紅魔女中伝 (ODA兵士長)
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序章
第1話 名もなき殺人鬼 –– ザクラ・ザ・リッパー ––


 

 

「ハイよッ! お嬢ちゃん! お待ちどぉ!」

「……」

「お嬢ちゃん、別嬪さんだからオマケしといたよ!」

「……どうも」

「くぅーッ! 手厳しいねぇ!」

 

 明るく元気に振る舞うこの酒屋の店主に、無愛想な態度を見せる、銀髪で背の高い容姿が整った少女。

 ––––これが私。名前は……忘れてしまった。

 思い出したいとも、思わない。

 

「でも、お嬢ちゃん、なんだかんだここに顔出してるよなぁ〜」

「そうそう。俺ら常連にも負けねぇくらいにな!」

 

そこはカウンター席がいくつか並ぶだけの小さな居酒屋だった。

 店員も、店主とその奥さんしかいない。こじんまりとした、しかし居心地のいい店だった。

 確かに私は、よくここに顔を出している。

 

 そして、ここに顔を出すときは決まって––––

 

 

 

 

「にしても聞いたかい? あの話」

「……あぁ今日もまた、その辺りであったらしいな」

「そうそう。また同じ手法だってさ」

「これだけ多いと、模倣犯も居そうだけどなぁ」

「でも居ないって言われてるぜ? 誰でもできるもんじゃないってよ」

「喉元をナイフでスパッと––––いやぁ、怖いねぇ! "切り裂きザクラ"は」

 

 

 切り裂きザクラ––––

 

 

 それは、この街に潜んでいると言われている殺人鬼。

 その殺人鬼は、ナイフで喉を切り裂くという殺人方法と、最初の被害者が桜の木の下で発見されたことから、切り裂きザクラと名付けられた。

 半年前に始まってから現在まで、被害者はおよそ30人。

 正気の沙汰ではない数だ。

 

「そんな中で、閉めずにやってるのはここくらいだよ、おやっさん!」

「そんな殺人鬼なんかにビビってちゃあ、商売なんてやってられないからな」

「流石だねぇ! 道理でここの酒は美味いわけだ!」

「へっ、当然よ!」

 

 "切り裂きザクラ"による犯行は、夕方から夜の間に行われていた。

 そのため、陽が落ちる頃には、人々は出歩かず、街が静まりかえる。

 街を去る者も多く、どんどんと寂れていくこの街で夜まで店を開けているところなど数えるほどしかない。

 

「おや、お嬢ちゃん帰るのかい?」

「お金ならそこに」

「ありがとね。まあ、お嬢ちゃんなら奢ってやってもいいんだけどねぇ! あっはっはっ!」

「おいおい、おやっさん。まさかあんたも飲んでるのかい?」

「俺は客と酒を楽しむのが好きなんだよ!」

「かァーッ! いいねぇいいねぇ!」

「あ、お嬢ちゃん! 気をつけなよ、この辺りは危ないからね!」

「……どうも」

 

 私はそう言うと、扉を開けて暖簾をくぐった。

 

 

 

 

 ––––これはまだ、私が名もなき 殺 人 鬼 だった頃の話である。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 陽が沈み、暗くなった街の中を、その男は歩いていた。

 男は1人だった。近くに人の気配はない。

 辺りは閑散としており、今日は少し強い風の音だけが聞こえてくる。

 

「少し……肌寒いな」

 

 気温はさほど低くはなかった。

 しかし、風が運んでくる冷気に、男の身体は冷やされていた。

 

「……ぁ…………?」

 

 突然のことに、男は驚きが隠せなかった。

 先ほどまでは寒かった筈なのだ。

 しかし温かい何かが、男の体に掛かった。

 暗闇に隠れ、色までは確認できない。

 その液体が人体に影響のあるものなのか?

 そもそも何故、その液体が突然自分に掛かったのか?

 色々と考えることはあるだろう。

 疑問に思うことも、多々ある筈だ。

 しかし、男の考えはただ1つ。

 その考えに頭が全て支配され、何も考えられていなかった。

 

 

 

 ––––どうして俺は、声が出せないんだ……?

 

 

 

 男は訳も分からないまま、絶命した。

 

 

◆◇◆

 

 

 ナイフで喉を抉る。人間の体とは、随分と柔らかいものだ。

 私はこの感覚が堪らなく好きだった。

 

「……ぁ…………?」

 

 音もなく忍び寄り、ナイフを立てる。

 彼らは、訳も分からないまま死んでいく。

 この時に浴びる返り血は、とても温かい。

 

 

 ––––私には特別な能力がある。

 それは物心がついた時には既に備わっていた。

 だが、その能力について他言したことはない。

 だってこれは、私だけの––––

 

 

「お見事ですわ」

「ッ……!?」

 

 声がする。

 私は驚きが隠せなかった。

 

「人間業とは思えない」

「……誰かしら?」

「私は、ただの通りすがりですわ」

「そう……なら––––」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「––––死になさい」

 

 私はいつも通り忍び寄り、首筋にナイフを立てる。見られてしまったのなら、殺す他ないのだ。

 私は躊躇わずに、ナイフで喉を抉る。私の手には、いつも通りのアノ感覚が––––

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 ––––なかった。

 

 

 

 私の手は、"何か"に呑み込まれていた。両端がリボンで結ばれている"穴のような何か"が、私の手を呑み込んでいるのだ。

 それは突如として空間に現れた、謎の()()()だった。その中からは、無数の目がこちらを見ている。

 酷く……気味が悪い。

 

「その能力は、人間にしては出来過ぎた力ね。本当に恐ろしい」

「……貴女、何者?」

「私はただの、通りすがりの妖怪ですわ」

「妖怪……?」

「妖怪は初めて?」

「……そんなもの、会ったことある方が少ないんじゃないかしら?」

「ふふっ、確かに。外の世界の人間なら当然ね」

 

 目の前の女は、自分を妖怪だと言った。確かにこの女には人間離れした能力が備わっているようだ。

 異空間を作り出しているのだろうか?

 腕の感覚はある。ナイフも握っている。間合いも十分すぎるほど近付いている。

 なのに、そのスキマが女にナイフが刺さることを阻んでいるのだ。

 スキマから手を出すと、いつも通りの自分の腕があり、その手はしっかりナイフを握り締めていた。

 まるで理解できない現象が起こっているが……案外驚かないものだ。

 私の心が冷めきっているというのも1つの要因かもしれないが……

 

 最も大きな要因は、私も人間離れした能力を持っているからだろう。

 

「貴女は一体何の為に、私の前に現れたのかしら? 私を殺すため?」

「そうだ……と言ったら?」

「……面白い、と思うわ。相手になる者なんて、今まで居なかったもの」

「では、殺してあげましょうか?」

「勝手にすればいいわ。でも私は、殺す側にはなっても––––」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 私には"時間を操る程度の能力"がある。生まれながらにしてその能力があった。

初めは皆が当然の様にできることだと思っていた。"時間を操る"という事が当たり前すぎて、それが特別なものだと気づくまでに時間がかかった。

 だから幼い私は、この能力を惜しみなく使用していた。

 

 ––––気付いた時には、私の周りには誰もいなかった。

 人は皆、私のことを化け物と呼んだ。

 何処からともなく現れては、いつの間にか消えている私を、人は恐れた。

 

 人間ほど恐ろしい生き物はない。

 

 初めのうちはそんな人間共に復讐するために、人を殺していた。

 酷い仕打ちを受けた仕返しだった。

 

 だが……一体いつからだろうか?

 殺す事に、私は快感を覚えた。この私の能力は、人を殺す為にあるのだと思った。

 

 そうして手に入れた"切り裂きザクラ"という私の地位は、私にとって、この下らない世界での唯一の居場所であった。

 "切り裂きザクラ"として人に恐れられながら人を殺す事で、私は生を感じられるのだ。

 だから私は––––

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 止まっていた時間が、流れ始める。

 

 

「––––殺される側には、絶対にならない」

 

 

 私が常に携帯している多数のナイフが、女に向かって飛んでいく。

 それらは私が時を止めてるうちに設置したものだった。

 

「……ッ!」

 

 女は突然現れた幾多のナイフに驚き、目を見開いていた。

 

「––––ふふっ」

 

 しかしその直後、女はその状況下で笑っていた。

 

「なっ……」

 

 大量のスキマが姿を現わす。

 それらは私のナイフを(ことごと)く呑み込んだ。

 

「本当に恐ろしいわ」

 

 女は言う。私を嘲笑うかのように。

 しかし私は、その光景を見て、驚きも怯えもしなかった。

 ただ純粋に、この女には勝てないという諦めだけがあった。

 

「でも私は、貴女を殺しに来たわけじゃないの」

「……じゃあ、何のために?」

「貴女に殺してほしい者がいるわ」

「殺してほしい者?」

「ええ、そうよ」

「貴女が殺せば良いじゃない」

「私では駄目よ。貴女でなければいけないの」

「言ってる意味がさっぱり分からないわ」

 

 私は言葉を続ける。

 

「––––悔しいけど、貴女には敵いそうもない。流石は妖怪、と言ったところなのかしら? 人知を超えてるわ」

「人に非ざる者だもの。当然よ」

「だからこそ……どうして強い妖怪の貴女が、弱い人間の私に頼むの? 理解に苦しむわ」

「さあね。それは今の貴女が知ることではないわ」

「は……?」

「この先に答えがあるはずよ。確証はないのだけれど」

 

 目の前に大きなスキマが開く。それは私の体よりも大きなもので、女の姿はそれに隠され見えなくなった。

 そう思った矢先に、女は私の背後から現れた。

 私に驚きはなかった。振り返ることすらしない。

 

「この先に大きな紅い館があるわ。そして、その館にいるレミリア・スカーレットという吸血鬼……貴女には彼女を殺してもらいたいの」

「……吸血鬼?」

「鬼のように強靭な肉体を持ち、天狗のように俊敏な動きをする妖怪よ。そして、主食は言わずもがな––––」

「私の天敵ってことになるのね。まあ、面白いんじゃない?」

「あら、意外と乗り気なのね?」

「別に元々断るつもりもなかったわ。居場所のないこの世界に飽きてきた頃だったから……刺激が欲しいのよ」

「いい性格してるわね、貴女」

「貴女ほどじゃないと思うわ」

「そうかしら?」

「それに、なんだか行かなきゃいけない気もするのよ。言うなれば––––運命、かしらね?」

「ッ……」

 

 女は、何故か驚いた様子だった。

 私にその意図は分からなかったが、興味もなかった。

 

「……せいぜい、死なないように頑張りなさい」

「私は死なないわ。強靭な肉体だろうと、俊敏な動きだろうと関係ない。相手の動きを封じることは得意なのよ」

「甘く見過ぎよ。そんなんじゃあ、すぐに死ぬわ」

「別にいいわよ。死にたい訳じゃないけど、こんな世界に、未練なんてないもの」

「そう……あぁ、そうだ。貴女へのプレゼントがあるのよ」

 

 その時、目の前のスキマから女の手が伸びる。

 その手にはナイフの束が–––それらは可愛らしいリボンで束ねられている–––握られていた。

 それは先ほど私が投げたものと似ているが、少し違和感があった。

 

「受け取って頂戴」

「……重いわね」

 

 私はそれらを受け取る。

 いつも使っているナイフよりも、重たいものだった。

 

「銀製のナイフよ。貴女が今まで使っていたものでは、吸血鬼に傷を負わせることは出来ないわ」

「へぇ……そうなの」

「もうこれは貴女のモノよ。好きに使ってくれて構わないわ」

「……これが報酬の一部になるのかしら?」

「違うわ。これは私からではないもの」

「……?」

「時が来れば分かるわよ」

「はぁ……分からないことだらけじゃない」

「ふふっ、世界なんて未知で溢れているのよ?」

「それもそうね。じゃあ、貴女からの報酬はどうなるのかしら?」

「……本当に殺せたら考えてあげるわ。とびっきりのやつをね」

「そう。期待してるわ」

「いえ、その必要はないと思うわ」

「どういうこと……?」

「おそらく貴女は、私なんかから貰うよりももっと大きな何かを授かるでしょうから」

「はぁ……?」

 

 女は何故かクスクスと笑っている。

 

「……まあいいわ。どうせ私に拒否権なんてないのでしょうし」

「別に拒否してもいいのよ?それ相応の報いはあるかもしれないけれど」

「それは、拒否権がないということと同義よ」

「ふふっ、それもそうね。あぁ、それと、1つだけ助言してあげるわ」

 

 女は笑みを浮かべ、さらにそれを扇子で隠すように覆った。

 

「これから貴女が向かう場所は、非常識で溢れているわ。常識で物事を捉えていると、痛い目に遭うかも」

「……もともと、時間を操れる私には常識が通用していないでしょうに」

「確かに、そうかもしれないけど……」

「安心なさい。吸血鬼だろうと何だろうと、私が切り裂いてあげるわよ」

「あらあら、頼もしい限りですわ。切り裂きザクラさん?」

「……」

 

 

 

 そして私は、その大きなスキマに足を踏み入れた––––

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話 華人小娘 (挿絵あり)

 

 

 ––––この先に大きな紅い館があるわ。

 

 

 女の言う通り、そこには大きく(そび)え立つ紅い館があった。

 既に陽が落ちかけ、夕日に照らされていることも合わさって、その紅さが際立っている。

 この館にはレミリア・スカーレットという吸血鬼がいる。

 そして私は、彼女を殺すために館に向かって歩いていた。

 

 ––––そういえば、私が元いた場所は既に暗闇だった。

 しかしここでは、落ちかけているとはいえ陽が差している。

 先ほどまでいたところとの時差なのか、時の流れ方の相違なのか、私には分からない。

 そしてあまり興味もなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

 そこにあったのは、とても大きな館だ。

 遠くから見てもそう思えたが、近付くにつれてその大きさはさらに増しているようにも見えた。

 やがて大きな門が見えてきた。

 その門前には、人影が1つ見える。

 門番だろうか? 緑色のチャイナドレス風の服を身につけた女がそこには立っていた。

 女の髪は腰まで届くほど長く、そしてこの館に負けぬほど紅かった。

 それを顔の両脇で三つ編みにして、黒いリボンで留め、残りの髪は下ろしている。

 そんな女がその大きな胸の前で腕を組み、門の脇の壁に背を預けていた。

 

 ––––その瞳は、閉じられている。

 

「……」

 

 寝ているのだろうか……?

 私はその門番と10メートルほどの距離を取り、様子を見ていた。

 警戒心は怠らない。

 吸血鬼の住む館の門番なのだ。一見すると人間にしか見えない彼女も、人ではないかもしれない。

 例えば、あのスキマ妖怪のように。

 

 見たところ飛び道具の類は持っていないようだが、驚異的なジャンプ力や瞬発力があるかもしれない。少し距離を取るのが無難であろう。

 私はそう考えて、少し距離のある位置から様子を見ている。

 

 ––––まあ、突然襲ってきたとしても、私には意味がないと思うけど。

 

 そんなことを考えつつ、私はじりじりと距離を詰める。すでに私と門番の間には5メートルほどしかない。

 その門番の足の長さや未知数の身体能力を考慮しても、攻撃には最低でも一歩は踏み込みが必要だろう。

 それだけあれば、私は能力を使い……彼女には悪いが死んで貰うだけだ。

 

 ––––しかし、彼女は動かない。

 

 私がそう思った時だった。

 

 

「……んがっ」

 

 

 彼女が––––(いびき)を掻いた。

 まさか、本当に寝ているなんて––––

 

 

「……お粗末な門番ね。これじゃあ、ただの置物じゃない」

 

 私はナイフを一本取り出した。

置物相手に、私の能力なんて必要ない。

 

「そのまま……寝てなさい」

 

 ナイフを投げる。それは一直線に、彼女の首元へと飛んでいく。

 そこを突けば、動脈が裂け、呼吸もままならないだろう。

 

 そして、そのナイフがその門番に––––

 

 

「……ッ!?」

 

 ナイフは、かなりのスピードだった。

 拳銃程とまではいかないが、並の人間ならば対応することができないほどの速さで、そのナイフは飛んでいった。

 しかし––––

 

 

 ––––刺さることはなかった。

 

 門番の女は、目を開けることもなく、私のナイフを指で挟んで受け止めていた。

 

「……随分と物騒な挨拶ですね」

 

 そして女は、少し目を開けこちらを見ながら言った。

 

【挿絵表示】

 

 正直、私は動揺していた。

 しかしそれを悟られてはいけない。私は努めて平静を装った。

 

「寝ていたんじゃなかったのかしら?」

「私は、気配に敏感なので」

「流石は吸血鬼に仕える者、と言ったところなのかしら?」

「レミリア様をご存知で?」

「……会ったことはないわ。聞いたことがあるだけよ」

「あー……もしかして、吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターか何かですか? ここに来てからは、そういう人も来なくなったのになぁ……」

「私は吸血鬼ハンターではないわ」

「そうでしたか。では、何用で?」

「……レミリア・スカーレットを殺しに来たわ」

「はぁ……やっぱり吸血鬼ハンターじゃないですか」

「違うわよ」

「何が違うって言––––」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「––––うッ!?」

「殺しを専門としているけど、何も吸血鬼だけが対象じゃないわ」

「……瞬間移動、ですか?厄介な能力をお持ちなようで」

 

 時を止めているうちに間合いを詰め、私は門番の右手首を掴み、さらに首元にナイフを突きつけた。

 門番の左手は、彼女と私の体の間に挟まれ、有効な攻撃することは不可能な位置にある。

 門番の右手には、先ほど私が投げたナイフが握られている。

 

「それ、返して貰えるかしら?」

 

 彼女は手を開くことで、そのナイフを地面に落とした。

 

「そんな風に壁に寄りかかってると、逃げ場がないでしょう?」

「ッ……」

 

 門番の後ろには、紅いレンガで作られた高い壁がある。

 彼女に逃げ場はない。

 

「死になさい」

 

 私はナイフを突きつけた手に力を込める。

 そのままスライドさせて頚動脈を断てば、彼女は動けなくなるはずだ。

 

 ––––動けなくなる"はず"だったのだ。

 

 

「––––ハァッ!!」

「ッ!!??」

 

 突如私は、軽く吹き飛ばされた。

 何とか尻餅をつくことなく立っているが……訳がわからない。

 何かの力によって、私は吹き飛ばされたのだ。

 

「何を驚いているのですか? 人間程度なら、気合いだけで吹き飛ぶのですよ」

「……気合い?」

「そして今、貴女は私の間合いにいます」

「!!」

 

 門番は右脚を振り上げ、私の顎を狙う。

 咄嗟に後退し避けるも、次の蹴りが飛んでくる。

 それは私の脇腹を狙った、左の回し蹴りだった。

 避けることは叶わず、とっさに右手を折り畳みガードを作る。

 

「ぐっ……!」

 

 ガードをした右腕が軋んだ。

 折れてはいないだろうが、ダメージが大きい。

 ヒビが入ったかもしれない。

 激痛が走っていた。

 

 そして私が怯んだその一瞬に、門番は間合いを詰める。

 その右拳が私の鳩尾を捉え––––

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……また、瞬間移動ですか」

「はぁ……はぁ……」

 

 痛めた右腕を抑えながら私は後退る。

 

「引き返すのなら追いません。私はあくまで門番ですから」

 

 彼女は護衛の為に闘っているだけだ、ということだろう。

 現に彼女の方から私を追いかけることはない。

 

「ふふっ……甘いのね」

「……?」

「それとも、私を甘く見ているのかしら?」

「人間はあまり甘くありません。ブラックペッパーで香りを出しながら焼くと美味しいですよ」

「……へぇ、良いこと聞いたわ。今度試してみようかしら」

「まあ私は、あまり人間を食べたいとは思わないのですが」

 

 門番は一歩私に近付いた。

 

「……どうします? まだ続けるつもりですか?」

「当たり前よ。私は負ける事よりも、逃げる事の方が嫌いなの」

「そうですか……なら、この一撃で決めさせていただきますよ」

「あら、よほど自信のある技なのかしら?」

 

 門番は構えを取りながら私に言う。

 

「……今晩は、貴女が食卓に並ぶかもしれません」

 

 

 ––––気符「地龍天龍脚」

 

 

 彼女が右脚を大きく踏み込み、地面を揺らす。

 その振動で、私の身体は宙に浮いた。

 その間に彼女の左脚が、私の身体目掛けて飛ぶ。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 私は地面に降りる。

 彼女の伸びきっていない左脚は、私の身体まであと数センチというところまで迫っていた。恐ろしいスピードの攻撃だ。

 もう少し時間を止めるタイミングが遅ければ、私は地面に伏すことになっただろう。

 運が悪ければ、死んでいたかもしれない。

 

 

 ––––だが、この不動の空間では関係ない。

 

 

 痛めた右腕も、少しばかり休ませていた。

 止まった時の中で時間を測るなど、この上ない矛盾であるが……体感として半日ほどならば、私は難なく時を止め続けることができる。

 それ以上止めることができない訳ではないが、体内時計の狂いや老化の進行など……些か問題が生じる。

 しかし、この門番を葬る為の時間くらいなら、容易いだろう。

 悪いがこの女には、訳も分からないまま死んでもらおう。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……ッ……またですか」

 

 門番の左脚は空を切る。

 飛び蹴りの反動で、そのまま体全体が宙に浮かび上がっていた。

 

「でもそうやって逃げてばかりいると––––ッ!?」

 

 着地した門番は、咄嗟に振り返る。

 そこにはナイフの波が押し寄せていた、

 

「––––フッ」

 

 最後に彼女は、笑顔を漏らしていた。

 

 

◆◇◆

 

 

 私はその死体から、ナイフを抜き取った。

 ナイフの数には限りがある。

 この場に放置して置くわけにもいかなかった。

 

 女は安らかな表情で眠っている。

 

「……」

 

 それにしても、最後のは何だったのだろうか?

 幾多のナイフが刺さる直前に、彼女は笑っていた。

 自分の死を予感して、開き直ったのだろうか?

 

 ––––それだけじゃないわ。

 

 何故彼女は振り返った?

 どうして、後ろからナイフが来ていることが分かったのか?

 それも彼女の言う"気配"なのだろうか?

 

 ––––やはり、人間ではないのね。

 

「……今となっては、どうでもいいことだけど」

 

 最後の一本を抜き取り、私は門へと向かう。

 鍵がかかっていることも予想されたが、案外簡単に開いてしまった。

 私は左手で扉を開け、館の内部へと突入した。

 

 なんとも分かりやすい侵入だと、内心苦笑していた。

 

 

◆◇◆

 

 

「……ッ……ヒュ………」

「まだ生きてたみたいね。まあ、貴女は頑丈そうだけど」

 

 倒れた女は、すでに息が絶えかけていた。

 そこに1人の少女がやってくる。

 

「…パ……………ま……」

「喋らなくていいわ。傷に響くでしょう?」

 

 少女は女に近付くと、しゃがみ込んで、心臓付近に手を当てる。

 すると少女の手が、鮮やかな光を放ち始めた。

 

「魔力を送り込んでおいたわ。あとは貴女の体で、妖力にでも気力にでも、好きなように変換しなさい。もう少し時間がかかると思うけど、貴女ならこれで何とかなるでしょう」

 

 女は少し目を開ける。

 そして少女を見た。

 

「……もしかして、私の心配でもしているの? 安心なさい、その程度の魔力を送ったところで支障は無いわ」

「……」

「じゃあ私は、これからあの子を迎える準備をしないと」

 

 少女は立ち上がり、背を向けた。

 

「それにしても––––」

 

 少女は振り返る。

 

「––––いい顔をしているわ、美鈴」

 

 少女––––パチュリー・ノーレッジは微笑みながら言った。

 




*挿絵に使わせていただいた素材

・紅魔館 フレスベルク様
・紅美鈴 アールビット様


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第3話 動かない大図書館 (挿絵あり)

 

 門をくぐると、大きな庭園が広がっていた。

 色鮮やかな花々が、センスよく散りばめられている。

 もっとも、あまり花に興味のない私には、それを見ても綺麗だと感じる程度で他に思うことなどないのだが。

 

 私が思うことといえば––––

 

 既に日は沈んでいるものの、辺りが異常に明るい。

 館には灯––––電力によるものだとは思えない灯––––があるが、それを考慮しても明るすぎるのだ。

 例えば……そう、この庭園の花々の色を"鮮やかだ"と感じられる程度には。

 

 私は空を見上げる。

 そこには紅く輝いた月が浮かんでいる。

 かなり低い位置にあるそれは、館の背後に見え、なかなか絵になる構図だ。

 

「……」

 

 そんなことを考えながら歩いていると、すぐに館のエントランスへと辿り着いた。

 そこにもまた、大きな扉がある。

 だが、先ほどのような門番は居なかった。

 

「……」

 

 私は少し、その扉を開けるのを躊躇っていた。

 どんなに大勢で来ようとも、どんなに巧妙な罠を仕掛けようとも、時を操る私の前では無意味だ。

 ただしそれは、普通の人間レベルで考えた場合だ。

 

 先ほどの門番は……強かった。

 文字通り人間離れした身体能力や技能を持っていた。

 もしこの先にも、人知を超えた存在が居たら……?

 いや寧ろ、居ると考える方が自然だろう。

 私の認識は甘かったのだ。

 もちろん、吸血鬼が人に非ざる者であることは認識していた。

 しかしながら、吸血鬼に仕える者までもが人間ではないことまで想像することはできなかった。

 よくよく考えれば、人外の周りに人外が集まるのは当然だろう。

 

 

 ––––常識で物事を捉えていると、痛い目に遭うかもしれないわね。

 

 

 不意に、あの妖怪の言葉が思い出された。

 

「––––私に失うものなんて、何もないじゃない」

 

 私は扉を押し開けた。

 

 

◆◇◆

 

 

「ほんと……趣味の悪い館ね」

 

 扉を開けると、そこには広いロビーがあった。

 奥の方には横幅の大きな階段があり、上の階にもそこから行けるようになっている。

 見渡してみると、幾つもの扉があり、どこに行けばいいのかは分からない。

 それにしても––––やはり、紅い。

 カーペットから壁に至るまで、色の濃淡はあれど、全てが紅で統一されていた。

 そして今は、窓から入る光さえも、それらを紅く照らしている。

 まるで世界が、血で染め上げられてしまったかのようだ。

 

「……」

 

 私は辺りを見回していた。

 そうするほどの余裕が、私にはあった。

 何故かこの館には––––誰もいない。人のいる気配がしないのだ。

 もっとも本当に、"人"など居ないのかもしれないが。

 

 

◆◇◆

 

 

「人間なんて、久しぶりに見たかも……」

 

 ロビーで辺りを見渡し、この先どう進むかを慎重に考えていると、不意に上の方から声がした。

 まるで闇の中から現れたようだ。先ほどまでそこには誰も居なかった気がするのだが。

 

「……誰かしら?」

「さぁ? 私には名前がないので」

 

 そこには紅い長髪をなびかせ、白いシャツに黒いベストに身を包んだ女がいた。

 そして、背中に黒い大きな翼を持つ彼女が人間でないことは明らかだった。

 

「奇遇ね。私も名前なんてないのよ」

「え……? 人間は生まれた時に名前を授かるんじゃ……」

「今、そんなことはどうでもいいでしょう。先ほどは質問を間違えたわ。貴女は、一体何者?」

「それ、普通は私がする質問じゃないですか?」

「貴女は私が何者か知ってるみたいじゃない」

「そうですね。人間は匂いで分かりますよ……ふふん、美味しそう」

 

【挿絵表示】

 

「……それで、ナニモノ(・・・・)?」

「何を隠そう、私は悪魔です! ……驚きました?」

「悪魔って、案外大したことなさそうね」

「し、失礼なっ! 悪魔は強大なんです。私も悪魔には頭が上がりません」

「じゃあ、貴女は悪魔じゃないのかしら?」

「ぁ……そ、そうですよぉ、私は小悪魔です」

 

 そういうと、小悪魔は地面に降り立つ。

 飛べない私と、同じ土俵に立った。

 

「まあ、私にはどちらでも関係ないけど」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「貴女は私の邪魔をするのかしら?」

「ひっ……」

 

 私は小悪魔の喉にナイフを突きつけていた。

 痛めていない左手で。

 

「貴女をすぐに殺してもいいのだけど……幾分私には情報が欠如していてね。この館に関することを聞きたいのよ」

「……答えませんよ?」

「そう。なら殺すだけね」

 

 私はナイフに力を込める。

 鋭い刃が皮膚に食い込み血が滴る。

 どうやら人外の血も紅いようだ。

 

「ま、ままま、待ってください!!」

「あら、命乞い? 随分と情けないのね、小悪魔さん?」

「あ、貴女を案内するように言われてるんです!」

「……私を案内?」

「パチュリー様がお呼びなんです!」

「パチュリー……? さっきも言ってたけど、誰よそれ」

「魔法使いのパチュリー・ノーレッジ様です!」

「へぇ……魔女ということかしら? 私が会いたいのは吸血鬼なんだけど……まあいいわ。案内して頂戴」

「お任せください!」

 

 小悪魔は、無邪気そうな笑顔を浮かべると何故か自信げにそう言うと、私に背を向けて歩き出す。

 その笑顔や態度の意味に全く興味のなかった私は、そのまま小悪魔の後ろに付いて歩いた。

 

「でも、もし私の隙をみて攻撃しようと思っているなら––––」

「とと、とんでもない! そもそも私は、戦闘向きのタイプじゃないので…………美鈴さんを倒した方を相手にするなんて……あはは」

「メイリン?」

「あれ?戦ってないんですか?」

「……もしかして、あの門番のこと?」

「そうですそうです。やっぱり戦ったんですね。そして勝ったからここにいる……でしょう?」

「まあ、そういうことになるのかしらね」

「だったら私が叶わないのは目に見えてますよ」

「へぇ……あのメイリンって門番はそんなに強いの?」

「ええ、かなりの腕前ですよ。武術に関してなら、あの方の右に出るものは居ないでしょうね」

「……そう。妖怪ってのも、大したことないのね」

「あはは……それはどうでしょう」

「どういう意味かしら?」

「美鈴さんは確かに腕が立ちますし、種族的にも体力・精神力共に人間とは桁違いです。目立った弱点なども存在せず、あらゆる戦闘スタイルに対応できるでしょうね」

 

 小悪魔は、言葉を続ける。

 

「––––しかし、それだけなんです。ただ腕が立つ妖怪。それだけの妖怪なら、いくらでも存在します。もちろん美鈴はその中でも上位ですし、彼女の能力もそれを後押ししています。でも……それだけなんです」

「言いたいことが分からないわ。つまり、どういうことなの?」

「美鈴さんはあくまでも、"ただの"妖怪なんです。吸血鬼などのように、特別な種族ではありません」

「よく分からないけど、つまりこの先にいるのはその"特別な"種族に当たるのかしら?」

 

 私たち2人は立ち止まる。

 目の前には大きな扉がある。

 その扉の上には" LIBRARY "と記されていた。

 

「それはご自身でお確かめ下さい。私の仕事はここまでなので」

 

 小悪魔が扉を開ける。

 少し頭を下げる小悪魔の横を通り過ぎ、私はその図書館へと足を踏み入れた。

 

「お気をつけて」

 

 扉は大きな音を立てながら閉められた––––

 

 

◆◇◆

 

 

 そこは大きな図書館だった。沢山の背の高い本棚が並んでいる。

 しかしそれでも仕舞いきれていないようで、本が山積みになっている所もあった。

 お陰様で進める道が限られており、迷う事はなさそうだ。

 もしかしたら私を迷わせないための配慮なのかもしれない、と考えたりもしたが……

 流石にないでしょうね。この館の者にとって私は、突然現れた未知の存在なのだから。

 ただし私にとっても、未知の領域であることも間違いないが。

 

「……よくもまあ、これだけの本を」

 

 かなり歩いたはずだ。

 なのに先ほどから景色は変わらず、本ばかりが並んでいる。

 しかし終わりが見えてきていた。

 どうやらこの先には、広い空間がありそうだ。

 そしておそらくそこには––––

 

「こんなに読み切れるのかしら?」

「既に読み切ったわ」

 

 女の声がした。

 本棚に挟まれた通路から出ると、やはりそこには今までとは異なる、少し開けた空間があった。

 そしてその中央には大きな机がある。女の声は、そこからしたようだ。

 

「……貴女が魔法使い?」

 

 紫色の長髪の先をリボンで纏め、その上に薄紫色の帽子をかぶり、開いた本を眺めている少女がいた。

 服装はゆったりした物で、髪の毛と同じ紫色の帽子と同じ薄紫色のスプライト柄だった。

 服装が全体的に紫で統一されている彼女の肌は、やけに白く見える。まるで陽の光に当たったことがないほどに。

 

「ええ、そうよ。こぁから聞いたのかしら?」

「こぁ?ああ……あの小悪魔のことね。そうよ、彼女から聞いたわ。偉大な魔法使い、パチュリー・ノーレッジ様?」

「……嫌な言い方するのね」

「本を読んでいるようだけど、ここにある本は全部読み切ったんじゃなかったかしら?」

「本は何度でも読む価値があるわ。無いものもあるけれど」

 

 読んでいた本を手を使わずに––––おそらく魔法の力で––––閉じると、私の方に顔を向けた。

 

「貴女がここへ来た目的は分かっているわ」

 

 パチュリーは言った。

 なぜ彼女が知っているのかは分からない。

 だが、彼女が知っているのは確かだろう。

 そうでなければ、わざわざ使い魔を寄越して私をここに案内したりするだろうか?

 

「なら話は早いわ。吸血鬼とやらのところまで案内してくれるかしら?」

「それは出来ない相談ね」

「あら、残念ね。ならば––––」

 

 

 ––––パチンッ

 

 いつも通りだ。

 時を止めているうちに間合いを詰め、喉元をナイフで抉る。

 簡単なことだ。

 

「ッ!?」

 

 しかしその簡単なことが、私にはできなかった。

 

 ––––パチンッ

 

「ならば……何かしら?」

「……私に何をしたの?」

「少し動きを封じただけよ。隙だらけだったから」

「もしかして、私の能力も知っていたのかしら?」

「いいえ、知らないわ。でも……相手の動きを封じるのは、狩りの基本でしょう?」

「へぇ……私を食べるつもり?」

「馬鹿言わないで。そんなわけないでしょう。魔法使いは食事も睡眠も必要としないわ」

「じゃあ長期戦は禁物ね。私が眠くなったら負けてしまうもの」

「私と闘うつもりなの?」

「足を封じたくらいで、いい気にならないことね」

 

 私はナイフを取り出す。

 そして数本投げつけた。

 私の両手から放たれたナイフは、かなりの速さで飛んでいく。

 右手で放った数本を除いては、正確無比なコントロールによりパチュリーに命中する軌道を描いていた。

 

「まさか……魔法使い相手に遠距離戦をやるつもり?」

 

 パチュリーは魔法陣を展開し、私のナイフを防いだ。

 私のナイフがその魔法陣を破る事はなく、ぶつかった後に落ちてしまった。

 全てのナイフを防ぎ終え、パチュリーは魔法陣を消滅させる。

 

「馬鹿な事はやめて、さっさと帰––––ッ!?」

 

 パチュリーは目を疑った。

 先ほどまで、そこには何もなかったはずだ。

 

 どうして目の前に、こんなにもナイフが––––?

 

 

 

「訳も分からないまま、死になさい」

 

 

 




*挿絵に使わせていただいた素材

・地霊殿 鯖缶様
・小悪魔 アールビット様

(ステージモデルに地霊殿を使用したのは、この地霊殿モデルの構造が自分の中の紅魔館のイメージに合っていたからです。本当はステージを紅く塗る技術とかがあれば、より良かったのかもしれない……)


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第4話 運命に導かれて (挿絵あり)

 

「まさか……魔法使い相手に遠距離戦をやるつもり?」

 

 ––––パチンッ

 

 私のナイフが全て落とされたのを確認した後に、私は時間を停止させた。

 初めから、一筋縄ではいかないとは思っていた。

 しかしまあ……いとも簡単に撃ち落としてくれるものだ、と少し落ち込んでいた。

 しかし、まだ負けたわけではない。私にはまだ闘う術がある。

時を止めている今のうちに、ナイフを配置した。

 数本は、もしもの事を考えて取っておく。

 それ以外の全てはパチュリーに刃先を向けて停止している。

 

 それにしても––––この右腕は、いつもの様にナイフを投げてはくれないのね。

 

 

 ––––パチンッ

 

「馬鹿な事はやめて、さっさと帰––––ッ!?」

 

 パチュリーは目の前に突然現れたナイフに気付いたようだが、その頃にはもう––––

 

 

「訳も分からないまま、死になさい」

 

 

 ––––ナイフが皮膚を抉り肉を掻き出した。

 ここまで大量のナイフを刺したのは初めてかもしれない。

 そこに音はなかった。その後、刺さり切らなかったナイフが床に落ちる音が響き、そして彼女が倒れる音だけがした。

 ナイフが刺さる音は、微塵も聞こえなかった。

 

「……」

 

 しかし私は、ただそれを眺めているのみだ。

 勝利したことに笑いもせず、はたまた、吐き気を催すほど衝撃的なその光景に目を逸らすこともない。

 私はただ、倒れゆくパチュリーの身体を見ていた。

 

 ––––私の足は、まだ魔法陣に囚われている。

 

 

「まさか本当に、レミィの言う通りになるなんてね」

 

 何かをボソッと呟きながら、彼女は立ち上がった。

 服や身体は自身の血で汚れているものの、傷は一切見当たらなかった。

 

「……魔法使いは不死身なの?」

「そんな事はないわ。ただ、死期が予想出来ていればそれなりの対処ができるのよ。もちろん、自然死はどうしようもないけど」

「流石は偉大な魔法使い様」

「褒められた気はしないわね」

 

 パチュリーは何らかの魔法で、自らの服装を整える。

 それは血の汚れも消滅させた。

 何事もなかったかのように、元通りになる。

 

「まあ、そもそもあの程度の傷では死なないわ。妖怪を物理的な攻撃で殺すなんて不可能でしょう?」

「……」

「あら、知らなかったの?」

「……知らないわよ。妖怪のことなんて」

「一般的に妖怪は、肉体がかなり丈夫に作られているし、再生力もかなり高いわ。そんな妖怪を殺すには弱点を突くか、(いわ)れのある武器を使うしかないのよ」

「じゃあ吸血鬼を殺すなんてそもそも……」

「ええ、出来ないでしょうね……と言いたいところなのだけど、それは嘘になってしまうわ」

「どういうこと?」

「私は嘘が嫌いなのよ」

「……私が聞いたのはそっちじゃないわ。私が吸血鬼を殺せる可能性を聞いたのよ」

「それならさっき言った通りよ。弱点を突けば、妖怪を殺す事はできる。そして吸血鬼は、その強大な力の代償とも言えるほど、弱点が多いわ。例えば……この銀ナイフとかね」

 

 パチュリーは自身の周りに散らばった銀ナイフを手に取る。

 そして、私に投げつけた。

 

「貴女にこのナイフが効かなくとも、吸血鬼に効くなら充分よ」

 

 パチュリーが投げたナイフは、私の3mほど右を通過した。

 私はそれを、目で追うことすらしない。

 

「難しいのね、これ。簡単だとは思ってなかったけど」

「お手本を見せてあげるわ」

 

 私は余らせておいたナイフを取り出し、パチュリーへと向ける。

 

「遠慮しておくわ。これ以上は本当に死んじゃうかもしれないから」

「なら、この足枷を解いてもらえるかしら?」

「ええ、いいわよ。貴女が大人しく帰るのならね」

「そう……残念ね」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「流石に、2度も同じ手には掛からないわよ」

 

【挿絵表示】

 

 パチュリーは魔法陣による結界を張っていた。

 時を止めてるうちに配置したナイフは、その場に留まり続けていた。

 

「……本当に、残念だわ」

 

 私には闘う術が無くなった。

 

吸血鬼(レミィ)は、私なんかよりもずっと力があるわ。私に勝てない貴女が、吸血鬼を倒せるとは思えない。私は貴女の為を思って言っているのよ」

 

 パチュリーが、私の方へと歩み寄る。

 

「ここは貴女の来るべきところではないわ。分かったならさっさと––––「嫌よ」

 

 私はパチュリーの言葉を遮り、言い放つ。

 パチュリーは私の言葉に驚いたのか、目を見開いていた。

 

「……何故? 理解出来ないわ。貴女は自ら死に向かおうとしているのよ? 貴女達人間は、死が怖いのでしょう?」

「そんなの、私にも分からないわ。死が怖くないと言えば嘘になるでしょうね。死にたいとは思わないから」

「それなのに、どうしてそこまで吸血鬼に拘るの?」

「……それも分からないわよ。ただ、()いて言うなら––––運命かしら?」

「ッ!」

 

 私は、何も考えていなかった。

 何か意図があった訳ではない。

 気付いた時には、そう呟いていた。

 

「……え?」

 

 意味がわからない。

 勿論先ほどの私の発言も理解できないが、それ以上に––––

 

 

 ––––魔法陣を解くパチュリーの行動も、私には理解出来なかった。

 

「……何故、解いたの?」

 

 私は問う。

 

「そんなの、私にも分からないわ。ただ、強いて言うなら––––」

 

 パチュリーは答える。

 先ほどの私と同じように。

 

「––––運命よ。私はここで貴女を引き留めることが出来ない運命に、そして貴女はレミリア・スカーレットに導かれる運命にあるのよ」

「……私が、導かれる?」

「孰れ分かるわ。今はただ、吸血鬼を倒すことだけ考えなさい」

 

 幾多ものナイフが、ふわふわと浮かび上がり、私の元へとやって来る。

 おそらくパチュリーが、魔法で移動させているのだろう。

 

「ナイフ、返すわね」

「……どうも」

「それと––––」

 

 パチュリーが私に近づく。

 何の躊躇いもなく、私の間合いに入ってくる。

 そして、私の右腕を掴んだ。

 

「ぐぁッ……!?」

「––––やっぱり。美鈴にでもやられたのかしら?」

「は、離し…………?」

 

 私の腕が、鈍く光りだす。

 

「再生力を高める魔法よ。人間の再生力程度でも、高めればこの程度の傷ならすぐに癒えるわ」

「何故……?」

「気に入ったのよ。貴女のこと」

「……はぁ?」

「何でもないわ。聞き流して頂戴」

「……」

「まあでも……本当に貴女を気に入ったのは私じゃなくて––––」

 

 そう言いかけて、パチュリーは一息吐いた。

 詮索しても教えてもらえないだろうと考え、私は何も聞かなかった。

 そんな私の様子を見て、パチュリーが私の腕から手を離す。

 

「……だいぶ良くなったかしら?」

「ええ、ありがとう」

 

 軽い打撲程度だったし、多少の痛みはあれどナイフを投げることは出来ていた。

 しかし、やはり傷を負っているのと負っていないのでは大違いだ。

 

「礼なんていらないわ。一応、私と貴女は敵対しているのよ」

「この状況では、とてもそうは見えないけど」

「ふふっ。こぁ! この子を案内しなさい!」

 

 パチュリーが少し大きめの声で誰かを呼んだ。

 

「はいは〜い」

「返事は一回でいいわ」

「はーい」

「じゃあ、お願いできるかしら?」

 

 現れたのは、先ほどの小悪魔だった。

 小悪魔だから、"こぁ"……何とも安直なネーミングだ。

 

「お任せください、パチュリー様」

「ええ、頼んだわ」

 

 小悪魔にそう言うと、パチュリーは再び私に視線を移す。

 

「死なない様に、努力なさい」

「別に死んでも、悔やんでくれる人なんていないわ」

「……貴女自身が、悔やむでしょう?」

「私が……?」

「それと、これを持って行きなさい」

「……え?」

「首にぶら下げるだけでいいから」

 

 パチュリーが私に手渡した。

 それは、青い光を微かに放つ石が付いたネックレスだった。

 

「……きっと役に立つはずよ」

「ありがとう……?」

 

 パチュリーは蹄を返し、元いた場所へと戻って行った。

 これは一体……?

 

「さて、行きましょうか?」

「……ええ」

 

 残る疑問に首を傾げつつも、私は再び小悪魔に連れられて、図書館を出た。

 

 

◆◇◆

 

 

「まさか貴女が……パチュリー様といい勝負をするとは思いませんでしたよ」

 

 図書館を出て少し歩いたところで、小悪魔が言う。

 

「あら、皮肉かしら?」

「そ、そんなつもりは……」

「はぁ……いい勝負ですって? 私は手も足も出なかったわ」

「人間がパチュリー様と戦えること自体が、本当に凄いことなんですよ」

「でも、あの魔法使いは私を殺すつもりすらなかったようだし……勝負と言えるのかしら?」

「で、でも、貴女は一度、パチュリー様を瀕死まで追い込みました。それだけで素晴らしいことです」

「……どうして貴女は、そんなに私を褒めるのかしら?」

「ッ……それは……」

 

 小悪魔が立ち止まる。

 私達の目の前には、再び大きな扉があった。

 

「吸血鬼は強大です。単純な戦闘能力ではパチュリー様や美鈴さんが敵うことはありません」

「……だから戦う前に励ましたかった、ということ?」

「はい。もちろん私もこの館の者ですから、貴女を応援することはできません。しかし、人間が吸血鬼に挑むなんて、あまりにも––––」

「私が望んでいることよ。貴女が気に病むなんて、御門違いも甚だしいわ」

「……そうですね。パチュリー様も仰ってましたが、どうか死なないように頑張って下さい」

「ええ、死ぬ気で頑張るわ」

 

 私は扉に手をかけ、押しあける。

 

「え……いや、死なないようにって––––」

 

 小悪魔の言葉を最後まで聞くことなく、扉を閉めた。

 

 

◆◇◆

 

 

「……」

 

 誰もいない。

 私は辺りを見回す。

 

 パチュリーの図書館や、小悪魔と歩いてきた廊下には灯りがあった。

 しかしこの部屋には、灯りがない。

 

 ––––そもそも、此処は"部屋"なのだろうか?

 かなり広いその空間には、月明かりだけが差し込んでいる。

 見えないこともないが、視界が悪い。

 

 そんな中を、私は歩き出した。

 その足取りに不安は感じられない。

 普通の人間ならば、暗く視界が悪い場所では––––況してや、初めて訪れた場所であれば尚更––––足取りが覚束なくなるだろう。

 

 ––––折悪しく、私は"普通の"人間ではなさった。

 

 私は時間を操ることが出来る。

 そしてそれは、空間を操ることに他ならない。

 故に私は、空間把握能力に長けていた。

 空間把握能力、などと大袈裟に言っているが、これはどんな人間にもある能力だ。言い換えれば、どこに何があるかを理解することが出来る力だ。

 私と普通の人間が違う点があるとすれば、人間が目視によってのみ空間を把握できるのに対し、私は第六感的な感覚により空間を把握できた。

 だから私は、例え暗闇であってもこうして歩くことが出来る。

 

 もっと言えば––––

 

 私はナイフを投げる。

 それは一直線に、"彼女"の元へと飛んでいく。

 

「……」

 

 ––––"何か"がそこにいるのも、私には分かる。

 

「物騒な挨拶ね。これが人間式なの?」

 

 何かを眺めるように椅子に腰掛ける少女がいた。

 そこには月明かりが届いておらず、そのシルエットだけが薄っすらと目視できる。

 そしてその手には、先ほどのナイフが握られていた。

 

「ええ、これが一般的な人間の挨拶ですわ」

「なら、挨拶を返してあげるとするかな。人間式のを」

 

 ナイフが飛んできた。

 それはパチュリーが投げたような、遅く、そして的外れなものとは似ても似つかない。

 そのナイフは、まるで私が投げたように……いや、それ以上に速く、そして正確だった。

 私は飛んできたナイフを、避けることなく掴んだ。

 

「やけに上手いのね」

「貴女こそ、よく反応したわ。褒めてやろう。まぁ、タネは分かってるけど」

「……なんのことかしら? タネも仕掛けも御座いませんわ」

「確かに貴女自身の"力"だから、トリックとは言えないかもしれないけど––––」

「もしかして……私の"力"が判っているのかしら?」

「私には全てお見通しさ」

 

 彼女が立ち上がる。その時に初めて気がついた。

 少女は––––いや、"少女"というよりも"幼女"と言った方が正しいかもしれない。それほど幼い印象を受けた。

 

「……随分と可愛らしいのね。貴女、本当に吸血鬼?」

「あれ、私……自分が吸血鬼だって言ったかな?」

「言ってないわ。で、違うの?」

「いいえ、違わないわ。私は誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットよ」

 

 彼女は両手を胸の前に持っていきながら、そう言った。

 

【挿絵表示】

 

「ところで貴女、料理は得意かしら?」

「……いきなり何?」

「質問を質問で返さないでほしいわ」

「貴女には"全て"お見通しなんじゃなかったかしら?」

「うるさいわね、そういうのは視えないのよ。いいから、質問に答えてくれない?」

「料理ねぇ……出来ないことはないわ。ある程度の物は、上手くできると思う。けど、他人に作ったりはしたことがないから、よく分からないわね」

「へぇ……そう」

「どうしてこんな質問するのよ?」

「貴女は知ってるかしら?料理の腕前は、ナイフ投げの腕前に比例するのよ」

「……はぁ?」

「だから"挨拶上手"な貴女なら、料理が上手いと思ったの」

 

 少女が歩き出す。彼女は月明かりに照らされ、その姿が露わになった。

 そんな少女の口元には、吸血鬼特有の八重歯が顔を出していた。

 その歯は月明かりで輝いているように見える。

 

「そして私も、ナイフを投げるのが得意なの」

「……そうね。それはさっき痛感したわ」

「でしょう?だから私も、料理が得意なのよ」

「へぇ……貴女は料理が出来るの?」

「勿論よ。信じてないのなら––––」

 

 少女の背から、黒い大きな翼が音を立てて現れた。

 そんな少女の目は、今宵の満月のように、紅く輝いていた。

 

「––––今からお前を"料理"してやろう」

 




*挿絵に使わせていただいた素材

1枚目
・パチュリー・ノーレッジ アールビット様
・ヴワル図書館 うすた様
・ナイフ アールビット様

2枚目
・スカイドーム(赤い夜 R6) 怪獣対若大将P様
・レミリア=スカーレット Cmall様 ココア様 moto様 フリック様


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第5話 永遠に紅い幼き月 –– スカーレット・デビル ––

 

 ––––パチンッ

 

 

 私は時を止めた。

 少なくとも、この世界は私のものだ。

 私は辺りを見渡すが––––そこに少女の姿はない。

 

 一体どこに––––ッ!?

 

 私が後ろを振り返ると、そこには先ほどまで正面にいた少女がいた。

 その口には、鋭い牙が見える。

 私は一先(ひとま)ず距離を取る。彼女に接近戦は危険だ。

 

 ––––でも、この速さで近付かれたら私には対処できないかもしれない。

 先ほどまで、ある程度の距離があったはずなのだ。少なくとも5メートル……いや、10メートルはあったかもしれない。その距離を一瞬で進み、私の後ろに回り込んだのだ。

 まさに目にも留まらぬ速さの彼女を捉える方法は、時間を止める他ない。

 

 ––––貴女がこれで死んでくれるなら、こんな悩みは不毛だけど。

 

 私は、いつもの様にナイフを設置する。

 いくら私の能力が分かっているとしても、それだけで私の能力が破れるとは思えない。

 そして、いくら彼女が速いとしても、時間を止めてしまえば、こうして捉えることができる。

 さらに言えば、いくら強大な吸血鬼であっても、弱点には抗えないだろう。

 

 ––––これだけの数のナイフなら……ッ!

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 時が動き出す。

 無数のナイフが少女に突き刺さる。

 やはりナイフが突き刺さる音など聞こえない。

 聞こえるのは刺さり切らなかったナイフが床に落ちる音と––––

 

 

 ––––少女の笑い声だけだ。

 

 

「フハハハハハハハハハハ!!!!」

「ッ!?」

 

 ナイフで切り裂いた箇所から段々と蝙蝠に分身していく。

 その夥しい数の蝙蝠が部屋中を飛び回る。

 少女の声が(こだま)しながら、あらゆる方向から聞こえる。

 まるで全ての蝙蝠が声を発しているかの様に。

 

「素晴らしい!私に傷を付けた人間は貴女が初めてよ!!!」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 私は再び時を止める。

 薄暗い部屋の中を、黒い生物が埋め尽くしている。

 どれが本物?全て本物?

