TS娘と…… (いつのせキノン)
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TS娘とお出かけするだけ
TS娘:TSした。まだオレっ子。
いい天気だ。
少々都会な駅を出てすぐ。バスターミナル近くには噴水と植え込みが近代的なデザインで設置されていて、ちょうどそこにあるベンチに座ってぼんやり空を見上げていた。
なんてことはない、現在は待ち合わせの時間を待っている状況だ。
誰とか? ただの友人だ。同じ大学に進んだ、小学校の頃からの友人である。
つい最近は色々とあってバタバタしていたんだが、ようやっと落ち着いたところで向こうから出かけるのに付き合ってほしいとの誘いが来た。例の一件以降外に出るのが怖がっていたのに、自分から改善したいという姿勢は誉め讃えるべきだろう。本人は「やめてくれ」と言っていたが。
「よ、よぉ……待った、か……?」
ぼんやりと人波を眺めて待っていると、横合いから声がかかった。
来たか、と思い振り向けば、女子が立っていた。
ウェーブがかった茶髪のロングヘア、黒縁の四角い眼鏡をかけて、その奥の瞳は緊張してるのか、恥ずかしいのか、終止視線が泳ぎ、こちらを時折見てはすぐに逸らす。
服装は黒地に花がたくさん描かれたロングスカートと黒地のローカットスニーカー。上着は身体のラインが出るような明るいグレーの薄地ニットと、その上に桃色のロングパーカーを羽織っていた。
白いミニボストンバッグを少々力みながら両手で身体の前に持つポーズは、とにかく体を縮めて人目に映りたくないと主張しているようであった。
うん、待ち人来たり。
待ってないさ、と返すと、彼女は「そ、そうかよ……」とぶっきらぼうに顔を逸らしてから、何やら下の方を向いて少しニヤついていた。
どうしたんだい? と問いかけてみるけれど、
「なッ、なんでもない!! 別に、なんかッ、そのぉ……恋人の待ち合わせみたいだな……とかッ、そんなの全然考えてねぇからっ!!」
と、顔を真っ赤にして言ってきた。途中何を言っているのかうまく聞き取れなかったんだけど、こちらの勘違いならそうなんだろう。よく「どこか抜けてるよな」と言われてきたので、どうせまたその類いなのだろう。
いやしかし、その服はどうしたのだろうか。
「ふ、服!? こ、れはっ……、姉ちゃんがくれて……変、か?」
まさか、よく似合ってる。容姿によくマッチしていて可愛らしいじゃないか。
「かっ、かわ……!? へ、かわ……ぇ、へへ……かわいい……」
頬に手を当ててもじもじし始めた。
なるほど、お姉さんからのおさがりという訳か。外に出るのはこれが初めてだといっていたはずだと思ったが、合点がいった。
ああ、そういえば。誰に向ける訳でもないけど、説明を忘れていた。
彼女は、さっきの
彼なのに彼女。いわゆる、男から女へと性転換をしたわけだ。
理由は不明、病気なのか何なのかも不明。とにかく何もわからない。
ちなみに、こうなったのは彼が遊びに泊まりに来ていたとき。2人で深夜遅くまで語ったりゲームをしたりと夜更かしをしてから寝落ちし、朝気付いたら女の子に変わっていた彼に起こされたのだ。
当時は本当に驚いたものだ。何せ美少女に起こされるなんてレアイベントなんぞ人生で一度もなかったのだから。彼だと判明するまで本気で夢だと思っていた。寝起きの頭だと本当に思考回路が回らないと痛感した日でもある。
その後は混乱してる彼に変わって親御さんに連絡を入れたり病院を探したりと面倒を見ていた。どうすればいいのか相談を受けたりもしたし、親御さんに呼ばれて一緒に会議を行ったりと、とにかく大変だったということだけ言っておこう。
そんな一件があって以降、彼女になってしまった彼はしばし情緒不安定だった節がある。
そりゃあ思春期な時期に男から女に変わってしまうという大事。原因不明の、病気かもわからない事態に巻き込まれたのだ、心中察するに余りある。
夏休みの頭の期間だったのもあって学校の心配をしなくて良かったのは不幸中の幸いだっただろう。
地元が一緒なのもあって休みの間は彼女と時間を共にする時間が多くなった。何というか、正義感と言うのだろうか、真っ先に彼が彼女となってしまったところに居合わせ、責任のようなものを感じていたのかもしれない。どうにか傍にいて不安を取り除けないかと思っていたのだ。
漠然とした理由もあって近くにいて、そのまま時間は過ぎて、そして今日に至る。
彼女の親御さんからは、精神的に安定している時間が2人で一緒にいる時なんだそうな。
これでも彼とは親友だと言える仲でもあったので、彼女が安心するというのなら近くにいることくらい苦痛でも何でもない。
考えてみれば、変わったのは外見で中身は彼のままなのだ。話が通じなくなった訳でもあるまいて、何を心配する必要があるか。
そんな訳で彼女は彼の時と変わらず、いつも通りの付き合いを続けてる。
最近は彼女のところへ顔を出してはゲームをしたり下らない話に付き合ったりだったが、今日は初の外出だ。
「こもってばかりだと良くねぇだろ」と本人の口から聴けたことは僥倖である。問題にきちんと向き合う姿勢には拍手を送りたい。
むろん、もし体調が崩れたりしたらすぐさま連れ帰る所存だ。一度面倒を見ると決めた以上は最後まで付き合ってやると誓ったのだ。親友が困っているのに助ける理由などいらないだろう。
