Deleted Witches~デュッセルドルフの人狼 ~  (シン・琴乃)
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0:設定解説

今回は物語の舞台や登場人物などを簡単に紹介します。
決して短いとは言えない量でしょうが、どうぞお付き合い下さい。
なお、物語の関係上原作キャラは殆ど本編に登場しませんが、インタビュー調の一言でどんどん出しますのでこちらもお楽しみに!!
当方感想・評価に飢えております。どしどし気軽にお送り下さい!!



・第32親衛夜間戦闘航空団 第1飛行隊(中隊)『視えない盾』

ネウロイ化したウィッチの始末及びウィッチ部隊の督戦を主任務とするカールスラント武装親衛隊の特務部隊。

『我らここに戦いて祖国安らかなり』を標語として掲げる。構成人員の大半はヴィンフリーデが自らスカウトした叩き上げであり、彼女達は総じてヴィンフリーデへ高い忠誠心を持つ。これは当初東欧からの撤退戦で戦力の大半を損耗した際にヴィンフリーデが新規に着任し、撤退戦と並行して多くの人材(軍民問わず)を吸収して部隊を再建させた為。親衛隊本部直属の秘匿部隊であり、皇帝フリードリヒⅣ世とハインリヒ・ヒムラー親衛隊長官のみが指揮権を持つ。第一~第五及び本部小隊の六個小隊(24人)とその他の人員で構成される。任務の性質上(士気の維持とカールスラント国民への事実の隠ぺい)、隊員達は公の場に出る事は無く、部隊内でのスコアも公式にはカウントされない。しかし、任務の内容(『ヒトモドキ』だけでなく、敵前逃亡を働いたとみなされたウィッチの粛清も請け負う)前線の一部ウィッチ達には存在を知られているようで、『死神』『人狼』と呼ばれて忌み嫌われている。ウィッチのみならず、隊員の多くは東欧撤退戦で吸収された元外国人兵士及び民間人であり、ネウロイに強い憎悪を抱いている為、士気も非常に高い。敵の出現は時を選ばないので、緊急時を除き本部小隊を部隊運営に充て、一個小隊を休暇・新兵教育に充てる他、残りの四個小隊で昼夜の待機シフトを組んでいる。

 

<第一小隊のメンバー>

 部隊章は人狼を表すルーン。全員が正規のカールスラント軍人。

・ヴィンフリーデ・シュトライプ

 身長:173cm

 年齢:18歳(1945年)

 誕生日:6月13日

 通称:『人狼シュトライプ』『幻の撃墜王』

 所属:カールスラント武装親衛隊 第32親衛夜間戦闘航空団 

 階級:中佐

使い魔:白梟

固有魔法:『夜間視能力』『偏差射撃』

使用機体:ハインツェルHe 219A-4/R3

使用火器:Mk108 30mm機関砲(狙撃仕様)

イメージモデル: ヴェルナー・シュトライプ

 『夜間戦闘機の父』とも呼ばれ、66機の撃墜スコアをあげた。ドイツ空軍第四位のナイトエース。その内の殆どが夜間戦闘で撃墜したものである。騎士鉄十字勲章を授与された最初の夜間戦闘機パイロットであり、戦後は西ドイツ空軍A操縦士学校の指揮官を務めた。最終階級はドイツ空軍で大佐、ドイツ連邦軍で准将。

人物:カールスラント軍の汚れ仕事(ネウロイ化したウィッチの始末)を主任務とする第32親衛夜間戦闘航空団第1飛行隊『視えない盾』中隊の隊長。騎士鉄十字勲章を授与された初めてのナイトウィッチで、夜間撃墜数(公式)ではカールスラント四位。公式撃墜数は66機、『ヒトモドキ』達を含めた非公式撃墜数は100機以上を誇る『抹消された撃墜王』。スタイル抜群、教養バッチリの才女。多方面に有力なコネを持ち政治的な駆け引きに長ける一方、自らも最新鋭のストライカーユニットHe219を駆り、超人的な遠距離狙撃能力を発揮する精鋭ウィッチでもある。その振舞いから一般には冷酷な人物と思われがちだが、身内には優しさとユーモアを忘れず、戦場で軽口を飛ばして雰囲気を和らげる等、部下に安心を与える事が出来る人物でもある。ネウロイ化したウィッチ達を『ヒトモドキ』と呼び、蔑んで憚らない。自身のストライカーユニットに紫色のラインを入れている。趣味は料理と音楽鑑賞。決してそれを語らず、またそのようなそぶりも見せないが、帝政カールスラントという国家と、その制度全てを憎悪している。元はある政治家の長女だったが、父親が権力闘争に敗北して謎の死を遂げた後、政府高官に妾となった母と共に囲われる形で拾われ、『蜜の罠』を遂行する駒として調教された過去を持つ。

 

・マライ・アッカーマン

身長:158cm

 年齢:16歳(1945年)

 誕生日:8月4日

 所属:カールスラント武装親衛隊 第32親衛夜間戦闘航空団

 階級:少佐

使い魔:ナイチンゲール

固有魔法:『魔眼』

使用機体:ハインツェルHe 219A-4/R3

使用火器:MG42

イメージモデル:なし

人物:『視えない盾』中隊の副官、ヴィンフリーデの右腕。包み込むような優しさと落ち着いた物腰で、『みんなのお姉さん』ポジション。部下達からも慕われている。戦場では一転し、確かな戦術眼と状況把握能力で冷静かつ苛烈にヴィンフリーデと共に中隊を率いる。『魔眼』を用いたスポッターを始めとし、公私に亘ってヴィンフリーデを支える。自分にのみ素の姿を見せるヴィンフリーデに心酔し溺愛しているが、決してヴィンフリーデがこちらを振り向かないであろう事も理解している。

 

・フランツィスカ・マイヤーハイム

身長:145cm

 年齢:15歳(1945年)

 誕生日:3月24日

通称:『壊し屋』

 所属:カールスラント武装親衛隊 第32親衛夜間戦闘航空団

 階級:中尉

使い魔:ミサゴ

固有魔法:『怪力』(ゲルトルート・バルクホルンと同様。)

仕様機体:ハインツェルHe 219A-4/R3

使用火器:StG-44・パイルバンカー(技術省の試作品。杭部分にシールド破壊効果と爆発効果を持つ二つの術式が付与されている。杭の射出には魔法力を使うので、ウィッチの魔力量に左右されるという欠点はあるものの火薬式に比べて総じて継戦能力が高い。)

イメージモデル:なし

人物:幼い頃から空を飛ぶ事に憧れ、魔法力発現と同時に軍に入隊。東欧撤退戦で撃墜スコアを47機にした直後、オラーシャ国境付近で不時着し凍えながら味方基地を目指して凍った湖を渡っていた時に中隊に拾われる。その際に凍傷で足首から下と左手を切断し、帰還後に中尉に昇進すると共に中隊に転属した。いつもは穏やかな性格だが、戦闘時には勇猛果敢で負傷やストライカーユニットの破損も意に介さず敵を両腕のパイルバンカーで貫くパワーファイター。また真正のマゾヒストであり、『自慰』を繰り返すあまり魔法力を涸渇させかけた事があった。

 

・ベアトリクス・D・メッゲンドルファー

身長:160cm

年齢:17歳(1945年)

 誕生日12月26日

 所属:カールスラント武装親衛隊 第32親衛夜間戦闘航空団

 階級:中尉

使い魔:シベリアンハスキー

固有魔法:『電子妨害』(魔導針・レーダーの活動や基地、無線通信を妨害できる。対人戦では非常に有効な魔法。)

使用機体:ハインツェルHe 219A-4/R3

使用火器: MG151/20・フリーガーハマー

イメージモデル:なし

人物:非常に希少な固有魔法を持つウィッチ。中隊の電子戦担当。ヴィンフリーデの指揮の下、後衛で支援に努める。緩く温厚な性格でとにかく可愛い物が好き。甘い物とコーヒー大好きで作るのも食べるのもイケるタイプ。よく中隊全員に自作のケーキを振舞っていたりする。かなり極端な性格をしており、身内には天使の様な笑顔でお菓子を配るが、それ以外(とくにネウロイ)には同じ笑顔で惨殺して回る様な人物。敵に対して一切の容赦も同情もせず、とにかく叩き潰すためなら何でもする。以前ヴィンフリーデの政敵を勝手にバラバラにしてとんでもない事になった。

