シンデレラのぶかぶかなガラスの靴 (結城 理)
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episode1:望まぬ巣立ち

鳥は巣から巣立つと初めは親鳥とは全く違う行動をとるらしい。
適当につけたTVの動物番組でそれを知った。
その鳥は親鳥に反抗して全く違う行動をとるのか、はたまた遺伝子に仕組まれた必然か。
どちらでもいい、実にどうでもいい。
だが、その知識は灰被りの少女にも共通するのだと分かっていれば、少しでもその知識に興味を抱いていたら、こんなことにはならなかったのに。

この物語は愛されない馬車と、ガラスの靴を履けないシンデレラの物語。


 

 

 

大手大規模芸能プロダクション『346プロ』。

老舗の芸能事務所でもあるそれは数々のスターを輩出し、お茶の間を活気付かせる。

外から見るとまるで美しい城に見えることから、美しい城=美城=346 という名前が付けられたのかは定かではない。

そんな洒落めいた名前よりも特徴的なのは、数年前から設置された『アイドル部門』、 それに所属しているアイドルの多さだ。

現在なんと200人越えのアイドルが所属しているという。

どこからそんな女子の憧れを具現化した子達を連れてきたのやら。

更に所属したアイドルは皆が皆それぞれの個性を活かし、着実に確固たる業績、人気を築いている。

所属するどの子も輝けるアイドルになることから346プロのプロデューサー達は魔法使いと揶揄されるらしい。

 

346プロで俺の父さんはアイドル部門設置初期から部長を務めていた。

父さんはアイドル部門設立以前から346プロに勤務していて、相当の実績があったらしい。

設立から数ヶ月程経過した頃、父さんは当初の全てのアイドルを全面的に多方面に展開する姿勢に反対し、少数精鋭で346プロをアイドル業界のメジャー入りを目指した。

強引に意見をねじ込み経営戦略を入れ替えたのだ。

しかし、顧客のニーズに応えきれず業績はダダ下がりな訳で。

幸い346プロの運営を混沌とさせることまでは及ばなかったが、数少ない同僚含む関係者全員から敵視され、当時父さんが手駒として扱ったアイドル達にも見限られ、結局大きな実績を残せず自ら部長の座を降り、それでも何故か辞職することなくへばりつき、現在は346プロ内のカフェでひっそりと働いている。

カフェでの給料は相当厳しいだろうが、よっぽど失敗するまでの実績が良かったのか、俺はまだ生活に不自由を感じたことはない。

 

 

夏の暑さが猛威を振るう8月中旬、いつもの食事中にいきなり父さんに『将来食いぶちが無いだろう』と言われ縁故就職という形で突如346プロに就職することを決められた。

 

いや、意味がわからんのだが?

そもそも現在カフェ店員の分際で息子にエンコをさせることができるのか?

急な決定事項に最初は反対したが、俺は高校中退の万年ほぼニートであり父さんの言うことは間違ってなく、あらゆる仕事に就きづらいことは否定出来なくて。

それに、残額は知らないが貯蓄も多分尽きかけて父さんも俺を養うことに限界があるのだろう。

段々、反対する意思は消えていった。

とりあえず大まかな概要を父さんから聞いて承諾することにした。

就職するとなると家に居候する必要もなくなってるくる。

やがて賃貸物件で一人暮らしをしなくてはならなくなるだろう。

 

あぁ、もうゲームは存分には出来ないな。

今は新作のギャルゲー攻略で忙しいのでとりあえずいつも通り過ごして静かに巣立ちのときを待った。

 

数日してプロデューサーとして勤務することを聞いた。

父さんと同じ職に就くことに悪い気はしない。

それに、アイドルをプロデュースするなんて素敵じゃないか。

多分滅多に得られない経験になると思う。

ただ、俺にプロデューサーとしての才能があるのか?

経験はもちろん、知識すら皆無なのだが。

プロデュースっていうワード自体少し前までプロと同点という意味で捉えていた。

……英語力に関してもほぼ皆無だ。

それなのに元常務の息子ということもあってか、自身の就職を伝えた知人達からの微量以上の期待をひしひしと感じる。

プレッシャーにとても弱い体質なので、期待を受けると連日腹痛に悩まされる。

無論、期待以上の働きはしてやるという心意気は大有りだ。

だが、全く働いたことがないので失敗しか出来ない自信も大有りだ。

 

いや、一応数年前安部菜々という現在アイドルの子と少しの期間コンビニでバイトくらいはしたな。

一緒の店で一緒に働いたという事実は感慨深いものを感じなくもない。

ん?思えば今日までにテレビで見る彼女の顔が、バイトをしていた時の顔から全く変わっていない気がするな……。

彼女は本当に『永遠の17』なのか?

 

そんなことはさておいてだ。

コンビニバイトとプロデュース業は互いに異なる仕事だし、バイト経験が通用するとはあまり思えない。

ので、初めてプロデューサー活動をする上で、何か強みが欲しい。

ゲームで言う『ポテンシャル』や、『専用スキル』とかに値する強みが。

 

強いて持っているプロデューサーらしいスキルを挙げればスカウト力だろうか。

現に人生の4割程がギャルゲーのプレイ時間だし、その経験を活かしてそこらへんの女子ならすぐスカウト出来る気がする。

新作のギャルゲーもすでに全ルートを制覇した。

隠キャである俺でもきっとトップアイドルの卵を拾ってその娘の売り上げと親愛度を上げてあわよくば結ばれ……。

……ないだろうな。

仕事はゲームと違う。

そもそもスキャンダルじゃん。

 

 

346プロ就職まで一週間になり、縁故就職ということで優先して初っ端から上層部に配置されることを父さんから聞いた。

いやいやちょっと待ってくれ。

俺抜きで事が進みすぎではないか?

これが縁故就職の所以なのか?

いや、それだけが理由じゃないだろう。

大体の就職までの手続きは父さんが取り行っているはずだ。

父さんは基本無口で何かと言葉足らずだがまさかその短所が俺の仕事にまで影響するなんて……。

しっかりしてくれよ、俺はまだ上層部なんて似合わないぞ。

ちゃんと考えろ、だから経営戦略に失敗するんだよ。

そもそも俺は『チート』が嫌いだって何回か父さんに話したよな?

いい加減なあんたの頭の中はそんなこと覚えていられないか。

日に日に近づく未知の仕事への不安と父さんのいい加減さへの怒りが止まらない。

父さんに敷かれたレールの上を歩くのは間違っているのか。

 

父さんを『親父』と呼ぶようになったのは丁度この頃だった。

 

 

そして今に至る。

 

 

就職が明日に迫って来た。

連絡や業務指示などは親父が受けているはずだが、その類はほぼ何も聞かされていない。

せめて業務内容とかプロデュースの心構えとか教えろよ。

あんたと違って失敗はしたくないんだ。

もしかして今日までニートの俺に失敗させてアイドル業界の厳しさを教えようとしているのか?

そんな疑惑が頭の中で浮かぶ。

親父は自称かなりのロマンチストだそうだしあり得るかもしれない。

全くもって余計なお世話だ。

 

就職まで14時間、ニートとしての俺の最後の夕食の時間だ。

ダイニングの質素なテーブルに最近外出を繰り返して見つけた区で一番安いスーパーで買った典型的な食事をいつもより乱雑に並べる。

いつものように食事をする親父を前にいつも以上に苛立ちを示してみる。

……反応を見せない。

口に入れた白飯をわざとクチャクチャと汚らしく噛む。

……全く動じてくれない。

踵を床に不規則に振動を起こすほど打ち鳴らし、遠くから見ると残像ができる程の貧乏ゆすりをやってみる。

……全く動じてくれない。

だが、だからこそ、こちらも声を発さない。

親父から話さないと喋ってやるものか。

父さんを『親父』 と心中で呼んでから今日までずっとそうしてきた。

流石に今日こそは開口するはずだ。

 

「………………」

 

「………………」

 

箸が当たる音と、二つの口が夕食を頬張る音だけがダイニングに響く。

俺の希望と裏腹に親父は食べ物を運ぶ手を止めそうにない。

いよいよ親父が空になった食器を重ね、手を合わせ「ご馳走様」を口から発そうとするとき、まだ開くまいとした口を開いてしまった。

いや、限界だ。開くしかなかった。

 

もう、タイミングはないと思うから。

 

「いい加減ふざけんのやめろよクソ親父」

 

「……いきなりなんだその口の聞き方は」

 

互いに今日初めての発言だと思う。

 

「いつになったら仕事に関する詳細教えんだよ?

もう明日からって分かってんのか?」

 

さあ、親父はなんて答える?

 

「ああ、そのことか。確かに伝えてないな」

 

一つ確信、この目の前の野郎は俺の恥かかせである。

346プロで七光りと影で笑われる己の想像が容易だった。

理性が親父にされる屈辱への怒りに支配されていくのが分かる。

その支配に任せて身を乗りだす。

 

「分かっていたなら、なんで俺に」

 

「なんでお前は自分で行動しなかった?」

 

は?今なんて言った?

冷静さが消えてるせいか、突然の親父の言葉を聞いていなかった。

顔にそう書いてしまっていたのか、

 

「なんでお前はこの父を頼って自分で行動しなかったのかと聞いている」

 

親父は多分先と同じ発言をした。

 

「い、いや何でって……」

 

何でだ?親父の質問に答えられない。

何と言えばいい?親父の質問を否定出来ない。

 

ならどうなる?

 

「だから、新作やってて……。

そ、そんで、いや、でもちょっとは考えて…考え、てさ、あ」

 

自滅が始まる。

 

「仕事について考えたらノウハウでも身につくのか?

とんだご都合主義なガキのままだな」

 

やめて、追い詰めないで、俺を否定しないで。

 

「俺はまだお前は努力の出来る息子だと思っていた。

だが結局はあいつと一緒か」

 

反論……反論しないと……。

 

「……ちがっ、だか、だからぁ……そのぉ」

 

口から言葉がちゃんと発せない。

手が震える。怖い。嫌だ。

 

このままじゃ怒られる、呆れられる、見捨てられる、殺される。

 

「アガッ、デ、ッタハラ………gyajukeykgjpmtnjgwgmtyjnjxgjt&wn」

 

口から意味不明な音が吐き出る。

壊れてきている。

ギュッと目を瞑る。

背中を寒気が襲う。

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

 

「!?…………お前、何だ?」

 

また捨てられる……!

抵抗しなきゃ、抗わなきゃ。

目の前の相手に……!

……目の前の相手に。

……目の前の相手に?

……目の前の人は、親父じゃないか。

落ち着け、落ち着け、落ち着け。

 

小刻みに震える身体に言い聞かせる。

親父には抗う必要はない。

身体の震えはなくなった。

代わりに現れた感情は数分前まであった怒り。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ、ふざけんなよ!

息子を導くのが親の仕事だろうが!」

 

イラついてもいたが、ここから逃げたいという意志もできた。

捨て台詞を吐いて逃げたくなったのだ。

先俺が狂ったからか、親父は困惑している。

 

「お前……ちょっと落ち着け」

 

視覚と聴覚が正常に機能しだし、親父の声と姿を再認識する。

 

もうあんたを見たくない。

もうあんたの声は聞きたくない。

 

「うっせぇ!失敗はあんただけしていろ!」

 

拒絶してやる。

否定してやる。

 

手荒く手元のグラスにボトルからほうじ茶を注ぎ、それを本気で親父にぶちまける。

俺が狂った時に手汗を垂らしていたのか、グラスごと放り投げてしまい、親父はほうじ茶と凶器の暴力に大きく呻いた。

だが、苦しむ親父を俺は無視する。

そのままダイニングからリビングのドアへと駆ける。

ドアノブに手を掛け部屋を出ようとしたとき、

 

「お前はッ!母さんのようにだけはなるな!」

 

親父は呻き声より大きな声で俺に叫んだ。

母さんのように?どういう意味だ?

いや、親父がほざくことの理解なんて後で考えろ。

今はこのクソったれな家から出るのが先だ。

そして無我夢中で家を出た。

今日は人生史上最高の親不孝をした。

 

 






同日午後6時30分、一軒の小さなアパートに鍵が掛かる音がした。
清潔ではなく、かといって不潔でもない玄関に一人の幼女、いや一人の少女が入った。

「……ただいま」……キィィ……ガチャン

少女は靴を脱ぎ、短い廊下の明かりを点けずにリビングに入った。
玄関の数倍殺風景なリビングの中央にあるちゃぶ台には一つの錘と一枚の紙切れがあった。
少女はそれを当然のように見つけ、取る。
錘は500円玉で、紙切れは1000円札だった。
それらをポケットに入れた少女は少しだけ項垂れ、

「冷たい外食はもう嫌でごぜーます」

と小さな愚痴を発した。
数十秒も経たないうちに少女はドアノブに手を掛けて、

「いってきます……」 ……ガチャン……ギャリッ……カチッ

誰もいない我が家に鍵を閉めた。


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episode2:はじめてのゆうかい

ただひたすらに走る。

どうにも履いている靴が馴染まない。

 

ただひたすらに走る。

無地のシャツが夏の終わりを告げるように涼しい風を浴びる。

 

ただひたすらに走る。

闘争本能もとい、逃走本能が既に限界を迎えた肺と両脚を強制的に働かせる。

 

ただひたすらに走る。

あれ?ここはどこだっけ?俺は、何だ?

 

ただひたすらに走る。

走りながらスマートフォンを起動し、マップを開く。

 

ただひたすらに走る。

何故か圏外の2文字が画面左上に表示されて、画面は綺麗な白だった。

ただひたすらに走る。

コントロールセンターを開こうとしたが、走りスマホをしているせいか間違えて通知センターを開く。

 

ただひたすらに走る。

無慈悲に表示される『過去の通知はありません』。

 

ただひたすらに走る。

本当は心の何処かで親父の連絡を期待していたんじゃないのか?

 

走るスピードを少し落とす。

いや、きっと期待していたに違いない。

 

走るスピードを少し落とす。

なぜなら、今、俺は苦しいから。

 

走るスピードを少し落とす。

体力的にとか身体的にとか、そういうのとはまた違う。

 

走るスピードを少し落とす。

望まぬ家出だったから、親父を傷つけたから。

 

走るスピードを少し落とす。

ただひたすらに心が苦しい。

 

早歩きになったスピードを更に落とす。

家出をすることがこんなに苦しいなんて知らなかった。

 

ウォーキングペースを少し落とす。

親不孝という行為がどれだけの罪悪感を生むなんて知らなかった。

 

歩く速度を少し落とす。

俺がどんな人間よりも愚かだったなんて知らなかった。

 

歩みを止める。

戻ってちゃんと謝って、しっかりと親子で話合わないと。

 

動きがぴたりと止まる。

家に、帰ろう。

 

身体中の臓器が一瞬ぴたりと止まる。

あぁ、そっか。こんなニート風情が慣れないランニングで逃避行するんだもんな。

気持ちの悪い冷たい汗が身体中から滲み出る。

長距離走なんかいつぶりにしたっけ?

膝が崩れ落ちる。

身体が全然言うことを聞かない。

前のめりに身体が倒れる。

ちょっとだけ……休ませて……。

手足が痙攣し、スマホと鞄を落とす。

……鞄?かばんなん、て…持って、きたっけ……?

 

意識が途切れた。

 

 

暖かい光が流れ込んでくる。

光はなんだか、懐かしい感触を思い起こさせた。

この光は何だろう。視界がぼやけていてよく判別出来ない。

目を凝らすと光は人型へ変化した。

この人はもしかして……

 

「母さん……?」

 

光は母さんだった。母さんが暖かい光だった。

何で?何でここにいるの?

上にいる母さんに気づいてもらえるように手を伸ばす。

 

「母さん、俺だよ!ここにいるよ!

何でいるの?」

 

しかし母さんは無視をしている。

いや、聞こえないのか?

すると、周囲の空間が不鮮明になってきた。

母さんが少しずつ歪んでいく。

 

「母さん?嫌だよ、離れないでよ!

俺を一人にしないで!側にいてよ!」

 

今の俺の容姿や年齢などに不相応な甘えをしてみせる。

同時、母さんが猛スピードでこちらに迫ってきた。

腕を長く伸ばしながら俺に飛び込んでくる。

 

「やった、母さん!こっちだよ!母s」 ガッシャーンッ

 

暖かい光が消えた。母さんが消えた?

嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!そんなの嫌だ!

 

「……母さん!」

 

辺りをぐるりと見回す。

しかしそこは俺がガス欠で気絶した場所だった。

そして左側にはおそらく電柱に付けられた電灯らしきものが割れていた。

ギリギリ電灯の破片を回避出来ていたスマホを拾い時刻を確認する。

『23:44』の文字が俺が気絶して起きるまでの間、ただ長らく夢を見ていたことを説明してくれる。

そりゃそうだよな。

 

母さんはもう二度と俺とは会ってくれないもんな。

 

とりあえず、家に戻ろう。

走った道を思い出してランニングを再開する。

が、身体がまだ回復できていない。

また変にぶっ倒れて気絶するのは嫌だから、道の端を、壁がある方に寄って走るとしよう。

 

走って少しすると、スマホの電波状況が4Gになっていた。

マップを開いて今度こそ家までの道案内をさせる。

スマホが示すのは直進700メートル。

いや、ニート用の近道とかなかったのか?

でもここは周りを見たところ、どこにでもある住宅街のようだった。

一本道の道路を無視し、住宅を跨いで近道なんてしようものなら不法侵入罪で捕まるわけで。

 

疲労と心労で段々頭がクラクラしてくる。

何とか持ち堪え、何とか700メートルを制覇した俺に表示された新しい指示は右折後、1800メートル直進。

思わず足が止まってしまった。

ふっざけんなよ!長すぎるわ!

スマホに罪は無いが、画面を疲れた顔でおもいっきり睨んでやる。

画面をよく見たら、表示されてない狭い道を見つけた。

道案内の中間ルートの道にも繋がっていて、数百メートルはショートカット出来そうだ。

再び走りスマホで帰路につく。

ここの通路をっと

 

「えっ?」

 

「ん?いm」 ダンッ

 

突然の衝突。

今まで走っていた疲れからか、衝撃に耐えられず俺は倒れ

 

「んひゃあっ」ドンッ

 

ることはなく、相手の方が倒れてしまった。

すかさず視線をスマホから外し相手を見る。

だがここは狭い通路と呼べない通路なのでさっきの相手の呻きから若い女性だということしか分からなくて。

とりあえずスマホのライトを付けてみる。

相手の女性は異形であった。

いや、異形というよりは

 

「キグルミか……?」

 

そう、キグルミだった。

それに女性でもなく、少女もとい幼女だ。

うっすらピンク色の多分うさぎのキグルミは尻をさすりながらこちらを見ている。

えっ何この謎の間。めっちゃ気まずいというか、キグルミさん何か喋ってくれ。

スマホを構えたままの俺をじっと見つめるキグルミ。

絵面的にかなりシュールだと思う。

現在の状況に脳内で感想を書いていると、キグルミ幼女がハッとした顔で口を開こうとした。

多分キグルミが言おうとする言葉は『ごめんなさい』だろうか?