「……どうしたんだ、ボーっとして?」
おっと、しばし惚けてしまっていたらしい。いやはや、再度決意を固めるのなら前もってやっておくべきだった。
なんでもない、と返し、行こうかと声をかける。
今日は彼女からゲームの新作を買いに行こうというお誘いだ。興味深いタイトルだったのもあって付き合うのはやぶさかでない。いや、寧ろ若干の乗り気だ。
「な、なぁ……」
家電量販店に向かおうとしたところ、彼女から声がかかった。
何だろうと振り返り、彼女の方を見やる。
「いや、その」
視線が泳ぎっぱなしだ。相変わらず鞄を持つ手に力がこもりっぱなしである。
「ぁぁ」とか「ぅ」とか、時折声を漏らしてはたまにこちらを見たり、それから斜め下やらどこかそっぽに視線をやったり。うむ、どうしたものか。
「……手、……手をッ!!」
勢いよく彼女が右手を突き出してきた。眉間に皺を寄せて、口を真一文字に引き結び、耳まで真っ赤にしてぶるぶると小刻みに震えている。若干涙目なのだが……。
どうすればいいのだろうか。長いこと一緒にいたと豪語できるのだが、今回ばかりはてんでわからぬ。
取り敢えず、こちらも同じく右手を出して握手。
……女性特有の柔らかさと、細くて折れてしまいそうな薄い感触が指越しに伝わってきた。
「んぴゃぁあっッ?!」
彼女の口から聞いたことのない悲鳴が。なんだなんだ、こうじゃないのか。
「あッ、ああああ握手してどうすんだよっ!?」
……うん、それもそうだ。今気づいた。
「違うんだよ……左手を……こうっ――――!!」
どうすれば良かったのだろうと考えていると、彼女は左手を両手で取ってきた。
「……ぉ……お、ぉぉ…………おっきい……………、」
そして顔を赤くして固まっている。心なしか、左手に感じる彼女の体温もかなり高くなっている。
ついでとばかりか、すりすりと指を絡めて堪能しているらしい。
熱でもあるのではないか?
「っ!? い、いやっ、大丈夫だ!! ほらっ、行こっ、なっ!?」
心配を他所にぐいぐいと引っ張られる。本当に体温も上がってて心配なのだが。
「こっ、これはっ……元からッ……、へっ変なこと聞くなよな!?」
……今のは変なことだったのだろうか。わからぬ。地味にショックだ。
◆
目的のゲームはすぐに買えた。新作なだけあって入荷数も多かったらしい。
彼女は意気揚々と初回限定盤を購入。ほくほく顔で満足気であった。こちらは財布の事情から通常盤で許してもらおう。
その後は特に意味もなくふらふらと2人で店内を回る。
彼女は元から電子機器だとかそういった類いに詳しいのもあり、こうなる前も時折ゲームなどを買いに来ては共に回ったものだ。パソコンだとか、音楽プレーヤーなんかを選ぶ時にはよくお世話になっている。
今は中古のゲームが並ぶエリアを歩いており、何か良いものはないかと2人で探し回っているところだ。
「お、FPSセールか……」
どうやらFPS系列が目に止まったらしい。主要タイトルからマイナーモノまで、据え置き・携帯ハード含め、様々なタイトルが軒並み価格破壊を起こしている。……ネットで評価が低かった奴は最早在庫処分レベルだ。500円とはまた……。
適当にソフトを手に取って眺め、これはどうだ、なんて隣で見ている彼女に聞けば色々と情報を喋ってくれる。
「目の付け所がいいな。初代は評価が高いぞ。出たのが結構前でグラがイマイチだけどシステム面はこれ以上ないくらいに完璧って言われてるんだ。ベータテストやった時はかなり好感触だったな」
2はイマイチだったけどな、と遠い目をする彼女を見て、なるほどと頷く。
FPSはそこまで得意でなく、どちらかと言えばMMORPGの方が得意なのだ。生返事なのは申し訳ない。普段はもっぱら彼女とオンラインで音声チャットを使いながら遊んでいる身なのだ。
「ファントムシリーズが安いな……買い時か……?」
今彼女は3本のパッケージを持って「うぬぬ」と唸っている。
それは何か有名なものなのか?
「有名も何も、あの大島監督が担当だからな。グラフィック、システム、脚本、全てにおいて高評価で買って損はないぞっ」
ファンですと言わんばかりの瞳の輝き。眩しい。
例えばな~、とソフトの一本を手渡してくれて、裏を見せながら説明してくれる。
こうしていると、自然と彼女が体を寄せてくる形になって……距離が近くなる。
ふわりと、想像もつかない甘い匂いがした。思わず、一瞬硬直する。
「? どうした?」
頭一つ小さくなった彼女がこちらを見て首を傾げる。
眼鏡越しにこちらを見上げる視線、肩から滑り落ちる髪。
なるほど、彼女は女の子であった。
いや、何でもない。何でもないのだ。
「そうか……。あ、それでなっ、これなんだけど――――」
すぐさま彼女の興味はゲームソフトの方へ。またぐいぐいと身体が寄って来る。
……もう、何も言うまい。
気付かれなくて良かったと言うべきか。
女の子らしい香りに一瞬心臓が跳ねたのは、言うまでもない。
◆
昼ごはんはどこがいいかとたずねると、「ラーメンをがっつり食べたい」とのご要望が返ってきた。
「久々に家系行きたいんだよ。流石に家にこもり過ぎた」
スマホをいじって近場のラーメン屋を探す彼女はそう言った。
いやはや、外見はこんなに可愛らしくなったというのに中身は以前のまま変わらないようだ。その方が嬉しいが。流石に中身まで変わるとそれはほぼ別人なのでは?