 

<第二小隊のメンバー>

部隊章は高笑いする髑髏。クラウディアとエルザがカールスラント人、ツェツィリアとレナータはオストマルク出身。

・クラウディア・ヴェルター

身長:152cm

 年齢:14歳(1945年)

 誕生日:2月25日

所属:カールスラント武装親衛隊 第32親衛夜間戦闘航空団

 階級:軍曹

使い魔:ベンガルトラ

固有魔法:『物体操作』(念動系魔法の一種。自分の魔法力を通した物体を意のままに操る。魔法力の消費が激しい。)

使用機体:ハインツェルHe 219A-4/R-3

使用火器:MG42・フリーガーハマー

イメージモデル:クルト・ヴェルター

 僅か93回の作戦行動で63機の撃墜を果たしたナイトエース。その内の半数はモスキートである。又、第二次大戦で最も戦果を上げた『ジェット機使い』でもある。

人物:第二小隊の戦死者の補充で急遽ウィッチ養成校から送られてきた新入りナイトウィッチ。第二小隊では中衛を務める。未だ駆けだしである事もあって技量は低いが、ヴィンフリーデをして『ハイデマリーを超える』と言わせる程の潜在能力を持つ。引っ込み思案な者が多いナイトウィッチ達の中では珍しく、天真爛漫で人懐っこい性格。純心で何事にも一途だが、プレッシャーに弱く、へこたれやすい。また世間知らずでもある。

『視えない盾』中隊に配属され、そこで過ごすうちに段々と部隊に呑まれていく事になる。

 

・ツェツィリア・クフィアコフスカ

 身長:145cm

 年齢:15歳(1945年)

 誕生日:6月14日

 所属:カールスラント武装親衛隊 第32親衛夜間戦闘航空団

 階級:少尉

使い魔:シベリアキツネ

固有魔法:なし

使用機体:ハインツェルHe 219A-4/R-3

使用火器:StG-44 ・ニードル射出機構付きメイス(技術省の試作品。ニードルと刃全体にシールド破壊効果を持つ術式が付与されている。射出機構は火薬式で、三回まで。)

イメージモデル:なし

 人物:第二小隊の最前衛を務めるナイトウィッチ。第二小隊の戦闘隊長を務める。対人恐怖症を発症しており、ごく一部の人間としか関わりを持とうとしない。懐くと可愛い。自分を拾い、ウィッチに仕立ててくれたヴィンフリーデに心酔し、強い憧れを抱いている。ヴィンフリーデ曰く「実家にいた犬を思い出す。」との事。今は無き北オストマルク出身の孤児であり、孤児院での虐待で喉を潰され、声を発する事が出来ない。普段は手話と筆談で、戦闘中はハンドサインでコミュニケーションを取る。前髪を垂らし、両目を覆っている。甘い物や可愛いものが大好きで、クラウディアと打ち解けてからは一緒にお菓子作りをしている姿がよく見られる。

 

・エルザ・D・ベルンハルト

身長:154cm

 年齢:16歳(1945年)

 誕生日:8月18日

 所属:カールスラント武装親衛隊 第32親衛夜間戦闘航空団

 階級:曹長

使い魔:ゴールデンレトリバー

固有魔法:『魔導針』

使用機体:ハインツェルHe 219A-4/R-3

使用火器:MG42・フリーガーハマー

イメージモデル:なし

 人物:第二小隊で一番の常識人。後衛。基本的におっとりした性格で面倒見がよく、要領が良い。こと戦闘になると加熱しやすいレナータを公私に支え、時に諫める。大抵の事はそつなくこなし、他人に教えるのも得意。しかし悪感情を胸の内に溜めこむ癖があり、爆発すると手がつけられなくなる。そのため隊内では『普段は優しいけど絶対に怒らせちゃいけない人』として認識されている。そのバストは豊満であり、たまにクラウディアに揉まれて追いかけっこをしてたりする。カールスラントへの狂的な愛国心を持ち、(入隊前に)目の前で祖国を侮辱した男を惨殺した経歴があり、監獄でのヴィンフリーデを交えた司法取引の末に入隊した。

 

・レナータ・ネシュポロヴァー

 身長:159cm

 年齢:17歳(1945年)

 誕生日:1月26日

 所属:カールスラント武装親衛隊 第32親衛夜間戦闘航空団

 階級:少尉

使い魔:ワタリガラス

固有魔法:なし

使用機体:ハインツェルHe 219A-4/R-3

使用火器:MG151/20

イメージモデル:なし

 人物:小隊の前衛を務める。非常にドライな性格だが、戦闘時には一転して感情を露わにする事も多い。私生活に無頓着で、私生活ではよくエルザに世話を焼かれている。元オストマルク軍所属のウィッチで、前に所属していた部隊の全員を目の前にネウロイ化した自身のバディに殺され、自身も致命傷を負った。それ以来復讐を誓いネウロイ、特に『ヒトモドキ』を殺す事を狂的に追い求めている。またその時に両脚切断を余儀なくされ、義肢一体型の特殊なストライカーユニットを使用する。低血糖で朝に弱い。

 

・ハインツェルHe 219

 ハインツェルの開発した最新鋭のナイトウィッチ用ストライカーユニット。『鹿の角』と呼ばれる魔導針と高精度を誇るゴーグル型の暗視装置を標準装備し、適性保持者の枠を大きく広げる事に成功している。『視えない盾』中隊に配備されているのは大出力のユングフラウ ユマ 222G/H魔導エンジンを搭載して機動力を強化したA-4型の内、発光を極限まで抑えた特殊な魔導針を使用したR-3仕様。ヴィンフリーデが政治的手腕を発揮し、予備パーツや物資の補給は『視えない盾』中隊には優先的に配備されている。同部隊には技術省の試作型装備も秘密裏に配備されているという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。ちなみに同部隊隊員には近接戦闘にも墜落後のサバイバルにも使えるトマホークが全員に支給されている。

 

 

・ヒトモドキ

 ネウロイ化したウィッチ。いかなる原理かは不明だが、倒し損ねたネウロイが近くに居たウィッチに寄生するケースが多い。しかしその他のケースもあるので一概に『何が原因でウィッチがネウロイとなる』とは言い難いのが現状である。又、コアの位置も個体によってバラバラである。

他のネウロイと比べて機動性・運動性が非常に高く、ビームの出力も中・大型ネウロイのそれと同等であり、時にウィッチの懐に潜り込んでビームを接射するなど非常に強力。又一部の個体はウィッチ同様にシールドを展開し、手足をブレード状にして格闘戦を展開する。そのため対ネウロイ戦用のウィッチ部隊を転用するよりも、戦後の対人類戦も見据えた専用の部隊を新設した方が効果的と判断され、『視えない盾』中隊が創設された。

 




次の話から本格的に物語が始まります。
宜しくお願いします!


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ouvertüre

プロローグです。
宜しくお願いします。
感想・評価など気軽に尾根がします!!



「武装親衛隊の『視えない盾中隊』? さあ、わらわは知らんが……ああ、『人狼部隊』の事か?知っているかって? 勿論。あの部隊は悪い意味で有名じゃからな。『ネウロイと化したウィッチを片っ端から狩って回るならず者達の寄せ集め部隊』、悪い噂が立たない筈も無い。斯く言うわらわもあの部隊は好かん。理由? 簡単じゃよ……わらわ達もいつあの人狼共に狩られるか分からん」

―――ハインリーケ・P・Z・ザイン・ウィトゲンシュタイン少佐へのインタビューより(1946/9/22)

 

「人狼部隊?ああ、有名だよ。知らないのかい? ……そうか、まだ来たばっかりだから新入りは知らないのも無理ないか―――人殺しのイカレ共、祖国の恥さ!」

―――とあるカールスラント軍のウィッチ(年月日不明)

 

「……そうです。あの日、私達は夜間哨戒飛行の為にビンゲン・アム・ライン基地から出撃しました。はい、そうです。ネウロイとの接敵に備えて実弾装備で出撃しました。―――任務は途中まで完璧に遂行されていました。『あれ』が起こったのは日付を周って少しした頃でした。私達の担当空域の哨戒が終わって、基地に帰ろうとした頃です。皆、『帰った後のココアが楽しみだね』なんて話をしてたんです。その時でした。突然、みんなが、苦しみ出して……!! あんな事に……!グスッ、ヒッグ……! (以下聞き取り不能)」 