俺は予め許容の言葉を口と舌でスタンバイし、疲れた顔に鞭打って精一杯の笑顔を作って見せた。

そしてキグルミは安堵して俺にこう言う。

 

「ご、強盗でごぜーます!」

 

そう、強盗だと。

って違うだろ!?

このキグルミ俺の意図とは裏腹に全然安堵していないどころか、倒れた状態で後ずさりしながら逃げ出しているぞ!

 

「ちょ、違うから!俺はただ」

 

「お、お金は1500円しか持ってねーです……。

お願いです、仁奈に悪いことしねーでくだせー!」

 

あーダメだ。この幼女マジで怯えてる。

既に二人との距離は10メートル程離れていた。

このままキグルミが逃げ切って親の元に辿り着かれたら俺は一巻の終わりだ。

それは避けないと。なんとかして宥めないと。

 

「キ、キグルミちゃん!俺は君のお金が目当てじゃないんだ、信じてくれ!」

 

キグルミの逃走行為が止まった。

なんとか俺が善良人ということを理解してくれたのか……?

程なくしてキグルミは立ち上がり、

 

「強盗さんは……仁奈のお金盗らないんでごぜーますか?

でも、それじゃ何で……あ!」

 

しめた!後はぶつかったことを謝って全力疾走すれば俺は無実だ!

 

「そ、そうだよ?俺は君とぶつかってことをね」

 

「誰か!誰か助けてくだせー!」

 

キグルミは突如また俺から逃げ出す。

何で!?もうあの分からず屋のキグルミはほっといた方がいいのか?

いや、放っておくとやがて通報されてしまう可能性がある。

 

「待って、俺の話を聞いて!」

 

こちらも全力疾走する。

キグルミは何の誤解をしているんだ?

何故ぶつかっただけで周囲に助けを求める?

親に人にぶつかったら全力で逃げろと教え込まれているのか?

こちらがキグルミを追いかける姿を確認したキグルミは走るスピードをもっと上げてくる。

 

「いやでごぜーます!仁奈を死なせないでくだせー!」

 

うっすら涙を浮かべるキグルミに離されまいと、こちらも疲労困憊な脚に鞭打ちスピードを上げる。

そもそも何だ?死なせる?

キグルミが死ぬ?誰によって?

……俺が殺すのか?

 

「……いい加減止まれ!」

 

キグルミがビクンと反応して走るスピードが落ちる。

すかさず抱きしめる形でキグルミを捕らえた。

キグルミの服から心地よいこもれびの香りが匂う。

 

「いや!いやでごぜーます!

誰か、おねげーします!助けてくだせー!」 ドタバタドタバタ

 

キグルミが俺の腕の中で全力でもがく。

が、いくら運動不足の俺でも幼女を押さえ込むのはあまりにも容易で。

 

「聞け!俺はただあんたとぶつかったのを謝りたいだけだ!」

 

誰が強盗や人殺しなんてするもんか。

人聞き悪いんだよふざけんな!

キグルミは余計に泣き喚き腕の拘束から逃れようとする。

 

「し、信じねーでごぜーます。

……ママが、ママが夜に仁奈に喋りかける人はご、強盗か人殺しだって教わったですよ!」

 

キグルミはこちらに顔を向けないが、冗談を言ってるわけではなさそうだ。

こいつの母親はなんか教育の仕方がズレているのか?

……母親?そういえば母親は?

 

「……君のお母さんは?どこにいる?」

 

「……!ママも死なせるですか!?

やめてくだせー!それだけは嫌ですよ!」

 

……母親の所在を聞き出す前に、まずこのキグルミの誤解を解かないと、か。

キグルミが曲者すぎてこっちが冷静になってきた。

 

「落ち着けキグルミ!俺は別に強盗でも人殺しでもない。

ただの通行人だ。」

 

「嘘でごぜーます!そう言って仁奈を騙そうとしてるんですよ!

ママは、ママは渡さねーです!」ゲシッ!

 

キグルミの抵抗がより激しくなってきた。

どうする?このままじゃ多分埒があかない。

この幼女は恐らく幼稚園児くらいで、尚且つ臆病で人間不信なのだろう。

まあ幼稚園児という点以外は結構俺とも共通点が多そうだな。

一度俺がキグルミの立場になって考えよう。

俺は不信で逃げるのに必死だ。

相手の言うことは何も信じず、敵意を示す。

相手はどうしようが、味方にはなれない。

……やはりこう言うときはゲームを参考にしよう。

この場合の選択肢は……。

 

「この俺に聞く耳は持たないんだな?」

 

「あたりめーでごぜーます!

だから、早く離してくだせー……」

 

よし、閃いた。こうしよう。

キグルミを抱きしめる両腕を解きすぐさま彼女の脇を持ち、高い高いするように持ち上げて立ち上がった。

そして出来るだけ清らかな笑みを浮かべる。

 

「そうか……。俺が誘拐犯だってバレちゃったかぁ」

 

「えっ?誘拐犯?誘拐をする人でごぜーますか?」 ぷらーん

 

キグルミは驚愕の目で俺の偽職業を復唱した。

今のところは計画通りだな……。

 

「そうだよ。僕はね、優しいタイプの誘拐犯なんだ」

 

「優しい誘拐犯?それって何ですか?」

 

俺の計画は、

 

「優しい誘拐はね、君みたいなぶらついている子を捕まえるだけの人なんだ。

捕まえたらお家に帰させる人なんだよ?」

 

「そ、そうなんでごぜーますか。

じゃあ、悪い人じゃねーんでごぜーますね!」

 

まだ純真無垢で刷り込みの耐性がないこの子に、敢えて『優しい犯罪者』として己の存在を示して和解することだ。

 

「誘拐犯だけど、悪くないよ。

だって、君をママのお家に帰したら僕はすぐバイバイするからね!」

 

キグルミを持ち上げる腕を少し下ろしてぐるっと一回転スイングしてみる。

 

「うっきゃあー!ぐるぐるでごぜーますー!」

 

いつの間にかキグルミの涙は消えていた。

なんだ、この子の笑顔はこんなに可愛いんだ。

その笑顔を見るのがなんだか幸せで楽しい気分になってきて。

もう数回転をしてあげる。

 

「うおぉー!リスの気持ちになるですよー!」

 

何を言っているのか分からないが、楽しそうでなによりだ。

全身が悲鳴を上げているので、程なくしてキグルミを降ろした。

屈託のない笑顔を見せてくれるキグルミに最後の確認をする。

 

「よしキグルミちゃん、僕が君のお家まで連れてってあげるから、帰り道を教えてくれるかな?」

 

「了解でごぜーます!案内するですよー!」

 

キグルミには見えない左手で小さくガッツポーズをし、右手を差し出し握手を促した。

キグルミはこちらの要求に気づき、

 

「仁奈はキグルミっていう名前じゃねーですよ?

仁奈は市原仁奈です。

お家までよろしくおねげーします!」

 

左手を差し出してそれに答えた。

ああ左利きね、じゃあこっちが合わせてと。

二人スムーズに手を繋ぐ。

 

「こちらこそよろしくねニナちゃん!」

 

なんとか俺が捕まる非常事態は避けられた。

だが、完全に清々しい気分にはなれなかった。

理由は二つ。

一つは隠キャでコミュ障のこの俺が何故ニナちゃんとのコミュニケーションを円滑に行えたのか。

もう一つは何故近くにニナちゃんの親がいないのか、だ。

後者は少ししたら聞こう。

前者は……今は単に俺が成長したんだと思っておこう。

 

俺は今日初めて人を誘拐した。

俺は今日最も心が躍る犯罪?をした。

 

 

俺はこのとき、自分の人生を大きく変える存在と出逢った。

 

 







一人の男が気絶して20分前。
とある男の家で一人がドアと窓を全て閉めた。
とある男は練炭に火をつけた。
火は見る間に獄炎となり、部屋を包み込んだ。

「……仁奈、ッほんまにごめんな……」

男はそこにいない少女に謝り、口にガムテープを縛りつけた。
その瞬間炎がキッチンのガスコンロに引火し、大爆発を起こした。


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episode3:隠者は太陽に牙を剥く

 

迷子の迷子のうさぎさん

 

あなたのお家はどこですか?

 

名前を聞いても、

 

『仁奈は市原仁奈です!』 ビシッ

 

お家を聞いても、

 

『そ、そういえばここ……どこで、やがりますか?』 グスッ

 

泣いてばかりいるうさぎさん

 

駄犬の誘拐犯

 

困ってしまって

 

ワンワンワワン、ワンワンワワン

 

 

今の状況をとある動揺を替え歌してみると大体まとまる。

キグルミの正体が市原仁奈という名の少女であることは彼女自身、嘘偽りをしている訳ではないはずだ。

ならば残念ながら、彼女が今いる場所自体知らないと供述したことも嘘偽りがないわけで。

 

「困ったな……。これが大まかな地図なんだけど、分かる?」

 

未だに目尻に涙を浮かべる仁奈ちゃんにスマホのマップを見せてみる。

 

「仁奈、地図の読み方はまだ学校で習ってねーですよ。

近くになんだか人気の場所ってねーですか?」

 

そうか、まだ小学一年生ぐらいの子どもは読めないか。

スマホをこちらに向け、スワイプして特徴的な施設や建物を探す。

……ここら辺はホテルが非常に多いな。

 

「近くにホテルとかいっぱいあるけど、仁奈ちゃんの家も近くにあるかな?」

 

「ホテル?ホテルって何です?」

 

意外、宿泊経験がないのか。

 

「えっとね、ホテルはお泊りする施設なんだ。

お金を払って仮の寝床を与えてくれる場所だよ」

 

物事の説明は難しく、相手に正確に理解してもらうのはとても難しいんだな。

現に目の前の仁奈ちゃんは首を左に15度傾げ、腕を組んで考え込んでいる。

束の間の考察と想像を経て、ハッとした顔で仁奈ちゃんは理解してくれ

 

「あ!あれでごぜーます!

お泊り保育のことだー!」

 

……たと思う。まぁ完全不正解でもない。

 

「ま、まぁそんなとこかな、正解。

でだ、仁奈ちゃん。お家の近くにホテルとかあるかな?」

 

「ねーです!」

 

何たる時間と思考の無駄遣い。

そして、何たる仁奈ちゃんの満面の笑み。

おもわずこちらもニッコリとしてしまいそうだ。

また振り出しに戻り、焦りを感じる。

 

「どうしようかな……。仁奈ちゃんのお家が本当に何処かわからないぞ」

 

「そうなんでごぜーますか、だったら仁奈にいいアイデアがあるです!」

 

かなりの非常事態なのにこの子はなんでこんなにワクワクしてるんだ?

このような事態は既に慣れているのか?

そうだとしたら、俺は別に構う必要はない。

丁度こちらもまともな対処法を思いついた。

 

「その前に僕の提案を聞いてくれるかな?」

 

「提案?何でごぜーますか?」

 

「僕じゃ君をお家に連れて行けないから、交番に行こっか。」

 

俺が奮闘せずとも、最初からこうすれば良かったんだ。

が、自身の提案に自惚れるのも束の間、

 

「え?交番に行くのはお兄さんの方じゃねーんですか?

仁奈を誘拐するのは犯罪だと思うですよ?」

 

仁奈ちゃんに即答された返事に胸を抉られた。

返事というよりは、自首勧告だ。

はい、そうでしたね。

俺誘拐犯の肩書背負っちゃってるんでしたね!

こいつ地図読めないくせに変なところで頭のキレがいいな。

仁奈ちゃんが俺を犯罪者として認識してるので、交番の手段は潰えた。

 

しかし、まだなんとか仁奈ちゃんの自宅の場所を突き止める手段はある。

財布の中に何かしらポイントカードなどがあるはずだ。

そこから情報読み取るとしよう。

きっとこの手段なら……

 

「じ、じゃあ今の提案ナシで!

……それよりさ、仁奈ちゃん財布って持ってる?持ってたら」

 

「財布なんて持ってねーですよ。

お金はキグルミのポケットの中に入ってやがります!」

 

何たる非常識。

そして、何たるポケット自慢によるドヤ顔。

ここほとんど都心だぞ!?

いくら年齢が幼い少女だからって財布は持ち歩かせるだろう!

そう注意したい衝動を抑え、別の質問内容を脳内で練る。

注意する対象は仁奈ちゃんではない。

きっと、いや必ず親方の方にするべきだ。

両親について聞いてみる。

 

「……仁奈ちゃん、外に出る前に両親から何か言われてきた?」

 

そう問うや否や、仁奈ちゃんは黙りこくってしまった。

何か事情があるに違いない。

だが、何故?何故黙る?

質問内容は何も辛いことを問うていない。

 

まさか。

一つの単語が脳を巡る。

過去に教育テレビで取り上げていた記憶がある。

記憶を辿りながら、仁奈ちゃんの両肩をそっと掴む。

 

「……辛いことでも、話してくれないか?」

 

黙りこくる彼女の頭がさらに項垂れる。

しかし、ゆっくりと口が開くのを確かに見た。

 

「……ママは、いつも仕事で忙しいです。

パパは、仕事で海外に行ってやがります。

あまり、帰ってきてくれねーですよ」

 

仁奈ちゃんの小さくて重い告白を聴き始めたとき、忘れていた単語を思い出した。

 

「ポケットの中の1500円はいつも仁奈が帰って来たときにおいていやがります。

家に晩ごはんはねーですからね……」

 

『ネグレクト』……つまりは、育児放棄。

 

「だから、毎日夜ご飯は外で外食でやがります」

 

愛情は幼年期から少年期にかけて必要不可欠な栄養である。

しかし、その愛情を親から充分に貰えず成長が遅くなり、やがて止まる。

 

「外食の料理はどれも美味しいです。

ほかほかの出来たてを食べてます」

 

心身共にバランスが崩れ出し、周りの人との協調性すら失い、崩壊に拍車がかかる。

 

「でも……だけど、冷てーんでごぜーます。

どの料理も暖けーのに冷てーです」

 

崩壊がどれだけ続いても誰も止めてくれない。

仲間という存在がいないから。

 

「今日はいつものファミレスに行こうとしたら、行く道で火事があったので、別の店に行くことにしたんでごぜーます」

 

……親は崩壊することすら知り得ないから。

 

「でも、ずっとファミレスを探しているうちにだんだんお腹が空かなくなったんでごぜーます。

だからぶらぶら歩いていたんでごぜーます」

 

だが、やがて崩壊は止まる。

ある終着点に辿り着くからだ。

 

「だから、ママからは何も言われてねーです。

……家には誰もいねーです……」

 

その終着点とは、『死』。

ネグレクトは何の罪もない子どもを産みの親が殺害する虐待のことだ。

仁奈ちゃんは告白を終えると、脱力したように三角座りをした。

 

市原仁奈は両親に捨てられていた。

市原仁奈は両親に首を締め続けられていた。

市原仁奈は『死ンデレラ』になりかけていた。

 

そんな事情を知ったら、もう元のニートである俺には戻れなくなった訳で。

もう誘拐犯としてうさぎの巣探しなんてするわけなくて。

自ら他人を思いやらない人のレッテルを剥がして破り捨てていて。

 

 

12時の鐘が何処からか鳴り響いた。

日付が変わった。

346プロダクション就職の日だ。

一般人はこんな深夜にガンガンうるさいな、などと思うのだろう。

それらのことは今はどうでもいい。

ただ一つの意志だけ確認すればそれでいい。

俺は鐘が鳴って決意した。

その決意さえ、消えなければ今はそれでいい。

 

強引に仁奈ちゃんをお姫様抱っこの形で抱き上げる。

仁奈ちゃんは何事かとこちらを向いているだろう。

互いに顔を合わせる代わりに、俺は大きく頷いた。

 

俺は今この瞬間、一時的に市原仁奈の『保護者』になることを決意した。

 

 

2分後、俺が数刻前気絶していた場所まで走って戻った。

仁奈ちゃんを抱きかかえながら走ったが、不思議と足の痛みと臓器の痛みはなかった。

いや、意地でも消してやった。

今は仁奈ちゃんの為なら何でもしてやる。

 

その為に今はホテルに向かって走っている。

少し前に仁奈ちゃんが考えた『アイデア』、それは多分ホテルに泊まることだと思う。

仁奈ちゃんはきっと経験のないホテルに泊まることを楽しみにしている。

俺がホテルについて色々と喋っていたとき、仁奈ちゃんの瞳はキラキラしていた。

両親のネグレクトに責め続けられていても、仁奈ちゃんはまだ瞳の輝きを持っている。

彼女の望みを叶えてあげたら、輝きを少しずつ取り戻すのではないか?

 

それは彼女と俺にとっては大きな希望だ。

誰にも奪わせない、むしろその輝きを増やしていってやる。

俺ならその程度造作はないだろう?

自身にそう言い聞かせる。

基本的に自身を卑下する俺だったが、今は、今だけは、己を昇華してやる。

クソネグレクト供に、保護者の俺が立ち向かってやる。

絶対に仁奈ちゃんを崩壊させてやるもんか!