「あった、こっから徒歩10分……行っていいか?」
行きたい!! と顔に大きく書かれているのに断るバカがいるだろうか。いやいない。
もちろんだ、と頷くと嬉しそうにほほ笑んだ。久方ぶりのラーメンに若干テンションが上がってるらしい。
かくいうこちらも食べたいところなのだ、元より断る理由もない。
しばし歩いて目的の店につき、今日はたまたますいているのか、テーブル席にすぐに席へと通された。待ち時間がないというのは嬉しいことだ。
2人揃って看板メニューを注文。ニンニクやアブラも忘れずに追加。こちらはともかく、彼女はそんなに食えるのか?
「大丈夫だって。腹減ってるんだよ」
まぁ、ならいいか。彼女が食べたいというのなら、それを尊重しよう。
家系らしく、アブラとヤサイがこんもりとよそわれたラーメンが出てきた。
彼女の方はというと早速美味しそうに食べ始めた。髪はゴムでまとめているあたり用意周到だ。
熱々の出来立てを「はふはふ」と覚ましながら食べては頬を綻ばせ、実に美味しそうに食べている。
前々から何でも美味しそうに食べる人だとは思っていたが、彼女となってからはそれに拍車が掛かっている気がする。気のせいか?
「うめぇ……久々だと身に染みるな」
うむ、本当に、全くその通りだ。もちもちとした太麺にスープを絡ませて食べながら頷き返した。
またそのうち来よう、と珍しく思う。普段は特別考えるようなことはなかったが……。
彼女がいるからだろうか?
よく、わからなかった。
◆
昼食を取った後は近くのショッピングモールへと足を運ぶ。
特に大それた目的がある、というのでもなく、ただのウィンドウショッピングっという奴らしい。彼女が何となく寄ってみたいと言ったので付き添う次第だ。
3階と横に数百メートル規模で立ち並ぶ店は様々だが、そのほとんどはファッション関連のように思えてしまう。帽子、靴、アクセサリ……、ブランドものが多く、なるほど、学生身分には少々覚悟がいる値段がちらほらと視界に割り込んでくる。お世話になることは当分なさげだ。
とは言うが隣を行く彼女はかなり興味津々に見て回っている。電子機器以外でこうして興味を持つのは珍しいな、と失礼な考えが脳裏をよぎった。
「どうした?」
不意に彼女がこちらを見てきた。どうやら変に見つめ過ぎてしまったらしい。
なんでもないよ、と返すが、その回答に納得いただけないようだ。さて、どうしたものか。
「な、なんだよ……やっぱり変なのか……?」
……なぜ俯くのか。そうも悲し気な表情をされると困る。とても困る。これには変じゃないと返すしかわからないのだが……。
いや、うん、彼女とデートをしている人の気分というのはどんなものか考えていた、と言うべきか?
「はぁ、彼女……彼女ぉっ!?」
ど、どうした。
「おまっ、彼女作るのか!?」
何を言うかと思えば……。今のところそんな予定はないぞ。優良物件も見当たらないことだし。
「ま、まだいない……ほ、ほんとにか?」
なぜそんなに不安そうなのか。ともかくとして、そのような予定がないのは事実だ。上付いた話なんぞ年齢と同じだけないし、まだ友人と遊びに精を出す方がよっぽど有意義だと思っている。
「そっ、そうか……よかった」
? どうしたというのだ?
「なっ、なんでもないぞ!! あっ、ほら、あの服っ、あそこ行こうぜ!!」
ぐいっ、と急に腕を絡めとられ引かれてゆく。別に逃げも隠れもしないのだから、そこまで腕を極めなくても……。
あと、周りからの視線が妙に暖かいのは気のせいか? 無駄に悪目立ちしているような……。
腕を引かれて入ったのは秋物を取りそろえたレディース用衣服の専門店。おい正気か。
「姉ちゃんに女物のやつ買って来いって言われてんだよ。じゃなきゃ姉ちゃんの趣味のフリフリ着せられちまう」
……今のお姉さんの趣味らしい服も良いと思うのだが。
「こっ、これはオレが一番マシなのを着てるだけだ!! やべーやつはホントにやばいんだからなッ!?」
な、なるほど……。それはそれで好奇心的に見てみたい気もするが……。
「……そ、それとも……オレの、フリフリ、見たいのか……?」
いや、何も言うまい。着るかどうかを決めるのは彼女なのだ。うん、何でもないぞ。好きな服を選ぶと良い。
「む、ぅ……じゃあお前が似合うと思うやつ選んでくれよ」
……少し冷静に考え直してみては?
