはバトルフィールドに繋がる階段さ」

 

「今回の挑戦者は、几帳面な性格ですね」

 

「そうだね」

 

「……どういう事ですか?」

 

 突然の事態にシューティーも頭が着いていかず、アロエに説明を求めた。

 

「シューティー、アンタはこの部屋に入った瞬間からあたしに試されていたのさ。挑戦者はあたしが本を勧めると、自分の得意な分野の本を探そうとする。最短ルートを教えているにもかかわらずね」

 

「……あなたの言葉を深読みして、ですか」

 

「正解。だけど、ジム戦をしたいから大抵は興味のある本や薄い本を読む。トレーナーの傾向はその時の行動で大体分かるのさ。シューティー、アンタは努力家で上昇志向が強く、バトルでは有利な展開を優先する。要するに、相性や鍛錬などの基本を重視したトレーナー。違うかい?」

 

「……正解です」

 

 全て見抜かれていた。アロエのその洞察力に、シューティーは一筋縄では行かなさそうだと理解する。

 

「そして、サトシ。アンタはバトル好きのストレートな性格。だけど、苦手な事でもしようとする所から、それだけじゃなくて苦難にも立ち向かえる柔軟さもある」

 

(見抜いている)

 

 シューティーだけでなく、サトシの性格もほとんど見抜いていた。やはり彼女は出来ると、デントは感じた。

 

「二人の性格がバトルにどんな風に反映されるか、楽しみだよ」

 

「ある程度予想出来ますが」

 

 キダチはそう言うも、アロエは少し違う。サトシの深さがどこまであるのかが気になるのだ。

 

「じっくり見てください。アロエさん。それでも僕は勝ちます」

 

 自信に満ちた台詞だが、それが自分を鼓舞するためのものでもあることを、アロエは見抜いていた。

 

「頼もしいね。じゃあ、行こうか」

 

 先に階段を降りるアロエとキダチに続き、シューティー達も降りていく。少しすると、バトルフィールドに着いた。

 

「ここがシッポウジムのバトルフィールド」

 

 サンヨウジムにも引けを取らない規模の、フィールドだった。

 

「アロエさん、早速ジム戦を――」

 

「待ちな。その前に見せて置くよ、あたしのポケモン達をね」

 

「――ヨー!」

 

「――ホッグ」

 

 アロエは二つのモンスターボールを取り出し、二匹のポケモンを出す。一匹は肌色と茶色の長い毛をした子犬の様なポケモン。

 もう一匹は、首と背が高く、鋭い眼差しと長い尾、濃い茶色と肌色に黄色い模様がある身体をしたポケモンだ。

 

「わぁ、可愛い!」

 

 その内の、子犬ポケモンにアイリスが近付く。そのポケモンに頬擦りしたり、舐めたりしている。人懐っこい性格の様だ。

 

『ヨーテリー、子犬ポケモン。顔を覆う長い毛は優れたレーダー。周囲の気配を敏感に察知する』

 

『ミルホッグ、警戒ポケモン。ミネズミの進化系。体内に発光物質を持ち、目や全身の模様を光らせる事が出来る』

 

「ヨーテリーとミルホッグか……」

 

 初めてのポケモンに、サトシは図鑑で情報を得ていた。

 

「あたしが使うのはこの二体さ」

 

「どちらもノーマルタイプ。つまり、アロエさんはノーマルタイプ専門のジムリーダー」

 

「はい。またこの二体はこの博物館の警護に一役買っている頼もしいポケモン達ですよ」

 

「かわいいな~」

 

 話の間にヨーテリーはサトシの元に寄り、アイリス同様に舐めたり頬擦りしたりしていた。

 

「ノーマルタイプは弱点が一つしかない分、癖がほとんどない。チャレンジャーの実力を試すには打ってつけさ」

 

「確かにそうですね」

 

 かくとう以外では弱点を付けないため、純粋な強さが勝敗の決め手になりやすい。そう言われれば、確かにジムにはピッタリのタイプと言える。

 

「あはは、今日は頑張れよ、ヨーテリー」

 

「ヨー!」

 

「君、僕を応援しに来たんじゃなかったのか?」

 

「て言うか、話聞いてる?」

 

 ヨーテリーを応援するサトシに、シューティーもアイリスも微妙な表情だ。

 

「バトルを前に、手持ちを明かす。相当な自信に現れだね。んー、チャレンジャーを試すジムリーダーと、癖の少ないノーマルタイプの組み合わせ……。これはチャレンジャーの持ち味を引き出す素晴らしいテイストだよ!」

 

「は、はぁ……」

 

「また出た……」

 

「あはは、デントは相変わらずだねぇ。ただ、言っている事は合ってる。あたしが目指しているのはそんなバトルだからね」

 

 テイスティングにアイリスとシューティーが何とも言えない表情に、アロエは苦笑いを浮かべるも、的を得ているとも告げる。この辺りは流石ポケモンソムリエと言ったところだろう。

 

「さて、アンタ。ルールを説明しな」

 

「はい。当シッポウジムでは、バトルの前に使うポケモンを二体決めてもらいます」

 

「予め……」

 

 つまり、バトルが始まってから自由に変える事は不可能と言う事だ。これは選択が重要になる。

 

「そして、バトルは二対二の入れ替えは自由。どちらかの二体が全て戦闘不能になった時点で試合終了です」

 

「二対二……」

 

 サンヨウとは全く違うルールに、シューティーは真剣な表情を浮かべる。

 

「よく分かりました」

 

「ちなみに、あたしの先発はヨーテリーさ。アンタは何で来る?」

 

 シューティーは暫く考えると、二つのモンスターボールを出す。

 

「――決めました」

 

「シューティーは何を選んだのかしら?」

 

「さあな」

 

「シューティーの性格、バトルスタイルを考えると……自ずと決まってくるね」

 

 サトシやアイリスは疑問符を浮かべるが、デントはある程度気付いていた様だ。

 

「じゃあ、始めようか。戻りな、ミルホッグ。ヨーテリー」

 

「ヨー!」

 

 アロエはミルホッグを戻し、ヨーテリーを連れてジムリーダー側のコーナーへと立つ。シューティーはチャレンジャー側のコーナー、キダチが審判の立ち位置に移動する。

 

「これより、シッポウジムのジム戦を始めます! ジムリーダー、アロエ! チャレンジャー、カノコタウンのシューティー! バトル――開始です!」

 

「行きな、ヨーテリー」

 

「ヨー! ――ヨー……!」

 

 アロエは宣告通り、ヨーテリーを繰り出す。そのヨーテリーはバトルフィールドに立つと、先程までの人懐っこい様子から一変し、戦意剥き出しの状態へと表情を変える。

 

「うわ、迫力ある……!」

 

「雰囲気がガラリと変わった。戦闘モードって所か……」

 

「シューティー、頑張れー!」

 

「言われなくとも。さぁ行け、プルリル!」

 

「リルー」

 

 シューティーの一番手は、プルリルだった。デントはやはりと呟く。

 

「シューティーはプルリルか」

 

「水もあるけど、ゴースト対ノーマル。タイプ的には、互いが互いを無効に出来る」

 

「どっちも有利でどっちも不利って事?」

 

「うん。こうなると、試されるのはトレーナーとポケモンの純粋な実力」

 

 それこそがこのバトルを左右する一番の要素になるだろう。

 

「プルリル、みずの――」

 

「ヨーテリー、ほえる」

 

「ヨーーーッ!」

 

「リルッ!?」

 

 先制攻撃を仕掛けようとしたシューティーとプルリルだが、その前にヨーテリーが大きく吼える。

 その声にプルリルがビクッと押されると、次の瞬間ボールの中に戻り、シューティーからあるポケモンが出てきた。

 

「コラッ!?」

 

「なっ……!?」

 

「なるほど、アンタのもう一匹はドッコラーかい」

 

「今の技って……!」

 

「ほえる、だよな」

 

「うん、強く吼える事でポケモンを強制的に入れ替えさせる技だよ。それにしても、いきなりほえる……」

 

 挑戦者の出鼻を挫き、作戦や調子を狂わせるにはこれ以上ない技だ。まだ一つしか技を使っていないにもかかわらず、デントはアロエの相当な実力を感じる。

 

「あのポケモン……」

 

『ドッコラー、筋骨ポケモン。重い角材を振り回して戦う。建築現場に現れて、工事を手伝うポケモン』

 

 角材を持ち、灰色の身体にピンクの模様をしたポケモン、ドッコラーの情報をサトシは得る。

 また、ドッコラーはノーマルタイプに弱点を付けるかくとうタイプであることも把握した。

 

「ノーマルタイプを無効にするゴーストタイプのプルリルでこっちの手持ちの体力を削りつつ出方を伺い、かくとうタイプのドッコラーで一気に決める。良い判断だ。正に基本だよ」

 

「くっ……!」

 

 こちらの戦術全てが見抜かれ、シューティーは苦い表情を浮かべる。

 

「戻りな、ヨーテリー」

 

 そこにアロエは更に仕掛ける。ヨーテリーを戻すと、ミルホッグと交代した。

 

「なら、こっちも――」

 

 ほえるを使うヨーテリーが引っ込んだ以上、当初の戦術に戻そうとシューティーはプルリルと交代させようとする。

 

「ミルホッグ、くろいまなざし!」

 

「ホッグ!」

 

「ドッ……!?」

 

 しかし、その前にミルホッグが瞳を黒く輝かせる。その瞳を見たドッコラーの身体に黒い靄が掛かるも、ダメージはない。

 

「戻れ、ドッコラー!」

 

 プルリルと交代しようとするシューティー。しかし、仕舞う為のモンスターボールの赤い光は弾かれてしまう。

 

「これは……!」

 

「くろいまなざしって、交代を封じる技だよな?」

 

「うん、これでシューティーはドッコラーのまま戦うしかない」

 

「うわ、完全に作戦が崩されてる……」

 

 ほえるで強制的に入れ替え、くろいまなざしで交代を封じる。相手の全てを崩すには、これ以上ない技の組み合わせだ。

 

「さぁ、シューティー。ここからどうする? と言っても、ドッコラーで戦うしかないわけだけどね」

 

「なら、そうするまでです!」

 

 作戦は崩されたが、相性ではこちらが有利なのだ。ドッコラーのかくとうタイプの技で弱点を付き、ミルホッグを倒す。

 

「ドッコラー、こわいかお!」

 

「コラーーーッ!」

 

「ホグ!?」

 

 ドッコラーが表情を険しいものにすると、それを見たミルホッグが身体を強張らせた。

 

「ほう、こわいかお。相手のスピードをグンと下げる技だね」

 

「えぇ、これでミルホッグのスピードはかなり下がりました。――ドッコラー、ばくれつパンチ!」

 

「ドッコーーーーーッ!」

 

 ドッコラーは拳に力を込めると、ミルホッグへと向かう。

 

「ばくれつパンチ! かくとうタイプの技の中でもかなりの威力と、当てると混乱をさせる効果を持つ技だ!」

 

「スピードを下げてからばくれつパンチで大ダメージと混乱を与え、そこから一気に決めようって訳ね!」

 

「やるなあ、シューティー!」

 

 これが決まれば、一気に有利になるだろう。先ずは一体とシューティーはフッと笑みを浮かべるが。

 

(……笑ってる?)

 

 しかし、アロエも笑っていた。危機が迫っているというのに。何故と思うも、余計な事は考えるなと払う。

 

「ミルホッグ。――あやしいひかり」

 

「ホッグ!」

 

「ドコッ!?」

 

 ミルホッグの回りから光が放たれ、その光がドッコラーを包む。すると、ドッコラーは足取りがおぼつかない様子でフラフラとし出した。

 

「ドッコラー!」

 

「ドッ、コ……?」

 

 シューティーに呼ばれるも、ドッコラーは訳も分からないと言った様子だ。

 

「あやしいひかり……!」

 

「相手をこんらんにさせる技。治すには、交代させるか時間を待つしか無いけど……」

 

「けど、交代はくろいまなざしで禁じられてるから、このまま戦うしかないじゃない!」

 

 そう、シューティーとドッコラーはこんらんのまま戦うしか無いのだ。圧倒的な不利なこの状態で。

 

「幾ら相性的には有利だったとしても、それをまともに発揮出来ないんじゃあ、意味が無いよねえ?」

 

 尤もなアロエの言葉に、シューティーは苦い表情を浮かべる。

 くろいまなざしをほえるとだけでなく、あやしいひかりとも組み合わせて活かすアロエの実力に、戦慄を抱いていた。

 

「そして、あたしは相手が立ち直るのをわざわざ待ってやるほど、お人好しじゃあない。ミルホッグ、10まんボルト!」

 

「ミールホッグーーーッ!」

 

「ドッコラー、とにかくそこから離れるんだ!」

 

「ドッコ……? ――ラーーーッ!」

 

 ミルホッグから電撃が放たれる。シューティーはとにかく回避させようとしたが、混乱中のドッコラーには指示が届かず、直撃してしまう。

 

「かみなりパンチ!」

 

「ホッグ!」

 

 そこにアロエとミルホッグの容赦無い追撃が迫る。シューティーはまた回避の指示を出すも行き届かず、ドッコラーはまた吹き飛ぶ。

 

「ドッコラー、ローキック!」

 

「ローキック? デント、どんな技だ?」

 

「かくとうタイプの技で下に向けて放つキックだよ。当たると、相手の素早さを下げれる。ただ――」

 

「ドコ……?」

 

「あの状態じゃあ、まともに命中させるどころか、使うのも厳しいね……」

 

「ドッコラー、しっかりするんだ!」

 

 指示を出してもフラフラとしているか、あらぬ方向にキックするだけでだった。

 

「シューティー、アンタは基本に忠実。作戦もしっかりと立てる几帳面な性格だ。だからこそ、こうやって崩されると脆いのさ」

 

 自身の弱点を指摘され、シューティーは歯を食い縛るしかない。

 

「ミルホッグ、かみなりパンチ」

 

「ホッグ!」

 

「ドコ? ――ドコッ! コラッ!」

 

 まだ混乱し、隙だらけのドッコラーに、ミルホッグは連続でかみなりパンチを叩き込む。

 

「10まんボルト」

 

「ホッグーーーッ!」

 

 更に電撃を食らわせ、ドッコラーを追い込んでいく。

 

「ドッ、コ……!」

 

「この状態……!」

 

「まひ!?」

 

「さっきの10まんボルトか……!」

 

 今でも窮地なのだが、そこに追い討ちを掛けるように、ドッコラーの身体が痺れ出した。

 10まんボルトの追加効果でまひ状態になったのだ。ただ、不幸中の幸いな事に、その影響で混乱が消えた様である。

 

「おやおや、折角こんらんが治ったのに、次はまひかい。運が悪い」

 

「……それはどうでしょう?」

 

「……ほう? それは――」

 

 どういう事か、そう言おうとしたアロエだが、直後に気付いた。ドッコラーが纏うオーラに。

 

「これは……」

 

「ドッコラーーーーッ!」

 

「な、何あれ!?」

 

「こんじょうだな」

 

「うん、状態異常になった時に自身の攻撃力を高める特性」

 

 まひになった事で、特性が発動したのだ。

 

「なるほど。その高まった状態で効果抜群のかくとうタイプの技、特にばくれつパンチを食らえば、ノーマルタイプのミルホッグは一堪りも無いだろうね。――食らえば、ね。まひのその状態で、出来るのかい?」

 

 シューティーが険しい表情になる。そう、確かに直撃すれば一撃で戦闘不能も有り得る。

 だが、逆に言えば、食らわなければ高まった力も何の意味も無い。何しろ、まひはポケモンの動きを鈍らせ、時々行動不能にしてしまうのだから。

 

「なら、倒される前にミルホッグを倒すだけです! 接近しろ、ドッコラー!」

 

「ドッコ!」

 

「遅い。けど、それはこっちも同じか」

 

 麻痺で動きが鈍っているドッコラーだが、動きが鈍っているのはこわいかおを受けたミルホッグも同じ。速さに関しては五分と言った所。

 

「ただ、そっちのペースに付き合うつもりは無いよ。ミルホッグ、あやしいひかり」

 

「ホッグ!」

 

「またあやしいひかり!」

 

「今度受けたら、確実にやられる!」

 

 まひの上にこんらんまでされたら、間違いなくやられる。対処するしかないが、今のドッコラーにそれが出来るだろうか。

 

「ドッコラー! 木材を使ってあやしいひかりを弾くんだ!」

 

「ドッコォ!」

 

 ドッコラーはブンブンと木材を振り回し、あやしいひかりを弾いてミルホッグとの距離を縮める。

 

「やるね! 木材をそんな風に使うとは! だけど、このまま素直に攻撃を食らうと思うかい?」

 

「それは僕も理解しています。だから――ドッコラー、木材をミルホッグ目掛けて放り投げろ!」

 

「――何っ!?」

 

「ドッコ!」

 

「ミル!? ――ホッグーーーッ!」

 

 放り投げた木材。不意を付くその行動により、ミルホッグは一瞬動きが鈍り、こわいかおの効果も合わさって直撃して体勢を崩す。

 

「ローキック!」

 

「ドッコォ!」

 

「ホッグ!」

 

「ローキックが決まった!」

 

 こんじょうと効果抜群の技を受け、ミルホッグの表情が歪む。

 

「今だ、ドッコラー! ばくれつパンチ!」

 

「ドッコー……ラーーーッ!!」

 

「ミルホッグ、かみなりパンチ!」

 

「ミールー……ホッグーーーッ!!」

 

 二つの拳が激突。その衝撃で爆風が発生し、二匹が大きく吹き飛び、地面に転がっていく。

 

「ドッ、コ……」

 

「ホッ、グ……」

 

「ドッコラー、ミルホッグ、両者戦闘不能!」

 

「おやおや、やられちゃったよ」

 

 残念そうだが、まだ余裕を感じさせるアロエ。一方シューティーは、何とかミルホッグを倒せた事にホッと一安心。これで五分だ。

 

「戻れ、ドッコラー」

 

「戻りな、ミルホッグ」

 

 シューティーとアロエはポケモンを戻すと、頑張りを労い、残りの一匹を繰り出す。

 

「もう一度行きな、ヨーテリー!」

 

「もう一度行け、プルリル!」

 

「ヨー!」

 

「リル!」

 

 最初の先発の二匹が再びバトルフィールドに立ち、対峙する。

 その際、ヨーテリーが鼻をクンクンと動かし、またプルリルが何だ言いたげに自分の身体を見ていた事にデントが目を細めていた。

 

「お互いに残り一匹ずつ。もうほえるは使えませんよ」

 

「だねぇ。ヨーテリー、シャドーボール」

 

「ヨー!」

 

 ヨーテリーの付近から黒い玉が四つ出現。プルリルに向けて発射されるが、プルリルは軽やかにかわす。

 

「中々良い動きだね」

 

「どういたしまして。プルリル、ヘドロばくだん!」

 

「――そこだよ、ヨーテリー。かたきうち!」

 

「ヨー!」

 

 毒性の塊を放ったプルリルの隙を狙い、ヨーテリーがその技を使う。すると、全速力で走る子犬ポケモンの全身からオーラが漂う。速さや間から、プルリルの回避は間に合わない。

 

「かたきうち?」

 

「仲間が倒れた後に使うと、一度だけその威力を大きく高めるノーマルタイプの技だ」

 

「えっ、でもそれならプルリルには……」

 

 ゴーストタイプの通用しない。なのに、何故とサトシやアイリス、シューティーが訝しむ。

 特にシューティーは前にサトシがのろわれボディを封じるため、敢えてたいあたりを使ったのを思い出していた。

 しかし、あれはのろわれボディこそは封じられたが、結局通用はしてなかった。

 なら、このかたきうちは何なのか。その間の思考が、致命的だった。

 

「アロエさん、プルリルにはかたきうちは――」

 

「ヨーーーーーーッ!!」

 

「リルーーーーーッ!?」

 

 効かない、シューティーがそう言おうとその瞬間、プルリルにヨーテリーのかたきうちが炸裂。威力が高まった状態のその一撃は、プルリルを容易く吹き飛ばし、大ダメージを与えた。

 

「なっ!?」

 

「命中した!?」

 

「ど、どうして!? ゴーストタイプにはノーマルタイプの技は効かないはずでしょ!?」

 

 三人が戸惑う中、デントはやはりと呟いた。

 

「アロエさん、ヨーテリーは出た直後、かぎわけるを使ってましたね?」

 

「流石だねえ、デント。その事に気付くなんて」

 

「かぎわけるって……」

 

「鼻で相手の位置を感知する技だよ。ただ、この技にはもう一つの効果がある。ゴーストタイプにノーマルタイプやかくとうタイプの技を効くようにさせると言う効果が」

 

「それで、効果が無いはずのかたきうちが通用したのか!」

 

「相性は勿論、基本。だけど、技を有効に使うのも――基本だろう?」

 

「くっ……!」

 

 歯を噛み締めるシューティー。プルリルは威力が高まったかたきうちを諸に受け、体力を大きく削られてしまった。

 しかも、のろわれボディは発動しておらず、かたきうちは封印出来ていない上にヨーテリーは無傷。圧倒的に不利だ。

 

「さぁ、仕上げと行こうか。ヨーテリー、シャドーボール」

 

「プルリル、かわせ!」

 

「リル……!」

 

 ヨーテリーが黒い球を複数展開し、発射。大ダメージで動きが鈍りながらも、プルリルはなんとかかわす。

 

「サイコキネシス!」

 

「リ……ル!」

 

 プルリルは念動力を放つも、ヨーテリーの速さに軽々と回避されてしまう。

 

「かたきうち」

 

「プルリル、避けろ!」

 

「リー――ルーーーッ!」

 

 そして、ヨーテリーは技の後の硬直を狙い、プルリルにかたきうちを放つ。プルリルは今度こそはかわそうとするも硬直や鈍りにより避けきれず、また吹き飛ぶ。

 

「ヨー!?」

 

 直後、ヨーテリーに黒い靄が掛かる。特性、のろわれボディの発動だ。

 

「のろわれボディ。かたきうちが封じられたね。まぁ、問題無いけどね。ヨーテリー、止めのシャドーボール」

 

「ヨー……!」

 

「とにかくかわすんだ、プルリル!」

 

「プ……ル……!」

 

「テリーーーッ!!」

 

 力を集中させた、大型のシャドーボールが放たれる。プルリルはかわそうとしたが、ダメージが動きを封じ――直撃した。

 

「リルーーーーーッ!!」

 

「プルリル!」

 

 二回地面にバウンドし、ゴロンと転がったプルリル。その目は――渦巻いていた。

 

「プルリル、戦闘不能! ヨーテリーの勝ち! 同時にチャレンジャーの手持ちが全て戦闘不能になったため、この勝負、ジムリーダーアロエの勝ち!」

 

「あたしの勝ちだね」

 

「負けた……」

 

 その事実を受け止めれるまで、シューティーは十数の時間を要した。

 

「ポケモンも作戦も悪くなかった。ただ、アンタの判断能力の甘さが敗因だね。良くも悪くも事前の予定に頼り過ぎて、対応力が弱い」

 

「……失礼します」

 

「また挑戦しに来な。待ってるよ」

 

 シューティーはアロエに一礼すると、手持ちを回復させようとポケモンセンターに向けて歩く。

 

「シューティー!」

 

「……少し一人にして欲しい」

 

 負けは負け。シューティーは潔くその事実を受け入れてはいるが、直ぐに割り切れるかと言えば答えは否だ。

 また、ある想いを抱いているサトシには励まされたり、弱いところを見せたくない。だからこそ、シューティーはサトシにそう告げた。

 

「――分かった」

 

 シューティーのその言葉が、彼の意地だと分かったサトシはそれ以上何も言わず、彼を静かに見送った。

 こうして、シューティーのシッポウジム戦は苦い敗北に終わったのであった。

 

「負けちゃったわね……」

 

「うん。だけど、きっと彼はこのままではいない。しっかりとリベンジを果たす筈さ」

 

「だな」

 

 デントの台詞に、シューティーの上を目指す意志を見ているサトシは頷いた。

 

「さて、次はアンタだね。サトシ。今日は頑張ったこの子達の治療をしたいから、アンタのジム戦は明日になるけど良いかい?」

 

「はい、構いません」

 

 万全の彼女達を倒してこそ、意味がある。サトシはアロエの提案を素直に受け入れた。

 

「じゃあ、明日待ってるよ」

 

「はい」

 

 そのやり取りを最後に、サトシ達もシッポウジムを後にした。

 

「次は君の番だね、サトシ」

 

「あぁ」

 

 今日のバトルややり取りで見たアロエとポケモン達の実力。サンヨウジム戦でも苦戦したが、明日のシッポウジム戦も苦戦は避けられないだろう。

 

「やる気、出てくるぜ!」

 

 握った拳をもう片方で受け止め、明日への意気を見せるサトシ。彼等はその後、ポケモンセンターに向かったのであった。

 

 

 

 

 

 夜、暗闇に染まった博物館。ムサシとニャースが静かに足を踏み入れていた。

 

『こちらR1。ハッキングは成功した。自由にセキュリティを操れるぞ』

 

「こっちもミッションを済ませるわ」

 

 機器越しに聴こえるコジロウの声に、ムサシとニャースは頷く。そして、ターゲットがある部屋に辿り着く。

 ゴーグル型のスコープには、赤外線センサーが無数に写り、ターゲットを確認する。

 

「目標確認」

 

『二十秒解除する。その間に頼むぞ』

 

「十秒も有れば十分にゃ」

 

 直後、赤外線センサーが消える。コジロウが消し、そのタイミングを見計らってムサシとニャースが鞄を滑らせながら走る。

 鞄を開き、次に素早くメテオナイトのケースを外し、中の物と持ってきたダミーと交換。ケースを付け、そのまま走って廊まで移動。最後に中の物を鞄に仕舞う。

 

『上手く行ったな』

 

「完璧にゃ」

 

「じゃあ、このまま外に行って合流する――」

 

 イッシュ地方に来る以前は比べ物にならない程、鮮やかに狙いの物を奪取したロケット団。ここまでは完璧だった。そう、ここまでは。

 

「デース?」

 

「……えっ?」

 

「……にゃ?」

 

 聞き慣れない鳴き声にムサシとニャースが振り向く。そこには、秘宝展の時に荷物に混ざり、怪奇現象の騒ぎを起こしたあのデスマスがいた。

 あの後、デスマスはここを気に入り、アロエやキダチを驚かせようと夜にこっそり来たのだ。

 

「な、なに、こいつ?」

 

『おい、どうした?』

 

「へ、変なポケモンがいるのにゃ」

 

『何? 馬鹿な、警備員やポケモンはまだそこにはいないはず……』

 

「と、とりあえずさっさと逃げ――」

 

「マース?」

 

 そこから逃げようとムサシとニャースだが、それより先にデスマスが問い掛ける。

 

「な、何て言ってるのよ?」

 

「お前達は誰だと言ってるにゃ」

 

「……アタシ達が誰ですって? 誰かと言われたら」

 

『答えてあげよう。明日のため』

 

 そして、彼等はやってしまった。その口上を。

 

「フューチャー。白い未来は悪の色!」

 

『ユニバース。黒い世界に正義の鉄槌!』

 

「我等この地にその名を記す」

 

「情熱の破壊者、ムサシ!」

 

『暗黒の純情、コジロウ!』

 

「無限の知性、ニャース!」

 

「さぁ集え! ロケット団の名の元に!」

 

 ここにコジロウはいないが、それでも彼等はやってしまった。静かにやるはずのミッションなのに、大音量で。

 

「……あっ」

 

「デスデース」

 

 パチパチと、デスマスは両手を叩いて拍手する。面白いと思った様だ。

 しかし、ムサシとニャース、離れた場所にいるコジロウはやばいと冷や汗を大量に流していた。

 

「おい、変な騒ぎが聴こえたぞ!」

 

「他の警備員じゃないか?」

 

「いや、最後微かだが、ロケット団と言う単語を耳にした!」

 

「何!? あの指名手配中の悪党か!?」

 

「こっちからだ!」

 

 警備員達が、ムサシとニャース、デスマスがいる方へと走り出す。

 

「ちょっ、これ明らかにヤバイわよ!」

 

『警備員がそちらに向かっている!』

 

「今すぐ逃げ――にゃにゃー!?」

 

「デスマース」

 

 警備員が来る前に脱出しようとしたムサシとニャースだが、デスマスの目が光るとニャースが宙に浮く。サイコキネシスだ。

 怪しい態度や、逃げると言う台詞から、人が来るまで捕らえて置くことにしたのだ。

 

「邪魔すんじゃないわよ! コロモリ、エアスラッシュ!」

 

「コローモリー!」

 

「デスマース!」

 

 モンスターボールから出たコロモリのエアスラッシュを食らい、デスマスが倒れる。同時にサイコキネシスも解け、ニャースは自由を取り戻した。

 

「あぁもう、余計な時間を食った!」

 

「さっさとコジロウと合流しておさらばするにゃー!」

 

 急いで外に向かうムサシとニャース。一方、警備員達は途中、倒れたデスマスを発見。アロエやキダチに聞いていたことや、指を指した方向からロケット団の追跡に当たっていた。

 

「おい、連絡は!?」

 

「済ませた! 警察が直ぐに来るぞ!」

 

「俺達も奴等を追うぞ! まんまと逃がしたら、警備員の名が廃る!」

 

 コジロウが制圧したのは、あくまでセキュリティ関連。

 連絡は手間も掛かるし、気付かれる恐れもあったので手を付けてなく、ジュンサーは直ぐに始動。警備員を含めて、ロケット団確保に向けて動き出す。

 

「早く逃げるわよ!」

 

「向こうからも迫ってるにゃー!」

 

「くそっ、なんでこうなったんだー!」

 

 理由は明らかに彼等が口上を出したからである。

 何はともあれ、ロケット団は暫し必死の逃走劇を繰り広げる羽目になったのであった。

 

「……あれはどうする?」

 

「……とりあえず、追跡はするぞ」

 

「……下手すると、我等も巻き込まれて捕まらないか?」

 

「……一応、最優先任務だ。さっさと行くぞ」

 

 一連の流れを聞いていた、三人組が何とも言えない表情をしていた。あれが自分達の敵なのだろうかと。

 

「……いや、待て。ここまでの事態になると、判断を仰いだ方が良い」

 

「直ぐに済ませろ」

 

 三人組の一人が、自分達の主に連絡を取る。

 

『――何ですか?』

 

「はい、実は――」

 

 主に繋がり、内容を素早く簡潔に報告する。

 

「――と言う事です」

 

『……ロケット団とやらはバカなのですか?』

 

「……」

 

 通信の相手である三人組の主は、思わずそんな事を言ってしまう。三人組も何とも言えない様子だ。

 

『まぁ、それはともかく……これは少し不味いですね』

 

 このままだと、予定が狂ってしまう。それは不味い。何とか避けるべく、主は一つの賭けに出た。

 

『お前達が奪ったメテオナイト。まだありますね?』

 

「はい」

 

 先日の夜に盗み出したメテオナイトは、まだ手元にあった。本日渡す予定だったのだ。

 

『それを戻しなさい。この騒ぎを小さくするのです』

 

「分かりました」

 

 起きた騒ぎを無かった事には出来ないが、小さくして早期に終息する事は出来る。

 メテオナイトの強奪は難しくなるが、そもそもそこまで重視はしていないし、問題はあまり無かった。

 

『では、朝になるまでに何としても済ませない。これは時間との勝負です』

 

 はっと三人組は頷くと、速やかに新たな任務へ取り掛かった。彼等の夜はまだ終わらない。

 




 もっと今のロケット団にコミカルさを出させたい。けど、シリアス状態だと無理に組み込むとストーリーが成り立たないので難しい。もどかしいです。


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シッポウジム、サトシVSアロエ

 この話も、ある技の設定を変えてます。


「目が覚めた!」

 

「ピッカ!」

 

 シューティーのジム戦の翌日。バトルのせいか、早く起きたサトシはバックを持つと、中にあるタマゴの検査をしてもらおうとポケモンセンターのロビーに向かう。

 

「今日も早起きね」

 

「ジム戦だからかな」

 

 途中、アイリスとデントに会う。

 

「あぁ、今日は頑張るぜ!」

 

「頑張りなさいよ」

 

「応援してるよ」

 

「ありがと、二人とも」

 

 二人の応援に、サトシはやる気が出てきた。

 

「と、その前に検査と」

 

 だが、その前にタマゴの検査が優先せねばならない。三人で歩くサトシ達。

 

「お早う、サトシくん。アイリスくん。デントくん」

 

「お早うございます」

 

 サトシ達がロビーに到着するとそこには、先客がいた。Nだ。どうやら先に検査をしていたらしい。

 

「はい、Nさん。お預かりしたタマゴの診断終わりました。至って順調です」

 

「ありがとうございます」

 

 その報告を聞くと、Nはポケモンのタマゴを丁寧に抱える。

 

「次、お願いします」

 

「はい、任せてください」

 

 昨日と同じく、サトシはポケモンのタマゴをジョーイに預けた。ジョーイはタマゴを丁寧に運びながら、検査の為の機材がある部屋へと向かう。

 

「サトシくん、昨日はジム戦どうだった?」

 

 それまで他愛のない話でもしようかと、Nはサトシに結果を尋ねる。

 

「いえ、実は今日からなんです」

 

「昨日挑んでなかったのかい?」

 

 てっきり、昨日挑戦したのかと思っていたN。とはいえ、彼は博物館の騒動に関わってないため、無理もないが。

 

「はい、昨日はシューティーが」

 

「彼か。結果は?」

 

「それは――」

 

「負けました」

 

「シューティー?」

 

 自分の結果ではない上、負けを言って良いものかと悩むサトシだったが、そこにいつの間にかいたシューティーが敗けだと語る。

 

「僕の完敗でした」

 

「次、頑張って」

 

「そのつもりです」

 

 このままでいるつもりは全く無い。しっかりと鍛え、リベンジをすると心に誓っていた。

 

「ところで、Nさん。そのタマゴやゾロアを写真に撮っても良いですか?」

 

「――どうしてだい?」

 

 その提案を出した瞬間、Nからただならぬ雰囲気が漂い出したのを、シューティーだけでなく、サトシ達も感じ取っていた。

 

「あっ、いえ……。僕は旅の記録をカメラで撮影しているんです。ですから……」

 

「……あぁ、なるほどね」

 

 早とちりかと、Nは自分に呆れていた。

 

「構わないよ。ただ、ゾロアはどうだい?」

 

「ゾーロ」

 

「ごめん、嫌らしい」

 

「なら、タマゴだけでも」

 

「どうぞ」

 

 許可を貰ったので、シューティーは一旦深呼吸してからNが持ってるタマゴの写真を撮る。その後、礼を告げた。

 

「サトシ、今日は君の番だね」

 

「あぁ、勝ってバッジゲット――なんだけどなー」

 

「何かあるのかい?」

 

「今回もピカチュウの調子が悪くて……」

 

「ピカ一……」

 

「あ~、それはキツいわね……」

 

 今回もまた、ピカチュウの調子が悪いのだ。サンヨウジム戦よりは良いが、出したくはない。

 

「なら、他の子達になるね」

 

「えぇ」

 

 問題は誰にするかだ。モンスターボールのスイッチを押し、残りの四匹を出す。

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

「カブ!」

 

「タジャ」

 

 サトシは四匹を見ながら誰にするか考える。この中にノーマルタイプに有効な技を持っているポケモンはいない。となると、純粋な実力で考えるべきだ。

 

「先ずはツタージャかな」

 

「タジャ」

 

 何時でも構わないわと、ツタージャは静かに頷く。

 

「ミ、ミジュミジュ!」

 

「ポーポー!」

 

「カブカブ!」

 

 しかし、そこに三匹が自分達にして欲しいと強く訴える。前のオノノクス戦で戦えなかった分、ここで頑張ってサトシの勝利、バッジゲットに貢献したいのだ。

 

「好かれてるね」

 

「ま、まぁ……」

 

 こうも必死に訴えられると、サトシとしても悩む。ツタージャを見ると、あたしじゃなくても良いわよと呟いていた。

 

(どうするかなー)

 

 三匹の新技、アクアジェットやつばめがえし、ニトロチャージはほぼ完成。つまり、完全な完成では無いのだが、実戦レベルには達している。ここは大差はない。となると。

 

「……よし、今日はミジュマルとポカブにする!」

 

「ミジュ!」

 

「カブ!」

 

「ポー!?」

 

 やったとミジュマルとポカブが喜ぶが、マメパトは選ばれなくて落ち込んでいた。

 

「次には出すから。今日は我慢してくれ、なっ?」

 

「……ポー」

 

 コクンと頷くマメパト。選ばれるのは二匹までだし、仕方ないと受け入れたのだ。

 

「サトシ、どうしてこの二匹に?」

 

「ミジュマルはシェルブレードで相手の防御力を下げれる。ポカブはニトロチャージで自分の速度を上げれる。それに、二匹ともピンチには特性でパワーアップするからな」

 

「げきりゅうともうか」

 

「はい」

 

 マメパトもダメージを引き上げれるきょううんがあるが、あれは運の要素が少なからずある。

 それにマメパトには自分か相手の能力を変化させる技がない。と言う訳で、今回は外れてもらうことになったのだ。

 

「……ポーポー」

 

「ミージュ!」

 

「ポカ!」

 

 頑張ってと応援するマメパトに、ミジュマルとポカブは強く頷く。

 

「サトシさーん、タマゴの検査終わりましたよー」

 

 話しているとジョーイの声が響く。丁度検査が終わった様だ。

 

「昨日と同じく、順調ですよ」

 

「ありがとうございます。じゃあ、行こうぜ、皆」

 

「今日はボクも同行させてもらって良いかい?」

 

「構いませんよ」

 

 アロエは昨日、自分達の観戦を許可した。Nが入っても問題は無いだろう。

 昨日よりも一人増えた五人で、サトシ達はシッポウジムへ向かった。

 

 

 

 

 

「来たね、サトシ」

 

 シッポウジムがある博物館前。待っていたアロエがサトシを出迎える。

 

「はい、今日は挑戦しに来ました! バッジゲットのために!」

 

「良い気迫だよ。ところで、そこの坊やは昨日いなかったね?」

 

「えぇ、昨日はタマゴの検査があったので。今日は観戦させてもらいます」

 

「構わないよ。ただ、一つ質問には応えてもらおうよ」

 

「分かりました」

 

 その質問が何なのか、サトシ達には直ぐに分かった。

 

「じゃあ、入りな」

 

 アロエは昨日と同じく、博物館のジムに繋がる車庫に向かう

 

「あれ、アロエさん。何か騒がしくないですか?」

 

 昨日来たときよりも、館内が騒がしい。それも客が原因ではなく、警備員や職員が慌ただしく動いていた。

 

「あー、それかい。大きな声では言えないんだけど、実は昨日の夜、侵入者がいたのさ。それも、あのロケット団の仕業らしい」

 

「あいつらが!?」

 

「やっぱり知ってるかい」

 

「えぇ……」

 

 ただ、サトシの知ってるは最早知人レベルなのだが。

 

「で、盗まれた物が無いか調査中でね」

 

「あの、じゃあジム戦は明日に――」

 

 そんな大変な時にジムを挑むつもりはない。今日ではなく、明日にとサトシは提案しようとした。

 

「ここの職員は優秀だし、ジム戦の間にほとんど終わってるさ。だから、予定通りアンタとの試合は行うよ」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、行こうか」

 

 話も終わり、昨日と同じく書庫に到着したサトシ達。アロエはそこでNに質問をする。

 

「えーっと、アンタは……」

 

「Nです」

 

「変わった名前だねえ。まぁ、それはともかく。ポケモンバトルには知識が大切なのは分かるかい?」

 

「はい」

 

「この本はどうだい?」

 

 昨日同様、ジムへの道に続く為の本を叩くアロエ。この後どうするかで、Nを知ろうとしているのだ。

 

「では、その本を」

 

 Nは迷うことなくその本を取ろうとする。すると、本棚が動いてジムへの道が開いた。

 

「……こりゃ、驚いたね」

 

 それは本棚が動いたのを見たNや、シューティー達もである。

 

「まさか、そのまま取るとはね」

 

「この挑戦者は、純粋な様ですね」

 

「……どういう事だい?」

 

 事態が今一掴めないNは、サトシ達に説明を求めた。

 

「実は、この後の行動でNさんを見極めようとしたんです」

 

「なるほど……」

 

 その意図を聞いて、Nは納得したようだ。そして、それをこのタイミングにしたのは、観戦する以上はこのギミックを見るため、出来るのが今だけだからだろう。

 

「アロエさん、貴女の目から見たボクはどうですか?」

 

「純粋、ピュアだね。良くも悪くも、人の言動を素直に受け止めれる。それだけに、アンタとの試合は面白そうだ」

 

 おそらく、純粋故に、今までとは違うポケモンの力の引き出し方があるはず。それが楽しみだ。

 

「とはいえ、今日はサトシ。一直線なアンタがどんなバトルをするか、楽しみだよ」

 

「じっくり研究してください」

 

 サトシ達はバトルフィールドに移動。サトシとアロエはお互いの立ち位置に立つ。

 

「さて、今日のあたしの手持ちを見せておくよ。出てきな、ミルホッグ、ハーデリア!」

 

「ホッグ!」

 

「デリア!」

 

「あのポケモン……」

 

 片方は昨日と同じミルホッグ。もう片方は見た事がないポケモンだった。

 

『ハーデリア、忠犬ポケモン。ヨーテリーの進化系。マントの様に身体を覆う黒い体毛はとても堅く、受けたダメージを減らしてくれる』

 

「昨日とは違う……いや、昨日のヨーテリーが進化した?」

 

「正解。このハーデリアは昨日のヨーテリーが進化したのさ。ちなみに、先発はこの子だよ」

 

 シューティーの呟きに、アロエが正解と、また先発はこのハーデリアだと告げる。その証拠にアロエはミルホッグをボールに戻した。

 

「と言う事は、昨日よりも強いって事!?」

 

「みたいだね。ミルホッグもだけど、深さが増したハーデリアをどう攻略するか……それがこのバトルのポイントになる」

 

 このバトルも、厳しいものになりそうだとデントは理解していた。

 

「では、これよりジムリーダー、アロエとチャレンジャー、サトシのジム戦を始めます。使用ポケモンは二体。交代は自由。どちらかの手持ち全てが戦闘不能になった時点で試合終了です。――始め!」

 

「ポカブ、君に決めた!」

 

「行きな、ハーデリア!」

 

「カブ!」

 

「ハー!」

 

 二匹は互いを見ると、戦意が込もった強い眼差しで睨む。

 

「最初から飛ばすぞ! ポカブ、ニトロチャージ!」

 

「カブカブカブ……!」

 

「ほう、ニトロチャージ」

 

 ニトロチャージを見て、アロエが不敵な笑みを浮かべるのを、デント達は見ていた。

 

「カーブーーーーッ!」

 

「かわしな、ハーデリア」

 

「リアッ!」

 

「速い!」

 

 今のポカブの速さを上回っている。一度のニトロチャージでは追い付けないだろう。

 

「ハーデリア、めざめるパワー!」

 

「昨日と違う技!」

 

 ハーデリアは黄緑の球体を六つ展開し、ポカブに向けて放つ。

 

「ポカブ、かわせ!」

 

「カブ! カブカブ!」

 

「中々の身のこなしだね。なら、次はこれさ。かみくだく!」

 

「ハー!」

 

 ハーデリアは口を開きながら、ポカブへと迫る。

 

「ポカブ、ひのこ! 薙ぎ払え!」

 

「カブー!」

 

 右から左へと横薙ぎにひのこを放つポカブ。しかし、ハーデリアは素早い身のこなしでジャンプしてかわすと硬直後のポカブの腹に強く噛み付いた。

 

「デリア!」

 

「カブーッ!」

 

「耐えろ、ポカブ! ひのこだ!」

 

「ポカ! カブーーーッ!」

 

「リアッ!」

 

 噛み付いた状態故に、ポカブと密着していたハーデリアの身体にひのこが炸裂。かみくだくから解放されるが。

 

「ハーデ」

 

「あんまり効いてない……」

 

 ハーデリアは身体をぶんぶんと振った態度を見せる。しかし、大して効いた風には見えない。

 そう言えばと、サトシはさっきの図鑑の説明を思い出した。ハーデリアの黒い体毛は堅く、ダメージを減らせると。

 

(となると、狙うは身体以外か)

 

 それか、防御力を下げれるミジュマルに交代するか。しかし、ポカブはまだまだやる気十分。それにハーデリアはかなり速い。

 ミジュマルが追い付くには、常にアクアジェットを使わねば難しい。となると、もう少しダメージを与えて動きを鈍らせてからが良い。

 

「ポカブ! ニトロチャージ!」

 

 更にスピードを上げ、その速さを活かして少しずつハーデリアの体力を削る。それがサトシの選択だった。

 ポカブの身体から炎が噴き出し、身体を覆うとポカブの急加速。ハーデリア目掛けて突撃する。

 

「ハーデリア、避けな!」

 

「ハー!」

 

「ポカブ、更にニトロチャージ!」

 

「カブカブカブ……カーブーーーーッ!」

 

 また回避されるも、サトシもそれぐらい承知の上。三度目のニトロチャージを放ち、スピードをまた上昇させる。その速さはかなりのもので、ハーデリアも遂に直撃する。

 

「めざめるパワー!」

 

「避けろ! そして、かみつく!」

 

「カブーーーッ!」

 

「デリ……!」

 

 エネルギー弾をかわすと、素早くハーデリアに近付き噛み付く。

 

「更にひのこ!」

 

「ポカーーーッ!」

 

 そして、かみついた状態からひのこの連続攻撃。ダメージを少しずつ重ねていく。

 

「これは速いね! なら、一旦交代と行こうか! ミルホッグ!」

 

「ホッグ!」

 

 頃合いと判断したアロエは、ハーデリアからミルホッグに交代する。

 

「交代しても、この速さには追い付けませんよ! ニトロチャージ!」

 

「カブカブカブカブ……カーブーーーーッ!!」

 

「ミルホッグ――じこあんじ!」

 

「ホッグ!」

 

 ミルホッグの目が光る。すると、身体に光が溢れ、迫るポカブの炎の突撃を――高速でかわした。

 

「な、なにっ!?」

 

「何あの速さ! 無茶苦茶速い!」

 

 何度もスピードアップしたポカブと同等の速さだった。昨日はあれほどでは無かったはず。

 

(こわいかおを受けてたから、これが本来の速さ?)

 

 いや、それにしてもこれは速すぎる。まるで、こうそくいどうしたピカチュウの様だ。

 

「……だったら、更に速くするだけだ! ニトロチャージ!」

 

「カーブーーーーッ!」

 

 あのスピードは不可解だが、ニトロチャージで速度を上げれば良いだけ。サトシはそう考え、ニトロチャージを指示する。

 

「甘いよ! ミルホッグ、じこあんじ!」

 

「ホッグ!」

 

 更に速くなるポカブだが、ミルホッグもまた速くなった。

 

「くそっ、あのじこあんじって技、速くなる効果があるのか!?」

 

「違うよ、サトシ。じこあんじは速くなる技じゃない。相手の変化した能力を自分にも適用させる技さ」

 

「適用……?」

 

「サトシ! 簡単に言えば、相手のポケモンが速くなってる時に使えば自分もそれと同じだけ速くなる技なんだ!」

 

「な、なんだって!」

 

 アロエの説明だけではよく分からなかったが、デントの補足に驚愕する。つまり、ニトロチャージで速度を上げようが、じこあんじを使われればあっちも上がってしまう。

 

「じこあんじ……。まさか、あんな技まで使いこなすなんて……」

 

「見事だね……。相当な力量だ」

 

「えっ、どういう事? 聞いてる話の限りじゃあ、凄く便利な技のような……」

 

 アイリスが認識してるのは、上がった能力をコピーすると言う点。これだけを聞くと、五分の状態に持ち込む便利な技に見える。

 

「いや、じこあんじは相手の変化した能力をコピーする。つまり、相手の能力が下がった時に使うと、自分もその能力が低下してしまうんだ」

 

「使いどころを間違えると、不利になってしまう、かなり癖のある技なんだよ」

 

「な、何その使いづらい技……!」

 

「うん、だからこそアロエさんの力量の高さが窺えるんだ」

 

 癖のある技を、最適なタイミングで使用するその力量。やはり、彼女は相当強い。

 

「さぁ、どうする? またニトロチャージで速くなるかい? けど、そろそろ頭打ちだろう」

 

「くっ……!」

 

 アロエの読み通り、ニトロチャージによるスピードアップは後一度だけ。それ以上は不可能だ。

 

「ふふ、迷ってるね。だけど、こっちは更に手を打たせてもらうよ。ミルホッグ、バトンタッチ!」

 

「ホッグ!」

 

「えっ、戻った!?」

 

「いや、違う! これは……!」

 

 このタイミングでミルホッグが引っ込み、ハーデリアが出てくる。

 

「ハーデリア、かみくだく!」

 

「――リアッ!」

 

「カブーーーッ!」

 

「は、速い!」

 

 また出てきたハーデリアの速さは、先程のミルホッグと同等、いやそれ以上だった。

 

「な、なんでハーデリアまであんなに速いの!? 速くなったのはミルホッグでしょ!?」

 

「バトンタッチは、変化した能力を味方に引き継ぐ技なんだ。つまり……!」

 

「今のハーデリアは、高速状態なんだよ」

 

「そ、そんな!」

 

 唯一、勝っていたスピードすら上回れてしまったと言うことに他ならない。ハーデリアはそのスピードで素早く接近し、ポカブに噛み付いた。

 

「ポカブ、ひのこ!」

 

「口を開けて下がりな! そして、ふるいたてる!」

 

「ハー……!」

 

「ここでふるいたてる!?」

 

「能力を更に上げてる……!」

 

 スピードだけでなく、パワーすらもハーデリアは上昇してしまった。これは明らかに不味い。

 

「めざめるパワー!」

 

「ハー!」

 

「避けろ、ポカブ!」

 

「カブ!」

 

 先程よりも一回り大きくなったエネルギー弾を放つハーデリア。それを速くなったスピードでかわすポカブ。しかし、誘導されている。

 

(不味い、食らう!)

 

 ならば、少しでも相殺するしかない。

 

「ポカブ、たいあたり!」

 

「ハーデリア――とっておき!」

 

「ハー……デリーーーーーッ!!」

 

「カブーーーッ!!」

 

 少しでも軽減しようとしたポカブだが、ハーデリアの凄まじい技の威力に容易く吹き飛ばされ、そのままゴロンと転がる。

 

「ポカブ!」

 

「カ……ブ……」

 

 その状態は完全にひんしであり、ポカブが倒された事を意味していた。

 

「ポカブ、戦闘不能! ハーデリアの勝ち!」

 

「ポカブ……やられちゃった……」

 

「キバ……」

 

 ポカブの初敗北に、アイリスとキバゴは唖然とする。

 

「まさか、とっておきまであるなんて……!」

 

 他の三つの技を使用しなければ使えず、また使用の度にサイクルを必要とする技、とっておき。しかし、その分威力は絶大。あのギガインパクトに迫るほど。

 そんな技がふるいたてるでパワーアップした状態で使われたのだ。一堪りも無いだろう。

 

「ミルホッグがニトロチャージのスピードアップをコピーし、ハーデリアにバトンタッチ。更にふるいたてるで力が高まったところをとっておき……」

 

「これほどとは……」

 

 これほどの戦術を駆使するアロエに、シューティーは勿論、デントやNも少なからずの冷や汗を流していた。

 

「……ポカブ、お疲れさま。戻って休んでくれ」

 

 サトシはポカブをモンスターボールに戻す。

 

「さぁ、あと一体。何で来るんだい?」

 

「ミジュマル、君に決めた!」

 

「ミジュ!」

 

 サトシは選んだもう一体、ミジュマルを繰り出す。

 

「それがもう一体。けど、今のハーデリアに敵うかい?」

 

「……」

 

「無理よ……!」

 

 サトシは言葉に詰まり、アイリスは思わずそう言ってしまう。

 今のハーデリアは速さがとてつもなく上がり、更にパワーまで強化されてる。これではアイリスが勝ち目がないと思ってしまうのも無理はない。

 

「――行きます、アロエさん!」

 

「来な、サトシ! ハーデリア、めざめるパワー!」

 

「デリア!」

 

「ミジュマル、アクアジェット!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

 エネルギー弾をミジュマルはアクアジェットでかわしながら、迫る。

 

「かわしな、ハーデリア! ふるいたてる!」

 

「ハー……!」

 

「ミジュマル、みずてっぽう!」

 

「回避! そこからかみくだく!」

 

 ふるいたてるで己を高揚させる隙にミジュマルは水鉄砲を放つも、ハーデリアは超スピードで軽々かわし、反撃に転ずる。

 

「アクアジェット! 右から左!」

 

「避けな! そして――とっておき!」

 

 かみくだくをミジュマルはアクアジェットで回避しながら反撃。ハーデリアはそれを移動で避けると、ポカブを仕留めた大技、とっておきを放つ。

 

「ミジュマル――地面に向かってみずてっぽう!」

 

「ミジュ!」

 

「ッ! ハーデリア、止まりな!」

 

「ハー……! デリアッ!」

 

 みずてっぽうで水溜まりが出来たのを見て、急いで停止を指示したアロエだが、超高速故にブレーキが間に合わず、足が滑ってしまう。

 

「ミジュマル、シェルブレード!」

 

「ミジュー……マァアアァ!」

 

「デリッ!」

 

「更にアクアジェット!」

 

「ミジューーーッ!」

 

 シェルブレードで吹き飛び、更に防御が低下した所に追撃のアクアジェット。二連撃にハーデリアもかなりのダメージを受ける。

 

「やるね……! スピードをそんな風に対処するとは……!」

 

「うん、これでこそサトシだ!」

 

「えぇ、流石です」

 

 不利な事態にも拘わらず、ポケモンの力を引き出して戦える。この力量こそ、サトシが歴戦の強者足る証。

 

「だけど、同じ手は二度も食らわない。こっからはどうする気だい?」

 

「こうします! みずてっぽう、フィールドにばらまけ!」

 

「ミジュ! ミジューッ!」

 

 動きを封じるべく、サトシとミジュマルはフィールドを水で濡らしていく。

 

「フィールドを水浸しに……! ハーデリア、めざめるパワー!」

 

「デリッ!」

 

「やっぱり、そう来ましたか! アクアジェット!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

 読み通りの技に、こちらも素早くアクアジェットを指示。ミジュマルは水を纏い、高速で進む。

 

「濡れてない場所に逃げな!」

 

「ハー!」

 

「そこでふるいたてる!」

 

「右に動け!」

 

「ミジュマアッ!」

 

「デリア……!」

 

「耐えな、ハーデリア! かみくだく!」

 

 水がない場所でパワーアップ中のハーデリアに、ミジュマルはアクアジェットを叩き込む。

 ハーデリアは足に力を込めてグッと踏ん張ると、反撃に転じてかみくだくを放ち、突撃技ゆえに間近にいるミジュマルを捉え、噛み付く。

 

「デリィ!」

 

「ミジュッ!」

 

「ミジュマル!」

 

 ハーデリアは高まった力で強く噛み付きながら、ぶんぶんと振り回す。

 

「地面に叩き付けな! そして、とっておき!」

 

「ミジュマル、みずてっぽう! 顔を狙え!」

 

「ミジュ! マーーーッ!」

 

 無防備な所に切札であるとっておきが迫るも、ミジュマルはみずてっぽうを放つ。

 しかし、威力の低いみずてっぽうでは、顔を狙っても今のハーデリアは押し退けれない。と思いきや、次の瞬間、水の量と勢いが急激に増した。

 

「――げきりゅう!」

 

 ミジュマルの特性、げきりゅう。ふるいたてるで大幅に強化されたかみくだくにより、発動したのだ。

 

「押し切れ、ミジュマル!」

 

「ミジュー……マーーーッ!!」

 

 水の勢いと量が更に増した。その勢いに強化状態のハーデリアも流石に吹き飛ぶ。

 しかも、その際にハーデリアは激突時に飛び散った大量の水に足を取られ、体勢が崩れた。

 

「シェルブレード!」

 

「ミジュー……マアァアァァアッ!!」

 

 

 隙が出たその一瞬を狙い、圧縮された水刃が振るわれる。ザシュと、鈍い音がし――ハーデリアは倒れた。

 

「ハーデリア、戦闘不能! ミジュマルの勝ち!」

 

「あのハーデリアを倒した!」

 

「これで数の上では五分だけど……」

 

 ミジュマルは既にかなり消耗している。一方、ミルホッグはまだ無傷。サトシが圧倒的に不利だ。

 

「ごくろうさん、ハーデリア。大したもんだねえ、サトシ、ミジュマル。まさか、あの状態のハーデリアを倒すなんて」

 

 正直な話、アロエはバトンタッチでハーデリアを強化した時点で勝利を確信していた。それだけにハーデリアが倒されたのは意外だった。

 

「俺達は簡単に負けないという事です!」

 

「ミジュ!」

 

「良いねえ。ピンチながらまだ諦めないその気迫と粘り強さ。だけど、ミジュマルはかなり消耗してる。どこまで足掻けるかね? ――さぁ、ミルホッグ、再び行きな!」

 

「ホッグ!」

 

「後一体!」

 

「ミジュ!」

 

 身体は痛いし、重いがまだ動ける。ミジュマルはホタチを構え、ミルホッグを睨む。

 

「ミルホッグ、かみなりパンチ! 地面に打ちな!」

 

「ミル!」

 

 ミルホッグは雷撃の力を込めた拳を、地面に向けて放つ。

 

「えっ、地面に!? 何で!?」

 

「しまった! ミジュマル、ジャンプ――」

 

「遅い!」

 

 アイリスやデント達も、アロエの指示に戸惑う中、サトシはいち早く気付いた。しかし、手遅れ。

 ミルホッグの拳がフィールドに触れると、付加した雷撃が至るところにある水によって広がり、ミジュマルへと到達。軽くも、今の彼にはキツいダメージを与えた。

 

「ミジュマーーーッ!」

 

「ミジュマルが撒いた水を利用して、雷撃を……!」

 

「ミルホッグ、10まんボルト!」

 

「ミルホッグーーーッ!」

 

「ホタチで上に弾くんだ!」

 

「ミ……ジュ!」

 

 痛み、重い身体を動かし、ミジュマルは雷撃をホタチで辛うじて弾く。

 

「ほう、ホタチでガード。面白いね。なら、これさ。ミルホッグ、もう一度かみなりパンチを地面に!」

 

「ホッグゥ!」

 

「ミジュマル、アクアジェット! 上に飛べ!」

 

「ミジュ……マァ!」

 

 一瞬の間は有ったものの、今度は回避するミジュマル。

 

「そこさ! ミルホッグ、10まんボルト!」

 

「ホッグーーーッ!」

 

「ミジュマル、右に!」

 

「ミジュ――マッ!」

 

 しかし、それを狙い、ミルホッグの雷撃が発射される。咄嗟に回避の指示は出したサトシだが、間に合わず擦ってミジュマルは軽いダメージを受ける。

 しかも、その際にアクアジェットが解除されてしまい、落下してしまう。

 

「決めな、ミルホッグ! かみなりパンチ!」

 

「ミジュマル、アクア――」

 

「ミルホ……ッグーーーーーッ!!」

 

「ミジュマーーーッ!!」

 

「ミジュマル!」

 

 再びアクアジェットを使い、避けようとしたサトシとミジュマルだったが、ミルホッグの方が早かった。

 ミジュマルはミルホッグにかみなりパンチを叩き込まれ、地面に落下すると倒れてしまう。

 

「ミ、ジュ……マ……」

 

「ミジュマル、戦闘不能! ミルホッグの勝ち! そして、チャレンジャーの手持ち全てが戦闘不能になったため――勝者、ジムリーダー、アロエ!」

 

「サトシが……負け、た……?」

 

 その事実に、シューティーは呆然とする。アイリスやデント、Nも少なからずの衝撃を受けていた。

 

「戻りな、ミルホッグ。ごくろうさん」

 

「……戻れ、ミジュマル。……ごめんな」

 

 勝たせてやることが出来ず、サトシはミジュマルとポカブに謝る。

 

「楽しめたよ、サトシ」

 

「……アロエさん」

 

「アンタの能力は見事だった。文句の付けようがない。ただ、惜しむらくは――まぁ、これは言わなくても分かってるかね」

 

「……それでも、俺がこいつらの力を引き出せなかったからです」

 

 アロエが何を言おうとしたのかは、大体分かっている。しかし、それでもサトシは自分のせいだと告げた。

 

「間違っちゃあいないね。シューティーと同じく、再度の挑戦、楽しみにしてるよ」

 

「……ありがとうございました」

 

 サトシは二匹を回復させようと、ポケモンセンターに向かう。シューティーやN、アイリスやデントもサトシの後に続いた。

 

 

 

 

 

「はーい、お預かりのポケモン達は皆元気になりましたよー」

 

「ありがとうございます」

 

 昼、サトシはポケモンセンターでミジュマルとポカブを回復させてもらうと、ロビーの一ヶ所で二匹を出す。

 

「ミジュ……」

 

「カブ……」

 

「ごめんな、俺が不甲斐ないばかりに……」

 

 出てきた二匹は落ち込んでおり、サトシは再度自分のせいだと言う。

 

「いや、それは違う」

 

「シューティー……」

 

 そこに、シューティーが指摘する。

 

「今回のジム戦の結果、明らかにミジュマルとポカブの力不足が原因だ」

 

「ちょっと、何言ってんのよ!」

 

「シューティー、俺の仲間を悪く言うのは許さないぞ」

 

 サトシが強く睨む。一瞬圧されたシューティーだが、強い眼差しで返す。

 

「僕は事実を言ってるだけだ。それは、ミジュマルとポカブが一番理解出来ているんじゃないか?」

 

「……ミジュ」

 

「……カブ」

 

 二匹は頷く。今回の敗因は自分達だと理解していた。

 

「……そうだね。僕もシューティーに同意見だ」

 

「デント……」

 

 サトシには悪いが、デントもシューティーと同じ意見だった。

 マメパト、ミジュマル、ポカブはサトシの指示もあり、確かに勝ってきた。

 しかし、それは三匹の強さと言うよりも、サトシの強さ。その印象がどうにも強い。

 例えば、自分や兄弟が勤めるサンヨウジム戦でも、ミジュマルはげきりゅう、マメパトはきょううん、ポカブはもうかの力があって何とか勝てた。

 しかし、逆に言うとその特性が無ければ三匹は自分達に勝てなかった事に他ならない。純粋な実力、それそのものが三匹には足りていないのだ。

 勿論、サトシも特訓やバトルをするなどの手は尽くしており、最近やっと次の段階には行ける様になったなど、時間的に仕方ない面はある。

 しかし、現に今のミジュマルとポカブは負けた。厳しいことにそれが現状なのである。

 

「サトシ、君のミジュマルとポカブを思う気持ちは立派だ。だけど、それは今の彼等にとっては甘えになってしまうんじゃないか?」

 

「ミジュマル、ポカブ……」

 

「ミジュ!」

 

「カブ!」

 

 サトシは二匹を見る。その瞳には、強くなって今度こそ勝つと言う意志に満ち溢れていた。

 

「――分かった、強くなろうぜ!」

 

「ミジュジュ!」

 

「ポカポカ!」

 

 ミジュマルとポカブは、サトシの言葉に強く頷いた。

 

「それで……サトシくんはこれからどうするんだい?」

 

「特訓、あるのみです!」

 

 それ以外に、強くなる方法はない。

 

「ならサトシ、バトルクラブに行こう」

 

「バトルクラブ? バトルをして経験を積むのか?」

 

 シューティーの提案に、サトシは質問するも、シューティーは訝しんでいた。

 

「……君、知らないのかい?」

 

「何が?」

 

「あ~、そう言えばサトシはまだあれを体験して無かったっけ」

 

「まぁ、サトシはバトル好きだからね。カントーから来たわけでもあるし、あっちの方は知らなくても無理はないか」

「……だから、何の話だよ?」

 

「ボクも気になるかな」

 

 サトシだけでなく、Nもそれはやっていなかったため、疑問を抱いていた。

 

「行けば分かりますよ」

 

 とりあえず、サトシもNもシューティーのその言葉に従い、バトルクラブに向かう。

 

 

 

 

 

「ようこそ、バトルクラブへ」

 

 バトルクラブに到着したサトシ達を出迎えたのは、やはりドン・ジョージだった。

 

「で、今回は何用かな?」

 

「特訓の方を」

 

「なるほど、そっちだね。了解した」

 

「特訓の方? どういう意味ですか?」

 

 シューティーの台詞にジョージは納得した一方、サトシは疑問符を浮かべていた。

 

「君はまだ体験して無いのかね?」

 

「彼はカントーから来たのと、まだ試合の方しかしていないんです」

 

「それで。分かった、歩きながら説明しよう。付いて来たまえ」

 

 廊下を先を歩くジョージを、サトシ達が続く。その間、ジョージが説明を始める。

 

「ここ、バトルクラブはトレーナーとトレーナーが効率良く多くの経験を得るための試合をする施設。しかし、それだけでなく、特訓をするための場所もあるのだ」

 

「そんな場所も?」

 

「言われて見れば、バトルをするだけの施設にしては大きすぎますね……」

 

 バトルを効率良くするための場所なら、幾つかのバトルフィールドと機材が有れば十分。ここまで大きくある必要はないと、Nは納得していた。

 

「そう言う事だ。そして、丁度付いたな。ここから先が特訓ルームだ」

 

 ある扉の前に立つサトシ達。ジョージがロックを解除すると分厚い扉が開き――中から様々な道具や機材が見えた。

 

「ここが……」

 

「特訓ルーム……」

 

 初めて見る場所に、サトシとNは目を見開く。

 

「ちなみに、つかぬことを聞くが、シューティー君もだが、サトシ君もどうしてバトルクラブに?」

 

 バトルクラブは誰でも歓迎。なので、聞く理由は本来ないが、ジョージが少し気になったので尋ねたのだ。

 

「実はアロエさんに負けて……」

 

「僕もです」

 

「なるほど、そのリベンジにか。まぁ、アロエのおっ母は手強い。特訓は必須だろう」

 

 サトシとシューティー、二人ともアロエに負けたのを聞き、頷いたジョージだが、今の台詞の中のある部分にアイリスが質問する。

 

「アロエさんとは仲が良いんですか?」

 

「おっ母はこの街のジムリーダー。何度も会ったことがある。それよりも、彼女に勝つなら厳しいトレーニングは必須。行けるかね?」

 

「勿論です!」

 

 声の大きさの差はあれど、サトシとシューティーは同時に宣言した。

 

「では、始めたまえ!」

 

 こうして、サトシとシューティー。彼等のリベンジに向けての特訓が始まった。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……やっと撒けたぞ……」

 

「こんなに疲れたの、このイッシュ地方じゃ、あの連中に追いかけられて以来ね……」

 

「とりあえず、少し休んでから報告をするにゃ……」

 

 一方、ジュンサー達との激しい逃走劇の末に適当な洞穴に逃げ切ったロケット団は、疲れた身体を休めていた。

 彼等は十分程休むと、機材を使ってフリントにメテオナイトの強奪の件の報告を始める。

 

「こちら、コジロウ」

 

『……』

 

「ちょっと、フリント。何黙ってるのよ」

 

 画面にフリントの顔が写り、コジロウが話し掛けるも彼は黙り。思わずムサシがそう言うと。

 

『……昨日の件はどういう事だ?』

 

「げっ、ヤバ……」

 

 昨日の博物館の騒動に付いて尋ねられ、ロケット団は冷や汗を掻く。

 

「いや違うんだ、フリント。昨日、思わぬ邪魔が入ったせいでああなってしまったんだ」

 

「そうにゃ。それにメテオナイトはちゃんと確保のしたのにゃ」

 

 予期せぬデスマスの存在や、騒動は起こしたがメテオナイト自体は確保したことを出し、自分達に非はないと語るも。

 

『……ほう。では、これは何だ?』

 

 フリントはある音声データを出す。

 

『……アタシ達が誰ですって? 誰かと言われたら』

 

『答えてあげよう。明日のため』

 

『フューチャー。白い未来は悪の色!』

 

『ユニバース。黒い世界に正義の鉄槌!』

 

『我等この地にその名を記す』

 

『情熱の破壊者、ムサシ!』

 

『暗黒の純情、コジロウ!』

 

『無限の知性、ニャース!』

 

『さぁ集え! ロケット団の名の元に!』

 

 固まるロケット団。それは、昨日自分達がデスマスにやってしまい、警備員に見付かる羽目になった口上だった。

 

「け、消したはずなのに、なんで――」

 

「バ、バカッ!」

 

 思わずムサシが溢し、コジロウが止めようとするも手遅れ。次の瞬間、フリントが怒声が上がる。

 

『バカかお前達は!? 任務中に訳の分からん口上をするなど、言語道断だ!』

 

「バカとはなんにゃ! 悪の組織には口上は必要不可欠なのにゃ!」

 

「そうだ! これはロケット団に必須の悪のロマンだ!」

 

「それに、人が一生懸命考えた口上を訳の分からんってどういう事よ!」

 

『開き直るな、馬鹿者! 仮に百歩――いや、万歩譲ってロケット団に必要だとしても、任務中にやるな! 第一、そのせいで騒ぎになっているだろうが!』

 

 ロケット団とフリントは大声でしばらく言い合うも、その内疲れたのか止めた。

 

『はぁ……はぁ……。もう良い。とりあえず、メテオナイトは手に入れたな?』

 

 この件はもうどうでも良いと、フリントは割り切ると本来の話に戻る。

 

「あ、あぁ……」

 

『明日――いや、三日後の夜にこのポイントに来い。そこで合流する』

 

「今日中じゃないの?」

 

『……この状態で直ぐに行っても目立つだけだろうが』

 

「……分かったにゃ」

 

 まだ周囲に警察の目がある可能性は十分にある。先ずは今日を含めた三日間を使って完全に振り払い、三日後に合流すると言う予定をロケット団は了承した。

 

『また失態を犯すなよ。――以上』

 

 フリントはそれだけを言い残し、接続を切った。

 

「とりあえず、今日を含めた三日間は撒くことに専念するぞ」

 

「りょーかい。にしてもフリントの奴、悪の美学ってのを分かって無いわねー」

 

「全くにゃ。にゃー達はそこいらの悪党じゃにゃく、正義の大悪党、ロケット団にゃ。ロマンや美学は必須にゃ」

 

 彼等はしばらく、身体を休めながらフリントへの愚痴を溢していた。

 

「――ハックション!」

 

「ムッ、どうしたフリント?」

 

「いや、何故か鼻がむずいてな……」

 

 とある場所にある、飛行機。その中にいたフリントが突然嚔をする。それに隣にいるオールバックと口元の髭、モノクルを付けた老人が心配したのか尋ねる。

 彼はゼーゲル博士。ロケット団の中でも地位がある人物であり、博士の名が付くよう優れた研究者だ。

 

「例のあやつらが、お主の事を話したのかもしれんのう」

 

「……だとしたら、十中八九悪口だな」

 

 フリントのその読みは、見事的中していた。

 

「とにかく、ゼーゲル博士。あの連中が馬鹿やったせいで三日遅れますので、ゆっくりと」

 

「そうさせてもらおうかの。お主は?」

 

「こいつと連携を強化するため、鍛錬を。――出てこい、ミネズミ」

 

「――ミネ!」

 

 フリントは取り出した一つのモンスターボールから、あるポケモンを出す。見張りポケモン、ミネズミ。このイッシュ地方でゲットしたポケモンだ。

 

「あまり強そうには見えんのう」

 

 

「私は戦闘ではなく、潜入や調査が主な役目。目が良いコイツは適任と言える」

 

「ミネ」

 

 なるほどとゼーゲルは納得する。確かに、視力が良いミネズミはフリントにはピッタリのポケモンと言えるだろう。外見からは合わないが。

 

「三日時間がある。訓練に励むぞ」

 

「ミネ!」

 

 ミネズミはビシッと片腕で敬礼の構えを取ると、外へ向かうフリントに黙々と続いた。

 しかし、この時彼は何時もならしないあるミスを犯していた事にまだ気付いていない。

 ロケット団がアレだったので、一刻も早く忘れたいと言う理由がある――と言うより、それが主――が、これに関してフリントを責めるのは酷かもしれない。

 出来ると思っていた連中の正体が、超弩級の変人だったのだから。

 

「さて、儂は機材の調整でもするのう」

 

 ゼーゲルは三日後に使うだろう、メテオナイトの調査の為の機材の調整に取り掛かることにする。時間は有限。無駄に使うことはない。

 

「早く来て欲しいものじゃな、メテオナイトよ」

 

 目的の代物を心待ちにしながら、老人は調整を進めていった。

 

 

 

 

 

「方向はこちらで合っているか?」

 

「あぁ、別の者達からそう報告が来ている」

 

「だが、奴等とはまだ距離が離れている。急いで追い付き、監視を続行する」

 

「了解」

 

 またある場所、ロケット団の追跡をしていた三人組が、車を飛ばしていた。目的は勿論、ロケット団だ。

 昨日のロケット団が起こした珍妙な騒動で三人組は一時追跡を中断する事となり、今その際の遅れを取り戻している最中なのである。

 

「……しかし、我等はこのまま奴等の追跡を続けるべきだろうか?」

 

「……気持ちは分かる」

 

「……下手すると、巻き添えを受け兼ねんならな」

 

 昨日の一件以降、三人組はロケット団を敵として言うより、どうにも妙な変わり種の連中にしか見えなくなっていた。

 勿論、ロケット団全員がああなのではないとは理解している――というか、そう思いたい――が、それでも気が引けてしまう。何をするのか色んな意味で読めないからだ。

 

「……まぁ、あの変人共の動きを知ると言う意味でもすべきだろう」

 

「……あの方もそう言っていたな」

 

「……仕方無くの雰囲気が漂っていた様にも見えたが」

 

 メテオナイトを戻す任務を終えた後、三人組の主は彼等にそう告げたのだが、声には仕方ないの様子が十分過ぎる程に感じられた。

 

「……とりあえず、追うぞ」

 

「……了解」

 

 何とも言えない空気の中、三人組は追跡を続行した。

 



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三日間の特訓

 今までで一番長くなってしまいました……。特訓回です。


「早速特訓を開始する訳だが――その前に、初めて見るサトシくんやNくんの為に、幾つか説明しよう」

 

「ありがとうございます」

 

「助かります」

 

「先ずはこの部屋からにしよう」

 

 ジョージが最初に案内したのは、大きな画面と広いコンベア、後は幾つか何かが出すような箇所がある部屋だ。

 

「ここはランニングルームだ。勿論、ただのではないがね。さて、サトシくん、Nくん、ポケモンを出しなさい」

 

「じゃあ……ポカブ!」

 

「ボクも」

 

「カブ!」

 

「ほう、二人とも同じポカブ。少し珍しい。まぁ、とりあえずそのコンベアの上に」

 

 二匹のポカブがコンベアの上に乗る。ジョージがコンピュータの前に立ち、パネルを操作して起動するとコンベアが後ろに向かって動き出す。

 

「さぁ、ポカブ達、前に走りたまえ!」

 

「ポカ!」

 

「カブ!」

 

 二匹のポカブは、コンベアの方向とは逆に走り出す。

 

「では、一段階スピードを上げよう」

 

 ポカブ達が十数秒走るのを見て、ジョージが操作。すると、コンベアの動く速さが一段階上がった。

 

「カブカブ……!」

 

「ポカポカ」

 

「少しずつ上げていくぞ」

 

 ジョージはポカブ達の様子を見ながら、コンベアのスピードを引き上げていく。

 

「カブカブカブ……!」

 

「ポカポカ」

 

「中々だ。では、更に――これはどうだね?」

 

 またスピードアップと思いきや、今度はコンベアが上下に変化。その状態で動き出す。

 

「カブカブ、カブカブカブ……!」

 

「ポカポカ、ポカポカ!」

 

 これにはサトシのポカブもだが、Nのポカブも驚き、手こずっていた。

 

「初見のポケモンなら確実に、ある程度でも振り払われるのだが、食らい付いている。見事だ。では、更にだが――」

 

 ジョージが一つの箇所を押す。直後、左右の何かが出そうな箇所からボールが発射され、ポカブ達に迫る。

 

「カブ!」

 

「ポカ!」

 

 足場は波打ちながら高速で後ろに向かう。その状態ながらも、二匹のポカブはボールをかわし、更に落ちることなく走り続ける。

 

「これもかわすとは! 大したものだ。一旦、中止しようか」

 

 説明の途中のため、ジョージはランニングルームの操作を中止した。

 

「では、他のルームも案内しよう」

 

 その後、サトシ達は他のルームを回る。水泳や、鳥ポケモンなどの飛行の場所、的に攻撃を当てて命中を高めたり、堅い的に当てて力を高めたり。

 他にも複数のトレーニングルームを、ジョージの説明や体験を交えながら回っていく。

 

「これで全部だ。では、好きな部屋を使い、特訓に励んでくれたまえ。また私はこの部屋にいる。何かあったら呼ぶように」

 

「はい!」

 

 説明も終わり、サトシ達はそれぞれの特訓を開始する。ポカブ達は最初の部屋での特訓を再開。

 

「ミジュミジュ……!」

 

「プルル……!」

 

 水泳ルームでは、ミジュマルとプルリルが逆方向に進む水に逆らいながら泳ぎ。

 

「ポー!」

 

「ボー!」

 

 飛行ルームでは、マメパトとハトーボーの進化前、進化後の二匹が様々な箇所にある輪を潜り抜け。

 

「――タジャ」

 

「ジャノ!」

 

 足場が不安定かつ、素早く移動するルームでは飛行ルームと同じくツタージャ、ジャノビーの進化前と後の二匹が素早く動く。

 

「ドッコ! ドッコォ!」

 

 サンドバックのある部屋では、ドッコラーが大きくて重いサンドバックに強く攻撃し、反動で戻ってくるそれを受け止める。

 

「ヤナップ、かわらわり! イシズマイ、シザークロス!」

 

「ヤー……ナ! ――ナップ!」

 

「イー……マイ! イママイ!」

 

「キバ! ――キ~バ~!」

 

「あぁ! キバゴ~!」

 

 ちなみに、同部屋にはデントとヤナップ、イシズマイ。アイリスとキバゴもいた。

 デント達は難なく訓練をこなしていたが、キバゴは軽いのをひっかくで飛ばしたものの、帰ってきたサンドバックに吹っ飛ばされてしまう。

 

「うーん、キバゴはまだまだだね~」

 

「ナプナプ」

 

「イママーイ」

 

「ドッコ……」

 

 それを見ていたデント達は苦い表情を浮かべ、ドッコラーはこめかみに冷や汗を流していた。

 

「バニ! バニバニ!」

 

「モシモシ! モシモシ!」

 

 的当ての部屋では、バニプッチやヒトモシが技の命中率、正確性を高めており。

 

「ピカ、ピカピカ!」

 

「ゾロ、ゾロゾロ!」

 

 ピカチュウやゾロアがいるルームでは、壁中にある点滅した光に先にタッチする形式の試合が行われていた。

 

「えっほ、えっほ……!」

 

「はぁはぁ、はぁはぁっ……!」

 

「一二、三四……」

 

 最後にサトシ、シューティー、Nはランニングマシンを使い、走り込みをしていた。

 ポケモンの特訓に来たので、一見トレーナーの彼等には必要なさそうにも思えるが。

 

「ポケモンバトルはポケモンだけが強ければ良いという訳ではない。彼等に指示を出すトレーナーが慌て、戸惑っていればどうにもならん。故に、常に的確な指示、判断を出来るよう、身心を鍛えるべきである」

 

 ドン・ジョージのこの発言により、三人は走り込む事となったのだ。

 

「よし、一旦休憩に入ろう。ポケモン達への報告は私に任せ、君達はしっかりと休むと良い。ドリンクはそちらにあるぞ」

 

「はぁ、はぁ……! もう、限界……!」

 

 休憩と言われ、三人は特訓を止める。しかし、シューティーは既にクタクタ。思わず地面に仰向けになってしまう。

 

「あー、疲れたー」

 

「ふぅ、こんなに汗を掻いたのは久しぶりかな」

 

「なんで、サトシとNさんは、そんなに、余裕があるん、ですか……」

 

 自分は既に疲労困憊なのに、サトシとNはまだまだ余裕があった。しかも、この二人は自分よりもキツいペースでしていたのにである。どういう体力をしているのだろうか。

 ちなみに、この二人は二時間で何と、42.195km近く走ってたりする。

 

「あはは、何でだろうなー」

 

「自然の中にいると逞しくなるからかもね」

 

「そう、なんですか……?」

 

 疲れきったシューティーには、そう言うしか出来なかった。

 

「ほら、シューティー」

 

「ありが、とう……」

 

「急いで飲むと噎せるかもしれないから、ゆっくりとね」

 

「は、い……」

 

 仰向けの状態だが、サトシからドリンクを受け取り、シューティーはゆっくりと飲む。水と冷たさが染み渡るように喉や身体へと取り込まれていく。

 

「……生き返ったかもしれない」

 

「シューティーもそんなこと言うんだな」

 

「ふふ、今の内にしっかり休むようにね」

 

 コクンとシューティーは頷くと、ドリンクをゆっくりと飲み干していった。

 その後、明日挑戦をするNを除き、夜まで彼等は特訓に励み、この日を過ごしていったのであった。

 

 

 

 

 

「ニトロチャージ!」

 

「カーブーーーーーッ!」

 

 特訓二日目。この日もサトシとシューティーはバトルクラブに赴き、二人は今、技のトレーニングをしていた。Nはシッポウジムに挑戦している。

 ポカブの炎の突撃が、サンドバックを大きく揺らす。戻って来たサンドバックをヒラリとかわし、ポカブは一息付く。

 

「完成、だな」

 

「カブ!」

 

「――ミジューーーーーッ!」

 

「――ポーーーーーーッ!」

 

 隣では、ミジュマルとマメパトがアクアジェットとつばめがえしを放っており、その二つの技もサンドバックを大きく揺らしていた。

 

「よし、つばめがえしも完成! 後はアクアジェット、なんだけどなー」

 

「何か問題あるのかい?」

 

 困った様子のサトシに、シューティーが尋ねる。見た限りは問題など全く無さそうだが。

 

「一つな。見てもらった方が早いか。ミジュマル、アクアジェット!」

 

「ミジュー……マーーーッ!」

 

 指示なしのアクアジェットを放つミジュマル。しかし、滅茶苦茶に動き回り、最終的には地面に激突した。

 

「ミジュジュ……」

 

「と言う訳なんだ。今までは俺が動く方向を決めてたから、上手く行ってたんだけど……」

 

「それが無いとこうなってしまう、と。原因は?」

 

「不明。それが分かりさえすれば、アクアジェットも完全に完成するんだけどなー……」

 

 何度やっても、その理由が見抜けない。その事がサトシはもどかしい。

 

「サトシ、もう一度アクアジェットを指示してくれないか?」

 

「なんでだ?」

 

「僕のカメラで撮影すれば、制御出来ない原因が分かるかもしれない」

 

「良いのか?」

 

「あぁ」

 

 勿論、単なる人助けではない。制御出来ないのが理由でサトシに勝てても、それは本当の意味での勝利ではない。

 万全の強い彼に勝ってこそ、勝利になる。だからこそ、手を貸すのだ。

 

「よし、ミジュマル。アクアジェット!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

「……」

 

 アクアジェットを使い、また無茶苦茶に動き回るミジュマルを、シューティーは何度も撮影。その間にミジュマルは壁に当たり、墜落。サトシが駆け寄る。

 

「ミジュジュ……」

 

「どうだ? シューティー?」

 

「少し待ってくれ。えと――えっ?」

 

 写真をしっかり見て――戸惑うシューティーに、サトシが近付く。そして、その写真の一枚を見てサトシも驚く。

 

「これ……目を閉じてる!?」

 

「間違いなく、これが原因だね」

 

 その写真には、アクアジェットを発動しているミジュマルが目を閉じているところが写っていた。

 サトシはミジュマルを後ろから見ていたのと、高速で移動していた故に気付けなかったのだ。

 

「これじゃあ、制御出来る訳がない」

 

 目を閉じながら進んでいるのだ。真っ直ぐ行くわけが無い。

 

「にしても、水タイプのポケモンが水の中で目を閉じてるのはどうかと思うよ」

 

「ミジュマル~……」

 

「ミジュ~……」

 

 今の話で自覚したのか、ミジュマルは申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「何はともあれ、これで原因は分かった。多分、水の中に慣れてないとかかな。プールで訓練すれば行けると思うよ」

 

「分かった。ありがとうな、シューティー」

 

「礼を言われる程じゃない。だけど、そうだね――一つ聞かせてくれないかい?」

 

「何だ?」

 

「リベンジに、今までの手持ちを出す気はないのかい?」

 

「ミジュ……」

 

 今までのポケモン達なら、サトシのトレーナー能力に合うはず。ツタージャ以外の今の手持ちで戦うよりも手間は掛からないし、遥かに楽だろう。ミジュマルもそう思っていた。

 

「俺はコイツらなら勝てると思ってる。それに、前にも言ったけどさ、俺は新しい地方の旅はピカチュウ以外を預ける様にしてるから」

 

「……大変だろう? それに負けるのが悔しくないのかい?」

 

「悔しい。だけど、俺はコイツらと強くなって勝ちたい。だから、負けることは恥ずかしい事じゃないって思ってる」

 

 恥ずかしいのは、敗けを認められない事。敗北ではない。

 

「幾つものリーグに出て、優勝までしても、かい?」

 

「あぁ。それに、俺は新しい仲間との旅がしたい。頑張りたい。強くなりたい。だから、やるんだよ」

 

「ミジュ……!」

 

「成績には拘らないと思いきや……欲張りだね」

 

 ミジュマルが嬉しさで目を輝かせる一方、成績に拘らないと思いきや、かなり欲張りだった自分の先輩に、シューティーは苦笑いする。

 だが、その成績を気にせず、真っ直ぐに多くを求める姿勢こそが今の彼を作っているのかもしれない。

 

「質問は良いか?」

 

「あぁ、時間を取らせて悪かったね」

 

「じゃあミジュマル、早速プールで目を開ける訓練しようぜ。俺も付き合うから」

 

「ミジュ!」

 

 サトシはマメパトとポカブにそれぞれの部屋でのトレーニングの再開する事を話し、ミジュマルとプールの部屋に向かう。

 

「よし。ミジュマル、水中で目を開ける訓練を始めるぞ。これさえ出来れば、アクアジェットを自由自在に操れるようになる。頑張ろうぜ」

 

「ミジュ!」

 

 サトシは部屋にある水着に着替え、プールに入る。ミジュマルも続いた。

 

「ミジュマル、GO!」

 

「ミジュ! ミジュミジュ……!」

 

 泳ぎ出すミジュマル。しかし、その目は閉じていた。

 

「ミジュマル、目が閉じてるぞ!」

 

「ミ、ミジュ……!」

 

 指摘され、目を見開くミジュマルだが、直ぐに閉じてしまう。

 

「うーん、どうするかなー? ――うわっ!?」

 

「――ミジュ!?」

 

 これは見る目に優れたデントに頼み、アドバイスの一つでも貰うべきかもしれない。

 と思ったその時だった。プールの水流の動きが急激に速まり、サトシとミジュマルは流れに巻き込まれてしまう。

 

「な、何だこれ!?」

 

「ミジュジューーーッ!?」

 

 スピードは確かに速くなれるが、これは明らかに異常だ。状況を把握しようと周りを見る、もしくは出ようとしても流れが速すぎて出来ない。

 

「く、くそっ! このっ!」

 

「ミジュ……! ミジュジュ……!」

 

 サトシとミジュマルは必死に高速の水流に逆らって泳ぐ。しかし、突然の事もあって体力を消耗していく。

 

「――うっ!?」

 

「ミジュ!?」

 

 ビキッとサトシの片足が張る。トレーニングや急激な流れで足がつってしまったのだ。そうなれば当然、まともに泳げずに流れに飲まれてしまう。

 

「うわぁああぁーーーっ!」

 

「ミジューーーッ!」

 

 ミジュマルは勢いに流されてしまうサトシに手を伸ばすも、あっという間に遠ざかる。流れに逆らうのを止め、追い掛けるも距離は縮まらない。

 

(このままじゃ……!)

 

 サトシが間違いなく溺れる。しかし、そもそも追い付いたところでどうやってサトシをプールから出すかと言う問題があった。

 

(いや、待てよ……!)

 

 一つだけ方法がある。アクアジェットだ。この水流で加速状態なら簡単に追い付けるし、かなり手荒いが突撃でサトシをプールから出せる。

 しかし、制御ができない。そんな状態で突撃したら、最悪壁や床にぶつかって完全に溺れてしまう。

 

(なら、やるしかないだろ!)

 

 目を開け、アクアジェットを完全にコントロールして正確に突撃する。これ以外にサトシを助ける方法はない。

 まだ自分とサトシはそんなに長い付き合いではない。だけど、彼は自分を仲間にしてくれた。困ったポケモンや人を助けて行った。

 そんな優しく、強い彼が、こんな所で終わって良い訳が無い。何としても助ける。助けないと行けない。

 だから、ミジュマルは自分に全力で言い聞かせた。目を開けろ、そして、サトシを助けに行けと。

 何度も何度も強くそう思ったミジュマルの目は――開いた。強い意思が宿ったその瞳で、ミジュマルはアクアジェットを発動。

 激流を利用してスピードアップし、周りやタイミングを見計らってサトシに斜め下からぶつかる。

 

「んぐっ!? ――ぶはっ!」

 

 狙い通り、サトシはプールから飛び出す。その際に痛みながらゴロゴロと転がるが仕方ないだろう。

 

「痛た……。今のは?」

 

「――ミジュ!」

 

 つった足の痛みに耐えながらサトシが周りを見ると、ミジュマルが目の前に着地する。

 

「お前が助けてくれたのか?」

 

「ミジュ。――ミジュマ!」

 

 自慢気に頷くと、ミジュマルはアクアジェットをまた発動。今度も色々と動き回るが、最後はサトシの前に正確に立つ。

 

「目を開けれるようになったのか!?」

 

 自分の目の前に正確に着地した。それは、アクアジェットをコントロール出来るようにならなければ不可能だ。

 

「ミジュ!」

 

 ミジュマルは、ドヤ顔でそうだと頷く。

 

「そうか、それで俺にぶつかって出したのか。ありがとな、ミジュマル。それと――アクアジェット、完全にマスターだな!」

 

「ミジュマ!」

 

 アクアジェットの完全習得に、サトシとミジュマルは満面の笑みを浮かべる。サトシは痛みはあるが、そんな気にしなかった。

 

「ところで、そもそも何でプールの流れが速くなったんだ?」

 

「……ミジュ?」

 

 サトシとミジュマルは一緒に腕を組み、首を傾げる。誰かが操作するか、故障しない限りはああならないはずだ。

 

「――サトシ、大丈夫!?」

 

「怪我はないかい?」

 

「アイリス?」

 

 疑問中のサトシとミジュマルに、焦ったアイリスと、デントとジョージが駆け寄る。

 

「ごめん! キバゴが機材に弄くっちゃったの!」

 

「キバ……」

 

「あー、それで……」

 

 まだ子供のキバゴには、コントロールパネルは興味深い代物だったため、アイリスが目を離した隙に好奇心で弄くってしまい、その結果、プールの流れがああなってしまったのだ。

 

「ほら、キバゴ! ちゃんと謝りなさい!」

 

「キババ……」

 

 キバゴは心底申し訳なさそうに、頭を下げる。

 

「良いよ。どうなるか分かってやったんじゃないだろ?」

 

「……キバキ」

 

 怒らないサトシに、キバゴはもう一度頭を下げる。

 

「怪我は?」

 

「足がつっちゃった」

 

「ほ、本当にごめん、サトシ……」

 

 足がつってしまい、特訓に影響が出たことにアイリスはまた謝る。

 

「良いって良いって。悪いことだけじゃないしな。――ミジュマル、アクアジェット!」

 

「ミジュ! マァ!」

 

 ミジュマルに指示し、アイリスとデントに制御可能になったアクアジェットを見せる。

 

「コントロール出来たの!?」

 

「あぁ、ミジュマルは水の中じゃ目を閉じてて、それが原因でコントロール出来なかったんだけど、さっきの事故で俺を助けようと頑張って開けれる様になったんだ」

 

「ミージュ」

 

「なるほど、君への想いで。う~ん、ハプニングを糧に君達の絆のフレイバーの強さが増したのを、感じるよ!」

 

「どうも。ミジュマル、心配も一つ消えたんだ。特訓頑張ろうぜ!」

 

「ミジュ!」

 

 アクアジェットは完全にマスターした。後は自身の能力や技を鍛えるだけだ。

 

「それだがな、サトシ君。申し訳ないが、今日はこの部屋は使えん。さっきのでシステムが一時止まってしまった。違う部屋にしてくれるかね?」

 

「えっ、そうですか……」

 

「……何度もごめん」

 

 溺れかけるわ、足をつるわ、仕舞いには部屋が一時使用不可能と、アイリスもキバゴも小さくなっていた。

 

「なら、ミジュマル。ランニングルームで走り込みをしようぜ」

 

「ミジュ!」

 

 待ってる時間が勿体無い。使えなかったのなら、他のトレーニングをするまで。

 

「それは良いが、サトシ君は先ずその足の処置だ。あと、少し傷もある。薬を塗って置こう」

 

「はい」

 

「ミジュ……」

 

 転がった際に細かな傷が付いていた。これは間違いなく、自分のアクアジェットのせいだ。その事にミジュマルは申し訳ない顔になる。

 

「気にすんな、ミジュマル。頑張ってくれ」

 

「ミジュミジュ!」

 

 ミジュマルはブンブンと顔を振る。手当を見届けるまでは一緒にいる気だ。

 

「思われてるね。では、こっちだ。あと、今日はゆっくりしなさい」

 

「そうします」

 

「ミジュ」

 

 サトシとミジュマルはジョージと一緒に治療ルームに入る。そこでサトシはベッドに腰掛けると、ジョージは先に足の応急手当を済ませ、次に傷に薬を塗っていく。

 

「うっ、ちょっと染みますね……」

 

「傷に塗っている訳だからな。仕方あるまい」

 

「ミジュ~……」

 

「だから、気にすんなって」

 

 塗り薬で少し痛むのを見て。ミジュマルが不安な様子を見せるも、サトシは笑顔を浮かべる。

 

「まぁ、傷に塗るわけだからな。どうしても痛み、染みてしまう」

 

「ミジュ~」

 

 ふ~んと、ミジュマルは軽く唸る。アララギ研究所で怪我した時、傷に薬を塗られて痛かったのを思い出した。

 

「ちょっと我慢してもらいたい」

 

「へっちゃらです!」

 

 その後、サトシの手当も終わり、ミジュマルの特訓の時間は再開された。

 

 

 

 

 

「頑張ってるね、皆」

 

「Nさん」

 

 Nが特訓ルームに来たのは、昼食が終わった時間帯だった。

 

「あれ? サトシくん、その足は?」

 

「つっちゃいました。けど、一日あれば治りますよ」

 

「無理はしない様にね」

 

「サトシが無理をしたと言うよりは、彼女のキバゴが滅茶苦茶をした結果ですが」

 

「……」

 

「キバ……」

 

 ジト目のシューティーに言われ、アイリスとキバゴは気まずい表情だった。

 

「ま、まあまあ。それよりもNさん、ジム戦は?」

 

 Nがポケットから出したバッジケースには、二つ目のバッジが納まっていた。

 

「勝利したんですか!」

 

「うん。でも手強かった。ポカブも倒されちゃったしね」

 

「カブ……」

 

 自分が倒された事に、ポカブは不満げである。

 

「何にしても、これでNさんが一歩リードしたという事ですね」

 

 先を越された事に、シューティーは対抗心を抱いていた。

 

「キミ達なら、リベンジできるよ」

 

「それは、余裕からですか?」

 

 

「いや、そう思って言ってる」

 

 挑発的なシューティーの台詞だが、Nは表情を一切変えずに本心だと語る。

 サトシは勿論、シューティーも一生懸命頑張っている。二人ならリベンジを果たせるだろうと思っていた。

 

「あぁ、それとアロエさんから聞いた事だけど、例のロケット団の騒ぎで盗まれた物は無いらしい」

 

「そうなんですか?」

 

 それは意外だと思ったサトシ。あの連中は抜けてると言うか、憎みきれない所はあるが、やるときはやる連中でもある。

 それだけに、この結果には驚きを隠せないものの、何も無かったと言う事でもある。サトシは良かったと一安心する。

 

「話は変えますけど、Nさんはまだここにいるんですか?」

 

 バッジゲットしたが、まだここに留まるのかとサトシは尋ねた。

 

「そうだね。キミ達を見てみたいから」

 

 サトシ達とポケモンの触れ合い方。それを間近で見れるのだ。鍛錬も出来るし、まだ留まる価値はある。

 

「ただ、キミ達が嫌だと言うのなら止めるけどね」

 

「俺は構いませんよ。シューティーは?」

 

「そうですね――僕と勝負してもらえるのなら、構いません」

 

 シューティーは明日、再度のジム戦を挑むつもりのため、ここらで調整にバトルをしたかった。相手がNなのは、一度戦って見たかったからだ。

 

「見物料代わり、と言う訳だね。まぁ、キミがそう言うなら仕方ないかな。受けるよ」

 

 バトルは好まないが、シューティーという少年や、彼とポケモン達が関係なのかを知れる機会。Nはその条件を受けた。

 

「シューティーとNさんのバトルか。興味あるなー」

 

 とはいえ、今は自分の手持ち達の様子を見る方が優先と、サトシは我慢した。

 

「形式は?」

 

「一対一で。僕はジャノビーを」

 

 一番の自信があるポケモンでNとのバトルに挑みたい、また特訓も続けたいため、一対一にした。

 

「なら、ボクはゾロアにしよう」

 

「ゾロ」

 

 ゾロアはポカブよりもダメージを受けておらず、体力に充分な余裕があった。

 

「カブカブ?」

 

「キミはトレーニングの再開。頑張って」

 

「カブ!」

 

 ポカブにそう伝えると、Nとシューティーはバトルフィールドに向かう。

 

「――では、始め!」

 

 ジョージ以外の職員に審判を頼み、Nとシューティーの初バトルが始まる。

 

「ジャノビー、エナジーボール!」

 

「ゾロア、シャドーボール」

 

「ジャノ!」

 

「ゾロ!」

 

 草と影の力の球が同時に発射、中央で衝突する。結果はシャドーボールが勝利し、ジャノビーに向かう。

 

「ジャノビー、かわしてグラスミキサー!」

 

「ジャノ! ジャノ……ビーーーッ!」

 

「走って」

 

「ゾロ」

 

 草の渦が放たれるも、ゾロアはそのスピードで軽々とかわす。

 

「シャドーボール。そこからハイパーボイス」

 

「ジャノビー、回避に専念しろ!」

 

「ゾロー……アーーーッ!」

 

「ジャノジャノ――ビィ!」

 

 サトシとのバトルで見せた、複数のシャドーボールをハイパーボイスで加速させて打ち出す合わせ技だ。

 高速のシャドーボールをジャノビーはかわそうとするも、あまりの速さに一つか二つ避けたところで命中してしまう。

 

「反撃だ、ジャノビー! いあいぎり!」

 

「――だましうち」

 

 ボソッとNが呟く。体勢を立て直し、ゾロアに迫って力を込めた手刀で斬りかかるジャノビー。

 

「ゾロ?」

 

「ジャノ? ジャノッ!」

 

 しかし、ゾロアの視線の動きに釣られた瞬間、身体に体当たりされる。

 

「だましうち……! 厄介な……!」

 

 接近された状態で放たれれば、よほど注意しない限りは食らってしまう。

 かといって、中距離はハイパーボイス。遠距離はシャドーボールがある。距離を取っても打開出来ない。

 

「残念だけど――読みやすい」

 

「……!」

 

 どうすればと、シューティーが悩んでいると、Nにそう言われて息を飲む。

 

「キミは基本である、相性、戦略を重視してる。だけど、それ故に単純になってる」

 

「……今のままではダメだと?」

 

 基本を重視している今のままでは、この先はない。シューティーはそう思うも。

 

「逆かな。キミには――基本が足りないように思う」

 

「た、足りない?」

 

 基本を大切にしている故に、シューティーは抜けた声を出してしまう。

 

「そう。幾つかの基本に囚われ、ポケモンの技や力を使いこなす。戦況に合わせた適した判断をし続ける。敵の隙を突き、裏をかく能力。それらの基本が足りないと思う。今のキミは言うならば、戦況を面でなく、点としてしか見れてない」

 

「……なるほど」

 

 Nに言われ、シューティーは呟く。確かにNもサトシも技を広く使い、全体を見ていた。一方で、自分はそれが出来てない。

 育成、相性、戦略が有れば勝てる。それは間違っていない。今までの勝利はそうやって得たのだから。

 しかし、それは基本中の基本、初歩中の初歩に過ぎない。自分はまだ新人トレーナーの領域を基本を超えていないのだ。

 

「まぁ、急にやる必要はない。調子を崩す可能性もあるからね」

 

「かもしれませんね」

 

 多くの基本を学び、完全に身に付けなくてはならないのだ。大変なのは火を見るより明らか。

 

「でも、やりますよ。僕は」

 

「ジャノ!」

 

 現状のままでは、サトシとNに勝つのは愚か、目の前のバッジすら出来ない。進むしかないのだ。チャンピオンを目指す為にも。

 何よりも、サトシも欲張りだ。自分もそれぐらい欲を求めねば、追い付けないだろう。目指す場所が高いのだから。

 

「良い目だ。向上心が強い」

 

 ジャノビーも、シューティーと同じ目をしている。短いながらも良い信頼を築いている証だ。

 

「バトルはどうするかな?」

 

「ここまでにします。基本を学ばないと行けませんから」

 

 シューティーは明日に再度のジム戦を挑む予定はキャンセル。基本を学び直す事にした。

 

「頑張って」

 

「言われずとも。あと――僕に塩を送ったこと、何時か後悔しますよ?」

 

「楽しみにしてる」

 

 また挑発的なシューティーの台詞。しかし、やはりNは平然としていた。

 シューティーはその後、ジャノビーを回復させようとポケモンセンターに向かった。

 

「さて。ゾロア、ボクたちはトレーニングの再開と行こうか」

 

「ゾロゾロ」

 

 そして、Nとゾロアは特訓の再開にトレーニングルームに向かう。トレーナー、ポケモン達が汗を流す中、また一日が過ぎていった。

 

 

 

 

 

「今日で三日目だね」

 

「あぁ」

 

 特訓開始してから三日目の朝。つった足が治り、ランニングマシンでの走り込みをサトシは再開していた。隣にはデントがヤナップやイシズマイの状態を見ている。

 

「彼等も頑張ってるね。今日で三日目なのに」

 

 モニターには、初日や二日目同様、厳しいトレーニングを励んでいるサトシのポケモン達が写っていた。

 

「ポカ! ポカポカ!」

 

 ドシュドシュと、音が鳴る。発射口からポカブに向かってボールが射出されていた。

 これも特訓の仕掛けの一つであり、走りながら自分に向かって放たれる球をかわす事で判断能力、体感バランスを鍛えているのだ。

 

「ポカポカ……!」

 

 もっと。もっともっとと、ポカブは感情を燃やし、己を追い込む。

 

(自分が弱いから、サトシを負けさせてしまった)

 

 ニトロチャージを利用されたアロエのあの策。あれは自分がハーデリアの速さに追い付けなかったのが原因だ。

 もし、互角かそれ以上ならば、速さをコピーされても簡単に負けはしなかったはずなのだ。

 何よりも、捨てられていた弱い自分を助けてくれた、仲間にしてくれた。そんな彼を負けさせてしまった。

 だから、今度は勝つ。敗北の悔しさ、勝利への渇望を糧に、ポカブは高速で動くコンベアをボールをかわしながらひたすら走る。速さを、徹底的に鍛えていた。

 

「ポカポカポカーーーーーッ!!」

 

「カブー」

 

 そんなポカブの頑張り振りを、Nのポカブは感心した様子で見つめる。これほどの熱意。自分も参考にせねばと、その足を速く動かす。

 

「クル……ポーーーーーッ!!」

 

 鳥ポケモンや、浮くタイプの訓練ルーム。今は強い逆風が発生しているこの部屋では、マメパトが逆風に向かって一生懸命飛んでいた。

 

(――きっと、勝てなかった)

 

 ポカブとミジュマルが負けた。つまり、それは自分が代わりに出てもおそらく、勝つことは出来なかったと言う事だ。

 出れなかった事実も悔しいが、そう思っている自分の弱さにもマメパトは悔しさを抱いていた。

 

(勝たせたい。そして、勝ちたい)

 

 こう思うマメパトだが、彼女はミジュマルやポカブと違い、バトルでサトシにゲットされたポケモン。本来はここまで彼を思う事は難しい。

 しかし、ロケット団に捕らえられた仲間や自分、野生のポケモンや困った者達を必死に助ける優しさや、見事な指示で勝たせてきた強さがある。

 だからこそ、マメパトはサトシを深く信頼していた。だからこそ、負けさせたくない。

 その意思を翼に、小鳩ポケモンは小さくも強く逞しく羽ばたいていく。先の強さを求めて。

 

「ボー……」

 

 そんなマメパトの様を見ていたシューティーのハトーボーは、凄いと思った。

 進化前ながらも、自分を負かした相手だからだろう。彼もまた、逆風に向けて飛んでいった。

 

「なぁ、デント」

 

「なんだい、サトシ?」

 

「俺ってさ、どこかで調子乗ってたのかもな」

 

 ランニングマシンで走りながら、サトシがデントに調子に乗っていた、何処かに傲りがあった事を話す。

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

「俺、このイッシュ地方に来てから勝ち続けてた」

 

 オノノクス戦では完敗だったが、向こうが中止したため、実質負けなしと言えた。

 

「勿論、ポケモン達の頑張りもあるけど――俺はあいつらの力を引き出せてる事を、心の中で当然だと、勝ち続けてたのも当たり前だと思ってたのかもしれない。だから、ジム戦の前でツタージャじゃなくても、問題なく勝てると思ってたのかもしれない」

 

「気持ちよりも、確実な勝利を優先すべきだった。そう思ってるのかい?」

 

「それが分かんないから悩んでてさ」

 

 シューティーの前ではああ言ったものの、よく考えるとこれで良いのかとサトシは少し迷っていた。

 

「なるほどね」

 

 ポケモンの事を深く思うからこそ、サトシはこうして悩んでいるのだろう。

 気持ちを優先すれば、負けさせてしまうかもしれない。かといって、強さを優先すれば傷付けてしまうかもしれない。その二つの板挟みになっているのだろう。

 

「サトシ、僕が言えるのは一つだけ。君のやり方で、強くなって行けば良い」

 

「俺のやり方で、か」

 

「うん。君のやり方でも彼等は強くなってる。敗北したって、それを糧に強くなろうとしてる。色々と考え、変化を加えるのは大切だけど、だからと言って根本を変えては君じゃなくなる。まだそんなに長い付き合いじゃないけど、強さだけを求めるサトシって正直、想像出来ないしね」

 

「あはは、その俺ってシンジみたいだな」

 

「シンジ?」

 

 聞いた事のない人物の名前に、デントは少し気になった様だ。

 

「シンオウで会った、俺のライバルだよ。すっごく強くてさ、リーグ戦以外はほとんど敗けっぱなし」

 

「……君が?」

 

 サトシを負け越しにさせる程のトレーナー。デントは当然ながら驚き、興味を抱いた。

 

「あぁ、俺とは正反対な考えや性格のトレーナーでさ。合理的主義で強さをひたすら磨いてた。ただ、強さでポケモンを選んだり、弱かったら手放したり、最初の頃は使えないなとか、ぬるいなとか言ってた。他にも無茶な事もしてたなー」

 

「す、凄いトレーナーだね……」

 

 正にサトシとは対極のトレーナーだ。思わず、とんでもないとデントは心の中で呟いてしまった。

 

「だろ? そんなんだから、最初の頃から反発ばっかしてた」

 

「だろうね」

 

 寧ろ、それで全くぶつかり合わない方が不思議だ。

 

「だけど、戦う内に、アイツなりにポケモンと真剣に接してる事を知った。常に勝つために鍛錬と調査は怠らない。役割や戦術をしっかりと決める。必要なら、俺のやり方も採り入れてた。そう言う、どこまでも強さを求め、上を目指すアイツの姿は凄いって思った。的を得た事も言ってたし」

 

「なるほど」

 

 さっきまでは、あまり良い印象を抱かなかったデントだが、次のサトシの台詞でその印象を変える。

 非情さはあれど、それをしっかりと強さに結び付け、彼なりにポケモンと向き合っている。サトシのやり方を採り入れる柔軟さもある。

 少なくとも、ポカブをただ捨てたトレーナーよりは遥かにマシだろう。

 

「何よりも、俺はアイツとのバトルの中で強くなれた。だから、感謝してるんだ」

 

「切磋琢磨し、互いに強くなっていったマリアージュ。なるほど、君にとっては彼は最強のライバルと言える存在か。ふふ、そのテイストを是非ともこの目で直接見たいね」

 

「けど、アイツ多分、他の地方で旅してるだろうしなー。会うのは難しいかも」

 

「うーん、それは残念……」

 

「でも、何時かは会えるさ」

 

「その時に楽しみにしてるよ。――さて、話を戻そうか。結構逸れてる」

 

「……あっ、本当だ」

 

 いつの間にか、話の内容が自分ではなくシンジのものへと変わってしまっていた。

 

「ごめん、デント」

 

「いや、良いよ。興味深い話だったからね。話は戻すけど、サトシはサトシだ。やりたい事を決めるのは僕でも、彼や他の人達でもない。彼や他の人達から学んだ事を採り入れながらも、君が思うやり方で強くなれば良い。勝利も敗北も糧に、ね」

 

「――ありがと、デント」

 

 久々の敗北が、堪えたのだろう。所詮、自分はまだ一人のトレーナーでしかないと言うのに、何と馬鹿らしい事か。

 勝ちも負けも受け入れ、ポケモン達と歩む。それが自分の選んだ道のはずだ。なら、迷うことなど何も無い。ピカチュウ達と一緒に進み、強くなるだけだ。

 

「うぉおおぉおぉぉーーーっ!!」

 

「おぉ、激しい情熱のフレイバー。凄まじいね」

 

 サトシは自分らしさを取り戻し、全力でランニングマシンを走る。己を鍛え直すために。

 

「……最強のライバル、か」

 

 その部屋の扉の影、シューティーが複雑な心境でそう呟いていた。

 話を盗み聞きする気は無かったが、ポケモン達の様子を見る中で偶々聴こえ、また気になる話だったため、ついこうしてしまった。

 

(……サトシにとって、僕はどんなライバルなのだろうか)

 

 いや、きっと今はおそらくライバルにもなれていないに違いない。例え、サトシがそう言ったとしても。

 自分は新人、あっちは幾つものリーグの経験者。これで対等なライバルになれる訳がない。

 少なくとも、Nの方が自分よりもずっと彼のライバルと言えるだろう。その事実につい、壁に付いた手に力が込もる。

 

(――それが、今の僕)

 

 ライバルとも言えない新人。今はその程度でしかない。だが、チャンピオンに勝つためにも、何時かは対等なライバルになり、サトシやシンジを倒し、最後はチャンピオンを超える。

 その為には、今の自分にはない多くの基本を学び、己の物にする。悔しがってる間など時間の無駄だ。

 シューティーはこのまま、二人に気付かれない様に離れ、ポケモン達の様子を見に行こうとする。

 

「何してるの、シューティー?」

 

「うわっ!?」

 

 そこをアイリスに呼ばれ、驚きからシューティーは思わず声を出す。

 

「あれ、シューティー?」

 

「今日はジム戦だったんじゃないのかい?」

 

 サトシとデントにも見付かり、シューティーはとりあえず出て、落ち着かせるべく、軽く深呼吸してから二人の疑問に答える。

 

「もう一日だけ増やそうと思って」

 

「そっか。一緒に走る?」

 

「いや、僕は違う部屋に行くよ。それよりも、予定を変えたから先に挑むのなら早くしないと――」

 

「良いよ良いよ。俺ももう少し特訓したかったし」

 

 再挑戦に時間が掛かる。そう言おうとしたシューティーだが、サトシは別に気にしない。その分、自分を鍛え直したり、ポケモンを鍛えれる時間を得れるからだ。

 

「分かった。なら、明日僕が再度挑ましてもらうよ」

 

「頑張れよ」

 

「勿論」

 

 改めて、シューティーは部屋を離れる。会うつもりは無かったが、順番を決めれたため、これはこれで良かった。

 

「――さぁ、頑張るか」

 

 再挑戦の明日までには時間が無い。基本を学び直してから、という手もなくはないが、リーグ開催までの時間は有限。待ってくれはしないのだ。

 新たな一歩を物にするべく、少年は向かった。

 

 

 

 

 

「マメパト、かぜおこし! ミジュマル、みずてっぽう! ポカブ、ひのこ!」

 

「ポー!」

 

「ミジュー!」

 

「ポカー!」

 

 昼。三つの技が、三つのサンドバックに激突し、縦から横一直線になるぐらい大きく飛ばす。

 

「うん、最初の時よりも技の威力が上がってるぞ」

 

 初日は今のより、一段階軽いサンドバックをそれなりに揺らすのが限界だった。技の威力が順調に上がってる証拠だ。

 

「ポー……」

 

「ミジュ……」

 

「カブ……」

 

「どうしたんだ?」

 

 しかし、三匹の顔は浮かなかった。感じているのだ。これだけでは足りない。もっと力がいる。

 

(やっぱり、新しい技がいる)

 

 三匹は同時に、同じ事を考えていた。今のままでは、アロエ達に勝てない。新しい強さだけでなく、技もいる。

 サトシに追い付く為に。いや、それだけではない。今まではサトシに背を預ければ勝てると思っていた。

 しかし、今回の敗北とそれではダメだと理解した。サトシに背を預けるのではない。サトシに前を預けれる自分になろうとも決めていたのだ。

 それらの意志を込め、考えてからか、そのままぶつけるかなどの差違はあるも、三匹は全力の技を何度も何度も放っていく。疲労が溜まり、技のキレが鈍ろうとも続ける。

 

「皆……」

 

「キミに応えようとしてるんだ」

 

「Nさん……」

 

「今の自分達では、ダメだ。もっと頑張らないと行けないとね。――キミはどうする?」

 

「――決まってます」

 

 ポケモン達が頑張っている。ならば、トレーナーに出来る事はただ一つだ。

 

「――行け、皆! もっと力を引き出すんだ! 身体の奥から引き出す様に!」

 

 頑張っている、彼等を応援する。それだけだった。三匹はその声援を受け、昂った気持ち、残った力の全てを叩き込むように技を放つ。

 

「クルー……ポーーーーーッ!!」

 

「ミジュー……マーーーーーッ!!」

 

「カー……ブーーーーーッ!!」

 

 直後、凄い音が部屋に響いた。

 

「これは……!」

 

 それは新しい力の顕現。身心を限界まで追い込み、トレーナーに応えようとした結果、実現した証。

 

「マメパト、ミジュマル、ポカブ……」

 

「ポ、ポー……」

 

「ミ、ミジュジュ……」

 

「カブカブ……」

 

 疲労困憊ながらも、三匹はサトシに微笑み掛ける。これで、少しはサトシに追い付けた、と。しかし、そこで疲労から気を失ってしまう。

 

「ありがとな」

 

「手伝うよ」

 

「助かります」

 

 サトシとNは三匹を丁寧に担ぐと、休憩ルームに向かう。

 

「……」

 

「キバ?」

 

「どんどん進んでる――ってところかな?」

 

「き、きゃっ!? デント!?」

 

 サトシ達の後ろ姿を、複雑な表情を見るアイリスはデントが声を掛けられ、ビクッと身体を震わせる。

 

「違うかい?」

 

「な、何の事?」

 

「言わなくても、分かるよね?」

 

「……」

 

 アイリスは黙りとしてしまう。デントの言う通り、どんどん進んでいる――つまり、サトシ達が進歩している事に、差を感じているのだ。

 自分はまだ、キバゴのりゅうのいかりを完成させていない。ドリュウズとの仲も改善させてない。

 一方で、サトシ達は確かに成果を出している。アイリスが差を感じても仕方ないだろう。

 

「……デント、あたしはどうしたらサトシみたいに出来るの? 結果を出せるの?」

 

「頑張るしかないよ。敗北も勝利も、あらゆる物を受け止めて、糧にしてね」

 

「……あたしに、出来ると思う?」

 

「君次第だね。やろうとしなければ、何も出来ない。前に歩もうとしなければ、前には進めない。それは何時だって変わらないよ。だからこそ、サトシは凄いんだけどね」

 

 今回の様に迷い、悩んでも、進む事は忘れない。前を目指し続ける。それがサトシの強さの一つ。

 

「……そうね。キバゴ、やるわよ!」

 

「キバキバ!」

 

 アイリスは自分を奮い立たせる。自分は今、オババ様から授かったこのキバゴを立派に育て、オノノクスにまでするのが目標だ。

 その為にも先ずはりゅうのいかりの完成を目指す。一歩ずつ小さくとも確かに進む。

 

「発射!」

 

「キバー!」

 

 出力が上がったりゅうのいかり。しかし、暴発せずにサンドバックを揺らす。

 

「うん。成功! これで四割まで行ったわね!」

 

「キバキバ!」

 

 キバゴもこの三日間、サトシやシューティーのポケモン達と同様に、かつ子供なので無理をしない範囲の特訓をしていた。

 そのおかげで身体が多少鍛えられ、りゅうのいかりの完成が多少早まりそうなのだ。

 

「ふふふ、君は凄いね。サトシ」

 

 アイリスとキバゴの頑張りを見て、デントは休憩ルームに向かったサトシに呼び掛ける。その姿勢だけで、刺激を与えた。

 

「まぁ、僕もその内の一人なんだけどね」

 

「ヤナヤナ」

 

「マーイ……」

 

 確かにと頷くヤナップに、それがサトシかと理解していくイシズマイ。

 

「さて、僕達も頑張りますか」

 

「ヤナ」

 

「マイ!」

 

 自分達の為にも、ジムを任せたポッドやコーンの為にも、一回りも二回りも頑張らなければならない。デント達もまた、特訓に精を出していく。

 

 

 

 

 

「よっと」

 

 休憩ルームに着いた二人と途中で合流したジョージは、三匹を部屋にあるベッドに乗せ、布団を掛ける。

 

「頑張らないとな」

 

 今日と明日がある。その二日間、自分も己を鍛えねばならないとと、サトシは意志を固める。

 

「サトシくん。君達は凄いね」

 

「えっ?」

 

「キミは敗北をしても、彼等のせいにはしないで当たらず、悔しさを分かち合える。そして、こうして再戦に向けて頑張れる」

 

「うむ、実に立派である」

 

 何気無い事かも知れないが、だからこそ難しい。故に、Nはそれを自然に出来るサトシや彼等、その繋がりを凄いと思えたのだ。ジョージも感心していた。

 

「俺はコイツらと頑張りたいですから」

 

「その気持ちは大事だよ」

 

 そして、世の中がサトシの様なトレーナーばかりなら、自分はきっと、この道を選んでいないだろう。

 

(だけど)

 

 自分はもう決めた。何よりも、幾つかの真実を知ってもNはまだ、この道が最善だと思っている。だから、突き進む。

 

「サトシ君、この三匹は私が見よう。君は彼等の努力に応えるべく、頑張りたまえ」

 

「はい!」

 

 ジョージに言われ、サトシは今は同じ部屋にいたピカチュウとツタージャに頑張りの事を話し、走り込みに戻った。

 

「ピカ……」

 

「……」

 

 三匹の頑張りに、ピカチュウやツタージャもまた、意識を高めていた。負けたくない、同時に彼等同様に頑張らなければと。

 

「ピカピ……」

 

「タジャ?」

 

 ピカチュウがため息を溢す。ツタージャが聞くと、口を開いた。

 

『今、まともに電気が使えなくてさ』

 

『あぁ、なるほど』

 

 頑張りたくても、頑張れない。それがピカチュウには辛いのだと、ツタージャは理解した。

 

『なら、今は休みなさい。厳しい時は無理しないのが一番よ』

 

『だけどさ……』

 

『怖いの?』

 

『えっ?』

 

『追い付かれるのが怖いのか、って聞いてるの』

 

『いや、そんな訳ないじゃん。強くなったって、サトシはサトシだよ』

 

 マメパト、ミジュマル、ポカブがもし自分より強くなろうが、サトシは今まで通りに自分達に接するだろう。

 

『なら、それで良いじゃない。彼は強い。だけど、あたし達に優しく仲良く接して、困った者を見捨てれないお人好しのお馬鹿さん。それが彼でしょう?』

 

『……誉めてるの? それ?』

 

『当たり前でしょう?』

 

 そんな人だからこそ、ツタージャは選んだのだから。とはいえ、内心では少し壁があるのが少し後ろめたいのだが。

 

『まぁでも、確かにそうだね』

 

 ツタージャの言う通り、それがサトシだ。自分の相棒なのだ。

 

『けど、一番は外せないからね。無理しない程度で頑張りますか』

 

『あら、欲張りね。だったら、一つ助言して上げるわ。――イメージしなさい』

 

『イメージ?』

 

『そう。得たい技が有るのなら、どんな技かを決めてからやりなさい。出来る時間が少ない今には最適よ』

 

『なるほど』

 

 言われて見れば、ボルテッカーの時もイメージをしていた。今回もそうした方が技を編み出しやすいだろう。

 

(となると、後はどんなイメージをするか)

 

 ピカチュウは今まで使って来た技を思い出す。高威力の10まんボルトやかみなり、突撃系のでんこうせっかやボルテッカー、尻尾を使うたたきつけるやアイアンテール。

 

(あっ、そう言えば……)

 

 あるタイプの技は習得してない。それにその系統の技は、今の自分には最適とも言える。

 問題はそんな技があるかどうかだが、やって見なければ分からない。何事もチャレンジである。

 

『良い目になったじゃない』

 

『当然』

 

(あたしも頑張らないとね)

 

 ツタージャも実はある技の練習をしており、もう少しで出来そうなのだ。

 

『じゃあ、特訓再開と行こうか』

 

『えぇ』

 

 そのやり取りを最後に、電気鼠と草蛇は再開する。新たな技か、その切欠を得るために。

 様々な者達が努力に励み、三日目の特訓が終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

「ここだな」

 

 真夜中。ロケット団がフリントに指定された場所へと到着していた。その一分後、ロケット団の飛行挺が着陸し、フリントが出て来る。

 

「どうやら、この前のような馬鹿な失態は仕出かさなかった様だな」

 

 出てきて早々、フリントは辛辣な言葉を投げ掛けるも、前の件を考えれば無理も無いだろう。

 

「何時まで根に持ってんのよ……」

 

「しつこい奴にゃ」

 

「……サカキ様に報告でもするか」

 

「いやー、フリント様! ご立派で御座いますね~!」

 

「えぇ! 問題がこれ以上起こらないよう、アタシ達にしっかりと釘を刺す!」

 

「その細かな気配り、感服しましたにゃ!」

 

「さっきと言ってる事と明らかに違うが?」

 

 小声でサカキに前の件で報告するとフリントに言われた瞬間、ロケット団は急に態度をコロッと変え、更に手で胡麻を擦っていた。

 

「そんな訳無いじゃないですか~」

 

「そうそう、アタシ達はフリント様を尊敬してますので!」

 

「これはにゃー達の本心ですにゃ~」

 

「……もう良い」

 

 この変人共と一々付き合ってられないと、フリントは割り切った。

 

「入れ」

 

 ロケット団が入ると、飛行艇は空へと飛び立つ。

 

「お前さん達が、例の連中か」

 

「貴方は?」

 

「ゼーゲル。この飛行艇は儂の為の研究施設でもある。さて、説明はこんな所で良いじゃろう。メテオナイトをここに」

 

 コジロウが博物館から盗んだ隕石をテーブルの上に置く。ゼーゲルがパネルを操作し、ある光を当てていく。

 

「うむ、間違いない。これはこの星には存在しない物質で出来ておる」

 

「本物と?」

 

「そう見ても良いじゃろう」

 

 データからは、この隕石は間違いなくメテオナイトだと証明されていた。

 

「儂はこれからこのメテオナイトの調査に取り掛かる。お前さん達は各々の仕事をせい」

 

「了解した。では、次の任務を伝える」

 

「何をするのよ?」

 

「リゾートデザートに向かう」

 

「もう、本命のメテオナイトを手に行くのか?」

 

 先手必勝、兵は神速を尊ぶという言葉はあるように、素早く済ませるのは大切だが、それにしてもこれは早すぎる気がする。

 

「いや、確保はあのメテオナイトをある程度調べてから。今回は下見が目的だ」

 

「メテオナイトは素早く手に入れる為にゃ?」

 

「それもあるが、ある場所も調べろと言われている」

 

「どこだ?」

 

 リゾートデザートについては、隕石がある場所と言う事しかまだ知らない。他については知らなかった。

 

「古代の城。かつて、この地方がある王国だった時の名残だ」

 

「そこには何かが有るわけ?」

 

「それを知るために調べて来いとの事だ。おそらく、伝説や幻に纏わる情報を期待しているのだろう」

 

「面白そうな話にゃ」

 

 確かに昔の王国の城なら、この地方の伝説に関する情報があってもおかしくはない。狩人のような目をするロケット団。

 

「では、向かうぞ」

 

「了解」

 

 リゾートデザート、そして古代の城に向け、ロケット団の飛行艇は出発し始めた。

 

「飛行艇、か。厄介だな」

 

「下っぱは馬鹿でも、上は一流と言うことか」

 

「だが、どうする? これでは奴等の動きは追えんぞ?」

 

 特殊な双眼鏡で、ロケット団が飛行艇に入り込み、飛び去ったのを離れた場所で三人組は確認していた。

 

「追跡は無理だな。だが、推測は出来る」

 

「リゾートデザート、古代の城」

 

「それにもう一ヶ所あるな」

 

 空に移動してしまった以上、地上からの追跡は困難になった。しかし、事前に推測することは可能だ。

 

「よし、あの方に報告の後、動くぞ」

 

 一人が主に連絡をした後、三人組は新たな任務に向けて動き出す。

 少しずつ。また少しずつ、『始まりの時』は迫っていた。

 



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シッポウジム再戦、シューティー編

 ある状態異常の設定を少し変えてます。ゲームのままだと、強すぎますし……。


「少し眠いな……」

 

 再チャレンジの朝、ポケモンセンターで目覚めたシューティーだが、夜遅くまで基本を学び、練習したために少し寝不足の様だ。

 

「……頭は大丈夫」

 

 昨日、戦略を決める為の戦術。即ち、どうすれば良いのかを考えていたが、寝る間際には頭がフラフラだった。

 何しろ、行動一つにしても攻撃、回避、待機、移動の選択肢がある。それらに次を加えると更に増していく。それが次から次へと浮かんで来るのだ。

 そのどれもが最良な為に迷い、それを改善しようとしたら更に迷うと言う、完全な泥沼状態だった。

 

(……全く、ポケモンバトルは奥が深すぎる)

 

 基本を学び直せば直すほど、ポケモンバトルの深さが見えてくる。これを新人の自分が己の物にしないと行けないのだから、大変なことこの上ない。

 

(まぁ、やるけどね)

 

 それでも自分はやって見せる。そして、これ等の基本を物にし、サトシやN、まだ見ぬシンジに勝ち、何時かは目標であるチャンピオンになるのだ。

 

(そのためにも)

 

 先ずは目の前の壁である、アロエ。彼女に勝たねばならない。多少眠くても、再挑戦に向けてのやる気は満ちていた。

 

「――出てきてくれ」

 

 モンスターボールのスイッチを押し、手持ちを出す。

 ジャノビー、ハトーボー、プルリル、ヒトモシ、バニプッチ、ドッコラーが出てきて、自分を見る。

 

「――行こう」

 

「ジャノ!」

 

「ボー!」

 

「プル!」

 

「モシ!」

 

「バニ!」

 

「ドッコ!」

 

 短い言葉だが、六匹は頷く。彼等はシューティーがこの三日間頑張ってきたのを知ってる。一方のシューティーも同様だ。

 特に最後の一日は新しい基本を物にするため、どの様な戦法を必要か、またしっかりと形にしていくため、かなりハードになっていた。

 しかし、それだけに多少かつ付け焼き刃だが、成果もあった。それを元にアロエに再度挑み、今度こそ勝つ。その意志が彼等の目に強く宿っていた。

 シューティーは六匹をモンスターボールに戻し、ポケットモンスターの部屋からジムに向かう。

 

「シューティー!」

 

「サトシ」

 

 そこでサトシに遭遇する。今日もタマゴの検査をしているのだろう。近くにはアイリスやデント、Nもいた。

 

「再チャレンジだな」

 

「あぁ。今度は勝つよ」

 

 今まで自分を超える為にも、この勝負は負けられない。

 

「ちなみに、観戦は――」

 

「今日はしない。自分自身を鍛え直したいし、あいつらも特訓したいからな」

 

「分かった。頑張ってくれ」

 

「そっちもな」

 

 あぁと頷くと、シューティーは一人でシッポウジムへと向かった。

 

 

 

 

 

「再挑戦しに来たね、シューティー」

 

「えぇ、今度こそはバッジをゲットします」

 

 シッポウジム。バトルフィールドでシューティーは挑戦者側でジムリーダー側にいるアロエを静かに見つめる。

 

「もう分かってると思うけど、あたしの二匹はこの子達だよ。ハーデリア、ミルホッグ」

 

「――ハー!」

 

「――ホッグ!」

 

「先手はまたハーデリア。さぁ、アンタは何を選ぶ?」

 

「もう決めてます」

 

「早いね」

 

 今日もハーデリアから来るようだ。しかし、こちらはミルホッグからでも構わない。さっき言ったように、事前に決めているからだ。

 

「さぁ行け、ドッコラー!」

 

「コラー!」

 

「今日はいきなりドッコラーからかい」

 

 となると、もう一匹が気になるが、今回はほえるを使わないと決めている。

 シューティーの様な几帳面な性格のトレーナーには、同じ技よりも違う技の方が良いと判断したからだ。

 

「では、これより、シッポウジム戦を始めます。――始め!」

 

「ドッコラー、こわいかお!」

 

「ドッコ!」

 

「ハー!?」

 

 先手必勝と言わんばかりに、シューティーはこの前と同じく、こわいかおで今度はハーデリアの速さを奪う。

 

「また速さを鈍らせに来たね」

 

「動きを封じる、鈍らせて有利するのはバトルの基本です! がんせきふうじ!」

 

「確かに。――めざめるパワー!」

 

「コラーーーッ!」

 

「デリアーーーッ!」

 

 ドッコラーからは岩石。ハーデリアからは光球が発射され、互いに打ち消し合っていく。

 

「ドッコラー、突っ込め!」

 

「ドッコォ!」

 

(――さぁ、何で来る……!?)

 

 ほえるで強制交代か、迎撃か。もしくは、他の何かしらの妨害技で崩しを仕掛けてくるか。

 

「……」

 

「――ハ~……」

 

「――えっ?」

 

「ドコ?」

 

 しかし、アロエは何も指示を出さず、ハーデリアは眠たそうに大きな欠伸をかいた。

 シューティーもだが、ドッコラーも思わず意表を突かれ、動きを止めてしまう。

 

「――かみくだく!」

 

「っ! ドッコラー、木材でガードしろ!」

 

「デリッ!」

 

「ドッコ!」

 

 動きを止めた一瞬を狙われるも、ドッコラーは木材で防御。攻撃を防ぐ。ハーデリアは直ぐに口を離すと、距離を取った。

 

「危なかった……」

 

 かみくだくはあくタイプの技。かくとうタイプのドッコラーが受けても効果は今一つだが、防御を下げる追加効果がある。

 防御が下がった状態でとっておきや、威力が高まったかたきうちなど食らえば、大ダメージか最悪は戦闘不能だ。それを避けれたのは大きい。

 

(とはいえ、ふるいたてるでパワーを上げられたら差は無いけど……)

 

 より大きなダメージを食らうよりはマシである。さて、かみくだくは防いだ。ここから反撃だ。

 

「がんせきふうじ! 今度はハーデリアの周りに!」

 

「ドッコ!」

 

「周りにかい。面倒だねえ。――めざめるパワー!」

 

「木材で弾け!」

 

 岩を破壊すれば、その間にこわいかおで動きが鈍っているハーデリアは攻撃を受ける。ならば、迎撃してからだ。

 ハーデリアは無数の光球を放つが、それは全てドッコラーの木材で弾かれてしまう。

 

「連射! 上下左右に分けて放ちな!」

 

 ストレートでダメなら、変化球で。ハーデリアはめざめるパワーをそれぞれ異なるタイミングと軌道で放つ。

 

「ハー!」

 

「また弾け! そして――木材で高く跳躍しろ!」

 

「ドコドコ……ドッコラーーーッ!」

 

「木材で跳んだ!?」

 

 ドッコラーはめざめるパワーを二つ程弾くと、木材でまるで棒高跳びをするかのように高く跳躍。残りのめざめるパワーをかわしながら攻撃に移る。

 

「ばくれつパンチ!」

 

「ドッコォ!」

 

「ハーデリア、かわしな!」

 

「ハー!」

 

 余裕を持って回避するハーデリアだが、その瞬間、シューティーが微かに笑う。避けられるのは最初から想定の内。真の狙いは――地面だ。

 強烈な拳がフィールドに触れた瞬間、地面がその威力によって亀裂が走り、幾つのも土塊となって浮かび上がる。

 

「なにっ!?」

 

「デリアッ!?」

 

「ローキック!」

 

「ドッコラ!」

 

「デリッ……!」

 

 ばくれつパンチは強力だが、その分外しやすくて隙もある。先ずは着実にダメージを与えに行く。

 岩で逃場を制限され、そこに土塊で更に動きを封じられたハーデリアの体毛が無い足にドッコラーのローキックが炸裂。

 速さを下げられ、しかも効果抜群の技により、小さくはないダメージを受ける。

 

「――そろそろかね。とっておき!」

 

「来る! ドッコラー、木材で防御!」

 

 あの技、とっておきが来る。動きが鈍くなっているとはいえ、この近距離ではかわせない。

 しかし、想定と訓練はしている。木材でのガードで耐え抜き、反撃で倒そうとする。

 

「ハーーーーーッ!!」

 

「ドッコ!?」

 

「なっ!?」

 

 しかし、ドッコラーは防御を全くせず、無防備にとっておきを食らってしまう。

 

「どうした、ドッコラー!?」

 

「ドッ……コ……ラ……」

 

「これは……ねむり!?」

 

 予想外の出来事に、シューティーは直ぐに確認。ドッコラーは、ねむり状態に陥っていた。

 ねむりは、時間がある程度経つまで攻撃を受けても目覚めない危険な状態異常。シューティーは急いでドッコラーをモンスターボールに戻す。

 

「くっ、いつの間に……!?」

 

「いつだと思う?」

 

 本で技についてはある程度知っている。ねむりにする主な技はさいみんじゅつやねむりごな、キノコのほうし等だが、ハーデリアはそれらの技を使っていない。と言うか、使えないはず。

 

(それら以外で、ねむりに出来る技……? ――まさか!?)

 

 シューティーはある場面を思い出し、ハーデリアが何の技を使ったのかを理解した。

 

「あくび……!」

 

「大正解」

 

 最初のハーデリアの欠伸。あれはポケモンの技、あくび。

 この技も相手をねむりにする技だが、他と違って時間差で眠らせるという厄介な点がある。

 シューティーは直後に攻撃を仕掛けられたために、気付くのが遅れてしまったのだ。

 

「残念だったね。折角のチャンスを逃して。だけど、ばくれつパンチを先に叩き込めば、ハーデリアは倒せるか、そうでなくてもこんらんで有利になっただろうに」

 

「……確実を優先しただけです」

 

 一瞬、そうすべきだった迷うシューティーだが、上手く行く保証は無かった。何よりも、もう過ぎた事だ。

 

「そうかい。で、ドッコラーはねむり状態。もう一体を出すしかないねえ」

 

「……行け、ジャノビー!」

 

「――ジャノ!」

 

 シューティーのもう一匹は、ジャノビーだった。

 

「おや、プルリルじゃないのかい。これは少し意外だね。どんな思惑があるのかね?」

 

「秘密ですよ」

 

 と言っても、大したものではない。一番実力と自信のあるジャノビーを選んだだけだ。

 

「そうかい。――ハーデリア、戻りな。そして、行きな、ミルホッグ!」

 

「ホッグ!」

 

 アロエはこちらも交代だと言わんばかりにハーデリアを戻すと、ミルホッグを繰り出す。

 

「ミルホッグ、かえんほうしゃ!」

 

「ホッグゥ!」

 

「ジャノビー、かわせ!」

 

 ミルホッグは口から炎を吐き出す。ジャノビーは横に動いて避けるも。

 

「薙ぎ払いな!」

 

「ジャンプだ!」

 

 アロエがただ見過ごす訳もなく、ミルホッグに炎を横薙ぎに放たせる。シューティーもジャノビーに跳躍で炎を飛び越えさせ、回避。

 

「今度はほのおタイプの技か……!」

 

 前やサトシの時と違う技。しかも、ジャノビーには効果抜群。本当に多彩な技を使って来る。しかし、対処出来ない訳ではない。

 

「接近しないのかい?」

 

「……」

 

「なら、またこちらから行こうかね。かえんほうしゃ!」

 

「ホッグーーーッ!」

 

 黙りのシューティーに、アロエは攻撃を指示。ミルホッグは再度かえんほうしゃを放つ。

 

「また薙ぎ払いな!」

 

「ホッグーーーッ!」

 

「向こう側に飛び越えろ! そして、エナジーボール! 前と右に二つ!」

 

「ジャノォ!」

 

 ジャンプで反対側に移動すると、ジャノビーは草のエネルギー弾を前と右に二つ展開する。

 

「たたきつけるで飛ばせ!」

 

「ジャノ……ビィ!」

 

 ジャノビーはその尾で二つのエナジーボールを打ち出す。一つは薙ぎ払いに来るかえんほうしゃを止め、もう一つはミルホッグへと向かう。

 

「ホッグ!? ――ミルーーーッ!」

 

「尾で加速させた!?」

 

 かえんほうしゃを止められ、動きが鈍った間に打ち出されたエナジーボールがミルホッグに命中。ミルホッグは吹き飛び、放っていたかえんほうしゃも消える。

 

「接近しろ! いあいぎり!」

 

「れいとうパンチ!」

 

「ジャノォ!」

 

「ホッグ!」

 

 力の手刀と冷気の拳が放たれる。二匹は両手を振り回し、回避もしていく。

 

「……ミルホッグ、下がりな!」

 

「ホッグ!」

 

「ジャノビー、追え!」

 

「ジャノ!」

 

「――今だよ、地面にれいとうパンチ!」

 

「ミルホッグゥ!」

 

「――ジャノォ!?」

 

 引いたと見せかけ、地面に冷気の拳を撃ち込み、冷気で氷を作る。ジャノビーはその氷に足を取られ、体勢を崩す。

 

「さいみんじゅつ!」

 

「ホッグ!」

 

「ジャ、ノ……!」

 

「ジャノビー!」

 

 隙を狙い、ミルホッグの目が怪しく光る。両眼から催眠の光が放たれ、ジャノビーをねむり状態にしてしまう。

 

「とっておき!」

 

「ホッグーーーーーッ!!」

 

「ジャノォーーーッ!?」

 

 隙だらけのジャノビーにミルホッグの拳、とっておきが炸裂。大ダメージを与える。

 

「ミルホッグもとっておきを……!?」

 

「使えないなんて言った覚えは無いよ?」

 

 今までは試合毎に変える戦術に合わなかったから、使わなかっただけである。

 

「戻れ、ジャノビー!」

 

 不味いと判断し、シューティーはジャノビーを戻す。

 

「これでジャノビーもねむり。ドッコラーは治ってるかね?」

 

 時間はそれなりには経ったが、治ってなければドッコラーは良い的になってしまう。

 

(本当に強い……!)

 

 警戒はしていた。なのに、ドッコラーもジャノビーもねむりにされてしまった。

 アロエの力量に改めてシューティーは戦慄。緊張から冷や汗を流し、ゴクリと息を思わず飲む。しかし、勝負はまだ終わっていない。

 

「……頼む、ドッコラー!」

 

「――ドッコォ!」

 

「ほう。目が覚めてるね」

 

 出てきたドッコラーは時間が経ったお掛けでねむりから解放されていた。これで戦える。

 

(だけど、ジャノビーはしばらくねむり状態……)

 

 時間を掛けないと、倒された場合、ねむり状態のジャノビーが無防備にやられてしまう。ここはどうするべきか。

 

(いや、ここは攻めよう)

 

 アロエ相手に受身では、読まれてしまう。不利だからこそ、ここは攻めの姿勢を見せるべきだ。

 

「ドッコラー、こわいかお!」

 

「ドッココ……!」

 

「目を閉じな、ミルホッグ!」

 

「ホッグ!」

 

 こわいかおが放たれるも、ミルホッグは目を閉じて速さが低下するのを回避する。

 

「こわいかおを防いだ!?」

 

「こわいかおはその表情を見て怯むからこそ下がる。なら、見なければ良いのさ」

 

「でしたらこれです! がんせきふうじ!」

 

「避けな!」

 

 大量の岩が迫るも、ミルホッグは目を見開くと、必要最低限の見事な動作で回避する。

 

「今だ、ドッコラー! 打て!」

 

 しかし、その途中、落下した岩が不自然に前に移動する。ドッコラーが自分の前にも展開したがんせきふうじの岩を木材で打ち出し、岩と岩が激突。ミルホッグに命中して、速さが下がってしまう。

 

「やるね! がんせきふうじの岩を球の様に打ち出すなんて!」

 

「技を使いこなすのも、基本ですからね!」

 

「確かに! かえんほうしゃ!」

 

「ジャンプ!」

 

 回避の指示をしながら、シューティーは思考を続ける。

 

(……さて、ここからはどうする?)

 

 さっきの打ち出しはもう通用しないだろう。かといって、近距離はさいみんじゅつがある。あれを食らえば、問答無用でやられる。

 

(……いや、待てよ?)

 

 シューティーは思考していく。勝つための策を練っていった。

 

「――ドッコラー、接近!」

 

「ミルホッグ、れいとうパンチ!」

 

「屈んでローキック!」

 

 冷気の拳が放たれるも、ドッコラーはしゃがみ、更にその体勢でローキックを放つ。

 

「耐えな! さいみんじゅつ!」

 

 効果抜群だが、ミルホッグは耐えて踏ん張るとさいみんじゅつを放つ。

 

「目を閉じろ、ドッコラー!」

 

「ドッコ!」

 

 ドッコラーは目を閉じ、催眠の光を回避する。先ほどミルホッグがこわいかおを避けたのと同じやり方で避けたのだ。

 

「やっぱり、そう来たかい。――れいとうパンチ!」

 

(とっておきじゃない?)

 

 ここで最強の技のとっておきではなく、れいとうパンチ。違和感を覚えたシューティーだが、対処しなくてはならない。

 

「木材でガード! そして、弾け!」

 

「ドッコ! ラァ!」

 

 木材で冷気の拳をガード。次に弾き、その隙に最大の一撃を放つ。

 

「ばくれつパンチ!」

 

「ドッコ……ラァーーーーーッ!!」

 

「ホッグーーーッ!!」

 

 強烈な拳が叩き込まれ、ミルホッグは吹き飛ぶ。地面に落下すると、目を回していた。

 

「ホッグ~……」

 

「ミルホッグ、戦闘不能! ドッコラーの勝ち!」

 

「よし……!」

 

「ドッコ!」

 

 これで二対一。こちらが有利になった。シューティーは無意識にバトルの緊迫した空気でいつの間にか荒くなった呼吸を整え、掻いている汗を服で拭う。

 

「ごくろうさん、ミルホッグ。――ハーデリア!」

 

「ハー!」

 

 再び、ハーデリアが出てくる。仲間のミルホッグが倒されたが、焦るどころか逆に張り切っていた。

 

「ドッコラー、がんせきふうじ!」

 

「ドッコー――ラ?」

 

 攻撃しようとしたドッコラーだが、途中でその動作が鈍る。

 

「どうした!?」

 

 またあくびかと警戒するシューティーだが、見るとドッコラーの木材と、担いでいる方の手が凍っている。

 

「さっきのれいとうパンチ!」

 

「正解! ハーデリア、めざめるパワー!」

 

 さっきの激突の際、とっておきではなく、れいとうパンチを放ったのは冷気で動きを制限するのが目的だったのだ。

 どちらにしても防御されて倒される。ならば、動きを封じて次に繋ぐ。実に合理的な判断だ。

 

「避けろ、ドッコラー!」

 

「ドッコ……!」

 

 片側が動きづらいが、ドッコラーは辛うじて避けていく。しかし、その間にハーデリアが接近していた。

 

「あくび!」

 

「ドッコラー、防御――いや、避けろ!」

 

「ハ~……」

 

「コラ……!」

 

 木材での防御は、凍っているために無理だ。回避しかない。

 

「そこさ、かみくだく!」

 

 しかし、回避した先には読んでいたハーデリアがおり、強く噛み付かれてしまう。

 

「叩き付けな! そして、とっておき!」

 

「ドッコラー、とにかく避け――」

 

「ハー……デリーーーッ!!」

 

「ドッコーーーッ!!」

 

 ドッコラーは何とか逃げようとした。しかし、動きが制限された上に地面に叩き付けられた直後ではかわせず、まともに受けてしまう。

 

「ドッ……コ……」

 

「ドッコラー!」

 

「ドッコラー、戦闘不能! ハーデリアの勝ち!」

 

「これでお互いに一体ずつ。数の優位性も直ぐに無くなったね。さぁ、決着を着けようか」

 

「……再び行け、ジャノビー!」

 

「――ジャノ!」

 

 再び出てきたジャノビー。さっきまでのバトルで時間が経ったおかげで、ねむりから解放された様だ。

 しかし、次食らえば確実にやられる。あくびだけは絶対に避けねばならない。

 これはとっておきもだ。ミルホッグから既に一撃受けてる。もう一度受けたら、敗けと判断した方が良いだろう。

 

「行くよ、ジャノビー!」

 

「ジャノォ!」

 

「良い気迫だよ。ハーデリア、めざめるパワー!」

 

「ジャノビー、グラスミキサー!」

 

「デリリッ!」

 

「ジャノノォ!」

 

 光球が放たれると同時に、ジャノビーは回転。自身を覆うほどの草の渦を展開し、光球を巻き込んで防御する。

 

「グラスミキサーで防御とは! 面白いね!」

 

「そこで終わりじゃありませんよ! ――行け!」

 

「ジャー……ノォ!」

 

「避けな、ハーデリア!」

 

 縦に伸びた渦が、上からハーデリアに迫る。それは軽々と避けたハーデリアだが、直後にその渦からジャノビーが現れる。

 

「渦の中から!? ――攻撃と同時に移動して!」

 

「正解です! いあいぎり!」

 

「ジャノジャノ!」

 

「デリッ!」

 

 完全に不意を突かれ、ハーデリアに力の手刀が叩き込まれる。

 

「めざめるパワー!」

 

「デリリリィ!」

 

「ジャノビー、いあいぎりで弾け!」

 

「ジャノノノ!」

 

 ジャノビーはめざめるパワー全てを、見事に弾き飛ばすとそのまま切りかかる。

 

「体毛で受け止めな! ――そこであくび!」

 

「ハー……」

 

「しまっ……!」

 

 体毛で防御された隙を狙われ、あくびを食らってしまう。

 

「決まったかね?」

 

「いえ! だったら、ねむりに陥る前に倒すだけです! いあいぎり!」

 

 交代はもう出来ない。ならば、ねむりになるまでの間にハーデリアを倒すしか勝機は無い。

 

「良い判断だよ。だが、焦りがある。――かみくだく!」

 

 ねむりへの焦りから、シューティーとジャノビーは動きが荒い。その一撃をかわし、その身体にかみくだくを叩き込む。

 

「ハーデリア、地面に叩き付けな!」

 

「させるな、ジャノビー! エナジーボール! ハーデリアに叩き付けろ!」

 

「ハーデリア、離しな!」

 

「エナジーボールを打て! たたきつける!」

 

 目まぐるしい判断が行われた。叩き付けからのとっておきをしようとしたアロエだが、シューティーはエナジーボールをダイレクトに叩き込もうとする。

 危険を感じ、アロエはかみくだくを中止して攻撃を回避しようとするも、シューティーは展開したエナジーボールを打ち出しを指示。加速したエナジーボールはハーデリアに直撃する。

 

「判断し続けれるようになってるね。大したものだよ」

 

 前のバトルでは、不利になると判断が甘くなっていたが、今回はまだ未熟さはあるものの、判断し続けている。

 

「勝つために考え続ける。トレーナーの基本ですよ」

 

 しかし、精神的にはキツいのか、掻いている汗は増しており、また服で拭っていた。

 

「ふふふ、正に男子三日会わざれば刮目して見よだね。だが――ここで終わりだよ」

 

 ハッとするシューティー。ジャノビーを見ると、ねむりになりかける寸前だった。

 

「時間切れ。あたしの勝ちだね」

 

「くっ……!」

 

 歯軋りするシューティー。もう打つ手が無い。このままジャノビーはねむりになり、ハーデリアがとっておきを放って決着となるだろう。

 今回もまた勝てなかった。シューティーがそう思った瞬間だった。

 

「――ジャノ! ジャノジャノォ!」

 

「ジャノビー!?」

 

 ジャノビーが自分の顔を地面にガンガンと、全力で何度も叩き付けたのだ。そして、戦意に満ちた眼差しをアロエとハーデリアに向ける。

 

「自分の顔を叩き付けて、痛みで眠気を無理矢理飛ばしたのかい!? ははっ……とんでもないね!」

 

「ジャノビー……」

 

「ジャノノ!」

 

 今までのダメージや、さっきの痛みがあるだろう。だが、ジャノビーは笑って自分を見た。まだ行けると言いたげに。

 

「あぁ、まだ終わってない。行こう、ジャノビー」

 

「ジャノ!」

 

 ポケモンがここまでしてくれた。何としても勝つ。勝って見せる。

 

「眠気を飛ばしたのは驚いたよ。だけど、終わりが迫って来たのには違いない。――覚悟は良いかい?」

 

「ハーデ?」

 

「えぇ、勝つための覚悟なら出来ましたよ。――そうだろ、ジャノビー」

 

「――ジャノーーーーーッ!!」

 

「しんりょく、か」

 

 緑色の淡い光がジャノビーの身体から溢れ出す。草タイプの技の力を高める特性、しんりょくの発動だ。

 

「めざめるパワー!」

 

「エナジーボール!」

 

 ジャノビーからは、今まで以上の大きさのエナジーボール。ハーデリアは今まで複数出していたのを、一つに集中した光球。

 二つの球が同時に発射され、二匹の中間で激突する。結果は、しんりょくで威力が高まったエナジーボールが威力を軽減されながらも、めざめるパワーを突破。ハーデリアに向かう。

 

「かわしな、ハーデリア!」

 

「ハー!」

 

「ジャノビー、グラスミキサー!」

 

「ジャノジャノ……!」

 

 ハーデリアがエナジーボールをかわした間に、ジャノビーはグラスミキサーを発動。これまたしんりょくで高まっており、渦は範囲と勢いが増している。

 

(どっちかね?)

 

 先程と同じ様に渦の中から出てくるか、今度は違う手を仕掛けてくるか。

 

「――発射!」

 

 再度グラスミキサーが放たれる。ハーデリアはダメージがかなり身体を動かし、大きく回避する。

 

「行け、ジャノビー!」

 

 直後、グラスミキサーからジャノビーが再度出てきた。

 

「前者! ハーデリア――とっておき!」

 

「ジャノビー――エナジーボール!」

 

「ハー……デリィーーーッ!!」

 

「ジャノ……ビーーーーッ!!」

 

「エナジーボールを盾にした!?」

 

 物凄い音が響く。ハーデリア渾身のとっておきと、ジャノビーの全力のエナジーボールが衝突したのだ。

 

「ジャノノノォ……!!」

 

「ハーアアァア……!!」

 

 技の激突による余波で、ジャノビーとハーデリアの身体に痛みが走る。しかし、そんなことは知ったことかと言わんばかりに耐え、進んでいく二匹。

 

「防ぎきれ、ジャノビー!」

 

「押し切りな、ハーデリア!」

 

 この激突に打ち勝った方が、間違いなくこのバトルに勝つ。

 だが、ここまで来ればトレーナーの自分達に出来るのは、言葉を届ける事のみ。故に、シューティーとアロエは叫ぶ。

 

「ジャ……ノ……ビィイイィイ!!」

 

「ハー、デリ……アアァアァァ!!」

 

 ジャノビーとハーデリア、二匹が残った全ての力を、叫びながら放つ。すると、技の激突による爆風と土煙が発生した。

 その直後、煙から二つの何か――激突と吹っ飛んだジャノビーとハーデリアが出てきて、地面にバウンドしながら互いのトレーナーに向かう。

 

「ジャノビー!」

 

「ハーデリア!」

 

「ジャ――ノッ!」

 

「ハー……――デリ~……」

 

 満身創痍ながらも立ち上がるジャノビー、ハーデリアは反対に地面に突っ伏していた。

 技に直接飛び込んだハーデリアと、技越しに耐えたジャノビー。その差がダメージに影響を与え、ジャノビーの勝因となったのだ。

 

「ハーデリア、戦闘不能! ジャノビーの勝ち! よって――この勝負、チャレンジャー、シューティーの勝利!」

 

「――よし!!」

 

「ジャノーーーッ!!」

 

 勝利宣告に、シューティーとジャノビーは思わず大声を上げる。

 シューティーは落ち着くため、コホンと態とらしく咳を吐くが、直後に精神的な疲労感がドッと溢れて身体がふらつく。

 

「うっ……」

 

「精神的に疲れてるね。そっちに関してはまだまだ。まぁ、何にしても見事だったよ。シューティー」

 

「アロエさん……」

 

「まだまだ荒さや未熟さはある。だけど、進歩してるのが分かるよ。これが、あたしに勝った証、ベーシックバッジさ」

 

 アロエはシッポウジムで預かるバッジ、ベーシックバッジをシューティーに手渡す。

 

「ベーシックバッジ……」

 

 基本、初歩の意味を持つ単語の名前のバッジ。新たな基本を学び始めたからこそ、手に入れる事が出来た。

 シューティーはふとそんな風に感じ、ベーシックバッジをバッジケースに仕舞う。

 

「ありがとうございました」

 

「次のジムも頑張りな」

 

「はい。ジャノビー、ゆっくり休め」

 

「ジャノ」

 

 頑張ってくれたジャノビーをモンスターボールに戻し、同じく頑張ったドッコラーも回復させるべく、シューティーはポケモンセンターに向かう。

 

 

 

 

 

 二匹を回復して貰い、疲労感も消えたあと、シューティーはバトルクラブの特訓ルームに向かう。

 

「サトシ」

 

 ランニングルームには今、サトシだけがいた。Nやデント、アイリスはいないが、彼に話せれば充分だ。

 

「おっ、シューティー! ジム戦どうだった?」

 

「この通り」

 

 ベーシックバッジを見せ、アロエにリベンジを果たした事を証明した。

 

「勝ったんだな!」

 

「何とかね」

 

 苦戦しながらも、何とか勝利した。だが、この勝利には大きな価値がある。新たな一歩を確かに実感出来たのだから。

 

「後は俺かー。負けてられないな」

 

 Nもシューティーも、バッジをゲットした。後は自分だけ。

 

「シューティーはこの後は?」

 

「次の町に向かうよ。ジムにも勝ったしね」

 

 サトシの再戦に興味が無いわけではないが、シューティーは思っている。彼なら勝つだろうと。

 それに、自分はもっと多くの基本を学ばなくてはならない。止まっている場合ではないのだ。

 

「そうか。また会おうぜ」

 

「あぁ」

 

 サトシに別れを告げた後、バトルクラブを出たシューティーは、日を見上げる。

 

「さて、行こう」

 

 夢に向けて、新たな一歩を歩み始めた少年は、次の一歩を進むべく、旅を再開した。

 

 

 

 

 

「はぁー、疲れたな。ピカチュウ」

 

「ピカピ」

 

 夜。再挑戦に向けての最後の特訓も終わり、もうすぐ就寝を迎える少し前の時間。

 サトシとピカチュウは、少しだけ外に出て夜風を味わっていた。ほんのりとした涼しさが心地よい。

 

「次こそは勝たないとな」

 

「ピカピカ、ピカピ!」

 

 今度こそは勝てるよと、ピカチュウはサトシ、そして戦うだろうとミジュマルやポカブを応援する。

 

「ありがと、ピカチュウ。さて、そろそろ――」

 

「――おや?」

 

 ポケットモンスターに戻って、部屋で寝ようとしたその時、彼等に一人の人物が近寄る。カールした髪が特徴の壮年の男性だ。

 

「君のそのポケモン……ピカチュウですな。珍しい」

 

 どうやら、ピカチュウが珍しくてサトシ達に近付いたらしい。

 

「あっ、はい。俺達、カントーから来たんです」

 

「ほう! 遠く離れた場所からここまで! よほど、信頼のある関係なのですな~。ご立派!」

 

「ありがとうございます」

 

 うんうんと感心した様子の男性はサトシを誉め、サトシはお礼を言う。

 

「君達の様な、深い信頼関係を築ける者ばかりなら、もっと良くなるのでしょうが……」

 

 はぁと、男性は悲しそうにため息を吐く。

 

「えと……」

 

「おっと、これは失礼。単なる愚痴ですよ。気になさらず」

 

「あっ、わかりました」

 

「ピカ」

 

 男性にそう言われ、サトシとピカチュウは深く気にしない事にした。

 

「――何を余計な油を買っている」

 

「お主か」

 

 そこにもう一人男性がやって来た。呆れた声色を出したその人物は、顎鬚にこけた頬の特徴をしている。

 

「いやいや、この少年はイッシュにはおらぬピカチュウと一緒におったのでな。それに、遠く離れた地方から共に来るほどの良好な関係で、ついつい感心してのう」

 

「少年、本当か?」

 

「あっ、はい」

 

 それを聞き、こけた頬の男性は内心で安堵する。

 

「話は分かった。しかし、だからと言って、長時間止めるのはその少年やピカチュウに迷惑だろう。第一、私達には仕事がある」

 

「分かっておるわい。硬いやつじゃ、全く……。済まんの、少年」

 

「いえ、気にしてませんよ」

 

「ピカピカ」

 

「おおっ、この少年やピカチュウは直ぐに許してくれたと言うのに、隣の者は……」

 

 態とらしい、涙を拭う態度を見せるカールした髪型の男性。

 

「まだ言うか。さっさと行くぞ」

 

「分かっておるわい。では、お元気で」

 

「そちらこそ」

 

「ピカ」

 

「おおっ、何と優しい。……隣とはえらい違いじゃな」

 

「……」

 

 最早付き合ってられないと判断したのか、こけた顔の男性は早足で去って行く。

 

「こ、こらっ、冗談に決まっておろうが~! またんか~!」

 

 早足で去る同僚に、カールした髪型の男性もまた早足で追い掛けていった。

 

「……変わった人だったな」

 

「ピカ」

 

 しかし、カールした髪型の雰囲気が少しある人物と似ていた気がする。どことなくNと。

 

「まっ、良いか。寝ようぜ、ピカチュウ」

 

「ピカピ」

 

 そろそろ、良い時間帯になっただろう。明日に備え、サトシとピカチュウはポケモンセンターに戻った。

 

 

 

 

 

「待たんか、全く……。良い加減、機嫌を直してくれんかのう。――ヴィオ」

 

「そう思うのなら、もう少し真面目にやれ。――ジャロ」

 

 かつて、部下と共にロケット団の追跡をしていたこけた顔の人物、ヴィオ。

 そして、ジャロと言われたカールした髪型の彼もまた、同じ場所に所属する人物の一人。それも、ヴィオと同じ地位の人物だ。

 

「我等の任務、分かっているだろう?」

 

「勿論じゃ。ロケット団に本物のメテオナイトを奪われぬように監視する。忘れてはおらぬ」

 

 彼等がシッポウシティに来たのは、ロケット団の監視が目的。その為に、二人とその部隊がこの町に訪れたのだ。二十四時間中、監視するべく。

 

「奴らにメテオナイトを渡す訳には行かんからの」

 

「あぁ。とはいえ、夜は私の担当な訳だが」

 

「お主は『裏』じゃからのう」

 

 ヴィオとジャロは地位こそは同格だが、役割が大きく異なる。

 故に、彼等が一緒に来て、朝昼はジャロとその部下が。夜はヴィオが努めるのだ。

 但し、ヴィオにはジャロや自分に指示を出した人物にも秘密にしている目的がある。

 自分が深く信頼している少数の部下を使い、ある人物に自分達の情報を伝えていたのだ。『彼』が見つからないように。

 

(こいつが『此方側』なら、協力して隠せたのだが)

 

 ジャロは穏健派だが、それだけで此方側に引き込むのはリスクが高い。あの二人は違う場所で各々の仕事をしている以上、今は自分だけでやるべきだ。

 

「では、夜は頼むぞ」

 

「昼は任せる」

 

 二人の男性は、もう片方に告げると、各々の仕事に戻る。自分達の目的のために。

 

 

 

 

 

 砂が占めるその場所に、一つの物体が砂を周囲に撒き散らしながら着陸する。ロケット団の飛行艇だ。

 飛行艇の扉が開き、三人と一匹が砂地に着地する。ロケット団とフリントだ。

 

「ここがリゾートデザートだ」

 

「リゾートって名前の割には、リゾートの要素無いわね~」

 

 何処がリゾートなのか、聞きたいぐらいである。

 

「砂ばかりだな」

 

「砂風呂に使えるなら、リゾートに出来るのににゃ」

 

「そういや、以前砂風呂やってる場所があったわね」

 

「あぁ、有ったな。あれは体験して見たかったな~」

 

 メグロコの騒動時に行った、砂風呂を出し物にしていたリゾートを思い出す三人。しかし、間欠泉のせいで温泉になっていて、今はもう無いのだが。

 

「下らん事を言ってないで、さっさと調査するぞ」

 

「へいへい」

 

 早速、ロケット団とフリントはリゾートデザートの地形を把握していく。こちらは事前に地形のデータがあるため、大した時間は掛からなかった。

 

「よし、では本題の古代の城に入るぞ」

 

「それは良いけど、どこにそんな場所があんのよ?」

 

「見当たらないのにゃ」

 

 夜で見辛いが、周りには城らしき物は無い。

 

「こっちだ。来ると良い」

 

 フリントの案内に従い、ロケット団はある場所に移動する。そこには、岩場と地下に向かう階段があった。

 

「地下にあるのか?」

 

「あぁ、砂で埋まったのか、元々こういう構造なのかは知らないがな」

 

 階段を降り、古代の城の内部へと入っていく。

 

「へぇ、城らしくなったじゃない」

 

 階段を降りきると、内部は砂ばかりではあるものの、立派な岩壁や城を支える岩の柱が見え、城らしい光景になった。

 

「確かに何か有りそうな雰囲気だな」

 

「案外、とんでもないお宝もあるかもしれないにゃ」

 

 当初の目的である、イッシュの伝説、幻のポケモンに関する情報や、昔の国があった時代の宝もあるかも知れない。

 

「ここからは二手に別れる。私はあちらに向かう」

 

「一緒に行かないのか?」

 

「巻き込まれるのは御免だ」

 

 この連中と一緒にいては、何が起きるか分かったものではない。なので、ここからは別行動とフリントは三人から離れた。

 

「ほんと、いつまで根に持ってんのよ。あいつ」

 

「まぁ、良いじゃないか。あいつにはあいつなりのやり方があるんだろ」

 

「それにこれはチャンスにゃ。フリントのいないところでにゃー達がお宝や情報をゲットすれば……」

 

「この前の失態を巻き返す――いや、それ以上の成果を得れるな」

 

「だったら、さっさと行くわよ! フリントのやつをギャフンと言わせてやるんだから!」

 

「おー!」

 

 任務にもかかわらず、まるで宝物探しの感覚でロケット団は古代の城の捜索を開始した。

 



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シッポウジム再戦、サトシ編

 久々に二日続けての連続投稿。そして、これで漸くシッポウシティの話は終わりです。全部で六話も掛かった……。


「はい。タマゴの検査は終わりましたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 再チャレンジの日の早朝。サトシはこの日もタマゴの検査をしてもらっていた。

 

「結果は良好です。それと断定は出来ませんが、もうすぐ産まれるかもしれませんよ」

 

「本当ですか!?」

 

 誕生までもう少しと聞き、サトシは喜びの声を上げる。

 

「この子の方もそうだった。案外、一緒に産まれるかもしれないね」

 

 サトシの前に検査してもらったNが持つタマゴも、もうすぐで孵化するとの報告だった。

 

「その可能性はあり得ますね。まぁ、あくまで予想ですが」

 

 タマゴに関しては謎も多く、さっきの話に関しても可能性は高いが、あくまで可能性の範囲である。

 

「でも、一緒に産まれたら良いわよね~」

 

「うん、とても素敵だと思う」

 

 一緒にあった育て屋のタマゴが、同時に孵化する。とても素敵な話だ。

 

「お前の為にも、バッジゲットしないとな」

 

 リベンジを果たし、胸を張って、もうすぐ産まれるだろう新しい仲間と会いたい。

 

「頑張らないとね」

 

「はい」

 

 勝つ理由が一つ増え、サトシはシッポウジムへと向かった。

 

 

 

 

 

「来たね、サトシ」

 

「はい。来ました!」

 

 シッポウジム。四日振りに訪れるサトシ達。目的は勿論、バッジだ。

 

「Nも、シューティーもあたしに勝った。後はアンタだけだね」

 

「えぇ、今度こそ俺達が勝ちます」

 

「良い気迫だよ。――来な」

 

 アロエの案内に従い、Nを除くサトシ達は四日振りのシッポウジムのバトルフィールドに着く。

 サトシとアロエは互いの位置に着く。すると、またアロエが手持ちを公開する。

 

「ハーデリア、ミルホッグ」

 

「ハー!」

 

「ミル!」

 

 出したのは、ハーデリアとミルホッグだった。

 

「やっぱり、その二匹ですか」

 

「あぁ、この二匹で戦うよ。但し、今回はハーデリアからじゃない。――ミルホッグ」

 

「ホッグ!」

 

 今回はハーデリアではなく、ミルホッグが先発のようだ。

 

「今日はミルホッグから……」

 

「変化を付けてきたね」

 

 これでサトシの出方を見抜こうとしているのだろう。大体把握してそうだが。

 

「どっちからでも構いませんよ」

 

「良い気迫だ。さぁ、始めようか!」

 

「では、これよりジムリーダー、アロエとチャレンジャー、サトシの再戦を始めます。――始め!」

 

「ミルホッグ!」

 

「ホッグゥ!」

 

「ミジュマル、君に決めた!」

 

「ミジュ!」

 

 サトシが繰り出したのは、ミルホッグに倒されたミジュマルだった。

 

「おやおや、本当に倒した相手にリベンジしに来るとはね」

 

 単純なサトシの性格から、一度負けたポケモン達でリベンジをするのではないかとアロエは推測していたが、見事に的中していた。

 とはいえ、油断は出来ない。サトシは単純故に、常識に囚われない戦法をして来る。気を引き締めねば。

 

「ミルホッグ、10まんボルト!」

 

「ミジュマル、シェルブレード!」

 

「ミルホッグーーーッ!」

 

「ミジュー……マァ!」

 

 ミルホッグから雷撃が放たれる。ジグザグに軌道を描きながらも進むそれを、ミジュマルは水の刃で一閃。両断した。

 

「ほう、10まんボルトを斬るとはね! 前のホタチのガードと言い、面白いよ」

 

「面白くなるのは、ここからです!」

 

「良いね! もっとあたし達を楽しませてもらうよ! ミルホッグ、再び10まんボルト!」

 

「ミルホッグーーーッ!」

 

「ミルホッグ、アクアジェット! かわしながら進め!」

 

「ミジュー……マァアアァ!」

 

 再びの雷撃。ミジュマルは完全制御出来るようになり、速さと動きのキレを高めたアクアジェットで渦巻く様に回避。そのまま、ミルホッグにぶつかる。

 

「ホッグ!」

 

「よし!」

 

「ミジュ!」

 

「そこだよ! ――リベンジ!」

 

 ギンとミルホッグが鋭い眼差しを更に鋭くし、突撃してきたミジュマルに拳や蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。

 

「ミジュウッ!」

 

「ミルホッグ、かみなりパンチ!」

 

「シェルブレードで受け止めろ!」

 

「ホッグ!」

 

「ミジュマ!」

 

 雷の拳と水の刃が激突。その際の衝撃を利用し、ミジュマルは後退する。

 

「うーん、追撃は決まらなかったね。残念」

 

「簡単には決めさせませんよ」

 

「ミジュ!」

 

「良いねぇ。シューティー同様、アンタ達も逞しくなってる」

 

 敗北を糧に、サトシもミジュマルも前よりも一回りも二回りも良い目になっていた。

 

「ねぇ、さっきのリベンジって技、凄い威力じゃなかった?」

 

「リベンジは、攻撃を受けてから発動した場合、威力が倍になる技なんだ」

 

「10まんボルトで接近を誘導し、リベンジを食らわせる。やはり見事だ……」

 

 かみなりパンチではないのは、発動するまでに回避される恐れがある。またはリベンジから繋げるためだろう。

 相性が良い技があるからと言って、それだけに頼らないのもアロエの力量の高さを示していた。

 

「アクアジェットは厳しいな……」

 

 折角完成させ、磨いたアクアジェットだが、迂闊に使うとリベンジでこちらが大きなダメージを受けてしまう。

 

「となると、早速あの技の出番だな、ミジュマル!」

 

「ミジュマ!」

 

(何か来るねえ……)

 

 おそらくは新しい技。ミルホッグに警戒するように伝え、何時でも対応出来る様に待ち構える。

 

「ミジュマル、もう一度アクアジェット!」

 

「ち、ちょっと! またリベンジを食らっちゃうわよ!」

 

「ミルホッグ、待機!」

 

 さっきのリベンジを受けながらも、またアクアジェット。アロエは何かあると判断し、こっちからは動かない。

 

「そこで解除! ホタチを投げろ!」

 

「ミジュ、マッ!」

 

「ホッグッ!」

 

 ミジュマルはアクアジェットを解除し、次にホタチを投げてミルホッグの態勢を崩す。

 

「たいあたり!」

 

「ミジュミジュ――マァ!」

 

「ホッグ!」

 

 特訓で鍛えたスピードで素早く距離を詰め、ミジュマルは強く体当たり。ミルホッグの体勢を完全に崩す。

 

「今だ! ――しおみず!」

 

「ミジュー……マーーーッ!」

 

 ミジュマルは大きく息を吸い込み、次に口から大量の水を吐き出す。それは見事、態勢の崩れたミルホッグに命中する。

 

「ホッグ……ッ!」

 

「ほう、しおみず。それがミジュマルの新しい技」

 

「はい!」

 

「ミジュ!」

 

 しおみず。水を浴びせる点では、みずてっぽうと大差はない。多少威力があるだけだ。

 しかし、この技にはある特徴が存在する。それは、傷がある状態で受けるとダメージが増すのだ。それも、傷があればあるほどに。まるで傷口に塩を刷り込むように。

 ミジュマルがこの技を身に付けたのは、サトシの手当て時に薬が傷に染み込んで痛いのを思い出し、こんな技があれば使えると思ってイメージした結果である。

 

「上手く使えば大きな威力を発揮する技。だけど、今のミルホッグじゃあ、それなり程度だね」

 

「ホッグ!」

 

 それなりに響いたが、その程度。致命的なダメージとは言えない。

 

「えぇ、それに威力も少し低いですし」

 

 しおみずは二日前に完成したばかりの新技。おまけに塩を混ぜるのは中々に難しいらしく、威力もみずてっぽうよりも僅かに低い。つまり、まだまだ完成とは言い難い。

 

「ですけど、今のしおみずでもダメージは受けてます。次はもっと痛くなりますよ」

 

 それでも、ダメージを受けた状態ならみずてっぽうよりもダメージが期待出来るのは確かだ。

 

「長期戦は不利と。ならこうしようかね。――ふるいたてる!」

 

「ホッグー……!」

 

 ミルホッグは前のハーデリアと同じく、自分を高揚させて力を高める。

 

「ミルホッグもふるいたてるを!」

 

「パワーを高めて、短期決戦に持ち込む気か……!」

 

 こうなると、トレーナーの判断がこの勝負の行く末を一気に決めるだろう。

 

「ミルホッグ、10まんボルト!」

 

「ミジュマル、アクアジェット! 同時にホタチも回収しろ!」

 

 規模が増した電撃が放たれる。水の突撃で回避しつつ、さっき投げたホタチを回収する。

 

「もう一度10まんボルト!」

 

「適度な距離を維持したまま避けろ!」

 

 続けて10まんボルトが来る。一定の距離を保たせ、回避に専念しながらサトシは考える。

 正面からはリベンジがある。しおみずで連続攻撃は、前のバトルの様に利用されかねない。長期戦はふるいたてるがあるため危険。となると、残る手は一つ。

 

「ミジュマル、シェルブレード!」

 

「ミジュマ!」

 

「また近付いて攻撃!」

 

「だけど、さっきのアクアジェットと見せかけてのしおみずはもう把握されてる」

 

「それ以外でどう攻めるのかな?」

 

 ミジュマルは水の刃を構えた状態で、ミルホッグに接近していく。

 アロエとミルホッグはしおみずを警戒しながらも、リベンジによる反撃の姿勢を見せていた。

 

「行け、ミジュマル!」

 

「ミジュマァ!」

 

「ミルホッグ、リベンジ!」

 

「ミル……ッ! ――ホッグゥ!」

 

 ミルホッグはミジュマルに水刃で斬られるも、耐えてリベンジを発動。ふるいたてるで力が高まり、更に倍加した一撃を叩き込もうとする。

 

「――そこだ! ミジュマル、シェルブレードでガード!」

 

「ミジュウ!」

 

「ホッグ!?」

 

「シェルブレードでガードした!?」

 

 迫る一撃を、ミジュマルは刃を消したホタチでガードする。避けられないのなら、防御すれば良い。

 しかし、水刃を展開したホタチ越しに伝わるその威力は凄まじく、ミジュマルは大きく吹き飛ぶ。

 

「そこさ、10まんボルト!」

 

「ミルホ……ッグーーーッ!」

 

「もう一度シェルブレードでガード!」

 

「ミジュ! ――マァ!」

 

「ミジュマル!」

 

 その隙をアロエは当然見逃さない。ミルホッグは追撃の10まんボルトを放つ。

 ミジュマルはまたシェルブレードで防ごうとするも、空中やリベンジの衝撃で腕が痺れたのもあり、対処仕切れずに一部を食らう。

 

「効果抜群!」

 

「直撃じゃないけど……」

 

「ふるいたてるで力を高まっているのを考慮すると、ダメージは小さくは無い」

 

 実際、食らって地面に落ちたミジュマルは辛そうな表情をしている。

 

「ミジュマル、まだ行けるか!?」

 

「――ミジュウ!」

 

 サトシの声に、ミジュマルは自分を奮い立たせる。キツくはあるが、戦闘不能ではない。まだやれるとサトシを視線を送る。

 

「ふふ、アンタ達の気迫が高まってるのがびしびし伝わって来るよ。こっちもそれに応えないとね。――ふるいたてる!」

 

「また力を上げた!」

 

「ミジュマルのダメージを考えると、次の一撃でアウトと考えるべき……」

 

「だけど、ミジュマルはげきりゅうを発動していない。この状態で一気に倒すまでに持ち込むのは厳しいね……」

 

 特性、げきりゅうが発動していれば、シェルブレードで一気に撃破もあり得た。しかし、それは使えない。

 ただ、ミルホッグはかなりのダメージを受けている。しおみずの倍加ダメージを期待出来るのがサトシとミジュマルと有利な点だが、それを活かせるかどうか。

 

「ミジュマル。――やるぞ」

 

「ミジュ」

 

 『あれ』をやるのだと、ミジュマルは理解した。タイミングを考えても今がベストだろう。

 

「ミジュマル、フルパワーでしおみず!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

「かわしな、ミルホッグ。そこから10まんボルト!」

 

「ホッグーーーッ!」

 

「かわせ、ミジュマル!」

 

「ミジュ!」

 

 ミジュマルは全力でしおみずを放つ。僅かに下に向けて。ミルホッグは回避すると反撃の10まんボルトを発射するも、それもミジュマルは避ける。

 

「アクアジェット!」

 

「ミジュマ!」

 

 次にアクアジェット。そのまま来るのかと思いきや、ミジュマルは山なりにある場所にまで移動していく。

 

「シェルブレード!」

 

「ミジュ!」

 

(なんだい? 今……)

 

 ある場所まで移動したミジュマルは、アクアジェットを解除するとシェルブレードを素早く展開した。それは良い。

 アロエが気になったのは、ミジュマルがシェルブレードを展開した時。その動作が気になるのだ。良くは見えなかったが、まるで何かを掬い上げるような――

 

「決めるぞ!」

 

「ミジュ!」

 

「……ミルホッグ、かみなりパンチ!」

 

 さっきの行動が気になるも、水の刃を構えたミジュマルがミルホッグに迫っている。アロエはトレーナーとして迎撃の指示を出す。

 二匹が雄叫びを上げながら距離を縮める。互いに攻撃をしようとしたその時。

 

「ミジュマル、下がれ!」

 

「ミジュマ!」

 

 攻撃する――と見せ掛け、ミジュマルが後退。かみなりパンチが空振りに終わり、隙を見せる。

 

「シェルブレード!」

 

「耐えな、ミルホッグ! リベンジ!」

 

「ミジュ……マァ!」

 

「ホッグ……!」

 

 水の刃で斬られたミルホッグ。一度受けているため、防御低下でかなりのダメージだ。しかし、まだ戦闘不能になる程ではない。

 踏ん張り、リベンジで決めるとミルホッグがそう思った瞬間だった。

 

「ホ、ホッグ……!? ホググ……!?」

 

「ミルホッグ!? どうしたんだい!?」

 

「ね、ねえ、何かミルホッグの様子が……」

 

「うん……明らかにおかしい」

 

「……」

 

 ミルホッグが突然、ガクガクと身体を震わせたのだ。何かに悶え苦しむかのように。しかし、それは間違いなく致命的な隙だった。

 

「決めろ、ミジュマル! しおみず!」

 

「ミージュ……マーーーーーッ!!」

 

「ホッグーーーッ!!」

 

「ミルホッグ!」

 

「ホ、ホグ……。ホッ、グ……」

 

 その隙を狙い、サトシとミジュマルはミルホッグに大量のしおみずを浴びせる。

 倍加したダメージは容赦なくミルホッグの残りの体力を奪い取り、ミルホッグは戦闘不能となった。

 

「ミルホッグ、戦闘不能! ミジュマルの勝ち!」

 

「よし!」

 

「ミジュマ!」

 

 先ずはミルホッグへのリベンジを果たし、サトシとミジュマルは喜ぶ。

 

「戻りな、ミルホッグ。ご苦労さん」

 

 アロエはミルホッグを労いながら、モンスターボールに戻した。

 

「見事にやられたよ。ただ、一つ聞きたいね。どうして、さっきのシェルブレードでミルホッグがあんな風になったのかを」

 

 しかし、さっきのあれが解せない。シェルブレードでダメージを受けたにしても、あんな風にはならない筈だ。

 

「しおみずですよ」

 

「ミジュ」

 

「……しおみず?」

 

「さっきかわされたしおみず。あれにシェルブレードを触れさせて、性質をある程度加えたんです」

 

 先程、ミジュマルはアクアジェットで移動したのは、しおみずで濡れている場所。そこでシェルブレードに濡らしていた。

 つまり、さっきのシェルブレードは食らえばしおみずの効果もある程度発揮する様になっていたのだ。

 それにより、ダメージが増したためにミルホッグは悶え苦しんだのである。

 そして、これはこの場で思い付いたのではない。特訓時に、威力が低く、未完成のしおみずをどう活かすかと考えた時、思い付いたのだ。

 

「……ははっ、これは完全に一本取られたね」

 

 まさか、技に技を加えるとは。予想外、されど理に叶った方法。先の行動の謎も解け、アロエは苦笑いだ。

 

「大したもんだよ。サトシ、ミジュマル」

 

「どういたしまして!」

 

「ミジュ!」

 

「だが、まだ一体。あと一体、この子が残ってるよ。ハーデリア、行きな!」

 

「――ハーデ!」

 

「出たな、ハーデリア」

 

 残りの一体、ハーデリアを見てサトシはミジュマルを戻そうとする。

 

「よし。ミジュマル、戻――」

 

「ミージュ」

 

「ミジュマル?」

 

 ミジュマルは自分でサトシの元まで歩くと、ポカブのモンスターボールを指差す。

 

「そういう事か。出てこい、ポカブ!」

 

「ポカ!」

 

 ミジュマルの意図を理解したサトシは、ポカブを出す。

 

「やっぱり、ポカブだったね」

 

 ミジュマルだけでなく、ポカブのリベンジもさせたい。ここまで予想が当たるとは思わなかった。とはいえ、ミルホッグは倒されている訳だが。

 

「ミジュジュ」

 

「ポカ?」

 

「ミジュミジュ」

 

 疑問符を浮かべるポカブに、ミジュマルは後はお前の番。勝ってこいと彼なりに応援する。

 

「――カブ!」

 

 ミジュマルの言葉にポカブは強く頷き、戦意を燃え上がらせてバトルフィールドに立つ。

 その視線の先には、前のバトルで自分を倒したハーデリアがいる。今度は勝つと、強く見据えた。

 

「カブー……!」

 

「ハーデ……!」

 

「ふふ、お互いにやる気満々だね」

 

「ですね」

 

 ポカブはリベンジに、ハーデリアはミルホッグの分まで戦わねばと燃えていた。

 

「じゃあ、行こうか。ハーデリア、シャドーボール!」

 

「ハー……デッ!」

 

「かわしながら近付け!」

 

「カブ!」

 

 複数の黒球を、ポカブは特訓で鍛えた見事なフットワークで軽々回避し、ハーデリアに迫る。

 

「たいあたり!」

 

「カブ!」

 

「かわしな!」

 

「ハー!」

 

 助走してからのたいあたり。前よりも速いが、それでもハーデリアは回避する。

 

「ミジュマルもだけど、ポカブも前よりも速くなってるね」

 

 これだけでも、サトシ達がどれだけ特訓に励んできたのかが分かる。今のポカブとハーデリアはほぼ五分五分の速さと見て良い。

 

「さぁ、次はどう来る?」

 

「こう来ます! ポカブ――ねっぷう!」

 

「ポーカー……ブーーーッ!」

 

 ポカブは内部で大量の熱を練り上げ、同時に回りながらその熱を鼻から全て放出。広い範囲に熱の風が吹き荒れる。

 

「ハーデリア、かわし――」

 

「デリッ!」

 

 思わぬ範囲攻撃に、ハーデリアも回避が間に合わなかった。熱風を食らい、その場に止められる。

 

「今だ、ひのこ!」

 

「カーブーーーッ!」

 

「デリアッ!」

 

 その隙を狙い、ポカブのひのこが炸裂。追加のダメージを与える。

 

「ねっぷう。それがポカブの新しい技かい」

 

「はい!」

 

「カブ!」

 

 熱を発生させ、ぶつける技、ねっぷう。ポカブの燃え上がる闘志が形となって発現した技だ。

 

「だけど、威力が控え目だね。それに溜めがある」

 

 そう、この技もしおみず同様に未完成。しかも、今のポカブでは広範囲に打つには溜めが必要になる欠点があった。

 

「まぁ、アンタの事だから上手く使うんだろうね。――シャドーボール!」

 

「ハー……デ!」

 

 再度シャドーボール。先程よりも多少小さいが、その分数が多い。質よりも量で攻めるようだ。

 

「ポカブ、またかわしながら近付け!」

 

「カブ!」

 

 だが、かわしきれない程ではない。また先程と同じ様に接近していくポカブ。

 

「ハーデリア、後退。――打ちな!」

 

「ハー! ――デッ!」

 

 ハーデリアが自分の身体二つ分後ろにジャンプ。すると、シャドーボールの一つが現れた。

 これは先程展開し、一つだけ発射しなかったものだ。ハーデリアがそれを身体を回して蹴って打ち出す。

 

「なに!?」

 

「ポカ!? ――カブーーーッ!」

 

 加速状態での不意打ちに、ポカブは対応仕切れずにシャドーボールを受けて吹き飛ぶ。

 

「かみくだく!」

 

「ハーデ!」

 

 そこにアロエとハーデリアの追撃が迫る。向こうは既にトップスピード。対してこちらは体勢が崩れている。これでは対応出来ない。

 

「ポカブ、僅かで良い! ねっぷう!」

 

「カー、ブーッ!」

 

 ポカブは熱をある程度まで溜め、それを鼻から全力で吐き出す。熱波は威力こそ低いが、ハーデリアの速さを僅かに鈍らせた。

 

「かわせ!」

 

「カブ!」

 

 その鈍らせて出来た時間を使い、ポカブはギリギリでハーデリアのかみくだくを回避する。

 

「かみつく!」

 

「ポカァ!」

 

「デリッ!」

 

 更にギリギリにいて、技を放った直後のハーデリアに反撃のかみつくを食らわせる。

 

「ひのこ!」

 

「カブ!」

 

 そこに多用する、かみつくからのひのこの連続攻撃もハーデリアに叩き込む。

 

「ポカブ、離れろ!」

 

「カブ!」

 

 その後は距離を取り、様子を見る。すると、ハーデリアから微かな炎が漂い出した。

 

「あれって……」

 

「やけどだね。ほのおタイプの技を食らった時に発生する事がある状態異常の一つ」

 

「体力を減らし続ける上に、攻撃力を下げる効果もある」

 

「つまり、サトシとポカブがグッと有利になった!」

 

「キババ~!」

 

 これはサトシ達にとって、明らかに有利な点だ。このまま行けるとアイリスとキバゴは喜ぶ。

 

(……このまま上手く行けば良いんだけどな)

 

 実は、サトシはやけど自体はある程度狙っていた。堅い体毛でダメージを軽減するハーデリアにはこれが有効だと考えてだ。運があるので、任せてはいないが。

 なので、これは願ったり叶ったりの理想的な展開――なのだが、どうにも嫌な予感がする。

 

「たいあたり、かみつく、ひのこ、ねっぷう。ニトロチャージは使わないのかい?」

 

「今回は使いません。対策されてそうですし」

 

「まあね」

 

 その読み通り、アロエはサトシがニトロチャージを使って来た場合、他の技で対応していた。

 

「さて、火傷もしてて長期戦は不利だからね。雑談はここまで素早く決めさせてもらうよ。ふるいたてる!」

 

「ハー!」

 

「ハーデリアもふるいたてるか」

 

「だけど、攻撃力が下がってるからあまり意味はないんじゃ?」

 

「影響のないシャドーボールの威力を高める、下げた攻撃力を補う。もしくは、他の狙いか……」

 

 ここでハーデリアはふるいたてるを使い、力を高めるもその間もやけどによるダメージを少しずつ受ける。

 

「距離を詰めな!」

 

「ハー!」

 

「迎え撃つぞ!」

 

「カブ!」

 

 やけどによる消耗で勝つ作戦もある。いや、寧ろ最善とも言えるかもしれない。しかし、消極的な戦法よりも、サトシとポカブは攻めて勝つことを選んだ。だからこそ、迎え撃つ。

 

「シャドーボール!」

 

「ハーデ!」

 

「かわして、たいあたり!」

 

「カブ!」

 

「受け止めな!」

 

「デリッ!」

 

 シャドーボールを打った隙を狙い、ポカブはたいあたり。ハーデリアは踏ん張りながらその体当たりを、体毛で受け止める。

 

(――ヤバい!)