 私には……分からない。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「この蝙蝠達は全て私。どの一体を残しても、私は再生出来るわ」

 

 まるで私の動揺を悟ったかの様に少女は言う。

 本当に彼女には全てがお"視"通しなのかもしれない。

 

「……ッ」

 

 バサバサと音を立てながら飛んでいた蝙蝠達が、先ほど彼女が座っていた椅子の(もと)へと集まる。

 そして段々と、人のような形を作り始めた。

 

「やっぱり、私が思った通り……」

「……?」

「訳がわからない、といった表情ね。まあ、当然でしょうけど」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 もう一度、私は時間を止める。

 

 彼女の言っていることは理解できない。

 だが、理解する必要はない。

 私はただ、この吸血鬼を殺すだけでいい。

 

 ––––私はナイフを取り出した。

 

 そして彼女の下へと歩み寄る。

 私は背後に回り、首元にナイフを突きつける。

 

 後は時を動かした後に、このナイフで喉元を抉るだけだ。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……ッ!?」

 

 驚きの表情を浮かべる。

 首元に鋭利なものが突き刺さる感覚に、悪寒が走る。

 その額には、汗が滲んでいた。

 

「……い、いつの間に?」

「言っただろう?」

 

 首の皮を破り、少し血が滲んでいる。

 

「––––私には全てお見通しさ」

 

 私は右手にナイフを持っていた。

 しかしその手は既に、少女の右手によって掴まれ、牽制されている。

 そして少女の左手が、背後にいる私の首へと伸びていた。

 その手には、恐ろしく鋭利な爪が伸びている。

 その爪が私の首に軽く突き立てられ、血が滲んでいた。

 

「ッ……」

 

 私の右手に激痛が走る。

 吸血鬼の握力で、私の右手の骨は軋んでいた。

 思わず、私はナイフを握る手の力を弱めてしまった。

 そしてナイフが、音を立てて床に落ちる。

 

「……ごめんなさいね、痛かったかしら? 手加減はしたつもりなんだけど」

 

 少女は手の力を緩め、私はその隙に距離を取った。

 時を止めることも忘れ、ナイフを床に放置したまま。

 

「貴女には……何が視えているの?」

「知りたい? 教えてあげてもいいけど……どうせ分からないわよ」

「……どういうこと?」

「これは私だけのモノ。貴女でいうところの時間に相当するモノ」

「ッ……」

 

 彼女はやはり、私の能力を見抜いていた––––

 

「私にとって、"視る"コトとは呼吸と同じようなコト。意図してすることもあれど、意図せずとも出来るコトなの。貴女は貴女自身の能力––––出来て当然のコトを、他人に正確に伝えることが出来ると言うの?」

「ッ……」

「まあ、1つだけ言っておくならば……私は視るだけじゃなくて、紡ぐこともできる」

「紡ぐ……?」

「"運命を操る程度の能力"。貴女がここに来る運命も、私が紡いだのさ」

「運命……」

「運命は無限に存在する。それこそ、生けるもの全て……いや、命を持たぬモノにも運命はある。それを()りあわせて1つの運命を紡ぎ出す。それが私の能力だ」

「……」

「ほら、分からないでしょう?ハッキリ言って、私自身にもこの能力の全てが分かってないのよ。貴女に分かるはずがないわ」

「……未来予知とは、違うのかしら?」

「そうね、私は未来を予め知っているわけじゃない」

「じゃあ何故、私が時を止めて回り込むことが分かったの?」

「簡単なことよ。貴女がそうする運命を紡ぎ出しただけ」

 

 少女の言うことを信じるか、ただの戯言だと聞き流すか、私が迷うことはなかった。

 彼女には、特別な能力がある。

 ––––例えば、私のように。

 

「つまり、私は貴女の掌の上で転がされているだけ……ということなのね」

「それは違うわ」

「……?」

「私の掌の上で転がるのは、貴女じゃない。世界(うんめい)よ」

「……どっちでもいい。つまり私に、勝機がないということでしょう?」

「さぁ、どうかしら?」

「何かしら?その言い方は……?」

「言ったでしょう。私は別に、未来を予知している訳じゃないの」

 

 そう言いながら、少女は足元のナイフを拾った。

 先ほど、私が落とした物だ。

 

「さて、第2ラウンドとでも行こうか?」

「遊び感覚なのね」

「当然。人間相手には、これくらいの気持ちじゃないと、すぐに終わってつまらないじゃない」

「人間ってそんなに弱い?」

「そりゃあもう。私が像なら、お前たち人間は蟻も同然よ」

「蟻の中には、象をも殺す蟻がいるのよ?」

「………集まれば、でしょう?一匹でどうこうなるものではないわ」

「本当にそうか、試してみましょうか?大きな大きな象さん?」

「戯け、虫ケラが」

 

 少女がナイフを投げる。

 やはり先ほどと同様に、一直線に私へと向かってくる。

 時を止めながらそれを避け、私は一気に間合いを詰める。

 

「象と蟻では、体感時間が違うそうですわ」

「それは残念だな。お前は、私ほど長くは生きられない」

 

 私のナイフは空を切った。

 少女は黒い大きな羽を使って舞い上がる。

 

「そしてもう1つ、お前にとって残念なことがある。私は象のように、ノロマじゃない」

「心配しなくていいわ。どんなに速く動こうとも、そこに"速さ"が存在する時点で私よりは遅いのよ」

 

 時を止めてナイフを設置する。

 それは少女を取り囲むように配置されていた。

 ナイフの壁が彼女に迫る。

 

「ッ……」

 

 

 ––––紅符「不夜城レッド」

 

 

 少女は一瞬だけ顔を歪めた。

 その直後に紅いオーラのようなものが、彼女から放たれる。

 それは大きな十字架を描き、その経路上にあったナイフは吹き飛ばされた。

 私のナイフの壁に空いた穴から脱出することで、少女は全てのナイフを避け切った。

 

「今のは……少し危なかったわ」

 

 彼女に当たらなかったナイフ達は、先ほどまで少女がいた位置で互いにぶつかり合った。

 金属音が鳴り響く。

 あまり心地よいものではなかった。

 

「でもどうせ当たったところで、死んではくれないのでしょう?」

 

 全てのナイフが床に落ちると同時に、それらは姿を消していた。

 全て私の手元に戻ってきている。

 時を止めて回収したのだ。

 

「そうとも限らないわ。何せ、銀のナイフは苦手だもの」

 

 バサバサと音を立てながら宙に浮いている少女が言う。

 しかし私は、彼女の言葉を疑っていた。

 本当に銀のナイフは、彼女の弱点なのだろうか?

 

「さて、そろそろこちらからも仕掛けさせてもらおうか」

「そんなこと、させる訳がないでしょう?」

 

 私は時を止める。一瞬で間合いを詰め、時を解放した。

 そうして私はナイフを少女へと突き刺す。

 

 だがやはり、私のナイフは空を切った。

 

「当たらない……ッ」

「お遊びはこれくらいにしようか?」

 

 背後から、私の耳元で囁く声がした。

 振り返りながら、私はナイフを振る。

 

 またしても、私のナイフは空を切る。

 

「どうして……」

「無駄よ。何度やろうとも、絶対に当たらない」

 

 

 ––––彼女には、全てお視通し。

 

 

「私、生身の人間を見るなんて久しぶりなのよ」

「……」

「生きた血を飲むのも、ね」

「……ッ」

「やっぱり、死は怖いの?」

「………死にたいとは、思わないわ」

「ふふっ、そうみたいね。今の貴女の目……ゾクゾクする」

「……」

 

 少女が私に歩み寄る。

 

「私の得意料理は、私を恐れる人間の血」

「……それは料理なのかしら?」

「私に恐怖させるという下拵えが必要なの。当然、それは料理のうちに入るでしょ?」

「……」

 

 バサッと少女が翼を広げる音が聞こえる。

 それと同時に、彼女の姿が消えた。

 背後に何かがいる気配がする。

 首元に吐息がかかった。

 

「抵抗しないの?」

「……私は、無意味なことはしないのよ」

「あら、そう……じゃあ遠慮なく」

 

 ナイフを突きつけられたような鋭い痛みが訪れた。

 皮膚を破り裂きながら私の身体に侵入してくるそれは、肉を抉り血を掻き出していた。

 少女はその血を吸っている。

 私は苦痛に顔を歪め––––そして、笑っていた。

 

 ––––気持ちいい。

 

 それは快感だった。

 初めこそ痛みが私の思考を支配したが、次に訪れたのは底知れない恍惚(エクスタシィ)だった。

 

「ッ!」

 

 そのことに気づいた私が感じたことは、屈辱だった。

 そもそも、先ほどまで殺そうとしていた相手に、食糧(えさ)として捉えられること自体が屈辱である。

 その上さらに、私はそのことに喜びを感じてしまったのだ。

 私は我に返ると、ナイフを取り出し少女に向かってそれを振る。

 

「あら、意味のない抵抗はしないんじゃなかったかしら?」

 

 軽々と少女は、それを避けていた。

 

「ええ。これは意味のある抵抗だから」

「……?」

「思い出したのよ。私は殺人鬼だってことを」

「何が言いたいのかしら?」

「つまり私は––––」

 

 ––––パチン

 

 私は時を止めて、首元にナイフを突き立てた。

 少し力が入り、鮮血が滴る。

 

「………ッ!」

「––––殺される側には、絶対にならない」

 

 私はナイフで喉を抉った。

 それは私にとって"いつも通りの作業"だった。

 ナイフをスライドさせて、吹き出る温かい血を存分に浴びる。

 そして私は笑うのだ。

 

 いつもと違うことと言えば––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ––––血を吹き出しながら倒れているのが、他でもない私自身であるということだ。

 

 

 

 

 

 



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第6話 完全で瀟洒な従者 –– 十六夜咲夜 ––

 

 

 

「私は、運命を操ることが出来るわ」

 

 少女は呟いていた。

 

「……でもそれは、他人の思考を支配できるということではないの。だから私は、貴女が何を考えているかは分からない」

 

 はぁ……とため息を吐きながら、少女は言う。

 

「まさか殺される側にならない為に、自らを殺すなんて……」

 

 少女の目の前で首の"二箇所"から血を出して倒れる女––––私には、すでに意識がない。

 少女の呟きは、私には聞こえていない。

 

「それにしても––––パチェにあの石を"二つ"持たせておいて良かったわ」

 

 私の首にぶら下げられていた石が、鈍い光を出し始めた。

 その光は、まるで私を包み込むように広がる。

 そしてすぐに光は弱まった。

 完全に光が無くなると、その石は割れた。

 

 それと同時に、私の目が開く。

 

「………ッ!」

「気づいたかしら?」

「……」

 

 私は、確か––––

 

「貴女は自らの首を掻き切って自害したわ。何の躊躇いもなく」

「………どうして?」

 

 勿論、私が問いたのは『なぜ自害したのか?』ではない。

 なぜ、生きているのか––––

 

 ふと、首から下げていた石が割れている事に気がついた。

 前に見たとき、それは鈍く光っていたはずだが……すでに光はない。

 

「それは蘇生石。1度だけ肉体を蘇らせる事が出来るマジックアイテムよ」

「蘇生石……?」

「貴女の傷、無くなってるでしょ?」

「……ッ!」

 

 私が自ら切った傷はもちろん、少女の牙による傷も消えていた。

 

「魂が身体から抜けてしまう前に、身体の異常を消す事で蘇生するらしいわ。私も多少なら魔法の心得があるけど……ここまで高度なのは、よく分からないわね」

 

 私には勿論理解できないが……

 私のナイフを受け、瀕死の状態だったパチュリーもこの石を使って蘇ったのだろうか?

 

「…………」

 

 ––––死に損なった。

 

 気づけば、私の手元にナイフはもうない。

 少女が取り上げたのだろうか。

 ならば、舌を–––

 

「舌を噛み切って死ぬ、とか考えてるのなら……やめたほうがいいわよ。そんなんで死ぬなんて、不可能だから」

「そんなの、やってみなければ––––「分かるさ」

 

 少女が私の言葉を遮って言う。

 

「私が言ってるの。間違いないわ」

「ッ…………」

 

 少女は鋭く爪を伸ばした手で、私の頰に触れた。

 

「貴女は死なせない」

 

 少女が言う。

 

「私の可愛い、咲夜」

「………サクヤ?」

「貴女の名前よ」

 

 紅い月の灯りが窓から差し込んでいる。

 その月灯りが、私と少女を照らしている。

 少女の顔が鮮明に見える。

 彼女は微笑んでいた。

 

「十六夜、咲夜。十六夜の昨夜、つまり十五夜を表した名前よ。この満月の下での出逢いにピッタリでしょ?」

「……なんで、名前なんか」

「それに、時を猶予(いざよ)い、夜に咲く花のように美しい貴女自身にもマッチしてるわ」

「そんなことは聞いてない」

 

 私は少女の手を振り払う。

 彼女の爪が少し頰を擦り、細い傷が出来た。

 血が滴り落ちる。

 

「なんで貴女に名前なんかを付けられなければならないのよ?」

「名前、ないんでしょ?」

「別に欲しいとも思わないわ」

「ダメよ。呼ぶのに困るじゃない」

「貴女が私を呼ぶことなんてあるのかしら?」

「あるわ。貴女が死ぬまでは、ずっとね」

「それは……貴女が私を殺すまで、ということかしら?」

「さっきも言ったはずだけど、私は貴女を死なせない。つまり、殺さないわ」

「分からないわ。私は貴女を殺そうとしているのよ?」

「貴女が私をどう思っているかは、重要ではないわ。私には、貴女が必要なの」

「……必要?」

 

 少女の意図が読めない。

 一体何を考えているの?

 

「貴女は、己のことを殺人鬼だと言っていたわね?」

「ええ」

「吸血鬼だって、人を食い殺す殺人鬼なのよ」

「…………」

「だったら同じ殺人鬼同士、仲良くしてみない?」

「……何を言い出すかと思えば、馬鹿げているわ」

「そうかしら?」

「私と貴女の間には、決定的に違う事がある」

「?」

「目的が違う。貴女は"食う"為に人を殺す。でも私は、"殺す"為に人を殺すのよ」

「ふふっ、面白い考えね。でも、結果は同じ殺人よ?」

「人外の貴女と同じにされたくないわ。貴女と私は違う。私を理解できる者なんている筈がない。私の居場所なんて、この世界にはないのよ」

 

 私は淡々と言っていた。

 そこに感情は篭っていない。

 紅く輝いてる月とは対照的に、私の瞳は暗い闇のようだった。

 

「……ここがどんな場所か、貴女は知ってるかしら?」

「?」

 

 少女が突然問う。

 その質問の答えはもちろん、その質問の意図も私には分からなかった。

 

「ここは幻想郷。胡散臭い妖怪が作った、忘れ去られた者たちの楽園さ」

「……忘れ去られた者たち?」

「つまりは、勢力を失い、居場所がなくなった妖怪たちの隠れ家みたいなものよ」

 

 少女は再び私の頰に触れた。

 滴る血を指で拭き取り、それを自身の口に運んだ。

 美味しい、と微笑んだ後に少女は続ける。

 

「私も外の世界で勢力を失った末にここに流れ込んだの。もう外の世界に、私の居場所はない」

「ッ……」

「私と貴女は、似ているのよ」

「別に私は……」

「確かに貴女は、"切り裂きザクラ"として外の世界では名のある殺人鬼だけれど……それは貴女なのかしら?」

「はぁ……? 何を言ってるのよ。もちろんそれは––––ッ」

 

 私は、黙るしかなかった。

 "切り裂きザクラ"が私であることは間違いない真実だ。

 しかし悲しいかな、事実と真実は異なるのだ。

 私以外の人間には、"切り裂きザクラ"は誰だか分からない。

 もし仮に、私が自らを"切り裂きザクラ"だと主張しても、信じてはもらえないかもしれない。

 彼らにとって"切り裂きザクラ"は、それこそ、妖怪のような類なのだから––––

 

 

「言葉に詰まるようね。それも当然さ。"切り裂きザクラ"を恐れる人々は、貴女を恐れているわけじゃない。この世界に居場所がないと言った貴女には、それが既に分かっていたのでしょう?」

「……」

 

 何も言い返せなかった。

 ––––この世界に私の居場所はない。

 

「でも、違うわ。貴女には居場所がある」

「は……?」

「外の世界に居場所がなくとも、この世界(げんそうきょう)には居場所がある。––––そうだろう、八雲紫?」

 

 突如として、空間に亀裂が走る。

 両端をリボンで結ばれたスキマの中から顔を出したのは、あの妖怪だった。

 

「ええ、勿論ですわ」

「盗み聞きとは感心しないな」

「あらあら。貴女にはバレていると分かっておりましたわ」

「だとしても盗み聞きには変わりないさ」

「それもそうかしら」

 

 私には状況が理解できなかった。

 動揺が隠せずに目を見開きながらも、必死に言葉を発する。

 

「貴女たち、手を組んでいたの?」

「そうなるのかしらねぇ……殺してほしいのは本当のことだけれど」

「はっ、笑わせてくれるな。私がお前を使役してるんだ」

「あら、また痛い目見たいのかしら?」

「ッ……まあ、そんなことはどうでもいいさ」

 

 少女は私に視線を移し、手を差し出す。

 

「お前の居場所は紅魔館(ここ)だ、十六夜咲夜」

「…………」

「私の未来に––––いや、幻想郷(わたしたち)の未来に、お前が必要なんだ」

「…………」

 

 少女は私の目を真っ直ぐ見つめていった。

 私も彼女の目を見て……それから、差し出された手を見る。

 その手には先ほどのような長く鋭い爪はなく、少女らしい小さな手だった。

 

 私はその手を––––

 

 

「………ッ!」

 

 

 ––––振り払った。

 

「馬鹿らしいわ。どれもこれも、私には関係のない話。そもそも私は、貴女を殺しにここへ来たのよ?」

 

 私は立ち上がる。

 少女を見下ろしながら、そう言った。

 

「………ふっ」

 

 少女は一瞬驚いたが、意味深な笑みを浮かべた。

 まるで私が、何を言い出すか分かっているかのように。

 

「貴女は私が殺す。それが私の––––十六夜咲夜の運命だから」

 

 クスッと八雲紫が笑ったのが聞こえた。

 少女はバサッと翼を広げて浮かび上がる。

 

「私の前で運命を語るか……ふふっ、いいだろう。私に隙があれば殺して構わないさ。その代わり、この館で働いてもらう」

 

 私より頭一つ分ほど上から、少女は私を見下ろしながら言った。

 

「そして私のことは、お嬢様と呼びなさい」

「……畏まりました、お嬢様」

 

 私は少女を見上げて、睨みつけながら言った。

 

「幻想郷に、新しい住人の誕生ね」

「ああ、そうだな。協力感謝する、八雲紫」

「では、約束通り––––」

「分かっているさ。これでお前の、そして私の望む幻想郷に近づくんだ」

「ええ、きっと」

「きっと、じゃない。絶対さ」

 

 少女は言い切った。

 そんな彼女には、幻想郷(わたしたち)の未来が見えているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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過去編
第7話 吸血鬼異変 Part 1


前回から、かなり投稿が遅くなって申し訳ありません。。。
これからも亀更新になると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。。。

今回から(過去編のさらに)過去編です。
本作主役の咲夜さんが出てきません。。。
かなしい。。。

それでは本編です。どうぞ。









 

 

「始めるわよ、レミィ」

「ああ!楽しい宴の始まりだ!」

 

 紅い閃光に包まれる。

 それは彼女たちだけでなく、この館全体を巻き込んでいた。

 

 ––––その日は、美しい満月が紅く輝いていた。

 

 

◆◇◆

 

 

「紫様」

「分かっているわ。藍は、博麗の巫女と共に人里に向かって頂戴」

「彼女には手伝わせないのですか?」

「さすがに今回ばかりは、いくら霊力のある彼女とはいえ、人間の手に負える範疇を超えているでしょう。それに、妖怪に人里を守らせるよりは人間が守ったほうがいい。そして貴女には、彼女の手助けを頼むわ」

「御意」

「まったく……ここの妖怪たちは随分と––––」

 

 八雲紫はスキマを開く。そして、そこに足を踏み入れた。

 

「御免遊ばせ〜」

「……いきなり出てくるなと、何回言ったら分かるのかしら?」

「うーん、1万回くらいかしら?」

「もうとっくに超えてるわよ」

「なんだかんだ、貴女との付き合いも長いものねぇ––––幽香?」

 

 紫が足を踏み入れた先は、小さな民家だ。

 綺麗に整理された家具たちが並び、部屋の中央には大きなテーブルと、それとセットで椅子が4つほど置かれている。

 テーブルの上には、黄色い花が生けてあった。

 

 そこに座り紅茶を飲んでいるのは、白のブラウスに紅いチェックの上着を纏った緑髪の女––––風見幽香である。

 

「で? 何の用かしら?」

「あら。気づいていないの?」

「何のこと?特に変わったことなんてないわ––––あっちの方に漂う、馬鹿でかい妖気以外はね」

 

 幽香は音を立てずに、紅茶を一口喉に流し込む。

 

「やはり、気づいているのね」

「あんなの、気づいてくれと言ってるようなものじゃない」

「ふふっ、そうねぇ。それで、貴女に頼み事があるのだけ––––「嫌」

 

 幽香は紫の言葉を遮って言った。

 

「ちょっと! まだ何も言ってないじゃない」

「大体分かるわ。とにかく嫌だから」

「どうしてかしら?」

「私は花の妖怪。争い事を好まない、温和な妖怪よ」

 

 幽香はニコッと紫に笑いかける。

 "まるで"天真爛漫な少女のように。

 

「……この前妖精を虐めてほくそ笑んでたのは、何処の誰かしら?」

「人聞きの悪いことを言わないで。あれは遊んでただけよ」

 

 紫は幽香を見ながら大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ……貴女もなのね」

「何が?」

 

 幽香は手にしていたティーカップをそっと置いて、紫に視線を移す。

 

「幻想郷の妖怪は腑抜けてるのよ。人を襲うことがなくなり、ただ同じ日々を繰り返すだけの……それこそ機械と同じような存在になってしまったわ」

「……」

「貴女も昔は"最強の妖怪"なんて言われたこともあったのにねぇ?」

「挑発してるつもり?私がその気になれば、あんたなんて一瞬で––––ッ!?」

 

 椅子に立てかけてあった畳まれた日傘を手に取り、それを紫に向けながら幽香は言う。

 いや、言おうとした。幽香は途中で言葉を切らざるを得なかった。

 

「一瞬で……何かしら?」

 

 その言葉を発する紫の声色に、幽香は底知れない寒気を感じていた。

 紫は鋭い眼光で幽香を見つめ、そして微かに妖気を放っていた。

 –––だが、紫にとっては"微か"であるそれは、その辺りにいる一般的な妖怪の持つそれとは比べ物にならないレベルである。

 幽香でさえ、寒気を感じるほど。

 

「……確かに私は、昔ほど強くない。それは自覚していたし、自分でも良くはないと思うこともあるわ」

 

 幽香は紫に向けた傘を下ろし、視線も落としてそう言った。

 

「貴女は弱くなったわけじゃないわ」

「……?」

「強くあろうとしていないだけよ」

「ッ……」

 

 幽香は一瞬だけ目を見開き、そして深呼吸のような溜息を吐いた後に言う。

 

「……そうかもしれないわね」

「そうなのよ。そしてそれは、貴女だけじゃない」

「この幻想郷に住む妖怪全員に言えることだ、と言いたいのね?」

「ええ、そうよ」

 

 紫は、大きな妖気を感じる方角へと目を向けた。

 

「予想はできていたけど、多くの幻想郷にいる妖怪達が彼女の傘下に入ったわ。力のないものは、力のあるものに媚びることしかできないもの」

「彼女……?」

「あの妖気の持ち主よ」

「既に会っているのかしら?」

「いいえ、会ってはいないわ。覗いてみただけよ」

「本当に、悪趣味ね」

「でも……気付かれちゃった」

「……スキマの存在に?」

「ええ。完全に私と目を合わせて、微笑みかけてきたわ」

「へぇ……なかなか、厄介な相手になりそうね」

 

 ニヤッと笑う幽香の顔は、紫に"最強の妖怪"を思い出させるのに十分なものだった。

 

「興味を持ってくれたかしら?」

「そうね……確かに最近は、何の目的もない詰まらない日々だったわ。ここらで"遊ぶ"のも、悪くはないかしらね」

「なら、あまり時間をかけたくないわ。いくら力のない妖怪とはいえ、束になって傘下に入ってしまえば、少しは苦労する壁になるかもしれない」

「待ちなさい」

「何かしら?」

「私と貴女の、2人で行くのかしら?貴女の式や、博麗の巫女、それに親友などと謳っている亡霊や鬼は?」

「藍には博麗の巫女と共に人里に向かってもらったわ。幽々子は……ほら、加減が効かないもの」

「へぇ、殺すつもりはないのね」

「もちろんよ。この幻想郷は、全てを受け入れるのだから」

「……そう。何か理由がありそうだけど……聞かないことにしておくわ、興味もないし」

「そして萃香は……」

 

 紫はスキマを開く。そしてそこに手を突っ込んだ。

 

「いでぇ! 何すんだよ!」

「ごめんなさいね。急ぎの用なのよ」

「角を引っ張るなと、何度言ったらわかるんだい!?」

「そうねぇ、1万回くらいかしら?」

「とっくに超えてらぁ!」

 

 右手に瓢箪を持ちながら声を荒げる、長い角を生やした少女––––伊吹萃香は顔を赤くしていた。

 それが酒によるものなのか、怒りによるものなのか、幽香には分からなかった。

 萃香は、初めこそ怒りを露わにしていたものの、これから大きな妖力を持つ妖怪と戦いに行くことを話せば、嬉々とした顔になり、紫と幽香に同行した。

 

 

◆◇◆

 

 

「ふぁぁ……にしても、眠いなぁ……」

 

 欠伸をしながら呟く赤毛の少女––––紅美鈴は、館のロビーにいた。

 普段は門番をしている彼女だが、今日は(あるじ)であるレミリア・スカーレットに此処で待機するように言いつけられていた。

 

 ––––こうして、身を隠しながら。

 

 美鈴はロビーにある大きな階段の裏に隠れていた。レミリアがそこで入口を見張れと命令したのだ。

 何故今日に限って此処で待機をするのか。門の前には配下に入れた妖怪共を配置しておくと言っていたが……あれらは使い物にはならないだろう。弱すぎる。

 美鈴には理解できなかったが、彼女がそうしているのは主の命令が絶対であるからというだけではない。

 彼女は、主の言葉を信頼していた。きっとこれが正解なのだ、と。

 

「……だけど、本当に良いのかなぁ」

「何がかしら?」

「いやだって、此処で侵入者を発見するということは、すでに館への侵入を許しているということになりますよ?それって門番としては微妙な気がするんですよね」

「確かに、そうねぇ」

「まあ、こうして隠れて、不意を突くことが出来るならいいですが」

「それは無理じゃないかしら?」

「何でそんなことを––––あれ?」

 

 ––––此処には、美鈴が1人で待機しているはずだった。

 

「だって貴女、バレバレだもの」

「だ、誰だッ!?」

 

 美鈴が振り返ると、そこには1人の女がいた。

 美鈴は急いで距離を取りつつ、女に問う。

 女は、扇子を口に運び、少し笑った後に言った。

 

「私は八雲紫。この幻想郷の責任者……とでも、言っておこうかしら?」

「そんな方が、どんなご用件で?」

「この館の主と、お話ししたいのですが」

「生憎、お嬢様はお忙しい方なので……そういう方には帰ってもらうようにと、言いつけられているんですよ」

「それは、力尽くでも……ということなのね?」

 

 構えを取る美鈴に、紫は言う。

 美鈴は戦闘準備を整えつつも、圧倒的な力の差を感じていた。

 しかし、主の為に戦う決意は既に固まっていた。

 美鈴の顔には、引きつった笑みが浮かんでいる。

 

「ええ、そういうことです」

「これはこれは……楽しませてくれるのかしら?」

 

 

◆◇◆

 

 

「本当に便利なものね、このスキマとやらは」

 

 風見幽香は足を踏み入れた先で、そう呟いた。

 離れた空間を繋げる事の出来る不思議な空間の亀裂に感嘆していた。

 そんな彼女は、大きな図書館に居た。

 幽香は、そこにある大量の本に目を奪われていた。

 

「いらっしゃい。今なら1人3冊まで貸し出し可能よ」

 

 そう言ったのは、フワフワと空を漂っているパチュリー・ノーレッジである。

 

「1週間たったら、返しに来なさい」

「まだ借りるなんて言ってないわ」

「借りたそうにしていたでしょう?」

「別に、そういう意味で見ていたわけじゃないわよ。ただ、こんなに読み切れるのか、気になっただけよ」

「とっくに読み切ってるし、内容も全て把握しているわ」

「そう。素晴らしいことね」

「本を借りに来たわけではないのだとすると––––」

 

 パチュリーは幽香から少し離れた位置に着地した。

 その手には魔導書らしきものが握られている。

 

「––––泥棒、かしら?」

「違うわ。私が欲しいものなんて、此処にはないもの」

「なら、何の用で此処に?」

「この館の主に会いに来たわ」

「レミィに? ああ、ダメよ、ダメ。今は忙しいから」

「ならば、貴女を倒して行くまでよ」

「私を倒す? やめといた方がいいわよ。今の私は調子がいいから」

 

 パチュリーがコホンッと軽い咳払いをすると、手に持っていた魔導書が宙に浮かび上がり、独りでに開いた。

 

「なら、私を楽しませてくれるのかしら?」

 

 幽香は手に持っていた日傘をパチュリーへと向ける。

 その口角は少しだけ上がっていた。

 

 

◆◇◆

 

 

「何だい此処は。暗くて何も見えないじゃないか」

 

 萃香は悪態をついていた。

 それは部屋に灯りがなく、真っ暗な場所だったからだ。

 

「……誰?」

「おっと、誰かいたのかい?」

「私の部屋だもの。当然でしょ?」

「はっはっはっ、そいつぁすまないね」

「……貴女は、妖怪?」

「そうだよ。鬼の伊吹萃香。ところで、此処の主が何処にいるかわかるかい?」

「お姉様に会いたいの? 無理だよ」

「無理?」

「私は此処から出られないもの。もちろん、貴女もね」

「はぁ? 何だそれ」

「きっとお姉様の友達とかいう魔法使いが結界を掛けているのよ。私には破れない」

「だったら私が此処に来た意味は?」

「知らないよ……私が知るわけない。外のことなんて、なぁんにも!」

 

 その時、部屋に灯りがついた。

 部屋の四方、そして中央には天井でぶら下げられている蝋燭に火のような何かが灯っていた。

 萃香はそれに、妖力というよりも魔力に近いものを感じていた。

 

 萃香の前に現れたのは1人の少女だった。

 特徴的な羽が生えた金髪の少女––––フランドール・スカーレットがクマのぬいぐるみを抱きながら立っていた。

 

「随分と可愛らしい()だね」

「貴女も変わらないじゃない。それに、私はもうちょっとで500歳よ!」

「何だ、まだ私の半分も生きてないじゃないか」

「え……お婆ちゃん?」

「そ、それは違うんじゃないかい?」

「……何でもいいけど、どうせ此処から出られないのなら、此処で私と遊ばない?」

「まあ、退屈しのぎにはなるかねぇ」

「ふふっ……鬼なら、簡単には壊れないよね?」

「壊れない……? まあ、頑丈だとは思うけど」

「なら、本気で行くよッ!!」

 

 フランは狂気の笑顔を浮かべて萃香に飛びかかる。

 萃香はそれに少しの恐怖感と、それを遥かに凌駕する期待感を抱いていた。

 そんな萃香の顔にも、笑みが溢れていた。



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第8話 吸血鬼異変 Part 2

 

「ああッ! 鬱陶しいッ!!!」

 

 声を荒げる幽香は、パチュリーへと超極太妖力光線を放つ。

 威力も範囲も申し分ないものだ。

 

「ッ……」

 

 パチュリーはその威力に少し驚きながらも、魔法陣による盾でそれを防ぐ。

 少し押されるも、魔法陣が破られることはなかった。

 そして再び、パチュリーは小さな魔力弾をばら撒く。

 幽香はそれを避けることはせず、手に持っていた日傘で払いのける。

 その魔力弾の威力は大したことのないもので、日傘を使わなくとも素手で払いのけることができるほどだった。

 しかしその量は夥しく、闇雲に突っ込めるものではない。

 遠距離戦が苦手なわけではないが、魔女を相手にするには些か不利である。

 幽香は間合いを詰めたいところだが––––

 

「なんて数……邪魔くさいッ!」

 

 自身に飛んでくる小さな魔力弾たちを払いのけるので精一杯だった。

 そしてそれが、幽香を苛立たせる。

 もっと言えば、パチュリーがこんな子供騙しで時間を稼いでいることにも、殆ど私を仕留める様な攻撃を仕掛けてこないことにも、腹が立っていた。

 

「……ふふっ」

 

 そしてそれは、パチュリーの思惑通りであった。

 冷静さを失えば、どんな強者も弱者になり得る。

 感情的になればなるほど、思考は短絡的になる。

 

 ––––しかし、そんなことに幽香が気付かない筈がなかった。

 幽香が苛立っているのも、そしてその苛立ちが隠せていないのも確かな事実である。

 しかし彼女は、内心冷静であった。苛立ちを覚えつつも、冷静に戦況を見つめるだけの経験値が、幽香にはある。

 そして、この打開策も既に––––

 

 

 ––––花符「幻想郷の開花」

 

 

 幽香は空間中に幾つもの花を咲かせた。

 花々がパチュリーの魔力弾にぶつかり、打ち消し合う。

 幽香にとって邪魔でしかなかった魔力弾が姿を消した。

 

「死になさい」

 

 幽香が飛び上がり、パチュリーとの間合いを一気に詰めた。

 パチュリーは慌てて結界を張る。

 幽香の拳が結界にめり込むも、それが割れることはなかった。

 

「ふぅ……危ないわね」

「ちっ、破れない……」

 

 幽香は悪態を吐くも、何処か楽しげだった。

 

「貴女どうして笑っ––––ッ!?」

 

 パチュリーが何かに気づいて振り返る。

 そこには、結界の向こう側にいた筈の幽香が––––

 

「今度こそ、死ね」

 

 超極太妖力光線が、パチュリーを襲った。

 パチュリーに新たな結界を張る時間は、残されていなかった––––

 

 

◆◇◆

 

 

「ちょこまかと……ネズミか、あんたは」

「ネズミは侵入者のそっちじゃないかしら?」

「く……ッ!」

 

 フランが萃香の後ろへ回り込む。

 萃香がそれに気付き振り返るよりも前に、フランの拳が萃香の顔面に叩き込まれた。

 

「それに私は、ネズミほど弱くないわ!」

 

 フランは、その俊敏さで萃香を圧倒していた。

 距離のある位置から、一気に間合いを詰めて攻撃する。

 そして、すぐさま離れることで反撃をさせない。

 ヒット&アウェイを繰り返していた。

 

「はっはっはっ、今のは驚いたなぁ」

 

 加えてフランには、鬼にも劣らない腕力を持っていた。

 それは並大抵の妖怪なら、一発で致命傷を与えられるほどの威力を持っていた。

 

「でも、それだけだ」

 

 しかし、萃香に目立った外傷はない。

 純粋なパワーでは、フランが萃香に叶う筈がなかった。

 嘗ては山の四天王と呼ばれた萃香のパワーは、平凡な鬼のそれをも凌駕するものがあった。

 況してや、吸血鬼のパワーなど、萃香の足元にも及ばない。

 

「ふふ……あはっ……あはははははは!!!!」

 

 フランドールは笑い出す。

 何故いきなり笑いだしたのか、もちろん萃香には分からない。

 フラン自身にも、分かっていないかもしれない。

 

「最ッ高!! 全ッ然壊れない!!!」

 

 フランは右手を握りしめた。萃香の"目"を握り潰したのだ。

 それと同時に、萃香は内側で何かが爆発したように破裂した。

 

 ––––しかし、萃香は"壊れない"。

 

「そいつは、私にゃ効かないよ!」

 

 萃香は瞬時に自らを霧散させることで、フランの能力を無効化していた。

 フランが壊すことができるのは、霧散した小さな一粒の萃香のみである。

 そのたった一粒が破壊されようと、萃香には痛くも痒くもなかった。

 

「きゃはッ!! 本当に面白いのね! なら、これはどうかしら!?」

 

 

 ––––禁忌「レーヴァテイン」

 

 

 フランが真紅の(つるぎ)を出現させた。

 それは真っ赤に燃え上がり、部屋が一瞬で高温になる。

 

「まずい……酒が蒸発しちゃうね、これは」

 

 萃香の手にある伊吹瓢から蒸気が漏れ出していた。

 萃香の手や額にも汗が滲む。

 

「死んじゃえ!!」

 

 フランはその劔を萃香へと振り下ろす。

 萃香はなんとかそれを避けた。

 

「随分軽々と振り回すんだね。そのスピードで来られちゃ––––ッ!?」

 

 フランのレーヴァテインは、かなりの大きさを誇っていた。

 それが振り下ろされた今、萃香に逃げ場は無くなってしまった。

 もう少し広い場所なら、逃げられただろう。

 しかしここは見知らぬ部屋の中。

 後ろは壁、左右に逃げたところで振り回されては当たってしまう。

 

 ––––そして案の定、フランはそのまま劔を平行移動させた。

 萃香に逃げ場はない。

 

「これでバイバイ」

 

 フランがそう呟く。

 そして紅く燃え上がるレーヴァテインが萃香に––––

 

 

「…………?」

 

 

 ––––当たらなかった。

 

 と言うよりも、レーヴァテインが消失している。

 

「ど……どうしてッ!?」

 

 フランは一瞬だけ動きを停止した。

 この拮抗した勝負において、それが命取りになるということに、フランはまだ気づいていなかった。

 フランと萃香の間には、実力差以上に、経験値の差が大きかったのだ。

 

「酒の恨みは大きいんだよ」

 

 全ての酒が蒸発し、空になった瓢箪(ひょうたん)を手に萃香は呟きながら、フランへと飛びかかる。

 フランはまだ、現状を理解できていなかった。

 避けることができずに萃香の拳を顔面に喰らったフランは、そのまま吹き飛ばされてしまった。

 鬼の腕力から放たれた拳は、いくら吸血鬼のフランと言えども、耐えられるものではなかった。

 

「種明かしをすると、あんな炎は薄めてしまえばただの火の粉。鬼の体にゃ、傷一つ付けられやしないさ」

 

 萃香は部屋の中へと蒸発してしまった酒を瓢箪に(あつ)めると、それをグイッと飲んでからケラケラと笑いだした。

 

「まあ、もう聞こえてなさそうだけどねぇ」

 

 フランは壁にめり込んだまま気絶していた。

 

 

◆◇◆

 

 

「はぁ…はぁ……すみません、お嬢……さ…ま……」

 

 紅美鈴はそう言って倒れた。

 そんな美鈴の近くにスキマが開く。

 出てきたのは、美鈴と戦っていた八雲紫である。

 

 戦況は一方的なものだった。

 近接格闘を得意とする美鈴は、紫を自分の土俵に引き込むことができずに、文字通り手も足も出なかった。

 紫が生み出す神出鬼没なスキマたちが、標識や信号機、はたまた電車など、様々なものを繰り出し美鈴を襲った。

 初めのうちこそなんとか避けきり、時には打ち返すことで反撃を試みていたものの、スキマの中へと隠れてしまった紫にダメージを与えることなど美鈴には不可能だった。

 そして次第に動きが鈍くなった美鈴に、スキマから現れた幾つもの"漂流物"が当たるようになり、傷を負っていった。

 

 そして今、美鈴は力尽きて倒れてしまった。

 忠誠を誓った主のことを想いながら。

 紫はそんな美鈴を抱えた。

 

他人(ひと)の従者をどうするつもりだ?」

 

 そのとき声が聞こえた。

 声のする方には大きな階段がある。

 そしてその頂上に、この館の主––––レミリア・スカーレットがいた。

 窓から差し込む真っ赤な月灯りが彼女を照らしている。

 

「どうするつもりもございませんわ。ここに倒れられては––––邪魔でしょう?」

 

 紫はスキマを開くと、その中に美鈴を入れた。

 レミリアの後ろで何かが落ちる音がした。

 レミリアは振り返らずとも、それが何かを理解していた。

 

「随分と雑に扱ってくれるな」

 

 美鈴を階段の頂上に寝かしたまま、レミリアはその階段をゆっくりと下る。

 

「他人の従者ですもの」

「他人のモノだから、丁重に扱うのが常識なんじゃないのか?」

「生憎ここでは、常識などというものは通用しませんわ」

「はっ、そうかそうか。つまりお前はそういう奴なんだな」

 

 レミリアはニヤリと笑ってみせる。

 そして同時に黒い大きな翼を広げ、宙へと舞い上がる。

 

「「こんなに月も紅いから」」

 

「本気で殺すわよ」

「全てを受け入れますわ」

 

 

◆◇◆

 

 

「ゲホッゴホッ……んっ、はぁはぁ……」

「まさかあの状況で避けきるなんて……面白いわね」

「調子が悪ければ直撃だったわよ……ゲホッ」

 

 幽香の分身が放った妖力光線を危機一髪で直撃を避けたパチュリーは、勢いまでは殺すことができずに本棚へと突っ込んだ。

 手入れが行き届いていなかった為だろうか、パチュリーがその本棚へとぶつかった途端に埃が舞い上がった。

 それを吸い込んだパチュリーは、持病である喘息が悪化していた。

 もうパチュリーに戦う意思はない。

 

「さて、この館の主はどこにいるのかしら?」

「今からレミィの所に行くの?」

「ええ、それが此処へ来た目的だもの」

「……まあ、それなりに時間稼ぎはしたつもりだし、もういいかしらね」

「どういうこと?」

「レミィがこの幻想郷に殴りこんだのは、此処を支配するのが目的ではないのよ」

「……へぇ?」

「外の世界で居場所のない私たちを、受け入れて欲しかったの。でも、レミィには頭を下げて頼むなんて器用な真似はできないから……」

「それで殴りこむ形で此処に来ることになったのかしら?」

「そうよ。もし本気で貴女達を殺して、幻想郷を支配しようと思っていたら……配下に入れた妖怪達を、門の前なんかに配置しないわ。そんなところを通らずに館へ侵入するのは、分かっていたもの」

「……此処に来る前から、スキマのことを知っていたの?」

「スキマ……? ああ、あのテレポートのような能力のことかしら?」

「たぶん、それよ」

「レミィが知っていたのよ。どうしてかは……何となくの見当はつくけど、よく分からないわ」

 

 パチュリーはゲホッゲホッと咳をしつつ、服についた埃を落とす。

 叩いては埃を舞い上げてしまう為、撫でるように払い落としていた。

 幽香はそれを見ながら、長い間喘息に苦しんでいるのだろうと察した。

 

「レミィなら、ロビーで貴女のお友達と戦っていると思うわ。向こうにある扉から出て、まっすぐ道なりに進めばロビーへと辿り着くはずよ、確かね」

「確か……?」

「私、あんまり図書館を出ないから」

「そう……まあ、案内感謝するわ」

 

 幽香は扉の方へと歩き出す。

 パチュリーに背を向けたまま、扉へと辿り着くと、その扉に手をかける。

 幽香はそれを開くと同時にパチュリーへと言った。

 

 

「あれは友達じゃない」

 



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第9話 吸血鬼異変 Part 3

 

 

 ––––神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 

 レミリアが紅い弾を高速で投げつける。

 それはまるで槍のような形をとりながら、紫に向かって飛んで行く。

 

「……無駄なことを」

「ッ!!」

 

 紫は自身の目の前でスキマを開く。それはグングニルを飲み込んでしまう。

 そして同時に、レミリアの背後に開いたスキマからグングニルが飛び出して来る。

 レミリアはそれに気がつき避けようとするも、右半身を抉り取られてしまった。

 

「あぁ……我ながら素晴らしい威力だ」

 

 レミリアは身体を再生させながら言う。

 

「お前も、そう思うだろう?」

「ええ、まったくその通りですわ」

 

 ––––廃線「ぶらり廃駅下車の旅」

 

 紫は新たにスキマを開く。

 開いたスキマからは電車が現れ、それはレミリアに突進した。

 しかしレミリアは、片手でそれを受け止める。彼女は余裕の笑みすら浮かべていた。

 そして後方へと下がることで、電車を受け流す。

 

「これは掃除が大変そうだな」

「心配ご無用ですわ」

 

 壁に突っ込んだ電車は、大きな音を立てながら壁にぶち当たると、勢いを失って床へと落ちた。

 しかし次の瞬間には、床に開いた大きな隙間に飲み込まれ、電車は姿を消した。

 

「お掃除は得意なのよ」

「ふざけるな。壊れた壁はどうしてくれる?」

「それは突然殴り込んで来た代償ですわ」

「はっ、笑わせてくれるな。私はこの幻想郷を支配するんだ。つまりお前も私の配下になるんだぞ?」

 

 レミリアは目で『お前が直せ』と訴えた。

 

「あらあら、貴女にそんなつもりが無いことは分かっておりますわ」

「なんだと?」

「もし本気で貴女がこの幻想郷を支配するつもりなら……貴女が此処に来る前に、私は貴女を消していたでしょう」

「ほう……? なら仮に、私が幻想郷を支配するつもりもなく殴り込んだということにしよう。どうしてお前は、私の侵入を許したんだ?」

「幻想郷に必要な運命ですもの」

「フハハハハッ! 私の前で運命を語るつもりか?」

「貴女が運命を操ることができることは存じております」

「な、なんだと……?」

「その上で何故、貴女がこの幻想郷を支配する運命を手繰り寄せないのかも、存じておりますわ」

「…………面白くない冗談だな、黙れ」

「貴女には分かっているのでしょう? 幻想郷を支配することなんて––––私に勝つことなんて、貴女には出来ないということが」

「ッ…………」

 

 レミリアは唇を噛み締めながら、言葉を飲んだ。

 彼女には何も言い返せない。

 

「さて、どうしましょうか?」

「……ああ、私の負けだよ。いくら運命を操ることが出来るとは言えども、存在しない運命を手繰り寄せることはできないからな」

「何を掛けても、ゼロはゼロですものね」

 

 レミリアは知っていた。

 彼女が紫を倒し、幻想郷を支配できる可能性が0であるということを。

 

「だがな、私は誇り高き吸血鬼だ。簡単に諦めはしない。自分の運命にも抗ってみせるさ」

「ふふっ……いいでしょう。幻想郷は全てを受け入れますわ」

 

「「こんなに月も紅いから?」」

 

「暑い夜になりそうね」

「賑やかな夜になりそうですわ」

 

 

◆◇◆

 

 

 ガチャッと音を立てながら扉を開く。

 

「……あら、もう終わっちゃったかしら?」

「来るのが少し遅かったわね。たった今、終わったところよ」

「吸血鬼とやらを楽しみにしていたのに……残念ね」

 

 階段に(もたれ)れ掛かりながら眠る少女を見て、幽香は呟いた。

 紫はスキマを開くと中に手を突っ込む。そして何かを引っ張り出した。

 

「だぁーもぉ! 角を引っ張るな!!」

「いいでしょう? 取れることなんて無いのだから」

「そういうことじゃない!」

 

 現れたのは伊吹萃香だった。

 幽香は2人の様子を見ながら、少しだけ笑った。

 

「くそっ……で、終わったのかい?」

「ええ、たった今、異変を解決したところよ」

「そうかいそうかい。それで、主犯はそこに眠ってるやつか?」

「そうよ。レミリア・スカーレット。本当に恐ろしい吸血鬼だったわ」

「……にしては、随分……余裕そうだが?」

「あら、まだ喋るほどの力が残っていたのね」

「バカ言え。私が……あの、程度で……く、くたばる訳が…ないだろう?」

「ではもう一度、痛い目を見せましょうか?」

「ッ…………」

 

 レミリアには、辛うじて喋る程度の力しか残っていなかった。

 

「レミリア・スカーレット。貴女には、罰を受けてもらいますわ」

「はっ、十分…痛い思い、をしたと……思うが?」

「貴女の本心がどうであれ、貴女の行為は侵略行為に他なりません。それ相応の罰が必要です」

「あー……はいはい、分かったよ。それで、どんな罰?」

「謹慎ですわ」

「……謹慎? 随分と、優しい罰だ…な」

「今からこの館の周りに結界を張ります。私以外干渉することは出来ない、強固なものを」

「フッ……強制的に、謹慎させ…るのか。何が、目的なんだ?」

「それは時が来れば、お話しいたしますわ。でも、貴女になら視えるんじゃありませんの?」

「……私には、他人の思考まで視える訳じゃないからな」

 

 息を切らしながらレミリアは続ける。

 

「まあ、起こりうる可能性から逆算することもできるが……お前の場合は難しいぞ、八雲紫」

「ふふっ、お褒めの言葉として受け取っておきますわ」

 

 レミリアは深く溜息を吐いていた。

 

 その後、詳しい取り決めは後日相談することとなり、ひとまず紫たち3人は館を出ることになった。

 館を出ると大勢の力のない妖怪たちがいたが、3人の妖気に恐れをなして、逃げ惑うことしかできていなかった。

 3人が館を出ると、紫は館の周りに結界を張った。

 そして、紫がスキマを空け、3人とも幽香の家へと移動した。

 

 

「2人ともお疲れ様。本当に助かったわ」

「そう思うなら、酒が欲しいところだね」

「もちろん用意しているわよ」

 

 紫はスキマを開き、中から酒を取り出した。

 

「流石だね紫ぃ! あんた最高だよ!」

「……貴女たち、どうして人の家で宴会を始めようとしてるのかしら?」

「いいでしょう、幽香」

「はぁ……ちゃんと片付けるならね」

「心配いらないわよ。ちょっと、藍? 来てくれるかしら?」

「はい、紫様。なんでしょうか?」

「3人で小さな宴会をするわ。準備と片付けをよろしくね」

「畏まりました」

 

 紫が開いたスキマから、なんの戸惑いもなく現れた八雲藍は、ゆかりの指示を受けてそそくさと準備を始めた。

 

「あんたも苦労人だねぇ」

「式として当然ですから。それに、人ではありませんよ」

「はっはっはっ、面白い子だねぇ! 紫と違って良い子だしなぁ」

「本当によく出来た式神ね。なんでこんなに出来た子がこんなヤツの下で働いてるのか、甚だ疑問だわ」

「ちょっと2人とも、酷くないかしら?」

 

 3人は軽口を言い合いながらも、それぞれがそれぞれなりに楽しんでいた。

 そして紅く輝いていた満月に変わり、太陽が燦々と照る頃に3人は解散することになった。

 

「じゃあ私はこれで失礼するよ」

 

 萃香が紫の用意したスキマに足を踏み入れる。

 地底に帰った萃香を見送りながら幽香は言う。

 

「ほら、あんたもさっさと帰りなさい」

「私が帰れば、藍も帰るわよ?」

「……」

 

 藍はせっせと後片付けをしていた。

 主の命令だからか、元々の生真面目な性格からか、藍は文句も言わずに働いている。

 それも、かなりの働きぶりだ。

 紫や萃香がかなり散らかしていたが、段々と片付いていた。

 幽香はそれを見て感心すると共に、帰られてはまずいと感じていた。

 

「まあいいわ。ちょうど聞きたいこともあったもの」

「あら、何かしら?」

「貴女、あの吸血鬼が此処に来ることを、いつから知っていたの?」

「……あの吸血鬼が此処に来てからよ––––という答えでは納得してくれないようね?」

「言い回しが面倒くさい。つまり、此処に来ることは事前に知っていたということかしら?」

「ええ、そうよ。よく分かったわね」

「覗いたと言っていたでしょう? あの馬鹿でかい妖気が来てから大して時間は経ってないわ。ゆっくりと覗くような時間はなかったはずよ」

「……貴女、案外頭が回るのね」

「どうも。ただ、本当に聞きたいのはそこじゃない」

「どうしてあの吸血鬼の侵入を許したか、でしょう?」

「……ええ、そうよ。答えてくれるかしら?」

 

 紫はどこからか扇子を取り出すと、自身の口元を隠しながら笑った。

 そして答える。

 

「言ったでしょう?幻想郷の妖怪は腑抜けていると」

「……?」

「今回の騒動で、妖怪達は危機感を持ったはずよ。自身の力の衰えに気が付いてね」

「……」

「そして何か、対策を練らなくてはならないことにも気が付くでしょう」

「その対策とやらは、既にあるのかしら?」

「以前から少し考えているものがあるわ。まだ完成には程遠いのだけど……まあ、楽しみにしてなさい。この幻想郷が、さらなる楽園になるわ」

「紫様、片付けの方が終了致しました」

 

 まるでタイミングを図ったかのように、藍が話に横槍を入れた。

 これ以上は聞かせてくれないのだろう、と幽香は察する。

 

「そう、お疲れ様。幽香、片付けはこれでいいかしら?」

「ええ。ありがとう」

「いいのよぉ〜これくらい」

「……あんたには言ってない。藍、ありがとうね」

「いえ、これも仕事ですので」

「じゃあさっさと帰りなさい。特に八雲紫とかいう女は、2度と来なくていいわ」

「ええ、また来るわ。さて帰りましょうか、藍」

「はい。失礼しました」

 

 藍は幽香に一礼すると、紫の後に続いてスキマに入る。

 そして、スキマは閉じられた。

 

「……私にとっては––––」

 

 幽香は窓から見える花々に視線を移す。

 

