少女×幼女戦記【完結】 (ふぃれ)
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本編
第0話 プロローグ


Web版、小説、漫画、アニメを適当に混ぜてオリジナルで補完してます。
ので、ちょいちょい原作と展開が違うと思います。


 皆様お初にお目にかかります。

 ティナ・アルベルトと申します。

 以後、お見知り置きをよろしくお願いします。

 齢は十、一般的にはまだまだ幼きこの身ではございますが、わたしの場合少しばかり事情が異なります。

 実を申しますとわたし、二度目の人生なのです。

 いや正確に二度目かどうかは分かりませんが、少なくとも自覚している分においては二度目であります。

 前世での生を終えた後、自称“神”なる者の手によってこちらの世界に生まれ変わった次第です。

 確かに前世では心理学や精神科学、脳科学などをかじっていましたので、心理的、精神的支柱としての偶像崇拝について否定はしませんが、よもやわたし自身体験する事になるとは思っていませんでした。

 そもそもあれは自分の脳が死の際に見せた幻覚なのか、それとも実際に認識外の高次な存在が実在していたということなのでしょうか。 

 いやこれは余計な話でしたね。

 つまりわたしには前世の記憶があり、重要なのは所謂別世界とやらに生まれ変わったということなのです。

 国も時代も違うのは良いとしても、驚く事にこの世界には魔法なるものがあり、更に困った事になんとわたしには魔法を使う資質があるらしいということです。

 いや確かに前世においても魔法という概念は有りましたがそれは空想上の話であり、現実に人が空を飛んだり魔法陣から光線を飛ばしたりする光景はいささか以上に驚愕せざるを得ないと言えます。

 しかも自分がそれを為すなど想像もつかないものです。

 そして更に悪い事に、わたしの生まれ変わったこの国は、軍事主義で拡張主義で男女平等主義で国民皆兵主義であるということです。

 “帝国”と呼ばれるこの国は、なにやら前世の記憶にあるとある国のとある時期に似ている気もしますが、まあ世界史専攻で無かったわたしの知識など信用できた物ではないのでこの話は置いておきましょう。

 そんな帝国において魔法使い-この世界では魔導師と呼ぶらしい-は貴重な戦力であるのです。

 まあ単体で空を飛び、人一人が戦車並みの装甲と砲撃並みの火力を持つとなればその軍事的戦略的価値はいかほどの物でしょうか。

 軍事利用されるのは仕方の無い事なのでしょう。

 つまりは、この国に於いて魔導適性が有るという事は将来軍人となる事が決定付けられたようなものなのです。

 前世では本物の銃すら見たこと無いわたしが、まさか軍人とはなんの冗談でしょうか。

 そもそも産まれからして恵まれた物とは言い難いものでした。

 わたしは両親の顔さえ知らず、孤児院の前に捨てられていた所を拾われそのまま孤児院で育てられました。

 わたしと共に捨てられていたらしい紙切れによって辛うじて名前だけは分かったものの、それ以外はさっぱり。

 これも神様の試練なのでしょうか。

 余計なお世話なのですが。

 確かに育ててくれたシスターには感謝してますし尊敬しています。

 しかし孤児院での生活というのは決して楽しい物ではありませんでした。

 なにせ明日の食事にすら困窮する有り様。

 できれば普通の家庭に産まれ、戦争とは無関係な穏やかな生活を送りたかったものです。

 残念ながら今それを言った所でどうにもなりませんが。

 それにもしかすると、わたしが大人になる頃には情勢が変わって魔導師が全員徴兵されるとは限らないかも知れないですしね。

 なんて、わたしが楽観的に問題を先送りにしていると、驚くべき噂が耳に飛び込んで来ました。

 

-ターニャ・デグレチャフが軍人になるらしい-

 

 ターニャと言うのはわたしと同じ孤児院で育った、わたしの二つ年下の女の子です。

 そしてわたしと同じく魔導適性が認められた女の子です。

 しかもわたしと違い、非常に高い適性であったそうです。

 なるほどそれ程の才能があるなら軍人という道も頷けます。

 とは言え余りに気が早いとは思いますが。

 とにかくその時のわたしは僅か八歳で将来を決めるとは、わたしでさえ戸惑っているのになんて呑気に考えていました。

 しかし詳しく聞くとどうやら違うらしいのです。

 なんとターニャは数日後には士官学校へ行くと言うではないですか。

 まさかわたしよりも歳下の、それも女の子が明日にでも軍人となるとでも言うつもりなのでしょうか?

 余りに現実離れした話にわたしはにわかには信じる事が出来ません。

 わたしはターニャに話を聞くべく、慌てて駆け出しました。

 ちなみにその途中でシスターに怒られたくだりは割愛させて頂きます。

 まあお陰でシスターからターニャの居場所を聞き出せましたし、結果オーライですね。

 急ぎ向かうとしましょう。

 そうして再び走り出した私の背中からシスターの咎めるような声が聞こえて来た気がするのは気のせいということにしておきます。

 

「ティナ!廊下は走ってはいけないと言っています!」

 

 

 

 

 

 

 シスターから聞いた情報に従い礼拝堂へ向かうと、中ではターニャが一人お祈りをしていました。

 何でもほとんど決まった時間にはここにいるというではないですか。

 なんと信心深いのでしょうか。

 なにやら不吉なオーラが見える気がするのは気のせいでしょう。

 そもそもターニャとはあまり話した事がなく、どういった子なのか詳しくは知りません。

 知っているのは物静かで、人と関わる事が好きでは無いのか一人でいる事が多いという事だけです。

 そんな事情もあって何と話しかけるべきかと思案していると、こちらの気配に気付いたのかターニャが顔を上げました。

 

「……ティナさんですか。何かここに用でも?あいにく私しかいませんが」

 

 驚くほど平坦な声でそう尋ねられ、わたしは緊張した内心を気付かれないようにぎこちなく笑顔を浮かべました。

 

「あ、いえ……。ターニャに話があるのです……」

 

 いやなに年下の女の子に緊張してるんですか。

 そもそも精神年齢だけで言えばこちらはとっくに大人であるのです。

 それが八歳児に緊張するとは。

 いやターニャはかなりの美少女、いえ美幼女ですし、さすがに緊張くらいしても仕方ないのです。

 いやいやだとしても同性ではないですか。

 とは言えあの雰囲気はとても八歳とは思えませんが。

 それともまさか自分はあれぐらいの幼女が……ってなんだか危険な思考に陥っている気がします。

 

 いつまでも黙っているこちらを訝しげに見やる視線に慌てて口を開く。

 

「た、ターニャは軍に行くと言うのは本当ですか!?」

 

 しまった。

 これはまずい。

 何がまずいってこんな質問すでに皆からされ尽くしているに違いありません。

 ターニャの性格からして多くの人に何度も同じ話をされるのは好きではないでしょう。

 あんまりターニャの性格知らないですけど。

 しかしこれについては間違いありません。

 現に目の前の幼女はうんざりしていると言わんばかりの表情をうかべています。

 何とかしなければ!

 

「その、わたしも魔導適性が認められたので……。えっと、ターニャが軍に行くと聞いて、それで話を聞いてみたいのです」

「……ああ、そう言う事ですか」

 

 そう言えばそうだった、なんて言わんばかりの態度に思わず苦笑していまう。

 大して気にされてはいないとは思っていましたが、よもや忘れられていたとは。

 そもそも認識されていなかった可能性は考えたくありません。

 とにかく幾分態度が軟化したターニャに話を聞いてみる事にしました。

 ならばここからはわたしの腕の見せ所。

 心を読み解くのがわたしの本分。

 さてさて、わたしの力はこの世界でどこまで通用するのでしょうか。

 

 

 

 曰く、帝国は軍拡傾向にあり、いずれ強制徴兵されるならば自ら志願して、士官となってしまう方が良い。

 そうして後、確実に出世していけば安全圏である後方勤務の可能性が高まる。

 その方が前線で使い潰されるリスクを減らす事ができる。

 

 途中誰かへの恨み言らしきものが混ざっていましたが、要約すればこんな感じです。

 正直わたしは内心かなりの衝撃を受けていました。

 なるほど確かに理には適っています。

 これが良い歳をした大人の言葉であったなら、素直に受け入れていたでしょう。

 それにしてもかなりの野心家と言わざるを得ないですが。

 しかしそれを目の前の、僅か八つの幼子が口にするという違和感がわたしに底知れぬ、恐怖にも似た何かを抱かせるのです。

 しかしここまでで分かった事もあります。

 ターニャは非常に合理的な考え方をしており、一方で非常に主観的でもあります。

 盲目的と言い換えてもいいでしょう。

 全ての人が自分のような合理性を備えていないと理解しながら、それでも自分の世界は自分が思い描くように合理的に回ると思っているのです。

 非常に危うく、そしてなんと可愛らしいのでしょうか。

 あまりに歳不相応な言動の中で、僅かに見せた子供っぽさに、わたしは何とも母性のような物が刺激されるのを感じました。

 そして彼女の行く末を見てみたいと思うようになりました。

 なるほど確かに彼女の道のりは彼女が考えるほど順風満帆な物ではないかも知れません。

 しかしその中で懸命に頑張る彼女を、いつしか私は応援してあげたいと思うようになっていました。

 だから、

 

「分かりました!わたしもターニャと一緒に軍に入るのです!」

 

 わたしがそう満面の笑みで宣言すると、ターニャはこれ以上無いほどのしかめっ面で返してくれたのでした。



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第1話 帝国魔導士官学校

 皆様、ご機嫌いかがでしょうか。

 ティナ・アルベルト魔導少尉候補生です。

 シスターを何とか説得し(何故ターニャは良くてわたしは心配されるのか分からない)、ターニャと共に帝国魔導士官学校へと入学を果たしてから早一年が経とうかといった所です。

 最初の一年は基礎知識に基礎訓練。

 徹底的に基礎を学びます。

 とは言え本来ならば四年かけて学ぶべき履修過程をすっ飛ばし、半分の二年に無理矢理詰め込んだ超短縮バージョン。

 何もかもがハイペースで幼き身体には堪えるものでした。

 訓練を終えて直ぐに泥のように眠る日々を繰り返し、最近やっと少しばかり心にゆとりが出てきたかな、そんな一年でした。

 ちなみに一緒に入学したターニャはと言うと、何やら成績上位をキープしているみたいです。

 わたしよりも幼い身で一体どんな体力お化けなのかと思いましたが、本人曰く確かに体力的には訓練は苦しいが、なんと学科に関してはそれほど苦ではないらしいのです。

 聞けば、軍事的な知識は元より多少持ち合わせていたそうです。

 いやあなた産まれてから八年間同じ孤児院で過ごしましたよね。

 いつそんな知識を身に付けたのですか。

 

 聞くところによると、何でもターニャの亡き父は帝国軍人であったらしく、また病気で亡くなった母がいつか字が読めるようになった時の為にといくつか書き残してくれていたそうです。

 その影響でそういった知識があったとの事。

 その話に感動してしまったわたしは、ターニャが少し慌てた様子だった事は気にしない事にしました。

 誰でも人に話したくない事くらいあるのです。

 それにあまり突っ込んで、ターニャの機嫌を損ねては事ですからね。

 ターニャに嫌われるなんて辛過ぎるのです。

 

 ちなみにいつそんな話をする余裕があったのかと言えば、就寝前。

 実はわたしとターニャは相部屋だったのです。

 わたしもターニャも幼子であった事、二人の出身が同じであった事、同性であった事などから年も近く見知った相手と同じ部屋の方が良いだろうと言う学校側の配慮だそうです。

 わたしの誘導尋問術によって教官から聞き出したので間違いないでしょう。

 ターニャはどうでも良さ気でしたが、わたしにとっては大問題。

 そもそもターニャを応援するためにこんな所まで付いて来たのに、ターニャと離れ離れになっては何の意味もないのです!

 そう言うことでわたしとしては、教官グッジョブと言わざるを得ないといった所でしょうか。

 それをターニャに伝えた所、何とも冷たい視線をくれました。

 ターニャは周りからは鉄面皮だなんだと言われてますが、彼女ほど分かりやすい人もそうそういないと思います。

 何せ感情を隠そうとする意志がはっきり見えるのだから、分かりやすい事この上無いのです。

 

 

 そんなこんなでわたし達は晴れて一号生となりました。

 一号生として学ぶのはより高度な戦術、戦略。

 より高次の戦技の習得。

 そして何よりも二号生の教育です。

 とは言え最後のは成績上位者のみ、士官として将来を有望視される者があらかじめ部下の扱い方を学んでおくといった名目で行われる物です。

 しかし何と言うべきか。

 

「帝国魔導士官学校へご入学の皆様、おめでとう御座います」

 

 まあターニャは当然の如く指導生を務めています。

 成績上位ですし当然の事でしょう。

 

「わたしはあなた達二号生の指導に当たる、ティナ・アルベルト一号生であります」

 

 しかし何故わたしまで指導生に選ばれたのか分かりません。

 別段成績が良いとは言い辛いのですが。

 いえ評価されていると言うのは喜ぶべき事です。

 しかし理由が分からない事にはなんとも煮え切らない。

 唯でさえ自分の事で精一杯なのに。

 しかもこんな餓鬼に指導出来るのか、と言わんばかりの視線。

 ああ、頭痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティナは自分の評価が低過ぎるのではないか?私は指導生に選ばれたティナの評価は妥当と思うが」

 

とはターニャの言。

 なんと!

 あれほど無能には興味ありませんと言った風だったターニャからこれほどの言葉を掛けて貰えるとは!

 わたしはターニャから一定の評価を得ているらしいですね。

 それだけで明日からも頑張れると言うものです。

 因みにわたしの呼び方については、これからは同期なのだからとわたしから頼んで呼び捨てにしてもらいました。

 

 兎にも角にもにわかに元気になったわたしに、

 

「まあ評価されているのは事実だろう。素直に喜んでおけ」

 

 ターニャは薄く微笑んでそう言いました。

 ああもう可愛過ぎます!!

 ここまで来た甲斐があったというものです。

 ターニャの笑顔があればわたしは無敵になれるのです!

 

 ターニャ!わたし、もっともっと頑張るのです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう駄目だよ頑張れない。

 助けてターニャ!

 

 そんなわたしの心の叫びは誰にも届くはずもなく。

 来る日も来る日も気が滅入る様な出来事の連続です。

 

 一号生としての新たなお仕事のなかに銃殺隊と言う物があります。

 まあ簡単に言えば、一号生が死刑囚に対して銃殺刑を執行、二号生がそれを見学すると言った物です。

 確かに軍人として、戦場で引き金を引くのを躊躇う事は致命的であり、それ即ち自らの死に繋がります。

 自分が死ぬだけならまだマシな方で、下手をすれば仲間の命すら危険に晒す行為であるので、それはもう致命的と言う他ありません。

 そのため銃を撃つ事、人を撃つ事を躊躇わない為の訓練としてこういった物があるのです。

 わたしも二号生であった時に見学しましたし、いずれ自分も行うのだと言う覚悟もありました。

 しかし少なくとも人の命を奪う行為。

 仕事と割り切って粛々と行うべきであって、決して楽しい行事などであるはずもありません。

 だと言うのに何故かわたしの班員は全員が楽しそうに銃を撃つのです。

 まさか信頼すべき隣人が喜んで人を殺す様な狂人であるなどとは思いたくはありません。

 思いたくはありませんが、何とも言い知れぬ感覚が拭えずにいるのです。

 きっと軍人としては彼らの方が正しく、わたしが異端なのでしょう。

 でも、だからと言って納得し得るものではないのですが。

 しかもわたしの心を蝕むのはそれだけではないのです。

 

 

 ある日の指導中の事、なんと二号生がターニャに対する不平不満をわたしに相談してきたのです。

 ターニャは二号生に対して非常に適当かつ辛辣に当たっているらしく、まあ彼女がそんな態度を取る以上彼らもそれなりなのでしょうが。

 しかし魔導刃で頭蓋を切開しようとするのは些かやり過ぎですよ、ターニャ。

 とにかく二号生の不満は限界点に達しているようです。

 曰く、人を人とも思っていない。

 あまりに理不尽である。

 餓鬼の癖に、とまあ喧々囂々な有り様であります。

 最後のはわたしにも当てはまるのだから、わたしに言うのは駄目だと思いますが。

 しかし何と言えば良いのか。

 

 コイツ等は何なのだ!

 一体誰の前で愛しのターニャの悪口叩いてんだ、あぁ!?

 お前等全員ぶっ飛ばされてぇのか、コラァ!!

 ……等と当然言えるはずもなく。

 

 仕方が無いので、同輩でもデグレチャフ一号生には困っている。

 しかし有能である為、あまり非難できないのだ。

 いずれ見返してやる為に今は共に耐え忍び頑張ろう。

 と心にも無い事を並べ立て、何とか二号生を宥めてようやく解放されたわたしは、フラフラと自室まで戻ってきたのでした。

 流石に最後のは止めでした。

 自分の口からターニャを悪し様に言うなんて、心が折れてしまうのです。

 ああ、早くターニャに会いたい。

 今すぐ会って癒やされたいのです。

 

「ターニャ、遅くなりました。ただいま戻りました」

 

 しかしターニャの姿が無い。

 無人の部屋にわたしの声が虚しく響き渡る。

 ターニャ?

 え、何で?

 何でいないのです?

 訓練はとっくに終わっている時間。

 夕食には少し早い。

 この時間にターニャが自室にいない理由に心当たりはありません。

 いやもうそんなことどうでも良いのです。

 限界でした。

 

「……う……うぅ……」

 

 涙が零れてくる。

 良い歳してなにやってんですかという声が聞こえる気がするが、こちとら十年以上子供やってんですよ、もうとっくに子供ですよ!

 いやそれでも普段ならこんな事にはならないでしょう。

 思っていた以上に限界だったみたいですね。

 もう駄目。

 声も抑えられそうにない。

 流石に大声で泣き喚くのは不味いだろうと理性が訴えるが、それもいつまで持つことでしょう。

 

「う……っく……うあぇぇ……!」

「ん?何だティナも戻っていたのか」

「っ!!ターニャぁぁぁぁぁ!!!」

「のわっ!おい、離せ!!」

 

 部屋へと入って来るなりいきなり抱きついたわたしを引き剥がそうとしていたターニャでしたが、わたしの様子が尋常で無い事に気付いたのか暫くされるがままとなっていました。

 その上なんと、わたしをあやすように頭を撫でてくれたのです!

 ああ愛おしい!

 

「うへへへ」

「おい、元気になったなら離れろ」

 

 すみませんと言ってターニャから離れる。

 あぁ、名残惜しい……!

 

「はあ……。一体どうしたんだ、ティナ?」 

「その……、部屋に戻ったらターニャがいなかったので、つい寂しくなってしまいまして……」

 

 流石に恥ずかしい。

 年下の子にここまでの醜態を晒してしまうとは。

 今の無かった事になりませんかね?

 いや先ほどのターニャの抱擁は最高でしたけど。

 ああ、ターニャの蔑むような視線が突き刺さります!

 仕方ない、覚悟をきめて大人しく怒られるとしましょう。

 

「申し訳有りませんでした!」 

「……………………………はぁ、しょうがない奴だな」

 

 天使!

 

「ターニャぁぁ!」

「ふんっ!!」

 

 殴られました。



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第2話 ノルデン戦区

 皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 ティナ・アルベルト魔導准尉です。

 此方は寒さが身に染みる思いですが、皆様に置かれましてはお変わりなどありませんでしょうか。

 どうかお体に気をつけて、体調など崩されない様にお祈り申し上げます。

 

 

 うんまあいろいろと言いたい事は沢山ありますが、取り敢えず。

 少尉候補生から准尉となりました。

 何やら北方にて選抜幹部候補生研修なるものを行い、六ヶ月の研修終了と同時に試験免除で少尉に任官されるそうです。

 わたしとしては試験免除はありがたいですが、それに代わる研修とはどんな事をさせられるのか等と考えていましたが、ターニャ曰くどうやらそんな簡単な問題ではないらしいです。

 

「北方にて、協商連合に不穏な動きが確認されたらしい。この研修はそのための増援を兼ねているのだろう」

 

 なる程そう言う事ですか。

 協商連合と言うのは帝国の北、雪山を越えた向こう側の勢力です。

 とは言えそれほど強大な相手ではありません。

 国境線を巡って多少の小競り合いはあるようですが、そもそも帝国と真っ向から戦える相手では無いはずです。

 しかし最近そんな協商連合の動きが活発であるそうで、帝国としても警戒を高めているようです。

 しかし本当に戦争が起こるかどうかも分からないのに本格的に戦力を集中させる訳にもいかず、結局わたし達のような新兵未満を送って様子見なようです。

 はぁ……、世の中そう上手い話は転がってないものですね。

 それにしても、

 

「……嫌そうですね、ターニャ?」

「ああ、全くだ!こんな幼女までも前線に駆り出す軍事国家に災いあれだ!」

 

 別に私も現状を歓迎している訳では無いですが、ターニャに至っては随分とご立腹のご様子。

 とは言え、誰が聞いてるか分からないのですからあまり不穏当な発言は遠慮願いたいのですが。

 まあ本音で話してくれる程度には信頼されているのしょう。

 ありがたいですね、ますます愛おしくなってしまいます。

 しかし。

 そもそもターニャのプランでは、戦争が始まる前に出世して後方に勤務するのではなかったのしょうか。

 何故前線に送られるのでしょう。

 まあ唯一の救いはターニャと一緒だと言う事ですね。

 ターニャと離れて前線送りになっていたら、わたしが祖国を呪っていた所です!

 ターニャと離れて後方にいるのはどうでしょうか。

 ……迷いますね。

 

「ティナはあまり嫌そうではないな?もしかして前線がお望みか?」

「いえいえ、嫌に決まってます!」

 

 戦争自体起こらなければ良いと思っているほどですのに。

 

「じゃあ何故そんなに落ち着いていられる」

「まあ諦めが半分。後の半分は、……ターニャと一緒だからですかね?」

 

 あ、しかめっ面。

 可愛い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで北方にて偵察任務に従事していますと、何と協商連合が越境進軍してきました。

 ええまあ前線ですし?

 小競り合いはあった様ですし?

 戦闘も覚悟してましたが?

 何故わたし達が来た途端本格的に戦争が始まるのですか!

 ……まあとは言えそれほど命の危機に瀕している訳ではありませんが。

 わたし達魔導師の主な役割は砲兵隊の観測員です。

 簡単に言えば、お空の上から観測結果を報告すれば後は砲兵さん達が勝手に敵を倒してくれると言う訳です。

 普通ならば敵魔導師による観測手狩りが行われるようですが、今回に限ってはそんな心配も無し。

 敵の魔導師は後方での守備に就いているらしく、わたしとしては安全安心である訳です。

 これならば、出撃前にターニャが退屈な国境哨戒よりはマシな任務だと言っていた訳が理解出来ると言う物です。

 なにせ安全に戦場を経験出来るのです。

 ターニャ的に言うなら、楽して評価が稼げると言った所でしょうか。

 いやわたしはそもそも経験したく無いのですが、さすがにそうも言っていられません。

 そうして若干拍子抜けしながらも初めての戦争を体験して帰還したわたしですが、信じられない報告に迎えられる事になったのでした。

 

 ターニャ・デグレチャフ魔導准尉が敵魔導師部隊と交戦、瀕死の重傷を負いながらもこれを撃退。

 

 …………はあ何で!?

 敵の魔導師は来ないんじゃなかったの!?

 何でターニャが襲われてんですか!

 単身で敵中隊を退けたとか、その敢闘精神を讃えてとかは聞いてません。

 そんな事はどうでもいいんですよ。

 ターニャは無事なのですか!?

 まずそれを教えろよ!!

 

「落ち着きたまえ、アルベルト准尉」

「っ!……失礼いたしました」

「貴官らは同期であるのだし、まあ気持ちは分からんでも無い」

「はい、いいえ。それもあるのですが、デグレチャフ准尉とは幼なじみでありまして」

「なるほどな、……まあそんな顔をするな。デグレチャフ准尉は命に別状は無いそうだ」

「そ、う、ですか……」

 

 どうやらターニャは無事みたいです。

 安心した途端に、全身から力が抜けるのを感じます。

 不味い、流石に上官の前で倒れる訳にはいきません。

 なんとか踏ん張って耐える。

 ……後でターニャのお見舞にいきましょう。

 

 

 

 

視点移動:上官 

 

 二人も子供が送られてきた時、最初は参謀本部の意図が分からなかった。

 協商連合の大規模越境作戦。

 これを察知した帝国は中央からの派兵を決定。

 これは各方面軍が守備にあたり中央の大陸軍で敵を叩くと言う元々の帝国における内戦戦略に基づく物であり、当然の事である。

 そしてその中に士官学校生が研修の名目で参加しているのは知っていた。

 まあ確かに開戦している訳でも無いのに、協商連合程度に大陸軍を全力派兵する訳にもいかないのだろう。

 とにかくその時は、ひよっこの子守を押し付けやがってとは思った。

 それがまさか本当に子守をする羽目になるとは。

 正直、士官学校から来たと言う二人を見た時の認識はその程度だったのだ。

 だが、それからすぐに違和感を覚える事になる。

 確かに二人共、子供とは思えない程に有能ではあった。

 しかしその程度では驚きに値しない。

 少なくとも名目上は成績優秀な候補生が来ているのだ。

 逆にその程度出来なければ、直ぐ様学校に叩き帰す所だ。

 その心配が杞憂に終わったのは喜ばしい事だ。

 しかし違和感の正体はそう言う事ではない。

 どちらかと言えば、二人の内面についてである。

 二人共、子供とは思えない程に落ち着き払っているのだ。

 軍人だからとかそう言う次元の話では無いだろう。

 デグレチャフ准尉の方は余りに軍人然とし過ぎていた。

 軍人として既に完成していると言っても過言ではないだろう。

 彼女と会話していると、まるで古参の将兵かと錯覚を覚える程である。

 しかし私がそれ以上に恐ろしかったのはアルベルト准尉の方であった。

 確かに彼女はデグレチャフと比べて、些か能力的には劣るだろう。

 考え方においてもデグレチャフ程軍人然としている訳でも無い。

 では何か。

 彼女の感情が分からないのだ。

 いや確かに感情を表に出さないと言う意味では二人共大した差はない。

 そう言う事ではないのだ。

 人と言うものはいくら感情を隠そうとしても、その表情なり行動なりに何らかの反応がある。

 しかしアルベルトにはそういった反応が一切無いのである。

 まるで人形であるかとすら思うほどだ。

 いやいっそ人形であるのならば納得も出来ようものだが。

 その上彼女はこちらの内心を見透かすかのような目をする。

 彼女の前に立っていると、あの獣の様な色をした目を見ていると、まるでこちらの全てが見通されている気さえするのだ。

 相手の手札は何一つ分からないと言うのに。

 

 だからだろう。

 デグレチャフの負傷を聞き、私に詰め寄って来たアルベルトを見たときに安心したのは。

 普段の彼女からは考えられない程に動揺し、あまつさえ泣き出しそうな顔をしていた。

 それはまるで年相応の少女の様で。

 彼女も人の子であったのだと、当たり前のことを思い知った。

 その時に初めて知ったのだが、彼女等は同郷であり軍属となる以前からの知己であるらしい。

 だからこそ彼女があれほどまで取り乱したのだろう。

 とは言え彼女の本当の顔を垣間見てしまったのだ。

 普段の彼女はそう言った自分の心を押し隠し軍人であろうとしているのだろうし、それはデグレチャフについても同様だろう。

 もう彼女達を恐れる事等出来はしない。

 我々軍人が、大人が、彼女達のような幼い子供にそれ程までの思いをさせているのだ。

 全く、不甲斐ないものだな。

 

 

 

 

視点回帰:ティナ

 

 そう言えばターニャは例の活躍によって銀翼突撃章を授与されるそうです。

 銀翼突撃章と言うのは、授与者のほとんどが二階級特進しているだの授与式にはライフルと軍帽のみが赴くだなどと言われるほど生きたまま授与された者がいないそうです。

 ターニャは久々に生きて銀翼突撃章を授与されたらしく、その事実は軍内で瞬く間に広がる程の大事であるようです。

 何と言うか、まさかそれ程とは。

 ターニャは安全な後方勤務希望では無かったのでしょうか。

 何で前線で大暴れしてるんですか。

 英雄視されてしまえば、後方に下がり難くなると思いますが。

 案の定ターニャは傷が癒え次第、帝都にて大々的に表彰されるとの事。

 更に“白銀”なる二つ名まで拝命したそうで。

 これについては、わたしとしてはターニャの凛々しさや貴さを表現した良い名だと思いますが、欲を言うならばターニャの可愛さをもっと加味して欲しかったものです。

 大体皆ターニャの事を勘違いしているのです。

 ターニャの一番の魅力は何といってもあの愛らしさでありましょうに。

 ……話が逸れました。

 

 わたしはと言えば、ターニャがお休みの間に、もうそれはそれは出撃しましたとも。

 流石に銀翼突撃章のターニャと比べては見劣りしてしまいますが、一応私の方も一般の突撃章が頂けるようです。

 これほどの評価を頂けるとは頑張った甲斐があるというものです。

 何と言っても授与式の為にターニャと一緒に帝都に戻れる事ですしね。

 それにしてもまさかわたしがこれほど積極的に戦争に関わるとは、数ヶ月前では考えられない事です。

 まあターニャをあんな目に合わせた奴らですし、しょうがないですよね。

 ターニャには早く元気になって欲しいものです。

 ああ、ターニャとお話ししたいのです。




周囲から見たイメージとしては、ターニャが動の狂気が孕んでいるのに対して、ティナは静の狂気を抱えている感じです。


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第3話 プロパガンダ

 画面の向こうの皆様ご機嫌よう。

 “白銀”ターニャ・デグレチャフ魔導少尉だ。

 甚だ遺憾ながら、公式にこう名乗る事が決定付けられている。

 しかし一体何故こんな事になったのだろうな。

 北方で研修中に中隊規模の敵魔導師部隊と戦闘となり、後退も許されず仕方なく交戦、敢闘及ばず戦線離脱。

 ここまでは良かった。

 完璧なプランのはずだった。

 こうして敵前逃亡と戦死の両方から上手く逃れたはずだったのだ。

 それが何故か気付いた時には、銀翼突撃章に白銀の二つ名だ。

 二つ名だと!

 何だそれは!

 こんな物、素面で名乗れる程私は恥ずかしい精神構造はしていないのだ!

 

 などと一通り嘆いてみたものの状況が変わるはずも無く、私は大人しく列車に揺られ帝都へと向かっていた。

 何でもプロパガンダ用の式典に出席させられるらしい。

 実にご勘弁頂きたい。

 英雄扱いなどされては後方勤務が遠ざかる所か、前線で使い潰されかねないではないか。

 大体帝国は一体どういう意図でこのプロパガンダを行うのだ。

 こんな子供を戦争に送っていると大々的に発表した所で、周囲の反応は推して知るべきだろう。

 とは言えこれも命令である以上、背くと言う選択肢は無い。

 暗鬱たる思いで隣を見やれば、何がそんなに楽しいのかえらく上機嫌な同期の姿が目に映った。

 

「どうしたのですか、ターニャ?」

「いや……。ティナは随分楽しそうだな……?」

「ええそれは勿論!ようやくターニャが元気になりましたし、何よりターニャと一緒ですから!」

「……ああ、そうか」

 

 

 彼女の名はティナ・アルベルト。

 私と同じ孤児院の出身で、歳は十一か十二か、そのあたりだ。

 この国では特に珍しくもない暗い髪色と、それとは対照的に人目を引く明るい色の瞳が特徴的な少女で、年齢の割にはスラッと背が高い。

 実に羨ましい限りだが、何か秘訣でも有るのだろうか。

 以前それとなく聞いてみたが、

 

「ターニャはそのままでいいのです!そのままが一番可愛いのですよ!」

 

などと妄言をほざきやがったので、二度と奴にこの話をする事は無い。

 そんな彼女だが、何故だかやたらと私に好意を持ってくれている。

 確かにいくつかの共通点も見られるし、大人ばかりの軍の中では歳も近いと言えよう。

 だが何故これほど好意的なのかが分からない。

 同じ孤児院出身とは言え、その孤児院時代にはほとんど彼女と話した事など無かった。

 私が魔導師としての適性が判明した日、まあ同じ日にティナも魔導師適性が判明した訳だが。

 その日に軍人としての道を決めた私にいきなりティナが話し掛けてきたのだが、思えばそれが彼女と初めてちゃんと話した時だった。

 その後私の話を聞いて何を思ったのか、私と共に軍に入ると言い出したのだ。

 そうして同期として士官学校に入学して以来の付き合いだ。

 ……なのだが、未だに彼女の事は良く分からない。

 実際何を考えているのか良く分からないのだ。

 別段、表情が乏しい訳ではない。

 現に今、隣にいるティナは楽しげに笑っている。

 軍服でなければ、これから遊園地にでも向かうのだと言っても通じるだろう。

 では何が分からないのかと言えば、言動がいつも突然なのだ。

 私と共に軍へ行くと言った時もそうだが、どういう思考の下その結果に行き着くのかさっぱり分からない。

 まさか思い付きで行動しているのだろうか、そう勘ぐった事も有ったが、どうもそう言う訳でも無いらしい。

 彼女にも彼女なりの行動基準が有るらしく、突発的ではあるが突飛な行動は少ない。

 とは言え私には理解出来ないのだから、おおよそ合理的とは言い難いのだが。

 これほど非合理的で更に全くの無能で有れば、私としても適当にあしらって関わらない様にしただろう。

 しかし面倒な事にティナはそれなりの能力を持っているらしい。

 どうやらティナには尋常でない適応能力が備わっているようで、困難に直面しても驚くべき速度で学習し、成長し、対応してしまうのだ。

 だからこそ彼女は士官学校時代に下級生の指導を任され、また私と共に北方での研修にも選抜されたのだ。

 

 

 少なくともその他大勢よりかは遥かに有能な人物が、私に対して一方的に親愛を向けてくれている。

 であれば、わざわざ彼女を邪険に扱う必要も無いだろう。

 私としても彼女と仲良く振る舞う程度はする。

 信頼に値する有能な人的資材とはなかなか得難い物なのだ。

 だから。

 是非とも彼女には、私の後方勤務プランに力を貸して貰いたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆様ご機嫌いかがですか。

 ティナ・アルベルト魔導少尉です。

 北方での研修を終え晴れて少尉となったわたしは、勲章授与式の為にターニャと共に帝都へと帰って来ました。

 やはりと言うべきか皆さんターニャに注目しており、わたしなどはおまけ扱いですが。

 しかし何故かそのまま、連日行われる式典にターニャと共に付き合わされてしまいました。

 どうやら帝国はターニャとわたしをセットで売り出すつもりらしいのです。

 全く、聞いていた話と違うでは無いですか!

 確かにターニャを用いてプロパガンダを行う事には大賛成です。

 ターニャの可愛らしさを全世界に知らしめる絶好の機会なのですから!

 しかしそこにわたしが入るのはちょっと違うと思うのです。

 ターニャと並び称される等おこがましいにも程が有りますし、そうでなくともそもそも注目を浴びるのは苦手なのです。

 大体わたしはターニャと比べ大した活躍をした訳でも無いですし、ターニャみたいに可愛い訳でも無いですし……。

 まあ適当な理由を付けて辞退しようと思っていたのです。

 思っていたのですが……。

 

「ティナはわたしと一緒に来てくれないのか?」

「わたしはどこまでもターニャと一緒なのですよ!」

 

 ……それはズルいですよターニャ。

 そんな可愛らしい顔と声で!

 あんな台詞を言われては!!

 頷くしかないではないですか!!!

 まあ、おめかししたターニャを間近で見られる事で良しとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなヒラヒラした服、わたしは絶対に着ないぞ!」

「えぇー、着てみて下さいよ。絶対似合いますって。絶対、可愛いですって!」

 

 わたし達は今、プロパガンダ用の映像を撮影する為の衣装合わせを行っています。

 ターニャが我が儘を言うせいでなかなか決まらないのですが。

 

「我が儘を言っているのはティナの方だろうが!大体軍のプロパガンダなんだぞ!そんな威厳の無い格好など出来る訳ないだろう!」

「いーやーでーすー!わたしは、ターニャの可愛さをもっともっと広めるのです!」

「ふざけるな!そもそもティナの服はどうする気だ」

「わたしの事はどうでも良いのです。わたしは可愛いターニャの姿をこの目に焼き付ける為にここにいるのです!」

 

 そんなわたし達のやり取りを、お手伝いのお姉さん方が微笑ましげに見守ってくれていましたが、如何せん時間が差し迫って来ました。

 結局お姉さん方からアドバイス(と言う名の援護射撃)を頂き、ターニャはフォーマルな雰囲気の紅いドレスに決まり、わたしの方は無難に黒のドレスとなりました。

 その後も、話し方から立ち居振る舞いまで徹底的にプロデュースしていきます。

 ああ、ターニャの可愛さはとどまる事を知りません。

 わたし、最後まで耐えられるでしょうか?

 

 しかし先程はどうでもいいと言いましたが、ターニャと同じ様におめかしされていると、何とも居たたまれなくなってきます。

 今更ながら非常に恥ずかしくなってきました。

 今からでも何とか辞退できないですかね?

 まあ、無理なんでしょうけど。

 

 

 そんな事を考えている内にターニャの方は準備が終わったようです。

 

「はわぁ~っ!すごい!綺麗ですよ、ターニャ!」

「ああ、それはどうも……」

 

 普段は無造作に一纏めにされている髪は丁寧に梳かれ、薄く化粧をされたターニャはまるで本物の天使様のようです。

 ああ、手元に演算宝珠が無いのが悔やまれます。

 このターニャは永久保存版だと言うのに、記録する手段が無いとは。

 せめてこの目この記憶に刻み込まなければ。

 

 

 こちらに一切の視線をくれず、うなだれているターニャに見とれている内に、わたしの方も準備が終わったようでした。

 ……鏡で自分の姿を確認して、落ち込みます。

 何と言うか、絶望的なまでに似合ってないです。

 馬子にも衣装とは言いますが、やはり駄目なものは何着ても駄目な様です。

 お姉さん方は可愛いとか綺麗とか言ってくれますが、そんなあからさまにお世辞を言われては余計に惨めになるではないですか。

 いえわたしがターニャと比べるべくも無いのは、自分が一番理解しています。

 しかし今からあの天使の様なターニャの隣に並ばなければならないとは。

 神様は残酷です。

 

 

 

 早速わたし達はカメラの前に並んで立たされ、撮影が始まりました。

 ターニャが普段からは考えられないほどの笑顔で挨拶します。

 可愛すぎですか!

 

「はじめまして!わたしが白銀、ターニャ・デグレチャフです!」

 

 しかし。

 次はわたしの番。

 ええい、覚悟をきめろ!

 元よりわたしはターニャの引き立て役、付け合わせの様なものです。

 心を無にするのです!

 

「はじめまして、わたしはティナ・アルベルトです!」 

 

 

 

 

 ……あ、涙が出てきました。




ティナの戦闘力について設定してみました。
あんまり強くしたくない気もしますが、一応後方よりは前線向きに。
目立って強くは無いけどなぜか負けない。
つまり主人公補正。
戦果が増えるよ!やったねティナちゃん!

ちなみにティナはターニャと同じくらい美少女です。
士官学校でターニャも言ってましたが、ティナは自己評価がメッチャ低いです。


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第4話 ライン戦線

 突然ですが、皆さんは大切な人はいますでしょうか?

 家族、恋人、友人、同僚。

 どんな関係でも結構です。 

 この人と一緒なら頑張れる、そんな人はいますでしょうか?

 いると答える事が出来た方は、とても幸せな事だと思います。

 しかし突然その人と離れて暮らす事になったらどうしますか?

 別にどうもしないだろう?

 何も変わりはしないだろう?

 確かにまた会う事も出来るでしょう。

 連絡を取る手段もあるでしょう。

 ですがいままでは自分の世界に確かに存在した物が、もういままでの様には存在しないのです。

 それでも何も変わりませんか?

 

 申し遅れました。

 わたしはティナ・アルベルト魔導少尉です。

 今回は二つほど、大変残念なお知らせがございます。

 一つは再び前線行きとなった事。

 またあの寒空の下へと舞い戻るのかと思えば、どうやら今度は西に向かえとの事。

 どうやら西方にて新たな戦線が繰り広げられているようです。

 そもそも周囲を諸列強に囲まれた我が帝国の基本戦略は、第一段階として各方面に展開する守備軍が時間を稼ぎ、第二段階で中央から派兵される大陸軍が敵を叩くと言った物になります。

 では大陸軍が戦っている間に、別方向から攻撃されたらどうなるのでしょうか?

 守備にあたる方面軍が稼がなければならない時間は大幅に増え、もちろんその分消耗も増大し、更にその上大陸軍が手間取り応援に向かう事が出来ないとすれば守備軍としてはいよいよ苦しくなります。

 そして今まさにそんな状況に有るのが、わたしが向かう西方-ライン戦線であります。

 協商連合の越境に端を発した北方での戦争ですが、帝国はこれ幸いと協商連合を徹底的に叩きのめす勢いで戦線を拡大。

 帝国が北にばかり目を向けている間にその隙だらけの横腹に対して帝国の西側に位置する共和国が宣戦布告、進軍を開始しました。

 強大な帝国の脅威に晒され続けていた共和国に取っても、この機を逃す手は無かったのでしょう。

 そんな訳で大陸軍の後ろ盾が無い西方方面軍は、泥沼の防衛戦を強いられる羽目になったのです。

 

 そんなライン戦線の状況ですが、もちろん人手は全くと言って良いほど足りず、しかも現在進行形でどんどん減って行く有り様。

 そんな中貴重な魔導師を遊ばせておく余裕が今の帝国にあるはずも有りませんので、まあ前線に送られるのはこの際仕方有りません。

 

 しかしです。

 もう一つの方が問題なのです。

 

 なんと!

 

 ついに!!

 

 ターニャと離れ離れになってしまったのです!!!

 

 ターニャは教導隊付きの技術検証要員として兵站総監部へ出向だそうです。

 

 何でですか!

 貴重な戦力を遊ばせておく余裕なんて無いんじゃないですか!

 何で銀翼突撃章保持者を後方に送るんですか!

 ターニャ曰く、

 

「子供を前線に送るのは対外的にもよろしくないらしい」

 

との事ですが、じゃあ何でわたしは前線に送られるんですかー!

 わたしだって子供じゃないんですかー!

 大体子供を戦争に送る事にマイナスイメージが有ると分かっているなら、なーんであんなプロパガンダやったんですか!

 ターニャと離れて前線に送られたら帝国の事呪ってやるってわたし言いましたよね、本当に呪いますよ!

 ……いやまあターニャが後方を望んでいるのは知ってますし、実際わたしに嬉しそうに報告してくれたターニャはこの上なく可愛かったですけど。

 そうしてわたしは泣く泣くターニャと別れ、西方ライン戦線へと赴いたのです。

 はあ、やる気出ません……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日付けで第四○三強襲魔導中隊に配属となります、ティナ・アルベルト少尉であります。只今着任いたしました」

「中隊長のゲオルグ・ハルトマン中尉だ。我が中隊は貴官を歓迎しよう」

 

 言葉とは裏腹にあまり歓迎されてはいないようですね。

 まあようやくやって来た補充要員がこんな子供では、仕方の無い事かも知れませんが。

 しかしわざわざそれをここで指摘して心証を悪くする必要は有りません。

 仕事振りで評価して貰えれば良いのです。

 それにハルトマン中隊長殿は内心はどうであれわたしを使って頂けるつもりらしく、淡々と説明を続けられるのでわたしとしても有り難い限りです。

 頭ごなしに否定されてしまっては、こちらとしてもどうしようもありませんからね。

 

「現在大陸軍の集結が遅れており、おおよそ二週間程度を予想している。よってこれ以上の遅延防御は難しいと考え、機動防御戦へと移行する事になる」

 

 なるほど“おおよそ二週間程度を予想”ですか。

 それってまるっきり二週間では間に合わないと言う事では無いのでしょうか。

 二週間後に、後二週間かかるなんて言われかねません。

 いやはや何と言うかまさかこれほどとは、流石に泣きたくなります。

 これについては中隊長殿も同じ思いである様で、半ば呆れたような様子が見受けられます。

 いえ直接的に表現されている訳ではありません。

 流石に中隊長を務められるほどの方ですので、部下の前であからさまに軍への不満を表し、またそれを部下に察知される程の不手際は致しません。

 ただ人の感情と言うのは複雑な物で、意識的には表さなくとも無意識的には表れる物なのです。

 そしてたまたま、わたしはそう言った物を察知するのに長けていただけの話です。

 

 

「続いて、我が中隊の状況を説明しよう」

「よろしくお願いいたします」

「早速だがアルベルト少尉、小隊指揮の経験は?」

「いえ、正式な任官後は有りませんが」

「そうか……。だが、残念ながら我が中隊には士官を遊ばせておくほどの余裕は無いのでな、やって貰わねば困る。……第三小隊を預ける。これが、貴官の部下となる者たちだ」

「はっ。拝見いたします」

 

 受け取った書類をペラペラと捲りながら、目を通していく。

 幼年学校卒の新兵が三人、内一人は訓練未修。

 なんともまあ、これでは三人合わせて半人前以下でしょう。

 まさか子供に子守を頼むとは、それほどまでに帝国は苦しい状況なのでしょうか。

 書類を手に固まってしまったわたしの心情を察したのか、

 

「現在我が隊は定数割れが激しく、人員についても悪いがこれが精一杯だ」

 

 まあここではどこもそんなもんだがな、と中隊長殿からフォローが入る。

 

「新兵についてはしばらく実地訓練だ。やり方は任せる」

「了解しました。それで我々の任務はどの様な物になるのでしょうか?」

「うむ、我が中隊は前線での拠点防衛及び敵の撹乱に当たる。まあ第三小隊については弾着観測任務が主となるだろう。敵魔導師については他の小隊で対応する」

 

 なるほど、実地訓練とは良く言ったものですね。

 新人達が戦場の空気に慣れるだけの猶予は貰えるらしいです。

 そしてその間に対応出来なかった人は、残念ながら縁が無かったと言う事ですね。

 

 それにしてもこのタイミングで敵魔導師の存在に触れたと言う事は、敵による観測手狩りが予想され得ると言う事でしょう。

 わたしは経験した事無いですが、ターニャが北方でやられていましたね。

 あの時のターニャの姿を思い出し、今度は自分がそうなるかも知れないと思うと気分がへこみます。

 流石にあの時のターニャみたいに、一人で中隊を相手にする事は無いと信じたいです。

 とにかく、わたしはわたしに出来る事をしなければ!

 

 

「なるほど、では新兵諸君にはせいぜい死なない程度に戦場を学んで頂きましょう」

「よろしい。早速中隊に貴官を紹介しよう」

 

 わたしの決意表明は中隊長殿にご満足頂けたようです。

 少しは認めて頂けたでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、皆さんの上官となります。ティナ・アルベルト少尉です。よろしくお願いいたします」

 

 わたしは中隊長殿に促され、我が小隊となる者達に挨拶します。

 中隊長殿が隣に立っておられた事も関係するのでしょう、新兵の三人は緊張した面持ちを崩しはしませんでしたが、それでもやはり驚きと疑惑の視線でわたしの言葉を聞いていました。

 いや全くどこに行ってもこんな反応ですね、流石に慣れてきましたよ。

 彼らの目にはこんな子供が、と言った思惑がありありと見てとれます。

 中隊長殿ほどとは言わずとも、もう少し隠す努力をして貰えませんかね。

 まあ隠した所でわたしには意味無いんですけど。

 

 しかし。

 中隊長殿の時はわたしも我慢しましたけど、流石に半人前以下のひよっこにこんな態度を取られるのは面白くないのです。

 少しばかり注意喚起を施しておきましょうかね。

 

「貴官らの考えは分からないではありません。だからこそ言わせて貰いますが、わたしを子供と侮るならば戦場ではこんな子供に侮られない程度の振る舞いを期待します。せめてわたしに見捨てられない程度の気概は見せて下さい」

 

 それだけ言って下がります。

 ふむ、どうでしょうか。

 今のは結構良かったのではないでしょうか。

 中隊長殿は、わたしと目が合うと少し口端を歪めてみせました。

 おお、やはり中隊長殿の評価はなかなかのようです。

 

 いやはや、わたしも軍人らしくなって来たものです。

 いえ、決してターニャに逢えない不満を解消しようとした訳ではありませんよ。

 

 ……本当ですってば!




ティナはターニャ以外どうでもいいわけじゃないです。
中隊長殿のこととかちゃんと好意的に思ってます。
ターニャのことが好きすぎるだけです。

ティナの配属された四○三は一応は原作に名前が出てきますが、ほぼオリジナルです。
部隊名で察した人は彼女を応援してあげて下さい。


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第5話 ラインの護り

戦闘書くの難しい
文章力が欲しい今日このごろ


 皆様ご無沙汰しております。

 ティナ・アルベルト魔導少尉です。

 このような泥まみれの格好で大変申し訳無いのですが、ここでは自分の身だしなみを気にする余裕など無く、仮に綺麗に身繕いした所ですぐにまた泥まみれとなってしまいます。

 それもその筈、ここライン戦線では主な戦闘が塹壕戦であるのです。

 いくら航空魔導師が空を飛ぶものとは言え敵の火線が集中する中、遮蔽物の何も無い空を考え無しにフラフラ飛んでいては良い的です。

 ですので、わたし達魔導師も歩兵の皆さんと共に塹壕に身を隠し、砲兵隊の皆さんの砲撃によって敵が混乱している隙に空へと上がる訳です。

 つまりは砲撃が無ければまともに戦闘が行えず、そしてその砲撃を敵に当てる為にはわたし達、弾着観測員が必要となります。

 そう言う事でわたし達の役割の重要性と共に、今この場においてはこのような姿での挨拶となってしまう事をどうかご理解頂きたいと思います。

 

 わたし達が今いるここ、ライン戦線を一言で表すならば、地獄と称する以外無いでしょう。

 血と硝煙、泥と汗、垢と糞尿の入り混じった臭いが充満する塹壕内に籠もっていれば、発狂してしまいたくなる気持ちもまあ分からないではありません。

 とは言え何の策も無しに空に向かえば、前述の通り一瞬で蜂の巣ですが。

 

 そんな訳で、誠に遺憾ながら我が第三小隊はわたしを含め三人となってしまいました。

 わたしの指示を無視して外へ飛び出し二階級特進を果たした彼につきましては、そのご冥福をお祈りすると共にご遺族の方々におかれましてはお悔やみ申し上げる次第でございます。

 ……あまりに淡白な反応だと言われるかも知れませんが、この戦場ではまるで消耗品の様に人の命が失われて行くのです。

 そのたびにいちいち感傷に浸っていては、今度は自分がお祈りされる立場となりかねません。

 割り切るしか無いのです。

 割り切れ無かった者から死んでいくのです。

 だから、仕方が無いのです。

 

 

「敵、魔導師反応確認。二個中隊規模」

 

 無線から聞こえてくる声に意識を切り換え、顔を青くした部下を見やります。

 まあ確かにこっちの倍いますからね。

 気持ちは分かりますが、お仕事はちゃんとやってもらいますよ。

 

「どうやらなかなか団体のお客さんのようですね。わたし達は観測員ですので直接戦闘を行う訳では有りませんが、逆に向こうからは積極的に狙われるでしょう。我々が倒れれば、援護砲撃が無くなります。どうか皆さん、自分の命を粗末に扱う事の無いように。では仕事に掛かりましょう」

 

 さて、倍する敵にどこまでやれるでしょうか。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵の魔導師を何とかしろ!観測手が狙われてる!」

「駄目だ!今外に出れば狙い撃ちだ!」

「こんな状況で観測などできるか!頭の上を敵が飛び回ってるんだぞ!」

「クソッ!やられた!狙撃されてるぞ!」

「何でこんな所まで侵入を許した!」

「応援は!応援は来ないのか!CPは何と言ってる!」

 

 

 何たる事でしょう。

 浸透突破して来た敵魔導二個中隊により、わたし達第四○三強襲魔導中隊は瞬く間に壊滅の危機を迎えてしまいました。

 いわゆる観測手狩り。

 敵魔導師を抑えようにも、そもそもの数が違い過ぎます。

 こちらは定数割れの一個中隊、しかもその内いくらかはひよっこに毛が生えた程度。

 対して相手は精鋭の二個中隊。

 最初から勝負になる訳も無く、それでもハルトマン中隊長他、古参の方々が必死に抵抗しておられましたが徐々に押し込まれ、今では半数以上を失う始末。

 しかも制空権は完全に相手のものとなり、塹壕から僅かでも身を乗り出せば敵魔導師の狙撃術式により狙い撃ちです。

 例え塹壕に身を潜めていたとしても、今度は爆裂術式によって強制的に吹き飛ばされますが。

 その上、司令部は状況を理解しているのか観測を継続せよと言ってくるのみ。

 この状況で出来るものならぜひやってみせて欲しいものです。

 

 

「アルベルト少尉!無事だったか!」

「中隊長殿。申し訳有りません。我々が足を引っ張ってしまったばかりに」

「いや、良くやってくれた。どの道これ以上は無理だろう」

 

 わたしの小隊は、辛うじて損失こそ出ていないもののわたし以外は満身創痍、これ以上の戦闘は無理でしょう。

 中隊長殿もそれは分かっているのか、こちらを咎める様子がありません。

 しかしこのままでは、わたしが彼らと共に先に逝った方々の下に行くのも時間の問題でしょう。

 何か状況を打破する一手が必要となります。

 わたしはここで死ぬ訳にはいきません。

 ターニャにもう一度会うまでは何が何でも生き延びなければ。

 そうでなければ、嘘になります。

 わたしの存在が、彼らの死が、全て無意味な物になってしまうのです。

 

 わたしは後ろを振り返り、部下達に指示を出します。

 

「第三小隊は解散します。あなた達は、中隊長殿の指揮に従って下さい」

 

 わたしの言葉が理解出来ないとばかりに目を見開く彼らをそのままに、中隊長殿に向き直ります。

 

「中隊長殿、わたしが敵の撹乱に当たります。その間に観測を行って下さい」

「ふざけるな!そんな物、認められる訳が無いだろう!」

「ですが、このままでは全滅も時間の問題です。撤退が許可されない以上、誰かが敵を引き付ける必要があります」

「だからと言って、それをお前が行う必要はないだろう!……俺が行く。お前が観測を行え」

「いえ、中隊長殿は隊の指揮の為残るべきです。それに、わたしは的が小さいですから中隊長殿よりは被弾しにくいでしょう」

「いや、しかし……!」

「時間がありません。次の敵の爆裂術式に合わせて飛びます。彼らを、お願いいたします」

「おい!待て!」

 

 

 中隊長殿はまだ納得していない様ですが、ここで議論している余裕はありません。

 わたしは急いで演算宝珠の準備をしながら、自分のすべき事を確認。

 敵の爆裂術式による魔力反応に紛れ一気に戦闘高度まで上昇、その後攻撃を行った敵に向かって飛ぶ。

 離れて飛んでいては狙い撃ちされてしまいますから、敵の銃撃を牽制できる近接戦闘に持ち込むしかありません。

 敵もこちらを捜索する為に小隊単位で分散しているらしく、勝機はあります。

 チャンスは一度切り。

 そう何度も同じ手は使えませんし、そもそも失敗すれば生きては戻れないでしょう。

 

 思わず首もとに有る宝珠のチェーンに触れました。

 実はこのチェーンは元々わたしの育った孤児院のシスターが持っていたロザリオなのですが、わたしが軍に入る時お守り代わりにと頂きました。

 親のいないわたしに取って、シスターはまさに親代わりと言えます。

 そのため少し加工して貰い、宝珠のチェーンとして使っているのでした。

 

 しかし思わずそれに縋るとは、案外弱気になっているようですね。

 目を閉じて、チェーンを強く握りしめます。

 大丈夫!弱気になれば、成功する物もしなくなります!

 余計な事を考えるのは、生きて帰ったらいくらでもすれば良い!今はすべき事に集中しろ!

 

 再び目を開いた時には、もう迷いはありませんでした。

 

 

 意識を集中する。

 全神経を研ぎ澄まし、敵の攻撃を待つ。

 ……………………来た!敵の魔力反応です。

 どこを狙って来る?

 あまり遠くては上手く紛れる事が出来なくなりますし、近すぎると今度はわたしも巻き込まれてしまいます。

 

 着弾。

 爆発による轟音と衝撃が体を襲う。

 しかし意識はクリアに。

 

 上手い!

 なかなか近くに着弾した様です。

 かなり理想的な位置。

 これで僅かながら成功率が上がります。

 全速で魔力を込め、宝珠を起動。

 そのまま煙に紛れる様に空へ飛び、爆風を利用して加速し一気に敵との距離を詰める。

 

 

 いきなり飛び出したわたしに驚いたのか、最初こそ動揺していましたがそこは流石に精鋭、直ぐに反撃態勢に移ります。

 こちらに狙いを定めるのが見えます。

 

 魔力回路全開。

 反応速度上昇。

 痛覚遮断。

 

 被弾面積を小さくする為、顔前に右腕を伸ばして出来るだけ身体を真っ直ぐにし、右手に発現させた魔導刃を盾の代わりに使用。

 この距離とスピードでは、周りに張った障壁など役に立たず、体を覆う防殻術式のみが頼り。

 何発かはその防殻も抜かれますが、無視。

 頭や内臓などの重要器官への攻撃のみを魔導刃で防ぐ。

 

 躊躇するな!致命傷さえ避ければ死ぬ事は無いのです!

 敵は一個小隊四人、最初の接触で一人は貰います!

 

 そのまま敵部隊中央に突っ込み、速度そのまますれ違いざまに斬り裂く。

 一人。

 

散開(ブレーク)散開(ブレーク)!近接戦闘用意!」

 

 敵部隊の指揮官らしき人物が周囲に指示を出す為に一瞬意識を逸らしました。

 その隙に、死角に回り込む。

 

「隊長ぉ!後ろです!」

「っ!?」

 

 遅い。

 二人。

 

「よくも隊長を!」

「このやろぉぉぉぉ!」

 

 左右から二人同時に突っ込んでくるのが見える。

 このままでは、やられる。

 集中しろ!

 もっと!もっと!!もっと!!!

 

 左右の攻撃に僅かなズレを確認。

 右側が僅かに速い。

 右から襲い来る銃剣の刃とすれ違う様にして相手の懐に滑り込み、顎を狙い軍靴を蹴り込む。

 蹴った反動を利用して反対側に飛び、相手の攻撃の上から魔導刃を振り被った。

 切り裂かれた敵が落ちて行くのを横目に全身のバネを使い体を捻り、そのまま返す刃で残る敵を斬り払う。

 三人、四人。

 

「はっ……!はっ……!はっ……!はぁっ……!」

 

 息が苦しい。

 上手く呼吸が出来ない。

 酸素が足りず、意識が朦朧とする。

 

 

「はぁっ……!ふぅ……!はぁ……っ!?ぐぅっ!!」

 

 被弾した!?

 距離が有った為に防殻で弾かれはしましたが、明らかにこちらを狙った攻撃。

 すぐさま周囲に意識を向ける。

 こちらに向かって来る敵影を確認。

 視認出来るだけでも数は八人。

 離れていた他の敵も、こちらの異常に気がついたらしく、宝珠には更なる敵性反応があります。

 

 駄目、まだ息が整わない!