―――あるカールスラント軍所属ナイトウィッチの取り調べ記録より(1945/6/14)

 

梟の鳴き声も聞こえなくなり、森の木々が一層昏さを増す深夜。ラインラントの何処かに存在するカールスラント武装親衛隊航空基地のある一室で、内線電話のベルが鳴り響いた。けたたましい呼び声を聞いて、一人の女性がもぞもぞと気だるそうに布団をどけ、ベッドから立ち上がる。

「糞っ、こんな時間に、何処の阿呆だ! 私の快眠を邪魔しやがって!」

 そう言って女性は忌々しげに舌打ちをし、豊満な裸体を月光に晒しながら受話器を取る。

「私だ。一体こんな時間に……何!? そうか。四体か……多いな。ああ、了解した。ブリーフィングの準備をしろ。すぐにでも出るぞ。今抑えている面子では長くは持たんだろうからな。補充のウィッチ? ああ、今日だったか。間に合えば良かったんだがなァ……」

受話器越しに報告を聞いた瞬間、不機嫌そうだった女性の眼差しが鋭く光る。その整った顔立ちから眠たげで不機嫌そうな表情は一瞬にして消え去り、顔には険しい面持ちが浮かんだ。その時の彼女の視線を見た者がいたならば、闇夜に獲物を探す梟に例えただろう。

彼女が親衛隊の制服に着替えて部屋を出る頃には、基地中にサイレンが鳴り響き、多くのスタッフが出撃準備の報を受けて慌ただしく駆けまわっていた。

彼女の名はヴィンフリーデ・シュトライプ。多くの人々は、歴史の闇に葬られた彼女の存在とその功績を知る事は無い。

 

「傾注!!」

ヴィンフリーデがブリーフィングルームの台に立った瞬間、総勢十九名のウィッチ達が彼女に立ち上がって敬礼した。それらは完璧に統制の取れた、一分の隙の無い動作だった。

「諸君、おはよう(・・・・)。時間が無いので手短に済ましてしまおう」

 ヴィンフリーデは返礼をして、満足げに微笑んだ。

「さて、諸君もここに集っているからには気付いていると思うが……恒例の楽しい楽しい『ヒトモドキ狩り』の時間だ。乱暴に纏めれば、向かってくるヒトモドキ共を分断包囲し袋叩きにするだけの単純な作戦だ。マライ、後はよろしく」

「了解しました、中佐。今回の獲物はビンゲン・アム・ライン基地の夜間哨戒部隊から『発生』した元航空ウィッチ四体です。奴らは原隊の同僚達を撃墜、そのままラインラント上空を突っ切ってガリアに向かおうとしているわ。現在我が基地からスクランブル発進した第四小隊が何とか抑えていますが、突破されるのは時間の問題でしょうね。そこで速やかに彼女らと合流、奴らを狩るのが我々の任務となります。交戦時間の制限は設定されていませんが、深追いのあまり交戦空域を出て他の部隊とかち合う事の無い様に、との通達が来ていますので注意して下さい。敵侵攻ルートと隊の編成はこの通りです」

そう言って副官のマライ・アッカーマン少佐が机上に進行予想図と編成表を表示した。そこにはラインラント州の地図の上に敵の侵攻ルート、そしてその両翼から襲いかかる自隊のルートが映し出されていた。

「これって……!」

隊員の一人が思わず声を漏らし、ブリーフィングルーム内が俄かにざわめき出す。その予想図には彼女らの基地が敵の侵攻ルートの文字通り真上にあったのだ。

「我が隊はこれより出撃後、現在交戦中の第四小隊と合流。その後、奴らを包囲分断し、各個撃破に移ります。何か質問は?」

 そう言ってマライは全体を見渡した。ブリーフィングルームは重苦しい沈黙に包まれていた。自分達が抜かれることは、自分達の寝床が無くなる事、ひいてはガリアに再びネウロイの侵攻を許す事に繋がると同義だと知っていたからだ。

「我々はその任務の特性上、存在を秘匿されている部隊だ。今回もいつも通り過酷な任務だが、各員が死力を尽くせば任務遂行も全員の生還も達成される筈だと私は確信している。マライ、貴様からは何かあるか?」

マライは首を振った。ヴィンフリーデはそのまま胸を張って訓示を続ける。

「今回の作戦では、この基地がラインラントの最後方である事を常に意識しろ。我々の後背にあるガリアは人類の勝利の象徴だ。我々は、流血も厭わずここを死守せねばならない」

ヴィンフリーデはブリーフィングルームを睥睨する。揮下のウィッチ達の瞳に迷いや濁りは皆無だった。彼女らは皆、中隊指揮官であるヴィンフリーデに絶対の忠誠を誓っている。『汚れ仕事』を生業とする彼女達は、自らの手を汚す事を厭わないヴィンフリーデの指揮の下、鉄の結束で結ばれていた。

そして、彼女は皇帝から直々に叙勲を受けた者にのみ許された言葉を口にする。

「しかし、犬死には決して許さん! 帝政カールスラントの名誉と誇りにかけて任務を完遂しろ! 奴らに我々『視えざる盾』の実力を見せつけてやれ!」

ヴィンフリーデはさらに鋭く、斬り裂くような号令をかける。

「唾棄すべきヒトモドキ共に、断罪の鉄槌を下せ! 出撃!!」

「「「了解!!」」」

 

「進路、風向き確認――よし! 正面ハッチ開けろ!」

「一番機から四番機、発進準備よし! いつでも行けます!」

格納庫は正に修羅場だった。整備兵達が怒号を張りあげ、カートやトラックが慌ただしく駆け巡る。整備兵達は19機のハインツェルHe 219A-4/R3ストライカーユニットに傅き、ユニットと武装の最終確認を行っていた。カールスラント製エンジンで随一の出力を誇るユングフラウ ユマ222G魔導エンジンが低く唸り、整備員達の手によってユニットの固定ボルトが解除された。同時にゴガン!と大きな音を立てて格納庫の正面ハッチが全開放状態で固定され、一瞬だけ勢いよく流れ込んできた夜風がヴィンフリーデの顔を軽く打った。魔導エンジンは回転数を上げると共に低い唸りを雄叫びへと変え、その吐息を聞いたヴィンフリーデは発進時の加速を思い出して自身の胴体より長大なMk108機関砲を強く抱え直した。

『一番機から四番機、順次発進! 幸運を!! 続いて四番機から八番機、出撃スタンバイ! ユニット固定ボルトの解除確認を―――』

管制官から発進許可が下りた。闇に包まれた滑走路を、四つの魔力光が明るく照らし出す。機体の固定装備である魔導針が幽かに碧に光り、ググッと力強く機体が押し出される。  

ヴィンフリーデは自身の脇で敬礼をする機付整備兵達に答礼し、管制塔の方向にちらりと目をやってからインカムに向かって叫んだ。

「武装よし、機体装備よし――一番機、シュトライプ出るぞ!」

『一番機、発進を許可する。幸運を!』

 ヴィンフリーデは自身の両脚に魔法力を集中させ、最終固定ボルトを押し退ける様にしてユニットが生み出す推力を後ろに向けた。次の瞬間、ガコン、という音がしてヴィンフリーデの体はストライカーユニットの生み出す莫大な推力に押し出され、滑走路を力強く駆けあがり始めた。

 

同時刻の、ガリア領内カールスラント軍ウィッチ養成校。その滑走路では、カールスラント武装親衛隊のJu52輸送機の前で、二人のウィッチの卵達が一人のナイトウィッチの門出を見送っていた。少女達が今生の別れとばかりに抱き合う後ろで、漆黒に塗装されたJu52のエンジンが唸り、搭乗口に立っている武装親衛隊の士官が強い口調で急かすが、少女達は名残惜しそうにして中々離れない。