何故か俺が携行していた鞄を拾い再び猛ダッシュで走る。

最寄りのホテルまで、後10キロ。

 

 

 

「……はぁッ、はぁ……着いた……!」

 

息切れは当然したが、マップに示された予定時刻よりとても早い時間にホテルにたどり着いた。

外見も恐らく内装もシンプルなビジネスホテルだ。

鞄に入っていた俺の財布から料金を支払い、チェックイン。

ふらつき出した足でしゃがみ、ロビーのソファーに仁奈ちゃんを降ろす。

 

走っている時、俺は風を切っていた。

目がとても痛かった。

それ程に、速かったのだ、俺の猛ダッシュが。

掛け時計を見るとまだ1時を回っていない。

つまりはおよそ16キロをたったの一時間で走破したのだ。

だので、仁奈ちゃんは終始怯えてギュッと目を瞑っていた。

そしてそのまま眠りに落ちた。

シングルルームに二人で入ってからも、仁奈ちゃんは眠っている。

俺ももう夢の世界にログインしたいが、もう少し踏ん張る。

仁奈ちゃんは何も食べていない。

ルームの鍵を閉めて一人コンビニへ駆け込む。

 

 

分かりきったことだが、弁当類、惣菜、おにぎりなどはすべて売り切れだった。

そりゃそうだろな。

こんな深夜に買う方が異常なんだよ。

とりあえず買ってきたのが、仁奈ちゃんが喜びそうなプリン、菓子パン、惣菜パン、ミニケーキと、万が一仁奈ちゃんが何も食べられない場合の応急処置としてのスタミナドリンクの6品だ。

ホテルに戻る時は流石に疲れきったので歩いた。

 

 

ギャリ……ガチャリ……ガコッ、キィィ……バタン

ルームに戻り、すぐ仁奈ちゃんの様子を確認する。

部屋を出るまでの時と様子は変わらなかった……異常な発汗をしていることを除いて。

 

「ッ!……仁奈ッ!大丈夫か!?」

 

本気で問いかける『大丈夫か!?』。

問われた対象は大抵大丈夫ではない。

そんなことは今の俺の判断力なら容易に判断できた。

しかし、それでも、仁奈ちゃんの容態が心配だった。

スタミナドリンクを付属していたストローをぶっ刺し、仁奈ちゃんの口にぶっ刺す。

喉にスタドリを流し、仁奈ちゃんを覚醒させる。

強引な手段だが、この発汗量は異常だ。

 

「起きてくれ!仁奈ッ!!」

 

肩を揺らし続けて1分、ついに目を開けてくれた。

 

「よかった……仁奈ちゃん大丈」

 

「グォゲェェェェエエ」

 

……とても少女が発するものとは思えないゲップを放ってきた。

スタミナドリンクの副作用だろう、多分。

製作者ぶん殴ってやろうか。

 

何はともあれ意識を取り戻してくれた。

気をとりなおして再び仁奈ちゃんに呼びかける。

 

「仁奈ちゃん、俺が分かるかい?」

 

まだ若干虚ろな目の仁奈がゆっくりと口を開く。

 

「?……パパ?パパ、で、ごぜーま、す、か?」

 

まだ意識が朦朧としているのであろう。

なんとか身体をケアしないといけないことは簡単に判断できた。

でも。今目の前の少女が。

俺が必死に守らんとする悲惨なシンデレラが。

ボケていたとしても、自分のことを『パパ』と呼んでくれたことがひたすらに嬉しくて。

 

音もなく仁奈ちゃんを抱きしめた。

 






0時00分、都内最高級マンション中心階にて


トュルルルルル、トュルルルルル

ガチャン

「私だ」

『……昨日20時頃発生した火災事故のことは知ってるか?』

「お父様?……会長、こんな夜更けに何か?」

『被害者の中に、スクエアエコーのプロデューサーが』

「彼が!?……容態は?」

『……輪廻転生の加護があらんことを』

「……了解しました。彼の代用者を直ちに配備します」

『事故ではないという現場検証の結果出たそうだ。
彼の自害の可能性がある』

「どういうことですか?」

『この事が公になっていれば、アイドル部門に不振が生まれ、我が美城の名が傷付いていた。
彼を追い込んだのは、今の方針が主な原因であろう?』

「…………」

『こちらが手配してメディアコントロールを行った。
もう、後は無いぞ』

「……承知しています。
明日にでも決行する所存です」

『……責め立てるつもりはない。
お前の心中も察している。
だが、これは346が負う定めなのだ』

「…………以上であれば失礼します」

ガチャンッ!



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episode4:スタープラチナスカウト

スタミナドリンク10

品名:炭酸飲料

原材料名非表示

内容量:150ml

保存方法:高温多湿をさけてください。

販売者非表示

効能:スタミナ切れや疲労困憊時の栄養補給、滋養強壮作用

賞味期限:今日より14日後まで、か…………。

 

仁奈ちゃんに飲ませた飲料のラベルにはそう表示されていた。

とんだ魔飲料だなこれは。

こういう時にコンビニでバイトをした頃の経験が活きる。

まず原材料が不明という時点でもう危ない。

というかその時点で売り物ではない。

製造元が不明という要素も入るとそろそろ麻薬入っているだろと疑いたくなる。

更に次の欄も曲者だ。

品名は炭酸飲料なのに効能だと?

これは第三次医薬品かはたまた飲む温泉か?

賞味期限も短すぎる。

そして現在進行形で起こっている問題点が、

 

「グォゲェェェェ」

 

仁奈ちゃんのゲップが止まらない。

ゲップというより中ボスモンスターの咆哮だ。

炭酸飲料をがぶ飲みすると人によってはゲップを発してしまう事がある。

しかし、俺は仁奈ちゃんにはゆっくり飲ませた筈だ。

もしかして仁奈ちゃんは炭

 

「グォゲェェェェ」

 

酸が苦手なのか?

仁奈ちゃんは今はもう見たところ身体の異常は見

 

「グォゲェェェェ」

 

られない。

……そろそろゲップの演奏に腹が立ってきた。

 

初めは心配せずにはいられなかった。

俺を間違いでもパパと呼んでくれて、そんな仁奈ちゃんがずっと咆哮を発するのだから。

儚げがある仁奈ちゃんを俺が殺してしまうのかと思って。

泣きそうにもなった。

 

だが今はもうそこまで心配はしていない。

それなりに身体の介抱はしてあげられた。

仁奈ちゃんの瞳はしっかりと焦点が合っており、意識も正常に働いているだろう。

とりあえず仁奈ちゃんから視線を外し、スタドリを睨みつける。

よくも仁奈ちゃんの可愛さに泥を塗ることをさせやがって。

ストローを抜き、左手を腰に当てる。

この俺が飲み干してやる。

右手でスタドリをグイッと飲み干す。

一滴残らず。

ンゴクッ……ゴクッ、ゴクッ

忌まわしき魔材を空にしてやった。

これで少しは仁奈ちゃんへの贖罪になったのだろうか。

視線を仁奈ちゃんの方に向く。

顔が既に咆哮の準備体制に入っていて。

 

「グォゲェェェェア!」

 

ついため息が出てしまった。

いや、今のゲップは確かに俺の口から出たぞ!?

ため息を出した筈の喉に激痛が走る。

 

「グォゲェェェェ」

 

今のは仁奈ちゃんのだ。

いや、それより炭酸は普通に飲める俺でも出たぞ!

これは一体なんだ?

 

「グォゲェェェェ!」

 

また出てしまった。普通に汚い。

止め方を二人知らぬ為、交互に響く下品な咆哮。

 

「グォゲェェェェ」

 

でもゲップを放ち続ける仁奈ちゃんもおぼこい可愛さがあって。

 

「グォゲェェェェ」

 

なんだかどうでも良くなった。

 

「「グォゲェェェェ!!」」

 

 

汚い合唱は10分にわたりホテルの一室を響かせた。

互いにそれ以上は出なかったので、買ってきた食べ物を仁奈ちゃんに差し出す。

 

「えっ?いいんでごぜーますか!」

 

「当たり前じゃん。何も食べてないんでしょ?」

 

当初の目的を忘れるわけがない。

スタドリよりパンやお菓子の方を食べさせるのが第一の目的だ。

 

「やったー!いただきます!」

 

言うなりガブりと菓子パンをひと齧り。

頬張る顔がなんとも微笑ましい。

 

「仁奈ちゃんの好みが分からなかったんだけど、美味しい?」

 

「うーん、よく食べる味でやがります!」

 

つまりはちゃんと食べてくれるということだ。

そのことに関しては嬉しい限りだ。

でも、それは仁奈ちゃんがずっと偏食を繰り返していることも意味している。

 

朝食などで毎日菓子パンを食べることは別に構わない。

だがそれはその他のおかずがあった場合での話だ。

ちゃんと親に調理されたスープやサラダなどの副菜を入れてもらう必要がある。

いつどんな食事でも食物バランスは大事だ。

副菜がないのなら、菓子パンは逆に毒物になり得る。

仁奈ちゃん曰く、多忙で全く構ってくれない両親が果たして毎日副菜を作ってくれるのだろうか。

 

「……仁奈ちゃんはちゃんと朝ごはん、お母さんに作って貰ってる?」

 

答えが予め解っている愚問を問いかけた。

菓子パンを食べ終え惣菜パンを食べ始めた仁奈ちゃんがビクンと反応する。

 

「ママは、朝は忙しいので……何も作らねーです」

 

俺の中で『仁奈ちゃんの母親がネグレクト』というレッテルが着実に完成していった。

 

「そうか、辛いね……」

 

「うん……」

 

段々と仁奈ちゃんの食べる速度が落ちていった。

こんな年齢が2桁もいかない幼女が朝一人で朝食を食べるのはとても酷だろう。

そのことを思い出させてしまったのか、俯いた状態で惣菜パンを頬張っている。

 

何か、何か彼女を笑顔にできることはないのか?

彼女の暗い顔を見るのが辛い!

俺まで仁奈ちゃんの孤独に呑まれそうだ!

どうすれば…………。

 

ビリッ、ビリッ……ズッ

 

俺まで俯いた頭の前で、何かが千切られる音が聞こえた。

ゆっくり顔を上げて見る。

仁奈ちゃんがもう一つの惣菜パンを二つに千切っていた。

 

「……………………ねーです、か」

 

何かを問うている。仁奈ちゃんが、何を?

聞き逃してはいけない気がして、まだ少し俯く仁奈ちゃんをそっと覗き込む。

それはとても不安な顔をしていて。

俺に問いかけていた。

 

求めていた。

 

「一緒に、食べて、くれねーですか?」

 

それは可哀想なシンデレラの、孤独なキグルミのSOSだった。

 

「……仁奈ちゃん、俺を誰だと思っている」

 

受信したからには助けないとな。

 

「俺は、お前の保護者だ。

その程度の頼みくらい、いつでも聞いてやる」

 

全てを二人で分け合って食べた。

二人の間に会話は一切存在しなかった。

 

だけど、寂しがり屋のキグルミはこの上ない安堵の表情を見せてくれた。

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

静かだが、心の弾む食事が終わった。

ゴミをレジ袋に入れた刹那、仁奈ちゃんの大きな欠伸が聞こえて。

振り向くと、満足そうな顔を見せて寝息をたてている。

 

明日には可愛い寝起きの顔を見せてくれるのだろうか。

 

「……そうだ明日!」

 

仁奈ちゃんのことばかり考えていたが、自分のことはアウトオブ眼中だった。

明日から346プロじゃんか!

疲れてるしさっさと寝よう。

いや、身支度整えてからにしよう。

 

「いや待てよ。仕事道具持ってきたっけ?」

 

冷や汗が全身から滲み出る。

そういえば俺家出してましたね……。

当然のこと、スマホと財布以外は全て自室だ。

それにわざわざスーツに着替えて家出するわけもなく。

 

「うわどうすりゃいいんだよ!」 ガンッ

 

焦ってドタバタしているうちに鞄を蹴ってしまった。

 

「鞄?そんなの、持ってきたっけ?」

 

そう、新品の革製の鞄。

思えば俺が先刻気絶する直前もこんな感想を抱いていた気がする。

無意識に家から持ち出したのか?

それだと予め玄関に置いておく必要がある。

 

「……ッ、痛っ」

 

爪先あたりが悲鳴を上げている。

思わず下を見ると、俺の靴は革靴だった。

そんなバカな。俺はスニーカーを常用している。

鞄も革靴も購入した覚えは全く無くて。

それじゃあ、買ってくれたのは……?

予め俺が持っていくように用意してくれたのは……?

 

「お、親父が……か?」

 

合点がいった。

心の中で精一杯の感謝をした。

鼻の感覚が曖昧になり、目頭が熱くなってきた。

 

寝ている仁奈ちゃんを起こさないよう声を殺して謝った。

 

「ごめん、ごめんッごめんごめん……!」

 

謝罪は謝る相手が居て初めてすることができる。

そんなことぐらいわかっている!

それでも、今すぐ、たちどころに謝らない訳にはいかなくて。

静かに一室が懺悔で満たされていった。

 

 

 

 

「……て……せー!

……は…………でご……ま…!」

 

ん?何?何か聞こえる。

束の間、肩に柔らかい感触があって。

あることを思い出し、急速に意識が覚醒していった。

ガバリと起きて肩の感触の正体は仁奈ちゃんだと確認した。

 

「ッ!仁奈ちゃん?

今何時か分かる!?」

 

考えられる最悪のアクシデント。

 

「もう8時でごぜーますよ!

このままじゃ仁奈、仁奈っ!」

 

杞憂で終わって欲しかった現事象とドンピシャリ。

 

「「遅刻だ!(でごぜーます!)」」

 

 

 

おそらく346プロへの出社時刻は8時半。

ホテルから出て10キロ以上はある。

普通に考えて俺の足では間に合わない。

だが、

 

「仁奈が行くのもそこでごぜーます!」

 

仁奈ちゃんも346プロの近くに用があるようで。

遅刻だと言っていたから多分近隣の学校か?

今日は土曜日だし、何処校か気になるが今は走る。

 

だが昨日の夜のようには走れなくて。

普通に考えて当たり前だ。

革靴でフルマラソン程の距離を爆走したのだ。

疲労骨折してないのが奇跡じゃないのか?

それに加え今は鞄の中に入っていたスーツを着ている。

親父が用意してくれたものだろうが、今は足枷でしかない。

おまけに仁奈ちゃんをおんぶしながら走っている。

 

「ファイトでごぜーます!

お馬さんの気持ちになるですよー!」

 

仁奈ちゃん、この状況をなんか楽しんでない?

俺もう走れないんだけど……。

 

 

そのうち足が言うことを聞かなくなった。

万事休すか……!

仁奈ちゃんをズルズルと降ろし、スマホに手をかける。

 

「ごめん仁奈ちゃん……。

もう俺走れないから、行き先の電話番号教えてくれるかな?」

 

一時的とはいえ、保護者がこんな始末で不甲斐ない。

 

「しょうがねーですね。

でも、多分大丈夫でごぜーます!」

 

「えっ?それってどういう」キュイイイイイ!

 

一台の赤いスポーツカーが俺の言葉を遮った。

車窓がスムーズに降りていき、運転手が顔を出す。

 

「美世おねーさん!」

 

え?知り合い?ホワッツ?

 

「おはよう仁奈ちゃん!

誰そこの人?知り合い?」

 

とりあえず自己紹介しないと。

ミヨという女性の顔を見る。

が、表現しがたい可愛さと美しさを感じる顔で。

俺のコミュ障に拍車がかかり、仁奈ちゃんの時のように口を開けない。

それを見た仁奈ちゃんが、

 

「このおにーさんですか?

この人はですね、誘拐犯でごぜ……ムグッ!?」

 

迂闊だった。この子まだ俺を誘拐犯呼ばわりするのか!?

ほぼ言い終わるところで口を塞いだので、確実にミヨさんには間違って伝わった。

 

「仁奈ちゃん、こっち乗ろっか」

 

ミヨさんが仁奈ちゃんを誘導して助手席に乗せる。

直後、ドアが乱雑に閉じられた。

 

「あなた、仁奈ちゃんに何をしたの?

そもそもあなたはこの子の何?

返答次第で、警察にトップギアで連れて行くわよ」

 

さっきの顔が台無しになる程の鬼の形相で睨みつけられる。

それに本当に誘拐犯として逮捕すると脅してきた。

たまったもんじゃない。

 

「お、俺は……誘拐犯じゃ、なくて。

だから……そのッ」

 

親父の時と同じだ。

責められるのが怖い!

俺は何だ?何だ?何だ!?

 

いや、今はもう決まっているんだ。

346プロへの遅刻も後回しだ。

 

「私はこの子の、市原仁奈の保護者です」

 

コミュ障による震えも恐怖も消し去った。

 

「え?そうなん……ですか。

失礼しました」

 

「いいえ、お気になさらず。

それより仁奈ちゃんが遅刻しそうなんです。

連れて行ってあげて貰えませんか?」

 

俺のことよりまず仁奈ちゃんのことだ。

 

「ああ、それなら。

今日はプロデューサーは朝の会議があるから遅刻しても大丈夫だよ」

 

「へっ?会議でごぜーますか?大人だー」

 

会議?プロデューサー?何の話をしている?

俺が首を傾げているとミヨさんが、

 

「ほら、えっと……保護者さん!後部座席に座ってください」

 

とりあえず言葉に甘えて後部座席の真ん中に座る。

車窓が全て閉まり、かかっていたbgmが消された。

 

「あたしは、346プロダクション内アイドル芸能事務所『スクエアエコー』所属の原田美世です。

ええっと、以後お見知り置きを?」

 

346プロ所属のアイドル?なら!

 

「自分は本ジッ」ゴッ

 

音速で立ち上がり頭部強打。

今車内でしたねそういえば……。

なんかTPOを弁えなくて本当すいません。

 

気を取り直して。

 

「自分は本日より346プロにて勤務します新人のプロデューサーです」

 

胸ポケットに手を入れる。

……流石に名刺までは用意してくれないよな。

 

「生憎名刺を切らせていまして。

どうぞ、以後お見知り置きを」

 

我ながら完璧だ!

コミュ障の俺氏、大進撃ってか!

ドヤ顔をミヨさんに見せながらドスンと座る。

仁奈ちゃんの方を向くと口をパックリ開けた状態だった。

きっと俺がクールすぎてリアクションを取れないのだろう。

数瞬の後、仁奈ちゃんが助手席に抱きつく形でこちらに身を乗り出した。

 

「おにーさん、プロデューサーでやがりましたか!?」

 

「そうだよ。黙っててごめんな」

 

誰が誘拐犯だ。

 

「仁奈もスクエアエコーのアイドルでごぜーます!

いごお味噌汁置きを?でごぜーます!」

 

仁奈ちゃんもアイドルだったのか!

俺も改めて仁奈ちゃんに自己紹介しようとすると、ミヨさんがテキパキとシートベルトを掛けて、

 

「なら急がなきゃだね!

多分今日の会議は全プロデューサー集合だし」

 

マジで?んじゃ余韻に浸る暇が無駄だったじゃないか!

帰ってこない時間に舌打ちし、こちらもシートベルトを掛ける。

 

「みんな準備はいい?」

 

「「はい!」」

 

今は美世さんの運転に全てを委ねよう。

 

「んじゃ、フルスロットルで行くよ!」ギュイイイン!

 

身体まで美世さんの運転に委ねてはいけないことに気づくのはすぐ後のことだった。

 

 

 

なんとか生きていることを確認しながら、地下駐車場に到着した。

 

「お疲れ様!降りていいよ」バタンッ

 

「はぁー!楽しかったでごぜーました!」バタン

 

気は確かかこのキグルミ。

まだ目が回っている気がするが、なんとか立て直し下車。

 

「なんか今日は業者さん多いね」

 

言われて周りを見ると、かなりの数のトラックが駐車していて。

 

「何かフェスとかやるんですか?」

 

「いや、そんなこと聞いてないけど」

 

ふーんと頷きながら、スマホで時刻を見る。

『08:17』の文字が俺を当初の予定を思い出させる。

 

「ああっと美世さん?

会議室って何処にありますか?」

 

「ああ!そうだったよね。

あたしがナビしてあげる」

 

それは有り難い。

低めに小さくガッツポーズを取ると、その手に柔らかい感触が触れた。

感触源を見ると仁奈ちゃんが不安そうな顔で俺を見上げていた。

 

「もう、さよならでごぜーますか……?