 このままでは囲まれてしまう。

 

 何とか態勢を整えようとするが、上手く身体が動かない。

 無理をし過ぎたらしい。

 最初の銃撃で受けた傷からいくつも血が零れる。

 意識した途端に全身を襲う痛みと熱。

 酷い喪失感。

 身体から抜ける血と共に、力が抜け落ちる様な錯覚を覚える。

 いや錯覚などではなく、実際に刻一刻と残り時間がすり減って行く。

 意思だけではどうにもならない。

 これ以上はまともに動けそうも無い。

 

 

 ……………………ああ。

 

 ここまでですかね。

 

 中隊長殿たちは無事でしょうか。

 

 ごめんなさい、ターニャ。

 

 もう一度、逢いたかったのです。

 

 

「ティナ!」

 

 ああ……。

 ターニャの幻覚が見えます。

 

「おいティナ、無事か!?」

  

 せっかく念願の後方に行ったのだから、こんな所にターニャがいるはずなんてないですのに。

 それともまさか本物の天使様でしょうか?

 ふふ、確かにわたしにとっての天使様はターニャですからね。

 

「後はこちらに任せて下がれ」

 

 しかし最期の時までターニャの幻覚を見るとは、我ながら何と未練がましいのでしょうか。

 ですが……。

 たとえ夢でも、最期にもう一度ターニャに逢えて良かったのです。

 

 

 

 そこでわたしの意識は途切れた。




戦闘です。
描写については……、お察しです。
カッコ良く戦闘書ける人は尊敬します。
後、ティナはあんまり強くしないと言ったな?あれは嘘だ。

原作では全滅した部隊ですが、隊長他、何人か生き残ってもらいました。
ただ今後登場する可能性は……。

あ、ちなみにティナは生きてます。
念のため。


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第6話 療養

 再びお会いする事が出来、嬉しく思う。

 ターニャ・デグレチャフ魔導少尉だ。

 私は今、西方ライン戦線にて帝国軍第二○五強襲魔導中隊第三小隊長を拝命している。

 

 何故わたしがライン戦線にいるかと言うと、実は元々エレニウム工廠という場所で新型宝珠の技術検証に協力していたのだがそこの技術主任が所謂狂人と言うやつで、そんな奴に付き合うくらいならと転属願いを出し見事最前線行きとなったのだ。

 しかもその時押し付けられた九五式とか言う新型宝珠は、精神汚染の呪い付き。

 何と使用するたび、神を讃える思想を植え付けられると言う訳だ。

 無神論者のわたしとしては信仰を押し付けてくる神とやらを名乗る者など、呪い殺してやりたいほどだ。

 しかし新型なだけはありその性能は特筆に値する物である為、最前線に行くならばと渋々使っている次第である。

 

 そんな訳でライン戦線にて素敵な戦争ライフを謳歌していると言う訳なのだが、配属された当初最前線にて拠点防御しながら遊撃に努めよなどと言われた時は最悪極まる、なんの冗談かと思ったものだが、信頼出来る上官とまあそれなりに使える部下に恵まれて更には良い感じに戦果も稼げ、なかなかどうして悪くない状況だった。

 特に予想外だったのが、そのそれなりな部下だった。

 わたしの部下となった彼女の名は、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ伍長。

 幼年学校D大隊出身であり、D大隊出身というのは、まあつまりは徴兵組。

 最初はまともに飛ぶことすら出来ずに弾避け程度には使えるだろうかなどと考えていたが、一カ月私と共に戦場を飛び生き延びたのだ。

 それだけかと言われるかも知れないが、この戦場では数時間おきに人が死んで行くのが当たり前だ。

 我が第三小隊においても、残っているのは私とセレブリャコーフ伍長のみで規定の半数しかいない有り様。

 それだけでもこの戦線の過酷さが分かって貰えると思う。

 そんな中一カ月生き延びたと言う事は、まあ少なくとも半人前は卒業したといっても良いだろう。

 こういう、良い意味で期待を裏切られると言うのは悪くない物だ。

 限られた人的資源の中では、何でも無能と切り捨てるよりかは多少育ててみるのも悪くは無いか、と新しい発見となった。

 それに戦果の方もまずまずだ。

 後、十機も墜とせば規定により恩給と恩賜の休暇だ。

 実に悪くない。

 しかしそう全てが上手くいく訳では無いようだ。

 

 

 

 突然飛び込んで来た友軍の救援要請。

 どうやら味方の弾着観測員が敵魔導師に狙われ、砲兵の援護が受けられないらしい。

 敵は二個中隊との報だが、長距離飛行による消耗と観測手狩りのために広く分散しているらしく、各個撃破していけば充分勝算は有るだろう。

 救援任務は私と伍長、それに中隊長殿から借りた二名を加えた急造の第三小隊四名で行う事となった。

 しかし、恐らくだがこの救援任務は無駄に終わるだろう。

 防衛についていた魔導中隊はほぼ壊滅状態らしく、完全に制空権が奪われた状態では我々が駆けつける前に全滅する可能性が高い。

 とは言え、行けと言われれば行かざるを得ないのが軍人。

 貧乏くじとは思うが、仕方がない。

 せいぜい私のスコア稼ぎに利用させて貰うとしよう。

 などと、そう思っていたのだ。

 対象区域に近付くまでは。

 

 

 幸いと言って良いのか、我々が救援対象を確認出来る位置に来るまでに全滅の報は無かった。

 貧乏くじには変わりないが、無駄足にはならずに済んだな。

 しかし何やら様子がおかしい。

 事前情報では分散しているはずの敵魔導師が、一点を目指して集まって来ている。

 敵が向かうその先には一人の魔導師、……魔力反応からするにどうやらあれが友軍の魔導師らしいな。

 しかもその魔導師、何やら知り合いに良く似ていた。

 と言うか、知り合い本人だった。

 

 いや確かに彼女がライン戦線にいる事は知っていたが、何故わざわざこんな状況に追い込まれているのか。

 絶望的なまでの運の無さと言わざるを得ないだろう。

 流石に憐れに思えてきた。

 

 だがどうも様子が変だ。

 敵の集中砲火を避けもせずに、ただ突っ立っているのだ。

 一応防殻で守ってはいるが、あれでは抜かれるのも時間の問題だろう。

 事実何発かは貫通しているようだ。

 私は急いで術式を展開し、敵に叩き込みながら彼女に呼び掛ける。

 

「ティナ!おいティナ、無事か!?後はこちらに任せて下がれ」 

 

 意識を失っていれば墜落している筈なので、意識は有るのだろうが反応が無い。

 と言うかよく見れば全身傷だらけの血だらけである。

 あれやばくないか?

 と言うかいつの間にか術式切れてないか!?

 あのままでは落ちるぞ!

 間一髪、自由落下を始めた彼女を受け止める。

 ……はぁ。

 何だこいつは、馬鹿なのか。

 とは言えこのまま見捨てるのは、流石に後味が悪い程度には顔見知っているしな。

 仕方が無い。

 セレブリャコーフ伍長に彼女を預け、私はそのまま敵の掃討に向かった。

 

 

 その後彼女は治療を受け、一命を取り留めたらしい。

 つくづく魔導師というのは頑丈に出来ているものだ。

 とは言え、所属していた部隊が壊滅状態な事も有り彼女は療養の為そのまま後方に送られるようだ。

 全く羨ましいものだ。

 いや別に瀕死の重傷を負いたい訳ではないが。

 そう言えば北方とは立場が逆転したな?

 ちなみにこれは後で聞いた話だが、彼女は敵を引き付けるため単身吶喊(とっかん)、事前情報通り分散していた小隊規模の敵魔導師を撃破した所で我々が現れたらしい。

 私が言えた義理では無いが、彼女もなかなか無茶をする。

 いや、わたしならわざわざ危険の多い行動を選ぶなんて有り得ないな。

 そんな物を進んで選ぶのは英雄願望の強い馬鹿か、ただの馬鹿だ。

 ティナはそのどちらにも当てはまる気はしないが、まああいつの思考など考えるだけ無駄だな。

 と言うかあいつライフル持って無かったんだが、術式だけで敵に突っ込んだのか?

 ノルデンの私の時とは事情が違うだろうに、何故わざわざそんな事をしたんだ。

 そんな無茶をする奴には見えなかったが、戦争という物は彼女の様な人物でさえ狂わせてしまうと言う事なのだろうか。

 実に嘆かわしい限りだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……知らない天井だ。

 いや冗談言ってる場合じゃないです。

 まじでここどこですか!?

 記憶がないです。

 ボケるには早過ぎるとか言うレベルじゃないんですけど。

 いやまあ確かに?前世と合わせれば結構良い歳ですけど。

 え?もしかしてそれも引き継ぐんですか?

 

「先生、目を覚ましました!」

「アルベルト少尉、私の声が聞こえるかね?」

 

 白衣を着た男性がわたしの顔を覗き込みながら、話しかけてきます。

 はい、聞こえてますよ。

 そう答えようとしたが、上手く声が出ない。

 寝起きだからでしょうか。

 頭は起きているというのに、声はまだ寝てるんでしょうか?

 仕方なく、頷く事で意思表示としました。

 失礼にあたらないでしょうか。

 子供のする事です、どうか大目に見て下さいね。

 

 どうやら白衣の男性はお医者さまのようで、わたしが頷いたのを確認するとわたしの体をあちこち調べながら、状況を説明して下さいました。

 どうやらわたしは戦場で瀕死の重傷を負い、ここに運び込まれた様です。

 その時の事が思い出せないのでお医者さまに身振りで聞いてみたのですが、上手く伝わりません。

 今はショックで一時的に混乱しているだけだ、気持ちが落ち着けば直に思い出すだろうと言われました。

 うーん、そう言う事が聞きたいんじゃないんですけど。

 しかしそんなやり取りをしているうちに診察は終わったようで、お医者さまはわたしにゆっくり休むように言われ部屋から出て行ってしまいました。

 なんでしょう、戦場だと言うのに随分優しいものです。

 いえこんな怪我人が戻ったところで足手まとい以外の何者でもないですが。

 なんてことを考えているうちに、わたしの意識は再び闇に沈んでいくのでした。

 

 

 わたしが目を覚ましてから数日経ちましたが、未だに記憶は戻りません。

 ちなみにあの時声が出なかったのは一過性の物だったようで、今は普通に喋れるようになりました。

 なのでもう一度お医者さまに、今度はちゃんとわたしが怪我した状況の事を聞いてみたのですが、どうやら詳しくは知らないそうです。

 誰かその時の事が分かる人に聞きたいのですが、あいにく今のわたしは全身包帯ぐるぐる巻き状態。

 むう。

 まあ今さら死にかけた記憶を思い出しても仕方ない気もしますし、諦めますかね。

 いつまでも気にしてても、精神衛生上良くありませんし。

 

 

 そう言えば今わたしは後方の病院にいる様です。

 まああきらかにきれいな部屋ですし、そうじゃないかとは思ってました。

 てっきり野戦病院で治療が終わり次第部隊に復帰するのだと思っていましたが、わたしの元いた部隊は定員不足で解散、他の部隊にそれぞれ分かれてしまったようです。

 そう言えばそうでしたっけ。

 そこらへんの記憶も微妙な感じだったので気になって聞いてみたのですが、幸い中隊長殿たちは無事であるようです。

 良かった。

 わたし一人が生き残ってしまったのだとしたら、流石に後味が悪過ぎでありましょう。

 ふと横に向けば宝珠と、それを通してあるチェーンが目に留まりました。

 ……守ってくれたんですかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 体中痛くてまともに動く事も出来ずベッドの上でうんうん唸っていると、いきなり何人もの将兵の方々が見えました。

 何事かと思えば、なんと白金十字章を頂けるそうです。

 わーいありがとうございます、って待って下さい!

 は?え、いや、…………ええ!?

 わたし一体何したんですか、全然覚えて無いんですけど!

 て言うか身に覚えの無い事で誉められても、何だかズルしたみたいで居たたまれないのですが。

 それにここまで来るとちょっと、いやかなり怖いですし。

 しかし今さら言い出せる空気でも無く、わたしは謹んでお受けするしかありませんでした。

 一応、仲間を守った敢闘精神が云々との事でしたので、わたしがこの怪我をした戦闘が原因であるのは間違い無いようです。

 ま、まあ貰えるなら貰っておきましょう。

 減るもんでも無いですしね。

 

 

 とにかく療養に専念せよとの事でしたのでそのお言葉に甘えていると、しばらくしてベッドの上のわたしに一通の辞令が下りました。

 怪我が完治していない内から次なる戦場が知らされるとは、いくら何でもせっかち過ぎないでしょうか。

 覚悟しておけと言う事なのでしょうか。

 しかしどうやら今回は少しばかり趣が違うようです。

 

 

 何でもわたしは怪我が治った後もそのまま後方に留まるそうです。

 と言うのも、なんとわたしは軍大学へ入学する事になったのです。

 軍大学と言うのは参謀将校となる者達の為の学校であり、逆に言えば参謀将校となる為には避けては通れない場所です。

 つまりそこに入学が認められると言う事は、将来のエリートを約束される事とほぼ同義となります。

 しかし誰でも簡単に入れるのかと言うと、もちろんそんな事あるはず無いのです。

 いくつもの非常に厳しい審査を突破した者だけが、栄誉あるその門をくぐる事が許されるのです。

 

 では何故わたしなどが入学を認められているのでしょうか。

 別に今までそんな大それた事をした覚えは無いのですし、審査を通るとは到底思えないのですが。

 ああいや、したかも知れないのですね覚えて無いですけど。

 まあそんな風に考えていましたが、聞くところによるとどうやら現場の評価が高かった事が理由の一つで有るようです。

 何でもハルトマン中尉殿が推薦して下さったらしく、本当に中尉殿には頭が下がる思いでいっぱいです。

 

 

 しかしわたしが大学生ですか。

 士官学校時代も思いましたが、わたし勉強あんまり得意じゃ無いんですよね。

 この姿となる前はそこまで酷くも無かったはずなんですけど。

 子供の容量だからなのか、それともこの身はあまり頭がよろしくないのか。

 でも子供の脳はスポンジみたいに何でも吸収すると言いますし、と言う事はわたし自身が…………。

 いや、いやいやいや!

 流石にわたしもあの時からは成長している筈なのです。

 だから大丈夫!……多分、きっと。

 そうだと良いなぁ…………。

 

 そう言えば、後方にいられると言う事はターニャに逢うチャンスが有るかも知れません!

 そう思い至ると何だか非常に楽しみになってきました。

 ターニャはどこにいるのですかね?

 逢いに行けるくらいの所にいれば良いんですけど。

 最近ターニャが不足し過ぎて心がツラいのです。

 ああ、早くターニャに逢いたいなぁ…………。




残念ながら再会はお預けです。
ティナはターニャがラインにいる事知りません。
後あんまり戦争狂ぽくしたくないので、前回の記憶は曖昧に。
一応飛び出した直後くらいまでの記憶は残ってます。
多分極限状態ではまた覚醒するから大丈夫。
勲章については、普通に突撃章のグレードアップか鉄十字にしようかと思いましたが、ちょっと変わったのにしたくて原作から探し出してあれになりました。


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第7話 キャンパス・ライフ

 こんにちは!

 わたしの名前はティナ・アルベルト、十三歳です!

 わたしはこの春から大学一年生になりました。

 ええ、大学生です。

 中学生の間違いじゃ無いですよ?

 飛び級大学生なのです。

 とは言え皆様の想像する大学とは少し違うかも知れません。

 わたしの通うのは軍大学……軍人の為の大学であり、将来立派な将校になる為の勉強をしています。

 つまりは当然ながらわたしも軍人であるのです。

 まあ、飛び級には違いないですが。

 

 

 改めまして、皆様ご機嫌よう。

 ティナ・アルベルト魔導中尉です。

 前回もお話ししたかと思いますが、わたしは今、軍大学に所属しております。

 軍大学ともなればかなり高度な知識を学ぶ事になり、日夜勉強漬けの日々を過ごしております。

 生来余り勉強の得意でないわたしにおいては、講義の後も自室で自主学習の毎日です。

 そう言った意味では優秀なルームメイトが羨ましい限りですね。

 時々勉強を教えて貰っている身としては、余り文句は言えないですが。

 

 と、そう言えば紹介がまだでしたね。

 わたしは今大学近くの寮に暮らしているのですが、わたしは同級生の一人と寮で同じ部屋に暮らす、いわゆるルームメイトであるのです。

 そして驚く事なかれ!

 なんとわたしのルームメイトである同級生とは!

 

 我が愛しのターニャ・デグレチャフであるのです!

 まさかわたしと共に、ターニャが入学してくるとは!

 ああ、この時ほど生き残れて良かったと思った事はありません!

 これはもう運命と言っても良いのではないでしょうか!

 

 大学が始まる前に寮の部屋を決める為下見に来ていた時に偶然ターニャと出会ったのですが、そこでターニャも同じ大学に入学する事を知りそれならば同じ部屋にしましょうとなった訳です。

 初めターニャは一人部屋にするつもりで有ったらしくルームシェアにかなり難色を示していましたが、わたしが「ご飯作ってあげる!美味しいコーヒーも入れるから!」と言った所、渋々了承したみたいでした。

 

 

 ちなみにターニャは料理などは一切行いません。

 思えば孤児院にいた時から、幼かったとは言え、シスターのお手伝いをしている所を見た覚えがありません。

 その為ターニャは基本的に外食で済ませるつもりだったそうで、それならばわたしが作ってあげるとなったのです。

 それから実はターニャは大のコーヒー好きであり、密かに良質なコーヒー豆を隠し持っているほどです。

 わたしには苦いだけで美味しいとは思えないのですが。

 そもそも子供の舌に合う物じゃ無いのです。

 別に子供になる前からそんなに好きじゃ無かったですけど。

 

 それでもターニャの為ならばと美味しいコーヒーの入れ方を調べましたし、おかげで本人にはなかなかご好評頂けているようです。

 しかしこの体にカフェインの取り過ぎは良くないです。

 ターニャ背が低い事気にしてましたよね?

 子供の内からカフェインばっか取ってると伸びないですよ?

 まあその方が可愛いので本人には言いませんけど。

 

 ……あなた今、小さい方が可愛いって意味だと思いましたね!?

 あなたは何も分かってない!

 ターニャの可愛さはそんな些末な事では語れないのです!

 いいですか?例えターニャが高身長の美人さんだとしてもターニャの可愛さは微塵も揺らぐ事は無いのです!

 大切なのは、ターニャが自分で自分の首を絞めちゃってる所なのです!

 普段大人顔負けにしっかりしているターニャ、でもちょっと抜けてるとこが良いんです!

 まあ確かにちっちゃい方が可愛さが加速するのも認めます。

 でもそれはターニャがターニャである事実の前には霞んでしまうのです!

 そこんとこ間違えて貰っては困るのですよ、全く。

 

 …………こほん。

 失礼致しました。

 少し興奮してしまったのです。

 とにかくそう言う訳でターニャとは同じ部屋で暮らす事になったのでした。

 

 

 

 そうして始まったわたしの華のキャンパスライフ。

 毎日ターニャと一緒にいられると言うだけで、最近ちょっとモヤモヤしていたわたしの心は晴れやかになり、どんな事でも頑張れる気さえします。

 ターニャと共に日々勉強に訓練に明け暮れていると、士官学校時代を思い出します。

 とは言え短縮コースで即席士官を生み出していた士官学校と違い、さすが未来の将校を育成する軍大学、あの時より数段しっかり教えて頂けます。

 まあこちらも短縮コースには違いありませんが、それでも無駄が無くなった分以前より効率的と言われているくらいです。

 それなら余裕が有るかと言われればとんでもない。

 余裕どころかその分以上に厳しく評価されるのですから、僅かも気を抜く事が出来ません。

 訓練が終わればすぐに眠っていた士官学校時代とは違い、今は毎日毎日自主学習に励みようやく何とか付いて行けている有り様です。

 そんなわたしを見かねてか、時々わたしの自主学習にターニャが付き合ってくれます。

 

 そんなターニャはと言えば大学でも変わらず非常に優秀であり、軍大内で上位十二名から選ばれる十二騎士に名を連ね得るほどだそうです。

 十二騎士に選ばれれば爵位が与えられ参謀将校となれる事が確定するほどで、そこに選ばれるかも知れないと言うターニャの優秀さと、そのターニャでさえ末席に名を連ねるのが精一杯と言う事実に、その凄まじさにわたしはただただ圧倒されるしかありません。

 流石にそれらはわたしには遠い世界の話にしか感じられませんが、だからと言って遊んでいられる訳ではありません。

 わたしはわたしで、わたしに出来る精一杯をなさなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある休日の昼下がり。

 わたしは今日も今日とて自室で一人机に向かっています。

 ターニャは、休日だと言うのにいつものように軍服を身に纏い、ライフルを担いで出掛けました。

 多分大学に行ったのでしょう。

 たしかに今日は休日ですから講義は有りません。

 ですが、大学の図書室は休日でも利用出来ます。

 そのためターニャは自主学習に大学の図書室を利用しています。

 寮にも資料室くらい有りますが、ターニャ曰く全然足りないのだそうです。

 ……わたしにとっては寮の資料室でも充分過ぎるのですが。

 

 

 初めはターニャもわたしに付き合ってくれようとしていましたが、今日は大丈夫だと断りました。

 ターニャと一日中一緒にいられる事実は非常に魅力的でしたが、流石にわたしのせいでターニャの休日を潰してしまうのは忍びないのです。

 ちなみにターニャはどこへ行くのにも軍服にライフルと言う装いです。

 いえ軍服は良いとして常にライフル持ち歩くのはどうなんでしょうか。

 もちろん大学内には持ち込めませんので、いつも入口で取り上げられるのですが。

 合理性を重んじるターニャにしてはひどく非生産的な行動ですし、気になって聞いてみた所、

 

「ん……。いやなに、恥ずかしながら戦場の癖が抜けなくてな」

 

との事ですが、戦場ってノルデンの事でしょうか。

 その時のターニャはライフル担いで歩き回ったりして無かったと思いますが。

 いまいち腑に落ちないのですが、まあ毎回衛兵にライフルを預ける時のターニャがちょっと罰が悪そうで可愛いので、別に止めたりはしません。

 

 話が逸れましたね。

 思考も逸れてますが。

 朝からずっと机に向かっていたので流石に疲れました。

 時間も時間ですし、少し休憩にしましょうか。

 

 そんな事を思っていると、丁度ターニャが帰って来ました。

 しかも何だかすごい嬉しそう。

 まるで鼻歌でも聞こえて来そうな雰囲気です。

 念願叶って後方である大学生となってからのターニャは大変ご機嫌で可愛いのですが、それでもここまで上機嫌なターニャは珍しいです。

 と言うか初めて見たような気がします。

 何かこちらをチラチラ見てますし。

 よっぽど話したいんですかね。

 そわそわしているターニャが可愛すぎてずっと見てたいのですが、わたしはその誘惑をぐっと堪えて声を掛ける事にします。

 

「何か良い事でも有ったのですか?」

 

 わたしがそう訊ねると、まるで待ってましたと言わんばかりの勢いでこちらに駆け寄って来ました。

 

「ティナ!やったぞ!参謀だぞ!」

「?」

 

 落ち着いて下さい、意味分かりませんよターニャ。

 

 何でも大学の図書室でたまたま戦務参謀次長閣下にお会いし、お話しさせて頂く機会を得たそうです。

 そこで閣下からいくつか質問されたそうで、その時の感触がかなり良かったようです。

 なるほどそれで参謀ですか。

 うーん、どうなんでしょう?

 わたしは実際その場面を見ていた訳では無いので、何とも判断が付きません。

 しかしそれを言って、せっかくのターニャのご機嫌を損ねる必要はありませんね。

 

「おめでとうございます。これでターニャの願いが叶いますね?」

「ああ、ありがとう!そうだ、これでわたしは参謀だ!エリート出世コース確定だ!ティナ!やったぞ!」

「っ!?」 

 

 ふ、ふおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 た、ターニャが!わたしに、だだ、抱きついて……!

 お、落ち着いて……落ち着いて……落ち着いて……落ち着けるかぁ!

 ターニャのご機嫌を保ったさっきのわたしグッジョブです!

 

 しかし何なんですか、この可愛い娘は!

 一体わたしをどうしたいんですか!?

 やーばーいー。

 ターニャが愛おし過ぎてやばいです。

 もう何か色々限界ですよ!

 

 ……?

 あれ?あれれ?

 何ですこれ?

 何か視界がグルグルしますぅ……。

 

 その後も興奮さめやらない様子のターニャがわたしに何か説明していましたが、わたしはこれ以上彼女の言葉を受けとめる事が出来そうもありませんでした。

 せっかくのターニャの超可愛いチャンスだと言うのに、こんな所でリタイアするなんて不本意極まりないです。

 ああもう、わたしのバカ!

 でも、もう、ほんとに限界です。

 

 ああ、ターニャ。

 

 すみません。

 

 おやすみなさい。



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第8話 休日

 静謐な雰囲気に包まれた、とある教会。

 その中心で祈りを捧げる二人の少女。

 少女達はその幼さに見合わぬ神聖さを湛え、誰が見てもまさしく聖女と呼ぶに相応しい有り様であった。

 惜しむらくは、一心不乱に祈り続ける彼女達の心を、誰も見る事が出来なかった事であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の休日。

 わたしはターニャと共に教会を訪れていました。

 普段であれば自室で勉強をしている所ですしわたしもそのつもりで机に向かっていましたが、大学から戻って来たターニャに共に昼食に行こうと誘われた訳です。

 わたしは少し迷いましたが、ターニャから余り根を詰め過ぎても逆効果だと諭され、最近は多少講義に付いて行けるようになった事も有り気分転換に外へと繰り出した訳でした。

 そう言えばターニャと一緒にお出かけするなんて、初めてじゃないでしょうか?

 大体ターニャから誘って頂けるなんて、幸せ過ぎます!

 この間ターニャがはしゃいでいた時と言い、最近のターニャは本当にご機嫌ですね。

 あの時途中で気を失ってしまったのは一生の不覚でした。

 とは言え、風は確実にわたしに吹いていると言えます。

 ああ、こんなに幸せで良いのでしょうか。

 え?もしかしてこれってフラグですか?

 ……わたし、死んだりしませんよね?

 

 

 

 ターニャは休日はいつも教会に寄ってから近くの食堂に向かうらしく、わたしもそれに付き合って教会にやって来たと言う訳なのです。

 そう言えばターニャは孤児院にいた時からお祈りを欠かさ無いのでしたね。

 隣で祈りを捧げるターニャを見ながら、初めてターニャとお話しした時の事を思い出します。

 でも流石にお祈りの時くらいはライフル置いた方が良いと思いますよ、ターニャ。

 

 わたしはと言うと、……孤児院を離れてからはお祈りなんて忘れてましたね。

 孤児院ではシスターにお祈りさせられてはいましたが、まあやらされてるなんてそんな考えですから自主的にはしているはずが無いのです。

 しかしわたしが今ここにいるのが神様のせいならば、まあいろいろ言いたい事も有るには有りますがそのおかげでターニャと出逢う事が出来たのです、それについては感謝しておきましょう。

 心の中で神様への感謝を述べていると、何やら温かく穏やかな気持ちになって来ました。

 昔お祈りした時は感じた事無かったのですが、やっぱり自分の意志でお祈りすると違うものなのでしょうか。

 ならばターニャはきっと、いつも感じているのでしょうね。

 ターニャとお揃いだと思うと何だか嬉しくなって、今までに無いくらい一生懸命お祈りしました。

 するとその分とても満たされた気持ちになります。

 ふむ、何か良い事した気分になりますし、今度からはわたしもちゃんとお祈りしましょうかね。

 

 わたしがふむふむと一人で満足していると、ターニャの方もお祈りを終えたらしくこちらを向きました。

 

「ん?待たせたか?……では、行こうか。ティナ」

 

 いえいえ待っていませんよ~と返しながら、わたしはターニャと並んで教会を後にしました。

 

 

 

 教会近くのとある食堂。

 ターニャはいつもここを利用しているらしいのですが、何でも武装したまま入れるのがここしか無いのだとか。

 じゃあライフル持ち歩くの止めたら?とは流石に言いません。

 聡明なターニャがそんな事理解していない筈も無いですし、わたしとしてもせっかくのターニャとのランチに水を差す真似はしたくありません。

 それに本当に持ち歩くのをやめてしまったら、大学の入り口でライフルを預けるターニャの可愛い姿が見れなくなってしまいますし。

 

「へ~。結構、良い雰囲気ですね」

「ここのヴルストはなかなかだぞ?」

 

 そんな会話をしながら、ウェイターに案内されて席に着きます。

 とは言えめったに外食などしないわたしとしては、メニューを見ても何を頼むか迷うばかり。

 一通り悩んだ後、結局ターニャと同じ物を頼む事にしました。

 余りターニャを待たせるのも悪いですからね。

 

 

 注文した料理を待つ間ターニャとおしゃべりに華を咲かせていると、見た事のある人影が店内に入ってきました。

 ちなみに今のわたし達の座り位置ですが、わたしが窓際に座りターニャはその向かい側に入り口に背を向ける形で座っています。

 その為ターニャは入り口の人物に気が付いていないようでした。

 

「……ターニャ、あちら。ウーガ大尉殿では?」

「ん?……本当だ、珍しいな」

 

 ウーガ大尉殿は同じく軍大学に通う級友でありながら、彼もまた軍大十二騎士に数えられる一人でもあります。

 店内を見渡していた大尉殿はわたし達に気付いたらしく、こちらに近付いて来られました。

 ターニャはすぐに席を立ち居住まいを正し、私もそれに倣うように立ち上がります。

 

「これはウーガ大尉殿、珍しい所でお会いしました」

「こんにちは、ウーガ大尉殿」

 

 わたし達が敬礼しながら挨拶をすると、大尉殿も答礼されます。

 

「大尉殿も、良くここを利用されるのですか?」

「いや、君たちがここだと聞いたのでね。少し良いか」

「もちろんであります。アルベルト中尉」

「はい、大尉殿。どうぞこちらへ」

 

 わたしは大尉殿に席を譲り、ターニャの隣に座りました。

 しかし大尉殿の先程の口振りでは、わたし達に用があってわざわざいらした様です。

 しかしその割には大尉殿は押し黙ったまま、口を開く様子がありません。

 

「本日は、如何されたのですか?」

 

 仕方なくこちらから話しを促すと、大尉殿は意を決した面もちで意外な事を仰いました。

 

「……、失礼な事を聞くが君たちはなぜ志願した?」

「「……は?」」

 

 あ、ハモった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君たちはなぜ志願した?」

 

 なんと切り出すべきか迷ったが、彼女達を前に言葉を飾る事に意味は無いのだろう、結局単刀直入な疑問が口から出た。

 休日ですら軍服を身に纏い、飾り気の一つも無い、まさに模範的な軍人と言える彼女達はしかしながらまだ子供である。

 いや子供と侮るのは彼女達に失礼だろう。

 デクレチャフ中尉は、末席とは言えあの軍大十二騎士の一翼を占めるに至り、アルベルト中尉とてそこまでは行かずとも非常に優秀な成績を残している。

 何より二人共、北方ノルデン西方ラインと帝国が抱える戦線のその両方共を経験し数々の戦果を挙げたエース達であるのだ。

 しかしそれでも彼女達は、普通ならまだ軍属となる様な年齢ではない。

 今までは気になりこそすれ、彼女達を侮辱する言葉だと飲み込んできた。

 しかし結局知りたいと言う欲求を抑える事が出来ずつい口にしてしまった。

 とは言え流石に簡略化し過ぎたのか、彼女達は質問の意図を掴みかねているようだった。

 まさかあの二人のこんな姿を見る事になるとは。

 

 鉄面皮と噂されるデクレチャフ中尉は眉をしかめて疑問符をうかべ、アルベルト中尉に至っては可愛らしく目を見開きこちらに顔を向けたまま呆けている。

 そこで再び、今度はより真意が伝わるように言葉を選びながら口を開いた。

 

「ああ、大尉からの問いかけではなく、同期の疑問だと思ってほしい。君たちほどの才幹があれば、道はいくつもあるだろう。なぜわざわざ軍に?」

 

 上官としてではなく、単なる個人的な話だと前置きをしてからそう切り出した。

 彼女達はその年齢で、軍大学に認められたのだ。

 単に魔導師としての才能だけでは、ここまで来る事は無いだろう。

 ならばどんな道でも選び得るのではないかと言う、単純な疑問もあった。

 だが出来るならば、彼女達のような子供が戦場に行くのを止めさせたいと、そう思うのだ。

 前の自分ならば、そう思う事はあっても決して口にする事は無かっただろう。

 しかし自分に娘が生まれてからと言うもの、その気持ちが日に日に大きくなり、ついに抑えられなくなったのだ。

 もし自分の娘が戦場に送られる事になれば、平静ではいられないだろう。

 ただそんな思いからの言葉だった。

 しかしすぐに自分の迂闊さを後悔する事になる。

 

 確かに二人は孤児院の出だとは聞いている。

 だがその事実を、自分は正しく認識していなかったのだ。

 彼女達の口から淡々と語られる世界は自分の想像を絶する物であり、それを平然と受け入れている彼女達を前に、自分は何も言う事が出来なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやらウーガ大尉殿はご自身のお嬢様とわたし達を重ねて、わたし達に軍を辞めさせたいと思っておられたようでした。

 わたしは子供を持った事は無いですが、それでもターニャを見ていると、我が子を思う親の気持ちとはこんな感じなのかと思う事もあります。

 それに親のいない身としては大尉殿の気持ちは大変ありがたく思います。

 それでもターニャが軍を辞めるつもりが無い以上は、わたしとしても非常に心苦しいですが大尉殿のご好意に甘んじる訳にはいかないのです。

 逆にターニャは大尉殿こそお嬢様の事を思えば軍人を辞めるか、そうで無くとも後方に下がるべきだと説得していました。

 わたしとしても自分達の事を心配して頂いた、心優しい大尉殿には悲しい思いをして欲しくはありません。

 ターニャと共に大尉殿を説得したのですが、わたし達の思いが通じたのか最後には考えておくと言って下さいました。

 その大尉殿の言葉には、ターニャも満足そうな様子でした。

 ターニャは周りから勘違いされやすいですが、本当は優しい心の持ち主である事をわたしは知っているのです。

 

 

 その後三人で食事をしたのですが、なんとその場は大尉殿が支払って下さいました!

 本当にお優しい方ですね。

 わたしの親もあんな方だったなら、いえそれは言っても詮無い事ですね。

 とにかくウーガ大尉殿のお嬢様はきっと幸せになれるでしょう。

 

 食堂を出た所で、ウーガ大尉殿とはお別れしました。

 その後はターニャと二人で少し歩きましたが、ターニャもこの後参謀本部に召集されているとの事で、名残惜しいですがお別れです。

 わたしは一人、寮へと帰宅する事にしました。

 

 今日は久しぶりにとても穏やかな一日でした。

 思えばターニャに付いて軍に入ってからは、確かに充実はしていましたが同時にとても忙しい日々でしたし、明日からはまたその忙しい日々にもどるでしょう。

 でもたまには、またこんな日があればいいな、と思うのです。

 

 

 

 

 その後ひどく不機嫌な様子で帰って来たターニャによって、わたしの穏やかな一日はすぐに幕を閉じる事になるのでした。




お呪いしている幼女の隣で信仰心発生。
しかしその信仰心は隣の幼女がいないと生まれないジレンマ。

心優しいターニャはティナにしか見えません。
あしからず。


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第9話 始まりの大隊 Ⅰ

   常に彼を導き 常に彼を見捨てず

      常に道なき道を往き

    常に屈さず 常に戦場にある

      全ては、勝利のために

 

        求む魔導師 

     至難の戦場 わずかな報酬

      剣林弾雨の暗い日々 

    耐えざる危険 生還の保証なし

    生還の暁には名誉と賞賛を得る

 

   参謀本部戦務課第六○一編成委員会

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしはそう綴られた一枚の紙を眺めていました。

 どうやら先日ターニャが話していた新設の魔導大隊の募集要綱の様です。

 普通、部隊の募集要綱と言えばもっと事務的で必要最低限な物で、良く言えば合理的、そうで無ければ無味乾燥と言った所です。

 それに比べて何と詩的な募集要綱でしょうか。

 何も知らなければ、舞台かなにかの謳い文句かと思う程です。

 この新設部隊の編成については、ターニャが責任者となったと言っていたので、この文言もターニャが考えたのでしょうか。

 ターニャは実に帝国軍人らしく合理性の塊であると思っていたのですが、こう言う遊び心も有るのですね。

 合理性を重んじる帝国の在り方も悪くは無いですが、わたしとしてはこれくらい遊び心が有っても良いと思います。

 ですが流石にこれだけではどんな部隊か良く分からないのでは無いでしょうか。

 まあわたしはターニャから直接教えて貰って、少しだけ知ってますけど。

 

 曰く、

 運用は参謀本部直轄の即応部隊。

 規模は四十八名四個中隊からなる増強大隊。

 大隊長はターニャ・デグレチャフ少佐。

 募集対象は北方及び西方以外に所属する航空魔導師。

 そしてターニャの階級ですが現在、部隊の編成官として大尉に昇級しており、編成完了と共に少佐に任官されるそうです。

 

 わたしに説明してくれた時のターニャはひどく消極的で、なんとしてでも部隊編成を阻止するとむしろ逆方向に積極的になっていました。

 まあ明らかに前線に引っ張りだこになるのが目に見えてますし、ターニャが嫌がる気持ちも分かります。

 ちなみにこれ、ターニャが参謀入り確定だと大喜びしていた例の戦務次長閣下に対して行ったプレゼンを元に考案された部隊の様で、完全に墓穴を掘った形になった様です。

 流石にあの喜びようから一気に落ち込んでしまったターニャは、可哀想で見ていられませんでした。

 

 しかし募集を始めたと言う事は少しは前向きになったのでしょうか。

 ターニャには悪いですが、実はわたしはこの部隊には賛成なのです。

 この部隊はターニャの直属になります。

 そしてわたしの今の所属は中央になりますので、この部隊への志願条件をクリアしています。

 つまりわたしはターニャが隊長の部隊に入れるのです!

 これならばわたしがライン戦線にいた時の様に離れ離れになる心配も無くなります。

 それに一緒の部隊なら、北方の時の様に知らない所でターニャが傷付くのを防げるかも知れません。

 ターニャは前線のリスクを嫌がってましたが、それならわたしが一緒にいて守ってあげればいいのです。

 そうと決まれば早速志願するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしは今、選抜試験を受ける為に参謀本部にある第六○一編成委員会を訪れています。

 ターニャには黙って志願しましたが、わたしが試験に現れたら一体どんな顔をするでしょうか。

 いくらなんでも流石にバレてますかね?

 おや、また一組試験が終わったようです。

 

 試験の雰囲気を確認する為に、わたしの試験が行われる時間よりもかなり早くからここにいますが、既に何組かがどこかへと向かっている様です。

 彼らもどこかへ向かうようですね、軍用車に乗り込みました。

 あの方々とは同じ部隊になれるでしょうか?

 流石に合格者と不合格者の区別はつきません。

 ちなみにこの試験、二人同時に行われます。

 確かに魔導師は二人一組(ツーマンセル)が基本ですので、これもそう言った意図なのでしょう。

 

 とうとう次はわたしの番です。

 わたしと一緒に試験を受けるのでしょう方も見えました。

 よろしくお願いします。

 時間になりましたし、行きましょうか。

 

「ボリス・ブラウナー中尉。ただ今着任いたしました」

「ティナ・アルベルト中尉。同じく着任いたしました」

「ご苦労。参謀本部第六○一編成委員会委員長、グレゴリオ・フォン・ターナー大佐だ」

 

 あれ?

 てっきりターニャが試験官を務めるのだと思ってましたが、わざわざ別の人を用意したのでしょうか。

 ……?

 何か違和感が?

 …………あ、これダミーですか!

 て事はどっかでターニャが見てると言う事ですね。

 えーと、……あの壁もカモフラージュでしたか。

 壁の裏にターニャが見えます。

 ああこれターニャが喋ってるのを手前の人形が喋ってる様に見せてるんですねー。

 でも何でわざわざこんな事してるんでしょうか?

 やっぱりターニャの見た目では試験官ぽく無いからですかね?

 

 にしてもこの人形結構良く出来てますね。

 ターニャの操り人形ですか。

 ……………………。

 いえ別に何も考えてませんよ!?

 断じてちょっと良いなとか思ってませんからね!?

 ……思考が逸れました。

 

「……聞こえているのかね?アルベルト中尉!」

「申し訳ありません、デクレチャフ大尉殿。少々考え事をしていました」

 

 ヤバい、完全にやらかしました。

 いつの間にか隣にいた人もいなくなってます。

 やっぱこれ、不合格ですかね?

 同期のよしみで見逃しては、くれませんよね、ターニャですから。

 せっかく同じ部隊になれると思ったのに。

 時間を巻き戻したいとはこう言う事なのでしょうね。

 

 しかし次にターニャが発した言葉は不合格を告げる物ではありませんでした。

 

「……いつから気付いていた?」

「は?」

「いつから、気付いていた!」

「と、申しますと?」

「そこにいるのが偽物だといつから気付いていたのかと言っている!」

「えっと?部屋に入ってすぐには?」

「じゃあ、何で黙ってるんだ!と言うか何でお前がここにいるんだ!」

 

 あ、ダミーが消えました。

 と言うか、わたしが志願してたのバレて無かったんですね。

 

 ああ、待って下さいターニャ。

 

 ちょっと、肩を掴まないで。

 

 ちょ、待って、揺らさないで。

 

 ごめ、やば、ほんと、待って。

 

 お願い、します、許して、下さい。

 

 マジで、済みま、せん、でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターニャの隣にいた女性のお陰で、何とか助かりました。

 いやー、流石にヤバかったですね。

 あんな怒ったターニャ初めて見ました。

 ちなみにわたしを助けてくれた女性はセレブリャコーフ少尉と言い、ターニャの副官の方だそうです。

 彼女がわたしを介抱してくれている間、少しお話ししました。

 何でもターニャとはライン戦線以来の付き合いだとか。

 ……ってちょっと待って!

 何でライン戦線!?

 え?どう言う事?

 ターニャ、ライン戦線にいたの!?

 

「ご存知無かったのですか?結構有名だと思いましたが」

「あ、いえ、その。わたしは負傷して途中で戦線離脱したもので」

 

 そう言えば、と思い出した様子の少尉によって更なる新事実が明かされたのです!

 何でもラインで死にかけたわたし達の救援に駆け付けたのが、ターニャの部隊であったらしく、さらに瀕死のわたしを運んでくれたのは目の前の少尉であったそうです。

 えぇ?じゃあターニャは知ってたんじゃ無いですか。

 何で何も言ってくれなかったんですか?

 わたしてっきりターニャは大学入るまで、教導隊にいたんだと思ってましたよ。

 ……ああじゃあ、ライフル連れ回してた時言ってた戦場ってラインの事ですか。

 ………………。

 もー!なんなんですかー!

 わたし一人勘違いしてて馬鹿みたいじゃ無いですかー!

 ターニャは後でお仕置きなのです!

 ついでにさっきやられた分もお返しするのです!

 

 ちなみに後日問い詰めたターニャ曰わく、

 

「ん?ああ、済まん。忘れてた」

 

との事です。

 ふざけんな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 選抜試験が終了し、全ての大隊候補者が集められました。

 ちなみに試験内容はダミーを見抜けるかどうかだったようで、当然見抜けたわたしは合格でした。

 とうとう新しい大隊のお披露目かと思っていたのですが、どうもそうでは無い様です。

 どうやらあの試験のダミーを見抜け無い方が沢山いたらしく、わたし達は再訓練となりました。

 わたし見抜けたのに何で!?

 訓練は全員参加だそうです、くそったれ。

 てか、副官のセレブリャコーフ少尉も参加してますね、ご愁傷様です。

 せっかくですから同じ唯一の女性同士、助け合っていきましょう?

 

 

 訓練内容は苛烈を極めました。

 高高度順応訓練に非魔力依存長距離行軍。

 しかも爆撃機やら軍用犬やらのオマケ付き。

 さらにその間には対砲兵防御訓練と耐尋問訓練。

 極めつけがこれら全てがアルペン山脈の雪山で行われました。

 

 ……何これ!?

 どこの特殊部隊ですか!?

 いやどこの特殊部隊でもここまではやらねーよ!

 うわーん、ターニャの馬鹿ー!

 うう、絶対楽しんでますよ。

 だってメッチャ笑顔ですもん。

 はあ、少しターニャの事嫌いになりそうです。

 ……ならないですけど。

 

 

 

 訓練中、二人一組(ツーマンセル)を組んでいたヴィーシャとは仲良くなりました。

 ああ、ヴィーシャと言うのはセレブリャコーフ少尉の事です。

 本人がこう呼んで良いとの事でしたので、そうしてます。

 そっちの方が、より仲良しっぽいですもんね。

 でもヴィーシャはわたしの事をティナって呼んでくれません。

 うー、ちょっと寂しいのです。

 それにターニャは、わたしがヴィーシャと呼ぶと怒ります。

 妬いてるのですか?可愛いですね!

 あ痛っ!殴らなくても良いじゃないですか。

 ターニャもヴィーシャって呼んだら良いですのに。

 ああ、すいません!そうですよね!

 軍人としての節度は大切ですよね!

 ええもちろん分かってますとも!

 だからターニャも怒りを沈めて下さい、可愛いお顔が台無しですよ?

 ……痛い!

 

 ヴィーシャは訓練中何度かわたしに助けられた事について感謝してましたが、わたしもヴィーシャに二度助けられた過去があるのですからお互い様なのですと言ったら、何か凄い感動してました。

 後、わたしがターニャと幼なじみだと知ると勝手に感心してましたが、何なんでしょうか。

 

 

 それから訓練中に新しい演算宝珠を貰いました。

 その名もエレニウム工廠(こうしょう)製九七式突撃機動演算宝珠!

 新型だそうで、従来は一つしかない核の二基同調を果たす事で圧倒的な性能を引き出すのだとか。

 何でもターニャの持つ試作品の製品版の試作型とか言う訳わからん事になってます。

 そのターニャの演算宝珠は九五式と言い、何と九七式の更に倍の四基同調らしく、まさしく怪物クラスの性能であるようです。

 ちなみに九五式はターニャ以外には使えないのだとか。

 まさに専用機と言う訳ですね!

 何かターニャがどんどん遠くに行っちゃうのです。

 わたしがターニャを守るのです!と言ってたのが遥か遠い過去に感じますよ。

 でも負けないのです!

 そんな程度でわたしのターニャを思う気持ちが止められると思ったら、大間違いなのです!

 何としてでもターニャに追い付いてやるのですからね?

 その為ならちょっとくらい無茶な訓練も耐えられるのです。

 よーし、頑張るのですよ!おー!




ヴィーシャ登場。
書いてて思ったけど、ヴィーシャいたらティナいらなくね?
なんかポジション被ってる気が。
ここまでその事に気付かないとは何たるマヌケ。


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第10話 始まりの大隊 Ⅱ

 一カ月に渡る地獄の様な訓練を乗り越え、わたし達は大隊長であるターニャから精鋭部隊の候補として認められるまでになりました。

 ここまでやっておいてようやく候補とは、ターニャの基準は厳し過ぎませんかね?

 既に並みの魔導師は凌駕しているレベルですが、どうもターニャ的にはまだ満足出来ない様です。

 まあ演算宝珠も新型ですし、今までと大差無いレベルでは意味無いですけど。

 

 そう言えば少し気になるのがわたしの持つ宝珠ですが、皆と少し違う様子なのです。

 個体差なのかわたしとの相性が特別良いのかは分かりませんが、何故か他の人達より出力が高いのです。

 一応開発元のエレニウム工廠にも聞いてみたそうですが、原因不明だそうです。

 とは言え別に、出力高くて困る物でも無し。

 そのまま使わせて貰ってます。

 お陰で唯一ターニャに付いて飛ぶ事が出来ますしね。

 実はターニャも普段は九七式の方を使っている様で、その間はわたしの方が速いくらいです。

 

 そう言えば、わたしの宝珠の性能を測る為、ターニャと一対一の模擬戦を行いました。

 流石に勝てませんでしたが、何とか引き分けには出来ました。

 ターニャに追い付く為に頑張った甲斐があるのです。

 魔導刃をいっぱい出しても普通に飛べるのを良い事に両手両足魔導刃装備で接近戦を挑んだら、ターニャには曲技飛行かと怒られました。

 だって撃ち合いじゃターニャに勝てないんですもん。

 

 

 

 

 

 

 

 わたし、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉が初めてティナ・アルベルト中尉殿とお会いした時の印象は、大変失礼ながらわたしの知っている軍人と言う人達はまるで違う方である、というものでした。

 実はその前に一度お会いしていたのですが、その時の中尉は意識を失っていらした事と、その時と今では印象が全く異なるために最初はそうだと気付きませんでした。

 

 中尉は何と言うか、大変穏やかでお優しくいらっしゃって、およそ軍人然とはなさっていませんでした。

 しかし訓練となると途端にそれまでとは別人であるかのように冷静になり、まるで感情を失ったかのような様子にわたしは少し怖いと感じてしまいました。

 しかしどうやら中尉は軍人としてある時とそれ以外で切り替えているだけのようです。

 その証拠に訓練中も中尉はお優しいままで、雪山で崖から落ちそうになったり雪崩に巻き込まれそうになったりしたわたしを何度も助けて下さいました。

 そうしてわたしは、アルベルト中尉殿の事を大変尊敬するに至ったのです。

 

 デクレチャフ大尉殿を除けば唯一の同性と言う事もあるのか、中尉も何かとわたしを気にかけて下さいます。

 中尉とは良くお話しするのですが、なんとデクレチャフ大尉殿と幼なじみであるようです。

 なるほど確かにお二人共とても優しい心の持ち主で、そう言う所は似ているかも知れません。

 

 それから驚いたのが、中尉はなんとわたしより年下と言う事です。

 中尉は大変落ち着いていますし、背もわたしとあまり変わらないので、歳も同じくらいかわたしより上だと思っていました。

 でもそう言われてみれば、年相応と言うか少し子供っぽい所もありますね。

 そこはデグレチャフ大尉殿と比べると大変可愛らしく、わたしとしてもとても好ましく感じます。

 

 

 

「ヴィーシャ?」

「は、はい。何でしょうか、アルベルト中尉」

 

 考え事をしていたせいで、中尉が話しかけて来ていたのに気付きませんでした。

 

「むー、ティナで良いですのに」

「そ、そう言う訳には……」

 

 アルベルト中尉はいつもそう言いますが、そんな事をすればデクレチャフ大尉殿に何を言われるか分かったものではありません。

 

「ターニャの事なら気にしないで良いですよ?ターニャが何か言って来たらわたしが説得しますし」

「あ、あはは……」

 

 大尉殿の事が無くても中尉はわたしより上級者なのですから、呼び捨てなど出来るはずありません。

 わたしは笑って誤魔化す事にしました。

 

「確かに階級はわたしの方が上ですけど年齢はヴィーシャの方が上ですし、そもそもわたしが良いって言ってるのだから別に良いですのに」

 

 ば、バレてる……。

 

 あ、またあの感覚だ。

 中尉の琥珀色の瞳がわたしをジッと捉えて離しません。

 あの目に見つめられると、何となく考えている事がバレてるような……。

 

「あ、あの!前から聞きたかったのですが、その、中尉殿は何故……」

「ヴィーシャの考えている事が分かるかですか?」

「は、はい。……もしかして、人の心が読めるのですか?」

「ふふふ、実はそうなのですよ。でも、ヴィーシャは分かりやすいですからねー。わたしじゃ無くても読めると思いますよ?」

 

 何て、中尉は悪戯っぽい笑みを浮かべてそんな事を仰います。

 その笑顔は、確かに年相応の物で大変可愛らしいのですが、結局中尉の言葉が真実かどうかは分かりませんでした。

 と言うか、冷静に考えたら人の心が読めるなどと言った事があり得るのでしょうか?

 ただ単に中尉はそう言った機微に敏いだけなのかも知れません。

 それともわたしが分かりやす過ぎるのでしょうか。

 

「ヴィーシャ。また考え事ですか?」

「え、あ、すみません」

 

 気付けば中尉はわたしの顔を覗き込むようにしていました。

 その肩口で切り揃えられた黒髪がサラリと揺れます。

 中尉はかなり整った顔をしており、ここまで近いと同性のわたしでも少しドキリとしてしまいます。

 しかも何故か中尉はジッとこちらを見つめたまま動きません。

 

「……むむむ」

「ど、どうされたのですか?」

「いえ、……ヴィーシャもかなり美人さんですよね。スタイルも良いですし。羨ましいのです」

「ち、中尉殿も大変お綺麗だと思いますよ?」

「……ありがとうございます。お世辞でも嬉しいのですよ」

 

 先ほども言ったようにお世辞などでは無く中尉はかなりの美人、いえ美少女だと思いますが、本人は納得されていなかったようです。

 それにあんまり言いたくは無いけど、わたしよりよっぽどスタイルの良い友人を知っているおかげでそれを褒められるのは嬉しくもあり悲しくもあるような。

 さ、流石に中尉よりはあると思いますが、年齢を考えればそれもあまり慰めにはなりません。

 ってそんな事はどうでも良いです。

 とにかくアルベルト中尉は大変可愛らしい方と言う事です。

 

 

 

 そんなアルベルト中尉殿ですが、訓練となると本当に頼もしいです。

 新しく頂いた演算宝珠も既に使いこなしているようで、デグレチャフ大尉殿と同等に飛び回る様には驚きました。

 それに訓練とはいえ、デグレチャフ大尉殿があそこまで追い詰められているのを見たのは初めてでした。

 舞うように飛ぶその姿はまるで、彼女も大尉殿と同じく神に愛されているかのようで。

 わたしは二人も尊敬する上官に恵まれたことに改めて感謝するのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしは久々にターニャとお話ししたいと思い、編成委員会の執務室を訪れました。

 最近のターニャはとても忙しそうで、訓練中はもちろんそれ以外でもあまりお話しする機会が無かったのです。

 

 ちなみにわたしの肩書きは大隊長随行補佐副長相当官と言う物で、一応形式上は副長となったヴァイス中尉と同格ですが実際の指揮権はありません。

 しかし何故か皆、わたしをターニャと同格に扱ってきます。

 ヴィーシャに聞いてみた所、

 

「デグレチャフ大尉殿と対等に話されるのは、アルベルト中尉殿くらいですから」

 

との事ですけど、おかしいですね?

 わたしとしては皆と同じ様にしているつもりでしたが。

 

 ともあれわたしはターニャ専属の盾と言う訳です。

 所属も一応は第一中隊ですが、それよりもターニャとの二人一組(ツーマンセル)が優先されます。

 何でも元々は存在しない役職で、ターニャが編成委員長権限で無理やり作ったみたいです。

 曰く、ターニャと二人一組(ツーマンセル)を組んで飛べるのがわたししかいないから仕方無くだそうです。

 

 ふふふ、分かってますよターニャ?

 つまりこれは、いつでもわたしと一緒にいたいと言う事ですよね!

 もう、照れますね!

 待ってて下さい、今逢いに行きますからね!

 

 そうして執務室の扉を開けたわたしの目に飛び込んで来たのは、何やら壁とにらめっこをしているターニャの姿でした。

 

 

「何してるのですか?ターニャ」

「っ!?何だ、ティナか!いや、何でも無い!悪いが所用があるのでな、また後でな!」

 

 そう言ってターニャは慌てて部屋から出て行きました。

 

 え、避けられてる!?

 何で!?

 わたし何かしました?

 ターニャの気持ちに応える為にここまで来ましたのに……。

 突然の事に茫然自失としていると、ふと先程ターニャが眺めていた壁が目に入りました。

 

 あれ、なんでしょうこれ?

 柱の所に何か引っ掻いた様な跡?

 …………………ははぁ、なるほど。

 ターニャはまだ背が小さい事を気にしてるんですね。

 前に相談された時はターニャの事を思ってそのままでも充分だと言ったんですが、どうやら逆効果だったようですね。

 それでわたしに背の事気にしてるのバレたくなくて、逃げたと言う事ですか。

 しかしどうしましょう、今ターニャに何を言っても無駄でしょうし。

 うーん……、そう言えばヴィーシャもここにいるんでしたね。

 せっかくですから、挨拶して行きましょう。

 

 そんな事を考え、ヴィーシャを探して廊下をフラフラしていると、あまり見慣れない人影を見かけました。

 あれは確か……。

 

「レルゲン中佐殿」

「む……。貴官は確か、デグレチャフ大尉の所の……」

「はっ!ティナ・アルベルト中尉であります」

「そうか。デグレチャフ大尉に用があるのだが……、今は執務室か?」

「はい。先程所用で離れられましたが、今はお戻りになっているかと」

「ならば、案内を頼む」

「はっ、了解いたしました」

 

 レルゲン中佐殿は若くして参謀本部入りを果たされ、将来を嘱望される俊英の一人でおられます。

 わたしも士官学校時代に一度お会いした事があるので、お顔は存じ上げていました。

 ちゃんとお話しした事が無いので詳しくは分かりませんが、少し真面目に過ぎる気もしますがかなり公正な方であるのかなと言う印象です。

 わたしとしてもこう言う方は好ましいですし、何より軍上層部におられる方なのですから友好的に振る舞うのが正しいでしょう。

 

 

「失礼します。デグレチャフ大尉、参謀本部より公用使のレルゲン中佐がお見えです」

「通せ」

「はっ」

 

 レルゲン中佐の案内を終え、そのままわたしは退室しようとしたのですが何故かターニャに引き止められました。

 え、何で?

 流石にレルゲン中佐も訝しんでおられます。

 

「良いのか?」

「はい。彼女は私の専任補佐官です。私の影の様なものと思って貰えれば」

「そうか。では要件に入ろう。まずは昇進おめでとう、デグレチャフ少佐」

 

 レルゲン中佐から告げられたのは、ターニャの昇進。

 つまり大隊の編成は完了したと見なされた様です。

 ターニャは練度不足を危惧していましたが、どうも状況はあまり猶予が無いらしく大隊は南東へと向かえとの事です。

 北でも西でも無く南東との事ですが、レルゲン中佐殿の個人的な助言によるとダキア大公国との開戦が危惧されている様です。

 おそらくこれを伝える為に、レルゲン中佐自らわざわざ公用使としていらしたのでしょう。

 やはりレルゲン中佐は好ましい方であるようですし、それはターニャも同じなのか笑顔でお礼をしていました。

 ですがそのタイミングで言うのはあまり良く無いのですよ、ターニャ。

 戦争になるかも知れないと言われて満面の笑みを浮かべたのですから、どうなるかはお察しなのです。

 ほら、案の定レルゲン中佐も引いてますよ。

 まあターニャのそう言う所が可愛いんですけど、流石にあのままではマズいですかね。

 ターニャの希望する後方がどんどん遠ざかります。

 後でフォローしておきましょう。

 

 

「アルベルト中尉、レルゲン中佐殿をお送りしろ」

「了解いたしました」

 

 レルゲン中佐と共に歩きながら、なんと言うべきか悩みます。

 上手く伝わると良いのですが。

 

「あの、大変差し出がましく申し訳無いのですが……。デグレチャフ少佐の事をあまり悪く思わないであげて頂きたいのです。あの子は何と言うかコミュニケーションが非常に不器用なのです。先程はおそらくレルゲン中佐殿のお心遣いに感謝しただけで、他意は無いと思うのです」

「……そうか。貴官がそう言うのだ、そう言う事にしておこう」

「ありがとうございます」

 

 これで少しはフォローになったでしょうか。

 

 

 レルゲン中佐を外までお見送りした後、わたしは気持ちを入れ替えます。

 とうとう大隊が実戦に赴くのです。

 わたしとしてもターニャを守れる様に頑張らなければなりません。

 

 さて、気合い入れて行くのです!