「オレの好きに決めていいんだろ? オレの決定を尊重するって」
まぁ、間違ってはない。こちらの想定する適用範囲を上回っているのだが……ああ、いや、男に二言はない。あまりうだうだと言い訳をするのも格好がつかないというものだ。
「そういうことだよ」
よろしい、とどこか満足気に頷く様子を見て、取り敢えず全力を尽くす他ないと決意する。
何だろう、自分の選んだ物を着て満足してくれるというのならば、それも悪くないと思った。
◆
時刻は夕暮れ。朝から出かけた訳だが、時間の経過というものは本当に早かった。
ちなみに午後は全部服選びに費やされた。彼女のどこからそれだけのエネルギーが湧き出てきていたのか疑問である。ラーメンか? ラーメンがそうさせるのか……?
帰路は彼女の家まで共に歩く算段である。特に理由はないが、一応彼女は元男とは言え女の身、男の自分が最後まで付き添うのが常識というものだろう。だろうな? だといいな。
帰路での話は他愛のないものだ。
久々に顔を合わせてから最初は少しギクシャクしていた空気も薄れ、いつものように言いたいことを言い合える空気だったのもあって話は弾む。
その内容はもっぱら彼女の近況だ。こちらは大して変わりのない日を過ごしているのだから喋ることもないので当たり前か。
話すことと言えばほとんどが愚痴に近い。男物の服が軒並みデカすぎて着れなくなって、精々Tシャツを寝巻として使用できるくらいだとか、髪が長くなって洗うのが面倒だとか、切ろうとしたらお姉さんに全力で止められたとか、お姉さんが趣味の服を無理やり着せてこようとしてるとか、下手すればコスプレまでさせられそうになってるとか……。
ちなみに彼女のお姉さんは服のデザイナーをやってるとかで、コスプレ衣装の製作も手掛けるなど意欲的な人物だ。たまに顔を合わせては軽く挨拶を交わす程度で、弟思いの良いお姉さんである印象があったがどうやらあながち間違いでもなかったようだ。
彼女の口から留まることを知らないように溢れてくる言葉に相槌を打ち、ときに笑い、いやはやよく喋るものだと苦笑する。
しかし、不満を垂れながらもその表情は実に楽しそうだ。こちらの目が節穴でなければ、だが。
いよいよ家も近付いてきた頃。ぽろりと彼女が口からこぼした。
「……なぁ、今日はどうだった?」
どう、とは?
「んー……迷惑じゃなかったか?」
迷惑? 全くもって、そんなことは。むしろ楽しかった。
「楽しかった……そっか、それは良かった。……オレも、久々に会えて楽しかった、よ……」
えへへ、と笑う彼女。
それならば良い。元は彼女の言い出したこと、当の本人が楽しめたのなら文句も何もない。
「……また誘ったら、一緒に来てくれるか? いやっ、無理ならいいんだ。お世辞で楽しいって言ってくれたのは嬉しいし、これからもなんて無茶は言わねぇし……」
そう言う彼女の顔を見た。どこか不安感を漂わせるような、答えを聞くのを躊躇うようなものに見えてしまった。
……何を言い出すかと思えば。
「へ?」
今日は楽しかったのだ。そこに嘘偽りはない。自分がお世辞を嫌う人間だというのはこれまで何度も言ってるからわかってるだろう。
だから、いつでも言えばいい。出かけたいのならいつでも付き合うさ。むしろこっちから連絡してやろうじゃないか。
「……い、いいのか……?」
無論。女になっただのそういう事情は一切関係ない。会いたいから会う、遊びたいから遊ぶ、話したいから話す。これまでしてきたことと、何も変わらない。それでいいじゃないか。
……うむ、そういうことだよ。
「……はは、そっか。そうだよな……オレばっか、変に考え過ぎたんだ……」
こちらの言葉に、彼女はどこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。スッキリしたか?