仁奈に会ってくれねーですか?」

 

消え入りそうな声で問いかけられる。

可能ならば、「そんなことない、ずっと一緒だよ」と言いたい。

でも、仁奈ちゃんを待っている人は他にもいて。

俺は『市原仁奈担当プロデューサー』ではない。

保護者としての役割もここで終わりだ。

 

「そうだな、もう保護者として一緒にはいられない」

 

淡々と事実を告げられたキグルミはこの上なく落ち込んで。

きっと美世さんが俺を睨んでいる。

わかってるよ、この事が仁奈ちゃんを傷つけるって。

 

だから、

 

「でも、俺はプロデューサーだ。

今は新米で全然他のアイドルに会えないかもしれない。

でも一杯努力してスクエアエコーのアイドルとも共演できるくらいの事務所を構えて、必ず仁奈ちゃんに会いにいく。

絶対の約束だ」

 

「ほんとでごぜーますか?

……絶対の絶対ですか?」

 

俺が仁奈ちゃんを裏切ることなんてしたか?

 

「ほんとだよ、絶対の絶対」

 

「やったやったー!

ケイヤクとして指切りしやがれです!」

 

キグルミが可愛い小指で指切りを求める。

当然俺も小指を絡める。

ついでに愛らしい頭も撫でてやる。

 

「うっきゃー!指切りげんまん!」

 

嘘ついたら自害でも何でもしてやるよ。

 

これで『保護者としての俺』は死に絶え、『プロデューサーとしての俺』が生まれた。

 

 

 

仁奈ちゃんは午前レッスンの予定があるらしく、一人でレッスンルームへ向かった。

今俺は青いシートが壁一面に貼られた通路を美世さんと歩いている。

ひたすら美世さんはそわそわしている。

 

「何で?解体整備でもするのかな?」

 

どうやら青シートは普段はないらしい。

何故だろう、どこかの部署の撤収とかなのか?

 

色々思案してる内に会議室に到着した。

 

「それじゃあここでナビは終了だね」

 

「助かりました。

仁奈ちゃんのことを宜しくお願いします」

 

「宜しくするのはこっちのプロデューサーだからね。

ちゃんと伝えておくよ」

 

互いに軽く会釈し、俺はドアに手をかけた。

と同時、美世さんに手首を握られて。

 

「スクエアエコーは少数精鋭の事務所だよ。

ハンデはあるけど、上手く並んできてね!」

 

当然だ。その印として、

 

「失礼します!」ガチャ!

 

勢いよく入室した。

 

「君が新米のプロデューサーか。

常務の美城だ、宜しく頼む」

 

本格的にプロデューサー活動が始まった。

 

 

俺が座るや否や、会議が開始して。

 

「忙しい中、皆に時間を取らせて貰って申し訳ない。

手短に、統括重役としての私の方針を先に言っておく。

現アイドル事業部門の全てのプロジェクトを解体し、白紙に戻す」

 

瞬時に周囲にざわめきが起こった。

美城常務は気にする様子もなく続ける。

 

「その後、アイドルを選抜し、一つのプロジェクトにまとめ、大きな成果を狙うのが目的だ。

これは決定事項だ、追って通達を出す」

 

会議室全体がどよめきに揺れた。

美城常務が言ったことについてほとんど理解出来ない。

貧弱な脳で理解する。

言葉を咀嚼しきれない。

まだ美城常務の報告は続いている。

でも全く理解できない。

何とか理解しないと……仁奈ちゃんとの約束を……!

 

ガララッ!

 

「プロジェクトにはそれぞれ方針があり、その中でアイドルは成長し、個性を伸ばしていると思うのですが!」

 

反抗の意の声が聞こえた。

右隣の席の長身で強面の人だった。

とても怖そうな目つきだが、どこか滾るような情熱が見えて。

そんな彼の姿を眺めている内に、

 

「以上でミーティングは終了とする。

各自解散して結構」

 

会議が終わっていた。

ヤバいヤバいヤバい!

俺結局ほとんど理解出来ていない!

既に横の強面の人も居なかった。

最奥にいた常務は

 

「君はこの後私について来て貰おう」

 

目の前で凍るような表情を見せてきて。

 

「ッ!?……は、はい」

 

心の底から震え上がった。

 

 

恐らく常務室までの廊下を歩く。

周りはみんなパニックに陥ったようで慌ただしかった。

会議で聞いたことを改めて整理する。

 

「君は本来ある事務所のアシスタントを頼む予定だった」

 

「……はい?俺、いや僕は上層部へ配置されると聞いていたのですが」

 

それなりにきょどらずに喋れている。

さっきは現役美女アイドルと会話したんだ。

少しはコミュニケーションの耐性はついただろう。

 

「その上層部のアシスタントを務めて貰いたかったのだ」

 

なるほど、流石に初っ端からプロデューサーは出来ないわけか。

しかし、貰いたかった?

何で過去形なんだ。

 

「その事務所は何というところですか?」

 

素朴な質問をぶつけただけだった。

しかし、その問いが一瞬常務の歩行を停止させた。

そしてまた歩き出し、答えを言う。

 

「スクエアエコーという事務所だが、君はまだ知らないだろう」

 

いや、普通に知ってるぞ。何故なら、

 

「それは、仁奈ちゃんが所属している場所ですよね?」

 

肯定を意味する沈黙が返ってくる。

なら、聞くことがまだある!

 

「先ほどの会議でプロジェクトを白紙に戻すと仰っていましたが、スクエアエコーも対象ですか?

もしそうなら、仁奈ちゃんのこれからはどうなるんですか!」

 

怒気を込めすぎだ、自分でも分かっている。

だが、止まらない、止められない。

 

「当然対象だ。市原仁奈は私が預かる」

 

は?どういうことだ?仁奈担当プロデューサーは?

 

「担当プロデューサーと隔離させるのですか?

それは何故」

 

言葉を遮るように密着された。

 

「君は一体彼女の何だ?

何故そこまで彼女に執着する?」

 

保護者だから……いや違う。

会いたいから……論点がずれてる。

約束があるから……あまりにも個人的過ぎる。

 

「プロデュースしたいから…………!」

 

今の言葉は確かに俺の口から出た、心のどこかで望んでいた願いだ。

もう口に出してんだから、我慢する必要はないよな。

 

「仁奈ちゃんと出会って、思ったんです。

守らなきゃって、俺が彼女の心の隙間を埋めなきゃって」

 

常務の目つきがまた恐ろしいものへと変貌した。

怖い、プレッシャーに押し潰されそうだ。

 

「だから、仁奈ちゃんが346プロに所属してるって聞いてとても嬉しかった。

間接的だとしても、彼女の寂しさを軽く出来るから」

 

いや、怖いから何だ。

それだけで仁奈ちゃんを灰被りのキグルミにさせていいのか?

 

「俺も仁奈ちゃんと出会って考えが変わった!

他人を想うように、助けようって思えるようになれた!」

 

そんなこと断じて許さない。

俺は仁奈ちゃんをずっと守りたい。

 

「俺は仁奈ちゃんを輝かせたい!

そして成長していく仁奈ちゃんに、ぶかぶかだったガラスの靴を履かせてやりたいんです!」

 

ポエム交じりで、俺自身何を言っているのか分からなくなってきた。

なので、改めて俺の頼みを伝える。

サッと常務から距離を取る。

仁王立ちをして、大きく息を吸う。

そして大きな声で

 

「俺に市原仁奈を、プロデュースさせてください!!!」

 

言い切ってやった。堂々と。

 

常務は顔色を一切変えず向きを変え、速歩きで常務室に向かった。

……ダメだったのか?

人生で一番強く主張した。

一番頑張って要求をした。

それでも、ダメなのか……?

 

「何をしている、早く入りなさい」

 

遠くから、俺を呼ぶ声が聞こえた。

美城常務の声だ。

 

「!……今行きます!」

 

猛ダッシュで常務室へ入室した。

 

すると奥で常務が何かを抱えたまま俺を待っていた。

 

「これを受け取りなさい」

 

常務が差し出したのは封筒だった。

それも閉じ口が青色で、尚且つ刺繍が入っている豪華そうなやつだ。

恐る恐る受け取り、顔で開封の許可を求めた。

常務が静かに頷く。

一気に封筒を開ける。

 

中に入っていたのは、『アイドル・市原仁奈』のプロフィールだった。

 

「覚悟があるのなら、やって見せなさい」

 

 






無人のスクエアエコープロデューサー用個室。
そこだけは、プロジェクト白紙の影響を受けなかった。
業者も、誰も寄り付かなかった。
理由は誰もわからない。
ただし、確かに『何か』は存在していた。
パソコンが一人でに動く。
誰も操作していないキーボードがカタカタと音を立てていた。



ー第三レッスンルームー


「あれ?ルキトレおねーさん、ちょっと来てくだせー」

「どうしたの仁奈ちゃん?」

「これ、本当に仁奈のでごぜーますか?」

「そうだよ?予めレッスン用に置いていた靴じゃない。
何かおかしなところがあったの?」

「この靴、ぶかぶかでちゃんと履けねーですよ」


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file00:byスクエアエコーP

タイトル決めんの結構むずいしどうでもいいからとりあえず誰が打ったか分かるように名前だけ打っとくで。
そんなカッコつけるようなこと書かへんし一応仕事に関わることやからな。

どうでもいい話は置いといてこっから本題な。
今この画面を見て読んでる輩の中で一度でも俺と一緒に仕事した人はお願いやからフォルダ閉じてな。
でも逆に新米のアシスタント君がこれ見てるんやったら下のバナークリックして。

ここから←


 

……ほんまに新米アシスタント君で合ってるな?

間違ってたらすぐページ閉じて。

 

 

 

 

 

 

とりあえずタイトル書く欄でも言うたけど、スクエアエコーのプロデューサーです。

どうぞ宜しゅう。

 

ちょっと前に君の資料見せて貰ったわ。

父さんウチの元部長やったらしいな!

今は何してはるか知らんけど、ええ父さん持ったやん!

 

でもやで、あんたの経歴があかん、あかんやろ。

なんや『高校中退』って。

その後も何もないやん。

346プロ入ってきたんも絶対縁故やな?

てかよく承認されたな。

そもそも346って基本縁故就職って禁止やねん。

それでもあんたは入ることが出来た。

これが何を意味するか分かるか?

 

あんたの父さんが無謀なことするくらい、あんたが大事やねん。

『かわいい子には旅をさせよ』って言うやろ?

さしずめニートやろうあんたがかわいいてしゃーないねん。

多分あんたが知らん所でめっちゃ頭下げてお願いしたんやと思うで。

そんなことまでして多分ニートのお前を働かせたかってん。

プロデューサーをやらせるつもりやってんやろけど、アシスタントになってもうたけどな。

それでも有難いと思いや。

普通ありえへんからな。

 

まぁ、ありがたみは今のあんたは分からへんやろな。

今まで一度も働いたことない奴は大体分からへん。

バイトとかちょっとはしてるかもしれへんけど、そんなんノーカンやで。

バイトと実際のまともな仕事は全然ちゃうからな。

給料も、難しさも、重みも、得られるものの価値も。

それを噛み締めながら、ウチでの仕事頑張ってください。

 

本来禁止の縁故の中途採用やから、多分研修とかそういうの抜きになると思うねん。

ほんで今の時期……8月下旬っていうのはシーズン末期のプランとかそういうのを決めたりとかして、とりあえずめっちゃ忙しいねんわ。

ほんで残念なことにな、もうちょいで海外から今の常務が帰ってくんねん。

その常務がごっつ厳しいねんわ。

多分あんたは秒で首刎ねられるわ悪いけど。

 

ただそうなったら俺めっちゃ多忙な時にアシスタント抜きっていう地獄見なあかんようになんなんな……。

それは結構だるい。

最近新入りアイドルも入ってきたことやしマジでアシスタントが必要やねん。

それやから下のバナーからマニュアルのページに飛んで熟読しといてな。

ネットで開こう思ても無駄やで。

このフォルダ限定の俺の自作やから笑

結構ぐだった文になったけど堪忍な。

いつもの俺はちゃんとした文やけど、長らく一緒に働く仲間に堅い文とか嫌やからさ。

 

 

 

アイドル事務所のアシスタントを務める為のマニュアル←

 

(追伸、今考えたら堅い文嫌とか言っときながら途中説教文なってたな笑ごめん)

 

 

〜〜

〜〜

 

 

 

以上、大まかなマニュアルでした。

これら覚えて頑張ってな、新米君!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この文字読めてる人はクリックして←






……今繋がってるか?
ちゃんとこれ問題なく打ててる?
万が一これ読めてる人は何かしらのアクション取ってくれ。
でもアイドル達だけには極力伝えるな。
特にスクエアエコーのアイドルにこれちくったら呪い殺すからな。
今この画面の文字難なく読めてる人は、お願いやから信じて欲しい。
多分君は『この文字読めてる人はクリックして』のところのバナーをクリックしたな。
そのバナーとこのページの入力時刻見て。
そやねん、気づいた?やばない?
今俺死んでんねん。
気がついたら俺事務所の俺のデスクにおってん。
信じられへんやろ?
うん、俺もにわかに信じられへん。
だって死霊がカタカタ今パソコン打ってんねんでこうやって。
落ち着こうにも勝手に手が動く感じやわ。
成仏はよしたいねんけどな……。
まぁ未練タラタラで自殺したからな、しゃーないよな。
まぁ落ち着いたら理由とか経緯とか丁寧に書いていくけど、このファイルの文字数が限界やねんな。
生前すんごい文字数のマニュアル書いたからさ。
とりあえず言いたいことは他のファイルでもれなく書くからそっち見て。
……俺が心強かったらこんなんならんかってん。
俺がちゃんとやりきって、完全無欠のプロデュースを出来たら、美世、小梅、飛鳥をもっと高みへ連れて行けた。
お前らは何も悪ない!全部俺があかんねん!
もう時間ない!多分今日の朝には美城が個を捨てる。
ほんだらもう俺らは終わりや!
あかんいやや終わりたくない!
終わりたくなかった!
仁奈も、まだ純粋なお前も、いかんでいい道を行くかもしれへん!
ほんまに、ごめん。
美世、ほんまにごめんな。
小梅、ほんまにごめんな。
飛鳥、ほんまにごめん……。
仁奈、ほ
<記入可能な文字数が限界に達成しました。
新しいファイルを作成するか、文字を削除してください。>


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episode5(:よりしろ

「フッ、こんな……こんな戯言を垂れれば、ボクが許すと思ったのかプロデューサーは」

少女は静かに激昂した。
真っ暗な部屋で、最早真っ黒になった目でパソコンの画面を睨む。

「だが、拾って貰った恩もある。
ボクはキミの望み通りれっきとしたアイドルでいてやるさ」

少女は震える手でフォルダを閉じた。
少女はアイドルだ。
アイドルは偶像だ。

「但し、偶像のボクがね」

アイドルのファンは、アイドルを追い求める。
偶像を追い求め続ける。
では、アイドルは何を求める?
少女は何を追い求める?

「僕のペルソナはキミの為に在るのだから」

少女は、彼を追い求めた。

「待っていろ、プロデューサー」

命の灯火が消えたわけではない。
だが、確かにその瞬間、何かが消え去った。


「失礼します……」

 

フラつきそうな脚に力を入れてなんとか常務室を後にした。

とりあえず……とりあえず歩きながら整理しよう。

封筒を右脇にしっかりと挟み、青い迷宮のような廊下をトボトボ歩く。

 

「はぁー、えぇ……」

 

どうしようもなくため息と困惑の声が漏れる。

我ながら無理もない。

 

まさか俺の初めての担当アイドルにこんな悲惨なことを伝えなければならないなんて……。

こんなこと……ついさっき知ったことだ。

美城常務に貰った市原仁奈の資料を見て知った情報。

仁奈ちゃんは『スクエアエコー』に所属している。

そのことに関してはいい。

問題なのはそのスクエアエコーのプロデューサーが、死亡したらしいことだ。

美城常務もつい先日知ったらしい。

このことを、一体どう仁奈ちゃんに伝えればいいんだ……。

いや、スクエアエコーの他のメンバーにも伝えなければならない。

脇に挟んだ封筒から資料を取り出し改めて見た。

 

「スクエアエコー所属メンバー:『原田美世』……『白坂小梅』……『二宮飛鳥』と、仁奈ちゃんか……」

 

原田美世は多分ミヨさんと同一で間違いないだろう。

他の二人はまだ会ったこともない。

 

「4人もできるのか……?」

 

担当プロデューサーの不幸を彼女達に知らせることだけじゃない。

美城常務から一つ頼まれたことがあるのだ。

 

 

 

 

『急で申し訳ないが、君にはして欲しい仕事がある。

スクエアエコーの4人のアイドルを君に引き取って貰いたい』

 

『引き取る……とは?』

 

『君はアイドルのプロデューサーになったからにはアイドルの事務所を構えて貰う。

そこで4人を君の事務所の所属アイドルとして迎え入れてくれ』

 

『ちょ、ちょっと待ってください!

急すぎます、そもそも僕はプロデューサーの』

 

『急だから申し訳ないと謝っている。

だが、君しかいないのだ』

 

『?……他のプロデューサーに任せるのはいけないのですか?』

 

『君は会議室での話を聞いていないのか?

今日この日を持って346の在り方を変える。

他のプロデューサーは自分のアイドルのことで手一杯の筈だ』

 

『あ、ぁぁ……そう言うことですか。

あっ、では美城常務が』

 

『私は統括重役だ、プロデューサーではない。

プロデューサーは乙女を導く馬車、私は城の持ち主だ。

それに私も忙しい、全員の面倒を見れない』

 

『えぇ……。僕も全員を受け入れるなんて出来ないです……』

 

『最悪の場合は私が引き取るだろうが、それまで彼女達はみなしごだぞ。

それでも見捨てるか?』

 

『ッ……gmamjtgjkjwawgwatjxg……

………………ハッ!いや、その俺は』

 

『もういい。急に取り乱す君に預けると碌なことにならなそうだ』

 

『…………すみません。その方が良さそうです』

 

『君の市原仁奈に対する覚悟もその程度だったのだな』

 

『!……、仁奈ちゃんだけは、俺がなんとかします!』

 

『なんとかする、では駄目だ。

確実でないといけない。

半端な覚悟なら、諦めなさい』

 

『ならっ、絶対に俺は仁奈ちゃんを引き取って護ってみせます!』

 

『……本当に君に任せても良いのだな?』

 

『はい、ですので仁奈ちゃんはお、僕が』

 

『事を頼んだ私が言うのも申し訳ないが、全く持って信頼できないな』

 

『……え?それは、何故……』

 

『君が取り乱している間、改めて君の資料を読ませてもらった。

ただの赤子が城に紛れ込んでしまったな……』

 

『いや、でも』

 

『これ以上の言い分は聞きたくない。

そもそも赤子は成長するまで喋らないものだろう?