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第11話 ダキア戦役

 一言で言うなれば、異常と言うほかないだろう。

 目の前で繰り広げられる光景に、自分の正気を疑うほどだ。

 

 練成不足だとするデグレチャフ少佐の言により開かれた、第六○一編成部隊の査閲。

 逼迫(ひっぱく)した現状を鑑み前倒しとなった事も相まって高級将校などはその質を危惧していたが、それら全てが杞憂に終わる事となる。

 レルゲン中佐ら担当将校たちは、そこで見せつけられる光景が理解出来なかった。

 

 たった高度八千だとそう言い放ち、少しでも高度を下げようものならば即座に撃ち抜かんと術式が展開される。

 通常、航空魔導師の限界高度は六千ほどだとされる。

 しかし先程から限界以上を飛ぶ彼らに冷徹な指示を飛ばし続けている指揮官は、西方ラインにて自ら高度一万二千を記録、それを追って共和国の魔導師も高度八千まで上がって来たらしい。

 なればこそ、我々は高度一万を目指さざるを得ないと信ず。

 そう(うそぶ)く彼女の言は確かに理には適っているのだろう。

 だがすべき事と出来る事は違う。

 今まで誰もやらなかったと言う事は、実現が難しいからに他ならない。

 実際高度八千まで上がったと言う共和国の魔導師も、それはただ上がっただけでありまともに戦闘を行う事も出来なかったそうだ。

 それをわずか一月で現実の物としたデグレチャフ少佐の手腕は見事と言うしかない。

 しかし技術将校らには別の疑問もあったようだ。

 

「……酸素ボンベも無しに、何故高度を八千まで上げられる?」

「ああ、それは単純です。酸素発生の精製式を常時展開しているそうです」

「常駐式を二つも展開してあの高さかね!?」

「馬鹿な、宝珠が焼き付くぞ!」

 

 技術的な知見が深く無いが故に、事も無げに言ってみせる案内役の憲兵に技術将校らが食ってかかる。

 詰め寄られた憲兵はその剣幕に押され、たじろいでいた。

 その様子を見ていて流石に不味いと思ったのか、デグレチャフ少佐の脇に控えていたアルベルト中尉から補足が入る。

 

「わたし達の扱う九七式はエレニウム工廠にて開発された物で、デグレチャフ少佐の九五式のデータを基に設計されたそうです」

 

 デグレチャフ少佐はかつてあそこで技術開発に携わっている。

 その伝手だろう。

 

 それを聞いてあれこれ話し合いを始めた技術将校らを確認すると、アルベルト中尉は元の位置に下がる。

 憲兵からの感謝の言葉を、軽い笑みと共に受け取りながら。

 

 見て分かる通りアルベルト中尉は演習に参加していないのだが、報告によれば既にデグレチャフ少佐と共に飛べるほどの練度であるらしく、大隊との連携よりもデグレチャフ少佐専属と言った扱いを優先する様だった。

 

 

 しかし彼女を見ていると、子供を戦争へと駆り立てる罪悪感をまざまざと思い出させられる。

 確かに見た目だけで言えば、デグレチャフの方がよほど幼いと言えよう。

 しかし彼女をあの狂気の塊と同列に扱うなど、まともな人間ならば出来るはずも無いだろう。

 背丈に似合わぬまだあどけなさを残した顔を見ていると、彼女もまた本来ならば帝国が守らねばならない者達の一人だと思い知らされるのだ。

 

 しかし彼女がそれほど卓越した魔導師ならば、その力に頼らざるを得ないのが帝国の実情だ。

 なればこそ私は心を鬼とし、彼女を戦場へ送るしかない。

 後世にこれ以上の罪を重ね無い為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダキア大公国からの宣戦布告を受け、わたし達第六○一編成部隊改め第二○三航空魔導大隊は南東方面へ緊急展開となりました。

 進軍してくるダキア軍は、先鋒だけで三個師団あるようで、大隊各位においては緊張した面持ちであります。

 ターニャによると敵は航空戦力も持たない歩兵のみの部隊らしくまともな戦闘にすらならないそうですが、実戦経験の乏しい皆にはやはり表面上の数字が与える影響は大きい様です。

 いや、ラインを経験したはずのヴィーシャですら固い表情をしているので、この世界においてはまだ航空戦力の与える影響が理解出来ないのかも知れないですね。

 空を自在に飛ぶ我々と地を行くしかない彼らとの間には、圧倒的な開きがあります。

 彼らが航空機を竹槍でもって落とせると言うならば、話は別ですが。

 

 だからこの戦いはターニャの言う通り、わたし達大隊の初勝利を飾る事でしょう。

 やはり安全に戦場に慣れる事が出来るのは良い事ですね。

 精鋭部隊とは言え、まだまだ実戦経験が乏しいのですから。

 とは言え安全だと思っていた戦場で一人だけ瀕死の重傷を負った例もありますから、油断は出来ませんけどね。

 

 

 

 出撃前の準備に余念が無い大隊の皆を横目にわたしはターニャに話しかけました。

 

「ターニャ、少し良いですか?」

「どうした?あまり時間もないぞ?」

 

 わたしが“ターニャ”と呼んだ事で個人的な話だと察したのでしょう、少し砕けた口調でターニャは答えました。

 

「先程、今日がターニャのお誕生日だと言っていたので、おめでとうございます」

 

 そうなのです。

 大隊の皆に作戦を説明する時に言っていましたが、何と今日はターニャのお誕生日なのだそうです。

 わたしとした事が、そんな大切な日を失念していたとは。

 とは言え、今まで思い至らなかったと言うのが本当ですが。

 なにせ自分の誕生日すら分からないのですから、当然ターニャも分からないものだと思い込んでいました。

 孤児院では別に珍しい事でもありませんしね。

 しかし、分かっているなら話は別です。

 ターニャのお誕生日なのですから、それはもうお祝いしなければ。

 今までお祝い出来なかった分も、いずれ何か考えなければなりませんね。

 

「急な事で大した物ではありませんが、これを」

「何?……これは、……鎖?」

「はい、わたしが使っていた物で申し訳無いのですが、宝珠を吊すネックレスです」

「いや、これかなり良い品では無いのか?どうしたんだ?」

「孤児院を出る時にシスターから頂いた物です。お守り代わりに持ってました」

「いや、それならティナが持っていた方が良いだろう」

「いえ、良いんです。ターニャに持っていて欲しいんです。わたしもラインを生き残れましたし、きっとターニャを守ってくれます。……どんな時でもわたしがターニャを守りますから」

「……そうか、分かった。ありがとう、ティナ。だが、そうするとティナはどうするんだ?」

「ふふ、だからターニャの使っている物をわたしに下さい。ターニャが一緒にいてくれれば、わたしも頑張れますから」

 

 これからもよろしくお願いするのです、ターニャ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~!思ったより、すごいですね~!」

 

 眼下を進軍してくるダキア軍を前に、思わずそうこぼしてしまいました。

 野戦装備などではなくカラフルな軍服を身に纏い、武装は単発式の歩兵銃、さらにはご丁寧に戦列を組んで歩いています。

 まさしく時代錯誤、写真や映像でしか見た事の無い光景が現実に広がっていました。

 重火器の発達したこの時代においては、もはやパレードくらいにしか使えないでしょう。

 想像以上のダキア軍を眺めていると、流石にターニャから注意を受けました。

 

「アルベルト中尉。鑑賞も結構だがな?仕事はしてくれ給え」

「はっ、失礼いたしました少佐殿。して我々は何をすれば良いのです?」

「む?……困ったな、やる事が無いぞ」

 

 そう、わたし達は今、暇を持て余しています。

 現在三個中隊により三方向から襲撃をかけており、これは教本通りの基本的な対地襲撃戦術です。

 通常ならば、残る一個中隊で制空権の確保に当たるのですが、敵の航空戦力が無い今回は余ってしまいました。

 だからこそ先程のわたしはゆっくりと敵を眺める余裕があったのですが。

 

 わたし達が冗談を言い合っていると、おずおずと言った様子でヴィーシャが口を開きました。

 

「てっきりわたしは、難戦する羽目になると覚悟していたのですが」

「たった三個師団程度で悲愴になるとは、とてもライン帰りとは思えないな少尉」

「ほら~、少佐殿が“三個師団”なんて言うから、ヴィーシャたちが勘違いしちゃったではないですか」

「なるほど確かに。正確には三個師団ではなく、五万人ちょっとの群衆ないし暴徒と言うべきだったな」

 

 なんて再び二人で笑い合っていると、今度こそヴィーシャたちは唖然としてしまいました。

 わたし達が何故これほど余裕なのか、理解出来無いみたいですね。

 

「航空戦力の有無はこれほどまでの影響があるのですよ。しかも我々魔導師には防殻があります。地上からこれをあんな旧式の装備で撃ち抜くのには、それこそ術式でもなければ無理でしょう。彼らは、それを理解出来ていなかったのです」

 

 わたしは、ヴィーシャたちに向かって説明します。

 

「そうだな。奴らは哀れにも無知であったのだ。それを我々が教育してやる。よろしい、我々も襲撃に参加しよう。第一中隊わたしに続け。敵司令部を弄ってやる」

 

 

 

 四個中隊でもって敵を蹂躙していると、何やら敵方に動きがありました。

 どうやら幾つかの纏まりごとで固まっているようです。

 旗を持った指揮官らしき人物を中心に正方形に並んでいました。

 

「えっと?なんでしょうか、あれ」

 

 ターニャも気づいたらしく、訝しげに見ています。

 

「パニックでしょうか」

「でもあれ、何かワザと集めてません?」

 

 ヴィーシャは敵がパニックを起こしたのではと推察しましたが、どうでしょうか?

 何らかの意図で持って集まっているように見えますが。

 

「あれはパニックではなく、方陣では?」

「そんな馬鹿な、騎兵の時代ではないのですよ」

 

 今度は隊員の一人がそう推察しますが、ヴィーシャによって直ぐ様否定されました。

 方陣とは陣形の一種で、その名と通り方形に並んで構える事で全方位からの攻撃に備えるものです。

 騎兵の様に機動力のある敵に対しては有効な戦術でしたが、砲撃が主流の今の戦場であんな風に固まっていては良い的でしかありません。

 流石に時代錯誤が過ぎると、ターニャもヴィーシャの意見に賛成の様です。

 

 どうするべきか様子を見ていると、何とヴァイス中尉率いる第二中隊が敵から距離を取り始めました。

 ターニャは敵前逃亡かと怒り、ヴィーシャに命じてヴァイス中尉を連れて来させます。

 

 ターニャが何か弁明は、と問うもヴァイス中尉はどうやら状況が理解出来ない様子。

 ターニャは時々合理化し過ぎて相手を置いてきぼりにする事があります。

 

「ヴァイス中尉、なぜ先程敵から距離を取ったのですか?」

「敵前逃亡罪だぞ!!」

 

 ちょっとすいません話が(こじ)れるんでターニャは黙ってて貰えませんかね。

 

 ヴァイス中尉曰く、敵が対空射撃隊列を組んだので教範通りに距離を取ったのだそうです。

 それはまた、何と言うか。

 現場で何でもマニュアル通りにやろうと思っても、すぐに限界が来ると思いますが。

 流石にターニャも呆れ返ってますね。

 あ、でもヤバい爆発しそう。

 

「あー、少佐殿?わたし、行ってきましょうか?」

「……そうだな。いや、わたしも行こう。ヴァイス中尉、我々に続け。汚名返上の機会をくれてやる」

「は?少佐殿!?」

 

 ヴァイス中尉を伴い三人で敵を爆撃すると呆気なく吹っ飛びました。

 

「ヴァイス中尉、敵はどうなった?」

「……吹き飛びました」

「言葉も無いよ」

「少佐殿、大変申し訳ありません」

「まあまあ、ヴァイス中尉も悪気があった訳では無いのですし、この辺で。実戦経験を積めば、改善されるとおもいますよ?」

「まあ、そうだな。ヴァイス中尉、貴官の過失は不適切な訓練によるものとしておく」

「でもこう言った形で初戦を迎えられて、わたし達は幸運でしたね」

「全くだな」

 

 

 

 その後敵の指揮所を発見との報告がありましたが、なんと出力も絞らず暗号化もしていない通信が垂れ流しと言うお粗末さです。

 ターニャも最初は偽装を疑いましたがどうやら本物らしく、それならばと早々に叩きに行きます。

 わたし達は碌な反撃に合う事も無く、あっさりと敵の指揮所を制圧しました。

 

「ああ、失礼を。ご引率の方でしょうか。……帝国へようこそ!ご入国の目的は?それと、ビザはお持ちでしょうか?」

 

 笑顔で敵にそう訊ねるターニャ。

 ああ、可愛い!

 流石ですターニャ!!

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!!」

 

 しかし当然敵は激怒し、それどころかターニャに向かって来ましたので、思いっきり蹴っ飛ばします。

 

 テメエ何しやがんですか!ふざけんなはこっちの台詞です!

 ……まあ百歩譲って怒るのは分かります、ターニャもちょっと遊びが過ぎました。

 でも選りによってターニャに危害を加えようとするなんて、切り刻まれ無かっただけ有り難いと思って下さい!

 そもそも今の可愛さが分からん奴にターニャに近付く権利は無いのです!

 まったく、これだから文明の遅れた野蛮人は嫌なのですよ。

 

 

 その後はターニャの指示で将官以外を撃ち、後は適当に縛って捕虜に。

 残敵掃討は友軍の航空隊に任せて、わたし達は進軍します。

 なんとターニャは敵国首都を目指すつもりみたいですね。

 ターニャは、口では前線は嫌だ嫌だと言いながらやるときは一生懸命頑張るのです。

 そう言う所もターニャの魅力なのですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダキア公国の首都上空には航空機も魔導師も飛んでおらず、それどころでか対空砲火の一つもありません。

 およそ襲撃など想定していない様子で、まさか自分たちから戦争を仕掛けておいて反撃されないとでも思っていたのでしょうか?

 とは言えこれならば仕事もやりやすいと言う物でしょう。

 

 ターニャとヴァイス中尉が攻撃目標である兵器工廠を確認していると、突然ヴィーシャが声を上げました。

 

「わたし達には好機です!敵国首都に襲撃を掛けますか!?」

「……えっと、ヴィーシャ?本気で言っているのですか?」

「少尉、我々は戦時国際法を無視する野蛮人では無いのだぞ。市民への無差別爆撃や軍とは無関係の施設を攻撃してはならん」

「はっ、失礼いたしました!」

 

 ターニャに諌められ、納得した様子のヴィーシャ。

 何でしょう今の、突然だったので良く分かりませんでした。

 ヴィーシャはそんな事言うタイプだと思ってませんでしたが、実は結構過激なんでしょうか。

 だとしたら、ちょっと怖いんですけど。

 

 

 

「セレブリャコーフ少尉、避難勧告を発しろ。規定通り国際救難チャンネルだ」

「宜しいのですか?」

「少佐殿、お待ち下さい」

 

 ターニャは警戒され難いヴィーシャを選んだ様ですが、そうは行かないのですよ!

 

「それならば、少佐殿がやった方がより効果的なのでは?わたしでも良いですが、少佐殿の声が最も警戒され難いと思われますが」

「それなら貴官がやり給えよ」

 

 なるほどやはりそう来ますか。

 しかしその程度でわたしを止められると思ったら大間違いなのです。

 

「良いですか少佐。この中で最も幼い声を持っているのは間違い無く少佐です。ならば、“リスクを減らして成功率を上げる最も合理的”な方法は少佐が勧告を行う事なのです!」

「………………いや分かった。確かにわたしがやった方が良いな。せいぜい子供らしく聞こえる様に努力しよう」

 

 おお!流石ターニャ!

 分かってくれると思いましたよ!

 

 

 

「けいこくします。わたしたちていこくぐんは、これからぐんじゅしせつをこうげきします!さんじゅっぷんごにわたしたちは、こうどうをかいしします!せんせい、ぼくたちわたしたちは

、こくさいほうにのっとり、せいせいどうどうせんそうすることをちかいます!」

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!何ですか今の!!!え?わたしを殺す気ですか!?可愛いです!かーわーいーすーぎーでーすー!最っ高でした!完璧でしたよターニャ!!」

「……ち、中尉殿!?」

 

 あ、やべ。

 素が出ちゃいました。

 くそぅ、皆の前では気を付けてたつもりでしたのに。

 久々の核弾頭クラスだったので、我慢出来ませんでした。

 ああ、皆の視線が痛いです。

 ついでにターニャが睨んできて怖いです。

 

「……こほん。大変失礼いたしました。少々取り乱しました」

 

 

 その後わたしは皆からの視線に耐えながら、三十分間ターニャの怒りを沈める為に奮闘する羽目になったのでした。

 くっ……、やはりどんな戦場でも油断してはいけませんね。

 

 ちなみに兵器工廠への攻撃は成功しました。

 ターニャの術式の威力が半端じゃ無かったのですが、あれは八つ当たりでは無い事を祈ります。




今回から後書きは活動報告でやる事にします。
別に裏設定明かしたりとかはしないので、いらない人は読まなくて大丈夫です。


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第12話 もう一人の悪魔

 皆様ご機嫌よう。

 ティナ・アルベルト中尉です。

 先日、我らが二○三大隊は初戦を華々しく飾り帝国軍上層部にその実力を余す事無く示す所となりましたが、つきましては過分な評価を頂けたのか早速次なる戦場を用意して頂ける事となりました。

 さらに我々も第二○三“遊撃”航空魔導大隊と名を改められ、更なる活躍を期待される次第であります。

 大隊にとって二度目の晴れ舞台として提示されたのは、懐かしの戦場北方ノルデン。

 南の次は北と、まさに遊撃の名に恥じぬ期待にわたし達も一層奮励努力して参りたい所存でございます。

 

 

 まさかダキアが落ち着いたと思ったら、休む間も無く再び前線に送られるなんてターニャじゃ無くても嘆きたくなるのです。

 そのターニャはレルゲン中佐の下へ直接抗議しに行ったみたいですが、それで参謀本部の決定が覆るとは思えませんし、あまりレルゲン中佐に無理を言ってはいけませんよ。

 ただでさえ、この間お会いした時にお疲れのご様子でしたのに。

 

 確かにヴァイス中尉の例も有りますし、ターニャが危惧するのも分からなくはありません。

 でもターニャが散々実弾演習だと豪語していたせいかは知りませんが、参謀本部は訓練は充分だと判断したそうです。

 案の定辞令が覆る事があるはずも無く、わたし達は大人しく北へと向かうのでした。

 

 北方、ノルデンと言えばわたしに取っても初めての戦場でしたが、ターニャに取っては全ての始まりと言っても良いほどでは無いでしょうか。

 今こうしてターニャが大隊を率いているのも、もとを正せばノルデンにおける多大な評価による物と言えるでしょう。

 あれからもう二年も経つのですね、何だかとても懐かしく感じます。

 

 しかし二年経って勝敗が決していないと言うのは一体どういう事なのでしょうか。

 いくら雪と山に阻まれているとは言え協商連合程度、既に決着してなければおかしいのです。

 ターニャは個人的な推察だと言ってましたが、諸列強の介入は確実なのでしょう。

 なぜ皆そんなに戦争を続けたがるのかと、呆れてしまいます。

 確かにそれぞれ言い分はあるのでしょうし、わたしとしてもそれは理解出来無くもありません。

 でもそんな物、ターニャの可愛さの前では全てが霞むのですよ。

 彼らには一度、それを教えてあげなければなりませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノルデンに到着するや否や、わたし達には友軍の救援が命じられました。

 まだ正式に着任すらしていないのに、ちょっと人使い荒すぎではないでしょうか?

 とは言え仲間の危機ともなれば是非もありません。

 わたし達はすぐさま展開し、敵を目指して飛びます。

 救援目標でもある物資集積所を守備していた友軍部隊のヴァイパー大隊はこちらと合流を目指すようですが、ターニャは不要だと切り捨てました。

 

「『援軍ゴ無用。ヴァイパー大隊ハ直チニ後退サレタシ』送れ」

 

 ターニャがそうヴィーシャに命じますが、流石にそれでは角が立ちますよ?

 しかしターニャがいらないと言うのなら勝手に合流を許可する訳にもいきません。

 まったく、仕方ありませんね。

 

「……すみません、ヴィーシャ。『ヴァイパー大隊ハ後退サレタシ。早急ノ再編ヲ願ウ』これでお願いします」

「は、はい。了解いたしました」

「ん?アルベルト中尉、何かあったのか?」

「ああいえ、別に。あれ、何か……?何でしょうこれ、……敵の観測波でしょうか?」

「何?確かに。覗き見とは破廉恥極まる」

 

 上手く誤魔化せましたね。

 丁度良いタイミングで観測術式に反応が合って助かりました。

 しかしこんな所で盛大に観測波を撒き散らしてるなんて、相手は素人なんでしょうか?

 いくら何でも魔導師を舐め過ぎだと思いますが。

 案の定ターニャによって吹き飛ばされましたし。

 いやー、相変わらずすごいですね。

 射撃においてはターニャに勝てる人はいないんじゃ無いですか?

 

 ちなみに今ターニャが吹き飛ばしたのは、敵の指揮所であったようです。

 これでお仕事が楽になりますね。

 空と言う広大な空間において、頭を失った手足など烏合の衆であるのです。

 では手早く蹴散らすとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵は前衛が準連隊規模、後衛に二個中隊、そして爆撃機多数。

 しかも国籍不明の“義勇”魔導師部隊の存在も確認されています。

 敵前衛は第二から第四中隊に任せ、わたし達第一中隊は回り込んで後衛及び爆撃機を叩いた後に、敵前衛を挟撃する手筈です。

 しかしターニャが発破をかけたお陰でわたし達を待たずとも敵の前衛は崩壊しそうですね。

 ちなみにその時のターニャの発言によると、一番成績の悪かった中隊長は皆に高級ワインを奢らされる様です。

 まあわたしは飲めませんけどね。

 

 

 

 しばらくすると後衛の敵を捉えましたが、しかし。

 

「爆撃機はどうするんですか?」

「悪いが、わたしが独り占めだ。丁度空軍でもエースとなりたかった所だ」

 

 何てターニャはとんでも無い事を言い出しました。

 え、そんな事出来るんですか?

 そんな思いでヴィーシャを振り返れば、彼女は困った様な顔で首を横に振ります。

 

「その、戦闘機で墜とす必要があると思われますが……」

「そうなのか?ならば借りてくれば良かったな」

 

 ターニャは取りに戻りたいな、などと呟いてますが、わたしにはそれよりも気になる事がありました。

 

「いえ、それよりも。少佐がお一人で行くなら、わたしはどうすれば良いのですか?」

「アルベルト中尉には第一中隊を預ける。敵の二個中隊を叩け」

 

 ターニャはそう言うと一気に爆撃機に向かって飛んで行きます。

 何で一人で行っちゃうんですか!

 わたしの役割忘れてませんか?

 て言うかこの場合、わたし達が成績最下位だったらわたしが奢る羽目になるのでしょうか?

 ……それは嫌なんですけど。

 ならば迅速に、やるべき事をやりましょう。

 何が悲しくて、自分が飲めもしないお酒を奢らなければならないのでしょう。

 

「……仕方ありません。わたしが先行して敵に突っ込みます。ヴィーシャ達は掩護(えんご)をお願いします」

「中尉!?危険すぎます!」

「ふふ、大丈夫なのです。少しくらいは頑張りませんとね。……わたしも奢りは嫌ですから。わたしが落とされない様、掩護頼みましたよ?」

 

 そう言ってわたしも敵を目指して加速します。

 さてお仕事を始めましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「前方、敵魔導師部隊確認。中隊規模。い、一機飛び出しました。先行してこちらに向かって来ます!」

「何?……どう言うつもりだ?」

 

 観測にあたっていた部下からの不可解な報告を聞き、連合王国軍義勇魔導師部隊の隊長は眉をひそめた。

 

 確かに帝国軍魔導師は優秀だ。

 個々の戦闘能力が高いが故の、柔軟性の高さ。

 こちらとしても火力の低さを統制射撃などで補ってはいるが、それは数が減れば加速度的に弱体化すると言う事でもある。

 個々の質の差は如何ともし難い。

 それほどまでに奴ら帝国の魔導師、ひいてはその演算宝珠の性能は脅威的な物なのだ。

 しかしそれも互いに同数であればの話であり、数的優位を容易く覆し得る物では無い。

 ましてや相手は単騎で向かってくると言うのだ。

 無謀と言う他無い。

 ああいや、ラインに現れた悪魔とやらは単騎で中隊を落とすのだったか。

 大方、錯乱した誰かの妄言だろうが、だからと言って油断してやる道理も無い。

 

「とにかく叩き落とすぞ。相手は一人だ、良く狙えよ。……撃てぇ!」

 

 敵は回避機動もとらず真っ直ぐ向かって来る。

 そこにいた誰もが命中したと確信した次の瞬間、しかしながら信じられない光景を目の当たりにする。

 幾条にも延びる術式弾の間をすり抜ける様にして避けたのだ。

 馬鹿な!

 あんな動き、乱数回避では有り得ない。

 ならば自力で回避したと言う事だが、術式に向かって飛んでいたのだ。

 その相対速度はいかほどの物か。

 人間に成し得る物では到底無い。

 

 ラインの悪魔、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ!向こうの奴らも撃って来やがった。このままでは狙い撃ちだ!」

「おい、何とかしろ!敵は一人なんだぞ!」

「だ、駄目だ、振り払え無い!誰か助けてくれ、このままじゃ……!」

「この距離で何故捉えられない!何なんだ!あいつは!!」

 

 統制を乱し、混乱している敵を一人、また一人と斬り捨てて行きます。

 やはり最初に真正面から避けたのが良かったのでしょう。

 ファーストインプレッションは大切ですね。

 それにヴィーシャたちも上手くやってくれているみたいです。

 しばらく敵の統制が回復する事は無さそうですし、よしんば回復したとしてもその頃にはほとんど壊滅してるでしょう。

 

 いやそれにしても、両手両足魔導刃装備は結構便利ですね。

 どんな体勢からでも攻撃に移る事が出来ますし、どの方向にも対応出来ますから死角が減ります。

 ターニャに見せた時は曲技飛行だと言われましたが、対集団戦ではかなり有用な様です。

 

 そもそもわたし、射撃あんまし好きじゃ無いんですよね。

 いやまあ苦手と言う訳では無いですし普通に使えますけど、何と言うか人を殺す感覚が薄い気がするんですよね。

 ああ、勘違いしないで下さいよ!

 別に人を斬った感触が好きだとか、そう言う事では断じてありません!

 ……何となく、無感動に相手を撃ち抜くよりかは、自分が人を殺したと言う事実を感じられる気がするのです。

 今は戦争中でありわたしは軍人ですから、別にそれについて異議を挟むつもりはありません。

 ただ、敵とは言え相手も一人の人間なのですから、その命を奪う重みを忘れたく無いのです。

 きっとこんな事を言えば軍人失格だとされてしまうでしょうから、誰にも言えませんけどね。

 だからこれは、ただのわたしの我が儘なのです。

 

 

 

 わたし達の方も粗方片付いた頃、爆撃機を墜としたターニャが戻って来ました。

 前衛の方も他の中隊の皆さんが頑張っているらしく、一部の敵は壊走を始めているようです。

 部隊再編を終えたヴァイパー大隊も応援に来てくれましたので、敵の追撃は任せてわたし達は残敵掃討にあたります。

 それにしてもこんなに早く再編が完了するとは、いやぁお願いしておいて正解でしたね。

 敵増援も確認されないそうですし、これでお仕事も無事に終わりそうです。

 緊急展開を命じられた時はどうなる事かと思いましたが、最初に敵の指揮所を発見出来た事と言い、運が良かったですね。

 と言うか、ダキアの時と言いわたし達って緊急展開しかしてなく無いですか?

 いやまあ確かに即応部隊ですけど。

 

 文句を言っていても始まりませんし、後始末にかかりましょうか。

 北方方面軍の皆さんに、詰めが甘いと思われたくは無いですからね。



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第13話 オース・フィヨルド

 北方方面軍司令部の会議にターニャが呼ばれてしまい、わたしとしては暇を持て余してしまいました。

 流石に参謀将校の方々が居並ぶ会議に付いて行く訳にもいかず、大人しく駐屯地にてお留守番です。

 なんだか最近忙しくて、ターニャとあんまりお話し出来ないのです。

 せっかく一緒の部隊になったと言うのに、これでは意味が無いではありませんか。

 この様な情勢下では致し方ないと言うのも理解していますが、だからと言って寂しく無い訳では無いのです。

 

「……はぁ」

「アルベルト中尉、どうかしましたか?こんな所にいては風邪を引きますよ」

 

 駐屯地の外で一人黄昏ているわたしにカップを差し出しながら、ヴァイス中尉が声を掛けて来ました。

 ちなみに魔導師というものは非常に頑丈に出来ていて、この程度で風邪を引く事はめったに有りません。

 まあ、引くときも有りますけど。

 

 わたしはヴァイス中尉からカップを受け取りました。

 中尉の分はコーヒーが、わたしの分にはミルクが入っていました。

 

「ヴァイス中尉、ありがとうございます。……わたしがコーヒー駄目なのよく分かりましたね?」

「実は、先ほどセレブリャコーフ少尉から聞きまして」

「そうでしたか」

 

 そう言えばヴィーシャには話した様な気がします。

 しかしわざわざ、わたしと親しいヴィーシャに確認を取るとは、本当に良く出来た方です。

 ターニャが副長に選んだのも分かる気がします。

 丁度良いですし、少しお話ししましょう。

 

「そう言えば、少し聞きたい事があるのですが」

「どうしました?」

「どうしてヴァイス中尉はわたしにも敬語を使うのですか?階級も同じですし、役職もまあ同格とは言え実際はヴァイス中尉の方が上ですし、それにわたしの方が年も下なのに、どうしてでしょうか?」

 

 と言うかヴァイス中尉だけでなく皆わたしに対して丁寧に接してくる。

 前にヴィーシャが言っていた事と関係あるのでしょうか。

 せっかく同じ部隊の仲間なのに、一線引かれてるみたいで寂しいのですが。

 

「アルベルト中尉も使うではありませんか」

「いえわたしのは癖の様な物ですし、そもそもヴァイス中尉の方が年上なのですから敬語を使うのは当然の事です。それにわたしは誰に対してもこんな感じですが、ヴァイス中尉は皆には普通にしてますよね?……もしかしてわたしの態度が原因なのですか?」

「いえ、そう言う訳では無いですが」

「じゃあ何故ですか?……わたしの少佐殿に対する態度でしょうか?」

「そうですね、それも無い訳では有りませんが……、個人的に尊敬に値する方だと、そう思っているだけです」

 

 何で?わたし何か尊敬されるような事したでしょうか?

 

「……よく、分かりません。わたしとしては皆に普通にして欲しいのですが」

「まあ、良いでは無いですか。皆、中尉を慕っているのですから」

 

 まあ嫌われて無い事が分かっただけでも良かったですけど、何か腑に落ちません。

 皆もっとわたしに優しくして下さいよー。

 せめてヴァイス中尉だけでも普通に接して貰えないんでしょうか?

 

「……ヴァイス中尉は、そのままなのですか?」

「そうですね、アルベルト中尉が変えるなら自分もそうしましょう」

 

 何でですか!

 わたしのは癖だっつってんじゃないですか!

 大体、ターニャにもヴィーシャにもこうなんですから、今更変えるのは難しいのです。

 しかし相手に何か要求するなら、こちらも何か提供するのも道理。

 それに先ほどヴァイス中尉は違うと言ってましたが、もしかしたらわたしの口調が気に入らなかったのかも知れません。

 ならば、やる価値は、ある!!

 

 

「えぇっと、その……。あー、……ごほん。……お兄さん、ティナともっと仲良くお話し、して?」

 

「!!!!」

 

 あ、これ違うな、完全に間違えた。

 わたしでも今のはおかしいのが分かりましたし、何よりヴァイス中尉の呆けた様な顔を見れば失敗したのは明らかです。

 て言うか何ですかお兄さんて、何ですかティナって!

 そこは普通に中尉で良いでは無いですか!

 普通にわたしで良いでは無いですか!!

 あー、やっぱり慣れない事はするもんじゃ無いのです。

 

「えっと、すみませんヴァイス中尉。今のはちょっと間違ったと言うか、忘れて欲しいと言うか……」

「…………………………」

「……ヴァイス中尉?」

「は、あ、いえ!そうですね、この事は二人だけの秘密にしておきましょう!」

「は、はい……?そうして貰えるとありがたいですが……」

「では、そろそろ自分は中に戻ります!中尉も早く戻った方が良いと思いますよ?」

 

 そう言ってヴァイス中尉はそそくさと戻って行きました。

 何でしょう、結局中尉は敬語をやめてくれてませんし、わたしが恥をかいただけでは無いですか!

 ……忘れましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 苛立たし気に駐屯地に帰ってきたターニャから聞かされた情報は信じられない物でした。

 なんと本格的な冬を目の前に迎えたこの時期に全面攻勢に出ると言うのです。

 兵站が保つとは思えないのですが。

 

 確かにそのまま前から攻めては当然かなりの苦戦が予想される。

 そのため敵後方に上陸し、敵主力の包囲及び敵の兵站の寸断を目指すようです。

 しかもそのまま敵後方の連絡線を利用し、こちらの兵站を整える事が出来ると言う一石二鳥な作戦。

 

 わたし達はその先遣隊として揚陸地点の確保にあたるようです。

 具体的には空挺降下により敵拠点となっているオース・フィヨルドに侵入、海軍艦隊による揚陸の時間を稼ぐために、フィヨルドに設置された砲台の制圧が目標となります。

 わたし達としては初めての海軍との共同任務になり、その為これより後は軍港にて待機となります。

 陸と海とは仲が悪いのが軍の常。

 仲良く出来るでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 降下作戦直前、わたし達は輸送機の中で、作戦の最終確認を行っていました。

 輸送機は既にエンジンを切り滑空状態に入っており、それだけこの作戦が隠密性を重視している事が伺えると言うものです。

 

 既に何度も確認した事を、丁寧に再確認していきます。

 作戦に時間的猶予があまり無い為、一つのミスが失敗に繋がりかねません。

 何せ三十分で全ての砲台を黙らせる必要があり、我々が失敗すれば艦隊が危機に晒されます。

 故に徹底的に、見落としの無い様に一つ一つミスの可能性を潰していきます。

 

 同時に失敗した時の事も想定し、確認が行われました。

 

「アルベルト中尉、予備指揮官に就け。わたしとヴァイス中尉のシグナルをロストしたら、撤退を指揮しろ」

「お言葉ですが、わたしよりセレブリャコーフ少尉の方が適任かと。少佐が落ちる様な事があれば、おそらくその時のわたしは、既に指揮出来る状況に無いかと」

「……分かった。少尉、頼めるな?わたしと中尉らがロストした時点で作戦は失敗だ」

「了解いたしました」

 

 ターニャが「カナリアの気分だな」と嘆くと、ヴァイス中尉が「ではせいぜい可憐に鳴いてみせるとしましょう」と返し、輸送機の中の空気が僅かに緩みます。

 確かに適度な緊張感は必要ですが、気負い過ぎても上手く行かないもの。

 そう言う意味では部隊の空気に配慮出来るヴァイス中尉は有能であると言えましょう。

 ターニャも満足気に頷き、しかしすぐに顔を引き締め、作戦の開始を宣言しました。

 

「よろしい。降下!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐殿、新手です!」

 

 いくつかの砲台を順調に制圧していると、突然ヴィーシャが叫びました。

 その声に振り返ると、確かに大隊規模の敵魔導師部隊が接近して来るのが見えます。

 思ったよりも、対応が早いですね。

 それに速度、高度共に相手は厄介な敵である事を示しています。

 

「第一中隊、迎撃に上がるぞ!」

『少佐殿、一個中隊では危険過ぎます!』

「ヴァイス中尉、こちらはわたし達で何とかします。中尉は制圧を急いで下さい!」

『っ!了解です!』

「よし、第一中隊続け!」

 

 ヴァイス中尉が心配していましたが、優先すべきは砲台の制圧。

 確かにこちらも厳しいですが、これ以上の人員を迎撃に割く訳にもいきません。

 

 上を押さえられては不利となる為、こちらも全力で上昇します。

 それに数的劣勢を覆すには、近づいて乱戦に持ち込むしかありません。

 しかし敵とてそれは充分に理解しているようで、わたし達の上昇を阻む様に術式が撃ち込まれ、思うように高度を上げられません。

 

「小隊規模で切り込め!頭を押さえられるな!」

 

 ターニャの一声で即座に散開し、再び上昇を試みます。

 

 目標がいきなり分散した事に迷ったのか、攻撃が散漫になった隙を狙い、一気に上昇し敵と同じ高度に。

 そのまま乱戦に持ち込もうとして、しかしその瞬間、背筋をぞわりと這う様な嫌な感覚がしました。

 思わず後ろを振り返れば、こちらを睨みつけている敵部隊の指揮官らしき男。

 その目を見た瞬間、身動き一つ取れなくなってしまいました。

 

 その目に、表情に、感情に浮かぶのは、息の詰まる様な圧倒的な敵意。

 憎悪とも言える色を浮かべた目を前に、わたしは間違いなく恐怖していました。

 

 息が、苦しい。怖い。

 この感情を、この感覚を、わたしは知っている?

 この異物を見るような目を、わたしは知っている?

 

 

 思い出しては、いけない。

 

 

 ──お前は何考えてるか分からない。

 

 やめて下さい。

 

 ──気持ち悪い。

 

 やめて。

 

 ──全部お前のせいだ。

 

 やめろ。

 

 ──お前さえいなければ!

 

 わたしをその目で見るな。

 

 ──この化け物が!

 

「ぐぅ!?…………はあっ……!はあっ……!はあっ……!はあっ……!」

 

 落ち着け。

 今はわたしじゃ無い。

 わたしに向かっている訳じゃ無い。

 あの男が見ているのは。

 わたしの後ろ?

 

 …………ターニャ?

 

「っ!?」

 

 ターニャが狙われている。

 その事に思いあたった瞬間先ほどまであった恐怖は、ターニャが危ないと言うそれ以上の危機感に塗り潰されます。

 ターニャを守らなければ。

 竦んでいた体は一気に血が(たぎ)り、動きを取り戻す。

 

 あいつをターニャに近づける訳にはいきません!

 回り込む様にして一気に距離を詰める。

 あいつは今、わたしに気付いていない。

 なら、この一撃で決める!

 

「大佐!」

「何!?」

 

 しかしターニャに向けられていたはずの視線がグルリとこちらを向き、その目がこちらを捉えると途端に再び体は竦み僅かに勢いを失ってしまいました。

 

 っ!……くっ!駄目、避けられた!

 

 すぐさま次の攻撃に移ろうとしますが、逆に敵に囲まれてしまい攻撃に移れません。

 男はこちらを一瞥すると、一直線にターニャに向かって行きます。

 

 駄目!あいつを行かせる訳にはいかない!

 

「囲んで落とせ!これ以上進ませるなよ!」

 

 わたしを先には行かせまいと執拗に繰り返される攻撃を避け、掻い潜り、何とか男の後を追いかけようとしますが、しかし攻撃に阻まれて押し戻されてしまう。

 せめて少しでも足止めをしようとライフルで男を狙うもそれすらままならず、それどころか敵にライフルを叩き落とされてしまいます。

 男はどんどん離れて行く。

 ああ!駄目!あいつを止めないと!ターニャの所に行ってしまう!!

 

 心が掻き乱される。

 頭が沸騰しそうになる。

 

「……っ!ああぁぁぁぁぁ!邪魔だぁ、どけぇぇ!!」

「っ!?」

 

 突然大声を上げたわたしの様子に、敵が気圧された様に下がる。

 その隙に魔導刃を展開、体を回転させる様にして周囲の敵を一気に斬り裂いた。

 

 クソ!余計な時間を取られた!

 早くしないと!

 

 男を探して周囲をぐるりと見回す。

 あいつは!奴は!どこ!?

 ……見つけた、ターニャに近づいてる!

 

 宝珠に魔力をねじ込み加速。

 速く!もっと速く!!

 

「ターニャから離れろ!!」

「っこいつ!?」

 

 全力で突撃しようとするわたしに対して、男の手に握られた短機関銃から術式がばら撒かれる。

 しまった、避けられない!

 速度が有り過ぎたせいで回避出来ず、正面から弾幕に突っ込んだ。

 

「づ、ぅ!……ぐ……ぁ。……くそ!」

 

 辛うじて防殻に守られましたが、その衝撃をまともにくらい吹き飛ばされてしまう。

 視界がぐらつく。

 何とか体勢を立て直して見上げると、ターニャと男が撃ち合っているのが目に入った。

 くっ、早くターニャの下へ行かなければ。

 すぐさまわたしも飛んで行く。

 

 わたしが再び近付いて来たのに気付いたのか、男は距離を離して構える。

 

「た……少佐、ご無事で?」

「ああ、問題無い」

 

 わたしはターニャの隣に並び、その無事を確認して安堵しました。

 

 しかしあの男はここで倒さなければならないでしょう。

 ちらと隣を見れば、こちらを横目で見るターニャと目が合う。

 わたしは軽く頷き、男に視線を戻す。

 今度こそ、決める!

 

「あなたはっ!ここで、倒す!!」

「悪魔どもめ!これ以上好きにさせるか!」

 

 わたしは再び男に向かって突っ込み、しかし今度は手前で急旋回をかけ後ろに回り込もうとした所で、急制動。

 無茶な機動によりブラックアウトしそうになる意識を魔力と意地で無理矢理押さえ込む。

 

「づぅっ……!」

「何!?」

 

 背後を取らせまいと動いた男は、逆にわたしに背を向ける事になった。

 その無防備な背中に刃を突き立てようとして、しかしそれも寸前で防がれる。

 

「な!?」

「……っ終わりだ!」

 

 距離を取ろうとするわたしを撃ち落とさんと男は構え、しかし次の瞬間その胸を銃剣が貫いた。

 

「が!?……ご、ふ……ぐ?」

 

 男の背後にはターニャの姿。

 どうやら死角から近付いての一撃だったらしい。

 銃剣が引き抜かれると、その傷跡からは大量の血がこぼれ落ちた。

 

 自分の胸に開いた穴が理解出来無いとばかりに驚愕した表情で眺める男は、それでも何かを懸命に掴む様に右の手を伸ばす。

 

「め、め……ぁ……!」

「っ!」

 

 最早虫の息である男はうわごとの様に何か呟くと、伸ばした右手で短機関銃をこちらに向ける。

 しかしまるで照準が定まら無い。

 わたしはすばやく銃身を掴むと、右腕を斬り落とす。

 男は縋る様にわたしの手に掴まれた銃を見ている。

 その視線を振り払う様に、男の首を刎ねた。

 

 わたしは手にした銃を眺める。

 なるほど射程は短いですが、近距離を好むわたしには合っているでしょう。

 何より帝国で扱っている規格の弾が使えるのが大きいです。

 丁度ライフルも落としてしまいましたし、こちらを使わせて頂く事にしましょう。

 

 名前も知らない誰か。

 あなたはとても強い意志の持ち主。

 それでも、わたしにも引けない理由があります。

 だから、ごめんなさい。

 わたしはあなたを殺します。

 許されようとは思いません。

 わたしは決して忘れません。

 だから、あなたの形見を借りていきます。

 わたしの罪を忘れ無い為に。

 

 

 

 

「……ティナ?無事か?」

 

 どうやらあまりに酷い顔をしていたのでしょう。

 ターニャが作戦中には絶対にしないはずの呼び方をしてきました。

 

「ええ、大丈夫ですよ。ターニャこそ怪我とかしてませんか?」

「ああ、わたしは大丈夫だ。……作戦は成功だ。帰還しよう」

 

 そう言えばすっかり忘れてましたが、どうやらヴァイス中尉らは砲台の無力化に成功した様です。

 敵の魔導師もほぼ壊滅、残りも指揮官を失った事で抵抗を諦めた様です。

 こちらを目指す帝国海軍艦隊の姿も見えました。

 ならばわたし達のお仕事は終了と言う事です。

 ターニャの言う通り帰りましょう。

 流石に疲れました。

 

 そうしてわたしの、長い一日は終わったのです。



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第■話 Interlude

 他人の心が読める人物がいたとすれば、それはどのような人物なのだろうか?

 例えばその力を上手く活用して、立身出世に役立てるかも知れない。

 例えば他人に共感して、慈悲深い人となるかも知れない。

 例えば周囲に嫌気が差して、誰とも関わらなくなるかも知れない。

 ……仮定の話では想像出来ないだろうか。

 では一つ例を挙げよう。

 これからするのは例え話では無く、単なる昔話である。

 

 とある人物の話をしよう。

 その人物は生まれながらにして、他人の考えている事が何となく理解出来た。

 それはその人物にとっては当たり前の事だったし、だから当たり前に人の心に応えようとした。

 しかしどれだけ人の心に応えても、いや応えれば応えるほど、なぜか人から忌み嫌われ遠ざけられる。

 

 きっと自分の理解が足りないからだ。

 

 そう考えれば、行動は早かった。

 幸い人の心を読み解く学問には事欠か無かった。

 しかし必死に勉強した結果学んだのは、自分こそが世界にとっての異常なのだと言う事。

 そして世界と言うのは異常を許さないのだと言う事を知った。

 だからきっと、これから先自分がどれだけ人を愛しても、誰も自分を愛する事は無いのだろう。

 

 それでも簡単には諦められなかった。

 皆を愛したかったし、皆から愛されたいとも思っていた。

 しかし同時にその願いが決して叶う事など無いと言う事も理解していた。

 そうしていつまでも相反する感情を抱き続けて、その分傷付き続けた結果、最後には壊れてしまった。

 

 しかし壊れてはいても、歪みはしなかった。

 いやあるいは、始めから歪んでいたのかも知れない。

 とにかく、それでもなお消える事の無い思いに、関心を向ける存在がいたのは確かだった。

 

 

「……………………」

「ひどいな、これは。まるで壊れてしまったかのようだ。いや実際壊れているのか。哀れと言う他無いな」

 

 まるで何の反応も示さないそれを見る目は、厳かながらも慈愛に満ちていた。

 

「さて、どうするべきか。お前のそれは私にすら消せぬ。魂に染み付いたものだろう。ならば繰り返した所で、結局は同じ結末を生む可能性が高い」

 

 そこで一旦言葉を区切り、何事か考える素振りを見せる。

 

「……ふむ、お前はどうしたい?」

「………………たい」

 

 そこで初めて、今まで反応の無かったそれに変化が起きた。

 

「うん?」

「…………愛されたい」

「それは、どう言う意味での言葉だ?」

「誰かを、愛したい。誰かに、愛されたい」

 

 ポツリと呟かれる願い。

 結局その者は、死して尚その願いを捨て去る事が出来なかったのだ。

 

「……なるほど、それほどになってもそのような願いを抱くか。はてさて、純粋なのか狂っているのか。とは言えそれはいささか難しいと言わざるを得ん。手は無くもないが、お前の望む結果となるかは分からん。それでも構わぬか?」

「何でも良い!誰でも良い!誰か愛して下さい!誰か、必要として下さい……!」

 

 魂の叫びであるかのように吐き出されるその言葉は、なるほどそのままその魂を表しているのだろう。

 そしてそれを聞かされた存在とて、それほどの思いを見せられては見て見ぬ振りも出来なかった。

 

「……お前のような魂を救うのも私の役目か。分かった。ならばまずはその心の回復を図らねばな。いくら何でもそのままと言う訳には行くまい。悪いが、記憶の一部を封じさせて貰うぞ?」

「…………ぁ?」

 

 多少根本に関わる所も封じたが、仕方無いだろうと割り切る。

 残しておいては、いずれその心を傷付ける事になりかねない。

 それに、それほどの強い思いがあれば問題があるとも思えなかったからだ。

 

「ふぅ……。次は場所だが、出来るだけ今とは異なる環境の方が良いだろうな。それにあまり物的に恵まれては心が貧しくなると言う事例もある事だしな。……うむ、この当たりか?まあ多少困難は伴うだろうが、その方がお前の力も目立ち難いだろう」

 

 生活的には決して楽では無いが、精神的には多少恵まれている。

 何より信仰心が篤い。

 条件的には充分と言えるだろう。

 

「ここでなら今までよりかはいくらか愛情を注いで貰えるだろう。後はお前次第だ。全ての記憶を消した訳では無いのだ、それを生かして上手くやる事だ。ああそうだ、最後に私からの餞別だ。お前に新たな名前をやろう。この私直々だぞ?有り難く受け取れ」

 

 そう言って送り出す直前、最後にと少しばかりの心付けをしてやる事にした。

 

「これよりお前の名は、

 

 ティナ・アルベルトだ。

 

 お前の新たな旅路に幸多からん事を。あまり贔屓ばかりも出来んが、私も多少は祝福してやろう。では、行って来るが良い」

 

 そうして今度こそ、その魂を見送った。



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第14話 北海

 わたし達は今、視界不良の豪雨の中を飛んでいます。

 どれほどの視界不良かと言うと、隣を飛んでいるはずの仲間の姿すら見えません。

 宝珠の反応を頼りに飛んでいるので、実際は問題無く編隊を維持出来ているのですが、そこにあるはずの姿が見えないと、一人ではぐれてしまったのではと言う錯覚すら覚えます。

 しかもこの身に叩きつけられる風雨はどんどん強くなっています。

 唯一の救いは、寒さと雨に濡れるのは防殻によって防げている事でしょうか。

 それでもこうも雨に打たれては、気分が晴れる事は有りませんが。

 そもそも何故こんな事になっているのか、始まりは数時間前に遡ります。

 

 

 オース・フィヨルドでの降下作戦を終えたわたし達は、そのまま近くの軍港で休暇名目の待機を命じられました。

 編成直後から休む間もなく出撃続きだったわたし達に対しての、参謀本部のご好意なのだと思いますが、わたしとしてはこの情勢下での突然の休暇に少し拍子抜けしてしまいました。

 一応待機命令ですので、流石に全員が休める訳ではありませんが、それでも半日交代で貰える久々の休みを皆、満喫している様です。

 ターニャなどは大喜びで、地元の名士達との会食に向かいました。

 はしゃぐターニャは可愛かったですが、わたしとしてはあまりはしゃぐ気分にもなれず、駐屯地のベッドで体を休めるに留めています。

 

 ベッドに横たわっていると、思い出されるのは先日の戦い、そしてそこでわたしが命を奪った敵魔導師の指揮官らしき男の事です。

 

 確かに既に多くの命を奪ってはいます。

 しかし今までは軍人として一線を引いていましたし、相手も敵兵士として割り切っていました。

 ですがあの男に関しては何と言えば良いのか、個人としての強い意志を感じたのです。

 何故あそこまでターニャに固執していたのかは分かりませんが、彼にも譲れない物があったのでしょう。

 わたしも同じですから、何となくそう感じるのです。

 あの時、わたしもあの男も軍人としての役割よりも、自分の感情を優先して向き合っていた様な気がします。

 

 だからこそ、なのでしょうか。

 その命を奪った事実が、わたしに重くのしかかるのです。

 もちろん命の重さに優劣などありませんし、今までわたしが奪った命も等しく尊い物でしょう。

 ですが、あれほど感情を向け合った相手です。

 軍人としてより一個人として考えてしまうのです。

 

 それに、あの男の目を見た時に感じたあの感覚。

 そして一瞬見えた光景。

 もうはっきりとは思い出せないのですが、とても怖くて嫌な感じがしました。

 あれは一体何だったのでしょう。

 また、あんな感覚に襲われる事があるのでしょうか。

 もしそうなったら、その時わたしはちゃんと動けるのでしょうか。

 今回は何とかなりましたが、ターニャを守ると言う誓いがもし果たせなかったらわたしは……。

 

 ……いえ、こんな事を考えていては駄目ですね。

 わたしは軍人として、敵を倒すだけです。

 それ以上は考える必要がありません。

 考えても意味の無い事ですから。

 

 

 

 結局わたしは暇を持て余し、早めに勤務に戻る事にしました。

 

「おや?アルベルト中尉、どうかされましたか?」

 

 休みのはずのわたしがうろうろしていたのを不審に思ったのでしょう、当直の士官にそう訊ねられました。

 

「いえ、何となく。じっとしていると落ち着かないので」

「ああ、ここの所、作戦続きでしたからね、お気持ちは分かります。しかし、休まれなくて宜しいのですか?」

「仕事をしていた方が、気も紛れますので」

 

 そこまで言った時、目の前の士官の宝珠が呼び出しを告げる反応を示しました。

 

「……少々失礼いたします。……いかがされましたか、少佐殿?」

 

 どうやら相手はターニャのようです。

 しかしターニャは今、会食中ではなかったでしょうか。

 何となく、良い知らせでは無い気がしますね。

 

 案の定ターニャから告げられたのは、休暇の打ち切りと即時召集の命令でした。

 ……はぁ、また忙しくなりそうですね。

 

 

 わたし達に下された命令は、ノルデン沖の指定海域における、敵艦隊の捜索遊撃任務でした。

 何でも北洋艦隊が集結中の協商連合艦隊を捕捉、これを逃走する敵主力艦隊と判断しその捜索にわたし達が駆り出されたと言う訳です。

 しかし、そもそも航空魔導師と言う物は洋上飛行するように訓練されてませんし、広大な海で艦隊の捜索など無茶と言っても良いでしょう。

 しかも今から向かえば、指定海域に着く頃には日も沈んでいる事でしょうし、それに天気もあまり良くありません。

 その上近隣海域では中立国である連合王国の艦隊も確認されているようで、誤射に注意との事です。

 ターニャがどんどん不機嫌になるのも分かる気がしますね。

 とは言えいつもの通り、やれと言われればやるしか無いのですが。

 そうして雨の中、夜の海でのフライトと相成り冒頭へと戻る訳です。

 

 

 いつまでも止む気配の無い雨と、自分が今どこにいるのかも分からなくなりそうな不安感に、そろそろ弱気になって来た頃です。

 突然、下から複数の爆発音がしました。

 目を凝らして見ると、いくつか艦影らしきもの。

 まさか、真下にいたとは。

 

「大隊、突入態勢を取れ!」

 

 突然の不意遭遇戦となりましたが、流石は我らが二○三大隊、ターニャの一声で即座に突入します。

 爆裂術式による急降下爆撃の真似事もしましたが、所詮魔導師の火力。

 結局、一隻も沈める事が出来ず、いくらかの直掩(ちょくえん)の海兵魔導師を倒しただけに終わりました。

 対してこちらは重傷六名、軽傷多数と言う結果。

 ターニャは非常に悔しそうでしたが、まあ敵艦隊の索敵には成功しましたし、わたし達も帰還が許可されました、ここは大人しく帰りましょう。

 

 

 しかしその帰路の途上で不審船を発見するとは、わたし達は運が良いのか悪いのか。

 連合王国所属の漁船ライタール号だと名乗る不審船に対して、ターニャはヴァイス中尉に命じて臨検を行わせます。

 まあ見つけてしまった以上無視出来ませんからね。

 仕方無いでしょう。

 でもヴィーシャ、わざわざこれ以上余計な物を見つけなくてもいいんですよ。

 ライタール号を臨検中のわたし達の近くに、新たに連合王国船籍の貨客船と船籍不明の潜水艦が発見されました。

 もう何が何だか。

 

 こちらの制止を振り切るように急いで海中に向かおうとする潜水艦に対して、ターニャの指示で威嚇射撃を敢行。

 その後、浮上した潜水艦の乗組員を救助しましたが、結局潜水艦自体は沈んでしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 度重なる成功とは言い難い結果に、ターニャは酷く気落ちしている様子でした。

 特に敵艦隊を逃した事は完全な失敗だと考えているようです。

 わたしとしては、索敵には成功してますし、一応対艦攻撃まで試しているのですから充分だと思うのですが。

 しかしターニャは今回の責任を取らされるかも知れないとすら考えているのです。

 

 今、レルゲン中佐が今回の処分をターニャに告げる為に駐屯地を訪れていますが、それを受け取りに行くターニャの様子があまりに見ていられなくて無理矢理付いて来ちゃいました。

 まあ、わたしは部屋の外で待機ですけど。

 わざわざ面識あるレルゲン中佐殿がいらっしゃったのです。

 きっと大丈夫ですよ、ターニャ。

 

 そんな事を考えていると扉が開き、中からレルゲン中佐が出て来られました。

 

「レルゲン中佐殿、お帰りですか?お送りします」

「いや、大丈夫だ。それよりも、デグレチャフ少佐に……」

「……?少佐がいかがされましたか?」

「いや、デグレチャフ少佐を頼む」

「?……はっ。了解いたしました」

 

 それだけ仰ると、レルゲン中佐は足早に帰っていかれました。

 中佐殿に頼まれましたし、ターニャの様子を確認しましょう。

 わたしは部屋の中を伺いました。

 

「ターニャ?大丈夫ですか?」

 

 ターニャは一人、部屋の中で座っています。

 やはり気落ちしているのでしょうか、いつもと様子が違います。

 

「……ターニャ?」

「……ティナか」

「中佐殿はお帰りになられましたが、どうかしましたか?」

「ああ、何とか温情を頂いた。名誉挽回の機会を下さるそうだ」

 

 やっぱり大丈夫だったじゃないですか。

 でも、それならターニャの様子はどう言う事でしょうか?

 うーん?これは、気落ちしてるんじゃなくて、緊張?

 後、少し気負っているみたいですね。

 失敗を恐れ過ぎているのでしょうか。

 レルゲン中佐殿のご様子からも、多分ターニャが考えているほど事態は深刻では無いと思いますが。

 何にせよいつものターニャに戻って欲しいですし、少し安心出来る様にわたしはターニャを抱き締めました。

 

「おい!?何のつもりだ!離せ!」

「……大丈夫ですよ。何があってもわたしはターニャの味方です。わたしがターニャを守りますから。だから、大丈夫なのですよ」

「……………………ふう。存外、緊張していたらしいな。少し落ち着いた」

「ふふ、それなら良かったのです。皆待ってますから、行きましょう?……それとも、コーヒーでも飲んでから行きますか?淹れて上げますよ?」

「そうだな……、コーヒーを頼む」

「分かりました!すぐに用意するのです!」

 

 少しは元気になってくれたみたいで、良かったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたし達は今、再び軍港近くで待機しています。

 ターニャが言っていた名誉挽回の機会の一つ、北洋艦隊との合同演習を終えた所です。

 ターニャ曰く、海軍との共同任務での失態は海軍に協力して晴らせと言う事だそうです。

 そう言う訳で、わたし達は艦隊近接演習を行ったのでした。

 艦内に突入しての制圧など初めてでしたが、結構上手く出来たのではないでしょうか。

 ターニャは今、総括の為艦内の士官室にいるはずです。

 

 共に演習に参加した海兵の皆さんは半舷上陸が許可されているようです。

 わたし達も待機とは言え、当直以外は自由時間となってます。

 まあわたしは、ターニャがいないのに一人でする事も無いので、休みたそうな顔をしている当直の一人と交代してあげました。

 とは言え当直も別段する事は無いのですが。

 

 なんて取り留めも無い事を考えていると、ヴィーシャが話しかけて来ました。

 

「アルベルト中尉はお休みにならないのですか?」

「……ヴィーシャ。ええまあ、ターニャと一緒なら、喜んでお休みするんですけど」

「中尉殿は本当に少佐殿と仲が良いんですね」

「ふふ、そう見えるなら嬉しいのです。……ヴィーシャはどうなんですか?お休みしないんですか?」

「わたしも副官ですので、残った方が良いかと思いまして」

「うーん、別にそこまで気にしなくても良いと思いますけど。一応わたしも補佐官ですし、ヴィーシャもお休みしたかったら良いですよ?ターニャが何か言ったら、わたしが許可したって言っときますし」

「いえ、そんな。わたしも一人でいるよりは、中尉とお話ししたいですし!」

「そうですか?まあ、そう言う事なら。わたしで良ければお相手しますよ」

「はい!お願いします!」

 

 その後、ターニャが戻って来るまでヴィーシャとお喋りを楽しみました。

 女の子同士のお話しは尽きない物なのです。

 とは言え一人で退屈せずに済みましたし、ヴィーシャには感謝ですね。



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第15話 ラインへの帰還

 硝煙煙る灰色の大地を眼下に収め、わたしは懐かしい空気を感じます。

 かつては一度死を覚悟した事もある、あのラインの空に再び戻ってきました。

 北方に目処が着いた今、帝国にとって片付けるべきはラインのみ。

 そこに遊撃部隊であるわたし達が赴くのは、当然と言えるでしょう。

 とは言え本日はいつかの様に塹壕に籠もっての観測任務では無く、対地支援戦闘。

 敵陣地まで飛んで行き、強襲するだけの簡単なお仕事です。

 航空魔導師の面目躍如と言った所でしょうか。

 しかも敵魔導師も無く、対空砲火も少ないとくれば、油断はせずとも安心は出来ると言う物です。

 わたし自身もあの時よりも多くの戦場を経験し、成長していると思いますし。

 それに共に飛ぶのも、一緒に生き残って来た頼もしい仲間たち。

 何より今回はターニャと一緒です。

 しかし、そのターニャがとんでもない事を言い出しました。

 何と五分間の砲撃支援を要請、しかもわたし達が突入後も止む事は無いそうです。

 ターニャ曰く、

 

「あれだけ対砲兵訓練を積んだ挙げ句、友軍の砲弾にわざわざ当たる間抜けなど我が大隊には存在しない」

 

との事ですが、それとこれとは話が違うと思うのです。

 ほら、ヴィーシャなんて顔が引きつってますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自軍の砲陣地に帝国軍魔導師が強襲を掛けて来たとの報告を受け、共和国第一八師団第二魔導大隊は即座に迎撃に上がる。

 ここラインにおいては最早日常と化した出来事だ。

 その日も、いつもと何一つ変わらない仕事のはずだった。

 しかし直後に管制から聞こえて来た報告に驚愕する事となる。

 何と帝国軍魔導師の上から帝国軍の砲撃が降り注いでいると言うのだ。

 誤爆か?