 

 猛烈に嫌な予感がする。それは、的中した。

 

「今だよ、からげんき!」

 

「ハー……デーーーーーッ!!」

 

 ハーデリアが凄まじい勢いで突撃してくる。距離や技を使った直後の反動もあり、かわしきれない。

 

「ポカブ――ねっぷう!」

 

「カブー! ――ポカァーーーッ!!」

 

 ポカブが熱風を放つ。しかし、ハーデリアは物ともせずに突破し、ポカブに痛烈な一撃を叩き込む。

 

「ポカブ!」

 

「カー――ブッ!」

 

 大ダメージのポカブだが、サトシの声に応えるように体勢を立て直して踏ん張る。

 

「残念。今ので決まると思ったんだけどね」

 

 どうやら、先程のねっぷうで勢いと威力を軽減されたようだ。他にも前よりも能力が上がっているのもあって、決着の一撃にはならなかった。

 だが、ダメージは大きい。先程までの速さは出せないだろう。

 

「ねぇ、あのからげんきって技、なんであんな威力が……?」

 

「からげんきは状態異常の時に使うと、威力が増すんだ。また、この技はやけどの影響を受けない」

 

「それであんな威力に……!」

 

「前はじこあんじ。今回はリベンジとからげんき。相手の攻撃を利用するのも上手いね……」

 

 やはり、アロエは並々ならぬ実力の持ち主だ。前はミジュマルやポカブの実力不足があったとは言え、サトシに勝ったのも頷ける。

 

「――ポカブ、まだ行けるよな?」

 

「カブ……! ――カー……ブーーーーーッ!!」

 

「もうか、かい」

 

 傷だらけのポカブの身体から、炎のオーラが漂い出した。特性、もうかの発動だ。

 

「ポカブ、一気に決めるぞ」

 

「カブ!」

 

 ここで自分がやられれば、ミジュマルまで倒されてサトシをまた負けさせてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。

 何よりも、今までの自分を超えるためにも、ハーデリアは自分が倒さねばならない。ミジュマルが出来たのだ。自分にも出来ない訳がない。

 

「ポカブ、ひのこ!」

 

「カー……ブーーーッ!」

 

「ハーデリア、シャドーボール!」

 

「ハー……デッ!」

 

 もうかにより火球と化したひのこと、力を一つにして威力を高めたシャドーボールが激突。結果はひのこがシャドーボールを突破する。

 

「かわしな! そこからかみくだく!」

 

「ハーデッ!」

 

「来るぞ! かわして、たいあたり!」

 

 ハーデリアは口を開け、牙を向けながらポカブに迫る。ポカブは軽々とかわすと、また先程と同じ様にたいあたりを仕掛ける。

 

「ねぇ、これって……!」

 

「さっきの繰り返しだね……!」

 

「どうする気だい、サトシくん?」

 

 先程、からげんきを叩き込まれた時とほぼ同じだった。このままでは、また食らって今度こそやられてしまう。

 

「たいあたり!」

 

「ハーデリア、体毛で受け止めな!」

 

「カブ!」

 

「ハーデ!」

 

 先程と同じく、体当たりするポカブと体毛で防御するハーデリア。しかし、ここからは違った。

 

「ポカブ、地面にひのこ!」

 

「やはり仕掛けて来たね! ハーデリア、からげんき! 地面に打ちな!」

 

 ポカブはひのこを地面に放ち、その爆発で目眩ましを兼ねた跳躍をする。

 しかし、ハーデリアも高威力と化した、からげんきを地面に叩き込む。その破壊力で大小様々な砂や土の塊が浮き上がり、ポカブを襲う。

 

「カブブ!」

 

「今度は地面を……!」

 

「さっきと全く同じ攻撃するなんてこと、あたしがやると思ったかい?」

 

「――俺もそう思ってました」

 

 サトシのその言葉に、アロエは素早く反応。見ると、少年は不敵な笑みを浮かべていた。嫌な予感がした。

 

「ハーデリア、直ぐにそこから離――」

 

「ポカブ、ねっぷう!」

 

「カー……ブーーーッ!!」

 

 熱が放たれる。しかし、もうかで強化されたそれは範囲と威力が増し、吹き荒れる嵐の様にハーデリアに迫り、熱によるダメージを全身に与えながら吹き飛ばす。

 

「決めるぞ、軽くねっぷう! そこから――ひのこ!」

 

「カブーーーッ! ――ポーカー……ブーーーーーッ!!」

 

「ハーデリア、避けな!」

 

「ハー――デリアーーーッ!!」

 

 ポカブは先に熱風を軽く放ち、そこから炎を最大まで高め、全力で放つ。

 ハーデリアは何とかかわそうとするも、火の球が途中で熱風の影響を受けて加速。直撃して大きな爆発の煙を発生させた。

 

「ハー、デ……」

 

「ハーデリア!」

 

 煙が晴れた後には、目を回したハーデリアが写った。

 

「ハーデリア、戦闘不能! ポカブの勝ち! よって、チャレンジャーの勝利!」

 

「よーーーしっ!」

 

「カブーーーッ!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

 見事、リベンジを果たしたサトシ、ポカブ、ミジュマルは大きく叫んだ。

 

「ねっぷうで攻撃だけでなく、妨害や補助までするとはね。見事にリベンジされたよ。あたしの敗けさ」

 

「アロエさん」

 

「ほら、受け取りな。ベーシックバッジだよ」

 

「はい! ベーシックバッジ……ゲットだぜ!」

 

「ポカー!」

 

「ミジュー!」

 

 アロエから受け取ったベーシックバッジを受け取ると、サトシは構えを取り、ポカブとミジュマルは喜びの声を上げる。

 

「これで二つ目……」

 

「次の一番近いジムは、ここからだとヒウンシティのヒウンジムかな」

 

 バトルも終わり、サトシに近付いたデントが次のジムの場所について話す。

 

「ヒウンシティ……」

 

「イッシュ一の都会さ。ジムに行く前に一度街を回るのも良いね」

 

「イッシュ一の都会……」

 

「一度行って見たかったのよね~」

 

「キバキバ」

 

 Nに、アイリスとキバゴも興味深げに呟く。目的はジムだが、この地方で一番の都会となるとサトシも流石に少しは気になる様だ。

 

「とりあえず、ポケモンセンターだな」

 

 その後、サトシ達はポケモンセンターに向かい、ポカブとミジュマルを元気にしてもらうと、ポケモンセンターの扉前に立つ。

 

「じゃあ、ここで」

 

「Nさんはもう少しここにいるんですよね?」

 

「その予定だよ」

 

 目的はある程度達成したが、もう少しだけ――具体的には夜までこの町にいる予定だ。それが最善なのである。

 

「じゃあ、ここで」

 

「うん。まぁ、また直ぐに会うかもしれないけど」

 

 サトシ達とは何度も会っている為、また直ぐに再会しそうな気がしていた。

 

「それなら楽しいですね」

 

「そうだね」

 

 彼等は全員笑うと、その後に別れる。

 

「さーて、次のジムがある街、ヒウンシティ目指して出発だ!」

 

「えぇ!」

 

「だね」

 

 サトシ達は次の街を目指し、旅を続けるのであった。

 

 

 

 

「カーブカーブ」

 

「ゾロゾロ……」

 

「気になる?」

 

「カブ」

 

「ゾロ」

 

 夜。ポケモンセンターのロビーでポカブとゾロアはもうすぐ孵化が近いタマゴを見ていた。新しい仲間と早く会いたい様だ。かく言うNもである。

 

(産まれる時は、落ち着いた時にしたいし……。早く来ないかな)

 

 それだけに、見つかる前に早くこの街を出たいとNは思っていた。そんな時だ。ポケモンセンターに一人の男性が入って来たのは。

 

「――N様」

 

「来たね、ヴィオ」

 

「遅くなって申し訳ありません」

 

「構わない。それよりも本題を」

 

「はっ」

 

 ヴィオだった。彼はNがいる席に座ると、Nに地図を手渡して手早く話す。

 

「今から十分後に地図に書いてあるルートをお進みください。他に見付かる事なく街を出れます」

 

「助かる。ちなみに、一緒に来ているのは誰だい?」

 

「ジャロです」

 

「彼か……。ヴィオ――」

 

「御気持ちは察しますが、ここは静かに動きましょう」

 

「……分かった」

 

 Nはジャロに協力の提案を持ち掛けようとしたが、ヴィオに止められる。

 上手く行けば確かに味方を得れるも、絶対の保証が無い。仕方無く遭遇したのならともかく、それ以外なら出来る限りはリスクを抑えたい。

 

「では、ここで。また、最近動きがあります。近い内に本格的に動く可能性が有るかと……」

 

「――分かった。その時は戻ると、ロットやアスラに」

 

「はい」

 

 報告を終えると、ヴィオは周りを確かめながら静かにポケモンセンターを後にした。

 

「……こうして、自由に旅が出来るのももう少しかな」

 

「カブ……」

 

「ゾロ……」

 

「気にしないで」

 

 悲しそうに呟くNに、ポカブとゾロアは不安がるも、彼の言葉にコクンと頷く。

 

「――行こうか」

 

「カブ」

 

「ゾロ」

 

 数分後、時間になったのでヴィオから貰った地図に記されたルートを歩き、街の外に出る。

 

「確か、近いのはヒウンシティだったね」

 

 まだ行ったことのない街かつ、イッシュ地方一の都会。Nは少しだけ気になっていた。

 またこの旅の最後に訪れる街になるかもしれない。残る時間を少しでも味わう様に、Nは夜の中歩いて行った。

 

 

 

 

 

 場所は代わり、リゾートデザート。そこにある古代の城のおそらく廊下を、フリントが相棒のミネズミと共に進んでいた。

 

「かなり広いな……」

 

「ミネ……」

 

 フリントはミネズミのサポートを受け、手に持つタブレットで構造を記録しつつ奥へと進んでいた。しかし、もうすぐで一日立つにもかかわらず、まだ全貌が掴めない。

 

「古代の城……思った以上だな」

 

 ある程度大きな場所だとは推測していたが、これは想像以上だ。

 

「この先はまだか。行くぞ、ミネズミ」

 

「ミネ! ――ミネミネ」

 

「あぁ、水分補給か。済まんな」

 

 ミネズミは手をビシッと構え、敬礼のポーズを取るが、直後にフリントの腰にある水筒を取り、手渡す。

 少し咽が乾いた所なので、フリントは水を飲んで潤していく。

 

「お前も飲め」

 

「ミネ」

 

 ミネズミはコクンと頷き、水を飲んでいく。ある程度飲むと、フーと一息付いた様だ。

 

「では、調査を続ける」

 

「ミネ」

 

 遺跡の中にいる野生のポケモンを刺激しないよう、フリントとミネズミは静かにまた歩き出す。

 

「そう言えば、あの連中はどうしているか……」

 

 ふと、フリントはロケット団の三人組――ポケモンが一匹混じっているが――を思い出す。あの連中はちゃんと上手く行っているだろうかと。

 

「にしても、あっちもこっちも似た場所ねー」

 

「そう言う構造の城なのかもしれないな」

 

「記してないと、迷いそうなのにゃ」

 

 似た部屋や道ばかりで迷いそうなのだ。自分達も持っているタブレットが無ければ、本当に迷っているかもしれない。

 

「おまけに広いし、砂も多いし……どこまであんのよ」

 

「それだけの城ってことだろうな」

 

「にゃら、それ相応のお宝もあっても不思議じゃないにゃ」

 

 城の大きさにうんざりするムサシだが、ニャースのこれだけの大きさだからこそ、とんでもないお宝があると発言に笑顔を見せる。

 

「だったら、さっさと見付けてフリントをギャフンと言わせるわよ~!」

 

 先を行くムサシに同調し、コジロウとニャースはまた探索を再開。しばらくすると、下に続く階段を見付けた。

 この辺りは調べ尽くしたため、下に降りて探索していく。ここは砂が多い。最近行ける様になったらしい。砂に苦戦しながら今までとは少し違う大きな扉が見えた。

 

「おっ、何か有りそうじゃない?」

 

「確かに、今までの扉とは少し違うな」

 

「なら、入って見るにゃ。もしかすると、この中には……」

 

「お宝が!」

 

 彼等は一緒に言うと、扉を開ける。瞬間、砂が少し流れてきた。

 

「うわっ、砂まみれじゃない!」

 

「かなりの砂があるな」

 

「この辺りには砂が多いから、仕方ないかもしれないにゃ」

 

 また大量の砂に苦労しながら中を調べていくと、奥の像が先に見えた。

 

「これは……人の像?」

 

「もしかして、教会の部屋か?」

 

 コジロウがそう予想し、周りを見ると砂に埋まっている横長椅子が見えた。どうやら、推測は当たっているらしい。

 

「待つにゃ、あれは何にゃ?」

 

 そこでニャースがある場所を示す。おそらく講壇だろう。その台には、ある物が置いてあった。

 

「白い球? いや、石か?」

 

 コジロウが確認したのは、白色の球体だった。大きさは大人の掌よりも二回り以上ある。また、太いVの微かに違う白色がある。

 

「もしかして、お宝じゃない!?」

 

 念願のお宝を発見したと思い、ムサシが取りに行こうとする。

 

「待てムサシ! ……何かおかしくないか?」

 

「はぁ? 何が?」

 

「あれだけ、砂が全く積もってない。それに傷も見えない。……あれは後からこの部屋に持ち込まれた物じゃないか?」

 

 ムサシを止めるコジロウは、彼女を諫めながら妙な点を説明する。部屋に比べてあれだけ綺麗過ぎるのだ。

 

「それに……なんか、あれからはとびっきりにヤバイ感じがするのにゃ……!」

 

 ポケモンだからだろうか。ニャースは感じていた。それから漂うただならぬ雰囲気に。

 

「……危険な物ってこと?」

 

「少なくとも、何かがあるのは間違い無さそうだな……」

 

 しばらくその場に止まり、白い球と向き合うロケット団。それから数秒経つと、ムサシが一歩前に出る。

 

「さっさと持って行くわよ。コジロウ、ニャース。アタシ達は天下のロケット団! 恐れるものなんて無いわ!」

 

 物怖じしないムサシの度胸の強さに、コジロウとニャースは笑みを浮かべる。

 

「確かにムサシの言う通りにゃ」

 

「そうだな。確保!」

 

 謎の球を回収しようと進むロケット団だが、途中でピシッと妙な音がする。それは加速度的に増していた。

 

「ヤバイ! ここは崩れるぞ!」

 

 砂のせいで見えなかったが、ロケット団が今いる辺りは長い年月や砂の重味で亀裂が走っていた。

 そこに更に彼等の重さが加わったため、限界を迎えて崩落したのだ。ロケット団はまた下の階へと落ちていく。

 

「あー、もう! あとちょっとでお宝ゲットだったのにー!」

 

「付いてないな……」

 

「……とりあえず、離れて欲しいにゃ」

 

 ムサシとコジロウは自分の下にいるニャースから離れ、さっきの部屋を見上げる。

 

「さっさと戻ってゲットするわよ」

 

「あぁ。と言っても、ここから戻るのはちょっと難しいな……」

 

「他に出口は――」

 

「――……ース」

 

 白い球を確保するため、さっきの部屋に戻ろうとしたロケット団だが、その時何かが聴こえた。

 

「――スッ……。デ……マ……」

 

 微かな声だった。それが何処からか聞こえて来る。

 

「ね、ねぇ、何か聞こえない?」

 

「ま、まさか、幽霊……!?」

 

「そんな怖いこと言わないで欲しいにゃ!」

 

 悪の組織の一員なのに、幽霊を怖がるのはいかがなものだろうか。それはともかく、彼等は怯えながらも注意深く耳を澄ませて位置を探り、そこに向かうと。

 

「ポケモン?」

 

「マス……?」

 

「あっ、コイツ……!」

 

「博物館で遭遇したやつにゃ!」

 

 そこにいたのは、ムサシとニャースがシッポウ博物館で遭遇した魂ポケモン、デスマスだった。但し、デスマスはロケットを初めて会った様子で見ている。

 

「デ……ス?」

 

「なに言ってるの、コイツ?」

 

「お前達は誰と言ってるにゃ」

 

「ってことは、別のやつか」

 

 このデスマスは、博物館で遭遇し、妨害したのとは違う個体だった。

 

「デース……」

 

 ぐーと、デスマスから音が鳴る。どうやら、お腹が空いて動けないらしい。

 

「お腹空いてるのか。だったら食え」

 

 コジロウはコートの中から保存食を取り出すと、デスマスに差し出す。デスマスはゆっくりと食べ始めた。

 

「えー? 助けるの?」

 

 一度、デスマスのせいで――とはいえ、自分で余計な事をしたのが原因だが――散々な目に遭ったため、ムサシは良い顔をしなかった。

 

「だって、こいつはお前達と会ったのとは違うやつなんだろ? だったら、無関係じゃないか」

 

「まぁ、確かにそうにゃ」

 

 別のデスマスにやられたからと言って、このデスマスに辛く当たる通りはない。ニャースも頷き、ムサシも渋々だが同意見だった。

 

「――マース」

 

「お腹膨れたか?」

 

「デスデース」

 

「良かった」

 

 ある程度食べ、お腹が膨れたデスマスはコジロウにありがとうと頭を下げていた。

 

「さてと、早く戻らないと――」

 

「何をしている」

 

「この声……フリント?」

 

 自分達が落ちてきた場所から、フリントの声がした。見上げると、フリントとミネズミが見えた。

 

「悪い。拾ってくれるか?」

 

「直ぐに準備する。さっさと上がれ」

 

 フリントは手早く縄を下ろし、ロケット団はその縄を登って教会の間に戻る。

 

「助かったにゃ」

 

「さーて、戻って来れたし、今度こそお宝ゲットよ!」

 

「お宝? 何だそれは?」

 

「そこの台にある白い球――って、ない!?」

 

 聞いて来たフリントに講壇の上に置いてあった白い球を説明するも、ロケット団が再度見ると講壇の上には何も無かった。周りにも見えない。

 

「……何も無いが?」

 

「そ、そんなはずないわよ! アタシ達はさっきちゃんとそのお宝を目の当たりにしたわ!」

 

「……見間違いか、幻でも見たのではないか?」

 

「い、いや、俺達全員、それを見てた」

 

「幻や見間違いなんかじゃないにゃ!」

 

「……ふむ」

 

 フリントは考える。この連中は変人だが、ここまで必死に言っている以上はそのお宝とやらはあったのだろう。

 問題は、何故消えたのか。まさか、勝手に動いた――はあり得ないだろう。

 

「……ん?」

 

 考えるフリントの視界に、あるものが写る。

 

「どうした、フリント?」

 

「もしかして、お宝が――」

 

「いや、それではない。……そいつは何だ?」

 

「そいつ?」

 

「――デスマース」

 

「わっ!?」

 

 声に振り向くと、さっきのデスマスがコジロウの周りをふよふよと漂っていた。

 

「お前、さっきのデスマス」

 

「デスデース」

 

「随分となつかれてるな」

 

「さっき、お腹空いてるところを助けたからじゃない?」

 

「……何故、悪の組織のお前達が人助け――ポケモン助けか? まぁ、どちらでも良い。それをするのだ?」

 

「いや、困ってたしな」

 

 コジロウの言葉に何とも言えない様子のフリント。ムサシやニャースも変とは思ってないその様子に、変な連中だと再認識する。

 

「まぁ、そんなになつかれてるのなら、ゲットして戦力にしたらどうだ?」

 

「うーん……俺と来るか?」

 

「デスデス」

 

 デスマスはコジロウの勧誘に快く頷いた。コジロウは空のモンスターボールを軽く当てる。

 モンスターボールがパカッと開いて赤い光がデスマスを包み込み、中に入れる。数度揺れるとパチンッと鳴って止まった。

 

「デスマス、ゲット!」

 

「戦力が増えたわね~」

 

「もうすぐの事を考えると、良い傾向だにゃ」

 

 コロモリ以外の戦力が増え、ロケット団は喜ぶ。

 

「では、探索を続けようか。タブレットを出せ、情報を共有する」

 

「分かった」

 

 フリントとコジロウはタブレットに記録した構造データを共有し、古代の城の中をより詳しく知る。

 

「ふむ、このデータから見ると、これ以上の探索は厳しいな」

 

 崩落や砂があり、これ以上は困難と言わざるを得ない。大量の人材や道具がいる。

 

「じゃあ、どうすんのよ」

 

「ここで切り上げ、違う場所に向かう」

 

「どこだにゃ?」

 

「――ヒウンシティ。我々ロケット団が一大作戦を行なう、イッシュ一の都会だ」

 

 こうして、彼等もヒウンシティへと向かい出す。

 

 

 

 

 

 ロケット団がいなくなった教会の間。その講壇に、ゆっくりとあるものが乗る。

 それは、ロケット団が探していた白い石だった。どういう原理か、石が独りでに動いていたのだ。他のポケモンや人影は一切ない。

 白き石は、静寂を取り戻したこの部屋の講壇で、何かを待つかのように佇んでいた。

 



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タマゴから孵った二匹

 予想以上に長くなったので、二つに分けます。


「これで二つ目、か」

 

 ちょっとした丘の上でサトシはバッジを見ていた。新たにゲットしたバッジ、自分達の努力の証明であり、シッポウジムに勝利した証、ベーシックバッジ。

 バッジケースに納めたそれを、サトシは誇らしげに見つめた。数秒後、バッジケースを閉じると向こうを見る。そこには、五匹のポケモン達が鍛錬に励んでいた。

 

「ピカピカピカピカ……!」

 

「ミジュミジュミジュ……!」

 

「ポーポーポーポー……!」

 

「カブカブカブカブ……!」

 

「……」

 

「前より、強い気迫の香りが漂っているよ。シッポウジム戦は色々な意味で彼等を強くしてる」

 

 肉体的な強さは勿論、精神的な強さも上がっている。

 

「シューティー、それにデントのおかげもあるさ」

 

「どういたしまして」

 

 シューティーやデントの厳しくも的を得たあの台詞が無ければ、きっとシッポウジム戦は勝てなかった。

 勝てても、自分が一歩進むことは無かった。だからこそ、サトシはデントとこの場にいないシューティーに感謝していた。

 ちなみに、シューティーには今度会ったら、礼を言うつもりである。

 

「たださ……」

 

「アイリス、だね?」

 

「うん」

 

 一方でアイリスは、キバゴの鍛錬こそは順調なものの、ドリュウズとの話し合いは進展の様子を見せない。その事がサトシは勿論、デントも心配だった。

 

「はぁ~……」

 

「アイリス」

 

 向こうからアイリスが出てきた。しかし、その表情は重い。キバゴが近寄ると何でもないと言いたげに作り笑いを見せるが。

 

「――ん?」

 

 持っているポケモンのタマゴが揺れ出した。そして、光を放ち始める。

 

「これは……!」

 

「タマゴが光ってる!」

 

「キバー……!」

 

「となると、もうすぐ生まれるよ!」

 

「皆、特訓は一旦中止! こっちに来てくれ! 新しい仲間が生まれるぞ!」

 

 五匹はもうすぐ孵るポケモンのタマゴに集まる。サトシ達はタマゴをケースから出すと布を敷いてその上に置く。

 

「キバキバ……!」

 

「そう言えば、キバゴはタマゴから生まれるのを初めて見るのよね」

 

「皆は?」

 

 この皆とは、ピカチュウを除いた四匹の事である。尋ねると、あると言いたげに縦に頷く。研究所にいる前、野生の生活で見ていたのだ。

 

「デントは?」

 

「過去に何度か見せて貰った事があるよ」

 

「あたしも!」

 

 ただ、見せてもらっただけで、自分の手で孵化させた事はない。

 

「サトシは?」

 

「俺もあるよ。で、その内三……いや二回自分で預かって孵した」

 

 言い直したのは、その一匹が色々あって自分ではなく、仲間の手持ちになったからである。

 

「へぇ、二回も! なら、これで三度目だね」

 

「うん。けど、やっぱり緊張するなー」

 

 二度経験あるとは言え、それでも誕生の時は緊張やわくわくで一杯だった。

 

「キバー……!」

 

「ふふ、キバゴ、もう少しでお兄さんになるね!」

 

「キバ!」

 

 兄になると、キバゴははしゃいでいた。

 

「お前達も、新しい仲間の良いお兄さんやお姉さんになってくれよ」

 

「ミジュ!」

 

「ポー!」

 

「カブ!」

 

「……タジャ」

 

 それぞれ声を上げて頷く四匹。兄や姉になると聞いて、張り切っている様子だ。クールなツタージャも、少し意識している。

 

「キバキバー。――キバッ!?」

 

「えっ?」

 

「あっ?」

 

「いっ!?」

 

 それだけに、はしゃぐキバゴが足を滑らせ、タマゴを転がしてしまった事に反応が遅れてしまう。

 

「不味い!」

 

「待て~!」

 

「た、タマゴ~!」

 

 サトシ達とポケモン達は慌ててタマゴを追い掛けるも、タマゴは坂道で加速しながら転がっていく。

 

「――ゾロッ!」

 

 そんなタマゴが小さな岩に当たり、大きく跳ね上がろうとした瞬間、一つの影が横切る。

 

「えっ!?」

 

「あれは……!」

 

「ゾロ」

 

 影が動いた方を見ると、そこにはタマゴを背中に器用に乗せたゾロアがいた。

 

「ゾロア! って事は……」

 

「Nさんが近くにいるのか?」

 

「ゾロ」

 

 頷いたゾロアはサトシに近付くと、タマゴを返した。

 

「……ゾロゾロ」

 

 そして、少し考えると、ゾロアはサトシ達にこっちに来いと言って走る。

 

「案内してるのかしら?」

 

「どうする?」

 

「お礼も言いたいし、行こう」

 

 ゾロアの後を追うと、直ぐに森にある小さな広場に着いた。そこには、Nとポカブとゾロア。それにサトシのタマゴと同じく光輝くタマゴがあった。

 

「サトシくん?」

 

「Nさんも、生まれる寸前なんですか?」

 

「うん。ゾロア、これは……」

 

「ゾロゾロ、ゾロア」

 

「あぁ、なるほど」

 

 Nは自分が持つタマゴが孵化寸前のため、ゾロアとポカブに周りの安全を確かめて貰っていたのだ。

 その最中、ゾロアはタマゴが転がっていたのを見て助け、サトシ達を案内したと言う訳である。

 

「もっと気を付けようね」

 

「すみません……」

 

「いえ、そもそもあたしとキバゴが原因なんです。サトシごめんね」

 

「無事だったんだから良いさ」

 

 故意にやった事ではないのは分かっている。タマゴは無事なため、サトシは特に怒らなかった。

 

「にしても、まさかNさんのタマゴも孵化寸前だなんて……」

 

 ジョーイは同時に孵化するかもしれないと言っていたが、本当にそうなるとは思わなかった。

 

「ボクも驚いた。折角だ。一緒に見よう」

 

「勿論です!」

 

 Nを加え、サトシ達は光輝く二つのタマゴを見つめる。タマゴは強弱の光を放っていくと、軽やかに殻が弾けた。

 

「――ルック?」

 

「――ブイ?」

 

 サトシのタマゴから生まれたのは、頭に赤いアホ毛みたいものがあり、黄色いトカゲのような身体に下半身はブカブカのズボンを穿いたようになっているポケモン。

 Nのタマゴからは、茶色のベースにした身体、長い耳と首の周りを覆う襟巻きのような毛が特徴な可愛らしいポケモン。しかも、サトシが見たことあるポケモンだ。

 

「これは……」

 

「片方はズルッグだね……」

 

『ズルッグ、脱皮ポケモン。ゴムの様な弾力の皮を腰穿きにしている。視線を合わせた相手に、いきなり頭突きで攻撃を仕掛ける』

 

「ルック」

 

 ズルッグの情報を得たサトシは、N達と共にもう一匹のポケモンに注目する。

 

「ブイ?」

 

「ね、ねぇ、この子、一体……? あたし、全く見たこと無いんだけど……」

 

「このポケモン、まさか……?」

 

「知ってるのかい、デントくん?」

 

 Nやアイリスは初めてのポケモンに戸惑っていたが、デントは本で見たことがあった。

 

「知ってます。ただ、サトシの方が知ってるかと……」

 

「サトシ、知ってるの?」

 

「……うん、これはイーブイだ」

 

『イーブイ、進化ポケモン。遺伝子が不規則な為、様々な進化の可能性を秘めた、特殊なポケモン』

 

「イーブイ、か」

 

 自分が持っていたタマゴから生まれたイーブイを、Nは不思議そうに見つめる。まさか、そんな珍しいポケモンとは思わなかった。

 

「様々な進化って……」

 

「僕も本でしか知らないけど……確か、五つ以上あるとか」

 

「そんなに!?」

 

「その中には、前に図鑑で出したブラッキーもいるんだ」

 

「へ~、ブラッキーにもなるんだ……」

 

 五つ以上も別の進化を持つ事に、アイリスは驚愕する。

 

「――だから、ああ言ってた、か」

 

「Nさん?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 意味ありげな台詞が出るも、小さいためにサトシ達には聞こえなかった。

 

「よろしく、イーブイ」

 

「ブイ」

 

「よろしくな、ズルッグ!」

 

「ルッグ!」

 

 何はともあれ、新たな仲間の加入に二人は笑顔を向ける。

 

「ピカピカ」

 

「ルグ? ルーグ……!」

 

「ピカ!?」

 

「ズルッグ?」

 

 新しい仲間に、ピカチュウも近付いてよろしくと呼び掛ける。しかし、ズルッグはピカチュウを見た瞬間、凄い形相で睨み出し、ピカチュウは思わず怯む。

 

「これは……にらみつける?」

 

 相手を睨む事で、防御力を低下させる技だ。それをズルッグは何故か、仲間のピカチュウにしていた。

 

「ズルー……ッグ!」

 

「ピカッ!」

 

 ズルッグは更に頭を後ろに傾けると、勢いを利用して前に振る。ずつきだ。

 それはピカチュウが咄嗟に避けたので空振りに終わり、勢いでズルッグは地面を軽く滑る。

 

「今度はずつき?」

 

「なんなんだ?」

 

 今までタマゴから孵ったポケモンは何匹も見たが、こんな好戦的な性格のポケモンは初めてだった。

 

「何なのかしら?」

 

「キバキ……」

 

 自分の弟分になるかもしれないポケモンが、こんなに暴れん坊だと知り、キバゴは微妙そうだ。

 

「大丈夫かい?」

 

「……ルグ」

 

「ブイッ!?」

 

 ズルッグは立ち上がると、Nの近くにいたイーブイを見る。

 イーブイはズルッグと違い、特に暴れてないが、それだけにズルッグに少し怯えたのか、Nの後ろに隠れてしまう。

 

「ルッグルッグ?」

 

「……ブイ? ブイブイ?」

 

「ルッグ!」

 

「……ブイ!」

 

 何度かやり取りをする二匹。すると、イーブイは怖さが消えたのか、ズルッグに近付いて笑顔を見せる。ズルッグも笑顔だった。

 

「笑ってる」

 

「同じ場所にあった、タマゴから生まれたポケモン同士だからかな?」

 

「うん。ズルッグが似た匂いがすると言って、イーブイもそれを感じたみたいだ」

 

「ルグルッグ~」

 

「ブイブ~イ」

 

 それで親近感を得たのか、二匹は早速仲良くなっていた。

 

「キバ……」

 

 そんな微笑ましい光景にサトシ達は笑みを浮かべるも、唯一キバゴだけは複雑な表情にだった。

 

「なぁ、ズルッグ。お前、バトルしたいのか?」

 

「ルッグ!」

 

 さっきのピカチュウに技を仕掛けた件から、ズルッグはバトルをしたいのではとサトシは考えたが、頷いた点から見事に的中していた様だ。

 

「じゃあ、軽くバトルするか。相手は――」

 

「ルグルッグ!」

 

「えっ、ピカチュウが良いのか?」

 

「ルッグ!」

 

「うーん……分かった、しようか」

 

 ピカチュウとズルッグでは差が有りすぎるも、そこは手加減すれば大丈夫だろうとサトシは考えた。ズルッグがどこまで出来るか知りたいし、許可を出した。

 

「そうだ。荷物持って来ないと」

 

 そこで、荷物が向こうに置きっぱなしだったのを思い出すサトシ。今までタマゴの件があったので無理もないが。

 

「あっ、すっかり忘れてた」

 

「じゃあ、僕が取りに行くよ」

 

「助かるよ、デント」

 

 荷物はデントに任せ、サトシはピカチュウとズルッグの試合を始める。

 

「さてと、試合を始める前にズルッグの技を、と」

 

 図鑑でズルッグが今使える技を調べるサトシ。使えるのは、にらみつけるとずつきだけだ。

 

「二つだけね」

 

「アイリスのキバゴもそうだろ?」

 

「そうだった」

 

 お茶目にそう言うアイリス。キバゴもひっかくとりゅうのいかりしか使えず、片方は未完成だ。

 

「そうだ、Nさん。折角ですからイーブイが今使える技を調べましょうか?」

 

「……そうだね。お願いするよ」

 

 一瞬間があったのは、ポケモン図鑑の機能に頼ると言う点が引っ掛かったからだが、今はいない。

 自分が使っているわけでもなく、厚意でしてもらっていることなので、受ける事にした。

 

「えーっと、今のイーブイが使えるのは……たいあたりとしっぽをふるだけですね」

 

 図鑑で見ると、ズルッグ同様に二つしか使える技は無かった。

 

「そっか。調べてくれてありがとう」

 

「いえ、これぐらい。――じゃあ、始めるか、ズルッグ、ピカチュウ!」

 

「ルッグ!」

 

「ピカ!」

 

 確認も終わり、二匹の試合をスタートさせる。

 

「ズルッグ、にらみつける!」

 

「ズルッグー……ルッグ!」

 

「ピカッ! ……ピカ?」

 

 凄い形相で睨まれたピカチュウだが、特に変化はない。

 

「あれ? 効いてない?」

 

「生まれたで、レベルが低いからかもしれない」

 

 つまり、効果自体が発揮されてないと言う事だ。

 

「だったら、ずつき!」

 

「ズルッグー!」

 

 にらみつけるがダメなら、ずつきで。サトシはそう判断し、ズルッグがずつきを放つ。

 

「ルッグー……」

 

「ピカ?」

 

「これも効いてない……」

 

 ピカチュウは態と食らったが、全くダメージがない。

 

「なら、ピカチュウ。でんきショック! ――かなーり、弱めで」

 

 前のアイリスとデントの事を参考にし、でんきショック、それもかなり手加減したのを指示。

 近付いたピカチュウは指示通り、静電気レベルの電気をズルッグにぶつける。普通なら、これではほとんどダメージはないが。

 

「ズルッグー!」

 

 今のズルッグには十分過ぎる様で、かなりのダメージになっていた。

 

「うわ、かなり効いてる……」

 

「それほど低いという事だね」

 

「……ルッグルッグー!」

 

 しかし、やる気だけはしっかりあるようで、ダメージを受けた悔しさから地面を荒々しく踏んでいた。

 

「まだまだやる気あるんだな。バトルに向いてるな」

 

「うん、悪くはないよ」

 

「……そうかな? 厄介な弟が出来ちゃったね、キバゴ」

 

「キバ……」

 

 生まれついての好戦的なズルッグを見て、サトシとNは今はまだまだでも将来性はしっかりとあると感じていた。

 一方で、アイリスとキバゴは何とも言えない様子である。

 

「バトルは一旦中止。皆、弟分に挨拶してくれ」

 

 ピカチュウを除く四匹がズルッグに近付く。真っ先にマメパトが挨拶するも。

 

「ルッグ!」

 

「ポー!? ……ポー」

 

 いきなりずつき。痛くは無かった様だが、嫌われたのかとマメパトは落ち込んでしまう。

 

「いきなりずつき……」

 

「あはは……」

 

 これには、サトシもNも苦笑いである。

 

「ミジュミジュ」

 

 落ち込むマメパトに、ここは自分に任せろと自信満々にズルッグに近付くミジュマル。

 

「ズルッグ! ――ルグ!?」

 

「ミージュ」

 

 またずつき。しかし、さっきマメパトがやられたのを見て予想していたミジュマルは軽々と避ける。

 

「……ルッグルッグ!」

 

「ミジュミージュ」

 

 ぶんぶんと何度もずつきをするズルッグだが、ミジュマルはふーんふーんと鼻歌をしながら全てかわす。

 

「……ズルッグ!」

 

「ミジュ!? ――ミジュマ!」

 

「にらみつけるからのずつき!」

 

 ズルッグはにらみつけるの顔付きで一瞬怯ませると、ずつきを素早く放つ。ミジュマルは油断していた事もあって、受けてしまう。

 

「今のは中々の組み合わせだね」

 

 咄嗟にしては、中々良い技のコンビネーションだ。内にある才能を感じさせる。

 

「……ミジュ!」

 

「あっこら、ミジュマル!」

 

 思わぬ一撃に受け、怒ったミジュマルはたいあたりを仕掛ける。ズルッグはその一撃を皮を引っ張って受け止める。衝撃で押されはしたが、ダメージは少ない様だ。

 

「へぇー、あんな風に防御するんだ」

 

「言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 ズルッグの防御に感心しているサトシだが、アイリスはそれどころではない。キバゴ同様、ハラハラとしていた。

 

「ルッグー……! ルグ?」

 

「カブ?」

 

「ルグ!」

 

 ミジュマルに敵意の視線を向けるズルッグだったが、動かされた場所がポカブの近くのため、狙いをポカブに変更してずつきを放つ。

 

「ズルッグは誰でも向かって行くな……」

 

 今のところ、タマゴを持っていた自分や同じ匂いを感じたイーブイ以外の全員に突っかかっていた。

 

「けど、やっぱり効いてない。それどころか、ずつきのやり過ぎでふらついてる」

 

「おいおい……」

 

「面白いの」

 

「キババ」

 

 やり過ぎでフラフラのズルッグに、アイリスとキバゴは微笑む。

 

「ルッグ……。ルグ!」

 

「わわっ、今度はツタージャにか!」

 

 ふらつきから回復したズルッグは、次に岩の上に立っていたツタージャにずつきを放つ。

 

「タージャ」

 

 ツタージャは蔓を伸ばし、ずつきを止める。かわすのは簡単だが、岩に当たるのは避けたいのでこうしたのだ。

 

「ルグルグー! ルグ!」

 

 蔓に止められようとお構い無しなズルッグだが、途中でずっこけてしまう。

 

「おーい、ズルッグ。もうその辺に――」

 

「ルッグ!」

 

「痛っ! たたっ……」

 

 ここらで止めようとしたサトシだが、ズルッグが立ち上がった際に顔がぶつかってしまい倒れる。

 一方のズルッグは、サトシの向こうにいたアイリスのキバゴに目を付けるも、キバゴが咄嗟に隠れた事で興味を失った様だ。

 

「やれやれ、手間が掛かりそうだな」

 

 暴れん坊なズルッグにサトシは苦笑いしていた。

 

 

 

 

 

 夕暮れ。荷物を持ってきたデント、Nを交え夕食を取る一同。

 

「ズルッグ、一緒に食べないのか?」

 

「……ルッグ」

 

 誘うサトシだが、ズルッグはブンブンと顔を振って断りの意志を示す。

 

「あの子、何を考えてるのか分からないわね……」

 

「多分、サトシのポケモンに負けたのが悔しいんだと思うよ」

 

「ボクもそう思う」

 

 ズルッグはまだ突っかかってばかりのため、Nも奥にある意図を読めないが、デントと同意見だった。

 

「ふーん、そっか。負けず嫌いだな。そう言うの好きだぜ、ズルッグ」

 

「ルッグ……」

 

 自分がいたタマゴの持っていたサトシに誉められたからか、ズルッグは少し嬉しそうだ。

 

「キバ……」

 

 そんなズルッグに、キバゴはやはり気になっていた。

 

「だけどさ、腹が減って練習も出来ないだろ? だから、ご飯は食べようぜ」

 

「ズル……」

 

 サトシの言っている事は尤もなのだが、生まれたての子供故、仲間でも自分を負かした相手とはご飯を食べれなかった。

 

「ブイブイ!」

 

 そこに、イーブイが寄ってくる。口に加えていたポケモンフーズを、ズルッグにどうぞと差し出す。

 

「ブーイブイ」

 

「ほら、イーブイも食べてって言ってるんだ。皆とがまだ嫌なら、ここでも良いからさ」

 

「……ルッグ」

 

 少し考えた後、ズルッグはイーブイに貰ったポケモンフーズをつまむ。マイルドな味わいで食べやすい。

 

「もっと食べるか?」

 

「……ルグ」

 

「分かった。デント、俺はこっちでズルッグと食べるよ」

 

「じゃあ、ボクもご一緒して良いかい? まだ生まれたてのその子からは目が離せないからね」

 

 サトシは信頼しているが、やはりまだイーブイは生まれたばかり。近くで見ておきたい。

 

「ダメか、ズルッグ?」

 

「ブイー……」

 

「……ズル」

 

 イーブイのダメと言う悲しそうな目に、ズルッグは許可を出した。同じ場所にいたポケモンの頼みには弱いらしい。

 

「ありがとう、ズルッグ」

 

 Nに礼を言われるが、ズルッグはプイッと顔を反らす。イーブイのトレーナーだからと言って、直ぐに信頼する訳ではないようだ。

 

「じゃあ、食べよう」

 

 サトシの言葉を切欠に、二人のトレーナーとポケモンは夕食を始める。

 

「キバキバ……」

 

 そんな光景に、キバゴはムスッと膨れていた。

 

「サトシ、Nさん。そろそろ、寝ませんか?」

 

 夜になり、かなり暗くなるとデントが就寝しないかと告げる。アイリスも寝袋を敷いていた。

 

「ズルッグ、もう寝るか?」

 

「ズルズル!」

 

「まだ起きたいって。初めての日だから、もう少し味わいたいんだと思う」

 

「ブイブイ!」

 

 それは同じとイーブイが喋る。二匹は孵ったばかり。外をもっと味わいたいのだろう。

 

「んー、じゃあ、少し辺りを回って見るか?」

 

「ルッグ!」

 

「君もそうするかい?」

 

「ブイ!」

 

「デント、俺はNさんと少し歩くから、先に寝ててくれー」

 

「分かった。サトシもだけど、Nさんも夜風には気を付けてください」

 

「うん。ありがとう」

 

 こうして、サトシとNはズルッグとイーブイに初めての夜をもう少し味わって貰おうと夜の野道を歩く。

 

「そう言えばNさん。タマゴはどういう経緯で持つことに? やっぱり、お礼で?」

 

「いや、その後に話をしたのが切欠だよ」

 

 

 

 

 

 サトシ達が育て屋の幼稚園から離れた十数分後、Nは客室でキクヨとの話し合いを始めていた。

 

「ではキクヨさん、お願いします」

 

「わたしゃの様な老人で良ければ、幾らでも話すさ。で、何が聞きたいんだい?」

 

「主に、キクヨさんやユリさんがどの様な姿勢でポケモン達やタマゴと接しているのかを」

 

「そうじゃの~、やはりしっかりと心を通わせて接するのを心掛けておる。その為には、多くの知識や経験は必須じゃな。昔を思い出すの」

 

「昔と言うと……」

 

「育て屋の研修生だった頃じゃよ。わたしゃらとて、いきなり育て屋になれる訳ではない。多くの試験や体験を重ねて初めてなれる。多少の例外はあるかもしれんが」

 

 若かりし頃、育て屋になるべく時には失敗をしながら、一生懸命勉強したり、多くのポケモン達と触れ合っていたことを思い出すキクヨ。

 大変な日々だったが、それがあるからこそ今こうして育て屋を開き、営業が出来ている。

 

「ユリさんもですか?」

 

「まあの。しかし、あれはまだなったばかり。それに副業として幼稚園の先生も兼ねておるのもあって、まだまだ未熟じゃがな」

 

 だが、ヤブクロンとの一件でユリは先生としても育て屋としても、大切な経験を得れた。これから立派になるだろう。

 

「では、育て屋の主の役割についてお聞きしたいです」

 

「大体はトレーナーや他の人からポケモンを預かり、傷付いた野生のポケモンの世話をするのが主じゃな。タマゴが出来れば、その世話も」

 

 それが育て屋のするべきことだと、キクヨは思っている。

 

「一つお聞きします。トレーナーから預かるとは言いましたが、そもそもそれを憤りに感じた事はありませんか?」

 

「……どういう事じゃ?」

 

「ポケモンを預かる。つまり、捕まえたにもかかわらず、自分で育てないと言うことです。なのに、他人に預けるのは彼等に失礼ではないでしょうか」

 

「……」

 

「持てる数は六までだからと言うのなら、逆に六までに止め、一緒にいれば良いはずです」

 

「なるほどのう……」

 

 Nの話にキクヨは思わず唸る。彼の言うことは育て屋の意義が揺らぐような発言だが、尤もでもある。

 確かに捕まえて置きながら自分ではなく、他人に預けて世話させるのはポケモンに失礼と言える。

 

「確かにその通りじゃ。しかし、望んでそのトレーナーの手持ちとなり、その結果の場合はどうじゃろう?」

 

「その場合は……仕方がないですね」

 

 ポケモン側からゲットされに行ったり、他の結果、規定である六を超えて預けざるを得なくなる。その場合は仕方がないだろう。

 

「しかし、それならもっと一緒にいれるポケモンの数を増やす等は出来ないのでしょうか?」

 

「ふーむ……出来なくは無いが、難しくはなるじゃろう。例えば、これは極端な話じゃが、百匹の手持ち全てに平等な愛情を注ぎ、しっかりと育成出来るかの?」

 

「……無理ですね」

 

 一人だけでそれをするのは明らかに不可能だ。しかも、そこに更に食事や健康状態の把握もしなければならない。無茶にも程がある。

 

「今の六と言う数は、過去の様々な試行錯誤の末に決まったもの。簡単に変えるのは難しいじゃろう」

 

「確かに……」

 

 となると、どうしてもポケモンを預けると言う事を避けるのは難しい。

 

「すみません、話が少し外れた様です」

 

「いやいや、そう言う当たり前だからこそ、気にならなくなった疑問を認識して置くのは良いことじゃ」

 

「ありがとうございます。次にここは素晴らしい育て屋だと思います。しかし、利益を優先してポケモン達の事を思わない育て屋もあったりはするのでは?」

 

「無い、とは言い切れんのう」

 

 キクヨ個人としては、そんな育て屋が存在しないと思いたい所だが、断言出来ないのが人と言うものだ。

 

「とはいえ、利益を大事にするのもある程度重要な事ではあるの。利益を度外視した結果、環境や設備が劣悪になるのは避けるべきじゃ」

 

 確かにとNは思う。環境や設備が悪い場所では、ポケモン達を安全に預かる事は出来ない。ポケモンを大切にするのは当然だが、利益も大切だ。

 

「では最後の質問ですが、どの様な基準を元にポケモンのタマゴを渡しているのですか?」

 

「それは自分で感じた性格を元に以外に無いのう」

 

「しかし、託した人が生まれる彼等の力を悪用する可能性も有り得ます。それは考慮するべきでは?」

 

 もっと慎重に渡す相手は選ぶべき。Nはそう提案していた。

 

「Nくん」

 

「はい」

 

「わたしゃらも可能性な限りはそうしておる」

 

 例えば、危険な前科が無いか、とかを調べる等だ。

 

「しかしの――わたしゃらには、遥か先の未来など見えん」

 

「……?」

 

「例えば、今は善人だった人が何かを切欠に悪人になる可能性など十分ある。わたしゃも、ユリも、あの子達も、お前さんやサトシ君達も」

 

「いや、そんなことは――」

 

「無い。と何故言い切れるのじゃ?」

 

 Nは言葉に詰まった。確かに可能性だけで言えば、有り得るのだ。

 

「だから、わたしゃらに出来るのはただ一つのみ。それぞれの役目での最善、すべきだと思うことをする。それだけじゃ」

 

 未来は分からない。だから、未来の為に自分にとっての最善と思う行動をするしかないのだ。良くも、悪くも。

 

「……その通りですね」

 

 アララギも同じ様ことを言っていたのを思い出すN。悪くなる可能性があるかもしれないからと言って、何もしないのであれば、良くなる可能性も無くなる。

 それが正しい事だと思っていても、本当に正しいかなど分かりはしないのだ。

 

「わたしゃに言えるのは、これぐらいじゃの。どうじゃ?」

 

「参考になりました」

 

 育て屋の事をよく理解出来たし、自分の道を改めて強く再認識した。

 

「では、これで――」

 

「少し待ちなさい。お前さんに一つ授けたいのがある」

 

 キクヨは席を立つと、部屋を出た。数分後戻って来たが、その腕には一つのケースが入ったタマゴ。イーブイが生まれるタマゴがあった。

 

「受け取りなさい、Nくん」

 

「良いの、ですか?」

 

「うむ。今の話の中でこうすべきだと思った。お前さんなら、この子を色眼鏡を掛けることなく、ゾロアやポカブと同じ様にしっかりと育ててくれるとの」

 

 イーブイはイッシュ地方ではほとんど存在しないポケモンのため、簡単に渡せる相手がいなかった。

 実はと言うと、サトシは渡せる相手の候補だったのだが、立派でもまだ少年だった点から除外。

 一方、Nは青年。また先のやり取りから珍しいポケモンであろうが、平等に接してくれるとキクヨは考え、渡そうとしていた。

 

「それに、純粋なお前さんがこの子をどう導くかも気になるしの」

 

 様々な進化を持つゆえ、トレーナーによって先が大きく異なるイーブイ。Nがどの様にこの子をどう進化させるか、或いはしないのかも含めてキクヨは気にしていた。

 

「はぁ……」

 

 Nはこの時、キクヨの二つの台詞のどちらもどういう意味か分からなかったが、生まれるポケモンについて知ってるだけは理解出来た。

 

「ダメかのう?」

 

「――大切にします」

 

 しばらく考えた後、受け取る事を決意したNはそのタマゴ――イーブイのタマゴを受け取り、幼稚園から旅立ったのだ。

 

 

 

 

 

 そして現在。月夜の下、Nは自分と同じく、キクヨからタマゴを授かったサトシ、受け取ったタマゴから生まれたイーブイとズルッグと同じ景色を見ていた。

 つい、Nはクスッと微笑んでしまう。自分は何れサトシと戦うだろうに、今のこの状況を見ているととてもだが思えなかった。

 

「サトシくん」

 

「何ですか?」

 

「空、綺麗だね」

 

「ですね」

 

「ルッグー……」

 

「ブーイ……」

 

 二人と二匹が夜空を見上げる。写るのは、満天の星空。

 まるで、今日生まれたズルッグとイーブイを祝福しているかのようで、二匹はその星空の美しさに魅了されていた。

 

「キバ……」

 

 そんな二匹に、幼い竜は何とも言えない表情をしていた。

 

「――出ておいで」

 

「キバッ……!?」

 

「いるんだろう? キバゴ」

 

「キバゴ?」

 

「ズル?」

 

「ブイ?」

 

 Nに呼び掛けられ、キバゴは恐る恐ると言った様子で岩影から出てくる。

 

「一緒に見ないかい?」

 

「そうだな。空も綺麗だし」

 

「キ、キバ……」

 

 キバゴとしては、気になるズルッグと見るのは良い。しかし、イーブイの存在がどうにも引っ掛かった。

 いや、キバゴは気付いていないが、嫉妬していたのだ。だからこそ、迷っていた。

 

「キバゴ」

 

「キバ?」

 

「この子も、今日生まれた、言わば君の妹分。そうは見れないかい?」

 

「……!」

 

 Nの言葉に、キバゴはハッとする。彼の言う通り、イーブイもズルッグ同様、今日生まれた。言わば、妹のようなものだ。

 

「ブイ……?」

 

「イーブイ。キバゴは君よりも先に生まれた子。言わば、君のお兄さんだ」

 

「……ブイ!」

 

 Nの言ってる事が少し分からなかったイーブイだが、次の説明で納得し、キバゴに近寄る。

 

「ブイブイ♪」

 

「キババ」

 

「……ルッグ」

 

 Nの言葉に嫉妬を消したキバゴとイーブイが仲良くするも、今度はズルッグが不満のようだ。

 

「ブイブイ!」

 

「……ルッグ!」

 

 イーブイはズルッグにもお兄さんだよと言うが、ズルッグからすれば、キバゴは単に先に生まれただけの他者。それだけ。

 自分が生まれるまでタマゴを持っていたサトシ。タマゴの状態だが、同じ場所で数日前までいたイーブイとは決定的に違う。なのに兄と認める訳が無かった。

 苛立ちからプイッと顔を反らすと、ズルッグはそのまま走ってしまう。

 

「あっ、ズルッグ! 待てよ!」

 

 走るズルッグを、サトシは追い掛けた。

 

「……上手く行かないものだね」

 

「ブイ……」

 

「キバ……」

 

 イーブイとキバゴの仲は良くなったが、代わりにズルッグとキバゴの仲が悪くなってしまった。関係というのはやはり難しい。

 

「……どうしようかな」

 

 Nは少し考える。ズルッグはキバゴの件で苛立っている。となると、キバゴを連れるとまたズルッグが怒る可能性が高い。だが、ここでキバゴだけを返すのも良くないだろう。

 しかし、今ここにいるのは自分とイーブイとキバゴだけ。差は有れど、二匹は産まれたばかり。放って置くのは不味い。Nがどうしたものかと悩んでいると。

 

「――ゾロ」

 

「――カブ」

 

「ゾロア、ポカブ」

 

「ゾロゾロ」

 

「カブブ」

 

 ピョンと自分の目の前に、頼りになる仲間達が降り立つ。どうやら、自分達を心配して付けていたらしい。

 

「助かったよ。サトシくんとズルッグを追いたいから、周りを頼むね」

 

「カブ」

 

「ゾロ」

 

 強く頷いた二匹と共に、N達もズルッグを追う。

 

「――ッグ! ルッ……!」

 

「この声……こっちかな?」

 

 微かな声と何かがぶつかる様な音。それらを頼りに向かうと、離れた場所にある大木とサトシとズルッグが見えた。

 彼等に気付かれぬよう、距離を取って状況を確認すると、ズルッグが大木の根の近くに何度も頭突きをしていたのが見えた。特訓だろうか。Nは耳を澄まし、彼等の声を聞く。

 

「ルッグ! ルッグ!」

 

「負けず嫌いの上に頑張り屋、か。好きだぜ、そういうの」

 

「……ルッグ!」

 

 サトシの言葉に、ズルッグは少し嬉しそうな表情をするも、直後にずつきの練習に戻ろうとする。

 

「待った、ズルッグ」

 

「ルグ?」

 

「もっと身体に力を溜めてからやって放つんだ。こんな、風に!」

 

 サトシが見本を見せる。身体を後ろに傾けて止め、そこでお腹に力を溜めてから一気に解放するように身体と頭を振る。ブンと、勢いのある音が鳴った。

 

「どうだ?」

 

「……ルッグ!」

 

 今のを見本にし、ズルッグも身体を少し傾けてから力を溜め、一気に放つ。ガンと、今までよりも良い音が響いた。

 

「やるじゃないか! その調子その調子」

 

「ルッグ」

 

 えっへんと、ズルッグは上機嫌になる。

 

「ふふ、やるね。サトシくん」

 

 威力が向上している。身体の使い方を理解し始めた様だ。このまま行けば、実戦でも使える技になるだろう。

 サトシのトレーナー能力にNが笑みを浮かべていると、突如樹の間がある部分が二つ光った。まるで、目のように。

 

「サトシくん! そこから離れるんだ!」

 

「Nさん? ――うわっ!?」

 

「ルッグ!?」

 

「チュラーーーッ!」

 

 樹から出てきたのは、黄色い蜘蛛のような身体に、青い瞳のポケモン。

 

「こいつは……!」

 

『デンチュラ。電気蜘蛛ポケモン。敵に襲われると電気を帯びた糸を沢山吐き出し、痺れさせて攻撃にも使える電気のバリアを作る』

 

「この樹はデンチュラの縄張りだったのか!」

 

 その樹にズルッグが何度もずつきをしたため、音が五月蝿くて怒ったのだろう。デンチュラの自分達を見る目が険しい。

 

「デンチュラ、済まない。キミを怒らせるつもりは無かったんだ。ボク達は直ぐに離れるから、どうかここは――」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「こ、こら、ズルッグ!」

 

 Nが説得しようとしたものの、その途中でズルッグがデンチュラに向かってしまう。

 

「デン……チュラーーーッ!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「ズルッグ!」

 

「ブイイ!」

 

「キバ!」

 

 デンチュラは身体の中から大量の電気を広く放出する。ほうでんだ。電撃は容赦なくズルッグに命中し、大きなダメージを与える。

 

「ズルッグ!」

 

「ルグ……!」

 

 バチバチと、ズルッグの身体から静電気が溢れる。今のほうでんでまひになってしまった様だ。しかし、ズルッグはまだ立ち上がろうとしていた。

 

「とりあえず、ここは任せて! サトシくんはズルッグの手当を! イーブイとキバゴ、サトシくんと戻って! ポカブ、一緒に!」

 

 Nは残ったゾロアとデンチュラの対応に当たる様だ。

 

「ブ、ブイ!」

 

「キ、キバ!」

 

「カブ!」

 

「助かります!」

 

 Nとゾロアがデンチュラを惹き付けてる間にサトシはズルッグを抱え、ポカブ、イーブイ、キバゴと一緒にアイリス達の元に戻る。

 

「この声、キバゴ……? ――って、どうしたの、サトシ!?」

 

 抱えるズルッグを見て、アイリスは大声を出し、デントも目覚めて様子を見る。

 

「これは……まひだね。どういうことだい?」

 

「いや、実は――」

 

 サトシはこうなるまでの経緯を話していく。

 

「で、デンチュラのほうでんを受けてまひになったんだ」

 

「なるほど……」

 

「じゃあ、Nさんは今――」

 

「ここにいるよ」

 

 話している間に、Nは戻って来ていた。

 

「Nさん、無事ですか!?」

 

「うん、ゾロアが守ってくれたし、デンチュラも多少は納得してくれたからね」

 

「良かったです。すみません、俺のせいで……」

 

 自分がしっかりと止めていれば、ズルッグはまひにならなかったし、Nにも苦労を掛けずに済んだのだ。トレーナー失格だと、サトシは頭を下げる。

 

「運が悪かっただけさ」

 

 ズルッグは産まれたばかり。問題が起きても仕方ない。

 

「それよりも、ズルッグの手当が先だよ」

 

「ですね。だけど、ここからだとポケモンセンターは遠い……」

 

「だったら任せて。まひに効く薬を作るわ」

 

 近くにポケモンセンターはない。となれば、ここは薬草の知識を持つアイリスの出番だ。

 近くの森からまひに効く薬の材料になる薬草を見付け、薬を素早く作る。

 

「できたわ。はい、ちょっと苦いけど……飲んで、ズルッグ」

 

「ルグ……。ルッ、グ……!」

 

 薬を飲んだ際に苦味が響くも、ズルッグは耐える。

 

「偉いぞ、ズルッグ」

 

「ルグ……! ル、ッグ……」

 

 薬を飲んだズルッグは、スヤスヤと寝始めた。

 

「ボク達も寝ようか」

 

「はい」

 

 Nの提案に従い、サトシ達はしっかりと寝ることにした。

 

 

 

 

 

「――ルグ?」

 

「あっ、起きたか? ズルッグ」

 

「ルッグ」

 

 翌朝。目が覚めたズルッグは挨拶してきたサトシに返事する。

 

「元気になったね。ズルッグ」

 

「薬が効いた様だ」

 

「何よりだよ」

 

 N達がそう言うも、ズルッグは聞いていない。昨日どうなったのかを知ろうと記憶を辿り――デンチュラにやられた事を思い出した。怒りで表情を歪ませる。

 

「――ルッグ!」

 

「あっ、こら! 今度はダメだぞ!」

 

「ルグルグ!」

 

 ズルッグがデンチュラに再び挑むべく、走ろうとする。

 だが、今度はトレーナーとしてポケモンの無茶を止めるため、サトシはズルッグを掴んで阻止。ズルッグは離せ離せと暴れる。

 

「ズルッグ。倒された悔しさは分かるけど、昨日の件はそもそもこちらが原因なんだよ」

 

「そうだぜ、ズルッグ。悪いのは俺達だ」

 

 サトシとNに言われ、渋々だが確かにとは思うズルッグだが、生まれたばかりの子供故に納得仕切れなかった。

 

「ブイブイ」

 

「キバキバ……」

 

 キバゴとイーブイにもまぁまぁと言われるが、ズルッグは耳を貸さず、キバゴをギンと睨む。

 

「怖いもの知らずとも言えるかな」

 

「うん、それにキバゴには何か態度が悪いし……」

 

 ズルッグにどうしたものかと悩む一同だが、そこでNが少し考えた様な表情になる。

 

「ズルッグ。キミはデンチュラにまた挑みたいんだね?」

 

「ルッグ!」

 

「分かった。サトシくん。少し待っててくれないかい?」

 

「分かりました」

 

 何か考えがあるのだろう。サトシ達は待つことにした。しばらくすると、Nが戻って来た。

 

「Nさん」

 

「話、付けて来たよ」

 

「話?」

 

「デンチュラに事情を話して、勝負を受けてほしいと頼んだんだ。これなら、問題なく済むだろう?」

 

 昨日の様な衝突ではなく、試合に近い勝負形式なら問題は少ない。良い判断と言えるだろう。

 

「すみません、わざわざそんなことを……」

 

「これぐらい大したことじゃないよ。ただ、ズルッグだけで挑むのかい?」

 

「ルッグ!」

 

「うーん……」

 

 ズルッグはやる気満々だが、サトシは悩んでいた。と言うのも、昨日生まれたばかりのズルッグがデンチュラに勝つのは無理が有りすぎる。

 

「……出来れば、ちょっと助けが欲しいです」

 

「ルッグルッグ!」

 

 ズルッグはいらないと頭を振っているが、サトシはやはり味方が欲しい。

 

「だよね……」

 

 しかし、ズルッグの性格や、ポケモン達との関係を考えると、助けは難しい。

 

「ブイッ!」

 

「イーブイ?」

 

 そんな時、イーブイが声を上げる。自分がズルッグの助けになると言っていた。

 

「ブイブブイ?」

 

「ル、ルッグ!」

 

 良いでしょ?と言うイーブイだが、ズルッグは申し出は嬉しいが断った。これは自分の勝負。それに、その勝負でイーブイに傷付いては欲しくなかった。

 

「ブイ~?」

 

「ルグルグ!」

 

 え~と不満たっぷりにイーブイは言うが、ズルッグはダメダメとしっかり断った。

 

「キバキバ!」

 

 直後、キバゴが手を上げる。イーブイがダメなら、自分が手助けすると言いたげに。

 

「ルッグ!」

 

 しかし、ズルッグは必要ないとイーブイよりもキツイ態度で拒んだ。強情なズルッグにサトシ達は溜め息を吐く。

 

「とりあえず、ズルッグだけで挑もうと思います」

 

「それしか無さそうだね。まぁ、一応少しの時間を貰ったから、特訓出来るよ」

 

「何から何までありがとうございます……」

 

 勝負の予定だけでなく、特訓の時間まで用意してもらい、サトシは思わず頭を下げる。

 

「よし、ズルッグ。短いけど、特訓をやるぞ!」

 

 付け焼き刃だろうが、しないよりはずっとマシだろう。

 

「ルッグ!」

 

「ブイブーイ!」

 

「キババ!」

 

 頑張ってと言うイーブイとキバゴ。ズルッグはイーブイにはコクンと頷いて返すも、キバゴには無かった。

 

「皆、出てこい!」

 

「ポー!」

 

「ミジュ!」

 

「カブ!」

 

「タジャ」

 

 特訓のサポートとして、サトシは残りの手持ちを出す。

 

「ズルッグ、皆と特訓してデンチュラに挑むぞ」

 

「ズル……」

 

 サトシがいれば十分。他は別に良いのにと、ズルッグは不満そうな表情を浮かべる。

 

「ズルッグ、皆は仲間だ。それに、練習にはポケモン同士でやるのが一番良い」

 

「……ルグ」

 

 まだ納得仕切れてはいないが、やるつもりの様だ。

 

「じゃあ、特訓開始だ!」

 

 こうして、デンチュラとの勝負に向け、ズルッグの特訓が始まったのであった。

 



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暴れん坊の特訓と一騎打ち

 急ピッチで完成……。それでも遅れました。申し訳ありません。


「最初は速さと回避を身に付けるぞ。マメパト!」

 

「ポー!」

 

 先ずは、マメパトが最初の相手としてズルッグの前に立つ。

 

「ズルッグ、今からマメパトがでんこうせっかを放つ。それを避けるんだ」

 

 これならピカチュウでも良さそうだが、マメパトは空を飛べる分、色々な方向から攻撃出来る利点がある。

 

「マメパト、でんこうせっか! ――それなりの速さと威力で」

 

「ポー!」

 

 速さと威力を抑えたでんこうせっかを放つマメパト。ズルッグは身体を動かし、軽々避けた。

 

「うん。これは避けたな。じゃあ、マメパト、少しずつ上げていくぞ!」

 

「ポーポー!」

 

 サトシの指示通り、速さを上げながらマメパトは何度もでんこうせっかを放つ。

 

「ルッグ! ルッグ!」

 

「ブイブーイ!」

 

 イーブイの声援を受けながら、ズルッグはひたすらかわす。最初は多少の余裕があったものの、徐々に速くなるマメパトに直ぐに無くなり、必死になる。

 

「これ以上はキツいかな。マメパト、その速さを維持したまま、でんこうせっかを続けろ!」

 

「ポーー!」

 

 マメパトは今のスピードを維持しつつ、あらゆる方向からでんこうせっかを放つ。

 ズルッグは多方向から来るマメパトの突撃を、一生懸命かわす。

 しかし、徐々にかするようになり、遂に直撃する――瞬間、マメパトが急上昇。自分から外した。

 

「ズルッグ、今のは当たってたな」

 

「……ルグ」

 

 マメパトが外さなければ、間違いなく食らっていた。ズルッグは悔しさから歯を食い縛る。

 

「もう止めるか?」

 

「ルグルグ!」

 

 ズルッグはまだまだやれると、横にぶんぶんと振る。

 

「マメパト、再開してくれ」

 

「ポー!」

 

 特訓が再開。ズルッグはまた避けていく。それが数分繰り返されると、サトシが切り上げた。

 

「終わり! 少し休憩――」

 

「ルグルグ!」

 

 かなり疲労が溜まっていたが、ズルッグはまだやれると意気込む。

 

「ダメだ」

 

「……ルッグ」

 

 目で直ぐにやりたいと強く訴えるズルッグだが、サトシも強い目でダメと告げる。しばらくすると、ズルッグは根負けし、休むことにした。

 

「ブイブイ」

 

 イーブイにお疲れ様と言われてズルッグは気を休め、それから十分の休憩を挟むと、次の特訓を始める。

 

「次はずつきの練習。ツタージャ、頼むな」

 

「タジャ」

 

 次はツタージャが出て、ズルッグと向き合う。

 

「ツタージャ、今からズルッグがずつきをするから受け止めてくれ」

 

「タジャ」

 

「良いかズルッグ、今度はずつきの威力を高めるんだ」

 

「ルッグ!」

 

 ズルッグがツタージャを強く睨む。昨日、止められた事を思い出し、対抗心を高めていた。

 

「ズルッグ、ずつき!」

 

「ズルッグーーーッ!」

 

「――タジャ」

 

 全力でズルッグはずつきを放つも、ツタージャの蔓で軽々と受け止められる。

 

「タジャジャ」

 

 さっさと次をしなさいと促すツタージャ。ズルッグは更に対抗心を高めると、次のずつきを放つもまた止められる。

 むむむと、ズルッグは悔しさを募らせながら放つも、その全てを防がれてしまう。

 

「タジャタージャジャ」

 

 もっと身体に力を込めて放ちなさいと、ツタージャは防ぎながらもズルッグにアドバイスする。

 

「……ルッグ!」

 

 その後、ズルッグがずつきを何度か放つと、防御に使った蔓が押された。

 

「タジャ、タジャジャ」

 

 まぁ、少しは形になったわねと、ツタージャは彼女なりに誉めた。

 

「次に行くぞ、ポカブ!」

 

「カブ!」

 

 ツタージャと代わるように、ポカブが前に出る。

 

「ズルッグ、次は当てる練習だ。ポカブの動きを見抜いて、ずつきを当てるんだ」

 

「ルグ! ――ルッグ!」

 

「ポカ!」

 

 またズルッグはずつきを放つ。しかし、ポカブに軽々とかわされた。

 

「ズルッグ! そんなんじゃ、簡単にかわされるぞ! もっと早く動いて、しっかりと放つ!」

 

「ズルッグ!」

 

「ポカポカ」

 

 もっと相手を見てからと、ポカブも丁寧に話す。彼等の言葉を聞き、ズルッグはしっかりとポカブの動きを見ながら放つも、当たらない。

 

「……ズルッグ!」

 

 しかし、ズルッグは諦めない。ぶんぶんと、何度も振っていく。その回数がかなりの数に到達すると、ポカブが回避に大きなジャンプ。その着地点に狙いを定め、ずつきを放つ。

 

「ルッグーーーッ!」

 

「カブ! カブブ……」

 

 ずつきが見事直撃。転がっていったポカブは少し痛そうだが、ズルッグに近付くとよくやったねと笑顔で褒める。

 

「ル、ルッグ……」

 

 う、うんと、ズルッグは少し戸惑った様子でそう言う。

 

「ブイ、ブブイ」

 

「……ルグ」

 

 優しくて、頼りになるポケモン達ばかりだねと、イーブイは笑顔で告げる。ズルッグは間を置いてコクリと頷いた。

 サトシの頼みもあるとはいえ、昨日、喧嘩を吹っ掛けた自分に付き合ってくれてる。ズルッグに、後ろめたさが宿っていく。

 

「結構疲れたみたいたし、また休憩」

 

「ルッグ」

 

 再度休憩し、身体をしっかりと休める。

 

「次! ミジュマル!」

 

「ミジュ!」

 

 次は自分と、ミジュマルは腕を組んで前に出て、自信満々にドヤ顔を浮かべる。

 

「ズルッグ。昨日、お前はミジュマルのたいあたりを皮で防御してたよな?」

 

「ルッグ」

 

 昨日、喧嘩になった時にミジュマルのたいあたりを皮で防御した事を思い出す。あれは本能的にそうしていた。

 

「それを磨くんだ。防御力が上がる」

 

「ルグ!」

 

「ミジュマル。お前はみずてっぽうを発射してくれ。弱めに」

 

「ミジュ。――ミジュマーーーッ!」

 

「ルグ!」

 

 弱めの水柱を、ズルッグは皮を持ち上げて防御する。但し、少し後退した。

 

「ズルッグ、手だけなく、足にも力を入れて踏ん張らないと後ろに下がるぞ!」

 

「ズルッグ!」

 

 再び水が来た。ズルッグは皮を広げて手に力を入れながら足にも力を込めて踏ん張り、見事水の勢いと衝撃に耐える。

 

「次! ミジュマル、周りを動きながら軽くみずてっぽう! ズルッグ、周りを見ながらやらないと防げないぞ!」

 

「ミジュ、ミジュジュ」

 

「ルッグ! ルグルグ!」

 

 ミジュマルはズルッグの周囲を周りながら軽くみずてっぽうを放つ。

 ズルッグは身体を動かし、放れた方向に真っ直ぐ向けつつ勢いで怯まぬように手足に力を込めて皮で防御していく。

 

「上手いぞ、ズルッグ!」

 

「回避、攻撃、命中の鍛錬で少しずつコツを掴んできたみたいだね」

 

「えぇ、まだまだ荒削りとは言わざるを得ませんが、それでも進歩してます。内の才能を感じさせますね。ただ……」

 

 今日中にデンチュラに勝つとなると厳しい。身体も出来ておらず、技術をマスターする時間もない。これで勝つのは無理があった。

 

「まぁ、見届けるしかないよ」

 

「ですね」

 

 これはズルッグの戦いのため、サトシを除いた、自分達には出来るのは見守ることだけだった。

「終わり!」

 

「ルッグ……」

 

「ミジュミジュ」

 

 ミジュマルは上から目線だが、ズルッグに近付くと疲れた彼を労うようによく頑張ったと誉めた。

 

「次が最後だ、ズルッグ。――ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 ミジュマルが引っ込み、最後の相手であるピカチュウが出てきた。

 

「ズルッグ、最後の特訓はにらみつけるの練習だ。効果が出るように頑張るぞ」

 

 防御を下げれれば、格上の相手でも攻撃が通用するようになるし、ダメージも期待出来る。デンチュラに勝つにはこの技は必須だった。

 

「ルッグ!」

 

「じゃあ、早速! ズルッグ、にらみつける!」

 

「ルッグゥ……!」

 

「どうだ、ピカチュウ?」

 

「ピカピカ」

 

 早速、凄い形相でにらみつけるを放つズルッグだが、ピカチュウは一瞬怯みこそはしたが昨日と同じく効果が出てない。

 

「ズルッグ、もっと気持ちを心の底から出してから、ぶつけるように放つんだ!」

 

 サトシはズルッグにアドバイスを出しつつ、ピカチュウにアイコンタクトである指示を出す。

 

「――ルー……ッグゥ!」

 

「ピー……カァッ!」

 

「ルッグ!?」

 

 言った通りに気持ちを心の底から出してから睨んだズルッグだが、ピカチュウに凄い表情で睨み返され、自分が逆に怯んだ。

 

「ズルッグ、まさか自分が睨まれないとでも思ってたのか? そんなんじゃあ、にらみつけるを使えるようになるまで遠いぞ」

 

「……ルグ」

 

 確かにとズルッグは頷いた。睨み返されて怯む程度の気持ちでは、全然ダメだ。

 

「やれるか?」

 

「ルッグ!」

 

 ズルッグは首を縦に振り、ピカチュウに向かって再度にらみつける。勿論、心の底から気持ちを引き出してぶつける。

 

「ズル……ッグゥ!」

 

「ピィ……カァ!」

 

 しかし、ピカチュウの並々ならぬ迫力に思わず押されてしまう。何度やってもだ。

 

「もっともっと! 勝つ! 倒す! って気持ちを全部ぶつけるんだ!」

 

 

「ルッグ……!」

 

 さっきまでは主に肉体的な疲労だったが、今回は精神的な疲労。産まれたばかりのズルッグにはキツいが、それでも続けていた。

 

「ズー……ルー……グーーーーーッ!!」

 

「――ピカッ!?」

 

 精神的な限界が迫る中、ズルッグは今まで以上の全身全霊の気迫を込め、ピカチュウにぶつける。

 すると、ピカチュウはビクッと震えた後に自分の防御力が落ちたのを感じた。つまり、成功だ。

 

「ピカピカ!」

 

「そっか! やったな、ズルッグ! にらみつけるが成功したぞ!」

 

「ズルッグ!」

 

 とはいえ、今のズルッグではかなり気迫を高めないと効果が出ないのが気掛かりだが、全く使えないよりは遥かに良いだろう。

 

「これで一通りの特訓が終わったね」

 

「はい」

 

「ルッグ……」

 

 回避、命中、攻撃力、防御、技術の特訓を済ませた。ただ、何度も休憩はしたが、ズルッグはかなり疲れたようだ。

 

「ただ……」

 

 やはり、付け焼き刃でしかない。これだけでは、勝てないだろう。他にも何かいる。

 

「うーん……。あっ、そうだ。Nさん、さっき言ってた試合の事ですけど」

 

「なんだい?」

 

 サトシはNからある話を聞くと、ズルッグともう一つある特訓をし、しっかりと休憩してから皆と試合の場所に向かう。

 

 

 

 

 

「――チュラ」

 

「待たせたな、デンチュラ」

 

「ズルッグ!」

 

 勝負の場所、昨日騒動を起こした樹の付近で、ズルッグとデンチュラが向かい合う。

 サトシはズルッグの後ろに、その周りにはN達やポケモン達がいた。

 

「チュラチュラ~」

 

 デンチュラはズルッグを見て、昨日と違い、感心した様子で立派立派と言っていた。騒動ではなく、試合のために敵意が無いからだろう。

 ズルッグからは鋭い視線と敵意を向けられてるが、それでも微動だにしない。

 

「こっちから行かせてもらうぜ。ズルッグ、にらみつける!」

 

「ズル……ッグーーーッ!」

 

「チュラ!?」

 

 デンチュラにとって、予想外の顔と迫力を向けられ、防御が下がってしまう。

 その間にズルッグが自分なりに素早くデンチュラに接近。首を後ろに傾け、狙いを定めてから身体の力を溜めてから放つ。

 

「ルッグ!」

 

「――チュラ!」

 

 しかし、その一撃はデンチュラの前足に防がれてしまう。但し、デンチュラは防御が下がったのと思った以上に威力があったので、ちょっと痛かった様で前足をフーフーしていた。

 

「よし!」

 

「ピカ」

 

「カブカブ!」

 

「タジャ」

 

 成果が確かに出ていることに、先ずはにらみつけるの特訓担当のピカチュウ、命中を担当したポカブ、攻撃力を担当したツタージャの三匹が喜ぶ。

 

「ズルッグ、下がれ!」

 

「ルッグ!」

 

 サトシはズルッグに距離を取るように指示。同時に、ズルッグには見えない様に両手を合わせ、デンチュラに謝っていた。チラッとNを見ると、彼も同様だ。

 

(あー、なるほどね)

 

 ズルッグは本気なのだろう。少年――サトシも、その為に本気でやらざるを得なくなったのだとデンチュラは理解した。

 

(どうしたものかなー)

 

 デンチュラはさっき、この勝負の形式を決めた際のNのやり取りで、ズルッグはまだ赤子であるため、可能なら加減してやってほしいと言われた事を思い出す。

 デンチュラは悶着ならともかく、勝負で赤子相手に本気になるのは大人気ないと頷いたのだが、ここまでズルッグが本気だとは思わなかった。かといって、本気や全力を出すのはやはり大人気ない。

 少し考え、さっきまで出そうとしていた加減した力をちょっとだけ上げ、早目にズルッグを倒すしかなさそうだ。

 

「――チュラチュラ」

 

「ミサイルばりだ!」

 

 デンチュラは口から細い針を一発ずつ発射。軽いダメージで怯ませ、少し強めの一撃で気絶させる。という予定だった。

 

「ズルッグ、かわせ!」

 

「ルッグ!」

 

 しかし、軽々とかわされた上に接近されてしまい、あれぇ!?とデンチュラは驚く。

 

「ずつき!」

 

「ルッグ!」

 

「チュラッ!」

 

 またずつき。今度は防御する間もなく、ズルッグの頭突きを頭に受ける。

 

「チュチュラッ!?」

 

 しかも、その際にずつきの追加効果が発生。デンチュラは怯んで隙を出してしまう。

 

「にらみつける! からのずつき!」

 

「ズルッグッ! ――ルッグーーーッ!」

 

「チュララッ!」

 

 また防御を下げられた上に、ずつきを受ける。更に防御が下がり、ダメージが増えていた。

 

「また下がれ!」

 

「ルッグ!」

 

 反撃が来る頃だと考え、ズルッグにまた後退する。

 

「回避も出来たな」

 

「ルッグ!」

 

「ポーポー」

 

 攻撃面だけでなく、回避もしっかりと出来ていた。その事に回避の特訓の相手をしたマメパトも笑顔だ。

 

(うーん……どうしようかなー?)

 

 デンチュラは目を閉じ、前足を組んでどうするかを考える。加減したミサイルばりはかわされてしまった。

 

(違う技でやろう)

 

 デンチュラは組んだ前足を構え、弱めの電気を球体状に変化させていく。

 

「なんだ?」

 

 見たことのない技にサトシが疑問符を浮かべ、ピカチュウは注意深く見つめていた。

 

「チュラ!」

 

 球体状の電気を、デンチュラは高速で発射。スピードが優先されてるので弱い一撃だが、ズルッグにはこれでも充分だろう。

 

「ズルッグ、防御!」

 

「ルッグゥ!」

 

 特訓で鍛えた皮での防御。ズルッグは手足に力を込め、電気の球を防ぐ――だけでなく、弾力でデンチュラに跳ね返した。

 

「デーン!?」

 

 うそーん!?と、驚愕したデンチュラに自分の攻撃である電気の球が直撃。しかも、そこにまたまたズルッグが近付いている。

 

「またまたにらみつける! で、続けてずつき!」

 

「ルッググッ! ズルッグーーーッ!」

 

「チュララッ!」

 

 またまた防御を下がり、ずつきで受けるダメージが無視出来ない範囲に近付いてきた。

 デンチュラは痛たと、前足でダメージを受けた箇所をすりすりする。

 

「ミジュミジュ」

 

 先ほどのガードに、防御担当のミジュマルも笑顔で流石自分が付き合っただけあると頷く。

 

「……なんか、あのデンチュラが気の毒に見えて来たんだけど、あたしの気のせい?」

 

「……ちょっと同感」

 

「……」

 

 しかし、一方でデンチュラは相手が赤子の為に、全力を出せない。しかし、ズルッグは全力で来て受けるダメージが増えていく。

 そんなデンチュラに、事情を知ってるアイリスとデントは同情の視線を少し向けていた。提案したNも、どうにも気まずそうだ。

 

「ブイブーイ!」

 

「キバキバー!」

 

 その上、イーブイとキバゴはズルッグにやっちゃえやっちゃえと全力で応援しており、何とも言えない。

 

「チュラー……」

 

 また前足で組んで、思考に入るデンチュラ。ちょっとずつイライラはしてきたが、やはり全力はダメだ。大人気ないにも程がある。

 

(――これしかないかー)

 

 また前足を使う。但し、今度は電気を球状ではなく、糸を編むかのように変化させていく。

 

「また見たことない技……」

 

 デンチュラが放とうとする初見の技に、警戒心を高めていくサトシ。

 

「――チュラ!」

 

「なに!?」

 

「ルッグ!?」

 

 デンチュラが電気を放つ。それはまるで、蜘蛛の巣の様な形で、広範囲に広がる。

 

「ルッグーーーッ!」

 

「ズルッグ!」

 

 これはかわしきれず、ズルッグはこの勝負で初めての攻撃を受けてしまう。弱めの電気だが、それでもかなりのダメージを食らった。

 

「ル、ッグ……!」

 

「まだ行けるか!?」

 

 まだ戦うと言わんばかりにズルッグは立ち上がろうとするも、さっきの一撃でキツいのか、上手く動けない。

 

「ブ、ブイ……?」

 

 負けちゃうのか、イーブイや他の皆がそう思った時、一ヶ所から大きな声が上がる。

 

「キバー! キババー!」

 

「ルッグ……?」

 

 声の正体はキバゴだった。彼はありったけの声で、ズルッグに負けるなと応援していた。何度も何度もだ。

 

「キバゴ……」

 

「キババ! キバキバ!」

 

「……ルッグ!」

 

「キバ!」

 

「ブイ!」

 

 お前に言われるまでもない。そんな反抗心が、ズルッグを立ち上がらせた。それを見て、キバゴとイーブイは喜ぶ。

 

「チュラー……」

 

 ちなみに、デンチュラは居心地が悪さに苦笑い。勝たせてやりたいところだが、かといって赤子に負けるのは流石に面子に関わる。加減しつつ、倒すことにした。

 

「ルッグルッグ!」

 

「あぁ、分かってる。勝とうぜ」

 

 だが、ダメージは大きい。長期戦は不利だろう。となると、奥の手を使うしかない。

 

「ズルッグ、奥の手だ!」

 

「ルッグ! ――ルグ!?」

 

 奥の手を使おうとしたが、ズルッグの動きが鈍い。

 

「サトシ、さっきデンチュラが使った技はエレキネット。食らうと、素早さが下がる効果があるんだ」

 

「それで……」

 

「ちなみに、その前に放ったのはエレキボール。電気を球状にして発射する技で、使用者の素早さが高ければ高いほど威力が上がる」

 

「ありがと、デント!」

「……」

 

 エレキボールとエレキネットの説明を聞いたサトシは、デントにお礼を言う。

 そして、ピカチュウがエレキボールの説明にしっかりと耳を傾けた事は、本人を除けばNだけが気付いていた。

 

「ズルッグ、速さは下がったけど、やることは変わらない。行くぞ!」

 

「ルッグ! ルグルグ……」

 

 ズルッグは樹に向かって走り出す。そして、樹の影に移動すると――そのまま出てこない。

 

「チュラ……?」

 

 樹の裏から、何かをする気だろうか。デンチュラは何が起きても良いよう、慎重に移動しながら樹の後ろを見る。

 

「……チュラ?」

 

 しかし、ズルッグの姿が見当たらない。また向こうに移動したのだろうか。デンチュラがそう思った瞬間だった。

 

「今だ、ズルッグ! 全力でずつき!」

 

「ズル……ッグーーーーーッ!!」

 

「チュラ!?」

 

 ズルッグの声が聞こえた。何処からとデンチュラが辺りを見渡していると――ゴツンと頭に凄い衝撃が走る。上から。

 そう、ズルッグはこの大きな樹を登り、高い場所にある枝から降りて、落下を利用したずつきをデンチュラに叩き込んだのだ。

 今の力が低いなら、他の場所の力を利用して高めれば良い。サトシはそう判断し、ズルッグに最後の特訓――木登りの特訓をさせたのである。

 

「デ、デンチュ~~……」

 

「――ル、ッグ!」

 

「大成功!」

 

 地面に倒れたデンチュラに、サトシとズルッグは笑顔を浮かべる。しかし、直後にズルッグはふらついた。

 

「ズルッグ、大丈夫か?」

 

「ル……ルッグ! ――ルグ~……」

 

「結構ふらついてる……」

 

「まぁ、あれだけの威力だからね」

 

「反動が出ても仕方ないよ」

 

 ズルッグはまだ、やり過ぎれば自分がふらつく程の身体しかない。そんな彼があれほどの威力のずつきをしたのだ。こうなっても仕方ないだろう。

 

「ル……グ!」

 

 まだフラフラするズルッグだが、気合いだけで踏ん張り、デンチュラを睨む。

 

「ところでデンチュラだけど、これって……」

 

「気絶、してるね」

 

「頭にあれだけの衝撃を叩き込まれた訳だからね……」

 

「ズルッグの勝ちってこと?」

 

「……どうだろう」

 

 デンチュラは目を回して倒れている。しかし、これはダメージによる戦闘不能というよりは、衝撃での気絶だ。試合の勝ちかと言われると難しいところだった。

 

「ズルッグは立ってる。一方で、デンチュラは倒れてる。それだけで考えると、やはりズルッグの勝ちじゃないかな」

 

「そうだね。この間にずつきでダメージを重ねれば、何時かは戦闘不能になるだろうし……ズルッグの勝ちで良いと思うよ」

 

「なら。俺達の勝ちだな、ズルッグ」

 

「ルッグ!」

 

「ブイブイ!」

 

「キバキバ!」

 

 勝利し、ズルッグは嬉しさからはしゃぐ。イーブイやキバゴもすごいすごいと、大はしゃぎだ。

 

「ピカピカ」

 

「ポーポー!」

 

「ミジュジュ」

 

「ポカポカ!」

 

「タジャ」

 

 特訓に付き合ったピカチュウ達も、ズルッグの勝利に笑顔だ。

 

「……」

 

 そんな彼等を見て、ズルッグははしゃぐのを止めて近付くと――ペコリと頭を下げた。

 昨日、迷惑掛けた件のお詫びと、今日、特訓に付き合ってくれたお礼に。

 

「ピーカ」

 

「ポー」

 

「ミジュマ」

 

「カブブ」

 

「タジャジャ」

 

 そんなズルッグに、ピカチュウ達は笑顔で応える。この瞬間、ズルッグは本当の意味での、仲間になる第一歩を歩んだのだ。その様子にサトシも笑みを浮かべた。

 

「……良いなあ」

 

 その様子に、アイリスがポツリと呟く。たった一日で、暴れん坊のズルッグとピカチュウ達との仲を良くした。

 ドリュウズとの仲が一向に良くなる気配がないアイリスにとって、それが羨ましい。

 

「アイリス、君は君のやり方で、だよ」

 

「うん。いきなり真似しても、同じ結果が出るとは限らない。参考にするぐらいでね」

 

 勿論、アイリスが強く望むのなら、話は別だが。

 

「……はい」

 

 少女はしっかりと頷くと、キバゴを心配させないようにその気持ちを押し込めた。

 

「にしても、まさか本当に勝つとは予想外ですね」

 

「ボクも。とはいえ、デンチュラが最初から本気だったら、とっくに勝敗は付いていただろうね」

 

「えぇ」

 

 Nとデントは小言で話す。デンチュラはNに言われ、手加減していた。

 なので、それがなければ全力の技で直ぐに大ダメージを受けてズルッグは負けていた。

 更に言えば、さっきのずつきも頭に決まって無ければ、デンチュラは気絶せずに反撃で倒されただろう。

 とはいえ、どんな形でもこの勝利は勝利。何より、サトシとズルッグが勝とうと努力し、奮闘せねばこうならなかった。だから、この勝負はサトシとズルッグの勝ちだ。

 

「チュララ……」

 

「あっ、デンチュラが起きたわ」

 

 とそこで、デンチュラが目を覚ました。痛む頭を片方の前足で抑えながらサトシ達にさっきまでどうなったのかを聞く。

 

「ずつきを頭に食らって、気絶してたんだよ」

 

「チュラー……」

 

 そっかーと頭が痛む様からも、デンチュラは納得した様だ。

 

「チュラ、チュララ」

 

「じゃあ、この勝負はそっちの勝ちだねって」

 

「ありがとな、デンチュラ」

 

 怒らないどころか、負けを受け入れてくれたデンチュラ。かなり心が広い。

 

「ズルッグ。昨日の事、謝ろうな」

 

「……ズルッグ」

 

 少しの間の後、ズルッグはデンチュラに昨日の件についてごめんなさいと謝った。

 すると、頭に何が乗る。デンチュラの前足がズルッグの頭を良い子良い子と撫でていたのだ。本人も笑顔である。

 

「デデン」

 

「ん?」

 

 そこで待っててと言うと、デンチュラはミサイルばりの針を一発だけ樹に向けて発射。直後に何かが落下し、地面に落ちた。

 

「――チュラ」

 

「これ……オボンの実?」

 

 デンチュラが拾い、はいとズルッグに差し出したのは、体力を回復させるオボンの実だった。これで試合でのダメージを癒せと言うことだろう。

 

「ズルッグ」

 

「……ルッグ」

 

 オボンの実を一口ずつかじる。悪くはない味が広がる度に身体の痛みが薄くなり、疲労が無くなっていく。

 

「――ルググ」

 

「チュラ?」

 

 オボンの実を食べ終え、ごちそうさまと言うズルッグ。デンチュラに美味しかったかを聞かれ、ゆっくりと頷いた。

 

「チュラ、チュララー」

 

 ズルッグの言葉を聞いたデンチュラは良かった、じゃあ元気でねと前足を振りながら器用に後ろ歩きで樹の根元の中へと戻って行った。

 

「じゃあ、ここから離れようか」

 

「はい」

 

 ここはデンチュラの縄張り。あまり長居するのは良くないと、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「試合も終わったし、昼食にしませんか?」

 

「良いと思う」

 

 デントの提案で昼食になり、サトシ達は一緒に食べる。

 

「――ルグ」

 

 そこには、ズルッグもいた。彼はピカチュウ達の近くで食事をしている。

 ただ、まだ二日目という事もあってか、距離は微妙に取ってるし、積極的に話そうとはしない。しかし、昨日よりは遥かに良い状況なのは見て取れた。

 

「ブイブイ♪」

 

「キバキバ!」

 

 そこにイーブイとキバゴが近付く。ズルッグはイーブイには笑顔だが、キバゴにはキツい表情――と思いきや、微妙そうな表情。

 さっきの応援が、ズルッグにキバゴの認識をほんの僅かにだが改めさせた様だ。

 

「キババ」

 

「……ルッグ」

 

 しかし、仲良しにはまだまだ程遠い様で、ズルッグはキバゴの提案を無視していた。

 

「キバー……。――キバキバ」

 

 少し落ち込むキバゴだが、めげずに一緒に食べように話し掛け、最後におにいちゃんだからねと告げる。

 その瞬間、ズルッグの表情が険しくなる。キバゴのその言葉は、琴線に触れるのと同じ。調子に乗るなとずつきを叩き込む。

 

「――ルッグ!」

 

「キバッ!?」

 

「ブイ!?」

 

「お、おい、ズルッグ!?」

 

 突然の攻撃に驚いていると、ずつきを受けたキバゴが目を涙で滲ませ、なにするんだと叫びながらひっかくを放つ。

 

「あぁ、キバゴも!」

 

「喧嘩になっちゃった……」

 

「こっちはまだまだかな……」

 

 二匹はもみくちゃになりながら相手に頭突きしたり、引っ掻いたりしまくる。

 

「こら、止めろって!」

 

「キバゴも!」

 

「ズルズル!」

 

「キバキバ!」

 

 サトシはズルッグ、アイリスはキバゴを掴むも、二匹はじたばたと暴れる。

 

「――そうだ。サトシ、アイリス。ズルッグとキバゴで試合をしてみたらどうだい?」

 

 とそこで、デントからズルッグとキバゴの試合を提案される。

 

「どういうこと?」

 

「二匹の実力に大きな差はない。練習相手には最適と思わないかい?」

 

「なるほど、良い案だね」

 

「ブイブーイ?」

 

 Nが納得していると、そこにわたしは?と聞くイーブイ。彼女も、試合をしたいみたいだ。

 

「今は彼等が先」

 

 それに、自分達はサトシ達と一緒にいることは多いが、常にいるわけではない。

 その事を考えても、ズルッグとキバゴの方が試合の相手としては適任だろう。

 

「ブイー……」

 

 Nの言葉にプクーと、膨れっ面になるイーブイ。しかし、今はズルッグとキバゴについて話しているので、言うことは素直に聞く。

 

「どうだい? サトシ、アイリス」

 

 サトシとアイリスは、ズルッグとキバゴを見る。確かに良いかも知れないと考え、頷いた。

 

「俺は良いぜ。ズルッグは?」

 

「ルッグ!」

 

「あたしも良いわ。キバゴはどう?」

 

「キバキバ!」

 

「じゃあ、早速」

 

 と言う訳で、ズルッグ対キバゴの試合が行われる事になった。ちなみに、これはサトシとアイリスの初バトルでもある。

 

「行くぞ! ズルッグ!」

 

「やっちゃうわよ、キバゴ!」

 

「ルッグ!」

 

「キバ!」

 

「始め!」

 

 デントの言葉により、試合が開始される。

 

「キバゴ、ひっかく!」

 

「ズルッグ、惹き付けてしっかり見抜いて避けろ!」

 

「キバキバー!」

 

「ルグルグ!」

 

 両手を上げ、しっかりと力を込めてひっかくを放つキバゴ。ズルッグはそれを特訓で身に付けたばかりの動作だが、それでも一撃一撃見てかわす。

 

「反撃だ! ズルッグ、にらみつける!」

 

「ズルッグゥ!」

 

「キバッ!」

 

 にらみつけるを食らい、キバゴは怯んで防御が下がる。

 

「ずつき!」

 

「ズル、ッグーーーッ!」

 

「キバーーーッ!」

 

「あぁ、キバゴ!」

 

 ずつきにより、キバゴは軽く吹き飛ぶ。ダメージもそれなりの様だ。

 

「キバゴ、もう一回ひっかく!」

 

「キバキバキバ!」

 

「ズルッグ、防御!」

 

「ルッグ!」

 

「キバッ!?」

 

 再度ひっかくを放つキバゴだが、ズルッグに皮で受け止められ、更に弾力で転がってしまう。

 

「そこだ、ずつき!」

 

「ルッグ!」

 

「キババーーーッ!」

 

「キバゴ!」

 

 

 そこにずつき。キバゴはまたダメージを受けた。

 

「……以外と差があるね」

 

「えぇ、ズルッグは昨日産まれたばかりですが、サトシ達との特訓で必要最低限の技術を身に付けてます」

 

 一方、キバゴは身体こそズルッグよりは上だが、技術が無い。それにトレーナーの差も加わり、ズルッグの方が優勢になったのだろう。

 

「このままじゃ……キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「キバッ! ――キーバー……!」

 

「させるか! ズルッグ、ずつき!」

 

「ズルッグーーーッ!」

 

 竜の力をある程度になるまで溜めていくキバゴだが、それを易々とさせるつもりはサトシは無い。ズルッグにまたまたずつきを指示。ズルッグは素早く近付いて、キバゴの頭にずつきを叩き込む。

 

「――クシュン!」

 

「――あっ」

 

「――い」

 

「――う」

 

「……えっ?」

 

 直後、大爆発が発生。その場にいた全員が飲み込まれた。

 

「あはは~、また爆発しちゃった……」

 

「キバー……」

 

「……叩いても、暴発するんだな」

 

「ピカ……」

 

「これは、今後の課題だねー……」

 

「す、凄い威力……」

 

「ゾ、ゾロ……」

 

「カブブ……」

 

「ブイ~……」

 

 サトシとデントが、溜める途中でも暴発しないように特訓しないと言ってる傍ら、初めて爆発を受けたN達はそういうしか出来なかった。

 

「まぁ、今日は引き分けという事で」

 

「仕方ないな」

 

「ルッグー……」

 

「ほっ……」

 

「キバ……」

 

 試合は引き分け。優勢だったズルッグは不満そうだが、次は勝つと意気込んでいる。一方で、アイリスとキバゴはホッと安心していた。

 

「じゃあ、サトシ。最後にモンスターボールを」

 

「あぁ」

 

 ズルッグはまだモンスターボールでゲットされていない。面倒を避けるためにも、ゲットする必要があった。

 

「これから宜しくな。ズルッグ」

 

「ルッグ」

 

 モンスターボールを軽く当て、ズルッグをゲット。改めて、仲間にした。

 

「また仲間が増えたね」

 

「あぁ。――あっ、そうだ。Nさん」

 

「なんだい?」

 

「その、これを」

 

 サトシが手渡したのは、モンスターボールだった。

 

「ボクには必要ないよ?」

 

「それは分かっています。だけど、問題を避けるためには、これを使った方が良いと思います。イーブイは珍しいポケモンですし……」

 

「……なるほど」

 

 例えば、何らかの要因で他のトレーナーのモンスターボールに入ってしまった場合をサトシは言っているのだ。

 イーブイはまだ赤子。はぐれた場合、ゲットされてしまう恐れはかなり高い。

 

「……仕方ないね。サトシくん、二つくれないかい? ゾロアの分も」

 

「分かりました」

 

 Nはサトシから二つのモンスターボールを受け取ると、ゾロアとイーブイを入れる。

 

「あれ? ゾロアって、Nさんの手持ちじゃ……」

 

「うん。だけど、Nさんはモンスターボールを使わないことにしてるんだ」

 

「えぇ、そうなの!?」

 

 初めての事実に驚くアイリス。一方、Nはゾロアとイーブイを出した後、モンスターボールをサトシに手渡す。

 

「サトシくん。これはアララギ博士に送ってくれないかな?」

 

「分かりました」

 

 使うのは、あくまで衝突を避けるために。それ以外では必要ない。それを理解したサトシは、ゾロアとイーブイのモンスターボールを受け取る。

 

「じゃあ、ボクたちはここで」

 

「ブイ~……」

 

「ルッグルッグ」

 

「キバキバ」

 

 ここで別れると聞き、イーブイは悲しそうな目をするも、ズルッグとキバゴにまた会えるよと言われ、笑顔になる。

 その時はバトルしようねとイーブイは告げ、ズルッグとキバゴは頷いた。

 

「またね、皆」

 

「はい、また!」

 

 サトシ達の見送りを受け、N達は去っていった。

 

「じゃあ、俺達も行こうか」

 

「えぇ」

 

「だね」

 

 新たな仲間、ズルッグを加え、サトシ達はヒウンに向けての旅を再開した。

 

 

 

 

 

「ここがヒウンシティか」

 

「イッシュ地方最大の街と言われるだけあって、流石に大きいわね」

 

「人の数も凄い多いにゃ」

 

 夕暮れ。大きな建築物が至るところに並び、港からは大量の船が次々と行き来する街、ヒウンシティ。その裏路地にロケット団がいた。

 

「見ている場合か。任務をさっさと済ませるぞ」

 

 そこにはフリントもいる。彼の言葉に頷いたロケット団は、素早く下水道に侵入すると、中をゆっくりと歩く。

 

「今日はここの下見だ。来るべき時に備え、我等が素早く動くためのな」

 

「分かってるわ」

 

 リゾートデザートの下見が終わった以上、後は作戦を実行する場所であるヒウンシティのみ。

 ただ、ここはイッシュ地方の最大の都市。その下水道もかなり広い。全てを見るには一日掛かるだろう。

 

「気を付けて進め。例の組織の連中がいないとは限らない」

 

「ここで襲われたら、結構やばいからな……」

 

 ここは道が入り組んでいるため、自分達も相手側にも身を隠せれる。思わぬところで敵に遭遇する可能性も高い。

 

「そんなに気にしなくても良いんじゃない? 全く動きを見せないし」

 

「とはいえ、その可能性があるのも事実にゃ」

 

 最初の遭遇以降、不気味なまでに動きを見せない謎の組織。未だに狙いも目的も不明。気を付けるべきではある。

 

「にしても、古代の城では惜しかったわねー。あとちょっとでお宝ゲットだったのに」

 

 歩く途中、ムサシは古代の城で発見したお宝について話す。

 

「だよなあ。だけど、なんなんだろうな、あの白い球」

 

「デスマスによると、いつの間にかあった、よく知らない物だそうにゃ」

 ただ、凄い雰囲気が漂うために、野生のポケモンは誰も近付こうとはしなかった。とのこと。

 

「無駄話は止めろ」

 

「ミネミネ」

 

「はいはい。にしても、そのミネズミ、アンタに合ってないわねー」

 

 これはムサシだけでなく、コジロウやニャースも思っていた。ミネズミはフリントの雰囲気に合ってない。

 

「そっちも、片方は餌付けでなつかれて捕獲しているだろう?」

 

「まあな」

 

 コジロウのデスマスは、彼が腹を空かせたところにご飯をあげた事でゲットしたのだ。

 

「やれやれ、前もそうだが、変だと思わんか?」

 

「にゃー達は正義の悪にゃ。困った者がいたら助けるのは当然にゃ」

 

「前に失敗したのも、違う固体のデスマスが原因だろう。腹は立たんのか?」

 

「それとこれは別だ」

 

「……変な奴等だ」

 

 どうにも、悪の組織の一員とは思えない可笑しな連中である。と言うか、悪の組織に正義は無いだろう。

 

「まぁ良い。ミネズミ、みやぶるで周りを遠くを把握しろ」

 

「ミネミネ」

 

 ミネズミはその優れた視力で、下水道の向こうを見ていく。敵や怪しい影はない。

 

「行くぞ」

 

 了解と頷くと、ロケット団はヒウンシティの下水道を進み始めた。今の話を全て聞かれているとは思わないまま。

 

 

 

 

 

「いやはや、まさかそこにあったとはね」

 

「えぇ、彼等には感謝ですね」

 

 何処かの場所、前にロケット団がメテオナイトを狙っていると聴いて嘲笑をしていた二人の男性が話し合っていた。

 今回も彼等は、下水道内部に盗聴器を仕掛け、話を聴いていたのだが、その中に一つ、とびっきりの情報があった。捜し物についての。

 

「今すぐ向かいます?」

 

「いえ、そちらはアスラとロットに任せましょう。そろそろ、こちらも向かうべきですからね」

 

「確かにその方が良さそうですね。この分では、数日以内に向こうはメテオナイトを手に入れるでしょうし。準備を始めるのなら確かに今」

 

 こちらの移動を考えると、この辺りで動くのが最善。それは二人共同じ考えだった。しかし、一つだけ不安要素がある。

 

「で、まだ王様は行方知らずなのですか?」

 

「残念ながら」

 

「やれやれ、このままでは無いまま動くしかありませんね」

 

「のようですね」

 

 それ自体は、ここ最近の成果から仕方ないとは思っているが、やはり簡単には割り切れない。

 

「とりあえず、準備は進めます。貴方は引き続きそちらを」

 

「えぇ」

 

 予定も決め、二人はそれぞれの仕事に取り掛かった。

 また、『その時』に向けて、時が一日流れる。

 



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ヤグルマの森のクルミル

 ちょっと、設定を変えてます。


「皆、今日も頑張れよー」

 

 今日もまた、サトシのポケモン達がトレーニングに走り込みをしている。

 

「ルグルグ……!」

 

 その中には、一昨日に加わった新しい仲間、ズルッグもいた。

 まだ産まれて間もないために五匹よりも遅く、息も乱れているが、漂うやる気だけは前にいる彼等にも負けない。いや、それ以上かもしれない。

 

「カブブ……」

 

「ポー……」

 

 そんなズルッグを、ポカブとマメパトが一瞬だけチラッと見る。大丈夫かなと言いたげだ。

 

「タジャ、タジャジャ」

 

「ミジュミージュ」

 

 そんな二匹に、ツタージャが心配いらないわと告げ、ミジュマルが賛同する。

 ズルッグは子供で、怖いもの知らずな所はあるが、強さへの意思は本物。きっと強くなるだろうと、ツタージャもミジュマルも思っていた。

 

「ピカピ」

 

 そうそう、あの子は強いよと、ピカチュウも同意する。あの意思の強さは生まれ持った才能とも言える。

 今は身体も技術も未熟だが、しばらくすれば立派に戦える様になるだろう。

 

「ピカカ、ピカピカ」

 

 だから、僕達が先輩として前を立派な姿を見せないと。そうピカチュウは語る。

 その言葉に、ツタージャはえぇと、ミジュマルはだなと、マメパト、ポカブはうんと強く頷いた。

 

「ポーポーポー!」

 

「カブカブカブー!」

 

 すると、ズルッグの為にと全速力で走り、飛んで二匹は先頭に立つ。

 

「……ミジュジュ?」

 

「タジャタージャ」

 

「ピカピカ」

 

 ミジュマルがあれ大丈夫か?と言い、ツタージャは多分、途中でへとへとになるわねと冷静に告げ、ピカチュウはサトシが止めるだろうと語る。

 実際、その後に苦笑いしたサトシに張り切り過ぎと言われ、二匹は何時もペースに戻した。

 

「ズルッグ、そこまで。もう終わり!」

 

 

「ルッグ!?」

 

 しばらく走っていたズルッグだが、サトシに止められた。近付いて来るサトシにまだ走ると強気に告げるも。

 

「気持ちは分かるけど、ダメだ。この後にも練習があるんだぞ?」

 

 ズルッグはまだ生まれたばかり。当然、体力はピカチュウ達に比べれば劣る。長期の走り込みは無理だ。

 

「ルグ……」

 

「そう落ち込むなよ。今も走ってるあいつらだって、最初からそうだった訳じゃない。技が未完成のやつもいる」

 

「ルッグ……」

 

 マメパト、ミジュマル、ポカブは初日はへとへとになっていた。ピカチュウやツタージャも最初から強かったのではない。それを聞いて、ズルッグは五匹を見ていた。

 

「お前なら絶対、強くなる。あいつらに追い付ける。だから、今は少しずつこなして行こうぜ」

 

「……ルッグ!」

 

 サトシに言われ、ズルッグは強く頷く。

 

「それでよし! じゃあ、キバゴとの試合をしようか」

 

「ルッグ!」

 

 試合と聞き、また前は引き分けに終わったため、今度こそは勝つとズルッグは意気込んでいた。

 その後、キバゴとの試合やピカチュウとのトレーニングをこなしていった。

 ちなみに、試合の結果は今回もりゅうのいかりが暴発したため、引き分けである。

 

 

 

 

 

「大きな森だな」

 

「ピカピカ……」

 

 朝のトレーニングや、朝食が終わり、ある程度歩いた場所の岩山から見下ろせる広大な森を見て、サトシとピカチュウは思わず呆気に取られる。

 

「結構、というかなり深いわね……」

 

「キバキバ……」

 

「ここはヤグルマの森だよ」

 

「ヤグルマの森? この森はそう呼ぶのか?」

 

「うん。ヤグルマの森は真っ直ぐにあっという間、脇道に行けば、自然の迷路と呼ばれる場所なんだよ。それに……」

 

「それに?」

 

「いや、ちょっとね」

 

 思わず出した言葉をサトシに追求されるも、デントは誤魔化す。

 

(まぁ、会える可能性なんて、皆無に等しいしね)

 

 『そのポケモン』は、デントにとっての憧れのポケモンだが、人に強い警戒心を抱いている。先ず、出てこようとはしないだろう。それに危ない。

 

(それに会えるとしたら――)

 

 あの人物の方だろう。その事を考え、デントは苦笑いする。

 

「デント、さっきから何を隠してるんだよ?」

 

「秘密。迷路に迷うかもしれないしね」

 

「それは不味いな」

 

 気になるサトシだが、どうやらデントの隠し事は森に迷う可能性があるものらしい。なら危ないので、引くことにした。

 

「こんな森、迷うわけないじゃない。あたしに任せないよ」

 

「結構自信あるんだな」

 

「まぁね~」

 

 自信満々のアイリスに、大丈夫そうだとサトシは思った。

 

「じゃあ、ヒウンシティに向かう為にも入ろうか。直ぐに抜けれるか、はたまた迷うか、分からないけどね」

 

「行けば、分かることさ」

 

「ピカピカ」

 

 サトシらしいその言葉に、アイリスとデントは笑ったあと、彼等はヤグルマの森へと踏み入れた。

 

「やっぱり、森の中って落ち着くな~」

 

「キバキバ~」

 

「これだけの森だけあって空気も新鮮、辺りには優しい光に満ち溢れてる。良いポケモンに育ちそうな環境だよ」

 

「新しいポケモンに出会えないかなー」

 

「ピカチュー」

 

 そんな事を言っていると早速、サトシの言う出会いが向こうからやって来た。

 

「――クルミーーールッ!」

 

「ピカッ!?」

 

「なんだ!?」

 

 突然現れた、草を纏った様な姿に、頭の丸いコブと六つの丸い足をし、口からは糸を出しているポケモンがピカチュウを蹴ったのだ。

 

「ピーカ、チューーーッ!」

 

「ミル!」

 

「うわわっ!?」

 

 吹っ飛ばされたピカチュウは直ぐに態勢を立て直し、でんきショックを放つ。しかし、そのポケモンは糸を使って回避。電気はサトシに命中する。

 

「ピカ!?」

 

「クール……ミルーーーッ!」

 

 技がサトシに当たってしまい、ピカチュウがしまったと思ったそのタイミングに、謎のポケモンが頭にある草から無数の鋭い葉を放つ。はっぱカッターだ。

 

「ピカピカ……!」

 

「ミル!」

 

「ピカッ!?」

 

 ピカチュウははっぱカッターを軽やかなステップで避ける。

 しかし、謎のポケモンは一瞬の間を狙って糸を発射し、ピカチュウの額に付けると弾力を利用して素早く接近しながらぶつかる。

 

「痛て……んっ?」

 

「クール……ルルルルッ!」

 

「ピカピカピカーーーッ!?」

 

 サトシの目に写ったのは、ピカチュウにかじる謎のポケモンと、ダメージを受けるピカチュウの姿だった。

 

「さっきははっぱカッター、今度はむしくいか!」

 

「ピカチュウ、振り払え!」

 

「ピッ……カァ!」

 

「ミル!」

 

 サトシの指示に、ピカチュウは謎のポケモンの身体を掴まえると、力強くでぶん投げる。謎のポケモンは地面にぶつかるも、直ぐに態勢を立て直した。

 

「ピカチュウ、大丈夫か!?」

 

「ピカ!」

 

「よし! にしても、なんだあいつ……?」

 

 相棒の無事を確認したサトシは、ポケモン図鑑で謎のポケモンの情報を調べる。

 

『クルミル、裁縫ポケモン。葉っぱのフードで天敵から身を隠す。また、葉っぱの服は餌が減った時の非常食にもなると言われている』

 

「クルミルっていうのか」

 

「クルミルは、葉っぱを服にしている事から、ファッションデザイナー達のマスコットとしても人気があるポケモンなんだよ」

 

「だから、あんなに可愛いのね!」

 

 デントの説明に、アイリスは納得した様だ。

 

「面白いな、お前! けど、なんでいきなり攻撃して来たんだ?」

 

「多分、進路途中にいたから、邪魔になって退けようと攻撃したのかな?」

 

「ミルミル」

 

 正解と、クルミルは頷いた。特にピカチュウに敵意があるからとかではない。

 

「だったら、言ってくれたら退いたのに」

 

「クルミール」

 

 そんな間無かったしと、クルミルは答えた。第一、知らない相手にわざわざ退く必要もない。バトルになろうが、倒せば良い。そうクルミルは考えていた。かなり気が強い性格だ。

 

「気の強いな。気に入ったよ、お前。ゲットしたくなったぜ」

 

 不意打ちに隙があったとはいえ、ピカチュウにダメージを与えた。そこから見ても、このクルミルは中々の実力の持ち主だと分かる。それにこの気の強さ。

 サトシは気に入った様で、ゲットしようとモンスターボールを取り出す。

 

「クルミーーールッ!」

 

「うわわっ!?」

 

「いとをはくだね」

 

 その瞬間、クルミルが糸を吐き、サトシをぐるぐる巻きにして雪だるまならぬ、糸だるまに状態にする。

 

「やるな、クルミル! ますます気に入ったよ!」

 

「クルミル?」

 

 やる気?と問い掛けるクルミル。相手がその気なら、こちらも応戦するまで。

 

「ピカ!」

 

「ありがと、ピカチュウ」

 

 アイアンテールで糸を破ってもらい、自由を取り戻すとバトルに入る。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピッカァ!」

 

「クル! ――ミル!?」

 

 初撃はかわしたものの、素早さ故に次の突撃はかわしきれず、クルミルは吹き飛ぶ。

 

「ミルー……!」

 

 以外とやるなとクルミルはサトシとピカチュウを睨む。しかし、自分には探し人がいる。何時まで構っている余裕は無い。クルミルは背を向けると糸を使い、サトシ達から離れていく。

 

「待て――あれ?」

 

「ピカ?」

 

「サトシ?」

 

「どうしたんだい?」

 

 クルミルを追おうとしたサトシだが、ふとその足が止まる。

 

「なんだろう……。見られてる?」

 

「えっ、見られてる?」

 

「うん……」

 

 何と無くだが、『誰か』に見られている気がしてならないのだ。

 

「辺りには、誰もいないようだけど……」

 

 辺りを見渡すも、姿や気配は全くない。

 

「……うーん、気のせいかな?」

 

「きっとそうよ。それよりも、クルミルはどうするの?」

 

「探すとなると、奥深くに移動することになるよ」

 

「だよなあ……」

 

 サトシとしてはクルミルを追いたいが、その為にデントやアイリスに迷惑を掛けるのは避けたい。

 

「……とりあえず、道まで戻るよ」

 

 渋々、クルミルの追跡は諦め、森を出るための道に戻ることにした。アイリスやデントも続く。

 

「……」

 

 しかし、サトシの感じた視線は気のせいではなかった。彼等がさっきいた場所からかなり離れた所に、一匹のポケモンがいた。

 四足歩行のポケモンで、爽やかな草原の様な綺麗な緑色の細くしなやかな身体を持ち、凛とした佇まいをしている。

 並々ならぬ迫力を感じるも、同時に、ヤグルマの森に同化しているのではないかと思える程に、そのポケモンは静かに佇んでいた。

 

「……」

 

 そのポケモンは少しした後、微かに吹いた風と共に、静かにその場を後にした。

 

 

 

 

 

「すごく大きな木だなー」

 

「うん、樹齢百年は超えてるかも……」

 

 目の前に見える大樹に、サトシ達は思わず圧倒される。

 アイリスの判断、と言うか勘や森の声を元にヤグルマの森を進んでいた。

 しかし、中々に出れずにいるどころか、崖に着いたりしていたので、大きな木の上から捜索すると言う事でこの木のある場所に来たのだ。

 

「ちょっと行ってくるね」

 

「俺達も」

 

「ピカ」

 

「気を付けてね」

 

 一足先にアイリス。その次にサトシとピカチュウが大樹を登る。ある程度の高さまで出ると、周りを確かめるが、出口は見えない。

 

「もっと上から見た方が良いかも」

 

「じゃあ、そうし――うわっ!?」

 

「な、なにあれ!?」

 

 サトシとアイリスが見上げると、明らかに葉や蔓とは違う緑の塊があった。

 

「サトシ、アイリス! どうしたんだい?」

 

「いや、なにか変な物がぶら下がってて……」

 

「……変な物?」

 

 まさか、とデントが思った瞬間、緑の塊――マントで身体を覆っていた人物が降りてきた。

 その人物は、緑色の瞳に癖のある茶髪が特徴で、蝶の形をしたバックルや首に巻いた赤いスカーフ、赤と緑の縞ズボンの格好をした青年だ。

 

「しー、静かに。森にいるポケモンが驚いちゃうじゃないか」

 

 謎の人物に注意され、サトシとアイリスは出そうになった声を抑える。また、今の声でデントは確信を抱いた。

 

「この声……やはり、アーティさん!」

 

「ん? この声はデント君?」

 

「デント? この人と知り合いなの?」

 

「知り合いもなにも、その人はヒウンシティにあるヒウンジムのジムリーダー、アーティさんだよ」

 

「……えぇ!? この人がヒウンジムのジムリーダー!?」

 

「こら、静かにと言ったよ?」

 

 目の前の人物が次のジムのジムリーダーと知り、また思わず大声を出してしまうサトシ。アーティにまた注意され、済みませんと頭を下げる。

 

「とりあえず、ここじゃなくて降りて話そう」

 

「あっ、はい」

 

 アーティの言葉に従い、サトシ達は大樹から降りた。

 

「じゃあ、もう知られてるけど自己紹介と行こうか。ヒウンジムの芸術的な虫使いジムリーダーにして、天才アーティストのアーティだよん」

 

 自己紹介するアーティだが、何故かポーズを取っていた。

 

「自分で芸術的とか、天才って言っちゃうんだ……」

 

「あはは……相変わらずですね、アーティさん」

 

 自分で天才や、芸術的と言う事に微妙そうな表情のアイリスと、全く変わらないアーティに苦笑いのデント。

 とはいえ、自己紹介された以上はこちらもするのが礼儀。サトシとアイリスは簡単に自己紹介を済ませた。

 

「サトシ君とアイリス君か。しかし、デント君。君がどうしてここに?」

 

「僕は今、自分を見つめ直そうと一人のトレーナーとして彼等と旅をしているんです」

 

「ほう、三人で旅を。良いね、今しかない少年少女達の熱き日々の旅……。良い! これぞ、正しく純情ハート!」

 

 気持ちが昂ったのか手を広げ、サトシ達の事を誉めるアーティ。

 

「おぉ、この感じ。今なら良い作品が書けるかもしれない!」

 

「と、ところでアーティさんはどうして森に?」

 

 アーティが背中のスケッチブックや筆記具を取り出し、書こうとするも、彼のペースのままでは話が長くなると感じたアイリスの疑問に、意気消沈した様になる。

 

「その様子……。おそらく、また創作に行き詰まった、とかですか?」

 

「正解だよ、デント君……。最近、インスピレーションが全く出ず、純情ハートが曇ってしまったんだ……」

 

「純情ハート? そう言えば、さっきも言ってましたけど、なんですかそれ?」

 

 デントが問い掛けると、見事に的中していた。一方、サトシはさっきも言っていた、純情ハートなる言葉が気になっているようだ。

 

「上手く表現出来ないけど、僕の感性みたいなものだよん」

 

「へー……」

 

「にしても、天才でも行き詰まるんだ」

 

「そりゃあ、天才の僕でも時にはそんな事はあるさ。だから、このヤグルマの森のポケモン達の様に、自然の中で身を置けばインスピレーションが得れると思って、ここ数日ほどいるんだよん」

 

「それが、純情ハート、って事ですか?」

 

「ピカピカ?」

 

「その通り! 芸術には穢れなき純粋の想いが必要なんだよん」

 

 それがアーティの持論の様だ。一々構えを取るのは不明だが。

 

「あの、そもそも森で生活がどうしてインスピレーションに……?」

 

「まぁ、それは人によりけりだけどね。森の中での自然な生活が、感性を刺激するというか、この大自然の凄さ素晴らしさを改めて理解出来るというか、森と一体化出来るというか、とにかく多くの事が新鮮に映るようになるんだよん」

 

「へー……」

 

 変わった感じではあるものの、言っている事の深さは理解出来たのか、アーティの言葉に三人は深く感心した様子だった。

 

「なんか、分かる気がします!」

 

「キバキバ!」

 

「俺もなんとなく――」

 

「クルミールーーーッ!」

 

「どわぁああっ!?」

 

 分かるとサトシが言おうとしたその時、何かに蹴られた。

 

「クルル」

 

「このクルミル、さっきの!?」

 

「ピカ!」

 

「えっ!?」

 

 サトシが見る。この気の強さが伝わる表情と言い、さっきの蹴りと言い、確かにさっきのクルミルだった。

 

「おや、知ってるのかい?」

 

「俺達、さっき入口で出会ったんです」

 

「クル!」

 

「うわっ!?」

 

 クルミルはジャンプし、サトシの頭を踏み台にして更にジャンプしてアーティの肩に乗ると、そのまま近くでぶら下がる枝にある葉を食べ始めた。

 

「クルクル……」

 

「そうだったのか。こいつは気の強い性格だけど、可愛いやつなんだよ」

 

「もしかして、アーティさんのポケモンですか?」

 

 近くにご飯があるとはいえ、気の強いクルミルがアーティの肩の上で笑顔で食べている。

 それだけでかなりの仲だと分かるし、彼の手持ちだと考えても不思議ではない。

 

「いや、こいつは野生さ。だからこそ、一緒にいることで色々な事が見えてくるんだけどね」

 

 言っていることは変わっているが、良い人なのだろう。アーティの言動からそれが分かる。

 

「森のポケモンの生活……面白そうだなー」

 

「ゲットする前に、そのポケモンを詳しく知るのは重要な事だ。君達もこいつのこと、知ってみたくないかい?」

 

「お願いします!」

 

「あたしも!」

 

「ピカ!」

 

「キバ!」

 

 アーティの言う通り、ゲットする前にそのポケモンを把握して置くことは、出来るか出来ないかは別として確かに大切だ。良い経験にもなる。

 サトシ自身、クルミルをもっと知りたいため、その提案を受けた。アイリス達は純粋な好奇心からだ。

 

「じゃあ、今日はここでキャンプだね。僕は食事の準備をするよ」

 

 という訳で、早速デントは料理の準備を始め、サトシ達もクルミルを知る為の行動を始めようとするも、その前にアーティが告げる。

 

「さて、今から僕達はクルミルと一緒に行動するわけだけど、その前に挨拶だ」

 

「挨拶?」

 

「誰と?」

 

「勿論、クルミルにさ」

 

 アーティはそう言うと、しゃがみこんでおでこを向ける。クルミルは彼のおでこに、笑顔で二つのコブを軽く当てる。

 

「クルル」

 

「クルミルのこのコブは、感覚器官とも呼ばれていてね。触れる事で識別するんだ。だから、こうして触れ合うのが仲間への挨拶という訳さ」

 

 サトシとアイリスが感心しながら聞いていると、ピカチュウが前に出て、おでことコブを触れさせる。次にキバゴ、アイリスもだ。

 

「最後は俺! クルミル、よろしくな!」

 

「――ミル!」

 

「どわぁ!?」

 

 最後の自分と、帽子を外しておでことコブを合わせようとしたサトシだが、クルミルに強烈な頭突きを叩き込まれてしまう。

 

「うふふふ、さっきゲットしようとしたからよ」

 

「クルミルー……」

 

「まぁ、頭突きも挨拶と言えば挨拶だよ」

 

「そうですか。とにかくよろしくな、クルミル」

 

「ミル」

 

 サトシによろしくと言われるが、クルミルはそっぽを向く。

 

「気が強いなあ。あはは、もっと気に入ったよ」

 

「……ミル」

 

 一瞬間があったが、その後クルミルは歩き出し、サトシ達もそれに続く。

 途中、止まるクルミルにアイリスが森の声を聞いていると思ったが、実際は好みの方の葉を選んでいただけだったなどや、葉を食べて丘で寝たクルミルと同じく寝て空やその先の宇宙の広大さを感じながら、サトシ達はまた歩くクルミルに続く。

 

「クルクルクル……」

 

「沢山木の実がある」

 

 次にクルミルが行った先は、木の実が沢山ある場所だった。

 

「食べて寝て、また食べるって訳ね」

 

「それが生きているって事の基本さ。人間の赤ちゃんだってそうだろう?」

 

 確かにと思っていると、ガサっと茂みが音を揺れ、中からポケモンが出てきた。ロケット団のムサシが手持ちにしてるポケモン、コロモリだ。

 

「あれはコロモリ!」

 

「コロモリも食事中だったのか!」

 

「モリモリ!」

 

「近付くなって威嚇してる!」

 

「木の実の奪い合いになる!」

 

 コロモリは食事を邪魔され、気が立っていた。

 

「モリモリモリ!」

 

「かげぶんしん!」

 

「クルーーーッ!」

 

 無数の分身を作るコロモリ。対して、クルミルは口から吐いた糸で薙ぎ払うように分身を瞬く間に消し、実体にも当てて動きを封じようとしたが、それは避けられた。

 

「クルー!」

 

「――モリッ!」

 

「クル!?」

 

「もう一体のコロモリ!」

 

 気の強いクルミルはコロモリに攻撃を仕掛けようとしたが、その時クルミルの背後の茂みからもコロモリが出てきた。

 

「モーリーーーッ!」

 

 気を取られた隙を狙い、二体のコロモリが同時にエアスラッシュを放つ。

 

「クルミル!」

 

「クルッ!?」

 

「ピカッ!?」

 

 驚きから動きが遅れ、食らい掛けたその時。サトシがクルミルを庇い、エアスラッシュを受ける。

 

「痛……!」

 

「クール……!」

 

「ピーカ……!」

 

「ま、待った! クルミル、ピカチュウ!」

 

「……クル?」

 

「ピカ……?」

 

 コロモリに攻撃を仕掛けようとしたクルミルとピカチュウだが、サトシに止められた。

 サトシは痛む身体に鞭を打って、木の実を採るとコロモリ達に差し出す。彼等も食事をしていただけ。攻撃されたとはいえ、力強くで追い払いたくはない。

 

「ほら。驚かせて悪かったな」

 

「……モリ」

 

 二匹のコロモリはサトシから木の実を受け取り、さっさと食べると立ち去って行った。

 

「痛……」

 

「ピカ!」

 

「サトシ!」

 

「大丈夫か?」

 

「これぐらい、平気です」

 

「――クルル」

 

 心配してサトシに駆け寄るピカチュウ達と、庇ってくれたお礼だろうか、クルミルが木の実を贈る。

 

「くれるのか?」

 

「クル」

 

 聞いてきたサトシにクルミルは、貸しを作ったままが嫌なだけ、勘違いするなと言わんばかりにそっぽを向く。

 

「ありがとうな、クルミル」

 

 クルミルからの渡された木の実をかじる。程よい甘味と酸味が合わさって、美味しかった。

 

「上手いぜ、クルミル」

 

「……クール」

 

 お礼は言われるが、まだそっぽを向いたままのクルミルだった。

 

 

 

 

 

 夕食にデントが作ったパスタとスープ、木の実のサラダや木の実を食べ、夜。

 サトシ達は大樹の一ヶ所で寝袋を敷き、もうすぐ寝ようとしていた。

 

「良い眺め……ナイステイストですね」

 

「木の上で寝るの、初めてだ」

 

「ピカー」

 

 今まで色々な地方で旅をしたが、木の上で寝ることになるのは今日が初めてだった。

 

「君達は、旅に出てからどれだけの発見をした?」

 

「発見、ですか?」

 

「うん。僕はねえ、幼い頃に虫ポケモンの凄さ、美しさに純情ハートを奪われて、絵を描いたり、バトルをしたり、その日々を今まで繰り返してきたんだけど、いまだに新しい発見があるんだ。本当、ポケモンの世界は不思議に満ちているよね」

 

「俺もそう思います」

 

 旅をして、ポケモンに会う度に彼等について色々と体験したりはしたが、それでもポケモンについて半分も知ってるかどうか。そう思えるほどに、この世界は広く、奥深い。

 

「――あっ、流れ星」

 

 ふと夜空に、光が現れて消えた。その幻想的な光景に、各々感動する。

 

「じゃあ、そろそろ寝ようか」

 

「はい。あっ、その前に……ほら、ピカチュウ」

 

「ピカー……」

 

 サトシがポケットからと小さな箱から錠剤を取り出し、ピカチュウに渡す。ピカチュウはうーと苦い表情をし、苦味に耐えながら飲み込む。

 

「ん? 何かの薬かい?」

 

「はい。ちょっと不調気味で。それを良くするための」

 

「不調なのに、一緒にいてくれる。君達の強い絆を感じるよ。正に純情ハート!」

 

 サトシとピカチュウの絆に刺激されるアーティだが、今日はもう遅いからか自重した。

 

「クルミル、お前も一緒に寝るか?」

 

「クル」

 

 薬も飲ませ、サトシはピカチュウと一緒に寝ようとしたが、その前にクルミルを誘う。しかし、またクルミルはそっぽを向く。

 

「そっか。お休み」

 

 嫌なら仕方ない。サトシはピカチュウと一緒に寝ようとしたが、その時クルミルが降りてくると、自分の寝袋に入る。

 

「へぇ、クルミルがそんなことをするなんて珍しいな」

 

「クルル」

 

「寝ようぜ。ピカチュウ、クルミル」

 

「クルクル」

 

「ピカー」

 

 ピカチュウとクルミル。二匹の体温を味わいながら、木の上での初めての就寝を味わっていった。

 

 

 

 

 

「ピカピー!」

 

「うわっ! な、なんだ!?」

 

 翌朝。サトシ達は爽やかな目覚めをする――かと思われたが、ピカチュウの声で突然目覚めた。

 

「ピカチュウ、どうした?」

 

「ピカピカ、ピカピー!」

 

「あっ!」

 

 ピカチュウが指を指したので、下を見ると、クルミルがミネズミに連れて行かれていた。

 

「どうしたの?」

 

「クルミルがミネズミに! 助けてくる!」

 

 理由は不明だが、連れて行かれたのだ。助けねばとサトシは寝服のまま木から降りてミネズミを追う。

 

「ミル? ――クル!」

 

 途中、クルミルは揺れで目覚めたのか、起きると状況を確認。ミネズミに連れて行かれている事に気付き、糸で素早く離れる。

 

「ミネッ!?」

 

 クルミルが離れてしまい、ミネズミは再度捕まえようとしたが、自分を追うサトシ達の姿を見て、自分の住処である洞窟に入る。

 

「洞窟の中に!」

 

 しかし、その際サトシ達は離れたクルミルが風の影響で吹き飛び、偶々近くにいたシキジカに纏わりついた事には、距離や洞窟に入った事から気が付かなかった。

 

「ミネー!」

 

「クルミルはどこだ!?」

 

「ミー……ネッ!」

 

「ミネズミがもう一体?」

 

「それに体調が悪そうだ……」

 

 洞窟に入るサトシ達だが、さっきのミネズミともう一匹、葉の上で横に寝かされたミネズミを発見する。

 ミネズミはもう一匹のミネズミを守るように威嚇し、前に立っていた。

 

「そうか、ミネズミはお腹を壊した時、クルミルの着ている葉を食べて治す習慣があるんだ」

 

「じゃあ、クルミルを連れて行ったのは、仲間の為に……」

 

 一刻も早く治したかったために、強引に連れ去ってしまったのだろう。

 

「ミネズミ、僕はその子を治せる薬を持っている。助けさせてはくれないだろうか?」

 

「ミネ……」

 

 ミネズミは仲間をチラッと見てから少し考える。そして、敵意の無さから危害を加えるつもりは無いだろうと判断し、アーティに頼んだ。

 

「ありがとう。ミネズミ、薬だよ。少し苦いが直ぐに良くなるよ」

 

「……ミネ」

 

 ミネズミはアーティから差し出された薬を苦味に耐えながら飲み干す。

 

「ズミー?」

 

「ミネー」

 

 薬を飲み、少しずつ良くなったらしく、ミネズミ達は笑顔になる。

 

「良かったな、ミネズミ」

 

「ミネー!」

 

「ズミ」

 

 二匹のミネズミは感謝の気持ちを込め、ありがとうと告げる。

 

「ところでミネズミ。クルミルはどこだ?」

 

 クルミルを助けるためにミネズミを追ったのだが、この洞窟にはいないのが妙だ。

 

「ミ、ミネー……」

 

「もしかして、途中で自力で脱出したのかな?」

 

「ミネ」

 

 気まずそうなミネズミに、アーティは自力で脱出したと推測。ミネズミがコクンと頷く。

 

「じゃあ外か。探そう」

 

「はい。ミネズミ、元気でな!」

 

「ミネー!」

 

 ミネズミの見送りを受けながら、サトシ達は洞窟を出る。

 

「さて、クルミルはどこに――」

 

「シキーーーッ!」

 

「ミルーーーッ!」

 

「シキジカ!?」

 

「それに、あれは……!」

 

「クルミルよ!」

 

 外に出たサトシ達の目に入ったのは、糸が首に絡まって暴れるシキジカと、引っ掛かったせいでぶんぶんと振り回されるクルミルだった。

 

「シキキーーーッ!」

 

「ミルミルーーーッ!」

 

「クルミル!」

 

 苦しさから、シキジカは暴走。クルミルを連れたまま全力で走ってしまう。サトシ達も追いかける。

 

「……?」

 

 その際、この騒ぎを昨日サトシ達を見ていたあるポケモンが聞き付け、走る彼等を視認する。

 

(あれは昨日の……?)

 

 それに、この森で度々見掛ける人間もいた。彼等は焦った様子で走っている。

 

「……」

 

 そのポケモンはサトシ達に気取られぬよう、静かにかつ風の様に素早く走り出す。

 

「クルミル!」

 

「ミル?」

 

 サトシの声を聞き、クルミルは幾分か冷静さを取り戻す。

 

「シキジカ、糸を外すから大人しくしてくれ!」

 

「シキジーーーッ!」

 

「ダメだ! パニックになってて聴こえていない!」

 

 サトシは制止を呼び掛けるも、シキジカは苦しさからパニックになっているせいで届いていない。そのまま走る。

 

「不味い! あれは……!」

 

「断崖絶壁!」

 

 このままでは、クルミルやシキジカが落ちてしまう。

 

「クルミル! 俺の腕にいとをはくだ!」

 

「クル!? ――ミルーーーッ!」

 

 サトシの言葉にクルミルは反応、糸を吐く。サトシはその糸を自分の腕に付けさせ、クルクルと二重程に巻き付けた。

 

「こっちに来い、クルミル!」

 

「ミルーーーッ!」

 

 シキジカは崖の向こうに着地し、クルミルはサトシの方に引き寄せられて無事に保護――と思いきや、またも風が吹いて糸を千切ってしまい、クルミルは崖に落下してしまう。

 

「クルミルーーーッ!」

 

 崖に放り出されたクルミルに、サトシも崖に飛び込む。

 

「追い掛けよう!」

 

「はい!」

 

 サトシとクルミルを追うアーティ達。一方、サトシ。下には川が流れていたので怪我はない。

 

「クルル……!」

 

「クルミル、今助ける! ――ッ!?」

 

 あたふたとするクルミルに近付こうと泳ぐサトシ。すると、その先が見えた。

 

「滝!?」

 

 そう、川の先は滝になっていたのだ。このままでは、自分もクルミルも落ちて滝壺で溺れてしまう。

 

「関係あるか! クルミル!」

 

 だが、サトシは迷わず泳ぎ、クルミルをキャッチする。しかし、同時に滝から落ちてしまう。

 

「――ハハコモリ、いとをはくだ!」

 

「ハハ~ン」

 

 そこに、アーティがモンスターボールからあるポケモンを出す。スマートな身体に、二本の触覚。一枚の葉を半分にしたような手に、クルミルのように葉っぱを纏った様な姿をしたポケモンだ。

 

「ハハ~ン!」

 

 そのポケモン、ハハコモリはクルミルと同じ様に口から糸を吐き出してサトシの身体に巻き付ける。

 

「ハッハ~ン!」

 

 そして、手と身体を使ってサトシ達を引っ張り、滝からの落下を阻止して岩場まで連れ戻した。かなりの力の持ち主であり、糸もクルミルのより強靭だ。

 

「やった!」

 

「無事で何よりだよ……」

 

「ピカピ!」

 

「ありがとう」

 

 サトシとクルミルは無事救出され、サトシの身体から糸が外れる。相棒の無事に、ピカチュウが駆け寄る。

 

「クルミル、無事か?」

 

「クルル」

 

「良かった。けど、服がぼろぼろになっちゃったな……」

 

 シキジカに振り回されたのが原因か、クルミルの着ている服がぼろぼろになっていた。

 

「それなら、僕達に任せてくれ」

 

「ハハ~ン」

 

「そのポケモンは……」

 

『ハハコモリ、子育てポケモン。クルミルの最終進化系。口から出す粘液性の糸を両手の先に付けて葉っぱを縫い合わせ、服を作る』

 

「へー……」

 

「クルル」

 

 アーティの隣にいるハハコモリの情報を得て、サトシは興味深そうに呟き、クルミルは笑顔を向けていた。

 

「さて、服になる葉を探さないとね。着いて来てくれ」

 

「はい。……あれ?」

 

 皆とクルミルの新しい服の材料を探しに行こうとしたサトシだが、『それ』を感じてその足が止まる。昨日と同じ様に。

 

「ピカ?」

 

「どうしたんだい?」

 

「この感じ……まただ……」

 

「また?」

 

 辺りをキョロキョロしながら気になる事を行ったサトシに、アーティは尋ねた。

 

「あっ、その……昨日もこんな感じがあったんです。誰かに見られてるような……」

 

「サトシ、昨日と同じ?」

 

「うん……」

 

 サトシ以外の全員が辺りを伺うも、影は愚か、気配すら全くない。

 

「やっぱり、気のせいじゃないの?」

 

「だけど、同じ事が二日続けて起きるのも変だよ」

 

「確かにね。うーん、気にはなるけど……今はクルミルの服を作ろう」

 

「そうですね」

 

 もしかしたら、アイリスの言う通り勘違いかもしれない。それに、今はクルミルの方が大事。サトシは皆と服の材料を探しに歩く。

 

「……」

 

 そんな彼等を、突然現れたそのポケモンが岩場から見下ろしていた。そして、そのポケモンは直ぐに姿を消した。

 

 

 

 

 

「うん、この葉っぱが良い。ハハコモリ、これでクルミルの新しい服を作ってくれ」

 

「ハハ~ン」

 

 森の中で手頃な葉っぱを見つけると、ハハコモリは手でカットしてから図鑑の通り、口から出した糸を手に付けて葉っぱを縫い合わせていく。

 

「ハハ~ン、ハハハ~ン」

 

 完成した新しい服を、ハハコモリはクルミルに着せた。

 

「クルル~」

 

「ばっちりだな、クルミル!」

 

 新しい服は、クルミルの身体に見事にフィットしており、クルミルは上機嫌に回っていた。

 

「んー、それにしても、危険を省みずにクルミルを助けに行った君の純情ハートには、思わず心が打たれたよ」

 

「いや、そんなー」

 

 アーティにそう言われ、サトシは照れ臭そうだ。

 

「サトシ、その想いはクルミルも同じ様だよ」

 

「えっ?」

 

「――クル! クルルル~」

 

 クルミルはピカチュウが乗ってない方のサトシの肩に乗ると、頬にスリスリしていた。

 

「なぁ、クルミル。俺と一緒に来るか?」

 

「クル!」

 

 サトシの勧誘を、クルミルは快く引き受けた。彼なら良いと、認めたのだ。

 

「よし、モンスターボール!」

 

「クル!」

 

 クルミルに軽くモンスターボールを当てる。モンスターボールはクルミルを中に入れると、数度揺れてパチンッと鳴って止まった。

 

「クルミル……ゲットだぜ!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

 こうしてまた一匹、サトシの仲間が増えたのだった。

 

「サトシ、それで七体目じゃないかい?」

 

「えっ? えーと、ピカチュウ、マメパト、ミジュマル、ポカブ、ツタージャ、ズルッグ……。あっ、本当だ」

 

 クルミルをゲットしたことにより、手持ちが七体になっていた。

 

「七体になった以上、預けないとね」

 

「このままってのは……ダメ?」

 

「まぁ、無理じゃないとは思うけど……」

 

 このままが良いと言うサトシに、デントは苦笑い。ただ、極稀にだが七体以上ポケモンを持つトレーナーも存在する。

 勿論、一度のバトルに出せるのは六匹までだし、世話も大変になるが。

 

「まぁ、それは後で決めたらどうだい? 幸い、この先にはポケモンセンターがある」

 

「そうします」

 

 ポケモンセンターでアララギと話し、どうするかを決めれば良い。アーティのアドバイスを頷いたサトシはクルミルを出す。

 

「クル!」

 

「これからよろしくな、クルミル」

 

「クルル!」

 

 クルミルと笑顔で笑っていると――不意に、サトシはまた『それ』を感じた。

 

「また……!」

 

「また視線を?」

 

「うん、それに……」

 

 前の二回よりも、視線を強く感じるのだ。大体ではあるが、方向が分かる。

 

「あっちからだ!」

 

「ピカ!?」

 

「クル!?」

 

「サトシ!?」

 

「後を追おう!」

 

「はい!」

 

 走り出すサトシの後をクルミル達が追う。森の中を全力で走るサトシだが、途中で止まる。

 

「今度はこっちか!」

 

 途中で感じる視線の向きが変わったのだ。サトシはこの瞬間、自分か自分達を見る『何か』がいる事を確信する。また走り、何度も動く視線の向こうを追う。

 

「ち、ちょっと! そんなに走り回ったら迷うわよ!」

 

「いや、この方向は出口からはそんなに離れていない」

 

「そう誘導されているって事ですか?」

 

「多分ね。にしても……」

 

 一体、何者がサトシを見つめているのだろうか。そして、その目的は何なのだろうか。それが一番引っ掛かる。

 

「誰なんだ……!?」

 

 まだ見ぬその存在に、困惑と――期待を抱きながらサトシは走り続ける。すると、途中で視線が動かなくなった。

 その十数秒後、サトシはある場所に着く。それはある程度の大きさの広場だった。同時に、目に写った存在を見て、サトシの足が止まる。

 

「ミル~。……クル?」

 

「サトシ。もうなんなのよ?」

 

「……サトシ? どうしたんだい?」

 

 クルミル、次に着いたアイリスが話し掛けても、サトシは何も言わない。デントが聞いてもだ。

 

「なにかいるの、かい……!?」

 

 広場に着いた、全員の目が見開く。彼等の視線の先には、段差から彼等を静かに見下ろす一匹のポケモンがいた。

 

「な、なにあのポケモン……!?」

 

 初めて見るポケモンに、アイリスは唖然とする。いや、それだけではない。そのポケモンが発するただならぬ迫力に、圧されていたのだ。それは彼女以外の全員も同様だ。

 

「こ、この……この、ポケモンは……!」

 

「まさか、出会してしまうなんてね……!」

 

「デント、アーティさん、このポケモンを知っているんですか……?」

 

 二人の驚愕振りに、サトシは尋ねた。このポケモンについてを。

 

「知ってるよ。僕が知らない訳がない……! だって、このポケモンは僕の憧れなんだから……!」

 

「デントの……憧れのポケモン?」

 

「……サトシ、このイッシュ地方には、ある異名を持つ三匹のポケモンがいるんだ。そして、目の前のこのポケモンはその内の一体……! 聖剣士と呼ばれし、伝説のポケモンの一体――草原ポケモン、ビリジオン!」

 

「で、伝説のポケモン!?」

 

「ビリジオン……!」

 

 伝説の聖剣士、その一体が今、彼等の前に姿を現した。

 



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草原の剣士

 これが今年最後の投稿になります。


「聖剣士と呼ばれる伝説のポケモン……!」

 

「ビリジオン……!」

 

 静かで、されど何処か剣の様な鋭さ。動けばその瞬間に斬られる――そんな感覚が、ビリジオンからはそれが感じられた。

 

「このヤグルマの森にいると噂には聞いていたが……まさか、実物を目の当たりにするとはね」

 

 アーティは目の前のビリジオンに驚愕していた。まさか、こんな事態になろうとは予想も出来なかった。

 

「……」

 

 そして、デント。自分が憧れていた伝説の存在を目の前にして、言葉も出なかった。いや、いらなかった。そう思える程の感動を彼は味わっていたのだ。

 

「……なぁ、ビリジオン。なんでお前は俺達を見ていたんだ?」

 

「……」

 

 サトシが尋ねるも、ビリジオンは何も語らない。ただ静かに、そこに佇んでいた。

 

「……」

 

「ミ、ミル!?」

 

「――えっ?」

 

 クルミルの声の方に向くと、いつの間にかビリジオンがいた。さっきまで、サトシ達の目の前にいたのに。

 

「な、なにこの速さ……!?」

 

「いや、違う……! これは身のこなしだ……!」

 

 一瞬の間を静かに動いて、クルミルに近付いた。その見事過ぎる身のこなしに、サトシ達が驚嘆している間、本人はクルミルに話し掛けていた。

 

「リジ? リリン?」

 

「ミル? ……ミルミル」

 

「会話してる……?」

 

「何を話して……?」

 

 ビリジオンがクルミルに何度か何かを聞き、クルミルがそれを返す。しばらくすると、ビリジオンは何か納得した様子で静かに離れていく。

 

「――リジ」

 

「うわっ!?」

 

 ビリジオンが走った。同時に旋風が発生し、周りの落ち葉が激しく舞ってサトシ達の視界を少しの間覆う。

 

「これは……!」

 

「バトルフィールド……?」

 

 突風が止み、視界が晴れた後にサトシ達の視界に写り込んだのは、広場に先程まで無かった長方形の痕。まるで、バトルフィールドの様だ。

 

「……」

 

 ビリジオンはサトシ達とは反対の側に立つ。そして、ただ静かにサトシを見つめていた。

 

「えっと、これって……」

 

「サトシ君にバトルをしろ、って事かな……?」

 

 わざわざこんな痕を付けた以上、バトルをする気だとは思うが、ビリジオンは何も語らない。

 

「で、でも、相手は伝説のポケモンなんでしょ!? 止めた方が良いんじゃ……!」

 

「……僕も今回はアイリスに同意見だ。サトシ、このバトルは止めた方が良い」

 

「……なんでだ?」

 

 アイリスだけでなく、何時もは自分に賛同か応援するデントも止める様に呼び掛けた。それがサトシは気になり、理由を尋ねた。

 

「サトシ、僕は先程、聖剣士と呼ばれるポケモンは、三匹存在すると言ったよね?」

 

「あぁ」

 

「残りの二匹の名前は、確かコバルオンとテラキオン。ビリジオンを加えたその三匹を、深く知る人達は聖剣士と呼んでいた。そして、この三匹は――遥か昔に、人と争った事があるんだ」

 

「えっ!?」

 

 人と聖剣士達が争った。その事実にサトシは驚愕する。

 

「なんで、人とビリジオン達が……?」

 

「昔、人同士が起こした大戦があったんだ。そのせいで多くのポケモン達が戦火に捲き込まれ、命も脅かされた。だけど、人は見向きもせずに戦うばかりだった」

 

「何だよ、それ……!」

 

「酷い……!」

 

 身勝手な人の行為により、多くのポケモン達が傷付いた。その事実に、サトシやアイリスは憤りを感じる。アーティも口には出さないが同様だ。

 

「僕もそう思うよ。――話を続けるね。そんな時に現れたのが聖剣士の彼等。彼等は傷付いたポケモン達を安全な場所に逃がすと、人間達を蹴散らした。それにより、人間は争いを止めたんだ」

 

 それが、昔にあった人間と聖剣士の戦争。そして、デントがバトルを止めた理由。

 何が起きるか分からない。下手すると、サトシにも危害が及ぶかもしれない。だからこそ、デントは止めるように言ったのだ。

 

「……」

 

 サトシはビリジオンを見る。人と聖剣士の戦争は知ったが、だとしたらビリジオンは何故こうしてこの場にいるのだろうか。

 今も自分達、人に怒りや憤り、失望を抱いているのだろうか。しかし、だとしたら全く何もして来ないのが妙だ。

 

「……ピカチュウ、行けるか?」

 

「ピカ!」

 

 薬を飲み続けた事もあるだろう。今日は幸いな事に、全力が出せた。伝説のポケモン相手だろうが、遅れは取らないとピカチュウは意気込んでいた。

 

「ちょっと、戦うつもり!? ビリジオンは――」

 

「分かってる。だけど、俺は知りたいんだ。ビリジオンを」

 

 何を想い、何故ここにいるのか。サトシはそれが知りたい。

 

「何よりもさ。そんな強いポケモンなら――戦いたくなるじゃん!」

 

「ピカ!」

 

 ガクッとずっこけるアイリスに、苦笑いのデント。アーティはへぇと感心した様子だ。ビリジオンはやはり静かだ。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「ピカッ!」

 

 相手は伝説のポケモン。ならば、一番の相棒でで挑むのがベストだ。ピカチュウは戦意に満ちた眼差しを向けるも、ビリジオンは全く動じない。

 

「ね、ねぇ、勝てるの?」

 

「……難しいだろうね」

 

「ビリジオンは聖剣士と呼ばれた伝説のポケモンの一体……その実力は並大抵ではないはず」

 

 下手すれば、一瞬で決まってしまう場合も考えられる。ほんの僅かな間でも、気を抜くことは許されないだろう。

 

「行くぜ、ビリジオン! ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピッ……カァ!」

 

 先手にサトシとピカチュウはでんこうせっかを仕掛ける。高速のその一撃。それをビリジオンは――軽々とかわした。

 

「続けて、でんこうせっか!」

 

「ピカァ!」

 

「……」

 

 高速でフェイントを交えながら動き回り、突撃していくピカチュウ。しかし、ビリジオンはその全てを完璧に見切り、ピカチュウを上回る速さで難なく回避する。

 

「な、なんて速さ……!」

 

「ピカチュウのでんこうせっかが全く当たらない……!」

 

「これが、ビリジオン……!」

 

 サトシの今の中で最速のピカチュウすら、追い付けない速さと身のこなしだった。

 

「だったら、これだ! こうそくいどう!」

 

 素の速さで追い付けないなら、技で埋めれば良い。こうそくいどうを発動し、その速さを大幅に上げる。

 

「……!」

 

 少し目を見開くビリジオン。しかし、それは一瞬の事。その上動作や速さには全く影響していない。しかし、二匹の速さはほぼ互角になっていた。

 

「追い付けてる!」

 

「あぁ、こうそくいどうなら速さの差を埋めれる」

 

「それに更に使えば、ビリジオンの速さも超えれる」

 

 これでサトシ達の方が優勢になった。三人もサトシとピカチュウもそう確信していた。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピカカ!」

 

 上昇したスピードを活かした、でんこうせっか。先程よりも威力、速さが増したその技に、ビリジオンとの差は縮まる。

 

「今だ!」

 

「ピカ!」

 

「――リジ」

 

 でんこうせっかが決まる。そう思った瞬間だった。ビリジオンの目が輝く。すると身体に淡い光が漂い――次の瞬間、ビリジオンの速さが増し、でんこうせっかを避けた。

 

「ビリジオンも速くなった!?」

 

「こうそくいどう……いや違う、これは……!」

 

「じこあんじだねえ……」

 

「ビリジオンもじこあんじを使えるのか!」

 

 シッポウジムの初戦でミルホッグが使った、相手の変化した能力をコピーする技、じこあんじ。それにより、ビリジオンも速さを上げたのだ。

 

「サトシ、こうそくいどうは逆効果だ! 使えば差が広がってしまう!」

 

 速さが上げる技の効果は、普段が速ければ速い効果が高まる。つまり、ビリジオンが速さを上げれば、ピカチュウよりも効果は大きいのだ。

 

(どうする……!?)

 

 圧倒的なスピードを持つビリジオンに、どう対抗すべきか。遠距離攻撃は期待出来ない。

 かといって、でんこうせっかも当たらない。アイアンテールも難しいだろう。どう攻めるべきかを悩んでいた。

 

「サトシ、攻め倦んでる……」

 

「ピカチュウは速さが最大の武器……。それだけに、自分より速い相手とはやりづらいだろうね……」

 

 以前遭遇した強敵、色違いの片刃のオノノクスはスピードを活かすことで戦えた。しかし、今回はそれが出来ない。苦戦は当然と言えた。

 

「――オン」

 

「ッ! かわせ、ピカチュウ!」

 

 今まで回避に専念していたビリジオンが、向かって来る。

 危険を感じ、ピカチュウは離れようとするも、軽くだけだが掠り、それだけでピカチュウは態勢を崩す。

 

「今のって……」

 

「リーフブレードだ……!」

 

 草の力を込めた斬撃、リーフブレード。ツタージャも使う技だが、掠っただけでも態勢が崩れた。威力は明らかにビリジオンの方が上。速さは言うまでもない。

 

「それに、技の発動の間がほとんど無い」

 

「えぇ、ビリジオンは角が鋭い刃になっていると聞きます」

 

 つまり、力を込めて進むだけで発動可能という事。これは間違いなく脅威だ。

 

「リー……ジッ」

 

「マジカルリーフ! ピカチュウ、かわせ!」

 

「ピカ!」

 

 無数の葉が刃の様に放たれる。ピカチュウはかわしていくも、ビリジオンは広い範囲から追い込む様に放っており、逃げ場が無くなっていく。

 

「10まんボルト!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

 回避は無理と判断し、電撃で葉の刃を焦がしていく。しかし、直後にその後ろから高速でビリジオンが迫り、リーフブレードですれ違いながらピカチュウを斬る。

 

「ピカッ!」

 

「くっ、マジカルリーフは誘導か……!」

 

 マジカルリーフで動きを封じつつ、防御か技で迎撃した所をリーフブレード。やはり、ビリジオンは手強い。

 

「……」

 

 ビリジオンはこの程度ですかと言いたげに軽く溜め息を吐く。サトシからは他のトレーナーとも違う何かがあると思ったが、どうやら見当違いだったようだ。

 これ以上戦う価値も無く、時間の無駄だと判断し、クルッと背を向けて歩こうとする。

 

「待て! まだ勝負は終わってないぞ!」

 

「ピカ!」

 

「……」

 

 ビリジオンがこの場を離れようとしてる事に気付き、サトシとピカチュウは呼び止める。

 しかし、直後にビリジオンから凄まじい鋭い視線を向けられる。斬る――そう言わんばかりに。

 剣を喉元に突き付けられた様な感覚を、サトシとピカチュウ、アイリス達も感じさせられていた。

 

「ふんっ!」

 

「ピカ!」

 

「……!」

 

 しかし、それでも尚、サトシとピカチュウは自分に戦意の眼差しを向けた。並の者なら、何も言えないか、腰を抜かすほどの気をぶつけたと言うのに。

 

「……」

 

 少し考え――ビリジオンは踵を返す。もうちょっとだけ、この勝負に付き合う事にしたのだ。

 

「へへっ、ありがとな。ビリジオン」

 

「ピカピカ」

 

「……」

 

 まだ付き合ってくれた事に礼を言うサトシとピカチュウだが、ビリジオンは静かなままだ。

 

(さて、どうする?)

 

 速さはあちらが上、パワーも上。この分だと、防御も上だと考えるべき。能力に関しては全て上回れてると言っていい。

 そんな相手にどうするか。使える物は全部使わないと、一撃を入れる事すら不可能だろう。となると。

 

「ピカチュウ、あれも使うぞ」

 

「――ピカ」

 

 サトシの言葉に、ピカチュウは即座に理解した。『あれ』をやろうとしているのだ。今の体調なら、問題は全くない。

 

「――ピカチュウ、走り回れ!」

 

「ピッカァ! ピカピカピカ……!」

 

「……」

 

 走り出したピカチュウに、撹乱が限界かと考えたビリジオンはまた溜め息。所詮は、この程度だったという事だろう。

 

「――リジ」

 

 無数の木の葉がビリジオンの周りに浮かぶ。マジカルリーフだ。それらをビリジオンは一斉に発射する。

 

「今だ、ピカチュウ! フルパワーでアイアンテール! 地面を叩け!」

 

「ピー……カァアアァ!」

 

 ピカチュウが力を思いっきり込めた鋼の尾が、地面を叩く。すると大量の土埃が発生し、葉っぱを吹き飛ばしつつピカチュウの姿を隠した。

 

「ピカチュウ!! ――でんこうせっかだ!」

 

「――ピッカ!」

 

 この土埃に紛れて、攻撃してくると予想したビリジオン。しかし、ピカチュウは出ない。訝しんだその時、危険を感じた。

 

(――上!)

 

「ピッ……カアァッ!!」

 

 ビリジオンが見上げる。すると、ピカチュウが既にアイアンテールを振り下ろしている姿が写る。

 

「――リジ」

 

 かわせない。そう判断したビリジオンは頭の角で鋼の尾を受け止めようとする。

 

「今だ、ピカチュウ! もう一度地面に!」

 

 しかし、ピカチュウは身体を捻ってビリジオンの角との衝突を避け、再度地面にアイアンテールを叩き込む。

 轟音の後、衝撃で再び大量の土埃が舞い、今度はピカチュウとビリジオンの両者の視界を奪う。

 また、この際にビリジオンは思わず土埃から顔を防ぐ行動を取った。

 

(これは……不味い!)

 

 このバトル、ビリジオンは初めての焦りを見せた。しかし、それは一瞬のみ。直ぐにその場を離れる。

 

「今だ、ピカチュウ! でんこうせっか!」

 

 しかし、顔を防ぐ行動の時間が、ビリジオンに回避の間を奪っていた。ピカチュウの突撃がビリジオンに命中。初めてのダメージを与える。

 

「――リジ」

 

 しかし、ビリジオンは動じない。それどころか踏ん張って留まり、突撃の後の反発で中にいるピカチュウの隙を狙うべく、走っていた。

 

「今だ、ピカチュウ! カウンターシールド!」

 

「えっ、カウンター……」

 

「……シールド?」

 

 何だそれはと三人が思った瞬間、ピカチュウが回転しながら電撃を放つ。電撃は周囲に大きく拡がり、ビリジオンにも迫る。

 

「――ッ!」

 

 予想外の攻撃に、ビリジオンは咄嗟に角を振るって電撃を切り裂くも、それは手前ののみ。後ろに続く雷撃までは対応仕切れず、更に攻撃を受けた。

 

「な、なにあれ!?」

 

「カウンターシールド……名前から考えると、攻撃と防御を合わせた技――いや、戦法?」

 

「のようだね。見た限り、技を回転させながら放ち、守りながら攻撃する。そんな所かな?」

 

 アイリスは困惑していたが、ジムリーダー二人は素早くカウンターシールドの分析を行なっていた。

 

「どうだ、ビリジオン!」

 

「ピカチュ!」

 

「……」

 

 一度だけでなく、二度も攻撃を食らわせ、不敵な笑みのサトシとピカチュウ。

 

「――リジ」

 

 その一言の後――ビリジオンが微笑む。声こそは小さいが、確かに笑っている。

 

(やれやれ、随分と見る目が衰えていたようです)

 

 大したダメージてはないとはいえ、聖剣士最速の自分に一度ならず、二度も攻撃を当てた。それほどの実力があるサトシとピカチュウを、この程度と侮った。

 自分の愚かさに呆れ、またサトシとピカチュウの実力の高さに感心し、ビリジオンは微笑んでいたのだ。

 

(――良いでしょう)

 

 これほどの気迫、実力を持つ者に出さないのは、彼等に対する侮辱に他ならない。ビリジオンは使うことにした。

 

「なにか来るぞ、ピカチュウ……!」

 

「ピカ……!」

 

 ビリジオンの目付きがさっきまで違う。初めて、本当の意味で戦う。そんな雰囲気がビンビンに漂ってくるのだ。

 

「リジー……」

 

 ビリジオンが首を少し上げた。すると、黒い額からただならぬエネルギーが展開、それは剣の様な形になる。

 

「つ、角が出てきた!?」

 

「違う、あれは剣! ビリジオン達が聖剣士と言われる由縁足る技――せいなるつるぎ!」

 

「――オン!」

 

「ピカチュウ、かわせ!」

 

「ピカッ!」

 

 剣が振り下ろされる。一直線状に細い線が走り――直後、その線上にあった物が全て切り裂かれた。土も、木も、岩も全て。しかも、その切口は驚くほどに滑らかだった。

 

「これが、せいなるつるぎ……!」

 

「ピカ……!」

 

 聖剣士の技。その威力の凄まじさに、サトシとピカチュウだけでなく、アイリス達も戦慄していた。

 

「――リジ」

 

「しまっ……!」

 

「ピカッ……!」

 

 しかし、それは致命的な隙。その間にビリジオンはピカチュウの目の前でせいなるつるぎを構えていた。

 

「オン?」

 

 続けますか?そう言ったビリジオンに、意味は分からなくともサトシは理解していた。

 

「……負けた。俺達の負けだよ」

 

「……ピカ」

 

 心底悔しそうに、サトシとピカチュウは敗北を認めた。

 

「リジ」

 

 素直で宜しい。そう言うと、ビリジオンは剣を引っ込め、サトシ達と距離を取る。

 

(機会があれば、また会いしましょう)

 

 ビリジオンは最後にサトシとピカチュウに向かってもう一度微かに笑い――そして、風と共にヤグルマの森の中へと走り去って行った。

 

「はぁ、完敗かー」

 

「ピカピ……」

 

 こちらは手を尽くして、やっと二度攻撃を当てれたのに、ビリジオンは瞬く間に詰みにまで追い込んだ。聖剣士の実力を徹底的に思い知らされた。

 

「そりゃ、そうでしょ。相手は伝説のポケモンよ? 本当に勝てると思ったの? 子供ね~」

 

「あはは、けれどサトシらしいよ」

 

 本気で勝つつもりだったサトシとピカチュウに、アイリスは呆れ顔、デントは笑っていた。

 

「にしても、どうしてビリジオンはバトルを……?」

 

「うーん、もしかすると、サトシ君を見極めたかったのかもしれないね」

 

「俺を?」

 

「うん。サトシ君は昨日もビリジオンの視線を感じていたらしいけど、それはどの辺りでだい?」

 

「えーと……ヤグルマの森の最初辺りの、クルミルと出会って離れた直後です」

 

「なるほど。だとすれば、ビリジオンは君とクルミルが良くない雰囲気だと理解していただろう」

 

「クルル~……」

 

 昨日の事を言われ、クルミルはちょっと気まずそうだ。

 

「気にすんなよ、クルミル。あの出会いがあったから、俺達は仲間になったんだぜ?」

 

「クルル!」

 

 笑顔で嬉しい事を言ってくれたサトシに、クルミルはまた肩に乗ってスリスリと甘える。

 

「そんな君達が、今ではこんなにも心を通わせている。そこがビリジオンは気になったんじゃないかな?」

 

「確かにタイミングを考えると、ビリジオンは身を挺した時も見ている可能性があります。ビリジオンは古に身勝手な人との戦争を体験しましたが、サトシはそんな人とは全く無縁。気になったとしても、当然かもしれません」

 

「だから、サトシをもっと知りたくて、クルミルに話し掛けたり、バトルに誘ったって事?」

 

「そう考えると、筋が通ると思わないかい? ビリジオンの速さを考えれば、そもそも振り切る事も簡単だったろう」

 

 中々に説得力のあるアーティの推測に、デントは確かにと頷いた。

 

「その……今の話からすると、サトシはビリジオンに認められたって事ですか?」

 

 だとすれば、それは凄い事だ。何しろ、古に人と争った伝説のポケモンを認めさせたのだから。

 

「そこまでは分からないな。ただ、ビリジオンなりにサトシ君を良い人物だと理解はした。これは間違いないよ」

 

 もし、悪人だと判断すれば、容赦ない行動を取ったはずだ。しかし、ビリジオンはそうしていない。つまり、サトシを良い人間だと理解した証である。

 

「なんか、照れます……」

 

「だろうね」

 

 伝説のポケモンに、ある程度だが理解してもらえたのだ。サトシが照れても仕方ない。

 

「また、会えるかな」

 

「会えるさ。きっとね。――ところで、サトシ君。さっきのカウンターシールド、だったかな? あれは一体?」

 

「あっ、それあたしも知りたい!」

 

「僕も気になるね」

 

 激戦の最中や、せいなるつるぎで聞く暇が無かったため、アーティ達は終わった今にカウンターシールドについて尋ねた。

 

「あれは、シンオウ地方を旅してる時に考えた技だよ。名付けたのはジムリーダーの人だけど。で、元々はさいみんじゅつ対策で編み出したんだ」

 

「なるほど。さいみんじゅつを防ぎつつ、攻撃もする為の技だったと」

 

「けど、どうして今まで使わなかったの?」

 

「訓練は勿論必要だし、技によっては使えないポケモンもいるし、それに本来は地面から放つから、相手が空中にいないと当たらない」

 

「それに、技を広げる分、パワーも下がって一点の攻撃には脆い。かといって、フルパワーですれば消耗が激しくなる。他にも下から攻められると簡単に受けるとかかな?」

 

「正解です」

 

 つまり、ピカチュウがまだ完治してない事や、バトルの関係上、使う間が無かったのだ。

 それに、あくまでカウンターシールドは戦法の一つに過ぎない。頼りすぎれば弱点を突かれてやられてしまうだろう。

 

「うーん、良いね。クルミルとの友情、ビリジオンとのバトル、カウンターシールド。あぁ、インスピレーションが湧いて来たよ!」

 

 サトシとクルミルと絆、伝説のポケモンとの勝負、今まで見たことない技術を見て、刺激を受けたアーティは創作意欲に満ちていた。

 

「サトシ君。今日はありがとう。ジム戦、楽しみにしてるよ」

 

「はい、全力で挑みます!」

 

「じゃあ、ここで――と言うのも、失礼だね。そんなに離れてないけど、近くのポケモンセンターまで案内しないと。話す必要や、場合によっては入れ替える必要もあるだろう?」

 

「ありがとうございます」

 

 そして、アーティの案内の元、サトシ達はポケモンセンターへと向かう。

 

 

 

 

 

 ヤグルマの森、その最奥部。思索の原と呼ばれしその場所に、ビリジオンはいた。

 ここはビリジオンにとって特別な場所で、少し休憩していたのだ。

 

(しかし、今日は良き事がありました)

 

 身体を休める中、サトシについて考えていた。そもそも、ビリジオンがヤグルマの森のあの場所にいたのは、入口から多くの人間を見て知るためだった。

 サトシもその一人であり、最初は単なる人間かと思いきや、そんな事は無かった。クルミルとの一件、試合を通して感じた、真っ直ぐな気迫。

 他の少女や少年、この森に度々来る青年も、自分達と人の争いについて、人に憤りを感じていた。

 人が彼等のような人物ばかりなら、太古のあの時、戦争など起きなかっただろう。ビリジオンはふとそう思ってしまった。

 

「……!」

 

 ビリジオンが一ヶ所を見る。気配を感じたのだ。そして、その気配はどんどん近付いている。

 何時来ても対応出来るよう、待ち構えていると――奥からNとその仲間達が現れた。

 

「やっと、会えた」

 

 この二日間、足を棒にしてヤグルマの森を歩き回った価値があった。

 

『何者です?』

 

 無駄とは解りつつも、ビリジオンは語り掛ける。

 

「初めまして、聖剣士ビリジオン。ボクの名はN。キミと話がしたくてここに来た。あと――ボクには、キミ達の声が聴こえる」

 

 話に、自分達の声が聴こえると言うNに、ビリジオンは訝しむ様に目を細める。

 

『……本当に聴こえるのですか?』

 

「うん」

 

 ビリジオンは試しに、Nに幾つか話し掛ける。すると、その全てに彼は難なく答えた。

 

『本当の様ですね。では、本題に入りましょう。私に何の話をしに来たのですか?』

 

「より良き世界に変えるため、ボクとトモダチとなってほしい」

 

『……ほう』

 

 さっきのサトシを含めた、今までのトレーナー全てと異なる上に、更に興味深い話にビリジオンは関心を抱く。

 

『聞きましょう』

 

「ありがとう。ビリジオン、ボクは今のトレーナーとポケモンの関係を変えたいと思っている」

 

『具体的には?』

 

「人とポケモンが本当の意味で対等にし、その上で協力し合い、共に繁栄出来る世界にしたい。かつての、人とキミ達の戦いが起きないように」

 

 前までは、Nは人とポケモンは互いの世界で生きていくのが最善だと思っていた。

 しかし、多くの出会いや話、出来事の中でそれではダメだと理解した。だからこそ、人とポケモン、その両方の為の理想を持つことにしたのだ。

 勿論、この理想でも多くの悲しみや痛みは消えないだろう。しかし、それを承知の上で、Nは果たそうとしていた。

 

『立派な志です。しかし、貴方が嘘を言っていないとは限りません。それに、例え本心だとしても、変わらないとも限りません』

 

 自分や、仲間の力を悪用する為の詭弁ではないのか。また、そうでなくとも、進んでいく中で力や欲により、変わってしまうのではないか。

 選択を誤れば、多くのポケモン達が傷付く。それを理解しているからこそ、ビリジオンは問い掛けていた。

 

「ゾロ……!」

 

「カブ……!」

 

「ブイ……」

 

「ゾロア、ポカブ、落ち着いて。イーブイ、心配しないで。ボクは大丈夫だから」

 

 ビリジオンの言葉にゾロアとポカブは敵意を剥き出しにして睨み、イーブイは心配そうにNを見上げる。

 Nは三匹を宥め、安心させてからビリジオンに再度向き合う。

 

「ビリジオン、キミの言葉は尤もだ。どれだけボクが何かを言おうとも、それが本心だと証明する術はない。今のボクが変わらないでいる保証もない。――だけど、それでもボクはこの理想を進む。ポケモンの為に。そして、ボクは変わるとしても、それは彼等の為にだ。それ以外は絶対に変わらない。悪の道には絶対に進まない」

 

 どれだけ疑われようが、自分はポケモンの為に頑張る。また、変わることは間違いではなく、悪にはならない。Nは強い意思を持って、そう告げた。

 

『貴方の意思はよく分かりました。しかし、この場では決められません』

 

「だろうね」

 

 自分を含めた、多くの運命を決める事になる決断。それにビリジオンには、仲間のコバルオンやテラキオンがいる。ビリジオンの一存では決められないだろう。

 

『ですので、しばらく待ってもらいます』

 

「構わない。ボクも全てを話した訳じゃないからね」

 

 Nのその言葉に、ビリジオンは不快が宿った目を向ける。

 

『何故、言わないのですか?』

 

「今は言えない。だけど、これは多くの者達のため。それは嘘じゃない」

 

『都合が良い話ですね』

 

 隠し事をしながら、嘘じゃないと言う。都合が良いにも程がある。

 

「ボクもそう思う。だけど、信じてほしい」

 

 ビリジオンはしばらく細めた眼差しで睨む。それから更に一分ぐらい経つと、止めた。

 

『まぁ、良いでしょう。貴方の話、彼等に伝えて置きます』

 

「それだけで充分だよ」

 

 ビリジオンにこの話が出来、コバルオンやテラキオンに伝えてもらえる。Nにとっては、それだけで充分過ぎる成果だ。疑われているのなら、尚更である。

 

『では、私はここで。一日でも早く、彼等に伝えないと行けません』

 

「ありがとう」

 

『貴方の為ではありません。ポケモン達の為です』

 

「分かってる。だけど、それでもね」

 

 最低限の礼儀として、Nはビリジオンにお礼を告げたのだ。

 

『さっきの少年と言い貴方と言い、今日は色々とありますね』

 

 ありがとうと言われた事に、ビリジオンは先程のサトシとピカチュウを思い出した。

 

「少年?」

 

『帽子を被った少年と、電撃を使う今まで見たことない黄色の鼠の様なポケモン。私と先程、彼等と交えたのです』

 

「サトシくんとピカチュウ」

 

 特徴を聞き、サトシとピカチュウだと、Nは直ぐに理解した。

 

『知り合いでしたか?』

 

「うん。どうだったかな?」

 

『強く、真っ直ぐな少年でした。ポケモンも彼を深く信頼しているのが分かります』

 

 特に自分を嫌っていたクルミルと、たったの二日であそこまでの仲になるとは、思いもしなかった。

 

「だろうね。ボクも、彼等には一目置いてる」

 

 ビリジオンをそう思わせたサトシとピカチュウに、Nは流石だと心の底で呟く。

 

『おや、何も思わないのですか?』

 

「と言うと?」

 

『私や彼等が、貴方ではなく、あの少年に力を貸すかもしれない。その場合、貴方の理想への道は遠ざかるでしょう』

 

「確かにね。だけど、キミ達の決断はキミ達が決める事だ。ボクが決める事じゃない。止めはしないさ」

 

 ビリジオン達の道は、彼等の物なのだから。

 

『――そうですか』

 

 Nのその台詞を聞き、ビリジオンは悟った表情を浮かべる。

 

『Nと言いましたね。また会いましょう。その時に』

 

 それを最後に、ビリジオンは風と共に思索の原から去って行った。後には、静かで美しい草木の風景だけが写る。

 

「目的を果たせた。頑張ってくれてありがとね」

 

「ゾロゾーロ」

 

「カブカブー」

 

「ブーイ」

 

 ビリジオンを見付けるため、Nはヤグルマの森中を回っていたのだが、一人では広すぎるので三匹にも手伝ってもらったのだ。

 

「さぁ、ヒウンシティに行こうか」

 

「ゾロ!」

 

「カブ!」

 

「ブイ!」

 

 目的を果たしたN達は、ヒウンシティに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

「はい、着いたよーん」

 

「ありがとうございます」

 

 アーティの案内で、ヤグルマの森を抜けた先にあるポケモンセンターに着いたサトシ達。

 クルミルをゲットしたことで手持ちが持てる上限の超えた七体となったため、一匹を預ける必要があった。

 

「アララギ博士!」

 

『は~い、サトシ君。元気?』

 

「はい。……けど、何か写りや音が悪いような?」

 

 ポケモンセンターにある通信機でアララギ博士と会話するサトシだが、映像や音声に軽いノイズが走っていた。

 

『あ~、ちょっとね。それよりも、旅は順調?』

 

「はい。バッジも二つ目ゲットしました!」

 

『うんうん。上手く行ってて何より。で、今日は何の用?』

 

「実は、ポケモンが七体になっちゃって、どうしたら良いかなと」

 

『……』

 

 それを聞いて、アララギは困った表情を浮かべる。

 

「アララギ博士?」

 

『ごめんなさい、サトシ君。ポケモンを預かりたいなら、それはしばらく無理だわ』

 

「えっ、ど、どういうことですか!?」

 

 ポケモンを預ける事が出来ない。その気は無かったとはいえ、アララギのその発言に、サトシは思わず大声を出す。

 

『大声では言えないんだけど……実は、数日前から研究所に謎のハッキングを受けてるのよ』

 

「ハッキング!?」

 

『幸い、職員が対応に当たってるから盗まれたデータはないけど、代わりにそのせいで転送機を含めた通信機器に異常が発生してるの。この状態で無理に送ったら、最悪とんでもない場所に行ってしまうわ』

 

 つまり、彼女の元にポケモンや、Nから預かったモンスターボールを送れないという事だ。

 

「じゃあ、オーキド博士の所は――」

 

『そこもダメ。オーキド博士の研究所も同じハッキングがされてるわ。しかも、それ以外のポケモン博士の所も。おまけに、遠い地方からのせいか、連絡が取りづらいの』

 

「つまり、博士達の所には預けれないって事ですか?」

 

『……そうなるわ』

 

 アララギやオーキドだけでなく、他の博士達の所にも預けれない。いやそれだけではない。預けれない以上、入れ替えも出来ない事だ。これはかなり困った事態だ。

 

「しかし、一体誰がそんな大規模なハッキングを……?」

 

『分からないわ。ただ、最近聞くロケット団の仕業の可能性かも……』

 

「有り得るわね~」

 

 多方面かつ、大規模なハッキングだ。単独では不可能。組織的な行動としか考えれない。となると、最も有力なのは確かにロケット団だろう。

 

「俺はこのままでも良いんですけど……」

 

『らしいわね。でも、一応選択肢はあった方が良いわ。サトシ君、他に預けられる場所は無いかしら?』

 

「うーん……」

 

 仮に預けるとなると、最適なのは育て屋だが、前に行ったユリやキクヨ、子供達のいる所はここからはかなり離れている。おまけに、場所を示す物がない。

 残りの知っている育て屋は他の地方かつ、場所を示す物がないのでやはり、通信にとんでもない時間が掛かってしまう。

 

『それか、民間の預かり屋で預けるかだけど』

 

「預けるのなら、出来れば知ってる人に預かってもらえると……」

 

『そうよね~』

 

 自分の大切な仲間のポケモンを預けるのだ。知人の方が安心出来る。

 

『ねぇ、サトシ君。そのポケモンセンターはどこの?』

 

「ヤグルマの森を出た先にあるポケモンセンターです」

 

『だったら、ヒウンシティが近いわね。サトシ君、もしポケモンを預けたくなったら、ヒウンシティでショウロって子に会って頂戴』

 

「ショウロ?」

 

『その子、この地方のポケモン預かりシステムを管理してるの。その子に任せば、研究所以外の場所に送れるわ。それまでは七匹を持ったままでお願い』

 

「分かりました」

 

 一先ず、七匹のままでもう少し旅をする事になった。

 

『あと、ごめんなさいね』

 

「いえ、仕方ないですよ」

 

 ハッキングを仕掛けた相手が悪いのだ。アララギは完全に被害者である。

 

『ありがとう。あっ、また悪くなって来たわ……。ごめんなさい、通信切るわね』

 

「はい。無事を祈ってます」

 

『そっちもね。ばいばい』

 

 アララギが手を振ったあと、通信が切れた。

 

「どうするの、サトシ?」

 

「とりあえず、回復してもらうよ」

 

 ビリジオンとのバトルで受けたダメージを癒すべく、サトシはピカチュウを回復してもらう。

 

「はーい、お預かりしたポケモンは元気になりしたよー」

 

「ピカー」

 

「ありがとうございます」

 

 ピカチュウも回復したので、外に出てアーティに報告することにする。

 

「どうだったかな?」

 

「その、ちょっと問題が起きて、少しの間七匹で旅する事になりました」

 

「そうかい。それは嬉しいハプニングかな?」

 

「ちょっと喜べないです……」

 

 サトシとしては、七匹で旅が出来るものの、その反面アララギが大変な目に遭っているのだ。喜べる訳がない。

 

「まぁ、とにかくよろしくな、クルミル」

 

「クルル」

 

 まだ外に出たままのクルミルを抱え、挨拶であるコブとおでこを引っ付ける。

 

「おぉ、良い! 更にインスピレーションが沸き上がって来たよ! 今なら幾らでも書けそうだ!」

 

 その様子に、アーティのテンションは限界突破する勢いだった。

 

「僕は一足先にヒウンシティに戻るよん。挑戦者もいるだろうしねん」

 

「アーティさん!」

 

 そう言うと、アーティは走り出すも途中で一度止まる。

 

「サトシ君。改めて、ヒウンジムでの君の挑戦を是非とも待っているよ。さらば!」

 

 マントを翻すと、アーティは改めてヒウンシティに帰還するべく、走り去って行った。

 

「はい。宜しくお願いします!」

 

「それじゃあ!」

 

「また会いましょう!」

 

 アーティを見送ったサトシは新しい仲間、クルミルと共に旅を続けるのであった。

 

 

 

 

 

「いやー、やっと終わったわねー」

 

「思いの外、広かったからなー」

 

「それに、もう一ヶ所も把握する必要があったから、結構時間が掛かったのにゃ」

 

 ヒウンシティ。その町外れで、一仕事終えたロケット団が身体を休めていた。

 

「まだ気を休めるな、何があるか分からんのだぞ」

 

 その隣では、フリントが機材で任務の進行具合を確かめていた。

 

「分かってるわよー、相変わらず堅いわねー」

 

「一仕事やったんだ。少しぐらい、休めたらどうだ?」

 

「そうにゃ、これでも食べるにゃ」

 

 ニャースがフリントに手渡したのは、ソフトクリームだった。

 

「ソフトクリーム?」

 

「ただのソフトクリームじゃないわよー。なんと、このヒウンシティの名物なのよ!」

 

「かなり行列で待たないと買えない代物なんだぜ?」

 

「……ほう。それをどうやって手に入れた?」

 

 あ、とロケット団は溢し、冷や汗を流す。フリントを見ると、鋭い目付きを向けていた。

 

「む、ムサシにゃ! 名物だから食べたいって、並んだって言ってたにゃ!」

 

「ち、ちょっ! あんた、なにばらしてんのよ! 第一、ニャースもコジロウも食べたいって言ってたでしょうが!」

 

「お、おい! それは黙っていろよ!」

 

 

「そうだにゃ! にゃー達まで巻き込まないでほしいにゃ!」

 

 ムサシ一人に責任を擦り付けようとしたが、自分達も食べたい事を暴露され、慌てるコジロウとニャース。

 そんな彼等にフリントはため息を吐くと、何も言わずに作業を続ける。

 

「な、何も言わないのかにゃ?」

 

「……言ってもムダだと判断しただけだ」

 

 これとまともに付き合っては疲れてるし、時間を無駄に使うだけ。なので、言わない事にした。

 

「あぁ、そうだ。ヒウンシティにはもう一日だけ留まるぞ」

 

「下見はしただろ?」

 

「それ以外のだ。作戦当日、この街でどう動けば最適なのかをな。他の部隊の為がスムーズに進むよう、実際の人の流れ、動きを正確に把握しろとの事だ」

 

「なるほどねー」

 

 当日は自分達だけが動く訳ではない。他の部隊の為の情報も必要だ。それも先遣隊の役目だろう。

 

「夜になったら動くぞ」

 

「了解」

 

 ロケット団は頷くと夜に備え、準備を始めた。

 

「……」

 

 そんな彼等を、三人組が静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

「ヒウンまであとどれほど掛かりますか?」

 

「あと三日ほどです」

 

「思ったよりも時間が掛かりそうですね……」

 

「申し訳ありません。準備に予定よりも使ってしまいました」

 

 とある道を走る複数のバスの一つに、その人物はいた。彼の近くには、ロケット団を追い掛けていた三人組と接触していたリョクシ、スムラがおり、その人物に手間が掛かった事に謝罪していた。

 

「まぁ、この数を連れていく訳ですからね~。無理もないかと」

 

 その人物の前では、白衣を来た青年がどこか抜けた様子で無理もないと告げる。

 

「ただ、結局は王様無しで動く事になりましたが」

 

「それが一番の痛手ですね……」

 

 とはいえ、もう待つ余裕はない。このままで動くしかなかった。

 

「で、その場合は彼はどうします?」

 

「考えています。ですから、貴方はそれを続けてください」

 

「分かってます。しかし、本当に硬いですねー。おかげで全然得られませんよ。――伝説や幻について」

 

「そう簡単には、手に入りませんよ」

 

 だからこそ、そうするだけの価値があるのだが。

 

「――もしもし?」

 

 連絡が入る。自分の直属の部下である三人組からだった。彼等から情報を聞き、彼は頷く。

 

「分かりました。そのまま任務を続行してください」

 

 報告が終わり、通信が途絶える。

 

「ロケット団はどこに?」

 

「ヒウンシティで調査をしている様です」

 

 白衣の人物が大体を推測していたのか、尋ねるとその人物が簡潔に話す。

 

「近い、ですねえ」

 

「えぇ、本当に」

 

 自分達が表舞台に立つその時は近い。それを確信しながら、彼等はヒウンシティへと向かった。

 



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Cクラスのソムリエール

「皆、新しい仲間のクルミルだ。仲良くしてくれよな」

 

「クルル」

 

 ヤグルマの森でクルミルをゲットしてから一日。サトシはピカチュウを含めた手持ちのポケモン達にクルミルを紹介。クルミルもよろしくと言う。

 

「ポーポー」

 

「ミジュミジュ」

 

「ポカポカ」

 

「タジャ」

 

 その内、マメパト、ミジュマル、ポカブ、ツタージャはこちらこそよろしくと返す。

 

「……ルッグ」

 

 しかし、ズルッグは間を置きながらよろしくとは言ったものの、プイッと顔を反らす。

 

「クル?」

 

「あー、クルミル。ズルッグは最近生まれたばかりなのと、ちょっと強情なんだ」

 

「クル~」

 

 なんかしたかなと思ったクルミルだが、サトシの理由に納得すると、ズルッグに近付く。

 

「……ル、ルグ?」

 

「クル」

 

「ルッグ!?」

 

 クルミルは頭のコブを、ズルッグのおでこにくっ付ける。

 

「ズルッグ、クルミルは頭のコブを相手のおでこに当てるのが挨拶なんだ。仲良くしようって言ってるんだよ」

 

「クルル!」

 

 その通りと、クルミルは笑顔で告げる。

 

「ル、ルッグ。……ルグ」

 

 一方、ズルッグは困った様子。しかし、挨拶はされたので、しばらく迷った後に考えとくとだけ返した。

 クルミルは分かったと言うと、他のポケモン達にもコブをおでこに付けて挨拶していく。

 

「クル~」

 

「ポー」

 

「ミージュ」

 

「カブ!」

 

「タジャ」

 

 改めて挨拶され、四匹はどうもと返す。

 

「じゃあ、これで紹介は終わり。次に毎日の練習。頑張ってくれ」

 

 六匹は声を上げて頷くと、走り込みを始めた。

 

「クルル?」

 

「日々の練習。体力は必要だからな」

 

「クルル~」

 

 疑問を抱いたクルミルに、サトシは説明。クルミルはなるほど~と納得した。

 

「クル、クルル」

 

 じゃあ、やるかと、クルミルもピカチュウ達の後を追うべく、走り出した。

 

「頑張れよー」

 

 七匹のポケモン達の走り込みを、サトシは遠くから応援。更に他を見ながらクルミルも観察する。

 

「クルクルクル……!」

 

「結構な速さだね」

 

「俺もそう思う」

 

 クルミルは悔しく思うズルッグを軽く追い越し、マメパト、ミジュマル、ポカブとの距離をほんの僅かずつだが縮めていた。

 

「――終了! 皆、戻ってくれ」

 

 サトシの終了の合図を聞き、ポケモン達は先に休めていたズルッグと一緒にサトシの元に戻って来る。

 

「どうだ、クルミル? 疲れたか?」

 

「クルル!」

 

 まだやれると、クルミルは小さな胸を張る。

 

「やるなあ。じゃあ、技の練習もするか?」

 

「クル!」

 

 クルミルが強く頷いたので、サトシは続いて技の練習にも入る。

 

「確か、使えるのはいとをはく、むしくい、ぱっぱカッターと……」

 

 とその前に、前に使った技を思い出しながら、サトシは図鑑でクルミルの他の技を調べる。

 

「たいあたり。これで全部か。えーと、的は……」

 

 使える技を把握し、サトシは技の練習の為の的を探す。使えそうな木の棒が幾つも転がっていた。それを広う。

 

「よし、クルミル。先ずはたいあたり!」

 

「クールッ!」

 

 サトシが木の棒を投げ、クルミルがたいあたり。木の棒は木っ端微塵に砕け散る。

 

「良い威力だ! じゃあ、次はむしくい!」

 

「クルルルッ!」

 

 木の棒を素早くかじり、バラバラにする。

 

「はっぱカッター!」

 

「クルル!」

 

 

 草の葉が、木の棒を細切れにする。

 

「いとをはく!」

 

「クルーーーッ!」

 

 放り投げた木の棒に、吐いた糸で見事にぐるぐる巻きにする。

 

「うん、良いぞクルミル!」

 

「クル!」

 

 えっへんと、胸を張るクルミルに、むーと対抗心を剥き出しにするマメパト、ミジュマル、ポカブ、ズルッグ。四匹は負けてられるかと、技の練習に励む。

 

「皆も頑張れよ! ズルッグは鍛えるのは勿論、特にミジュマルとポカブはしおみずとねっぷうを完成させないとな」

 

「ズルッグ!」

 

「ミジュ!」

 

「カブ!」

 

 シッポウシティのバトルクラブでミジュマルとポカブが得た新技は、まだ未完成。しっかりと仕上げればならない。

 

「――ポーーーッ!」

 

「おっ、良い威力。この分だと、マメパトが一番速く仕上げそうだな」

 

 一方で、同じ日に取得したマメパトの新技だが、こちらはミジュマルやポカブよりも進んでいた。その技が持っている技の威力の高い版に近いからだろう。

 

「ミジューーーッ!」

 

「カブーーーッ!」

 

 マメパトに遅れは取らないと、技の鍛錬をしていくミジュマルとポカブ。ズルッグも精を出していた。

 

「クル~ル」

 

「気に入ったか?」

 

「クル」

 

 うんと頷くクルミル。良い仲間になれそうだと感じていた。

 

「じゃあ、クルミルも頑張ろうぜ」

 

「クル!」

 

「それと皆、今日から別の練習もするからよく見ておいてくれ!」

 

 この練習とは、カウンターシールドの事だ。そろそろしても問題ないと判断したのだ。

 サトシの声に、六つの声が返す。そして、新たに増えた一匹と共に、ポケモン達はトレーニングに励んでいった。

 

 

 

 

 

「なんだ、あれ?」

 

 朝の鍛錬も終わり、ヒウンシティに向かっていたサトシ達だが、その途中に大きな建物が写る。

 

「これはフレンドリィショップだね。それも、新規オープンしたばかりの様だね」

 

「開店セールやってる!」

 

「入ってみようか!」

 

 色々と買えるフレンドリィショップの開店セール。時間は掛かるが、それだけの価値は有りそうだ。サトシ達は店内に足を踏み入れた。

 

「うわー」

 

「へー」

 

「すっげぇ!」

 

 フレンドリィショップの中は広く、それだけで多種多様の品があると分かる。

 

「目移りしちゃう~」

 

 アイリスは早足で奥に向かい、サトシとデントは周りをしっかりと見ながら歩く。

 

「タイプ別のポケモンフーズに薬、他にも色々あるなあ」

 

「うん、フレンドリィショップは大体の物が揃っているのが特徴だけど、それにしてもここは広いよ」

 

 これほどの規模のフレンドリィショップは、デントも珍しい様だ。

 

「あぁ~……! 綺麗~……!」

 

「キバ~……」

 

 アイリスは女の子だけあって、宝石類やアクセサリーのコーナーに行っていた。

 

「色んなアクセサリーがある……!」

 

「あら、可愛いキバゴちゃん」

 

「えっ?」

 

 色々と見るアイリスとキバゴに、女性の店員が声を掛ける。

 

「そのキバゴちゃんにはこれが似合いそう」

 

 店員が小さな箱から取り出したのは、綺麗な宝石だった。

 

「このドラゴンジュエルを持たせれば、一つのバトルに一度だけドラゴンタイプの技の力を高める事が出来るのよ」

 

「へぇ……」

 

「キバ……」

 

 ドラゴンタイプの技を威力を高める道具を前に、アイリスとキバゴは興味深そうだ。

 

「でも良いや」

 

「キババ」

 

 しかし、アイリスとキバゴは断った。今覚えているドラゴンタイプの技はりゅうのいかりのみでそれも未完成。そんな状態でドラゴンジュエルを持たせても危ないと判断したのだ。

 

「そう残念。他にも良い品があるから、ゆっくり見ていってね。――あら?」

 

 邪魔や苛立ちにならないよう、アイリスから離れようとした女性店員だが、その時にサトシとピカチュウが目に入る。

 

「そこのお客様」

 

「ん? ……俺?」

 

 呼ばれたので、サトシは女性店員に近付いた。デントもだ。

 

「はい。そのポケモン……ピカチュウですよね?」

 

「はい。そうです」

 

「やっぱり! こんな所でお目にかかれるなんて」

 

 イッシュ地方にはいないピカチュウに、女性店員はテンションを上げていた。

 

「あっ、それはともかく……そのピカチュウちゃんに、でんきジュエルはいかがですか? 一回のバトルに一度だけ、でんきタイプの技の威力を引き上げる事が出来ますよ」

 

 女性店員はさっきと違う、黄色の宝石をサトシに見せる。

 

「へー、そんな道具が……でんきタイプだけですか?」

 

 様々なタイプのジュエルがあるなら、それも是非とも見てみたい。

 

「勿論、ございますよ。全タイプ、十七種のジュエルです」

 

「うわあー……!」

 

 女性店員がケースを開く。ノーマル、ほのお、みず、でんき、くさ、こおり、かくとう、どく、じめん、ひこう、エスパー、むし、いわ、ゴースト、ドラゴン、あく、はがね。全部で十七の異なる色のジュエルが並んでいた。

 

「これは圧巻だね……」

 

「すっごく綺麗!」

 

「ちなみに、全十七種類購入セットが存在します。開店セールと割引の重ねがけのお買得ですよ?」

 

「へー、値段は――いいっ!?」

 

 全タイプのジュエルセットの値段を見て、サトシは驚く。そこにはとんでもない数の値が表示されていた。

 

「こ、これでお買得……!?」

 

「まぁ、全種類でジュエルも一級品の様だから、妥当……いや、この値段は寧ろ良心的とも言えるけど……」

 

「それでも無理よ! こんな値段!」

 

「一つだけなら、この値段ですが」

 

 全タイプは無理だと理解した女性店員が、一つだけの値段を話すも、それでも高い。

 

「すみません、諦めます……」

 

 買えなくはないが、食料や薬が買えなくなる。諦めるしかなかった。

 

「残念です。機会があれば購入してください」

 

 はいと引きながら言うと、サトシはその店から離れて他の場所を見ていく。すると、人だかりが見えた。

 

「なんの行列だろう?」

 

「ピカ?」

 

「あれはソムリエショップ。ポケモンソムリエが、豊富な知識や経験でポケモンとトレーナーの相性診断、より良い仲になるようにアドバイスをしてるんだよ」

 

「デント以外にもいたんだ」

 

「そりゃそうさ。ポケモンソムリエにはランクがあって、ポケモンソムリエの試験に合格すると先ずは公認のCクラス。そこから経験や実績を積むことで、B、A、そして、その上で最高のSクラスがあるんだ。勿論、上に行けば行くほど数は少ない。あの店のように相性診断などをするにはAクラスが最低条件だよ」

 

 出鱈目な相性診断をして、無茶苦茶な結果をなるのを防ぐためだろう。上位の人だけと言うのも納得出来る。

 

「ちなみに、僕はAクラスだよ」

 

「デントならそれぐらいだと思ったよ」

 

 サンヨウジム戦では、自分とポケモン達がまだ始まったばかりと見抜き、その後でも色々と的確な評価を出していたデント。最低でもAだろうとサトシは確信していた。

 

「嬉しいね」

 

 サトシに誉められ、デントは笑みを浮かべる。その時、ソムリエショップの入口が開き、その店をやっているポケモンソムリエが出てきた。なんと、女性だ。

 

「女の人もいるんだ」

 

「男性だけの職業じゃないからね。当然女性もいるよ。そして、女性のソムリエはソムリエールと呼ぶんだ。それとサトシ、折角だからこの店でも相性診断やアドバイスをしてもらったらどうだい? 他のソムリエの意見も参考になると思うよ」

 

「だったら……。クルミルが良いかな」

 

 クルミルはまだゲットしたばかり。より良い仲になる為にも、助言は参考になるかもしれない。

 

「うん、良い判断だと思うよ。その間、僕はポケモンフーズやご飯の材料を買ってくるよ」

 

「分かった」

 

 という訳で、サトシは行列の一番後ろに並ぶ。

 

「結構多いな……」

 

「ピカ……」

 

 しかし、かなり人がいるため、時間が掛かりそうだった。

 

「――お客さん、お客さん」

 

「ん?」

 

「ピカ?」

 

 そんな時、奥の小さなスペースのカーテンから手が出て、自分を呼ぶ声がする。

 

「こっちにも良いソムリエールがいるよ。しかも直ぐに相性診断可能!」

 

「えっ、直ぐに見てもらえるんですか?」

 

 端から見るとかなり怪しいが、直ぐにの言葉や、純粋なのもあってサトシはそちらに反応する。

 

「ささっ、中へとどうぞ」

 

 サトシが近付くと、中から出てきたソムリエールが急かすように彼を入れ、椅子に座らせる。

 

「俺、ポケモントレーナーのサトシです。こっちは相棒のピカチュウです」

 

「ピカピ」

 

 サトシ達が自己紹介すると、目の前の紫色の髪と瞳をしたソムリエールも自己紹介する。

 

「私はカベルネ。こう見えても、ポケモンソムリエ協会公認の優秀なソムリエールなんだから」

 

 自信満々のカベルネに、最低でもAクラスなのだろうとサトシとピカチュウは思っていた。

 

「他にも、ポケモンフーズの調整やバトルの戦略、アクセサリーの選択。なーんでも聞いてちょうだい」

 

 椅子に座り、足を組ながらそう説明するカベルネに、サトシは早速話をする。

 

「俺、ポケモンマスターを目指して旅してるんです。だから、俺とポケモン達の相性を調べて欲しいんですけど」

 

「ピカチュウとのね! イッシュ地方にはいないポケモン。うーん、香りも珍しい」

 

「いや、こいつとじゃないです。既に最高だって分かってますし」

 

 顔を近付け、ピカチュウを確認するカベルネに、サトシは違うと説明した。それを聞き、カベルネはふーんと言いながら下がる。

 

「見て欲しいのはこいつです。出てこい、クルミル!」

 

「クルル!」

 

「分かったわ。早速調べて上げるわね。ボンジュール! テイスティングタイーム、シルブプレ!」

 

 カベルネはそう言うと、道具や目でクルミルやサトシを見ていった。

 

「あの、どうですか?」

 

「あなたとそのクルミルのマリアージュは……最悪よー!」

 

「えぇー!?」

 

「クル!?」

 

 頬っぺたに指を押し付けられながら最悪と言われ、サトシは思わず声を出す。クルミルもである。

 

「このクルミルの特性は『むしのしらせ』」

 

 もうか、げきりゅう、しんりょくと同じく、体力がある程度まで減った時に発動し、虫タイプの技の威力を高める特性だ。

 

「けど、あなたには『ようりょくそ』を持つクルミルの方が相性が良いんだから」

 

 ちなみに、ようりょくそは日差しが強い時にスピードが高まる特性だ。

 

「どうしてですか?」

 

「えっ、それは……」

 

 サトシとしては当然理由が知りたい。なので尋ねたが、カベルネは言い淀む。

 

「な、なによ! ポケモンソムリエ協会公認ソムリエールの言葉を疑うの!? 第一、虫ポケモンなんてそこらに幾らでもいるでしょ。さっさと私の言う通り、ようりょくそのクルミルをゲットすれば良いのよ!」

 

「そんな……」

 

「クルーーーッ!」

 

「どわっ! きゃあっ!?」

 

 このクルミルでなくてはならないのに。そう言おうとしたサトシだが、その前に酷評されて怒ったクルミルがいとをはくでカベルネの糸巻き状態にし、更にジャンプから蹴りを叩き込む。

 

「わわっ、戻れクルミル!」

 

 慌ててクルミルを戻すサトシ。同時にカベルネが糸を千切った。

 

「はぁ、はぁ……。所詮虫は虫ね! この調子じゃあ、他の手持ちはろくなものじゃないでしょ! 見てあげるわ!」

 

「いや、もう良いです」

 

 なんか怪しいと感じたのか、サトシは出ようしたが、その前にカベルネに止められる。

 

「ちょっと、あなた! ポケモンマスターになりたいじゃないの!? ポケモンとの相性を調べなきゃ、そんなの無理よ!」

 

「じゃあ……」

 

 気迫に押され、サトシは他の手持ちを出していく。しかし、どれも酷評ばかりであり、ポケモン達はクルミル同様、カベルネに攻撃していた。

 カベルネはサトシのポケモンはどれもタンニンが強すぎると評し、終いにはピカチュウにも写真で見るよりは可愛くないと言って、最後に電撃を食らった。

 

「ひっどーーーい! あなたのポケモン、全員酷すぎ! これはもう、ポケモン総入れ替えが必要ね!」

 

「そんなの納得出来るか!」

 

「ピカピカ!」

 

 大切仲間、全員総入れ替えと言われ、流石のサトシも遂に怒る。

 

「あなたはそれで良いの!?」

 

「はぁ!?」

 

「今のままじゃあ、ポケモンマスターは勿論、バッジを集めるのも無理無理無理!」

 

「――ふざけるな! こいつらを入れ替えなきゃなれないポケモンマスターなんて、こっちから願い下げだ!」

 

「えっ……」

 

 サトシの言葉に、カベルネは思わず呆然とする。

 サトシは今いるポケモン達と一緒に、ポケモンマスターになりたい。バッジもゲットしたいのだ。それなのに入れ替えては何の意味が無い。

 

「大体、こいつらのおかげでバッジもゲット出来たんだぞ! それなのにめちゃくちゃなことばかり言いやがって! もういい! 行くぞ、ピカチュウ!」

 

「ピカピカ!」

 

 時間のムダだと悟り、サトシとピカチュウは出ようとした。

 

「サトシ、どうしたのよ?」

 

「さっきから大声ばかり……」

 

 その時、カーテンが開き、アイリスとデントが見えた。

 

「聞いてくれよ、デント! 実は――」

 

「あー! あなたは!」

 

「あれ、君は……?」

 

 デントに無茶苦茶な事ばかり言うカベルネについて話そうとしたサトシだが、その前にカベルネがデントに指差した。デントもカベルネを見て、思い出していた。

 しかし、同時にカベルネの目にソムリエショップをやっているソムリエールの姿が見えた。騒ぎを聞いたらしい。

 

「そ、外に行くわよ!」

 

「えっ、ちょっと……?」

 

 慌てて外に行ったカベルネを見て、とりあえず自分達も外に行くことにした。

 

「で、デント……。カベルネと知り合いなのか?」

 

「以前、サンヨウジムに来たトレーナーだよ。結果は僕の勝ち」

 

「デント! ここで会ったが百年目! リベンジよ!」

 

「リベンジって言われても……」

 

 今の自分は一人のポケモントレーナーだ。ジム戦は出来ない。

 

「ただ負けたでも悔しいのに、尤もらしい言葉を並べて批評したでしょ!」

 

「いや、そこまで批評した覚えはないけど……」

 

「いいや、したわ! あなた、わたしのポケモンに『お前のポケモンは余程酷い環境で育ったんだな。不味い、不味すぎる! 顔を洗って出直してくるんだな、ハッハッハ!』って!」

 

「えー……?」

 

「それ、本当にデント……?」

 

 デントが言ったとは思えない悪役満載の台詞に、サトシもアイリスも何とも言えない表情だ。

 

「ちなみに、その時デントはなんて……?」

 

「確か、『君のミジュマルからは内に秘めたる奥深さは感じるものの、君を含め、まだまだ経験が足りない。もっとバトルをこなしてから再挑戦した方が良いよ。待ってるから』。だったはず」

 

「全然違うじゃない!」

 

 さっきのカベルネが言った事とは、全く当たってもいない。精々、再挑戦が顔を洗って出直しくるとちょっと似ているだけである。

 

「だから、わたしは悔しさからポケモンソムリエになって、テイスティングでめった切りにしようと決めたのよ!」

 

「話聞いてないし……」

 

 どうやら、思い込みが激しい上に、話を聞かない性格の様だ。

 

「で、先ずは資格を得るために試験を受けて、見事、ポケモンソムリエ協会公認のソムリエールになったのよ! なのに、サンヨウジムにリベンジしに行ったら、デントは旅に出ていないって言われたのよ! わたしがリベンジすることを知って逃げたんでしょ!」

 

「いや、違うよ……」

 

 自分が旅に出たのは、サトシのバトルやNとの話の中で今のままではいけないと判断したからである。

 

「それに、ここはジムじゃないからバッジを賭けたバトルは出来ないよ?」

 

「バッジなら、ゲットしてるわよ! ポッドを倒してね!」

 

 意外とやるんだなと思うサトシ。但し、カベルネがゲットしたのは再戦であり、初戦はにほんばれとからの炎技強化に水技弱体化、ソーラービームの即時発射で完膚無きまでに倒されていたが。おまけにコーンにもやられている。

 

「だから、今のわたしの目標はあなたを倒して一流のソムリエールになること。そして、有名になって、自分のソムリエショップを持つことよ~」

 

「……あれ? さっき相性診断をやったあそこって、カベルネの店じゃないのか?」

 

「……あっ」

 

 とそこで、おかしな点に気付いたサトシの指摘に、カベルネは表情を固めた。

 

「君の今のクラスは?」

 

「……Cクラス」

 

「おかしいな……。Cクラスはまだ新人。Aクラスのアシスタントしか認められてないはずだよ? もしかして、君はさっきの店のアシスタントなんじゃないか?」

 

 ギクッと、カベルネは反応する。実はその通りであり、フレンドリィショップから出たのはソムリエールに勝手な事をしたのは悟られない為だ。

 

「何れにしても相性診断なんて以ての他だ」

 

 デントの説明を聞き、サトシは騙されていた事と、あんな無茶苦茶なテイスティングばかりだった事を理解する。

 

「だから、あんな無茶苦茶な事を言ったり、総入れ替えなんて言ったんだな!」

 

 サトシの言葉に、デントは眉を潜めた。

 

「……総入れ替え? それまたおかしいね。ポケモンソムリエにはそんな権限、ないよ?」

 

「えっ、で、でも、ポケモンソムリエはトレーナーとポケモンの相性を判断してポケモンを決めるって――」

 

「それはポケモンがいない人の場合。既に持っている人の手持ちを勝手に決めたりなんかしたら、大問題になるじゃないか。第一、僕達の仕事は主は、ポケモンとトレーナーの関係を良くするためのもの。悪かったとしても、入れ替えなんて決して言わないよ」

 

 良ければ、更に良い関係になるための、悪ければ、どうしたら良い関係になるかのアドバイスをするのが、仕事なのだ。

 デントとのバトルの時の指摘も、あくまで良い関係にするためのもの。入れ替えなど、言語道断である。

 

「……おい、なんか言うことあるよな?」

 

「な、なによ! 他のポケモンソムリエが見ても、あなたとポケモンの関係は最悪だってそう言うわよ!」

 

「あ~、だからサトシ怒ってたのね」

 

 その上に総入れ替えしろなんて言われれば、そりゃ怒る訳だと、アイリスもデントも納得していた。

 

「……やれやれ、君はサトシと彼等の関係の素晴らしさをまるで理解していないね。真っ直ぐだからこそ周りを惹き付ける情熱と、個性あるポケモン達のハーモニー。これを見抜けないようじゃあ、Cクラス以上になるなんて到底不可能だよ」

 

「な、なんですって!? わたしの限界がここだと言うつもり!?」

 

「あぁ、基本すら物にしてなく、自分勝手なテイスティングしか出来ない君じゃあ、この先に進むなんて絶対に出来ないね」

 

 カベルネにこの先はない。デントははっきりそう断言した。

 

「……だったらバトルよ! 今のわたしの実力があなた以上だって証明してあげるわ!」

 

「……ふむ」

 

 バトルと言われ、デントは少し考える仕草を取る。

 

「なに? 怖じ気付いたの?」

 

「いや。バトルは受ける。但し――サトシも参加させてほしい」

 

「俺も?」

 

「そう。僕とのバトルの後に、サトシともバトルしてもらう。この条件を飲むなら構わないよ。あぁ、勿論サトシが嫌ならこれはなしにしよう」

 

 自分も参加と言われ、少し戸惑ったサトシだが、直ぐにデントの思惑を理解した。

 バトルの中で、自分とポケモン達との関係を見せる機会をくれたのだと。

 

「俺は良いぜ」

 

「わたしも構わないわ。あなたにもデントにも勝って、わたしのテイスティングが正しいって証明してあげる!」

 

「無理だね。君じゃあ、サトシには勝てない。勿論、僕にも」

 

 確信を持って、デントはそう断言した。

 

「……それがあなたの思い込みだってこと、直ぐに証明するわ!」

 

「そう。あと、君の手持ちの数は?」

 

「四体よ」

 

「なら、ルールは二対二のバトルを二度行おう」

 

 これなら、自分もサトシも同じ数でバトルが出来る。

 

「分かったわ」

 

 カベルネも受け、先ずはデント対カベルネのバトルになる。

 

「ポケモンソムリエ同士のバトルか。どんなバトルになるんだろ?」

 

「面倒くさそうな気はするけどね」

 

 カベルネの怒りは一先ず置き、ポケモンソムリエ同士の勝負を気にするサトシ。その隣では、アイリスが微妙な表情で面倒くさそうと告げる。

 

「行けー、フタチマル!」

 

「タチ!」

 

 カベルネが繰り出したのは、ミジュマルの進化系、フタチマルだ。

 

「あの時のミジュマルが進化したんだね」

 

「水タイプには草タイプが有利よね」

 

「タイプ相性で考えれば、草タイプのヤナップだよな」

 

「――行け、僕のポケモン!」

 

「イママイ!」

 

 しかし、アイリスとサトシの予想に反し、デントが繰り出したのは相性の悪いイシズマイだった。

 

「ふん。ボンジュール、シルブプレ! あーら、水タイプのフタチマルに石と虫タイプのイシズマイをぶつけるなんて、あなたの腕もコルクの栓を抜く前に腐っちゃったのかしら?」

 

「――イッツテイスティング! そういう言葉は、僕とイシズマイの強さを見てから言ってもらおう。それに、君とそのフタチマルをホストテイスティングさせてもらうよ」

 

「言って置くけど、わたしのポケモンの味わいは軽くないわ。熟成されたポケモンの強さ、見せて上げるわ。フタチマル、みずてっぽう!」

 

「チマーーーッ!」

 

「イシズマイ、まもる」

 

「マイ!」

 

 迫る水流を、イシズマイは緑色のオーラで防ぐ。

 

「れんぞくぎり!」

 

「イシズマイ、からにこもる」

 

 フタチマルが両手のホタチで連続で斬りかかるも、防御を固めたイシズマイのガードに効果がない。

 

「防御を固めてばかりね それしか出来ないのかしら?」

 

「だったら、先ずはこの防御を突破してほしいね」

 

「ふん、防御を上げるなら下げるまで! フタチマル、シェルブレード!」

 

「フター……!」

 

「イシズマイ、からにこもる。そして――その状態で回転!」

 

「――イマイ!」

 

 シェルブレードが振り下ろされると同時に、殻に込もったイシズマイがその状態で横に回転。防御力と回転で水の刃を弾き返し、フタチマルに隙を作らせる。

 

「シザークロス!」

 

「マイ! イママイーーーッ!」

 

 防御を解除し、素早く殻から出たイシズマイは両手の前足の爪を交差させ突撃。フタチマルにダメージを与える。

 

「フタチマル! 大丈夫!?」

 

「チマ……!」

 

 ダメージは受けたが、まだ戦える様だ。

 

「くっ、なんなのさっきの防御……!?」

 

「ねぇ、サトシ。さっきのあれって……」

 

「あぁ、似てる……」

 

 自分がビリジオンの戦いで使った、攻撃と防御を同時に行なうカウンターシールド。あれによく似ていた。違うのは攻撃がない点だ。

 

「防御力に更に回転を加える事で、防御を高める。言うならば、ハイシールドって所かな?」

 

「ハイシールド……!?」

 

「やっぱり、カウンターシールドの……」

 

「うん、間違いない」

 

 あれは間違いなく、デントがカウンターシールドを参考にし、そこから手を加えた技だ。

 

「まもる、からにこもる、ハイシールド。この三重の守りをどうような味わいで突破するのか。見せてくれないかい?」

 

「くっ……!」

 

 歯軋りするカベルネ。まだ一つ使ってない技があるが、まもるで間違いなく防がれてしまう。みずてっぽうも同様だ。

 かといって、近付いてもからにこもるやハイシールドで弾かれ、反撃される。打つ手が無いのだ。

 

「おや? 何も出来ないのかい? なら、今度はイシズマイの隠し味を見てもらおう。――からをやぶる!」

 

「イママイーーーッ!」

 

「からをやぶるですって!?」

 

 殻から出たイシズマイの身体に無数の亀裂が走ると、赤く輝く。防御を捨てて攻撃に特化したのだ。

 

「シザークロス!」

 

「シェルブレード!」

 

「イママイーーーッ!」

 

「チマーーーッ!」

 

 シザークロスとシェルブレードが激突。直後に、フタチマルが弾き飛ばされて転がる。

 

「止めだ、シザークロス!」

 

「イー……マイーーーッ!!」

 

「チマーーーッ!」

 

「フタチマル!」

 

 その隙をデントは当然見逃さない。追撃を指示し、イシズマイは三度目のシザークロスをフタチマルに叩き込む。

 

「チマ~……」

 

「フタチマル、戦闘不能。イシズマイの勝ちだね」

 

「イマイ」

 

「くっ、戻って……」

 

 カベルネは戦闘不能になったフタチマルをモンスターボールに戻した。

 

「分かったかい? 相性だけで勝てるほど、ポケモンバトルは単純じゃない。ポケモンの個性を見抜き、味を引き出す事が重要なのさ」

 

 この分だと、ポッドかコーンのバトルで理解しても、勝利に浮かれて忘れていたに違いないとデントは推測していた。

 

「そして、それはテイスティングも同じ。ポケモンソムリエは否定するんじゃない。受け入れ、活かす事が大切なんだ」

 

「それを教えるために、敢えて苦手なイシズマイを繰り出したって事……?」

 

「君はまだまだ本質に辿り着けていない。ポケモンバトルも、ポケモンソムリエもね」

 

「……まだよ! まだ勝負は終わっていないわ! 行け、メブキジカ!」

 

「メブ!」

 

 カベルネの二体目は、茶色の体毛に赤い花弁がある二本の細い角と胸の毛が分厚い鹿みたいなポケモンだ。

 

「あれは……?」

 

『メブキジカ、季節ポケモン。シキジカの進化系。季節によって、角に生える草花が変わる。人々はメブキジカの花で季節の移り変わりを感じる』

 

 このイッシュ地方で何度も見た、シキジカの進化系のようだ。

 

「メブキジカこそ、マイビンテージ! さぁ、今度はどんなテイスティングをさせてくれるのかしら?」

 

 どうやら、このメブキジカはカベルネの一番のポケモンらしい。

 

「イシズマイ、ご苦労様。休んでくれ」

 

 デントはイシズマイを戻し、もう一つのモンスターボールを取り出す。

 

「マイビンテージ……ヤナップ!」

 

「ナップ!」

 

 カベルネが一番のポケモンを出したように、デントも一番のポケモン、ヤナップを繰り出す。

 

「カベルネ、君の内には素朴で良き土の香りと、力強さを感じる。だけど、まだまだ自身で引き出せてるとは言い難い」

 

「もー! そのテイスティングが腹立つのよ! メブキジカ、ウッドホーン!」

 

「ウッドホーン?」

 

「攻撃する共に回復もする技よ」

 

「ジカーーーッ!」

 

 メブキジカは角が琥珀色に輝くと、ヤナップに向かっていく。

 

「ヤナップ、あなをほる」

 

「ナップ!」

 

 しかし、その前にヤナップが穴を掘って地中に潜ってしまう。

 

「メブキジカ、止まって! ……爽やかな味わいに隠された秘密の香り。デントは何を……?」

 

「カベルネ。先ずは僕が君に味わわせてあげるよ。ポケモンバトルの奥深さの一端を」

 

「――ヤナー……!」

 

「メブキジカ、にどげり!」

 

「もう一度あなをほる」

 

 穴から出たヤナップに蹴りを叩き込もうとするメブキジカだが、その前にまた潜られてしまう。

 

「タネマシンガン!」

 

「ナププププ!」

 

「ジカカ……!」

 

 また穴から出てきたヤナップは口から無数の種を吐き出す。種は全弾命中し、効果は今一つとはいえ、メブキジカに確かなダメージを与える。

 

「なるほど、タネマシンガンが効いた事から、君のメブキジカの特性は草タイプの技を無効にし、力を高める『そうしょく』ではないね。ようりょくそか」

 

「……!」

 

「へー、そんな特性が」

 

「デントはそれを確かめるために、タネマシンガンを使ったのね」

 

 一番威力が低いが、当てやすいタネマシンガンで牽制と確認を同時に行なう。やはり、デントの実力は高い。

 

「では、遠慮なく攻撃を続けるとしよう。あなをほる、タネマシンガン!」

 

「ヤナ! ナププププ!」

 

 穴を掘って様々な場所に移動し、そこから当てやすいタネマシンガンを放って潜るヒットアンドアウェイ。ポケモンの技を活かした戦法で、着実にダメージを重ねていく。

 

「この、すばしっこい!」

 

「ありとあらゆる方向から、複雑な香りで敵を翻弄する。これもポケモンバトルの味わい」

 

「……! そこよ、メガホーン!」

 

 カベルネは惑わされながらも、土が盛り上がる所に注目し、攻撃を指示する。直後、読み通りにそこにヤナップが出てきた。

 

「がんせきふうじ」

 

「ププゥ!」

 

「メブブ……!」

 

「しまっ……!」

 

 しかし、出てきたヤナップが放つがんせきふうじの岩によって止められる。

 

「そして、ここぞという時に有無を言わさぬ味わいで決める。かわらわり!」

 

「ヤナー……プーーーッ!」

 

 ヤナップは力を込めた手刀を振り下ろし、メブキジカの脳天に叩き込む。

 

「――ナプ!」

 

「メ……ブ……」

 

「僕の勝ちだよ」

 

「メブキジカ!」

 

 ヤナップはクルンと空中で回転しながら、体勢を立て直して着地。同時にメブキジカが倒れた。

 

「メブ……」

 

「お疲れさま。休んで」

 

 カベルネは倒れたメブキジカの側に駆け寄り、頑張りを労うとモンスターボールに戻す。

 

「次はサトシとのバトルだけど……どうする?」

 

「……やるわ!」

 

 既に負けてはいる。しかし、だからと言って引きたくない。それはカベルネの意地であり、彼女の強さと言えた。

 

「サトシ」

 

「あぁ」

 

 サトシとデントは、入れ替わる形で互いが先程いた場所に移動する。

 

「数はデントと同じく二対二。良いか?」

 

「えぇ!」

 

「クルミル、君に決めた!」

 

「――クルル!」

 

 サトシが繰り出したのは、クルミルだった。

 

「サトシはクルミルね」

 

「初陣だね。さぁ、どんな風に持ち味を引き出すのかな」

 

 これがクルミルの初勝負。デントはサトシがクルミルの力をどう活かすかが気になっている。

 

「クルミルね。だったらわたしは――ダルマッカ!」

 

「――マッカ!」

 

 カベルネが出したのは、ダルマッカだった。

 

「カベルネはダルマッカ!? 相性最悪じゃない!」

 

 クルミルは草と虫タイプ。ダルマッカは炎タイプ。相性は先程のイシズマイとフタチマル以上に悪い。

 

「アイリス、落ち着いて。相性が悪いぐらいでサトシが負けると思うかい?」

 

 アイリスが不安な一方、デントは全くそんな様子を見せない。寧ろ、勝つのを確信している様子だ。

 

「……デントはサトシが勝つって思ってるの?」

 

「勿論」

 

 その言葉には、サトシが勝つと確信に満ちていた。一欠片も心配した様子は無い。

 

「相手はダルマッカか。行けるな、クルミル?」

 

「クル!」

 

 相手が苦手な炎タイプだろうが関係ないと、クルミルは意気込む。気の強さが全面的に出ていた。

 

「良いのかしら? ダルマッカは炎タイプ。クルミルは虫と草タイプ。最悪のマリアージュよ?」

 

「そんなもの、ひっくり返してやるさ!」

 

「クルル!」

 

「ふん、だったら容赦はしないわ。ダルマッカ、やきつくす!」

 

「クルミル、かわしてはっぱカッター!」

 

「マッカーーーッ!」

 

「クルル……クルーーーッ!」

 

 ダルマッカは先手に火球を連発。クルミルはそれを軽やかに避けると無数の葉の刃を放つも、ダルマッカはかわす。

 

「ダルマッカ、ほのおのパンチ!」

 

「マッカ!」

 

「クルミル、いとをはく! 頭に付けろ!」

 

「クルーーーッ!」

 

 接近して来たダルマッカに、クルミルは糸を吐いておでこにくっ付ける。

 

「マカ!?」

 

「今だ、反動を活かしてたいあたり!」

 

「クルー……ミルーーーッ!」

 

「マッカーーーッ!」

 

 クルミルは反動で一気に近付くと、その勢いを利用したたいあたりを叩き込む。その威力にダルマッカは吹き飛ぶ。

 

「はっぱカッター!」

 

「クルルル!」

 

「かわして、糸に気を付けながらずつき!」

 

「マッカ! マカーーーッ!」

 

 追撃のはっぱカッターを何とかかわすと、ダルマッカは頭を前屈みにしながらまた接近していく。

 

「はっぱカッター!」

 

「効果は今一つよ! 耐えてずつきを――」

 

「カウンターシールド!」

 

「えっ!?」

 

「クルルーーーッ!」

 

「マッカーーーッ!?」

 

 クルミルが背を付けた状態で回転し、葉っぱを放つ。葉はクルミルの周囲を渦巻く様に展開され、ダルマッカは葉の渦の連撃を自ら飛び込む形で食らい、予想外のダメージを受けて吹き飛ぶ。

 

「よし!」

 

 まだ練度は低いが、決まっているのでこの場では問題ない。

 

「むしくい!」

 

「クルルルルルッ!」

 

「マカマカマカーーーッ!?」

 

 クルミルは近くにいるダルマッカに素早く接近し、高速で噛んでダメージを与えていく。

 

「ダルマッカ、むしくいも効果今一つよ! 耐えてやきつくすを――」

 

「クルミル、離れていとをはく! 全身に巻き付けろ!」

 

「クルーーーッ!」

 

「マッカ!?」

 

 反撃をしようとしたカベルネ達だが、サトシとクルミルの方が速い。クルミルは糸を吐き、ダルマッカの全身をぐるぐる巻きにする。

 

「はっぱカッター!」

 

「クルルル!」

 

「マッカーーーッ!」

 

 動きを封じたところに、クルミルははっぱカッターを叩き込み、拘束の糸は斬るがダメージを重ねていく。

 

「とどめだ、たいあたり!」

 

「ダルマッカ、ほのおのパンチ――」

 

「クルー……ミルーーーッ!」

 

「マッカーーーッ!」

 

 迎撃しようとしたダルマッカだが、蓄積したダメージにより鈍り、たいあたりを食らう。転がると、目を回す。

 

「マッカ~……」

 

「ダルマッカ!」

 

「クルミルの勝ちだな」

 

「クルル!」

 

 サトシの仲間になってからの初勝利に、クルミルはえっへんと自信満々に胸を張った。

 

「か、完勝……」

 

「苦手な相手だろうが果敢に挑むクルミルの気の強さ。そして、それを十二分に引き出す、サトシの純粋だからこそ熱くも深い攻撃的な指示。うん、見事なマリアージュだよ」

 

 自分の予想通り、彼等は見事に勝利し、デントは彼等の連携にうんうんと頷いていた。

 

「そんな、相性最悪なのに……!」

 

「ちなみに、そのクルミルは昨日仲間になったばかりで、これがサトシと一緒に戦う初めてのバトルだよ」

 

「う、嘘!?」

 

 相手最悪の相手に勝っただけでなく、仲間になったばかりとは思えない一体感のある戦い振り。その事実にカベルネは二重の衝撃を受ける。

 

「これでも、俺とクルミルの相性は最悪、入れ替えろって言うのか?」

 

「クルル?」

 

「そ、それは……」

 

 どうなんだ?と見てくるクルミルとサトシに、カベルネは言葉に詰まる。どこからどう見ても最悪には見えないし、入れ替える必要など皆無としか言い様が無い。

 

「クルミル、ご苦労さま。戻ってくれ」

 

「クル」

 

 サトシはクルミルを戻すと、違うモンスターボールを取り出す。

 

「マメパト、君に決めた!」

 

「ポーーーッ!」

 

「サトシのもう一体はマメパトね」

 

「最近、戦いたがってたからね。あの技の実戦運用も兼ねて選んだんだろう」

 

 その言葉通り、マメパトは戦意に満ちた様子の目を相手のカベルネに向けていた。

 

「……ヨーテリー、行きなさい!」

 

「ヨーーーッ!」

 

「カベルネのもう一体はヨーテリーね」

 

「ノーマルと飛行タイプとノーマルタイプ。相性差は無い」

 

 この場合、トレーナーとポケモンの純粋な実力が勝敗を握るだろう。

 

「今度はこっちから行くぜ。でんこうせっか!」

 

「ポーーーッ!」

 

「ヨーテリー、かわしてめざめるパワー!」

 

「ヨーーーッ!」

 

「マメパト、かわしながら近付け!」

 

 マメパトは初撃のでんこうせっかを仕掛ける。ヨーテリーはかわすとめざめるパワーを放つも、マメパトの空を自由に動き回るような回避で全て外れた。しかも、距離が縮まっている。

 

「かぜおこし!」

 

「ポーッ!」

 

「踏ん張って! こおりのきば!」

 

「ヨー……テリーッ!」

 

 マメパトは体勢を崩す牽制目的の軽い風を翼で起こす。ヨーテリーは体勢を崩しかけたが、踏ん張ると牙に冷気を込めて進む。

 

「上に飛んでかわせ! そして、つばめがえし!」

 

「ポー! クルー……ポーーーッ!」

 

「テリーーーッ!」

 

 接近するヨーテリーの技を上昇でかわすと、つばめがえしを一気に降下。放った後のヨーテリーに叩き込む。

 

「ヨーテリー、10まんボルトよ!」

 

「テリッ! ヨー……!」

 

「マメパト、かまいたち!」

 

「クルー……ポーーーッ!」

 

「テリーーッ!」

 

 ヨーテリーからは電撃。マメパトから鋭い空気の刃が放たれる。二つの技が激突し、結果は空気の刃が電撃を切り裂いて威力を落としながらヨーテリーにも直撃する。

 

「良いかまいたちだ、マメパト!」

 

「ポーーーッ!」

 

 かまいたち。それがシッポウシティのバトルクラブでマメパトが特訓の末に会得した技だった。

 急所に当たりやすい性質がある上、威力も上回るなどエアカッターの上位版とも言える技だが、あちらと違って一発しか放てず、弱点も付けないので一長一短である。

 

「追い込むぞ! でんこうせっか!」

 

「ポー!」

 

「ヨーテリー、もう一度10まんボルト! 背を付けて回転しながら放ちなさい!」

 

「……ヨーーーッ!」

 

 迫るマメパトに、カベルネはさっきのクルミルの様な回転しながらの攻撃を指示。ヨーテリーは戸惑いながらも放つ。

 

「まさか、カベルネもカウンターシールドを!?」

 

「いや」

 

 ヨーテリーも回転しながら10まんボルト。しかし、めったやたらに放たれるだけで、ピカチュウがビリジオン戦で見せたカウンターシールドには程遠い。

 

「えっ、どうして!?」

 

「マメパトにもう一度上に!」

 

 カベルネはカウンターシールドにならない事に戸惑い、サトシはマメパトを空に移動させてかわさせる。

 

「カベルネ、君はサトシと同じ様にすれば出来ると思ったんだろうけど、甘いよ」

 

 第一、仮に出来たとしても威力はかなり低いし、サトシに簡単に見抜かれただろう。

 何より、カウンターシールドはあくまで戦術の一つ。適度なタイミングで使ってこそ意味がある。適当に使っても派手なだけで意味は薄い。

 

「再開するぜ! マメパト、でんこうせっか!」

 

「ポーーーッ!」

 

「え、えと、ヨーテリー、10まん――」

 

「テリーーーッ!」

 

 カウンターシールドが出来ない動揺からカベルネは判断が鈍り、その間にマメパトのでんこうせっかがヨーテリーに命中する。

 

「ヨーテリー、たいあたり!」

 

「マメパト、全力のかぜおこし! 吹き飛ばせ!」

 

「ポーーッ!」

 

「テリッ!」

 

 体当たりをしに来たヨーテリーに、マメパトはフルパワーの風をぶつけて体勢を崩させる。

 

「決めるぞ、かまいたち!」

 

「クル……ポーーーッ!!」

 

「ヨーーーッ!」

 

 マメパトは力を溜め、翼から真空の刃を射出。刃は勢いよく進み、体勢が崩れたヨーテリーに直撃した。

 

「ヨー……」

 

「ヨーテリー、戦闘不能。サトシの勝ちだね」

 

 今のかまいたちが決め手になり、ヨーテリーは戦闘不能になった。

 

「……ヨーテリー、戻って。お疲れさま」

 

「良くやった、マメパト」

 

「ポー!」

 

 新技が問題なく実戦で使えた事や、少し戦いたかったところでのバトル、しかも自分を酷評したカベルネ相手に勝ち、マメパトは上機嫌だ。

 

「休んでくれ」

 

「ポー」

 

 サトシは頑張ったマメパトをモンスターボールに戻す。

 

「さて、これで君のテイスティングは見当違いだと証明されたね。何か反論は?」

 

「……ないわ」

 

 ここまで完膚無きまで敗北した以上、負けず嫌いのカベルネでも認めざるを得なかった。

 

「カベルネ。君の頑張り振りは見事だ。ポケモンソムリエはCクラスになるのだって大変だからね。況してや、前に戦った時から考えると相当な努力をしたんだと分かるよ」

 

 そうなんだと思うサトシ。と言う事は、言動に問題はあれど、カベルネは相当な努力家になる。

 

「だけどね、僕達ポケモンソムリエはトレーナーとポケモンの為にある存在。言わば、脇役なんだ。決して、主役になっては行けない。公平に行なうテイスティングに個人の主観が入るなんて最もしてはならない」

 

 その言葉一つ一つに、デントのポケモンソムリエとしての誇りが込もっているのを、サトシは感じていた。

 

「だからカベルネ。これから多くの人とポケモンをしっかりと見て回ると良い。そうすればポケモントレーナーとしてもポケモンソムリエとしても成長出来る」

 

 負けず嫌いが良い方向に活かされれば、カベルネは必ず立派になるデントは確信していた。

 

「……よく覚えて置くわ。――だけど、デント! 何れはあなたに勝つわ! それにサトシ、あなたにもね!」

 

 自分がポケモンソムリエとして未熟だとは理解した。しかし、だからと言ってデントやサトシに負けたままは嫌なのだ。

 

「待ってるよ」

 

「バトルならいつでも歓迎するぜ」

 

 笑みを浮かべる二人に、カベルネは心底負けた気がした。

 

「……覚悟してなさい!」

 

 二人にというより、まるで自分に言い聞かせるようにカベルネは告げると、旅支度やソムリエールに事情を話すべく、フレンドリィショップに向かった。

 

「じゃあ、僕達も旅を続けようか」

 

「そうだな」

 

「そうしましょ」

 

 一件落着もしたことだし、サトシ達はヒウンシティに向けての旅を再開した。

 

 

 

 

 

「――よっと!」

 

「時間はどうなの?」

 

「良い時間だにゃ」

 

 夜。ヒウンシティを素早くも静かに走り、ある場所に着く三人組。ロケット団だ。

 

「フリント、どうだ?」

 

「良いデータだ。充分参考になる」

 

 集合場所にいたフリントが、今のシミュレーションで得た情報をタブレットで見て満足そうな表情になる。

 

「これなら当日も問題ないだろう。そろそろ、報告もするか。――サカキ様に」

 

 自分達のボスの名前に、三人組が思わず固くなる。その三人を他所に、フリントがタブレットを使い、サカキに連絡を繋げる。

 

『フリントか。どうした?』

 

「こちらの準備がほぼ済みました。後はメテオナイトの発見、テスト。そちら側の準備が終われば、何時でも実行出来ます」

 

『準備は最近の報告から、こちらもある程度済ませている。三人組もいるか?』

 

「ここに!」

 

 自分達を呼ばれ、三人組はサカキの前で膝を付く。

 

『最近の活躍。大したものだ』

 

「有り難きお言葉!」

 

「身に余る光栄ですにゃ」

 

「……まぁ、余計な事もしましたが」

 

「アンタは黙ってなさいよ!」

 

 ボス直直の労いの言葉に、喜ぶ三人組。しかし、直後にフリントにシッポウ博物館の失敗をボソッと言われ、ムサシが小声で止める。

 

『後は、メテオナイトを発見し、待つだけ。最後の仕上げ頼むぞ』

 

「はっ!」

 

 そう言うと、サカキは通信を切った。

 

「よーし、サカキ様の期待に応える為にも、必ず作戦を成功させるわよー!」

 

「あぁ、ロケット団の栄光の為にも!」

 

「にゃー達の出世の為にもにゃ!」

 

「まぁ、私も上の地位は欲しいからな。頑張らせてもらおう」

 

 もうすぐの時に向けて、三人組とフリントは士気を高めていた。

 

 

 

 

 

「ここがリゾートデザート」

 

「うむ、この先にあるはず」

 

 同時間帯。リゾートデザート。砂が吹き荒れるこの場所に、ロットとアスラの二人がPとZが合わさった独特のエンブレムが刻まれた白いフードを被る物達と共に足を踏み入れていた。

 

「では、これより古代の城に向かう」

 

「二組に別れて中を探し、目的の物を発見します」

 

 二人の言葉にはっと白いフードの人物達が頷くと、古代の城に向かう。

 

「ロケット団と遭遇はしないか?」

 

「問題はないとあの方は言っていました。大丈夫でしょう」

 

 実際、メテオナイトと彼等が探す物はかなり離れている。可能性は低い。

 

「手に入れた後はどうする?」

 

「問題はそこですな……」

 

 狙いの物が見付けるまでは良い。問題なのは、その後だ。

 

「何にせよ、今は見付けるのが先」

 

「うむ、早く見てみたいものですな」

 

「ライトストーン、イッシュの真実――レシラムを」

 

 このイッシュの真実に会うべく、彼等は古代の城へと向かう。

 



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ねずみ対ワニ対鳥

「ルーグ……!」

 

「キバ……!」

 

 広場で、二匹のポケモンが向き合う。片方は脱皮ポケモン、ズルッグ。もう片方は牙ポケモン、キバゴ。

 二匹が睨み合い、その気迫のせいかは定かではないが、野生のマメパトが飛び立つ。その瞬間、二匹のトレーナーが指示を出す。

 

「ズルッグ、ずつきだ!」

 

「キバゴ、ひっかく攻撃よ!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「キバーーーッ!」

 

「ルグ!」

 

 二匹は近寄ると、先にズルッグが攻撃。身体の力を溜めながら使い、今出来る全力のずつきを放つ。

 

「キバ! キババーーーッ!」

 

 ずつきは見事命中し、キバゴには痛いダメージを与える。しかし、キバゴも黙ってやられはしない。同じく身体の力を使って腕を振るい、爪で引っ掻く。

 

「ルッグ! ルグ……!」

 

 追加効果は出ず、またずつきの後の硬直もあり、ズルッグはキバゴのひっかくをまともに受ける。

 

「良い威力になって来たじゃないか!」

 

「そりゃあ、日々トレーニングしてるだから当然よ!」

 

 生まれて数日のズルッグが相手とはいえ、中々威力が込もったひっかくだった。日々のトレーニングの成果が出ている証だ。

 

「だな。――にらみつける!」

 

「ルググゥ!」

 

「キバ!?」

 

 ズルッグはギンと睨み、キバゴを怯ませながら防御を下げる。

 

「ずつき!」

 

「ズルッグーーーッ!」

 

「キバーーーッ!」

 

「キバゴ!」

 

 防御が下がった状態でずつきを受け、先程よりもダメージが増したキバゴ。

 

「やっぱり、やるわね……。だったら――りゅうのいかり!」

 

「キーバー……!」

 

「りゅうのいかり!? まだ未完成のはず……」

 

 完成度は今で六割程で、まだ百には到達していないはずだ。

 

「勿論、全力では撃たないわ。――今よ、発射!」

 

「キバーーーッ!」

 

「よしっ!」

 

 それはアイリスも承知している。だから、全力では撃たせない。溜めてる途中で放たせた。まだ細いが、蒼白い光がキバゴの口から問題なく発射された。

 

「やるなあ! だけど、残念! ズルッグ、皮で防御!」

 

「ルッグ!」

 

 未完成だが放たれたりゅうのいかりを、ズルッグは皮を伸ばしてガード。

 

「手足に力を込めろ! そして、跳ね返せ!」

 

「ルググ……ルッグーーーッ!」

 

「キバーーーッ!?」

 

 威力や勢いに耐えると、りゅうのいかりを跳ね返し、放ったキバゴに命中させる。

 

「そ、そんなぁ!」

 

「今だ、ずつき!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「キバーーーッ!」

 

 吹き飛ぶキバゴに、すかさずズルッグが叩き込む。それが決め手になり、キバゴは戦闘不能になった。

 

「そこまで。ズルッグの勝ちだね」

 

「良くやった、ズルッグ!」

 

「ルッグ」

 

 キバゴとの試合の初勝利に、ズルッグは誇らしげに胸を張る。

 

「キバ……」

 

「ごめんね、キバゴ。あたしがもっとしっかりしてれば……」

 

 一方、負けたアイリスはキバゴに謝っていた。ズルッグが皮での防御で攻撃を跳ね返したのは見たことがあったのだ。

 未完成とはいえ、りゅうのいかりを実戦で使えた事で完全に浮かれていた。また、跳ね返されたからと言って、動揺しなければ指示を出して避けれたはずだった。

 

「次は勝とうね、キバゴ!」

 

「キバ!」

 

 次はリベンジを果たそうと、アイリスもキバゴもやる気に満ちていた。

 

「皆、丁度食事が出来たよ」

 

「キバゴ、食べましょ」

 

「キバ!」

 

「よし、ズルッグ。ご飯食べようぜ」

 

「ルッグ」

 

「――ミジュ!」

 

「ピカ?」

 

 ズルッグを連れ、ご飯にしようとしたがミジュマルが出てきた。どうやら、料理の匂いに誘われたらしい。

 

「そうだ、他の皆も食事――うわぁああぁ!?」

 

「ピカーーーッ!?」

 

「ルッグ!?」

 

「ミジュ!?」

 

 皆と一緒に食べようと、サトシが残りのモンスターボールを取り出したその時だった。突如地面の足下が崩れ、ピカチュウと一緒に落ちていく。また、その際にモンスターボールを周りに落とした。

 

「サトシ!? ピカチュウ!?」

 

「なんだ、この穴……かなり深い。それに新しい……。一体、誰が――」

 

 ピシッと皹が走ると、地面の穴を覆う様に周りが崩れ、穴が塞がってしまう。

 

「ど、どうするの!?」

 

「穴を掘って追い掛けよう! ヤナップ!」

 

「ナップ!」

 

「それに、確か……これだ!」

 

「ポー! ……ポー?」

 

 サトシが落としたモンスターボールの一つのスイッチを押す。マメパトが出てきたが、自分のトレーナーのサトシがいない事に疑問符を浮かべてきょろきょろしていた。

 

「マメパト、サトシが穴に落ちてどこかに行ってしまったんだ! 空から探してほしい!」

 

「ポーーーッ!」

 

 マメパトは頷くと、上空からサトシを探しに行った。

 

「だったら、あたしも……!」

 

「そのモンスターボール……」

 

 アイリスが取り出したのは、ドリュウズが入ったモンスターボールだった。

 

「ロコ……!」

 

 同時に崖。この一ヶ所に突然横穴が現れた。そこには、サングラスを掛けたあのメグロコがいた。

 

「――うわぁ……!」

 

「――ピカ……!」

 

「ロッコ……!」

 

 サトシとピカチュウの声に、来たなと呟いたメグロコは穴から飛び降りる。

 その数秒後、途中から傾斜になっていたため、滑っていたサトシとピカチュウが穴から放り出され、地面に落下した。

 

「痛た……。大丈夫か、ピカチュウ?」

 

「ピカピ……」

 

「メーグ!」

 

「ん? この声……」

 

 聞き覚えのあるポケモンの声に、サトシとピカチュウが顔を動かすと、彼等はメグロコを認識する。

 

「ローー!」

 

「やっぱり、リゾートや幼稚園にいたメグロコ……。――あっ、まさか、あの穴……」

 

 そして、自分達が落ちたあの穴はメグロコが掘った物だともサトシは理解した。

 

「にしても、前も思ったけど、なんでここに……?」

 

 自分達とこのメグロコが出会ったのは、カラクサタウンの手前にあるリゾートだ。ここからはかなり離れている。

 

「ロッコ、ロッコォ!」

 

 メグロコは戦意に満ちた眼差しで、サトシとピカチュウを順に見る。

 

「まさか……俺達と戦うために?」

 

「ロッコ!」

 

 そうだとメグロコは頷いた。サトシとピカチュウに戦い、勝つために自分は群れから離れてここまで来たのだ。

 

「だったら、言ってくれれば付き合ったのに。まぁ良いや。受けるぜ、そのバトル。ピカチュウも良いか?」

 

「ピカ」

 

 相手がその気なら、受けるまで。サトシとピカチュウはメグロコの挑戦を受けた。

 

「出てきて、ドリュウズ!」

 

 広場。アイリスはドリュウズを出すも、やはりサツマイモみたいな状態だった。

 

「お願い、ドリュウズ。サトシとピカチュウを探してほしいの」

 

「……」

 

「冷ややかなテイストだね……」

 

 しかし、ドリュウズは全く反応しない。

 

「……ドリュウズ!」

 

「……!」

 

 いつになく、強い口調のアイリスに、ドリュウズは少し反応する。

 

「あたしの指示が聞けないのはまだ良いわ! だけど、困ってる人がいるのに、助けに行こうとしないのはおかしいでしょ!」

 

 アイリスが怒ってるのは、最近話し合っても進展がない不満もある。

 しかし、それ以上に自分の指示を聞かないのとサトシとピカチュウを助けないのは全く別の問題にもかかわらず、行こうとしない点だった。

 

「そんな薄情な性格になったのならもう良いわ! 二度と頼らない! 戻りなさい、ドリュ――」

 

「……リュズ」

 

 アイリスがモンスターボールに戻そうとしたその瞬間、ドリュウズが動いた。潜水状態を解き、きちんと地面に立つ。

 

「……リュズ?」

 

 目を反らしながらも聞いてきたドリュウズ。とりあえず、サトシとピカチュウを探しに行ってくれる様だ。

 

「あの穴から、サトシとピカチュウを探して欲しいの。前にペンドラーの時に見たでしょ?」

 

「……リュズ」

 

 少し時間は掛かったが、ペンドラーと聞いてサトシとピカチュウを思い出した様だ。

 

「あと、ヤナップも協力してくれるから」

 

「ナップ」

 

「……リュズ」

 

 よろしくと良いながら近付くヤナップに、ドリュウズはどうもととりあえず返事をする。

 

「じゃあヤナップ、ドリュウズ。君達で――」

 

「――アヒ」

 

「……ん?」

 

 探しに行こうとしたその時、鳴き声がした。デント達がそちらを向くと、水色の体毛の鳥ポケモンがクロッシュを頭に被ってどこかに行こうとしていたのだ。

 

「ど、泥棒!」

 

「アーーーッ!」

 

「ミジュ!」

 

「あちちちち! これ、ねっとう!」

 

 クロッシュを取り戻そうとしたデントとヤナップに向かって、そのポケモンは口から高熱の水を吐き出す。

 しかし外れ、ねっとうはミジュマルに当たろうとしたが、ミジュマルが咄嗟にガードしたため、弾かれてアイリスに命中していた。

 

「ミジュジューーーッ!」

 

 しかし、途中で熱湯を浴びてしまい、ミジュマルも熱がる。

 

「ミジュミジュ! ミジュマーーーッ!」

 

「アヒーーーッ!?」

 

 怒ったミジュマルはアクアジェットを発動。素早く接近し、突撃を叩き込む。

 

「アヒーーーッ!」

 

「またねっとう!」

 

 吹き飛ぶ鳥ポケモンだが、再度ねっとうを放つ。今度は誰にも当たらなかったが、避けた隙に離れていく。

 

「ミジュミジュ!」

 

「ルグルグ!」

 

「キババーーーッ!」

 

「待ちなさーい!」

 

 逃げる鳥ポケモンをミジュマル、ズルッグ、キバゴ、アイリスが追う。

 

「……ドリュ?」

 

 アイリスが離れてしまい、ドリュウズはデントにどうするんだと聞く。

 

「あっちはアイリス達に任せよう。ヤナップとドリュウズは地面からサトシを探してくれ」

 

「ナップ」

 

「……リュズ」

 

 デント達はクロッシュはアイリス達に任せ、自分達はサトシの捜索を優先した。

 

「じゃあ始めようか、メグロコ!」

 

「ピカ!」

 

「ロッコォ!」

 

 一方、メグロコにここに連れて来られたサトシとピカチュウは、メグロコとの勝負に望む。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピー……カァ!」

 

「ロッコォ!」

 

 先手必勝と、でんこうせっかで先制のダメージを与えるサトシとピカチュウ。

 

「クロッコ!」

 

 やはりやるなと、メグロコは不敵に笑うと、足で地面を叩いて揺らす。

 

「じならし! ピカチュウ、ジャンプ!」

 

「ピッカ!」

 

「クロー……コッ!」

 

「ストーンエッジ! ピカチュウ、10まんボルトで打ち消せ!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

 揺れが迫り、ジャンプでかわすピカチュウだが、そこを狙ってメグロコがストーンエッジを放つ。しかし、素早く電撃を放って打ち消した。

 

「地面タイプのお前には電気技は効かなくても、技を打ち消すことは出来るぜ?」

 

「ピッカ!」

 

「ロッコ!」

 

 不敵な笑みのサトシとピカチュウに、メグロコはそう来ないとと笑みを返す。これでやられては、わざわざ群れを離れた価値がなくなるのだから。

 

「さぁ、次は――」

 

「――アヒ」

 

「ん?」

 

「ピカ?」

 

 次の攻防を始めようとしたサトシとピカチュウだが、メグロコとの間にデント達の所にいた鳥ポケモンが入って来た。

 

「このポケモン……」

 

『コアルヒー、水鳥ポケモン。潜水が得意で、好物の水苔を食べるために、水中を泳ぎ回る』

 

「アーーーッ!」

 

 自己紹介するように、コアルヒーは片翼を上げた。

 

「コアルヒーって言うのか」

 

「ピカ」

 

「だけど、バトル中だから退いてくれると助かるんだけどなー……」

 

「ロッコォ!」

 

 サトシとピカチュウは穏便にコアルヒーに離れてもらおうとしたが、邪魔をされたメグロコは怒って頭でコアルヒーを押し退ける。

 

「クローコ! クロコッコ!」

 

「アヒ?」

 

 勝負の邪魔だ、あっちに行けと口を開いて唸りながら告げるメグロコだが、コアルヒーがその口の中に頭を突っ込む。

 

「ロコ!? ロコロコロコーーーッ!?」

 

「アヒアヒアヒ」

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

「ロココ……! クロコッコッコーーーッ!」

 

 コアルヒーが途中で頭を引っ込めたが、メグロコは少し噎せたらしい。そして、更に怒るとまた怒声を浴びせる。

 

「アヒ。アヒアヒ……」

 

「ロコ? ロコ……ロコ……ロッコォ!」

 

 しかし、コアルヒーは聞く耳持たずと言わんばかりに翼でメグロコの鼻穴を擽る。

 むずかゆさからハックションとくしゃみしたメグロコだが、その拍子にサングラスが飛んでコアルヒーの装着された。

 

「アヒ? ――アヒーーーッ!」

 

「……?」

 

 メグロコのサングラスが自分の元に来た瞬間、コアルヒーの雰囲気が変わった気がしたサトシとピカチュウ。

 

「ロコ……ロコォ……」

 

「アヒ、アヒヒ、アヒャーーーッ!」

 

「ロ、ロコ!」

 

「アヒ。――アヒャーーーッ!」

 

「ロコーーーッ!?」

 

「うわぁ!?」

 

「ピカ!」

 

 メグロコがサングラスを返して欲しいと言い、それが伝わったのか、コアルヒーはサングラスを外してメグロコに返す――と思いきや、みずてっぽうを放ってメグロコと後ろにいたサトシとピカチュウも吹き飛ばす。

 

「アヒヒヒヒ!」

 

 人を食ったように笑うと、コアルヒーはそのままどこかに飛んで行ってしまう。

 

「な、なんなんだ、あいつ……?」

 

「ピーカ?」

 

「ロコ……」

 

 その後、サトシとピカチュウはメグロコと一緒にさっきのコアルヒーを探していた。

 

「どこに行ったのかな、あのコアルヒー」

 

「ピカ……」

 

「ロコ……」

 

 サングラスが無くなったメグロコからは、先程の気迫が明らかに消えていた。今もサトシとピカチュウの後ろをとぼとぼと歩いているのがその証拠だ。

 

「心配すんなって。お前のサングラスは取り返してやるから」

 

「ロコ……!」

 

「――コロロ!」

 

「ロロ……ロッコォ!」

 

 サトシの言葉に嬉しくなったのか、メグロコはつぶらな瞳で見上げるも、直後にコロモリの群れを前に驚いたのか、サトシの肩に乗ってしまう。

 

「ただの野生のコロモリの群れだぞ?」

 

「ロコ……」

 

「お前、サングラスが無いと弱気になっちゃうんだな」

 

 メグロコの意外な一面を見て、サトシは笑っていた。今の態度だけを見ると、元群れのボスとは思えない。

 

「クロー……」

 

 その事を、サトシとピカチュウに知られ、メグロコは落ち込んでいた。

 

「しょんぼりすんなよ、メグロコ。俺とピカチュウが付いてるから」

 

「ピーカピカ」

 

「ロコ……」

 

 励ますサトシだが、直後に何かが通ると自分の帽子が無くなった。そちらを見ると。

 

「アヒ!」

 

 コアルヒーが翼を使い、自分の頭にサトシの帽子を被せていた。

 

「さっきのコアルヒー!? いや、サングラスがない……。別のコアルヒー?」

 

「ロコ!」

 

「お、おい!」

 

 弱気のままだからか、メグロコが怯えからサトシの足にしがみつく。すると、コアルヒーが離れようとする。

 

「ま、待て!」

 

「コーーーッ!」

 

「うわっ! これ、れいとうビームか!」

 

 呼び掛けるサトシだが、コアルヒーは圧縮した冷気の光線を放ち、咄嗟にかわす。

 

「アヒヒヒヒ!」

 

 驚くサトシに、コアルヒーはさっきのコアルヒーのような憎たらしい笑みを浮かべると、羽ばたいていく。

 

「あっ! 帽子返せ! 行くぞ、ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 取り返す物が一つ増えたサトシはメグロコを抱き抱えると、ピカチュウと共にコアルヒーを追い掛けていく。

 

「ん?」

 

 しばらく走ると、コアルヒーが別のコアルヒーの元に近付いていた。しかも、メグロコのサングラスがある。

 

「おい、コアルヒー!」

 

「アヒ?」

 

「帽子とサングラス返せ!」

 

「ピカ!」

 

「ロコ……」

 

「…………アヒーーーッ!」

 

 サトシ達を見て、二匹のコアルヒーは互いを見て頷くと、水流と冷気を放つ。

 

「問答無用かよ! そっちがその気なら……! ピカチュウ、でんきショック!」

 

「ピー……カッ!」

 

「アヒーーーッ!」

 

 電気を放ち、二匹のコアルヒーに命中させる。効果抜群の技を受け、コアルヒー達は少しの間動けなくなった。

 

「よし! 今の内にサングラスと帽子を――」

 

「コーーーッ!」

 

「うわぁ!?」

 

「ピカ!?」

 

「ロコ!?」

 

 取り戻そうとしたサトシ達だが、直後に攻撃されて吹き飛ぶ。

 

「な、なんだ?」

 

 サトシが見ると、そこにはクロッシュを乗せたアイリス達が追い掛けてるコアルヒーがいた。

 

「アヒーーーッ! アヒヒヒヒ!」

 

「三体目!? もう一体いたのか!?」

 

 どうやら、このコアルヒー達は三人組だった様だ。

 

「ピカー……!」

 

「アーーーッ!」

 

「危ない! うわわっ!」

 

 ピカチュウが電気を放とうとしたが、その前にコアルヒーがねっとうを放つ。サトシがメグロコを離すと同時にねっとうが顔に当たる。

 

「コーーーッ!」

 

「ピカ!?」

 

「ロコ!?」

 

「こ、今度は冷たい……」

 

 そこに今度はサトシの帽子を被ったコアルヒーがれいとうビームを放ち、サトシは氷付けになる。

 

「アーーー! アヒヒヒヒ!」

 

 サトシのその様に、三匹のコアルヒーはやはり憎たらしい笑みを溢す。

 

「ロコー……ロコ!」

 

「ありがとう、助かった。けど、寒い……」

 

 メグロコがサトシを氷から解放しようとかみつくを放ち、見事氷が砕けたサトシは自由を取り戻す。ただ、冷たさに凍えていた。

 

「ロコ!」

 

「ピカ!」

 

「アヒヒヒヒ!」

 

 良かったと喜ぶメグロコとピカチュウだが、コアルヒー達はまだ笑っている。

 

「ピカチュウ、もう一度でんきショック――」

 

「アヒッ!」

 

 再度電気技で動きを止め、サングラスや帽子を取り戻そうとしたサトシだが、コアルヒー達が飛んだ。

 

「逃がすか!」

 

「ピカ!」

 

 サトシはまたメグロコを抱え、ピカチュウと一緒にコアルヒー達を追う。

 すると、大きな木に辿り着き、コアルヒー達は木の穴の中に入って行った。

 

「アヒヒヒヒ! アヒ! アヒアヒ!」

 

「うわぁ!?」

 

 突如、穴から大量の道具が放り出される。サトシ達は咄嗟に下がって避ける。

 

「ピカチュウ、でんきショック!」

 

「ピーカ……!」

 

「アヒッ!」

 

「アヒヒ!」

 

 向かって来るコアルヒーに電気を放とうとしたが、その前に二匹のコアルヒーが投げた傘に覆われ、電気がその場に帯電してしまう。

 ついでに、サトシは残りのコアルヒーが投げたサッカーボールを食らっていた。

 

「ピカ……チューーーッ!?」

 

「ピカチュウ!? これを外して……ぐっ!」

 

「――ロコ!」

 

 でんきショックとはいえ、帯電しているために痺れてしまう。と、電気が効かないメグロコが傘を外した。

 

「ピカ……!」

 

 傘から解放されたピカチュウだが、電気が帯電している。抱えるとバチッと痺れるもサトシは無視した。

 

「アヒーーーッ!」

 

「ロコロコーーーッ!?」

 

 その隙に、コアルヒー達が水流を放つ。

 

「一旦下がるぞ、メグロコ!」

 

 状態が悪くなったピカチュウを見て、不利だと判断したサトシはメグロコに撤退を指示。一緒に下がる。

 

「アヒヒヒヒ! アーーー!」

 

 サトシ達を追い払い、コアルヒーは上機嫌に笑う。

 

「……ポー」

 

 そんな光景を、空からサトシのマメパトが不快そうに見ていた。少し考えた後、急いでデント達に報告しようと向かう。

 

「ミジュ?」

 

「ルグ?」

 

「キバ?」

 

「こらー! 待ちなさーい!」

 

 クロッシュを奪ったコアルヒーを追おうと、三匹が探していたが見失った様だ。直ぐにその隣にアイリスが立つ。

 

「勝手に行かない! 早くデントと合流してサトシとピカチュウを――」

 

「いや、その必要はないよ」

 

「ナップ!」

 

「……」

 

「デント?」

 

 すると、上からデントの声がした。見上げると穴から降りているデントとヤナップがいる。ドリュウズも地面に立っていた。

 

「あの穴から来たらここに着いたんだ」

 

「って事は、サトシ達がここに来たのは間違いわね」

 

「うん。問題はサトシ達がここからどこに行ったかだけど……」

 

「ポーーーッ!」

 

 ここからサトシ達をどう探すかに悩むアイリス達の耳に、鳴き声が聞こえた。マメパトだ。

 

「マメパト! サトシは見付かったかい?」

 

「ポーポー! ポポポーーーッ!」

 

「……何か怒ってない?」

 

「もしかしたら、サトシ達に何かあったのかも……!」

 

「急ぎましょう!」

 

 マメパトの態度に、サトシ達に何かあったとアイリス達は判断。マメパトの案内を元に走って向かう。

 

 

 

 

 

「アーーー!」

 

「アヒヒ!」

 

「アヒヒヒヒ!」

 

「色んな物があるな……」

 

 サトシ達。三匹のコアルヒーが色んな道具で遊んでいるのを見ていた。おそらく、サングラスや帽子と同様に盗んできたのだろう。

 

「ロコ……」

 

「メグロコ。帽子とサングラス。必ず取り戻そうな」

 

「ピカ! ……ピカ?」

 

 やる気に満ちたピカチュウだが、まだバチバチと帯電していた。

 

「ピカチュウ、大丈夫か?」

 

「ピカ」

 

 少し不安だが、モンスターボールはあの時に落としたしまった。ピカチュウとメグロコだけでやるしかない。

 

「行くぞ」

 

「ピカ」

 

 サトシ達はコアルヒー達にある程度まで近付くと、止まった。

 

「アーーー!」

 

「俺達は戦うつもりはないんだ。ただ、それを返して欲しいんだ」

 

「アヒッ?」

 

「ロッコロコ……」

 

「そのサングラスはメグロコにとっては凄く大事なものなんだ。分かってくれ」

 

 サトシはコアルヒーへそのサングラスがメグロコにとって、大切な物だと必死に訴える。すると、サングラスを付けたコアルヒーがメグロコに近付き、サングラスを外した。

 

「コアルヒー、分かってくれたんだな!」

 

「ロココ~……!」

 

 サトシは笑みを浮かべ、メグロコは感激する――が。

 

「アーーー!」

 

「ロコーーーッ!?」

 

「えぇええぇぇーーーっ!?」

 

 コアルヒーがねっとうを発射。メグロコに浴びせ、吹き飛ばす。

 

「アヒヒヒヒ!」

 

「返す振りをして、だましうちするなんて……もう許さないぞ!」

 

「ピカ!」

 

 完全に話が通じないと理解し、サトシは力強くで倒すことを決意する。

 

「ピカチュウ、でんきショック!」

 

「ピー……カッ! ……ピカ?」

 

「ピカチュウ?」

 

 電気を放とうとしたピカチュウだが、上手く発射されない。もう一度やるが結果は同じだった。

 

「まさか、さっきの……!?」

 

 傘に閉じ込められ、帯電した影響でまた体調がおかしくなったのかもしれない。

 

「くそ……!」

 

 折角、ここまで良くなったのに、またの悪化にサトシは苦い表情になる。

 

「……ロコ!」

 

「メグロコ?」

 

 ピカチュウの体調悪化を見て、メグロコが前に出た。

 

「やるのか? 相手は水と飛行タイプだぞ?」

 

 ストーンエッジは効果抜群だが、じならしは効かず、相手はねっとうやれいとうビームで効果抜群を狙える。かなり不利だ。

 

「ロコ!」

 

 サングラスがないので怖くはある。しかし、ここで引いたら取り返せないし、サトシとピカチュウと戦えない。やるしかないのだ。

 

「――ピカ!」

 

「ピカチュウ、戦うのか?」

 

「ピカピ!」

 

 しかし、流石に三対一は分が悪い。そう判断し、ピカチュウがメグロコの隣に立つ。

 体調は悪く電気技は使えないものの、でんこうせっかやアイアンテールは使える。問題はない。

 

「よし。行くぞ、ピカチュウ、メグロコ!」

 

「ピカ!」

 

「ロコ!」

 

 共通の相手を前に、二匹は協力して挑む。

 

「アヒ」

 

「アヒヒ」

 

「アヒヒヒ」

 

 ピカチュウとメグロコを見て、バトルになると判断したコアルヒー達は着けたり被っているサングラス、帽子、クロッシュを外して一ヶ所に重ねる。

 

「メグロコ、ストーンエッジを広くばら蒔け! ピカチュウはその後に一匹にでんこうせっか!」

 

「メグローーーッ!」

 

「ピー――カッ!」

 

「アヒッ!」

 

 ストーンエッジを三匹のコアルヒーを分断し、一番大きな隙があるコアルヒーにピカチュウのでんこうせっかが炸裂する。

 

「アーーー!」

 

「コーーーッ!」

 

「メグロコ、かわせ! ピカチュウ、れいとうビームをしてきた方にアイアンテール!」

 

「ロコッ!」

 

「ピーカァ!」

 

「――アヒーーーッ!」

 

「ピカチュウ、三匹目のコアルヒーが来る!」

 

「ピッ!? ――カァ!」

 

「アーーー!?」

 

 二匹のコアルヒーがメグロコを狙い、れいとうビームとねっとうを放つ。

 メグロコはサトシの指示通りに回避に集中し、ピカチュウは片方をアイアンテールで狙うも、そこに三匹目のコアルヒーがつばさでうつで迫る。

 ピカチュウは咄嗟に反応し、鋼の尾をれいとうビームを使ったコアルヒーではなく、つばさでうつを放ったコアルヒーにカウンターで叩き込む。

 

「よく反応した、ピカチュウ!」

 

「ピカピ!」

 

「ロコ……!」

 

 ピカチュウ、そしてサトシの実力の高さに、メグロコは改めて彼等と戦いたい。そして、勝ちたい。そう思った。

 

「ピカチュウ、メグロコ、確実に攻めて行くぞ!」

 

「ピカ!」

 

「ロコ!」

 

 一匹には大きなダメージがある。そこを利用すれば、コアルヒー達を倒せる筈だ。

 

「……コー」

 

「……アー」

 

「……ヒー」

 

「ん?」

 

「ピカ?」

 

「ロコ?」

 

 三匹のコアルヒー達が近寄り、何かを相談するように話し合うと、こっちに向かって来た。

 

「来たか! メグロコはもう一度ストーンエッジ! ピカチュウはでんこうせっか!」

 

「ロー……ッコォ!」

 

「ピカ!」

 

 もう一度二匹の連携で三匹を分断。そこから攻める作戦をサトシは取る。無数の岩が作戦通りに三匹を分断し、その一匹にピカチュウが狙いを定める。

 しかし、三匹はピカチュウを惹き付けるように後退。更に次の瞬間には一気に反転し、ピカチュウを無視してメグロコに向かう。

 

「アヒーーーッ!」

 

「ロコココーーーッ!」

 

「あいつら、メグロコに狙いを!」

 

 コアルヒー達もまたピカチュウとメグロコを分断し、倒しやすいと判断したメグロコから先に倒そうとしたのだ。三匹のつばさをうつが不意を突かれたメグロコに命中する。

 

「ピカチュウ、メグロコを守るんだ!」

 

「ピカ!」

 

「――アーーー!」

 

「なっ!?」

 

「ピカ!? ――ピカカーーーッ!」

 

 ピカチュウがメグロコを助けに動いた。それを狙い、コアルヒー達が三匹同時のみずてっぽうで吹き飛ばす。

 

「くそっ、両方共狙っていたのか!」

 

「アヒヒヒヒ!」

 

 その通りと言いたげに高笑いするコアルヒー達。そんな三匹に怒りを抱き、ピカチュウが電気を放とうとするが出ない。

 

「アヒヒヒヒ!」

 

 やるだけムダと、コアルヒー達はピカチュウに向かって笑う。三匹はさっきからの様子を見て、ピカチュウが電気を使えないと理解している。だから笑っていた。

 

「ピカピカピカ……!」

 

「ピカチュウ、無理に使おうとするな! 身体に負担が――」

 

 無理に電撃を使おうとするピカチュウを止めるサトシ。しかし、その直後にピカチュウの状態が変化する。帯電している電気が一ヶ所に集まり、球形になって行くのだ。

 

「これって……!」

 

「ピー……カァ!」

 

 前に見たことのある技に驚くサトシ。一方、感覚を掴んだピカチュウはその技――エレキボールをコアルヒー達に向けて発射する。

 

「アヒッ!? ――アヒーーーッ!」

 

 エレキボールを受け、コアルヒー達は吹き飛んだ。

 

「ピカチュウ、エレキボールを覚えたんだな!」

 

「ピカ!」

 

「ロコー……」

 

 イメージしていた事や、帯電状態によって逆にコツを掴んだのだろう。何にしても、ピカチュウは新技のエレキボールを習得した。

 

「サトシー!」

 

「この声……」

 

 声と共に音が近付いて来る。サトシ達が振り向くと、アイリス達がいた。

 

「こんな所にいたんだね。心配したよ」

 

「悪い。コアルヒー達に帽子やサングラスを盗られてさ」

 

「サトシも? それにサングラス?」

 

「こいつのだよ」

 

「ロコ……」

 

「このメグロコ……リゾートや幼稚園の?」

 

「そっ。俺達が落ちたのはこいつが穴を掘ったからで、バトルがしたかったんだってさ。で、バトルの最中でコアルヒーにやられて」

 

 なるほどと、デント達は一連の流れを理解する。

 

「……」

 

「ズルッグ?」

 

「ズー……」

 

「――ミジュ! ミジュミジュ」

 

 話を聞いたズルッグは、メグロコに対してずつきをしようとしたが、ミジュマルに止められて放された。

 

「……」

 

「あれ、ドリュウズ? アイリス、仲直り出来たのか!?」

 

「あ~、残念ながらそういう訳じゃなくて、サトシとピカチュウを捜すのを手伝ってもらっただけ」

 

 後ろにいる潜水状態じゃないドリュウズに、サトシは仲直りしたのかと思いきや、自分達を探すために動いただけの様だ。とはいえ、探しに協力しただけでも一歩前進だろう。

 

「そっか。ありがとな、ドリュウズ」

 

「ピカピ」

 

「……」

 

 お礼を言われるドリュウズだが、やることはやったと言わんばかりに潜水状態に戻った。

 

「戻ったね」

 

「……うん。けど、今はこれで良いわ」

 

 ちょっとだけでも、ドリュウズと距離が縮められた気がしたから。

 

「戻って、ドリュ――」

 

「アヒーーーッ!」

 

 アイリスがドリュウズを戻そうとしたその時、鳴き声が聞こえた。サトシ達が見上げると、さっき吹き飛ばしたコアルヒー達が戻って来たのだ。

 

「あいつらしつこい!」

 

「て言うか、三匹もいたの!?」

 

「アヒーーーッ!」

 

「みずてっぽうだ! 皆、避けるんだ!」

 

 連射のみずてっぽうを、サトシ達は必死にかわしていく。その最中、みずてっぽうの一つがドリュウズに命中。

 

「ドリューーウズッ!」

 

「あっ、怒った」

 

「まぁ、いきなり攻撃されたらね」

 

 ドリュウズはまた潜水状態を解いた。しかも、苦手な水タイプの技を受けてかなり苛立っている。

 

「アヒ?」

 

「――リュズ!」

 

「アヒーーーッ!?」

 

 ドリュウズは爪を鋼化させ、叩き付ける。メタルクローだ。

 鋼タイプの技なので、コアルヒーには本来今一つのはずなのだが、そんなのお構い無しと言わんばかりに大きなダメージを与える。

 

「ピカチュウ、エレキボール!」

 

「ピー……カァ!」

 

「メー……グロコッ!」

 

「ドリューー……ズッ!」

 

「アヒヒーーーッ!?」

 

 ピカチュウのエレキボール。メグロコのストーンエッジ。ドリュウズのメタルクロー。それらを受け、コアルヒー達は吹き飛んだ。

 

「アーーー」

 

「アーーー」

 

「アーーー」

 

「アヒーーーッ!」

 

 その際、コアルヒー達はまるで、ロケット団の様に叫びながら空の彼方へと消えていった。

 

「やっと倒した……」

 

「リュズ」

 

 コアルヒーを吹っ飛ばしてすっきりしたのか、ドリュウズは潜水状態になる。

 

「サトシ、ピカチュウはエレキボールを覚えたのかい?」

 

「あぁ、色々あってな」

 

「ピカ」

 

 そうと、ピカチュウは胸を笑顔を浮かべる。

 

「あっ、サングラスや帽子はっと……」

 

「ピカ。……ピカ?」

 

「ルッグ」

 

「おっ、ありがとな、ズルッグ」

 

 ピカチュウが帽子を渡そうとしたが、途中でズルッグが取るとサトシに渡した。

 

「僕のクロッシュっと……」

 

「メグロコ、ほら」

 

「ロコ」

 

 デントもクロッシュを回収し、サトシはサングラスをメグロコに渡す。

 

「ロッコッコッコ」

 

 サングラスと共に何時もの調子を取り戻し、メグロコは笑う。サトシも釣られて微笑んだ。

 

 

 

 

 

「はーい、お預かりしたポケモン達は元気になりましたよー」

 

「ピカ」

 

「ロコ」

 

「ありがとうございます」

 

 町に戻って、ポケモンセンター。預けたピカチュウやメグロコは見事に元気になっていた。

 また、その際にジョーイからコアルヒー達について話されており、あの三匹は色々と悪戯をしていた問題児とのこと。

 

「じゃあ、メグロコ。改めてバトルと行こうか」

 

「ロッコ!」

 

「ピカチュウも問題ないよな?」

 

「ピカ!」

 

 盗まれた物は取り戻し、コアルヒー達も撃退した。再度バトルの為、サトシ達とメグロコはズルッグとキバゴが試合した広場に向かう。

 

「再開しようぜ、メグロコ!」

 

「ピカピ!」

 

「ロッコ!」

 

「ピカチュウ対メグロコ。ピカチュウは電気タイプ。一方でメグロコは地面タイプ……」

 

「となると、戦術は自ずと決まるね」

 

 サトシは無効化される電気技を避け、でんこうせっかやアイアンテールを重点に、攻めようとするだろう。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピッカァ!」

 

「――ロコ!」

 

「あなをほるだ!」

 

 先程と同じく、でんこうせっかで先手を狙うサトシとピカチュウだが、メグロコもバカではない。その前に穴を掘って地中に隠れた。

 

「ピカチュウ、走り回れ!」

 

「ピカ! ピカピカ……!」

 

「――ロコ! ロコ!?」

 

 ピカチュウは広場を走り回る。穴から出たメグロコだが、感触の無いことに驚く。

 

「直ぐに走って対処した!」

 

「あなをほるはどこから来るか分からないのが脅威だけど、逆に放つ側からも見えないからね。あんな風に撹乱するのは正しいよ」

 

「……ロコ!」

 

「またあなをほる!」

 

「ピカチュウ、また走り回れ!」

 

 また地中に潜ったメグロコに、またピカチュウは走り回る。しかし、その直後に広場が軽く揺れ、その揺れがピカチュウにダメージを与える。

 

「ピカ!?」

 

「なっ、これは……!」

 

「じならし! 地中から放ったのか!」

 

 地中から放つ事で、メグロコは出所を見えなくしたのだ。しかも、その直後にピカチュウの足下から出てきてダメージを与えた。

 

「ロッコォーーーッ!」

 

「ピカーーーッ!」

 

「ピカチュウ!」

 

「じならしからあなをほるの連続攻撃!」

 

「やるね……! 群れのボスだけある……!」

 

 技の連携で効果抜群のダメージを二度も与えただけでなく、じならしでピカチュウの持ち味であるスピードを下げたのも見事だ。

 

「やるな、メグロコ!」

 

「ピカ……!」

 

「ロッコ! ――ロコ!」

 

「またまたあなをほる!」

 

 ここから再度じならしのコンボに繋げるつもりだろう。もう一度食らえば、かなりのダメージでこちらが不利になる。

 

「なら、その前に対処するだけだ! ピカチュウ、アイアンテール! 地面に叩き付けろ!」

 

「ピカ! ピー……カッ!」

 

「クロッコーーーッ!?」

 

 鋼の尾が大地に叩き込まれる。強い衝撃が発生し、メグロコが地面から引きずり出された。

 

「アイアンテールで叩いて、メグロコを地面から出した!」

 

「流石だね、サトシ」

 

 地面に潜られたのなら、引きずり出せば良い。単純だが効果的だ。

 

「でんこうせっか!」

 

「ピッカ!」

 

「クロッ!」

 

 引きずり出したメグロコに、ピカチュウがでんこうせっかを当てる。

 

「アイアンテール!」

 

「ピッカ!」

 

「――ロコォ!」

 

「ピカ!?」

 

「かみつくで防いだ!」

 

「クロッコ!」

 

 ピカチュウは更にアイアンテールを振り下ろす。しかし、メグロコはかみつくで受け止め、地面に叩き付ける。

 

「ピカ!」

 

「ロコーーーッ!」

 

「またかみつくが来るわ!」

 

 叩き付けたピカチュウに、メグロコは口を開いて噛み付こうとする。

 

「アイアンテールを振り上げろ!」

 

「ピカァ!」

 

「ロッコ!」

 

 しかし、黙ってやられる彼らではない。ピカチュウはアイアンテールを振り上げ、カウンターでメグロコに顎からダメージを与える。

 

「振り下ろせ!」

 

「ピー……カッ!」

 

「ロッコーーーッ!」

 

 ピカチュウは更に振り上げた鋼の尾を振り下ろし、連続攻撃を叩き込む。

 

「アイアンテールでの連続攻撃!」

 

「これはメグロコもかなりのダメージを受けたね」

 

 しかも、防御力も下がっている。次のダメージが期待出来る。

 

「クロコ……!」

 

 追い詰められ出したメグロコだが、彼は笑っていた。サトシとピカチュウの強さに喜んでいたのだ。

 

「ロコ……! クロッコォーーーッ!!」

 

「なっ、あれは……!」

 

 昂る闘争心から、メグロコが叫ぶ。するとメグロコの身体が光りだし、大きくなっていく。

 

「――ワルビーーールッ!!」

 

 光が消える。そこには、四足歩行から二足で立ち上がり、一回りは大きくなりながらもメグロコの面影を感じさせるポケモンがいた。

 

「進化した!」

 

『ワルビル、砂漠鰐ポケモン。メグロコの進化系。目は特殊なカバーで覆われており、物体の熱を感知する為、周りが暗闇でも見える』

 

「ワルビル……!」

 

「ワルビーーール! ――ワルビルッ!」

 

「ストーンエッジ!」

 

 進化したワルビルが、ストーンエッジを展開して放つ。進化により、メグロコの時よりその数も力も増していた。

 

「ピカチュウ、こうそくいどう!」

 

「ピッカ!」

 

 無数の石を、ピカチュウはスピードを上げてかわしていく。

 

「ワルビルゥ!」

 

「じならしよ!」

 

 これまた進化で威力が増したじならしで、ワルビルは大地を揺らす。

 

「ジャンプだ、ピカチュウ!」

 

「ピカァ!」

 

「ワルーーー……!」

 

「またストーンエッジ!」

 

 しかも、今度は大量の礫ではなく、大きな一つにして放っていた。じならしでジャンプを誘導し、本命のストーンエッジを叩き込もうとしたのだ。

 

「エレキボール!」

 

「ピー……!」

 

「エレキボールって……ワルビルには効かないわよ!?」

 

 ここでワルビルに効かない電気技。アイリスは驚くも、デントは静かに見守っていた。

 

「ビルゥ!」

 

「カァ!」

 

 電気の球と巨大な尖石が空中で激突。二つの技は二三数える間押し合うと、エレキボールが破裂しながらもストーンエッジを押し返し、ワルビルに命中した。

 

「ワルビ!? ワルビーーール!」

 

「今だ、アイアンテール!」

 

「ピー……カァアアァ!!」

 

 自分が放ったストーンエッジを受けて怯んだ隙に、ピカチュウは素早く接近するとフルパワーでアイアンテールを放つ。

 

「ワルビーーーーールッ!!」

 

 アイアンテールを受け、ワルビルはまた来るからなー!と叫びながら空の彼方へと飛んでいった。

 

「ふぅ、勝った」

 

「ピカ……」

 

 電気が効かないとはいえ、手強い相手だった。

 

「エレキボールで技を跳ね返すなんて……」

 

「こういう柔軟な発想はサトシらしいよ」

 

 技が効かなくても上手く使って勝つ。そこはやはり、発想に囚われないサトシならではだろう。

 

「また会えそうだな、ピカチュウ」

 

「ピカ」

 

「その時は、ワルビルも強くなってるだろうね」

 

「新しいライバルって感じね」

 

 新しいライバルの誕生に、サトシとピカチュウは微笑む。

 

「じゃあ、勝負も終わったし、ヒウンシティに向かおうぜ」

 

「うん」

 

「あぁ」

 

 一準備を終えると、彼等はヒウンシティに向かっての旅を再開する。

 

 

 

 

 

「ワルビ~ル」

 

 一方、吹っ飛ばされた最中のワルビルは腕を組みながら負けたな~と悔しそうに呟いていた。

 再挑戦に向け、頑張らないとと考えつつ、ワルビルはこれから来る地面との激突に備えていた。

 控え目だと良いな~と思いながら落下していくと――激突間際で何かにキャッチされた。

 

「ワルビ?」

 

 その感触、しかも一度感じたことのあるそれにえっ?と溢し、そちらを向くと。

 

「……オノ」

 

「ワルビ」

 

 そこには、以前サトシとのバトルに望み、実質的に敗北させた、あの色違いの片刃の黒いオノノクスがいた。

 

「……オノ、ノノノクス」

 

 何か、前にもこんなことがあったなと呟くオノノクス。メグロコが保育園に訳あって襲撃した時の事だ。

 あの時も、オノノクスは今はワルビルになったメグロコをこんな風に掴んだのだ。

 

『いや~、悪いな旦那。また助けてもらって』

 

『……また? まさか、お前はあの時のメグロコか?』

 

『そうそう。さっき、サトシとピカチュウ――前言ってた奴らと戦って、吹っ飛ばされちゃってさ』

 

『……にしても、その割には機嫌が良さそうだな』

 

『あぁ、色々とあってさ。聞く?』

 

『……聞こうか』

 

 ただ、このままで話をするのも何なので、オノノクスはワルビルを下ろす。下ろされたワルビルは今日の件について話した。

 

『――と言うわけ』

 

『なるほどな。しかし、あの少年は強さも心もあるのだな』

 

 強く、敵であるワルビルだろうが、困っていれば助ける。強さと心を併せ持つサトシを、オノノクスを評価していた。

 

『いや~、にしてもここであんたとまた会うとはな。しかも、前とおんなじ風に』

 

『……まず無いがな』

 

 吹っ飛んで遭遇する出会いなど、まず無い。しかも、それが二回目。どんな確率だろうか。

 

『にしても、あんたは何してたんだ?』

 

『色々と人とポケモンを見てきた。つまらん相手ばかりだったがな』

 

 残念ながら、サトシの様にやり応えがあるか、Nの様に見込みのある相手はいなかった。妥協点のデントのラインにすら全く届かない連中ばかり。

 大半は見ると逃げるし、残りの色違いという珍しさから自分の力量を見抜けずに挑んできた愚か者ばかり。そんな連中は一人残らず返り討ちにしたが。

 

『じゃあ、またサトシやピカチュウと戦う?』

 

『いや。まだまだ先だ』

 

 彼等と戦えば燃える勝負は出来るだろうが、まだピカチュウは完治してないだろうし、手持ちもまだまだだろう。もっと時間が経ってから戦いたい。

 彼等は必ず強くなると、オノノクスは確信しているからだ。戦うなら、その時だ。

 

『負けるかもよ?』

 

『それならそれで楽しみだな』

 

 オノノクスは己がとこまで通用するかを知るためにここに来たが、負ける事を恥とは思わない。その事実を受け止めれない方が恥だ。何より、若き者が自分を超えた方がオノノクスには嬉しい。

 

『ふ~ん。達観してるね~。まぁ折角、こうして再会した訳だし、しばらく一緒にいないか? 出来ればその間、鍛えて貰えると有難いな』

 

 次のバトルまでに、強くなりたい。その師事をワルビルはオノノクスに頼んでいた。

 

『加減はせんぞ?』

 

『それぐらいじゃないと、あいつらには勝てねえよ』

 

 中途半端な覚悟で、ここまで来たわけでは無いのだから。

 

『良いだろう』

 

 強くなる為の意志を確かめたオノノクスは、ワルビルの提案を受け入れた。

 

『じゃあ、あいつらを追いかけながら特訓だな~。次が楽しみだぜ~』

 

『方向は分かるのか?』

 

『多分』

 

『確信を持たんか。全く』

 

 当てもなく行こうとするワルビルに、オノノクスは呆れる。

 

『まぁまぁ。とりあえず気長に行こうぜ、旦那~』

 

『……それもたまには良いか』

 

 気楽に進むワルビルに、オノノクスははぁと溜め息を吐くも、何処か楽し気であり、彼はゆっくりと後を追った。

 

 

 

 

 

「ここね」

 

「そろそろ、来る筈だ」

 

 ヒウンシティから離れた広野に、ロケット団とフリントがある人物を待っていた。

 

「来たにゃ」

 

 空からバリバリと音が響く。見上げると飛行艇が降りてきて着陸。扉が開き、ロケット団とフリントは中に入る。

 

「どうですか、ゼーゲル博士」

 

「順調じゃ。場所も大分特定出来ておる。後は直接調べに行き、回収」

 

「そして、テストの後に作戦を実行」

 

「ロケット団が本格的にイッシュ地方制圧の第一歩を歩み」

 

「ロケット団の名をイッシュ地方に轟かせる時でもあるにゃ」

 

「いよいよと言うわけだな」

 

 本格的な進行がもうすぐだと理解し、彼等は笑みを浮かべる。

 

「では、メテオナイトを回収しに行くぞ」

 

「了解」

 

 飛行艇は飛び立ち、リゾートデザートに向けて進んでいった。

 

 

 

 

 

 古代の城。その下層の教会の間の扉の前に、ロットとアスラが立つ。

 

「ここかな」

 

「はい。間違いありません」

 

「では行きましょう」

 

 扉が開き、二人が部屋に入る。中は他の団員達が砂を払っているので、ロケット団が来たときよりも見晴らしも足場も良い。

 

「おぉ、間違いない……!」

 

「ライトストーン……!」

 

 講壇にある白い球――ライトストーンを目の当たりにし、二人はゆっくりと近付くとロットが持つ。

 

「これが、イッシュの真実、レシラムに……!」

 

「しかし、情報で知っているとはいえ、本当になるのでしょうか」

 

 見た限りは、少し特徴的な模様があるだけの白い石。これがレシラムになることに、少しだけアスラは疑っていた。

 

「ですが、王はまだ行方知らずです……」

 

「ライトストーンを手にしても意味が……」

 

「何れ戻るかもしれない王の為にも、手にしておくのは大切な事」

 

「その通り。それにまたロケット団が来る可能性もありますぞ。その前に回収すべきですな」

 

 二人の言葉に、団員達は理解を示した。犯罪組織の手に渡るよりは自分達が回収すべきだと。

 一方、アスラとロットはそんな彼等を見て少し後ろめたさを感じた。自分達はそれについて知っているのだから。

 とはいえ、まだ言うべきではない。二人は互いを見合わせて頷く。

 

「では、回収もした」

 

「出ましょう」

 

 はいと頷いた団員達を連れ、二人は古代の城の出口へと向かう。

 

(さて、後はこのライトストーンをどうするか……)

 

 途中、ロットとアスラは目でやり取りしていた。ライトストーンを持ち出すのは避けられないが、このままは不味い。

 

(いや、丁度良いタイミングでもあります。問題ないのでは?)