だが、あの人の縁故就職ということであれば、また話は違ってくる』

 

『あっ、親父を知っているんですか?』

 

『そう、君の父親は私の恩師のような上司だった。

あの方がいるから、今の私がいる。

だから、赤子の君にも恩がある』

 

『えっ!?でも親父は、経営ミスって346プロをめちゃくちゃにした張本人ですよ?

そんな親父が恩師……ですか?』

 

『とりあえず、君には一週間の猶予を与えよう。

その間、何としてでもプロデューサーを務められるようになること。

君の初めての仕事はやはりこれにしよう』

 

『は、はぁ…………。

それじゃ、仁奈ちゃんはどうするのですか?』

 

『無論、君に預ける。

君が無性に欲しがっているしな。

一週間の研修期間で彼女との相性もチェックしよう』

 

『チェック……ですか。

確かに相性は必要ですよね。

でも常務は確認する暇はないのでは?』

 

『その点は問題ない。

チェックは私ではなく、優秀なアシスタントにしてもらう。

……それで、もう異議はないな?』

 

『はい、分かりました……。

ですが、まずは……スクエアエコーの4人に・プロデューサーのことを伝えることから始めます……』

 

『ああ、頼む。そして可能なら、君がスカウトをしてくれ』

 

『失礼します……』

 

 

 

 

 

 

あー、なんかお腹痛くなってきた。

人生でトップを争うくらいのストレスを受けたぞ絶対。

トイレはどこにあるんだ?

廊下をいくら歩いても、景色は青の養生テープ。

それと、忙しなく走り回るプロデューサー達。

そして、孤児と化したかのようなアイドルが所々に。

プロデューサーには話しかける気になれない。

マジで忙しいオーラに満ちている。

 

 

「少し、いいですか?」

 

なんとか勇気を出して、気品のあるアイドルに話しかけた。

この人が『白坂小梅』か『二宮飛鳥』であると信じて。

こっちに振り向いて、返事を

 

「黙りなさい、豚」 ドゲシッ

 

物理的に返してくれた。

痛い!多分ハイヒールの踵であろう突起が鳩尾にめり込んでる!

当然ながらよろめいた。

 

「ッガハッ……。な、何もそこまで……」

 

痛みを抑えきれず、且つこの悪魔に恐怖を覚えてゆっくり後ずさる。

この人……怖い!

理由なんてないけど、さっさと謝って逃げないと!

 

「ボンバー!!!ちゃんとついて来てますか!?」

 

右から、甲高い絶叫が。

ふと見ると、赤い乗用車!?

 

「えっ!?ヤバいヤバいヤバいどかな……ハッ!」

 

避けようにも後ろは壁!

前は凶器!

あ、でも乗用車は車じゃなかった!?

とんでもないスピードで駆ける少女だ!

とりあえずしゃがむ!

 

「ボンバーアア↑アア↓アアアア……」

 

赤い服の爆走少女は俺にドップラー効果を体験させて過ぎ去ったようだ。

顔を上げると、悪魔の女性もいなかった。

何が何だかよく分からないけど、これで一安心か

 

「すみませんっ!そのまましゃがんで下さいっ!」

 

右からまた暴走少女か!?

しかしそのスピードはさっきのに比べると幾段か遅くて。

そして走るフォームは綺麗だ。

……この子、陸上部か?

なら、しゃがめという指示はもしや……。

 

「ふっ、あ、もういいですよっ。

ありがとうございますっ!

待ってくださーい茜さんっ!」

 

あっと言う間に俺を飛び越えてそのまま走り去ってしまった。

見事なハードル走だ。

さっきの3人のうちに白坂か二宮はいたのだろうか?

……仮にそうだとしても、最後の陸上部っぽい子であってくれ。

 

「全く、サファリパークみたいやな」

 

……ん?みたいやな?関西弁?

確かに俺の声だし、俺の率直な感想だ。

でもなんで関西弁?一体なクギュルルルルル

 

「ウガッ、も、モル……」ギュピルィ

 

俺のピーチから出てはいけないものが出てしまう!

早くトイレに行かないと色々死ぬ!

……どこにあるんだよトイレェェ!!!

あかんてはよ行かなヤバいやつやん!

 

「えっ、なんで……どうなって」

 

頭の中でも関西弁が響く。

なんなんだこの現象は?

 

「あっ、着いてる」

 

気が付けばもう着いてた。

何でかわからないが、助かった。

 

「………ュ……」ツンツン

 

後ろに小さな感触が。

恐る恐る振り返る。

するとまたもや知らない少女が。

 

「プロデューサー、今……どういう状況なの……?」

 

不安そうな声音で問うてくる。

いや、どういう状況なのってこっちが聞きたいんだけど。

あっ、もしかしてこれは人違いってやつか?

 

「あの……もしかして人違いなんじゃないかな?」

 

ゆっくり萌え袖を払った。

すると少女は不思議そうに首を傾げて。

その表情は何故か、懐かしい感じがした。

 

「何を言って、いるの……?

プロデューサーは、プロデ…………え?」

 

え?いやこっちがえ?だってば。

さっきから一体何なんだこれは?

少女が段々と表情を崩していってる……。

 

「そん、な……何で、ぇ……?

そっちに……あっ、……え……!」

 

明らかに様子が変だ。

 

「どうした!?大丈夫!?」

 

ビクッと少女が反応し、ゆっくりと口を開く。

 

「大丈夫、です……。

人違い……で、した……。

ごめんなさい…………っ!」

 

そう言うや否や、萌え袖の少女は女子トイレへ駆け出してしまった。

本当に大丈夫なのか?

といっても俺は女子トイレに入れないし、そもそも男子トイレに用がある。

とりあえず男子トイレに入った。

……なかなか高品質じゃないか。

緊張と混乱で汗まみれだったズボンを下ろして腰掛けた刹那、

 

「……いやだぁぁ……い、やぁ……ああぁ……!

置いっ、でいが、な……いで……ああ!」

 

大丈夫じゃない、トイレの中から泣き噦る声が響き渡る。

ああ畜生、今出てるから全く動けない!

 

 

 

 

スタドリのせいか、とても長い時間便座を温めていた挙句、泣いていた萌え袖の少女の行方が分からなくなってしまった。

男子トイレを出ても、もう女子トイレからは泣き声も聞こえなかった。

あの子を探さないと……。

目星はない。

 

「すみません、萌え袖の女の子見掛けませんでしたか?」

 

この迷宮の構造すら分からない。

 

「多分ここのアイドルなんです、どこにいるか分かりませんか?」

 

探すメリットさえも正直あまりない。

 

「いいから、教えてください!」

 

 

どのくらい走り回った?

息が絶え絶えになっているわけではないが、かなりの時間を掛けて探したぞ。

一向に見つかる気配がない。

ただ、一つ見つけたものがある。

この一室……養生テープが貼られていない部屋だ。

萌え袖の少女を探している時、自然とここがリスポーン地点となっていた。

ここだけ特別青くないからだろうな。

一体どういう部屋なんだ?

俺は新人だし、入ってもなんとかなるだろう。

吸い付かれるようにドアノブに手を伸ばす。

もしかしたら、萌え袖の子もいるかもしれないしな。

ノックせずそのまま一気に開けた。

 

「失礼します」

 

覗き込む、あたりは暗闇だった。

中央のデスクを除いて。

…………ん?

 

「ぇ、え、ええ、ええ?」

 

ズルズルと勝手に足が動く……?

なんだこれ、何なんだ?

俺の足が、俺のものではない!?

そのままパソコンが付けっ放しになっているデスクへ進んでいく。

だが、何故か恐怖は感じない。

こうなることが分かっていたような、そんな不思議な感覚。

 

「……お前頭ん中うっさいわ」

 

俺の口も勝手に動き出した。

そのまま手も支配されて。

俺ではない己の身体がキーボードを叩く。

ついに目まで自由を奪われ、画面に釘付けになった。

画面が起動し、フォルダが開かれた。

……は?何で……?これが?

 

画面には、にわかに信じられない文字が浮かんでいた。

 

 

『すまんけど、しばらくお前は俺の憑代やから。

俺は今は故人、スクエアエコーのプロデューサーっちゅうもんや』




1日後、都内大型病院





……ここは…………?
くそっ、まだ頭が痛ぇ。
あいつ全力で親不孝しやがって……。
頭蓋骨割れてねぇだろうな……。
……包帯が……。
病院送りってやつか……。
あー、346カフェ行けねぇなぁ。
ま、安部がいればなんとかなるだろう。
とりあえず、どこの病院だ此処?
んこらしょっ……

「あ……」

「あっ……」

えと、確かにこの子は北じょ

「ゔわぁぁぁぁ!!!」


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episode6():正当化

フォルダを閉じた。

時間を忘れてファイルを読み漁った。

読んだのは『file00』、『file01』、『file05』の3つ。

読み切ったときに達成感はなかった。

満足感も得られなかった。

どれも膨大な情報量だったが、日頃の生活の性質上そういうのには慣れている。

ただ、一つ慣れないものがある。

 

「お前は何なんだよ!」ガンッ

 

今俺から溢れ出る怒りだ。

怒りに任せて振り下ろした拳が、無罪のキーボードを傷つけた。

 

「彼女達のことを全力で放り捨てやがって!」

 

スクエアエコーのプロデューサーは、4人の担当アイドルを捨てた。

自らの死を以って、アイドルを孤立させた。

 

「そのくせして俺に託しただ!?」

 

彼は、どうしようもない無能だったらしい。

スクエアエコーのアイドルが躍進していくのと対象的に自分の能力の限界を知っていくことに嫌気がさしてきたそうだ。

 

「見ず知らずの俺が希望って、頭沸いてるのか?

そういうのは他力本願って言うんだよ!」

 

本来プロデューサーはアイドルを引っ張っていく存在であるのに、逆にアイドルに引っ張られるのがたまらなかった、と。

 

「彼女達の未来も壊すことになるって分からないのか?」

 

キーボードを殴る右腕が止まらない。

怒りも収まる気配がない。

そもそも抑える気になれるわけがない。

 

「あの子達にとって、お前は親代りのようなもんなんだぞ!

お前が自殺するって言うのは、親が自殺するのと同義だ」

 

キーボードを殴るのを止め、標的をパソコンの画面に定める。

 

「さっきから黙ってないで、なんか言ってみたらどうだ!」

 

そのまま振り抜く。

クソ野朗の懺悔画面をぶっ壊してやる!

 

 

 

ちょっと黙れや。

 

画面に当たる直前、ピタッと拳が止まった。

どうやら呼びかけに応じたようだ。

身体の自由が段々と奪われていく。

抗ってもがこうとするが、時すでに遅し。

 

「……ッ、動かね……」

 

自由に動かせるのは口と思考だけのようだな。

それでも結構、ボロカス言ってやる。

 

「美世さん、小梅さん、飛鳥さん、仁奈ちゃんのこれからを完全に保障出来るか?」

 

だからそれをお前に任せるっちゅうねん。

 

「俺は仁奈ちゃんをプロデュースしたいと思っている。

後の3人は常務に預けるつもりだ」

 

あかん、常務にだけはあかんて。

 

「死体がどうこう言っても意味ねぇよ!」

 

そやな、俺が何言おうがどうしようもない。

せやけどな、お前の身体をずっと使うことも出来る。

お前が言うこと聞かんねやったら俺と変われ。

 

「ふざけんな!俺は俺だ!

俺が4人もプロデュース出来る器だと思うなよ?

……もういい、もうでしゃばんな!」

 

俺はお前の身体でプロデュースをやり直したいねん。

お前は色々都合いいねんわ。

 

「はぁ!?めちゃくちゃだぞお前!」

 

めちゃくちゃでええわ、この際どう言おうが構わへん。

もう少ししたら完全にお前を憑代化出来んねんから。

 

「……?憑代化?何だそりゃ?」

 

簡単に言うと乗っ取るちゅうことやな。

 

「あぁ?……やってみろよ。お前がそんなこt」

 

んじゃ遠慮なく。

まず汚いお前の口調からな。

 

「…………ぉ、ん……ッ」

 

ついでに物言われへんようにしたる。

思考もその内完全取り込んだるわ。

 

ちょ、っと……待、てよゴ……ら……。

 

 

 

 

 

……こんな悪人ヅラしなあかんようになるとはな……。

ほんま堕ちたもんやわ……。

 

コンコンッ

 

あっ、くそ、一旦離れなヤバい!

 

 

ガチャ、キイィ……

 

「失礼します……。

誰もいないわよね」

 

「だばぁ!!!」

 

拘束から解放された!なんとか助

 

「きゃああ!」バタッ

 

かってない人がいそうだな。

女性の声……スクエアエコー所属アイドルか?

電灯付けてないから何かにつまづいたのか?

 

「……事務員の方ですか?」

 

うん、事務員。

言ったら申し訳ないけど、見るからに事務員って感じの人だ。

緑の服の事務員は尻もちをついた状態でこちらを見、

 

「え?あ、あぁ、はい。

私はアシスタントの千川ちひろです。

あの、さっきはお恥ずかしいところを……」

 

千川さん…は立ち上がり頰を赤らめた。

え、かわいい。

 

「ああ、いえいえ。

こちらこそ驚かせてすみませんでした」

 

とりあえず詫びを入れて。

……謝る原因作ったのは俺じゃないんだけどな!

あいつはなんで俺から『離れた』?

さっきまでビンビンに感じてた気配が全くない。

偉そうに他人を乗っ取るとかほざいていた癖に。

 

「えーっと、すみませんが、どちらの事務所の方ですか?」

 

ふぇっ?事務所?

あ、えーと確かここはスクエアエコーのプロデューサー室で……じゃない、俺の事務所?事業所名!?

まだ決まってないし!んじゃどう説明すんの!?

あ、ああヤバい、またコミュ障発動しそう……。

落ち着け落ち着け!思考よ落ち着け!

パニクるな……そうだ、俺は事務所を構えていない新人……。

……そう、新人プロデューサーだ!

 

「……ええっと、お……僕はまだ新人のプロデューサーでして。

まだ事務所とか持ってないんですよ……」

 

ふぅー、なんとかまとまった。

 

「ああ!ここにいらしてたのですね!

美城常務から話は伺っています。

ようこそ、346プロダクションへ!」

 

「は、はぁ……」

 

え、ここで歓迎会すんの!?

故人の事務室だよここ!

ていうかめっちゃチュートリアルっぽいんだけど!

 

「……と言っても、あまり喜ばしいタイミングじゃなかったですよね……。

入ってきたばかりなのにこんな状況になっていてすみません。

プロデューサーさんにはもっと万」

 

「ああもう大丈夫です大丈夫!

これ以上湿っぽくならなくてもいいです……」

 

ただでさえどんとストレスが降り注ぎまくってるのに、これ以上増えたら鬱になるわ!

 

「あーその、何かご用件が?」

 

何で前触れなく入室してきたんだろう?

お陰で『憑代化』とやらから解放されたっぽいけど。

 

「あ、はい。丁度あなたを探していたところだったんです。

あなたのプロデューサーとしての適性と、仁奈ちゃんとの相性を私がチェックすることになりました!

期間は短いですが、しっかりチェックさせてもらいます」

 

なるほど、亡霊騒ぎですっかり棚に上げてた……。

 

「分かりました。至らないところも多いだろうけど、頑張ります!」

 

気合いを込めてガッツポーズ。

大変だろうけど、仁奈ちゃんと一緒に頑張るからな!

 

「気合い充分みたいですね!

では私が入社祝いとしてささやかながら……」

 

左ポケットに手を入れ、ガサゴソと何か取り出そうとしてる。

何だろ、前金?……な訳ないよな。

 

「こちらをどうぞ♪」

 

差し出されたのはスタドリだった。

……スタドリだった。

 

「え、す、スタドリ、ですか……?」

 

無理無理無理無理怖い俺これ知ってるヤバいやつだ!!!

 

「はい!本当は少々値段があるんですけど、今回は特別に無料で差し上げます♪」

 

うん知ってる高い癖にヤバいやつだよねこれ!

顔が本能レベルで引きつってるのが分かる。

申し訳ないが、これだけは頂けない。

いや、でもやっぱり貰わないと失礼かなぁ?

 

「ぁ、ありがとう、ございます……」

 

貰っておこう!

ちひろさん人生で見たことない笑顔みせてきた!

あれ多分メドューサと似たようなやつだ。

そんでもってスタドリは後でトイレに流そう!

 

「それでは、失礼しますね。

あなたのプロデュース、期待してます!」

 

そう言いちひろさんは退室した。

あまり時間は食わなかったな。

 

「あ、今何時だ?」

 

反射的に壁面を見やる。

アナログの掛け時計を見つけた。

正午、それも12時ぴったりだ。

……いや、よく見ると秒針が動いていない。

 

「プロデューサーと同様、壊れてたか」

 

愚痴ってスマホの画面を見る。

正しい時刻は14時47分だった。

 

「とりあえず、一旦出ましょうか」

 

担当のアイドルがスクエアエコー所属のアイドルとはいえ、部屋まで同じというわけではないだろう。

 

暗い部屋を後にする。

目の錯覚で、周囲の養生テープが空のように澄み渡っているかのように見えた。

空気が美味しく感じる。

 

バタンッ

 

部屋の空気が汚く思えて、思い切り閉めてやった。

 

「ああー!!!」

 

左の通路から叫び声が。

思わず振り向くと、

 

「あ、仁奈ちゃん!」

 

タイミングが良いことに仁奈ちゃんが。

こちらに駆け寄ってくる。

相変わらず何をしてても可愛いなぁ。

キグルミも朝の時と違うけど、まぁ可愛い!

 

こちらの手前で止まると少し息切れをして一声。

 

「朝の誘拐犯でごぜーますね!」

 

またそれか!

もしやわざとやってるのか?

 

「違う違う!もう俺プロデューサーになったから!」

 

一瞬仁奈ちゃんはきょとんとし、すぐさまハッとなって笑った。

 

「そうでごぜーましたね!新人プロデューサーでごぜーます!」

 

そうそう、誘拐犯じゃないからな!

 

「あ、もしかして俺に用があったかな?」

 

ちひろさんが俺に確認をとったということは、仁奈ちゃんにももうとってあるのだろう。

 

「あ、そうでごぜーました!

見てくだせー!仁奈のニューキグルミ!」

 

違うのか。まぁいいや。

キグルミショーが始まった。

 

「今度のお仕事で使うドラゴンキグルミでごぜーます!

レッスンの時に靴が履けなくなっちまったので、ついでにお着替えしたですよ!