 即座にそんな思いが浮かんで来た。

 最前線の混乱した状況では有り得ない話では無い。

 実際、確報では無いものの先日共和国軍の砲撃により友軍が吹き飛んだと言う噂が流れている。

 いや司令部の面子を考えれば、噂があると言う時点でそれは事実なのだろう。

 しかし聞けばどうやら今回は違うようだ。

 帝国軍の砲撃は共和国軍を的確に撃ち抜き、更にその中で帝国の魔導師は平然と攻撃を続けていると言うのだ。

 

 有り得ないだろう。

 自殺行為以外の何物でも無い。

 いくら帝国軍魔導師とは言え、そんな事が出来る部隊が存在するとはにわかに信じがたい。

 その後、データ照合により敵部隊にネームドがいる事が判明。

 登録名《ラインの悪魔》。

 数年前流行った戦場伝説の一つだ。

 開戦当初の混乱に生じた冗談だと思っていたし、実際一年以上確認されていなかった。

 それがまさか実在したとは。

 だがそれならば納得も出来ようものだ。

 今から自分たちが相対するのは、間違いなく悪魔のような存在なのだろう。

 しかもどうやら悪魔は一人では無いらしい。

 詳細は不明だがもう一人ネームドクラスがいるようだ。

 最低でもエース・オブ・エースは覚悟しておけとの事だ。

 全く、今日は厄日だな。

 そう思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大隊に補充要員が配置されるとの連絡があったのがつい先ほど。

 とは言え損耗も無いのに補充も何も無いだろう、何かのミスではとのターニャの懸念も、ヴィーシャが幼年学校時代の友人から聞いたと言う噂により嫌な予感へと変わります。

 何でもわたし達に戦地で教導隊の真似事を押し付けるつもりだとか。

 

「連中子守をしながら戦争が出来ると信じているらしい」

 

 また子守かよ、とわたしは口に出しませんでしたが、ヴァイス中尉が代わりに言ってくれました。

 他の皆も不満そうです。

 しかしヴィーシャはなんとかその場を収めようとフォローを入れます。

 

「ですが……、その、誰しも一度は新兵なのですし……」

「ああ、そう言えば貴官を教えたのもラインだったな、少尉」

「はい、少佐殿のお陰様で」

 

 そう言えばヴィーシャはターニャとはライン以来の付き合いだと言っていたのを思い出します。

 

「少佐殿直々のご指導とは……」

「ヴァイス中尉、言いたい事が有るなら口にしたまえ」

「成る程、ヴィーシャが訓練中一度も音を上げなかった理由が、何となく分かった気がします」

「アルベルト中尉……!」

 

 怖!めっちゃ睨まれました。

 

 

 

 結局噂は単なる噂にとどまらず、紛れも無い事実となりました。

 実戦経験の無い新兵を預けるから、戦争を教えてやれとのご命令です。

 何でも新兵の損耗率が無視出来ないレベルらしく、航空魔導師としての在り方をわたし達から学ばせようと言う事らしいです。

 まあ確かにターニャのやり方に付いて来れたら、それだけで一気にレベルアップするでしょう。

 わたし達と言う前例も有る訳ですし、司令部としてもそこを評価したのでしょう。

 ただしそれは、付いて来れるならと言う前提があります。

 新兵諸君には少々荷が重いのでは無いでしょうか。

 ……ご愁傷様と言わざるを得ませんね。

 

 夕飯時にターニャが提案した、補充組の新兵を夜戦と非魔導依存環境に慣れさせる為の訓練。

 魔導師と言うのは、とかく術式に依存しやすいものです。

 まあ術式が無ければ唯の人と変わりありませんから、当たり前と言えるでしょう。

 しかし当然、塹壕の中では身を隠すのが第一優先。

 そんな中盛大に魔導反応を垂れ流していては、見つけて下さいと言っている様なものです。

 だからこそ、魔導師には咄嗟の時に魔導依存しないだけの自制が必要になるのですが、経験不足の新兵では難しいでしょう。

 そもそも訓練学校では何が何でもとにかく術式で身を守れと教えるのですから、全てが全て彼ら自身の責任ではありませんけどね。

 

 各中隊長に副官のヴィーシャを加えた皆で話し合った結果、こっそり敵陣へ向かい何人か敵兵を拝借、後は全力で飛んで帰ると言う方法に決まりました。

 行きは見つからなければ接敵は可能でしょう。

 帰りは、まあ魔導師ならば真っ直ぐ飛ぶくらいは出来て欲しいと思います。

 後は出来るだけ戦闘を避ける事ですね。

 お荷物を抱えての戦闘行動など、困難と言わざるを得ませんから。

 それはそうと、このスープ変な味しません?

 みんな平気なんですか?

 ……後で確認しておきましょう。

 

 

 その後、補充組に緊急呼集が掛かりますが、指定の三分で集まって来たのはたったの二班のみ。

 遅刻した皆さんは、最前線の塹壕行きがターニャから告げられます。

 相変わらずふるいに掛けるのが早いですね。

 わたしも昔はターニャは少し厳し過ぎると思っていましたが、ここまで生き残って来た身からすれば確かに彼らの態度は目に余る気もします。

 彼らが足を引っ張れば、当然とばっちりを受けるのはわたし達です。

 ならばせめて、こちらの指示くらいは守って貰わねば。

 機敏さが要求される戦場において、時間一つ守れないような方にはお引き取り願うしかありません。

 まあ時間厳守な優秀な皆さんも、ターニャ的に言うならば今から楽しいピクニックですが。

 うーん、やっぱりターニャは少し厳しいかも知れませんね。

 

 ターニャ式ピクニック自体は、それほど問題無く終了しました。

 宵闇に紛れた匍匐前進でシャベル片手にこっそり近づき、共和国の皆さんに少しの間眠って頂くまでが第一段階。

 ここまでは予定通りに終了しました。

 後は魔導反応を撒き散らし、敵の追撃をかわしながらの帰還。

 二人ほど乗り遅れてしまったのは非常に残念ですが、わたしとターニャで囮を引き受けた事もあり、それ以上の被害はありませんでした。

 補充組の彼らも実際の戦場を知って、意識改革くらいにはなってくれたのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピクニックから一夜明けて、わたしは拠点にある講堂で昨夜の出来事についての所見を中隊長ら数人と交わしていました。

 

「お二人については大変残念でした……。わたし達も、もう少し上手くやれたら良かったのです。しかし皆さん、意外と付いて来れましたね。もう少し手間が掛かるかと思ってましたが」

「いや、実はもう一人、帰還中に大隊長達に近付こうとした者がいまして。慌てて引きずり下ろしましたよ」

「お二人に付いて行こうとするとは……」

 

 ヴァイス中尉から知らされる、驚きの真実。

 囮役のわたし達に付いて来てたら、もう一人失う事になっていたでしょう。

 ヴィーシャも信じられないと言った顔をしています。

 

「あれ?でもヴィーシャは普段わたし達に付いて来てますよね?」

「いえ、そんな。いくら何でもあの機動は無理ですよ……」

「第一中隊は、二○三の中でも特に精強ですからな。いやはや、うちの女性陣は皆お強い」

「ヴァイス中尉、それはどう言う意図での発言ですか?……どうやら中尉とは、きちんとお話しする必要がある様ですね?」

「いえ、何でもありません!大変失礼しました!」

「ほら、ヴィーシャも怒って良いですよ?」

「は、はい。分かりました!」

「いえ本当に勘弁して下さい」

 

 わたし達がそんな風に冗談を言い合っていると、外から声が掛けられました。

 

「グランツ魔導少尉、入室いたします」

「グランツ?かまわん、入れ」

 

 ヴァイス中尉に促されて入って来たグランツ少尉は、補充組では唯一の士官です。

 今朝食堂で見かけた時はかなり参っている様子でしたが、朝食を無理矢理にでも摂るだけの元気があるので、大丈夫かと思いそっとしておきました。

 流石にターニャも今日は彼らを休みにしましたので、その内気分も落ち着くでしょうと思ったのですが。

 しかしここに来るとは、わたし達に何か用でしょうか?

 グランツ少尉は先ほどから入り口に立ったままこちらを眺めています。

 

「何かあったのですか?あなた達は今日はお休みだと思いましたが」

「はっ、恥ずかしながら座学があるものと」

 

 なるほど、思わず周りと顔を見合わせ苦笑します。

 それならば、声を掛けて上げれば良かったです。

 

「貴様らには昨晩、帰還後に今日一日の休養が許可されている。分かっていると思って、朝は何も言わなかったのだがな」

「気が利かず、すみません。一声掛ければ良かったですね」

「いえ、大変失礼しました」

「何、構わん。ついでだ。参加した所見を述べてみろ」

 

 ヴァイス中尉に促され、グランツ少尉も着席しました。

 

「率直に申し上げるなら、無我夢中でした。気が付けば、基地に戻っていたのです」

「まあ、普通はそうだろうな」

「初めての実戦を生きて帰ったのです。誇って良いと思いますよ?」

 

 そう、生き残ったのです。

 新兵など、初戦でその多くが命を落とします。

 実力不足ももちろんありますが、何より戦場の空気に呑まれてしまうのです。

 だから、それを経験して生き残る事が出来れば、それ以前とではまるで意識が違うでしょう。

 経験に勝るものは無いのですから。

 

「まあ、大隊長殿の教導を生き延びれば大抵何とかなる。そこのセレブリャコーフ少尉など、大隊長達に付いて飛ぶだけでベテランになったほどだ」

「……どなたか、交代してくださりますか?」

「軍務上、それは無理だな」

「中隊長が固まって飛ぶ訳にも行かないでしょう。残念ながら少尉と交代は出来ませんな」

「……そうですか」

「大丈夫ですよ。ヴィーシャもわたしが守りますから」

 

 むくれるヴィーシャに、そう言います。

 ヴィーシャもわたしの大切な一人ですから、当然わたしが守るのです。

 

「おや、では我々は守って下さらないので?」

「あなた達と可愛いヴィーシャを一緒にしないで下さい」

「アルベルト中尉!わたしも中尉をお守り出来る様に頑張ります!」

「ふふ、ありがとうございます。ヴィーシャは優しいですね」

 

 そんなわたし達のやり取りを、グランツ少尉はポカンとした顔で眺めていました。

 少しは気が紛れましたかね?

 

「グランツ少尉、あまり考え過ぎ無い事です。わたし達は軍人で、相手もまた、軍人なのですから」

 

 せっかく生き残ったのですから、これからも頑張って行って欲しいものです。

 

 

 

 

 しかしこの後、彼にとってもわたしにとってもとんでもない試練となる事件が待ち受けている事を、この時のわたしはまだ考えもしなかったのでした。



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第16話 火の試練

 その日は何だか、朝から嫌な感じがしていました。

 予感とでも言えば良いのでしょうか?

 別にわたしはそう言ったものに敏感な方でも無いのですが、何となくもやもやしていたのです。

 

 原因について考えてみましたが、特別変わった事と言えば、補給が届いたばかりで朝食が豪華だった事くらいでしょうか。

 それとも朝からターニャに、司令部への出頭命令が出た事が原因でしょうか。

 いえ確かに厄介事の可能性は高いですが、その程度今まで何度もありましたし、今までは何も感じる事が無かったのですからそうでは無いでしょう。

 そもそも雨と泥に塗れてうずくまっていれば過ぎる一日が、最も穏やかな日であるこの地獄で、嫌な予感も無いと言えばそうですが。

 大体ラインだけで言っても、一度マジで死んだかと思った事もあるのですから、もう気にしてもしょうがない気がしてきました。

 

 結局、何が原因なのかは分からないですが忘れる事にしました。

 そんな事をいつまでも気にしていられるほど、ラインと言う場所は優しくはありませんし、わたしとしてもすぐに意識を切り替えられる程度には経験を積んでいるのです。

 しかしすぐに、その予感が正しかった事を思い知らされました。

 

 

 アレーヌ市の陥落。

 司令部から戻ったターニャの知らせる情報は、わたし達にかなりの衝撃を以って迎え入れられました。

 アレーヌ市はライン後方に存在する帝国領の都市で、重要な補給経路上に位置する為、その陥落は同時に帝国の補給路の遮断を意味します。

 元々は共和国領であった為、反帝国寄りの思想が蔓延していた所に共和国軍魔導師が浸透、民兵と合流した事で一気に制圧されたそうです。

 わたし達にはアレーヌ市を占拠する共和国軍の排除が命令されました。

 現在、帝国はアレーヌ市に避難勧告を発令しており、残存する共和国軍は全て殲滅せよとの事です。

 また市街戦につき、物的破損についての許可も出ています。

 帝国としては避難勧告を出しているのだから、民間人などの非戦闘要員は既に退去しており、市内に残っているのは共和国軍とそれに捕らわれた捕虜しかいないと言う事です。

 

 ですが、それは、その……、何と言うか。

 避難勧告を出した所で全ての市民が素直に避難しているとは考え難く、噂によれば多くの市民が叛徒として蜂起したとか。

 しかも敵魔導師の排除後、砲撃により敵の一掃が行われるそうです。

 ならばわたしは、わたし達は、一般市民に向けて……。

 それは、軍人として、人として、決して許されるものでは無いでしょう。

 ですがこれは命令なのです。

 わたしに、他に取れる道など……。

 縋り付く思いでターニャに声を掛けます。

 ターニャの顔を見れば、わたしの迷いなど消えると思ったのです。

 

「……ターニャ」

「何だ」

「わたし達の敵は、あくまで共和国軍なのですよね……」

「当然だ」

「そう、ですよね……」

「……何だ。言いたい事があるなら、はっきりしろ」

「……いえ、わたしとて軍人です。それに……」

「…………?」

「それにわたしはターニャの盾です。ターニャが行くと言うなら、たとえ煉獄だろうと付いて行きます。……そう、決めたのです」

「……ならば、さっさと準備をしろ。あまり時間も無いぞ」

「……分かりました。……分かって、います」

 

 心を殺せ。

 命令に従え。

 ターニャを守る、その為にわたしは存在するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレーヌ市の防衛に当たる共和国軍魔導師部隊の指揮官であるビアント大佐は、帝国の魔導師がアレーヌ奪還に向け動き出したとの報告を受け、自分たちの行動が無意味では無かった事に安堵すると同時に、しかしこちらに向かうその存在に暗鬱たる思いを抱かずにはいられなかった。

 

「ラインの悪魔だと。連中、大物を引っ張り出して来たな」

 

 アレーヌ市奪還に帝国が投入したのは、ネームド、ラインの悪魔を擁するライン全域において確認される非常に厄介な部隊だった。

 それほど強力な部隊を前線から引き剥がす事に成功したとなれば、なるほど友軍にとっては助けになるだろうが、ではそれを真正面から受け止めなければならない自分たちはどうなるのだ。

 いくら市街地戦とは言え、そう長くは持たないだろう。

 長距離戦闘を得意とする奴らを近付く前に撃ち落とせるなど楽観的に過ぎるし、かと言って近付かれては更に厄介だ。

 元々帝国の魔導師は近接戦闘に優れるし、かの部隊とてその例外では無い。

 しかもラインの悪魔率いるあの部隊には、もっと厄介な奴がいるのだ。

 

 四枚羽の悪魔。

 そう呼ばれる魔導師がいる。

 何でも、四肢にそれぞれ計四本の魔導刃を展開して飛ぶ姿が、四枚の羽を広げているように見える事からそう呼ばれるらしいが、大層洒落の効いた名だ。

 こいつは常にラインの悪魔の傍らに確認される魔導師だが、悪魔の隣で羽を広げるこいつも、なるほど確かに悪魔なのだろう。

 もちろんその実力は折り紙付きで、こと近接戦においてこいつに勝てる奴はいるのだろうか。

 たとえ複数人で囲んでも、歯牙にも掛けず突破されるらしい。

 特にラインの悪魔の長距離狙撃と組み合わさると手が付けられないと聞く。

 四枚羽を落とそうとすれば悪魔から狙い撃たれ、狙撃を止めようとそちらに意識を向ければ今度は容赦無く斬り裂かれると言う訳だ。

 

 数日も耐えれば帝国の補給線は悲鳴を上げるはずなのだ。

 しかしその数日を稼げるかどうかすら危うい。

 まさかここまでの戦力を帝国が投入してくるとは、流石に予想外だった。

 せめて帝国が様子見をしながら戦力の逐次投入でもしていてくれれば。

 ビアント大佐としてはそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレーヌ市上空で行われる、敵魔導師との市街地戦闘。

 待ち構えていた分相手に地の利があるとは言え、遮蔽物の多い市街戦となれば近距離戦闘が主となります。

 ならばわたしにとっては得意分野ですし、それに敵も入り組んだ地形を利用し分散していますから各個撃破していけば良く、数の不利もあまり関係ありません。

 特に問題無く敵魔導師の排除を進めていると、突然無線からひどく覇気の無いヴァイス中尉の声が聞こえてきました。

 

「セレブリャコーフ少尉、済まないが、妙に疲れた……。強壮剤を貰えないか?」

「…………。ヴァイス中尉、被弾されていますよ!」

「何?」

「気付いて無いのですか!?止血帯を、早く!」

 

 どうやらヴァイス中尉が被弾した様です。

 彼は副長を務めるほどの実力者ですし、個人的な戦闘能力もエース・オブ・エースとなっていてもおかしくないほどです。

 それに真面目な彼が油断したとも思えません。

 確かに冗談などは良く口にしますが、それは部隊内の空気を配慮しての事。

 彼自身は常識的かつ良識的で、人の機微に良く気が付く頼れる人物です。

 

 わたしは、出撃前にヴァイス中尉と目が合った時の事を思い出しました。

 そのときの中尉の目には、わたしにも浮かんでいたでしょう迷いが見えました。

 わたしはターニャと共に在る為にその迷いすら飲み込んでここに来ましたが、ヴァイス中尉は迷いを抱えたまま来てしまったのでしょう。

 しかし、わたしは彼の事を責める気にはなれません。

 一つ違えば、わたしが彼と同じになっていたのかも知れないのですから。

 わたしには、他の何を置いても大切なものが有った、それだけの事です。

 中尉の気持ち自体は痛いほど良く分かるのです。

 

 とにかく、ヴァイス中尉はそのまま下がる様に指示されました。

 ターニャによってすぐさま指揮権が再編されます。

 

「次席指揮権はケーニッヒ中尉が継承しろ。アルベルト中尉、第二中隊を連れて引き続き敵魔導師を排除しろ」

「「了解」」

 

 中隊指揮はわたしの役職からは外れますが、まあこの場合は仕方無いでしょう。

 何せ部隊を直接指揮していない士官の中では、わたしが最先任となります。

 大人しく第二中隊の指揮権を継承し、戦闘を継続しようとしたその時です。

 なぜか急速に敵が引いていきます。

 

「敵魔導師が後退中。建物内に引きこもるつもりです」

「突入中止。そのまま押し込んでおけ」

 

 敵魔導師を殲滅出来ていませんが、外に出て来なければほっとく様です。

 実際、街の外にいる砲兵隊の邪魔をされなければ良いのです。

 わたし達の役目は果たしたと言う事なのでしょう。

 しかしそれは、砲撃まで行う事が前提の判断。

 何かがおかしい気がしてなりません。

 

 一方でターニャは淡々と手順通りにこなしていきます。

 ターニャ自身もあまり気乗りしている様子ではありませんが、こう言う時に割り切れるその合理性が、少し羨ましくなります。

 

「敵を押し戻し次第、降伏勧告だ」

  

 降伏勧告。

 つまりは、これ以降は全て民兵と見なし、非戦闘要員は存在しなくなると言う事です。

 そしてこのような勧告を行った所で実際に降伏してくるとは考え難く、逆に火に油を注ぐ事になりかねません。

 案の定、捕虜の一人が民兵に撃たれ、その映像はこちらに記録されます。

 最早、帝国は大義名分を手に入れてしまったのです。

 もう止められませんし、止まりません。

 砲撃が開始され、街は火の海へと変わります。

 ラインが地獄だったとするならば、ここは一体何なのでしょう。

 捕虜の救助を続けながら、そんな疑問が頭にこびりついていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「HQよりピクシー大隊。後退中の敵残存魔導師が殿軍を務めている。排除は可能か」

「目視した。……問題ない、可能だ」

 

 胡乱な頭で燃えて行く街並みを眺めていると、隣でターニャが司令部と通信しているのが聞こえました。

 ピクシーと言うのは作戦中に使用されるコールサインで、わたし達二○三大隊の事を指します。

 わたし達は既にするべき事を終え次の命令を待っている状態でしたが、その次の命令が来た様です。

 敵の魔導師の排除。

 ターニャは問題無く、発見した様ですね。

 そして隣のターニャが目視出来ると言う事は、当然わたしにも見えていました。

 確かに敵魔導師らしき者達が見えます。

 そしてその背後には、避難する市民が、いえ撤退する共和国軍が存在するのです。

 司令部としては、彼らを一人として逃すつもりは無い様です。

 そしてそれが意味する所を、ここにいる者全員が正しく認識していたでしょう。

 何せ魔導師の観測術式は優秀です。

 二○三大隊に所属する魔導師なら、あの光景が見えない者などいないでしょう。

 だからグランツ少尉が青い顔で慌てて駆け寄って来た時、彼が何を言うつもりなのかすぐに分かりました。

 それはわたしが必死で抑え込んだ言葉と、きっと同じでしょうから。

 それならば、止めなければなりません。

 彼の為に、ターニャの為に。

 そして何よりわたし自身の為にも。

 

 

 

「大隊長殿、ご再考を……」

 

 そう言いかけて次の瞬間、グランツ少尉は地面に叩き付けられていた。

 打ち付けた顔がひどく痛むのを堪えて思わず見上げれば、アルベルト中尉が無機質な目でこちらを見下ろしていた。

 振り下ろされた拳は白くなるまで握り締められ、頬は痛みと熱を訴えかける。

 そこまで確認して、ようやく自分が殴られた事に気が付いた。

 

 上官への反抗。

 確かに殴られても仕方無い。

 それどころか今止められていなければ、射殺されていたかも知れないほどの暴挙だ。

 しかしグランツが何も言えなかったのは目の前のアルベルト中尉が、敵を見るかの如く冷たい視線をした彼女が、一瞬まるで泣いている様に見えたからだった。

 いや現実の中尉の顔には何の感情も浮かんでいないどころか、殺気すら漂うほどの無表情だ。

 非戦闘時と戦場で雰囲気が変わるのは遠目に知っていたが、実際に目の前にすると背筋が凍る思いがする。

 大隊長殿を前にした時とは、また違った恐怖だった。

 しかしそんなアルベルト中尉が一瞬でも泣いていると感じられたのは、その何も映していないような瞳にただ自分の感情を見ただけだったのかも知れない。

 

 呆けている自分の目の前に銃が投げられる。

 

「手に取りなさい、少尉。義務を果たすのです。……大隊長殿、申し訳ありません。わたしに銃を貸して頂けないでしょうか」

「……相変わらず甘いな、お前は。これを使え」

「ありがとうございます。さあ少尉、構えなさい。……構え!」

 

 号令の声に、反射的に銃を手に取る。

 そこで初めて気が付いた。

 自分に渡されたのが、近距離用の短機関銃である事に。

 この銃の射程では、遠くにいる敵魔導師の防御に決定的な打撃を与え得ないだろう。

 大隊長殿が甘いと言っていた意味をようやく理解する。

 涙で歪む視界を堪え、銃を構える。

 

「……撃てぇ!」

 

 号令に合わせて引き金を引く。

 

 

 短い付き合いながら、穏やかで優しい人だと思っていた。

 だが彼女も、間違え様も無く軍人である事を知った。

 そして同時に、そんな彼女に嫌な決断を押し付けた自分の迂闊さを呪った。



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第17話 衝撃と畏怖

 火と鉄の試練、地獄のライン。

 それでもここまでの惨状に叩き込まれるのは、なかなか無い事です。

 砲弾の雨、とは良く言ったものですが、まさしく空一面を覆う鉄。

 しかも下からは対空砲火の暴威が吹き荒れています。

 航空機でさえ射程に捉えるそれは、わたし達魔導師の防壁をも容易く食い破るほど。

 文字通り逃げ場など無い戦場で、それでも必死に撃ち落とし、残りは避け、ついでに地上を吹き飛ばします。

 ちゃんと対砲撃訓練やっといて良かった。

 この時ばかりは、ターニャに感謝ですね。

 

 敵の防御陣地を突破しての強行偵察。

 普通は敵前線付近までで行われる偵察ですが、既に幾つかの防御網を越え敵地奥まで入り込んでいます。

 精鋭と謳われた第二○三大隊の半数が脱落。

 それほどまでの無謀を、それでも帝国の大規模作戦の布石として行います。

 補給路を遮断され、追い詰められた帝国の一大攻勢。

 その為の強行偵察。

 そう、共和国は認識しているはずです。

 実際は帝国軍は戦線後退の為撤退中ですが、わたし達はそれを悟らせない為の囮として、ここで踏ん張っているのです。

 共和国は帝国の思惑通りに勘違いしているらしく、わたし達を出迎える為に盛大な歓迎の準備をして待っていてくれた様です。

 その歓迎を受ける身としては、堪ったものでは無いですが。

 実際既に半数の仲間が後退させられています。

 全く、ラインとはいつもこうですね。

 地獄とは良く言ったものです。

 

「大隊各位に通達。対魔導師戦闘用意。我々に挑む愚を教育してやれ!」

 

 ターニャの声で、更なる厄介が増えた事を知ります。

 この状況の中で、魔導師まで相手にしなければならないとは。

 まあ、やるしか無いのですが。

 こちらに向かってくる敵魔導師部隊に叩き込む為の術式を準備しながら、内心溜め息をつきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  久々の穏やかな夜。

 砲撃の爆発音どころか銃声一つ聞こえないと言うのは、ここラインでは有り得ない光景でしょう。

 友軍の撤退完了まで何とか持ちこたえたわたし達は、無事後方拠点まで戻って来る事が出来ました。

 共和国軍は急に無人となった空白地帯を進軍するのに手一杯で、わたし達に構っている余裕は無いようです。

 ターニャも今日ばかりは、休養を取れと言い付けてさっさと寝てしまいました。

 わたしも早めに休もうかと思いましたが、丁度当直に就いているグランツ少尉を見かけました。

 

 グランツ少尉とは、アレーヌの一件以来ちゃんとお話ししていません。

 そんな暇も無かったのも事実ですが、何となく気まずかったのです。

 しかしこのままではあまり良くありません。

 それにあの時殴ってしまった事は謝らなけば。

 確かに少尉の行動は褒められたものではありませんでしたが、止めるだけなら他にいくらでも手段はあったはずです。

 あんな事になってしまったのは、わたしにも余裕が無かったせいでしょう。

 

「あ、あの、グランツ少尉」

「アルベルト、中尉殿……」

 

 グランツ少尉も何となく気まずそうです。

 やっぱり殴ったのはやり過ぎたでしょうか。

 嫌われたりしてたら、ちょっと悲しいです。

 

「えっと。先日は殴ってしまって、すみませんでした。あの時は、わたしもやり過ぎてしまったと思います」

「いえ、そんな!……あの時中尉殿に止めて頂かなければ、自分は大隊長殿に抗命していました。そうなればこの程度で済んだか分かりません。助けて頂いて、感謝しているほどです」

「それでもすみませんでした。許してくれて、ありがとうございます」

「いえ、それは、もう。それより自分こそ中尉殿に謝らなければ……」

「あの時、少尉はわたしの命令に従っただけなのです。ですからあまり自分を責めないように」

「中尉殿……」

「気にしないでと言うのは難しいかも知れませんが、それでも、気にしないで下さい。それだけは言いたかったのです。……お休みなさい」

 

 そう言って、わたしはグランツ少尉の下を離れました。

 あれは少尉が責任を負う事じゃ無いのです。

 あんなもの、他の誰かが背負う必要なんてないのです。

 わたしなら大丈夫。

 わたしにはやるべき事があるのですから。

 それを見失わなければ、大丈夫なのです。

 

 途中、ヴァイス中尉とすれ違いました。

 負傷から復帰した中尉は、グランツ少尉と共に当直に就くつもりでいたようで、たまたまわたし達の会話も聞いていたみたいです。

 わたしはヴァイス中尉にグランツ少尉の事を頼み、ベッドに向かいました。

 きっと彼なら上手くやってくれると信じているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行場の滑走路に差し込む朝日を呆然と眺めるターニャを見つけ、わたしは声を掛ける為に近づきます。

 わたし達は今、次の作戦の為ラインを離れこの飛行場に待機しています。

 何でも追加加速装置《V1》なるもので敵後方へ侵入、敵の司令部を刈り取れと言うのが、わたし達に下された新たな命令です。

 まあ端的に言えば、ロケットに乗って敵地後方へ突っ込めと言う訳ですね。

 

 ちなみに作戦は二○三大隊から選抜された一個中隊で行われ、わたしも選抜メンバー入りしています。

 最初作戦を説明された時は何の冗談かと思いましたが、聞けばロケットの開発責任者はターニャの九五式やわたし達の九七式を開発した方と同じだとか。

 それならば、性能に関しては問題ないのでしょう。

 後はわたし達の腕次第と言う訳ですね。

 ならばやってみせるのです。

 ターニャの方は、かなり乗り気じゃ無いみたいですが。

 

「ターニャ、どうしたんですか」

「ああ、いや、何。こんなふざけた物を作った奴を呪っていただけだ」

「あはは、大丈夫ですよ。この宝珠を作った方と同じ方が開発されたのでしょう?」

「いやティナは騙されているぞ。あいつはイカれている。まともな感性じゃ無いんだ。そんな奴が作った物など、欠陥品に決まっている!」

 

 ターニャは九五式の開発に協力していたのでその技師の方と面識があるのでしょうが、そこまで言うとはかなり変わった方なのでしょうか?

 

「いや、でも宝珠は問題ないじゃないですか。きっと大丈夫ですよ」

「その宝珠が呪われているから言っているんじゃないか!」

「そうですか?わたしは何も感じませんが……」

「いや、呪われているんだ……。きっとこのロケットも爆発する。わたしには分かる……。これはわたし達の棺桶なんだ……」

「た、ターニャはわたしが守りますから。だから大丈夫ですよ、ね?」

「なら今すぐこのロケットを破壊してくれ!」

「お、落ち着いて下さい!」

 

 ここまで取り乱したターニャと言うのも珍しい気がします。

 それほど嫌なのでしょうか。

 何だかわたしまで不安になって来ました。

 とにかく、暴れるターニャを何とか落ち着かせます。

 

「……落ち着きました?」

「ああ、済まない。少し取り乱した」

「本当に大丈夫ですか?抱き締めましょうか?」

「いらん!」

「ふふ。……こうしてターニャとお話しするのも随分久し振りな気がします」

「ん、まあ、そうだな。最近は忙しかったからな」

「そうですね。……改めて。何度でも言いますが、わたしはターニャを守ります。ずっと。わたしが近くにいなくても、その首飾りがわたしの代わりに守ってくれます。だから、ターニャは何も心配せずに、自分の信じる道を進んで下さい」

「……そうだな。ああ、よろしく頼む。ティナ」

「はい!」

 

 ターニャがいてくれるなら、わたしはどれだけでも頑張れるのです!

 

 

 

 

 

 

 

 作戦開始直前、ロケットに乗り込んだわたしは珍しく緊張していました。

 普段から空を飛び回っているとは言え、流石に今から行うのは速度、高度共に未知の領域。

 それに爆発物を満載に背負って飛ぶのです。

 ターニャには大丈夫だと言いましたが、万が一があればただでは済まないでしょう。

 いや、ターニャの態度が不安を煽ったとも言えますが。

 ともかくここまで来てしまったからには、どうにも出来ません。

 自分がミスをしないように気を付けなければ。

 

 作戦開始時間となり、ターニャの声に合わせて点火スイッチを押しました。

 防殻と術式で緩和しているとは言え、急激なGに息が詰まります。

 とりあえず無事に発進出来た事に一安心しつつ、各所異常が無いかチェック。

 問題ないようですね。

 後は降下地点まで特にやる事もありません。

 一応操縦桿も付いていますが、僅かな微調整くらいしか出来ません。

 後、緊急回避用の増速装置もありますが、音速を超えて飛ぶこちらが迎撃されるなど緊急事態どころでは無いですので、これは本当に最終手段でしょう。

 ですので最初の発射角度でほとんど全てが決まり、その後微調整した後はやる事が無いのです。

 少し緊張も落ち着いてきましたし、降下までにちゃんと集中しておきましょう。

 降下した後こそが本番なのですから。

 

 

 結局、降下地点まで特に問題ありませんでした。

 やっぱりターニャの懸念は杞憂だった様です。

 ちなみにこのロケット、切り離した本体を先行させ目標に突っ込ませる事でわたし達の降下を気付かれ難くすると言う効果があるのですが、それを聞いた時はまさか本当にロケット弾に人を乗せて運ぶとは開発責任者はターニャの言う通りの変人なのだと思いました。

 とは言え、わたし達に有利に働くものならばもちろん利用させて貰います。

 急な飛来物による被害の対応に追われ、敵が混乱している内に手早くパラシュートを用いた非魔導依存で降下。

 ロケット頼りでバラバラの位置で降下したため、近くの味方と合流を図ります。

 わたしが合流した地点にはヴァイス中尉がいましたが、ターニャが見当たりません。

 どうやらターニャとは離れた場所に降下してしまったようです。

 今回の作戦では二班に分かれて行動する以上、ターニャとはこのまま別行動でしょう。

 むう、仕方ありません。

 ここは既に敵地なのですから、我が儘を言えるほど時間的余裕が無いのは、わたしも分かってます。

 

 全員無事に降下出来た様で、わたし達の下には二個小隊、ターニャの下に一個小隊が集まった様です。

 敵の司令部と目される地点は三つ。

 ターニャ達はA目標と突入時にロケット弾が外れたらしい弾薬庫を、わたし達はB、C目標を目指します。

 敵魔導師反応も無し。

 とは言えあまりもたもたしていては、どんどん敵が集まって来てしまうでしょう。

 そうなれば、例え襲撃に成功したとしても、逃げる事が出来なくなってしまいます。

 敵の反抗までの時間を予想して、作戦のタイムリミットを十分に設定。

 取り敢えず、降下地点から近いC目標を目指しましょうか。

 

 

 C目標は倉庫の様な建物で、周りの警備もそれほど厳重と言う訳でも無さそうです。

 見たところ、何かの備蓄倉庫でしょうか。

 ヴァイス中尉も同意見のようです。

 

「……警備も少ない、敵司令部には見えないな。外れか」

「倉庫のようですね。仕方ありません。突入して、さっさと爆破しましょう。今回は、わたしがヴァイス中尉のカバーに入って上げますよ?」

「はは、それは心強い。では、頼みます」

 

 C目標は外れでしたが、一応攻撃目標の一つ。

 手早く吹き飛ばします。

 別段、苦労する事も無く、一つ目の目標を襲撃出来ました。

 と言うか、敵の対応が遅いですね。

 まあ、世界初の長距離ロケット弾による攻撃です。

 その対応に追われるのも、仕方無いのかも知れません。

 とは言えこちらにとっては有り難い話ですが。

 

 ターニャ達の方も弾薬庫では無く、外れだったようです。

 あちらもまだA目標を残している様ですので、わたし達も残るB目標に向かいます。

 残り時間も少ないですから、急ぎましょう。

 

 わたし達がB目標に着いた時には、応援の警備部隊も集まって来ており、かなり厳重な警戒となっていました。

 ここが敵司令部だったようです。

 流石にわたし達が侵入しているのに気付いているらしく、かなりの反撃を受けます。

 

「抵抗が激しい。こちらが当たりだったようですな」

「ですね。あまり時間もありませんし、わたしが突っ込みます。援護をお願いします」

「お任せを」

 

 反撃があるとは言え、警備に就いているのは所詮憲兵。

 魔導師が出て来なければ、術式に守られたわたし達の敵ではありません。

 ならばその前に制圧してしまいましょう。

 お互いにカバーしながら、建物に突入します。

 一個小隊に退路の確保を任せ、わたし達は奥へ。

 建物内では、取り回しやすく連射も利く短機関銃を持つわたしが主に先頭を務めます。

 ヴァイス中尉が扉に手を掛けて、こちらにアイコンタクト。

 わたしもそれに頷き、銃を構えます。

 扉が開き、一気に突入。

 

「クリア」

 

 室内戦闘など、ほとんど経験がありませんが、そこは皆ベテラン。

 特に問題無く制圧完了しました。

 と言うより敵が大した事無いのかも知れません。

 後方とは言え司令部周辺の警備部隊がこの程度とは、帝国では考えられませんね。

 

「ここが司令部中枢ですかね。早速機材ごと吹き飛ばしましょう。これで機能は止まるはずです」

「何とか間に合いましたな。時間が惜しい、手早く仕掛けましょう」

 

 爆薬を仕掛けて脱出。

 敵の警備部隊が司令部から上がった火の手の対応に追われている隙に、わたし達も逃走します。

 多少の追撃はありましたが、問題無く振り切りました。

 さて、これで目標達成ですね。

 時間ギリギリです。

 これ以上の長居は無用でしょう。

 

「襲撃成功。B目標、当たりでした」

『良し、撤収する。全速離脱。北上だ。ビーコンは十分後』

 

 ターニャからも撤収指示が出ました。

 この後は待機中の潜水艦に回収される予定です。

 では、お暇するとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍の食事は陸軍のそれと比べ良質であり、取り分け潜水艦のものは格別であると言う話は聞いていましたが、実際想像以上のものでした。

 海軍の食事は北洋艦隊との合同演習を行った時に頂いた事があり、その時も美味しかった記憶があるのですが、今わたし達がいる潜水艦で提供されるものには感動すら覚えるほどです。

 まさか、戦場でこれほどの食事を頂く事が出来るとは。

 塹壕の中で、銃剣やナイフでこじ開けていたスパムは何だったのでしょうか。

 魔導師は高カロリー食が提供されるとは言え、実際はブロック状の栄養補助食品。

 カロリーさえ摂れれば良い訳では無いのですよ。

 とは言え潜水艦と言うものは、それ以外の環境があまり良く無いのですが。

 狭い艦内は圧迫感があり、昼も夜も変わらない景色に何日も閉じ込められているのです。

 それに何だか息苦しい気がします。

 特にわたし達魔導師は普段、酸素精製術式を使用しているので余計にそう感じるのかも知れません。

 

 潜水艦内では、慣れていないとただ歩くのですらも困難で、あちこちぶつけたり、ひっかけたりします。

 わたしでさえそうなのですから、ヴァイス中尉ら他の大隊員はもっと大変そうです。

 この時ばかりは、ターニャの体格が羨ましいのです。

 ターニャは、何の不便も無くスイスイ移動していきます。

 結局わたし達は動き回る事を諦め、待機場所として割り当てられた、魚雷発射管近くの部屋で大人しくしておく事にしました。

 まあわたし達は乗せて貰っている立場なので、あまり邪魔になってもいけませんしね。

 ターニャは艦長のご厚意で、私室を用意して頂いたようです。

 ……ターニャが幸せなら、わたしはそれで良いのです。

 ……本当ですよ。

 

 

 ライン戦線において、共和国軍主力の完全包囲に成功。

 ターニャから告げられた事実は、わたし達を歓喜させました。

 一体どのような手を使ったのかは分かりませんが、帝国軍は敵前線を突破し、空白地帯を進軍していた共和国軍を閉じ込めたようです。

 わたし達の手により敵の司令部が麻痺している為に、敵は混乱を回復出来ずにいるとの事。

 まさか、わたし達の任務がそのような作戦の一部だったとは。

 ともかく、わたし達も明朝には潜水艦から出撃し、ラインにおける包囲戦に加わるようです。

 

 潜水艦の乗組員の皆さんから差し入れを頂いたようで、わたし達は一足先に勝利の祝杯をあげる事となりました。

 皆にお酒が入り始めた所で、ターニャは部屋に戻るようです。

 わたしもお酒は飲めないので、ターニャの所へお邪魔しました。

 

「ようやくターニャの願いが叶いますね」

「少し気が早いがな」

「ふふ、分かってますよ。油断はしていません。最後の時まで、全力でターニャにお供します」

「頼りにしている」

「任せて下さい!……では、わたしもそろそろ戻ります。お邪魔して済みませんでした。お休みなさい、ターニャ」

「ああ、お休み、ティナ」

 

 明日は全てが決する大一番となりそうです。

 これでようやく終わるのですね。

 ならばわたしも後少し、精一杯頑張らなくては。



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第18話 勝利の後

「今奴らを逃せば、戦争を終わらせる事が出来なくなる!ここで滅ぼさねばならない!」

「落ち着いて下さい、ターニャ。何故そこまでする必要があるのですか?ちゃんと話を聞かせて下さい!」

 

 帝国の勝利を誰もが確信していたその時、ターニャだけが一人異を唱えていました。

 

 帝国はライン戦線において共和国軍主力を殲滅、その後も僅かな抵抗はありましたが、大した損害も無く共和国の首都を制圧しました。

 帝国の勝利は揺るぎ無いものであると思われましたし、ターニャもつい先日までは同じような感じでした。

 しかし、ブレスト軍港にて共和国軍艦隊が集結していると知った途端に、それを襲撃せねばならないと言い出したのです。

 司令部に進言するも一蹴されてしまったターニャは、独断での襲撃を決定。

 わたしはその真意を知る為に、ターニャに話を聞きました。

 ターニャ曰く、共和国は反抗の主力を逃がそうとしており、それはいずれ帝国にとって禍根となり得る。

 帝国の勝利を揺るがすものであるとの事です。

 ここで止めねば戦争は終わらないとして攻撃を敢行しようとしているターニャの行動は、しかしこれ以上の戦闘は必要無いとする帝国の思惑とは反するものです。

 わたしもそこまでせずとも良いと思いますが、ターニャは違うようです。

 

「でも、間もなく停戦命令も出るでしょう。これ以上は命令違反になってしまいます」

「だからこそ、今なのだ。今ならば、まだ独自行動権の範囲内だ。ティナはわたしの味方をしてくれるのでは無かったのか?」

 

 ぐっ、痛い所を突かれました。

 わたしだって本当はこんな事したくありませんが、それでもターニャの為を思って止めているんですけどね?

 上に睨まれれば、これまで積み上げた物が無に帰すどころか、反逆者として一気に地に落ちる事になりかねません。

 せっかくここまでやってきて、ターニャの目標が目の前まで迫っているのに、全てを棒に振るつもりなのでしょうか。

 しかしターニャならばその程度の事、充分に理解しているでしょう。

 ならばそのリスクすら度外視してまで行う必要があるという事。

 ターニャは無駄な事はしませんからね。

 ターニャに止まるつもりが無いのなら、これ以上わたしが何を言っても無駄でしょう。

 長い付き合いです、それくらいは分かります。

 ならばわたしの取るべき道は一つ。

 

「ターニャの考えは、変わらないのですね?」

「ああ」

「……分かりました。わたしもターニャに協力します。どんな命令でも従います」

 

 ターニャは少し安堵した表情で力強く頷きます。

 そこまで信頼されているのだとしたら、嬉しいですね。

 しかし、結局ターニャの口から命令を聞く事はありませんでした。

 

 直後に下された参謀本部からの特命。

 全軍に対する停戦命令であるそれを受け、ターニャは絶望したように崩れ落ちました。

 ターニャには何が見えていたのか分かりませんし、何がターニャをそこまでさせたのかは知りません。

 しかしターニャの思い描く未来は、そこで途絶えてしまったのでしょう。

 それともわたしが邪魔をしなければ、何か変わっていたのでしょうか。

 わたしがターニャの道を阻んでしまったのでしょうか。

 その事実はわたしの胸を締め付けます。

 

「ごめ、ごめんなさい!ごめんなさい、ターニャ!わたしが、わたしのせいで……!」

「……いやティナのせいでは無い。気にするな」

「でも……!」

「本当に気にするな。……済まんが少し一人にしてくれ」

「分かり、ました……」

 

 そう言う彼女の様子に、結局わたしは何も掛ける言葉が見つかりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日からターニャは苛立ったような、それでいて何か諦めたような表情をしていましたが、わたしの顔を見る度に気にするなとは言ってくれます。

 そんなに罰の悪い顔をしているのでしょうか。

 ……しているのでしょうね。

 それならばこれ以上ターニャに気を使わせるのも悪いですし、わたしとしてもそれを表に出さない事にします。

 しかしターニャはやはりあの一連の出来事については納得出来なかったのでしょう。

 突然参謀本部に話を伺いに行くと言い出しました。

 

「えぇ~!わたし一人お留守番ですかぁ!?」

「済まん、だが主要士官全員が留守にする訳にもいかん」

 

 ターニャはヴィーシャと二人で参謀本部へ行くつもりのようです。

 ちなみに他の大隊員は皆、共和国の保養地で休暇を楽しんでいるはずです。

 ターニャとヴィーシャはバカンスには行かないそうでしたので、わたしも残っていたのですが……。

 

「あの、わたしが中尉殿と交代しましょうか?」

「……いえ、わたしではヴィーシャの代わりにはならないですし」

 

 戦闘ならともかく、事務面での補佐は副官であるヴィーシャの仕事です。

 有能な彼女の代わりをわたしが務める事は不可能だと、わたし自身が誰より理解しています。

 わたしは渋々納得する事にしました。

 

「……分かりました。ヴァイス中尉にもそう伝えておきます」

「頼む。訓練は練度を維持出来る程度で、残りは好きにして構わん。後は副長と調整してくれ。では、行ってくる」

「はーい、行ってらっしゃい。ヴィーシャも行ってらっしゃい。ターニャの事、お願いしますね」

「はい、行ってきます」

 

 ターニャ達をお見送りした後、わたしは一応ヴァイス中尉にも伝えておこうと連絡を取りました。

 電話先にヴァイス中尉を呼び出して貰います。

 

「はい、こちらヴァイス中尉」

「お休みの所お呼びして申し訳ありません、中尉」

「おや、途中参加ですかな。こちらは楽しくやっていますよ。しかし今からとなると、急がねば楽しみが無くなってしまいますな」

 

 あ、今のはイラっとしました。

 浮かれているようですが、喧嘩を売る相手は選んだ方が良いですよ、ヴァイス中尉。

 あなたの迂闊な発言で、皆が連帯責任を取らされる羽目になっても知りませんからね。

 

「……そうでは無く、連絡事項です。少佐殿が参謀本部に向かわれた為、数日不在となります。その間わたしが留守を預かりましたので、よろしくお願いします」

「少佐殿が?では、引き継ぎですか。私も急いで戻った方が良いですか?」

「いえ、少佐殿も既に発たれた後ですし、連絡のみで良いとの事です。中尉達も休暇が終わり次第お戻り下さい」

「了解しました」

「ちなみに、少佐が不在の間の訓練についてはわたしに一任されていますので、その点もご了承下さい」

「……了解しました」

 

 皆わたしをほったらかしにして好き勝手にやるんですから、こちらもそれなりの対応をしなければ。

 最近、近接戦闘をあまりやってませんでしたし、これ以上サボっては“練度が落ちて”しまいますね。

 せっかくの機会ですから、皆に協力して貰いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国軍第二○三航空魔導大隊。

 帝国軍内でも、彼らの存在を知らない者はいないとまで言われるほどの精鋭。

 航空魔導師の常識を意図も容易く逸脱し、敵からは悪魔と恐れられる戦闘集団。

 それが、かつて無いほどの苦境に立たされていた。

 必死で指揮を執る次席指揮官のヴァイス中尉は暗鬱たる思いで、現状の分析に努める。

 常に困難な作戦に従事してきた。

 かのライン戦線では、半数を脱落させられた事もある。

 それでも幾度と無くその困難を乗り越えて来たはずだ。

 しかしそれらは全て大隊長である、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐がいたから出来た事なのだろうか。

 少佐の不在、それだけでここまで何も出来ないのだろうか。

 しかし今それを嘆いても、何も変わりはしない。

 一人、また一人と仲間が落とされていく中、それでも最善を尽くすべく指示を出し続ける。

 だがこれ以上は限界だった。

 まさかたった一人を相手にここまで追い詰められる事になるとは。

 

「ほらほら、遅いですよ。どこを見ているのですか?」

「何ですか、その機動は。死にたいのですか?それならお望み通りにして上げますよ」

「その程度でわたしを振り払えるとでも?甘く見られたものです。さっさと落ちて下さい」

「迂闊な軌道を取るなと言われていたのを忘れたのですか?よろしい、その身を以って悔い改めなさい」

 

 屈強な男達が、揃いも揃ってたった一人の少女に弄ばれる。

 ヴァイス中尉はその光景をどこかで見たような気がして、やがて大隊の編成時に行われた少佐殿の訓練を思い出した。

 いやそれでもあの時とは違う。

 多くの戦場を経験し、自分たちも精鋭と呼ばれるまでになったはずだ。

 それがまるで手も足も出ないとは、なんの冗談か。

 油断など無かったはずだ。

 自分たちの実力にも自負がある。

 それでも、帝国の勝利と少佐殿の不在に気を抜いていたのかも知れない。

 いや、忘れていたのだ。

 今、目の前にいるのは、あの我らが大隊長殿と唯一肩を並べる存在だと。

 

 休暇から戻った自分たちを迎えた彼女が、酷く無表情であった時に気付くべきだった。

 初めは一人で残された事に対する不満かと思った。

 もしくは、少佐殿の不在に不貞腐れているのかと。

 その時は年相応の可愛らしさだと、そう思っただけだった。

 次の瞬間、自分は余程気が抜けていたらしい事を知る。

 帰るべきだったのだ、連絡を貰ったあの時すぐに。

 確かに酒に酔っていた事もあるだろうし、久々のバカンスに浮かれていたのも事実だ。

 それでも自分の迂闊な発言を取り消したいと、これほど願った事はヴァイス中尉にとって初めての事だった。

 

「皆さん、お休みを満喫されたみたいで結構な事です。しかし、あまり気を抜きすぎても、よろしくありません。デグレチャフ少佐からは練度を落とすなとご命令頂いていますので、皆さんにはこれからわたしの訓練に少々付き合って頂きたく思います」

 

 そうして始まった訓練と言う名の蹂躙。

 グランツ少尉らの途中参加組は早々に脱落。

 その後も次々と数を減らし、今では中隊長クラスの数名のみ。

 帝国最精鋭の大隊は、一人を相手にほぼ壊滅と言って良い結果だった。

 いやこのままでは文字通り全滅するだろうし、それを覆す事は今の自分たちには無理だろう。

 今度からは休暇中とは言え、連絡を受ける時にアルコールを入れておくまいと、ヴァイス中尉は固く誓う。

 

「考え事とは余裕ですね、ヴァイス中尉」

「っ!?」

「ああ、ご安心を。中尉は最後まで取っといてあげます。その間にご自分の迂闊さを後悔していて下さい」

 

 何も感じていないかのような顔で、そう告げる少女。

 あの目に見られると、背筋が凍る思いがするとグランツ少尉が言っていた意味がようやく理解できた。

 なるほど、少佐殿とは違うようで似た感覚。

 自身の全てが制圧されるような、刃向かう気力すら無くなりかねない威圧感。

 今までこれを味わってきたとは、協商連合や共和国の奴らには同情しよう。

 まさか自分も味わう羽目になるとは、夢にも思わなかったが。

 

「ふふ、お待たせしました。次はヴァイス中尉の番ですよ」

 

 どうやら、今の僅かな間に自分以外は全員落とされたようだ。

 そこで初めて、今まで無表情だった彼女に変化が起こった。

 楽しげに笑みを浮かべる少女。

 しかしそこに浮かんでいるのは、普段の穏やかで可愛らしいものとは似ても似つかないものだった。

 まるで獲物を前に歓喜するような、狂気の笑みだ。

 副長である自分は、幾度と無く間近で見た覚えがある。

 なるほどこれは。

 もう一人の少佐殿がそこにおられる。

 その光景を目にした大隊の全ての者が、そう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 休暇空けの訓練翌日、これ以上は無理ですと言うヴァイス中尉の嘆願により、本日の訓練はお休みとなりました。

 まあ一旦暴れてわたしも気持ちが落ち着いたと言うか、少しやり過ぎてしまったと反省したと言うか。

 とにかく迷惑を掛けてしまった事は謝らなければ。

 一人一人には後で謝るとして、取り敢えず副長であるヴァイス中尉の下へ向かいます。

 

「ヴァイス中尉、すみませんでした。八つ当たりする形になってしまいましたし、何よりやり過ぎてしまいました」

「いえ、気の抜けていた我々にしても良い刺激になりましたし、お気になさらず」

「そう言って頂けると、助かります。それにしても、皆には悪い事をしました。……嫌われてしまったでしょうか」

「それについてもご安心を」

 

 何でもヴァイス中尉が、ターニャ不在に気負い過ぎたわたしがターニャの代わりを務めようとして、やり過ぎてしまった事にしてくれたようです。

 本当に気の利く方ですね。

 ヴァイス中尉には頭が上がりませんし、何より感情的になっていた自分がすっごい恥ずかしいです。

 いやまあ、元を正せばヴァイス中尉の発言に原因の一つがあったような気もしますが。

 

「いやそれにしても、これからは少佐殿がおられなくても気が抜けませんな」

「それはもう、忘れて下さい。本当にすみませんでした。……では、わたしはこれで。今から皆にも謝ってきます」

「本当に気にせずとも良いと思いますが、まあそこが中尉の良い所でもありますな」

 

 なんて、ヴァイス中尉は笑っていました。

 ああもう本当、穴があったら入りたいとはこの事です。

 人の事を言う前に、自分の迂闊さを戒めなければ。

 

 その後皆に謝って回りましたが、皆笑って許してくれました。

 表面上は。

 いや何か絶対引いてますってこれ。

 ほらグランツ少尉なんて、目を合わせてくれませんもん。

 うー、ちょっとギクシャクしてたかなとは思いましたが、今回の件で完全に嫌われてしまったようです。

 せっかくここまで一緒にやって来たと言うのに、こんな事になってしまうなんて。

 ああ、自分のせいとは言え悲しくなってきました。

 うぅターニャ、早く帰って来て下さい。

 ヴィーシャ、わたしを慰めて下さい。

 しかもわたしが落ち込んでしまった事で、皆に再び気を使わせてしまったので、それについても本当に申し訳ないです。

 もう、何だか散々です。

 

 

 その後帝都から戻ったヴィーシャが、わたしが皆に泣かされたと勘違いをして一騒動あったのですが、それを詳しく記すのはご勘弁お願いします。



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外伝 本当の顔

 ヴィーシャことヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉は久々に友人と会う約束をする為に連絡をしようと受話器を手に取りながら、ふといつもと違う様子であった自身の上官であるターニャ・デグレチャフ少佐の事を思い浮かべていた。

 参謀本部に話があると言うターニャと共に、帝都に文字通り飛んで帰ったのが昨日の事。

 その足で参謀本部へ向かうも参謀連が不在であった為に改めて出直したのが今朝の事。

 参謀本部から戻ったターニャは酷く気落ちした様子で、ヴィーシャが声を掛けるのも憚られるほどであったが、それでも淡々と帰りは列車を使うので切符の手配をしておく事、明日一日は自由にして良い事などをヴィーシャに告げると早々に部屋へ戻ってしまった。

 無駄を非常に嫌う少佐殿にしては珍しい判断だと思いながらも、ヴィーシャとしても久々の休暇に異論があるはずも無い。

 手早く切符の手配を済ませ、そのまま友人との約束を取り付けると、ヴィーシャも明日に備えて早めにベッドに入るのだった。

 

 

 

 久々の休暇を友人と楽しんだヴィーシャは、名残を惜しみながらも列車に乗り込んだ。

 隣に座る上官はだいぶいつもの様子に戻っていたが、それでも何か思案に耽っている様子。

 そう言う時のターニャに無闇に話し掛けるべきで無い事をヴィーシャも知っていたので特に会話も無く、ヴィーシャも自身の所属する二○三大隊の皆について思いを馳せる。

 一年近く毎日苦楽を共にしてきたのだ。

 その日々は並みのそれの比では無く、数日の別れとは言え酷く懐かしさを感じさせるには充分だった。

 だからヴィーシャにとって、大隊の駐屯基地に戻った二人を出迎えた人物も有る意味予想通りだった。

 

「ターニャ!ヴィーシャ!お帰りなさい!」

「はい、ただいま戻りました。アルベルト中尉」

 

 まるで待ち焦がれていたと言うように、涙目で飛び込んで来た彼女はティナ・アルベルト中尉。

 ティナはヴィーシャの上級者でありながら年下の少女である。

 いやそれを言えば、隣のターニャなどそれよりも年少者だが、彼女はその外見以外にあまり年下と言う感じがしない。

 ティナも普段はとても頼りになるが、常に厳しく冷静なターニャに比べるとティナは時折こうして年相応の振る舞いを見せ、それはヴィーシャとしても好ましく感じていた。

 だからティナが飛び込んで来た時、避けるように半歩下がったターニャの代わりにヴィーシャが彼女を受け止める事になったのも、ヴィーシャとしては全く問題無かったし、それほどまでに歓迎されて嬉しいとも感じていた。

 しかしティナの次の言葉にヴィーシャは酷く驚く事になる。

 

「ヴィーシャ、わたし、どうしたら良いか分からなくて。わたし、みんなに嫌われてしまったかも知れません……!」

「ち、中尉。落ち着いて下さい。どうされたのですか!?」

 

 その瞳に今にも零れんばかりに涙を一杯に溜めたティナの様子はただ事では無さそうだった。

 ヴィーシャは何とかティナをなだめて詳しく話を聞く。

 

 曰く、ターニャ不在の間の訓練で、厳しくし過ぎてしまった。

 それから皆に避けられている気がするとの事だった。

 しかしそれを聞いたヴィーシャは信じられない思いだった。

 そんなもの軍人として、いや良い大人として許される事では無い。

 しかも相手はまだこのような少女であるにも関わらずだ。

 

「……少佐殿の訓練には耐えているくせに」

「おい、セレブリャコーフ少尉?」

「少佐殿!この件はわたしに任せて貰ってもよろしいでしょうか!?」

「あ、ああ、構わん。頼んだ」

「了解しました!さあ行きましょう、アルベルト中尉!」

「ちょ、ちょっと待って下さい、ヴィーシャ!行くって、どこにですか?」

「決まってます!みんなの所です!」

 

 そう言うヴィーシャに引きずられていくティナを呆れた目で見ていたターニャだったが、すぐに気を取り直し早々に忘れる事にしたのだった。

 

 

 

 一方、大隊の次席指揮官であるヴァイス中尉はその日の業務をこなしながら、そろそろ少佐殿がお戻りになる頃だ、自分も出迎えに行くべきかと席を立った所だった。

 しかし次の瞬間扉を破らんばかりの勢いで部屋に踏み込んできた人物に、ヴァイスは面食らう。

 

「!……ああ、ヴィーシャ、戻っていたのか」

 

 少佐殿は執務室に?