「じゃあね、みんな! 今までありがとう! 向こうに着いたらお手紙書くからね!」

「うん、まぁ……アンタも頑張んなさいよ。アンタはアタシの目標なんだから!アタシが追いつくまで、勝手に墜ちたりしたら許さないんだから!分かったら返事!」

そう言って一人の少女が拳を突き出す。まだあどけなさと涙の痕が残るその顔には、未来への希望があった。

「クラウディアならきっと大丈夫、一杯戦果をあげて、向こうでも仲良くできる。だから、頑張って! 私も、お手紙出すから!」

瞳に涙を溜めて、もう一人の少女が叫ぶ。その顔には親友との別離の悲しさや寂しさと、どこか誇らしげな表情が同居していた。

「うん! みんな……みんな……ホントに……グスッ、あ、ありがとう!! 私、向こうでも頑張るから!!」

見送られる少女、クラウディア・ヴェルターはつぶらな瞳から大粒の涙をぼろぼろと溢しながら震える声で親友達の激励に答え、敬礼した。

 やがてクラウディアを乗せたJu52は爆音を響かせながら星が煌めく夜空の向こうに飛んでゆき、二人は滑走路の端に佇みながらいつまでもそれを見守っていた。

 




まだまだ先は長いですが、宜しくお願いします。


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1:着任

第一話です。漸く物語が本格始動します。


「『人狼部隊』?ああ、話には聞いたことがあるが……それがどうかしたか、ニパ?」

―――グンデュラ・ラル少佐(1945/詳細不明)

 

クラウディアはJu52の硬いシートに座りながら、通路を挟んだ小さい窓の向こうに広がる星空を何をするでもなくじっと眺めていた。窓の向こうから月と星々の光がキャビンに差し込み、クラウディアの体とトランクを幽かに照らしていた。機内に居るのは操縦士達を除けばクラウディアと武装親衛隊の黒服を綺麗に着こなした仏頂面の眼鏡をかけた大尉だけであり、一切会話の無いキャビンにはエンジン音だけが轟々と響いていた。

(うぅ、お腹空いたしお尻も痛いよぉ……マリアがサンドウィッチ作ってくれたけどなんか気まずいから勝手に食べらんないし……早く終わんないかなぁ……)

彼女達がガリアの養成校を発ってから既に数時間が経過しており、同じ姿勢で同じシートに長時間居続けた事もあってクラウディアは空腹と共に自身の尻に激しい痛みを感じていた。目的地である基地までは300km程だったので一時間半もあれば到着できる筈だったのだが、基地の部隊が『ネウロイ迎撃任務』の為に緊急出撃しており、クラウディアの乗るJu52は離れた空域で上空待機を余儀なくされていた。

(部隊の皆さんはどんな人達なんだろう……良い人達だといいな。確か隊長さんは柏葉剣付騎士鉄十字賞を貰った凄いエースなんだよね。――ああお腹減った!やっぱり我慢できないよぅ!)

「あ、あの……お腹空いたんで、夜食食べて良いですか!?」

「……?ああ、私に聞いたのか?」

 暫くして漸く大尉はクラウディアの方に向き直った。クラウディアは無言で激しく頷く。

「いや、別に……食べたいなら食べれば良いじゃないか。私に聞くなよ」

 困った様子でクラウディアに言って大尉は眼鏡の位置を指で直し、神経質そうな足取りで操縦室へと歩き出した。その言葉を聞いた次の瞬間には、クラウディアは雑嚢を開けて小さな箱を取り出し、大尉には目もくれず猛然とサンドウィッチに食らいつき始めた。

 

「喜べ、ヴェルター軍曹。漸く着陸許可が下りた。君の赴任先のウィッチ達のエスコート付きだ」

 クラウディアがサンドウィッチを平らげて水筒のコーヒーを啜っていると、キャビンのドアを開けて大尉が戻って来た。

「えっ!本当ですか!?」

(どんな人達なんだろう!見えるなら挨拶とかしなきゃ!)

それを聞いたクラウディアは背後の窓に齧りついて外を見渡す。夜空は相変わらず光り輝く星々で満ちて、幾ら夜空を睨んでもウィッチの影は何処にも見えなかった。

(流石に見つかる訳ないか……)

 と思って窓から視線を外そうとした瞬間、それは突如として彼女の視界に現れた。見た事も無い新型のストライカーユニット。それは彼女が今まで使ってきたJu88よりも大きく、洗練された優美な形をしていた。そのユニットの前後では碧の魔導針が幽かに光り、今まで聞いた事の無い排気音を奏でていた。魔導エンジンも新型なのだとクラウディアは理解した。見た事の無い形状に新型のエンジン。文字通りの最新鋭機だ。そのウィッチは身の丈よりも大きい棍棒を携えており、その表情は武骨な双眼鏡の様な物を着けていて判らなかった。一瞬だけ彼女と目が合ったが、その『眼』は翠に光って個人の感情を読み取る事は出来ず、人よりも夜行性の獣を想起させた。

「すごい……」

 これがクラウディア・ヴェルターとツェツィリア・クフィアコフスカの最初の出会いだった。

 

 出撃時の様な緊迫した様子こそ無いものの、基地の格納庫は賑やかに活気づいていた。次々とウィッチ達が帰還し、彼女達の会話と整備兵達の会話が交わる中でトラックやカートがひっきりなしに動き回り、ストライカーユニットの駐機や整備作業が各所で行われていた。現在は6個小隊の内4個小隊が帰還してその内3個小隊分の作業は完了しており、作業の忙しさは峠を越えたと言って良い状態だった。

『本部小隊が着陸する。整備班は駐機用意の上、所定の位置で待機せよ』

 格納庫に放送が入ると共に、本部小隊付の整備兵達は引き締まった面持ちで持ち場に着き直した。彼らの仕事はこれから始まる。

 暫くして、格納庫の喧騒の中に特徴的なユマ 222G/Hの排気音が混じり始めた。獣の吼える様な重低音がどんどん近付いてくる。やがて格納庫要員の会話がその音に掻き消されるようになると、4人のウィッチ達が格納庫へ帰って来た。

「お帰りなさい、中佐!ユニットの調子はどうでしたか?」

 出っ張った頬骨と黄色い肌、低い鼻が特徴の良くも悪くもアジア人らしい顔が真っ先にヴィンフリーデを迎えた。彼は関野信孝伍長、ヴィンフリーデ機の機付整備長だ。彼はヴィンフリーデ自らが扶桑の宮藤研究所から引き抜いてきた凄腕の技術者であり、ストライカーユニットと502JFWの管野直枝中尉に全てを捧げる『偉大なる変態』でもあった。

「ああ、ただいまセキノ。素晴らしい仕上がりだったよ。百点だ」

 関野を称賛する言葉とは裏腹に、ヴィンフリーデはかなり苛立っているように見えた。出撃前からヴィンフリーデの表情は不機嫌そうだったが、帰って来てから彼女の機嫌は更に悪化している様に関野は感じた。ここでヴィンフリーデの機嫌をさらに損ねても良い事は無いので、関野はいつもより一層にこやかにヴィンフリーデに接する事にした。

「それは良かった!排気タービンが丁度寿命だったので交換したばかりだったんですよ」

「心配だったのか?それも仕様の内だと聞いたが」

そう言ってヴィンフリーデはストライカーユニットとMk108機関砲を整備ピットに固定してユニットから脚を抜き、しなやかな身のこなしで地面に降りた。ユマ222Gの排気タービンは技術的問題から、消耗品として設計されているとヴィンフリーデは説明されていた。

「はい、しかしユニットやエンジン本体との相性もありますから、あまり単純な話でもないんです。今夜は四匹だったんでしょう?スコアは増えましたか?」

「ああ、お陰でトマホークが駄目になったよ。汚らわしい!」

そう忌々しそうにヴィンフリーデは吐き捨てた。関野はヴィンフリーデがこんなにも不機嫌な理由を悟った。彼女はヒトモドキに『近寄られた』のだ。ヴィンフリーデの基本的な戦闘スタイルは『魔眼持ち』のマライの観測と自身の固有魔法の『偏差射撃』を使ったMk108での超長距離狙撃だ。実の所彼女は、狙撃のみならず格闘戦以外はそつなくこなすオールラウンダーとしての側面も持つが、狙撃に拘るのは彼女なりの理由がある。理由までは関野には解らないが、彼女はヒトモドキを毛嫌いしている。そして彼女は今夜ヒトモドキと近接戦闘をする羽目になったのだ。