「私の花が元気に咲ける環境があれば、どんな場所でも楽園なのよ」

 

 そう呟く幽香の顔には笑みが溢れていた。

 久々に楽しかった1日を思い返しながら、窓の外を眺め続けていると、妖精が飛んでいるのが目に入った。

 

「まあでも……やっぱり、多少の刺激は必要よね」

 

 そう言う幽香の顔には、先ほどとは少し異なる種類の笑みが浮かんでいた。



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紅魔郷編
第10話 スペルカードルール


前回で過去編は終了です。
今回から、紅霧異変のお話です。
主人公の咲夜さんが戻ってきました。
嬉しい。



 

 

 

 

 

「……スペルカードルール?」

 

 私がこの紅魔館の主––––レミリア・スカーレットお嬢様の下で働き始めてから、ひと月が経った頃。

 幻想郷の管理者––––八雲紫が再び紅魔館に訪れていた。

 そしてレミリアの自室にて2人が話しているのをドアの傍で聞いているのが私––––十六夜咲夜である。

 八雲紫は自身の口元を扇子で隠しながら話している。

 お嬢様は、聞きなれない単語に首を軽く傾げていた。

 

「ええ、そうですわ」

「それで幻想郷の妖怪が救われるとでも言うのか?」

「妖怪だけでは御座いませんわ。人間も含めた幻想郷の住人全てが救われるのです」

「……異変発生と異変解決を同時に促進し、擬似的に命を懸けて戦うことで危機感を保つ、か。そんなに上手くいくとは思えんな」

「なぜでしょう?」

「このルールでは双方の合意が必要だろう。幻想郷の妖怪全てが、このルールに従うとは思えん」

「その為の、貴女達なのですわ」

「……私達に、何をさせるつもりだ?」

「貴女達には異変を起こし、巫女に退治されて頂きます」

「ほぅ、つまり私達に生贄になれと言うのか?」

「単刀直入に言えば、そうなりますわ。ですがあくまで弾幕ごっこの範疇ですから、命を落とすことはあまりないかと」

「はっ、これから先"人間に負けた"などという恥を晒しながら生きていくことになるんだ。死んだも同然だろう?」

「……やはり貴女は、妖怪らしい妖怪ですわ。人間を心から見下しているその気質は、妖怪の模範と言っても過言ではないでしょう」

「はぁ……?」

「しかし……いや、だからこそ、この役目は貴女達でなければならない」

 

 ピシャリと音を立てて扇子を閉じると、八雲紫は続けて言う。

 鋭く真剣な眼差しで、お嬢様を見る。

 

「力のある妖怪が、力が無い人間の巫女に退治される。これが与える影響は計り知れませんわ」

「……」

「そして誤解しないで頂きたいのは、『力の無い人間』なのであって、『力の無い巫女』ではありませんわ」

「……そうか。つまりその、博麗の巫女とやらを立てろと言っているのだな?」

「ええ。人間と妖怪のパワーバランスは今まで通りに、妖怪退治の専門家である巫女を育成したいのです」

「なるほど……まあ、お前には咲夜の件で"協力"してもらったからな、その話に乗ってやろうじゃないか。約束だったし」

「賢明なご決断、嬉しい限りですわ」

「フッ……」

 

 お嬢様がニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……ただし、それは咲夜を除く紅魔館の者だけだ。咲夜はお前に対して何の恩もなければ、この幻想郷に対する負い目もない」

「そうですか……まあ、いいでしょう。孰れ現れるかもしれないルールに従わない妖怪は、巫女が力尽くでも従わせなければならない。巫女の育成には必要な壁かもしれませんわね」

「おいおい、何を言ってる? 咲夜は人間だぞ?」

「ふふっ、それは失礼致しました」

 

 笑みを浮かべたまま挑発的な視線を送るお嬢様を、八雲紫は妖気を漂わせながら睨みつけていた。

 

「……今日のところは、これで失礼致しますわ。さらなる詳しい話はまた後日、ということで」

 

 八雲紫はスキマを開くと、足を踏み入れ帰っていった。

 

「ハハハハハッ! 見たか咲夜? 尻尾を巻いて逃げていったぞ!」

「八雲紫に尻尾は御座いませんわ」

「はぁ……情趣のない奴だな」

「事実で御座います」

「あー、もういい。疲れたわ。それで、紅茶が空なのだけれど?」

「只今お注ぎ致しますわ」

 

 ––––パチンッ

 

 時を止めているうちに紅茶を注いだ。

 

「ほんと、便利な能力ね」

 

 お嬢様は紅茶を一口、音を立てずに流し込む。

 

「……咲夜」

「何でしょうか、お嬢様?」

「この紅茶、"隠し味"が効いていて、とっても美味しいわ」

「お褒めに預かり光栄です」

「まったく……一体どこから毒なんか手に入れるのかしら? この程度じゃ、私には効かないからいいけど」

 

 お嬢様は椅子を引いて立ち上がり、私の下へと歩み寄る。

 

「"お仕置き"が必要ね」

 

 笑ってみせるお嬢様の口元には、吸血鬼特有の八重歯が光っている。

 

 私がここにいる目的は大きく分けて2つある。

 1つは衣食住の確保。

 ここで雇われれば、衣食住は確実に提供される。

 何不自由なく暮らすことができるのだ。

 

 そしてもう1つは、レミリア・スカーレットの暗殺。

 私は私自身のプライドにかけて、このレミリアお嬢様を殺すと誓った。

 その誓いを果たすべく、今もこうして紅茶に毒を仕込むことで殺そうとしたのだ。

 だが、驚くことに全く効かなかった。

 せめて動きさえ封じることが出来れば、このナイフで––––

 

 お嬢様は翼を広げ飛び上がると、驚異的なスピードで私の背後に回る。

 そして私の髪を退けつつ肩を抱き、私の首に(かぶ)りついた。

 私が暗殺に失敗すると、お嬢様は決まって"お仕置き"をする。

 それはこうして、私の血を軽く吸うことを意味していた。

 

「ッ……」

 

 

 ––––気持ちいい。

 

 

 お嬢様の歯が首元に突き刺さり、破れた血管から血が溢れ出し、それを美味しそうにお嬢様は吸っている。

 その痛みが、吸われている感覚が、或いはお嬢様に肩を抱かれているこの状況が––––

 直接的な原因は分からない。

 だが私は、明らかに快感を覚えていた。

 

「……このくらいにしておくわ」

「!」

「あんまり飲みすぎると貴女、人間じゃなくなるもの」

 

 お嬢様が私の首から口を離し、私の肩から腕を離す。

 私は腰が抜け、その場に座り込んでしまった。

 

「はぁ……はぁ……」

「本当に美味しいわ。病みつきになりそう」

 

 お嬢様はクスクスと笑いながら、広げていた羽を畳みつつ、床に降りる。

 そして座り込んだ私の前へと回り込み、顔を覗き込ませた。

 口元に私の血をつけたまま、お嬢様の瞳は私を捉える。

 

「……貴女は既に、病みつきかしら?」

「ッ……」

 

 私は目を逸らす。

 このお嬢様の瞳を見てはいけない。

 

「ふふっ、案外貴女には、既に私への殺意なんて無いのかもしれないわね」

「……え?」

「"お仕置き"が欲しいから、私を殺そうとしているだけなんじゃなくって?」

「そんな……ことッ!」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……そう。それでいいのよ」

 

 私はナイフをお嬢様の首に突きつけていた。

 しかし同時に、お嬢様の鋭い爪が、私の首に突き立てられている。

 私の首からは鮮血が滴っているが……これは先ほどの"お仕置き"によるものだろう。

 

「私を殺すのは貴女よ。他の誰でも無いわ」

「……ええ。覚悟しておきなさい」

「いい顔してるわ、咲夜」

「……」

 

 お嬢様が私の頰に手を伸ばす。

 少し撫でられた後に、私はその手から逃れるように退いた。

 

「それでは、朝食の準備をして参ります」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……そう。咲夜が私を殺すのよ。十六夜咲夜、貴女がね」

 

 私が姿を消した部屋でお嬢様は一人呟きながら、毒の入った紅茶を喉に流し込んだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 吸血鬼の夜は長い。

 午後6時、日が沈みかけて空が紅くなる頃にお嬢様は起床なさる。

 身支度を整えた後に夕食を摂ると、お嬢様は決まってある場所へと向かう。

 それは夕食に限らず、毎食後なのだが、私にある料理を作らせては、それを何処かへ持って行かれる。

 毎回『付いてくるな』と言われる為、お嬢様が何処へ向かっているのか、私に知る由はない。

 

 そして戻ってきたお嬢様は、何かしらの娯楽を楽しまれる。

 ある時は音楽鑑賞をされ、またある時はパチュリー様と共にチェスに興じられる。

 因みにこのとき私は、館の手入れをする。

 掃除はもちろん、館の修理や拡張、美鈴への食事の支給など、仕事は様々だ。

 一番頑張ったのは図書館の拡張だろう。

 山積みになり埃まみれだった本たちも、今では綺麗に本棚に並べれている。

 

 そうして時間が経ち、午後11時頃にお嬢様は夜食を摂る。

 そして例の料理を何処かへと運ぶ。

 戻って来ると今度は深夜のティータイムが始まる。

 私の作るお菓子と紅茶で、お嬢様は優雅なひと時を過ごされる。

 この間に私は美鈴に食事を届けた後に、パチュリー様と共に紅魔館の経理実務を行う。

 以前はパチュリー様1人で行なっていたそうだが、今は2人で、孰れは私1人に任せるようだ。

 外の世界で蓄えた膨大な財産を崩しながら生活しているようだが、そもそも今現在、金を使うようなことはほとんどない。

 水は近くの川や湖から引くことができるし、電気やガスなどは通ってなくとも、パチュリー様の魔法でなんとかなっている。

 食料も八雲紫によって無償で"用意"されている。

 ごく稀に、八雲紫に金を渡して外の世界の道具を手に入れることがある程度にしか、金を使うことはない。

 紅魔館の経理管理は非常にシンプルなものだ。

 

 ……とはいえ、こんな新入りのメイドに経理を任せようとすること自体はどうかと思う。

 他に雇われている妖精メイドが仕事をしない為、既にメイド長としてこの紅魔館にいる私だが、一応新入りなのだ。

 まあ、私が何かの不正をする可能性が0であることもお嬢様には、お"視"通しなのかもしれないが。

 

 そして午前4時頃にお嬢様は朝食を摂る。

 例によって、あの料理を何処かへ届けた後に自室へ戻り、何故かふかふかなベッドの上に置かれた棺桶の中で、太陽が昇った頃に就寝なさる。

 

 お嬢様が就寝なさったのを確認すると、私は美鈴と門番を交代する。

 その間に美鈴は3時間ほど睡眠を取る。

 3時間の睡眠だけで、ほぼ一日中立ったままでも平気だという彼女だが、やはり妖怪と人間の体力の差なのだろうか?

 しばしば、勤務中に居眠りしていることもあるが……

 そして3時間ほど門番をし、美鈴が戻ってきた後に私は館へ戻り掃除や洗濯を始める。

 掃除はやってもやっても終わりはないし、洗濯は日の出ているこの時間にしかできないため、お嬢様の寝ているこの時間が一番私は忙しい。

 

 因みに私には、休憩時間などない。

 それは私が酷使されているからというよりも、私に休憩時間が用意される必要がないのだ。

 私はそれこそ時間を止めてでも、自分の時間を作ることが出来るのだから。

 

 

◆◇◆

 

 

 そろそろ夜が明ける頃だろうか?

 いや、まだまだ夜は長いかもしれない。

 そんなことを考えながら、暗闇の中を男は歩いていた。

 自分が何故こんな場所にいるか、理解できていない。

 普通ならば取り乱し発狂してもおかしくはない事態だが、余りにも理解が追いつかないために、逆に冷静だった彼は必死にこの場を抜け出す策を考えていた。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 そして私は、そんな彼に音もなく忍び寄る。

 しかしそれは決してコソコソと近づいているわけではない。

 堂々と正面から近付き、そして背後に回る。

 それから首にナイフを突きつけて––––

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……ッ!?」

 

 そのままナイフを平行移動させるだけで、その男は声も出せずに倒れこんだ。

 これが八雲紫が"用意"した食料だ。

 

 私は時を止めてその男を運び––––そうしないと、血が床に垂れて掃除が大変だから––––お嬢様のお口に合うように加工する。

 人体を切り刻むことに、私は何の抵抗もなかった。

 寧ろ愉しみさえ感じるほどだった。

 

 そうして朝食の準備を終えた私は、お嬢様に伝えるために、お部屋へと向かった––––



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第11話 悪魔の妹

こういうことを書くのは良くない……というより嫌われそうな気がするけど……

感想が欲しいです()
批判でもいいです←

あと、関係ないけど、バレンタインチョコ欲しいです(切実

すみません、本編どうぞ










 

 

「パチュリー様、紅茶とクッキーをお持ち致しました」

「あら、ありがとう。毒は入ってないかしら?」

「そんな事は致しません」

「聞いたわ。レミィには入れたんでしょう?」

「……私に、パチュリー様を殺す理由はありませんから」

「そう……まあ、例え毒を入れられてても、何とか出来るからいいのだけど」

「信用ないのですね」

「そりゃあそうでしょう? 貴女はつい1ヶ月前、私達に刃を向けていたのだから」

 

 そう言ってパチュリー様は、私を少し睨みつけた。

 だが私は、そこに私に対する嫌悪感を感じることはなかった。

 

「パチュリー様は咲夜さんの作るクッキーが大好きなんですよ〜」

「……こぁ、要らないことは言わなくていいのよ」

「甘くって美味しいですよね! パチュリー様?」

「まあ、そうね」

「今度私にも、お菓子作りを教えてくれませんか?」

「ええ、いいけど……料理本くらい、ここにもあるでしょう? 私もそれを読んで作ってるのよ?」

「むぅ……」

「こぁは咲夜と料理がしたいだけでしょう?」

「パチュリー様!要らないことは言わなくていいんです!」

「……? 料理くらい、いつでもしてあげるわよ」

「!!」

 

 小悪魔は目を輝かせて喜んでいる。

 ただ料理をするだけでここまで喜ぶのか、と私は疑問に思った。

 

「……ところで咲夜」

「なんでしょうか、パチュリー様?」

「首の傷は、まだ温かそうね」

 

 私は傷を隠すように首を抑える。

 そこには包帯が巻かれている。

 それは先ほど自分で巻いたものだ。

 

「……失敗致しましたので」

「そう……吸われる分には、レミィも程度を(わきま)えているでしょうし、構わないわ。ただし、吸われた直後は絶対にレミィの目を見ちゃダメよ」

 

 パチュリー様は語気を強めながら続ける。

 

(くど)いようだけどもう一度言うわ。吸血鬼は血を吸った直後には感情が高ぶるから、普段以上に周りを惹きつける。特に目を凝視したら、貴女も吸血衝動に駆られるわ。吸血鬼との血の交換は、絶対にしてはならないことよ」

「……承知しております」

「貴女が吸血鬼になりたいのなら、さっさとレミィの血を飲むことをお勧めするけどね」

「いえ、私は死ぬまで人間ですので」

「貴女がそうありたいのは分かってるわ。だから忠告しているのよ」

「お気遣い感謝致します」

 

 私はパチュリー様に一礼する。

 

「では、館の掃除に戻りますわ」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 私は姿を消した。

 

「……能力の使いすぎも、注意しようと思っていたのに」

「何か問題が有るんですか?」

「まあ、寿命が短くなる程度の問題だけど」

「ええっ!? 人間なんて、只でさえ短命なのに……」

 

 パチュリー様はクッキーを1枚手に取ると、それを口に運び頬張った。

 

「……甘いわね。とっても美味しい」

「パチュリー様は、かなりの甘党ですものね」

「頭を使うと、甘い物が欲しくなるのよ」

「魔法使いにも食欲って有るんですか?」

「そんな訳ないでしょう? 私が食事をするのは、只の"戯れ"よ」

 

 パチュリー様は紅茶を飲み、口の中の甘さを掻き消した。

 

「それにしても、咲夜さんは格好いいですよねぇ」

「……惚れたの?」

「まさか! 私は小悪魔ですよ? 人間なんかに心を奪われては、悪魔を名乗れません」

「出来損ないの悪魔だから、"小"悪魔なんじゃなくって?」

「ち、違いますよ! ただ……ちょーっとだけ、魔力が少ないだけです」

「人間と戦えない程度には、魔力不足だものね」

「五月蝿いですよぉ!」

「あら、自分の主に向かって、そんな口の利き方するのね」

「ひっ!?」

「馬鹿ね。何もしないわよ。貴女をからかうのは本当に面白いわ」

「……意地悪ですね、パチュリー様は」

「ふふっ……でも真面目な話、あんまりあの子に入れ込んじゃダメよ?」

「咲夜さんに……ですか?」

「あの子は一応、この館の主を殺そうとしている、言わば敵なのだから」

 

 パチュリー様は紅茶を一口お飲みになる。

 

「……あの子にはもう、レミィを殺すつもりなんてないでしょうけど」

 

 

◆◇◆

 

 

 私は門を開くと、そこに立っている門番に声をかけた。

 

「美鈴、クッキーを焼いたわ。少し作りすぎちゃったから、貴女にも––––」

 

 その門番––––紅美鈴は、ムカつくほど大きな胸の下で腕を組み、下を向いて眠っていた。

 

「……はぁ」

 

 そんな彼女に、私は"挨拶"をした。

 

「……む? あ、咲夜さん! おはようございます」

「とっくに太陽は傾いているのだけど?」

「あはは……」

 

 美鈴は指の間にナイフを挟んだまま、乾いた笑みを浮かべた。

 

「それ、返してくれるかしら?」

「あ、はい。どうぞ」

「……どうも」

「何か用ですか? あ、もしかしてその包みは……」

「ええ。クッキーを少し作りすぎてしまったから、包んで持ってきたのだけど……寝起きで甘い物なんていらないわよね」

「ええっ!? 欲しいです!」

「どうして居眠り門番に、わざわざ餌を与えなきゃならないのかしら?」

「え、餌って……いいじゃないですか! 捨てるよりはマシでしょう?」

「はぁ……まあいいわ。はいどうぞ、引き続き頑張りなさい」

「はーいッ!……あ、ちょっと待ってください!」

「あら、何か––––ッ!?」

 

 振り返る私の口に、美鈴は何かを押し込んだ。

 一瞬理解出来なかったが、押し込まれたのが私のクッキーであることが分かると、私はそれを受け入れ噛み砕いた。

 美鈴は私に、毒見でもさせたつもりだろうか?

 これはパチュリー様用だから、毒など仕込む理由がない。

 そもそも美鈴に持っていく食事に、毒など仕込んだことはないのだが。

 

「美味しいですか?」

「……私には甘すぎるわ」

「咲夜さんは働き過ぎですから、甘い物を取った方がいいですよ」

「貴女だって、3時間しか寝ていないでしょう?」

「私は妖怪ですから。それに立ちながらでも寝れますし」

「寝るな」

「ははは……頑張りまーす」

 

 再び乾いた笑みを浮かべた美鈴を尻目に、私は館へと戻っていった。

 美鈴はそれを見ると門を閉じる。

 そして美鈴は、包みから1枚のクッキーを取り出し頬張る。

 

「……甘くて喉乾くなぁ、これ。美味しいけど」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「と思って、紅茶を用意したわ」

「うわっ!? ささ、咲夜さん!? いきなり現れたらビックリするじゃないですか!」

「これに入れてきたから」

「あ、どうも……ありがとうございます」

「じゃあ、頑張りなさい」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 美鈴は紅茶の入った水筒を手に、唖然としていた。

 

 

◆◇◆

 

 

 ––––コンコンコンコンッ

 

「お嬢様、十六夜咲夜で御座います」

「入りなさい」

 

 ––––ガチャ

 

「失礼致します。夕食の準備が整いましたわ」

「ええ、今行くわ」

 

 既に起床され、身支度を整えていたお嬢様が私の方へと歩み寄る。

 私が扉を開けると、お嬢様は部屋を出て食堂へと向かう。

 私はお嬢様の部屋の扉を閉めた後に、お嬢様の3歩後ろを歩く。

 

 そして食堂が見えてくると、私は時を止めて先回りし扉を開ける。

 お嬢様は歩みを止めることなく食堂へ入る。

 それから私は再び時を止めて食堂の扉を閉めると、お嬢様がお掛けになる椅子を引いた。

 

「どうぞ」

「ありがとう、咲夜」

 

 お嬢様がお掛けになったのを確認すると、私は時を止めて食事を並べる。

 

「いただきます」

 

 この幻想郷がある日本では、食事の前に挨拶をするようだ。

 その言葉には食事を作った者に対する感謝だけではなく、食材となったモノに対する感謝も含まれている。

 その点に酷く感心なされたようで、お嬢様も真似をしているのだ。

 

 フォークとナイフを器用に使いながら肉を食し、グラスに入ったワインを喉に流し込む。

 そんなお嬢様の口には食べかすが付いていた。

 それを私は時を止めて拭き取る。

 お嬢様がそれに気付いているのかいないのか、私には分からないが、お嬢様は何事もなかったかのように食事を進めた。

 

「ごちそうさま。今日も美味しかったわ、咲夜」

「お粗末様でした」

「やっぱり貴女は、料理が上手ね」

「勿体無きお言葉でございます」

「ところで咲夜。例によって、"アレ"を貰えるかしら?」

 

 ––––パチンッ

 

「はい。こちらに」

 

 時を止めているうちにお嬢様の食器を片付け、"例の料理"をグラスに入れて、テーブルの上に用意した。

 

「ありがとう。じゃあ、貴女はここで待っていなさい」

 

 そう言うとお嬢様はそれを持って立ち上がる。

 私は一礼して皿洗いに取り掛かる。

 

 ––––いつもならば。

 

「お待ちください、お嬢様」

「……何かしら?」

「誠に僭越ながら、1つ伺ってもよろしいですか?」

「ええ、いいわよ」

「その食事を、一体どちらへ持って行かれるのですか?」

「前にも言ったと思うけど、貴女が知る必要はないわ。下がりなさい」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……どういうつもりかしら?」

 

 グラスは、私の手に移っていた。

 

「この食事を用意したのは私ですわ。それが何方(どなた)に食されるのかを知る権利はあるかと」

「はぁ……分かったわ。教えてあげる。ただし––––」

 

 お嬢様は私へ近づくと、グラスを私から取り上げた。

 

「––––絶対に、興味を持たないで。貴女、壊されるわよ」

「……?」

「付いて来なさい」

 

 お嬢様はそういうと、食堂の扉へと向かった。

 私は急いで時を止めて扉を開け、食堂を出たお嬢様の後に付いていった。

 2人で廊下を歩いている間、お嬢様は何も話さなかった。

 何処へ向かうのかも分からないまま、私は付いていく。

 お嬢様に行き先を訪ねることはしなかった。

 

 辿り着いたのは図書館だった。

 ここに着く少し前から、まさかとは思っていたが、図書館へ向かっているとは思わなかった

 

「……それをパチュリー様に持って行くのですか?」

 

 魔法使いは睡眠も食事も必要としない。

 それはパチュリー様自身が仰っていたことだが……

 

「違うわ。貴女は黙ってついて来ればいい」

 

 そう言うと、お嬢様は図書館の扉を開けた。

 

「パチェ! いるかしら?」

「はいはい、居るわよ〜……って、咲夜もいるの?」

「ええ。気になるらしいから、連れて来たわ」

「はぁ……咲夜には言うなって言ったでしょう?」

「私は言ってないわ。此処に連れて来ただけよ」

「……あぁそう。分かったわ」

 

 パチュリー様は全く納得していない表情だったが、諦めたように溜息を吐いてから私に視線を移した。

 

「咲夜、貴女がどうしても知りたいのなら私は止めないけど……後悔しない?」

「……? たぶん、しないと思いますわ」

「大丈夫よパチェ。咲夜は死なないわ。いや、私が死なせない」

「レミィが言うなら大丈夫なのでしょうけど、今日は蘇生石なんて無いのよ?」

「分かってるわよ」

「そう……じゃあ、行きましょうか」

「ええ」

 

 よく分からないが、ひとまず私は2人に付いて行くことにした。

 

 

◆◇◆

 

 

 図書館を出て少しすると2人は立ち止まった。

 そこは図書館から見て食堂とは反対の方角の場所だ。

 とは言え、よく私も使う何の変哲もない通路である。

 

 ––––以前から違和感のある空間だとは思っていたのは確かだが。

 

 パチュリー様が壁に手をかざして、何らかの呪文を唱えた。

 すると壁が歪み、気がつくとそこには扉が現れていた。

 現れた扉にお嬢様は手を掛け、そのまま押し開けた。

 中は暗闇に包まれており、よく見えなかったが、階段があることだけは確認できた。

 パチュリー様がその暗い空間に手をかざすと、その階段の両端の壁に掛けられていた蝋燭に火(のような何か)が灯る。

 それを確認すると、お嬢様はパチュリー様に"例の料理"が入ったグラスを渡して、先頭を歩き階段を下る。

 続いてパチュリー様、そして私の順で階段を下る。

 その階段はレンガで作られているようだったが、館に使われているレンガよりも新しいものに感じた。

 そんなレンガの上をコツコツと音を立てながら歩くと、再び扉が見えた。

 そこには頑丈そうな金属製のストッパーが付いており、中から開かないようになっていた。

 お嬢様がそれを退けると、扉を開く。

 

「ッ!!」

 

 開くと同時に、中から小さな魔力弾が幾つか飛んできた。

 それは小さくも、かなりの威力を持ったものだった。

 お嬢様は手で弾くだけで対応し、パチュリー様は魔法陣を展開した。

 

「……咲夜!?」

「大丈夫です、パチュリー様」

 

 パチュリー様は振り返ると、私がいないことに驚き声をあげた。

 私は既に、時を止めることで部屋の中からは死角となる位置へと移動していた。

 パチュリー様は私の声のする方へと視線を移し、私の姿を確認すると安堵したようだった。

 お嬢様はそんな私達を尻目に部屋へと入る。

 

「……あれぇ? 今日は2人じゃないんだ」

 

 中から声が聞こえてくる。

 その声はとても幼いものに感じた。

 

「もしかして私のオモチャ!?」

「違うわ。アレは私のだもの」

 

 その時部屋に灯りがついた。

 それはパチュリー様がつけたものなのか、はたまたお嬢様、もしくはこの部屋の主と思われる少女によるものなのか、私には分からなかった。

 私に分かることは、お嬢様に似た金髪の少女が部屋にいる事くらいだ。

 

「お姉様ばっかりずるいわ。私にもオモチャを頂戴?」

「ダメよ。貴女はすぐに壊すでしょう?」

「……じゃあ、お姉様がオモチャになってよ!」

 

 少女がお嬢様に右手をかざす。

 

「キュッとしてぇ––––」

「悪いわね、妹様」

「––––ドカ……あれ?」

 

 両足両手首に魔法陣のような何かが取り付けられた少女は、身動きが取れないようだった。

 その間にパチュリー様はドアの傍にグラスを置いた。

 

「じゃあ、また後でね」

 

 お嬢様はそう言いながら、身動きの取れない少女の頭を軽く撫でると蹄を返した。

 

「……ま、待って! 行かないでよ、お姉様!!」

 

 部屋の扉は再び硬く閉められた。

 

 

◆◇◆

 

 

 あの地下への道を再び結界により封じた後に、私たち3人は図書館へと戻って来ていた。

 

「あの子は私の妹、フランドール・スカーレットよ」

 

 地下室を出てからここに来るまで、無言を貫いていたお嬢様が話し出す。

 

「……妹様、ですか。どうして彼女はあの様な場所に?」

「それはあの子の能力が危険すぎるからよ」

 

 パチュリー様が口を挟む。

 お嬢様はそれが少々気に食わない様子で少し睨みつけていたが、そんな事はお構い無しにパチュリー様は続けた。

 

「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」

「……破壊?」

「そうよ。対象が物質的な"物"であれば、妹様はどんな物であろうと破壊することができるわ。一度に破壊できるのは1つまでのようだけど、その大きさや質量には制限がないわ」

「加えて言うなら、あの子は普通じゃないのよ。気が違っているもの」

「実の妹に対して酷い言い方ね、レミィ」

「事実を言ったまでよ」

「もうすぐで、幽閉期間も495年になるわ。気が違ってもおかしくないわよ」

「貴女がここに来る前から……いや、私がハッキリと物心がつく頃には既に狂っていたわよ」

 

 495年など、人間にはあまり実感のわかない年月である。

 私はよく理解できぬまま、2人の話に耳を傾けていた。

 

「話を戻すわ。えっと……そんな訳で、危険だから結界の中に封じているわ。生憎、結界は物質的な物ではないから、妹様には壊せないのよ」

「……そうですか。私には全てを理解しかねますが」

「そうね。人間の貴女には、よく分からないかもしれないわ。でも、それでいいのよ。咲夜はもう関わるべきじゃない」

「パチェ、寝言は寝て言え」

「……何よ、レミィ?」

「咲夜がどうするべきかを決めるのはお前じゃない。私さ」

「ふふっ」

「何がおかしい?」

「レミィ。貴女、自分がどんな時に口調が変わるか気付いてる?」

「……は?」

「それは相手よりも優位に立ちたい時、或いは––––」

 

 パチュリー様はニヤニヤとしながら私の方を見た。

 

「––––大切なモノを守りたい時よ」

 

 

 



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第12話 紅霧異変

 

 

「……ま、待って! 行かないでよ、お姉様!!」

 

 硬く閉められた扉の音が、少女の心に鋭く響く。

 

 ––––あぁ……また、1人なんだ。

 

 手足を拘束されたまま、再び暗闇となった部屋に幽閉されている少女––––フランドール・スカーレットは涙を流していた。

 

「どうして……ううん、分かってるよ。でも嫌だよ……」

 

 気付けば手足の拘束は外れており、フランは座り込んで呟き、そして涙を落とす。

 こうして幽閉されている理由を彼女は理解しているつもりだ。

 加えて、ここで過ごした時間は495年という、かなりの長さである。

 

 ––––だが、孤独に慣れることはなかった。

 

 

 

 少しして泣き止むと、フランは部屋の蝋燭に火を灯す。

 それから、先ほど用意された食事に手を伸ばした。そのグラスの中には、粘り気のあるドロドロの液体が入っている。それは人肉をミンチにして、幾らかの血とともにグラスに入れたものだ。

 フランは人間をこの形でしか見たことがない。だから彼女には、人間が一体どんな姿をしているのか想像もつかなかった。

 

「……美味しい」

 

 

◆◇◆

 

 

「まったく、パチェの戯言には困ったものね」

 

 そう言うお嬢様の3歩後ろを私は歩いていた。

 私がお嬢様の大切なモノ。そんなことはあり得ないだろう。

 私はお嬢様を殺そうとしているのだ。そしてそれをお嬢様も知っている。そんな相手を大切に思うなんて……普通ならあり得ない。

 

 ––––人間の思う"普通"が通用する相手とも思えないが。

 

 しかし現に、お嬢様はパチュリー様の発言に気分を害してしまったようだ。

 血相を変えて図書館を出たお嬢様は、今もこうして悪態を吐きながら、私と目を合わせることなく歩いていらっしゃる。

 そして部屋に戻ったお嬢様は、ちゃっかりと図書館から持って来た本を読み始めた。

 私はお嬢様のベッド周りを整えた後にその部屋を後にしようと、一礼して扉に手をかけた。

 

「……咲夜」

 

 扉を開ける前にお嬢様が私を呼び止める。

 私はお嬢様へと向き直った後に返事をした。

 

「如何されましたか? お嬢様」

「今日は来客があるわ。もう少ししたら来るでしょう。紅茶とお茶菓子の用意をしておきなさい」

「はい、畏まりました」

 

 私はお嬢様に一礼する。

 

「それでは失礼致しますわ」

 

 今度こそ私は扉を開け、その部屋を後にした。

 

 

◆◇◆

 

 

「それは何とも急な話だな」

「事は急を要しておりますわ」

「笑わせてくれるな。あれからもう既に5年は経っているぞ?」

「たったの5年ですわ、我々妖怪にとっては」

「本当にお前は面白い奴だよ」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

「ただの皮肉(アイロニー)さ」

「此方こそ」

「はぁ……1度引き受けると言ってしまった手前、此方も断る事はしないが……全く気分の乗らないものだな、負けると分かっている戦というものは」

 

 来客の八雲紫と対面して座るお嬢様は深くため息を吐かれていた。

 

「申し訳御座いませんわ。ですが、これから巫女が数々の異変をこのスペルカードルールの下で解決していくことになれば、その先駆けとして戦った貴女達の地位もきっと確立されることでしょう」

「上手くいけばいいがな。ああ、それと1つ聞いておきたかったんだ」

「なんでしょう?」

「うちの咲夜が、その巫女を殺した場合はどうなるんだ?」

 

 お嬢様はニヤリと笑ってみせた。

 八雲紫は表情こそ変えなかったが、何処からか扇子を取り出しては口元を覆い隠した。

 

「そんな事はあってはなりません。ですので、そんな場合を想像する必要はないかと」

「……あってはならない、というだけで起こり得ない事ではないだろう? 言っておくが、咲夜はその辺にいる妖怪ほど弱くはないぞ?」

「存じております。もし仮にそうなれば、代わりの巫女を立てるだけですわ。例えば貴女のところのメイドを一人、巫女にするなんて如何かしら?」

「馬鹿を言うな。咲夜には魔力の方が似合っている。霊力やら神力やらは似合わないさ」

「ふふっ、冗談ですわ」

「そんな事は分かっている」

 

 腕を組むお嬢様を見ながら、八雲紫はクスクスと笑い出した。

 

「……やはり貴女は、妖怪ですわ」

「突然どうした?」

「人間を見下したその態度は素晴らしい。でも、その人間の中にも"例外"はいるのですよ」

 

 八雲紫は私に目を向ける。

 お嬢様も後れて私を見た後に、八雲紫へと視線を戻す。

 

「その博麗の巫女とやらが、咲夜ほどの"例外"だと言うのか?」

「いいえ」

「はっ、そうだろうな。咲夜ほどの出来た人間など––––「それ以上ですわ」

 

 お嬢様の言葉を遮って、八雲紫が言う。

 

「……ほぅ? 面白くない冗談だな」

「当然ですわ。冗談ではないのですから」

 

 2人は睨み合っていた。

 どちらも引く気はないようだ。

 そんな中で先に折れたのは八雲紫だった。

 大きなため息を吐いて、これ以上はやってられないと言うような態度だった。

 

「それでは、私はこれでお暇致します。異変の開始は私が指示致しますので、近々スペルカードの用意をよろしくお願いしますわ」

「ああ、分かっている」

 

 八雲紫はスキマを開くと、そのまま去って行った。

 

「咲夜」

「なんでしょう、お嬢様」

「博麗の巫女を本気で殺して構わない」

「元よりそのつもりですわ」

「……どういう事だ?」

 

 ––––パチンッ

 

「お嬢様を殺すのは私ですから」

「……ああ、そうだな」

 

 その後、私は再び"お仕置き"を受けた。

 

 

◆◇◆

 

 

「おっす霊夢、遊びに来たぜ!」

 

 箒にまたがり飛んで来た、白黒の特徴的な魔女服を纏った金髪の少女––––霧雨魔理沙は境内に軽やかに着地する。

 そして大きな声でそこに住む彼女の友人に声をかけた。

 

「……あれ、居ないのか?」

 

 しかし返事はなかった。

 魔理沙は本殿の右奥にある母屋へと向かう。

 

「おーい、れいむぅ〜……って、ぐーたら巫女は昼寝かよ」

「んっ……あれ、魔理沙?」

「おっす霊夢、遊びに来たぜ」

 

 母屋の縁側で横になっていたのは、紅白の奇抜な巫女服を纏った黒髪の少女––––博麗霊夢である。

 霊夢は目をこすりながら体を起こし、傍にあった湯呑みに入った日本茶を眠気覚ましに飲み干した。

 眠る前に飲んでいたのであろうその茶は、既に冷たくなっていた。

 

「よくも私の眠りを邪魔してくれたわね」

「それが参拝客に対する態度か?」

「参拝客を名乗りたいなら、先ずは賽銭を入れなさい」

「金で神の力に頼ろうとする事自体が間違いだと思うんだぜ、私は」

「そんな事言われたら、こっちは商売上がったりだわ」

「神職を商売とか言うなよ……」

 

 霊夢と魔理沙がそんなやり取りをしていると、後ろからクスクスと笑う声が聞こえる。

 

「まだ覚悟が足りてないようね」

「……紫、いつから居たの?」

「私も魔理沙と同じで、今来たところよ」

 

 その声の主は八雲紫だった。

 紫と博麗の巫女は共に幻想郷の重要人物である事はもちろん、両者の繋がりも深いものだった。

 そして今代の博麗の巫女、博麗霊夢と繋がりの深い霧雨魔理沙も、八雲紫と面識がある。

 

「2人とも何の用よ?」

「おいおい、流石にそれはないぜ霊夢」

「なによ? あんたと約束していたことなんか無かったと思うけど」

「お前、まさか異変解決を放棄するつもりか!?」

「……魔理沙、大声出さないで」

「異変だぜ!? 呑気に昼寝なんかしてる場合じゃないだろ!?」

「魔理沙の言う通りよ、霊夢。貴女は博麗の巫女なのだから––––「あーもう、うるさいわね」

 

 霊夢は紫の言葉を遮る。

 

「誰も異変解決に向かわないなんて言ってないでしょう? 今日は夜に行くつもりなのよ」

「……夜に?」

「だって、昼間に行っても悪霊が少ないんだもの。異変の主は夜行性なんじゃないの?」

「……」

 

 紫は押し黙る。

 霊夢に相手が吸血鬼だということを教えたつもりはない。

 

「だから夜に行くのよ。向こうに行って眠たくなったら困るから昼寝をしてるの。分かったら静かにして頂戴」

「……分かったぜ。じゃあ私も寝る」

 

 魔理沙は靴を脱ぐと縁側に霊夢と同じように寝そべった。

 

「……貴女達、そんなところで寝たら風邪をひくでしょうに」

 

 紫は呆れてため息を吐いていた。

 

 

 ––––空は紅い霧で覆われている。

 

 

◆◇◆

 

 

 ––––コンコンコンコンッ

 

「お嬢様、十六夜咲夜で御座います」

「入りなさい」

 

 ––––ガチャ

 

「失礼致します。夕食の準備が整いましたわ」

「ええ、今行く………いや、今日は夕飯を摂る時間はないかもしれないわ」

「……やっと、ですか?」

「そうね。私がこの日を選んだのだけど」

 

 お嬢様の部屋の中央には、テーブルと椅子のセットがある。

 既に身支度を終えていたお嬢様は、その椅子に腰掛けていた。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……お嬢様、軽食で御座います」

「あら、気が効くのね」

 

 私は時を止めているうちに、軽い食事をテーブルに用意した。

 サンドイッチとコーヒーのセット。

 

「咲夜、今すぐパチェと美鈴に伝達して頂戴。手筈通りに巫女を迎撃せよ、と」

「畏まりました。それでは失礼致します」

「待ちなさい」

 

 お嬢様が立ち上がり、私の方へと歩み寄る。

 

「––––私の血を飲んでみない?」

「ッ!?」

 

 お嬢様が私の目を真っ直ぐ見つめ、そう言った。

 

「今宵は満月。月が紅く輝いているわ」

「……」

「まるで、貴女と出会った日のように……いやでもあの日は––––」

 

 

 私の思考は完全に停止していた。

 お嬢様の言っていることも、よく理解できない。

 今の私にあるものは––––

 

 

「ふふっ、少し悪戯が過ぎたわね、ごめんなさい。今日はなんだか気分が高揚してて……咲夜?」

「……」

「貴女……目が紅いわよ?」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「大丈––––ッ!?」

「……」

「……咲夜、どういうつもり?」

「……」

「今の貴女……運命が視えないわ」

「……血を––––」

 

 

 ––––吸血欲だけだ。

 

 

「咲夜ッ!!」

 

 お嬢様が私の頰を平手打ちした。

 それはお嬢様にとってはかなり手加減したものなのだろうが、私が倒れるには十分の強さだった。

 そしてその激痛が、私を正気に戻した。

 

「……お嬢様?」

「よかった、戻ったみたいね。何かおかしな所はあるかしら?」

 

 私は上体を起こして答える。

 

「頰が痛いこと以外は何も」

「ごめんなさい。私の注意不足ね」

 

 倒れていたところから上体を起こし、床に座った状態の私をお嬢様は抱きしめながら言った。

 私は驚いた。

 お嬢様が突然私を殴ったことも、突然抱きしめたことも驚くべきことなのだが、それ以上に––––

 

「……美味しそう」

 

 ––––私は"まだ"吸血衝動に駆られていた。

 

「咲夜ッ!?」

 

 お嬢様が私を抱きしめたことで、お嬢様の首が目の前にあった。

 その首筋を見ていると、無性に噛み付きたくなった。

 肉を噛みちぎり血を啜りたくなった。

 

 

 ––––私がお嬢様の首に甘噛みをしたところで、私の意識は遠のいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第13話 楽園の素敵な巫女

投稿が遅れて申し訳ないです。。。
ここまで読んでくださっている方々に、深くお詫びとお礼を申し上げます。
今後も亀更新になると思われますが、楽しんで頂けだら幸いです。

それでは本編をどうぞ。









 

 

「ッ……!」

「あ、気付きましたか?」

 

 目が醒めると、私は誰かに膝枕をされた状態で廊下にいた。

 

「……小悪魔?」

「はい、小悪魔ですよ」

「どうして……いや、此処は?」

「お嬢様からの伝言です。此処で博麗の巫女を殺せ、と」

「……そう、分かったわ」

「あの、咲夜さん」

「何かしら?」

「痛く……ないですか?」

「え……?」

 

 小悪魔が私の頰を撫でた。

 

「お嬢様に平手打ちをされたと聞いたんですが……」

「あぁ……そういえば、もう痛くないわね」

「それってやっぱり––––「そんなことより」

 

 私は小悪魔の言葉を遮って言う。

 

「そろそろ恥ずかしいのだけど」

 

 誰かに膝枕をされるなど生まれて初めてのことだったが、これは何とも恥ずかしいものだ。

 必然的な無防備な状態、且つ、顔と顔の距離の短さが羞恥心を掻き立てる。

 小悪魔は私の顔を覗き込むように顔を下に向けており、さらに手を頰に添えていることが––––そして何より、おそらく私が目覚めるまでこうして介抱していてくれたのだろうということが、私に無理やり上体を起こすことを許さなかった。

 

「あ、すみません! どうぞ、起きて下さい」

「ええ。遠慮なく」

 

 そう言って私は上体を起こした後に立ち上がった。

 所持しているナイフの確認をしていると、あることに気がついた。

 

「……やけに身体が軽いわね」

「あ、それは……その……」

「何かしら?」

「えっと、今の咲夜さんは、その……あはは、なんて言えば良いんでしょう?」

「私に言われても、知らないわよ」

「ですよね……えーっと、気を確かにして聞いて下さいよ?」

「え、ええ……」

 

 一体、何を言うつもりなのだろうか?

 小悪魔は視線を私から外したまま、オドオドしながら言った。

 

「今の咲夜さんは、人間ではありません」

「……は?」

 

 小悪魔の言っていることが、理解ができない。

 

「咲夜さんは、お嬢様の首を噛んだことは覚えてらっしゃいますか?」

「ええ……」

「その時、僅かにお嬢様の血を飲んでしまったようです」

「……まさか、私が吸血鬼になったとでも言うの?」

「いえ、吸血鬼とも呼べません。半分人間、半分吸血鬼といったところでしょう。それに一時的なものです」

 

 半吸血鬼ということだろうか?

 どうりで体も軽いし、視力もいつも以上な気がするし、力も有り余っているように感じる。

 

「そう……なら良いわ」

「え、い、良いんですか!?」

「時間が経てば、元に戻るんでしょう? 時間が解決できることは即ち、私が解決できることなのよ」

 

 私がそう言うと、小悪魔は目を見開いて驚いたのちに、大きく安堵のため息を吐いた。

 

「……よかったぁ。咲夜さんが怒り狂って私を襲うんじゃないかとヒヤヒヤしてたんですよ」

「貴女の中で、私ってそんなイメージなのかしら?」

「だ、だだ、だって! 咲夜さん、すぐにナイフを突きつけてくるでしょう!?」

「……はぁ、それは"あの日"だけでしょう?」

「そ、そうですけど……」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「でも、ちょっと八つ当たりしたい気分」

「……さ、咲夜さん?冗談ですよね?」

「……」

「咲夜さん……?」

「……いえ、何でもないわ」

 

 私は小悪魔に突きつけたナイフを下ろすと、再び時を止めて元の位置に戻る。

 

「まだ、体調が優れませんか?」

「……むしろ、優れすぎてて怖いのよ」

「あぁ、そりゃあ人間の時よりも身体能力が––––って、何してるんですか!?」

 

 私はナイフで自らの手の甲に傷をつける。

 

「ただの実験よ」

 

 痛みがあった。

 ただの切り傷なのに、鈍い痛みがドンと襲って来た。

 これも私の体が半吸血鬼になった証拠だろう。

 

 ––––だがすぐに、傷は消失していた。

 

「今なら誰にも、負ける気がしないわ」

「さ、咲夜さん……お顔が––––」

 

 

◆◇◆

 

 

「さぁて、道案内してもらいますよ」

「すみません、お嬢様〜」

「……この霧の犯人はその"お嬢様"ってことね」

「さぁ? 私は門番ですから、内部のことには疎くて」

 

 紅美鈴が門を開けて中へ入ると、博麗霊夢もその後に続いた。

 霊夢の隣には霧雨魔理沙も居る。

 

「……霊夢、次は私にやらせてくれよ」

「え? 戦うのはジャンケンで決めるって言ったの、魔理沙じゃない」

「でも、3回連続でお前じゃないか! 私だって戦いたいんだ!」

「……はぁ、まあいいけど。負けたら承知しないわよ」

「負けなきゃいいんだろ? 簡単な話じゃないか」

「ここから先の相手は、そんなに簡単とも言えないと思うわよ?」

「……なんだよ、脅しか?」

「そんなつもりは無いわ。ただ、勘でそう思っただけ」

「お前の勘は当たるからなぁ……って、もしかしてジャンケンに勝ちまくってるのも!?」

「そうね、貴女の出す"手"なんて勘で当たるわ」

「くっそぉ………」

「着きましたよ、2人とも」

 

 霊夢と魔理沙は何の気なしに美鈴に付いて行くと、気付いた時には目の前に大きな扉があった。

 その扉の上には" LIBRARY "と記されていた。

 

「ここにその"お嬢様"とやらが居るのかしら?」

「さっきも言いましたが、内部のことには疎いので私には何とも」

「……ふーん」

「とりあえずこの先に誰かが居るんだろ!? よっしゃあ、一番乗りぃ!!」

「……ちょっ、待ちなさいよ魔理沙!!!」

 

 魔理沙は好奇心を抑えられぬままに駆け出し、勢いよく扉を開く。

 その扉の内側には、圧巻されるほどの広さを持つ大図書館があった。

 

「わぁ、本がいっぱいだぁ」

 

 そしてそこに綺麗に並べられた本たちが、より一層魔理沙の好奇心を掻き立てた。

 

「後で、さっくり貰っていこ」

「持ってかないで〜」

 

 箒に腰掛け空を飛び、その大図書館を見回る魔理沙の呟きに反応する声があった。

 その声の主はパチュリー・ノーレッジ。この図書館の主である。

 

「持ってくぜ」

「えーっと、目の前の黒いのを、消極的にやっつけるには……」

 

 載ってるのか……? と疑問を浮かべる魔理沙の後方から、霊夢の怒号が聞こえてくる。

 

「こら魔理沙! はしゃぎ過ぎるんじゃないわよ!」

「いいじゃないか。こちとら緒戦を控えてウズウズしてるんだ」

「……まったく。にしてもここは悪趣味な館ね、窓が1つも見当たらないわ」

「それはここが地下だからじゃないのか?」

「……え? 階段降りたっけ?」

「降りたぜ、確か」

「ふーん、そう。だけど……外から見たとき、こんなに広かったっけ?」

「そこの紅白!」

 

 霊夢と魔理沙が自分を抜きにして話し始めたことをよく思わなかったのか、パチュリーは少し苛立っていた。

 そんな彼女が、その会話に横槍を入れる。

 

「私の書斎で暴れない」

「書斎?」

 

 紅白と呼ばれた事を疑問に感じつつも、霊夢はそれを口にはしなかった。

 確かに私の巫女服は随分とめでたい色合いをしている、と内心で納得していた。

 

「これらの本はあなたの神社の5年分の賽銭程度の価値があるわ」

「うちは年中無休で参拝客が無いわよ」

「まぁ、その程度の価値しか無いんだよ」

「だったら貰ってってもいいじゃないか」

「貴女たちには、その程度の価値しか……いや、その価値すら見出せない代物だと言っているのよ」

「……お前も見たところ魔法使いだろ?同業者じゃないか、仲良くしようぜ」

「同族嫌悪って言葉、知ってる?」

「私の種族は人間だぜ。"同族"じゃないな」

「そんなことより……あなたが、ここのご主人?」

 

 そう言って強引に話を戻したのは霊夢だった。

 

「お嬢様になんの用?」

「霧の出しすぎで、困る」

「じゃぁ、お嬢様には絶対会わせないわ」

「邪魔させないわ」

「待て待て、今回は私だろ?」

「あぁ……そうね、好きになさい」

「よっしゃ、行くぜッ!」

 

 魔理沙は懐からスペルカードを取り出すと、それらをパチュリーへと向けた。

 

「なぁんだ。巫女が相手じゃないのね」

 

 そう言いながらパチュリーは魔道書を開きつつ、スペルカードを提示した。

 

「足りない鉄分を、貴女で補わせてもらうわ」

「私は美味しいぜ」

「えーっと、簡単に素材のアクを取り除く調理法は––––」

 

 

◆◇◆

 

 

「あの魔法使いは魔理沙に任せて……」

 

 霊夢は呟く。

 後ろで色鮮やかな弾幕が展開されている事など気にも留めずに図書館を出た。

 先ほどの門番は、もうそこにはいなかった。

 

「さて、"お嬢様"とやらを探したいのだけど……」

 

 周りに気配は感じなかった。

 この近くには誰もいない。

 霊夢は推理などという面倒なことは出来ないので、勘にまかせて館をうろつく事にした。

 

「馬鹿と煙は高いところが好きよね」

 

 そう言って、霊夢は館の上を目指す事にした。

 

 

◆◇◆

 

 

「随分と遅かったわね」

 

 永遠と続いているかのように長い通路を、1人の少女が歩いてくる。

 その少女は博麗の巫女と呼ばれる存在で、その右手にはお祓い棒が握られている。

 それにしても随分と御目出度(おめでた)い色の巫女服だ、と私は内心苦笑する。

 

「掃除の邪魔になるわ、消えてくれる?」

「貴女……は、ここの主人じゃなさそうね」

「なんなの? お嬢様のお客様?」

 

 巫女は怪訝な表情で私を見る。

 この巫女が此処に来た要件など分かっている。

 そして向こうも、それが分かっているからこそ、こんな表情をするのだろう。

 目で"通せ"と言っているように感じる。

 

「通さないよ。お嬢様は滅多に人に会うようなことはないわ」

「軟禁されているの?」

「お嬢様は暗いところが好きなのよ」

「暗くない貴女でもいいわ。ここら辺一帯に霧を出しているの、貴女達でしょ? あれが迷惑なの。何が目的なの?」

「日光が邪魔だからよ。お嬢様、冥い好きだし」

「私は好きじゃないわ。止めてくれる?」

「それはお嬢様に言ってよ」

「じゃ、呼んできて」

「って、ご主人様を危険な目に遭わせる訳無いでしょ?」

「ここで騒ぎを起こせば出てくるかしら?」

「でも、あなたはお嬢様には会えない。それこそ、時間を止めてでも、時間稼ぎが出来るから」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……なんのつもり?」

「分からない? 貴女を殺すつもりよ」

「まさか、ルールに従わないの?」

「ルールは知ってるわ。でもお嬢様は私に、"巫女を殺せ"と命令なさったの。だったら私の取るべき行動は––––」

 

 私は巫女の首に突きつけていたナイフを、そのままスライドさせた。

 "博麗の巫女"は普通の人間ではないらしい。

 簡単に言えば、私のような人間の中の"例外"だそうだ。

 しかし幾ら"例外"だとしても、人間である以上はその肉体は脆く作られている。

 だからこのナイフは、その貧弱な肉を切り裂いて––––

 

 

 ––––夢符「封魔陣」

 

 

「ッ!?」

 

 巫女の周辺一体が爆発にも近い閃光に包まれる。

 私は時を止めつつ、なんとかその場を離れた。

 今の私の人間を超えた身体能力も味方して、傷一つ負わなかったが……巫女を殺し損ねてしまった。

 

「今のはスペルカードルールで言うところのボムに相当するわ。さて、一緒にルールを覚えましょうか」

「……ルールは知ってると言ったはずよ」

「従わないのなら、知らないのと同じでしょ?」

「なるほど。頭に覚えさせるのではなく、身体に覚えさせたいのね」

 

 今度は少し距離をとって様子を見る。

 本来のスペルカードルールならばボムの数には制限がある。

 故に先ほどと同じ事を何度も繰り返せば、孰れボムが使えなくなるはずだが……

 私がルールに従っていない手前、そのルールを前提に考えるのは危険だろう。

 そんな事を考えつつナイフを両手に持って臨戦態勢を敷いていると、巫女が私に問う。

 

「……ねぇあんた、もしかして人間?」

「さぁ、どうかしら?」

「どうして人間が、悪魔の館なんかに……?」

「ふふっ……その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ!」

 

 私はナイフを投げる。

 巫女はそれらを、難なく避けている。

 

「私が此処にいるのは、貴女の主を退治するために決まっているでしょう?」

 

 巫女は札を模した弾幕を展開した。

 私が動ける位置を制限するつもりなのだろうが、時を操る私の前にそれは無力だった。

 しかしこの巫女、まさかルールに従っているのだろうか?