 そう続けようとして、しかし彼女の剣幕に気押されてしまう。

 

「ヴァイス中尉!アルベルト中尉の事ですが!」

「……アルベルト中尉ならヴィーシャ、君の後ろで目を回しているが」

 

 そう、何とか絞り出したヴァイスは、しかしヴィーシャの鬼気迫る様子に、ああ彼女もライン以来の叩き上げだったなとどうでも良い事を考えていた。

 若干の現実逃避気味だとしても、ヴァイスはこれでもあの少佐殿の副長であるのだ。

 突然過ぎる出来事にも何とか冷静に対処しようと頭を働かせていたが、しかし次のヴィーシャの言葉はヴァイスの思考を今度こそ完全に停止させるのに充分だった。

 

「皆がアルベルト中尉をいじめていると言うのは本当ですか!?」

「…………は?」

 

 その後、ようやく回復したティナと共に何とかヴィーシャをなだめて話を聞く。

 どうやら先日の訓練以来、ティナが皆とギクシャクしてしまっている問題についてのようだった。

 その事自体はヴァイスも承知していたし、多少のフォローもしていたが、これ以上は時間が解決するだろうと悠長に考えていた。

 しかし目の前でいきり立つ彼女にとっては違うようだ。

 ティナが悲しんでいるならばと、一刻も早い解決をヴィーシャは望んでいた。

 まあヴァイスとしても別段早期に解決する事について異論は無いので、ヴィーシャに協力する事にした。

 

「しかし、どうするつもりだ?」

「大体、何故皆さん訓練が厳しいくらいでそんな事になっているのでしょうか?普段少佐殿の訓練には耐えているではありませんか?」

「いや、まあ、そうだな。何と言うかあの時は、少佐殿がもう一人いるのかと思ったからな」

「……それほどですか?」

「それほどだ」

 

 ヴァイスのその言葉にヴィーシャは非常に驚いていた。

 ヴィーシャはティナが戦闘時とそれ以外で雰囲気がかなり変化する事を知っていたが、良く考えなくてもその程度大隊の者ならば全員が知っているはずだ。

 しかしそれがターニャほどだと言うのならば、話は別だ。

 ターニャは、何と言うか、非常に苛烈な人物だ。

 ヴィーシャとしてもその前に立つと未だに緊張する。

 いや上官なのだから当然なのだが、しかしそれほどの様子だったのならば理解も出来た。

 それでもヴィーシャとしては決して納得出来るものでは無かったが。

 

「つまり皆さん、アルベルト中尉に対してデグレチャフ少佐が思い起こされる為にぎこちなくなってしまうと?」

「そこまでは言わんが、まあ普段のアルベルト中尉との差異に驚いた者はいるだろうな」

「うぅ……、そんなつもりはなかったのです」

 

 そう言って落ち込むティナを見るヴィーシャは、もう一つ気になっていた事があった。

 

「あの、アルベルト中尉。もしかして皆さんが冷たいと感じた後、その理由を調べようと観察しました?」

「?……ええ、しましたけど?」

「ああ、なるほど……」

 

 そこでヴィーシャは事態を完全に理解した。

 おそらくティナがターニャのような振る舞いをしたせいで、皆が驚いてしまったのだろう。

 その為少しぎこちなくなってしまった。

 しかしそれを気にしたティナは、先ほどヴィーシャが言ったように皆を観察した。

 ティナは人の心の機微に非常に敏いのだが、それを観察する時のティナの様子はちょっと怖いのだ。

 何も知らなければ怒っているように感じられるかも知れない。

 実際ヴィーシャも今でこそ慣れてしまったが、最初は会話の途中でこちらをじっと見詰めるティナの様子に戸惑ったものだ。

 しかしこれはティナと一対一でしっかりと話した事の無い者は知らない可能性がある。

 だから恐らく彼女のこの癖を知らない者が勘違いしているのだろう。

 しかしそれならば解決する方法はある。

 ヴィーシャは一人得心したと言う顔で胸を張る。

 

「ヴァイス中尉、大隊の皆さんを集めて下さい。わたしに良い考えがあります」

「一体、何を……?」

「……ヴィーシャ、それ、嫌な予感のするやつだと思いますよ」

 

 

 

 緊急呼集が掛かり間もなく大隊の全員が集合。

 流石にターニャはこの場にいないが、許可は取ってある為問題は無い。

 

「大隊、傾注!」

 

 ヴァイス中尉の一言で注目が集まる。

 ヴィーシャはそれに頷いて皆の前に立った。

 

「お時間を取らせてすみません。しかし皆さんに説明しなければならない事があります。アルベルト中尉についてです。少佐殿が不在の間の事は聞きました。だからこそ皆さんに聞いて頂きたいのです」

 

 そこでヴィーシャは一旦言葉を区切る。

 

 一方で集められた大隊の将兵も緊張していた。

 先日の一件以来ティナと気まずくなっている者がいるのは事実だ。

 しかしティナは大隊長の補佐官であるし、例の訓練だって大隊長から一任されていたものだ。

 それについて問題が発生したとなれば、ターニャはそれを放っておくような人物では無い。

 例えこの場にターニャの姿が見えないとしても、その副官であるヴィーシャが説明すると言っているのだ。

 ならばこれはターニャの意志と同意だろう。

 そうして緊張感が高まっていく中、しかしヴィーシャが口にしたのはあまりにも場違いなものだった。

 

 ティナとターニャが幼なじみである事。

 ティナはターニャが大好きである事。

 だから少しターニャっぽくなってしまった事。

 ティナが会話中に黙っているのは癖のようなものであり、怒っている訳では無い事。

 そしてティナがどれだけ心優しく可愛らしいかと言う事。

 

「ヴィーシャぁ!?」

「ヴァイス中尉、アルベルト中尉を抑えて下さい」

「ちょ、やめ、待って下さい!ヴァイス中尉、離して下さい!」

「すみません、それは出来かねます」

「何で!?わたしの方がヴィーシャより階級は上ですよね!?」

 

 その後も続くヴィーシャによるティナの辱めもとい説明。

 

「何なんですかぁ、これ。恥ずかしいだけですよぉ」

 

 涙目で顔を真っ赤にしたティナを横目にヴィーシャは誇らしげに言葉を続ける。

 

「見て下さい。このようにアルベルト中尉は大変可愛らしい方なのです!」

「や、もうやぁ。もう許して下さいぃ……」

 

 そうしてティナの精神が限界を迎えた頃、ようやくヴィーシャによる辱めは終了した。

 

 

 

 結果としてティナに対する皆の態度は元に戻った。

 それどころか前にも増して皆から可愛がられるようになったティナはしかし微妙な顔をしていた。

 ティナとしては皆と仲良くなれたのはもちろん嬉しいのだが、何となく思っていたのとは違う気がする。

 しかしヴィーシャはそんなティナの様子には気付かずに、問題が解決した事を素直に喜んでいた。

 

「皆さん中尉の事を分かってくれたみたいで良かったですね!」

「……ヴィーシャなんて、嫌いなのです」

「え、ええ!?何故ですか、中尉!?」

「もう知りません!」

 

 その後不機嫌になってしまったティナを何とかしようとしたヴィーシャが駆け込んで来た事で、ヴァイスは再び頭を抱える事になるのだった。



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第19話 新たな戦場

 砂漠と言う物を初めて経験しましたが、これは想像以上ですね。

 知識としてはもちろん知っていましたが、やはり何事も経験しなければ分からない事と言うのは多いものです。

 何と言うか、常に体がザラザラします。

 砂漠の砂はとても細かくて、あらゆる所から入り込んで来るのです。

 いや常に泥まみれとどっちが良いかと言われると、流石にこっちの方が良いですけど。

 後、外からの環境は術式である程度緩和していますが、空気が乾燥しているせいか非常に喉が渇きます。

 空気が焼けるような戦場のそれとは、また違う感覚。

 自然の力と言うのは本当にすごいですね。

 

 そもそも何故わたしが砂漠にいるのかと言うと、実は戦争の為なのです。

 帝国の勝利で終わったと思われた戦争でしたが、そう考えていたのは帝国だけだったようです。

 先の戦争中、中立国だったはずの連合王国は寸前に介入して来たあげく、その後も帝国に対して徹底抗戦の構えをみせました。

 共和国もその残党が自由共和国を名乗り、抵抗を続けています。

 ターニャの危惧していた通りになりましたね。

 もしあの時襲撃に成功していたら、戦争は終わっていたのでしょうか。

 そもそも何故こうも皆、戦争を続けたがるのでしょうか。

 ようやく、平和に過ごせると思っていたのに。

 とにかくそう言う訳で戦争が終わる事は無く、わたし達も新たな戦場へとやって来た訳です。

 

 自由共和国なる者達が蜂起した南方大陸。

 砂漠に覆われた過酷な環境である事は先ほど述べた通りですが、その環境は人間だけで無く機械にとっても過酷な物です。

 ライフルの動作不良に始まり、術式を封入した弾丸などその一つ一つを逐一確認しなければならないほどです。

 まあ術弾を使わなくても術式自体は発動出来ますが、魔力消費が激しくなり継戦能力が著しく下がりますし、そもそも術弾無しでそんなにポンポン撃てるのはターニャくらいの物です。

 その上、重たいゴーグルまで着けてなければなりません。

 まあ、無ければ光が砂に反射して眩しい上、砂塵でまともに目も開けられませんが。

 そう言う訳で、何だかすごい疲れるのです。

 だから、ターニャが指揮所で仕事をしている間少しぼーっと外を見ていたのもしょうがないのです。

 決してサボっている訳じゃ無いのですよ。

 

 ああ、今日も暑そうですね。

 そんな事を考えながら指揮所から外を見ていると、砂漠に何か光る物が見えました。

 即座に観測術式で視力を強化。

 その姿を確認したとたん血の気が引きます。

 狙撃銃。

 しかも対魔導師用の対物ライフルです。

 あれは防殻でも防げません。

 

「ターニャ、伏せて!」

 

 わたしは咄嗟にターニャに飛びかかり、上から覆い被さりました。

 その瞬間、天幕を破り弾丸がかすめる嫌な音が響きます。

 

「狙撃されてます!方位百六十度。ヴァイス中尉!」

「直掩は何をしていた!?今すぐ叩き出せ!」

 

 待機中の部隊がヴァイス中尉の指揮で、即座に狙撃手の排除に向かいます。

 

「ターニャ、大丈夫ですか?怪我してないですか?」

「ああ、すまん。助かった、ティナ」

「ターニャを守るのが、わたしの仕事ですから」

 

 とりあえず指揮系統の回復をしなければと、通信機材の下へ向かうターニャの近くで周囲を警戒します。

 本当ならわたしもターニャを狙った狙撃手を許せないのですが、それよりもターニャの安全の方が大切ですから。

 とは言え流石にそれ以上の狙撃はありませんでした。

 はあ……、たまたまわたしが気付いたから良かったものの、防衛に就いてる方達は何をしていたのでしょうか。

 いくらわたしでも、ターニャが危ないとなれば怒りますよ。

 まったく、自分のお仕事くらいちゃんとして欲しいのです。

 いえ、別にわたしはサボってなんかいないのですよ。

 結果としてターニャを守れましたしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 南方方面軍の軍団長であるロメール将軍の手腕は凄まじく、帝国は快進撃を続けています。

 今も敵の集結前に各個撃破を狙い急速に進軍しているのですが、敵状把握に不備があると懸念したターニャの提案で、大隊による夜間長距離偵察が行われる事になりました。

 砂漠は昼夜での寒暖差が激しいですが、冬を迎える前のこの時期なら少し肌寒い程度。

 冬のノルデンを経験しているわたし達にとってはそれほど苦ではありません。

 そもそも偵察と言えば強行偵察ばかりだったので、敵に狙われていないと言うだけで幾分気持ちが楽ですね。

 しかし、いくら何でも敵が見当たらなさ過ぎではないでしょうか。

 もう結構飛んでると思いますが。

 

「あの、少佐。流石に少しおかしくないですか?」

「……そうだな」

 

 ターニャは即座に各中隊に確認しますが、誰も敵の姿は見えないとの事。

 それを聞いた途端、ターニャは顔をみるみる青くしました。

 

「嵌められた!HQに繋げ、至急だ!大隊各位、任務中断。直ちに集結せよ。繰り返す、直ちに集結せよ」

 

 ターニャはヴィーシャに司令部への説明を任せると、思考に没頭してます。

 

「どうする?考えろ、考えろ……、敵はこちらが集結していると思っている。そこを逆手に取れば、いや……」

 

 ターニャには何か考えがあるようですが、同時に迷っているようです。

 多分公算が小さいのでしょう。

 しかし同時に成功すれば効果は大きいようです。

 ターニャの目を見ていれば、大体分かりました。

 ならば、あまり時間も無い事ですし、やらねばならないのでしょう。

 

「少佐、失礼します」

「……何だ」

 

 思考を遮られちょっと苛立っているようですが、わたしは構わず続けます。

 

「あるのでしょう、手が。ならば、それでいきましょう」

「いや、しかしこの戦力では……」

「道ならわたしが開きます。いつも言っているでしょう?ターニャはターニャが思う道を進んで下さい。阻むものは全てわたしが斬り払います。わたしを、わたし達をもっと信用して下さい」

「…………分かった。そうだな、そうだったな。なら、やって貰うぞ」

「任せて下さい!」

 

 道は決まりましたね。

 ならば、やって見せましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵集団に向けて前方への後退。

 敵中突破しての撤退。

 確かに敵の虚を突くものではありますが、増強大隊で敵軍に挑むのと同義でもあります。

 とは言えターニャがここを進むなら、わたしはその道を作るのみ。

 敵が混乱している内に、友軍の主力が進軍してくれる事を祈るばかりです。

 

「敵右翼、かき乱します。その隙に突破を!」

「分かった」

「いや、相変わらずすごいですな。本当に頼もしい方です」

「ああ、まったくだ。……大隊、突っ込むぞ!遅れるな!」

「了解!」

 

 ターニャ達は上手く抜けそうですね。

 ならばわたしも。

 適当にただ飛んでるだけの敵をいくつか落としながら、ターニャ達に続きます。

 思っていたより上手く行きました。

 ラインに比べれば、大分楽ですね。

 あんな新兵以下みたいな敵は、ラインでは見た事ありません。

 敵も戦力の低下は無視出来ないレベルのようです。

 このまま敵軍を横切って友軍と合流しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「右翼を突破した敵部隊が、こちらに真っ直ぐ向かって来ます!」

 

 その報告を聞いたビアント大佐の脳裏にはかつてライン戦線で受けた屈辱が蘇っていた。

 首狩り戦術。

 後方浸透しての司令部襲撃は、敵ながら見事としか言えないほど効果があった。

 その衝撃を直接目の当たりにしているビアント大佐にとしては、その威力は充分に理解している。

 だからこそ奴らはここで、ラインの再現をするつもりなのだと思い至ったし、ならばそれは絶対に阻止しなければならない事も理解した。

 それは上官であるド・ルーゴ将軍を防空壕に押し込む為には足蹴にする事も厭わないほどであった。

 結果その判断は、功を奏する。

 結局奴らはこちらの首を狩る事は出来なかった。

 自由共和国と言う脆弱な組織で、再び頭を失う事など考えたくも無い。

 なればこそ、ビアント大佐は自分の咄嗟の判断に胸をなで下ろす。

 

 しかし。

 最後に飛び去る奴らの後ろ姿が見えた。

 こちらの魔導師の追撃など、まるで無いものかのように軽々と振り切って行くその姿。

 しかしその中に奴がいた。

 間違い無いあれは、四枚羽。

 ならばあの部隊はラインの悪魔の部隊。

 ビアント大佐にとってはアレーヌで散々屈辱を味わわされた部隊だ。

 きっとラインでの首狩りもあいつらの仕業だったのだろう。

 常識では考えられないようなあの所行も、なるほど奴らの仕業なら納得出来る。

 しかし今回は守りきった自分の勝利だ。

 ならば次は、次こそは必ず。

 奴らに一矢報いてやる。

 ビアント大佐は胸中で密かな決意を固めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今わたし達は行き先も知らされず、輸送機に揺られています。

 快勝続きの南方大陸から、休暇との事で帝都に戻ったのがつい数時間前の事です。

 しかし帝都に着いたばかりのわたし達に与えられたのは休暇では無く、演習命令。

 すぐに参謀本部が用意した航空機に乗り込めと言われました。

 その航空機ですが、夜間用の特殊迷彩を施してあり国籍マークすら視認しずらくなっています。

 これ、一体どこで何する用なんですかね?

 

「ヴァイス大尉、これどう思います?」

「まあ、あまり良い予感はしませんな」

「ですよね。はぁ……、仕方ありません。やれるだけは準備しておきましょうか」

「ですな。グランツ中尉、予備の宝珠と弾薬を積めるだけ積み込め」

「はっ」

「ヴィーシャは……、そうですね、通信機材の準備をお願いします」

「了解しました」

「わたしは医療品の確保に当たります」

「では、私は装具と携行品のチェックですな」

 

 わたし達がテキパキと準備を進めるのを見て大隊の皆も何となく察した様で、黙々と装具の点検を始めました。

 ちなみに今ので気付いた方もいるかもしれませんが、何人か昇級を果たしています。

 わたしも大尉になったのですよ!

 後一つでターニャと同じですね。

 まあ、流石にそれより前にターニャが昇級するとは思いますが。

 

 とにかくそんな訳でわたし達は今、名目上は演習区域に向かっている事になっています。

 そんなもの誰も信じてませんがね。

 大体目印の無い海の上や砂漠の上を飛んだこともあるんですから、今さら隠しても何となくどこに向かっているかは分かります。

 この方向は、東部国境線ですかね。

 東部方面軍の演習地とは別方向ですし、やっぱりただの演習って訳じゃ無さそうです。

 なら、対連邦での何らかの作戦を行うと言う事。

 はあ、まだ戦争は広がるんでしょうか。

 とは言え今の段階では全てわたしの想像に過ぎません。

 外れるかもしれませんしね、考え難いですけど。

 と言うか何でみんなわたしとターニャを交互にちらちら見て来るんですかね?

 

「……副長と副官の二人が知らない事は、わたしだって知りませんよ」

「ですよね……、すみません」

「と言うか少佐も詳細はご存知ないと思いますよ?予測は、しているかも知れませんが」

 

 しかし予測なら皆しているでしょうし、仮に正式な命令が出ているならばわたし達に説明が無い理由がありません。

 それゆえこれ以上ここで論じる必要は無いのです。

 て言うかヴァイス大尉、さっきからターニャが呼んでますよ。

 

「ヴァイス大尉、少佐殿がお呼びです」

「え?あ、失礼いたしました!」

「いや、構わん」

 

 ターニャがちょっと疲れた顔してます。

 大声出したのに届かなかった事でへこんでいるようです。

 えへへ、相変わらずターニャは可愛いなぁ。

 あ、やば、ターニャがこっち見てます。

 バレたかな?

 ……あー、これ違いますね。

 多分ですけど出来るだけ聞かれないようにしろって事ですね。

 

「ヴァイス大尉が気付かないなんて珍しいですね」

「まあ、飛行機の中はうっさいですから。ほらほら皆さん、そろそろみたいですよ。装具の点検を徹底して下さい。ヴィーシャとグランツ中尉もチェック手伝って下さい」

「は、はい」

「了解しました」

 

 

 

 その後、ヴァイス大尉から説明されたのは予想通りのものでした。

 連邦に不穏な動きあり。

 その為わたし達は長距離偵察任務に出るようです。

 しかし、現時点では中立国への越境侵犯です。

 建て前は航法機材の故障で誤って降下したと言う事になり、こちらからの手出しは一切禁止とされました。

 つまりは連邦から帝国に対しての明確な攻撃があるまでは、わたし達はその存在を気付かれる訳にはいかないと言う事になり、作戦は非魔導依存環境で行われます。

 また、無茶を言うものです。

 いや、無茶しか言われた記憶が無いと言えばそれまでですが。

 と言う事は、例によってやるしか無いのですね。

 はぁ……、降下地点に着いたようです。

 行きましょう。

 

 

 

「降下完了した者から順に近くの者と小隊を組んで周辺警戒。グランツ中尉、中隊を連れて見回りお願いします。ヴィーシャは回収したパラシュートと装具に、紛失や不備が無いかの確認をお願いします」

「「了解しました」」

「アルベルト大尉」

「ヴァイス大尉、こちらは問題ありません。指揮は任せて下さい。少佐もそろそろ降りて来られます。大尉はそちらに」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 流石二○三ですね、皆さんこの程度軽くこなしてくれます。

 特に問題無く全員降下完了したみたいです。

 

「アルベルト大尉、周囲に人影は見当たりません」

「ありがとうございます、グランツ中尉。人家はどうですか?」

「それらしき物はありませんでした。光源も集積所付近の物のみかと」

「そうですか、では今の内に点呼を済ませてしまいましょう。部隊を集結させますので、手伝って下さい」

「はっ、了解しました」

 

 空挺降下と言うのは降下中が最も無防備です。

 そこで見つかってしまえば、迎撃態勢も整っていない内から戦闘へと移行する事になりますし、その後降下してくる仲間を庇いながらの戦闘になり非常に不利となります。

 しかし今の所は何も問題無いようで、少し安心しました。

 さて、ターニャに報告に行きますかね。

 

 

 

「部隊の集結を完了しました。現在、中隊ごとに周囲の警戒にあたらせています。グランツ中尉に命じ見回りを行わせましたが周辺に人影、人家のいずれも発見出来ないとの事です。回収した装具についてもセレブリャコーフ中尉に確認させましたが、問題ありません」

「ご苦労。……何と言うか、流石だな」

「ふふ、ターニャの考えている事なら何でも分かるのですよ。それでこの後は、集積地の偵察ですか?」

「だな、そろそろ……」

「少佐殿、長距離無線機の組み立て完了しました。機能に問題は無く、電波妨害の可能性もありません」

 

 ヴァイス大尉が報告を持って来ました。

 ターニャはこれを待っていたようです。

 

「了解。開戦を告げる兆候は無いのだな?」

「連邦、帝国両陣営からの開戦に関する報告はありません」

「では、今度こそ偵察ですね」

 

 わたしはそう言いましたが、しかしヴァイス大尉がいきなりよく分からない事を言い出しました。

 

「僭越ながら、私に敵地へのアプローチをお任せ願えませんか」

「ヴァイス大尉、指揮官先頭だ。それにまだ敵ではないぞ」

「重ねて僭越ながら。非魔導依存環境下での行軍であれば、自分の方が負荷に耐えうるかと」

「そう言う話か……」

 

 なるほどそう言う訳ですか。

 多分輸送機の中で声が聞き取れ無かった事を気にしてるのでしょうね。

 身長があるわたしと違って、ターニャは魔導師でなければただの可愛い女の子ですからね。

 いや魔導師でも可愛い事に違いはありませんけど。

 とは言え、そんな言い分をターニャが認めるとも思えません。

 案の定拒否しようとしました。

 

「良い部下を持った事を喜ぶべきだろうな。だが……」

「いいじゃないですか。たまには少佐殿も指揮官らしく後ろで構えてて下さいよ。わたし達で偵察して来ます。後はそうですね、グランツ中尉と……もう一人くらい欲しいですかね」

「しかしだな……」

「大丈夫ですよ、少佐が言いたい事は分かってます。何があってもこっちからは手出ししません。やらかしそうになる人がいたら、わたしが斬ってでも止めますよ。ね、ヴァイス大尉?」

「……肝に銘じておきます」

「……分かった、任せる。セレブリャコーフ中尉を連れてけ」

「良いんですか?」

「構わん。残った者では一番信頼出来るしな」

 

 副官であるヴィーシャくらいは残そうと思ったのですが、まあターニャが良いと言うならお言葉に甘えましょう。

 

「後、偵察班の指揮はお前が執れ」

「わたしですか?ヴァイス大尉の方が良いのでは?」

「班員の面倒を見ると言ったのはお前だろう?それにヴァイス大尉には通信機材を運んで貰いたいのでな」

「……そう言う事でしたら。了解しました」

 

 まあ仕方ありませんね。

 では、連邦の皆さんの様子を確認して来ましょうかね。



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第20話 拡大する炎

 連邦領内における、非魔導依存での偵察任務。

 連邦は公式には帝国の交戦国では無い為、わたし達も偵察では無く迷い込んでしまっただけ。

 誰も信じないでしょうが、まあ一応政治的な配慮と言うやつです。

 とは言え見つかればただじゃ済まないので、非魔導依存での行軍です。

 しかし大して近付く事無く、連邦の集積拠点が活発化しているのが分かります。

 明らかに多い物資に人員。

 公式にはここには存在していないはずの、戦車に列車砲。

 しかも列車砲の砲塔が調整されているのが遠目にも確認出来ます。

 これは、今すぐにでも攻撃を仕掛けようとしていると言っても過言では無いでしょう。

 

「ヴァイス大尉、すみませんが無線機の準備をお願いします。連邦が攻撃すると同時に無線封鎖解除で」

「了解」

「さて、どうしましょうかね。一旦少佐の所に……」

 

 戻るべきか、そう言おうとした所で、一瞬の静寂と次の瞬間体に響く衝撃と轟音。

 何事!?と言うわたしの疑問はグランツ中尉の一言で解決しました。

 

「撃ちやがった……」

「宣戦布告です。帝国に対して連邦が宣戦を布告しました」

「本国は何と!?」

「『所属は問わず全部隊は戦闘を開始せよ』との命令です」

「ヴィーシャ、少佐に連絡を!連邦が宣戦布告。こちらも直ちに合流を!」

「り、了解しました」

 

 

 

 すぐに本隊と合流し、襲撃態勢を整えます。

 そこからは何の問題もありませんでした。

 幾度と無く繰り返した対地襲撃。

 特に物資集積所なんて、燃えやすい物が山積みです。

 それに列車砲なんてでかくて当てやすい的は、適当に撃っても誘爆して敵拠点に大打撃を与えますしね。

 しかも何故か敵魔導師がいません。

 わたし達にとっては有利な点が多すぎて、楽なお仕事ですよ。

 そんな事を考えていたのですが、どうやらターニャとヴァイス大尉も満足なようです。

 

「まさに、完璧な標的ですね」

「違いない。ダキアでの対地襲撃訓練を思い出すな」

「……あの折りは、お恥ずかしい事を」

「あはは。ありましたねぇ、そんな事も。そんなヴァイス大尉が今や叩き上げにも勝る精鋭中の精鋭ですからね」

「いや、全くだな。しかしあれを笑えるのはそれこそお前か、その叩き上げのセレブリャコーフ中尉くらいだ」

 

 ここまではいつも通り、いえいつも以上に好調です。

 グランツ中尉の上申により、更なる戦果拡張の為掃討戦へと移ったほどでした。

 

 しかしその後司令部からの指令が届いた頃から、何となく嫌な感じがしました。

 その指令は東部軍の支援としての遊撃戦闘命令。

 もちろんいつもの良くある命令ですし、特に問題があるとは思えません。

 それなのに嫌な感じは消えてくれません。

 そしてそれは、ターニャが目標を敵国首都に定めると言った所で、完全な物に変わりました。

 ああ、これは。

 アレーヌの時と同じ感覚。

 まさかまたあんな事になるとは思いませんが、少なくともあれと同じ程度は嫌な事があると言う事でしょうか。

 流石に首都襲撃と言う事で他の皆は慎重になっているようですが、ターニャは止まるつもりが無いようです。

 しかし、わたしもあまり気乗りがしません。

 別に皆のように首都襲撃が難しいからと言った訳ではありません。

 むしろその程度なら、ターニャの道を阻むなんてあり得ません。

 しかしこの嫌な感覚は駄目です。

 これだけは、耐えられそうもありません。

 何とかターニャを止めなければ。

 わたしは何とかしようと縋るような思いでヴィーシャに声を掛けました。

 

「ヴィーシャは良いのですか?確か、連邦はヴィーシャの出身国でしたよね?」

「はい。しかし幼い頃の事ですし、何より今のわたしは帝国軍人です」

 

 ああ、今のはまずいです。

 ヴィーシャに対して侮辱に当たってしまいます。

 焦り過ぎて、思考が鈍っているようです。

 

「す、すみませんでしたヴィーシャ!失礼な事を聞いてしまいました……」

「あ、いえ、お気になさらず。事実ですから」

 

 なんてヴィーシャは言ってくれましたが、気を付けないと。

 とは言え、他に手は思い付きません。

 ターニャに直接言っても、多分駄目ですよね。

 

「少佐、本当にやるのですか?」

「何だ?珍しいな。お前も怖じ気づいたのか?」

「いえ、そう言う訳では、無いのですが……」

「では何だ?何か気になる事でもあるのか?」

「その、何と言うか。……いえ、何でもありません」

「気になるな。何かあるなら言い給え、アルベルト中尉」

「いえ、これはわたしのわがままですから。大丈夫なのです、すみません」

「……。ティナ、わたし達の仲だ。言いたい事があるならはっきり言え」

「でも……」

「ティナ、頼む」

「…………分かり、ました。あの、実は……、嫌な予感がするのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感がする、そうティナが口にするのを聞いてターニャはかなり驚いていた。

 そもそもティナは非常に忠誠心が強く、ターニャに対してはめったに否定的な言葉を口にしない。

 ブレスト軍港襲撃の際は意見してきたが、あれとてわたしの為を思っての事だっただろう。

 しかし指示に忠実で、自分で何も考えていないかと言えばそうでも無い。

 実際、わたしが望んだ時に言わずともそれに応えるティナの行動には何度か助けられている。

 彼女はわたしの考えが分かると言うが、戦争狂の多い大隊内においては彼女ほど人の心の機微に敏い者もいないだろう。

 そうで無くとも長い付き合いだし、大隊内どころか軍歴の中でも最も古い付き合いだ。

 今の帝国を牽引するゼートゥーア、ルーデルドルフ両閣下は同期の古い友人だと聞くが、わたしにとってはティナがそれに当たるのかも知れない。

 わたしとしても、最も信頼出来る人物の一人だと考えている。

 だからだろうか、そんなティナがわたしの提案する作戦にあまり乗り気で無いのが気になった。

 確かに普段は事を荒立てるのを嫌うが、一度戦場に出れば変わるはずだ。

 わたしが判断に迷うほどの困難な状況でも、自分に任せろと言うほどの奴だ。

 そんなティナが何か気になる事があると言うなら、聞いてみる価値はあると思ったのだ。

 しかし、個人的な理由だとして口を割らない。

 とは言え一度は口にしかけるほどの何かがあるのは確かなのだろう。

 それでも構わないとして、わたしが半ば無理矢理聞き出したのが、先ほどの嫌な予感と言う言葉だ。

 直感的に行動するタイプでは無いと思っていたのだが、そうでも無いのだろうか。

 いや、だからこそあれほど言い淀んだのかも知れない。

 とは言え感覚的な物ではどうしようも無いのも事実だ。

 経験に基づく直感であれば否定するほどでは無いが、しかしそれを勘案して作戦を立てるのはあまりに非合理的過ぎるだろう。

 そもそもティナがこんな事を言い出すのが初めてで、わたしとしてもどうしたら良いのか分からない所もあるが。

 だから、とっさにオウム返しに聞いてしまった。

 

「……嫌な予感、だと?」

「すみません、何でも無いんです。本当に気にしないで下さい」

 

 しかしその反応がわたしが気に入らなかったと思われたのか、ティナは気にするなの一点張りだ。

 とは言え無視するのもどうかと思うほどにティナの様子はおかしい。

 他の奴ならいざ知らず、流石に彼女のこれは気になる。

 わたしは助けを求めて、ティナとそれなりに親しいはずのセレブリャコーフ中尉を見た。

 すると彼女も困ったような顔をしながらもわたしの視線に気付き頷く。

 彼女にしてもわたしの意志を汲み取ってくれる能力に長けている。

 何だ、存外周りに恵まれているな、と今更ながらに思わないでもない。

 とにかく、今度はセレブリャコーフ中尉がティナに話を聞いている為、わたしもそれに耳を傾ける事にした。

 

「アルベルト大尉、嫌な予感とはどのような物でしょうか?話して下さいませんか?」

「……前に一度だけあったのです。朝起きたら今みたいに嫌な感じがしてて、その時は、……アレーヌ市の襲撃がありました」

「っ!」

 

 ヴァイス大尉がかなり動揺してるな。

 確かにあの時ヴァイス大尉もいろいろ考え過ぎて、被弾していた。

 そう言えばティナも出撃前何か言いたそうだったな。

 ならば、あれについてはティナもヴァイスと同程度は思う所があったと言う訳か。

 まあ軍人としては言いたい事が無いでもないが、良識的な一市民としては当たり前の感性なのかも知れんな。

 しかしあれだけいろいろな経験をしておいて、寄りによってアレーヌの時に予感があるとは鋭いのか何なのか。

 

「だ、大丈夫ですよ、大尉。流石にあのような事にはなりません」

「それは、分かっているのです。ただ、あの時と同じ感覚がするのが気になって……」

「首都襲撃が駄目なのか?」

「少佐殿?」

 

 セレブリャコーフ中尉の怪訝そうな声はこの際無視する。

 

「他の都市襲撃や前線の支援では問題無いのか?」

「……はい。それは大丈夫みたいです。何も感じません」

 

 ならば、首都に何かあるのか?

 連邦の首都など容易く蹂躙出来ると思っていたが、もしかしたらわたしの知らない何かがあるのかもしれない。

 完全に信じる訳ではないが、わざわざリスクを背負う必要も無いか。

 陽動としての遊撃ならば、他の都市襲撃でも充分に果たせるだろう。

 共産主義者の顔を蹴っ飛ばして笑ってやるだけなら、ヨセフグラードあたりでも良いはずだ。

 確かに現段階では、首都襲撃の方が効果はあるだろう。

 しかし将来的に見ればヨセフグラードを襲撃するのも無意味では無い。

 ヨセフグラードは連邦の補給線上無視出来ない要所であるし、主要な工業都市でもある。

 ならば、今の内に打撃を与えておくのも悪くは無い。

 何より、連邦の指導者の名前を冠した都市だ。

 この襲撃で奴らお得意の粛正がなされ、敵の弱体化に繋がる可能性は高い。

 そこまで考えたターニャは即座に決断を下す。

 

「分かった。襲撃目標変更だ。ヨセフグラードを狙うぞ」

「良いの……ですか?」

「まあ、長い付き合いだしな。一度くらいティナの言う事を聞くのも悪くは無いだろう」

「ターニャ……。ありがとう、ございます」

「副官、参謀本部に通信。襲撃目標変更、ヨセフグラードだ。許可を確認しろ」

「は、はい。了解しました」

「副長、部隊は?」

「集結を完了しています」

「よし、都市襲撃に変更は無い。全員に通達しろ」

「了解です」

「少佐殿。参謀本部、許可下りました」

「よし。ティナ、今度は大丈夫だな?やって貰うぞ?」

「は、はい!任せて下さい!」

「大隊各位、進軍だ!目標は連邦都市ヨセフグラード。共産主義者どもの偶像崇拝を笑ってやれ!」

「「了解」」

 

 そうして、歴史上二度目となる都市空襲は敢行される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨセフグラード北部に位置する工場群は、あちらこちらから火の手が上がっている。

 先ほど吹き飛ばした赤い製鉄工場など、その名に恥じぬほど真っ赤に燃え上がっている。

 

「流石に工場が集まっているだけあるな、よく燃える」

「しかしダキアの時もそうでしたが、兵器工廠にしては対空防護が弱すぎやしませんか?」

 

 ヴァイス大尉が横から至極もっともな意見をしてくるが、相手は共産主義者。

 こちらの常識で考えられる奴らでは無いのだ。

 何せ本来なら首都ですら悠々と民間機が着陸出来るほどなのだから。

 

「だから、コミーどもの防空能力などザルだと言う事だ」

「なるほど、ごもっともです。では、この後はどうしますか?」

「出来れば街の警備は叩き出したいが……」

 

 しかし理論上連邦は自国民の全てを兵士として使えるのだ。

 どこから撃たれるか分からない状況は好ましく無いので、当然市街戦など論外だ。

 どうするべきかと悩みながら、ターニャの視界には都市を見下ろすような高地が飛び込んで来た。

 あそこからなら街を一望出来そうだ。

 

「丁度良い高台もある事だし、一つ釣りでもしてみようか」

「釣り、でありますか?」

「共産主義者相手に下手に市街戦に持ち込まれては面倒だ。何せ奴らどこからでも湧いてくるからな。あそこなら遮蔽物も無いし、登ってくる奴らを片っ端から叩いていけば良い」

「なるほど、ではそのように」

 

 そうしてターニャ達は高台から街を威圧し始めた。

 連邦としても高台に陣取られている事は許される事では無い為に、多少の無茶を押してでも必死に取り返そうとする。

 しかし本格的な街の制圧が目的では無いターニャ達にとっては、適当に攻撃して危なくなれば空へ逃げれば良いのだ。

 その認識の違いが、連邦の損耗を大きくしていく。

 結果、圧倒的と言って良いほどの戦果を上げ二○三の面々は悠々とヨセフグラードを後にした。

 

 

 一方参謀本部も完璧なタイミングで完璧な成果を成し遂げた二○三に対して、沸き返っていた。

 これで東部戦線は持ち直すだろう。

 一度は終わったと思われた戦争が続く事には、ともすれば市民の厭戦感情を生む事になりかねないが、今回の赫々(かっかく)たる戦果を前にはその心配もいらない。

 参謀本部唯一の誤算は、ヨセフグラードの襲撃は連邦の面子としては決して許容出来るものでは無かったと言う事だ。

 これで連邦は、帝国の思惑とは反対に止まる事は無くなった。

 連邦は紛れも無く列強の一角であるし、ダキアの如き弱小とは比較にならないほど広大な国である。

 ならば帝国が新たに抱えた戦線は、参謀本部の想像するより遥かに泥沼化して行く事になるだろう。

 戦火は広がり続ける。



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第21話 東部戦線

 ヨセフグラード襲撃から始まり、その後も十日ほどかけて遊撃任務をこなしたわたし達は、ようやく帰還した東部方面軍の後方基地において盛大に歓迎されました。

 特に一方的な展開となったヨセフグラード襲撃が良かったらしく、聞く所によると帝都にいる方々もわたし達を賞賛してくれているらしいです。

 大隊の皆も基地の皆さんと祝杯をあげますが、ターニャは相変わらず挨拶だけして部屋に戻ってしまいました。

 何でも二十四時間は治らない急病だから軍務以外で起こすなと言う事です。

 わたしもお酒は飲めないですし、それに何よりもターニャに改めてお礼がしたいです。

 すぐにターニャの後を追いかけました。

 ターニャの部屋の扉を軽くノックします。

 

「ターニャ、もう寝てしまいました?」

「……ティナか。まだ起きている。入って良いぞ」

「すみません。お邪魔します」

「構わん。何となく来る気はしていたしな」

 

 そう言えば、前にもこんな事がありましたね。

 あの時はこんなにも戦争が長引くとは考えていませんでした。

 

「どうした?」

「いえ……、あの時わたしがターニャを止めなければ、ターニャの言うように共和国を完全に倒しておけば、戦争は終わっていたのでしょうか」

「……どうだろうな。共和国を叩いた所で連合王国が態度を変えなければ今と変わらんし、連邦に至っては宣戦布告して来た理由など、おおよそ合理的な物では無いだろうからな。意外と大した変化は無いかも知れん」

「そう……ですかね」

「多分な」

 

 ふふ、それならあの時ターニャは何であんなに必死だったんですか?

 わたしに気を使ってくれたんですかね?

 そうなら嬉しいですけど、今回はそれが目的ではありません。

 ここに来たのは伝えたい事があったのです。

 それを忘れてはいけません。

 

「それより、ターニャにお礼が言いたくて。あの、わたしの為に作戦を変更して頂きありがとうございました」

「何だ、まだ言っているのか?別に良いと言っただろう」

「それでも、です。あの時、ターニャがわたしの言う事を信じてくれたのが嬉しかったのです」

「ティナの事は信用しているからな。あれくらいなら、問題無いだろう」

「え……?た、ターニャ?」

 

 ターニャの言葉にわたしはとても驚きましたが、同時にとても感動してしまいました。

 何だか涙まで出て来たのです。

 

「……泣くほどの事か。相変わらず涙脆い奴だな」

「すみません。わたしはターニャの事を大切に思ってますが、ターニャがわたしの事をどう思っているか聞いたのは初めてでしたので、嬉しくて」

「そうだったか?まあ、最初は良く分からない奴だと思ったが、今は信頼している。一番長い付き合いだしな。これからも頼むぞ」

「ターニャ!」

 

 わたしはとうとう堪えきれずターニャに抱きついて、泣いてしまいました。

 ターニャも何も言わず、しばらくそのままでいてくれました。

 ターニャの胸で泣くなんて士官学校時代以来です。

 こうしているとあの時の事が思い出されて、何だか無性に恥ずかしくなってきました。

 

「ぐす……。ご、ごめんなさい。ありがとうございます。もう大丈夫です」

「もう良いのか?……何だか昔を思い出すな」

 

 やっぱりターニャもあの時の事を思い出していたみたいです。

 

「流石にわたしも、もう恥ずかしいのですよ。昔の事は忘れて下さい」

「そうか?別にそんなに変わったとは思わんがな」

 

 なんて、ターニャはそう言いますが変わったと思いますよ。

 特にターニャは。

 でも何だか懐かしい気持ちになったのは確かですね。 

 

「あ、それなら昔みたいに一緒に寝ませんか?」

「断る。そもそもそれだって同じ部屋だっただけだろう。一緒に寝た覚えは無い」

 

 即答でした。

 

 

 結局ターニャに断られたわたしは、それでも寂しかったのでヴィーシャと一緒に眠る事にしました。

 ヴィーシャはこう言う時ターニャと違ってあんまり嫌がらないので嬉しいです。

 それにヴィーシャとの寝心地はなかなかのものでした。

 とても安心出来て、何だか癖になりそうなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターニャの声で叩き起こされたわたし達は、それでもすぐさま準備をして大隊司令室に向かいます。

 あ、寝ぼけたグランツ中尉がターニャに絡まれてますね。

 ご愁傷様です。

 とは言え自制せずに飲み過ぎたのでしょうから、自業自得とも言えますが。

 まあ今の内にわたしは準備を済ませてしまいましょう。

 グランツ中尉、あなたの犠牲は決して無駄にはしませんからね。

 

 

 東部国境線では連邦の物量に押されかなり後退させられているようです。

 そんな中、殿を務める友軍がティゲンホーフ市で包囲され、わたし達はその救援を東部軍司令部から依頼されました。

 ティゲンホーフ市には多くの帝国市民も残されているようです。

 ならば救援に向かうしか無いでしょうと、そう思っていたのですが。

 しかしその直後、参謀本部から機動遊撃任務命令が下り、ターニャも異なる二つの命令に考え込んでしまいました。

 

「ティゲンホーフに籠もる友軍救援も大事ではあるが……」

「見捨てる、のですか……?」

 

 思わずそう、わたしは口にしていました。

 

「アルベルト大尉、我々は参謀本部の直轄です。残念ではありますが……」

「それは分かってます。分かって、います。でも……」

 

 ヴァイス大尉の言葉ももちろん理解しています。

 わたし達の所属が参謀本部である以上、参謀本部からの命令が最優先です。

 でも、それでは見捨てられた友軍はどうなるのですか。

 見捨てられた市民は、どうなるのですか。

 そんな言葉を辛うじて飲み込みます。

 しかしターニャが突然声を上げました。

 

「待て。いや、これは面白い位置にある」

 

 そうしてターニャは資料を見比べ始めました。

 

「敵の重砲が遅れている。少なくとも付近には確認されていない。ならば、ティゲンホーフは我々にとって前線拠点になるのではないか?」

「機動遊撃戦の前線拠点としてですか。なるほど」

 

 ヴァイス大尉もターニャの言葉に賛成しました。

 つまりは参謀本部の命令である機動遊撃任務の準備として友軍救援を行えると言う事です。

 わたしは味方を助ける事が出来る事実に安心しかけましたが、しかし今度はヴィーシャが異を唱えます。

 

「お待ち下さい。確かに重砲の進出は遅れていますが、前線付近には列車砲が確認されています。その射程圏内に捉えられる恐れがあるかと」

 

 その一言でターニャもヴァイス大尉も考え込んでしまいました。

 でもそれは心配し過ぎだと思うのです。

 

「あの、重砲は確かに遅れているのですよね?」

「ああ、そう見受けられるが」

「そして何故か連邦にはほとんど魔導師が確認されません。ならば、観測員がいないのでは?観測員無しの砲撃など恐れるに足りないと思いますが」

「……なるほどな、確かに。どうやら我々はラインに染まり過ぎてしまったらしい」

「言われみれば……。いや間接射撃と言うのはいつでも存在するものと思っていました」

 

 わたしの言葉にみんな納得してくれたようです。

 ヴィーシャもなるほどと頷いてくれました。

 

「しかし、流石ですね?」

「ふふ、こう見えても二○三に入る前は主に観測員をしていたのです。砲撃における観測員の重要性は理解してるのですよ」

 

 とにかくこれで友軍の救援に赴けますね。

 

 

「大隊に医療物資を担げるだけ担がせろ。煙草やウイスキーも喜ばれるだろうが、手持ちが無いからな」

「いえ、酒なら南方大陸の土産が大隊公庫に閉まってあったはずです」

 

 ターニャの言葉にヴァイス大尉が意外な返答を返しました。

 ターニャもそんなもの認可してないと言っていましたが、どうやらヴィーシャがポーカーで巻き上げたそうです。

 わたしはそう言う席にはあんまり参加しないので知りませんでした。

 

「ほんのお遊びのつもりだったんですが……」

「へー、ヴィーシャってカード強かったんですね。あ、なら今度わたしとやりませんか?」

「あの、それは構いませんが、流石に大尉には勝てないかと……」

「そう言う事を言っているんじゃ、……いや今はやめておこう。作戦が優先だ」

 

 ターニャは何か言いたそうでしたが、結局諦めたようでした。

 確かに皆さん助けを待っているのですから、あまりお喋りしている暇はありませんでした。

 速やかに準備を進めましょう。

 

 医療品や弾薬などの救援物資を背負ったわたし達は盛大に見送られて、この時東部軍の皆さんからお酒や煙草などの嗜好品も一杯持たされました、ティゲンホーフ市に向かって飛び立ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティゲンホーフの救援に向かったわたし達は、実際完璧にその役目を果たしたと言ってもいいでしょう。

 包囲を完了しつつあった連邦軍の側面から強襲。

 幾度と無く繰り返した対地襲撃を速やかに敢行するわたし達に対して、敵はその混乱を収める事が出来ず、また敵の混乱に応じてティゲンホーフの友軍が攻撃を開始。

 包囲網は呆気なく蹴散らされたのでした。

 

 ティゲンホーフ市の友軍に盛大に歓迎されたわたし達は、そのまま同市に泊まり本来の目的である機動遊撃に移ります。

 現在東部前線は中央部のみが著しく後退しており、弧を描くように窪んでいます。

 そしてティゲンホーフは前線の北部に位置する為、何と敵主力より後方になるのです。

 ならばわたし達は敵の側面ないし後方から襲撃を掛ければ良く、これこそ機動遊撃の本懐でありましょう。

 それに連邦軍はまともに連携が取れていないらしく、進行中の敵前衛部隊と後詰めの後衛部隊がバラバラです。

 後衛の進軍速度を無視して突出し過ぎた前衛は、いまや完全に孤立しています。

 速やかな動員によって帝国は敵前衛をタンネーン・ニ・ベイクにて包囲に成功。

 まるで、かつて西方にて行われた誘引撃滅の再現です。

 わたし達には敵前衛の殲滅の間、敵後衛の進行を阻止する役目が与えられました。

 

 

 

「大隊各位、対地襲撃隊列用意!我々の目的は敵の殲滅では無く足止めだ。一撃離脱を心掛けろ!離脱後速やかに襲撃隊列を組み直せ。何度でも繰り返す事になるぞ」

「「了解!」」

 

 どこか突破されそうな所があればそちらに飛び、一撃加えて敵を足止め。

 また、立て直りそうな部隊があれば今度はそこに向かって突撃します。

 そうしてわたし達はひたすらに対地襲撃を繰り返しました。

 しかし、いくら繰り返しても敵が減ってる気がしません。

 それどころか、どこからか新しい部隊が出現する有り様。

 以前ターニャが連邦は畑で兵士が穫れると言っていましたが、マジなんじゃないでしょうか?

 そう疑ってしまうほどの敵の物量には、流石に辟易します。

 

「ちっ、きりが無いな。隊を分けるぞ、このままでは押し切られる!中隊規模で分散!ヴァイス大尉、敵左翼に回れ!」

「了解しました。第二中隊続け!」

「グランツ中尉、第三中隊を預ける!右翼担当だ!」

「はっ!第三中隊行くぞ!」

 

 ヴァイス大尉とグランツ中尉はそれぞれ中隊を率いて左右に展開しました。

 

「少佐、わたし達はどうするのですか?」

「悪いがお前には足の速い奴を連れて引き続き遊撃を頼みたい」

 

 と言う事はターニャが中央担当ですね。

 それなら少しだけターニャの方に多めに残しておきましょう。

 とは言え優秀な方は貰っていきますけど。

 

「了解しました。……あの、よろしければヴィーシャをこちらに貸して欲しいのですが」

「何……?ああいや構わん、好きなのを連れて行け」

「良いのですか?ありがとうございます!」

 

 出来れば残った中では最も機動力があるヴィーシャと一緒に行きたかったのです。

 流石にターニャも駄目だと言うかと思いましたが、少し迷っただけで許可してくれました。

 ターニャには申し訳無いですが、こちらもあまり余裕はありませんし、正直助かりました。

 その後、出来るだけ機動力があり、かつ余力のありそうな者を数名選びます。

 

「では皆さん、すみませんがよろしくお願いします」

「「了解」」

 

 そうして再びあちらこちらに飛び回り、対地襲撃を繰り返します。

 わたし達は疲労困憊となりながらもそれでも敵を前に進めまいと奮戦し続けました。

 いやでも実際かなりキツいですよ。

 

「ほんと、きり無いですね」

「わたしも流石に疲れました……」

「大丈夫ですか、ヴィーシャ。無理しないで下さいね」

「は、はい。まだ大丈夫です」

「本当に無理そうなら言って下さいね。他の皆さんも限界が来る前に報告して下さい!」

「まだやれますよ!」

「小官も、問題ありません!」

「少佐殿に鍛えられた我が大隊に、この程度でへこたれる者などいませんよ!」

 

 全く、本当にこの大隊の皆さんは頼りになりますね。

 しかし誰の顔にも明らかに疲労が浮かんでいます。

 そもそもヴィーシャが弱音吐くなんてよっぽどなんですから。

 それに残弾も心許ないです。

 かと言ってこの状況で取りに戻る事は出来ないでしょう。

 弾を使いきっても術式は使えますが、この状態でのそれは自殺行為です。

 本当に最後の手段で、出来れば避けたいものです。

 

「皆さんのやる気は分かりました。しかし残弾、魔力残量が少ないのは事実ですから、常に注意しておいて下さい」

「「了解!」」

 

 

 何て言ってはいましたがしかし、結局そのまま弾薬も尽きてしまい、本当に最後の手段を使うしかないかと覚悟を決めた時です。

 ようやく友軍の本隊がこちらにやって来ました。

 と言う事は包囲されていた敵の前衛は殲滅したと言う事です。

 敵もそれを理解したのでしょう。

 今まで何としてでも前進しようとしていた敵後衛が、急に戦意を失ったかのように後退し始めました。

 

「ギリギリでしたね。しかし何とかなって良かったのです。では少佐の所に……」

 

 戻りましょうか、そう言いかけてしかしグラリと平衡感覚を失ったわたしは体勢を崩してしまいました。

 

「アルベルト大尉!」

「あ、あれ?ああヴィーシャ、ありがとうございます」

 

 咄嗟にヴィーシャがわたしを支えてくれたようです。

 わたしはヴィーシャに支えられながら体勢を立て直そうとしたのですが、何故か上手く力が入りません。

 

「あれ、おかしいです。何か上手く飛べません」

「アルベルト大尉、このままわたしに掴まっていて下さい」

「いえヴィーシャも疲れているでしょうし、大丈夫です」

「どう見ても大丈夫じゃありません!良いからわたしに掴まって下さい!……大尉の宝珠は出力が高い分、魔力消費も多いのですから、無理しないで下さい」

 

 ああ、そう言えばそうでしたね。

 最近はあまり意識してなかったので、完全に忘れてましたよ。

 わたし自身もあまり魔力保有量の多い方ではありませんし、と言う事はただの魔力切れですね。

 とは言え流石にこの状況で一人ではどうしようもありませんし、ヴィーシャの好意に甘えるしかありません。

 

「ごめんなさい、ヴィーシャ。ありがとうございます」

「大尉はご自身の事に無頓着過ぎます。限界が来る前に気を付けろとは、大尉の言葉ですよ。もう少しご自愛下さい」

 

 何て、ヴィーシャに叱られてしまいました。

 ヴィーシャには迷惑を掛けてしまいましたし、本当に申し訳無いですね。

 

 そのままヴィーシャに肩を貸して貰いながら戻って来たわたしを見たターニャは、わたしが被弾でもしたのかと驚いていましたが、ただの魔力切れだと言うと呆れていました。

 

「前から思っていたが、お前は無茶をし過ぎだ。今回は何とかなったものの、それも運が良かっただけだ。わたしを守るのだろう?なら簡単に倒れるな」

「……すみません」

 

 ターニャにまで心配を掛けてしまって、本当に情けない限りです。

 これからはもう少し考えて動かないといけませんね。

 

 その後ターニャが司令部に嘆願した事により、そのまま追撃は友軍に任せてわたし達は補給の為に一旦戻る事が許可されました。

 ですがわたし自身の状態もありますし、他の皆もほぼ限界が近いと言う事もあり、わたし達が再び出撃する事はありませんでした。

 しかし結局、敵がほぼ壊走する形で後退を完了したようですね。

 これでお仕事は完全に終了です。

 

 とは言え今回はマジでヤバかったです。

 確かに危険度で言えば今までもっとヤバいのは何度もありましたが、今回のこれはそのどれとも違うヤバさでした。

 いやー、こう言うピンチもあるんですね。

 出来れば二度と御免ですが。



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第22話 新体制

 何とか戦線を開戦前の位置まで押し戻した東部から帝都へと戻って、わたし達は久々の休暇となりました。

 なのですがわたしはターニャに呼び出され、とんでもない話を聞かされる事になったのです。

 

「……………………は?」

「お前にはわたしの後を継いで大隊の指揮を任せたい」

 

 ……何で?ターニャは?

 

「わたしもしばらくは大隊指揮官の肩書きに変わりは無いが、内々に戦略研究室への話が挙がっている。いずれ完全に引き継ぐつもりだ」

 

 ……え、みんなは?

 

「一応大隊はそのままお前に預けるつもりなのだが、悪いが副官であるセレヴリャコーフ中尉だけは連れて行く。だがそれ以外に戦力の引き抜きはしない」

 

 ……じゃあ、わたしは?

 

「それからお前も公式にはまだわたしの部下だが、実質的に大隊指揮官として振る舞って貰って構わん。ほとんどの権限を使えるようにはしてある」

 

 ヴァイス大尉はどうするんですか?

 

「わたしも最初はヴァイス大尉に引き継がせようと思っていたのだがな。そのヴァイス大尉直々の推薦でティナが相応しいだろうとなった」

 

 ………………うん?

 

「まあ、しばらくはヴァイス大尉がフォローしてくれる手筈になっている。後をよろしく頼むぞ」

 

 ちょっと待って!

 何?どう言う事!?

 えーと、えーと、一旦落ち着いて整理しましょう。

 ……つまりはターニャとヴィーシャが大隊を抜けて、その代わりに何故かわたしが大隊長になると言う訳ですか。

 なるほどなるほど、そんなの……。

 

「駄目に決まってるじゃないですか!!」

「……あ、アルベルト大尉?」

 

 あれ、ヴァイス大尉?

 何でこんな所に?

 ……えーと、もしかして今のは。

 

「…………夢?」

「おや、アルベルト大尉。居眠りですか?」

「あ、あはは。お恥ずかしながら。いやーびっくりしました。ターニャとヴィーシャが大隊からいなくなってしまう夢を見るとは……」

「ははは、大尉は冗談がお上手ですね」

「あはは、そうですよね。そんな事あるはず……」

「それは夢では無く、紛れも無い事実ではありませんか」

「……………………え?」

 

 事実?何が?

 ターニャ達がいなくなる事?

 夢じゃ、無いの?

 と言う事は……

 

「……もしかして、わたしが大隊長ですか?」

「はい。先ほど引き継いだばかりではないですか」

「じゃあ、ターニャ達はもういないんですか?」

「まあまだ正式ではありませんが。今は参謀本部にて割り当てられた執務室にいらっしゃるかと」

「だ、駄目!そんなの駄目なのです!大体わたしはターニャを守る為にここにいるのに、それじゃ意味無いじゃないですか!」

 

 そもそもターニャと一緒にいられないなら、軍人になった意味も無いのです。

 いえ、最初の頃は別々になった事もありましたけど、もう散々一緒だったじゃないですか。

 今更離れるなんて、ひどすぎます。

 そんなの耐えられるはず無いのです。

 

「しかし、参謀本部の決定ですので」

「うー、何かヴァイス大尉冷たくないですか?……泣きますよ?」

「そ、それは、ご遠慮頂ければ……」

「大体、何でわたしが隊長なんですか?普通副長のヴァイス大尉が引き継ぐものじゃないんですか?」

 

 そうです。

 ヴァイス大尉が次席指揮官だったのだから、そのまま繰り上がるのが普通のはずです。

 

「ええ、まあ。少佐殿にもそう言われましたが、私がアルベルト大尉にして頂きたいとお願いしたのです」

「何でですか?わたし別に指揮経験そんなに無いですし、ヴァイス大尉の方が向いていると思うのですが」

「我々の指揮官はあのデクレチャフ少佐殿だったのです。ならばその代わりを務められるのは、アルベルト大尉以外いないかと。これは何も小官個人の意見だけでは無く、要員一致の思いでもあります」

 

 みんながわたしの事をターニャ並みに信頼してくれているのなら、それは確かに嬉しいのですが。

 でもターニャと別れてしまうのはツラすぎます。

 それにヴィーシャまでいなくなってしまうなんて。

 わたしはこれから何を頼りにして生きて行けば良いのでしょう?

 わたしが微妙な顔をしていたせいか、ヴァイス大尉が励ましてくれました。

 

「まあ我々が前線で奮起する事で、後方にいらっしゃる少佐達をお守りする事に繋がるのではありませんか?それにこの戦争を終わらせる事が出来れば少佐殿と共にいる事も出来るでしょう。ならば我々もこれまで以上に活躍していかなければ。少佐殿がいなくても大丈夫だと思わせるほどにやってやりましょう」

「むぅ……、分かりました。わたしもいつかみたいにターニャの代わりとなれるよう全力を尽くします」

「それは、ご勘弁願います……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 やって来ました西方です!

 え?今更西方で何をするかって?

 そ・れ・は!

 対連合王国の作戦なのです!