このキグルミ、ここにマイクも付いててすげーです!」

 

興奮しながらキグルミを解説してくれる。

すごく癒しだ……。

 

「しっぽも可愛いね」

 

「へへへ!しっぽびよーん!ふりふり、でごぜーます〜!」

 

疲れが抜けていく感じがする。

本当に可愛い。

 

「ずっと見ていられるくらい可愛いわぁ……」

 

あ、しまった声に出てしまった。

聞こえたであろう仁奈ちゃんはまんざらでもないようだ。

 

「このままプロデューサーにも見せに行くですよ〜」

 

そうかそうか、きっとプロデューサーも喜ぶぞ。

 

「……ぇ」

 

刹那、固まった。

そして、俺の最初の仕事内容を思い出した。

『スクエアエコープロデューサーの自殺』。

そのことを仁奈ちゃんに伝えなければならない。

でも、辛すぎる。俺がしたくない。

でも、言わなきゃ仁奈担当プロデューサーでいられない。

伝えなきゃ、いけない……。

仁奈ちゃんは今、スキップしながら亡きプロデューサーの部屋へ向かってる。

そして、不在を疑問に思う。

恐らく他のアイドルに所在を確認するだろう。

なら俺は何もしなくていい。

……いや、それはダメだ。

 

「ぁ……ちょっと、仁ぁ……ぉ」

 

いやだ、これからこの子の笑顔を奪わなければならない。

仁奈ちゃんの悲しい顔は見たくないのに!

くそっ、どうすればいい!?

もう、仁奈ちゃんはドアノブに手を掛けてる!

何が正解なんだ……?

どれが正しい……?

 

「仁奈ちゃ〜ん!おいで〜!」

 

禁断の扉が開かれる直前、メサイアの声が聞こえた。

二人同時に声の元を見やる。

 

「……美世さん……」

 

捨てられたシンデレラ、原田美世だった。



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episode(7):Out of fuel(sorry)

「美世おねーさん、どうかしやがりましたか〜?」

 

仁奈ちゃんはドアノブから手を離して、美世さんのところへ駆け出した。

美世さんはそれを見て体を屈んで手招きをした。

俺も美世さんの元へ歩く。

歩いてるうちにドア側の壁の方に寄っていく。

仁奈ちゃんが振り返ったときに、ドアへの意識を少しでも逸らさせる為だ。

 

「仁奈ちゃん、レッスンお疲れさま〜」

 

美世さんが仁奈ちゃんに再度声を掛ける。

その声に釣られて俺の視線は竜のキグルミから美世さんへ向いた。

美世さんは俺と朝別れた時と同じ笑顔を携えていて。

 

……まだ知らないんだったな。

 

その笑顔が俺の良心に刺さった。

 

「ありがとうごぜーます!

見てくだせー、仁奈のニューキグルミでごぜーます!」

 

美世さんの元へ着いた仁奈ちゃんは自慢げにターン。

それを美世さんは撫でながら、

 

「うん、可愛くてかっこいいね!」ナデナデ

 

べた褒めした後、乱れた彼女の髪を手櫛で整えた。

 

「そうでごぜーます!

このキグルミ、かっこよさもあるんでやがるんですよ!ガオガオ〜!」

 

その姿はまるで服屋で見かける母子のようで。

 

「ぁ……なつk」

 

クソ、なんでこんな時に思い出される?

俺の過去なんか忘れろ!

今はどうだっていいんだ!

 

「ねぇ、新人のPさん、今って何時だっけ?」

 

美世さんに呼び掛けられ、ハッと我に返った。

色々と美世さんに助けてもらってばかりだな……。

 

「ええっと……14時50分ですかね?」

 

「そっか、ねぇねぇ仁奈ちゃん、もうすぐ3時だよ?」

 

こちらに向けていた顔をすぐ戻される仁奈ちゃん。

おかげでまたドアから意識が遠のいた筈だ。

 

「そうでごぜーますね。

あ、お仕事でごぜーますか?」

 

「違う違う、ほら、3時といえば〜?」

 

美世さんが二人に聞いてくる。

3時?何か一般的に知られるイベントなんてあったか?

すると仁奈が あー!っと叫び、

 

「3時のおやつだぁー!!!」

 

解答を叫んだ。

あーそっかおやつね。

 

「大正解〜!見事正解した仁奈選手には食堂にて法子ちゃん特製ドーナツが待ってまーす♪」

 

「やったやった〜!早く食べに行くですよ〜!」

 

やたら仁奈ちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

せっかく整えられた髪がまた乱れたが、それでも可愛かった。

 

「あ、新しいプロデューサーも一緒に食べるですよ!

あれはうめーです〜」

 

その瞬間、バックステップをしていた。

仁奈ちゃんがはてと首を傾げる。

 

「ん?ドーナツ、嫌いでやがりますか?」

 

「あ、いや、そうじゃなくて。

その……あ!俺まだお仕事残ってて」

 

「新人プロデューサー選手は答えられなかった罰としてあたしの愛車を洗車してもらいます!」

 

言葉を遮られた上に理不尽な刑を言い渡された。

いや、答えようと思えば答えれたし!

なんかなぞなぞかな、と深読みし過ぎただけだし!お寿司!

 

「あ、いや今動くわけには……」

 

「よし仁奈ちゃん、タイムアタックだよ。

もし10分で食堂まで着いたらボーナスにもう一個プラスしてあげよう!」

 

「ほんとでごぜーますか!?

それじゃ新人プロデューサー、これにておさらば!でごぜーます〜!!!」

 

俺捨て置かれてる!

20近く離れている幼女に放置プレイされるとか人生で初なんですけど!?

それに仁奈ちゃんダッシュ速ええ!

 

 

 

「……仁奈ちゃんは上手いこと離せたね」

 

美世さんが小さく呟く。

もうあなたのせいで第n時脳内パニックだよ……。

あ、でも仁奈ちゃんを部屋に入れさせないことには成功出来たのか。

その点では、助かった。

 

「あ、えーと美世さん?」

 

「ん?何?」

 

「助かりました、ありがとうございます」

 

とりあえず礼を言って、と。

そこから、やりたくない報告をどうするかなんだが……。

すると、美世さんが振り返り、

 

……なんで顔が笑っていないんだ……?

 

 

「……なんで、礼なんか言うの?」

 

いや、なんでって……そりゃ部屋から仁奈ちゃんを遠ざけてくれて……

 

「あっ……」

 

繋がった。

さっきの美世さんの行動。

消えた笑顔。

俺への問い。

 

「もう……知ってしまったんです、ね……」

 

俺の仕事が一つ消化された。

それも、最悪なパターンでだ。

この件を知っていたのは俺、美城常務、後ほんの少数の人だけなはずだ。

なら、彼女にとっての情報源は、

 

「……美城常務に、全部聞いた」

 

そう言った彼女の目は黒色しか写っていなくて。

それが俺の行動力のなさを綺麗に示していた。

ぶつけようのない怒りを抑えているようにも見えた。

 

「……ごめん、なさい。

本当は俺から」

 

「いいよ、謝らなくて。

残念だったね、初仕事をスリップしちゃって……」

 

もう、言い訳も通用しないだろう。

それほどまでに彼女は、沈んでしまっていた。

どうすれば、いいんだ……?

 

「彼も最初の仕事にさ、車をエンストさせて失敗しちゃっているんだ。

それに比べたら、まだマシだと思うよ?

……うん、彼に比べたら……プロ、デューサ」

 

言い切る前に美世さんは振り返り、顔を真上に上げた。

あぁ、ダメだ。

こんな状況で俺は、あまりにも無力だ……。

なんて言おう?

 

「こんな時になんだけど、こっちの事務所に移籍する気はないですか?」

 

馬鹿!俺!何言ってんだこんな時に!

確かに美城常務は出来れば預かって欲しいってほざいていたけれども!

今はダメだろクソが!

 

「……ああ、そういえば常務も言ってたね。

でも、私は美城常務に預かって貰おうかな。

まだ、完全に新鮮な気分でアイドルをしようとは思えないんだ」

 

そのまま美世さんは歩き出し、

 

「それじゃ、私は私でなんとか頑張るからさ、あなたも頑張ってね」

 

俺から離れていった。

 

離れていった。

 

離れていく。

 

離れる。

 

まだ、声は届く。

でも、なんて声を掛ける?

 

ありがとう。

 

いや、また同じこと言ってどうする?

 

ごめんなさい。

 

……違う気がする。

 

頑張ってください。

 

美世さんに喧嘩売ってるだろ。

……何も言わない方がいいのか……?

 

……そんな訳ないやろ!

 

は?

 

「美世おおぉ!!!」

 

俺が叫んだ。

俺の口が叫んだ。

またあいつだ、スクエアエコーのプロデューサーだ!

此の期に及んでまだ俺で遊ぶのか!

ほら、お前が不用意に叫ぶから美世さんに気づかれた。

俺はお前の事を説明出来ないぞ?

 

「オフロードでも、ナビなしでも、自分を信じてアクセルを踏め!」

 

俺の身体の彼が、また叫んだ。

お前……何を?

 

「でももうドライバーはいないんだよ!?

ハンドルを握ってくれなきゃ、私は動けない!」

 

目の前のシンデレラがぐしゃぐしゃになった顔で訴える。

仁奈ちゃんではなくとも、そんな顔は見たくなかった。

 

「ハンドルを振り切れ!お前はハンドルなんかじゃない!

俺がハンドルや!

お前はそれを握るアイドルなんや!!!」

 

轟音の如き俺の絶叫が、俺の耳をつんざいた。

美世さんもそれに打たれたように見える。

ただ、打たれた美世さんは顔に光が少し戻っているかのようで。

 

そのまま駆け出して見えなくなった。

 

さっきの会話は一体何だったのか。

それで彼女が少しでも救われたなら、いいか。

 

 

 

 

 

「……ダバァ!……ハァ……ハァ……」

 

数瞬の後にスクエアエコーPの憑代化が解除された。

とても疲労感がある……。

膝が笑っているし、壁にもたれないと立つことすら困難だ。

誰か、ちょっとだけ……肩を貸してくれないか……?

 

「ングっ、ンァ……ハァ」

 

膝もついていよいよ立てなくなった。

顔を正面に向けるのも億劫になり、段々と下を向く。

 

「被験体発見〜」

 

突然目の前にドリンクを差し出された。

顔を上げることが出来ないが、女性であることは分かった。

礼を言いたいが、口もちゃんと動かない。

 

「ありゃりゃ、これはすぐ試した方がいいかにゃ〜ん?」

 

それが聞こえると、そのドリンクを押し込まれた。

思わず飲んでしまい、喉に液体が通る。

そのまま目も閉じて来て、夢の世界が見える気がしてきた。

 

「やっぱり輝子ちゃんのシメジのギャバは応用効いていいね〜。

あ、小梅ちゃん、もう終わったにゃー」

 

え?……こ、うめ……。

小梅……?

会わないと……。

あ、でも……少しだけ……。

休ませて。






……反応ない……。



……丁度いいわ、今ならなんとか動けるかもしれへん。
この新人はほんまに出しきってんな……。
意識の中の意志が一切感じられへん。
346に来るまでにどんなことがあったかあんま分からんけど……その身体、利用させて貰うで。
……目はまだ開かない。
呼吸は出来てるけど、それはこいつ自身の無意識の行動やろう。
どこか、動かせる箇所はないか?


……身体の感触が結構はっきりとしてきた。
馴染みきってないスーツの縛るような感覚。
ラフなん選ばなあかんて。
てか、こいつネクタイつけてへんやん、何やっとん。



ん?
誰や?
誰が俺を起こしてる?
起こしてるといっても、恐らく倒れてる状態から座らすようにしてるだけやねやろけど。

……まだ目は開けない。
感覚は殆ど覚醒してるのに。
…………なんか匂ってくる。
この香りは、知ってるぞ……。
ああ、俺が間違うはずない。
俺を揺さぶる手の大きさ、感触とも合致する。
今、目の前におる子は、

「小梅か……!」

弱々しい新人の声。
俺はこいつの口を動かして精一杯叫んだつもりやねんけど。
それほどまでに死霊が生人を動かすのは難しいってことか……。
でも、ようやくゆっくりと目を開くことが出来た。

「……どこや、小梅……?
どこおんねん……!」

目の前には俺の視界に入れたい少女の姿はない。
近くにいるのは分かってるけど、首を動かすことが叶わへん。
見せてくれ、もう一度だけ、俺に担当を見せてくれ……!


キュ、


俺の望みに応えるように、スーツの左肩から布が擦れる音が聞こえた。
新人の身体が反応し、その本能的に顔がそちらに向いた。

望んだことが叶った。
自分で勝手に死んで、それでももう一度だけ担当のアイドルと会う。

「俺が、誰か……ちゃんと、分かるか?」

望んだ人と会えた。
目の前の少女は、俺の担当アイドル。
スクエアエコー所属の『白坂小梅』。

「う、うん……。
分か、て……いる、よ……?」

望んだ人は、望んだ表情を見せてくれなかった。
小梅は、今までに見たことないくらい、泣いていた。
気を抜いたら、こちらにも表情が伝染しそうで。

「プロ……デュ、ゥーサー……」

感情の整理がつかない。
また会えて嬉しい。
美世や飛鳥、仁奈とも会いたい。
いつまでこいつに憑いていられる?
どうやって俺に気づけた?
小梅は今、何を思ってる?
こんなことになってほんま申し訳ない。


……そうや、言わなあかんことがある。
小梅に言いたいこと、話したいことはいっぱいある。
でも、先に言うこと言わな。
俺が望んでても、事の発端は小梅らは望んでなかったはずや。
んじゃ、俺が言うべき最初の一言は、

「……ほんまに、ごめんな」

ごめん、それから始めよう。


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file01:[無題]

 

 

 

落ち着こ落ち着こ。

今更死んでんねんから取り乱したところで何もないわ。

 

 

……死んだ今やからこそつくづく思う、何やっとんねん俺。

これの前のファイルに君のことに結構ケチ付けてもうたな。

ほんま申し訳ないわマジで。

生きてる間やったら意地張って謝らんかったやろうけど、死んでるし素直に謝る。

 

君の出自について色々ケチつけて本当ごめんなさい。

 

 

死んだらどんな相手でもディスったらあかんなぁって今思った。

 

名誉ある死ならまだマシかもしれへん。

誰かの為に死ぬとかやったら寧ろ称賛ものなんやろな。

俺の死には名誉なんて大層なものはない。

誰の為にもなってない。

自分自身の為に死んだ。

俺のプライドが可愛くて可愛くて、それが完全に砕かれる前に自害した。

 

ほんまに屑やで俺は……。

プロデュースなんて一度も完璧に出来たことないし。

担当の心身を何度も傷つけた。

いや、身体の面では美世だけか。

内容は互いに他言無用やから言わんけど。

迷惑をかけて、いつもハイリスクローリターンで。

担当にもちゃんとした関係作れんくて。

それで俺がプロデュースに燃え尽きて。

楽になりたくて。

 

 

……楽になりたくなってんや。

 

 

 

 

 

苦しかってん、自分のプロデュースが通用しんくなっていくのは。

辛かってん、俺が彼女らより劣っていくのが。

俺は担当を高みへ導く義務がある。

でも、それを自分要らずでされたらあかんねん。

プロデューサーとアイドルが一つとなってトップを目指さなあかん。

そうやないと、俺の立つ瀬があらへん……。

 

でも、それは起きてもうた。

それも、気づけば差は歴然で。

そしたらプロデューサーは必要とされんくなるのは必然で。

……飛鳥が良い例やろな。

敵意まで向けられんのも無理ない。

俺は担当への理解すら足りてないし。

ほんま、俺要らんやん。

346の歯車に噛み合えない欠陥品や。

 

 

自殺したのも、案外間違いやないかもな……。

……うん、間違いじゃない。

正しいはずや。

自他共に認めるであろう無能の中堅プロデューサー。

所属事務所は少数精鋭のスクエアエコー。

但し、それは今の346の方針とは対をなす孤高主義。

それでも登りつめてきたのは、美世、小梅、飛鳥のお陰。

俺は何にもやりきれてない。

それでも彼女らはしっかり出来るから、仕事はしっかり来る。

で、その仕事に俺が段々意義を持てなくなる。

結果、当然飛鳥には早々に見限られるし、仁奈のことは手を回しきれない。

美世には絶対やったらあかんこと3回もかますし。

小梅ともほぼ会えてない。

 

ざっと思い当たること書いたけど、ここまで来たら生きてるのが申し訳なくなるってもんでさ。

もう手遅れやし、自分の死を少し正当化させてくれ。

 

 

 

……一旦ここで区切ろか。

だいぶ落ち着いたし、己の死にも向き合いきったやろし。

彼女らは、ウチの担当アイドルは、俺がおらんくても絶対ちゃんとやってくれる。

寧ろ俺なんか足枷や。

なんかほんま清々した感じ。

 

 

 

 

 

 

 

あ、半端な自分語りですっかり忘れてた。

これを読んでいるでアシスタント君に頼みがあんねん。

 

あ、いや先に俺についての詳細貼っとくか。

俺というか、スクエアエコーの詳細やな。

 

職歴を書いた感じで経緯を説明するから目通しといて。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[ ]




流れ的にちゃんと[ ]のところクリックしてくれたな。

ウチの事務所のこと、さっきのページで理解してくれたな?
さっきまで若干支離滅裂気味な自分語りばっかりやったけど、担当アイドルを大事にしていたことは変わりない。
でも、美世、小梅、飛鳥、仁奈を支える俺は今この世にいない。
せやけど、スクエアエコー……元『トライアルターボ』にアシスタントとして務める君がいる。

言いたいことは分かるな?
……そうや、君が彼女達を導いてやってくれ!
アシスタントっちゅうもんは、file00でも書いた通りプロデューサーと仕事の本質は似てるねん。
それに彼女らも経験積んでるから、サポートしあえるはずや。
仁奈を除いてな。
運営資金は、スクエアエコーの予算から使ってくれて全然構わへん。
そんなぎょうさんある訳ちゃうけど。
事務所もウチの部屋をまるっきり使えることになるやろう。
君にとってもこれは結構なメリットやと思うねん。
それにもしかしたら、彼女らも少し凹んでるかもしれへんしな。
いや、これは大層な自惚れか(笑)
もし彼女らが凹んでて動かれへんかった時の希望になれるから君は。
君はスクエアエコーの新生プロデューサーとして、君臨してくれ。


そんだら、託したで、ウチの事務所のこれからを。




追伸:file 02、03、04、05にそれぞれ原田美世、白坂小梅、二宮飛鳥、市原仁奈についてのメッセージを書くことにするわ。
これはアシスタント君に向けてじゃなくて、各々本人向けってことで。
まぁ本人たちは興味ないやろうけど、読んでくれたら嬉しいな。


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episode(8):Penance/Actually……

『お前ら、こんなジメジメした今が満足かよ!?
湿気た場所は私とキノコの聖地だ、お前らが踏み込むんじゃねぇ!!!』

遠くで輝子ちゃんのスピーカー音が聞こえる。

「小梅ちゃん、採取終わったにゃ〜」

すぐ下から志希さんの声が聞こえる。

「ど、どうだった?」

「まぁ身体自体は疾患は恐らくナシ。
粘膜からはスイーツ?を摂取した形跡があるから、普通に健康体だと思うな〜」

私は志希さんに、目の前の人の昏睡と健康状態の確認を頼んだ。
私自身に大人の男性を気絶させる力はない。
そして、降霊させる際には対象が健康体で意識がない状態であるのが条件なわけで。