 巫女は不可避の弾幕を展開しない。どの弾幕も必ず抜け道があるものだった。

 

「奇遇ね、私も同じような理由よ」

「……同じ?」

「––––お嬢様を殺すのは、この私だということよ!」

 

 

 ––––幻幽「ザクラ・ザ・ルドビレ」

 

 

 時を止めているうちに大量のナイフを設置した。

 抜け道など、作るつもりはない。

 その刃は、すべて巫女へと向いている。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「訳も分からないまま、死になさい」

「ッ!!」

 

 

 ––––夢符「封魔陣」

 

 

 突然現れたナイフに驚き目を見開く巫女は、再びボムを使用する。

 ナイフを全て掻き消し、巫女は少し安堵したように見えた。

 だが、そのナイフ達は全て陽動である。

 本命は私の右手に握られた、この一本のナイフだ。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「この程度じゃ––––ッ!?」

 

 私はナイフで喉を抉った。

 それは、まさしく一瞬だった。

 

「貴女の時間も私のもの……奇抜な巫女に勝ち目は、ない」

 

 

 

 



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第14話 空を飛ぶ程度の能力

 

 

「よっしゃ! スペカ取得だぜ!」

「……なかなかやるわね。でも、これならどう?」

 

 

 ––––日符「ロイヤ……ゲフォッ!!!

 

 

「……な、なんだ?」

「ゲホッ、ゴホゴホッ!」

「おい?大丈夫か?」

「だいじょ……ゴホッ!」

「と、とりあえず中止だ!一旦休もう」

 

 魔理沙はスペルカードルールによる決闘––––"弾幕ごっこ"の中止をパチュリーに申し出た。

 パチュリーはそれを了承することもできずに、ゆっくりと床に降り立つと、そのまま座り込んでしまった。

 

「ぱ、パチュリー様!」

「……こぁ、アレを」

「もう持ってきてますよ!」

「さすがね……」

 

 小悪魔が持ってきた何かでパチュリーは口を覆った。

 その何かは、小さな壺にチューブで繋がれている。

 

「お前は?」

「私は小悪魔、パチュリー様の使い魔ですよ」

「……これは何をつけてるんだ?」

「壺の中に気管を広げる魔法薬が入ってるんですよ。それを吸い込んでるんです」

「へぇ〜魔法でそんなこともできるのか」

 

 パチュリーは思いっきり吸い込むと、数秒息を止めた後にゆっくりと息を吐き、それから話し出す。

 

「……ふぅ。貴女とは魔法使いとしての格が違うもの」

「でも勝負は私の勝ちだぜ」

「それは……そうね。提示した枚数よりは少ないけど、私が出せるだけの弾幕を全て攻略してみせた貴女の勝ちよ」

「よしっ! 初試合で初勝利だぜ!」

「それはおめでとう。私は黒星発進ね」

「そんで、次の相手はお前か?」

「わ、私は戦えませんよ! スペルカードも持ってないですし……」

「なんだよ。悪魔なのに人間と戦えないのか?」

「私は戦闘タイプじゃありませんし、それに"小"悪魔です!」

「いや、そんな威張ったように言うことじゃないと思うぜ……?」

 

 何故か偉そうに仰け反る小悪魔に、魔理沙は呆れたように言い放つ。

 パチュリーはクスクスと笑いながらその様子を見ていた。

 

「それで、ここの主人とやらはどこに居るんだ?」

「レミィなら……こぁ、案内してあげて」

「はい、畏まりました」

「えっと……人間の魔法使いさん、名前を教えてくれるかしら?」

「霧雨魔理沙。魔理沙でいいぜ」

「そう。じゃあ、魔理沙。この子に付いて行きなさい」

「分かったが、その前に」

「何かしら?」

「お前の名前も教えてくれよ、人間じゃない魔法使いさん?」

「パチュリー・ノーレッジ。生まれた時からの魔法使いよ」

「そうか。またな、パチュリー。今度は本を借りに来るぜ」

「ちゃんと返してくれるなら、いくらでも貸してあげるわ」

「おう、ありがとな! 借りた時はちゃんと返すぜ」

 

 そう言うと魔理沙は小悪魔に付いて行った。

 パチュリーはその後ろ姿を見ながら、なんとなくあの時の咲夜を思い出していた。

 魔理沙も強い人間だ。

 現に今日はパチュリーの体調が優れなかったとは言え、彼女との戦いに勝利している。

 しかし––––それはあくまで、"弾幕ごっこ"の範疇を超えないものだ。

 確かに魔理沙も人間の中では"例外"と言えるだろうが……咲夜ほどの"例外"ではない。

 

「博麗の巫女も、この目で見てみたかったわ」

 

 レミィの話によれば、八雲紫が咲夜と同等以上の"例外"であると豪語していたそうだ。

 パチュリーは突然魔法陣を展開する。

 その魔法陣から生まれるように少し大きな鏡が出現した。

 パチュリーがそれを覗くと、そこに映ったのはパチュリー自身の顔ではなかった。

 そこには館の廊下が写っている。

 

「確かレミィはこのあたりに咲夜を配置していたはずだけど……」

 

 あの白黒魔法使いと戦っていて気づかなかったが、いつの間にか博麗の巫女は図書館から消えていた。

 おそらく魔理沙をここに残したまま、この館の主を探しに出たのだろう。

 そしてきっと、咲夜と対戦することになるはずだ。

 

 

 ––––レミィがそれを望んでいるんだもの、そうなるに決まっている。

 

 

 レミリアの運命操作からは誰も逃れることはできない。

 つまり、咲夜が博麗の巫女と対戦することはもちろん、博麗の巫女に勝利することも確実だろう。

 咲夜の勝つ確率が0でさえなければ、レミリアはその可能性を極限まで引き上げることができるからだ。

 そしてもし0なら、レミリアは咲夜を博麗の巫女に会わせないだろう。

 パチュリーは、そう考えていた。

 

 ––––そろそろ巫女との決着も付いた頃……

 

 

「––––咲夜ッ!?」

 

 パチュリーは予想外の光景に、驚きを隠せなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

「貴女の時間も私のもの……奇抜な巫女に勝ち目は、ない」

 

 そう(ささや)きながら、私は巫女の首を掻き切った。

 いつも通り時を止めて間合いを詰め、そして喉元にナイフを突きつけたところで時を動かし、そのままナイフで喉をえぐる。

 そう、"いつも通り"だ。

 

 ––––だが、酷く手応えがなかった。

 

「これは……ッ!!」

 

 

 ––––「 夢 想 天 生 」

 

 

「まだ未完成だったから不安だったけど……どうやらうまく行ったみたい。ツイてるわね、私って」

「どうして……ナイフが通らない?」

「どうしてって……簡単な話よ。貴女のナイフから浮いただけ」

「ナイフから、"浮く"?」

「もちろんナイフだけじゃないわ。貴女の攻撃全てから……いや、もっと言えば、ありとあらゆるものから浮いているのよ」

 

 そう言いながら、巫女は自身の周りに8つの陰陽玉を出現させた。

 自身の周りにをグルグルと回るそれが、直線的に御札を発射する。

 しかしそれらは全て、私に当たる軌道を描いていない。

 

「……ッ!?」

 

 発射された御札は一瞬動きを停止すると、それら全てが私へと向かって飛んで来る。

 私は時を止めることでそれを回避したが、私の居た位置は御札で埋め尽くされていた。

 ホッとしたのもつかの間、既に陰陽玉からは次の御札が発射されていた。

 

 巫女は、目を閉じている。

 

「これじゃあ切りがないわ……」

 

 

 ––––メイド秘技「殺人ドール」

 

 

 私は大量のナイフを全方向にばら撒く。

 そして時を止めてナイフの方向を変えた。

 巫女の夢想天生とやらの真似のように見えるが、私のは全ての刃先を相手に向けるわけじゃない。

 

「避けれるものなら避けてみなさい」

 

 スペルカードルールでは、不可能弾幕はタブーとされているようだが、私には関係のないことだ。

 避けられないように弾幕を張ったわけじゃない。

 ランダムに刃先を変えたため、避けられるかが分からないだけだ。

 

 ––––巫女は"まだ"、目を閉じている。

 

「あんたは、"浮く"ということを理解できていないわ」

「……え?」

 

 私は目を疑った。

 巫女は避けなかった。

 と言うより、その場で目を閉じたまま動かなかった。

 

 ––––なのに、ナイフが刺さらない。

 

「…………くっ!」

 

 驚くのは後でもできる。

 今はただ、現状を理解するべきだ。

 少なくとも、時の止まった世界は私のモノなのだから––––

 

 

 ––––幻世「ザ・ワールド」

 

 

 私は時間を止めた。

 止めたはずだ。

 

「ありとあらゆるものから"浮く"。それは、何モノにも縛られないということ」

「どうして……何故動く!?」

「時間という縛りから"浮いた"だけよ」

「……なッ」

「あんたの時間も私のモノ……悪魔のメイドに勝ち目は、ない」

 

 巫女は得意げな顔で私にそう言った。

 そして気づいた時には、巫女の放つ御札が私に迫っていた。

 戦う術はもちろん、避ける気力さえも、もう私には残されていなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

「ありとあらゆるものから"浮く"、か……」

 

 レミリアは灯りのない、暗い部屋で一人呟いていた。

 そこは咲夜と初めて出会った部屋である。

 彼女は、霊夢を倒した咲夜と、ここで再び一戦交える運命を手繰り寄せたつもりだったのだが……

 

「要するに、私の運命操作からも"浮いた"ということだろう?」

「……ええ、そういうことですわ」

「それにしてもこのスキマとやらは、便利で恐ろしいものだな」

 

 レミリアと紫は、あるスキマを眺めていた。

 そのスキマには、咲夜を仕留めた霊夢が映っている。

 咲夜は壁にもたれかかりながら座り込んでいた。

 

「離れた空間を繋げて移動に使えるのは知っていたが、こうして覗くのにも使えるのか」

「ふふふ、便利でしょう?」

「ああ、恐ろしいほどにな」

 

 腕を組んでククッと笑うレミリアを見ながら、紫はそれを不審に思っていた。

 

「貴女、自分の可愛いメイドがやられたというのに、随分と冷静なのね」

「……別に咲夜が死んだわけじゃない。博麗の巫女が殺せなかったところで、咲夜の価値が下がるわけでもないしな」

 

 そう言いながらも、レミリアの手の爪は鋭く伸びており、それが己の皮膚を破らんとしていた。

 そしてその手は微かに震えている。

 紫はそれに気がつくと、得意げになって笑い出す。

 

「あのメイドには、良い教育材料になって頂きました。霊夢も夢想天生をほぼ完成させたようですし、ご協力感謝致しますわ」

「……そろそろ私も準備をする。邪魔だから消えろ」

「怖いですわね。そんなに邪険にしなくても––––「目障りだ」

 

 レミリアは紫の言葉を遮り、紅い目で鋭く睨みながら言った。

 

「消えろ」

 

 紫はそれを見ると、微笑んでレミリアを見る。

 その笑みに親愛の意が込められていないことは明らかだった。

 

「呉々も、ルールは忘れないでくださいな」

「……」

 

 紫は新たなスキマを開く。

 そして、先ほどまで見物用に開いていたスキマを閉じかけた。

 

「……あら?」

「咲夜……お前ッ!」

 

 互いに話に夢中になっていたのだろう。

 2人とも霊夢と咲夜の状況を見ていなかった。

 先ほどまでとは異なる状況になっていたことに、2人とも驚きを隠せなかった。

 

「……フッ、流石は私の咲夜だ!」

「悪足掻きにすぎませんわ。勝負は霊夢の––––ッ!!」

 

 紫は新たにスキマを開く。

 

「ダメよ、霊夢!!」

 

 紫は飛び込むようにスキマの中へと入っていった。

 

「……ナイフの使い方なら、咲夜の右に出る者はいないさ」

 

 レミリアは先ほどとは異なり、笑みを浮かべていた。

 

「––––私以外、だけどな」

 

 

◆◇◆

 

 

「やっぱり……人間よね?」

「……」

「でも、今は人間とは言えなそうだけど」

「……」

「私は一応、妖怪退治の専門家だから。私の攻撃って妖怪によく効く種類のものなのよ」

 

 巫女が私に言う。

 身体に傷を負い、壁に背を預けて座っている私は、それを黙って聞いていた。

 意図して黙っていたのではない。

 純粋に、喋ることさえ出来ぬほどのダメージを受けていたのだ。

 もちろん時を止めることもままならず、休み時間を作ることなど出来なかった。

 

「惜しいわね。人間だったら、そこまでのダメージは喰らわなかったかもしれないのに」

「……」

「まあ人間だったら、ダメージが軽減したところでそれに身体が耐えられないでしょうけど」

 

 巫女はそう言いながら私に近づき、言葉を続ける。

 

「本当は弾幕ごっこの範疇を超えないつもりだったけど……悪いわね。夢想天生はまだ未完成、威力を抑えることが出来なかったわ」

「……」

「でも、これに懲りたら、今度からはルールを守りなさい」

 

 私はその言葉に反応することはできない。

 身体の傷が癒える様子はなかった。

 巫女もその様子を見て、これ以上の攻撃は無用と判断したのだろう。

 私に背を向け歩き出す。

 

 ––––その無防備な背に、私はナイフを投げた。

 

 身体の傷は癒えていない。

 人間であれば当然だろう。

しかし、半吸血鬼ならば……?

 

 本物の吸血鬼ならば全身を一瞬で回復できたかもしれない。

 しかし私は半吸血鬼。

 全身を回復するには時間がかかる。

 だからこそ私は、右手だけを最優先に回復した。

 それにより、吸血鬼と同等とまではいかずとも、人間とは比にならない回復力で私の右手の傷が癒えていった。

 

「……ッ!」

 

 巫女は何かを感じ取ると、振り返る。

 そしてナイフに気が付き、避けようと左足を引くことで半身になる。

 しかし避けきることができずに、そのナイフは左肩に突き刺さった。

 

「ぐ……ッ」

 

 巫女は肩を抑え、その場で膝をついた。

 そこに、もう一本のナイフが飛んでくる。

 

 ––––巫女はそれを素手で受け止めた。

 今の手負いの状態では避けられない、と判断したのだろう。

 巫女はそのナイフの刃を右手で握りしめ、掌からは鮮血が溢れていた。

 

「痛いわね。よくもこんな––––殺してやろうかしら?」

「……」

 

 巫女は立ち上がる。

 そして私に向かって歩き出す。

 その血で紅く染まった右手には、私のナイフが握られている。

 

「私、そんなに怒りっぽい性格じゃないつもりなんだけど…………ごめん、あんたのその顔、イライラするわ」

 

 私は巫女に視線を移す程の体力はなかったが、口角を少しあげる程度の体力ならまだ残っていた。

 私は笑っている。

 面白くて堪らなかった。

 嬉しくて堪らなかった。

 こんなに強い人間がいるなんて。

 こんなに私を楽しませてくれる人間がいるなんて。

 

 

 ––––貴女と一緒に、お嬢様と戦えたらどんなに楽しいか。

 そして気付けば、巫女のナイフが私の胸に––––

 

 

「……あぁ、霊夢。やってしまったの……?」

 

 突如現れた八雲紫が呟いた。

 レイム、とはおそらくこの巫女のことだろうか?

 そういえば、巫女の名前を聞いていない。

 また会う機会はあるだろうか?

 

 ––––そんなことを呑気に考える余裕が、私にはあった。

 

 巫女のナイフは私に突き刺さってはいなかった。

 巫女は右手でそのナイフを持って、私の胸に突いていた。

 先ほど刃を握り、損傷した右手では力が入らなかった。

 その為、私の胸に少しの傷を負わせることはできたものの、半吸血鬼である私の硬い皮膚や骨を貫くほどの致命傷を与えることはできなかった。

 そして何よりその巫女の腕は、私の右手が掴んでいる。

 

「……もういい。この勝負は引き分けってことにしてあげるわ。だから離しなさい。あんた握力強すぎよ、痛くて堪らない」

 

 巫女の腕を離すと、私は再び口角を上げた。

 

「本当に、ムカつくわね……その顔」

「霊夢。殺しては……いないのね?」

「……ええ。殺すつもりだったけど、出来なかったわ」

「殺すつもりって貴女……いや、お説教は後にしましょう。異変解決は一旦中止にして、その傷の手当を優先しなさい」

「別にこれくらい……」

 

 巫女は左肩に刺さるナイフに手をかける。

 

「それを抜いてはダメよ。傷が広がるし、出血が止まらなくなるわ」

「……分かったわよ。こんなもの刺さった状態で戦うなんて無理だし、おとなしく帰るわ」

「なら、異変解決は中止ということでいいかしら?」

「待ちなさいよ、紫。あんた、魔理沙を忘れてるんじゃない?」

「……魔理沙に異変解決の続きをやらせるつもり?」

「相手がスペルカードルールに従うなら、あいつでも異変解決はできるでしょ」

「このメイドのように、従わなかったらどうするつもり?」

「それはそれで、いい経験なんじゃない?あいつは逃げ足速そうだし」

「まったく貴女は……」

 

 深くため息を吐いた後に、八雲紫は続けた。

 

「……わかりました。異変解決は魔理沙に任せましょう。貴女はここで中断して、その傷をなんとかしなさい」

 

 そう言うと八雲紫は、何もないはずの空間へと視線を向ける。

 

「レミリア嬢、見ているのでしょう? そう言うことになったから、くれぐれもルールに則って頂きたく思いますわ」

 

 そう言うと八雲紫は新たなスキマを開く。

 そして霊夢に視線を戻す。

 

「さあ、帰るわよ」

「紫、あいつはあのままでいいの?」

 

 巫女は私を指差して言った。

 

「いいわよ、アレは。人間じゃない今なら、治癒力も高いでしょうし」

「まあ、そうね」

「貴女も霊力がある分、治癒力は高いでしょうけど……所詮は人間以上。早く手当てをしないと後悔するわよ?」

「分かったって」

「でも……よかったわね。顔や胸に傷が付いたわけじゃなくて」

「別に、身なりなんて気にしないわ」

「ダメよ。貴女も女の子なんだから少しくらいは……」

「説教は後でするんでしょ? さっさと帰るわよ」

 

 八雲紫の背中を押しながら、巫女はスキマの中へと消えていった。

 

「……」

 

 巫女を殺すことはできなかったが、私は十分に満足していた。

 あの巫女は強かった。

 それはそれは、人間とは思えないほどに。

 半吸血鬼となった私に"ほぼ"勝利した彼女は、おそらくお嬢様とも互角に渡り合えるほどの実力があるだろう。

 

 ––––彼女は、人間でもあのレベルに達することが出来るという生きた証明だ。

 

 私はそれが嬉しくて堪らなかった。

 私は今も尚、笑っている。



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第15話 紅魔の主従 (挿絵あり)

 ––––紅符「スカーレットマイスタ」

 

 

「くそ……なんて弾幕だ!」

「なかなかやるようだけど……そろそろ終わりかしらね」

「やられてたまるかッ!!!」

 

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 

「いっけぇ!!!」

「……ボムでゴリ押したか。まあいいわ、次で最後よ」

「気合いで避けてやるぜ!!!」

「あの巫女も面白そうだったけど、貴女も随分といい面構えをしてるのね。人間って、面白い」

 

 レミリアは高い声で笑っていた。

 

「……でも、これがお前に避けられるかな?」

 

 

 ––––「紅色の幻想郷」

 

 

 全方位に大型の弾幕が発射された。

 魔理沙はそれを難なく避ける。

 しかし、レミリアの本命はそれではない。

 大型の弾が通ってきた軌道上に、小さな弾が連なっていた。

 そして一瞬停止していたそれらが一気に動き出す。

 

「な、なんだこれッ!?」

 

 魔理沙は必死に避ける。

 ボムは先ほど使い果たしてしまった。

 そして残機も0。

 もう……後がない。

 

「まだまだ行くわよ」

 

 レミリアは第2波を打ち出した。

 魔理沙は持ち前のスピードを生かして、弾幕の隙間を一気に駆け抜ける。

 

「……ほぅ、なかなかのものだな。だが––––」

 

 レミリアは第3波を打ち出す。

 彼女の顔には笑みが浮かんでいた。

 彼女には魔理沙の運命が視えたのだろうか?

 

「––––これで終わりだ」

「……ははっ、これはキツイぜ」

 

 

 

 ––––ピチューン

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「……!」

「気がついたかしら?」

「…………」

「どうかしたの?」

「……既視感?」

「何を言ってるの?」

「あ、いえ……なんでもありませんわ、パチュリー様」

 

 眼が覚めると、私はパチュリー様に膝枕をしてもらっていた。

 そこは博麗の巫女と戦った廊下である。

 つい先ほどもこの場所で、人生初の膝枕体験をした気がするのだが……

 

「ならいいわ。貴女の身体、もう良くなってるはずだけど、どうかしら?」

 

 私は起き上がると、手を握っては開いてを繰り返し、足首を回してから、首を左右に倒してみる。

 それから胸に手を当てて、パチュリー様に答えた。

 

「……はい。平気そうですわ」

「それはよかったわ。博麗の巫女が貴女にナイフを刺した時は、流石に死んだかと思ったわよ」

「心配して下さったのですか?」

「当たり前でしょう? 貴女は私たちの家族なのだから」

「……家族、ですか?」

「ええ、当然でしょう?」

「いえ、私にはとても––––「パチュリー様〜!」

 

 私の背後から声が聞こえる。

 少し遠くの位置で、小悪魔がパチュリー様に呼びかけているようだ。

 そして、ふわふわと飛んできた小悪魔が言う。

 

「持ってきましたよ」

「ありがとう、こぁ」

 

 そう言ってパチュリー様は小悪魔から何かを受け取ると、私に視線を移した後にそれを差し出した。

 

「これを飲むといいわ」

「……これは?」

「血清剤よ。文字通り血を清める薬。これを飲めば、貴女は人間に戻るわ」

「……飲まなかったら?」

「時間が経つにつれて、貴女自身の血液成分の増加に伴って徐々に人間に戻るわ。どっちにしろ人間に戻るのなら、今のうちに飲むことをお勧めするわよ」

「何故ですか?」

「半吸血鬼も一応吸血鬼なのだから、日光やその他の弱点が適用されるわ。そしたら、貴女の業務に支障が出るでしょう?」

「承知致しました。陽の光の下に出られないのは不便ですから、飲ませていただきますわ」

 

 私はパチュリー様からその薬を受け取ると、一気に飲み込んだ。

 直ぐに効果が出るのかと思ったが、そんなことはなく、あまり変わった様子はない。

 

「……パチュリー様、お嬢様はどちらに?」

「レミィなら、あの部屋で戦ってると思うけど……そろそろ終わった頃じゃないかしら?」

「畏まりました。では、失礼させて頂きますわ」

「待ちなさい」

「何でしょうか?」

「……お疲れ様、咲夜」

 

 パチュリー様は、そう言うと私に微笑みかけた。

 小悪魔もパチュリー様の隣で私を優しく見つめていた。

 私は、彼女達の真意を図りかねた。

 

 

◆◇◆

 

 

「……ん?」

「気づいたようね」

「紫? 此処は……神社か?」

「ええ。"満身創痍"になった貴女を運んで戻ってきたのよ」

「そうか……異変解決は失敗しちまったのか」

「いいえ、空を見てみなさい」

「……あ、霧が晴れてるな」

「貴女が目を覚ます少し前に晴れたわ」

「あぁ……そうか。結局、霊夢が解決したんだな?」

「……半分正解ね」

「ん? どういうことだ?」

「行けば分かるわ。とても面白いことが起こったわよ」

 

 そう言いながら微笑む紫はスキマを開く。

 魔理沙は紫の後を追うようにスキマに入った。

 

 

◆◇◆

 

 

 私は目の前の大きな扉を開けた。

 

「……ノックも無しに入ってる来るなんて、躾がなってないな。飼い主の顔が見てみたいわ」

「鏡をご覧になっては如何ですか?」

「馬鹿を言うな。私は鏡に映らない」

「なら、目玉を()り貫いて見せて差し上げましょうか」

 

 私はナイフを抜く。

 目の前で音を立てながら大きな翼を羽ばたかせている少女––––レミリアお嬢様は紅い目を光らせ、長い牙を剥き出しにしながら私を睨みつけていた。

 先ほど薬を飲んだものの、今の私はまだ半吸血鬼だ。

 この暗い部屋の中でも視界は良好だった。

 

「自分の主にそんな態度を取るとは……私は悲しいぞ、咲夜」

「だったら少しは……悲しい表情をしたらどうですか、お嬢様?」

 

 お嬢様は笑っている。

 心の底から思うこの状況を楽しんでいらっしゃるようだ。

 

「ところで咲夜、今宵は異変解決に乗り出した人間が2人いたな?」

「ええ、そうですね」

「だが私は、まだ1人としか戦っていないんだ」

 

 お嬢様は私から視線を外した。

 そこで私も、背後に人影があることに気がついた。

 

「……お前が2人目の人間か?博麗の巫女」

「ええ。さっさとあの霧を晴らしてもらうわ」

「あ、貴女がどうしてここに?」

 

 当然湧き出る疑問を私が巫女に言う。

 巫女は至極当然の如く、溜息を吐きながら私に言った。

 

「はぁ? 異変解決に決まってんでしょ?」

 

 そう言う巫女の奥には、1人の少女を抱えた八雲紫の姿が見えた。

 

「それとあんたは、私を手伝いなさいよ」

「な……」

「嫌とは言わせないわ。あんたがルールを守らないから、私はこんな目にあったのよ?」

 

 包帯が巻かれた左肩に右手を添えて巫女は言う。

 添えた右手にも包帯が巻かれている。

 しかし元気そうに、巫女は私に言い続ける。

 

「私には、あんたが無傷でピンピンしてるのが信じられないわよ」

「……そう」

「何よ、その言い方?」

「別になんでもないわ。でも今は、こうして話しているよりも集中すべき事があるんじゃなくて?」

 

 私は既に視線をお嬢様へと戻していた。

 それに気がついた巫女も、遅れてお嬢様を見る。

 お嬢様は大きな翼を広げながらも、床に足をつけ、そして笑っていた。

 今日のお嬢様は、本気で私達を殺すつもりかもしれない。

 いやもちろん、そうでなくては寧ろ困るし、今日に限らずそうであるべきなのだが……

 

 翼を広げたお嬢様は、いつでも行動に移す事ができる。

 それは空中であれ地上であれ、可能な限り何処へでも。

 そして地に足をつけたお嬢様は、床を蹴ってスタートする為にいつも以上のスピードが出る。

 只でさえ目にも留まらぬ速さのお嬢様が、さらに速くなるのだ。

 たとえ半吸血鬼––––薬の効果で、弱吸血鬼程度かもしれないが––––である私でも、お嬢様の動きは見えない可能性が高い。

 

「そう警戒しなくとも、不意打ちなんて真似はしないさ」

「準備はいくらしても、し過ぎることはないのですよ? お嬢様」

「随分と弱気だな、咲夜? ……怖いのか?」

「まさか。遊戯(ゲーム)を楽しむなら、その下準備を怠ってはいけませんわ」

「ほぅ? なら、楽しい遊戯の始まりといこうか!」

 

「「「こんなに月も紅いのに」」」

 

「楽しい夜になりそうね」

「最期の夜になりそうですね」

「永い夜になりそうね」

 

 

 

 ––––神罰「幼きデーモンロード」

 

 

 ––––幻幽「ザクラ・ザ・ルドビレ」

 

 

 ––––霊符「夢想封印」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「フッ……流石に1対2は、分が悪かったか」

「でも、他の誰よりも強かったと思うわよ」

「人間にそんな事を言われるなんてな……はぁ、私も落ちたものね」

「あんた、キャラが安定してないわね」

「お嬢様は、強がる時に口調が変わるそうよ」

「咲夜、後でお仕置きね」

「……今回は私の勝ちでは?」

「弾幕ごっこはね。でも、私を殺せてないでしょう?」

「はぁ……」

「あんた、お仕置きなんてされてんの?」

「お嬢様のおやつみたいなものよ」

「……おやつ?」

 

 私は巫女に笑ってみせる。

 巫女は何となく察したようではあったが、具体的には分かっていなそうだった。

 

「そんなことより、博麗の巫女」

「何かしら、悪魔のメイドさん?」

「名前を伺ってもよろしいかしら?」

「名前……? 何よいきなり、気味悪いわね」

「いいでしょう? 貴女に興味があるのよ」

「は? 興味? 余計に気持ち悪いわ。それに名前を聞くなら、先ずあんたらが名乗りなさいよ」

「それもそうね。私は十六夜咲夜。そして此方(こちら)が私の仕える紅魔館の主、レミリア・スカーレットお嬢様ですわ」

「私は博麗霊夢。もう騒ぎなんて起こすんじゃないわよ」

「今度神社に遊びに行ってあげるわ。今回のお詫びも含めて、咲夜と2人でね」

「はぁ? 来なくていいわよ。あんたらみたいな妖怪が来るから、うちの神社の参拝客が減るんじゃない」

「あんたらって、咲夜は人間よ? それに、お詫びの品に加えて賽銭も入れるから」

「まあ……それならいいけど」

「お嬢様、神社の参拝なんてしたことあるんですか?」

「あるわけないでしょ? 私は悪魔よ? 神なんかに頼ることなんて、あってはならないもの。咲夜はあるの?」

「私もありませんわ。信じられるのは神などではなく、己の力ですもの」

「あんたら来んな」

 

 

「おーい、お前ら!」

 

 

 私とお嬢様が、霊夢と馬鹿げた会話をしていると、大きな声が部屋に響いた。

 声のする方へと視線を移すと、八雲紫と共に1人の少女の姿が見えた。

 

「魔理沙、あんた身体はもう平気なの?」

「霊夢に言われたくはないぜ。お前の方が重症じゃねぇか」

「本当、その傷でよく私と戦えたわね。貴女本当に人間なの?」

「あんたの従者だって、人間とは思えないわよ」

「咲夜は例外だからね」

「あらお嬢様、私も歴とした人間ですわ」

「お前は人間なのか?」

「……貴女も、人間?」

「ああ! 人間の魔法使い、霧雨の魔理沙さんだぜ!」

「そう。私は十六夜咲夜。此方のレミリア・スカーレットお嬢様に使えるメイドよ」

「咲夜にレミリアか。よろしくな!」

 

 少女は輝かしい金色の髪を持ち、その髪色に負けないほど輝いた笑顔を私達に向けた。

 

「人間にも色々いるのね。食料か下僕としてしか見たことなかったから、知らなかったわ」

「そんなことより、レミリア。さっさとあの霧、止めてくれない?」

「あぁ、はいはい」

 

 お嬢様は手を挙げると何かしらの合図をした。

 

「何してるんだ?」

「貴女が戦った魔法使いがいるでしょう? 彼女に合図を送っただけよ」

「え? あいつ何処にいるんだ?」

「此処には居ないわよ。遠くから見ているでしょうけど」

「ほへー」

「さて、そろそろ晴れたかしら?」

 

 お嬢様はそう言って、部屋の窓へと目を向ける。

 それを見て、私を含めた他の者達も視線を移した。

 窓のカーテンは閉じられていたが、僅かな隙間から朝日が流れ込んでいた。

 

「あら、もう夜が明けちゃっていたのね。そろそろ寝ないと」

「さすが吸血鬼だな、日が昇ると同時に眠るのか」

「もちろんよ。日光は私の弱点だもの」

「お前に日光を当てたらどうなるんだ?」

「さぁ?」

「さ、さぁ?ってお前……」

「見たことがないのよ、日光に当てられた吸血鬼なんて」

 

 お嬢様は薄い板の壁のように流れ込んでいる朝日に近付く。

 

「でも分かるのよ。空を飛べない人間が高い所を怖がるように、私はこの光が怖くて堪らないの」

「…………」

 

 私はそんなお嬢様に時を止めてゆっくりと近付き、その背中に手を触れた。

 

「私の事を押すつもりなの? 咲夜」

「ええ。興味がありますので」

「いいわよ、そのまま押しなさい」

「れ、レミリア!? 何言ってんだお前!?」

 

 お嬢様の言葉を聞いた魔理沙が、驚きを隠せぬ様子で叫ぶように言った。

 

「私も興味があるのよ。怖いもの見たさ、ってやつかしら?」

「そ、それで死んだらどうするんだよ?」

「それもまた運命(さだめ)。私はここで命尽きる運命だったというだけ」

 

 魔理沙はその言葉の意味を理解出来ずに、驚いた様子のまま私に視線を移した。

 

「お、お前、本気で自分の主を殺すつもりか!?」

「ふふっ……」

「何がおかしいんだ……?」

「元より私は、コイツを殺すためにこの館に来たんだもの」

「はぁ……?」

 

 魔理沙は完全に呆気にとられていた。

 それに対してククッと笑い声をあげながらお嬢様が私に言う。

 

「おい咲夜、主を"コイツ"呼ばわりとはいい度胸じゃないか」

「あらお嬢様、この状況でもそんなことが言えるのですか?」

 

 私は少しだけ背中を押した。

 そして、前のめりになるお嬢様の背中の服を掴み、ギリギリ日光が当たらないように支えた。

 お嬢様の体には力が入っていない。

 私に全てを委ねているようだ。

 尤も、空を飛べるお嬢様に重力という枷は無いのかもしれないが。

 

「離さないのか?」

「お嬢様、口調が変わっておりますわ」

「本当に……パチェの戯言には困ったものだな」

「お嬢様、一つ伺ってもよろしいですか?」

「ええ、構わないよ」

 

 

 

 ––––レミィ。貴女、自分がどんな時に口調が変わるか気付いてる?

 

 

 ––––それは相手よりも優位に立ちたい時、或いは……大切なモノを守りたい時よ。

 

 

 

「お嬢様は、私のことが大切なのですか?」

「……」

 

 お嬢様は黙り込んでいる。

 その表情は、こちらからは確認できない。

 しかし、お嬢様の羽が少し震えたのが分かった。

 それがどんな意味を持つのかは、分からないが。

 

 

「––––咲夜は」

 

 少しして、お嬢様は口を開いた。

 

「十六夜咲夜は、私の家族だ」

「……」

「––––大切に決まっているだろう?」

「……殺す」

「……」

「殺してやる!!」

 

 私は、お嬢様の服を掴んだまま腕を引いた。

 お嬢様の体は、私の後方へと投げ飛ばされる。

 バサバサとお嬢様が宙を舞う音がした。

 その音が聞こえなくなるとともに、私は振り返る。

 そこにはニヤリと笑うお嬢様がいた。

 

「日光なんかに頼らない。私は私の手で––––このナイフでお前を殺してみせる」

「……フッ、それでこそ私の"大切な"咲夜だ!」

 

【挿絵表示】

 

 そう言うと、お嬢様は大きな笑い声をあげた。

 そして再びニヤリと笑う。

 

「だが主に向かって"お前"などと言う悪い子にはお仕置きしないとな」

 

 その言葉に、内心少し喜んでいる私がいた。




*挿絵について

Twitterにてヒビワレハート様より頂いた支援絵です。
ヒビワレハート様、本当にありがとうございます!!


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第16話 紅魔郷EX part 1

 

 

「おっす霊夢、遊びに来たぜ」

 

 箒を使って飛んで来た私は、境内に軽やかに着地した。

 境内の掃除をしていた霊夢は、私を見ると微笑みながら言う。

 

「あら魔理沙、いらっしゃい」

「ん? 今日はレミリアの奴、来てないんだな」

「まだ来てないだけかも。ここ最近、毎日のように来るわ。あの憎たらしいメイドも連れて」

「ああ、咲夜な。にしても、未だにあの2人の関係はよく分からないなぁ」

「あの日の2人の会話も、意味不明だったものね」

「殺すために仕える、かぁ……本当に奇妙な関係だよな、あの2人は」

「なんだかんだ、想い合ってるようにも見えるけど」

「そうか? まあ、レミリアの方は咲夜を気に入ってそうだけどな」

「そうね」

「そーいや、レミリアの言ってた"お仕置き"てのは何なんだろうな?」

「さぁ……? 血を吸うとかじゃない?」

「あー、そっか。レミリアは吸血鬼だもんな。でも流石にそんな事しないだろ」

「そうかしら? まあ、勘で言っただけだけど」

「霊夢の勘かぁ……」

 

 ––––それなら本当に咲夜は血を吸われているのかもしれない。

 そんな事を考えていると、不意に背後から声が聞こえる。

 

「貴女達、誰の話をしているのかしら?」

「その声は––––」

 

 私は振り返り、鳥居の前にある階段へと目を向けた。

 よく耳を澄ませば、コツコツと足音がした。

 

「やっぱりお前らか」

「噂をすれば何とやらって奴ね。いらっしゃい、レミリア。そして咲夜も」

 

 姿を現したのは、レミリア・スカーレットと、その横で主の日傘を差している十六夜咲夜だった。

 

「咲夜のヒールの音が大きいからバレるのよ」

「あら、お嬢様が声をかけるからバレたのですわ」

「あ、あれは2人が私達のことを話してるからぁ……って、何の話をしてたの?」

「他愛もない世間話だぜ」

「へぇ……まあ、どうでもいいけど。お茶を出してよ、霊夢。今日は暑くて、喉が渇いちゃったわ」

「相変わらず傲慢な奴ね。もう少しで掃除が終わるから、そしたら出すわよ」

「分かったわ。行きましょう、咲夜」

「はい、お嬢様」

 

 そう言ってレミリアと咲夜は、母屋へと向かって行った。

 

「私も行ってるぜ」

「はいはい」

 

 そして私もその後を追う。

 

 

◆◇◆

 

 

 掃除を終えた霊夢が4人分のお茶を持って来てから、どれくらい経っただろうか?

 既に日は傾いている。

 私達はその間、他愛もない雑談をしていた。

 とはいえ私は、お嬢様の側で3人の会話を静かに聞いているだけだが。

 

 そんなとき、不意に4人を脅かす雷鳴が響いた。

 4人は総じて外を見る。

 

「夕立ね」

「この時期に、珍しいな」

「私、雨の中、歩けないんだよねぇ」

 

 しかし、しばらくたっても雨は降ってこない。

 外の様子を見ると明らかに不自然な空になっていた。

 幻想郷の奥の一部だけ強烈な雨と雷が落ちていた。

 

「あれ、私んちの周りだけ雨が降ってるみたい」

「ほんとだ、何か呪われた?」

「もともと呪われてるぜ」

「馬鹿なこと言わないでよ」

 

 お嬢様は2人の戯言を鼻で(あしら)う。

 しかしすぐに、腕を組んで小さく唸った。

 

「それにしても……困ったわ。あれじゃ、帰れないわ」

「あんたを帰さないようにしたんじゃない?」

「いよいよ追い出されたな」

 

 お嬢様は首を振る。

 

「いいや……あれは、私を帰さないようにしたというより...」

「実は、中から出てこないようにした?」

 

 魔理沙が気が付いたように呟いた。

 お嬢様が小さく頷く。

 

「やっぱり追い出されたのよ」

 

 2人の様子を見た霊夢が、状況を察した上で軽口を叩いた。

 フンッと口元では笑っている霊夢だが、その目は真剣そのものだった。

 流石は博麗の巫女……と言ったところだろうか?

 

「まぁ、どっちみち帰れないわ。食事どうしようかしら?」

「仕方ないなぁ、様子を見に行くわよ」

「へへっ、楽しそうだぜ」

「あんたら2人は、神社の留守番。頼んだわよ?」

 

 霊夢と魔理沙は、やる気満々と行った様子で立ち上がる。

 

「待ちなさい、2人とも」

 

 そんな2人を、お嬢様は制止した。

 

「なによ? あんたも来るの?」

「いいや、私は行かない。そもそも行けないわ」

「じゃあ何よ?」

「咲夜を連れて行きなさい」

「……え?」

 

 霊夢が驚いた表情を見せる。

 それは魔理沙も同様に。

 しかし、一番驚いているのは私だったかもしれない。

 

「お、お嬢様……?」

「咲夜、貴女なら館の内部を正確に理解しているし、雨も平気でしょう?」

「それはそうですが……お嬢様、ここにお一人で残られるのですか?」

「ええ、そうよ。別に構わないでしょ、霊夢?」

「まあ別に構わないけど」

「じゃあ決まりね。きっと私の咲夜なら、貴女たちの力になると思うよ」

「まあ、仲間が多いことに越したことはないぜ。なぁ、霊夢?」

「はぁ……足を引っ張るんじゃないわよ」

 

 私は立ち上がる。

 

「足手まといになるつもりは無いわ」

 

 そして2人に向かってそう言うと、私は振り返り、お嬢様に一礼した。

 

「お嬢様、行って参ります」

「ああ、気をつけて」

 

 お嬢様は笑顔だった。

 今のお嬢様が何を思って、何を考えているかはわからないが……

 きっと、いい未来(モノ)が視えているのだろう。

 そんな予感がした。

 

「よし。いくぜ、咲夜!」

「ちゃんと付いて来なさいよ」

「そんなこと、言われなくても分かっ––––ッ!!」

 

 箒にまたがり飛び上がった魔理沙は、私が言葉を切った事に疑問を覚えた。

 霊夢も同様で、私の方に振り返った。

 

「咲夜、どうしたんだ?」

「……あ、あんた、まさか––––」

 

 

◆◇◆

 

 

「あぁ、今夜も楽しい夜になりそうね」

 

 そう思い、空を見上げるレミリアだが、自分だけが蚊帳の外にされている現状に、深い溜息が漏れる。

 

「困るわー。私も、あいつも、雨は動けないわ...…」

 

 雨は、一部の悪魔には歩くことすらかなわないのである。

 

「……」

 

 レミリアは空から視線を移した。

 その視線の先に何かあるわけではない。

 何の変哲も無い、ただの空間である。

 

 ––––普通の人間から見れば。

 

「八雲紫、そこに居るんだろう?」

「どうして貴女にはバレてしまうのかしら?」

「そりゃあ、視えているからな」

「ふふっ……そうでしたわねぇ」

 

 スキマを開いた八雲紫は、自らの口を扇で隠しながら笑っている。

 レミリアは、それを見ていて不快感を覚えていた。

 

「相変わらず胡散臭い笑いだな。何とかならないのか?」

「あら? 純真無垢な私の笑顔が、お気に召しませんでしたの?」

「……もういい。さっさと見せてくれ。その為に来たんだろう?」

「我儘なことですわ。自分が見たいだけでしょう?」

「違うな。お前は私に見せる必要がある。異変を解決する者として」

「何を言っているか理解しかねますわ。……でも、素直になれないお嬢様の頼み事ですから、見せて差し上げましょう」

「フンッ……」

 

 八雲紫がスキマを開くと、そこには紅魔館へと向かう霊夢と魔理沙、そして咲夜が映し出された。

 

 

◆◇◆

 

 

 館に近づくと、やはりこの場所だけが豪雨の中にあった。

 大粒の雨が降り頻り、吸血鬼でない3人の行く手をも阻むほどだった。

 

「はぁ……濡れるしか無いか? 傘持ってくれば良かったぜ」

「我慢しなさい。それほどヤバイ奴だってことでしょう?」

「そうね。彼女は力の制御が出来ないわ。もしかしたらこの館ごと……いや、幻想郷ごと破壊してしまうかも」

「幻想郷を破壊!?」

「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。その破壊が幻想郷だけで済めば、むしろいい方かもしれないわね」

「あんたら、お喋りはそれくらいにしなさい。そろそろ中に入るわよ」

「待ちなさい、霊夢」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 降り頻る雨が突然、まるで私達を館に迎え入れるように、左右に避け始めた。

 正確には、避けているわけでは無いのだが。

 

「……一体、何をしたの?」

「す、すごいぜ……!」

 

 霊夢が怪訝な顔を私に向けながら言う。

 魔理沙も私に顔を向けるが、彼女は嬉々とした表情だった。

 

「時を操ることとは、即ち空間を操るということなのよ」

「空間を……?」

 

 魔理沙は正面に向き直る。

 そこには不自然に雨量の少ない空間があった。

 

「そう……そういことね」

「何が"そういうこと"なんだよ、霊夢?」

「つまり、空間を引き延ばしているのよ」

「空間を……引き延ばす?」

「こんな事が出来るなんて、本当に恐ろしいけど……」

「おいおい、私はまだ納得できてないぜ?」

「要するに、目の前の空間を左右に引き延ばす事で、その場所に降る雨の量を減らした……そういうことでしょう、咲夜?」

 

 同じ雨量でも、それが降る面積を増やせば、単位面積当たりの雨量は少なくなる。

 単純に考えれば簡単なことだが……

 

「ええ、そうよ。よく分かったわね」

 

 "常識的に考えて"あり得ないことだ。

 

「いまいちピンと来ないんだが……」

「とにかく行くわよ。吸血鬼がこの隙間から出てくるかもしれないでしょう?」

「それはないわ。吸血鬼が苦手とするのは雨ではなく、流水なのだから」

「……なんにせよ、急ぐに越したことはないでしょうが」

 

 霊夢が先を急ぐように飛んで行く。

 それを追いかけるように、魔理沙と私も付いて行った。

 

「にしてもお前、本当に凄い能力だな。助かったぜ」

「まあ……少しくらい良いところ見せないと、私、ただのお荷物じゃない」

「ははっ、確かにそうだな。本当の意味で"お荷物"だしな」

「ッ……」

「にしてもまさかお前––––飛べないなんてなぁ」

 

 私は魔理沙の後ろで箒に腰掛けていた。

 空を飛ぶ事ができない私は、魔理沙に運んでもらっている状況だった。

 悔しくて堪らないが、仕方のないことだ。

 どうして私は––––

 そう思いつつも、そして魔理沙の言葉に少しだけ苛立ちながらも、私には何も言えなかった。

 

「まあ、お前ほどの魔力があれば、ちょっとキッカケがあれば飛べそうだけどな」

「……そういうもの?」

「ああ。私だって、生まれた時から空を飛べたわけじゃないんだ」

「あんたら、そろそろお喋りを辞めなさい。此処からは油断してらんないでしょう?」

 

 気づけば、既に館のエントランスに着いていた。

 私は箒から降りると、大きな扉が目の前にした。

 いつも目にしている扉だが、何故か初めて訪れたような気分になっていた。

 それはまるで、"あの時"のように。

 

「因みに咲夜」

「何かしら?」

「霊夢は生まれた時から飛べるんだ。あいつの場合はそういう能力(ちから)だからな」

「さあ、開けるわよ!」

 

 霊夢が話を遮るように声を出しながら、その大きな扉に手をかける。

 そしてそれを押し開けた。

 

 

「なによ、また来たの?」

 

 ドアを開けると、待ち構えていたようにパチュリー様がフワフワと飛んできた。

 

「また来たの」

「あんたかい? これらの仕業は?」

「今それどころじゃないのよー」

 

 2人を邪険に扱いながら、パチュリー様は私のことを見ると、少しだけ目を見開いた。

 

「咲夜……? 貴女も来たの?」

「お嬢様の言いつけですわ」

「なるほど……ちょうど良かった」

「パチュリー様?」

「あの子を止めてくれるのなら、私は邪魔をするつもりはないわ。私だけでは力不足だし……だけど」

 

 パチュリー様はビシッと霊夢を指した。

 

「そこの紅白!」

「何よ?」

「貴女は此処に残りなさい」

「はぁ……?」

「咲夜、魔理沙を案内してあげて。あの子は今、レミィの部屋にいるわ」

「畏まりました」

「ちょっと待って。なんで私は残るのよ?」

 

 ゆっくりとパチュリー様は地面に降り立つと、何処からか魔道書を出現させた。

 そしてそれを開きながら言う。

 

「興味があったのよ、博麗の巫女の力にね」

「……要するに、私と戦いたいってこと?」

「今日は、喘息も調子いいから……とっておきの魔法、見せてあげるわ!」

「仕方ないわね……魔理沙、咲夜、後は頼んだわよ?」

「おう、任せとけ!」

「ええ、頼まれてあげるわ」

 

 

 



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第17話 紅魔郷EX part 2

 

 

「にしても、本当に広い館だぜ。外から見る以上にな」

「無駄に大きくしすぎて、掃除が大変よ」

「掃除だけで1日が終わりそうだぜ」

 

 私と魔理沙は長い廊下を歩いていた。

 それは本当に長く、終わりが無いと錯覚するほどだった。

 

「あとどれくらいで着くんだ?」

「結構せっかちね、魔理沙は。そろそろよ」

 

 ––––ドォンッ!!

 

 その時、不意に前方で爆音が響いた。

 私たちは慌てて立ち止まる。

 前方は砂埃のようなものが舞っていて、視界が悪くなってしまった。

 しかしよく見ると、壁が豪快に破壊されているのが分かった。

 

「なんかお呼びかしら?」

 

 中から出て来たのは、やはり妹様だった。

 

「呼んでないぜ」

「おまたせ」

「あんた誰?」

「人に名前を聞くときは……」

「ああ、私?」

 

 魔理沙は少し考えてから、ニヤッと笑って言う。

 

「そうだな、博麗霊夢、巫女だぜ 」

「フランドールよ、魔理沙さん」

「あんた、なにもん?」

「魔理沙ッ」

「ぬわっ!?」

 

 私は、妹様に近付こうとする魔理沙の手を引いた。

 魔理沙は驚き、変な声を上げていた。

 

「な、なんだよ咲夜?」

「危険よ」

「え? ああ……やっぱりこいつが?」

 

 私はそれに返事も頷くことも無かったが、ただまっすぐに妹様の事を見ていた。

 

「そうか……」

 

 それを見た魔理沙は、察したようだ。

 妹様は静かに歩み寄る。

 私は魔理沙の手を引きながら後ずさった。

 

「貴女は確か、アイツのオモチャだったっけ?」

「十六夜咲夜でございますわ」

「あれ? お前らそんなに親しくないのか?」

 

 魔理沙が会話に横槍を入れる。

 

「もしかしてお前、家出少女だったり?」

「私はずっと家に居たわ。貴女がこの家に入り浸ってるときもね」

「居たっけ?」

「ずっと地下で休んでいたわ。495年くらいね」

「いいねぇ、私は週休2日だぜ」

「いつもお姉様とやり取りしているの、聞いていたわ」

「お姉様? 妹君かえ」

「私も人間と言うものが見たくなって、外に出ようとしたの」

「良かったじゃないか。ほれほれ、思う存分見るが良い」

「一緒に遊んでくれるのかしら?」

「いくら出す?」

「コインいっこ」

「一個じゃ、人命も買えないぜ」

「あなたが、コンティニュー出来ないのさ!」

 

 妹様は魔理沙に右手を突き出した。

 

「ッ!」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 

◆◇◆

 

 

『パチュリー様、紅茶をお持ちしました』

『ありがとう』

『では、私はこれで』

『待ちなさい、咲夜』

『いかがされましたか?』

『もしもの時の対処法を考えたわ』

『もしもの時……?』

『あれ、レミィから聞いてない?』

『はい、何も』

『……ついこの間、レミィから頼まれたのよ』

『何をでしょうか?』

『妹様が暴れた時の対処法を考えておいてくれ、と』

『妹様が……?』

『詳しいことは分からないけど、レミィがそう言っていたのよ』

『お嬢様が……ということは、近いうちに?』

『ええ。きっとそういうことでしょうね』

『……』

『それで、本題に移るわ。対処法なんだけど、やっぱり1つしか思いつかないのよ』

『1つ……それは一体どういったものですか?』

『妹様の手首を切断しなさい』

『手首を……?』

『そう。妹様は(てのひら)に物体の最も緊張した部分––––"目"を手繰り寄せ、それを握り潰すことで破壊を行うわ。つまり、手首を切断してしまえば、破壊は出来なくなる』

『時を止めて妹様に近付き、手首を切断する。それが唯一の対処法ということですか?』

『ええ、そうよ。私にはそれ以外……いや、それ以上のものが思いつかないのよ』

 

 

◆◇◆

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 妹様が右手を突き出したところで、私は時を止めた。

 

 

『妹様は能力発動時に掌を破壊する対象に向けるわ』

 

 

 間合いを詰めて、妹様の右手首にナイフを当てる。

 

 

『それによって、対象の"目"を掌に手繰り寄せるの』

 

 

 ––––パチンッ

 

 

『だからその時に近づいて、"目"を握り潰される前に––––』

 

 

「キュッとしてぇ––––「申し訳ございません、妹様」

 

 

『手首を切断しなさい』

 

 

 私は妹様の手首を切断した。

 

 

「……あれぇ?」

 

 妹様は、突如として無くなった右手を見て、間の抜けた声を出していた。

 まるで痛みなど感じていないかのように。

 

「これやったの、貴女?」

 

 私は()うに、時を止めることで妹様から離れ、魔理沙の横にいた。

 その私に向かって、妹様は問う。

 

「アイツのオモチャの癖に……いや、貴女もしかして……アイツのオモチャじゃないの?」

「私はただの、お嬢様に使えるメイドで御座いますわ」

「メイド……? メイドは妖精がやってるって聞いてたんだけど」

「妖精"も"メイドをやっておりますわ」

「ふーん。ま、何でもいいや。ねぇ、すごく痛いんだけど」

「申し訳ございません」

「謝らなくていいからさぁ……私と、遊んでよッ!!」

 

 

 ––––禁忌「レーヴァテイン」

 

 

 妹様は真紅の(つるぎ)を出現させた。

 その紅は、燃え盛る炎の紅だった。

 その炎で一気にこの辺りの気温が上昇していくのが分かった。

 私の額にも、汗が滲んでいる。

 

「こりゃ、スペルカードルールなんてものは守って貰えそうに無いなぁ」

「仕方ないでしょう? やるしかないのよ」

 

 

 ––––幻世「ザ・ワールド」

 

 

 私は時を止めてナイフを配置する。

 妹様に避ける隙など与える訳がない。

 私の全力で、妹様を再起不能(リタイア)させるッ!