 大隊の司令官であるターニャが戦略研究室の所属になるとの事で、その実績の為に麾下(きか)であるわたし達も戦技研究との名目で主戦線から離れたここ西方にやって来たのです!

 ……何でわたしがターニャ達と離れる為の協力しないといけないんですか!?

 ふざけんな!

 

 ……すみません、少し取り乱しました。

 一応、新たに実戦指揮官となるわたしの試用試験も兼ねてるみたいで、ここでの評価に伴い少佐昇級と共に正式に大隊指揮官就任となるそうです。

 それならここでわたしが失敗すれば、ターニャ達は戻って来ますかね?

 ……いや、多分それは無理ですね。

 はぁ……。

 

 今、ここ西方では連合王国に対する威圧として、王国との間に広がるドードーバード海峡上空の制空優勢の確保を目指しているらしく、わたし達もその協力をしています。

 とは言え直接的な航空戦ばかりでは無く、戦技研究として色々やらされます。

 しかもその度に使い道の良く分かんない装備を押し付けられ、運用テストの真似事までさせられます。

 まあ後方の戦場なのでそう言った事をする余裕があるのだと思いますが、やらされる方はたまったものではありません。

 しかも後方だろうと戦場は戦場なのですから当然敵はいる訳ですし、こちらは別に余裕がある訳じゃないのですが。

 何せ主に戦いの場となるのは敵艦隊のうろうろするドードーバード海峡上空か、その海に隔てられた敵地上空のどちらかです。

 落とされても友軍に回収してもらえた今までとは違って敵に捕らわれるリスクが非常に高いですし、しかも捕らわれるならまだ良い方で、何と敵地に落ちた魔導師がそのまま連合王国市民に袋叩きにされる事例が多発しているようです。

 これは魔導師が個人でも一般の人より強大な力を持つ為らしいですが、いくら何でも野蛮すぎないでしょうか?

 ちょっと怖すぎるのですよ。

 

 そんな訳で結局わたし達はいつもの通り危険な戦場に追い込まれている訳です。

 しかも最近、何やら怪しい新手が確認されているそうです。

 連合王国に協力する義勇魔導部隊。

 その国籍は何と合州国。

 確かに現在合州国は帝国の交戦国では無いですが、合州国政府は自国民保護の為なら介入を考えるとか良く分からない事を言っているそうです。

 何それ、取り敢えず殴るけど、殴り返されたら本気で怒るよって事ですか?

 馬鹿なんじゃ無いですか?

 西方軍としてもどう対処すべきか迷っていましたが、積極的には関わらないが立ちはだかるなら敵として対処するしか無いと言う結論に達しました。

 まあしょうがないですよね?

 相手は撃って来るのですから、こちらも撃ち返さなければやられてしまいます。

 その後は政治の問題であり、わたし達軍人の考える事ではありませんもの。

 

 

 そう言えばわたしの副官なのですが、ヴァイス大尉の推薦でグランツ中尉を起用しました。

 当然ヴァイス大尉の方が事務仕事は得意ですが、引き続き副長を務めるヴァイス大尉に副官まで押し付ける訳にはいきません。

 なのですが、そのグランツ中尉はわたしの隣でウンウン唸っています。

 わたしもそんなに事務得意じゃないですし、困りました。

 ターニャは事務得意なのですから、せめてヴィーシャだけでも返して欲しいと思うんですが、まあ無理でしょうね。

 ならそんな事をいつまでも考えていても仕方無いですし、わたしとしてはグランツ中尉を育てて行かなければならないのでしょう。

 

「グランツ中尉、気持ちは分かりますがあまり悩んでいてはいつまでも終わりませんよ」

「も、申し訳ありません……」

「ああ、いえ怒っている訳では。わたしも事務は苦手ですし、中尉の気持ちは分かりますので」

「え!?いえ、しかし。とてもそうは見えませんが……?」

「ふふ、ありがとうございます。まあ経験とコツですかね。グランツ中尉は少し真面目すぎます。こう言う書類は書き方があるんですよ」

「そう言うもの、ですか?」

「そう言うものです。では今日はそれも教えて上げますので、手早く済ませてしまいましょう」

「あ、ありがとうございます」

「他にも分からない事は何でも聞いて下さいね?わたしは別にデグレチャフ少佐みたいに厳しくするつもりはありませんから。あ、今のは少佐には内緒ですよ?」

「は、はい。了解であります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日もいつも通り連合王国との小競り合いです。

 ですが今回は特に変わった事も無いただの航空戦。

 未だ指揮官に慣れないわたしにとっては、余計な事を難しく考える必要も無いので助かります。

 そしてある程度は片付けましたし、あまりやり過ぎても帰還が困難になります。

 今日の所はこれくらいで良いのではないのでしょうか。

 

「これで制圧完了とします。集結して下さい。大隊各位、損害報告」

 

 すると大隊を取りまとめたヴァイス大尉が近付いて来ました。

 

「大隊の集結は完了しました。損害軽微。脱落はいません。戦闘続行に支障ありません」

「ありがとうございますヴァイス大尉。ですが、そろそろ帰りましょう。余力は残しておきませんと。泳いで帰りたくはありませんからね」

「了解です」

 

 さて、帰還する隊列はどうしましょうかね?

 先頭と殿をそれぞれヴァイス大尉かグランツ中尉に任せるとして、どちらが良いでしょうか。

 個人的にはわたしが殿をやっても良いのですが、流石に指揮官としては出来るだけ中央にいた方が良いですかね。

 

「ヴァイス大尉、中隊を連れて先導お願いします。グランツ中尉は殿を」

「私が先頭ですか?」

「グランツ中尉は対艦戦闘の経験がほとんどありませんから、ヴァイス大尉の方が適任かと」

「了解しました」

「とは言え殿も重要です。追撃されるなんて御免被りたいですからね。グランツ中尉、警戒よろしくお願いします」

「はい、了解です」

 

 そうして隊列を組み直し、帰還しようとした時です。

 グランツ中尉が突然声を上げました。

 

「こ、こちらに突っ込んで来る敵影多数!高度、速度からおそらく戦闘機と思われます!」

 

 言ったそばからですか。

 

「01より大隊各位!急いで高度を落として下さい!重装備は投棄!最悪海に飛び込んで……」

「だ、大隊長殿、お待ち下さい!戦闘機群は友軍です。識別票を確認出来ました」

「……了解しました。皆さん聞いての通りです。装備の投棄は中止して下さい。せっかくですからご一緒させて頂きましょう」

 

 向こうもこちらを識別したのでしょう。

 最大戦速で突っ込んで来ていた戦闘機が、ゆるやかにこちらと平行するルートを取り始めます。

 

『友軍か。識別信号を見るまでヒヤヒヤしたぞ』

「こちらフェアリー01。ヒヤヒヤしたのはお互い様です。戦闘機など、我々魔導師には恐怖の対象ですから」

『あんた達が恐怖だって?悪い冗談はよしてくれ。とは言えライン以来だな。こちらはモスキート01。貴隊のような精鋭とまたご一緒出来て光栄だ』

 

 なるほどそう言うお相手ですか。

 しかしわたしはターニャではありません。

 

「残念ながら、人違いです。わたしは白銀ではありませんよ」

『何?どう言う事だ?』

「詳しくは帰ってからお話ししましょう。ご一緒しても?」

『ああ、だがこの高度差では……。いやあんたらには無用な心配だったか?』

「ええ、わたしもフェアリー。ご遠慮は無用です」

 

 そうして共に帰還後いくつかお話しさせて頂き、モスキート改め西方方面軍第一○三航空戦闘団の皆さんとは仲良くなりました。

 その後、交流会にもお誘い頂いたのですが、あいにくわたしは司令部に呼び出されてしまいました。

 

「ヴァイス大尉、グランツ中尉。せっかくお誘いして頂いたのですから、本日ご一緒した皆さんにお礼をしておきましょう。お礼の品はヴァイス大尉に任せます。大隊公庫から適当に見繕って下さい」

「了解しました。大隊長殿は?」

「残念ながら、これから指揮官会合の為わたしは行けません。出来ればそちらの無礼についても謝っておいて下さい」

「なるほど。では我々にお任せ下さい。戦闘に関する聞き取りも多少は行えるかと」

「お願いします。わたし達は戦技研究の為にここにいるのです。ですからグランツ中尉、あまり飲み過ぎては駄目ですよ?」

「り、了解いたしました」

 

 グランツ中尉が神妙そうな顔で頷くのを見て、少し笑ってしまいました。

 ちょっとした冗談のつもりでしたが、やっぱりグランツ中尉は少し真面目過ぎますね。

 

「ふふ。お二人には期待しているのです。よろしくお願いしますね?」

「おや、お褒めに預かり光栄ですな」

「あ、ありがとうございます」

 

 実際わたしだけが新しい体制にてんてこ舞いなだけで、元々副長であったヴァイス大尉はもちろんの事、グランツ中尉もターニャがいた頃から色々やってましたので、その点についてはとても信頼してます。

 むしろわたしの方こそみんなに迷惑を掛けていないか心配なほどです。

 でもせっかくターニャから預かった大隊ですし、そうで無くとも大切なみんなの為なのですから、わたしも精一杯頑張るのです!



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第23話 ドードーバード

 ターニャ達と別れて西方へとやって来て早数週間。

 ああ、辛い。

 辛過ぎるのです。

 代わり映えのしない毎日は仕方無いとしても、それでもターニャもヴィーシャもいなくなってしまったのですから、わたしの心が癒される事がありません。

 わたしが日に日に元気を失っていくのに気付いたヴァイス大尉が色々と気を使ってくれるのですが、それも申し訳無くて余計落ち込んでしまうのです。

 

「アルベルト大尉、顔色が優れないようですが、少しお休みになった方がよろしいのでは?」

「ありがとうございます、大丈夫なのです。別に体調が悪い訳ではありませんし、それに少しでも動いていた方が気も紛れますので」

「そうですか。しかし無理は禁物です。本当に辛ければ言って頂きたい。我々も出来る限りのサポートはいたします」

「はい、ありがとうございます」

 

 本当にヴァイス大尉には頭が上がりませんね。

 皆の指揮官であるわたしがいつまでも落ち込んでいて良い訳がありません。

 早く気持ちを切り替えないと。

 

「あ、そうだヴァイス大尉。コーヒー飲みます?良かったら淹れますよ」

「いえそんな、大尉の手を煩わせるような事は!自分でやります」

「いえいえ、日頃の感謝の気持ちですから。それに言ったでしょう?動いていた方が気が紛れますから」

「……分かりました。では、お言葉に甘えて」

「はい、少しお待ち下さいね?」

 

 そう言ってわたしはコーヒーを淹れる準備をします。

 とは言えターニャみたいにコーヒー豆を秘蔵している訳では無いので安物ですが、代用コーヒーでは無く一応本物のコーヒー豆です。

 わたし達の働きを評価して下さった西方方面軍の方から、少しだけ譲って頂いたものです。

 何でも我が部隊は大のコーヒー党だと聞いたそうですが、多分その噂の本人は今いないのですよ。

 しかしせっかくのご好意なのだからと受け取ったは良いものの、コーヒーを飲めないわたしとしては少々持て余していましたし、皆にあげようと思っていたので丁度良かったです。

 そう言えばヴァイス大尉に淹れるのは初めてでしたっけ?

 なら美味しく淹れられると良いのですが。

 

「はいどうぞ、ヴァイス大尉」

「ありがとうございます。では、頂きます」

 

 ヴァイス大尉は一口コーヒーを飲み、僅かに目を見開きました。

 ふふ、良かった。

 ちゃんと美味しく出来たみたいですね。

 

「……いや、驚きました。これほどとは」

「ふふ、ヴィーシャには敵わないかも知れませんけどね」

「いえ、そんな事ありませんよ。これは美味い。しかし、大尉はコーヒーを飲まない割にはかなりの腕前ですね?」

「まあ、ターニャに喜んで貰おうと練習しましたので」

 

 そう、ターニャの為に……。

 って暗くなってはダメダメ!

 元気出さないとまたヴァイス大尉に心配掛けてしまいます。

 

「お口に合ったようで何よりです。自分では味見しないので分からないのですよね」

「いえ、ご馳走になります。ありがとうございます」

「良かった。あ、それなら今度グランツ中尉にも淹れてあげましょうかね?」

「それは、あいつも喜ぶと思いますよ。かなり恐縮しそうではありますが」

「あはは、かも知れませんね」

 

 ヴァイス大尉のお陰で大分気が紛れましたし、感謝ですね。

 グランツ中尉だけで無く他の皆も頑張ってくれてますし、お礼に皆にコーヒーを振る舞ったら喜んで貰えるでしょうか?

 ふふ、今度やってみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日のお仕事は敵地へ侵入しての、地上施設破壊任務。

 もちろん西方方面軍の制空権確保を支援する為の任務なのですが、なら直接の航空戦で良いではないですか。

 多分わざわざこんな面倒な事をやらされるのは、戦技研究の側面が強いのでしょうね。

 敵地上空での対地襲撃、途中で弾切れになどなっては冗談で済みませんから、みんな取り敢えず持てるだけの弾倉を抱え込んでいます。

 わたしも僅かな隙間にも何とか吊り下げられないかと試行錯誤してみます。

 しかしどちらかと言えばこの重装備の方が何かの冗談みたいですね。

 すごく重たいし、動き辛いし、何か動く度にガチャガチャうるさいし。

 こんなんでまともに飛べるんでしょうかね?

 しかも何だこの重機関銃。

 これ地面に置いて使う奴じゃないんですか?

 これ抱えて空飛ぶとか馬鹿なんじゃないですか?

 

「だ、大隊長殿、大丈夫ですか?」

「あ、あはは、多分」

 

 ヴァイス大尉が心配してくれますが、わたしとしては渇いた笑いしか浮かんできませんでした。

 しかしやれと言われればやるしかありません。

 今は多少ふらついていたとしても、空にさえ上がってしまえば大丈夫のはず、きっと、多分。

 ちゃんと飛べれば良いなぁ……。

 

 

 

 わたしの杞憂とは裏腹に、空ではそれ程苦労なく装備を支える事が出来ました。

 宝珠の力ってすごい!

 しかしその代わりと言うか、天候がとてつもなく悪いのですが。

 いや確かに任務の特性上通信は制限されてますけど、通信障害が発生して司令部と連絡が取れないのは流石にマズくないですか?

 大体この天候で本当に作戦を続けるか怪しいのですが、でも中止命令が出てない以上やるしかありません。

 いや出てるけどわたし達だけが知らないとかだったら、終わりですけど。

 本当に作戦中止となっていたら、わたし達は孤立無援で敵地に取り残される事になりますよ。

 ……今なら泣いても雨でごまかせるかな?

 

 とは言えこれ以上悩んでいても仕方ありません。

 さっさとお仕事を完了して、さっさと帰りましょう。

 それしか無いのです。

 

 

 

 わたし達が攻撃目標をそろそろ捉えようかと言った頃、ようやく司令部との通信が回復しました。

 そこで伝えられたのは案の定作戦の中止。

 悪天候と通信状況の悪化で、各部隊の連携が取れず作戦遂行に支障が出たようです。

 しかし、それならもうちょっと早く言って欲しかったのですよ。

 とは言え作戦が中止となったのなら、いつまでもこんな所にいても仕方ありませんし、帰りましょう。

 

「フェアリー01了解。これより帰投します」

『すまないが、それは許可出来ない。フェアリー大隊には新しい任務が発令される』

 

 そこで告げられたのは、味方の救難任務。

 何でも友軍の第一一四航空爆撃団の指揮官機が撃墜されたらしく、その搭乗員五名を捜索、救助せよとの事です。

 しかしわたし達は対地襲撃用の重装備であり、当然捜索用の装備など持って来ていません。

 加えてここは敵地です。

 まともな神経では成功するとは思えません。

 もちろん個人的には助けに行きたいのです。

 でも今は皆の命を預かる身。

 わたし一人の勝手で皆を危険に晒す事など出来ません。

 

「我々の装備は対地襲撃用です。救難任務に耐えうるとは考えられません」

『事情は理解している。しかしこれは正式な軍令だ。参謀本部の許可も出ている』

 

 まさかそこまで手を廻しているとは、わたし達に対する過剰評価では無いでしょうか?

 もうターニャの率いる部隊では無いのですよ。

 とは言え正式な命令ならば拒否権はありませんね。

 

「……分かりました。ならば重装備の投棄許可を」

『問題無い。それについても許可が出ている』

「了解しました。フェアリー大隊は友軍の戦闘捜索救難任務を受諾。装備の処理後、速やかに任務遂行に移ります」

『申し訳ないが、よろしく頼む』

 

 ここまで言われては逃げ場はありません。

 ならば速やかにやるべき事をこなしましょう。

 

「ヴァイス大尉、聞いての通り、友軍の救助です」

「了解しました。しかしこれはまた、……厄介な」

 

 隣ではグランツ中尉も渋面を作っています。

 皆の気持ちも分かりますが、言っても仕方ありません。

 

「……ごめんなさい、時間もありませんし急ぎましょう。重装備は投棄。評価機材は捜索用に転用出来るものは転用して下さい。それ以外は投棄装備と共に処理でお願いします」

「はい、大隊長殿。しかし地上での戦闘捜索救難任務ともなると……」

「……そうですね、どうしましょうか。大隊全部を捜索に充てるのは危険ですよね……。部隊を二つに分けましょう」

「ならば私が捜索隊を指揮します。大隊長殿は上空からの直掩をお願いします」

「良いのですか?多分ですけど、そちらの方が危険ですよ?」

「どちらも危険に変わりありませんよ。しかしこちらがより危険だと言うならば、やはり私に行かせて頂きたい」

 

 そう言うヴァイス大尉の目には、わたしへの信頼と、もっと頼って欲しいと言う思いと、そして多分元気の無いわたしへと少しの気遣いが浮かんでいます。

 そこまで思われてそれを無碍に出来るわたしではありませんでした。

 

「……分かりました。グランツ中尉、ヴァイス大尉に付いてあげて下さい」

「はっ、了解しました」

「よろしいのですか?」

「はい、どうかよろしくお願いします。でも危なくなったらすぐに戻って下さいね?」

「分かりました。お任せ下さい」

 

 そう言ってヴァイス大尉ら捜索隊は墜落地点へと降下して行きました。

 しかしどうやら敵も動き出した様子。

 本当に時間がありませんね。

 早く見つかれば良いのですが。

 

 焦りを感じながらも敵を迎撃しようと構えていると、不意に後ろから呼び掛けられました。

 

「大隊長殿、救助対象の位置が判明です。無線の傍受に成功しました」

「え、本当ですか!?暗号化は?一体どうやって……?」

「警察無線です。パッケージは連合王国の警察に確保されたようです」

「なるほど、民間組織ですか。いえそれにしてもこの天候の中良く見つけてくれました。すぐにヴァイス大尉に通信を!」

「はっ!」

 

 すぐさまヴァイス大尉ら捜索隊にはパッケージの確保に向かって貰いました。

 しかし敵の魔導師部隊がこちらに向かって来ています。

 ならば残るわたし達はパッケージ確保の時間を確保しなければなりません。

 

「皆さん、すみませんが少しだけお客様のおもてなしの時間です。わたし達だけサボってる訳にはいきませんので、向こうの皆さんがお仕事をやりやすいようにお手伝いしましょう」

「お任せ下さい大尉殿!」

「やってやりますよ、大隊長!ライム野郎(ライミー)共に遅れを取る我らではありません」

 

 こう言う時、一緒に戦ってきた皆がいるというのは本当に頼もしく感じます。

 きっと大丈夫。

 わたし達なら出来るのですよ。

 

「ありがとうございます。皆さんなら出来ると信じています。では、いきますよ!」

 

 敵は二個大隊規模。

 対するこちらは二個中隊。

 およそ四倍の戦力差です。

 ならば取るべき選択肢は、高度差を活かした牽制しか無いでしょう。

 ターニャなら多分そうするはずです。

 

「高度を上げて下さい!敵の頭を押さえます!」

「「了解!」」

 

 ヴァイス大尉、そちらは頼みましたよ。

 

 

 

 わたし達が敵部隊と交戦に入ってすぐに、ヴァイス大尉からパッケージ確保の報告が来ました。

 幸い全員無事で、軽い打撲などはあるものの大きな怪我なども無いようです。

 良かった……。

 しかし事態が良く無い事には変わりありません。

 怪我人、しかも生身で空を飛ぶ事に慣れていないパイロットを抱えて撤退しなければならないのですから。

 

「ヴァイス大尉、すぐに撤退して下さい。わたし達が囮になります!」

『しかし……!』

「敵の地上部隊にも動きがあります!お願い、急いで!」

『……!了解っ!』

 

 ヴァイス大尉達が安全圏に到達するまでどれくらい掛かるでしょうか。

 とにかく、何としてでも敵を足止めしないと。

 

「乱戦に持ち込め!何としても敵を前に進めるな!」

 

 即座に展開し、互いに掩護しながら敵に突撃を掛ける大隊員達。

 こちらの意図を察してすぐに行動に移してくれるので助かります。

 

「距離を離されるな!押し込めぇ!」

 

 

 

 どれくらい経ったでしょうか。

 そろそろこちらも撤退したいですね。

 とは言えそれも簡単ではありませんが。

 今、無闇に敵に背を晒しては狙い撃ちにされてしまいます。

 しかしこのままではいつまで持つか分かりません。

 そんな事を考えていると、無線から突然ヴァイス大尉の声。

 

『大隊長殿、後退して下さい!狙撃術式用意!撃て!』

 

 その声を聞いた瞬間、わたしは皆へと指示を飛ばします。

 

「爆裂術式用意!精度はいりません!斉射後、全速離脱!」

 

 ヴァイス大尉らの狙撃術式で敵が浮き足立った瞬間を狙い、わたし達は目くらましの爆裂術式を放ち、すぐに撤退します。

 敵は混乱して追撃出来ない様子。

 何とかなりました。

 そのままヴァイス大尉とも合流して帰還を目指しますが、しかし何故ヴァイス大尉はこちらの掩護に回ったのでしょうか。

 いえ正直助かりましたけど、でもそれなら確保した友軍はどうなったのでしょう。

 

「ヴァイス大尉、ありがとうございました。ですが、パッケージはどうしたのですか?」

「グランツらに運ばせています。実は友軍の戦闘機部隊と合流出来まして。護衛を頼める事になりました」

「なるほど、それでヴァイス大尉はこちらの掩護に来てくれたのですね。それで、どこの部隊なのですか?」

「はは、驚いて頂きたい。例の、モスキートですよ」

「はぁ、これもご縁ですね。ちゃんとお礼しないと」

 

 本当に彼らには頭が上がりません。

 帰還したら改めてお礼しないといけませんね。

 出来れば今度こそは、わたしも直接お礼の席に参加したいものです。



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第24話 邂逅

 西方にやって来てから二カ月ほど経ちますが、今日も今日とて代わり映えのしない日々。

 わたしは皆に新たな作戦を伝える為に、ヴァイス大尉に命じて大隊を集結させました。

 

「大隊傾注!大隊長殿からお言葉を頂く!」

 

 ヴァイス大尉の号令で、一糸乱れぬ統制を見せる二○三大隊。

 わたしのような未熟者でも指揮官をやれているのは、皆の協力あってのものですね。

 改めてそう感じます。

 

「ヴァイス大尉、ありがとうございます。皆さん楽にして下さい。さて、西方方面軍の目的は依然としてドードーバード海峡上空の制空権の確保になります。しかし新手の魔導部隊が現れたようで、西方軍としてはこれに手を焼いています」

 

 最近ドードーバード海峡で確認される、合州国籍の義勇魔導部隊。

 こちらからは積極的に関わらないと言う西方軍の方針により後手に回ってしまっているようですね。

 まあ主力の航空魔導師は東部に引き抜かれてしまい、戦力が不足している現状では仕方無いのかも知れませんが。

 そしてその状況で実戦経験豊富な部隊にお鉢が回ってくるのは、ある意味必然でしょう。

 

「そこで、我々にはこの新手の牽制が命じられました。皆さんには今更言わなくても良いかも知れませんが、もちろん今回の作戦も戦技研究の一環となりますのでそのつもりでお願いします」

 

 そこで何か質問は、と促すと同時にグランツ中尉が飛び出して来ました。

 

「大隊長殿、質問をよろしいでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」

「新手とはいえ西方軍が苦戦するほどとは、相手の規模はどれほどなのでしょうか。我々だけで対処出来るのですか?」

 

 大隊の皆の疑問を率先して質問し、共通認識とさせるグランツ中尉の行動は、自身の役割をしっかり理解したものと言えるでしょう。

 新人だった頃からは考えられないほどの成長振りに、少し嬉しくなります。

 

「現在の所、相手は二個大隊規模を想定していますが詳細は不明です。しかしこの部隊は所謂、義勇部隊であるようです。その為我々は敵の殲滅では無く正確な戦力を測るのが目的となります。それを念頭にお願いします」

「了解しました」

「大隊長よりのお言葉、以上である。総員速やかに装備を整え出撃に備えよ」

 

 わたしの説明が一通り終わった所でヴァイス大尉より号令が掛かります。

 やはり皆頼りになりますね。

 ……ほんと何でわたしが指揮官やってるんですかね?

 

 おっといけません。

 意識を切り替え、わたしも装備を取りに向かいます。

 しかし割り当てられた装備を見た途端、わたしはまたもやうんざりとしてしまいました。

 

「だ、大隊長殿、それは……?」

「対装甲狙撃ライフルだそうです。良かったらヴァイス大尉使ってみます?」

 

 わたしが手にした武器を見たヴァイス大尉が、困惑した声を上げます。

 これ、わたしの身長くらいあるんですけど。

 

「いえ、それは……。それにしても塹壕戦や陣地戦ならともかく、航空戦でこの装備とは。本国の連中は魔導師を何だと思っているのでしょうか」

「一応防殻を貫けるらしいですよ?まあ、単発式ですけどね。しかしこの前と言い、何でいっつもわたしにでかい銃を押し付けるんですかね?」

「ああ、大隊長殿はあまり銃撃は好まないのでしたか?」

「あ、いえ、別にそう言う訳でも無いですけど」

 

 むむ、ヴァイス大尉が失礼な事言ってますね。

 最近はちゃんと銃も使ってますよ!

 ……短機関銃ですけど。

 

「確かに、あんまり大きい装備は機動力が落ちるので好きでは無いですけど」

「そうですな、いつもの短機関銃は大隊長殿の戦闘スタイルには合っていますからね。確か、北方での鹵獲品でしたか?」

「は……い、そう、です。使いやすいですし、わたしも気に入ってます」

 

 急に話を振られたせいで、わたしの銃の本来の持ち主が頭をよぎり動揺してしまいました。

 上手く誤魔化せたでしょうか?

 いえ、決して忘れていた訳では無いのですが、無意識にあまり考えないようにしていたのですかね?

 そう、忘れてはいけません。

 この銃はわたしの罪なのですから。

 

 わたしが意識を余所に逸らしていると、駆け込んで来たグランツ中尉から声を掛けられました。

 

「大隊長殿、出撃準備完了しました」

「ありがとうございます、グランツ中尉。さてヴァイス大尉、わたし達も行きましょうか」

 

 お仕事の時間です。

 余分な事を考えている暇はありません、集中しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガルバ・コントロールよりフェアリー大隊。敵魔導師部隊、急速接近中。二個大隊規模。おそらく、目標の部隊と思われる』

「こちらフェアリー01、了解。ただちに迎撃に向かいます」

『ガルバ・コントロール了解。貴隊が頼りだ、よろしく頼む』

 

 ふむ、宝珠の反応でこちらでも確認出来ました。

 相手はこちらの倍はいるようですし、少し様子見といきましょう。

 

「フェアリー01より大隊各位。お客様です、高度を上げて下さい。敵はこちらより数が多いですが、高度はこちらが有利です。指示があるまで、高低差を活かした遠距離射撃を徹底して下さい」

「「了解!」」

 

 

 通常、航空魔導戦において上を取られるのは非常に不利になります。

 だからこそ他を隔絶する我々は脅威足り得ますし、敵もそれを理解しているからこそ少しでも高度差を無くそうと上昇してくるのがほとんどです。

 しかし、この義勇魔導師部隊は上から攻撃するわたし達に対して、何とそのままの高度で応射し始めました。

 なるほど確かに、教範通り隊列を維持した見事な統制射撃態勢。

 ただし狙いが甘く、火線が全く集中していません。

 この高度差であれでは、こちらに当てる事すらほとんど不可能でしょう。

 これなら大事を取って高度九千まで上がらなくても良かったですね。

 思っていたよりはるかに練度が低いようです。

 ……どうしましょうか。

 こんな時ターニャならどうするでしょうか?

 このまま安全な距離から狙い撃ち?

 それも悪くは無いですが、どうせならやはりここは。

 

「……少し掻き回してみましょうか。第一中隊、第二中隊はわたしに続いて下さい。敵に突っ込みます。第三、第四中隊は掩護を」

 

 そう言いながら邪魔くさい狙撃ライフルを背負い、短機関銃を手にします。

 ああ本当に邪魔ですね、これ。

 流石に捨てるのは、駄目ですよね……。

 

「敵は思ったより大した事無さそうです。突撃組は爆裂術式を用意しておいて下さい」

「爆裂術式ですか?光学系では無く?」

 

 ヴァイス大尉の疑問ももっともです。

 普通なら高機動に向いている光学系を選択するでしょう。

 

「いえ、多分ですけど敵は自力で隊列の調整が出来ません。せっかく固まっているのですから、纏めて吹き飛ばしましょう」

「なるほど、了解しました」

「突撃後は乱戦に移行。距離を離され無いようにして下さい。では、行きますよ!」

 

 そう指示を出して、わたしは一気に急降下。

 敵の指揮官らしき人がいるあたりに、術式を叩き込みます。

 思った通り、回避より隊列維持を優先していますね。

 わたしの後に続く皆も次々と術式を撃ち込みます。

 最初の狙撃と今の突撃で、半分近くは削れたでしょうか?

 予想以上の戦果です。

 

 

 

「ああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 雄叫びを上げながら、こちらに向かってくる敵魔導師。

 しかし怒りか恐怖か知りませんが、そんながむしゃらな攻撃では当たりませんよ。

 相手の突撃と入れ違うように避け、短機関銃を向ける。

 その銃口を追うように向けられる恐怖を浮かべた視線。

 その表情にかなり若い女の子だ、わたしと同じくらいかなどと思ってしまいました。

 だからでしょうか、引き金を引くのが僅かに遅れる。

 普通なら問題にならないほどの遅れ。

 でもこの時は大きな意味を持ってしまいました。

 わたしの銃を見つめていたその視線が、ふと何かに気付いたかのように変化して、そしてポツリと呟かれる言葉。

 

「……父さんの、銃……?」

「っ!?」

 

 聞いてしまった。

 先に撃っておけば良かった。

 しかし、聞こえてしまった。

 わたしの右手に握られた銃を見て、父親の物だと言った。

 ならば、この女性は、わたしが殺したあの男の、娘。

 彼女にとって、わたしは父親の仇と言う事になるのでしょう。

 彼女の瞳に見る見るうちに浮かぶのは、驚愕、怒り。

 あの男と同じ、憎悪の色。

 

 撃たなければ。

 そう思っていても指は動いてくれません。

 もう致命的な遅れのはずですが、何故か彼女も微動だにしません

 まるでわたし達だけ時が止まってしまったかのようです。

 その静寂を破ったのは、絶叫するかのような仲間の声。

 

「01!上です!」

「そこまでだ!彼女をやらせはせんぞ!」

 

 敵の士官の一人が部下を守ろうとこちらに突っ込んで来ます。

 完全に不意を突かれたその攻撃に、それでもわたしはほとんど反射だけで回避機動を取り応射、敵を撃ち落とします。

 しかし上官の死が彼女の動きを取り戻したようで、こちらを睨み叫び声を上げながら向かって来ます。

 

「あ、貴方は!!撃ったな!?父さんの銃で、わたしの仲間を撃った!!」

「……っ!!」

 

 ほとんど反射的に彼女に銃を向け、しかしどうしても引き金が引けません!

 

「ぁ……ぅ……」

 

 手が震える。

 涙が溢れ視界が滲む。

 そうこうしている内に彼女は銃剣を構えて接近して来ます。

 

 こちらの短機関銃には銃剣が付いていない。

 魔導刃は……、駄目間に合わない!

 

「ぅ……ぅああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 わたしは咄嗟に背負っていたライフルを思いっきり握り締め、彼女に叩き付けるように振り回しました。

 しかし防殻に守られた魔導師には致命傷足り得ません。

 痺れる腕で無理やり振りかぶり、もう一度今度は力一杯銃床を振り下ろします。

 その衝撃で彼女が墜落していくのを確認し、ようやく少し肩の力を抜きました。

 

 手、痛った……。

 折れては……無いようですね、良かった。

 あー、今ので銃身イかれましたか?

 始末書で済みますかね、これ……。

 

 そんな場違いな事を考えていると、わたしの意識は再び仲間の声によって現実に引き戻されました。

 

「大隊長殿、敵が撤退していきます」

「……01より大隊各位!追撃中止!こちらも引き上げます!」

「よろしいのですか?」

「構いません。敵の戦力も大体わかりましたし、これ以上は敵地上空。深入りし過ぎは禁物ですから」

「了解しました」

 

 思ったより統制の回復が早いですね。

 見た所、ベテランの士官数人に残りが新人と言った感じでしょうか?

 まあ半分以上は削りましたし、戦果も充分でしょう。

 個人的にも、これ以上は限界です。

 帰りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地に戻り帰還後の打ち合わせと、いくつか報告を終えたわたしは執務室に戻ります。

 狙撃ライフル壊したのはやっぱり始末書でした。

 とは言え始末書だけで済んだのでありがたいくらいですが。

 何でも元々余っていた物らしく、またデカブツを担いでの航空戦への影響を調べる為だったようで、多少壊れるのは想定内だったそうです。

 なら、許してくれても良いんじゃないですかね?

 いや、わたしが想定以上に壊したと言う事でしょうか。

 とにかくそんな訳でわたしは一人、始末書と格闘する羽目になったのです。

 まあ、今はあまり誰とも会いたく無いですし丁度良いです。

 

 そんな事を考えていると扉をノックする音。

 むう、気分的にも仕事的にも誰にも会いたく無いって言ってるんですが。

 しかし、ここに来るのは関係者以外あり得ませんし、仕方無いです。

 

「はい、どうぞ。開いてますよ」

 

 そうして扉を開け入って来た人物に、わたしは非常に驚かされる事になりました。

 

「久し振りだな、ティナ。上手くやっているようで、何よりだ」

「ターニャ!?」

 

 え?何で?

 何でここにターニャがいるんですか?

 

「ど、どうしたんですか、突然?何でここにいるんですか?」

「まあ、いくつか報告があってな。これでもお前の上官だからな、わたしが直接伝える事になった」

「報告?」

「ああ、取りあえず。少佐昇進だ、おめでとう」

 

 なるほど、そう言う事ですか。

 これで正式に大隊指揮官と言う訳ですね。

 と言うか良く見ればターニャの階級章が中佐になってます。

 

「……ありがとう、ございます。ターニャも昇進したんですね。おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。しかし、せっかくの昇進なのに、お前は余り嬉しそうでは無いな?」

「そんな事、ありませんよ……?」

 

 それは当然なのです。

 これでターニャとは完全に離れてしまうのですから。

 とは言えそんな事言えるはずありませんけど。

 

「そう言えばここに来る途中ヴァイス大尉に会ったが、今日の作戦中からお前の様子が少しおかしい事を気にしていたぞ。何かあったのか?」

 

 むう、ヴァイス大尉ちょっと口が軽いんじゃないですか?

 ターニャが相手とは言え何でも喋って良い訳じゃありませんよ?

 大体こんなのわたしのせいなのですから、ターニャに迷惑を掛ける訳にはいきません。

 

「いえ、そんな!ちょっと失敗しちゃって始末書になったのがショックだっただけですよ!いやー、指揮官なんて慣れないので大変なのです!ターニャは今までこれをこなしていたんですね?流石……」

「ティナ」

「う……」

 

 ターニャの一言で言葉に詰まります。

 ジッとこちらを見つめるターニャの目から逃れるように、わたしは視線を逸らしました。

 普段ならあまり人に干渉しないはずのターニャですが、しかし今回ばかりは逃がしてはくれないようです。

 

「前も言ったが、お前とわたしの仲だ。何かあったのなら話してくれないか?」

 

 その言葉に、とうとうわたしは観念しました。

 

「……わたしが使っている短機関銃は知ってますよね?」

「ああ、確か協商連合の魔導師が持っていた物だったか?」

「はい、そうなのです。……今日、敵の魔導師がわたしの銃を見て父親の物だと言っていました」

「……そうか」

「覚悟はしていたつもりでした。でも、実際目の前にしたら引き金が引けなかった……!」

「……そう言う事もある」

「でも、再び出会ったらどうすれば良いのですか!?今はわたしがみんなの命を預かっているのです。そのわたしがこんな弱くては、みんなに合わせる顔がありません!」

「あまり気にし過ぎるな」

「わたしは!ターニャの為なら何だって頑張れます!でも、これからは一人で頑張らないと。そう思っていたのに……!もうどうしたら良いのか分からないのです!……何で、どうすれば?わた、わたしは……、ターニャと一緒にいたかっただけだったのにぃ……」

「…………そうか、分かった」

 

 ああ、やってしまいました。

 こんな事を言うはずでは無かったのに、喋っている内に感情が抑え切れなくなってしまいました。

 

「ご、ごめんなさい。ターニャも困りますよね。こんな事を言うつもりでは無かったのですが……」

「いや、そこまで思ってくれているのだ。喜ぶべき所だろうな。それに、分かった、と言っただろう?お前の願いは叶えてやる」

「……え?」

 

 ターニャは今何と?

 わたしの願いが叶う?

 

「だ、だって、わたしは少佐になったのですよね?なら二○三の指揮官は……?」

「ああ、それはもちろんお前だ」

「では、願いが叶うとは?わたしは、どうなるのです?」

「報告はいくつかあると言っただろう?実はな、わたしは新たに参謀本部直属の戦闘団を新編する事になった。基幹部隊は、二○三だ」

「えっと、じゃあ……?」

「ああそうだ。お前は再びわたしの部下になる」

「ターニャぁ!」

 

 わたしはターニャに抱きつきました。

 もう何度目か分からないですけど、そんなの関係ありません。

 

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

「喜べ?また地獄へ連れて行ってやる」

「はい……!はい……!わたし、頑張りますから!絶対、ターニャの力になりますから!」

「ああ、よろしく頼む」

 

 良かったのです。

 本当に良かったのです。

 嬉しすぎて、夢みたいで。

 でも本当の事なんですよね?

 夢じゃ、無いんですよね?

 またターニャと一緒にいられるのです。

 それならわたしは何だって出来ます。

 ターニャの為ならどれだけでも頑張れます。

 これからはずっと一緒なのですよ、ターニャ。



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第25話 サラマンダー

「………………ぅ、うぅ」

 

 文字通り半壊した合州国魔導師部隊の生き残りであるメアリー・スー少尉は連合王国の病院で目を覚ました。

 

「目が覚めたか、スー少尉」

 

 連合王国との連絡官として合州国部隊に付いていたドレイク中佐から声を掛けられる。

 

「……こ、こは……?」

「連合王国の病院だ。敵に落とされた貴官はここに運び込まれ、半日以上眠っていた。脳震盪を起こしていたらしいが、怪我自体は大した事は無い。打撲程度だろう。運があるな」

「……?」

「貴官を落としたのは、四枚羽と呼ばれる、ラインの悪魔と並び称されるほどのネームドだ。あれを相手に生き残ったのだ、誇って良い」

 

 思い……出した。

 わたしを落とした魔導師。

 父の仇。

 不器用ながら優しかった父。

 あいつは、その父の銃を持っていた。

 あの銃は協商連合の魔導師だった父にメアリー自身が送った物だ、見間違え様が無い。

 父が亡くなった時に共に失われたと思っていた。

 しかし、間違い無くあいつはそれを持っていたし、あろう事かあいつはそれを使ってわたしの仲間を撃った。

 許せない。

 絶対に許せない。

 

 でもメアリーには一つ疑問があった。

 あいつは何故わたしを撃たなかったのだろう。

 他の人には躊躇無く使っていたのに、何故かわたしだけを撃たなかった。

 情けを掛けられたのだろうか?

 ……何となく違う気がする。

 あの時は必死で良く覚えていないけど、それでもあの時あの人は、怯えていたような……?

 何故?

 実力は向こうの方が数段上。

 それくらいはメアリーでも分かった。

 それなのに、何故怯える必要があったのだろう。

 良く、分からない……。

 

 メアリーの中には父の仇を許せない思いと、その相手の不可解な態度に対する疑問が、ぐるぐると廻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たに編成される参謀本部直属試験戦闘団、通称サラマンダー戦闘団は我ら第二○三大隊を基幹に歩兵大隊と砲兵中隊、それに新編の機甲中隊を加えたものになります。

 ちなみに戦闘団設立の経緯なのですが、念願の事務仕事に張り切り過ぎたターニャが意気揚々と提出したレポートが元になっているらしく、どうせなら提案者のターニャに運用を任せてみようとなったようです。

 いや何で自ら墓穴掘ってんですか。

 大隊設立時と言い、相変わらずターニャはちょっと抜けてると言うか、ずれてる子ですね。

 まあそこが可愛いんですけど。

 

 それから基幹部隊にわたし達二○三が選ばれたのは、もちろんターニャの古巣である事もありますが、西方で様々な実験的な作戦に従事したわたし達が同じく実験的な要素の強い戦闘団に最も適していると判断されたようです。

 西方では大変な事もいっぱいありましたが、でもその時のわたし達の働きが評価されこうして再びターニャと共にいるれる事に繋がったのなら、こんなに嬉しい事は無いのです。

 それに折角評価して頂いているのですから、頑張るしか無いでしょう。

 とは言えわたし達以外の戦闘団の構成部隊と言えば、ほとんど残っていない予備戦力をかき集めたものでしか無く砲兵隊は旧式の火砲、歩兵隊も何故か新編と言う有り様。

 しかも編成期限が非常に短く設定されたらしく、わたし達が合流した時には残り一週間も無い状況です。

 その為わたし達もすぐさま、何とか使える装備と人材を集めようと奔走するターニャに協力する事になりました。

 そうして絶望的な状況の中、忙しくしているターニャがイライラしているのは気付いていましたが、その日は特に荒れていました。

 

 新編となる歩兵大隊の視察から足音も荒く戻ったターニャは、全身から怒りを滲ませていました。

 普段はイライラしていても部下の前では抑えようとするターニャには珍しく、癇癪を起こした子供のようなその様子に、少しだけ微笑ましく思ってしまったわたしはおかしいのでしょうか?

 まあ、おかしいのでしょうね。

 

 危機を察した大隊の皆は、我先にと長距離演習訓練に出掛けました。

 その中に率先して訓練を提案するグランツ中尉の姿があったのは、何と言うべきでしょうか。

 ……見逃してあげるのは、今回だけですからね?

 

 逃げられなかった当直の方と、ヴァイス大尉やヴィーシャが泣きそうな顔でこちらを見ていますが、別にわたしはターニャの保護者でも何でも無いんですけど。

 とは言え流石にこのままほっとく訳には行きませんか。

 

「使いものにならん!撃ち殺してやりたいくらいだ!」

「……中佐、何があったのですか?」

「不服従に抗命だ!信じられん!」

「え?ターニャに……?」

 

 ターニャに逆らうなんて、命知らずもいたものです。

 しかし、ターニャが良くそんなの許しましたね。

 何ならわたしが殺っても良いですけど?

 とは言え詳しい話が分からないと何とも言えないですし、わたしはターニャに付いていたはずのヴィーシャをチラリと見ました。

 なのですが、わたしと視線が合うなりヴィーシャはビクリと肩を震わせます。

 しかもちょっと涙目です。

 ああ、すみませんヴィーシャ。

 ターニャが蔑ろにされた事にちょっと気が立ってしまっただけで、ヴィーシャが悪い訳じゃ無いのですよ。

 だから、そんなに怯えた目をしないで下さい。

 自分のせいとは言え、ヴィーシャにそんな態度を取られると流石にかなりへこみますよ。

 

 ヴィーシャが説明してくれた所によると、歩兵大隊の皆さんはターニャを侮り、自分達のやり方があると独自行動権すら求めたそうです。

 

「戦争に別のルールもあったものじゃ無い。そんな事も分からん奴が士官とは、狂っている!」

 

とはターニャの言ですが、行く先々で独自行動権を求めるターニャが言えた事では無いと思いますが……。

 しかしそこまでされてターニャが何も行動を起こさなかったと言う事は、多分何か別の手があるはずです。

 

「それで、どうするのです?」

 

 わたしが分かっているとばかりにニヤリと笑みを浮かべると、先ほどまでの怒りはどこ吹く風、ターニャもそれに応えるように穏やかに微笑みました。

 

「決まっている。代わりを手配する」

 

 ターニャは休養再編中の第二親衛師団降下猟兵大隊と交換すると言い出しました。

 親衛師団とその司令部はあまり関係が良くないらしく、どうせお飾りなら精鋭部隊を現場に回すべきと言う事らしいです。

 しかしまた、相変わらずとんでもない事を思い付く人ですね。

 ああ、ヴァイス大尉が思考を放棄してます。

 とは言えターニャが何の考えも無くそんな事を言い出す訳は無いので、何か勝算があるのでしょう。

 

「なるほど、許可は?」

「第二親衛師団の大隊長は同意済みだ」

 

 そこまで進めているのなら、話は早いですね。

 なら、わたしは早速貰って来るとしましょう。

 

「分かりました。では、そのように。ヴァイス大尉、行きましょう」

「は?はっ。了解です」

 

 後の細かい事は道すがら。

 まあ、手続きの際にわたしではターニャみたいに舐められるかも知れませんし、そこはヴァイス大尉に任せましょう。

 頼りにしてますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘団諸君、孤立した友軍の救援だ。魔導師が先行、機甲・歩兵部隊は包囲を突破支援する。ちなみに今回は敵の魔導師が確認されている。連邦がようやく重い腰を上げた理由は分からんが、交戦記録がほとんど無いゆえ注意しろ」

 

 東部戦線での、戦闘団の運用試験を兼ねた各種支援任務。

 便利使いされると言う点においては、大隊の頃と何も変わらないですね。

 相変わらず引っ張りだこと言うかオーバーワーク気味です。

 愚痴の一つも言いたい所ですが、言っても変わらないでしょうから我慢しましょう。

 それに友軍の救援に否応もありません。

 

 それより敵の魔導師が気になりますね。

 今まで全然姿を見せなかったのに、ここに来て現れたのは何か理由があるのでしょうか?

 投入されたのなら魔導師自体がいない訳では無いのでしょうが、それなら尚更ここまで温存した理由が分かりません。

 しかし今それを考えた所で意味は無いでしょう。

 敵に魔導師がいるなら、そのつもりで戦うだけです。

 

 ちなみにターニャは今回機甲部隊と共に行くみたいで、わたしが大隊指揮官です。

 むう、まあ同じ部隊と言うだけで我慢です。

 

「サラマンダー02より大隊。間もなく会敵します。敵の戦力が未知数の為、一撃離脱を……きゃあっ!」

 

 何!?敵の狙撃?

 

「……凄まじい威力ですな。中佐殿並みです」

「び、びっくりしました。でもあまり精度は良く無いみたいですね。……皆さん一撃離脱を心掛けて!当たれば痛いじゃ済まなそうですよ!」

 

 確かに火力は凄まじいですが、当たらなければ意味がありません。

 それに機動力も鈍重です。

 航空魔導戦は機動戦だと言う事を教えて上げましょう。

 そう思っていたのですが……。

 

「嘘、無傷!?」

「防殻も並みでは無いと言う事ですか。厄介な!」

「拡散する爆裂系は駄目です!収束光学系に切り替えて!」

 

 とは言えわたしの銃では距離が離れていては威力が出ません。

 後は皆が頼りですが……。

 

「クソ、あれで落とせないとは……」

「いえ、無傷と言う訳じゃ無さそうです。それなら……!」

 

 一気に肉薄し、魔導刃を叩き込みます。

 良かった、これなら通るようですね。

 

「近接戦闘用意!足止め後、魔導刃で止めを刺して下さい!敵は鈍重です!本当の機動戦を見せて差し上げましょう!」

「「了解!」」

 

 しかし厄介な敵が出て来ました。

 動きはほとんど素人ですからこちらが落とされる事は無さそうですが、しかしその素人にわたし達が苦戦したのも事実です。

 数が少ない内はまだ何とかなりますが、いつまでもそれが続くとは連邦相手には楽観的過ぎますね。

 とにかくターニャに報告しましょう。

 何か対策があれば良いですが。

 

 

 

「脅威足り得ないが驚異的ではあるとはどう言う事だ」

「そのままの意味ですが」

「わたしは言葉遊びをしたい訳じゃ無いんだが?」

 

 ターニャが憮然とした顔でこちらを見て来ます。

 うへへ、可愛いなぁもう。

 

「僭越ながら、中佐殿。連中ほとんど素人です。我々ならば問題無く倒せるかと」

 

 んもう、ヴァイス大尉ってば真面目なんですから。

 とは言えいつまでもふざけてる訳にもいきませんし、わたしも切り替えますか。

 

「それならば、何が問題だと言うんだヴァイス大尉?」

「やはり一番の問題はその強度でしょう。爆裂系は効果無し。貫通系は辛うじて効きますが、致命傷にはなりません」

「それと攻撃の威力もすごいのです。精度自体は大した事ありませんが、あの威力ではかすっただけで一溜まりも無いかと」

 

 わたしとヴァイス大尉の説明にターニャは考え込んでしまいました。

 

「……有効打は?どうやって倒した?」

「わたし達は魔導刃を使いました。現状効果が確認出来たのはそれだけです。空間燃焼系も効果あるかも知れませんが、試す余裕はありませんでした」

「なるほどな……」

 

 確かに驚異的か、などとターニャは呟きます。

 

「どちらにせよ、厄介な事には変わりありません。いずれ何らかの対策を講じなければ。あれが大量に出て来たら、ちょっと困った事になるのです」

「……分かった。こちらでも何か考えておく。後で正式な報告書に纏めてくれ」

「分かりました」

 

 ああもう、本当に厄介なのです!

 ただでさえオーバーワークなのに、これ以上疲れるのは嫌なのですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 来る日も来る日も敵の襲撃を撃退する毎日。

 いや分かってはいましたけど、一体どんだけいるのですか。

 全く、嫌になりますね。

 しかしこれだけ執拗に襲撃して来る割には、こちらが迎え撃つとあっさりと投降するのも意味分かりません。

 一体連邦軍の戦意は高いのか低いのか。

 それとも単なる嫌がらせなのでしょうか。

 それなら、効果てきめんですね。

 戦闘団のみんなもいつやって来るか分からない襲撃に備えているせいで、かなり疲労が溜まって来ています。

 流石にラインの時よりかはまだマシですが、それでもこの状態が長く続けばあまり良くは無いでしょう。

 とは言え現状どうする事も出来ないのですが。

 

 何となく嫌な感じだなぁと思いながらも少しでも休んでおこうとしたのですが、丁度その時ヴィーシャが一人でどこかへ向かうのが見えました。

 何かお仕事でしょうか?

 

「ヴィーシャ、どこ行くんですか?」

「アルベルト少佐。その、捕虜の聞き取りを行おうと思いまして」

 

 わたし達が捕らえた連邦兵士は憲兵の下へ送られ、そこで取り調べを受けるはずですが、どうやらヴィーシャはその前に簡易な聞き取り調査を行うつもりのようです。

 仕事熱心過ぎませんか?

 

「それは、憲兵隊の皆さんに任せておけば良いのではありませんか?」

「そうなのですが、少しでも助けとなればと思いまして」

 

 ヴィーシャも疲れてるはずですのに、何と言うか。

 ……仕方ありません、お手伝いしましょう。

 

「分かりました。それならわたしもお手伝いしますよ」

「いえ、そんな!少佐は休んでいて下さい。わたし一人でも大丈夫です!」

「でも、二人でやった方が早く終わるかも知れないじゃないですか。わたしでは役に立たないかも知れませんが、少しでもヴィーシャの力になりたいのです」

「あ、アルベルト少佐……。ありがとうございます!」

 

 

 そうしてわたしはヴィーシャと共に捕虜の下へ聞き取り調査に向かいました。

 最初は捕虜の方も驚いていましたが、わたし達の姿を見てすぐに警戒を解いたようでした。

 

「ほう、あんた達将校か。見かけに依らないもんだな」

「あはは。あの、少しお話しよろしいでしょうか?」

 

 ちなみにここに来る途中ヴィーシャと話した結果、わたしが直接捕虜の方とお話ししてヴィーシャは通訳をする事になりました。

 わたしは連邦公用語はほとんど使えないのですが、それでもヴィーシャはわたしが直接相手と向き合った方が得られるものがあるだろうと言ってくれました。

 それなら、わたしも頑張って自分の役割を果たすのです。

 

「別に構わないが、その前にタバコを貰いたいな。ああいや、流石にあんたは持ってないか」

「ええと、すみません。わたしは吸わないもので」

「だよなぁ。いやすまない、気にしないでくれ」

「すみません。後で誰かに聞いておきます」

「……あんた、変わってるな」

「そうですか?」

 

 そう首を傾げるわたしに対して、相手は苦笑してました。

 良く意味が分からなかったのですが、まあ相手の警戒心は解けたようですので結果オーライとしておきましょう。

 

「それで、何が聞きたいんだ?」

「あ、では、……あなたは何故戦うのですか?」

「あんたも変な事を聞くね。軍人なんだ、決まってる。国の為だよ」

「それは、連邦の為と言う事ですか?やはり共産主義を信奉しているのでしょうか?」

 

 ヴィーシャが翻訳したわたしの言葉を聞いた途端、相手は少しの間押し黙ってしまいました。

 

「……はっ、共産主義か。そうだな、あんたらと同じくらいは信じているよ」

 

 そう吐き捨てられる言葉に込められたのは、嫌悪感。

 連邦の兵士は共産主義を信じている訳では無いのでしょうか。

 

「では、あなたは言葉通り国を守る為に戦っていると?」

「そんなにおかしい事かい?逆に聞くが、あんたは何で戦ってるんだ?誰が、祖国を思わざるものか」

 

 なるほど、そう言う訳ですか。

 しかしそれなら今までわたし達が戦って来たのは何だったのでしょうか。

 もしかして共産主義者を打ち砕こうと帝国がやって来た事は、無意味だったのではないでしょうか。

 しかし彼らの目的が護国であるならば一つ疑問があります。

 

「ならば、何故帝国に攻めてくるのですか?帝国にはあなた達連邦を攻撃する意志はありませんでした。戦端を開いたのは、そちらでは?」

「それは上の決めた事だ。その思惑なんざ、知らんよ。それでも拒否すれば収容所送りだ!なら故郷を守る為、家族を守る為、他にどんな選択肢があるってんだ!」

 

 それは嘘偽り無い彼の本心なのでしょう。

 つまり帝国と戦争をしたがっているのは連邦上層部だけで、一般兵士にとってはその命令に従わざるを得ないと言う事でしょうか。

 大切なものを守る為に自分の心を殺す。

 わたしにも覚えがあるので、その気持ちは良く分かります。

 

「ごめんなさい。あなたの気持ちも考えず、無神経な事を聞きました」

「……いや、あんたの言う事はもっともだ。こちらこそ熱くなって済まない。……何て言うか、あんたは軍人って感じがしないな」

「あはは、そうですね。自分でもそう思います」

「……そうか。さて、質問は終わりかい?他に聞きたい事は無いのか?」

「あ、では……」

 

 その後、部隊の規模や配置など連邦軍内部の事をいくつか質問しました。

 

 彼らは故郷を守る為に、唾棄すべき相手にも頭を垂れている。

 名目上はどうであれ祖国に忠誠を誓っている訳では無いわたしとは、正反対のようで本質的には似ている気がします。

 帝国が本当に連邦の地を欲していないのならば、いずれ彼らに返してあげられれば良いのですが。

 それについてもターニャにお話ししてみましょうか。

 とは言えこれ以上は、わたしが今考えても仕方の無い事ですね。

 とにかく今までわたし達は間違った敵と戦って来たようです。

 今すぐターニャに知らせなくては。

 

 わたし達の報告を聞いたターニャは酷く驚いていましたが、しかしすぐにターニャも立ち会いの下での捕虜の再尋問を行う事になりました。

 

「アルベルト少佐、引き続き尋問担当をしてくれ。セレブリャコーフ中尉も通訳を頼むぞ」

「わたしで良いのですか?」

「出来るだけ正確な情報が欲しい。聞き取りならお前の右に出るものなど、帝国どころか世界中でもそうはいまい」

「分かりました。ターニャがそう言うのなら、わたしも頑張ります!」

 

 まさかそこまで評価してくれているとは。

 よーし、やってやるのです!



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第26話 解放

 東部戦線にて作戦行動中のはずのわたしですが、何と現在帝都に戻って来ています。

 一体何故かと言えば参謀本部に向かうと言うターニャに連れられて来たのです。

 しかし何でわたしまでこんな所に来たんでしょうか。

 ターニャに聞いても、いいから付いて来いとしか言いません。

 ふふ、ターニャってば強引なんですからぁ。

 

 参謀本部なんて戦闘団設立関連で数度訪れただけなのですが、ターニャは迷い無くどんどん奥へ進んで行きます。

 わー、こんな所まで来たの初めてです。

 あ、そこが目的地ですか?

 えーと、戦務参謀次長執務室って書いてますけど?

 こ、ここって帝国軍のトップクラスの方の部屋ではないですか!

 ちょ、ターニャ、もしかしてわたしも入るんですか!?

 いや、待って、心の準備が!

 

 結局わたしはターニャに引きずられて執務室の中に足を踏み入れました。

 うぅ……、緊張します。

 あの方が、戦務参謀次長であるゼートゥーア中将閣下。

 ターニャと閣下が何か話していますが、緊張し過ぎて全然話が頭に入って来ません。

 凄い貫禄と言うか、何でターニャはそんな平気そうなんですか!?

 

 

「それにつきましては、アルベルト少佐に説明させましょう」

 

 そんな事を言いながらターニャがこっちを向きました。

 え?何が?

 わたし何すんの?

 ターニャに押されてわたしは中将閣下の前に立ちます。

 あ、やば、足が震えてる。

 

「ふむ、貴官が……」

「は、はっ!て、ティナ・アルベルト魔導少佐であります!」

「そう緊張せずとも良い。連邦の捕虜と直接話したそうだな?その所感を聞きたい。ああ、もちろん貴官の主観で構わん」

「はっ!り、了解いたしました」

 

 閣下は穏やかな雰囲気ながら、何と言うか、底が知れない感じがします。

 うぅ……、何でこんな事に。

 とにかく頭を切り替えないと。

 

「……彼らは我々と、本質的には違いが無いと感じます。彼ら自身に侵略する意志はありません」

「何故そう思う?」

「彼らは自身や家族を共産党に人質に取られています。彼らは党に強制され戦っているのです」

「連邦の兵士そのものが共産主義者である訳では無いと?」

「はい、閣下。彼らは故郷を思う一個人に過ぎません。そしてその多くが共産党の支配から抜け出したいとも考えています」

「なるほどな、分からなくは無い」

「彼らが連邦を離れられないのは祖国を思うが故です。彼らは祖国を、その誇りを捨てる事が出来ないのです」

「……ならば尚更、それが我々の味方になり得るとは思えんが」

 

 味方?

 と言う事は、連邦内の分離主義者に独立自治を任せる話でしょうか?