 

(……ふむ、そうだな)

 

 今のタイミングなら、持って行っても問題は無さそうだ。ロットはアスラの案に乗る。

 

「……むっ?」

 

「どうしましたか?」

 

「連絡が入った。少し待って欲しい」

 

 ロットが機材から連絡を受け、話を聞く。すると、目を細くした。

 

「出るのは中止にせよ。ロケット団が近付いている可能性がある」

 

「タイミングが悪い。交戦も想定するべきですかな?」

 

「場合によっては」

 

 それを聞いて、アスラは勿論、団員達も目を鋭くしていた。

 

「だが、見付かるなと言われている」

 

 

「となると、下に向かうべきですな。折角です、調べますか?」

 

 それは古代の城の下の層の事だ。まだ全てを把握出来てはいない。この下には他にも何かある可能性があった。

 

「無理をしない程度にの」

 

「ではしましょう。無理はせずに」

 

 方針を決め、彼等は古代の城の下層へと向かって行った。

 



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スカイアローブリッジのゴチルゼル

「これがスカイアローブリッジ」

 

「うん、この先にヒウンシティがあるんだ」

 

「ここからの景色は絶景なのよね~」

 

 サトシ達の目の前に写る橋、スカイアローブリッジ。イッシュ地方で一番長いと言われる橋だ。

 

「あっ、近くに店がある」

 

 その入り口には、一つの店があった。

 

「少し寄ろうか」

 

「そうね」

 

「じゃあ、行こうぜ。俺もしたい事があるし」

 

 買い物は前のフレンドリィショップで済ませたが、ここで買うのも良いだろう。

 また、サトシはアララギの方がどうなっているかを知りたかった。

 

「――この辺りもすっかり変わったわね……」

 

 サトシ達は店に向かう途中、茶緑色のウェーブの髪型の女性が、スカイアローブリッジを懐かしみと何処か寂しさを感じさせる表情で見ていた。彼女は一足先に店に入り、サトシ達はその後に入った。

 

「アララギ博士、そっちの様子はどうですか?」

 

『残念ながら今一。まだ調子が悪いの。こっちは色々と手を尽くしてるんだけどね』

 

「そうですか……」

 

『そう心配しないで頂戴。旅頑張ってね』

 

「はい」

 

『じゃあね』

 

 ブツンと画像が切れ、買い物も終わったのでヒウンシティに向かおうとしたサトシ達だが、そこで先程店に入った女性が壁にある写真を複雑そうな表情で見ているのが気にかかる。

 

「これは……」

 

「スカイアローブリッジが出来る前の写真だね」

 

 古さから、スカイアローブリッジが出来る前の写真だと分かる。

 

「あっ、船が走ってる」

 

「これは船じゃなくて水上バス。この河で走っていたの」

 

 アイリスがその内の一枚の写真に注目すると、女性が船ではなく水上バスだと説明した。

 

「お姉さんはこの近所の人なんですか?」

 

 昔走っていた水上バスを知っている。つまり、当時について詳しいという事だ。この周辺で暮らしていると考えるのは妥当だろう。

 

「あっ……いえ、違うの。じゃあね」

 

 アイリスの言葉に、ハッとした女性はそそくさと店から出た。

 

「俺達も行こうか」

 

「そうだね」

 

 女性の言動が気にはなったが、彼女はもう行ってしまった。サトシ達はヒウンシティに向かおうと店を出る。

 

「うわっ、なんだこれ?」

 

 しかし、外には霧が漂っていた。さっきまでは晴れていたのに。

 

「霧? こんなものさっきまで無かったわよね?」

 

「あぁ、それはね――」

 

「また出てきたのねー」

 

「ジュンサーさん」

 

 霧にサトシとアイリスが戸惑い、デントが説明しようとした時、ジュンサーが近付いてきた。

 

「ここは昔から霧が深いって言われるの。ちょっと待っててね。――出てきて、スワンナ! さぁ、出動!」

 

「――スワ!」

 

 ジュンサーがモンスターボールから出したのは、白い身体に黄色いくちばし、水色の胸や尾をしているポケモン。サトシも一度見たことがあった。

 

「スワンナだ!」

 

「スワンナ……」

 

『スワンナ、白鳥ポケモン。コアルヒーの進化系。くちばしの攻撃は強烈。首をしならせて、連続して攻撃を繰り出す』

 

「コアルヒーの進化系……」

 

 先日、三匹のコアルヒー達に色々と迷惑を掛けられたサトシ達は思わず苦笑いしてしまう。

 

「スワンナ、きりばらい!」

 

「スワ!」

 

 スワンナが白い翼を羽ばたかせる。それは強い風を起こし、辺りの霧を吹き飛ばす。はずだった。

 

「あ、あれ?」

 

「……スワ?」

 

 しかし、霧は晴れない。ジュンサーとスワンナがおかしいなと言っていると、一つの車が通り、深い霧の中で運転を止めるように走っていった。

 

「この霧はしばらく続きそうね……」

 

「どうする、サトシ?」

 

「行くさ、目の前にヒウンシティがあるんだから」

 

 サトシの意見を取り、彼等はスカイアローブリッジに向かう。

 

「――あれ?」

 

 その橋の前に、真剣な表情で橋を見る一人の人物と三匹のポケモンがいた。

 

「Nさん?」

 

「……サトシくん?」

 

 声に気付き、Nがサトシ達の方を見る。

 

「また会えたね」

 

「ゾロゾロ」

 

「ガブガブー」

 

「ブイブーイ」

 

 三匹が挨拶。イーブイは更にズルッグはどうと聞いてきた。

 

「元気だぜ。出てこい、ズルッグ」

 

「ルッグ。……ルグ?」

 

「ブーイブイ」

 

 イーブイを見て驚いたズルッグだが、再会に嬉しいのか笑顔になる。

 

「キバキバー」

 

「ブイッ!」

 

「……ルグ」

 

 また、イーブイに会えてキバゴも喜び、アイリスの髪から出ると近寄ってお互いに再会の喜びを分け合っていた。ズルッグは少し不満げだが。

 

「ところでNさん、さっきから橋を見てましたけど……」

 

「うん。実はこの先からポケモンの力を感じるんだ」

 

「力?」

 

「気のせいかもしれないけどね。あと、この霧からも僅かに感じる」

 

「えっ、つまりこの霧はそのポケモンが発生させたって事ですか?」

 

「……そう言えば、スワンナのきりばらいでも晴らせませんでしたね」

 

 あの時は失敗したのかと苦笑いしていたが、よく考えればそれなりの実力を持つジュンサーのポケモンが失敗した方が不自然だ。

 だが、この霧が自然現象でなく、ポケモンが起こしたものだとすれば、それも納得出来る。

 

「……この先に何かいるって事ですか」

 

「うん。だから少し考えていたんだ」

 

 どんなポケモンが何故いるのか分からないため、Nはここで考えていたのだ。

 

「行きましょう。どんなポケモンでも話してくれれば通してくれますよ」

 

「だね」

 

 先日のコアルヒー達の様なポケモンでない限りは、ここを進むことを許してくれるだろう。Nもサトシの言葉に頷き、スカイアローブリッジを渡っていく。

 

「霧が濃くなって来ましたね……」

 

「おそらく、この辺りにいるはず……」

 

 そろそろ、サトシ達がそのポケモンに話し掛けようとしたその時、空から不思議な色の光が放たれ、サトシ達の前で着弾する。

 

「なっ……」

 

「いきなり攻撃!?」

 

 サトシ達が見上げる。そこには、放射状の髪型をし、少し出ている赤い唇と黒い円錐台が積み重なった様な身体に、器官を各段前方に一つづつと頭頂部に白いリボン状があるポケモンがいた。

 

「ゼール……」

 

「あれはゴチルゼル……!」

 

「ゴチルゼル……」

 

『ゴチルゼル、てんたいポケモン。強力なサイコパワーを操るポケモン。技を使うと周囲の空間が捻れ、異空間が広がると言われている』

 

「この霧はゴチルゼルの力によるものか……!」

 

「ゴーチール……」

 

 ゴチルゼルは下りると、サトシ達を阻むように片手を突き出すの構えを取る。

 

「ゴチルゼル、俺達はここを通りたいだけなんだ」

 

「キミと戦う気は無い。通してくれないだろうか?」

 

「ゼル!」

 

「うわぁ!」

 

 通して欲しいと話すサトシとNだが、ゴチルゼルはそれを拒むようにサイケこうせんを放つ。

 

「僕達を渡らせたくないのか?」

 

「でも、どうして!?」

 

「こうなったら力強くで……!」

 

「待った。ボクが話してみるよ」

 

 応戦するようにサトシは一つのモンスターボールを出すが、そこにNが待ったを掛ける。

 

「ダメかな?」

 

「……無茶はしないでください」

 

「分かった。ゴチルゼル、どうしてボク達を通してくれないんだい? いや、そもそもキミは何故ここにいる? 何が望みなんだ? もし協力出来るならさせて欲しい」

 

 何らかのやむを得ない理由があるなら、Nはそれを解決するつもりだ。サトシ達も事情があるならと思っている。

 

「……ルゼール」

 

「……!」

 

「Nさん、ゴチルゼルはなんて……?」

 

「……話すことはない。だそうだ」

 

「説得は無理という事ですか……」

 

 残念ながら、ゴチルゼルは話を聞くつもりが無いようだ。

 

「だったら……行け、クルミル!」

 

「クルル!」

 

 サトシはある目的を持って、クルミルを出した。

 

「おや、新しい仲間かい?」

 

「あっ、はい。ヤグルマの森でゲットしました」

 

「クルル?」

 

「ボクはNだよ。宜しく」

 

「クル」

 

 Nに誰これ?と疑問符を抱いたクルミルだが、挨拶してきたので返事した。

 

「ち、ちょっと、今はゴチルゼルを何とかしないと!」

 

「あっ、そうだった。クルミル、いとをはくでゴチルゼルの動きを封じろ!」

 

「クル。クルルーーーッ!」

 

「ゼル! ゴチルッ!」

 

 クルミルは拘束しようと糸を吐くも、ゴチルゼルは中々の体捌きでかわし、反撃のサイケこうせんを放つ。

 

「かわして、はっぱカッター!」

 

「クルルルッ!」

 

「ゼルーーーッ!」

 

 クルミルははっぱカッター、ゴチルゼルはまたサイケこうせんを全力で放つ。二つの技はぶつかり合う。

 すると、突然景色を飲み込む程の強烈な白い光が放たれ、サトシを包み込んでいった。

 

「う……? クルミル、ズルッグも戻れ」

 

 サトシは目を開くと、クルミルとズルッグを戻しながらN達と状況を確かめる。霧が濃い。

 

「どうなったんだ……?」

 

「確か、サイケこうせんとはっぱカッターがぶつかったあと……」

 

「光が出てきて包まれて……」

 

 その後が分からない。もっと詳しく状況を知ろうと周りを見ると、橋が写った。

 

「あの橋……」

 

「建設途中の橋だね。でも……」

 

 見たことのある橋に、デントは顎に手を置いて考える仕草を取る。Nも気付いた様だ。

 

「デントくん、あの橋……」

 

「Nさんも気付きましたか」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「Nさん、デント、あの橋が――」

 

「お客さんですか~?」

 

 サトシが聞こうとしたその時、可愛らしい声が聞こえた。サトシ達がそちらを向くと、船と小さな女の子がいる。女の子は手を振りながらサトシ達を誘う。

 

「水上バスに乗りませんか~? 向こう岸に行きますよ~?」

 

「水上バス……」

 

「どうする?」

 

「乗って見よう。何か手掛かりが掴めるかもしれない」

 

「僕もそう思います」

 

 Nとデントの意見に従い、サトシ達は水上バスに乗ることにした。

 

「……あれ?」

 

「どうしましたか?」

 

「いや、ちょっと……」

 

 女の子を間近で視認したサトシだが、どこかで見た様な気がしたのだ。

 

「乗りますか?」

 

「あっ、乗るよ」

 

「はい、ありがとうございます。ゴチルゼル~、この人達もお客さんよ~、案内お願~い」

 

「……ゴチルゼル?」

 

「ゴーチー」

 

 切符を渡した女の子が呼ぶと、向こうにいたゴチルゼルが笑顔で振り向く。

 

「さっきのゴチルゼル……!?」

 

「だけど、雰囲気が違うね……」

 

 さっきのゴチルゼルは、敵意剥き出しに攻撃してきたが、今のゴチルゼルからはそんなものは微塵も感じない。同じポケモンとは思わなかった。

 

「どうするの? もしかしたら罠かも……」

 

「だとしても行くしかないだろ」

 

 ここがどこなのか、どうすれば出れるのか。それを知るため、サトシは乗ることを提案。Nやデントも賛同し、彼等は水上バスに乗る。

 

「ゴチルゼル、お願~い」

 

「ゼ~ル~」

 

「サイコキネシス」

 

 ゴチルゼルの目が青く光る。水上バスを岸に繋いでいた縄がサイコキネシスで外れる。

 

「船長、準備OKです!」

 

「うむ、大変お待たせしました。それでは出発いたします」

 

 女の子が操縦席にいる男性に呼び掛けると、水上バスが動き出した。

 

「ジュースにお菓子はいかがですか~?」

 

「ゼルゼル?」

 

「貰うよ」

 

「あたしも!」

 

「ボクもお願いするよ」

 

 女の子がゴチルゼルと一緒に、お菓子やジュースを売っていた。サトシとアイリス、Nは買うと早速味わう。

 

「うん、美味い!」

 

「本当!」

 

「良いね、こういうの」

 

「ピカピカ」

 

「キババ~」

 

「ゾロロ」

 

「カブブ」

 

「ブイ~」

 

 味も良く、彼等は満足気していた。

 

「これ、あなたが作ったの?」

 

「そうだよ」

 

「偉いわねぇ」

 

「でも、こんな女の子も頑張ってるのに、この水上バスなくなっちゃうんでしょ? 船長さん」

 

「あっ……」

 

「寂しくなるわねぇ……」

 

 どうやら、少女と父親がやっているこの水上バスはもうすぐ止めるらしい。それを言われ、少女とゴチルゼルは俯いていた。

 

「まぁ、それも時代の流れだよ。仕方ないことさ」

 

 一方で男性は仕方がない事だと受け入れていた。橋が完成すれば、この水上バスはお役御免なのだから。

 

「……やっぱり」

 

 水上バスが橋の工事している地点まで動き、そこから見える景色にデントは確信を抱いた。

 

「この橋はスカイアローブリッジだ」

 

「えっ? でも、橋は建設してる途中よ?」

 

「じゃあ、俺達はスカイアローブリッジが出来る前の世界に来たって事か?」

 

「いや、そうじゃないかもしれない」

 

「と言うと?」

 

「――はい、ゴチルゼル。おやつ」

 

「ゼル」

 

 単なるタイムスリップではないと語ったNにサトシは聞こうとしたが、少女の声に中断され、彼等は少女とゴチルゼルを見る。

 彼女達はお菓子を美味しそうに食べていた。同時にサトシは少女に注目する。

 

「……やっぱり、見たことがある気がするなあ」

 

「あの子?」

 

「うん。アイリスやデントはどう思う?」

 

「言われてみたら……」

 

「確かに見たことあるような……」

 

 サトシに言われ、アイリスやデントも少女に見覚えを感じていた。

 

「キミ達はあの子を知ってるのかい?」

 

「知ってると言うより、見たことがあると言うか……どこでだっけ?」

 

 必死に思い出していくサトシ。すると、ある人物と一致した。

 

「――思い出した! さっきの店で水上バスについて話してたお姉さんに似てるんだ!」

 

「あっ!」

 

 アイリスとデントが改めて少女を見る。確かにさっきの店にいた女性と髪の色が同じであり、顔立ちも似ている。

 

「確かに似てる……」

 

「それに彼女があの女性と同一人物なら、水上バスについて知ってるのは当然の事か……」

 

「……えと、とりあえず、君達はあの女の子について知ってると考えて良いのかい?」

 

「あっ、はい。ただ、少し話しただけですし……」

 

「知り合いではないと。じゃあ、どうする?」

 

「うーん……」

 

 ゴチルゼルに話せばもしかすると、何か起きるかもしれない。しかし、今のゴチルゼルは襲撃して来た時と同じか分からない。

 

「少し様子を見ましょう。確認したい事もありますし」

 

 デントの意見に従い、サトシ達は様子を見ることにする。少しすると、水上バスは岸に辿り着いた。

 

「ありがとうございました~」

 

「ルゼ~ル」

 

 水上バスから降りたサトシ達だが、その景色に驚く。

 

「ここって……!」

 

「確認しよう」

 

 サトシ達は道まで歩く。すると、写ったのはさっきも見た景色だった。

 

「やっぱり、さっきの場所だ」

 

「戻ってきちゃったの? でも、真っ直ぐに行ったのになんで……?」

 

 真っ直ぐ行った以上、向こう岸に着かなくてはおかしい。不可解な事態に、サトシもアイリスも困惑する。

 

「……ここは閉じた世界なのかも」

 

「閉じた世界?」

 

「……正確には、ある一定の広さしかなく、時間を繰り返す世界と言うべきかな?」

 

「えっと、つまり?」

 

「例えば、時間が一月から二月まで行くと前の一月に戻ってしまう。移動してもある地点まで行くと、ここに戻ってしまうと言う感じだよ。ただ昔に行ったのなら、向こう岸に着くはずだからね」

 

 指での説明を交えながらNは話し、サトシも理解した様だ。

 

「だったら、どうやって出るんですか?」

 

 時間が繰り返され、移動しても戻る世界だとすれば、脱出する方法が無い。

 

「その鍵となるのはおそらく……」

 

「ゴチルゼルとあの女の子」

 

 サトシ達が見ると、少女とゴチルゼルはジュースの補充をしており、少女はジュースが詰まった箱をカートに乗せると、一気に駆け出した。

 

「それそれ~!」

 

「ゼルゼル~!」

 

「あの女の人、昔はあんなに活発だったのね」

 

 店で会った時は、不思議な様子を見せた物静かな女性だったので、少女の時の活発な姿にアイリスは微笑む。

 

「とりあえず、話を聞いてみよう。彼女達がこの世界を出る為の鍵なのは間違いない」

 

「よし」

 

 方針も決まり、サトシ達は自動販売機で補充をしている少女とゴチルゼルに近付く。

 

「こんにちは」

 

「あっ、さっきのお客さん」

 

 話しかけたサトシ達は、簡単に自己紹介を済ませる。

 

「あたしはサリィ」

 

 店で会った女性、ここでは少女である彼女はサリィという名前だった。

 

「で、こっちはゴチルゼルよ」

 

「ゴ~ゼルゼ~ル」

 

 ゴチルゼルは笑顔でよろしくと答えた。

 

「水上バスの手伝い、偉いね」

 

 向こうではサリィは年上なので、敬語すべきかなと思いながらもデントはこっちではまだ少女の彼女を誉めた。

 

「うん、パパが船長だからお手伝いしてるの」

 

 あの水上バスは、親子でやっていたようだ。

 

「水上バスがもうすぐなくなるって聞いて、僕達も一度乗ってみたくて来たんだ」

 

「最近、そういうお客さんが多いのよね~。ねっ、ゴチルゼル?」

 

「ゼ~ルゼ~ル」

 

「そのゴチルゼルは、君のポケモン?」

 

「ううん、野生のポケモン。この辺りに住んでいたんだけど、いつの間にか手伝ってくれるようになったの」

 

「ゼルゼ~ル~」

 

 どうやら、ゴチルゼルはサリィのポケモンではないらしい。

 

「わたし達、良いコンビだよね、ゴチルゼル!」

 

「ゼ~ル~」

 

 しかし、笑顔で抱き締め合う彼女達を見ると、相当仲が良いのがよく伝わって来る。

 

「じゃあ、わたし達はまだ仕事があるから。じゃあね~」

 

「ゼ~ル」

 

 ある程度話したサリィは、ゴチルゼルと一緒に仕事に戻った。

 

「すっごく仲が良かったね。サリィさんとゴチルゼル」

 

「あぁ、それに楽しそうだった」

 

 彼女達は、ここでとても充実した毎日を過ごしていたのだろう。見るだけ和気藹々としている様が分かる。

 

「……ここは、ゴチルゼルが作った思い出の世界かも」

 

「思い出の世界?」

 

「なるほど。だとしたら、時間や空間が一定なのも理解出来るね」

 

 デントの推測に、Nはいち早く賛同を示す。ただ、サトシやアイリスがまだ理解していないのでデントが続きを話す。

 

「ゴチルゼルには、周囲の空間をねじ曲げる能力がある。これはポケモン図鑑にも載っていた」

 

 ポケモン図鑑がそう解説していた事を、サトシは思い出す。確か、全力でサイコパワーを使うとそうなるとのことだった。

 

「バトルでゴチルゼルが全力を出したから、俺達はこの世界に迷い込んだって事か?」

 

「おそらく。この様子を見る限り、スカイアローブリッジが完成したから水上バスが無くなり、サリィさんとゴチルゼルはここを離れた可能性が高い」

 

「……だとしたら、店でサリィさんがそそくさと去ったのも分かるわね」

 

 楽しくはあるが、同時に辛くもあるだろう過去について訪ねられたのだ。言葉を濁すのも当然。

 

「……ゴチルゼルにとっては、サリィさんと一緒にいた時が一番楽しい思い出だったのかな?」

 

「きっと、そうだろうね。何気ない様子だけど、楽しさが満ち溢れてる。ボクはそう感じるよ」

 

 サトシ達はサリィ達を見る。何処にでもある様な、普通の生活。しかしNの言う通り、楽しさに満ちており、彼女達は笑っていた。

 

「……サリィさんにとっても、この思い出は大切なものなのかな?」

 

「きっとそうよ。だって、水上バスの絵をあんなに懐かしそうに見てたんだもん」

 

「うん。サリィさんにとっても、ここでの生活は大切な思い出に違いないよ」

 

 店で見せたあの様子から、サリィもまたこの日々を大切な物だと思っていたのは分かる。

 

「その、サリィさんかな? 彼女がこの近くにいる事を、ゴチルゼルは知っているのかな?」

 

「……どうでしょう」

 

 そこで、Nがサリィがこの辺りにいることを、ゴチルゼルが知っているのかという疑問を語る。

 

「ゼルゼル~」

 

「いってらっしゃ~い」

 

 同時に、ゴチルゼルがサリィや彼女の父親から離れ、何処かに向かう。

 

「追い掛けよう!」

 

 ゴチルゼルだけになった。話を聞く絶好のチャンスだ。サトシ達は全員で追う。

 

「ゴチルゼル!」

 

「……」

 

 ゴチルゼルはスカイアローブリッジまで移動し、サトシ達の自分を呼ぶ声に振り向く。しかし、その目は鋭く、さっきまであった笑顔は欠片も無い。

 

「ゴチルゼル、ここは君の思い出の世界なんだろう? 僕達はここに迷って、困っているんだよ!」

 

「元の世界に戻りたいんだ!」

 

「ピカピカ!」

 

「ここも良い世界だと思うわ。だけど、出口を教えて欲しいの!」

 

「――ゼル!」

 

「危ない!」

 

「ゾー……ロッ!」

 

 ゴチルゼルが放つサイケこうせんを、ゾロアがシャドーボールで打ち消す。

 

「ゼール……」

 

「ゾロ……!」

 

 ゴチルゼルに敵意を剥き出しにするゾロア。ポカブも隣に立ち、臨戦態勢に入る。しかし、Nは二匹の前に立つ。

 

「Nさん!」

 

「任せて。キミ達はイーブイを」

 

「……」

 

 指示に従い、二匹はイーブイの側に寄る。それを見ると、Nはゴチルゼルに向かい合い、一歩を前に出る。

 

「ゴチルゼル、キミがボク達を出したくないのは、この過去がもう過ぎたものだと思いたくないからかい?」

 

「……!」

 

「キミにとって、この時はとても大切な物。だけど、それを知り、共有出来る者がもういない。いても、過ぎたものでしかない。それはきっと、今のスカイアローブリッジを渡り、歩く人々を見て尚更そう思ってしまった。だから、それが辛くて、この世界を作り、そして入ったボク達を出したくないのだろう?」

 

「……」

 

 手を構えたまま、ゴチルゼルは辛そうな表情になる。Nの言う通り、ゴチルゼルはこの過去を過ぎたものにしたくなかった。ずっとあるのだと思いたかった。だから、この世界を作ったのだ。

 しかし、サトシ達を出してしまえば、ここはやはりもうない過去なのだと――そう理解してしまう。それがゴチルゼルにとって何より苦痛だった。

 

「その気持ちは、分かる。だけど、ボク達には成すことややりたい事がある。この記憶が大切だからと言って、それらを遮る権利がキミにあるのかい?」

 

「……」

 

 無い。彼等には彼等の未来がある。それを遮り、奪う権利などあるわけがない。だが、納得は出来なかった。

 

「ゴチルゼル!」

 

「……?」

 

 サトシがNの隣に立ち、ゴチルゼルに強く呼び掛ける。ゴチルゼルは疑問を抱きながらも、続きを待った。

 

「元の世界、今のスカイアローブリッジの近くには、今のサリィさんがいるんだ!」

 

「ゼル……!?」

 

 今のサリィが、近くにいる。その言葉に、ゴチルゼルは目を見開いて驚愕する。

 

「本当よ! あたし達は店で会ったの!」

 

「彼女は水上バスの絵を見て懐かしんでいた。君と同じ様に、今でもこの記憶を大切にしていたんだ!」

 

「ゼ、ゼル……!」

 

 多いに動揺するゴチルゼル。サリィがこの近くにいるのは、完全に予想外だった。

 

「――ゴチルゼル!」

 

 そこに、女性の声が響く。ゴチルゼルの後ろ側から、一人の人物が駆け寄って来た。

 

「あれは……!」

 

「今のサリィさん!?」

 

「どうしてここに!?」

 

 思い出の世界の子供のサリィではなく、大人となった今の彼女がいた。

 

「ゼ、ゼル……?」

 

「ゴチルゼル、わたしもこの世界に迷い込んだみたいなの。霧に覆われたスカイアローブリッジを歩いている最中に」

 

 どうやら、彼女もこの世界に入り込んだ様だ。

 

「ここは、あなたの思い出の中なのね……」

 

 昔を思い出すサリィ。スカイアローブリッジが完成して、水上バスは廃止となった。

 

「水上バスが終わって、わたし達は親戚の工場のある町に引っ越して新しい生活を始めた。そして、わたしはドクターを目指して宿舎のある学校に転校した」

 

 この時、サリィはゴチルゼルも一緒に行かないかと誘ったが、ゴチルゼルは過去への思いから断っていた。

 

「そのしばらく後に、パパからあなたがどこかに行ってしまったって聞いたけど……ここに戻っていたのね」

 

 サリィもその報告を聞いて探そうとはしたが、勉強や仕事があったため、出来なかった。

 

「ゴチルゼル、わたしね、ドクターの資格を取ったの。それで今は、研修医としてあちこちの病院を回っていて、この近くの病院に配属されたから来てみたの」

 

 そして、ゴチルゼルとこうして再会したのだ。

 

「わたしもとっても懐かしいわ……。あの頃、本当に楽しかったもの……」

 

 水上バスの時刻表に合わせた生活の日々。ゴチルゼルと一緒に切符、ジュースやお菓子を売ったり、運航中は食べて楽しんだり。

 他の人には何でもない普通の事。だけど、サリィとゴチルゼルにとっては大切な日々であり、思い出。

 

「あなたも橋が出来る前のあの日々を覚えていてくれたのね……。ありがとう、本当にありがとう……」

 

 今もあの日々を忘れないでいたゴチルゼルに、サリィは心の底から、お礼を語る。

 

「でも、もうあの日々は戻って来ないの……。あなたやわたしがどんなに思っても……」

 

 サリィだって、出来るのならあの日々に戻ってみたい。しかし、どれだけ思おうとも、どれだけ願っても。あの日々はもう戻らないのだ。

 そして、もし出来たとしても、それはするべきではない。人もポケモンも何時かは大人になり、未来や夢に向かわねばならないのだから。

 溢れ出る過去への想い。けれど、振り切って未来に進まねばならない。サリィは涙を溢しながらも、ゴチルゼルに告げる。

 

「ゼル……。ゴゼル……」

 

 サリィの涙に、ゴチルゼルは悲しそうな表情をすれど、彼女の涙を優しく拭い、昔の様に微笑む。

 サリィも微笑み、ゴチルゼルと手を重ねたその瞬間、視界を遮る程の大量の霧が激しく動く。

 

「ここは……」

 

「橋が完成してる!」

 

 元の世界、本来いる場所にサトシ達は戻ったのだ。

 

「……あっ、ゴチルゼル!」

 

 サリィが橋の上にいるゴチルゼルを見付ける。サトシ達も向いた。

 

「ゴーゼー」

 

「ゴチルゼル、またこの場所に来ればあなたに会える?」

 

「ゼール」

 

 ゴチルゼルはサリィの言葉に笑顔で頷くと、霧と共に姿を消した。

 

「ゴチルゼル……」

 

「ゴチルゼルは今のサリィさんと再会して話した事で、あの思い出に別れを告げたんじゃないでしょうか?」

 

「昔の思い出を大切にしながらも、今を進む貴女を見て、ゴチルゼルも未来に向かおうとしたんだと思います」

 

「そうかしら……」

 

「きっとそうですよ!」

 

「ゴチルゼル、嬉しそうだったもの」

 

 消えた時、ゴチルゼルは笑っていた。納得していなかったのなら、それは出来なかっただろう。

 

「そうね。きっと……」

 

 ゴチルゼルが未来に向かって歩み出した事に、サリィは嬉しく思った。

 その後、霧も消えて見晴らしも良くなったのでサトシ達はヒウンシティに向かうべく、スカイアローブリッジを渡っていくもその途中で止まる。

 

「この下を、水上バスを走ってたんですよね?」

 

「えぇ、そうよ」

 

 今はもうない水上バス。だけど、昔は確かに走っていたのだ。

 

「皆、色々とありがとうね」

 

「いえいえ」

 

「サリィさん、橋が出来る前の素敵な思い出を見れて、あたしとっても良かったです!」

 

 アイリスの言葉に、サリィは切なさを感じさせる表情を浮かべる。

 

「あの頃の思い出は、深い霧の中の幻みたいなものなのかもね……」

 

「そうかもしれません。けれど――貴女やゴチルゼルの心の中には確かにあります。それがある限り、例え離れ離れでも貴女達の絆は消えることはない。そして、望むのならきっとまた、一緒になれると――そうボクは思います」

 

「――ありがとう」

 

 思い出は時が経つに連れ、霧や幻の様に消えていくかもしれない。だけど、その時に培われた大切な物は今でもしっかりと残る。

 そして、サリィとゴチルゼルが望むのなら、彼女達はきっとまた一緒になれるだろう。そうNは語り、サリィはお礼を告げる。

 

「それじゃあ、また会えたら会いましょうね」

 

「さようならー!」

 

「お元気で~!」

 

「お仕事頑張ってくださいねー」

 

「応援してます」

 

 サリィは仕事があるため、スカイアローブリッジの入口に向かい、サトシ達と離れていった。

 

「ポケモンにとっての思い出、か」

 

「キバゴ、楽しい思い出沢山作ろうね!」

 

「キバキバ!」

 

「俺達も作ろうぜ、ピカチュウ!」

 

「ピカピカ!」

 

「ゾロロ」

 

「カブカブ~」

 

「ブブイ!」

 

「うん、ボク達も良い思い出を作ろう」

 

 アイリス、サトシ、Nは笑顔で自分のポケモン達にこれからの思い出を築いていこうと告げる。

 

「じゃあ、ヒウンシティに向かって出発!」

 

 サリィとゴチルゼルの思い出があるこの橋を一足先に進むサトシを、アイリス、デント、最後に苦笑いするNを追う。

 

(人とポケモンの道)

 

 その最中、Nはサリィとゴチルゼルについて考えていた。

 同じ時を過ごし、確かな絆を持つ彼女達だが、道が違って離れた。だけど、今も想いは消えず、繋がりは確かにある。それが、Nは凄いと思った。

 

(それが彼女達が選んだ選択肢だから)

 

 だからこそ、彼女達は離れる事を受け入れたのだ。時代の流れという切欠はあれど、自分達が決めたからこそ。

 

(……なのに、あの時までのボクは)

 

 離れる選択を勝手に他者に要求し、それが正しい事だと信じて疑わなかった。

 いや、それだけではない。理想の裏側にある真実や、現状にも気付けなかった。愚かにも程がある。

 

(――だけど)

 

 今は違う。自分で決めた道を進み、真実と向き合っていく。どれだけ苦しもうが、辛かろうが、最善の為に。

 その意志を込もったかのように、青年の足は力強く橋を蹴って進んでいった。

 

 

 

 

 

 夜のリゾートデザート。ロケット団の飛行艇が出す光が何かを探すように動く。

 

「この辺りなのよね?」

 

「あぁ、今までのデータからこの近くと見て間違いない」

 

「地脈エネルギーの根はこの先にゃ」

 

 光がある地点まで到達すると、地中から強烈なエネルギーが放たれる。ロケット団が捜していた物――メテオナイトだ。

 

「ゼーゲル博士、これは……!」

 

「間違いないの。メテオナイトじゃ!」

 

 メテオナイトを発見し、手に入れるべく、ロケット団は行動を開始する。

 そしてその時、とある影響がある場所で出たことを彼等は知らない。

 

「くっ、大丈夫か……!?」

 

「怪我人は?」

 

「問題ありません……! 命に別状は……!」

 

「それよりも……!」

 

 古代の城。目の前の砂に埋もれた階段に、ロットやアスラ、彼等の部下達は苦い表情を浮かべていた。

 

「ここが最下層かの」

 

「のようですな。次はここにしましょう」

 

 数分前。彼等はロケット団が去るまで古代の城を調べていた。その最中、一つの部屋を開く。

 

「――モーーースッ!」

 

「離れよ!」

 

 放たれた炎と共に、鳴き声が響く。彼等は咄嗟に炎を避け、素早く体勢を立て直す。

 

「このポケモンは……!」

 

 彼等の目に一匹のポケモンが写る。炎の様な色をした六枚の羽と、白い体毛が特徴の蛾みたいなポケモン。たいようポケモン、ウルガモス。

 火山灰が空を覆い、地上が真っ暗になった時、太陽の代わりとなったと伝えられるポケモンだ。

 

「こんな所にこんなポケモンが……! 対処を――」

 

「迂闊に刺激してはならぬ。冷静に話し合い、穏便に済ませてもらうのだ」

 

 部下はウルガモスを手持ちで対処しようとしたが、ロットが手で制する。

 

「ウルガモス。我々は危害を加えるつもりは全くありませぬ。騒がせて誠に申し訳ない。直ぐに離れるので、どうかここは穏便に」

 

「……」

 

 アスラの言葉をウルガモスは聞き、他の者達を鋭い眼差しで見る。嘘ではなさそうだと感じ、静かに部屋に戻ろうとした。その時だった。

 

「――モスッ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 古代の城が揺れた。しかし、それは地震ではない。メテオナイトのエネルギーが揺らしたのだ。

 

「ウル……!」

 

「――不味い! 全員、逃げよ!」

 

 これは地震ではない。長年古代の城にいたウルガモスはそう理解し、その原因がロットやアスラ達だと敵意を剥き出しにする。

 

「ガモーーーッ!!」

 

 ウルガモスが強い炎を円状に放つ。ほのおのまいと呼ばれる技だ。

 

「なっ、しまった……!」

 

「ライトストーンが!」

 

 その技の余波により、ロットが持っていたライトストーンが落ちてしまう。

 更に天井や壁に亀裂が走り、崩壊。ライトストーンは向こうに行ってしまった。

 

「そんな……! 折角手に入れたライトストーンが……!」

 

「王の為のレシラムが……! 直ぐに回収します!」

 

「ならん! このままではこの辺りも崩壊する!」

 

「上の階に向かうのです!」

 

 亀裂が更に広がっており、このままでは自分達がいる場所も埋まってしまう。アスラやロットは速やかな避難を指示。団員達は渋々従い、上の階に避難する。

 

「あぁ、ライトストーンが……!」

 

「命には変えられぬ。……済まぬな」

 

「いえ、我々が素早く対応していれば……」

 

「過ぎた事を言っても仕方ありません。確保は失敗したと報告するしかないでしょう」

 

 砂を掻き出すには相当な時間が掛かる。ライトストーンの再確保はしばらく無理だろう。

 

「ロケット団が出るまでゆっくりする。怪我人の手当てもせよ」

 

 はいと団員達は頷き、怪我を負った仲間の手当を始める。

 

「――失敗はしたが、これはこれで良かったと考えるべきか?」

 

「かもしれませぬな」

 

 小声で話すロットとアスラ。二人はライトストーン確保は失敗したが、それはそれで都合が良いかもしれないと話し合っていた。

 二人は、ライトストーンの確保はタイミングは良いが、同時に時期尚早だとも考えていたのだ。その延期の口実が丁度出来た。

 確保出来ない以上、自分達は動けないが、向こうも余計な事は一切出来ない。悪くはないと判断した。

 

「しかし、さっきの揺れは一体……」

 

「……ロケット団の仕業かもしれぬな」

 

 ロケット団は今、メテオナイトの確保をしているはず。その影響が及んだのかもしれない。

 

「となると……向こうも本格的に動き出したと考えるべきか?」

 

「……あの方は大丈夫でしょうか?」

 

「……分からぬ。だが、今やれることをやるしかない」

 

 それが今の自分達の役目。ならば、こなすしかないのだ。二人は彼の無事を祈りながら、古代の城で待ち続けた。

 

 

 

 

 

「……モス」

 

 最下層。暴れて気持ちがすっきりしたウルガモスは、目の前の物――ライトストーンを見下ろしていた。

 そのただならぬ雰囲気を感じながらも、ウルガモスはライトストーンを優しく抱える。

 炎の蛾に抱えられた白き石は、淡く輝く。真実を待つかの様に。

 



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フシデパニック

「やっとヒウンシティに着いた! いよいよジム戦だ!」

 

「ピカチュ!」

 

 三つ目のバッジゲットに向け、サトシとピカチュウは張り切っていた。

 

「やっぱり、ヒウンシティって大きいわね~」

 

「うん、とても大きいよ」

 

 この街には初めて来たため、Nは辺りをキョロキョロと見渡していた。

 

「ちなみに、ヒウンシティには名物のヒウンアイスがあるんだけど食べてみないかい?」

 

「良いわね! ジム戦の前に――」

 

「ダメダメ! ジム戦の方が先だ!」

 

「ピカ!」

 

 寄り道なんかしてる暇はない。この昂る気迫のまま、ジム戦に挑みたかった。

 

「ふふ、気迫満々だね」

 

「じゃあ、セントラルエリアを抜けて行こう。ジムはその先にあるからね」

 

「張り切ってるけど、ジム戦の準備は出来てるの?」

 

「あぁ、メンバーも大体決まってる」

 

 二つのモンスターボールを取り出すサトシ。それはマメパトとポカブが入ったモンスターボール。

 虫タイプ使いのアーティには、炎タイプのポカブや飛行タイプのマメパトが良い。特にマメパトはシッポウジムで戦えなかった分、戦わせたい。

 

「うーん……」

 

「あれ? この声……」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはヤグルマの森で出会ったこの町のジムリーダー、アーティがいた。彼は真剣な様子で木を見上げていた。

 

「アーティさん?」

 

「おや、サトシくん?」

 

 呼ばれてアーティは気付き、サトシ達はアーティに近付く。

 

「この街に来たんだね、サトシくん。ところで、そちらの彼は?」

 

「初めまして、Nです」

 

「中々変わった名前だね。僕はアーティ。この街のジムリーダーだよ」

 

 互いに初見なので、簡単に自己紹介を済ませる二人。

 

「……ゾロ」

 

「カブカブ」

 

「ブイブーイ」

 

「ゾロアにポカブ。おや、イーブイだね? 君の手持ちかい?」

 

「はい。タマゴから孵って、そのまま仲間に」

 

 なるほどと納得すると、アーティはサトシと向き合う。

 

「さて、サトシくんはジム戦をしたいよね?」

 

「はい!」

 

「分かった。勿論受けよう――と言いたいんだけど、少し待って来れないかい?」

 

「何かあったんですか?」

 

「昨晩から何かを感じたのか、虫ポケモンが騒がしいんだ」

 

 なので、気になったアーティは調査をしていたのだ。

 

「そう言えば、大きな災いが起きる前には虫ポケモンが騒ぐって聞いた事が……」

 

「あぁ、虫ポケモンには人間には見えない電磁波が見えると科学的にも証明されてる」

 

「そう言われると、あたしも感じる……! こっちよ!」

 

 アイリスが何かを感じたらしく、その方向に指を指す。サトシ達はそちらに向かうと。

 

「……あれ?」

 

 そこは、ヒウンアイスを販売する店だった。但し、閉まっている。

 

「ヒウンアイスの店に出たね。それも閉まってる……」

 

「あはは、外れたのかな?」

 

「それか、アイスが食べたかっただけだろ……」

 

「ち、違うわよ! こっちから感じたのよ!」

 

 デントやNは苦笑いし、サトシはジト目で見る。アイリスが反論してると、ピカチュウが何かを感じたのか、サトシの肩から降りてマンホールを見る。

 

「どうした、ピカチュウ?」

 

「ピカピカ、ピカピ」

 

 マンホールを指差すピカチュウ。どうやら、この下から何かを感じた様だ。

 

「アーティさん、この下には?」

 

「この先に荒野の川に続く地下水道があるんだ。……待てよ? そう言えば、前に荒野で生活するポケモンがこの地下水道を使って移動した事があったはず」

 

 頻繁に有るわけではないが、時たまにそう言うことがあったのをアーティは思い出した。

 

「じゃあ、もしかしてこの下に?」

 

「行ってみましょう」

 

 サトシ達はマンホールから地下水道に入り、移動していく。途中、管で動く何かを発見する。

 

「あれは……?」

 

『フシデ、百足ポケモン。頭と尻尾にある触角で空気の振動を感知し、周りの様子を探る』

 

 どうやら、フシデというポケモンの様だ。

 

「凄い触角を持ってるんだな」

 

「でも、何をしてるんだろ?」

 

「頭を突っ込んだら抜けなくなったんじゃないかな?」

 

「そう見るのが妥当だね」

 

 問題は、何故フシデがこの管に突っ込んだかだ。

 

「とりあえず、助けよう!」

 

「待つんだ! フシデの特性はむしのしらせや、どくのトゲ」

 

 前者はクルミルが持つ、もうか、げきりゅう、しんりょくの虫タイプ版。後者は触れた相手を毒にしてしまう特性だ。

 

「下手に触ると毒にやられてしまう」

 

「でも、こいつ大分弱ってます。早く出してやらないと……」

 

 さっきまでは必死にもがくように尾を動かしていたが、疲れてきたのか鈍くなっている。

 

「だったら、サトシくん。クルミルのいとをはくで掴む部分を覆ったらどうだい?」

 

「なるほど、それは良い考えだ」

 

 直接触れるのがダメなら、間接的にすれば良い。そうすれば毒は受けない。

 

「分かりました。出てこい、クルミル!」

 

「クルル! クル」

 

「やぁ、クルミル」

 

 出てきたクルミルは、アーティを見てあっと呟く。

 

「クルミル、フシデの尾の部分を軽く糸で覆ってくれないか?」

 

「クル。クルーーーッ!」

 

「フシ!? フシフシ……!」

 

「落ち着け、今助けるから……よっと! うわっ!」

 

 糸で覆ったフシデの尾を掴んで力一杯引く。すると、スポッと何かが抜けた音がしてサトシは尻餅を付き、フシデも管から出た。

 

「フシ。フシ?」

 

「ピカ、ピカピ」

 

「フシ。……フシーーーッ!」

 

「いやなおとか!」

 

「僕達を警戒してるんだ!」

 

「や、止めてくれ、フシデ!」

 

 ピカチュウから距離を取ったフシデは強烈な音を起こす。サトシ達は思わず耳を塞ぐも、直後に止んだ。

 警戒を解いた、のではなく、身体にある傷の傷みからフシデが倒れて止まったのだ。

 

「お前、怪我してるじゃないか。早く手当しないと……」

 

「フシー……!」

 

 心配して近付くサトシだが、フシデは警戒心から威嚇をする。

 

「危ない! 攻撃するかもしれない!」

 

「サトシ、止めて!」

 

「サトシくん……!」

 

 皆が心配する中、サトシは優しく語り掛ける。

 

「フシデ、俺達は何もしないよ。安心してくれ」

 

「……フシ!」

 

 まだ警戒心が消えないフシデが、体当たりをする。N達が声を上げた。

 

「――なっ? 何もしないだろ?」

 

 サトシはフシデを受け止め、自分や仲間が危害を加えるつもりがないことを身を持って証明する。

 

「俺はお前を助けたいだけなんだよ」

 

「ピカピカ、ピーカチュ」

 

「クルル、クルルル」

 

 ピカチュウやクルミルも説得に入り、フシデはサトシや他の者達が敵ではない理解した。

 

「フー……」

 

「分かってくれたのか?」

 

「フーシ」

 

「ありがとう。アーティさん、フシデの治療、お願いしま、す……」

 

「サトシ!」

 

 ドサッと倒れるサトシ。その顔色は悪く、毒を受けたのは明白だ。

 

「体当たりか触れた時に……!」

 

「直ぐに手当を!」

 

「毒消しがあるわ!」

 

「フシデは僕が見るよ」

 

 急いでサトシとフシデの治療を始めるN達。毒消しを食べやすいようにし、サトシに近付ける。

 

「あむ……ごくん」

 

「どうだい?」

 

「楽になって来た……」

 

「良かった」

 

 素早く対処にしたため、重症化する事無く、サトシの体調は回復し出した。

 

「こっちも終わったぞ」

 

「フー」

 

 傷にきずぐすりを吹き掛け、絆創膏を付けて治療完了だ。

 

「ありがとうございます」

 

「いやいや、それよりも君の身を挺してフシデを説得する行動は……僕の純情ハートに響いたよん!」

 

(……純情ハートって何だろう?)

 

 謎の単語にNは聞きたい所だが、余裕も無いので多分純情な心なんだろうと判断した。

 

「はい。オレンの実。これを食べたら体力回復するわ」

 

「フー!」

 

 差し出されたオレンの身を食べ、フシデは体力と体調を回復した。

 

「良かった、元気になって」

 

「フーフー!」

 

「にしても、なんであんなところに……?」

 

「それならボクに任せてください。フシデと話してみます」

 

「話す?」

 

「Nさんはポケモンの声が分かるんです」

 

「なんと、それは凄い!」

 

 ならば、フシデがここにいた理由もわかるはず。Nはフシデと会話していくが。

 

「……ん? 何か音が……?」

 

 その途中、後ろから音が響いてきた。デント達が振り向くと――大量のフシデが動いていた。

 

「フシデの群れ!?」

 

「なんであんなに沢山!?」

 

「フシデはヒウンシティの北にある荒野に生息しているんだ。なのにどうして……!?」

 

「フシーーーッ!」

 

「またいやなおと!」

 

 フシデの大群に驚くサトシ達に、二匹のフシデがいやなおとを放つ。

 

「この様子、何かに対して怒ってるんだ!」

 

「何に!?」

 

「このフシデによると、突然何かの大きな力を感じて、それで慌ててここに来たと言ってる!」

 

「力!? それが怒ってる原因ですか!?」

 

「おそらく!」

 

 怒った理由は分かったが、その原因が判明していない。これでは対応しようがない。

 

「フシフシーーーッ!」

 

「ヘドロばくだん!」

 

 サトシ達は二匹のフシデのヘドロばくだんをかわす。しかし、その背後にいる大量のムシデがサトシ達に迫る。

 

「他にも来る! ここから脱出するんだ!」

 

「だけど、このフシデ……!」

 

「そのフシデはおそらく、彼等の仲間だ! 危害を加える事はないはず!」

 

「今は逃げるべきだ!」

 

「……元気でな!」

 

「フー!」

 

 手当されたフシデの、心配そうな声を聞きながらサトシ達はマンホールからヒウンシティに戻る。

 

「な、何これ!?」

 

 しかし、ヒウンシティには大量のフシデ達が暴れていた。街には人々の悲鳴やフシデ達の雄叫び、攻撃の音が鳴り響く。驚くサトシ達に、バイクに駆るジュンサーと一緒にいるハーデリアが前に立つ。

 

「ジュンサーさん!」

 

「ここは危険です! 直ぐに避難を!」

 

「一体、何が!?」

 

「ヒウンシティに大量のフシデ達が現れたんです! その原因解明の為、アララギ博士が調査してます!」

 

「アララギ博士が!?」

 

 アララギ博士の名前に、サトシが声を上げる。彼女の研究所は今、ハッキングのせいで調子が悪い筈。大丈夫なのだろうか。

 

「――爆発!?」

 

 突如爆音が鳴り響き、爆発の煙が上がる。

 

「あの方向は、確かポケモンセンターがあるはず……!」

 

「行ってみよう!」

 

 何が起きたのかを確かめようと、サトシ達は急いでポケモンセンターに向かった。

 

「これは……!」

 

 サトシ達の目に写ったのは、ポケモンセンターの前に立つ炎タイプのポケモンとトレーナー達がいた。

 

「シューティー!?」

 

「サトシ……」

 

 そのトレーナー達の中には、シューティーがいた。彼はヒトモシを出している。

 

「……皆、一斉に攻撃だ。かえんほうしゃ!」

 

「かえんほうしゃ!」

 

 シューティーは先導して指示。炎タイプのポケモン達はかえんほうしゃを放ち、フシデ達を薙ぎ払っていく。

 

「フシーーーッ!」

 

 仲間を攻撃されたフシデ達は、反撃にヘドロばくだんを放つ。

 

「怯むな! かえんほうしゃを――」

 

「止めるんだ、シューティー!」

 

「シューティーくん、彼等を刺激するべきじゃない!」

 

 サトシとNは、再度攻撃しようとするシューティー達の前に立って止める。

 

「サトシ、Nさん退いてください。まぁ、何が言いたいのかは分かりますが」

 

 但し、Nについて大して知らないので、サトシが前に出たことから分かったのだが。

 

「だったら、今すぐ止めるんだ!」

 

「お互いに被害が出てしまう!」

 

「だけどサトシ、Nさん。フシデ達は人を襲っています。勿論、何らかの理由のせいだとは分かってますが、だからと言って、人々が襲われるのを放って置くのが良いと思いますか? 下手すれば死者が出る可能性だってあります」

 

「それは……」

 

「……」

 

 そう言われると、サトシとNも言葉に詰まる。今アララギが原因を調べているとはいえ、その間に暴走したフシデのせいで人が亡くなる可能性もあった。

 

「但し――他に良い方法があるのなら、話は別ですが」

 

「……本当か?」

 

「僕はフシデ達に憎しみや怒りを抱いているわけじゃありません。フシデ達が暴れているから対応している。それだけです」

 

 ならば、鎮圧以外の良い手段があるのならそれを採用する事に躊躇いはない。

 

「しかし、フシデ達が暴れている原因が不明の今は排除しかありません」

 

「確かに素早い対応は必須だ」

 

「市長……」

 

 シューティーの言葉に、ヒウンシティの市長は頷く。

 

「このままでは、ヒウンシティの都市機能は停止してしまう。それに、フシデの毒は危険だ。安全を考えれば強制排除もやむを得ない」

 

「待ってください! 強制排除をすれば、フシデ達は当然反撃します! そうなったら本格的な戦闘となり、双方に甚大な被害を受けますよ!」

 

 こちらが武力行使となれば、フシデも反撃して戦闘になる。街も人もポケモンも相当な被害を受けるだろう。

 

「しかし、他に方法があるかのね?」

 

「フシデ達を一旦、セントラルエリアの公園に集めて保護、大量出現の原因を解明し、解決すればフシデ達は元いた場所に戻るはずです」

 

 市長の言葉に、アーティはセントラルエリアにフシデ達を集めて保護する事を提案する。

 

「市長、現在アララギ博士が原因を調べています」

 

「市長、お願いします!」

 

 考える市長に、サトシ達は必死に頼み込む。

 

「しかし、どうやってフシデ達をセントラルエリアに集めるのだね?」

 

 だが、市長も簡単には頷かない。安全の為にも、ある程度の確証が欲しいのだ。

 

「フシデ達のリーダーを見付け、先導すれば他のフシデ達も付いてくるはずです」

 

 リーダーの動きを見れば、群れのフシデ達はそれに釣られるはず。そうして集めるのだ。

 

「なるほど……。分かった、その案に乗ってみよう」

 

「やった!」

 

「但し、その案が上手く行かなかった場合、強制排除に踏み切る。良いね?」

 

 ある程度上手く行く可能性があると考えたのか、市長はアーティの案に採り入れるも、同時に失敗した場合は強制排除すると断言した。

 

「分かりました! デントくん、ジョーイさんを呼んでくれないか? タブンネの力が必要になる。サトシくん達は、僕と一緒にリーダーの捜索を」

 

「はい」

 

 サトシ達はフシデ達の誘導のため、動き出す。

 

「お、俺達はどうするんだ?」

 

「しばらく待機。但し、攻撃した場合は迎撃をする。それ以外は刺激しない為にも、手を出すな」

 

 トレーナー達に、シューティーはそう指示した。

 

「そ、それで良いのか?」

 

「さっき聞いただろう。本格的に戦闘になった場合、お互いに大きな被害が出る。ここは最低限に留めるべきだ」

 

 それほどの被害を出してまで、シューティーはフシデを倒そうとは思わない。

 

「だ、だけど、リーダーのフシデを倒せば排除しやすくなるんじゃ……」

 

「寧ろ、バラバラになって暴走する可能性もある」

 

 統率が取れない。つまり、それは暴徒となる可能性が高いという事だ。

 

「で、でも……」

 

「余計な事して、この街の被害の責任を背負えるのなら、勝手にしたらどうだい? 僕はごめんだね」

 

 うっと言葉に詰まるトレーナー達。ヒウンシティ程の大きな街での被害の責任となると、相当な物になる。それを受けてまで強行しようとは思わなかった。

 

(後は頑張るんだね)

 

 自分に出来るのはトレーナー達の抑制まで。後はサトシ達次第。声には出さず、心の中でシューティーはサトシ達にそう告げた。

 

 

 

 

 

「アーティさん、どうやってリーダーを探すんですか?」

 

「野生のポケモンは常に危険と隣り合わせだ。だからこそ、その危険にいち早く反応出来る能力を持つ者がリーダーの素質を持つ」

 

「群れを監視……」

 

「もしかして、あのフシデとか!?」

 

「あっ、あのフシデ、他のよりも身体が大きい!」

 

 アイリスが指差す方向には、他の個体よりも一回り大きい一体のフシデがいた。

 

「それもリーダーの素質の一つだね。そして、もしあのフシデがリーダーであれば、性格にもよるが、近付く相手に勝負を仕掛けるはずだ」

 

「……フシ!」

 

 ボスのフシデはサトシ達に気付くと、降りてきて威嚇を始めた。

 

「お前が群れのリーダーだな。ここにいては群れのフシデ達が危ない。さぁ、僕達と一緒に――」

 

「フシ!」

 

 アーティの呼び掛けを無視し、警戒心からフシデはヘドロばくだんを放つ。かなり興奮している様だ。

 

「待て、落ち着くんだ」

 

「――フシーーーッ!」

 

「不味い!」

 

 ボスのフシデの呼び声に反応し、周りのフシデ達がサトシ達に敵意の眼差しで睨む。

 

「こ、これ、どうするんですか!?」

 

 周りは囲まれている。一斉に攻撃されては、対処仕切れない。

 

「下手に動かない方が良い。余計に刺激して、その瞬間に襲われる」

 

「同意見だ。ここで静かに説得を続けよう。フシデ、僕達は君達を助けたいだけなんだ。危害を加えるつもりは全くない」

 

「フー、フシー!」

 

「Nさん、何て……?」

 

「言葉じゃない。興奮して叫んでる」

 

「相当興奮してるのね……!」

 

 これだけの群れの動く事になったのだ。リーダーであっても、フシデの興奮度は相当な物だろう。

 

「フシーーーーッ!」

 

「やば……!」

 

「――フー!」

 

 リーダーのフシデが再度ヘドロばくだんを放つ。周りのフシデ達にもある程度注意を向けていたために反応が遅れ、サトシ達に命中しようとその一撃は――横からの別のヘドロばくだんにより、相殺された。

 

「今のヘドロばくだん……?」

 

 今のは横から放たれたヘドロばくだんは、攻撃ではなく、明らかに自分達を守るためのものだ。

 しかし、敵意を向けているフシデ達がしたとは思えない。一体誰がと思ったサトシ達に、一匹のフシデがサトシ達を守るように前に出る。

 

「フーフシ!」

 

「お前は……!」

 

 そのフシデは、地下水道でサトシ達が助け、手当をしたあのフシデだった。

 

「フー! フーフー!」

 

 フシデは仲間やリーダーに、この人間達は敵ではないと声を上げて説得。群れの仲間と、自分を助けたサトシ達が争うのは見たくなかった。だからこそ、仲間に攻撃されるのを覚悟で前に出たのだ。

 

「……フシフシ!」

 

 仲間の言葉に、群れのフシデとボスのフシデは警戒心を緩め、ボスのフシデは群れの仲間にしばらく待機と告げる。仲間の言葉を信じ、様子見をする事にしたのだ。

 

「ありがとう、フシデ」

 

「フーフー」

 

 自分達を助けてくれたフシデにサトシ達は礼を告げる。フシデも笑顔で返す。

 

「アーティさん! ジョーイさんとタブンネを連れてきました!」

 

「……!」

 

 そこにジョーイとタブンネを連れてきたデントが合流。リーダーのフシデは警戒を強める。

 

「ジョーイさん、タブンネのいやしのはどうで興奮状態のフシデ達を落ち着かせてください」

 

「分かりました。タブンネ、いやしのはどう!」

 

「タ~ブンネ~!」

 

 タブンネが暖かな波動を周囲に放つ。それを受けたフシデ達は、興奮が薄れて落ち着いてきた。

 

「Nくん」

 

「任せてください。フシデ、双方の被害を出さない為にも、今からキミ達を安全な場所に案内する。着いて来てくれないか?」

 

「……フシ」

 

 サトシ達が攻撃してこなかった、仲間のフシデが彼等を庇った、またこちらも被害を出したくないなどから、ボスのフシデはその説得を信じる。

 

「じゃあ、フシデ。僕達に着いて来てくれ」

 

 説得が通じ、アーティは取り出した笛を鳴らす。軽快な音が響き渡る。

 

「笛……?」

 

「あれは虫笛だよ」

 

「フシ」

 

 虫笛の音にボスのフシデが動き出し、それに釣られて群れのフシデ達も動く。

 

「僕はフシデ達をこのままセントラルエリアに案内する。サトシ達ははぐれているフシデ達を群れに戻してくれ」

 

「はい!」

 

 サトシ達ははぐれたフシデを群れに戻すべく、ヒウンシティ中を動き回る。

 

「見っけ! マメパト、君に決めた!」

 

「ポーーーッ!」

 

 裏路地に繋がる横道に、フシデ達を発見。サトシはマメパトを出す。

 

「軽めのかぜおこし!」

 

「ポーッ!」

 

 ダメージを最低限にしつつ、風を発生させてフシデ達を群れに戻す。

 

「次だ!」

 

「ポー!」

 

「ここにもいた! キバゴ、りゅうのいかり! 空に向けて!」

 

 アイリス達も、ビルの屋上ではぐれたフシデを発見。キバゴに出力が半分程のりゅうのいかりを使わせ、それで驚かせてフシデ達を群れに戻す。

 

「ヤナップ、タネマシンガン。ソフトにね」

 

「ナプナプ~」

 

 デントとヤナップは口から種を吐き出し、地面に転がせてフシデ達を滑らせる事で驚かして戻す。

 

「タブンネ、いやしのはどう!」

 

「タブンネ~」

 

 ジョーイとタブンネは喧嘩していたフシデ達にいやしのはどうを浴びせ、落ち着かせて群れに戻す。

 

「キミ達、仲間が動いているよ。ほら」

 

「ブイブーイ」

 

 イーブイといるNは攻撃や威嚇するフシデ達を捌きながら、群れが動いている所を見せて戻す。

 

「ゾロゾロ」

 

「カブーーーッ!」

 

 ゾロアとポカブはNの指示で、違う場所で動く。ゾロアはイリュージョンで他のポケモンや人に変身し、ポカブは毒タイプ故に効果の薄いスモッグで驚かせて戻していく。

 

「よし、今度はあそこだ。マメパト、かぜおこし――」

 

「フシーーーッ!」

 

「ポッ!?」

 

「マメパト!」

 

 またかぜおこしで戻そうとしたサトシとマメパトだが、その前にフシデに攻撃を放つ。不意を突かれ、あわや直撃――と思いきや。

 

「ハトーボー、エアカッター!」

 

「ハトーボーーーッ!」

 

 そのヘドロばくだんを、空気の刃が相殺。吹き飛んだマメパトを受け止めながら、放たれた方向を見ると、シューティーと彼が出したハトーボーがいた。

 

「シューティー! どうしてここに?」

 

「フシデ達の群れが動いたのが見えたからね。君達の案が上手く行ったのかを確かめに来たのさ。この分だと、成功したと考えて良いのかい?」

 

「あぁ。フシデ達がセントラルエリアに向かって動き出した」

 

「分かった。じゃあ、僕はポケモンセンターにいるトレーナー達に協力を話してくる。ただその前に――ここらを片付けるとしよう」

 

 行くなら、ここらのはぐれたフシデ達をさっさと戻してから。シューティーはその方が効率が良いと判断した。

 

「じゃあ、やるか! マメパト、もういっちょかぜおこし!」

 

「ハトーボー、かげぶんしんで驚かせろ!」

 

「ポーーーッ!」

 

「ボーーーッ!」

 

 マメパトは風で、ハトーボーは分身ではぐれたフシデ達を群れに戻していく。

 

「ポー! ――ポッ!?」

 

「この光……!」

 

「進化か!」

 

「ボー……!」

 

 フシデ達を戻して喜ぶマメパトの身体から光が溢れ出し、大きくなっていく。

 

「――ボーーーーッ!」

 

「ハトーボー……!」

 

 光が晴れると、進化により新たな姿を得たハトーボーが姿を表す。

 

「よし、ハトーボー! かぜおこしで戻していくぞ!」

 

「ボーーーッ!」

 

 シューティーのハトーボーよりも高い鳴き声を上げ、返事するハトーボー。

 また、二匹のハトーボーは互いを見て頷く。バトルクラブで戦った二匹が、今は協力して困難に対応しようとしていた。

 

「行くぞ、シューティー!」

 

「言われるまでもないよ!」

 

「ハトーボー――」

 

「かぜおこし!」

 

「エアカッター!」

 

 二匹のハトーボーが、協力してフシデ達を群れに戻す。そのさまに、サトシとシューティーは互いを見て、差はあれど微笑んだ。

 

 

 

 

 

「群れ全てのフシデ達を、セントラルエリアに誘導出来ました」

 

 夜になり、フシデ達はサトシ達の尽力によって全てセントラルエリアに誘導する事が出来た。門前は念のため、ハーデリアが見張っている。

 

「良かったな、皆無事にここに案内出来て」

 

「フーフー!」

 

「ピカピカ」

 

 本格的な戦闘になることなく、最低限に済んだ事にサトシ達もフシデも喜ぶ。

 

「これで一先ず安心だ。アーティ君、よくやってくれた」

 

 一旦とはいえ、事態が落ち着いた事に市長は一安心する。

 

「いえ、この子達が頑張ってくれたからです」

 

「俺達はアーティさんの指示に従っただけです」

 

「それに当然のことをしただけですよ」

 

「そうそう」

 

「えぇ、ポケモンと人々の為に尽力を尽くしただけです」

 

「僕も放って置く事は出来ませんでしたから」

 

「ありがとう。本当にありがとう」

 

 頑張ったサトシ達に、市長は深く感謝した。

 

「……」

 

「あっ、シューティー。どこに行くんだ?」

 

「ポケモンセンター。今日はもう遅いし、休んでから次の街に向かうよ」

 

「ジム戦は?」

 

「昨日の内にアーティさんに勝ってゲットした。……苦戦はしたけどね」

 

 その証明に、シューティーはバッジケースを開いて三つ目のバッジを見せた。

 

「もうゲットしていたのか?」

 

「あぁ。彼は昨日僕に勝ってバッジを手に入れたよ」

 

「だから、僕がこれ以上留まる理由は――まぁ、君が勝負を了承してくれるのなら、もう少しいても良いかもね」

 

 サトシとのバトルは、シューティーにとって価値がある。今の自分がどれだけ通用するかを知る良い機会だ。

 

「考えて置くよ」

 

「じゃあ、もう少し――」

 

「皆さん、アララギ博士がもうすぐ到着します」

 

 いようかと言い、その後にポケモンセンターに向かおうとしたシューティーだが、アララギの到着にサトシ達同様に反応する。

 

「分かった、直ぐに行こう」

 

「俺達も良いですか?」

 

「構わないよ」

 

「僕も構いませんか?」

 

 サトシ達がアーティや市長に同行を求めるが、シューティーも求めた。

 

「シューティーも来るのか?」

 

「アララギ博士は新人の僕にポケモン図鑑やジャノビーを用意してくれたんだ。会えるのなら、会って一言だけでも声を掛けるのは基本だろう」

 

 用意の言葉に不快な気分になるも、顔には出さないNを除いたサトシ達はシューティーの理由になるほどと納得した。

 

「では、全員で行こう」

 

 この場にいる全員で、アララギが来るヘリポートへと向かう。その数分後、ヘリが到着し、タブレットを持ったアララギが出てきた。

 

「アララギ博士!」

 

「久しぶりです」

 

「元気で何よりです」

 

「あらら、サトシくん。シューティーくん。Nくんも」

 

 自分の研究所のポケモンを受け取った、三人が一同いる事にアララギも驚く。とはいえ、今は自分が知った情報を話す方が先決だ。

 

「事情は既に聞いているわ。早速、フシデ達が大量移動した原因について話しましょう」

 

「原因は一体?」

 

「このデータを見て。これは観測衛星から得たものよ」

 

 タブレットを取り出し、そのデータをサトシ達に見せる。

 

「観測衛星?」

 

「えぇ、フシデは普段、地中に巣を作って生活する。だから、私はフシデの大量移動の原因は地中にあると推測し、観測衛星で調べたの。その結果、ヒウンシティの北にある広野の下に、あるエネルギーの流れを発見したの」

 

「あるエネルギー?」

 

「それについてはごめんなさい。言えないの」

 

「言えない? 何故ですか?」

 

 あるエネルギーについて言おうとしないアララギに、サトシ達は疑問を抱く。

 

「事情があるのよ。申し訳ないけど、それで納得してくれないかしら?」

 

「分かりました」

 

 複雑な事情があると理解し、サトシ達は頷いた。

 

「話を戻すわね。そのエネルギーはリゾートデザートから発生してるの」

 

「Nくんの翻訳と合わせると……フシデ達はそのエネルギーを恐れて巣から逃げたという事になりますね」

 

「しかし、そのエネルギーは何故突然発生したのかね?」

 

「幾つか考えられるのですが……」

 

 その中で最悪なのは、『あれ』について知らない者がエネルギー目当てに手に入れようとする事だ。

 

「なので、今から何が原因で起きたのかを現地に赴いて調べようと思います」

 

「私も同行します」

 

「アララギ博士! 俺も連れていってください!」

 

「あらら……」

 

 サトシの同行の求めに、流石のアララギも驚く。

 

「サトシ君。今リゾートデザートでは何が起きてる全く分からないわ。危険よ?」

 

「俺、友達になったフシデがいるんです。だから、あいつや仲間のフシデ達を元いた場所に戻してやりたいんです。お願いします!」

 

「あたしも行きます!」

 

「えぇ、ジムリーダーとしてこの事態は見逃せません。僕も同行します!」

 

 サトシだけでなく、アイリスやデントも同行を求めた。彼等もこの事態を何とかしたいのだ。

 

「……分かったわ。但し、ジュンサーさんの指示には従うこと」

 

 熱意に負けて許可を出すアララギ。勿論、ジュンサーの指示に従うという条件付きだ。はいとサトシ達は頷く。

 

「僕も同行したい所ですが……フシデ達が心配なので待って置くよ」

 

「ボクもアーティさんとヒウンシティに残るよ。暴れた時の説得のために」

 

「頼みます」

 

 サトシ達はリゾートデザート。Nとアーティはヒウンシティ。後はシューティー。彼はどうするのかとサトシが見ると。

 

「僕はアーティさんやNさんと一緒にフシデ達を見ておきます。いざというときの為に」

 

 いざというときとは戦闘の事だ。勿論、それは最終手段だが、その事を判断出来る人間がいるのといないとでは違うだろう。

 

「後――さっさと片付けて来るんだね」

 

「分かってるさ」

 

 早くこの件を終わらせ、自分と戦ってもらう。シューティーはそう言ってるのだ。

 

「じゃあ行くわよ、皆!」

 

「はい!」

 

「頼んだよ、皆!」

 

 ヘリは朝にサトシ達とアララギ博士、ジュンサーを乗せて飛び立ち、Nやシューティー、アーティやフシデの見送りを受けながらリゾートデザートに向かった。

 

 

 

 

 

「着きましたね」

 

「そうですね~」

 

 その一時間後、大量のバスがヒウンシティに到着。中からぞろぞろと人が出てきた。

 

「――様、少し街の様子がおかしくありませんか?」

 

「言われてみると……」

 

「戦闘の痕跡がありますね。それに人々も何かピリピリしてますし」

 

「まさか、先を超されたのでしょうか?」

 

「情報収集を。先ずはそれからです」

 

 白衣の青年と、独特のマントとモノクルを付けた男性以外が住民から話を聞いていく。

 

「分かりました。昨日、この街では大量のフシデ達が暴れたようです」

 

「原因は不明、またフシデ達はセントラルエリアに預けられただけで、まだ問題は解決していないので気を張ってるのかと思われます」

 

「なるほど」

 

「あれの影響、ですかね?」

 

「おそらく」

 

 タイミングを考えると、フシデ達が暴れる理由は間違いなくメテオナイトだ。

 

「それと一つ、気になる情報が……」

 

「気になる情報とは?」

 

「実は……」

 

 大事にならないよう、その団員は男性に近付き小声で話す。

 

「……その情報は確かですか?」

 

「写真はないので、確証はありませんが……特徴が酷似している他、手持ちの中にゾロアがいたと」

 

「……なるほど、分かりました。下がりなさい」

 

 その情報に、男性は考える仕草を取る。

 

「どうしました?」

 

 男性は白衣の青年を手招きすると、その情報について話す。

 

「王がこの街に訪れ、保護に力を尽くしていた様です」

 

 それを聞き、白衣の青年は驚きを浮かべる。

 

「ほう。今もいるのでしょうか?」

 

「分かりません。ですが、これは機会です」

 

 何しろ、探していた相手がこの近くにいたのだから。上手く行けば、最善になる。

 

「――三人共」

 

『はっ』

 

「速やかにこの街を隈無く調べ、王についての行方を探るのです」

 

『承知』

 

「では我々は、決めている館に向かいますよ」

 

 目立たないよう、王については彼等に任せ、自分達は直ぐに予約した館に行き、その時を待つだけだ。

 その男性の指示を聞き、一団は目的地に向けて歩き出す。ヒウンシティという舞台に、役者が集まって来ていた。

 



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リゾートデザートの攻防

 先週は更新出来ずに申し訳ありません。あの話に入ります。
 但し、先に言って置きます。大体予想は着いていると思いますが、これから出るのはあの話を元にした、オリジナル展開や独自解釈を詰め込んだかなり改変された話になっております。
 それでも良ければどうぞ。


「そろそろ、サトシくん達はリゾートデザートに着いている頃でしょうか?」

 

「時間や距離を考えると、もう着いてもおかしくはないね」

 

 ヒウンシティ。セントラルエリアでNやアーティが安全確認のため、集めたフシデ達の様子を見ていた。

 

「さっさと問題を解決してくれると助かるんですが」

 

 そこにはシューティーもいる。但し、二人と違って、いざというときに備えてだが。

 

「ゾロ、ゾロゾロ」

 

「カブカブブ」

 

「ブブブ~イ♪」

 

 シューティーが声のした方向を見る。そちらでは、ころがるで丸まっているポカブの上をゾロアがサーカスでやる時みたいに走り、イーブイが笑っていた。身体を張って楽しませている様だ。

 

「微笑ましいね」

 

「ありがとうございます」

 

 そんな様子にアーティは微笑み、Nは礼を言う。

 

「Nさん、このイーブイは前に持っていたタマゴから?」

 

 騒動中に聞く余裕はなく、今は問題なさそうなので暇潰しを兼ね、シューティーが尋ねた。

 

「そうだよ。ちなみに、同じ場所で託されたサトシくんのタマゴも既に孵ってる。産まれたのはズルッグ」

 

「おや、サトシ君のそのズルッグとそのイーブイは同じ場所にあったタマゴなのかい?」

 

「えぇ、両方育て屋の人が預かっていたタマゴなんです」

 

「あぁ、なるほど」

 

 イッシュのポケモンといないポケモンのタマゴが一緒にあることにアーティは疑問を抱いたが、育て屋が預かっていたと知り、納得した様だ。

 

「ちなみに、切欠はあるポケモンに関する一件で」

 

「折角だ。聞いても良いかな?」

 

「えぇ、構いません」

 

 別に隠し立てするような話でもない。Nはヤブクロンの件について語り出す。

 

「――と言う訳です」

 

「ヤブクロンを思う子供達と、子供を思う先生のぶつかり合い。ちょっとしたハプニングが入りつつも理解し、絆が強くなる……。良い! これぞ、純情ハート!」

 

 ハイテンションのアーティ。本当に純情ハートって何なんだろうと、Nとシューティーは思ってしまう。

 

「子供達とポケモンと先生。今度、そんな絵を書くのも良いかも知れないね。N君、その育て屋は何処にあるかな?」

 

 本人達の許可を取らずに、絵を書く訳にも行かない。会う必要があった。

 

「ここからシッポウシティの向こうにあります」

 

「シッポウシティの向こうか……」

 

 場所が少し遠い。行くのは余裕がある時にしようとアーティは決めた。

 

「アーティさん、今度はこちらが一つ聞いても良いですか?」

 

「構わないよ」

 

「アーティさんはサトシくん達と何処で知り合いに?」

 

「ヤグルマの森さ」

 

「ヤグルマの森? サトシくんはそこでクルミルをゲットしたと言ってましたが……」

 

「うん。その件に少し関わってる。話そうか?」

 

「お願いします」

 

 サトシとクルミルがどう出会い、仲間になったのか。Nは少し気になったので話を聞くことにした。

 

「――で、クルミルはサトシ君の仲間になったのさ」

 

「そうでしたか……」

 

「にしても、サトシは無茶し過ぎじゃないですか……?」

 

 クルミルを助ける為とはいえ、川に飛び込み、危うく滝に落ち掛けていたサトシにシューティーは冷や汗を流していた。

 

「まぁ、そこまで必死になれるサトシ君だからこそ、クルミルは仲間になることを選んだのさ」

 

「確かに」

 

 そんな真っ直ぐだから、クルミルは仲間になったのだ。

 

「ちなみにシューティー君、サトシ君とは何処で知り合ったんだい?」

 

「カノコタウンです。僕が新人トレーナーとして旅立つ日に会いました。何でも、旅行しに来たらしいです」

 

「そこから旅にと……」

 

 サトシの性格を考えると、このイッシュ地方のポケモンとの出会いを求めて旅をすることにしたのだろう。Nはそう推測していた。

 

「そう言えば、サトシくんはその時にゼクロムに遭遇したと言ってたね」

 

「はい。僕もその時にいて、ゼクロムを見ました。……まぁ、見れただけですが」

 

「いやいや、それでも運が良いよ。伝説のポケモンを一体も見れずに一生を終える人も珍しくはないからね」

 

 強力かつ、珍しい。その二つの要素もあり、伝説のポケモンに遭遇することは勿論、見ることも難しいのだ。

 

(……そう考えると、サトシくんって凄いね)

 

 ゼクロムだけでなく、ビリジオンとも遭遇している。まぁ、それは自分もだが。

 但し、サトシはもっと多くの伝説のポケモン達と遭遇していたりする。

 

「……?」

 

「どうしたんだい?」

 

「あっいえ、気のせいでした」

 

 そう言うNだが、それは違う。

 

(……見られてる)

 

 Nは視線を感じていた。間違いなく、自分に向けられている。ゾロアも感じているらしく、鋭い眼差しになっていた。

 

(――消えた)

 

 自分達を見る視線が、不意に消えた。見ていた者が立ち去ったらしい。

 

(報告しに行った様だね)

 

 この町にいるかは不明だが、この分では見付かるのは時間の問題だろう。

 

(そろそろ、終わりかな)

 

 一人の人間として、様々な出会いや体験を得てきたこの旅。その終わりが近付いていたのを、Nは感じていた。

 

 

 

 

 

 建物の一室。マントを纏った男性が、その報告を聞いていた。

 

「間違いないのですね?」

 

『はい。確実に王本人でした』

 

「ご苦労様です。後は私達の方でするので、貴方達は戻ってその時まで待機してください」

 

『はっ』

 

 通信が切れる。その後、男性は笑みを浮かべた。

 

「どうでした?」

 

「間違いなく本人でした」

 

「それはそれは。良いことですねえ」

 

「えぇ、本当に」

 

 二人の男性が不敵に笑う。ここまでタイミングが良いとは思わなかった。

 

「後は向こうが動くのを待つだけ……」

 

「楽しみですねえ」

 

 もうすぐ迫るその時に、二人は再度不敵に笑う。色々と行なって来た仕込みが、漸く実を結ぶのだから。

 しかし、この二人も現時点では予想もしていないだろう。まさか、その結末が――自分達の想定を超えるものになるのだと。

 

 

 

 

 

「エネルギー増大」

 

「メテオナイトの発掘まで後少しよ……!」

 

「いよいよ確保にゃ……!」

 

 リゾートデザート。ロケット団の飛行艇でロケット団達がメテオナイト確保に勤しんでいた。一日掛けて発掘し続け、もうすぐ入手出来る所だった。

 

「待て。リゾートデザートに何かが接近している。これは……ヘリか?」

 

「例の連中かの?」

 

「にしては、数が少ない様な……?」

 

 例の組織がメテオナイトを強奪しに来たのなら、もっと大勢で来るはず。しかし、今来ているのは一つだけ。明らかに少ない。

 採掘を続けながら、そちらを見ていると――そのヘリが到着。扉が開き、人の姿が出てくる。それを見て、ロケット団は驚く。

 

「あれは……ジャリボーイ!?」

 

「ジャリボーイ?」

 

「俺達の獲物で、同時に何時も邪魔する奴さ!」

 

「なんでここに来たのにゃ……!?」

 

 サトシの接近に、ロケット団は驚きながらも説明する。

 

「ふむ、お主達の話から推測すると、あれは例の組織ではないの。異変を確かめに来た調査団と言った所じゃな」

 

「どうしますか?」

 

「もうすぐで手に入れれる。邪魔されてはならん。足止めせい」

 

「了解。行くぞ」

 

「おう!」

 

 ロケット団は飛行艇から降り、サトシ達を待ち構える。

 

「ここがリゾートデザートか……」

 

「砂ばっかりね……」

 

「うん、前にも思った事があるけど、リゾートの名前が付いている場所には見えないね」

 

 見渡す限り砂ばかりのこの地に、サトシ達は各々の感想を呟く。

 

「アララギ博士、この近くに原因があるのですね?」

 

「その筈よ」

 

 ヘリが進む。すると、前に一つの飛行艇が見えた。

 

「飛行艇? 他の調査団?」

 

「いや、待ってください。あのマークは……!」

 

「ロケット団!」

 

 飛行艇に刻まれたRのマークに、サトシ達は目を見開く。それはロケット団の物だ。

 

「飛行艇から光……? それにアーム? 何かを発掘してる!?」

 

「エネルギー発生源も、あの場所の下からだわ!」

 

「じゃあ、フシデ達が暴れた原因はロケット団!?」

 

 この現状を見る限り、そうとしか考えられなかった。そして、アララギはいち早くロケット団が何をしているのかを悟る。

 

「皆、今すぐにロケット団の行動を止めさせて! 何としても!」

 

「わ、分かりました!」

 

 焦った様子で声を荒らげるアララギに、違和感を感じながらもサトシ達は飛行艇に近付いていく。すると、光の近くから攻撃が放たれた。操縦士は操縦桿を上げて寸前でかわす。

 

「これ以上の接近は無理です!」

 

「行くわよ、皆!」

 

「はい!」

 

 サトシ達はヘリから降りて着地。前を見ると、ロケット団の三人組とフリントがいた。

 彼等は既に手持ちのポケモン、コロモリ、デスマス、ミネズミを出している。

 

「ロケット団!」

 

「まさか、ここで会うとは思わなかったわ。ジャリボーイ」

 

「やはり、俺達の最大の敵だな。だが、ここで邪魔される訳には行かない」

 

「全てはロケット団の栄光の為にゃ!」

 

「では、任務を始めよう」

 

 それだけを言うと、三人組とフリントは戦闘を開始する。

 

「コロモリ、エアスラッシュ!」

 

「デスマス、シャドーボール!」

 

「ミネズミ、ハイパーボイス」

 

「モリーーーッ!」

 

「マーーースッ!」

 

「ミネーーーッ!」

 

 三匹のポケモンから、三つの技が放たれた。サトシ達は咄嗟に動いて避ける。

 

「待ちなさい! 貴方達は『それ』が何なのか分かって手に入れようとしてるの!?」

 

 

「勿論よ! 膨大なエネルギーを宿すメテオナイト」

 

「それをイッシュ制圧の為の力にするのさ!」

 

「今すぐに止めなさい! それは――」

 

「止めるわけないにゃ!」

 

「コロモリ、もう一度エアスラッシュよ!」

 

「デスマス、おにび!」

 

「ミネズミ、再度ハイパーボイス」

 

「きゃああっ!」

 

 アララギの必死の言葉を無視し、ロケット団の三匹は再度攻撃を放つ。その余波で前に出たこともあってアララギは転がり、軽く気絶する。

 

「アララギ博士! よくも! ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「マイビンテージ、ヤナップ!」

 

「ナップ!」

 

「ハーデリア、行くわよ!」

 

「ハー!」

 

 サトシはピカチュウ。デントは手持ちのヤナップを繰り出し、ジュンサーはハーデリアを前に出す。

 アイリスも参加しようと考えるも、キバゴはまだまだ子供。かといってドリュウズはしたが、まだ仲は修復仕切ってないため、暫し迷っていた。その間にサトシ達が動く。

 

「ピカチュウ、10まんボルト!」

 

「ヤナップ、ソーラービーム!」

 

「ハーデリア、めざめるパワー!」

 

「ピーカ、チューーーッ!」

 

「ヤナ~……プーーーッ!」

 

「ハー……デリーーーッ!」

 

「かわせ!」

 

「避けろ」

 

 サトシ達は応戦。先程のロケット団の様に三匹で攻撃を仕掛けるも、距離が離れている事もあってかわされた。

 

「ん? 何か今の変じゃない?」

 

「何がだ?」

 

「いや、ジャリボーイのピカチュウの電撃が少し弱かった様な……?」

 

「確かにそうだにゃ」

 

 サトシとピカチュウとは、何度も何度も――既に三桁を超える数戦ったからか、ロケット団は雷撃の具合でピカチュウの体調が分かるまでになっていた。

 そこから、ロケット団はピカチュウの体調が微妙におかしいのに気付いた。

 

「放って置け。いや、寧ろこの場では有益な情報だな」

 

 フリントはサトシの実力が高い事を見抜いていた。その手持ちの体調が悪い。油断は出来ないが、これは朗報だ。

 

「ミネズミ、かげぶんしんだ。翻弄しろ」

 

「ミネミネ……!」

 

 ミネズミの姿がぶれ、サトシ達の周囲に分身を展開される。

 

「ムサシ、コジロウ。奴等を更に翻弄する」

 

「命令するんじゃないわよ! コロモリ、かぜおこし!」

 

「分かってるっての! デスマス、くろいきり!」

 

「コーーーロッ!」

 

「デーーースッ!」

 

 分身を見て動きが鈍った所に風で砂鉾を巻き上げ、更に黒霧で視界を完全に遮る。

 

「視界が……!」

 

 動きが止まったサトシ達の周囲に、空気の刃は漆黒の球、音波が突き刺さる。

 

「ジュンサーさん、どうしますか……!?」

 

「下手に動くとやられるわね……!」

 

「だけど、このままだと向こうの思うがままです……!」

 

 何とかしなくてはならないが、現状は身動きが取れないでいた。

 

「なら、僕が突破口を切り開きます」

 

「どうするの?」

 

 ジュンサーが質問を求めると、デントが作戦を説明する。

 

「なるほど、それなら上手く行きそうね」

 

「じゃあ、早速」

 

 サトシ達は頷くと、デントは直ぐに行動を起こした。

 

「このまま奴等の動きを封じ込めるぞ」

 

「だから、一々指示出すんじゃないわよ」

 

「まあまあ。このまま問題なく進むから落ち着けって」

 

「そうにゃ。もうすぐでメテオナイト回収完了だにゃ」

 

 コジロウやニャースにそう言われ、ムサシはイライラを収めた。

 

「……ん? 揺れ?」

 

 地面から微かな揺れを感じたフリントが下を見る。同時に砂が盛り上がり、一匹のポケモン――ヤナップが現れる。

 

「ナプーーーッ!」

 

「何!?」

 

「下から!?」

 

「あなをほるか!」

 

 ヤナップは黒い霧や砂鉾を逆に利用し、地中から奇襲を仕掛けたのだ。

 

「ヤナップ、タネマシンガン!」

 

「ナププププ!」

 

「モリッ!」

 

「マスッ!」

 

「ミネッ!」

 

 無数の種がロケット団の三匹に向かって発射され、ダメージを与える。

 

「今だ、ピカチュウ! コロモリの鳴き声に向けて、エレキボール!」

 

「ハーデリア、めざめるパワーでミネズミとデスマスを攻撃よ!」

 

「ピー……ッカ!」

 

「デデリーーーッ!」

 

「モリーッ!」

 

「マスーッ!」

 

「ズミッ!」

 

 三匹がダメージに怯んだ所に、ピカチュウがエレキボール、ハーデリアがめざめるパワーを放ち、命中させる。

 その影響で霧や砂が晴れ、サトシ達は視界を取り戻す。ヤナップも同時にデントの元に戻った。

 

「なるほど、手強いな」

 

 サトシ達の実力を、フリントは正直に認めた。倒すとなると、相当手こずりそうだと眉を潜める。

 

『――聴こえるかの?』

 

「ゼーゲル博士?」

 

『もうすぐで回収出来る。稼げい』

 

「了解」

 

 ゼーゲルからの報告を聴いたフリントだが、顔には全く出さない。サトシ達に強引に攻めるのを避けるためだ。

 

「ミネズミ、いかりのまえば」

 

「コロモリ、めざめるパワー!」

 

「デスマス、おにび!」

 

「かわせ!」

 

 三匹の攻撃を、ピカチュウ達はかわすと攻勢に応じる。

 

「ピカチュウ、コロモリにエレキボール!」

 

「ヤナップ、ミネズミにかわらわり!」

 

「ハーデリア、デスマスにかみつく!」

 

「ミネズミ、ハイパーボイスでエレキボールを反らせ」

 

「デスマス、お前はかわらわりを防御しろ!」

 

「コロモリ、かぜおこしでハーデリアを妨害しなさい!」

 

 六人の指示により、六匹のポケモン達が動く。しかし、中々決定打を与えるのは難しい。複数戦故、周りがカバーするからだ。

 

「ミネズミ、いあいぎり」

 

「ピカチュウ、アイアンテール!」

 

 手刀を振るうミネズミと、鋼の尾を振り回すピカチュウ。

 

「見事だ。体調が悪いとは思えん動き。しかし、一つの尾と二つの手。威力はそちらが上だろうが――手数はこちらの方が上だ」

 

「ミー……ネッ!」

 

「ピカッ!」

 

「ピカチュウ!」

 

 アイアンテールを上手く弾かれ、隙が出来たところにミネズミは身体に手刀を叩き込む。

 

(強い!)

 

 フリントは冷静にかつ、的確に攻めてくる。ムサシやコジロウよりも一回りは確実に強い。

 勝てない相手ではないが、油断も出来ない。この敵を相手にこちらは不調だと長引きそうだ。

 

「でんこうせっか!」

 

「かげぶんしん」

 

 砂地にもかかわらず、高速で向かって来るピカチュウに、ミネズミは再度分身を展開。回避しつつ惑わせる。

 

「ピカチュウ、アイアンテールで地面を叩け!」

 

 ピカチュウが地面を叩く。ここは砂地の為、衝撃により大量の砂が巻き上げられ、分身が消滅する。

 

「なるほど、そう対処して来るか。ミネズミ、ハイパーボイス」

 

「ミネーーーッ!」

 

「そこだ! ジャンプしてエレキボール!」

 

「ピカァ!」

 

「ズミッ!」

 

 砂鉾の中にいるピカチュウをハイパーボイスで吹き飛ばそうとしたが、その瞬間にピカチュウが跳躍。音を目印に逆にエレキボールを食らう。

 

「ミネズミ、いあいぎり」

 

「――ミネ!」

 

 しかし、フリントとミネズミはただやられるつもりはない。素早く体勢を立て直し、ピカチュウに接近。アイアンテールを捌きながらいあいぎりを当てる。

 

「さて、戦況は……」

 

 フリントはサトシを警戒しながら、ムサシとコジロウの方を見る。

 

「ハーデリア、かいりき!」

 

「コロモリ、しねんのずつき!」

 

 全身の力を込めた体当たりと、思念の力を込めた頭突きが衝突。二匹は吹き飛ぶ。

 

「めざめるパワー!」

 

「モリーーーッ!」

 

「ハーーーッ!」

 

 ムサシとジョーイ。二人は同じ技を同じタイミングを指示。コロモリとハーデリアもまた、同じタイミングで技を放つ。

 同じ技は互いを次々と打ち消すも、ハーデリアのめざめるパワーが一つの残ってコロモリに向かう。

 

「コロモリ、かわしてエアスラッシュ!」

 

「ハーデリア、まもる! そこから、かみつく!」

 

「モリリッ!」

 

「ハッ! デリィ!」

 

「かぜおこしよ!」

 

「耐えなさい!」

 

 コロモリはめざめるパワーをかわし、エアスラッシュで反撃。ハーデリアはそのエアスラッシュをまもるでガード、かみつくを仕掛ける。

 だが、ムサシとコロモリは弱点攻撃をわざわざ食らうつもりもなく、かぜおこしの風で妨害する。

 ハーデリアはジュンサーの指示で足に力を込め、風に耐える。そこからかみつくに応じた。

 

「ハーーーッ!」

 

「モリィ!」

「ハーデリア、かみついた状態でかいりきよ!」

 

「ハー……デリアッ!」

 

「モリリーーーッ!」

 

 噛み付いた状態から全身の力を発揮し、コロモリを吹き飛ばす。

 

「コロモリ、しねんのずつき!」

 

 攻撃を受けたコロモリだが、素早く姿勢を立て直すとしねんのずつき。攻撃を放った直後の硬直を突き、ハーデリアにダメージを与える。

 

「更にかぜおこし! そこからエアスラッシュ!」

 

「ハデッ! リィ!」

 

 風でハーデリアを崩し、更に風を利用した加速させた追撃のエアスラッシュを命中させた。

 

「強いわね……!」

 

「ふん、アタシ達はロケット団よ? 弱い訳無いでしょ」

 

 サトシ達に何度も撃退されてこそはいるが、彼等は決して弱くない。簡単に勝てる相手ではないのだ。

 

「タネマシンガン!」

 

「ナププププッ!」

 

「おにび!」

 

「デスマース!」

 

 デントとコジロウ。ヤナップの無数の種と、デスマスの怨念の炎がぶつかり合う。

 

「ヤナップ、あなをほる!」

 

「デスマス、くろいきりだ!」

 

「ナプッ!」

 

「マスーーーッ!」

 

 ヤナップは穴を掘って地中から攻撃を狙おうとするも、デスマスは黒い霧を放って姿を隠す。

 

「ヤナップ、タネマシンガンを広く放て!」

 

「デスマス、避けてからおにび!」

 

「もう一度、あなをほる!」

 

 種を避け、鬼火を放つデスマスだが、再度のあなをほるでかわされる。

 

「――ナプ!」

 

「そこか! デスマス、シャドーボール!」

 

「デーーースッ!」

 

「ヤナップ、かわらわり!」

 

「ヤナー……!」

 

 出てきたヤナップにデスマスはシャドーボール。一方、デントはかわらわりを指示。

 

「おいおい、ゴーストタイプのデスマスに格闘タイプのかわらわりは効果は無いぜ?」

 

「確かに。だけど――こんな風には使える! ヤナップ、シャドーボールを弾き返せ!」

 

「プーーーッ!」

 

 漆黒の球を、ヤナップは力が込もった手で弾き返す。返された球はデスマスに見事直撃した。

 

「マスーーーッ!?」

 

「な、何っ!?」

 

「近付いてタネマシンガン!」

 

「ナプププ!」

 

 ダメージで怯んだ隙にヤナップは接近。タネマシンガンで一発は小さくも確かな追撃を与える。

 

「デスマス、おどろかすだ!」

 

「――マス! デー……スマッ!?」

 

「ナプッ!?」

 

 デスマスは軽くぶつかり、顔を俯かせる。そして、一瞬の間を置いてから、わっと大声と凄い顔をする。ヤナップは声と顔に怯む。

 

「シャドーボール!」

 

「マースッ!」

 

「ヤナッ!」

 

 デスマスは驚いた隙を突き、近距離でシャドーボールをヤナップに命中させる。

 

「ヤナップ、大丈夫かい?」

 

「ナプナプ」

 

 デントの声に、ヤナップは笑顔で頷く。

 

「やるね。中々の実力者だよ」

 

「そっちもな。それにさっきのかわらわりでシャドーボールを返したあれ……ジャリボーイを見た気分だぜ」

 

 さっきのは、サトシがワルビルのストーンエッジを跳ね返したのを参考したのだ。但し、今のデントには気になる事がある。

 

「ジャリボーイ……サトシの事かな? 君達、サトシと何度も会ってるのかい?」

 

「あぁ、何度も何度も会っては邪魔されてるぜ」

 

 時には協力する事もあるが、それはこの場で言う必要性が無かった。

 一方のデントは予想通りかと呟く。しかし、犯罪組織と何度も会うサトシに苦笑いしてしまう。

 

「さて、雑談はここまでだ! さっさとやられてもらうぜ!」

 

「お断りさ! 寧ろ、そっちが倒れてもらおう!」

 

 そのやり取りの後、デントとコジロウは戦いを再開する。

 

「ふむ、戦況は五分五分と言った所か」

 

 ムサシとコジロウの方を見たフリントはそう呟く。二人はデントとジュンサーを食い止めていた。この調子なら問題なさそうだ。

 

「それはどうかな?」

 

「何? ……!」

 

「ミ、ネ……!」

 

 サトシの言葉に、フリントがミネズミを見る。すると、身体からバチバチと静電気が溢れ、苦しそうに呟く。

 

「麻痺……特性、せいでんきか。迂闊だったな」

 

「これでこっちが有利だ! 一気に決める!」

 

 一瞬で把握したフリントは、これは不味いと表情を険しくする。サトシが勝負を一気に終わらせようとした。

 

『――完了したぞい』

 

 その時――ロケット団の飛行艇の光が溢れ、採掘をしている場所から違う色の光が放たれる。

 更に衝撃波が発生し、その場にいる全員が悲鳴と共に吹き飛び、飛行艇とヘリも揺れる。

 

「何だ、今の……!?」

 

 サトシ達が姿勢を立て直すと、そこには飛行艇のアームに抱えられた大きな石があった。

 

「あれは……!?」

 

「メテオナイト。膨大なエネルギーを宿す隕石だ」

 

「隕石……?」

 

 フリントの言葉を聞き、デントは何か引っ掛かる。そして、気付いた。

 

「まさか、シッポウ博物館の盗難騒ぎは……!」

 

「ほう、中々に鋭いな。その通り。このメテオナイトの回収のためのだ。まぁ、この三人組が馬鹿な事をやったせいでいらん騒ぎになったが……」

 

「うっさいわね! 強奪自体は成功したんだから良いでしょ!」

 

「そうだ! 終わった事を何時までも言うな!」

 

「女々しいのにゃ!」

 

(……あれ?)

 

 ロケット団とフリントのやり取りに何とも言えない空気になるが、そんな中、サトシは違和感を覚えた。デントやアイリス、ジュンサーもだ。

 

「なぁ、デント。確か、シッポウ博物館の盗難騒ぎじゃ――」

 

「では、確保も終わった。さらばだ」

 

 デントに確認を求めようとしたサトシだが、その前にロケット団とフリントが動く。

 彼等が飛行艇からぶら下げられたはしごに掴まる。同時に、メテオナイトがアームと共に飛行艇に仕舞われた。そして、飛行艇は動き出す。

 

「じゃあな、ジャリボーイ!」

 

「今回はアタシ達の勝ちよ!」

 

「そして、この後もにゃ!」

 

「……喧しい」

 

 目的を果たし、ロケット団と飛行艇はリゾートデザートから去って行った。

 

「追い掛けますか?」

 

「その前に私達を入れて。迂闊に近付いたら墜落させられるわ」

 

「はっ」

 

 パイロットはヘリを着陸。サトシ達がアララギを運びながら乗ると、再び離陸する。

 

「うっ……」

 

「アララギ博士!」

 

 意識を失ったアララギが目を覚まし、身体を起こした。サトシ達が近寄る。

 

「ここは……?」

 

「ヘリの中です」

 

「ヘリ……? ――メテオナイトは!?」

 

「……すみません、ロケット団に奪われました」

 

「そんな……!」

 

 メテオナイトがロケット団の手に渡ったと知り、アララギは苦悶の表情を浮かべる。

 

「俺達の力が足りなかったばかりに……」

 

 サトシ達は顔を俯かせる。特にアイリスは、戦えなかった事から一番顔が暗い。

 

「……いいえ、貴方達は頑張ってくれたわ。それよりも、メテオナイトを早くロケット団の手から回収しないと……」

 

「アララギ博士、そもそもメテオナイトとは一体?」

 

 ジュンサーの問いに、アララギは仕方ないと言いたげに話し始める。

 

「遥か昔、この星に落ちてきた特殊な隕石の事をそう呼ぶの。メテオナイトには膨大なエネルギーが宿っているんだけど……」

 

「じゃあ、ロケット団はそのエネルギーを悪用するために!?」

 

「……けど、メテオナイトはそんな代物じゃなかったの」

 

「……どういう事ですか?」

 

「これは一部しか知ることが出来ない機密事項だけど……貴方達には話すわ。実はメテオナイトには――」

 

 アララギがメテオナイトについて話す。メテオナイトの真の特性について。

 

「――という事なの」

 

 それを聞き、サトシ達の顔色が悪くなる。

 

「ま、待ってください! そんなものがロケット団の手に渡ったら……!」

 

「とんでもない事に……!」

 

「……それだけで済めばまだ良い方だわ。一番不味いのは、知らないで使うことなの」

 

 知ってて使われるのも勿論不味い。しかし、それ以上にメテオナイトの本質に気付かないままで使う方がもっと不味いのだ。

 

「けど、ロケット団は向こうに行っちゃったし……」

 

「場所は?」

 

「……残念ながら、思った以上の速さで撒かれました」

 

「直ぐに他に伝えます」

 

 ジュンサーが他の仲間に伝える中、デントが気になる点について話す。

 

「アララギ博士、一つ気になる事が……」

 

「何、デント君?」

 

「ロケット団はシッポウ博物館で隕石を盗んだと言っていたんですが……アロエさんから聞いたNさんは、シッポウ博物館で盗まれた物は無いと言っていたんです」

 

「……えっ? それは本当なの?」

 

「はい」

 

 直接聞いた訳ではないが、Nに嘘を付く理由も無いため、それが事実のはず。

 

「……どういうこと?」

 

 ロケット団は博物館で隕石を盗んだ。一方で、博物館で盗まれた物は無い。明らかに矛盾している。

 

「ロケット団が嘘を付いてるとか?」

 

「けど、あいつらのあの態度を見てるとそんな気がしないんだよなあ……」

 

「となると、博物館側が盗まれた事実を隠した?」

 

「確認は……後回しね。今はロケット団の方が優先だわ」

 

 気になる点だが、今はロケット団からメテオナイトを取り返す方が先だ。

 

「しかし、どうやって見付けますか?」

 

「……そこなのよね」

 

 言うのは易しだが、それが出来るかは全く別だ。

 

「だけど、一刻も早く回収しないと……」

 

 ロケット団が事を起こす前に、メテオナイトを回収しなければならない。

 

「とりあえず、ヒウンシティに戻りませんか? 適当に探しても見付かる訳ではありませんし……」

 

 燃料はあるが無限ではない。追跡に関して何も出来ない以上、他にする事をするしかなかった。

 

「そうね……。市長やアーティさんに話す必要もあるわ。ヒウンシティに戻りましょう」

 

 ロケット団の思惑を止めきれず、最悪の事態に気分を暗くしながらサトシ達はヒウンシティへの帰還を始めた。

 

「――よし、行ったな」

 

「我々もここを出ますよ」

 

「はい」

 

 ロケット団の飛行艇とサトシ達を乗せたヘリ。その二つが去ったのを見て、古代の城からライトストーン確保に来ていたアスラやロット達が外に出る。

 

「しかし、ロケット団はメテオナイトを確保した様だが……大丈夫かの?」

 

「あの方は何かを考えている様ですが……」

 

 メテオナイトを知っている二人からすると、ロケット団に渡すのは良いとは思えなかった。

 

「とにかく、ここから去るとしよう」

 

「ですな。ただ、その前に報告を……」

 

 アスラが通信機を使い、連絡を取る。しばらく話し合うと彼は目を細め、同時に通信が切れた。

 

「どうしろと?」

 

「一刻も早く、ヒウンシティに来いと。――王を見付けたそうです」

 

 その報告に団員達が目を喜びで輝かせる中、ロットだけはアスラと同じく目を細めていた。

 

「今後の方針を、全員で改めて決めたい。とのこと」

 

「ヴィオやジャロは?」

 

「彼等はもう少し様子見をしてからだそうです」

 

「分かった。では、周りを確かめつつヒウンシティに向こう」

 

 二人は指示に従い、部下と共にリゾートデザートを後にする。

 しかし、そのしばらく後――一つの存在がリゾートデザートに赴いていた事は彼等も知らない。

 



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幾度の再会

 二日続けての投稿です。
 タイトルに?と思う人も多いと思いますが、投稿違いではありません。また、その意味もしっかりとあります。
 では、嵐の前の一時をどうぞ。


「皆、無事だったかい?」

 

「はい。ただ……」

 

「何かあったのかね?」

 

「実は……」

 

 Nやシューティー、アーティや市長達の出迎えを受けるサトシ達だが、表情は暗い。

 市長が理由を尋ねると、アララギがフシデ達の暴れた原因を話す。但し、メテオナイトの本質については色々な事情から口を閉ざす。

 

「という事です」

 

「ロケット団……確か、指名手配されている連中ですね」

 

「そんな連中がいたのか……」

 

「僕も行くべきだったかもしれませんね……」

 

 アーティの言葉に、Nやシューティーも行くべきだったかと思っていた。

 

「いえ、フシデ達の様子を見ることも大切です。お気に召さらず」

 

 結果としては暴れなかったが、もしかしたらフシデ達が暴れていた可能性もある。アーティ達の判断は間違っていない。

 

「一応、ロケット団は目的を終えたのでフシデ達を戻しても大丈夫だとは思いますが……」

 

「少し様子を見るべきかもしれませんね……」

 

 影響は消えたとはいえ、もう安全だと言う確証が無い。もう少しここで保護するべきかもしれない。

 

「では、もう少し様子を見るように伝えよう」

 

「助かります。皆さんはゆっくり休んでください」

 

「はい。アララギ博士はどうしますか?」

 

「研究所も心配だけど……もう一度リゾートデザートに行く可能性も考えて、この街にいて置くわ」

 

 カノコタウンからリゾートデザートは遠い。また、フシデ達のためにも、アララギはヒウンシティに少しの間いることにした。

 

「では、適度な場所を用意しましよう」

 

「ご心配なく。この街には知り合いがいますから」

 

「そうでしたか。では、我々はここで」

 

「僕も失礼するよ。フシデ達を見てないとね。サトシ君、済まないがジム戦はもう少し待っててくれ」

 

 

「はい」

 

 市長は頭を下げると、様々な業務を片付けるべく離れた。アーティもセントラルエリアに向かう。

 

「アララギ博士、知り合いというのは?」

 

「サトシ君には言った事があるわよね。前にヒウンシティに、ポケモンの転送システムを担当するショウロって子がいるって」

 

「あっ、そう言えば……」

 

 ヤグルマの森の先にあるポケモンセンターで、そう話していたのをサトシは思い出した。

 

「折角だから会ってみる? 預かって欲しいポケモンがいたら送れるわよ?」

 

「今のままで良いです。ただ、どんな人か会ってみたいです」

 

 サトシは預かるのはともかく、アララギの知人のショウロには興味があった。

 

「皆は?」

 

「あたしも興味あります!」

 

「僕もです」

 

「では、ボクも」

 

「じゃあ、僕も会ってみます」

 

 他もショウロに興味を抱いたらしく、会うことにした。

 

「じゃあ、私に着いてきて。彼女が管理してるシステムの場所はこっちよ」

 

 アララギの案内の下、ショウロがいる場所へと向かう。

 

 

 

 

 

「ここですか?」

 

「えぇ、ここで彼女が預かりシステムを管理してるの。さぁ、入り――」

 

「お姉ちゃん! どうして、研究を再開しないの!」

 

 ショウロがいる場所に着き、入ろうとしたサトシ達だが、その前に少女の声が響く。

 

「分かって、ショウロ。私はもう、あの研究はしないって決めてるの」

 

「あれ? この声……?」

 

 少女と話している女性。シューティーを除いたサトシ達はその声に聞き覚えのあった。

 

「マコモ?」

 

「あら? この声は……アララギ?」

 

 中に入る。すると、左右を軽く束ねた茶髪で眼鏡を掛けた少女と、サンヨウシティで夢の煙の騒動で出会った女性、マコモがいた。彼女の隣にはムンナとムシャーナがいる。

 

「マコモさん!」

 

「サトシ君! それも皆も……」

 

「ム~ンナ」

 

「シャ~ナ」

 

 マコモとの再会に、サトシ達は挨拶。マコモとムンナやムシャーナは返す。

 

「そちらの彼は見たことが無いわね。貴方は?」

 

「シューティーです」

 

「私はマコモ。アララギの友人である研究をしてたの。今は止めてるけど……。ところで、アララギ達はどうしてここに?」

 

「ショウロちゃんに会いに来たの。マコモに会うのは予想外だったけど」

 

「で、ショウロって人は?」

 

「あっ、それはあたし」

 

 眼鏡を掛けた茶髪の少女が、ぶかぶかの袖を上げる。

 

「えっ、まさかこの子がポケモン転送システムの管理者!?」

 

「滅茶苦茶若いじゃない!」

 

「僕達よりも若いかも……」

 

 想像以上に幼いショウロに、サトシ達は驚愕する。

 

「ふふ~ん、スゴいでしょ。このあたしこそ、イッシュ地方の転送システムの管理者なの」

 

 ショウロは自信満々に、どや顔で胸を張る。

 

「あたしの事はさんでもちゃんでも構わないから。で、アララギ博士は何のようで?」

 

「少しの間、ヒウンシティに留まることになったの。だから、ここに泊めてくれないかしら?」

 

「良いですよ。それにアララギ博士なら、お姉ちゃんを説得出来るかもしれませんし」

 

「説得? それにお姉ちゃん?」

 

「ショウロは私の妹なの」

 

 マコモとショウロが姉妹と知り、サトシ達はなるほどと呟く。

 

「で、説得というのは……?」

 

「夢のエネルギーの研究再開だよ!」

 

 夢のエネルギーと聞き、アイリスとシューティーを除くサトシ達は目を見開く。

 

「ムシャーナと再会出来たのに、お姉ちゃんは全くやらないから直接こうやって話し合ってたの。お姉ちゃん、どうして再開しないの?」

 

「ショウロちゃん。夢のエネルギーは前に――」

 

「結果については知ってるよ。聞いたから」

 

 ショウロはマコモの妹。夢のエネルギーの結果に付いて聞いても何ら不思議ではない。

 

「だけど、科学に失敗は付き物。失敗を糧に成功を果たし、世に貢献をもたらす。それこそ科学者の役目でしょ?」

 

 ショウロの言葉に、サトシ達は思わず唸る。アララギも確かにと呟く。

 

「だけど、ショウロくん。マコモさんはしっかりと考えた上で、しないと決めた事。その意志は尊重するべきじゃないかな?」

 

 Nは、マコモの意志を大事にするべきだと語る。

 

「そうかな? あたしには失敗を恐れて、科学から逃げた風にしか見えないよ」

 

「ショウロさん! 幾ら何でもそんな言い方はないだろ!」

 

 ショウロの逃げたという言葉に、サトシは思わず声を荒らげる。

 マコモの色々と考えた上での選択を逃げたと言われれば、流石にサトシも我慢ならない。

 その場を見ていたNやデント、話を聞いていたアララギも厳しい表情になっていた。

 

「……確かにそうだね。言い過ぎた。ごめん、お姉ちゃん」

 

「良いのよ。そう言われても否定出来ないから」

 

 妹が、自分を思ってそう言ったのは姉として分かっている。

 

「だけど、ショウロ。私はよく考えた上でこの選択を選んだの。それを簡単に変えるつもりはないわ」

 

 夢のエネルギーの危険性、ムンナやムシャーナへの負担を考え、マコモは中止を選んだ。その意志は簡単には変わらない。

 

「……そっか。お姉ちゃんの意志は固いみたいだね。だったら、あたしもこれ以上は言わないよ。だけど、もし夢のエネルギーの研究再開をするつもりなら何時でも言ってね。あたし、協力するから」

 

「その時は私も協力するわ」

 

「ありがとう、アララギ、ショウロ」

 

 力になる親友と妹に、マコモはお礼を告げた。

 

「じゃあ、話は終わり。アララギ博士、部屋を用意しますね。お姉ちゃんも今日はここで休んで」

 

「助かるわ。じゃあ皆、用があったらここに来てね。それとサトシ君。これを渡して置くわ」

 

 アララギが手渡したのは、錠剤だった。それを見て、サトシはこれが何か直ぐに分かった。ピカチュウの体調を改善するための薬なのだと。

 

「ありがとうございます。あっそうだ。アララギ博士、これを」

 

 サトシは二つのモンスターボールをアララギに渡す。

 

「これは……?」

 

「Nさんのです」

 

「あぁ、そう言うことね。分かったわ、預かります」

 

 Nを見る。コクリと頷いており、彼が何らかの理由――おそらくはポケモンの為に使ったモンスターボールだと知り、アララギは預かった。

 

「じゃあ、失礼します」

 

 アララギやマコモ、ショウロに頭を下げ、サトシ達はその場を後にした。

 

「いやー、まさかマコモさんと再会するなんてなー」

 

「うん、正にサプライズだね」

 

「ムンナとムシャーナも元気そうで何よりだよ」

 

「サトシ、デントさん、Nさん。夢のエネルギーとは?」

 

「あっ、それはあたしも聞きたい」

 

 アイリスはポケモンセンターで待機したため、夢のエネルギーやムシャーナについての経緯はシューティーと同じく知らなかった。

 なので、サトシ達はその経緯について簡単に話した。

 

「――と言うわけ」

 

「なるほどねー」

 

「にしても、その件でもロケット団は関わっているのか」

 

 シューティーのその言葉に、デントは考える仕草を取る。

 

「……そう言えば、ロケット団はそもそも何故夢のエネルギーを狙ったんでしょうか?」

 

「メテオナイトを狙った経緯を考えると……やはり、エネルギー目当てじゃないかな?」

 

 そう考えるのが妥当だ。しかし、何かが引っ掛かる。夢のエネルギー、博物館の隕石盗難騒ぎ、そして今回のメテオナイト。

 後者二つの繋がりから、夢のエネルギーも何か関連しているようにデントは思えるのだ。

 

(……これ以上は無理か)

 

 情報が足りない。これ以上の推測は不可能だ。モヤモヤは残るが切り上げるしかない。

 

「この後はどうしようかな?」

 

「僕とのバトルだろう」

 

「あっ、忘れてた」

 

 昨日、シューティーとバトルの約束をしていたのを思い出す。

 

「じゃあ、しようぜ。何処でする?」

 

「この街のバトルクラブ。あそこなら問題なく出来る。案内するよ」

 

「頼む」

 

 シューティーの案内に従い、サトシ達はヒウンシティのバトルクラブに向かう。

 

 

 

 

 

「バトルの事なら何でもお任せ。バトルクラブへようこそ」

 

 バトルクラブに到着したサトシ達は、この街のバトルクラブを管理するドン・ジョージと対面する。

 

「今日は何用かね?」

 

「僕と彼の試合を」

 

「了解した。ちなみに、今はバトルの最中だが見るかね?」

 

「見ます」

 

「ではこちらだ」

 

 ドン・ジョージにバトルフィールドに案内してもらう。途中、何かの声が聞こえた。

 

「あぁもう! あんた、突撃ばっかりじゃない! 猪にも程があるわよ!」

 

「フタフタ!」

 

「こ、これがわたしの戦い方だもん!」

 

「チャオチャオー!」

 

「あれ? また何か聞いた事がある声が……」

 

「う、うん、確かに聞いたことがあるような……」

 

「もしかして、この声は……」

 

 まさかと思いつつ、バトルフィールドに到着すると、そこには二人の少女とポケモンがいた。

 

「ベル!」

 

「それにカベルネも!」

 

「あっ、サトシくん!」

 

「げっ……」

 

 ヒウンシティの前で出会った少女、ベルと新築のフレンドリィショップで出会ったポケモンソムリエール、カベルネがいた。彼女達はチャオブーとフタチマルでバトルしていた。

 

「久しぶり~! 元気だった?」

 

「あぁ、ベルも元気そうだな」

 

「うん! バッジも二つ目ゲット!」

 

「相変わらずな感じね~」

 

「カベルネも元気で何より」

 

「……あんた達もね」

 

 ベルは楽しく、カベルネは素っ気なく答える。

 

「サトシくん。彼女達は?」

 

「あっ、この二人は旅で知り合ったんです。こっちがベルで、あっちがカベルネ」

 

「ベルって言います! よろしくね!」

 

「私はカベルネ。今はCクラスのポケモンソムリエールよ」

 

「僕はシューティー」

 

「ボクはN。宜しく」

 

「シューティー君に、N……さん?」

 

「変わった名前ね……」

 

「良く言われるよ」

 

 互いに自己紹介する四人。ベルとカベルネはやはりNの珍しい名前に不思議そうな表情をしている。

 

「ゾロ」

 

「カブブ」

 

「ブイ~」

 

「この三匹はNさんの?」

 

「そうだよ」

 

「ゾロア、ポカブ、それにこのポケモン……もしかして、イーブイ? イッシュにはいないポケモンじゃない」

 

「うわっ、本当だ~! 可愛い~!」

 

 イッシュにはいない、また可愛らしさからイーブイに近寄るベル。ちなみに、シューティーはフシデ達の監視の際に見て聞いているのでもう驚いていない。

 

「あなた、どこでゲットしたの?」

 

「ゲットと言うよりは、育て屋から託されたタマゴから産まれた子だよ」

 

「良いな~。こんな珍しいポケモンゲット出来て~」

 

「――ベルくん」

 

「は、はい?」

 

 珍しいポケモンと呟いた直後、Nから強い言葉を掛けられ、ベルは思わず戸惑う。

 

「この子はこの子。それだけだよ。珍しいポケモンだとかはボクには関係ない」

 

「ブイイ~」

 

 Nは、イーブイはイーブイと言うポケモンであるだけ、自分はそれ以外はどうでもいいと、抱き抱えて優しく撫でながら語る。イーブイは嬉しそうに目を細めた。

 その様子に、ベルはNがイーブイを特別視してない事を理解する。

 

「あの、すみませんでした」

 

 特別扱いで傷付く場合もある。なので、ベルはNとイーブイに謝った。

 

「分かってくれたのなら構わないよ。だよね?」

 

「ブ~イ」

 

 

 ありがとうございますと、ベルは返した。

 

「そう言えば、サトシ君達はどうしてここに? やっぱりバトルしに?」

 

「あぁ、シューティーとな」

 

「と言うか、あんたは私とバトルの最中なんだけどね」

 

「あっ、忘れてた」

 

 サトシ達が気になり、カベルネとのバトルをすっかり忘れていたベル。

 

「じゃあ、再開~!」

 

「チャオ~!」

 

「マイペースね……。やるけど」

 

「チマ」

 

 試合を再開する二人。ベルは前と同じく突撃ばかりの猪突猛進な攻めばかりし、カベルネは何とか対応しながら反撃。

 最終的な結果はぶつかり合いの末、引き分けに終わった。

 

「引き分けか~。お疲れさま、チャオブー」

 

「まぁ、負けなかっただけ良いわね。ご苦労様、フタチマル」

 

 二人は頑張ったポケモンを労い、モンスターボールに戻した。

 

「何て言うか、ベルは相変わらずね~」

 

「だけど、速さと威力は上がってた。前よりも強くなってる」

 

「カベルネも良い感じだったね」

 

 ベルもカベルネも、二人共成長していた。

 

「サトシ」

 

「あぁ」

 

 サトシ達が二人を誉めると、シューティーが呼び掛ける。サトシは頷くと、シューティーと一緒にバトルフィールドに立つ。

 

「形式は?」

 

「一対一で良いか? 一番に調整してやりたいやつがいてさ。それに明日はジム戦かもしれないし」

 

「分かった」

 

 本番に備え、軽い調整に留めたいと言うサトシの要求をシューティーは受けた。

 同時に何を繰り出すかも大体読め、自分が出すポケモンも決まった。

 

「ハトーボー、君に決めた!」

 

「さぁ行け、ハトーボー!」

 

「――ボー!」

 

 二人のトレーナーは、互いにハトーボーを繰り出した。

 

「ハトーボー対ハトーボー!」

 

「サトシのハトーボーは昨日進化したばかり。自分の新しい力をより良くコントロール出来るように選んだんだろうね」

 

「なるほど。よく考えてるね」

 

 今後の為にも、ハトーボーには経験を積ませる。その判断にNは感心した様子だ。

 

「じゃあ、シューティーはどうしてハトーボーを? 相性で考えたら、バニプッチの方が良さそうな気が……」

 

「彼なりに考えがあるんだと思うよ」

 

 口ではこう言うデントだが、実際は分かっていた。シューティーは敢えて前のバトルと同じにして、今の自分がサトシに何処まで通用するかを試しつつ、可能ならリベンジを果たそうとハトーボーにしたのだと。

 

「サトシ君のマメパト、進化したんだ~」

 

「その様ね」

 

「カベルネちゃんは知ってるの?」

 

「戦ったわ。結果は完敗」

 

「私も~」

 

 ベルもカベルネも、サトシのマメパトに負けたので、進化してハトーボーになった事に注目していた。

 

「行くぜ! ハトーボー、でんこうせっか!」

 

「こっちははがねのつばさ! 受け止めるんだ!」

 

「ハトー!」

 

「ハー……ボーーーッ!」

 

「ボッ!?」

 

 進化した速さと威力が上がったでんこうせっかで先制攻撃を狙うサトシ達。その一撃を、シューティーのハトーボーは翼を鋼の様に硬化させて受けとめる。

 

「弾け!」

 

「ボーーーッ!」

 

「ハトッ!」

 

「そこだ! エアカッター!」

 

「ハトー……ボー!」

 

「ボーッ!」

 

「ハトーボー!」

 

 受け止めたシューティーのハトーボーは鋼化した翼で弾き飛ばし、隙を作らせる。そこにエアカッターを発射。見事に命中させた。

 

「はがねのつばさで素早い一撃をダメージを軽減しつつ防御。反撃に活かす……」

 

 更にはがねのつばさの追加効果で防御力が上がる。見事な防御だ。

 

「ハトーボー! もう一度でんこうせっか! 吹き飛ばされた勢いを利用して加速しろ!」

 

「――ボーーーッ!」

 

「速い!」

 

 攻撃の衝撃を逆利用し、先程以上のスピードのでんこうせっかを放つ。

 

「ハトーボー、速さに惑わされるな! もう一度はがねのつばさで防御だ!」

 

「ハト!」

 

 シューティーのハトーボーは翼を再度硬質化。迫るサトシのハトーボーに対し、耐える体勢を取る。

 

「そこだ、急停止! その勢いを使って、かぜおこし!」

 

「ハトー……ボーーーーッ!」

 

 ハトーボーは当たる少し手前で止まり、その際に発生した慣性の力を利用したかぜおこしを放つ。

 

「ハトー!?」

 

 不意を完全に突かれた上で強風に煽られ、シューティーのハトーボーは姿勢を崩す。

 

「今だ、かまいたち!」

 

「トー……ボーーーーッ!!」

 

 片翼を構え、素早く振るう。エアカッター以上に鋭い空気の刃が放たれ、シューティーのハトーボーに命中する。

 

「更にでんこうせっか!」

 

「ハトー!」

 

「かげぶんしんだ!」

 

「ボー!」

 

 無防備な所に高威力の攻撃を受け、シューティーのハトーボーは更に隙を見せる。

 サトシ達は追撃を仕掛けるも、シューティー達は回避しながら分身を展開、惑わせる。

 

(前のバトルを考えると、サトシはここでかぜおこしを使ってかげぶんしんを消してくるはず)

 

 そこを耐え、つばめがえしでダメージを与える予定をシューティーは組んでいた。

 

「ハトーボー――かまいたち! 広く薙ぎ払って分身を沢山消せ!」

 

「何!?」

 

「ハトボー!」

 

 サトシはここで前と同じかぜおこしではなく、かまいたちを指示。ハトーボーは普通よりも長いかまいたちを放ち、多数の分身を打ち消す。

 

「もう一度!」

 

「ハトッ!」

 

「ハトーボー、かわせ!」

 

「ボッ!」

 

「ハトーボー、でんこうせっか!」

 

「ハトー!」

 

「ボー!」

 

 もう一度かまいたちを放ち、残りの分身ごと当てようとする。

 シューティーのハトーボーは咄嗟に回避するも、そこをサトシのハトーボーがでんこうせっかを当てた。

 

「どうして、さっきかぜおこしじゃなく、かまいたちを使ったんだい?」

 

「何か、ありそうな気がしたんだよなあ。最初のでんこうせっかを見事に対処されたし」

 

「……なるほど」

 

 初手を見事に対処したことや、似た展開にサトシは危険を感じ、かまいたちに切り替えたのだ。そこは多くのバトルをした彼だからこその直感だろう。

 

「そう言うの困るよ、全く」

 

 作戦を重視するシューティーには、直感で対応されるのが一番困るのである。思わず苦笑いしてしまう。

 

「そう言われても、これが俺だしなあ」

 

「だろうね。――かげぶんしん! そこからつばめがえし!」

 

 シューティーのハトーボーは分身を再展開。そこからつばめがえしを放つ。

 

「ハトーボー、かぜおこし!」

 

 でんこうせっかやつばめがえしでは隙が出来る。かまいたちは間に合わない。かぜおこししかなかった。

 

「――ハトーボー、反転! その風を利用しろ!」

 

「ハトー!」

 

 かぜおこしの風を逆利用し、シューティーのハトーボーは加速する。

 

「つばめがえし!」

 

「ハトー……ボーーーーッ!!」

 加速で威力を高めた、つばめがえしが迫る。

 

(こっちもつばめがえし……いや、ダメだ)

 

 ハトーボーは進化したばかりで、自身の力を完璧にコントロールしたとは言い難い。更に向こう加速で威力が増している。ぶつかり合いでは力負けしてしまう。

 

「ハトーボー、かぜおこし!」

 

「サトシ、今のハトーボーをそれで止めるのは――」

 

「回転しながら受け流す様に!」

 

 サトシの指示に疑問符を浮かべたシューティーだが、次の一瞬で気付く。直ぐに対応しようとしたが遅かった。

 受け流しの風に煽られてシューティーのハトーボーは更に加速させられ、姿勢を崩して落下する。

 

「決めるぞ、つばめがえし!」

 

「ハトー……ボーーーーッ!!」

 

「ボーーーーッ!」

 

 最大の隙を狙い、サトシのハトーボーはつばめがえしを放つ。その一撃は落下して隙だらけのシューティーのハトーボーに直撃。シューティーのハトーボーは戦闘不能となった。

 

「ボー……」

 

「勝ったぜ!」

 

「ボーーーッ!」

 

「……ご苦労、ハトーボー」

 

 ハトーボーを労いながらモンスターボールに戻し、シューティーは自分の未熟さに溜め息を付く。

 

「……まだまだか」

 

 作戦を立てていた序盤以外は悉く上回れてしまった。まだまだ遠い。

 

「うわ~、サトシ君やっぱり強~い!」

 

「確か、シューティーだっけ? あいつも充分強いわよ」

 

 シューティーも自分やベルでは運が良くて勝てるレベルの実力者だ。ただ、サトシがそれ以上に強い。それだけである。

 

「シューティーくん、戦術の幅が広がっているね」

 

「えぇ、それに作戦の質も上がっています」

 

 負けこそはしたが、シッポウシティの時よりもシューティーは確実に成長している。Nとデントはそれを実感していた。

 

「ハトーボー、新しい身体は使いこなせたか?」

 

「ボー」

 

 コクンとハトーボーは頷く。進化して得たこの身体とこの力は、まだまだ制御は完全ではないがサトシに追い付き始めたと上機嫌だ。

 そのハトーボーの笑みに、サトシは良かったと安心する。この様子だと進化に対しての苦悩は無さそうだ。

 

「お疲れさま。ゆっくり休んでくれ」

 

 バトルも終わり、サトシはハトーボーを労うと休ませるべくモンスターボールに戻す。

 

「サトシ君、この後どうするの?」

 

「ポケモンセンターで休ませるよ。明日に備えたいしな」

 

「じゃあ、私も行くわ。フタチマルを回復させないといけないし」

 

 と言う訳で、サトシ達はポケモンセンターに向かう。

 

「ねぇねぇサトシ君、わたしこの街のセントラルエリアにフシデが大量にいるのを見たんだけど、どうしているの?」

 

「あぁ、ちょっとした騒動でフシデ達が暴れたんだ。それでセントラルエリアに保護してるんだよ」

 

「物騒ねえ。明日には出た方が良さそうね」

 

 その後、色々と話し合っていると、一つのバスがバス停の近くで停止。扉が開いて中から人が出てくる。

 

「はーい、到着。皆、ヒウンシティに着いたわよ」

 

「ゆっくり出るのじゃぞー」

 

「は~い、ユリ先生~。キクヨ先生~」

 

「ユリ先生?」

 

「キクヨ先生?」

 

「それにこの複数の声って……」

 

「まさか?」

 

 サトシ君がそちらを向く。するとそこには。

 

「あら、サトシ君?」

 

「N君にアイリスちゃんやデント君も」

 

「あっ、サトシお兄ちゃ~ん!」

 

「皆も!」

 

 育て屋の保育園の幼児達や、先生のユリやキクヨがいた。ユリやキクヨはサトシ達を見て驚き、子供達はサトシに近付く。

 

「ヤブー!」

 

 

「おっ、ヤブクロンも元気そうだな!」

 

「ヤブヤブ!」

 

 バスから、その一件で一緒になることとなったヤブクロンも出てきた。愛嬌のある笑みを浮かべ、サトシ達に挨拶する。

 

「そっちも元気そうで何よりじゃのう。それと、その子達は知り合いかの?」

 

「そうです」

 

 シューティー達は簡単に挨拶し、ユリやキクヨ達も返す。

 

「あっ、そうだ。こいつ、見てください」

 

「この子も」

 

「――ルッグ!」

 

「ブイブ~イ」

 

 サトシとNは、受け取ったタマゴから産まれたズルッグとイーブイを彼女達に見せる。

 

「この二匹は……」

 

「はい。託されたタマゴから産まれました。ズルッグ、この人達はタマゴの時のお前がいた場所の人だよ」

 

「キミも同じだよ、イーブイ」

 

「ルグ……」

 

「ブイ~……」

 

 前の親とも言える人達に会い、ズルッグとイーブイは何とも言えない懐かしさを抱いていた。

 

「二匹共、大切に育てられておるようじゃのう。やはり、君達に渡して正解じゃった」

 

 ズルッグもイーブイも自然体かつ、良い表情をしている。サトシとNが二匹をしっかりと育てているのが分かる。

 

「ありがとうございます。それにしても、皆はどうしてここに?」

 

「実は新しいタマゴをヒウンシティで受け取る予定なのじゃ」

 

「ヒウンシティで? 育て屋では受け取らないんですか?」

 

 わざわざヒウンシティに来てまで受け取りに来たことに、Nは疑問を抱いた。

 

「実はそのタマゴは他地方のポケモンのタマゴなの。だから、船でヒウンシティに運ばれて、私達は素早く受け取れる様にバスでここまで来たのよ」

 

「向こうでは預かれなかったのですか?」

 

「運悪く、一杯でのう。じゃから、繋がりのあるわたしゃらが預かる事となったのじゃ」

「おかげでヒウンシティまでわざわざ来る事になって、子供達やヤブクロン、タマゴも連れていかないとならなくなっちゃったの」

 

 育て屋の保育園は少人数なため、全員で行くしかなかったのだ。

 止むに止まれぬ事情を聞き、サトシ達は納得する。

 

「他地方のポケモンのタマゴ……! わたし、すっごく見てみたいです!」

 

「私も興味あるわね……」

 

 シューティーも口には出さないが、他地方のポケモンのタマゴには気になっていた。

 

「残念じゃが、受け取った後は育て屋に直ぐに戻らねばならんのでの」

 

「話し合いに関係者以外を通す訳には行かないし……」

 

「それもそうですよね~……すみません」

 

「それにその方が良いと思います。今、ちょっと危ないですし……」

 

「危ない? どういう事じゃ?」

 

「実は――」

 

 ユリやキクヨにも、フシデ達の件について話す。但し、メテオナイト関連については触れない。

 

「そうだったの……。これは早めに出た方が良さそうね、お婆ちゃん」

 

「じゃのう……」

 

 ある程度事態は鎮静化しているとはいえ、万一の可能性もある。子供達が巻き込まれないよう、受け取りが終わったら直ぐに戻るべきだ。

 

「え~、折角サトシ兄ちゃんやピカチュウに会えたのに直ぐに戻るなんてヤダ~!」

 

「ヤダヤダ!」

 

「ヤブヤブー!」

 

 しかし、サトシ達に再会したヒロタ達はもう少しいたいと駄々を捏ねる。ヤブクロンも同調する。

 

「でも、今ヒウンシティにはそれなりの危険があるの。貴方達を巻き込む訳には行かないわ」

 

 う~と唸るヒロタ達。しかし、ヤブクロンの一件で多少は自重を学んだのか、仕方ないと諦める。但し、見るだけで分かる程の落ち込み具合だが。

 

「じゃが、到着まではもうしばらく掛かるし、タマゴケースの調整もあるからの。今日直ぐに帰るのはちと難しいのう。それに話してる間は暇じゃろ?」

 

「じゃあ!?」

 

「サトシ君、それと皆ももし良ければじゃが、少しだけこの子達といてくれんのかのう」

 

「俺は良いですよ」

 

「あたしも良いです!」

 

「僕もです」

 

「ボクも構いません」

 

 何時も一緒に旅する三人組のサトシ、アイリス、デントとNは頷く。やったと子供達ははしゃぐ。

 

「ただ、その前にポケモンセンターでポケモンを休めたいんで、その後で良いですか?」

 

「えぇ。良いわね、皆?」

 

 笑顔ではーいと頷く子供達。サトシ達と遊べるのだ。ちょっとぐらいの我慢など、簡単である。

 

「では、治療したらここのこの部屋に来ておくれ」

 

「分かりました」

 

 場所を聞き、サトシ達はポケモンセンターへの移動を再開。少しして到着する。

 

「さて、早く回復してもらって――」

 

「では、緊急時はその様に」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「いえいえ、これも私達の役目ですから。じゃあ、これで――あら?」

 

 ジョーイと話していた一人の女性が、サトシ達を見る。

 

「サリィさん!」

 

 その女性は、スカイアローブリッジで出会ったサリィだった。

 

「こんなに直ぐ再会するなんて、びっくり」

 

「俺達もです。ゴチルゼルとは?」

 

「来る最中にちょっとだけ会ったわ」

 

 自分がいた場所からヒウンシティに行くには、スカイアローブリッジを渡る必要がある。その時にゴチルゼルと再会し、ほんの少しやり取りしていた。

 

「他の子はお友達?」

 

「そうです」

 

「初めまして。わたしはサリィ。ドクターを目指してて、今は研修医なの」

 

 サリィを知らないシューティーとベル、カベルネが自己紹介する。

 

「ところで、サリィさんは何故ヒウンシティのポケモンセンターに?」

 

 確か、スカイアローブリッジの近くで研修医として頑張っているはず。何故ヒウンシティにいるのだろうか。

 

「サトシ君達は、先日のフシデ達の騒動について知ってるかしら?」

 

「はい。この二人を除いて関わってましたから」

 

 この二人とは、ベルとカベルネの事である。

 

「その事で毒の影響を受けた人の為や、再度騒動が起きた時に備えて、わたしや他の医師達が臨時に来ることになったの」

 

「それで」

 

 死者こそは出てないが、まだ毒の影響を受けてる者はいる。その治療や再発の時に適切かつ素早い対応の為、サリィ達はここに来たのだ。

 

「それで、さっきまでジョーイさんと万一の事態に備えて、どうするかを話し合っていたの」

 

 サリィ達の専門は人間だが、医療関係でポケモンセンターと上手く連携を取れればスムーズに動ける。

 さっきまではその打ち合わせをしており、終わった所にサトシ達と再会したと言う訳である。

 

「さて、わたしは先生方にこの事を話さないと行けないから、失礼するわね。皆も気を付けてね」

 

 説明も終わり、サリィはポケモンセンターを後にした。その後、サトシ達はポケモンの回復をジョーイに頼み、モンスターボールを預ける。

 

「にしても、サトシ君って、色んな人に出会ってるんだね~」

 

「言われてみるとそうだな」

 

 最初はアララギ博士。次は順にシューティー、アイリス、N。デントを筆頭としたジムリーダー達や、ベルやカベルネ。

 そして、さっき再会したマコモ、育て屋の子供達や先生、サリィ。こうして見ると、結構な人々との出会いを果たしている。

 

「旅に置いて、出会いは色々と知ることが出来る良い切欠。多い方が良いと思うよ」

 

「そうよね~。それがあるから、あたしとサトシ達は旅してる訳だし」

 

「それに、その出会いがあるこそ、多くの経験も得れるからね」

 

 特にNは、理想の為の貴重な経験を幾つも体験出来て良かったと思っている。

 

「素敵~」

 

「経験、ですか」

 

 その言葉に、ベルは感動の笑みを浮かべ、シューティーは動かしていた手を止める。

 

「そう言えば、あんたさっきから何やってるのよ?」

 

「今日のバトルについて書いてる」

 

 シューティーがしていたのは、メモ帳に今日のバトルについてだった。より強くなるため、バトルの流れを事細かに書き、良かった所や反省点を見直して、次に活かすのだ。

 頭の中で考えただけでは、忘れてしまうかもしれない。それを避ける意味を込めて、メモ帳に書くことにした。ちなみに、これは既に二冊目である。

 今日のバトルについての詳細、今後の課題を書き終えると、シューティーはメモ帳を閉じてポーチに仕舞う。

 

「勉強家だな」

 

「強くなるための努力さ。」

 

 自分はまだまだ新人。少しでも早く強くなるには、色々しなければならない。

 

「ねぇねぇ、見ても良い?」

 

「断る」

 

「ケチ~」

 

 内容が気になったベルにねだられるも、シューティーは断った。ただで見せる気は無い。逆に言うと、何か対価を支払ってくれるのなら良いのだが。

 

「はーい、終わりましたよー」

 

「ありがとうございます」

 

 サトシ達はそれぞれ、回復してもらったポケモンが入ったモンスターボールを受け取る。

 

「じゃあ、あの子達がいる場所に向かおうか」

 

「そうね」

 

「場所はあっちだね」

 

「待っているだろうし、早く行って上げよう」

 

「ね~、サトシ君~。わたしも行って良い~?」

 

 サトシ、アイリス、デント、Nの四人がヒロタ達がいる場所に行こうとしたが、そこにベルが手を上げて参加を促す。

 

「ベルも?」

 

「うん! 楽しそうだし! カベルネちゃんやシューティー君も行ってみない?」

 

「なんでよ。意味分からないわ」

 

「同意見だ。あの子達が会いたがってるのはサトシ達だろうし、僕達が行く意味も理由もない」

 

「でも、もしかしたら他の地方のポケモンのタマゴ、見れるかもしれないよ? 気にならない?」

 

 行く気が無い二人だが、ベルの次の言葉に少し考える様子を見せる。確かにそうすれば、例のポケモンのタマゴを見れる可能性があった。

 

「……まぁ、ちょっと興味はあるわね」

 

「だけど、タマゴの状態だろう。孵化するまでいるわけじゃないから、どんなポケモンかは知れない」

 

「それでも、サトシ君のピカチュウや、Nさんのイーブイ以外の他の地方のポケモンのだよ~? わたしは気になるな~」

 

 ベルのマイペース振りや、ピカチュウやイーブイと同じく、他の地方のポケモンへの興味もあり、二人はしばらく悩む。

 

「……まぁ、たまには良いかもね」

 

 最終的には他の地方のポケモンへの好奇心が勝ったのか、カベルネは了承する。

 

「シューティーは?」

 

「……この状態で僕だけ断ると空気が悪くなりそうだし、僕も同行させてもらうよ」

 

 あと、何か仲間外れ感がしたので、それがちょっと嫌で同行することにしたのは内緒である。

 

「じゃあ、レッツゴー!」

 

 何故かベルが先導し、サトシ達は全員でヒロタ達に会いに向かった。

 多くの再会と共の一時。だが、それが嵐の前の静けさであった事を、彼等はまだ誰一人知らない。

 



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禁断の隕石

 独自解釈が多分に含まれてます。


「――ワルビ! ビルビル……!」

 

「……」

 

 スカイアローブリッジ。ヒウンシティ側の出口の付近で、二匹のポケモンが身体を振っていた。

 一体はメグロコの頃からサトシとピカチュウに勝つために追い掛け、今は進化しているワルビル。

 もう一体は、サトシと戦い、実質的に勝利した牙が片方ない色違いのオノノクスだ。

 

『あ~、キツかった』

 

『それはそうだろう』

 

 二匹は人の目に付かないよう、スカイアローブリッジ経由ではなく、下の河を泳いでここまできたのだ。

 ドラゴンタイプのオノノクスはともかく、水に相性が悪い地面タイプを持つワルビルからすればかなりキツい道のりだった。

 なので、今は泳ぎで身体中に付いた水を払おうと身体を犬みたいに振っているのである。

 

『さ~て、サトシとピカチュウはこっちで合ってるかな~?』

 

『……合って無ければ、無駄足だがな』

 

 わざわざ、泳いでまでこっちに来たのは良いが、こちらにサトシがいなければ労力の無駄遣いである。

 

『多分、いるとは思うぜ? 今までのあいつの進む方向を考えると、こっちが自然だし』

 

 それなりに根拠はあったのかと、オノノクスはちょっとだけ感心した様子だ。

 

『だが、もう夜だ。泳ぎで体力もそれなりに消耗している。今日はこの近くの身を隠しやすい場所で寝るべきだろう』

 

『だな~』

 

 自分達は野生だ。下手に動いて見付かり、望んでもいない相手にゲットされるのは避けたい。

 近くには人が大勢いそうな街、ヒウンシティもある。手頃な場所で寝るべきだ。

 ただ、ワルビルは自分はともかく、オノノクスが簡単に捕まるとは思っていないが。

 

『早くまた戦いたいぜ~』

 

『なら、鍛錬で一撃でも当ててから言うのだな』

 

『無茶言うな! あんた、強すぎるんだよ!』

 

 ワルビルは再会してからオノノクスに師事してもらっているのだが、実力差が有りすぎて何時もやられていた。おまけに一度も攻撃を当てれてない。

 

『加減はしないと言ったはずだが』

 

『ちょっとぐらいしろ! この鬼!』

 

『却下だ』

 

 やるからには徹底的にやる。それがオノノクスのモットーだ。

 

『さっさと手頃な場所で寝るぞ』

 

『へいへーい』

 

 ぶつくさと文句を良いながらも、ワルビルは師匠と一緒に寝床を探しに行くのであった。

 

 

 

 

 

 

「わ~、ポケモン達が沢山~! ピカチュウ、プニプニ~!」

 

「イーブイもふもふしてる~!」

 

「ヤナップ良い匂~い!」

 

「キバゴ可愛い~!」

 

「ジャノビー、格好いい~!」

 

「ヤーブ! ヤーブ!」

 

 子供達がいる部屋に来たサトシ達。子供達とヤブクロンが、楽しそうにサトシ達が出したポケモン達と触れ合っていた。但し、ドリュウズは微妙な空気になりかねないのでいない。

 

「こ、子供って、なんであんなに元気なのよ……」

 

「わたし、もうくたくた……」

 

「……疲れた」

 

 タマゴ見たさにいるシューティー、カベルネ、そこに更に面白さからも来たベル、子供達のパワフルさに圧倒されていた。

 

「大丈夫か、皆?」

 

「こんなので疲れるなんて、体力が足りないわね~」

 

「そう言う問題じゃないと思うけど……」

 

「うん、キミ達の体力が凄いだけだよ」

 

 実際、デントも少し疲れている。Nは青年だけあって身体が大きく、自然の中で生きてきたので体力には多少自信があった。

 

「あはは、楽しそうで付き合わなきゃ良かったかも……」

 

「……私、もう帰って良い?」

 

「……」

 

 シューティーは何も言わない。というか、言うだけの力が無く、ぐったりしていた。

 タマゴ見たさに同行したが、疲労感から来なかった方が良かったと思ってしまう。

 

「まぁ、あの子達もポケモン達と触れ合えて楽しそうだし、ポケモン達も悪い気分じゃなさそうだし、もう少しだけね」

 

「……みたいね」

 

 ポケモン達は沢山触られているが、好意的な言葉ばかりなので困ってはいるものの、払おうとはしなかった。

 

「でも何か、良いよなあ。こう言うの」

 

「うん、微笑ましい感じだね」

 

 元気にはしゃぐ子供達。子供は元気が一番だと言うが正にその通りだ。

 

「サトシ兄ちゃんのポカブもプニプニ~!」

 

「N兄ちゃんのポカブもだよ~!」

 

「カ、カブブ……」

 

「ポカ~……」

 

 二匹のポカブは、身体中を触られて何とも言えない様子だ。

 

「ミジュ、ミ~ジュ」

 

「ミジュマル、何か面白い~!」

 

「ツタージャ、クールでカッコいい!」

 

「……タジャ」

 

 ポンポンと胸を張り、ホタチを構えるミジュマルや、クールなツタージャにも子供達には好評だった。

 

「ルッグ」

 

「おりゃ」

 

 ズルッグが皮を引っ張る。すると、子供の一人もズボンを引っ張った。しばらく見つめ合うと、何かが合ったのか彼等は握手した。

 

「クール」

 

「クルミル、さっきのやって~」

 

 女の子の頼みに頷くと、クルミルは頭のコブを女の子の頭に合わせた。女の子とクルミルは笑い合う。

 

「ハトーボー、ふかふか~」

 

「こっちもふかふか~」

 

「メブキジカも~」

 

「チラーミィも良いな~」

 

「ハトー……」

 

「ボー……」

 

「メ、メブ……」

 

「チラ~……」

 

 二匹のハトーボーとメブキジカ、チラーミィは何とも言えない表情でその体毛をまさぐられていた。心地よいらしく、子供達は何度も何度も触る。

 

「ゾロ、ゾロロ、ゾロゾロ」

 

「ゾロア、すごーい! もってやって~!」

 

「ゾ、ゾロ……」

 

 ゾロアは特性、イリュージョンの力で色々なポケモンや人に化けていたが、結構やり続けてるのでちょっと疲れている。

 子供達は他にも達磨状態になったダルマッカを押したりしたり、バニプッチの冷たさを感じたり、他にも様々なポケモン達に善良で触れ合っていた。

 

「皆ー、戻ったわー」

 

「サトシ君達に迷惑は――掛けとるようじゃのー……」

 

 そこに話し合いが終わり、ケースに入った一つのタマゴを持っていたユリとキクヨが戻って来る。

 しかし、ぐったりしている三人や少し疲れてるNやデント、ポケモン達に構う子供達に苦笑いしていた。

 

「すまんのう、ここまで付き合ってもらって」

 

「いえいえ、俺は楽しかったです」

 

「あたしも~」

 

 Nやデント、ベルも肯定し、シューティーやカベルネも悪くはなかったですと答えていた。

 

「それが、例の他の地方のポケモンのタマゴですか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

 ユリが持っているケースの中の茶色い模様があるタマゴに、他地方のポケモンを知っているサトシを含め、全員が注目する。

 

「あの、一枚撮っても構わないですか? 旅の記録にしたいんです」

 

「勿論良いぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 何時ものカメラを使い、シューティーは他の地方のタマゴの写真を撮る。疲れはしたが、見て撮ると言う目的は果たせた。

 

「どんなポケモンのタマゴなんだろ~」

 

「確か――ナックラーって言う名前のポケモンだったわ」

 

「ナックラーが!?」

 

「ナックラー……」

 

 シューティーがいち早く、ポケモン図鑑でその情報を調べる。

 

『ナックラー、アリジゴクポケモン。砂漠に作った巣でじっくりと待機して、獲物が掛かるのを狙う』

 

 図鑑に表示されたのは、オレンジ色の身体に大きな頭と小さな手足が特徴のポケモンだ。

 

「これがナックラー」

 

「初めて見るポケモンだ」

 

「なんか、可愛い~」

 

「でも、動きが鈍そうな身体をしてるわね」

 

「……苦しいんですが」

 

 シューティーの図鑑に写るナックラーを見ようとN達が近寄ったため、シューティーは周りから押されていた。

 

「ちなみに、このナックラーは進化するとドラゴンタイプを得るそうなのじゃ。サトシ君の方が知っとるかもしれんの」

 

 これはサトシがピカチュウといるからだ。他地方の彼ならナックラーについて知っている可能性が高いと予想していた。

 

「サトシ君知ってる?」

 

「あぁ、ナックラーは進化するとビブラーバ、更に進化するとフライゴンってポケモンになるんだ。え~と、ビブラーバがこれ」

 

『ビブラーバ、振動ポケモン。ナックラーの進化系。二枚の羽を激しく振動させ、強烈な頭痛を引き起こす超音波を発生させる』

 

 図鑑には、ナックラーの頃とは二本の小さな角に全く違う黄色い身体に尾、緑色の羽を持つビブラーバが映し出される。

 

「うわ~、全然違う~!」

 

「でもドラゴンと言うよりは、虫に見えるわね」

 

「言われてみると……」

 

 カベルネの言う通り、ビブラーバは外見からはドラゴンよりも虫ポケモンに近い。

 

「んで、これが――」

 

『フライゴン、精霊ポケモン。ビブラーバの進化系。砂漠の精霊と呼ばれるポケモン。羽の強烈な羽ばたきで起こした砂嵐の中に身を隠している』

 

 次に図鑑に出たフライゴンは、しっかりとした手足や長い尾を持つポケモンで、ドラゴンポケモンだと思える風貌になっている。

 ただ、目を覆う赤いゴーグルみたいのや、触角の様な角があるため、虫ポケモンの印象が残っていた。

 

「これがフライゴン。ドラゴンポケモンらしさが出てるけど、虫タイプらしさも合わせた様な姿だね」

 

「ただ、タイプには虫は無く、地面、ドラゴンの二つ。不思議です」

 

「それがポケモンだよ。不思議と謎に満ちた生物」

 

 Nの言葉にですよね~とサトシやデントは頷き、残りは確かにと納得した様子だ。

 

「さて、わたしゃらの話も終わって、タマゴも受け取って夜にもなった。皆、お休みの時間じゃ」

 

「え~、もっとサトシ兄ちゃん達やポケモン達と遊びた~い!」

 

「遊びた~い!」

 

「ヤブブ!」

 

「わがままはダーメ! サトシ君達にも都合があるでしょ!」

 

 そろそろ就寝の時間。しかし、子供達はもう少し遊びたいまた駄々を捏ねるも、ユリに即座に却下される。

 

「俺はもうちょっといても――」

 

「サトシ、それ以上は子供達の我が侭に繋がってしまう。ここはユリさんやキクヨさんに任せるべきだ」

 

「うん、その方が良い。それに、サトシくんは明日ジム戦かもしれないし、疲労は残さないようにするべきだ」

 

「……そうする」

 

 子供達の為にももう少し構わないと言おうとしたサトシだが、デントとNの言葉に頷く事にした。

 確かに我が侭になって子供達の為にならない可能性があるし、ヘトヘトになると明日あるかもしれないジム戦に支障を来してしまう。

 子供達もこれ以上はサトシ達の迷惑になると分かったのか、渋々だが聞くことにした。

 

「じゃあ皆、遊んでくれた彼等にお礼を言いましょうね」

 

「ありがと~!」

 

「ヤブ~!」

 

 子供達とヤブクロンは同時に礼を述べ、サトシ達はどういたしましてと微笑みながら返す。

 

「じゃあ、失礼します。皆、また会えたら会おうぜ!」

 

「うん!」

 

 再会の言葉をかわすと、サトシ達はお別れの挨拶を告げ、子供達やユリとキクヨの見送りを受けながら彼等が借りるホテルを出た。

 

「あー、楽しかった」

 

「私達は疲れたわよ」

 

 夜のヒウンシティの道を歩くサトシ達。カベルネの文句に、苦笑いのベルや微妙な表情のシューティーが頷く。

 

「にしては、文句を言わなかったわよね?」

 

「流石にあんな子供には言わないわよ」

 

 最終的に自分の意志で同意したのだ。言うにしても、自分やシューティーに同行を呼び掛けたベルにだろう。

 それに、ヤブクロンや子供達の仲が良い関係だったのを強く実感出来たので、ポケモンソムリエとしては良い経験にもなった。

 

「こんな日もたまには良いと思うよ。それに楽しかったのは事実だろう?」

 

「……まぁ、そうですね」

 

「うん、楽しかった~」

 

 子供達は自分達の話を聞き、その度に凄いと言ってくれるので楽しかったのは事実だ。

 

「にしても、今日はゆっくり眠れそうだな~」

 

「いつも爆睡してる癖に」

 

 疲れのおかげでよく寝れそうというサトシに、アイリスは何時もの事だと語る。

 

「あんなに元気な子供達と全力で触れ合ったら疲れて当然だろうし、じっくりと休むべきだよ」

 

「でも、サトシの場合、疲れてても、ポケモンの事になったら無茶しそうだけどね」

 

「ピカピカ」

 

 Nはしっかりと休むようとの発言の後のデントの言葉に、うんうんと頷くピカチュウ。サトシは昔からそういう所がある。

 

「あはは、まあな~……」

 

 思い返すと、かなり有ったのでデントの言葉を否定出来ないサトシだった。

 そうこう話していると、サトシ達はポケモンセンターの前に到着する。

 

「……」

 

「Nさん? どうしました?」

 

 すると、Nが一ヶ所を鋭く眼差しで見ていた。

 

「いや、何でもない。ボクは少し夜風に当たりたいから、先に寝てほしい」

 

「分かりました」

 

 何かありそうだが、本人がこう言うのなら追求は出来ない。サトシ達は先にポケモンセンターに入る。

 

「人は離した。出てくると良い」

 

「……」

 

 そして、Nは三匹と一緒に裏道に移動してから呼び掛ける。すると、二人の人物がゆっくりと現れた。

 

「キミ達か、スムラ、リョクシ」

 

 出てきたのは、スムラとリョクシの二人だ。

 

「お迎えに参りました、N様」

 

「あの方や、団員達も心の底からお待ちしております。さぁ、我等と共に――」

 

「明日向かうよ。今日はまだダメだ」

 

「……何故でしょうか? もしや、連れ添いのあの連中と――」

 

「彼等は関係ない」

 

 連れ添い――サトシ達の影響かとリョクシが言おうとしたが、Nの強い意志が込もった台詞に止められる。

 

「ボクは明日にはそちらは向かう。それは約束する」

 

「……本当ですか?」

 

「うん。だから、今日ぐらいは自由にしても良いだろう?」

 

「……では、そのように報告します」

 

 無理に連れ出すのは、Nの実力や夜とは言え、大都市のヒウンシティは人が多い事を考えると、得策ではない。Nの言葉を信じ、二人は引き下がる事にした。

 

「N様、最後に一つ宜しいですか?」

 

「なんだい?」

 

「今日共にいた、少年少女達について――どう思っていますか?」

 

「何れ、倒すべき相手だと思っている」

 

 これは紛れもない本心だ。サトシ達といるのは多くを学べるし楽しい。しかし、自分の理想の為には彼等を倒さねばならない。それも事実だった。

 

「分かりました、失礼致します」

 

 その言葉に安心したのか、リョクシとスムラはホッとした様子で去って行った。

 

「さて、ゆっくり寝ようか」

 

「カブカブ」

 

「ブイイ~」

 

「……ゾロ」

 

 一人の人間のNとしての最後の夜を。彼は口には出さないが、一番付き合いの長いゾロアだけは理解していた。

 そんなゾロアを含め、三匹はNと共にポケモンセンターに向かった。

 

「じゃあ、今日はバイバイ。楽しかったよ~」

 

「凄く疲れたけどね」

 

「うん。今日はぐっすり眠れそうね~」

 

「直ぐ起きたいところだよ」

 

 一方、サトシ達は良い時間帯や疲労から直ぐに寝ようとしていた。

 

「サトシ、明日に備えてしっかりと寝るんだよ」

 

「あぁ。じゃあ皆、お休み」

 

「お休み」

 

 サトシ達はそれぞれ使わせてもらった部屋に入ると、準備をしたり、或いは直ぐにベッドに身体を預け、寝ようとする。サトシとピカチュウも同様だ。

 

「ほらピカチュウ、薬」

「ピカ」

 

 但し、サトシは寝る前にピカチュウに、体調を改善するための薬を飲ませていた。

 

「ピーカ……」

 

「やっぱり、苦いか」

 

「ピカピ」

 

 何度も飲んで、多少は慣れたとは言え、やはり苦いものは苦い。

 

「もうしばらくの我慢。それなりによくなって来てるしな」

 

「ピカ」

 

 最近は良い日が少しずつ増えている。図鑑も、最初の日に比べてかなり改善されているとのデータを示していた。

 

「明日はジム戦! しっかりと寝るぞー!」

 

「ピカー!」

 

「じゃあお休み、ピカチュウ」

 

『お休み、サトシ』

 

 互いに声をかわすと、彼等はすやすやと眠り始めた。明日に備えて。

 だが、彼等は――いや、彼等だけではない。この夜がまだ終わらず、寧ろ、今からこそが本番であり、長い夜が直ぐそこにまで迫っていることを一部を除き、ヒウンにいるほとんどの者達は知らない。

 

 

 

 

 

「いよいよだな……!」

 

「えぇ、我等ロケット団のイッシュ地方制圧」

 

「その本格的な始動の第一歩がもうすぐ始まるのにゃ……!」

 

 ヒウンシティの下水道。メテオナイトを見事手に入れたロケット団は、実験を済ませたあともうすぐ迫るその時に備え、待機していた。

 

「気は抜くなよ」

 

 そこには、この作戦の準備に当たって派遣されたエージェント、フリントもいた。

 

「当たり前よ。というか、ここまで来れば、アタシ達が油断しようが計画は失敗しないわ」

 

「そうそう、例の連中の姿も一切ない。仲間ももうすぐ向こうから来る」

 

「どんなへまをしようとも、成功は全く揺るがないにゃ」

 

「確かにそうだがな」

 

 フリントも作戦の成功は確信していた。しかし、引っ掛かる。自分達はどうも『何か』を見落としているように思えてならないのだ。それも致命的な何かを。

 

(……しかし、何を?)

 

 だとしても、自分達は何を見落としているのだろうか。それが全く分からない。

 

(……そもそも、例の連中は何故大人しいのだ?)

 

 遭遇時の会話から考えても、謎の一団は活動しようとするこのイッシュで動く自分達を見逃すつもりはない事は明確だ。なのに、何故奴等はここまで動きが見せないのか。

 

「――報告が有ったぞ」

 

 フリントが必死に頭を働かせる途中、コジロウが本部からの報告が来たと自分達に話す。

 

「後三十分でとのことだ。遮断も開始している」

 

「もう間近にゃ」

 

「じゃあ、動きましょう」

 

「……あぁ」

 

 彼等には、ロケット団の制圧を速やかに行うべく、電源を切るためヒウンの発電所に向かう命令が出ていた。三人と一匹は、地下水道を駆けていく。

 

「――ふん、愚か者共が」

 

 その後ろにある角から、目を隠すマスクと黒い服をした三人の男が現れる。ロケット団を尾行していた三人だ。

 

「精々、頑張るが良い」

 

「我等の引き立てるための――最悪の悪役として、な」

 

 嘲笑を浮かべる三人だが、そのやり取りの後、互いを見て頷くと気を引き締める。

 

「作戦を再確認する。内容は分かってるな?」

 

「我々はこれから、奴等を捕らえる」

 

「それも速やかに、だろう?」

 

「うむ。では行くぞ」

 彼等は下水道を音を立てずに、静かに走っていった。

 

 

 

 

 

「あれ、おかしいな?」

 

「どうした?」

 

「電話が通じないんだ」

 

「電波も途絶えてるな」

 

 同時刻、とある会社のオフィスで社員が家族に電話で遅くなると伝えようとしたのだが、繋がらないのだ。

 

「通信過多で通りが悪くなってるんじゃないのか?」

 

「深夜なのにか?」

 

「最近あるらしいぞ。何でも、夜間出勤の会社が増えて、連絡が鈍くなる事が」

 

「ふーん。じゃあ、時間を置いてからにしとくか」

 

 大して騒ぐことでもないと、社員達は特に疑問にも思わなかった。

 しかし、それは通信過多が原因ではない。ヒウンシティ上空で行われている、ある組織による電波妨害が原因だった。

 通信会社ではそれを理解しており、社員が対応に追われている。

 

「何だ、この電波……!?」

 

「発信場所は!?」

 

「探査に当たっていますが、出本が分かりません!」

 

「くそっ、どこから出ているんだ……!? それに、誰がこんなことを……!?」

 

 発信場所もそうだが、誰が何の目的で妨害電波を出しているのかが分からない。それもあって、社員達の対応は全く進んでいなかった。

 

「外への連絡は」

 

「無理です! 妨害電波はヒウンシティ全域に広がっているため、繋がりません!」

 

 通信で他の街に助けを求めるのは不可能。となると、それ以外の方法で外部にこの事態を報告するしかない。

 

「一度、市長やアーティさんに報告しては?」

 

「後、今この街にはアララギ博士もいます。博士にもしてはどうでしょう?」

 

 一人の社員の提案に、この場のリーダーが考える。他の街との連絡が出来ない以上、先ずは市長やジムリーダーのアーティに報告するのは最善だと言えるだろう。アララギにもした方が良い。

 

「よし、誰か彼等に報告を。他は引き続き出本の捜索や、対処を頼む!」

 

「了解!」

 

 三人の職員が向かう中、アララギとマコモ、ショウロがいる預かりシステムの場所では。

 

「これは……妨害電波よ!」

 

「何処からか分かる!?」

 

「分かりません! だけど、範囲を考えるとヒウンシティの中か、離れてもそう遠くないと思います!」

 

 彼女達も妨害電波を感知し、その発生源を探していた。しかし、通信会社同様に特定は出来ない。

 

「……ショウロちゃん! ここから街中に声を届ける事は出来る!?」

 

「無理です! このジャミングのせいか、音声機能も阻害されてます! それにここは転送システムに特化した設備ですし……」

 

 仮にジャミングが無くとも、街中には届ける事は出来なかった。

 

「アララギ、これは……!」

 

「おそらく、ロケット団の仕業だわ。こんなに早く動くなんて……!」

 

 メテオナイトを入手した以上、その内動くとは確信していたが、まさか今日中に仕掛けてくるとは思わなかった。動きが早すぎる。

 この早さ、おそらくロケット団はしばらく前から準備を行なっていたのだろう。

 

「警察に話してくるわ!」

 

 間に合うか分からない。しかし、やるしかない。アララギは全速力で警察に向かう。

 

 

 

 

 

「もうすぐですね、サカキ様」

 

「うむ」

 

 ロケット団本部。椅子に身体を預け、肘掛けに腕を載せた体勢のサカキが、秘書のマトリに用意してもらってコーヒーを味わっていた。

 

「イッシュ地方最大かつ、他地方と経済、交流に必須の大都市、ヒウンシティ。ここを制圧すれば、今後の作戦はスムーズに行える」

 

「はい」

 

「あの連中に尖兵としての任を任せて正解だったな」

 

 あの連中とは勿論、ニャース、ムサシ、コジロウの事である。

 

「彼等はどうしますか?」

 

「このミッションが終わり次第、昇格させても良いだろう」

 

 イッシュ完全制圧に向けての、隊長にする予定だ。勿論、成果を出せば更なる昇進をさせる予定である。もしかすると、幹部かそれ以上もあり得た。

 

「長い目で見た甲斐があったというものだ」

 

「その御言葉を直接お伝えすれば、彼等はさぞかし喜ぶことでしょう」

 

「そうしよう」

 

 コーヒーを、香りを楽しみながら一口味わう。カップを置くも、その表情は少し険しい。

 

「しかし、気になるな」

 

「謎の組織についてですか?」

 

「そうだ」

 

 自分達はここまで来たのに、向こうの動きは最初の遭遇以来、全く不明。サカキも不気味だと思うほどだ。

 

「しかし、もう気になる必要はないかと。ここまで進んだのです。向こうがどう動こうが、手遅れかと」

 

「――そうだな」

 

 マトリの言葉も尤もだ。自分達の計画はもう充分過ぎる所まで来ている。今から動こうが、手遅れだ。所詮、その程度の組織だったということだろう。

 

「後、少しちょっとか」

 

「はい。既にヒウンシティ上空、海域で待機しております」

 

 高性能ステルスを搭載した大量のロケット団の飛行機や潜水艦が、ヒウンシティの空や海で作戦の時を今か今かと待っていた。

 ちなみに、この大量の飛行機や潜水艦はこの日までの交渉、制圧後の利益を約束して得たイッシュのスポンサーの手引きにより、イッシュには知られてない。

 流石に大組織のロケット団とはいえ、拠点はカントー。イッシュで完璧に隠匿するのは彼等だけでは無理があるので、スポンサーを増やす目的を兼ねて現地に協力を求めたのだ。

 作戦はこう。先ずは既に行なっている、メテオナイトの膨大なエネルギーを使った特製の機材で周りの街との電波を遮断し、ヒウンシティを孤立。

 ニャース、ムサシ、コジロウ、フリントが発電所を襲い、ヒウンシティを停電させれば、その時を切欠に待機している五千の団員やポケモン達が一斉にヒウンシティに上陸。速やか町を制圧するという訳だ。

 

『――サカキ様』

 

 モニターの画面が切り替わる。ニャース達だった。

 

『発電所に到着しました』

 

『職員は既に眠らせ、別室に預けています』

 

『後は、ご命令を待つばかりです』

 

「ご苦労。直ぐに命令する。もう少し待て」

 

『はっ!』

 

「サカキ様、どうぞ」

 

「うむ」

 

 サカキがパソコンのスイッチを押す。すると、音声を届ける状態となった。

 

「聞け、我が輝かしいロケット団の者達よ。諸君等は今から、イッシュ地方全域を支配する第一歩を刻むだろう。諸君等の活躍に期待する!」

 

 ははっと、モニターから待機中の団員達の声が上がる。後はサカキの一言で作戦が始まるはずだ。

 

『――宜しいですかの、サカキ様?』

 

「ん? ゼーゲルか? どうした?」

 

 その時、モニターがまた切り替わる。そこに映し出されたのは、ゼーゲル博士だった。

 

『いえ、実は……先程から、メテオナイトが妙な反応を示していまして』

 

「妙な反応だと?」

 

『えぇ、入手したデータの中にも存在しなかった物で、少し気になって報告を……』

 

 ロケット団が回収した特大のメテオナイトは、ヒウンシティの中心の上空にある、飛行機の中でも最大級の物の中に搭載されていた。

 ここから町全体にジャミングを仕掛け、効率よく他の街との連絡手段や転送手段を絶っているのである。

 その為の膨大なエネルギーを機材に送ろうと、動かした直後だった。メテオナイトが調査中にも無かった妙な反応を起こしたのは。

 

「異常が発生しているわけでは無いのだな?」

 

『はい。少し熱が――』

 

 直後、けたたましい音が、この部屋やゼーゲル博士がいる飛行機の部屋、それを聴く者達の耳に強く響いた。

 

『何が起きた!?』

 

『ゼーゲル博士、大変です! メテオナイトから大量の熱が発生! しかも、加速度的に上昇し続けています!』

 

『更にその高熱に伴い、膨大過ぎるエネルギーが発生! このままでは、そのエネルギーが暴走してしまいます!』

 

『馬鹿な! そんな情報は全く無かったぞ!?』

 

 ムサシ、コジロウ、ニャースが入手したメテオナイトの研究データには、そんな現象は全く無かった。

 サカキとゼーゲル博士、その助手達や秘書のマトリも突然の事態に、呆然としていた。

 

「ゼーゲル! メテオナイトを今すぐ何とかしろ! この際、破壊しても構わん!」

 

 このままでは不味い。ロケット団のボスとして今まで数々の危機を乗り越えてきた経験が、サカキにそう訴えていた。しかし、既に手遅れだった。

 その数秒後、モニターの画面は真っ白に輝き――ブツンと途切れた。

 

「何が起きている……!?」

 

 予想だにしない事態に、サカキですらも、そう言うしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「――例のデータが感知されましたねー」

 

「とうとうやってしまいましたか。それに随分と早い」

 

 眼鏡を掛け、金髪に青い癖毛、白衣を纏う男の報告に、独特のモノクルを付け、マントを纏う男がやれやれと顔を振る。

 

「しっかし、本当に愚かですねー。少し考えれば、分かりそうな事なのに」

 

 メテオナイトは膨大なエネルギーを宿す隕石。そんな代物の中でも最大級の物が、どうして今まで回収されなかったのか。

 理由は簡単だ。危険過ぎるのである。メテオナイトは膨大なエネルギーを生む反面、その代償として高熱による二重のエネルギーを生み出す性質を宿していた。

 一見、凄いと思われがちなこの性質だが、実際はとんでもなく危険なのだ。

 何しろ、それはある地点まではないと起きない上に、あるレベルまで発生すると際限なく溢れ出し、爆発してしまう。しかも、厄介な性質がまだ一つあるのだ。

 また厄介な事に、これらは初期段階では起きない。何度かエネルギーを放出する事で、始めて起きる性質なのだ。これゆえ、彼等はメテオナイトを使うことを禁じていた。

 即ちメテオナイトとは、人の手に負えない、禁断の代物だったのである。

 そして、ゼーゲル博士達が知らなかったのは、先ずはニャース達が入手したデータが半分でしか無かったから。

 実は、アンチモニー研究所にはもう半分のデータが存在していた。そう、メテオナイトの危険性についてのデータだ。

 研究所がそれを公表しないのには理由がある。メテオナイトを自爆装置として悪用されるのを恐れたのだ。

 何しろ、使い方次第ではとんでもない兵器と化しかねない。公表出来ず、厳重に仕舞われるのは当然。

 知ることが出来るのも、アンチモニー研究所の者以外はアララギのような高名な人物だけだった。

 しかし、だとすれば何故この事態になる前にメテオナイトを回収しなかったのか、また、ロケット団が手に入れたメテオナイトは暴走しなかったのかと言う疑問が出る。

 先ずは回収しなかった理由だが、それは何が起きるか分からなかったからだ。以前ある程度の大きさのメテオナイトを発掘した際、エネルギーが暴走し、少なくない被害を出した。

 その事もあり、迂闊には発掘出来なかったのだ。最大級のメテオナイトを回収したその時、前とは比べ物にならない被害が起きない様に。

 ただ、アンチモニー研究所やアララギは知らなかったが、実はリゾートデザートの最大級のメテオナイトは隕石の中心部に存在するためか、暴走の危険性は控え目だった。

 とはいえ、それでもフシデ達が暴れる程の影響を与え、結局は暴走したのだから、正確には大きさの割には控え目と言うべきだが。

 話は戻し、ロケット団がリゾートデザートで手に入れたメテオナイトの暴走の可能性が控え目なのは、同じくメテオナイトの研究をしていたこの二人や、仲間しか知らない。

 また、ロケット団が手に入れたすり替えられたメテオナイトは、彼等が手を加えた物で、膨大なエネルギーを暴走のリスク無しにしつつ、暴走を利点を変える目的で造られた物。

 ただ結果は著しくなく、完成したのはエネルギーの大幅低下と引き換えに暴走が無くなった劣化版だけだった。だからこそ、ロケット団は調べても暴走の危険性に気付けなかった。

 

「まぁ、後はゆっくりしてください。ヒウンシティに大混乱を招いた――最悪のテロリストとして、ね」

 

 彼等はこれを狙っていたのだ。だからこそ、ロケット団の行動を誘導しつつ、見逃したのである。全ては、ロケット団を自滅させるために。

 そして、それを切欠に自分達が出るために。

 

「さぁ、始まりますよ。ワタクシ達の台頭が」

 

 彼は楽しそうに告げた。

 

 

 

 

 

 深夜、ポケモンセンター。明日に備えての深い眠りに付いていたサトシの耳に、突如としてそれは聞こえた。何かが爆発するような轟音が。

 

「な、何だ今の!?」

 

「ピカ!?」

 

 そのとんでもない音に、サトシとピカチュウは目覚め、思わず部屋を出る。

 

「アイリス、デント!」

 

 廊下は真っ暗だが、夜に目が慣れたおかげか、その状態でも二人を視認することは出来た。

 

「い、今の聞こえた!?」

 

「キバキバ!」

 

「うん、何かが爆発するような音だった……!」

 

 アイリスやデントも、その音を聴いていた。つまり、それは聞き間違え等ではないと言うことだ。

 

「サトシ!」

 

「サトシくん!」

 

 そこにシューティーやNが合流する。

 

「シューティー、Nさん! 二人も今の……!」

 

「聴いた……! けど、一体何の音なんだ……?」

 

「僕達もさっぱりで……」

 

 何しろ、さっき目覚めたばかりだ。ここにいる全員は何が起きたのか、予測すら出来てなかった。

 

「とりあえず、ジョーイさんに会って確認して見よう」

 

「そうですね。その方が良いかと」

 

 廊を走り、ジョーイに会いに行こうとした五人だが、途中で自分達と同じ様に轟音で目覚め、戸惑う人達のせいで中々前に進めない。

 

「皆!」

 

「ベル! カベルネも!」

 

「何が起きるてるのよ、これ!?」

 

「分からない! 俺達も確かめようとしてる途中で……!」

 

 ロビーでベルやカベルネとも合流するが、二人も混乱していた。

 

「ジョーイさんは!?」

 

「今あそこ!」

 

 ベルが指差す先には、大量の人々に対応していたジョーイの姿があった。

 

「あ~、これじゃあジョーイさんに話が聞けないじゃない!」

 

「かといって、力強くで押し退けても混乱が広がるだけだよ」

 

「それに、ジョーイさんも戸惑っているようですし……」

 

「じゃあ、外に出て確かめるのは?」

 

「外がどうなったか不明なこの現状で、出るのは危険だけど……」

 

「じゃあ、行きましょう!」

 

 状況を理解する事は出来る。ならばと、サトシは外に出ようとする。

 

「待った! 僕も出るよ!」

 

「あたしも!」

 

「ボクも」

 

「僕も出ます」

 

 サトシを一人で外に出すのは不安だと思ったのか、N、シューティー、アイリス、デントの四人が一緒に行くと告げる。

 

「じゃ、じゃあわたし達は……何とかジョーイさんに話を聞く!」

 

「あんた達、無茶はするんじゃないわよ……!」

 

 分かったとサトシ達は頷くと、外に出る。彼等の前に写ったのは――

 

「な、なんだよ、これ……!?」

 

「ヒウンシティが……!」

 

「燃えている……!」

 

 至るところに炎が溢れ、建物が傷付いたヒウンシティの姿だった。

 



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燃えるヒウン

 それらは一瞬の事だった。ヒウンシティの中心の上空にある、メテオナイトを積んだ飛行機から閃光が放たれ、周囲の放棄された飛行機を巻き込んで大爆発を起こす。

 ロケット団員は咄嗟に脱出はしたものの、乗り手がいなくなった大量のロケット団の飛行機は爆発の勢いによりそのまま墜落し、炎上による火を撒き散らしながらヒウンシティの建物を次々と襲う。

 しかも、建物のある箇所からも火が出ており、外と中から炎が迫っていた。それは電源。

 暴走したメテオナイトのエネルギーは、それを受けた生命体以外の他のエネルギーも同様に暴走させてしまうと言う性質がある。

 これにより、発電所と夜間も作業していた会社の電源からも発火を起こし、更に発電所の電気が暴走したことで供給が途絶え、町中の電源は瞬く間に絶たれてしまう。

 幸いなのは、発電所からのエネルギーが瞬時に断ち切られたため、夜間の明かりが付いていなかった建物からは出火は控え目か、なかった事ぐらいだが、気休めにもならないだろう。

 

「な、何だよ、これ!?」

 

「とりあえず、早く街に出るんだ!」

 

 夜間に働いていた企業の人々が外に出るも、写るのは墜落し、燃料に引火、暴走により激しく燃え上がる、ロケット団の飛行機や建物の数々。

 さっきまで平和だったヒウンシティの面影は全く無く、何時も照らす蛍光灯の光ではなく、煉獄の炎が夜のヒウンシティを染めていた。

 

「状況は!?」

 

「ダメです! 周りや他の街とのコンタクトが一切取れません! 通信機能がやられています!」

 

「それに、電気が付きません! おそらく、発電所がやられたものかと!」

 

「非常用の電源は!?」

 

「今確認しています!」

 

 警察署では、到着したアララギ、ジュンサーと警察官達が突然の事態に必死に対応に当たっていた。

 しかし、通信が出来ず、状況は火災で燃えている以外一切不明。周りへの協力も求めれない最悪の状態だった。

 

「アララギ博士……!」

 

「止められなかった……!」

 

 この惨劇を止める事が出来ず、アララギは苦悶の表情を浮かべる。

 

「……アララギ博士、今は悔やむよりも私達に出来る事をするべきです!」

 

「……そうね。その通りだわ」

 

 悔やむのは、この惨劇を終わらせた後。ジュンサーの言葉にアララギは頷く。

 

「ポケモンセンター、消防署や医院、電気屋とのコンタクト! 更に各自、火の消火と市民の救助! フシデ達の様子も確かめて! ――行くわよ!」

 

「はっ!」

 

 危険な状態ではある。しかし、だからと言って自分達が動かない理由にはならない。市民を守るため、彼女達は自ら危険な現場へと進んだ。

 

 

 

 

 

「何よ、これ……!」

 

「ヒウンシティが……燃えている……!」

 

 サトシ達の目の前にも、写っていた。夜の燃えるヒウンシティを。

 

「退いてくれ! ポケモンセンターの中に!」

 

「この子を助けて! 火傷を負ってるの!」

 

「こっちも怪我してるんだ! 手当てしてくれ!」

 

「皆さん、落ち着いてください! 冷静に! 冷静に!」

 

 次々とポケモンセンターに押し寄せる人々。ジョーイが同僚と共に対処に当たるも、全く対応仕切れない。

 

「どうしたら良いんだ……!?」

 

「とりあえず、ここはアーティさんと合流をすべきだと思う」

 

「俺もそう思います!」

 

 目の前の惨劇に、アイリスやシューティー、デントも動揺を隠せないも、Nがアーティとの合流を提案。サトシも同意する。

 

「じゃあ、ヒウンジムを――」

 

 目指そう、サトシがそう言おうとした直後、何度も聞いて見た音と光が放たれる。

 

「――タァーーーッ!!」

 

「――ドォーーーンッ!!」

 

「――バットォーーーッ!!」

 

「――ブーバーーーッ!!」

 

「――マイーーーンッ!!」

 

 それらはポケモンがモンスターボールから出る時の光と音だった。ロケット団が脱出する際に、残ってしまった最悪の置き土産。

 そして、中からはサトシやピカチュウにとって見覚えのある、N達にとっては初めて見る無数のポケモン達が現れる。

 

「あれは……ラッタにサイドンやゴルバット、ブーバーにマルマイン!? カントーのポケモン達か!?」

 

「カントーのポケモンだって!? それがどうしてこんなに沢山!?」

 

『ラッタ。鼠ポケモン。コラッタの進化系。伸び続ける前歯を削るため、硬い物をかじる。長く伸びた牙は分厚いコンクリートも簡単に削る』

 

『サイドン。ドリルポケモン。サイホーンの進化系。マグマにも耐える鎧の様な皮膚と、岩石を砕く角を持つ』

 

『ゴルバット。蝙蝠ポケモン。ズバットの進化系。真夜中に活発に飛び回る。どんなに硬い皮膚でも貫く鋭い牙には小さな穴があって、そこから相手の血を吸いまくる』

 

『ブーバー。火吹きポケモン。ブビィの進化系。灼熱の息を吐くと、身体の周りに陽炎ができ、姿がぼやける』

 

『マルマイン、ボールポケモン。ビリリダマの進化系。身体に電気エネルギーを溜めすぎて、ぱんぱんに膨らんだマルマインが風に流される事がある』

 

 太い身体に六つの髭と、太い上下の歯、細い尾と短い手足が特徴の鼠ポケモン、ラッタ。

 灰色の二足歩行の怪獣の様な身体に、角が特徴のドリルポケモン、サイドン。

 青色の長い身体に、大きな翼や四つの牙が目立つ蝙蝠ポケモン、ゴルバット。

 黄と赤の身体に、窄まった口、先に火が付いた尾の火吹きポケモン、ブーバー。

 モンスターボールを大きくし、白の部分に目、赤の部分に口があるボールポケモン、マルマイン。

 図鑑で五匹の情報を得るシューティー。こんな場面で無ければ、カメラでの撮影もしていただろう。

 そして、この五匹は――いや、この五匹以外のポケモン達も、トレーナーのロケット団員がいなくなった事や、暴走したメテオナイトによる衝撃、燃えるヒウンシティを見て、冷静な判断が出来ず、過剰な興奮状態にあった。

 

「ラッタァーーーッ!」

 

「こっちに来るわよ!」

「ミジュマル、シュルブレード!」

 

「ミジュマ!」

 

 ピカチュウやゾロア達を見て、ラッタはサトシ達を本能的に敵と判断。パニックになる人々を押し退け、ひっさつまえばを構えながら迫る。

 サトシはミジュマルを繰り出し、ミジュマルは水刃を構えると、ラッタを一閃。鋭いダメージを与える。

 

「タァーーーッ!」

 

「まだやられてない!」

 

 しかし、その一撃ではラッタは倒れない。逆上したのか、怒りに満ちた表情で迫ってきた。

 

「――マイビンテージ、ヤナップ! かわらわり!」

 

「ジャノビー、いあいぎり!」

 

「ゾロア、だましうち」

 

「ナー……プーーーッ!

 

「ジャノ……ビーーーーッ!」

 

「ゾロッ!」

 

 防御が下がった所での三匹の同時攻撃。それらを喰い、ラッタは倒れた。これで一段落、ではない。

 

「サイ……ドーーーンッ!」

 

「バットォーーーッ!」

 

「次はサイドンとゴルバットか!」

 

 次はサイドンとゴルバットが迫っていた。しかも既に技を使っている状態。サイドンがとっしん、ゴルバットはつばさでうつだ。サトシ達は咄嗟にかわし、攻撃を避ける。

 

「皆、サイドンは岩と地面タイプ! ゴルバットは毒と飛行だ!」

 

「了解! ヤナップ、サイドンにタネマシンガン!」

 

「行け、プルリル! バニプッチ! ジャノビーとプルリルはサイドンにグラスミキサーとみずのはどう! バニプッチはゴルバットにれいとうビーム!」

 

「出てこい、ハトーボー! ミジュマルはサイドンにみずてっぽう! ピカチュウとハトーボーはゴルバットに10まんボルトとエアカッター!」

 

「ゾロア、シャドーボール。ポカブ、ころがる」

 

 サトシから得たポケモンの情報を元に、サイドンとゴルバットに攻撃。集中攻撃を前に二匹も倒れる。

 

「後はブーバーとマルマイン!」

 

「タイプはブーバーが炎、マルマインが電気だ!」

 

 その情報を聞き、アイリスはふと一つのモンスターボールを取り出す。ドリュウズが入ったモンスターボールを。

 地面タイプと技を持つドリュウズなら、あの二匹の弱点を突ける。しかし、言うことを聞いてくれない。どうしたらと迷っていると、二匹が攻撃を放つ。

 

「ブーーーーッ!」

 

「マインーーーッ!」

 

「ほのおのパンチとスパークか!」

 

 ブーバーは炎の拳を構えながら、マルマインは電撃を纏いながら迫るも、また避けると一斉攻撃で倒される。

 

「よし、これで全部倒し――」

 

「ドリルーーーッ!!」

 

「コイルーーーッ!!」

 

「ピアーーーッ!!」

 

「ライクーーーッ!!」

 

「タミーーーッ!!」

 

「フォーーーンッ!!」

 

「この声!」

 

 五匹を沈黙させ、ヒウンジムを向かおうとするサトシ達だが、先とは違う雄叫びが空から響く。

 

「別のポケモン達!?」

 

「オニドリル、レアコイルとスピアーに、ストライク、モルフォンとスターミーか!」

 

 これまた、カントーで見かけるポケモンばかりだ。

 

「タイプは!?」

 

「オニドリルがノーマルと飛行、モルフォンとスピアーは虫と毒! レアコイルは鋼と電気! ストライクは虫と飛行で、スターミーは水とエスパーだ!」

 

「技が来る」

 

 来る技はエアスラッシュ、むしのさざめき、ラスターカノン、シザークロス、ヘドロばくだん、ハイドロポンプだ。

 それらの技でサトシ達は互いから離され、一人での対処を余儀なくされる。

 

「あ、あぁ……!」

 

「――アイリス!」

 

 しかし、アイリスだけはまともに戦える手段がない。更に彼女にはスターミーとモルフォンの二匹が迫っており、距離のせいで助けが間に合わない。

 

「ハハコモリ、むしのさざめき!」

 

「ゴチルゼル! サイケこうせん!」

 

「モリーーーッ!」

 

「ゼルーーーッ!」

 

「フォンーーーッ!」

 

「ミーーーッ!」

 

 二匹はアイリスに触れようとしたが、直前吹き飛ばされる。その場にいる全員がそちらを向くと、二人の人物がいた。

 

「アーティさん! それと……!」

 

「サリィさん!」

 

「大丈夫かい、皆?」

 

「怪我はない?」

 

 ヒウンジムのジムリーダーのアーティと、スカイアローブリッジの件で出会った女性、サリィだった。ハハコモリと、あのゴチルゼルもいる。

 

「俺達は無事です!」

 

「よかった。にしても、どうなってるのか……」

 

「このポケモン達、見たことない子ばかり……どういうこと?」

 

「今はこの六匹です! 話はその後で!」

 

 デントの言葉に、サトシ達は六匹と向き合う。

 

「ドリーーーッ!」

 

「ドリルくちばし! かわせ、ピカチュウ、ミジュマル、ハトーボー!」

 

「ピカ!」

 

「トーーーッ!」

 

「ミジュ!」

 

 サトシと戦うのはオニドリル。嘴が特徴の鳥ポケモンだ。オニドリルは回転しながら突撃する。スピードはあるが単調なため、簡単にかわされる。

 

「出てこい、ツタージャ!」

 

「――タジャ」

 

 サトシは素早く倒すため、更にツタージャも繰り出す。

 

「ピカチュウ、エレキボール! ハトーボーはかまいたち!」

 

「ピッカ!」

 

「ハトーーーーッ!」

 

「ドリリッ!」

 

 隙が出た所に、ピカチュウは電気の球、ハトーボーは鎌鼬を叩き込む。効果抜群と急所直撃で大ダメージをオニドリルは受ける。

 

「ツタージャはたつまき! ミジュマルはしおみず!」

 

「ター……ジャ!」

 

「ミジューーーッ!」

 

「ドリッ!? リリ、ル……!」

 

「よし、撃破!」

 

 更にオニドリルはたつまきと、ダメージをある程度負うと威力が倍加するしおみずを受け、倒された。

 

「ライク! ライライーーーッ」

 

「ゾロゾロ!」

 

 Nと戦っているのはストライク。両手が鋭い鎌になっている蟷螂ポケモンだ。ストライクはれんぞくぎりでその鎌を何度も振っていたが、ゾロアに軽やかに避けられていた。

 

「ゾロア、イリュージョン。ポカブ、ころがる」

 

「ゾロ!」

 

「カブ! カブブゥ!」

 

「ライ!? ラーーーッ!」

 

「ゾロア、ナイトバースト。ポカブ、はじけるほのお」

 

「ゾローーーッ!」

 

「カブーーーッ!」

 

「ライイーーーッ!」

 

 イリュージョンで変化、驚かせた隙にころがる。更に最強技のナイトバーストとはじけるほのおでストライクを倒す。

 

「レアーーーッ!」

 

「ほうでん! プルリル、まもるで防げ!」

 

「リルッ!」

 

 シューティーと戦うのは、三つの目と螺、六つの磁石が特徴の磁石ポケモン、レアコイル。

 レアコイルは電撃が放つも、プルリルのまもるで止められる。

 

「ジャノビー、グラスミキサー! バニプッチ、こおりのつぶて! そして、出てこいヒトモシ、ドッコラー!」

 

「コイイッ!」

 

 攻撃の後を狙い、ジャノビーとバニプッチが草の渦と氷の礫を発射し、命中させる。効果は今一つだが、怯んだ隙にシューティーはヒトモシとドッコラーを繰り出す。

 

「かえんほうしゃ! ばくれつパンチ!」

 

「トモーーーッ!」

 

「ドッコ、ラーーーッ!」

 

「レア!? コイーーーッ!」

 

 効果抜群の技を連続で食らい、レアコイルは地面に落下した。

 

「ピア! ピアア!」

 

「ダブルニードルか! ヤナップ!」

 

「ナプ、ナププ!」

 

 デントと戦っているのは、ハチの様な身体に腕が太い針になっている毒蜂ポケモン、スピアー。

 スピアーはその太い針になっている腕で何度も突くも、鋭さがない上に大振り。かわすのは容易い。

 

「ピアッ!」

 

「そこだ、ヤナップ! がんせきふうじ!」

 

「ナプ! ヤナーーーッ!」

 

「スピピッ!」

 

「イシズマイ、君も出てくれ! からをやぶるからのきりさく! ヤナップ、かわらわり!」

 

「イママイ! イマー……マイッ! イマーーーッ!」

 

「ナプーーーッ!」

 

「スピーーーッ!」

 

 岩をぶつけ、怯ませた間にイシズマイを繰り出す。そこから、からをやぶるからのきりさくとかわらわりを叩き込み、スピアーを倒す。

 

「ゴチルゼル、サイコキネシス!」

 

「ハハコモリ、れんぞくぎり!」

 

「ゼル!」

 

「ハン! ハハン!」

 

「フォン!」

 

「ミーッ!」

 

 ゴチルゼルがサイコキネシスの念動力でモルフォンとスターミーの動きを封じ、その隙にハハコモリがれんぞくぎりでダメージを与える。

 

「ミー……! スターーーーッ!」

 

「モル……フォンーーーッ!」

 

「ハイドロポンプとぎんいろのかぜか!」

 

「ゴチルゼル、まもるよ!」

 

「ゼール!」

 

 ダメージを受けながらも、モルフォンとスターミーは銀色の粒子を纏う風と強烈な水流を放つ。ゴチルゼルはプルリルと同じ、緑色のオーラで防ぐ。

 

「――ポカブ、ニトロチャージ! クルミル、はっぱカッター!」

 

「ポカーーーッ!」

 

「クルルーーーッ!」

 

 直後、スターミーに葉の刃、モルフォンには炎の突撃が叩き込まれた。

 

「今です、アーティさん、サリィさん!」

 

 それは、サトシのポカブとクルミルの攻撃だった。

 

「あぁ! ハハコモリ、シザークロス!」

 

「ありがとう! ゴチルゼル、サイケこうせん!」

 

「ハッハーーーン!」

 

「ゼーーールッ!」

 

「ミーーーーッ!」

 

「フォンーーーッ!」

 

 二つの効果抜群の一撃を受け、最初の奇襲のダメージもあって、スターミーとモルフォンも倒れた。

 

「これで、全員倒した……!」

 

「話を纏めましょう。先ずはこのポケモン達だけど……」

 

「このポケモンは多分、カントーのポケモンです」

 

「……まさか、ロケット団の!?」

 

 それ以外に、カントーのポケモン達がいきなりこんなに出てくるなどあり得ない。

 

「ロケット団……。確か、最近指名手配された連中が所属している組織の名前ですね」

 

 サリィも、道の壁紙で見たことがあった。

 

「そうです! 人のポケモンを狙う悪人達です!」

 

「じゃあ、これは……」

 

「ロケット団がこの町を襲撃するためのポケモン達?」

 

「……にしては、少し変ですね」

 

 Nはこのポケモン達がロケット団の所属、ということには――悪事に使われていることに関して腹は立てているも――異論は無いが、疑問を抱いていた。

 

「どういうことですか、Nさん?」

 

「このポケモン達は鍛えられている。だけど、それにしてはトレーナーが側にいないのが変だ」

 

「確かに、このポケモンは能力は有りましたが、行動が単調でしたね……。まるで、暴走してるような……」

 

 何らかの作戦で派遣されたにしても、トレーナーの存在が全く感じられないのだ。ポケモン達は異常に興奮していたし、隙も多かった。

 

「そもそも、制圧にしてもこれは派手過ぎますし……」

 

「つまり、この事態はロケット団の想定を越えている。ということかい?」

 

「だとしたら、このポケモン達の暴走している様な状態も納得出来ますね……」

 

 考案した作戦とは逸脱した事態と化してしまった。そのせいで、ポケモン達に指示が出せなくなった。筋が通る話だ。

 同時にメテオナイトの本質を知るサトシ達は、ロケット団が暴走させてしまったのを理解する。

 

「となると、これからすべきは住民の救助及び、そのポケモン達の鎮圧。フシデ達の様子の確認も必要か……」

 

「俺達も手伝います!」

 

「危険だよ?」

 

 町は燃えている上に、おそらくこのポケモン達以外の無数のポケモン達が暴走しているだろう。今のヒウンは危険に満ちている。

 

「分かっています。しかし、この状況でただ待つだけなんて出来ません!」

 

 何しろ、多くの人々やポケモン達に危機に陥っている。その中にはアララギ、知り合いのマコモやショウロ、育て屋の保育園のヒロタ達、ユリやキクヨ、フシデ達もいる。待つだけなんて出来る訳がない。

 

「僕もジムリーダーとして、協力させてください!」

 

「ボクも協力します」

 

「僕もです!」

 

 シューティーは正義感に満ちた性格ではないが、こんな状態を見逃すほど薄情ではない。

 

「あたしも――」

 

「いや、アイリスはサリィさんと一緒にポケモンセンターを守ってくれ」

 

「な、何で!」

 

「……残念だけど、今の君じゃあ力不足だ。この意味、分かるよね?」

 

 キバゴは未熟。ドリュウズは指示を聞かない。これでは、鎮圧も救助も無理があった。

 

「アイリスちゃん。ポケモンセンターでの手伝いも大切よ。ねっ?」

 

「……はい」

 

 自分の力の無さにうちひしがれながら、アイリスは頷いた。

 

「じゃあ、二手に分かれて動こう」

 

「どう分かれますか?」

 

「救助の為の戦力の必要ですが、防衛の分も必要になりますね……」

 

「トレーナー達に話し、増やすべきかと」

 

 とにかくやることが多すぎて、自分達だけでは手が回らない。

 

「分かれるのはどうしますか?」

 

「――よし、こうしよう。サトシ君とN君は僕と一緒に。シューティー君はデントの元で救助をしてくれ」

 

「はい! ――アイリス!」

 

「アイリスくん」

 

 動こうとするサトシとNだが、その前に一つすることがあった。サトシはアイリスにあるもの――一つのモンスターボールを渡す。ズルッグが入ったモンスターボールだ。

 

「ズルッグを預かってくれ」

 

「この子も」

 

「ブイ……」

 

 ズルッグとイーブイは他のポケモンと比べ、力不足。安全の為にもポケモンセンターにいてもらいたかった。

 

「……サトシもNさんもちゃんと戻って来てくださいよ。このまま預かるなんて、あたしはごめんですから!」

 

「分かってるさ!」

 

「勿論」

 

 死ぬ気なんてない。夢や理想を叶える為にも。

 

「――行こう!」

 

「はい!」

 

 サトシ達は、ポケモンセンターでトレーナーに協力を要請し、仲間を増やすと燃えるヒウンに向けて走り出した。

 

 

 

 

 

「な、何なのよ、これ!」

 

「何で、こんなことに……!」

 

「一体、どうなってるのにゃ!」

 

 ロケット団の彼等は、炎上する発電所。いや、燃え上がるヒウンに困惑の極みだった。全てが上手く行く筈が一転し、炎獄のヒウンだけが目に写る。

 

(これだったのか、嫌な予感の正体は……!)