(こりゃ今日はこの人には近付かないほうがいいな……触らぬ神に何とやらだぜ……)

「あの~~、中佐?整備の作業がありますんで……」

「ああ、そうだな。宜しく頼む」

 そう言ってヴィンフリーデは何事かを呟きながら苛立った足取りで格納庫を去った。ひとまずの脅威が消えた関野は安堵のため息を吐き、他の整備兵達を大声で呼びよせた。

 

親衛隊基地の一角にある執務室。部屋の主であるヴィンフリーデとその副官マライは言葉を交わす事も無く淡々と事務処理をこなし、部屋にはペンを動かす音だけがカリカリと響いていた。暫くして、部屋のドアがノックされた。静寂を打ち破ったのは、始めて聞く明るい大声だった。

「失礼します!!」

「入れ」

 ヴィンフリーデが返事をすると、ガチャッ、という音と共に一人の少女が入って来た。少女はぎこちない足取りでヴィンフリーデとマライの前に立ち、敬礼をして緊張した面持ちで口を開いた。

「クラウディア・ヴェルター軍曹、本日付で空中勤務を命ぜられ、只今第32親衛夜間戦闘航空団第一飛行隊に着任致しました!」

 クラウディアが口上を述べ始めると同時に二人は椅子から立ち上がり、無駄の無い動作で答礼した。

「ヴェルター軍曹、着任を許可する。『視えない盾』中隊へようこそ。私が隊長のヴィンフリーデ・W・シュトライプ中佐だ。こちらは副司令のマライ・アッカーマン少佐だ」

「これからよろしくね、ヴェルター軍曹。仲良くできたら嬉しいわ。私の事は名前で呼んで構わないから」

 ヴィンフリーデに紹介されたマライはにこやかに微笑んだ。硬質で厳格な雰囲気を纏ったヴィンフリーデと、温和な表情で優しくそうな印象を与えるマライは対照的な二人だった。

「はい!これから宜しくお願いします!私の事も名前で呼んで下さい!」

「貴様の所属は第二中隊だ。今日はもう遅いし他の隊員も出撃から帰って来たばかりだから、本格的な顔合わせや基地の案内は明日になるだろう。貴様には明日から早速練成過程に入ってもらう。問題無いな?下がって良いぞ。今夜の内に荷ほどきをしておけ。」

 そう言ってヴィンフリーデは興味無さげにクラウディアから視線を外し、ペンを持ち直して机上にある書類に視線を落とす。

「はい!あの、中佐……」

「どうした?」

「あの、私の部屋ってどこですか?」

 クラウディアの言葉にヴィンフリーデは一瞬呆気にとられ、納得した面持ちで口を開いた。

「ああ、そうか。すっかり忘れてたよ。マライ、案内してやれ」  

「了解しました、隊長。さぁクラウディア、行きましょう?」

マライに連れられて、クラウディアは執務室を退出した。執務室に再び静寂が戻り、ヴィンフリーデは何も言わずに机に向き直った。

 

「ここが貴女の部屋よ、クラウディア。さあ入って頂戴」 

基地の中を歩く事3分。後ろ手にドアを開けたマライに促され、クラウディアは案内された自身の私室に入った。カーテン付の窓から滑走路を一望できる私室の中はごく一般的な内装で、鉄のベッドに木の机、ヒーターや簡単な本棚等が置いてあった。

「ちょっとカビ臭いかもしれないけど、我慢してくれるかしら」

「そんな事ありませんよ、全然大丈夫です!んしょっ……」

「そう?ここでの暮らしで困ったことがあったら何でも言ってね」

「ありがとうございます!」

 そう言いながらクラウディアは抱えていたトランクやバッグを床に置いた。ゴドン、という鈍く重々しい音が部屋になり、床を軽く揺らす。マライはクラウディアの持ってきた荷物をしげしげと眺めると、明るい表情で手を叩いた。 

「随分と大荷物ねぇ……荷ほどき手伝ってあげるわ」

「ええっ?!そんな、大丈夫ですよ!アッカーマン少佐の手を煩わせる様な事は……」

「遠慮する事無いわ。あなたはもう私達の一員だもの!それに貴女は明日から訓練でしょう?こんな大荷物一人で整理なんて無理よ」

「えっいやでも」

「私がやってあげたいだけよ、気にしないで。一緒にやりましょう♪」

「は、はぁ……」

 クラウディアは完全にマライの勢いに気押されていた。ウィッチ訓練校でも教官を始めとした士官はいたが、皆一様に厳しく、クラウディア達候補生に容赦ない試練を与える悪魔の様な人々だったので、こんなにも砕けた態度で親密に接する少佐など彼女の想像の範疇を大きく超えていた。

「ほらほら、早く始めましょうよ。二人でやれば作業時間も半分で終わるわ♪」

「お、お願いします……」

 今にも輝きそうな程眩しい笑顔のマライに押し切られて、クラウディアはトランクの鍵を解錠した。窓の外では黄色がかった月光と色とりどりの誘導灯が滑走路と格納庫を照らし、中天高く上った半月が森と基地だけの殺風景な景色に僅かな彩りを与えていた。

 




もうそろそろで書き貯めがなくなりそうです。
宜しくお願いします。


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2:洗礼(上)

クラウディアちゃん、いきなり飛ぶの巻。
クラウディアの話はこの「洗礼」で一旦おしまいにし、別キャラの話に移ろうと思います。
宜しくお願いします。
当方感想・評価に飢えています。一言で良いので下さい…下さい…m(__)m


翌朝。マライに連れられて基地内を一通り案内された後、ウィッチ用食堂を訪れたクラウディアは食堂の扉を開けた。食堂に入った途端に、既に席に着いていた十数人のウィッチの視線がクラウディアに向けられた。

「隊長。これが例の新入りですか?見た所養成校から『直送』って感じですが?」

 その中では比較的長身の、赤毛のウィッチがクラウディアを見つめながら言った。

「あなたが新しい子? ふふっ、これからよろしくね?」

 その隣に居た金髪碧眼、いかにもカールスラント人といった風体のウィッチはそう言ってクラウディアに微笑んだ。

「ああ、そうだ。いつもベテランを引き抜ける訳ではない。どの部隊でも戦力の補充は喫緊の課題だからな、今回は上手く青田刈りができたよ」

 部下の言葉に動じる事無く、ヴィンフリーデは静かにカップを持ち上げてコーヒーを飲んだ。ただコーヒーを飲んだだけなのに一連の動作は非常に洗練されており、クラウディアを強く惹き付けた。

「こんなひよっこにシルヴィアの代わりが務まるんですか?」

 不満そうに赤毛のウィッチが反論した。その切れ長の双眸には猜疑心がありありと浮かんでいた。

「鍛えれば良いだけの話だ。そうだろう、ツェツィリア?」

 ツェツィリアと呼ばれた銀髪のウィッチはこくりと頷いた。その艶やかな銀の前髪は目元を覆い隠すように垂らされ、クラウディアからは表情を窺い知ることが出来なかった。

「まぁ座れ、ヴェルター軍曹。もうじき朝食が来る。ツェツィリアの隣がいいだろう」

 ヴィンフリーデに言われ、微妙な空気が漂う中クラウディアは着席すると、その直後に隣のツェツィリアからメモが渡された。

『ようこそ中隊へ。私はツェツィリア・クフィアコフスカ。階級は少尉。あなたが配属される第二小隊の小隊長。よろしく』

「はい! よろしくお願いします!」

『声もっと小さくていいよ。ウルサイ』

 クラウディアが嬉しそうに挨拶すると、ツェツィリアは手元のペンを走らせ、メモに素早く書き足した。

 

 朝食は典型的なカールスラントの朝食だった。小振りな何種類かのパン、付け合わせのバターやジャム、ソーセージ、サラミ、チーズ、かわいいエッグスタンドにのったゆで卵にコーヒー……物心ついたときから親しんできた味だったが、軍隊のそれにしてはかなり上等な方だろう。

微妙な空気の漂う中朝食を済ませたクラウディアは、ツェツィリア他二人と共に基地の格納庫へ向かった。廊下を歩きながら互いに自己紹介をするが、赤毛のウィッチの剣呑な視線が気になってクラウディアは気が気で無かった。