「したよ、したした。いやー流石だ。考えてみるとホントに、呆気ないモノなんだな」
呆気なくて結構。下らなくて良い。その関係が今に続いているのだから。
「ああ、痛感したよ。だから――――、」
不意に、彼女は突然前に立って向き合ったかと思えば――胸に飛び込んできた。
困惑するこちらを他所に、背中の方へと腕を回して、ぎゅっと……抱き着いてくる。
「……………………、っ、こっ、ここまでッ!!」
そして、慌てて彼女は腕を解いて後ずさった。
その顔は夕暮れの中でもなお赤く、耳まで広がっていた。パクパクと口を開閉しては、「あの」とか「そのっ」とか、容量の得ない言葉を述べていて。
いや、かくいうこちらもちょっと冷静でいるのは厳しい。
不意打ちの抱擁に固まってしまった。動悸も激しくて、全身が火照ったように熱かった。
あと、懐にすっぽりおさまったときの香りと、女性らしい柔らかさにあてられて、気分がどこか浮ついている。
「いっ今はこれっ、ココココここまでだからッ!! つづ、き、てかッ!! その先は……もっと、仲良くなってからだからな!?」
何か捨て台詞的なトーンで彼女はそう言い残し、ぱたぱたと家へと駆けこんで行ってしまった。
……その先。
いや、その。
これって、そういうことなのか……?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「のう、我がかわゆい妹さんや」
「!? ね、ねねねねね姉ちゃん!? なんで家に……!?」
「むふふ、かわゆい妹ちゃんがデートに行くと聞いちゃあ結果が気になって仕事なんぞ手につかんわァッ!! 有給だよ!! いいよな学生の夏休みって長くてさぁ!!」
「バカか!? うちの姉ちゃんは仕事方面にスペック特化しすぎたんじゃないのか!?」
「ふむ、そう言われてしまっては言い返せないのだけれどネ……。しかしだ、我がかわゆい妹よ。お姉さんは嬉しいのです。あんなにも親身になってくれるお友達がいるなんて……いやーお姉さんもワンチャン狙ってたけど攻略できるなら全面的にサポートしてあげるよ!! 手始めに出来上がった服のサンプルが丁度ここにあるんだけど!!」
「嫌だ!! まだそんなフリフリ着れない!!」
「彼氏くんが褒めてくれるかもだよ?」
「ぅ、ぐ……!!」
「チョロっ」
「なっ、流されねぇよ!?」
「まーまー、取り敢えず着てから考えようよ。今だけだよ、女子の服が合法的に着れるのは!!」
「この状況を一番楽しんでんじゃねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!?!?!?!?」
な ん だ こ れ は
初めてデートもの書きました。
書いてる途中はまだ良かったんだけど、推敲中は精神的に死ぬかと思いました。
萌える(死語)シチュエーションを書きたかったけどどうも魅力が出し切れません。これからも精進してまいります。
感想とかいただけると励みになります。
これからもよろしくお願いします。
追記:(続きの構想は
P.S
他二次創作については特に何か言えることもしてません。しいて言えばシンフォギア書いてます。他は手付けてません。ごめんなさい。
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TS娘と些細なキッカケ
後輩:TS娘
先輩:男
特に何があった訳でもないが、バイトをしている。近所の全国チェーンの書店兼レンタルショップだ。ちなみにカフェも併設している。
高校時代から大学の今、ずいぶんと長くバイトをしてきており、店内ではよくベテラン扱いをされてる。ちなみにメインの担当はレンタル関連。ただ色々と知ってるのも罪なモノで他担当者の分を手伝ったり請け負ったりすることもしばしば。
いや、身の上話はそんなに語らずとも良いだろう。
さて、レンタル関連と言えばCDやDVDがメインだ。
そして、最近は店長の指示もあってアイドル関連の商品の陳列が非常に多い。定番でメジャーなグループは勿論、新人からマイナー、アンダーグラウンドまで取り揃えていて、一体どこを目指しているのやらと不思議な感覚に陥る。
そんな事情もあって陳列やレンタル品を戻したりしているうちにアイドルグループの名前くらいは大体わかるようになっていた。流石に楽曲まで熱心に聴きはしないが、顔と名前は一致するようになったのだ。
今日も今日とてバイトの時間。平日で客足もまばらなので、今のうちにレンタル商品を棚に戻す作業をしておく。ついでに新商品の陳列も。
しかし、こうして作業しながらパッケージの量を見てると、店長の采配には感服である。どこから情報をリサーチしてきたのか不明だが、これまた意外にもアイドル関連のCDレンタルがかなり売り上げが伸びているのだ。これから時代が来るぞ、とはよく雑談混じりに聞いていたが、見事言い当てた訳だ。
手に持ったCDケースをぼんやりと眺めながら棚に戻してゆく中、ふとあるケースに目が止まった。
高校生が着るような、セーラー服を来たポニーテールのアイドルがジャケットに写っていた。名前は……いや、初めて見る。もしかしてレンタルに並ぶのは初めてなのか。
しかし、どうも名前に見覚えがある気がした。確か高校時代の後輩に似たような名前があった気がする。
ケースを裏返すと、今度はバスケットボールのユニフォームを着た、表のジャケットと同じ女子が。
……このデジャヴ、非常にスッキリしない。
一瞬手が止まって何度か表裏と読んでみるが、思い出せない。思うところはあるのだが、引っ掛かりがあるのか、詰まっているのか、中々答えが出せなかった。
「――――あっ」
すると、不意に、横あいから声がした。
声に聞き覚えはなく、お客様かと思い至り、咄嗟に「いらっしゃいませ」と言って視線を向けた。
再び、手が止まる。正確には、身体が膠着した。
そこには、今手元で見たばかりの顔があったのだ。服装はジーンズに白いパーカーではあったが、流石に見間違えることはない。
思わず、頭が真っ白になった。新人アイドルとは言えCDデビュー済みのアイドルが、今まさに目の前に。少し、興奮する。
と、そこで、待てよ、とまた冷静になる。もしかしたらそっくりさんなのかもしれない。よく似た人で、全くの別人という可能性も……。
「せ、先輩……、し、知ってたんスか……っ?」
そんな彼女は、こちらを指差して真っ青な顔をしていた。
と言うか、先輩、とな?