 

「そして時は動き出す」

「……ッ!」

 

 妹様は目を見開いた。

 驚いた顔をしている。

 

 それもその筈だ。

 何もないところから大量のナイフが出現するのだ。

 それは例えレーヴァテインを振り回しても防げないほど、迅速かつ凄惨に。

 しかし、その直後––––

 

「ふふっ、ざんねんでした」

 

 ––––妹様の顔に笑みが零れた。

 

「な……ッ!?」

 

 ナイフは確かに妹様に刺さった。

 それも、夥しい数のナイフが。

 しかし妹様の身体から、血が出ることはなかった。

 その代わりに、ボンッと小さな爆発を起こして身体が消える。

 

「私って、気が触れてるとか言われてるのよね? お姉様に」

 

 先ほど破壊された壁の中から声が聞こえる。

 

「でも……それって違うと思うの」

 

 その中から現れた影は、全部で3つだった。

 その全てが、妹様と同じ姿をしている。

 

「世界が! 私以外が狂ってるの! だから、私が狂って見えるだけ! ねぇ、そうでしょう? メイドさん!」

 

 妹様"たち"は掌を私に向ける。

 どの手に私の目が移動しているのか……私には分からなかった。

 

「三体同時なら、貴女は何も出来ない!!!」

「私を忘れてもらっちゃあ困るぜッ!」

 

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 

 魔理沙は超極太のレーザー光線を放った。

 それは妹様3人を、廊下ごと飲み込むほどの大きさだった。

 

「私がやられても、この目さえ握り潰せばッ!」

 

 妹様は、掌に集めた"目"を握り潰ぶ––––

 

 

「うそ……どうして?」

 

 

 ––––せなかった。

 

 私が、時を止めて手首を切断していた。

 

「い、痛いッ!!」

「ありがとう、魔理沙。助かったわ」

 

 魔理沙のマスタースパークは、廊下の壁を掠めながら突き進み、突き当たった壁をぶち破っていった。

 それに2人の妹様が巻き込まれ、先ほどと同様にボンッという小さな爆発音とともに消滅した。

 そして今、私は時を止めることで1人の妹様をマスタースパークの軌道から外し、この場所に連れて来た。

 

 3人の中から、本物を見分けるのは容易ではない。

 しかし、魔理沙のおかげで一目瞭然だった。

 先ほどの偽物との対峙で、偽物は痛みを感じず、血も通っていないことが分かった。

 その為、魔理沙のマスタースパークが飛んで来ようとも、目を瞑ることさえなかった。

 しかし––––

 

「どうして? どうして分かったの!?」

「妹様が目を瞑ってしまわれたからですわ」

「め、目を……?」

 

 ––––本物だけは、痛みに対する恐怖心により、目を瞑っていた。

 1人だけ、表情が違ったのだ。

 

「そんなことで……バレちゃうなんて……痛ッ…」

「妹様、すぐに手当ていたしますわ」

「いいよ、どうせ直ぐに治るもん」

「で、ですが……」

「良いって言ってるでしょ」

「……」

 

 まだ夜になりきっていないからか、今宵は満月出ないからか、はたまた銀ナイフによる影響か。

 妹様の修復スピードはかなり遅かったが、着実に治り始めていた。

 

「私、もう気が済んだから、部屋に戻るね。お姉様とパチュリーに、また暫くは大人しくしてるって言っといて」

「はい、畏まりました」

「それと……魔理沙と咲夜だっけ?」

「なんだ?」

「なんでしょう?」

「貴女達……気に入ったわ。また遊んでね」

「おう! 今度は弾幕ごっこしようぜ!」

「そうね。ルール覚えとくわ」

 

 妹様は、安らかな笑みを浮かべた。

 

「妹様、部屋までお供いたしますわ」

「私は大丈夫。貴女は魔理沙のこと送ってあげてよ」

「しかし……」

「部屋に戻るよ、本当に。もう暴れたりしないわ」

「……畏まりました」

 

 妹様は修復中の手を振りながら、その場を立ち去った。

 

「ありがとう、魔理沙。貴女のお陰で命拾いしたわ」

「気にするなよ。私も必死に撃っただけで、その先の事までは考えてなかったんだ」

「でも、貴女に助けられたのは事実よ。今度、ちゃんと礼をさせて貰うわ」

「まあ、くれるって言うなら貰うぜ」

「ふふっ……にしても、マスタースパークの威力には凄まじいものがあるわね」

「だろだろぉ? やっぱり、弾幕は火力だぜ!」

「それは火力の低い私に対する挑戦ということかしら?」

「さぁ、どうだろうな? でも、弾幕ごっこならいつでも受けて立つぜ」

「手加減しないわよ」

「望むところだ!」

 

 

◆◇◆

 

 

「何遊んでるのよ、あの2人は……」

 

 キラキラと輝く魔理沙の弾幕と、無尽蔵に配置される咲夜のナイフが入り混じるのを見ながら、私は呟いた。

 私自身は、パチュリーとの弾幕ごっこを終えて、2人の様子を見に来た次第である。

 

「嫉妬かしら?」

「はぁ?」

「愛しの相棒を取られちゃったみたいだから」

「別に、そんな感情は持ち合わせていないわ」

「ふーん。私は感じてるわ」

「え?」

「今までの咲夜には紅魔館しか居場所がなかったのに……これからの咲夜は、色々と輪を広げていきそうな気がしてね。レミィじゃないけど、そんな運命(みらい)が視えた気がするのよ」

 

 何言ってんだこいつ?

 そう思うも、口にはしなかった。

 なんだかパチュリーの横顔が寂しく見えたのだ。

 

「綺麗ね」

 

 パチュリーは2人の弾幕ごっこを見ながら呟いた。

 私は何を言ったら良いのか分からなくて、ただ頷いた。

 

 

◆◇◆

 

 

「はぁ、やっと帰れたわ」

 

 お嬢様は部屋に戻ると、そう呟きながら深いため息を吐いていた。

 部屋には私とパチュリー様も一緒にいた。

 妹様が荒らした室内を、私が掃除し、パチュリー様が修復していた。

 もう殆ど、作業は終了している。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ずっと見ていたわ。良くやったわね、咲夜」

「ありがとうございます」

「にしても、パチェも随分と原始的なやり方を考えたのねぇ」

「……文句でもあるのかしら?」

「いいえ、そういう意味じゃないわ。ただ、魔法使いらしくない発想だなと思っただけよ」

「魔法使いとは、常に合理的な手段を選ぶのよ。今回はあの方法が一番合理的だっただけ」

「あの霧雨魔理沙とかいう魔法使いは、随分と合理性に欠ける気がするけど?」

「あれは所詮"人間"の魔法使いだもの」

「あら、パチュリー様。人間を侮辱するのですか?」

「当然よ。所詮人間は、妖怪には勝てないもの」

 

 私はスッとナイフを取り出した。

 

「落ち着きなさい、咲夜。貴女は例外なんだから」

「人間には変わりありませんわ」

 

 パチュリー様は、焦るように私を(なだ)めるが、その顔色に恐怖の色は無かった。

 私も本気で怒っているわけではない。

 私達は、ただ戯れを楽しんでいるだけだった。

 

「そういやパチェ、霊夢と対戦していたわね」

「ええ。まあ、ただの弾幕ごっこだけど」

「でも、それなりに強さは把握できるでしょう?貴女には、博麗の巫女はどう映ったのかしら?」

「……強いわ。あの巫女も、確かに例外よ」

「咲夜と比べたら?」

 

 お嬢様のその質問は、パチュリー様にとって答えにくいものであったのだろう。

 極力顔に出さないように努めているつもりなのだろうが……

 雰囲気で、私はパチュリー様の答えを察した。

 

「咲夜、紅茶を淹れてきてくれるかしら? 時を止めずにね」

「……畏まりました、パチュリー様」

 

 パチュリー様が私を退室させたことで、私はより一層、その答えを確信した。

 

 

「で? どうなんだ、パチェ? わざわざ咲夜を外に出して……まさか」

「博麗の巫女は、強いわ。とても人間とは思えない」

「それは咲夜とて同じだろう?」

「ええ。咲夜も確かに強いわ。でも、咲夜が勝てる未来が、私には想像できないの」

「……そうか。お前も……そう言うのか」

「どういうこと?」

「いいや、何でもない。忘れてくれ」

「……ふふっ」

「な、何がおかしい……?」

「レミィは咲夜のことを、自分の事のように想っているのね」

「はっ……当然だろ。だってあいつは––––」

 

 ––––コツコツコツ

 

 ヒールの音が鳴り響いた。

 

「……早かったな、咲夜」

「私は––––」

 

 

 既に部屋のテーブルには、2人分の紅茶が用意されている。

 "時を止めるな"と、パチュリー様は仰っていたが、私には無理な話だった。

 どうにもムシャクシャして堪らなかったのだ。

 それはパチュリー様に対してではない。

 もちろんお嬢様や、霊夢も関係ない。

 

 博麗の巫女は強かった。

 そんなの、実際にスペルカードルール無しで闘った私が1番よく分かる。

 私は彼女に、絶対に敵わないだろう。

 

 だから私は、私自身に苛立っていた。

 それと同時に、嬉しかった。

 霊夢と対戦した直後に感じた喜びと同じだ。

 霊夢も私も同じ人間。

 つまり私だって、あのレベルに辿り着くことが出来る……かもしれない。

 小さな希望かもしれないが、私は充分に嬉しかった。

 

 そして私はいつか、霊夢と同等の……いや、霊夢をも凌ぐ力を持って––––

 

 

「––––貴女を絶対に殺してやる。だから、安心しなさい」

「……フッ、流石だよ。私の可愛い咲夜」

 

 私は今日も、お嬢様を殺すことに失敗した。

 

「後でお仕置きだ」



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第18話 紅魔の絆

 

 

「咲夜さん、貴女本当に人間ですか!?」

 

 悲鳴にも近い声を上げるのは、紅魔館の門番––––紅美鈴である。

 美鈴には、私の体術トレーニングに付き合ってもらっていた。

 普段は1人でトレーニングすることが多いのだが、どうしても対人戦という形を取らなければ出来ない訓練もある。

 それを美鈴に手伝ってもらっているのだ。

 

「人間のつもりよ?」

「つもりって……でも本当に、人間とは思えませんよ」

「ふふっ––––」

 

 私は口元だけで笑ってみせる。

 目はまっすぐ美鈴を捉えており、威嚇するように睨みつけている。

 

「––––嫌味かしら?」

 

 そう言う私は、既に片膝をつき、腹部に手を当て、息切れを抑えるのに必死だった。

 対して美鈴は、驚きの表情を浮かべながらも、二本の足でしっかりと地面に立っていた。

 

「そ、そんなつもりはありませんよ! だって咲夜さん、能力もナイフも使っていないんですから……」

 

 私は自ら、時間を操ることと、ナイフを用いることを禁じている。

 それは偏に、体術トレーニングの為だ。

 私は再び立ち上がる。

 そして、構えをとった。

 まだ、腹部が痛む……

 

「続き、いくわよ」

「まだやるんですか……? お腹、相当痛みますよね?」

 

 私の腹には、先ほど受けたダメージが残っていた。

 美鈴の人間離れした力で蹴りを入れられ、私の肋骨は数本折れてしまっていた。

 吐血をしていないところから、内臓に傷は付いていないと思われるが……

 

 本来、美鈴が本気で蹴り上げていれば、私の内臓はグチャグチャになってもおかしくはない筈だ。

 それほど、妖怪と人間には力の差が存在する。

 それを私も美鈴も理解している。

 だからこそ、美鈴は蹴る時に躊躇したのだろう。

 私に後遺症が残らない程度の力しか出していないのだ。

 つまり私は、手心を加えられている。

 

 私は、より強く美鈴を睨みつけた。

 

「……まったく。負けず嫌いも程々にして下さいよ」

 

 私は少し踏み込んでローキックを放つ。

 美鈴は、それを少し後ろに下がりながら避けると、瞬時に踏み込み間合いを詰める。

 私は美鈴の顔面にジャブを入れて牽制するも、如何せん体勢が悪かった。

 速度もパワーもない私の拳を、掌底で軽くいなすと、私の腹部に手を当てる。

 

「ぐぁッ……!」

「やっぱり、痛いんですよね?」

 

 軽く押されただけだが、私には激痛が走っていた。

 骨が折れているのだから、当然だが。

 

「やめましょう、咲夜さん。これ以上は体に毒ですよ」

「……分かったわ。貴女の言う通り、やめにしましょう。仕事に影響が出ても困るし」

「え、その体で仕事するつもりなんですか!?」

「当たり前でしょう? 館の掃除や、お嬢様のお世話はどうするのよ?」

「そんなの、妖精メイドに任せれば……なんなら、私も手伝いますし!」

「いらないわ」

「で、でも……」

「大丈夫。この程度の傷、仕事には大して影響しないわよ。それともまさか、私を心配しているの?」

「まさかも何も、当たり前ですよ!」

「当たり前……? どうして?」

「だって咲夜さんは、私達の家族でしょう!?」

「家族……?」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「何を言っているのかしら?」

「……」

「私は、貴女達の主を殺そうとしている……謂わば敵なのよ?」

「……」

 

 私は美鈴の背後に立ち、首の急所にナイフを正確に突きつけている。

 美鈴は、何も言わない。

 

「私は仕事に戻るわ。貴女は門番の務めを果たしなさい」

 

 私はナイフをしまうと、美鈴に顔を合わせることなく館の中へと歩き出した。

 やはり美鈴は、何も言わなかった。

 

 

 

 ––––家族なんて、私にはいない。

 

 

 

 私はそんな事を考えながら、なんだか熱いものが溢れてくるのを堪えていた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「本当に素直じゃないなぁ……咲夜さんは」

 

 そんな美鈴の顔は、可愛い我が子を見るような穏やかな笑顔で埋め尽くされていた。

 

 

◆◇◆

 

 

「お待たせ致しました、お嬢様」

 

 美鈴とのトレーニングを終えた私は、お嬢様の"昼食"を用意していた。

 以前は取ることのなかった昼食だ。

 太陽が昇っているこの時間は、吸血鬼にとっては窮屈な時間である。

 もともと窓の少ない紅魔館であるが、全く無い訳ではない為、館内でも行動が一部制限される。

 そんな時間に、何故起きて、何故食事を取っているのか?

 

「ありがとう、咲夜。今日も美味しそう」

「光栄でございます」

 

 それは偏に、"あの巫女"の影響だった。

 お嬢様が何を思ってそうしているかは私の知るところではない––––そもそも興味もない––––が、結果を言うなら、お嬢様は人間に合わせた生活をするようになった。

 勝手な推察をするならば、霊夢を訪れるにしろ、霊夢が訪れるにしろ、人間に合わせた生活を送っていた方が都合がいいのだろう。

 実際、お嬢様は霊夢と幾度となく会っている。

 それは全てお嬢様の方から訪れているが。

 さらにそれは、私にとっても都合が良かった。

 あの巫女には、私自身も興味がある。

 

「あぁ、そうだ」

 

 お嬢様は突然食事の手を止めると、私の方へと振り向き言った。

 

「パチェが貴女を呼んでいたわ」

 

 

◆◇◆

 

 

「パチュリー様、紅茶とクッキーはいかがですか?」

「あら咲夜、気が利くわね」

 

 私が図書館を訪れると、いつものようにパチュリー様は本を読んでいた。

 側近の小悪魔は見当たらない。

 

「いえ。ところでパチュリー様」

「なにかしら?」

「お嬢様から、パチュリー様が私にご用があると聞いたのですが」

「ええ、ちょっとこっちに来なさい」

「?」

 

 パチュリー様が、自身の側に寄るように、私に催促をする。

 

「なんでしょう?」

「いいから来なさい」

 

 私はその意図が読めなかったが、とりあえずパチュリー様の横に立った。

 

「これでよろしいですか?」

「ええ、じっとしてなさい」

 

 そう言うと、パチュリー様は私の腹部に手を当てた。

 少しだけ、痛みが走る。

 

「ッ!?」

「美鈴から聞いたわ」

「怪我のことなら、大したことは……」

「いいえ。怪我もそうだけど、怪我じゃなくてね」

 

 私の腹部に添えられた手が、淡い光を帯び始めた。

 あまり実感はないが、直感的に治癒しているのだろうと分かった。

 少しずつではあるが、痛みが引いているようにも思える。

 

「ねぇ咲夜」

「なんでしょうか、パチュリー様?」

「私達は、家族でしょう?」

 

 パチュリー様は私の目を真っすぐ見つめながら言った。

 私はすぐに視線を逸らしてしまった。

 

「そんなことも美鈴は喋ったのですか……でしたら、私の答えも知っていらっしゃいますよね?」

「ええ、知ってるわ。でも、貴女自身の口から聞いた訳じゃない」

「ならば、もう一度言いましょう。私は、貴女達の主を殺そうとしている、敵なのです。家族ではありませんわ」

「そう……」

 

 弱々しいパチュリー様の声に、私は素直に驚いた。

 どうしてそんな声を出すのか、分からなかった。

 だから私は、もう一度パチュリー様へと視線を戻––––

 

 

「私は、貴女のこと……結構好きよ?」

 

 ––––パチュリー様は、目に涙を浮かべていた。

 

「どうして……」

 

 そんなことを言うのか?

 そんな顔をするのか?

 

 私には……分からなかった。

 

「……傷は治ったわ。私の用は済んだから、レミィのところにでも戻りなさい」

 

 パチュリー様は、再び本を読み始めた。

 その目が本の文字を追っているかは、定かでない。

 

 

◆◇◆

 

 

「咲夜、何かあったの?」

 

 今は、お嬢様のティータイム。

 外のテラスで美鈴が手入れする庭を眺めながら紅茶を啜っていた。

 もちろん、お嬢様は日陰にいる。

 そんなお嬢様が、突然私に言った。

 

「……え?」

「なんだか貴女、浮かないような……でも嬉しそうな顔をしていたから」

「そんなことは……」

「パチェに何か言われたの? あいつは偶に訳のわからない戯言を言うから、気にしちゃダメよ」

 

 あれは、パチュリー様なりのジョークだったとでも言うのか?

 私には、とてもそうとは思えなかった。

 

「一度貴女に言ったことがあると思うけど……」

 

 私がお嬢様の御言葉に返事もせず、ただ惚けていると、唐突にお嬢様が切り出した。

 

「私は、運命を操ることが出来る。でもそれは、他人の思考を支配できるということではないの。だから私は、貴女が何を考えているかは分からない」

「……」

「ねぇ咲夜。貴女は今、何を思い、何を考えているの?」

「私は––––」

 

 ––––何を考えているのだろう?

 どうして、困惑しているのだろう?

 

 目の前のお嬢様は、私が殺すべき存在だ。

 そんな彼女はもちろん敵であるだろう。

 そしてその友人や、仕える者たちも、味方とは言えないだろう。

 況してや、家族なんて––––

 

 そうだ。

 私を惑わせているのは、"家族"という言葉だ。

 両親どころか、自分の名前すら忘れてしまった私には縁のない言葉だ。

 

 気付いた時には独りだった。

 今までずっと独りだった。

 そしてこれからもずっと独り……の、はずだった。

 

 気付いた時には周りに人がいた。

 お嬢様、妹様、パチュリー様、美鈴や小悪魔、霊夢に魔理沙……

 たくさんの人がいた。

 もちろん"人"の中には妖怪も多く含まれている。

 

 

 ––––私は今、独りなのか?

 

 

 お嬢様に生きる名前を貰い、生きる場所を貰い、生きる意味を貰った。

 

 

 ––––私は今、独りなのか?

 

 

 美鈴に家族だと言われ、パチュリー様に好きと言われた。

 

 

 ––––私は今、独りなのか?

 

 

 私は––––

 

 

「––––嬉しいのです。お嬢様」

 

 少し……いや、かなり時間を置いたのちに、私はお嬢様に告げた。

 お嬢様は、口元に笑みを浮かべていた。

 そして更に、私は言葉を続ける。

 

「貴女が無防備な姿を見せてくれることが」

 

 そう言って私は、時を止めてお嬢様の首元にナイフを当てた。

 

「それでこそ、私の咲夜だ」

 

 お嬢様は、まだ笑みを浮かべていた。

 

「さて、お仕置きの時間だ」

 

 彼女には、私の本心など、きっと見抜かれているのだろう。

 その日のお仕置きは、今までで一番心地良かった。

 

 

◆◇◆

 

 

 夜、私は自室にいた。

 以前ならば、お嬢様の活動時間である為、仕事が山ほどあった。

 しかし、お嬢様が人間の生活に合わせるようになった今、夜に行う仕事は限られてくる。

 また、妖精メイド達も少しずつ成長しているようで、昼のうちに作業が順調にこなせている。

 それでもする事が無いわけではないのだが、これもお嬢様の命令だ。

 人間らしく夜は睡眠を取れ、と。

 今では時間を止めて休憩することも禁じられている。

 だから私は、こうして自室で休息を取っている。

 

「……」

 

 私は今、無性に仕事がしたかった。

 掃除でも料理でも、はたまた殺しでも何でもいい。

 とにかく、仕事がしたかった。

 

 ––––今は何も考えたくない。

 

「……」

 

 しかし、何もすることがない今、何かを考えざるを得なかった。

 

 

『––––嬉しいのです。お嬢様』

 

 

 あの言葉は本心だった。

 いや、本心であるとしか考えられないのだ。

 だってあれは、意図せず私の口から出たのだから。

 声になって初めて、自分が発した言葉の意味を理解したのだ。

 だから、私は嬉しかったのだと考えるしかないのだ。

 

「……滑稽な話ね」

 

 人に恐れられて人を憎み、孤独を選んできた私が……

 妖怪達によって"人"の温もりを感じるようになって……

 それを、嬉しいと思っているのだ。

 もう私は、笑うしかなかった。

 でも、現実の私は泣いていた。

 悲しくないのに、泣いていた。

 

「本当に……どうしちゃったのかしら?」

 

 私に訪れているものは、変化なのか?

 それとも––––

 

 

 



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第19話 時間を操る程度の能力

 

 "時間を操る程度の能力"

 それは私の能力。他人にはない、私だけの能力。

 だからこそ、私は考察する。

私に何が出来て、何が出来ないのか?

 

 私の能力はその名の通り、時間を操ることができるものだ。

 時の流れを止めたり、加速させたり、減速させたり……

 そして、能力の干渉領域は0から無限大まで。

 即ち、一本のワインボトルといった一部の時間から、全世界の時間まで操ることができる。

 ただし、干渉領域が狭ければ狭いほど、時間停止は難しい。

 逆に、干渉領域が広げれば広いほど、時間の加減速が難しい。

 

 また、時間を操ることとは空間を操ることと同値である。

 私は空間を広げたり狭めたりすることができる。

 その力を使って紅魔館内部の空間を広げ、外から見た以上に広いものにしている。

 

 そんな私の能力は、「世界」を操る能力と言っても過言ではないだろう。

 しかし、その能力にも限界が存在する。

 

 まず、時間を巻き戻すことができない。

 負の時間はどうしても操れない。

 私に操れるのは、正と零の時間だけだ。

 

 さらに、時間を止めると他者に干渉できない。

 時間を止めるとは、空間の動きを止めること。

 全ての動きが静止した世界となる為に、いくら私の銀ナイフで突き刺そうとも、それが皮膚を突き破ることはない。

 全ては静止したまま、時を止めた瞬間の状態を保ち続ける。

 ただし、能力の対象外も存在する。

 

 まずは私自身だ。

 時を止めた世界でも、私は動くことができる。

 さらに、私が身につけている衣服や所持しているナイフ等、私の管理下にあるものだ。

 だからこそ、私の投げたナイフは、相手に刺さらずに空中に静止するのだ。

 私の管理下から離れた瞬間、若しくは相手の管理下に入った瞬間でナイフは静止する。

 故に、多少の誤差はあれど一定の距離からしかナイフを出現させることはできない。

 従って、八雲紫がスキマを出現させる時間やお嬢様が「不夜城レッド」を発動させる時間等を与えてしまう。

 

 他にも、空気が能力の対象外である。

 空気までも動きが止まってしまえば、私は呼吸どころか身動きも取れなくなってしまうだろう。

 しかし現に、呼吸もできるし身動きも取れる。

 おそらく私の操ることができる"空間"には、ある一定の体積が必要なのだろう。

 空気を構成する原子や分子の1つ1つの体積は、目に見えるものに比べれば限りなく0に近い。

 だからこそ、私の空間操作が適応されないのだろう。

 

 ––––以上が、今までの経験と考察で知り得た全てだ。

 ひと言に"時間を操る"といえども、その用途は多岐に渡るし、制限も幾つかある。

 だが、この能力が大きなアドバンテージになることは間違いないだろう。

 それでも、この能力とは全く無関係なところで、ある問題が浮上した。

 今まで考えたこともなかった問題だった。

 なにせ、ここに来るまでは当たり前のことだったのだから。

 

 

 ––––私は、空を飛ぶことが出来ない。

 

 

 私に限らず、人間は空を飛ぶことが出来ない。

 それは至極当然のことだった。

 しかし、霊夢や魔理沙はその"常識"を見事に打ち破った。

 霊夢は"空を飛ぶ程度の能力"を持ち、魔理沙は"魔法を使う程度の能力"を持っている。

 霊夢は重力を感じさせないフワフワとした飛び方をしており、魔理沙は魔法使いらしく箒に跨り、それを操るような飛び方をしている。

 以前、博麗神社で魔理沙と空を飛ぶことについて話したことがある。

 その話によれば、幻想郷の人間全てが空を飛べるわけではないそうだ。

 むしろ、空を飛べる人間など霊夢以外に知らないと言っていた。

 霊夢は適当に話を流しているようだったが、空を飛べる人間を魔理沙の他に知っている風ではなかった。

 

 そのことから導き出されることは、"特別な能力を持つ人間"が空を飛ぶことができるという事。

 そして私は"特別な能力を持つ人間"である。

 私が今まで空を飛ぶことが出来なかったのは、"人間が空を飛ぶことができる"ということを認識していなかったからだ。

 私は幻想郷に来て、それを認識した。

 だからこそ、私は空を飛ぶことができるはず(・・)なのだ。

 

 

◆◇◆

 

 

「なんだ? お前がここに来るなんて、珍しいじゃないか。それも1人で」

 

 扉を開けて中から出て来た魔理沙は、驚いた様子でそう言った。

 

「てか、私の家、初めてだよな? なんでこの場所知ってるんだ?」

「霊夢から聞いたのよ」

「そうか、なるほどな。まあ、中に入れよ」

「お邪魔致しますわ」

 

 魔理沙の部屋には、彼女の性格が現れていた。

 

「少し散らかってるが、気にしないでくれ」

「……少し?」

 

 魔理沙の家は、大きな部屋が1つの簡単な間取りではあるが、1人で暮らすには十分な広さだった。

 部屋真ん中には大きなテーブルがあり、その脇には小さなソファがある。

 部屋の左奥には研究用と思われる机と椅子があり、座ると目の前に大きめの窓がある形になっていた。

 部屋の右奥には大きな暖炉があり、料理をする小さなスペースがある。

 とても生活感溢れる、居心地の良い空間だった。

 

 

 ––––大量のモノが散乱していなければ。

 

 

 中央のテーブルには食べ終えた皿やグラスが散乱し、周りには残飯が散らかっているように見える。

 ソファの上には大量の––––パチュリー様のものであると思われる–––––魔道書が積み上げられており、座るスペースなどなかった。

 研究用に使われている机には、幾らかの本と謎の物体や液体の入った瓶が乱雑に放置されていた。

 そこにある椅子だけはやけに綺麗な為、普段はそこに腰掛けていることが伺える。

 暖炉はあまり使われている形跡はなく、キッチンに当たる場所にはよく分からない茸がたくさん置いてある……というより、生えているように見える。

 また、床にはグチャグチャのまま放置された布団が敷きっぱなしになっていた。

 足の踏み場を探すのに苦労するその部屋に、私は嫌悪感しか覚えなかった。

 

「貴女……よくこんな所で暮らせるわね」

「なんだよ? ちょっと散らかってるだけじゃないか」

「ちょ、ちょっと……? これが……?」

 

 私は大きく、そして深く溜め息を吐いた。

 

「なんだよその溜め息は––––ッ!?」

 

 魔理沙は目を見開く。

 

「ふぅ、こんなものかしら」

「えっ……ええっ!?!?!?」

「どう? 見違えたでしょう?」

 

 私はこの家とは比べ物にならないほど大きな館に仕えるメイドだ。

 この部屋を一瞬で掃除するなど、私には朝飯前だった。

 普段からもっと莫大な量の掃除をこなしているのだから。

 

「おまっ、な、何すんだよ!?」

「あら、不満かしら? 綺麗になったでしょう?」

「こ、これじゃあどこに何があるか分から……」

 

 魔理沙は焦った様子で部屋を見渡す。

 しかしそうしているうちに、魔理沙の顔から焦りの色がなくなっていった。

 そして気付いた時には、魔理沙は言葉を紡ぐことを止めていた。

 

「分からない訳ないでしょう? じゃなきゃ、掃除の意味がないじゃない」

「すげぇ……綺麗だ」

 

 幸い、散らかったモノをしまう場所は殆ど存在した。

 使われて放置された食器は洗って棚に整理したし、実験用具等も分類して片付けた。

 そしてゴミと思われるものも処分し、丁寧に掃除も行った。

 

「これでも私、メイド長なのよ?」

「すげぇ! 本当にすげぇや!」

 

 魔理沙は感激した様子で私を見つめた。

 その目はキラキラと輝いている。

 

「部屋が綺麗だと、なんだか落ち着くぜ」

「今度からは自分で整理整頓することね。毎日私が来るわけにもいかないでしょう?」

「そうだな……頑張ってみるよ」

 

 あはは……と乾いた笑いをしながら、魔理沙は改めて部屋を見渡す。

 

「にしても、本当に綺麗に……ん?」

「どうかした?」

「そういや、本はどこにいったんだ?」

「ああ、それなら外にまとめてあるわ」

「外!? そんなことしたら、雨に濡れちゃうじゃないか!」

「大丈夫、今日は雨降らないから」

「今日"は"……? ま、まさかお前!」

「あれはパチュリー様の本でしょう? 私が持って帰るわよ」

「な、なんだと!」

「パチュリー様が困っているのよ。貴女に本を盗られるってね」

「私は盗ってないぜ! 死ぬまで借りてるだけだ!」

「そう……なら––––」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「––––死ねば返してくれるの?」

「ッ……わかったぜ。返す、返せばいいんだろ? ナイフをしまえよ」

 

 私は魔理沙の喉にナイフを突きつけていた。

 

「分かればいいのよ」

「はぁ……お前、一体何しに来たんだよ?」

「ああ、そういえば本題に入ってなかったわね」

「誰かさんが世話を焼いてたせいでな」

「誰かさんが世話を焼かせただけよ」

「悪かったよ……それで? 用件はなんだ?」

「単刀直入に聞くわ。貴女はどうやって、空を飛べるようになったの?」

「……またその話かぁ。お前、本当に飛べないこと気にしてんのな」

「この先スペルカードルールに従うとしたら、空を飛べないのは致命的でしょう?」

「まあ、それはそうかもしれないが。一応、飛べなくても弾幕ごっこはできると思うぜ?」

「それは最悪の場合よ。飛べた方が有利なのは明らかだもの」

「……まあ分かったよ。んで、空を飛ぶ方法を聞きたいんだっけ?」

「違うわ。どのようにして(・・・・・・・)空を飛ぶに至ったか、よ」

「んー、きっかけは空飛ぶ妖怪達への憧れだな。んで、魔法を研究してたら、気付いた時には飛べるようになってたぜ」

「空を飛ぶために、特別な練習はしなかったの?」

「うーん、したっちゃしたんだが、参考にはならないと思うぞ」

「いいわ。参考にするかはこっちで考えるから。取り敢えず聞かせて」

「ワガママなやつだな。まあ、別にいいけど。その練習ってのは、地面に向かってマスパを撃つんだ」

「……は?」

「んで、反動で体が爆発的に飛び上がるだろ? それで空にいる感覚? みたいなもんを養ったかな。あとは死にたくないから必死にもがいてたら、なんか飛べてた」

「……」

「あ、ちなみにこの時の練習を応用して、新しいスペカも考えてるぜ」

「そ、そう……」

 

 ケラケラとふざけた笑い声を上げる魔理沙に対し、私は落胆の表情を浮かべていた。

 魔理沙の話は、予想以上に参考にならなかった。

 私の見解では、天才肌の霊夢に比べて魔理沙は凡才であると思っていた。

 だからこそ、それなりに努力をして、今の力を身につけているものだと思っていた。

 しかし……彼女も実は天才肌だったということなのだろうか?

 

「……なあ、咲夜」

 

 私が少し考え込んでいると、魔理沙が真剣な眼差しで声をかける。

 先ほどのヘラヘラした様子とは全く異なり、私はほんの少しだけ恐怖にも近い驚きを覚えた。

 

「努力を語る人間は、この世には存在しないんだぜ」

「……え?」

「例えいるとしたら、私はその人間を努力家だと認めない。本当の努力家は、その努力を隠す為にも努力するんだ」

「……」

「努力を語るってことは、手の内を明かすってことだ。例え親しい間柄だとしても、全ての手の内を明かすなんてことは滅多にないよ。私の言いたいこと、分かってくれるか?」

 

 やはり魔理沙は、相当の努力を積んでいる。

 さらに、それを隠す努力も惜しまない人間だ。

 私は、そう思った。

 そして、頷いた。

 

「……つまり、そういうことだぜ」

 

 

 

 ––––魔理沙に教える気は、毛頭ない。

 

 

◆◇◆

 

 

 結局何の収穫もないまま、魔理沙宅を後にした。

 いや、パチュリー様の本を取り返せたことが唯一の収穫だろうか?

 私はその本を持って紅魔館に戻り、図書館へと向かっていた。

 

「おかえり、咲夜」

「ただいま戻りました」

 

 図書館へと入り、普段パチュリー様が腰掛けて本を読んでいる場所に向かうと、お嬢様から声をかけられた。

 お嬢様はパチュリー様と談笑を楽しんでいたようだ。

 

「……なに? 咲夜、出掛けてたの?」

 

 パチュリー様が不思議に思った様子で、私に尋ねる。

 

「はい。霧雨魔理沙の家に、少々用事があったもので」

「あら、じゃあもしかして、その本はあの子から取り返してきてくれたのかしら?」

「左様でございます」

 

 私は時を止め、パチュリー様のデスクの上に取り返した本を積み上げた。

 

「ありがとう、助かったわ。こぁ、これらを整理してちょうだい」

「はーい、かしこまりました〜」

 

 ふよふよと何処からか飛んできた小悪魔は、積み上げられた本の中から幾つか取り出すと、またどこかに飛んで行った。

 

「それで咲夜、何か得たものはあったの?」

「その本ですわ」

「そりゃパチェにとってはね。貴女にとっての収穫を聞いたのよ」

「いえ……何も」

「それは残念ね」

「……訂正いたします。私にとっての収穫もありましたわ」

「あら、何かしら?」

「能ある鷹は爪を隠す、ですわ」

 

 お嬢様とパチュリー様は、少しキョトンとしていた。

 

 

◆◇◆

 

 

『まあ、手ぶらで帰らせるのも悪いし……一つだけ教えてやろう』

『……何かしら?』

『私は、箒なしでも飛べるんだぜ』

『そう……それで?』

『それだけだ』

『……ただ自慢したかっただけかしら?』

『お前がそう思うんなら、それでいいぜ』

『……?』

『じゃあ、気をつけて帰れよ。この森は妖怪が多いからな』

『ええ、ありがとう。失礼するわ』

 

 

 私の苦悩は続く––––

 



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第20話 運命を操る程度の能力

 

 

『人間は空を飛べる』

 正確には、『"特殊な能力を持った人間"は空を飛べる』

 私はこの事に気がつき、認識した。

 実際にこの目で見ているし、疑う要素はない。

 なのに……

 どうして……

 

 

「––––私は飛べないのかしら?」

 

 

◆◇◆

 

 

「咲夜、悩んでいるようね」

 

 それは昼食前、お嬢様の部屋で告げられた。

 

「……え?」

「そうだ咲夜、偶には一緒に食事を取りましょう」

「一緒に……ですか?」

「ええ。貴女の分もすぐに用意できるかしら?」

「はい。それは可能ですが……」

「あら、私と食べるのは嫌?」

「……いえ、そんな事は御座いません。ご一緒させて頂きますわ」

 

 お嬢様から、食事の誘いを受けたのは初めての事だった。

 

 

◆◇◆

 

 

「いただきます」

「……いただきます」

 

 お嬢様の声に少し遅れて、私も手を合わせて言う。

 お嬢様は、そんな私の姿を見て微笑んでいた。

 私はなんだか、気恥ずかしさを感じた。

 

 今日のメニューはステーキだった。

 尤も、お嬢様は人肉ステーキ、私は牛ステーキという違いはある。

 それでも、2人で向かい合い、共に同じような物を食べている。

 そんな時間を共有するのは、初めてのことだった。

 お互いに無言で、フォークやナイフが皿に当たる音が時折聞こえる程度で、殆ど静寂の中で食事をしていた。

 そんなに長い時間でもなかったのだろうか?

 しかし私には、途轍もなく長い時間に感じられた。

 そんな長い静寂を破ったのは、お嬢様だった。

 

「運命ってね、難しいの」

 

 私にどういう反応がして欲しいのか、分からなかった。

 殆ど独り言のように呟いていた。

 そんなお嬢様が、言葉を続ける。

 

「私が一言違えただけでも……いいや、同じ言葉でもイントネーションや表情、仕草が違えただけでも、運命は大きく変わるわ」

 

 2人とも、まだ半分も食べ終えていない。

 しかし2人とも手を止めて、お互いを見ていた。

 

「だから、貴女にどんな言葉をかけてあげることで貴女の望む結果が得られるのか、私は考えていたわ」

「……」

「考えが纏まるのに時間がかかったけど、もう大丈夫」

 

 お嬢様は、フォークを肉に刺した。

 

「何かを成し遂げるとき、最も簡単なのは周りを使うこと」

 

 そして、ナイフで綺麗に肉を切り取った。

 

「自分は動かない」

 

 それから、フォークに刺さった肉を軽く持ち上げる。

 

「自分が動いているように見えても……」

 

 その肉を口に運ぶと、それをゆっくりと咥えた。

 

「……」

 

 少しの間その肉を噛み砕き、そして喉に流し込んだ。

 

「……本当は周りが動いているだけ」

 

 お嬢様は、フォークを置き、ナプキンを手に取る。

 

「自分は動いていないの」

 

 それで口を拭いながら、お嬢様は言った。

 

「それが一番簡単な方法よ」

「……?」

 

 私には、お嬢様の意図することが見えてこなかった。

 

「これ以上言うと、答えになっちゃうから。それはダメ、面白くないわ」

 

 お嬢様はクスクスと笑っていた。

 

「もっともっと悩んで頂戴」

 

 私は何も言えず、お嬢様はそれ以上何も言わなかった。

 再び静寂が訪れ、私達2人は綺麗に完食した。

 次に沈黙を破ったのは、『ごちそうさま』の挨拶だった。

 

 

◆◇◆

 

 

「珍しい参拝客ね」

「参拝客が珍しいんじゃない?」

「冷やかしに来たなら帰りなさいよ」

「差し入れなら持ってきているわ。賽銭もする」

「ようこそ、博麗神社へ」

 

 現金な対応をする巫女に心底呆れながらも、私は焼きたてのクッキーを霊夢に差し入れした。

 クッキーの入った箱の中は時間がゆっくりと流れるように操作しているため、本当に"焼きたて"だ。

 霊夢はにっこり笑ってそれを受け取ると、私を母屋の方へと招いた。

 

「今、お茶を入れてくるわ」

 

 私が居間に面した縁側に腰掛けると、霊夢はそう言って中に入ってしまった。

 少しだけ1人の時間が訪れる。

 私はここから見える景色を楽しんでいた。

 

 博麗神社は山の頂上にあるためか、空気がとても澄んでいて、見渡す限り空である。

 他にも妖怪の山等が見えることは見えるが、殆どが空の青色に覆われており、本当に綺麗な景色だ。

 ちなみに境内の方に行けば、幻想郷が一望できる。

 人里が遠く、参拝客はないが、もし妖怪のいない安全な道が人里に続いていれば、きっとこの景色を求めてくる参拝客も多くいるだろう。

 

 そんなことを考えていると、霊夢がお茶を持ってきた。

 

「それにしてもあんたが1人で来るなんて、本当に珍しいわね」

「あら、この前も来たじゃない?」

「そうだっけ?」

「魔理沙の家を聞きに」

「あれは"来た"というより、"寄った"でしょ?」

「それもそうね」

 

 私は霊夢の淹れたお茶を(すす)った。

 そういえば、他人の淹れたお茶を飲むのは初めてかもしれない。

 お嬢様と此処に来るときは、私はお嬢様の側にお仕えしているだけで、霊夢のお茶を飲んだことはなかった。

 初めて味わうそのお茶は、なんだか違和感があった。

 でも、温かかった。

 

「……おいしい」

「メイド長に褒めて頂けるなんて光栄ね」

「……」

「で? そんなメイド長さんが、一体何用かしら?」

「聞きたいことがあるのよ」

「なに?」

「貴女、どうやって空を飛んでいるの?」

「さあ? 分かんない」

「分からない……?」

「じゃあ逆に聞くけど、あんたはどうやって時間を操ってんのよ?」

 

 私には当たり前のように時間操作ができる。

 それは呼吸をするが如く自然にできることだ。

 私には、その方法を説明する事はできない。

 

「……そうね。やはり貴女に聞いても無駄だったかしら」

「まあ、あんたが期待しているような回答は出来ないと思うわ。そういうのは魔理沙に聞きなさいよ」

「もう聞いたわ」

「へぇ。じゃあなんで私にも聞くのかしら?」

「振られちゃったから、魔理沙には」

「はぁ……?」

 

 あからさまに怪訝な様子を見せる霊夢を尻目に、私はもう一口お茶を啜った。

 そんな私の様子を見た霊夢は小さく溜息を吐くと、同じようにお茶を啜る。

 少しの間静寂が訪れ、そして私は言った。

 

「お嬢様が、仰ったのよ」

「……なんて?」

「自分は動かず、周りを動かす。それが何かをする時、一番簡単だって」

「へぇ」

「貴女はどう思う?」

「んー……さぁ?」

「さぁって……バカにしてるの?」

「別にそんなつもりはないけど。逆に、あんたはどう思うの?」

「私? 私は……吸血鬼(おじょうさま)らしいなって思うくらいよ。寧ろ、それくらいしか感じるところがないから、こうして貴女に意見を求めてるんじゃない」

「……あんたさ」

「なにかしら?」

「なんで"吸血鬼らしい"って思ったの?」

「そりゃあ、吸血鬼は自尊心の高い眼中無人な性格をしてるもの。当然、周りをこき使うのが好きでしょう?」

 

 霊夢は少し考えるように、視線を空へと移した。

 意味がなさそうなその行為が、なんだか意味があるように感じた。

 何か、特別なものを見ているような、そんな雰囲気があった。

 霊夢は少しして視線を私に移すと、無表情とは少し違う、心情が読めない表情で言った。

 

「……周りって、何?」

「は……?」

 

 私は口をポカンと開けていた。

 第三者視点ならば、本当に私の顔は間抜けに映っているのだろうと予想できた。

 

「そりゃあ、周りの人間……いや、周りの者達でしょう?」

「本当に?」

「……どういうこと?」

「もし本当に"周り"というのが、"周りの者達"という意味だとしたら……おかしいのよ」

「おかしい?」

「ええ。周りを動かすには、自分がまず動かなきゃいけないでしょ?」

「……貴女の言いたいことが分からないわ」

「周りを動かすには、自分が指示しなければいけない。もっと言えば、まず従えなければならない。こういった"使役"は、自分の動作でしょう?」

「……」

 

 霊夢の言うことは、なんとなく理解できた。

 しかし、"なんとなく"の域を超えない理解では、私は納得できなかった。

 

「まあ、いろいろ理屈をつけてみたけど、結局のところ私は違うと思うのよ」

「理屈をつけてみた……? 初めは、根拠なくそう思ったということ?」

「ええ。ただの勘よ」

「貴女の勘、当たるんでしょ?」

「毎回じゃないけどね」

「でも……さっきの理屈より、当てになる根拠な気がしてしまうわ」

「そう。それはどうも」

 

 私は再びお茶に口をつけた。

 それは少し冷めてしまっていたが、美味しさは保たれていた。

 

「ところで、他に何か言ってなかったの?」

「……お嬢様が?」

「ええ」

「それ以外は特に何も…………あっ」

「?」

「少し言い方が違うだけだけど、もう1つ理解出来ないことを仰ってたわ」

「なんて?」

「"自分が動いているように見えても、本当は周りが動いているだけ"」

「……ああ、なるほど」

 

 霊夢は納得したように呟くと、冷めたお茶を啜った。

 

「"周り"の意味が、やっと分かったわ」

 

 そういう霊夢は、少し微笑んでいた。

 そんな彼女を、私は少しだけ睨みつけた。

 

「……」

「教えてくれ、とは言わないのね」

「言えないのよ」

「どうしてかしら? ……ってのは愚問ね。負けず嫌いも大概にしたら?」

「ほっといてよ」

「面白みのない人間だと思ってたけど、案外あんたは面白い人間なのね」

「いきなり何?」

「なんでもない」

「はぁ……?」

「とりあえず、ヒントをあげるわ」

「いらないわよ」

「そう。じゃあ今から独り言を言うわ」

「なにそれ」

 

 霊夢は手に持っていた湯呑みを置くと、フワリと浮かび上がった。

 極自然に、なにも力を加えないで。

 ただ、浮かび上がった。

 そして見下すように、私に視線を落として言う。

 

「今動いたのは私かしら? それとも––––」

「……は?」

「なんでもないわ。ただの独り言よ」

 

 そう言うと霊夢は再び縁側に腰掛ける。

 一体今のはどういう意味なのだろうか?

 

「……そろそろ帰るわ。お嬢様の夕食を作らないと」

「そう」

「また来るわ」

「はいはい。好きにしなさい」

 

 ––––バチンッ

 

「……あいつ、能力使いすぎ」

 

 

◆◇◆

 

 

「パチェ。お邪魔するわよ」

「……いいところだったのに」

 

 咲夜が博麗神社を訪れていたその時、レミリアは図書館にいた。

 レミリアがこうして1人で図書館を訪れることは珍しいことではない。

 彼女が最も心を許せる存在であるパチュリーが、そこにいるからだ。

 パチュリーはそんな彼女を言葉の上では邪険に扱いながらも、その表情はとても穏やかなものだった。

 

「何を読んでいるの?」

「推理小説よ。もうすぐ犯人が分かりそうなの」

「へぇ、意外ね。パチェは魔道書しか読まないものだと思ってたわ」

「偶に息抜きを兼ねて魔道書以外も読むのよ。この図書館には、こういった小説以外にも、漫画や絵本なんてものもあるわ」

「そうなの……? そういえば私、パチェの図書館で本を読んだ事ないわね。なんだかんだ、貴女との付き合いは長いのに」

「何か読みたいものがあれば仰ってください、お嬢様」

 

 そう言いながらレミリア達に紅茶を差し出すのは、パチュリーの使い魔である小悪魔だ。

 

「じゃあ、漫画でも借りてみようかな」

「どんな漫画がよろしいですか?」

「んー、パチェ、オススメは?」

「そうね……レミィにはサスペンス系のバトル漫画とかが良いんじゃないかしら?」

「ああ、確かに! レミリアお嬢様なら、きっとお気に召しますよ!」

「ふーん。よく分からないけど、それで良いわ」

「分かりました。では、探してきますね〜」

 

 小悪魔はそう言うと、羽根をパタパタさせながら緩やかに飛んでいった。

 

「ねぇ、パチェ」

「なにかしら?」

「貴女は、どうやって空を飛んでるの?」

「……そりゃあ魔法よ。私には羽根なんてないもの」

「それってさ、結構魔力がいるものなの?」

「そんなことはないわ。魔力が多い方が安定はするけど、ただ浮くだけなら普通の人間が持つ程度の魔力でも十分可能よ」

「あの白黒みたいに?」

「ええ。まあ、あの子は普通の人間よりも魔力が多いし、大分安定して飛べていると思うわ。箒のおかげもあるけど」

「箒って、重要なの?」

「階段の手すりのようなものよ。あれば安定するというだけ」

「そう。でも、魔理沙は箒を操っているようにも見えたわ」

「そうね。だってあの子、ただ飛ぶだけなら箒の助けなんて殆ど要らないもの」

「……どういうこと?」

「箒を操ることで、彼女はスピードを上げることが出来るのよ」

「ふーん。なるほどねぇ」

「ところでレミィ、どうしていきなりそんなことを聞くのかしら?」

「最近の咲夜を見ていて思ったのよ。そういえば私達妖怪って当たり前のように飛んでいるけど、何故だろうってね」

「貴女には羽根があるし、私には魔力がある。少し考えれば分かることじゃない?」

「確かにそうかもしれないけど、そういうどうでもいいことを詳しく考えたり議論したりするのって結構楽しいことじゃないかしら?」

「下らないわ。時間の無駄よ」

「本当にパチェってば、つれないわねぇ。無駄にするだけの時間が、私達には与えられているのに」

「レミリアお嬢様、こちらの漫画なんて如何ですか?」

 

 2人がそんなことを話しているうちに、小悪魔が数冊の漫画を持ってきていた。

 

「どんな内容なの?」

「えっとですね……」

「人を精神世界に引きずり込んで喰べる者達と戦う人間の話よ」

 

 小悪魔が考えているうちに、パチュリーが簡潔に説明した。

 

「よく分からないけど、面白いの?」

「面白いですよ!」

「まあ、レミィは好きそうね。こぁにしては、中々良いチョイスじゃないかしら」

「わ、私にしてはって、どういうことですか!?」

「そのまんまの意味よ」

「ひ、酷いですよ、パチュリー様ぁ……」

「まあいいわ。少しの間借りるわね、パチェ」

「ちゃんと返して頂戴ね」

「大丈夫よ。あの白黒じゃないんだから」

 

 レミリアはその漫画を手に取ると、ヒラヒラと手を振って立ち去った。

 パチュリーは手を振り返し、小悪魔は微笑むことで対応していた。

 

 

◆◇◆

 

 

「やっぱり、味は落ちるわね……」

 

 私は妖精メイドの淹れた紅茶を飲みながら、呟いていた。

 咲夜が来てから、妖精メイドが仕事をするようになった。

 それが人間に負けたくないという彼女たちのプライドなのか、それとも咲夜に対する憧れや好意なのかは分からない。

 だが確実に、妖精メイド達は仕事ができるようになっていた。

 だからこそ、ある程度のことは妖精メイドに任せて、咲夜が外出することができるようになったのだ。

 それを私は、とてもいいことだと思っている。

 あの紅白巫女や白黒魔法使いとは、もっと交流を深めてほしい。

 その方が、私にとっても都合がいいのだ。

 

「……」

 

 だがきっと、咲夜は交流を深めるために外出している訳ではないのだろう。

 今の彼女は自分の為に、霊夢や魔理沙の場所を訪れているに過ぎない。

 結果として、交流を深めることにはなるだろうが……

 

「……」

 

 咲夜は今、空を飛ぶ方法を模索している。

 咲夜が空を飛べないことに関して、今まで不都合がなかった。

 だからこそ私は、咲夜が空を飛べることの必要性を見落としていた。

 それも全て、八雲紫の考えた『スペルカードルール』の所為だと言えよう。

 俗に言う"弾幕ごっこ"さえなければ、咲夜が飛べる必要は無い。

 それは偏に、飛べないハンデよりも、時間を操れるアドバンテージの方が大きかったからだ。

 しかし、ルールによって制限された戦いでは、時間を無制限に操ることは出来なくなる。

 それ故に、飛べないハンデが目立ってしまうのだ。

 

 今まで咲夜が『スペルカードルール』に則って、本気で戦ったのは、たった一度だけ。

 それは、紅霧異変の際に霊夢と組んで私と戦った時だ。

 結果を言えば、咲夜は勝利を手にしている。

 しかし、咲夜にとっては納得のいかない戦いであっただろう事は容易に想像がつく。

 だからこそ、戦いの直後に私に反抗的な態度を取ったのだろう。

 

 あの時の戦いは、殆ど私と霊夢の一騎打ちだった。

 咲夜も戦いに参加していたが、終始霊夢のサポート役に徹していた。

 その場で自分に何が出来るか彼女の中で考えた上での行動だったのだろう。

 実際、その行動は正解だった。

 しっかりと私を牽制出来ていたし、霊夢の援護も出来ていた。

 ––––しかし、美しくはなかっただろう。

 

 スペルカードルール上の決闘には、『美しさ』という点も大きな影響を及ぼす。

 放つ弾幕の華麗さや優美さが、勝負の鍵になることもある。

 それなのに、空を飛び、空中戦を行う私達の下で、地に足をつけて援護射撃をする咲夜は『美しさ』のカケラも感じさせなかった。

 結果としては確かに勝利である。

 しかしそれ以上に、咲夜の中には劣等感にも等しい敗北感が刻まれていただろう。

 だからこそ、彼女は今、空を飛ぶことに執着しているのだ。

 

 だがしかし、その執着さえも、私にとってもは好都合だった。

 本来、我々紅魔館の者達は既に異変を起こし退治されている、言わば負け犬の集まりだ。

 しかしそれでは私のプライドも許さないし、何より実力主義を否定する『スペルカードルール』が許さない。

 そのために、咲夜を使う。

 咲夜は我々の中でも唯一の人間だ。

 そして人間の枠に収まらない実力も持っている。

 

 つまり私は––––次の異変は咲夜に解決させる。

 

「それが私の為であり、お前の為でもあるんだ––––咲夜」

 

 私は小さくそう呟くと、不味くはない紅茶を飲み干した。



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番外編 The episode of Frandle

 

 

 

 月と生命(いのち)は似ている。

 生まれて……やがて欠けて……そして、また生まれる。

 ほら、似てるでしょ。

 だからかな?