「私、エルザ・D・ベルンハルト。階級は曹長ね。エルザって呼んでいいわ。これからよろしくね」そう言ってさっきクラウディアに話かけた金髪碧眼のウィッチは微笑んで手を差し出した。クラウディアもにっこり微笑み返して握手する。

「私はクラウディア・ヴェルター軍曹です!これから宜しくお願いします! 」

「ほら、レナータ。貴女も挨拶しなさいよ。新しい仲間なんだから」

「分かった、分かったよエルザ……挨拶するよ。レナータ・ネシュポロヴァー少尉だ。くれぐれも足引っ張ってくれるなよ」

 綺麗な発音だったエルザと好対照なオストマルク訛りが強いカールスラント語で挨拶しながら、赤毛のウィッチは嫌そうに手を差し出して握手をした。

「あの、所でネシュポロヴァーさん、失礼ですが」

「ネシュポロヴァー少尉、だろ? お前は一体養成校で何を習ったんだ!」

「ひっ、す、すみません! ネシュポロヴァー少尉!」

 歯をむき出し、怒気を露わにレナータはクラウディアを睨みつけた。クラウディアはいきなりの叱責に驚き、平身低頭で許しを乞うた。

「やめなさい、レナータ! 大人げないじゃないの! まだ入って来たばっかりなんだから、もっと優しく接してあげなきゃ駄目じゃない!」

 初顔合わせにしては酷な状況を見かねてか、二人の間にエルザが割って入る。

「うっ……でもエルザ、ここは曲がりなりにも軍隊なんだぜ?もっと規律ってものを――」

「あら、貴女が規律を語るの? ヒトモドキを前にするとそれしか見えなくなってしまう貴女が?」

「ぐっ……」

 エルザに勢いを削がれてもレナータはなお食いつこうとしたが、エルザの冷ややかな視線を前にしてはばつが悪そうに押し黙る他無かった。

「ごめんなさい、怖がらせちゃったでしょう?あんなだけど、根はいい子なの。許してあげて?」

「あ、いえ!元はと言えば、私が勝手にさん付けで呼んだから……」

とクラウディアが畏まった所で、乾いた拍手の音がした。三人が音の鳴った方へと振り返ると、そこには呆れているようにも無表情にも見える面持ちでメモを突きだすツェツェリアがいた。

『取り敢えず、格納庫行かない?自己紹介も良いけど早く訓練始めようよ。』

「……まぁ、ツェツェリアの言う通りだな」

「……そうね」

「……そうですね」

 ツェツェリアのメモにすっかり毒気を抜かれてしまった三人は、大人しく格納庫に足を向けた。

 

段々音量を増す騒がしさへと向かって歩く事二分。格納庫に繋がる大きな扉は開けっぱなしになっており、廊下からでもその熱気と喧騒を感じることができた。そこかしこに作業台に上げられて天井から吊るされたストライカーユニットがあり、その周りには何人もの整備兵が群がっている。

「すごい!大きいなぁ!」

 扉を潜ったクラウディアは、その規模に圧倒されていた。格納庫は、彼女がつい昨夜までいたウィッチ養成校より遥かに大きく豪華な造りで、そこに満ちる活気や緊張感も桁外れだった。

「そうね。ここは前線基地といってもかなり予算が費やされた豪華な物だから、貴女のいた養成校よりも大きいのも無理は無いわ。なんてったって24人分のストライカーユニットとその他の機材の整備を一手に引き受けているのだもの。さぁ、早く行きましょう?あなたのユニットが待ってるわ」

「は、はい!今日は慣らし運転ですか?」

「ええ、そうよ。でも貴女の調子次第で、模擬戦をやるかもしれないわ。だから武装して離陸するわよ」

 そう言ってエルザはクラウディアの手首を握り、前を歩く二人を追って第二小隊の持ち場へと歩き出した。

 

 

 三人に導かれ、クラウディアはあるストライカーユニットの前に立った。整備ピットに固定されたそれは他のユニットと同様に上下が漆黒と夜間迷彩で塗り分けられており、『12』の機番と高笑いする髑髏のエンブレムが描かれていた。これまでに見た事の無い程の巨体は昨夜クラウディアが見たユニットに間違いなく、その威容はその巨体を初めて間近で見る彼女を圧倒した。

『これがアナタの乗る機体。He 219。新型だから壊すと高いよ』

「これが、ですか。すごく、大きいですね……」

 クラウディアがそう言うと、整備ピットの陰から油で汚れたツナギに身を包んだむくつけき大男が現れた。しかしクラウディアはユニットに夢中になっており、男の出現に未だ気付いていない。

「お、ようやく来たか。ツェツェリアのお嬢ちゃん、こいつが新入りかい?」

「うわぁ!」

『そう。手が掛かるだろうけどよろしくね、おっちゃん。』

 驚くクラウディアを横目に見ながら、ツェツェリアは懐からメモを出してさっとペンを走らせると、笑顔を浮かべながら男にメモを差し出した。

「はいはい、分かったぜ。……おい、お嬢ちゃん!」

「へ?……あっはい!何でしょう!?」

「初日から寝ぼけてんなよ。まぁいい、俺はマチェイ・ワイダ伍長だ。大体の奴は『おっちゃん』って呼ぶがな。今日からお前さんの機付長を務める事になっている。宜しくな!」

 ツナギで手を拭きながらワイダ伍長は豪快に笑い、所々油で黒ずんでいる毛むくじゃらの手を差し出した。

「はい!クラウディア・ヴェルター軍曹です!私の事はクラウディアって呼んで下さい!宜しくお願いします!!」

 油汚れに気付いていないクラウディアは笑顔でワイダ伍長の太い手を握り返した。

「おお、元気な挨拶だな。やっぱり女の子は元気が一番だぜ!」

「はい!元気いっぱいです!」

「そうかそうか。じゃあその元気で初飛行もサッサと済ませちまおうな!」

「はい!」

 笑いながらワイダ伍長は整備ピットからクラウディアの目の前にユニットを引きだした。

「ほら、これがお嬢ちゃんの機体だ。お前さん、まだJu88しか乗った事が無いんだっけか?コイツはパワーが桁違いだから振り回されないように気張っとけよ!何てったって排気タービン付で離床出力3200馬力だからな!」

 整備ピットの上に上るクラウディアの横でワイダ伍長はユニットを叩きながら、歯を見せて快活に笑った。

「まぁ何にせよ履いてみない事には始まらんさ。そうだろう?おっちゃん」

そう言いながらレナータは他の機付整備兵達に囲まれて、義脚を外して自身のユニットの接合部に腿の付け根を装着した。他の三人も続いてユニットを履いた直後、格納庫の一角は四つの魔方陣の蒼い光で明るく照らされた。

 

その日は春らしい陽気に包まれた暖かい日だった。群青の大空と濃い緑の森に燦々と柔らかい陽光が降り注ぎ、朝露が消え去った滑走路の上を心地よいそよ風が吹き抜ける。

「おい、ありゃあ模擬戦か?」

「ああ、第二小隊らしいぜ。新人が入ったからな」

「へぇ……来たばっかで模擬戦なんてツイてない奴だな」

「ここの模擬戦はキチガイじみてやがるからな。教育課程が終わったばかりで骨なんざ折らなきゃいいけどな……」

鳥の囀りが響く滑走路。地面の上で作業員たちが課業を進める一方で、雲一つない大空を四つの飛行機雲が切り裂いていく。

 




続きます。
感想や評価など、気軽にどしどし送って下さい!!