 

 そんな中、フリントだけは理解していた。この状況こそが自分が感じていた違和感の正体だったことに。

 

「ど、どうしたら良いのよ、これ!」

 

「とりあえず、本部に連絡するんだ!」

 

「わ、分かったにゃ!」

 

「……無理だ。こんな状態で繋がるとは思えん」

 

 この状況では、通信機能は繋がっていないだろう。

 

「やらない事には始まらないでしょ!」

 

 繋がらないとしても、何かをしないとこの事態は打開できない。ニャースが本部と連絡しようとしたその時。

 

「――いや、その男の言う通りだ」

 

 声に振り向く。そこには、目を隠すマスクを付けた三人組がいた。

 

「やっても無駄だ」

 

「第一、お前達はここで終わるのだからな」

 

「お前ら、まさか例の組織の……!」

 

「知る必要はない。――出でよ、クサイハナ」

 

「出てこい、ロコン」

 

「参れ、シェルダー」

 

 三人組がポケモンを繰り出す。しかし、それらはイッシュのポケモンでも無かった。

 

「あの三匹……!」

 

「クサイハナ、ロコン、シェルダー……!?」

 

「まさか、カントーのポケモンか!?」

 

 カントーで見かけるポケモンや、その進化系だ。

 一人目の手持ちがクサイハナ。雌しべから異臭を放つ特徴の草、毒タイプの雑草ポケモン。

 但し、このクサイハナは訓練により、臭いはコントロールされている。

 二人目がロコン。炎の色の様な体毛に、尾が特徴の炎タイプの狐ポケモン。

 三人目はシェルダー。黒い中身を紫色の殻で守る水タイプの二枚貝ポケモン。

 

「行きなさい、コロモリ!」

 

「行け、デスマス!」

 

「行くが良い、ミネズミ」

 

 その三人に、ロケット団もポケモンを繰り出す。フリントもイッシュで捕まえたポケモンを出していた。

 

「貴様等には、ここで終わってもらおう。クサイハナ、マジカルリーフ」

 

「ロコン、はじけるほのお」

 

「シェルダー、しおみず」

 

「コロモリ、エアカッター!」

 

「デスマス、シャドーボール!」

 

「ミネズミ、ハイパーボイス」

 

 三人組のポケモンから、三つの技が放たれる。コロモリ、デスマス、ミネズミはそれらをかわすと反撃するが、軽々と避けられた。

 

「ロコン、ニトロチャージで速度を上げて撹乱しろ」

 

「シェルダー、つららばりで包囲」

 

「コン!」

 

「ルダ!」

 

 ロコンは高速の動きで、シェルダーは氷柱の連弾で、三匹の動きを止めつつ一ヶ所に集まらせる。

 

「クサイハナ、ヘドロばくだん」

 

 そこにクサイハナがヘドロで出来た塊を、密集した三匹へと放つ。

 

「エアスラッシュ!」

 

「シャドーボール!」

 

 ヘドロの塊をコロモリとデスマスの技で迎撃させたムサシとコジロウだが、そこにロコンとシェルダーが迫る。

 

「はじけるほのお」

 

「しおみず」

 

「コン!」

 

「シェル!」

 

「コロモーーーッ!」

 

「デスマーーーッ!」

 

 炎弾がコロモリを、塩水がデスマスを襲う。

 

「コロモリ!」

 

「デスマス!」

 

「ミネズミ、ロコンにいあいぎりだ」

 

「ミネーー……!」

 

「クサイハナ、ドレインパンチ」

 

 二匹の内、ロコンに狙いを定めたフリントとミネズミだが、そこにクサイハナのドレインパンチが迫る。

 フリントは回避を指示し、ミネズミは軽やかに避けるも、そこにシェルダーとロコンが接近する。

 

「つららばり」

 

「ニトロチャージ」

 

「ミネ……! ズミッ!」

 

 氷柱は辛うじて避けるも、炎の突撃までは対応仕切れず、ミネズミは吹き飛ぶ。

 

「マジカルリーフ」

 

「はじけるほのお」

 

「しおみず」

 

「ハナーーーッ!」

 

「コーーーンッ!」

 

「ルダーーーッ!」

 

 倒れて姿勢を崩した三匹に、三人組は追撃を指示。三つの技が同時に放たれる。

 

「コロモリ、めざめるパワー!」

 

「デスマス、ナイトヘッド!」

 

「ミネズミ、ハイパーボイス」

 

「コローーーッ!」

 

「マーーースッ!」

 

「ミネネーーーッ!」

 

 迎撃の三つの技が発射。先の三つの技を打ち消す。

 

「何とか、コイツらを倒すわよ!」

 

「あぁ、そのつもりだ!」

 

「言われるまでもない」

 

 この窮地を脱するには、目の前の三人を倒すしかない。ロケット団は次の指示を出した。

 

 

 

 

 

「アイリスちゃん。そっちをお願い」

 

「あっ、はい」

 

 ポケモンセンター。次々と入って来る怪我人やポケモンを前に、アイリスはサリィの手伝いをしていた。

 

「はぁ……焼け石に水ね……」

 

 自分やアイリス、他にも医療の心得がある何人かが手伝い、少しは片付くのではとサリィは思っていた。しかし、実際は全くの人手不足。次々と入って来るので当然とも言えるが。

 

「それでも、助かってますよ。アイリスさん。サリィさん」

 

 手一杯ではあるが、それでも彼女達がいるだけ随分と差はあった。

 

「ありがとうございます」

 

「それと……入りきらない人々についてですが――」

 

「アーティさんのポケモンジムや、バトルクラブへの避難を。ポケモンジムについては許可を貰っています」

 

 入りきらない患者はヒウンジムで避難してもらうように伝える。バトルクラブはまだ許可を貰っていないが、この事態を考えれば出してくれるだろう。いや、既にヒウンジム同様に避難しているかもしれない。

 ポケモンジムやバトルクラブはバトルに耐えれるよう、強固に設計されている。緊急用の避難所には打ってつけだ。

 

「ただ、この状態で外を移動するのは……」

 

「かなり危険ですね……」

 

 現在、ポケモンセンターの周りはベルやカベルネを含めたトレーナー達や、駆け付けたジュンサー達が防衛に入っている。しかし、それが限界。

 ジムやバトルクラブに行くとすると、その戦力を削ってまで行かねばしならない。ただでさえ、救助で幾分か減っているのにだ。

 

「だけど、このままじゃパンクしてしまうわ」

 

「行くしかありませんね……」

 

 現状のままでは、近い内に必ず入れれなくなる。そうなったら何とか抑えている市民の不安が爆発し、最悪の場合は暴徒化してしまう。それだけは絶対に避けねばならない。

 

「ただ、減る戦力の補充のため、戦える力を持つポケモンやトレーナーの治療を優先的に行いましょう」

 

「……差を付けてるみたいで嫌ですけど、仕方ないですね」

 

 今は一人でも戦力が欲しい。やるしかないのだ。ジョーイとサリィは事情を話し、トレーナー優先の治療を始める。

 

「ゼルゼル」

 

「ブイブイイ」

 

「ルッググ」

 

 ゴチルゼルも水上バス時の経験を活かし、手伝っていた。それを見てイーブイや、イーブイがねだったので出したズルッグも頑張っている。

 

「ありがとう、ゴチルゼル。イーブイちゃんやズルッグくんもね」

 

 サリィのお礼に、ゴチルゼルは何て事ないと笑みを向ける。イーブイやズルッグもコクンと頷く。

 

「サリィさん、ゴチルゼルとは……」

 

「爆発の後、ゴチルゼルが病院に来てくれたの。わたしを心配してくれたのね」

 

「ゼ~ル」

 

 場所については、サリィがヒウンシティに来る際に話していたため、ゴチルゼルは素早く来れたのだ。

 

「……」

 

「……アイリスちゃん?」

 

「――出てきて、ドリュウズ」

 

 アイリスは一つのモンスターボールを取り出すと、スイッチを押す。中から潜水状態のドリュウズが現れた。

 

「……えっ?」

 

「ゼ、ゼル?」

 

「ブイ?」

 

 その様子のドリュウズに、サリィとゴチルゼルは思わず呆然とする。イーブイは何だこれと首を傾げる。

 

「……?」

 

 周りがやけに騒がしく、ドリュウズは自分から潜水状態を解いた。

 

「……リュズ?」

 

「ドリュウズ、今ヒウンシティはとんでもない事になってるの」

 

 アイリスの言葉に、ドリュウズは周りを見る。皆、苦しそうな表情をしていた。

 

「だから、力を貸して。あたしの言うことは聞かなくても良いから」

 

「……リュズ」

 

 コクリとドリュウズは首を縦に振る。多くの人々が苦しんでいるのに、何もしないのは最低かつ最悪だ。力を振るうことを決意した。ただ、アイリスとは距離を取っている。

 

「仲良くないの?」

 

「……はい」

 

「そう……。だけど、頑張って」

 

「ゼルゼルル」

 

「はい」

 

 サリィとゴチルゼルに励まされ、アイリスは不謹慎ながらも少し嬉しかった。直後、スタッフの一人がサリィとジョーイに駆け寄る。

 

「ジョーイさん、サリィさん、そろそろ限界が……!」

 

「思ったよりも早い……!」

 

「仕方ありません、直ぐに移動を始めましょう」

 

 思った以上に搬送される数が多く早い。移動も早めないとパンクしてしまう。

 

「アイリスちゃん、一緒に来てくれる?」

 

「分かりました。ドリュウズ」

 

 アイリスの呼び掛けに、ドリュウズは一瞬の間を起きながらも頷いた。

 

「皆さん、このままでは入りきれなくなるので、今からポケモンジムに移動します。済みませんが、着いてきてください」

 

 戸惑いの声が多いが、事情を聞いて納得せざるを得ず、治療がある程度終わった者や比較的軽傷の人々が、サリィや数人のスタッフ、護衛のトレーナーや警察が数人の案内に従ってポケモンジムに向かうべく外に出る。

 その際、アイリスは外にいたベルやカベルネと鉢合わせになる。

 

「アイリスちゃん、お互い頑張ろうね」

 

「うん」

 

「にしても、こんな事態になるなんて最悪だわ……」

 

 ベルとアイリスは互いに人々のためにやる気の様だが、カベルネは大惨事に巻き込まれ、愚痴を溢していた。

 

「……」

 

「あれ、そのポケモン……?」

 

「ドリュウズ? けど、子供達の時には出さなかったわよね?」

 

「うん、まぁちょっとね」

 

 要領の得ないその言葉や、そっぽを向いているドリュウズに、二人は何かあると理解する。ただ、言う暇もないので追求はしないが。

 

「さぁ、行きましょう。アイリスちゃん」

 

「はい。じゃあ、あたしは行くわ」

 

「気を付けて」

 

「無茶はすんじゃないわよ」

 

 うんと頷くと、アイリスはサリィ達と一緒にポケモンジムに向かう。

 

「――ローーーップ!」

 

「――ドパーーーン!」

 

「――ジャラーーーッ!」

 

「――リンガーーーッ!」

 

「――ダッーーークッ!」

 

 その途中、複数のポケモン達がアイリス達と目の前に立ちはだかる。全て、アイリス達が見たことないポケモンだ。

 

「情報を調べて!」

 

「はい!」

 

 トレーナーの数人が、手に持つポケモン図鑑で情報を得る。

 

「分かりました! この五匹は角と炎のような鬣を持つ、四足歩行のポケモンがギャロップ。背に無数の棘があるのがサンドパン。蔓に身を覆っているのがモンジャラ。太く長い舌を出しているのがベロリンガ。青い身体に手足に水掻きがあるのがゴルダック。タイプはギャロップが炎、サンドパンが地面、モンジャラが草、ベロリンガがノーマル、ゴルダックが水です!」

 

 炎のような鬣を持つ、ユニコーンのような姿をしている火の馬ポケモン、ギャロップ。

 背に幾つもの濃い茶色の棘と、細く少し眺めの爪を持つ鼠ポケモン、サンドパン。

 藍色の蔓の塊に長靴らしき足が特徴の蔓状ポケモン、モンジャラ。

 太く長い薄いピンク色の舌、サンショウウオのような外見に、縞や楕円の模様や大きな尻尾を持つ舐め回しポケモン、ベロリンガ。

 青色の体躯に、額の赤く丸い宝石みたいなものが特徴の鶩ポケモン、ゴルダックが目の前の五匹のポケモンだった。

 

「ありがとう。ゴチルゼル、かけぶんしん!」

 

「ゼルル!」

 

「今よ、ドリュウズ! ギャロップにドリルライナー!」

 

「……ドリュ!」

 

 ゴチルゼルは分身を展開し、五匹を惑わせる。その隙にドリュウズや他のトレーナーや警察のポケモン達が一斉に攻撃を仕掛けるも、簡単にはやられない。

 

「ジャララ!」

 

 モンジャラがつるのムチで分身を次々と消し、残りの四匹がサリィ達に向かう。

 

「ギャローーーッ!」

 

「かえんぐるま! もう一度ドリルライナーよ!」

 

「――リュズ!」

 

 螺旋の突撃と炎がぶつかり合う。相性、力の差からドリュウズが打ち破り、そのままギャロップを戦闘不能にする。

 

「ゴル!」

 

「ハイドロポンプ! ドリュウズ、避けて!」

 

「ドリュ! ――リュズ!?」

 

「ベローーーッ!」

 

 膨大な水流をジャンプしてかわすドリュウズだが、そこをベロリンガが長い舌で叩き付けようとしていた。

 

「ゴチルゼル、サイケこうせんで阻止して!」

 

「ゼル!」

 

 ゴチルゼルは複数の色の光線でベロリンガを吹き飛ばし、攻撃を阻止する。

 

「サンッ!」

 

「きりさく!」

 

 しかし、助けに入ったゴチルゼルに、サンドパンがきりさくを食らわせようとする。ゴチルゼルは技を放った硬直があり、かわしきれない。

 

「――キバーーーッ!」

 

「――ルッグ!」

 

「――ブイッ!」

 

「パンッ!?」

 

 そこに、小さい青白い光、二匹の突撃がサンドパンに命中する。キバゴのりゅうのいかり、ズルッグのずつき、イーブイのたいあたりだ。

 りゅうのいかりは出力はまだ不完全、ずつきとたいあたりは二匹がまだ子供なのでダメージは小さいが、不意を突いて怯ませるには十分。

 

「ゴチルゼル、サイコキネシスよ!」

 

「ゼル!」

 

「パッ!?」

 

「ゼルーーーッ!」

 

「パンーーーッ!」

 

「ダックーーーッ!」

 

 一瞬の隙。そこを狙い、ゴチルゼルは念動力でサンドパンを浮き上がらせ、更にゴルダックにぶつける。

 

「一斉攻撃だ!」

 

「ゴ、ゴル――ダックーーーッ!?」

 

「サ、サン――パンーーーッ!?」

 

 隙だらけになった二匹に他のトレーナーのポケモン達が一斉攻撃を仕掛け、ゴルダックやサンドパンも続いて倒れる。

 

「ベロ!」

 

「ジャラ!」

 

「――ドリュ!」

 

 残りはベロリンガとモンジャラ。興奮のせいか、二匹は仲間が倒されながらも怯まず、舌や蔓を伸ばして攻撃を仕掛けるが、ドリュウズが掴み取られた。

 

「リンガ!?」

 

「モジャ!?」

 

「リュズ!」

 

 ドリュウズは全身の力を使い、二匹を引っ張る。

 

「ドリュウズ、メタルクロー!」

 

「ゴチルゼル、サイケこうせん!」

 

「ドリューーーッ!」

 

「ゼルーーーッ!」

 

「ベローーーッ!」

 

「ンジャーーーッ!」

 

 鋼の爪と念の光線が二匹に直撃、二匹も撃破され、敵は一旦いなくなった。

 

「倒した……!」

 

「今の内にヒウンジムへ!」

 

 少しでも接触する数を減らすためにも、アイリス達は直ぐにヒウンジムに向かう。

 燃えるヒウンシティ。この街で行われる攻防は、まだまだ始まったばかりだ。

 



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迫る強敵

「やれやれ、こんなに多いとは」

 

「それだけ、ロケット団が力を入れていた証ですね」

 

 サトシ達が戦っている一方、彼等もまた暴走したロケット団のポケモン達と交戦していた。

 

「おまけに、手強いのが三体もいますねぇ」

 

「えぇ、よく鍛えられてます」

 

 彼等は数を一ヶ所に集中させていたため、次々と来るポケモン達にも多少の余裕を持って対応していたが、少し状況が変わっていた。

 目の前の三体が他よりも強く、少し押されていたのだ。

 

「仕方ありません。我々も戦いましょう」

 

「ですねー」

 

 二人はモンスターボールを取り出し、構える。

 

「申し訳ありません、手を煩わせる事になりました……!」

 

「構いません、相手はあの大組織。我々も手を尽くすまでです」

 

 スムラやリョクシは良くやっている。もっと多くにすべきだったかもしれないが、そうなると後が怪しまれる。これは仕方ない。

 

「貴方達も協力してくださいねー」

 

「勿論です!」

 

「では、始めましょう」

 

 二人はモンスターボールのスイッチを押し、ポケモンを出した。

 

 

 

 

 

「ピカチュウ、エレキボール!」

 

「ゾロア、ナイトバースト」

 

「ハハコモリ、シザークロス!」

 

「ピカピカ……ピッカァ!」

 

「ゾロ……ーーーッ!」

 

「ハッハーーーン!」

 

 ピカチュウ、ゾロア、ハハコモリを筆頭に、無数の技が放たれ、複数のポケモン達が悲鳴を上げながら倒れていく。

 

「やれやれ、次から次へと出てくるよ……!」

 

「一体、どれだけのポケモンを出してきたんだ、ロケット団は……!」

 

「どう見ても百や二百じゃありませんね……」

 

 今ここにいる彼等は既に三十を超えるポケモンを倒したのだが、それでもイッシュにはいないポケモン達があちらこちらで暴れていた。

 

「――こっちに来ないでよ~!」

 

「攻撃が通じない……! 炎だけじゃなく、悪タイプも持っているポケモン……!?」

 

「もう片方は氷と悪っぽいよ~!」

 

「ムンナ……!」

 

「シャナ……!」

 

「ヘルル……!」

 

「ニュラ……!」

 

「この声……! マコモさんとショウロさん!」

 

 聞いたことのある四つの声に、サトシが向かう。到着すると、マコモとショウロ、ムシャーナとムンナが二匹のポケモンと交戦していた。

 

「あれは……ヘルガーにニューラか!」

 

 彼女達が戦っていたのは、地獄にいる番犬のようなポケモン、ダークポケモン、ヘルガーと、深い藍色の身体に赤い左耳や尾が特徴の鉤爪ポケモン、ニューラだった。

 

「二匹のタイプは!?」

 

「両方悪タイプを持ってます! ただ、ヘルガーは炎タイプ、ニューラは氷タイプもあります! 行け、ミジュマル、ポカブ、ツタージャ、クルミル!」

 

「――ミジュ!」

 

「――ポカ!」

 

「――タジャ」

 

「――クルル!」

 

 タイプを説明すると、サトシはハトーボーと預けたズルッグを除いた残りの四匹のポケモンを繰り出す。

 

「ミジュマル、ツタージャ、ヘルガーにシェルブレードとアクアテール! ポカブ、クルミル、ニトロチャージとむしくい!」

 

「ミジュ……マーーーッ!」

 

「ター……ジャッ!」

 

「ポカポカ……カーブーーーッ!」

 

「クルルルル!」

 

「ヘル!?」

 

「ニュラララーーーッ!?」

 

 ムンナやムシャーナに注意を向けていたため、ヘルガーは水の刃と尾を、ニューラは炎の突撃とかじりをまともに食らう。

 

「――ガーーーッ!」

 

「――ニュッ!」

 

 しかし、二匹は体勢を立て直すと口から技を放つ。ヘルガーはかえんほうしゃ、ニューラはこおりのつぶてだ。

 

「皆、かわせ!」

 

「ミジュマ!」

 

「タージャ」

 

「ポカ!」

 

「クル!」

 

 サトシの素早い指示により、四匹は軽やかにかわす。

 

「Nさん! アーティさん!」

 

「分かってるよ。ポカブ、ヘルガーにころがる」

 

「任せたまえ! ハハコモリ、ニューラにシザークロス!」

 

「カブ! ガブガブ……カブーーーッ!」

 

「ハー……ハーーーン!」

 

「ルガーーーッ!」

 

「ラーーーッ!」

 

 反撃をしたヘルガーとニューラだが、軽々とかわされ、その隙にポカブのころがるとハハコモリのシザークロスを受けて倒された。

 

「大丈夫ですか、マコモさん、ショウロさん!」

 

「助かったわ、サトシ君……」

 

「あたし達だけじゃ危なかったですよ……」

 

「ムナムナ……」

 

「シャーナ……」

 

 ムンナとムシャーナはエスパー。ヘルガーとニューラはそれを無効にする悪タイプを持っている。分が悪いのは当然。況してやその前から戦って疲弊していれば尚更。

 

「無事で何よりだ。ショウロちゃん」

 

「アーティさ~ん……」

 

 ショウロはヒウンシティにいるため、アーティは彼女とそれなりに顔見知りだった。

 

「にしても、このポケモンや他のポケモンもやはり見たことが無いね……」

 

 この二匹もやはり、N達は見たことがなかった。

 

「あの……俺、このヘルガーやニューラ、俺はカントーじゃなくてジョウトで初めて見たんです」

 

「ジョウト……。確か、カントーの隣の地方だね。なるほど、ロケット団は他方のポケモンも戦力にしてるのか……」

 

 ジョウトはカントーと隣接した地方。ゲットするのに大した労力は使わない筈だ。

 

「つまり、今この街ではカントーとジョウト、場合によっては更に他の地方のポケモンもいるかもしれない……」

 

 今までロケット団が来たことがあるのは、順番にオレンジ、ジョウト、ホウエン、シンオウの五つ。ただ、オレンジはカントーと出るポケモンは大差ないので除外される。

 つまり、今このヒウンシティでは四つの地方のポケモン達が暴走している事になる。

 ただ、最後の二つはカントーやジョウトからは離れている上、時間を考えるとそんなにはいないかも知れない。特にシンオウは。

 

「……他地方のポケモン達か。こんな状況でなければ、じっくりと見たいものだよ」

 

 アーティの言葉に四人は頷く。イッシュにはいない、大量のポケモン達。こんな事態でなければ、どんなポケモン達なのか、是非ともじっくり知りたいものである。

 

「ところで、皆さんはどちらに?」

 

「バトルクラブだ。怪我人達の避難場所にしたい。してる場合は防衛か、救護に向かう。貴女達は?」

 

「あたし達はジュンサーさんに報告に外に出たアララギ博士を助けに来たんですけど……」

 

 アララギは無事に到着してはいるが、この状態ではマコモ達には確かめようがなかった。

 

「アララギ博士は無事なんですか!?」

 

「……分からないの。だけど、もし無事なら彼女なりの役目を果たしていると思うわ。だから、私達はアーティさん達の手伝いをします」

 

「ムナ」

 

「シャナナ」

 

 友人や知人としては、アララギの安全を確認したい。しかし、今は下手に動くと自分達まで危ない目に遭うリスクがある。ならば、彼女の無事を信じ、自分達に出来る最善を尽くすまでだ。

 

「助かります。こっちに」

 

 アーティの案内に、姉妹とムンナ、ムシャーナは従う。

 

「サトシくん、ボク達も」

 

「……はい!」

 

 Nもだが、サトシもアララギが心配だ。しかし、今は出来る事をするしかない。Nと一緒に走り出す。

 

 

 

 

 

「ジャノビー、グラスミキサー!」

 

 

「ジャノォ!」

 

「ヤナップ、タネマシンガン!」

 

「ナー……プ!」

 

「トドォ!」

 

「カククッ……!」

 

 草の渦と無数の種が二匹のポケモンに炸裂。片方は効果抜群の技な為、そのポケモンはかなりのダメージを受けた。

 

「やれやれ、まさかカントーだけじゃなく、ジョウトやホウエン地方のポケモンまでいるとは……!」

 

「この二匹、トドグラーとカクレオンと言う名前だそうですね……」

 

 別方向から他のトレーナーや警官達と救助活動をしていたシューティーとデントは、二匹のポケモンと交戦していた。

 ジグザグの模様が特徴の、カメレオンが立ったような色変化ポケモン、カクレオンと、トドの様な体躯に青い身体、白い髭らしきものが特徴の球回しポケモン、トドグラー。

 どちらもホウエン地方限定とは言えないが、そこに生息するポケモンだ。

 

「タイプはカクレオンがノーマル、トドグラーが水と氷だったね?」

 

「間違いありません」

 

「――カク!」

 

「――ドグーーーッ!」

 

「したでなめる! ヤナップ、かわしてかわらわり!」

 

「こっちはアイスボール! ジャノビー、かわしてエナジーボール!」

 

「ヤナ! ナー……プッ!」

 

「ジャー……ノォ!」

 

 伸びてきた舌と、氷の突撃をかわし、ヤナップは手刀、ジャノビーは草のエネルギー弾を叩き込む。

 

「トドッ!」

 

「カク! クレレ……!」

 

「あれ……?」

 

「ナプ?」

 

 トドグラーと同じく、効果抜群の技を食らったカクレオンだが、それなり程度のダメージしか受けてない様子だ。タフなのだろうかとデントは思ったが。

 

「……! デントさん! カクレオンの特性はへんしょくと呼ばれる物で、自身のタイプを受けた技のタイプに変化にします!」

 

「なんだって!?」

 

「ヤナ!?」

 

「カクク」

 

 シューティーも妙だと判断し、カクレオンを調べると見たことない特性、へんしょくと言う単語があった。

 それにより、本来なら効果抜群のかわらわりがそれなりのダメージになった理由を察する。

 

「そうか、先にタネマシンガンを受けたからさっきまでカクレオンのタイプは草になっていたのか……!」

 

 そして、今はかわらわりを受けて格闘タイプになっているのだ。

 

「カークク……!」

 

 不敵に笑うカクレオン。この特性が有る限り、自分は有利だと考えていたのだ。それは間違ってはいない。しかし、正しいとも言えない。

 

「――行け、ハトーボー! ドッコラー! ハトーボーはカクレオンにつばめがえし!」

 

「ハトー……ボーーーーッ!」

 

「カク!? レオーーーッ!」

 

「デントさん!」

 

「分かってる! ヤナップ、がんせきふうじ!」

「ヤナナーーーッ!」

 

「カーーーッ!」

 

 ハトーボーのつばめがえし、ヤナップのがんせきふうじにより、カクレオンは連続で大きなダメージを食らう。

 確かに特性、へんしょくは厄介だ。次々とタイプが変わるのだから。しかし、ならば効果抜群になり続ける様に繋げれば良い。格闘、飛行、岩と言う風に。

 そして、がんせきふうじにより、今のカクレオンは岩タイプになっている。

 

「ドッコラー、ローキック!」

 

「ドッコォ!」

 

「カクーーーッ!」

 

 最後に岩タイプに効果抜群のローキックを受け、カクレオンはやられた。

 

「――ヤナップ、トドグラーにタネマシンガン!」

 

「ヤナナナッ!」

 

「トドド……!」

 

 だが、一安心ではない。まだトドグラーが残っている。口かられいとうビームを放とうとしていたが、タネマシンガンで怯む。

 

「ジャノビー、グラスミキサー! ハトーボー、エアカッター!」

 

「ジャノジャノォ!」

 

「ハー……ト!」

 

「ドグラーーーッ!」

 

 草葉の渦による連撃に風の刃が加わり、トドグラーはかなりのダメージを食らう。

 

「ドッコラー、ばくれつパンチ!」

 

「ドッコ……ラーーーッ!」

 

「ドーーーッ! グラ……」

 

 渦が消えた直後に、ばくれつパンチを叩き込まれ、トドグラーも倒れた。

 

「はぁ、はぁ……キツいですね……」

 

「このポケモン達、鍛えられてるからね……」

 

 この街の制圧の為に派遣されただけあり、このポケモンは達充分な能力を持っていた。

 暴走していなければ、或いは側にトレーナーがいれば、一匹倒すにももっと手こずっていただろう。

 

「――デント兄ちゃん、シューティー兄ちゃん!」

 

「ヤブヤブー!」

 

「この声!」

 

「子供達とヤブクロン!」

 

 自分達を呼ぶ声に、二人はそちらを振り向く。育て屋保育園の子供達とヤブクロンがおり、二人は急いで側に駆け寄って保護する。

 

「無事かい!?」

 

「う、うん。でも、ユリ先生とキクヨ先生がまだ……!」

 

「タマゴを助けないとって……! 部屋、燃えてるのに……!」

 

「タマゴ……!」

 

 そう言えば、彼女達は人がいなくなるため、保育園にあるポケモンのタマゴを全て持って来ていたと言っていた事をシューティーもデントも思い出す。

 

「早くユリ先生とキクヨ先生を助けて……!」

 

 子供達は一人残らず涙目だった。ぼろぼろのヤブクロンが守ってくれたのだろうが、こんな惨状を前にすればこうなっても仕方ない。

 

「あぁ、二人は必ず助けるよ」

 

「君達は、彼等に付いていってヒウンジムに避難するんだ」

 

 子供達とヤブクロンはコクンと頷くと、他の救助された人々と共に警官に案内されながらヒウンジムに向かう。

 

「早く二人の元に向かわないと……!」

 

「えぇ、確かこっちのはず――」

 

「ドッコォーーーッ!?」

 

 暴走するポケモン達を鎮圧しながら、彼女達が外泊するのに使っていた場所に向かおうとした直後だった。二人の斜め後ろから、何かが高速で通るとドッコラーに命中した。

 

「――ディン!」

 

「ラーーーッ!」

 

 吹き飛んだドッコラーに、真上から一つの影が落下。発生した煙が晴れると、そこには倒されたドッコラーと一匹のポケモンがいた。

 両手のスプーン、金色の体毛と髭、腕や腹、肘が茶色をした二足歩行のポケモンだ。

 

「あれは……!?」

 

『フーディン、念力ポケモン。ユンゲラーの進化系。強い超能力と高い知能を持っている。それらを活かし、戦いを有利に進めていく』

 

「フーディンと言うのか……!」

 

 ドッコラーを戻しながらシューティーが得た情報により、目の前のポケモンがフーディンだと二人は理解する。

 

「フー……」

 

「シューティー、このフーディン……!」

 

「えぇ……!」

 

 強い。他の倒したポケモン達とは、明らかに雰囲気が違う上、感じられる力が大きい。つまり、他よりも一回りか二回りは確実に上の強敵。

 これまでの様には行かず、苦戦は必須だと、シューティーとデントを冷や汗を流していた。

 

 

 

 

 

「ビーーーッ!」

 

「ハーデリア、まもる!」

 

「ハー!」

 

 無数の塊の攻撃を、ジュンサーのハーデリアのまもるが防ぐ。

 

「フタチマル、みずのはどうよ!」

 

「フター……チッ!」

 

「ビークーーーッ!」

 

 圧縮した水の塊がそのポケモンに命中し、渦の様に展開されてダメージを与える。混乱の追加効果も発揮され、そのポケモンは混乱する。

 

「チャンス! チャオブー、ヒートスタンプ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「ビーーーッ!」

 

 混乱で隙だらけの所に、炎を纏ったチャオブーが跳躍。落下して衝突する。効果抜群のそれが決め手となり、そのポケモンは倒れた。

 

「やった、倒した~! えっと、名前は――」

 

「ビークインよ。情報によると、シンオウのポケモンらしいけど……」

 

 ベル、カベルネ、ジュンサーが倒したポケモンは、女王蜂の外見に額の赤い宝石みたい物や、蜂の巣のような胴体が特徴の蜂の巣ポケモン、ビークインだった。

 

「カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ。……四つの地方のポケモン達とこんな形で遭遇するなんてね」

 

 はぁとため息をつくジュンサー。ベルやカベルネも、似た事を思っていた。

 

「にしても、一体どれだけいるのよ……」

 

 ビークインを含めた数匹や、数度の戦いでかなりの数のポケモン達を倒した彼女達だが、もう直ぐに向こうから次のポケモン達が迫っていた。

 

「ベルちゃん、カベルネちゃん。休みたい、離れたいと思うのなら何時でも構わないわ。強制はしないから」

 

 非常事態とはいえ、二人や他のトレーナー達への参加は任意だ。危険な事態でもあるし、離れたり休んだりしても自分達にそれを咎める理由も権利もない。

 

「……わたし、すごく怖いです」

 

 何しろ、突然こんな惨状に巻き込まれたのだ。ベルがそう思っても当然である。

 

「でも、困ってる人達を守りたい気持ちはあります。何より――ここで逃げたら、わたしはきっと後悔します。だから、戦います」

 

 誰かが自分を許しても、他ならない自分が自分を許せなくなる。何より、目指している彼に顔向け出来なくなる。だからこそ、少女は怖くとも戦うのだ。

 

「……立派じゃない」

 

「そ、そうかな?」

 

「そう、最悪、さっさと終わってほしいって思ってる私よりも立派よ」

 

「その割りには、カベルネちゃんも逃げないけど……」

 

「下手に逃げたって、その方が危ないでしょ」

 

 こんな状況では、一人で逃げるよりも一緒に戦った方が安全だと判断したのだ。

 

「……それに、逃げるってみっともないじゃない。だからいるのよ」

 

 要するに、自分なりの意地でここにいるだけだ。ベル程大した理由ではない。

 

「わたしはそれでも充分立派だと思うな」

 

「……どうも」

 

 ベルに立派と言われ、カベルネは照れ臭そうだ。そんな少女達のやり取りに、ジュンサーは微笑む。

 

「――さぁ、次が来るわよ。構えて!」

 

「――はい!」

 

 また数匹の見たことないポケモン達が迫る。その内の二匹と三人は交戦する。

 片方は四足歩行のポケモンで、中心から黄色と茶色の身体や模様が正反対になっており、尾に小さな頭があるポケモン。

 もう片方は、両の目が青色の宝石のような形で、胸にも赤い宝石のような物があり、身体の各所がトゲトゲしく牙も生え揃っているが、小柄で二足歩行のポケモンだ。

 

「この二匹は!?」

 

「ええと……! 片方がキリンリキ、もう片方はヤミラミってポケモンです! タイプはキリンリキがノーマルとエスパー、ヤミラミがゴーストと悪です!」

 

 キリンリキはジョウト、ヤミラミはホウエンのポケモンだ。

 

「ち、ちょっと! キリンリキはともかく、ヤミラミには弱点が無いじゃない!」

 

「……本当だ!」

 

 悪とゴーストが上手くマッチし、ヤミラミには弱点がなかった。

 

「弱点が無いだけで、倒せない相手じゃないわ! キリンリキは私が! 二人はヤミラミを! ハーデリア、かみくだく!」

 

「はい! チャオブー、ヤミラミにニトロチャージ!」

 

「フタチマル、シェルブレード!」

 

「ハーーーーッ!」

 

「チャオチャオーーーッ!」

 

「フターーーッ!」

 

「キリッ!」

 

「ヤミッ!」

 

 三つの攻撃が迫るも、キリンリキとヤミラミは身体の特徴を活かして避ける。

 

「――ヤミッ!」

 

 そして、ヤミラミはすかさず反撃に転ずる。その相手はチャオブー、フタチマルではなく――キリンリキを相手しているハーデリアだ。

 隙を狙い、舌を出して相手を舐める攻撃、したでなめるを放つも、ゴーストタイプの技はノーマルタイプのハーデリアには効かない。

 

「ラミッ!?」

 

「残念! ハーデリアには効かないわ! ハーデリア、めざめるパワー!」

 

「ハー……デリリ!」

 

「ラミーーーッ!」

 

 無効に驚いたヤミラミの隙を狙い、ハーデリアが零距離で光球を発射。全弾命中し、ヤミラミは吹き飛ぶ。

 

「フタチマル、シェルブレード!」

 

「チャオブー、ニトロチャージ!」

 

「フターーーッ!」

 

「チャーオーーーーッ!」

 

「ヤミミーーーッ!」

 

 そこにシェルブレード、ニトロチャージを食らい、ヤミラミは倒された。

 

「やった、ヤミラミ倒した!」

 

「喜ぶのは後! まだキリンリキがいるわ!」

 

「来るわよ!」

 

「キリリーーーッ!」

 

 思念の力を頭に集中させ、キリンリキは走る。しねんのずつきだ。

 

「避けて!」

 

 慌てながら、声の差などはあるが三人は回避を指示し、三匹は避ける。

 

「行って、チラーミィ!」

 

「メブキジカ、行きなさい!」

 

「ミィ!」

 

「メブ!」

 

 更に二人は手持ちを繰り出す。チラーミィとメブキジカだ。

 

「チャオブーはたいあたり、チラーミィはハイパーボイス!」

 

「フタチマルはみずてっぽう、メブキジカはメガホーン!」

 

「ハーデリア、かみくだく!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「ミィーーーッ!」

 

「フターーーッ!」

 

「メブーーーッ!」

 

「リンーーーッ!」

 

 五つの技が、隙だらけのキリンリキに直撃。キリンリキも戦闘不能となった。

 

「周りは……倒したわね」

 

 周りを見る。消耗はしているが、自分達同様ポケモン達は倒したようだ。

 

「傷付いたポケモン達は、今の内に傷薬で少しでも治療しなさい」

 

 次が来るまで、少しでも回復はして置くべきだ。そうでなければ、長期戦に耐えられない。周りのトレーナーや警官達は受け取った傷薬で負傷したポケモン達を癒していく。

 

「キツいけど、この状況を維持して行ければ……」

 

「何とか持ちこたえれそうですね……」

 

「うん、このまま頑張――」

 

「うわぁーーーっ!」

 

 最後まで言おうとしたベルの言葉を、轟音と悲鳴が掻き消す。三人や周りの者達がそちらを向くと、倒れた三人のトレーナーや彼等のポケモン。そして、一匹のポケモンが角から姿を現した。

 二足歩行で、二本の角や、鋼の鎧で覆われた怪獣のような容姿をしたポケモンだ。

 

「ボーーーーースッ!!」

 

「な、何よ、あれ!?」

 

 聞く者を震え上がせる雄叫びに、身体を揺らしながらも、ベルはそのポケモンを調べる。

 

『ボスゴドラ、鉄鎧ポケモン。コドラの進化系。山を丸ごと自分の縄張りにする。幾度の戦いで身体に付いた傷は勲章だ』

 

「ボスゴドラ……!」

 

「ボース……!」

 

 現れたのは、ボスゴドラと呼ばれるポケモンだった。

 

「あのポケモン……! さっきまでのとは、全然違う……!」

 

 姿形の事ではない。漂って来る迫力が違うのだ。間違いなく強い。

 

「ボスゴドラのタイプは!?」

 

「は、鋼と岩です!」

 

「となると……。皆、格闘や水、地面タイプを重点に一斉攻撃よ!」

 

「はい!」

 

 

 ジュンサーの指示に従い、トレーナーや警官達がボスゴドラに一斉攻撃を仕掛ける。

 このポケモンは即座に倒さねば甚大な被害が出る。ジュンサーはそう確信し、一斉攻撃を命令したのだ。その判断は正しい。

 ボスゴドラへ無数の攻撃が命中し、倒したと全員が思った。

 

「だ、ダメです……! そいつは――」

 

「ゴドォーーーーーッ!!」

 

 ボスゴドラに倒されたトレーナーの一人が慌てて止めに入るが、遅かった。直後、ボスゴドラから強烈な衝撃が発生し、ジュンサー達は吹き飛ばされた。

 

「は、跳ね返した!?」

 

「あれはメタルバーストよ!」

 

 受けた技を増幅して返す大技だ。カウンター、ミラーコートと同じだが、その二つと違って物理と特殊の両方を反射出来る。

 しかし、受けた以上はダメージがあり、一斉に食らったからには相当なダメージのはずなのだが、ボスゴドラは物ともしていない様子だった。

 

「ボース……!」

 

「な、何なのよ、あのタフさ……!」

 

「皆、体勢を……立て直して……!」

 

 かなりのダメージを受けたが、だからと言って退くわけには行かない。この強さから、何としても倒さねば被害は間違いなくとんでもないことになってしまう。刺し違えてでも倒すしかなかった。

 

「何としても、このポケモンを――」

 

「カイーーーッ!」

 

 そこに更に雄叫びが響き、吹き飛ばされて戦闘不能になったポケモンが転がる。

 そちらに振り向いた彼女達が見たのは、青色の鍛え上げられた身体と四つの腕、ベルトが特徴のポケモンだった。

 

「も、もう一体……!?」

 

『カイリキー、怪力ポケモン。ゴーリキーの進化系。四本の力強い剛腕からは、目にも止まらぬスピードのパンチやチョップが繰り出される』

 

「さ、最悪だわ……!」

 

 このカイリキーからも、相当な力量を感じ取れた。ボスゴドラだけでも苦戦必須なのに、そこに同レベルのカイリキーまで加わってしまったのだ。最悪の事態だった。

 

「皆、陣形を――」

 

「カイ!」

 

 ジュンサーが呼び掛けるも、カイリキーの方が早かった。その剛腕の一つからばくれつパンチを放ち、一匹を戦闘不能。

 直ぐ側にいた警官のポケモンが辛うじて対応に当たるも、四つの腕の一つで掴み取られ、地面に叩き付けられると足払い――けたぐりにより倒される。

 

「く、くそっ! この化物――」

 

「リキィ!」

 

 弾丸の様には素早い拳が放たれる。鋼タイプの技、バレットパンチ。それを四つの腕で同時に行い、また一体が倒された。

 

「な、何て強さだ……!」

 

「ボー……スー……!」

 

 カイリキーの強さに気を取られていたが、その声に彼女達は思い出す。敵はもう一体いる事に。

 

「ゴドーーーッ!」

 

 ボスゴドラの口から、圧縮された鋼の光沢の光――ラスターカノンが発射。複数のポケモン、人々を吹き飛ばす。

 

「リキィーーーッ!」

 

 そして、何人かがラスターカノンに注意が向いてしまった。そこをカイリキーがバレットパンチやばくれつパンチで撃破する。

 

「そ、そんな……!」

 

「たった二匹に……!」

 

 二十人はいたトレーナー、警官達が、ほんの数十秒足らずで倒されてしまった。後戦えるのは、ベルにカベルネ、辛うじてジュンサーと二三人だけだが、ベルとカベルネを除くとほとんど戦闘不能だった。

 

「う、あ……!」

 

「……ダルマッカ、ヨーテリー、出てきなさい!」

 

「マッカ!」

 

「ヨー!」

 

 ベルがカタカタと震える中、カベルネは残りの手持ち、ダルマッカとヨーテリーを出す。

 

「カ、カベルネちゃん……!」

 

「やるしかないわよ……!」

 

「……うん!」

 

 辛うじてその台詞を出したカベルネに、ベルはへし折られかけた勇気を出す。

 

「チャオブー、ニトロチャージ! チラーミィ、ハイパーボイス!」

 

「フタチマル、みずのはどう! メブキジカ、ウッドホーン! ダルマッカ、ほのおのパンチ! ヨーテリー、10まんボルト!」

 

「チャオオーーーッ!」

 

「チラーーーーッ!」

 

「フーターーーッ!」

 

「メブブーーーッ!」

 

「マカカーーーッ!」

 

「テリーーーッ!」

 

 意地や勇気と共に六つの技が、二匹のポケモンに迫る。

 

「ボスーーーッ!」

 

「カイーーーッ!」

 

 しかし、意地や勇気だけで勝てる程、現実もこの二匹も甘くない。

 カイリキーは四本の腕による拳、ボスゴドラは鋼の身体で攻撃をはね除けてしまう。

 

「ぜ、全然効かない……!」

 

「……もう一度よ! フタチマル、メブキジカ、ダルマッカ、ヨーテリー! カイリキーにみずのはどう、ウッドホーン、ほのおのパンチに10まんボルト!」

 

「――ボス!」

 

 四つの攻撃にボスゴドラは前に出ると物凄い突撃を放つ。高い威力と引き換えにダメージを受ける大技、もろはのずつきだ。

 但し、ボスゴドラはその特性、いしあたまでその反動を受けない。つまり、ノーリスクで使えるのだ。

 それはみずのはどうや10まんボルトを弾き、草の力の突撃や炎の拳を放つメブキジカやダルマッカを容易く吹き飛ばす。

 

「メブーーーッ!」

 

「マッカーーーッ!」

 

「メブキジカ、ダルマッカ!」

 

 その一撃により、メブキジカとダルマッカは倒されてしまう。

 

「チ、チャオブー! チラーミィ! ニトロチャージと――」

 

「カイ!」

 

「ミィーーーッ!」

 

「チ、チラーミィ!」

 

 攻撃を指示しようとしたベルだが、それよりもカイリキーの方が一歩早かった。四連続の弾丸の速さの拳をチラーミィに叩き込み、即座に撃破。

 

「――リキ!」

 

「テリーーーッ!」

 

「ヨーテリー!」

 

 続いて、カイリキーは素早く離れるとヨーテリーに狙いを定め、ばくれつパンチを叩き込んで瞬く間に倒す。

 

「あ、あぁ……!」

 

 ボスゴドラとカイリキーの圧倒的なまでの強さに、ベルもカベルネも悟ってしまう。

 勝てない。自分達では、この二匹に万が一の勝ち目すら無い、と。それは周りも同じで、恐れ戦いていた。

 

「に、逃げて……!」

 

 ジュンサーが告げるも、恐怖から少女達は動けない。何も出来ない。このまま、最後のポケモンのチャオブーやフタチマルも倒されるだけ――そう思った時だった。

 先程ボスゴドラが現れた時と同じ、悲鳴と共に数匹のポケモンが吹き飛んだのだ。

 

「え……!? まさか、更に……!?」

 

「……い、いや、違うわ」

 

 但し、今回はポケモンだけ。それも、イッシュではない――つまり、ロケット団のポケモン達だったのだ。

 

「……」

 

 無数の岩がボスゴドラとカイリキーに向かって落下する。二匹は咄嗟に避け、『それ』を感じ取ったのか仲間が吹き飛ばされた場所を見る。すると、一匹のポケモンが姿を現す。

 

「……オノ」

 

「あのポケモンって……!」

 

「オノノクス……!」

 

 現れたのは、片刃の黒竜、オノノクスだった。

 

 

 

 

 

 ヒウンジムに避難しち向かったアイリス達。結果はそれなりの消耗はしたが、戦闘不能になったり、大きな怪我をした者はいず、避難は出来たでが、戦いは終わらない。

 

「ニドッ!」

 

「どくどくのきば! ドリュウズ、受け止めて!」

 

「ドリュ!」

 

 猛毒を込めた牙を、ドリュウズが受け止める。鋼タイプには、毒タイプの技は通用しない。

 

「ドリルライナー! ゴチルゼル!」

 

「リューーーッ!」

 

「ゼルーーーッ!」

 

「リナーーーッ!」

 

 螺旋の突撃、思念の光線、二つの効果抜群の技により薄い水色のポケモン、毒針ポケモン、ニドリーナが倒される。

 

「トリドドドッ!」

 

「どろばくだん!」

 

「ゼル!」

 

 一体撃破したばかりだが、油断は出来ない。もう一体のポケモンが口から球状の泥を連発してきた。

 ゴチルゼルは前に立ち、まもるでどろばくだんからドリュウズを守る。

 

「みだれひっかき!」

 

「ドリュ!」

 

「トドド……!」

 

 攻撃の後の間が出来た。その隙にドリュウズは爪で何度も引っ掻く。

 

「ゼール!」

 

「トドーーーッ!」

 

 そこに、ゴチルゼルのサイケこうせん。そのポケモンを強く吹き飛ばす。

 

「決めるわよ、ドリュウズ! ドリルライナー!」

 

「ドー……リューーーッ!」

 

「トリーーーッ!」

 

 決め技であるドリルライナーが炸裂。急所に当たった事もあり、そのポケモン――ピンクと茶色の軟らかい身体したウミウシポケモン、トリトドンも倒れた。

 

「ありがとう、ドリュウズ、ゴチルゼル」

 

「……リュズ」

 

「ゼルル」

 

 ドリュウズとゴチルゼルにお礼を言うアイリス。ゴチルゼルの相棒のサリィは、ヒウンジムの中で傷付いた人々の手当を行なっており、ゴチルゼルは防衛の戦力としてここにいた。

 キバゴ、ズルッグ、イーブイの三匹は子供なので、ヒウンジムにいてもらっている。

 

「も~、休む間が全然無いわ……」

 

 倒しても倒しても、直ぐに次が向かって来る。疲れる一方で、ドリュウズやゴチルゼルもダメージは少ないものの、疲労は溜まり出していた。

 

「アイリスお姉ちゃーん!」

 

「ヤブヤブ!」

 

「皆!」

 

 ニドリーナを倒して一段落した所で、保育園の子供達とヤブクロン、他の人々達と護衛のトレーナーや警官達がヒウンジムに到着する。

 

「無事だった?」

 

「う、うん。デント兄ちゃんやシューティー兄ちゃんに助けられて……。その後にここに……」

 

「そっか。じゃあ、ヒウンジムで休んで――」

 

「うわっ、何だ……? 砂?」

 

 一人のトレーナーが咄嗟に目を瞑る。どうやら砂が入りかけたそうだが、ヒウンシティには砂は無いはず。戸惑う彼等の前に――砂嵐と共に一体のポケモンが出てきた。

 緑色の岩のようにゴツゴツとした肌、いくつもの鋭いビレで覆われた背中。体の中心が菱形に開いており、首元やひざ部分などには黒い穴が開いてある。

 

「バーーーーーンッ!!」

 

「あ、あのポケモンは!?」

 

『バンギラス、鎧ポケモン。サナギラスの進化系。バンギラスが暴れると山が崩れ、川が埋まる為、地図を書き換える事になる』

 

 砂はバンギラスの特性、すなおこしが発生させた物。

 

「……バーーーンッ!」

 

 バンギラスの叫びと共に、巻き上がる砂が増す。その量と勢いがアイリス達が目を覆う。

 

「ギラァ!」

 

 バンギラスが拳を大地をに叩き付ける。地面からは大地のエネルギーが噴火するかの如く登り、トレーナーを巻き込みながら複数のポケモン達を攻撃する。

 

「怯むな! こいつを倒――」

 

「バーン!」

 

 無数の尖った岩がバンギラスの周囲に展開される。ストーンエッジだ。それを一斉に発射し、だいちのちからで消耗したポケモン達に止めを刺していく。

 

「――バン!」

 

 バンギラスは更に接近し、まだ体力が辛うじて残っていたポケモン達に炎の拳、ほのおのパンチを叩き込んで次々と戦闘不能にしていく。

 

「ギラ……!」

 

 数体のポケモンを倒したバンギラスは、次にドリュウズとゴチルゼルを見る。次の獲物にしたようだ。

 

「ア、アイリス姉ちゃん……!」

 

「あたし達が何としても倒すわ……! だから、中に入るのよ!」

 

「う、うん! 頑張って、アイリスお姉ちゃん!」

 

 アイリスの言葉に、子供達は慌てて向かう人々同様にヒウンジムに入る。

 

「ドリュウズ、ゴチルゼル……! 絶対に倒すわよ!」

 

「……リュズ!」

 

「ゼル!」

 

 逃げるわけには行かない。アイリスは、震える身体に渇を入れ、バンギラスと対峙する。

 

「行くわよ、バンギラス!」

 

 巨大な敵を前に、少女は立ち向かう。

 

 

 

 

 

「避難の受け入れ、感謝します」

 

「いえ、この非常事態。受け入れは当然の事です」

 

 バトルクラブ。アーティとドン・ジョージが受け入れについて話していた。

 

「様子は?」

 

「良いとは言えませんな……。手当ては来てくれた医師達のおかげで何とかなってますが、防衛は維持が一杯一杯です」

 

「かといって、サトシ君達を呼び戻す訳にも行かないからね……」

 

 バトルクラブに到着したサトシ達は、Nとサトシ、数人を連れて救助やフシデ達の確認をしている。

 彼等を戻すと、人々が暴走したポケモン達に襲われる可能性が高まるし、救助や確認が出来なくなる。

 

「ア、アーティさん!」

 

「どうしたんだい?」

 

「外に強いポケモンが!」

 

「分かった。こちらは任せます」

 

 バトルクラブに避難した人々についてはドン・ジョージに任せ、アーティは外に出る。

 

「ロス……」

 

「強い……!」

 

「強すぎでしょ、このカイロスってポケモーン!」

 

 倒れたポケモンやトレーナー、残ったマコモ、ショウロ、ムンナやムシャーナの前にいるのは、所々棘がある二本の大きな角が特徴のクワガタポケモン、カイロスだ。

 

「おやおや、虫タイプのポケモンかな? こんな風に戦うのが残念だよ」

 

「……」

 

 カイロスはアーティが強いと感じたのか、敵と認定。鋭い眼差しを向ける。

 

「ハハコモリ!」

 

「ハッハーン」

 

「さぁ始めようか、君と僕の勝負をね」

 

「――カイ」

 

 虫タイプのカイロス、虫タイプのエキスパート、アーティのバトルが始まる。

 

「これは手強そうだね……」

 

「はい……!」

 

 一方、救助を行いながらセントラルに向かうサトシやN達だが、彼等の前にも二匹のポケモンが立ちはだかっていた。

 

「ゲゲゲ……!」

 

「プテー……!」

 

 その二匹は、紫色の身体に赤い目が特徴のシャドーポケモン、ゲンガーと、岩の様な色の身体に翼と尾、のこぎりの様な歯と化石ポケモン、プテラ。

 この二匹は、セントラルエリアに向かうサトシ達の前に突然現れたのだ。他のポケモン達よりも強さを感じる上、興奮も控え目。強敵だと二人は感じていた。

 

「だけど、一刻も早く倒そう」

 

「俺もそのつもりです!」

 

 時間が掛かれば掛かるほど、周りの人々への負担は増す、確認が遅れる、救助にも支障を来す。それらを避けるには、短時間で倒すしかない。

 

「――ワルビ!」

 

「ゲン!?」

 

「プテ!?」

 

 そこに無数の石がゲンガーとプテラに迫る。それはかわされたが、突然の攻撃に全員がそちらを注目する。すると、一匹のポケモンが出てきた。

 

「ワルビル!」

 

「ルビ」

 

 砂鰐ポケモン、ワルビルだった。彼はサトシ達をしっかりと見る。

 

「協力してくれるんだな?」

 

「ワルビ」

 

 サトシの言葉に、ワルビルは頷く。どうやら、この緊急時に頼もしい仲間が増えた様だ。

 

「――行くぞ!」

 

 全ての手持ちと、Nとワルビルの協力を得て、サトシは二匹の強敵に挑む。

 それぞれの場所で、要となる攻防戦が始まる。

 



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それぞれの激闘、前編

 先週は投稿出来ず、申し訳ありませんでした。
 にしても、話を短く纏める能力が欲しいです……。本来は一話の筈がかなり延びてますし……。ちなみに、後半はまだです。お恥ずかしい……。
 あと、独自解釈があります。


「やはり、それなりには出来るか」

 

「ロケット団の尖兵だからな」

 

「どうする? 出すか?」

 

 発電所前。ロケット団と三人組のバトルは続いていた。戦況はコンビネーションが勝る三人組が優勢だった。

 ロケット団もコンビネーションはあるが、それはムサシとコジロウのみ。フリントは一緒には出来ないため、その差が徐々に影響していた。

 しかし、直ぐに決めれる程の影響は無い。ムサシとコジロウの粘り強さや、フリントの冷静な判断もあり、長期戦になっていた。

 

「ふむ、出来ればもっと時間を掛けたかったが……」

 

「だが、今の最優先事項は、任務の遂行。仕方あるまい」

 

「では、使うとするか」

 

 三人組が腰から何かを取り出す。それにロケット団は見覚えがあった。

 

「それ……進化の石じゃない!?」

 

 特定のポケモンを進化させる力を宿した石。それを三人組それぞれ異なる物を持っていた。

 

「一番右のは、確かリーフの石だ!」

 

「真ん中のは炎の石にゃ!」

 

「左の奴のは水の石……!」

 

 草の模様に薄緑色のリーフの石。炎の模様にオレンジ色の炎の石。水の模様に水色の水の石。それを三人は持っていた。

 三人組がフッと笑うと、その石を手持ちのポケモンに触れさせる。

 

「クサーー……!」

 

「コーン……!」

 

「シェルー……!」

 

 進化の石に触れた三匹の身体が光に包まれ、変化を起こしていく。

 

「――レシアーーーッ!!」

 

「――クォーーーンッ!!」

 

「――シェーーーンッ!!」

 

 光が晴れると、そこには新たな姿と力を得て、雄叫びを上げる三匹のポケモンがいた。

 大きな赤い花弁が特徴のフラワーポケモン、ラフレシア。

 薄黄金色の体毛に、九つの尾を優雅に動かす狐ポケモン、キュウコン。

 先程よりも遥かに大型かつ、鋭い棘も併せ持つ殻を手に入れた二枚貝ポケモン、パルシェン。

 三匹は、ロケット団を冷たい眼差しで見下ろしていた。

 

「ラフレシア、マジカルリーフ」

 

「キュウコン、はじけるほのお」

 

「パルシェン、しおみず」

 

「レシッ!」

 

「コンッ!」

 

「シェンッ!」

 

 先程よりも威力、速さが増した草、炎、水の技を放つ三匹。

 

「コロモリ、エアスラッシュ!」

 

「デスマス、シャドーボール!」

 

「ミネズミ、ハイパーボイス」

 

「コロッ!」

 

「デスッ!」

 

「ミネッ!」

 

 迎撃をするロケット団のポケモン達だが、破られ、三匹の攻撃が命中し、大きなダメージを食らう。

 

「シェルブレード」

 

「ニトロチャージ」

 

「ドレインパンチ」

 

「パルッ!」

 

「コン!」

 

「レア!」

 

 吹き飛んだ三匹に、進化した三匹の追撃の一撃。三匹はなす術なく食らい、転がっていく。

 

「くそっ! さっきとは比べ物にならない程の強さだ!」

 

「進化したのだ。当たり前だろう?」

 

 更に言えば、日頃から進化に備えての鍛錬もしてある。三匹のこの強さは当然の物だった。

 ただ、本音を言えばもっと時間を掛けたかったが、そこは仕方ない。

 

「こいつらの進化の門出の祝いになることを光栄に思い、散れ」

 

「ふざけんじゃないわよ! 誰がやられるもんですか!」

 

「威勢だけは立派だな。だが、戦況は我等の方が優勢。貴様等に勝ち目などない」

 

「くっ……!」

 

 必死に抵抗するロケット団だが、三人組の言う通り、あちらの方が優勢だ。勝機は非常に薄い。

 

「あぁ、喋るニャースを加えても良いぞ。どうせ、勝てぬからな」

 

「待て、そのニャースは確か捕らえろと報告されてる」

 

 一人目がニャースを入れても結果は変わらないと告げるが、二人目がニャースは捕獲対象だと話す。

 

「にゃーを捕らえるつもりなのかにゃ!?」

 

「そうだ。適度に痛め付け、確保するぞ」

 

 三人目の台詞が終わると、三人組はロケット団に更なる猛攻を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 ヒウンシティ制圧に投入されたロケット団のポケモン達。その中には、優れた能力の五人の隊長が手持ちとしていたポケモンが全部で十体存在していた。

 今、サトシ達と対峙しているポケモン達は、正にその十体の内の七体。非常に高い実力を持つ強敵だった。

 

「ディーーーン!」

 

 シューティーとデントのペアに立ちはだかり、ドッコラーを瞬時に撃破したフーディン。闘気の力を圧縮し、球として発射する。

 

「きあいだま!」

 

「けど、なんですかこの数!?」

 

「フーーーッ!」

 

 フーディンが展開したきあいだまの数は十を超えていた。フーディンはそれを一度に発射する。

 

「ヤナップ、かわらわり!」

 

「ジャノビー、エナジーボール!」

 

 ヤナップとジャノビーが一ヶ所に集まって技を放ち、迫るきあいだまの一つを辛うじて相殺する。

 

「うわぁああ!」

 

「きゃああっ!」

 

 しかし、自分達に迫るきあいだまは相殺したが、残りのは他のトレーナーのポケモンに命中し、大ダメージを与えていた。

 

「何て威力だ……!」

 

「強い……!」

 

 フーディンの強さに、シューティーとデントは戦慄する。しかし、この強敵を倒さねば救助に行けない。やるしかなかった。

 

「フー……?」

 

 無数の敵を倒したフーディンだが、プルリルやヒトモシが倒れていない事に疑問を抱く。

 

「妙だと思ってる……?」

 

「……もしかして、プルリルやヒトモシがゴーストタイプがあると知らない?」

 

 そうかと呟くデント。フーディンはヒトモシやプルリルを見たことが無いはず。ならば、ゴーストタイプだと知らなくても不思議ではない。

 

「――なら! プルリル、たたりめ! ヒトモシ、シャドーボール! ジャノビーはもう一度エナジーボールだ!」

 

「ヤナップ、タネマシンガンだ!」

 

「プルーーーッ!」

 

「モシーーーッ!」

 

「ジャノーーーッ!」

 

「ナプププ!」

 

「――フーーーッ!」

 

 四つの技が迫る。これらを一度食らえば流石に無傷では済まない。しかし、それらは途中で止められる。

 

「止まった!?」

 

「まさか、サイコキネシス!?」

 

 そう、フーディンは念動力で四つの技を受け止めたのだ。しかも、それだけではない。

 

「フー……ディーーーン!」

 

「な、何っ!?」

 

「跳ね返した!?」

 

 フーディンはサイコキネシスで四つの技を操り、その全てをプルリルに命中させる。効果抜群の技を四つも食らい、プルリルは倒された。

 

「リ……ル……」

 

「プルリル、戻れ!」

 

 シューティーは急いで倒されたプルリルを戻す。

 

「相手の技を止めるだけでなく、操ってぶつけるなんて……!」

 

「それに、のろわれボディが発動していない……!」

 

 プルリルには攻撃した技を一体に付き、一つだけを封じる特性、のろわれボディがある。しかし、サイコキネシスでやられたにも拘わらず、封じられていない。

 

「偶々発動しなかった……。いや、違う。発動出来なかったんだ」

 

「……どういう事ですか?」

 

「プルリルを倒したのは、サイコキネシスじゃない。サイコキネシスで操ったヤナップ達の技だ」

 

 ハッとするシューティー。そう、サイコキネシスで操られたとはいえ、プルリルを倒したのはこちらの技だ。それ故にフーディンには発動しなかったのだ。

 

「と言うことは……!」

 

 シューティーが残った三匹を見る。すると、三匹には黒い靄が掛かっていた。最悪な事に、のろわれボディは三匹に発動していたのだ。

 

「くっ、技が……!」

 

 フーディンは知らないとはいえ、結果として特性を利用してこちらを不利に追い込んだ。

 

「シューティー、ヒトモシの残りの技の中にゴーストタイプの技は?」

 

「……ありません」

 

 ヒトモシが覚えているゴーストタイプの技は、シャドーボールだけだったのだ。もうヒトモシでは弱点を付けない。

 

「……なら、シューティー。僕と一緒に時間を稼げるかい?」

 

「……策があるんですか?」

 

「一つある」

 

「分かりました。それに乗ります。出てこい、バニプッチ!」

 

 プルリルは倒され、ヒトモシは封じられた。となると、策があるデントを重視するのは当然だ。同時にプルリルをやられた穴を埋めるべく、バニプッチを呼び出す。

 

「先ずはくろいきり!」

 

「ヒトモシ、くろいきりだ!」

 

「モシーーーッ!」

 

「ディン……!?」

 

 黒い霧を出し、フーディンの視界を奪う。

 

「よし、この間に――」

 

「フーーー!」

 

「なっ、後ろ!?」

 

 作戦を実行しようとしたデント。しかし、フーディンが自分のシューティーの背後に突然現れる。

 

「フーーーッ!」

 

「モシッ!」

 

「バニィ!」

 

「れいとうパンチ!」

 

 フーディンは冷気の拳を放ち、バニプッチとヒトモシにダメージを与える。効果今一つなので小さくはあるが、無視は出来ない。

 

「ヤナップ、かみつく!」

 

「ジャノビー、いあいぎり!」

 

「ヤーナー……!」

 

「ジャノー……!」

 

「――フー!」

 

 反撃をしようとしたヤナップとジャノビーだが、フーディンの姿が消えて空振りに終わる。

 

「これは……テレポートか!」

 

「背後に回ったのもこれで!」

 

 念動力で瞬間移動する技、テレポート。フーディンはこれで背後に回り、攻撃も避けたのだ。

 

「――ディン!」

 

「ヤナッ!?」

 

「モシ!?」

 

 フーディンの目が青く輝く。すると、ヤナップとヒトモシが宙に浮く。サイコキネシスだ。

 

「フーー……!」

 

「バニプッチ、れいとうビーム! ジャノビー、グラスミキサー!」

 

 サイコキネシスを止めようと、シューティーはジャノビーとバニプッチで攻撃する。

 

「――ディ!」

 

「ヤナーーーッ!」

 

「モシーーーッ!」

 

「しまった!」

 

 しかし、フーディンはサイコキネシスで二匹を盾にするように前に出し、二つの技は二匹に当たってしまう。

 

「――ディ!」

 

「モシシッ!」

 

「ナプッ!」

 

 フーディンは更に二匹を念動力をぶつけさせ、地面に叩き付ける。

 

「ディン!」

 

「トモーーーッ!」

 

「ヒトモシ!」

 

 連続のダメージに動きが鈍った所を、フーディンが冷気の拳を放つ。今一つだが、それが決め手になってヒトモシも倒された。

 

「戻れ、ヒトモシ! ジャノビー、もう一度グラスミキサー! バニプッチはこおりのつぶて!」

 

「ヤナップ、タネマシンガン!」

 

「フッ! フフー!」

 

 技を放った隙を狙い、一斉に攻撃するも、フーディンは軽やかにかわす。

 

「ディーーーン!」

 

 スプーンを交差させ、闘気を球にして練っていく。それを極限まで小さくし――高速で発射。バニプッチに直撃させ、効果抜群の一撃で倒した。

 

「戻れ、バニプッチ! くっ、何て強さだ……!」

 

 フーディンはまだ一撃も攻撃を受けていない。対して、こちらは四匹が続けざまに倒され、ヤナップもかなりのダメージを受けてる。

 二対一、ポケモンの数に至っては四倍の差があると言うのに、こちらが劣勢だった。フーディンの能力、技の威力は勿論、複数の敵との戦い方が巧みすぎるのだ。

 

「ハトーボー、頼む!」

 

「ボー!」

 

「これ以上は不味いね……! イシズマイ、君も出てきてくれ!」

 

「マーイ!」

 

 これ以上倒されては、勝ち目が無くなる。シューティーはジャノビーを除いた最後の一匹、ハトーボーを、デントはイシズマイを呼び出す。

 

「イシズマイ……! なるほど、虫タイプの技で一気に――」

 

「いや、それだけじゃ勝てない。第一、テレポートやサイコキネシスを使うフーディンにそもそも当たるかと言う問題もある」

 

 確かにその通りだ。効果抜群の技で攻めても、上手くやらねば簡単に対処されてしまう。

 

「シューティー、翻弄してくれ! ヤナップ、がんせきふうじで僕達の周りをガード!」

 

「はい! ジャノビー、プルパワーグラスミキサーを僕達の周りに! ハトーボー、かげぶんしん!」

 

「ヤナーーーッ!」

 

「ジャ、ノーーーッ!」

 

「ハトハトハト!」

 

 岩石や草渦で自分達の周りを覆い、分身でフーディンの周りを囲む。

 

「フーーーッ!」

 

 しかし、フーディンはサイコキネシスを使って岩を持ち上げ、先ずは分身を瞬時に消して本体のハトーボーにダメージを与える。次に渦に放り投げ、消滅させた。

 

「十数秒しか持たないのか……!」

 

「フー……ディン?」

 

 追撃しようとしたフーディンだが、イシズマイの姿が見えない事に疑問を抱く。

 

「ハトーボー、つばめがえし! ジャノビー、いあいぎり!」

 

「ヤナップ、かわらわりだ!」

 

「トーーーッ!」

 

「ビーーーッ!」

 

「ヤナーーーッ!」

 

 何処にと探そうとしたフーディンだが、そんな彼を邪魔するようにハトーボーとヤナップが迫る。

 

「フン!」

 

「ボッ!?」

 

「ジャノッ!」

 

「ナッ……!」

 

 しかし、三匹の攻撃はフーディンのサイコキネシスによって軽々と阻止。更には地面に叩き付けられ、逆にダメージを受ける有り様だった。

 

「フー……!」

 

 冷気の拳を構えるフーディン。れいとうパンチだ。これを受ければ、ハトーボーやジャノビーは大ダメージを受け、蓄積しているヤナップは戦闘不能に陥るだろう。

 そして、無情にも冷気の拳が振り下ろされる――その瞬間だった。

 

「今だ、イシズマイ! シザークロス!」

 

「――イマイーーーッ!!」

 

「フー!? ――ディーーーン!!」

 

 横から、身体が赤く輝くイシズマイが迫る。デント達が時間を稼いだ間に三度も発動したからをやぶるにより、極限の脆さを引き換えに極限の速さと攻撃力を得ていた。

 奇襲や予想以上のイシズマイのスピードにフーディンは対応仕切れず、超威力のシザークロスを受けて盛大に吹き飛び、壁に激突した。

 

「フ……ディ、ン……」

 

 流石のフーディンと言えど、威力が極限まで高まった効果抜群の技を受けては一堪りも無い。ドサッと前に倒れた。

 

「た、倒した……」

 

「何とかですけどね……」

 

 自分達だけでも四匹を倒され、重傷が一体。他のトレーナーを合わせれば被害はかなりの物だ。

 

「やった! あのポケモンを倒したぞ!」

 

「この調子で他の奴等も倒すんだ!」

 

「道具での回復もするわ!」

 

 それでもフーディンが倒れ、トレーナーの士気は回復していた。彼等は倒れた仲間や、シューティーとデントのポケモンの手当てを素早く行なう。

 

「にしても、こんなのが後どれだけいるんでしょうか……」

 

「そんなに多くないとは思いたいね……」

 

 一匹倒すのにこの様だ。これが百もいたら間違いなく勝てない。

 

「……とはいえ、あの実力を高さを考えると、多分部隊を率いる隊長のポケモンじゃないかな? だとしたら――」

 

「……多くても十とか二十ぐらいですか? ……十分キツイです」

 

「……確かに。まぁ、とにかく倒せたんだ。少し休んだら救助に向かうのを再開しよう」

 

「……さっさと出れば良かったですよ」

 

 激戦は終わったが、休む暇は無い。シューティーは思わず、さっさとヒウンシティを後にしたらと呟く。

 そうしたら、こんなに苦労せずに済んだのだから。辛さから溜め息が出る。

 

「なら、出るかい?」

 

「まさか」

 

 お人好しではないが、目の前の惨状を放って置くほど冷酷でもない。ここで逃げる気などさらさら無かった。

 

「じゃあ、頑張ろうか」

 

「えぇ」

 

 少し休み、二人は他のトレーナーや警官と共に歩き出した。

 

 

 

 

 

「……」

 

「リキ……!」

 

「ドラ……!」

 

 ポケモンセンターの前。そこで一匹と二匹のポケモンが向き合っていた。

 二匹は、その破壊力や防御力でベル、カベルネ、ジュンサーやトレーナー達を圧倒したカイリキーとボスコドラ。

 一匹は、かつてサトシと戦い、その桁外れの実力で実質的に勝利をした色違いの片刃のオノノクス。彼等は互いに睨み合い、出方を伺っていた。

 

「あ、あのオノノクス、間違いない……!」

 

「あ、あんた知ってるの?」

 

「知ってる……! 前にサトシ君に勝ったオノノクスだよ……!」

 

「あいつに勝った!?」

 

 カベルネなりに、サトシの実力の高さは知っている。目の前のオノノクスはその彼に勝利した。どれだけの強さなのか予想も出来ない。

 

「と、ともかく……! そんなのが何でここにいるのよ……!?」

 

「わ、分かんないけど……。何か、まるで……」

 

 二匹に対峙する様を見ると、自分達を助けに来たように思えるのだ。気のせいだろうか。

 

「リキーーーッ!」

 

「ドラーーーッ!」

 

「……」

 

 カイリキーとボスコドラの叫び。思わずベルとカベルネは身を竦ませるも、オノノクスは微動だにしない。冷静に二匹を分析していた。

 

(二匹共、実力はかなりのものか)

 

 自分よりは劣るが、気を抜けるレベルの相手ではない。それが二匹。

 

(そして、属性は鋼と、闘。となると、注意すべきは……)

 

 幾度もの戦いをこなしてきたオノノクスは、外見からある程度タイプを推測したり、注意すべき技を把握する能力を身に付けていた。

 鋼タイプならば、ダメージを増幅して返すメタルバースト。格闘タイプならば、高威力の上に食らえば混乱になるばくれつパンチ。と言った風に。

 

(ならば、先に倒すべきは……)

 

 ばくれつパンチを放つ可能性があるカイリキーからだ。その後にボスコドラを倒すのが最善。

 だが、向こうがこちらの思惑通りに動くとは思えない。実際、二匹はオノノクスを警戒し、ボスコドラを前に、カイリキーが後ろの陣形を取っていた。

 ボスコドラがオノノクスの攻撃を受け止め、隙を狙ってカイリキーがばくれつパンチを叩き込もうとしているのだろう。迂闊に動けなかった。

 

(……しかし、このままは不味いな)

 

 倒すべきはこの二匹だけではない。他の暴走しているポケモン達もだ。ただでさえ、ここはこの二匹によって防衛ラインが崩されている。

 向こうから少しずつ迫って来ているポケモン達を考えると、一刻も早く倒す必要がある。しかし、いわなだれでの牽制も、この二匹には薄いだろう。迂闊には動けない。

 

「……ねぇ、カベルネちゃん」

 

「何よ!?」

 

「加勢、しようよ。オノノクスに」

 

「……無理に決まってるでしょ! 私達じゃあ、あの二匹とまともに戦う事さえ不可能なのよ!? オノノクスに任せた方が良いわ!」

 

 自分達とカイリキー、ボスコドラとの実力差は歴然。文字通り、一蹴されてしまうだろう。

 現にさっき、二匹によって自分はメブキジカ、ダルマッカ、ヨーテリーが。ベルはチラーミィが瞬殺されている。

 

「けど、あのオノノクスでも混乱になったらただじゃ済まないよ……」

 

 桁外れの実力の持ち主だとしても、混乱になれば無傷ではいられないだろう。下手すれば倒されるかもしれない。

 

「私達が入っても足を引っ張るだけよ!」

 

「――ううん。力になれる方法があるよ」

 

「……聞かせなさいよ」

 

 断言したベルに、カベルネは聞くことにした。その方法を。

 

「……ノクス」

 

「リキ……!」

 

「ボス……!」

 

 その間にオノノクスが口に力を込める。すると、左牙に力が宿り出す。攻撃の準備であり、オノノクスは自分が大ダメージを受けるの承知の上で行おうとしていた。

 カイリキーとボスゴドラも、オノノクスが来ると理解し、身構える。

 

「……カベルネちゃん!」

 

「分かってるわよ!」

 

 オノノクスが信頼出来る相手とは限らないが、少なくとも敵ではない事は一緒に攻撃してこない所から分かる。ベルの作戦も聞き、カベルネは一緒に行なう。

 

「……オノ!」

 

 オノノクスが走る。みるみる二匹との距離を縮め、ボスゴドラは防御の体勢を、カイリキーはオノノクスの攻撃の後の反撃を狙う。

 

「今よ、チャオブー! ボスゴドラにヒートスタンプ!」

 

「フタチマル、カイリキーにシェルブレードよ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「フターーーッ!」

 

「オノ!?」

 

「カイ!?」

 

「ボス!?」

 

 もうすぐで攻防が始まる、その手前でチャオブーがボスゴドラにヒートスタンプ。フタチマルがカイリキーにシェルブレードを放つ。

 

「――ゴドォ!」

 

「――リキィ!」

 

 しかし、ボスゴドラとカイリキーは平然と耐え、掴んで対応する。そもそも、実力差が有るのだ。ベルやカベルネでは、不意を突く程度で倒せる相手ではなかった。

 

「カイ!」

 

「ゴド!」

 

「フターッ!」

 

「チャオーッ!」

 

 そして、ボスゴドラとカイリキーは邪魔だと言わんばかりに反撃のばくれつパンチやもろはのずつきを放つ。

 フタチマルとチャオブーはその技を諸に食らい、壁に激突して戦闘不能になる。

 

「今だよ!」

 

「決めなさい!」

 

「――オノ!」

 

 自分に掛けられたその言葉と視線に、オノノクスは全て理解した。不意を突いたのは彼女達がボスゴドラとカイリキーを倒す為ではなく、自分がこの二匹の隙を突くためのだと。

 

「ボス!? ゴドーーーッ!」

 

 力が込められた刃――一撃必殺の大技、ハサミギロチンをオノノクスはボスゴドラに叩き込む。

 高い防御力を持つボスゴドラも一撃必殺の大技をまともに食らい、戦闘不能に陥る。

 

「カ、カイーーーッ!」

 

「――オノ!」

 

 ボスゴドラが倒され、慌てるカイリキーだが、それでもほとんど無駄なくバレットパンチを放つ。オノノクスは身体を捻って避けつつ、尻尾をカイリキーに叩き付ける。

 

「カイ! リ、キ……!?」

 

 倒れたカイリキーは顔を上げるも、見えたのは黒竜が力を込めた斧のような牙をまるでギロチンの様に振り下ろす光景。

 そのまま避ける間もなく、ハサミギロチンを受け、カイリキーも戦闘不能となった。

 

「――ノクス」

 

 ふぅと、オノノクスは軽くため息を付く。戦いは瞬時に終わったが、それは結果論。

 ベルやカベルネがいなければ、苦戦は必須。相討ちや、下手したら敗北もあり得ただろう。

 

「あ、あの、オノノクス。頼みが――」

 

「……オノ」

 

「――うわっ?」

 

 ベルはオノノクスに頼もうと近付くと、その頭を撫でられた。

 

(やれやれ)

 

 前は自分に怯えていたこの少女に助けられた。それがこの状況は不謹慎だと思いながらも、オノノクスを微笑ませたのだ。

 

「――ノクス」

 

 数秒にも満たない間に終えると、オノノクスはクルッと背を向ける。

 

「任せても……良い?」

 

「オノ」

 

「……やけに人が良いわね。目的は何?」

 

 ベルの頼みをオノノクスは頷くが、カベルネは少し胡散臭い様子で見ていた。

 そもそも、何故このオノノクスはやられる危険を背負ってまで自分達を助けたのだろうか。それが分からない。

 

「……」

 

 カベルネの質問に、オノノクスは答えない。その必要はないと言いたげに。

 

「カベルネちゃん、ここはオノノクスに任せよう」

 

「……そうね。戦えなくなった私達じゃあ、文字通り足手まといでしかないし」

 

「皆さん、今の内にポケモンセンターで!」

 

「皆、手当てを!」

 

 ベルの言葉に、負傷したジュンサー達はポケモンセンターに向かう。ベルとカベルネはその後に入る。

 

「オノノクス、少しでも早く戻るから!」

 

「それまでは頑張んなさい!」

 

「……オノ」

 

 彼女達が全員ポケモンセンターに入り、オノノクスは到着したポケモン達に向かい合う。

 

(――ここは死守する)

 

 オノノクスにとって、ベルやカベルネ達は他人だ。しかし、だからと言って罪無き彼女達が傷付き、苦しむのを見過ごす訳には行かない。

 オノノクスは、持てる全ての力を振るい、戦うと決めた。その迫力に、ロケット団のポケモン達は怯むも、数秒後には襲いかかる。

 

「――オノォオオォオォォーーーーーッ!!」

 

 咆哮を上げながら、片刃の黒竜は無数のポケモン達へ向かった。

 

 

 

 

 

「な、何なのよ、この強さ……!」

 

「ド、リュ……!」

 

「ゼ……ル……!」

 

「バーーーーーン!」

 

 ヒウンジム前。果敢にもバンギラスと闘うアイリス達だが、その結果は一方的だった。アイリス達は既に満身創痍。バンギラスはほとんど消耗していない。

 ゴチルゼルはそもそも、相性が最悪。相性の良いドリュウズは砂嵐で特性、すなのちからが発動し、ドリルライナーやメタルクローの威力が上がっていたにもかかわらず、バンギラスには歯が立たなかった。基本の差が有りすぎたのだ。

 

「バン!」

 

「ゼル……!」

 

 バンギラスが地面を叩き、だいちのちからが迫る。狙いはドリュウズだ。ゴチルゼルは痛む身体を起こし、緑色のオーラ――まもるで防ぐ。

 

「――リュズ!」

 

 ゴチルゼルが技を受け止めたその隙に、ドリュウズが螺旋の突撃を仕掛ける。

 

「――バン!」

 

「リュズーーーッ!」

 

 特性、すなのちからで強化されたドリルライナーを、バンギラスは真正面から受け止め、力で強引に回転を停止させると、腕で薙ぎ払う。その力により、ドリュウズは建物の壁に叩き付けられる。

 

「リュ、ズ……!」

 

「ドリュウズ、立って!」

 

 バンギラスとの実力差から、ドリュウズはある一件を思い出して戦意をへし折られそうになるも、アイリスの必死の叫びが聞こえる。

 

「お願いよ! あたし達は負ける訳には行かないの! だから、立って!」

 

 ここで負けたら、ヒウンジムに避難している子供達や人々がどうなるか分からない。無茶だと分かっていても、勝つしかないのだ。だからアイリスは叫ぶ。

 

「ド、リュ……!」

 

「――ギラァ!」

 

「……! ゴチルゼル、逃げて!」

 

「ゼ……ル……」

 

 ドリュウズが何とか立とうとしたのと同時に、バンギラスは口に暗黒の力を溜める。悪タイプの技、あくのはどうだ。

 それをバンギラスはゴチルゼルに向けて放とうとする。まもるで自分の技を防ぐのを止めるためだ。

 悪タイプの技のため、エスパータイプのゴチルゼルはダメージの蓄積もあり、戦闘不能になるだろう。

 ゴチルゼルはまもるで対応しようとしたが、ダメージのせいで動きが鈍り――あくのはどうが発射される。

 

「――ゴチルゼル!」

 

 迫る悪の波動。もう少しでゴチルゼルに命中し、戦闘不能にするその技から――一人の人物が横から駆け込んで助ける。

 

「大丈夫、ゴチルゼル?」

 

「ゼ、ゼルル……!」

 

「サリィさん!」

 

 助けたのは、ゴチルゼルの相棒、サリィだった。駆け込んだ時、地面に身体を滑りながら打ち付けたため、服は破れて皮膚も少し擦りむいていたが、彼女はゴチルゼルの身を案じていた。

 

「ゼル……?」

 

「パートナーを助けない人がどこにいるの」

 

 どうしてとゴチルゼルは尋ねるが、サリィからすれば当然の理由だった。その言葉にゴチルゼルは微笑む。しかし、バンギラスは容赦しない。

 

「バー……!」

 

「サリィさん! またバンギラスが!」

 

「くっ、また……!」

 

「ギラ――スッ!?」

 

 悪の波動を放とうとしたバンギラスの口内に、茶色の物体が入り込む。突然の不意打ちと予期せぬダメージに、バンギラスは悶えた。

 

「今の……?」

 

「――ヤブッ!」

 

「ヤブクロン!?」

 

 その声に、その場にいる全員が注目する。その主は、子供達と一緒にいるヤブクロンだった。

 ヤブクロンがヘドロばくだんをバンギラスの中に打ち込み、あくのはどうを阻止したのだ。

 

「ヤ、ヤブクロン! 戻って!」

 

「ヤブヤブ!」

 

 声で外に出た事に気付いたのだろう。子供達が扉前で呼び掛けるも、ヤブクロンは頭を横に振る。

 ここでバンギラスを倒さねば、確実に子供達に被害が出る。自分を孤独から助けてくれた彼等を守るため、ヤブクロンは戦うことを決意したのだ。例え、どれだけ力の差が有ろうとも。

 

「バー……!」

 

「――リュズ!」

 

 あくのはどうを放ち、ヤブクロンを仕留めようとしたバンギラスだが、そこにドリュウズがメタルクローを放つ。

 

「ヤブヤブーーーッ!」

 

 ヤブクロンに気を取られ、メタルクローを諸に食らうバンギラス。ドリュウズに注意が向いたそのタイミングに、ヤブクロンはヘドロばくだんを連射。

 全て当てるも、ダメージはほぼ無いに等しい。しかし、注意はヤブクロンに向かう。

 

「ドリュ!」

 

 そこに再度ドリュウズのメタルクロー。効果抜群の一撃でダメージを与えていく。

 

「バン……! ――ギラァーーーッ!」

 

「皆、避けてーーーっ!」

 

 思わぬダメージを受けたバンギラス。しかし、痛みを打ち消すほどの怒りがその表情には浮かんでいた。

 拳で地面を叩き、周囲に大地の力を柱状に噴火させる。

 

「きゃああっ!」

 

「リュズーーーッ!」

 

「ゼルーーーッ!」

 

「ヤブーーーッ!」

 

 直撃こそはしなかったが、周囲にいる全員がだいちのちからの余波を食らう。

 

「ヤ、ヤブクロン!」

 

「キバキバーーーッ!」

 

「ルグルッグ!」

 

「ブイブイーーーッ!」

 

「い、行っちゃダメッ!」

 

 その光景に子供達は叫び、キバゴ、ズルッグ、イーブイの三匹は助けようと向かうも、サリィから言われて預かっている子供達に止められる。

 

「む、無理だ……! もう終わりだ……!」

 

「こ、ここから離れるの!」

 

「どこに!? 周りは暴れてるポケモン達だらけだぞ!?」

 

 全員が倒れ、その様を見ていた人々は恐怖からヒウンジムを離れようとする。しかし、周りにはまだ多くのポケモン達がいる。下手に動いても、危ないだけだ。

 

「ま、まだ……! まだ、よ……!」

 

「……ドリュ!」

 

「そう、ね……!」

 

「ゼ、ル……!」

 

「ヤブ……!」

 

 痛みに耐えながらアイリスが立つ。その様に、ドリュウズ、サリィ、ゴチルゼル、ヤブクロンも辛うじて立ち上がる。

 

「た、立ち上がったけど……!」

 

「差が有りすぎる……! 無理だ……!」

 

「そんなこと言うな!」

 

 しかし、その様は人々を勇気づけるにはあまりにも弱々しく、彼等は諦めの声を漏らすも、それを子供達が否定する。

 

「ヤブクロンもアイリス姉ちゃんもサリィ姉ちゃんも、ドリュウズもゴチルゼルも頑張ってるのに、そんなこと言うな!」

 

「そうだそうだ!」

 

 涙目の子供達の声に、人々はアイリス達を見る。彼女達はあんなにボロボロになってまで、戦えない自分達の代わりに戦っている。なのに、自分達は何も出来ないまま諦めるだけなのか。

 

「……道具は!? 何か、この状況を変えれる物は!?」

 

「いや、ポケモン達に傷薬を掛けるべきじゃ!?」

 

「ダメ! あのポケモンの強さを考えると、ただ回復しても焼け石に水よ!」

 

「しないよりはマシだろ!」

 

「……」

 

 良いわけがない。人々は奮起し、何か出来ないかと話し合う。そんな中、一人の男性が持って来ていた鞄を取ると開く。

 

「それ……ジュエル!?」

 

 鞄の中には、ポケモンの技の威力を底上げする道具――ジュエルが十七全てあった。

 

「……でも、大きくないか?」

 

「……これは原石だ。それも特大のな」

 

 ただ、男性が取り出したのは、店で出される製品版ではなく、加工される前の原石だった。

 男性はこれをある傳で手に入れ、商談をしようとしていた。

 

「……これを使えば、製品のよりも、技を遥かに強化出来る」

 

「じゃあ!?」

 

 この原石を使えば、バンギラスを倒せるのでは。一人がそう思ったが、男性は首を横に振る。

 

「ただその分、本来はない負担があるんだ……! それもかなり大きい……!」

 

 かつて、原石のままのジュエルで技を増幅した結果、そのポケモンが重度の怪我を負った事があった。

 加工はその負担と、再使用をスムーズにした安定品にする為の必須過程なのだ。

 もし、使うにしても、相当鍛えたポケモンが万全の体調でなければならない。つまり、消耗している今の彼等では負担が大きい。

 男性が今まで出さなかったのも、商談に影響が掛かるのもあったが、それ以上に負担の理由が大きかった。

 

「――ルッグ! ルグ!」

 

「あっ、ズルッグ!」

 

 ズルッグが子供達から離れ、ジュエルに近寄る。本能的にあるタイプのジュエルを手に取り、外に向かって走り出す。

 

「お、おい!?」

 

「――ブイ!」

 

「――キバッ!」

 

「イーブイ!」

 

「キバゴ!」

 

 続いて、イーブイやキバゴもタイプの違う二つのジュエルを加え、掴むとズルッグ同様に外に走り出す。

 

「や、止めろ! 小さなお前達がそれを使ったらどれだけの負担になるか、分からないんだぞ!?」

 

 必死に止める男だが、三匹は構わずにバンギラスに接近していく。

 

「バン……?」

 

「キ、キバゴ、ズルッグ、イーブイ……!?」

 

「ダメ……! あなた達が敵う相手じゃ――」

 

「ルッグーーーッ!」

 

 アイリスとサリィが止めに入るも、その前にズルッグがジュエルの力を引き出す。

 瞬間、膨大な力が身体中に入り込む。幼いズルッグにはキツすぎる程の量で、痛みに表情を歪める。

 

「ル、ッグ……! ルグーーーッ!」

 

 しかし、ズルッグはそんなこと関係あるかと言わんばかりに力を放出。球状に変化させていく。

 

「えっ、あれって――」

 

「きあいだま!?」

 

 それは、闘気を球にして放つ格闘タイプの技、きあいだま。しかも、ジュエルの力でかなり巨大化しており、バンギラスと同じサイズだった。

 その技に驚くアイリスとサリィだが、これは原石のジュエルのエネルギーにより、潜在能力を一時的に引き出されたために起きた現象だった。

 

「ルッグーーーッ!!」

 

「バンーーーッ!?」

 

 悪と岩、二重の効果抜群を食らい、バンギラスもそれなりのダメージを受ける。

 

「ブ、イ……! ブイーーーッ!!」

 

「ギラァーーーッ!?」

 

 そこに、次の攻撃――ノーマルジュエルで力をブーストしたイーブイが、ズルッグ同様の痛みを受けながらバンギラスに触れ、力を放つ。新しい技であるそれを。

 直後、閃光と共に凄まじい轟音が響きバンギラスが吹き飛ぶ。

 

「な、何、今の技!?」

 

「すてみタックル……? ギガインパクト……? いや、そう言う技じゃない……」

 

 サリィの読み通り、イーブイが放ったのは違う技。その名はきりふだ。はかいこうせんに迫る大技だが、時間が立たないと十全の威力は発揮しない制約がある。

 今のきりふだは、原石のノーマルジュエルで大幅にブーストされたため、本来の威力で発揮されたのだ。

 また、直前のきあいだまでバンギラスの特殊防御力は低下。その為、効果今一つのノーマルタイプのきりふだでもそれなりのダメージになっていた。

 

「ル、グ……!」

 

「ブ、イ……!」

 

「キバッ!」

 

 行け。大きすぎる反動で倒れたながらも自分に語りかけるズルッグとイーブイの声に、キバゴは頷くと原石のドラゴンジュエルを使用。

 

「キバ……! キーバーーーッ!」

 

 二匹と同じ反動が発生するも、凄まじい力を得る。そして、ズルッグ、イーブイに続き、新しい技であるその力を本能のままに解放する。

 

「キバキバキバキバキバーーーッ!!」

 

「バッ、バーン!?」

 

「あの技……!」

 

「げきりん……!」

 

 竜の怒りを表したかのような猛攻、げきりんをキバゴはアイリス達を傷付けたバンギラスにただひたすらにぶつける。

 小さな竜の物とは思えないその猛攻に、バンギラスは少しずつダメージを受ける。

 

「キー……バーーーーーッ!!」

 

「バーンッ!」

 

 怒涛の連撃、その〆となる一撃をキバゴはありったけの力を込めて叩き込む。バンギラスは軽く吹き飛び、キバゴは技と増幅の二重反動により倒れた。

 

「キ……バ……」

 

「キバゴ、ズルッグもイーブイも……!」

 

「無茶し過ぎよ……! けど、これで――」

 

「バーーーーーン!!」

 

「う、嘘!?」

 

 バンギラスは倒した。全員がそう思ったが、それを否定するかの如く、雄叫びが上がる。言うまでもなく、バンギラスの物だった。

 

「あれだけの攻撃を受けたのにどうして……!?」

 

 その理由は単純明快。威力不足だったのだ。確かに、三匹の新しい技は大幅に強化された。しかし、バンギラスを倒すには足りなかった。

 

「バーン……」

 

 更に不味い事に、バンギラスはそのダメージで頭が冷えたらしく、冷静さを取り戻していた。

 

「そのままに!」

 

「直ぐに回復させるわ!」

 

「……ドリュ?」

 

 今度こそ絶対絶命かと思われるその時、避難していた人々がドリュウズにきずぐすりやかいふくのくすり、きのみを与えて体力を回復させる。

 

「バー……! ――ンッ!?」

 

 させるかと、バンギラスは吹き飛ばす程度のあくのはどうを放とうとしたが、そこに茶色の物体と思念の光線が当たる。今一つと無効ではあるが、中断されるには充分だった。

 

「……ゼル」

 

「ヤブ!」

 

「ゴチルゼル、ヤブクロン!」

 

 それは、ヤブクロンのヘドロばくだんとゴチルゼルのサイケこうせんだった。その二匹の後ろにサリィが立つ。

 

「何か手があるのね?」

 

「あぁ!」

 

「なら、わたし達が時間を稼ぐわ。貴方達はその間にドリュウズの回復を! ゴチルゼル、ヤブクロン、行くわよ!」

 

「ゼル!」

 

「ヤブ!」

 

「バン!」

 

 残り僅かな力を振り絞り、立ちはだかる二匹と一人。バンギラスは受けて立つと進む。

 

「ゴチルゼル、かげぶんしん!」

 

「ゼルル!」

 

「バーン!」

 

 無数の分身が現れるも、バンギラスの砂嵐により一瞬で消される。

 

「簡単に対処されちゃうわね……! でも、それは想定内よ! ヤブクロン!」

 

「ヤブーーーッ!」

 

「ギラァ!」

 

 ヤブクロンが無数のヘドロばくだんを放つも、バンギラスは炎の拳で弾きながら拳が届く範囲まで迫り、ほのおのパンチを振り下ろす。

 

「ゴチルゼル、サイコキネシスでヤブクロンを動かして!」

 

「ゼーールッ!」

 

「ヤーブッ!」

 

「バンッ!?」

 

 直撃するはずのその一撃は、念動力によって回避させられた。

 

「バン!」

 

「ヤブクロン!」

 

「ヤブヤブーーーッ!」

 

 やはり、ゴチルゼルを先に倒すべきだ。そう判断したバンギラスはヘドロばくだんの小さなダメージを受けながらも、ゴチルゼルに迫ると再度ほのおのパンチを放つ。

 

「まもる!」

 

「ゼル!」

 

「バン……! バーーーン!」

 

 緑色のオーラで弾かれるも、バンギラスは足に力を込めて無理矢理踏ん張り、炎の拳を突き出す。

 

「かげぶんしん!」

 

「ゼルルッ!」

 

「バン……! ――バーーーーーン!」

 

「やっぱり、また砂で――」

 

「ギラァ!」

 

「ストーンエッジ!?」

 

 ゴチルゼルは分身でまた避ける。バンギラスはまたその砂で消す――が、今度はそれだけはなく、無数の尖った石を展開。そこから砂嵐を強く発生させ、ストーンエッジを渦の様に発射する。

 

「ゼルーーーッ!」

 

「ヤブーーーッ!」

 

「あぁっ!」

 

 周囲へのその攻撃を、ゴチルゼルとヤブクロンは諸に受け、サリィも巻き込まれる。

 

「バン!」

 

「ゼルーーーッ!」

 

「ヤブーーーッ!」

 

 ダメージに怯んだその隙を、バンギラスはすかさず突く。拳を地面に叩き付け、だいちのちからを発動。ゴチルゼルとヤブクロンを命中させる。

 

「ゼ、ル……」

 

「ヤ、ブ……」

 

 奮戦したゴチルゼルとヤブクロンだが、残り少ない体力を削られ、遂に倒れてしまった。

 

「……!」

 

「リュズ……!」

 

 強い視線を感じ、バンギラスはそちらを向く。視線の先には、サリィ達が稼いだ間に人々によって回復したドリュウズがいた。その手には、地面ジュエルの原石がある。

 

「ドリュウズ、絶対に決めるわよ!」

 

「リュズ!」

 

 皆が繋いだこの機会。絶対に逃す訳には行かない。ドリュウズは原石の地面ジュエルの力を発動し、大きな力を得る。

 

「バン!」

 

 来いと、バンギラスは待ち構える。真正面から受けて立つ様だ。

 

「ドリル……ライナーーーーッ!!」

 

「ドリュ……ウズーーーーーッ!!」

 

 螺旋の突撃。しかし、それは最早一つの大渦と言える程の勢いとうねりが持っており、轟音を上げながらバンギラスに迫る。

 

「バーーーーーンッ!!」

 

 バンギラスは全く恐れずに炎の拳をぶつけるも、今までを遥かに上回るその威力に拳を弾かれた。

 しかし、直ぐにドリルライナーを止めようと、全身に全ての力を込めて踏ん張る。

 

「バ、バンン……!」

 

 しかし、攻撃は全く止まらない。寧ろ、その威力にバンギラスが地面を削りながら押されていく。

 

「バ……バーーーーーン!」

 

 そして、数秒のぶつかりの後、両手は弾かれ、渾身のドリルライナーがバンギラスに直撃した。

 

「……リュズ! ド、リュ……!」

 

 ドリルライナーを命中させ、距離を取るドリュウズだが、体勢が崩れた。呼吸も荒い。原石のジュエルの反動が来たのだ。

 

「決まって……!」

 

 技の際に発生し、中にバンギラスがいる煙を見ながら、アイリスはすがるように呟く。ドリュウズはかなり消耗している。これで倒さねば、完全にこっちの敗けだ。

 

「バーン……!」

 

「そ、そんな……!」

 

 三匹の身体を張った一撃、更に渾身のドリルライナーを食らってもまだ倒れないのか。

 アイリス達がそう思った瞬間だった。バンギラスはフッと微笑み――ぐらっと傾くとそのまま地に伏せた。

 

「倒……れた? 勝った……! 勝ったんだ、あたし達!」

 

 その事実を理解するのに数秒有したが、バンギラスが戦闘不能になったのを確認し、アイリス達は喜びの声を上げた。

 

「うわ~ん! 勝ったよ、ドリュウズ~!」

 

「……リュズ」

 

 バンギラスを倒し、張り詰めた緊張が解けたせいか、アイリスは泣きながらペタンとその場に座り込む。ドリュウズは素っ気ないながらも、コクンと頷いた。

 

「あっ……キバゴ、ズルッグ、イーブイ……!」

 

 その後、アイリスは三匹の方を向く。三匹は反動で倒れたまま。アイリスが駆け寄ろうとしたが、腰の力が抜けたらしく、上手く動けなかった。

 

「この子達は、俺達に任せてくれ」

 

 そんな三匹を、人々が優しく担ぐと、速やかな手当てを始めようとヒウンジムに向かう。

 

「ふぅ……。何とか倒せたわね……」

 

「ゼル~……」

 

「ヤブ~……」

 

「サリィさん……」

 

 声に顔を動かすと、重い身体を互いに肩を合わせて歩くサリィとゴチルゼル、背中に担がれたヤブクロンが見えた。

 

「ヤブクロン~!」

 

「ヤ、ヤブ……!」

 

 子供達が近付くと、ヤブクロンは頑張ったよと誇らしげに微笑む。自分達を守る為に戦ったヤブクロンに、子供達は涙目でありがとうと告げ、抱き締めていた。

 

「皆さん、バンギラスを倒して嬉しいのは分かりますが、ポケモン達の手当を直ぐに」

 

 はいと、人々は頷く。バンギラス一匹により、ここの防衛は崩れてしまった。直ぐに回復し、立て直さなければならない。

 

「ポケモン達が回復するまでは、俺達が何とかします……!」

 

 持って来た物で、ちょっとした武装をした人々が、実力が低いポケモン達を出す。彼女達が必死に自分達を守ったのだ。今度は自分達の番だと意気込んでいた。

 

「無茶はしないで。アイリスちゃん、ドリュウズの手当を」

 

「……ドリュウズ、もうしばらくだけお願い」

 

「……ドリュ」

 

 強敵、バンギラスは倒したが、戦いはまだ終わっていない。この惨劇が終わるまで戦うべく、彼女達は奮闘する。

 



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それぞれの激闘、後編

「ハハコモリ、いとをはく!」

 

「ハッハーーーン!」

 

「……ロス。――カイ!」

 

「ハハン……!」

 

 カイロスは迫る粘着性の糸をかわすと、素早くハハコモリに接近。右から攻撃――と見せかけ、左から攻撃を放ち、ダメージを与える。

 フェイントと呼ばれ、素早く放てるのとまもるなどの防御技を無効にする技だ。

 

「カイ!」

 

「シザークロス! ハハコモリ、こちらもシザークロスで迎え撃て!」

 

「ハッハーーーン!」

 

 ハハコモリはその両手で、カイロスはその鋏で交差の一撃を放つ。

 

「――ロス!」

 

「ハハンッ!」

 

 同じ技が激突するも、威力は力があるカイロスの方が上だった。押し負けたハハコモリは後退させられる。

 

「――カイ!」

 

「ハンッ!」

 

 更に後退した間を狙い、カイロスは再びフェイントを放つ。少しずつだが、着実にハハコモリはダメージを受ける。

 

「大丈夫かい、ハハコモリ?」

 

「ハ~ン」

 

「良かった。にしてもハハコモリ以上の素早さと力強さ、か」

 

 おまけに、それらを十二分に活かす技術と冷静さも感じられる。

 

「なるほど、今まで倒してきたポケモン達とは一味も二味も違うね」

 

「……」

 

 ジムリーダーの自分でも手こずる相手だと、アーティは素直にカイロスの実力を認めた。

 

「アーティさんでも手こずるんだ……」

 

「私達以外を倒したポケモン。……それだけの実力の持ち主と言う事ね」

 

 アーティと渡り合えるカイロスに、マコモやショウロ達は改めて戦慄を抱く。

 

「仕方ない。――ホイーガ、イシズマイ!」

 

「――イーガッ!」

 

「――イマッ!」

 

 アーティは二つのモンスターボールを取り出し、二匹のポケモンを繰り出す。

 一匹は、デントの手持ちと同じイシズマイ。もう一匹は、繭に刃や目が付いた様な繭百足ポケモン、ホイーガ。フシデの進化系だ。

 

「一体を相手に複数と言うのはジムリーダーとしては情けないが、ヒウンシティを守る為。それに、君達も仲間は大量にいるからね」

 

 敵はカイロスだけではない。他にもいる。ジムリーダーのプライドと、ヒウンシティと多くの人々やポケモン。どちらか大事かと言えば、後者だ。故に、全力を尽くす。

 

「……」

 

 一方、カイロスは敵が増えても動じない。周囲の敵に対応しながら一匹ずつ確実に倒す。それだけだ。

 

「ハハコモリ、再度いとをはく! イシズマイ、うちおとす! ホイーガ、どくばり!」

 

「ハッハーーーン!」

 

「イマイ!」

 

「イーーーガッ!」

 

「……ロス」

 

 迫る糸、岩、針。それらを無駄の無い動きでかわしながら、カイロスはあるヶ所を見る。

 マコモとショウロ――正確には、彼女達といるムンナとムシャーナにも注意を払っていた。

 厄介な状態異常である眠りにする、さいみんじゅつを警戒してだ。トレーナーや警官達を相手している時に放ったため、二匹が使うのは知っていた。

 

「――ロス!」

 

 カイロスは足に力を込めて地面を蹴る。すると、物凄い音と共に瞬時にイシズマイに接近した。

 

「――カイ!」

 

「イマ!? ――ズマーーーッ!」

 

 角で挟み、そのまま物凄い力で地面に叩き付け、ダメージを与えてからホイーガに向かって放り投げる。

 ハハコモリが慌ててキャッチしようとしたが、そこをカイロスは追撃しようとしていた。

 

「ホイーガ、どぐばり!」

 

「ホイー……!」

 

「――ロス!」

 

「何!?」

 

「ガガッ!」

 

 再度毒の針を発射しようとしたホイーガだが、その前にカイロスが毒の針を放つ。

 

「カイ! ――ロス!」

 

「ホイッ! ガッ!」

 

 思わぬ攻撃に怯んだ隙に、カイロスはまたフェイントをホイーガに叩き込む。更に続けてシザークロス。

 

「……」

 

 連続攻撃を当てると、素早く後退。無闇に深追いはしない様だ。

 

「やるね……。イシズマイを攻撃したのは、ばかぢからか」

 

 全身の力を引き出して攻撃する大技。しかし、その分余程鍛えてないと攻撃や防御が低下する反動がある。

 それが無いことから見ても、やはりこのカイロスは鍛えられている。また、カイロスは足に力を集中させる事で、瞬発力を高める応用も使っていた。

 

(ただ、どくばりが少し気になるね……)

 

 見たところ、カイロスには毒タイプの雰囲気が感じられない。

 勿論、毒タイプだけの専門技とは限らないため、単なる思い込みの可能性もあるが、針の要素が無いカイロスが使ったのがどうにも引っかかる。

 

「ロス!」

 

「またフェイントか! ホイーガ、てっぺき!」

 

「イーガ!」

 

「――カイッ!」

 

 迫るカイロスに、ホイーガは防御力を高めた。しかし、カイロスは寸前で動きを変更し、ハハコモリに角からぶつかる。

 

「ハハコモリ! 反撃のむしのさざめき!」

 

「ロス! カイッ!」

 

 虫の力が込められた音を、カイロスは素早く跳躍してかわす。着地すると、ばかぢからの力で猛加速。イシズマイに迫る。

 

「イシズマイ、うちおとす!」

 

「イシ――」

 

「ロスッ!」

 

 力で作った石を放とうとしたイシズマイだが、それよりもカイロスが先に同じ行動を取り、石をイシズマイに命中させて吹き飛ばす。

 

「うちおとす!? ハハコモリ、いとをはく! ホイーガ、どくばり!」

 

「ハー……!」

 

「ホイー……!」

 

「カイーーーッ!」

 

 糸と毒針で対応しようとしたが、カイロスは今度は口から粘着性の糸を発射する。

 

「今度はいとをはく!?」

 

 次々と技を出すカイロスに、アーティは驚く。

 

 

「アーティさん! そのカイロス、技を次々と使ってるんです!」

 

「それも、虫タイプのポケモンが使わない様な炎タイプや飛行タイプ、水とか電気の技まで~! だから、対応仕切れなくてやられたんですよ~!」

 

 炎に飛行、水や電気。それらの要素が無いにも関わらず、多種多様にも程がある。少し考え――気付いた。

 

「――そうか、さきどりか」

 

 相手が使った技を返すオウムがえしと似ているが、違うのは相手が使おうとした技を威力を増した状態で放つ技だ。ただ、先に放たなければ失敗する扱いの難しい技でもある。

 そんな技をトレーナー無しでもある程度上手く使う所を見ても、このカイロスの実力が分かる。やはり相当手強い。

 

(それに、複数の相手との戦い方が上手い)

 

 カイロスは武器である角で敵を挟んで身動きを封じ、別の相手に投げたりしてくる。

 それが、まもるなどの防御技を封じるフェイントが上手く噛み合っている。

 少しでも早く倒そうとホイーガやイシズマイを出したのは、逆効果と言わざるを得ない。

 おまけに、ジムリーダーとしての実力があるため、こちらが一対多の対応は慣れているが、その逆は慣れてないのもこの苦戦の原因だった。

 

「う~! 全然隙がな~い!」

 

「迂闊に放っても、アーティさんのポケモン達に当たったら不味いし……」

 

「ムナ~……」

 

「シャナ~……」

 

 アーティ達と、カイロスのバトルをマコモとショウロはただ見ている訳ではない。

 隙有らば、さいみんじゅつでカイロスを眠らせようとしているが、向こうはこちらを常に警戒しており、先ず当たる様子が無かった。

 下手すると、アーティのポケモン達に命中する可能性もあったため、彼女達は技を出せなかったのだ。

 

「――だったら」

 

「何か手があるの、お姉ちゃん?」

 

「一つ。耳を貸して」

 

 ショウロは頷き、マコモからその作戦についての説明を聞くと、おぉと関心した表情になる。

 

「ショウロ、タイミングは分かってるわね?」

 

「勿論!」

 

 そのタイミングを見計らうべく、マコモとショウロはアーティ達とカイロスのバトルを見守る。

 

「カイ!」

 

 カイロスがフルパワーを地面に叩き付ける。地面のコンクリートが破片となって浮かび上がり、アーティとそのポケモン達を襲う。

 

「目眩ましと攻撃を同時に……!」

 

「ロス! ――カイッ!」

 

 礫に気を取られた隙に、カイロスが高速で迫る。フェイントだ。ハハコモリに攻撃――と見せ掛け、中止してイシズマイを角で挟み込み、ばかぢからを発動してからホイーガに叩き付けた。

 

「ホイーーーッ!」

 

「ズマーーーッ!」

 

「ホイーガ、イシズマイ! ハハコモリ、れんぞくぎり!」

 

「ハハハンッ!」

 

「カイッ!」

 

 ハハコモリのれんぞくぎりを、カイロスはシザークロスで弾き飛ばす。

 

「カイ!」

 

「ハハン!」

 

「そこだ! イシズマイ、うちおとす!」

 

 そして、再度シザークロスを放ち、逆にダメージを与える。しかし、その直後にうちおとすが迫る。

 技を放った後の為、カイロスは食らう。効果抜群のダメージに少し表情を歪めるも、まだ終わりではない。ホイーガが回転しながら迫って来た。

 

「ハードローラー!」

 

「ホイーーーッ!」

 

「カイ……!」

 

 猛回転しながらの体当たり。怯ませる追加効果も有る虫タイプの技、ハードローラーだ。

 ハハコモリ、イシズマイ、ホイーガの連携を前に、流石のカイロスも避けきれずに直撃する。

 

「ロス……!」

 

 食らったカイロスは軽く後退するも、残念ながら怯みの追加効果は発生していなかった。だが、二度命中させれた。

 

「どうだい?」

 

「ロス……」

 

 不敵な笑みのアーティに、やるなと呟くカイロス。やはり、彼等は手強い。

 

「カー――」

 

「――今だよ、ムンナ! さいみんじゅつ!」

 

「ムンナーーーッ!」

 

 反撃にフェイントを仕掛けようとしたカイロスだが、そこにムンナのさいみんじゅつが迫る。

 

「――ロス!」

 

 しかし、カイロスは身体を捻って軽々と回避する。その直後だった。背後から嫌な予感がしたのだ。思わず振り向くと、ムシャーナとマコモがいた。

 何をする気だと訝しむカイロス。ムシャーナはさいみんじゅつの軌道上にいる。

 あのままでは当たるだけ、何故タイミングをずらして放たない。その一瞬の思考の間が、勝敗を決めた。

 

「ムシャーナ、マジックコート!」

 

「シャナ~!」

 

 ムシャーナの前に光の壁が展開される。それはさいみんじゅつの波動を跳ね返し、迷いで一瞬だけ動きが鈍ったカイロスに見事命中した。

 

「カ……イ……!」

 

「ハハコモリ、シザークロス! ホイーガ、ハードローラー!」

 

「ハッハーーーン!」

 

「イーーーーガッ!」

 

「ロス……!」

 

 迫る強烈な眠気に必死に抵抗しようとしたカイロスだが、そこにハハコモリとホイーガの技を受けて吹き飛ぶ。

 

「ムンナ!」

 

「ムシャーナ!」

 

「サイケこうせん!」

 

「ムンナーーーッ!」

 

「シャナーーーッ!」

 

「カイ……!」

 

 更にムンナとムシャーナから、サイケこうせんを食らわされ、続いて吹き飛ぶ。

 

「イシズマイ、がんせきほう!」

 

 そして、アーティはイシズマイに岩タイプ最強技を指示する。

 

「イシー……ズマーーーッ!!」

 

 イシズマイは巨大な岩石を出すと、カイロスにしっかりと狙いを定め――岩石を発射。それは寸分の狂いもなく命中。

 

「カ、イ……」

 

 流石のカイロスも、無防備な状態で続けざまの攻撃や、岩タイプ最強の技を食らっては耐えきれず、悔しそうに倒れた。

 

「済まないね、カイロス。だが、こちらは手は選んでいる余裕がないんだ」

 

 カイロスに謝るアーティ。彼としては、自分と三匹の実力だけで勝ちたかったが、こんな状態ではそんな余裕はない。

 

「やった~!」

 

「にしても、手強いポケモンだったわ……」

 

「確かに」

 

 ジムリーダーの自分でさえ、慣れてない状況にしてしまった失敗があるが、それでもマコモやショウロの姉妹、ムンナやムシャーナのサポートが無ければ、負けはしないがもっと苦戦していただろう。

 カイロスの実力。また、これほどのポケモンを出してきたロケット団の力を、アーティは強く実感した。

 

「僕もまだまだ純情ハートが足りないと言うことか」

 

「……純情ハート?」

 

「あ~、それ気にしなくて良いよ、お姉ちゃん。アーティさん独特の持論だから」

 

 妹の台詞に、余裕も無いので姉はそうすることにした。

 

「マコモさん、ショウロちゃん。ここはしばらく僕が防衛する。その間に傷付けたポケモン達や人々の手当を」

 

「わかりました」

 

「お任せ~」

 

 姉妹は頷くと、負傷した人々やポケモン達をバトルクラブに誘導する。

 

「ハハコモリ、ホイーガ、イシズマイ。戦いの後でキツイだろうが、もうしばらく頼むよ」

 

「ハハーン」

 

「ホイ」

 

「マイマイ」

 

 このヒウンシティの為に戦う。その使命を持って、彼等は次に来るポケモン達と対峙する。

 

 

 

 

 

「サトシくん、このポケモン達の名前とタイプは?」

 

「紫色のポケモンがゲンガーで、タイプはゴーストと毒。飛んでいるのは、プテラでタイプは岩と飛行です」

 

「ありがとう」

 

 セントラルエリアへ続く道路。そこでは、サトシとN、更に合流したワルビルがゲンガー、プテラと対峙していた。

 

「――ゲン!」

 

 ゲンガーが先手を打つ。自身の後ろに白い球を複数出すと――白い球が強烈な光を発生させる。

 

「眩し……!?」

 

「これはフラッシュ……!」

 強い閃光で相手の眼を眩ませる技だ。本来は不意を突いたり牽制する為の技だが、ゲンガーは違う。同時に次の技の布石になる。

 

「ガーーーッ!」

 

「うわぁああっ!?」

 

「くっ!?」

 

「ピカァッ!」

 

「ゾロッ!?」

 

「カブッ!?」

 

「ワルビッ!」

 

 光で怯み、腕で覆ったり、眼を瞑るサトシ達に、何かが攻撃した。

 

「い、今のは……!?」

 

「……分からない」

 

 光で見えなかっため、何が起きたかは不明。だが、何らかの攻撃なのは間違いない。

 

「ゲゲゲ……ッ! ――ゲン!」

 

「プテ! ラーーーッ!」

 

 不敵に笑うゲンガーだが、それは一瞬。仲間に呼び掛ける。プテラはそれに素早く応え、飛び立つと爪翼で羽ばたく。すると、風が周囲に吹き荒れ出す。

 

「この技は……!」

 

「おいかぜだね……」

 

 特殊な風により、自身や味方の速さを上げる事が出来る補助技だ。これでゲンガーとプテラのスピードが増した。

 

「ゲン!」

 

「プテ!」

 

「――速い!」

 

 ゲンガーとプテラが迫る。二匹は凄まじい速度で迫り、ゲンガーは影の力を込められた爪――シャドークローを、プテラは速度を活かし、翼を構えながら突撃――つばさでうつを放つ。

 

「ルビッ!」

 

「カブッ!」

 

 その速度は凄まじく、ワルビルとポカブがかわす間もなく食らう。威力も充分にあり、ダメージは小さくない。

 

「ゲン!」

 

「あの球!」

 

「またフラッシュ……!」

 

「ガーーーッ!」

 

 また閃光が炸裂。サトシ達は視界を眩ませられ、その直後に衝撃が走る。

 

「これは……」

 

 その際、Nがあるものを見た。ゲンガーのこの技の正体を。

 

「くそっ、何なんだ、あの技……!?」

 

「かげうちだよ」

 

「かげうち……」

 

「分の影を伸ばして攻撃する技。ただ、普通は複数の相手を同時に攻撃出来ない」

 

「じゃあ、ゲンガーはどうやって?」

 

「フラッシュ。あの技で自分の影を複数作って、同時攻撃しているんだ」

 

 フラッシュは目眩ましだけではなく、かげうちに繋げる為の事前の準備だったのだ。

 

「……厄介ですね」

 

 フラッシュとかげうちのコンボ。これの厄介な点は、フラッシュで視界を制限された状態で攻撃される事だ。回避がほぼ出来ない。

 

「うん、厄介だ。だけど、対応出来ない訳じゃない」

 

 種が分かれば、手の打ちようはある。それに、本来は一つの影で攻撃する技を複数にしていると言うことは、その分力を使うか本来よりも威力が低下しているはず。後者ならダメージを抑えれる。

 

「プテー……ラーーーッ!」

 

「げんしのちから!」

 

 ゲンガーの種は分かったが、敵はもう一体いる。翼竜が空から原始のエネルギーを塊にする。更にプテラは塊に追い風を当て、加速させて発射した。

 

「ピカチュウ、10まんボルト!」

 

「ピーカ、チューーーッ!」

 

「ワルビーーーッ!」

 

 電気と無数の岩が、げんしのちからを相殺していく。

 

「ガーーーッ!」

 

「ポカブ、はじけるほのお。ゾロア、シャドーボール」

 

「カブーーーッ!」

 

「ゾローーーッ!」

 

 しかし、敵はプテラだけではない。ゲンガーがシャドークローを構えた状態で迫るも、そこはN達がカバー。

 炎と影の球により、ゲンガーは接近を中断。距離を取って様子を見る。

 

「ありがとうございます、Nさん」

 

「どういたしまして。……にしても、やはり強いね。彼等」

 

「えぇ……」

 

 技の威力、身体能力共に高い。どちらも強敵だった。

 

「それに……他にも不味い事がある」

 

「……それって?」

 

「おいかぜ。他のロケット団のポケモン達がその影響で速くなっている」

 

 周りを見るサトシ。Nの言う通り、他のポケモン達はおいかぜによってスピードが増し、トレーナーや警官達に苦戦を強いていた。

 

「早く、プテラを倒さないと……!」

 

「いや、仮に直ぐに倒せてもおいかぜはしばらく続く」

 

 おいかぜとはそういう技だ。一度使われた以上、時間が立たない限りは消えない。となると、次の間までに倒すしかない。

 

「だったら――ミジュマル、ハトーボー、ポカブ、クルミル!」

 

「ミジュ!」

 

「ハトー!」

 

「カブ!」

 

「クルル!」

 

 四匹を繰り出すサトシ。但し、この四匹はゲンガーとプテラを倒すために出したのではない。

 

「皆、俺達がゲンガーとプテラと戦う間、他の人達の援護をしてくれ!」

 

 サトシの指示に少し間を置いてから四匹は頷き、トレーナーや警官達の援護に回る。

 

「それと――ツタージャ!」

 

「――タジャ」

 

 更にサトシは、アイリスに預けたズルッグを除いた残る一匹、ツタージャも出す。これで準備は整った。

 

「良い判断だ、サトシくん」

 

 ゲンガーとプテラは強い。残念だが、あの四匹では優れた指示があっても倒されてしまうだろう。

 それに、他の暴走しているポケモン達はともかく、この強敵には数を多くすると、指示や判断が鈍くなる可能性がある。

 ならば、対抗出来るだけの実力を持つポケモン達だけで戦い、残りは援護に回した方が良い。

 

「サトシくん、少し耳を」

 

 Nはサトシにある作戦を伝える。強敵とはいえ、時間は掛けられない。一気に決める必要がある。

 

「行こう」

 

「はい」

 

 作戦を立て、サトシ達はゲンガーとプテラに挑む。

 

 

 

 

 

「ドードドドーーーーッ!」

 

「ミジュ!」

 

「ポカッ!」

 

 喜び、悲しみ、怒り、それぞれ異なる三つの顔と三尾が特徴の、鳥ポケモン、ドードリオが三つの顔を使ってみだれづきを放つ。

 攻撃を受けて軽く吹き飛ぶミジュマルとポカブだが、直ぐに体勢を立て直すと左右に分かれる。

 分かれた二匹の内、ドードリオはミジュマルを優先したらしく、そちらに向かって突いていくも、そこをポカブが丸い身体にかみついた。

 

「ポカーーーッ!」

 

「ドードー!」

 

「ミジュマ!」

 

「ドーーーーッ!」

 

 痛みに苦しむドードリオが再度、みだれづきをポカブに放とうとするも、そこをミジュマルがシェルブレード。防御を下げつつダメージを与える。

 

「ポカ! カー……ーーーッ!」

 

 ミジュマルがアシストした隙に、ポカブは離れて着地。続いて身体に熱を溜め込むと、鼻から一気に発射。高熱の突風――ねっぷうをぶつける。

 

「ドドドーーーーッ! ドー……!」

 

「ミジュー――マー!」

 

 ねっぷうを食らったドードリオだが、まだ終わりではない。ミジュマルはアクアジェットを発動し、素早くダメージを与える。

 

「ド、ドー……!」

 

「ポカポカポカ……カーブーーーッ!」

 

 二匹の連携に、ドードリオはどう対応すればと戸惑っていると、ポカブがその隙にニトロチャージを当てる。

 

「ミジュー……マーーーッ!」

 

「ドーーーーッ! ド、ド……」

 

 ミジュマルは力を込めると、口から塩分が混ざった水――しおみずを発射。技の性質により、残り少ない体力を容赦なく削り取り、ドードリオは倒れた。

 

「ミジュ!」

 

「ポカ!」

 

 よっしゃ、やったと二匹はドードリオ撃破に喜ぶも、互いを見ると頷き、一緒に次を倒しに行く。

 

「ドゴーーーッ!」

 

「ボーーーッ!」

 

「クルル!」

 

 青紫色の身体に、大きな耳、厳つい顔や大きく開いた口が特徴の大声ポケモン、ドゴームが大声で叫ぶ。さわぐだ。

 耳鳴りするほどの音量のその技を食らい、ハトーボーとクルミルはダメージを負うも、やられっぱなしでいる気は無い。

 

「ハトー……ボーーーッ!」

 

「ドゴ……!」

 

 風により、ドゴームはその場に留められる。

 

「クルルルルッ!」

 

 そこに、風を利用してで加速したクルミルがドゴームに接近。むしくいでダメージを与えていく。

 

「クル!」

 

「――ボーーーッ!」

 

「ドゴッ!?」

 

 何度か噛むと、クルミルはドゴームを足場に離れ、その直後にハトーボーがでんこうせっかを叩き込む。

 

「クルーーーッ!」

 

「ドゴゴゴッ!?」

 

 ダメージに怯んだ所に、クルミルが糸を吐き出し、ドゴームの全身に巻き付けて動きを封じる。

 

「ハトー……ボッ!」

 

「クルルル!」

 

「ドゴゴーーーッ!」

 

 ハトーボーとクルミルが、真空の刃と草の刃を発射。糸を切りながらも、ドゴームにダメージを蓄積させる。

 

「ドゴー……!」

 

「クル!」

 

「ムッ!?」

 

 さわぐでハトーボーとクルミルを吹き飛ばそうとしたが、そこにクルミルがたいあたりで妨害した。

 

「ハトー……ボーーーーーッ!!」

 

「ゴーーーームッ!」

 

 たいあたりで怯んで出来た隙に、ハトーボーがつばめがえしを放つ。ドゴームは転がると、目を回して倒れた。

 

「クル!」

 

「ボーッ!」

 

 ハトーボーとクルミルは互いを見合わせ、うんと頷いた。一匹倒したが、まだ敵はいる。次へと二匹は向かう。

 

 

 

 

 

「ツタージャ、メロメロ!」

 

「ター……ジャ」

 

 時間は作戦を決めた後まで戻る。ツタージャがウインク。ハートマークが現れ、プテラに迫る。

 

「プテ!」

 

 メロメロだと分かり、プテラはげんしのちからを発動。ハートマークを壊していく。

 その時、横から地面を蹴るような音がした。プテラがそちらを振り向くと――ツタージャがいた。どうやら、建物を蹴ってここまで跳躍したらしい。

 

「プテー……!」

 

 メロメロは自分に近付く為のフェイクかとプテラは判断した。

 しかし、甘い。飛行出来ないポケモン以外で自分に空中戦を仕掛けるのは無謀だ。そう言わんばかりにつばさでうつを放とうとした。

 

「――タジャ」

 

 その直後だ。声がして振り向くと――ツタージャがもう一匹いた。ツタージャが増え、プテラの目が困惑で見開く。

 

「――ピッカァ!」

 

「プテ!?」

 

 そこに、更にピカチュウも迫っていた。

 

「ゲンー……!」

 

「させないよ。ポカブ、はじけるほのお。ワルビル、ストーンエッジ」

 

「カブーーーッ!」

 

「ワルビーーーッ!」

 

「ガッ!?」

 

 プテラの状況を見て仲間が不味いと判断し、助けに行こうとしたゲンガーだが、Nは行かせるつもりはない。炎弾と尖石で少しのダメージを与えながら妨害する。

 

「ピカチュウ、アイアンテール! ツタージャ、アクアテール! そして――ナイトバースト!」

 

「ピッカァ!」

 

「タジャ!」

 

「――ゾロ!」

 

「プテーーーッ!」

 

 一方、N達のおかげでサトシは戸惑ったプテラに鋼と水の尾、暗黒の力を叩き込めた。

 三つの技、しかもその内二つは効果抜群の技を受け、プテラはかなりのダメージを負って落下するも、戦闘不能になってはいない。

 翼を広げ、ゲンガーの方に移動。ゲンガーはプテラを守るように前に出る。

 

「くそっ、今ので倒せなかったか……!」

 

「でも、小さくないダメージは受けてる」

 

 その上、アイアンテールで防御が低下している。倒しやすくはなっているはずだ。

 

「冷静に次のチャンスで決めよう」

 

「分かってます。――後、どれだけ行けますか?」

 

「一回が限度だろうね」

 

 サトシとNがその作戦について話していると、プテラもゲンガーにさっきのツタージャが増えた件を話していた。

 かげぶんしんか他の何かではとゲンガーは考えるが、プテラは違うと語る。

 もう一体のツタージャは違う技を、それも見たことない技を使っていた。分身なら同じ行動を取るはずだ。

 

「――悪いけど、こっちには時間が無い。直ぐに決めさせてもらうよ。ゾロア、シャドーボール。ポカブ、はじけるほのお」

 

「ピカチュウ、エレキボール! ツタージャ、たつまき! ワルビル、ストーンエッジ!」

 

「ゾロローーーッ!」

 

「カブーーーッ!」

 

「ピカピカァ!」

 

「ター……ジャ!」

 

「ワルー……ビーーーッ!」

 

 一気に終わらせる為にも、二匹に考える隙など与えない。五つの攻撃を仕掛ける。

 

「プテーーーッ!」

 

「ゲーーーンッ!」

 

 プテラは原始のエネルギーの塊を、ゲンガーは影の力を球状にした技、シャドーボールを複数放って相殺していく。

 

「ゲン!」

 

 更に、ゲンガーは閃光を放つ球を展開する。今度はプテラも前に出た。

 

「フラッシュが来る」

 

 またフラッシュで目眩ましをし、その隙にかげうちを放つのだろう。おまけに今度はプテラもいるため、先程よりも厄介だ。

 一つ数える前に、球が音もなく弾ける。強烈な閃光が放たれた。

 

「ガーーーッ!」

 

「プテ……ラーーーッ!」

 

 複数の光により、ゲンガーの影が複数になる。その影がサトシ達に高速で迫る。プテラは口から竜の力の強烈な波動、りゅうのはどうが放たれ、やはりサトシ達に迫る。

 

「ワルビル、前に壁にするようにストーンエッジ!」

 

「ワルビィ!」

 

「伏せるんだ!」

 

 ワルビルが地面に拳を叩き付ける。尖った太い岩がサトシ達の前に次々と現れ、かげうちとりゅうのはどうを受け止めた。

 しかし、一匹で格上二匹の技を止めきれる訳もなく、全て破壊される。だが、サトシ達は咄嗟に伏せたため、ダメージは最小限だった。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ポカブ、ころがる。ジグザグに」

 

「ピー……カッ!」

 

「カブカブカブ!」

 

「ゲン!?」

 

「プテ!?」

 

 煙から、ピカチュウとポカブが高速で動いてゲンガーとプテラを翻弄する。

 

「今だ、出てこい!」

 

 サトシの声に、ゲンガーとプテラが反応。二匹はサトシを見るも、それはフェイク。二匹の足下からコンクリートが盛り上がる。

 

「ワルビーーーッ!」

 

 ワルビルが姿を現す。煙を目眩ましにし、あなをほるを仕掛けたのだ。

 

「ゲン!」

 

「プテ!」

 

 しかし、二匹は素早く反応。ゲンガーはシャドークローで引っ掻き、プテラはつばさでうつで移動しながら攻撃。ワルビルはかなりのダメージを受ける。

 

「――ゾロア、シャドーボール」

 

「ゾロ!」

 

「ゲン!? ガーーーッ!」

 

 その直後、穴からゾロアが出てきて、零距離でシャドーボールをゲンガーに向けて放つ。

 

「ツタージャ――おいうち!」

 

「――タジャ!」

 

「ゲンーーーッ!」

 

 更に、ゾロアと一緒に穴に潜んでいたツタージャが高速で迫り、ゲンガーに蹴りを叩き込む。

 ゴーストタイプに抜群のダメージを与える悪タイプの技であり、相手が後退したり、追撃時に放つと威力が増すテクニカルな技だ。

 シッポウシティのバトルクラブの特訓により、身に付けた技である。

 

「今だピカチュウ、エレキボール!」

 

「ポカブ、はじけるほのお」

 

「ピカ――」

 

「カブ――」

 

「プテーーーッ!」

 

 ゲンガーに止めを刺そうとしたサトシ達だが、そこにプテラが妨害するようにつばさでうつを仕掛ける。

 

「かわせ、皆!」

 

 咄嗟に回避するピカチュウ達だが、その間にゲンガーがかげうちを発動。

 ピカチュウ、ゾロア、ポカブ、ツタージャ、ワルビルを高速かつ順番に攻撃する。

 

「テラーーーッ!」

 

「うぅっ!」

 

「くぅ……!」

 

 そこに、プテラが上空からげんしのちからを発動。サトシ達に向かって叩き落とし、ダメージを与えていく。

 

「ゲンーーーッ!」

 

 しかし、二匹の攻撃はまだ終わらない。ゲンガーは複数のシャドーボールを発射。サトシ達を追い込んでいく。

 

「プテーーーッ!」

 

「ゲンーーーッ!」

 

 翼竜と影ポケモンが、追い込みにシャドーボールとりゅうのはどうを放つ。

 

「おりゃーーーっ!」

 

「よっと」

 

 迫る二つの技を、その前にサトシとNが五匹――サトシがピカチュウ、ツタージャ。体格が勝るNがゾロア、ポカブ、ワルビル――を担ぎ、技から回避させる。

 

「間一髪……!」

 

「試合なら反則だけどね」

 

 ポケモンを担いで攻撃を避けさせるなど、ポケモンバトルだったら反則だ。とはいえ、今は試合ではないのでセーフである。

 二人はポケモン達を見る。全員、ゲンガーとプテラの猛攻により、ダメージを受けていた。特に、ツタージャ、ポカブ、ワルビルはかなり消耗している。

 

「次で決めよう」

 

「ですね」

 

 これ以上のダメージは厳しい。次で一気に決着を着けるべきだ。

 

「ツタージャ、フルパワーでたつまき!」

 

「ター……ジャ!」

 

 ありったけの力を込め、大規模な竜巻を放つツタージャ。これで二匹の足止めの時間を稼ぐ。

 

「ワルビル、出てこい!」

 

「ワルビーーッ!」

 

 再度、ゲンガーとプテラの下からワルビルが現れた。二匹は即座に反応、攻撃しようとしたが――直後、ワルビルの姿が歪む。

 

「ゲン!?」

 

「プテ!?」

 

「――ゾロ」

 

 そのワルビルは、ワルビルではなかった。特性、イリュージョンで変化していた、ゾロアだったのだ。

 先程のもう一匹のツタージャの正体もゾロアであり、イリュージョンによる翻弄こそ、Nの提案した作戦だった。

 

「――ワルビッ!」

 

 二匹がイリュージョンに驚いたその隙。そこを、本当のワルビルが突く。

 

「ルビッ! ワルゥ!」

 

「ゲンーーーッ!」

 

「プテーーーッ!」

 

 ゲンガーにかみつくを命中させ、次にその状態で身体を回してプテラをゲンガーに叩き付けながら離す。二匹は軽く吹き飛ぶ。

 

「ピカチュウ、10まんボルト!」

 

「ゾロア、ナイトバースト」

 

「ピーカ……チューーーーーッ!!」

 

「ゾロ……アーーーーーッ!!」

 

 一緒に吹き飛んだゲンガーとプテラに、強烈な電撃と暗黒が命中した。

 

「ワルー……ビルーーーーーッ!!」

 

 まだ終わりではない。次にワルビルが大型の方のストーンエッジを放ち、二匹の体力を削っていく。

 

「これで……!」

 

「決める」

 

「ツタージャ、ゲンガーにおいうち!」

 

「ポカブ、プテラにころがる」

 

「――タージャ!」

 

「――カブーーーゥ!」

 

「ゲーーーンッ!」

 

「テラーーーッ!」

 

 〆に、おいうちところがるが命中。ゲンガーとプテラは大きく転がると――目を回した。

 

「ゲ……ン……」

 

「プ……テ……」

 

「よーーーしっ!」

 

「倒したね」

 

 かなり消耗しながらも、何とかこの強敵二匹を撃破出来た。

 

「ミジュジュ!」

 

「ボー!」

 

「ポカポカ!」

 

「クルル!」

 

「皆! 良かった、無事だったか……」

 

 直後、ミジュマル、ハトーボー、ポカブ、クルミルの四匹がサトシの元に戻って来た。四匹は少なくないダメージを受けていたが、笑って見せた。

 

「皆、頑張ってくれてありがとな」

 

 気にしないでと四匹はまた笑い、サトシは頑張った彼等を労うように撫でた。

 

「ワルビルもありがとな」

 

「君がいて助かったよ」

 

「ワルビ」

 

 ワルビルがいなければ、もっと苦戦していただろう。仲間が倒されていた場合もあり得た。

 

「にしても、ヒウンシティにまで来たんだな」

 

「ルビルビ」

 

「お前とピカチュウを倒すためだってさ」

 

 とはいえ、今はこんな事態。自分の事情より、パニックになっている人々やポケモン達の救助の方が優先。だからこそ、サトシ達に協力したのだ。

 

「皆さん、傷薬や木の実で手当をします。少し休んでください」

 

「でも、直ぐに向かわないと――」

 

「サトシくん、休憩や手当も必要だ。逸る気持ちは分かるけど、今は僅かなこの時間をしっかりと休もう。自分の身を疎かにして倒されては、元も子もない」

 

「……はい」

 

 サトシは逸る気持ちをグッと抑え込む。Nの言っている事は正論だ。自分だけでなく、仲間を倒されるのは避けるべきである。

 救助やフシデ達の確認に備え、サトシはしっかりと休んだ。

 こうして、七体の強敵とのバトルは、少なくない被害を出しながらもサトシ達が勝利したのであった。

 だが、まだ終わりではない。ポケモン達はまだまだ暴れているのだから。

 

 

 

 

 

「テッカーーーッ!」

 

「ヌケーーーッ!」

 

「ハトーボー、つばめがえし! プルリル、たたりめ! ヒトモシ、かえんほうしゃ!」

 

「ヤナップ、かみつく!」

 

「ボーーーッ!」

 

「プルーーーッ!」

 

「モシーーーッ!」

 

「ヤナ!」

 

 手当で手持ちが回復したシューティーとデント達は、虫タイプを持つ二匹のポケモンの技、れんぞくぎりやシャドークローを回避すると、その二匹の弱点を突く技を当てる。

 

「テッ、カ……」

 

「ヌ、ケ……」

 

 その技が決め手となり、その二匹のポケモンは倒れた。

 

「ふぅ、どちらも厄介なポケモンだったね……」

 

 二人が倒したのは、片方は忍ポケモン、テッカニン。もう片方は脱け殻ポケモン、ヌケニン。一匹のポケモンから進化する二匹だった。

 

「特性、『かそく』に『ふしぎなまもり』……。どちらも普通に相手したら苦戦しますよ、これ」

 

 かそくは時間が経てば経つほど、速さが上がる特性。ふしぎなまもりはなんと、弱点攻撃以外では状態異常や特殊な技ではないとダメージを受けないと言う、とんでもない特性だ。

 どちらも正面から戦っていた場合、苦戦は必須だろう。時間が経って今程ではないが、まだ興奮していたため、直ぐに倒すことが出来た。

 テッカニン、ヌケニンを倒したシューティーとデントは、他のトレーナーや警官達に協力し、周りのポケモン達を撃破する。

 

「倒したけど……」

 

「全然前に行けませんね……」

 

 苦労してフーディンを倒したというのに、まだまだ来るポケモン達のせいで、救助も避難誘導も上手く行かない。

 休憩もままならないため、精神的にも肉体的にも疲れるばかりだ。ユリやキクヨは無事だろうか。

 

「……助けとか来ませんか?」

 

「……難しいね」

 

 警官達によると、通信機能がやられているため、救援は期待出来ない状態だった。

 

「――オムーーーッ!」

 

「――プスーーーッ!」

 

「くっ、次のポケモン達か!」

 

 また迫るポケモン達。シューティーは素早い対策を取るべく、先ずは前にいる二匹、水色の触手がある身体に、背中の大きな殻が特徴のポケモンと、茶色の身体に鎌が特徴の二足歩行のポケモンの情報を図鑑で得る。

 

『オムスター、渦巻きポケモン。オムナイトの進化系。鋭い牙と触手が武器だが、背中の殻が大きくなりすぎた結果、エサを取れなくなって絶滅らしい』

 

『カブトプス、甲羅ポケモン。カブトの進化系。狙う獲物が海から陸に住処を変えたため、カブトプスも陸に上がったと推測されている』

 

「カブトの進化系……!?」

 

 シッポウジムがある博物館で見た、カブトの化石。その進化体に、シューティーは驚く。

 

「それに、もう片方のオムスター。絶滅したらしいって事は……あのポケモンも昔のポケモン?」

 

 また、絶滅したというオムスターの情報に、デントは昔のポケモンでは予想していた。

 

「ブトーーーッ!」

 

「ムスーーーッ!」

 

「つじぎりととげキャノン!」

 

 カブトプスは得物である鎌で切りかかり、オムスターは棘型のエネルギーを連射する。

 シューティーとデントは、急いで回避の指示を出し、ダメージを最小限に抑える。

 

「このままだと……!」

 

 回復したとはいえ、フーディン戦での消耗は激しい。このまま戦い続けたら、こっちが先に限界を迎えてしまう。

 

「トプーーーッ!」

 

「スターーーッ!」

 

「しまっ……!」

 

 蓄積した疲労で判断が鈍ったその一瞬に、オムスターとカブトプスが迫る。不味いと思ったその時――横から無数の同じ攻撃が放れ、オムスターとカブトプス、他のポケモン達も吹き飛ばす。

 

「オムッ!?」

 

「ブトッ!?」

 

「今のは……?」

 

 十は簡単に超える大量の攻撃。しかし、それだけの量を一体誰が放ったのだろう。シューティーとデントが攻撃の放れた方向を向くと。

 

「き、君達は……!」

 

 その存在達に、驚愕から二人だけでなく、多くのトレーナーや警官達が目を見開いた。

 

 

 

 

 

「オノォ! ノノォ!」

 

 ポケモンセンター前。片刃の黒竜、オノノクスが雄叫びを上げながら両手のドラゴンクローで一匹一匹倒す。

 

「――ノクス!」

 

 尻尾で薙ぎ払って吹き飛ばし、腕をブンと勢い良く振るう。すると、ポケモン達の上から岩石が落下し、ポケモン達を襲う。その攻撃により、また数匹が倒れた。

 

「オノォオオォーーーッ!!」

 

 手持ちのポケモン達が倒され、回復まで戦線離脱したベルやカベルネ達に代わり、一匹でこの場所を守っていたオノノクス。

 その実力は圧倒的で、一匹だけにも関わらず、ロケット団のポケモン達を次々と撃破していく。カイリキーやボスゴドラを含めると、既に五十は倒していた。

 そのあまりの強さと迫力、次々と倒れた味方達の姿、暴走中のポケモン達すら実力差を悟って恐れ戦き、後退りしていた。

 

「……」

 

 オノノクスは雄叫びを上げると、次に無数の敵を無言ながらも鋭い眼差しで睨み付けた。ロケット団のポケモン達はビクッと脅え、下がっていく。

 

「エビィ!」

 

「サワァ!」

 

「カポォ!」

 

 しかし、その内の三匹が意地から前に出る。パンチを得意とするパンチポケモン、エビワラー。キックを専門とするキックポケモン、サワムラー。角を使い、逆立ち状態からの独特な攻撃を扱う逆立ちポケモン、カポエラー。

 ちなみにこの三匹、同じポケモンから進化するポケモンだったりする。

 

「エビエビエビッ!」

 

 自分の間合いまで距離を詰め、れんぞくパンチを放つエビワラー。

 

「――オノ」

 

「ワラッ!?」

 

 拳の速さ、鋭さはパンチポケモンと言われるだけあって中々なものだが、オノノクスは両手で軽々と受け止める。得意の技を難なく止められ、エビワラーは目を見開く。

 

「サワーーーッ!」

 

 そこに、サワムラーが飛び上がると蹴りを放つ。外すとダメージを受けるリスクはあるが、格闘タイプの中でも最高峰の威力の技、とびひざげりだ。

 

「――ノクス」

 

「エビッ!?」

 

「サワ!? ――ムラーーーッ!」

 

 オノノクスはその力でエビワラーをサワムラーに向け、放り投げる。二匹は衝突し、地面に落下した。

 

「カポーーーッ!」

 

 カポエラーが近付き、逆立ち状態で回転しながら蹴りを放つ。トリプルキックと呼ばれる技だ。

 

「――オノ」

 

「エラ!?」

 

 オノノクスにとって初見の技だが、長年の戦いの経験から瞬時に最適な行動を取る。

 尾で逆立ちの起点である角を救い上げ、足を掴むとエビワラーとサワムラーに向けて放り投げた。

 

「オノ!」

 

 三匹の格闘ポケモンが固まった所に、オノノクスが竜の力を込めた爪――ドラゴンクローを連続で叩き込む。

 

「エビ……」

 

「サ、ワ……」

 

「カポ~……」

 

「……」

 

 三対一と言うのに、難なく撃破したオノノクスは周りのポケモン達を見渡す。それだけでロケット団のポケモン達は後退する。

 

「うわっ、すご!」

 

「一体で、これだけの数を……!」

 

「どれだけ強いのよ、あのオノノクス……」

 

 ポケモンセンターから、ある程度回復を済ませたベルやカベルネ、ジュンサーや他の数人のトレーナー、警官達が出てきた。

 だが、まだまだ余裕があるオノノクス、倒れたポケモン達の姿に、驚愕の様子を見せていた。

 

「何にしても助かったわ、オノノクス。……まだ協力してくれるかしら?」

 

「……ノクス」

 

 途中で投げ出すつもりはない。ジュンサーの問いに、オノノクスは頷く。

 

(にしても、これだけの強さなら、ここの戦力を割いて救助に送れるかも……)

 

 この様から見ても、このオノノクスは間違いなく桁外れに強い。このオノノクスを重点にすれば、防衛の戦力を救助に回せれる。

 だが、いち早い補充のため、手当はまだ数人のみ。オノノクスだけに全てを任せるのは流石に負担が大きいし、回せれなない。

 もっと戦力があれば。ジュンサーがそう思った時、ロケット団のポケモン達の横から先程のシューティー、デント達と同じ攻撃が放たれる。

 

「今の、誰……?」

 

 ベルの戸惑いの声は、オノノクスを含めた全員の総意だった。一同がそちらを向く。

 

「あ、あれは……!」

 

 

 

 

 

「ドリュウズ、みだれひっかき!」

 

「ドリュリュ!」

 

「ユキキッ!」

 

 爪による乱撃が、雪山の様な頭を持つポケモン、樹氷ポケモン、ユキカブリに命中する。

 

「キカーーーッ!」

 

「タネばくだん! ゴチルゼルが」

 

「ゼル!」

 

 ユキカブリが放った大型の種を、手当で戦線復帰したゴチルゼルがサイケこうせんで相殺する。

 

「ドリュウズ、メタルクロー!」

 

「リュズ!」

 

「カブーーーッ!」

 

 ユキカブリに接近し、ドリュウズは鋼の爪を叩き込む。効果抜群の一撃により、ユキカブリは倒れた。

 

「リュ……リュズ……」

 

「ドリュウズ、大丈夫?」

 

「……リュズ」

 

 ドリュウズは頷くが、肩で息をしていた。身心の疲労が溜まっているのは一目瞭然だ。

 しかし、ここはバンギラスによって防衛ラインが崩されたため、避難していた人々の手助けがあっても、頼れる戦力であるドリュウズを下げる訳には行かなかった。

 だが、このまま戦い続けても、ドリュウズは何時か疲労で力尽きてしまう。長期戦のためにも、休ませたいがその余裕がない。

 どうしたらとアイリスが悩んでいると、次のポケモン達が迫って来る。

 

「あぁもう、どれだけ来るのよ!」

 

 倒しても倒しても、また次が来る。終わりが見えず、思わず叫ぶアイリスだが、直ぐに気を引き締め直し、次の敵を倒そうとした。

 その直後だ。次のポケモン達が、後ろから放たれた大量の攻撃により、吹き飛んだのは。

 

「嘘……!」

 

 思わず後ろを見る。その攻撃の主達に、アイリスだけでなく、全員が表情を驚きに染めた。

 

 

 

 

 

「ツボーーーッ!」

 

 赤色のホヤを思わせる甲羅に、黄色く細長い頭部、手足のようなものが飛び出し、高い防御力が持ち味の発酵ポケモン、ツボツボが口から虫の力の波動を放つ。

 

「むしのていこうか! 皆、避けるんだ!」

 

 アーティの指示で三匹は避けると、攻撃の構えを取る。

 

「ハハコモリ、シザークロス! ホイーガ、ハードローラー! イシズマイ、うちおとす!」

 

「ムンナ、ねんりき~!」

 

「ムシャーナ、サイコウェーブ!」

 

「ハハーン!」

 

「ホイーーーッ!」

 

「マイッ!」

 

「ムンナ~」

 

「シャーナ!」

 

「ツボーーーッ!」

 

 高い防御力のツボツボだが、この前にもダメージを受けていたため、今の攻撃で倒れた。

 

「硬いポケモンだったね……」

 

 攻撃力が低い分、防御力が高いのだ。かなり攻撃して漸く倒せた。ただ、アーティはまた好きな虫タイプのポケモンとの交戦に眉を顰めている。

 

「こんなポケモンもいるんですね~」

 

「ショウロ、迂闊に近付いたらダメ」

 

 変わった姿のツボツボに、ショウロは興味津々。ツンツンと指先でつついていた。ただ、数回するとショウロは姉の忠告通り離れた。

 

「むっ、次か……」

 

 ツボツボを含め、数体を倒したアーティ達だが、やはり他の場所同様、休む間がない。少しずつ疲労が溜まり出していた。

 

「アーティさん、何とかなりませんか、これ~!」

 

「無茶言わないでくれ。今が一杯一杯なんだ」

 

「余裕が全くありませんしね……」

 

 今の戦力では維持が限界なのだ。助けも期待出来ない。それに仮に来ても余程の数でないと、収めるまでに時間が掛かってしまう。

 

(数千規模の援軍か、或いは……)

 

 桁外れの力。そのどちらかが無い限り、この事態はまだまだ続くだろう。

 

(余計な事は考えるな)

 

 ふと考えてしまったが、それを振り払うアーティ。無い物ねだりしても、何も変わらない。都合良くそんな援軍が来るわけが無いのだから。

 新たな敵に向き合うアーティ達だが、その後ろからも他の三ヶ所と同様、ロケット団のポケモン達へと攻撃が放たれた。

 

「……! アーティさん! あれを!」

 

 ショウロの言葉に振り向き――アーティは微笑む。

 

「まさか、君達が来てくれるとはね」

 

 

 

 

 

「へへっ、ありがとな」

 

「助かるよ」

 

 そして、それはサトシ達の場所でも同じ事が起きていた。

 ゲンガー、プテラを撃破し、手当や休憩を済ませたが、中々前に進めない所に突如援護攻撃が放たれたのだ。

 サトシとN達も最初は驚いたが、その攻撃の主達を見て、笑顔を浮かべ――その名を呟く。

 

「フシデ!」

 

「――フーーーーーッ!!」

 

 その攻撃の主は、セントラルエリアに保護されていたはずの大量のフシデ達だった。

 思わぬ援軍に、一部以外は驚愕していたが、その驚きはまだ続く。駆け付けた援軍は、フシデ達だけではないのだから。

 

「――なんだ!?」

 

「……誰か来る?」

 

 ロケット団のポケモン達の背後から、人やポケモン達の声がするのだ。

 声が違うのでフシデ達ではない。となると、避難にしに来た者達かと思いきや、彼等はロケット団のポケモン達を攻撃し、戦闘不能にしていく。

 

「――ご無事でしたか」

 

「あ、あなたは……?」

 

「……」

 

 一人の男性が、サトシに声を掛ける。妙齢で、特徴的なモノクルやマントを着け、穏やかな表情をしている。

 

「我々は、『プラズマ団』」

 

 彼は告げる。自分達の組織の名前を。

 

「貴方方に――協力しに来ました」

 

 遂に、彼等は表舞台に立つ。

 そして――この後訪れる始まりの『その時』は、迫っていた。

 



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始まるその時

 深い夜の空、暗さに染まった雲と天を、一つの存在が高速で突き進む。その軌道にはジグザグの光の残滓を残す。

 存在の目的は、メテオナイト。正確には、その力の波動。並々ならぬそれを感じ、昼に一度リゾートデザートに赴いていた。

 しかし、姿を隠す一環のあるエネルギーのせいで外の様子が分かりづらくなっていたため、今を含めて遅れていた。

 そして、先程その波動を感じてその場所――ヒウンシティへと全速力で向かっていたのだ。

 

「――連絡は取れないの?」

 

「はい。どういう訳か、通信が全く繋がらないのです」

 

「やっぱり、何かあったのね……」

 

 同時間帯。ある場所で、髪は短めの黄色のぱっつんに、衣装は全体的に黄色と黒の配色。背中や腹部の肌の露出が多いノースリーブ。

 また、赤と青の長く垂れるコード付きのヘッドホンが印象的の美女が苦い表情を浮かべていた。

 彼女は二時間程前でヒウンシティで感知された、謎の音と衝撃の報告に急いで周りを起こし、どう動くかを話していた。

 

「なら、仕方ないわね。ヘリを直ぐに用意しなさい。直接向かうわ」

 

「危険です! 現場がどうなっているのか全く分からないのですよ!?」

 

「だから何? どう考えても非常事態なのに、全く動かないジムリーダーがどこにいるの? まさか、他の町の騒動だから見過ごせとでも?」

 

 女性はジムリーダーだ。但し、シッポウジムのアロエではない。別の町のジムリーダーだ。

 

「お気持ちは分かります! しかし、この事態から今後がどうなるのか全く不明なのです! 下手すれば、この町にも同様の事態になる場合も有り得るのですよ!」

 

「だからと言って、そんな消極的な判断では手遅れになる可能性もあるでしょう」

 

「そうかもしれませんが……!」

 

「ただ、私一人で行くつもりはないわ。――他の街との連絡を繋げなさい」

 

「それは……もしや……!」

 

「えぇ、イッシュ中のジムリーダー全員に呼び掛けます」

 

 イッシュ一発展した、ヒウンシティから全く返答が無い。もしやの場合も十分に有り得た。大規模な騒動の場合、他の町の助力は必須だ。

 

「指示は以上よ。早く準備しなさい。今は一秒だって惜しいのよ」

 

「……はっ!」

 

 女性の指示を受け、男性は準備を素早く始まる。

 

「……大丈夫かしら」

 

 ヒウンシティにいる同じジムリーダー、アーティの心配をしながら、ヒウンシティの方向の夜空を見上げる女性。その時、あるものが見えた。

 

「光……? いや、違う……」

 

 夜空に光る線が現れたのだ。但し、形がジグザグだった。光ではなく稲妻だが、今は雲が無いにもかかわらず出ていた。

 

「電気ポケモン……?」

 

 稲妻が瞬く間に現れ、消えた点から、凄まじい速度で飛翔している事が分かる。

 

(あのポケモンじゃない)

 

 一つのポケモンの姿が脳裏に浮かぶも、雲が全く見えなかった点からそのポケモンではない。

 となると、残りはもう一匹だけ。自分の憧れの、あるポケモン。このイッシュに広く伝わる存在。

 

(それが、ヒウンシティに向かっている……!)

 

 この事態とは、無関係ではない。直感的にそう悟った女性は一刻も早くヒウンシティに向かおうと、自分から準備を始めた。

 

 

 

 

 

「一匹を集中して狙え! ミネズミ、ハイパーボイス!」

 

「命令するんじゃないわよ! コロモリ、エアスラッシュ!」

 

「ここは聞くのが最善だろ! デスマス、シャドーボール!」

 

 ロケット団と三人組のバトル。フリントの指示により、ミネズミからは音の衝撃、コロモリからは空気の刃、デスマスからは漆黒の球が放たれる。

 

「パルシェン、まもる」

 

「シェーーーン!」

 

 しかし、パルシェンが前に出ると、緑色のオーラで三つの技から仲間を守る。

 

「ラフレシア、しびれごな」

 

「レシア!」

 

 そこに技の後の硬直を狙い、ラフレシアが麻痺の性質を含む粉を放つ。それを吸い、三匹は麻痺状態になる。

 

「キュウコン、わるだくみ。そこからのはじけるほのお」

 

「クーー……オォーーーンッ!!」

 

 更にキュウコンが麻痺で戸惑う間に力を高め、強化された炎を放ち、三匹やロケット団に大ダメージを与える。

 

「つ、強い……!」

 

「こいつら、無茶苦茶強いわ……!」

 

「パルシェンの防御力で三匹の技を受け止め、その隙にラフレシアの花粉で動きを止め、そこに力を高めた一撃……! 何という、コンビネーション……!」

 

 三位一体の非常に高度な戦術を前に、ロケット団は悟る。今の自分達ではこの三人組には勝てないと。

 

「逃げられる等と思うな」

 

「貴様等はここで終わる」

 

「それは確定した未来だ」

 

「はっ、そんなの知ったことじゃないわよ!」

 

「ここでやられてたまるかよ!」

 

 ムサシとコジロウが勢いよく叫ぶも、三人組の告げるのが事実になる時が迫っていた。フリントが一番それを理解している。

 

(だが、どうする……!?)

 

 この三人組の実力は、自分達を上回っている。この現状では援軍も期待出来ない。このままでは、間違いなくやられる。

 

「時間が迫っている」

 

「ては、そろそろ決めるとしようか」

 

「この一撃で眠るが良い」

 

「ラフレシア」

 

「キュウコン」

 

「パルシェン」

 

 やれ、三人組が止めの一撃を指示しようとしたその時、機械音が鳴り響く。

 この場の全員がその音の発生源に振り向くと、大型のトラックがこちらへ走って来ていた。

 トラックはロケット団と三人組の間に割り込むと急停止。ドアが開く。

 

「――乗れい!」

 

「ゼーゲル博士!?」

 

 トラックに乗っていたのは、墜落した飛行機にいたはずのゼーゲル博士だった。

 生きていたことに驚きを隠せないロケット団だが、これは絶好の機会だ。

 

「逃がすか! ラフレシア、マジカルリーフ!」

 

「キュウコン、はじけるほのお!」

 

「パルシェン、つららばり!」

 

 トラックに乗って逃げようとするロケット団だが、三人組がそれを許すわけもなく、三つの攻撃が迫る。

 

「ポチッとな!」

 

 ゼーゲルはある機械を取り出し、スイッチを押す。すると、エネルギーのバリアが展開され、三つの技が防がれる。

 

「耳を防げ! ミネズミ、いやなおと!」

 

「ミネーーーッ!!」

 

 黒板を引っ掻いたような、つんざくような不快な音が強く響く。突然の音に、三人組は耳を抑え、ポケモン達は動きが止まる。

 

「デスマス、くろいきりだ!」

 

「コロモリ、めざめるパワーよ!」

 

 次に、大量の黒い霧が三人組とポケモン達の視界が塞ぎ、めざめるパワーが足止め。

 その隙にロケット団はトラックに乗り込み、それを確認したゼーゲルがアクセルを踏んでトラックを動かす。

 トラックはみるみる加速していき、その場から離れていった。

 

「くっ、逃がしたか……」

 

「だが、仕方あるまい」

 

「これ以上は無駄だな。時間も迫っている。隠れるぞ」

 

 もう追い付けないと三人組は判断し、姿を隠すべく下水道へと身を移した。

 

 

 

 

 

「お二人共、ご無事ですか?」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

「……」

 

 突如として現れた謎の一団――プラズマ団。男性も女性も黒い服の上に白と鼠色、胸元にPとZが合わさったようなエンブレムが刻まれたフードを被る独特の格好をしていた。

 その中から一歩出てきた人物に、サトシはお礼を言うが、Nは無言だった。

 

「……Nさん?」

 

 男性が心配の声を掛けているにもかかわらず、Nが全く何も言わないことにサトシは違和感を抱く。見ると、Nは男性を何とも言えない表情で見つめていた。

 

「久しぶりですね。N」

 

「えっ? Nさん、この人と知り合いなんですか?」

 

「……まあね。久しぶり――父さん」

 

「父さん!?」

 

「ピカ!?」

 

「ポカ!?」

 

 まさかのNの父親に、サトシとピカチュウ、Nのポカブも大きく驚愕。Nと男性を交互に見る。

 

「えぇ、久しぶりです。N。――とはいえ、それは後回し。今はこの騒動を収めましょう。微力ながら協力します。我々――プラズマ団が」

 

「プラズマ団……」

 

 男性がさっきも口に出してた名。やはり初めて聞く一団の名前だ。

 

「ある目的を持って行動している我々の名称です。ワタクシはゲーチスと申します」

 

「あっ、俺はサトシです」

 

「ご丁寧にありがとうございます」

 

 ゲーチスは深々と頭を下げ、サトシに自己紹介する。

 

「――今はこれだけで良いでしょう。先ずはこの騒動の方を」

 

「あっ、そうですね」

 

 目的は不明だが、今はこの事態を解決する方が優先だ。

 

「――サザンドラ」

 

「――ザーン」

 

「そのポケモンは……?」

 

 男性、ゲーチスの後ろから、六つの翼と両手にも顔があるポケモンが出てくる。

 

「彼はワタクシの相棒である、サザンドラです」

 

 サザンドラの雰囲気に、強い、相当鍛えられているとサトシは感じた。

 

「フーフー」

 

「あっ、お前は……」

 

 フシデ達から、一匹のフシデがサトシに近付く。騒動の件で手当した絆創膏を付けたあのフシデだ。

 

「助けてくれてありがとな。だけど、どうしてここに……?」

 

 セントラルエリアで保護されていたはずのフシデ達が、どうしてここにいるのだろうか。

 

「フー、フフフーフシ」

 

「……なるほど」

 

「Nさん、どういう事ですか?」

「このフシデが言うには――」

 

 フシデ達は最初、爆発や炎、無数の見たことないポケモン達に驚き、危うくパニックに陥りかけていた。

 しかし、警官達が自分達を必死に守りながら戦うその姿や、フシデの言葉にリーダーは冷静に状況に見定め、その結果、無数の見たことないポケモン達が過剰に暴れていることを理解した。

 つまり、対処すべきは見たことがないポケモン達の方だと判断。自分達の安全の為にも、サトシ達に協力する事し、こうして彼等の元に駆け寄ったのだ。

 

「そっか。それで来てくれたんだな」

 

「フー」

 

 うんと笑顔で頷くフシデ。サトシも笑顔で返す。

 

「なるほど。つまり、これでフシデ達も共に戦ってくれるという事ですね」

 

 少し予定は崩れたが、支障を来す程はない。ゲーチスはそう判断した。

 

「サトシ君、貴方方はこれからどうする予定ですか?」

 

「まだ避難が終わってない人達の誘導や救助を」

 

 フシデ達の確認は、彼等が共に戦う味方になってくれたため、もう必要ない。となれば、自分達がすべきは誘導や救助になる。

 

「分かりました。我々もそのようにしましょう」

 

「ただ、ポケモンセンター、ポケモンジム、バトルクラブの防衛にも回せるなら回した方が良いかと」

 

「それについて安心を。この事態から推測し、既に回しています。今頃到着し、協力しているかと」

 

「そうですか!」

 

 他の場所にもプラズマ団が来ていたのは、ゲーチスの指示からだった。

 

「さて、救助に向かいましょう」

 

「はい!」

 

「――えぇ」

 

 フシデ達やプラズマ団という援軍を得て、向かうサトシ達だが、Nは走りながら少し険しい表情になっていた。しかし、それは後回しと言いたげに顔を振り、救助に向かう。

 

 

 

 

 

「まさか、こんな事態になるなんてね」

 

 警察署。救援要請の為、アララギは他の街との通信をしようと壊れた機材から無事だったパーツを集め、間に合わせの通信機を作っていた。

 ただ、フシデ達、そして謎の一団、プラズマ団の増援により、少し方針を変更。スピーカーの部品を集めると、アララギは声を出す。

 

「ヒウンシティの皆さん! ただ今、トレーナー達や警官、プラズマ団と呼ばれる人々が救助に当たっています! また、フシデ達も皆さんを守ろうと動いています! ですので、彼等の案内に従って避難してください! 繰り返します――」

 

 自分達はフシデ達が他地方のポケモン達を攻撃しているのを知っているが、まだ避難出来てない人々がフシデ達を見れば、また暴れているとパニックを起こす可能性が高い。先ずはそれを抑えるのが最優先だ。

 それに、フシデ達が助けに来たと分かれば、人々もスムーズに避難出来る。その為にも、アララギはスピーカーで街中に向けて事態を何度も伝える。

 

「ありがとうございます、アララギ博士。後は我々が状況をお伝えしますので」

 

「えぇ、私は他の街との通信の方を」

 

 一分程繰り返すと、アララギは警官と交代。間に合わせの通信機の用意に取り掛かる。

 親友や子供達が頑張っているように、彼女もまた己に出来る勤めを果たすべく、奮闘する。

 サトシ達と違い、戦う術も無い自分に出来るのは、機械に関する事のみ。ならば、それを全力でこなすだけだ。

 

 

 

 

 

「フー! フーフーフー!」

 

「プス……!」

 

「スタ……!」

 

 大量のフシデ達によるヘドロばくだんの雨が、カブトプスやオムスターを含めたポケモン達を襲う。

 

「ジャノビー、グラスミキサー! ドッコラー、ばくれつパンチ!」

 

「ヤナップ、かわらわり! イシズマイ、シザークロス!」

 

「ジャノジャノ……ビーーーッ!」

 

「ドッコーーーッ!」

 

「ナプウッ!」

 

「イマイーーーッ!」

 

 怯む隙に、シューティーやデント、他のトレーナーや警官達が一斉に攻撃。

 

「全員、攻撃せよ!」

 

 更にこの場所にも来ていた、リョクシ率いるプラズマ団の面々も加わり、カブトプスやオムスター達は倒された。

 

「よし、今までよりもグッと楽になった!」

 

「えぇ、フシデ達は勿論、あの人達も加わってくれましたからね」

 

 ただプラズマ団について、二人は少し気になっていた。一体、何者なのだろうかと。

 

「向かいましょう」

 

「フー!」

 

 手伝うぞと言うと、フシデ達がシューティーやデント達の横を規律正しく並び進む。

 

「……前は済まなかった」

 

 フシデ達に、シューティーは謝る。これは前の件でだ。あの時はアーティが提案するまでは力強く以外で対応する方法が無かったので仕方ない面はあるのだが、それでも助けられた以上は謝って置きたかった。

 

「フー」

 

 気にするなと、フシデは返す。あの時は暴れた自分達にも非があると分かっているからだ。それよりも、今はこの事態の収拾が先。

 二つの援軍により、大幅に戦力が増したシューティー、デント達は今までよりも遥かに速いペースで救助、保護、移動を進めていく。

 

「着いた! ここのはず!」

 

「行きましょう!」

 

 そして、遂に保育園の子供達、ユリやキクヨが外泊に使っていた建物に到着する。シューティーとデントはこの中に人がいることを話してから素早く階段を駆け上がる。

 

「ユリさん、キクヨさん!」

 

 ユリとキクヨがいる部屋に入る。中は子供達の言う通り燃えており、煙も発生していた。

 

「デント君に……シューティー君!?」

 

「救助に来ました」

 

「こんな事態だと言うのに……済まんのう」

 

「困った時は助け合うのが当然ですよ。ただ、タマゴは……?」

 

「隣の部屋に……! ただ、扉が開かないの……!」

 

 タマゴは別室に預けていたが、扉が開かないため、二人は避難出来なかったのだ。

 

「一度、凄い衝撃がしたのじゃ。おそらくは――」

 

「その時の衝撃で歪んで……!」

 

 シューティーとデントが試しに扉を開けようとしたが、ビクともしまない。

 

「僕達だけじゃ無理か……!」

 

「だったら……ドッコラー!」

 

「ヤナップ!」

 

「ドッコ!」

 

「ヤナ!」

 

 自分達だけは不可能。そう判断し、助けに二人はポケモン達を出す。二匹の力を借り、扉を動かしていく。

 

「――よし、開いた!」

 

「タマゴを!」

 

「えぇ!」

 

「急ぐのじゃ!」

 

 二匹の助けもあり、扉が開いた。だが、この部屋も燃えている。直ぐに運ぶ必要があった。

 いち早くタマゴを運ぶため、シューティーとデントは手持ちを繰り出し、ユリとキクヨが手頃な箱に置く。

 

「後一つ……!」

 

 次々と運び、残る一つとなった。彼女達がヒウンシティに来る理由である、ナックラーのタマゴだ。

 

「――えっ?」

 

 ケースに仕舞われたタマゴの近くにパラッと、欠片が落ちた。シューティーが思わずその上を見ると――天井に無数の亀裂があった。

 そして、ピシピシとまた新たな亀裂が走る。直後――天井の一部が崩れ、タマゴに向かって落下した。

 

「くっ! ――うあっ!」

 

 咄嗟にシューティーが動いた。タマゴを間一髪で庇うも、その肩に瓦礫が激突し、強い痛みが走る。

 

「シューティー! 大丈夫かい!?」

 

「大丈夫です……!」

 

 痛みに耐えながら、シューティーはナックラーのタマゴを見る。傷一つ無く、ホッと安心した。

 その時、微かにタマゴが揺れていたのを、キクヨだけが見ていた。

 最後のタマゴも無事保護し、四人はポケモン達の手助けを受けながら建物を後にした。

 

「ユリさん、キクヨさん、後は子供達もいるヒウンジムで避難してください」

 

 

「えぇ。それとシューティーくん、さっきは本当にありがとう」

 

「わたしゃからも礼を言わせておくれ、本当にありがとう」

 

「……いえ」

 

 さっきはシューティーがいなければ、ナックラーのタマゴは被害を受けていただろう。最悪の事態も有り得た。

 それを止めてくれた事に二人は深く感謝する。ただ、シューティーは少し照れ臭そうだ。

 

「――柄にも合わない事をしたな。って所かな?」

 

「デ、デントさん!?」

 

「違うかい?」

 

「いや、まぁ、合ってますが」

 

 身を挺して庇う。命が懸かっている場面なので、咄嗟に動くのも無理はないが、正直自分らしくなく、どちらかと言うと、サトシの様だとシューティーは思っていた。デントもである。

 

「――さて、シューティー。君は一旦、ヒウンジムで休んだ方が良い」

 

「……まだ動けますが」

 

「怪我の影響が全く無いとは限らない。フシデ達やプラズマ団の人々がいるとは言え、この事態が片付くにはまだまだかかりそうだしね」

 

 二つの大きな援軍を得たからと言って、この事態が直ぐに収拾されるかと言えば、答えは否だ。

 理由は単純な二つ。ロケット団のポケモン達の数が多い。ヒウンシティは大都市だけあって、避難する人々やポケモン達も多い。

 撃破、防衛、救助を一度にこなさなければならないのだ。時間が掛からない方がおかしい。

 さっきまでは何をするにも非常に苦労したが、援軍が来てやっと充分な行動を取れる。それが現状。最後までやるには、休憩は必須だ。

 

「だったら、デントさんも休んだ方が良いと思いますよ」

 

 休憩はしているとはいえ、多少のみ。デントも自分と同じく最初から戦い続けている。疲労の蓄積はあるはずだ。

 

「今は一人のトレーナーとはいえ、僕はジムリーダーでもあった。責任は果たさないとね」

 

「だったら、尚更しっかりとした休憩は必要と思いますが」

 

 自分には責任がある。それを果たさなければならないとデントは告げるが、シューティーはだからこそ休むべきだと語る。

 

「私も同意見です。お知り合いも怪我なされてる様ですし、休憩なされては?」

 

 そこにリョクシもシューティーに賛同するように、休憩を提案する。

 

「それに、他の場所の救助や避難誘導も必要ですからね」

 

「確かに……」

 

 リョクシの言っている様に、対応すべき場所がまだまだある。人手や戦力が大幅に増えた現状なら、手を回す事は可能だ。

 

「ここはまだ余裕のある私や他の人達が。貴方方は少し休んでからの方が良いかと」

 

「そうします」

 

 デントはリョクシの忠告を聞き入れ、シューティーや疲弊したトレーナー、警官、ユリやキクヨ達と共にヒウンジムに向かう。

 

 

 

 

 

「――オノ!」

 

「フシシーーーッ!」

 

 オノノクスのその言葉、指示に従い、フシデ達はヘドロばくだんを発射。無数のポケモン達にダメージを与える。

 

「――ノクス!」

 

「チャオブー、ヒートスタンプ!」

 

「フタチマル、シェルブレード!」

 

「ハーデリア、かいりき!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「チマーーーッ!」

 

「デリーーーッ!」

 

「フシフシーーーッ!」

 

 次にオノノクスはベルやカベルネ、他のトレーナーやジュンサー、フシデ達やプラズマ団員に指示。

 それに従い、ヘドロばくだんで怯んだポケモン達に追撃。炎の突撃、水の刃、怪力、転がり、他にも様々な攻撃でダメージを与えた。

 

「オノォオオォーーーッ!」

 

 更にオノノクスもドラゴンクロー、いわなだれで一匹一匹確実に倒していく。

 

「アーーーッ!」

 

「ユレーーーッ!」

 

「――オノ」

 

 その内の二匹。オムスターやカブトプスと同じ、太古のポケモン、太い爪や尾を持ち、薄い藍色の硬い甲殻に身を包んだ様な甲冑ポケモン、アーマルド。

 薄緑の身体に大きな頭、首から伸びた八つの触手が目立ついわつぼポケモン、ユレイドル。

 二匹はそれぞれの武器の爪と触手でオノノクスに迫る。オノノクスがアーマルドの攻撃を受け止めると、そこにユレイドルが触手を伸ばして身体に絡ませた。

 

「ユレイッ!」

 

「アルッ!」

 

 身動きを封じたと表情を歪ませるユレイドル。ユレイドルはそのままギガドレインを、アーマルドがシザークロスを放とうとする。

 

「――ノクス」

 

「ユレ!?」

 

「ルド!?」

 

 だが、オノノクスは身動きを封じられてもそれがどうしたと言いたげに全身の膂力でユレイドルを振り回し、アーマルドに当てる。

 

「――オノ」

 

「アーーーッ!?」

 

「ユレーーーッ!?」

 

 オノノクスは二匹に迫ると牙に力を込め、その状態でギロチンの様に命中させて一撃必殺にした。

 撃破した事を確認すると、オノノクスは指示に適した場所に移動。ふぅと軽く溜め息を吐く。

 

「うわ~、オノノクス本当に強い~!」

 

「頼もしい限りね……」

 

 桁外れの実力で、次々と倒すオノノクス。これほど頼りになる存在もそういないだろう。こんな事態なら尚更。

 

(そして、フシデ達やプラズマ団の人々も救援に来てくれた。手当が終われば、半分程を救助に回せれるわね)

 

 事態を好転し出している事にジュンサーは少し安堵するも、直ぐに払った。

 安堵するのは、この事態が片付いてからだ。それまでは集中せねばならない。

 

「確か、スムラさんでしたか?」

 

「はい、その通りです」

 

「この後ですが――」

 

 ジュンサーはここに来たプラズマ団員を率いるスムラと、この後の行動に着いて簡単に話し合う。

 

「でしたら、周りを知らない我々がここを守り、貴女方が救援に向かうのが最善かと思われます」

 

「そうですね。ただ、全員は避けたいので、あなた方から連れても良いですか?」

 

「構いません。好きな様にお連れしてください」

 

 スムラからの許可を得ると、ジュンサーは気になる事をベルやカベルネに聞いた。

 

「にしても、このオノノクスはあなた達のどちらかの手持ち?」

 

「違います違います! 確か、野生の筈です! 誰かが捕まえてなかったらですけど……」

 

「こんなの、誰が捕まれるのよ」

 

 このオノノクスの実力は、明らかに並の野生を遥かに上回っている。はっきり言って、自分では瞬殺だとカベルネは確信していた。

 

(……にしても、気になるわね)

 

 実力の高さはそうだが、自分達が来てからは指示する様になったが、それも上手い。

 指揮能力も高い証拠だが、そんな野生が早々いるだろうか。

 

(……何処かのリーダー?)

 

 しかし、だとしたらどうしてそんなポケモンがこんな所にいるのだろうか。何らかの理由で追い出されたか、若しくは自分から出たか。

 

「……オノ」

 

「次が来るわ!」

 

 オノノクスが向く。また次のポケモン達が迫っていた。

 

「やるぞ~!」

 

「来るなら来なさい!」

 

 ベルやカベルネ、他の者達のしっかりとした意志が込められたその言葉に、オノノクスは微笑む。やはり、戦う意志は必要だ。それが無ければ何も成せないのだから。

 

「オノォオオォーーーッ!」

 

 戦刃の黒竜。かつてその異名で呼ばれ、恐れられた色違いのオノノクスは雄叫びを上げながら戦場でその力を振るう。

 

 

 

 

 

「ポリーーーーッ!」

 

「トライアタック! かわすんだ、ハハコモリ!」

 

「ハハーーーン!」

 

 フシデ達やプラズマ団員達の攻撃の中、炎、雷、氷。三つの力を一つにして放つ技、トライアタックをそのポケモンは発射するも、ハハコモリは避ける。

 

「ハハコモリ、むしのさざめき! ホイーガ、どくばり! イシズマイ、うちおとす!」

 

「ハッハーーン!」

 

「ホイイッ!」

 

「ズマイッ!」

 

「リゴーーーッ!」

 

 音、針、岩。三つの技を叩き込まれ、そのポケモンは倒された。

 

「これで一段落と」

 

「ほ~、これがポリゴンですか。この目で見るのは初めてですが、面白いですね」

 

 メガネを付け、白衣を着た科学者風の男性がアーティに倒された人工ポケモン、ポリゴンに近付くと興味津々な様子で見る。

 

「迂闊に近付くのは良くないですよ、アクロマさん」

 

「心配ありがとうございます。ですが、私にはこのギギギアルがいますから」

 

 アクロマ。それが男性の名前だった。その隣には、彼の手持ちである歯車を繋げた様な歯車ポケモン、ギギギアルが浮かんでいる。

 

「ただ、万一と言うのもありますからね。素直に聞きましょう」

 

 本心を言えば、もっとポリゴンを眺めたいが、今は自分の興味よりも優先すべき事があるので止めた。

 

「にしてもお強いですね、アーティさん。流石はジムリーダーです」

 

 手持ちのポケモン達は、良く鍛えられているのが見るだけで分かる。

 

「いやいや、僕もまだまだですよ。純情ハートを常に維持出来ているとは限らないので」

 

「純情ハート?」

 

「僕は芸術にも携わってますが、それには穢れなき純粋な想いが必要だと思ってます。勿論、ポケモン達との接し方にも」

 

「なるほどなるほど! それは良く分かります! 私は科学に携わる者ですが、科学には純粋な気持ちで向き合いたいと思っていますから!」

 

「そうですか! いやぁ、貴方とは気が合いそうだ!」

 

「えぇ、私も今そう思いました!」

 

 どうやら、互いに噛み合ったのか、アーティとアクロマは意気投合した様だ。

 

「良ければ、この事態が終わった後――」

 

「アーティさ~ん、後アクロマさんでしたか~? 話し合いに熱中しないでくださ~い」

 

「今はまだまだ来るポケモン達への対応が大切ですよ?」

 

「あぁ済まない。アクロマくん、今は」

 

「えぇ、分かっています。済みませんね、気が合う人と会えてはしゃいでしまいました」

 

 二人はショウロとマコモの言葉にハッとすると、気を引き締めた。

 

「にしても、変人って何処にでもいるもんだね~。アーティさんとあんなに気が合う人、あたし初めて見たよ」

 

 今までアーティに純情ハートの事を説明されても、はぁと何とも言えない様子で頷くだけだ。こんなに意気投合する人間は初めてである。

 

「こらっ、ショウロ」

 

「ははっ、お気になさらず。私は自分が変人だと理解してますから。――さぁ、来ましたよ」

 

 アクロマの視線に釣られ、アーティ達はそちらを見る。次の戦いが迫っている証拠だ。

 

「さぁ次を倒すよ、ハハコモリ、ホイーガ、イシズマイ」

 

「やるよ~、ムンナ!」

 

「もう少し頑張りましょう、ムシャーナ」

 

「行きますよ、ギギギアル」

 

 声で返すポケモン達と共に、彼等は立ち向かう。

 

 

 

 

 

「タンーーーッ!」

 

「かわせピカチュウ! ――エレキボール!」

 

「ゾロア、ハイパーボイス」

 

「サザンドラ、あくのはどうです」

 

「ピー……カッ!」

 

「ゾローーーッ!」

 

「サー……ザンッ!」

 

 迫る炎、かえんほうしゃ。ピカチュウに向かって放たれた一撃を跳躍し、反撃に電気の球を発射。更に音波と悪の波動も放たれる。

 

「スカーーーッ!」

 

 三つの攻撃により、紫と白の体毛に尻尾が頭のリーゼントみたいになっているスカンクポケモン、スカタンクは倒れた。

 

「皆さん、こっちに!」

 

「慌てず、ゆっくりと動いてください」

 

「我々が御守りします」

 

 スカタンクや他のポケモン達を倒すと、サトシ達はまだ避難出来ていない人々への誘導を素早く始める。

 さっきのアララギからの報告や、フシデ達やプラズマ団員の協力もあって今までよりも遥かに上手く進んでいた。

 

「あ、あの!」

 

「何ですか?」

 

「実は……!」

 

 誘導する途中、一人が出て事情を話す。彼はとある会社の社員で話によると、建物の一ヶ所が崩れて閉じ込められた同僚達がいるとのこと。

 

「ですので、助けてください! お願いします!」

 

「分かりました!」

 

 男性の案内に従い、サトシ達はその会社に駆け込む。

 炎や煙が発生している中、瓦礫のせいで開かない扉の前に辿り着くとポケモン達の力で開き、中に閉じ込められた人々を救助する。

 

「これで全員――」

 

「いえ、一人いません! どこに行った!?」

 

「わ、分からない! ここには来てなかったんだ!」

 

 しかし、全員ではなく、一人いなかった。どこにと話していると、ワルビルが辺りを見渡し出す。

 

「どうした、ワルビル?」

 

「……ルビ!」

 

 ワルビルが一ヶ所を指差す。小さな瓦礫の山だ。サトシとNが瓦礫を退けると、中から人が出てきた。どうやら、崩れた瓦礫に埋まっていたらしい。

 

「うぅ……!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

 瓦礫が当たったのか、頭から軽く血を流していたが命には別状は無かった。

 

「これで全員発見しました。彼は出た後に直ぐに手当を」

 

 サトシ達はゲーチスの指示に従い、社員全員を連れながら会社を後にする。

 

「ありがとうございます……! 本当に助かりました……!」

 

「いえ、当然の事をしただけです。後、この後はバトルクラブに避難を」

 

 社員達は頷くと、トレーナー、警官、プラズマ団員に守られながらバトルクラブに向かう。

 

「ありがとな、ワルビル」

 

「ワルビ」

 

「にしても、何で場所が分かったんだ?」

 

 さっき、ワルビルは瓦礫に埋まって見えない人の居場所を確かに把握していた。それが引っ掛かる。

 

 

「ワルビルは、目が特殊な膜に覆われてます。その膜は物体の熱を感知出来るのですよ」

 

「それで……」

 

「ワール」

 

 その特殊な膜が、瓦礫の下にいた見えない人を発見した。ゲーチスの説明になるほどとサトシは納得する。

 

「じゃあ、ワルビルを中心に捜索をすれば……!」

 

「うん、救助はスムーズに進むよ」

 

「先程の案件もまだまだあるでしょう。それが最適ですね」

 

「ワルビル、良いか?」

 

「ワルビ」

 

 ワルビルは頷く。それが最善なら、そうするべきである。

 

「それと、消防署はどうなのでしょうか?」

 

「それが、消防車が落下した飛行艇に激突して、全部燃えて使えないんです」

 

 と言うか、使えるのならとっくに一つでも出している。

 

「となると、我々でやるしかありませんか……」

 

 一通り片付いた後、可能なポケモンで一気にやるのが最善だろう。

 

「方針も決まりました。行きましょう」

 

 その後、ワルビルの感知能力をふんだんに使い、人々の救助活動を進めていく。

 途中、一つのビルの最上階に取り残された人々に救助にサトシ達は向かっていた。炎や瓦礫をポケモン達で対応し、最上階に到達する。

 

「助けに来ました! 脱出を!」

 

「――アメーーーッ!」

 

 ありがとうございますと礼を言う人々に近付き、彼等と共にビルを出ようとしたその直後だ。

 一匹のポケモンが現れた。水色の身体に角と目の模様の翼の様な触覚、四つの羽の目玉ポケモン、アメモースだ。

 

「モーーースッ!」

 

 不意を突かれたサトシ達に、アメモースはエアスラッシュを連発する。しかし、直撃はしなかった。

 

「ピカチュウ、10まんボルト!」

 

「ゾロア、ナイトバースト」

 

「サザンドラ、あくのはどうです」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

「ゾロ……アーーーッ!」

 

「サザン……ドラーーーッ!」

 

「アメーーーッ!」

 

 ピカチュウ、ゾロア、サザンドラ、フシデの同時攻撃を受け、戦闘不能になったアメモースは墜落していく。

 撃退に一安心したサトシ達だが、その直後だった。ピシッと亀裂が走る音がしたのは。

 

「――皆さん、ここから離れて!」

 

 音がした場所を見ると、亀裂が走っていた。先程のアメモースのエアスラッシュが原因だった。

 全員本能的に走るが、サトシが間に合わず、壊れた場所と一緒に落下していく。Nが咄嗟に手を伸ばすも、無情にも後一歩が届かなかった。

 

「うわぁああぁーーーっ!!」

 

「サトシくん!!」

 

「ピカピ!!」

 

 悲鳴と声。その二つが響いたその時だった。ヒウンシティの上空から光るジグザグが、突如サトシの方へと軌道を変えた。

 そして――巨大な『黒』が轟音と共にヒウンシティへ横一直線に走る。

 一瞬後、そこにはさっきまでの景色だけが写り、サトシの姿は無かった。まるで、黒が連れ去ったかのように。

 

「消え、た……?」

 

「ピカ!? ピカピ!?」

 

「ワル!? ワルワル!?」

 

「フシシ!?」

 

 消えたサトシに、一同は困惑。ピカチュウやワルビル、フシデが慌てて見渡すも、やはりどこにもいない。

 

「さっきの、黒は……?」

 

 Nは閃光が去って行った方向を見る。何かが起きる――そんな確信に近い予感がしていた。

 

 

 

 

 

 時間をちょっとだけ戻す。場所はヒウンジム前。

 

「ドリルライナー!」

 

「ドリュ……ウズーーーッ!」

 

「ゼルーーーッ!」

 

「メターーーッ!」

 

 ゴチルゼルとドリュウズが相手のドリュウズ、いや正確にはドリュウズになったポケモンにドリルライナーとサイケこうせんを命中させる。

 戦闘不能になったそのポケモンは、ドリュウズから本来の姿に戻る。ピンク色の軟体の身体をした変身ポケモン、メタモンだ。

 

「元に戻った……。こんなポケモンもいるのね」

 

「……リュズ」

 

 このメタモン、戦っている最中に突然現れ、ドリュウズへと形を変えたのである。

 しかも、能力もほぼ同じなため、思わぬ苦戦を強いられていた。バンギラスよりは楽だし、ゴチルゼルのサポートもあったので倒せたが。

 ちなみに、ドリュウズは自分に変身し、同じ技を使って来るメタモンに苛立っていたので、倒せてスッキリしている。

 

「ふ~、大分楽になったわね」

 

「……」

 

「ゼルゼル」

 

 周りを見るアイリス。周りには少し前までいなかったフシデ達やプラズマ団員。

 人々の尽力や彼等の力もあって防衛ラインは立ち直り、負担も大幅に減っていた。これなら、長期間戦うことは充分に可能だ。

 

「――アイリス!」

 

「デント! それにシューティーに、ユリさんやキクヨさん!」

 

 声の方向に振り向くと、ユリやキクヨ、タマゴを連れたシューティーやデントがこっちに来ていた。

 

「どうしてここに?」

 

「次の場所に向かう休憩の為、ユリさんやキクヨさんの案内を兼ねて来たんだ。シューティーもちょっと怪我してるしね」

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「大した怪我じゃない」

 

「それでも、手当は受けた方が良いわ」

 

「うむ、安全の為にもそうしなさい」

 

 年上の人にそう言われては、シューティーは少し迷う。どの道、休憩はするのだから手当しても大差は無いだろう。シューティーは受ける事にした。

 

「ユリせんせ~! キクヨせんせ~!」

 

「ヤブブ~!」

 

「皆!」

 

「無事で何よりじゃ」

 

「先生こそ~!」

 

 ユリやキクヨを見て、ヒロタ達とヤブクロンは駆け寄る。彼女達は互いの無事を喜んでいた。

 

「あなた達がこの子達の保護者ですか?」

 

 そこにサリィも近寄る。子供達の事情を確認しに来たのだ。ユリやキクヨ、サリィは互いに簡単に自己紹介し、頭を下げた。

 

「先生、ヤブクロンすっごく頑張ったんだよ!」

 

「うん! あたし達を守るために皆と一緒にとっても強いポケモンと必死に戦ったの!」

 

「ボロボロになってまで!」

 

「えぇ、勇敢に立ち向かっていました」

 

「そうなの……。皆を守ってくれてありがとうね、ヤブクロン」

 

「立派じゃったな」

 

「ヤブブ……」

 

 皆に誉められ、ヤブクロンは照れ臭そうに頭を掻く。

 

「後は、安全の為にも中でゆっくり話してください。タマゴも」

 

 分かりましたと、ユリが頷くと、保育園の皆はヒウンジムに入ろうとした。その時だ。

 

「――うわっ!」

 

「この声……。サトシ?」

 

「でも、サトシはアーティさんやNさんとバトルクラブの方に向かったはず……?」

 

「サトシ、どうしてここに?」

 

 サトシの声がし、全員が辺りを見渡すがどこにも見えない。

 

「いや、それが……ビルから落ちて……その後が分からないんだ」

 

「落ちた!?」

 

「だ、大丈夫なのかい!?」

 

「も、もしかしてゆうれ~い!?」

 

「う、上から聞こえるからそうかも……!」

 

「こら、そんなわけないでしょ!」

 

「まぁ、冷静に考えれば上からと聞こえたのなら、上にいることになりますね」

 

「サトシくんや、そこから見下ろし、て……」

 

 当然の判断から、全員が見上げる。そして――固まった。

 

「あっ、皆! 無事だったか!」

 

 一方、サトシはキクヨの言葉に従い、そこから見下ろす。シューティー、アイリス、デント、ヒロタ達やユリにキクヨ、サリィの姿が見えたが――全員が何故か驚いていた。

 

「なんで皆驚いて……?」

 

「サ、サトシ、それ……!」

 

「……それ?」

 

「だ、だから! 『それ』!」

 

 指を指すアイリスの言葉に、サトシは疑問符が一杯だったが、その後に気付いた。

 今、自分は『誰』に支えられている? ビルから落ちたはずの自分がこうして無事と言う事は、『誰か』が落ちていく自分を助けた以外に他ならない。問題は、それが何者なのかだ。

 その『誰か』を見ようと、サトシは顔をゆっくり後ろに向ける。

 

「お、お前は……!」

 

 その存在を見て――サトシは目を瞠った。その存在、迫力を前に、忘れたり間違えたりするわけがない。

 何故なら、このイッシュ地方で最初に出会った新しい存在であり――伝説なのだから。

 その巨躯は分厚い黒雲の様な色をしており、赤い瞳は稲妻の様な鋭さを感じさせる。そして、タービンの様な尾。

 

「――ゼクロム!」

 

 少年の目に写るのは、イッシュの理想を司る伝説の黒き雷竜――ゼクロムだった。

 燃えるヒウンシティを舞台に――その時である、理想の伝説の序幕が今、始まる。

 



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理想の幕開け

「ゼクロム……!」

 

 その場にいた全ての人間、ポケモンがその存在に目を奪われる。戦いが止んでいた。

 そうさせるだけの、威圧感がその存在にはあった。イッシュの理想を司る伝説の雷竜、ゼクロムには。

 

「ゼクロムが、どうしてここに……!?」

 

 会合したのが二回目だからだろうか。いち早く立ち直れたシューティーがそう呟いていた。

 

「あれが、ゼクロム……!」

 

「イッシュの、理想……!」

 

 初めて目の当たりにするゼクロムに、アイリスやデント、ユリやキクヨ、子供達やサリィに他のトレーナー、ポケモン達も皆釘付けになっており、またその風格で飲まれていた。

 

「……」

 

 しかし、ゼクロムには彼等は一切見えていない。いや、見ていないのだ。今ゼクロムが見ているのただ一人、己の腕に乗せたサトシのみ。その他は有像無像に過ぎないのだから。

 

「あ、ありがとう、ゼクロム。助けてくれて……」

 

「……」

 

 サトシがお礼を言うと、ゼクロムは気にするなと言わんばかりに軽く頷く。

 

「あっ、そうだ!」

 

「……?」

 

 何かに気付いた様に街を見るサトシに、ゼクロムは疑問を抱いたが直ぐに分かった。彼は燃えるヒウンシティを見下ろしていたのだ。

 

「ゼクロム! お前の力でこの炎を消したり、暴れているポケモンを止められないか!?」

 

「……」

 

 返事をしないゼクロム。しかし、サトシは話を続ける。

 

「今、このヒウンシティでは多くの人とポケモン達が苦しんでる! 彼等を助けて欲しいんだ! 頼む、ゼクロム!」

 

 どこまでも真っ直ぐに気持ちをぶつけるサトシに、ゼクロムは問い掛ける。

 

『――お前の理想は何だ?』

 

「……理想?」

 

『そうだ。答えろ』

 

「今はそれどころじゃ――」

 

『答えろ』

 

 一刻を争うこの場面でのゼクロムの問い掛け。サトシは後回しと言おうとしたが、有無を言わさない威圧的な声に黙らされ、同時に理解した。ゼクロムはこの問いに答えない限り、動こうとはしないと。

 

(――なら)

 

 迷うことは何もない。ありのままの自分の理想をゼクロムにぶつけるだけだ。

 

「俺の理想は――ポケモンマスターになることだ。だけど――それは俺だけじゃなれない。仲間やライバル、多くの人やポケモン達との出会いがあってなれる」

 

 一人だけでは、決してポケモンマスターにはなれない。多くの者と触れ合い、協力し、競い合って初めてなれる存在。サトシはそう考えている。

 

『だから、助けて欲しいと?』

 

「それだけじゃない。俺がポケモンマスターになる夢、理想を持っている様に、今この町にいる多くの人やポケモン達にも色んな理想があるはずだ」

 

 チャンピオンに勝ちたい。一流になりたい。一歩を歩みたい。他にも様々な形の理想を、彼等は持っている筈だ。

 

「だから――それを守るために力を貸してくれ! ゼクロム!」

 

 自分だけではない。この町にいる者達の理想の為に、サトシはゼクロムにありったけの思いで頼み込んだ。

 

『――よく分かった。良いだろう。力を貸そう』

 

「ありがとう、ゼクロム! ――うわっ!?」

 

 ゼクロムの了承に、サトシは心の底からお礼を告げるも、直後に乗っている腕を動かされた。

 

『首に掴まれ』

 

「わ、分かった」

 

「――ムドーーーッ!」

 

「――トローーーッ!」

 

「――ネンーーーッ!」

 

「エアームド、トロピウス、ネンドールもか!」

 

 サトシがゼクロムの首に掴まった直後、三匹のポケモンが彼等に近付く。鳥の身体が鋼鉄化したような鎧鳥ポケモン、エアームド。

 草の様な翼、長い首に、そこから果物が生えているフルーツポケモン、トロピウス。

 遮光器土偶に似た姿に、閉じている前の二つ以外は全方位を見渡す赤い目が特徴の土偶ポケモン、ネンドール。

 

「エアーーーーッ!」

 

「ゴッドバード、リーフブレード、しねんのずつきか! ゼクロム!」

 

「……」

 

 三つの技が迫る。しかし、ゼクロムは片腕を前に出すと――軽々と受け止めた。ダメージは全くない。

 

「ム、ムドッ!?」

 

「トロ!?」

 

「ネン!?」

 

 自身の技を容易く止められ、三匹は驚愕する。

 

「……」

 

 攻撃はしてきたが、この三匹は倒して良いのかと、ゼクロムは一応サトシに確認を取る。

 

「倒してくれ。ただ、やり過ぎはダメだ。あと、一匹には地面タイプがある」

 

 ゼクロムはコクンと頷くと、受け止めた腕で弾き、竜の力を込めて、三匹に叩き付けた。ドラゴンクローだ。

 しかし、その威力は凄まじく、効果今一つのエアームドにも大ダメージを与え、三匹を墜落させるとそのまま戦闘不能にした。

 

「次が来る!」

 

 三匹を戦闘不能にしたばかりだが、次が来た。しかもかなりの数の鳥ポケモンや、空を飛んだり宙に浮くポケモンが迫っている。

 

「……」

 

 ゼクロムが体勢を前屈みにし、サトシを見る。強く掴まっていろと。サトシが頷き、強く掴まったのを確かめたゼクロムは、タービンの様な尾を回し始める。

 すると、尾の内部が青く輝き、ゼクロムの身体から大量の輝きと同色の雷撃が溢れ出す。

 

「な、なんだこれ!? 技!?」

 

 これは技ではない。技を放つ為の予備動作。オーバーロードと呼ばれる状態だった。

 

(――クロスサンダー)

 

 ゼクロムがその技の名を呟いた。次の瞬間、稲妻がヒウンシティの空で走り、ポケモン達が落下していく。

 

「な、何が……!?」

 

 雷撃を纏ったゼクロムが突撃し、一瞬でポケモン達を撃破したのだ。しかし、それを見ていた彼等は稲妻が走ったとしか認識出来なかった。

 サトシに至っては、何が起きたのかすら分かっていない。気付いたら違う場所にいて、ポケモン達が落下していた。

 分かったのは、それだけだった。それほどの速さと、強力な威力を誇る技だった。

 

「……」

 

「うおっ!?」

 

 ゼクロムが、攻撃で移動したその場所から降下する。

 

「な、なに!?」

 

「敵!?」

 

「……オノ?」

 

「この声……。ベルとカベルネ?」

 

 サトシが見下ろす。すると、ベルとカベルネ、それにあの色違いのオノノクスも見えた。ここはポケモンセンターの近くだ。

 

「サトシくん!? なんでここに……」

 

「て、て言うか……そのポケモン、ゼクロムじゃないの!?」

 

「えぇ!? あの伝説のゼクロム!?」

 

 ベルとカベルネの言葉に、他のトレーナーやまだポケモンセンターに避難しようとしてる住民や人達が注目する。

 

「ま、間違いない、ゼクロムだ!」

 

「ど、どうして、ヒウンシティに……!?」

 

「きっと、私達を助けに来てくれたのよ!」

 

 ゼクロムの登場に、疲労困憊のトレーナーやポケモン達の士気が高まる。しかし、ゼクロムはどうでも良さげだ。

 

「ローーーンッ!」

 

「クーーーダッ!」

 

「ゴローンにバクーダだ! どっちも電気技は効かないぞ!」

 

 岩に顔と手足が付き、腕は四本ある岩石ポケモン、ゴローンと、山の様な瘤が特徴の噴火ポケモン、バクーダを筆頭に無数のポケモン達が来ていた。

 

「ゴローーーッ!」

 

「バクーーーッ!」

 

「ストーンエッジ!」

 

 二匹はストーンエッジを放つ。数ではなく、威力を重視した方だ。

 

「……」

 

 2つのストーンエッジをゼクロムは片腕を振って粉々にすると、次に来たゴローンとバクーダを軽々と受け止め、二匹をぶつけて怯ませてからドラゴンクローを叩き込む。

 

「ゴロ……ン」

 

「バ……ク……」

 

 硬い身体と、防御力を高める特性、がんじょう、ハードロックを持つ二匹だが、ゼクロムには通用しない。一撃で戦闘不能になった。

 

「……」

 

「後は大丈夫だ。地面タイプはいない」

 

 サトシからそう聞き、ゼクロムは再び尾を回し、再びオーバーロード状態になると――再度クロスサンダーを放ち、前にいた数十のポケモン達を一瞬で倒す。

 更にポケモンセンターの方を向き、反対側にいたポケモン達をもクロスサンダーで捩じ伏せ、地面タイプ等で残ったポケモンはドラゴンクローで倒した。この間、一分も経っていない。

 

「す、凄え! あのポケモン達をあっという間に!」

 

「流石ゼクロムだ!」

 

 自分達が手こずったポケモン達を難なく倒したゼクロムに、人々は歓声を上げる。

 

「ね、ねぇ、そう言えばゼクロムに乗ってるあの子誰……?」

 

「乗ってる? ……ほ、本当だ!」

 

 そこで、何人かがゼクロムに乗っていると言うか、しがみついているサトシにも気付く。ざわめきが上がるも、サトシは気にする余裕が無く、ゼクロムはどうでも良い。

 

「ゼクロム、この辺りは倒した! 次頼む!」

 

「……」

 

 首を縦に振り、ゼクロムは浮き上がると次の敵を倒しにその場を後にした。

 

「ゼクロムに乗る人……?」

 

「わ、私、昔本で見た事がある! 確か、闇を光にする英雄がポケモンと心を一つにした時、ゼクロムが降臨して、その英雄、理想の英雄に力を貸す……! そんな内容だったわ!」

 

「じゃあ、ゼクロムはあの少年に導かれて!?」

 

「すげえ! 凄すぎる!」

 

 ゼクロムは危険を感じ、ここに来ただけなのだが、神話の再現とも言えるこの状況に、人々は勘違いをしていた。

 

「サトシくんが……」

 

「理想の英雄……?」

 

「……」

 

 一方、ベルやカベルネはサトシが理想の英雄と呼ばれた事に、何とも言えない表情だった。オノノクスも苦い表情でサトシを見ていた。

 

(英雄、か)

 

 まだ十ちょっとの少年の彼が英雄。それはきっと苦しい事になるとオノノクスは予測し、出来るのならならない方が良い。そう思っていた。

 飛び立つゼクロムは、様々な場所に縦横無尽に駆け巡り、暴走しているロケット団のポケモン達を瞬時に薙ぎ倒していく。海に、空に、町にいる彼等を。

 ロケット団のポケモン達も、必死にゼクロムに食らい付こうとはした。しかし、どのポケモンもゼクロムを倒す事は愚か、ダメージを与える事も、まともな足止めすらも出来ない。一撃で倒されていくのみ。

 正に一騎当千と呼ぶべき、いやそれ以上の絶対的な力を持って、ゼクロムはロケット団のポケモン達を圧倒していた。

 サトシ達や、プラズマ団が死に物狂いで漸く倒してきたポケモン達を、彼等よりも遥かに速い時間で。

 

「……!」

 

 あちらこちらで暴走するロケット団のポケモン達、千を超える数を十分にも満たない短い時間で倒してきたゼクロムは、次にアーティやマコモが守るバトルクラブの近くを過ぎる。

 そこで、バトルクラブに避難しようとする人やポケモンの波が写る。更に近くの一つの建物が火や飛行艇との激突で今にも崩れそうだった。

 中で何か起きたのか、ピシッと一つの亀裂が走る。それを切欠に建物が崩れ、人々やポケモン達に落下していく。

 

「う、うわぁああっ! 建物が倒れて!」

 

「いやぁああぁ!」

 

「ゼクロム!」

 

 ゼクロムは素早く移動し、腕で建物を受け止めて人々やポケモンを守る。

 

「えっ、このポケモン……!?」

 

「ゼクロム!?」

 

「俺達を守ってくれて……!?」

 

「皆さん、早くここから離れて向こうのバトルクラブに避難を!」

 

 ゼクロムの登場、自分達を守る行動に、人々やポケモン達は二重の衝撃を受けるも、サトシの声を聞いて素早く動く。

 

「パラーーーッ!」

 

「ドーーースッ!」

 

「フォレーーーッ!」

 

「パラセクト、アリアドス、フォレトスか!」

 

 そこに茸ポケモン、パラセクト。足長ポケモン、アリアドス。みのむしポケモン、フォレトス。

 他にも数匹のポケモンが、ビルの瓦礫を支えるゼクロムに向けて攻撃を放つ。

 

「危ない、ゼクロム!」

 

「……」

 

 ゼクロムは片腕だけで崩れた建物の部分を支え、もう片腕をロケット団のポケモン達に向ける。

 腕から強烈な電撃がジグザグに放たれ、ロケット団のポケモン達の攻撃を打ち消しながら逆に三匹や奥にもいるポケモン達に与え、撃破する。

 

「ほうでんか……!」

 

 電気を周囲に広く放つ技、ほうでん。しかし、ゼクロムが放つその規模と威力は、一般的なポケモンのそれとは比べ物にならない程に高い。

 三十は軽く超えるポケモン達の倒れる姿を見れば、一目瞭然である。

 

「……」

 

 邪魔者を排除したゼクロムは、建物の崩れた部分を避難に動く者達の邪魔にならない適当な場所にゆっくりと置く。

 その次は、さっきの倒したポケモン達の向こうにいる残りの敵の掃討だ。タービンを回してオーバーロード状態に移行。クロスサンダーとドラゴンクローで容易く倒す。

 

「ゼクロム、さっきの人達やバトルクラブの様子を確かめたいんだ。あっちに行ってくれ」

 

 サトシの指示に従い、ゼクロムは直ぐにバトルクラブの真上に移動した。

 

「アーティさん! マコモさん! ショウロさん!」

 

「サトシ君? どこに……?」

 

「上です!」

 

「上? ……ええっ!?」

 

 サトシの声に見上げるアーティとマコモ、ショウロだがゼクロムの姿に驚愕する。

 

「う、嘘~!? ゼクロム~!?」

 

 ゼクロムの名前に他同様人々が注目し、やはりその存在に驚愕していた。アクロマもである。

 

「……」

 

 ゼクロムが一ヶ所を見る。他の場所と同じく、無数のポケモン達が迫っていた。

 

「ラーーーンッ!」

 

「ジュラーーーッ!」

 

「ノーーームッ!」

 

 青い身体と目の周りや触角の丸い部分が黄色いライトポケモン、ランターン。

 黄色の長髪、赤いスカート、紫色の顔や手、たらこ唇が特徴の人形ポケモン、ルージュラ。

 紫色の軟体の身体に、黒い菱形の模様や髭を持つ毒袋ポケモン、マルノーム。

 三匹はそれぞれのタイプの最強技、かみなり、ふぶき、ダストシュートを、それ以外のポケモンも一斉にゼクロムに攻撃する。

 

「……」

 

 並のポケモンならそれだけで撃破されるその一斉攻撃を、ゼクロムは片腕のドラゴンクローだけで難なく弾く。やはり、ダメージは欠片もない。

 そして、攻撃を難なく弾かれ、呆然とするポケモン達にゼクロムはすかさず前屈みになってオーバーロードに移行し、クロスサンダーを発動。

 一瞬の閃光の後、ポケモン達は声を上げる間も無く倒れた。

 

「ゼクロム、次はあっちに行ってくれ」

 

「……」

 

 指示通りに動くゼクロム。数秒後に到着したその場所は、ゼクロムがサトシを助けた場所。

 

「Nさん! ゲーチスさん!」

 

「サトシくん! そのポケモンは……!」

 

「ゼクロム……」

 

「ピカピ!」

 

「ワルビ!」

 

「フシシ!」

 

「ピカチュウ、ワルビル、フシデ。心配させてごめんな」

 

 ピカチュウ達はサトシの無事に喜び、Nやゲーチスはゼクロムに乗るサトシに注目していた。

 

「ゼクロム、また来るぞ!」

 

「ロックーーーッ!」

 

「トーーーンッ!」

 

 二匹の同じ分類の隕石ポケモン、石が太陽の形をした様なソルロック。月の形をした様な石のルナトーン。その他のポケモンも迫る。

 二匹はサイケこうせんやがんせきふうじ、他もそれぞれの技を放とうとしたが、ゼクロムはその前にほうでんを発射。

 他の場所同様、一方的に倒していく。雷鳴の如く一瞬で。

 

(サトシくん、キミは……)

 

 しがみついているだけかもしれないが、ゼクロムと共にある今のサトシはまるで、イッシュ建国神話に出てくる理想の英雄のよう。Nもそう感じていた。

 

(……いや、実際にそうなのかもしれない)

 

 ゼクロムは理想を抱く者に力を貸す。逆に言えば、それは理想を抱く者がいなければ、力を振るわないと言う事だ。

 サトシがいるからこそゼクロムは今力を振るっているのだとしたら、彼は紛れもなく理想の英雄だ。

 

「……ふふっ」

 

 Nが微笑む。サトシが自分にとって大きな壁になったと言うのに。いや、だからこそかもしれない。

 触れ合って来たサトシが大きな壁だからこそ、乗り越える価値がある。そう思ったから自分は微笑んだのかもしれない。

 

(超えて見せるよ。サトシくん)

 

 自分の理想の為にも、必ず。Nは心にそう誓った。

 

「……」

 

 そんなNの近くで、ゲーチスは厳しい目でゼクロムとサトシを眺めていた。まるで、敵を見るように。しかし、不意に不敵な笑みを浮かべる。

 

「……!」

 

 ゼクロムは再び動き出す。そして、残りのロケット団のポケモン達を次々と撃破していく。

 二千、千五百、千。五千以上も投入された、ヒウンシティ制圧の為のロケット団のポケモン達は、瞬く間にみるみる倒れていき、三桁、二桁、残りは五十以下になった。

 

「……」

 

 更に倒したゼクロムはセントラルエリアに移動する。残りのポケモン達がいるが、倒れた味方やゼクロムの力に怯んでいた。

 

「……」

 

 ゼクロムが尾のタービンを回す。強烈な雷撃が発生してオーバーロード状態となり、この戦いを終わらせる最後のクロスサンダーを放った。

 閃光と共に、残りのポケモン達は地面に倒れ、五千以上いたロケット団のポケモン達は全て撃破された。

 

「倒した……! 後は……!」

 

 ヒウンシティから上る炎。これを何とかしなければならない。

 

「ゼクロム、この炎だけど――」

 

「……」

 

 ゼクロムは空を見上げ、片腕を掲げる。

 

「な、何をしてるんだ、ゼクロム?」

 

「……」

 

 ゼクロムは何も語らない。サトシがとりあえず、そちらを向いた瞬間――鼻にぴちゃんと何が当たった。そして、それは鼻だけでなく、身体中に当たっていく。

 

「これは……雨?」

 

 それは雨だった。何もない空からいきなり降ってきたのだ。しかも、量が増していく。

 

「まさか……あまごい!?」

 

 そう、ゼクロムはあまごいを発動し、ヒウンシティ全域に雨を降らせていたのだ。

 

「すげえ……!」

 

 サトシは周りを見る。大都会のヒウンシティ全域の上空を雨雲が覆っていた。この短時間でここまでの雨を降らせる。相当な力の証だ。

 突然の雨に、大半の人々やポケモン達は建物の中に入って過ごし、トレーナー、消防士や警官、プラズマ団員はこれを機会に救助や消火活動を速やかに済ませていく。

 

「……」

 

「あっ、ありがとな。ゼクロム」

 

 サトシはゼクロムによって腕に移動され、ゼクロムのもう片腕で雨を防いでいた。

 雨がヒウンシティに降り続ける。この惨劇を終わらせるかのように、炎を打ち消していく。

 雨が降ってからしばらくの時が経った。セントラルエリアにいるサトシとゼクロムに、消防士や警官が完全に鎮火が出来たと告げると、ゼクロムは腕を軽く振るう。

 それを切欠に雨が止んでいく。ザアザアと降っていた雨は、ポツポツと減っていき、最後は雨と共に雲も消えた。

 

「あっ、朝日……」

 

 止んだ雨と入れ替わるように、柔らかな日差しが降り注ぐ。それは長かった夜の終わりの証。同時に、一つの始まりの証でもあった。

 

「本当にありがとう、ゼクロム」

 

 やっと終わった。火や飛行艇の激突、ポケモン達との戦いで傷付きながらも、静かになったこのヒウンシティを見て、サトシはそう実感出来た。

 

「……?」

 

「どうした、ゼクロム?」

 

 その気配を感じ、ゼクロムとサトシは周りを見る。人々がセントラルエリアに集まり、彼等を見上げていた。

 サトシとゼクロムには、よく分からない状態。しかし、彼等にとっては違う。

 

「――ゼクロム!」

 

「――理想の英雄!」

 

 人々にとって、サトシとゼクロムはこの惨劇を終えた救世主に他ならない。この朝日の空に佇む、幻想的な光景もそれを引き立てていた。

 人々は彼等を称賛、褒め称えるように呼び続ける。ヒウンシティに、彼等への歓声が響き渡る。

 

「り、理想の英雄って……まさか、俺?」

 

「……」

 

 歓声に戸惑うサトシと、やはりどうでも良さげだゼクロム。

 

「……ねぇ、デント」

 

「なんだい、アイリス?」

 

「何か、あたし……。サトシがすっごく遠い場所に行っちゃったような感じがするの」

 

 理想の英雄。そう賞賛され、ゼクロムと共にいるようなサトシに、アイリスは距離を感じていた。

 

「そうかな? 僕はそう思わないかな」

 

「……どうして?」

 

「サトシはサトシだよ。真っ直ぐで熱い少年。少なくとも、僕はそう思うな」

 

 理想の英雄と呼ばれようが、サトシはサトシ。デントはそう断言した。

 

「それに――遠いと思うのなら、掴んでしまえば良いんだよ。離れてしまわないようにね」

 

「……それって、迷惑じゃない?」

 

「それを決めるのは、サトシだよ。僕達じゃない。サトシが迷惑だと思えば、その時止めれば良い」

 

 その結果、自分達と彼が離れる事になってもそれは仕方ない。サトシの選択なのだから。

 

「……そっか。そうだよね、うん」

 

 サトシが望むのなら、彼が遠くに行っても応援しよう。ただ、彼が望まないのなら――行ってしまわないように、その手を掴もう。そう、アイリスは決めた。

 

「英雄、か……」

 

 シューティーは、そう呼ばれるサトシにアイリス同様、距離を感じていた。

 

(望むところさ)

 

 しかし、シューティーはそれでも構わないと感じていた。と言うか、そもそも自分とサトシはそれだけの差が有るだろう。

 それが明確になっただけ。どれだけ離れようが、自分の夢の為にも追い付き、追い越して見せる。少年はその決意を新たにした。

 

「……」

 

 様々な想いを受ける少年と共にゼクロムが降下、濡れた大地に降り立つ。次にサトシが地面に降りた。

 

「ピカピ!」

 

「ピカチュウ!」

 

 サトシに相棒のピカチュウが駆け寄り、お互いの無事を喜ぶ。そして、一人と一匹がゼクロムを見上げる。

 

「……」

 

 ゼクロムもまた、サトシとピカチュウとしばらく見合わせる。一分程時が過ぎると、ゼクロムは浮き上がり出した。

 そして、ゼクロムは背を向けるが、その時に一度だけ顔をサトシとピカチュウの方を向かせる。また、会おう。そう告げるかのように。

 

「あぁ、また会おうぜ、ゼクロム」

 

「ピカ!」

 

「……」

 

 その言葉に、フッとほんの微かだけ笑みを浮かべると――ゼクロムは北の方へと物凄い速さで駆ける。

 向かうのは、自分が隠れるのに使うっている場所。そこで存在を隠すのだ。

 

「コンタクトは?」

 

「所々音がしますので、もう少しで出来るかもしれません」

 

「そう」

 

 ヒウンシティに向かうヘリコプター。連絡はまだ取れないようだ。女性がはぁと、軽い溜め息を吐きながら何となく横の窓から外を見つめると――景色に黒が染まり、直ぐに消えた。

 

「な、なんだ今の!?」

 

「あれは……!」

 

 突然の黒に、パイロットや他の者は困惑していたが、女性だけはその正体がゼクロムだと気づいていた。

 

「ど、どうしますか?」

 

「――このまま、ヒウンシティに向かいなさい」

 

 女性は一瞬の間を置いた後、このままヒウンシティへの移動を続ける様に指示する。

 

「しかし……」

 

「今優先すべきはヒウンシティよ。ぶつかって来なかった以上、私達に敵意は無いでしょうし、放って置いても問題ないわ」

 

「――はっ」

 

 女性の言葉になるほどと納得したのか、パイロットはそのまま飛行を続ける。

 

(向かったゼクロムが戻った……。それはつまり――)

 

 ヒウンシティでの起きた何らかの事件が片付いた可能性が高い。

 しかし、未だに連絡が取れない以上、終わったとしても行く必要はある。事件が解決しても、その後が大変な場合もあるからだ。

 現状を考えると、寧ろ今からの方が本番も有り得るだろう。

 

(にしても……)

 

 自分の憧れのゼクロムが向かったヒウンシティで何が起きたのだろうか。不謹慎ながらもそれを何処か期待しながら、女性は到着を待った。

 

 

 

 

 

「行ったな」

 

「ピカ」

 

 ゼクロムが去ったから少しして、ゼクロムを見送ったサトシとピカチュウだが、人々からの限界まで上がった声に、彼等は思わずビクリと身体を上げる。

 しかし、そんなことはお構い無しにサトシに多くの人々が詰め寄る。

 

「ありがとう! 君のおかげだ!」

 

「えぇ、貴方とゼクロムが一体どうなってたか……!」

 

「あっ、いや、その……」

 

「気持ちは分かるが、無理に詰め寄るのは止しなさい」

 

 サトシとしては、人々から礼を言われても戸惑うばかりだが、そこにヒウンシティの市長が前に出る。人々も市長に言われ、落ち着くと下がった。

 

「しかし、礼を述べたいのは私も同じ。市民や人々を代表し、言わせておくれ。――ありがとう、本当にありがとう。君とゼクロムのおかげでこの事態が収まった。君達は正に英雄だ」

 

 惨劇を止めたサトシと、今はいないゼクロムへの精一杯の感謝の念の込め、市長は深く頭を下げた。

 

「……頭を上げてください。第一、俺やゼクロムだけが頑張ったわけじゃありません。多くのトレーナー、ポケモン、ジュンサーさん達やフシデ達、プラズマ団の人々、全員が頑張ったからこそ、この事態が解決したんです。だから――俺やゼクロムだけじゃなく、頑張った全員が英雄なんです」

 

 確かに、ゼクロムのおかげでこの事態は収拾された。多くの人々も助かった。

 だが、それ以前までは知り合いの彼等、他にも尽力を尽くした人々、自分達の指示の下で戦い抜いたポケモン達、ジュンサーら警官達にフシデ達、プラズマ団の全員が多くの人々やポケモン達を助けたのだ。

 決して、自分やゼクロムだけが英雄なのではない。サトシはそう確信していた。

 

「全員が、か……。確かにその通りだ。では、改めて――この街の人々やポケモン達の為、尽力を尽くした皆さんに、心から感謝を申し上げます。――ありがとうございました」

 

 再度、市長は頭を深く下げる。パチパチと拍手が上がった。

 

「さて、是非とも君達の頑張りを祝いたい所だが――街はこの有り様で出来そうにない。申し訳ない……」

 

 今回の大惨事により、ヒウンシティは完全に都市機能が麻痺してしまった。こんな状態では、まともな寝床を用意するのも苦労するだろう。

 

「い、いいですいいです! 今はヒウンシティの復興を優先してください!」

 

「お言葉に甘えよう。それと、長い夜も終わったのだ。後は大人の我々に任せ、君達はしっかりと寝て身心を休めなさい」

 

「ですけど……」

 

「サトシ君、今はその通りにしなさい。貴方達に出来る事は終えた。後は街の事。それは私達、大人や立場のある人間がすることよ」

 

「……分かりました」

 

 アララギの言葉に、サトシは頷いた。彼女の言う通り、自分達に出来るのはここまでだ。後は彼女達に任せるしかない。

 

「失礼します」

 

 サトシは頭を下げると、他の知り合い達の所に向かう。

 

「……理想の英雄、か」

 

 そんなサトシの後ろ姿を、アララギは複雑な様子で見ていた。

 

(どうして、あの子なのかしらね)

 

 まだ少年の彼が、何故英雄の資格を手に入れてしまったのだろう。それも争いもないこの時代に。

 

(まさか、この事件を切欠に大きな争いが起きるとでも言うの?)