 うん、きっとそう。

 だから……生命は月のように、綺麗で美しい。

 そんな尊い生命だからこそ––––

 

「ねぇ……貴女は、どんなふうに欠けるの?」

 

 

 –––– 壊 し た く な る 。

 

 

◆◇◆

 

 

 吸血鬼の成長過程は、人間のそれとは少し異なる。

 10歳程度までは人間とほぼ同じ様にして成長する。

 だが、それからは成長速度が急激に落ちる。

 人間で言うところの10代から20代の、活動が盛んな時期が非常に長いのだ。

 そしてよく誤解されがちだが、吸血鬼は不老不死ではない。

 吸血鬼は不老長寿である。

 寿命も存在するし、死ぬことも出来る。

 ただし老いて死ぬ事は殆どないと言えよう。

 大体の死因は同族の勢力争いや、人間のヴァンパイアハンターによるものである。

 基本、他殺で死ぬのが吸血鬼だ。

 

 まあ、そんな吸血鬼についての知識は、今は置いておく。

 今夜は、あの子について語ろう––––

 

 

◆◇◆

 

 

 あの子が生まれたという情報を持ってきたのは、館のメイドの1人だった。

 その時私は、家庭教師から帝王学を学んでいた。

 

「お嬢様ッ!」

 

 メイドは息を切らしながら、私に言う。

 

「ノックもなしに入ってくるなんて……」

「大変なんです!!!」

 

 私はまだ5歳。

 しかし、この館の主の長女であり、将来が約束された存在だった。

 それに加えて、純粋に力があった。

 そんな私に対してメイド達は従順だったし、歯向かうなんて考えられない事だった。

 そんなメイドが、私の言葉に耳を貸そうとしない。

 これは余程の非常事態であると、容易に想像がついた。

 

 ––––そして事実、私の想像を遥かに超えた事態であった。

 

 

◆◇◆

 

 

「お父様ッ!お母様ッ!!」

 

 私は叫びながら、その部屋の扉を開けた。

 その部屋は母の寝室で、出産を控えた母とそれに寄り添う父が居るはずだった。

 

 部屋には誰もいなかった。

 その代わりに––––

 

 

 

 ––––肉塊がいくつも転がっていた。

 

「これは……?」

 

 遅れて、私にこの事を伝えに来たメイドがやってきた。

 

「ッ!?……うっ、、、うぇっ」

 

 あまりの凄惨(せいさん)さに、メイドは吐き気を催していた。

 血や肉塊に見慣れた吸血鬼の私でさえ、嫌悪感を覚えていた。

 

 その部屋の光景は、495年ほど経った今でも忘れない。

 バケツをひっくり返したように、床に広がる血痕。

 壁に飛び散る、赤黒い塊。

 真っ赤に染まりながら転がる目玉。。。

 

 私は今まで500年ほど生きてきて、それほどの惨劇を見たことがあるだろうか––––

 

 

「アヒャッ、キャハッ」

 

 不意に、あまり聞いたことのない類の笑い声が聞こえた。

 それは、母のベッドから聞こえた。

 私は恐る恐る近付いた。

 ここまで恐怖を覚えたことも、500年間で一度もないだろう。

 母のベッドの上には、棺桶がある。

 母はいつもそこで眠るのだが、声の主もそこに居るようだった。

 私は固唾を飲み込んで、ゆっくりと棺桶の中を覗いた。

 その中には、小さな赤ん坊がいた––––

 

 

 

 ––––気付けば私の頭は吹き飛んでいた。

 後ろによろけるも、なんとか堪え、一瞬にして再生させた。

 

「な、なんだコイツは……!?」

「お嬢様、大丈夫ですか!?」

「ええ、なんとかね……それよりも、貴女は下がってなさい。死にたくなければね」

「ッ……で、ですが」

「私は平気よ……そうだ、ドロシーを呼んできて頂戴。私1人で、なんとか出来る問題じゃないわ」

「わ、わかりましたッ!」

 

 おっと、知らない人物が出てしまったな。

 ドロシーというのは、この頃に紅魔館にいた魔法使いで、母の友人だった。

 名前は、ドロシー・エンチャントレス。

 パチェよりも知識や魔法技術は劣るが、魔法使いの中ではかなり上位の存在で、魔力はパチェを上回るだろう。

 

「それにしても、酷い状況だな……」

 

 私は部屋を見渡した。

 ベットにぶち撒けられた血は、恐らく父と母のもの。

 壁にへばりついている肉塊は、メイドや使用人達のものだろう。

 父と母は、恐らく先程の赤ん坊の攻撃でコアとなる部分をやられたのだろう。

 ここで言うコアの部分とは、人間で言う心臓のところだ。

 その部分の損傷だけは、普通再生することができない。

 だからこそ、心臓を杭で突かれると、吸血鬼は死に至るのだ。

 

 ––––因みに私は、他の吸血鬼とは異なり、再生力に長けている。

 コアだろうが頭だろうが、どこを吹き飛ばされようとも蝙蝠1匹分さえ残れば、瞬時に再生することができる。

 

「お嬢様! 連れて参りました!」

「一体何事……って、カミィ!?」

 

 カミィとは、私の母のことだ。

 ただそれは愛称であり、母の本名はカミーラ・スカーレットである。

 

「まさか、ご主人も? 一体どうして!?」

「……犯人はそこの赤ん坊よ。私もさっき、頭を飛ばされた」

「赤ん坊……? どこに?」

「棺桶の中。……シッ! 静かにして」

 

「キャハッ、ヒャハハ」

 

「聞こえるでしょう? 生まれたばかりなのに、泣き喚くわけでもなく、狂気の笑い声を上げてるのが」

「……まさか。信じられない」

「事実よ。目の前の状況が見えないわけじゃないでしょう?」

「ッ……」

「今は、私が簡易的な結界をかけてあの子を封じてる。でも、そう長くは持たないわ」

「私に、結界を張れと?」

「ええ。貴女なら、簡単でしょう?」

「簡単だけど––––」

 

 ドロシーは、私の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「––––どうして、殺さないの?」

「……」

「私は殺したい。殺したくてたまらないわ。私の大好きなカミィが殺されたんだもの、当然でしょう?」

「魔法使いらしくない発言だな。感情に左右されるなんて」

「魔法使いにも、感情はあるわ! そして私は、それを悪いとは思ってない!」

「……あの子は」

 

 また、あの子の笑い声が聞こえた。

 

「私の妹だ。殺させないわ」

「な……ッ! 貴女、父と母が殺されたのよ? 憎くないの!?」

「憎いさ。それは、殺してしまいたいほどにな」

「じゃあどうして!?」

 

 私は少し微笑みながら、ドロシーに言った。

 

「必要なんだ、あの子が。私の勘が、そう言ってるのよ」

「勘……ですって?」

 

 この頃の私は、自身の能力をしっかりと把握しておらず––––今でも完全に把握しているとは言い難いが––––それをただの勘だと思っていた。

 

「そうさ、勘だよ。でも、私の勘って当たるのよ?」

「……」

「現に、この状況も予言していたと思うのだけど?」

 

 あれは半年近く前の事だろうか。

 既に母の身には子が宿っており、腹部も膨らみを持っていた。

 そんな母とドロシーが談笑しているところに、私は飛び込んだ事がある。

 驚く2人に、私は言った。

 

 ––––お母様、その子供を産んだら死にますわッ!

 

 あの時は、お腹の中にいる子供に母がとられるのではないかと私が心配して言ったのだろうと、軽く流されていた。

 しかし私には、ハッキリと視えていたのだ。

 

「……分かった。貴女の言う通りにする」

 

 ドロシーは肩の力を抜いて、そう言った。

 

「あの子は殺さない。結界も張る。だけど––––」

 

 ドロシーは、私のことを睨む。

 

「私は貴女に付いて行くことは出来ないわ」

 

 そんな彼女の目には、憎悪と恐怖の色が映っていた。

 

 

◆◇◆

 

 

 ドロシーの掛けた結界は、かなり強力なものであった。

 3重にも渡るその結界を破るのは、並みの力では不可能であり、あの子はもちろん、私にも到底破ることは出来なかった。

 しかしその3つの結界には、それぞれ鍵のような呪文がある。

 その為、1つ1つ鍵を開けながら中に入れば、あの子に接触できるようになっていた。

 

 その日も、私は慎重に鍵を開け、そして鍵を閉め、さらに奥の結界の鍵を開ける––––そんな作業を繰り返して、あの子に対面していた。

 

「おはよう、フラン。今日で貴女も10歳ね」

 

 フランが生まれてから10年の月日が流れていた。

 同じく、館からドロシーが居なくなってから、そして私達の両親が死んでから10年が経つ。

 

「……お姉様」

「挨拶をされたんだから。挨拶をしないとダメよ、フラン」

「はい。おはようございます、お姉様」

「よく出来ました」

 

 私はそう言って、フランの頭を撫でた。

 

 彼女の名前––––フランドールは、私が与えたものだ。

 frantic(狂った) doll(人形)と言う意味を込めて、私はフランドールと名付けた。

 

 そう、彼女は私にとっては人形同然だった。

 少しばかり、気が狂っているが––––

 

 

「"今の"貴女は本当にいい子ね」

 

 

◆◇◆

 

 

 フランドールは、狂っている。

 そう思い始めたのは、実はつい最近のことだった。

 生まれてすぐに両親を殺した時点で、狂っていたのかもしれないが、それはただ単に能力の暴走の可能性が高いと考えていた。

 当初の私は、あの子を幽閉したものの、能力の制御さえ出来ればすぐに出してやるつもりだった。

 私の父と母、そしてたくさんのメイド達……たくさんの家族を殺したのは確かだが、あの子が家族である事もまた事実。

 ドロシーにはあんな事を言ったが、私も感情に左右されているのだ。

 

 ––––あの子は、殺したくない。

 

 話を戻そう。

 あの子が狂っていると思った切欠(きっかけ)は、私が彼女の羽に手を触れた時のことだった。

 

「私に触るなッ!!」

 

 フランドールは突然声を荒げた。

 そして私の手を振りほどく。

 私は驚いていた。

 フランが私の手を振りほどいたことに……ではなく、彼女の羽が赤色に光っていたのだ。

 

 ––––フランの羽は、吸血鬼の中でも奇形だ。

 

 黒くて細い木の枝のようなものが背中から伸びており、それには幾つもの宝石のように美しい結晶がぶら下がっている。

 その結晶それぞれが、左右対称に固有の色を持ち、かなり色鮮やかな印象を受ける。

 

 ––––今、その羽全てが赤色に染まっているのだ。

 

 私はそれに驚いていた。

 

「お前なんか、壊れちまえッ!」

 

 フランは右手を私に向けると、それを握り締めた。

 私の胸が––––心臓が弾け飛ぶ。

 私は体を無数の蝙蝠に変身させ、そして元の形に再生した。

 

「お前は誰だ?」

「どうして壊れないッ!?」

「……お前"も"、フランドールか?」

「わ、私は––––ぐぁッ!?」

「フランッ!?」

「あ……あぁ、ぐ………」

「どうしたの!?」

 

 フランは頭を抱えて苦しみ始めた。

 そんなフランの羽は、赤い光が点滅していた。

 そして次第に、元の色に戻っていく。

 

「––––ご、ごめんなさい……お姉様」

 

 完全に元の色に戻ったとき、フランは我を取り戻したようだった。

 フランは泣きじゃくり、私に赦しを乞うた。

 

「アレは、貴女なの?」

「……うん。あの人も、私」

 

 ––––フランドールは、多重人格だった。

 いや、多重人格というのは相応しくないのかも知れない。

 確かに幾つもの人格があることは確かだが、それらは全てフランドールであり、別の存在ではない。

 そして、記憶も全人格が共有しているようだ。

 

 そんな彼女の人格の変化は、羽の色によって判断できる。

 赤色の羽は、破壊衝動に駆られたフランドール。

 橙色の羽は、活発で好奇心旺盛なフランドール。

 黄色の羽は、楽観的で能天気なフランドール。

 緑色の羽は、比較的落ち着いた温厚なフランドール。

 青色の羽は、内気で引っ込み思案なフランドール。

 藍色の羽は、冷徹で残忍なフランドール。

 紫色の羽は、僻み妬み嫉み恨みを抱えたフランドール。

 そしてこれらの要素を全て持った、七色の羽を持つのがオリジナルのフランドールである。

 

 そして何より恐ろしいのは、私がその人格変化を"視"ることが出来ないのだ。

 彼女は私の予想しないうちに人格を変化させる。

 もし、結界の外で赤色の羽に変化してみよう。

 ––––想像もつかないほどに、破壊の限りを尽くすだろう。

 

 だから私は、彼女を幽閉し続けるしか手段がなかった。

 幽閉したくてしているわけじゃない。

 それを彼女は分かっていないだろう。

 彼女は私に嫌われていると思っているのだろう。

 そう思うと、私は胸が苦しかった。

 

 両親を殺された私の、彼女に対する憎しみは、もはや無に等しい。

 もともと両親と過ごす時間も少なかった上に、たった5年しか同じ時を過ごしていないのだ。

 両親への想いは、思い出と共に風化していた。

 両親には悪いが、それが当然なのだろう。

 そもそも、そんな憎しみが強く残っていれば、彼女を生かす意味がない。

 

 

 ––––やっぱりあの子は、殺したくない。

 

 

 それから400年ほど経った頃、パチュリーが紅魔館にやってきた。

 その時にも色々とあったが…………

 それは別の機会に語ろう。

 

 やってきたパチュリーは、結界をより強固なものに張り替えていた。

 それでも三重にしなければならないほど、あの子は危険だった。

 

 そんな彼女を変えたのは––––咲夜だった。

 495年経った今、フランドールは変化を遂げていた––––

 

 

◆◇◆

 

 

「フラン、食事よ」

 

 紅霧異変の直後、地下を抜け出したフランが破壊行動に出たあの日以来……

 フランの食事は、咲夜に持って行かせている。

 私が何を考えて食事を持って行かせているのか、咲夜には分からないだろう。

 そもそも、私にも分かっていないのだ。

 ただなんとなく、それこそ勘でそうしているに過ぎなかった。

 

 だか今日は、咲夜が外出しており、館に居ない。

 久々に私が、フランに食事を持って行った。

 

「お姉様……? 今日は咲夜じゃないんだ」

「あら、私じゃ不服かしら?」

「そんなことないよ。別に、お姉様が嫌いってわけでもないし」

 

 

「––––え?」

 

 それは唐突に告げられたことだった。

 

「どうしたの? 変な顔してるよ」

「いや……」

「変なお姉様」

「……どうして?」

 

 私の頭には、疑問符しか浮かばない。

 

「どうしてって、何が?」

 

 当のフランは、何のことを言っているのか分からない、といった様子だった。

 

「……」

「お姉様?」

 

 私はこの子に嫌われていると思っていた。

 この子は、私に嫌われていると思っているはずだった。

 

 ––––全部、私の思い過ごしだったのか?

 

「私としたことが––––」

「ッ!? お、お姉様!?」

 

 

 ––––私はフランを抱きしめていた。

 

 

「本当に、どうしたの?」

「フラン、私はお前を愛しているぞ」

「……い、いきなり何?」

「今まで、すまなかった」

「……いいよ。必要なことだったって、分かってるから」

「……え?」

「この前、咲夜から聞いたよ。私が閉じ込められている理由。私が狂ってるからってだけじゃないって」

「はぁ……咲夜のやつ、そんなこと話したのか」

「私が無理矢理聞いただけ、咲夜は悪くないよ」

「……分かった、そういうことにしておこう」

 

 私はもう一度、深い溜息を吐いた。

 

「私、今までは、私が能力の制御ができないから––––狂ってるから、閉じ込められてるんだと思ってた」

「……それも、理由の1つだ」

「うん。でも、それだけじゃなかった」

「……」

「それだけだと思ってたから、悔しかったし、嫌だったし、何より自分に腹が立った」

「……私に、じゃないのか?」

「お姉様に? それはないよ」

「……なぜだ? 普通なら、私に憎悪を––––「何言ってるのよ、お姉様」

 

 フランは、私に微笑みかけた。

 

「私は普通じゃない……でしょう?」

「で、でもッ!」

「私はお姉様みたいになりたかったの」

「……私みたいに?」

「うん。能力をちゃんと使えて、人を惹きつけるモノがあって、何より私が大好きなお姉様みたいに」

「……何故、フランは私を好いていられるんだ?」

「それは––––なんとなく?」

「……へ?」

「ふふっ。お姉様、また変な顔してる」

「ッ……」

「でも、本当になんとなくなのよ。なんとなく、お姉様が私を守ろうとしてるって分かってた。だって、普通なら殺すでしょ? もし私の事を嫌っていたのなら」

「……」

「事実、お姉様は私の事を殺さずに守るために幽閉していた。私の勘も、結構当たるのね」

「……」

「ありがとう、お姉様。守ってくれて」

「ッ……!!」

 

 今度はフランに抱きしめられた。

 私は、目から涙を零していた。

 

「でも、もう大丈夫。私、成長したから」

「……?」

「咲夜に教えてもらったの」

 

 フランはそっと私から離れると、何かを持って戻ってくる。

 

「これ見て、お姉様」

「……クマの、ぬいぐるみ?」

「そうよ。私が作ったの」

「貴女が……これを?」

「うん。咲夜に教えてもらいながら」

「咲夜が……」

「咲夜が教えてくれて……私、分かったの––––壊すよりも、創る方が楽しいって!」

 

 そういうフランの微笑みは、今まで見たどの笑顔よりも輝いていた。

 

 

 

 ––––そして私はフランに、館内に限り地下から出る事を認めた。

 フランの為に新しく部屋も用意した。

 館の外に出るようになるのも、時間の問題であろう。

 

 

 

 



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番外編『宴会紅魔郷』

 

 

 

 

 

 日が沈みかけ、空は黄金(こがね)色に染まっていた。

 夕陽が辺りを照らす中、一際紅く染まった建物があった。

 それは紅魔館––––名前の通り、悪魔の棲む紅い館である。

 その館の門前には、紅魔館の門番––––紅美鈴が門に寄りかかりながら立っていた。

 心地よい暖かさの中、美鈴は眠気を感じていたが、ある気配を感じ取り目を覚ました。

 

「––––ん?」

「久しぶりね。美鈴……だったかしら?」

 

 その気配の正体は博麗霊夢。

 妖怪退治や異変解決を生業とする幻想郷の守護者、博麗の巫女だ。

 

「ええ、紅美鈴です。それにしても……貴女が訪ねてくるなんて珍しい……というより、初めてですよね?」

「何言ってるの。異変の時にも訪ねたじゃない」

「あれは訪問というより、襲撃だったような……」

「あんたらが迷惑なことするからでしょ? それより、ここを通してもらっていいかしら?」

「いいですよ……と、言いたいところですが、本日来客の予定はありません。いくら貴方と(いえど)もお嬢様に無断で通すわけにはいきません」

「なら、押し通るまでよ」

「なら、迎撃するまでです」

 

 

 ––––光符「華光玉」

 

 ––––夢符「封魔陣」

 

 

◆◇◆

 

 

「スペルカードブレイク……ですね」

 

 目の前の門番が、少し申し訳なさそうにそう言った。

 予想外にも、勝負は拮抗……いや、私の方が劣勢だった。

 私の1枚目のスペルカードが、たった今破られてしまったところだ。

 

「あんた、こんなに強かったっけ?」

「これは、私の得意分野ですから」

 

 この門番、異変の時はこんなに手こずる相手ではなかったはずだが……

 ただし、今回は以前とは異なる形式の戦いだった。

 もちろんスペルカードルールには則っている。

 しかし、遠距離戦が主となる弾幕戦ではなく、近接格闘戦に近いものであった。

 

「さて、第2ラウンドと行きましょうか」

 

 

◆◇◆

 

 

「本当に人間なのかな、あの2人は……」

 

 美鈴は大の字になり、門の前で天を仰いでいた。

 顎に食らった巫女の一撃は、相当重いものだった。

 しかし美鈴は気絶したわけではなく、手心を加えて巫女に"負けてやった"のだ。

 それがお嬢様からの命令だったから。

 

「はぁ……嫌われたかな、霊夢さんには」

 

 そして霊夢は、美鈴の手心を見抜いていた。

 少なくとも、美鈴にはそう思えた。

 美鈴を倒した後、喜ぶわけでも安堵するわけでもなく、霊夢はただ睨みつけていたのだ。

 

「霊夢さんだって、本気じゃなかった癖に……」

 

 

◆◇◆

 

 

 紅魔館の門に手をかける1人の巫女。

 私、博麗霊夢は複雑な心持ちだった。

 

 ––––ムカつく。

 

 まずは先ほどの門番に対して。

 結果は私の勝ちだった。

 しかし、内容は私の負けだった。

 そう思う理由は––––言い訳のように聞こえるが––––2つある。

 

 1つは"弾幕シューティング"ではなかったから。

 言うなれば"弾幕アクション"と言ったところだろうか?

 どちらもスペルカードルールに則った"弾幕ごっこ"であることには違いないが、対戦形式が少し違う。

 私にとっても、もちろん門番にとっても初めての試みだであるそれを、門番は"得意分野"だと言っていた。

 

 もう1つは––––

 

 

「手加減なんて、生意気なことしてくれるじゃない」

 

 私は館に入り、1人呟いていた。

 外から見る以上に広く感じるその館には、何者の気配も感じられなかった。

 (せわ)しく働く妖精メイドの姿も、舐めた面をした人間のメイドもそこには居なかった。

 

 居なかった筈だが––––

 

 

◆◇◆

 

 

『スペルカードルールに則った新しい決闘スタイルか……』

 

 巫女の来訪から遡ること1週間前––––

 八雲紫が紅魔館に訪れていた。

 

『ええ。先の異変で行われた弾幕ごっこは、言うなれば"弾幕シューティング"でした』

『なら今度のは、"弾幕アクション"と言ったところか?』

『ええ、そうなりますわ』

『ほぅ……面白い。だが、これでは人間は戦いにくいだろう?』

『従者の心配ですか?』

『いや、咲夜じゃない。お前のところの巫女や白黒の魔法使いの話だ』

『霊夢に関しては心配する必要はございません。霧雨魔理沙の方は図りかねますが』

『ふんっ……まあいい。元々妖怪が人間相手に手加減をするためのスペルカードルールだ。それに従った決闘なら、どんなスタイルでも手加減は必須と言ったところだろう?』

『ふふ……貴女は本当に妖怪らしい』

『お前は憎たらしいがな』

 

 そう言って睨みつけるお嬢様と、それを見て不敵な笑みを浮かべる八雲紫。

 尤も、彼女の笑みは自身の扇子で覆い隠されているが……

 その胡散臭さも含めて、彼女達はいつも通りだった。

 そしていつも通り、それをただ立って興味もなさそうに聞いているのは私––––十六夜咲夜である。

 

『で? どうしていきなり新しい決闘法など話に出したんだ?』

『貴女達は幻想郷に来て日が浅い故に知らないでしょうが、異変が解決された際には盛大に宴会をやるのが幻想郷(ここ)のルールですわ』

『その余興に、新しいスタイルの弾幕ごっこをやるとでも言うのか?』

『その通りですわ』

『なるほど……分かった。宴会の会場はどうするんだ?』

『今回の宴会には紅魔館の方々しか招くつもりはございません。ですから、博麗神社か……そちらの都合が良ければ紅魔館になるかと』

『なら紅魔館にしてくれ。私の友人が出不精なんでな』

『それは妹君(いもうとぎみ)も同じでは?』

『アレは違う。私が閉じ込めているからな』

『ふふふ……そうですわね』

 

 いつも通りお嬢様は口調が変わっておられるし、八雲紫は嫌味な丁寧口調を使っている。

 しかし、私には以前とは違う印象が感じられていた。

 二人の間の緊張感が緩和されている。

 二人は決して親しいとは言えないが、少なくとも"敵"ではない何かになったということだろうか?

 

 

◆◇◆

 

 

「いらっしゃい、霊夢」

「時を止めたわね……?」

「ええ、その通り」

「いきなり現れるの、やめてくれないかしら?」

「驚いたの? 意外ね」

「はぁぁ……あんたらは本当に、人を虚仮(こけ)にして……」

 

 居なかったはずのメイドが現れ、クソ生意気なことを言った。

 先ほどの門番に対するイライラが、その対象を変えて、さらに加速し始める。

 

「私がいつ、貴女を虚仮にしたのよ?」

 

 さも不思議そうにこちらを見るメイド。

 私はそれにもイライラを募らせる。

 

「……今、あんたと話すことはないわ。案内するなら早くして」

「随分と棘のある言い方ね? 何をそんなにイライラしているのかしら?」

「関係ないでしょ? 案内するのか、しないのか……どっちよ?」

「はぁ……ほら、付いてきて」

「え……?」

 

 私に背を向けるメイドに、疑念しか浮かばない。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

「あら、何かしら?」

 

 メイドは振り返る。

 先程と同じく、不思議そうな表情を浮かべて。

 

「あんたは戦わないの?」

「ええ、そのつもりはないわ」

「なんでよ?」

「なんでって……戦う理由がないでしょ?」

「そこはほら、レミリアを護るとか……」

「私が、お嬢様を護る……? 面白い冗談ね」

 

 クスクスと笑うメイドに、私は拍子抜けしてしまった。

 気付けば、イライラしてた気持ちも何処かに行ってしまった。

 

「はぁ……もう、なんか私だけ……馬鹿みたい」

 

 私は深いため息と共に、ボソッと小さく呟いた。

 その独り言がメイドに聞かれたかは分からないが、メイドは気にする様子もなく、ただ私を先導した。

 

 少し歩くと、大きな扉が見えた。

 その扉を開けると、途轍もなく広いパーティールームが現れた。

 その部屋を見て、異変の時に訪れた場所であることに気がついた。

 もちろんあの時は部屋の装飾など無かったが、今は煌びやかな雰囲気に包まれている。

 高い天井から垂れ下がる大きなシャンデリアが、辺りをさらに輝かせていた。

 これほどまで豪華な装飾を今まで見たことがなかった私は、純粋に驚き、そして言葉を失っていた。

 

「貴女も感動することがあるのね」

 

 不意に声をかけてきたのは館の主、レミリア・スカーレットだった。

 レミリアの接近に気がつかないほど、私はこの部屋に見とれていた。

 

「……馬鹿にしてる?」

「そんなことはないわ。ただ、他人の物事に興味がないものだと思ってたから」

「別に……綺麗なものを見れば綺麗だと思うし、汚いものを見れば汚いと思うわ」

「人の心があるのね」

「人だからね」

「あら、そうだったの?」

「あんた、やっぱり馬鹿にしてる?」

 

 レミリアから殺意、もしくはそれに近い何かを感じることはなかった。

 純粋に来客を喜んで迎え入れているように見える。

 

「そんなつもりはないの。別に、そう捉えてもいいけど」

「はぁ……やっぱりあんたと話すのは疲れる」

「悪いわね。ならば、本題に入りましょうか」

 

 レミリアが立ち止まると、私のそばにいたはずのメイドがレミリアの斜め後ろへと移動した。

 おそらく時を止めたであろうその移動は、私には瞬間移動にしか見えなかった。

 

「私の館に何の用だ? 博麗の巫女」

「あら、あんたは戦うの?」

「用件によるさ」

「用件って……もう分かってるんでしょ?」

「ああ……準備万全さ」

 

 次の瞬間、部屋にあった幾つものテーブルに料理が並んだ。

 それまでは白いテーブルクロスが敷かれているのみで何もなかった筈だ。

 おそらく、というより確実にメイドの仕業だろう。

 

「さて、宴を始めようか?」

 

 

◆◇◆

 

 

『それで? 日はいつにするんだ?』

『異変の無い時、巫女はいつでも暇ですわ』

『だろうな。私がいつ行っても、寝てるか茶を啜っているだけだ』

『ええ。ですので、貴女の都合のいい日でどうぞ』

『分かった……ならば、ちょうど2週間後にしよう。その日は満月だ。いい宴になる』

『承知致しました。では、2週間後に巫女を伺わせますわ』

『ああ。それで私達は、その新しい決闘形式で戦えば良いのだな?』

『ええ。当日、誰がどの順番で戦うか等は貴女にお任せ致します』

『そうか……分かった。こちらも色々と"準備"しておくよ』

『シナリオは、もう出来ているようで』

『ああ、視えているんだ』

 

 

◆◇◆

 

 

「別に……お姉様は、何か意図があってそう言ったわけじゃないと思うけど」

「……と言うと?」

お姉様(アイツ)は運命が視えるだの言って、スゴイ奴ぶってるだけなの」

「ふふっ……フランドール嬢は、レミリア嬢をそのように思われているのですね」

「だって、事実だもん」

 

 レミリア嬢の妹、フランドール嬢もこの宴会に参加していた。

 異変の一端を担っていた彼女が参加することに不思議はないが、幽閉されていた彼女が外に出ていることに対しては疑問が残る。

 異変解決後にこの娘が外に出たのも、レミリア嬢の意図的なものであると私は睨んでいる。

 だからこそ私は、彼女と取り留めもない会話をすることで、彼女の最近の経過や姉のレミリア嬢の意図等を探ろうとしていた。

 

「あらフラン、お姉様のことを"アイツ"だなんて……随分と悪い子ね?」

 

 私たち2人が話していれば、彼女は絶対に来る。

 私はそう思っていたし、案の定レミリア嬢は私たちの様子を伺いに来た。

 少し予想外のことと言えば、普段は常に側に仕えさせているメイドが居ない事だ。

 

「……お姉様、私そんなこと言ってないわ」

「最近落ち着いて来たから外に出してあげてるけど……館の外に出すのはまだまだ先になりそうねぇ」

「ッ……お姉様のケチ」

 

 フラン嬢は小声で、レミリア嬢を睨みつけるようにして呟いた。

 その呟きは私にも微かに聞こえる程度の大きさだった為、もちろんレミリア嬢にも聞こえていただろう。

 

「フフフ…….まあいい、仕切り直しだ。3人で改めて乾杯でもしようじゃないか」

 

 レミリア嬢はグラスを掲げてそう言った。

 それに私はクスッと笑みをこぼしながら、フラン嬢は軽い溜息を吐きながら、その言葉に従った。

 

「「「乾杯」」」

 

 

◆◇◆

 

 

「なあなあパチュリー、これはどうやってやるんだ?」

「貴女にはまだ早い」

「そんなこと言わずに教えてくれよ」

「駄目。身の丈に合わない魔法は、己を傷つけるだけよ」

「ちぇ……いいよ、自分で考える」

「その本、ちゃんと返しなさいよ」

 

 パチュリーは魔導書を片手に酒を(あお)っていた。

 そんなパチュリーを見兼ねて話しかけに行った魔理沙だが、いつの間にか魔導書は魔理沙の手に渡り、それに読み入ってしまっていた。

 はぁ……と深いため息を()きながら、パチュリーは酒を飲み干した。

 

「パチュリー様、どうぞどうぞ」

 

 そう言ってパチュリーに酒を注ぐのは小悪魔である。

 

「魔理沙さんも、ほら。折角ですから飲みましょうよ」

「ん? あぁ、そうだな。これは家に帰って読むことにするよ」

「ちゃんと返しなさいよ」

「そんなに言わなくても返すって。……死んだら」

 

 再びパチュリーは大きな大きなため息を吐く。

 

「と、とにかく乾杯しましょうよ!」

 

 小悪魔がグラスを掲げてそう言った。

 魔理沙とパチュリーもそれに続く。

 

「「「乾杯」」」

 

 

◆◇◆

 

 

「ふぅ……」

 

 私は独り、酒を飲んでいた。

 ザワザワと騒がしい周りの連中を肴にしながら。

 別に独りで飲む酒は嫌いじゃない。

 というより、いつも神社では、独りで飲んでいるのだ。

 一人酒には慣れっこだった。

 

「あれ、霊夢さん一人酒ですか?」

「……あんたか」

 

 そんな私の(もと)にやって来たのは、紅美鈴だった。

 先程から消化不良になっているイライラを、彼女に少しぶつけるようにして、私は睨みつけた。

 

「あはは……やっぱり嫌われちゃってますかね?」

「別に。ムカついてるだけよ」

「それって嫌いってことじゃ……?」

 

 別に美鈴のことが嫌いな訳ではない。

 手心を加えられたことに関して腹が立っているだけだ。

 その苛立ちも、美鈴だけに向けたものかと言えばそうではなく、私に向けたものでもあった。

 

「はぁ……私ってさ、そんなに弱い?」

「……へ?」

「手心加えられるほど、弱いの?」

「……」

「どうして私は……弱いの?」

 

 少し興味本位で聞いてみた。

 

「……」

「……」

 

 美鈴は黙り込んだ。

 何かを考えているような、しかし何も考えていなさそうな顔で。

 私は何も言い出せずに、その美鈴の顔をじっと見つめていた。

 

「ふふっ」

 

 沈黙を破ったのは美鈴だった。

 突然の笑み。

 それは無表情で見つめ合い、恥ずかしさから出るような吹き出す笑いではなかった。

 何かを意図した、どこか懐かしそうな笑み。

 優しい笑顔だった。

 

「……なんで笑うのよ?」

 

 私のことを馬鹿にしているような笑みでないことは確かだった。

 だからこそ私は、何だか気恥ずかしくなって目を背ける。

 

「いえ……すみません。昔、同じようなことを言われたのを思い出しまして」

「同じようなこと?」

「ええ。まあ、あの時は『どうして私だけが弱いの?』だった気がしますが」

「??」

 

 突然の昔話に、私はポカンとしてしまった。

 

「すみません、貴女には関係のない話でしたね」

「ふーん」

「興味なさそうですね」

「まあね。知っても意味なさそうだし」

「そうですか。では、先程の質問にお答えしましょうか」

「ええ」

「霊夢さんは、強いですよ。私なんかよりもずっと」

「じゃあ……」

「あれは特別なルール上での戦いですから。恥ずかしい話、人間よりも優れた身体能力を持つ筈の私が、ルールに助けられているんです」

「……へぇ」

「納得、してくれないんですね」

 

 私の心を見透かしたように、美鈴は言う。

 実際、私は納得していなかった。

 

「いいわ。そういうことにしておく」

「そういうことって……本当に私は、体術メインの方が好みなんですよ?」

「それはなんとなくわかるけど。でも、あんたの実力は底が知れないから」

「あはは……」

「だから、もういい。何だかシラケちゃったわ。変な話振って悪かったわね」

「いえいえ。でもお互い醒めてしまったようですし、飲み直しといきましょうか」

「そうね」

 

「「乾杯」」

 

 

◆◇◆

 

 

 各々が入れ替わり立ち替わり乾杯し合う。

 そんな宴会の風景を眺めながら、私は雑務をこなしていた。

 空いた皿やグラスを下げ、新しい料理と酒を補充する。

 時を止め、それらを卒なくこなし、たまに誰かと言葉と酒を交わしながら、私は宴会というものをそれなりに楽しんでいた。

 

 やがて宴会が終わり皆が帰ると、やけに館内が静かに感じる。

 そこにほんの少しだけ寂しさを感じている私は、やはり宴会というものを楽しんでいたのだろう。

 今回参加した者全て、私が心を開いて打ち解けるような者ではない。

 寧ろ敵対しているもののほうが多い。

 そんな中でも、少しだけ楽しめてしまった。

 そんな自分が恥ずかしいような、悔しいような……

 でも、悪い気分じゃないことは確かだった。

 

 やはり私は、少し変わりつつあるのかも知れない––––

 

 

 

 ––––大事な何かを、忘れている……?

 

 

 

◆◇◆

 

 

「今日はなかなか楽しめたわ」

「そう。それは良かった」

「パチェは楽しくなかったの?」

「いえ、別に。たまにはこういうの、悪くないと思ったわ」

「ふふっ……そうか。なら、またやりたいわね」

「どっかの誰かが異変を起こせば、また出来るわよ」

「すぐに起こるさ」

「あら、もしかして視えているの?」

「どうだろうな? だが、宴会をする風景は何となく浮かんでいるよ」

「へぇ、それは楽しみね」

「でも……駄目なんだ」

「どうして?」

「まだ、足りない」

「……咲夜かしら?」

「よくわかったわね」

「何年貴女と一緒にいると思って?」

「ふふっ……そうね。確かにパチェとは長い付き合いだ」

「あの頃はそうなると思ってなかったけど」

「ああ、まったくだわ」

 

 2人は少し笑い合うと、すぐに黙って真剣な表情になる。

 

「私が視た光景には、まだまだ程遠い。もう少し、私に付いてきてくれ……パチェ」

「レミィの仰せのままに」

 

 そして再び、2人は笑い合った。

 

 ––––いつか幻想郷中が、こんな笑顔で満たされることを夢見て。



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妖々夢編
第21話 春雪異変


 

 

 この幻想郷には四季がある。

 移り変わる景色は、どの季節も美しい。

 春には桜が咲き乱れ、夏には太陽が燦々(さんさん)と照りつける。

 秋には紅葉で山が覆われ、冬には雪が降り積もり一面銀世界となる。

 

 今日も館の掃除に追われる私は、窓を拭きながら四季豊かな景色を眺めていた。

 窓から見える景色は、しんしんと雪が舞い落ちる冬景色だった。

 一面が雪で覆われた銀世界。

 寒さで私の吐息は白く濁り、手は赤くなっている。

 

 

 ––––しかし今、季節は春である。

 

 

◆◇◆

 

 

「博麗の巫女は、一体何をやってるのかしら」

 

 そう言って、お嬢様は紅茶を一口喉に流し込んだ。

 ふうっ……と一息吐いてから、お嬢様は言葉を続ける。

 

「寒くて布団から出るのが嫌になるじゃない」

「元々布団なんて使ってないでしょうに」

「棺桶の下に敷いているわ」

「それじゃあ布団からは出られない」

「細かいことはいいんだよ、パチェ」

 

 フッと笑うお嬢様とは対照的に、パチュリー様は呆れた様子でため息を吐く。

 

「ねぇ咲夜」

「何でしょうか、お嬢様」

「ちょっとだけ、お使いを頼まれて欲しいの」

「はい。何なりと」

「博麗神社に行って、霊夢を叩き起こしてあげて」

「畏まりました」

「あぁそれと、帰りは遅くなって構わないわ。後の仕事は妖精メイドにでもやらせなさい」

「……はい」

 

 私はお嬢様の言葉の真意を図り得なかったが、とりあえず返事をしておいた。

 聞き返したところで、まともな答えが返ってくるとは思えない。

 お嬢様は、そういう性格の方だ。

 それほど長くもない紅魔館での生活で知り得たことである。

 

「あぁそうだ。咲夜、これを持って行きなさい」

「これは?」

 

 お嬢様が私に差し出したのは、2つのビー玉サイズの球体だった。

 青く塗られたそれには、銀色の星印が付いていた。

 デザインはきっとお嬢様だろう。

 

「それは貴女の魔力に対応して、補助攻撃をしてくれる物。弾幕ごっこで、きっと貴女の役に立つわ」

 

 私がその球体を手に取ると、パチュリー様がそう仰った。

 こんな小さなものが補助攻撃をするなど考えにくいが……

 

「貴女の戦う意思によって大きさが変化して起動するわ。普段から大きいと、持ち運びに不便でしょう?」

 

 まるで私の心を読んだかのように、パチュリー様が仰った。

 

「……しかし、パチュリー様」

「どうしたの?」

「本日、私は弾幕ごっこを行う予定は無いのですが」

「私は、レミィに言われた通り作っただけよ」

「……」

「なぁに、"念には念を"というやつよ。そんなに身構えなくてもいいわ。貴女はそれを持って、博麗神社に向かいなさい」

「……畏まりました」

「それと––––」

 

 お嬢様は、再び私に何かを差し出す。

 

「––––これも、持って行きなさい」

「こ、これは……」

「これも、念には念を……というやつよ」

 

 お嬢様は窓から雪が降り積もった外を眺めながら、少しニヤリとして言った。

 

 

◆◇◆

 

 

「この寒さの中で……よく寝ていられるわね」

 

 私が外に出た時には、既に雪は止んでいた。

 しかし、寒いことには変わりがない。

 そんな中で、私が大きな門の扉を開けると、その脇には居眠りをする門番がいた。

 

「……? あぁ、咲夜さん。お出かけですか?」

「ええ。お嬢様のお使いよ」

「そうですか。随分と寒そうな格好ですが」

「あなたよりはね」

 

 美鈴は、いつも着ているチャイナドレスの様な服の上からコートを身に纏い、紅いマフラーを巻いていた。

 頭の上にはいつもの帽子が乗っているが、それは少し雪で白く染められていた。

 肩の上も少し白くなっている。

 割と長い時間、寝ていたのだろう。

 

「あ、良かったらこれを!」

 

 思いついた様に彼女は肩の雪を払うと、マフラーを外し、それに少し付いていた雪も払いおとす。

 

「首元が冷えると、体全体が冷えますから」

 

 そして私にマフラーを巻いてくれた。

 冷たそうに思えるそのマフラーからは、意外にも温もりを感じられた。

 彼女の体温で温められていたのだろうか。

 

「……ありがとう」

「いえいえ。では、お気を付けて」

 

 私は頷き、マフラーを口元まで上げてから出発した。

 

 

 

「咲夜さん、随分と素直に礼を言う様になったなぁ……」

 

 

 

◆◇◆

 

 

「霊夢ぅ」

「何よ」

「異変だぜ」

「ああ、そうね」

「解決しに行けよ」

「あんたが行けばいいじゃない」

「異変解決は巫女の仕事だぜ」

「霧雨魔法店は何でも屋でしょう? 異変解決も引き受けてよ」

「今日は定休日だぜ」

「どうでもいいけど、ちょっと足伸ばしすぎよ」

「このコタツが小さいのが悪い」

「文句があるなら出て行きなさい」

「そ、それは勘弁してくれ」

 

 魔理沙とそんな会話をしていると、不意に縁側へと繋がる襖が、スッと開いた。

 

「やっぱりここにいたのね」

「おー、咲夜じゃないか」

 

 そこには、上半身は長袖にマフラーを巻いた暖かそうな格好の癖に、下半身はミニスカートという寒暖差の激しい服装をした、紅い館のメイドが居た。

 その隣にいつも居る、小さくて喧しい悪魔の姿はなかった。

 

「また、あんた1人で来たの?」

「あら、お嬢様を連れてきた方がよかったかしら?」

「いいわよ、五月蝿(うるさ)くなるだけだし。そんなことより、閉めてくれる? 寒いんだけど」

「ああ、悪いわね」

 

 咲夜は部屋に入ると、襖を閉めた。

 

「で? 何の用かしら?」

「お嬢様のお使いよ」

「ああ、お嬢様(ガキ)の使いってやつかしら」

「それは私に喧嘩を売ってるのかしら? それともお嬢様に?」

「どっちにも」

 

 咲夜はナイフを取り出した。

 

「お、おい咲夜。手荒な真似は良くないぜ……?」

「はぁ、あんた1人でも、結局五月蝿いのね」

「お嬢様の命令だもの」

「はぁ? 五月蝿くしてこいとでも言われたの?」

「少し違うけど、そんなところよ」

「はぁ……?」

「私は貴女を起こしてこいと言われたわ」

「既に起きてるんだけど?」

 

 ––––パチンッ

 

「……ッ!!」

 

 魔理沙は目を見開いた。

 霊夢は、ほんの少しだけ。

 

 ––––夢符「二重結界」

 

 霊夢がそう言うと、周りに独特な模様をした結界が張られた。

 固定された1つの結界の周りで、もう1つの結界がグルグルと回るように張られている。

 それらが私のナイフを消失させた。

 そのナイフは私の魔力で生成させた、弾幕ごっこ用のナイフだった。

 

「あら、防がれちゃった」

「こんな狭い部屋で結界なんか張らせないでくれる?」

「少しはやる気、出たかしら?」

「はぁ、もう。分かったよ。行けばいいんでしょ、行けば」

「やっと博麗の巫女が動くのか。しゃーないから、私も付いて行ってやろう」

「あんた、今日は定休日なんじゃないの?」

「特別営業だぜ」

「ほんと、調子がいいヤツね」

「褒めても何も出ないぜ」

「褒めてないわよ」

 

 霊夢が立ち上がると、それに魔理沙が続く。

 そして霊夢は、私の横を通りすぎると襖を開けた。

 

「あんた、行かないの?」

 

 霊夢が背中越しに私に問う。

 私も同じように、背中越しに答えた。

 

「遠慮しておくわ。足手まといになるだけよ」

「ふーん、意外ね。来るもんだと思ってたけど」

「……私はただ、お嬢様の命令でここに来ただけ。すべき事は、もう果たしたわ」

 

 そう言って、私は軽く俯いた。

 

「そう思ってる奴は、そんな顔しないと思うぜ?」

 

 魔理沙が私の頰に手を当てると、私の俯いた顔を上げさせた。

 

「行こうぜ咲夜。遠慮なんてするもんじゃないぞ」

「そうね。遠慮なんて、気持ち悪いだけよ」

 

 魔理沙は私の目をまっすぐに見つめ、霊夢は変わらず背中越しに言った。

 

「……どうして?」

 

 私の声は、今にも消えそうに震えていた。

 目には何か熱いモノが込み上げている。

 必死にそれを零さぬようにしながら、私は言葉を続けた。

 

「どうして、そんなことを言うの? 足手まといになるのは、分かりきっているのにッ!」

 

 悔しかった。

 悲しかった。

 辛かった。

 苦しかった。

 この2人は、私に同情しているだけ––––

 

 

「あー、もう。面倒臭いわね!」

 

 振り返った霊夢が、私の肩を強引に引っ張った。

 私は体勢を少し崩しながら、霊夢と向かい合う形になった。

 

「あんたは行きたいの? 行きたくないの? どっち!?」

「わ、私は……」

 

 霊夢の怒号のような質問に、私は少したじろいでしまった。

 霊夢の言葉の圧に押されていた。

 そんな中で魔理沙が私の肩を軽く叩いた。

 

「足手まといになるとか、迷惑をかけるとか、そんなことはどうでもいいことなんだ。少なくとも、今の私たちにとってはな」

「……」

「異変を楽しめよ。その過程で解決するのであって、異変解決が絶対の目的じゃないんだ。それが新しい幻想郷の"異変"……だろ、霊夢?」

「さぁね。私はただ、このまま冬が続くと困るから、妖怪を退治するだけ」

「はぁ、なんにも分かっちゃいないな。まあとにかく、お前がしたいようにすればいいんだよ」

「私が……したいように……」

 

 異変を楽しむ魔理沙と、異変を迷惑だと捉える霊夢は、一見すると対称的に思える。

 だが、実は共通しているものがあるのだ。

 それは––––2人とも、自分の為に異変解決に向かうということだ。

 他人(ヒト)のことなど気にせず、自分の考えに則って我が道を突き進んでいるのだ。

 それに比べて私は、"2人の足手まといになる"という尤もらしい根拠を掲げて、異変解決から……目の前の2人から逃げていたのだ。

 

「もう一度問うわ。あんたは行きたいの? 行きたくないの? どっち?」

 

 霊夢が私に問う。

 先ほどよりも落ち着いた声色だが、言葉にはしっかりとした圧がかかっていた。

 しかし、私はもう屈しない。

 

「行きたいとか、行きたくないとかじゃないのよ」

「……どういうこと?」

 

 私の返答に、霊夢は困ったようにそう言った。

 

「私は、行かなきゃいけないのよ」

 

 そんな霊夢に、私は断言した。

 その言葉には先ほどの霊夢の言葉のような圧がかかっていた。

 

「理由を聞いてもいいか?」

 

 私の言葉の圧に少し押され気味だった霊夢に変わって、魔理沙が私に問う。

 理由なんて、非常に簡単なものだった。

 

「––––運命よ。私は行く運命にあるの」

 

 自分がどうしてそう考えたのか、そんな理屈や根拠はなかった。

 ただ直感的に、そう思った。

 それが私の理由だった。

 

「ふふっ、まあ、好きにしたらいいさ」

 

 魔理沙はやっぱり困ったように、だけど納得してくれたように微笑んでそう言った。

 

 



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第22話 冬の忘れ物

 

 

「おい霊夢、これは……どんな状況だ?」

「……見たまんまでしょ。説明するまでも無いわ」

 

 博麗神社を出た私達は、霊夢の勘の指し示す方向へと向かっていた。

 異変についての情報が殆ど無い今、彼女の勘に従うのが一番早いと判断したからだ。

 

「はは……笑えない数だな」

 

 そうして進んで行くうちに、段々と寒くなっていくのを肌で感じていた。

 進めば進むほど、周りの気温が下がっていくのだ。

 この異変の首謀者なのか、それとも関係のない者なのか……それは分からない。

 しかし、"何か"が居るということだけは確実に理解できた。

 

「やるしかないわよ。邪魔なのは事実だし」

 

 そんな"何か"を目指していると、妖精の大群に出会った。

 それらは全て冬(もしくは寒さ)に関係した妖精である。

 "何か"を中心に取り巻く寒気が、この妖精たちを集めたのだろうか?