しかし、待ってほしい。流石にどう記憶をほじくり返してもこんな綺麗な後輩女子に知り合った覚えはない。
思わず咄嗟に、人違いでは? なんて口にしてしまった。
が、目の前の女の子はブンブンと顔を横に振って「何言ってんスか!!」と否定。
「高校で一緒にバスケしたじゃないッスか先輩っ」
言われて、もう一度過去を思い出してみる。
高校時代、数年前と言っても意外に記憶が薄れていた。
部活のことをぼんやりと思い出すと、そう言えば当時はよくつるんでいた後輩がいたなと思い至った。そう、確か、今目の前にいる子のような口調で……。
「そうッスよ、その後輩ッスよ!!」
ああ、なるほど。言われてみればそんな面影もあるような、ないような……。
そうなるとかなりのご無沙汰だ。高校卒業以来は顔を合わせる機会も無かったし。
記憶の中の彼を思い浮かべ、それから目の前の彼女を見る。……うん、なるほど? よくわからない。
突然だけど、この世の中には奇妙な現象がある。
ある日突然、前兆もなく性別が完全に変わってしまうというものだ。病気なのかすら不明とされているけれど、巷ではよく『TSP(性転換現象)』なんて呼ばれている。
詳しくは知らないけども、この現象が確認された例は世界でも数少なく、原因の究明や研究は全くもって進んでいないらしい。男が女に、女が男に、双方の転換が確認されているが、だからといって身体は健康体そのものであるため病院もお手上げだという。
つまり、そんなTSPが後輩に起こったことになるわけだ。
「いやホントびっくりッスよ。テレビでしか知らなかったことが自分の身に起こるとか思ってもみなかったんで」
驚きとともに会話を交わすと、後輩は苦笑しながら肩をすくめた。確かに、画面の向こう側の出来事が起こるなど、普通は思わない。
いや、まぁ起こってしまったことは仕方ないし、本人もそこまで気にしていないようなので重い話はよそう。
それよりも、だ。
アイドルをしてたのか。初耳だ。
「いや、しょーじきその話は勘弁してほしいんスよ……特に先輩には……」
CD整理の作業を続けつつアイドルの話を振れば、困ったように顔を赤くする。
しかし無理矢理スカウトされた訳でもあるまい。だとすればどこかやってみたいという想いもあったのではないか、と。
「あ、う……ま、まぁ、せっかく女の身体になったんだし、女子らしいこと少ししてみたいとは思ってたッスよ? でもホントにスカウトされるとか思わないし……、」
少し浮かれた、と?
「……うッス……、」
なるほど。納得がいった。
おおかた、男だったからこそ男がどうすれば喜ぶかわかってて、やってみたら想像以上にヒットした、と。アイドルデビューまでするとは、驚いたが。
…………いい機会だし聞いてみるか。
「ッ!? せ、先輩ッ、それだけはマジでやめてッ!!」
両手を大きく振って大慌て。
なぜだ、別に減るモンでもあるまい。
「こっちは精神削ってるんスよ!? 周りは全然自分の話聞かないままトントン拍子で話が進むし、取材だのライブだの気付いたらスケジュール全部組まれてるんスよ!!」
なんだ、すごいじゃないか。サインでも後で貰おうか。
「う、ぬぅぅ……、そう真正面から称賛されたら嬉しくなっちゃうじゃないッスか……」
「う、うっせぇッス!! いいじゃないッスか別にぃッ!!」
お客様、他の方のご迷惑となりますので、店内ではお静かに願います。
「……先輩クッッッッッッソムカつくぅぅ……ッ!!」
◆
ちょうど後輩が来たのがバイト終了時間間際だったのもあり、結局彼女はこっちがバイトを終えるまで店内併設のカフェで待っていた。
私服に戻ってカフェスペースにふらふらと行くと、いかにも女子が好みそうな、クリームがたっぷりの飲み物を頼んでスマホをいじっていた。あれはカロリーどの程度なのだろうか。気にしたら負けとか言われそうだ。
「あっ、先輩やっと来た」
テーブル付近まで近づくと、フードを被り直してた彼女がこっちを向いた。見てくれはジョギング中に休んでる女子学生っぽいが、やはり飲み物で全部台無しだろうこれは。
「む、なんスか。先輩も甘いの飲みたいんスか?」
この微妙な時間にそれはきつい。あと甘党ではない。
「先輩ガチガチの抹茶好きでしたもんね。すげぇッスよ、あの苦さは」
チョコだかコーヒーだかはわからないが、味が濃くて甘ったるそうなそれをストローで吸い切り、満足そうな表情をする。
まぁ確かに、自分の抹茶好きは普通のソレとは違うんだろう。随分と前になるが、少し抹茶モノのデザートをあげたとき、目の前でかなり苦そうなしかめっ面をしたのは印象強い。
いや、身の上話はする必要もない。
飲み終わったカップをゴミ箱に放り込む様子を見守ってから外へ出た。
そう言えば、と彼女に話を振る。
「へ? 何でレンタルCDのコーナーにいたかって?」
うん、気になる。
「あー……えっと、暇だったから?」
あながち嘘でもなさげだが、本質は違うような態度だ。
あれか、大方自分のCDの売れ行きとかの確認でもしに来たか?