 

 だから、英雄が今生まれたと言うのか。百歩、いや万歩譲ってそうなったとしても、やはり彼である必要なんてないはずだ。

 

(――出来れば)

 

 何事も起きないで欲しい。この考えが単なる勘違いで終わってほしい。アララギはそう願わずにはいられなかった。

 英雄とは確かに凄く、憧れや尊敬を集める立派な存在だ。だけど、多くの苦難や逆境に立ち向かわねばならない存在でもあるのだから。

 

「皆!」

 

「サトシくん、大丈夫かい?」

 

「怪我とか風邪引いたりしてないでしょうね?」

 

「ゼクロムが守ってくれたし、大丈夫だよ」

 

「無事で何よりさ」

 

 N、アイリス、デントがサトシの体調を確かめており、言葉通り無事な状態に安心していた。

 

「あの……サトシ、Nさん」

 

「何?」

 

「なんだい?」

 

「ズルッグとイーブイの事なんですけど……」

 

 とそこで、アイリスはズルッグやイーブイがバンギラスとの戦いで使った原石のジュエルの反動で倒れた事を申し訳なさそうに話す。

 

「と言うことなの……」

 

「そっか……」

 

「ごめん、あたしにもっと力があれば……」

 

「いや、それは仕方ないよ」

 

「あぁ。気に病むなよ」

 

 そうしなければ、勝てなかった程の相手なのだろう。アイリスを責める事は出来ない。

 三匹とも心配だが、手当はされていると聞くし、後は無事を祈るだけだ。

 

「サトシくん、すっごく格好良かったよ~! まるで、物語の英雄みたい!」

 

「そんなんじゃないよ。全部、ゼクロムのおかげさ」

 

「まぁね。あんたはゼクロムにしがみついていただけだし」

 

「そうかな? それだけなら、ゼクロムはサトシを払い除けるんじゃないか?」

 

 とそこで空気を変える意味を込めて、ベルが英雄の発言をするがサトシは否定。カベルネもサトシに同調するが、シューティーが否を唱える。

 

「……ふーん? じゃあ、あんたもサトシが理想の英雄だって思ってる訳?」

 

「そうだとしても、関係ない。何れは倒し、超える。それだけさ」

 

 シューティーのその言葉に、なるほどとNやデントは納得する。

 

「積もる話は沢山あるだろうけど、皆疲れているだろし、寝よう。続きは起きてからね」

 

「うん、長い夜が終わったんだ。ゆっくり休もう。――三匹の為にも」

 

「――はい」

 

 二人の言葉に、全員が改めて疲労を感じた。それにアララギからも休む様に言われた事もサトシは思い出す。

 倒れた三匹はやはり心配だが、だからこそしっかりと休もうと適当に用意された場所に向かう。

 こうして、長い夜はおわり、少年は英雄としての一歩を歩み始める。

 しかし、それは簡単な道のりではない。苦難や試練を超えねばならず、何よりも――彼は進まざるを得ないのだ。一度示されたその道を。

 彼がその理想、ポケモンマスターになることを諦めない限り。だが、彼がその理想を諦める事はない。

 故に、彼は立ち向かわねばならないのだ。この先の壁と。その先がどうなり、何があるかは――まだ誰にも分からない。

 



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イッシュのジムリーダー

 また先週投稿出来ず申し訳ありません。収拾後のヒウンシティです。


「ふわぁ……」

 

 目が覚めたサトシ。身体を動かすと、少し重く感じた。身心の疲労がまだ残っているのかもしれない。あれだけ頑張ったのだから、仕方ないだろう。

 

「ピカ!」

 

「ピカチュウ、おはよう――って、何か変な感じだな」

 

「ピカチュ」

 

 今日の朝はもう体験している。なのに、お早うは少し変かもしれない、そう思っていた。それでもしたかった。お互いがあの夜を乗り越えれた事を確かめ合うように。

 

「気分はどうだ?」

 

「ピーカ、チュ。ピカー……」

 

「いまいちかあ」

 

 軽く電気を出してみるが、微妙だった。昨日、あれだけ戦った影響もあるだろう。

 

「外、どうなってるかな……」

 

「ピカ……」

 

 昨日、ロケット団がメテオナイトの危険性を知らずに暴走させた結果、ヒウンシティは大惨事に見舞われた。

 多くの人々、ポケモン、そしてゼクロムの力により、事態は片付きこそしたが、それで全てが済む程度ではない惨事でもあったのも確かだ。

 それに、ズルッグ達や、アララギ博士、マコモとショウロの姉妹、ユリやキクヨと子供達、アーティやサリィもどうなっているか気に掛かる。

 

「――あっ、皆」

 

「サトシ、お早う」

 

「お早う」

 

 確かめようと、サトシとピカチュウがバトルクラブの広間に行くと、皆と遭遇した。但し、一人だけいない。

 

「あれ、Nさんは?」

 

「いや、それが朝見たらいなかったんだ」

 

「別の所で寝たとか?」

 

「Nさん一人だけ? どうして?」

 

「私に聞かれても困るわよ」

 

(もしかして)

 

 皆の話にサトシはあの惨事の際に会った人物、プラズマ団のゲーチスを思い出す。確かNの父親との事だが、彼と一緒にいるのかもしれない。

 

「まぁ、事態自体は片付いているし、Nさんは大丈夫だろう。それより深刻なのは……」

 

「ヒウンシティだろうね……」

 

 メテオナイトの暴走や、飛行艇による火災や五千のポケモン達の暴走による、戦闘の痕。はっきり言って、とんでもない被害を受けた筈だ。

 

「外……確認して見る?」

 

「……気になるな」

 

「あたしも……」

 

 現在のヒウンシティがどうなったのか。全員が気になっており、外に出ることにした。

 

「うわ……」

 

「ぼろぼろ……」

 

「ピカピ……」

 

 外に出たサトシ達の視界に入ったのは、至るところが焦げたり、破損しているビルの数々。イッシュ地方一の大都市の姿はまるで無かった。

 

「こんなに……」

 

「この様子だと、都市機能は勿論、交通や交易も麻痺しただろうね……」

 

 何れの産業も、大打撃を受けたのは間違いない。

 

「も~! ヒウンシティをこんなにして、ロケット団ってひどい!」

 

「同意見ね。最低の悪党だわ」

 

「あはは……」

 

 確かにロケット団は悪党なので、反論のしようがないが、ムサシ、コジロウ、ニャースの三人組と時には協力したサトシとしては、微妙な様子だった。

 

(ただ、ロケット団もこんな惨事にはしたかった訳じゃないだろうけど……)

 

 ヒウンシティの人々にとっては、そんなもの言い訳にすらならない。彼等にとってロケット団とは、最低の連中以外の認識しか抱かないだろう。

 

「で、どうするの?」

 

「現状を知りたいなら、アーティさんやアララギ博士に聞くのが手っ取り早いだろうけど……」

 

「簡単に会える?」

 

「難しいね……」

 

 ジムリーダーは非常時には、その街への対応をする存在だ。この様子だと、市長と今後の方針について話し合うのが普通。会うのは難しい。アララギも同じ状態だろう。

 

「じゃあ、他の人達を探そうよ。保育園の人達とか」

 

「マコモさんやショウロさん、サリィさんも気になるし……」

 

「ズルッグ、イーブイ、キバゴも大丈夫なのか知りたいね……」

 

「フシデ達も……」

 

 とにかく、知りたい事が多すぎる。一つ一つ知っていこうとヒウンシティを歩こうとする。

 

「――あっ、理想の英雄!」

 

「本当だ!」

 

 直後、サトシの姿を見た人々が事件の立役者である彼に次々と声を掛け、近寄ってくる。

 

「本当にありがとうな!」

 

「君とゼクロムのおかげだ!」

 

 サトシは苦笑いを浮かべるも、人々は次々にしてもしたりないと言いたげにサトシを賞賛する。

 

「おいおい、言いたい気持ちは分かるけど、やることあるだろ」

 

「そうそう、それに彼等にもする事があるでしょう。邪魔はダメ」

 

 冷静な人や上の立場の人に言われ、人々は不満気ながらも仕方ないと離れる。

 サトシは彼等に賞賛や謝罪を何度も聞きながら、皆とヒウンシティを進んでいった。

 

「何か、一躍有名人って感じだよね~、サトシ君」

 

「あはは……」

 

 次々と声を掛けられる様は確かに有名人だが、リーグ優勝等でなるならともかく、こういう事件でなってもイマイチ喜べない。大惨事なら尚更だ。

 

「あっ、サトシ君」

 

「サトシ兄ちゃ~ん!」

 

「ヤブ~!」

 

 そんな風に歩いて行くと保育園の人達に遭遇。彼女達は避難していたヒウンジムにおり、サトシ達はいつの間にか到着していた。

 

「皆さんはこれからどうするんですか?」

 

「育て屋に戻るわ。それが一番安全だから」

 

「この事態を見て見ぬ様で申し訳なくはあるがの」

 

「仕方ないですね……」

 

 子供達やタマゴを考えると、このまま留まるのは悪手。帰還は当然の判断だろう。

 

「だから、バスの準備が終わったら直ぐに戻ることに」

 

 子供達やタマゴの事情から、彼女達は最優先で帰る事になったのだ。

 

「ね~、サトシ兄ちゃん。昨日のゼクロムは?」

 

「あたしも会いたい!」

 

「ぼくも!」

 

「こら!」

 

 子供だけあり、ヒロタ達は伝説のゼクロムに強い興味を抱いていた。ちなみに、雨の最中に寝ていたので去っている事は知らない。

 

「あはは、ごめん。だけど、ゼクロムはもうどこかに行っちゃってさ」

 

 サトシのその言葉に、ヒロタ達はそんな~と残念そうに溢す。

 

「いないのなら、仕方ないでしょ。さぁ、準備が出来るまでゆっくりしましょう」

 

「待ちなさい、ユリ。その前に一つ確かめたい事がある」

 

「確かめたい事?」

 

「ちょっとの。少し待っておくれ」

 

 そう言ってキクヨは離れ、少しして戻って来た。その手には、ケースに入ったナックラーのタマゴがある。

 

「シューティー君、これをちょっと持ってみてくれんかのう」

 

「あっ、はい」

 

 名指しされ、シューティーが恐る恐るナックラーのタマゴを持つ。すると、ゴロゴロとタマゴが軽く揺れた。

 

「わわっ……」

 

「動いた!」

 

「でも、どうして?」

 

 キクヨが持っていた時は、静かだった。しかし、シューティーが手にした途端、動き出した。まるで、喜んでいるかのように。その反応に、キクヨはやはりと心の中で呟く。

 

「シューティー君。そのタマゴを育ててはどうかの?」

 

「……えっ?」

 

 キクヨからの提案に、当の本人のシューティーは勿論、サトシ達も驚く。

 

「ぼ、僕が……ですか?」

 

「うむ、どうやらナックラーはまだタマゴのままでも君に助けてもらった事を理解しておるようなのじゃ」

 

「シューティーくん、タマゴを助けたの?」

 

「ま、まぁ……」

 

「それももう、サトシみたいに必死に」

 

「ふーん、似合わないわね」

 

「う、うるさいな。僕もそう思ってるけど、命がかかっていたんだから仕方ないだろう」

 

 カベルネに茶化され、シューティーはムッとする。

 

「話を戻して……。どうかの、シューティー君?」

 

「ですが、これは他の育て屋から預かったタマゴでは……」

 

「理由を話せば、納得してくれるじゃろう」

 

 何しろ、身を呈してタマゴを助けたのだ。そんなトレーナーなら、受け取る事にも賛同するだろう。

 

「まぁ、シューティー君が嫌と言うなら、わたしゃらも無理にはせん。ただ、もし君さえ良ければ受け取ってほしいのじゃ」

 

「……」

 

 シューティーはタマゴを見て迷う。正直、いきなりこのタマゴを育てると言われても、戸惑いはあった。

 まだ新人の自分が、何れ生まれるナックラー一から育てれるのだろうかと。

 

「シューティー」

 

「サトシ……」

 

「そのタマゴは、ナックラーはシューティーを選んだ。育てて見ても良いんじゃないか?」

 

「……」

 

 今までの手持ちは、自分が選んだポケモン。だが、このナックラーは自分を選んだポケモン。

 その事が、なんだか特別な感じがした少し嬉しい。それに、目指しているサトシもズルッグをタマゴから育てている。大変かもしれないが、彼に追い付く為には必要な経験かもしれない。

 

「あの……」

 

「なにかの?」

 

「僕は、新人です。まだまだ未熟で、このナックラーを一から上手く育てれるか分かりません。でも――頑張って行きたいと思います。ですので、僕で良ければ有り難く受け取ります」

 

「大切に育てておくれ」

 

「はい」

 

 こうして、他地方から来たナックラーはシューティーが受け取る事となった。

 

「良かったな、シューティー」

 

「あぁ」

 

 新しい仲間になるだろう、ナックラーをシューティーは期待を抱きながら見ていた。

 

「うわ~、シューティーくん、ナックラーを育てるんだ~。良いな~」

 

「タマゴがあいつを選んだんだから、諦めなさい」

 

 他の地方のポケモンをゲットすることになったシューティーを羨ましそうに見つめるベルだが、カベルネに言われては~いと素直に諦める。

 

「そうそう。サトシ君、アイリスちゃん。あら、N君はいないの?」

 

「あっ、はい」

 

「とにかく、話しておく事は大切じゃろう。サトシ君、アイリスちゃん、先程ズルッグ、キバゴ、イーブイが目を覚ました」

 

「本当ですか!?」

 

「えぇ、色んな人達の手当を受けて、先程目覚めたわ」

 

「良かった……! どこにいますか?」

 

「こっちじゃ」

 

 キクヨに案内されながら、ヒウンジムの中を歩く。すると、見覚えある人とポケモンが見えた。

 

「サリィさん、ゴチルゼルも」

 

「あら、皆」

 

「ゼルゼ~ル」

 

 昨日の騒動により、絆創膏や包帯を付けたサリィとゴチルゼルがサトシ達を見て挨拶を掛ける。

 

「大丈夫ですか? 何か、疲れているみたいですけど……」

 

「昨日から、怪我人の手当であまり寝てないの」

 

「休んだ方が……」

 

「まだ研修医だけど、それでもわたしは医師。怪我人がいたら治すのが仕事。沢山の患者がいるのに、弱音を吐くなんて出来ないわ。ゴチルゼルも手伝ってくれるしね」

 

「ゼ~ル」

 

 互いを見て、笑顔になるサリィとゴチルゼル。彼女達を知る三人やピカチュウは過去の様子を見ている風に感じた。

 

「サリィさん達はこの後どうするんですか?」

 

「しばらくは、ヒウンシティで勤める事になるわ。怪我人がいるから」

 

 それに、復興に頑張る人達の手当も必要だろう。しばらくはここで働く様にとの指示が出る方が自然だ。

 

「ゴチルゼルはどうするの?」

 

「わたしと一緒に。それが終わった後は、その時に考えるわ」

 

「ゼルゼル」

 

 サリィとゴチルゼルは、しばらく一緒にいる様だ。そして、役目を終えた後、彼女達がどうなるかは彼女達次第だろう。

 

「で、サトシ君達は何の用? もしかして、ズルッグ達の様子を?」

 

「そうです。ユリやキクヨさん達から聞いて」

 

「じゃあ、直ぐに会ってあげて。小さな身体で大きな敵に立ち向かったあの子達に」

 

「はい」

 

 それを言うと、サリィとゴチルゼルは患者の手当を再開するべく、仕事に励む。

 

「ズルッグ!」

 

「キバゴ!」

 

「ルッグ!」

 

「キバキバ!」

 

 サトシ達は、案内で三匹にいる部屋に入る。すると、目が覚めたズルッグとキバゴがサトシとアイリスに近付く。

 

「頑張ったな、ズルッグ」

 

「……ルグ」

 

「お疲れさま、キバゴ」

 

「キババ!」

 

「ブイ……?」

 

 誉められ、嬉しそうになる二匹だが、イーブイはNがいないことに疑問符を浮かべていた。

 

「今いないんだ。だから一緒にNさんに会いに行こう」

 

「ブイイ!」

 

 分かったと頷くイーブイ。知り合いだけあり、素直に聞き入れた。

 

「君達、この子達は回復したけど、反動がまだ残ってる様なんだ。だから、もう一日だけゆっくりさせてあげてくれ」

 

「分かりました」

 

 どうやら、ジュエルの反動はまだ残っている様だ。もうちょっとゆっくりさせようとサトシとアイリスは決めた。

 

「これで三匹や保育園の人達や、サリィさんと会えたね」

 

「後は……マコモさんやショウロさんか」

 

「その二人は知らないわね」

 

「サトシくん、どんな人達?」

 

 ベルとカベルネが合流したのは、マコモとショウロに会った後だ。なので、二人は姉妹を知らない。

 

「一人は研究者の人で、もう一人は転送システム管理者だよ。で、姉妹なんだ」

 

「ただ、妹のショウロさんは僕達よりも若いけどね」

 

「うわっ、すごい」

 

「文字通りの天才って訳ね」

 

 自分達より年下にもかかわらず、転送システムの管理をしているショウロに、二人の少女は驚きを隠せない。

 

「転送システムか……」

 

「どうした、デント?」

 

「いや、大丈夫なのかと思ってね。これほど惨事に巻き込まれたんだ。もしかすると――」

 

「転送システムが破損していても、何ら不思議じゃありませんね……」

 

「えぇ!? それ、かなりやばいんじゃ……!?」

 

 転送システムが損傷していた場合、イッシュ地方でポケモンの転送や預かりが出来ない事を意味する。

 そうであれば、トレーナー達の旅や、他の様々な事に間違いなく影響が出る。

 

「その人はどこにいるのよ?」

 

「確かあっちの方だ」

 

「これからの旅に影響するだろうし、会って状況を聞いた方が良いだろうね」

 

 と言う訳で、サトシ達はショウロが管理する転送システムの場所に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、やっぱりダメか~」

 

「回せそうなのもほとんどないわね……」

 

「マコモさん、ショウロさん」

 

「あら、サトシ君。それに皆も」

 

「ん~? でも、一人いませんし、いなかった人がいますね」

 

 サトシ達に気付き、近寄る姉妹。周りではムンナとムシャーナがねんりきで壊れた部品や破片を整理していた。

 

「その二人は?」

 

「こっちがベルで、もう一人はカベルネです」

 

「マコモです」

 

「ショウロだよ~」

 

 姉妹の挨拶に、二人の少女も挨拶する。

 

「ところで、二人はここで――」

 

「転送システムの状態を見に来たの」

 

「けど、状態はこの有り様ですよ~。完全にダメダメです」

 

 転送システムのメインサーバーを見るサトシ達。しかし、全てがほとんど大破、全壊しており、無事なサーバーは一つもない。

 

「やっぱり、ポケモンを預かったり送ったり出来ないってことですよね……」

 

「ん~、完全に出来ない訳じゃないんですよ。色んな街にあるサブサーバーを使い回せば、長距離の転送も可能です」

 

 転送システムはメインの負担を減らすため、各街に補助の為のサブサーバーが設置してある。それを使えば、可能ではあるのだが。

 

「ただ、サブの方はこれから復興の為に使うでしょうし、使う余裕がないです。それに、他の地方との転送は当然不可能ですよ」

 

 つまり、転送は出来るが、自分達が使う間が無いのである。

 

「となると、これを直さない限りは僕達は入れ替えが出来ないと……」

 

「そう言うことです」

 

「修理にどれだけ掛かるんですか?」

 

「そうですね~、軽く見積もっても最低半年は掛かるかと。……はぁ」

 

「そんなに!?」

 

 早くても半年の言葉に、驚く一同。

 

「メインサーバーには特注の部品が使われてるの。再発注には材料の調達や精製に時間が当然掛から……」

 

「それに復興の事も考えると、更に時間が掛かります。プログラムの構築なら、一月足らずで造り直せるんですけどね~」

 

「あの、イッシュ地方全ての転送システムのプログラムを一月で造り直せるんですか?」

 

 さらりととんでもない事を言ったショウロに、シューティーやデントが唖然とする。

 

「あたし、転送システムの管理者ですよ? それぐらい出来なきゃ、名乗れませんよ」

 

 えっへんと胸を張るショウロに、サトシ達は改めて彼女が天才なのだと知る。

 

「とにかく、暫くは使えない以上、当面のあたしの仕事は決まりましたね」

 

「何をするんですか?」

 

「ここである程度サブサーバーを作った後、各街に行って、サブサーバーの機材やプログラムの調整です。メインがダメですし」

 

 しばらくはサブサーバーを頻繁に使うことになる。少しでも負担を減らすためにも、その調整が仕事になるのは当然だ。

 

「なら、ショウロ。私も手伝うわ」

 

「助かるよ、お姉ちゃん」

 

 大仕事だなと思うショウロに、マコモが手伝うと告げる。姉の彼女は分野は違えと優秀な科学者。少なくとも、赤の他人よりは遥かに助かる。

 

「あの、ショウロさん、マコモさん。二人だけで全部の街のシステムの調整をするんですか?」

 

 とんでもない重労働だ。出来るのだろうかと、サトシ達が不安がっても普通の反応である。

 

「可能なら、アララギや彼女の下にいる職員達にも協力を求めるわ」

 

 流石に、二人だけは負担が大き過ぎる。余裕があればアララギ達の手も借りたい。サトシ達も二人だけではないと聞いて少し安心した様だ。

 

「と言う訳で、しばらくは不便ですが我慢してください。すみません」

 

「いえいえ、悪いのはロケット団ですし……」

 

「そうですよね! あの悪党共のせいで、あたしが手塩を掛けに掛けたこの特製メインサーバーが台無しになったんですから! 絶対に、許さない!」

 

 ロケット団の単語に、うが~と叫ぶショウロ。背後からただならぬ気迫を漂っている。

 

「ごめんなさい。ショウロ、転送システムを毎日大切に管理してたから、あれが傷付いたり、ハッキングなんかされたりすると、あんな風に怒っちゃうの。前なんか、ハッキングした相手のデータを逮捕用に保存してから全部破壊なんてことをしたぐらいで……」

 

 どうやらショウロは、思った以上に根を持つ性格の様だ。

 

「……凄いですね。色んな意味で」

 

「人とポケモンの為のシステム。だからこそ、それに貢献したいって、あの子前々から言ってたから。だから、転送システムへの想いは人一倍あるのよ」

 

 人とポケモン。その為の転送システム。それに誇りを持っているからこその発言に、サトシ達は感嘆の呟きを漏らす。

 

「とにかく、私達も一日でも早く転送システムを復旧させるから、サトシ達も頑張って」

 

「ムンナ~」

 

「シャ~ナ」

 

 マコモとムンナ、ムシャーナに見送られながらサトシ達はその場所を後にした。

 

「う~ん、やっぱり自由に預かったり送ったり出来ないって厳しいよね~」

 

「使えなくなってから、その有り難みが分かるわね」

 

 場所こそ必要だが、気軽に使える転送システム。それが使えないことにサトシ達は不便さを感じた。

 

「さて、あと気になるのは、アーティさんとフシデ達」

 

「どっちに会う?」

 

「やっぱり、フシデ達の方が早いかな」

 

「じゃあ、セントラルエリアに向かおうよ」

 

 フシデ達はセントラルエリアで保護されていた。ならば、会える確率が最も高いのはそこだ。サトシ達に異論はなく、セントラルに向かう。

 

 

 

 

 

「フシシー」

 

「よっ、フシデ。元気そうだな」

 

「フー」

 

 大量のフシデ達の中から、一匹のフシデがサトシを見て近付く。サトシ達が手当したあのフシデで、まだ絆創膏を付けていた。

 

「ジュンサーさん、フシデ達はこの後どうなりますか?」

 

「まだ決まってはいないけど……多分、元いた巣に帰ってもらう事になるわ。ロケット団の脅威も終わったから」

 

 共闘してくれたとはいえ、一応安全の為にいるジュンサーがサトシの質問に答える。

 事態も片付いた以上、フシデ達は元いた場所に戻るのが一番だろう。

 

「あの、そう言えばロケット団ってどうなったんでしょう?」

 

 本来、この街を襲撃するはずだったロケット団の団員達。今まで気にする余裕すら無かったのが、こうして事態が片付き、サトシ達は彼等について聞くことにした。

 

「ほとんど逃げられたわ。ただ、逃がす気は無いけどね。他の街の警察と連携して、今ロケット団の団員達を捕らえようとしてる所」

 

「捕まりますか?」

 

「かなり逮捕出来ると思うわ」

 

 この事態がロケット団にとって不測の事態だとすると、直ぐにイッシュから出ることは難しいはず。

 おまけに今回の件で残った飛行艇や潜水艦の残骸から、カントーのロケット団に捜査のメスが入るだろう。二重の意味で簡単に出れない。その間に検問を敷き、捕らえる予定だ。

 

「私達も、ヒウンシティをここまで荒らしたロケット団を簡単に逃がすつもりは微塵も無いわ。徹底的にやるつもり」

 

「……そう言えば、被害はどうなんですか?」

 

「不幸中の幸いにも、死人はいなかったわ」

 

 ただ、しばらく治療が必要な範囲の重傷者は多数いる。それでも死者がいないのは素直に喜ぶべきだろう。

 

「あの、オノノクスは?」

 

「オノノクス?」

 

「うん、ほら前にサトシくんと戦ったあのオノノクス。ピンチのわたし達を助けてくれたの」

 

「そう言えば……」

 

 ゼクロムに乗って彼女達の所に移動した際、オノノクスを見たのをサトシは思い出す。どうやらワルビル同様、オノノクスも尽力を尽くしていたようだ。

 

「うーん、いつの間にかいなくなってたわ。多分、野生だから捕まるのを避けて離れたんじゃないかしら」

 

「じゃあ、ワルビルもかな」

 

「ワルビル? まさか、あのワルビルもいたのかい?」

 

「あぁ、助けてもらってさ。礼を言いたかったんだけどなー」

 

 ただ、どこに行ったか分からない以上、探すのは不可能。今はそんな余裕も無いし、次に会えた時オノノクスを含めてお礼を言うとサトシは決めた。

 

「アララギ博士やアーティさんは今どうしてますか?」

 

 最後に、二人について尋ねる。警官のジュンサーなら二人の現状を知ってると思ったのだ。

 

「確か、市長の屋敷で話し合っていたわね。場所はあそこ。会うなら入って聞いてみたら?」

 

 そうしますとサトシ達は屋敷に向かう。少し大きいと思った後、入ろうとしたが、その前に玄関の扉が開いた。

 

「――となると、やっぱりそれぞれで預かるしかないと」

 

「数を考えると。このままは不味いから」

 

「えぇ、他にも――おや、皆?」

 

 アララギとアーティ、黄色の髪の女性と話していたが、サトシ達に気付く。

 

「ピカチュウ……」

 

 その際、女性がピカチュウを見て、ピカチュウを肩に乗せるサトシに一瞬だけ鋭い視線を向けていたのは、誰も気付かなかった。

 

「アララギ博士! アーティさん!」

 

「おはよう――いや、今はこんにちはね。皆」

 

「やぁ、皆。疲れは取れたかい?」

 

「あんまり……。それより――」

 

「カミツレさん」

 

 隣の女性は誰なのか、それを聞こうとしたサトシだが、その前にデントが話し掛ける。

 

「あら、デントくんじゃない」

 

 カミツレと呼ばれた女性も、デントに気付くと声を掛けた。

 

「デント、この女の人と知り合いなのか?」

 

「いや、まぁ。――ジムリーダーだからね」

 

「……えっ、ジムリーダー?」

 

「ライモンシティのライモンジム、ジムリーダー、カミツレよ。よろしくね」

 ウインクしながら語るジムリーダー、カミツレの自己紹介に、サトシ達は思わず声を上げた。

 

「あらあら、驚かせちゃったかしら」

 

「まぁ、突然来ればね」

 

「イッシュ地方の大惨事よ? 来ない方がおかしいわ。だからこそ――」

 

「こうして、ワシ等も来ることになったんだからな」

 

 そう言ったのは、厳つい表情、小柄だがガタイは良く、西部劇の保安官風の格好をした男性だ。

 

「ですね。これほどの大惨事、駆け付けなければジムリーダー失格です」

 

 ベルトと合わさった水色の飛行服、へそが出てるボトムズに身を包み、分厚いグローブ・ブーツ、出した髪の一ヶ所をプロペラみたいな飾りで止めた女性が同調する。

 

「それに、これは今後のイッシュ全体に関わる事態」

 

 はだけた着物に、水色のアイマスクをしており、その一部をチョンマゲに結っている長髪の男性が静かに語る。

 

「直接話し合うのは必須。故に、こうして来たわけだ」

 

 白髪に、口が竜の下顎のような大きな髭で隠れており、逞しい体つきの男性が重さが伝わる口調で断言する。

 

「おかげで、ライブは中止になっちゃったけどね~」

 

 小柄で厚底ブーツを履き、髪型は白に前を縛ってちょんまげ。鼻の上にピンク色のそばかすがあり、水色と紫色のボーダーを来た少女が、手に持つ黒と紫の刺々しいワーロックベースを不満を散らすように弾いている。

 

「仕方なか。おいらはジムリーダー。人々とポケモンの危機には駆け付けるのは当然たい」

 

 青い髪型に真っ黒に日焼けした身体、鰭らしき部分がある海パンの格好をし、訛りのある男性が少女を納得させる様に話す。

 

「えと、あなた達は……?」

 

「ん? あぁ、そういやまだ言ってなかったな。ワシはホドモエシティにある、ホドモエジムのジムリーダー、ヤーコン様だ」

 

「フキヨセシティのフキヨセジム、ジムリーダー、フウロです」

 

「セッカシティ、セッカジム、ジムリーダー、ハチク」

 

「ソウリュウシティ、ソウリュウジムのジムリーダー、シャガだ」

 

「タチワキシティ、タチワキジムのジムリーダー、ホミカさ」

 

「セイガイハシティ、セイガイハジム、ジムリーダー、シズイたい」

 

「う、嘘~~~!?」

 

 目の前のジムリーダー達に、ベルが思わず声を上げる。彼女が上げなければ、他が出していたかもしれない。

 

「ジ、ジムリーダーがこんなに……!?」

 

「あ、あう……」

 

 集まったジムリーダーに、思わず息を飲むサトシやシューティー。ただ、驚きからアイリスがジムリーダーの一人を困った様子で見ていた事に気付けなかった。

 

「言っておくが、まだ全員じゃないよ?」

 

「えっ、それって……」

 

「まさか?」

 

「おーい、どうしたんだよ」

 

「話はまだ――って」

 

「おやおや、あんた達もいたのかい」

 

「ポッドにコーン!」

 

「アロエさんも!」

 

 アーティの言葉に、まさかと思ったサトシ達の前にサンヨウジムのポッドとコーン。シッポウジムのアロエが現れる。

 

「久しぶりだな、デント!」

 

「うん。元気そうだね、ポッド、コーン」

 

「えぇ。ただデントやサトシ君達もヒウンシティにいると言う事は……」

 

「あんた達も騒動に巻き込まれたのかい?」

 

「まぁ……」

 

 サトシ達がこのヒウンシティにいることから、ポッドやコーン、アロエは彼等が件の事態に巻き込まれたのを察した。

 

「大丈夫だったか、デント?」

 

「怪我はありませんか?」

 

「ないとは言えないけど、仕方ないさ」

 

「あんた達も無茶はしてないかい?」

 

「結構……」

 

「……しました」

 

 アロエにそう言われ、サトシもシューティーも気まずそうだ。

 

「ポッドやコーン、アロエさんもとはね」

 

「こんな事態だからな」

 

「えぇ、来るのは当然です」

 

「こうして皆一緒に会うのは久しぶりだねぇ」

 

「あぁ。それと、もうすぐ新しい一人が来る予定になっている。――来たか」

 

「シャガさん」

 

 サトシ達の後ろからシャガの名前を呼んだのは、一本立った黒い短髪に白い服と青いズボン、ネクタイを着こなすまだ少年と言える人物だった。

 

「彼は……?」

 

「会った事はあるだろうが、改めて紹介しよう。彼は――」

 

「チェレン!」

 

 ジムリーダー達がその人物達について聞き、シャガが話そうとしたが、その前にベルが出て彼の名前を告げる。

 

「……ベル? ベルだよね?」

 

「そうだよ! うわ~、こんな所で再会するなんて!」

 

「ぼくもだよ」

 

 ベルとチェレン、二人の少年少女が再会を喜び合う。

 

「ベル、知り合いなのか?」

 

「うん、三人には前に言ったことあるでしょ? わたしには、先に旅立って今ではジムリーダー候補になってる幼なじみがいるって。それがこのチェレン」

 

 ベルと初めて会ったその日、彼女がそう言っていた事をサトシ達は思い出す。

 

「初めまして、チェレンです」

 

 チェレンは礼儀正しく、頭を下げて自己紹介する。

 

「彼はまだ候補ではあるが、能力的に問題はない。なので、呼ぶことにしたのだ」

 

 ジムリーダー達はシャガの判断なら大丈夫だろう納得したのか、異論を口にすることは無かった。どうやら、彼がジムリーダー達の代表とも言える人物の様だ。

 

「えと、あの……。何で、ジムリーダーがこんなに?」

 

「確か、今後のイッシュに関わると言ってましたけど……」

 

「ピカチュウを乗せたトレーナー。君がサトシ君だな? アーティから話は聞いている。何でも、ゼクロムと共にこの事態を解決したと。大したものだ」

 

「そ、そんなことないです! ゼクロムが力を貸してくれたからです!」

 

「謙虚だな」

 

 ゼクロムと共にいた。それは即ち、英雄の素質を持つと言う事だ。なのに傲らないサトシに、ジムリーダー達は感心の声を上げる。一人だけは何とも言えない複雑な様子だが。

 

「さて、この事は事件の当事者の君達にも関係ある話。説明して置くべきだろう」

 

「じゃあ、僕が話そう」

 

 シャガの言葉に、アーティが自分が話すと申し上げ、説明を始めた。

 

「僕達ジムリーダーは先程までアララギ博士や市長を交え、二つの話をしていたんだ」

 

「一つは当然ながら、ヒウンシティの復興ですね?」

 

「えぇ、ヒウンシティはイッシュ地方の中でも一番企業が集まり、交易が盛んな場所。一日早く立て直さないと」

 

「他の街で一部受ける事は出来るが……全てとなると流石に無理があるからな」

 

「シャガ殿、その事に関しては?」

 

「多くの街に報告し、復興の為の材料を早急に調達する予定だ。だが、それだけに集中するわけにもいかん。もう一つ対応すべき事がある」

 

 シャガの言葉にアーティ、カミツレ、ヤーコン、ハチクが順に話し、念を押すようにシャガが語る。

 

「もう一つと言うのは……?」

 

「ロケット団のポケモン達についてです」

 

「何せ、大量に出てきちゃったもんね~」

 

「あぁ、しかも全て他地方のポケモン達だ」

 

「おまけに、ヒウンシティにこれだけの被害を出した要因の一つ」

 

「一番悪かは、ロケット団なのは分かっておるが……」

 

「このまま放って置くわけには行かないのさ。自然への影響を考えれば尚更」

 

 サトシの疑問に、フウロ、ホミカ、ポッド、コーン、シズイ、アロエが順に説明する。ちなみに、これは遅れていたチェレンに対しての説明でもある。

 

「じゃあ、あのポケモン達はどうなるんですか?」

 

「彼等は僕達が預かる事になった」

 

「……と言うと?」

 

「ポケモン達はロケット団に所属していた。このまま返すのはまたロケット団に復帰する恐れもあるし、何よりヒウンシティやイッシュの人々が絶対に納得しないわ」

 

「だから、ワシ等で預かってそれぞれの街でボランティアなどの慈善活動に参加させるって事さ」

 

「罰を与える様で心苦しくはありますが……。これぐらいはないと納得しません」

 

「ただ、それでも問題はまだ残っている。と言うよりは、現在進行中だが」

 

「進行中?」

 

「ロケット団のポケモン達は、このヒウンシティから逃走した様なのだ」

 

「逃走!?」

 

 思わぬ言葉に、サトシ達は驚愕する。

 

「先ずその経緯から話そう。ゼクロムはポケモン達が鎮圧した後、雨を降らしていたが、その時に多数のポケモン達が逃走したのだ」

 

 ゼクロムとの力の差、雨の冷たさで頭が冷えたのか、ポケモン達は次々と逃げ出していたのだ。

 

「まぁ、それ以外のポケモン達は、新たに捕獲して問題ないけどな」

 

「新たに捕獲?」

 

「戦いの影響により、彼等のモンスターボールは破損したようなのです。無理もありませんが」

 

 何せ、ポケモン達は暴走していた。そんな状況下で耐えきれる訳もなく、彼等のモンスターボールは彼等との戦闘により、機能が発揮されない程に破損、全壊したのだ。

 

「って訳で、モンスターボールで新たにゲットしたって事」

 

「だけど、用意までの時間は掛かっちゃったし、消火にも専念しないとダメだったから多数のポケモン達が逃げたのさ」

 

「だから、彼等の保護を兼ねた捕獲が必要になるんだ」

 

 消防士や警官は先ず人々や街を優先した事もあり、ポケモン達は逃走に成功。再ゲットする事態になったのだ。それらを聞き、ベルが挙手してある質問をする。

 

「あの、って事はもしかして、そのポケモン達ってゲット出来るんですか?」

 

 だとしたら、他の地方のポケモンをゲットする絶好のチャンスだ。

 

「確かに出来るだろうが……」

 

「? 何か不味い――」

 

「あんたねぇ……。犯罪組織に所属していたポケモンをゲットしたいの?」

 

「……あっ」

 

 シャガの困った様子に疑問符を浮かべていたベルだが、カベルネに指摘され気付いた。確かにそれは不味い。

 

「ただ、今回の出来事を知らない、それぞれの理由でゲットするトレーナーも少なからずは出るだろう。彼等がロケット団と勘違いされるのを避ける為にも、素早い対策は必要か」

 

 出来るだけ早く伝えるつもりだが、それでも逃走したポケモン達を捕獲する人物は必ず出てくる。彼等の為にも、何らかの措置は必須だ。

 

「では、彼等に関してはその様にしましょう。話は戻して、さっき新たにゲットしたポケモン達をどう預かるかだけど――まぁ、これはほとんど決まっているけどね」

 

「と言うと?」

 

「それぞれの専門のタイプを基準に、預かる事になったの。アーティなら虫タイプ、アロエさんならノーマルタイプと言った具合にね」

 

 専門のタイプなら、知らないポケモンとでも比較的に上手く付き合える。そう判断したのだ。

 

「……だとしたら、僕もジムリーダーに戻った方が良いでしょうか?」

 

「デント……」

 

 その理屈なら、草タイプのジムリーダーだったデントもいた方が当然良い。

 

「君が復帰してくれるのならば、助かるのは確かだ。ただ、理由は二人を通して既に聞いている。今の君はジムリーダーではなく、一人のトレーナー。強制する権利は我々にはない」

 

「ただ、ジムリーダーの矜持があるならばするべき」

 

 シャガはどちらでも構わないと言うが、ハチクは戻るべきだと静かに語る。

 

「ハチクさん、デントの分は残る俺達がカバーする。だから頼むよ」

 

「今デントは、ジムリーダーとしてポケモンソムリエとしても更なる成長を果たそうと旅をしています。どうか」

 

「ポッド、コーン……」

 

 自分の為に頭を下げる兄弟の二人に、デントは深い感謝を抱いた。

 

「ハチクよぉ、二人がこうまで言ってる訳だし、デントの旅の続行を認めてやれよ」

 

「第一、今のデントくんはシャガさんが言っているように、一人のトレーナー。私達がどうこう口出す権利はないわ」

 

「えぇ、ハチクさんの気持ちも分かりますが、ここはデントさんの意志を尊重するべきです。……羨ましいですが」

 

 三人のジムリーダーが兄弟を擁護する。その際、フウロがポツリと溢したその一言を溢していた事には誰も気付かなかった。

 

「分かっている。私はイッシュ地方についての最善を提案しただけだ」

 

 ただ、他地方のポケモン達との触れ合いも成長の切欠になる。とはハチクは言わなかった。

 デントが旅をした理由にも一理あるし、シャガ達が言うように今の彼は一人のトレーナーだ。口出しは出来ない。

 

「ただ、旅で遭遇したロケット団のポケモン達の保護の為の捕獲ぐらいはすべき。とは私は考える」

 

 旅をするからこそ出来るその方法を聞き、デントは分かりましたと返した。

 

「旅かあ。楽しそうだねぇ。あたしもジムリーダー止めて、皆と一緒に旅するシンガーになろうかな?」

 

「こらこら、そんなこと言っちゃダメか」

 

「まぁ、次々とジムリーダー達が辞めてもらうのは困るしねえ。特に今」

 

「分かってます~だ」

 

 ホミカはジャーンとギターの弦を鳴らし、自分も旅をしようかと考えるも、シズイやアロエに言われるとあっさり止めた。

 

「彼に対しての話はこれで終わりだ。話はロケット団のポケモン達にまで戻そう。保護はしたが、これに関しては一つだけ問題がある」

 

「問題?」

 

「ポケモンの数が多すぎるのよ。何せ、数百はいるから」

 

 そんな数のポケモンをジムリーダーとジムトレーナー達だけで預かるのは困難と言わざるを得ない。なので、どうすれば良いかを考えていた。

 

「では、我々も力添えしましょう」

 

 そこに現れたのは、プラズマ団のゲーチス。隣には、Nもいる。

 

「あなたは?」

 

「彼がプラズマ団と呼ばれる一団のゲーチスさん。彼等と共に、この一件の解決に力を尽くしてくれた者達で、リーダーの――」

 

「いえ、プラズマ団のトップはワタクシではありません」

 

「では、誰が?」

 

 てっきり、ゲーチスがプラズマ団のトップかと思ったが、本人が否定した。となると、誰がトップかが気になる所だ。

 

「紹介します。プラズマ団のトップ――我らが王、Nです」

 

「――初めまして、Nと申します」

 

 Nがゾロアやポカブと共に前に出ると同時に、サトシ達から驚きの声が上がる。

 

「え、Nさんがプラズマ団のトップ……!?」

 

「ってか、王とか言ったけど……!?」

 

「じゃ、じゃあ、Nさんって王様なの!?」

 

「わ、私に聞かれても知らないわよ!」

 

 サトシと三人の少女が戸惑う中、残るシューティーとデントがNを見る。

 

「……君はどう思う?」

 

「僕はサトシ達ほどあの人と交流がありませんので、何とも言えませんが……少し引っ掛かりますね」

 

「僕もそう思ったところだよ」

 

 彼がプラズマ団のトップなのは間違いない。しかし、だとしても若すぎる。それに、何故リーダーではなく、『王』なのだろうか。微かな違和感がどうしても消えない。

 

「ブイ!」

 

「あっ、イーブイ。もう大丈夫かい?」

 

「ブイイ♪」

 

「まだちょっと辛そうだね。今日はゆっくりしようか」

 

「ブイ~……」

 

 心配させまいと笑顔を向けるイーブイだが、Nは身体を触わった時の反応や感触で不調だと悟り、ゆっくりさせようと判断。優しく抱き抱える。

 

「改めまして――プラズマ団の王、Nです」

 

 今までの一人の人間ではなく、プラズマ団のトップ、王としてNは自分を紹介する。

 

「……」

 

 興味、驚愕、困惑、サトシ達がそれらでNを見る中、アララギだけは何とも言えない表情で見つめていた。

 Nは一度だけアララギに視線を向け、次にサトシ達やジムリーダー達と向かい直す。

 

「我々を手伝うとの事ですが……そもそも、貴方達の目的は?」

 

 シャガがNとゲーチスに、説明を求める。そもそも、このプラズマ団は何の団体なのかさっぱり分かっていない。その実態を知るためにも、ここで話を聞く必要があった。

 

「ボク達はポケモンの自由の為に行動しています」

 

「自由?」

 

「もっと簡単に言えば、解放です。今の人とポケモンの関係を、本当の意味で対等にしたいのです」

 

「今のトレーナーやポケモンの関係が対等ではないと?」

 

「モンスターボールで捕まえ、中に入れる。それで人とポケモンの対等と言うのは些か不自然ではないか? また、トレーナーが指示し、ポケモンが戦うポケモンバトルについてもです。そう考え、今の人とポケモンの在り方を変えるべく、同じ考えの者達と共に活動を始めた一団。それが我々、プラズマ団です」

 

 ゲーチスの言葉に、サトシはNと最初会った時に彼が話していた事を思い出した。

 

「なるほど、一理ある」

 

 プラズマ団の掲げる信条を聞き、全員は各々の反応を見せる。主に納得した者、戸惑う者、特に変わらない者などだ。

 

「このヒウンシティに来たのは、その事を演説する為に?」

 

「はい。イッシュ一の都会ならば、演説には最適ですので。まぁ、この様な事態になってしまい、中止致しました。皆様が大変なこんな時に演説するつもりはありませんので」

 

 どうやら良識は有るようだと、一同は感じた。

 

「ただ、それでも我々に出来る事はあります」

 

「それが、ポケモン達の保護の手伝いと」

 

「その通りです」

 

「……ふむ」

 

 有難い申し出ではある。何しろ、この事態は自分達だけでは手に余る。プラズマ団がどれだけいるかは分からないが、彼等が手伝うとなれば、相当助かるに違いない。

 問題なのは、まだ知らない相手であるプラズマ団に保護をさせる点だ。彼等が善意の集団なら、何の問題は無い。ただ、もし彼等が――

 

「しかし、民間の団体である貴方達が、犯罪組織に所属していたポケモン達を保護するのは大変な苦労だろう」

 

「それは承知の上です。先程も言った様に、ボク達はポケモン達の為に活動します。犯罪組織に所属していたからと言って、差別と変わりませんし、何より放置すれば多くのポケモンが傷付くのは火を見るより明らか。手伝うのは当然の行動です」

 

「それに、今の数だけでも相当辛いのでは? これ以上保護すれば、表現は悪いですが爆弾を抱え込む様な物です」

 

 ゲーチスの台詞は正しい。一ヶ所に多数のポケモンを預けた場合、何らかの切欠で暴走し、被害が出るのが怖い。

 

「……」

 

 腕を組んだまま、悩みに悩むシャガ。自分達だけで解決出来る事態ではないため、助力は欲しいが、何の実績もないプラズマ団に任せる事も出来ない。

 

「シャガ殿、貴方のお悩みは分かります。我々が万が一悪用した時を恐れているのですね?」

 

 ゲーチスの台詞に、サトシ達はシャガの悩みを理解する。確かにそうなった時、プラズマ団は一気に脅威と化してしまう。

 

「では、こう致しましょう。我々の行動を逐一貴方達や、警察に報告します。勿論、何処で活動しているのかも。また、定期的な視察も受けます」

 

「……ほう」

 

 その提案に、シャガは鋭い眼差しでNやゲーチスを見つめる。定期的な報告に視察。この二つを受けると言う事は、常に監視されるに等しい。

 

「まだ駄目でしょうか?」

 

「……了解した。必ず定期的な報告をし、視察を受けてもらう」

 

 暫し逡巡した後、シャガが提案を受けた。どう足掻いても自分達だけではこの事態は対応出来ない。一早い解決の為にも、プラズマ団の力は必要だった。但し、徹底的に警戒はするが。

 

「はい。必ず」

 

 話は纏まり、ロケット団のポケモン達はジムリーダー達とプラズマ団が主体となって保護する事になった。

 

「さて、サトシくん」

 

「何ですか、アーティさん?」

 

「話は片付いた。約束した通り、ジム戦を始めようか。色々あって遅れてしまったからね」

 

「えっ、でも……」

 

 戸惑うサトシ。こんな事態でジム戦と言うのも如何なものだろうか。

 

「サトシくん、僕が今君とのジム戦を行うのは理由がある」

 

「理由?」

 

「先ずはジムリーダーとして、ジム戦を今日まで待ってくれた君に応えたい。次に、これが最も重要なのだけど――ヒウンシティの人々に活気を与えたいんだ」

 

「……どういう事ですか?」

 

「今回の件で他地方のポケモン達に恐怖を抱くかもしれない。また、ポケモンバトルそのものにもね。だけど、ポケモンバトルは本来ぶつかり合い、競い合う事で強さと心を鍛え、観客を沸かせるもの。それを思い出して欲しいんだ。どうかな?」

 

 自分だけでなく、ヒウンシティの為。そんな理由があるのなら。

 

「分かりました。俺で良ければ!」

 

「なら決まりだ。今から二時間後、僕と君のジム戦を行おう。場所はヒウンジムではなく、セントラルエリア。形式は三対三で、入れ換えは挑戦者の君だけが行えるルールだ」

 

 サンヨウ、シッポウと違う、今までのジムと同じルールだ。

 

「ちなみに、二時間なのはフシデ達に少し離れてもらう説明と少し休む時間が欲しいんだ。何しろ、今まで働き詰めだったからね」

 

 だとしたら、休みたいのも無理はない。ヒウンシティに活気を取り戻す切欠になるためにも、挑戦者としっかりと戦うためにも休憩は必要だ。

 

「それと、一応聞いておきますが、プラズマ団のお二人も彼等が戦う事について、どう思いますか?」

 

「思うところはあります。ただ、今ポケモンバトルは多くの人々を沸かせるものであるのは確か。理由も理由ですから仕方ありません」

 

 今回は何も言う気は無いと、ゲーチスは語る。

 

「全力で掛かって来たまえ、サトシ君」

 

「はい、全力で挑みます!」

 

 こうして、サトシの三つ目のバッジを賭けたジム戦が行われようとしていた。

 



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ヒウンジム戦、前編

 かなり長くなったので、二つに分割しました。


「無事で何よりだ、アイリス」

 

「シャガ、さん……」

 

「キバ?」

 

 セントラルエリア。もうしばらくの後にジム戦が始まるその場所では、再会を果たした数人が各々の時間を過ごしていた。

 例えば、アイリスとシャガ。この二人は知り合いではあるが、正直今のアイリスにとってシャガは会いたくない相手だった。

 

「その、あたし……」

 

「――良くやった」

 

 言葉に詰まるアイリスに、シャガは頭を手を乗せながら誉める。

 

「今回の件で頑張ったそうだな。アーティから話は聞いている」

 

「で、でも、あたしは……」

 

「それは今後だ。後、ドリュウズとはどうだ?」

 

 シャガは、アイリスとドリュウズの関係が上手く行っていない事を知っている。その気は無かったが、要因でもあるからだ。

 

「その、まだ……」

 

「そうか。だが、しっかりと向き合う事だ。そうすれば、必ず分かり合える」

 

「……はい」

 

「それと、そのキバゴが預かったポケモンか?」

 

「そうです。あたしが未熟なせいでまだまだですけど……」

 

「キバキバ!」

 

 そんなことないと、キバゴはアイリスを励ます。

 

「その子とも常に向き合い、しっかり育てるのだ」

 

「はい」

 

「ふっ、まだまだだが良い目にはなっている。彼やデントのおかげか?」

 

「……かもしれないです」

 

 少なくとも、自分一人ではあの時からほとんど変わっていないだろう。

 

「なら、彼等との旅で多くの体験で学ぶが良い。そして――今よりももっと成長してソウリュウシティに来い」

 

 そこでシャガと戦わなければならない。アイリスは直ぐに悟った。

 

「さて、私はもう少し話して置きたい事もある。ここらでな。――それと」

 

 そろそろ話を切り上げようとしたシャガだが、最後に一つだけ伝える。

 

「サトシ君の近くで、一人のトレーナーとして接してやれ」

 

「そうするつもりです」

 

 強い意思でそう告げるアイリスに、シャガは余計なお世話だったかと苦笑いを浮かべる。

 

「さらばだ」

 

「また」

 

 それだけを言うと、シャガはアイリスから離れていった。

 

「じゃあ、キバゴ。あたし達はサトシの所に戻ろっか」

 

「キババ」

 

 話も終わり、一人と一匹は自分達の仲間の元に向かう。

 

 

 

 

 

「ほー、これがお前の新しい手持ちのイシズマイかあ」

 

「うん、背負う殻のようにしっかりとした意思に、優しさも持つ良い子だよ」

 

「良い仲間をゲットしましたね、デント」

 

 別の場所で、サンヨウの三兄弟が話し合っていた。

 

「イママーイ」

 

「ナプナプ」

 

「バオ~」

 

「ヒ~ヤ」

 

 デントが旅でゲットしたイシズマイをヤナップと一緒に紹介しており、ポッドとバオップ、コーンとヒヤップが挨拶。二匹はイシズマイと直ぐに打ち解けていた。

 

「にしても、まさかこんな事態になるなんて思いもしなかったな」

 

「えぇ、本当に」

 

 荒れてしまったヒウンシティに、ポッドもコーンも辛そうな表情だ。

 

「それに俺達も忙しくなるしなあ」

 

「ヒウンシティ復興の手伝いは勿論、他地方のポケモンを見なければなりませんからね」

 

 どちらも今後のイッシュの為にも、絶対にしなければならない大仕事だ。忙しくなるのは火を見るより明らか。

 

「……ポッド、コーン」

 

「お前はそっちに集中しろっつの」

 

「一度決めたことをひっくり返すのは、男らしくありませんよ?」

 

 やはり、自分はジムリーダーに戻るべき。そう言おうとしたデントだが、兄弟に止められた。

 

「だけど……」

 

「分かってるぜ、お前が俺達を思ってそう言ってるのはよ。けど、俺達なら大丈夫だ。それに――お前はさ、あいつといた方が良いと思うんだよなあ」

 

「あいつって……サトシの事かい?」

 

「彼は今回の件で理想の英雄としてこのイッシュで広く認知される可能性が高い。それが良いことばかりとは限りませんからね」

 

 英雄とは凄いだけの存在ではない。出来れば流石、当然と言う勝手な期待、出来なければその程度かと勝手に落胆、失望、時には敵意も受ける存在でもある。

 勿論、そんな人ばかりではないとは思いたいが、そうではないのが世の中だ。

 

「デントはよ、サトシの事どう思ってるんだ? やっぱり、英雄だって考えてるのか?」

 

「――いや」

 

 ポッドの言葉を、デントは明確に拒否した。

 

「サトシはサトシだよ。真っ直ぐでポケモンが大好きな熱い少年で、僕の仲間。正直、英雄は重すぎると思う」

 

 まだそんなにいるわけではない。それでも、デントはサトシをそう思っていた。だからこそ、英雄の名は無い方が良いとも。

 

「ならデント、近くにいて上げてください。これから英雄に立ち向かわなければならない彼に、仲間として」

 

「――そうするよ。それと、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 完全に迷いが無くなった訳ではない。しかし、これからのサトシのためにも、デントは彼と共に旅を続けようと決心した。

 

 

 

 

 

「ベルも大変だったね」

 

「うん。すっごく。けど、チェレンもこれから大変でしょ?」

 

「まあね……」

 

 他のジムリーダー達と同じ仕事をこなさねばならない。これから大変なのは確かだ。

 

「そうだ、ベル。お父さんに――」

 

「それは黙って! お願い!」

 

 幼なじみのその言葉を聞き、チェレンはもしやと感付く。

 

「……勝手に出たんだね」

 

「……うん。そうでもないと、出来なかったから」

 

「無茶をするね」

 

「……だって、チェレンに追い付きたかったから」

 

「ぼくに?」

 

「……わたしにとって、チェレンは憧れなんだもん」

 

 一足先に旅をし、その経験からもうすぐジムリーダーになる幼なじみに、ベルは憧れを抱いていた。自分が自由でない分、尚更。だからこそ、自分は今こうして旅をしているのだ。

 

「そっか。ただ、この事は話して置くべきだ。それが筋だよ」

 

「でも、そんなことしたら、わたしは……」

 

「なら、このまま逃げ続ける事が正しいのかい?」

 

「それは……」

 

 思わない。だが、話を聞いてくれるとは考えられなかった。

 

「……はぁ、仕方ない。この話は聞かなかった事にするよ」

 

「――ありがとう!」

 

 つまり、チェレンは見逃すと言ってくれたのだ。

 

「ただ、この一回だけだよ。次に何らかの事件に巻き込まれた場合は話すから」

 

「うん、分かってる」

 

 真面目なチェレンなら、二度目が有れば流石に報告するだろう。この一度があるだけでも有り難い。

 

「じゃあ、サトシくんとアーティさんのジム戦見ようよ」

 

「そうさせてもらおうかな」

 

 ベルにとってもチェレンにとっても、この後に始まるジム戦の観戦は意味がある。二人の幼なじみはジム戦を暫し待つことになった。

 

 

 

 

 先日の戦いの痕が残り、ジム戦の為にフシデ達には退いてもらったこのセントラルエリアで、サトシとアーティが向き合う。

 

「うわ、人が凄く多い……」

 

「まぁ、片方は事件解決に最も貢献した人物。もう片方はこの街のジムリーダー」

 

「これだけ集まっても、何らおかしくない、か」

 

 サトシとアーティの周囲には、シューティー達やヒウンシティの人々だけでなく、フシデ達やN達プラズマ団や、ジムリーダー達までいた。

 

「さーて、理想に見出だされたトレーナーの実力を拝見させてもらおうか」

 

「どんなバトルになるのかねぇ」

 

「今から楽しみと」

 

 ヤーコン、ホミカ、シズイの三人が理想――即ち、ゼクロムに認められたサトシについて口に出す。

 

「……」

 

 他のジムリーダー達も興味津々だ。中でも、カミツレがサトシに一番注目していた。

 

「ふふ、これだけの観客がジム戦も早々ないだろうね」

 

「俺もちょっと緊張してます」

 

「僕もさ。――さぁ、始めようか!」

 

 アーティが審判役のジムトレーナーに目配せする。

 

「これより、ジムリーダー、アーティとチャレンジャー、サトシのジム戦を始めます。使用ポケモンは三体。交代はチャレンジャーのみ可能。どちらかの手持ち全てが戦闘不能になった時点で試合終了です。――始め!」

 

「ハトーボー、君に決めた!」

 

「出てこい、イシズマイ!」

 

「ハトー!」

 

「ズマイ!」

 

 ハトーボーとイシズマイが、バトルフィールドに立つ。

 

「サトシはハトーボー!」

 

 前のジム戦で出れなかった分、ハトーボーは張り切っていた。

 

「アーティさんは――やっぱり、イシズマイ」

 

「やっぱり?」

 

「僕の時、僕はサトシと同じくハトーボーを繰り出したんですが――」

 

「その時も、イシズマイだったと」

 

 二人のバトルの詳細を記すため、手帳を手に持ちながら頭を縦に振るシューティーに、デントはなるほどと呟く。

 

「ハトーボーはノーマルと飛行。イシズマイは虫タイプではあるけど、同時に岩タイプもある。どちらかと言うと、サトシの方が不利ね」

 

「大丈夫かな……」

 

 ハトーボーの技はどちらも、岩で等倍にされてしまう。一方、イシズマイは岩で弱点が付ける。有利なのはアーティだ。

 

「ほー、マメパト進化したんだな」

 

「その様ですね」

 

 マメパトを見ていたポッド、コーンは進化したハトーボーがどの様に戦うかに注目していた。

 

「不利だろうが、ガンガン攻めるぜ! ハトーボー、でんこうせっか!」

 

「ハトー!」

 

「イシズマイ、からにこもる」

 

「ズマッ!」

 

「ハトッ!」

 

 先手を打つべく、効果今一つでも素早い一撃を放つハトーボー。しかし、それは籠ったイシズマイは殻に弾かれてしまう。

 

「残念だが、素直に食らう気はないよ。防御を高めさせてもらった」

 

「だったら……ハトーボー、空に!」

 

「ハト!」

 

「何をする気かな?」

 

 ならばと、サトシはハトーボーを上空に移動させる。

 

「急降下しながらつばめがえしだ!」

 

「ハトーーーッ!」

 

「なるほど、急降下で技の威力を引き上げて。ならこちらも。イシズマイ、殻に籠ったまま――回転!」

 

「ズママイ!」

 

「ハトッ!?」

 

 威力を高めたつばめがえし。しかし、それも回転に弾かれてしまう。

 

「今のは……!」

 

「イシズマイ、うちおとす」

 

「かわせ、ハトーボー!」

 

「ズマイッ!」

 

「ハトー――ボーーーッ!」

 

 弾かれた隙を狙い、止まって殻に出てきたイシズマイは石を打ち出す。ハトーボーは避けようとしたが、弾かれた直後もあり、直撃して吹き飛ばされてしまう。

 

「いきなり効果抜群の技を受けた!」

 

「これも僕の時と同じですね……」

 

 先制攻撃を対応されただけでなく、反撃に手痛い一撃を受けてしまった。これは厳しい。

 また、自分の時もそうなっていたため、シューティーは険しい表情を浮かべる。

 

「ただ、あの回転は……」

 

「ハイシールド……!」

 

 自分も受けたことのある戦術、ハイシールドにカベルネは目を見開く。アイリスも驚いているが、使ったデントはさほどではない。

 アーティもカウンターシールドは見ているし、同じイシズマイがいる。使えても何ら不思議ではない。

 

「大丈夫か、ハトーボー?」

 

「――ボー!」

 

 痛い一撃だが、まだやれるとハトーボーはサトシを見て頷く。

 

「まさか、ハイシールドを使うなんて予想外でした」

 

「おや? これは君用にと今まで使って無かったんだがね?」

 

「デントが使ってました。同じイシズマイを持ってるんです」

 

「あぁそれでか。うーん、ちょっと残念」

 

 考案の切欠であるサトシ用に取っておいたのだが、先に見ていたと聞いて残念がる。

 

「だけど、編み出したのはこれだけじゃない。楽しんでもらおうか」

 

「そうします。ハトーボー、エアカッターだ!」

 

「イシズマイ、かわすんだ」

 

「ハトー!」

 

「ズママイ!」

 

 空気の刃で遠距離から攻撃を仕掛けるも、イシズマイの思わぬ身軽さで楽々かわされてしまう。

 

「速い……!」

 

 流石にからをやぶるを使った後ほどではないが、通常時はデントのイシズマイよりも素早い。

 

「僕のイシズマイの殻は軽く丈夫な素材で出来ていてね。普通のイシズマイと同じ防御力を持ちながら速いのさ」

 

 それでかと、サトシはイシズマイの速さに納得する。しかし、速いだけでなく、堅いとは厄介だ。

 

「ふふ、攻めあぐねているね。――イシズマイ、がんせきほう!」

 

「がんせきほう!?」

 

 岩タイプ、最強の技。飛行タイプのハトーボーが食らえば、最悪一撃で倒されてしまう。うちおとすで少なくないダメージを受けている今なら尚更だ。

 

(でも、確かがんせきほうは……)

 

 その破壊力故に、余程鍛えてない限りは凄まじい反動が発生し、少しの間動けなくなる。ならば、これはチャンスだ。

 

「――発射!」

 

「ズマー……イーーーッ!」

 

「ハトーボー、かわせ!」

 

「ボー!」

 

 巨大な岩の形をしたエネルギー弾を発射。凄まじい音と共にハトーボーに迫るも、ハトーボーは身体を捻ってかわす。

 

「反撃だ! つばめがえし!」

 

「ボーーーッ! ――ハトッ!?」

 

 反撃のつばめがえしを放つハトーボー。しかし、同時にイシズマイは後退。更に石の殻の中に籠った。

 つばめがえしが命中するも、からにこもるで防御力が増した岩の殻に弾かれてしまう。

 

「今の……!」

 

 がんせきほうを打った後に下がって殻に入ったのではない。打った時の反動を利用して後退、更に無駄のない動作で殻に入って防御体制を取った。明らかに偶然ではなく、訓練されてる動きだ。

 

「がんせきほうは凄まじい威力の技だが、動けなくなる反動が最大の欠点。だから、それを克服するため、反動を利用する事を思い付いたのさ」

 

 まだイシズマイには反動を消せるほどの能力はない。なので、別方向からその反動に対応したのだ。

 

「だったら……! ハトーボー、連続でエアカッターだ!」

 

「ハトーーーッ!」

 

 ハトーボーがエアカッターを連続で放つ。数枚の空気の刃は動けないイシズマイに命中はするも、殻に当たっているだけ。中に籠った本体にはダメージが無い」

 

「シザークロス!」

 

「ズマイーーーッ!」

 

「ハトーーーッ!」

 

「ハトーボー!」

 

 そして、反動が消えた。イシズマイは素早く殻から出ると、両爪を交差させながら一気に加速。技を放った直後のハトーボーに効果今一つながらもダメージを与える。

 

「うわっ、強い!」

 

「イシズマイの防御力を見事に活かしてる。流石アーティさんか……」

 

 虫タイプのエキスパートだけあり、イシズマイの力を存分に活かしている。

 

「押されてるな……」

 

「なあに、これからだって」

 

「そうそう、英雄が簡単に負けるわけないじゃない」

 

 ヒウンシティの人々が、苦戦するサトシに色々言い合っていた。

 

「さぁ、サトシくん。どう来る?」

 

 悩むサトシ。このままははっきり言って分が悪い。

 

(ミジュマルを出すってのも一つの手だけど……)

 

 効果抜群の水タイプの技や、防御力を下げるシェルブレードが使えるミジュマルなら優位に立てる。

 だが、その場合予定が狂ってしまうし、次のポケモンの弱点が付けられない。

 何より、アーティのイシズマイもハイシールドが使える。簡単には突破出来ない。

 

(なら!)

 

 ここはハトーボーで押し切る。それが最善。問題は、どうやって速さと硬さを併せ持ち、ハイシールドが使えるイシズマイを攻略するか。これに限る。

 

(……待てよ?)

 

 様々な情報から一つ目の突破口を閃くサトシ。これなら行けるかもしれない。またその閃きが、攻略法をも思い付かせる。

 

「ハトーボー、俺を信じてくれるか?」

 

「――ハト」

 

 頷くハトーボー。それだけ、彼女はサトシを信頼しているのだ。

 

「ありがとう。――ハトーボー、でんこうせっか!」

 

「ハトーーーーッ!」

 

「速い一撃で体勢を崩す気かな? そうは行かないよ。イシズマイ、からにこもる!」

 

「ズマイ!」

 

 素早い一撃を放つハトーボーに、イシズマイは再度殻に籠る。

 

「これって、さっきの繰り返し……!」

 

「じゃあ、このままだとまた反撃にうちおとすを食らっちゃう!?」

 

「既にシザークロス、効果抜群のうちおとすを受けてるわ」

 

 ここで再度食らえば、戦闘不能か、そうでなくても止めを刺されて倒されるだろう。

 大半がどよめく中、シューティーやN、デントは静かにこの戦局を見つめていた。

 大勢が見る中、ハトーボーがイシズマイに迫る。もう一秒で激突するその時。

 

「ハイシールド!」

 

「ズママイッ!」

 

「――そこだ! 右側に触れるように!」

 

「トーーーッ!」

 

 イシズマイが回転すると同時に、ハトーボーが軌道を変え、イシズマイの右側に触れながら移動する。

 

「ズマイッ!?」

 

 直後、イシズマイの体勢が崩れて身体が殻から出た。

 

「今だ、つばめがえし!」

 

「ハトーーーッ!」

 

「ズマーーーッ!」

 

 ハトーボーは急転回。勢いよくイシズマイに突撃し、初のダメージを与えた。

 

「攻撃を当てた!」

 

「けど、何でイシズマイは体勢を崩したの?」

 

「でんこうせっかですね」

 

「あぁ、間違いない」

 

「どういう事?」

 

 シューティーとデントはいち早く理解したが、残りは分からず疑問符を浮かべる。

 

「サトシはでんこうせっかで回転を強引に加速させる事で制御できなくし、体勢を崩したんだ」

 

「それに、触れた時の回転による加速で技の威力を引き上げれる」

 

 デントはN戦でポカブのころがるを加速させた件、シューティーはかぜおこしの風で煽れて隙を突かれた時の経験から直ぐに気付いた。

 

「すごい!」

 

「そんな攻略法があったなんて……!」

 

 ベルは素直に誉め、ハイシールドが敗北の要因の一つであるカベルネは、正に驚愕した様子だ。

 

(……ただ、言うだけなら簡単だけどね)

 

 失敗すれば、その回転で弾かれ、今度こそ戦闘不能になっていた。回転、それも刹那のタイミングで見切る力があってこそ。

 正直、同じことをしろと言われても出来る自信はシューティーには無かった。だからこそ、彼はサトシに不敵な笑みを浮かべる。

 

「どうですか、アーティさん。ハイシールド、突破しましたよ」

 

「お見事。ただ、それなら使わなければ良い話さ。何より――ここで決めるだけさ。イシズマイ、がんせきほう!」

 

「ズマイッ!」

 

(来た!)

 

 サトシはがんせきほうを待っていた。その隙を突くために。

 

「発射! 但し――ハトーボーの下の地面に!」

 

「――えっ!?」

 

「イーーーッ!」

 

「ハトーーーッ!?」

 

 だが、サトシの狙いは外れた。がんせきほうはハトーボーではなく、その下の地面に向かって放たれ、技の威力で礫を跳ね上げ、ハトーボーに浴びせる。

 

「ハトーボー!」

 

「ハ……ト……!」

 

 今までのダメージもあり、ハトーボーは落下する。ただ、まだ戦闘不能にはなっていない。

 

(やられた……!)

 

 完全に裏を突かれた。しかも、今の行動は自分の策が封じられた。ただ、イシズマイは反動で追撃は出来ない幸いだ。

 

「ハトーボー……!」

 

「ハトッ!」

 

 自分の声に応えるように、ハトーボーは少しの間の後、羽ばたく。同時にイシズマイも反動が消えて自由に動けるようになった。

 

(どうする……!?)

 

 サトシは必死に頭を働かせる。さっきの攻撃は回避に専念すれば避けるのは簡単だが、今のハトーボーだと先に体力が尽きて倒れてしまう。

 

「イシズマイ、うちおとす!」

 

「ズマッ!」

 

「かわせ、ハトーボー!」

 

「ハトッ!」

 

「連続でうちおとす!」

 

「ひたすら避けろ!」

 

「ズママママイ!」

 

「ハトーーーッ!」

 

 次々と発射される岩の弾丸を、ハトーボーはかわしていく。しかし、動きは少しずつ荒くなっていた。

 このままではやられる。しかし、狙っていた作戦は――と、そこでサトシは気付く。そして、タイミングを見計う。

 

「突っ込め、ハトーボー!」

 

「ハト!」

 

「一か八かの賭けかな? イシズマイ、ギリギリまで引き付けて――発射!」

 

「ズマッ!」

 

「今だ、でんこうせっか! 急降下から地面ギリギリを飛べ!」

 

「ハトー! ボーーーッ!」

 

「つばめがえし!」

 

「ハトーーーッ!」

 

 当たる少し手前ででんこうせっかの速さと急降下でうちおとすを避け、更に地面すれすれの低空飛行からつばめがえし。加速を活かしたその一撃は、イシズマイに確かなダメージを与える。

 

「ギリギリで避けるとは!」

 

「まだです! ハトーボー、もう一度つばめがえし!」

 

「甘い! イシズマイ、からにこもる!」

 

「ハトーボー! 止まって全力でかぜおこし!」

 

「――なにっ!?」

 

「ハトーーーッ!」

 

「ズマ!? マイーーーッ!」

 

 ハトーボーは追撃に再度のつばめがえし。イシズマイは防ごうと殻に籠る。

 しかし、激突の手前でハトーボーは急停止すると全力で両翼を羽ばたかせ、強風を至近距離で浴びせた。

 すると、イシズマイは強風に煽られ、殻ごと転がると身体が殻から出てしまう。

 

「これで決めるぞ! エアカッター!」

 

「ハー……トーーーーーッ!!」

 

「ズマイーーーッ!」

 

 絶好の機会。見逃す訳もなく、ハトーボーは両翼を交差させ、風の刃を発射。エアカッターは見事、イシズマイの身体に命中し、吹き飛ばす。

 

「ズマ、イ……」

 

「イシズマイ、戦闘不能! ハトーボーの勝ち!」

 

「よし!」

 

「ハトー!」

 

 先ずは一勝し、サトシとハトーボーは喜びの声を上げる。

 

「先に一体倒した!」

 

「これで数の上ではサトシの方が有利ですが……」

 

 ハトーボーはかなり消耗している。差ほど有利とは言えない。

 

「あの状況からひっくり返した!」

 

「相性でも不利だったのにね」

 

「大したもんだぜ! やっぱり、英雄だけあるな!」

 

「……」

 

 相性差を覆したサトシに、人々は賞賛の声を掛けていたが、本人は何とも言えない様子だ。

 

「お~、彼やりますね~」

 

「それに、ハトーボーの迷いのない動きから信頼関係が伺える。良いトレーナーね、彼」

 

「私もそう思うわ」

 

 トレーナーは勝利の為の指示を、ポケモンは迷いのない動きを。

 言うだけなら易しだが、それをここまで実現するには高い実力だけでなく、強い信頼も要する。だからこそ、アララギやマコモ、ショウロの姉妹もサトシ達を誉めていた。

 ただ、少し離れていた事もあり、サトシには聞こえていない。

 

「ご苦労様、イシズマイ。やられたよ、サトシ君。うちおとすをあんな風にかわしただけでなく、かぜおこしの風で吹き飛ばすとはね」

 

「本当はがんせきほう対策だったんですよ」

 

「そうか、がんせきほうを避けて後退の隙を突こうとしたんだね? だけど、僕が地面に打った事からうちおとすに回した」

 

「その通りです。で、風で飛ばしたのは――アーティさんのイシズマイ、殻の石は軽いって言ってました。だったら強い風で吹き飛ばしてしまえば良いって思ったんです」

 

 サトシの言葉に、ほとんどがあっと呟く。確かにその通りだ。軽いと言う事は、その分吹き飛びやすい。

 

「だから、かぜおこしにした。なるほど、お見事です」

 

「はははっ、相変わらず相手のを利用するが上手いなあ」

 

「えぇ、コーン達とのバトルを思い出します」

 

 飛行タイプのエキスパートとして、ハトーボーの力を引き出した事にもフウロは評価。

 コーンとポッドは自分達とのバトルの時、サトシはこちらの技を見事に利用していた事を思い出す。

 

「ふふふ、やはり君は面白いよ。サトシ君。さて、僕の二番手と行こう。出てこい、ホイーガ!」

 

「――イーガ!」

 

「あのポケモン……」

 

『ホイーガ、繭百足ポケモン。フシデの進化系。硬い殻に守られている。タイヤの様に回転して敵に激しく体当たりする』

 

「フシデの進化系」

 

「その通りさ。さぁ、君はどうする?」

 

「――戻れ、ハトーボー」

 

 少し休ませるべきと考え、サトシはハトーボーを戻す。そして、次のモンスターボールを取り出す。

 

「ポカブ、君に決めた!」

 

「ポカー!」

 

「君の二体目は、ポカブか」

 

 相性で考えれば、当然の選択と言える。

 

「では、第二ラウンドと行こうか」

 

「えぇ。但し――今度も俺が勝つ!」

 

 最初の一戦は、サトシが勝利したもののジム戦はまだ序盤が終わったばかり。流れが変わるか、続くかが決まる中盤戦が始まる。

 



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ヒウンジム戦、後編

「行きますよ! ポカブ、ひのこ!」

 

「ホイーガ、避けてころがる」

 

「ポカーーーッ!」

 

「イーガ!」

 

 鼻から放たれた火の粉を、ホイーガはかわすと回転。速さを少しずつ上げながら、ポカブに向かって突き進む。

 

「かわせ! そして、ニトロチャージ!」

 

「ポカポカポカ……カーブーーーッ!」

 

「右に。そして、転回だ」

 

「ホイッ!」

 

 ポカブがニトロチャージが迫るもかわされ、ホイーガのころがるも速さが上がったポカブにかわされる。

 

「互いに速くなってる!」

 

「高速戦か」

 

 速さを上げるニトロチャージ。速さが上がっていくころがる。

 ただ、二つの技には一つ違いある。ころがるはニトロチャージと違い、技の使用中しか速くならない。

 突破口を見出だすのならばそこから。どうにか動きを止めれば一気に勝機に繋がる。

 

「更にニトロチャージ!」

 

「ころがるを続けるんだ」

 

「カブーーー!」

 

「イーガッ!」

 

 互いの技により、二体の速さが更に増していく。そんな均衡がしばらく続くと、サトシの方が先に動いた。

 

「ポカブ、距離を取れ! そして、溜めるんだ!」

 

「ポカ!」

 

 幾度のころがるを避け、ホイーガから大きく距離を取ると、待ち構える。

 

(狙うは……!)

 

 ころがるを避けた直後。そこをギリギリでかわし、広範囲技のねっぷうで鈍らせ、次にひのこに繋げて大ダメージを与える。

 

「ホイーガ」

 

「ホイ!」

 

「来るぞ!」

 

「ポカ!」

 

 迫るホイーガ。サトシはタイミングを見計らい、指示を出す。

 

「ギリギリでかわせ!」

 

「ポカ――」

 

「ホイーガ、横に回転!」

 

「イガァ!」

 

「カブーーーーッ!?」

 

 ギリギリで避けようとするポカブ。しかし、その寸前でホイーガが横に猛回転し、ポカブに激突。効果抜群のダメージをぶつけた。

 

「しまった!」

 

 ホイーガの身体は円形ではなく、分厚いタイヤの形状。つまり、横に回転すれば、一気に範囲が広がるのだ。

 

「ホイーガ、ハードローラー!」

 

 横回転から止まったホイーガは、再度回転してポカブに迫る。

 

「ポカブ、地面にねっぷうでジャンプ!」

 

「ポカーーーッ!」

 

「ホイッ!? ガァッ!」

 

 ハードローラーをねっぷうの風で跳躍、更に突っ込んできたホイーガにダメージを与えた。

 

「ポカブ、ひのこ!」

 

「ホイーガ、どくばり!」

 

「ポカーーーッ!」

 

「ホイーーーッ!」

 

 火の粉と毒針が激突。お互いの技を打ち消し合い、煙が発生する。

 

「ホイーガ、ころがる!」

 

「ポカブ、たいあたり!」

 

「イーガ!」

 

「ポカァ!」

 

「えっ、ニトロチャージじゃない?」

 

「どうして?」

 

 転がり出したホイーガに対し、サトシはポカブにニトロチャージではなくたいあたりを指示する。

 

「ニトロチャージはたいあたりと違って、技の発動までに間がある。ころがるがその間に威力を上がるのを避けようと、たいあたりにしたんだろうね」

 

 今のポカブは、ニトロチャージの効果でかなり素早くなっている。その分、たいあたりも多少だが威力は上がっている。ころがるを潰すには最適だ。

 

「良い判断だ。だが――ホイーガ、てっぺき!」

 

「ホイッ! ガーーッ!」

 

「ポカーーーッ!」

 

「ポカブ!」

 

 ころがるの出を潰そうとしたサトシとポカブだが、ホイーガは速さは落ち出したが防御力を大きく上昇。その防御力が攻撃力となり、ポカブは吹き飛ばされた。

 

「てっぺきが攻撃技みたいに……!」

 

「そう、防御技を攻撃技の様に、防御を攻撃にする。名付けるならば、アタックシールドだね」

 

「アタックシールド……!」

 

「さぁ、これはどう攻略するかな?」

 

 ハイシールドに続く、第二のカウンターシールドの派生。ハイシールドが防御を更に固める技術なら、アタックシールドは防御で攻撃を高める正反対の技術。次はこれを攻略しなければならない。

 

「大丈夫か……?」

 

「相性は有利なのに……」

 

「ポカブのレベルが低いのか?」

 

 人々の声の一つ、ポカブに関してにカチンと腹立つも、頭をブンブンと振ってアーティの方を見る。

 

「ホイーガ、ころがる」

 

「ニトロチャージで速度を更に上げろ!」

 

「ホイッ!」

 

「ポカ!」

 

 再度ニトロチャージところがるの高速戦に突入する二匹。それを眺めながら、サトシは考える。

 アタックシールドは前の技や動作を上手く使うことで、防御を攻撃にした技術。

 つまり、破るにはころがるやホイーガの動きを攻略しないとならない。真正面から押し負ける以上、手は自ずと決まる。

 

「ポカブ! 離れて力を溜めろ!」

 

 先程の様にスピードを活かして距離を取り、ポカブはホイーガを待ち構える。

 

「ふむ。ホイーガ、ころがる」

 

 訝しむアーティだが、敢えて同じ行動を取る。ジムリーダーとして、挑戦者の誘いに乗ったのだ。

 

「ポカブ、そこだ!」

 

「――ホイーガ、そこで急停止」

 

 ポカブが技を放とうとした瞬間、ホイーガが急停止する。ねっぷうを注意してだが、次に使った技はねっぷうではない。

 

「全力でひのこ!」

 

「そう来たか。ホイーガ、どくばり!」

 

「地面に!」

 

 停止を誘発させ、その隙にひのこをぶつけると思いきや、ポカブはサトシの指示で足元に発射。大きな爆発が発生して小さなクレーターが出来、跳躍したポカブはどくばりをかわす。

 

(またこのパターン……)

 

 多少違うだけで、この展開は先程と同じ。おかしいと感じるアーティだが、最善と判断した指示を出す。

 

「ホイーガ、着地のタイミングを見計らって――ハードローラー!」

 

 落下したポカブに向かって、回転し出したホイーガ。着地した瞬間に当たると思ったが。

 

「ポカブ、身体の力を抜きながら、着地と同時に身体を捻れ!」

 

「――ポカ!」

 

 指示に従い、ポカブは身体の力を抜き、捻る。すると、ポカブはクレーターに転がり、更に捻りによって後ろにではなく横にカーブするように動いてハードローラーを回避した。しかも、ホイーガが目の前にいる状態になる。

 

「なんと!?」

 

「今だ、たいあたり!」

 

「ポカ!」

 

 素早くクレーターを蹴り、ポカブはホイーガに横から激突。ホイーガは面の部分から倒れた。

 

「不味い!」

 

 面の部分から倒れると、球状ではないホイーガは上手く動けなくなる。そして、これがサトシの狙いだった。

 

「これを待っていました! ポカブ、ひのこ!」

 

「ポカーーーッ!」

 

「ホイーーーッ! ――イガッ!」

 

 火の粉を諸に食らい、ホイーガは吹き飛ぶもそれを利用して体勢を建て直す。

 

「くっ、一気には無理か……!」

 

「当然さ。ただ、今のでかなり体力は削られたよ。まぁ――それはポカブもだけどね」

 

「ポ、カ……!」

 

 ポカブの身体から、紫色の泡が出ている。毒になったのだ。

 

「特性、どくのトゲ……」

 

「正解」

 

 ホイーガはフシデの進化系。ならば、フシデと同じ特性を持っているのが普通。

 サトシもその事は考慮していたが、だからと言ってアーティは直接攻撃を控えて倒せる相手ではない。やむを得ないだろう。

 

(それより……)

 

 ポカブもホイーガも余裕はない。しかも、こちらは毒状態。

 

(……行けるか?)

 

 まだ発動していないが、もうか状態ならアタックシールドを正面から打ち破る可能性がある。

 しかし、正直厳しいと直感的に悟っていた。ホイーガはてっぺきがあるからだ。

 だが、これ以外に防御を攻撃にするアタックシールドを突破する方法が――

 

(……待てよ?)

 

 あるかもしれない。アタックシールドを攻略する方法が。

 

「――ポカブ、次で決めるぞ!」

 

「ポカ!」

 

「最後の勝負かな? 良いだろう、受けて立とう」

 

 それが、ジムリーダーの役目なのだから。

 

「ポカブ、ニトロチャージ!」

 

「ホイーガ、ころがる!」

 

「ポー……カーーーッ!」

 

「ホー……イーーーッ!」

 

「お互いに真正面から!」

 

「けど、アーティさんにはさっきのアタックシールドがある……」

 

 真っ向勝負では、押し負けてしまう。もうかが発動していないこの状態では尚更だ。一か八かか、それとも。

 

「今だ、ホイーガ! てっぺき!」

 

 炎の突撃と回転の突撃がもうすぐぶつかろうとする。その瞬間にホイーガがてっぺきにより、防御力が更に向上した。

 

「今だ、ポカブ全力で下がれ!」

 

「ポカ! カブ――ブッ!」

 

 猛加速を、ポカブは足に力を込めて地面に痕を残しながら無理矢理止まり――一気に下がってアタックシールドをかわす。

 

「ここで下がった? 何故――」

 

 訝しむアーティだが、直後ホイーガの回転が減速し出した。それを見て、まさかとアーティが思うと同時に、サトシがニヤリと笑う。

 

(やっぱりだ!)

 

 アタックシールドは技や動作を活かすことで、防御を攻撃にする。要するに、あくまで防御が主の行動であり、使った瞬間から『攻撃ではなくなる』。

 となれば当然、動きは鈍くなり出し、威力は下がって行く。それこそが、アタックシールドの唯一の欠点。

 

「ポカブ、今度こそ決めるぞ! ニトロチャージ!」

 

「ポカポカポカ……カーブーーーーーッ!!」

 

「ホイーガーーーッ!!」

 

 回転がほとんど無くなり、攻撃力を失ったホイーガに炎の突撃が炸裂。ホイーガは吹っ飛ぶと――面から横になって倒れた。

 

「ホイーガ、戦闘不能! ポカブの勝ち!」

 

「ポカーーーッ!」

 

「良くやった、ポカブ!」

 

 イシズマイに続き、ホイーガも撃破し、サトシとポカブは叫んだ。

 

「これでアーティさんは後一体!」

 

「サトシはまだ三体のままだけど……」

 

 ハトーボーと同じく、ポカブもかなり消耗した上に毒状態にまでなっている。やはり、有利とは言えない。

 

「ポカブ、戻ってくれ」

 

「ホイーガ、ご苦労様」

 

 二人は互いのポケモンを、モンスターボールに戻す。

 

「サトシ兄ちゃん、つよ~い!」

 

「ハトーボーもポカブもすご~い!」

 

「よく鍛えられてるわ」

 

「それに、サトシ君の力量もじゃが、ハトーボーやポカブの頑張りも見事じゃのう」

 

「すげえな……!」

 

「あぁ、続けてアーティさんのポケモンを倒すなんて……!」

 

「流石、英雄だ!」

 

「……」

 

 保育園の先生や子供達の声にサトシは少し喜ぶも、その後の人々の言葉にまた少し苛立つ。しかし、今はジム戦だと払ってアーティに集中する。

 

「やれやれ、ハイシールドもアタックシールドも攻略されてしまったか。折角、頑張って考案したのにね」

 

 相手が元々の技術であるカウンターシールドの発案者なので無理もないが、それでも攻略されるのは残念である。

 

「じゃあ、僕の最後の一体と行こうか。――出てこい、ハハコモリ!」

 

「ハッハーーーン!」

 

 アーティが繰り出したのは、ヤグルマの森で彼で見せたハハコモリだ。

 

「出てきたな、ハハコモリ」

 

 かなり苦労はしたが、予定通りだ。

 

「さぁ、君は何を繰り出す? ハトーボー? それとも、最後の一体かい?」

 

「最後の一体です。――クルミル、君に決めた!」

 

「クルル!」

 

「ハハン……」

 

 サトシが繰り出した最後の一体は、クルミルだった。

 

「ほう、そのクルミルか。何故そいつに?」

 

「メンバーを選んでる時に、コイツがアーティさんやハハコモリと戦いたいって張り切ったんです」

 

「クルルル!」

 

 その通りとクルミルは頷く。アーティと勝負すると聞いた時、クルミルが申し出たのだ。アーティと、それもハハコモリと戦いたいと。

 親しい相手だからこそ、戦って勝ちたい。また最終進化系を前に闘争心を刺激されたのだ。サトシはその意志を汲み、三体目に選んだ。

 

「サトシらしいなあ」

 

「でも、決して悪い選択ではありませんね」

 

 クルミルもハハコモリも互いに弱点を突け、相手の攻撃を半減出来るタイプだ。チョイスとしては悪くない。

 

「君と僕の勝負を決めるには中々良いね」

 

 ヤグルマの森で出会った自分とサトシ。その切欠であるクルミル。彼等を助けたハハコモリ。自分達の戦いを決めるには、これ以上ないチョイスだ。

 

(これで決める)

 

 ハトーボー、ポカブは残っているとは言え、かなり疲弊している。この勝負の戦況次第では一気に敗北も有り得る。クルミルで決着を決める。それぐらいの覚悟で戦わねばならない。

 

「さぁ、行くよ。ハハコモリ、にほんばれ」

 

「ハッハーーーン」

 

 ハハコモリは両手を掲げ、その間から熱と光の塊を展開。上空へと発射する。発射された塊から、強い日差しがセントラルエリアに降り注ぐ。

 

「にほんばれ……!」

 

「おー、アーティさんやる気満々だな」

 

 ポッドも同じ技を扱うが、戦術は異なる。彼はそれを知っていた。

 

「ハハコモリ――れんぞくぎり!」

 

「――ハハン! ハンッ!」

 

「クル!? ――クルルーーーッ!」

 

 ハハコモリが地面を蹴った。すると、直ぐ様クルミルの手前に移動し、腕のカッターを素早く切り付けると、バックステップして距離を取る。

 

「何あの速さ!」

 

「まるで、こうそくいどうしたピカチュウみたい……!」

 

「僕のハハコモリの特性は、ようりょくそ。天気が日差しが強い時、素早さが大幅に増すのさ」

 

「ようりょくそ……!」

 

 確か、カベルネが自分に合うクルミルの特性と言っていた。

 

「そっちが速さを上げるなら――封じるだけです! クルミル、いとをはく」

 

「クルルーーーッ!」

 

「だよね。では、早速見てもらおうか。――ハハコモリ、やるんだ!」

 

「ハッハーーーン!」

 

 ハハコモリが糸を吐きながら、回転する。すると、粘着性の糸が渦を巻くように展開され、クルミルの糸と引っ付く。

 

「引っ張るんだ!」

 

「ハハン!」

 

「クルーーーッ!?」

 

「クルミル!」

 

 ハハコモリが手のカッターに糸を引っ掛け、グイっと引っ張ってクルミルごとブンブンと振り回す。

 

「地面に叩き付けろ、ハハコモリ!」

 

「ハーーーン!」

 

「クルルーーーッ!」

 

 ハハコモリは遠心力を付け、クルミルを地面に叩き付けてダメージを与えた。その際、糸が外れ、クルミルは脱出する。

 

「クル……!」

 

「今のも……!」

 

「ハイシールド、アタックシールドに続く第三の派生。名付けるなら、バインドシールドかな?」

 

「バインドシールド……!」

 

 攻防を同時に行なうカウンターシールドと違い、防御と拘束を同時に行なう技術。

 

「これまた厄介だね……」

 

 技を広く放つカウンターシールドと、敵の自由を奪う技はかなり相性が良い。バインドシールドこそ、正にその証明だ。最後の最後に、またしてもとんでもない強敵が出た。

 

「シュ、シューティー……。このアーティさんに勝ったの?」

 

「い、いや。僕の時はアーティさん、あんな技は使っていない」

 

 三つのカウンターシールドの派生を使うあのアーティを倒したのかとアイリスは尋ねるも、シューティーは否定する。

 ハイシールド、アタックシールド、バインドシールド。自分とのジム戦では、どれか一つすら使っていない。

 と言うか、使われていれば、対応仕切れずに敗北していただろう。要するに、今のアーティは自分の時よりも強い。

 

「さぁ、ようりょくそによる速さ、バインドシールド。この二つの戦術をどう攻略する? サトシ君、クルミル」

 

「ハハン」

 

「くっ……!」

 

「クル……!」

 

 アーティ達が強敵なのは分かっていた。しかし、これ程とは思わず、サトシはつい息を飲む。

 

「へへっ……!」

 

 だが、次の一瞬にはサトシは笑みを浮かべていた。アーティとハハコモリの強さに、燃えてきたのだ。

 

「クルミル、俺すっげぇ燃えてる。お前はどうだ?」

 

「――クルル!」

 

 そして、サトシ同様に、クルミルも燃えていた。強いからこそ、勝ちたいと。

 

「打ち破ります。そして、勝つ!」

 

「良い答えだ! ハハコモリ、ソーラービーム!」

 

「ハー……ハーーーン!」

 

 太陽の光をチャージし、ビームとして打ち出す。通常は溜めるのに時間が掛かるが、日差しが強いために素早く放てる。

 

「クルミル、かわしてはっぱカッター!」

 

「クル! クルルルッ!」

 

「れんぞくぎりで切り裂くんだ」

 

「ハハハハン!」

 

 クルミルはソーラービームをかわし、反撃に無数のはっぱカッターを発射。しかし、それはハハコモリのれんぞくぎりで全て切り落とされた。

 

「更にれんぞくぎり!」

 

「たいあたり!」

 

「クルーーーッ!」

 

「ハハン!」

 

 れんぞくぎりはその名の通り、連続で使うと威力が増す。その上がった威力を叩き込もうとしたハハコモリだが、その前にクルミルのたいあたりをカウンターで食らわされた。

 

「まだだ! クルミル、むしくい!」

 

「クル! ――クルルルルッ!」

 

「ハハッ……!」

 

 怯んだ隙に頭に飛び乗り、虫の力を込めた噛み付きを連続で浴びせる。

 

「――離れるんだ!」

 

 同じ台詞に、最初と最終進化系のポケモンが同時に距離を取る。

 

「速さを利用させてもらいました」

 

「やるね」

 

 速いのなら、向こうから来るのを待てば良い。単純だが有効だ。それに、移動しながら使えるたいあたりと違って、れんぞくぎりは移動してから腕を振る動作が必要になる。その差がクルミルのたいあたりを決めたのだ。

 

「速さに翻弄されず、しっかりと対応している。見事だ」

 

「熱さを持ちながらも、的確な指示を出す冷たさをも兼ね備えている」

 

「ふふふ、ハーデリアの速さに対応した時を思い出したよ」

 

 シャガやハチクが感心する中、アロエは最初のジム戦を思い出していた。

 

「ふむ、速さで押すのは危ないね。いとをはく!」

 

「はっぱカッター!」

 

「――やっぱり、そう来たね」

 

 斬撃の技であるはっぱカッターなら、粘着性の糸を切断しながら反撃も可能だ。バインドシールド対策の為にも、そう来るとアーティは確信していた。

 

「ところでサトシ君、知っているかい? 刃物は――刃でないと物を斬れないと言う事をね。ハハコモリ、低く構えてからのバインドシールド!」

 

「ハッハン!」

 

 腰を低くし、そこからバインドシールドを展開。すると、糸は切れずにはっぱカッターを刃の葉の面から絡み取る。

 

「はっぱカッターが……!」

 

「クルル……」

 

「ふふふ、見事だろう? だけど、これで終わりじゃないよ?」

 

「クルミル、避けろ!」

 

 ハハコモリはまだ回転している。渦巻き状に展開されたバインドシールドがこちらに迫っていた。クルミルが避ける中、サトシはバインドシールドの攻略法を探す。

 バインドシールドはカウンターシールドから攻撃の代わりに拘束に変更した技。つまり、弱点もほぼ同じく一点に弱い。

 ただ、クルミルには一点への強力な攻撃がない。なので、この弱点は突けない。違う方向から攻略する必要がある。

 

(けど、はっぱカッターじゃムリだし……)

 

 かといって、いとをはくで対抗しようにも、向こうの糸でくっつけられてしまう。

 

(……くっつく? そうか!)

 

 バインドシールドの最大の特徴。それこそに突破口がある事にサトシは気付いた。

 

「クルミル、ジャンプだ!」

 

「クル!」

 

「うん?」

 

 迫る糸を、クルミルは大ジャンプでかわす。その事にアーティは首を傾げる。

 ジャンプはバインドシールドにとって最大の狙い目。なのに、わざわざした。

 

「……ハハコモリ、やれ!」

 

「ハーーン!」

 

 アーティの指示で、糸を宙にいるクルミルに向かう。

 

「今だ、クルミル! いとをはくで一気に着地しろ!」

 

「クル! ――クルル!」

 

「むしくい!」

 

 糸を使い、クルミルは宙から地面へと一気に移動。そこからむしくいを叩き込もうとする。

 

「ハハコモリ、糸を振り――」

 

 下ろせと言おうとしたアーティだが、そこで気付いた。このまま落とすと、糸が地面にくっついてしまい、操れなくなる。

 

「なるほど、これを狙って」

 

「地面にくっついたら動かせませんからね!」

 

 糸の粘着力こそ、最大の武器であり、欠点でもあるのだ。

 

「ならこうしよう。ハハコモリ、右にだ! そして、移動!」

 

「ハン! ハハン!」

 

 アーティはハハコモリに糸を右に動かし、地面に付けた後、引っ張ってむしくいをかわしながら移動する。先ほどのクルミルと同じやり方だ。

 次に、ようりょくそで増したスピードでクルミルとの距離を詰めた。

 

「れんぞくぎり」

 

「ハン! ハハン! ハハハンッ!」

 

「クル! クルル! クルルーーーッ!」

 

 はっぱカッターを打った後を狙い、れんぞくぎりを連続で浴びせる。効果抜群により、ダメージは大きい。

 

「残念だったね。こっちも糸の使い方には詳しいんだ」

 

 何しろ、自分の切札であるハハコモリの得意技なのだから。

 

「クルミル、いとをはく!」

 

「ハハコモリ、糸を腕に引っ掛けて引っ張れ!」

 

「ハン! ハーン!」

 

「クルッ!?」

 

 近距離から絡めようと糸を吐く。しかし、ハハコモリは吐かれた糸を身体を捻って上手く避け、腕に敢えて付けて引っ張る。

 

「もう一度回して――」

 

「はっぱカッター!」

 

 そこからクルミルを回して叩き付けようとしたハハコモリだが、クルミルが不安定ながら無数の葉を発射。

 今度は糸を切りながらハハコモリに微かだがダメージを与え、クルミルは離れていく。

 

「ソーラービーム!」

 

「ハー……ハンーーーッ!」

 

「はっぱカッターだ!」

 

「クルーーーッ! ――クルルーーーッ!」

 

 しかし、クルミルは無理矢理動かされたせいで宙に浮いていく。そこをハハコモリは太陽の光を溜め、そして着地の場所を狙って発射。

 クルミルははっぱカッターで迎撃するが、二匹の能力と技の威力、一点と連射型の差からソーラービームに容易く打ち消され、吹き飛んだ。

 

「クルミル!」

 

「ク、ル……!」

 

 効果今一つでも、今までのダメージの蓄積や草タイプ最高クラスの大技なだけあり、クルミルには痛い一撃。かなり追い込まれていた。

 

「まだ立ち上がれたか。だけど、その分では後一撃と言った所かな?」

 

 その読みは正しく、クルミルの体力は残り少ない。後一発で倒れるのは確かだ。

 

「かなりピンチだな……」

 

「やっぱり、進化前で最終進化系に勝つなんて無理があるわね……」

 

「あぁ、このまま一気に追い込まれるかもな……」

 

 無視。とにかく無視とサトシは深呼吸して落ち着かせる。ここからは一瞬も油断出来ない。余計な事を考える暇はなかった。

 

「追い込まれたね、サトシ君、クルミル?」

 

「えぇ、でも――ピンチはチャンスです」

 

「――クルルーーーッ!」

 

「むしのしらせか」

 

 追い込まれたクルミルの身体から、玉虫色のオーラが漂い出す。特性、むしのしらせの発動だ。

 

「だが、それを発揮させる気はないよ。ハハコモリ、バインドシールド」

 

「ハッハーーーン!」

 

「やっぱりか……!」

 

 三度目のバインドシールド。二度に渡って大きなダメージを与えられたが、今度はそうは行かない。もう一つの欠点を突く。

 

「クルミル――避けるな!」

 

「クル!? ……クル!」

 

「な、何!?」

 

 バインドシールドに対し、サトシが取ったのは――敢えて受けるだった。誰もが驚く中、クルミルはハハコモリの糸を受ける。

 

「……ハハコモリ、引っ張るんだ!」

 

「今だ、クルミル! 走れ!」

 

「ハン!」

 

「クル!」

 

 くっついた糸から引っ張られた時の加速と、クルミルのダッシュ。それが合わさり、クルミルはとんでもない動きを描く。

 ハハコモリの周囲を高速で周り出した。糸がひっついたまま。すると、どうなったか。ハハコモリの糸が自分の全身にまとわりついたのだ。

 

「ハッ、ハハン!?」

 

「な、何と!?」

 

「利用させてもらいましたよ、その糸を! クルミル、はっぱカッターで自分についた糸だけを切れ!」

 

「クルル!」

 

「むしくい!」

 

「クルルルルルッ!」

 

「ハハン……!」

 

 糸をはっぱカッターで切断し、クルミルは自由が封じられたハハコモリの頭にむしくいを叩き込む。

 特性、むしのしらせで強化されたその技は強化されており、ハハコモリに大きなダメージを与えていく。

 

「ハハコモリ、ソーラービームの熱で糸を焼いて、そこから引き千切るんだ!」

 

「ハハーーーン……! ――ハン!」

 

「クル!」

 

 だが、このまま倒されるつもりはアーティもハハコモリも全くない。糸を腕に溜めたソーラービームの熱で焼失させ、そこから引き千切るとクルミルを地面に叩き落とす。

 

「ハハコモリ、れんぞくぎり!」

 

「クルミル、カウンターシールド!」

 

「クルルルーーーッ!」

 

「ハハーーーン!」

 

 止めのれんぞくぎりを放とうとしたハハコモリだが、クルミルが叩き付けられた体勢――背を地面に付けて体勢で回転しながらはっぱカッターを放ち、反撃のダメージを浴びせられる。

 

「クルミル、たいあたり!」

 

 

「クルルーーーッ!!」

 

「ハッハーーーン!」

 

「ハハコモリ!」

 

 ありったけの力を込め、クルミルは渾身のたいあたりをぶつける。それを受けたハハコモリは、ぐらっと身体を揺らすと――そのまま倒れた。

 

「ハ……ハン……」

 

「ハハコモリ、戦闘不能! クルミルの勝ち! 同時に、ジムリーダーの手持ち全て倒れた事により――チャレンジャーの勝利!」

 

「勝ったーーーっ!」

 

「クルルーーーッ!」

 

 ジムリーダー、アーティを撃破し、サトシとクルミルは勝利の歓声を上げる。

 

「ほー、一体も倒されずに勝つとは。見事な実力ですねえ」

 

「えぇ、本当に」

 

 アクロマとゲーチスが、サトシの力量を素直に認める。

 総合的なダメージだけで考えると二体は倒されているのだが、それでも三つの戦術を扱うアーティと戦い、最終的な結果は一体も倒されてないので見事と言えるだろう。

 Nも口には出さないが誉めていた。但し、彼はポケモン達を含めてだが。

 

「すげぇ、クルミルでハハコモリを撃破した!」

 

「やっぱり英雄の手持ちだけあるわね!」

 

「それに、英雄の指示あってだな!」

 

「……」

 

「――サトシ君」

 

 ムッとするサトシだが、アーティに呼ばれて彼の方を見る。

 

「やられたよ。まさか、糸を逆に利用してこちらの動きを封じるとは」

 

 自分がした事を、やり返されるとはどうして思わなかったのか。そこが人の限界なのかもしれない。

 

「まだまだ純情ハートが足りないと言う事か。まぁ、それはともかく――君の勝ちだ。受け取りたまえ、これが僕に勝った証、ビートルバッジだ」

 

「ビートルバッジ……ゲットだぜ!」

 

「ハトーーーッ!」

 

「ポカァ!」

 

「クルルッ!」

 

 アーティから差し出された虫の羽の形にした、金と玉虫色のバッジ、ビートルバッジをサトシは受け取ると決め台詞と共に構え、勝利に貢献した三匹も喜びの声を上げた。

 同時に人々からも歓声の声が上がる。二人の勝負に、現状を忘れる程にヒートアップしたのだ。

 

「――皆、聞いてくれ」

 

 その熱を損なわない様に、尚且つ染み込むように声が伝わり、一人の男性がサトシ達の元に近寄る。ヒウンシティの市長だ。

 

「今回、ヒウンシティはかつてない損害を受けた」

 

 都市機能は完全に麻痺し、イッシュ地方全体の損害になるほどの惨事に見舞われてしまった。

 

「しかし、我々が諦めない限り、必ず復興すると私は信じている。このヒウンシティを立て直すためにも、どうか力を貸して欲しい!」

 

「とても大変な道ではあるだろう。どれだけ時間が掛かるか分からない。だが、復興の道を共に歩んで欲しい! ヒウンシティ、率いてはイッシュ地方の為に!」

 

 市長とアーティの言葉を聞き、人々の心に奮い起ち、腕を振り上げながら一斉に声が上がる。それは二人の言葉に賛同し、復興の道を歩むと言う意志の証明だった。

 

「あの、アーティさん。もしかして、これもジム戦をした理由……?」

 

「隠していて済まないね、サトシ君。だけど、これぐらいしないとダメと考えたんだ」

 

 何しろ、復興と言うのは途方もない苦労や多大な時間を有する。高い意識がなければとてもだが出来る事ではない。

 だからこそ、自分達のバトルで気持ちを沸かせ、その勢いのまま復興への決心へと繋げたかった。

 

「怒った、かな?」

 

「いえ。アーティさんもヒウンシティやイッシュ地方の為にそうしたんですよね? だったら仕方ないです。寧ろ、力になれて良かったですよ」

 

「――ありがとう」

 

 そう言ってくれたサトシに、アーティは心の底から礼を述べる。英雄としての色々な言葉を掛けられたにもかかわらず、彼はこう言ってくれたのだから。

 二人は人々を見渡す。彼等の視線の先では人々はまだ声を上げており、暫し止むことは無かった。

 

 

 

 

 

「ワルビ」

 

「……」

 

 ヒウンシティの北にある荒野。そこを二体のポケモンが歩く。ワルビルとオノノクスだ。

 騒動も一段落し、トレーナー達に捕まらない為にも、二体は野を歩いていた。

 

『あー、あの後、サトシやピカチュウ、どうなったのかなー』

 

『さあな。ただ、お前に心配するほど彼等は弱くはあるまい』

 

 ただ、その為にワルビルは自分が狙うサトシやピカチュウの現状を知らない。なので、心配していたがオノノクスは大丈夫だろうと語る。

 

『旦那はそう思うのかい?』

 

『あぁ、強い彼等の事だ。我々が心配せずとも、立派に進む。寧ろ、余計なお世話だろう』

 

『それもそうか……』

 

 確かにサトシやピカチュウは強い。彼等はしっかりと進むだろう。もし、苦境に立とうが側にいる仲間が支えてくれるに違いない。

 ワルビルもオノノクスも、サトシの仲間を僅かながらもしっかりと見たことがあるのでそう思っていた。

 

『他者の心配より、自分が強くなる事を考えるのだな』

 

『そうしますー』

 

『行くぞ』

 

『うーす』

 

 意見も纏まり、師弟の二匹は旅を再開した。一方は強くなるために。一方は強さを確かめるために。

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

「どうしたんだい?」

 

 ジム戦から少し経ち、ポケモンセンターで手当をしている最中、サトシは何とも言えない表情で唸っていた。

 

「いや、英雄ってさ……何なのかって思ってさ」

 

「どういう事?」

 

「街の人々、勝ったのは俺のおかげとかばっか言っててさ。……正直、イヤだったな」

 

 アーティの前では、ヒウンシティの人々の事を考えて言い出せなかった。

 

「ハトーボーもポカブもクルミルも頑張ったのに」

 

 なのに、誉められるのは自分だけ。いや、例えポケモン達が誉められても、自分のポケモンだからとかである。結局、自分が中心なのだ。正直、嬉しくなかった。

 

「皆だってさ、仲間が頑張ったのに自分だけが誉められたのは嫌だろ?」

「わたしはイヤだな~。皆は?」

 

「……」

 

「そ、そうね、いやね」

 

「え、えぇ」

 

 英雄、いやそれ以外の立場でも賞賛を受けた時を想像し、純粋に嫌だと感じたベル、そうなった場合、嬉しくはあるが、同時にサトシとの差に感じて何も言えないシューティー、無言で見るデント、言葉を合わせたアイリスやカベルネ。彼等は様々な態度を取っていた。

 

「サトシ」

 

「なんだ、デント?」

 

「イヤなら、イヤで良いと思うよ。ただ――」

 

「ただ?」

 

「残念だけど、そう言う声援は立場がある人物には付き物なのが常。僕もジムリーダーだったしね」

 

 デントにも、そう言う声援があったのだとサトシは理解した。

 

「だけど、彼等も悪意があるわけじゃないんだ。……まぁ、だからこそ、一層来るかも知れないけどね」

 

 悪意がない分、返って傷付くケースもある。

 

「ただ、彼等が純粋に応援してるのは確かだし、英雄としてじゃなく、サトシ本人やポケモンを応援している人がいるのも確かだ。そんな彼等の声には応えても良いんじゃないかな?」

 

 保育園の人々や、アララギやマコモ、ショウロ姉妹はサトシだけでなく、ポケモン達の頑張りも誉めていた。

 

「応える、か……。けどさ……」

 

「それだと、自分や仲間の為にバトルする訳じゃなくなる。こんなところかな?」

 

「……正解」

 

 今まで自分は、自分や一緒に旅する仲間の為に戦ってきた。それを捨てたくない。

 

「まぁ、その事はゆっくり考えた方が良いよ。簡単な問題じゃないからね」

 

「……そうだな。そうするよ」

 

 確かに簡単な問題ではない。もし、ポケモンマスターになれば付きまとうだろう。ゆっくりと時間を掛けて考えて行こう。

 

「有名になるのも、良いことばかりじゃないんだね~」

 

 英雄として有名になり、悩むサトシへそう言ったベルの言葉に、彼女を含めたシューティー、アイリス、カベルネの四人が渋い表情を浮かべる。

 

「――じゃあ、僕は行くよ」

 

「シューティー」

 

 そんな中、微妙な空気をシューティーが変えるかのように立ち上がる。実際にこの空気を変えたかったのもあるが、微妙な表情のサトシからその理由は聞けたし、もういる必要は無かった。

 後は、少しでも早く強くなるために進みたいと言う理由もあるが。

 

「サトシ、次に会ったらまたバトルしてくれないか?」

 

「勿論だぜ。ナックラーもその時までには生まれると良いな」

 

「僕もそう思う」

 

 サトシの言葉に、シューティーはケースに入ったナックラーのタマゴを見下ろす。

 どんな性格のナックラーとどう付き合って行くかはまだ不安はあるものの、早く会ってみたい気持ちもあった。

 

「また」

 

「あぁ、また」

 

 最後の一言を告げ、シューティーは次の町に向けて歩き出した。

 

「私も行こうかしら」

 

 続いてカベルネも立ち上がる。彼女もこの空気のまま出たかったのだ。

 

「危険には気を付けてね。カベルネ」

 

「あんたに言われるまでもないわ。まぁ、流石に今回みたいなのはそうそうないでしょうけど」

 

「だろうね」

 

 と言うか、今回みたいな事件が頻繁に起きたらそれはそれで困る。

 

「じゃあばいばい」

 

 素っ気なく返すと、カベルネも次の街に向けて歩き出した。

 

「サトシ君、ポケモン達の治療が終わったわ」

 

「ゼルル~」

 

「サリィさん」

 

 薬や医療品の確認で一度来ていたサリィとゴチルゼルが、サトシに三匹の治療が終わった事を報告。サトシは三匹が入ったモンスターボールを受け取る。

 

「治療も終わったし、もう行くのかしら?」

 

「そのつもりです」

 

「頑張ってね。皆」

 

「サリィさんやゴチルゼルも」

 

「勿論」

 

 ヒウンシティの人々の為は勿論、ドクターになるためにも、頑張らなくてはならない。

 医療品と薬を受け取ったサリィとゴチルゼルはサトシ達に手を振ってお別れを告げると、自分達の役目を果たすべく現場に戻って行った。

 

「さて、我々はここで失礼するとしよう」

 

 その次はジムリーダー達。彼等は行きに使ったヘリでそれぞれのジムがある町に戻り、今回の件について話す予定だ。

 

「ただその前に――サトシ君。君は今のビートルバッジを含めると、バッジは幾つかな?」

 

「トライバッジ、ベーシックバッジと今回のビートルバッジで三つです」

 

「となると、残る我々七人の内、五人に勝てばリーグの出場権を得れる訳だな。誰と戦う気だろうか?」

 

 その台詞に、話しかけているシャガや無表情のハチクを除く五人のジムリーダー達が一斉にサトシを見る。どうやら、彼等はサトシと勝負してみたいだ。

 

「――全員です! 皆さんに勝って、バッジゲットします!」

 

 向けられる視線の中、サトシは軽く息を吐いて意を固めてから告げる。全員と勝負し、勝利して七つのバッジを手に入れると。

 

「くくっ……はっはっは! 面白い! では楽しみにして置こう! 但し――」

 

 瞬間、ジムリーダー達から凄まじい迫力が漂い出す。サトシは思わず息を飲む。

 

「我々も、簡単に勝たせる気は微塵も無い。全力で掛かってこい」

 

「勿論です……!」

 

 今までのジム戦も簡単では無かったが、これからのジム戦も苦戦は必須。サトシにそう思わせるには充分過ぎるほど、彼等から迫力を感じた。

 

「サトシ君、距離を考えると、次に戦うのは私になるわね。ライモンジムで待ってるわ」

 

「はい」

 

 最後にカミツレもサトシにそう告げると、他のジムリーダー達と同様に自分のジムがある街へと向かった。

 

「さて、私も研究所に戻らないとね。これから忙しくなるもの」

 

 一段落し、アララギもまた研究所に戻ろうとしていた。イッシュに散らばった他地方のポケモン達の対策は勿論、復興のために転送システムのサポートも必要になる。

 

「アララギ博士も元気で」

 

「皆もね。――それとサトシ君」

 

「何ですか?」

 

「貴方は貴方の道を行きなさい。他の誰でもない貴方の意思で決めたその道を」

 

「――はい」

 

「よろしい」

 

 英雄ではなく、一人のトレーナーとしての道を。そう言ったのだと理解したサトシはしっかりと頷き、アララギは満足そうな笑みを浮かべる。

 

「じゃあね」

 

 ジムリーダー同様、アララギもヘリで研究所に向けて帰還していった。

 その次は育て屋の保育園の人々。バスが用意され、帰る準備が整ったのだ。

 

「色々助けてくれてありがとうね、皆」

 

「礼を言っても言い足りん程じゃ。もし、保育園に来たらお礼させておくれ」

 

「元気でね~!」

 

「ヤブヤブ~!」

 

 ヒロタ達、ユリやキクヨ、ヤブクロンはバスに乗り、サトシ達に手を振りながら育て屋の保育園へと帰り出した。

 

「じゃあ、皆。ボクもここで失礼するよ」

 

 そして、Nもまたアクロマやゲーチスと共に、ヒウンシティを後にしようとしていた。

 即興で何とか準備したヘリで主な主要メンバーが自分達が拠点にしている建物に向かい、そこで今後の方針を決める予定だ。

 ちなみに、プラズマ団の団員達はバスが準備出来るまでボランティアとして、復興を少しでも手伝うとのこと。

 

「ではでは、失礼しまーす」

 

「またお会いしましょう。皆さん。N」

 

「ゾロア、ポカブ、イーブイ」

 

「ゾロロ」

 

「カブブ」

 

「ブイ~」

 

 アクロマとゲーチス、三匹が先にヘリに、最後にNが乗り込もうとする。

 

「あの、Nさん――」

 

「また会いに来るよ、サトシくん。――ボクとしてね」

 

 今までの一人としての人物のN、同時にプラズマ団の王としてのN。その両方の意味で、彼はサトシに告げていた。そして、サトシもそれを自然と理解していた。

 

「はい。また」

 

 だから、サトシはそう返した。彼の返事にNは微笑を浮かべるとヘリに乗り込み、手持ちやゲーチス、パイロットと共にヒウンシティを去って行った。

 

「これで、お前達も帰れるな」

 

「フーフー」

 

「帰っても元気でな。ただ、ロケット団のポケモン達が暴れている可能性もあるから、しばらくは気を付けろよ」

 

「フシ」

 

 最後にサトシ達は、セントラルエリアでフシデ達に会っていた。一度はぶつかり合ったが、協力し合った間柄だ。友達になったフシデもいる。

 別れの挨拶を含め、ロケット団のポケモン達について忠告していた。

 

「元気でな」

 

「フー!」

 

 フシデ達からの見送りを受け、セントラルエリアからライモンシティ側の出口に向かう。

 

「じゃあ、俺達も行こうか」

 

「ピカ!」

 

「うん、次に向けて」

 

「新たに出発しよう」

 

 友達になったフシデにも別れを告げ、サトシ達も短くも長い一時を感じたヒウンシティから旅立つ。

 

「うん、ライモンジムに向かおう~!」

 

 サトシ達の側には、ベルもいた。

 

「あれ、ベル?」

 

「あたし達と行くの?」

 

「うん、アーティさんとのジム戦は難しそうだし」

 

「確かにね」

 

 今日のジム戦は、復興が本格的に始まる今だからこそ行えた事だ。明日以降となると、多忙な中でしなければならない。かなり無理をしないと出来ないだろう。

 

「だから、アーティさんとのジム戦は止めようと思って」

 

 マイペースなベルだが、時と場合は流石に弁えている。

 

「でも、どうして俺達と?」

 

「何か有りそうって、何となく思ったから」

 

「何となくって……相変わらずマイペースね~」

 

「まぁ、彼女らしいけどね」

 

 これぞ、正にベルと言った感じである。

 

「じゃあ、改めて行こうぜ」

 

「うん、行こう」

 

「あぁ、行こうか」

 

「行っちゃお~!」

 

 ベルを加え、四人となったサトシ達はヒウンシティから歩き出す。他の多くの者達同様、新たな決意を抱いて。

 



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二つの組織

 この話が、この小説なりのロケット団vsプラズマ団のエピローグになりますでしょうか。


「――戻った」

 

 ヒウンシティから離れた荒野の手頃な洞窟。そこにフリントが入る。

 

「で、どうだった?」

 

 フリントの言葉にコジロウが答えた。ここには必死に逃げ込んだロケット団がいた。

 

「状況は最悪と言っていい。我々は完全にテロリスト扱いだ」

 

「何でこうなったのよ……!」

 

 犯罪組織にいる以上、自分達が犯罪者である認識は持っている。しかし、正義の悪と言うポリシーの三人組にとってテロリスト扱いは最大の屈辱だった。

 

「おそらく、例の組織はこの事態を狙っておったのじゃな」

 

 この中で唯一老人であるゼーゲル博士は、調子の悪い機材で本部とのコンタクトを取りながら、この事態こそが例の組織――プラズマ団の目的だと理解する。

 

「……にゃー達が自滅するのを待ってたって訳にゃ?」

 

「それ以外に今まで奴等が動かなかった理由が考えられん」

 

「……つまり、俺達は奴等の手の平の上で踊らされてたって事か」

 

 その事実に、全員が強い屈辱に駆られる。

 

「行くわよ、コジロウ、ニャース、フリント、ゼーゲル博士!」

 

「何をする気だ?」

 

「決まってんでしょ! やり返してやるのよ!」

 

 ここまでコケにされて黙ってられる訳がない。ムサシはプラズマ団に報復する気満々だ。

 

「止めろ。そんなことをしても奴等の評判が上がるだけだ」

 

 サトシとゼクロムの影に隠れてこそいるが、プラズマ団は今回の件で人々の為に尽力した正義の組織として認識されていた。

 

「けど、この事態はあいつらの思惑通りなんでしょ! だったら、それを話して――」

 

「そんな証拠がどこにある」

 

「寧ろ、儂等が奴等を貶めるために責任を擦り付けようとしているとしか捉えられんじゃろうな」

 

 この事態がプラズマ団の狙い。それが限り無く正解に等しい事実だとしても、そうだと示す証拠が全くないのだ。

 問い質そうが、ヒウンシティにいた理由については最初の活動の為にイッシュ地方一の都会を選んだと言われればそこまで。

 原因であるメテオナイトについても、危険性から秘匿するしかなかったと言えばそれで終わり。そもそも、データを消して知らないと説明する事も出来る。つまり、隙が無いのだ。

 こんな状態で下手に言ったところで、何をバカな事を相手にされないのは目に見えている。いや、自分達が言えば、逆に事態は酷くなる一方だ。

 

「じゃあ、どうすんのよ!」

 

「その為に話し合っているのだろう。ゼーゲル博士、どうですか?」

 

「そろそろじゃな。――繋がったぞ」

 

 機材の画面に、ロケット団のボス、サカキと秘書のマトリが写る。

 

『無事だったか』

 

「はい。ただ……状況は最悪です」

 

『経緯を聞かせよ』

 

 彼等ははっと頷くと、一連の経緯、収拾後の現在について話す。

 

「以上、です」

 

『そうか……。我々は奴等、プラズマ団にまんまとしてやられたと言うことか……』

 

 サカキすらも、この事態に苦悶の表情を浮かべていた。

 

「サカキ様、メテオナイトについてですが――」

 

『まだ情報は入っていないが、あれは制御出来る代物ではなかったのだろう。……完全に私のミスだ。済まなかった』

 

 メテオナイトの本質についての情報さえ得れば、この事態は避けれた。エネルギーに目が眩んだ自分の責任だとサカキは謝罪する。

 

「今後はどうなされるつもりでしょうか?」

 

『――撤退する。お前達はイッシュから離れよ』

 

 撤退と言われ、フリントやゼーゲルはそう来るだろうと判断したが、三人組は納得しなかった。

 

「サカキ様! このままおめおめと引き下がるのですか!」

 

「そうです! このまま撤退するなんて、ロケット団の名折れ!」

 

「必ずやにゃー達は、奴等に此度の報復しますにゃ! ですから機会を――」

 

『……残念ながら現状、それは非常に困難と言わざるをえない』

 

「な、何故!」

 

『今回の件で、飛行艇や潜水艦の残骸からカントーにある我々の本拠地に警察の捜査のメスが入る事は確実でしょう。直ぐに対応をしなければ、ロケット団は間違いなく致命的なダメージを受けます』

 

『そんな状況では、イッシュ地方に派遣した団員や、ポケモン達の回収の余裕はない。多数の団員は確実に逮捕されるだろう。釈放しようにも、遠く離れたイッシュ地方では出来ん。……繋がりも消えてしまった現状、尚更な』

 

 イッシュで新たに得たスポンサー達は今回の惨事の損失により、離れてしまった。これでは団員達を釈放出来ない。

 いや、出来たとしても、あれだけの被害を出したロケット団員が釈放されるなど、間違いなく批評を買う。どんなに干渉しようが断るだろう。

 それに、そこから新たにロケット団のダメージに繋がる恐れもあった。

 

『更に、例の組織や警察もイッシュにいる団員やポケモン達の逮捕や捕獲に必死になるだろう』

 

 つまり、最早イッシュにはロケット団が付け入る隙が無くなってしまったのだ。

 更にこちらはこちらでカントーの警察等に対応もしなければならない。こんな状態でプラズマ団とまともにやり合うなど出来るわけがない。自滅しろと言っている様な物だ。

 

『お前達の気持ちは嬉しい。しかし、今は建て直す方が先決なのだ。少しでも損失を抑える為にも、帰還を命ずる。分かったな』

 

 これだけ言われれば、三人組も納得するだろう。彼等以外の全員がそう思った。

 

「サカキ様。その命令はやはり聞けません」

 

『……何?』

 

『貴方達、何を言って――』

 

「ここでみすみす退いたら、例の組織はこのイッシュ地方を確実に支配します」

 

「そうなれば、ロケット団の大きな脅威になることは確実ですにゃ」

 

 マトリの声を遮り、三人組はここで退けばプラズマ団は確実にロケット団を脅かす存在になると告げる。

 

『……確かにそうなるだろう。だが、今の我等ではもう手が打てん』

 

「はい。ですから、我々だけで奴等と戦います」

 

『……お前達だけでだと?』

 

 その言葉に、サカキも意表を突かれたのか目を見開く。

 

『何を馬鹿な事を。貴方達だけで相手出来る存在だと思っているのですか?』

 

『その通りだ。あまりにも差が有りすぎる』

 

「それぐらい承知の上です」

 

「それに、今回の件は少なからず私達にも責任があります」

 

「その汚名返上、そしてロケット団の名誉挽回のチャンスをどうかにゃー達に!」

 

『……』

 

 三人の言葉に、サカキはしばらく考えに浸る。

 

『……分かった。お前達に新たな任務を与える。プラズマ団に此度の件の礼をしてやれ』

 

「――有り難きお言葉!」

 

 サカキは彼等に新たな任務を与え、三人組は深々と頭を下げた。

 

『但し、お前達が逮捕されて私は何もしない。また、援助も無い』

 

 例え逮捕されても、自分達とは関係ない。そう言う事だ。

 

「覚悟の上です」

 

 これは自分達だけの戦い。三人組は既にそう覚悟していた。

 

『フリント、ゼーゲル。お前達はどうする気だ?』

 

「彼等と一緒に行動しようかと考えます」

 

「ワシも同じ意見ですじゃ」

 

『分かった。では、何も出来ないが――いや』

 

 お前達の活躍を期待する。それを最後に通信を切ろうとしたサカキだが、その直前にあることを思い出す。

 

『ふむ……。この際、構わんか。マトリ』

 

『何でしょう?』

 

 サカキから耳打ちである指示を聞くと、マトリは分かりましたと頭を下げた後、一旦モニターから外れた。部屋を出たのだ。

 

「サカキ様? 一体何を……」

『少し待て』

 

 疑問符で一杯の三人組だが、ボスにそう言われては待つしかない。暫し待つとマトリがまた写り、サカキに耳打ちする。

 

『それぐらいか。お前達、二日後にこのポイントに来い。そこであるものを渡す。――いや、正確には「返す」と言うべきか』

 

「返す?」

 

 サカキの言葉にまた疑問符を浮かべる三人組だが、フリントは気付いた様だ。

 

『何れにせよ、ここに来い。私からの唯一の援助を送る』

 

 サカキからの援助と聞き、ロケット団ははっと恭しく頭を下げた。

 

『お前達の活躍、期待して置く。さらばだ』

 

 サカキの先に止めた言葉を最後に、通信は途絶えた。

 

「あれで良かったのですか?」

 

「言っても聞かなさそうだったからな」

 

「期待はしているのですか?」

 

「いや」

 

 彼等にはああ言ったものの、実際に期待しているかと言えば答えは否。成功すれば棚ぼた程度にしか考えていない。

 

「まぁ、奴等にはギンガ団を潰した実績がある。ほんの少しだけ期待してやろう」

 

 ギンガ団とは、シンオウ地方で暗躍していた組織だ。色々あって壊滅はしたが、三人組が潰した訳ではない。

 

「さて、こっちはこっちでやらねばならんことが多々ある。忙しくなるぞ」

 

「分かっております」

 

 これからに備え、彼等は対応を始める。

 

「サカキ様からの援助!」

 

「期待されてるって事だよな!」

 

「絶対に応えて見せるのにゃー!」

 

 一方の三人組。自分達だけでと思いきや、サカキからの援助にテンションが上がっていた。

 

「……お目出度い奴等だ」

 

「暗くなるよりはマシじゃろうて」

 

 フリントは呆れた様子だが、ゼーゲルはこの方が良いだろうと肯定的だ。

 

「そうそう、フリント。アンタ、何で残るわけ?」

 

 そんなに親しい訳ではないが、ある程度フリントの性格については分かっているつもりだ。その性格を考えると、てっきり戻るかと思っていたのだが。

 

「今回の件は私の失態でもある。このまま戻っても私の評価は落ちるだけだろう。なら、その埋め合わせか、それを超えるだけの成果を出すべきだと考えただけだ」

 

「儂も似たようなものじゃな。このままおめおめ帰れん」

 

 このまま帰っても、しばらくロケット団は活動を自粛するしかない。なら、こちらで何らかの成果を出した方が良い。二人はそう判断したのだ。また、二人もプラズマ団への逆襲は狙っていた。

 

「じゃあ、またこの五人で頑張る訳だな!」

 

「一匹ポケモンがいるが」

 

「にゃーの事かにゃ?」

 

「お主以外おらんじゃろう」

 

 この中にポケモンはニャースしかいない。

 

「細かい事気にすんじゃないわよ。何にしても、ええとプラズマ団だっけ? 絶対にやっつけてやるわよ!」

 

「おー!」

 

「……ふん」

 

 ムサシの言葉に、コジロウとニャース、あと何故かゼーゲルも一緒に掛け声を上げる。フリントは仏頂面で佇むだけだった。

 こうして、大敗を喫したロケット団だが、ここから彼等の逆襲が始まるのであった。

 

 

 

 

 

「集まりましたか」

 

 最低限の灯りだけが灯るこの場所で、ゲーチスが周りを見渡す。そこには七人の男がいた。

 先ずは同行していたアクロマ、リョクシ、スムラの三人。

 

「そちらはそちらで苦労なされた様で」

 

「色々と大変でしたな」

 

 古代の城でライトストーン確保に動いていたが、ウルガモスやメテオナイトの影響で失敗した二人、アスラとロット。

 

「いやはや、全員集合は久しぶりですなあ」

 

「此度の集合は、今後の件についてでしょうか?」

 

 シッポウシティで、メテオナイトの監視をしていたヴィオとジャロ。全員が集合していた。アクロマを除いた彼等は『七賢人』。プラズマ団の幹部と言える者達だ。

 

「はい。その通りです。先ずは今回の経緯について話しましょう」

 

 ゲーチスが今回の件について話した。ヒウンシティの騒動、Nの帰還、そして、ゼクロムとサトシについてを。

 

「なんと、王が……?」

 

「戻っておられたのですか……?」

 

「にしては、姿がお見えにならない」

 

「ゲーチス様、王は?」

 

 ある時以外、一度も会っていないジャロを除き、三人の男性はさも驚いた様な態度を取る。

 

「王は別室におられます。今回の疲れを休め、そこから旅をします」

 

「そうでしたか」

 

 それを聞き、ジャロは安心する。アスラやロット、ヴィオも表面上はそう見せる。

 

「しかし、理想の英雄とは……」

 

「一体、どの様な人物なのですか?」

 

「アクロマ」

 

「はいはーい」

 

 アクロマがパネルを操作し、モニターにその人物を写し出す。

 

「この少年が、ゼクロムに見出だされた人物、サトシです」

 

「おや、この少年……」

 

「ジャロ、知っているのですか?」

 

「シッポウシティで見たことがありますぞ。ヴィオもですな」

 

 シューティーがアロエと再戦した夜の事だ。イッシュ地方にはいないピカチュウといたため、ジャロもヴィオもそれなりの印象を抱いていた。

 

「えぇ、ただ少し会って話しただけなので、知っているとは言えません。詳細については?」

 

「アクロマ、得た情報を」

 

「はーい。彼はカントー地方のマサラタウンのサトシと呼ばれる少年です。そして、この少年結構凄いですよ。経歴を調べましたが、初出場のセキエイリーグではベスト16。続くオレンジリーグは優勝。ジョウトリーグやホウエンリーグではベスト8。最近のシンオウリーグはベスト4。ただ最後のはまだ調査段階で断言は出来ませんが、実質準優勝レベルですね」

 

 ゲーチスに命じられ、アクロマはサトシの情報を調べていた。

 

「実質とは?」

「えーと……あっ、これこれ。この大会の優勝者何ですけど、このトレーナー、幻のポケモンや伝説のポケモンを複数所持していて、彼は対戦者の中で唯一手持ちを二体も倒したそうなのです」

 

「……突っ込みたい所があるのですが、まぁ良いでしょう」

 

 それに唯一伝説や幻を二体も倒した。その事からも彼の強さが分かる。

 

「以上が彼の情報です」

 

「人は見掛けに依らぬものですなあ」

 

 あの時会った少年がそれほどの人物と聞き、ジャロは勿論、ヴィオも表情には出さないが驚いている。

 

「彼についての話は終わりです。今後我々が取るべきは三つ。一つ、様々な街で我々の思想を演説する。まぁ、これは当たり前ですね」

 

 人々に聞いてもらわなければ意味が無いので、当然の行動である。

 

「二つ。イッシュ地方に残るロケット団の逮捕及び、そのポケモン達の『保護』。但し、優先順位はポケモン達の方です」

 

「それは何故ですかな?」

 

「我々で捕らえる事も充分可能ですが、『裏』を使わないとなりません。彼等も保護に回したいのですよ。少しでも多くのポケモン達を救うために」

 

「なるほど。では、団員達は警察に任せると?」

 

「えぇ、この事態です。彼等だけでも充分逮捕出来るでしょう」

 

 あくまで自分達はポケモンの保護を優先する。そう言う事だ。

 

「三つ。王が英雄になるため、ライトストーンの確保すること。ただ、これはしばらく時間が掛かるそうですね?」

 

「はい」

 

 古代の城が一部崩落し、ライトストーンがそこに取り残されてしまったため、再確保までには相当な時間が有した。

 

「しかし、しっかりと確保していれば、今頃王も英雄に成り得たものの」

 

「失態ですね。アスラ、ロット」

 

 スムラ、リョクシがアスラとロットを批判する。二人も自分の失態だと理解しているため、何も言わなかった。

 

「そこまで。では――」

 

「ゲーチス様、一つ」

 

 ゲーチスが話を終わらせようとしたが、ジャロが挙手する。

 

「何ですか、ジャロ?」

 

「この少年、サトシを我々の同志として勧誘はしないのですかの?」

 

「勧誘、ですか?」

 

「えぇ。もしこの少年が我々プラズマ団に入れば、我々は理想と真実、その両方を得ることになります。更に彼はポケモンバトルの象徴であるリーグの経験者。彼の言葉が有れば、人々に我々の思想により共感しやすくなるでしょう。是非すべきでは?」

 

 ジャロのその提案に、ゲーチスは考える仕草を取る。これははっきり言って予想外だった。しかし、確かに価値はある。

 

「……しかし、ポケモンリーグを幾度も経験するほどの少年が、そう簡単に入るでしょうか? それに、英雄が二人と言うのは良くありません。王と彼とでの派閥が出来る恐れもあります」

 

「勿論、簡単ではないでしょう。しかし、やるだけの価値はあるかと。それに派閥については、あくまでが王がプラズマ団のトップである事を彼に意識してもらえば良いかと」

 

「……一考はしましょう。では、各々に動き、役目を果たしてください。以上です」

 

 はっと頷くと、六人の男性は部屋から退室していく。

 

「――出てきなさい、お前達」

 

 その言葉と共に、三人の男が音もなく姿を現す。ロケット団の追跡をしていた三人組だ。

 彼等はダークトリニティと呼ばれる、ゲーチス直々の部下だ。

 

「お前達には、回収と共にもう一つのある任務を与えます。この少年、サトシを始末しなさい」

 

(この少年は……)

 

 何処かで見覚えのある姿に、三人組は思い出した。メテオナイトを偽物とすり替える時に博物館で見たのだ。

 

「我等が始末に向かう理由はやはり――」

 

「えぇ、彼が理想に見出だされた少年だからです。ロケット団を排除した今、今後の我々の最大の障害になるのは間違いなくこの少年です」

 

 ロケット団にはもう、このイッシュを制圧する余裕はない。残党が何かしようが、それを利用して自分達の立場を上げるだけだ。

 要するに、最早ロケット団は自分達の敵とは成り得ない。となれば、真実に対抗する理想に選ばれたサトシをターゲットにするのは当然の事だ。

 

「しかし、先程彼を引き入れる話もありました。それはどうなされるのですか?」

 

「それはそれで行います」

 

 つまり、勧誘はするが、始末もする。そう言う事だ。

 

「ただ、直ぐにではありません」

 

「それは何故でしょうか?」

 

「先ず、今のお前達の戦力でこれだけの能力を持つ彼を始末するのは難しい。次に、彼の危機にゼクロムが現れる可能性があります」

 

 今回の件から、ゲーチスはゼクロムがサトシの危機に応じて来る可能性を考えていた。

 勿論、そうではないと可能性もあるが、否定出来ない以上は考慮すべきである。

 

「つまり、この少年を始末するなら短期間で出来るだけの戦力を得るか、ゼクロムを撃破するか。この二つの内のどちらかになると」

 

「その通り。また、直接始末する場合、その機会は一度と考えなさい」

 

 これは、何度もしてそこから自分達が怪しまれるのを避ける為だ。どの道、今彼とやり合うのは良くない。先ずは戦力補強が必須だ。それも、向こうが強くなる前に。

 

「その為にも、お前達には新しい手持ちを渡します。既存の手持ちを鍛えながら、手懐けなさい」

 

「はっ」

 

 任務を与えられたダークトリニティは出た時と同じく、音もなく姿を消した。

 

「しかし、ゼクロムの登場だけは予想外でしたね」

 

「えぇ、おかげで当初の予定が狂ってたんですよね?」

 

「はい。まぁ、大した事ではありませんがね」

 

 何しろ、当初の目的の大半は達成している。先ず、ロケット団の自滅からの弱体化、イッシュへの干渉を禁止。

 次に、これからではあるが、ロケット団の戦力を取り込み、プラズマ団の戦力を増強。

 最後は、今回の件で功労者になることでプラズマ団の知名度を引き上げ、今後の活動をスムーズに進める。

 ゼクロムの登場でサトシが理想の英雄となり、知名度こそは彼に持って行かれたが、立役者としてある程度名と実績を上げる事には成功している。

 

「寧ろ、今後の最大の敵を向こうから教えてくれたのですから、こちらとしては大助かりですよ」

 

 探す手間が省け、今から幾らでも対策出来る分、こちらとしてはとても楽である。

 

「ですよねー」

 

「……何をしているのですか?」

 

「彼とアーティくんが今日したジム戦の映像データですよ。いやぁ、良いですねぇ、これ」

 

 互いのポケモンの強さの引き出し方に、『ポケモンの力を最大限に引き出す』を研究テーマにするアクロマは大いに刺激を受けていた。

 

「彼やジムリーダーのデータは今後も欲しいですねぇ。何とかして手に入りません?」

 

「……検討しましょう。但し、やることはやってください」

 

「はいはい。あっ、ハッキングはどうします?」

 

「もう切り上げてください。これ以上は疑われますし、当面はイッシュを最優先です」

 

 大打撃を受けたロケット団が、まだハッキングするなど普通に考えると疑わしいにも程がある。入手も出来なかったし、ここらで引き上げるべきだ。

 

「『風』、『雷』、『大地』。『勝利』に『歌姫』。そして――」

 

「理想、真実に続く。いや、正確にはそれらの元である第三の存在――『虚無』。我々に必要な物は多いですからね」

 

 これはイッシュの伝説と幻の事だ。『聖剣』も欲しいが、歴史を考えると難しい。

 

「そうそう、例の研究――太古の狩人はどうですか?」

 

「進んでいます。完成にはまだまだ掛かりそうですが」

 

 簡単に進むプロジェクトではないので、当然と言えば当然。しかし、成功すれば自分達は大きな戦力を手にするので進めていた。

 

「順調に進んでいますねぇ。でも、視察や報告は大丈夫なのですか?」

 

「問題ありませんよ。表しかさせませんから」

 

「いやー、腹黒い」

 

 報告もするし、視察も受ける。但し、それは表の部分だけであり、裏の部分には一切出さない。

 

 仮に裏の活動が露見しようが、ロケット団の残党が行なった事にすれば良い。

 どれだけの団員が来たか、その正確な数について分かる訳がない。情報以上がいても、先に来ていた連中などと誘導すれば良い。なので、その件に関しては心配してない。

 ダークトリニティの手持ちをカントーのポケモン、それもあの三匹にしたのは、もし発見されてもロケット団の仕業や、いざこざに見せ掛ける、進化が石によるものなので、進化の影響の差が小さく出来ると言う理由からだ。

 

「ただ――」

 

「王様の事ですか?」

 

「……そうですね」

 

 唯一の引っ掛かりは、Nの事だ。やっと戻せたが、あの時とは雰囲気が随分と違う。

 

(……それについては、ゆっくりと確かめるしかありませんね)

 

 雰囲気が異なるだけか、中も異なっているか。前者ならともかく、後者となるとこちらとしては困る。

 

(……ワタクシ以外の七賢人についても、行動を調べて置く必要がありますね)

 

 プラズマ団は、解放を信条に強固な一枚岩の組織にしたつもりだが、現在のNが切欠にもしかするとこれから変化する恐れがある。

 いや、もしかすると既に何らかの変化があるかもしれない。だとすると、これからは内とも戦わねばならなくなるだろう。

 

(となると、最優先で目を向けるべきは……)

 

 穏健派のロットやアスラ、ジャロ辺りだろう。『裏』であるヴィオ、スムラとリョクシは自分と近い考えのため、おそらく問題はない。確認はしておくが。

 

「何にせよ、これからも忙しくなりますよ」

 

「休む暇がありませんね~。やりますけど」

 

 片方は望み、片方は欲のため、彼等も本格的に動き出す。

 

 

 

 

 

「N様、お久しゅう御座います」

 

「久しぶり、ジャロ。それにヴィオ、アスラ、ロットも」

 

 Nがいる部屋で、ジャロとヴィオ、アスラとロットが彼と会っていた。

 

「貴方達も元気だったかな?」

 

「えぇ、それにN様が戻られたと知り、このジャロ感慨の念で一杯ですぞ」

 

「我々もです」

 

「ありがとう」

 

「にしても、トモダチが増えましたな」

 

「ポカ?」

 

「ブイ?」

 

 ジャロはポカブとイーブイ。三人はイーブイを見ていた。

 

「色々あってね」

 

「そうですか。話をお聞きしたい所ですが、今回は大きな一件があった昨日の今日。お疲れでしょう。自分はここで」

 

「貴方達もね。これからは忙しくなるから」

 

「そうさせてもらいます」

 

 四人は膝を付いて頭を下げると、部屋を後にした。

 

「――ヴィオ」

 

『はい、N様』

 

 四人が去ってしばらくした後、Nはペンダントを少し触ってから向かって話し掛ける。ペンダントから、ヴィオの声が響いた。これは通信機なのだ。

 

「父さん達としていた会話の内容について頼む」

 

『勿論です』

 

 Nはヴィオから、先程の会議について聞き出す。

 

「なるほどね。よく考えてる」

 

『私もそう思います』

 

「となると、サトシくんに関しては何らかの護衛を付けたい所か」

 

 理想に選ばれたサトシを、ゲーチスが見逃す訳がない。四六時中とは言わないまでも、危機に関しては対応してくれる人物を付けたい。

 

『彼を助けるのですか? 彼は今後に置ける最大の壁になりますが』

 

「だからこそだよ。彼を乗り越えたその時こそ、ボクは真の英雄になれる。それに、ボク個人としても親しくなった彼が傷付くのは見たくない」

 

『親しいのですか?』

 

「うん、彼は良い人だからね」

 

 その台詞から、ヴィオがNがサトシに好印象を抱いているのを理解する。彼にそう言わせるのだ。本当に良い人物なのだろう。

 

『話は戻し、護衛の件ですが――我々から出すとなると、ほぼ察されます』

 

「そこが難点か……」

 

 対策を打ちたいが、それを自分達でやると不味い。十中八九感付かれる。

 

「なら、他から協力者を募れないかな?」

 

『確かに、それが出来れば露見の心配はありませんが……問題は誰に頼むかになります』

 

 適当には選べない。条件としては最低限の実力は勿論、出来れば怪しまれないよう、プラズマ団に敵意を持ち、更にサトシと親密な人物が最適だ。しかし、そんな都合が良い人材がそうそういるだろうか。

 

『人材は私が任務を行いながら探します。アスラやロットでは目立つと思われるので』

 

「頼むよ」

 

 会話も終わり、Nは通信を切った。

 

「……ふぅ」

 

 Nは思わず溜め息を漏らす。板挟みになっているのだ。個人としての自分と、プラズマ団の王としての自分に。

 

「……やれやれ、本当に苦しいな」

 

 だが、この痛みは本当の意味で理想を叶える為には避けて通れないだろう。真実を多くを知った今だからこそ、Nは理解出来た。

 何も知らないまま王に担がれていれば、痛みに気付かずに取り返しの付かない事態になっていただろうと。

 

「父さん、貴方の思い通りにするつもりはない。ボクは、ボクの理想を目指し、実現させる。その為に――付いて来て欲しい」

 

「ゾロゾロ」

 

「カブブ!」

 

「ブ~イ」

 

 昔からいたゾロアを除いたポカブとイーブイは、Nが何を言っているか、その全てを理解は出来ないだろう。

 それでも、彼が彼なりに自分達を考えて道を進んでいる事は分かった。ならば、一緒に歩もうと決意した。

 

「ありがとう」

 

 これからも共に歩んでくれる三匹に、Nは心の底から感謝の告げた。

 

(ここからだ)

 

 これまでもだが、これからも多くの真実を知らねばならない。真実――レシラムに相応しい英雄となり、ポケモンの為の理想を叶えるために。

 これまでは、一人の人間として。これからはプラズマ団の王としても、彼は先の道を突き進む。

 



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小悪魔なエモンガ

 この話は多少手を加えただけなので、変化は少ないです。


「さあ皆、やろうぜ!」

 

「ピカ!」

 

「ミジュ!」

 

「ハトー!」

 

「ポカ!」

 

「タジャ」

 

「ルッグ!」

 

「クルル!」

 

 ヒウンシティから旅立った翌日の朝。サトシは手持ちの七体と朝の特訓を始めようとしていた。

 

「何をするつもりなの?」

 

 その様子に、ベルが首を傾げる。

 

「特訓だよ。強くなるためにな」

 

「へ~、どんな特訓するつもりなの?」

 

「走り込みや、技の特訓だよ」

 

「なんか地味ね~」

 

 自分より強いサトシがする特訓なので、ベルはもっと凄いのと思っていた。

 

「地味って……こう言う基本の積み重ねが強くなるための道なんだよ」

 

「ふ~ん。じゃあ、わたしもやって見ようかな。チャオブー! チラーミィ!」

 

「チャオ!」

 

「チラ!」

 

 サトシと同じ事をしようかと、ベルも手持ちを出した。

 

「走り込みするわよ~! 行っけ~!」

 

「チャオチャオチャオーーーッ!」

 

「チララララーーーッ!」

 

「おー、すげえやる気……。俺達は何時ものペースでな。ズルッグは軽めに」

 

「……ルッグ」

 

 ジュエルの反動を考え、ズルッグには軽めにする。七匹はサトシの言葉にしばらく走り出す。

 

「ピカピカピカピカ……!」

 

「ミジュミジュミジュ……!」

 

「ハトハト」

 

「ポカポカ」

 

「……」

 

「ルッグルッグ……!」

 

「クルクルクル」

 

 先日のジム戦で出てバッジゲットに貢献した三匹は自信が増した表情で、出れなかった二匹は気迫を込もった表情で、ツタージャは何時も通りに、ズルッグはバンギラス戦を思い出してと、七匹は走っていく。

 

「ズルッグ、そこらで終わってくれ」

 

「……ルッグ」

 

 少しした後、ズルッグには早めに切り上げて次の練習に入る。

 

「よし、やるぞズルッグ」

 

「ルッグ!」

 

「今度は技の特訓だよね? 何の技?」

 

「きあいだまだよ。バンギラスって言う、強いポケモンと戦った時に使ったんだ」

 

 バンギラスの時に発現した、きあいだま。アイリスの話によると、あの時は原石のジュエルによる一時的なもの。

 なので、自分の力で自由に使えるよう、特訓しなければならない。

 

「強いポケモンか~。わたしもカベルネちゃんやジュンサーさん達と戦ったな~。ボスゴドラとカイリキーってポケモン。あの色違いのオノノクスがいなかったら絶対に勝てなかったけど……」

 

「あのオノノクスか」

 

 ベルと初めて会ったあの日に遭遇した、色違いかつ、片刃がない顎斧ポケモン、オノノクス。その実力は非常に高く、自分も実質的に負けていた。サトシもゼクロムの背中から二人の近くにいたのは見ていた。

 

「けど、なんでヒウンシティにいたんだろうな?」

 

「う~ん。分かんない」

 

 ワルビルは自分とピカチュウを追っている。なので、ヒウンシティにいてもおかしくないが、オノノクスは違うはず。

 

(色々歩く内に、偶々ヒウンシティに着いたか……)

 

 何か目的があってヒウンシティに来た。後は、他に理由があるか。しかし、考えても理由はわからないので切り上げた。

 

「ズルッグ、きあいだま!」

 

「ルグ~……!」

 

 ズルッグは一生懸命闘気を練り上げ、球にしていくが。

 

「ルググ~……!」

 

「ちっちゃ~い」

 

「それに全然大きくならないな……」

 

 球にはなったものの、サイズはBB弾ぐらいしかなく、大きさもゆっくりとしか増えない。

 

「ルググ……ルッグーーーッ!」

 

「あっ待て、ズルッグ!」

 

 ありったけの闘気を込めたズルッグだが、中々大きくならないイライラから闘気以外が混ざり、その結果球はパァンと弾け、ズルッグは軽く転がってしまった。

 

「大丈夫か、ズルッグ?」

 

「ルグルグルグーーーッ!」

 

 きあいだまの失敗に、ズルッグが地団駄を踏む。

 

「悔しそ~」

 

「落ち着けって、ズルッグ。悔しいのは分かるけど、技は簡単には習得出来ない。付きっきりで付き合うから、頑張ろうぜ!」

 

「……ルッグ!」

 

「じゃあ、もう一度きあいだま!」

 

「ルッグ~……!」

 

「頑張れ~!」

 

 サトシの言葉に苛立つを抑え、再度ズルッグはきあいだまの練習を行なう。

 

「ゆっくりと、焦らずに気を込めて行くんだ」

 

「ルッグ……!」

 

 心を落ち着かせながら、闘気を小さなきあいだまに込めていく。今度もゆっくりとだが何の問題なく大きさが増していき、実戦で使うサイズになった。

 

「出来たな、ズルッグ!」

 

「凄い凄い!」

 

「ルッグ!」

 

 ズルッグは普通サイズになったきあいだまを持ち、えっへんと胸を張る。

 

「じゃあ、次は投げる。狙いはあの岩だ」

 

「ルー……グーーーッ!」

 

 子供ながら、気迫を込めてきあいだまを投げた。

 

「……あれ?」

 

「……あれれ?」

 

「……ルグ?」

 

 しかし、きあいだまはフラフラとあっちこっちに揺れ、最終的には地面に落下して小さな爆発を起こした。

 

「うーん……。コントロールもまだまだかあ」

 

「これじゃ、バトルには使えないね」

 

「ルッグ~……!」

 

 これが自分の力だけで初めて発動したので、こうなっても仕方ないだろう。おまけにきあいだまは格闘タイプの技の中でも高威力の技。難易度も高い。

 

「ルッグルッグ!」

 

「もう一度やりたいのか?」

 

 コクコクと頷くズルッグ。子供ながらクルミル以上に気が強いだけあり、このままでは終われなかった。

 

「――えい」

 

「ルグ!? ルググ……! ――ルグ」

 

 サトシがズルッグの頭を軽く突く。すると、ズルッグはそれだけで体勢を崩し、そのままへたり込んでしまう。

 

「疲れてるな。今日はここまでだ」

 

「ル……ルッグ!」

 

「ダメだ」

 

 立ち上がり、まだやれると意気込むズルッグだが、さっき軽くつついただけで倒れた事からかなり消耗しているの明らかだ。サトシは却下する。

 

「ルグ……!」

 

「――ズルッグ」

 

 歯を食い縛るズルッグに、サトシは肩を掴むと優しく語り掛ける。

 

「お前の気持ちは分かるよ。だけどな、また無茶して倒れて欲しくないんだ。バンギラスの時のように」

 

「……ルグ」

 

 無茶し過ぎてる自分が言える台詞ではないだろうが、それでもサトシは伝えたかったのだ。

 優しくそう言われ、ズルッグも渋々だが頷いた。サトシを心配させたく無かったのだ。

 

「ありがとう。だけど、気にする事はないぜ。ゆっくりと特訓して行けば、絶対に習得出来る! 俺が保証する」

 

 実際、原石のジュエルの力があってとは言え、ズルッグはきあいだまを使って見せた。

 今回も時間は掛かったが出来た。一歩一歩進めば、必ず習得出来るとサトシは確信している。

 

「だから、今日はゆっくり休もうぜ」

 

「ルッグ」

 

 サトシにそう言われた事もあり、ズルッグは今日はここまでにした。

 

「さてと、あっちはどうかな?」

 

「ルッグ」

 

 サトシとズルッグ、ベルがそちらを向く。彼等の視線の先では、キバゴの特訓にアイリスとデントが試合していた。

 デントの手持ちはヤナップであり、デントも朝食を作りながら指示を出していた。

 

「キバゴ、ひっかく!」

 

「キバキバキバーーーッ!」

 

「ヤナップ、かわして」

 

「ナプナプ」

 

 一撃一撃がかなりしっかりとしてきたキバゴのひっかく。ヤナップは軽々とかわすも、最初の頃より余裕はない。それだけ、キバゴが成長している証だ。

 

「ここまで。サトシやズルッグの方も終わったみたいだし、切り上げようか」

 

「げきりんの練習は……ダメ?」

 

「キバゴはまだ子供だし、ジュエルの反動も考えると、しばらく止めておこう」

 

 きあいだまと違い、げきりんは凄まじい威力と引き替えに、混乱になるリスクがある。練習するなら、身体をもっと鍛えてからが良い。

 

「そうする。キバゴ、最後にりゅうのいかりね」

 

「キバ!」

 

「じゃあ、イシズマイ。出てきてくれ」

 

「イママイ」

 

 りゅうのいかりの訓練のため、イシズマイを出す。

 

「キバゴ、開始!」

 

「キバ~……」

 

 腹に蒼白い竜の力を貯めていく。初期の頃とは比べ物にならない力と安定さを保ち、かなりの量になる。

 

「発射!」

 

「――ゴーーーッ!」

 

「イシズマイ、防御」

 

「イマイ!」

 

 りゅうのいかりが発射。イシズマイに命中するも、防御体勢に入っているため、ダメージは無い。

 

「まだ突破できないか~」

 

「キババ~……」

 

「だけど、完成は近いよ。明日から攻撃で暴発しないよう、新しい訓練もした方が良いかな」

 

 前に溜めの最中に攻撃された時、衝撃で暴発した事があった。完成も近いので、発動の安定度を高める訓練もするべきだろう。

 

「キバゴ、明日からは新しい練習も頑張ろう。今日はこれで終わり」

 

「キババ」

 

「じゃあ、朝食にしようか」

 

 丁度、朝食も完成し、サトシ達はこの日最初のご飯を摂ることにした。

 

「ごちそうさまでした。お腹一杯!」

 

「最高に美味しかった~。評価は5つ星!」

 

「それは嬉しいね。料理人冥利に尽きるよ。皆もどうだい?」

 

 出ているサトシ達の手持ち達は、デントお手製のポケモンフーズを満足そうに食べ終えていた。

 

「どうだった、ドリュウズ?」

 

「……リュズ」

 

 その中には、ドリュウズもいる。まだ一歩置いた雰囲気はあるものの、彼は皆と一緒に食べていた。それぐらいはしてくれるようになったらしい。

 

「ねぇ、わたしあのドリュウズ、あの一件で見たんだけど、アイリスちゃんと何て言うか……良い感じには見えなかったよ」

 

「過去に何かあったらしくてね。そのせいで今一なんだ」

 

「けど、今は前よりもずっと良いぜ。前までは攻撃されなきゃ、動こうともしなかったし」

 

「そうなんだ……。早く仲直り出来たら良いのにね」

 

 アイリスとドリュウズの仲を聞き、ベルも彼女達の一日でも早く仲直りを思っていた。

 

「え~と……ドリュウズ、デザートだけど食べる?」

 

 アイリスが持っている皿には大量の木の実が乗っており、その内の一つをドリュウズに差し出す。ちなみに、ベルがデザートならケーキなどと思っていたのは余談だ。

 

「……」

 

 ドリュウズは無言で差し出された木の実を手に取ると、アイリスから顔を背けながらも黙々と食べた。

 

「……キバゴも食べる?」

 

「キバ!」

 

 微妙な空気を払うようなキバゴの元気な声に、アイリスは微笑むと木の実を軽く投げる。

 掴もうとしたキバゴだが、腕が短いことや子供のせいか、キャッチに失敗。しかも、木の実は坂を転がって行く。

 

「キババ~!」

 

「ご、ごめん、キバゴ~!」

 

「追い掛けよう!」

 

「ピカピカ!」

 

「ミジュミジュ!」

 

 サトシ達はピカチュウと、本人が先に行ったために入らなかったミジュマル以外のポケモン達をモンスターボールに戻すと、アイリスとキバゴを追い掛ける。

 

「――エモ」

 

 転がった木の実は坂の先の岩にぶつかって止まるも、その木の実に一体のポケモンが近寄り、拾った。

 そのポケモンは、丸い耳に黄色の頬、雷の形をした尾、前足と後足に繋がる前は黄色の被膜がある可愛らしいポケモンだ。

 

「キバ?」

 

「エモ?」

 

 そのポケモンと、木の実を取りに来たキバゴが鉢合わせになり、二匹は互いを見合わせる。

 

「キバゴ~」

 

「このポケモン……」

 

 そこに、アイリスとサトシが駆け寄り、サトシは初めて見るポケモンに図鑑を向けて情報を調べる。

 

『エモンガ、モモンガポケモン。森の木の上で暮らす。マントの様な膜を使い、空を飛ぶ』

 

「エモンガか」

 

「ピカ?」

 

「ミジュ~」

 

 初めてのエモンガを興味津々に見るピカチュウ。一方、ミジュマルは可愛らしさに釘付けになっていた。

 

「エモ? エモ――エモ?」

 

 自分を見るサトシ達を見渡すエモンガの目には、木の実の山が写る。それを見たエモンガは今持っている木の実に視線を移し、それから少し考えた。

 これ一つ食べるよりも、キバゴにこの木の実を渡せばお礼に木の実をもっと貰えるかもしれないと。どうやらこのエモンガ、結構黒い性格の様だ。

 

「エモ。エモエモ」

 

「キバキバ!」

 

 エモンガは更にキュートな表情でアピール。それからキバゴに木の実を渡す。

 キバゴははしゃぎ、エモンガもそれに合わせて喜ぶ演技を取る。

 

「良かったな、キバゴ」

 

「キバキバ!」

 

「はいこれ、お礼」

 

「エモ。エモモ」

 

 エモンガが善意ではなく、計算からしたとは思わないアイリスはお礼に木の実を差し出す。狙い通りに事が進み、エモンガは早速一つの木の実を頂こうとする。

 

「――きゃあ~! 可愛い~!」

 

 とそこに、エモンガの可愛さを気に入ったベルがエモンガに近寄ると抱き締め、頬擦りする。

 

「エ、エモモ……!」

 

「へ~、エモンガか」

 

 そこに、デントも合流してエモンガを見る。

 

「決めた! 今日からあなたはわたしのポケモンよ!」

 

「エモエモエモ!」

 

「嫌がってないか、そのエモンガ?」

 

 サトシの言う通り、エモンガはベルから離れようとじたばたともがいていた。

 

「それに、ゲットするなら基本的にはポケモンバトルしないと」

 

 サトシ達のポケモンは、大半がポケモンバトル以外でゲットされるが。

 

「それもそっか。じゃあ行くわよ、エモンガ! 行っけ~、チラーミィ!」

 

「――チラ!」

 

 ベルはエモンガを地面で離すと、チラーミィを繰り出す。

 

「チラーミィ、おうふくビンタ!」

 

「チラチララ!」

 

「エモ! エモエモ!」

 

 尻尾を振り回すチラーミィだが、エモンガはその身軽さで全てかわしていく。

 

「ハイパーボイス!」

 

「チラー……ミィーーーッ!」

 

 チラーミィは耳を畳み、口から大声を発射する。偶々軽く跳躍した直後のため、エモンガは受けた。

 

「良いわよ良いわよ! チラーミィ、くすぐる!」

 

「チラー……!」

 

「――エ~……モーーーッ!」

 

 続いてくすぐるを仕掛けようとしたベルとチラーミィだが、近付く途中でエモンガが電撃を放つ。

 

「痺れる~!」

 

「こ、これはほうでん!」

 

「ミジュ~」

 

 それはバトルの相手のチラーミィ、トレーナーのベルや後ろにいたサトシ達にも降り注ぎ、感電させる。ちなみに、ミジュマルは効果抜群にもかかわらず、何故か嬉しそうだ。

 

「チラチラ……ミィ!」

 

 電撃で荒れてしまった体毛を尻尾を整えると、チラーミィはエモンガに向き直す。

 

「手強いわね……! だったら、これ! チラーミィ、メロメロ!」

 

「チ~……ラッ!」

 

「エ~……モッ!」

 

 チラーミィが片目をウインクし、ハートマークを出す。直後、エモンガも同じ行動を取り、ハートマークを放つ。

 

「同じメロメロ!」

 

「エモンガも使えるのか!」

 

 二つのハートマークはぶつかり合い、打ち消していく。

 

「――エモッ!」

 

 エモンガは更にメロメロを発動。ハートマークを続けて放つ。

 

「またメロメロ!」

 

「このタイミングは食らうね」

 

 実際、不意を突かれたチラーミィは動けずにメロメロを食らいそうになる。

 

「――ミジュ! ミジュジュ~」

 

 しかし、メロメロが当たる寸前にミジュマルがチラーミィを飛ばした。当然、代わりに受けてメロメロ状態になるがそのままエモンガに近寄る。

 

「ミジュミジュ~」

 

「な、なにやってるんだ、ミジュマル。戻れ」

 

「エ……エモッ!」

 

 サトシがミジュマルを戻すと同時に、エモンガは跳躍。樹の枝に移動する。

 

「も~、逃げちゃダメ~!」

 

「エモッ!」

 

 追い掛けるベルから逃げるように、エモンガは滑空して離れていく。

 

「戻れ、チラーミィ! 待って~!」

 

「キバキバ~!」

 

 チラーミィを戻したベルは追い掛け、キバゴも木の実を持つと何故かエモンガに向かって森の中へと走り出した。

 

「キ、キバゴ、待って~!」

 

 走るキバゴとアイリスを追い掛け、サトシとピカチュウ、デントも走る。

 

「どうしたの、キバゴ?」

 

「キバキバ、キババ」

 

 追い付いたアイリスに、キバゴは二つの木の実を見せる。

 

「もしかして、プレゼントしたいの?」

 

「キバキバ!」

 

 コクコクと頷くキバゴ。返してくれたお礼がしたいのである。

 

「キバゴはエモンガにお礼がしたいんじゃないかな?」

 

「そう言えば、さっきはベルのせいで邪魔されたもんな」

 

「だったら、お腹一杯ご馳走してあげなきゃ! 待ってて、エモンガちゃ~ん!」

 

 マイペースなベルに、アイリスは冷や汗を流す。少しはマシにならないだろうかと。

 

「キバ! キバ!」

 

「分かったわ、キバゴ。一緒に探そ」

 

「キババ!」

 

「しっかりと掴まっててね。――よっと!」

 

 キバゴが木の実を持ったまま自分の髪の中に入ると、アイリスは木を走って登る。

 

「俺達も行こう」

 

「ピカピカ」

 

「そうだね」

 

 サトシとピカチュウ、デントもまた、アイリスとベルを再び追い掛ける。

 

「えっほ、えっほ……」

 

「――よっとっとっと!」

 

「な、なにそれ!? 待ちなさ~い!」

 

 必死に走るベルを、アイリスが素早い身のこなしで木を渡り、軽々と追い越していた。

 

「――エモ」

 

 一方、彼女達が捜すエモンガは適当な樹の枝に着地。後ろを見てベルがいないのを確認すると、ホッと一息付く。

 前に視線を戻すと成っていた木の実を見え、アイリスが持っていた木の実の山、次に自分と捕らえようとしてきた、ベルやチラーミィを悪人風に思い出す。

 イライラしたエモンガは木の実を取ると、ムシャクシャした気持ちを発散するようにかじりついた。

 

「ベル。大丈夫か? それとまだやるのか?」

 

「勿論! 絶対ゲットしてやるんだから~!」

 

 一度決めたからには必ずやりきる。そんな意思と共に、ベルは再び走り出した。

 

「諦めが悪いなあ」

 

「そう言うところはサトシに似てるかもね」

 

「ピカピ」

 

 二人の類似点に、ピカチュウは確かにと頷いた。

 

「エモンガは森で暮らしているポケモン……。そう離れてはいないと思うけど……」

 

「――キバ!」

 

「どうしたの、キバゴ?」

 

 サトシ達からかなり離れた場所で、アイリスとキバゴはエモンガを捜す。すると、落ちてきた何かがキバゴの顔に当たり、地面に落下した。

 

「これは……木の実?」

 

 それも、食べられたものだ。見上げながら辺りを見渡すと――エモンガを発見した。

 

「いた!」

 

「キバ!」

 

「エモ?」

 

 声に反応し、見下ろすとエモンガもアイリスとキバゴを発見する。

 

「キバキバ、キババ!」

 

 やっと見付けたエモンガに、キバゴが木の実を投げて渡す。

 

「エモ……?」

 

「プレゼント! あたしのキバゴがあなたをすっごく気に入ったんだって!」

 

 木の実を受け取ったエモンガは、アイリスから話を聞くと少し考える。自分がキバゴと仲良くすれば彼女から沢山の木の実を貰えるかもしれない。

 

「見つけた~~~っ!」

 

「エモ!?」

 

 エモンガがそう判断し、動こうとした直後だ。ベルが猛スピードが走って来た。

 

「今度こそ! チラーミィ、おうふくビンタ!」

 

「――チラ! ミィ!」

 

「エモ! エモッ!」

 

 ベルは再度チラーミィを繰り出す。チラーミィはおうふくビンタを放つ。

 木の実を持っていたことや樹の枝の上と言う動きづらい場所にいたこともあり、エモンガは食らってしまい、木の実も落とす。

 

「エー……モッ!」

 

「チラーーーッ!」

 

 だが、やられっぱなしでいるつもりはない。電撃の球を展開し、技を放った直後のチラーミィに命中させる。吹っ飛んだチラーミィはベルにキャッチされた。

 

「今のはボルトチェンジ……!」

 

 攻撃と同時に交代する少し特殊な技だ。ただ、一匹だけの場合は変化はない。

 

「エモ~」

 

「いたっ!」

 

 エモンガはベルの頭を蹴ってから滑空し、また離れていく。

 

「キバ!」

 

「キバゴ!」

 

 また離れていくエモンガを、キバゴとアイリスが追い掛けていく。

 

「う~……また失敗」

 

 再びゲットに失敗し、ベルは落ち込む。その近くにはサトシとデントが駆け寄っていた。

 

「キバキバ――キバッ!」

 

「エモッ!? エモエモ……!」

 

 追い掛けるキバゴがエモンガの下半身に掴まる。自分以外の体重が加わり、バランスも崩れた事でエモンガが少しずつ降下していく。

 

「――ああっ!?」

 

 長い草で見えなかった。この先は崖になっていた。急いでアイリスは坂を降りてキバゴとエモンガをキャッチし、出っ張りの部分に着地して一安心。

 

「着地! ふぅ。――うわぁああぁっ!?」

 

 と思いきや、着地の際の衝撃に耐えきれず、出っ張りが崩れて崖を滑っていく。最終的には、木にぶつかって止まりはしたが、かなり痛い。

 

「痛た……。大丈夫、キバゴ、エモンガ……?」

 

「キババ……」

 

「エモ……」

 

 何はともあれ、止まった。キバゴは髪に潜り、エモンガはアイリスの頭に乗った状態で彼女達は周りを確かめる。すると、周りから多数の視線や声が向けられた。

 

「な、なに……?」

 

 最初は暗さで見えなかったが、徐々に視認出来るようになる。

 

「――ココロモリ!?」

 

 周りからの声、視線の正体。それは白い体毛、ハート型の鼻や、空白がハートになっている尾、くっついて三角になっている耳が特徴の求愛ポケモン、ココロモリ。

 コロモリの進化系であり、逆さまにぶら下がっていた。

 

「あたし達、ココロモリの巣に入って……!」

 

「ココーーーッ!」

 

 自分達の巣に入った侵入者や、ある事へ関する怒りから、ココロモリは侵入者であるアイリス達に残響する音を放つ。

 

「ご、ごめんなさい! 謝るから止めて~!」

 

「――エモーーーッ!」

 

 残響の音に苦しむアイリス達だが、エモンガが反撃にほうでんを発射。ココロモリ達にダメージを与える。ついでに、アイリスやキバゴにも。

 

「エモ、エモエモ!」

 

「う、うん、分かってるわよ……」

 

 電撃に痺れながらも、アイリス達は急いでその場を後にした。

 

「はぁ、助かったけど、出来ればあたし達を巻き込まないでほしかったな~」

 

「エ~モ」

 

「キバキバ」

 

 仕方ないでしょと呆れるエモンガと、何かを見つけたキバゴ。アイリスとエモンガがそちらを向くと、湖が見えた。

 

「ちょっと休もっか」

 

 捜し続けたり、バトルで疲れていたため、アイリス達は湖で一旦休憩することにした。

 

「エ~モ」

 

「キバキバ」

 

 湖の水で喉を潤わせるエモンガだが、横から水が掛かる。キバゴが遊んでいるのだ。

 

「エモ~……エモッ!」

 

 エモンガは怒ろうとしたが、キバゴの無邪気な表情を見て大人気ないと我慢。気分転換に黄緑色のエネルギー弾を発射し、湖を軽く揺らした。

 

「キバ……キバキバキバ!」

 

「めざめるパワーで遊んでくれたの? 良かったね、キバゴ!」

 

「キバキバ、キババ!」

 

 パチパチと喜んだキバゴがエモンガの手を取り、上下に振って感謝を伝える。

 

「……エモッ!」

 

 再びめざめるパワー。今度は三つ放ち、さっきよりも湖を揺らす。

 

「キバキバ~!」

 

「エモエモ! エモッ!」

 

 すごいすごいと、褒めるキバゴに気を良くしたエモンガは先程よりも威力を込めためざめるパワーを放つ。湖の水が大きく波打ち、弾けた。

 

「ち、ちょっとやりすぎ!」

 

「――コロ」

 

 また森の中から、目の光が無数に輝く。

 

「ま、まさか……さっきのココロモリ?」

 

「――コロロ!」

 

 その予想は的中し、先程のココロモリの群れが現れた。

 

「エモエモ……エモンガーーーッ!」

 

 向こうが仕掛ける前にエモンガがほうでんを放ち、ココロモリ達に浴びせる。但し、無数にいるので一匹一匹へのダメージは効果抜群でも控え目だ。

 

「逃げるわよ!」

 

「エモ~」

 

「コロロ!」

 

 アイリス達は逃げ、ココロモリ達は追い掛ける。

 一方、アイリス達を追いに彼女達が落ちたあの場所から探しに来たサトシ達。途中、揺れる茂みを発見した。

 

「何かいるな」

 

「きっとエモンガよ!」

 

「いや、あの揺れは大型のポケモンのような……」

 

「そんなわけないわ! ――チャオブー!」

 

「――チャオ!」

 

「かえんほうしゃ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

 繰り出されたチャオブーが新たな技、かえんほうしゃを放つ。その炎が茂みとその中にいるポケモンを燃やす。

 

「ドラーーーッ!」

 

「……えっ?」

 

「この声は……!」

 

 燃える茂みの中から現れたのは、ペンドラーだった。

 

「ペンドラーだ!」

 

 突然攻撃され、ペンドラーは怒り心頭だ。

 

「ドララーーーッ!」

 

「逃げるぞ!」

 

 三人は突進して来るペンドラーから逃走。適当な木の影に隠れ、静かにしてやり過ごすのを待つ。

 

「ドラ……! ドララァ……!」

 

「……?」

 

 仇を見るような気迫で見渡すペンドラーに、デントは少し違和感を感じたが、今は隠れたままにする。

 少しするとペンドラーは風で揺れた枝の音に反応し、そっちにいると判断して走り去って行った。

 

「もう大丈夫。ここから離れよう」

 

「おう」

 

「う、うん」

 

 安全のため、サトシ達はペンドラーが去ったのと逆の方向に移動して離れた。

 

「今度こそ、エモンガよ! 葉が揺れてるから間違いない!」

 

「本当かなあ?」

 

「ピーカ……」

 

「これもエモンガにしては大きいような……」

 

「そんなはずないわ! 見てて! ――チラーミィ!」

 

「チラ!」

 

 また揺れる光景。今度は木の葉が揺れてるため、木の上で暮らすエモンガだとベルは推測するが、さっきの件もあるのでサトシ達は懐疑的だ。

 

「ハイパーボイス!」

 

「チラーーーッ!」

 

「――チュラ!」

 

 木から追い出そうと音波を放つ。目論見通り、木からポケモンが出てくるがそれはエモンガではなく、デンチュラだった。

 

「今度はデンチュラ!?」

 

「何で~~~っ!?」

 

「チュラーーーッ!」

 

「逃げるんだ!」

 

 先のペンドラー同様、このデンチュラも怒り心頭状態であり、サトシ達に向かってほうでんを放つ。咄嗟に避けるも、デンチュラが追撃を仕掛ける。

 

「更に来る!」

 

「デデデデンーーーッ!」

 

「どくばりか!」

 

 デンチュラが口から毒を固めて作った針を無数に発射。サトシ達はこれも咄嗟に動き、デンチュラの様子を確かめる。

 

「チュララァ……!」

 

 デンチュラは唸り声を上げ、サトシ達を睨み付けていた。

 

「す、すっごく怒ってる……!」

 

「わ、悪かったよ、デンチュラ。謝るからここで――」

 

「チュラーーーッ!」

 

「ピカチュウ、10まんボルトで相殺!」

 

「ピーカ、チューーーッ!」

 

 電撃と電撃がぶつかり合い、互いを相殺する。

 

「チュラァ……! チュララァ!」

 

「な、なぁ……。なんか、おかしくないか?」

 

「あぁ、敵意が強過ぎる……」

 

 さっきのペンドラーもそうだが、このデンチュラの怒りようも少しおかしい。偶々怒りやすい性格なのか、或いは別の理由があるのか。

 

「まともに相手するのは避けよう。目眩ましして一気に逃げるべきだ」

 

「なら! ツタージャ!」

 

「――タジャ」

 

「たつまき!」

 

「ター……ジャ!」

 

「チュラ!」

 

「今だ!」

 

 小規模な竜巻を作り上げ、木の葉を巻き上げてデンチュラの視界を防ぐ。その間にサトシ達は一気に走り、デンチュラから離れることに成功した。

 

「しつこいわね~」

 

 その頃、アイリス達は少し前から偶々見付けた洞穴の岩に身を隠していたが、ココロモリ達は血眼でまだ探して続けていた。

 

「コロ、コロロ?」

 

「……コロ」

 

 辺りを探したが、全く見付からない。となると、何処かに隠れたと考えるべき。そして、近くには丁度姿を隠すには最適な洞穴がある。

 

「コロ」

 

「ココロ。――コローーーッ!」

 

 ボスと思われる一匹の掛け声により、群れのココロモリ達が洞穴に向かって一斉に反響する音波を放つ。

 

「~~~ッ! 止めて~!」

 

 音に耐えきれず、アイリス達は洞穴が出るも、そこを待っていたココロモリ達が立ちはだかる。

 

「コロ! コロロ!」

 

「サイケこうせん!」

 

 無数のココロモリ達による念の閃光が放たれたが、アイリス達は辛うじてかわす。

 

「コロォ……!」

 

「コロロォ……!」

 

「やるしかなさそうね……!」

 

 こうなってはとてもだが逃げきれない。戦うしかないだろう。

 

「エ~モンガッ!」

 

 黄緑色の光球を複数放ち、ココロモリを怯ませる。

 

「ドリュウズ、お願い!」

 

「――リュズ」

 

 その間に、アイリスはドリュウズを繰り出す。ドリュウズは周りを見て状況を理解し、とりあえず戦う事にした。

 

「ココロモリのタイプはエスパーと飛行……」

 

 地面タイプの技である、どろかけやドリルライナーは効かない。それ以外で攻撃する必要がある。

 

「ドリュウズ、メタルクロー!」

 

「……」

 

 爪を硬質化させ、無数のココロモリ達に攻撃していく。だが、ココロモリ達は数が多い上に一撃ではやられるほど脆くもない。

 

「エ~……モッ!」

 

「コロロ~」

 

 しかし、エモンガが次の技を発動する時間は稼げた。メロメロを使い、ココロモリ達をメロメロにしていく。

 

「コロロ……!」

 

「あ~、メロメロになったのは♀だけ……」

 

 メロメロの効果は、使用者と逆の性別しか発揮されない。エモンガは♀のため、♀のココロモリ達には通用しないのだ。

 

「だったら……! ドリュウズ、メロメロになっていないココロモリ達にみだれひっかきよ!」

 

「――ドリュ」

 

 ドリュウズはメロメロで動けない♂のココロモリ達を無視し、♀のココロモリ達に爪で引っかいていく。

 だが、やはり数が多い上に大技のドリルライナーは使えないため、中々倒れない。

 

「エモンガも手伝って!」

 

「エモ! エモーーーッ!」

 

 頷いたエモンガは追撃にほうでんを発射。ココロモリ達にダメージを与えて行くが、やはり数が多いせいで一匹へのダメージが小さい。

 

「コロロ!」

 

「コロロロ!」

 

「あ~、メロメロが解けた!」

 

 多数にメロメロを掛けたため、一匹への効果が低下しており、早く解けてしまったのだ。

 

「コロー……!」

 

「ピカチュウ、10まんボルト! 手前に!」

 

「チューーーッ!」

 

 三度、反響の歌を一斉に放とうとしたココロモリ達だが、自分達の前に落下した電撃に止まる。

 

「大丈夫か、アイリス、キバゴ?」

 

「ピカピ!」

 

「サトシ! 皆!」

 

 攻撃音やほうでんを目印に到着したサトシ達は、急いでアイリス達の側に移動する。

 

「エモンガ、ここにいたのね~。――あら?」

 

 やっと発見したエモンガに抱き着こうとしたベルだが、かわされてしまった。

 

「こいつらは……?」

 

『ココロモリ、求愛ポケモン。コロモリの進化系。色々な周波数の音波を、鼻の穴から発射する。岩も破壊する音波も出す』

 

「コロモリの進化系か。それにしてもアイリス、どうしてこいつらに?」

 

「落ちた拍子に巣に入っちゃったの。それで追い掛けられて……」

 

「にしても、しつこすぎない?」

 

「多分、攻撃したりしたからそのせいだと思う……」

 

(……本当にそれだけかな?)

 

 そうだとしても、敵意が強すぎる。デントはそう感じてしまう。攻撃されたからか、もしくは。

 

「なぁ、ココロモリ。俺達は戦う気はないんだ。巣に入ったり攻撃したのは謝るから――」

 

「コロローーーッ!」

 

「こ、これ……りんしょう!?」

 

「他のポケモンが先に使うと威力が増す技だ……!」

 

 それを群れで放っているのだ。かなりの威力になっていた。

 

「戦うしかないか……!」

 

「――ミジュ!」

 

 ココロモリ達は怒りで話を聞きそうにない。ある程度ダメージを与え、力の差を見せ付けた方が良い。

 早速ピカチュウで反撃しようとしたが、その前にミジュマルが出てきた。

 

「ミ~ジュ。ミジュミジュマ」

 

 ミジュマルがホタチを構え、エモンガに目配せ。どうやらアピールしている様だ。

 

「コローーーッ!」

 

「サイケこうせん! ミジュマル、シェルブレードで弾け!」

 

「ミジュ!? ――マッ!」

 

 サトシの言葉に素早く反応し、ミジュマルは迫っていた念の光線をギリギリで弾いた。

 

「アピールしたいのは分かるけど、今は敵に集中!」

 

「ミジュ」

 

 ごめんと頭を下げ、エモンガの近くでホタチを構えて守る姿勢を見せるミジュマル。

 

「サトシ、どうする?」

 

「俺達が一気に決める。ハトーボー、ツタージャ、クルミル!」

 

「ハト!」

 

「タジャ」

 

「クルル!」

 

 互いへのダメージを最低限に留めるべく、サトシは更にハトーボー、ツタージャ、クルミルの三体を繰り出した。

 

「ツタージャ、フルパワーで広くたつまき!」

 

「ター……ジャ!」

 

「コロロ……!」

 

 威力は控え目だが、範囲の広い竜巻がココロモリ達を足止めする。

 

「ハトーボー、クルミルを乗せてココロモリの周りを回れ! クルミル、ハトーボーに乗った状態でありったけのいとをはく!」

 

「ハト!」

 

「クルルルーーーッ!」

 

 ハトーボーはクルミルを乗せた状態でハハコモリ達の周囲をぐるぐる回り、クルミルはハトーボーの背から量の糸が放つ。

 

「ツタージャ、たつまきを止めろ!」

 

「――ジャ」

 

「コロローーーッ!?」

 

 同時にツタージャはたつまきを停止。直後にココロモリ達をクルミルの糸がグルグルと巻き付きながら一纏まりにし、瞬く間に動きを封じた。

 

「よし、全員捕まえた!」

 

「すっご~い!」

 

 これでゆっくりと話せる。サトシ達はココロモリ達に近寄り、話し掛ける。

 

「コロロォ……!」

 

 捕らえられたココロモリ達だが、まだサトシ達を睨んでいた。

 

「話を聞いてくれ、ココロモリ」

 

「巣に入った事や攻撃した事なら謝るから。本当にごめんなさい!」

 

「ごめんなさい!」

 

「……コロ?」

 

 一斉に謝るサトシ達に、ココロモリ達は疑問符を浮かべる。もしかして、彼等は違うのだろうか。だとすると、自分達は勘違いしていることになる。

 

「……コロ」

 

「分かってくれたのか?」

 

「コロロ」

 

 サトシの言葉に、ボスのココロモリがコクンと頷く。

 

「じゃあ、外すよ。ミジュマル、切ってくれ」

 

「ミジュジュ」

 

 ミジュマルがシェルブレードを使い、糸だけを斬ってココロモリ達を解放した。

 

「コロロ。コロ」

 

 ココロモリ達はサトシ達にじゃあと頭を下げ、離れていった。

 

「ごめんね、ココロモリ達~」

 

「キババ~」

 

「――エモ~」

 

 アイリスとキバゴがココロモリ達にもう一度謝った直後、エモンガはそこから飛んで森に向かって離れていった。

 

「あっ、エモンガ! 待って――」

 

「待つんだ、ベル」

 

 エモンガを追い掛けようとするベルだが、デントに止められる。

 

「な、なんですか、デントさん?」

 

「……どうにも、この辺りにいるのは危ない気がする。ポケモン達がやけに殺気だっているし……。ここから離れよう」

 

「で、でも……。いえ、分かりました」

 

 さっき、二度ポケモンを刺激して二人を巻き込んだ事もあり、ベルはデントの提案を受けた。

 そして、サトシ達は急いでその場所を後にした。

 

 

 

 

 

「あ~あ、エモンガゲットできなかったな~」

 

「仕方ないよ。あそこのポケモン達、なんかやけに荒々しかったし……」

 

「まぁ、そうよね……」

 

 夕暮れ。食事の場所に戻って来たサトシ達。ベルがエモンガゲットの失敗を残念そうに呟いていたが、あの状態を考えると仕方ない。

 

「決めた。わたし、諦めるわ」

 

 どこに行ったか不明、あの場所から離れている、危険性からベルはエモンガゲットをきっぱりと諦めた。

 

「皆、お腹空いただろう? 僕が直ぐに腕に縒りを掛けてご馳走を作るよ」

 

「やった~! またデントさんのご飯が食べれるのね~!」

 

 またデントお手製の料理を食べれる事にベルは喜ぶ。サトシとアイリスも早く食べたいらしく、空腹のお腹をさすっていた。

 

「――エモ~~~ッ!」

 

 その声と共に、一匹のポケモンがアイリスの胸元に笑顔で着地する。エモンガだ。

 

「エモンガ?」

 

「どうしてここに?」

 

「エモエモ♪」

 

「もしかして……アイリス達を気に入ったとか?」

 

「エモ」

 

 サトシの推測にエモンガがコクンと頷く。今回の一件でエモンガはアイリスやキバゴを気に入ったのだ。

 

「キバキバ」

 

「エモエモ」

 

 キバゴもエモンガが自分とアイリスを気に入ったと知り、上機嫌な様子だ。

 

「分かったわ。それじゃあ」

 

 アイリスは空のモンスターボールを取り出し、エモンガに当てる。

 

「えぇ!? バトルなしで!?」

 

 ベルが驚く中、エモンガに入れたモンスターボールは数度揺れると、パチンとなって止まった。

 

「エモンガゲットで、どどんどど~ん!」

 

「キバキバ~!」

 

 こうして、アイリスに新たな仲間、エモンガが加わったのであった。

 

「う~! うらやまし~い!」

 

「そう悔しがるなよ。ベルにも新しい仲間がきっと見付かるって」

 

「そうかな~。でももしあったら、その時はアイリスちゃんと同じように、バトルなしでゲットしてみたいな~」

 

「なんでだ?」

 

「なんか、心が繋がって仲間になったって感じがして、素敵だもん」

 

「確かにね。僕とイシズマイもそうだし」

 

「俺はこのイッシュだと、ミジュマルとポカブ、クルミルがそうなるな」

 

 ハトーボーやツタージャはバトルで。ズルッグは託されたタマゴから孵化してなので違う。

 

「う~、サトシくんもデントさんもそんなゲットしてるんだ~。益々した~い!」

 

「じゃあ、そのマイペース振りをなんとかすることね」

 

「これがわたしだも~ん!」

 

 両手を上げて叫ぶベルに、サトシ達は笑う。

 しかし、今の彼等は予想だにもしないだろう。彼女に、そんな出会いが待っているなどと。

 



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嵐を呼ぶモモンガ

 どこまでかに悩んだ話です。完成した後も結構。
 後、実は次の話と同時に出したかったのですが、先週は出せなかったので、前から三週間後になるのを避けるために投稿します。


「……」

 

 一体のポケモンが、森の中で荒い息を吐きながら傷付いた身体を休めていた。仲間は大丈夫だろうか。

 

「……」

 

 そのポケモンが、空を見上げる。自分の身体と同色でありながら、今の心境とは対極の清みきった青空。

 所々雲はあるが、それも自分の身体にあるためか、そのポケモンは悲しそうに見上げていた。但し、空の雲と違って自分のは汚れているが。

 ――どうしてこうなったのだろう。そのポケモンはそう思う。だが、突然の事ばかりで理由は全く不明。そんな戸惑いや一体になった孤独さ、戦いの披露やダメージから心身共に疲れきっていた。

 

「……!」

 

 憂鬱とした気持ちで空を見上げていると、その視界に無数のポケモン達が写る。

 しつこい。何度も何度も来る上に知らない為読めない、更に来る度に違うため、かなり手こずっていた。しかも一緒にいた仲間とはバラバラになってしまうし、休む間がほとんどない。

 だが、黙ってやられるつもりは微塵もない。心身共に疲れきっているが、渇を入れて傷付いた翼を羽ばたかせ、戦うべく飛び立つ。

 

 

 

 

 

「ふんふんふふ~ん♪」

 

「キ~バキバ~」

 

 林道を歩きながら、アイリスとキバゴが楽しそうに鼻歌をしていた。その理由は勿論、新しい仲間のエモンガだ。

 

「嬉しそうだな、アイリス」

 

「うん、キバゴも仲間が出来て良かったね~」

 

「キバキバ」

 

「ねぇねぇ、アイリスちゃん。わたしのチャオブーとエモンガでバトルしない?」

 

「バトル?」

 

「なら、俺としようぜ。相手はポカブでどうだ?」

 

「電気と炎。うん、刺激的かつ、燃え上がる様なバトルになりそうだね」

 

 ベルがバトルを提案するも、バトル好きのサトシもしたいと出る。デントはタイプから中々面白そうだと感じた。

 

「ちょっと、サトシくん! わたしが先に言い出したんだから、わたしが先よ! それにエモンガは元々、ゲットするはずだったんだから!」

 

「ゲットに失敗しただろ? でも、先に言ったのはベルだしな。良いよ、譲るよ」

 

 ゲットしたいかは関係ないが、先にバトルを提案したのはベルだ。早い者勝ちとも言うし、ここは譲った。

 

「話が分かる! じゃあアイリスちゃん。バトルよ!」

 

「えぇ、受けるわ!」

 

 サトシ達は手頃な広場に移動。アイリスとベルが向き合う。

 

「行くよ、エモンガ!」

 

「エ~モ!」

 

 出てきたエモンガは、ウインクしながらポーズを取る。

 

「きゃ~! やっぱり、可愛い~!」

 

 エモンガのキュートさに、ベルは早速メロメロになった。

 

「おーい、戦う相手だぞー」

 

「あっ、そうね。じゃあ、気を取り直して……チャオブー!」

 

「チャオブーーーッ!」

 

「可愛いエモンガちゃんに先手を譲るわ! どうぞ!」

 

「じゃあ! エモンガ、めざめるパワー!」

 

「エ~モッ!」

 

「チャオブー、かえんほうしゃ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

 光球と炎がぶつかり合う。一旦は均衡するが、技の威力や出し続ける性質から炎が光球を打ち破り、エモンガにダメージを与えた。

 

「エモーーーッ!」

 

「あぁ、エモンガ!」

 

「追撃よ! チャオブー、ヒートスタンプ!」

 

「チャオチャオ……ブーーーッ!」

 

「エモンガ、かわしてほうでん!」

 

「エモ! ガ~~~ッ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「うわっ?」

 

 チャオブーが炎を纏って進み、高く跳躍。落下と体重で押し潰そうとする。

 エモンガはギリギリでかわすと片手に電気の球を作り上げ、技の直後で動けないチャオブーに叩き込むが、同時に後退。

 

「……リュズ?」

 

 直後、アイリスのモンスターボールからドリュウズが出てきたが、本人は?と疑問符を浮かべてキョロキョロする。

 

「ボルトチェンジだ」

 

「えっ、でもあたしはほうでんを指示したのに……」

 

「ね~、エモンガは~?」

 

「チャオ?」

 

「エモエモ。エモモ」

 

 どこに行ったのかを探すサトシ達だが、笑い声から直ぐに判明。アイリスの後ろにいた。

 

「ボルトチェンジは攻撃した後、トレーナーから代わりのポケモンを出して、自分はモンスターボールに引っ込む技なんだけど……」

 

「あれはちょっと違うみたいだな」

 

 エモンガがモンスターボールに戻っていない。少し変わった性質になっているらしい。

 

「うふふ、なんか面白~い」

 

「あはは、ほんと面白~い。けど、笑ってる場合じゃないわね……」

 

 ドリュウズをモンスターボールに戻し、エモンガに近寄る。

 

「エモエモ、エモエモモ」

 

「エモンガ、ボルトチェンジを使ったらバトルしてる意味ないでしょ? これは練習なんだから、あたしの指示に従って」

 

「……エモ~」

 

 アイリスの言葉を聞いた後、エモンガは背を向き、直ぐに振り向いた。涙目で。

 

「あー、泣かせちゃった」

 

「これじゃあ、バトルは無理かな……」

 

「ピカ」

 

「分かったわ。もう泣かないで」

 

「――エモ」

 

 背を向けて上手く行ったとほくそ笑むエモンガだが、直後に抱き抱えられた。

 

「エモ?」

 

「はい。泣くのはおしまい。涙くんはバイバ~イ。さっ、もう一度頑張ろう」

 

 抱き抱えたエモンガをベル達に向けて降ろし、もう一度とアイリスは告げる。

 

「エモ~?」

 

「大丈夫、あたしが付いてる!」

 

 え~と見上げるエモンガだが、アイリスの言葉に失敗かと溜め息を漏らした。

 

「じゃあ、再開。チャオブー、かえんほうしゃ!」

 

「チャオー……!」

 

「エモンガ、かわして!」

 

「エモ~? エモ!? ――ンガッ!」

 

 めんどくさいと不貞腐れるエモンガだが、チャオブーがかえんほうしゃを放とうとしているのを見て、ボルトチェンジを発射。

 また炎と電気がぶつかり合い、直後にエモンガは後退。更に今度はデントのモンスターボールからヤナップが出てきた。

 

「……ヤナ? ナプ!?」

 

 ぶつかり合いで大半は相殺したが、残りの炎が迫っていた。ヤナップは咄嗟にかわす。

 

「わっ、今度は僕のヤナップか」

 

「エモモ」

 

「こ~ら、勝手にボルトチェンジしたらダメって言ったでしょ」

 

「エモ~……」

 

「また泣く~……」

 

 ヤナップに頑張れと応援するエモンガだが、アイリスに注意されてまた涙目になる。

 

「やっぱり、エモンガはバトルが嫌いなのかな?」

 

「そうかもね。アイリスちゃんの指示に従わないし、なんか、自由気儘って感じ」

 

 気に入ってはいるが、言うことを聞くつもりはないようだ。

 

「でもさ、そう言うポケモンをちゃんと育てるのがトレーナー修行ってもんでしょ」

 

「まぁ、そうだよな」

 

 ポケモンと信頼し合える関係になり、しっかりと育てる。それがトレーナーの役目だ。

 

「エモンガ。バトルってさ、思い切ってやったら案外楽しいものなんだよ。頑張ってもう一度やって見よ。ねっ?」

 

「エモ~……」

 

 そうは言われるエモンガだが、不満満々な表情だ。

 

「やっぱり、イヤそうね」

 

「バトルがイヤなら……ポケモンコンテストの方が良いかもな」

 

「ポケモンコンテスト? 何それ?」

 

 サトシが言ったポケモンコンテストに、アイリスが質問する。ベルも気になる様だ。

 

「本で読んだ事がある。ポケモンの強さではなく、魅力さを競うイベントだよね? 人とポケモンの両方が華やかな衣装を纏い、アピールや特殊なルールのバトルを行なう。そして、それに参加する人々はコーディネーターと呼ばれる」

 

「流石デント。詳しいな」

 

 物知りなデントは、本で見たことがあるようだ。

 

「エモ~」

 

 サトシやデントの説明を聞き、少し興味を持ったエモンガは想像する。多くの観客がいる舞台で、華やか衣装を着て技を華麗に使う。

 

「エモエモ! エモモ!」

 

 興味を抱いたらしく、エモンガはやってみたいとはしゃぐ。

 

「エモンガ、やってみたいようだぜ?」

 

「分かる分かる! 面白そうだもん!」

 

 ベルもまた、ポケモンコンテストに興味を抱いていたので、エモンガに共感していた。

 

「けど、それはイッシュにはないんでしょ?」

 

「あぁ、イッシュにはないよ」

 

 と言うか、存在するなら今頃コンテストの名前やコーディネーターが広まっている。

 

「じゃあ、コンテストの練習したって意味ないじゃない。エモンガ、バトルに集中!」

 

「……エモ~」

 

 興味あるコンテストより、興味ないポケモンバトルを優先され、エモンガはつまらなさそうに頬を膨らませた。

 

「じゃあ、バトル再開」

 

「チャオブー、ニトロチャージ!」

 

「エモンガ、めざめるパワー!」

 

「チャオチャオチャオ……!」

 

「……エモ」

 

 足踏みし、炎の突撃の準備を始めるチャオブー。一方、まだ頬を膨らませているエモンガはめざめるパワーではなく、またボルトチェンジを使い、適当な誰かを出しつつ離れた。

 

「――タジャ」

 

「今度はツタージャが」

 

 今回はサトシのツタージャが出てきた。突然出された彼女だが、何時も通り腰に手を当てて堂々としている。

 

「ねぇ、サトシ! こうなったらツタージャ貸してくれない!?」

 

「それ面白そう!」

 

「ダメだよ。ツタージャは俺の手持ちだし」

 

「エモンガにバトルの楽しさを教えたいの!」

 

「イヤだ。第一、ツタージャが聞くか全く別だろ」

 

 仲間にだとしても、そう簡単に自分の手持ちを貸すつもりはない。更に言えば、ツタージャが聞くか分からないのでサトシは断った。

 

「だったら……! ツタージャ、少しだけあたしと――」

 

「タジャ」

 

 直接頼み込むアイリスだが、ツタージャは断ると言いたげに顔を反らす。

 自分が指示を聞くのは、自分が認めた人物であるサトシだけ。旅の仲間の頼みだろうが、聞くつもりはない。

 

「そ、そんな~……」

 

「あはは……。ツタージャはサトシを認めてゲットされた訳だしね……」

 

 なので、ツタージャが断るのは当然と言えた。

 

「ねぇねぇ、エモンガが見えないんだけど……」

 

「えっ?」

 

 サトシ達が見渡すも、確かにエモンガの姿が見当たらない。

 

「こら~! エモンガどこなの~!?」

 

「サトシくん、エモンガが戻るまでチャオブーとツタージャでバトルしない?」

 

「あぁ、良いぜ」

 

 時間が掛かると考えたのか、ベルはエモンガが見付かるまでチャオブーとツタージャでバトルを提案。

 バトル好き、またツタージャでのバトルがまだ少な目な事もあり、一体感を高めるためにもサトシは了承した。

 

「ツタージャ、行くぞー」

 

「タージャ」

 

 やれやれと思いながらもツタージャは頷き、自分のトレーナーであるサトシの元に駆け寄った。

 

「行くわよ! チャオブー、かえんほうしゃ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「ツタージャ、かわしながら懐に潜り込め!」

 

「――タジャ」

 

「しぼりとる!」

 

「チャオーーーッ!」

 

 ツタージャはかえんほうしゃをかわしながら接近。懐に入ると腕に身体を絡ませ、そこからチャオブーの力を奪っていく。

 また、体力はかなり残っているのでしぼりとるの威力は高くなっていた。

 

「だったら……! チャオブー、そのままヒートスタンプで押し潰しちゃえ!」

 

「離れろ!」

 

「チャオチャオチャオ……!」

 

「タジャ」

 

 しぼりとるを受けながらも、ジャンプから押し潰そうチャオブー。しかし、サトシとツタージャが向こうの狙いを受けるつもりは更々なく、直ぐに離れた。

 

「あ~、離れちゃった! でも、そのままフルパワーでヒートスタンプ!」

 

「チャオ、ブーーーッ!」

 

「ジャンプだ!」

 

「タージャ」

 

 炎の押し潰しが迫るも、ツタージャはジャンプで楽々かわす。

 

「そこ! チャオブー、かえんほうしゃ!」

 

「ツタージャ、たつまきで更に飛べ!」

 

「チャオーーーッ!」

 

「タジャ!」

 

 迫る炎を、真下に放ったたつまきで更に上に飛んでかわす。

 

「更に飛んだ!? うそ~!?」

 

「チャオー!?」

 

 鳥ポケモンでもないにもかかわらず、二段ジャンプした事にベルは驚いた。

 

「つるのムチ!」

 

「ター……タジャタジャ!」

 

「チャオ、チャオーーーッ!」

 

 その空中状態で、ツタージャが身体からムチを伸ばして叩く。驚いた隙もあり、チャオブーは直撃。但し、効果今一つなのでダメージは少ない。

 

「まだだ、ツタージャ! つるのムチをチャオブーに絡めろ!」

 

「ジャ」

 

「チャオオ!?」

 

「一気に近付け! そして――アクアテール!」

 

「タジャ。ター……ジャッ!」

 

「チャオブーーーッ!」

 

 ツタージャは蔓を使い、空中からチャオブーに着地ながら一気に接近。尾に水の力を集め、叩き付ける。

 

「チャオ~……」

 

 効果抜群の一撃を受け、チャオブーは倒れた。

 

「チャオブー、戦闘不能。ツタージャの勝ち」

 

「お疲れ様、ツタージャ」

 

「タジャ」

 

 サトシに労われるも、どうってことないとツタージャは堂々と返す。

 

「お疲れ様、チャオブー。また負けたな~」

 

 しかも、有利な草タイプに完敗した。結構ショックである。無傷ならと思ったベルだが、仮にそうだとしても大して差は無いだろうと何となく感じた。

 

「にしても、サトシくんのツタージャって、水タイプの技を覚えてるんだ」

 

 オノノクス戦では、アクアテールを使っていないので、このバトルでベルは初めて知った。

 

「あぁ、俺も最初見たときは驚いた」

 

「多分野生の時に炎タイプ対策に覚えたんじゃないかな?」

 

「……」

 

 デントはそう推測したが、ツタージャは無言。言う必要はないということだろう。

 

「うわ~、バトルが終わっちゃってる……。エモンガ、どこなの~?」

 

「エモ~……」

 

 辺りを探していると、エモンガの抜けた声が聞こえた。見上げると、近くの木の枝で寝ていた。

 

「エモンガ、降りて来なさ~い!」

 

「……エモ? ――エモ」

 

 アイリスに呼ばれるも、聞く耳持たずとまた寝出した。

 

「エモンガがボルトチェンジしたせいで、サトシやツタージャがバトルすることになったのよ~! おまけに、終わっちゃったし~! 練習にならないでしょ~!」

 

「――タジャ」

 

「エモ!?」

 

 エモンガはまだ無視していたが、ツタージャが蔓を伸ばして木からサトシ達の所に移動させる。

 

「お~、ボルトチェンジならぬ、つるのムチチェンジ、って所かな? 面白いテイスト」

 

 デントがそう言っていると、アイリスが駆け寄ってきた。

 

「エモンガ、今度こそちゃんとバトルするのよ!」

 

「エ~……。エモ~ン……」

 

「可愛い顔してもダメ!」

 

「エモ! エモ~……」

 

 また可愛さアピールして止めさせようと企むも、アイリスに却下された。イライラからほうでんを放とうとしたが。

 

「なぁ、やっぱりコンテストの練習させたらどうだ?」

 

「だから! イッシュにはないのにやったって――」

 

「だけど、コンテストの練習だってポケモンを育てることは出来るぜ。ポケモンの魅力を引き出すからこその強さってのもあるし。ポケモンバトルだけがポケモンを育てる手段とは限らないだろ?」

 

「確かにそれは言えてるね」

 

 人に色々あるように、ポケモンにも色々ある。なら、それに応じてやり方を変えるのが最善と言えよう。

 

「エモエモ! エモ~」

 

「ほら、エモンガもやりたがってる。しても良いんじゃないか?」

 

「けど、あたしポケモンコンテストについて全然知らないし……」

 

「僕も知ってるだけだからね……」

 

「エ~……」

 

「じゃあ、俺が教えるよ」

 

 やりたくても、教える人物がいない。アイリスとベルは今日まで知らず、デントも見たこともやったこともなく、知識で知っているだけ。やりようがないと思われたが、サトシが名乗り上げた。

 

「えっ、サトシくんってコーディネーターもやってたの!?」

 

「違うよ。やった事があるだけ。前の手持ちの中に、ポケモンコンテストに興味持ってたやつがいたから」

 

「ああ、なるほど。それで」

 

 それが理由で参加したと言うことだろう。三人は納得したようだ。

 

「だから、コーディネーターほどは出来ないけどな」

 

「いやいや、それでも十分だよ」

 

 コーディネーターではないが、ポケモンコンテストの経験者。この中では最適の人物だ。

 

「じゃあ、俺が出来る限りやって見るな。ピカチュウ」

 

「ピカピ」

 

 ピカチュウはコンテストにも参加していた。自分とやるには一番だ。

 

「ピカチュウ、エレキボール! 続けて、アイアンテール!」

 

「ピッカ! ピー……カァ! ピカピ♪」

 

「キレイ~!」

 

 ピカチュウが電撃の球を真上に放ち、落下した所を鋼の尾で空中で叩く。すると電撃が火花のように弾け、その中で片目をウインクしてアピールした。

 

「次は10まんボルト! 広く放て!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

 空中で10まんボルトを広く放つ。電撃は直ぐには消えずに暫く残留し、網のようになる。

 

「でんこうせっか! 上下左右に走り回れ!」

 

「ピッカァ! ピカ! ピカピカ!」

 

「お~、なるほどなるほど」

 

 次は着地と同時にでんこうせっか。網の電撃の中を、高速かつジグザグで走ったりジャンプしたりし、その素早さをアイリス達に見せ付ける。

 

「フィニッシュだ! 思いっきり跳んで――尻尾で着地!」

 

「ピカ! ――ピッピッカ!」

 

「すご……!」

 

「エモモ~……!」

 

 でんこうせっかの最後に跳躍。サトシの近くに戻りつつ、尻尾を地面に刺して着地。同時に10まんボルトが綺麗に弾け、その中で〆にVピースで笑顔を見せた。

 直後、ベルやデント、キバゴやエモンガから沢山の拍手が送られた。ツタージャもへぇと感心した様子だ。

 

「終わり。どうだ、皆?」

 

「すごいすごい! とにかく凄かったよ~!」

 

「上に放ち、落ちてくるエレキボールをアイアンテールで砕いて正確さと力強さを、次に広げた10まんボルトの中を素早くかつ、自在に動き回ることで速さと動きの制度の高さ、最後に尾での着地により、テクニックではなく、ピカチュウならではの魅力さまでも見せ付けた……。素晴らしいよ、サトシ! 僕が審判なら、100点満点だよ!」

 

 アピールだけにもかかわらず、デントやベルはもう魅力されていた。

 

「いやいやー。そう言われると照れるなー」

 

「ピカピカ」

 

「でも、やっぱり俺はコーディネーターじゃないしな」

 

「じゃあ、コーディネーターならこれよりもっと凄いってこと!?」

 

「あぁ」

 

 何も言わなかったアイリスだが、コンテストの凄さは自分なりに既に十分に理解している。

 サトシでこれほどなのに、まだ上がある。どれだけのものなのか想像も付かない。

 

「エモモ! エモ~!」

 

「凄くやってみたい様だよ」

 

 サトシとピカチュウのパフォーマンスに興味を極限まで刺激され、エモンガは今すぐにでもやりたいとアイリスに訴える。

 

「で、でも、一度見ただけであんな風になんて……」

 

「いや、流石にあれと同じでなくても良いよ。先ずは見様見真似でもやることからさ」

 

「それなら……。エモンガ、やろっか」

 

「エモ!」

 

 どれだけかではなく、先ずはやることが大切と言われ、アイリスはすることにした。

 

「ボルトチェンジはダメだし……。じゃあ、エモンガ。沢山、めざめるパワー!」

 

「エ~……モッ!」

 

 力を溜め、黄緑色の光球を十個放つ。

 

「ほうでん!」

 

「エモ~~~ッ!」

 

 大量の電撃を放ち、めざめるパワーにぶつける。二つの技がぶつかり合い、綺麗に弾ける。

 

「次はメロメロ!」

 

「エモ~!」

 

 ウインクし、ハートマークを出していく。

 

「もう一度!」

 

「エモエモ~~~」

 

 更にメロメロ。先に出したメロメロと合わさり、大量のハートマークが宙に舞う。

 

「最後! ほうでん!」

 

「エ~モ~~~ッ!」

 

 仕上げに、大量のハートマークをこれまた大量の電撃で弾けさせた。

 

「……ど、どう?」

 

「エモ?」

 

「……はっきり言って良いかな?」

 

「う、うん」

 

「じゃあ。正直……微妙」

 

「え、えぇ!?」

 

「エモモ!?」

 

 デントの評価に、アイリスとエモンガはショックを受ける。

 

「サトシとピカチュウのと比べると、技が派手なだけ。そう感じたよ」

 

「わたしも~。なんて言うか……技の凄さばかりでエモンガの魅力が全く伝わらないって感じ」

 

 サトシのは、能力を上手く活かしたアピールのため、ピカチュウの魅力さがしっかりと伝わっていた。

 しかし、アイリスのは技だけが凄い印象しか感じない。肝心のエモンガの魅力が全然伝わらないのだ。要するに、歴然たる差があった。

 

「うぅ……。ポケモンコンテストって難しいのね……」

 

「エモ~……」

 

 思った以上の難しさに、アイリスとエモンガは少し落ち込んでいた。

 

「けど、最初だと考えると悪くない方じゃないかな?」

 

「そうよね。わたしやデントさんがやっても多分、同じ様になるかも」

 

 初めてなのだ。それも経験者のサトシと比べれば、劣るのは寧ろ普通と言える。

 

「エモモ! エモ!」

 

「エモンガはリベンジしたいみたいだぜ。どうする?」

 

 今回は散々だったが、次こそは魅力したいと、エモンガは張り切っていた。

 

「まぁ、育てる事には代わりはないもんね。やろっか」

 

「エモ!」

 

 こんなに張り切るエモンガのやる気を削ぐのも勿体無いので、ポケモンコンテストの練習で育てることにした。直後、腹の虫の音が鳴る。

 

「腹減った」

 

 発生源はサトシからだ。その音に、アイリス達は軽くずっこける。

 

「あはは。まぁ、そろそろ昼だし、ランチタイムにしよっか」

 

「さんせ~い!」

 

 と言う訳で昼食になり、デントは料理を作る。

 

「さっ、出来たよ」

 

「皆、出てこ~い」

 

「わたしも! チャオブー、チラーミィ!」

 

「ドリュウズ、出てきて」

 

「ヤナップ、イシズマイ」

 

 料理が完成し、サトシ達は皆に食べてもらおうと、先に出ていたポケモン達以外の手持ちを全部繰り出す。

 

「はい、どうぞ。君達も食べて」

 

 ポケモン達は渡された木の実を食べ始める。特にエモンガは即座に平らげた。

 

「ボーボー?」

 

「……タジャ」

 

 ♂同士で食事しようとする中、エモンガ以外の♀であるハトーボーとツタージャ。

 ハトーボーが皆から離れていたツタージャに一緒に食べないかと聞くも、ツタージャはあたしはこれで良いわと返す。ハトーボーは残念そうだ。

 

「エモ~……。エ~モ」

 

 一つ食べたエモンガだが、それだけでは物足りなかったのか、ミジュマル、ポカブ、ズルッグ、クルミルのグループに向かってメロメロを放つ。

 そして、四匹に駆け寄るとぶりっこポーズを取った。

 

「う~ん、ふくよかな味わいにハーブの香りが程良く効いていて。やっぱり、デントさんの料理は五つ星!」

 

「ありがとう」

 

「どうだ、美味かったか?」

 

 ポケモン達は頷く中、ミジュマル、ポカブ、ズルッグ、クルミルの四匹がメロメロから解け、自分の分のご飯がないことに気付く。

 

「ミジュミジュ!」

 

「ポカポカ!」

 

「ルッグルッグ!」

 

「クルルル!」

 

 四匹は無くなった理由が相手にあると考えて問い詰めるも、身に覚えがないため、言い合いになる。最終的には四匹は喧嘩に発展した。

 

「エモ~……」

 

 その光景に、やり過ぎちゃったと舌を出すエモンガ。

 

「ピカピカ! ピカ! ピカピ! ピカカ!」

 

 ピカチュウが止めに入るも、四匹に攻撃され続け、最終的には10まんボルトで近付いたサトシ達諸とも攻撃した。

 

「なんで、こうなるの……?」

 

「あはは……」

 

「わ~、この髪型なんか良いかも~」

 

「はは……。ベルは前向きだね……」

 

 電撃で髪が無茶苦茶に跳ねてしまったが、ベルは少し気に入ったようだ。

 

「それより……なんでケンカになったんだ?」

 

 髪を整えたあと、サトシが理由を聞くも、四匹は騒ぐばかりで分からない。

 

「うーん、分からない……」

 

「もしかして、自分のご飯を誰かに食べられたかな?」

 

 そうそうと四匹は頷く。デントの推測は当たったようだ。

 

「でも、誰が食べたの?」

 

「じゃあ、ここはイッツシンキングタイム」

 

「うーん……」

 

「――タジャ」

 

 ポケモン達を観察すると、ツタージャが蔓でエモンガを捕まえ、サトシ達の前に出す。

 

「エモンガ?」

 

「あれ、そのお腹……」

 

「そうか。分かった」

 

「何が分かったんだ、デント?」

 

 エモンガの膨らんだお腹を見て、デントは気付いたようだ。

 

「うん。ご飯を食べられたのは皆♂のポケモン。そして、エモンガだけがお腹を膨らませていた。つまり、犯人はエモンガ」

 

「けど、どうやって食べたの?」

 

「メロメロだよ。♂のポケモン達をメロメロにしている間にエモンガが全部食べたんじゃないかな? そして、メロメロから解けた四匹は誰が犯人か分からずケンカをしてしまった」

 

「なるほど。あり得るわね」

 

「ボーボー」

 

「ハトーボー?」

 

 筋が通るデントの推理に納得すると、ハトーボーが前に出て翼でエモンガを指す。

 

「ハトー、ハトハト」

 

「えっ、皆がエモンガに木の実を渡した所を見た!?」

 

「ボー」

 

 コクコクとハトーボーが頭を縦に振る。あの時はエモンガにプレゼントしたと思っていたのだが、ケンカしたことから違うと判断したのだ。

 

「じゃあ、犯人はエモンガじゃないか!」

 

「エ、エモ……」

 

 しまったと、エモンガは不味い表情を浮かべる。見られていたのは完全に予想外だった。サトシ達を見ると、皆批判の眼差しを向けている。

 

「ち、ちょっと待ってよ! エモンガはそんなに悪い子じゃないわよ!」

 

「キバキバ!」

 

 そこに、アイリスとキバゴがエモンガを庇おうと前に出る。

 

「じゃあ、他にやったやつがいるのかよ? お腹も膨らんでて、それにハトーボーも見たって言ってるぞ? まさか、ハトーボーが嘘を付いたとか言うんじゃないだろうな?」

 

「そ、それは……勘違いしたんじゃないの?」

 

「誰と?」

 

「えと……あっ、ツタージャとよ! ツタージャだって♀でメロメロが使えるじゃない!」

 

「じゃあなんだよ!? ツタージャが犯人だって言う気か!?」

 

 ツタージャもメロメロが使える事から、アイリスは咄嗟にツタージャだと言うが、仲間を犯人にされてサトシは声を荒げる。

 

「あっ、いや、そう言う訳じゃ……!」

 

「うん、それは考えにくいよ。あのツタージャが仲間から横取りするとはとても……」

 

 今までいるが、ツタージャはそんなに食べるタイプではない上、冷静な性格。仮に欲しいのなら、わざわざ怒られるこんな方法より、自分達に言うだろう。

 

「アイリスちゃん。どこからどう見ても、エモンガが犯人よ。わたしだって分かるわ」

 

「う、うぅ……」

 

「エモンガを庇いたい気持ちは分かるけど、悪いことをした以上は謝らせるべきだ。じゃないと、トレーナー失格だよ」

 

「……エモンガ」

 

「エ、エモ……」

 

 こうなっては誤魔化すのは無理かと判断したのか、エモンガは諦めてアイリスと一緒に頭を下げて謝った。

 

「サトシとツタージャもごめん……」

 

「良いよ、謝ってくれたら」

 

「……タジャ」

 

 自分の仲間がそんなことをしたとは思いたくない気持ちは分かる。謝りもしたし、サトシは許した。

 そんなサトシを甘いと思いつつ、ツタージャもこれが彼だからまぁ良いかと心の中で呟く。

 

「うん。それで良し。あと、エモンガ。沢山食べたいのなら、僕達に言うべきだ。用意するから」

 

「……エモ」

 

 首を一度縦に振るエモンガだが、チラッとある方向を向く。視線の先にはツタージャがいた。

 こいつが余計な事さえしなければと、はっきり言うと逆恨みしていたのだ。

 

「――タジャ」

 

 そんなエモンガの敵意を、ツタージャは鼻で笑うと軽々と受け流した。

 

 

 

 

 

「さて、片付けも終わったし、出発するかい?」

 

「それも良いんだけど……なんか眠い」

 

「ピカチュ……」

 

「あたしも……」

 

「キババ……」

 

 一悶着の後、食事と片付けが済み、またライモンシティに向けて出発しようかとデントは聞くも、少し眠いのかサトシやアイリスがあくびする。

 

「なら、イッツお昼寝タイムにしない?」

 

「それも悪くないね。少し休んでから行こうか」

 

「さんせーい」

 

 と言う訳で、サトシ達は木の影で軽い昼寝を取ることにした。木の影で涼しみながら穏やかな一時が過ぎる。

 

「……エモ。エモエモ」

 

 少し経つと、エモンガが起き上がり、不満気な表情でどこかへ歩き出す。

 

「キバ。キバキバ」

 

「……ミジュ?」

 

 いち早くエモンガがどこかに向かったのに気付いたキバゴが追おうとする。その声に眠りが浅いミジュマルが目覚め、キバゴが一緒に探して欲しいと頼む。

 

「ミジュ~?」

 

 しかし、さっきご飯を食べられた件がある。最初は愛くるしいポケモンだと思っていたのに、予想を裏切られたミジュマルとしては少し乗り気ではない。

 

「キバキバ。キババ……」

 

「……ミージュ」

 

 乗り気ではないミジュマルに、キバゴはダメなのと落ち込む。そんな彼に、ミジュマルは少し迷ったあと一緒に探すことにした。子供のキバゴにこう頼まれてるのに断るのは後ろめたかったのだ。

 

「ミジュ?」

 

「キバキバ」

 

 ミジュマルはどっちに行ったのかを聞き、キバゴが指差す方向を一緒に走る。

 

「――タージャ」

 

 そんな彼等を見て、片目を上げたツタージャはやれやれと溜め息を溢した。

 

「エモエモ……!」

 

 怒られた件から、ムッス~と膨れっ面で歩くエモンガ。その最中、大量の木の実が成っている樹を発見。

 上機嫌になるも、そこには三匹のミルホッグ達がいた。どうやら、この樹はミルホッグ達の縄張りのようだ。

 

「キバキバ~?」

 

「ミジュミジュ~?」

 

 どうしたらと悩むエモンガに、探しに来たミジュマルとエモンガが近付いてきた。彼等を見て、エモンガはニヤリと黒い笑みを浮かべる。

 

「エ~モ~~~ン」

 

 エモンガはタイミングを見計らい、悲痛な声を上げながら倒れた。勿論、演技だ。

 

「キバキバ!?」

 

「ミジュジュ?」

 

「エモエモ。エモモ。エモモエモ~」

 

 駆け寄った二匹に、エモンガはミルホッグを指差しながら話す。木の実を見付け、食べようと採ろうとしたら、そこをミルホッグ達に攻撃されて出来なかったと。

 それを泣きながらかつ、体勢や悲しそうな声と合わせることでキバゴやミジュマルをけしかけようとした。

 

「キバキバ! キバキ!」

 

「……ミジュ~?」

 

 子供なのと、エモンガを大切に思うキバゴはすっかり騙されるも、さっきの件もあり、ミジュマルは胡散臭そうにエモンガを見ていた。

 

「エ、エモ! エモエモ!」

 

 ミジュマルの視線に危機感を募らせたエモンガはとにかく、必死に伝える。

 

「……ミジュ」

 

「エモ!」

 

 その甲斐もあってか、ミジュマルが納得したように呟く。エモンガは上手く行ったと心の中でほくそ笑む。

 

「ミジュ、ミジュジュ」

 

 しかし、エモンガの思惑に反し、ミジュマルはじゃあ、確認して来るとミルホッグ達に近付く。

 慌てて止めようとしたエモンガだが、その前にミジュマルがミルホッグ達に話し掛けた。

 

「ミジュ。ミジュマ?」

 

「ホッグ!?」

 