 

「誰がやるんだ?」

「この数を1人で相手にするつもり?」

「あー……それはごめんだぜ」

「だから魔理沙、手伝いなさい」

 

 妖精は強い種族ではない。

 寧ろ、弱い種族の代表格だ。

 しかし彼女たちには、たった1つ強みがある。

 それは––––"死を恐れないこと"だ。

 彼女たちは死なない。

 殺されても『1回休み』になるだけで、気づいた頃には復活している。

 だからこそ、受けるダメージを気にせずに、攻撃ができるのだ。

 そんな無鉄砲さがある。

 

「分かった。咲夜はどうする?」

「一旦地上に引くわ。私がこのまま貴女の箒に乗っていたら戦いにくいでしょう?」

「そうだな。そうしてくれると助かるぜ」

「地上にも妖精がいるみたい。咲夜、頼んだわよ?」

「ええ。私が処理出来る分は処理するわ」

 

 魔理沙は、ぐっと高度を下げた。

 私は彼女の箒から降りる。

 

「じゃあ、後でな」

 

 そう言うと、魔理沙は再び上空へと戻って行った。

 その空を見上げると、霊夢がすでに攻撃を開始していた。

 それに気づいた妖精達も一気に反撃をしてくる。

 それはもちろん霊夢に対してだけではなく––––

 

「くそぉ! 人間が調子に乗るな!」

「私たちの力を思い知れー!」

「なあなあ本当にやるの? あたし怖いよ」

「行くぞー!」

「なんか分かんないけど楽しい!」

「みんな待ってよぉ!」

 

 妖精達の様々な言葉が飛び交う中––––私に対しても攻撃を開始した。

 

「……」

 

 私はポケットから取り出した2つの球体を無造作に放り投げた。

 するとそれは一瞬のうちに抱えるほどの大きさになり、私の前方で浮遊した。

 そして次の瞬間には、弾幕用の魔力ナイフを妖精達に向かって発射し始めた。

 

「……強すぎじゃないかしら、これ」

 

 私は自分に向かってきた弾幕を避けるだけで、勝手に敵が倒れていく。

 目の前から妖精達が次々と倒れて姿を消していく。

 ふと空を見上げれば、霊夢と魔理沙も同様に、苦労せず妖精達を蹴散らしていた。

 

「これは……?」

 

 ふと、私は何だか得体の知れない力に包まれていることに気がついた。

 力とはいっても、戦闘等に用いるタイプの力ではない。

 何か特別な性能を持つ、そんな力だった。

 魔力や妖力に近いような気もするが、違うような気もする。

 

「……ああ、なるほど」

 

 私はある結論に至った。

 この力は、春そのものだ。

 理屈は分からないが、感覚的にそう思った。

 私の頭がおかしいように思えるかもしれないが、魔力や妖力だって、そんな感覚の力なのだ。

 何もおかしいことはない。

 つまりこの力は、春力……いや『春度』とでも言うべきだろう。

 

「……ッ!」

 

 私が呑気に春度について考えていると、なんだか前方の空間に違和感を感じた。

 視線をそこへと移すと、大きな氷塊が飛んできているのが見えた。

 魔力ナイフでは相殺しきれておらず、それは私に向かって一直線に飛んできている。

 

 避けることは造作もなかった。

 トレーニングで受ける美鈴の蹴りの方が圧倒的に早い。

 しかし問題は、避けられるか避けられないかではない。

 

「……貴女、本当に妖精?」

 

 妖精とは思えない力を見せた彼女に、私は少し呆れたように問う。

 

「あたいは氷の妖精、チルノ! あんたは?」

「私は紅魔館のメイド、十六夜咲夜よ。覚えなくていいわ」

「なんでよ」

「どうせバカには覚えられないでしょう?」

「なにをーッ!?」

 

 

 ––––霜符「フロストコラムス」

 

 

 チルノは怒りを露わにしながら、スペルカード宣言を行った。

 頭に血が上っているようだが、しっかりとルールには従っている。

 別にルールに従わなくても、それなりに対応するだけだが。

 

「避けられるものなら避けてみろ!」

 

 幾多の小さな氷塊が弾幕として飛んでくる。

 かなりの量だった。

 チルノは妖精にしては、かなり強力な部類であるのは間違いないだろう。

 

「当たれ! あたれぇ!!」

 

 力はある。

 弾幕の精度も高い。

 先ほどまで相手にしていた妖精とは桁が違う。

 

「当たれよぉ……」

 

 

 ––––しかし、チルノはどこまでも妖精であった。

 

「……スペルカードブレイク」

 

 私がチルノの目の前に立つと同時に、時間切れでスペルカードによる弾幕が消え去った。

 そして無防備なチルノに、私の魔力ナイフが突き刺さった。

 その次の瞬間には、チルノは姿を消していた。

『1回休み』になったのだろう。

 

「今の、チルノじゃないか?」

 

 チルノとの対戦を終えると、上の妖精達を駆逐し終えた魔理沙と霊夢が下りてきた。

 

「魔理沙の知り合い?」

「まあ、そんなところだな。お前んとこの異変の時に戦ったんだ」

「へぇ」

「妖精にしては中々強いやつだった気がするが……」

「所詮は妖精よ」

「やっぱりお前、強いんだな」

 

 なぜか魔理沙が少し悲しそうな表情をしていた。

 私にはよく意味が分からなかったが、特別興味もなかった。

 

「さむ〜」

「霊夢、さっきからそればっかりだな」

「仕方ないでしょう?寒いんだから。本当にいい加減にしてほしいわ」

「この寒さの正体、分かるのか?」

「心当たりが1人いるわ。いつもならもう寝てる季節だって言うのに」

 

 霊夢が呆れてそう言うと、少し目つきを変えてある方向を見上げた。

 それに釣られて、私と魔理沙も見上げる。

 そこは霧のような何かで、不自然に視界が悪くなっていた。

 

「……雑魚ばっかで飽きてたんだ。なあ、咲夜」

「そうね、雑魚ばっか倒しても何もなりゃしない。さっさと黒幕の登場を願いたいものだわ」

 

 だんだんと霧が晴れていくのが分かった。

 いや、霧が晴れているのではない。

 寧ろ、霧に包まれているようだった。

 今いるここだけが、まるで台風の目の様に霧が薄くなっているのだ。

 そして寒さも一気に増している。

 私達は目指していた"何か"がそこに居るのだと感覚的に理解した。

 

「くろまく〜」

 

 霧の中から1人の女が姿を現した。

 彼女の青と白を基調としたゆったりとした服装、この寒さに耐えうるものでないことが予想できる。

 だからこそ、彼女自身が寒さを好む性質であることが容易に理解できた。

 

「霊夢、あいつか?」

「ええ。たしか雪女の一種、レティ・ホワイトロックよ」

「あら、博麗の巫女様に覚えていただけているなんて光栄ねぇ」

「私、寒いの嫌いだから」

 

 クスクスと笑うレティを、霊夢は軽く睨みつけていた。

 その横で、私はニヤリとした表情と銀のナイフをレティに向けて言う。

 

「とにかく、貴女が黒幕ね? では早速」

「ちょい、待って! 私は黒幕だけど、普通よ」

「こんな所に黒幕も普通もないわ」

「まあ待て咲夜、まずは話を聞こうじゃないか」

 

 魔理沙は私を制止すると、言葉を続けた。

 

「幻想郷の春を冬に変えちまったのは、お前か?」

「いいえ。でも、冬が長くて困ってはないけど」

「そうだな、お前には動機がある。怪しいぜ」

「私の話、聞いてたの?」

「聞いてたぜ」

「あら、じゃあ理解できなかったのかしら? かわいそうに、寒さでやられたのね」

「そうだな。本来なら今頃は、桜の木の下で眠る季節だしな」

「私もいい加減、春眠したくなってきたわ」

「しっかりしろ。この寒さで寝たら殺すぜ」

 

 八卦炉を取り出した魔理沙は、徐にレティにそれを向けた。

 レティがそれを見ても動かないことから、スペルカードルールを理解していることが読み取れる。

 今、スペルカードを宣言していない魔理沙が攻撃をしたら、ルール違反であることが分かっているのだ。

 

「おい霊夢、咲夜。この敵は私がやる。いいな?」

「……まあ好きにしなさい。その代わり、次はあんた休みね」

「ああ、いいだろう。それは公平だな。咲夜もいいか?」

「ええ、構わないわ」

「よっしゃあ! じゃあ私が相手だぜ、レティ!」

「春眠する前に、少しは楽しませてくれるかしら」

 

 レティと魔理沙、2人の弾幕ごっこが始まった。

 

 

◆◇◆

 

 

 第三者同士の弾幕ごっこを眺めるのは、私にとって初めての経験だった。

 魔理沙の弾幕を見たことはあるが、レティの弾幕は、もちろん初めて見る。

 

 レティの弾幕は冬の妖怪らしい、クールな青の弾幕だった。

 それが周囲に散りばめられて、見とれるほどの美しさがあった。

 

 魔理沙の弾幕は、星を(かたど)ったキラキラと色鮮やかな弾幕だった。

 その上マスタースパークのように高火力の弾幕も持ち合わせている。

 

 2人の弾幕は、互いに似ても似つかないものだった。

 そんな相反する2つの弾幕が交差するその光景は、見ている者の心を動かすような、本当に美しいものだった。

 

 だが、そんな2人の弾幕ごっこを見る私の表情は、感情を失っているそれに等しかった。

 私は意図的に感情を殺している。

 隣にいる霊夢に、悟られるのが嫌だったのだ。

 私が感じている、この圧倒的な敗北感を––––

 

 私には、あんなに美しい弾幕ごっこは出来ない。

 ああいった弾幕の織り交ぜ合いは、2人が空を飛び回れるから出来るのだ。

 

「こんなこと、空を飛べない私にはできない」

 

 そうだ。

 飛べない私には––––

 

「––––え?」

 

 先ほどの発言は、霊夢のものだった。

 既に感情を殺していた私は、表立って驚くことはなかった。

 しかし、まるで私の心を見透かしたような霊夢に驚かざるを得なかった。

 

「そんなことでも考えてるように思ったから」

「……」

「否定しないのね」

「ッ……」

「やっと表情が崩れた。その顔の方が面白いわよ、あんた」

「……人の顔見て面白いだなんて、酷いこと言うのね」

「悪いわね。でもそう思うほど、つまらない顔してたから。さっきのあんた」

「……」

「きっと負けず嫌いのあんたのことだから、表情に出さないようにしていたんでしょうけど……流石に表情が硬すぎよ。弾幕ごっこを見る者のする顔じゃないわ」

「……じゃあ、どんな顔して見ていればいいのよ?」

 

 霊夢は空を見上げる。

 そこには変わらず、2人の弾幕が美しく広がっていた。

 

「さぁね。そんなの、人それぞれでしょ」

 

 そんな霊夢の横顔は、空に輝く弾幕に劣らぬ美しさがあった。

 きっと霊夢は、この弾幕を純粋に楽しんで見ているのだ。

 そんな純粋さが、霊夢の美しさを引き立てている気がした。

 

「……」

 

 私も、空を見上げる。

 戦況的に魔理沙が有利であることは明白だった。

 レティの弾幕の物量や密度は申し分ないものだったが、それでも魔理沙を堕とすには、まだまだ足りないものだと感じる。

 そして私は、2人の表情に注目した。

 優位に立っている魔理沙は、とてもキラキラとした笑顔を浮かべている。

 心の底から勝負を楽しんでいるように見えた。

 対して劣勢のレティは、少し辛そうな表情を浮かべている。

 額に汗が滲み、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばっている。

 しかし、口元には笑みが溢れていた。

 まるで今の戦況を楽しんでいるように……

 

「……」

 

 2人の弾幕は美しい。

 それは空を飛び回れるからだと思っていた。

 3次元的に展開されるからこその美しさだと思っていた。

 しかし……本当は違ったのだ。

 弾幕の『美しさ』は、視覚的な美しさとは異なるのだ。

 勝負として用いられる"弾幕ごっこ"だが、その名の通り、結局は"ごっこ遊び"なのだ。

 どれだけ楽しんで遊べるか––––それが、弾幕ごっこの『美しさ』であり、『強さ』なのだ。

 

「……綺麗なものね」

 

 私は思わず呟いていた。

 それを聞いた霊夢は、少しだけ微笑んでいた。



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第23話 凶兆の黒猫

 

 ––––寒符「リンガリングコールド」

 

 

「甘い甘い! そんなんじゃ私は墜とせないぜ!」

 

 自身のスピードを活かしながら、魔理沙はレティの弾幕の合間を縫って縦横無尽に駆け抜けていた。

 いや、正確には飛び回っていた。

 そして全く当たる気配のないまま、スペルカードの制限時間を迎えた。

 

「避けられちゃった。じゃあ、次はこれでどうかしら?」

 

 

 ––––怪符「テーブルターニング」

 

 

 圧倒的な弾幕の物量に加えて、時折細いレーザーのようなものが流れてくる。

 先ほどまでは余裕だった魔理沙にも、少しだけヒヤリとするような場面が出てきた。

 それでも、魔理沙の顔が歪むことはなかった。

 

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 

 それは妹様との戦いでも見せた、例の超極太レーザーだった。

 そのレーザーは辺りの弾幕を全て搔き消しながら、レティに向かっていく。

 そんな様子を見たレティは、少しだけ笑っていた。

 しかしそれは、楽しさから来る笑みではない。

 悔しさと諦めに満ちた、哀しい笑みだった。

 

 そんな極太レーザーを被弾したレティは、意識を失ったように地面へと堕ちていった。

 そのまま"春眠"とやらにでも入るのだろうか?

 

「こんな奴でも」

 

 落ちていくレティから、何やら力が送られてくる。

 これは『春度』だろう。

 流石にある程度力の強い妖怪ともなれば、春度が目に見えるようになるのだろうか?

 とにかく結果として言えることは、レティの春度が魔理沙に送られたということだ。

 

「倒せば、少しは春度が増えたかな?」

 

 私たち2人のもとへと降りてくる魔理沙が尋ねた。

 

「あんま、暖かくならないわね」

「そうだな。妖怪とは言えども冬限定の妖怪みたいだし、そんなに春度は持ってなかったのかな」

「とにかく、次の黒幕でも探さないとね」

 

 そんな会話をして、私たち3人は––––もちろん私は魔理沙の箒に乗せてもらって––––次の場所へと飛び立った。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「はて……」

 

 霊夢の勘に任せてフラフラと辺りを飛び回っていると、ある物が目に付き、私たち3人は其処に降り立っていた。

 そして霊夢が呑気な様子で言葉を続ける。

 

「こんなところに家があったっけ?」

 

 その"ある物"とは、一軒の家だった。

 まるで人間が住むようなその家は、人里から離れた山奥にある。

 質素な雰囲気のその家は、独特な雰囲気を漂わせている。

 私の空間把握能力も、若干鈍いような気がする。

 

「人間のような何かが棲みそうな家だな。猫とか犬とか狐とか……」

 

 魔理沙も、なんとなく私と似たような感じ方をしているのかもしれない。

 似ているだけで、全く別の感じ方であったとしても。

 

「なんでもいいが、少し暖を取らせてもらいたいな」

「そうね、それには賛成するわ」

 

 私は素直に肯定していた。

 ここまで来て、やはり寒さが厳しく、軽く休憩を入れたい気分だった。

 

「寒くてたまらないぜ」

「ほんとに、もう春なのかしら」

 

 私は改めて周りを見渡す。

 一面銀世界のそれは、どう考えても冬の景色だった。

 

「どう考えてもおかしいじゃない」

「おかしいと思ったら人に聞く!」

 

 そう言って何処からか飛び出してきたのは、頭に生えた猫耳と二本の尻尾が特徴的な少女だった。

 人間と同じような風貌だが、その耳と尻尾が妖怪であることを確信させる。

 

「人じゃ無いじゃない」

「まあ、聞かれても答えられないけど」

 

 少女はフンッと鼻を鳴らしながら言った。

 それから、私達に問う。

 

「で、何の用?」

「4本足の生き物に用などないぜ」

 

 先ほどの少女の仕草を真似た魔理沙が答えた。

 少女は露骨に嫌な顔をしていた。

 そんな少女は嫌味っぽく言う。

 

「迷い家にやってきたってことは、道に迷ったんでしょ〜?」

「道なんてなかったけどな」

「迷い込んだら最後! 二度と戻れないわ!」

 

 何故か、少女は()()って、誇らしげに言った。

 

「でも確か迷い家って……ここにあるもの、持ち帰れば幸運になれるって……」

「なれるわよ」

 

 霊夢が思い出したように言うと、やはり少女は誇らしげに返す。

 

「じゃあ、奪略開始ー」

「なんだって? ここは私達の里よ。人間は出てってくれる?」

「"迷い込んだら最後、二度と戻れない"……ってのは、どうなったのよ?」

 

 少女は痛いところを突かれて怯んでしまった。

 その光景が可笑しくて、私は笑ってしまった。

 少女はそんな私に気を悪くしたのか、軽く突っかかってきた。

 

「むっ! バカにしたな! 人間なんかが私に楯突こうなんて……」

「ふふっ、大人しく保健所に駆逐されてみてはどうかしら?」

 

 尤も、保健所なんてものが、この幻想郷にあるとは思えないが。

 

「無理無理、絶対無理」

 

 しかしその少女は意味を理解して、言葉を返す。

 私たちを馬鹿にした様子で。

 

「試してみたいのね」

 

 その態度に怒りを覚えた私はナイフを取り出した。

 それは弾幕用のものではない。

 いつもお嬢様相手に使っている銀ナイフだ。

 

「咲夜」

「分かってる、これを使うつもりはないわよ」

 

 ボソッと小声で霊夢が私の名を呼んだ。

 その発言の意味を理解した私は、冷静であることをしっかりと伝えた。

 

「だけど、ここは私にやらせて。弾幕ごっこを楽しんでみたいの」

「そう……勝手にしなさい」

「ええ、勝手にさせてもらうわ」

 

 霊夢は一見すると呆れているような、若しくは興味のなさそうな表情をしている。

 しかし、その言葉には"信頼"に近い何かを私は感じた。

 さらに不覚にも、私はそれを嬉しいと感じていた。

 魔理沙を一瞥すれば、微笑ましい光景でもみているような笑みを浮かべている。

 

 そして私は、少女の前に立つと、スペルカードを取り出した。

 少女もそれに応えるようにスペルカードを取り出す。

 

「貴女なんて、お嬢様に比べたら……」

「お嬢様?」

「なんでもない。こっちの話よ」

「よく分からないけど、馬鹿にしてるんだよね?」

「さぁ? 試してみればいいじゃない」

「試すまでもないよ!」

 

 

 ––––仙符「鳳凰展翅」

 

 

 少女の周りに展開された魔法陣のような何かの内側で、輪状に青と緑の二種類の弾幕が発生する。

 そして青と緑の弾幕が、それぞれ逆の回転で弧を描くように広がっていった。

 私のところへ到達する頃には、二種類の弾幕が交差し合いそれぞれの隙間を埋めるような形になっていた。

 

「どう? 貴女に避けられる?」

「……」

「地面を走って避けるつもり? まさか貴女––––」

 

 

 ◆◇◆

 

 

「なあ霊夢」

「なによ?」

「お前は、アレをどう見る?」

「どう……って?」

「私は、上手いなと思ったよ」

「……?」

「咲夜は飛べない。だからこそ、必然的に2次元空間での弾幕ごっこになるんだ」

「……ああ、なるほど」

「分かったか?」

「ええ。3次元空間では絶対的な死角になる真上と真下を見る必要が、2次元平面ではなくなるのね」

「そうだ。だからこの勝負……咲夜の勝ちだ」

「……」

「……霊夢?」

「本当にそうかしら?」

「どういうことだ……?」

「見てれば分かるんじゃない?」

「……?」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 戦況は、私が優勢だった。

 化け猫の弾幕は、私に当たる気配はない。

 スペルカードルール上、時を止めることはボムの扱いになる為、無闇に能力を使うことはできない。

 しかし今のところ、ボムを使わずに全て避けきれている。

 時を止めずに避けることに、すでに私は慣れていた。

 こんな弾幕よりも、美鈴の蹴りの方が断然避けにくい。

 

 ––––まさかあの組手が、弾幕ごっこにも活きてくるなんてね。

 

「なんで……なんで当たらないの!?」

「そろそろ終わりにしてもいいかしら?」

「くそぉ……だったらッ」

 

 化け猫は、そう言いながら地面へと降り立った。

 

「これならどうよ!?」

 

 

 ––––童符「護法天童乱舞」

 

 

 彼女が突然体を丸め始めた。

 私はそれが何をするのか予想もできなかったが、予想などしている暇もなく、直ぐに"飛んで来た"。

 彼女自身が弾幕となり、私に向かって一直線に飛んで来る。

 それを私は難なく避けるが、厄介なことに彼女は弾幕を撒き散らしながら移動していた。

 それらの小さな弾幕を避けているうちに、彼女は再び飛んで来る。

 それを繰り返しているうちに、彼女の弾幕が私を捉え始めた––––

 

 

 ◆◇◆

 

 

「少しヤバそうだな……」

「言ったでしょう? 2次元平面で戦うことが、必ずしも強いわけじゃない」

「……どういうことだ?」

「本来3次元空間ならば、相手は前後左右に加えて上下にも避けることが出来るわ」

「そ、そうか。今の咲夜は上下が失われている……当てやすいってことか?」

「ええ。あの化け猫がそれに気付いて地面に降りた……とは流石に思えないけど、偶然にも平面上では回避しにくい攻撃を仕掛けてる。だから厳しい状況に見えるのよ」

「確かにあの攻撃、上に回避すれば避けやすそうだもんな」

「やっぱり、飛べないことはハンデでしかないのよ」

「……」

「まあ、心配はいらないと思うけど。アイツなら」

 

 

 ◆◇◆

 

 

「くっ……」

 

 私の額には汗が滲み、顔には余裕のない表情が浮かんでいた。

 今は、ギリギリのところで躱せているが……

 当たるのも時間の問題だ。

 幸いスペルカードルールには時間制限がある。

 それまで持ち堪えられるかどうか……

 

「ッ!!」

 

 気付いた時には遅かった。

 何も考えず、ランダムに動き回っていると思っていた化け猫の突進は、私をある点に誘い込む様に動いていた。

 避けようとした先に、前にばら撒いた弾幕がある。

 

「これはスペルカードルールに則った決闘、不可避の弾幕はあり得ない」

 

 この緊迫した状況で、私は何故か冷静だった。

 冷静に考えて、小さな声で言葉を発した。

 それはおそらく私以外誰も聞き取れない程の、もしかすると、声にすらなっていないかもしれない程の小さな声で。

 

「どこかに抜け道が……」

 

 

 ––––いや、そんなことを考えている暇はないッ!

 

 それは本当に私の思考だったのだろうか?

 自分でもあまり記憶にない、意識のない突発的な行動だった。

 確かなことは、私に突っ込んで来る化け猫に対して、私も突っ込んだということである。

 

 

「咲夜ッ!?」

 

 魔理沙の驚きを隠せていない大きな声が響く。

 

 そしてそれが、私が聞く最後の声になった––––

 



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第24話 七色の人形使い

 

 

「咲夜ッ!?」

 

 咲夜が化け猫に突っ込み、そしてぶつかったその瞬間、悲鳴にも近い大きな声で私の隣にいた魔理沙が叫んだ。

 私はその様子を、黙って見ている。

 咲夜の行動に驚きがなかった訳ではない。

 だが、アイツが何の考えもなしに破天荒な動きをするとは思えない。

 

「アイツ……」

 

 誰が教えたか知らないけど、あれは弾幕ごっこをする中で重要な技術である––––"喰らいボム"

 まぐれならまだしも、それを土壇場で狙ってやるなんて……

 

「……化け物ね」

 

 

◆◇◆

 

 

「咲夜ッ!」

 

 その魔理沙の叫びは、私が"時を止める前に"聞く最後の声になった。

 

 

 ––––時符「プライベートスクウェア」

 

 

 魔理沙の声が聞こえると同時に、私はボムを使用した。

 時を止めて、魔力ナイフで全ての弾幕を掻き消して、ついでに化け猫にも当たる様にも配置した。

 

 そして時は動き出す。

 

「うわっ!?」

 

 時が動き始めると、化け猫は驚きのあまり声を出していた。

 魔力ナイフではそこまでの威力は出ないが、それでもスペルカードはブレイクした。

 

「本当はスペカ取得もするつもりだったけど……なかなかやるわね」

「今のは……何? 何をしたの? ボム?」

「どうせ分からないわよ、貴女じゃね」

「また馬鹿にして〜〜!」

「馬鹿にもするわよ。貴女、弱いもの」

「な、なんだとぉ!?」

「ふふっ、弱い犬ほどよく吠える」

「私は犬じゃないッ!!!」

 

 

 ––––方符「奇門遁甲」

 

 

◆◇◆

 

 

「なんか、最後はあっけなかったな」

 

 そんなことを言う魔理沙の後ろで、私は箒に乗っていた。

 

「煽った甲斐があったわ」

 

 化け猫は、私に煽られて冷静さを欠いていた。

 ランダムにばら撒く弾幕は統一性がなく、冷静でさえいれば難なく攻略できるものだった。

 最後のスペルカードをきっちりと取得して、私は勝利した。

 負けた彼女は意気消沈と言った様子でフラフラと何処かへ行ってしまった。

 レティとは異なり、"倒した"とは言い難いが、それでも勝利したことは事実だし、春度もそれなりに回収できた。

 本当にこれが集まれば春を取り戻せるかは、分からないのだが……

 

 

◆◇◆

 

 

「おい霊夢、本当にこっちなのか?」

 

 少しして、日は既に沈み、魔理沙が魔法で灯りを付けるほどに暗くなっていた。

 そして私たちは、気付けば魔法の森に差し掛かっていた。

 魔理沙の家は魔法の森の中でも人里に近い方にあり、今いるこの場所とは異なるのだが、それでも大した距離ではなかった。

 

「聞いてるのか、霊夢? さっきから行ったり来たりしてるぞ?」

「うるさいわね。だったらあんたらで探せば良いでしょ?」

「何だよその言い方」

「あんたが先に突っかかって来たんでしょうが」

 

 何故か2人は険悪なムードになっていた。

 私にとっては心底どうでもいい争いだが、ここで仲間割れされるのは不都合だ。

 というより面倒臭い。

 

「ちょっと2人とも、寒さでイライラしないの」

 

 小さい溜息混じりに、私は2人を制止する。

 

「はぁ……まあ、仲間割れしてる場合じゃないってのは分かるけど」

「……そうだな、悪かったよ」

「私も悪かったわ」

 

 素直すぎる2人に、少し私は驚いていたが、本当に寒さでイライラしていただけなのだろう。

 もしかしたらその寒さで、頭も冷やせたのかもしれない。

 

「それにしても……」

 

 霊夢が何かを想うように、ひっそりと呟いた。

 

「夜は冷えるわね」

「本来なら、夜桜でも見ながら酒を飲めたんだがなぁ」

「ええ本当に。誰が春なんて奪いやがったのかしら? 頭にくるわ。視界も最悪だし」

 

 そんな最悪な視界の中に、私は違和感を感じた。

 空間的な違和感。

 おそらく私以外の2人は、気付いていない。

 ……霊夢は勘で気付いているかもしれないが。

 

「冷えるのは貴女の春度が足りないからじゃなくて?」

 

 その違和感の主が声を発した。

 魔理沙の後ろで箒に乗っている私は、彼女が驚いて体をビクッとさせたのに気が付いた。

 

「いや、足りないかもしれないけど……関係あるの?」

 

 霊夢は驚きもせず答える。

 目の前の少女が、あたかも初めから私たちと共にいたかのように。

 金髪にカチューシャをした彼女の顔立ちは造形物のように端正だった。

 まるで人形のようだ、と私は思っていた。

 そんな彼女が霊夢に言う。

 

「しばらくぶりね」

「おい、知り合いか?」

 

 私も感じた疑問を、魔理沙が投げつけた。

 霊夢はその質問に答えることなく、少し考えている様子だった。

 

「私のこと覚えてないの?」

 

 彼女にとって、霊夢は知り合いであるらしい。

 しかし霊夢は依然として考え、黙り込んでいる。

 

「まあ、どうでもいいけど」

 

 少し残念そうに溜息をつきながらも、彼女は諦めたようだった。

 それを機に、霊夢も彼女を思い出すことを諦めたようだ。

 そんな霊夢が問う。

 

「それはともかく、春度って何?」

「どれだけ、貴女の頭が春なのかの度合いよ」

「あんまり、高くても嫌だなぁ」

「貴女の春度も、随分と高そうだけど」

 

 そう言って2人の間に割って入ったのは、私だ。

 

「貴女は悩みが少なそうでいいわね」

「失礼な! 少ないんじゃなくて、悩みなんてないわ!」

「って、言い切られてもなぁ」

「でもどうして、こんなに冬が長くなったのよ?」

 

 そう言って、霊夢が再び話を戻す。

 

「春度を集めている奴らがいるからよ」

「はぁ……誰の所為で春なのにこんな吹雪にあってるんだよ」

 

 魔理沙が口を漏らすように呟く。

 

「ちなみに、私の所為ではないわ」

「ああ、そうかい」

「本当に……あんたは関係ないわけ?」

 

 霊夢が核心をつくような質問を、彼女に投げかけた。

 

「あるわけ無いわ」

 

 彼女のその言葉に嘘は感じなかった。

 本当に彼女は、関係なさそうだ。

 

「じゃ」

 

 霊夢もそう思ったようで、その場を後にしようとする。

 無駄な時間を食いたくはないので––––既に時間をかなり無駄にしている気はするが––––霊夢の行動に私は賛成だった。

 

「ちょっと!」

 

 だが、目の前の彼女は納得がいかないようだ。

 

「折角、旧友と出あったというのに……」

 

 そういえば、彼女にとって霊夢は旧知の仲であった。

 事実がそうであるかは定かではない。

 しかしもしそうなら、これでサヨナラというのも寂しいものがあるのだろう––––

 

「手土産はあんたの命だけかい?」

 

 ––––と思ったが、ただの戦闘狂だったようだ。

 気付けば、彼女の左右にはスピアを持った人形があった。

 どう操作しているかは分からないが、私には人形が自律的に動いているようにしか見えなかった。

 

「はぁ……無駄な時間が増えるわ……」

「いいじゃない、旧友みたいだし」

「私は覚えてないんだけどね」

「向こうはやる気満々よ?」

「はぁぁあ…………ほんと、仕方ないわ。2人とも少しだけ待ってて」

「ええ、構わないわ」

「頑張れよ〜」

 

 霊夢は袖からスペルカードを出すと、枚数を宣言した。

 霊夢と対峙する人形使いの少女も、同様に宣言した。

 

「所詮、巫女は二色。その力は私の2割8分6厘にも満たない」

 

 そして間も無く、2人の弾幕ごっこが始まった––––

 

 

◆◇◆

 

 

「ありゃ、向こうも魔法使いか。私と同じだな」

「人間には見えないけど?」

「うーん、そうかもな。でも、人間っぽいところもあるような、ないような……」

 

 2人の弾幕ごっこを見ながら、私と魔理沙は他愛もない雑談をしていた。

 霊夢が負ける姿を想像できない私達は、どこか安心してその決闘を見届けていた。

 

「……まあ当然、霊夢が優勢だな」

「ええ。でも何か、違和感があるような……?」

 

 私は人形使いの動きに、何処と無く違和感を覚えていた。

 劣勢であるはずなのに、緊張感がない。

 かと言って、楽しんでいるようにも見えない。

 戦う前は戦闘狂だと思っていたが、そこまで戦うことが好きではない……のかもしれない。

 とにかく彼女から、負けたくないという闘争心や対抗心、もしくは必死さのようなものが受け取れない。

 まるでこの勝負を、ただ淡々とこなしているようにすら見える。

 

「……たしかに。あの魔法使い、手を抜いてるぞ」

「手を、抜いてる? どうして?」

「さあな、そこまでは分からないぜ」

 

 魔理沙は、コホンッと1つ咳払いをすると、言葉を続けた。

 

「でもな、何となく想像はつくぜ」

「?」

「魔法使いってのは、負け戦をしない奴が多いんだ。それこそ何か特別に戦う理由がないとな」

「貴女は、そうとは思えないけど?」

「私は……まあ、人間だからな。無茶もするさ」

「自分で無茶だという自覚はあるのね」

「まあ、そんなことはどうでもいいだろ? とにかく、負けると分かっている戦いを自らすることは少ないんだ」

「じゃあ、あの魔法使いには何か目的が?」

「ああ、多分な。霊夢と旧友ってことは、霊夢の強さも知っているはず。それでも尚、勝負を挑むに値する理由がアイツには有るんだろう」

「へぇ……でも見た感じ、そんな大した理由があるとは思えないけど」

「さぁ、どうだろうな」

 

 

◆◇◆

 

 

「……スペルカード、取得」

 

 霊夢は難なく、人形使いの弾幕を攻略していた。

 しかし霊夢の表情に喜びや嬉しさの類は無かった。

 寧ろ、霊夢は苛立ちすら覚えている。

 

「流石、霊夢ね。やっぱり強い」

「あんた、何で私の名前知ってるのよ?」

「ふふ……あそこにいる魔法使いも知ってるわ。霧雨魔理沙、でしょう?」

「あんた……一体何者?」

「本当に覚えてないのね。結構ショックだわ」

「あんただけ私の名前を知ってるなんて気持ち悪いわ。あんたの名前、早く教えなさい」

「私に勝ったら、教えてあげるわ」

 

 

 ––––咒詛「首吊り蓬莱人形」

 

 

 少女は人形を何体か出現させると、自身の周りを回転させる。

 そしてその人形達が、弾幕をばら撒き始めた。

 少女は特に何をするでもなく、霊夢の動向をジッと見つめていた。

 

「はぁ……本当に気持ち悪い」

 

 霊夢は悪態をつきながら、弾幕を攻略していた。

 この弾幕ごっこにおいて、霊夢はまだ一度もボムを使用していない。

 使う必要性が感じられないからだ。

 弾幕自体は色とりどりで非常に美しく、そして精度もかなり高いものだった。

 しかし、避けやすい。

 それは速さと密度が足りないからだ。

 

 ––––あの人形使いは、手を抜いている。

 

 その結論に霊夢が至るまでに、時間はかからなかった。

 彼女が手に持っている魔導書は一切使わず、彼女自身が弾幕を生成することは一度もなかった。

 彼女が操る人形が、これほど精度の高い弾幕を放つのだ。

 もし彼女自身が弾幕を放つことがあれば、その精度や威力は桁違いだろう。

 

 なのに、彼女はそれをしてこない。

 

「舐めてるとしか、思えないわ」

 

 霊夢が本体に近づき、ショットを浴びせると、弾幕は全て消え去った。

 このスペルカードもまた、霊夢が取得したのだ。

 

「強いわね。私じゃ敵わない」

「ふん。力を出し切ってない奴が、何を偉そうに」

「出し切っても勝てないわ、貴女には。それが分かったから私は満足よ」

「あんた……一体、何が目的?」

「私はただ、久々に貴女の強さを感じたかっただけよ。修行もせず、力が衰えていたら喝を入れるつもりだったけど……予想通り、というか期待通りの強さだったわ」

「……意味が分からないわ。どうしてあんたがそんなことを?」

「はぁ……本当に私が分からない? 確かに成長したけど、面影はあると思うんだけど」

「……?」

「まあいいわ、教えるって約束だったしね」

 

 魔理沙と咲夜は、霊夢達の戦いが終わったと見るとすぐに霊夢の側に向かっていた。

 既に少女の声が聞こえる位置まで来ている2人も、霊夢とともにその名を聞いた。

 

「私はアリス。アリス・マーガトロイドよ」

 

 もちろん、咲夜には全く聞き覚えのない名前だ。

 しかし、それ以外の2人にとってはそうではない名前だった。

 

「アリス……? って、あのアリスか?」

「ちんちくりんだった、あのアリスなの?」

「ちんちくりんは余計だけど。どう? 思い出した?」

「確かに、面影はある気がするぜ……」

「全く気がつかなかったわ。成長したのね、色々と」

「まあそうね。本当に、色々あったから……あの時は五色(いついろ)だったけど、今じゃあ七色(なないろ)よ」

「そう。いつからこっちに?」

「少し前からよ。魔界には飽きちゃって。そんなことより、異変の方は何とかしなくて良いの?」

「……そうね。昔を懐かしむのは、異変を解決してからにしようかしら。いつでも神社に遊びに来なさい、歓迎するわ」

 

 それじゃあ、と立ち去ろうとする霊夢をアリスは引き止めた。

 

「ちょっと、これ持って行きなさいよ」

 

 アリスの手から、鈍く光る花びらがヒラヒラと舞った。

 それは偏に、吹雪をもろともせず霊夢のもとへと飛んで行く。

 

「春度って言うのは……この桜の花びらのことかしら?」

「判ってて集めてたんじゃないの?」

「いや、まぁ……うん」

 

 霊夢の言わんとしていることは、私には何となく分かった。

 今まで受け取って来た春度は、輪郭のボヤけた形のないものだった。

 ここまでハッキリとした形のある春度を受け取ったのは、初めてのことである。

 

「とにかく、早く異変を解決してね。寒くて朝起きられないわ」

「魔法使いって寝るの?」

「私は人間に合わせて生活してるから」

「へぇ。まあ、さっさと解決しに行きましょうか」

 

 そして霊夢は飛び立ち、私たち2人も慌てて後を追った。

 

「風上に向かってる。私何も言ってないのに……流石は博麗の巫女ね。勘が鋭い」

 

 アリスは独り言を呟いていた。

 

「さて、上海。家に戻るわよ」

「シャンハ-イ」

 



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第25話 幽霊楽団

少し間が空いてしまった……
夏休みだからね、仕方ないよね、うん()

申し訳ありませんが、次回ももしかしたら遅くなっちゃうかもです……
出来るだけ頑張ります。出来るだけ……←

感想、評価等くれると更新ペース速くなるかもです(露骨なコメ要求

それでは本編です。








 

 

「霊夢、いきなり上空に向かうなんて、一体どうしたんだ?」

「私は風上に向かってるだけ」

「風上?」

「花びらが舞うのなら、風の吹く方から舞ってくるはず……そういうことでしょう、霊夢?」

「ええ、正解よ。もうすぐ雲を突っ切るわ」

 

 やがて霧のようなものに包まれた。

 今は夜。

 その暗い中で目視はできなかったが、おそらく雲の中にいるのだろう。

 

「春ですよー」

 

 雲の中で声がした。

 声の主の姿を目で捉えることはできなかった。

 

「ありゃ春告精だな」

「春告精?」

「その名の通り、春を告げる妖精さ。こんな寒い時期にはまだ見かけないんだがなぁ……」

「へぇ……」

「さあ、そろそろ雲を抜けるぜ」

 

 魔理沙がそう言うと、間も無く雲の上に出た。

 

「上空の方が暖かいなんて……」

 

 雲を抜けると、そこは月明かりに照らされており、かなり明るく感じた。

 薄暗い色をした雲が、少し輝いているようにも見えた。

 

「素敵すぎて涙が出るわ」

 

 無意識的に、私は呟いていた。

 本当にそれは幻想的な風景だった。

 

「それにしても、雲の上まで桜が舞ってるのは何故?」

「空の上の、そのさらに上から舞ってるって事か?」

「そんなことが……」

「ん? 何だあそこは……?」

「結界が張られてるわね。私の知らない術式で」

「ほえー、この結界は凄いな。素人にはさっぱり解き方が分からないぜ」

 

 魔理沙は少しニヤりとして言う。

 

「何を隠してあるんだか」

「えへへ〜」

 

 唐突に背後から声が聞こえた。

 私たち3人は、驚きながら振り返る。

 

「企業秘密」

 

 空間的な能力を持つ私も、勘の鋭い霊夢も、そしてもちろん魔理沙も、背後に気配など感じていなかった。

 振り返って目視した今でも、気配は感じられない。

 しかしそこには、赤い服を着た少女がいた。

 

「いつからそこにいた?」

「ついさっきよ」

「お前は誰だ?」

「どうでもいいでしょ?」

「……ああ、どうでもいいぜ。どうせ倒せば扉が開くんだろ?」

 

 魔理沙はその手に八卦炉を持つと、少女に向けた。

 

「なんだか物騒ね。リリカのお友達?」

 

 またしても気配のないところから声が聞こえる。

 赤服の少女を"リリカ"と呼ぶ、黒服の少女。

 その横には薄桃色の服を着た少女もいた。

 

「お友達だぜ」

「お友達よ〜」

「それは良かったわ。ようやくリリカにもお友達が出来て」

 

 桃色服の少女が言った。

 それはとても嫌味っぽく聞こえたが、リリカは特に気にしてない様子だった。

 彼女には本当に友達なんていないのかも知れない。

 友達という概念が存在するかすら分からないが。

 

「で、早速だが。友達のよしみで、この結界を解いて欲しい」

 

 そして魔理沙が、さらに嫌味っぽく問う。

 

「その前に一曲聴いてからにしない? 友達のよしみで」

「お代は見てのお帰りよ。友達のよしみの所為で」

「よしみ~」

 

 3人はふざけた様子で、立て続けに言った。

 

「どうにも、あんたらじゃこの結界を解けそうに無いぜ」

 

 魔理沙は深くため息を吐く。

 

「さぁ演奏開始よ~。姉さん、やっちゃいな!」

「お友達なんだから、たまにはソロでやりなさいよ」

「うぇ~」

「わかったよ、いつでも手助けする」

 

 3人の少女は、魔理沙や私たちの事などお構いなしに話を進めた。

 どうやらリリカと呼ばれる赤服の少女が、魔理沙と戦うようだ。

 魔理沙はもう一度深くため息を吐く。

 

「私も舐められたもんだぜ」

「やるの? 意味なさそうだけど」

「ああ。売られた喧嘩は買わないとな」

「まあいいけど、私達は先に行ってるわよ?」

「ああ、咲夜を宜しくな」

「分かってる。ほら咲夜、捕まって」

「ええ、ありがとう」

 

 霊夢が差し出した手を、私は握る。

 すると持ち上げられるようにして、箒から私は降りた。

 私はポケットから例の球体を1つ取り出すと、サイズが変わり大きくなったそれに乗った。

 この球体は、どういう仕組みか、浮遊している。

 その上に乗る事で、霊夢にかかる負担を減らそうとした。

 

「その飛び方、なんだか懐かしい気がする」

「え?」

「なんでもないわ。ほら、行くわよ」

「ええ」

 

 私は霊夢に連れられて、結界の方へと向かった。

 

「この結界、どうするの?」

「どうもしないけど?」

「それじゃあ前に進めないでしょう?」

「まあ……来てみなさい」

「……え?」

 

 霊夢は結界を上から通過した。

 意味のない結界に、私は驚き、呆れながらも少し笑ってしまった。

 

「お粗末な結界ね」

「まあ、結界なんかで足止めする気はないんでしょ」

「へぇ……」

「そろそろ異変の犯人に会えるかしら?」

 

 

◆◇◆

 

 

「あの人間、強いね」

「ええ、とっても」

 

 薄桃色の服の少女と、黒服の少女が、魔理沙達の弾幕ごっこを見ながら言った。

 彼女達の名前は、メルラン・プリズムリバーとルナサ・プリズムリバー。

 魔理沙と戦う赤服の少女の名は、リリカ・プリズムリバー。

 彼女達は、とある人間の少女から生み出された騒霊(ポルターガイスト)の三姉妹である。

 

「リリカ、負けちゃうかしら」

「負けちゃうでしょうね、例え私達が手助けしたとしても」

「姉さん、随分悲観的ね」

「私はメルランほど楽観的にも、リリカほど狡猾にもなれないだけよ」

「嫌味な言い方するなぁ」

「……あ、やられた」

「そろそろ手助けに行こうよ、姉さん」

「そうね。やられに行きましょうか」

 

 

 ––––大合葬「霊車コンチェルトグロッソ」

 

 

◆◇◆

 

 

 私と霊夢は、階段を登っていた。

 明るく照らされているようだが、不思議と先の見えない、かなり道幅の広い階段だった。

 飛んで行くには危険すぎると判断したため、自らの足で階段を登っていた。

 

「咲夜」

 

 唐突に、霊夢が私の名前を呼ぶ。

 

「何?」

「あんたさ……結構前の話だけど、私に興味があるとか言ってたわよね?」

「ああ、言ったわね。そんなこと」

「あん時は気持ち悪いって思ってたんだけどさ……今なら、分かる気がする」

「……?」

「私もあんたに興味がある。というか最近湧いてきた」

「あら、両想い?」

「そうかもね」

 

 私は少し揶揄(からか)う様に言ったのだが、霊夢は恥ずかしがるわけでもなく冷静に答えた。

 なんだか、私の方が恥ずかしくなってしまった。

 私の視線は、不自然なほど前を向いている。

 

「あんた、自分のこと何も話さないでしょ?」

「それは貴女も同じことじゃなくて?」

「だって、聞かれないから」

「私も同じよ。聞かれれば答えるけど、自分から話そうとは思わない」

「ふーん。ま、そんなもんよね」

 

 私たちは階段で少し息が上がっている。

 その上会話もしていると、少し疲れを感じていた。

 

「この異変を解決し終えたら、あんたの話聞かせてよ」

「貴女の話も聞かせてくれるなら」

「私の話なんて、面白くないと思うけど」

「私だって、面白いことなんてないわ」

「それでもいい。約束よ?」

「ええ、分かったわよ」

 

 私達はそこで足を止めた。

 休憩を取るわけではない。

 前に……何らかの気配を感じた。

 

「貴女達……人間ね? ちょうどいい。貴女達の持ってる、なけなしの春を全て頂くわ!」

「そんな所に居ないで、もっと前に出てきな。顔が見えないわよ?」

 

 うっすらとだが、気配を感じる。

 ハッキリと声も聞こえる。

 しかし姿形は、暗さのせいか、ぼんやりとしか伺えない。

 

「顔なんて見えなくていい。私は、春を渡してくれさえすれば、それでいいの」

「残念だけど、渡すつもりはないわ。春を持ってれば、少しは暖かくなるから」

「暖かく……? それに何の意味が?」

 

 違和感を覚えた。

 やはり目の前の彼女もまた、人間ではないのだろう。

 しかし、どこか妖怪とも違う気がする……

 その違和感は、先程出会った3人の少女にも感じたものだった。

 

「この不吉な感じ……あんまり喜ばしくはないわね」

 

 そう呟く霊夢も同じことを感じていたのだろう。

 

「もしかして、貴女達……あぁ、なるほど」

 

 少女は何かを納得したように、首を縦に振った。

 そしてやっと姿を現した。

 少女は銀髪のボブカットで、白いシャツに緑色のベスト、そして同じく緑色のスカートを履いていた。

 少女の背中に二本の剣が背負われているのも確認できる。

 私と同じく、刃物を使うタイプだろうか?

 

「みんなが騒がしいと思ったら、生きた人間だったのね」

「……みんな?」

「あら、貴女達には見えてない? まあ、いいけど」

「怖いことを言うのね。……まさかと思ったけど、ここって……」

「昔は生きていた者が住む処よ」

 

 霊夢は少し察しがついていたようだが、私には想像もつかなかった。

 しかし違和感については合点がいった。

 相手が幽霊だから気配が薄かったのだろう。

 ということはつまり、先程少女が言っていた"みんな"とは、幽霊のことなのだろうか?

 

「ようやく、原拠まで辿り着いたようね。丸一日かかってしまったわ」

 

 だがしかし、私にとって別に幽霊など恐怖に値しなかった。

 気味が悪いとは思うが、それ以上はない。

 そんな私には、やっとここまで来れたという思いが強かった。

 

「こんなところまで来て、余裕あるわね。ここは白玉楼。死者達の住まう処よ?」

「それは分かってるって。でも疲れたのよ。さっさと異変を解決させてもいいかしら」

「随分と呑気なのね。でも、生きた人間の常識で物を考えると、痛い目に遭うわ」

 

 少女は私達をキッと睨みつける。

 私に限らず、霊夢も緊張感はなかった。

 それに怒っているような睨み方だった。

 敵なのに。

 

「ねぇ、こんな言葉を知ってる? "死人に口なし"」

「ほんと、よく喋る幽霊だ」

「私は半分は幽霊ではない!」

「……え、そっちを訂正するの?」

 

 私達が少し揶揄うと、少女は真に受けて怒り出した。

 それだけでも十分に面白いのだが、怒る点がさらに可笑しい。

 私にはこの少女が、なんだか可愛いとすら思えてきていた。

 

「まあ何でもいいわ。大人しく春を返してもらおうかしら?」

「あと少しなのよ」

「少しでもダメ」

「あと少しで西行妖(さいぎょうあやかし)が満開になる。普通の春じゃ絶対に満開にはならないのよ」

「ダメだってば」

「あなたの持っているなけなしの春で、西行妖もきっと満開になる」

「話聞いてる? そんなもんの為に、私は寒い思いをしてきたのよ」

「ここは暖かいでしょ?」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……まぁいいわ。死人に口無しよ」

「死人に口無しだわ。その春を全て戴くまでよ」

 

 その言葉は、暗に私を殺すと言っているのだろう。

 

「咲夜、あんたが戦うの?」

「ええ。貴女はこの先にある西行妖とやらを何とかしてきなさい。異変の犯人も、そこにいるだろうから」

 

 おそらく、異変の犯人は西行妖の所にいるのだろう。

 それは容易に想像がついた。

 異変を起こすキッカケにもなった、満開にしたいとしている西行妖から離れるとは思えない。

 それに目の前の少女の風格からして、彼女が異変の犯人だとは思えなかった。

 使用人とか雑用係とか……何だか私に近いものを感じていた。

 

「分かった。でもあんた、さっきの約束、守りなさいよ?」

「分かってるわよ。まさか、私が死ぬとでも思ってるの?」

「いや、思わない。私でも殺せなかったんだもの。でも……」

 

 ––––なんだか、嫌な予感がする。

 

 霊夢の目がそう言ってるような気がした。

 

「はぁ……大丈夫。お嬢様を殺すまでは死ねないのよ、私は。だから、安心して行って来なさい」

「……わかった、また後で」

 

 少し不安げな顔をしながらも、霊夢は颯爽と飛んで行った。

 少女はそれを阻もうとするが、私はナイフを投げて妨害する。

 

「ッ……」

 

 少女は(すんで)のところでナイフを避けると、再び私を睨みつけた。

 

「ところで……」

 

 私は新しくナイフを手に取ると、それを少女に向けて言う。

 

「この私のナイフは、幽霊も斬れるのか?」

 

 少女も応えるように刀を抜いた。

 

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に……斬れぬものなど、少ししか無い!」

 




いつもご愛読ありがとうございます。
この度少しご報告がありまして、あとがきを書かせて頂きます。

皆様の応援のおかげで、なんとこの『紅魔女中伝』のUA数が9000を超えました。
本当にいつもありがとうございます。

そこで感謝の意を込めて、UA数1万突破した暁には、記念企画を行おうと思っています。
ただ、あんまり具体的な良案は浮かんでいなくて…………

もしよろしければ、皆様の力をお貸しください。
詳しいことは作者の活動報告にて記載しております。
是非、作者の活動報告まで足を運んで下さると幸いです。

長文失礼致しました。


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第26話 幽人の庭師 (挿絵あり)

 

 

「な、何やってんだアイツは……」

 

遅れてその場に到着した魔理沙は驚きのあまり、その後の言葉を失っていた。

彼女が見ているのは、咲夜と銀髪の少女の弾幕ごっこである。

しかしそれが弾幕ごっこなのか、魔理沙は少し疑問だった。

確かに、スペルガードルールによる決闘法では、必ずしも弾幕を放つ必要性はない。

ただ、美しさを競うと言う重要な側面がある為に、派手で優雅な弾幕が用いられることが多いだけだ。

だからこそ、その決闘を"弾幕ごっこ"と呼ぶのだ。

 

「……」

 

咲夜も、銀髪の少女も、弾幕を使用していない。

強いて弾幕と言えるのは、咲夜の投げる魔力ナイフくらいだろう。

しかしショットのようなものは何も撃ってないない。

2人とも打ち出す弾幕は最小限に、それぞれが持つ、それぞれの刃物を用いて戦闘を行なっていた。

 

「……なんで、こんなに綺麗なんだよ」

 

そんな2人の"弾幕ごっこ"だが、魔理沙はそれに美しさを感じていた。

 

 

◆◇◆

 

 

最初に動いたのは銀髪の少女だった。

彼女が刀を振るうと、その軌道上に弾幕が発生し、真っ直ぐ私に向かって飛んでくる。

軌道が読みやすく、避けるのは容易(たやす)かった。

しかし、そのスピード、そして精度は今回の異変で出会った者の中で群を抜いていた。

 

––––この少女は、強い。

 

それが分かる一撃だった。

第2波、第3波と続けて、少女は剣を振るい弾幕を飛ばす。

気付けば私は避けることに精一杯で、防戦一方の形になっていた。

 

 

––––時符「パーフェクトスクウェア」

 

 

初めにスペルを切ったのは私だった。

時を止め、弾幕を全て相殺するボムだ。

少女の弾幕が消え去ると共に、私は一気に間合いを詰める。

 

「ッ……!」

 

少女は間合いを取ろうと少し下がるが、逃がさない。

私は、少女の刀が有効に使えない間合いまで詰める。

そして魔力ナイフを首元に当てた。

 

「チェックメイトよ」

 

私が勝利を確信し、油断したその瞬間だった。

 

「がはッ!?」

 

横から、謎の白い塊が突っ込んできた。

堪らず私は吹き飛ばされる。

なんとか着地した私は、すぐに体制を立て直した。

 

「そ、それは……?」

「半霊よ。言ったでしょ? 私は半分"は"幽霊ではないわ」

「じゃあ、幽霊でない半分とは?」

「貴女と同じ、人間よ。私は半人半霊だから」

「人間と幽霊のハーフってことかしら?」

「そう。驚いた?」

「別に」

「強がらなくてもいいのに」

「そういうわけじゃないわ……だって、この幻想郷には、人外が多すぎる」

「失礼ね。私は半分人間よ?」

「じゃあ半人前ね」

「な、何を〜〜!」

 

少女は、やはり実直で真面目なのだろう。

揶揄(からか)いやすくて、面白い。

 

「剣の扱いは、貴女より上手いわ!」

「……私を挑発してるの?」

 

––––パチンッ

 

「その刀、私には一度も当たってないけど?」

「なッ!?」

 

なんだか、久々に銀ナイフを取り出した気がした。

私は時を止めて間合いを詰め、少女の首筋に銀ナイフを突きつけた。

 

「その半霊動かしたら、喉……抉るわよ」

「ッ……」

 

少し力を入れる。

少女の肉が切れ、鮮血が滴った。

 

「良かった、幽霊も切れるみたいね。銀だから?」

「何度も言わせるな、私は半分は幽霊ではないッ」

「なるほど、本体は殆ど完全な人間なのね。少し冷たいけど」

「……」

「それに、半人前だけど」

「ッ……!」

 

そこで私は力を緩めた。

その隙に、少女は私から離れて間合いを取る。

 

「お前の能力は……何だ?」

「その質問、答える奴いるのかしら?」

「どうやって私に近づいた!?」

「さぁ? どうやったんでしょう?」

「瞬間移動か……?」

「ふふっ、残念––––」

 

––––パチンッ

 

「––––ハズレよ」

「ッ!?」

 

時を止めている間に設置していた魔力ナイフが一斉に少女に降りかかる。

少女には、突然ナイフが現れたように見えているだろう。

少女は咄嗟に剣を振るい、ナイフを落とすが、全てを落としきることは出来ずに被弾した。

 

「いたた……一体、何が……?」

「さっきの、弾幕用のナイフなの」

 

私は時を止めることなく、ゆっくりと歩いて彼女に近づく。

 

「銀ナイフだったら……貴女、死んでいたわよ?」

「ッ……」

 

その瞬間、少女は再び半霊を私に()つけようとする。

 

「それはもう見たわ」

「ッ!?」

 

霊体だからか、半霊には気配も空間的な違和感もない。

だが、来ることが予測出来ていれば、避けることは簡単だった。

私は時を止めて、彼女の背後に回る。

そして耳元で囁くように言った。

 

「貴女の剣は、私には当たらない」

「くそッ!」

 

少女は振り返りざまに剣を振るう。

しかし、やはり当たらない。

怒りに任せた太刀筋は、非常に読み易かった。

 

「お前の能力さえ、分かれば……ッ!」

「……分かれば、私に当たるとでも言うの?」

「当たり前だッ!」

「ふーん、そう」

 

この時の私は驕っていたのかもしれない。

油断していたのかもしれない。

もしくは、少女の取るに足らない挑発に乗ってしまったのかもしれない。

 

「––––じゃあ、能力を使わないであげるわ。教えるのは嫌だから」

「何だと……?」

「ハンデって奴よ。その方が面白いでしょう?」

「……不公平だ。なら、私は弾幕を使わない。この刀だけが、私の武器だ」

「なるほど。純粋な剣術だけで勝負すると言うの? ……いいわよ、乗った」

 

少女も私も、それぞれの刃物を構える。

普段の私なら、こんな勝負は絶対にしないだろう。

美鈴との組手で能力を封じることはあっても、あれはトレーニングだ。

実戦で制限を設けるなど……この時の私は何を考えていたのだろうか?