「眠らせる時に、どんなことをしたの…?」

「んーとね、シメジを貰ったの、輝子ちゃんのね。
それで試作の睡眠薬とブレンドしてみたら見事に成分がベストマッチ♪」

だからさっきギャバがどうとか……。
色々と、輝子ちゃんに助けられているなと改めて思う。
今346プロのロビーで輝子ちゃんは懸命に闘っている。

『ヒィャッハー!!!お前らまでブナシメジみたいになったらやってられねぇだろおが!!!』

言ってることは相変わらずあまりよく分からないけど、しっかりと周りの人の注意を引いている。
私は輝子ちゃんに、いわゆる陽動を頼んだ。
降霊時に周りに人がいれば、当然怪しまれる。
それに彼が正しい対象に憑いてくれないときっと大変なことになる。
私はトイレ前で対象に会ったときに初めてプロデューサーがはっきりと視えた。
だからきっとこの人が最適な降霊対象になるのだろう。

「聞こえる?………始めるよ」




あの子に話しかけ、降霊を開始する。
それを察したのか、志希さんがそそくさと退散しようとしていた。

「あ、志希さん…ありがとう」

「はいはーい、どういたしまして。
あ、でもでも。
小梅ちゃんの目的は知らないけど、あまりこの人に無理させ過ぎたら死んじゃうよ?」

そう言って去っていった。
大丈夫。あの子はきっとそんなヘマはしない。

『ヒィヤッハッハッハアアアア!!!』

遠くで輝子ちゃんの歌が聴こえる。
他の人のコールも聞こえるから、陽動は順調なんだろう。
こっちに人が来る気配がない。

「………んしょと」

対象の人を担ぎあげ、壁際のベンチに腰掛けさせる。
再会出来たら、何を話そう。
少し前から、このことばかり考えてる。
もうトイレで泣き尽くした。
これ以上悲しみたくないんだ。
ぎゅっと、対象の手を握る。

「小梅か……!」

声が聞こえた。
私の名前を呼ぶ声が。
でも、知っている声じゃなかった。

「……どこや小梅……?
どこおんねん……!」

隣の人が目を開きだした。
発音、人の探し方、そわそわする仕草、どれも私の知っているものだ。
でも、隣の人は私の好きな人じゃなかった。

スッ、

それが分かった途端、隣人から手を離していて。
罪悪感に襲われる。
友人と見知らぬ人を私欲で利用したから。
虚無感に襲われる。
降霊しても、私の大好きな人は帰ってなんかこないから。
そして、途轍もない悲しみに襲われる。
こんな形で会ったら最後、自分はもう立ち直れなくなることを悟ったから。

キュ、

怖くて、悲しくて、寂しくて。
押し潰される前に、袖を掴んだ。
多分、反射的な挙動。

「俺が、誰か……ちゃんと、分かるか?」

「う、うん……。
分か、て……いる、よ……?」

禁忌を犯して、望んだ人と会ってしまった。
目の前の人は、よく知らない従業員。
それでいて、スクエアエコーの、プロデューサー。
私の大好きな人。

「プロ……、デュゥ、ーサー……」

情けない自分の声が、彼の名前を呼ぶ。
暗い表情があの人にも伝染して。

「……ほんまに、ごめんな」

謝られた。
謝らなきゃいけないのは、私の方なのに。


「……ほんまに、ごめんな」

 

魔法使いは謝罪の言葉をかけた。

 

「………………」

 

シンデレラは俯き沈黙で返事。

 

「……ぅ…」

 

魔法使いも間もなく押し黙るようになり。

二人の間に流れる重い空気。

時たま遠くからのシャウトがそれを微かに彩る。

 

魔法使いは、プロデューサーだった。

身体と魂は同一のものではない。

魔法使いの元の身体はとうにこの世にない。

別の身体に憑依出来たのも、魔法の一種だろうか。

 

一方シンデレラは、アイドルだ。

偶像と本心の彼女は同一ではない。

偶像の彼女は、自身を求めるファンが大好きで。

本当の彼女は、プロデューサーが大好きだった。

いや、今でも大好きなままだ。

彼女は彼の魔法に魅せられているのだから。

 

「ーい、今小梅の上におるのが『あの子』か?」

 

魔法使いはついに沈黙を破り、顔を上げた。

突っ立つシンデレラの頭上を興味津々なふりをして眺める。

魔法使いには一人の少女しか見えない。

 

「へぇ……結構小梅に似てるねんな〜」

 

彼にはシンデレラしか見えていない。

そのことは彼女に筒抜けだった。

 

「顔も問題ないし、スタイル良さそうやからアイドルやれそうやな!」

 

魔法使いは今流れる重い空気を振り払う。

しかし、ステッキを持っていない彼にそれは不可能で。

 

「なぁ、小梅もそう思うやろ?」

 

彼はまた、己の無力さを感じる。

だからプロデューサーは今、後悔している。

 

「…………なん、で」

 

ようやく開口したアイドルも今、後悔している。

禁忌を犯したから。

 

「何も言わず、に……死んじゃったの…?」

 

アイドルは恋愛禁止である。

にもかかわらず、どうしようもなく彼を愛しているから。

その彼が死してもなお、求め続けてしまったから。

挙句、禁忌の降霊までさせてしまった。

 

「そうやな………」

 

その結果がこれだ。

全く知らない男の中に入った大好きなプロデューサー。

それはまるで生きた骸。

骸骨を見るのは好きだったが、これは、無理だ。

 

「上からの圧力に疲れきってんやろな……。

気ぃ付いたら、道具揃えて死に急いでたわ。

最近身体の調子ずっと悪くて苦しかったし」

 

魔法使いはまた嘘をついた。

 

「ちょっと宗教にもハマってもうてな、死ぬことへの素晴らしさを知ってん。

まぁ急やし勝手やったけど、ごめんな」

 

 

……一体今まで何個の嘘ついてんやろか。

 

 

ついた嘘が相手をあるべき方向へ動かし、幸せにする。

それが彼の魔法だった。

それをいいことに、巧みな魔法をポンポンと放ち。

シンデレラが昇華されていくのと同時、罪悪感が消せなくなって。

 

「……そう、だったんだ…」

 

シンデレラもそれが嘘と気づいても、魔法に依存するようになった。

 

「まぁでも、小梅やったらもっと優秀な人が拾ってくれるし、問題ないやろ?」

 

自分が輝いていくことに抵抗は感じないし、むしろ快感だから。

その人の嘘に乗れば何でも上手くいく。

 

「ぶっちゃけ俺なんかがいたから、出されへんかったライブとか何個かあったからな」

 

…魔法使いの嘘に乗ればもっと彼が好きになる。

 

「まぁ俺自身は満足やから、ええねんけどな」

 

……プロデューサーの嘘に乗ると時々悲しい気持ちになって。

 

「小梅も俺も未練はなしやな、多分!」

 

………段々とプロデューサーの嘘に乗るのが哀しくなってきて。

 

「それに小梅も後もうちょいしたら次回分のラジオの収録やろ?

もうくたばった俺に構ってる暇ないで」

 

でも、今を逃すと、彼の嘘はもう聞けなくなる。

 

「せやから、挨拶だけしてパパーっと成仏出来るわ!」

 

………これが最後の機会なんだ。

 

「……最後に会えて良かった。

心おきなくちゃんと死ねるわ」

 

最後まで、乗ってあげないと。

 

「……ほんじゃ。

……………………ぅ……」

 

プロデューサーが『現世』から離れていく。

新人のプロデューサーの身体が虚になっていく。

……最後まで、見送ってあげないと。

 

「…………………………」

 

プロデューサーは無理矢理に己の死を受け入れる。

アイドルは嘘に最後まで乗り、彼の死を

 

「……私、は……………」

 

本当に、受け入れ……るの?

 

 

 

 

 

 

 

「…………嫌だっ!!!」

 

受け入れない。

 

「認め、ない……!」

 

白坂小梅はスクエアエコープロデューサーの勝手な死を、

 

「今なら……まだ、間に合うから!」

 

大好きなあの人の嘘の成仏を、

 

「……お願い、戻って!」

 

断じて許さない。

 

 

新人プロデューサーの身体から上半身までの憑代化を解除していたスクエコプロデューサーの魂が小梅の声に反応し、透き通っていた空間に若干の歪みが生じた。

 

「もう一度、その人に入り込んで……!」

 

小梅は人生の中で一番力強く声を張り上げて、彼の再憑代化を呼びかけている。

『あの子』は力を使い果たし、再憑代化の協力が出来ない。

その様な状況で再憑代化は成されるのか?

そもそも『憑代化』とは本来人間や有機物に対してするものではない。

狛犬や御幣などの効力のある無機物に神霊を宿らせることが一般的な憑代化である。

宿り先は無機物ではなく、ただの人間。

スクエコプロデューサーは神霊とは程遠い存在。

それも、自身の劣等感から逃げる為に自ら命を絶つような弱いもので。

そんな彼が再憑代化を成功する可能性は極めて低い。

 

………………

 

現に、歪み出していた空間は元に戻り。

 

「間に、合わなかった…の………?」

 

星輝子の叫びすら聞こえない。

痛いくらい澄んだ静寂が流れている。

 

もう、私には何もない。

スクエアエコーの仲間達はそれぞれ別の道を辿ることになるだろう。

皆は強いから。

私と違って、しっかりとアイドルを全う出来るのだから。

でも、私は違うんだ。

私は、アイドルじゃない。

一人の男性に禁忌の恋を犯してしまった。

彼が死んでしまったのも、私が恋をした罰なのかな。

 

「………………っ、すっ……」

 

項垂れ目頭を熱くしていく小梅から発せられる嗚咽が、静寂の空間に介入しようとしたその瞬間、

 

キュッ、

 

新品のビジネススーツとパーカーとの擦れる音が鳴り。

 

「…!!?ッ」

 

「………もう一回だけ、謝らせて」

 

プロデューサーの再憑代化が成功した。

いや、違う。

 

「ぁ、……ぅぁあ…プロデュ、ゥサ……」

 

これは、魔法だ。

 

「ほら、こっちに……」

 

プロデューサーの、最初で最後の。

 

「ほんまに」

 

本当の魔法が叶った。

 

「「ごめんなさい」」

 

ずっと、嘘ばっかり吐いてしまって。

 

アイドルなのに、貴方を忘れられなくて。

 

本当に、ごめんなさい。

 

 

そう言い、静かに抱擁を交わす。

二人は互いに謝り続けていた。

 

本当はお前達を、もっとプロデュースし続けたかった。

 

貴方を離したくない、迷惑で我儘でごめんなさい。

 

どちらも、どうしようもない悔恨をありのままに吐く。

吐いても吐いても、満たされないこの気持ち。

それはやがて、嗚咽となってより大きく鳴り響いた。

言葉は、激しい嗚咽で互いに認識出来ない。

だが、今の二人は言葉がなくとも構わなかった。

互いの想いが、手に取るように理解できるからだ。

 

 

 

一体どのくらいの時間が経ったのだろう。

数分かもしれないし、日を跨いでいるのかもしれない。

二人の涙は乾ききっていて。

 

「「………………………」」

 

声も暫く発さなかった。

出し尽くしてしまったのか、感情すら発さなかった。

 

ふと、プロデューサーが思い出したかのような顔をする。

 

「あ、そうや。小梅に宿題があんねん」

 

「……え?」

 

小梅が首を傾げている内に互いの背中に回されていた両腕が剥がされて。

 

「もうそろそろポンコツの身体が保たれへんくてさ、離れなあかんくてさ」

 

そう言ってスクエコプロデューサーは新人の肩を自ら殴りつける。

 

「ーうん」

 

「離れた後は何とかしてこいつを病院に運んで欲しいねん」

 

「分かった」

 

プロデューサーは少し目を大きく見開いた。

てっきり、俯いて悲しむのかと思っていた。

小梅の目が『任せて』と応える。

 

「これ一つ目な。すぐやるように」

 

一息、

 

「二つ目やねんけど、これはほんまに長いこと頼むわ」

 

小梅のくしゃくしゃになった髪を撫で、

 

「小梅はこれから、ずっとずっと、幸せでいること。

そんでもってその幸せ報告を人生全うした時にじっくり報告して」

 

「………!」

 

今度は小梅の目が大きく見開いた。

だがすぐにすぼまり、

 

「それは、すっごく時間掛かっちゃうね?」

 

優しく微笑む。

 

「そやな〜。いっそアンデッド化して報告しに行かんでもええで」

 

言うなり小梅は首を横にゆっくり振る。

 

「あの子にも、いつかはしっかり会いたいから」

 

「…そうか、まぁ間違っても焦るなよ」

 

プロデューサーが俯き出した。

 

 

あれ………?

顔が上手く上がらん。

もう時間が来てもうたか……。

これ以上我儘言うたら地獄落ちそうやし、大人しく成仏しとこ。

まだ声は出せるな、よし。

 

「もう時間やわ、俺は行くで」

 

スクエアエコーのプロデューサーが別れを告げる。

アイドルは静かに頷き、抵抗はしなかった。

 

「ありがとう、ほんまに」

 

彼の最後の言葉は、ありがとう。

 

「………………あ!!!」

 

ではなく、

 

「忘れてた!小梅!」

 

「宿題のこと?」

 

「そうそう、最後の宿題な」

 

一縷の望み。

 

「スクエアエコーのみんなで、トップアイドルになってくれ!」

 

346プロダクションの最高峰の座に立て。

それがスクエアエコープロデューサーの最後の望みだ。

 

「……違うよ、プロデューサー。

私達はトップアイドルにならない」

 

「は!?何でやねん小」

 

「『トップアイドル』じゃなくて『シンデレラガール』になる。

……これでいいよね?」

 

そう、白坂小梅、原田美世、二宮飛鳥、市原仁奈はシンデレラガールになる。

絶対になってみせる。

彼は今、小梅の決意の眼差しは覗けないが、確かに理解した。

そしてニヤッと笑い、

 

「……せや、頼んだで」

 

この世から、去った。

 

 

 

 

 

「……絶対、に。

シンデレラガールに、なっ、て…なるから」

 

暫くして再び襲いくる虚無、悲壮、禍根。

 

「今、だけ………ゥ…最後に、泣くのを……許して………」

 

それらに打ち剥がれる灰を被った少女。

しかし、灰被りの少女は、挫折はしなかった。

 

いつか、いつかの年のいつの日か。

 

この灰被りの少女、白坂小梅は。

 

 

その年のシンデレラガールになって。

 

 

 

この世で最も透き通る綺麗なガラスの靴を履いた。

 

 

 

 

そのことは、また別の話である。

 




ー原田美世宅ー

「うおおー!その程度でごぜーますか!」

リビングから仁奈ちゃんの叫びが聞こえる。
今、仁奈ちゃんにはウチに来てもらってカートレースのゲームをやらせている。

「ドリフトはもう捨てたでごぜーます!」

スカイラインGT-R R32の爆走する音が聞こえる。
今日初めてプレイしたというのに、相当上手い。

「………」

私は何をやっているのかというと、ただただ自室のベッドでうつ伏せている。

『さあ始まりましたマジックアワー、司会進行はお馴染み私、高森藍子が務めます。
そして今回のゲストなのですが、予定を急遽変更してこの方』

『フフーン、かわいいボクこと、輿水幸子ですよ』

ラジオを垂れ流しにしているが、ぶっちゃけ興味が湧かない。
いつもより元気がないなとは思うけど。
私も今は元気なんて湧くはずもない。

「あんたとの思い出だったら、ポンポン湧き出るのになぁ……」

出会い、初ドライブ、フェス、レース………。

「何で勝手に降りたの……?」

また、涙も湧き出てきて。
………ダメだダメだ!
ブレーキブレーキ、仁奈ちゃんに気づかれちゃう。
何か別のことを考えよう。

『ハンドルを振り切れ!お前はハンドルなんかじゃない!
俺がハンドルや!
お前はそれを握るアイドルなんや!!!』

あの時って、あの人一体何が言いたかったんだろう?
いくら何でも車のことに例えるあたしでもアレは理解出来ない。

「そういやプロデューサーも無理して物事をパーツに例えてたっけ」

振り切れ、かぁ。


「………………さてと、カスタム積むかな」

もう隣のシートに執着するのはやめよう。
あたしが守らなきゃいけないのは、後ろの席だ。
小梅ちゃんと飛鳥君と、そして仁奈ちゃん。
その為の第一歩は………。


ピピッ、

『君か。………答えが出たのか?』

「はい美城常務。私はプロジェクトクローネに入りたいです」

『そうか。後悔は無いな?』

「何があっても、突っ走っていく所存です」

『承知した』


ガガッ、ツーツー


私、絶対チェッカーフラッグを掲げてみせるから。



「あ、美世おねーさんも遂にやる気になったでごぜーますか!」

「うん!勝負しようか!」

「仁奈はつえーですよ?
四輪ドリフトごときに負けねーです」

「ふふふ、本気を出したらGT-Rなんかハチゴで勝てるから!」

本気を出したら、シンデレラガールなんてあっという間になっちゃうから!


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file02:原田美世

氏名:原田 美世

ふりがな:はらだ みよ

身長:163cm

体重:46kg

血液型:O型

年齢:20歳

誕生日:11/14

利き手:右

3サイズ:86/59/85

星座:蠍座

出身地:石川

趣味:クルマ、バイクいじり

所属時の本人からのコメント:アイドルとして走るのも悪くないかもなーって思ったんだよね!
あっ、でも速く走るためにはメンテが必須だからね!
プロデュースよろしくね、■■さんっ♪

宣材写真同封のコメント:まさかアイドルにギアが入っちゃうなんて!
人生何があるか分からないね!
でも、目指すからにはトップでしょ♪
さぁ、フルスロットルでいっちゃおー!

所属事務所:346プロダクション
所属部署:トライアルターボ↓
ツインドリフドクロ↓
クロニクルサーガ↓
スクエアエコー (現在の名称)


初めて会うたんは確か海岸沿いの何の変哲もない道路やったな。

しかも会話の発端がまさかのエンスト。

明らかアイドルとの会話の発端に似合わん内容やわな!

まぁあの時はホンマに焦っててん。

適当にオートマティックの中古車買ったばっかりとはいえ、あまりにも急にエンストするもん。

そんなことある?普通?

 

そんでしばらく動かん車をガチャガチャいらってみたけど、全然わからん。

その時や、美世が来てくれたんは。

 

『あれれー?どうしたのー?