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2:洗礼(下)

これでクラウディア編は一旦お終いとなります。若干急な展開かもしれませんが、御容赦下さい。
今回は軽く戦闘回です。あまり描写の密度が多くないのは……愛嬌です。許して下さい!!m(__)m


二基のユマ222G/Hがクラウディアの体をこれまでにない速度で押し上げる。視界いっぱいに群青色の空が広がり、強烈な風がクラウディアに叩きつけられる。

「このユニット、凄い……! 前後に魔導針を積んでるのにこの上昇力なんて……」

クラウディアは初めて乗るHe219A-4/R-3の圧倒的なパワーに感嘆していた。今までのJu88とはまるで勝手が違う。性能も、乗り手に求める実力も、格段に上だ。今の自分では、少しでも気を抜くと制御しきれなくなってしまう様な気がしたが、幸いにも機体の方に翻意はないようだ。まだ熟練しているとは言い難いクラウディアの操縦に付き合ってくれている。

『そろそろ訓練空域に到着するわ。最初はこの機体に慣れてもらう為に、基本の機動からおさらいするわね』

「はい!」

 エルザから通信が入った。クラウディアが返事をすると共にクラウディアに先行するレナータとツェツィリアが上昇をやめ、水平飛行に入る。風の吹きつける方向が変わるのを感じながら、二人に続いてクラウディアも自分の体を傾けた。

 

 四人でひたすら編隊飛行と初歩的な戦闘機動の訓練を繰り返した後、空の上で四人が停止した頃には既に陽は西へと傾き始めていた。

『どうかしら。そろそろユニットの挙動も少しは分かったかしら?』

「はい、思ったよりも軽くて素直な機体ですね!パワフルでJu88より動きやすいです!」

 満面の笑みでクラウディアが答えると、呆れた表情でレナータがそれを腐した。

『エンジンがいいからな。それにちゃんと軽量化もされている。お前には過ぎた玩具さ』

『こら、レナータ! 一々噛み付かないの! ……そういえば、クラウディアは今まで訓練校に居たんだっけ?』

「はい、そうです! 一通りの戦技を習得した直後に、皆より一足早くここに配属されました」

『成程、それであの動きを……』

 そう言ってエルザはツェツィリアの元へ行き、少しの間手話を交えて会話するとクラウディアの元へ戻って来た。

『それじゃあ皆、思ったよりクラウディアちゃんの動きが良いので模擬戦を始めるわ。私とクラウディア、ツェツィリアとレナータに分かれて2対2で行くわよ。準備して』

エルザの号令を聞いて、ツェツィリアはレナータにハンドサインを出した。そのまま二人はエンジンを吹かしてクラウディア達から距離を取る。

『さあ、クラウディア。私達も行きましょう?』

「はい。……そう言えば、エルザさん――」

 クラウディアは、この半日で最大の疑問をエルザにぶつけようとした。そしてエルザは、クラウディアの感じた疑問について簡潔に回答した。

『何? どうしてツェツィリアが喋らないかって?』

「はい。どうして――」

『彼女は話さないんじゃない。話せないの。ここに来る前に『ちょっとあった』みたいね』

 そう言ってエルザは口を閉じた。『ちょっとあった』の内容は定かではないが、それはクラウディアが気にかけるべき事柄ではないのはクラウディアにも分かった。暫くの沈黙の後、二人が模擬戦の作戦について話し合いを始めたのは、所定の位置に着く直前だった。

 

『二人とも、準備はいいわね?』

『勿論だ。早く始めようぜ』

 エルザの呼びかけに対し、肯定の意を表す言葉と無線のコールが聞こえた。

『よし、それでは開始!! ついてらっしゃいクラウディア、高度8500まで一気に上昇して頭を抑えるわ!』

 インカムにエルザの声が流れるとともに、エルザは急激に加速しながら頭を上げて上昇する。それを見たクラウディアはロッテ(二機編隊)を崩さない様に自身の脚に意識を集中し、エンジンに魔法力を流す。底なしの力強さを感じさせる重い咆哮は、クラウディアの背中を後押ししているようだった。

 

上昇を始めて少し。クラウディアの前にいるエルザが上昇を止め、水平飛行に移行した。同じ高度でクラウディアもそれに追随する。

『気を抜かないで、クラウディア! 模擬戦は始まっているわ! 予定通り、ここで貴女の固有魔法を使って。私が先行して二人に突っ込むから、貴女は『子機』を飛ばしつつ後ろから援護を!』

「はい!」

 エルザの指示通り、クラウディアは背中に背負っていたMG42を手に取り、魔力を込めて空に放り投げた。クラウディアが意識をMGに集中させると、MGはまるで意思を持ったかのように自在に動き始める。彼女の固有魔法、『物体操作』はクラウディアが魔力を込めた物を自由に操るという念動系の魔法だ。しかし、念動系の魔法は総じて魔法力の燃費が悪く、クラウディアが魔法力の制御に長けてない今、二人が見出した活路は短期決戦だった。

 MGを完全に制御下に置いた直後、二人の視界に二つの白い飛行機雲が見えた。米粒程に小さかったツェツィリアとレナータは、やがてその姿をしっかりと捉える事が出来るようになっていた。

『突っ込むわ!『子機』の制御は任せたわよ!』

「はい!!」

『10番機、交戦!!』

 その直後、エルザは右手にMG42、左手にカバーを被せたトマホークを持ち、ツェツィリアとレナータに突っ込んだ。捻り込みやハイ・ヨーヨーなど、多彩な戦技を駆使してエルザは二人の間に通って連携を分断し、メイスの一撃を回避してMGで牽制し、トマホークで果敢に打ち合う。その機動は、後ろからMGを操るクラウディアにとって激し過ぎ、彼女にとっては動きについて援護射撃をばら撒くのが精いっぱいで、別方向から闇討ちなど到底できる状況ではなかった。相手の二人も『子機』と自分との射線上にエルザが来るようにして牽制するなど、難なく対処してクラウディアに経験の差を見せつけた。

 そして模擬戦が始まり、膠着状態入り乱れる事数分が経った頃だった。『子機』の制御に夢中になっていたクラウディアにエルザの声が飛び込んでくる。

『ツェツィリアがそっちに抜けたわ! まともに打ち合っちゃ駄目、回避して!!』

「えっ――」

 エルザの声を聞いて『子機』から意識を戻すと、目の前にはヘッドオンの状態で迫りくるツェツィリアがいた。すれ違いざまの一撃を予想して、トマホークを取り出して防ごうとする。

「かはっ……!」

 しかしツェツィリアの動きはクラウディアの思考より早かった。腹を揺さぶる重い衝撃の後、一拍おいて全身に響く鈍痛と吐き気がクラウディアを襲う。およそ年頃の少女にあるまじき呻き声と涎を口から漏らし、クラウディアは体勢を崩した。彼女の脇腹には、特殊鋼製メイスの先端部がめり込んでいた。ツェツィリアがすれ違いざまに放った打撃に対応する間もなく、クラウディアの体はくの字に折れて吹っ飛ぶ。

「おえっ、うっぷ……」

胃から酸っぱい何かがこみ上げ、勢いよく食道を逆流する。黒パンの一部だったそれはクラウディアの喉を軽く焼き、汚いアーチを描いて大空へと飛び出した。

『クラウディア! ツェツィリア相手に接近戦は無理よ! 援護するから離脱して!』

耳のインカムから僚機のエルザの声と、ロケットの発射音が聞こえる。クラウディアは衝撃と痛みで朦朧とする意識に喝を入れ、ストライカーユニットのエンジンの回転数を上げてツェツィリアから必死に距離を取ろうとした。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

(ま、まずい……後ろに、下がらないと――あれ?後ろってどっちだっけ?)

「あうっ、ぐうぅっ!」

吹っ飛んだクラウディアを、無数のペイント弾が襲う。涙で霞む視界と散り散りになる思考の中、クラウディアは目一杯歯を喰いしばってシールドを展開した。涙を拭って再び目を開けると、クラウディアの視界には既にツェツィリアの姿は無く、そこには少し離れてエルザの牽制を回避するレナータしか居なかった。

(あれ?ツェツィリアさんは?何処に――)

『上よ! シールドを張って!』

 慌てて辺りを見回した直後。エルザから再び通信が入ると共に、上から魔道エンジンの唸りが聞こえた。咄嗟に頭上に掲げた手にシールドを展開した直後、蒼いシールドがいっぱいに広がっていた視界は迫りくる鈍色のメイスに塗りつぶされ、無表情のツェツィリアを見たのを最後にクラウディアは意識を手放した。

 

「ううん……」

 クラウディアが目を覚ますと、最初にぼやける視界いっぱいに森の木々と大空が広がり、その次にエルザの顔が右側の視界を覆った。背中から香る下草と土の臭いがクラウディアの鼻腔をくすぐり、朝露が渇く前の葉のひんやりとした感触が、体内に巣食う不快感を和らげた。

「良かった、目を覚ましたのね!」

「あ、うん。大丈夫、です……いたたっ」

クラウディアは体中の関節が激しく軋むのを感じた。二の腕が引きつり、全身に溜まった疲労が体を重く感じさせる。吐き気と胃がひっくり返った様な変な感覚は未だ彼女の体内にしぶとく居座っていた。