 ミジュマルはエモンガが嘘話を伝えるも、やってもいないミルホッグ達は、はぁ!?と驚くばかり。

 

「……ホッグ」

 

「……ホググ」

 

「……ホッググ」

 

 三匹のミルホッグ達が話し合う。何故、エモンガはそんな嘘を付いたのか。

 そして、その結論はエモンガが自分達を追い出し、生活圏の要であるこの縄張りを奪うため。そう判断したのだ。

 つまり――こいつらは、自分達を襲った『あいつら』の仲間。排除すべき敵だと。

 

「ホッグゥ……!」

 

「ミジュ!?」

 

「エモ!?」

 

「キバ!?」

 

 昨日のポケモン達同様、敵意を剥き出しにするミルホッグ達。

 

「ミル!」

 

「ホッ!」

 

「グゥ!」

 

 三匹のミルホッグ達は、それぞれ異なる属性を拳に込める。ほのおのパンチ、かみなりパンチ、れいとうパンチだ。そして、それを構えた状態でミジュマル達に迫る。

 

「ミジュ!」

 

「キバ!」

 

「エモ!」

 

 三匹は咄嗟にかわすも、その際拳がミジュマル達の後ろにある木に命中。軽く凍らし、焦がしながら揺らした。

 

「――バッキ!」

 

 木から何かが落ち、その何かの声と落下した音が同時に鳴る。

 

「バッキー……!」

 

 何かが身体を起こす。いくつもの火のような髪型や大きな炎のような尾。両肩には白いフサフサの毛がある、ジト目のポケモン。

 サトシがサンヨウジムで戦ったバオップの進化系、ひのこポケモン、バオッキーだ。

 

「バッキィ!?」

 

「ホッグホッグ!」

 

「ホググッ!」

 

「ミル、ミルル!」

 

 落下したバオッキーは、一番近くにいたミルホッグ達にお前らの仕業がと問い詰めた。

 ミルホッグ達はそもそも悪いのは嘘を付いたミジュマル達だと指差す。更に、こいつらは『前の連中』の仲間だとも。

 

「バッキィ……!」

 

「ホッグゥ……!」

 

 それを聞いたバオッキーはミジュマル達に敵意を向ける。しかも、ミルホッグ達も加わっていた。

 

「ミ、ミジュ……!?」

 

「キババ……!?」

 

「エモ……!」

 

 これは明らかにやばいと、三匹は焦った表情を浮かべる。

 

「――ピカピ! ピカピカ!」

 

「ううん……? ピカチュウ……? よく寝た……。で、どうした?」

 

 ピカチュウの呼ぶ声に先ずはサトシ、続けて皆も目覚めた。

 

「……あれ? キバゴとエモンガがいない!」

 

「ミジュマルとツタージャもだ!」

 

 いなくなった四匹を探すべく、アイリスは木の上から辺りを見渡す。

 

「あそこ! あの辺りが少し騒がしいわ!」

 

「行こう!」

 

 急いでサトシ達はその場所に向かう。同時に騒ぎを聞きつけ、彼等とは別の方向から一匹のポケモンがゆっくりと近付いていた。

 

 

 

 

 

「ミル!」

 

「ホッ!」

 

「グゥ!」

 

「バッキーーーッ!」

 

 ミルホッグ達はそれぞれめざめるパワー、シャドーボール、きあいだまを。バオッキーはかえんほうしゃを放つ。

 

「ミジュ! マーーーッ!」

 

「バッキッ!」

 

 説得は困難と判断したミジュマルは四つの技をかわすと、アクアジェットを発動。炎タイプの技を放ったバオッキーに向かって突撃。

 効果抜群のダメージを与えるが、それだけで倒れる程バオッキーは弱くない。

 

「エモエモ……」

 

「ホッグ!」

 

 バオッキーがミジュマルと戦い、注意を向かっている隙にエモンガは逃げようとしたが、そこにミルホッグ達が立ちはだかる。

 

「ミルミ!」

 

「ホッホ!」

 

「グッグ!」

 

「エモ! エモモ! エモーーーッ!」

 

 ミルホッグ達は三種類の属性の拳を放つ。エモンガはかわそうとするが、三体同時の攻撃はかわしきれず、効果抜群のれいとうパンチを受けた。

 

「キバキバ!」

 

「ミル? ホッグ!」

 

「――タジャ」

 

 エモンガを助けようとキバゴだが、ミルホッグの一匹が邪魔だと言わんばかりに殴り掛かろうとした。その瞬間、そのミルホッグの腕に蔓が絡まる。

 

「ホッグ!?」

 

「タージャ」

 

「ミジュ!?」

 

「キバキ!」

 

「エモ!?」

 

 その蔓は勿論、ツタージャのだ。

 

「ホッグ!」

 

「――ジャ」

 

 ミルホッグの片腕から放たれためざめるパワーをツタージャは軽やかにかわし、ミルホッグ達の前に着地。

 

『これで懲りた?』

 

『あんた……! ずっと見てたの!?』

 

『そうよ。少し痛い目に遭ってもらわないとダメと思ったから』

 

 自分の仲間のミジュマルや、まだ子供のキバゴをも巻き込んだので、尚更である。

 

『その間にキバゴやミジュマルがやられたらどうする気だったのよ!』

 

『アンタが巻き込んだんでしょうが。第一、ミジュマルはそんなに弱くないし、キバゴが狙いだったら即座に助けてたわよ』

 

 ただキバゴは子供なので、ミルホッグ達やバオッキーが狙いを付けるとしたら、ミジュマルかエモンガだろうとツタージャは予想していたが。

 

『ツタージャ、サトシは!?』

 

『まだ寝てるかもね。全く、こんな時にトラブルを起さないでほしいわ。はぁ』

 

 数は四対四で同じだが、子供のキバゴがいる分、こっちが不利。ここは自分とミジュマルで対応し、エモンガとキバゴを戻してサトシ達を呼ぶのが最善だろう。

 ツタージャがそう判断し、実行しようとしたその時だった。

 

「皆ー!」

 

「キバゴ! エモンガ!」

 

 声に反応する四匹。振り向くと、サトシ達が近付いて来ていた。

 

「あれはミルホッグと……」

 

『バオッキー、ひのこポケモン。バオップの進化系。甘いものが大好物で、体内の炎を燃やすエネルギーになる』

 

「バオップの進化系か!」

 

「バオーーーッ!」

 

「かえんほうしゃ! ミジュマル、シェルブレードで切り裂け!」

 

「ミジュマ!」

 

 炎を吐き出すバオッキー。その炎をミジュマルは水の刃で両断する。

 

「ミルル!」

 

「ホホッ!」

 

「グーッ!」

 

「ツタージャ、たつまき!」

 

「ター……ジャ!」

 

 三種類の拳を叩き込もうと迫るミルホッグ達に、ツタージャは竜の力が込められた細い竜巻を命中させる。

 

「にしても、ミルホッグ達とバオッキーに何で襲われてるんだ?」

 

「もしかして、またエモンガのせいで……?」

 

「そ、そんなことない……と思いたいなあ」

 

 さっきの件があるため、アイリスは断言出来なかった。

 

「やっぱり……」

 

「デント? どうした?」

 

「あのミルホッグ達やバオッキー。昨日のポケモン達と同じだ」

 

 ミルホッグ達とバオッキーも先日のポケモン達と同じく、敵意が剥き出しになっている。

 

「どうする? 糸は難しいぞ」

 

 糸で捕らえようにも、バオッキーの炎で燃やされる可能性があった。

 

「ならここは単純に、手持ち全て出して戦意を削ごう。ヤナップ、イシズマイ!」

 

「分かった! ピカチュウ、ハトーボー、ポカブ、ズルッグ、クルミル!」

 

「ドリュウズ!」

 

「チャオブー、チラーミィ!」

 

 十体のポケモンが加わり、不利を悟ったミルホッグ達とバオッキーは一歩下がる。

 

「ミルホッグ、バオッキー。俺達はお前達と戦う気はないんだ」

 

「ポケモン達を出したのは君達と話すためだ。攻撃の為じゃない」

 

「騒ぎを起こした事は謝るから。ごめんなさい!」

 

 頭を下げたアイリス達に、ミルホッグ達とバオッキーは互いを見合わせる。

 どうも、彼等は違う様だ。自分達を倒すつもりなら、一斉攻撃すればそれで済む。謝る必要などない。

 

「……ホッグ」

 

「……バッキ」

 

 デントの案で敵意を削られ、そのおかげで多少冷静になった事もあり、ミルホッグ達やバオッキーはここは退くことにした。

 

「ミジュマル、ツタージャ、キバゴ、大丈夫か?」

 

「ミジュジュ」

 

「タージャ」

 

「キバキ」

 

「無事で何よりだよ」

 

「もう、エモンガ! また騒ぎを起こして!」

 

「エ、エモ……」

 

「心配したんだから……」

 

「キバキバ……」

 

 また怒られると身構えるエモンガ。いや、実際にアイリスは怒っているが同時に心配しており、キバゴに至っては心配だけ。エモンガは少し戸惑う。

 

「……」

 

「ツタージャ?」

 

 そんなにエモンガに、ツタージャははぁと軽く溜め息してから近付く。

 

『まだ反省してないの、アンタ?』

 

『……うっさいわね。アンタに言われたくないわよ』

 

『あら、どういう意味?』

 

『アンタ、根本はわたしと同じでしょ。一匹狼』

 

『へぇ、それぐらいは分かるのね』

 

 他者を欺く、他者と関わらない。その差こそあれど、ゲットされるまで一匹だったエモンガとツタージャは同類と言っていい。

 

『でも残念。あたしはあたしなりに、サトシ達を仲間だと思ってるの』

 

 ぶつかり合ったからこそ、ツタージャはサトシ達を認め、仲間になったのだ。

 

『……それだけの価値があるってわけ?』

 

『そう』

 

 サトシ達は決して完璧ではない。だが、自分が認めれるだけのものを持っているからこそ、今も彼等といるのだ。

 

『それに、アンタもしてもらったでしょ?』

 

 これはポケモンコンテストの事だ。

 

『まぁ、それはどうでも良いわ。さて、アンタがアイリスとキバゴを気に入ったのは、面白さやご飯には困らさそう。危険からは避けれる。そんなところかしら?』

 

『……悪い?』

 

『別に? アンタがどう思おうが、そっちの勝手だもの。ただ、アイリスやキバゴはアンタを仲間と思って未熟ながら頑張ってるわ』

 

『……だから、我が儘するなってこと?』

 

『違うわよ』

 

 我が儘なのは、エモンガの個性。それを咎める権利はツタージャにはない。腹黒さや強かさは、野生で生き抜くには必要なものなのだから。

 第一、忠告するのは、トレーナーのアイリスの役目である。ツタージャが言いたいのはそういう事ではない。

 

『騒ぎや迷惑にならない程度でなら好きにしたら良いわ。但し、発展したら全力で対応して、終わったら謝りなさい。それだけよ』

 

 要するに、迷惑かけたら解決に尽力、最後はちゃんと反省して謝る。ツタージャが言いたいのはそれだけである。

 

『後さっきも言ったけど、アイリスとキバゴはアンタを仲間だと思ってる。二度も身勝手な騒ぎを起こしてもまだね。その想いに、どう向き合うかはアンタ次第。まぁ、あんな一生懸命な二人に向き合えないのなら、今後仲間なんて出来ないでしょうけど』

 

 それだけ言うと、ツタージャはエモンガから離れる。

 

『……』

 

「エモンガ……」

 

「キババ……」

 

 エモンガはアイリスとキバゴを見る。迷惑を掛けられても尚、彼女達は心配してくれた。いや、今もだ。

 

「……エモ」

 

 少しの時間の後――エモンガはごめんと、頭をしっかりと下げた。

 

「サトシ達にもね」

 

「……エモ。……エモモ」

 

 そして、サトシ達にも、ごめんなさいと頭を下げる。その後はツタージャに近付いた。

 

『言っておくけど、わたしはアンタがキライだから』

 

『構わないわよ』

 

 ツタージャは別に好かれたい訳でもない。自分が思うがままにいて、サトシ達といれればそれで良い。

 

『……ふん、本当に気に入らないわね。まぁでも、これからは協力することもあるだろうし……よろしく』

 

『えぇ、よろしく』

 

 手を出し、握り合うツタージャとエモンガ。仲直りの握手ではない。協力する関係だと示すためのだ。これからどんな仲になるかは、彼女達次第だろう。

 

「一件落着、か?」

 

「みたいだね」

 

 サトシ達にはエモンガとツタージャの声は分からない。だが、彼女達なりに納得したのは分かった。

 

「じゃあ、戻ろっか」

 

「そうね」

 

 これ以上面倒が起きないよう、サトシ達が広場に戻ろうとしたその時だった。

 木の影から、一匹のポケモンが顔を少し出す。さっきの騒ぎについて把握しに来たのだ。物音は消えたものの、念のために。

 

「――!?」

 

 そのポケモンの目が、ある人物に止まる。そして、消耗した精神も影響し、一気に怒りが込み上げた。

 

「――チルッ!」

 

「――えっ?」

 

 草木の揺れ音と、そのポケモンの声。咄嗟に反応して振り向こうとサトシ達に、青と白が迫る。

 

「うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 狙いであるサトシはぎりぎりで避けるも、攻撃の余波でベル達共々転がる。

 

「な、なに、今の!?」

 

「分からない! 何が攻撃してきたのは確かだけど……!」

 

 サトシ達は身体を起こし、そのポケモンを確かめようとする。

 

「……いない!?」

 

 しかし、そのポケモンが動いた方向を見るも、一切姿がない。周りを確かめるが同様だ。

 

「ど、どこに……?」

 

「森に隠れた……? いや違う」

 

 物音が全くないのだ。つまり、森に身を隠した訳ではない。

 

「ってことは、空?」

 

「けど、見えないぜ?」

 

「……となると、視界から外れるぐらいの速さで移動した?」

 

「ど、どんなスピードよ、それ!」

 

 そうだとすれば、桁外れの速さだ。しかし、並みのポケモンでは不可能。それに、いきなり攻撃したのも気になる。

 

「……あれ?」

 

「どうした、ベル?」

 

「いや、なんだろ……。あの雲、変な気がする」

 

 ベルが注目したのは、雲だった。指でそこを指す。

 

「雲? そんなの気にする余裕なんて――」

 

「で、でも変だよ! 何か動いてる!」

 

 とりあえず、サトシ達はベルが指差す方向を見る。一見、漂う雲としか見えないが。

 

「……」

 

「――ポケモン!?」

 

 それは雲ではなかった。雲に見えたのは、白い雲のような羽で構成された翼。それは胴体まで覆い尽くしており、空のような青い身体に長い首、大きなアホ毛と尾羽がある、鳥にも思えるポケモン。

 

「あれは……!?」

 

 そのポケモンの名は、ハミングポケモン、チルタリスと言った。

 



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傷付いたハミング

 これは完全にオリジナルの話です。


「チルーーーッ!」

 

「りゅうのいぶき!」

 

「避けるんだ!」

 

 突如して現れたポケモン、チルタリスが口から竜の力を込めた息吹を吐き出した。サトシ達は咄嗟に動いてかわす。

 

「あ、危なかった……!」

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん。それにしても、あのポケモン一体……」

 

「あれは――」

 

「あれはチルタリスよ!」

 

「チルタリス……」

 

 アイリスが呼んだ名前から、ベルはポケモンの情報を検索する。

 

『チルタリス、ハミングポケモン。心が通じ合った人を美しく柔らかい羽で優しく包み込み、ハミングする』

 

「アイリス、君はあのポケモンを知っているのかい?」

 

「うん。ドラゴンタイプのポケモンだから」

 

「えっ、あのポケモン、ドラゴンタイプなの!?」

 

 外見からは、とてもだがドラゴンタイプには見えない。ベルもだがデントも驚いている。

 

「あたしも知った時は驚いたわ。それはともかく、チルタリスはイッシュに生息していないポケモンよ」

 

「あぁ、俺はホウエンで見た」

 

「って事は、あのチルタリスは……!」

 

「ロケット団の……!」

 

 あの騒動時に、ヒウンシティから逃走したロケット団のポケモン達の一体。そうとしか考えられなかった。

 

「チルルーーーッ!」

 

「また来るよ!」

 

「皆、かわせ!」

 

 雲のような翼が鋼の様に変化する。はがねのつばさだ。サトシに向かって来たその一撃を急いで動き、三度回避する。

 

「ねぇ、なんかサトシを狙ってない!?」

 

「で、でも、どうして!?」

 

 最初の一撃と言い今のと言い、どういう訳かチルタリスはサトシに狙いを定めていた。

 

「……ん? なんだ?」

 

 その理由について、デントはある程度予測していたが、直後に前後から何が来る音がした。

 

「ホッグ!」

 

「バッキィ!」

 

「ミルホッグ達とバオッキー!?」

 

 それは先程のミルホッグ達とバオッキーが近付く音だった。四体はチルタリスを見上げると、強烈な敵意をぶつける。

 

「バオーーーッ!」

 

「ミル!」

 

「ホッ!」

 

「グゥ!」

 

「チルッ! タ、リ……!」

 

 四匹の攻撃をチルタリスはかわすも、その息はとても荒い。

 

「あいつら、チルタリスを狙ってる?」

 

「な、なんで?」

 

「……そうか。そういう事か」

 

 今までの情報、現状からデントは理解した。

 

「どういうこと、デント?」

 

「うん。まず、この様子からミルホッグ達とバオッキーはチルタリスを狙っているのは確実だ。問題なのはその理由。おそらくそれは――ここで色々と騒ぎを起こしたからだ。それも、他のポケモン達と一緒に」

 

「他のポケモン達?」

 

「ヒウンシティから逃げたのは、チルタリスだけじゃない。多くのポケモン達がいる。きっと、あのチルタリスも他のポケモンと一緒に来たはず」

 

「でも、今はチルタリスしかいないわよ?」

 

 仲間と一緒に逃走したにしては、一匹だけと言うのはおかしい。

 

「問題はそこだ。ロケット団のポケモン達は突然沢山現れた。そんな状態で、この辺りの野生のポケモン達と何もなかった訳がない」

 

「もしかして、沢山のポケモン達と戦った?」

 

「あぁ、休めたりお腹を満たしたりするためにね。だけど、野生のポケモン達だって住処や縄張りがある」

 

「どっちも必死に戦うわね……」

 

 生きるために、ポケモン達は互いに必死に交戦しただろう。

 

「そうなったら、野生のポケモン達はどう思う?」

 

「それは……住処や縄張りを荒らされたらやっぱり、腹が立ったり、イライラしたり――って、まさか!」

 

「そう、当然怒ったり危機感を募らせる」

 

「じゃあ、昨日のココロモリ達、ペンドラーやデンチュラ、ミルホッグ達やバオッキーがあんなに怒ってたのは……!」

 

「ロケット団のポケモン達との戦いのせいか……!」

 

 懸念されていた、イッシュの自然への影響は思った以上の速さで出ていたのだ。

 

「そう考えるのが妥当だよ。でも、ここを住処にする野生のポケモン達と違って、ロケット団のポケモン達はどこにどう行けば良いかすら分からない。迫る野生のポケモン達に対応しながらひたすら逃げるしかない」

 

「もしかして、チルタリスはそうやってる内に自分だけになった?」

 

「……多分ね」

 

 チルタリスが自分を盾に仲間を逃がしたのか、それとも逃げる内に一体になったかは不明だ。だが、まともな休息をしてないのはボロボロの身体を見れば一目瞭然だ。

 

「け、けど、それってやっぱり、ロケット団が悪いよね? チルタリス達だってそうしたくてしたわけじゃ……」

 

「うん。原因はロケット団だ。だけど、この事態を起こしたのはチルタリス達なんだよ。……野生のポケモン達にとっては、彼等こそが敵であり、悪なんだ」

 

「そんな……」

 

 しかし、事実だった。切欠はロケット団でも、この事態を引き起こしたのはチルタリス達なのだ。

 

「――チル! タ……ッ!」

 

 一つの攻撃をかわすも、その際にポケモン達で戦いでのダメージで動きが鈍り、表情も歪む。

 

「バオー……キーーーッ!」

 

「ギガインパクト!」

 

 鈍ったその瞬間を狙い、バオッキーは全身の力を最大まで引き出した凄まじい一撃、ギガインパクトを放つ。

 

「チルーーーッ!」

 

 かわそうとしたチルタリスだが痛みと疲れで出来ず、直撃して地面に落下する。

 

「ミル!」

 

「ホッ!」

 

「グゥ!」

 

「チルルッ!」

 

 落下した所を狙い、ミルホッグ達が三つの属性の拳を放つ。タイミング的にもチルタリスはかわしきれず、更にダメージを受ける。

 

「チ、ル……ッ!」

 

「一体だけで、あんなに傷付いてるのになんでまだ攻撃されるの……!?」

 

「……容赦なんてしないよ。彼等からすれば、住処を荒らした敵は徹底的に潰す。そんなところだろうね」

 

 寧ろ、加減する方が不思議だ。

 

「そ、そんなの……ダメッ!」

 

「ベ、ベル!」

 

 一人で傷付くチルタリス。その現状を前にベルは居ても立っても居られなくなり、走り出す。

 

「バーオー……!」

 

「ミー……!」

 

「ホー……!」

 

「グー……!」

 

「チ、ル……」

 

 四匹による止めの一撃。避けようと必死に身体を動かそうとするチルタリスだが、ダメージが大きく、全く動かない。最早、これまでかとチルタリスが覚悟した。

 

「ダメーーーッ!!」

 

「バッキ!?」

 

「ホッグ!?」

 

「チ、ル……?」

 

 そんなチルタリスの前に、両手を開いてベルが立つ。

 

「仕返しならもう充分でしょ!? もう止めて! こんなのただの弱い者イジメだよ!」

 

「バ、バッキ……」

 

「ミ、ル……」

 

 ベルが突然前に立った事で敵意が若干削れ、そこに弱い者イジメの発言も出て、バオッキーとミルホッグ達は迷い出す。

 

「ミルホッグ、バオッキー。このポケモンは俺達に任せてくれないか?」

 

「住処を荒らされた君達の怒りは分かる。だけど、それを承知の上で頼む」

 

「どうか、お願い!」

 

「……」

 

 どうしたものかと迷うミルホッグ達とバオッキー。向こうの方が数はいるし、このままチルタリスを倒そうとしても、逆に自分達が倒される恐れがあった。

 

「……バッキ」

 

「……ホッグ」

 

 暫く悩み、四匹はチルタリスへの攻撃で多少鬱憤は晴れてるし、これぐらいで良いかとサトシ達から離れていった。

 

「チル……。タ……」

 

「チルタリス! 大丈夫!?」

 

 チルタリスはダメージから気絶。倒れてしまった。ベルが駆け寄り、状態を見るも微動だにしない。

 

「ひどいダメージだ……。直ぐに昼寝に使っていたあそこに戻って手当をしよう。ここじゃ、また襲われる可能性がある」

 

「あぁ!」

 

 サトシ達はチルタリスを担ぎ、昼寝をしていた広場に急いで戻って行く。

 

「……コア」

 

 その一連の流れを、とあるポケモンが見てるとは思わないまま。

 

 

 

 

 

「これで、手当は終わりっと……」

 

 広場に戻り、サトシ達は包帯や絆創膏、アイリスの薬草知識から作った塗り薬等を使い、チルタリスへの一通りの処置を施し終える。

 

「チル……チル……」

 

 その甲斐もあってか、チルタリスは穏やかに眠っていた。

 

「ゆっくり寝てる」

 

「あとは、起きた時にオレンの実などを食べさせよう」

 

 体力回復の為にも、オレンの実などを与えた方が良い。

 

「今は一安心ですよね?」

 

「あぁ、そう見て良い」

 

「本当に良かった~」

 

 心底安堵の笑みを浮かべるベルだが、サトシは少し気になる。

 

「なぁ、ベル」

 

「なに、サトシくん?」

 

「なんでそんなにチルタリスを心配してるんだ?」

 

「そう言えば、手当も自分から率先してやってたもんね」

 

「それは僕も気になったかな」

 

 包帯を巻いたり、絆創膏を貼ったり、薬を塗ったり。それらをベルは自分から率先してやっていた。

 勿論、自分達も傷付いたチルタリスは放って置けなかったが、それを考慮してもベルは献身的だったのだ。未知の、それも犯罪組織にいたポケモンが相手なのに。

 ちなみに、アイリスはドラゴンタイプが好きな為、率先してチルタリスを手当てしようとしたが、ベルのやる気や迫力に押され、彼女に任せることになったのは余談だ。

 

「あ~、うん。ちょっと、ね」

 

 言いづらそうなベルに、サトシ達は追求しない方が良さそうだと判断した。

 

「チル……?」

 

「あっ、チルタリスが目が覚ましたわよ!」

 

 声に反応したのか、チルタリスの目がゆっくりと開く。

 

「大丈夫、チルタリス?」

 

「チル……」

 

 目の前に駆け寄ったベルを見て、チルタリスは彼女が自分を四匹から庇った少女だと気付いた。

 

「……! チル……!」

 

「うわっ、また……!」

 

「チ、ル……!」

 

 その後、サトシの存在に気付き、また攻撃しようとしたチルタリスだが、痛みで止まる。

 

「もう! 怪我だらけなんだからゆっくりする!」

 

「チ、チル……」

 

 無茶しようとした事に怒り、叱るベルにチルタリスは少し詰まりながらもはいと思わず頷く。

 

「やっぱり、サトシを狙ってる……?」

 

「多分、倒されたからじゃないかな?」

 

「俺に? ――あっ」

 

 デントに言われ、思い出すサトシ。ゼクロムと一緒の時に倒したポケモン達の中にはチルタリスが何匹かいた。このチルタリスはその内の一体なのだろう。

 

「だから仕返しに?」

 

「身も心も疲れていたのもあるだろうね」

 

 それに、メテオナイトの暴走によるパニックも合わさって、サトシのせいだと思ったのかもしれない。サトシを狙ったのはそんなところだろう。

 

「デントさん。オレンの実!」

 

「分かってる。少し待ってほしい」

 

 デントはオレンの実を包丁で微塵切りにし、磨り潰して食べやすくする。

 

「はい、チルタリス。ゆっくりと食べてくれ」

 

「……」

 

 デント達はサトシといる。つまり、敵のはず。なのに施しをする彼等にチルタリスは戸惑い、中々食べない。

 

「とにかく食べて、チルタリス!」

 

「チ、チル」

 

 そんなチルタリスに、皿やスプーンをデントから取ったベルが急かす。ちょっとした迫力もあり、チルタリスは少しずつ食べていった。

 

「――チル」

 

「どう? 楽になった?」

 

「……チル」

 

「良かった~!」

 

 食べ終え、体力もある程度回復したチルタリスは、ベルの笑顔や台詞にやはり戸惑う。この少女は、どうして自分にここまでしてくれるのだろうか。

 いや、サトシ達もだ。敵である自分に手当をし、施しまでした。それがチルタリスには分からない。

 

「まだゆっくりしててね、チルタリス」

 

「……チルル」

 

 完全に回復した訳でもないので、チルタリスは素直に従った。頷いたチルタリスにベルは満足そうだ。

 

「さてと、これからチルタリスをどうする?」

 

「このまま放って置くのは――まぁ、一番ダメよね」

 

「うん。保護を兼ねた捕獲をするべきだ」

 

 一方、サトシ達はチルタリスをどうするかを話し合っていた。このまま新たな騒動やロケット団に戻るのを避けるためにも、やはり再ゲットするのが一番だろう。

 

「ベルー」

 

「なに~? ちょっと待ってて、チルタリス。あっ、勝手にどこかに行ったらダメだからね」

 

「……チル」

 

 念押しし、ベルはサトシ達に近付くとチルタリスの今後を説明された。

 

「え~と……ホウエンだったよね? そこに返す訳には……」

 

「それは最善だ。だけど、チルタリスがその後にロケット団の元に戻ろうとしない保証はない。……保護じゃないと行けないだろうね」

 

「うぅ……」

 

 ベルとしては、野生に返されるのが一番だと思っている。アイリスもだ。しかし、様々な状態を考えるとやはり保護しかない。

 

「あの、チルタリス……。聞いてくれる?」

 

「……チルル」

 

 ベルから、自分の扱いについて話される。チルタリスは落ち着きを取り戻したこともあり、妥当だろうと受け入れていた。

 ロケット団に戻ることに関しては、チルタリス本人はそこまで固執していない、現状に繋がる事態から迷いもある、彼等がみすみすそれを許すとは思えない、それらの点からほとんど考えていない。

 

「だから、大人しく保護されてほしいんだけど……ダメ?」

 

「……チル」

 

 ご自由にと、チルタリスは一切抵抗しない。サトシが空のモンスターボールを取り出し、保護をしようとしたその時。

 

「――コアーーーッ!」

 

「――スワ!」

 

 無数の声に反応し、サトシ達が見上げると、コアルヒー達とボスと思われるスワンナが迫っていた。

 

「コアルヒーとスワンナ!?」

 

「どうしてここに……!?」

 

「まさか、彼等も――」

 

 チルタリスを含めた、ロケット団のポケモン達に住処や縄張りを荒らされた野生のポケモン達なのでは。デントのその推理は見事に当たってしまう。

 

「コアアーーーッ!」

 

「スワー……ナーーーッ!」

 

「あわとバブルこうせん!」

 

 チルタリスとサトシ達目掛け、スワンナとコアルヒー達は無数の泡を発射。攻撃はサトシ達に直撃はしないが、余波を受けていた。

 

「待ってくれ、コアルヒー、スワンナ! 俺達はお前達と戦う気は――」

 

「スワーーーッ!」

 

「コアアーーーッ!」

 

「くそっ! ピカチュウ、10まんボルト!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

 また来る泡に電撃をぶつけるも、数が多すぎて相殺仕切れない。しかし、激突の際の爆発で起動が外れ、直撃は回避出来た。

 

「ダメだ! スワンナ達は僕達を完全にチルタリスの仲間だと、自分達の敵だと思ってる! このままじゃ、説得は困難だ!」

 

 チルタリスと一緒にいるこの光景を見れば、サトシ達が仲間だと考えても不自然ではない。

 

「だったら、昨日と同じ様に動きを止める! 先ずはツタージャ!」

 

「タージャ」

 

「ツタージャ、たつまき!」

 

「ター……ジャ!」

 

「スワ!」

 

「コアア!」

 

 たつまきで身動きを足止めし、そこからハトーボーとクルミルの糸で身動きを封じようとするも、スワンナの指示で放ったコアルヒー達からのかぜおこしに掻き消されてしまう。

 

「相殺された!」

 

「だったら、これ! チラーミィ!」

 

「チラ!」

 

「メロメロ!」

 

「チー……ラッ」

 

「ならツタージャ、お前もメロメロだ!」

 

「ター……ジャ」

 

 チラーミィとツタージャ。♂と♀の二匹による同時のメロメロで、コアルヒー達とスワンナの動きを封じようとする。

 

「スワワ!」

 

「コアーーーッ!」

 

「スワーーーッ!」

 

 しかし、メロメロもスワンナとコアルヒー達の泡で壊されてしまう。

 

「数が多すぎる! これではどんな策も対応されてしまう!」

 

 スワンナは怒りこそしているが、事態を冷静に把握している。このままではどんな策を練ろうが無理だ。

 

「それに、見渡しの良いここだと狙い打ちになる!」

 

「で、でも、周りの森に逃げても他の怒っている野生のポケモン達に会うかもしれないわよ!?」

 

「このままだと、騒ぎを聞き付けて他のポケモン達が来る可能性がある!。だったら、隠れれる場所のある森の方がまだ安全だ!」

 

 更に苦境に立たされるより、安全がある方に逃げるべき。デントの案にサトシ達が納得する。

 

「皆、森の中に逃げるぞ!」

 

「う、うん! チルタリス、こっちに!」

 

「チ、チル……」

 

 チルタリスを担ぎつつ、サトシ達は森の中へと逃げる。

 

「……スワ!」

 

「コア!」

 

「スワワ……!」

 

 スワンナはコアルヒー達に指示を出し、森の中に逃げたサトシ達への追跡させる。

 自分達の生活を脅かしたポケモン達をこのまま逃がすなど、更々ない。徹底的に叩くつもりだ。

 

「はぁ、はぁ……! 一旦休もう……」

 

「そうだね、それが良い……」

 

 しばらく森の中を走ったサトシ達は、小さな場所で一旦休憩を取る。

 

「あぁもう、なんでこんなことになるのよ~」

 

「元を辿ると……エモンガ?」

 

「……だな」

 

 エモンガが騒ぎを起こさなければ、こうはならなかっただろう。あぅとアイリスは小さくなる。

 

「だけど、その場合はチルタリスがどうなってたか分からない。最悪、命を落としていた事もあり得るよ」

 

「だよね」

 

「……」

 

 チルタリスを見るサトシ達。遭遇してなければ、チルタリスは怪我を負った状態のまま、命を落としていた可能性も充分あっただろう。なので、仕方ないと言える。

 

「これからどうするの?」

 

「この森をどう抜けるかを考えるべきだね」

 

 それも、野生のポケモン達を刺激しないようにだ。

 

「チルタリスをモンスターボールに入れよう。彼等が最優先で探してるのはチルタリスや他のロケット団のポケモン。僕達じゃない」

 

 チルタリスやロケット団のポケモンの姿が見えなければ、刺激しない限りは野生のポケモン達との戦いは回避出来る。それが最も安全だ。

 

「チルタリス、モンスターボールの中に――」

 

「コア!」

 

 今度こそチルタリスをモンスターボールに入れようとしたサトシだが、コアルヒーの声がした。サトシ達が振り向くと、一匹のコアルヒーがいた。

 

「コアアッ!」

 

「不味い! 仲間を呼んでる! 急いで離れるんだ!」

 

 がさがさと森から音が響く。コアルヒーの声に仲間が集まって来たのだ。サトシ達は仲間が集まる前に急いで逃げ出す。

 また森の中を走るサトシ達だが、周りからの音がどんどん大きくなって行く。コアルヒー達が集まっているのだ。

 

「くそっ、どんどん集まって来てる!」

 

「ここはコアルヒー達やスワンナの住処がある森だ! 地理は向こうの方が詳しい!」

 

 こちらは適当に逃げるしかないが、コアルヒー達は効率的に自分達を追い込める。有利なのは向こうだ。

 

「じゃあ、どうするのよ~!?」

 

「とにかく逃げるしかない!」

 

 下手に戦っても、そのせいで他のポケモン達を呼び寄せてしまう恐れがある。そうなったら泥沼だ。サトシ達には逃げるしか選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 再度逃げるサトシ達だが、気付けばバラバラになっていた。サトシとピカチュウが周りを見渡すも、誰もいない。

 

「くそっ、皆とはぐれたか……!」

 

「ピカピ……。――ピカ!」

 

 ピカチュウの声に、サトシとピカチュウは茂みに隠れる。直後に二匹のコアルヒーが通り過ぎた。気付かれなかったようだ。

 

「皆、無事かな……?」

 

「ピカ……」

 

 無事を祈るサトシとピカチュウだが、そうしても皆が無事になるわけでもない。自分達で発見し、合流しなければ。

 

「空から捜しに……はダメか」

 

 ハトーボーを出し、空から探そうとしたサトシだが、コアルヒー達やスワンナと接触する恐れがあった。

 

「となると……こいつらが良いか。ツタージャ、クルミル」

 

「タージャ」

 

「クルル」

 

「森に身を隠しながら、皆を探してくれ。あっ、逆にはぐれたりするなよ」

 

 分かってると、ツタージャとクルミルはコクンと頷く。この二匹は体色から草木に同化しやすく、見付かりにくい。

 

「俺達も俺達で捜そう」

 

「ピカピ」

 

 サトシ達は茂みや木に身を隠しながら、皆との合流を目指す。

 

「あ~、もう。みんなはどこに行ったのかしら……?」

 

「キバキ……」

 

 木の上で隠れつつ、葉っぱの隙間から外を確かめるアイリス。しかし、サトシ達の姿は見えない。次の場所に移ろうとしたその時、茂みの一ヶ所が揺れた。

 アイリスとキバゴがコアルヒーかと身構えると、イシズマイが出てくる。

 

「イシズマイ?」

 

「イママイ?」

 

 自分を呼ぶ声に、イシズマイがキョロキョロする。アイリスがこっちこっちと呼ぶと気付いた様だ。

 

「イママイ、イマイマ」

 

 アイリスを確認したイシズマイは、後ろに呼び掛ける。茂みからデントがゆっくりと出てきた。

 

「デント! 無事だった?」

 

「何とかね。それより、ここにいるのは君だけ?」

 

「うん。ここにはあたしだけ」

 

「サトシとベル、チルタリスははぐれたか……。この状態で孤立するのはリスクが高い。直ぐに合流しよう」

 

「だったら、あたしに任せて。気配を感じるのは得意だから」

 

「野性的な君ならではの方法だね。とにかく行こう」

 

 アイリスとデントは安全を確かめつつ、サトシとベル、チルタリスを捜す。

 

「う~、疲れた~」

 

 昨日よりも走り、疲れたベルは木に凭れて身体を休める。

 

「……」

 

 その近くには、チルタリスもいた。偶々一緒にいることになったのだ。

 

「チルタリス、大丈夫? 怪我はない?」

 

「……チル」

 

 問題ないと首を縦に振ったチルタリスに、ベルは安心する。

 

「はぁ~、皆無事かな~。早く合流出来ると良いな~」

 

 自分と傷付いたチルタリスだけでスワンナとコアルヒー達に対応するのは難しい。一刻も早くサトシ達と合流したいが、迂闊に動くのは危険だ。どうしようかと悩むベル。

 

「……チル。チルル?」

 

 そんな彼女に、チルタリスが話しかける。どうして自分を助けたのかを。

 

「お腹でも空いたの?」

 

 しかし、ベルから出たのは全く検討外れの言葉。チルタリスは冷や汗を流して軽くずっこけ、違う違うと雲のような翼の片方を左右振る。

 

「違うの? じゃあなに?」

 

「……チルル」

 

 包帯や絆創膏を指し、自分を助けた件について聞きたいとしっかりジェスチャーする。

 

「もしかして、どうして助けたかを聞きたいの?」

 

「……チル」

 

 それも、率先して。自分と彼女は初対面。おまけに自分は犯罪組織にいたポケモン。助ける理由は一切ないはずだ。

 

「う~ん、まっ良っか」

 

 ちょっと考えると、ベルは語り出す。チルタリスを助けた理由であり、同時に今の自分となった原点の思い出、自分とチェレンの出会いを。

 



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マイペースのルーツ

 この話での過去話はオリジナルです。


「チルタリス。わたしね、小さい頃から親はいたけど一人だったんだ」

 

「……?」

 

「パパ、わたしを立派にするためにって、毎日色んな習い事をさせたんだ。なんだけど、わたしにはそれがイヤでイヤで仕方なかったな」

 

 立派になるためとは言え、習い事や父親が過保護なせいで、ベルは他の子供達とはほとんど遊ぶ事が出来なかったのだ。

 遊びたいと言っても、父親はこれはお前の為なんだと聞かず、子供のベルは嫌々ながらやるしかなかった。

 

「だから、チェレンが友達になった時は嬉しかったな~」

 

 ベルの唯一の友達のチェレン。彼との出会いは、数年前のある日、習い事が終わって何時もの様に一人で帰る最中だった。突然話し掛けられたのだ。

 

「ねぇ」

 

「……なに?」

 

「一緒に遊ぼうよ」

 

「……すぐに帰らないと、パパが怒るからダメ」

 

 ベルはチェレン以外の子供にも何度も誘われたが、当時のベルが暗かった、一度誘った子供達が父親に怒ったこともあり、断ると子供達は諦めて去って行くのだ。

 この日もベルは誘いを断り、このまま帰る。そのはずだった。

 

「じゃあ、ちょっとだけならいいよね? ほら、行こう」

 

「えっ、えっ?」

 

 予想外の返しにポカンとするベルの手を引き、チェレンは近くの公園に向かった。

 

「ほら、遊ぼう」

 

「う、うん……」

 

 ベルは半ば強引にではあったが、チェレンと一緒に公園にある遊具や遊び場で久々に遊んだ。年頃の子供のように汗を掻き、砂や土でちょっと汚れたりもした。

 

「楽しい?」

 

「……うん。すっごく」

 

 こんな風に遊んだのいつ以来だろう。クタクタだが、ベルの顔には笑みが浮かんでいた。

 

「良かった」

 

「……ねぇ、どうしてわたしを誘ったの?」

 

「さみしそうだったから。いつも」

 

「……見てたの?」

 

「うん」

 

 チェレンはある日ベルを見たのだが、その日や以降も暗い顔で断り、離れていく子供達を悲しそうに見送る彼女をとても気にしていたのだ。

 

「だから、今日一緒にあそぼうと誘ったんだ。イヤだった?」

 

 ブンブンとベルは顔を左右に振る。こんな楽しいのにイヤなわけがない。

 

「――ベル! どこだーい!」

 

 もっと楽しい時間を送りたい。そう思うベルだが、その声にハッとする。それは父親の声だった。

 

「ベル! どうしてこんなところに……。どうして直ぐに帰らないんだ!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ぼくが無理に誘ったんです。悪いのはぼくです」

 

 父親に怒られ、ビクッと怯えるベルだが、チェレンが悪いのは自分だと告げる。

 

「君のせいか! 全く、ベルが怪我したらどうする気だったんだ! そうでなくても、汚れてるじゃないか!」

 

「ごめんなさい」

 

「こんな事をして! もう二度とベルに近付くじゃないぞ!」

 

「そんな……」

 

 チェレンは折角楽しく遊んでくれた相手なのに、もう会えなくなるのだろうか。そんなのはイヤだが、当時のベルはそう言えなかった。

 

「分かりました。もうこんなことはしません。だから、また会ってもいいですか?」

 

「な、なに?」

 

「もうこういう遊びはしません。だったらいいですよね?」

 

「む、むぅ……」

 

 言葉に詰まるベルの父親。過保護な彼にとっての一番の懸念は、遊びなどでベルが傷付くこと。それを避けれるなら、会うことを禁止する理由はない。

 

「……それが出来るのなら良いだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げると、チェレンはベルに笑いかける。

 

「ベル、今日は遅い。もう帰るぞ」

 

「は、はい……」

 

 父親に手を引かれ、ベルは家に向かおうとした。

 

「ベル」

 

「……?」

 

「明日、また会おうね」

 

「……うん! えっと――」

 

 名前を呼ぼうとしたベルだが、そこで気付いた。自分はまだチェレンの仲間を知らないのだ。

 

「チェレン。ぼくの名前はチェレンだよ」

 

「チェレン……。チェレン! また会おうね!」

 

「うん」

 

 手を振るチェレンに、ベルは返す。これが二人の出会いの日だった。

 それから、約束通りチェレンは会いに来て、二人は派手な遊びこそはなく、本で読むやテレビを見るなどだったが、楽しい日々を送っていた。

 彼との触れ合いはしたくもない習い事ばかりでイヤだった日々の中でも、唯一楽しかった時間だったのだ。

 

「まぁ、ずっとは遊べなかったんだけどね」

 

「……チル?」

 

「一年少し前のことなんだけど――」

 

 それはどうしてと聞いてきたチルタリスに、ベルはその時の話をする。

 

 

 

 

 

「……」

 

「チェレン?」

 

 一年少し前のある日。何時ものように本やテレビなどで楽しんでいると、チェレンが羨望の眼差しでテレビを見ていた事にベルは気付いた。

 内容はトレーナーに関してで、あるトレーナーが旅での経験について語っていた。

 

「……旅したいの?」

 

「え? ……いや、そんなこと無いよ」

 

 そう言うチェレンだが、ベルには分かっていた。彼はトレーナーになって旅がしたいのだと。だけど、自分の為を思ってしようとしないとも。

 

「チェレン」

 

「なに、ベル?」

 

「旅に行って」

 

「いや、でも……」

 

「わたしはもう大丈夫だから」

 

 だが、ベルとしてはチェレンに遠慮して欲しくなかった。彼は今まで自分を何度も助けてくれたのだから。

 だから、この楽しい時間が終わってまた一人になろうとも、チェレンには自分の道を歩んで欲しかった。

 

「イヤなら、わたし怒るよ? 絶交もしちゃうかも」

 

 だから、ベルは何としてもチェレンを行かせようとする。

 

「……はぁ、ぼくを行かせるためにそう言うなんて、出会った頃の面影はもうないね。すっかりマイペースになった。やりたいことはしっかりしようとする」

 

「今でもチェレンといる時以外、毎日窮屈だもん。自分がやりたいことぐらいは自分で決めたいの」

 

 最初はチェレンがどうするかを決めていたが、しばらくすると抑制されてきた日々の反動が出てきたようで、この頃ではもう逆にベルの方が何するかを決めるようになったのだ。

 それは日常の方でも影響しており、ベルは父親に前にこう言い出していた。

 習い事はするが、なにをするかは自分で決める。それが嫌なら、習い事自体をしないと。

 父親もそう言うようになったベルに難色を示したが、チェレンを遠ざけることは出来なかった。

 何しろ、そんなことしたら家出か、一生口を聞かないとベルにはっきり言われたからだ。チェレンの素行にも問題は全く、容認しかなかった。

 

「こんなわたし、嫌い?」

 

「いや、きみに振り回される日々も楽しいからね」

 

 最初は大人しかったベルを見ていた事や、子供にしては面倒見が良い点から、チェレンはどう振り回されるかを楽しみにしていたほどだ。

 

「良かった。でも、こんなわたしになったのはチェレンのおかげだよ」

 

「どういたしまして」

 

 チェレンと出会わないままなら、今頃自分は大人しく、従順な性格になっていたかもしれない。

 そうでなくなり、今の自分になったその切欠であるチェレンにベルはえへへと笑い、チェレンも軽く笑う。

 

「だから、そんなチェレンにも自分の思った通りにして欲しいの」

 

「本当に、大丈夫?」

 

「もう大丈夫。今のわたしは少なくともチェレンと出会ったあの時より、強くなったから」

 

 迷いなくそう告げるベルの瞳、彼女の想い、そして旅への憧れもあり、チェレンは旅を始めた。

 チェレンは旅を順調に進め、バッジは難なく集め、今ではジムリーダー候補にまでなった。これらをベルは喜んだものだ。

 

「まぁ、それを聞いてる内にわたしも旅したくなっちゃったんだけどね」

 

 楽あり苦あり、他にも様々あるチェレンの旅の話を聞いていく内にベルもまた、旅への憧れを抱くようになったのだ。

 

「だから、旅をしたいってパパに頼んだだけど、断られちゃった」

 

 危険が沢山ある旅を容認する事は、過保護なベルの父親には出来なかったのだ。

 

「幾ら説得しても全く聞いてくれないし。で、最終手段。家出からの旅をすることにしました~」

 

 そのせいで、ベルの父親は本気で連れ戻すことになり、ベルも全力で動き回る旅になったが。

 

「そして、今に至ります」

 

「……チルル」

 

 思った以上に行動的があるベルに、チルタリスは苦笑いする。同時に彼女が自分を庇う理由についても分かって来た。

 

「そんなこんなあったからかな。見逃せなかったの」

 

 過去に一人だったからこそ、一人になったチルタリスをベルは見逃せなかった。

 チェレンが自分を助けたように、今度は自分がチルタリスを助けようと思ったのだ。

 

「迷惑、かな?」

 

「……チルル」

 

 フルフルとチルタリスは首を左右に振る。ベルは自分を助けてくれたのだ。その恩や気持ちを無下にする事は出来なかった。

 

「そっか。良かった~。」

 

 えへへとベルは、明るい笑顔になる。

 

「あっ、そうだ。わたしが話したんだし、今度はこっちが聞いても良い?」

 

「……チル」

 

 まぁとチルタリスは了承する。自分が聞いたのに断るのは不公平だ。

 

「じゃあ。チルタリスはロケット団に戻りたい?」

 

「チルチル」

 

 いやと、チルタリスは首を横に振る。戦って負けてゲットされたのは仕方ないとして、悪事への加担は気が進まない。

 自分を預かっていた団員も悪くはないが、特に大した魅力は感じなかった。まだ来ないのも合わせ、今ではもう何も感じない。

 そもそもロケット団にいたのは、チルタリスが敗者は勝者に従うべきと言う自然の摂理を持つことや、訓練の中で親しくなった他のポケモン達がいたからだ。

 しかし、一緒にいた仲間達はここでバラバラになった。こんな現状になれば、もうロケット団にいたいと思う理由がない。

 

「ならさ、ロケット団辞めて、野生に戻って元いた場所に帰ったら?」

 

「……」

 

 チルタリスは悩む。それも一つの選択肢だろう。ただ、そうなるのはしばらく後になりそうだが。

 

「それか、新しいトレーナーのポケモンになるとか?」

 

「……チルチル」

 

 無理無理と翼を振るうチルタリス。ジムリーダーとかでもないのに、犯罪組織にいた自分の新しいトレーナーになりたいと思う者が早々いる訳がない。それを手振り身振りで伝える。

 

「そっか~。……あっ、じゃあさ、わたしがなろっか?」

 

「……チル?」

 

「だって、わたしは昔一人ぼっち。チルタリスは今一人ぼっち。そんなわたし達が一緒に旅したら面白そうじゃない?」

 

「……」

 

 呆けるも、その後に少し考えるチルタリス。このマイペースな少女と一緒に旅する。色々と引っ掻き回されて面白そうだと感じ、くくっと笑みを溢す。

 

「……チルル」

 

「……ダメか~、残念」

 

 だが、その提案をチルタリスは拒んだ。彼女といればきっと色んな楽しさが待っているだろう。しかし、それはダメだなのだ。自分は彼女とは行けない。

 何より、これ以上一緒にいてはこの少女を危険に巻き込んでしまう。いや、彼女以外の自分を助けてくれた三人もだ。

 

「――~♪ ~~♪ ~♪」

 

「ふわ……? なんか、眠い……?」

 

 だから、チルタリスはこうすることにした。自分と彼女達はそもそも敵。一緒にいるべきではない。

 今はいないサトシ達の分も含め、助けてくれた感謝の気持ちを込めて、ハミングポケモンは軽やかに歌を奏でる。

 うたう。心地よい歌声で相手を眠らせる技だ。これでチルタリスはベルをゆっくりかつ、安らかな眠りへと誘っていった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……チル」

 

 眠ったベルに、チルタリスは雲の翼で一度だけ優しく撫でると、茂みで彼女を隠してからそこから飛び、コアルヒー達にわざと見付かる。

 

「コア!」

 

「コアア!」

 

「スワ……!」

 

「……チル」

 

 コアルヒー達が自分に向かって集まり出し、奥からはスワンナも迫っていた。

 チルタリスはよしと呟た。このままスワンナ達を惹き付け、ベル達から遠ざけていくのだ。

 

「まだ合流出来ないな……」

 

「ピカピ」

 

 森をとにかく北方向に進んでいくサトシだが、アイリス達とはまだ合流出来ずにいた。

 

「……!」

 

 右からガサッと茂みが揺れる音がした。サトシとピカチュウが素早く反応すると、クルミルが出てきた。

 

「クルル」

 

「クルミル。皆は――」

 

「クル」

 

「サトシ!」

 

「無事そうだね」

 

「アイリス、デント」

 

 クルミルがそこと顔を向けると、アイリスとデントも出てきた。

 

「これで後はベルとチルタリスだけか」

 

「どこにいるんだろ……」

 

「その事なんだけど……一つ引っ掛かる事があるんだ」

 

「引っ掛かること?」

 

「さっき、コアルヒー達が通り過ぎたんだけど、その直後に誰かに呼ばれた様に動いたんだ」

 

 急に動きを変えたため、デントは違和感を感じたのだ。

 

「それってもしかして……」

 

「チルタリスを見付けたのかもしれない」

 

「じゃあ、ベルもそこに!?」

 

「可能性はある」

 

「行こう! デント、コアルヒー達はどっちに?」

 

「あっちだ」

 

 さっき通り過ぎたコアルヒー達の方向に向かって、サトシ達は走る。

 

「――タジャ」

 

「ツタージャ?」

 

 途中、クルミル同様に見回りに出したツタージャの声がし、サトシ達は一旦そちらに変更。声の場所に向かうと、ツタージャと茂みに隠されて寝ているベルがいた。

 

「ベル!」

 

「ふぇ……? サトシくん……?」

 

 サトシに呼ばれ、ベルは欠伸しながら目覚めた。

 

「もうなに寝てるのよ、こんなときに。子供ね~」

 

「ごめん……。けど、なんかチルタリスが歌ったら急に眠たくなって……」

 

「チルタリスといたのか?」

 

「うん、一緒に。……あれ? チルタリスは?」

 

 チルタリスがいない事に漸く気付いたらしく、ベルは辺りをキョロキョロしていた。

 

「……そうか。そういう事か」

 

 今までの情報から、デントは現状に至るまでを推測した。

 

「えっ、どういうこと?」

 

「ベル、君はチルタリスにうたうで眠らされたんだ。おそらく、これ以上この騒動を巻き込まないために」

 

「そう言えば、ベル隠されてたもんな」

 

「じゃ、じゃあ、今チルタリスは……!」

 

「一匹だけで、コアルヒー達やスワンナと戦ってるに違いない。直ぐに探そう!」

 

 今彼等が戦っている場所は、コアルヒー達が向かった件からある程度推測出来る。サトシ達は急いでそこに向かう。

 

 

 

 

 

「チルーーーッ!」

 

「スワワ!」

 

「コアー!」

 

 チルタリスが放つりゅうのいぶきを、スワンナの指示の下、コアルヒー達はかわす。

 

「スー……ワーーーッ!」

 

「チル……!」

 

 そして、攻撃を放った後を狙い、スワンナは冷気の風、こごえるかぜを口から吐き出す。

 こごえるかぜは的確に命中し、効果抜群のダメージを与えた上に、追加効果でチルタリスの速さを下げる。

 

「スワ!」

 

「コア!」

 

「コアア!」

 

「コアーーーッ!」

 

「チル……!」

 

 追撃のあわがコアルヒー達から放たれる。素早さが下がった状態ながらチルタリスはかわそうとする。

 

「チル、チル……! チルル……!」

 

 しかし、泡の数が多すぎてとても避けきれない。一つを食らうとそれを皮切りに、チルタリスは無数の泡を浴びせられてしまう。しかも、あわの効果で素早さが低下していく。

 

「スワー……ナーーーッ!」

 

「――チルッ!」

 

 素早さが大きく下がった所に、スワンナがつばめがえしを放つ。しかし、チルタリスもただやられるつもりはない。はがねのつばさで迎え撃つ。

 二つの技がぶつかり合う。結果はスワンナが押し負け、軽くだが吹き飛んだ。

 

「――スワ!」

 

「コアアアッ!」

 

「チルッ!」

 

 実力はダメージ有りでも、チルタリスの方が上。それを悔しみつつも理解したスワンナが部下のコアルヒー達に指示。周囲から泡が発射され、ダメージを受けて怯む。

 

「スワーーーッ!」

 

「チルルーーーッ!」

 

 怯んだその間を狙い、スワンナが再度つばめがえし。今度は対応も出来ずにチルタリスは受け、地面に落下する。

 

「チル……!」

 

「……スワ、スワワ?」

 

 追い込まれたチルタリスに、スワンナが問い質す。一緒にいた仲間の少年少女達はどうしたのかと。

 

「……チル、チルル」

 

 スワンナの問いに、チルタリスは鼻で笑ってからこう返す。あれは仲間じゃない。傷付いた自分を助けた赤の他人のお人好し達だと。

 

「チルル」

 

 チルタリスは話を続ける。ちょっと傷付いたフリをしただけで手当したり守ったりするのだから、全くバカな連中だ。笑いながらそう語る。

 

「……スワ、スワワ」

 

 それを聞いて、スワンナにさっきまでの住処を荒らされたのとは別の怒りを抱く。

 騙しただけでなく、自分を助けてくれた彼等をバカにした。余計に生かして置けないと冷たい眼差しで見下ろす。

 

「……チル」

 

 怒りを浮かべたスワンナに、チルタリスは微笑みながらこれで良いと微かに呟く。これでもう、スワンナ達はベルやサトシ達を敵とは思わない。

 後は自分がスワンナ達の技を受けて倒されればそれでは終わり。彼女達には危害は及ばない。その為に、スワンナにそう言ったのだから。

 

「――スワ!」

 

 やれと、コアルヒー達に止めを指示。大量の泡と共に、スワンナもこごえるかぜを吐き出す。

 

「チル……」

 

 迫る技の嵐。覚悟はしていた。望んでロケット団にいた訳ではないが、身を預けている間に悪の組織の一員だと自覚するようになった。何時かこんな風に終わるだろうと。

 だから、これからをチルタリスは大人しく受け入れていた。だけど何故だろう。自分を助けた彼等、それも特にベルの顔を一番強く思い浮かべてしまった。

 こんな短時間の間に、自分はベルに惹かれたのだろうか。もし、ロケット団よりも先に彼女と出会っていたら。

 

(……やれやれ)

 

 呆れてしまった。そこまで考えるとは、どうやら予想以上に自分はベルに惹かれていたらしい。

 しかし、自分はここで終わる。ベルが共にいる未来はない。また有ってもならない。自分は悪の組織の一員で、彼女はただの少女なのだから。

 だけど、せめて最後に祈ろう。彼女のこれからが良きものであるようにと。

 

「――チャオブー、かえんほうしゃ! チラーミィ、ハイパーボイス!」

 

「チャオ、ブーーーッ!」

 

「チラ……ミーーーッ!」

 

 覚悟を決めたハミングに迫る冷風と泡を、炎と音波が寸前で割り込み、直撃を阻止。

 技の激突で爆風が発生し、チルタリス、スワンナとコアルヒー達の視界を塞ぐ。

 

「……!」

 

 煙が徐々に晴れ、チルタリスの前に少女が写る。ベルだった。左右にはサトシ達もいる。

 

「間一髪! 間に合って良かった! チルタリス、身体は大丈夫?」

 

「……チルッ! チル、チルル!」

 

「えっ? なんか、チルタリス怒ってない?」

 

 ベルは間一髪で間に合った事を喜ぶも、チルタリスは彼女やサトシ達がここに来たことに怒る。彼女達の為にしたのに、完全に台無しになってしまった。

 

「怒りたいのは、わたしの方だよ! わたし達を遠ざけるなんて!」

 

「チ、チル……!」

 

 しかし、チルタリスは逆にベルに怒られて詰まる。ベルからすれば、助けたいと思った相手が無茶した挙句、もう少し命を落として掛けたのだ。当然の反応とも言える。

 

「チ、チル! チルチル!」

 

「何言ってもわたしは退かないからね! 絶対に助けるんだから!」

 

 チルタリスは、自分はベル達の敵。だからもう良い、ここから離れろと叫ぶも、ベルは一歩も退かない。

 

「ち、ちょっと! こんな事態なのに喧嘩しないでよ!」

 

「うーん、これはかなり危険なテイスト……!」

 

 スワンナとコアルヒー達がいるこの状態で、喧嘩など危なすぎる。サトシ達はどうしたらと困惑する。

 

「……」

 

 しかし、スワンナとコアルヒー達は何もしない。というか、ベルとチルタリスの言い合いにポカンと呆けていたのだ。ただ、スワンナは話の内容を聞いていた。

 そこから、ベル達とチルタリスは敵である事、ベル達はそんなことお構い無しに助けようとし、チルタリスもまた彼女達を助けるべく、遠ざけようとしている事、さっきのバカ呼ばわりも彼女達を自分達から遠ざけるためだと理解した。

 

「――スワ」

 

「……なんだ?」

 

「スワ、スワワ」

 

 少し考えてからスワンナが翼を前後に振るう。まるで、ここから離れろと言わんばかりに。

 

「……様子を見ながら少しずつ離れよう」

 

「分かった」

 

 サトシ達は少しずつスワンナ、コアルヒー達から離れていく。だが、スワンナは何もしない。コアルヒー達もスワンナに言われ、戸惑いながらも動かずにいた。

 

「この様子……どうやら、スワンナ達は僕達を見逃してくれるみたいだ」

 

「さっきまであんなに攻撃してきたのに、なんで?」

 

「その理由までは分からないけど……気が変わらない内に立ち去ろう」

 

「それが一番ね」

 

 また戦うのを避けるべく、サトシ達は急いでその場を離れていく。

 

「コア!」

 

「コアア!」

 

「スワ」

 

 コアルヒー達が追撃を進言するも、スワンナは放って置けと一蹴。さっさと帰るぞと命令する。ボスにそう指示されては部下のコアルヒー達は従うしかない。

 

「……スワワ」

 

 やれやれ、甘いかと呟くスワンナ。ただ、ベルとチルタリスの敵同士ながらも助け合う姿を見て、どうにもあれ以上の敵意を抱く事が出来なかった。

 最終的にスワンナは、戦いで傷付くのを避けると言う名目で自分やコアルヒー達を納得させ、全員で住処へと帰還し出した。

 

 

 

 

 

「ふー……、ここまで来たら大丈夫か?」

 

「姿形無し。向こうは退いてくれたと考えて良さそうだね」

 

「助かった~。チルタリス、ケガはどう?」

 

「……チル」

 

 何とかとチルタリスは呟き頷く。ダメージは大きいが、致命傷はなかった。頷いたチルタリスにベルは良かったと笑顔になる。

 

「にしても、なんで退いたんだろ?」

 

「分かんないわよ。とにかく、無事なんだからそれでよしね」

 

 アイリスの台詞に同意するサトシ達。スワンナやコアルヒー達の件はもう大丈夫だろう。

 

「……チルル」

 

「ん? なんだ、チルタリス?」

 

「……チル、チルル」

 

 チルタリスが何かを言いながらベル達に、次にサトシ個人にも頭を下げていた。

 

「助けてくれたお礼をしたり、攻撃したことについて謝ってくれたんじゃないかな?」

 

「チル」

 

「そう言うことか。俺の事は気にするなよ、チルタリス」

 

「……チルル」

 

 許してくれたサトシに、チルタリスは再度頭を下げた。

 

「助けるのも当然だよ。危ない時は助け合わないと。……さっきのは許さないけど」

 

「……チル」

 

 ジト目のベルに、チルタリスは気まずそうに顔を背ける。しかし、何時までもこうする訳にも行かないので素直に謝った。

 

「それで良いの」

 

「……チルル」

 

「なんか、ベルとチルタリス、不思議な感じだよな」

 

「確かにね」

 

 離れた時まではない、繋がりのようなものを彼女達から感じるのだ。

 

「とにかく……。チルタリス、お前を保護させてもらうな」

 

「でも、その前にまた手当しようよ」

 

 一段落し、今度こそチルタリスの保護。とその前に、ベルの提案でサトシ達は再度の手当を素早く済ませる。

 

「じゃあ、チルタリス。お前を――」

 

「チル」

 

 サトシが空のモンスターボールを取り戻そうとするも、チルタリスがベルを見つめる。

 

「なに、チルタリス?」

 

「……チル?」

 

「これ? 中は空だけど――」

 

 チルタリスがモンスターボールに翼を向ける。取り出したベルがこれは空だと言うと、チルタリスは嘴でそのモンスターボールのスイッチを押した。

 赤い光がチルタリスを包み込み、中に入れる。数度揺れると、パチンと閉じた。

 

「……えっ? 入った!?」

 

「いや、今のはまるで、チルタリスの方から入った様な……」

 

「それって、もしかして……チルタリスがベルを選んだってこと?」

 

 

 さっきの流れからは、そうとしか思えない。

 

「……どうするんだ、ベル?」

 

「ち、ちょっとパニック中……嬉しいけど」

 

「……とりあえず、ポケモンセンターに向かおう。チルタリスを回復してもらって、そこから他の人に相談すべきだ」

 

「だよね……」

 

 デントの意見にベル達は頷き、近くのポケモンセンターへと向かった。

 

 

 

 

 

 夕暮れのポケモンセンター。ベルがチルタリスの入ったモンスターボールを恐る恐ると言った様子で出す。

 

「あの、ジョーイさん」

 

「はい、何ですか?」

 

「その……。このポケモンをお願いします。チルタリスって言うポケモンで――」

 

「もしかして、ロケット団のポケモン?」

 

「えっ、知ってるんですか?」

 

「だって、ニュースになってるもの。――ほら」

 

 ジョーイが近くにあるリモコンでテレビを点ける。すると、あるニュースが流れていた。

 

『続けてニュースをお送りします。ヒウンシティは現在この有り様でありますが、市民の人々は復興を始めています』

 

 それはヒウンシティのあの事件についてで、アナウンサーが現状について報道していた。

 

『この惨事を引き起こしたのは、ロケット団と呼ばれる組織であり、また彼等のポケモン達がイッシュ地方に散らばっていることが公表されています。トレーナーの方々は、イッシュにいないポケモン達を捕獲した場合、ポケモンセンター及び、ジムに預けて頂けるようにお願いします』

 

「と言うことよ」

 

 まだ二日しか経っていないが、既にあちらこちらで報道されているようだ。

 

「あと――」

 

『そして、この事件を解決したのはかのゼクロムと、そのゼクロムに選ばれたこの少年とのことです。現在判明しているのはこの少年の名前がサトシと呼ばれ、ピカチュウを連れているとの――』

 

「あなたのことも、大々的に報道されるみたい」

 

 なので、ジョーイはサトシのことを入って来たときから気付いていたりする。

 

「うわ~、これイッシュ中にサトシの名前が知られてるわよ、絶対に」

 

「一躍、時の人だね……」

 

「あ、あはは……」

 

 この事態に、サトシは苦笑いするしかなかったりする。

 

「まぁ、そう言う訳でこのポケモンセンターでは既に十匹のロケット団のポケモンが預かったの」

 

「そんなに……」

 

 ただ、ロケット団のポケモンは数千。それが考えると少ない方だろう。

 

「預けられたポケモン達はどうなるんですか?」

 

「ここから、タイプに合わせて転送されるわ。ただ、一日に二度までだけど……」

 

 メインサーバーが使えないため、サブサーバー経由で送られるが、サブサーバーは復興をメインに使われているので、一日二度までになっていた。

 

「このチルタリス、だったわね? この子も回復したあと、私達が――」

 

「あの、このままわたしの手持ちとして連れていったらダメですか?」

 

「あなたの手持ちに? うーん……それは私では決められないわね」

 

 自分はジョーイだ。預かり送るならともかく、それに関しては管轄外である。

 

「なら、アララギ博士に連絡して見ようぜ」

 

「そうだね。それが良い」

 

 時間は掛かるかもしれないが、これは自分達では決めれない。ポケモン博士の彼女に聞くべきだ。

 

「じゃあ、回復はしますね。モンスターボール預かります」

 

 チルタリスが入ったモンスターボールをジョーイに預け、ベル達は通信機でアララギと連絡を取る。

 

『あら、サトシ君に皆も。元気?』

 

「はい。そっちは映りが良いみたいですけど」

 

 前はハッキングのせいで映りが悪かったが、今は鮮明に見えている。

 

『帰ったらすっかり調子が良くなったの。あの事件でロケット団にはする余裕が無くなったんでしょうね』

 

「それで」

 

 安心したサトシ達だが、アララギの推測が間違っていることには気付かない。無理もないが。

 

『それで何の用かしら?』

 

「はい。実は――」

 

 サトシ達はチルタリスの件について話す。

 

「――と言う訳なんです」

 

『なるほど……。ロケット団のポケモンのチルタリスをベルちゃんが預かりたいと』

 

「……やっぱり、不味いでしょうか?」

 

『うーん、私個人としてはオススメ出来ないわね。ただ――ベルちゃんはチルタリスと旅をしたいのよね?』

 

「はい。チルタリスといる内に、一緒に旅がしたいって思うようになったんです」

 

 そして、その気持ちはチルタリスが自分のモンスターボールに入った事で更に強くなった。

 

『だけど、チルタリスといることで苦悩する事も出てくると思うわ。それでもいたい?』

 

「それでも――いたいです」

 

 きっと、時には苦しめる事になるだろう。だけど、その時は今回と同じ様に一緒に解決したいと、ベルは決めていた。

 

『――そう。そこまでの気持ちがあるなら私も応援するわ。頑張って向き合いなさい』

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

『ただ、チルタリスには可能な限りボランティアをしてもらうわ。例えば、貴女が行った先で慈善事業があれば参加する。と言った具合に。でないと、不満は抑えられないしね』

 

 ジムリーダー達もそう言っていたことを、サトシ達は思い出す。

 

『あと、チルタリスを見せる時はポケモン図鑑を見せて。身分証明書になるから、ロケット団と間違われる事は無いわ。何か問題があった際も私が口利きするから』

 

「分かりました」

 

 確かにイッシュにいないポケモンを連れていると、ロケット団に間違われる可能性がある。身分証明は大事だろう。

 

(にしても、ロケット団のポケモンがこんなに早く一般トレーナーの手持ちになったのは予想外ね……)

 

 これは思った以上に早急な対応や措置が必要になるだろう。また忙しくなりそうだとアララギは苦笑いする。

 

『じゃあ私はこれで。ベストウイッシュ、良き旅を』

 

 チルタリスに関してのやり取りも終わり、通信は切れた。それから少し待つとチルタリスの回復が完了し、ベルがジョーイに近付く。

 

「はーい、お預かりしたポケモンは元気になりましたよー」

 

「ありがとうございます~」

 

「それで、この子は……」

 

「わたしの手持ちにします!」

 

「そう。じゃあ、どうぞ。それと頑張ってね」

 

「はい! 出てきて、チルタリス!」

 

「――チル」

 

 返されたチルタリスが入ったモンスターボールのスイッチを押し、チルタリスを出す。

 

「チ~ルタリス~! これから一緒に旅しようね~!」

 

「チ、チル?」

 

 抱き着かれた上、一緒に旅と言われ、チルタリスは戸惑う。

 

「……あれ? イヤ?」

 

「……もしかして、一緒に旅するとは思ってなかった?」

 

「けど、チルタリスはベルのモンスターボールに入ったわよ?」

 

「もしかすると……保護されて離れるからせめてベルのモンスターボールに入りたかった。とかかな?」

 

「……チルル」

 

 デントの言葉に頷くチルタリス。保護されて離れると思っていたからこそ、思い出にベルのモンスターボールに入ろうとしたのだ。

 

「そうだったんだ。けどチルタリス、預かっても良いって許可出たんだ。だから、一緒に旅しよ?」

 

「チル……」

 

「……イヤ?」

 

「……チルル」

 

 ベルとは旅がしてみたい。だが、許可が出ても自分は犯罪組織のポケモン。後ろめたいのだ。

 

「チルタリス、君が思ってる事は大体分かるよ。ロケット団にいた自分が彼女といて良いかに悩んでいるんだろう?」

 

「……チル」

 

「チルタリス。わたしさっきも言ったけど、一緒に旅がしたいの。だから――行こう」

 

 差し出された手に、チルタリスは大いに悩む。

 

「チルタリス、お前はロケット団に戻る気あるのか?」

 

「……チルル」

 

 ないと、先程ベルに言ったように顔を左右に振る。

 

「だったら、一緒に旅をしても良いんじゃない?」

 

「そうだよ。チルタリス、自分の気持ちに従うべきだ」

 

「……」

 

 サトシ達の言葉を聞いた後、チルタリスはベルの方に向く。しばらく悩みに悩み――彼女の手を翼で触れた。

 ベルの気持ちに応え、また助けてくれた恩に報いるためにも、チルタリスは彼女との新たな道を歩む事を決断した。

 

「これから宜しくね、チルタリス!」

 

「チル」

 

 新しい仲間に、ベルは笑顔を浮かべる。

 

「良かったな、ベル。新しい仲間が出来て」

 

「うん!」

 

「羨ましいけどね~」

 

 ある夢を目指すアイリスからすれば、ドラゴンタイプのチルタリスを仲間にしたベルが羨ましかったりする。

 しかし、先にベルがチルタリスと心を通わせたのだ。もう自分が入る間はない。潔くアイリスは退いた。

 

「だけど、ベルが偏見もなくチルタリスと接して、向き合ったからこそのテイストだよ。彼女のマイペースが良い方向に働いたって事さ」

 

 普通のトレーナーは、犯罪組織にいたポケモンをゲットしたいとは思わないだろう。

 だが、ベルはそれを気にせずに本心で触れ合ったからこそ、チルタリスは仲間になることを選んだのだ。

 

「って事は、エモンガの時もマイペース振りが良い方向に働いてたら、もしかしたらゲットしてかもしれないこと?」

 

「かもね」

 

 エモンガの時はマイペースが明らかに悪い方向に発揮されていた。もし、良い方向ならばエモンガをゲットしていたのはベルだったかもしれない。

 

「う~ん、けどわたし、やりたいこと抑えるの苦手なんだよね~。可愛いポケモンはゲットしたいし――このモフモフは味わいたい!」

 

 むぎゅ~と、ベルはチルタリスに抱き着き、雲の様な羽毛を堪能する。実は図鑑と柔らかいと聞いた時から触って見たかったのである。

 

「うわ~、柔らか~い。すっごく気持ち良~い」

 

「チルチル……」

 

 笑顔で抱き着くベルにうーんと苦笑いのチルタリス。やはり、振り回される日々になりそうだ。そんな彼女達に、あははとサトシ達は笑う。

 

「――満足! チルタリス、次はわたしを乗せて飛んでみて。一度、体験して見たかったんだ~」

 

「チルル」

 

「え~? なんで~?」

 

 チルタリスは今はダメと翼を交差。ベルはぶ~ぶ~と膨れっ面になる。

 

「ベル。この辺りの野生のポケモン達は殺気立ってる。やるとすれば夜だけど、それも危ない」

 

「チルチル」

 

「あっ、そうですね。チルタリス、ありがとう」

 

 デントの指摘にベルは納得。また、自分の身を案じて言ってくれたチルタリスにお礼も言う。

 

「それと皆。わたしここで別れるね」

 

「どうしてだ?」

 

「何となく! それに、何かも起きたし」

 

 マイペースな発言に何とも言えないサトシ達だが、本当は違う理由があることは知らない。

 

「チルタリス、戻って。じゃあね、皆。バイバ~イ!」

 

 別れに手を振り、ベルは走る。その手にはチルタリスが入ったモンスターボールがある。

 

「ふふふ」

 

 新しい仲間、それもサトシ達と同じ様に心を通わせてゲットしたポケモン。嬉しさから笑みが浮かぶ。

 

「わたしや皆と一緒に旅を楽しもうね、チルタリス」

 

 ハミングポケモンにそう告げると、マイペースな少女は旅を再開する。これからを楽しみにしながら。

 

「じゃあ、俺達も行こうぜ」

 

「うん。にしても、長い一日だったわね~」

 

「確かにね」

 

 朝と昼はエモンガ、昼からチルタリスで色々あった一日だった。

 

「だけど、もしかすると、これから先も多くのロケット団のポケモン達に会うかも知れないね」

 

 何しろ、二日でこれほどの影響だ。数を考えると、会わない可能性の方が低い。

 

「その度にこんな目に遭ったら身体が持たないわよ」

 

「まぁ、その時は頑張ろうぜ。見逃す訳には行かないんだし」

 

 野生のポケモンは勿論、ロケット団のポケモンの為にも、遭遇すれば保護するべきだ。

 

「とにかく、ライモンシティに向かって再開だ!」

 

 これからも大変な旅になりそうだと思いつつも、サトシ達はライモンシティに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

「そろそろよね?」

 

「あぁ、もうすぐ時間だ」

 

 真夜中。ヒウンシティの北の荒野の隅。海に近いその場所で、ロケット団達がサカキから支援を受けるべく待っていた。

 

「誰か来るぞ」

 

 フリントの声に、そちらを向くとトランクを持った男性がロケット団に近付いていた。

 

「綺麗な空だな。南十字星が輝いてる」

 

「違う場所なら北十字星も輝いていそうにゃ」

 

 その言葉に、男性は頷く。これが合言葉だ。

 

「これがサカキ様からの贈り物だ」

 

 男性はトランクを開かないまま、ロケット団に渡す。

 

「では、私は失礼する」

 

「何かは知らないのか?」

 

「聞かされてない。その方が良いと指示された」

 

 それだけ言うと、ロケット団の男性はニャース達から離れていった。

 

「なんなんだろ?」

 

「サカキ様からの贈り物よ。悪い物のわけないでしょ」

 

「さっさと開けるにゃ」

 

 コジロウがトランクを開いた。中には――七つのモンスターボール、僅かばかりの資金になりそうな一つの金塊。

 それと身分証明書になりそうな髪型が異なる四人のパスポートもあるが、これは偽物だろうと彼等は直ぐに分かった。

 

「このモンスターボール、何が入って――」

 

「――ソーーーナンスッ!」

 

 いるんだとコジロウが言おうとしたその時、一つのモンスターボールから敬礼みたいなポーズをしながらポケモンが出てきた。

 

「アンタ……ソーナンス!?」

 

「ソーーーーナンス!」

 

 水色の身体に、目が付いた黒い尾、丸い四つの足が特徴の我慢ポケモン、ソーナンスだ。

 とある出来事で手持ちになり、シンオウまでは一緒にいたが、イッシュでは目立つと言う理由で本部に預けられていたはず。

 

「ち、ちょっと待てよ……。って事は、まさかこれ……!」

 

 コジロウが残り六つの内の、一つのモンスターボールのスイッチを押す。

 

「――キッパ!」

 

「おわぁああぁ! この感じ、お前かマスキッパ!」

 

 出てきてのは、大きな頭と口、葉の形をした長い手、身体から伸びる触手の虫取ポケモン、マスキッパ。

 ソーナンス同様、ロケット団本部に預けていた一匹。コジロウに噛み付いているが、これは愛情表現である。再会出来た分、気持ちを込めているのだろう。

 

「……大丈夫か、あれは?」

 

「大丈夫大丈夫、死にはしないから」

 

「面白いのう」

 

 マスキッパの愛情表現にフリントは冷や汗を流し、ゼーゲルは笑っている。

 

「ソーナンスにマスキッパ。って事は……」

 

 ムサシが、また一つのモンスターボールのスイッチを押した。

 

「ハーーーブ!」

 

「こっちはアンタね、ハブネーク」

 

 黒く長い身体に、黄色の模様、刃の様な尾の牙蛇ポケモン、ハブネーク。ムサシがホウエンでゲットしたポケモンだ。ちなみに、素手である。

 

「こっちがマスキッパ。って事は……」

 

「――マネネ!」

 

「やっぱりお前か、マネネ!」

 

 コジロウが残り四つの内の一つを押す。すると、また違うポケモンが出てきた。

 ピンク色の身体、赤く丸い鼻、紫色のとぐろを巻いた頭をしたマイムポケモン、マネネだ。

 

「今までのを考えると……これね。出てきなさい、メガヤンマ!」

 

「――ヤンヤン!」

 

 ムサシは三つとなったモンスターボールの一つを取り、放り投げる。

 中からは、濃緑の身体に薄い赤い目元や模様、合わせて六枚の羽や足、四つの鶏冠があるオニトンボポケモン、メガヤンマが現れる。

 

「サカキ様の贈り物ってこれだったのね~」

 

「久しぶりに会えて嬉しいにゃ!」

 

「ソーーナンス!」

 

「キッパキッパ!」

 

「ハブハーブ!」

 

「マネマーネ!」

 

「ヤンヤヤン!」

 

 三人組は勿論、五体も再会出来て喜びを分かち合っていた。

 

「けど、なんでサカキ様はコイツらを送って来たんだ? 確か、目立つって理由で預けられたはずだろ?」

 

「儂等が大々的に知られた以上、もう関係ないと言うことじゃろう」

 

「あっ、なるほどね」

 

「この偽造パスポートも、我々がこれらのポケモンを持っても疑われん為のだろう」

 

 確かにこうなった以上、かつてのポケモン達を戻しても大した問題にはならないだろう。四地方で集めたロケット団のポケモン達が散らばっているのだのだから。

 

「じゃあ、残りの二つは?」

 

「にゃー達といたのは、全員いるにゃ」

 

 自分達といたのはこの五体。しかし、トランクにあるモンスターボールは七つ。まだ二つ余るのだ。

 

「この二つは私の手持ちだ」

 

 残りの二つのモンスターボール。それは、フリントのだった。

 

「アンタのモンスターボールだったの」

 

「何が入ってるんだ?」

 

「出てこい」

 

「――ズバッ」

 

「――エナ!」

 

 二つのモンスターボールから、ポケモンを出した。

 出てきたのは水色の身体と紫色の翼に、目がない蝙蝠ポケモン、ズバットと灰色の身体に両前足が黒い噛み付きポケモン、ポチエナだ。

 

「ズバットとポチエナかにゃ」

 

「そうだ。――ミネズミ」

 

「――ミネ!」

 

「ズバット、ポチエナ。こいつはお前達の新たな仲間、ミネズミだ。しっかりと連携するぞ」

 

「ズバ」

 

「チナ」

 

 ミネズミと顔合わせし、二体は頷く。

 

「こっちもしようぜ。デスマス!」

 

「そうね。コロモリ!」

 

「デース!」

 

「コーロ!」

 

「マネネ、マスキッパ。コイツが新しい仲間のデスマスだ」

 

「コロモリよ。仲良くしないよ、ソーナンス、ハブネーク、メガヤンマ」

 

 五体は新しい仲間である、コロモリとデスマスと自己紹介し合う。第一印象は悪くなさそうだ。

 

「よーし、仲間も増えたわ!」

 

「プラズマ団にリベンジしてやろうぜ!」

 

「止めろ」

 

 一気に戦力が増え、プラズマ団に雪辱戦を仕掛けようとムサシとコジロウだが、フリントに止められる。

 

「何で止めるにゃ」

 

「戦力が多少増えただけで、どれだけの規模かも分かっていない敵とやり合う気か」

 

「じゃのう。無謀にも程があろうて」

 

 何しろ、分かっているのはプラズマ団と言う名前だけ。規模はどれだけあるか、また何を以て活動しているのか自分達は分かっていない。

 

「我々が戦力を増やした様に、我々と戦った三人組やプラズマ団も戦力を増やす事は充分有り得る。先ずは、情報収集だ。表舞台に立った以上、奴等も情報を出さずにはいられん。必ず情報を得れる」

 

「それは分かったけど……。この地方のポケモンをサカキ様に献上するのはしないのか?」

 

「そんな余裕がどこに――」

 

「一応、出来なくはないぞ」

 

 使っていた拠点である、飛行艇は完全に壊れている。そうでなくとも、ヒウンシティに墜落している。回収出来るわけもない。

 こんな状態でゲットしても、無理があるのでフリントは却下したが、ゼーゲルが口を出す。

 

「イッシュで本格的な制圧の時に備え、発見した拠点があっての。そこから預けれる。まぁ、大半は飛行艇や潜水艦のデータから判明している可能性があるが……この幾つかなら大丈夫じゃな。ただ、こっちも詳細は分かっておらんが」

 

 ゼーゲルがタブレットで出したデータを三人組とフリントを見せる。一つは近い。

 

「じゃが、捕らえたポケモンは直ぐに送らんと色々と手間と費用が掛かる。献上するなら、計画的にやることじゃな。また、拠点はあっても活動の為の資金はほとんどない。大きな動きは出来んの」

 

 捕らえたポケモンは放置するわけにも行かないので、食料等を用意しなければならないが、それにもお金がいる。

 今有る資金は、金塊一つ。これではちょっとした作戦数回が限度だろう。

 

「だったら、アルバイトで稼ぐだけだ!」

 

「そうにゃ! アルバイトで稼いで、活動資金を得るにゃ!」

 

 次いでに、増えた仲間の分も稼ぐ必要がある。

 

「……アルバイトする悪の組織など、聞いた事がないぞ」

 

「けど、そうしないと得れないでしょ」

 

「確かにそうだが……」

 

 しかし、どうにも納得が行かないフリントだった。

 

「まぁ良い、好きにしろ。但し、私は調査の為にしばらく別行動を取る」

 

「一緒にアルバイトしないのかにゃ?」

 

「やりながらでは効率が悪い。どう動くかを知るためにも、私だけで情報収集する」

 

「資金は渡せないぞ?」

 

「構わん。無くとも問題なく動けるよう、サバイバル訓練はしっかりこなしている。まぁ、ミネズミが少し不安だが……」

 

「ミネ!」

 

 フリントの三匹の中で、ミネズミは一番最後に、それも最近ゲットしたポケモン。少し不安があるも、ミネズミは問題なくやると敬礼した。

 

「それに、お前達も出来るだけバラバラになって置け。纏まって捕まるリスクは分散させた方が良い。万一、仲間が捕まった時、脱獄させる為にも。後、変装はしっかりするようにな。――さらばだ」

 

 三匹をモンスターボールに戻し、フリントは去っていった。

 

「では、儂も離れるとするかのう」

 

「ゼーゲル博士もか?」

 

「お主等といると面白そうじゃが、余計な騒動に巻き込まれそうでもあるからの。――ではの」

 

 ゼーゲルとしてはロケット団といると色々ありそうで興味深いが、リスクを考え、彼もまた一人で行動することにした。

 

「にゃー達はどうするにゃ?」

 

「決まってんでしょ。アタシ達は一緒に行動するわよ」

 

「まっ、それが俺達だしな」

 

 リスクを考えた上で、三人組は今まで通りに行動する事にした。勿論、変装はするが。

 

「絶対に倒すわよ!」

 

「おう、ロケット団の為に!」

 

「打倒プラズマ団にゃー!」

 

 かつての仲間を加え、ロケット団はプラズマ団打倒に向けて動き出した。

 



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恐怖のヒトモシ屋敷

「良い朝だね」

 

「ゾロゾロ」

 

「カブカーブ」

 

「ブブブ~イ」

 

 ある町の先の森林の街道を進む一人の人物と、三匹のポケモン。Nとゾロア、ポカブ、イーブイ。

 先の街でプラズマ団の会議も終わり、Nは旅を再開している。ちなみに、二日掛かったのは団員達やマスコミの対応時で間を食った為だ。

 ただ、マスコミはともかく、団員達とのやり取りはしておいて良かったとNは思っている。

 彼等がポケモン達について、どう考えているのかを客観的に知ることが出来、何時かの方針を決めれた。

 

「……ん?」

 

 しばらく歩く途中、Nは微かなその気配に気付いた。どうしたのと聞く三匹にちょっとねと返すと、Nは森の中に入っていく。

 

「……!」

 

「……おや」

 

 一本の木に、あるポケモンが凭れ掛かっていた。全く見たことがないポケモンであることや、傷からNはそのポケモンについて気付く。

 

「キミ、ロケット団のポケモンだね?」

 

「……」

 

 コクリと頷くそのポケモンに、三匹が前に出て威嚇するも、Nが止める。

 

「ボクはね。キミ達トモダチ――ポケモンの声を聞くことが出来る」

 

「……!」

 

 Nの発言にそのポケモンは驚く。本当がどうか確かめるべく、質問していくとNはその全てに的確に答えた。彼の発言は真実だとそのポケモンは理解した。

 

「名前は?」

 

「……」

 

 そのポケモンは、自分の種族の名前を語る。やはり、Nは初めて聞く名前だ。

 

「それがキミの名前か。――、ボクはキミの敵対する立場にある」

 

「……!」

 

「だけど、ボクはキミと戦う気はない。少し話がしたいんだ。ダメかな?」

 

「……」

 

 そのポケモンは少し考える。彼は敵だが、戦う気が無いと言う発言に嘘はなさそうだと思っていた。

 実際、自分を倒すのなら話し掛けたりさずに攻撃すれば、傷付いた自分を倒せるのだから。ダメージもあるので、とりあえず彼と話をすることにした。

 

「ありがとう。隣良いかい?」

 

「……」

 

 構わないとそのポケモンが返事し、Nと三匹は隣に座る。

 

「キミはこれからどうしたい?」

 

「……」

 

 分からない。そのポケモンはNにそう返す。今までロケット団の為に頑張って来た。ヒウンシティでもあんな予想外の事態にもかかわらず、必死に務めを果たそうとした。

 なのに、自分を預かる団員は迎えに来ず、自分は野生のポケモン達と戦って傷付いていくばかり。身心共にかなり疲れていた。

 

「――、キミはそもそも、どうしてロケット団にいたんだい?」

 

「……」

 

 入った時から、今に至るまでをそのポケモンは語り出す。野生で暮らしていたある日突然捕獲され、それ以降、厳しい訓練をこなしてきた。

 その日々の中で、自分は何時しかロケット団への忠誠心を抱くようになっていた。

 強者に揉まれて上下関係を叩き込まれた、訓練には親身になる、任務を果たせばしっかりと労う、それらが原因かもしれない。

 だが、現状に至る経緯や、団員が誰も来ない事から、今はその忠誠心は微かではあるが揺らぎ出していた。

 

「そうか。頑張って来たんだね。それをボク達が台無しにしてしまった、か。済まない」

 

「……」

 

 言われてそのポケモンは気付く。確かにそうだ。あぁなった経緯は分からないが、ロケット団があんな失敗を犯すとは思えない。

 この少年や彼が所属している組織のせいで、自分は今こうなっていると考えるのが自然だ。

 怒りが込み上げ出し、Nを睨むも、彼を守るようにゾロア、ポカブ、イーブイが間に入る。

 

「皆、落ち着いて。――、キミの怒りは尤もだ。だけど、そもそもそれは正しい怒りなのかな?」

 

「……?」

 

「キミ達、ロケット団は何の為に活動しているんだい?」

 

「……」

 

 そのポケモンは、ロケット団の行動理論を思い出す。確か、珍しいか強いかポケモンを集めて最強の軍団を作り、世界を征服をするだったはず。その為には、多くのポケモンを強奪し、洗脳し、訓練する。

 

「なるほど、それがロケット団の目的か。――、キミから見て、それは正しいと思うかい?」

 

「……」

 

 それはそうだと、そのポケモンは何も疑わずに頷く。寧ろ、そんな質問を出したNに首を傾げたぐらいだ。

 

「では、それはどう正しいんだい? 世界征服自体はロケット団なりの正義を果たすための手段だと判断しよう」

 

 人の正義はそれぞれだろう。その事に関してはNは否定する気はない。ただ、やり方は別だ。

 

「だけど、ポケモンを無理矢理強奪、洗脳、調教。はっきり言って悪事ばかりだよね? 正しさの欠片も感じない」

 

「……」

 

 次の指摘に、そのポケモンは言葉に詰まる。冷静に考えると、確かに悪事ばかりだ。

 

「そんな組織に、キミが尽くす義理はあるのかい?」

 

「……」

 

 改めて認識し、そのポケモンは無言になる。忠誠心も大きく揺れていた。

 

「――。先に謝らせてくれ」

 

「……?」

 

「ボクはキミを保護する義務がある。キミと野生で暮らす彼等、その両方を守るためにね」

 

「……」

 

「だから、はっきり言ってキミには自由がないんだ。……済まない」

 

「……」

 

 顔を左右に振るそのポケモン。事態を考慮すれば、仕方がない事だろう。

 

「その上で、キミに言いたい。――、ボクと来ないかい?」

 

「……!?」

 

 Nの誘いに、そのポケモンは驚愕する。敵である自分を勧誘すると言うのか。

 

「ボクはね。人とポケモンが対等な世界を作りたい。同じ立場で協力し合い、共に繁栄していく。……まぁ、言うだけなら簡単だけどね」

 

 何しろ、そうするには今の世界のあり方を変えねばならない。また、どう変えるかもしっかりと考えていく必要もある。まだまだ学ばねばならない事は多い。

 

「……」

 

 世界の変革とも言えるその理想に、そのポケモンは口が開く。途方もなく、また壮大だった。

 

「ボクはまだまだ未熟だ。敵も壁も多い。だけど、この理想を果たすため、ボクと一緒に歩んでほしい。どうかな?」

 

「……」

 

 腕を差し出されながらそう告げるNから、そのポケモンは他者を惹き付ける魅力を感じた。カリスマとも言えるかもしれない。それは彼が本心で語るからだろう。

 

「……」

 

 ただ、その手を掴む後一歩が踏み出せない。刷り込まれた忠誠心からの迷いだった。

 

「直ぐに決めなくて良いよ。何しろ、キミの今後を決める大きな選択肢だし、それにボクも自分が正義かと言われると、はっきりと断言は出来ないからね。だから、しっかりと考えて答えを出してほしい」

 

 本人が自分で決めた上で、仲間になって欲しいのだ。

 

「でも、ここにいると少し不味いね。何処かで姿を隠した方が良い」

 

「……」

 

 イッシュにはいないポケモン。非常に目立つだけでなく、野生のポケモンと戦う恐れもある。その二つを避けるためにも、その方が良いだろう。

 

「今日は一緒にいても良いかな? 君の事を知りたい」

 

「……」

 

 一緒にいることを、そのポケモンは受け入れた。この話し合いで彼に興味を抱いていたからだ。

 

「さぁ、行こう」

 

 Nは自分の仲間である三匹とそのポケモンを連れ、手頃な場所に移動し出した。

 

 

 

 

 

「うっひゃー。参ったな」

 

「ピカピ」

 

「さっきまでは猛暑と思いきや、今は大雨。今日は変わりやすい天気だ。にしても、アイリスの読みは当たったね」

 

「ふふ~ん。凄いでしょ」

 

「キババ」

 

 さっきまではバテてしまうほどの猛暑とは思えない大雨の中、サトシ達は雨宿りに良さそうな屋敷の玄関前に着く。

 ちなみにこの大雨、アイリスは予想していたが、二人は疑問に思っており、サトシに至っては雨が降ったら逆立ちしてやるとまで言ってたりする。

 

「とにかく、この大雨じゃあ先に進めない。止むまでここで雨宿りさせてもらおう」

 

「だな。すみませーん」

 

「どなたかいませんか~?」

 

 何度も扉を叩き、呼び掛けるも返事はない。だが、少しすると扉が開き、サトシ達は話し掛けながら中に踏み入れる。やはり、返事はない。

 

『誰もいないのかな……?』

 

「アンタ達が来るまでは、ね」

 

「ソーー……ナンス……」

 

「アンタは黙ってなさい」

 

 とある部屋で、モニター越しにある人物がそう返す。ロケット団のムサシだ。

 隣にはコジロウやニャース、昨日合流したソーナンスもいる。但し、彼等は何故か少し窶れていた。

 

「にしても、良さそうなアジトだと思ったのに、これで台無しだな……」

 

 建物を改造し始め、カメラを設置した頃にサトシ達が来たのだ。

 

「ジャリボーイのやつら、何時も何時もジャマするにゃ……」

 

「だったら、ピカチュウをゲットして、あいつらを追い出すわよ」

 

「なら、早速こいつらの出番か?」

 

「それも悪くにゃいにゃ。けど、あいつらにも協力させた方がもっと良いにゃ」

 

 コジロウがモンスターボールを持つ。ソーーナンス同様、合流したポケモンが入ってる。

 ニャースは賛成するも、そこに更に協力者を加えようとする。

 それはデスマスと一緒にいる四匹のヒトモシ達で、この屋敷に住み着いていたポケモン達だった。

 

「あいつら、デスマスの言うことなら聞くみたいにゃ」

 

 同じゴーストタイプのポケモンだからかは不明だが、ヒトモシ達はデスマスの言うことは聞いていた。

 

「おーい、デスマスー」

 

「デース」

 

「ピカチュウを捕まえて、他の奴等を追い出す様に伝えてくれ」

 

「デスデス。デスマース」

 

「モシモシ!」

 

 ヒトモシ達はデスマスの指示を従い、一緒に動き出した。

 

「誰かいませんかー?」

 

「やっぱり、誰もいないのかしら?」

 

「とにかく、ここで雨宿りさせてもらおう。誰かいた場合は事情を話せば良いと思うよ」

 

「そうするか」

 

 とにかく、サトシ達は雨宿りすることにし、リビングで雨が過ぎるのを待つことにした。

 

「それにしても、凄い雨だな」

 

「ねっ、あたしの言った通りでしょ?」

 

「キッバー」

 

 見事雨が降るのを的中させ、アイリスとキバゴが胸を張る。

 

「流石、野生の勘とも言うべきフレイバー」

 

「俺の負けだ。だな、ピカチュウ」

 

「ピカピ」

 

「約束は守るぜ。――よっと!」

 

「ピカ!」

 

 先程、雨が降ったら逆立ちすると言ったため、サトシとピカチュウは逆立ちする。

 

「いや、別にそうしてほしい訳じゃないんだけど……。子供ね~」

 

 アイリスが久々に言った気がすると思い、サトシとピカチュウが逆立ちから崩れた後、窓が開いて雨が屋敷に入って来た。

 

「風が強くなって来たみたいだ。これで大丈――うわっ!?」

 

 鍵を掛けて窓を閉じるデントだが、どういう訳か閉じた窓が開いた。

 

「なんだ……? ――うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 その次は、花瓶が置いてある台がサトシとアイリス目掛けて迫る。二人は慌てて避ける事に成功、傷はなかった。

 

「大丈夫かい!?」

 

「どうなってるんだ……?」

 

 鍵を掛けた窓は勝手に開く。家具は勝手に動く。明らかに普通ではない。

 

「この屋敷、変な感じがする……!」

 

「変な感じ……?」

 

「誰かに見られてる様な……」

 

「だ、誰に?」

 

「それは分かんないけど……」

 

「――モシモシ」

 

 困惑するサトシ達を二階から二つの影が見下ろし、互いを見て頷く。

 

「い、今のは風が吹き込んだんじゃないかな?」

 

「風程度で家具があんなに動くの!?」

 

「キーバキーバ!」

 

 今のは無理があると理解していたのか、デントは言葉に詰まる。

 

「お、おい……」

 

「ピ、カ……」

 

「ん? いい……!?」

 

 サトシとピカチュウが顔を青ざめ、続いてデントもそれに気付いて顔が青くなる。

 

「どうしたの? アメパトが水鉄砲食らった顔して……」

 

「う、後ろ……」

 

「後ろがどうかした、って……!」

 

 アイリスが振り向くと、二階に続く階段から様々な道具がくっついた不気味な石像があった。

 

「うわ~~~っ!」

 

 石像は傘を振り回しながら、サトシ達に向かって襲いかかる。

 

「とにかく、外に出よう!」

 

「あぁ!」

 

 異常事態に屋敷を出ようとしたサトシ達だが、唯一の出口である扉がタンスで防がれてしまう。

 

「別の場所から――」

 

 扉が塞がれ、違う場所を探そうとしたサトシ達に石像が迫る。咄嗟にかわすと、石像は家具に当たって自滅する形で破損した。

 

「ふう……。うわぁああぁ!?」

 

「デント!」

 

 目の前に転がる破損した石像の顔を見て、パニックを起こしたデントは走り出してしまう。サトシとアイリスが追いかける。

 

「落ち着いたか、デント?」

 

「す、すまない。目の前に壊れた石像が出たとは言え、みっともない姿を見せてしまった」

 

 デントはしばらく走り回った後、皿やフォーク、ナイフが並んでいる食堂と思われる部屋に、追い掛けてきたサトシとアイリスと一緒に来ていた。

 

「にしても、この屋敷なんなのよ?」

 

 扉は勝手に閉まる。家具は勝手に動く。明らかに普通ではない。

 

「……なんか、前にも似たような事があったよな? ほら、確か――」

 

「シッポウ博物館の時! あの時は確か、デスマスの仕業だったわ!」

 

「となると、今回もゴーストタイプかエスパータイプのポケモンの仕業と考えるべき――」

 

 前のデスマスの件を思い出し、今回も同様だとサトシ達は気付いた。その瞬間に呼び鈴が鳴り出し、彼等が座っていた椅子や食器が宙に浮き出す。少しすると、サトシ達は違う部屋に放り出された。

 

「これはサイコキネシスか!」

 

「家具を動かしたり、窓を開けたのもこれで……!」

 

「ん? 今度は――服が動いてる!」

 

「来るわよ!」

 

 放り出されたサトシ達の前に、洋服が迫る。種が分かって無ければかなり怖い。

 

「ピカチュウ、10まんボルト!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

 電撃が服に命中。操っていた力と相殺し、動いていた服と並んでいた服が倒れた。

 

「モシモシ……!」

 

「そこに何かいる! しかも、複数!」

 

「モシモシ! モシ!」

 

 声の方向と倒れた服が動いたから、アイリスがそこに何かいると判断。気付かれたと逃げる彼等だが、一匹が足が縺れて転ぶ。

 

「つ~か~ま~え~た~! お前は――ヒトモシか?」

 

「モシ?」

 

 シューティーが手持ちにしていたため、サトシはそのポケモンがヒトモシだと直ぐに気付いた。

 

「ここに住み着いてるポケモンかしら?」

 

「まぁ、このポケモンがさっきまでの騒ぎの原因なのは確かだね」

 

 少なくとも、それだけは確かな事実である。

 

「なぁ、お前は誰かのポケモンなのか?」

 

「モシモシ?」

 

「それとも、この屋敷に住み着いてる野生のポケモンなのかい?」

 

「モシモシシ?」

 

「も~、どっちなのよ~?」

 

「モシモシモシ?」

 

 サトシ達が色々質問するも、ヒトモシは分からない様に呟くだけだった。

 

「ヒトモシ、俺達は何か悪いことをしようって訳じゃないんだ」

 

「泥棒とかじゃないのよ」

 

「ただ、雨が止むまで休ませてほしいんだ」

 

「モシモシ?」

 

「あー、分からない……。Nさんがいてくれたらなあ」

 

 ポケモンの声が分かるNなら、ヒトモシと簡単に会話が出来る。彼がいてくればと思うサトシ達だが、いないので仕方ない。

 

「とにかく、この屋敷を調べよう。でないと、どうすれば良いかすら分からない」

 

「だよな」

 

 と言う訳で、サトシ達は屋敷を調べに回る。その間、ヒトモシはデントの腕にいた。

 

「ヒトモシ。さっきいたお前の仲間はどこにいるんだ?」

 

「モシモシ?」

 

「通じてるのかな? ――うわっ!?」

 

「ピカッ!?」

 

 色々と質問するサトシ達だが、ヒトモシからモシモシかそれがちょっと変化したのが返ってくるだけだった。今回もそう返され、悩むサトシの前にある物体が浮かんでいた。

 

「このマスク……デスマスの!」

 

「デス!?」

 

「デスマス!」

 

「……マース!」

 

「おみゃーら、さっさとジャリボーイ達を追い出すのにゃ」

 

 サトシ達を見て、デスマスは慌てて姿を消す。その直後にニャースとヒトモシが角から出てきた。

 

「ロケット団のニャースじゃない!」

 

「にゃ!? しまったにゃ!」

 

「お前ら、ここでなにしてるんだ!」

 

「逃げるにゃー!」

 

 見つかってしまい、ニャースは残る三匹のヒトモシと一緒に逃げ出した。

 

「待て!」

 

 追い掛けるも、角ばかりがある通路だったため、ニャースやヒトモシ達を見失ってしまう。

 

「こんなところにロケット団がいるなんて」

 

「ヒウンシティであんな騒ぎを起こしたのにまだいるの、あいつら?」

 

「……なにか企んでるのかもしれない。皆、調べて見ようぜ」

 

「あぁ」

 

 また何かしようと言うなら、ヒウンシティの二の舞を避けるためにも、企みを叩くべきだ。サトシ達はロケット団を探そうとする。

 

「……の前に、少し休まないか? ちょっと疲れた感じがする」

 

「ピカピ」

 

「そう言われるとあたしも……」

 

「キバキーバ」

 

「僕もだ。さっきまで色々あったからかな?」

 

 サトシ達は心なしか、少し疲れた感覚があった。少し休むことにする。

 

「――モシモシ」

 

 その時、デントの腕にいるヒトモシがそう呟く。まるでサトシ達に向かって笑うかのように。

 また、ヒトモシの灯はどういう訳か先程よりも大きさは増していた。

 

 

 

 

 

「ジャリボーイ達に見付かったの!?」

 

「面目ないにゃ……」

 

「何やってるんだ……」

 

 サトシ達から逃げ切り、ムサシとコジロウがいる一応の拠点部屋に戻ったニャースはサトシ達に見つかった事を話す。当初の作戦が失敗し、ニャースは申し訳なさそうだ。

 

「……ん? ニャース、お前なんか窶れてないか?」

 

「よく見れば、コジロウもだにゃ」

 

「えっ? ……本当だ」

 

 コジロウは顔を確かめ、今漸く気付いた。

 

「どうしたのよ、二人共。そんなにげっそりしてて」

 

「そう言うムサシもにゃ」

 

「えっ、アタシも?」

 

「ソーー……ナンス……」

 

 ムサシも顔に触れて、自分が窶れていることに気付いた。それを肯定するように呟くソーナンスもだ。

 

「まぁ、昨日から徹夜で作業してたからにゃー」

 

「かもね。それよりもさっさとピカチュウをゲットして、ジャリボーイ達を追い出すわよ」

 

「使えそうな拠点は出来る限り残して置きたいしな」

 

 大半の拠点は、警察に知られている。自分達の活動を上手く進めるためにも、残り少ない内の一つであるここは確保して置きたい。

 

「絶対に奴等にリベンジする為にも頑張るぞ!」

 

「全ては、ロケット団とサカキ様の為にゃ!」

 

「おー!」

 

「ソーーナンス!」

 

「あ~……」

 

 打倒プラズマ団を声に出すも、直後に疲労感から座り込んでしまう。

 

「モシ、モシモシ」

 

「……あれ? ヒトモシの炎、さっきよりも大きくなってないか?」

 

 そんなロケット団達にヒトモシ達が近付くも、コジロウがヒトモシの灯が大きくなっている事に気付いた。

 

「……そう? 気のせいじゃない?」

 

「……そうかな?」

 

「ソーーナンス」

 

 ムサシやソーナンスはそう言うも、さっきはデスマスのマスク程度だったが、今は一回りほど大きさが増している様にしか見えない。

 

「そうそう、気のせいなのにゃ」

 

「そうかー……?」

 

「そんなことよりデスマス、ヒトモシにあいつらを追い出すように言って」

 

「勿論、ピカチュウを除いてにゃ」

 

「デスマ」

 

 窶れていることや、灯火の大きさは後回し。デスマスは再度ヒトモシ達にピカチュウ以外を追い出すようにと伝える。

 

「モシモシ。モシシ」

 

「ん? なんて?」

 

「『黄色い鼠のやつが手強いから、助けが欲しい』と言ってるにゃ」

 

「ピカチュウ、強いしねー。しゃあないわ。出てきなさい、メガヤンマ」

 

「――ヤンヤン!」

 

「お前も出てこい、マスキ――ッパアアァッ!?」

 

「キッパー!」

 

 ヒトモシの頼みを聞き、メガヤンマとマスキッパを出すムサシとコジロウ。しかし、出した瞬間、コジロウはマスキッパに噛み付かれてしまった。

 

「また噛まれてるにゃ」

 

「よ、よっと……。マスキッパ、ヒトモシの手伝いをしてくれ」

 

「キッパ」

 

「メガヤンマ、アンタもよ」

 

「ヤンヤン」

 

「――シモシモ」

 

 協力を得たヒトモシ達だが、ニヤリと何かを企むような笑みをしていた。

 

「モシモシ?」

 

「シモシモ」

 

 また、一匹が『あれ』の事を聞くと、一匹はもうそろそろ終わると返し、ヒトモシ達はまた笑みを浮かべる。

 

「プラー……」

 

「……」

 

 屋敷のとある部屋に二匹のポケモンがいた。一匹は、ランプに顔や長い手があるポケモン。

 もう一匹は、一つ目にくなった。頭部には黄色い部分と、腹部に同じく黄色の目や口のような部分があり、手はあるが腕や足がないポケモンだ。

 

「ラーン……。――プラ!」

 

「……!」

 

 ランプの様なポケモンの目が怪しく光る。同時に、もう一匹の瞳から光が消えた。

 

「――ラン。プララ」

 

「……ヨノ」

 

 これで良しとランプの様なポケモンは呟き、指示を伝える。もう片方のポケモンはコクリと頷くと、ランプの様なポケモンと共に動き出す。

 

 

 

 

 

「おい、ロケット団! どこにいるんだ!」

 

「ピカピカ!」

 

「どこに隠れているんだ!」

 

「悪いことをしようと思ってもダメよ!」

 

「――キバ!?」

 

 サトシ達がどこにいるか分からないロケット団に向けて叫んでいると、家具がまた勝手に動き出した。

 

「あれ、仲間のヒトモシよ!」

 

「シモシ!」

 

「うわっ! や、止めてくれ、ヒトモシ! 俺達はお前達の敵じゃないんだ!」

 

「シモシモ!」

 

 家具に放り投げてくるヒトモシを説得するサトシだが、ヒトモシは無視して次はシャンデリアを落下させていく。

 

「ダメだ! ここは逃げよう!」

 

「キバキバ! キババ!」

 

「――モシ!」

 

 ヒトモシから逃げるサトシ達だが、その際一番後ろにいたキバゴの背後からヒトモシが現れ、その目が青く光った。

 

「はぁ、はぁ……。とりあえず、助かったか?」

 

「ピーカチュ」

 

「かな。にしても、どうしてヒトモシは僕達を狙うんだろう?」

 

「……あれ、キバゴは?」

 

 逃げ切ったサトシ達だが、アイリスがキバゴがいないことに気付く。

 

「さっき、ピカチュウの後ろを走ってたと思うけど……」

 

「ピカピカ」

 

「キバゴ~!」

 

「そう言えば、デントと一緒にいたヒトモシもいない」

 

「どこに……!」

 

「さっきまでの部屋に戻ろう」

 

 いる可能性が一番高いのは、さっきの部屋だ。サトシ達は直ぐに戻って行く。

 

「……あれ? デスマスは?」

 

 一方、ロケット団の方もさっきまでいたデスマスがいない事にコジロウがいち早く気付く。

 

「デスマス?」

 

「ヒトモシ達の働きを見張ってるんじゃないの?」

 

「だと良いんだけど……」

 

 ヒトモシ達はデスマスの言うことだけは聞いていた。なので、デスマスが見張りの為にいると言うのは納得出来るのだが、どうもコジロウは胸騒ぎがしていた。

 

「モシモシ」

 

「ヤンヤン、ヤヤン」

 

「キッパキッパ! キパパ!」

 

 二匹のヒトモシと一緒に廊下を歩くメガヤンマとマスキッパ。二匹共、久々にムサシやコジロウ、ニャースと一緒の行動なので張り切っている。

 

「ヤヤン、ヤンヤン?」

 

「キッパ、キッパパ」

 

 そんな二匹だが、メガヤンマがさっきから何か疲れない?と尋ねる。マスキッパは言われて見ればと、疲労感を感じていた。

 

「――モシモシ」

 

「――シモシモ」

 

 メガヤンマとマスキッパの様子を見て、二匹のヒトモシはそろそろ頃合いだなと自分達だけに聴こえるように呟く。

 

「……」

 

「……ヤン?」

 

「キッパ?」

 

 突然、二匹のヒトモシが足を止める。メガヤンマとマスキッパが訝しみ――二匹の背後から一匹のランプのポケモンが姿を現す。

 

「ヤン!? ヤヤンーーーッ!?」

 

「キ、キッパーーーッ!?」

 

 鳴り響いた二匹の悲鳴は、廊下へと消えていった。

 

 

 

 

 

 キバゴとヒトモシは先程の部屋にはおらず、捜索しているサトシ達だが、未だに見付からない。

 

「キバゴ~。どこに行ったの~?」

 

「おーい、キバゴー」

 

「キバゴー、どこだー?」

 

「ピカピー?」

 

「――モシモシ?」

 

「……ピカ?」

 

 自分だけに微かに聞こえた声に、ピカチュウが反応。その場で振り返るも、ヒトモシの姿は見えない。

 

「ピカ……? ――ピカッ!?」

 

 進んでいるサトシ達がピカチュウから遠ざかったその瞬間を狙うように、背後からヒトモシが出てきた。

 

「……あれ? ピカチュウは?」

 

「えっ、一緒に歩いていたんじゃ……」

 

 数秒後、ピカチュウがいない事にサトシが気付く。

 

「まさか、ピカチュウまではぐれちゃたの!?」

 

「どこに……ピカチュウー!」

 

「もしかして、ロケット団に……!?」

 

「そんな……!?」

 

 

 

 

 

 その頃、ムサシとコジロウはゼーゲルとの連絡をしていた。

 

「ゼーゲル博士」

 

『お前さん等か。窶れている様にも見えるが……。まぁ良い。何のようかの?』

 

 たった一日にしては窶れて過ぎていると疑問を抱いたゼーゲルだが、今は本題を聞くことにした。

 

「例の拠点に到着し、多少作業も終わったからその報告に」

 

『おぉ、その場所に着いたか。それで、どんな場所なのじゃ?』

 

「それが、かなり大きな屋敷で生活に必要な物は一通り揃ってて、エレベーターやウォークインクローゼットまであるんだ」

 

「あと、ヒトモシの軍団もいるわ」

 

『……ヒトモシの軍団? それに、お前さん等のその窶れ様……! ――今すぐにそこを離れるんじゃ!』

 

「ど、どうしたのよ、ゼーゲル博士?」

 

「ソーナンス?」

 

 事態を把握したゼーゲルに離れろと言われるも、ムサシとコジロウ、ソーナンスからすれば意味不明だった。

 

「ヒトモシ達はとても素直で――」

 

『お主等、よく聞け。最近知った事だが、ヒトモシは人やポケモンの生命エネルギーを吸い取る能力があるじゃ!』

 

「生命エネルギーを……」

 

「吸い、取る……!?」

 

「ソ、ソーナンス……!?」

 

『その窶れ様、既にかなり吸い取られておる! 至急――』

 

「ゼーゲル博士!? ゼーゲル……」

 

 脱出せよと言おうとしたゼーゲルだが、モニターの画面が突然切れてしまった。

 

「ち、ちょっと……! って事は……!」

 

「俺達、ヒトモシに生命エネルギーを吸い取られて……!」

 

「ソ、ソーナンス……!」

 

 ムサシが手鏡を取り出し、自分の顔を見る。先程よりも窶れさは増していた。

 

「それで、皆窶れていたんだ……」

 

「なんか、息苦しいわ……」

 

 さっきまでは少し疲れる程度だったのが、今では疲労困憊レベルにまでなっていた。

 

「今もあいつらにどんどん吸い取られてるんだ……。早くここから脱出しないと……! あれ、ニャースは……?」

 

「ヒトモシ達の様子を……まさか!?」

 

「それに確か、メガヤンマやマスキッパも……!」

 

「ソ、ソーーナンスゥ!?」

 

 ニャースはヒトモシ達の様子を確めに、メガヤンマやマスキッパは協力の為に行ったはず。彼等は急いで探そうとしたが、手遅れだった。廊下の何処かから、ニャースが悲鳴が響き消えていった。

 

「ピカチュウー!」

 

「キバゴ~、どこなの~!? 一体、どこに……」

 

「それに、さっきからだけど、何か疲れが……」

 

 リビングに戻っていたサトシ達だが、疲れは先程よりも増していた。

 

「なんなの、この疲れ……。まるで、奪われてるか吸い取られてるみたい……」

 

「……吸い取られてる?」

 

 その言葉に、サトシが反応する。前にどこかで聞いた覚えがあるのだ。あれは確か。

 

「そうだ。確か、ヒトモシの……!」

 

「サトシ?」

 

 カレントタウンでのシューティーとバトルした時。それを思い出したサトシは、ポケモン図鑑でヒトモシの情報を検索する。

 

『ヒトモシ、蝋燭ポケモン。真っ暗な場所に現れて明かりを灯し、足元を明るくして道案内をしてくれる様に振る舞うが、実は霊界へ誘おうとしている』

 

「――えぇ!?」

 

『人やポケモンの生命エネルギーを吸い取り、頭の炎を燃やしている』

 

 ヒトモシのとんでもない情報に、サトシ達は驚愕する。

 

「つ、つまり、あたし達の命が危ないってこと!?」

 

「そうか……! ヒトモシ達は最初から僕達を霊界に誘おうとしていたから、この屋敷から出そうしなかったんだ……!」

 

「俺達のこの疲れも、ヒトモシが生命エネルギーを吸い取ってたからか……!」

 

「じゃあ、キバゴやピカチュウがいなくなったのは……!」

 

「ロケット団の仕業じゃない。ヒトモシ達だ!」

 

「直ぐに探そう! ピカチュウ、キバゴ!」

 

 全ての謎が解け、サトシ達は連れ去られたピカチュウとキバゴを探す。

 

「――あそこだ!」

 

 サトシ達は疲労に耐えながら廊下をとにかく走り回ると、下に続く道を向かう二匹のヒトモシを発見する。

 

「キバゴやピカチュウはどこ!?」

 

「――モシモシ」

 

 問い質されてもヒトモシ達は無視し、そのまま下っていく。サトシ達は直ぐに後を追い、先にある部屋に到着。扉を開けると、連れ去られたピカチュウ達がいた。

 

「ピカチュウ!」

 

「キバゴ!」

 

「ピ、カ……」

 

「キバ……」

 

 かなり疲れているが、命には別状は無いようだ。

 

「後は、ニャースとデスマス……それに、メガヤンマやマスキッパ?」

 

「サトシ、知ってるの?」

 

「あぁ、どっちも他の地方のポケモンだよ」

 

「じゃあ、この二匹もヒウンシティから……?」

 

「いや、多分だけど、この二匹は――」

 

 続きを言おうとしたサトシだが、この部屋の扉が突然閉まる。デントが開こうとすると、一部が割れて青黒い波動が放出。次に人の顔が出てきた。それはムサシのだ。

 

「見つけたー……」

 

「な、なんだ?」

 

「――とう……!」

 

「な、なんだと聞かれたら……」

 

「答えてあげよう、明日のため……」

 

「フューチャー……。白い未来は悪の色……」

 

「ユニバース……。黒い世界に正義の鉄槌……」

 

「我ら、この地にその名を記す……」

 

「じょ、情熱の、破壊者、ムサシ……」

 

「あ、暗黒の純情、コジロウ……」

 

「む、無限の知性、ニャース……」

 

「さぁ集え……。ロケット団の名の下に……」

 

「ソーー……ナンス……」

 

 何時もの口上をするロケット団だが、生命エネルギーを相当吸い取られているため、かなり辛そうだ。

 

「また見たことないポケモンが……」

 

「っていうか、かなり吸い取られてるじゃない!」

 

 ソーナンスに驚くデントと、自分達よりも遥かに窶れたロケット団にアイリスは寒気を感じた。

 

「メ、メガヤンマ、ここにいたのね……」

 

「マスキッパ、デスマス、大丈夫か……」

 

「ヤ、ヤンヤン……」

 

「キ、キッパ……」

 

「デスマ~……」

 

 ムサシとコジロウはお互いの手持ちの安全を確め、ホッと一安心する。

 

「そ、そうよ、ニャース。さっさとこの屋敷から出るのよ……」

 

「な、なんでにゃー……? ピカチュウゲットのチャンスなのにゃ……」

 

「大変なんだ。ヒトモシは人やポケモンの生命エネルギーを……」

 

「――ヒ!」

 

「――ト!」

 

「――モシ!」

 

「――シモ!」

 

 ニャースに事情を話すムサシとコジロウ。そこに、五つの炎が灯る。

 

「ラーン」

 

「モシモシ!」

 

 ヒトモシ達と、他にも一体のポケモンがサトシ達とロケット団の前に表れた。

 

「ほ、炎が更に大きく……!」

 

「ア、アタシ達の生命エネルギーを更に吸い取ったから……!」

 

「ヒトモシ以外にもいる!」

 

「あれは……!」

 

『ランプラー、ランプポケモン。ヒトモシの進化系。稀に、ヒトモシと共に人やポケモンの生命エネルギーを吸い取り、霊界に道案内すると言われている』

 

「ランプラーも~~~!?」

 

 ヒトモシの時と大差がない情報や、ヒトモシ達と一緒にいる点から、サトシ達は更なる危機感を抱く。

 

「ピカピカ、ピカピ……!」

 

「ど、どうした、ピカチュウ?」

 

「『こいつらだけじゃない。もう一体いる』と言っているにゃ……!」

 

 ピカチュウはヒトモシだけでなく、そのポケモンにも不意打ちされ、捕まってしまったのだ。

 

「ど、どこに!?」

 

「――ヨノォ……」

 

 ヒトモシ達やランプラーのでもない鳴き声が響く。直後、ランプラー達の上に虚ろな瞳のその一体が現れた。

 

「あれは……ヨノワールだ!」

 

「ヨ、ヨノワール?」

 

「えぇっと……これだ!」

 

『ヨノワール、手掴みポケモン。サマヨールの進化系。この世とあの世を常に行き渡る。さ迷う魂を弾力ある身体に取り込み、人やポケモンを霊界へと連れて行く』

 

「最悪じゃない!」

 

 ヨノワールまで霊界へ連れていくポケモンと知り、アイリスとデントは全身に悪寒を感じる。

 

「あれも他の地方の、ロケット団のポケモンかい!?」

 

「多分! だけど……」

 

 前の件では、ロケット団のポケモンと野生のポケモンは敵対していた。しかし、今回は協力している。

 

「ち、ちょっと、ヨノワール……! アンタ、アタシ達の仲間でしょ……!」

 

「だったら、ランプラーやヒトモシ達を――」

 

「ラーン……プラーーーーッ!」

 

「モシシーーーッ!」

 

「ヨノワーーーッ!」

 

「ヒトモシとランプラーはれんごく! ヨノワールはおにび! 避けるんだ!」

 

 ヨノワールに助力を頼むロケット団だが、ヨノワールは無視してランプラーやヒトモシ達と共に攻撃。サトシ達とロケット団は咄嗟に避ける。

 

「な、なんで攻撃して来たんだ!?」

 

「ま、待って! それよりもあれ!」

 

 ロケット団のポケモンがロケット団に攻撃して来る。明らかにおかしいが、それよりも気にする点がある。今の攻撃で壁が壊れており、そこから不気味な光景が見えていた。しかも、そこに向かって強い吸い込みが発生している。

 

「あれは……!?」

 

「まさか、ポケモン図鑑が言ってた……!」

 

「霊界の入り口か……!?」

 

「って事はあそこに吸い込まれたら……!」

 

「そのままこの世とおさらばなのにゃ……!」

 

「背筋も凍るバッドテイスト……! いや、デッドテイスト!?」

 

 中は不明だが、入れば間違いなく、この世から消えてしまうのは確かだろう。

 

「ラーーーンッ!」

 

「ヒトー……モシ!」

 

「また来るぞ! 皆、かわ――」

 

「ヨノ!」

 

「ぐっ!? これはじゅうりょく!」

 

 またれんごくやシャドーボールが迫り、サトシ達はかわそうとする。しかし、ヨノワールの目が光ると、身体に押し付けられたように何かがのし掛かってきた。念の力で重力を増加させる技だ。

 それにより、サトシ達は上手くかわすことが出来ず、攻撃が命中してしまう。

 

「うわあぁ!」

 

「きゃああっ!」

 

「サトシ、アイリス!」

 

「ムサシ、ニャース!」

 

 攻撃を受けたのはサトシ、アイリス、ムサシ、ニャース。余波を受けた彼等に連れて行こうとするかのように吸い込みが働く。

 しかも、ランプラーのれんごくが壁を破壊すると、そこから床を除く周囲の壁が取り除かれ、辺りは白い靄に煉瓦が浮く不気味な光景に変化する。

 

「どうやら、ランプラーやヒトモシ、ヨノワールを倒さない限りここから出れない様だ……!」

 

 サトシとアイリスを端から戻しつつ、デントはそう推測。隣でコジロウがムサシとニャースを引っ張って戻していた。

 

「メガヤンマ、行ける……?」

 

「ヤンヤン……」

 

「マスキッパ、お前もどうだ……?」

 

「キッパ……」

 

 ヒトモシに生命エネルギーをかなり吸い取られたせいか、二匹だけでなく、ニャースにキバゴ、ピカチュウ、デスマスも相当消耗しており、まともに戦える状態では無かった。

 

「だったら……行きなさい、ハブネーク……!」

 

「ハーーーブ!」

 

「マネネ、お前もだ……!」

 

「マネネ~~~ッ!」

 

 また知らないポケモンに驚くアイリスとデントだが、そんな余裕は無い。サトシを含め、ポケモンを繰り出す。

 

「ミジュマル、君に決めた!」

 

「エモンガ、行って!」

 

「ヤナップ、頼む!」

 

「ミジュ!」

 

「エモ!」

 

「ヤナップ!」

 

 サトシ達はミジュマル、エモンガ、イシズマイを繰り出す。ちなみに、エモンガはこの事態にえぇっ!?と驚いていたりする。

 

「ハブネーク、ポイズンテール……!」

 

「マネネ、サイケこうせん……!」

 

「ハーーーブッ!」

 

「マネ~~~ッ!」

 

「ヒト!」

 

「モシ!」

 

 毒の尾と、新しい技の念の光線を仕掛けるハブネークとマネネだが、両方ヒトモシのまもるで防がれてしまう。

 

「ミジュマル、みずてっぽう!」

 

「エモンガ、めざめるパワー!」

 

「ヤナップ、がんせきふうじ!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

「エ~……モッ!」

 

「ヤナナーーーッ!」

 

「ラン!」

 

「シモ!」

 

 次にミジュマル、エモンガ、ヤナップが攻撃を仕掛けるも、今度はランプラーとさっき防いだ以外のヒトモシがまもるで遮り、弾く。

 

「また防がれた!」

 

「全員がまもるを使えるから、タイミングをずらして攻撃しても防がれてしまうんだ!」

 

「じゃあ、どうすれば良いのよ!?」

 

「まもるでも防げないレベルの強力な攻撃、使う間を与えない程の連続攻撃、或いは向こうが攻撃した後を狙うぐらいしか……!」

 

 しかし、そのどれもが困難と言わざるを得ない。

 

「――ラン!」

 

「――モシ!」

 

「……なんだ?」

 

 どうすればと悩んでいると、ヒトモシとランプラーが炎を敵であるサトシ達ではなく、仲間である自分達に放つ。

 

「な、仲間に攻撃した……?」

 

「な、なんでよ……?」

 

「……まさか!?」

 

 全員が戸惑っていると、デントが気付いた。しかし、もう手遅れ。

 

「ラーン……」

 

「モシーーーッ!」

 

 次の瞬間、ランプラーとヒトモシ達の炎が強烈に輝き、強い熱を放つ。

 

「な、なに、この熱さ……!」

 

「まさか、これって……!」

 

「もらいび! ランプラーやヒトモシ達は自分達に炎を放って、力を高めたんだ!」

 

「じゃ、じゃあ、更にヤバイ状況になったってこと……!?」

 

「ど、どうすんだよ、これ……!」

 

「ヨノノ!」

 

「これ……にほんばれ!?」

 

 更に追い討ちを掛けるように、ヨノワールがにほんばれを発動。強烈な光と熱がこの不気味な戦場に降り注ぐ。

 

「更ににほんばれで強化!?」

 

「ラーン……プラーーーーーッ!!」

 

「ヒトー……モシーーーーーッ!!」

 

 もらいびとにほんばれにより、先程よりも大幅に威力が増したれんごくが発射。しかも五つの炎は一つとなり、強大な炎の塊へと化してサトシ達に迫る。

 

「あれを食らったら不味い! 絶対に避け――」

 

「ヨノノ!」

 

 これは絶対に回避しようとしたサトシ達だが、再度ヨノワールがじゅうりょくを発動。また動きを封じられ、直撃はしないが受けてしまう。

 

「あっ……、やば……」

 

「コジロウ!」

 

 それにより、コジロウが吹き飛ばされ、霊界に吸い込まれそうになる。

 

「よし……!」

 

「ジャリボーイ……」

 

 あわや霊界に入り込もうとしていたコジロウを、サトシが腕を掴んで阻止していた。

 

「ララーーーンッ!」

 

「モシモシーーーッ!」

 

「ヨノーーーッ!」

 

「しまった!」

 

 サトシが助けて意識が逸れたその一瞬を狙い、ランプラー達がシャドーボールで攻撃。

 

「う、うそ……!」

 

「アイリス!」

 

 シャドーボールにより、今度はアイリスが吹き込んだ。デントが助けようとする間一髪で手が空を切る。

 

「間一髪……!」

 

「ロケット団……!?」

 

 そのアイリスを助けたのは、ムサシだった。サトシと一緒にありったけの力を込めてアイリスとコジロウを助ける。

 

「ジャリボーイ……ここは一時休戦するわよ……」

 

「あぁ、そうだな」

 

「ここは力を合わせて奴等を倒すんだ……」

 

「イッツ、ブレンドタイム!」

 

 共通の敵を前に、サトシ達とロケット団は一旦敵対関係を忘れ、協力し合う。

 

「だけど、どうやってランプラー達を倒すの?」

 

 ただ攻撃しても、連続のまもるで防がれるのは目に見えている。

 

「それに、ランプラーやヒトモシの炎が更に大きくなってるにゃ……!」

 

「今も俺達から生命エネルギーを吸い取ってるのか……!」

 

 ロケット団だけでなく、サトシ達も大きな疲労感を感じ出していた。少し前に繰り出された五匹も疲労感が出ている。

 このまま長引けば、動くなるだろう。つまり、短時間で決めるしかない。

 

「全員の一点攻撃で突破するか……?」

 

「いや、その場合は分散されてかわされる可能性が高い。それにあれほど超高威力のれんごくを突破出来るかどうか……」

 

 一点攻撃しようにも、あれほどの超高威力のれんごくに力で真正面から対抗するのは無理がある。

 

「――俺に考えがある。皆、俺の指示に従ってくれないか?」

 

「分かったわ……。アタシ達を上手く使いなさいよ……」

 

「やけに素直ね」

 

「ジャリボーイの実力は俺達がよーく知ってる……。バトルに関しては、任せれるさ……」

 

 幾度も幾度も戦い、実力を知っているからこそ、ムサシとコジロウはサトシの作戦に従う事が出来たのだ。

 

「ラーン……!」

 

「モシー……!」

 

「れんごく……! これで決める気か……!」

 

 下手な小細工よりも、力で押し切るつもりなのだろう。

 

「ジャリボーイ、どうすんの……!?」

 

「遠距離攻撃出来るポケモン達で、可能な限りれんごくの威力を削ってくれ!」

 

「分かった……!」

 

 先ずそうしなければ、勝機が見出だせない。サトシとムサシがモンスターボールを投げる。

 

「行け、ハトーボー、ポカブ、ツタージャ、クルミル!」

 

「ハトー!」

 

「ポカッ!」

 

「タジャ」

 

「クルル!」

 

「コロモリ……!」

 

「コロロ!」

 

「来るわよ!」

 

 サトシとムサシはポケモン達を繰り出すと同時に、ランプラーとヒトモシが攻撃を放つ。

 

「プラーーーーーッ!!」

 

「モシーーーーーッ!!」

 

「ピカチュウ、エレキボール! ミジュマル、みずてっぽう! ハトーボー、かまいたち! ポカブ、ねっぷう! ツタージャ、たつまき! クルミル、はっぱカッター!」

 

「ピー……カッ!」

 

「ミジュー……マーーーッ!」

 

「ハトー……ボーーーーッ!」

 

「ポカ、ブーーーッ!」

 

「ター……ジャ!」

 

「クルルルーーーッ!」

 

「キバゴ、りゅうのいかり! エモンガ、めざめるパワー!」

 

「ヤナップ、ソーラービーム!」

 

「キバー……ゴッ!」

 

「エ~……モッ!」

 

「ヤナー……プーーーッ!」

 

「ハブネーク、ヘドロばくだん……! メガヤンマ、げんしのちから……! コロモリ、エアスラッシュ……!」

 

「ハブーーーッ!」

 

「ヤンヤン……ヤンッ!」

 

「コロローーーッ!」

 

「マネネ、サイケこうせん……! マスキッパ、タネマシンガン……! デスマス、シャドーボール……!」

 

「マネ~~~!」

 

「キパパパ……!」

 

「デース……マッ!」

 

 超高威力のれんごくに様々な属性の技で対抗するも、その全てが突破される。

 

「突破されたわ!」

 

「かなり威力は削れたけど……!」

 

 しかし、まだかなりの威力がある。受ければ大きなダメージは避けられない。

 

「ロケット団! ソーナンスだ!」

 

「なるほど、そういうことね……! ソーナンス、やっちゃいなさい……!」

 

「ソーーナンス……!」

 

 ソーナンスがサトシ達の前に出て、複数の色の壁を展開。れんごくを受け止める。

 

「これはミラーコート……! そうか、れんごくを倍返しにして反射しようと!」

 

「えっ、ちょっと待って! そんなことしたらランプラー達は吸収しちゃうんじゃ……!?」

 

「いや、ミラーコートはエスパーの力で反射する技! つまり、エスパータイプの技と扱われるため、悪タイプ以外では無効に出来ない! 問題は……!」

 

 あれほどのれんごくを、反射出来るかどうかだ。

 

「ソ、ソーナンス……!」

 

 使用者であるソーナンスは、ヒトモシ達のせいでかなり消耗している。そのせいもあり、れんごくに押されていた。

 

「押されてる……!」

 

「ジャリボーイ、このままじゃ、押し切られるにゃ……!」

 

「分かってる! ロケット団、マネネだ!」

 

「マネネ……? ――そう言うことか……!」

 

 この場面でマネネ。一瞬戸惑うコジロウだが、使える技を思い出してサトシの作戦を理解した。

 

「マネネ、ものまねだ……!」

 

「マネ!」

 

 マネネがものまねを発動。するとマネネもまた、ソーナンスと同じ複数の色の壁――即ち、ミラーコートを展開する。

 

「そうか! ものまねでミラーコートを使うことで、倍にしたのか!」

 

 二匹が使えば、耐久度も反射力も倍になる。これなら、かなり威力を削ったあのれんごくの反射は十分可能になる。

 

「跳ね返せ、マネネ、ソーナンス……!」

 

「マ~……ネ~~~ッ!!」

 

「ソーー……ナンスーーーッ!!」

 

「ラン!?」

 

「モシ!?」

 

「――ヨノ!」

 

 そして、マネネとソーナンスは見事れんごくを反射。反射されたれんごくは結構威力が削られていたが、倍返しによってその威力はかなり戻っていた。

 ヨノワールがヒトモシやランプラーの前でシャドーボールを放つも、それだけ相殺仕切れる訳もなく、炎はランプラーとヒトモシ達、ヨノワールに直撃。

 

「ラーーーン!」

 

「モシーーーッ!」

 

「ヨノーーーッ!」

 

 ランプラーとヒトモシ達は自ら放った炎により吹き飛び、またヨノワールを巻き込んで霊界へと吸い込まれていった。

 すると、外れていった壁が元に戻って行き、部屋は元通りになった。

 

「ヒトモシ達は……」

 

「霊界に行っちゃったみたいにゃ」

 

「って事は……! 元に戻っている!」

 

 顔を触ると、窶れが無くなっていた。吸い取られた生命エネルギーが戻ったのだ。

 

「だったら、こんな屋敷からおさらばするわよ!」

 

「僕達も出よう」

 

「あぁ……」

 

 全員急いで屋敷から出ようとしたが、サトシだけは壁を腑に落ちない様子で見ていた。

 

「どうしたの、サトシ?」

 

「いや、なんでヨノワールはヒトモシやランプラーに協力してたんだろうって思ってさ」

 

「助けられた……はちょっとあり得ないか」

 

 あんなとんでもない事をするヒトモシやランプラーが他者を助けるとは考えにくい。だとしたら、どうしてヨノワールは彼等といたのか。

 

「もしかして、操られていたとか」

 

「……有り得なくはないね」

 

 あのヒトモシやランプラーなら平気でやりかねない。況してや、ヨノワールは自分達と同じ霊界に関するポケモンだ。

 今後の活動のため、操っていたと考えれば辻褄が合う。しかし、だとしたらヨノワールも被害者だったのだろう。

 

「……助けられなかったな」

 

「仕方ないよ、余裕が無かったし……」

 

 加減する余裕など、全く無かった。していたらこちらが死んでいただろう。デントの言う通り、仕方はない。

 

「けど、ヨノワールってこの世とあの世を行き来するポケモンなんでしょ? だったら、自力で戻って来れるんじゃない? ランプラーやヒトモシも倒されたから、解放されてると思うし」

 

「……だと良いな」

 

 そして、この世に戻って来た時は良い人に保護されて欲しかった。

 

「とにかく、出よう」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 壁をもう一度だけ見て、ヨノワールの無事を祈ってから、サトシ達は屋敷から出る。

 

「おい、これ……!」

 

「ピカピカ……」

 

 外に出たサトシ達が屋敷を見ると、入った時とは違うぼろぼろの屋敷があった。

 

「多分、ヒトモシやランプラーが立派な屋敷に見せ掛けてたんだろうね……」

 

 そして、人を誘い出し、生命エネルギーを吸い取る。それがランプラーやヒトモシの企みだったのだろう。

 

「入った時から、変な感じはしてたのよね……」

 

「――ジャリボーイ!」

 

 感覚の鋭いアイリスがそう溢すと、コジロウのサトシの名を呼ぶ声がする。サトシ達が見上げると、ロケット団が屋敷の屋根に乗っていた。

 

「次に会った時はこうは行かないわよ!」

 

「ピカチュウは必ず頂く!」

 

「必ずにゃ!」

 

「ソーーナンス!」

 

「――さらば!」

 

 ロケット団はそれだけを言い残すと、屋敷から降りて早足で去っていった。

 

「僕達も行こうか」

 

「あぁ」

 

「――あっ、また湿った空気。また来るわ」

 

「また!?」

 

 アイリスの予想は再び的中し、また雨が降ってきた。サトシ達は急いで手頃な木の下で雨宿りする。

 

「にしても、今日はヒトモシやランプラーのせいでとんでもない目に遭ったわね……」

 

 アイリスの言葉や、さっきの思い出しでサトシはあることを懸念していた。

 

「……なぁ、そう言えばシューティーって、ヒトモシ持ってたよな? ……大丈夫、だよな?」

 

「だ、大丈夫じゃないかな? ……多分」

 

 サトシ達は、シューティーが無事であるように祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

「――ハクション!」

 

「ジャノ?」

 

「モシ?」

 

「いや、突然くしゃみが……なんだろう?」

 そして、サトシ達から心配していたシューティーは彼等から遠く離れた場所でくしゃみをしていた。

 ジャノビーやヒトモシでバトルした後、いきなり鼻がムズき、くしゃみが出たのだ。噂をすればと言うやつかもしれない。

 

「まぁ良い。それよりも……」

 

 シューティーはケースに入ってるナックラーのタマゴを見る。彼は毎日様子を見ており、ポケモンセンターでの検診もしていた。

 

「問題なさそうだ。早く産まれてほしいね」

 

「ジャノノ」

 

「モシモシー」

 

 新しい仲間に早く会いたいと、ジャノビーとヒトモシはナックラーのタマゴを見つめる。

 

「さぁ、行くか」

 

 シューティーはジャノビーとヒトモシを戻し、タマゴをしっかりと抱えて歩き出した。

 

「……にしても、さっきのくしゃみはなんだったんだろう?」

 

 サトシ達が自分を心配した結果、だとはシューティーは夢にも思わなかった。

 

 

 

 

 

「ヨ、ノ……」

 

 深夜。どこかも分からない場所でヨノワールが現れる。ミラーコートで倍返しで反射された一撃でランプラーから解放され、霊界から現世に戻って来たのだ。

 しかし、不意を突かれてあやしいひかりを掛けられたため、今を含めてここ二三日の記憶が曖昧だった。

 

「……ヨノ」

 

 木に凭れ、はぁとため息をこぼすヨノワール。孤立やあやしいひかりの件もあり、色々と疲れていた。

 

「おや? 何かいますね」

 

「――!?」

 

 ヨノワールに話し掛けたのは、紫のおかっぱ髪と髪と同じ紫色の服、黒の襟巻や手袋、タイツを身に付けており、眼鏡をかけ、本を持っている女性だ。

 その背後には身体に絆創膏に付け、青と水色の大きな硬質な身体のロボットみたいなポケモンがいる。

 ちなみに、この姿形では一見鋼タイプにも見えなくないが、実際はゴーストと地面の複合タイプのポケモンだ。

 

「あら、見たことないポケモンですね。もしかして、巷で噂のロケット団のポケモンですか?」

 

「ヨノ……!」

 

 気付かれたと身構えるヨノワールだが、ダメージで痛む。

 

「駄目ですよ、無理をしては。大人しくしてください」

 

 女性はヨノワールに近付き、ポケットから傷薬や木の実を用意。簡単な手当を行なう。

 

「完了です。さて、貴方には悪いのですが、保護しますね。ロケット団に返すわけには行きませんから。ちなみに、アタシは出来れば穏便に済ませたいので――暴れないでくれますか?」

 

 一瞬だけ見せた、女性と後ろのポケモンの冷たい眼差しにヨノワールはゾクッと、背筋が冷えた。

 この女性には、万全の状態で戦っても勝てない。それを理解し、ヨノワールは大人しく降伏した。

 

「ありがとうございます。――では」

 

 女性がモンスターボールを投げ、ヨノワールを保護する。

 

「保護もしましたし、行きましょうか」

 

「ルーグ」

 

 女性がロボットみたいなポケモンの背中に乗ると、そのポケモンは手足を中に収納。そこから力を噴射して飛び出し、夜空を進む。

 

「何時見ても星空は美しいですね。まるで、数多の星で構成された、輝きの大海。……うーん、もう一捻り欲しいです。いえ、ここは敢えてシンプルさを混ぜたこの表現の方が良いかも……」

 

「ルーグ……」

 

 ぶつぶつと呟く自分のトレーナーに、ロボットみたいなポケモンは溜め息を溢す。毎度毎度の事だ。

 

「呆れないでください。時間は命にとって限りがある流れなんですから。無駄には出来ません。あっ、今のは良いかも。メモメモ」

 

「……ゴルー」

 

 また溜め息を溢すロボットみたいなポケモン。しかし、間違っていないのが何とも言えない。

 そんな心境のロボットみたいなポケモンの背に乗りながら、女性は朝になるまで色々と考えつつ目的地へと向かって行った。

 



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ドラゴンマスターへの道

 二週間振りですみません。ただ、時間が掛かってにしては微妙かもしれません……。


「良い朝だ」

 

「ゾロロ、ゾロー」

 

「カブカブブー」

 

「ブ~ブブ~」

 

「……」

 

 朝、洞穴からNの三匹と一匹のポケモンが出てきた。昨日森で出会い、それから一夜共にしたポケモンだ。

 

「気分はどうだい?」

 

「……」

 

 悪くはないとそのポケモンは頷く。昨日、Nとお互いに色々話し合っていた。

 Nは三匹とどう出会い、どの様に一緒に過ごしてきたのかを。そのポケモンはロケット団でどんな日々を送っていたのかを。

 その時間はそのポケモンにとって、暖かさに満ちていた。自分だけではない、隣に誰かがいる、それがこんなにも嬉しくて、安心出来るのだと気付いた。

 それを、敵であるNが教えてくれた。その事にそのポケモンは苦笑いしつつ、彼を意識する結果にもなっていた。

 ロケット団としては、Nから情報を得れなかったが、残念だとも思えなかったのも暖かさ故だろう。

 

「さて、今日はどうしようか?」

 

「……」

 

 どうしようかと、そのポケモンは悩む。思えば、ロケット団に所属してから訓練ばかりで時々任務。その二つの繰り返しの日々だった。それ以外はしたことがない。

 

「うーん、もっと広い場所なら遊べるんだけどね」

 

 見たところ、この洞穴はそんなに広くない。無理をすると、崩れてしまう恐れがあった。

 

「……」

 

「『モンスターボールに入れて、自分達の場所に行けば良い』、か。一つの手では有るけど……まだ止めて置きたいね」

 

「……?」

 

「何故かって? 簡単だよ。ボクがいる組織は昨日言ったように色々とあるんだ。今連れていくと、不味い事が起きる可能性がある」

 

「……」

 

「そう、色々あるんだ。だから、キミを連れていくのなら、キミがボクの仲間にしてからが一番良いんだ。……済まないね、身勝手で」

 

 Nは頭を下げ、謝る。それが全て本心で真実で、彼が正面から語るからこそ、そのポケモンは不快に思うことは無かった。寧ろ、惹かれていく一方だ。

 

「まだ決めなくても良いんだよ?」

 

「……!」

 

 自分の心を、Nは的確に見透かしていた。そう、そのポケモンは今道を選ぼうとしていたのだ。

 今の自分に示された道は、Nと共に行く。彼の組織に保護される。彼を倒してロケット団に戻る。この地で生きていく。この四つだ。

 しかし、四つ目はそもそも厳しいので論外。三つ目は今はもう、ほとんど選択肢に入ってなかった。

 ロケット団の正義を果たす中の矛盾の過程を認識する中で、忠誠心はほぼ消えていたからだ。また、Nと戦うことが嫌なのもある。

 となると、残るは一つ目と二つ目。しかし、自分が惹かれたのはNであって、彼がいる組織ではない。

 ならば、残った道はただ一つ。Nの仲間になる。これだけだった。限られた選択の中だが、そのポケモンはこの答えを自分で決めようとしたが、それをNに止められたのだ。

 

「もっと考えてからでも、良いんじゃないかな? 正直――キミが他の選択肢を選びたいのなら、ボクは出来る限り協力したいと思ってる。例え、それがロケット団に戻りたい、でもね」

 

「……」

 

 そのポケモンはポカンと口を開き、それは良いのかと尋ねる。

 

「ボクはキミ達が全てを受け入れ、キチンと理解した上でその道を行きたいのなら、その意志を尊重したいんだ。まぁ、キミがもうロケット団に戻りたいとはボクは思ってないけどね」

 

「……?」

 

「何故かって? だって、そう言われてもキミは戸惑うだけだからさ」

 

 仮に戻りたいと思うのなら、自分を利用するための企みの気配が少しでも目に宿るはず。

 しかし、こう言われてもそのポケモンの目には何一つその気配が今も無い。あるのは困惑の色だけだ。

 この事から、戻るつもりがないのが分かる。なので、Nはちょっと安心していたりする。

 

「話は戻して――キミには選択肢がある。それはしっかりと考えて選ぶべきだ」

 

 自分にとって最善なのは、このポケモンが自分と共に歩むこと。しかし、自分の最善がこのポケモンの最善とは限らない。だからこそ、Nはゆっくりと考えるようにと言ったのだ。

 

「……」

 

 そのポケモンは少し考える。Nの協力が有れば、四つ以外の選択も出てくる。例えば、元いた地で野生に帰る。彼以外のトレーナーと共に進むなど。

 しかし、その二つや他にもあるだろう選択肢をじっくりと考えた上で、そのポケモンは選ばなかった。

 野生に帰る。即ち、故郷に戻る選択肢に関しては、じっくりと考えた事で出てきた懐かしさから他の何の魅力も感じなかった選択肢と違って唯一想いがあった。

 しかし、それ以上に――この青年と歩んでみたい。彼が果たそうとする道筋、果たされた後の先を見てみたい。そんな気持ちに満たされていた。

 だからこそ、考え抜いた上でそのポケモンは選んだ。Nと歩み、彼の理想の障害の矛から守る盾となる選択肢を。そして、それを彼に確かな意志で伝えた。

 

「本当に良いのかい?」

 

「……」

 

 しっかりと頷く。その瞳には、己で決めた強い意志の光以外、不純物は欠片も無かった。

 

「――分かった。よろしくね」

 

 Nは手を差し出し、そのポケモンは手を掴む。こうして、Nはロケット団のそのポケモンを四体目の仲間にしたのだ。

 新たな仲間に、Nはまた一つ自分の理想への道を歩めた様に感じていた。

 

「ゾロゾロ、ゾロロ」

 

「カブカブ、カーブブ」

 

「ブブイ、ブ~イ」

 

 ゾロア、ポカブ、イーブイもまた、新しく仲間になった彼に喜んでいた。

 

「そうそう。離れたかったら何時でもそうしてくれ。それも君の自由だからね」

 

 共にいる中で、衝突も有るだろう。その中で彼が自分と離れる選択肢を選んでも、Nは受け入れるつもりだ。

 

「……」

 

 大きいなと、そのポケモンは微笑む。全てを受け入れるかのような器と、その中でも己を貫く意志。言い過ぎかもしれないが、まるで英雄の様だ。

 

「……」

 

 だから、最初にそのポケモンはNにあることを頼む。自分以外のロケット団のポケモンの保護だ。

 一部は望んで来たかもしれないが、大半は無理矢理だろう。それらのポケモン達を助けて欲しかった。

 

「勿論。多くのポケモン達の為。それがボクの理想だからね」

 

 だから、仲間になってくれた彼の頼みは喜んで聞くつもりだ。

 

「さて、後は……」

 

「……?」

 

 これで自分は彼の仲間になった。なのに、まだ何か問題があるのだろうか。

 

「うん。キミを連れて行くに当たって、一つだけ問題があるんだ。キミはこの地方の野生のポケモンと衝突してないかい?」

 

「……」

 

 確かにとそのポケモンは頷く。仲間を守り、食料を得るために何度も野生のポケモンと戦っていた。

 

「だから、キミを出したままだと野生のポケモン達とぶつかってしまう可能性が高いんだ」

 

「……」

 

 そのポケモンはなるほどと納得したが、同時に疑問も抱く。自分が出ていると不味いのなら、モンスターボールから出さなければ良いだけのはず。それを聞くと。

 

「ボクは基本モンスターボールを使わないんだ。対等な関係でいたいからね」

 

「……」

 

 理由を聞き、そのポケモンは悩む。だとすれば、自分を出さないのはNにとって嫌だろう。

 

「――イヤ、これもまたボクに課せられた試練の一つか」

 

 ならば、乗り越えなければならない。英雄になるためにも。

 

「さぁ、行こう」

 

 大丈夫なのか、とポケモンは言わなかった。いや、その必要性を感じなかったのだ。

 それに何かあろうとも、自分が盾として全力で彼や仲間達を守る。そう決意したのだ。

 

「……」

 

 そのポケモンはコクンと頷く。ロケット団に所属していた彼は、真実と向き合う事で新たな仲間と共に新しい道を歩み出した。

 

 

 

 

 

「キバゴ、ひっかく攻撃!」

 

「ズルッグ、かわせ!」

 

「キバキバキバーーーッ!」

 

「ルッグルッグルッグ!」

 

 キバゴが爪の連撃を放つも、ズルッグは一つ一つ確実にかわしていく。

 

「にらみつける!」

 

「――ルッグ!」

 

「キバッ!」

 

 そして、サトシが見計らったタイミングに合わせて強く睨む。

 

「ずつき!」

 

「ルグ!」

 

「キバッ!」

 

 そこから更にずつき。防御が下がった状態で食らい、キバゴはそれなりのダメージを受ける。

 

「う~、相変わらず押されるわね~。だったら……りゅうのいかり!」

 

「なら、こっちはきあいだまだ!」

 

「キーバー……!」

 

「ズールー……!」

 

 キバゴは竜の力を腹に、ズルッグは闘気を両手の間に溜めていく。

 

「今よ、発射!」

 

「ゴーーーッ!」

 

「ズルッグ、きあいだまをりゅうのいかりの上から叩き付けろ!」

 

「ルッグ!」

 

 放れた竜の力に、ズルッグはまだ顔より一回り小さいサイズの闘気の球を、ありったけの力を込めて降り下ろしてぶつける。

 攻撃の軌道を変えようとしたサトシだが、まだきあいだまの威力が低いため、完成が近いりゅうのいかりには勝てなかった。

 結果、きあいだまは爆発し、ズルッグは激突で威力が低下したりゅうのいかりを食らって軽く吹き飛ぶ。

 

「大丈夫か、ズルッグ?」

 

「――ルッグ!」

 

 体勢を立て直し、サトシに問題ないとズルッグは向く。

 

「よし。さて、やっぱりきあいだまはまだ無理があるか……」

 

 格闘タイプの技の中でも、かなりの威力の技だ。生まれてからそんなに経っていないズルッグではまだ難しいだろう。

 

「なら、もう一度ずつき!」

 

「キバゴ、しっかりかわすのよ!」

 

「ルグ、ルッグ!」

 

「キバ! キバ!」

 

 再びのずつき。それをキバゴは先程のズルッグみたいに、とまでは行かないが、何とかかわしていく。

 

「――にらみつける!」

 

「ルッグゥ!」

 

「キババ!?」

 

「ずつき!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「キバーーーッ!」

 

「あぁ、キバゴ!」

 

 ずつきの合間ににらみつけるを組み込み、また防御を下げつつ動きを鈍らせ、そこでずつきを命中させた。

 

「うん、中々良い技のマリアージュだね。さて、アイリスはどうするかな?」

 

「キバゴ、立てる?」

 

「キバ!」

 

「よし! キバゴ偉い!」

 

 ダメージはかなりあるが、それでもキバゴは頑張って立つ。そんなキバゴを褒めるアイリスだが、心の中ではどう攻めれば良いか悩んでいた。

 

(げきりんはダメだし……)

 

 今使える技の中では最強の技だが、完全に習得した訳でもない上に混乱になる反動もある。とてもだが使えない。

 

「――グリム……!」

 

「なんだ?」

 

 アイリスがどう攻めるかを悩んでいると、呻き声と共に茂みが揺れた。次の瞬間、その茂みから炎が発射される。

 サトシ達が咄嗟にかわすと、茂みからあるポケモンが出てきた。赤く硬そうな頭、青い身体や翼、黄土色の腹、顔と同じ色の突起が幾つもあるポケモンだ。

 

「クリムガンだ~!」

 

「クリムガン……」

 

『クリムガン、洞穴ポケモン。日光を翼で受けて身体を温める。顔の皮膚は岩より硬い』

 

「タイプはドラゴン! 力強くてカッコよくて最高なのよね~!」

 

 ドラゴンタイプが好きなアイリスは、クリムガンを見れて嬉しそうだ。

 

「クリムーーーッ!」

 

「なんか、やけに興奮してないか?」

 

「あぁ、好戦的なのか、別の理由で気が荒くなっているのか……」

 

「ちょっと待って、って事は……」

 

 ロケット団のポケモンが関係しているのでは。サトシ達は真っ先にそう考えた。

 

「クリー……!」

 

「あれはきあいだま!」

 

「ルッグ!?」

 

 ズルッグと同じ、闘気を球にして発射する技を使うクリムガン。しかも、ズルッグよりも早く技を発動していた。完成版であるのが分かる。

 

「ピカチュウ、アイアンテールで弾け!」

 

「――リガ!」

 

「ピカ!」

 

 尾を鋼化させ、きあいだまを横から叩く。闘気の球は軌道をずらされ、地面に落下した。

 

「どうする?」

 

「とにかく、何とかして落ち着かせて――」

 

「クリムガン!」

 

 クリムガンを止めようとしたサトシ達だが、その前に茶色のショートの女性が出てきた。

 

「ここにいたのね。探してたのよ」

 

「クリ……リガ!」

 

「クリムガン!?」

 

 どうやら、女性はトレーナーのようだが、クリムガンは表情を歪めると何かに耐えかねないように走り出した。

 

「あれは……?」

 

 その際、クリムガンの左足に硬質の糸が巻き付いているのをアイリスは見た。

 

「クリムガン、どこに行くの!?」

 

「行きましょ!」

 

「あぁ!」

 

 女性がクリムガンを追い掛け、アイリス達も続く。しばらく走ると、最初にアイリス沢山の洞穴がある場所に到着。その一つに注目する。

 

「アイリス!」

 

「ピカピカ!」

 

「わたしのクリムガンはどこに!?」

 

「し~」

 

 女性を含めたサトシ達が到着するも、アイリスは大声を出さないようにし~と伝える。

 

「キバゴ、あそこ。呼んできて」

 

「キバ。キバキバ」

 

 キバゴは頷き、一番上にある洞穴に入り込む。

 

「キババ!」

 

「リガーーーッ!」

 

 キバゴが入った数秒後、先ずはキバゴ。その次にクリムガンが洞穴から大声で叫びながら出てきた。

 

「キバババ!」

 

「――リガ!」

 

 キバゴがアイリスの髪の中に入ると、洞穴から出てきたクリムガンが飛んでサトシ達の前に着地する。

 

「ガーーーッ!」

 

「クリムガン」

 

「アイリス、迂闊に前に出るのは危ない!」

 

「あたしに任せて。クリムガン――」

 

「リガーーーッ!」

 

 アイリスが話し掛けるも、クリムガンは大声でまた叫ぶ。

 

「アイリス――」

 

「大丈夫だってば。今楽にしてあげるね」

 

 アイリスは屈むと、クリムガンの左足に巻き付いている鉄線の縄を外す。

 

「先ずはこれを外して……。デント、きずぐすりくれる?」

 

「分かった」

 

 縄を外してもらい、次に巻き付いていた左足にきずぐすりを吹き掛けると、クリムガンは表情を緩めていく。

 

「クリムガンがあぁなった原因はこれみたい」

 

「ワイヤー? どうしてこんな物が……? それにいつ巻き付いたのかしら? この子が大好物のベリブを採りにいった時……? それか誰かが何らかの目的のために――あっ」

 

 蔓とかなら未しも、これは人工の物。落ちていたのが偶々巻き付いたのか、或いは人為的なのかと女性もアイリス達も考えるも、女性がアイリス達を見てハッと気付く。まだ自分は彼等に自己紹介も挨拶もしてないと。

 

「どうもありがとう。わたし、エミーって言います」

 

「どういたしまして! あたし、アイリス。こっちはキバゴ。よろしくね」

 

「キバキバ!」

 

「俺はサトシ。こっちは相棒のピカチュウ」

 

「ピカピカ」

 

「僕はデント。ポケモンソムリエです」

 

 女性、エミーから自己紹介され、アイリス達も自己紹介を済ませる。

 

「アイリスちゃんとサトシくんにデントくんね。……あれ?」

 

 その内の名前の一つに、エミーは反応する。

 

「サトシ……それにピカチュウ……。もしかして、ヒウンシティでゼクロムと共に活躍した理想の英雄!?」

 

「え、いや……」

 

 理想の英雄。ヒウンシティでそう呼ばれ、今ここでもエミーに呼ばれてサトシは何とも言えない様子になる。

 

「違うんですか?」

 

「その、違うと言われたらそうじゃないけど……」

 

「やっぱり本物! こんな所で会えるなんて! あの、わたしまだトレーナーになったばかりで出来ればコツを――」

 

「あ、あの!」

 

「は、はい?」

 

 新人のため、教えを請おうとしたエミーだが、サトシに強く話し掛けられて一旦止まる。

 

「そう言われたりはしましたけど、俺はあくまで、一人のトレーナーなんだ。だから、そう接してほしいんだ」

 

「サトシはあまり、そう言われるのが好きじゃなくてね。出来れば、彼の言う通りにしてほしい」

 

「お願いします」

 

「あっ、わかりました。いえ、わかったわ」

 

 三人にそう言われ、エミーは敬語や敬う態度を止める。

 

「それにしても、アイリスちゃんはよくクリムガンの居場所が分かったわね」

 

「クリムガンは太陽の光がないと身体が冷えて動けなくなるの。あの洞窟、太陽の光が射し込んでるから、隠れるならあそこと思ってたの」

 

 動けなくなるのを回避しつつ、身を隠すにはあそこしかないとアイリスは居場所が分かったのだ。

 

「よく知ってるなー」

 

 それに、クリムガンの名前を図鑑で出す前から言っていた。つまり、アイリスは事前に知っていた事になる。

 

「当然よ~。あたしは竜の里で育ったんだもん」

 

「それって、アイリスが前に言ってた場所だよな?」

 

「そう、あたしの古里」

 

 そう話し合う彼女達を、見下ろす影があった。

 

「特製のワイヤーが千切られたな。あれ貴重だったのに……」

 

 それはロケット団の三人組。ワイヤーは彼等の仕業だった。新しい拠点に移動する最中にクリムガンを見付け、捕らえようと仕掛けたのだ。結果は失敗だが。

 ちなみに、安定した資金がないのでコジロウは特製ワイヤーの破損に渋い顔だ。

 

「それだけのパワーの持ち主って事よ。尚更ゲットする価値が出てきたわー。サカキ様も喜ばれるわよ」

 

「そこにジャリボーイのピカチュウもゲットすれば……」

 

「良い感じー」

 

「ソーーナン、ス……!」

 

「アンタは目立つから出てくるんじゃないわよ」

 

 気分を上げる三人組だが、その際に出てきたソーナンスを押し込めた。

 

「にしてもさ、さっきジャリボーイ、理想の英雄とか言われてなかったか?」

 

「英雄ねー。まぁ、ちょっと似合わないわねー」

 

「確かににゃー」

 

 今までサトシを見てきたロケット団としては、理想の英雄と言われることに違和感を感じた様だ。

 これは実績からではなく、個人を見てである。三人組からすると、サトシはあくまでポケモン好きのトレーナーで自分達の宿敵。それ以上の認識を抱けないのだ。

 

「まっ、とにかくピカチュウやクリムガンゲットに向けて頑張るわよー」

 

「おー!」

 

「ソー……ナン、ス……」

 

「だから、黙ってなさい」

 

 意気込むロケット団だが、またソーナンスが出てきそうになったので押し込んだ。

 

 

 

 

 

「確か、竜の里ってドラゴンタイプが沢山いるのんびりした場所だったよな?」

 

 一方のサトシ達は、近くの場所で竜の里について話していた。

 

「うん。皆、ポケモンと仲が良くって……中でもスゴいのがドラゴンマスターなんだ~!」

 

「ドラゴンマスター?」

 

「確か、ドラゴンタイプと心を通わせ、その力を最大限に活かすトレーナーの事だよね?」

 

 ある程度は予想出来るが、やはりそう言う称号の様だ。

 

「へー、じゃあ、ワタルさんやイブキさん、ゲンジさんはドラゴンマスターなのかな?」

 

 ふとサトシは思った。三人はドラゴンタイプの専門家だ。全員、その称号を持っていてもおかしくなさそうだが。

 

「……なんか、今スゴい人の名前ばかり出てきた気がするんだけど。その三人って……」

 

「ワタルさんはカントーのチャンピオン。イブキさんはジョウトのジムリーダー。ゲンジさんはホウエンの四天王」

 

「……サトシ、その三人に会ったことがあるのかい?」

 

「あぁ」

 

 チャンピオン、ジムリーダー、四天王。何れも大物だ。しかもそれぞれ異なる地方なのだから、相当な旅をしてきたのがよく分かる。

 

「まぁ、戦った事があるのはイブキさんとゲンジさんで、勝ったのはイブキさんの方だけ。ゲンジさんには負けたけどな」

 

 ただ、イブキとのバトルもかなり苦戦した上での勝利だが。

 

「ス、スゴいわね……。は、話は戻して、その三人みたいなスゴいドラゴン使い、ドラゴンマスターがあたしの夢――いや、目標なんだ~」

 

 まぁ、ドリュウズとはまだ仲直り出来てないから遠いけど。と微かに呟き、サトシとデントは苦笑い。ちなみにエミーには聞こえていない。

 

「それでドラゴンタイプに詳しいんだ。……ねぇ、もし良かったらクリムガンについてもっと教えてくれないかな? さっきも言ったけど、わたしはトレーナーデビューしたばかりで新人なの……」

 

「新人? じゃあ、そのクリムガンは……?」

 

「パパに交換してもらったの。初めてでそれもドラゴンタイプだから、もう少し馴染めたら旅に出ようと思ってるんだけど……中々決心が着かなくて」

 

「そうだったのか……」

 

「分かった! あたしに出来る事なら何でもするわ!」

 

「本当!? ありがとう!」

 

 エミーの事情を知り、アイリスは彼女に協力する事にした。

 

「クリムガンと馴染むなら……そうね、先ずはバトルするのが良いと思うわ」

 

「バトル?」

 

「そう。やったことは?」

 

「ううん、クリムガンとはまだ一度も……」

 

「なら、理解を深める良い機会になるんじゃないかな? 後は相手だけど……」

 

「俺としないか?」

 

「サ、サトシくんと?」

 

 サトシとバトルと言われ、エミーは戸惑う。何せ、相手はゼクロムに選ばれたトレーナー。新人の自分では、勝負にもならないのではと考えても仕方ない。

 

「だったら、どっちかが勝つまでじゃなくて、ある程度やったら終わりにしないか?」

 

「うん。それぐらいで良いかもね」

 

「エミー、その形式ならどう?」

 

「それなら……」

 

「じゃあ、決まり!」

 

 こうして、エミーの練習が始まることになった。

 

「じゃあ、行くぞ。ズルッグ、君に決めた!」

 

「――ルッグ!」

 

「ズルッグ? 他のポケモンだと思ったんだけど……」

 

 アイリスはサトシがズルッグを出したことに予想外だと感じた様だが、デントはその意図に気付いた。

 

「ルッグー……!」

 

「リ、リガ?」

 

「あ、あれ? 何か、すごく睨まれてるような……」

 

 出てきたズルッグは、クリムガンに対抗心剥き出しの眼差しを向けていた。

 

「あぁ、クリムガンが完成してるきあいだまを使ったから、それでだと思う。ズルッグ、まだ完成してないからさ」

 

「もしかして、クリムガンがきあいだまを使えるからズルッグを出したの?」

 

「そっ」

 

 それに、キバゴ以外の多くのポケモンとのバトルを経験させたい。その二つの理由から、サトシはズルッグにしたのだ。

 

「さぁ、始めようぜ。そっちからどうぞ」

 

「じゃあ。クリムガン、きあいだま!」

 

「クリー……ガッ!」

 

「ズルッグ、進みながらかわせ!」

 

「ルッグ! ――ルグ!」

 

 クリムガンが放つ闘気の球を、ズルッグは前進しつつ回避する。

 

「にらみつける! からのずつき!」

 

「ルグ! ルッグーーーッ!」

 

「リム!? ガーーーッ!」

 

 懐に入り込み、鋭い眼差しで睨み上げて防御を下げ、怯ませるとズルッグは頭突きを腹に叩き込む。

 無防備かつ、防御が低下した状態なので、少なからずのクリムガンはダメージを受けた。

 

 

「クリムガン!」

 

「落ち着いて! クリムガンは硬いから簡単には倒れないわ。こっちも攻撃よ!」

 

「えぇ、クリムガン、ドラゴンクロー!」

 

「リガッ!」

 

「ズルッグ、回避に専念!」

 

「ルッグ! ルググ!」

 

 反撃にクリムガンは接近し、竜の力を込めた爪を振り回す。ズルッグはその一撃一撃を集中して避けていく。

 

「もう一度にらみつける!」

 

「ルッグ!」

 

「リガ……!」

 

「ずつき!」

 

「ガーーーッ!」

 

 再度、にらみつけるからのずつきのコンボをクリムガンに叩き込むズルッグ。

 

「ガッ……!?」

 

 それを受け、クリムガンは動きが止まる。怯みの追加効果が出たのだ。

 

「ズルッグ、きあいだま! しっかりと貯めるんだ!」

 

「ルググー……!」

 

 ズルッグは少し前に出した両手の間に、闘気を球の形にしていく。その速さはクリムガンよりは遅いが、朝の時よりも速い。

 

「――よし、直接叩き込め!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

 そろそろ怯みがなくなる頃と判断したサトシは、まだ未完成のきあいだまを放つのではなく、直接当てるように指示。

 

「リガガーーーッ!」

 

 ズルッグはその通りにきあいだまをクリムガンに命中させ、少なからずのダメージを与えた。

 

「ルッグ、ルッグ……!」

 

「少し疲れてるな……。まだ行けるか?」

 

 負けず嫌いの気迫の影響からきあいだまが早くなったが、その判明、体力を少し多めに消耗した様だ。ズルッグの息が荒い。

 

「うぅ、押されてる……」

 

「エミー、凹まないでバトルに集中!」

 

「あ、うん! クリムガン、かえんほうしゃ!」

 

「リー……ガーーーッ!」

 

「ズルッグ、かわせ!」

 

「ルッグ……!」

 

 迫る炎を、ズルッグは少し重くなった身体を動かしてしっかりかわす。

 

「もう一度、きあいだま!」

 

「こっちもきあいだま!」

 

「ズルー……!」

 

「クリーム……ガーーーッ!」

 

「グーーーッ!」

 

 きあいだまをズルッグ、クリムガンが順に発動。そして、先に貯め終わったクリムガンが放ち、次にチャージが完了したズルッグも発射。

 二つの球がズルッグの近くで衝突し、結果はクリムガンのきあいだまが打ち勝ったが、その瞬間にズルッグが尻餅を着き、当たらなかった。

 

「ル、ルッグ……! ルッグ……!」

 

「ここまでで良いか?」

 

「うん、これぐらいで良いと思う。エミーもそれで良いかい?」

 

「えぇ」

 

「じゃあ、終わり」

 

 ズルッグの疲れ具合から、試合はここまでと切り上げる。

 

「ズルッグ、ご苦労さま。キツかったけど、良い経験にはなったろ?」

 

「ルッグ……」

 

 コクンとズルッグは頷く。凄く疲れはしたし、クリムガンは倒せなかったが、キバゴ以外のバトル経験を体験し、命中精度は甘いが、きあいだまの完成度が高まったのを実感していた。

 

「ゆっくり休んでくれ」

 

「ルグ……」

 

 サトシは笑うズルッグを労い、モンスターボールに戻してゆっくりと休めた。

 

「どうだった?」

 

「まだまだって感じ。けど、良い経験になったわ」

 

 エミーは少しだけだが、クリムガンの事が分かった気がした。

 

「後はバトルをして経験を重ねてね。ドラゴンタイプと呼吸を合わせるのは大変だけど、辛抱強くしっかりと信頼関係を結めば大丈夫」

 

 仲直り出来ていない自分が言える台詞ではないが、その気持ちを抑えてアイリスは助言する。

 

「アドバイス、ありがとう」

 

「このクリムガン、さっきの試合では三つしか技を使ってなかったけど、それで全部かい?」

 

「ううん、今は三つだけ」

 

「今は三つだけ……。でも何か後一つ技を覚えれば――」

 

「バトルの幅も広がるぜ」

 

 使える手が多ければ、その分様々な戦法が行える。勿論、技の精度も大切だが、ある方が良い。

 

「後何か一つか……。頑張って覚えて見よっか、クリムガン」

 

「クリム」

 

 アイリスやサトシから言われ、もう一つ何らかの技を覚えて見ようとエミーとクリムガンは考えてみた。

 

「――ホイッとな」

 

「ん? なんだ――」

 

 突如、四角形の機械的な何かが自分達の近くに放り投げれた。

 サトシ達がそれを怪訝な表情で見下ろすと、次の瞬間何かからエネルギー状のリングが出現。ピカチュウ、キバゴ、クリムガン以外を纏めて縛ってしまう。

 

「更にホイッと」

 

「ピカ!?」

 

「キバ!?」

 

「リガ!?」

 

 続けて同じ四角だが、細部が違う別の何かがサトシ達に近寄る三匹の付近に転がされ、今度はエネルギーが網状に放出。ピカチュウ達を包み込んだ。

 

「な、なにこれ!?」

 

 アイリスの言葉を一度繰り返しつつ男女が台詞を足し、次に長々しい口上を出す。

 

「ロ、ロケット団? それって確か、指名手配されてる……」

 

「そうよ! いきなり出てきて、人のポケモンを奪う悪党よ!」

 

「いきなりじゃないさ。俺達は今朝から狙っていたんだよ」

 

「今朝……? まさか、クリムガンに絡まっていたワイヤーは!」

 

 今の話から、デントはクリムガンの足に絡み付いてワイヤーはロケット団のだと推理する。

 

「大正解。アタシ達がやったのよ。まぁ、あの時は引き千切られて逃げられちゃったけど」

 

「だから、今度はクリムガン以外にもピカチュウも頂くという訳にゃ!」

 

「そんな勝手な事を!」

 

「好きに言ってなさい。行くわよ」

 

「おう!」

 

 ロケット団が後ろに飛ぶと、彼等が乗ったニャースの顔の形の気球が飛び立つ。

 そして、下からワイヤーが発射されるとピカチュウ達を捕らえる装置と連結。巻き上げて引き寄せた。

 

「さらば!」

 

 三匹を引き寄せると、ロケット団は気球のブースターで去り出した。

 

「皆を助けないと!」

 

「けど、これのせいで動けない……!」

 

「――ミジュマル!」

 

「ミジュマ!」

 

 サトシが呼び掛けると、モンスターボールからミジュマルが出てきた。

 

「シェルブレードでこれを切ってくれ!」

 

「ミジュ! ミジュー……マーーーッ!」

 

 ミジュマルはシェルブレードでリングを切る。しかし、水の刃は弾かれてしまった。

 

「ミジュ!?」

 

「堅い!」

 

「拘束具だけあって、強度は高いか……! だったら、リングを出している装置を直接切断するんだ!」

 

「ミジュマル、装置の方を狙え!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

 装置に切りかかるミジュマル。本体にもそれなりの強度があったが、数回切り付けると耐久力が限界を迎え、装置は破損。リングは消えてサトシ達は自由を取り戻す。

 

「ハトーボー!」

 

「ハトー!」

 

「ロケット団を追ってくれ!」

 

「ハト!」

 

「よし、僕達も行こう!」

 

「えぇ!」

 

 ハトーボーに追跡を頼むと仲間を取り戻すべく、サトシ達は走り出す。

 また彼等同様、ある一匹のポケモンがロケット団に接近していた。複数のポケモンに追われながら。

 

 

 

 

 

 

「上手く行ったわねー」

 

「後は、一旦手頃な場所に着陸して、夜になってから行こうか」

 

「にゃー達、目立つからにゃー」

 

 元々指名手配され、警察から追われていたが、この前のヒウンシティの一件で更に追跡や監視は厳しくなっていた。

 昼間から気球を長時間使うのは、見付けてくれと言っている様な物だ。

 

「ピー……!」

 

「おっと、下手に電撃は使わない様にな」

 

「電気対策はしてるし、耐久力もある。何より、キバゴやクリムガンに当たるわよー?」

 

「感電しちゃうにゃ」

 

「カ……!」

 

 やはり、電気対策はされているようだ。ピカチュウは苦い表情になる。

 

「キバー……」

 

「リガ……」

 

 キバゴとクリムガンも足掻こうとはしたが、不安定な姿勢な事や、巻き添えも考えて出来なかった。

 

「さて、もう少し進んで――」

 

「――フォン!」

 

「ん? 声?」

 

 何かの鳴き声がし、ロケット団が振り向く。すると、一匹のポケモンがそこにいた。

 

「モルフォンだにゃ」

 

「フォン!」

 

 それは薄みがかった紫色の蛾毒蛾ポケモン、モルフォンだった。

 

「他の地方のポケモンって事は……」

 

「アンタ、ロケット団のポケモン?」

 

「フォフォン!」

 

 ムサシの問いかけに、モルフォンは頷く。

 

「にしても、よく見付けれたな」

 

「フォン、フォフォン」

 

「『気球にロケット団のマークがあったから直ぐに分かった』って言ってるにゃ」

 

「あぁ、なるほどね」

 

 確かに気球にはロケット団のRマークがある。ロケット団ならこれを見れば、直ぐに自分達が同じ組織の一員だと分かるだろう。

 

「じゃあ、モルフォン。アンタはこれから――」

 

「フォン、フォンフォン!」

 

「『それより、直ぐにここから移動した方が良い』。どういう事にゃ?」

 

 モルフォンに自分達と行動を共にするようにと言おうとしたが、その前にモルフォンがここから去るべきと話す。

 モルフォンがその事を速やかに話そうとしたが――直後、気球が揺れた。

 

「な、何、今の!?」

 

「誰かに攻撃された!?」

 

「フォン……!」

 

 もう来たのかとモルフォンが呟き、そちらを向く。ロケット団やピカチュウ達もそちらを見ると、野生のハーデリアとヨーテリーが険しい表情で見上げていた。

 

「な、なんでいきなり攻撃してきたのにゃ!?」

 

「わ、分かんないわよ!」

 

「とりあえず、何とか――」

 

「ハーーーッ!」

 

「テリーーーッ!」

 

 ハーデリアとヨーテリー達が、めざめるパワーを発射。ロケット団は急いで対応しようとしたが、その前に光球が気球に直撃。

 

「うっそっだーーーっ!」

 

「ソーーーナンスッ!」

 

 予想外の一撃により、ロケット団は何故か出てきたソーナンスと共に叫びながら吹っ飛んで行った。

 

「ピカッ!」

 

「キバッ!」

 

「リガッ!」

 

 そして、ピカチュウ達も落下。その際の衝突で装置が破損、網が消えて三匹も自由を取り戻す。

 

「キバキバ、キバキ?」

 

「ピカカ、ピカピカ」

 

「クリム、リガリガ」

 

 キバゴがこれからどうするのかを聞き、ピカチュウがサトシ達と合流を提案。クリムガンを頷く。

 

「フォ、ン……!」

 

「……ピカ?」

 

 三匹はサトシ達の元に戻ろうとするが、その時ピカチュウにその声が聞こえた。そちらに向かうと、そこにはモルフォンが倒れていた。

 

「ピカ……!?」

 

「フォン……!?」

 

 ピカチュウはモルフォンに驚き、モルフォンもまたピカチュウに驚いていた。

 

「ピカ、ピカピ?」

 

「……!」

 

 ロケット団のポケモンかと言われ、モルフォンは身構え、ピカチュウは今の態度で確信した。

 

「フォ、ン……! ――フォンッ!」

 

 逃げようとしたモルフォンだが、めざめるパワーや今までのダメージでまともには動けずにいた。

 

「ピッカ、ピピカ」

 

「……リガ」

 

「フォン……!?」

 

 ピカチュウの頼みを聞き入れ、クリムガンはモルフォンを背中に乗せる。

 

「ピカ」

 

「キバ」

 

「リガ」

 

「……」

 

 さぁ、向かおうとモルフォンを含めて三匹はサトシ達の所に行こうとする。

 

「――ハーーーッ!」

 

「――ヨーーーッ!」

 

「ピカ!?」

 

「キバ!?」

 

「リガ!?」

 

「フォン……!」

 

 そこに大量の光球がピカチュウ達の周りの炸裂し、土煙が巻き起こる。

 

「ハー……!」

 

「ヨー……!」

 

「ピカ……!」

 

 周りを囲む敵意に満ちたハーデリアとヨーテリー達に、ピカチュウとキバゴは直ぐに理解した。

 このポケモン達も、ロケット団のポケモン達に脅かされたのだと。そして、狙いはモルフォン。

 

「ハー、デリリア」

 

 ハーデリアはピカチュウ達にこう告げる。自分達の狙いはその背中にいるモルフォン。お前達ではない。だから、モルフォンを差し出せと。

 モルフォンを追う最中、三匹が網で捕らえられた様を見ていたので、彼等は敵でないと判断したのだ。

 

「……」

 

「……フォン」

 

 見渡しながら警戒する三匹に、モルフォンはここで下ろせと言う。仲間ならともかく、無関係な相手を巻き込むのはよしとしない。

 

「ピカピー!」

 

「キバ!」

 

「リガ!」

 

「……ハー!」

 

「ヨヨーーーッ!」

 

 しかし、ピカチュウ達はモルフォンを担いだまま走り出す。

 そんな彼等に、疑問を抱きながらもピカチュウ達を敵と判断したハーデリアとヨーテリーの追撃のめざめるパワーが放たれるも、それを技で相殺、或いは回避しつつ逃げ出した。

 

「フォン! フォフォン!」

 

「ピカピカ、ピッカー!」

 

 何をしてる、下ろせと再度言うモルフォン。しかし、ピカチュウは傷付いているやつを見逃せないと却下。キバゴやクリムガンも似た気持ちの様だ。

 三匹はモルフォンを加え、ハーデリアとヨーテリー達からの逃走しつつ、サトシ達への合流を目指す。

 

「痛た……! 何なのよ、もう……!」

 

 ピカチュウ達から少し離れた場所では、同じく墜落したロケット団がいきなり攻撃された事に戸惑いつつ、痛む頭や背、尻などを抑えていた。

 

「ピカチュウ達はどこだ?」

 

「近くにはいないみたいにゃ」

 

「探すわよ! ジャリボーイ達と合流する前に捕まえるのよ!」

 

「おう!」

 

 サトシ達と合流すれば、それだけで厄介になる。その前に捕らえるべきだと、ロケット団はピカチュウ達を探す。

 

 

 

 

 

「ロケット団、何処に行った……?」

 

 ロケット団の気球を探すサトシ達だが、ハーデリアやヨーテリー達に撃墜された事を知らないため、見失っていた。

 

「見失ったって関係ないわ。クリムガンはわたしの大切な友達! 必ず助けるわ!」

 

「俺もだ!」

 

「あたしもよ!」

 

 走りながら、アイリスはキバゴを預かり、竜の里を旅立つ時に言っていたおばばの言葉を思い出す。

 キバゴと共に数多くのトレーナー、ポケモンに出会いが自分達の成長の糧となる。

 楽しく、悲しく、嬉しく、辛い。そんな様々な出来事がこの先に待っているが、それらをキバゴや仲間と共に乗り越えた時こそ、初めてドラゴンマスターへの道が開かれると。

 

(乗り越えるんだ……! 皆と一緒に!)

 

 キバゴだけでなく、今はまだ仲直りしていないドリュウズ、ゲットされたばかりのエモンガ。皆と共に乗り越える。そんな意志と共に、少女は走る。

 

「ヨーーーッ!」

 

「ヨヨーーーッ!」

 

「ヨヨヨーーーッ!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

「キ~……バ~~~ッ!」

 

「クー……リガーーーッ!」

 

 大量の光球を、ピカチュウとキバゴ、クリムガンの電気と竜の力、炎が打ち消す。

 

「ヨーーーッ!」

 

「ヨヨーーーッ!」

 

「ピカ……!」

 

「キバッ!」

 

「リガ……ッ!」

 

「フォン……!」

 

 しかし、次の光球が発射される。直撃はしないが、余波でピカチュウ達は怯む。

 

「ピカピ……!」

 

 不利過ぎる。数は向こうの方が多い上、こちらはキバゴやモルフォンを庇いながら対応しなければならない。

 そのせいで何とかサトシ達と合流しようにも、先回りされて行こうとした進路を変更されてしまい、逆に離れる始末だ。

 

「……フォン」

 

 モルフォンが再度、ピカチュウ達に自分を降ろせと告げる。自分が彼等の敵ではないと言えば、ハーデリアやヨーテリーも追わないはずだ。

 

「ピカピ!」

 

 しかし、ピカチュウは断った。ここで見捨てれば、その後モルフォンがどうなるかは簡単に想像が付く。相手が敵であろうが、そんなことは望まない。

 

「ピカ!」

 

「キババ!」

 

「リガ!」

 

 ピカチュウの指示を聞き、一瞬の間にアイアンテールで土煙を巻き上げ、ヨーテリー達の目を眩ませる。その隙に、ピカチュウ達はまた走り出す。サトシ達の元に戻るために。

 

 

 

 

 

「ハトー」

 

「ハトーボー、どうだった?」

 

「ボー……」

 

「見付からなかったようだね……」

 

「あぁ……」

 

 気球は無い上、三匹はヨーテリーやハーデリアの追跡により、場所はロケット団が進んだ方角から大きく外れていた。そのせいで発見出来なかったのだ。

 

「何処に行ったんだ……?」

 

「気球も見当たらないし……」

 

「バラバラになって捜すのは?」

 

「――待って。あたしに任せて」

 

 どうするかかを悩むサトシ達に、アイリスが自分に任せてほしいと言うと、近くの木に登ってから目を閉じる。

 

「……」

 

「アイリス? 何を?」

 

「何かに集中してるみたいだけど……?」

 

 集中していると分かり、サトシ達はしばらく静かになる。

 

「……」

 

 一方、アイリスは強く集中。全神経を尖らせて、その気配を手繰っていく。

 

「……感じた! あっち!」

 

 気配を感じ取り、アイリスは指でその方向を指すと降りて走り出す。

 

「えっ、あっち? でも、ロケット団が向かった方角とは違うような……」

 

「多分、アイリスは感じたんだ。キバゴやクリムガンの気配を。行ってみよう。ハトーボー、もう一度頼む!」

 

「ハトー!」

 

 サトシはハトーボーに再度捜索に出し、アイリスを追う。

 

「ど、どうするの?」

 

「手がかりはない。ここはアイリスを信じてこっちを行こう」

 

「じゃ、じゃあ」

 

 アイリスの直感を信じ、デントやエミーもそちらの方向を進む。

 

「ヨーーーッ!」

 

「ピッカーーーッ!」

 

「リーガーーーッ!」

 

 もう幾度にもなるめざめるパワーを、また電気や炎で相殺。しかし、ピカチュウやクリムガンは荒い呼吸で肩を上下していた。逃走や迎撃で疲労が蓄積していたのだ。

 

「ハー……」

 

 多数の影がピカチュウ達の周りを包囲する。ボスのハーデリアが手下と共に来たのだ。

 

「ハーーーッ!」

 

「ヨーーーッ!」

 

「――フォン!」

 

 全方向から、めざめるパワー。かわしきれないとピカチュウ達が思ったその時、クリムガンの背にいるモルフォンが羽を振るう。

 銀色に輝く風が周囲に放たれ、めざめるパワーの軌道をずらし、余波は受けるが直撃は阻止した。

 

「ピカ……」

 

「……フォン」

 

 守られるばかりは性根に合わない。ある程度回復もしたため、自分の尻拭いは自分でやるとモルフォンがクリムガンの背から離れる。

 しかし、モルフォンが加わっても数はハーデリア達の方が上。やはり分が悪い。ピカチュウがどうするかと悩むと、風がハーデリア達を襲う。

 

「ハー……!?」

 

 何だとハーデリアが周りを見ると、ハトーボーがいた。

 

「ハト!」

 

「ピカ!」

 

「ハトーハトー!」

 

 ハトーボーは風でハーデリア達の注意を自分に向けさせると、高く飛んでぐるぐる回りながら叫ぶ。

 

「――キバゴ!」

 

「キバキ!」

 

 ハーデリア達がハトーボーに気を取られている間に、アイリスが真っ先に到着。その次にサトシ、デントやエミーも来た。

 

「ピカチュウ、大丈夫か!?」

 

「クリムガン、怪我はない!?」

 

「ピカ!」

 

「リガ!」

 

 再会し、サトシ達は喜び合う。

 

「サトシ、このポケモン……」

 

「モルフォンだ……」

 

 モルフォンを見て、サトシ達は一瞬でロケット団のポケモンだと分かる。そして、モルフォンはエミー以外のサトシ達を複雑な表情で見ていた。

 

「僕達を見てる……。もしかして、アイリスに向かおうとしてたモルフォン?」

 

「……」

 

 コクリとモルフォンは頷く。このモルフォンはあの時、オニドリル、ストライク、レアコイル、スピアー、スターミーと共に出てきたのと同個体だった。

 

「まさか、ここでまた会うなんて……」

 

「驚きのテイストだけど……今はそれに浸る余裕は無さそうだ」

 

「だな……」

 

 敵意剥き出しのハーデリア、ヨーテリー達。先ずはこれを対処しなければならない。

 サトシ達は何時でも対応出来るよう身構え、ハーデリア達は何時攻撃するかを見計らっていた。

 そんな均衡がしばらく続くと――また網がサトシ達と、今度はハーデリア達にも迫る。

 

「また網!?」

 

「避けろ!」

 

「ハー!?」

 

「ヨー!?」

 

 再度の為、サトシ達は素早く反応して避けれたが、完全に不意を突かれたハーデリア達は掛かってしまう。またその際、モルフォンがサトシ達から離れていた。

 

「ちっ、避けられたわ」

 

「捕まえれたのは、ハーデリアとヨーテリーか」

 

「だったら、ピカチュウ達は力強くでにゃ!」

 

「ロケット団!」

 

 網を掛けたのはやはり、ロケット団だ。

 

「行きなさい、ハブネーク、メガヤンマ、コロモリ!」

 

「お前達もだ、マネネ、マスキッパ、デスマス!」

 

「ハーーーブッ!」

 

「ヤヤン!」

 

「モモリ!」

 

「マ~ネネ!」

 

「キッパ!」

 

「デスマース!」

 

 敵であるサトシ達を倒すべく、ムサシとコジロウが手持ちを繰り出す。

 

「キッパーーーッ!」

 

「どわぁああぁ! マスキッパ、あっちだー!」

 

 が、コジロウはまた出したマスキッパに噛み付かれており、その様にサトシ達やムサシやニャースも何とも言えない様子だった。

 

「――よっと! マスキッパ、タネマシンガン! マネネ、サイケこうせん! デスマス、シャドーボール!」

 

「ハブネーク、ヘドロばくだん! メガヤンマ、げんしのちから! コロモリ、エアスラッシュ!」

 

「キパパパッ!」

 

「マネ~~~ッ!」

 

「デースマッ!」

 

「ハーーーッ!」

 

「ヤン……ヤン!」

 

「モリモリ!」

 

 コジロウがマスキッパを離したのを切欠に、一斉攻撃が放たれる。

 

「ピカチュウ、エレキボール! ハトーボー、かまいたち!」

 

「クリムガン、きあいだま!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

「ハトーーーーッ!」

 

「リー……ガーーーッ!」

 

 電気の球、風の刃、闘気の球が放たれるも、六匹分の攻撃は止めきれず、サトシ達はかなりの余波を受ける。

 

「ドリュウズ、行って!」

 

「マイヴィンテージ、ヤナップ!」

 

「……リュズ」

 

「ナップ!」

 

 攻防で出来た一瞬の間を狙い、アイリスとデントもまたポケモンを出す。

 

「どろかけ!」

 

「タネマシンガン!」

 

「リュ、ズッ!」

 

「ナププププッ!」

 

「かわせ!」

 

 ドリュウズは泥、ヤナップは種を放つも、ロケット団のポケモン達はそれをかわす。

 

「モルフォン、アンタも参加しなさい」

 

「……フォン」

 

 本格的なバトルになり、ムサシは参戦を呼び掛けるも、モルフォンは頭を左右に振る。つまり、戦わないという事だ。

 

「お、おい、なんでだよ?」

 

「フォン。フォフォン」

 

「『こいつらは守ってもらった借りがある。だから、援護は出来ない』って言ってるにゃ」

 

 ピカチュウ達に助けられたモルフォンとしては、戦うことは出来なかった。

 

「義理堅いわねー。……アタシ達と戦う気はあんの?」

 

「フォン」

 

「ないそうだにゃ」

 

「援護はしないが、敵対もしないって事だな」

 

 どちらにも協力しないと知り、互いに少し安心した様だ。

 

 

「だったら! クリムガン、かえんほうしゃ!」

 

「クリムー……ガッ!」

 

「ソーナンス、やっちゃいなさい!」

 

「――ソーーーナンス!」

 

「ミラーコート!」

 

 モルフォンを度外視し、クリムガンがかえんほうしゃを放つ。その直後、ソーナンスが前に出て、様々な色の壁を展開。炎を反射した。

 

「きゃあっ!?」

 

「――リガッ!」

 

「クリムガン!」

 

 反射された炎がエミーに迫るも、クリムガンが庇う。

 

「クリムガン、わたしを庇って……。大丈夫?」

 

「リガ」

 

 何でもないと、クリムガンはエミーに笑いかける。

 

「あ~、もう! あのポケモン厄介ね~!」

 

「だけど、ミラーコートが反射出来るのは特殊技だけ! 技を選べば問題はない!」

 

 攻撃を反射するソーナンスにアイリスは苦い表情だが、デントは直ぐに対応策を出す。

 

「ヤナップ、がんせきふうじ!」

 

「待て、デント! ソーナンスは――」

 

「ナップーーーッ!」

 

「ソーナンス、もう一回やっちゃいなさい!」

 

「ソーーナンス!」

 

 対策に物理技で攻撃するデント。サトシが慌てて止めるも、間に合わない。岩石がソーナンスに命中するも、直後に岩石が跳ね返され、サトシ達に襲う。

 

「くっ!」

 

「きゃああっ!」

 

「物理技も跳ね返した!?」

 

「これはカウンター!?」

 

「デント、ソーナンスはカウンターもミラーコートも使えるんだ!」

 

「それで……!」

 

 ソーナンスが反射に特化したポケモンと教えてもらい、デントは己の失策を悟る。知らないポケモンだからと言って、迂回に攻撃するべきではなかった。

 

「そーよ、ソーナンスは何でも跳ね返しちゃうのよ」

 

「隙はないのさ!」

 

「そうとは限らないぜ! クルミル!」

 

「クルル!」

 

「いとをはく!」

 

「クルルーーーッ!」

 

「ソ、ソーーナンスゥ!?」

 

 サトシはクルミルを繰り出し、糸でソーナンスを拘束する。

 

「物理技でも特殊技でもない、いとをはくはカウンターでもミラーコートでも反射出来ないだろ!」

 

 二つの技は、あくまで攻撃技しか反射出来ない。つまり、いとをはくのような補助技に対しては無力なのだ。

 

「ちょっ、アンタ直ぐに対処するんじゃないわよ!」

 

「これで反射はもう出来ないぜ!」

 

「だったら、攻撃に集中するだけだ! マネネ、サイケこうせん! マスキッパ、つるのムチ! デスマス、おにび!」

 

「ハブネーク、ポイズンテール! メガヤンマ、つばさでうつ! コロモリ、めざめるパワー!」

 

 ロケット団は反射を捨て、攻撃に専念する。

 

「かわせ!」

 

「ドリュウズ、ポイズンテールを受け止めて!」

 

「はっ、簡単に受け止めれるわけ――」

 

「リュズ!」

 

「嘘ぉ!?」

 

 他のポケモン達がかわす中、ハブネークの毒の尾をドリュウズは受け止める。

 

「残念でした! ドリュウズは鋼タイプがあるのよ! 毒タイプの技は効かないわ!」

 

 先程アイリスとデントがソーナンスを知らないのでそうなったように、今度はドリュウズを知らないロケット団が意表を突かれた。

 

「ドリュウズ、そのままドリルライナー! キバゴ、ソーナンスにりゅうのいかり!」

 

「ドリュ……ウズーーーッ!」

 

「ピカチュウ、デスマスに10まんボルト! ハトーボー、マスキッパにつばめがえし! クルミル、マネネにはっぱカッター!」

 

「ヤナップ、がんせきふうじ! 狙いはあのメガヤンマと呼ばれたポケモンだ!」

 

「クリムガン、コロモリにかえんほうしゃ!」

 

 そして、その一瞬の隙をサトシ達は突く。

 

「ドリュ、ウズーーーッ!」

 

「キ~、バ~~~ッ!」

 

「ピーカ、チューーーッ!」

 

「ハトー……ボーーーーッ!」

 

「クルルルルーーーッ!」

 

「ヤー……ナップ!」

 

 七つの攻撃が放たれ、ロケット団のポケモン達にダメージを与える。

 

「ちょっ、これやば……!」

 

「リムー……!」

 

「クリムガン?」

 

 危機感を抱くロケット団。そこに、クリムガンが身体に力を溜め――それを一気に解放する。

 

「ガーーーーーッ!!」

 

「りゅうのはどう!」

 

「うわぁああぁーーーっ!?」

 

 放たれたのは、龍の形を模した巨大なエネルギー。それがまるで生きているかのようにロケット団を襲い、更なるダメージを与えた。

 

「クリムガン、りゅうのはどうを覚えたのか!」

 

 エミーへの想いが引金になったのか、クリムガンはりゅうのはどうを習得した。

 

「キバ!」

 

「キバゴ?」

 

「キバキバ、キバキ!」

 

 そんなクリムガンに刺激を受けたのか、キバゴがアイリスに訴えかける。

 

「分かったわ! キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「キ~バ……ゴ~~~~~ッ!!」

 

 昂る気持ちを込めつつ、今までの練習の経験で以て、キバゴは力を溜めると先程のクリムガンのように一気に解放。

 

「う、うわぁ……!」

 

 今までと違う、強力な龍のエネルギーが発射され、ロケット団に止めの一撃を与えた。

 

「あー、途中までは上手く行ってたのにー!」

 

「やっぱ、簡単には上手く行かないって事かー」

 

「まぁ、失敗したもんは仕方ないにゃ。次、頑張るにゃ」

 

「って訳でー、せーの……やなかんじーーーっ!」

 

「ソーーナンス!」

 

「マ~ネネ~~~」

 

 前まで出していた何時もの台詞と共に、ロケット団は空の彼方へと消えていった。

 

「よし、ロケット団は倒した! 後は――」

 

「ハーデリア達とモルフォンだね。ハーデリア達の方から、網を外して説得しよう」

 

 サトシ達は網を出す装置を破壊し、ハーデリア達を自由にする。

 

「ハーデリア、ヨーテリー。モルフォンは俺達に任せてくれないか?」

 

「君達の怒りは分かるけど、どうか頼む」

 

「……ハー」

 

 ハーデリアは暫し逡巡した後、渋々ながらも頷いた。助けられた借りを無下にするほど、薄情ではないつもりだ。

 

「デリ」

 

「……ヨー」

 

 ボスのハーデリアが納得しては、自分達も引き下がるしかない。ハーデリアが去るぞと言うと、ヨーテリー達は彼と共にそこから走り去って行った。

 

「ハーデリア達はこれで大丈夫ね」

 

「残りはあのモルフォンってポケモンだけど……」

 

「……」

 

 ハーデリア達の件も片付き、残るはモルフォンだけだ。と言っても、どうするかは一つしかない。

 

「モルフォン、お前を保護するけど、良いか?」

 

「……フォン」

 

 どうぞと、モルフォンは受け入れた。去ろうとしても、地形もほとんど分からないので無意味だ。

 モルフォンの許可を貰い、サトシはモンスターボールを投げる。モルフォンは大人しくボールに入り、保護は完了した。

 

「これでこっちも良し」

 

 やっと、事態が完全に一段落し、サトシ達は一安心。

 

「にしても、やっと完全なりゅうのいかりが使えるようになったな」

 

「うん。やったね、キバゴ!」

 

「キバキバ~!」

 

 完全なりゅうのいかりに、アイリスとキバゴははしゃいでいた。

 

「今までの熟成により、パワフルでソウルフルなテイストが醸し出されたね。見事なりゅうのいかりだったよ」

 

 漸くの完成に、付き合ってきたデントもサトシも喜んでいた。

 

「クリムガンのりゅうのはどうも凄かったぜ」

 

「ありがとう。わたし、決めたわ! クリムガンと一緒に旅をする!」

 

「リガ!」

 

 今回の一件を切欠に、エミーは旅の決心を固めた様だ。クリムガンも嬉しそうに笑う。

 

「あたし達も頑張らなきゃ! ドラゴンマスターを目指して!」

 

「俺も、何時かはポケモンマスターになって見せる!」

 

 それぞれの決意を固めるサトシ達。そんな彼等の旅は続き、始まって行く。

 



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ミジュマルの大ピンチ

「……ふぅ、疲れたね」

 

「ゾロ……」

 

「カブブ……」

 

「ブ~イ~……」

 

 手頃な樹に凭れ、N達が疲れた身体を休めていた。一人と四匹になったN一行だが、新たな仲間であるそのポケモン。

 そのポケモンの頼みを聞き、助けた他のポケモン達を狙い、さっきまで次々と襲撃。その説得や逃走で色々と疲れたのである。

 

「……」

 

「謝らなくていいよ。これはボクが選んだ道。寧ろ、ボクの方が謝るべきだ。――済まない」

 

 自分の存在がN達に迷惑を掛けてしまったとそのポケモンは謝るも、Nは自分こそ謝るべきと仲間に告げる。

 確かに切欠は彼だが、自分がモンスターボールに入れないで出したままの選択をし、また多くのポケモン達を保護したからこそ、こうして野生のポケモン達に襲われる結果になったのだ。非は自分にある。

 

「……楽観的だったね」

 

 誠心誠意謝り、説得すれば大丈夫だとは思っていた。いや、実際に説得は成功はしているが、その代償に少なからずのダメージを自分もゾロア達も受けてしまっていた。

 

「声が聞けても、聞く気が無ければ意味がない、だったね」

 

 デントと会った日、彼との会話でそう言っていた事をNは思い出す。今までの説得は余地があった為に成功はしたが、上手く行かなければ正にそうなっていた。

 

「……自惚れていた、かな」

 

 声が聞ければ、問題は直ぐに解決出来る。説得も簡単に進む。そんな傲りが心のどこかにあったのかも知れない。

 ポケモン達の声を聞けようとも、意志疎通は上手く行きやすくなる。たったそれだけだというのに。自分の浅はかさにNは溜め息を吐く。

 言葉だけでなく、行動でも示し、相手にしっかりと伝える。それこそが最も大切なのだと、昨日から今日まででNは理解させられた。

 ただ同時に、説得や解り合う事の困難さや大切さも知って良い経験になり、保護も出来たのでNは少し複雑な心境だったりする。

 

「彼等はゆっくりしてるかい?」

 

「……」

 

 Nの問いかけにそのポケモンは頷く。保護した彼等は全員ダメージを受けていたが、手当や木の実である程度回復していた。

 

「それは良かった」

 

 体調に問題なさそうでNは微笑むも、次に表情を引き締める。

 

(これからどうするかを考えないとね)

 

 保護したポケモン達は決まっている。自分の組織、それも自分が信頼出来る彼等に預ける。

 彼が保護してほしいと頼んだ以上、自分の場所で預かるのが筋。それは曲げてはならない。

 

(……ただ、それまでどうするかだね)

 

 このまま、彼や保護したポケモン達をモンスターボールに入れないまま連れて行くか否か。

 安全を考えれば、モンスターボールに入れるべきだ。野生のポケモン達との余計な衝突を避けれる。

 しかしその場合、彼に窮屈な想いをさせるし、自分の信条を変えねばならない。

 何より、プラズマ団の王の立場を考えると出来ないのが一番厄介だ。

 それにそもそも、モンスターボールを持っていない自分ではこれを選ぶ事が出来ないのだが。

 

「……はぁ」

 

「ゾロ?」

 

 自分の信条、選択、立場が仲間を騒動に巻き込む。それが辛く、また溜め息が溢れた。そんなNに一番長く一緒にいるゾロアが大丈夫?と語り掛ける。

 

「大丈夫。心配しないで」

 

 Nはゾロアに優しく微笑み、撫でる。そんな彼にゾロアはムッとすると無言で肩に乗り、前足をポンと額に当てる。

 

「ゾロゾロ、ゾローロ」

 

 ゾロアはNに告げる。一人で抱え込むな。自分達がいる。仲間がいる。だから、皆で乗り越えようと。

 

「ゾロア……」

 

「ポカカ」

 

「ブ~イ!」

 

「ポカブ、イーブイ……」

 

 ポカブとイーブイもまた、そうだ、うんと頷く。自分達は仲間だ。辛い時に助け合うのは当然だ。

 

「……」

 

 そのポケモンも無言で頷く。自分が現状の原因であることもあり、彼等を必ず守るという強い意志を抱いていた。

 

「ありがとう、皆。じゃあ、皆でこの壁を乗り越えよう」

 

 一人ではなく、皆で。Nのその言葉に、ゾロア達は笑顔を向ける。

 

「さぁ、行こうか」

 

 今の話し合いで、体はある程度休まった。N達は身体を起こし、保護したポケモンを連れて次の街に向かって歩き出す。

 また一歩、自分の理想へと進むため、多くの真実を知るため、ポケモン達のため、青年は仲間達と共に。

 

 

 

 

 

「はい。お預かりしたポケモン達は皆元気になりましたよー」

 

「ありがとうございます!」

 

 早朝。近くにあるポケモンセンターに到着したため、手持ちの回復をしてもらったサトシ達。

 

「それと、このポケモン、モルフォンを預かってもらえますか?」

 

「――フォン」

 

 サトシはモンスターボールからモルフォンを出し、ジョーイに見せる。

 

「見たことないポケモン。もしかして、ロケット団の?」

 

「はい」

 

「分かりました。責任持ってお送りします」

 

 ジョーイはモルフォンが入ったモンスターボールを預かった。この後、一日決まった時間で使うサブサーバーを経由し、担当する街に送るのだ。

 

「モルフォン、元気でな」

 

「ピカピ」

 

「ボランティアはちゃんと頑張るのよ~」

 

「キバキバ~」

 

「ジムリーダーとはしっかりと向き合ってね」

 

「フォン」

 

 三人と二匹の言葉に、しっかりとモルフォンは頷く。

 

「じゃあ、ベストウイッシュ。良き旅を」

 

「フォフォン」

 

 ジョーイとモルフォンからお別れの言葉を聞き、サトシ達はポケモンセンターを後にした。

 

「ねぇ、あのモルフォンは誰の所で預かる事になるの?」

 

「モルフォンのタイプは、確か虫と毒だよね?」

「あぁ、そうだよ」

 

「となると、虫タイプの専門家のアーティさんか――彼女のどちらかかな」

 

「彼女?」

 

 つまり、その人物は女性。会った事があるイッシュのジムリーダーで該当するのは、アロエとカミツレ、フウロとホミカの四人。

 しかし、アロエはノーマルタイプの専門家。つまり、彼女以外の三人になる。

 

「聞くかい?」

 

「いや、楽しみにしておくよ」

 

 気になる点ではあるが、デントの言う彼女がどんな人物なのかはその時までの楽しみにする事にした。

 

「分かった。じゃあ、行こうか」

 

「おう!」

 

「えぇ!」

 

 やることも終え、サトシ達は旅を再開した。

 

 

 

 

 

「俺はケニヤン! 今年旅を始めたばかりの新人トレーナーだけど、やる気は満々! なぁ、俺とバトルしないか? 使う数はお互いに二体だ」

 

「もちろん受けるぜ、ケニヤン!」

 

 ポケモンセンターから出て二時間程歩くと、そこでサトシは赤みがかった茶髪のトレーナー、ケニヤンからバトルを申し込まれる。

 バトル好きなサトシがその提案を拒否するわけもなく、二人のバトルが始まろうとしていた。

 

「ん? アクセントが違うけど……まぁ、良いか。よーし、シママ、出てこいやあ!」

 

「シママー!」

 

 サトシが自分の名前を呼ぶ時のアクセントが違うものの、本人は特に気にすることなくポケモンを繰り出す。

 四足歩行のポケモンで、薄い黒い身体に白色の鬣や模様が特徴だ。

 

「あれは……」

 

『シママ、帯電ポケモン。鬣で雷をキャッチして、電気を貯める。放電すると、鬣が光る』

 

 説明から、サトシはシママが電気タイプだと知る。

 

「電気タイプのシママが相手なら、草タイプがあるツタージャかクルミルが相性的に良いわね」

 

「でも、電気タイプだからと言って、電気技ばかり使うとは限らない。油断は禁物だね」

 

「さてと、今回は誰に――」

 

「ミジュー」

 

「ミジュマル?」

 

 誰を出そうかと悩むと、ミジュマルが出てきた。

 

「ミジュミジュ。ミジュマ」

 

「お前が戦いたいのか?」

 

「ミージュ」

 

 胸を張ってポンポンと叩く様子から、戦いたいのかと聞くとミジュマルは頷く。

 

「もしかして、ヒウンジム戦で出れなかった分、頑張りたいとか?」

 

「ミジュジュ!」

 

 その通りと、ミジュマルは頷く。近い時期で仲間になり、実力も近いハトーボーやポカブが活躍した分、ここで頑張りたいのだ。

 

「わかったわかった。じゃあ、今回はミジュマル、君に決めた」

 

「ミジュマ!」

 

 サトシに許可を出され、よーしとミジュマルは張り切る。

 

「電気タイプのシママに、水タイプのミジュマル……。俺達のこと、甘く見てるのか?」

 

「シマー……」

 

「いや、ミジュマルが戦いたいって言ったから決めたんだ。それと、バトルはタイプだけで決まるもんじゃないぜ?」

 

「ミジュ!」

 

 相性不利だろうが、確かな自信を見せるサトシとミジュマルに、ケニヤンとシママは自分達を軽く見ている訳ではないと理解する。

 

「なら、行くぜ! シママ、でんげきは!」

 

「シマー……マーーーッ!」

 

「ミジュマル、ホタチでガード!」

 

「ミジュ! マッ!」

 

 鬣から放たれた電撃を、ミジュマルはホタチで防ぐ。

 

「ホタチで防いだ!?」

 

「シマ!?」

 

 効果抜群の技を弾かれ、ケニヤンとシママは呆気を取られる。

 

「ホタチでしっかりとガードしてる」

 

「これは彼も意表を突かれただろうね」

 

「どうだ、ケニヤン?」

 

「だから、ちょっとアクセントが……。まぁ、良いや。それはともかく……なるほどな。これが自信の秘密って訳か」

 

 あんな防御があるなら、タイプが有利でも簡単には勝てない。それをケニヤンもシママも悟る。

 

「自信はこれだけじゃないぜ?」

 

「面白え! だったらこれだ! ニトロチャージ!」

 

「シマシマシマ……シマーーーッ!」

 

「真正面から受けて立つ! アクアジェット!」

 

「ミジュー……マーーーッ!」

 

 水と炎の突撃がぶつかり合う。結果、タイプの相性アクアジェットがニトロチャージを打ち破り、シママにダメージを与える。

 

「シマーーーッ!」

 

「くっ、真正面から不利か……! だけど、速さは上がっているぜ! とっしん!」

 

「シマッ! シママーーーッ!」

 

「かわせ、ミジュマル!」

 

「ミジュマッ!」

 

 上がった速さを活かし、シママは突進を開始。ミジュマルはその突進を軽やかにかわす。

 

「シママ、もう一度とっしん!」

 

「ミジュマル、シェルブレード! 惹き付けてから――回転!」

 

「シママ――」

 

「ミジュ、マッ!」

 

「シマッ!」

 

 ミジュマルは再度のとっしんをある程度惹き付け、回転しながら水の刃で擦れ違いざまに切り付ける。

 その一撃にシママは体勢を足が崩れ、とっしんの勢いもあって滑った。

 

「まだ行けるか、シママ?」

 

「――シマ!」

 

「よし! にしても、あのホタチ厄介だなー……そうだ!」

 

 攻防一体のホタチ。あれをどうにかしないと負けると理解したケニヤンはあることを閃いた。

 

「シママ、でんげきはだ!」

 

「シマー……マーーーッ!」

 

「ミジュマル、またホタチでガード!」

 

「ミジュ!」

 

 再度のでんげきはを、ミジュマルはまたホタチでガードする。

 

「今だ、近付いてにどげり! ホタチを狙え!」

 

「シマ! シママッ!」

 

「ミジュマル、全力でガード!」

 

「ミジュ!」

 

 ホタチを狙って放たれた後ろ蹴りを、ミジュマルは全力で防御。

 

「ミジュ!?」

 

「ああっ!?」

 

 全力と全力がぶつかった結果、その力の衝突の勢いにより、すっぽ抜けたホタチは何と遥か彼方へと飛んで行ってしまう。

 

「ミジューーーッ!?」

 

「あっ、ミジュマル!」

 

 自分の大切なホタチが飛んでいき、ミジュマルはバトルを放って探しに行ってしまう。

 

「わ、悪ぃ、そこまで飛ばすつもりは無かったんだ」

 

「シマ……」

 

 少しの間、ミジュマルの手元から落とそうとしたのだが、あんなに飛ぶのはケニヤンも想定外だった。シママも申し訳なさそうだ。

 

「えーと……ごめん、このバトルは預けて良いか?」

 

「あー、良いぜ。明日改めてな」

 

「ありがとう! ミジュマルー!」

 

「僕達も探しに行くから、失礼するよ」

 

「じゃあね」

 

 バトルは明日に回すことになり、サトシ達はホタチを探しにミジュマルを追う。

 

「――せっかく、お前との初バトルが出来ると思ったのになぁ」

 

 サトシ達を見送った後、ケニヤンは一つのモンスターボールを取り出し、そう呟く。

 この中には、サトシとのバトルで出る二体目のあるポケモンが入っていた。

 

「まぁ良いや。明日のバトルに向けて特訓するか。どこか良い場所があると助かるんだけど」

 

 明日に向けて、ケニヤンは特訓をすることにした。

 

 

 

 

 

「ミジュミジュ、ミジュジュ。――ミジュ?」

 

 一方、ホタチを無くしてしまったミジュマル。長草を掻き分けて探すも中々見つからず、何か光る物があったので手に取るも、瓶の蓋だった。それをポイと捨てる。

 

「ミジュー……」

 

「おーい、ミジュマルー。どうだ? 見付かったか?」

 

「ミジュジュ……」

 

 落ち込むミジュマルにサトシが合流。ホタチは見付かったか聞かれるも、ミジュマルはぶんぶんと顔を振る。

 

「そっか。じゃあ、一緒に探そうぜ。皆とな。――出てこい!」

 

「ボー!」

 

「ポカ!」

 

「タジャ」

 

「ルッグ!」

 

「クルル!」

 

「皆、ミジュマルのホタチが無くなってしまったんだ。一緒に探してくれないか?」

 

 サトシに言われ、五匹はミジュマルを見る。確かに何時はあるホタチが無い。

 

「ミジュジュ……」

 

「ボーボー」

 

「ポカカ」

 

「タージャ」

 

「ルググ」

 

「クルクル」

 

 

「ミジュ!」

 

 ミジュマルからも頼まれ、五匹とサトシとピカチュウは仲間の為にホタチを探す。そんな彼等に、ミジュマルは笑顔を浮かべた。

 

「俺とミジュマル、ピカチュウ、ズルッグはこの辺りを探すから、残りの皆は周りを頼むな」

 

 と言うわけで、サトシ達全員でホタチを捜索開始。

 

「うーん、中々見付からないな……」

 

「ピカピカ……」

 

「ミジュジュ……」

 

「ルッグルッグ……」

 

「おーい、ハトーボー、ポカブ、ツタージャ、クルミル。そっちはどうだ?」

 

 周りの四匹にも聞くが、見付かっていない様だ。

 

「あっ、ホタチか?」

 

「ピカ?」

 

「ルッグ?」

 

「ミジュ!」

 

 今度こそホタチと、光るそれをお腹に付けるミジュマル。

 

「ミジュミジュー」

 

「バチュバチュ……!」

 

「……ミジュ?」

 

 しかし、それから鳴き声がした。ミジュマルがん?と見下ろすと、付けたのはホタチではなかった。

 黄色のかなり小さい身体の四足のポケモンが静電気を発生させながら、睨んだ表情で見上げている。

 

「バチューーーッ!」

 

「ミジューーーッ!」

 

「な、なんだ? いや、とにかくピカチュウ、外すんだ! 軽めのアイアンテール!」

 

「ピー……カッ!」

 

 黄色いポケモンは電気を発生させ、ミジュマルは効果抜群のダメージに悶えながら走る。

 とにかく、ミジュマルから離さなければならない。ピカチュウに頼んで、ミジュマルとそのポケモンを離す。

 

「あのポケモンは……」

 

『バチュル、くっつきポケモン。身体の大きなポケモンに取り付いて静電気を吸い取り、蓄電袋に貯める』

 

「バチュルっていうのか。あっ」

 

 図鑑で調べた直後、バチュルはサトシ達に背を向けて去って行った。

 

「ボー?」

 

「ポーカ?」

 

「タジャジャ?」

 

「クルル?」

 

 その直後、先程のミジュマルの悲鳴を聞き付け、四匹が近付いて来た。サトシが説明すると、なるほどと納得する。

 

「ミジュー……」

 

「元気出せよ、ミジュマル。さっ、また皆でホタチ探そうぜ」

 

 ピカチュウ達もそれぞれの態度でそうそうと頷き、ミジュマルは嬉しさからまた笑顔になる。

 

「おーい、サトシー。ホタチは見付かったかーい?」

 

 そこにデント達も合流。ホタチが見付かったを聞くも、サトシはまだと返した。

 

「見付からないとなると、ミジュマルはホタチが無いまま戦うことになるね……」

 

「ミジュ……」

 

 自分の最大の武器であるホタチがないまま戦うことに、ミジュマルはかなり不安の様だ。

 

「だったら、あたしに任せなさい! ちょっと待っててね!」

 

「ミジュ……?」

 

 とりあえず待つと、アイリスがあるものを持って来た。

 

「これならどう? このイアの実を使って見て! きっと上手く行くわ!」

 

「確かに逆に持つとホタチっぽいね……」

 

 アイリスが用意したのは、イアの実だった。少し大きく、薄い黄色と赤色の酸味が特徴の木の実だ。

 

「ミジュ! ミジュ!」

 

 ミジュマルが試しに持って振るうも、今一分からない。

 

「ミジュマル、ピカチュウの技で使い勝手を試して見るか?」

 

「ミジュ」

 

 と言うわけで、早速テストを開始した。

 

「ピカチュウ、先ずはでんきショックだ!」

 

「ピー……カッ!」

 

「ミジュ!」

 

 大技の10まんボルトではなく、小技のでんきショックで耐久力と使い勝手をテスト。

 電気が放たれ、ミジュマルはイアの実で受け止める。すると、でんきショックが弾かれた。

 

 

「おっ、意外と何とか――」

 

「ミジュ!?」

 

 なりそうと思いきや、直後に電気で焼けたイアの実に亀裂が走り、割れてしまった。

 

「ダメか……」

 

「良いアイデアだと思ったんだけど……」

 

「イアの実じゃ、強度が足りなかったか……」

 

 次いでに、焼けたイアの実をかじると酸味がまろやかになっており、美味だったとのこと。

 

「次はなににする?」

 

「僕のクロッシュはどうだい? 毎日丁寧に磨いているから、一級品だよ」

 

「……いや、それ電気通さないか?」

 

「金属だしね」

 

「……だよね」

 

 次はデントのクロッシュを手渡されるも、金属製なので電気が通るのは目に見えている。即座に却下になった。

 

「となると……よし。イシズマイ、出てきてくれ」

 

「イマイ!」

 

「何をするんだ?」

 

「簡単さ。イシズマイ、岩からホタチを作ってくれ」

 

「イママイ!」

 

 イシズマイは家を作る時の作業を応用し、近くにある岩を削って岩のホタチを作っていく。

 

「これならどうだい? 材質は岩だから電気は通さないし、強度もある」

 

「ただ、でかいな……」

 

 本来のホタチはミジュマルの耳程度のサイズなのだが、イシズマイが作った岩のホタチは縦の長さだけでもミジュマルと同じ。横幅に至っては完全に上回っていた。

 

「小さいとどうしても強度がね……。まぁ、とりあえず試して見ないかい?」

 

「そうするよ。ミジュマル、これでやって見ようぜ」

 

「ミジュ!」

 

 と言うわけで、岩のホタチで再度挑戦。

 

「ピカチュウ、でんきショック!」

 

「ピー……カッ!」

 

「ミジュ……! マッ!」

 

 かなり重い岩のホタチを、ミジュマルは全身の力で持ち上げてガード。岩のホタチはでんきショックを見事に弾く。

 

「おっ、強度は全く――」

 

「ミジュ……マッ!」

 

 強度は問題無しだが、大きさのせいで重量が有りすぎてしまい、ミジュマルは岩のホタチに押し潰されてしまった。

 

「ダメか……」

 

「ミジュー……」

 

 一旦休憩にし、サトシはミジュマルを樹の影で休ませる。

 

「うーん、やっぱり自分のホタチじゃないとダメか……」

 

「て言うか、ホタチに頼っているからダメなんじゃないの?」

 

「ホタチに頼ってるって……ミジュマル自身だって、十分強いぞ」

 

「確かにね」

 

 たいあたり、アクアジェット、みずてっぽう、しおみず。ホタチ無しでもミジュマルは十分に戦えるだけの技や能力がある。

 

「よし。ミジュマル」

 

「ミジュ?」

 

「特訓だ。今回はお前自身の強さを磨こうぜ」

 

 今までの勝利はホタチが無くては有り得なかったとは言わないが、重要な要素だったのは確か。その為に純粋な強さが足りなかった事も考えられる。

 今回はそのホタチが無いため、ピンチではあるが、足りなかった自身の強さを磨くチャンスでもある。

 

「ミジュ……」

 

 自分にとって、ホタチは常に共にあった最大の武器。それが無い。ミジュマルが出来るだろうかと悩んでも仕方ない。

 

「ミジュマル」

 

「ミ、ミジュ?」

 

「お前なら出来るって俺は信じてる」

 

 それは何の根拠のない発言ではない。今まで共に戦って来て、勝利も敗北も経験したからこそ、サトシはそう断言したのだ。

 

「ピカピカ、ピカピ」

 

「ボーボー、ハトトー」

 

「ポカカ、カブ」

 

「タージャジャ」

 

「……ルッグ」

 

「クルル、クルクル」

 

 そして、ピカチュウ達もミジュマルを大丈夫、行けると応援していた。今まで一緒に頑張って来た仲間なのだから。

 

「ほら、皆もそう思ってる。だから、頑張ろうぜ」

 

「――ミジュ!」

 

 サトシと仲間達に応援され、ミジュマルはやる気を見せた。

 

「じゃあ、早速特訓――の前に。デント、岩のホタチを後六つ用意してくれないか? 一つは小さ目に」

 

「――あぁなるほど。分かった、直ぐに用意するよ。イシズマイ、頼むよ」

 

「イママイ!」

 

 サトシが何の目的で用意してほしいのかを理解し、デントはイシズマイに頼む。

 イシズマイは急いで岩のホタチを六つ用意。全て作った頃には、結構疲れた様だ。

 

「イママイ……」

 

「ありがとな、イシズマイ。皆、頑張ろうな!」

 

「ピカピ!」

 

「ボー!」

 

「ポカ!