 これは捕虜の尋問後にターニャが提案したものですが、帝国が不要な地を彼らが欲するなら、彼らに故郷を取り戻させてはどうかと言うものです。

 そうする事で帝国は直接戦線を維持する必要が無くなり、なおかつ友好的な相手を国境線の向こうに置く事が出来る、と言う案なのですが。

 しかし閣下は彼らが友好的になるかどうかを懸念されているのですね。

 

「それは、恩を売ってしまえば良いかと」

「……どう言う事だ?」

「分離主義者が共産党の支配から独立するのを我々が手助けした、そう言う図式にすれば良いのです」

「しかしわざわざ自治させる必要があるのか?」

「何も全力で守る必要はありません。我々には彼らを守る意志があると示せれば充分かと」

「……なるほど。確かにそれならば負担を減らす事にはなるが……」

「国民感情ならば問題無いと愚考いたしますが」

「……なぜそう思う?」

「我々は分離主義者にとっての救国の英雄となるのです。連邦に対する大衆のイメージを勘案いたしましても、我々の行動に対する評価は悪いものにはならないかと」

「確かに一理はあるように思うな」

「連邦に一泡吹かせたと言う事実が重要なのです。それに我々が解放者として振る舞えば、今後協力者が増える可能性があります。ならば連邦の戦力を削る意味も持ち得るかと」

「……なるほど、一考に値する話だ。後ほど正式なレポートに纏めて提出してくれ給え」

「はっ。了解いたしました」

「結構」

 

 その後は、再びターニャが閣下とお話しして、わたし達は閣下の執務室を辞しました。

 

 あ~、めっちゃ緊張しました。

 ターニャも先に言っといてくれれば良いのに!

 そんな文句をターニャにぶつけると、

 

「ティナはわたしの考えが分かるのだろう?それに、信頼していたからな。実際問題無かった」

 

 何て言いました。

 そんな……そんな……。

 そんな言葉じゃ騙され無いんですからね!

 まったくもう、許してあげるのは今回だけなのですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティナ・アルベルト少佐か……」

 

 静寂の戻った執務室にてゼートゥーアは一人、先ほどのやり取りを思い出していた。

 確かに魔導師としては優れているようだが、別段突出した経歴では無い。

 いや年齢を考えれば充分賞賛すべきものだが、それでもデグレチャフほど目立っていた訳では無い。

 しかしそれは、単にデグレチャフの影に隠れていただけなのだろう。

 いや、そもそも気付かれていない可能性もある。

 あれは相対せねば理解出来ない。

 

 最初は別段、特別な印象は無かった。

 実際、彼女の口にした案はデグレチャフも口にしていたものであったし、そもそもがデグレチャフの案だろうからそれは驚くに値しない。

 それどころか、わざわざ尋問担当官を連れてくるとはデグレチャフは気の利き過ぎる奴だと思ったほどだった。

 

 しかし数言交わして、すぐに気付いた。

 まるで自分の疑問を全て理解しているかのような話し振り。

 しかも恐らく、こちらがどこまで理解したのかを正確に把握し、余分な言葉を省いていた。

 事実ゼートゥーアは、先回りして丁寧に諭されていたかのような錯覚さえ覚えているのだ。

 帝国が誇る二羽烏の片翼、知性の化身であるゼートゥーアがである。

 いやゼートゥーアだからこそ、それを理解出来たのかも知れない。

 デグレチャフの提案して来た連邦内部の分離主義者の独立は、恐らくアルベルトがあってのものだろう。

 彼女の人の心に入り込んで来るかのような態度は、分離主義者の説得において大いに役立つ事だろう。

 それに彼女の前では嘘も隠し事も通用しないのだろうから裏切りも起き得ない。

 そう言った意味で言えば、公算は高いと言える。

 しかし。

 あれを、あんな知性を、あの歳の子供が持ち得るのか。

 いやあれは知性などと言う言葉で片付けられるものでは無い。

 方向性こそ違えど、隣に立っていたデグレチャフと同じく異常と言う他無い。

 しかしゼートゥーアにはもう一つの疑問もあった。

 あんな知性の仮面を被った少女のその素顔とは、しかし如何様なものか。

 それは学者肌であるゼートゥーアだからこその疑問であった。

 

「……もう少し、試してみたいな」

 

 それは帝国が抱えるもう一人の化け物に、ゼートゥーアが興味を持った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしとターニャが纏めた報告書は参謀本部にその有用性が認められる事となり、そうして発令された次なる作戦にて帝国は戦線を大幅に後退、帝国が占領した連邦の土地のほとんどは連邦内の分離主義者の皆さんに明け渡す事になりました。

 しかしその交渉の場にわたしが呼ばれるのは一体どう言う訳なのでしょうか。

 もちろん主に交渉に当たるのはゼートゥーア閣下なのですが、何故かわたしがそのサポート役に選ばれたのです。

 わたしに課せられた仕事は、ゼートゥーア閣下が説明した後の分離主義者の皆さんの疑問に答えたり、不安な事についてお話しを聞いたりする事です。

 え、何でわたしなんですか?

 作戦の提案者はターニャですよ!

 別にわたしは何も出来ないのですよ。

 それにこんな大役、わたしには荷が重過ぎるのです。

 

「あの、あの。閣下、お聞きしたいのです。わたしで本当に大丈夫なのでしょうか?」

「何、そこまで緊張せずとも良い。貴官は貴官なりに相手と話してくれれば、それで構わん。期待している」

「は、はいぃ……。頑張ります……」

 

 しかし結局重要な質疑応答などは全て閣下がして下さり、わたしはそれ以外の皆さんとお話しするだけでした。

 相手はわたし達のような職業軍人では無く、民間人がその多くを占めているようです。

 それでも最初は緊張していたのですが、何人かとお話ししている内に少しずつそれも無くなり、最後には皆さんと楽しくお話し出来ました。

 

 その後、帝国領の譲渡は特に問題無く行われました。

 ゼートゥーア閣下はわたしの仕事振りを褒めて下さいましたが、わたしは何の役にも立って無い気がするのですが。

 やはり全ては閣下のお力ですね。

 しかしこれでお仕事完了と言う訳ではありません。

 今後は戦闘団と共に、分離主義者の皆さんをお守りする必要があります。

 とは言え、今回の仕事に比べれば楽勝なのです。

 ……もうこんな大変なのは嫌なのですよ。

 

 やはりと言うか連邦も黙って分離主義者の独立を見過ごすはずも無く取り返そうと必死になっていましたが、実際送られてくる部隊の戦意は低く、それどころかその中の一部はわたし達の側に付いてくれるほどです。

 そうして何度かわたし達が連邦の抵抗を押し返している内に連邦に住む人々にも帝国の意図が伝わったらしく、また最初に自治をお任せした方々の協力もあり、各地でわたし達に呼応する人が現れ始めました。

 それならばとわたし達も皆さんと協力し、元々独立の意志が強かったらしい連邦西部が一気に連邦から離反、新たな国として独立する事となりました。

 そうして生まれた国ユーク人民共和国は、連邦領内では珍しく豊かな穀倉地帯を含む地域であった事もあり、わたし達帝国の強力な味方となってくれそうです。

 結局帝国と人民共和国、そして連邦内の分離主義者を加えた独立解放軍は結構な一大勢力となりました。

 しかしこれで終わりではありません。

 彼らの独立を連邦に認めされなければならないのです。

 ならないのですが……。

 

「やっぱり、わたし達は連邦の首都に向かうんですよね?」

 

 わたしはターニャにそう訊ねますが、案の定あっさり肯定されてしまいます。

 

「当たり前だ。今更何を言っている?」

「ですよね……」

「何だ、もしかしてまたか?」

「またと言うか、まだと言うか……」

 

 そうなのです。

 結局連邦首都に対する嫌な感覚は消えていませんでした。

 

「しかし今回は一定の戦力での攻勢だぞ?今までの連邦軍の戦力から考えてもそう問題があるとは思えんが?」

「それは、そうなのですが……」

 

 むう、一体何なんでしょうか。

 自分でも無茶を言ってるのは分かるのです。

 でもターニャを見てると、胸がざわつくと言うか……。

 ……うん、ターニャ?

 ターニャが駄目なんでしょうか?

 例えば、ターニャを首都に近付けないようにするとか。

 ……お、大丈夫みたいです。

 なるほど、つまり。

 

「ターニャはお留守番しててくれませんか?」

「何でそうなった!?」

 

 ち、ちょっと説明を省き過ぎました。

 ターニャがご立腹です。

 

「え、えーと、何と言うか。わたしの嫌な予感が、ターニャが連邦首都に向かう事に反応していると言うか……」

「はあ?……いや、そう言う事か。しかしいくら何でもそれは出来んだろう」

「あ、いえ、無理なのは分かってます。なのでせめて機甲部隊と共に後ろにいて欲しいのですが」

「それは、別に構わんが。と言うかわたしとしても望む所だしな」

 

 そうですね、ターニャは安全な後方志望ですもんね。

 しかしその願いが叶う様子が全く無いのは、何と言うべきでしょうね?

 まあ今はそれについて考えるのはやめておきましょう。

 

「しかし、それで大丈夫なのか?」

「うーん、どうなんでしょう。完璧では無いですが、少しはマシかと。少なくともわたしが我慢出来る範囲です」

「分かった。ならば今回はその方向で行くか」

「ありがとうございます、お願いします。あ、後ターニャが進軍するのはわたしが良いと言うまで待っていて欲しいのですが」

「……はぁ、分かった。ただし緊急の時は、その限りでは無いからな?」

「分かりました」

 

 こうしてわたし達は、とうとう連邦首都攻略に向けて動き出したのです。

 

 

 結果的に言えば、わたしの懸念は杞憂だったのではないかと思うほど首都攻略は順調に進みました。

 連邦首都の守備隊はおおよそ組織的とは言えず、その上首都内部に潜んでいたパルチザンがわたし達に呼応して蜂起したらしく、わたし達としてはほとんど抵抗らしい抵抗を受ける事もありませんでした。

 しかもいつの間にやら嫌な感覚も消えてますね。

 わたしがOKを出した事で、ターニャ率いるサラマンダーは全力を発揮する事になり、連邦はあっさりと降伏する事になったのでした。

 これでようやく東部戦線も落ち着きますね。

 長かった戦争も終わりが見えて来たでしょうか。

 そうだと良いなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼートゥーアとルーデルドルフ。

 戦務と作戦のそれぞれに身を置く帝国の二羽烏は参謀本部の食堂にて、対連邦の勝利についてささやかに言祝いでいた。

 とは言え未だ多くの仕事を残しているのは事実だ。

 東部だけで言っても、連邦との停戦協定に分離主義者の独立を認めさせる文言を組み込まなければならない。

 講和がならなければ軍を引く事も出来ない以上、これは急務であろう。

 実際ただでさえ兵站線に無理をさせていたのに加えて今回の大規模攻勢だ。

 細々と補強しながら誤魔化してはいるが、どう考えても長くは持たない。

 そうなれば、折角の勝利も水の泡と帰すだろう。

 それに戦争自体が終わった訳では無いのだ。

 連合王国が不穏な動きを見せている以上、早急な部隊の再編が求められる。

 それでも最も厄介だと思っていた問題が片付いたと言う事は、帝国の俊英達に僅かばかり肩の力を抜く暇を与えた。

 

「ようやく一つ、片付いたな」

「これで終わりでは無い事には、頭が痛いがな」

「確かにな。とは言え勝利は勝利、この時ばかりは……」

「ああ、我らの勝利を祝おう」

 

 そうして二人は祝いの席には甚だ不満の残る食事に手を付け始めた。

 

「いやしかし、思ったより順調に事が進んだ。運が良かったと言うべきか」

 

 実際帝国は、大きな損害も無く東部にて勝利を収めた。

 連邦軍兵士の離反が多かったのも理由の一つだが、連邦上層部はまるで機能していなかったらしい。

 上層部では責任の押し付け合いが発生し、その多くが責任を取らされたと聞く。

 その上書記長の腹心と思われていたた内務人民委員長官まで処分された事により、最早混乱は収拾のつけようが無かったようだ。

 結局、若手将校のクーデターにより書記長が倒れた事で連邦は瓦解、これ以上の継戦は不可能と判断し降伏するに至ったらしい。

 しかしそこに至るまでの発端は、やはり分離主義者の解放に成功した事に尽きるだろう。

 

「実際、貴様の提出したレポートは驚くほどに効果的だったな」

「……まあ、確かにな」

「その様子では、何か気になる事でもあるのか?」

「……実は今回のレポートにも、白銀が絡んでいる」

「……なるほどな。あの“錆銀”か」

 

 返り血で錆びた銀だと、いつしか味方からも恐れられるようになった卓越した魔導士官。

 戦術面に優れた野戦将校である事はルーデルドルフも知っていたが、ゼートゥーアは奴がそれ以上だと知っていた。

 

「そもそも初めて奴に会った時に聞かされたのが今時大戦予想と、それに伴う即応大隊構想だ。その後貴様も知る通りフィヨルド攻略を予測。共和国残党の蜂起の予見に、対連邦については専門家かそれ以上に一家言を有しているらしい。更には戦闘団設立の提案と、加えて今回の分離主義者の独立だ。ああ、士官学校時代に兵站線についての考察もしていたか」

「……凄まじいな。ひょっとして奴は未来でも見えるんじゃないか?」

「そう言われた方がよっぽど納得出来るな」

 

 違いないと、ルーデルドルフは背筋を走る冷たい感覚を誤魔化すように口端を歪めた。

 恐らく目の前の戦友も同じ感覚を覚えているのだろう。

 自分と同じような苦笑を顔に貼り付けているのが見て取れた。

 しかしどうやら友の懸念はそれだけでは無いらしい。

 

「白金の猛犬を知っているか?」

「うん?まあ、名前くらいはな。直接会って話した事は無いが……」

 

 白金の猛犬。

 とある帝国軍魔導師の二つ名だ。

 自身も黄金柏葉剣付白金十字章を持ちながら、白銀に付き従う猟犬。

 今時大戦の開戦から多くの戦場を白銀と共に駆けてきた帝国が誇る番犬である。

 その名は白銀の名と共に帝国に知れ渡っている。

 少なくとも帝国軍に身を置きながら知らない者の方が少ないだろう。

 しかしそれがどうしたと言うのだろうか。

 

「私はこの間初めて会った。あれは……、あれも化物だよ。間違い無くな」

「何?いや確かに優秀な魔導師とは聞いているが。しかし、いくら何でもあの白銀よりかは……。まさか、それほどなのか?」

 

 白銀の異常性については今しがたゼートゥーアから聞かされたばかりだ。

 それとて実は誇張が混じっているのではないかと、ルーデルドルフとしては疑わしく感じざるを得ないほどだ。

 仮にそれが真実だとしても、ではそんなのが二人もいるなど流石に冗談が過ぎるだろう。

 口にしたのが冗談など到底似合わないこの男でなければ一笑に付していた所だ。

 しかし眉間の皺を深くしながら押し黙ったままのゼートゥーアの様子には、然しものルーデルドルフも事態の深刻さを察する。

 少なくとも楽観視すべき事態ではないらしい。

 だがそれほどの奴らだとしても自分達の味方である事には違いない。

 それだけが、ルーデルドルフの心を僅かばかりでも軽くしてくれたのだった。

 

「……何にせよ、それらは我々の味方なのだ。ならば喜ぶべき事だろう」

「それは、そうだな」

 

 例え束の間の勝利だとしても。

 例え内部に憂慮すべき存在が蔓延っていようとも。

 今この時ばかりはその全ての懸念を脇に寄せる。

 今まで散々頭を悩ませ続けて来たのだ。

 ならばこそ今はこの僅かな休息に専念するとしよう。

 明日からはまた忙しくなるのだから。



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第27話 因縁

 長かった東部戦線に決着がつき、帝都に戻されたわたし達戦闘団は、一応のその役割を果たしたと言う事で解散となる運びでした。

 しかし一時待機を命じられ、間もなく戦闘団の継続運用が決定したと伝えられます。

 しかもそのまま新たな配属先まで決まりました。

 わたし達の次の行き先は再び西方となるようです。

 残る戦線は西か南であり、主に片付けなければならないのは西ですのでそこに向かわされるのは良いのですが、ここまで急ぎでとなると何だかわたしじゃ無くても嫌な予感がするのですよ。

 とは言え連邦関連の後片づけがまだ完全に終了した訳ではないので、現状多くの帝国軍が連邦領内に釘付けとなっています。

 機動力があるわたし達が取り急ぎで西方に送り込まれるのも仕方無いのかも知れません。

 

 わたし達が西へと向かうと、そこにはなんと南方軍の軍団長であったロメール将軍がいらっしゃいました。

 わたしは直接お話しした事はありませんが、大隊としては一度お世話になりましたね。

 とは言え今まで南方を抑えてこられたのはロメール将軍のお力あってのものですし、そのロメール将軍が西にいらっしゃるとなってはいよいよ不穏な様子です。

 どうやら連合王国の大規模攻勢を想定しているようですが、ターニャの様子では何となくそれ以上がありそうな気がします。

 わたしは戦闘団の司令部にてターニャとお話しする事にしました。

 

「取りあえず動かせる戦力は全てここに集められているようですが、大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫で無くとも、そうせざるを得ないのだろうな」

 

 ターニャは苦虫を噛み潰したような顔でそう呟きます。

 

「やはり、連合王国の大規模攻勢は事実なのですか?それならやはりここが正念場なのですね」

「今までだってどこも正念場だっただろう?」

「あはは、そう言われるとそうでしたね」

 

 何て二人で苦笑を浮かべました。

 しかしターニャはすぐに顔を引き締め、何事か逡巡した後おもむろに口を開きました。

 

「……だが、今回はかなり旗色が悪くなりそうだ。どうやら合州国が本格的に介入してくるらしい」

「な!?そんな……!」

 

 

 周りの将兵に聞こえないように声を潜めてそう言うターニャでしたが、わたしは驚愕の余り一瞬声を上げてしまいました。

 今までも義勇軍の派兵などはありましたが、本格的な参戦では話が違います。

 しかしターニャ曰く、共和国の残党がここまで粘っているのも合州国の援助があればこそだそうで、その物量は想像も出来ません。

 それに海洋国家故に陸軍に弱点を抱える連合王国ですが、合州国がいればその弱点を補われてしまいます。

 連合王国に対して唯一の帝国の優位性であった陸軍の戦力すら覆されては、わたし達に勝ち目はあるのでしょうか。

 

「でも一体何故なのです?合州国がわざわざ介入してくる理由が分かりません」

「最大の要因は我々が連邦に勝利した事だろう。少なくとも帝国がこれ以上強大な国となる事が看過出来ないのだろうな」

「そんな、勝手過ぎます!全部向こうから仕掛けて来たのに。わたし達は仕方無く応戦しただけなのに。それなのに勝利したら許されないなんて、そんなのあんまりなのですよ……」

「まあそれだけ各国にとって、覇権国家の誕生は許容出来ない事だと言う訳だろうな。それに合州国と連合王国の関係性からしても、無視は有り得ないだろう。どちらにせよ、我々にとっては堪ったものでは無いがな……」

 

 事態の深刻さにターニャでさえもかなり参っている様子です。

 

「……どう、するのですか?」

「水際で叩くしか無いだろう。いやそれもかなり苦しいが、かと言って上陸されては勝ち目が無い。その前に敵司令部を潰せればあるいは、と言った所か」

「失敗すれば?」

「わたし達の負けだな」

 

 苦々しくそう吐き捨てるターニャ。

 でもターニャがそこまで言うのならそれが真実なのでしょう。

 

「それなら、やるしかありませんね」

「ああ、わたしはこんな所で終わるつもりは無いからな」

「ふふ、大丈夫ですよ。ターニャの事はわたしが絶対守りますから」

 

 そうなのです。

 わたしにはやらなければならない事があるのです。

 連合王国と合州国の連合軍であればあの魔導師も、わたしが命を奪った協商連合魔導師の娘である彼女も、きっといる事でしょう。

 でももうそんな事関係ありません。

 わたしはターニャの為ならば、どんな事だろうと乗り越えてみせます。

 わたしがそんな決意を固めているとターニャがこちらをじっと見つめていました。

 

「どうかしましたか?」

「いや、……ティナもだぞ」

「はい?」

「わたしだけじゃない。ティナもこんな所で死ぬ事は許さんからな」

「………………ふぇ?」

 

 小さな声でそんな事を言うターニャ。

 何それ可愛過ぎるんですけど!?

 別の意味でここで死んでしまいそうですよ!

 今すぐ抱きしめたい衝動に駆られますが、流石に人目があるこの場所ではマズいでしょう。

 わたしは湧き上がる衝動を何とか堪え、平常心を保ちます。

 心を殺せ、いつもやってんだから出来るはずです!

 

「……。分かってます。わたしが死んでしまったらターニャを守れなくなってしまいますからね。だから大丈夫なのですよ」

「そうか、そうだな。これからも頼むぞ、ティナ」

「はい!」

 

 よっし耐えきった!

 流石わたし、やれば出来る子!

 しかし今のはヤバかったですね。

 まったくもう、こう言う不意打ちはダメなのですよ。

 こう言うのは、ちゃんと二人っきりの時にして欲しいのです。

 でもやる気はいっぱい貰えましたし、頑張るのです!

 

 

 

 

 

 

 

 

「第四中隊は我々の直掩!残りは敵の海兵魔導師を引き剥がせ!第一中隊続け、対艦攻撃だ!」

 

 上陸前の敵を攻撃すると言う事で、わたし達も二○三大隊のみでの出撃です。

 敵司令部を狙っての攻撃。

 しかし敵の猛攻によりなかなか上手くいきません。

 数もさる事ながら、その練度もかなりのものです。

 

「クソ!今ので抜けんか。……もう一度だ!」

「申し訳ありません中佐殿!このままでは押し切られます!」

 

 しかしそこでヴァイス大尉の悲痛な叫びが聞こえます。

 

「何とか持ち堪えろ!」

「全力を尽くしております。しかし物量差が違い過ぎます!」

「く、ぐぅっ……!大至急司令部に繋げ!失敗だ!我々は失敗したのだ!撤退するぞ!」

 

 ヴァイス大尉とてここで敵司令部を落とせなければ、どうなるかは理解しているでしょう。

 何が何でも止めなければならない。

 しかし彼ほどの歴戦の猛者が、それでも無理だと判断したのです。

 ターニャもそれを理解しているのでしょう。

 悔しそうに呻きながらも、撤退を指示します。

 しかし敵は追撃してくるようですね。

 一人飛び出して来ました。

 ……あの魔導師、あの反応は。

 

「中佐、追撃が来ます。わたしが殿を務めますので、急いで離脱を」

「何!?お前まさか……!」

「大丈夫です!死ぬつもりはありませんよ。さあ、急いで!」

「っ、分かった。絶対に戻って来い。命令だ!」

「了解です」

「大隊、離脱するぞ!急げ!」

 

 わたしも少し引いてから、迎撃の態勢を整えます。

 さてこちらに向かう魔導師、やはり貴女でしたか。

 それならば多分わたしが目的でしょうし、他の皆は大丈夫ですね。

 しかしわたしとてターニャから命令を受けているのです。

 ここでやられて上げる訳にはいきません。

 あの時とは違い、今度はこちらから行きますよ!

 

「待ちなさい!貴女は、……な!?」

 

 全速力でこちらに飛ぶ彼女に向かってわたしも加速し、その身体目掛けて蹴りを叩き込みます。

 お互いに相当のスピードでしたので、今のはかなりの威力となったでしょう。

 しかし彼女は吹き飛ばされながらも何とか体勢を整えようとしています。

 今ので無事とは、かなり頑丈なようですね。

 

「う、げほっげほっ!くっ……ど、どこ?」

「……ふっ!」

 

 咳き込みながら必死で周りを見渡す彼女の後ろに回り込むように近付き、その頭部を蹴り飛ばします。

 彼女は再び吹き飛んで行きました。

 ……しかしかなりふらついているとは言え、今のでも落ちないとは。

 結構本気だったのですがね?

 少し傷付きますよ。

 

「ぐぅ……!う……」

「よそ見していては駄目ですよ」

「っ!?」

 

 今度は彼女の目の前に飛んで行き、右足を大きく振りかぶってから蹴り落とそうとします。

 彼女は咄嗟に“その両腕で”わたしの蹴りを防ぎました。

 おお、ちゃんと防ぎきりましたね。

 でも隙だらけです。

 僅かに見上げるようにしてわたしの右足を受け止めている彼女の、その無防備な喉目掛けて反対の足で蹴りを入れます。

 

「ごっ!……か……は」

 

 流石に喉を潰すほど全力で蹴ってはいませんが、今ので一時的に呼吸が出来ないでしょう。

 彼女はとうとう意識を手放し、その身体は落下を始めます。

 わたしは彼女の身体を受け止めるようにして支えました。

 

 しかしどうしましょう。

 おや、どうやら彼女のお仲間の一人が迎えに来たようです。

 ならば、彼女の事はあの方にお任せするとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故突破を防げない!」

「上を取られるな!鴨撃ちだぞ!」

「何なんだこいつらは!何でこの状況で平然と突撃してくる!?」

「クソ!高度を上げろ!」

「これ以上は限界だ!」

「何としても抑えろ!抜かれたらお終いだぞ!」

 

 連合王国海兵魔導師部隊を率いるドレイク中佐は内心毒づいていた。

 帝国軍の主力が連邦に向いている隙に攻勢を掛ける。

 残っているのは僅かな方面軍のみで、こちらの勢いを止める事など出来ないだろう。

 少なくともドレイク中佐はそう聞いていた。

 それが何故最も厄介な敵を相手しなければならないのか。

 ラインの悪魔。

 情報部はあの部隊も対連邦戦線に投入されているので、我々とぶつかる事は無いと言っていた。

 しかし厳然たる事実としてここにいるのだ。

 

 情報部の奴ら適当な仕事をしやがって!

 

 決して口にこそ出さないが、しかしその尻拭いをさせられる身にもなって欲しいものだ。

 

「無理に落とそうとするな!数はこちらが優位なのだ。囲んで突破を防げ!」

 

 ドレイク中佐は何とか敵を阻止する為に指示を出す。

 しかし少し風向きが変わったらしい。

 

「中佐、敵が引いていきます。追撃しますか?」

「いや、深追いするな。罠かも知れん。奴らの目的は間違い無く司令部だ。我々の任務はその護衛だ。それを忘れるな!」

「了解しました!」

 

 首狩りは奴らの常套手段。

 ここでそれを許せば、我々の敗北が決まるだろう。

 それだけは阻止せねばならない。

 それに今は余計な荷物も背負っている。

 それに上陸さえしてしまえば、こちらの勝ちは決まったようなものだ。

 引いてくれるならば、それに越した事は無いのだ。

 そう思っていたドレイク中佐だがしかし、その荷物のせいで更なる厄介が増える事になったのだった。

 

「ち、中佐!スー中尉が一人で追撃を!」

「何だと!?あの馬鹿がぁ……!私が連れ戻しに行く!貴官は部隊を纏めて艦隊の直掩を続けろ」

「そんな、危険です!?」

「分かっている。しかし無視も出来んだろう」

「……もう、放っておけばよろしいのでは?」

「私もそうしたいのは山々だがね。あのじゃじゃ馬は曲がりなりにもかの国からの預かり物だ。そう言う訳にもいくまいよ」

 

 所属していた部隊が壊滅したメアリー・スー中尉は何故かそのままドレイク中佐の麾下に入る事になった。

 新人の面倒を押し付けられた形だが、しかしそこまではまだ良い。

 問題はスー中尉の人格にある。

 正義感が強いのか、義憤に駆られ度々こちらの命令を無視した行動を取る事がある。

 なるほど人としてはさぞかし英雄的で正しい行いだろう。

 しかしここは軍隊であり、我々は軍人なのだ。

 上からの命令を聞けない奴は、それだけで最悪の無能である。

 しかしだからと言って処分する事など出来ないだろう。

 ドレイク中佐の部下とは言え、スー中尉の所属はあくまで合州国なのだ。

 しかもどうやら合州国は彼女を評価しているらしく、昇進まで果たしていやがった。

 帝国に対する為には合州国との関係性の悪化は最も避けなければならない事態である。

 ならば、見殺しにしたなどと言われない為にも彼女をここで放っておく訳にはいかないだろう。

 

 ああ、全く厄介事を押し付けやがって!

 

 ドレイク中佐は上層部への不満を押し込みながら、スー中尉の後を追った。

 しかし帝国の魔導師は表面上は撤退を始めている。

 いくらスー中尉でもどこまでも追いかけて行くとは考えられない。

 いやそう思いたいが、既に帝国領上空である以上あまり期待も出来ないか。

 とにかく敵の攻撃が無いだけマシだろうと、ドレイク中佐は不満を飲み込む事にした。

 だからこそスー中尉の姿を捉えた時、絶望する。

 確かに敵部隊はほとんど引き上げており、スー中尉に向かっているのは殿らしき一人だけだ。

 しかしその一人が問題だった。

 四枚羽。

 何だってわざわざ事態は面倒な方向に転がるのか。

 一人であれ相手にスー中尉を助けなければならないのか。

 ドレイク中佐は部下を連れて来れば良かったと今更後悔するが時すでに遅し。

 今から部隊をこちらに向かわせても間に合うはずも無い。

 そもそもドレイク中佐が向かうまで保つかも分からないのだ。

 とは言えスー中尉はかつて一度あれ相手に生き残っている。

 ならば今回も持ち堪えてくれるかも知れない。

 そんなドレイク中佐の期待はしかし一瞬で打ち砕かれる事になる。

 

 あれは、一方的過ぎる。

 

 何故か敵が武器を使用していないのが幸いか。

 しかしその理由は不明だ。

 四枚羽は近接戦を好むと聞くから銃を使わないのはまだ良い。

 だが魔導刃まで使用していないのは如何なる理由か。

 そのお陰でスー中尉もまだ無事なようだが。

 敵が魔導刃を使用していたら、最初の一撃でスー中尉はやられていただろう。

 とは言えこのままでは長くも保つまい。

 ドレイク中佐は全速力でスー中尉の下へ向かう。

 しかしその努力も空しく、三度目の交錯の後、スー中尉は撃墜されたようだった。

 しかし何故か敵はその身体を抱えてこちらを見ている。

 まるでドレイク中佐を待っているかのようだ。

 

 どういうつもりだ?

 

 攻撃してくるつもりは無いらしい。

 スー中尉の生死が不明な以上、こちらから攻撃を仕掛ける訳にもいかないだろう。

 ドレイク中佐は警戒しながらも四枚羽に近付いていくのだった。

 

 四枚羽へと近付き、その姿をはっきりと認めた時、ドレイク中佐は驚愕していた。

 確かに遠目で見てもあまり体格が良いようには見えなかった。

 しかしこれではスー中尉とそう変わらない少女では無いか。

 こんな少女が今まで我々を脅かしていたエースだとは。

 

「あなたが彼女の上官ですか?」

「ああ、そうだ」

 

 少女から掛けられる声に意識を戻される。

 そうだ、今重要なのは敵魔導師の姿では無い。

 スー中尉の安否である。

 しかし少女の腕に抱かれたスー中尉はピクリとも動かない。

 

「ああ、大丈夫ですよ。気を失っているだけです。命に別状はありません」

 

 ドレイク中佐の視線に気付いたのか、少女がそんな事を口にする。

 どうやら彼女は無事のようだ、ドレイク中佐は少しだけ安堵した。

 しかし問題はここからだ。

 

「それで?彼女を返して頂けるのかな?」

「ええ、もちろんです。その為にお待ちしていたのですから」

 

 身構えていたドレイク中佐の思惑に反して、少女はあっさりとスー中尉の返還に同意する。

 何か交換条件でもあるのかと思っていたのだが。

 

「……何も条件はないのか?」

「ええ、特には。しかしそうですね、……それではこの場はわたし達を見逃して頂けますか?」

 

 少し考えてから、そんな事を口にする少女。

 ドレイク中佐としては面食らった。

 むしろ見逃して貰うのはこちらの方だと言うのに。

 しかしそれで済むのならお安いご用だろう。

 

「ああ、分かった。この場で君達に追撃はしないと約束しよう」

「ありがとうございます。それでは彼女を……」

 

 そう言ってスー中尉を差し出してくる少女から、彼女を受け取る。

 これで終わりだろうか。

 あまりにも突拍子も無い体験に、ドレイク中佐としても少し戸惑っていた。

 

「ああ、そうでした。もう一つだけ」

 

 後ろを向きかけていた少女が思い出したように振り返る。

 

「すみませんが、これを彼女に」

 

 そう言って少女が差し出したのは短機関銃だった。

 

「これは?」

「彼女の父親の形見です。どうか彼女に渡して上げて下さい」

 

 そこでドレイク中佐は何となく事態を察した。

 スー中尉がこの少女に向かっていった理由も、この少女の奇怪な態度も、全てを理解した。

 恐らくこの少女がスー中尉の父親の仇なのだろう。

 スー中尉ら合州国の義勇軍魔導師達は元は協商連合の出身だと聞く。

 ラインの悪魔率いるこの部隊はノルデン地方でも確認されているので、その中に彼女の父親の仇がいると言うのは充分あり得る話だ。

 ならば少女がここでスー中尉に向かい合ったのも、それでいながら中尉を殺さなかったのも分かる気がした。

 少女のそれは軍人としては有り得ない感傷だろう。

 しかしドレイク中佐はそれを馬鹿にする気にはなれなかった。

 ドレイク中佐は短機関銃を受け取る。

 

「分かった。必ず、彼女に渡そう」

「よろしくお願いします。それでは、わたしはこれで」

 

 そう言って今度こそ少女は飛び去った。



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第28話 決別

 連合王国、合州国連合軍の上陸阻止に失敗したわたし達は、放棄されていたライン戦線まで後退し、再び塹壕による防衛戦へと移行しました。

 しかし既に多くの主力を失い、度重なる戦いに疲弊しきった帝国では圧倒的な物量を誇る連合軍に太刀打ち出来ず、今のラインはかつての地獄すら超える泥沼です。

 それでも何とかギリギリで持ち堪えているのはひとえにロメール将軍の手腕によるものと言えるでしょう。

 流石僅かな戦力で南方を完封していた方です。

 何とか敵の進軍速度も落ち、膠着状態まで持ち込む事が出来ました。

 しかし結局はこれも一時凌ぎに過ぎないでしょう。

 何かこの状況を打破するものが必要です。

 とは言えそんな都合の良いものが転がっているはずもありませんけどね。

 ターニャもかなり焦っている様子で、いつも以上に暗い表情をしています。

 何か、何か無いのでしょうか?

 これ以上大切な皆が傷付くのはつらいのです。

 せめて皆だけでも何とか助けられたら良いのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしは今ターニャと共に帝都に戻って来ています。

 とは言えラインの状況は好転するどころか、日に日に悪くなっていく一方。

 では何故そんな時にわたし達だけこんな所にいるかと言うと、実は参謀本部に呼び出されたのです。

 いえ実際はターニャだけが呼ばれたのですが、わたしが無理を言って付いて来ました。

 まあ情勢が悪いとは言え今は少し落ち着いていますし、大隊もヴァイス大尉に任せてあるので大丈夫だとは思います。

 それにわたしはゼートゥーア閣下にどうしてもお聞きしたい事があったのです。

 最初はターニャも訝しげでしたが、わたしが必死にお願いしたら、最後には許可してくれました。

 何だかんだ言ってターニャは優しいのです。

 そんな訳でわたし達は参謀本部の門をくぐりました。

 向かう先は戦務参謀次長執務室。

 ああ、緊張してきました。

 

 

「さて、デグレチャフ中佐。今度の戦線について、貴官の意見を聞きたい」

「はっ。僭越ながら、消耗抑制では最早帝国の勝利は難しい段階かと」

「しかし今までそれで勝利してきたのではないか?」

「はい、閣下。今まで帝国はこちらの損耗を抑制し、敵に出血を強いる事で勝利を重ねてきました。しかし合州国が介入して来た以上、それだけでは勝利し得ないでしょう」

「このままでは帝国は負けると?」

「帝国が万全ならばいざ知らず、今の疲弊しきった帝国では到底耐え得るものではないかと」

「……では、どうするのが最善と考える?」

「最早表面上の勝利にとらわれる段階は越えております。我々はその先を見据えなければならないのです」

「つまりは……?」

「帝国を差し出すのが一番かと」

「何……?敗北せよと、貴官はそう言うのか?」

「はい、いいえ閣下。帝国という体制を差し出すのです」

「それは、どう言う事だ?」

「今まで戦争をしてきた帝国と言う国を差し出し、我々が新たなライヒを生み出すのです」

「何を……?」

「今の帝国は確かに敗北するでしょう。しかし我々は決して負けてはいないのです。我々が新たなライヒとなる以上、帝国の敗北は我々の敗北足り得ないのです」

 

 ターニャのその言葉を聞いた閣下は眉間に皺を寄せたまま押し黙ってしまいました。

 重々しく口を開いた閣下は、それでも何度かためらいながらもようやくといった風で言葉を吐き出します。

 

「……つまり貴官はクーデターを、皇帝陛下に反旗を翻すと、そう言うつもりか?」

「損耗の抑制です閣下。ライヒの地が、ライヒの民が残る限りライヒの敗北では無いのです。いつの日か再びライヒが立つ為に、今は損耗を抑制するのが一番であります。その為に帝国は生まれ変わらなければならないのです」

「……即断は、出来ない問題だ。……考える時間が欲しい」

「……分かりました。しかしあまり時間もありません」

「ああ、分かっている……」

「では、小官はこれにて失礼いたします」

 

 そう言って退出するターニャにわたしも続きます。

 わたしはターニャの提案自体は前以て聞いていたので驚きませんでしたが、やはりかなり衝撃的な考えのようです。

 実際わたしも最初に聞いた時はかなり驚きました。

 ゼートゥーア閣下は暗い表情で考え込んでいます。

 しかしターニャはその身の安全が第一の人ですから、その考えも分からなくはありません。

 しかし本当にそれで良いのでしょうか。

 わたしはターニャを守る為に存在しているつもりでしたが、でも最近は守りたい人達が増えてきてしまいました。

 もちろんターニャの事はとても大切に思っています。

 でも、わたしは……。

 一体どうしたら良いのでしょう。

 

 わたしは部屋を出た所でターニャに声を掛けました。

 

「あの、すみませんターニャ。わたしも閣下にお話ししたい事があるので、先に戻っていて下さい」

「それは別に構わんが。それなら何でさっき何も言わなかったんだ」

「えっと、緊張してて忘れてました」

 

 ターニャは呆れたようにこちらを見ていましたが、結局何も言わずに一度だけ頷いてから行ってしまいました。

 わたしは再び扉をノックして、執務室の中に足を踏み入れます。

 

「ん?ああ、アルベルト少佐か。何かあったのか?」

「はい。先ほどのデグレチャフ中佐のお話について、わたしも閣下にお話ししたい事があるのです」

「……それはデグレチャフ中佐に聞かれたくは無い話か?」

 

 !……流石ゼートゥーア閣下、鋭いですね。

 こちらの考えなどお見通しのようです。

 

「……はい」

「そうか。私も一度貴官と一対一で話がしたいと思っていたのだった。丁度良い、少し付き合ってくれないか?」

「はっ。了解しました」

 

 ゼートゥーア閣下もわたしにお話があったようです。

 これならわたしの話も聞いて貰えるでしょうか。

 

 

 ゼートゥーア閣下はかなり渋っていましたが、結局わたしの提案を承諾してくれました。

 それならばわたしもなすべき事をなしましょう。

 わたし達がラインへと戻ってすぐに、ターニャはロメール将軍に呼ばれて司令部へ向かいました。

 丁度良いですし、わたしも大隊の皆を集めてお話ししましょうかね。

 わたしの提案した作戦を成功させる為には、皆の協力が不可欠なのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 メアリーは今とても混乱していた。

 父の仇の魔導師。

 それなのにわたしを殺さなかった、あの魔導師。

 見つけたのは偶然だった。

 でもそうだと分かった途端抑えられなかった。

 父を殺したのに、どう言うつもりでわたしを殺さなかったのか。

 メアリーはそれを問い詰めようと思っていた。

 何故だか分からないけど、あの人はわたしに攻撃してこない。

 だから話を聞く余裕くらいはあるだろうと、メアリーは思っていた。

 それなのに実際近付いたら以前とは打って変わって攻撃してきた。

 少し油断していたせいもある。

 でもあれから沢山鍛えたつもりだった。

 少しは強くなったと思っていた。

 それなのにまるで歯が立たなかった。

 それどころかほとんど何が起きたのか分からなかった。

 あれがあの人の本来の実力。

 わたしがちょっとやそっと鍛えたくらいでは、まるで追いつけない。

 その事実はメアリーの心に暗い影を落とした。

 しかし同時にメアリーには、疑問もあった。

 また、死んでない。

 何故か分からないけど、メアリーは再び生き残ったのだ。

 あの時とは違う。

 相手は明確に攻撃の意志があった。

 それなのに生きているのは、やっぱりわざと生かされたとしか考えられない。

 これは後から上官であるドレイク中佐に聞いた話だけど、相手は魔導刃による近接戦を得意としながら、わたし相手には使用していなかったらしい。

 それどころか攻撃用の術式を一つも使っていなかったみたい。

 それで気絶させられたのだから、どれほどの実力の差があるのだろう。

 しかしこれであの人がわたしをわざと殺さなかったのは多分事実なのだろう。

 でもその理由については、メアリーに思い当たる節が無かった。

 それにドレイク中佐に渡された短機関銃。

 わたしが父に贈った、父の形見。

 何故ドレイク中佐が持っていたのかと驚いたが、どうやらあの人から気絶したわたしと共に受け取ったらしい。

 わたしに渡して欲しいと頼まれたと、ドレイク中佐は話していた。

 その事実がメアリーを更に混乱させる。

 

 なんでそんな事をするの?

 

 これではまるで、メアリーの事を大切に思っているかのようではないか。

 別に面識など無いはずだ。

 それどころか父の仇であるはずなのだ。

 それなのに、そんな相手がメアリーに親切にしてくれる事実を、メアリーは受け入れられないでいた。

 最初は許せないだけだった。

 出来れば、父の仇を取りたいと思っていた。

 それなのにメアリーは、今自分がどうしたいのか分からなくなってしまっていた。

 

 お父さん、わたしはどうすれば良いのかな?

 

 メアリーは父の銃をそっと抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラインに戻ってから数日。

 参謀本部の決定により、帝国軍は最後の作戦を決行する事になりました。

 この作戦の成否如何で今後の帝国の行く末が決まるのでしょう。

 正真正銘最終決戦と言う訳ですね。

 その前夜、わたしはターニャの下を訪れました。

 

「ターニャ、明日の作戦でとうとう全てが決まるのですね」

「ああ、そうだな。これで全てが決まる」

「……少し緊張してしまいますね」

「我々はいつも通りに、やるべき事をやるだけだ」

「ふふ、ターニャは相変わらずですね」

「当然だ。わたしはこんな所で終わるつもりは無い」

「そう、ですね」

 

 確かにターニャなら何があっても生き残るでしょう。

 しかしもしもその為に大隊のみんなが傷付く事になってしまったら……。

 わたしはターニャの為ならどうなっても構いませんが、それでも他にも死んで欲しく無い人達がいるのです。

 

「……ターニャなら大丈夫ですよ」

「ああ、頼りにしているぞ、ティナ」

「はい、もちろんです。ターニャ、わたし頑張りますからね」

 

 わたしの言葉に頷くターニャ。

 でもターニャはその言葉の本当の意味が分かっているのでしょうか。

 きっと分かっていないのでしょうね。

 わたしは思わずターニャを抱き締めました。

 ターニャはわずかに身じろぎしましたが、抵抗はせずにいてくれるみたいです。

 本当に愛しいです。

 だからこそ、ターニャを裏切る事になるのは本当に心苦しいですね。

 でも、やらなければなりません。

 わたしは少しだけ抱き締める腕に力を込め、その瞬間ターニャの身体がビクリと大きく跳ねました。

 

「ティ、ナ……?何……を……」

 

 ターニャは信じられないといった表情でわたしの顔を見ました。

 わたしがターニャに使ったのは、意識を奪う為の神経系の術式です。

 ターニャは普段から防御膜によってガスなどを防いでいるので、気絶させるには直接触れる必要があります。

 それでさえ普通なら警戒していますが、やはりわたしの事を信頼してくれていたようですね。

 特に抵抗なく、術式がターニャの身体に作用します。

 しかしこれでもう元通りにはなれませんね。

 わたしはその驚愕に彩られた視線に堪えられなくなり、目を伏せ彼女に謝りました。

 

「ごめんなさい、ターニャ。ターニャ・デグレチャフは帝国の為ここで犠牲となる、それが参謀本部の決定です。……みんなを守る為には仕方なかったのです。理解してくれなくて良い。許してくれなくて良い。それでも、あなたを守ると言っておきながらこんな形になってしまって、本当にごめんなさい」

「く……そ……!」

 

 わたしのその言葉で自分に何が起きたのか理解したのでしょう、ターニャは忌々しげにそう呟きながらも何とか宝珠を起動させようと体を捩りますが、わたしはそれより素早く彼女の宝珠を奪います。

 

「……すみません。これは預からせて貰いますね」

「くっ!……何で、だ。何でなんだ、ティナ!」

「ごめんなさい」

「そんな言葉が、聞きたい、んじゃ……」

「本当にごめんなさい」

「ティ……ナ……」

 

 これでターニャは本当にただの女の子と変わりありません。

 結局何も抵抗する事無く、その意識を手放しました。

 

 わたしが合図をすると、外に待機していたヴァイス大尉とヴィーシャが部屋に入ってきました。

 

「ヴィーシャ、ターニャをよろしくお願いします」

「アルベルト少佐……」

「すみません、お願いします」

 

 わたしはそれだけをヴィーシャに告げると、作戦の進行を確認する為にヴァイス大尉から受け取った参謀本部からの指令書に目を通します。

 ヴィーシャは何か言いたそうにしていましたが、わたしが顔を背け続けた事で諦めたらしく、結局何も言わずにターニャを連れて部屋を出ていきました。

 しかし横に控えているヴァイス大尉は違うようです。

 

「本当によろしいのですか?他に何か方法が……」

「ありがとうございますヴァイス大尉。でも無用の心遣いです。これはわたしがやらなければならない事です。たとえターニャに恨まれようとやると決めたのです。その為ならば、わたしはどんな罪でも被ります」

「それは……!」

「わたしは大丈夫です。大丈夫、なのですよ」

「少佐、殿……、いえ何でも、ありません」

 

 結局、わたしの決意にヴァイス大尉も言葉を飲み込んでくれたみたいです。

 

「ごめんなさい。明日はよろしくお願いします」

「……了解しました」

 

 ターニャには恨まれる事でしょう。

 それどころか、きっとみんなも許してくれてはいないのでしょう。

 泣きたくなるような事実ですが、今のわたしに悲しむ権利などありません。

 それにここまで来たら、もう後戻りなど出来るはずも無いのです。

 

 ごめんなさいターニャ。

 さようなら。



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第29話 ラインの悪魔

 その日、連合軍司令部は大混乱だった。

 突如として現れた強大な魔力反応。

 センサーの誤認ではないかと確認に上がった魔導師部隊が、しかし大隊規模で瞬時に消滅。

 この事実によって、ようやく司令部はライン上空に何か得体の知れない者が存在している事を認める事になる。

 その強力過ぎる魔力によってセンサー類はことごとくがエラーを吐き出し、また目視で観測を行おうとした部隊が次々と通信を絶った事で情報が錯綜していたが、それでも僅かな報告と、それほどの反応を起こす魔導師に他に心当たりが無い事で、その存在を恐らくラインの悪魔と断定。

 そしてその直後、皮肉にもそれを裏付ける情報が敵であるはずの帝国から届けられる事になる。

 

 帝国からの救援要請。

 連合軍司令部は当初、今現在戦争中の敵国からの救援要請など馬鹿げていると一笑に付したが、しかしもたらされた情報は切り捨てるには余りある物でもあった。

 どうやら今暴れているのはラインの悪魔に間違いは無いらしい。

 呼称名ラインの悪魔、正式名は白銀ターニャ・フォン・デグレチャフ帝国軍魔導中佐。

 参謀将校でありながら自らも卓越した魔導師である彼女は、此度の戦争を開戦当初から先導してきたらしい。

 しかし度重なる戦いに疲弊した帝国はその苛烈な姿勢に付いて行けなくなる。

 そんな弱腰の帝国に足を引っ張られるのを嫌った彼女は、とうとう軍事クーデターを画策。

 彼女はその計画を極一部の信頼出来る者にしか話していなかったが、それでもその危険性を危惧され内部告発により発覚、対する帝国は秘密裏に彼女を始末し、それを以て降伏とする作戦を立てた。

 しかし自身の暗殺を事前に察知した彼女は帝国から逃げ出し、そうして今上空では、敵魔導師を迎え撃とうとする連合軍と彼女を止めようとする帝国軍を相手に無差別に暴れ回っているらしい。

 つまり帝国の救援要請とは、彼女を共に止めて欲しいと言う事だ。

 そして彼女を止める事に成功すれば、帝国は降伏する用意があると言う。

 まあふざけた話ではあるが、このままあれを野放しにはしておけないのもまた事実だろう。

 ならば、連合軍司令部は帝国の提案に乗る事にする。

 そうしてここに、連合王国、合州国、そして帝国の三国対一人の魔導師による戦いが幕を上げる事になる。

 

 相手はたった一人。

 しかしそれを侮る者など誰一人いなかった。

 確かにたった一人だろう。

 でもそれは、紛れも無く悪魔なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『主よ!その御名の下、我が前に立ちはだかる不逞の輩、その悉くを討ち滅ぼさんと我は欲す!我、祈らん!蒙昧なる愚か者に天上からの鉄槌を!其を成す力を我に与えん!』

 

 遥か上空に位置する魔導師。

 遠目に僅かに映るその姿は、金糸のような髪を振り乱し暴虐の限りを尽くしている。

 オープンチャンネルで垂れ流される呪いの言葉は連合軍兵士を恐怖で震え上がらせ、しかもその直後に発動する術式は同じ人間の放つものとは思えない。

 かなり距離があるのにも関わらず、その一撃毎に身体の底に響く衝撃。

 あれに直撃すれば、たとえ防殻があったとしても跡形も残らないだろう。

 あんな化け物を落とせと容易く命令してくる司令部に、ドレイク中佐は出来るなら自分でやってみろと叫び返したくなる。

 しかしどうやらあれの手綱は帝国ですらとうに握る事は出来ないらしい。

 ならばあれを止めるには落とすしかないのだろう。

 多くの戦士が一人の悪魔を討ち滅ぼす為に力を合わせる。

 まるでおとぎ話だとドレイク中佐は内心苦笑する。

 おとぎ話ならばなるほど最後には勇者が勝利するだろう。

 だが出来るならば、それまでに積み重ねられる多くの犠牲の中に、自分が選ばれるのは避けたいとも思うのだった。

 しかしいつまでもここで手をこまねいている訳にもいかないのだろうなと、ドレイク中佐は覚悟を決める。

 

「さて、我々も行かざるを得ないかねぇ」

「ドレイク中佐、どうかわたしも連れて行って下さい!」

 

 さて悪魔退治だと意気込もうとした矢先、横から声が掛けられる。

 メアリー・スー中尉だ。

 彼女が戦う理由も理解したし、それに共感もしたが、だからこそ彼女がこれ以上戦う必要は無いとドレイク中佐は考えていた。

 だからこそスー中尉には待機を命じてあったはずだが、しかしその正義感によって例の如く義憤に駆られているらしい。

 その思いは人として正しいものだ。

 しかし今回ばかりは思いだけでどうにかなる相手では無い。

 

「スー中尉、貴官は予備戦力として待機だと言ったはずだが」

「しかし……」

「中尉、貴官はここで死ぬべきでは無い。君の父君もそれを望まないだろう」

「……!」

「悪いが、命令に変更は無い。君は生きろ」

 

 そう言ってドレイク中佐の部隊は飛び去っていった。

 

 残されたメアリーは悔しさに涙をこぼす。

 ドレイク中佐はきっと自分が死ぬ覚悟をしていた。

 そしてそれにメアリーが巻き込まれないようにとしてくれた。

 また守られているばかりだ。

 メアリーが幼かった頃、いつも守ってくれていた父。

 しかしその命は理不尽に奪われてしまった。

 ならばもう誰もそんな思いをしなくて済むようにと、メアリーは今度は自分が守る立場になろうとした。

 それなのに結局また守られている。

 メアリーは何も変わっていない自分の無力さに、悔しくて泣いた。

 

 離れて行く、ドレイク中佐達の反応。

 しかしそれが一瞬で掻き消える。

 

「あ、あぁ……。ああぁぁぁぁ……!」

 

 メアリーは慟哭した。

 そして同時に心の奥底から湧き上がる衝撃を抑えられそうになかった。

 折角守って貰った命だけど、ここで何もしなかったら今度こそメアリー・スーは死んでしまう。

 それなら、どうせ死んでしまうなら。

 メアリーもドレイク中佐達のように勇敢に戦って死にたいと思った。

 メアリーは悪魔に向かって飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が混濁する。

 自分の命が削れる音が聞こえるようだ。

 向かって来る者を撃ち落とそうと術式を起動。

 途端に全身至る所から血が噴き出す。

 胸に提げた宝珠は本来なら使う事すら許されないはずの代物だ。

 それが何の奇跡か、こうして問題無く動いている。

 ただその代償として使用の度に意識にはもやが掛かり、身体が傷付いていく。

 文字通り命を懸けての使用だ。

 持っていかれそうになる意識を無理やり繋ぎ止め、術式を発射。

 最早狙いなど付けられない以上、直撃は望めないだろう。

 しかし別に構わない。

 殺す事が目的では無く、攻撃したという事実があれば充分なのだから。

 

 しかし先ほどから嫌に静かだ。

 ついさっきまではこちらを落とそうと大勢が向かって来ていたと言うのに、今はその姿がまるで見えない。

 もうほとんど落としてしまったのだろうか。

 それとも様子見しているだけ?

 朦朧とする意識でどうするべきかと考えていると、また一人こちらに向かう反応。

 取り敢えずあれに対処してからその先の事は考えよう。

 

 

 

 悪魔に近付いたメアリーはまず始めにその姿に違和感を覚えた。

 本来なら綺麗な金色であろうその髪も所々が赤く染まっている。

 それどころか、全身の至る所から血を流している。

 最初は返り血かとも思ったが、防御膜に守られた魔導師ならばそんなことは有り得ないだろう。

 ならば自分の血に塗れていると言う事だが、それもおかしな話だ。

 遠くから見ていた限りでは、まともな攻撃など受けていなかったはず。

 圧倒的に、一方的に暴虐の限りを尽くしていた。

 

 どう言う事かしら?

 

 しかしメアリーのその疑問はすぐに解決する事になる。

 

 こちらの接近に気付いたらしい悪魔が術式を起動しようとする。

 すると宝珠の輝きと共に悪魔の身体の至る所から血が噴き出す。

 その姿を見てメアリーは理解した。

 なるほど強大過ぎる魔力行使にその身体が耐えられないらしい。

 あの様子ではもう長く保たないのではないだろうか。

 放って置いても直に自滅するかも知れない。

 でもそんなのメアリーには許せなかった。

 勝手に暴れて、勝手にいなくなるなんて、そんなの許せるはずがなかった。

 

 いくら傷付いているとは言っても、あんな悪魔相手ではメアリーには何も出来ないかも知れない。

 それでも何か一矢報いたかった。

 それに例えメアリーが落とされようとも、悪魔が魔力を使う度に傷付くならばそれは決して無駄死にでは無いはずだ。

 だからメアリーは迷う事無く真っ直ぐ悪魔に向かう。

 

 

 

 迎撃しようと発動した最初の一撃は当てる所か、まるで見当違いの方向に飛んで行った。

 身体に上手く力が入らず、攻撃を支える事が出来なかったのだ。

 もうここまで酷いのかと自嘲する。

 そろそろ潮時か。

 限界まで暴れて自滅しても良いが、どうせなら丁度今向かって来るあの魔導師に倒されるのも悪くはない。

 そんな事を考えてその魔導師を、その顔を見た瞬間、全身が打ち震える。

 

 ああ、ああ!

 あれは、彼女は……!

 何と言う皮肉! 何と言う奇跡!

 これが運命なのだと言うのならば、神は余程の演出家に違いない。

 ならば、その意志に則ろう。

 用意された舞台で踊ろう。

 彼女こそが悪魔を討ち滅ぼす勇者になるのだ。

 

 

 

 メアリーは悪魔に近付きながら、その姿に見覚えがあるような気がしていた。

 確かに過去に一度だけラインの悪魔の姿を見た事はあるけど、それもかなり遠くからだったし、はっきりとは見ていないのだから見覚えなんてレベルでは無いはずなのだけれど。

 それでも近付くに連れ、その感覚は強くなる。

 幸い悪魔は攻撃の度に体勢を崩しており、こちらをまともに狙う事は出来ないようで避けるのは容易い。

 それにメアリーの腕で確実に当てるにはもう少し近付く必要がある。

 何よりメアリーの持つ銃は近距離でないと威力を発揮しない。

 そうして悪魔に近付いていき、その顔がはっきり見える距離まで来た時、メアリーはその既視感の正体を知る。

 

 確かに髪の色は違う。

 それどころかどう言う訳か魔力反応まで違う。

 でも、それでもあの顔は見間違えるはずは無い。

 彼女はラインの悪魔では無いはず。

 でも今実際に暴れているのが、あの人ならば。

 彼女と出会ってからずっと迷っていたメアリーは、それでも彼女を倒す事を決意する。

 ああ、主よ。

 わたしにあの者を、あの悪魔を討ち滅ぼす力をお与え下さい。

 もうメアリーに迷いは無い。

 父の形見である短機関銃を握り締める。

 今度こそあなたを倒します!