「ぬ、ぅ……むぅ……」
図星らしい。歯がゆそうに表情を少ししかめつつ、軽く顔を赤くして目を逸らした。
確かに自分が関わったものが店に並ぶというのは気になるだろうし、手にとってくれるとなれば喜びもひとしおだろう。確認したくなるのは悪いことではない。
あ、それじゃああの辺の棚で目立つように配置を変えてみようか。きっと売れ行きは伸びるぞ。
「はぁぁぁぁぁっっ!? なっ、何を口走ってるんスか!?」
せっかくだしお節介をと思って。
「余計なお世話ッスよ!! ってか先輩って以前から世話好きの割には大胆に一歩踏み込んで来るんスよねぇ!?」
デリカシーなさ男ッスよ!? という言葉に、何だそれは、と返す。聞いたこともない。造語か?
それよりもアイドルの話だ。現役アイドルに話をする機会なんぞ無いと思ってたので、この際友人の仲という好機を活かして色々と聞きたい。
「えっ、いつからアイドルをやってるかって?」
聴いてみれば、彼女は少し考えながら曖昧に口にする。
「いや、実はもう半年前くらいにはなると思うんスよ……。ちょっと、ネットで配信したりしてたら直々に連絡が飛んできて……。冗談半分でオーディション受けたら合格、すぐに練習漬け、歌にダンスに女子だらけの空間……もう混乱しまくったッス……」
少し哀愁漂う表情で横目に言う姿は、苦労に揉まれた現代人さながらである。
「まぁ、踊るのは結構好きッス。皆と合わせて踊って、上手くいったときはめちゃくちゃ気持ちいいし……元々バスケやってたんで、運動神経も結構自信あるんスよ」
ステップには自信あり、と。なるほど。
「難しいステップとか、ユニットの中じゃ一番上手いってよく言われるんスよ」
見てほしいッス、と、何やら複雑そうなステップを踏んで、軽い振り付けも合わせる。素人目に見ても難しいだろうし、運動神経が全盛期だった自分でも、動きは合わせられても今の彼女のようなキレまでは出せまい。
ほんの一瞬の、真剣でもない動きの模倣だっただろうに、彼女が持つアイドルとしての強みを垣間見た気がする。
うん、上手い。豪語するだけはある。
「ただのイキった後輩じゃあないんスからねッ」
ドヤ顔でこちらを指さして来た。うんうん、あんよがじょうず。
「バカにしてるッスよねぇッ!?」
さぁ、どうだか。
「いーや、先輩ちょくちょくイジってくるの知ってるんスよ!! 高校の時も散々だったじゃないスか!! 今更ながら納得いかねーッス!!」
ではどうしろと……。
「勝負ッスよ勝負!! こっちが勝ったら先輩の奢りで焼肉食べ放題ッス!!」
チャラにするには高いコストだな……。
「先輩が勝ったら……そうッスねぇ……。ラーメン奢ってあげるッスよ!!」
つり合いが全くもって取れてないのだが?
「なーに言ってるんスか。バスケで勝負するッスよ、先輩の方が有利な勝負なんスから余裕ッスよね!!」
そう言って彼女が指差したのは、野外公園のストリート用のバスケットボールコート。
なるほど、1on1をやると……。
「まさかぁ勝負を下りる、なーんて“逃げ”はないッスよねぇ〜?」
にひひ、と意地の悪い笑みを浮かべて肘で突いてくる後輩に嘆息する。多少のブランクがあるとは言え、勝負事で逃げるのは好きじゃない。受けて立とう。
「そうこなくっちゃ」
指をパチンと鳴らして弾き、意気揚々とコートに入っていく。何ともまぁ、自信満々なことで。現役アイドルで運動してるから余裕とでも思ってるのか。
……まぁ、思ってるだろうなぁ。じゃなきゃ体格差のハンデが大きいバスケで勝負など言うはずもない。
が、負けてやる通りもない。先輩として、後輩に負けるのは悔しいのだ。
ボールは適当に、備え付けの雨避け付きのカゴに入った少々ボロいゴムボールを取り出した。
「んじゃ、勝負ッスよ!!」
先攻のオフェンスは後輩に譲り、3点先取で勝ちだ。
1本目は普通に取られて1失点。攻守
2本目、互いに1点ずつ得点。これで2対1で後輩が王手をかけた。
が、しかし、3本目で後輩のレイアップをブロックし、オフェンスで得点。これで2対2である。
「にゃああぁぁぁぁっ!? 股抜きされたぁ!!」
ディフェンスの足元がガラ空きだったので、後輩の脚の間にボールを通した技。意識してないと止められないだろうこれは。地団太を踏む姿を見てほくそ笑む。
さて、残り1本。容赦なくまたブロックして止めてやろうか。
「きぃぃぃぃぃっ、今までブロックされたことなかったのに……っ!!」
そうだろうそうだろう。だからこそ悔しがるその顔がとても愉悦である。
「うぬぅぅぅぅぅ……絶対勝つッッ!!!!」
4本目、後輩のオフェンスでスタートだ。
左右に振るフェイクに対応、ボールの突き出しにもピッタリと付けてコースは譲らない。
「ってか先輩ディフェンスさらに上手くなってないッスか!?」
サークルで時折練習する程度には続けてるし、プロの試合観戦もしてる。舐めないでほしいところだ。
それに、バスケはオフェンスよりディフェンスの方が得意だと自負してる。
「なんっ!?」
一瞬、体勢が浮いたところでドリブルカット。これで無得点、こちらのオフェンスだ。勝ったも同然では?
「かああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ファウル!!」
体に全く触れてないであろうことは一番わかってるだろうに……負け惜しみはよせ。
さぁこちらのオフェンスだ。ラーメンを奢る覚悟はできたか?
「まだ……、まだッスよ!! 先輩肝心なとこでシュート外すクセあるッスから!!」
なんて失礼な奴だ。ここは綺麗に1本決めてやろう。
ボールを貰う瞬間、わずかに体重を後ろにかけて半歩後ろへスライド。ボールが手に触れ瞬間に引き寄せ、シュートを放てる体勢へ。
すかさず後輩が詰めてくるが、構わずそのままシュート――――フェイク。
「しまっ……!?」
見事に引っかかってくれた……までは良かった。そこからがまずかった。
視界いっぱいにせまる後輩。ポンプフェイクに騙され、思った以上に飛び過ぎたらしく、完全にこっちに飛び掛かってくる体勢になっていた。
「ほわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?!?!?」
そのまま、ダイブ。
ここまで見事に引っかかるとは思わなかったので、こちらも予想外で固まってしまい、そのまま押し倒される形に。咄嗟にボールを手放して何とか受け身は取れたが……。
「せっ、先輩っ、大丈夫ッスか!?」
うーん……仰向けの身体の上に伸し掛かってマウントを取るような形に跨る彼女。思ったよりも衝撃が強く……。
ああ、いや、うん、大丈夫だ。
「もっ、申し訳ないッス……いや、ホント、フェイクだと思わずつい……」
あぁ、うん、そうだと思った。それはわかったので……どいていただけないだろうか。いつまでも腹の上に居座られるとだな……その、顔が近い……のと……。
「っ!? そっ、あっ、まっ……!?」
慌てた様子で、転げ落ちるようにドタバタと後ずさり、足に引っかかって「うにゃあ!?」と後ろ回り。それはそれで慌てすぎでは、と思う。
大丈夫か、と取り敢えず起き上がってから手を差し伸べ、
「ほっ!? あ、やっ、大丈夫、大丈夫ッスよ……」
一瞬、こちらの手を握ろうとして固まり、やや間があって恐る恐る手を掴んできてくれた。そのまま引き上げ、立ち上がらせる。
いや、ともかくお互いに怪我がなくて良かった。遊びで怪我なんぞ、笑い話にしては少々冗談がキツイ。
「そ、そッスね……」
……なぜか目を逸らしてパーカーの袖で顔を隠している。話を聞いてないな?
「や、いやっ、そ……んなことはぁ、ないッスよっ?」
動揺しすぎて目が泳いでいるのだがこれ如何に。
「あっ、あーっ!! そうだそうだそう言えばッ!! この後仕事の打ち合わせがあったんだったー!!」
はい?
「ってなワケで先輩また今度ーっ!! いやー、予定あるんだったなァー!! あはははははははははははっ!!」
いや、ちょっと……、
などと、制止する間もなく、すたこらと挙動不審な早足で公園を飛び出していった。
………………………………………………………………。
何となく、胸のあたりに手をやった。
……あー、なるほど……。
動悸が、早かった。
◆
「はっ、はっ、……っ、はっ、はぁっ……!!」
彼女はひたと走っていた。公園から逃げるように、木陰の道を。
やがて、人通りのない開けた道にまで出て、ようやく止まり、膝に手をつき肩で息をする。
「な、なんで……っ」
バクバクと、心臓が早鐘を打っていた。
全力疾走をしていたから。
明らかに、それとは異なる原因がある。
息を吐きながら、彼女は電柱に背を預け、ずるずると座り込む。その顔は赤く……驚愕に満ちて、苦しそうだ。
思い出すのは、先輩の顔だった。
高校の部活で初めて顔を合わせ、よく面倒を見てもらった。考え方が似てるのか、気付けば意気投合して、学年の垣根を超えた関係であった。
卒業後は時折連絡を取り合う仲だったが、TPSが発症してからは怖くて連絡がとれず……。
そうして、
たまたま出掛けた先が先輩のバイト先で、奇跡的に居合わせて。
「――――あっ……」
そして、
……それが、たまらなく嬉しかった。
自分がかつてとは全く違う人になってしまい、周りからの見る目が変わってしまった。
けれども、先輩は、あの人は、何も変わらなかった。
あの時みたいに、冗談でからかい合って、バスケをして、下らない話もして……。
「…………あー……、」
今だって、そうだ。
考えるだけで、安心する。
そして、もっと、欲してしまう。
転んで、倒れ込んだとき。
身体が女性になってしまったからこそ感じた、男の体格。自分をすっぽり覆ってしまうような、大きな腕や身体。筋肉だって、固くて。
もやもやと、考えてしまうのだ。
思わず、顔に手を当てた。
熱が出たのかと思うくらいに、熱い。
きっとこれは、顔も真っ赤になってるだろうと、確信する。
いつもなら、絶対に気付かなかったであろう、思いつきもしなかったであろう、この感情は――――、
「…………先輩、わたし、は――――――――、」
【知らなくてもいいような、どうでもいい補足】
・後輩ちゃんのアイドル名は、実名の漢字を異口同音で書き替えたもの。
・2人は別々の大学
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