 

「タージャ」

 

「ルッグ!」

 

「クルル!」

 

 サトシはミジュマルだけでなく、ピカチュウ達とも特訓する気だった。だから、岩のホタチを六つも用意してもらったのだ。

 

「皆で特訓する気なんだ」

 

「全員で特訓するのは連帯感を養えるし、競争心を刺激出来る。悪くない判断だよ」

 

「さぁ、始めようぜ!」

 

 サトシ達は特訓を開始。ポケモンは岩のホタチを、サトシは適当な岩石を担ぎて歩いたり、スクワットや腕立てをこなしていく。

 ちなみに、腕がないハトーボーは引っ張って飛んだりしており、子供のズルッグは軽めの岩のホタチで行なっている。

 

「しおみず!」

 

「ミジュー……マーーーッ!」

 

 基礎訓練だけでなく、まだ未完成の技の練習も行なう。ミジュマルはしおみず。

 

「ポカブ、ねっぷう! ハトーボー、かまいたち! ズルッグ、きあいだま!」

 

 ポカブはねっぷう。ハトーボーはかまいたち。ズルッグはきあいだまを放つ。

 

「ポカー……ブーーーッ!」

 

「ハトー……ボーーーーッ!」

 

「ズー……ルー……グーーーッ!」

 

 ポカブとハトーボーは少し時間を掛けて熱風と風刃を、ズルッグは十数秒後に闘気の球を放つ。

 

「ピカー……チュ!」

 

「ター……ジャ!」

 

「クルルーーーッ!」

 

 ピカチュウ、ツタージャ、クルミルも技の精度を高めるべく、練習を行なっていく。

 

「ポカブ、たいあたり!」

 

「ポカ!」

 

「ミジュマル、たいあたり!」

 

「ミジュ!」

 

 次は実戦に近い形式での特訓。先ずはポカブが相手になり、たいあたりを放つ。

 ポカブのたいあたりをかわした直後に、ミジュマルもたいあたり。しかし、それもかわされた。

 

「ミジュマル、もっとしっかりと見てから狙うんだ!」

 

「ミジュジュ!」

 

 ポカブのたいあたりをかわしながら、反撃のたいあたりを仕掛けていくミジュマル。

 

「ミジュ!」

 

「ポカ!」

 

 中々当たらないものの、続けていく内に一瞬を見切って命中させる。

 

「交代! ハトーボー、頼む」

 

「ハトッ」

 

 ある程度を行なうと、ハトーボーに代わる。

 

「ハトーボー、でんこうせっか!」

 

「ボーーーッ!」

 

「ミジュマル、アクアジェット!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

 空中で動き回るハトーボーを、ミジュマルが追い掛ける。しかし、空中での動きのキレは鳥ポケモンのハトーボーの方が一枚も二枚も上手。突撃しても、次々とかわされてしまう。

 

「ミジュマル、さっきも言ったけど、しっかりと見てやるんだ!」

 

「ミジュ!」

 

 常に動いている突撃中の為、難易度はさっきよりも高いが、そんな中でもミジュマルはハトーボーの動きを見て、軌道を変えて攻撃していく。

 

「ミジュマッ!」

 

「ハトッ!」

 

 そして数十秒後、直撃こそはしなかったが、漸く命中。少ないが確かなダメージを与えた。

 

「次はツタージャ!」

 

「タジャ」

 

 

 また交代し、次はツタージャが出てくる。

 

「つるのムチ!」

 

「ター……ジャッジャッ!」

 

「ミジュマル、かわしながらみずてっぽう!」

 

「ミジュ! ミジュ! ミジューーーッ!」

 

「――タジャ」

 

 ツタージャはつるのムチの複雑な軌道の技での特。読みにくく、避けにくい攻撃だが、ミジュマルは集中してしっかりとかわして反撃のみずてっぽう。しかし、ツタージャは軽々と避ける。

 

「タジャジャ。――ジャッ!」

 

 ツタージャはその程度では当たらないと挑発し、またつるのムチ。ミジュマルはなんとかかわしながらタイミングを狙ってみずてっぽうを放つが、やはりツタージャに軽々避けられた。

 

「タジャ、タジャジャ?」

 

「――ミジュ!」

 

 どうしたの、その程度?と焚き付けられ、ミジュマルはより集中して回避と攻撃、両方のタイミングを確かめていく。

 

「――ミジュ、マーーーッ!」

 

「タジャ……」

 

 蔓を回避しつつ、一瞬のタイミングを見抜き、ミジュマルはみずてっぽうを発射。水は見事にツタージャに直撃した。但し、効果今一つなのでダメージは小さい。

 

「ミジュ!」

 

「タジャージャ」

 

 どうだと胸を張るミジュマルに、ツタージャはやるじゃないとクールに返す。

 

「次はクルミル!」

 

「クルル!」

 

「はっぱカッター!」

 

「クルルルルーーーッ!」

 

「ミジュミジュミジュ!」

 

 次々と放たれる無数の草のカッターを、ミジュマルはかわしていく。今度は連続の攻撃の回避を練習である。

 

「――いとをはくに切り替えろ!」

 

「クルーーーッ!」

 

「ミジュ!? ――マッ!」

 

 攻撃が糸に切り替わり、驚くミジュマルだが、跳躍でなんとか避ける。

 

「糸を振り上げろ!」

 

「クルッ!」

 

「ミジュ!」

 

 しかし、そこに振り上げられた糸までは避けきれず、食らってしまう。

 

「ミジュー……」

 

「対応仕切れなかったな、ミジュマル」

 

 粘着性の糸により、ミジュマルは地面にくっついていた。

 

「クルミル、はっぱカッターで糸だけを切ってくれ」

 

「クル」

 

 はっぱカッターを二枚発射し、糸を切断。ミジュマルは自由になるが、表情は苦い。

 

「今度はもっと上手く反応しようぜ、ミジュマル」

 

「ミジュ」

 

 今度は上手く対応しようとミジュマルは強く頷き、次を行なう。

 

「クルルーッ! クルッ! クルクル、クルルルルーーーッ!」

 

 はっぱカッターといとをはく、更にはたいあたりやむしくいも合わさり、ミジュマルは何度も受けてしまうが、その度に反応を鋭くしていく。

 

「次はズルッグ!」

 

「ルッグ!」

 

「にらみつける!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「ミジュ!?」

 

 次に出てきたズルッグがにらみつける。その気迫にミジュマルがビクッと怯み、防御力が下がった。

 

「ミジュマル、そんなんじゃダメだ。にらみつけるで怯まないほどの気迫を身に付けないと」

 

「ミ、ミジュ」

 

 ホタチがないからこそ気迫を鍛え、無くても大丈夫だという自信を完全とまでは行かなくても、ある程度は付けさせたいのだ。

 

「もう一度、にらみつける!」

 

「ズルッグーーーッ!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

 鋭く睨むズルッグに、ミジュマルも睨み返す。すると、負けじとズルッグは更に気迫を込めて睨み、ミジュマルも一瞬怯むも直ぐにギンと睨み返した。

 

「ミ、ミジュ、ミジュ……」

 

「ルッグ、ルッグ……」

 

 睨み合いの末、精神的に疲れ、ミジュマルもズルッグはうつ伏せてぐったりしていた。

 

「おいおい、まだするべき特訓はあるぞー」

 

「ミ、ミジュマ……」

 

 ご、ごめんとミジュマルは謝る。仕方ないので一旦サトシは休憩を挟み、回復してから特訓に戻る。

 

「ミジュマル、上! 下! 全身に力を込めてやるんだ!」

 

「ミ、ジュー……マッ! ミ、ジュー……マッ!」

 

 次は重いホタチでの筋トレだ。身体に力を込めて上げ下げ、左右や斜め、上から前から、下から前へと振る。ホタチが戻って来た時、振る動作の早さを上げるためだ。

 

「軽く休憩してから次な」

 

「ミジュ……!」

 

 また休憩し、それから次の特訓に入る。

 

「ピカチュウ、でんきショック! ミジュマル、ガードだ!」

 

「ピーカ、チュ!」

 

「ミ、ジュ、マッ!」

 

 軽い電撃を、石のホタチで防ぐ。特訓でコツを多少掴んだのか、動かす早さが上がっていた。

 

「良いぞ、良いぞ。扱えて来てる!」

 

「ミジュマ!」

 

 最初は重さに振り回されていたが、今ではある程度扱えるようになっている。

 

「これなら、行けるんじゃない?」

 

「うん、技術もだけど、自信もある程度付いてる」

 

 サトシのトレーナー能力もある。ホタチ無しでも十分に戦えるだろうとアイリスもデントも感じていた。

 

「あっ、そうだ。アイリス、エモンガと交代させてくれないか?」

 

「どうして?」

 

「ピカチュウの代わりに電撃を防ぐ特訓をしてもらいたいんだよ。ピカチュウにも特訓はあるしさ。それに、出来れば電撃は控えたいし……」

 

「もしかして、また負担が出たの?」

 

「昨日の騒動かい?」

 

 昨日、ピカチュウはモルフォンの一件でかなり電気技を使っていた。少なからずの負担はあっただろう。

 

「そこまでじゃないけど、念のためにさ。良いか?」

 

「分かったわ」

 

「そうだね。その方が良いと思う」

 

 もうすぐで完治するのだ。少しでも電気技を使った負担を減らした方が最善だろう。

 

「エモンガ!」

 

「エモッ!」

 

「ミジュマルの特訓に付き合ってあげて」

 

「……エモ」

 

 面倒くさいとは思ったエモンガだが、ミジュマルには前に迷惑が掛けたことがあるので、渋々ながらやることにした。

 

「さぁ、続けるぞ!」

 

「ミジュー!」

 

 仲間達と共に、ミジュマルの特訓は進んでいった。

 

 

 

 

 

「ミジュー……」

 

 夜、ミジュマルは湖で溜め息を吐いていた。サトシに大丈夫と言われても、やはり心の何処かでホタチが無くなった不安は拭いきれなかったのだ。

 明日の試合、シママからのでんげきはを食らい、大ダメージを受けて負ける。そんな不吉なイメージまで浮かべてしまう。

 

「ミジュ! ジュジュ!」

 

 ダメだダメだと、頭を振るミジュマル。こんなことでは本当に負けてしまう。

 

「ミジュ!? ……マ」

 

 しかし、湖に写る満月に近い月をホタチと勘違いしてまたミジュマルは溜め息。不安は相当大きい様だ。

 そんなミジュマルに、サトシと仲間達の言葉が響く。お前なら出来る、大丈夫、行ける。

 

「――ミジュ!」

 

 サトシが、仲間が応援してくれる。その期待に応えたい。ミジュマルはその強い意志を瞳に宿す。

 

「ミジュマルー、どこだー?」

 

「ピカピカー?」

 

 その頃、サトシとピカチュウはミジュマルを捜していた。

 

「どこに行ったんだろうな、あいつ……。ご飯も食べないで……」

 

「ピカ……」

 

 ミジュマルは夕食に全く手を付けてなく、少し目を離した間にどこかに行ってしまったのだ。

 

「やっぱり、ホタチが無くて相当不安だったんだな……。トレーナー、失格だな……」

 

 初めてホタチを無くしたミジュマルの不安の大きさを見抜ず、払いきる事が出来なかった。トレーナーとして、サトシは情けないと溜め息を吐く。

 

「ピカピカ、ピカチュ!」

 

 落ち込むサトシに、ピカチュウはそんなこと言う間があったらミジュマルを捜すと伝える。今はミジュマルの方が先だと。

 

「ピカチュウ……。そうだよな。お前の言う通りだ」

 

 今はミジュマルの方が大事なのだ。自分の心情など、後回しである。サトシはパァンと頬を叩いて気を引き締め、ミジュマルを捜す。

 

「ミ、ジュ……! ミジュ、マッ……!」

 

「ミジュマル?」

 

 声が聞こえ、急いで向かうサトシとピカチュウ。着いた場所はちょっとした広場で、そこでミジュマルが石のホタチを背負った状態で腕立て伏せをしていた。

 

「ミジュマル……」

 

 練習を励むその姿に、サトシは微笑む。自分が思ってた以上にミジュマルは強かったのだ。

 

「ピカチュウ、あれ取りに行こうぜ」

 

「ピカ」

 

 サトシはピカチュウと全速力で走り、急いであるものを取りに行った後、ミジュマルに話し掛ける。

 

「ミジュマル!」

 

「ミジュ? ――マッ!?」

 

 呼ばれてサトシに気付いたミジュマルだが、意識が向いて力が抜けた事で、石のホタチの重さに倒れてしまった。

 

「あぁ、ごめん!」

 

「ピカピ!」

 

 石のホタチを持ち上げ、ミジュマルを出す。

 

「ミジュマル、特訓に付き合うぜ」

 

「ピカピー」

 

「ミジュ……!」

 

 サトシが来てくれ、ミジュマルは嬉しそうだ。

 

「の前に、ほら」

 

「ミジュ?」

 

「ご飯。食べてなかっただろ? 腹が減っては特訓は出来ぬだ」

 

「ミジュマ! ――ミジュ!」

 

 サトシは腰のポケットからデントからもらった果実を取り出し、ミジュマルに渡す。ミジュマルはしっかりと噛んで味わい、特訓に備えての栄養を蓄えていった。

 

「さぁ、特訓再開だ!」

 

「ミージュ!」

 

「皆も出てきてくれ!」

 

「ハト」

 

「ポカ」

 

「タジャ」

 

「ルッグ」

 

「クルル」

 

 サトシは残りの手持ちである、五匹全てを出す。

 

「ハト。ハトボー?」

 

「ポカカ、カーブ?」

 

「タージャジャ、タジャ」

 

「ルッグ、ルッググ」

 

「クルル。クルクル」

 

 出てきた五匹はミジュマルに近付き、大丈夫?、心配掛けるな、頑張ろう等と言って来る。彼等もミジュマルを心配していたのだ。

 

「ミジュ……!」

 

 皆からの言葉に、ミジュマルは嬉しくなる。喜びで胸が暖まっていく。

 

「さぁ、特訓再開だ!」

 

 七匹は頷き、サトシと一緒に昼と同じく石のホタチを使っての特訓をサトシと共に進めていく。

 

「心配いらなさそうだね」

 

「うん。……うらやましいなぁ」

 

 彼等の光景を少し遠くから見つめる二人の少年少女。デントは暖かく、アイリスは羨ましく見ていた。

 

「アイリス、君だってドリュウズと少しずつ距離を縮めてる。そう遠くない内に仲直り出来るさ」

 

「うん、そうね」

 

 サトシ達を見た後、ドリュウズが入ったモンスターボールを少女はしっかりと見つめ、握り締めた。

 

 

 

 

 

「さぁ再戦だ、ミジュマル!」

 

「ミジュ!」

 

 翌日の早朝。ケニヤンとの再戦を行うべく、サトシとミジュマルは昨日の場所に来たが。

 

「まだ来てないな」

 

「ミジュ」

 

 しかし、ケニヤンはまだ来ていなかった。

 

「アイリス、デント。ケニヤンは?」

 

「確か、この近くでキャンプするって言ってたけど……」

 

「直接会った方が早そうだね」

 

「そうするか」

 

 サトシ達は少し進む。すると、大声が聞こえた。

 

「うおぉおおぉおぉぉ!」

 

「な、なんだ?」

 

 声がする場所に着くと、ケニヤンは自転車を漕ぎ、繋いでいる機材から電気が発生。

 

「シママーーーッ!」

 

 電気が十分集まるとシママに向かって放たれ、シママはその電気を吸収した。

 

「おっ、サトシ。来たか」

 

「あぁ、ケニヤン。何してるんだ、これ?」

 

「アクセントが違うんだけど……まぁ良いや。これは俺が作った自家製の発電機だよ。これで電気を発生させて、シママのエネルギーを溜めたんだ」

 

「シママ」

 

「今日のバトルを備えてって訳だね。準備万端だ」

 

「昔、似たような事俺もやったなー」

 

 その光景に、サトシは昔を思い出した。

 

「サトシもやった事があるのか?」

 

「あぁ、最初のジム戦で負けちゃってさ。だから、ピカチュウのパワーアップに同じ様な事をしたんだ」

 

「ピカピカー」

 

「なるほどなー」

 

 最初の旅。カントー地方での旅の初めの頃、ニビジムでの一連の件をサトシは思い出す。

 

「タケシ、元気かなー?」

 

「タケシ? 誰それ?」

 

「俺の旅の仲間。で、そのジムのジムリーダーだったけど、バトルを切欠に夢を目指そうと一緒に旅することになってさ」

 

「僕と似たような経緯だね」

 

 デントもサトシとのバトルを切欠に、旅をする事になったので、親近感を抱いていた。ケニヤンもジムリーダーと聞いて気になる様だ。

 

「どんな人なんだ?」

 

「デントみたいに色々知ってて、家事とか食事が上手くて、面倒見もよくて、頼りになるって感じだな。ただ、綺麗な女の人を見掛ける度に何か誘ってたりしてたけど」

 

「女好きなのね……」

 

「あはは、中々ユニークな人だね。会ってみたいものだよ」

 

「俺も気になるなー」

 

 頼れるがユニークな人物に、アイリスは微妙そうな顔を浮かべており、デントは苦笑いだが興味があるようだ。ケニヤンは純粋に会ってみたい様だ。

 

「あっ、話が逸れたな。じゃあ、昨日のバトルの再開しようぜ」

 

「おう。ルールは昨日と同じ、二対二だ!」

 

「ミジュー……!」

 

「シママ……!」

 

 自分達だけで決着が付くわけではないが、中断になった事もあり、ミジュマルとシママは対抗心をぶつけていた。

 

「では、僕が心配を。ルールは二対二。手持ち全て倒れた方が負け。――初め!」

 

「シママ、でんげきは!」

 

「ミジュマル、防げ!」

 

「ミジュ、マッ!」

 

 石のホタチでだが、電撃を昨日と同じく防ぐ。

 

「うおっ、防がれた!」

 

「シマ……!」

 

「どうだ!」

 

「ミジュ!」

 

「だったら、フルパワーでだ! シママ、でんげきは!」

 

「シマー……マーーーッ!」

 

 先程以上の電撃が、シママの角から放たれる。

 

「ミジュマル、かわせ!」

 

「――ミジュ!」

 

 強烈な電撃を、ミジュマルは素早い身のこなしで前進しつつ回避する。

 

「シマ!?」

 

「は、速え!」

 

「特訓の成果ね!」

 

「うん、昨日よりも速い」

 

 重い石のホタチによる特訓で、ミジュマルはまた強くなった様だ。

 

「たいあたり!」

 

「ミジュ、マッ!」

 

「シマーーーッ!」

 

 ミジュマルは素早く距離を縮め、力を込めて体当たり。シママは吹き飛ぶ。

 

「だったら、速さを上げるだけだ! シママ、ニトロチャージ!」

 

「ミジュマル、アクアジェット!」

 

「シマシマシマ……シマーーーッ!」

 

「ミジュー……マーーーッ!」

 

 水と炎の突撃が同時に行われ、二つの技は真正面からぶつかり合う。結果は、水と炎の相性からアクアジェットがニトロチャージを撃ち破り、シママにダメージを与えた。

 

「ミジューーーッ!」

 

「シママッ!」

 

「踏ん張れ! とっしんだ!」

 

「――シマッ! シーマーーーッ!」

 

「かわせ、ミジュマル!」

 

「ミジュウ!」

 

 シママは踏ん張ると吹き飛ぶ力を反発に使い、一気に加速して突撃。ミジュマルは辛うじて避ける。

 

「ミジュマル、たいあたりだ!」

 

「ミジュ!」

 

 危うく当たり掛けたが、避ければチャンスになる。シママの突進した後の背後を狙い、ミジュマルがたいあたりを仕掛ける。

 

「シママ、にどげり!」

 

「シマシマ!」

 

「そう来ると思ったぜ! ジャンプだ、ミジュマル!」

 

「ミジュッ!」

 

 背後からを狙うミジュマルにシママのカウンターのにどげり。しかし、サトシはそれを予想して更なる指示。ミジュマルはジャンプで避けた。

 

「しおみず!」

 

「ミジューーーッ!」

 

「シマーーーッ!」

 

 ミジュマルは空中から塩を含んだ水を浴びせる。たいあたりやアクアジェットでの傷にしおみずが作用し、増加ダメージを与えた。

 

「くっ、やるな……!」

 

「シマ……!」

 

「どうだ!」

 

「ミジュ!」

 

 追い込むサトシとミジュマルに、ケニヤンとシママは苦い表情だ。

 

 

「だったら、速さで押してやるぜ! ニトロチャージ!」

 

「シママーーーッ!」

 

「アクアジェット!」

 

「ミジュマーーーッ!」

 

 二匹は再度、水と炎の突撃を放つ。

 

「シママ、避けろ!」

 

「追い掛けろ、ミジュマル!」

 

 ミジュマルは高速で追い掛けるも、シママは徐々に速くなっていく。

 

「徐々に追い越されてる。ダメだな」

 

 シママにはニトロチャージがある。速さでの勝負は不利だ。

 

「ミジュマル、止まれ!」

 

「ミジュ!」

 

 速さで対抗するのを止め、ミジュマルは距離を取る。

 

「行け、シママ! ニトロチャージ!」

 

「シマママーーーッ!」

 

「ミジュマル、みずてっぽう!」

 

「ミジュー、マーーーッ!」

 

「避けろ、シママ!」

 

「シマッ!」

 

 炎の突撃に水鉄砲で対抗。しかし、シママは横に動いてかわし、そこからミジュマルに突撃しようとする。

 

「回転!」

 

「ミジュゥ!」

 

「シマァ!?」

 

「な、なに!?」

 

 横に移動するシママだが、横回転で薙ぎ払いの水流を食らい、吹き飛んだ。

 

「止めだ、たいあたり!」

 

「負けるな、とっしん!」

 

「ミジュマーーーッ!!」

 

「シママーーーッ!!」

 

 渾身の力で体当たりと突進を放つミジュマルとシママ。全力の激突がぶつかり合い、二匹は吹き飛んだ。

 

「――ミジュマ!」

 

「シマッ! マ、マー……」

 

 吹き飛んだ二匹の内、ミジュマルは踏ん張りきったが、シママは限界が来たのか倒れ込んだ。

 

「シママ!」

 

「シママ、戦闘不能。ミジュマルの勝ち」

 

「よくやった、ミジュマル!」

 

「ミジューーーッ!」

 

 ホタチ無しの初めての勝負に勝ち、ミジュマルは叫ぶ。

 

「なっ、言ったろ? お前はホタチが無くても十分に強い。いや、強くなったんだ」

 

「ミジュ!」

 

 笑顔で頷くミジュマル。サトシや皆と一緒に鍛えて身に付いたこの強さが、嬉しかった。

 

「ご苦労さん、シママ。休んでくれ」

 

 ケニヤンはシママを労い、モンスターボールに戻す。

 

「かー、完敗だぜ。ホタチが無くなったのに、昨日より強くなってないか?」

 

「無くなったからこそ、基礎をしっかりと鍛えたんだ」

 

「なるほどなー。だが、まだ一体倒されただけだぜ。次も――」

 

「ナップー」

 

「……」

 

「エモモ~」

 

「イママーイ」

 

「皆の声」

 

「って事は……」

 

 同じ様には行かないと言おうとしたケニヤンだが、そこに四匹の声が割り込む。

 全員が振り向くと、ヤナップが無くなったホタチを持っていた。

 

「見付けたんだな!」

 

 四匹は頷く。彼等は朝からホタチを捜索しており、さっき発見したのだ。四匹がミジュマルに近付き、ヤナップが代表してホタチを返す。

 

「ミジュジュ、ミジュマ!」

 

 ありがとうと返し、ホタチをお腹に付ける。昨日振りの感触にミジュマルは笑顔だ。

 

「ホタチも戻って良かったな。じゃあ、次のバトルだ!」

 

「来い、ケニヤン!」

 

「だから、アクセントが……。まっ良っか」

 

 またアクセントがずれてるも、気にしないでもう一体がいるモンスターボールを取り出す。

 

「俺のもう一体だ! 出てこいやぁ! ――ゴルバット!」

 

「――バットーーーッ!」

 

 ケニヤンが出したモンスターボールから、薄い青色の身体と大きく開いた口、蝙蝠みたいな翼、全体に比べて小さい牙や足があるポケモン――蝙蝠ポケモン、ゴルバットが繰り出される。

 

「あぁああぁーーーっ!?」

 

「バ、バットーーーッ!?」

 

「う、うおっ!? なんだーーーっ!?」

 

 数瞬の後、思わぬ存在に先ずはサトシ達とゴルバットの、次に釣られてケニヤンの叫び声が上がった。

 



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好漢と蝙蝠

 先日は投稿出来ず、申し訳ありませんでした。


「うわー、今日雨が降ってきたなあ」

 

 二日前。朝から猛暑と思いきや、大雨が降って雨宿りしたいたその時だった。

 

「――ット……!」

 

「ん? なんだ?」

 

 雨音のせいでかなり聞こえにくいが、近くで何かの鳴き声がし、気になったケニヤンが雨に濡れながらそっちに向かう。

 

「バットーーーッ!」

 

「コローーーッ!」

 

「ココローーーッ!」

 

「……なんだ、あのポケモン?」

 

 そこに、ゴルバットがいたのだ。身体はヒウンシティでやここまで来るのに行なって来た野生のポケモン達との戦いで傷付いており、疲労も濃かったが、それでも迫る二匹のコロモリに勝ち、撃退した。

 

「見たことないな……」

 

 イッシュには存在しない種でもあるため、かなり気になるケニヤン。

 

「バ、ット……!」

 

 少し見ていると、ゴルバットがダメージや傷で苦しみ、地面で悶える。

 

「お、おい、大丈夫か!?」

 

「バット……!?」

 

 ケニヤンに話し掛けられ、警戒するゴルバットだが、痛みでまた表情が歪む。

 

「おいおい、ムチャはすんなよ。ほら、手当してやるからさ」

 

「……バット!」

 

 ケニヤンに手当と言われ、ゴルバットは戸惑うも、余計なお世話だと飛び去って行く。

 

「むちゃすんなよー! ……大丈夫か?」

 

 ゴルバットは全身に傷を負っていた。あんな状態で動いたらその内倒れてしまうだろう。

 

「追い掛けるか」

 

 心配になり、ケニヤンは雨に打たれながらもゴルバットを追うことにした。

 

「バット、バット……!」

 

 羽ばたく度に身体のあちこちが痛むが、だからと言ってあの場所にいたままでは野生のポケモン達に見付かってしまう。

 幸い、今は雨。簡単には発見出来ない。今の内に手頃な隠れ場所を探し、身を隠すべきだ。

 徹底的に警戒した状態で移動しつつ、辺りを必死に見渡していくゴルバット。

 すると、手頃な洞穴を発見。そこに入り、中に誰もいないと分かると一息付いた。

 

「おっ、いた」

 

「――バット!?」

 

 声に素早く反応したゴルバットに、さっきの人間、ケニヤンが目に映る。

 

「バット……!」

 

「お、おいおい、何もしねえよ。だから、落ち着いてくれ」

 

「……」

 

 怪訝に思いつつ、ダメージがあるのでこちらからは手を出さないゴルバット。ただ、警戒はしているが。

 

「……なんで、こんなに警戒してるんだ?」

 

 そんなゴルバットにケニヤンは疑問を抱く。見たことないポケモンなのは勿論、怪我や警戒心の強さも引っかかる。

 

「まっ良っか。なぁ、お前さ――」

 

「バット!」

 

「わわっ、だから落ち着けって。さっきも言ったけど、危害を加えたりはしねえよ。けど、お前怪我してるよな? 手当してやるよ」

 

「……バット」

 

 善意で言うケニヤンだが、ゴルバットは断る。企みを警戒してだった。

 

「おいおい、お前怪我してるだろ。手当した方が良いって」

 

「……バットト」

 

 両手を上げて危害を加えないとアピールしてから、手当した方が良いと再度言うが、ゴルバットはまた断った。

 

「頑固だなー」

 

 そんなゴルバットにケニヤンは溜め息を付く。しかし、断ったからと言って傷付いたポケモンを放って置く訳にも行かない。

 どうすれば良いかと考え、ピンと閃くとケニヤンは洞穴から出た。

 

「……バット」

 

 ケニヤンが出て、ゴルバットは一安心。壁に凭れてゆっくり休む。

 

「――おーい」

 

 しかし、しばらくするとまたケニヤンの声がした。身体を起こすと、彼が近付いてくるのが見えた。

 腕組みしたその腕にはオレンの実がある。ケニヤンはこれを採りに行ったのだ。

 

「ほら、食えよ」

 

「……」

 

 近くにオレンの実を置くケニヤンだが、ゴルバットは食べない。何かあると警戒してだった。

 

「何もないぞ? ほら」

 

 オレンの実を見る様子からケニヤンは一つかじり、特に何もないことを証明するが、警戒からまだゴルバットは食べない。

 

「頑固だなあ。……どうしたもんか」

 

 どうすればゴルバットにオレンの実を食べさせるか。ケニヤンは頭を振り絞る。

 

「よし、だったら勝負しようぜ」

 

「バット?」

 

 ゴルバットが勝負の言葉に疑問を抱くと、ケニヤンはポケットからコインを取り出す。

 

「コインあるだろ? 表裏を決めて、俺が当たったら目の前で食べる。外れたら、俺は外に出るからそれ好きにしろよ」

 

「……バット」

 

 ゴルバットは分かったと頷くと、ケニヤンは表と言ってからコインを投げる。手で受け止めるとコインは表だった。

 

「俺の勝ち。食べろ」

 

「……」

 

 勝負に負けた以上、ゴルバットは素直に従う。ケニヤンを警戒しつつ、オレンの実を急いで食べて回復させていく。

 

「そうがっつくなっての。まったく」

 

 苦笑いしつつ、ケニヤンはゴルバットの様子を見ていた。

 

「……バット」

 

 全て食べ終わり、しばらくしても何もない事を確かめるとゴルバットは礼としてケニヤンに頭を下げた。

 

「体力も大分回復しただろ。次は手当だな。あっ、勝負に負けたんだから大人しく受けろよ」

 

「バット!?」

 

 ちょっと待てとゴルバットは声を荒げる。さっきの勝負はオレンの実を彼がいても食べるかどうかに関してだけのはず。これは違うと返すも、ケニヤンはそのまま手当を続ける。

 

「終わり! ちょっと不恰好だけど、そこは我慢してくれよ」

 

「……バット」

 

 ケニヤンはまだあまり慣れてないため、絆創膏はともかく、包帯は微妙だった。しかし、手当をしてくれた以上は無理矢理でも文句を言うつもりはゴルバットにはない。

 

「ところで、お前なんてポケモンだ? 見たことないポケモンだな」

 

「……」

 

 ケニヤンが自分を知らないと分かり、ゴルバットはこれからどうするかを考える。

 ロケット団に戻ろうにも、自分を預かる団員、他のメンバーもいない。おまけに、ここが何処なのかすら分からない。八方塞がりだった。

 

「まぁ、ポケモンの言葉は俺達には分からないしなあ。どうしたもんか」

 

 一方、この日までロケット団を知らなかったケニヤンもまた、見たことないポケモン、ゴルバットについて色々と考えていた。

 他の地方にはいるが、イッシュには全く存在しないポケモン。興味からトレーナーとしてはゲットしたいが、見たことがない点やダメージがケニヤンは気になる。

 

「よし。なぁ、お前はどこから――」

 

「……」

 

 会話は出来ないが、やりとりなら別。どの方向から来たポケモンかを聞こうとしたケニヤンだが、その瞬間にゴルバットが移動。洞穴から出て、雨に打たれながら飛び立った。

 

「行っちまった……。どうすっかな」

 

 去っていった方角を見つめ、ケニヤンはどうするかを考える。とはいえ、ここでゴルバットを放って置くのは中途半端だし、どうにも気になる。ケニヤンは追い掛けた。

 

「バット……」

 

 雨での冷えに耐えながら、ゴルバットはここからどう動くかを思案していた。

 来た時、飛行艇の中でモンスターボールに入っていたため、カントーの方角は不明。

 つまり、方角からは戻るのは不可能に等しい。団員と接触しなければ、連れて行ってもらわない限りは無理だ。

 かといって、探そうにも辺りには回復や休息のせいで殺気だった野生のポケモン達が多い。下手に動くのはリスクが高すぎる。

 

「コロロ!」

 

「――バット!?」

 

 一匹のコロモリがゴルバットを発見し、バサッと高く飛ぶとそこでぐるぐると回る。雨で音が聞こえにくい為、動きで群れに伝えているのだ。

 やばいと急いで動くも、コロモリの動きを見て他のコロモリ達が集まり出す。

 

「コロモ!」

 

「モリリ!」

 

「バットトォ!」

 

「コローーーッ!」

 

 集まったコロモリ達が思念の波、サイコウェーブを放つ。ゴルバットは上手く避けると翼を振るい、空気の刃、エアスラッシュを放ってダメージを与える。

 

「バーーーットッ!」

 

「モリーーーッ!」

 

 ゴルバットは更に口から特殊な音波を放つ。食らった相手を混乱にするちょうおんぱだ。

 超音波は、雨に幾分か削られながらも聴いた数匹のコロモリ達を混乱。それにより、混乱したコロモリが仲間に攻撃する、同士討ちが起き出した。

 

「バット!」

 

 同士討ちの間を狙い、ゴルバットは混乱してないコロモリ達にエアスラッシュを叩き込み、更に翼を直接当てる技、つばさでうつで先ずは二体のコロモリを撃破する。

 

「コロロッ!」

 

「モリー!」

 

「バットッ!」

 

 しかし、コロモリ達もただやられるつもりはない。サイコウェーブを放ち、ゴルバットにダメージを与える。

 コロモリ達の数は十数匹いる。その上に混乱したコロモリも回復。対してゴルバットは一匹。依然として、ゴルバットの不利は変わらない。

 

「バット……!」

 

「モリー……!」

 

「――見っけ! って、なんだこれ!?」

 

 次の攻防に睨み合うゴルバットとコロモリ達だが、そこにケニヤンが入り込む。とはいえ、激突真っ只中の為に驚いたが。

 

「バット……!?」

 

「モリ!?」

 

「ケンカ、か?」

 

 注目されているのが嫌でも分かる状態で、ケニヤンは可能な限り状況を把握しようとする。

 一方、ゴルバットはケニヤンが来たことに若干苦い表情。コロモリ達は乱入者に強い警戒を抱く。

 それぞれ迂闊には動けず、その場で留まり合う。そんな均衡がしばらく続くと、ケニヤンが声を掛けた。

 

「あ、あのさ、そもそもこれどうなってんだ?」

 

 対立の事情も知らないため、ケニヤンは両方に聞こうとする。その様子にコロモリ達もこの人間は敵では無さそうだと判断した。

 

「コロロ!」

 

「モリリ!」

 

「コロ、モリ!」

 

「……」

 

「えーと……コイツが悪いのか?」

 

 コロモリ達は、住処や縄張りを荒らした仲間の一匹であるゴルバットに対して大声を上げ、コイツが悪いとケニヤンに語り掛ける。ゴルバットは反論しなかった。

 

「やっぱり、コイツが悪いんだよな?」

 

「モリモリ!」

 

 

 恐る恐るゴルバットを指差し、そう言うケニヤンにコロモリ達はそうだそうだと頷く。

 

「じゃあよ。お前、ちゃんと謝った方が良いんじゃねえか?」

 

「……」

 

「モリリ!」

 

 ケニヤンの言葉にコロモリ達はまたそうだそうだと怒鳴る。それだけで済む問題でもないが、荒らした輩から謝罪の言葉の一つでも無ければ気が済まない。

 

「なっ、ちゃんと謝って置けって」

 

「……バット」

 

「モリ!」

 

「モリーーーッ!」

 

「いっ!?」

 

 ケニヤンの提案を、ゴルバットは断った。悪の組織、ロケット団の一員である自分が何故謝罪しなければならないのだと。

 そんなゴルバットに怒りを露にしたコロモリ達から批判の声が上がり、サイコウェーブの一斉攻撃が発射された。しかも、その一つがケニヤンにも迫っていた。

 

「――バット! バトッ!」

 

「お、お前……」

 

 その一つをゴルバットはエアスラッシュで相殺するが、直後にサイコウェーブを食らってしまう。

 

「モリリー――」

 

「シママ、出てこい!」

 

「シマ!」

 

「フルパワーででんげきは! 上に撃て!」

 

「シー……マーーーッ!!」

 

 追撃しようとしたコロモリ達だが、出てきたシママから強烈な電撃が放たれ、動きが止まる。

 

「ほら、悪かったって謝るんだ!」

 

「バ、バット……」

 

「良いから!」

 

「……バット」

 

 その間にケニヤンはゴルバットの元に駆け寄り、謝るように強く訴える。

 ゴルバットはするつもりはなかったが、ケニヤンの剣幕に圧されて渋々ながら済まないと言って頭を下げた。

 

「なぁ、コロモリ。こいつもこうやって頭を下げたんだし、ここで引いてくれないか? 頼む!」

 

 コロモリ達は互いに仲間を見返した後、ケニヤンのおかげで一応ゴルバットが頭を下げた、彼が必死に頼んでる、自分達の弱点の電気技から納得は仕切れないが、ここで撤退する事にした。

 

「ふー……とりあえず、片付いたな」

 

「シママ」

 

「……バット」

 

 一安心するケニヤンとシママに、ゴルバットは別に助けてくれなんて言ってないとそっぽを向く。

 

「頑固なやつだなー。とにかく、ここを離れようぜ」

 

「シマシマ」

 

「……」

 

「ほら、行くぞ」

 

 ゴルバットは半ば強引にだが、ケニヤンと一緒にこの森を後にした。

 

 

 

 

 

「ポケモンセンターに着いたな」

 

「……」

 

「入るぞ」

 

「ポケモンセンターへようこそ。――あら、また見たことないポケモン」

 

 しばらく歩くと森を抜け、ポケモンセンターに辿り着いたケニヤンとゴルバット。彼等が中に入ると、ジョーイがゴルバットに注目する。

 

「ジョーイさん、コイツについて知ってるんですか?」

 

「その様子……。もしかして、ニュースを見てない?」

 

「あんまり見なくて……」

 

「成る程。では、説明します」

 

「タブンネ~」

 

 ジョーイはケニヤンにゴルバットとロケット団について説明を始める。ロケット団はカントーにある犯罪組織で、ゴルバットはそこに所属している他の地方のポケモンの一匹。

 ヒウンシティの一件からイッシュ中に散らばっており、発見したら保護するように呼び掛けられてると。

 また、この時にケニヤンはゴルバットの名前や、事件解決の最大の功労者であるサトシとゼクロム、尽力を尽くした謎の一団、プラズマ団を知る事になった。

 ただ、ケニヤンはあまり深くは考えない正確のため、人物や組織についてはほとんど覚えていなかったが。

 

「お前、ゴルバットって言うのか。で、犯罪組織のポケモン……」

 

「……」

 

 ゴルバットがそんなポケモンだとは知らず、ケニヤンは驚いた様子で見つめる。

 

「そのポケモンはこちらで預かり、他の場所に送りますね」

 

「って事らしいけど。大人しくそうして――」

 

「……」

 

「……くれなさそうだな」

 

「あらら……」

 

 ゴルバットは険しい表情を浮かべており、素直に保護されるつもりはないようだ。

 

「だったら、また俺と勝負しようぜ。俺が勝ったら提案に従う。負けたらここから逃げて良い。どうだ?」

 

「バット」

 

 その勝負の提案に良いだろうとゴルバットは頷いた。ジョーイも見届ける事にする。

 戦力がない現状で迂闊に留めると、ポケモンセンターに被害が出てしまう。ケニヤンに任せるしかなかった。

 

「さぁ、バトルしようぜ!」

 

「バット」

 

「出てこいやぁ、シママ!」

 

「シママ!」

 

 ケニヤンとゴルバットは近くの広場に移動。ケニヤンはシママを繰り出す。

 

「行くぜ、ゴルバット!」

 

「シママ!」

 

「バット!」

 

 敵であるケニヤンとシママに、ゴルバットは来いと返す。

 

「シママ、でんげきは!」

 

「シー……マーーーッ!」

 

「バット! バットトーーーッ!」

 

「シマッ!」

 

 ゴルバットは迫る電撃をかわし、その隙を狙ってエアスラッシュを発射。効果今一つだが、ダメージを与えた。

 

「シ、マ……!?」

 

「シママ!?」

 

 エアスラッシュの効果、怯みが発生し、シママの動きが鈍る。

 

「バー……ットォ!」

 

「シマッ!」

 

 その怯みを狙い、ゴルバットは猛毒が付着した牙をシママに食い込ませる。

 

「シママ、怯むな! そのままニトロチャージ!」

 

「シマシマシマ……シママーーーッ!」

 

「バットォ!」

 

 どくどくのきばを受けた状態で、シママはニトロチャージを発動。巻き込んだまま近くの岩にぶつかり、ダメージをゴルバットに叩き込む。

 

「そこだ、シママ! でんげきは!」

 

「シー、マーーーッ!」

 

「バットーーーッ!」

 

 シママは更にでんげきはを放ち、ゴルバットに効果抜群のダメージを与える。

 

「シママ、このまま一気に――」

 

「シ、マ……!」

 

「どうした、シママ!?」

 

 苦しそうな声にケニヤンが相棒を見る。ゴポゴポッと、シママから紫色の気泡が出てくる。もうどくになったのだ。

 

「猛毒……。さっきの技はどくどくのきばだったのね」

 

「タブンネ~」

 

 健康には詳しいだけあり、ジョーイはシママが毒ではなく、より厄介な猛毒になったと理解する。

 猛毒は毒より体力を激しく削っていく。長期戦はケニヤンとシママが不利だろう。

 

「毒だろうが、関係ねえ! 倒れる前に倒すだけだ! ニトロチャージ!」

 

「シマシママーーーッ!」

 

「バットト!」

 

 シママは自力で毒を回復できない。ならば、倒れる前に倒すしか勝機はない。

 再度ニトロチャージを仕掛けるシママだが、ゴルバットはかわす。しかし、技の効果でスピードはまた上昇した。

 

「まだだ、ニトロチャージ!」

 

「シマーーーッ!」

 

「――バット! バー……」

 

「背後からの攻撃!」

 

 

 三度目のニトロチャージ。ゴルバットは二度も加速した炎の突撃をぎりぎりでかわすと、背後からどくどくのきばを狙う。

 

「シママ、にどげり!」

 

「シマ、シマッ!」

 

「バットォ!?」

 

 猛毒の牙を叩き込もうとした開いたゴルバットの大口に、シママの二度の蹴りが炸裂。

 格闘タイプの技は毒と飛行タイプのゴルバットに効果はかなり薄いが、不意打ちもあり技を止めるには十分だ。

 

「シママ、とっしん!」

 

「シーマーーーッ!」

 

「バットーーーーーッ!」

 

「ちょうおんぱ!」

 

 素早く振り返り、シママは全力で突進を仕掛ける。しかし、ゴルバットは口をまた開き、強烈な超音波は浴びせた。

 

「シ、マ……!?」

 

「今度は混乱か……!」

 

 猛毒と混乱の二重異常。これは厄介極まりない。

 

「バット、バット!」

 

「シマ、シマ!」

 

 混乱でまともな動きが出来ない上に、猛毒で体力を削られる中でつばさでうつで更に削る。

 

「くそっ、このままじゃやられる!」

 

 かといって、混乱のせいで上手く戦えない。猛毒もあるので長期戦も不可能。一か八かこのまま戦うしかない。

 

「バットット!」

 

「とにかく、動き回れ!」

 

「シ、マ……! シマ、シマ!」

 

 避けようにも混乱で出来ず、シママは諸に受ける。

 

「バー……ットーーーーーッ!!」

 

「どくどくのきば! やべぇ!」

 

 今の体力で食らえば、ほぼ敗けだ。これだけは対処しなければならないが、混乱が邪魔してしまう。

 

「シママ、とっしん!」

 

「……シマ!」

 

「バット!?」

 

 辛うじて聞こえたシママはとっしんを開始。混乱のせいでめったやたらに進むも、それ故の予想不可能な動きでどくどくのきばを避ける。

 

「シママ……!」

 

「バ、バット……!」

 

 エアスラッシュを放とうとしたゴルバットだが、シママが前後左右に動く上、遅くなったり速くなったりまでするため、狙いが付けられない。

 

「シマ!?」

 

「バットォ!?」

 

「当たった!」

 

 その内、ゴルバットの近くに来たシママ。避けるゴルバットだが、その瞬間にシママが突然反転しながら強引に突進。偶然にも命中し、ゴルバットは吹き飛んだ。

 

「バット……!」

 

「――シマ!?」

 

 その直後、シママは混乱が解け、正気に戻る。

 

「目が覚めたか、シママ! 止めのフルパワーのでんげきは!」

 

「シーマー……マーーーーーッ!!」

 

「バ……バットーーーーーッ!!」

 

 残り全ての力を込められたでんげきはが発射。吹き飛んだゴルバットに命中し、戦闘不能に陥った。

 

「勝ったぜ!」

 

「シマー! シマ……!」

 

「あっ、大丈夫か、シママ!」

 

 幸運もあってだが、何はともあれ勝利。喜ぶケニヤンとシママだが、直後にシママがふらついた。

 

「瀕死寸前ね。タブンネ、先ずはいやしのすず!」

 

「タ~ブンネ~」

 

 チリーンと、心地好い鈴の音色が辺り一帯に響く。すると、シママの身体から猛毒が消えた。

 

「タブンネ、次はいやしのはどう」

 

「タ~ブン~ネ~」

 

 次に優しい波動が放たれ、それを浴びたシママは体力が戻るのを感じた。

 

「ありがとうございます、ジョーイさん。タブンネ」

 

「これは応急措置。中でしっかりと回復しますね」

 

「はい、お願いします。シママ、バトルの疲れをしっかり取れよ」

 

「シマシマ」

 

「タブンネ、ゴルバットも回復するから一緒に運ぶわよ」

 

「タブンネ~」

 

 全員、ポケモンセンターの中に戻り、ジョーイとタブンネがシママとゴルバットの手当を行った。

 

「はい、お預かりしたポケモンは元気になりましたよ」

 

「シマー」

 

「ありがとうございました。ゴルバットはどうですか?」

 

「勿論、しっかりと回復しましたよ」

 

 相手が誰だろうが、手当は平等に行なう。それがジョーイの努めだ。

 

「あちらに」

 

「……」

 

 ジョーイが手を動かした先に、回復したゴルバットがいた。負けた悔しさからか、若干苛立っている様子だが。

 

「ゴルバット、約束通り、保護されてね」

 

「……バット」

 

 負けた以上、ゴルバットは大人しく保護されるつもりだ。

 

「……」

 

 そんなゴルバットをケニヤンはしばらく見つめた後、近付いて話し掛けた。

 

「なぁ、ゴルバット」

 

「……バット?」

 

「お前――俺と一緒に旅してみないか?」

 

 ケニヤンの言葉に、ゴルバットは目を見開く。ジョーイもだ。

 

「……バット?」

 

 何故誘うと、ゴルバットはケニヤンに訪ねる。一般のトレーナーが犯罪組織にいる自分を誘うなど、先ずあり得ないからだ。

 

「折角こうして出会ったんだし、そんな俺達が一緒に旅するって面白そうだろ?」

 

 旅、それを聞いたゴルバットにある思いが浮かぶ。群れにいた頃、遥か向こうに写る景色や、見たことない場所をこの目で直接見て、その空気を味わいたい。

 ロケット団にいた日々の中で薄れていったその想いを、ゴルバットは思い出していた。

 

「それによ、知らない相手の元に行くってお前、嫌だろ?」

 

「……バット」

 

 確かにそれは嫌だ。負けたからとしてもだ。

 

「それに、お前そんなに悪いやつには見えないしな」

 

「……?」

 

「いや、だってお前、俺を助けてくれたじゃん」

 

 サイコウェーブの一つが当たりそうになった時、ゴルバットはエアスラッシュで相殺していた。その事をケニヤンは言っていたのだ。

 

「……」

 

 しかめっ面のゴルバット。手当、回復をしてくれた彼を傷付ける訳には行かないと咄嗟に動いたのだ。

 

「だから、誘ったんだ。どうだ? イヤなら止めておくけどよ」

 

「……」

 

 提案し、手を差し出すケニヤンにしばらく考えるゴルバット。

 条件を決めて負けた、まだ一切団員は来ない。これらから自分はロケット団には戻れないだろう。

 となると、残る選択肢はどこの誰かも分からない相手に保護されるか、ケニヤンと共に旅に行くか。

 

「――バット」

 

 考えに考え――ゴルバットはケニヤンの手を取った。つまり、彼と一緒に旅をすると言う事だ。

 自分を助け、負かし、また昔の気持ちを呼び起こしてくれたケニヤンなら良いと、ゴルバットは認めたのだ。

 

「よろしくな、ゴルバット!」

 

「シママ!」

 

「バットト」

 

 こうして、ゴルバットはケニヤンと共に新しい道を進むこととなった。

 

「あらあら、これは予想外の展開ね」

 

「タブンネ~」

 

「そういう訳で、ジョーイさん。こいつは俺が引き取りたいんですけど……」

 

「うーん。しばらく待ってくれるかしら?」

 

 これは完全に想定外の事態の為、ジョーイは少し考えた後、受話器を取ってある人と連絡を取る。

 

「はい。実は――」

 

 一通り伝えた後、向こうの相手からの言葉を聞くと、ジョーイは分かりましたと返事し、電話を切った。

 

「どうですか?」

 

「はい。ポケモン図鑑はありますか?」

 

「あっ、いえ」

 

 ケニヤンは新人トレーナーだが、ポケモン図鑑は持って無かった。と言うか、あるならそれでゴルバットの情報を調べている。

 

「では、トレーナーカードは?」

 

「それなら」

 

 身分証明の為、ケニヤンは暮らしていた街でトレーナーカードを発行していた。

 

「では、出してください」

 

「はい」

 

「お預かりします」

 

 ケニヤンのトレーナーカードを預かると、ジョーイは機材に挿入。一通り操作した後、出てきたトレーナーカードを返した。

 

「そのポケモン、ゴルバットに関しての問題が起きた場合、このトレーナーカードをお見せてしてください。ロケット団ではないと証明出来ます」

 

「分かりました」

 

 さっきのは、ケニヤンがロケット団ではないと証明するため、トレーナーカードを更新したのだ。

 

「後、ボランティアには可能な限り参加してもらうことになります。貢献する事でロケット団から足を洗った、もしくはヒウンシティの一件の責任を取った事の証明をしてもらいます」

 

 ジョーイの説明に、ゴルバットは了解と頷いた。

 

「頑張ってください」

 

「はい。じゃあ行こうぜ、ゴルバット」

 

「シーマ」

 

「バット」

 

 ケニヤンはモンスターボールを取り出し、ゴルバットに当てる。赤の光がゴルバットを包み込み、数度揺れると音を鳴らして止まった。

 

「ゴルバット、ゲット!」

 

「シママ!」

 

「出てこい、ゴルバット!」

 

「バット」

 

「一緒に楽しもうぜ!」

 

「シマシマ!」

 

「バット」

 

 新しい仲間に、ケニヤンとシママ、ゴルバットは微かに笑い合った。

 

 

 

 

 

「そんなこんなあって、俺とゴルバットは一緒にいることになったんだよ」

 

「なるほどなー」

 

 ケニヤンが出したゴルバットに、一旦バトルが中断。

 ケニヤンからゴルバットとの出会い、今に至る一連の流れを聞き、サトシはうんうんと頷いていた。

 

「にしても、まさかこのゴルバットとまた会うとはね」

 

「……」

 

 このゴルバットは、ヒウンシティで最初に出てきたゴルバットと同じ個体だった。だからこそ、サトシ達を見て驚いたのだ。

 

「けど、ケニヤンもよくゴルバットを預かったりしたわね」

 

「まぁ、俺もアイツが犯罪組織にいたポケモンと知って驚きはしたぜ。だけどよ、それも――スケット団だっけ?」

 

「ロケット団、ロケット団」

 

「なんか、人助けする団体みたいだね……」

 

「そうそう、ロケット団。悪い、よく覚えてないんだ」

 

 一度も接触してない、またあの事件の時にはヒウンシティにはいないので、ケニヤンにとってはロケット団を覚える理由が無かった。

 

「話を戻すな。ゴルバットの悪事ってさ、全部ロケット団とやらにいたからだろ? だから、ロケット団が悪いんであって、ゴルバットが悪いとは俺は思えないんだよ。助けてくれたりもしたしな」

 

 根っからの悪なら、自分を助けなかっただろう。だが、ゴルバットは自分を助けた。

 この事から、ゴルバットはロケット団にいなければ悪事を仕出かなかった可能性はある。

 

「でもケニヤン。聞いているとは思うけど、ゴルバットもヒウンシティに被害を与えたポケモンの一体だ。その責任は果たさないとならない」

 

「……」

 

「分かってるよ、デント。だから、ボランティアとかには参加するさ。こいつの為にな」

 

「……バット」

 

 ヒウンシティでした事を思い出し、黙るゴルバットだが、自分の為と言ってくれたケニヤンに照れ臭そうにありがとと感激する。

 

「ははっ、俺はお前のトレーナーなんだぜ? 当然だろ?」

 

「……バットト」

 

「なんか、相棒って感じだな」

 

「ベルとチルタリスとはまたちょっと違う関係よね~」

 

「誰だ、それ?」

 

「あぁ、俺の友達でさ、ケニヤンと同じ様にロケット団のポケモンを手持ちにしたんだ」

 

「日を考えると、彼女はケニヤンとゴルバットが出会う一日前にゲットしたことになるね」

 

 ケニヤンとゴルバットは、自分達がヒトモシ屋敷が入った日に出会っている。ベルとチルタリスが出会い、仲間になったのはその先日だ。

 

「へー、俺達よりも先にそうなったトレーナーとポケモンがいたんだな。俺とゴルバットが最初じゃなくてちょっと残念だぜ」

 

 とはいえ、ケニヤンにとってはゴルバットが自分の仲間になってくれた事の方が嬉しいので、一番最初でないのはぶっちゃけどうでもいい。

 

「俺とゴルバットに関してはこんな所だな。じゃあサトシ、試合を――あれ? サトシ?」

 

 とそこで、ケニヤンは漸くサトシの名前に引っかかる。

 

「それにピカチュウ……。もしかして、理想の英雄?」

 

「あ、うん、そうなる、かな」

 

「ふーん……こうして見ても、あまりピンと来ないな」

 

 また理想の英雄と呼ばれ、何とも言えないサトシだが、ケニヤンは特に態度を変えなかった。

 

「……そう、思うのか?」

 

「あぁ、どこにでもいる一人のトレーナーって感じだぜ」

 

 その場面を見てないのもあるだろうが、ケニヤンの性格からサトシ本人を見ても、一人のトレーナーとしか見えなかった。

 

「……へへっ、ありがとな、ケニヤン」

 

 理想の英雄ではなく、一人のトレーナー。そう言われ、サトシは嬉しくなる。

 

「またアクセント……。まっ、それはともかく、ぶっちゃけ英雄とか呼ばれるのって邪魔じゃないか?」

 

「邪魔、って言うか、イヤなんだよな。勝っても、皆は誉めないで俺だけしか誉めないし」

 

「あー、それイヤだな」

 

 自分だけで、仲間は誉められない。それを想像し、ケニヤンもイヤな表情になる。

 

「分かるか、ケニヤン?」

 

「だから、アクセントが……。まぁ良いや。あぁ、俺も自分だけはイヤだ。誉められるなら、シママやゴルバットと一緒が良いな」

 

「気が合うな」

 

「俺もそう思うぜ」

 

 同じ意見に、サトシとケニヤンは笑い合った。

 

「じゃあ、話も終わったし……。試合再開だ!」

 

「おう、ケニヤン!」

 

「あー、またアクセントが違うなー。良いけど……。それより、サトシはミジュマルのままで勝負か?」

 

「いや、コイツにする。ハトーボー!」

 

「ボー!」

 

「ミジュマルは休んでてくれ」

 

「ミージュ」

 

 サトシはミジュマルのまま続けて戦わず、ハトーボーに交代する。

 

「飛行タイプには飛行タイプで勝負だ!」

 

「ボー!」

 

「ピカチュウで戦っても良いと思うけど……」

 

「まぁ、そこらへんはサトシの閃き次第だよ」

 

 それに、飛行タイプ同士なら同じ土俵で戦える。決して悪い判断とは言えない。

 

「じゃあ行くぜ! ゴルバット、エアスラッシュ!」

 

「ハトーボー、かまいたち!」

 

「バットーーーッ!」

 

「ボーーーーッ!」

 

 二つの空気の刃が発射され、ぶつかり合うと相殺されて爆発の煙が起きる。

 

「でんこうせっか!」

 

「ハトーーーーッ!」

 

「バットッ!」

 

「ゴルバット、耐えろ! ちょうおんぱだ!」

 

「バットーーーッ!」

 

「ハトッ!?」

 

 素早い一撃を食らうゴルバットだが、しっかり耐えると直後を狙って音波を放ち、ハトーボーに命中させる。食らったハトーボーはフラフラとし出した。

 

「しまった!」

 

「ハトーボーが混乱になってる!」

 

「なるほど、ゴルバットはそう言う技を得意とするポケモン」

 

「ハトーボー、しっかりしろ!」

 

「ハ、ト……」

 

 サトシが呼び掛けるも、ハトーボーには上手く届いていない。

 

「ゴルバット、どくどくのきば!」

 

「バー……ット!」

 

「ハトッ!」

 

 混乱で上手く動けないハトーボーに、どくどくのきばを叩き込むゴルバット。すると、ハトーボーの顔に紫色の毒々しい線が現れ、線と同じ色の泡が出てきた。

 

「うわっ、猛毒!?」

 

「その上に混乱もある。二つの状態異常で苦しめるのがゴルバットの戦法か」

 

 ヒウンシティの時は、暴走してまともな判断ができない、複数に攻撃されて為に直ぐに片付いていた。

 しかし、今回は平常の上にトレーナーもいる。ゴルバット本来の実力が発揮されていた。

 

「手加減はしないぜ! ゴルバット、つばさでうつ!」

 

「ハトーボー、とにかくかわせ!」

 

「……ハトッ!」

 

 混乱しながらも、サトシの指示に反応。最初の一撃は多少受けながらも動くハトーボー。

 

「ボー? ボー!」

 

「バット、バット……!」

 

「当たらない」

 

「というより、フラフラしてるから上手く当てれない、の方が正しいね」

 

 混乱の為、めったやたらに動くハトーボーだが、不規則な為に読めず、結果としてゴルバットのつばさでうつが命中しなかった。

 

「――ハト? ハトッ……!」

 

 その内に混乱が解け、正気に戻ったハトーボーだが、猛毒による苦しみで顔を歪ませる。

 

「混乱が解けた! ハトーボー、でんこうせっか!」

 

「ハトーーーッ!」

 

「バット!」

 

 回復して直ぐのでんこうせっかには対応仕切れず、ゴルバットは吹き飛ぶ。

 

「ゴルバット、もう一度ちょうおんぱだ!」

 

「バットーーーッ!」

 

「またちょうおんぱ!」

 

「これは受けたらアウトだね」

 

 ハトーボーは既に猛毒でかなり体力が削られている。ここで再度ちょうおんぱを受ければ、負け確定だろう。

 

「ハトーボー――かぜおこし!」

 

「ハー、トッ!」

 

 勝負を決めるだろう超音波に、翼の羽ばたきで起こした風をぶつける。

 すると風で音波が押し返され、使用者のゴルバットに逆に命中。混乱にする。

 

「バ、バット……!?」

 

「な、なにーっ!?」

 

「ちょうおんぱをかぜおこしで跳ね返した!」

 

「相変わらずの閃きだね」

 

 これでハトーボーが一気に有利になった。そして、サトシがこのチャンスを見逃すわけがない。

 

「ハトーボー、かまいたち!」

 

「ハー、トーーーッ!」

 

「バットーーーッ!」

 

 逆に混乱になり、動揺したその隙に空気の刃を発射。技の性質や特性、きょううんでゴルバットの急所に命中し、大ダメージを与えた。

 

「決めるぞ、ハトーボー! つばめがえし!」

 

「ハー……トーボーーーーーッ!!」

 

「バットーーーーーッ!!」

 

 かまいたちで地面に転がるゴルバットに、ハトーボーは渾身のつばめがえしを叩き込む。

 

「バ、バ、ット……」

 

「ゴルバット、戦闘不能。ハトーボーの勝ち。よって、この勝負はサトシの勝ち」

 

「よっしゃあ!」

 

「ハトーーーッ!」

 

「あー、完敗かあ。ご苦労さん、ゴルバット」

 

 ケニヤンは悔しがりつつも、ゴルバットを労うとモンスターボールに戻す。

 

「まだまだだなあ。もっと頑張らないとな」

 

 自分は新人だ。だから負けても仕方はないが、だからと言って甘えては上には進めない。もっともっととケニヤンは心に決める。

 

「ケニヤンなら強くなれるさ」

 

「アクセント……。まっ、良っか。ありがとよ、サトシ。また勝負してくれるか?」

 

「あぁ、勿論」

 

 自分を一人のトレーナーとして見てくれるケニヤンとのバトルなら、純粋に楽しめる。

 サトシとしても断る理由が無く、再戦を約束するようにケニヤンと握手する。

 

「じゃあ、俺はもう行くぜ。またな、サトシ!」

 

「あぁ、ケニヤン!」

 

「……最後まで、アクセントが違ったままだったなー。良いけど」

 

 苦笑いを浮かべつつも、手を振りながらケニヤンは去っていった。

 

「じゃあ、俺達も行こうか」

 

「ライモンシティを目指して」

 

「レッツゴー!」

 

 ちょっとしたハプニングはありつつもそれを乗り越え、次のジムがあるライモンシティに向かってサトシは仲間との旅を再開した。

 



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恋する綿玉

「では、責任を持って彼等をお預かりします」

 

「ありがとう。アスラ、ロット」

 

「何を仰いますか、N様。我々が協力するのは当然の事でございます」

 

 小さな村に、Nとプラズマ団のアスラとロットがいた。

 野生のポケモン達との度々の騒動を突破し、漸くN達はこの村に到着。ある件――保護したロケット団のポケモンについて話し、今片付いたのだ。

 

「にしても、貴方達がこの村にいてくれて助かったよ」

 

「それについては、この辺りが我々の担当であった為ですな」

 

「他は?」

 

「もう少し離れた場所や、シッポウシティ側で保護活動をしている頃かと」

 

 ロケット団のポケモンは、四方八方に散らばっていた。なので、シッポウシティからも保護をする事になったのだ。

 

「保護は順調に進んでいるのかな?」

 

「はい。既に二百近いポケモンを保護している様です」

 

「全体で数えると少ないですが、まだ数日ですからな」

 

 なので、これだけ保護したのは上出来と言えるが、保護しなければならないポケモン達はまだまだいる。これからも頑張らねばならない。

 

「あっちはどうだい?」

 

「順調だそうです。ただ――」

 

「裏では何かをしているかは分からない、か」

 

「えぇ。……最近では、アクロマ率いる科学班が何らかの動きを見せているとヴィオから報告が」

 

「それが何なのかまでは?」

 

「残念ながら……。裏のヴィオでも、簡単には知れない程の秘密裏の様で。しかし――」

 

「そうまで隠す以上、とんでもない事の可能性がある。だね?」

 

 Nの推測に、二人は静かに頷く。彼等としては、そうではない方が有難い。同じ志の下、組織に集まった仲間なのだから。

 しかし、もしとんでもない事を仕出かしていた場合――自分達は彼等を止めねばならない。

 

「あちらに関しては、ヴィオを頼るしかないか」

 

「ですな。我々は我々に出来る事をするしかありません」

 

 情報が足りない現状、自分達がすべき事を全力でこなすしかなかった。

 

「さてと、この後ボクは――」

 

「N様、一日だけここに留まりませんか? 出来れば、この後少しでも構いませんので団員達と顔合わせし、やり取りしてもらいたいのです」

 

「分かった」

 

「ありがとうございます」

 

 プラズマ団の王として、団員達と可能な限り交流すべきだろう。Nはその提案を受けた。

 

「しかし、張り切ってますな」

 

「まあね」

 

 すべき話が一通り終わり、N達がそちらを向く。その先には、Nの仲間である四体のポケモンが特訓をしていた。

 

「ゾロ、ゾロロッ!」

 

「ガブガブ、カブーーーッ!」

 

「ブブイ、ブ~イ~!」

 

「……」

 

 ゾロアとポカブ、イーブイと新たな仲間のポケモンの組み合わせの試合で行なっているが、前は攻撃と回避を重点に置き、片方はそのポケモンの防御力を活かし、イーブイの攻撃力を鍛えていた。

 

「にしても、ロケット団のポケモンを説得し、仲間になさるとは……お見事です」

 

「彼が善だからさ。ボクは真実や想いと向き合わせただけだよ」

 

「いえ、それだけでは無いかと。N様に惹かれたからこそ、彼は選んだ。我々はそう思います」

 

「ちょっと照れるよ」

 

 二人に誉められ、Nは少し恥ずかしそうだ。

 

「ブブブ~イ! ブイッ!」

 

「……」

 

「確か、イーブイと呼ばれるあのポケモン。一際励んでおりますな」

 

「ちょっと、ね」

 

 子供ながら、並々ならぬ気迫で励むイーブイだが、これには理由がある。

 野生のポケモン達とのいざこざの中、子供故にイーブイは色々と足を引っ張ってしまい、自分の力不足を痛感してだった。

 また、今はバンギラスの時の事も思い出し、尚更昂っていた。とにかく、自分には力が足りない。強くなるしかないと。

 頑張るイーブイや仲間達に微笑むと、Nまた自分もすべき事をしなければと考える。

 

「二人共、彼等は今いるかい?」

 

「全員では。また一匹見たことないポケモンの報告があったので、その保護の為に」

 

「なら、ボクも行こう」

 

「N様も?」

 

「ボク達はトモダチ、ポケモンの為に集まった者達。彼等の為に活動するのは至極当然だろう?」

 

 例え、自分の立場が王であっても、一人のプラズマ団として活動するのは当然だと、Nは断言した。

 

「正にその通りです。N様」

 

「では、我々も――」

 

「いや、行くのはボクだけだ。貴方達は保護している彼等の様子を見てほしい。万が一があってはならないからね」

 

 Nの言葉に感嘆し、一緒に行こうとしたロットとアスラだが、彼からそう言われても冷静さを取り戻す。

 保護しているポケモン達は精神的に不安定な点が多く、しっかりと見ておく必要があった。

 

「ゾロア、ポカブ」

 

「ゾロ」

 

「カーブ」

 

 Nに名前を言われ、ゾロアとポカブは特訓を中止し、彼の元に駆け寄る。

 

「今から、また他の地方のトモダチを助けに行く。だから頼むよ」

 

「ゾーロ」

 

「カブ!」

 

「ありがとう」

 

 二匹はしっかりと頷く。脅威が来れば、全て払うとやる気満々だ。そんな彼等にNは微笑む。

 

「イーブイ、キミは彼としっかり特訓するんだ」

 

「ブイッ!」

 

「――、付き合って上げてくれ」

 

「……」

 

 Nの頼みである、イーブイがやる気に満ちてる点から、そのポケモンは快く引き受けた。

 

「それと」

 

「……?」

 

「帰ったら、彼等と話し合うのを手伝ってほしい」

 

 もう一つのその頼みも、そのポケモンは断る理由がないと言いたげに了解と頷いた。

 

「さぁ、行こう」

 

「ゾロロ」

 

「カブッ!」

 

 ゾロアとポカブを連れ、Nはまた一つ自分の道を進むべく、保護に向かい出した。

 

 

 

 

 

「ズルッグ、ずつき!」

 

「ズルッグーーーッ!」

 

「キバゴ、避けて!」

 

「キバッ!」

 

 ズルッグの頭突きを、キバゴはギリギリで避ける。

 

「おっ、動きのキレが上がってる。りゅうのいかりの完成で自信が付いたからかな?」

 

 キバゴの動きの良さを、デントはそう分析していた。

 

「キバゴ、ひっかく!」

 

「キバキバ~~~ッ!」

 

「ズルッグ、踏ん張れ!」

 

「ルッグ! ルググ……!」

 

 かわせないとサトシは判断し、そう指示。ズルッグはひっかくを受けながらも、負けず嫌いな意志で踏ん張る。

 

「にらみつける!」

 

「ルッグゥ!」

 

「キバッ!」

 

「ずつき!」

 

「ルッグッ!」

 

「キバ~~~ッ!」

 

 ひっかくの後を狙い、ズルッグは強く睨む。更にキバゴを怯んだ所に追撃のずつきを叩き込んだ。

 

「う~、やっぱり手強い……! けど! キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「キ~バ~……!」

 

「ズルッグ、きあいだま!」

 

「ル~グ~……!」

 

 ズルッグとキバゴが、闘気と龍の力を手や腹に溜め始める。

 

「――発射!」

 

「ゴ~~~ッ!」

 

「きあいだまで受け止めろ!」

 

「ルッグ!」

 

 放たれた龍のエネルギーに、ズルッグは闘気の球を盾にする。二つの力が衝突し合い、爆発が発生。

 ズルッグが大きなダメージを受けながら後ろに転がる。しかし、戦闘不能にはなっていない。

 

「突っ込め、ズルッグ!」

 

「――ルッグ!」

 

 ダメージに耐えながらも、ズルッグは走ってキバゴとの距離を縮めた。

 

「キバゴ、ひっかく!」

 

「キバ――」

 

「ズルッグ、にらみつける!」

 

「ルグゥ!」

 

「キババ!?」

 

「ずつき!」

 

「ルッググ!」

 

「キ~バ~!」

 

 ズルッグはひっかくをしようとしたキバゴをにらみつけるを怯ませ、防御を更に下げて再びずつきを命中させる。

 

「キ、バ……ッ!?」

 

「ズルッグ、きあいだま!」

 

「ズールー……!」

 

「今だ、叩き込め!」

 

「グーーーッ!」

 

「キバーーーッ!」

 

 怯みの追加効果が発生し、怯んでいる間に闘気を出した両手の真ん中に集中。球がある程度の大きさになった所で直接ぶつけた。

 

「キバ~……」

 

「あぁ、キバゴ!」

 

「キバゴ、戦闘不能。ズルッグの勝ち」

 

「良くやった、ズルッグ!」

 

「ルッグ!」

 

 ズルッグはえっへんと胸を張るも、直後にきあいだまの疲労でふらつき、背から倒れ込んだ。

 

「お疲れさま、ズルッグ」

 

「ピカピ」

 

「ルッグ……」

 

「うぅ~……。また負けた~……。りゅうのいかり、完全に出来るようになったのに~……」

 

「キ~バ~……」

 

 勝って喜ぶサトシとズルッグと対照的に、アイリスとキバゴは落ち込んでいた。

 折角、りゅうのいかりが完成したと言うのに、それでも負けてしまったのがショックだった。

 

「ズルッグだって、きあいだまをどんどん完成させてるんだ。簡単に負けるわけないだろ?」

 

「ルッグ!」

 

 キバゴがりゅうのいかりを完成させたように、ズルッグもクリムガンとの試合、全員での特訓できあいだまの完成度を高めている。着実に強くなっているのだ。

 

「だね」

 

 それに、サトシとアイリスではトレーナー能力に大きな差がある。ズルッグとキバゴには大した差がない以上、この結果は仕方ないだろう。

 

「う~、げきりん使えるようになったら勝てるかな……」

 

「キバ……」

 

 バンギラスの時、ジュエルのブーストによって、ズルッグのきあいだまと同じく一時的に使えるようになった技、げきりん。あれが完全に使えるようになればとアイリスは思った。

 

「けど、げきりんは反動がある技。しばらくは控えて、しっかりと身体を作ってからだね」

 

「は~い。キバゴ、これからもがんばろ」

 

「キバ」

 

 まだまだ練習は必要不可欠。アイリスとキバゴはそれをしっかりと再認識した。

 

「――うわっ」

 

 突然、強い風が吹いた。直ぐに消えはしたが、その数秒後、風に誘われるように、後ろに緑色の星形の模様、綿に目や葉が付いたようなポケモンが倒れたズルッグの頭の近くに寄った。

 

「……ルッグ?」

 

「メーン」

 

「なんだ、このポケモン?」

 

「これはモンメンだよ」

 

「モンメン……」

 

『モンメン、綿玉ポケモン。敵に襲われた時に身体から綿を飛ばし、その隙に逃げる。風に吹かれて、気儘に移動する』

 

 やはり、サトシにとって初めてのポケモンだった。

 

「ルッグ!」

 

「メーン?」

 

「ルッグー……!」

 

「メ、メーン?」

 

 そんなモンメンに、ズルッグは疲れた身体を起こすと睨み付ける。モンメンはなんかしたかなと冷や汗を流し、綿を発射。ズルッグは綿を手で払う。

 

「にしても、この時期にモンメンが一匹だけというのは珍しいね」

 

「どういうことだ?」

 

「この時期、モンメンは集団でいることが多いんだ。そして、その中でカップルが誕生するのさ」

 

 サトシの疑問に、デントが詳しく説明する。

 

「集団お見合いってこと?」

 

「うーん……まぁ、間違ってはいないね。とにかく、これで結ばれたカップル達は季節風に乗ってハネムーンへ……!」

 

「はむっ。ロマンチックね~」

 

「いや、食べながら言う台詞じゃないよ」

 

 一件、恋に憧れる女の子の様子なのだが、果実をかじりながらでは台無しである。

 

「カップルって、気の合う友達のことだよな?」

 

「どんな間違いよ。子供ね~」

 

 カップルを友達と間違うサトシにアイリスはやれやれと、デントも少し苦笑いだ。

 

「待てよ? そう言えば、確かこの先は……」

 

 何かを思い出したデントは、タブレットで地形を調べる。

 

「やっぱりだ。この先は虹の谷がある」

 

「虹の谷?」

 

「虹の名所でね。そして、そこで吹く風をダイヤモンドブリーズと呼ばれるんだ」

 

「ダイヤモンドブリーズ……」

 

「うん。聞くところによると、風が光って見えるらしい。虹の谷はモンメン達が集まり、ダイヤモンドブリーズによって旅立っていく場所として有名なんだ」

 

「ますますロマンチックじゃない~」

 

 虹の谷とダイヤモンドブリーズの説明にサトシは興味を抱き、アイリスは憧れを強めた様だ。

 

「きっとこのモンメンは、虹の谷に向かう途中なんじゃないかな?」

 

「なるほど」

 

「ルッグ! ルッグ!」

 

「なんだ?」

 

 モンメンがいる理由に納得したサトシ達だが、ズルッグが急に叫んのでそちらを見る。

 すると、別のモンメンがいた。鳴き声から性別は♀で、頭の綿先が少しカールしている。

 

「別のモンメンだ」

 

「メーン……」

 

 そのモンメンを見て、サトシ達といるモンメンは照れ臭そうに顔を赤めた。

 

「お前、もしかしてあの子を追ってはぐれたのか?」

 

「メン……」

 

「やっぱり!」

 

 デントの質問に、モンメンはコクンと頷いた。

 

「ってことは……!」

 

「イッツ……告白ターイム!」

 

 テンションが上がるアイリスやデントだが、サトシは疑問符で一杯だ。

 

「自分の気持ちを素直に伝えるんだ!」

 

「恋って言うのはね、強気が一番良いの!」

 

「だから、食べ物をかじりながら言うことじゃないよ……」

 

「だって、お腹空いたんだもん。しょうがないでしょ?」

 

 そう言って、アイリスはまた果物をかじった。

 

「恋……。あっ、そっか。お前、あいつと一緒になりたいのか」

 

 恋の言葉にサトシはあることを思い出し、モンメンが何をしたいのかを理解した。

 

「だったら、ガツンと行くんだ! 逃げ腰じゃ、上手く行かないぞ」

 

「メーン……」

 

 サトシ達に言われ、モンメンはもう一体のモンメンに近付いていく。

 

「さーて、この恋の行方は……!」

 

「どうなの? どうなの?」

 

 こうして、モンメンは告白したのだが。

 

「――メーン……!」

 

「散々だったな……」

 

 結果は失敗。モンメンは号泣していた。と言うのも、カップルになるにはある程度の実力が必要な様だが、モンメンは回避も下手、技を真っ直ぐ撃てないと、明らかに弱い。

 おそらく、マトモな勝負をほとんどしてないからだろう。そんな有り様では経験のあるあのモンメンには全く敵わず、一方的に倒され、フラれてしまったのだ。

 

「これでよし、と」

 

 きずぐすりを吹き掛け、特に傷があった額にガーゼを張り、手当が完了する。

 

「はむっ。とにかく、あんなにバトルが弱かったらムリだと思うわ~。恋ってのはね、スパーンと華麗に決めないと」

 

「だから、食べながら言われてもね……。ただ、間違ってはいないね。守れるだけの強さがないととても……」

 

 強さだけが必要とは限らないが、必須の一つではあるだろう。野生で生きる以上、相手が頼もしいと安心出来る要素だ。

 なので、惨敗した今のモンメンの実力ではあのモンメンを振り向かせるのは厳しい。

 

「だよな。だからさ、モンメン。強くなろうぜ。で、またあの子にガンガンアピールするんだ!」

 

「メーン……!」

 

「やけにやる気だね」

 

 特訓には同意見だが、さっきまでは話について行けない様子だったのに急に積極的になり、デントは気になった様だ。

 

「前に一度あったから、ちょっと他人事には思えなくてさ」

 

「前?」

 

「俺、カントーで旅してた時にバタフリーってポケモンを手持ちにしてたんだけどさ。あっ、バタフリーってのはこれ」

 

『バタフリー、蝶々ポケモン。トランセルの進化系。羽が水を弾く鱗紛に覆われている為、雨の中でも大好物の蜜を探し、運んでいる』

 

「これがバタフリー」

 

「中々に愛嬌があるね」

 

 カントーの知らないポケモンに、アイリスとデントは興味津々だ。

 

「で繁殖期、だっけ? その時にも今のモンメンみたいに相手を捜してんだ」

 

「ピカピカー……」

 

 そんなこともあったなーと、ピカチュウはサトシと一緒に懐かしむ。

 

「なるほど、そんな経験が」

 

「ねぇ、最終的にはどうなったの!?」

 

「上手く行ったよ。ただ、俺達とは別れることにはなっちゃったけど、な」

 

 その時に見せた、悲しそうなサトシの表情に、二人は何とも言えない様子だ。特にアイリスは恋話に少し浮かれていたので、申し訳なさそうだ。

 

「それは辛かっただろうね……」

 

「あぁ、キャタピーの頃からの付き合いでさ。ちなみに、キャタピーはこれ」

 

『キャタピー、芋虫ポケモン。赤い触角から強烈な臭いを出して外敵を追い払う。脱皮を繰り返し、成長すると蛹になる』

 

「最初にゲットしたポケモンでもあったし……やっぱり辛かったな」

 

 最初の手持ちはピカチュウだが、オーキドから託されたポケモンであり、ゲットしたわけではない。

 なので最初に、それも自力でゲットしたポケモンとしてかなり特別な思い入れがあった。

 それでも、最終的にはバタフリーの気持ちを考え、別れを受け入れた。とはいえ、今でも思い出すと少し涙ぐみそうなので、それを隠すようにサトシは俯き、帽子を動かす。

 

「まぁ、そんなわけでさ。協力してやりたいんだよ」

 

 お人好しな性格や、過去にそんな経験があれば、モンメンの力になりたいと尚更思うのもおかしくはないだろう。

 

「初めてゲットしたポケモンとの涙の別れ……! くっ、思わず泣いてしまいそうだ……! サトシ、君さえ良ければ、何時かもっと詳しく聞かせてくれないかな?」

 

「あたしも!」

 

「あぁ、その内な」

 

 そのエピソードの詳細の約束をし、サトシ達は本題に戻る。

 

「さてと、強くなるには、やっぱり特訓しかないわけだけど、相手は誰が良いかな……」

 

「ルッグルッグ」

 

 このモンメンの実力はかなり低い。となると、相手を選ぶ必要があるが、そこでズルッグがサトシのズボンを引っ張る。まるで、自分がやると言いたげだ。

 

「ズルッグ、お前がバトルの相手をしてくれるのか?」

 

「ルッグ」

 

「うん、良いと思う」

 

 ズルッグの単純な実力は、サトシ達の中で一番下。モンメンの相手としては最適だろう。

 という訳で、モンメンとズルッグの特訓が始まるも。

 

「モンメーン……」

 

「ルッグー……」

 

「メーン……」

 

 にらみつけるで逃げてしまう、技をしっかりと見てかわすのを見すぎて諸に受けた。これにはサトシもズルッグも頭を手で抑えた。

 とはいえ、悪いところばかりではなかった。途中で使ったコットンガードは中々使える。

 しかし、それだけに頼るのも不味いので、先ずは回避の基礎を言葉だけでなく、行動も合わせて教えていく。

 

「良い感じだ」

 

 一度覚えると、モンメンは回避をしっかりとこなしていく。筋も良く、飲み込みが早い。

 能力はあったが、経験が無くて活かせなかっただけだったのだろう。このまま教えて行けば、それなりの実力を身に付けれるに違いない。

 

「キバキバ、キババ!」

 

「キバゴも手伝いたいの?」

 

「キバ!」

 

「そっか! サトシ、次はキバゴにさせてくれない?」

 

「良いぜ。ズルッグ、交代」

 

「ルッグ」

 

 キバゴが代わり、ひっかくで攻撃していく。モンメンは爪の連撃をしっかりと回避する。

 

「エナジーボール!」

 

「メー……モッ!?」

 

 タイミングを見計らい、先程放ったエナジーボールを発射するが、球はフラフラと移動して落ちた。

 

「あー、これも直さないとダメだな」

 

 真っ直ぐに放てないのはバトルでは致命的だ。これを直さないと話にならない。

 

「モンメン、次は技をしっかり放つ練習だな。狙いは……あれが良いな」

 

 近くに岩があるので、それを的にして練習を始める。

 

「モンメン、撃つ時は先ず狙いを定める。で、大切なのは技を出す時に動かないこと。しっかりと構えて撃つんだ。でないと、溜めた力が抜けたり、真っ直ぐ行かなくなるからな」

 

「メン。メー……モッ!」

 

 サトシに支えてもらい、またエナジーボールを打つ。今度は真っ直ぐに飛び、威力もあった。

 

「あと数回練習だ。ズルッグ、お前もさっきモンメンに言ったやり方できあいだまを撃ってみろ」

 

「メー……モンッ!」

 

「ズールー……グッ!」

 

 モンメンは自分でしっかり構え、エナジーボールを撃つ。ズルッグも溜めた後、強く踏ん張ってからきあいだまを投げる。

 草の球は真っ直ぐに飛んで岩にぶつかるが、闘気の球は途中までは真っ直ぐだが、そこからフラフラして落ちてしまった。まだ甘かったらしい。

 

「ルッグー……!」

 

「もうちょっとだな。頑張ろうぜ、ズルッグ」

 

「メーン」

 

「ルッグ!」

 

 サトシとモンメンに言われ、やる気を高めると、モンメンと一緒に発射の練習をこなしていった。

 

「よし、これぐらいだな。モンメンは次の試合。ズルッグはゆっくり休もうな」

 

「メーン」

 

「ルグ……」

 

 ズルッグが疲れた所で、発射の練習を切り上げ、試合に戻る。多くのポケモン達と軽い試合をこなしていく。

 

「イェーイ!」

 

「メーン!」

 

「うん、一通りの技術は身に付いた。これなら十分戦えるよ」

 

 指導により、技術を一つ一つ身に付けたモンメンはこの短期間でメキメキと実力を付けていった。

 さっきまでとは、比べ物にならない実力になっている。これなら大丈夫だろう。

 

「良い? 一度フラれたぐらいで諦めちゃダメよ! 何度もアタックするの! その熱意が伝われば、きっと上手く行くわ! はむっ!」

 

「普通の乙女は、恋について考えると食べ物が咽を通らないはずなんだけど……」

 

「なんか、恋について考えると腹が減るのよね~」

 

 どうやら、アイリスは中々に珍妙なお腹をしているようだ。

 

「モンメン、俺といたバタフリーも最初はフラれたんだ。だけど、一生懸命アピールする内に上手く行ったんだぜ。だから、お前一生懸命やれば必ず上手く行くさ!」

 

「メーン!」

 

 サトシ達の言葉を聞き、モンメンはやる気を十分に漲らせた。

 

「さぁ、さっきのモンメンを捜しに行こうか」

 

「けど、どこにいるんだ? もしかしたら、虹の谷にいる可能性も……」

 

「いや、ここから虹の谷は少し離れてる。時間や距離を考えると、もう到着したとは考えにくい。それにダイヤモンドブリーズが吹くのは、満月の夜の明け方。だからまだ到着してないと思うよ」

 

「そうよね、昨日の月はちょっと欠けてたし」

 

 つまり、まだ猶予はあるということである。

 

「だったら、直ぐにそこに向かおうぜ」

 

「ピカピカ」

 

「ルッググ!」

 

 善は急げ。早く向かおうとサトシは提案し、二人も賛同する。

 

「じゃあ、ズルッグ。お前は戻って――」

 

「ルッグ! ルッググ!」

 

 モンスターボールに戻そうとするも、ズルッグは拒んだ。

 

「モンメンの事が気になるのか?」

 

「ルッグ!」

 

 特訓の間に仲間意識が芽生えたのか、ズルッグはモンメンの結果を見届けたい様だ。

 

「じゃあ、皆で行こうぜ!」

 

 サトシ達はハトーボーと共に、先程のモンメンを捜すも発見は出来ず。

 なので、モンメンが自力ではなく風で飛ぶ事から、地形や風の向きから集まる場所を推測。そちらに向かって行く。同じくそこを目指す一団と共に。

 

「――メンーーーッ!」

 

「モンメン?」

 

「もしかして、さっきのモンメン?」

 

「いや、違うね」

 

 目的までもう少しの所で、一匹のモンメンがサトシ達の方に――つまり、モンメン達が集まると予想される場所とは逆方向から来ていた。

 しかし、このモンメンは綿がカールしていない。さっき告白したモンメンではなかった。

 

「メーン!」

 

 そのモンメンは何故か、泣きながらサトシ達とすれ違って行った。

 

「あっ、行っちゃった」

 

「あれ、間違ってた?」

 

「いや、そんな筈はないと思うけど……。とりあえず、向かって見よう」

 

 タブレットで確認しつつ進むサトシ達だが、どういう訳かモンメンが次から次へと自分達に向かい、過ぎ去って行く。しかも全員、泣きながら。

 

「なぁ、なんかおかしくないか……?」

 

「うん、明らかに妙だ……」

 

「フラれた……。にしては、多すぎない?」

 

 フラれ、傷心から。という可能性もあるが、だとしてもこんなに来るのは少しおかしい。サトシ達は違和感を感じていた。

 

「――メ~ン!」

 

「わっ! あっ、このモンメン……」

 

「メン!」

 

「さっきの子よ!」

 

 また一匹のモンメンが向かって来ており、当たりそうになったのでサトシが思わず受け止める。そのモンメンは頭の綿がカールしている、先程のモンメンだった。

 

「メン? メン」

 

 そのモンメンもさっきふったモンメンやサトシ達を思い出した様で、あっと呟いていた。

 

「なぁ、どうしたんだ?」

 

「メ~ン。メンメ~ン」

 

 モンメンは訴えるも、サトシ達には分からない。ただ、彼女達が集まる場所で何かが起きたのは確かだ。それも深刻な。

 

「急いで行こう!」

 

「あぁ!」

 

 二匹のモンメンを連れ、また何匹ものモンメンとすれ違いながら、急ぎ足でサトシ達はモンメン達が集まる広場に到着する。

 

「メーン!」

 

「メメーン!」

 

 同時に、二匹のモンメンがサトシ達の近くに転がり、身体を起こすと今までのモンメン同様、泣きながら逃げていった。

 

「なんだ……!?」

 

「――タッコ!」

 

 前を見るサトシ達。すると、その先には一匹のポケモンがいた。

 藍色の身体、赤色の円らな瞳、頭や手に丸い綿があるモンメンとは違った愛嬌があるポケモンだ。

 

「あれはワタッコだ!」

 

「ワタッコ?」

 

『ワタッコ、綿草ポケモン。ポポッコの進化系。風に乗って飛び、綿毛を巧みに操り、世界の好きな場所に自由に行ける』

 

「ロケット団のポケモンか……!」

 

「モンメン達が逃げてるのは、このポケモンのせい? けど、なんでそんなことするの? それになんでここにいるの?」

 

 このポケモンがロケット団のポケモンなのは火を見るより明らかだが、気になるのは何故ここにいて、モンメン達を追い払っているかだ。

 

「……! サトシ、さっきのワタッコの説明をもう一度聞かせてくれないか?」

 

「分かった」

 

 再度、ワタッコの情報を出す。それを聞き、デントはやはりと呟く。

 

「デント、分かったの?」

 

「ワタッコは情報によると、モンメンと同じ様に風に乗って飛ぶポケモン。つまり、ここにいるのは地形から最適な虹の谷から飛び立つため」

 

 風で飛ぶポケモンな以上、風を読む能力はあるはず。ダイヤモンドブリーズの風を利用し、ロケット団か元いた場所に帰るためにここに来たのだろう。

 

「だったら、モンメン達を追い払う必要なんて……」

 

 しかし、だとしたらモンメン達を追い払う意味がない。風に乗って飛べば良いだけなのだから。

 

「忘れたかい? ロケット団のポケモン達は野生のポケモン達と少なからず戦い、追われているはず。そんな心境の中、多くのポケモン達が来たら……」

 

「敵が来たと思う!」

 

「うん。おそらく、ワタッコもそう考えたはず。だから、安全に飛ぶためにもモンメン達を追い払ったんだろうね」

 

「そう言うことか……! だったら、ワタッコを説得しよう!」

 

 モンメン達に敵意がないことを話せば、ワタッコも警戒心を解くはず。そう判断し、サトシはワタッコに近付く。

 

「ワタッコ!」

 

「タッコ? ――!」

 

「モンメン達には敵意は無いんだ。だから――」

 

「ター……コッ!」

 

「ピー……カッ!」

 

 サトシを視認するワタッコだが、その瞬間に敵意を剥き出しにし、タネばくだんを発射。ピカチュウはエレキボールで打ち消す。

 

「攻撃してきた!?」

 

「……多分、ゼクロムに倒された一匹なんじゃないかな?」

 

 その推測は当たっており、ワタッコはサトシを敵だと完全に認識していた。

 

「じゃあ、説得はムリってこと~!?」

 

「倒すしかないね……!」

 

「メーン!」

 

「メメーン!」

 

「メメメーン!」

 

「モンメン達の悲鳴!?」

 

 保護の為にも、モンスターボールを構えるデントだが、突然後ろからモンメン達の叫び声が上がる。

 

「アイリス、デント! 俺がこいつを見とく! そっちは頼む!」

 

「分かった!」

 

 確認の為、デントとアイリスが急いで走る。すると、二人の人物とポケモンがいた。

 

「あんた達……!」

 

「ロケット団!」

 

 それはロケット団だった。彼等の側には大きな袋があるのだが、モゴモゴと動いている。

 

「何をしてるの!」

 

「この時期に集まるモンメン達をゲットしてるのよ!」

 

 ゼーゲルから、モンメンと虹の谷について聞き、広場に集まった大量のモンメンをゲットしようと来たのだ。

 しかし、突然モンメン達が広場から逃げ出したため、予定を変更。逃げたモンメン達を待ち構え、麻袋に積めていた。

 但し、そうなった原因のワタッコについては気付いていない。

 

「モンメン達の恋と旅立ちのこの神聖な時期を踏みにじるとは……許しがたいね!」

 

「だったら、どうする?」

 

「モンメン達を助けるに決まってるでしょ!」

 

「やれるのにゃら、やって見るにゃ! ――にゃ?」

 

「ソーナンス?」

 

 アイリスとデント、ロケット団のバトルが始まる――と思いきや、モンメン達を入れた麻袋が急激に大きくなっていく。

 

「な、何これ!?」

 

「何で大きくなってるんだ!?」

 

「どうなってるのにゃ!?」

 

「ソ、ソーーナンス!?」

 

「――メーン!」

 

 ロケット団、アイリスとデントも驚いていると、麻袋が膨張に耐えきれずに破裂。大量の綿と共にモンメン達が出てきた。

 どうやら、わたほうしやコットンガードで大量の綿を出し、袋を膨らませて破裂させたようだ。

 

「不味……!」

 

「メー……!」

 

「メ~……!」

 

「モーーーッ!」

 

 大量のモンメン達が、それぞれの技を発射。その一斉攻撃を受け、ロケット団は吹き飛んでいった。

 

「また失敗したわー。なんか、出オチねー。アタシ達」

 

「まさか、あんな方法で逃げるとはなー」

 

「予想外にも程があったのにゃ」

 

「――やなかんじー!」

 

「ソーナンス!」

 

 夜空に吸い込まれ、ロケット団はキラーンと消えていった。

 

「後はワタッコだ!」

 

「戻りましょ!」

 

 ロケット団は吹っ飛んでいった。残る解決するべき問題はワタッコだけだ。

 

「タッココココッ!」

 

「よっと!」

 

「メン!」

 

 発射された無数の種を、サトシとモンメンは回避する。

 

「サトシ!」

 

「アイリス、デント! そっちはどうだった!?」

 

「あの叫びは、ロケット団が捕らえようとしたからだったよ!」

 

「けど、モンメン達の反撃に遭って吹っ飛んだわ! 後はそのワタッコだけ!」

 

「分かった。じゃあ、何とかして――」

 

「メーン!」

 

 ワタッコを倒し、保護するだけ。サトシが本格的にバトルをしようとしたが、そこにモンメンが出る。

 

「モンメン?」

 

「メーン! メメーン!」

 

「お前が倒すのか?」

 

「メン!」

 

 サトシの腕の中にいる、自分がモンメンにアピールしたいのもある。しかし、それと同じぐらいにワタッコを倒し、仲間の恋や旅立ちを守りたい気持ちもあった。だからこそ、戦うと決めたのだ。

 

「分かった。がんばれ、モンメン!」

 

「ルッグルグ!」

 

「メーン! メー……ンッ!」

 

「タッコ! ワタッ!」

 

「メーン!」

 

 エナジーボールを放つモンメンだが、軽々とかわされたばかりか、ワタッコの反撃のタネばくだんを受けてしまう。

 

「ター……コーーーッ!」

 

「とびはねる! 草タイプのモンメンが受ければダメージは大きい!」

 

「モンメン!」

 

「メン!」

 

「タッコ!?」

 

「上手い! コットンガードで防いだ!」

 

 跳躍してから踏みつける飛行タイプの技、とびはねるをモンメンはコットンガードで防ぎ、弾いた。

 

「メメメメメッ!」

 

「タッコココッ!」

 

 そして、弾かれた所を狙い、はっぱカッター。全弾命中してダメージを与える。

 

「やった! 決まった!」

 

「メ~ン……」

 

 先程とは全く違うモンメンの動きのキレに、カールの髪型のモンメンは釘付けになる。

 

「このまま行けば、倒せるかもね」

 

「そう上手く行くと良いけどな……」

 

「どういうこと?」

 

「ワタッコは草タイプだけじゃなく、飛行タイプもあるんだ」

 

「そうか。モンメンのはっぱカッターやエナジーボールでは、ダメージが低い……」

 

 草タイプも飛行タイプも、草タイプの技を半減させてしまう。つまり、普段よりもとても効きづらい。

 一方、ワタッコも草タイプの技はモンメンには効きづらいが、飛行タイプの技のとびはねるがある。圧倒的に有利だ。

 

「けど、効果が全くない訳じゃないでしょ? だったら、攻撃して行けば大丈夫よ」

 

 確かにその通りだ。しかし、ワタッコはロケット団に所属していたポケモン。

 こなしてきた訓練や勝負の数はモンメンの比ではないはず。おそらく、簡単には勝てないとサトシもデントも予想していた。

 

「ワタタタタッ!」

 

「メン! メン! メメン!」

 

 種の乱射を、モンメンは三次元動作ですべてかわす。

 

「ワー……タッ!」

 

「わたほうしだ!」

 

「受ければ、素早さが下がってしまう!」

 

「メーン!」

 

 ワタッコが放ったまとわりつく綿を、モンメンは綿の盾で受け止める。よしと安心するモンメンだが、それが隙だった。

 

「――タッコーーーッ!」

 

「メーーーンッ!?」

 

 直後、モンメンの上からワタッコが降下。とびはねるを叩き込み、地面に落として大きなダメージを与えた。

 

「ルッグ!?」

 

「とびはねる!」

 

「わたほうしを防いだ隙を、上から突いたのか!」

 

 わたほうしはコットンガードを誘い、狭くなった視界の外から攻撃するための陽動だったのだ。

 

「モンメン、大丈夫か!?」

 

「メ、メン……!」

 

 身体を起こすが、ダメージが大きい。おそらく、後一回とびはねるを受ければ確実に倒れてしまうだろう。あれだけは食らってはいけない。

 

「メメメメモッ!」

 

「タッコ!」

 

「かわしながらのとびはねる!」

 

「これを受けたら決まるわ!」

 

 はっぱカッターをとびはねるの跳躍や浮遊の変則的な動きで避けつつ、攻撃を仕掛ける。

 

「――メン!」

 

 モンメンは綿の盾でとびはねるをガード。ワタッコはその弾力で弾かれた――と思いきや、それや頭や手の綿を駆使して更に跳躍。

 

「――ワタッ!」

 

「更に飛んだ!?」

 

「これは不味い!」

 

「ターッコーーーッ!」

 

 ワタッコは綿の壁を飛び越え、モンメンに止めの一撃を叩き込もうとする。

 

「メ、ン……!」

 

 やばい。そう思うものの、意表を突かれたせいで身体が動かない。止めを刺そうとするワタッコが迫るも、どうしたら良いか分からない。

 

「――モンメン、最後まで諦めるな! 特訓を思い出すんだ!」

 

「ルッググーーーッ!」

 

 そんな彼に、サトシとズルッグの言葉が響いた。そして、彼等との特訓を思い出す。相手をしっかりと見て――かわす。

 

「――メン!」

 

「――タッコ!?」

 

 必殺の一撃を避けられ、逆に驚くワタッコ。その隙を、モンメンは技の訓練での言葉、狙いを定め、身体をしっかりと固定する。それを思い出しつつ、エナジーボールを放つ。

 

「メー……モッ!」

 

「タッコッ!」

 

 続けてはっぱカッター。効果は薄くとも確実にダメージを与える。

 

「タ、タッコ……!」

 

「あれ? なんか様子が……?」

 

 距離を取るワタッコだが、その呼吸が乱れ出した。

 

「ダメージによるもの……と言うより、あれは疲れ?」

 

「疲れ? けど、モンメンと戦ってからそんなに時間は経ってないわよ?」

 

 長期戦になっているのならともかく、まだそんなに経っていないのに疲れるとは考えにくい。

 なるなら、能力に劣るモンメンの方が先だろう。なのに、何故ワタッコの方が疲れ出したのか。

 

「――いや、確かにこのバトルではそんなに経っていない。けど、ワタッコは既に数多くのモンメン達を追い払っていたはずだ」

 

「そっか! それで蓄積した疲れがこのバトルで出始めて!」

 

「って事は……これはチャンスだ! モンメン、一気に決めろ!」

 

 蓄積した疲労により、ワタッコの動きはかなり鈍っている。実力差は縮まったはずだ。

 

「メン! メメメメメッ!」

 

「タッコ! ――タコッ!」

 

 最初のはっぱカッターをなんとかかわすワタッコだが、続けてのはっぱカッターは疲労により、諸に受ける。

 

「メー……モッ!」

 

「タッコーーーッ!」

 

 モンメンは追撃にエナジーボール。これもまた直撃し、先のエナジーボールで特殊防御が低下したため、先程よりもダメージを与える。

 

「タ、タッコ……! ワターーーッ!」

 

「とびはねる!」

 

「最後の勝負に出たか!」

 

 ワタッコは残る全ての力を振り、大きく飛び跳ねた。そして、落下の勢いで加速しながらモンメンに迫る。

 

「――メン!」

 

「上手い! 惹き付けてからのコットンガード!」

 

 先程受けた経験を活かし、モンメンは惹き付けてからコットンガードを展開していた。これなら防げる、サトシ達はそう確信したが。

 

「――タッコ!」

 

「動きが変わった!?」

 

 ワタッコはまた綿を使い、軌道を真下に変更。更に手の綿の弾力を活かし、跳ねる様に横からモンメンに接近する。

 

「不味い、当たる!」

 

「モンメン!」

 

 絶体絶命の危機。しかし、モンメンは諦めない。展開したコットンガードに突っ込み、その弾力で後ろに移動。紙一重でとびはねるを避ける。

 

「タッコ!?」

 

「上手い! コットンガードで避けた!」

 

「決めろ、モンメン!」

 

「メン! メー……モーーーーーッ!!」

 

「ワターーーッ!!」

 

 モンメンはありったけの草の力を集約させ、打ち出す。渾身のエナジーボールは見事ワタッコに命中する。

 

「タ、タッコ……」

 

「メーン!」

 

「やった、モンメンが勝った!」

 

「ピカピカー!」

 

「ルッグルッグ!」

 

「本当によく頑張ったよ!」

 

「モンメン、エライ!」

 

 敗北一歩手前までに追い込まれながらも、勝利を勝ち取ったモンメンにサトシ達は喜ぶ。

 

「メメ~ン……。メ~ン!」

 

「メーン……」

 

 そして、その勝利にあのカールの髪型のモンメンも釘付け。呼び掛けると、何故かイケメンの顔付きや声のモンメンが振り返り、顔を赤くする。

 

「メ、メ~ン……」

 

 どうやら、奮闘に惚れたらしく、モンメンがイケメンに見えるのも恋の補正が掛かったのだろう。

 

「メーン」

 

「メ、メ~ン……」

 

 そして、そんな状態で求愛されては断る訳もなく、二匹はカップルとなった。

 

「恋が実った! 彼女はモンメンのヴィンテージになったんだ!」

 

「あぁ、上手く行って良かったよ」

 

「本当ね。あたしも頑張った甲斐があったわ。あむっ」

 

「こういう時ぐらいは食べるの止めなよ……」

 

 折角、あのモンメンの恋が成就したのにまだ食べるアイリスにデントはまた苦笑いだ。

 

「けど、こんな状態で他のモンメン達の恋は上手く行くかしら?」

 

 一方で、ワタッコの出現によって求愛を荒らされてしまった点は心配だった。

 

「まぁ、ワタッコは倒れたし、モンメン達も一年に一度のこの機会を逃したりはしないだろう。これ以上余計な事をするわけにも行かないし、モンメン達に任せようよ」

 

「だよな」

 

 心配であるが、これ以上介入するわけには行かない。後はモンメン達の頑張り次第だ。

 

「さて、後は虹の谷から旅立つのを見送ろうだけだけど」

 

「その前にワタッコの保護だな」

 

「よね」

 

 ここで逃がす訳には行かない。モンメンの求愛の為にも、保護はしっかりせねばならない。

 

「ワタッコ」

 

「タ、タッコ……」

 

「悪いけど、保護されてもらうよ」

 

「……」

 

 デントの言葉に悔しそうに俯きながらも、ワタッコは抵抗せずに大人しく出されたモンスターボールに入り、保護された。

 

「保護完了。じゃあ、虹の谷に行こうか」

 

「あぁ、行こうぜ」

 

「ルッグルッグー!」

 

 

 

 

 

 

「ここが虹の谷だよ」

 

「こりゃ、すごいな!」

 

 急いで虹の谷に向かい、到着したサトシ達。まだ少し暗いが、それでも見える谷は相当大きいのが分かる。

 その数分後、夜明けの日差しが現れ、ここが虹の谷と呼ばれる由縁を見る。

 

「大きな虹~!」

 

「それに光ってる!」

 

「そう。この谷は鉱石で出来ているんだ。だから、光を反射して虹を作り出し、また輝かせるのさ」

 

 それこそ、ここが虹の谷と呼ばれる由縁なのである。また、その鉱石の光がダイヤモンドブリーズを作り出す要因でもあった。

 

「風!」

 

「来たぞ!」

 

「ダイヤモンドブリーズだ!」

 風と共に、向こうから沢山のカップルになったモンメン達がやって来た。どうやら、モンメン達は相当頑張った様である。

 

「ズルッグ、モンメンの旅立ちだ。しっかりと見送ろうぜ!」

 

「ルッグ!」

 

 夜明けの光、モンメン達の喜びの声、その中で吹く輝く風。正に名所と呼ばれるに相応しい光景だ。

 

「ステキな光景~」

 

「とても美しい旅立ちの光景だ……」

 

「メーン」

 

「メ~ン」

 

「ルッグ!」

 

 サトシ達が感動し、見とれていると、その中でズルッグがモンメンとカップルになったカールの髪型のモンメンを発見。

 

「モンメン!」

 

 サトシ達も気付き、ズルッグと一緒に追い掛ける。

 

「ルッグルッグー!」

 

「元気でな!」

 

「仲良くするのよ~!」

 

「ベストウイッシュ! 良い旅を!」

 

「メーン!」

 

 限界まで走り、サトシ達はモンメンを見送って行った。

 

「言ったな」

 

「ルッグ」

 

「あたし達も、モンメン達に負けないように頑張らないとね」

 

「ライモンシティに行こう」

 

「あぁ!」

 

 モンメンの恋も成就させ、次の目的地に向かってサトシ達は旅を再開した。

 




 足りないと思った部分をちょっと加えました。


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未確認飛行物体騒動

 四週間ぶりで本当にすみません。色々あって、遅れてしまいました。


「これは……!?」

 

「なんだ!?」

 

 近くにあったポケモンセンターに前の件のワタッコを預けた日の夜。

 満天の星が輝く夜空の下、寝袋で熟睡していたサトシ達の耳に、森が騒ぐ音が響く。

 サトシとデントが身体を直ぐに起こし、辺りを窺うと空に目が眩む程の光が突然出現。しかも、その形は円盤状だった。

 

「まさか!?」

 

「UFOだ!」

 

「ウソ!?」

 

 遅れてアイリスも二人に駆け寄るが、その前にUFOは高速でジグザグに岩山の方に動いて去っていった。

 

「UFOって言ったけど!?」

 

「あぁ、すごい光ってて、ビューンってあっちに消えていったんだ!」

 

 とは言え、今はもう見えないが。

 

「ふっ……。ここからはイッツ――サイエンスタイム!」

 

 不意に、デントが不適な笑みを浮かべるとそう告げる。

 

「UFOの目撃情報には、見間違いが多い。しかし、先程の飛行物体の動きは流れ星や観測衛星ではあり得ないし、光が点滅してない所から飛行機でもない」

 

「よく分かったな」

 

「あぁ、僕はポケモンソムリエであると同時に、サイエンスソムリエでもあるからね」

 

「サイエンスソムリエ?」

 

 ソムリエと付いている事から、ポケモンソムリエ同様、何らかの職業だろうかとサトシは考える。

 

「UFOやオカルト等の超常現象を科学的に解明する。それがサイエンスソムリエさ」

 

「なんか、まためんどくさいことになりそうな気が……」

 

「キバ……」

 

 直感的に、アイリスはそう感じた。キバゴもだった。

 

「アイリスは今のUFO見なかったのかい?」

 

「はっきりとは……」

 

「でも、あれは間違いなくUFOだ! 宇宙人がいるんだ!」

 

「ふふっ、芳醇でアンサイエンティフィックなテイストがしてきたよ」

 

 未知への好奇心に、デントは不敵な笑みを浮かべた。

 

「――あれ? なにかしら?」

 

「どうした、アイリス?」

 

「いや、なんか今、光が変な動きをしたような……」

 

「キバキバ」

 

「変な動きの光?」

 

 夜空の光の一つが、奇妙な軌道を描いたのだ。サトシとデントが振り向くも、その光はもうない。

 

「もしかして、UFOの仲間!?」

 

「かなぁ……」

 

「何れにせよ、調査だよ」

 

 今日は夜も遅いので、サトシ達はしっかりと寝ることにした。

 

 

 

 

 

 翌日、サトシ達は近くにあったカフェで昨日のUFOについて情報収集。

 ここがUFOがよく目撃される事で有名なエリア28である事や、東にはイモリ博士と言われる人物がいること。

 彼がいる研究所で、見たことない宇宙を見る変な事件が起きる事を知る。

 

「そんなことが……」

 

「あぁ、それと三日ぐらい前だったな。夜空にこんなものが出てきたんだ」

 

 そう言って、カフェのマスターは一枚の写真を取り出す。その写真には、あるものが写っていた。

 

「これは……文字?」

 

「みたいだな。ただ、どんな文字なのか全く分からないんだ」

 

「確かに、見たことがありませんね……」

 

 サトシとアイリスは勿論、ある程度物知りなデントすら、その文字は初見だった。

 

「だから、最近ではUFOに何らかの変化が起きたのではとか、宇宙人が何らかの合図をしているとか。様々な憶測が出てくるようになってな。村で何が起きてるのやら」

 

 やれやれと、店のマスターはため息を付いた。

 情報収集も終わり、カフェから出たサトシ達は歩きながら聞いた話を整理。

 謎を知るにはイモリ博士に会った方が良いとデントは判断し、そうすることにした。

 

「あれがイモリ博士がいる研究所だね」

 

「早く行きましょ」

 

「――リグ」

 

 

 研究所に続く吊り橋を渡るサトシ達だが、その途中で彼等の脳裏にサトシが崩れた足場から落ちるビジョンが見えた。

 

「今、サトシが落ちる様な……!?」

 

「俺も見た!」

 

「あたしも!」

 

 試しにサトシが見た場所を何回か叩く。するとその足場に亀裂が走り、割れて落下した。

 

「あ、危な……!」

 

「にしても、こうして落ちる場所があったって事は……」

 

「誰かが見せて、知らせてくれたんだ」

 

「でも、誰が?」

 

 辺りを見渡すが、それを行なったらしい者の影はない。

 

「気にはなるけど……。とにかく、イモリ博士に会おう」

 

 吊り橋を渡り、デントが研究所の扉を叩く。

 

「あの、イモリ博士はいらっしゃいますかー?」

 

「――なんじゃ? 儂に用か?」

 

 扉が開き、灰髪の少しダル目をした中年の男性が出てきた。

 

「イモリ先生! あの、僕デントと言います。昨日、こっちに向かう二つのUFOを見たんです! 何か知りませんか?」

 

 デントの言葉に、イモリはまるで見られてたかと言わんばかりに小さく舌打ちする。但し、光でサトシ達には見えないが。

 

「……いや、残念だが知らんな。さぁさぁ返――」

 

「この声は……デントくんかな?」

 

「えっ、この声……」

 

 イモリは知らないと答え、デント達を追い返そうとする。その時、ある人物の声が彼の背後からし、近付いて来る。

 

「Nさん!」

 

「やぁ、サトシくん。アイリスくん。デントくん。やっとまた会えたね」

 

 イモリの後ろから顔を出したのは、Nだった。ゾロア、ポカブ、イーブイの三匹もいる。

 

「ヒウンシティ以来だね。元気そうで何よりだよ。ちなみに、ボクとは今まで通りに接して欲しい」

 

「分かりました」

 

 プラズマ団の王ではなく、一人の人間として前までの様に。サトシ達はNの提案に頷く。

 

「なんじゃ、お前さんの知り合いか?」

 

「はい」

 

「……ふむ」

 

 Nの知り合いと知り、イモリは少し考えている様子だ。

 

「……まぁ、折角来たんじゃ。扉前でぐちぐちするぐらいなら、中でお茶ぐらい飲むと良い」

 

 つまり、入れと言う事だ。サトシ達は中に入り、Nと一緒にソファーに座る。

 

「ところでNさんはどうしてここに?」

 

「この辺りに有名な博士がいると聞いてね。ボクは少し知りたがりなんだ」

 

 なので、Nはイモリに会ってUFOや宇宙に関する知識を深めようと会いに来たのだ。

 

「そうして博士から色々と話を聞かせてもらっている内に、キミ達と再会出来たと言う訳さ」

 

「そんなに有名ではないがのう」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ! 僕、先生の本に感銘を受けました! UFOが実際に飛ぶための科学的アプローチが、実にリアルなテイストで。何より、先生の本は難しい科学や宇宙の内容を分かりやすく解説してくれるので、スッキリ、爽やかなテイストでした」

 

「へー、俺も読んでみようかな?」

 

 デントの説明に、サトシは好奇心をそそられたようだ。

 

「ムリムリ、お子ちゃまなサトシじゃムリよ~」

 

「なんだとー?」

 

「茶化すのは良くないよ、アイリスくん。知りたいと言う気持ちは素直に応援すべきだ。知識は、人に新たな可能性や選択を与える。良い経験になると思うよ」

 

「あっ、はい……」

 

「ありがとうございます。やってみます」

 

 アイリスに茶化されるも、Nに言われ機会が有れば読もうとサトシは決めた。

 

「ところで先生。あれから数年も経っていますし、熟成されたその後の研究についてお聞かせください!」

 

「ダークマターを遮断出来れば、何時でも飛べると言う理論じゃな」

 

「ダークマター?」

 

 聞き慣れない単語に、サトシは新しいポケモンか何かかなと考えていた。

 

「ダークマターと言うのは、重力を発生させる物質だよ」

 

「また、この世界の四分の一を満たす物質でもある」

 

「その、ダークマターってのを遮断出来たらどうなるの?」

 

「無重力になって、円盤は浮くと言う訳さ。先生はダークマター遮断の方法を……」

 

「あぁ、出来るさ。まぁ、それは何時になるかは分からんがな。どんな理論も科学的に立証するには、長い時間が必要になる」

 

「そして、革新的な理論は最初冷やかな目で見られる。でも、前に進む為には笑われようとも実験を続けるしかない。ですよね?」

 

「そう言うことじゃ。でなければ、発展には繋がらん」

 

 嘲笑や失敗を恐れず、突き進む。その確固たる想いを持つ彼もまた、立派な博士と言えるだろう。

 

「話は変わりますが、博士は最近UFO番組には出なくなりましたよね?」

 

「あんな下らん企画はもううんざりじゃ。儂の専門はUFOと言うより、実際の――」

 

 続きを言おうとしたイモリや、サトシ達にまたイメージが写る。何かが爆発する光景だった。

 

「今の――」

 

「いかん!」

 

 イモリは何が起きるのかを一早く理解し、急いで地下に移動。サトシ達も続く。

 

「これは……」

 

「俺が昨日見たUFOに似てる!」

 

「じゃあ、サトシやデントが見たのって……」

 

 サトシ達が到着した部屋には、明らかにUFOと思える形状をした物体があった。

 

「多分、これが……。いや、それよりも博士は!?」

 

 左右を見る。博士は左側で強烈な電光を放つ、何かの装置をパネルで操作していた。

 

「さっきイメージで爆発した物だ!」

 

「お前さん達! さっさとここから逃げろ!」

 

「博士を置いて逃げる訳には行きませんよ!」

 

 サトシ達に気付き、デントは脱出を呼び掛ける。しかし、サトシ達もイモリを放って置く事が出来る訳もない。

 

「えぇい……! だったら、円盤に繋がっているエネルギーコードを外してくれ!」

 

「分かりました!」

 

 サトシ達は一斉にエネルギーコードを引っ張るも、何かに固定されている様に動かない。

 

「引っこ抜けない!」

 

「この様子……! ロックが掛かってる! 外さないとダメだ!」

 

「じゃあ、直ぐに――」

 

「リググ!」

 

 何かの声と共にガチャンとロックが外れ、エネルギーコードが引っこ抜ける。同時に電気の暴走も止まって行く。

 

「よし、これでもう大丈夫だ」

 

 装置の供給も安全に止め、暴走は停止する。

 

「さっきの声は……」

 

「リグ」

 

 また聞こえた声にサトシ達が振り向く。そこには薄い青緑の身体、長めの模様がある頭に緑色の瞳。手に赤、黄、緑の丸い突起がある宇宙人に見えそうな存在がいた。

 

「宇宙人!?」

 

「いや、これはリグレーだよ」

 

「歴としたポケモンだ」

 

「リグレー」

 

『リグレー、ブレインポケモン。砂漠の彼方から突然やって来た。その時まで、誰も見たことがないポケモン』

 

「――リグ」

 

 リグレーはサトシ達から隠れるように、イモリの足の影に隠れた。

 

「大丈夫。この人達は悪い人じゃない」

 

「リグ……?」

 

 その言葉に安心したのか、リグレーはイモリの抱き抱えられる。

 

「あっ、もしかしてさっきの爆発のイメージを見せたのは……」

 

「あぁ、こいつのおかげで惨事が免れて良かったわい」

 

「じゃあ、さっきの橋でもイメージを送って助けたのも……」

 

「ほう、そんなこともしてたのか?」

 

「リグ……」

 

 コクンとリグレーは照れ臭そうに頷き、サトシ達は笑みを浮かべる。

 

「博士、何時からUFOを作っていたんですか? それに、そもそもどうして作ろうと?」

 

 その後、イモリは大型円盤の検査をしている中、デントが彼にこれを造っている時期や切欠を聞いた。

 

「あぁ、それは確か……八歳頃だったな。夜空に突然動く光を見たんだ。元々宇宙が大好きだった儂は、その出来事を切欠に勉学に励み、宇宙工学の教授になったんだが……元からあった円盤型の飛行機、UFOを飛ばすと言う夢も捨てきれんくてな。学校を辞め、その研究に没頭し、小型円盤の飛行に成功するまでに至ったんじゃ」

 

「すごいじゃないですか!」

 

「えぇ、本当に」

 

 個人でそこまで到達したのだ。充分に凄いと言える。

 

「そう言われる程でもない。君が本で読んだ様に、UFOが光の速さを超えるにはダークマター、つまり重力を完全に制御して初めて可能になる。現在完成したこれは、あくまでプロペラで動く円盤の形をした飛行機に過ぎん」

 

 つまり、飛行機から円盤に形が変わっただけ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 

「今はこの試作品のテストを重ねながら、この大型を制作に取り掛かっていると言う訳じゃ。君達が見たのも、これじゃろう。ただ、このエリア28では、昔からUFOの目撃情報がある。儂がここに来る以前からもな」

 

「じゃあ、あたしが見たのは本物のUFO……?」

 

「……いや、実はそれもUFOではないんじゃ」

 

「えっ、どういう事ですか? 博士が操作してたのは一つだけですよね?」

 

「あぁ、一つだけじゃ」

 

 なのに、イモリはそのUFOは違う断言している。つまり、知っていると言うことだ。

 

「それを話す前に、先ずはリグレーと出会いを語ろう。半年前、何時もの様に試験運行していると、一時期に操作不能になってな。こいつに当たってしまったんじゃ。幸い、軽傷だったんで研究所で急いで手当をし、直ぐに治ってくれた。ただ、こいつは人見知りで臆病でな」

 

 リグレーは目覚めた直後、イモリを見るとテレポートで近くにだが隠れていたのだ。

 

「それでも一緒にいる内に徐々に慣れていってな。一緒に生活する事となった。そんなある日、見たことない宇宙を見たんじゃ」

 

 イモリはリグレーが宇宙に祖先がいると言う説を思い出し、もしかしてリグレーは宇宙に帰りたいのではと聞いてみたが、声や掌にある突起のパターンからでは分からなかった。

 

「リグレーの光の点滅パターンは儂以外にも多くの学者が研究をしていたが、解読出来た者はおらんかった」

 

「じゃあ、Nさんなら分かるんじゃ?」

 

「ん? どういう事じゃ?」

 

「Nさんはポケモンの声が分かるんです」

 

「ほう。それは本当か?」

 

「えぇ」

 

「面白いのう。なら、翻訳してくれんか?」

 

「構いません」

 

 リグレーの気持ちを知る絶好の機会だ。イモリは頼み、Nは受けた。

 

「初めまして、リグレー。ボクはN。良ければ、少し話しないかい?」

 

「……リグ」

 

 Nは優しく話し掛けるも、リグレーはイモリの背に隠れてしまう。どうやら、少し照れ臭い様だ。

 

「リグレーは恥ずかしいみたいです」

 

 相手が話そうとしなければ、翻訳もしようがない。

 

「そうか。なら仕方ない」

 

 無理をしてまでリグレーの気持ちを知ろうとは思わないので、イモリは翻訳を諦めた。

 

「話を少し戻そう。儂はリグレーがテレキネシスで物を浮かせるのを見て、ダークマターと関係しているのではと研究を始めた。誰にも騒がれる事なく、ひっそりと、な」

 

 その中のある日の夕暮れの事をイモリは思い出す。人見知りなリグレーが手を自分の手と重ねてくれたのだ。その時は嬉しくて微笑んだものである。

 

「だから、村の者が来た時はリグレーは儂を守ろうとしてイメージを見せたじゃろうな」

 

「そう言うことですか」

 

「宇宙が大好きなイモリ博士とリグレーの運命的な出会いって感じね~」

 

「とても素敵だと思います」

 

「リグレー、イモリ博士に出会えて良かったな」

 

 イモリとリグレーの出会い、今の関係にサトシ達は感銘を受ける。宇宙に関する者同士、会ったのは必然なのかもしれない。

 

「――運命的な出会い、か。あいつともそうなるかの」

 

「あいつ?」

 

「まぁ、お前さん達なら大丈夫じゃろう。さっきの光がUFOではないと言う儂の言葉の意味も含めてだが――お前さん、出てこい」

 

「……タミ」

 

 イモリの言葉に、恐る恐るながら一匹のポケモンが姿を表した。

 

「あっ!?」

 

「このポケモンは……!」

 

 表れたのは、紫色の星が重なった様な身体をし、赤い宝石の様なコアを持つポケモン、スターミーだった。

 スターミーはサトシ達を見て、おずおずと不安そうにしている。おそらく、ヒウンシティで戦ったのと同個体だろう。

 

『スターミー、謎のポケモン。ヒトデマンの進化系。中心のコアと呼ばれる部分は七色に輝くが、それは宇宙と通信しているからだと言われている』

 

「リグー」

 

「タミ、タミタミー」

 

 出てきたスターミーに、リグレーは近付く。二匹は掌やコアの光で何らかのやり取りらしきことをすると、笑い合う。

 

「イモリ博士、このスターミー……」

 

「あれは三日前の夜だったわい。円盤の試験運行をしていると、文字が突然出てきたな。その後にスターミーが円盤に近付いて来たんじゃ。じゃが、ダメージがあったんでな。そこで倒れてリグレーの時と同じ様に研究所に連れ帰って手当したんじゃよ」

 

 どうやら、噂の文字はスターミーが出した物だった様だ。

 

「その後は、助けてくれた事や同じ宇宙に関するポケモンだからか直ぐに儂やリグレーと仲良くなってな。コアの点滅パターンや、円盤の参考にと動作について調べておるんじゃ」

 

「じゃあ、昨日あたしが見たUFOは」

 

「スターミーじゃよ。こいつには、さっきも言ったが、円盤の参考の為に動いてもらったり、他にも万一円盤が落下した時の回収も頼んでいるからの」

 

「タミ」

 

 すみませんと、スターミーは申し訳なさそうに身体を前に振った。

 

「あの、イモリ博士はスターミーの事を知っているんですか?」

 

 さっきの口振りからすると、イモリはスターミーの存在を知っている風にしか見えない。

 

「宇宙について調べる中で、見たことがあっての。ただ、どうしてイッシュにいたかは分からん」

 

 つまり、イモリはスターミーの存在は知っているが、何故このイッシュにいるかまでは不明と言う事だ。おそらく、偶々来たぐらいにしか考えていないのだろう。

 

「……イモリ博士、ロケット団って知ってますか?」

 

「……」

 

「リグ?」

 

 サトシの質問に、スターミーは言葉が詰まるも、仕方ない言いたげに大人しくしていた。リグレーが心配そうにするも、大丈夫と振る舞う。

 

「ロケット団……。確か、指名手配されていて、最近ヒウンシティで大きな被害を出した。ぐらいしか知らんな」

 

 イモリは現在、人付き合いを避けている。なので、スターミーがロケット団のポケモンとまでは知らなかった。

 

「その被害を出したロケット団のポケモンの一体なんです。スターミーは」

 

「……スターミー。それは本当か?」

 

「……タミ」

 

 スターミーは否定せず、コクリと頷いた。

 

「……そうか。お前さんと会った時の怪我も、それが原因か……。となると、UFOに近付いたのはロケット団に関係あるかと思ったから。文字はロケット団との連絡をするためのか?」

 

「……タミー」

 

 スターミーは身体を縦に動かす。イモリの推測通り、UFOに接近したのはロケット団との関連があると思ったからで、文字はロケット団とコンタクトをするためのだ。

 

「ふーむ……まぁ、それについては良いかの」

 

「良いんですか?」

 

「さっきも言ったが、儂はロケット団をほとんど知らん。正直、聞いてもピンと来んわい」

 

「ですけど、何もしないままだとスターミーの為にはなりません。恨みを買ってますし……。最悪、イモリ博士がロケット団扱いされる恐れも……」

 

 なので、このままでは遭遇した場合、ほぼ問答無用で連れ去られてしまうし、スターミーといるイモリ博士もロケット団と認識される可能性があった。

 

「……それは困るのう。スターミー、お前さんはロケット団の元に帰りたいのか? 気持ちを知りたい」

 

「リググ?」

 

 誤認や強制を避けるため、スターミーの今の気持ちを、イモリもリグレーも確かめる。

 

「……」

 

 イモリとリグレー。サトシ達からにも見つめられるスターミーだが、本人は何も語らない。

 表情も無いため、顔から推測は出来ないが、何らかの迷い、そして葛藤を僅かながら全員が感じた。

 

「――ごめんなさーい」

 

「イモリ博士はいらっしゃいますか? 我々は宇宙局から参りました」

 

 保護の必要がある。サトシ達がその可能性を考えた直後、ピンポンとチャイムの音が鳴り響いた。

 

「……む? また客か?」

 

 緊迫した最中だが、対応しない訳にも行かない。イモリはリグレーとスターミーを隠し、サトシ達と一緒に外に出ると、そこには二人組の男女がいた。

 

「なんじゃと!? ダークマターの遮断方法を確立したと言うのか!?」

 

 二人組の話を聞くと、なんと自分の研究の成果が発見されたとのことだった。それが本当なら、UFOの完成は一気に進む。イモリは当然驚愕する。

 

「その通り。我々は遂にダークマターを遮断する事に成功したのです」

 

「その成果を、この研究の第一人者であるイモリ博士にご覧戴こうと思いまして」

 

「是非見たい!」

 

「では早速。この装置は姿を隠しているポケモンでも電磁ネットで保護します」

 

「そして、保護したポケモンの能力を封じ込める事が出来ます」

 

「はぁ……。何故、そんなものを?」

 

 ダークマターについての話の筈が、ポケモンの保護についてになっている。

 しかも話を聞く限り、まるで保護と言うよりは捕縛に近いようなとイモリは感じたが、関係があるかもしれないので最後まで聞くことにした。

 

「更に、この機械を動かすと――人間は動けなくなります」

 

「――なっ!?」

 

 二人組が最初に置いた板状のとは違う、四角い機械を転がす。それは縦に別れると、伸びた四つの棒の先端から電気の網の様な物が発生。サトシ達の動きを封じてしまう。

 

「――リグ!」

 

「甘い!」

 

 装置はサトシ達だけでなく、リグレーにも迫る。リグレーはテレポートで咄嗟にかわすが、移動した先で板状の機械が出した電磁気のネットに絡み取られ、捕らえられてしまう。

 

「リグレー!」

 

「リグ! リググ!」

 

「先程ご説明したよう通り、この中ではポケモンは能力を一切使えません」

 

「お、お前達、一体何者じゃ!」

 

「お前達一体何者じゃと言われたら!」

 

「答えてあげよう、明日のため!」

 

「以下省略にゃ!」

 

 変装を解いた二人組、ムサシとコジロウ、更に川底から気球と共に出てきたニャースが姿を現す。

 

「ロケット団! やっぱり、お前達か!」

 

「ピカピカ!」

 

「ロケット団!? さっき言っていた悪の組織の連中か!」

 

「ビンゴ」

 

「じゃあ、リグレーと更にピカチュウも頂いて行くぜ!」

 

「ピカピ!」

 

「ピカチュウ!」

 

 コジロウがもう一つ装置を取り出し、ピカチュウを捕縛。ムサシと一緒に気球に乗る。

 

「更に……。コロモリ!」

 

「モリリ!」

 

「エアスラッシュで吊り橋を落としなさい!」

 

「モリ!」

 

 出てきたコロモリは空気の刃を吊り橋の両端に当て、近道のための吊り橋を落下させた。

 

「じゃあ、さらばだ!」

 

「リグレー!」

 

 追跡も困難にさせ、ロケット団はそのまま徹底していく。

 

「あの装置を何とかしないと……!」

 

「……」

 

「スターミー!」

 

 追うためにも、装置を破壊しようとするサトシ達だが、そこにスターミーが出てきた。

 

「スターミー、頼む! これを壊し、リグレーとピカチュウを助けてくれ!」

 

「……」

 

「ど、どうしてしないの!?」

 

「まさか……!」

 

 イモリの頼みを聞かない事から、この機に乗じてロケット団に戻ろうとしているのでは。サトシ達は不安と共にそう思ってしまう。

 実際、これはスターミーにとって絶好のチャンスだ。サトシ達は動けず、ロケット団に戻るのはとても容易い。

 

「スターミー!」

 

「……!」

 

「どうか頼む! リグレーを助けてくれ! あいつは……儂にとって、大切な存在なんじゃ! ――お前と同じ様に!」

 

「タミ……」

 

 半年前から今まで共に過ごしてきたリグレーは勿論、まだ三日間とは言え、スターミーもイモリにとっては、どちらも失いたくないかけがえのない存在。だからこそ、イモリはありったけの想いを込めて声を届けた。

 

「――タミッ!」

 

 数秒間。その場にいた彼等にとってはその何倍もの時間を感じた時の中、スターミーは逡巡すると――高速で回転しながらの体当り。こうそくスピンで装置にぶつかって破壊し、サトシ達を解放した。

 

「スターミー……!」

 

「タミー!」

 

 スターミーが選んだ答は、ロケット団との決別だった。

 当初スターミーはリグレーを見て、珍しいポケモンだと思い、文字で気付いた仲間と共に連れ去り、ロケット団に戻るつもりだった。

 しかし、この三日間でその考えは変わっていた。イモリに手当してもらった翌日、お前さんは宇宙から来たと言われて、その質問にスターミーは左右に振って分からないと答えた事。

 それを切欠に、イモリが宇宙に行くために彼やリグレーとUFOの研究をする中、楽しさや暖かさを感じた事。

 また、自分が他のポケモンより少し違う身体をしているのは、イモリの言う通り、祖先が宇宙から来たからではないか。 そこから、スターミーは一気に宇宙への興味にを抱くようになり、行ってみたいと思うようになった。

 これが帰巣本能なのか、純粋な興味なのか。その答えを、そして叶うならその先の未知の世界をイモリやリグレーと共に知りたいと。だからこそ、ロケット団から足を洗うことを選んだのだ。

 

「タミ!」

 

「スターミー!」

 

 スターミーはサトシ達を自由にすると、リグレーを助けるべく、ロケット団の後を追い出した。

 

「博士、僕達も急いで追いましょう!」

 

「けど、橋は落とされてるわよ!?」

 

「回り道だと時間が掛かるね……」

 

 スターミーだけでは、ロケット団には勝てない。自分達も行く必要があるが、その方法がサトシ達には無かった。

 

「となれば……試作段階の円盤を使うしかない!」

 

 あの円盤なら、橋が無かろうが関係なしに行ける。問題は、試作段階故の不安定さだが、今はそんなことは後回しだ。

 

「博士! 僕達も一緒に行かせて下さい!」

 

「いや、しかし……!」

 

「俺達もリグレーやスターミーを助けたいんです! それに、ピカチュウも!」

 

 一緒に行こうとするサトシ達に、不安定な円盤に乗せるのを躊躇うイモリだが、サトシもまたピカチュウを連れ去られている事を思い出す。

 

「そうじゃったな。では、一緒に行こう!」

 

「急ぎましょう。方角を考えると……多分、追い付けるはずです」

 

「どういう意味ですか?」

 

「それは後回し。今は彼等を助けるのが先決だろう?」

 

 今のNの台詞が気になるものの、彼の言う通り、優先すべきはピカチュウ達だ。

 サトシ達は急いで地下室に移動し、大型の試作円盤に乗り込む。

 

「しっかりと掴まれ! 発進!」

 

 イモリが操作すると、円盤は四枚のプロペラを高速回転させて飛び立った。

 

「よし、ピカチュウもリグレーもゲット!」

 

「このまま逃げ切るわよー!」

 

 目的通り、二匹を捕まえたロケット団。このまま逃げ切ろうとしたその時だ。

 

「にゃ? なんか光――」

 

 木々の一ヶ所がキランと輝いた直後――光沢を圧縮した閃光が放たれた。それはロケット団の気球の一部を抉り取り、落下させていく。

 

「今の、ラスターカノン!?」

 

「誰が!?」

 

「落ちていくにゃー!」

 

「……」

 

 落下していく気球を見て、その原因である一匹はその後ろの円盤に乗る人物達を見て、方角を確かめながらロケット団を追い掛けていく。

 

「あー、もう! 誰の仕業よ!」

 

「そんなの後回しだろ!」

 

「さっさと逃げ――にゃ!?」

 

「スター!」

 

 十数秒後、落ちたロケット団は装置に捕らえられたままのピカチュウとリグレーを運ぼうとする。しかし、直後にスターミーのこうそくスピンが迫り、咄嗟にかわした。

 

「タミ!」

 

「リグ!」

 

 来てくれたスターミーに、リグレーは反応する。

 

「スターミー!?」

 

「まさか、ロケット団の?」

 

「だったら、話は早いにゃ。おみゃー、にゃー達と――」

 

「ター……ミーーーッ!」

 

「うわぁああぁ!?」

 

 着地したスターミーを見て、自分達の仲間だとロケット団は判断。助力を求めようとするも、スターミーは高圧の水、ハイドロポンプを発射。彼等は辛うじて避けた。

 

「ちょ、何で攻撃すんのよ!」

 

「タミー! タミミー!」

 

「な、何て言っているんだ?」

 

「『自分はもう、ロケット団と決別する。そして、そのリグレーは友達だから離せ!』と言ってるにゃ!」

 

「あー、もー! やるしかないわね! 行きなさい、メガヤンマ! コロモリ!」

 

「ヤンヤン!」

 

「モリリ!」

 

 スターミーは敵だと分かり、ムサシはメガヤンマとコロモリを繰り出す。

 

「お前らもだ、マスキッパ! デスマス!」

 

「デスマース!」

 

「キッパ! ――キッパー!」

 

「だああぁー! 今はそれどころじゃなーい! あいつと勝負!」

 

「タミー……?」

 

 コジロウはデスマスとマスキッパを繰り出すも、毎度の事ながらマスキッパに噛み付かれる。スターミーもえーと……と冷や汗を流す中、コジロウは急いで離した。

 

「容赦しないわよ! メガヤンマ、ぎんいろのかぜ! コロモリ、エアスラッシュ!」

 

「マスキッパ、タネマシンガン! デスマス、シャドーボール!」

 

「ヤンヤン! ヤヤヤン!」

 

「コロ、モリーーーッ!」

 

「キパパパパパッ!」

 

「デース、マッ!」

 

 銀の風、空気の刃、無数の種、漆黒の球を避けていくスターミーだが、数が多すぎる。かわしきれず、一つを受けると次々と受けていく。効果抜群の技もあり、ダメージは大きい。

 

「タミー!」

 

「リグー!」

 

 技を受け、スターミーは地面に落下して転がり、リグレーは悲鳴を上げた。

 

「――タミ! タミ……タミ……!」

 

 スターミーは強く踏ん張り体勢を立て直すも、ダメージから息は荒い。

 

「四対一でよく耐えるわね」

 

「だが、これで終わりだ!」

 

「――にゃ!?」

 

 ロケット団がスターミーに止めを叩き込もうとした瞬間、スターミーの背後から先程ロケット団の気球を墜落したのと同じ光――ラスターカノンが放たれた。ロケット団は攻撃を止め、回避する。

 

「さ、さっきのと同じラスターカノンだ!」

 

「ど、どこのどいつなのよ!?」

 

「タ、タミ……?」

 

「リグレー! スターミー!」

 

「ピカチュウー!」

 

 ラスターカノンを放ったのが誰なのかを知ろうと、スターミーが振り向こうとしたその時、プロペラの四重音と共に声が響く。大型円盤に乗ったサトシ達が追い付いたのだ。

 

「ジャリボーイ達にゃ!」

 

「あー、もー! こんな時に!」

 

「だったら、少し離れてもらうぜ! マスキッパ、デスマス、あれを落とせ! タネマシンガン! シャドーボール!」

 

「キー……パパパッ!」

 

「デースマース!」

 

「ま、不味い!」

 

 サトシ達が乗る円盤を落とそうと、二つの技が迫る。直後、また光沢の光が放たれ、タネマシンガンとシャドーボールを相殺した。

 

「またラスターカノンにゃ!」

 

「誰が……?」

 

 この場にいる一同がラスターカノンに戸惑い、苦い表情をする中、違う反応する者達がいた。

 

「――皆、降りるよ。掴まって」

 

「ゾロ」

 

「カブ!」

 

「ブイッ!」

 

「Nさん!?」

 

 それはN達だ。彼等は円盤から飛び降り、Nの見事な体捌きで難なく着地する。

 

「お、おみゃー、確か夢の跡地で見た……!」

 

 ニャースがNを思い出した後、Nは背後を向く。

 

「――ありがとう」

 

 彼の声に応える様に、背後の森から重さを感じる足音と共に一匹のポケモンが出てきた。

 

「あれは……!?」

 

「ボスゴドラ!?」

 

 出てきたポケモンは、分厚い鋼の鎧に包まれ、二本の角が特徴的の鉄鎧ポケモン、ボスゴドラだ。

 ボスゴドラはドスドスと音を鳴らしながら歩くと、N達の前に移動し、ロケット団を睨み付ける。

 

「ありがとうね、ボスゴドラ」

 

「ゴド」

 

 再度の礼に、ボスゴドラは気にするなと返す。この身で彼等を守り抜く。それが自分の役目なのだから。

 

「あ、あんた、何者よ!」

 

 自分の組織のポケモンと親しげなNに、ムサシは何者かと質問する。

 

「キミ達だけが知らないで、こっちが知っているのは不公平だね。――ボクはN。プラズマ団の王」

 

「……プラズマ団の王!?」

 

 戸惑っていたロケット団だが、Nがプラズマ団のトップと知り、驚愕した後皆で話し合う。

 

「お、おい、本当にあいつがプラズマ団のボスなのか?」

 

「とてもそうは見えないにゃ。ウソついてるかもしれないにゃ」

 

「だとしても、プラズマ団の連中がいるのよ。アイツ等の事を知るチャンスじゃない。ピカチュウやリグレーと一緒に連れていくわよ!」

 

 プラズマ団のトップなのかの真偽よりも、Nを捕らえる事が重要だとムサシは言い、コジロウとニャースも賛同する。

 

「……って言うか、ボスゴドラ、アンタなんでソイツといるのよ!?」

 

 早速、Nを捕らえようとしたロケット団だが、そこでボスゴドラと彼が一緒にいることに改めて驚く。

 自分達を貶めたプラズマ団といるなど、あり得ないはずだから。

 

「その理由は簡単。彼はボクの仲間になったからだ」

 

「ゴド。ゴドドーラ」

 

「な、なんて……?」

 

「『もう、ロケット団にいるつもりは全くない。自分は彼と共に歩む』って言ってるにゃ……!」

 

「け、けど、ソイツらは――」

 

「ムダだよ」

 

 あることを言おうとしたコジロウに、Nが入り込む。

 

「何を言おうが、彼はボクと共に歩む。第一、キミ達、ロケット団は略奪、調教、洗脳をする確かな『悪』だろう? それをしっかりと把握した彼が戻ると思うかい?」

 

「うっ、そ、そう言われると……」

 

「否定出来ないのにゃ……」

 

 確かに自分達はれっきとした悪だ。それを出されると何も返せない。おまけにボスゴドラは強い意志が込もった瞳で睨んでくる。ロケット団は何を言っても無理だと悟った。

 

「……キミ、一つ聞いても良いかい?」

 

「……にゃーのことにゃ?」

 

「そう、キミ。夢の跡地の時も思ってたけど、キミはどうしてポケモンの声ではなく、人の声を話しているんだ? キミには立派な自身の声があるのに」

 

 夢の跡地の時は事態の解決を優先したため後回しにし、直ぐに去ったので聞けなかった。

 今はピカチュウとリグレーが捕まってはいるが、仲間がいるので大丈夫と考えており、ここで訪ねたのだ。

 

「そ、そんなこと言う必要はないにゃ」

 

「……そうか。なら、聞かないで置くよ」

 

 少し言い淀むニャースに、事情があるのだろうと推測したNは詮索を止めた。

 

「じゃあ、もう一つ聞こう。キミ達はこのままロケット団に所属したままなのかい? キミ達が罪を償う気があるなら、ボク達と共に来ないか?」

 

 Nの言葉に、ロケット団は勿論、サトシ達も驚愕から呆然とする。

 

「……ふーん、面白い事言うじゃない。だけど、断るわ」

 

「俺達は泣く子も黙るロケット団!」

 

「ロケット団以外に行くつもりなんて、微塵も無いのにゃ!」

 

「……残念だ」

 

 提案を断られ、Nは心底残念な表情を浮かべた。

 

「話も終わりよ! ハブネーク、アンタも出なさい!」

 

「マネネ、お前もだ!」

 

「ハーブ!」

 

「マネー!」

 

 ロケット団は残りの二匹も繰り出し、持てる戦力全てを投入する。

 

「ハブネーク、かみつく! メガヤンマ、はがねのつばさ! コロモリ、エアスラッシュ!」

 

「マネネ、サイケこうせん! マスキッパ、つるのむち! デスマス、シャドーボール!」

 

「ハーーーブッ!」

 

「ヤーーーンッ!」

 

「モリリリッ!」

 

「マ~ネ~ネ~~~ッ!」

 

「キー、パッパッ!」

 

「デース、マッ!」

 

「ボスゴドラ、てっぺき」

 

「ゴドッ!」

 

 ロケット団のポケモン達による、六つの攻撃。それらに対し、ボスゴドラは防御を高めつつ、受けの構えを取る。

 

「どうよ! この一斉攻撃!」

 

「受ければ、一堪りも――」

 

「……ゴド!」

 

「――って、全然効いてないのにゃーーーっ!?」

 

 六つの攻撃を受けたボスゴドラだが、物ともしていない様子だ。

 

「ボスゴドラ、ラスターカノン」

 

「待ってください、Nさん! 迂闊な攻撃は――」

 

「ゴードー……ラーーーッ!」

 

「ソーナンス!」

 

「ソー……ナンスーーーゥ!」

 

「なっ……!」

 

「ゴド!?」

 

 反撃にラスターカノンをボスゴドラ。瞬間、ソーナンスが前に出るとミラーコートを展開。二三数えた後、増幅しながら反射される。

 

 

「ゴドッ!」

 

 倍返しのラスターカノンを、ボスゴドラはまた防御体勢で受けた。高い防御力を持つものの、流石に自分の攻撃を倍返しで食らえばダメージは免れなかった。

 

「大丈夫かい、ボスゴドラ?」

 

「ゴドゴド」

 

 問題ない、それよりもそっちこそ受けてないかとボスゴドラは聞く。

 

「キミが守ってくれたから、ボク達には怪我一つないよ」

 

「ゾロ、ゾロロ」

 

「カブブー」

 

「ブイブイ!」

 

 N達は大丈夫と知り、ボスゴドラは良かったと微笑む。

 

「にしても、さっきのはミラーコートか」

 

「そーよー。ちなみに、ソーナンスはカウンターも出来るわよー?」

 

「下手に攻撃すると、そっちが危ないぜ?」

 

「……」

 

 ソーナンスが物理と特殊、その両方を反射可能と知り、Nは少し考える。普通の攻撃は逆効果なら、違う方法で攻めるべきだ。

 

「――スターミー、ボクの指示に従ってくれるかい? ピカチュウやリグレーを助けるために」

 

「……タミ!」

 

 策を考えたNは、スターミーに協力を求める。反撃と同時に救出も行なうつもりだ。スターミーは友達のためならと頷く。

 

「ありがとう。ボスゴドラ、もう一度ラスターカノンだ」

 

「……ゴド!」

 

 ソーナンスがいながら同じ攻撃。しかし、Nには考えがあるのだろうと分かり、ボスゴドラはその指示に従う。

 

「ゴドー……ラーーーッ!」

 

「性懲りもなく、また攻撃? ソーナンス、やっちゃいなさい!」

 

「ソーーー……ナンスゥーーー!」

 

 五度目のラスターカノンを、ソーナンスは堪えながら反射。倍返しになった技がN達に迫る。

 

「今だ、ボスゴドラ。――メタルバースト」

 

「ボースー……ゴドラーーーーーッ!!」

 

「ソーナンスーーーッ!?」

 

 倍返しのラスターカノン。ボスゴドラは受け止めると、身体から強烈な衝撃波が発生。ソーナンスに命中し、吹き飛んだ。

 

「今だ、スターミー。こうそくスピン。装置を狙うんだ」

 

「タミッ! タミミミーーーッ!」

 

 ソーナンスが吹き飛び、ロケット団の注意がその瞬間、スターミーがこうそくスピンを発動。素早く捕縛装置目掛けてぶつかり、破壊。ピカチュウとリグレーを解放する。

 

「そ、装置が壊されたにゃ!」

 

「ピカチュウ!」

 

「リグレー!」

 

「ピカ!」

 

「リグ!」

 

 解放された二匹は、スターミーと共に素早くロケット団から離れ、N達の近くに移動する。

 

「技を更に返されるのは、流石に慣れてないだろう?」

 

「くうー!」

 

 そう、Nの策は倍返しの技を利用し、メタルバーストで更なる反撃する事だった。

 

「今だ、ピカチュウ! 10まんボルト!」

 

「ボスゴドラ、ラスターカノン」

 

「スターミー、ハイドロポンプじゃ!」

 

「ピーカー……チューーーッ!!」

 

「ゴードーラーーーッ!!」

 

「ター……ミーーーッ!!」

 

 そして、ロケット団に電撃、光沢の光、水流を発射。体勢が崩れたままのロケット団に止めの一撃を与えた。

 

「あーもー! 今回は上手く行きそうだったのにー!」

 

「しかも、ロケット団のポケモンに邪魔されてかー。はー……」

 

「まぁ、仕方ないにゃ。あいつらの道はあいつらが決める事にゃ」

 

「せーのー……やなかんじーーーーーっ!!」

 

「ソーーナンスッ!」

 

「マネネ~~~」

 

 仲間であった彼等によって失敗したことをため息を溢しつつ、自分で離脱を決めた彼等の意志を尊重しながらロケット団は彼方へと消えていった。

 

「――ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 ロケット団を片付け、サトシはN同様に飛び降りる。ピカチュウはそれを見て彼同様に駆け寄り、一緒に抱き着いた。

 

「リグレー、無事で何よりじゃ。スターミー、ありがとの」

 

「リーグ」

 

「ターミ」

 

 一件落着し、サトシ達は一安心する。

 

「Nさん、このボスゴドラ……」

 

「ロケット団にいたけど、話し合う中でボクの同志になってくれたんだ。ここにいるのは、重さから橋が落ちる可能性が高かったから、ここにいたんだよ。……モンスターボールは無いからね」

 

「ゴド」

 

「そうだったんですか」

 

 Nとしては一緒に行きたかったのだが、ボスゴドラの体重は三百キロ以上。なので、彼は自分から森の中で待ったのだ。

 そして、そうして待っていると、ロケット団の気球が見えたため、撃墜したと言う訳だ。

 

(……かなり強い)

 

 ボスゴドラを見つめるサトシ。ヒウンシティで戦った、ゲンガーやプテラと同等の実力者と見ていい。

 

(……あれ、ボスゴドラ?)

 

 ボスゴドラに関して、ある人物、ベルが言っていた事をサトシは思い出した。もしかすると、このボスゴドラはそれと同個体かもしれない。

 

「――むっ!?」

 

 それを考えていると、突然破砕音が聞こえた。発生源は大型円盤で、プロペラが壊れて行く。

 

「アイリス、デント、イモリ博士!」

 

「な、なにこれ!?」

 

「博士、これは……!」

 

「くっ、やはりまだ完成してなかったか!」

 

 どうやら、大型円盤が動作不良に陥った様だ。破損の衝撃で大型円盤が傾き、そのまま滑るように落ちていく。

「皆!」

 

「ダメだ、間に合わない……!」

 

 落下方向は、自分達とは正反対。これでは対応が追い付かない。

 

「――リグ!」

 

「――タミ!」

 

 落ちていく大型円盤が、突然緑色の光に包まれる。リグレーのテレキネシスだ。

 大型円盤を念動力で持ち上げようとしているのだが、重量が有りすぎてテレキネシスだけでは止めきれない。

 だが、落下スピードは低下した。出来た時間に、スターミーが大型円盤の落ちる方向に移動すると、全力でこうそくスピン。

 渾身の回転による空気の渦が発生し、大型円盤の落下を大幅に下げた。

 

「ゴド、ラ」

 

 二匹の力により、かなりゆっくり下がる大型円盤の真下にボスゴドラが移動し、かなり重量がある円盤をしっかりと受け止め、地面にゆっくり降ろした。

 

「た、助かった~」

 

「か、間一髪……」

 

「ありがとの。リグレー、スターミー。それにボスゴドラ、じゃったか? お前さんもな」

 

「リググ」

 

「ターミー」

 

「ゴド」

 

 リグレーとスターミーは嬉しそうに応え、ボスゴドラは礼儀正しく頷いた。

 リグレーとピカチュウは救出し、イモリ博士達も無事助かった。漸く一件落着だ。

 

「すまんのう、ここまで運んで貰って」

 

「いえいえ」

 

 その後、サトシ達は遠回りでかなり時間を掛けつつも、研究所に帰還。

 大型円盤もボスゴドラがリグレーのサポートを受けながら運んだが、さっきのでかなり破損したようだ。

 

「イモリ博士、円盤が……」

 

 

「まぁ、壊れてしまったもんは仕方ない。また造るさ。宇宙に行くためにもな」

 

 かなりの時間と労力を費やし、開発した大型円盤が壊れたのを目の当たりにしても、イモリ博士は凹たれなかった。

 

「やはり、宇宙を目指して開発を……」

 

「あぁ、リグレーが宇宙から来たポケモンだというのも、リグレーが宇宙に帰りたいと思っているのも儂の思い込みなのかも知れん。だが、その答は宇宙に行けば分かることだ」

 

 だから、イモリは開発を続けるのだ。その答を確かめるべく。

 

「そして、スターミーも宇宙に行きたがっておるしな」

 

「タミー……」

 

 嬉しさからか、照れ臭そうにスターミーは頭を掻いた。

 

「スターミーについては、どうしますか?」

 

「……まぁ、言うしかないの。で、ロケット団から足を洗った事を行動で示すしかないじゃろうて」

 

「タミー……」

 

「気にするな」

 

 迷惑かけてすみませんと、スターミーは頭を下げるも、イモリは気にするなと返す。これもスターミーの為。仕方ない。

 

「リグレー、これからは少し騒がしい日々になるかもしれんが、改めて――」

 

「……」

 

 宜しくなと言おうしたイモリと、サトシ達にあるイメージが流れ込む。最初はイモリと二人きりの、後半からはスターミーを加えた日々のだ。

 

「今のは、イモリ博士達の……?」

 

「でも、リグレーはどうしてそれを見せたの?」

 

「もしかすると、リグレーはイモリ博士やスターミーと一緒にいる方が良いのかもしれません」

 

「そうなのか、リグレー?」

 

 リグレーはその問いに、掌の三つの突起物を光らせる。しかし、やはり意味は分からない。

 

「ふむ……。まぁ、だとしても……宇宙には行くさ。答、未知の世界を知りたいからの。その後、リグレーとスターミーが一緒にいたいと思うのなら、儂はそうするだけだ」

 何にせよ、宇宙には行くようだ。それは宇宙が彼等の次に繋がる目標だからだろう。サトシ達はそう理解した。

 

「じゃあ、僕達はこれで失礼します」

 

「そっちも元気でな」

 

「リグー」

 

「タミー」

 

 イモリ博士達の見送りを受け、サトシ達は研究所を後にする。

 

「サトシくん」

 

「何ですか、Nさん?」

 

 その中には、N達もいた。

 

「少しの間、キミ達と一緒にいても良いかい?」

 

「俺は良いですよ」

 

「あたしもです」

 

「僕も構いません。だけど、Nさんは――」

 

 今のポケモンとトレーナーの関係を変えようとする、プラズマ団。しかも王――即ち、トップだ。それなのに、自分達といても良いのだろうか。

 

「うん、キミ達とは考えは違う。でも、だからと言って一緒にいては行けない理由は無いだろう?」

 

「そうだぜ、デント。別にNさんがいても良いじゃないか」

 

「そうそう」

 

「まあね」

 

 確かに思想が違うからと言って、一緒にいては行けない理由はなかった。

 

「じゃあ、一緒に!」

 

「ありがとう。あっ、サトシくん。空のモンスターボールを貰っても良いかい?」

 

「構いませんよ。どうぞ」

 

 ボスゴドラ用だろう。サトシは空のモンスターボールをNに渡す。

 そして、Nはそのモンスターボールをボスゴドラに当て、ゲットを済ませると直ぐに出す。

 

「モンスターボールは……」

 

「ボクが持って置く。一緒にいる最中、アララギ博士に会えたら渡して置きたいからね」

 

 前は日単位で一緒にいることは無いため、モンスターボールをサトシに渡していたが、Nとしては可能ならアララギに直接渡したい。

 今回はサトシ達としばらくいるため、離れるまでは自分が持つことにしたのだ。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

「うん、行こう」

 

 Nを加え、賑やかになったサトシ達は目標に向けて歩き出した。

 



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甘えん坊な蟻地獄

 二週間振りですみません。前半だけですが、投稿します。


「今回の料理の隠し味は若草を運ぶ緑のそよ風。そして、木漏れ日の輝き。君も芳しく感じるだろう、ヤナップ?」

 

「ヤナー」

 

「ピカー」

 

「キバ~」

 

「うん、確かに良いね」

 

 料理を作りながら語るデントの表現に、ヤナップ、ピカチュウ、キバゴの三匹はそれを味わうように息を吸い、Nは頷く。

 

「えぇ。正に、森のエッセンス溢れる――」

 

「イヤッホー!」

 

「いえ~い!」

 

「おやおや」

 

 テンションを上げながらデントは続きを言おうとしたが、それをターザンごっごしているサトシとアイリスの声が中断する。

 

「デントー、これ気持ち良いぜー」

 

「一緒にやってみな~い? Nさんも~!」

 

「あはは、サトシくんもアイリスくんも遊びに夢中になってるようだよ」

 

「……ですね」

 

「けど、そうやって遊ぶ分、お腹は減る。より、キミの料理を美味しく感じてくれるんじゃないかな?」

 

「なるほど――あっ!」

 

 微妙な表情のデントだったが、Nにそう言われて機嫌を直す。しかし、その直後にターザンごっごで舞った一枚の葉が鍋に入ろうとする。

 

「――ゾロ」

 

 それをゾロアが早速と払う。

 

「ありがとう、ゾロア。って!」

 

 しかし、葉は一枚だけでなく、次々と落ちてくる。その全てをゾロアは素早く払う。

 

「こ、こら、サトシ、アイリス!」

 

「キミ達のせいで、木の葉が料理に入りかけてる。直ぐに止めるべきだ」

 

「あっ、すみません」

 

「直ぐに止めます」

 

 二人は直ぐに止め、デントに謝った。

 

「分かってくれて何よりだよ。まぁ、そんなに元気ならもう少し料理を作ろうかな。それまで遊んだらどうだい?」

 

「分かった。ピカチュウ、行こうぜー」

 

「そうするわ。キバゴ~」

 

 完成まで時間を潰そうと、二人はピカチュウとキバゴを連れ、もう少し遊ぼうと離れる。

 

「元気だね、サトシくんもアイリスくんも」

 

「まぁ、それが二人の良いところなんですけど……」

 

「今回みたいに、迷惑になることもありそうだね」

 

 元気が有り余るサトシとアイリスにあははと、二人は苦笑する。

 

「あー、さっきはデントに迷惑掛けちゃったなー」

 

「やり過ぎよ~。子供ね~」

 

「アイリスだってはしゃいでいたじゃないか」

 

「それはそうだけど。でも、そもそもサトシが誘ったんじゃない」

 

「木登りや枝渡りはアイリスだけの得意技じゃないってこと」

 

「言ったわね~。だったら、勝負よ!」

 

「良いぜ!」

 

 勝負の内容は勿論、さっき騒動になりかけた枝渡りである。視力の良いアイリスが見つけたオレンの実がある木をゴールにし、二人は早速競争。

 しかし、サトシは途中で枝を掴み損ね、落下。しかも落ちた場所は運悪く坂であり、滑り落ちていく。

 

「もうすぐだよ」

 

「ジャノー……」

 

「ハトー……」

 

「プルル……」

 

「モシモー……」

 

「バニー……」

 

「コラー」

 

 六匹のポケモンと、一人の新人トレーナー、シューティーが少しずつ輝くタマゴを見ていた。

 ヒウンシティで育て屋の保育園から受け取ったこのタマゴが、もうすぐ孵ろうとしていたのだ。

 

「痛っ!」

 

「うわっ!? サ、サトシ?」

 

「この声……シューティー?」

 

 痛むお尻を抑えながら、サトシはキョロキョロするとシューティーを視認する。

 

「どうしてここに?」

 

「いやー、ちょっと勝負してて、その途中でそこから滑り落ちゃってさ」

 

「何してるんだ、君?」

 

 相変わらず無茶なサトシに、シューティーは冷や汗を流す。同時にサトシは光輝くタマゴを見た。

 

「シューティー、そのタマゴ……」

 

「あぁ、もうすぐ産まれそうなんだ」

 

「そっか。なぁ、一緒に見ても良いか?」

 

「まぁ、構わないけど」

 

 別にサトシを追い払う理由もない。シューティーは許可。二人はしばらくタマゴを見つめると――優しい光と共に殻が弾け、蟻地獄ポケモン、ナックラーが姿を表した。

 

「クラ~……」

 

「生まれた……」

 

「新しい仲間が出来て良かったな、シューティー」

 

「ありがとう」

 

 シューティーの六匹のポケモンが喜び、その中心で軽く欠伸するナックラーに、シューティーはカメラで写真を撮る。

 

「クラ?」

 

「あっ、眩しかったか」

 

 写真のフラッシュが眩しいのか、ナックラーは少し目を瞑る。シューティーは撮影はここまでにし、ナックラーに近寄って少し屈む。

 

「よろしく、ナックラー。僕が君のトレーナーだ」

 

「ナック」

 

 コクンと、ナックラーは大きな頭を下げた。

 

「サトシ、ここにいた~。って、シューティー?」

 

 そこでアイリスが坂から降り、サトシと合流。更にシューティーを視認した。

 

「何してるの?」

 

「ナックラーが生まれるのを見てたんだ」

 

「えっ、本当!?」

 

「あぁ、ほら」

 

「本当だ」

 

 ナックラーがいるのを見て、アイリスは生まれる瞬間を見れずにちょっと残念がる。

 

「――バニ」

 

「――って、バニプッチ!?」

 

「キ~バ~!」

 

 アイリスとキバゴはバニプッチを視認すると、思わず距離を取る。ちなみに、髪型も変化していた。

 

「ど、どうしたんだ、アイリス? それにキバゴも」

 

「あ、あたし、氷タイプが苦手で……」

 

「なんで?」

 

「ドラゴンタイプの弱点だから……」

 

「……いや、ドラゴンタイプは自身も弱点だろう? なのに、氷タイプだけそうなるのは変じゃないか?」

 

「ま、まぁ……」

 

 アイリスの言い分に、シューティーが指摘する。ドラゴンタイプは自身のタイプが弱点になる。つまり、キバゴにも苦手でないとおかしい。

 

「それに、過去に何かあったのならともかく、タイプだけで苦手を決めるのはポケモンに失礼だろう?」

 

「うぅ……」

 

 至極尤もな言葉に、アイリスは何も返せない。

 

「と言うか、そもそもアイリスはなんで氷タイプのポケモンが苦手なんだ?」

 

「……竜の里にいたからかなぁ?」

 

 ドラゴンタイプだらけの場所にいたため、知らず知らずの内に弱点の氷タイプが苦手と言う印象を抱いたのかもしれない。

 

「……竜の里? 君、そこの出身なのかい?」

 

「う、うん。そうだけど」

 

「あれ? 知ってるのか、シューティー?」

 

「聞いたことはある。会ったのは彼女が初めてだけど。それより、君強いのかい?」

 

「ど、どうかな~?」

 

「……ふーん」

 

 キバゴは赤子、ドリュウズとは仲直り出来てない、エモンガはバトル嫌い、それらから自信無さげのアイリス。

 そんな様子を見て、シューティーは期待出来なさそうだと判断する。

 

「シューティー、この後どうする?」

 

「君と会えた訳だしね。バトル――と行きたい所だけど、先ずはナックラーがどれだけ出来るかを見ておきたいね」

 

 これからしっかり育てる為にも、ナックラーの能力を把握したかった。どうやって把握しようかと考えていると、サトシのお腹からグーと鳴る。

 

「お腹空いた」

 

「そういや、まだ食べてなかったわね」

 

「シューティー、もうご飯食べた?」

 

「いや、タマゴを見てたからね。産まれたからご飯にしようかと思ってた」

 

「じゃあ、一緒に食べようぜ」

 

「……まぁ、良いかな」

 

 自分で用意する手間が省けそうだ。シューティーは食事に同席する事にした。

 

 

 

 

 

「さぁ、召し上がれ」

 

「いただきます」

 

 シューティーは頭を下げると、シチューを頂く。しっかりと煮込まれ、味わい深い。

 

「どうかな?」

 

「美味しいです」

 

「良かった。ナックラーはどうだい?」

 

「ナ~ク……」

 

 生まれたてのナックラーには、味が薄めで柔らかいポケモンフーズが用意されていた。しかし、大きな口に手足が短いせいか食べにくい様だ。

 

「おや、食べにくいか……。誰かに食べさせてもらう方が良いね」

 

「ナックラー」

 

「ナ~ク」

 

 トレーナーとして、シューティーはポケモンフーズを一つ摘まみ、ナックラーに差し出して食べさせる。

 

「どうかな?」

 

「ナ~ナ~」

 

「美味しいって、言ってる」

 

「ナクナク~」

 

 Nの発言、ナックラーの態度からシューティーはもしやと質問する。

 

「Nさん、ナックラーの言ってる事が分かるんですか?」

 

「彼だけじゃなく、ポケモンの声なら分かるよ」

 

「便利ですね……」

 

 ポケモンと話せるNに、シューティーは自分にも同じ様に話せればと思った。

 

「だけど、これは他の人達より彼等と少しやり取りがしやすいと言うだけさ。一番大切なのはしっかりと向き合い、心を通わせる事だよ。ね、皆」

 

 Nの言葉に、仲間である四匹が頷く。その内の一匹、ボスゴドラにシューティーは注目する。

 

「しかし、ロケット団のポケモンを仲間にするなんて……すごいですね」

 

 これは犯罪組織のポケモンを仲間にした度胸、説得出来た両方の意味を込めてだ。

 

「しっかりと話し合い、向き合ったからだよ」

 

「それにNさんだけじゃないしな」

 

「他にもいるのか?」

 

「知っているだけだと三人」

 

 この前出会ったケニヤンとベル、イモリ博士。三人は前のゴルバットとチルタリスをゲットし、イモリ博士はスターミーといる。

 

「なるほど」

 

 その内、ロケット団のポケモンを持っている人物と出会すのは差ほど不思議な事にはならないかもしれないと、シューティーは思った。

 

「あの、Nさん。そのボスゴドラって……ベルと戦ったポケモンじゃないですか?」

 

「ボスゴドラ、そうなのかい?」

 

 ベルの特徴を語ると、ボスゴドラはコクリと頷く。やはり、同個体だった。

 

「にしても、彼女がボスゴドラを倒したのかい?」

 

「……一人で、ですか?」

 

 このボスゴドラは、ヒウンシティで苦戦したフーディンと同じクラスの強さだとシューティーは感じている。

 自分はデントと二人がかりで漸く倒したのに、ベル一人。それが引っ掛かる。彼女が隠れた実力者だというなら分かるが。

 

「いえ、確かオノノクスがいたから倒せたって」

 

「オノノクス。もしかして、色違いで片刃の無い?」

 

「知ってるんですか?」

 

「うん。そうか、確かに彼がいるなら倒せるだろうね」

 

 そして、オノノクスと戦った事があると知り、Nはボスゴドラを撫でる。

 

「ボスゴドラ」

 

「ゴド?」

 

「何れ、ね」

 

 その言葉に、ボスゴドラは理解する。自分とカイリキーを負かしたあのオノノクスとまた戦えるのだと。今度は勝つと、ボスゴドラは戦意を高めた。

 

「……さっきから何の話を?」

 

 Nは納得したが、オノノクスに会ったことのないシューティーはさっぱりだ。

 

「あっ、シューティーは分からないか」

 

 なので、サトシは色違いの片刃のオノノクスについて簡単に話した。

 

 

「――と言うわけ」

 

「……なるほど」

 

 万全でないとは言え、サトシを実質的に負かした程の強さ。そんな実力者がいるのなら、勝てても不思議ではない。

 

(……それほどのポケモンをゲット出来れば――いや)

 

 目標に一気に近付くが、サトシに勝てない自分では先ず無理だろう。どこにいるのかも分からないし、シューティーはその考えを取り下げた。

 

「ルググー」

 

「ブ~イブイ」

 

「キババ~」

 

「ナ~ク~」

 

 視線を動かすと最近生まれたばかりである四匹――ナックラーにズルッグ、イーブイ、キバゴの三匹が寄り添っている――が、楽しそうに話し合っている。

 

「和気藹々としてるね。穏やかで和むテイストだよ」

 

「四匹共、タマゴから生まれたばかりだから、気が合うのかもね」

 

「キバゴが率先してますが」

 

「あの中だと、一番早く生まれたからかも」

 

 なので、キバゴなりに兄らしく振る舞おうとしている様だ。そんなキバゴにイーブイやナックラーは素直に嬉しい様だが、ズルッグは少し微妙そうだ。

 

「サトシ、Nさん、アイリス。ご飯が済み次第、ズルッグ、イーブイ、キバゴのどれかとナックラーの練習をさせてくれないかな?」

 

「俺は良いぜ」

 

「イーブイが良いなら構わないよ」

 

「あたしも」

 

「ありがとうございます。ズルッグ、イーブイ、キバゴ。ナックラーと軽く試合をしてほしいんだけど――」

 

「キバ!」

 

「ルッグ!」

 

「ブ~イ!」

 

 三人から許可を貰い、三匹に頼むシューティー。すると、キバゴとズルッグが手を挙げ、イーブイが鳴く。その中でキバゴがいち早く手を上げた。

 

「一番早かったのはキバゴだな」

 

「じゃあ、キバゴで良い?」

 

「あぁ、良いよ」

 

「ルッグー……」

 

「ブ~……」

 

 とにかく、能力を把握し、経験を積ませたい。相手はキバゴに決まり、ズルッグとイーブイは少し不満そうだが、サトシとNに宥められる。

 しばらくして食事も終わり、食器やテーブルを片付け、早速バトル――と思いきや。

 

「ナックラー、君の初めてのバトルだ。頑張――」

 

「ナ~~~ク」

 

「ナ、ナックラー?」

 

 ナックラーはゆっくりとシューティーの側まで駆け寄り、甘えるように足にもたれ掛かる。

 

「……ナックラー、バトル――」

 

「ナ~ク、ナク~~ク」

 

「な、なんだい?」

 

「『抱き締めて欲しい』って言ってる」

 

「甘えたいのね~」

 

「赤子だから当然とも言えるね」

 

「シューティー、抱き締めてやったらどうだ?」

 

「……そうしとくよ」

 

 ナックラーは抱き抱えられると、シューティーにすりすりと頭を擦る。

 

「ナ~ク」

 

「喜んでる」

 

「そんな感じよね~」

 

 嬉しそうな声をナックラーは出しており、喜んでいるのが分かる。

 

「……さぁ、ナックラー。そろそろ――」

 

「……」

 

「……ナックラー?」

 

「――zzzz……」

 

「あっ、寝てる」

 

 静かになったナックラーを見ると、寝息を立てていた。

 

「こ、こら! ナックラー、バトルだ!」

 

「zzzz……」

 

「完全に寝ちゃってるわね~」

 

 シューティーは焦りながら必死に気持ちを抑え、優しく揺り起こすも、ナックラーは全く起きない。

 

「寝させたらどうだい? 生まれたばかりだから、無茶は良くないだろうし」

 

「……分かりました」

 

 と言う訳で、ナックラーをゆっくり寝させる事に。

 

「zzzzz……」

 

「良く寝てるなー」

 

「可愛いわねー」

 

「正に赤子だね」

 

「寝る子は育つとも言う。しっかりと育ちそうだ」

 

 ナックラーの良い眠りっぷりに、サトシ達は何処と無く和む。

 

「……僕としては早く起きて欲しいですけどね」

 

「まぁ、ポケモンに合わせるのもトレーナーの役目だよ。待ったらどうだい?」

 

「……そうします」

 

 とは言え、こんな空気の中で無理矢理起こすのは躊躇いがあるので待つ事に。

 

「――ナ~~~ク……」

 

「あっ、起きた」

 

 良い眠りっぷりだが、浅かったのかナックラーは早く目覚めた。

 

「起きたね、ナックラー。さぁ、今度こそ――」

 

「ナ~ク」

 

 起きたナックラーはキョロキョロと辺りを見渡すと、突然風が吹き、それに気付いてシューティーから降り、その方向にトコトコと歩き出した。

 

「ナ、ナックラー! こら!」

 

「ナ~ク、ナ~~ク」

 

「あっちに何かあるのか?」

 

「ナク」

 

 抱き抱え、シューティーは動きを止めるも、ナックラーはジタバタと歩こうとしていた。その様子にサトシがそう聞くと、ナックラーは頷いた。

 

「あっちに行かせてみたらどうだ、シューティー?」

 

「……そうだね」

 

 また勝手に動かれて困った表情のシューティーだが、ナックラーはまだ赤子。怒るのも大人げないと、とりあえず好きにさせる。

 

「ナ~ク~」

 

 ナックラーがゆっくり歩き、シューティー達は後ろに続く。森の空気を味わいながら進み続けると、一つの木に到着する。

 

「これ、オレンの木」

 

 さっきアイリスが発見した、オレンの実が成る木だった。

 

「ナ~」

 

「……食べたいのか?」

 

「ナ~ナ~」

 

「……分かった。ジャノビー、軽くグラスミキサー」

 

「ジャノ。ビッ」

 

 ジャノビーは軽く回転。弱めのグラスミキサーを木に向かって放ち、オレンの実を数個落とす。

 

「ナク! ナ~~クッ」

 

 落ちたオレンの実に近付き、ガパッと大きな口を開けると丸飲みした。

 

「おぉ、実にワイルドな食べ方」

 

「口大きいもんね」

 

 身体は小さいが、頭と口は大きいので丸飲み出来たのだ。ナックラーは他のオレンの実も次々と丸飲み。

 残り四つになると、その内の一個を頭に乗せてシューティーに近寄る。

 

「ナ~ナ~ク」

 

「……くれるのかい?」

 

「ナ~」

 

「……じゃあ、貰うよ」

 

 ナックラーの頭にあるオレンの実を手に取り、一口かじる。微妙な味わいだが、差し出してくれたのを残すのも躊躇い、全て平らげた。

 

「ナ~ク?」

 

「……まぁ、お腹は膨れたよ」

 

 

「ナ~!」

 

 シューティーは味については言わなかったが、赤子故にナックラーは嬉しそうだ。

 

「ナ~ク~ナ~」

 

 次にナックラーは残る三つのオレンの実を、ズルッグ、イーブイ、キバゴにも渡す。

 

「ナ~ク」

 

「ルッグ」

 

「ブブ~イ!」

 

「キババ!」

 

 三匹はナックラーから貰ったオレンの実を平らげ、四匹で笑い合う。

 

「さて、ナックラー――」

 

「イーガッ!」

 

「……えっ?」

 

 シューティーがナックラーにバトルをするようにと言おうとしたその時、幾つもの鳴き声の後に落ちた音がする。その発生源はホイーガだった。

 

「ホ、ホイーガ……!」

 

「このオレンの木、ホイーガの縄張りだったの!?」

 

「か、かなり怒ってるね……」

 

「ここは……なんとか説得――」

 

「イーガーーーッ!」

 

「どくばり!」

 

 自分達の縄張りを荒らした侵入者に、ホイーガ達は毒針の雨を放つ。

 

「ボスゴドラ」

 

「ゴド!」

 

 ボスゴドラが両手を広げながら前に出て、毒針を全て受け止める。鋼タイプ故に効果は無い。

 

「ホイ!?」

 

 どくばりを全く通さないボスゴドラに、ホイーガ達は驚く。そのタイミングでNが説得を始める。

 

「ホイーガ。キミ達の縄張りを荒らして済まない。この子の為にオレンの実を落としたんだけど、ここが縄張りだとは思わなかったんだ。――申し訳ない」

 

「……済まなかった」

 

「ナ~ク……」

 

「ごめん!」

 

「……」

 

 Nやシューティーとナックラー、サトシ達の謝罪を聞き、ホイーガ達は背を向けると木に戻って行った。

 

「許してくれた様だ。今の内に離れよう」

 

「ですね」

 

 サトシ達は荒らさない様、静かに下がって行った。

 

「ここまでくれば大丈夫だろう」

 

「にしても、ナックラー。迷惑を掛けて!」

 

「ナ、ナク……」

 

 自分だけならともかく、サトシ達にまで迷惑を掛け、思わずシューティーはナックラーに怒る。

 

「ナク~……」

 

 

 ナックラーは怒られ、かなりショックだったのか深く落ち込むと、シューティーからとぼとぼと離れる。

 

「ルーグルーグ……」

 

「ブイ、ブブイ……」

 

「キ~バ~、キバ~……」

 

 落ち込んでいる所を三匹が慰めるも、ナックラーは中々元気にならない。

 

「シューティー、怒りすぎだって」

 

「そうそう、ナックラーはまだ生まれたばかりなんだから」

 

「オレンの実も君に食べて欲しかったんだろうし」

 

「それにさっきのも運悪くで、最終的にはキミが行動したからだ。あの子だけを怒るのは違うと思う」

 

「……た、確かに」

 

 サトシ達の言葉に、シューティーはむむむと軽く唸った後、冷静に考える。確かに彼等の言う通りだ。

 先の二つはナックラーの幼さ故だし、さっきのも自分が行動に移したからや、自分にも差し出したからだ。あの子だけを怒るのは不公平だろう。

 

「……ナックラー」

 

「……ナク?」

 

「……済まない。もう怒ってない。だから、ほら」

 

「ナ……ナク!」

 

「ルググ」

 

「ブ~!」

 

「キバ~」

 

 許してくれて嬉しくなったナックラーは、三匹に良かったと言われた後、歩幅が短いながらも全速力で片手を差し出したシューティーの元に戻って行く。

 そして、あと三メートル程になったその時――ナックラーは横から突然出てきたメブキジカに撥ね飛ばされてしまった。小柄と茂みのせいで見えなかったのだ。

 

「ナク~~~!?」

 

「……メブ?」

 

 ん、なんか当たったかとメブキジカはキョロキョロするも、近くには何もいないのでまた走り出した。

 

「……ナ、ナックラーーーーーッ!?」

 

 突然のハプニングに固まった数秒後、シューティーは叫びながら飛んでいってしまったナックラーを追い掛け、サトシ達も後に続く。

 

「ナ~ク~! ――ナク!?」

 

「――メブ!? メブブ!? メブーッ!!」

 

 飛ばされたナックラーはなんと、自分を撥ね飛ばしたメブキジカの背に着地。必死にしがみついた。

 一方、メブキジカは突然背に乗ったナックラーにパニックに陥る。背にいて見えないのも強めており、全速力で走り出す。

 

「い、いた! ナックラー!」

 

「メブキジカの背に乗ってる!」

 

「メブキジカ、止まるんだ!」

 

「お願い、止まってーっ!」

 

 必死に停止を呼び掛けるも、パニックになったメブキジカは止まらない。

 

「ジャノビー、エナジーボール! ナックラーに当てないよう、小さめにかつ、足を狙え!」

 

「ジャー……ノッ!」

 

「メブッ!」

 

 先ずは足を止めようと、ジャノビーがエナジーボールを発射。真っ直ぐに走るメブキジカの足に見事命中する。

 

「――メブブ!」

 

「……効いていない!?」

 

 しかし、メブキジカは全く効いてない所か、何やら力が増している様に感じた。

 

「そうしょくか!」

 

 草タイプの技を吸収し、自身の力を高めるメブキジカの二つある内のもう一つの特性だ。

 

「あー、止まらない!」

 

「何とかなりませんか!?」

 

「こっちに振り向かせてさえくれれば、ボスゴドラが止めてくれる」

 

「ゴド」

 

 高い防御力、それを更に底上げするてっぺきを持つボスゴドラがメブキジカの攻撃を受け止めれる。

 最適の判断だとサトシ達は思い、Nとボスゴドラに任せようとしたが、そこにシューティーが待ったを掛けた。

 

「シューティー?」

 

「ここは僕にさせてください」

 

「それはどうしてだい?」

 

「確かにNさんに任せるのが最適です。しかし、ナックラーは僕の手持ち。僕が助けるのが筋です」

 

 自分の手持ちが起こした問題を、他者に解決してもらうなど、トレーナーとして情けないにも程がある。自分がしなければならないのだ。

 

「……ただ、万が一失敗した場合は、情けないですが助力をお願いします」

 

 だが、力不足の場合はナックラーの安全の為にも悔しいがN達に頼む予定だ。

 

「そうするよ」

 

「頑張れよ、シューティー!」

 

「当然さ」

 

 これぐらいこなさねば、目標には到底辿り着けないのだから。

 

(さて、どうするか……)

 

 先ず、メブキジカの足を止める必要がある。しかし、迂闊な攻撃はナックラーがいるのでやりづらい。

 

「――ハトーボー!」

 

「ハト!」

 

「全速力でメブキジカを追い越せ!」

 

「ハトー!」

 

 ハトーボーは全力で羽ばたき、猛スピードでメブキジカとの距離を縮めていく。

 

「ナク~ナク~!」

 

「メブメブ!?」

 

「ハトハト……!」

 

 しばらく追い続け、ハトーボーはメブキジカを追い越した。

 

「今だ! ハトーボー、メブキジカの前に出ろ!」

 

「ハトッ!」

 

「メブッ!?」

 

 視界に入って来たハトーボーに、メブキジカはビクッと驚く。そして――何と、更にパニックになったせいか、シューティー達の方に向かって来た。

 

「なっ!?」

 

「ま、不味い!」

 

 突然の方向転換に、シューティー達は反応が鈍った。このままでは激突してしまう。

 

「――ナクゥ!」

 

「メブブ!?」

 

 その時、ナックラーがメブキジカの首にかみつく。その驚きや技の追加効果により、動きが止まる。

 

「ジャノビー、今だ! ナックラーを!」

 

「ジャノ!」

 

 ジャノビーは素早くメブキジカの背に移動し、ナックラーを抱き抱えるとシューティーの元に戻った。

 

「ジャノノ」

 

「ナックラー、無事か?」

 

「ナ~ク」

 

 シューティーの元に戻れて、ナックラーは上機嫌だ。

 

「――メブ―!」

 

 まだパニックしているメブキジカが、シューティー達目掛けて突進してくる。

 ナックラーに意識を向けていたため、シューティー達はまた反応が鈍った。

 

 

「――ゴドラ!」

 

「メブ!?」

 

 メブキジカの突進を、然り気無く前に出ていたボスゴドラが身体で受け止める。

 

「メブキジカ、落ち着いてくれ。キミ、さっき何かに当たらなかったかい?」

 

「……メブ」

 

「それはあの子だったんだ。茂みで見えなかったんだろうけど、キミはあの子を蹴飛ばしてしまったんだよ」

 

「メブブ!?」

 

 受け止められ、ある程度落ち着かされたメブキジカはNから話を聞き、自分はなんてことを!?と大きなショックを受ける。

 

「故意ではないことは分かってる。この騒動は幾つかの不運が重なったから。だから、お互いに謝ろう」

 

「メブメブ。――メブ」

 

 ボスゴドラが離れ、メブキジカはシューティー達に駆け寄ると頭を下げる。

 

「こっちも済まなかった」

 

「ナ~ク」

 

 互いに謝った後、メブキジカは何度も頭を下げながら離れて行った。

 

「すみません。助かりました……」

 

 シューティーはNにお礼を言う。自分一人で解決したかったが、結局力を借りてしまった。情けないとため息を吐く。

 

「構わないよ。一人で出来ない時は助け合うべきだろう?」

 

「……まぁ」

 

 確かにそうだが、シューティーとしてはやはり一人で解決したかったので、少し落ち込み気味だ。

 

「さて、ここから離れよう。追ってる間に結構森の奥へと進んだみたいだ」

 

 メブキジカとの追いかけっこの間に、森の奥に入ってしまった様だ。安全の為にも、サトシ達は街道に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

「おっ、ここさっきの場所だな」

 

「そうだね」

 

 彼等が付いたのは、シューティーがいてナックラーが産まれた場所だ。

 

「はぁ、それにしても疲れた……」

 

「ナ~……」

 

 色々とあってか、心身共にシューティーは疲れており、ナックラーは申し訳なさそうに落ち込んでいる。

 

「ク~……」

 

「……ナックラー」

 

「ナ、ナク……?」

 

 降ろされたナックラーは、何度も迷惑を掛けた事で、怒られるとビクビク怯えていた。

 

「……そんなに脅えないでくれ。僕でも落ち込む」

 

 ナックラーに怯えられ、シューティーは少し苦い表情だ。

 

「――ナックラー」

 

「ナ?」

 

「僕は君のトレーナーだ。だから、しっかりと向き合って行くよ」

 

「ナ……ナ~~~!」

 

「こ、こら、落ち着くんだ」

 

 シューティーの言葉に嬉しくなり、ナックラーは足にすりすりと甘える。

 

「まぁ、ナックラー。これからよろしく」

 

「ナ~!」

 

 シューティーは空のモンスターボールを取り出し、ナックラーに当てる。ナックラーを入れたモンスターボールが数度揺れ、パチンと鳴ると出した。

 

「一件落着って感じ?」

 

「の様だね」

 

「同じタマゴから生まれたポケモンを持つトレーナー同士、頑張ろうぜ、シューティー」

 

「あぁ、勿論。にしても……」

 

「にしても?」

 

「一から育てるのは大変だ、と思ったよ」

 

 偶々が重なったとは言え、色々あった一日にシューティーは再度ため息を付く。苦笑いしながら。

 

「まぁ、一から育てる訳だからね。大変じゃない方が不思議だよ」

 

「そうですよね~……」

 

 赤子から育てるのだ。苦労する方が普通なのである。新人なら尚更だ。

 

「それも大変ですが――」

 

「他にもあるのか?」

 

「この子結構甘えん坊だから、しっかりと強く育てれるかなとも悩んでる」

 

 今までの手持ちは、向上心があるポケモン達ばかりだったが、このナックラーは甘えん坊だ。戦いには不向きにも思える。

 

(……そう考えると、僕って結構出会いに恵まれていたんだな)

 

 ゲットしたポケモン達が、戦いを嫌がらない性格だったのだから。

 

「そっか。でもさ、別に強くするだけがポケモンの育て方じゃないだろ?」

 

「……君が言うのかい?」

 

「あはは、確かにな。けど、事実だろ?」

 

「……そうだね。その通りだ」

 

 ポケモンリーグを目指すサトシにそう指摘され、シューティーは何とも言えない表情だが、確かに彼の言葉は正しい。強くするだけが育てるではないのだ。

 

「まぁ、頑張るよ。預かった以上、見捨てるなんてトレーナーとして最悪だからね」

 

「真面目だな」

 

「そんなの基本だろう?」

 

 育て屋の彼女達から託され、頷いたのに大変だから、合わないからと捨てる。

 そんなのトレーナー失格だ。預かった以上は何としても育てるとシューティーは決めていた。

 

「ナックラー」

 

「ナ~?」

 

「今回みたいな事があっても対処出来るよう、バトルの練習しておこう」

 

「ナ~!」

 

 強くするだけが育て方ではないが、旅をしている以上は最低限の強さがあった方が良いのも事実。

 なので、シューティーは色々あって延びていたバトルの練習を提案。ナックラーも頷いた。

 

「アイリス、良いかい?」

 

「あたしは勿論良いわ。キバゴも良いよね?」

 

「キバッ!」

 

 と言うわけで、漸くナックラーの練習が始まる。

 

「ナックラー、君のやりたいようにやると良い」

 

「ナ~ク!」

 

 シューティーはこの練習、ナックラーに指示を出すつもりはない。どこまで、どうやるかを見るためにも。

 

「じゃあ、そっちからで良いわよ。ナックラーは生まれたばかりだしね」

 

「キバ!」

 

「じゃあ、遠慮なく。ナックラー」

 

「ナ~」

 

 早速攻撃しようと動くナックラー。しかし。

 

「やっぱり、遅いな……」

 

「のったりして、緩やかなテイストだねー」

 

 ナックラーの動きは鈍い――と言うか、手足が短いので一歩一歩が小さく、中々キバゴの近くに到着しない。

 

「まぁ、仕方ないだろうね」

 

 手足が短く、頭が大きい点を考えればこの程度の速さでも無理はないだろう。況してや生まれたばかりなのだから。

 

「キバ~……」

 

「ちょっと近付いてあげましょ」

 

「キバ」

 

 早く攻撃させてあげようと、キバゴはナックラーに近付く。

 

「――ナクッ」

 

「――キバッ!?」

 

 近付いたキバゴの身体に、ナックラーはその口でガブリと噛み付く。次の瞬間、ナックラーはキバゴに噛み付いた状態でブンブンと上下に振り回す。

 

「ナクナクナクナクッ!」

 

「キバ~! キババ~!」

 

「キバゴ~!?」

 

「ナクッ!」

 

「――キバッ! キ~バ~……」

 

 ナックラーがポイッと離すと、転がったキバゴは振り回された結果、目を回してフラフラしていた。

 

「ナ~ク~……!」

 

 隙だらけのキバゴに、ナックラーは大きく口を開くと、光が集約し出す。

 

「……えっ?」

 

「う、嘘!?」

 

「あれは……!」

 

「まさか……」

 

「ラ~~~~~ッ!!」

 

「――はかいこうせん!?」

 

「キ~バ~~~~~ッ!!」

 

 それなりの轟音が響き、ナックラーの身体に似合わない光の帯、ノーマルタイプの技の中で最高クラスの技であるはかいこうせんが発射。キバゴに命中する。

 

「キ、キ……バ……」

 

「キバゴ~!?」

 

 はかいこうせんを受け、ボロボロになって倒れてキバゴはピクピクと痙攣していた。戦闘不能である。

 

「な、なんで、生まれたばかりなのに、はかいこうせんが使えるのよ~!?」

 

「し、知らないよ! と言うか僕も驚いているんだよ!」

 

「な、中々……いや、相当なポテンシャルを秘めてるね、あのナックラー……」

 

「すっげ~……」

 

「……あれ? そのナックラーは?」

 

 Nの言葉に全員が辺りを見渡す。すると、シューティーの後ろで仰向けになっているナックラーがいた。

 

「だ、大丈夫か、ナックラー?」

 

「ナ、ク……」

 

 シューティーが抱える。ナックラーは上手く動けない様子だ。

 

「この状態……はかいこうせんの反動で動けなくなってるみたいだね」

 

「もしかして、反動で吹っ飛んで後ろに?」

 

「そう考えるのが自然だろうね」

 

 生まれたばかりで身体が出来てないのに、最高クラスの技を放ったのだ。命中しただけでも上出来だろう。

 

「とにかく、ナックラーが使えるのはかみつくとはかいこうせん。この二つだね」

 

「すごいな……」

 

 生まれたばかりにもかかわらず、最高クラスの技を覚えている。ナックラーの潜在能力の高さが伺える。

 

「……ナックラー――」

 

「ナク?」

 

「――いや、なんでもない。よくやった」

 

「ナ~ク」

 

 甘えん坊だが、これほどの素質を持つナックラー。鍛えれば、間違いなく強くなる。

 沢山の経験を積ませようと思ったが、ナックラーはまだ赤子。無茶は行けない。ゆっくりと育てようと思い止まり、勝ったナックラーを誉めた。

 誉められたナックラーは反動でまだ動けないが、笑顔で鳴く。

 

「――さてと、サトシ」

 

「なんだ、シューティー?」

 

「ナックラーの練習は終わった。僕とバトルしてくれるかい?」

 

「――あぁ、勿論」

 

 ナックラーの能力は把握した。となれば、次にすべきはサトシとのバトルだ。

 シューティーは試合を申し込み、サトシは頷いた。

 

「ルールはどうする?」

 

「君の今の手持ちの数は?」

 

「七体」

 

「僕と同じか」

 

 シューティーもナックラーを加えた事で、手持ちの数は七体になっていた。しかし、ナックラーは生まれたばかりなので除外。

 可能な形式は六対六のフルバトルになるが、今日はかなり疲れている。別のルールが良いだろう。

 

「――よし。ルールは手頃な三対三にしよう」

 

「OK。じゃあ、始めようぜ!」

 

 サトシとシューティー。二人の、四度目となるバトルが始まる。

 



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四度目のライバルバトル

 サトシとシューティーの四回目のバトルです。また、ある観点の話もあります。ちなみに、オリジナルの設定も存在します。


「じゃあ、これよりサトシとシューティーのバトルを行なう。ルールは入れ替えなしの三対三のバトル。先に二勝した方が勝ち」

 

「ナックラー、これからの為にもしっかりと見ておくんだ」

 

「ナッ」

 

 ナックラーは参加しないし、どの様に育てるかは考えている最中だが、今後の為にも見せて置いて損は無いはず。

 シューティーに言われ、ナックラーはしっかりと見ることにする。

 

「――始め!」

 

「クルミル、君に決めた!」

 

「さぁ行け、バニプッチ!」

 

「クルル!」

 

「バニ!」

 

 一回戦、サトシはクルミル、シューティーはバニプッチを繰り出す。

 

「サトシはクルミル、シューティーはバニプッチ」

 

「タイプで考えると、サトシくんの方が不利」

 

 クルミルは草と虫。バニプッチは氷。相性ではサトシが不利だ。

 

「クルミルか……」

 

 カレントタウン、ヒウンシティでのバトルでは見掛けず、ヒウンシティのあの騒動や、アーティのジム戦で見たポケモン。技については一通り覚えている。

 

「バニプッチ、こおりのつぶて!」

 

「クルミル、はっぱカッター!」

 

「プッチーーーッ!」

 

「クルルーーーッ!」

 

 氷の礫、草の刃が放たれ、激突して消えていく。

 

「クルミル、いとをはく!」

 

「クルーーーッ!」

 

「かわせ、れいとうビームだ!」

 

「バーニーーーッ!」

 

「糸で防げ!」

 

「クルゥ!」

 

 発射された糸を、バニプッチはかわすと冷気の光線を発射。それをクルミルは糸でガード。糸はれいとうビームで氷結し、ボロボロに崩れた。

 

「クルミル、たいあたり!」

 

「クルー――」

 

「バニプッチ、おどろかすだ!」

 

「バニッ!」

 

「クルルッ!?」

 

 体当たりを仕掛けようとしたクルミルに、バニプッチは驚かす。

 

「れいとうビーム!」

 

「バーニーーーッ!」

 

「クルルッ!」

 

「クルミル!」

 

 驚かされたクルミルに、れいとうビームが直撃。効果抜群の大きなダメージを与えた。

 

「反撃だ、クルミル! いとをはく!」

 

「――クルルーーーッ!」

 

「バニッ!?」

 

 弱点の技を受けながらも、クルミルは即座に体勢を立て直し、糸を吐いてバニプッチに付ける。

 

「一気に移動! むしくい!」

 

「クルルルルッ!」

 

「バニニニニーーーッ!」

 

 糸を使って移動するとクルミルはむしくいを叩き込み、バニプッチは悶え苦しむ。

 

「離れろ、クルミル!」

 

「クル!」

 

 ある程度のむしくいを叩き込むと、バニプッチを蹴ってクルミルは距離を取る。

 

「バニプッチ、こおりのつぶて!」

 

「バニプーーーッ!」

 

「進め! クルミル!」

 

「クルッ!」

 

 弱点を突く無数の氷の礫。しかし、クルミルは全く怯まずにかわしながら進む。

 

「苦手な氷タイプの技なのに、躊躇なく向かって来た!?」

 

「たいあたり!」

 

「クルッ!」

 

「バニィ!」

 

 全て避けきり、クルミルは体当たり。バニプッチは受けて吹き飛ぶ。

 

「気が強いだろ? 俺のクルミル?」

 

「クルル」

 

「君と似てるね」

 

 不利であろうと、躊躇うことなく戦う気の強さ。サトシと似ているとシューティーは感じた。

 

「こおりのつぶて!」

 

「バーニ!」

 

「クルミル――バインドシールド!」

 

「――クルル!」

 

 迫る氷の礫に、一瞬の間を置いてからクルミルは地面に背を付けて回転しながらいとをはく。粘着性の糸が渦状に展開され、氷の礫をくっ付ける。

 

「まだだ、回転!」

 

「クルル!」

 

「プッチチ!」

 

 更に氷が付いた事で、ハンマー投げに近い状態になり、身体に負荷が掛かるものの、回転が早くなる。遠心力が加わり、付着した氷がバニプッチに直撃した。

 

「これは……!」

 

「アーティさんのバインドシールド!」

 

「サトシくんも使えたのか」

 

 今のはアーティのハハコモリが使用した、防御と拘束を同時に行なう戦術、バインドシールド。

 アーティが考案した戦術だが、その切欠はサトシのカウンターシールド。また、クルミルも使うための技がある。出来ても不思議ではない。

 

「普通に撃ってもダメか」

 

 糸に絡み取られてしまう。他の技にするか、工夫する必要がある。

 

「――バニプッチ、こおりのつぶて! 但し、撃つな!」

 

「バニ!」

 

 氷の礫を展開するも、その場で待機させていた。

 

「えっ、なんで発射しない――」

 

「エコーボイス! こおりのつぶてを打ち出せ!」

 

「バニプーーーッ!」

 

「ジャンプだ、クルミル!」

 

「クルッ!」

 

 歌で打ち出された氷の礫は高速で進む。クルミルはジャンプでかわす。

 

「れいとうビーム!」

 

「バニーーーッ!」

 

「いとをはく! 着地しろ!」

 

「クルッ!」

 

「たいあたり!」

 

 れいとうビームを糸による移動で避けると、素早く体当たりを仕掛ける。

 

「バニプッチ、おどろかす!」

 

「クルミル、強気でこらえろ!」

 

「プッチ!」

 

「クルル!」

 

「バ、バニッ!?」

 

「き、気迫で無理矢理抑えた!?」

 

 バニプッチはおどろかすを放つも、クルミルはなんと持ち前の気の強さで怯みを強引に抑えた。

 

「むしくい!」

 

「クルルルルルッ!」

 

「バニーーーーーッ!」

 

 数回噛み付くと、クルミルはちょっとだけ離れた。止めの一撃を放つために。

 

「バニプッチ――」

 

 近距離ならおどろかす。しかし、さっきの様に対処されてしまえば、ピンチを広げてしまう。

 ならば、残る技で対処するしかないが、何れも近距離では間に合わない。回避しかなかったが、それを考える僅な間が隙だった。

 

「フルパワーのはっぱカッター!」

 

「クルルルルルーーーーーッ!!」

 

「バニニニーーーッ!!」

 

 近距離での大量の葉の刃。それはバニプッチの全身に急所を突きつつ命中。大量のぱっぱカッターを受け、吹き飛んだバニプッチは地面に落下。

 

「バニー……」

 

「バニプッチ、戦闘不能」

 

「よし、一勝!」

 

「クルル!」

 

「くっ……!」

 

「ナ~……」

 

 サトシとクルミルは喜び、負けたことにシューティーとナックラーは苦い表情だ。

 

「ふー……」

 

 シューティーはバニプッチを戻し、軽く深呼吸。格上とは言え、敗けはやはり悔しいが、それを受け止めねば前には進めない。

 

「次だ。さぁ行け、ドッコラー!」

 

「ポカブ、君に決めた!」

 

「ドッコ!」

 

「ポカァ!」

 

「次はドッコラー対ポカブ」

 

「今度は相性に有利不利は無いね」

 

 ドッコラーは格闘。ポカブは炎。タイプ上は有利不利はない。

 

「――始め!」

 

「ドッコラー、こわいかお!」

 

「ポカブ、ニトロチャージ!」

 

「コラァ!」

 

「ポカポカ……カーブーーーッ!」

 

 厳つい表情に気迫で速さを下げるドッコラーだが、ポカブは炎を纏う突撃を放つ。

 

「木材で防げ!」

 

「ドコッ!」

 

 ドッコラーはニトロチャージを木材でガード。激突の反発でポカブは後退する。

 

「よくガードした」

 

「ドコ。……!」

 

「どうし――」

 

 たと言おうとしたシューティーに、一部が焦げた木材が映る。ニトロチャージで焼けたのだろう。

 

(……炎技は、ガードしない方が良いか)

 

 防ぎ続けた場合、木材が燃えてしまう可能性があった。そうなると思わぬダメージは受けるし、戦闘能力は半減。

 炎技には注意しながら、シューティーは次の指示を考える。

 

(普通か、単発か……)

 

 もう片方はまだ見せてないため、不意は突ける。しかし、この一度切りの手を直ぐに明かすのも勿体無い。先ずは普通からが基本だろう。

 

「がんせきふうじ!」

 

「ドー、コッ!」

 

「ポカブ、ねっぷうで逸らせ!」

 

「カー、ブーーーッ!」

 

 ドッコラーは弱点を突く複数の岩を発射。ポカブは高熱の風を放ち、岩の軌道をずらした。

 

「ねっぷうでガード――いや……!」

 

 防いだだけではない。ねっぷうの一部が流動する風の為にこちらに向かって来ていた。対応しようにも間に合わず、ドッコラーは熱風を受ける。

 

「ドッコ……!」

 

 ドッコラーは咄嗟に木材でガードはしたようだが、防御出来たのは木材で遮った部分だけ。残りは食らい、熱さとダメージで表情を歪める。

 

「大丈夫か?」

 

「ドコドコ!」

 

「よし」

 

 幸い、がんせきふうじとの激突でねっぷうの威力は下がっていた。ダメージは思ったより少ない。

 

「接近だ、ドッコラー! 木材を振り回しながらばくれつパンチ!」

 

「ドッコ!」

 

「ポカブ、かわせ!」

 

「ポカ! ポカポカ!」

 

 剛力で振り回される木材、時折来る高威力の拳をポカブはしっかりとかわしていく。

 

「――今だ、ローキック!」

 

「ドッコ!」

 

「カブ!」

 

「ポカブ!」

 

 数度の攻撃の後、ドッコラーは足を鋭く回し、下段蹴りをポカブを当てる。

 

「上手い。ばくれつパンチや木材で腕に注意を惹き付けた所で下からのローキック」

 

「良いコンビネーションです」

 

 技と戦法、その二つを上手く組み合わせた見事な一撃だ。

 

「追撃だ、ドッコラー! 今度はローキックから!」

 

 先のローキックでポカブの速さは下がっている。追撃にとドッコラーはローキックからのコンボを仕掛ける。

 

「――ポカブ、かみつく! 木材に向かって!」

 

「ポカ! ポカカ……!」

 

「な、なに!?」

 

「ドコッ!?」

 

 ローキックを避けた次の木材。それに向かってポカブは噛み付き、踏ん張って受け止める。

 

「放してたいあたり!」

 

「ポカ! ブーーーッ!」

 

「ドコォ!」

 

 ポカブは噛み付きを止め、素早い身のこなしで距離を詰めてたいあたり。ドッコラーを吹き飛ばす。

 

「ニトロチャージ!」

 

「かわせ!」

 

「カブカブーーーッ!」

 

「ドコ!」

 

 ポカブは更にニトロチャージを放つも、ドッコラーにかわされる。

 

「ニトロチャージを続けろ!」

 

「回避に専念!」

 

 連続で突撃するポカブと、回避するドッコラー。しかし、技の効果でポカブが下げたスピードを取り戻し、徐々に上げていく為、ドッコラーは次第に回避しづらくなる。

 

「がんせきふうじ! 回りに!」

 

「ドココ!」

 

 ドッコラーは技をギリギリで避けると、周囲に岩石を落とす。

 

「ポカブ、ねっぷう!」

 

「カー、ブッ!」

 

「ドッコラー、防御!」

 

「ドコ!」

 

 岩を前に技を切り替え、ポカブはねっぷうを吐き出す。その一撃を、ドッコラーは身体を力を込めて受け止める。

 

「ドコ……!」

 

「火傷になった!」

 

「普通は攻撃力が下がるけど、あのドッコラーの特性はこんじょう。寧ろ、攻撃力は増している」

 

 ねっぷうで火傷になったドッコラーだが、特性こんじょうにより、攻撃力は上がっていた。

 

「今だ! 岩を打ち出せ、ドッコラー!」

 

「ドッコ、ラァ!」

 

「ポカ!? カブゥ!」

 

 増した力で、ドッコラーは周りの岩を木材で打ち出す。高速で飛ばされた岩は意表を突いた事もあり、ポカブに命中する。

 

「ドッコラー、がんせきふうじ!」

 

「ドココ!」

 

「ポカブ、かわせ!」

 

「カブカブ!」

 

 更にがんせきふうじを放つ。ポカブは攻撃を受けた後ながらもしっかりとかわしていく。

 

「そこだ! もう一度打て!」

 

「ドッコ!」

 

「カブーーーッ!?」

 

「ポカブ!」

 

 がんせきふうじが落下する中、先程落とした岩を再度打つ。その岩は落ちていく岩にぶつかって軌道を変え、ポカブに効果抜群の大ダメージを与えた。

 

「こんじょうで高まった攻撃力で、効果抜群のがんせきふうじ」

 

「これ、かなりヤバいんじゃ……!」

 

「だけど――まだ諦めてないよ」

 

「カブゥ……!」

 

 かなりのピンチだが、ポカブはしっかりと立ち上がる。

 

「まだ倒れてないか……! だけど、このままこんじょうで高まった力で押し切る!」

 

「シューティー! ピンチでパワーアップするのは――こっちも同じだぜ!」

 

「ポカーーーッ!」

 

 傷付いたポカブの身体から、炎の様なオーラが漂い出す。それを見て、シューティーは気付いた。ドッコラー同様、あちらもパワーアップする特性があることに。

 

「もうか……!」

 

「ポカブ、ねっぷう!」

 

「ポーカーブーーーッ!」

 

「がんせきふうじ! 前に重ねるんだ!」

 

「ドココッ!」

 

 灼熱の風に、岩の壁が激突。岩を吹き飛ばし、熱風と共にドッコラーにダメージを与えた。

 

「ドコォ!」

 

「ニトロチャージ!」

 

「迎撃や回避は無理か……! ドッコラー、防御だ!」

 

「カブカブ……カブーーーッ!」

 

「ドコ! ドココ……!」

 

 ニトロチャージを、ドッコラーは木材で防御。しかし、強化された炎が木材の大半を焼失させてしまう。

 

「木材が……!」

 

「今だ、たいあたり!」

 

「ポカッ、ブーーーーーッ!!」

 

「ドッコォ!!」

 

 強く踏ん張り、渾身の力を込めて体当たり。鳩尾に食らい、吹き飛んだドッコラーはドサッと後ろに倒れた。

 

「ド、コ……」

 

「ドッコラー、戦闘不能。ポカブの勝ち!」

 

「二連勝!」

 

「カーブ!」

 

「連敗……!」

 

「ナナ~……」

 

 二戦目も負け、シューティーもだがナックラーも心底悔しそうだ。

 

「もう決まっちゃった」

 

「一戦目、二戦目共にサトシの勝ち。つまり、もうシューティーの敗けになった訳だけど……」

 

「――サトシ。既に決まった勝負だけど、三戦目も受けてくれないか?」

 

「あぁ、良いぜ」

 

 もう決まったが、まだ勝負するというシューティーの提案をサトシは受けた。

 

「まだやる気みたいだね」

 

 勝敗が決しながらも、まだ戦おうとするシューティーにNは少し苦い表情だが、これは二人のバトル。サトシも了承してるので、口出しはしない。

 

「……あと、もう一つ。君の次のポケモンを決めても良いか?」

 

「シューティーが?」

 

「――頼む」

 

 選択を決めるシューティーの頼みに、サトシは少し悩むが、向こうは頭を下げている。

 既に負けて悔しいだろうに、更に増す行動も取った。

 

「分かった。シューティーが選んでくれ」

 

「ありがとう」

 

 サトシは心境を汲み、提案を受け入れた。彼の言葉にシューティーはホッとする。

 

「何を出せば良いんだ?」

 

「ツタージャにしてほしい」

 

「OK! 行け、ツタージャ!」

 

「タジャ」

 

 シューティーが選択した三戦目のポケモンは、ツタージャだった。

 

「選んだのがツタージャって事は……ハトーボーやヒトモシかしら?」

 

「まぁ、相性を考えればその二体のどちらかだろうね」

 

 有利にするなら氷タイプのバニプッチもいるが、既に倒れている。となると、ハトーボーかヒトモシになるだろう。

 

「さぁ行け――プルリル!」

 

「プルル!」

 

「……えっ、プルリル!?」

 

 有利な二体のどちらかと思いきや、シューティーが繰り出したのは逆に不利な水タイプがあるプルリルだった。

 この選択には、アイリスやデントは勿論、サトシやNも驚いていた。

 

「な、なんで、プルリルを?」

 

「分からないけど……。何か狙いがあるのは確かだろうね」

 

 確かプルリルは草タイプの弱点を突ける技があったが、それだけとは考えにくい。他の何らかの思惑があるのだろう。

 

「えーと……間違ってないよな?」

 

「あぁ、僕の三体目はプルリルだ」

 

「分かった」

 

 選び間違いではないと分かり、サトシは受けて立つ。

 

「プルリル、ヘドロばくだん!」

 

「プル、リルーーーッ!」

 

「ツタージャ、かわしながら近付け!」

 

「――タジャ」

 

 プルリルは圧縮したヘドロを放つも、ツタージャは軽やかにかわしながら前に進む。

 

「リーフブレード!」

 

「プルリル、ガードだ!」

 

「ター、ジャ!」

 

「リル! プル……!」

 

 ツタージャの草の力の尾を、プルリルは両腕で防御。効果抜群でかなりのダメージを受け、顔を歪める。

 

「……タジャ?」

 

「のろわれボディ。仕方ないな」

 

 ツタージャの身体から、黒い靄が浮かぶ。プルリルの特性、のろわれボディが発動したのだ。

 とは言え、攻める以上は避けられないので仕方ないし、ツタージャなら他の技でも効果抜群を狙える。差ほど問題ない。

 

(――よし、上手く行った)

 

 上手くのろわれボディが発動し、リーフブレードを封じれた。ここから本命に繋げる。

 

「技を封じられても、ガンガン行くぜ! ツタージャ、つるのムチ!」

 

「ター、ジャッジャッ!」

 

「プルリル、再度ガード!」

 

「リル!」

 

 しなやかにしなる蔓。これもまた効果抜群の技に、プルリルは防御体勢を取る。

 

「そして――蔓を掴め!」

 

「リル!」

 

 蔓を受けた瞬間、プルリルは痛みに耐えながらその蔓を腕で掴む。

 

「引っ張れ!」

 

「リルル!」

 

「タジャ!?」

 

「ツタージャ!」

 

 プルリルは蔓を引っ張り、ツタージャを引き寄せた。

 

「今だ、からみつく!」

 

「リルリル!」

 

「タジャ……!」

 

 そして、引き寄せたツタージャの身体に腕で絡み付いてダメージを与える。

 

「プルリル、そのままたきのぼりだ!」

 

「リル! リールーーーッ!」

 

「タジャ!」

 

 プルリルはツタージャを捕らえた体勢のまま、水を纏うと一気に上昇。降下するとツタージャを地面に叩き付け、自分は距離を取った。

 

「まだだ、バブルこうせん!」

 

「リルルルッ!」

 

「ツタージャ、かわせ!」

 

「タジャ……、タジャジャ。――タジャッ!」

 

 更にプルリルは無数の泡を発射。ツタージャは咄嗟にかわそうとするも、たきのぼりの効果で怯んで受けてしまい、素早さが再度下がる。

 

「一気に追いつめる! ヘドロばくだん!」

 

「プルルルルッ!」

 

「つるのムチで叩き落とせ!」

 

「ター、ジャジャッ!」

 

 圧縮したヘドロを複数発射するも、ツタージャは蔓で全てを叩き落とした。

 

「くっ、決めきれなかったか……!」

 

「なるほど。敢えてつるのムチを受け止め、それを逆に利用してからみつく」

 

「そして、からみつくの効果で相手の素早さを下げつつ、たきのぼりに繋げる。そこに更にバブルこうせんで追撃し、素早さを更に低下。止めに動きが大きく鈍った所でヘドロばくだんか」

 

「その為に、リーフブレードをのろわれボディで封じたんでしょうね」

 

 先ずはリーフブレードを封じる事で、攻撃を制限させ、つるのムチを誘導させたのだろう。

 正に肉を切らせて骨を断つ戦法。しっかりと練りに練ったこの策に、デントもNもシューティーの頑張りを内心で誉めていた。

 

「――ただ、彼女が抑えてなければ失敗に終わってる所か、寧ろ有利になってるけどね」

 

「……? Nさん、今何か言いました?」

 

「いや?」

 

「……」

 

 Nが何か呟いた様な気がして、アイリスが尋ねたものの、本人はそう答えたので彼女は気にも止めなかった。

 その様子に、デントはNを見るものの、数秒するとサトシとシューティーのバトルに意識を戻す。

 

「やるな、シューティー」

 

「どういたしまして」

 

 サトシにそう言われたものの、当の本人は最後の一撃に失敗して相当悔しいが。

 

「――プルリル、バブルこうせん!」

 

「プルルルルッ!」

 

 仕上げは逃したが、ツタージャのダメージは少なくないはず。

 先ずは、動きが鈍ったツタージャにバブルこうせんで牽制する。

 

「ツタージャ、つるのムチでまた落とせ!」

 

「ター、ジャッ!」

 

「今だ、接近!」

 

 無数の泡に、ツタージャはまた蔓で対応。すると、プルリルが接近してきた。

 

「蔓を掴んで引っ張れ!」

 

「リル!」

 

 蔓を掴み、ツタージャを引っ張る。シューティーはバブルこうせんでつるのムチを誘発させ、再度からみつくのコンボを狙っていたのだ。

 

「プルリル、からみつく!」

 

「リル――」

 

「今だ、ツタージャ! 下に向かってたつまき!」

 

「タージャ!」

 

「リルル!?」

 

 プルリルが腕を絡めようとしたその一瞬。そのタイミングに、ツタージャが真下へたつまきを放つ。細長い竜巻は二匹を真上に押し飛ばす。

 また、その勢いでプルリルはツタージャを手放し、二匹は落下していく。

 

「ツタージャ、つるのムチ!」

 

「タージャジャッ!」

 

「リルッ!」

 

 ツタージャは空中でつるのムチをプルリルに食らわせる。プルリルはそれにより、倒れた体勢で落下。対してツタージャはしっかりと着地する。

 

「決めろ、ツタージャ! おいうち!」

 

「ター、ジャ!!」

 

「リルーーーッ!!」

 

 そして、倒れた体勢のプルリルに、ツタージャが追撃によって威力が増した蹴りを叩き込む。

 

「リ、ル……」

 

「プルリル!」

 

「プルリル、戦闘不能。ツタージャの勝ち」

 

 蹴りを受けたプルリルは吹き飛んだ後、目を回して地面に転がる。戦闘不能である。

 そもそも、先のリーフブレード、つるのムチで大きなダメージを受けていたのだ。限界が近かった。

 

「よし、全勝!」

 

「――タジャ」

 

 サトシは全勝に喜び、ツタージャはふぅと軽くため息を付いた。

 

「戻れ、プルリル。良くやってくれた」

 

 シューティーは苦手なタイプながらも善戦してくれたプルリルを戻し、労いの言葉を掛けた。

 

「バトルはここまで。結果は3対0でサトシの勝ち」

 

「……完敗か」

 

「ナ~……」

 

「……情けないところを見せて悪かったね」

 

「ナ~。ナ~ナ~!」

 

 謝るシューティーにナックラーはそんなことないと頭を振り、サトシを膨れっ面で睨む。

 

「あ、あれ? 睨まれてる?」

 

「……こら、サトシに怒るのは筋違いだ」

 

「ナ~……」

 

 シューティーに注意され、ナックラーは渋々怒りを収めた。

 

「……にしても、こんなんじゃあ、あの人まではまだまだ遠いか」

 

 一勝どころか、一つ引き分けにすることにすら出来なかった。距離を改めて実感させられる。

 

「あの人? 誰だ?」

 

 一方、サトシはシューティーが言ったあの人と呼ばれる人物が気になるらしく、尋ねていた。

 

「……まぁ、別に隠す理由もないか。――アデクさん。その人が僕の目標だ」

 

「アデクさん?」

 

 その名前に、カントーから来たサトシだけが疑問符を浮かべていた。

 

「アデクさんって……。もしかして、このイッシュ地方のチャンピオンの?」

 

「えぇ。僕は過去に一度、アデクさんに直接会っているんです」

 

「アデクさんと!?」

 

 チャンピオンと直接会った事に、アイリスを筆頭に残り三人も驚く。

 

「その時の出会いを切欠に、目標にした訳だね」

 

「そういう事です。……まぁ、こんな有り様ではまだまだですが」

 

「完敗だもんね~」

 

「結果だけを見ればそうなるね」

 

 しかし、カレントタウン、ヒウンシティと比べれば、間違いなく進歩している。

 何しろ、カレントでは五対五ながら三匹しか出させてない上、倒せたのは一匹のみ。ヒウンシティでは、押せたのは序盤だけ。

 この二つから考えれば、今回のバトルは何れもかなり戦えていた。彼やポケモン達の成長度合いが分かる。

 

「……」

 

 Nはシューティーの成長速度を評価していたが、その一方でデントはある懸念を抱いていた。速く進歩するが故の弊害、壁にぶち当たる事を。

 

「シューティー」

 

「……なんですか、デントさん?」

 

「一歩一歩、大事にね」

 

「……分かりました」

 

 よく分からないが、アドバイスなのだろうとシューティーは頷いた。

 

「――じゃあ、僕はここで失礼するよ」

 

「もう行くのか?」

 

「ナックラーの件も終わった。それにさっき言った様に、僕の最終目標はアデクさん。君に完敗した今のままじゃ、到底辿り着けやしない。もっともっと鍛えないとね」

 

「そっか」

 

「あぁ、それと――」

 

「それと?」

 

「必ず、君に勝つ」

 

「――楽しみにしてるぜ」

 

 シューティーとサトシ。二人は互いに不敵な笑みを浮かべる。

 

「さぁ、行くよ。ナックラー」

 

「ナ~ク」

 

「ナックラーは出したままにするのか?」

 

「生まれたばかりだしね。しばらくは色々と見せた方が良いと思う」

 

 赤子なので、色々と世界を見せようとシューティーは考えていた。

 

「確かにそうよね~。けど、大丈夫?」

 

「……何が?」

 

「だって、ナックラーはイッシュにいないポケモンでしょ? 連れてたら、ロケット団と勘違いされたりしない?」

 

「確かにその可能性はなくはないね……」

 

 ナックラーは育て屋から託されたとは言え、見たことないポケモンの存在は色々と誤解を招く可能性があった。

 

「なら、アララギ博士に助言を頂いたらどうだい?」

 

「まぁ、それが最善ですね。そうします」

 

 自分だけでは解決しない。次のポケモンセンターでアララギにどうするか助言してもらうしかないだろう。

 

「では、改めて。――また」

 

「あぁ、またな」

 

 サトシ達に挨拶を済ませ、シューティーはナックラーを連れて歩き出す。目標を果たすために。

 そして、サトシ達もまた次の街に向けて旅を再開した。

 

 

 

 

 

「では、今年のイッシュリーグの開催は延びる。と言うことで宜しいでしょうか」

 

「うむ。ジムの一つが実質的に暫し機能しないだけでなく、ヒウンシティの復興による様々な影響を考えると、今年のジムバッジの収集には時間が掛かるだろう」

 

「となると、今年のイッシュリーグの開催もそれに合わせ、ある程度延ばすのが最適と言えましょう」

 

「他のリーグと合わせれなくなりますが、今回の事態を考えると納得して頂けるだろう」

 

「特にカントーは、ですな」

 

 とある会議室。数人の人物とソウリュウシティのジムリーダー、シャガが今後のリーグについて話し合っている。

 シャガと話しているのは、ポケモンリーグやジムリーダーに関しての役員達であり、シャガから聞いたヒウンシティの件から延期の結論を出していた。

 

「では、この事を直ぐにマスコミに報告しましょう」

 

「うむ、リーグに関してはそれで良いだろう。ただ、他にも気にする事がある」

 

「一つは逃走したロケット団のポケモン達。もう一つは、プラズマ団と言われる団体。シャガよ、この連中について分かっていることは?」

 

「分かっているのは、彼等はポケモンと人々が平等になるために活動し始めた。トップがNと言う名の若い青年である。後は主なメンバーと思われる人物と名前。この三つです」

 

「ふむ、そして彼等にロケット団のポケモン達の保護を認めたとのことだが……。それは些か軽率なのではないか?」

「しかし、ロケット団のポケモン達の数は数千。とてもですが、我々だけで何とかなる数ではありません。他の地方でも預けれるなら話は別でしょうが……」

 

「それは難しいな……」

 

 犯罪組織のポケモンを預かるなど、早々出来ない。また、運んでいる最中に脱走の恐れもあるし、カントーならそのまま戻る可能性も高いなど、リスクが多い。

 

「シャガにより、プラズマ団に関しては、彼等は定期的な視察を行い、報告を受けると聞いてます。安心しては?」

 

「まぁ、シャガの言う通り、我々だけでは手に余るか……。では、この事に関してはしばらく様子見を。勿論、視察や報告の上ででだ」

 

 異論無しと、役員達は全員頷いた。

 

「では、解散」

 

 そのまま今回の会談も終了し、シャガは退室する。

 

「おぉ、シャガ。話は終わってたか?」

 

「終わった。遅いぞ、アデク」

 

 退室したシャガに、一人の男性が話し掛ける。橙色のライオンの鬣のような髪型に束ねた後ろ髪。

 無精髭や丈がボロボロになったズボンや、羽織ったマント。サンダルにも下駄にも見える靴、首と腰に数珠のようにぶら下げているモンスターボールと、仙人みたいにも見えそう格好。

 名は、アデク。シューティーが憧れるこのイッシュ地方のリーグチャンピオンである。

 

「いやいや、すまんのう。急用だというから急いで来たが、遅れてもうた」

 

「まぁ、いつも旅をしているお前の事だ。早く来れた方だろう」

 

 会議中には出来なかったが、今日中に事情や用件を話せるので良しとしよう。

 

「で、何があった?」

 

「うむ。それはな――」

 

 ヒウンシティの一件や、その影響で多数の他地方のポケモンがこのイッシュに散らばった事や、リーグが延期になった事を説明する。

 

「なるほどのう。随分と厄介な事になった訳か」

 

「そうだ。ちなみに、お前以外の四人――四天王には既に話してある」

 