 

 

 

 こちらに向かって来る彼女の、その腕に抱えられた銃を見て、わたしは安心しました。

 どうやら彼は、あの連合王国の魔導師はちゃんと約束を守ってくれたようですね。

 それならもう何も言う事はありません。

 それに身体も既に限界です。

 疲れました。

 素直に倒されるとしましょう。

 そうして僅かに俯くと、視界に金と赤が混じる。

 そう言えば折角術式でお揃いにしたのに、こんなに血に染まってしまっては意味が無かったですね。

 何て、どうでも良い事を考えてしまう自分自身に苦笑する。

 こんな状況だと言うのに、思ったより穏やかな気持ちです。

 やはり作戦が上手く行って安心しているのでしょうか。

 これで世界を混乱に落とし入れた悪魔、ターニャ・フォン・デグレチャフは全ての責任を負って死ぬのです。

 今までの戦争の責任のほとんどが、悪魔のせいだと言う事になっているはずです。

 ゼートゥーア閣下ならば上手くやってくれている事でしょう。

 それにお願いしていた事も、あの方ならばちゃんとやってくれるはずです。

 帝国も多大な被害を被りながら悪魔討伐に力を貸した事で、戦後の責任も少しは軽くなるのではないでしょうか。

 ならば、これでわたしの役目も終わりですね。

 確かにもうみんなに、彼女に会えないのは悲しいですけど、でも最後まで彼女を守る事が出来たのだから満足なのです。

 

 目の前の魔導師がその銃を掲げ、狙いを定めるのが見えた。

 ああ、みんな。

 ありがとうございました。

 さようなら。

 

 わたしにとっては、良く聞き慣れた銃声が鳴り響く音が聞こえる。

 そうしてわたしの意識は、次第に闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国領のとある民家の一室で、一人の幼女は新聞を握り締めてその肩を震わせていた。

 彼女の監視兼世話役として数日共に暮らした少女が泣き腫らした顔で持って来たその記事には、帝国の敗北と、反逆者ターニャ・フォン・デグレチャフの戦死が記されていた。

 その後、少女が泣きながら語ってくれた事により、幼女は全てを理解する。

 それは戦友が、親友が、たった一人で責任を負って逝ってしまったと言う事。

 

「ふ……ざ……けるな、この馬鹿が……!」

 

 幼女はその手の中でグシャグシャになったその記事を、いつまでも睨み続けていた。

 それは亡き友の選択を責めるように。

 それは友にそんな選択をさせた自身の不甲斐なさを悔いるように。



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第30話 エピローグ

 皆様ご機嫌よう。

 ティナ・アルベルトと申します。

 連邦共和国にて魔導大佐を拝命しております。

 かつて帝国と呼ばれた国は、大戦での敗北に伴いその体制を大きく変える事となりました。

 帝政の崩壊と共和制への移行。

 

 戦勝国である連合王国と合州国が共に帝国の地の全てを必要としなかった事で、共和国領、協商連合領、ダキア領等と此度の大戦で帝国が手に入れた土地を始め、開戦以前から帝国領であった多くの土地をも手放す事を条件に、ライヒはその存続を許されました。

 共和国は最後までライヒの完全な占領を粘っていたようですが、大した戦果も無いのに領土を取り戻せたのだから黙っていろと言う連合軍側の意向により、結局それ以上の追及はありませんでした。

 これは連合王国と共和国の歴史的に微妙な関係性も影響しているようですが、今はそれ以上を言及する必要は無いでしょう。

 戦後の責任についても多額の賠償金などは課されましたが、その一部を合州国が貸与えてくれたおかげで辛うじて経済破綻は免れました。

 帝国側が最大の戦犯として提示したターニャ・デグレチャフが既に亡くなっている事、また皇帝陛下が国外へ逃亡した為に帝国と言う国が崩壊した事で、戦争の規模に対して敗戦国としては大分軽いものでありましょう。

 これは疲弊しきった各国としても問題の早期解決を図り、我が国に無理難題をふっかけて戦後処理を長期化させるのを嫌った為だとも考えられます。

 

 確かに敗戦国である我が祖国は、その戦後処理によって今もかなり疲弊し、混乱していると言っても良いでしょう。

 それにこの敗戦で多くの力を失い、これからは苦難の時代が続くでしょう。

 それでもようやく訪れた平和と、その中で新たな一歩を歩み始めた祖国の姿は喜ばしいものであります。

 わたしもこの国の軍人として、今は自身に出来る全力を尽くしていきたいと思います。

 

 

 いつものように執務室にて業務をこなしていると、突如備え付けの電話が鳴り響く。

 

「はい、こちらアルベルト大佐」

「済みません大佐殿。お客様がお見えです」

 

 どうやら電話の相手は副官であるらしい。

 

「客?誰だ、幕僚監部からか?」

「いえ、その、何と言うか。とにかく大佐殿にお会いしたいと言っていますので、よろしくお願いします!」

 

 それだけ言って切れてしまった。

 おかしい。

 優秀な副官が意味の分からない客人を通すはずも無いし、それに何だか珍しいくらい興奮していたような?

 面倒事だろうか。

 とは言え無視する訳にもいかないんだろうなぁ。

 ティナは副官の対応については後で考える事にして、仕方なく立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 協商連合。

 一度は奪われた祖国に戻って来たメアリーは、久し振りに我が家を訪れる。

 既に合州国軍は退役している。

 もっと揉めるかと思ったけれど、思いの外すんなりと辞める事が出来た。

 元々義勇軍であった事と、メアリーの志願した背景が配慮されたようだった。

 それにメアリーは自分が軍人に向いていない事を思い知った。

 結局最後の最後まで上官だったドレイク中佐には迷惑を掛けっぱなしだったし、何度か戦場に立ったけど最後まで一人も殺す事は出来無かった。

 別に人殺しをしたかった訳じゃないし今となっては良かったと思っているけど、それでも軍人には向いてないんだろうなぁとメアリーは思っていた。

 絶対に倒すと誓った父の仇ですら、結局撃つ事が出来なかったのだから。

 メアリーが撃とうとしたあの瞬間、あの人は穏やかに微笑んでいた。

 ああ、きっとこの人はわたしに撃たれるのを望んでいるんだ。

 それに気付いたメアリーは、しかしそのせいで躊躇してしまった。

 結局逸れた弾丸は、彼女の身体を掠めるにとどまった。

 でももう限界だったのだろう。

 きっとわたしが撃っても撃たなくても関係無かったに違いない。

 彼女はまるで糸が切れたように落下していった。

 

 死んでしまっただろうか。

 それとも生きているだろうか。

 でももうメアリーにはどちらでも良かった。

 もうメアリーには父の仇を取る気持ちは無くなっていた。

 悲しくない訳では無い。

 でも、メアリーも戦場に立ったから分かる。

 きっと仕方の無い事だったのだ。

 今にして思えば、あの人の不可解な態度も分かる気がした。

 きっとそれは罪悪感。

 おおよそ軍人として相応しく無い感情だけど、多分間違ってない。

 そんな人が父の仇だったから、だからそれは仕方の無い事。

 許すつもりは無いし、忘れる事も無いだろう。

 それでもメアリーは復讐にとらわれる事をやめて、これからは再び穏やかに暮らしていく事を決めたのだった。

 

 ちなみにだけど、ドレイク中佐は生きている。

 と言うかあのラインで戦死した人はほとんどいなかった。

 あれほどの攻撃を受けて何故と思ったけど、実はあの時悪魔の攻撃はそのほとんどが示威攻撃で、直撃した者はいなかったそうだ。

 確かにあの攻撃で怪我をした人は一杯いたし、運が悪く亡くなってしまった人もいない訳では無い。

 でも、あいつは俺達を殺す気が無かったんだろうなとドレイク中佐は言っていた。

 結局あの人は何がしたかったのだろう。

 でももうそれを知る事は無いだろう。

 メアリーは少しだけ目を閉じ、あの奇妙な魔導師を思い浮かべて、すぐに気を取り直す。

 長い事空けていた家は所々に埃が溜まっている。

 さて、まずは大掃除しなきゃ。

 今はまだお父さんが亡くなった事に気落ちしているお母さんも故郷に、この家に戻ってくれば少しは元気を取り戻すかも知れない。

 それならばと、メアリーはこれからについて決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体の感覚が薄い。

 今自分が立っているのか、横たわっているのかすら分からない。

 それどころかこの浮遊感はもしかしたら本当に浮いているのかも。

 そんな事を考えていると、突然頭の上から声が掛けられました。

 

「気が付いたか」

 

 その声には聞き覚えがあるような。

 うーん、どちら様でしたっけ。

 えっと、前に会った時もこんな感覚があったような。

 そのときは、確か……。

 ……もしかして、神様?

 

「左様。久し振りだな」

 

 あ、やっぱりそうだったんですね。

 それならわたしは死んでしまったのでしょうか。

 

「そうでもあると言えるし、まだ違うとも言えるな」

 

 ……?

 どう言う事ですか?

 

「お主の肉体はまだ辛うじて死んではいないが、しかしほとんど瀕死だ。

このままではいずれ死に至るだろうし、大した違いは無い」

 

 ああ、じゃあやっぱり死んでしまったのではないですか。

 

「驚かないのだな」

 

 まあ分かっていた事ですし。

 それよりお尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?

 

「構わん、何だ?」

 

 あの、ターニャは、みんなは無事なのでしょうか。

 

「ああ、その事か。問題無い。お主が気に掛けていた者達は全て無事だ」

 

 ああ、良かった。

 これで心置きなくお別れ出来ますね。

 

「もう未練は無いと?」

 

 無い訳では無いですけど、自分で選んだ事ですし仕方ありません。

 それよりわたしの意義を果たせた事の方が大きいです。

 

「そうか。それほどに思える相手が出来たか」

 

 ああ、そう言えばお礼がまだでした。

 みんなに会えたのは神様のお陰なのです。

 本当にありがとうございました。

 

「その信仰心、確かに受け取った。お主ならば涅槃に至る事も出来るだろう」

 

 あはは、ありがとうございます。

 それではよろしくお願いします。

 

「…………」

 

 どうか、されましたか?

 

「いや、こうも上手く行ってしまうと、多少欲が出てくるな」

 

 ?……何の話でしょうか。

 

「折角なのだ。もう少し信仰心を高めておきたいものだ」

 

 えーと、つまりわたしは何をすれば良いのでしょうか?

 

「簡単な話だ。お主は今まで通り、創造主に対する感謝を感じておれば良い」

 

 はあ、それはもちろんですが……。

 

「ならば話は早い。幸いお主もまだ完全に死んだ訳では無いしな。これぐらいならどうとでもなる」

 

 っ!?

 それって、もしかして!?

 

「傷は全て治してやる。ああ、折角だ。ついでにその髪も元に戻しておいてやろう」

 

 もう一度みんなに、ターニャに会えるのですか!?

 あ、ありがとうございます!

 本当にありがとうございます!!

 

「良いぞ、その調子だ。どうせならば周囲の者にもその信仰心を広めるのだ。特にあの背教者には徹底的にな」

 

 は、はい!

 誰の事か良く分かりませんが、わたしの周りにももっと神様に感謝するように言えば良いのですよね?

 それなら、お任せ下さい!

 

「良し。では行って来い」

 

 そうしてわたしの意識は急速に引っ張られて、消えていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 客人だと言う副官の連絡を受け、ティナ・アルベルトことターニャ・デグレチャフは渋々そちらに向かう。

 本物のティナがターニャとして戦死した後、ゼートゥーア閣下から自分がこれからティナ・アルベルトとなる事を聞かされた。

 初めは何をふざけた事をと思ったが、これがティナの望みだと聞いては切り捨てられなかった。

 

 それでも最初は簡単に受け入れられる話では無かったし、何故彼女を見殺しにしたのだと部下に詰め寄ったりもした。

 しかしティナが本当に死ぬのだと知っていた者は一人もいなかったのだ。

 計画ではターニャの身代わりとなったティナは、ある程度の所で二○三に撃墜されたように見せ掛けて密かに回収されるはずだったらしい。

 しかし途中からティナは予定外の行動を取り始め、不審に思ったヴァイスらが気付いた時には既に敵に撃墜されていたのだと言う。

 もしかしたら最初から死ぬつもりだったのかも知れない。

 しかし真実を確かめる方法は既に無い。

 

 ティナはもう戻っては来ないだろう。

 ヴァイスらが捜索した時には死体の確認は出来なかったそうだが、彼女が持っていったはずの九五式と、それに通された彼女の首飾りは見つかったのだ。

 彼女の形見として受け取ったターニャ自身の目で確認したのだから間違いは無い。

 彼女が生きた証はもうここにしか無いのだ。

 それならばこれからはわたしが彼女の代わりに生きていこうと、そうターニャは決めたのだった。

 確かにライヒは敗れたが、しかし今はまだ国家としての体を成している以上見限るほどでも無い。

 ティナが守った国なのだからなどとは言うつもりは無いが、それでもターニャは何となくまだこの国を捨てる気にはならなかった。

 

 一応実益面でも不利な点は無い。

 階級はターニャであった時の軍歴などを考慮して、大佐へと昇進。

 加えて参謀将校の代わりとして新たに幕僚監部に席を用意されていると言う。

 ここまで至れり尽くせりでは何かあるのではとターニャは勘ぐったが、どうやらこれも全てティナからの頼みらしい。

 それでも普通は通るはずが無いようなものだが、祖国の為にその命を費やした彼女が残した願いだと、ゼートゥーア閣下が無理やり押し通したらしい。

 閣下とティナには頭の下がる思いだ。

 ならばわたしも自身に出来る事をやらねばならないだろう。

 彼女の願いはわたし達大隊の皆が平穏無事に暮らせる事だと聞いた。

 戦争は終わったし、わたしとしても念願の後方勤務となった。

 これからは平和な世の中で、国家の為組織の為に邁進していこう。

 そう思って仕事に励んでいたし、その分の評価もされている。

 忙しいながらも満足な日々を送っていたのだが、しかし今日はそれを途中で邪魔されてしまった。

 それにしても先ほどの副官の様子は気になる。

 相変わらずターニャの副官を務めるセレブリャコーフ中尉は、ターニャの性格を熟知しているはずだし、あんな態度を取るとは思えなかった。

 それにかなり興奮していた様子だった事も気に掛かる。

 まさかそれほど逼迫した状況なのだろうか。

 しかしターニャにはそれほどの面倒事には心当たりが無い。

 とは言えあれこれ思考している内に、客人を待たせている部屋に着いてしまった。

 やれやれ、仕方無い。

 何事かは分からないが、多少の面倒事は覚悟しておこう。

 そう決意して扉を開く。

 

「お待たせしました。ティナ・アルベルト大佐です」

「ふふ、お久しぶりですね」

 

 ひどく懐かしい声を聞いた気がする。

 部屋の中で副官と話していたらしい少女が、その黒髪を揺らして振り返る。

 穏やかに微笑んだ顔は良く見慣れたもので。

 その特徴的な琥珀色の瞳がわたしを捉えた。

 

「お、前、は……」

「あはは、死に損なってしまいました」

 

 そうはにかむ少女。

 隣に立つ副官はめったに無いくらいの満面の笑顔で、でもそれと同じくらいに涙を零していた。

 ああ、本当に……!

 思わず駆け寄る。

 そうして“ティナからターニャに抱きついた”のだった。

 

「わわっ!?あ、あはは。これではいつもとは逆ですね」

「うるさい……」

 

 いくつも聞きたい事はある。

 沢山言いたい事もある。

 でも取り敢えずは。

 

「おかえり、ティナ」

「はい!ただいま、ターニャ」

 

 親友の帰還を喜ぼう。



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後日談
新たな幕開け


 大戦における敗北によって消耗しきった連邦共和国にとって、再軍備は急務でありながらも、しかし対外的にはあまり大仰には出来ない問題であった。

 そこで、軍の教育カリキュラムの見直しと言う形で一定の規模と練度の維持を目指す事になる。

 特に今時大戦において帝国が他国に対して優位に立てた要因の一つである、航空魔導師の運用について更なる力が入れられる事になった。

 航空戦力の充実と共に魔導師の運用方法も変わってくるだろうと予見し、魔導師の更なる質の向上を目指したティナ・アルベルト大佐主導で、教導隊の中に航空魔導師の運用研究と教育を兼ねたアグレッサー部隊を設立。

 この部隊は他国の航空魔導師の運用方法や戦術などを研究し、また実際に運用する事で訓練における仮想敵としての役割が与えられ、連邦共和国の中でも特に実戦経験の豊富な者で構成された精鋭部隊となった。

 部隊長にはアルベルト大佐の帝国時代の古巣でもある第二○三大隊で次席指揮官を務めていたマテウス・ヨハン・ヴァイス少佐が、副隊長にはヴォーレン・グランツ大尉が任命され、他にも構成員は元二○三の隊員がそのほとんどを占める事になる。

 

 アルベルト大佐肝いりであるこの部隊は彼女の意向に強く影響を受け、また部隊員としても元指揮官の指示に従う事には特に異論は無かった。

 しかし、この精鋭部隊に士官学校を出たばかりの新人を加えるとは、一体大佐殿は何を考えているのか。

 流石のヴァイス少佐も今回ばかりは元上官の考えが理解出来なかった。

 大隊時代に何度か新人の教育を行った事もあるが、あれは戦時の緊急事態だからの事であって、平時の今ではわざわざ新人を部隊に加える必要があるとは思えなかった。

 まあその時に育てた新人が今では自分の副長なのだから、分からないものでもあるのだが。

 しかし当の本人はどこからそれを聞きつけたのか、慌ただしくヴァイスの下へ駆け込んで来た。

 

「隊長、ここに新人を加えると言うのは本当ですか!?」

「ああ、そうらしいな」

「何でも士官学校を卒業したばかりだとか」

 

 そこまで知っているとは、本当にどこで聞きつけて来たのか。

 

「全く、耳が早いな」

「では、本当なのですか?いくら何でもそれは……」

「グランツ、お前だって士官学校出たばかりの頃に大隊に加わったじゃないか」

「いや、それはそうですが、あの時と今とでは状況が違いますよ!」

 

 ヴァイスとしてもグランツの言いたい事は分かるが、何でも件の新人は一応士官学校を首席で卒業しているらしい。

 その肩書きにどれほどの意味があるのかとも思えなくはないが、少なくとも無能では無い証明にはなる。

 そもそも新人を推薦してきたのは大佐殿である以上、ヴァイスらに拒否権などあるはずも無かった。

 

「とは言え、何でも我らが大佐殿の推薦なのだ。その大佐殿も士官学校を卒業後すぐに教導隊にいたらしいしな」

「いや、それは特別な例ですよ。大佐殿のような人が何人もいるとは思えませんが……」

「まあ、それはそうだが。……いや、一人だけいたな。大佐殿に並ぶ人物が」

「……そう、でしたね」

 

 ふと思い出したようにそう言うヴァイスの言葉に、グランツが気まずそうな顔をする。

 しかしそれも無理の無い事だろう。

 ヴァイスもグランツも、いや二○三の全員が、自分達の指揮官と同じくらいに敬愛していた人物。

 皆の中心でいつも笑っていた、あまりにも軍人らしくない少女。

 しかし彼女はもうこの世にいない。

 大佐殿を、大隊を、祖国を守る為、その命の全てを費やしてしまった。

 彼女の犠牲によって、今も連邦共和国は立っている事が出来るのだから、彼女は救国の英雄と言えよう。

 しかしその高潔な意志を、その勇姿を知っているのは連邦共和国の中でも極僅かでしかない。

 ヴァイスとしてはやるせない思いも無くは無いが、しかしそれを違えてしまえばそれこそ彼女の意志を汚す事になってしまうだろう。

 ならばヴァイスとしては、彼女が守ったこの国をこれからも守り続ける事で、彼女に報いようと考えていた。

 

「まあ、あまり考えていても仕方ないだろう。我々は我々に出来る事をしていかなければ。彼女の為にもな」

「……そうですね、分かりました。しかし、一体どんな奴が来るのか」

「それについても考えても仕方ない。いつも通り、なるようにしかならんさ」

「……ですね」

 

 ヴァイスとグランツは顔を見合わせて苦笑する。

 全く、大佐殿にはいつも無茶を押し付けられる。

 そんな諦めが二人の顔には浮かんでいた。

 

 

 

 新人の着任予定の時間、その少し前にあまりにも意外な人物がヴァイスの下を訪れた。

 

「ヴィーシャ?驚いたな、何故君がここに?」

「お久しぶりです、ヴァイス少佐。新任に際しての手続きとして、わたしがサポートに来ました」

 

 当たり前のようにそう告げるヴィーシャの言葉は、しかしヴァイスにとって不可解なものだった。

 新人の着任の手続きなど、別段複雑なものでは無い。

 少なくとも大佐殿の副官がわざわざ来るほどの事とは思えなかった。

 それに新任の手続きに来たと言う割には、その新人が見当たらない事も気になる。

 

「わざわざ君が来るとは、一体どういう事だ?それに当の本人はどこにいるんだ?」

「今はアルベルト大佐殿と共に訓練を見学していると思います。わたしは先に準備しておけと言われまして」

「大佐殿まで来ているのか!?」

 

 今度こそヴァイスは驚愕のあまり声を荒げてしまった。

 まさか大佐殿がそこまで特別扱いをするなど、一体どんな相手なのだろうか。

 

「……面倒事な予感しかしないのだが」

「あ、いえ、恐らくヴァイス少佐が思われているような事は無いと思います」

 

 そう、ヴィーシャは言っていたが、ヴァイスにとっては気休めにもなりそうは無かった。

 しかしいつまでも考えていても仕方ない。

 ヴァイスは早速本題に入る事にした。

 

「まあ、良い。それで例の新人とはどんな奴なんだ」

「ええと、それは、実際見て頂いた方が良いと思います。もうそろそろ来る頃かと思いますし」

 

 しかし何故かヴィーシャは言葉を濁す。

 何なのだろうか。

 これで面倒事では無いと言われても信じろと言う方が無理では無いだろうか。

 しかし丁度その時扉をノックする音が響いた。

 そうして扉の向こうからターニャが姿を現す。

 

「久し振りだな、ヴァイス少佐。壮健そうで何よりだ」

「お久しぶりです、大佐殿。大佐殿こそお元気そうで」

「ああ、積もる話もあるだろうが、今日は別件だな。おい、お前も入って来い」

 

 大佐殿に促され部屋に入って来たのは軍人と言うには若く、まだ少女と言った所だろう。

 しかしその少女はヴァイスの前に立つと、見事な敬礼をしてみせた。

 

「フィーネ・エーベルト少尉です。只今着任いたしました!」

「!!!?」

 

 肩口に切り揃えられた黒髪。

 あどけなさの残る顔。

 人目を引く琥珀色の瞳。

 もう二度と会うはずの無かった少女が、良く見慣れた微笑を浮かべて立っていた。

 

「え、あ、いや、…………は?」

「ご指導のほど、よろしくお願いしますね?ヴァイス少佐殿」

 

 後ろでヴィーシャが笑いをこらえているのが視界に映る。

 彼女が言葉を濁していた理由がようやく理解出来た。

 くそ、覚えておけよ。

 ヴァイスはそんな思いを込めてヴィーシャを睨んだが、その視線を遮るように少女がこちらを覗き込む。

 

「むー、ヴァイス少佐、リアクション薄くないですか?もっと驚いてくれても良いではないですか」

「あ、いや、すみません。充分驚いているのですが。その、余りの事に何と言ったらよいか……」

「あ、そうだ!敬語!今度こそやめて下さいね?もうわたしの方が階級下ですし、これからは上官と部下なのですから」

「え、いや、その……」

 

 そんな風に言いくるめられるのでさえ懐かしく感じる。

 そんなやり取りに、ヴァイスは終戦からずっと心に引っ掛かっていたものが消えていくのを感じたのだった。

 

 

 

 どうやら訓練中にターニャとティナの姿を見かけたらしく、部隊は結構な大混乱だった。

 グランツなどは血相を変えて執務室に駆け込んできたほどだ。

 

「失礼します!……あ、アルベルト少佐!?」

「何だ?」

「アルベルト大佐ですよ?」

 

 グランツの言葉にターニャとティナの二人はわざとらしく冷静な反応で応えるが、しかし当然グランツは余計に混乱していく事になる。

 

「え?ああいや、アルベルト大佐殿では無く、アルベルト少佐殿が……」

「何が言いたいのだ、グランツ大尉」

「大丈夫ですか?」

「い、いや、その。俺より少佐の方こそ……」

「少尉です」

 

 現状が理解出来ないながらもなんとかグランツが絞り出した言葉は、しかしすぐさま本人に否定される事になる。

 

「え、あ、……えぇ?」

「だから、わたしはフィーネ・エーベルト少尉です」

「ああ……うん?」

「もう、本当に大丈夫ですか?グランツ大尉。これからはわたしの上官なのですから、しっかりして下さい!」

「ええと、どう言う事でしょうか?」

「えー、そっからですか……?」

「おい、ヴァイス。グランツにちゃんと説明したのか?」

 

 混乱極まったグランツの態度に苛立ったターニャがヴァイスを睨むように見る。

 とんだとばっちりだ。

 それにターニャの言動もこの惨状に荷担したのだろうから、自分が責められる謂われは無いのではないだろうか。

 しかしターニャにそんな理屈が通用するはずも無く、このままでは恐るべき大佐殿の逆鱗に触れてしまうだろう。

 ヴァイスは瞬間的に意識を切り替え、興奮冷めやらぬグランツをなだめて説明する。

 いや実際はヴァイスとしても未だに全く整理仕切れていないのだが。

 

 どうやらティナは帝国が敗れたあの日、死んではいなかったらしい。

 その後ターニャの下を訪れたティナだが、既に死んだとされた身。

 元々のティナ・アルベルトと言う位置にも今はターニャが収まってしまっているし、今更戻す事も出来ないとの事でティナにも新たな経歴が与えられたらしい。

 そうしてフィーネ・エーベルトとなったティナだが、では何故この部隊に来たかと言うと前述の通りターニャの取り計らいだった。

 もちろん再び軍属となろうとしたティナに対して初めターニャは余り良い顔をしなかった。

 まあ全てを一人で背負い込んで死にかけたのだから当然と言えよう。

 ヴァイス自身もティナの自己犠牲精神はかなり危ういものであると感じられていたし、ターニャと同じ立場だったならやはりティナを止めただろう。

 だが結局みんなと共にいたいと言うティナの熱意に負けたらしい。

 しかしその素性が複雑な為ターニャのいる中央に置いておく訳にもいかず、事情が分かっている身内であり、かつターニャとしても信頼出来るヴァイスの下に置く事になったと言う事だった。

 ティナとしてもターニャと離れるのは不本意だったが、ヴァイスら元大隊の皆と一緒だと言う事、休日は都合がつけばターニャが共に過ごすと約束した事で納得したらしい。

 それでもヴァイスは、いくら何でも無茶なのでは、正体を隠すにしても魔導反応などはどうするのかと疑問を抱いたのだが、どうやらそれすら問題ないらしい。

 何でも、最後の任務で無茶をしたせいで魔導反応が変質しているらしい。

 更にどうやら魔導反応を特定され辛くする為のジャマーを搭載した新型の宝珠を開発中らしく、ティナにはその試作型が与えられるとの事だった。

 そこまで言われては、ヴァイスとしては頷くしかない。

 いやそもそも大佐殿の命令を拒否すると言う選択肢は無いのだが。

 それにヴァイスとしても、再び彼女と戦える事は歓迎すべき事には違いないのだから。

 

 とは言えかつては上官だった者が部下になるヴァイスとしてはなかなか複雑な思いでもあった。

 しかもそれが実力を認めた相手なのだから、やりにくい事この上無い。

 

「あー、エーベルト、少尉?」

「はい、何でしょうか?」

「隊長、代わって頂けませんか?」

「何でですか!?いや無理ですよ!わたしは少尉ですし、隊長はヴァイス少佐です。それに敬語もやめて下さいって言ってるじゃないですか!」

「ですよね、はぁ……」

「ちょ、わたしが悪いみたいじゃないですか。しっかりして下さいよ……」

 

 などと、思わず弱音を吐いたヴァイスだがティナには叱られてしまった。

 全くこれではどちらが上官だか部下だか分からない。

 とは言えティナにその気が無い以上、これからはヴァイスが上官として振る舞っていかなければならないのだろう。

 いつか慣れる時が来るのだろうか。

 しかしすぐに、それは無理だろうなとも思うヴァイスなのだった。



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いつまでも

 今日はわたしがフィーネ・エーベルトとして少尉になってから初めての休日。

 最初くらいはとターニャも何とかお休みを調節してくれて、一緒に過ごせる事になりました。

 そんな訳で今日はわたしのお部屋にターニャが遊びに来ています。

 

「こうやって一緒にゆっくり出来るのは本当に久し振りですね、ターニャ。」

「そうだな……。しかしティナ、わたしはもうターニャでは無いぞ」

「ふふ。ターニャこそ、わたしはもうティナではありませんよ?」

「まあそうなんだがな。何なのだろうな、軍務中は気にならないと言うのに」

「あはは、わたしは未だに新しい名前に慣れませんよ。それに元とは言え、ターニャの事を自分の名前で呼ぶのは何となく恥ずかしいと言うか……。なのでターニャはターニャで良いのです」

「まあ構わんが、外では余りその名で呼ぶなよ?」

「別にフルネームでなければ、よっぽど大丈夫だと思いますが」

「一応な、念には念をだ」

「はーい、分かりました」

 

 確かにターニャの心配も分かります。

 ターニャは世間に戦犯として報じられましたし、何より既に故人である事になっています。

 ターニャが生きている事実を知っているのはゼートゥーア閣下を始めとする軍上層部の一部と、元二○三大隊のみんなだけです。

 だからもし世間にターニャが生きていると知れたら大問題となるでしょう。

 そうで無くとも白銀ターニャ・デグレチャフは有名人ですので、どこでバレるか分かったものではありません。

 ターニャが念を押したのも、そんな理由からでしょう。

 そもそもわたしの勝手でこんな事になっているのですから、それについて文句は言えませんけどね。

 

 

「それで、今日はどうするんだ?どこか出掛けるか?」

「それも悪く無いですけど、今日はお部屋でゆっくりしましょう」

「わたしは別に構わんが、ティナはそれで良いのか?」

「はい、お出かけはまた今度で。これからはいつだって出来ますから」

「そうか。そうだな」

「それにお部屋なら好きなだけターニャって呼んでも大丈夫ですしね」

「……そうか」

「だからターニャもまた付き合って下さいね?」

「む……、まあ都合が合えばな」

「あ、ひどーい!約束したじゃないですか!」

「だから元々都合が合えばと言っていただろうが!」

「むー、そうですけど……」

 

 何てむくれてみるけれど。

 こんな言い合いすらも懐かしく、こうして再び出来ると言う事にとても嬉しくなってしまったわたしは自然と頬が緩んでしまいます。

 ターニャはそんなわたしをじっと見つめていました。

 

「どうしたのですか、ターニャ?」

「いや……、ティナは随分楽しそうだな?」

「ええそれはもちろん!ようやく平和になりましたし、何よりターニャと一緒ですから!」

「……ああ、そうか」

 

 何て、ターニャは少し微笑んでそう言いました。

 

「ターニャはどうなんです?」

「何がだ?」

「ターニャはわたしと一緒で楽しくないですか?」

「ん……、まあ……悪くは無い」

「えへへ、ターニャってば素直じゃ無いんですからぁ」

「……うるさいぞ」

 

 こんな風にターニャと過ごせる日が来るなんて、本当に本当に嬉しくて、まるで奇跡みたいです。

 これも全て神様のお陰なのですかね。

 本当にありがとうございます。

 わたしが幸福を噛み締めていると、ターニャが慌てた様子でわたしの顔を覗き込みました。

 

「おい、ティナ!?どうした、大丈夫か!」

「な、何がですか?」

「いや、お前気付いてないのか?いきなり泣きだしたから驚いたぞ」

「え?……あれ、ほんとですね。気付きませんでした」

「……何とも無いのか?」

「はい、大丈夫です。何だか嬉しくて、勝手に涙が出て来てしまったのですよ」

「それなら良いが……。お前の話を聞いた限り、今生きてるのが不思議なほどだ。……何かあったのかと心配になる」

「ごめんなさい、本当に大丈夫です。ありがとうございます」

「いやティナが大丈夫なら別に構わんが。だが、もう勝手な事はするなよ?」

「分かっています。……ターニャが、みんながそこまでわたしの事を思ってくれてたなんて思いませんでした」

「当たり前だ。次は許さないからな」

「はい、もちろんです!」

「……いまいち信用できん」

「ええ!?何でですか!」

「自分の心に聞いてみろ」

 

 そんな事を言いますけど、でもターニャも本気じゃ無いのですね。

 ふふ、何だか珍しいくらい優しい顔してますよ?

 でもターニャの心配は杞憂なのです。

 一度みんなと離れて分かりました。

 もうターニャと、みんなとお別れするなんて考えられません。

 そんな辛い事、今のわたしにはきっともう耐えられないのですよ。

 わたしはターニャの目をじっと見つめて誓います。

 

「大丈夫です、ターニャ。もう絶対に絶対に勝手な事はしません。もう二度とターニャの、みんなの前からいなくなったりしませんから」

「……分かった。信じるからな?」

「はい、お約束します」

 

 そう言いながら、わたしはターニャをぎゅっと抱き締めました。

 すると、何とターニャも少しだけ抱き締め返してくれました。

 ふふ、もう絶対に離しませんからね。

 絶対にお別れなんてしてあげないのですから。

 

 

 ターニャとお話ししてたら、結構時間が経ってしまいました。

 そろそろお昼の用意をした方が良いですね。

 

「そう言えばお昼はどうしますか?」

「そうだな、いつもの食堂にでも行くか?」

「いつものって、昔一緒に行った所ですか?……ターニャってば、そんなにいっつも行ってるんですか?」

 

 ちなみにわたしは軍大時代にターニャと一緒に行ったきりなので、別にわたしにとってはいつもの食堂では無いのですが。

 

「まあ、休日は大体そこだな」

「ターニャもそろそろ自分で作ったらどうですか?」

「面倒だ。それにわたしが作るよりプロの作ったものの方が美味い」

「それは、そうでしょうけど……。まあターニャがそれで良いなら、それ以上は言いませんけど。とりあえず今日はわたしが作りますよ」

「ティナの料理か、久し振りだな」

「ふふ、プロのものでは無くて申し訳無いですけどね」

「いや、別にそんな事は無いぞ。ティナの料理も好きだ」

「あ、あはは。そう言われると照れてしまいますね。では、ターニャは何か食べたいものありますか?」

「別に何でも良い、ティナに任せる」

「うーん、それが一番困るのですけどね。……では今日は家にある物で簡単に作りますね」

「ああ。そうだ、食後にはコーヒーも頼む。久し振りにティナの煎れたものを飲みたい」

「はいはい、分かりました。ではちょっとだけ待ってて下さいね」

 

 そう言ってわたしは昼食の準備に取り掛かります。

 ちなみにコーヒーの豆はターニャの持参です。

 わたしはコーヒー飲みませんので仕方ありませんが、そこまでするとはターニャってばカフェイン中毒なんじゃないでしょうか?

 まあ、せっかくターニャがわたしに煎れて貰おうと持って来たのですから、ちゃんと丁寧に煎れてあげますけどね。

 そう言えば昔一緒の部屋で暮らしていた時もこうやってわたしが料理を作ったりコーヒー煎れたりしてましたけど、でもこんなにゆったりとした雰囲気なのは本当に珍しい気がします。

 やっぱり平和になった事でターニャも穏やかになったのですかね。

 

 

 昼食を終え、ターニャに食後のコーヒーを出します。

 いつもの通り砂糖もミルクも無しのブラックです。

 

「そう言えばターニャって甘いもの好きですよね?」

「ん……、いや別に普通だ」

 

 とか言いながら実はターニャはコーヒーと同じくらいに甘味に目が無いです。

 昔からコーヒー豆と共にチョコレートを隠し持ってたはずですし。

 しかし何故かいつもターニャは甘いものが好きな事を認めません。

 別に女の子なのですから、それくらい良いと思いますが。

 いや女の子で無くとも甘いもの好きな人もいますけどね、ヴァイス少佐とか。

 それにわたしも甘いもの好きですし、ヴィーシャなんて大隊時代は行く先々で友軍からカードで甘味を巻き上げてたほどだと聞きました。

 だから別にターニャが甘いもの好きでも誰もおかしいなんて言う人はいないのです。

 しかしターニャにこの事を突っ込み過ぎると何故か不機嫌になるので、適当に流す事にしましょう。

 

「でもコーヒーはいつもブラックですよね?何でですか?」

「いや、コーヒーまで甘かったら胸焼けするだろうが。コーヒーの苦味が甘味の甘さを引き立てるんだ」

「はぁ、そう言うものですかね」

 

 何気に今ターニャ甘いもの好きな事認めましたね。

 ふふ、相変わらずちょっと抜けてる所が可愛いですね。

 まあ本人には絶対に言えませんけど。

 何て事を考えていると、今度はターニャから質問が。

 

「そう言えば気になっていたんだが、ティナこそ何故コーヒーが嫌いなんだ?」

「嫌いとはちょっと違いますけどね。香りとかは好きですし」

「では何故飲まないんだ?」

「いや、苦過ぎるんですよ」

「そう言うのは煎れ方とかで変わるんじゃないのか?と言うかそこはティナの方が詳しいだろう」

「うー、まぁそうなんですけど……」

「それに別にブラックでなくても良いだろう。砂糖でもミルクでも入れれば飲めないか?」

「うーん、それでも何か独特の苦味がありませんか?それが苦手と言うか……」

「まあ、それがコーヒーの味だからな。ならやっぱり嫌いだと言うのと同じじゃないか」

「あはは、そうですかね?」

「まったく、子供舌め」

「だって子供ですもん」

 

 なんて言い合いながら二人してクスリと笑い合いました。

 

「しかし、今ティナは十六だったか?子供と言っても、もう酒も飲める年だろう?」

「あ、いえ、まあ法律上では?わたしは飲めませんってば」

「いやそれは知っている。だがそうするといくら年を重ねても、中身はいつまで経っても本当に子供だなと思ってな」

「むー、そんな事無いですよ!ターニャってば酷いのです!わたしの方がお姉さんなのですよ!」

「全くそうは感じられ無いがな。まあしかしそれならこれからは休みの度に会わなくても大丈夫だな」

「いや何でそうなるんですか!?」

「ティナはもう大人なのだろう?」

「そ、それとこれとは話が違います!それにわたしは、別に……。ああもう、分かりましたよ!わたしはまだまだ子供だからターニャと一緒にいたいの!これで良いですか!」

「別にそこまで言えとは言って無いがな」

「ターニャのイジワルぅ……」

「はは、すまんな。ちょっとした冗談だ」

「むぅ、し、仕方無いです。今回は許してあげます」

 

 まったくもう、ターニャはズルいです。

 そんな楽しそうな顔をされては怒るに怒れないのですよ。

 

「そう言えば、最近ティナはどうなんだ?」

「何がですか?」

「いや、部隊ではどんな感じなんだ?」

「うーん、別に大隊時代とそんなに変わらないですよ。ほとんど同じメンバーですし。あ、でもヴァイス少佐ったら、未だに態度がぎこちないんですよ!」

「ああ、敬語か?」

「それはなんとか頑張ってくれてますけど……。でも何だかすっごい気を使ってるんですよね。わたしは普通にして下さいって言ってるのに!」

「いや敬語じゃ無くなったんだろう?なら良いじゃないか」

「うぅ……、そうですけどぉ……」

「逆に何でお前はそんなに相手の口調にこだわるんだ?」

「だ、だって、何だか距離があるみたいで寂しいんですもん」

「……なるほどな」

 

 あ、嫌な予感。

 ターニャは意地悪な笑みを浮かべています。

 絶対によからぬ事考えてますよ、これ。

 

「ティナは今までわたしに距離を取っていたんだな。残念だ」

 

 ほらー、やっぱりこうなった!

 だから何でその結論になるんですか、わたしのはただの口癖なのに!

 

「違います!わたしは誰に対してもこうなんです!それはターニャだって知ってるじゃないですか!」

「ああ、知ってるぞ」

「じゃあ何で言ったんですか!?……何だかさっきからターニャがイジワルなんですけどぉ」

「……そうだな。わたしも久々にお前と過ごした事で少し気分が高揚しているのかもしれんな」

 

 な、な、なぁ……!

 だからそれはズルいんですってば!

 ……ターニャには敵わないなぁ、もう。

 

 

 その後も二人でいろんな事をお話しして過ごしました。

 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。

 明日からはまたお仕事ですし、今日の所はそろそろお終いですね。

 

「そうだ!ターニャ、今度のお休みはヴィーシャも誘って三人でお出かけしましょう?」

「そうだな、分かった。伝えておこう」

「はい!そうだ、お買い物とか良いと思いませんか?ターニャにも可愛いお洋服とか選んであげますよ!」

「いらん!大体いつも軍服なのだから私服など必要無いだろう!」

 

 むぅ、やっぱりターニャってばそう言うと思ったのです。

 でもわたしだってここは譲れません!

 それにさっきわたしばっかりイジワルされたんですから、今度はターニャの番ですよ!

 

「えー、勿体ないですよー。せっかくターニャは可愛いんですから、可愛いお洋服着ましょうよ。きっとヴィーシャも賛成してくれると思いますよ?」

「ふざけるな!そんな事ならわたしは行かないからな!」

「そんなの駄目です!ターニャが約束守らないなら、わたしもターニャとの約束守れなくなりますよ?またターニャの前からいなくなっちゃうかも知れませんよ?」

「く、それは卑怯だろ!それにいくら何でも冗談で済む話じゃ無いぞ!」

「う、ごめんなさい……。じゃなくて、えっと、これはさっきのお返しなのです!」

「それは許したんじゃ無かったのか?」

「そ、それとこれとは別なのです。ターニャがちゃんとわたしの事を見捨てないでいてくれれば良いんです!」

「はぁ……、何だそれは」

 

 ああ……、ターニャが呆れてる。

 このままでは押し負けてしまいます。

 こうなったら一か八かの最終手段、ヴィーシャから教えて貰ったお願いをする時のテクニックです!

 コツは出来るだけしおらしくする事。

 わたしは少し顔を伏せ、上目遣いでターニャを見ました。

 

「……ねぇターニャ、やっぱりわたしがわがままばかり言っていたからですか?わたしの事、嫌いになっちゃったのですか?」

 

 どうだ必殺、泣き落とし!

 

「な!?…………くそ、分かった!好きにしろ!」

 

 おお、まさか本当に効果があるとは。

 ヴィーシャが是非にと言うから一緒に練習したのですが、その甲斐があったのです。

 とは言え少しからかい過ぎましたかね。

 ターニャがジト目でこちらを睨んでます。

 

「あはは、ごめんなさい。冗談ですよ。ターニャが本気で嫌がる事はしませんから。だから普通にお出かけしましょう?」

「…………はぁ。まったく、お前性格悪くなってないか?」

「いやターニャに言われたく無いのですよ。さっきはわたしの事をからかったくせに」

「……ああ、昔はあんなにわたしの為に一生懸命な奴だったのにな……」

「ええ!?そんなにですか?」

「いや冗談だ」

「もう、何なんですか……。言っときますけど、今でもわたしはターニャの事を大切に思ってますからね!」

「ん、分かってる。ティナ、これからもよろしく頼む」

「はい、こちらこそ!」

 

 何てやり取りをしている内に、そろそろ本当にお別れの時間です。

 

「あ、そろそろ時間ですね。では、ターニャ。ヴィーシャにもよろしく伝えておいて下さい」

「ああ、また今度な」

「はい、また今度のお休みに」

 

 そう言ってわたしは名残を惜しみながらも、ターニャをお見送りしました。

 

 ああ、それにしても今日は本当に幸せでした。

 こんなに恵まれていて良いのでしょうか。

 少しだけ怖くなってしまいますね。

 でももし叶うのならば、どうか神様お願いします。

 いつまでもこんな時が続きますように。



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IFエンド
第30話 緩やかな終幕


この話は本編29話からの分岐となる、もう一つのエンディングです。
いわゆるバッドエンド的要素を含み、本編でのエンディングを否定するものになりますのでご注意下さい。


 ターニャ・デグレチャフは死んだ。

 それはその名を名乗る者の死と言う意味だけで無く、その精神性を体現する者すらいなくなってしまったと言う意味での事だ。

 

 親友が勝手な行動を取った末もう二度と会えなくなったと知った時、ターニャは今までに無いくらいに憤っていた。

 死んでしまった友に、そしてそれを許した者達に強い怒りを覚えていた。

 だから部下が戻って来た時、怒鳴りつけてやるつもりだったし、何なら全員を殴り倒してやりたいとすら思っていた。

 しかし憔悴しきった顔のヴァイスを見た時、そしてその腕に抱かれた彼女を見た時、それらの怒りはターニャの中から消え失せてしまった。

 その面影を残しているのが奇跡と思えるほどに傷だらけの少女。

 それでもそれはターニャの親友であったティナに間違いは無かった。

 

「ティ……ナ?」

 

 全身から力が抜ける。

 真っ直ぐ立っていられなくなり、崩れかけたのを隣にいた副官に支えられた。

 部下の前だ、みっともない真似は出来ないと思いながら、しかし体は言う事を聞かない。

 堪えようとして、それでも抑えきれずに言葉がこぼれ落ちた。

 

「何でだ……?死ぬなって、わたしは言ったよな?分かったって、そう、お前は言ったよな?なのに何で……!ふざ、けるな!何でだ、ティナ!」

 

 思わず詰め寄ろうとして、しかしやはり上手く立つ事が出来ずに地面に倒れ込んだ。

 

「何でだ!何で、お前は……!く、う……そんなの、認めん。わたしは絶対に認めないぞ!認めてやらないからな、ティナ!!」

 

 ターニャはとうとう周りに部下がいる事も、自分の今の状態も、その全てが思考の外になり大声を上げた。

 親友を失った痛み、ただそれだけがターニャの中を満たしていた。

 

 

 

 それからの事は良く覚えていない。

 後に帝国は敗北し、その後大きく変わったのだと聞かされたが、もうあまり興味が引かれなかったしいまいち理解出来なかった。

 ティナは手厚く葬られたらしく、わたしの手元には彼女から送られた首飾りだけが残った。

 彼女が最期に関わった作戦上、彼女の存在は秘匿されたし、彼女はわたしと同じく孤児院出身の為遺族もいない。

 だからこの首飾りだけが唯一彼女が確かに存在した証だった。

 

 あの日から、もう自分の体が自分のものでは無いかのように制御出来ない。

 何もしたくなかったし、何も考えたくなかった。

 一応毎日執務室に顔は出していたが仕事もまるで手につかず、周りが気を利かせてわたしに仕事を割り振らなかったのもあるのだろうが、結局何もせずただただ無為に日々を過ごした。

 これではまるで自分が最も嫌う、感情に支配され非生産的な行動を取る無能の愚か者だと、そう自分の中で喚く声もあったが、それでも今の無気力に抗う事が出来なかった。

 しかしとうとうあまりの怠惰を見かねたのか、ゼートゥーア閣下から呼び出しを受ける事になった。

 

「中佐、しばらく休養してはどうだ?確かに貴官のこれまでの功績を考えると軍としては惜しいのだが、しかし最近の様子を見ているとどうもな……」

「……申し訳ありません」

「いや貴官の事情も理解しているつもりだ。責めるつもりは無いが、しかし貴官はまだ若いのだし何もこれ以上軍にこだわる必要も無いだろう。無論無理強いするものでは無いが、ゆっくり休んで、それからまた次の身の振り方を考えるのも悪くは無いだろう?」

「…………そう、ですね。……そうします」

「……そうか。何、諸々の雑事はこちらで何とかしておこう。せめてもの労いだ。貴官は何も気にせずとも良い」

「……ありがとう、ございます」

 

 ゼートゥーア閣下は出来るだけ優しい言い方をされていたが、前世で散々同じ事をして来た自分には即座に理解出来た。

 これは、いわゆる首切り宣言だ。

 それはそうだろう。

 自分のような何もせずただ無気力なだけの者など、自分が同じ立場なら即座に首にする。

 ここまで待ってくれたのは、やはり閣下の温情なのだろう。

 しかしようやく戦争が終わり、ようやく危険な目に合わずに勤務出来るようになったのだ。

 これからこそが自分が待ち望んでいた日々だし、それを捨てるなど論外だろう。

 そうは思ったが、しかしやはりそんな自分の意志とは無関係に、わたしは閣下のお言葉に頷いていた。

 わたしが承諾したのを確認すると、閣下は少しだけ眉間の皺を緩めた。

 きっとここでわたしが騒ぎ立てるのを心配されていたのだろう。

 わたしがかつて解雇を宣告した者達は例外無く不服を申し立てていたし、わたしとしても普通なら納得出来なかっただろう。

 しかし今のわたしの状態では免職も無理からぬ事ではあるし、何より閣下や周りの者達に迷惑を掛け続ける訳にはいかない。

 そうしてわたし、ターニャ・デグレチャフは軍を辞めた。

 一応退役軍人として扱われるらしく、僅かばかりの補償と支援は受けられるらしい。

 しかしこれで本当に何もする事が無くなってしまった。

 ただ無為な日々を過ごす事に意味はあるのだろうか。

 今のわたしを見たら、彼女は何と言うだろうか。

 こんなわたしに生きている意味はあるのだろうか。

 

 

 

 荷物を纏める為に自室に戻ったターニャだったが、ふとティナの首飾りが目に入った。

 

 そう言えば、これは孤児院のシスターに貰ったと言っていたな。

 

 そのシスターはティナにとても親身であったらしく、ティナも本当の親のように慕っていたようだ。

 それならば、この首飾りはシスター返した方が良いだろう。

 確かにティナの形見だが、だからと言って自分が持っていても仕方が無いし、最早宝珠を持ち歩く事も無くなった以上使い道も無い。

 とにかく、少なくともティナの死くらいは伝えた方が良いだろう。

 そう思い至ったターニャは、久し振りに生まれ育った孤児院に帰る事にしたのだった。

 

 

 

 六年前、ティナと共に歩いた道をターニャは一人歩いて行く。

 二度と戻る事は無いと思っていた孤児院を目指す。

 あの時は、ティナが自分にとってこんなに大切な存在となるなんて思いもしなかった。

 一歩進むごとに彼女との日々が、思い出が蘇るようで、何度も足が止まりそうになる。

 かつてこの道を歩いた時よりも、今の自分は背も伸びたし、体力も付いた。

 しかしゆっくりと進む道のりは、あの時と同じか、それ以上の時間を必要とした。

 それでもその道のりにも終わりが訪れる。

 目当ての孤児院は、あの時と変わらぬ姿で静かに佇んでいた。

 しかし想定よりも遅い時間の到着となってしまった。

 あまり遅い時間に訪ねても迷惑だろうし日を改めるべきかと思っていた所、孤児院の扉が開いて中から一人のシスターが出て来た。

 記憶にあるより少し老けているが、間違い無い。

 彼女こそティナの慕っていたシスターだ。

 

「おや、こんな時間にどうかしましたか?……あなたもしかして、ターニャ?」

「……ご無沙汰しております」

「驚きました。本当にお久し振りですね。あ、どうぞ中に入って下さい。ここに、用があったのでしょう?」

 

 そう言うシスターに招かれ中へと足を踏み入れる。

 流石にこの時間では子供達が眠っている為あまり騒ぐ訳にはいかず、シスターの私室に招かれる事になった。

 

「何のおもてなしも出来ないので、申し訳無いのですけれど」

「いえ、いきなり押し掛けたのはこちらです。お気になさらず」

「ふふ、それにしても随分立派になりましたね。……それで本日はどの様なご用でこちらにいらしたのですか?」

 

 そう穏やかに微笑むシスターは、なるほど確かにどことなくティナに雰囲気が似ている気がした。

 そんなシスターの雰囲気にも促され、ターニャはゆっくりとティナとの思い出を話し始めたのだった。

 

 一緒に軍に入ってから、一緒に訓練した事。

 同じ部隊になり共に戦場を駆けた事。

 いつも一生懸命だったが、彼女はあまり軍人らしくは無かった事。

 でも良く笑う彼女は、皆から慕われていた事。

 最初は彼女の事が良く分からなかったが、いつからかとても信頼するようになっていた事。

 沢山守って貰った事。

 沢山助けて貰った事。

 そしてそれ以外にも沢山の大切な日々を貰った事。

 だけどそんな彼女が、自分の代わりに死んでしまった事。

 

 ゆっくりと一つ一つを噛み締めながら説明するターニャの言葉を、しかしシスターは最後まで静かに聞いていた。

 そうしてターニャが話し終えると同時に、シスターはターニャを優しく抱き締めた。

 

「何……を……?」

「大丈夫、大丈夫ですよ。あなたが悪い訳ではありません。だからそんなに自分を責めないで」

「……わたしは平気ですよ」

「ここにはわたししかいません。だから我慢しなくて良いのですよ。悲しい時は泣いても良いのです。ティナはきっと、あなたが辛い思いをする事は望んで無いのですよ」

 

 確かにティナの死は悲しかったが、しかし今まで泣く事は無かったのだ。

 だがそれは無意識に抑え込んでいたのだろうか。

 何も感じ無いように、我慢していたのだろうか。

 しかしそのシスターの言葉は、まるでティナにそう言われたような気がして。

 ターニャは思わず熱いものが頬を伝うのを感じていた。

 

 

 その後、ターニャが軍を辞めて暇になった事を知ったシスターの勧めで、ターニャはしばらく孤児院で手伝いをする事になった。

 

「このままではあの子も喜びませんよ。少しずつでも良いから、何かやってみませんか?」

 

 そうシスターに言われては拒否出来なかった。

 と言うかシスターの言葉は、まるでティナに諭されているような気がしてしまい、ターニャとしては否定し辛いものがあった。

 流石に正式に宣誓をしてシスターとなった訳では無いが、それでも彼女達と同じように働いた。

 ちなみに首飾りはまだわたしが持っている。

 シスターに返そうとしたのだが、

 

「ターニャが持っていて下さい。その方がきっとあの子も喜びます」

 

と言われてしまったのだ。

 まあシスターがそれで良いのならターニャとしてはそれ以上とやかく言う必要も無かったので、そのまま手元にあると言う訳だ。

 

 かつてはあんなに嫌だった孤児院での日々は、それでも今のターニャにとっては有り難く感じられた。

 ティナがいなくなったあの日からずっと続いていた喪失感が完全に消える事は無かったが、それでも少しずつ気持ちが落ち着いて行くのを感じていた。

 このままここで生活して行くのも悪くは無いかも知れない。

 ターニャはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国が敗戦し新たに連邦共和国と名を変えてから多くの時が流れた今、ヴィーシャは未だ軍人として祖国の再建に尽力していた。

 それ所かかつての上官が退役してからと言うもの、何故かゼートゥーア閣下から様々な便宜を図って頂き、今では軍の中枢に名を連ねる事を許される身となった。

 しかし軍を去ってしまったターニャのその後の足取りが分からず、ヴィーシャはずっと気掛かりであった。

 本当にある日突然ふらりといなくなり、お別れも言えず終いだったのだ。

 それにティナが亡くなってからのターニャの様子は見ていられないほどのものだったし、ヴィーシャもターニャは本当にいなくなってしまったのではないかとすら思わされた。

 しかしつい先日、ヴァイス大佐からターニャの居場所が判明したと教えられた。

 どうやら生まれ育った孤児院に戻っていたようだった。

 その安否が判明し少し安心したヴィーシャだったが、今度は居場所を知ってしまうとどうにも気になって仕方が無かった。

 とうとうヴィーシャは休暇を願い出て、ターニャの下を訪ねる事にしたのだった。

 

 ヴァイスから聞いた情報を基にたどり着いたそこは、確かに所々傷んではいるものの、思っていたよりもかなり立派な建物だった。

 ターニャやティナから昔聞かされた貧しい生活のイメージとは少し違うその佇まいに、ヴィーシャは少し驚いていた。

 しかし本来の目的はそれでは無い。

 ヴィーシャはすぐに気を取り直し、近くにいたシスターらしき人物の一人に声を掛ける。

 

「あの、すみません」

「はい、どうかされましたか?」

「ここに、ターニャ・デグレチャフと言う方がいらっしゃると聞いて来たのですが」

「あら、ターニャさんのお知り合いですか?彼女なら今は教会にいると思いますよ」

「教会?」

 

 シスターに促された方を見れば、なるほど隣接するように建てられたら教会らしき建物が見える。

 ヴィーシャはシスターお礼を言うと、教会に向かって歩きだした。

 

 教会の扉を開き中に入ったヴィーシャだが、その薄暗さに目が眩んでしまい良く見えない。

 一方で中にいた人物はこちらに気付いたようで声を掛けられる。

 

「こんにちは。あなたもお祈りにいらしたのですか?」

 

 柔らかながら、どこか芯の強さを感じられる女性の声。

 その声はゆっくりとこちらに近付いて来ているようだ。

 

「あ、いえ、わたしは人探しに……」

「そうでしたか。どのような方でしょうか?」

「それは……」

 

 声の感じからどうやら目の前まで来ていたようだ。

 ヴィーシャはようやく戻って来た視界でその人物を捉える。

 先ほど掛けられた声は記憶のものより低い。

 背もかなり伸びて、もう立派な一人の女性だ。

 しかしその髪や目元に僅かな面影がある。

 間違い無い、彼女こそヴィーシャの探し人だった。

 

「……お久し振りです、デグレチャフ中佐殿」

 

 その女性はわたしの言葉に怪訝そうな顔をしていたが、しばらくわたしの顔を見詰めるとふっと柔らかな笑みを浮かべた。

 

「……懐かしいな。セレブリャコーフ、中佐になったのだな。……どうだ、良ければ少しわたしと話をしないか?」

「は、はい。もちろんです!」

「そうか、ありがとう」

 

 そうしてヴィーシャはターニャと別れてからのお互いの事、今の連邦共和国の事、そしてかつての仲間の事などを語り合った。

 久し振りに会ったターニャは、しかしかつてに比べかなり穏やかな雰囲気となっていた。

 それは少しだけ彼女の友人を思い起こさせるもので、ヴィーシャは嬉しいような切ないような、良く分からない気持ちになったのだった。

 

 久し振りと言うにもあまりに長い時を経た二人の話は尽きる事が無く、しかしそれを語り尽くすにはあまりに時間が足りなかった。

 

「……もうこんな時間か。すまないな。忙しい身だろうに引き止めてしまって」

「いえ、わたしから望んだ事ですので。……あの、またここに来ても良いですか?」

「ああ、もちろんだ。いつでも待っている。気が向いたらまた会いに来てくれ。そして良ければまた話に付き合ってくれ」

「はい、必ず!」

 

 そうして次の休暇にはちゃんと連絡をしてから、また必ず来る事を約束したヴィーシャは名残を惜しみながらもターニャとお別れしたのだった。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ヴィーシャが去った後の教会で、ターニャは椅子に腰掛け息を吐いていた。

 最近は何となくずっと身体の調子が良くない気がする。

 若い頃に無理をし過ぎた影響か、それとも精神的な物だろうか。

 魔導師は頑丈である事で有名なはずなのだがな、とターニャは自分の現状を省みて苦笑する。

 それにしても。

 今日は特に身体が重く感じる。

 懐かしい顔に、柄にもなく気分が高揚したのだろうか。

 いや偶にはそれも良いだろう。

 窓から差し込む日差しに身を委ねながら、ターニャは先程までの時間を噛み締めるようにゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ターニャの下を訪れた数日後、いつも通り軍務に励んでいたヴィーシャの下をヴァイスが訪れた。

 

「やあ、ヴィーシャ。デグレチャフ中佐殿に会いにいったのだってな」

「はい、お元気そうで安心しました」

「そうか……。それならば尚更、非常に言い難いんだが、……中佐殿が亡くなられたそうだ」

「え、ど、どう言う事ですか!?理由は?」

「何でも病気だったそうだ。詳しくは今調べている」

「そんな……。でもわたしがお会いした時はあんなに元気だったのに……」

「推測に過ぎんが、もしかしたら君の前だったからかも知れんな。中佐殿は、我々に弱味を見せない方だったからな……。しかし本当に自分より若い者ばかり先に逝くのは参るな。ヴィーシャ、君は私より先に死んでくれるなよ?」

「……亡くなられたのはわたしのかつての上官ばかりです。ヴァイス大佐、あなたもその中に含まれていますので、どうかお気を付け下さいね?」

「なるほどな、これは一本取られたようだ」

 

 ヴァイスなりの慰めだろう言葉にヴィーシャが皮肉を返せば、ヴァイスは違いないと軽く笑って戻っていった。

 

 確かに病死であればヴィーシャにはどうしようも無いだろう。

 しかしターニャはあの時それを知っていたのだろうか。

 それなら何故再び会う約束などしたのだろうか。

 もうそれを確かめる術は無くなってしまったが、ただそれでも約束を果たす事が出来なくなってしまった事だけが、ヴィーシャにとって僅かな心残りとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと誰かの気配感じ、僅かに目を開く。

 どうやら少し眠ってしまったようだ。

 いつからいたのだろうか、傍らには誰かの立つ陰。

 しかしその顔は、逆光になってしまって良く見えなかった。

 正体も分からない人物が近くにいる事に、いつもだったら間違い無く警戒する。

 しかし今は何故だか警戒心も不快感も感じなかった。

 まだ夢でも見てるのだろうか。

 ぼんやりとそんな事を考えながら眺めていると、こちらの視線に気付いたのかその誰かがふわりと笑った気がした。

 何となく懐かしい気配がした。

 その瞬間、何かがすとんと心の中に収まった気がした。

 ずっと足りなかった何か。

 いつかに失ってしまったはずのそれ。

 あぁ……。そうか……。

 夢か現実かも定かではない。

 いや現実では有り得ないから、やはり夢なのだろう。

 しかしそれでも構わなかった。

 例え夢でも、この満たされた心は確かに今こうして感じるのだから。

 そんな事を考えながら、光に溶けて行く様に意識は消えて行った。



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