エンストー?』

 

きょとんとした顔で何処からともなくイケてる赤い車で来よった。

すぐ停車して降りてきて、バンパーの前まで駆け寄ってくるや否や秒でキラキラした目つきになりよったな。

 

『これはリッカーかな……』

 

好奇心旺盛な瞳とどこかで同情するような顔。

その二つを持っていた美世に一目惚れは出来んかった。

お偉いさんの所のライブ会場に遅刻寸前やったし。

多分急ぎやなかったらその抜群のルックスに簡単に一目惚れしてたやろう。

んで、遅れてることを伝えたら、会場まで美世の車で送ってくれると。

親切なやっちゃなーって思ったで。

 

『レディ………ゴー!!!』

 

掛け声聞こえるまでは。

あの時ほんま死ぬか思たわ。

今まで見たことない速度で世界が動いたわ。

その世界が終わったかと思ったらいつの間にか会場間に合ってて。

あの時はおおきにな。

 

そんであんなくっさいスカウトに乗ってくれて。

今思い返したら恥ずすぎてよう書かれへんわ(笑)。

そんでそっから、今までに感じたことのない速度で物事が動いた。

というか、余りにもスムーズに進歩していってんな、俺ら。

 

『走るなんて……車の方が速いのに……。

でも、体力づくりだし、しょうがないかぁ』

 

初レッスンで生身で走らせたりしたなぁ。

二人ともめっちゃ迷って学校とかに到着したっけ。

 

そうや、それからちょっとしてから宣材写真!

カメラマンがファン2号になった日やな!覚えてるか?

あれは不幸中の幸いってヤツやったな。

ファン2号が事故らんかったらあんなに良い写真は撮られへんかった。

美世は気付いてへんねやろうけど、あの写真を上の人達が高く評価して、そのお陰でアイドルの特技が重視される傾向が取られてん。

 

えっと、初仕事の時は…ごめん。

美世がなんかひたすらブロロンブロロン言うてる印象しかなかったわ。

まぁそれが功を奏して結果オーライやな。

 

それからラジオ、ライブ、握手会、サイン会、グラビアと。

ほんまに色々やってたな。

たまにやってたレースクイーンが美世的には一番楽しかったんちゃう?(笑)

美世に対しては仕事の了承もらう前に必ず大丈夫か確認取ったけど、その度に毎回、

 

『うん、余裕余裕♪

フルスロットルで行くよー!』

 

って言ってたな。

まだ俺が仕事に慣れへん内は凄く頼りになった。

最近では挨拶代わりみたいなもんになってるな。

今では時期シンデレラガールズ候補やからな!

しっかり他の3人の頼りになんねんで、スクエアエコーのトップさん!

 

大丈夫、経験と他にないルックスで勝てるて!

 

 

………………あぁ、謝らなあかんな。

 

 

 

他のアイドルが経験してないことさせたもんな………。

 

 

 

言い訳になって申し訳ないけど、あの時はむしゃくしゃしてて気がおかしかってん。

所属アイドルが一人だけの状態で成果を上げるのに限界が来た。

それも、想定よりも早くに。

これは純粋に、トライアルターボプロデューサーである俺の能力不足が原因や。

そんな状態での久しぶりのオフに、美世は海誘ってくれたな。

美世はあの時軽い悪戯のつもりで誘惑したんやろうけど、俺は全力で乗ってしまった。

 

そりゃ美世に女性としての意識が全くない訳やないけど。

 

アイドルとして、越えたらあかん一線を越えてもうた。

それも一晩で3回も。

 

外れたのが不幸中の幸いってヤツやろか。

もうこの時に見限ってても良かってんで?

なんで許した?

心身共に大きく傷つけた俺を?

 

数週間して小梅をスカウトした。

部署名も変わった。

俺の自責が増えた。

自傷が増えた。

辛かった。

逃げたかった。

仕事が億劫になることすらあった。

 

でも、そんなん無理やった!

美世は逃げへんかったから!

健気に頑張っていたから!

せやから俺もまだ頑張ろうって思えた!

 

でも、スクエアエコーに部署名が変わった頃には、限界が来てた。

美世ももう一人でも行けるって思えたし、なんなら他の3人の面倒も見れるくらいに頼もしくなっていたから。

 

 

二つ目の謝罪や。

 

勝手に死んでごめん。

逃げてごめん。

頑張りきれんくてごめん。

 

今になって未練タラタラやわ。

死ぬ直前に戻りたいって凄く思う。

でも、もう手遅れ。

逃げた俺への罰やな。

 

もう、だいぶ勝手に吹っ切れてもうたから罰ついでにもう一個罪増やしたろか思ってんねん(笑)。

 

いや、笑いごとちゃうわな。

 

 

美世にな、一つ我儘言いたいねん。

 

 

 

こんなクソみたいな俺でも、美世とはある程度は仲良く出来たと思う。

 

 

せやから、美世も多少はショックやとは思うねんけどな。

 

出来るだけすっかり俺のことは忘れて欲しい。

 

美世の人生に俺は汚点やねん。

せやから、すっかり忘れて。

 

そんで、シンデレラガールを獲って欲しい。

アイドルの頂点に立って時に、また俺のことを思い返して欲しい。

 

 

ほんま終始勝手で申し訳ないけど、これが最後や。

 

 

 

もう俺は現世に留まれず、いわゆるあの世ってヤツに行ってまうやろう。

 

 

 

 

正直今パソコンに憑いて打ち込むのも辛い。

 

 

 

 

もう、時間ないわまとめな。

 

 

 

 

えっと、何言うかまとまってない………

 

 

 

 

 

どうしよ時間も………………

 

 

 

 

………あ、えっと………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美世、

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう、プロデュースが出来て、幸せやった。




俺はハンドルから助手席へ、そして今は後部座席で見守っているからな。


フルスロットルでポディウムに飛びかかったれ!


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episode9:望まぬ『ただいま』

「あはははっ、もっと重傷かと思ったよ〜」

 

「…本物のミイラにでもなって欲しかったのか?」

 

隣のベッドに横になっている少女が俺を小馬鹿にしてくる。

その少女は、ただの患者ではない。

少女の名前は北条加蓮。

346プロの新人アイドルだ。

たびたび俺が勤める346カフェにお茶をしに来るので、名前と顔と業績はなんとなく知っている。

 

「その包帯をあと数回巻いたら本当にミイラになっちゃうかもね」

 

対して北条は初対面だと思っているようだ。

その上先日バカ息子に付けられた頭部の打撲?の傷の処置の為に包帯が巻かれていたらしく、その姿を見て驚かれた。

そして、ここは多分以前柳清が看護師としていたという大型病院だろう。

どうやら、俺が倒れた後にあいつが寄越した宅配の人とかが運ばせたようだな。

 

「フッ、冗談キツいな」

 

キツい、彼女は何も悪くないが、キツい。

 

 

 

 

………俺は今、酷い表情を隠しきれているだろうか。

この子は、似ている。

 

「それより北条、そろそろデビューシングル出すらしいな」

 

「え!?なんで知ってるの?まさかファンの方?」

 

俺が過去に駒として犠牲にしてしまったアイドルに、似ている。

そんなアイドルと話し合っていたら、嫌でも思い出してしまうじゃないか。

取り返しのつかない、修復しきれない過去を。

 

「あ、いや、そうじゃ…」

 

「嬉しいなぁ〜。ファンとこういう所で会えることなんて普通ないし!

奈緒に自慢したいなぁ!」

 

俺が指揮していたアイドルの運営は非常にリスキーだった。

利益の為に権限を濫用して破滅の経営戦略を執行。

346プロの最初期のアイドルの一人を手駒にして天狗になっていた。

その子に外見が、似ている。

 

「えっと、俺346カフェで勤務してて君のこと少し知ってるんだよ」

 

「え、あ、あーそうなんだ……」

 

「………ガッカリさせてごめんな?」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

取り返しのつかないミスだった。

俺は社会から消されるはずだった。

だが、安西さんに縛られて。

それからずっとカフェでバリスタだ。

だが、彼女は………。

 

「それに、シングルの話も先延ばしになっちゃったんだった」

 

「ん?何でだ?」

 

「うん、美城常務が………」

 

 

俺の所為で失敗した彼女は、まだ可能性があった。

少なくとも、贖罪と兼用で下働きをしてる俺よりは。

だが、俺が用意してしまった絶望は、彼女を潰してしまうには充分過ぎたようで。

退所からの芸能界完全引退。

それも恐らく世間を誤魔化す為の方便だ。

美城会長が報道面に情報操作をしている。

 

もう、彼女はこの世にすら………

 

 

 

「………だから、一緒に所属してる奈緒も延期になったんだ」

 

「なるほどな……。中々酷い話じゃないか」

 

今の常務は、俺と同じ道を歩んでいるらしいな。

北条の話を聞く限り、嫌な予感しかしない。

 

「因みに北条は何という曲を歌うんだ?」

 

俺は、やはり子不幸ものだな。

 

「薄荷って言うんだ」

 

「白化?」

 

いや、息子を生贄に捧げて、あの子を満足させろということか?

 

「なんて言ったらいいんだろう。

静かで弱々しいけど、夢に向かってしっかりと歩んでいくような曲かな!」

 

それなら、喜んで捧げ

 

「ゔぁって!!!」

 

「「うわっ!」」

 

カーテンで仕切られた隣のベッドから爆音が発火してきたんだが。

おっさんとアイドルがついハモっちゃったじゃあないか。

 

シャー……

 

犯人がカーテンを開けて姿を現わす。

 

「…は!?」

 

「えっ!お、親父ィ!!?」

 

俺を病院送りにした犯人だった。

 

「………おかえりって言えばいいのか?こういう時」

 

「……た、ただいま…?」

 

 

………今思えば、帰宅の挨拶を交わしたのって、いつぶりだ?

……そうか、もう6年くらいになるのか。

…お前が母さんを『物』にしてから一切言ってないもんな。

何が『おかえり』だ。

 

「いやいや、何がただいまだよ!」

 

…ああ、全くだ。




・片翼の観測者がログインしました。


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episode10:己のDRE@M

ついただいまなんて言ってしまったけど、どう考えてもウチではないよな…。

病院……それも都内の大型病院か?

そして目の前の包帯ぐるぐる巻き野郎が、親父、か。

どう考えても俺のせいだよな。

 

「あ、えっと……頭、大丈夫か?」

 

視線を思わず下にそらしながら、怪我の程度を問う。

 

「は?グラスぶん投げて俺を病院送りにしたやつが何を言ってる」

 

「あーいや、頭の怪我のことだって!

言葉足らずで悪かったよ!」

 

案外親父はいつも通りだった。

もう一度ミイラ頭を覗いてみ

 

「ぶふっ、あははは!」

 

黄色い笑い声が割り込んで来て。

どうやら親父の隣のベッドに女性がいるっぽい。

 

「えーと、誰ですか?」

 

ベッドから裸足で立ち上がり、姿を確認する。

格好こそ患者のそれではあるが、どこかギャルのような雰囲気が見て取れた。

 

「アタシ、加蓮。北条加蓮。

346プロダクションのシ………カリスマJKアイドルの城ヶ崎美嘉さんの後輩アイドルです!」

 

この少女も346プロのアイドルか!

道理で可愛い訳だ。

 

「俺もちょっと前に346プロに入社してるんだ!

まだ、新米のプロデューサーだけどね」

 

あ、名刺まだ作ってないんだった。

それにふと見ると、自分も患者が着る服になってるし。

 

「えっ、そうなんだ!

今日は部署がお休みだったの?」

 

………あ。

 

「………や、休み、ダヨ?」

 

346プロ内の謎の女性に眠らされたなんて言っても絶対信じてくれない!

その上亡霊に取り憑かれたなんて言ったらそのまま脳を手術されるかもしれない………。

 

「それで健康診断でこの部屋で横になっていたとか?」

 

な、なんとか誤魔化せそうだ。

 

「そ、そうそう!入社したてだし!」

 

「昨日入ったばかりの青二才に休みなんかないぞ」

 

んん親父ィ!横槍刺すんじゃねぇええ…!!

 

「親父は黙ってろ!」

 

…バタっ、

 

……叫んだ拍子にベッドに座り込んでしまった。

それに頭がなんだかグラグラする…。

まだ憑代化とかいうよく分からない現象のダメージが残っているのか?

 

「…大丈夫?コールしようか?」

 

カレンちゃんが心配してくれている。

 

「大丈夫大丈夫………多分」

 

一つ深呼吸。

 

………良し、少し落ち着いた。

そしてカレンちゃんの心配の元を作った親父を睨む。

 

「この馬鹿息子はちょっとあがり症でな、時々訳の分からん挙動を起こす。

北条は心配しなくていい」

 

俺から目線を逸らしたついでにカレンちゃんに都合の良い言い訳を話してくれた。

………そう言えば、俺のコミュ症が少しマシになっている?

カレンちゃんも美世さんに劣らないくらいの美人だ。

それでもそれなりに話せたじゃないか。

何故だろう………。

 

「それって、コミュ症って言うやつじゃないかな?」

 

「はうううううッ!」

 

グァッ、刺されたァ!

俺の弱点抉られてるよぉぉ〜!

 

「フッ」

 

親父も笑うなぁ………。

恥ずかしいよぉぉ…。

 

「結構仕事に差し支えるんじゃない?

色んな人と打ち合わせするだろうし」

 

北条さん前言撤回です、ナースコール押して下さい。

一体誰がこの病室に運んだんだよ………。

 

「それに休みじゃないんだったら、連絡とかちゃんとしていないとマズいんじゃ」

 

「うわぁああやべぇえそうじゃん!!!」

 

全力で辺りを見回して携帯を探す。

…ない!

……ないない!

………ないないない!

 

「ほら、貸してやる。

先ずはちひろさんに連絡しよう」

 

親父に言われるまま電話帳から掛ける。

………なんでまだ346プロ内の人の電話番号使ってるんだろう。

 

 

『…はい部長、どうなさいましたか?』

 

「あの、いや、その部長の息子が掛けています!

昨日お話した新人のプロデューサーです!」

 

『え?あ、はい?』

 

「だから、仁奈ちゃんをプロデュースすることになった僕です!」

 

『あゝ!あの時の!

………異例の中途縁故採用の』

 

急に小声だ、よく聞こえない。

 

「あの、よろしいですか?」

 

『は、はい!どうなさいましたか?

……出社が確認出来ていませんが?』

 

「そ、その事なんですが!

今、自分、病院にいまして、それで」

 

『どの様な理由ででしょうか?』

 

どう説明しよう………。

美城常務の仕事については多分他言無用だ。

それを伏せても、憑依の話も昏睡された事も話せる話じゃない。

 

「スクエアエコーの事務室を整理中に、持病が出てしまいまして。

常備薬を忘れてしまった自分の落ち度です。

すみませんでした」

 

急にスムーズに適当な言い訳が喋れた。

まさか、またスクエアエコーのプロデューサーの仕業か?

 

『そうなんですか…。

分かりました、仁奈ちゃんのことは今日だけ特別に私が面倒見ますね』

 

「あ、ありがとうございます…。

多分明日には普通に出勤出来ますので………」

 

 

 

 

 

電話が向こうから切られ、携帯を親父に返した。

 

「仁奈ちゃん…は、あのスクエアエコーのアイドルか?」

 

「プロデューサーさんもしかして、まだアシスタントみたいな立場なの?」

 

あまり話したくはない。

恐らく二人ともまだスクエアエコーが今どうなっているか知らない筈だ。

 

「昨日から、市原仁奈は俺が担当することになったアイドルだ」

 

でも、このことだけは間違いないし、譲る気はもう無い。

仁奈ちゃんをプロデュースする。

だから、もうこんなベッドで寝てる場合じゃない!

 

「………よっと」

 

まだふらふらするが、何とか立ち上が

 

バタっ、

 

れない。

今度は床に倒れてしまった。

 

「…クソッ!俺は、こんな所で……」

 

ぶっ倒れてる場合じゃない!

仁奈ちゃんを守るんだ!

スクエアエコーを託児所にしたクソネグレクト両親。

その二人に宣戦布告をするんだ!

仁奈ちゃんを両親のことを忘れるくらいに幸せにしてやる!

 

ガンッ! 脚を叩く。

 

だから動け、俺の両脚!

 

ガンッ!! 胸を叩く。

 

だからアドレナリン分泌しろ、俺の内臓!!

 

バチッ!!! 両頬を叩く。

 

だから上を向け、俺!!!

 

「俺だけに仕事の準備を押し付けるクソガキはどっか行ったようだな」

 

こちらに手を差し伸べる親父がいた。

…クソネグレクトをどうにかする前に、先ずはこっちの親子事情にケリをつけろってことか。

 

バシッ、

 

昨日渾身の怒りをぶつけた相手の手をがっしりと掴み、立ち上がった。

 

「言うタイミングめっちゃ逃したけど、昨日はごめんな」

 

「まぁ、いいさ。

お陰さんで頭皮が抉れて、ちょっとダイエットが出来た」

 

 

 

 

「アタシ、全然状況理解出来ないんですけど?」

 

「北条は知らなくてもいい」

 

「ごめん、急ぎたいから」

 

「つまんないの〜」

 

看護婦から預けられた荷物を返してもらい、身支度を整える。

父さんはまだ傷が完治しておらず、もう2日程入院するそうで。

俺は自宅に一度帰って346プロに持ち込む仕事用具を用意する。

あと、加蓮ちゃんは只の検査入院らしい。

 

「なぁ、お前の夢ってなんだ?」

 

身支度が終わった途端、父さんからクサいことを聞かれた。

………でも、そんなに深く考えたことがないのであまり分からない。

 

いや、あるか。

 

「仁奈ちゃんをトップのアイドルにする。

それが夢、かな」

 

うん、これしか今は考えられないな。

 

「そうか。

んじゃ、下の母さんに伝えないとな」

 

………………え。

 

「いつもと変わらない地下二階の5号室だ。

………気が向いたら、お前の夢のこと、話してやれ」

 

………………………………

 

……………もう、逃げてばかりってわけにもいかないってことか。

 

 

………でも、後一回逃げることを許して欲しい。

 

 

ごめんな、父さん、母さん。

 

夢を見つけたからこそ、また、親離れしたいんだよ。

 

 

 

「……………父さんが足のイボ完全に治したら行くよ」

 

「………そうか。

…まぁ、頑張れよ、プロデューサー」

 

 

「うん。

行ってきます」

 




………やっと、父親としての役割も終わりかな。
長いようで、案外短かったか?

「さっきの、下の母さんに伝えるって、どう言う意味?」

北条が興味ありげに聞いてくる。
さっきからずっと話題から置いてけぼりにされてるもんな。
そりゃあ気になるだろう。

「教えないさ、また頭痛がしてきたんだ。
んじゃ、もう寝るから」

「あっ、ちょっと〜、ケチ〜」


馬鹿息子が追い詰めた俺の妻がこの病院の地下で植物人間になっている話なんて、聞きたくないだろう。
その話をしてアイドルの気分を悪くさせる人になるより、ケチな人になった方がよっぽどマシだ。


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