 リーグにおいて、チャレンジャーを試す最高クラスの実力者である四人、四天王。

 その四人は会議の前にシャガから話を聞き、渡し物も受け取ると直ぐに出ていた。なので、今は既にここを立ち去った上、会議にも参加していない。

 そもそも会議には、ジムリーダーの一応の代表である自分だけで十分だからだ。

 

「そして――受け取れ」

 

「おっと」

 

 シャガからの、複数のモンスターボールをアデクは受け取る。

 

「これは?」

 

「此度の件で保護することになったポケモンの内の数体。ちなみに、一体は相当な実力の持ち主だ。タイプ的にはアーティでも良かったのだが、性格でお前が適任だと判断した」

 

「ふむ。預かって置けば良いのか?」

 

「あぁ。ただ、行く先では行事があれば参加させろ。足を洗った事を証明したい」

 

「分かった。そう言えば、シャガ。今年のソウリュウシティで行われる『英雄祭』はどうするのだ? 延期するのか?」

 

 英雄際。イッシュに昔からある、建国の英雄を祝う祭だ。

 今は大体、その年のポケモンリーグの前に開催され、力試しや景気付けに多くのトレーナーが参加する行事になっている。

 

「いや、祭は何時も通りに行なう。何でもかんでも延期となると、イッシュの人々に不安を与える恐れがある」

 

「それもそうじゃの」

 

 確かに全て延期にしても、イッシュの人々に不安がらせるだけだろう。こんな時だからこそ、何時も通りに行なっても事件があっても大丈夫だと言う姿勢を出来る限り見せるべきだ。

 

「それに不幸中の幸いだが、理想の英雄も現れてくれた。英雄祭に参加すれば、これ以上なく盛り上がるだろう」

 

「確か、サトシと言う名の少年だったな? どんな少年だ?」

 

「活発で、ピカチュウを肩に乗せた黒髪の帽子を被った少年だ。力量、心構えも良い」

 

 今後会う場合もあるだろう。その時に備え、アデクはサトシの情報を聞いておく。

 

「ところで、アデク。今年の英雄祭のゲストだが――」

 

「うむ。シンオウの彼女に決まっている。祭の一つ、『白竜祭』の事を考えると、彼女が適任と言えよう」

 

「その事だが、もう一人か二人ほど、特別なゲストを呼べぬか? それも、ジムリーダーや四天王ではない、高い実力を持つ一般トレーナーを」

 

「大きな刺激を与え、イッシュリーグに向けて活性化させるのが狙いか?」

 

「正解だ」

 

 また一般トレーナーなのは、ジムリーダーや四天王だと、そう簡単に遠く離れたイッシュには来れないと言う理由もある。

 

「やって見よう。ただ、そう簡単にそんな人材が見付かるかわからんが」

 

「その時は仕方あるまい。だが、やらないよりはマシだ」

 

「じゃの。では、早速聞くとするかのう。番号は……これじゃな」

 

 ポケモンギアを扱い、ある番号を押す。携帯電話の音がしばらく続く。どうやら、電波が少し届きにくい場所にいるようだが、それでも繋がった。

 

「もしもし、アデクじゃが――」

 

 

 

 

 

「ふむふむ。なるほど……」

 

「ガー?」

 

 イッシュではない、遠く離れたある地方のとある遺跡。

 非常に長く、左目を隠した金髪に、見える右目から銀色の瞳。黒を基調としたコート。耳の上には楕円の房の髪留めらしきものを付けた美女が、壁画を見ていた。

 隣には、ヒレと一体化した爪と、藍色の鮫と二足歩行の恐竜が合わさった様なポケモンが護衛の様に立っている。

 

「となると――あら?」

 

 壁画から内容を推測していた女性だが、ポケモンギアが鳴っている事に気付き、調査を一旦中断。

 

「この番号は……アデクさんね」

 

 誰かわかると女性は電波が良さそうな場所に移動し、電話に出る。

 

「もしもし、アデクさん? 何のようですか?」

 

『いやいや、済まんな。シロナさん』

 

 女性の名は、シロナ。サトシが前に旅をしたシンオウ地方のリーグチャンピオンだ。

 

『一つ頼みたい事があってこちらから電話させてもらった』

 

「頼みたい事とは?」

 

『うむ。その前にこちらの事情について話して置く必要がある。聞いてくれ』

 

 シロナはアデクから説明を受け、ヒウンシティの惨事について情報を得る。

 

『――と言うことじゃ。まぁ、わしも話に聞いただけだが』

 

「そんなことが……お悔やみ申し上げます」

 

『ありがとの』

 

「にしても――まさか、こんな時に聞けるなんてね」

 

 アデクの説明の中で聞いた、ある人物の名にシロナは微笑みを浮かべる。奇妙な縁があるものだ。

 

『ん? どういう意味かな?』

 

「いえいえ、こっちの話です」

 

『そうか。では、本題じゃが――』

 

 アデクは続けて、『英雄祭』に関して自分以外のゲストを呼んで欲しい事を話す。

 

『なので、貴女以外のゲスト、それも一般のトレーナーを呼べないかと考えてな』

 

「なるほど。そう言う理由なら受けます。ただ、こちらからも一つ提案が」

 

『何かな?』

 

「ポケモンコンテスト。これは前に話した事がありますね?」

 

『確か、ポケモンの強さではなく、魅力を引き出して競うイベントだったの。そして、それに参加する人々をコーディネーターと呼ぶとか』

 

 イッシュ地方には、ポケモンコンテストと言う文化が存在しないため、アデクはシロナとの話し合いで初めて知った。

 

「えぇ、それも祭の前イベントとして開催すると言うのはどうでしょう。面白くなると思います」

 

『確かに。良い刺激にはなりそうじゃ。しかし、貴女はコンテストには詳しいか?』

 

「残念ながら。ですので、コーディネーターを呼びたいと思います」

 

『つまり、トレーナーとコーディネーターを一人ずつ連れていきたいと』

 

「はい。それに、コーディネーターの魅力さを引き出す故の強さも見れます」

 

 コーディネーターはトレーナーと違い、ポケモンの魅力を引き出す者達。しかし、だからと言って彼等が弱いかと言われると答えは否。魅力を引き出す彼等ならではの強さがあるからだ。

 

『ふむふむ、それはとても面白そうじゃ。しかし、コーディネーターの方は当てはあるかのう』

 

「一人います」

 

『それは良かった。では、人材に関しては貴女に任せるとしよう』

 

「任せてください。では」

 

 予定も終わり、電話が切れる。

 

「さて、先ずはあの子ね」

 

 ただ、シロナはもう一人を含めて番号を知らないため、ある人物を経由することにする。

 その人物とは、ナナカマド博士。シンオウのポケモン博士であり、オーキドの師である人物だ。

 

「ナナカマド博士」

 

『む? シロナか? 何のようだ?』

 

「ちょっと話したい人物がいまして」

 

『誰だ?』

 

「二人いるのですが――」

 

 シロナはその二人の名前を出す。

 

『分かった。今は余裕がある。直ぐにやって見よう』

 

「助かります」

 

 一旦電話を切り、来るまで待つ。十数分後、ポケモンギアが鳴った。思いの外、早く分かった様だ。

 

『シロナ、番号が分かった。そちらに伝える』

 

 二つの番号を憶え、ナナカマドとの電話が終わる。そして、直ぐに次の、『彼女』に対しての電話を掛けた。

 

 

 

 

「その感じ、その感じ!」

 

「ポッチャ」

 

 黄色の髪留めがある、モンスターボールの模様の白いニット帽を被り、髪は紺色の後ろに結んだ一房だけ他より長く、黒いノースリーブにピンクのミニスカート。

 他には短い濃いピンク色のマフラーを巻いたり、左手首には赤いもの、ポケッチを填めた少女が、小さな嘴と丸い可愛らしい瞳の子供のペンギンの様な姿をしたポケモンに指示を出していた。

 そのポケモンの名前は、ペンギンポケモン、ポッチャマと言う。シンオウで新人トレーナーが託される三匹の内の一匹で、少女の最初の相棒だ。

 

「バブルこうせん! そこからつつく!」

 

「ポッチャチャ~! ――ポッチャ~~~!」

 

 自分で放った泡を、ポッチャマは嘴でつつく。泡はパァンと綺麗に弾ける。

 

「うんうん! 今日もバッチリ!」

 

「ポッチャ!」

 

 少女の名はヒカリ。シンオウでサトシが旅をしていた時、一緒にいた仲間の一人であり、コーディネーターである。

 

「じゃあ、少し休憩ね」

 

「チャマ」

 

 しばらく練習していたので、少し休憩。すると、一人の女性――ヒカリの母親、アヤコが話し掛ける。

 

「ヒカリ、電話よ」

 

「誰から?」

 

「凄い人から。とりあえず出て」

 

「は~い」

 

 練習を一旦切り上げ、電話に出る。

 

『はーい、ヒカリちゃん』

 

「この声……シロナさん!?」

 

『久しぶり』

 

 シロナとは何度か会った事はあるので知り合いとは言えるが、それでもリーグチャンピオンから直接電話され、ヒカリは驚く。

 

「あの、何のようで……?」

 

『ヒカリちゃん、あなたに頼みたい事が有るの。――イッシュ地方に行ってみない?』

 

 

 

 

 

「これでこっちは終わり。次は――『彼』ね」

 

 コーディネーターであるヒカリへの許可も貰った。次はトレーナー。シロナは微笑みながら、『彼』への電話を繋げる。

 

「――かみなりパンチ!」

 

「――アイアンヘッド!」

 

「エレキ、ブルーーーーーッ!!」

 

「レージスチルーーー」

 

 同時刻。周りの景色からは不自然なピラミッドの建物の中にあるバトルフィールド。

 雷の拳と鋼の頭突き。その二つの技がぶつかり合い、大爆発を起こす。煙が晴れると少し経ってからバトルフィールドに立つ二匹のポケモンの内の片方が倒れた。

 

「――良くやった」

 

「キブル!」

 

 トレーナーの言葉に、大きな黄色の体躯に二本の長い尻尾、丸い瞳。ある程度規則的な黒の模様が持つポケモンが、満身創痍ながらコクリと頷く。

 

「――見事。リベンジを果たしたな」

 

 相手トレーナーの勝ち、正確には再挑戦での勝利に、茶髪に探検家の格好の威厳を感じさせる男性がそう告げる。

 

「しっかりと鍛え直しました。自分を含めて」

 

 男性にそう返したのは、薄紫の男性に似た髪型をし、青と黒の服装の少年だ。

 

「自分の道をしかと確かめたが故の勝利と言う事か。――受け取れ」

 

 男性がBの刻印が刻まれたバッジの様な物を差し出し、少年はしっかりと掴む。

 

「この後はどうする?」

 

「次のリーグの旅に戻ります」

 

「あれとのリベンジは果たさんか?」

 

「どこにいるか分かりません。それに、あいつとは自分から会わずとも何れ相応しい時に戦います。果たすのはその時です」

 

「そうか。今後も精進するが良い」

 

「はい。戻れ」

 

「キブル」

 

 少年は男性に丁寧に頭を下げると、手持ちのポケモンを戻してから建物を後にする。その少し後、ポケモンギアが鳴り響く。

 

『ハロー』

 

「……シロナさん?」

 

 自分の兄かと思いながら出ると、ポケモンギアからシロナの声が出た事に少年が驚く。

 

『驚いたかしら?』

 

「……まぁ」

 

 いきなりリーグチャンピオンに電話を掛けられたのだ。驚かない方が変だ。

 

「それで何のようでしょうか?」

 

『あなたにちょっと話があるの。きっと良い経験になると思うわよ。――シンジ君』

 

 少年の名は、シンジ。サトシがシンオウで出会ったライバルである。

 



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水辺の騒動

 先週投稿出来ずにすみません。ちなみに、それなりに手を加えてます。


「――ルビ!」

 

「……」

 

「ワルッ! ――ルビィ!」

 

 早朝の森にて、二匹のポケモンがぶつかっていた。一匹はサトシとピカチュウを倒すべく、群れから離れて追うワルビル。

 もう一匹は彼等に勝ち、今はワルビルの師でもある色違いのオノノクス。

 師弟である二匹は、最近毎日行っている鍛錬をしていた。

 ワルビルがかみつくをしようとしたが、オノノクスは軽々と避けむと尻尾を掴み、持ち上げて叩き付ける。

 

「ワルビッ!」

 

「オノ」

 

 やばいと思ったワルビルは急いで距離を取る。弟子の行動にオノノクスはそれで良いと告げた。

 

「ワルビ!」

 

「ノクス」

 

 ワルビルが足を上げ、地面に叩き付ける。それによる揺れ――じならしが発生し、オノノクスに迫る。

 オノノクスは腕に竜の力を込めた爪、ドラゴンクローで地面を叩く。その際の衝撃がじならしを相殺した。

 

「ワルビ!?」

 

「――オノ」

 

 じならしが打ち消され、そんなのあり!?とワルビルが驚くも、その隙にオノノクスが距離を詰め、ドラゴンクローを放つ。

 ワルビルはガードしようとしたが間に合わず、ドラゴンクローの直撃を受けて大きく転がり、木にぶつかって止まった。

 

「オノノ」

 

「ワルビー……」

 

 まだまだだなと語るオノノクスに、ワルビルはしかめっ面になって唸る。相当加減されているのに、全く歯が立たなかった。

 

「ノクス」

 

「ルービ」

 

 休憩だと言われ、ワルビルははーいと返すと身体を休める。

 

「ワルビー」

 

「オノノ、ノクス」

 

 全然勝てねえなーと溢すワルビルに、当たり前だ、練度や経験が違うと淡々とオノノクスは答えた。

 ワルビルも群れにいたメグロコ時代にはかなり戦ってきたが、オノノクスのその数は文字通り桁が違う。それ故に高い実力を持っていた。

 

「ワールー、ワルビ?」

 

「ノクス」

 

 にしても、最近知らないポケモンを結構見ない?とワルビルは話を変える。確かにとオノノクスは頷いた。

 旅をしていく中で、二匹はロケット団のポケモンと何度か遭遇。交戦したこともある。

 ヒウンシティでの一件を思い出すが、二匹はロケット団を知らないのでその理由までは分からなかった。

 なので、オノノクスは放って置けと語る。敵になるのならば倒す、戦う気が無いのなら余計な戦いはしないので無視する、それだけだと。

 それもそうだなと、ワルビルは頷く。オノノクスの言う通り、敵ならば戦い、逃げるのなら見逃せば良いだけなのだから。

 

「ワル、ワルビ?」

 

 疑問について纏め、ワルビルはオノノクスに少し離れた場所に湖があったので、そこで休んでも良いかと提案する。

 

「ノクス」

 

 好きにしろと、オノノクスはワルビルに任せる。

 休憩時は自由にしているので、口は出さない。ただ、そこにいるポケモンに迷惑を掛けないようにと忠告。

 ワルビルは師のオノノクスにはーいと陽気に返すと、湖に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

「わ~、綺麗な湖!」

 

「それに大きいね。休憩の場所には最適かな」

 

 

「一旦、ここで休むのは?」

 

「そうだな」

 

 湖に着いたサトシ達は、そこで少し休憩する事にした。

 

「出てこい、皆!」

 

 サトシ達は手持ちのポケモン全てを出す。出てきた彼等はクールなツタージャ、今はまだ無口なドリュウズ、比較的そう言うタイプではないボスゴドラを除き、元気に答えた。

 

「皆、遊ばない? ……ドリュウズもどう、かな?」

 

「……」

 

 アイリスの提案に、ドリュウズは他の仲間達の視線を感じる中考える。やる気は無いが、こうまで見られると断るのも少し後ろめたい。

 

「……リュズ」

 

 

「じゃあ、行きましょ!」

 

「キミ達も行くと良い。楽しんでおいで」

 

「ゾロロ」

 

「カーブブ」

 

「……」

 

 ゾロアとポカブは素直に遊びに行くも、ボスゴドラだけは動かなかった。

 

「キミは行かないのかい?」

 

「ゴド」

 

 自分はN達を守るためにいる。だからボスゴドラは遊ぶ余裕などないのだと。

 

「――ボスゴドラ」

 

「……ゴド?」

 

「遊んでおいで。気分転換は大切だ」

 

「……ゴド」

 

 Nの命令とあれば仕方ない。渋々ながらもボスゴドラは向かって行った。

 

「さて、俺も――」

 

「ルッグー……」

 

 サトシも遊ぼうかとしたが、そこでズルッグが湖を眺めていたのを見た。また、キバゴとイーブイもだ。

 

「どうした、ズルッグ?」

 

「ルグルッグ。ルーグ」

 

「湖が綺麗だから見てたのか?」

 

「ルグ」

 

 そう言えば、生まれてそんなに日が経っていないズルッグはまだこんな湖を見たことがない。

 だから初めて見た綺麗で大きなこの湖に、夢中になっているのかもしれない。

 

「あっちじゃ、皆が遊んでるけど……この湖で遊ぶか?」

 

「ルッグ!」

 

「じゃあ、そうするか」

 

「ルッググ!」

 

 今日は初めて湖を見たズルッグの気持ちを優先し、サトシは一緒に遊ぶ事にする。ズルッグもサトシがいてくれて嬉しそうだ。

 

「キババ?」

 

「ブイイ?」

 

「キバゴ、イーブイ?」

 

 二匹はサトシとズルッグに近付くと、何するのと言いたげに首を傾げた。

 

「あぁ、ズルッグとここで遊ぼうと思ってさ」

 

「キバ~、キバキババ!」

 

「ブイイ、ブブイ!」

 

 キバゴはなら自分もズルッグと遊ぶと言い、イーブイも同調する。

 

「一緒にか? アイリス、Nさん、キバゴとイーブイがズルッグといたがってるけど」

 

「良いわよ~、キバゴよろしくね~」

 

「キバ~」

 

「構わないよ。イーブイ、サトシくんには出来る限り迷惑は掛けないようにね」

 

「ブイ~」

 

「じゃあ、皆一緒に入ろうぜ」

 

 二人から了承を得ると、サトシは服を脱いで水着になり、ズルッグ、キバゴ、イーブイと湖に入る。

 

「……ルッグ」

 

 

「ズルッグ、泳げるか?」

 

「ルッグ!」

 

 生まれてから泳いだのを見たことがないので、サトシがそう尋ねるとズルッグはやや意地になった様に頷く。

 

「ルッグ! ……ルググー!」

 

「うわっ、ズルッグ!」

 

「キバッ!?」

 

「ブイッ!?」

 

 ちょっと心配になりつつも様子を見ると、ズルッグはあたふたともがいた。サトシは慌ててキバゴ、イーブイと一緒にズルッグを引き上げる。

 

「泳げないんだな」

 

「ルッグー……!」

 

 泳げない苛立ちから、ズルッグは湖を睨み付けていた。

 

「怒るなって。今日は泳ぎの練習でもするか」

 

「ルッグ!」

 

「キ~バ!」

 

「ブ~イ!」

 

 ズルッグは直ぐに泳いでやると、やる気満々だ。キバゴとイーブイは手伝うと同じくやる気満々である。

 

「泳ぎは意外と良い練習にもなる。あの子達には良いトレーニングなるかもね」

 

 デントからもそんな助言を頂き、サトシはズルッグの泳ぎの練習を開始する。

 

「先ずは浅いここでな」

 

「ルッグ」

 

「いいか、ズルッグ。泳ぎのコツは――」

 

 先ずは浅い場所で練習を開始。イーブイとキバゴの協力しながらズルッグの手を持って息継ぎや泳ぎ方を伝え、覚えさせていく。

 幸い、ズルッグはカナヅチではなく、やり方を知らないから溺れただけだった。基礎を覚えると、ズルッグは少しずつ泳ぎが上達させていった。

 

「おりゃ~!」

 

「ピカピ~!」

 

「ゾロッ!」

 

「カーブ!」

 

「ハトッ!」

 

「クルル!」

 

「キバ~!」

 

「ヤナ!」

 

 サトシとズルッグが泳ぎの練習をしている一方、アイリスとピカチュウ達は球遊びをしていた。ポンポンと頭、手や足で弾き、繋いでいく。

 

「ボスゴドラ、行ったわよ~」

 

「ゴ、ゴド」

 

「ポカ!」

 

 自分の所に来たボールを、おずおずと言った様子で腕で弾く。珠はポカブの方に向かい、また違うポケモンに飛ばしていく。

 

「……」

 

 緩急や、高低を常に変化させる球を楽しそうに飛ばすピカチュウ達に、ボスゴドラは何とも言えない様子。同時にほんのりと暖かいものを感じていた。

 

「……」

 

「ゾロロ?」

 

「……ゴド」

 

 そんなボスゴドラに、ゾロアが悪くないでしょと語り掛ける。少し間を置いて、ボスゴドラはあぁと頷いた。

 ロケット団に身を置いた時期に忘れていた心の暖かさ。それを思い出し、微笑を浮かべる。

 

「ゾーロ」

 

「ゴド」

 

 ゾロアが球が来たよと言い、ボスゴドラはさっきと同じ様に軽く叩いて返す。折角の時間。楽しむことにした。

 

「エモ! ――ンガ!」

 

「――タジャ!」

 

 球は次にエモンガへ向かう。その瞬間、エモンガはある方向――ツタージャを睨むと彼女に向けて叩く。

 叩かれた球はツタージャに向かって勢いよく進むも、彼女は鶴で弾き返す。

 

「イマイ!? イマッ!」

 

 球は今度はイシズマイに向かう。思った以上の速さの球に、イシズマイは咄嗟に殻に籠り、からにこもるを発動。

 すると球は弾かれ、ドリュウズの方へと猛スピードで迫る。

 

「――リュズ」

 

 不意を突かれたドリュウズだが、直ぐに反応して鋼化した爪で強く弾く。球は更に加速し、あるポケモンの方へと向かう。

 

「ミジュ!? ミジュマーーーッ!」

 

 それはミジュマルだった。高速の球は彼に命中し、大きく吹っ飛ばした。あっと、ポケモン達は冷や汗を流す。

 

「ミジュ!」

 

「タマ!」

 

「……ミジュ?」

 

 吹っ飛ばされたミジュマルだが、何かにぶつかって止まる。

 声がしたそれに振り向くと、モンスターボールみたいな模様の傘に柄に顔と手があるポケモンだ。

 

「タマ!」

 

「タマタマ?」

 

 

 そのポケモンは一匹だけでなく、ミジュマルにぶつかった仲間の声に反応し、仲間達が集まる。

 

「タマ! タマタマ!」

 

「タママ! ゲーーーッ!」

 

 そのポケモンはミジュマルに手を向けると、ぶつかったミジュマルへの報復に仲間達と同時に紫色の粉、どこのこなを吐き出す。

 

「ミジュ!?」

 

「ピカ!?」

 

「キバ!?」

 

「ヤナ!?」

 

「ゾロ!?」

 

 どくのこなはミジュマルだけでなく、吹き飛んだ彼を心配して近付いたピカチュウ達を運悪く巻き込み、毒状態にしてしまう。

 

「――リュズ!」

 

「――ゴド!」

 

 ピカチュウ達が毒になった中、鋼タイプ故に受け付けなかったドリュウズやボスゴドラがそのポケモン達に迫る。

 

「タマ!? ゲッ!」

 

「リュズ!? ド、リュ……!」

 

「ゴ、ド……!」

 

 どくのこなが効かないドリュウズやボスゴドラに驚くそのポケモン達は、今度は違う性質の粉を吐き出す。それを受けた二匹の身体は強烈に痺れ出した。しびれごなだ。

 

「み、皆!?」

 

 到着したアイリスだが、毒や麻痺になった皆に顔を青ざめた。

 

 

 

 

 

「よしよし、どんどん上手くなってるぞ、ズルッグ」

 

「ルッグ!」

 

「キバキバ」

 

「ブイブ~」

 

 かなり上達したズルッグに、サトシもキバゴもイーブイも喜ぶ。

 

「サトシ、デント、Nさん!」

 

「どうした、アイリス!?」

 

「皆が……!」

 

 焦った様子のアイリスに、サトシ達は急いで向かう。

 

「これは……!」

 

「毒に麻痺か……!」

 

「なんでこんな事に!?」

 

「あのタマゲタケ達にどくのこなやしびれごなを浴びせられちゃったの!」

 

「タマゲタケ?」

 

 アイリスが指差した先にいるポケモンに、図鑑を向ける。

 

『タマゲタケ、茸ポケモン。何故か似ているモンスターボールの模様でポケモンを誘い、毒の粉で敵を撃退する』

 

「どうして、どくのこなを?」

 

「タマタマ、タマゲッ! ――タマッ!」

 

 何かを言うと、タマゲタケ達はその場から離れる。

 

「さっき、なんて?」

 

「ミジュマルがぶつかってきたから反撃しただけ。と言ってた」

 

「遊んでる最中に、ミジュマルが吹っ飛んだの。多分、その時に……」

 

「運が悪いね……」

 

 故意ではないとは言え、急に激突してきたのだ。タマゲタケ達が反撃するのは当然だろう。

 

「どうするんだ……?」

 

「モモン、クラボの実、どくけしやまひなおしはないし、ポケモンセンターもここからはかなり離れてる……」

 

 手当する道具、場所がない。打つ手がなかったが、そこでアイリスがあることを思い出す。

 

「――待って。この辺りにシレット水草はない?」

 

「シレット水草?」

 

「毒や麻痺にもある程度効く薬草よ。水辺に生えてる事が多いから、もしかしてたらあるかも……」

 

「シレット水草……。あった! この湖にある!」

 

 タブレットで情報を検索すると、シレット水草はこの湖にあることが分かった。

 

「じゃあ、それを採ってくれば――」

 

「でも、シレット水草は、正確には岩間の隙間に生えてるんだ。採るには、小柄な水タイプのポケモンの力が必要なんだけど……」

 

「水タイプのポケモン……。あっ!」

 

 今いる水タイプのポケモンは、ミジュマルだけ。しかし、毒でまともに動けない。

 

「人の手じゃ無理か?」

 

「それは……いや、ワイヤーみたいな道具があれば或いは……」

 

「じゃあ、サトシくん達はそちらから。僕はこの湖か周りの森にいるポケモンの助力を得れるかやって見る」

 

「なら、あたしは皆の手当をするわ」

 

 サトシ達は薬草を採る係、説得での助力、手当の役目を決める。

 

「ルッグルッグ!」

 

「キババ!」

 

「ブイイ!」

 

 そこに無事だった三匹が名乗り上げる。仲間のピンチを救いたいのだ。

 

「ズルッグ達はどうする?」

 

「普通なら、採取、説得、手当にそれぞれ一匹分けるべきだけど……」

 

 この三匹は強くなってはいるが、まだ子供。戦力としては、少し不安が残る。

 

「寧ろ、一つに集中させて速さや安定さを高めた方が良いかもね」

 

「だったら、どの役割に当てます?」

 

「採取か手当が良い。説得はボク一人でなんとか対応出来るから」

 

「けど、手当に回しても早く終わるわけじゃないし……」

 

「なら、採取に任せよう」

 

「分かった。直ぐに採って来るぜ」

 

 話し合いの結果、三匹はサトシとデントの護衛になった。

 

「イーブイ、サトシくんやデントくんの言うことを素直に聞くように」

 

「ブイ!」

 

「キバゴ、サトシ達を守ってね」

 

「キバッ!」

 

「よし、行こう!」

 

 一秒でも早く、仲間達を回復させるため、サトシ達は動き出す。

 

「この湖の何処かにあるんだよな?」

 

「うん。それは間違いない。ただ、これだけの湖だから、野生のポケモンがいる可能性は高い。出来る限り慎重に」

 

「分かった。デントは?」

 

「他にもシレット水草がないかどうか、調べてみるよ」

 

 サトシ達が採取に向かう間、ただ待っているつもりはない。

 

「よし、ズルッグ、イーブイ、キバゴ。行くぞ!」

 

「ルッグ!」

 

「ブイ!」

 

「キバ!」

 

 サトシは水着になり、ゴーグルや酸素ボンベを付け、縄を持ったまま三匹と共に湖に入って中を見ていく。

 

「皆、大丈夫か?」

 

「ルグルグ」

 

「ブイイ」

 

「キ~バ」

 

 イーブイとキバゴ、練習の成果もあってズルッグも問題なく泳げていた。

 

「岩場岩場……。あっ、あっちにあるな。皆、あっちに向かうぞ」

 

「ルグ」

 

「ブイ」

 

「キバ」

 

「――ギョ」

 

 しばらく捜索すると、岩がある場所を発見。そこに向かうサトシ達を、平たい身体のポケモンが見ると何処かに向かう。

 

「ギョ。マッギョギョ」

 

「ガマガ、ガマ」

 

 平たい身体のポケモンが話し掛けるも、ふくよかだが短い手足、コブが特徴のポケモンはふーん、そうと返す。

 

「ガマ、ガマガマ」

 

 じゃ、他と排除しといてと、コブの特徴のポケモンが平たいポケモンに言う。

 

「ギョ……。ギョギョマ」

 

 コブのポケモンに、平たいポケモンがそこまでしなくてもいいんじゃと告げる。

 向かう方向から、彼等の目的がシレット水草だと推測出来る。何もしないでそのまま素直に採らせ、手っ取り早く帰らせた方が互いに良い。

 

「ガマガ。ガマ」

 

 互いにとって安全なその案を、コブのポケモンは却下する。縄張りに入った者は敵。排除が普通だと。

 

「……」

 

 確かに正論だ。しかし、平たいポケモンは無言で睨んでいた。そんなことを言える資格があるのかと。

 

「ガママガ」

 

「……ギョ」

 

 言いたい事があるなら言えと言うコブのポケモンに、平たいポケモンはいやと返し、指示通りに他のポケモン達や、最近加わったあのポケモンを連れて向かう。

 

 

 

 

 

「ふぅ、中々見付からないね……」

 

 サトシ達がシレット水草を発見した一方、Nは森の中で状態異常を治せる技を持つポケモンを捜していたが、覚えていない、思っていたよりも警戒している、と言った理由から中々見付からなかった。

 

「どうしたものか――」

 

「……」

 

「……おや。こんなところで再会するなんてね」

 

 その途中、Nは一匹のポケモンに出会す。色違いの片刃のオノノクスだった。

 

『久々だな。青年よ』

 

「うん。キミはどうしてここに?」

 

『連れを探しに来ただけだ。念のためにな』

 

 自由行動は許したが、万一の事態に備えて来たようだ。

 

「誰かといるのかい?」

 

『そうだ。ちなみに――何かあったか?』

 

「どうして、そう思うんだい?」

 

『表情に少し焦りを感じた』

 

「大した洞察力だ。実は不運な事故で、仲間達のほとんどが毒や麻痺になってしまってね。治せる技を持つトモダチを探しているんだ。その中には、キミと戦ったサトシくんやピカチュウもいる」

 

『そうか。彼等もか……』

 

 サトシ達がピンチと知り、オノノクスは少し考える様子を見せる。

 

「おかげでこちらは手一杯だ。オノノクス、ちょっと手伝ってくれないかな?」

 

『お守りをすれば良いのか?』

 

「うん。キミなら安心だからね」

 

 オノノクスの強さなら、心配はいらない。最高の守護者だ。

 

『――良かろう』

 

 直接助ける訳ではない。それに、弱っている相手を見捨てるのは嫌いだ。Nの頼みをオノノクスは受けた。

 

「ありがとう。でも、頼んでながらなんだけど、連れは良いのかい?」

 

『待ち合わせ場所は決めてある。問題はない。――場所は?』

 

「あっちだよ」

 

『分かった。それと、無茶はしない様にな』

 

「心配してくれるのかい?」

 

『何れ戦う相手。ここで消えてほしくないだけだ。まぁ、余計なお世話かも知れぬがな』

 

「面倒見が良いね」

 

『……かもな』

 

 少し照れ臭そうにすると、オノノクスはゆっくりと歩いていった。

 

「さて。ボクも一刻も早く捜さないと」

 

 アイリス達の所にいるポケモン達はもう心配ない。後は毒や麻痺を治せるポケモンの捜索。少し早足でNは歩き出す。

 

「皆、これを飲んで。毒や麻痺は治らないけど、少し楽にはなるわ」

 

 アイリスはオレンの実を絞ったジュースを飲まし、ポケモン達を少しでも回復させる。

 

「う~、でも数が多いわね……」

 

 合計、十三体のポケモンがいる。自分一人ではかなりキツイ。

 

「早く、サトシ達戻って来ないかな……。――あれ?」

 

 サトシ達の早い帰還を望むアイリスの耳に、がさがさと茂みが揺れる音が鳴る。

 

「まさか、野生のポケモン……!?」

 

 だとしたら不味い。守る戦力がいないのだから。しかし、だからと言って見捨てる訳には行かない。

 いざとなれば、自分が戦うと思ったその時、そのポケモン――Nに頼まれて護衛に来たオノノクスが出てきた。

 

「……えっ、色違いのオノノクス!? あの時の!?」

 

「……ノクス」

 

「えっと、なんでここに……? もしかして、サトシと戦いたくて……?」

 

「……」

 

 オノノクスは違うと首を左右に振ると、無言でその場に座る。

 

「……戦いに来たわけじゃなそうね」

 

 もしかして、皆を守りにと考えるが、都合良すぎる気がする。

 とは言え、このオノノクスとは一度しか会ってないが、弱った相手を痛め付ける様な性格ではない。放っても大丈夫だろうとアイリスは手当を続ける。

 

「……」

 

「な、なに?」

 

 その途中、オノノクスが自分を見ている事に気付く。アイリスが恐る恐る聞くも、オノノクスは無言。

 と思いきや、立ち上がるともう一つあった吸い飲みを手に取り、オレンの実を絞ったジュースを近くにいたポケモン、ドリュウズに飲ませる。

 

「リュ、ズ……」

 

「て、手伝ってくれるの?」

 

「……ノクス」

 

 オノノクスは頷き、次のポケモンに飲ませようとする。その相手は――ボスゴドラだ。

 

「……」

 

「……」

 

 ボスゴドラは勿論、オノノクスも相手がヒウンシティで戦った敵だと理解。少しの間、緊迫するも。

 

「ノクス」

 

「……ゴド」

 

 今は療養の為にも、飲んで身体を休めろとオノノクスは告げる。

 リベンジを果たしたい相手に看病される。ボスゴドラは少し悔しいが今は言う通りにし、大人しく手当を受けた。

 

「結構上手いわね……」

 

 吸い飲みが壊れない様に力加減しつつ、きちんと先を口元に近付け、優しく飲ませてる。かなり器用である。

 

「その、オノノクス」

 

「……?」

 

「手伝ってくれて、ありがとう」

 

「オノ」

 

 気にするなと、オノノクスは返す。思わぬ手伝いが増え、アイリスは一層手当に励んだ。

 

 

 

 

 

「ここだな。――よっと!」

 

 サトシ達は岩場に到着。シレット水草に向かって縄を投げるも、水中なので上手く進まず、水草には絡まらない。

 

「一人じゃダメか……。皆、何とか入って縄を草に絡めて――」

 

「オタ!」

 

「マロ!」

 

「……なんだ?」

 

「ルッグ?」

 

「ブイ?」

 

「キバ?」

 

 サトシ達は協力して採ろうとしたが、そこに大きなおたまじゃくしみたいポケモン達が沢山向かって来る。

 

「……まさか!」

 

「オタタ!」

 

「マロロ!」

 

 嫌な予感がし、それは見事的中。おたまじゃくしみたいなポケモン達が、一斉にみずてっぽうを発射する。

 

「避けろ、皆!」

 

「ルッグ!」

 

「ブイイ!」

 

「キバ~!」

 

 動きづらい水中だが、サトシ達は辛うじてみずてっぽうをかわす。

 

「ルー……グッ!」

 

「オッ!」

 

「タッ!」

 

「マローーーッ!」

 

「ルッグ!?」

 

「ズルッグ、危ない!」

 

 ズルッグがきあいだまを放つも、軽々とかわされ、逆に他のポケモン達から反撃される。

 サトシは咄嗟にズルッグの腕を引っ張り、みずてっぽうから助けた。

 

「くそっ、不利すぎる……!」

 

 数は上、しかも水タイプのポケモンが得意とする水中。これでは圧倒的に不利だ。

 

「皆、湖から出るぞ! キバゴ、りゅうのいかり! 地面を打て!」

 

「キバッ! キ~バ~、ゴ~~~!」

 

 発射された竜の力が、地面に命中。大量の泥を巻き上げ、おたまじゃくしみたいなポケモン達の視界を塞ぐ。その隙にサトシ達は湖から脱出する。

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

「サトシ、大丈夫かい!?」

 

 先程のみずてっぽうで、何かが起きているのが分かっているデントが素早くサトシ達に駆け寄る。

 

「何が?」

 

「野生のポケモン達がいきなり攻撃してきたんだ。――来た!」

 

「オタッ!」

 

「マロッ!」

 

「あれは……オタマロだ!」

 

「オタマロ?」

 

 潜った場所に置いたポケモン図鑑を手に取り、オタマロと呼ばれたポケモンに向ける。

 

『オタマロ、おたまポケモン。頬を振るわせ、人には聞こえない音波を出し、仲間に危険を知らせる』

 

「なぁ、オタマロ。俺達はシレット水草を採れればそれで良いんだ。だから――」

 

「オターーーッ!」

 

「マローーーッ!」

 

 サトシが説得するも、オタマロ達は聞く耳を持たずに攻撃してきた。

 

「ダメか……!」

 

「倒すしかなさそうだね……!」

 

「ズルッグ、イーブイ、キバゴ! オタマロ達を倒――!」

 

「ヌー!」

 

 戦闘態勢に入るサトシ達だが、同時にオタマロ達の背後から一匹のポケモンが出てきた。

 水色の体色、背中には紫色のヒレ状の器官を持ち。のんびりそうな顔をしたポケモンだ。

 

 

「あのポケモンは……」

 

「ヌオーだ!」

 

『ヌオー、水魚ポケモン。ウパーの進化系。のんびりとした性格で、自由気儘に泳ぐ。川底で口を開け、エサが飛び込んでくるのを待つ』

 

「サトシ、あのヌオーってポケモン……」

 

「あぁ、間違いないと思う」

 

 今まで遭遇した、ロケット団のポケモン。二人はそう確信する。ただ、オタマロ達を率いているような様子が気になる。

 

「とにかく、ヌオーは倒して保護しよう」

 

「だな」

 

 ヌオーが逃走中にここを占拠し、オタマロ達のリーダーになったのかは不明だが、自然や彼等の為にも保護しなければならないのは確かだ。

 

「オターーーッ!」

 

「マローーーッ!」

 

「ヌーーーッ」

 

「みずてっぽうにねっとうか! 避けろ!」

 

 オタマロ達はみずてっぽう。ヌオーはねっとうを発射。サトシ達はなんとかかわす。

 

「サトシ、何とかなるかい?」

 

「オタマロ達だけなら、何とかなるんだけど……!」

 

 ヌオーが厄介だ。明らかにオタマロ達より強い。ズルッグ達三匹でやっと倒せるレベルだろう。

 

「ヌーオーーーッ」

 

「オーーーッ!」

 

「ターーーッ!」

 

「――次が来る!」

 

 再び、ヌオーとオタマロ達の一斉攻撃。迫る攻撃の嵐を、横から放たれた無数の岩が相殺する。

 

「今のは……?」

 

「――ワルビ」

 

「ワルビル!」

 

 岩を放ったのは、ワルビルだった。気付いた自分を見るサトシに、ワルビルはニヒルに笑う。

 

「ワル、ワルルビ」

 

 ワルビルはサトシ達に近付くと、オタマロ達とヌオーにこいつは俺の獲物だ。手を出すんじゃねえと告げる。

 

「……ワル?」

 

 あれとキョロキョロするワルビル。目標のサトシと、もう一つの目標であるピカチュウが見当たらない。

 

「ワルビル、ピカチュウ達が毒や麻痺に掛かってるんだ! 治すために力を貸してくれ!」

 

「――ルビ!」

 

 納得したワルビルは自分の実力で倒すため、サトシ達に助力することに。

 

「よし、これで戦え――」

 

「――ガマ!」

 

「何かまた来た!」

 

 ワルビルが協力し、これで十分戦えると思ったのも束の間、湖からまた違うポケモンが出てきた。

 

「あれはガマガルだ!」

 

『ガマガル、振動ポケモン。オタマロの進化系。水中と地上で生活。長くネバネバした舌で獲物を絡めて捕らえる』

 

「……ガママ?」

 

「ヌー」

 

「……なんだ?」

 

「……何かを探してる?」

 

 ガマガルが辺りをキョロキョロし、ヌオーやオタマロ達に聞いていた。

 

「ガマガ。――ガママ!」

 

「ヌー」

 

「オー!」

 

「ター!」

 

 はぁと溜め息を付くと、ガマガルが一声。その声に従う様に、ヌオーやオタマロ達が一斉攻撃。またサトシ達は避ける。

 

「あいつがリーダーか?」

 

「みたいだ。ヌオーはガマガルに従ってると考えるべきだね」

 

「にしても、また加わるなんて……!」

 

 ガマガルが加わった事で、再度こちらが不利になってしまった。

 

「デント、こいつらは俺達とワルビルで何とか食い止める! その間にシレット水草を採って、ピカチュウ達を治してくれ!」

 

「……それしかなさそうだね」

 

 戦力のない自分では、足手纏いにしかならない。サトシ達が足止めしてる最中にシレット水草を採るのが最善だろう。

 

「頼む!」

 

「ここは任せるよ!」

 

「――ガマガ!」

 

 シレット水草を採りに行ったデントに、ガマガルが伸ばした舌から泥弾を発射。

 

「なっ……!」

 

「デント、危ない!」

 

「――ギョ!」

 

 迫る泥の弾丸を、丸い塊の泥が相殺。更にまた湖から一匹のポケモンが現れ、デントの前に出る。

 

「あれは……」

 

『マッギョ。トラップポケモン。電気を流す時、前のめりになる。泥に埋まって、獲物が触った時、電気を出して痺れさせる』

 

「ギョ」

 

「ガマガ……!」

 

 マッギョをガマガルに睨み、この裏切者がと呟く。しかし、マッギョは仲間だから、止めるだけだと返す。

 

「一緒に戦ってくれるかい?」

 

「マッギョ」

 

 デントの言葉に、マッギョは頷く。力を貸すと言う事だ。

 

「……ガマガマ、ガママ、ガマガー!」

 

「ヌー!」

 

「オタ!」

 

「マロ!」

 

 ガマガルの言葉に従い、ヌオーとオタマロ達が動く。ヌオーはデントとマッギョの所に。オタマロ達はワルビルの所に。

 

「ガマ、ガガガッ」

 

「デント、ヌオーは任せる! ワルビルはオタマロ達を!」

 

「あぁ!」

 

「ワルビ!」

 

「俺達は――ガマガルだ!」

 

「ルッグ!」

 

「ブイ!」

 

「キババ!」

 

 デント&マッギョ対ヌオー。ワルビル対オタマロ達。サトシ達対ガマガルの三つのバトルが始まった。

 



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湖の戦い

 長くなったので、二話に分けます。


「ズルッグ、きあいだま!」

 

「ルッ、グーーーッ!」

 

「ガマガーーーッ!」

 

 ズルッグが闘気の球を投げるも、ガマガルが発射した高圧の水流に簡単に突破。反対にズルッグにダメージを与える。

 

「ルッグ!」

 

「ズルッグ! 今のはハイドロポンプか……!」

 

 水タイプ、最高クラスの技だ。きあいだまもかなりの威力の技だが、基礎能力の差で突破されてしまった。

 

「ブイイ!」

 

「キババ!」

 

「ガマガ!」

 

 ズルッグが攻撃された怒りに、イーブイとキバゴがガマガルに迫る。しかし、ガマガルは舌を伸ばして泥弾を発射。二匹にカウンターで食らわせる。

 

「技の切り返しが速い! 強いな……!」

 

 オタマロ達、ヌオーのリーダーだけあり、このガマガルの実力は中々に高い。

 

「やられっぱなしじゃないぜ! ズルッグ、にらみつける!」

 

「――ルッグ!」

 

「ガマガ!?」

 

「イーブイ、たいあたり! キバゴ、ひっかく!」

 

「ブイブイッ!」

 

「キババババッ!」

 

「ガマガ!」

 

 ズルッグが接近してにらみつけるで防御を下げ、そこにイーブイとキバゴがたいあたりとひっかくでダメージを与える。

 

「ガマガーーーッ!」

 

「ルッグ!」

 

「ブイッ!」

 

「キバッ!」

 

「ヘドロウェーブ!」

 

 ガマガルは身体から毒々しい紫色の波が周囲に発射。ズルッグ、イーブイ、キバゴにダメージを与えて吹き飛ばす。

 

「周りに攻撃する技まであるのか……!」

 

 やはり、相当手強い。ズルッグ達では三体がかりでも勝てるかどうかのレベルだ。

 

「まだやれるか、皆?」

 

「ルッググ!」

 

「ブイブイ!」

 

「キババ!」

 

 強敵だが、負けるわけには行かない。サトシ達に次の攻防に入る。

 

「オタタ!」

 

「マロロ!」

 

「ワルビ!」

 

 オタマロ達の無数の水流に対し、ワルビルはストーンエッジで迎え撃つ。個人としてはワルビルの方が上。

 しかし、数で上回れれば、当然威力でも上回れてしまう。相殺仕切れない水流がワルビルを襲う。威力が減衰しても、効果抜群で小さくないダメージを受ける。

 

「ワルビ……!」

 

 相性は不利。数でも負けている。かなりのピンチだが、そこで師の言葉を思い出す。

 数で負けているなら、先ずは一匹ずつ確実に叩いて戦力を削ぐ。危機であろうと焦らず、冷静になって攻撃を的確に避けて、攻撃を当てる。

 その教えを実行する為の基礎は、まだ未完成かもしれないが日々の特訓で培って来た。やってやれないことはない筈だ。

 何より、この程度乗り越えない様なら、ピカチュウとサトシに勝つなど遠い。勝たねばならないのだ。

 

「ルビ!」

 

 ワルビルはあなをほるで穴を掘り、地中に潜る。

 

「ワル!」

 

「オタ!?」

 

「マロ!?」

 

 地中でワルビルは土を強く蹴る。じならしの振動が発生し、オタマロ達を襲う。

 

「ワルビ!」

 

「タマッ!」

 

 更にワルビルは地中から出ると、一匹のオタマロにかみつく。ダメージを与え、そのオタマロを放って別のオタマロにぶつける。

 

「ワール、ビーーーッ!」

 

 ワルビルはストーンエッジを展開。ダメージを与えたオタマロに全弾ぶつけ、戦闘不能にして戦力を一つ奪う。

 

「ワルビッ」

 

 次を倒すべく、ワルビルはオタマロ達に迫る。

 

「ヌーオーーーッ」

 

「マッギョ!」

 

 マッギョとヌオー。二匹は互いにどろばくだんを発射。二つの泥はぶつかり合い、消滅する。

 

「マッギョ、ねっとうとかで攻撃は出来る?」

 

「マッギョギョ」

 

「出来ないのかい?」

 

「ギョギョギョ」

 

 デントの言葉に、マッギョは左右に振る。

 

「出来るけど、使わない……。――いや、使えない?」

 

 とすると、その理由は自ずと限られる。水タイプの技はタイプで半減は可能だが、無効は出来ない。

 

「――『ちょすい』か『よびみず』」

 

 この二つは特性で、互いに水タイプを吸収して回復、力を高める効果がある。

 ヌオーがこの内のどちらかを持っているなら、確かに水タイプの攻撃は無意味だ。

 

「なら、電気技かな」

 

 マッギョは電気と地面の珍しい複合タイプ。ヌオーは外見から水タイプと推測出来る。電気技で攻めようとするが。

 

 

「マッギョ」

 

 それもダメだと、マッギョは身体を振る。

 

「電気が効かない……。地面タイプがあるのか」

 

 水だけでなく、電気も効果がない。マッギョには厳しい相手だ。

 

「ヌーーーッ」

 

「ねっとうだ! かわすんだ!」

 

「マッギョー!」

 

 ヌオーが放つねっとうを、マッギョは高く跳んでかわす。更にそのまま落下していく。とびはねるだ。

 

「ヌー」

 

「どろばくだんだ!」

 

 落ちてくるマッギョに、ヌオーは泥を発射する。空中でまともに動けないマッギョは当たる。と思われたが。

 

「――ギョギョ!」

 

「おぉ!」

 

「ヌッ!?」

 

 マッギョは身体を僅かに動かし、何と空中を滑る様にどろばくだんを避けていく。平たい身体による空気抵抗を活かした、見事な回避だ。

 

「ギョ!」

 

「ヌー!」

 

 そのまま、高速で動くマッギョはヌオーに激突して吹き飛ばした。

 

「ヌ、ヌー!」

 

「マッギョ!」

 

 ヌオーはかいりきで反撃しようとしたが、マッギョはまたとびはねるで回避しつつ反撃を狙う。

 

「ヌー」

 

 先程の動きから予想し、ヌオーは左右にどろばくだんをばらまく。

 

「――ギョ」

 

「ヌッ!?」

 

 しかし、マッギョは今度は平たい身体をそのままにし、最大にした空気抵抗でゆっくりと落下。動きを予想した放たれたどろばくだんは外れる。

 

「マッギョギョ!」

 

「ヌー。――オー」

 

 マッギョは素早く身体を傾け、滑るようにぶつかってヌオーにまたダメージを与える。

 しかし、ヌオーもやられっぱなしではなく、踏ん張るとかいりきをマッギョに叩き込む。

 

「ギョ!」

 

「マッギョ! 大丈夫かい?」

 

「マッギョ」

 

 中々の一撃を受けたマッギョだが、この程度ではやられない。ヌオーに鋭い眼差しを向けた。

 

「ズルッグ、ずつき! イーブイ、たいあたり! キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「ブイ~~~ッ!」

 

「ガマガマ!」

 

 先に放たれたりゅうのいかり、その後のずつきやたいあたりをガマガルは次々とかわす。

 

「ガマガ」

 

「来るぞ、キバゴ!」

 

 ガマガルはキバゴに接近し――途中で停止する。

 

「ガマガーーーッ!」

 

「ルッグ!」

 

「ブイ~!」

 

「キバッ!」

 

 そして、射程内に入れた事を確認し、ガマガルはヘドロウェーブを発射。三匹に纏めてダメージを与えた。

 

「近付くフリをして、皆に纏めて攻撃か……! だけど、やられっぱなしじゃないぜ! イーブイ、しっぽをふる! ズルッグ、ずつき! キバゴ、ひっかく!」

 

「ブイッ! ブブブブイッ!」

 

「ガマガマガマ!?」

 

 イーブイがいち早くガマガルに肉薄し、尻尾を何度も何度も叩き付けて防御力を下げる。

 

「ルッグーーーッ!」

 

「キババババ!」

 

 次にズルッグがずつきで怯ませ、その間にキバゴがひっかく。ガマガルに反撃のダメージを与える。

 

「ガマガ……!」

 

 思ったよりもやるなと、ガマガルは表情を歪ませる。

 

「皆、まだ行けるか?」

 

「ルッグ!」

 

「ブイッ!」

 

「キ~バ!」

 

 かなり追い詰められているも、三匹はまだガマガルと戦う意志を微塵も無くしていない。

 

「……ガマ」

 

 これ以上、厄介な事にしない為にも一気に決める必要がある。ガマガルはそう判断した。

 

「ガマガーーーッ!」

 

「ズルッグ、きあいだま! キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「ズル、ッグーーーッ!」

 

「キ~バ~ゴ~~~!」

 

 ガマガルのハイドロポンプに、ズルッグのきあいだま、キバゴのりゅうのいかりが激突。三つの技は相殺され、煙が視界を遮る。

 

「イーブイ、ガマガルにしっぽをふる――」

 

「ガマガ!」

 

「なに!?」

 

「ブイッ!?」

 

 攻撃後を狙い、しっぽをふるを仕掛けようとしたが、その前にガマガルが接近してきた。

 

「ガマガーーーッ!」

 

「ちょうおんぱ!?」

 

 接近したガマガルは、口から不快な音波を放つ。

 

「ブイッ!」

 

「キバッ!」

 

「ルッグ!?」

 

 ちょうおんぱに、イーブイは咄嗟に逃げてと告げ、次にキバゴがズルッグを突き飛ばす。

 

「ブ、イ……?」

 

「キ、バ……?」

 

 イーブイとキバゴの動きでズルッグを守られたが、その代償に二匹は混乱してしまう。

 

「ズルッグ、ガマガルに攻撃させるな! ずつき!」

 

「ズル、ッグ!」

 

「ルッ!」

 

「なっ!」

 

「ルッグ!?」

 

「ガマー……!」

 

 二匹を守るべく、ズルッグがずつきを仕掛けるも、ガマガルはジャンプで避け、更に空中からのマッドショットで二匹を倒そうとする。

 

 

 

 

「ワルビィ!」

 

「オタッ!」

 

 攻撃の合間を狙い、ワルビルは一匹のオタマロにかみつく。その一撃でまた一匹を倒した。これで五体目だ。

 

「オターーーッ!」

 

「マローーーッ!」

 

 オタマロ達が頬を震わせ、一斉にりんしょうを発射。仲間と同時に放つことで、その威力は大幅に増していた。

 

「ワルッ!」

 

 音の波に、ワルビルはあなをほるで地中に潜って回避。じならしかこのまま攻撃しようかと考えたが。

 

「――オターーーッ!」

 

「マーローーーッ!」

 

「ルビッ!?」

 

 しかし、オタマロ達はりんしょうを地面に向けて発射。増幅された音は大地を強く震わせ、地中にいるワルビルにダメージを与え、地面に引きずり出した。

 

「ワルー……ビーーーッ!」

 

「タマーーーッ!」

 

 地面越しにダメージを受けたワルビルだが、直ぐに姿勢を整え、ストーンエッジ。オタマロ達に反撃の一撃を叩き込む。

 

「――ルビ」

 

 オタマロ達への警戒を続けながら、ワルビルははぁと溜め息。オノノクスから教わった中に、こんな言葉があった。

 同じ戦法は見抜かれて反撃される恐れがある。それを教わったのに、活かせなかった事に未熟さを感じたのだ。

 

(――思い出せ)

 

 だが、今は戦闘中。直ぐに払い、他の教えをワルビルは思い出す。

 

「ワルビ!」

 

 ストーンエッジをオタマロ達にではなく、地面に放つ。激突で煙が発生し、オタマロ達の視界を塞ぐ。

 

「オーーーッ!」

 

「ターーーッ!」

 

 煙で見えないが、オタマロ達は関係なくみずてっぽう。広範囲に放つが、ワルビルの声は聞こえない。当たっていない証拠だ。

 そして、今の一撃と風の流れで煙は晴れた。だが、ワルビルの姿はなく、代わりに穴があった。

 オタマロ達はまた地中に潜ったと理解し、ならばこちらも再度りんしょうを放つ。

 

「――ルビ!」

 

 その瞬間、ワルビルは穴から出て高く跳躍。りんしょうは地面を揺らしただけで、ダメージはない。

 

「ワル!」

 

「タマローーーッ!」

 

 ジャンプしたワルビルは、着地と同時にじならしを発動。落下の勢いで威力が増したじならしの揺れが、オタマロ達にダメージを与える。

 

「ワルビィ!」

 

「マロッ!」

 

 続けてワルビルはストーンエッジ。一匹に狙いを付けて集中攻撃し、また一匹倒す。

 

「ルビ」

 

 どうだとワルビルは不敵に笑う。裏を掛かれたからこそ、その裏を掛け。オノノクスのその教えを見事に実践したのだ。

 

「――ルビィ!」

 

 残りの数は一桁を切った。全て撃破するべく、ワルビルは駆け出す。

 

「ヌーーー」

 

「だくりゅう! マッギョ、とびはねる!」

 

「マッギョ!」

 

 ヌオーは泥を含んだ波を発射。とびはねるの回避と攻撃を狙う。

 

「オーーー」

 

「どろばくだん! マッギョ、回避に専念だ!」

 

「ギョ!」

 

 三度跳躍のマッギョに、ヌオーはどろばくだんを中心を含んだ広範囲に発射。これには攻撃する間がなく、回避に専念するしかなかった。

 

「ギョ。――ギョ!?」

 

「マッギョ?」

 

 驚きの声にデントが反応。見ると、着地したマッギョの身体に泥や濡れた土が付着していた。先程のだくりゅうが原因だ。

 

「さっきのだくりゅうはこれが狙いか!」

 

 攻撃その物もだろうが、だくりゅうの泥や濡れた土もヌオーは狙っていたのだ。

 

「ヌーーー」

 

「マッギョ、とびはねる!」

 

「マッギョ! ギョ!?」

 

 ジャンプとしたマッギョだが、濡れた土のせいであまり跳べず、おまけに身体に付いた泥や土が動きの制御を阻害する。

 

「オーーー」

 

「マッギョ!」

 

 空中で上手く動けず、落下したマッギョにヌオーのかいりきが命中。

 

「――マッギョ!」

 

「――ヌーーーッ!?」

 

 マッギョは無理矢理身体を動かすと、ヌオーに体当たり。かなりの衝撃がヌオーへ叩き込まれた。

 

「リベンジか!」

 

 攻撃を受けたのを利用し、高まった威力のリベンジで反撃したのだ。

 

「さっきの挙動と言い、出来るね、君」

 

「マッギョ」

 

 誉められるも、マッギョは前を見る。ヌオーはまだ倒れていないのだ。おまけにまた泥や土が身体について動きづらくなる。

 

「――ヌー……。オッ」

 

「かわすんだ、マッギョ!」

 

「ギョ!」

 

 ヌオーはどろばくだんを吐き出す。マッギョは足場のせいで上手く出来ない跳躍ではなく、身体を転がしてかわすも、また泥土が付着する。

 

「不味い……。このままじゃあ、マッギョは狙い撃ちになる」

 

 泥と土を落とす必要がある。例えば湖で。しかし、ヌオーがそんな余裕をくれるとは思えない。もっと別の方法で対応する必要がある。

 

(考えろ……。サトシならどうする?)

 

 サトシなら、常識に縛られない閃きや発想でこの事態を打開する筈。

 

(ねっとう……。いや、それだけじゃダメだ)

 

 サトシがコーンとのバトルで見せた、相手の水タイプの技を利用して泥を落とす。確かに効果はあるが、地面が泥土になっている以上は効果が薄い。

 もっと、いっそのこと――とそこでデントはその手があったと思い至った。

 

「マッギョ、全力で電気技! 辺り一帯に!」

 

「……マギョ! ――マッギョーーーッ!」

 

「ヌー?」

 

 大量の電気と、その余波の閃光が周囲一帯に放たれる。ヌオーにも届くが、地面タイプなので効果はない。何してるんだと首を傾げている余裕もあった。

 

「――マギョ!」

 

「……ヌッ!?」

 

 閃光が消えると、そこには泥や濡れた土が付いていないマッギョがいた。いや、それだけではない。周囲にも泥や濡れた土が消えていた。

 

「マッギョ、どろばくだん!」

 

「マッギッ!」

 

「ヌー!」

 

 驚いたその隙に、マッギョがどろばくだんを吐き出した。泥は見事にヌオーに当たる。

 

「ヌー……!」

 

「残念だけど、泥や濡れた土は電撃で吹き飛ばさせて貰ったよ」

 

 正確には、電撃の熱で水分を蒸発させ、地面に付着した泥土を只の土に戻しつつ、身体の泥土を威力でボロボロしながら落としたのだ。これでまともに戦える。

 

「ギョー……」

 

 効かない技を有効に使ったデントに、マッギョは感心した様だ。

 

「見事だろう? 友人の発想を借りたのさ。――さぁ、一気に決めるよ。マッギョ!」

 

「マッギョ!」

 

「ヌー……!」

 

 決着を決めるべく、デントとマッギョは次の攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

「ル、ッグ……!」

 

 攻撃を放とうとするガマガル。スローに見えるその景色にズルッグは悟ってしまう。このままでは、確実に自分かイーブイとキバゴのどちらかが倒されると。

 自分が二匹を守る――いや、ダメだ。戦える自分がいなくなれば、混乱状態の二匹はどの道やられる。

 ガマガルに攻撃し、奴の攻撃を中断させなければ。しかし、きあいだまは間に合わない。ずつきも届かない。にらみつけるもだろう。

 もっと別の、空中にいるガマガルを攻撃出来る技を。そう考えた瞬間、ズルッグは本能的に跳躍した。

 

「――ルッグ!」

 

「ズルッグ!?」

 

「ガマ!? ――ガマー……」

 

 サトシと同じく、跳躍したズルッグにガマガルは驚くも、冷静に対応して戦闘不能にしようとした。その時だ。

 

「――ルッグーーーッ!」

 

 

「ガマガーーーッ!?」

 

 ズルッグは片膝を出しながら、ガマガル目掛けて降下。そのままガマガルと一緒に地面に落下する。

 

「今のは……とびひざげりか!」

 

 高く跳躍し、落下の勢いをプラスした強烈な膝蹴りを叩き込む技だ。

 威力だけなら一級品だが、外すと大きなダメージを受けるハイリスクハイリターンな技。この土壇場で、ズルッグはこの技を発現させたのだ。

 

「ガ、ガマガ……!?」

 

「ズルッグ、ずつき!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「ガマッ!」

 

 思わぬ一撃を受け、戸惑うガマガルにズルッグは追撃のずつき。更に効果で怯む。

 

「キバゴ、イーブイ! 正気に戻るんだ!」

 

「――キバッ!」

 

「――ブイッ!」

 

 サトシは怯んでいる間にキバゴとイーブイに呼び掛ける。運が良かったのか、二匹共直ぐに正気に戻った。

 

「よし、戻っ――」

 

「ガマガーーーッ!」

 

「ルッグーーーッ!」

 

「ズルッグ!?」

 

 直後、ズルッグが水流と共に吹き飛んだ。ガマガルからハイドロポンプを受けたらしい。

 

「ル、ッグ……!」

 

「ブブイ!」

 

「キ~バ!」

 

 瀕死寸前のズルッグに駆け寄り、その後に二匹はガマガルを睨み付ける。

 

「ブイ~!」

 

「キバ~!」

 

「ガマー――ガッ……!?」

 

 怒りのまま突撃するイーブイとキバゴ。ガマガルはヘドロウェーブで止めを刺そうとしたが、今までのダメージで身体が痛み、攻撃が中断された。

 

「ブイッ!」

 

「ガマーーーッ!?」

 

 攻撃が中断したその隙を狙い、イーブイがきりふだを放つ。時間が掛かり、大幅に威力が増したその技がガマガルに叩き込まれた。

 

「キ~バ~……! キバキバキバキバ~~~ッ! ――キバッ!」

 

「ガママママッ!? ――ガマーーーッ!」

 

 続いて、キバゴのげきりん。ありったけの怒りを込め、ガマガルに猛攻を浴びせ、〆の一撃で吹き飛ばす。

 

「ズルッグ、止めだ! きあいだま!」

 

「ズールー、グッ――」

 

「ガマガ!」

 

 きりふだ、げきりんからの止めの一撃をズルッグが放とうとしたが止まった。妨害されたのではない。

 ガマガルが――突然頭を下げたのだ。参ったとでも言いたげに。サトシ達はその行動に驚いた為、攻撃が止まった。

 

「ガマガー」

 

 ガマガルは顔を上げると、笑いながらいやー、お強いと言いながらサトシ達に擦り寄る。

 

「え、えーと……? 俺達の勝ちで良いのか?」

 

「ガマガマ」

 

「そっか。じゃあ、俺達はシレット水草を採りに行くから――」

 

「ガマガ! ガマガマ」

 

 戦いも終わり、サトシは三匹とシレット水草を採りに行こうとしたが、彼の言葉を聞いてガマガルはお待ちをと言い、湖に入って行った。

 

「な、なんなんだ?」

 

「ルッグ……?」

 

「ブイブイ」

 

「キ~バ」

 

 態度が一変したガマガルに、サトシ達は困惑の一方だが、とりあえず待つことにした。そこにデントとマッギョが近付く。

 

「サトシ、大丈夫かい?」

 

「マッギョ」

 

「大丈夫だよ、デント。そっちはどうだ?」

 

「それが……済まない。ヌオーを保護し損ねた」

 

 詳しく聞くと、後一歩だったのだが、ガマガルがサトシ達に駆け寄るのと同時にヌオーは逃げ出したのだ。

 

「ワルビー……」

 

「ワルビル、お前も大丈夫か?」

 

「ルビ」

 

 かなりのダメージを受けながらも、ワルビルが悔しそうな表情でサトシ達に駆け寄る。

 悔しそうな顔の理由はダメージではなく、オタマロ達を倒しきれなかったからだ。

 こちらもガマガルが湖に入った事でリーダーが敗走したと思い込み、一斉に逃げ出したのだ。

 

「――ガマガー」

 

「あっ、出てきた。――って、シレット水草!」

 

 話していると、ガマガルが湖から出てきたが、短い腕にシレット水草を持っており、サトシに差し出す。

 

「採って来てくれたのか! ありがとう!」

 

「ガマガマ」

 

「よし、早く戻ろう」

 

 シレット水草を手に入れ、サトシ達は急いでピカチュウ達の元に戻る。

 

「ピカ~」

 

「リュズ……」

 

「ヤナー」

 

「ゾロー」

 

「これでもう大丈夫。毒や麻痺は消えたわ」

 

「良かったー」

 

 持って来たシレット水草から薬を作り、ピカチュウ達は毒や麻痺から回復する。

 

「ワルビ」

 

「ピカピー」

 

 回復したピカチュウ達は、三匹にありがとうとお礼を言う。

 またワルビルもピカチュウに元気になって良かったと声を掛けており、ピカチュウはワルビルにもお礼を言っていた。

 

「これで一件落着。にしても……」

 

「……」

 

「まさか、このオノノクスがここにいるなんて……」

 

 色違いのオノノクスがいたことに、サトシ達はやはり驚く。まさか、ここで再会するとは思わなかった。

 

「一応だけど、特になんか無かった?」

 

「全然。手伝いはしてくれるし、野生のポケモンは一切来ないし、助けてもらってばかりよ」

 

「そうか。ありがとう、オノノクス」

 

「……」

 

 礼を言われるも、オノノクスは無言で佇んでいた。

 

「――皆」

 

「あっ、Nさん」

 

「済まない。連れて来れなかったから、少し様子を見に来たけど――もう大丈夫そうだね」

 

 Nが戻り、皆が回復した様子から大丈夫そうだと安心する。

「はい。ズルッグ、キバゴ、イーブイ、ワルビルも頑張ってくれました」

 

「ルッグ!」

 

「キ~バ!」

 

「ブイ~!」

 

「ワルビ!」

 

「よく頑張ったわね、キバゴ」

 

「お疲れ様、イーブイ」

 

 サトシの所で頑張った二匹に、Nとアイリスが労う。

 

「所でサトシくん、デントくん。そのワルビルはともかく、後ろのガマガルとマッギョは?」

 

「ガマガルとマッギョって……。――うわっ!?」

 

「ガマガー」

 

「マッギョ」

 

「付いてきていたのか」

 

 サトシとデントが振り向くと、ガマガルとマッギョがいた。

 

「この二匹は?」

 

「ガマガルは俺達と戦って、マッギョは一緒に戦ってくれたんだ」

 

「なら、なんで?」

 

 共闘したマッギョはともかく、敵対したガマガルが付いてくるのは妙だ。

 

「ガガマ、ガママー」

 

「なんて?」

 

「簡単に言うと、ガマガルはサトシくんと一緒に行きたいって」

 

「俺と?」

 

「うん。サトシくんの強さに憧れた様だよ」

 

「ガマガマ?」

 

 ダメですか?と、ガマガルは不安の色が宿る瞳で見上げる。

 

「――!」

 

「……」

 

「ガマガル?」

 

 ゾクッと、悪寒が走る。背後にいるオノノクスが鋭い眼差しを向けていたのが原因だった。かなりの気迫だが、何とか耐えてサトシの頼みを続ける。

 

「んー。まぁ、俺は良いよ」

 

 相手が望むのなら、それを拒む理由は自分にはない。ガマガルの希望をサトシは聞き入れた。

 

「じゃあ、行こうぜ」

 

「ガマガ」

 

 サトシはモンスターボールを取り出し、ガマガルに当てる。ガマガルを中に入れたモンスターボールは何回か左右に軽く揺れ、パチンと閉じた。

 

「ガマガル……ゲットだぜ!」

 

「これで八体目だね」

 

 既に七体を超えているが、転送システムは使えないので持つしかない。

 

「――オノ」

 

「オノノクス?」

 

「ノノクス」

 

「気を付けろ。って」

 

「……気を付けろ? 何に?」

 

「……」

 

 サトシに対し、オノノクスが忠告。しかし、意味は不明で、オノノクスもそれ以上口は開かなかいので分からなかった。

 

「――マッギョ」

 

 疑問符を浮かべる一行にマッギョが話し掛け、注目がそちらに向かう。

 

「ん、なんだい?」

 

「『自分も連れていってほしい』だって。デントくんに」

 

「僕に?」

 

「マッギョギョ」

 

 Nの翻訳に、マッギョは頷いた。

 

「ふーむ。真意は読みにくいが、確かな正義感。バトルで見せた掴み所のない動作。僕で良ければ、構わないよ」

 

「マッギョ」

 

 デントもモンスターボールを取り出し、マッギョをゲットする。

 

「マッギョ、ゲットで――グッドテイスト!」

 

 こうして、マッギョもデントの手持ちとなったのだった。

 

「二匹も加わって、また賑やかになるわね~」

 

「それは良いんだけど……」

 

「何か問題が?」

 

「ロケット団のポケモンと思われる、ヌオーを保護し損ねたんです」

 

「それは不味いわね……。どうするの?」

 

「この湖を探すとなると、かなり手間が掛かる。それに既にここから逃げている可能性もある。ジュンサーさんに報告か、もしくはボクがプラズマ団で保護するように伝えるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 自分達だけでは人手が足りない為、警察かプラズマ団が保護する事になった。

 

「――オノ」

 

「ワルビ」

 

 一段落した様子から、そろそろ行くぞとオノノクスが呼び掛ける。するとワルビルが駆け寄る。

 

「あれ? お前ら知り合いなのか?」

 

「ワル、ワルワールビ」

 

「自分の師匠だって」

 

「師匠!?」

 

「って事は、一緒に旅してるのか?」

 

「ワルビ」

 

「そっか」

 

 それなら、オノノクスがヒウンシティにいたことに納得出来る。偶々ではなかったのだ。

 

「……」

 

 オノノクスが先ずサトシ達を見渡す。ピカチュウはかなり良くなっており、最初に見た時にいた残りの四匹はあの時よりも確実に強くなっている。前はいなかった二匹も良い目をしていた。

 

「オノ、ノノクス」

 

「また戦うのを楽しみにしてる、かな?」

 

「オノ」

 

 あぁと微笑み、次はN達を見る。こちらも、前よりも強くなっている。イーブイも見所があった。そして、ボスゴドラも楽しみだ。

 

「オノノ、ノクス」

 

「うん」

 

 もっと強くなって挑んでこい。自分にもそう告げるオノノクスに、Nは笑みを浮かべた。

 

「オノ」

 

「ワルビ。――ワルワルビ!」

 

「あぁ、お前ともな」

 

「ピカピ!」

 

 ワルビルの自分との勝負を忘れるなよとの台詞に、サトシとピカチュウは肯定で返す。

 その答えにワルビルは笑みを浮かべると、師匠のオノノクスと共に森の中へ歩き出した。

 

「オノノ、ノクス?」

 

 森を歩く中、オノノクスがワルビルに尋ねる。今日の戦いはどうだったと。怪我の具合から戦闘があるのは明白だからだ。

 

「ワルビー……」

 

 ワルビルは不満そうに今一だったと溢す。もっと上手く立ち回れば、オタマロ達全員を撃破出来たのに失敗した。まだまだだと溜め息を漏らした。

 

「オノ、オノノ、ノクス」

 

「ルビ」

 

 なら、もっと強くなれ、でなければ彼等には勝てないぞとオノノクスは告げ、ワルビルはそのつもりだと返した。

 

「ノクス」

 

「ワルビー!」

 

 それで良いとオノノクスは無表情だが、少し満足気に。ワルビルはもっと強くなるぞー!と意気込みながら、彼等は旅を再開した。

 

「じゃあ、俺達は……」

 

「もう少しゆっくりしてからしよう。毒や麻痺から回復した直後だからね」

 

「あたしもその方が良いと思います!」

 

「なら、ついでに軽いおやつも作ってティータイムにもしましょう」

 

「おっ、さんせーい!」

 

 と言う訳で、サトシ達は休息を兼ねてティータイムをする事に。

 

「そうだ、お前も。ガマガル!」

 

「マッギョ、君もね」

 

「――ガマガ」

 

「――ギョ」

 

 折角なので、仲間になったばかりのガマガルとマッギョにも参加させる。

 

「ガ、ガマ……!?」

 

「……ギョ」

 

 マッギョを見て、まだいるのかと驚くガマガル。当たり前だ、監視しないとなとマッギョに言われ、ガマガルはちっと舌打ち。

 

「……ガマガマ、ガママ」

 

「マッギョギョ」

 

 群れを放って置く気かとガマガルは批判するも、お前が言うなと反論される。マッギョとの付き合いはまだ続くようだ。

 

「さっ、一緒にお菓子食べようぜ。ガマガル」

 

「君もね、マッギョ」

 

「ガマ」

 

「ギョ」

 

「ねぇ、ついでに自己紹介もしたら?」

 

「そうだね。その方が良いと思う」

 

 なので、お菓子を作っている今の内にする事に。

 

「皆、新しく仲間になったガマガルと――」

 

「マッギョだよ。仲良くしてほしい」

 

「ガマガー」

 

「マッギョ」

 

 笑顔で宜しくお願いしますと挨拶するガマガルと、あまり変化のない表情のマッギョに、ピカチュウ達は笑顔で返す。

 

「ルーグ……」

 

「……」

 

 そんな中、ズルッグは微妙そうに、ツタージャに至ってはガマガルに鋭い眼差しで睨んでいた。

 

「ガ、ガマガ?」

 

「ツタージャ?」

 

 ズルッグは湖で戦ったので分かるが、ツタージャとは何もない。何故、睨むのかサトシはさっぱりだ。

 

「……タジャ」

 

 ツンとしながら宜しくと、ツタージャは返す。そんな彼女にサトシは安心する一方。

 

「……」

 

 ガマガルは内心で、ツタージャに厄介だなと溢していた。彼女は確信はしていないが、自分の本性に感付いていると悟っていた。

 マッギョだけでも面倒なのに、もう一体加わられるとより面倒臭い。しかし、だからと言って露骨な態度を取れば、自分から気付けと言ってる様なもの。警戒を解くためにも、愛想良く接しよう。

 

「――よし、出来たよ」

 

「じゃあ、ガマガルとマッギョが仲間になったのを祝って……」

 

「お菓子タイ~ム!」

 

「ふふ、楽しそうだね」

 

 休息と加入を祝い、サトシ達はお菓子や紅茶を食べ出す。

 こうして、ちょっとした騒動の果てにガマガルとマッギョがサトシ達一行に加わったのであった。

 

「――ガマガマ」

 

「……ギョ」

 

 悪どさが込もった微かな声と、疲れた様な溜め息。その二つは誰にも届かないまま空気に溶けていった。

 



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鳥同士の空戦

 二週間ぶりですいません。この話はオリジナルですが、どうしても書きたい内容でもありました。


(――めんどくさい!)

 

 心の中でそう叫びながら、ガマガルは走っていた。正確には、ピカチュウ達と一緒に。

 ガマガルとマッギョがサトシ達一行に加わった先日から一日。

 ガマガルはサトシにトレーニングの参加を提案。参加しないと良い心境は持たれない、疑われる可能性がある為、渋々やることにしたが、結構ハードなので心の中で文句を溢していた。

 

「――マッギョ」

 

(こ、この野郎……!)

 

 遠くでは、徹底的に走ってその腐った性根を叩き直せと、ニヤニヤとしたマッギョに言われ、腹立つガマガルだが、その気持ちを全く出さずに走り出した。

 

「さぁ、皆も頑張ろうか」

 

「ゾロロ」

 

「カーブカブ!」

 

「ブイ!」

 

「ゴド」

 

 また、N達もトレーニングの一環で参加していたりする。

 

「――よし、皆戻ってこーい」

 

「キミ達も切り上げて」

 

 ある程度時間が立ち、サトシはピカチュウ達を、Nはゾロア達を呼び戻した。

 

「ご苦労様。どうだった、ガマガル?」

 

「ガ、ガマガ……」

 

 結構良い汗を掻きましたと、ガマガルは何とか笑みを見せる。

 

「次は技の練習だ。それとガマガル、お前の技はあの時見せたので全部か?」

 

「ガマガ」

 

 ハイドロポンプ、マッドショット、ヘドロウェーブ、ちょうおんぱ。これがガマガルの使える技のようだ。

 

「そっか。なら、その練習をしてくれ」

 

「ガマガマ。――!」

 

「……」

 

 直接見られる可能性が高い走り込みとは違い、技は知られてるので適当にやれるかと思ったガマガルだが、その彼の背後からヌッと出てきたマッギョにジーッと見つめられる。

 ちっと、ガマガルはまた舌打ちし、練習もしっかりとやることにした。

 

「さっ、ズルッグ、行くぞ。――とびひざげり!」

 

 

「ズル……グーーーッ!」

 

 高く跳躍し、そこから膝を構えながら落下していく――が、途中で体勢が崩れ、そこから落ちていく。

 

「――ズル!?」

 

「あっ、ズルッグ!」

 

 体勢を崩しながら落下するズルッグを、サトシは急いでかつ優しくキャッチして地面に降ろした。

 

「失敗かー……」

 

「ルグー……! ルグルグ!」

 

 とびひざげりの失敗に、ズルッグが悔しそうに地団駄を踏む。

 

「まぁ、仕方ないよ。とびひざげりは格闘タイプの技の中でも難度が高い。簡単には行かないだろうね」

 

「だよなー……」

 

 第一、とびひざげりもガマガルとの戦いで追い詰められた中、偶々成功しただけだ。

 あんな偶然が続く訳もなく、失敗するのが寧ろ当然なのである。子供である事を含めれば尚更だ。

 

「きあいだまの完成もまだだし、地道に練習していくしかないだろうね」

 

「もしくは、覚えているポケモンに教えてもらうのどちらかかな」

 

 独学か師事か。どちらかの方が身に付けやすいかと言えば、余程の才能が無い限りは後者。なので、教えてもらうのは良い選択ではあるのだが。

 

「けど、そんなに都合良くとびひざげりを覚えてるポケモンに会える?」

 

「それに、そのポケモンか連れてるトレーナーが教えてくれるとも限らないしね」

 

「そうなんだよなー」

 

 二つの問題があるため、どうにも難しい。

 

「ポケモンだけなら、ボクが説得してみるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ルッグ」

 

 Nがそう言ってくれるも、簡単に上手く行くわけがないのでしばらくは独学で練習しかない。

 

「ズルッグ、後何度かとびひざげり。それが終わったら、きあいだまな」

 

「ルッグ!」

 

「ブブブ~イ!」

 

 またとびひざげりをするズルッグに、イーブイが頑張れと応援。

 

「ブイブ~イ!」

 

「キババババ!」

 

 次にイーブイは反対側で練習するキバゴに応援。キバゴは声援を受けながら爪を振るう。

 

「ナップナップ」

 

「キババ!」

 

 相手はヤナップで、軽やかにかわされる。しかし、キバゴは諦めずにひっかくしていく。

 

「う~、やっぱり当たらないわね~」

 

「そう簡単にはね」

 

「ナップ!」

 

「なら――キバゴ、やるわよ!」

 

「キバ!」

 

 意を決したアイリスとキバゴ。デントとヤナップはあれが来ると確信する。

 

「あっ、ちなみに危なくなったら止めて」

 

「勿論」

 

「じゃあ、改めて。キバゴ――げきりん!」

 

「キ~……バ~~~~~ッ!」

 

 秘めたる竜の力。それを全開。キバゴの身体から竜のオーラが漂う。

 

「キバババババババッ!」

 

「全力で回避!」

 

「ヤナ!」

 

 子供とは思えない荒々しさで、キバゴは両手両足での猛攻を仕掛ける。尚もヤナップはかわしていくも、その顔には余裕は全くない。本気で回避に徹していた。

 

「――そろそろかな。ヤナップ、ガード」

 

「ナップ!」

 

「キ~バ~~~ッ!」

 

 猛攻の内の一撃を、ヤナップは敢えて腕でガード。痺れながらも受け止める。

 

「かわらわり。ソフトにね」

 

「ヤナ。――プッ」

 

「キバッ! ――キバ~……」

 

 ヤナップはキバゴの腕を弾き、頭に軽い手刀を叩き込む。するとキバゴは痛む頭を両手で抑えた。

 

「あ~、解けちゃった」

 

 痛みにより、正気に戻ったのだ。げきりんが未完成かつ、キバゴが未熟だからである。

 

「まだまだダメね~」

 

 ガマガル戦でバンギラスとの戦い以降、初めてげきりんを使ったぐらいでは、やはり完成には至らない様だ。

 

「でも、その方が良いよ。未完成から慣れれば、負担も少ないしね」

 

 未完成だからこそ、負担も少なくなり、制御も楽になる。寧ろ、未完成だったのは行幸だろう。

 

「そうね。ゆっくり頑張りましょ、キバゴ」

 

「キバッ!」

 

 りゅうのいかりも完成まで長かった。げきりんもそれぐらいの時間は必要だろう。焦らずにゆっくりと進めていこう。

 

「ブブイ!」

 

「イーブイもしたいかい?」

 

「ブイ!」

 

 そして、ズルッグ、キバゴと共にガマガルと必死に戦ったイーブイもまた二匹の頑張りを見て、やる気に満ちていた。

 

「分かった。ゾロア、ポカブ、付き合って」

 

「ゾロ」

 

「カブー!」

 

 二匹は自分達の妹分であるイーブイとの練習を始める。内容は主にスピードを鍛える練習だ。

 

「ブイブイブ~イ!」

 

「ゾロゾロロ」

 

「カーブカーブ!」

 

 二匹との追いかけっこ。それをイーブイは全力でこなす。

 

「……」

 

 そんな幼い三匹の頑張りぶりに、サトシのポケモン達は大小に拘わらず刺激を受けていた。彼等の成長に負けていられないと、練習に励んでいく。

 

「――ハトーーーッ!」

 

「おっ、良いつばめがえしだな。ハトーボー」

 

「ハトー」

 

 ハトーボーがキレのあるつばめがえしを放ち、サトシが褒める。ハトーボーは嬉しそうだ。

 

「――クルー!」

 

「――ポー!」

 

「……なんだ?」

 

 その直後、木々が揺れる音と共に、羽ばたきと多くの鳴き声が上がる。サトシ達が一斉に見上げると、沢山のマメパト達が飛んでいた。

 

「マメパト達?」

 

「でも、何か様子が……」

 

 荒れた声や動きの荒らさから、気のせいか彼等が焦った様にも見えた。

 

「――ドリルーーーッ!」

 

「……オニドリル!?」

 

 マメパト達とは違う一つの影。それはくちばしポケモン、オニドリルだった。

 

「ポーポー!」

 

「ポポー!」

 

「ドリーーーッ!」

 

「マメパト達を襲ってるの!?」

 

「ハトーーーッ!」

 

「ハトーボー!」

 

 オニドリルはマメパト達に攻撃を仕掛けていた。その状況を見て、進化系であるハトーボーが憤りを感じ、サトシの指示を聞く前に独断でオニドリルに向かう。

 

「ハトーーーッ!」

 

「ドリル!」

 

 つばめがえしを放つハトーボー。対して、オニドリルは回転しながら突撃、ドリルくちばしで迎え撃つ。

 

「ドリルルルッ……!」

 

 

「ハトト……! ――ハトーーーッ!」

 

「押し負けた!」

 

「パワーはオニドリルの方が上か!」

 

 二つの技の激突の結果、オニドリルが力の差でハトーボーを打ち負かした。力負けしたハトーボーは吹き飛ぶも、直ぐに姿勢を立て直す。

 

「――ハトッ!」

 

「ドリル!」

 

 姿勢を立て直したハトーボーは、パワーではなくスピード、でんこうせっかを使用。素早い一撃をオニドリルの腹に叩き込む。

 

「――ドリ! リルルーーーッ!」

 

「トライアタックだ!」

 

 しかし、速さを重視した軽い一撃だけではオニドリルは倒せない。

 オニドリルは身体を力を込めてバランスを整え、雷、氷、炎が三位一体となった技、トライアタックを発射する。

 

「ハト――ッ! ――ボッ!」

 

 三つの属性を込めた一撃に、真空の刃をぶつけたハトーボーだが、先程同様に力で負け、逆にダメージを受ける。

 

「ハトッ……!?」

 

「あの状態……!」

 

「氷状態! 不味い!」

 

 トライアタックの追加効果により、ハトーボーの身体がどんどん凍り付いていく。氷は眠りと同じくらい厄介な状態異常であり、動きを封じてしまう。

 

「ドリルーーーッ!」

 

「ハトッ!」

 

「ハトーボー!」

 

 氷状態で無防備に落ちていく所に、オニドリルは容赦なくドリルくちばしを命中。

 

「ドリーーーッ!」

 

「ボーーー!」

 

 オニドリルは更にトライアタックを発射。まだ氷状態のハトーボーに命中した。

 

「……ハ、ト」

 

「ハトーボー! しっかりしろ!」

 

 落下したハトーボーは、戦闘不能になっていた。

 

「……!」

 

 

 ハトーボーを倒したオニドリルは、サトシを視認すると少しの間見ていた。

 

「……サトシを見てる?」

 

「もしかして、あの時のサトシと戦ったオニドリル?」

 

「かもしれないね」

 

 サトシを見ている事から、彼がヒウンシティで戦ったのと同じ個体の様だ。

 

「……ドリ」

 

「あっ、待て!」

 

 もう数秒だけサトシを見るとオニドリルは北の方角へと、飛び去って行った。

 

「ハトーボーの手当もだけど、オニドリルの捜索もしないとならない。二手に別れよう」

 

「じゃあ、僕とNさんがオニドリルの捜索を。サトシとアイリスはハトーボーの手当を」

 

「分かったわ!」

 

「頼む」

 

 デントとNが捜索に行っている間、サトシとアイリスはピカチュウ達が始めようとする。

 

「ポー!」

 

「ポーポー!」

 

「お前達も手伝ってくれるのか?」

 

「クルー!」

 

「ポー!」

 

 自分達を助けようとしたハトーボーにお礼をしたいのか、マメパト達が手伝いを申し出た。

 

「……」

 

 ピカチュウ達は、マメパト達と必要な薬草や木の実を採りに行くが、ガマガルだけは少し何か考えてから走り出した。

 

「傷口に薬草で作った塗り薬を塗って……これでよし。次は、オレンの実を絞ったジュースを飲ませてと……」

 

「それは俺がやる。ゆっくり飲むんだぞ、ハトーボー」

 

「ハト……」

 

 ピカチュウ達や、マメパト達が採って来た薬草、木の実を使い、二人は手当を開始。

 アイリスが塗り薬を一通り塗ると、サトシがハトーボーを優しく抱え、吸い飲みを使ってゆっくりと飲ませる。ハトーボーは少しずつ飲み込み、体力を回復させていった。

 

「ハト……ハト……」

 

「うん、ゆっくり眠ってる。もう大丈夫だわ。後はしばらくすれば動けると思う」

 

「良かった……」

 

「ポー……」

 

「サトシー!」

 

 一安心したサトシに、捜索しに行ったNとデントが戻って来た。

 

「Nさん、デント。そっちはどうでした?」

 

「済まない。見失ってしまった」

 

「オニドリルは地形を上手く利用して、僕らを撒いたんだ」

 

「……って事は、あのオニドリルはこの辺りを把握してる? でも、それ変ですよね?」

 

 偶々逃げてきた他の地方のポケモンが、この辺りを把握してる。どう考えても妙だ。

 

「その理由なんだけど、この辺りの野生のポケモン達から聞いて分かった。あのオニドリルは少し前にここに来て、他の群れを襲ったり、抗争中に襲撃したりしてるらしい」

 

 少し前からここにいるのなら、地形をある程度把握していても不思議ではない。

 

「ポーポー」

 

「マメパト達も、自分達も襲われてるって言ってる」

 

「その理由って、やっぱり……」

 

「一つしかないね。縄張りを奪う為。ただ、オニドリルだけか、仲間の為もあるかは不明だけど――」

 

「さっきはオニドリルしかいなかった事を考えると……」

 

 仲間がいるとは、少し考えにくい。おそらく一匹だけのはずだ。

 

「放って置けば、その内とんでもない事態を招くかもしれない。今日また出てきた所か、明日に保護しよう」

 

「はい!」

 

「キミ達も協力してくれないかい?」

 

「ポー!」

 

「……ハト?」

 

 この辺りのポケモン、オニドリル達の為にも、サトシ達は保護することに。マメパト達の助力を得たのと同時に、ハトーボーが目覚めた。

 

「ハト……?」

 

「ハトーボー! 良かった……!」

 

 ハトーボーが起きた。しっかりとした手当のおかげもあり、万全な状態に回復していた。

 

「……! ハト……」

 

「どうした、ハトーボー?」

 

「……ハトハト」

 

「勝手に戦って負けたのを謝ってる」

 

 サトシの制止を振り切った挙句、オニドリルに敗北したことをハトーボーは謝っていた。

 

「そんなこと気にすんなよ」

 

 勝ち負けとは常にあるものだ。ハトーボーの気持ちも分かるし、サトシは責めたりしなかった。

 

「……ハト?」

 

「『今は?』と聞いてる」

 

 サトシはハトーボーに今まで得た情報からの推測、明日オニドリルの保護することを伝えた。

 

「だから、一緒に――」

 

「……ハト! ハトボー!」

 

「な、なんて?」

 

「ハトーボーは――」

 

「分かります。ハトーボーが何を言いたいのか。――オニドリルに勝ちたいんだよな?」

 

「ハト!」

 

 負かした相手にリベンジを果たしたい。Nから翻訳されなくても、サトシにはハトーボーのその気持ちが分かった。

 

「だけど、あのオニドリルは間違いなくハトーボーより強い。一対一は厳しいだろうね」

 

「なら、やることは一つ! 特訓だ!」

 

「だけど、一日で何とかなるの?」

 

 たった一日の特訓で、格上の相手に勝てるかどうか。

 

「何とかするんだよ。なっ?」

 

「ハトッ!」

 

 負けるつもりで挑んでも、尚更勝てる訳がない。何がなんでも勝つとサトシとハトーボーは意気込む。

 

「どんな特訓するの?」

 

「スピードや動きのキレを重点に鍛えようと思ってる」

 

「良い判断だと思うよ」

 

 鳥ポケモンの一番の特徴は空中を自由に動く機動力。鍛えるならこれだろう。

 

「どう鍛える?」

 

「一番は鳥ポケモンか、他の空中を自由に動けるポケモンに相手してもらうだけど――」

 

「だったら、エモンガにしてもらう?」

 

「だけど、エモンガには確か直接攻撃する技は無かったはずだよ」

 

「そう言えば……」

 

 今サトシ達のポケモンの中で、ハトーボー以外に空を飛べるのはエモンガだけ。

 しかし、エモンガには身体を使った直接攻撃する技がない。特訓相手としては少し物足りない。

 

「ポー」

 

「ポーポー」

 

「ポポポー」

 

「マメパト達?」

 

 悩むサトシ達に、マメパト達が話し掛ける。

 

「もしかして、お前達が特訓の相手をしてくれるのか?」

 

「ポー」

 

 サトシの問いに、マメパト達は頷いた。

 

「確かにマメパト達なら、ハトーボーの相手に最適だ。やってもらったらどうだい?」

 

「皆、付き合ってくれるか?」

 

「ポー!」

 

 賛同の意を示すように、マメパト達は片翼を上げる。

 

「じゃあ、早速特訓開始だ!」

 

「ハトー!」

 

「ポー!」

 

 特訓を始めるべく、ハトーボーとマメパト達が早速空に上がる。

 

「ハトーボー、マメパト達の攻撃をかわすんだ」

 

「ハト!」

 

「マメパト達、やってくれ!」

 

「ポー!」

 

 マメパト達はハトーボーに目掛け、でんこうせっかを放つ。

 

「ハトッ! ハトハトッ!」

 

 ハトーボーは空中を縦横無尽に移動し、マメパト達の攻撃をかわしていく。

 

「ポー!」

 

「ハト!」

 

 しかし、全てをかわしきれた訳ではなかった。マメパト達の内の一匹のでんこうせっかが擦り、そこから次々と接する数と面が増えていく。

 

「ハトーボー、立て直せ!」

 

「――ハトッ!」

 

 気を引き締め、集中力を高めて前後左右上下、身体を捻るなどあらゆる移動を駆使。

 ダメージを受けつつも、動きのキレを少しずつ上げながら、ハトーボーは攻撃の嵐を回避していく。

 

「良いぞ、ハトーボー!」

 

「ハト!」

 

 その後も、擦りながらハトーボーは攻撃をかわし続ける。打倒オニドリルの為に。

 

「ハト……ハト……!」

 

「そろそろ休憩しないか?」

 

「ハトト!」

 

 しばらく経ち、夕暮れ。ハトーボーはかなり疲労していた。しかし、休憩と言われてもまだ特訓を続けるつもりなのか、顔を左右に振る。

 

「……クルー」

 

「ポポー……」

 

「ボーーー!」

 

 マメパト達のあのオニドリルは強いし、不安だなとの言葉を聞いて、ハトーボーは奮起すると飛んで特訓を再開した。

 

「相当勝ちたいんだな……」

 

「オニドリルに負けた悔しさ、マメパト達が襲われた怒りからだろうね」

 

「……でも、やり過ぎたら疲れで負けちゃわない?」

 

「危なくなったら、無理にでも止めよう。し過ぎは逆効果だからね」

 

 ハトーボーの気持ちは優先したいが、やり過ぎれば負けてしまうのは目に見えている。適度な所で止めねばならない。

 

「ピカピ、カーチュ……」

 

「ミージュマ……」

 

「ポカポカ、カブ」

 

「……タジャ」

 

「ルッグ……」

 

「クルクルル……」

 

 心配なのはサトシ達だけでなく、ピカチュウ達もだ。彼等から見ても、今のハトーボーは不安な様だ。

 

「……」

 

 ガマガルもピカチュウ達と同じく空を向いていたが、見ている対象は違った。

 

「ハトッ! ハトト……!」

 

 サトシ達に見守られるハトーボーは、ひっきりなしに来るマメパト達の攻撃を避けようとするも、疲労と傷から徐々に命中の回数、面積は増える一方。

 

「ハトーーーッ!」

 

「ハトーボー!」

 

 それでも避けようとしたハトーボーだが、遂に直撃。それも複数に堪らず落下していった。

 

「――よっと! 大丈夫か?」

 

「ハ、ト……!」

 

 落下するハトーボーを、サトシはギリギリでキャッチ。激突から守った。

 

「休もう。な?」

 

「ハトハト! ハト!」

 

 今度こそ休憩を持ち掛けるも、ハトーボーはまた断って翔ぼうとする。

 

「もう夜だ。これ以上は明日の体調に影響してしまうよ」

 

「ここらで休みましょ」

 

「休憩も立派な練習だよ」

 

「――ハト!」

 

 デント、アイリス、Nから説得されてもハトーボーは聞く耳を持たない。

 

「ガマガ」

 

「ガマガル?」

 

 どうしたものかと悩むサトシ達。そこにガマガルがハトーボーに話し掛ける。

 

「ガマガマ、ガママー、ガマママ。ガマ?」

 

 ガマガルは先ずハトーボーにしっかり休んだ方が良いですと言い、次にピカチュウ達に同意を求めた。

 

「ピカ、ピッピカ」

 

「ミジュ、ミジュマ」

 

「カブカーブ、ポカ」

 

「……タジャジャ」

 

「ルーグ」

 

「クルル、クル」

 

 一瞬だけガマガルを見てからのツタージャも含め、ピカチュウ達もハトーボーにしっかりと休むように伝える。

 

「ハ、ハト……」

 

 次々と諭され、ハトーボーも幾分か頭が冷えたのか、少し迷い出す。

 

「――ガマガマ?」

 

「――ポー」

 

「――クル」

 

 ガマガルは次にマメパト達にも、同意を求めた。マメパト達もハトーボーに休憩すべきと語る。

 

「……ハト」

 

 次々に言われ、遂にハトーボーも休憩を受け入れた。

 

「急いで手当をしましょ」

 

「今からなら、しっかり休めば明日には体調は万全になると思う」

 

「オニドリルに勝つためにも、しっかりとね」

 

「ハトーボー。今日はちゃんと休んで、勝とうぜ。お前の為にも、マメパト達の為にも」

 

「ハト」

 

 その後、サトシ達はハトーボーの手当を済ませると、オニドリルが来たときに備えて代わり番こしながら、一夜を過ごした。

 

 

 

 

 

「……」

 

 深夜。オニドリルが森の中で休んでいた。明日もやらねばならないからだ。

 

「……ドリ?」

 

 気配を感じてそちらを睨むが、出てきたポケモン達を見て警戒を解いた。

 

「ドリリ?」

 

 オニドリルは尋ねる。どうすれば良いのかと。そのポケモン達は彼に明日の予定を伝えた。

 

「――ドリル」

 

 全て聞き終え、オニドリルは頷く。ポケモン達は予定を伝え、そこから去った。

 

「……」

 

 恩ある彼等の為にも、自分は戦わねばならない。月を見上げ、オニドリルはその意を固めた。

 

 

 

 

 

「どうだ、ハトーボー?」

 

「ハト!」

 

 翌日の早朝。手当の甲斐もあり、ハトーボーは全快していた。

 

「ハト、ハトト」

 

「ハトーボー?」

 

「今回は自分だけで戦わせてほしいって言ってる」

 

「お前だけで?」

 

「多分、サトシと自分に自身の強さを証明したいんじゃないかな?」

 

「ハト」

 

 独断で負けたからこそ、サトシの指示なしで勝利することで、己の実力を自分と特に彼に証明したいのだ。

 

「分かった。今回はお前の実力だけで勝つんだぞ」

 

「ハト!」

 

「じゃあ、オニドリルを探そうか」

 

「この辺りにいると良いけど……」

 

「マメパト達も協力してくれるし、早く見付かるさ」

 

「クルー!」

 

「ポー!」

 

 お任せと、マメパト達は一斉に翼を上げ、複数の組に別れて周りを捜索開始。

 

「クルークルー!」

 

「ポーポポー!」

 

 しばらくすると、組の一つが焦った様子で戻って来た。

 

「どうした?」

 

「ポ、ポー……」

 

「組の一つが戻って来ないって言ってる」

 

「オニドリルに襲われたのかしら?」

 

「どうだろう。他の野生のポケモン達と何かしらの騒動を起こしたとも考えられるし……」

 

 ここの辺りは当然、オニドリル以外の野生のポケモン達がいる。何か起きたからといって、オニドリルが原因とは言い切れない。

 

「ボクが見てくるよ。サトシくん達はここで待ってて。オニドリルが原因なら直ぐに伝えるから」

 

「分かりました」

 

 Nの実力はサトシ達全員知っている。オニドリルや野生のポケモン達に襲われても対応出来るだろうと反対しなかった。

 

「マメパト達。その方向に案内してほしい」

 

「ポー」

 

 案内に従い、Nは四匹の仲間と共に向かう。

 

「この辺りかい?」

 

「クルー」

 

「ポーポー」

 

 この辺りの筈だと、マメパト達は告げた。

 

「皆、何が来ても直ぐに対応出来る様、集中するんだ」

 

「ゾロ」

 

「カブカブ!」

 

「ブブイ!」

 

「ゴド」

 

 N達は歩きながらも四方を警戒。何時でも対応出来る状態になる。

 一分程経つと、イーブイ側の茂みが揺れた。来るとN達が一斉にそちらを向くも――何も来ない。

 

「風かな? ――なっ!?」

 

 気を緩めたその一瞬だった。N達は突然襲撃される。

 

「ま、まさか……!」

 

 四匹は声も出す間もなく意識を失い、Nもポケモン達の笑みの表情を最後に眠りに付いた。

 

「……Nさん、遅いな」

 

「何かあったのかしら……」

 

 N達が向かって三十分。戻る所か合図すら一刻になく、サトシ達は心配し出す。

 

「もう少しだけ――」

 

「ポ、ポー……」

 

「クル……」

 

 待とうとデントが言おうとしたが、そこに先程の様に何匹だけ傷付いたマメパト達が戻って来た。

 

「Nさん達は!?」

 

「ポー……」

 

 マメパト達から身振り手振りや、ピカチュウからの翻訳では、突然何者かに襲撃されて必死に逃げて来たとのこと。

 

「Nさんがやられたのか……?」

 

「ウソでしょ……」

 

 Nの実力はよく分かっている。幾ら突然襲撃されたからとは言え、オニドリル一匹だけに負けるとは思えない。

 

「……何か別の理由があるのかもしれない」

 

「例えば?」

 

「オニドリル以外にもロケット団のポケモンがいたか、それとも他の要因か……。アイリス、僕と一緒にNさんの捜索や、調査をしよう。サトシは念のためここで待っててくれ」

 

「分かった」

 

「えぇ」

 

 この事態に、アイリスとデントの二人で捜索、調査を行う事に。

 

「出てきて、ドリュウズ、エモンガ」

 

「君達も出てきてくれ、ヤナップ、イシズマイ、マッギョ」

 

「……リュズ」

 

「エモ」

 

「ヤーナップ」

 

「イママイ」

 

「マギョ」

 

 直ぐ対応するべく、二人は手持ち全てを出す。

 

「気を付けろよ、アイリス、デント!」

 

「勿論よ~!」

 

「出来るだけ早く戻ってくるよ」

 

 サトシの忠告を聞きながら、手持ちやマメパト達と共にN達が向かった場所に歩くアイリスとデント。

 

「にしても、Nさんがやられるなんて……。そんなに強いポケモンがいるのかしら」

 

「その事なんだけど……。少し違和感があるんだ」

 

「違和感?」

 

「うん。幾ら相手が強くても、全く戻ってこないのは少し不自然だ」

 

 Nの実力なら、せめてイーブイ辺りは報告に出せただろう。なのに、それすら出来ていない。

 

「もしかすると……Nさんは別の理由で倒された?」

 

「それって一体……?」

 

 デントがオニドリル以外の可能性を考えた直後、さっきのN達と同じくまた茂みが揺れた。そして、デント達がそちらを向いた瞬間だった。

 

「マッ、ギョ……!」

 

「マッギョ!?」

 

 マッギョが倒れた。デントとアイリス、残りのポケモン達が振り向くと、その光景に目を見張る。

 

「ウ、ウソ……。なんで……!?」

 

「そうか……! そういう――」

 

 全員が意識を失ったのは、その直ぐだった。

 

「……アイリスやデントも戻って来ない」

 

「ピカ……」

 

「ハト……」

 

 N達に続き、二人やマメパト達まで戻らず、サトシ達は何かあったと理解せざるを得なかった。

 

「皆、出てきてくれ!」

 

「ミジュ!」

 

「ポカ!」

 

「タジャ」

 

「ルッグ!」

 

「クルル!」

 

「ガマガ」

 

 サトシは、ピカチュウやハトーボー以外の六匹を出す。

 

「皆が戻って来ないんだ。だから、周りを警戒しながらあっちに――」

 

「ドリル!」

 

「オニドリル!?」

 

 急いでN達を探そうと、行こうとした方向に指差したその瞬間、オニドリルが出てきた。

 

「ハト!」

 

「ハトーボー!」

 

 オニドリルを見て、ハトーボーが直ぐ様飛び立つ。

 

「ハトッ!」

 

「ドリル!」

 

「――ボーーー!」

 

「ドリ!?」

 

 初撃にハトーボーはでんこうせっか。オニドリルははがねのつばさでの防御をしようとしたが、ハトーボーが当たる直前で軌道を変更。弧を描いて、防御がない横から攻撃する。

 

「ハトッ!」

 

「ドリ……!」

 

 先日よりも速く、動きも荒さが無い上にキレが増していた。今の一撃でオニドリルはそれを把握し、昨日と同じ様には行かないと理解する。

 

「オニー……ドリルッ!」

 

「ドリルくちばし!」

 

「ハト!」

 

 ドリルくちばしに、ハトーボーはでんこうせっかで回避する。

 昨日のバトルで真正面でぶつかり合っても、押し負けるのは分かりきっている。パワーではなく、機動力や技で戦うのだ。

 

「ハトーーーッ!」

 

「ドリル!」

 

 避けたハトーボーは両翼を強く振るい、風を起こしてぶつける。控え目ではあるがダメージは確かだ。

 

「ボーーーッ!」

 

「オニッ! ――ドリルッ!」

 

「ハトッ!? ――ボッ!」

 

 ハトーボーのでんこうせっかを、オニドリルは当たった瞬間にドリルくちばしの回転で弾き、そこから直撃を命中させた。

 

「やるな、あいつ……!」

 

「――ハトッ! ボーーーッ!」

 

「ドリルッ!」

 

 オニドリルがやられっぱなしではないように、ハトーボーもそのままではない。かまいたちを放ち、急所直撃の痛い反撃を喰らわせた。

 

「良いぞ、ハトーボー!」

 

「ハト!」

 

「ドリ……!」

 

 手強い。下手すれば負けるとオニドリルは悟った。

 

「――ドリ!」

 

「……なんだ?」

 

「クルー!」

 

「ポー!」

 

 オニドリルが片翼を上げ、大きく叫んだ。するとマメパト達が周りから出てきた。

 

「マメパト達? 協力してくれるのか?」

 

「ハト。ボーボー」

 

 気持ちは嬉しいけど、こいつは自分だけで倒すハトーボーは告げると、オニドリルに向き合う。

 

「――クル!」

 

「――ポー!」

 

「なっ!? ハトーボー、かわせ!」

 

「ハト!? ――ボー!」

 

 その直後、マメパト達がオニドリルではなく、どういう訳かハトーボーに向かってでんこうせっか。サトシに呼ばれたおかげもあり、ハトーボーは直撃を避けれた。

 

「ドリル!」

 

「ピカチュウ、10まんボルト!」

 

「ピーカ、チューーーッ!」

 

 咄嗟の事で姿勢が崩れたハトーボーに、オニドリルがドリルくちばしを叩き込もうとしたが、ピカチュウの10まんボルトで妨害される。

 

「なんでハトーボーに――」

 

「ガマガ!」

 

「クルッ!」

 

「ポーッ!」

 

「ガマガル!?」

 

 ガマガルの声にサトシ達が振り向いた。するとマメパト達が自分達を見下ろしていた。害意に満ちた視線で。

 

「クル!」

 

「ポー!」

 

「かぜおこし! ポカブ、ねっぷう! ツタージャ、たつまき!」

 

「ポー、カーーーッ!」

 

「ター、ジャ!」

 

 複数のマメパトによる風を、ポカブとツタージャの熱風と竜巻の連携技で打ち消す。

 

「どうなって……!?」

 

 今のと言いさっきのと言い、マメパト達は明らかに自分達を狙って攻撃していた。どう見ても意図的としか思えない。

 

「まさか……!? お前ら、オニドリルと仲間だったのか!?」

 

 サトシの問いに、マメパト達はニヤリと邪悪さを感じる笑みを浮かべた。そう、マメパト達とオニドリルはグルだったのだ。

 数日前にオニドリルが傷付いて倒れた所を助け、それ以降周りの縄張りを得るため、マメパト達は恩を返したいと言うオニドリルを他の野生のポケモン達に襲わせたのだ。

 先日襲われたのは、他の野生のポケモン達からの疑いを避けるための演技。

 ハトーボーの特訓に付き合ったのも、勿論彼女の為ではなく、疲れさせて敗北させるのが狙いだった。

 これはガマガルによって同意を持ち掛けられ、怪しまれるの避けるために失敗したが。

 

「……そうか、Nさん達やデント、アイリス達もお前らがやったんだな!」

 

 そして、マメパト達が敵ならば簡単に襲われたのも納得出来る。何しろ、自分達は情けない事に敵を信頼して連れていたのだから。怪我も自作自演だったのだろう。

 ただ、簡単に襲われたとしてもN達が容易くやられたのが引っ掛かる。さっきの一撃で、このマメパト達の単純な実力は高くないと把握出来るからだ。

 

「クルー!」

 

「ポー!」

 

「あれは……! 皆、避けろ!」

 

 マメパト達がある技を発射、サトシ達はかわす。

 

「今の、さいみんじゅつか!」

 

 目から催眠の波動をぶつけ、相手を眠らせる技だ。

 

「皆はこれで……!」

 

 一部の特性や技以外では、受ければ実力関係無しに眠ってしまう技だ。不意打ちで仕掛けられれば為す術も無かっただろう。

 

「皆、マメパト達も倒すぞ!」

 

 マメパト達が敵なのは最早疑う余地はない。サトシ達はマメパト達も倒すべく構える。

 

「ピカチュウ、10まんボルト! ミジュマル、みずてっぽう! ポカブ、ひのこ! ツタージャ、たつまき! ズルッグ、きあいだま! クルミル、はっぱカッター! ガマガル、ハイドロポンプ!」

 

「ピー、カチューーーッ!」

 

「ミジュ、マーーーッ!」

 

「ポーカ、ブーーーッ!」

 

「ター、ジャ!」

 

「ルー、グッ!」

 

「クルルルルーーーッ!」

 

「ガマガーーーッ!」

 

「クル!」

 

「ポッ!」

 

 一斉に遠距離攻撃を放つサトシ達だが、マメパト達は距離を活かして避けた。

 

「簡単には当たらないか……!」

 

「クル!」

 

「ポー!」

 

「ドリル!」

 

「ハトッ!」

 

「ハトーボー!」

 

 ハトーボーはオニドリルとマメパト達の連携で、回避するのがやっと。

 それに同類に裏切られたショックから精神的なダメージを受けていた。作意があるとは言え、一緒に訓練をしていたので尚更だ。

 

「クー!」

 

「ポポー!」

 

「ガマガ!」

 

 またマメパト達がさいみんじゅつを放つも、ガマガルのマッドショットで打ち消される。

 

「ありがとう、ガマガル!」

 

「ガマガマ!」

 

「このままじゃ不味い……! ピカチュウ、ポカブ、クルミル、ハトーボーの方にいるマメパト達に10まんボルト! ねっぷう! はっぱカッター!」

 

「ピカーーーッ!」

 

「ポー、カブーーーッ!」

 

「クルルルルーーーッ!」

 

 電撃、熱風、草刃により、マメパト達とオニドリルが引き離される。

 

「ハトーボー、マメパト達は俺達が何とかする! お前はオニドリルを倒すんだ!」

 

「ハ、ハト……」

 

 引き続き、オニドリルの撃破を指示されるも、ハトーボーはマメパト達の裏切りから戸惑いがあった。

 

「――ハトーボー!」

 

「ボ、ボー?」

 

「勝て! お前の為に!」

 

「ピカピ!」

 

「ミジュミジュ!」

 

「ポカカ!」

 

「タジャ」

 

「ルッグ!」

 

「クルル!」

 

「ガマガマ」

 

 サトシ達の声に、ハトーボーは気付いた。確かにマメパト達は同類。しかし、今の仲間は彼等ではなく、サトシ達だ。

 

「――ハト!」

 

 ならば、今の仲間達の為。そして、サトシの言うように、自分の為に戦おう。その決意を以て、ハトーボーはオニドリルと向き合う。

 

「……」

 

 ハトーボーから一切の負の感情が消えたのを、瞳からオニドリルは察した。

 

「ハト!」

 

「ドリ!」

 

 迫るハトーボーに、オニドリルは背を向ける。連携が出来ないならば、確実に倒す為に彼女を疲弊させる策に出たのだ。

 追うハトーボーと逃げるオニドリル。二匹鳥ポケモンによる追走劇がスタートした。

 

「皆! 俺達はハトーボーがオニドリルとの勝負に集中するためにも、マメパト達を倒すぞ!」

 

 サトシの言葉に、ピカチュウ達は声を上げる。彼等はマメパト達に何度も何度も攻撃を仕掛けるが。

 

「くそ……!」

 

「クルクルー」

 

「ポーポー」

 

 苦い表情のサトシ達。何故なら、マメパト達は全く接近してこずに、上空から安全にかぜおこしやさいみんじゅつを放つばかりなのだ。

 

「せめて……!」

 

 空を飛べるポケモンがいたら、攻めようがある。しかし、ハトーボーはオニドリルとの勝負に専念しているので出来ない。

 

「……」

 

 攻めれずに苦心するサトシ達だが、一匹だけ何かを考えていた。

 

「クルッ!」

 

「ポッ!」

 

「また離れた場所からのかぜおこしか! 皆、かわせ!」

 

 一斉にかわすピカチュウ達だが、そんな中一匹だけ違う行動を取る。

 

「――ガマガ!」

 

「ガマガル!?」

 

 ガマガルは突如走り出し、マメパト達の向こうへと去った。

 

「一体、どうし――」

 

「クルポッ!」

 

「わわっ!」

 

 ガマガルが去って驚く間を狙い、さいみんじゅつが放たれたが、サトシは急いでかわす。

 

「あぁもう……! とにかく、マメパト達を何とかするぞ!」

 

 戦力が一つ減ったが、それでもどうにするしかない。

 サトシ達は回避しつつ何度も攻撃するも、安全な場所から狙うマメパト達には当たらない。ハトーボーは動き回るオニドリルの追跡で精一杯。

 このまま攻めあぐね、疲労からマメパト達やオニドリルにやられるしかないのか。そう思ったその時だった。

 

「――ゾロア、ハイパーボイス。ポカブ、はじけるほのお。ボスゴドラ、ラスターカノン」

 

「キバゴ、りゅうのいかり! エモンガ、ほうでん!」

 

「ヤナップ、がんせきふうじ! マッギョ、でんげきは!」

 

「ゾローーーッ!」

 

「ポカー、ブーーーッ!」

 

「ゴドラーーーッ!」

 

「キ~バ~ゴ~~~!」

 

「エ~~~モ!」

 

「ヤナッ!」

 

「マッギョ!」

 

「ポッ!?」

 

 七つの攻撃が、マメパト達の背後から迫る。慌てて避け、そちらを見る。サトシ達もだ。すると複数の人とポケモンが見えた。

 

「皆!?」

 

「間に合った様だね」

 

「良かった~」

 

「サトシ、大丈夫かい!?」

 

 それはマメパト達によって眠らされた、N達だった。

 

「俺は大丈夫! でも、そっちはなんで――」

 

「ガマガルがあたし達を見付けて起こしてくれたの!」

 

「ガマガマ!」

 

「お前……皆を探すために向かったのか!?」

 

「ガマガ!」

 

 そう、ガマガルはN達を連れてくるために戦場を離れたのだ。

 場所も方角や距離、奇襲しやすい等の条件から特定するのは多少時間は要したが、差ほど難しくは無かった。

 

「にしても、よくもあたし達を騙してくれたわね~!」

 

「このお返しはしっかりとさせてもらおうか」

 

「反省してもらう」

 

「これでこっちが有利だ! オニドリル! ハトーボーとしっかり戦ってもらうぜ!」

 

「ハト!」

 

「ドリ……!」

 

 N達が戻って来た事で、こちらが不利になった。自分だけなら簡単に逃げ切れるが、オニドリルには恩があるマメパト達を見捨てる選択肢はない。ハトーボーを倒し、人質にして逃走しか無かった。

 

「ドリ!」

 

「ハトッ!」

 

 身を翻し、オニドリルははがねのつばさ。ハトーボーはでんこうせっかで避ける。

 

「ドリリ!」

 

「ハトトッ!」

 

 オニドリルは続けてはがねのつばさ。先程の追走でスピードが多少なりとも低下しての連続攻撃だ。

 

「ハト……!」

 

 オニドリルの戦法に、ハトーボーは焦りを感じる。相手はスピードや小回り以外は全て上回っており、その点も体力の低下のせいで縮まる一方だ。

 

「……」

 

「ドリ、ルーーーッ!」

 

 トライアタックを、オニドリルは射つ。それに対し、ハトーボーはトライアタックに向かってでんこうせっかを仕掛ける。

 

「ハト、ボーーーッ!」

 

「ドリルッ!?」

 

 パワーの差で吹き飛ぶハトーボーだが、その勢いを活かして加速。スピードと威力が増したでんこうせっかをオニドリルに叩き込む。

 

「ハト! ボッ……!?」

 

「麻痺か……!」

 

「でも、前は氷にならなかった!?」

 

「トライアタックは、三つの力を込めた技の為、三つの状態異常のどれかに掛かるんだ」

 

「確か、残るは火傷だったはずだよ」

 

 つまり、前は氷。今回は麻痺になってしまったと言う訳である。

 

「それにしても、麻痺か……!」

 

 氷状態程ではないが、よりによってハトーボーの長所である機動力を奪う状態異常だ。

 

「ドリル!」

 

「ハト……!」

 

 一気に追い込みを掛けようと、オニドリルはドリルくちばし。ハトーボーは避けるも、その身体からバチバチと微弱な電気が弾ける。

 

「……」

 

 このまま戦い続けても、麻痺がある以上は間違いなく負ける。ならば一か八か、次の一撃で決めるしかない。

 

「ハトー……!」

 

「ドリー……!」

 

 ハトーボーは翼を広げ、一気に加速。オニドリルは回転しながら突撃。つばめがえしとドリルくちばしがぶつかり合う。

 

「真正面からぶつかった!」

 

「だけど、パワーはオニドリルの方が上だ!」

 

 事実、ハトーボーは徐々にオニドリルに押されていた。

 

「ハトト……!」

 

「ドリルル……!」

 

「押し負ける……!」

 

 このまま吹き飛び、昨日の様にまた負けてしまうのか。ハトーボー自身もそう思ったその時、一つの大きな声が響き渡る。

 

「負けるな、ハトーボーーーーッ!」

 

「……!」

 

 サトシだった。指示は出せないが、せめて僅かでも力になればとありったけの声援をハトーボーに送る。

 

「ピカピカーーーッ!」

 

「ミジュ、ミジュジューーーッ!」

 

「ポカ、カーブーーーッ!」

 

「タージャ!」

 

「ルッグ、ルググーーーッ!」

 

「クルクルルーーーッ!」

 

「ガ、ガマガーーーッ!」

 

 そして、ピカチュウ達もまたハトーボーに声援を送っていた。頑張れ、負けるな、勝てと。

 

「――ハト!」

 

 仲間達の声に、ハトーボーは折られかけた心を奮起させる。

 彼等が応援してくれた。負けられない。負ける訳には行かない。ハトーボーは限界まで――いや、限界以上に心を昂らせ、力を振り絞る。

 

「――ハトーーーーーッ!!」

 

「ド、ドリ!?」

 

「な、なにあれ!?」

 

「金色の光!?」

 

 雄叫びと共に、ハトーボーに変化が起きた。身体の周りに金色のオーラが漂い、技の威力がぐんぐん上昇していく。

 

「あれは、もしかすると……」

 

「――ゴッドバード!」

 

 そう、ハトーボーのつばめがえしが変化――いや、進化していたのだ。飛行タイプ最強の技、ゴッドバードに。

 そして、技がゴッドバードに進化した事で、今度は逆にオニドリルを押し始めていた。

 

「ド、ドリルル……!」

 

「――クル!」

 

「――ポー!」

 

 逆に押され出されたオニドリル。不意に、その耳に恩人であるマメパト達の声が聞こえた。

 僅かでも力を貸してくれる。彼のそんな期待に――マメパト達は激突に注目している隙に高く飛び、背を向けて飛んだ。絶好の機会だと、彼等は逃げたのだ。

 

「ドリ、ル……!?」

 

「ハトー……ボーーーーーッ!!」

 

 

 マメパト達の裏切りにオニドリルがショックを受けたのと同時に、ハトーボーが残る全ての力を引き出す。

 ゴッドバードの光が更に輝き、ドリルくちばしを突破。大爆発を起こし、オニドリルが落下する。

 

「ド、ドリ、ル……」

 

「ハトーーーーーッ!!」

 

 落下したオニドリルは、戦闘不能になっていた。それを見て、爆発の煙が晴れた場所からハトーボーが翼を広げ、勝利の雄叫びを上げる。

 

「勝ったーーーっ! ハトーボーが勝ったぞーーーっ!」

 

「すごいすごい! 大逆転!」

 

「仲間の声を力に勝利。実にサトシ達らしい友情のテイストだよ」

 

「ふふふ、やっぱりキミ達は凄いな」

 

「ハトーボー!」

 

「ハト!」

 

 サトシとハトーボーは互いに近寄り、サトシがハトーボーを抱き締める。

 

「リベンジできたな! それにゴッドバードも!」

 

「ハトッ!」

 

 オニドリルへのリベンジだけでなく、おそらく一時的だろうが、ゴッドバードも発現させた。その結果に彼等は笑い合う。

 

「ピカピ!」

 

「ミジュミージュ」

 

「ポカポカ!」

 

「タジャ」

 

「ルーグ」

 

「クルクル!」

 

「ガマガー」

 

「ハト。ハトト」

 

 また、ピカチュウ達もハトーボーのリベンジに喜び、誉めていた。ハトーボーはそんな彼等にこちらこそありがとうと頭を下げる。皆の声があったからこそ、オニドリルに勝てたのだから。

 

「それとガマガル。お前もありがとな」

 

「ガママー」

 

「そうよね~。ガマガルがあたし達を連れて来なかったら……」

 

「下手すると、サトシ達までやられてた可能性もあるからね……」

 

「正に影の功労者だ」

 

 ハトーボーの勝利に目が行きがちだが、それにはガマガルの活躍があった。正しく影の功労者である。

 

「ハトト」

 

「ガマガマ。――!」

 

「タージャ」

 

「マッギョ」

 

 サトシ達に誉められ、ガマガルはいえいえ、そんなと謙虚にしつつ、これで良しと内心でほくそ笑む。信頼を得れたからだ。

 しかし、その直後に背後からツタージャとマッギョに調子には乗らない様にと小さい声で言われ、チッと心の中で舌打ちする。

 

「ハトッ……!」

 

「大丈夫か、ハトーボー?」

 

 バチッと、ハトーボーは電気を感じた。麻痺のせいだ。

 

「直ぐにハトーボーの手当をした方が良いわね」

 

「うん。この先にポケモンセンターはあるけど、結構離れてる。手当をしてからが良い」

 

「それに、彼も保護しないとね」

 

「ドリ……!」

 

 その彼とは勿論、オニドリルの事だった。意識は取り戻したが、ダメージのせいで動けない様だ。

 

「オニドリル、お前を保護させてもらうぜ」

 

「そうよ。あんな連中の為にこれ以上頑張る必要ないの」

 

「君にとっては仲間か、恩を返すべき相手だったんだろうけど、マメパト達にとっては使い捨ての駒に過ぎなかったんだよ」

 

「もうこれ以上戦う理由もない。だから、大人しく保護されてほしい」

 

「……ドリ」

 

 ハトーボーには敗北しただけなら未だしも、マメパト達から裏切られた。

 そのショックからもう足掻く気力すらなく、オニドリルは保護を受け入れ、サトシが取り出したモンスターボールに入った。

 

「オニドリル保護!」

 

「手当を済ませたら、ポケモンセンターを目指そうか」

 

「マメパト達にやり返せなかったのはくやしいですけど……」

 

「もう逃げられちゃったしね。諦めよう」

 

 サトシ達はハトーボーの手当を済ませると、ポケモンセンターに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

「はーい。お預かりしたポケモンは元気になりましたよー」

 

「タブンネ~」

 

「ハトー!」

 

「ありがとうございます」

 

 夜。ポケモンセンターに到着。預けて元気になったハトーボーが笑みを浮かべた。

 

「……」

 

 少し離れた場所では、同じく治療されたオニドリルもいた。

 

「それと、このオニドリルは責任を持ってお送りします」

 

「お願いします。――オニドリル」

 

「……ドリル?」

 

「元気でな」

 

「……ドリ」

 

 オニドリルは礼儀正しく頷くと、大人しくモンスターボールに戻る。この後は、転送システムで適切と判断されたジムがある街に送られるのだ。

 

「皆さん、今日はもう遅いですし、ここで泊まって行ってはどうですか?」

 

「そうさせてもらいます」

 

 ジョーイの厚意に甘え、サトシ達は今日はポケモンセンターで一晩を過ごすことに。

 

「にしても、今回も大変だったわね~」

 

「あはは、確かにね」

 

 オニドリルだけでなく、実は腹黒なマメパト達まで戦う羽目になったのだから。

 

「……前の件と言い、ポケモン達も色々な者がいるって改めて思い知らされたよ」

 

 今回の件で、改めてポケモンでも悪者がいることをNは理解。そんな彼にサトシ達は苦笑い。

 

「けど、オニドリルの保護は出来ましたし、ハトーボーもまた一段と強くなりました。なっ」

 

「ハト」

 

 片翼を上げ、今後も一緒にとハトーボーは微笑む。

 

「それだけじゃなく、ハトーボーとキミ達の絆も強くなったとボクは思うな」

 

「そうですね。今回の勝利は正に、仲間の絆が生んだテイスト」

 

「そういう点じゃ、あっちとは真逆よね」

 

 本当の繋がりのおかげで勝利したハトーボー。偽りの繋がりのせいで敗北したオニドリル。正に真逆である。

 

「送られた先で、今度は本当の仲間と会えると良いなー」

 

 敵とは言え、裏切られたオニドリルにはサトシ達も心配な様子だ。

 

「まぁ、そこら辺は大丈夫じゃないかな? ジムリーダーもしっかりやるだろうし」

 

 デントは今のジムリーダー全員と親密と言う訳では無いが、それなりの交遊はある。その中では、不真面目な人物はいなかった。

 

「それに――」

 

「それに?」

 

「いや、なんでもない」

 

「なんだよ、気になるなー」

 

「もしもの時の秘密さ」

 

「ちぇ」

 

 続きが気になるサトシだが、デントにそう返される。ちなみに、彼はこう言おうとしていた。

 もしかすると、またあのオニドリルと会うかもしれないと。

 ちょっと膨れっ面なサトシに、アイリスが子供ね~や、Nがまあまあと宥めたりと、和気藹々としながら彼等は寝室へと向かった。

 

 

 

 

 

「クルー……!」

 

「ポー……!」

 

 深夜。逃げ出したマメパト達が、夜の森の中で今後の予定について話し合っていた。

 オニドリルはいなくなり、今後はまた自分達だけでやるしかない。めんどくさいと彼等が溜め息を吐いたその直後だった。周りから次々と光る目が出てきたのだ。

 

「ポ、ポッ!?」

 

 それはマメパト達の策略で縄張りを奪われた、野生のポケモン達だった。

 実は彼等の一部が今日の一件を目撃しており、そこからここ最近のオニドリル襲撃がマメパト達の仕業だと気付いたのだ。

 

「ポ、ポー! ポポー!」

 

 落ち着いて、冷静になって話し合おうとマメパト達は言うも、襲撃された彼等の怒りは収まらない。

 

「ポ、ポーーーッ!」

 

 その後直ぐ、仕返しにマメパト達は野生のポケモン達に襲われ、奪った縄張りを全て取り戻されただけでなく、しばらくは彼等の子分としてこき使われる日々を送ったのであった。

 




 すいません。書ききれてなかったのでその部分を追加しました。


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アイリスとドリュウズ

 流れは同じですが、内用はそれなりに変わってます。


「行くぞ、ハトーボー! ゴッドバード!」

 

「ハトー……!」

 

 ハトーボーは闘志を一気に高め、身体から金色のオーラを漂わせ、全膂力で突撃。

 

「ボーーーッ!! ――ハトッ? ハトハトッ!」

 

 しかし、途中でオーラは消え、力も抜けて姿勢が不安定に。急いで羽ばたいてバランスを整え、落下は防いだ。

 

「失敗かー」

 

「ハトー……」

 

 ゴッドバードの失敗に、サトシとハトーボーは少し落ち込む。

 先日から一夜明け、サトシ達はポケモンセンターから少し離れた広場で特訓をしていた。

 

「ゴッドバードは、飛行タイプの技の中でも最強の大技。焦らずじっくりと身体と技を熟成させれば自由に使える様になるさ」

 

 この前、出来たのは追い込まれ、サトシ達の想いに応えようと潜在能力が引き出されたからだ。つまり、偶然なのである。

 

「そうだよな。頑張ろうぜ、ハトーボー」

 

「ハトッ!」

 

 もっともっと身体と技術を鍛えれば、自由に扱える様になる筈。その為にも、これからもトレーニングは必要不可欠だ。

 

「そう言えば、つばめがえしはどうするの?」

 

「もうしばらくやって行くよ」

 

「ハト」

 

 ゴッドバードがかなり不完全な以上、つばめがえしはこれからしばらく必要だ。練習を止めるつもりはない。

 

「さっ、後数回ゴッドバードの練習しようぜ」

 

「ハト!」

 

 失敗を繰り返した先に成功がある。少しでも習得に近付くべく、ゴッドバードの練習に戻った。

 

「しっかりと強くなっていくね。サトシくん達は」

 

「Nさんとしては、どう思いますか?」

 

「楽しみだよ」

 

 サトシが強ければ強い程、意味が増す。Nとしては、喜ぶべき事だ。

 

「行くわよ~、エモンガ!」

 

「エモ!」

 

「ほうでん!」

 

「エモ~~~ッ!」

 

 エモンガは大量の電撃を放出。電撃はバチバチと弾けると、パァンと弾けて美しい火花を残した。

 

「うん。良い感じ!」

 

「エモ」

 

 どうだと、エモンガは胸を張る。アイリスとエモンガはポケモンコンテストの練習をしていたのだ。

 

「でもね~……」

 

 自身ではそれなりの出来栄えだと思うが、サトシとピカチュウのと比べると、やはり大きな差があった。

 

「やっぱり、直接攻撃出来る技が一つはないとダメね~」

 

「エモ~……」

 

 今のままでは、アピールは技が派手なだけの域をどうしても出ない。エモンガの動きを活かした技が必要不可欠だ。

 

「デント、Nさん。エモンガが覚えれそうな直接攻撃技って何があります?」

 

「そうだね。エモンガは飛び方は翼で飛翔ではなく、膜を使っての滑空。翼を使った攻撃は出来ない」

 

「となると、飛ぶを利用した技、つばめがえしやアクロバットとかが良いかもしれない。エモンガは飛行技は覚えてないしね」

 

「エモンガ、そのどっちかの技を覚えよっか」

 

「エモ」

 

 その性格から、エモンガは身体を使う直接攻撃技が嫌いだった。しかし、今のままでは演技はダメなまま。なので、覚えることを決めたのだ。

 

「でも、どっちの方が良いかしら?」

 

「習得のしやすさだと、ハトーボーが覚えているつばめがえし。だけど、アピールを考えると、エモンガの滑空を見せ付けれるアクロバットの方かな」

 

 覚えやすさはつばめがえしの方が上。だが、魅力をアピールするならアクロバットが良いだろう。アイリスは少し考え、後者にした。

 

「エモンガ、アクロバットをやって見ましょ!」

 

「エモ!」

 

「エモンガ、アクロバット!」

 

「エモ! ――エモ、エモモ!」

 

「おっ、上手い!」

 

 跳躍し、左右に滑空するエモンガ。精度こそはそれなりに粗いが、失敗は無かった。

 

「行けるじゃない!」

 

「エモ!」

 

「そうか、普段の動作とそんなに変わらないから、やりやすいんだ」

 

 エモンガにとって、アクロバットは滑空の時に左右に動くだけの動作と大差がない。なので、習得しやすいのである。

 

「よ~し、アクロバット習得に向けて頑張るわよ~!」

 

「エモ~!」

 

 コンテストで魅力する為にも、アクロバットは必要。面倒は苦手なエモンガだが、理由があれば努力はする。

 エモンガは練習を続け、アクロバットの完成度をぐんぐん高めていく。

 

「え~と、ドリュウズ」

 

「……リュズ?」

 

「久々に、一緒に練習しない?」

 

 キバゴ、エモンガと違い、ドリュウズとは練習出来なかった。そろそろ、前のようにしないかと持ち掛けるも。

 

「……リュズ」

 

「そ、そっか。じゃあ、自由にして良いわよ」

 

 断られ、内心落ち込みながらも仕方ないと自分に言い聞かせる。ドリュウズは適当な木の下に移動すると、もたれ掛かった。

 

「――じゃあ、エモンガ。練習再開しましょ。キバゴも頑張って」

 

「エモ!」

 

「キバ!」

 

 アイリスは気持ちを引き締め、エモンガとキバゴの練習を続ける。

 

「うーん。まだダメか……」

 

「でも、デントくん。彼を見てごらん」

 

 ドリュウズを見ると、彼はチラチラとアイリスを見ているのが分かる。

 

「もう一歩、かもしれませんね」

 

「ボクもそう思うよ」

 

 ただ、その一歩はアイリス自身の力で踏み出さねばならないだろうと、Nもデントも思っていた。

 

「――エ~モモ!」

 

「出来た!」

 

 アイリスとエモンガの大きな声がした。どうやら、アクロバットが完成したようだ。

 

「上手く行ったのか?」

 

「うん。もっともっと練習は必要だろうけど、使う分には問題ないと思うわ」

 

「エモ!」

 

 最低限とは言え、アクロバットの完成にアイリスもエモンガも笑顔になる。

 

「――見付けたわよ!」

 

 練習を続けていると、突然大きな声がした。そちらを向くと、一人の少女がいた。

 肩辺りまでの赤の短髪、青緑の瞳、黄色の帽子を被っている。

 

「……誰だ?」

 

 全員が初めて見る人物の為、疑問符を浮かべた。

 

「あたしはラングレー。ドラゴンバスターよ!」

 

「ドラゴン、バスター……?」

 

「名前から推測すると、ドラゴンポケモンを倒す者って事になるのかな?」

 

「その通り。中々察しが良いじゃない」

 

「そのドラゴンバスター君が、ボク達に何の用だい?」

 

「アンタ達には用はないわ。用があるのは――そこの二人よ!」

 

 ラングレーが指差したのは、アイリスとサトシだった。

 

「あ、あたしと……」

 

「……俺?」

 

「そうよ、竜の里出身のアイリス! そして、理想の英雄! アンタ達二人こそ、あたしのターゲットよ!」

 

 理想の英雄に、サトシは少し不満気になる。

 

「どうして、この二人と?」

 

「さっきも言ったように、あたしはドラゴンバスター。つまり、ドラゴンタイプのポケモンを倒すのが生業。だから、あんた達がターゲットなの」

 

「アイリスだけでなく、サトシもターゲットなのは……」

 

「決まってるでしょ。あんたが理想の英雄足る存在、伝説のポケモン――ゼクロムよ!」

 

「……ゼクロムを倒す気なのかな? 彼女」

 

「怖いもの知らずと言うか、何と言うか……」

 

 伝説のポケモンは、何れも桁外れの実力者ばかり。普通のトレーナーでは、束になっても漸く戦える土俵に立てるレベルだ。

 

「……いや悪いけど、ゼクロムはいないぞ?」

 

「なんでよ!? あんた、理想の英雄でしょうが!」

 

「それは、周りが言ってるだけだし……」

 

 ゼクロムも協力してくれただけで、自分の手持ちではない。

 

「じゃあ、他のドラゴンポケモンはいないの!?」

 

「いるけど、カントーに預けてるしなぁ……」

 

 連れてこようにも、転送システムが破損しているので直接連れてこない限り無理だ。

 

「サトシ、ドラゴンポケモン持ってたの?」

 

「うん。シンオウでゲットしたフカマル。何考えてるのか、ちょっと分からない奴だけどな」

 

「どんなポケモンなんだい?」

 

「えーと――」

 

「こらーーーっ! アンタ達だけで盛り上がるんじゃないわよ!」

 

 サトシ達だけで楽しく話しそうとした所に、ラングレーが待ったを掛けた。

 

「まぁ、とにかく! アンタ今、ゼクロムもドラゴンポケモンも持ってないのよね?」

 

「あぁ」

 

「ならアンタには興味ないわ。アイリス! あたしと戦ってもらうわよ!」

 

 ラングレーはサトシを無視し、アイリスに挑戦を持ち掛ける。

 

「あたしと~?」

 

「そっ、そもそもアンタから戦うのは決まってたしね」

 

「なんで?」

 

「アンタ、バカ? いきなりゼクロムと戦う訳ないでしょ。先ずはアンタを倒してから挑む予定だったのよ」

 

「それもそうか……」

 

 彼女の言う通り、いきなりゼクロムに挑むのも無茶だ。先にアイリスと戦い、そこからゼクロムだったのだろう。それでもかなり突拍子だが。

 

「それに竜の里出身のトレーナーもドラゴンポケモンも倒したいしね」

 

「その事はさっきも言ってたね。どうしてだい?」

 

「昔、竜の里のトレーナーにボロ負けしたのよ。だから、ドラゴンポケモンを倒すドラゴンバスターになったの」

 

「……逆恨みじゃないかな?」

 

「そうよ。悪い?」

 

 それがどうしたと、ラングレーは堂々と腕を組む。

 

「はっきり言う人……」

 

「その理由でゼクロムにまで挑もうとしている訳だから、ある意味凄いね……」

 

 逆恨みが発端で、伝説のポケモンにまで戦う人物は早々いないだろう。ある意味大物だ。

 

「あたしの話はここまで。勝負受けるの? 受けないの? まぁ、怖いのなら別に逃げても構わないわよ」

 

「受けて立つわ!」

 

 ラングレーの挑発にアイリスは乗り、二人はバトルする事に。

 

「いでよ、ツンベアー!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

 ラングレーが繰り出したのは、雪のような白色の体毛の巨体と、氷で出来たような顎が特徴のポケモンだ。

 

『ツンベアー、凍結ポケモン。吐く息を凍らせて、氷の牙や爪を作り戦う 。北の寒い土地で暮らす』

 

「こ、氷ポケモン……。寒いの苦手なんだよね……。でも頑張ろ、キバゴ!」

 

「キバ!」

 

 ツンベアーに対し、アイリスはキバゴをぶつける様だ。

 

「ベンー……」

 

「キバ!?」

 

 キバゴも勢い良く出てはいるが、ツンベアーの巨体や息に少し怯む。

 

「大丈夫! 相性が悪くても、今までの練習を活かせば負けないわ!」

 

「キバ!」

 

「ンツー……」

 

 キバゴは張り切るも、ツンベアーは欠伸。その様子にキバゴは怒る。

 

「キバゴねぇ……。あたしとしては、もっと強そうなのを出してほしいんだけど。強くて大きいドラゴンポケモンを倒してこそ、ドラゴンバスターって感じじゃない?」

 

「偉そうな事は勝ってから言いなさい! キバゴ、ひっかく!」

 

「キバー!」

 

「――ツンベアー、受け止めてからきりさく!」

 

「ベー……ンツッ!」

 

「キバーーーッ!」

 

 ひっかくを身体で受け止め、そこから強烈な爪 の一撃でキバゴに手痛いダメージを与えて吹き飛ばす。

 

「つららおとし!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

 ツンベアーが空に向かって冷気の息を吐くと、大気の水分が凍り付き、氷柱となってキバゴに目掛けて降り注ぐ。

 

「キバゴ! 練習を思い出すの! しっかりと見てかわして!」

 

「――キバ! キバ、キババ!」

 

 ダメージに痛みながらも、キバゴはしっかりと氷柱を避けていく。

 

「ふ~ん。ちょっとはやるじゃない。ほんのちょっとだけど。――ツンベアー、れいとうビーム!」

 

「ベー、ンツーーーッ!」

 

「キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「キ~バ~ゴ~~~!」

 

 竜と冷気のエネルギーがぶつかり合うも、りゅうのいかりは突破され、れいとうビームがキバゴに炸裂する。

 

「キバゴ!」

 

「キバ、ゴ……!」

 

「まだやれるのね。まっ、次で決まるでしょうけど」

 

 りゅうのいかりで軽減されたとは言え、大ダメージ。キバゴは戦闘不能寸前だった。

 

「こうなったら……! キバゴ!」

 

「キバ!」

 

「げきりん!」

 

「キ~……バ~~~~~!!」

 

「げきりんですって!?」

 

 追い詰められ、キバゴとアイリスは奥の手、げきりんを使用。竜の力が解放され、キバゴは高速で接近するとその力を本能のままぶつける。

 

「キバキバキバキバキバー……キバ~~~~~ッ!!」

 

「ベンーーーッ!」

 

「ツンベアー!」

 

 竜の猛攻に、流石のツンベアーも押され、〆の一撃で吹き飛んだ。

 

「どうよ!」

 

「今のは流石に驚いたわ。進化前とは言え、ドラゴンポケモンって事ね。でも――」

 

「ベンツーーーッ!」

 

「あたしのツンベアーは、それだけで負ける程弱くないのよ」

 

 げきりんでダメージを受けはしたが、戦闘不能には程遠かった。

 

「そ、そんな……!」

「残念でした。それに、そのキバゴ見た方が良いわよ?」

 

「……えっ?」

 

「キバ~……キバ~……」

 

「キバゴ!?」

 

 キバゴはフラフラと、足取りがおぼつかない様子だ。

 

「げきりんの反動で混乱になったのか……」

 

 げきりんは凄まじい威力と引き替えに、使用者を混乱にしてしまう反動がある。それにより、キバゴは混乱したのだ。

 

「まぁ、このまま放って置いても混乱で勝手に自滅するでしょうけど――止めよ、ツンベアー! きりさく!」

 

「ベン、ツーーーッ!」

 

「キバ~~~!」

 

「キバゴ!」

 

 ツンベアーは爪を立、力を込めて右腕を振るう。混乱状態のキバゴは為す術なく食らい、戦闘不能になった。

 

「キバゴ、戦闘不能。ツンベアーの勝ち!」

 

「キバゴ、大丈夫!?」

 

「キバ……」

 

 アイリスは駆け寄り、キバゴを抱える。キバゴは申し訳なさそう表情だ。

 

「つららおとしを避けたのと、げきりん以外は全然ダメね。次のポケモンにしたらどう? そこにいるアンタの切札、ドリュウズを」

 

「知ってるのか?」

 

「えぇ、竜の里で聞いたのよ。まぁ、何かの件で仲は悪くなってるらしいし、無理そうね」

 

 ドリュウズの事については知ってはいるが、その根本までは聞いてない様だ。

 

「……それは昔の話よ。今は違うわ!」

 

「へぇ。じゃあ、ドリュウズで戦いなさいよ」

 

「望み通り、戦うわ! ドリュウズ!」

 

「……リュズ」

 

 ドリュウズは木から離れ、アイリスに駆け寄った。

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「うーん、どうだろう……」

 

 彼女達は完全に仲直りした訳ではない。ラングレーとツンベアーにこの状態で勝てるかどうか。

 

「始め!」

 

「ツンベアー、つららおとし!」

 

「ドリュウズ、メタルクロー!」

 

 

「ベンツーーーッ!」

 

「リュズリュズ!」

 

 降り注ぐ氷柱を、ドリュウズは前進しながら鋼の爪で弾く。

 

「へぇ、やるじゃない。――もう一度つららおとし!」

 

「またメタルクローで――」

 

「周りに落としなさい!」

 

「ベンツ!」

 

「リュズ!?」

 

 ツンベアーはつららおとしをドリュウズの周囲に放ち、氷柱で閉じ込める。

 

「れいとうビーム!」

 

「ドリュウズ、あなをほる!」

 

「リュズ! ――ドリュ!」

 

「ベン!」

 

 ツンベアーのれいとうビームを、ドリュウズはあなをほるで回避。更に攻撃に繋げる。

 

「まだよ、ツンベアー! いわくだき!」

 

「いわくだき!?」

 

「ベンーーーッ!」

 

「リュズ!? ――ドリュ!」

 

 攻撃されながらも、ツンベアーは反撃のいわくだきをドリュウズに叩き込む。

 

「つららおとし!」

 

「ツベア!」

 

「ド、ドリュウズ、みだれひっかきで弾いて!」

 

「ド、ドリュ! リュズリュズ――ドリュ!」

 

 氷柱を爪の連撃で弾くも、間が遅れたせいで途中で直撃してしまう。

 

「……気のせいかしら? まぁ良いわ」

 

 最初よりも、動きのキレが無い様に見えた。しかし、ラングレーにはどうでもいい。

 

「リュ、ズ……!」

 

「ドリュウズ!」

 

「あれって……」

 

「つららおとしの追加効果で怯んだんだ」

 

 怯みにより、ドリュウズは短時間動けなくなる。そして、ラングレーはその隙を見逃すほど優しくない。

 

「ツンベアー、れいとうビーム!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

「リュズ!」

 

 冷気の光線がドリュウズに直撃。その冷気で身体が凍り付く。

 

「ド、ドリュウズ! ドリルライナー!」

 

「ドリュ……ウズーーーッ!」

 

「ツンベアー、両手でいわくだき!」

 

「ベンッ!」

 

「リュズゥ!」

 

 ドリュウズのドリルライナーに対し、ツンベアーはいわくだきを両手で、更に振り下ろす様に発動。体重を込めた一撃で技を打ち破り、ドリュウズを地面に叩き付ける。

 

「止めよ! いわくだき!」

 

「ベンー……ツーーーッ!」

 

「リュズーーーッ!」

 

「ドリュウズ!」

 

 地面に押し付けられた所に、ツンベアーの下からのいわくだきがドリュウズに命中。ドリュウズは吹き飛び、岩にぶつかると仰向けに倒れた。

 

「リュ、ズ……」

 

「……ドリュウズ、戦闘不能だね」

 

「ドリュウズ!」

 

 先程のキバゴ同様、アイリスはドリュウズに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫?」

 

「リュズ……!」

 

「戻って、ドリュウズ……」

 

 倒れたドリュウズを、アイリスはモンスターボールに戻す。

 

「さっきよりは歯応えあったけど、途中から動きが鈍くなってたし、所詮はこの程度って事ね。竜の里で見所あるって言われたからわざわざ会いに来たのに、ガッカリだわ。今度会った時はもうちょっと強くなってね。戻って、ツンベアー」

 

「ベンツ」

 

「バーイ」

 

 期待外れと感じたラングレーはツンベアーをモンスターボールに戻し、そのまま去って行った。

 

「大丈夫か?」

 

「随分とスパイシーな事を言われてたけど……」

 

「あそこまで言わなくて良いだろうに」

 

「あたしは平気です。それより、ドリュウズの方が心配で……あの時と同じ技で負けちゃって……」

 

「あの時? 同じ技?」

 

 その二つに、サトシ達は気になった様だ。

 

「確か、彼女のツンベアーが最後に放ったのはいわくだきだったね。その技で負けた事があるのかい?」

 

「はい。初めてポケモンバトルで負けた時の技で……それが原因でドリュウズが少し前まで動こうとしなかったんです」

 

「詳しく聞いて良いか?」

 

「うん。あたしは竜の里で暮らしてて、そこにいる野生のポケモン達と遊ぶのが大好きだった」

 

 毎日、水や土で汚れたり、切傷や打ち傷も付いていたが、そんなのお構い無しにアイリスは野生のポケモン達と遊び続けた。

 

「そんなある日、友達のミネズミが巣を奪われて……その原因がモグリューだったの」

 

「モグリュー?」

 

「ドリュウズの進化前のポケモンだよ」

 

「もしかすると、そのモグリューが進化したのが今キミといるドリュウズ?」

 

「はい。それでミネズミの住処を取り戻そうと……」

 

「……もしかして、ケンカを挑んだのかい?」

 

「まぁ、ボコボコにやられちゃいましたけど……」

 

 子供が野生のポケモンに勝てる訳もなく、アイリスはコテンパンにされてしまった。

 

「それでもあたしは次の日から毎日、ケンカを挑んでは返り討ちにされて。そんな日々が十日目だった頃なの。またケンカしたんだけど、その最中にモグリューが崖の上で蔓に絡まっちゃって、危ない所を助けたの」

 

 それからアイリスとモグリューは仲良しになり、ポケモンバトルでは全戦全勝と見事な結果を出した。どちらにも才能があったからこそだろう。

 

「自信を付けたあたしとモグリューは、竜の里で毎年行われるバトル大会に出ることになったの」

 

 その為、彼女達は山で猛特訓。それもあり、竜の里のバトル大会では並みいる相手に打ち勝ち、決勝戦ではドリュウズに進化。

 そのまま、大会にも見事優勝と、正に破竹の勢いと言えた。その時までは。

 

「……優勝した後、あたしはある人とバトルしたの」

 

「ある人?」

 

「……シャガさん。ドラゴンマスターの称号を持つ、ソウリュウジムジムリーダーの」

 

「アイリス、シャガさんと知り合いだったのか!?」

 

「……うん」

 

 思わぬ関係に、サトシだけでなくデントも驚いていた。

 

「……その時のあたし、その、今だから言えるんだけど……連戦連勝で天狗になってたの。だから、調子に乗ってシャガさんにバトルを挑んだんだ。百勝目の相手に、って」

 

「それは……確かに天狗になってたとしか言えないね。よりによって、あのシャガさんに勢いだけで挑むなんて……」

 

「……そんなに強いのか? シャガさんって?」

 

「あぁ、シャガさんはイッシュのジムリーダーの中でも最強と呼ばれ、四天王とも渡り合える程の実力者。そして、イッシュのジムリーダーの代表とも言える人物なんだ」

 

「イッシュのジムリーダーで、最強……!」

 

 確かに並々ならぬ気迫、威圧感があった。イッシュ地方、最強のジムリーダーと言われても納得出来る。

 

「その、結果は……?」

 

「……相手にもならなかったわ」

 

 シャガが出したオノノクスの能力は凄まじかった。攻撃しようとビクともしない防御力と、こちらを一撃で倒す攻撃力の前に、アイリスとドリュウズは惨敗。

 それ以降、ドリュウズは最近まで動こうとしなくなったのである。

 

「……あたしさ、サトシやデントとの旅の中で、ドリュウズがああなった理由が分かった気がするの」

 

「なんだ、それ?」

 

「多分、ドリュウズは……あたしに不信感を抱いたんだと思う。あの頃、調子に乗ってたあたしはシャガさんとの実力差に全く気付かず、無理に続けて……その結果が惨敗」

 

 思えば、ドリュウズが恐怖を抱いていた様子があったのだ。

 あの時に実力差を素直に悟り、敗けを認めるでもなく、格上の相手として挑むでもなく、根拠のない自信で戦わせて敗北。

 不信感を抱かない方が不思議だと、今までの旅からアイリスはそう推測に辿り着いたのだ。

 

 

「――アイリス」

 

「……なに?」

 

「これは僕の推測だけど……。もしかすると、ドリュウズも、その事には既に気付いているのかもしれない」

 

「……どういう事?」

 

「どこまでかは分からない。だけど、今のドリュウズにはほとんど不信感は無いと思う」

 

「それはボクも同意見かな。キミ達程、詳しくは知らない。だけど、彼がキミを見ていたのは確かさ。今日だってね」

 

 今も不信感で一杯なら、そんな行動は取らない。それ所か、動こうともしないだろう。

 

「……あたし、気付いて無かった。見えてなかったんだ。……情けないなぁ」

 

「遠慮してたのか?」

 

「……えっ?」

 

「いや、アイリスなら積極的に行く気がするけど、そうしなかっただろ? だから、遠慮してたのかなって」

 

「……それもあるかも」

 

 不信感を抱かせた申し訳なさから、知らず知らず内にドリュウズに遠慮してたのかも知らない。

 

「それはドリュウズも同じかもね」

 

「……ドリュウズも?」

 

「うん。さっき言ったように、ドリュウズは少なくとも負けた頃とは君が違う事が分かっていた可能性がある」

 

 少し前から動くようになり、アイリスと何度も接しているからだ。

 

「もし、ドリュウズにも後ろめたさがあったとしたら――」

 

「彼もまた、キミに遠慮していたのかもしれないね」

 

「……そっか。あたしもドリュウズも、遠慮してたんだ」

 

 その事が可笑しくなったのか、アイリスはドリュウズが入ったモンスターボールを見て、ふと笑う。

 

「なぁ、アイリス。ドリュウズと向き合って見たらどうだ? 言いたい事を言い合って、ぶつけ合って。そうやって仲良くなるもんだろ?」

 

「……サトシらしい、単純な案よね~」

 

「な、なんだよ、それ!」

 

 折角言ったのに、アイリスにやれやれとされ、サトシは少し怒る。

 

 

「……でも、そうだよね。そうしなきゃ、なにも伝わらないもんね」

 

 言わなければ、届かない。届かなければ、伝わらない。それが常なのだ。

 

「あたし、決めた! 今日はドリュウズと向き合って見る!」

 

「頑張れ、アイリス!」

 

「やるからには、とことんね」

 

「きちんと話し合えば、お互いの気持ちは伝わる筈さ」

 

「はい!」

 

 その後の夜、アイリスは森にドリュウズといた。

 

「ドリュウズ、怪我はどう?」

 

「……リュズ」

 

 アイリスは怪我に効く塗り薬を塗りつつ、様子を確かめる。少し痛みはあるが、ドリュウズは問題なさそうだ。

 

「……え~と、ドリュウズ?」

 

「……リュズ?」

 

 アイリスは話そうとはするが、いざ対面すると中々話が出なかった。ドリュウズもだ。

 

「え~とえ~と……。あっ、そうだ! 昔話しましょ! モグリューの頃、毎日ケンカしてた時の事とか」

 

「……ドリュ」

 

 自分とアイリスの出会い話だけあり、ドリュウズも気になった。

 

「あたし、毎日毎日挑んでは返り討ちにされたんだけど……実はその後、勝とうと練習してたんだ~。知ってた?」

 

「……リュズ」

 

 そうなのかと、驚きの反応を期待していたアイリス。しかし、ドリュウズは知ってたと言いたげに頷く。

 

「……えっ、知ってたの?」

 

「……ドリュ」

 

 うんと、またドリュウズは頷いた。実は一回だけ偶々その様子を目撃したのだ。

 ちなみに、ケンカが理由とは言え、自分にまた会いに行こうとした事が嬉しかったのは秘密である。

 

「あはは、知ってたんだ……」

 

 驚かせようとしたのに失敗し、アイリスは少し恥ずかしくなった。

 

「……リュズズ」

 

 そんな彼女に、ドリュウズは微かだが笑った。

 

「……あっ、笑った」

 

「……!」

 

 アイリスに言われ、ドリュウズは気付いた様だ。

 

「久々に見たわ。……あの時以来よね」

 

「……ドリュ」

 

 シャガとのバトル以来、漸く笑ったのを見れた。ドリュウズも肯定する。

 

「……あの時までは全勝で、誰にも負けないって自惚れてて……その結果があの惨敗。……ごめんね」

 

「……!」

 

 アイリスの謝罪に、ドリュウズが強く反応した。

 

「あの後、意気地無しなんて思ったりもしたけど……それだったら、あたしは大馬鹿者よね。ドリュウズの気持ちに全く気付かなかったんだから。……本当にごめん」

 

「……リュズリュズ」

 

 また謝るアイリスに、ドリュウズは顔を左右に振る。

 彼女だけが悪い訳ではない。ドリュウズも薄々感付いていたのだ。アイリスが最近あの時の事に気付いたことや、旅の中で少しずつ成長していたのも。

 しかし、彼女が悪いのだと、こちらからは全く切り出さず、今までずっと待っていた。

 アイリスだって、初めての敗北で悔しかっただろう。だが、次の勝負に向かって前に進もうとしていた。

 なのに、自分は不信感を理由に殻に籠った――違う、言い訳にして逃げたのだ。あの時の恐怖と、それを感じた自分から。乗り越えようとは少しも考えかった。

 

「……リュズ」

 

 こっちこそ、ごめんとドリュウズは頭を下げた。

 

「あ、謝らないで、ドリュウズ! あたしが悪かったの!」

 

「ドリュリュ!」

 

 彼女達は互いに謝り合う。自分の方が悪かったと。

 

「――ぷっ、なんかおかしいわね、あたし達」

 

「リュズ」

 

 何回も何回も自分が悪い。その謝罪が繰り返されると、彼女達はそのおかしさに同時に笑い出した。

 

「じゃあ、こうしよっか。あたしも悪くて、ドリュウズも悪い。で、謝ったからこれでおしまい」

 

「リューズ」

 

 アイリスの案に、ドリュウズは首を縦に振った。

 

「――ドリュウズ」

 

「リュズ?」

 

「一から頑張ろ。昔の様に上手く行かなったとしても、何度失敗しても、一歩一歩確かに進めるように」

 

「――ドリュ」

 

 あぁと、笑顔でドリュウズは返し、アイリスも笑うと彼女達は手と手を重ねた。それは二人が完全に和解した証だった。

 

「じゃあ、今日は昔のように特訓しよっか! 今度はラングレーとツンベアーに勝つために!」

 

「リュズ!」

 

 リベンジに向け、アイリスとドリュウズは特訓をする事に。

 

「じゃあそうね~。昔みたいに今の技の特訓する?」

 

「リュズズ」

 

「違うのするの?」

 

「ドリュ」

 

 山ごもりの時と同じく、既存の技の特訓をアイリスは提案するが、ドリュウズは違うのをすると告げ、背を向ける。

 ドリュウズは両手を構え、その間に力を込めると不安定ながらある技になる。

 

「これ、きあいだま!」

 

「リュズ」

 

 そう、ズルッグも使う技、きあいだまだ。

 

「そう言えば、今まで遠距離攻撃出来る技って無かったわよね……」

 

 どろかけは少し離れた場所を攻撃する技なので、中距離技と言うべきだ。

 

「やろっか! きあいだま!」

 

「リュズ!」

 

 戦いの幅を増やすべく、きあいだまの特訓を開始する。

 

「ドリュウズ、きあいだま!」

 

「ドリュー……ウズッ!」

 

 再び闘気を球体にしていくが、形が安定せす、投げても軌道はフラフラ。とてもだが、使い物にならない。

 

「ダメね~……」

 

「リュズ……!」

 

「あっ、そう言えば……」

 

 どうしたものかと考え、アイリスはふとサトシとズルッグの特訓を思い出した。あれと同じ様にすれば上手く行くかも知れない。

 

「確か、サトシは……。――ドリュウズ! 先ずは形をしっかりさせる為にも、焦らずゆっくりと力を込めましょ」

 

「ドリュ! リュズー……」

 

 構えた両手の間で、闘気をゆっくりと込めて丸形を維持しながら、少しずつ大きくしていく。

 

「次は……。ドリュウズ! しっかりと踏ん張ってから投げる!」

 

「リュー……ズッ!」

 

 足に力を込め、確かに踏ん張ってから球を投擲。きあいだまは軌道もほとんど逸れずに、岩に命中する。

 

「やった! かなり良い感じよ!」

 

「ドリュ!」

 

 きあいだまの完成度が一気に高まり、アイリスとドリュウズは喜ぶ。ズルッグよりも基礎の能力があるため、後は技術が身に付ければ取得は難しくなかった。

 

「よ~し、この調子で続けるわよ~!」

 

「リューズ!」

 

 完成度は高まりはしたが、まだ完成ではない。最低でも実戦で難なく使える様、彼女達は練習を朝まで続けた。

 

「――まだ行ける? ドリュウズ?」

 

 

「ドリュ……ドリュ……! ――リュズ!」

 

 昨夜から朝までぶっ通しの特訓で、ドリュウズは疲労こそ蓄積していたが、やる気は微塵も衰えていなかった。

 

「きあいだま!」

 

「ドリュー……ズッ!」

 

 疲労を物ともしない気迫を素早く球にし、足をきちんと踏ん張って、腕をしっかりと振るう。きあいだまは歪みなく直進し、目標の岩に激突、吹き飛ばした。

 

「うんうん! 速さも狙いももうバッチリ! ほぼ完成ね!」

 

「リュズ!」

 

 一晩中鍛錬した甲斐もあり、きあいだまは実戦で使っても問題ないレベルに仕上がった。

 その事に、アイリスとドリュウズは手を繋いで喜び合う。

 

「――お疲れ様。アイリス、ドリュウズ」

 

「皆!?」

 

「一晩中頑張って疲れたろう」

 

「休んだらどうだい? 食事もデントくんが作ってくれてるよ」

 

「わぉ、最高! ドリュウズ、沢山食べるわよ!」

 

「ドリュ」

 

 特訓で腹ペコのアイリスとドリュウズは、サトシ達と朝ごはんを頂こうとするが。

 

「お、俺達の朝飯……」

 

「へ~え、あなた達のご飯だったの。でもまだ残ってるし、足りなかったら作れば良いじゃない」

 

 その朝食は、昨日のラングレーに一人分を除いて食べられていた。かなり大食いらしいが、四人分は流石に無理の様だ。

 

「あら? 昨日の負け犬のドリュウズちゃんがいるじゃない」

 

「リュズ……!」

 

 ドリュウズを見て、ラングレーは挑発的な笑みと台詞を出す。

 

「ねぇ。またツンベアーで勝負してくれない?」

 

「イ、ヤ、よ。――って言うのはウソ。アンタの驚く顔をちょっと見たかったの。良いわよ、受けて上げるわ」

 

 アイリスが再戦を提案。ラングレーは一旦断ると見せ掛けてから、意地悪な表情で受ける。

 

「あっでも、その前にご飯を食べさせてくれない? 昨日からの特訓で腹ペコで……」

 

「さっさと食べなさいよ。あぁでも、負けた言い訳には出来るし、そのまま戦った方が良いんじゃない?」

 

「今度は負けないわ!」

 

「そう。まっ、結果は同じでしょうけど」

 

 今度は負けないと告げるアイリスと、結果は変わらないと言うラングレー。食事も簡単に済ませ、二人は再戦を始める。

 

「ツンベアー、きりさく!」

 

「ドリュウズ、メタルクロー!」

 

「ベン!」

 

「リュズ! ――ドリュ!」

 

 爪と爪がぶつかり合い、ツンベアーが力の差でドリュウズを吹き飛ばす。

 

「つららおとし!」

 

「ベンツッ!」

 

「あなをほるでかわして!」

 

「リュズ!」

 

 つららおとしを昨日と同じく、あなをほるで地中に潜って回避する。

 

「またそれ? ――ツンベアー、地面にいわくだき!」

 

「ベン!」

 

「――リュズ!?」

 

「地面から引きずり出された!」

 

 ツンベアーはいわくだきの衝撃で、ドリュウズを地中から追い出す。

 

「回避もこなせて、どこから来るか分からない面倒な技。対策ぐらいするわ。――もう一度いわくだき!」

 

「ベンツッ!」

 

「リュズッ!」

 

「まだよ、ドリュウズ! きあいだま!」

 

「リュー、ズッ!」

 

「ベンーーーッ!」

 

 いわくだきで効果抜群の一撃を受けるドリュウズだが、直ぐに踏ん張って闘気を球にして投げて命中させる。ツンベアーも効果抜群の一撃を受けた。

 

「なるほど? 確かに昨日よりは出来そうね。――つららおとし!」

 

「ベンツッ!」

 

 ツンベアーは氷柱を、昨日の様にドリュウズの周りに落として包囲する。

 

「更につららおとし!」

 

「ベン!」

 

「地中に潜ってもダメ……! ならドリュウズ、メタルクロー!」

 

「リュズリュズ!」

 

 地中への回避は対応される。なら、技を直接防ぐしかない。メタルクローを振るい、氷柱を全て弾いた。

 

「どうよ!」

 

「リュズ!」

 

「それでつららおとしを攻略したつもり? ――甘いわよ! ツンベアー、つららおとし!」

 

「何度来てもメタルクローで――」

 

「大型よ!」

 

「えっ!?」

 

「ベンツーーーッ!」

 

「デカイ!」

 

 冷気で氷柱を作り出すも、それは一つにした分、遥かに大きくなっていた。重力に従い、落ちてくるそれはメタルクローでは明らかに対応出来ない。

 

「ドリュウズ、きあいだま!」

 

「リュー、ズッ! ――リュズズ!」

 

「そんな!」

 

 闘気の球をぶつけるも、巨大な氷柱は砕けると大小様々な幾つもの氷柱となってドリュウズに降り注いだ。

 いわくだきの効果で防御力も下がった事もあり、かなりのダメージだ。

 

「残念でした~。そのつららおとしは砕いても、破片が氷柱になって相手にダメージを与えるのよ」

 

「厄介だな……」

 

 対応しなければ、大ダメージ。下手に迎撃しても、破片が降り注ぐ二段攻撃。となると回避しかないが、それも対応される。八方塞がりだ。

 

「怯みは出てないけど、問題ないわ。ツンベアー、また大型のつららおとしよ!」

 

「ベンー……!」

 

「来る……!」

 

 また食らえば、戦闘不能かそうでなくても窮地になるのは目に見えている。

 

(どうするの……! どうしたら……! サトシなら……!)

 

 必死に考える中、アイリスはサトシについて考える。彼はピンチの中でも、ひっくり返してきた。予想外の発想や相手の技を利用して。

 

(――技を利用?)

 

 そこでアイリスは、あるものに目が付いた。向こうが動きを封じる為に落とした氷柱に。

 

「ドリュウズ、メタルクローで氷柱をツンベアーに向かって跳ばして!」

 

「リュズ! ドリュリュ!」

 

「ベンツツ!?」

 

 鋼鉄の爪で、ドリュウズは氷柱をツンベアーに返す。

 

「こっちの氷柱をぶつけた!? けど、つららおとしは出来てるわ!」

 

 生成は中断されたが、技としては充分。氷柱がドリュウズに向かって落ちていく。

 

「ドリュウズ、ドリルライナー!」

 

「ドリュ、ウズーーーッ!」

 

「ベンーーーッ!」

 

 降り注ぐ氷柱を、ドリュウズは回転で弾きつつ、ツンベアーに突撃。かなりのダメージを与える。

 

「れいとうビーム!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

「リュ、ズ……!?」

 

 ドリルライナーを受けつつも、ツンベアーはれいとうビームをドリュウズを氷付けにする。

 

「ツンベアー、きりさく!」

 

「ドリュウズ、きあいだまを破裂させて!」

 

「――リュズーーーッ!」

 

「ベンッ!」

 

 闘気を球にしてから敢えて破裂。その衝撃で氷が飛散、破片がツンベアーに迫り、怯ませる。

 

「メタルクロー!」

 

「ドリュ、ウズッ!」

 

「ベン、ツッ!」

 

 ドリュウズは鋼の爪を右、左の順に叩き込み、ツンベアーを後退させる。

 

「さっきよりも威力が上がってる。メタルクローの効果ね」

 

 これ以上攻撃が上がる前にここで決めると、ラングレーは止めの一撃を指示する。それは、アイリスもだ。

 

「ツンベアー、いわくだき!」

 

「ドリュウズ、ドリルライナー!」

 

「ベン、ツーーーッ!!」

 

「ドリュ、ウズーーーッ!!」

 

 岩を砕く拳と、螺旋の突撃がぶつかり合う。数秒の激突の後、回転しながらドリュウズは地面に倒れる。

 

「ふん。――なっ!?」

 

「ベン、ツ……」

 

「――リュズ!」

 

 勝ち誇った様子のラングレーだが、次の瞬間ツンベアーは倒れ、ドリュウズはフラフラながらも立ち上がった。

 

「ツンベアー、戦闘不能! よって、この勝負、アイリスの勝ち!」

 

「やったーーーっ!」

 

「リューズ!」

 

 リベンジを果たし、アイリスとドリュウズに近付き、抱き着いてから喜びの声を上げた。

 

「百勝目だよ、ドリュウズ!」

 

「リュズリュズ!」

 

 ラングレーとの再戦で見事百勝目になり、その事にもアイリスとドリュウズははしゃぐ。

 

「……くっ! ……まぁ、良いわ。ドラゴンタイプに負けた訳でも無いし、昨日は二回勝ってるしね」

 

 言い訳の様に告げるラングレーだが、間違ってはいない。彼女は昨日二勝しているのだから。

 

「だったら、もう二勝負しない?」

 

「……なんですって?」

 

「あたし、まだ二匹手持ちいるの。後二戦して、白黒はっきり着けようって言ってるの。どう?」

 

 後二戦し、二勝すればアイリスの逆転勝利。一戦でもラングレーが勝てば、彼女が勝った事がはっきり決まる。

 

「不利なのに?」

 

「けど、ドリュウズは勝ったわよ? それに負けたままで良いの?」

 

「分かったわ。受けるわ」

 

 挑発に乗り、ムッとしたラングレーはその案を受ける。最近ゲットしたあの手持ちとの一体感を高める目的もあった。

 

「次の二戦勝って、あたしの方が上だって事を思い知らせてあげる」

 

「じゃあ、早速二戦目と行こう。両者、構えて」

 

「ドリュウズ、ご苦労様。ゆっくり休んで」

 

「リュズ」

 

 アイリスはドリュウズを戻し、ラングレーの向かい側に立つ。

 

「……大丈夫かな?」

 

「どういう事だい、デントくん?」

 

「アイリスの残りの手持ちはキバゴと……」

 

「……あっ、エモンガ」

 

 キバゴはともかく、エモンガはバトル嫌いだ。まともに戦うかどうか怪しい。その事はアイリスも今頃心配していた。

 

(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……!)

 

 勢い良く挑戦を申し込みはしたが、頭は焦りで一杯。身体から冷や汗が大量に流れ出す。

 何しろ、エモンガが戦ってくれなければ不戦敗だ。どうにかして、バトルさせねばならない。

 

(でも、エモンガはコンテストの方が好き――あっ)

 

 頭を必死に絞ると、ポケモンコンテストの中に、エモンガをやる気にさせる可能性がある方法があった。この際、それに賭けるしかない。

 

「行くわよ、エモンガ!」

 

「――エモ!」

 

「エモンガ? 竜の里出身の癖に、ドラゴンタイプのポケモンがキバゴしかいないじゃない」

 

「別に良いでしょ! それよりエモンガ、今からバトルするんだけど――」

 

「エ~?」

 

 バトルと言われ、エモンガは不満気だ。

 

「な~に? そのエモンガ、バトル嫌いなの? それで戦えるの?」

 

「黙ってて! サトシ、デント!」

 

「どうした?」

 

「何だい?」

 

「前にコンテストの中に、特殊なルールのバトルがあるって言ってたでしょ?」

 

 その事を思い出し、あっとエモンガは呟いた。

 

「コンテストバトルだね」

 

「……コンテストバトル? なにそれ?」

 

「ボクも気になるかな」

 

 ポケモンコンテストを知らない為、ラングレーは首を傾げ、Nは尋ねた。

 

「あんたは知る必要ないでしょ。それでその特殊なバトルって事は、つまりコンテストでも戦うのよね?」

 

「あぁ、そうだぜ。時間制限とかあるけど、倒れたら負けは変わらないな」

 

 それだけ聞けば充分だ。知りたい事は知れたのだから。ちなみに、Nは結構気になるのか、後に詳細を聞こうかなと考えている。

 

「エモンガ、今の聞いた? ポケモンコンテストでも、バトルの強さはある程度必要なの。途中で倒れて負けるなんて、イヤでしょ?」

 

「……エモ」

 

 それは確かに嫌だ。やるからには最後までやりたい。

 

「だから、ポケモンバトルも頑張ろ! コンテストの練習だと思えば良いのよ」

 

「エモ!」

 

 ポケモンバトルではなく、コンテストの為の練習。そう聞いて、エモンガはやる気を出した。

 その様子にアイリスはよしと手を握る。これでバトルしてくれるはずだ。

 

「さぁ良いわよ!」

 

「やれやれ、やっと? 全く、ポケモンコンテストが何なのかは知らないけど、これはあたしとアンタのポケモンバトルって事は忘れないでよ」

 

「わ、分かってるってば」

 

「じゃあ、あたしの二匹目よ。出でよ――ユキメノコ!」

 

「――メノ!」

 

 ラングレーが繰り出したのは、頭に二つある氷塊の突起、白と橙の振袖を纏い、頭から垂れ下がっている腕が特徴の雪女に見えるポケモンだった。

 



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ドラゴンバスターの少女

 また二週ぶりですいません。投稿します。


「な、なによ、そのポケモン!?」

 

「さっき言ったでしょ? このポケモンは――」

 

「そいつはユキメノコだ!」

 

『ユキメノコ、雪国ポケモン。マイナス50度の冷たい息で凍らせた獲物を、秘密の場所に飾っていると言われている。胴体に見える部分は実は空洞になっている』

 

 ラングレーの二匹目、ユキメノコにサトシ達全員が驚く。

 

「アンタ、知ってるんだ」

 

「他の地方で見たことがあるしな」

 

「それで。納得納得」

 

 サトシがユキメノコを知っている事に、ラングレーは納得した様子だ。

 

「あ、あんた、そのポケモンについて知ってるの!?」

 

「それはユキメノコの事? それとも、ロケット団の事?」

 

「その様子……知ってるのか」

 

「当たり前でしょ。ニュースで知ったわ」

 

 ラングレーはユキメノコがロケット団に所属していたポケモンである事も知っていたが、態度には一切怯えがない。

 

「君とユキメノコは何時会ったんだ?」

 

「え~と……、四日前ね。ボロボロで野生ポケモン達に襲われてた所に遭遇したの」

 

「詳しく聞いても?」

 

「……長話は好きじゃないけど、そうした方が良さそうね」

 

 追求されると踏んでか、ラングレーはユキメノコとの出会いを語り出した。

 

 

 

 

 

「さ~て、目的も近くの筈ね」

 

 ラングレーはニュースでアイリスの姿を目撃しており、ヒウンシティから来る彼女を前から会おうと向かっていた最中だった。

 

「なんか、騒がしいわね」

 

 面倒は苦手なので、さっさとここから去ろうとしたその時だった。

 

「――メノ!」

 

「バップバップ!」

 

「バオップと……なにあのポケモン?」

 

 遭遇したのは、逃げる負傷したユキメノコと、追うバオップの群れ。ラングレーは咄嗟にポケモン図鑑をユキメノコに向ける。

 

「ふ~ん。ユキメノコって言うんだ。それに氷とゴースト? 見たことないタイプの組み合わせね」

 

 この複合タイプは、ユキメノコにしか存在しない為、ラングレーは今日初めて知った。

 

「でも、なんであんな見たことないポケモン――」

 

 がいるのかと言おうとした所で、ラングレーは数日前のヒウンシティのニュースを思い出した。

 イッシュ地方にロケット団のポケモンが散らばっていて、見たことないポケモンをゲットしたら、ポケモンセンターに送り届けほしいと。

 

「なるほど。あのユキメノコはロケット団のポケモンって事ね」

 

 ユキメノコについては納得したものの、深くは考えないラングレーは何故野生のポケモンとこうなったかまでは分からなかった。

 

「でも、傷付いたポケモンを複数で追い込むってのは卑怯よね~。――ツンベアー!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

「メノ!?」

 

「バップ!」

 

 ツンベアーの出現に、ユキメノコ達とバオップは彼とラングレーに注目する。

 

「ツンベアー、バオップ達につららおとし!」

 

「ベンツッ!」

 

「バップ!」

 

 落下する氷柱に、バオップは慌てて回避するも擦ったり、直撃したりした。

 

「さっさと失せなさい! れいとうビーム!」

 

「ベンーーーッ!」

 

「バププ!」

 

 れいとうビームもかわすと、バオップ達はラングレーとツンベアーを見て考える。

 後少しでユキメノコを倒せそうだったのに、思わぬ邪魔が入ってしまった。しかし、ツンベアーはかなり強い。

 ここにユキメノコが加われば、自分達が危ない。渋々だがバオップ達はユキメノコを諦め、森の中へと急いで去って行った。

 

「ふん、弱いわね。大丈夫、ユキメノコ?」

 

 自分の名前を知っている。ユキメノコはもしや、ロケット団の関係者ではラングレーを見た。

 

「残念だけど、あたしはロケット団じゃないわよ。このイッシュにいるドラゴンバスター」

 

「……メノ?」

 

「ドラゴンポケモンを倒す者って事よ。ちなみに、アンタを知ってるのは図鑑で調べたから」

 

 聞いたことない称号に、ユキメノコは疑問符を浮かべるも、ラングレーの説明で納得。同時に彼女がロケット団ではないと知り、落胆する。

 

「話をしたい所だけど……その前にアンタを回復させた方が良さそうね。この近くにポケモンセンターあったかしら?」

 

 記憶を掘り出すも、自分が歩いてきた方向には近いポケモンセンターは無かった。

 

「近くに、オレンかオボンの実の木ないかしら?」

 

 近くにポケモンセンターが無ければ、残るは体力回復の木の実か技。しかし、技はないので木の実しかない。

 

「少し探しに行くから、そこで待ってなさい。ツンベアー、ユキメノコを見守ってて」

 

「ベン」

 

 ツンベアーにユキメノコのお守りを任せ、ラングレーはもう一体がいるモンスターボールを手に、森の中へと入って行った。

 

「……メノ?」

 

「ベン?」

 

 ラングレーが木の実を採りに行く中、ユキメノコはツンベアーに彼女について聞いていた。

 

「ベン、ベンツ」

 

 ツンベアーはラングレーに小さい頃からの仲だと話す。

 親から託されて友達、仲間になり、特訓して強くなって竜の里で挑んだが、コテンパンにされたのでそこからドラゴンバスターとして、多くのドラゴンポケモンを倒し、旅や特訓をしてきた事を。

 

「……メノノ?」

 

「ベン」

 

 一緒にいて嬉しいかと言われ、ツンベアーは迷いなく頷く。

 ドラゴンバスターとして日々一生懸命努力してるし、負けても自分達に当たることは一切ない。欠点はあるが、決してダメなトレーナーではないのだ。

 

「……メノ、メノノ?」

 

 ユキメノコはもう一つ質問する。彼女は何故、関係ない自分を助けたのか気になったのだ。

 

「ベン、ベンツツ」

 

 まぁ、襲われているからだろと言うツンベアーだが、実は理由がもう一つあるだろうとも感付いていた。

 

「戻ったわよ~。どっちも無事?」

 

「ベンツ」

 

「メ、メノ」

 

「良かったわ。ほら、オレンの実。さっさと食べなさい」

 

「メノ……」

 

 ラングレーからおずおずとオレンの実を受け取り、ゆっくりかじって身体に取り込み、体力をある程度回復させていく。

 

「どう? 回復した?」

 

「……メノ」

 

 万全と比べると体力は半分にもなっていないが、それでもさっきよりも動ける様になった。

 

「じゃあ行くわよ、ツンベアー、ユキメノコ。ポケモンセンターに」

 

「ベンツ」

 

「メノ……」

 

 ほぼ成り行きだが、ユキメノコはラングレーと一緒にポケモンセンターを目指す事に。

 

「……」

 

 そんな彼女達を、一つの影が見つめる。その主は周りに準備をしろと伝え、自身も動く。

 

「ふ~ん。アンタ、そうな風に動くのね」

 

「メ、メノ」

 

 知らないポケモンの為、挙動にも興味を持っては理解した様だ。

 

「そう言えばさ、ユキメノコ。アンタはロケット団について今どう思ってるの? まだ帰りたいって思ってる?」

 

「……メノ」

 

「――アンタ、バカじゃないの?」

 

「メノ!?」

 

 ユキメノコはロケット団にはまだ戻りたい様で、問いに頷くが、ラングレーは即座に一蹴。怒りを露にする。

 

「だってそうでしょ? アンタを見捨てた組織にまだ戻りたいなんて、バカもバカ。大馬鹿者よ」

 

「……メ、メノ!」

 

「きっと迎えに来るとでも言いたいの? あたしがいなかったら危なかったのに?」

 

 その事実に、ユキメノコは喉が詰まる。ラングレーの言う通り、彼女がいなければ今頃自分はどうなっていたか。

 

 

「いい加減、気付きなさい。アンタはロケット団にとってはただの駒の一つに過ぎないのよ。仮に助けが来たとしても、それはアンタが大切だからじゃない。偶々遭遇したから以外の何でもないわ。そんな組織の為にまだ頑張ろうなんて、ホントバカね」

 

 ムサシやコジロウ、一部のロケット団員は手持ちを大切しているが、それはやはり一部でしかない。

 

「……」

 

 現実を突き付けられ、ユキメノコはガクリと項垂れた。

 

「ロケット団なんてさっさと忘れて、次の生き方を考えなさい。例えば――って、なにこの騒がしさ?」

 

「ベンツ?」

 

「……メノ?」

 

 気のせいか、がさがさと周りの草木が騒いでいた。ラングレー達は話や足を止め、周囲を見渡す。その直後に複数の影が出てきた。

 

「――バップーーーッ!」

 

「バオップ達!? まさか、さっきの!?」

 

 影の正体は、先程のバオップ達だった。バオップは出ると同時にひのこを吐き出す。

 

「メ、メノ!」

 

 大量の火の粉に、ユキメノコは反射的に霊力が込められた風を放つ。ひのこは軌道を逸らされ、ラングレー達の周りに着弾した。

 

「やってくれるじゃない! そっちがそう来るなら、ぶっ倒してやるわ! ツンベアー、つららおとし!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

「バププ!」

 

 広範囲に氷柱を落とすも、バオップ達は避けたり防いで対処する。

 

「ユキメノコ、協力しなさい! でないとやられるわよ!」

 

「メ……メノッ!」

 

 自分はともかく、関係ないラングレー達までやられる訳にも行かない。バオップ達がつららおとしに対処する間に、ユキメノコは両手を空に掲げる。

 すると分厚い雲が現れ、霰が降り注ぐ。天候を一時的に変える技、あられだ。

 

「あられ」

 

「バップ……!」

 

 あられが降る中では、氷タイプ以外は微弱だが常にダメージを受け続ける。

 なので、氷タイプのツンベアーは何ともなく、炎タイプのバオップ達は霰で徐々に体力を削られていく。

 

「バップッ!」

 

「バッププッ!」

 

「バプププッ!」

 

「――メノ……」

 

 やられる前にやる。バオップ達はひのこを放つも、その攻撃は全てユキメノコの身体を通過した。

 

「バップ……!」

 

「――メノノ……」

 

「これって、特性『ゆきがくれ』?」

 

 霰が降っている時のみに発動し、身を隠して攻撃が避けやすくなる特性だ。

 

「へ~、ユキメノコの特性はこれなんだ。――アンタとは違うわね」

 

「ベンツ」

 

「とにかく。これが降っている間にバオップ達を倒すわよ。――きりさく!」

 

「ベンツッ!」

 

「バップ!」

 

 ゆきがくれで身を隠すユキメノコに、バオップ達は集中攻撃しようとしたが、そこにツンベアーが一匹にきりさくを叩き込む。

 

「バー……!」

 

「メー、ノッ!」

 

 仲間を攻撃され、ツンベアーに反撃しようとしたが、そこにユキメノコが両手の平に掲げられた凍り付いた球を投げて妨害する。

 

「ウェザーボール? あんな技も覚えてるんだ」

 

 通常時は球状のただの攻撃だが、天候が変化すると技の威力が増す上、タイプも変化する特殊な技だ。今は霰なので、タイプは氷になっている。

 

「良いじゃない良いじゃない!」

 

 特性だけでなく、他の技も活かすその実力に、ラングレーは益々ユキメノコを気に入る。自分の目に狂いは無かったと上機嫌だ。

 

「――さっさと退治しないとね! ツンベアー、つららおとし!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

 早くこの事を言うためにも、ラングレーは速やかにバオップ達を追い払おうと指示。

 ツンベアーはまたつららおとしの為の冷気の息を吐く。すると息は水分だけでなく、霰にも氷結して通常時よりも大きな氷柱を作り出す。

 

「バオ!? バップーーーッ!」

 

 大きな氷柱はバオップ達に命中。効果今一つでも小さくないダメージを与え、追加効果で何匹かを怯ませる。

 

「れいとうビーム!」

 

「ベン、ツーーーッ!」

 

「メノーーーッ!」

 

「バププーーーッ!」

 

 れいとうビームとあやしいかぜを受け、バオップ達は吹き飛んだ。

 

「アンタ達に用はないのよ。さっきも言ったけど、さっさと失せない」

 

 ラングレーの上から目線の台詞に、バオップ達は悔しげに歯軋り。

 

「なに? まだやる気? だったら、こっちもやるわよ? まだ手持ちが一匹いるんだから」

 

 ラングレーは先程、森の中に入った時のモンスターボールを持ち出す。それを見て、バオップ達は動揺する。

 ツンベアーとユキメノコだけでも劣勢なのに、これ以上加わったら間違いなく勝てない。数秒後、バオップ達は悔しいと思いつつも撤退していった。

 

「やっといなくわね。全く」

 

「ベンツ」

 

「メ、メノ……」

 

 退散したバオップ達に、ラングレーとツンベアーは鬱陶しそうに、ユキメノコは申し訳なさそうな様子だ。

 

「ユキメノコ、アンタに提案があるんだけど」

 

「……メノ?」

 

「歩きながら話すわ。行くわよ」

 

「ベンツ」

 

「メノ……」

 

 その件について話し合いながら、彼女達はポケモンセンターに向かって歩を進めるのを再開した。

 

 

 

 

 

「着いたわ。入るわよ」

 

「ベンツ」

 

「メノ」

 

 夕暮れが近い時間帯に、ラングレー達はポケモンセンターに到着。ユキメノコの回復の為、早速入った。

 

「ジョーイさ~ん。この子、回復してほしいんだけど」

 

「構いませんよ。それにしても、またロケット団のポケモン。これで二十匹目ね」

 

 

「そんなに?」

 

 思った以上にいることに、ラングレーは少し驚く。

 

「とにかく、治療しますね」

 

「お願いします。後、終わったらその子連れてきてくれませんか?」

 

「分かりました。さぁ、こちらへ」

 

「メノ」

 

 ユキメノコは丁寧に頭を下げ、ジョーイと一緒に治療所に向かう。

 

「――はーい。元気になりましたよー」

 

「メノ」

 

「ありがとうございます」

 

 しばらくし、体調が万全になったユキメノコが出てきた。

 

「それで、この子には何の用ですか?」

 

 今まで連れてきたトレーナーは、犯罪組織のポケモンと知って預けて直ぐに去った人物ばかりなので、そうではないラングレーにジョーイは少し気になっていた。

 

「簡単です。――さぁ、戦うわよ。ユキメノコ」

 

「――メノ」

 

「……どういう事でしょうか?」

 

 ラングレーの戦う発言に、ジョーイは驚いていた。

 

「あたしはここに来る前に、ユキメノコと話してたんです」

 

 

 

 

 

「ユキメノコ。アンタ――あたしの手持ちになりなさい」

 

「――メノ!?」

 

 向かう途中。ラングレーにこう勧誘され、ユキメノコは思わず止まる。犯罪組織にいた自分を誘うと言うのか。

 

「ロケット団にいたかどうかなんてどうでも良いわ。ドラゴンバスターとして、あたしはアンタが欲しいの」

 

 氷、ゴーストと言う複合タイプ。さっきのバオップ達とのいざこざで見せた実力から、ラングレーはユキメノコを欲しくなったのだ。是非とも仲間にしたいと。

 

「あたしやツンベアー、この子と一緒に伝説を含めた数多くのドラゴンポケモン倒して、世界一のドラゴンバスターになる。面白そうでしょ?」

 

 ラングレーは空に指を指してそう語った。世界一。その壮大さにユキメノコは呆気に取られた。冗談の類いとかではないのは、彼女やツンベアーの目が物語っている。

 

「悪事なんて、下らなくて小さい事より、遥か上の高みを目指す方が、遥かに有意義で価値があると思わない?」

 

 ラングレーの強気な言葉に、ユキメノコの心が揺れ出す。

 

「それにあたしなら、アンタを見捨てたりなんかしない。絶対に」

 

 嘘など全く感じさせず、強気さに満ちたその言葉の数々に、ユキメノコは惹かれていく。

 

「だから、あたしと来なさい」

 

 ラングレーが差し出す手に、ユキメノコは一旦目を閉じてから――顔を左右に振る。

 

「……イヤって事ね」

 

「メノノ」

 

「違うの?」

 

 断られたと、流石に少しは落ち込むラングレー。しかし、ユキメノコはただ断ったのでは無かった。

 

「――メノ」

 

「もしかして……アンタに勝てって事?」

 

「メノ」

 

 彼女とのバトルで決めようとしたのだ。踏ん切りを着けるために。

 

「良いわ。勝って証明してあげる。ロケット団より、あたしの方が正しいってね」

 

「ベンツ!」

 

「メノ!」

 

 こうして、加入するか否かを決めるべく、ラングレーとユキメノコはバトルする事になったのだ。

 

 

 

 

 

「そうだったの。分かってると思うけど、この子は――」

 

「分かった上で、あたしはユキメノコと戦うんです」

 

 何の躊躇いもなく、ラングレーは堂々と言い切る。

 

「――分かりました」

 

 ラングレーもユキメノコも、決意を目に宿していた。自分に割り込む余地は無いと知り、その結末を彼女達に委ねる事にした。

 

「さぁ、バトルよ!」

 

「ベンツ」

 

「メノ!」

 

 ラングレーとツンベアー、ユキメノコは横にあったバトルフィールドに立ち、相手を見据える。

 

「行くわよ、ユキメノコ! ツンベアー、れいとうビーム!」

 

「ベンーーーッ!」

 

「メノ! メノォ!」

 

「あられ!」

 

 初撃のれいとうビームを回避し、ユキメノコは空に向かって両手を掲げる。先程同様、分厚い雲が現れ、霰が降り出した。

 

「やっぱり、またこの戦法ね」

 

 今回のバトルも自分の力を最大限発揮する、この戦法で来たようだ。

 

「メノ……メノノ……」

 

 風景に同化し、揺らぐユキメノコ。それは正にゴーストタイプの挙動だ。

 

「場所が分からないなら、広く撃てば良いだけよ! ツンベアー、つららおとし!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

「――メノ」

 

 霰を氷結させながら、大きな氷柱が精製。広範囲に落下するも、ユキメノコには当たらずにすり抜ける。しかも、ユキメノコは消えた。

 

「消えた! どこに……!」

 

「――メノ!」

 

「ベンツ!」

 

 ユキメノコはツンベアーの目前に現れ、頭に繋がる手で強く叩く。

 

「めざましビンタ!」

 

 接近戦用だけでなく、氷タイプの弱点を突ける格闘タイプの技。また、ねむりの時にはダメージを倍加する効果もある。

 

「やるじゃない! ――踏ん張って、シャドークロー!」

 

「ベン、ツッ!」

 

「メノッ……!」

 

 弱点攻撃を受けながらも、ツンベアーは踏ん張ると影の力の引っ掻きを叩き込む。効果抜群のダメージとその力に、ユキメノコは大きく吹き飛ぶ。

 

「未完成の技だけど、それなりには効くでしょ?」

 

 さっきのシャドークローはまだ不完全ではあるが、それでもこのバトルに役立つと使用したのだ。

 

「れいとうビーム!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

「――メノ!」

 

 追撃のれいとうビームを、ユキメノコはゆきがくれを活かして回避。更にまた風景に同化して姿を消す。

 

「ツンベアー、気を付けなさい! どこから来るか分からないわよ!」

 

「ベンツ!」

 

 ラングレーとツンベアーは辺りを見渡す。しかし、ユキメノコは見えない。

 

「――メノ!」

 

「――上!」

 

 上からの声。見上げると、ユキメノコが威力が増加したウェザーボールを発射する。

 

「いわくだき!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

 氷結した天気の力の球を、ツンベアーはその重い一撃の拳で粉砕する。

 

「メーノ!」

 

「あやしいかぜ! ツンベアー、耐えながられいとうビーム!」

 

「ベン! ツーーーッ!」

 

「メノッ!」

 

 ウェザーボールを砕いた所を狙い、ユキメノコはあやしいかぜ。ツンベアーは受けながらもれいとうビームを当てる。

 

「簡単にはやられないわよ」

 

「ベンツ!」

 

「メノ……!」

 

 ユキメノコはどちらかと言うと、トリッキーさで攻めるタイプ。純粋な一撃の威力はツンベアーほどではない。

 

(なら)

 

 ゆきがくれで翻弄するユキメノコには、パワーで押し切る。それが一番だろう。

 

「――メノ」

 

「また消えたわね。警戒しなさい!」

 

「ベンツ!」

 

 ゆきがくれで、ユキメノコは見えない。しかし、それは常にではない。霰が無くなれば隠れられないし、攻撃時は姿が見えるからだ。狙うのはそこ。

 

「――メノ!」

 

「そこよ! フルパワーのれいとうビーム!」

 

「ベン、ツーーーッ!」

 

 ユキメノコが現れると同時に、威力が増したウェザーボールを発射。ラングレーは素早く反応して指示し、ツンベアーは渾身の力を込めたれいとうビームを発射。

 二つの氷技がぶつかり合うと、なんとれいとうビームがウェザーボールを更に氷結させながらユキメノコへと押し返した。

 

「メノ!? ――メノッ!」

 

 自分が放ったウェザーボールを、ユキメノコはカウンターで受けて吹き飛んだ。

 

「今よ! つららおとし!」

 

「ベンツーーーッ!」

 

 絶好の機会。ツンベアーは氷柱を精製し、ユキメノコに向かって落とす。

 

「メノメノ……! メノッ!」

 

 身体を起こし、必死にかわすユキメノコ。だが、その一つが命中し、追加効果で怯む。

 

「決めなさい、ツンベアー! シャドークロー!」

 

「ベンー……!!」

 

「メ、メノ……!」

 

 ツンベアーは走って距離を詰め、影の力の爪を振るう。同時にユキメノコは怯みから解放。ギリギリで動ける様になったが、回避は間に合わない。

 

「ツーーーーーッ!!」

 

「メノーーーーーッ!!」

 

 だから、渾身の力を込めて腕を振るう。シャドークローとめざましビンタが激突。

 

「ベンツーーーッ!」

 

「メノーーーッ!」

 

 しばらくぶつかり合い――パワーの差で、ツンベアーに大地に何度かバウンドしながら吹き飛ばされ、ユキメノコは最後にゴロンと倒れた。

 

「あたしとツンベアーの勝ちよ!」

 

「ベンツ!」

 

 見事勝利し、ラングレーとツンベアーは不敵な笑みを浮かべた。

 

「動ける、ユキメノコ?」

 

「メ、メノ……」

 

 戦闘不能だが、全く動けない程ではない。ユキメノコは身体を起こし、ラングレーと向き合う。

 

「約束通り、あたしの手持ちになりなさい」

 

「――メノ」

 

 ラングレーの言葉に頷くユキメノコ。ロケット団で培った自分の強さは敗れた。これからは、彼女の下で新たな強さを磨くと決心したのだ。

 

「じゃあ――ゲットよ」

 

 ラングレーは空のモンスターボールを取り出し、ユキメノコに当てる。赤い光が彼女を包み込み、中に入れると数度揺れてパチンと閉じた。

 

「ユキメノコ、ゲ~~~ット!」

 

「ベンツ!」

 

 新しい仲間、ユキメノコの加入にラングレーとツンベアーは喜ぶ。

 

「出てきなさい、ユキメノコ」

 

「メノ」

 

「アンタの加入で、世界一のドラゴンバスターに向けてまた一歩前進したわ。さ~て、アイリスや理想の英雄を探すわよ~」

 

「ベンツ」

 

「メノノ」

 

 ユキメノコを加え、戦力を増強させたラングレーはアイリスやサトシと戦うべく、捜索に向かう。

 

「その前に、アンタをまた回復させないとね。ツンベアーも」

 

「ベンツ」

 

「メノノ」

 

 折角ポケモンセンターがあるので、ラングレーはツンベアーとユキメノコの回復をする事に。

 

「ジョーイさ~ん。またこの子と、今回はツンベアーもお願いしま~す」

 

「はい。ちなみに――勝った様ですね」

 

「分かるんですか?」

 

「様子を見れば、ある程度は」

 

 ラングレーが落ち込んでいない。彼女とユキメノコの距離が近い。これらからジョーイはラングレーが勝ったと予想したのだ。

 

「では、あなたの手持ちのユキメノコとツンベアーをお預かりします」

 

 また手当してもらうので、ユキメノコは頭を下げ、ツンベアーと一緒に回復してもらった。

 

「終わりましたよー」

 

「タブンネ~」

 

「ベンツ」

 

「メノ」

 

「またありがとうございます。じゃあ、これで――」

 

「その前に、一つ」

 

 回復してもらい、出ようとしたがジョーイに止められる。

 

「何ですか?」

 

「そのユキメノコといることで、貴女がロケット団と間違われる恐れがあります」

 

「……そう言えば、そうですね」

 

 ユキメノコをゲットした事ばかりに頭が行っていたが、冷静に考えればその通りだ。

 

「なので、その際はポケモン図鑑を見せてください。身分証明書になりますから」

 

「分かりました」

 

「また、ボランティアとかにも参加してもらいます」

 

「……それはなんでですか?」

 

 ボランティアに、ラングレーは嫌な表情。はっきり言って面倒臭い。

 

「ロケット団から足を洗った事を、行動で証明してもらう必要があるんです。口だけでは納得は難しいですから」

 

「ゲットしたからにはトレーナーしてその責任を果たせ、事ですか」

 

「大正解です。分かりましたか?」

 

「――はい」

 

 ラングレーはしっかりと頷く。面倒臭いが、ユキメノコの為だと受け入れた。

 

「じゃあ、これで」

 

「お元気で」

 

 必要な話を一通り聞き、ラングレーはポケモンセンターを後にする。

 

「さぁ、行くわよ! ツンベアー! ユキメノコ!」

 

「ベンツ」

 

「メノ」

 

 新たな仲間と共に、ドラゴンバスターの少女は目的に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

「で、その四日後にアンタ達と会った訳」

 

「なるほど」

 

 ユキメノコがラングレーの手持ちになった経緯を聞き、サトシ達は納得する。但し、バトルの内用は省略されているが。

 

「だから、ユキメノコはもうあたしの手持ちって事。――さっ、話も終わったわ。勝負再開よ!」

 

「また氷タイプだけど……やってやるわ! エモンガ、めざめるパワー!」

 

「エ~、モッ!」

 

「かわして、あられ!」

 

「メノ! ――メーノー!」

 

 エモンガが放つ黄緑色の光球を避け、ユキメノコは空に手を掲げる。早速、お得意の戦法を仕掛けた。

 

「エモエモ……!」

 

「あられで少しずつダメージを……!」

 

「それだけのセコい戦法だと思う? ――ウェザーボール!」

 

「メー、ノッ!」

 

「か、かわして、エモンガ!」

 

「エ、エモッ!」

 

 威力が増したウェザーボールに、エモンガは慌てて回避する。

 

「ウェザーボールって、確か天候によって威力が上がってタイプが変化する技だよな?」

 

「うん。あられの時は氷タイプに変化する」

 

「飛行タイプのエモンガが受ければ、大ダメージは避けられないね」

 

 その上、エモンガはあまり打たれ強くない。一撃でも命中するのは避けるべきだ。

 

「ユキメノコ、あやしいかぜ!」

 

「エモンガ、ほうでん!」

 

「メノーーーッ!」

 

「エ~、モ~~~!」

 

 霊力の風と放電が激突。結果は前者が削られながらも勝ち、エモンガを襲う。

 

「エモモ……!」

 

「エモンガ、その風を耐えずに乗って!」

 

「エモ!」

 

「アクロバット!」

 

「エモエモ!」

 

 あやしいかぜに対して堪えるのではなく、乗って飛翔。そこから昨日覚えたてのアクロバットを仕掛ける。

 

「エモ! ――エモ!?」

 

「メノ……」

 

 左右に移動しながら突撃するエモンガだが、ユキメノコの身体をすり抜けた。

 

「ざ~んね~ん。簡単には当たらないわよ」

 

「ゆきがくれか」

 

「厄介だよな。あれ」

 

 前に一度経験したこともあり、サトシはその厄介さを感じていた。

 

「ゆきがくれはあくまで、本体が見えなくなるだけのはず……! エモンガ、もう一度アクロバット! 広範囲に!」

 

「エモエモ! エモッ!」

 

「メノッ!」

 

 今度はユキメノコが見える場所にではなく、周囲にアクロバット。すると、途中で悲鳴が上がる。本体に当たったのだ。ついでに姿も見せた。

 

「どう?」

 

「エモ!」

 

「一撃当てた程度ではしゃがないでくれる? それに大したダメージでもないし」

 

 確かに攻撃は当たりはしたが、ダメージとしては控え目だ。

 

「それに、長引けばあられでダメージは増える。不利なのはそっちの方。小さなダメージで喜んでる場合かしら」

 

「エモエモ……!」

 

 ラングレーの言う通り、今もあられはエモンガの体力を少しずつ削っていく。

 

(なんとかして、大きなダメージを与えないと……!)

 

 だが、パワーでは負けている。力任せは無理だ。

 

「エモンガ、メロメロ!」

 

「メロメロ? アンタ――」

 

「エ~、モッ!」

 

 ならば、メロメロにするべく、エモンガがウインク。ハートマークが次々と現れ、ユキメノコに当たるも――変化はない。

 

「き、効いてない!?」

 

「エモ!?」

 

「そのエモンガって、♀?」

 

「そ、そうよ」

 

「だったら、効かないわよ。ユキメノコは♀しかいないらしいし」

 

「……えぇ!?」

 

 ♀のみのポケモンと知り、アイリスは驚く。

 

「サトシ、そうなのかい?」

 

「確かそうだった様な……」

 

 ♀のユキワラシがある進化の石によって、ユキメノコに進化する。故に♀しかいないのである。

 

「まっ、知らないポケモンだし、仕方ないわね」

 

 何しろ、アイリスは今日初めてユキメノコを知ったのだ。無理もなかった。

 

「けど、加減はしないわ。ウェザーボール!」

 

「メノッ!」

 

「か、かわして!」

 

「エモ!」

 

 ウェザーボールが放たれ、エモンガは慌てて離れて避けた。

 

「避けてばっかりは構わないけど、ゆっくりしてる暇はあるのかしらね」

 

「うぅ……!」

 

「エモモ……!」

 

 降り続ける霰が、エモンガを少しずつだが傷付ける。

 

(止むまで待つしか……! でも……!)

 

 今のあられが終わるまで待っても、また使用されれば時間と体力がムダになるだけ。つまり、この状態で戦うしかない。

 

「考えは終わった? ユキメノコ、あやしいかぜ!」

 

「メノッ!」

 

「エ、エモンガ、かわして!」

 

「エ、エモ!」

 

 霊気の風を、エモンガは跳躍してかわす。

 

「アクロバット!」

 

「エモ! エモエモ!」

 

「またそれね」

 

 左右の移動で惑わしつつ、エモンガはユキメノコに向かって行く。

 

「行っけぇ~!」

 

「エモ~!」

 

「そこよ、ユキメノコ! めざましビンタ!」

 

「メーノッ!」

 

「エモッ!」

 

 本命の攻撃が来たそのタイミングに、ユキメノコは手で叩いた。エモンガは効果今一つでもダメージに落下する。

 

「途中までは複雑に移動してて狙いづらくても、攻撃する瞬間は別よねぇ?」

 

 攻撃の瞬間、対象に向かわなければならない。つまり、そのタイミングに合わせればカウンターが出来るのだ。

 

「ユキメノコ、ウェザー――」

 

「メ、ノ……!」

 

 追撃にウェザーボールを指示。これが決まればエモンガは大ダメージだが、ユキメノコはそうしない所か、微かな呻き声を上げて止まる。

 

「これ、麻痺!?」

 

「エモンガのせいでんきか!」

 

 ユキメノコの身体から、バチバチと電気が弾けていた。せいでんきが発動したのだ。

 

「ちっ、運が良いわね……!」

 

 せいでんきは確率で発動する特性。なので、一度の接触で麻痺になることもあれば、数度してもならない事もある。今回は一回で発生したのだ。

 

「チャンスよ、エモンガ! ほうでん!」

 

「エモ~~~!」

 

「メノーーーッ!」

 

 麻痺で動けない隙に、エモンガはほうでんを叩き込む。ユキメノコは小さくないダメージを受ける。

 

「やったわ! エモンガ、更にめざめるパワー!」

 

「エ~、モッ!」

 

「舐めんじゃないわよ! ユキメノコ、ウェザーボール!」

 

「メー、ノッ!」

 

 エモンガの追撃の複数のめざめるパワーに対し、ユキメノコは反撃のウェザーボールを発射。

 結果はウェザーボールがめざめるパワーを全て撃ち破り、エモンガに命中する。

 

「エモ~~~ッ!」

 

「エモンガ!」

 

「ユキメノコ、あやしいかぜ!」

 

「メノーッ!」

 

「エモンガ、ジャンプ!」

 

「エ、モッ!」

 

 追撃のあやしいかぜを、大ダメージを受けつつもエモンガは辛うじて跳躍で避け、着地する。

 

「大丈夫、エモンガ!?」

 

「エモ……エモ……!」

 

「かなりのダメージね。あと一撃――いえ、その調子じゃあ、あられで勝手に倒れるかしら?」

 

 ウェザーボールによるダメージは大きく、エモンガの残り体力は少ない。一撃を受けなくても、あられで倒される恐れすらあった。

 その前に何とかするしかないが、ユキメノコからはまだそれなりの余力を感じる。この状態から撃破に持ち込むには、一気に叩き込むしかない。

 ただ、ユキメノコも麻痺のせいで上手く動けず、ゆきがくれが活かせないのでかなり弱体化しているが。

 

(パワーじゃ勝てないし、アクロバットも見切られ――あっ!)

 

 一つ閃くアイリス。上手く行くかは不明だが、これなら隙を突ける。

 

「エモンガ、アクロバット!」

 

「エモ!」

 

 エモンガは膜を広げ、左右に移動していく。

 

「また?」

 

 ならば、先程と同じ様に、攻撃の瞬間にカウンターで合わせるだけとラングレーは待つ。そして、そのタイミングが近付く。

 

「そこよ、エモンガ!」

 

「エモ!」

 

「ユキメノコ、めざましビンタ!」

 

「メノ――」

 

「避けて!」

 

「エ、モッ!」

 

「……えっ!?」

 

「メノ!?」

 

 カウンターで放たれためざましビンタを、エモンガは身体を捻り、ギリギリで避けながらユキメノコの後ろに移動する。

 

「今よ、エモンガ!」

 

「エモ~~~!」

 

「ユキメノコ! 直ぐに回避――いや、振り向――」

 

「メー――ノーーーッ!」

 

 ラングレーはゆきがくれを活かしての回避を考えたが、麻痺があるので直ぐに中止。

 振り向いてからのめざましビンタを叩き込もうとしたが、その前に急転回したエモンガのアクロバットをユキメノコが受ける。

 

「上手い! 攻撃から回避へと切り替えた!」

 

 アクロバットが見切られたのを、逆手に取ったのだ。

 

「まるで、コンテストみたいだ」

 

 先の動作に、サトシは何となくそう感じた。コーディネーターと比べると練度は低いが、今の動きは正にそれだ。

 

「まだよ、エモンガ! ほうでん!」

 

「エ~~~モッ!」

 

「メノノーーーッ!」

 

 アクロバットで生まれた隙に、エモンガはほうでんを浴びせる。

 

「後少し! エモンガ、めざめる――」

 

「ユキメノコ、ウェザーボール!」

 

「しまっ……!」

 

 めざめるパワーを放とうとするも、そこにウェザーボールでのカウンターを仕掛けて来る。さっき打ち合いに負けたことから、やられるとアイリスは咄嗟に感じた。

 

「メー――ノッ……!」

 

「麻痺!?」

 

 その瞬間、ユキメノコの動作が鈍る。麻痺の症状が出たのだ。このチャンスしか勝機はないと、アイリスは悟る。

 

「エモンガ、めざめるパワー!」

 

「エ~モモモッ!」

 

「メノノノッ!」

 

 光球が発射され、麻痺で鈍ったユキメノコに全弾命中する。ユキメノコは落ち出す。

 

「まだだわ! ユキメノコ、あやしいかぜ!」

 

「――メノーーーッ!」

 

「エモ!? ンガ~~~ッ!」

 

「エモンガ!」

 

 ユキメノコは残った力を振り絞り、霊力の風を起こす。最後の一撃はエモンガに命中して吹き飛ばした。

 

「エモ~……」

 

「メ、ノ……」

 

 倒れたエモンガ、落下したユキメノコは目を回しており、戦闘不能になった事を意味していた。また、あられの効力が消えて霰が止んでいく。

 

「エモンガ、ユキメノコ、戦闘不能。よって、この勝負は引き分け」

 

「引き分け……」

 

「ちっ……!」

 

 引き分けにアイリスは微妙な表情、ラングレーは悔しそうに舌打ちする。

 

「ご苦労さま、エモンガ。戻って」

 

「お疲れさま、ユキメノコ。戻りなさい」

 

 二人は奮闘した手持ちを労い、モンスターボールに戻す。

 

「力を引き出し切れてない。ってところかしら。まだまだね」

 

 まだ数日なので、無理もないのだが、ラングレーは言い訳せずに素直に自分の未熟さを認めた。

 

「この勝負は引き分け。つまり、アンタはもう勝てない訳ね」

 

 今の勝負で、ラングレーは二勝一敗一引き分け。アイリスが次の試合に勝っても引き分けにしかならない。

 

「まだ続ける気?」

 

「当たり前よ!」

 

 アイリスに、ここで止めるつもりは全くない。

 

「そう。まぁ、あたしも白黒はっきりしたいしね。続けてあげるわ」

 

 引き分けにする気など、ラングレーは全くない。この試合に勝ち、自分が上だとはっきり確かめる。

 

「あたしの三体目。出でよ、コマタナ!」

 

「タナ!」

 

「あれは……」

 

『コマタナ、刃物ポケモン。自分が傷付いても構わずに獲物にしがみつき、刃を食い込ませて攻撃する』

 

 ラングレーの三体目は、薄い赤と灰色の、刃物がある頭や胸、刃先の手のポケモン、コマタナだ。

 

「さぁ、最後のバトルよ。出しなさい、アンタの三体目――キバゴをね」

 

「キバゴ!」

 

「キバ!」

 

 アイリスの三体目は、残ったキバゴ。

 

「キバゴ対コマタナか……」

 

「アイリスくんの方が不利だね」

 

「なんでですか?」

 

「コマタナは悪と鋼の複合タイプ」

 

「キバゴの技では、どちらも効果今一つのダメージしか与えられないんだ」

 

 つまり、先程のバトル同様にアイリスが不利なのだ。最大の大技、げきりんでも効果は薄い。

 

「そのキバゴの実力は、昨日のバトルで把握してるわ。勝てると思う?」

 

「タナナ」

 

「バトルは最後までやって見ないと分からないわ!」

 

「キババ!」

 

 負けたままではいない、アイリスを負けさせはしないと、キバゴはやる気は満々。戦意も高めていた。

 

「そう。――コマタナ、あくのはどう!」

 

「キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「ター、ナッ!」

 

「キ~バ~ゴ~~~!」

 

 悪と龍の力が激突。大爆発を起こし、相殺された。

 

「相殺出来た……!」

 

 つまり、あのコマタナはツンベアー程のパワーが無いことになる。ならば、何とかなるかもしれない。

 

「な~んて思ってないわよねぇ? コマタナ、メタルクロー!」

 

「キバゴ、ひっかく!」

 

「タナ!」

 

「キバ! ――ゴ~!」

 

 ひっかくとメタルクローの激突では、後者が勝った。

 

「さっきのでは互角だったけど、今の打ち合いではこっちの方が上」

 

 しかも、メタルクローには攻撃力が上がる効果もある。長期戦では更にパワーの差が広がるだろう。

 

「そして、キバゴの奥の手であるげきりんもコマタナには効果が薄い。打つ手なしね」

 

「くっ……!」

 

 あまりにも分が悪い。しかし、だからと言ってこのまま負けるつもりはなかった。

 

「キバゴ、りゅうのいかり!」

 

「コマタナ、あくのはどう!」

 

 先程の様に二つの技が激突し、爆発と煙が発生する。

 

「一気に決めさせてもらうわ。コマタナ、アイアンヘッド!」

 

「タナナッ!」

 

「もう一度りゅうのいかり!」

 

「キ~バ~ゴ~~~!」

 

 鋼の頭突きに、連続の龍のエネルギーで対抗。コマタナは少し間踏ん張るも、威力に押し負けて後退する。

 

「キバゴ、ひっかく!」

 

「キバ! キババ!」

 

「タナッ!」

 

 下がった隙にキバゴが両手で引っ掻く。コマタナは少し後退はしたが。

 

「よし、一撃!」

 

「キバ!」

 

「それで? 小さなダメージを与えただけじゃない。コマタナ、アイアンヘッド!」

 

「ターナッ!」

 

「キバ~!」

 

 コマタナは姿勢を整え、反撃の鋼の頭突き。キバゴは受けて吹き飛ぶ。

 

「ダメージってのは、こうやって与えるのよ」

 

 ふんと鼻で笑いつつ、ラングレーはキバゴの様子を確かめる。追加効果は出ていない。

 

「まぁ良いわ。これで決める。コマタナ、ハサミギロチン!」

 

「タナ!」

 

 コマタナは交差させた両手の刃を伸ばし、突撃する。

 

「ハサミギロチン!?」

 

 喰らえば、一撃必殺の大技だ。絶対に当たる訳には行かない。

 

「避けて、キバゴ!」

 

「キ、キバ! ――キバ!?」

 

「あぁ!」

 

 一撃必殺の技を、キバゴは慌ててかわす。しかし、焦ったせいか転がってしまう。

 

「そこよ! ハサミギロチン!」

 

「タナーーーッ!」

 

 その致命的な隙に、再度のハサミギロチン。回避の間は全くない。

 

「え~と……! キバゴ、両手を止めて!」

 

「キ、キ~バ!」

 

「タナ!?」

 

 ハサミギロチンの刃を、キバゴは両手で受け止める。一旦は。

 

「苦し紛れの足掻きね。そのまま決めてしまいなさい!」

 

「タナーーーッ!」

 

「キ、キバゴ!」

 

「キ、キババ……!」

 

 しかし、キバゴは力の差で負けており、コマタナに刃をそのまま押されて行く。迫る刃にキバゴは成す術もない。

 

「キ、バ……!」

 

 近付く刃にキバゴは思った。昨日も敗北し、今日もまたやられてアイリスも負けさせてしまうのか。

 そんなのイヤだ。負けたくない。キバゴのその意思が限界まで高まった時――力が爆発した。

 

「キ~……バアァアアァ!!」

 

「タ、タナ!?」

 

「う、ウソ!?」

 

「キバァ!」

 

「タナーーーッ!?」

 

 両手が弾かれ、無防備になった腹にキバゴの拳が突き刺さる。コマタナは強く吹き飛んだ。

 

「コマタナ、大丈夫!?」

 

「タ、タナ……!」

 

 予想外の強烈な一撃に、コマタナはかなりキツそうだ。

 

「な、なに、今の……?」

 

「キバ……! キバ……!」

 

 今の一撃にラングレー達だけでなく、アイリスも戸惑っている。ただ、キバゴは大きく疲労しており、肩で呼吸していた。

 

「さっきのって……」

 

「あれはばかぢからだ!」

 

 全身の力を限界以上に発揮させ、強烈な一撃を叩き込む技だ。ただ、その反動に攻防力が下がる欠点もある。

 

「このピンチに覚えたのかな?」

 

「おそらくは。キバゴは潜在能力が高いですし……」

 

 昨日の敗北による悔しさと、このピンチで闘志が限界以上に高まり、潜在能力が引き出され、ばかぢからが発現したのだ。

 

「ばかぢからは格闘タイプの大技。悪と鋼タイプのコマタナには大ダメージだろう」

 

「って事はもう一度決めれば……!」

 

「どうかな。ばかぢからは使う度に、攻撃と防御が下がってしまう」

 

 つまり、さっきは有効でも、次がそうとは限らないのだ。それに防御力も下がるため、やられやすくなる。今までのダメージを考えれば、他の一撃でも危ないだろう。

 

「つまり、直ぐに決めるしかないって事か……!」

 

「実力差があるからね」

 

 そもそも相性、実力差からキバゴがコマタナとここまで戦えたのが、大奮闘と言えるレベルなのだ。

 

「もう一度、ばかぢからを――」

 

「させると思う? メタルクロー!」

 

「タナ!」

 

「キ、キバゴ、回避!」

 

「キバ! キバ!」

 

 メタルクローを避けるキバゴだが、ダメージと疲労、実力差から直ぐに厳しくなる。

 

(ダメ……! 先ず当たるかどうか……!)

 

 さっきは、不意の一撃だったから命中しただけだ。ばかぢからは使用の度に能力が下がる。外せば無駄に落ちるだけだ。使うなら確実に決めねばならない。

 

(でも、それが出来る余裕なんて……!)

 

 現在、ほぼ無いに等しい。後一撃で戦闘不能になるかどうかだからだ。

 

(……もうこうなったら!)

 

 やるしかない。覚悟を決め、その指示を出す。

 

「キバゴ、げきりん!」

 

「……ここで!?」

 

「キバ~……。キバキバキバキバキバ~~~~~!」

 

「タナッ! タナナッ! タナーーーッ!」

 

 龍の本能を全開。反動で威力は下がっていても大技だけあり、コマタナを押していく。

 

「キバ~~~ッ!」

 

「タナッ!」

 

「ダメージはそんなにないわ! コマタナ、メタルクロー!」

 

「タナーーーッ!」

 

「キバ~……?」

 

 〆の一撃で退けぞるも、コマタナは直ぐに体勢を整え、メタルクローを放つ。それは混乱したキバゴに当たり、止めを刺す。

 

「キバゴ、ばかぢから!」

 

「……はっ? 混乱で当たるわけ――」

 

「……キバ!? ゴ~~~~~ッ!?」

 

「タナーーーーーッ!?」

 

「あ、当たった!?」

 

「や、やった!」

 

 かと思いきや、一か八かの再度の限界を超えた一撃が、混乱を狙って前に出たコマタナに炸裂。

 コマタナは何度かバウンドしながら吹き飛び、最後に転がる。その目は渦巻いていた。

 

「タ、ナ……」

 

「コマタナ!」

 

「コマタナ、戦闘不能。キバゴは……」

 

「キバ~……? キバ、バ~~……?」

 

「キバゴ、大丈夫~!?」

 

 キバゴは千鳥足の上、ぜえぜえと息を荒げていたが、戦闘不能ではない。

 

「混乱にかなり疲労してるけど、倒れてはないね。よって、この勝負はキバゴの勝利。最終的な結果は、二勝二敗一引き分けで――ドローだね」

 

「キバゴ、頑張ってくれてありがと~!」

 

「キ~? バ~~~?」

 

 アイリスが抱き着き、お礼を言うがキバゴはまだ混乱していた。

 

「……ドロー」

 

 引き分けに、コマタナをモンスターボールに戻したラングレーは、不満そうだ。

 

「……まぁ、良いわ。負けじゃないし。第一、運でやっと勝利や引き分けだなんて、実力の低さを証明してる様なもんだしね」

 

「うっ……」

 

 先程同様の発言ではあるが、やはり間違っていない。二戦目では、偶々の麻痺があってやっと引き分け。

 三戦目はキバゴがばかぢからを発現し、その上に一か八かで当てての勝利。はっきり言って、運の要素が大きすぎる。

 その事はアイリスも自覚してる為、言葉に詰まっていた。

 

「何にせよ、引き分けは引き分け。次ではっきり決めてあげるわ。あたしの方が上ってことをね」

 

 引き分けを何時までも引き摺らず、ラングレーは次こそは勝つと宣言した。

 

「じゃあ、あたしはもう行くから。あと、料理を作ったの誰?」

 

「僕だけど」

 

「アンタね。美味しかったから次の時も作ってちょうだい。それと、理想の英雄」

 

「……なんだ?」

 

「次までにはゼクロムを連れてなさいよ。バイバ~イ」

 

 デントには料理。サトシにはゼクロムを連れる様に言うと、ラングレーは去って行った。

 

「何というか、吹雪みたいな人だったね」

 

「確かに……」

 

 他者の都合など考えず、言いたいことややりたいことを済ませては直ぐに去った彼女は、何処と無く吹雪の様に思えた。

 

「けど、そのおかげでドリュウズは仲直り出来て、エモンガはバトルをやってくれる様になって、キバゴも成長した。三つも良いことあったな」

 

「まぁ、そうね」

 

「キババ」

 

 確かにラングレーとの出会い、バトルのおかげで成果を得れたのは事実である。その事は混乱から回復したキバゴも感じている。

 

「ただ、彼女も強くなるだろう。あの様子だと、また戦うことにもなるだろうね」

 

「その時は勝つわ! だから――」

 

 アイリスはモンスターボールのスイッチを押し、ドリュウズとエモンガを出す。

 

「これからも頑張ろ、皆!」

 

「キバキ!」

 

「リューズ」

 

「エ~モ」

 

 アイリスの言葉に、コクリと三匹は頷いた。

 ライバルとなったドラゴンバスター、ラングレーとの出会いを切欠に、アイリスはドラゴンマスターへまた一歩前へと進んだのだった。

 



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