「さっき吐いてたけど、ホントに大丈夫かしら?」心配そうな顔でエルザがクラウディアの顔を覗き込む。

「うん……」

もう駄目――と言おうとした瞬間、クラウディアの耳にレナータの声が飛び込んできた。

「これで三回目だな」

「へ?」

 いきなり話しかけられ、何の話題か解らずに呆けた表情を浮かべるクラウディアに冷ややかな視線を浴びせながら、レナータは無情に言い放った。

「三回。実戦ならそれ位は死んでるぞ」

「そうね。じゃあ、今回の失敗も踏まえてもう一回やってみましょうか」

「えっ……」

 明るい笑顔のエルザから発せられた言葉は、クラウディアを困惑させるには十分だった。

「戦場では弱い子から死んでゆく、それは紛れもない事実よ。だから私達は早く強くならなきゃいけない。立ち止まっている時間は無いのよ、クラウディア」

 エルザの表情は明るいが、その瞳は全く笑っていない。クラウディアに言いようの無い不安を抱かせる彼女の表情が、それまでの経験を者が立っていた。

「別にここで止めてもいいんだけどな」

「あら、そうなの? 貴女の言葉とは思えないわね、レナータ?」

「辛いならここで止めてもいいぞ、ヴェルター軍曹。実戦で惨めにくたばるだけだからな」

「……そう、ですか」

クラウディアの心に僅かな怒りの種火を燈すのに、レナータからの明らかな挑発は効果覿面だった。

「ああ、そうさ。でも私達の前で死なれても夢見が悪いから……養成校に戻った方が良いんじゃないか? 最初の模擬戦で心が折れる様な奴はここには要らない。お友達とひよっこ同士、仲良く傷を舐めあうのがお似合いさ」

 レナータの追撃によってクラウディアの中で怒りの種火は次第に大きく燃え上がり、それは次第に悔しさと反骨心に変わった。と同時に養成校を発つときの親友の言葉を思い出す。

『アンタはアタシの目標なんだから! アタシが追いつくまで、勝手に墜ちたりしたら許さないんだから!』

 そうだ。彼女は、頑張っている。目標に追いつき、追い越してやろうと必死に頑張っている。他でもない自分を目指して! それに比べて自分はどうだ? まだ配属されたばかりなのに、模擬戦で失神した位でもう泣きごとか?こんな奴が彼女の目標なのか? あの脚なし女にあれだけ罵倒されて悔しくないのか? そんな奴が戦場でできる事があると思うのか?

「大丈夫。まだやれる――ううん、やってやるんだから!」

精一杯の勇気を振り絞り、クラウディアは起き上がった。私は、彼女の目標として胸を張れるようにありたい。私は、この中隊の一員として戦いたい。ならここでへばっていては駄目だ。もっと貪欲に、もっと訓練を積んで、強くならなければならない。早く実戦に出れるようにならなければならない。戦場は、ネウロイは、私達を待ってはくれないのだから。ついでにあのいけすかない脚無し女も見返してやる。

「……その言葉を待ってたわ」

 そう言ってエルザは微笑んで、クラウディアに手を差し伸べた。

「さぁクラウディア、ストライカーを履いて。もう一回よ」

「はい! 」

 逃げ出したくなる衝動を怒りと決意で圧殺しながら、クラウディアはストライカーに脚を通した。傍らに落ちていたMG42を拾い、薬室を確認してコッキングレバーを引く。クラウディアが魔法力を通すと、一度は地面に投げ出された両脚の魔導エンジンは、自身の頑丈さを誇示するように高らかに吼えたて始めた。

 

「それで?初日を終えた感想はどうだ、あいつは使えそうか?」

 地味なカーテンの付いた簡素な窓から夕日が差し込む執務室。そこに居るのは部屋の主たるヴィンフリーデとその右腕マライ、そして唖を抱える銀髪の第二小隊長のツェツィリアだけだった。直立不動の姿勢を取っていたツェツィリアはヴィンフリーデの言葉を理解すると、ブラウスの胸ポケットからメモを取り出して重厚な執務机に置いた。

「ふむ……『魔法力の量は文句なし。稚拙な魔法力の運用であれだけ動けるなら、かなり豊富な方です。固有魔法も強かったです。戦闘技術についても新兵にしては破格の出来だと思います。普通の部隊ならすぐに最前線に出ても問題ないレベルです。ただ、素質が素晴らしい分、精神面が打たれ弱いと思います。徹底的に鍛える必要があります』、か。お前もそう思ったか?――私もそう思ったよ、養成校で見てな」

 言葉を聞いて顔を上げたツェツィリアを、ヴィンフリーデの視線が射抜く。その視線には期待が込められていた。

「素質だけで咲かずに終わるか、屈指のエースに成長するか……全て我々の教育にかかっている。お前ならできるだろう?」

 見る見るうちにツェツィリアの頬に赤みが差したかと思うと、彼女は赤面しながら大きく頷いた。そんなツェツィリアの様子を見て、ヴィンフリーデは優しく微笑んだ。

「期待しているぞ、ツェツィリア。何、お前が鍛えるのなら私も安心だ。きっと我が隊にとって優秀なウィッチになるだろう――もう下がっていいよ」

ツェツィリアはそれを聞くと、嬉しそうに何度も大きく頷く。両目を覆う程長く伸ばされた前髪が上下に揺れた。

 

ツェツィリアがいかにも嬉しそうな面持ちで執務室を退出した後。夕日に照らされた執務室にはヴィンフリーデとマライ、そして束の間の静寂が残った。ヴィンフリーデとマライの二人がペンを動かす音だけが響く。暫くして、ペンを止めてマライが口を開いた。

「中佐、あの子をここに招いた本当の理由は何ですか?」

 ペンを動かす手は止めずに、ヴィンフリーデは明るい口調で受け流す。

「クラウディア・ヴェルターか?なぁに、将来有望なウィッチの青田刈りさ」

「嘘」

 逡巡したかのような間をおいて、ヴィンフリーデは静かにペンを置いた。椅子の背もたれに深く凭れ掛かり、天井を見上げながら口を開く。

「全く、お前には適わないな。固有魔法が魅力的だったのは確かだ。だがそれはここに招き入れた決定的な理由ではないな」

 そう言うと、ヴィンフリーデはカップを手に取り、残っていたコーヒーを飲み干した。

「一目でわかったよ、マライ。あれは我々と同種だ。『ヒトゴロシ』のいい目をしている。どんな形をしていても『敵』と認識したら止まらない、そういう手合いだ。本人は気付いていないだろうがな。両親と友に恵まれたと見える」

「……だから、『全部がマトモな奴は一人としていない』部隊に隔離した、と?」

「そうさ。あれは戦場に出るべき奴じゃない。本性を表す事無く平和に一生を終えるか、ひたすら修羅として過ごすかしかない奴だ。市井のパン屋か、それともここでしかマトモに生きていけないんだよ。」

「相変わらず優しいのか冷たいのか分からない人ね、貴女って。そうやって招き入れておきながら、いざとなったら自分の野望の為に使い潰すのでしょう?」

 言葉の端々に糾弾の意思を覗かせながら、マライの声色は優しく、柔らかい。実際にヴィンフリーデがマライの机へ顔を向けると、マライは整った顔に柔らかな微笑みを湛えていた。それを見たヴィンフリーデは苦笑しながら自身の腕時計を確認した。

「さて、どうだろうな……そろそろ時間か。マライ、車の用意を。私は着替えて化粧をしてくるよ」

 それを聞くとマライは顔をしかめて嫌悪感を露わにし、棘のある声色でヴィンフリーデの密会相手を確認する。

「今夜は――アイケ大将ですか?」

「そうだ。彼とも渡りを付けておきたい……そう睨むなよ。別に今夜は『体を使う』訳じゃないんだ」

 そう言うとヴィンフリーデは席を立ち、自室へと消えて行った。只一人執務室に残され、憤懣遣る方ないといった表情で受話器を取るマライをさっきよりも赤みを増して地平線にその身の七割を沈めた太陽が照らしていた。

 

 

 




展開が急なのは……許して下さい!なんでもしまむら!
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