しかし私はこの時、底知れない愉しさを感じていた。

 

「剣を交える前に、名を聞きたい。私は魂魄妖夢。貴女の名前は?」

「十六夜咲夜。別に、覚えなくていいわ」

「十六夜咲夜……いざ、勝負ッ!」

 

––––愉しさの理由は、私には分からないが。

この時の判断を、私は後悔することになる。

 

 

◆◇◆

 

 

––––結論から話そう。

 

2人の戦いは、やはり弾幕ごっこではなかった。

魔理沙の感じていた疑問は正しかった。

咲夜の放つ幾多のナイフの鮮やかさも、妖夢が魅せる剣捌きも、魔理沙の心を動かすには十二分に美しかった。

しかしスペルカードルールに則った決闘、通称『弾幕ごっこ』は殺し合いではない。

その美しさを競うものだ。

ひかし、今繰り広げられている2人の戦いは、互いの命を賭けた本当の"決闘"である。

だからこそ、2人の戦いは弾幕ごっこではない。

 

––––ただ、それでも疑問は残る。

 

「咲夜……お前は何故、能力を使わないんだ……?」

 

咲夜には"時間を操る"といった、高次元の能力がある。

それを惜しみなく使い、相手を圧倒するのが十六夜咲夜だ。

咲夜の性格上、常に人の上に立ちたいと思っているからこそ、その攻め方をするのだろう。

少なくとも、魔理沙はそう思っていた。

 

だからこその、疑問。

何故能力を使わない?

何故相手と同じ土俵で戦う?

 

2人の戦いを途中から見始めた魔理沙には、到底理解出来なかった––––

 

 

◆◇◆

 

 

私と妖夢は、戦闘スタイルが全く異なっていた。

近距離では刃渡りの短い私のナイフが活きるが、妖夢の刀は有効な範囲でない。

妖夢の刀が得意とする間合いである中距離では、ナイフが届かない上に投げるにはある程度の動作が必要となり私に隙が生まれてしまう。

そして遠距離では、妖夢が弾幕を封じている分、ナイフを投げて応戦する私に大きく分があった。

お互いがお互いの間合いで戦うために(せめ)ぎ合う。

 

私は基本的に遠距離からナイフを投げて攻撃していた。

そして妖夢はそれを撃ち落とし、時には()ね返しながら間合いを詰めようとしていた。

しかし、私が無尽蔵に生み出すナイフがそれを拒む。

妖夢が私に近づくことは出来ない。

だが私は、妖夢にナイフを当てることも叶わなかった。

私までも美しいと感じるほどに、妖夢は見事に全て捌いている。

 

能力を使わずに戦うことに、私は歯痒さを覚えていた。

それが悔しかった、悲しかった。

私は能力が無ければこんなにも弱くなるのか。

その歯痒さは、さらに加速していた。

 

「お前なんか、能力が無ければそんなものだッ!」

 

私の心を見透かしたように、妖夢が言った。

私は、言葉に詰まる。

うまく、言葉が出てこない。

一瞬、ナイフを投げるのにも隙が生まれてしまった。

 

それが、命取りとなった。

 

 

 

––––人鬼「未来永劫斬」

 

【挿絵表示】

 

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に……斬れぬものなど、あんまりない!」

 




*挿絵に使わせて頂いた素材

・魂魄妖夢 アールビット様
・十六夜咲夜 アールビット様
・白玉楼階段 ゆっくり草餅様 nya様
・アニメの背景風スカイドーム5 seasalt 2014様


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第27話 幽冥楼閣の亡霊少女

 

 

「はぁ、ほんと長ったらしい階段ね」

 

私は長い長い階段の終わりに差し掛かっていた。

辺りを舞う花びらの量も段々と増えてきた。

この先に異変の元凶が居ることは間違いないだろう。

 

「……まさか、あれが––––」

 

階段を登り続けると、上の方に桃色に光る何かが見えた。

あそこから花びらが舞っていることは、誰が見ても明らかだった。

 

「––––急がないとッ!」

 

私の勘が騒いでいた。

––––あの桜は、絶対に満開にしてはならない。

私はふわりと浮き上がると、全力で急いだ。

 

「ああもう! 死霊ばっかでうんざりよッ!」

 

私は桜の花びらと沢山の死霊を掻き分けながら向かった。

そして階段の終わりに辿り着くと、大きな屋敷が見えてきた。

その屋敷は紅魔館とは異なり、平屋の古風な建物だった。

どちらかと言えば、私の神社に近い造りだ。

––––大きさは比にならないが。

 

「死人のくせに、いい家に住んで……」

 

私はその屋敷の庭に降り立ちながら呟く。

 

「しかもこんなに春を奪って、暖かくして、花見もして……いい御身分だこと」

 

私は苛立ちを露わにしながら、悪態を吐いた。

 

「勝手に人の庭に乗り込んできて、文句ばっか言ってるなんて」

「ッ!?」

 

人の気配は、まるで無かった。

私の感覚では、彼女は突然そこに現れた。

––––それが幽霊なのだろう。

私はそう悟った。

 

「どうかしてるわ。まぁ、うちは死霊ばっかですけど」

 

現れた彼女は、10代後半といった容姿だった。

咲夜と同じくらい……もしくはそれよりも若いくらいに見える。

しかし彼女の纏う空気は同世代のそれとは思えず、フワフワと掴み所のない雰囲気の中に、品格と威厳を備えていた。

紫やレミリアとは違ったカリスマ性を持っている。

 

「……さて、用件はなんだっけ? 見事な桜に見とれてたわよ」

「お花見かしら? 割と場所は空いてるわよ」

「あ、そう? じゃ、お花見でもしていこうかしら」

「でも、貴女はお呼びではない」

 

彼女は自身を仰いでいた扇をピシャリと閉じながら言った。

しかし私も怯むことなく、言葉を返す。

 

「そうそう、思い出した」

「何かしら?」

「私はうちの神社の桜で花見をするのよ」

「……」

「そんなわけで、見事な桜だけど。集めた春を返してくれる?」

 

彼女は溜息をつくと、大きな桜の木を見た。

少し悲しそうな目をしている。

 

「もう少しなのよ。もう少しで、西行妖(さいぎょうあやかし)が満開になるの」

「なんなのよ、西行妖って」

「うちの妖怪桜。この程度の春じゃ、この桜の封印が解けないのよ」

「わざわざ封印してあるんだから、それは、解かない方がいいんじゃないの? なんの封印だか判らんし」

「結界乗り越えてきた貴女が言う事かしら」

「まぁいいや、封印解くとどうなるっていうの?」

「すごく満開になる」

「……」

「––––と同時に、何者かが復活するらしいの」

「興味本位で復活させちゃダメでしょ。何者かわからんし」

「あら、私は興味本位で人も妖怪も死に誘えるわよ」

「反魂と死を同じに考えちゃダメでしょ。面倒なものが復活したらどうするのよ」

「試して見ないと判らないわ」

 

彼女は私に視線を戻すと、言葉を続ける。

 

「なんにしても、お呼ばれしてない貴女がここにいる時点で死んだも同然。というか、ここに居る事自体が死んだと言うことよ」

「私は死んでもお花見が出来るのね」

「あなたが持っているなけなしの春があれば本当の桜が見られるわ……何者かのオマケつきでね」

「さて、冗談はそこまでにして……幻想郷の春を返して貰おうかしら」

「最初からそう言えばいいのに」

「最初から2番目位に言った」

「最後の詰めが肝心なのよ」

 

彼女はフワリと浮き上がった。

桃色に輝く妖怪桜を背景に見る彼女のシルエットは、そこはかとない美しさを感じざるを得なかった。

 

そんな彼女との、弾幕ごっこが始まる。

 

 

 

「––––花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」

「––––花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」

 

 

◆◇◆

 

 

「幽々子ったら……私との約束、忘れてるのかしら」

 

博麗霊夢と弾幕ごっこを繰り広げる亡霊––––西行寺幽々子を眺めながら、八雲紫は呟いた。

幽々子の弾幕には別段の速さは無いものの、凄まじい物量があった。

避ける隙間を感じさせず、動きが制限される。

そんな、綿密で正確で圧倒的な弾幕だった。

 

––––そして何より、彼女の弾幕は美しかった。

桜が花開き、そして満開になり、散って花びらが舞い踊る。

その様が優雅に再現されており、見る者の心を動かす力があった。

 

 

「ゆ、幽々子ッ!? それはッ––––」

 

 

◆◇◆

 

 

『もうすぐ春……』

 

冥界にある途轍もなく広い屋敷––––白玉楼。

 

『そしたらまた、ここでお花見よ?』

 

その白玉楼で、お茶を啜りながら呟くのは主人の西行寺幽々子であった。

隣には、冬眠から目覚めた八雲紫が腰掛けている。

 

『春には、ここの桜が綺麗に咲くものねぇ』

 

2人は縁側に腰掛け、庭を眺めていた。

冬も終わりに差し掛かったとはいえ、まだ庭の桜には花がついていない。

どこか寂しく思えるほど、木の肌が剥き出しであった。

 

『でも、今年はここで花見をするつもりはないわ』

『あら、どうして?』

『今年は博麗神社でしましょう』

『……どうして?』

『どうしても』

 

幽々子はまた一口、お茶を啜った。

 

『まあ私は、桜を見ながらご飯が食べれれば、それでいいのだけど』

『あなたは本当に、花より団子よね』

『失礼ね。花も団子も、よ』

『ただの欲張りさんね』

 

八雲紫は、クスッと笑みをこぼした。

 

『でも……私は妖夢の作るご飯があるし、やっぱりここがいいわ』

『……』

『それに、今年こそあの桜を咲かせてみたいもの』

『……それは、ダメよ』

『貴女はいつもそう言うわ。でも、何故かは言ってくれない』

『……』

『貴女が言わないということは、それなりに理由があるのでしょう。それは理解できる。でも、納得できない』

 

幽々子は立ち上がると、振り返り紫を見た。

 

『あの桜が満開になったらどんなに綺麗なのか? あの桜の木に眠るのは誰なのか? 私は見てみたいわ』

『……誰かが眠ってるなんて、何処で知ったの?』

『古い本を見つけたわ。貴女は、誰が眠っているか知っているの?』

『……いいえ』

『まあ、知っていても答えないわよね。今まで私に隠していたんですもの』

『……』

『とにかく私は、あの桜を満開にする』

『無理よ、そんな事出来やしない』

『出来るわ』

『どうやって?』

『––––幻想郷の、春を奪う』

『ッ……!』

 

幽々子は真っ直ぐ紫を見つめている。

そんな紫の顔は、少し困った表情で埋まっていた。

 

『……分かった。でも、条件がある』

 

紫は少しの沈黙の中考え、そして幽々子に告げた。

 

『霊夢が––––いや、霊夢じゃない可能性もあるわ。とにかく、人間が貴女のもとまで来るようなことがあったら……退治されなさい。そして、西行妖のことは諦めて』

『私に、負けろと言うの?』

『ええ、そうよ。だって貴女が本気を出したら……人間程度じゃ絶対に抗えないでしょう?』

 

––––死を操る程度の能力。

それが幽々子の能力だ。

相手をやんわりと死へ導くことも出来るし、死の蝶を飛ばして触れたものを即死に導くことも出来る。

 

––––生前の幽々子は、それを疎んでいた。

尤も、生前の幽々子は能力の制御が出来ておらず、それ故に苦しんでいた部分が大きい。

だが、自身の能力を疎んでいたのは事実。

そんな力を再び彼女に使わせるなどあってはならない。

況してや、西行妖の封印を解くなんて……

 

『その条件、私が飲むメリットがないわねぇ』

『ッ……』

『でも、いいわよ。人間を相手にするなら、ハンデを付けるのは当然ですものねぇ』

 

幽々子は、悪戯っぽく笑った。

紫はその言葉に安堵しつつも、少しの不安が残ったままだった。

 

 

 

––––あの桜の下に眠るのが、他でもない貴女自身であると知ったら、貴女はどうするのかしら?

 

 

◆◇◆

 

 

「ゆ、幽々子ッ!? それはッ––––」

 

八雲紫は叫んでいた。

とはいえ、おそらくその声は弾幕の中にいる2人には聞こえていないだろう。

しかし、叫ばざるを得なかった。

 

 

––––「反魂蝶」

 

 

幽々子のスペルが発動した。

 

 

◆◇◆

 

 

「よしっ、スペルブレイク!」

「……」

 

霊夢は柄にもなく喜びを露わにしていた。

––––それほど、霊夢は幽々子の弾幕に苦しめられていた。

取得出来たスペルは僅か1枚。

他は全てボムを使用し、弾幕を打ち消しながら何とか避けていた。

それもそのはずだ。

このレベルの弾幕を、彼女は"一人で"受けたことがなかった。

紅霧異変の時は、咲夜が補佐していた。

それ以前にも弾幕ごっこに近いものをしていた時期はあるが、それはスペルカードルールによるものではない。

霊夢は初めて自分の身ひとつで、このレベルの弾幕を捌ききっている。

だからこそ喜びを感じていた。

それ以上に不安と焦りもあった。

霊夢は自身を鼓舞する意味も込めて、喜びを表現していた。

 

「これで終わりかしら?」

 

霊夢には、今何枚目のスペルか、数えられていなかった。

それほどまでに闘いに集中しており、そして消耗していた。

 

「……」

「ッ……!」

 

幽々子は無言だった。

言葉の代わりに途轍もない殺気が溢れた。

普段はあまり感じない類の恐怖を、霊夢は感じていた。

そして、そんな幽々子の体は西行妖の下へ吸い込まれるように堕ちていく。

 

「あれは……ッ!」

 

戦いに集中し過ぎていたのだろう。

霊夢は気が付いていなかった。

西行妖は既に八分咲き。

満開と言っても差し支えない程––––実際、満開の定義は八分咲き以上である––––開花していた。

 

「封印が……解かれてる?」

 

霊夢の勘が、全力で危険信号を送っていた。

しかし、霊夢が動くよりも前に、スペルカードが発動した。

 

 

 

–––– 身のうさを思ひしらでややみなまし

 

      そむくならひのなき世なりせば ––––

 

 

 

––––「反魂蝶」

 

 

 

幽々子()()()()()()のスペルが発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢ッ!!!!」

 

 



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第28話 西行妖の(もと)

投稿遅れてスマヌ……
旅行してました(海行ったら日焼けして皮むけがががががが)
これからまた頑張ります!
評価、感想等頂けると作者のやる気に繋がります!←
それでは、本編どうぞ!






 

 

 ––––人鬼「未来永劫斬」

 

 

 妖夢が一直線に私に向かって来た。

 それは真面目で実直な彼女らしい、直線的な攻撃だった。

 しかし避けるのは容易いものではなく、そのスピードには眼を見張るものがあった。

 お嬢様ほどのスピードとはいかないものの、私の目で捉えるには難しい程度の速さだった。

 時を止めれば、避けられたかもしれない。

 いや、時を止める余裕があったかすら定かではない。

 

 そんな攻撃を避ける術を、私は持っていなかった。

 抵抗する事なく、私はその斬撃を一身に受けた。

 

 妖夢は私の身体を切り上げた(・・・)

 その斬撃で空中に投げ出された私の身体を、何度も何度も追撃した。

 正確で威力の高い斬撃を何度も受けた。

 私が地面に落ちるのを許さないほどの、間髪(かんぱつ)()れない斬撃だった。

 そして妖夢が着地した。

 

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に……斬れぬものなど、あんまりない!」

 

 妖夢がそう言い終える頃、私は落ちた。

 

「さ、咲夜……?」

 

 少し離れたところでそれを見ていた魔理沙が、絞り出すように声を出す。

 

「あれ、まだ仲間がいたんだ」

「……」

「安心して、全部みねうちだから」

 

 キッと睨みつける魔理沙に、妖夢はそう言い放つ。

 

「でも、多分死んでるよ。みねうちとはいえ、本気で斬ったんだ。軽くて全身打撲、重くて内蔵破裂ね」

「このやろう……」

「で? 次の相手は貴女?」

「当たり前だッ!」

「私は幽々子様の様子を見に行きたいんだけど……」

「咲夜の仇ッ!」

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 魔理沙の極太レーザーが妖夢を襲った。

 マスタースパークの威力には、妖夢も目を見張るものがあった。

 しかし如何せん、魔理沙は冷静さに欠けていた。

 咲夜の死を目の当たりにして且つ、妖夢のいけ好かない態度に怒りを抑えることが出来ていなかった。

 妖夢はあっさりと飛ぶだけで避けてしまった。

 

「くそ………なッ!?」

 

 魔理沙が外したことを悔しがっているのも束の間、何かに足元をすくわれた。

 その正体は半霊だった。

 気配のない半霊が魔理沙の膝に体当たりを仕掛けたのだ。

 

「いたた……このや––––「眠って」

 

 気付けば、剣を振り上げる妖夢が目の前に迫っていた。

 魔理沙は息を呑むしか無かった。

 

 

 ––––斬られる……ッ!

 

 

 斬られる者の目は決まっている。

 何度も見てきた。

 彼らは皆、恐怖を瞳に浮かべる。

 中には涙を浮かべる者もいる。

 当たり前といえば当たり前の話だが、妖夢はそんな目を幾度となく見てきたのだ。

 

 そして魔理沙の目も、そのうちの一つに過ぎなかった。

 斬れることを確信した私は、力一杯振り下ろした。

 

「うわっ!?」

 

 ––––しかし、空振り。

 かなり力んでいたせいか、体勢を崩す始末である。

 

「なんで……!?」

 

 辺りを軽く見渡す。

 

「き、消えた……!?」

 

 魔理沙の姿が、無くなっていた。

 

「まさかあいつも瞬間移動を……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––瞬間移動とは違う……って、何度言ったらわかってくれるの?」

  「ッ!?!?」

 

 妖夢は振り返る。

 真後ろから聞こえたその声は、聞いたことのある声で、もう聞くはずのない声であった。

 

「はぁ……"念には念を"……か。お嬢様には、やっぱり視えていたのかしら」

 

 私は石を投げ捨てた。

 それは割れて光を失い、黒ずんだ蘇生石だった。

 

「な、なんで……? どうしてお前が!?」

「さぁ? なんででしょう?」

「さ、咲夜……? お前、生きてたのか!?」

「少し違うけど……まあ、そんなところね」

 

 

 ––––魔理沙が斬られるその直前。

 私は時間を止めた。

 そして魔理沙をその場から助け出したのだ。

 

「貴女、危なかったわね」

「た、助かったぜ……咲夜」

「これは貸しよ。いつか返してね」

「ああ、わかったよ」

「さて、随分と勝ち誇ってくれたみたいだけど……」

 

 私は妖夢へと視線を移した。

 

「まだ、貴女に勝利を譲るつもりはないの」

「くそっ……なら、もう一度斬るまでだッ!」

 

 妖夢が剣を構えたその瞬間に、私は時間を止めた。

 そして、"いつも通り"背後にまわり、首筋にナイフを立てる。

 

「もう一度、なんてあるわけないでしょ?」

「ッ……」

「癪だけど、認めてあげる。純粋な剣術では貴女に敵わないでしょうね」

「……」

「貴女の力を見誤って、私は一度死んだも同然」

「……」

「でも、貴女はこれで3度目」

 

 ナイフに力を込めた。

 半霊を動かすそぶりは見えない。

 

「……私の、負けでいい」

「随分と素直ね。嫌いじゃないけど」

「手加減なしじゃ……実力じゃ、貴女には勝てない。それが、分かったから」

「……そう」

 

 私は力を緩めた。

 即座に妖夢は間合いを取る。

 

「でも……いつか絶対、貴女にも参ったと言わせてやるわ」

「ふふっ、楽しみにしていてあげるわ」

「にしても、本当に無茶なことするぜ」

 

 不意に魔理沙が私の肩を叩いた。

 

「手加減なんて、らしくないじゃないか」

「ちょっと遊んでやろうと思ったのよ」

「負けず嫌いのお前がなぁ」

「……とにかく、先を急ぐわよ。もう霊夢は行ってるから」

「そうだな。おい、そこの緑の」

「緑のってなんだ! 私は魂魄妖夢だ!」

「そうかそうか、悪かったな。私は霧雨魔理沙だ。さぁ、妖怪桜まで案内してもらおうか」

「貴女の春でも渡してくれるの? どの道、西行妖が満開になるんだったら、それでもいいんだけど……なんか納得いかない」

「誰が、満開にするなんて言ったんだ? 私は花見がしたいだけだぜ」

「はぁ……これ以上踏み込んで、お嬢様に殺されても知らないわよ!」

「そもそも、この先に行かないとこの春は渡せないんだが」

「……分かったわ。案内するよ」

 

 諦めたように妖夢は肩を落とした。

 そして、階段の上へと飛んでいく。

 

「ほら咲夜、行くぞ」

「ええ」

 

 私は魔理沙の箒に乗り、魔理沙と共に妖夢を追いかけた。

 

 

◆◇◆

 

 

「もうすぐ見えるよ」

 

 妖夢がそう言うとすぐに、西行妖と思われる桃色の光が見えてきた。

 

「あれ……随分と開花してそうだけど」

「八分咲きってところだな」

「言ったでしょ。あと少しなの」

 

 少しすると、西行妖のそばで弾幕が繰り広げられているのが確認できた。

 おそらく霊夢と異変の主犯による弾幕だろう。

 私たちは、それがよく見える位置に着地した。

 

「綺麗な弾幕だぜ」

 

 魔理沙は私に聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で呟いていた。

 たしかに、ここから見える弾幕は美しかった。

 その弾幕に見惚れているうちに、階段を登りきっていた。

 異変の主犯であろう少女が放つ優美かつ豪快な弾幕を、(すんで)の所で躱す霊夢が見て取れた。

 霊夢の顔に余裕の色はなく、かなり厳しい戦いであることが想像できた。

 

「霊夢のやつ……結構苦戦してるな」

「あの弾幕、かなりの物量よ。幾ら霊夢とは言えども、動きにくいのでしょうね」

「霊夢……」

「安心しなさい。あの程度の弾幕にやられる霊夢じゃないでしょう?」

「……ああ、そうだな」

 

 ––––そうよね、霊夢?

 

 私は心の中でそう思っていた。

 おそらく、魔理沙も似た事を考えていたのだろう。

 私たち2人は不安げな面持ちで、その弾幕を見つめている。

 それほど、霊夢の受けている弾幕は凄まじいものだった。

 

「ボムを使ったな」

「ええ。取得は出来なかったみたい」

 

 しかしその不安が、私たちを冷静にしていた。

 落ち着いて戦況を伺っている。

 霊夢は弾幕をボムで打ち消していた。

 おそらく、このスペルカードをブレイクするまでもう少し……

 

「よしっ! 耐えきった!!」

 

 魔理沙は自分の事のように喜んでいた。

 私も、柄にもなく笑みをこぼしていた。

 

「……すごい」

 

 妖夢は小さく呟いていた。

 

「あれは幽々子様の、最後のスペルカード。あれを……破れる人間がいるなんて……」

「そりゃあ、なんたって霊夢だからな」

「ふふっ、そうね」

「とにかく、さっきので最後ってことは……霊夢の勝ちだろ? さぁ、春を返してもらうぜ!」

「分かってる。でも集めてるのは幽々子様だから、幽々子様に……あれ?」

「どうした、妖夢?」

「幽々子様……?」

「ちょっと魔理沙、見なさい! 様子が変よ!」

「はぁ? 一体なんだって…………ッ!?」

 

 魔理沙が見たのは、西行妖のもとへと降下する幽々子様と呼ばれている少女だった。

 そして私たち3人は、その影から恐ろしい殺気を感じていた。

 いや……殺気を放っているのは、西行妖だろうか?

 

「おい……さっきので終わりじゃなかったのかよ!?」

「そのはずなんだけど……というか、あれ……本当に幽々子様?」

「そんなこと知らないわ。でも、負けて降参って感じは……更々なさそうね」

「そんなの、反則だぜ」

 

 

 ––––「反魂蝶」

 

 

 それは、突然だった。

 何の前触れもなく、スペルカードが発動した。

 

「ッ!!」

「ちょっと、魔理沙!?」

 

 そして同時に、魔理沙がその場を飛び立った。

 おそらく、魔理沙は半ば反射的に動いていた。

 持ち前のスピードを活かして、全速力で。

 私にはそれを追いかける術を持ち合わせていなかった。

 

「くそッ! 間に合えッ!!!」

 

 魔理沙は、八卦炉を後方に向ける。

 

 ––––彗星「ブレイジングスター」

 

 そしてそのまま高火力の極太レーザーを放った。

 それは私と妖夢に向かって飛んで来ていたが、少し距離があった為に避けるのは容易かった。

 

「なっ!? あの白黒、私たちを殺すつもり!?」

「いや、違うわ」

 

 魔理沙は、後ろに放った勢いで更にスピードを上げていた。

 まさしく彗星のように速く、そして美しく飛んでいた。

 

「霊夢ッ!!!!」

 

 魔理沙のその叫びは、私たちにも届くほど、大きな声だった。

 

 

◆◇◆

 

 

「霊夢ッ!!!!」

 

 霊夢はその声で、我に返っていた。

 幽々子のスペルを攻略した喜びと疲れが、霊夢の精神状態を不安定なものにしていたのだろう。

 普段の彼女では考えられないが、しかし確実に、霊夢は幽々子が放つ殺気で怯んでいたのだ。

 

「魔理––––ッ!?」

 

 魔理沙は彗星のようにやって来た。

 そしてその勢いに任せて霊夢の腕を掴み、そのまま連れ去った。

 

「危ねぇ……なんとか間に合ったぜ」

 

 先程まで霊夢がいた場所には、無数の弾幕が行き交っていた。

 (おぞ)ましい妖力と殺気を放つ弾幕だった。

 

「あ、ありがとう……魔理沙」

「へっ、素直に礼を言われるとはな。それにしても、反応鈍すぎだぜ。疲れてんのか、霊夢?」

「……動かなきゃとは感じていたけど、身体が動かなかったわ。殺気が……凄くて」

「まあ、とにかくお前は離れてろ。あとは私が、何とかしてやるぜ!」

 

 少し飛んだ後に、魔理沙は霊夢の腕を離した。

 そして振り返り、西行妖を見る。

 その前には人影があり、遠くて確認できないはずなのに、ジッとこちらを見据えているように思えた。

 その瞬間に魔理沙にも、霊夢の感じた殺気が襲って来ていた。

 

「な、なるほど……凄まじい殺気だぜ。こりゃ、厳しい戦いになりそうだ」

「私も闘うわ。あんただけに、任せておけないもの」

「いや、私だけでいい。霊夢は咲夜のところにでも行って、休んでろよ」

 

 魔理沙は幽々子の殺気に怯むことなく睨み返していた。

 そんな魔理沙に、霊夢は気圧(けお)されていた。

 それは霊夢にとって初めてのことだった。

 

 ––––まさか、魔理沙がこんなに頼もしく見えるなんてね。

 

「……分かった。その代わり––––」

 

 霊夢は魔理沙の肩に優しく、そして力強く手を置いた。

 魔理沙は幽々子を警戒しながら、首だけで少し振り返る。

 

「––––宴会で私に酒を注ぐのは、あんただからね」

 

 霊夢はそう言い捨てて、魔理沙のもとを離れた。

 

「はっ……そりゃあ、死ぬわけにはいかないぜ」

 

 魔理沙は八卦炉を構えながら、そう言った。

 それを合図に、幽々子の弾幕が飛んで来た。

 

「やっぱ、もの凄い量だな」

 

 圧倒的な物量を誇るその弾幕は、3人の中ではトップのスピードを誇る魔理沙の動きさえも制限していた。

 弾幕の間を掻い潜るも、なかなか幽々子へと近づけないでいた。

 

「それに、当たったらヤバそうだぜ……」

 

 幽々子の弾幕は、弾幕ごっこの範疇を遥かに超える威力を誇っていた。

 そんな弾幕が、魔理沙の(またが)る箒の先を(かす)めた。

 この箒は魔法で強化されており、並大抵の弾幕では傷を付けるどころか、跳ね返されてしまうほど強靭である。

 しかし幽々子の弾幕は、そんな魔理沙の箒の先端を消失させていた。

 掠っただけでこの威力である。

 自身に受けたらどうなるのか、簡単に想像が出来た。

 出来たからこその恐怖が、魔理沙を襲っていた。

 

「––––だが、火力なら負けないぜッ!」

 

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 

「辛気臭い春を返してもらうぜ、死人嬢!」

 

 

 

◆◇◆

 

 

「あんたの力を貸して、咲夜」

 

 突然魔理沙が霊夢のもとに飛んだと思えば、今度は霊夢が突然私のもとに戻って来た。

 そして何の脈略もなく、霊夢は私に言う。

 

「……どういうこと? 何があったの?」

 

 魔理沙が霊夢を助けたということは分かった。

 しかし、それ以外の会話は何も聞こえておらず、何故魔理沙が霊夢に代わって戦っているのか、私には理解できなかった。

 

「説明する暇はないわ。とにかく、あんたは時間を止めなさい」

「時間を……止める?」

 

 呟いたのは妖夢だった。

 ああ、私の能力がバレてしまった。

 そんな場違いなことを、私は思っていた。

 

「はぁ……分かった。緊急事態なんでしょうし––––」

 

 ––––パチンッ

 

 私は時間を停止させた。

 

「––––話なら、この世界でできるものね……霊夢?」

 

 

 ––––「 夢 想 天 生 」

 

 

「ええ、そうね」

「当たり前のように私の世界に干渉されると……少しだけ堪えるわ」

「悪いわね。でも、時間を止めるって分かってないと干渉できないから」

「あら、弱点を教えてくれてありがとう」

「どういたしまして……って、今はそんなことどうでもいいのよ」

 

 霊夢はそう言うと、魔理沙の方を見上げた。

 

「あれは……悪いけど、そう長くは持たないわ。でも魔理沙なら、きっと……一瞬の隙を作ってくれる」

「隙?」

「魔理沙が本気で打ったマスタースパークは、そう簡単に打ち消せるものじゃない。避けるなり、さらに火力のあるものを出すなり……どちらにせよ、隙が生まれるはず」

「その僅かな隙に、何をするつもり?」

「あの馬鹿でかい妖怪桜を封印するわ」

「……封印?」

「おそらく魔理沙が戦ってるアレは、封印が解け始めて出てきた何者かよ」

「ちょっと待って……言ってる意味がわからないのだけど?」

「……元々、あの桜の下には何者かが封印されていたのよ。それを解くには桜を満開にする必要があった」

「それで……幻想郷から春を奪って、桜を満開にしていた……ということ?」

「そう。それで出て来たアイツを、私が封印するの」

「なるほど……」

「察しが良くて助かるわ」

「それで私は、何を手伝えばいいのかしら?」

「あんたには、私が確実にその隙を突くための手伝いをして貰いたいの」

「具体的には?」

「私が合図した時に時間を止めてくれればいいわ。そのうちに、私は封印を行うから」

「……それは無理よ」

 

 私がそう言うと、霊夢はキッと睨んだ。

 

「何で?」

「時間停止中は他の者に何か干渉することは出来ない。時間が止まるということは、空間が固定されるということよ。私や貴女以外どんな生き物も、無機質な不壊の物質と化すわ。おそらく封印も……」

「……なるほど、そういうことね。謎が解けたわ」

「どういうこと?」

「何であんたは、時間停止中に攻撃しないんだろうって疑問だったのよ」

「……」

「まあ、とにかく……それは問題ないと思うわ。時を動かすタイミングも合図を出すから、そしたら動かして。丁度いいことに、この世界は静かだから––––」

 

 時が止まったこの世界では、私と霊夢以外無音の存在だ。

 おそらく距離があっても、声は届くだろう。

 

「とりあえず今はタイミングを伺うわ。時間、動かしてくれる?」

「ええ、分かったわ」

 

 ––––パチンッ

 

「えっ!? 何!? 貴女たち、一体どうしたの!?」

「うるさいわよ、妖夢」

「……時間を止めてたってこと? 何で、この巫女は動けるの?」

「今あんたと話をしてる暇はないわ、半人半霊。黙ってなさい」

「ッ……」

 

 妖夢が半人半霊だということを言い当てた霊夢に睨まれ、彼女は押し黙るしかなかった。

 私と霊夢は、魔理沙の戦況を伺っていた。

 

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 

 私の予想よりも早く、魔理沙は八卦炉を構えてマスタースパークを放った。

 何度見ても凄まじい威力で、周囲の弾幕を飲み込み搔き消しながら進んでいくその極太レーザーは、見ていて爽快感のある者だった。

 

「まだよ……」

 

 霊夢が言う。

 幽々子は避けるのか?

 それとも、さらに火力の高い何かを放つのか?

 私たちは伺っていた。

 

「……ッ!?」

 

 幽々子は動かなかった。

 そんな彼女の行動に、私は驚きを隠せなかった。

 あの火力を一身に受けて、無事でいられるとは思えない。

 

「咲夜! 今よッ!」

 

 ––––パチンッ

 

 時を止めると同時に、霊夢は飛び立った。

 時間が停止したこの世界で急ぐ必要はないのだが、霊夢にも少なからず焦る気持ちがあったのだろう。

 霊夢はマスタースパークの光の中へと消えた。

 夢想天生中の彼女に、マスタースパークの威力は関係ない。

 今の彼女にとっては本当に光の塊でしかないのだろう。

 そんな自らマスタースパークに巻き込まれた霊夢の声が聞こえた。

 

「動かしなさい、咲夜ッ!」

 

 ––––パチンッ

 

 時を動かす。

 凄まじい音を立てて幽々子に、そして背後の西行妖に衝突するマスタースパークが消える頃、霊夢はスペルカードを発動した。

 

 

 ––––霊符「夢想封印」

 

 

 霊夢は様々な色の光弾を発射し、残っていた幽々子の弾幕を全て消し去った。

 そして大量の御札をばら撒くと、それらは幽々子の身体、さらに西行妖に張り付いた。

 それらは大きく光を放ち––––

 

 

 

 ––––光が消えた頃には、西行妖の花は全て散っていた。

 辺りが花びらで一杯になっている。

 それは嘗て見たことのない程、幻想的で美しすぎる光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして私は、また何もできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第29話 妖々夢EX part1

 

「あれ……私……」

「……おはよう、幽々子」

「ゆかり……?」

 

 幽々子が目を覚ましたのは、白玉楼の一室だった。

 敷かれた布団に仰向けに寝ている幽々子の側に、紫が座っている。

 

「はぁ……本当に、無茶をするんだから」

「私は、博麗の巫女に負けて……その後…………どうしたのかしら?」

「……」

「紫?」

「––––ショックで寝込んでいた。それだけよ」

「……そう」

 

 おそらく紫は何かを隠している。

 それは誰にとっても明らかだった。

 もちろん幽々子にも分かっている。

 

 ––––しかし、幽々子は知ろうとは思わなかった。

 興味がなかっただけかもしれないし、そうではないかもしれない。

 ただ、知りたいとは思わなかった。

 

「桜は……散ってしまったのね」

 

 襖の空いたその部屋からは庭が見渡せた。

 そこにはもちろん、あの西行妖もある。

 しかしそれは異変の時とは異なり、木の肌が丸見えの寂しげな風情をしていた。

 さらに西行妖以外の桜は全て咲いていることが、より一層寂しく見せていた。

 

「また、咲かせたい?」

「うーん……」

 

 桜が散ってしまったことは残念に思う。

 満開にすることができなくて悔しくも思う。

 だが、もう一度満開にしようという気にはならなかった。

 

「もう、満足したわ。どうしてかは、分からないけれど」

「……なら、よかった」

 

 負けたはずなのに。

 満開にできなかったはずなのに。

 

 ––––封印を解くことも出来なかったはずなのに。

 

 幽々子は何故か、達成感に満たされていた。

 

 

◆◇◆

 

 

 夢想封印の光が消えて、辺りが桃色に光る桜の花びらで満たされる。

 西行妖がみるみる散っていくのが分かった。

 同時に幽々子の身体も、舞い降りる桜のようにフワリと西行妖のもとに落ちていった。

 

 ––––そして同時に、霊夢の身体も真っ逆さまに落ちていた。

 

「霊夢ッ!?」

 

 魔理沙が全速力で霊夢のもとへと向かう。

 しかし、幻想郷でも屈指のスピードを誇る魔理沙でさえ、到底届く距離ではなかった。

 そのまま霊夢は地面に––––

 

 ––––パチンッ

 

 私は時を止めて、落下する霊夢を受け止めた。

 華奢で軽い霊夢とはいえ、かなりの力が私の腕にのしかかった。

 

「くっ……」

「咲夜!?」

 

 少し遅れて、魔理沙が到着した。

 彼女は息を切らしながら、早口で捲《まく》し立てた。

 

「霊夢は? 霊夢は大丈夫なのか!?」

「……うるさいわね」

 

 答えたのは私ではなく、私に抱えられた霊夢だった。

 

「少し……疲れただけよ」

「よ、よかった……」

 

 霊夢の声を聞いた魔理沙は安堵の表情を浮かべながら、ホッと一息吐いていた。

 

「咲夜、ありがとうな。霊夢を助けてくれて」

「構わないわ」

「私、重たくない?」

「大丈夫。落ちてくるのが魔理沙でなくて良かったわ」

「ちょっとそれ、どういう意味だよ!?」

「ふふ、冗談よ。霊夢、立てる?」

「ええ、ありがとう」

「そういや……あの亡霊は大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょ。死ぬことはないわ」

「もう死んでるものね」

「亡霊って……怪我するのかな?」

「さぁ? 確認してみる?」

 

 そんな他愛もない雑談を交えながら私たち3人は、既に妖夢が駆け寄っている亡霊嬢のもとへ向かった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「ソイツ、大丈夫か?」

 

 そう問うたのは魔理沙だった。

 

「ソイツじゃない。幽々子様、西行寺幽々子様だ。無礼は許さないわよ」

「そうか。それで、大丈夫なのか?」

「眠っておられるだけよ……だぶん」

 

 幽々子はまるで死んだかのように眠っていた。

 それはとても安らかで、満足気な表情をしていた。

 僅かに笑みが溢れているようにも思える。

 

「当たり前だけど、亡霊は死なないわ。消滅することはあるけど」

「要するに、ここに幽々子の実体が存在していること自体が、幽々子がまだ亡霊である証拠に他ならないということね」

「貴女は本当に察しがいいわね、咲夜」

 

 私達の言葉を聞いて、妖夢も安堵したようだった。

 

「それにしても……さっき封印した何かは、亡霊とは思えなかったけど––––」

「それに関しては一切、貴女達の知るべきことではないわ」

 

 不意に現れたのは八雲紫だった。

 突如現れたスキマから現れた彼女は、そのスキマの切れ目に腰掛けていた。

 

「……覗き見の上に、盗み聞き。本当に悪趣味ね、紫」

「そんなに嫌味を並べないで頂戴な」

「あんた、冬眠中じゃないの?」

「暦の上では春ですもの」

「ふーん。で? 何しに来たの?」

「貴女達に用事はありません。私が見に来たのは、そこで眠ってるお姫様よ」

「あっそう。なら、私達は帰るとするわ」

「……霊夢」

 

 紫は霊夢を呼び止めた。

 その声は、先ほどとは異なり優しい類のものだった。

 

「よくやったわね」

 

 そう言って微笑む紫の顔は、『幻想郷の管理者』や『妖怪の賢者』と名高い妖怪の顔ではなかった。

 娘の活躍を喜びながらも、心配を隠しきれていない……そんな嬉しげで不安げな母親の顔だった。

 少なくとも私は、そんな風に感じた。

 

 霊夢はそれを見て、ふんっと鼻で笑うと何も言わずに足を進めた。

 それはただ呆れているようにも見えるが、照れ隠しであることは明らかだった。

 それを察したのか、霊夢はさらに歩みを早め、終いには何も言わずに飛んで行ってしまった。

 私は魔理沙の箒に乗せてもらい、2人で慌てて霊夢を追った––––

 

 

 ◆◇◆

 

 

「いやー、あのときの霊夢は本当に可愛かったよ」

 

 酒を片手にそう語るのは霧雨魔理沙だ。

 そしてここは博麗神社、幻想郷の境である。

 桜の様子も、愈々(いよいよ)もって満開から狂い咲きへと、変化しようとしていた。

 

「あんた、その話一体何度目よ……」

 

 初めのうちは魔理沙が語る度に恥じらいを見せていた霊夢だが、今では慣れたようで、軽く流すようになっていた。

 そんな魔理沙の話だけでなく、連日に近い程の花見も、徐々に新鮮味が薄れ、日常へと変化していた。

 

 しかし霊夢は、それが日常に近ければ近い程、また生活にとって無駄であればある程、それが風情である、という事を感得していた。

 

「花見はいいけどね」

「いいけど?」

「最近、亡霊が増えた」

 

 そう嘆く霊夢の隣にいるのは、今回の異変の主犯––––西行寺幽々子である。

 

「もう、花見も幽霊見も飽きたぜ」

「みんな、久々の顕界(げんかい)で、浮かれてるのよ。たまにしか出来ない観光だわ」

「良かったな、この神社にも参拝客が来て。大勢」

「でも、誰もお賽銭を入れていかないわ」

 

 茶化す幽々子と魔理沙を尻目に、霊夢は一つ大きな溜め息を吐いた。

 

「幽霊は、誰も神の力なんて信じていないって。神社なんかを巡るのは学生霊の修学旅行かなんかよね」

「やっぱり、祓おうかなぁ」

 

 少しだけ怒りを露わにしながら、霊夢は一口酒を煽った。

 見渡せば沢山の幽霊がいる。

 人が滅多に訪れない神社は、何時の間にか霊たちの観光スポットとなっていた。

 

 ––––そのとき、場違いな格好をした一人の人間が神社を訪れたのだ。

 

「こんな所にいた。亡霊の姫」

 

 甲高いヒールの音を鳴らしながら階段を登ってきたのは、紅魔館のメイド––––十六夜咲夜である。

 

「私? メイド風情がこんな所まで何の用?」

「こんな幽霊だらけの神社に人間とは、場違いだぜ」

「こんなとは失礼ね!」

 

 ケラケラと笑う魔理沙と、そんな彼女に怒りをぶつける霊夢。

 そんな2人を尻目に、咲夜と幽々子は睨み合っていた。

 

「貴女が、ひょんな所でのん気に花見してるうちに、巷は冥界から溢れた幽霊でいっぱいだわ。何を間違えたか、(うち)の近くまで来ていたから、貴女に文句を言うために探したのよ」

「私だって、ただひょんな所でお茶を濁しているだけじゃないわ。もうすでに、冥府の結界の修復は頼んであるわ」

 

 幽々子は咲夜から視線を逸らすと、一口酒を飲む。

 のん気というより、何も考えていなそうな顔をする幽々子に咲夜は呆れていた。

 ふと思いついた疑問を魔理沙が問う。

 

「ならなんで、ひょんな所でのんびりしてるんだ? 帰れなくなるぜ?」 

「そうねぇ、どうしましょうか」

「そもそも、ひょんなって何よ」

 

 少し苛立つ霊夢。

 そんな事はつゆ知らず、また1人、亡霊姫をたずねてくる者がいた。

 いや、1人ではなく、2分の1人かも知れないが。

 

「幽々子様! また、()()()な所に居て……それより大変です」

「あなた、さっきの私達の会話聞いてたみたいね」

 

 霊夢のつぶやきに疑問符を浮かべるも、妖夢は幽々子への言葉を続けた。

 

「とにかく、あの方に結界の修復を頼んだのに、まだ寝ているみたいなんですよ」 

「あいつは、冬は寝るからなぁ。でも、もうとっくに春になってる気がするけど」

「春になったのは、地上ではまだ最近です」

「あんたらの所為でな」

 

 2人の会話を聞いていた魔理沙が、ため息混じりに呟いた。

 

「でも……紫のやつ、この前起きてたような」

「彼女の冬眠は、一般的の冬眠とは違うから。あれはただ、冬に睡眠時間が長くなる程度の冬眠なのよ。だから……じきに起きて来るわ。毎年の事じゃない」

「遅れる分にはいいんですけどね」

「「「あんまり良くない」」」

 

 霊夢、魔理沙、咲夜の三人が口を合わせてそう言った。

 

「ただ、代わりに変な奴が冥界に来ているんです」

 

 妖夢はそれを気にする様子も見せずに言った。

 

「あの方の、何でしたっけ? 手下? 使い魔? そんな様な奴が、好き勝手暴れてるんですよ」

「そんなん、その刀で()()()()しちゃえば?」

「まさか、滅相もございません。幽々子様の友人の使いだって言ってる者を、斬ることなんて出来ないですよ」

「なら、私が懲らしめてあげようか?」

 

 霊夢は手に持っていた(さかずき)を干すと、唐突にそう言った。

 

「なら、私がすぱっと」

「すぱっと」

 

 咲夜と魔理沙も、霊夢に続く。

 

「それなら、任しておきましょう」

「良いんですか? 友人の使いですよ?」

「友人の使いは友人ではないわ」

 

 クスクスと幽々子が笑う。

 その側で妖夢は小さくため息を吐いた。

 

「みんなが冥界に行ってくれるなら、私は行かなくてもいいわね」

「何言ってるのよ、私も忙しいの」

「私はかまわないが、皆の代わりに行く気は無いぜ。ここは一つ、ジャンケンで決めるってのはどうだ?」

「ありきたりね」

「ありきたりだわ」

「ジャンケンで、後出しをしなかった奴が行く」

「それでいいわ」

「いいわよ」

「ジャ~ンケ~ン・・・」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 三人は、薄くなった冥界との境を行き来し、何故か冥界の秩序を保つ羽目になっていたのだ。

 三人が出かけている間も、亡霊の姫はここみょんな神社に居たり、いなかったりと、好きな様に生活していたのだ。

 

「それから、妖夢。使い魔じゃなくて、式神よ。似たようなもんだけどね」

「幽々子様はなんでほったらかしにしてるんですか?」

「あら、庭の掃除は誰かに任せっきりですけど」

「 み ょ ん 」

 

 

 ◆◇◆

 

 

「はぁ、面倒ねぇ」

「お前、自分から引き受けてたじゃないか」

「酔ってたのかも。冷めたら何だか面倒になってきたわ」

「相変わらず、いい加減な奴だぜ」

 

 私は魔理沙の後ろで箒に乗りながら、2人の会話を聞いていた。

 まさかもう一度、こんな風に3人で遠方に出向くなど思ってもいなかった。

 以前と違うことといえば、冥界から取り戻した春で当たりが一面桜色に染まっていることだろう。

 暖かい風がとても心地よく感じられていた。

 

「そろそろ冥界か……それにしてもこの結界、お粗末なことこの上ないな」

「それは紫に言ってやりなさいよ」

「あいつの結界術はこんなもんなのか」

「……そうね。こんなものよ」

 

 霊夢は何かを含んだような言い方をしていた。

 私はそれに気づいたが、特に興味もなかった。

 

「とにかく、また上を乗り越えさせてもらおうぜ」

 

 そう言って魔理沙は、結界を上から通過した。

 霊夢も後に続く。

 

「はぁ……ほんと、嫌になるくらい長い階段だぜ」

 

 飛んでいるとはいえ、その終わりが見えないほど長い階段は、嫌悪感を覚えるものだった。

 尤も、この地が生きた人間に合わない所為もあるだろうが。

 

「でも……今日は幽霊があんまりいないのね」

「そういや、そうだな。私達にビビってんじゃないのか?」

 

 辺りを見回す私に、魔理沙は少し笑いながらそう言った。

 以前は幽霊達がせかせかと動き回っていたのが印象的だったが、今回は全く気配がしない。

 そもそも、幽霊に気配があるのかは疑問だが。

 

「止まれ! 人間共!」

 

 不意に声が聞こえた。

 

「止まれと言われて止まるやつがあるのか?」

「ある」

「例えば?」

「お前達」

 

 私達はその声の主の目の前に降り立った。

 声の主は、先の異変で戦った化け猫であった。

 

「いつぞやの猫。またやられたいの?」

 

 私はクスッと笑いながら、化け猫の少女に言った。

 

「また馬鹿にして……今日は、この前のようにはいかないから!」

「へぇ……?」

「ここであったが100年目! 今日は憑きたてのほやほやだよ!」

「まだ、10日くらいだ」

「というか、この冥界にいるってことは……死んだのかしら?」

「またまたまた馬鹿にして〜〜!! さっさとかかって来い、返り討ちにしてやる!」

「だとよ、咲夜」

「また私がやるの?」

「お前がやらないなら私がやるぜ?」

「別に、私はそれでもいいのだけど……」

 

 少女はジッと私のことを見つめていた。

 

「貴女は私がお望みみたいね」

 

 私はナイフをスッと取り出すと、それを少女に向けてみせた。

 頼んだぞ、と言うように私の肩を叩く魔理沙は、霊夢と共にその場から少し離れた。

 それを見てから、私はポケットから二つの球体を取り出した。

 例の魔力ナイフを排出する銀色の星印が付いた青い球体である。

 

「今度こそ、返り討ちだ!」

「どちらかというと、向かってきてるのは貴女じゃない?」

「うるさい!」

 

 

 ––––鬼符「青鬼赤鬼」

 

 

 少女は青と赤の大きな弾幕を真横に発射すると、ある点で向きを変え、それを一直線に前方に飛ばした。

 それは私を狙っているようには思えず、私の真横を通り過ぎて行く。

 しかし、その大きな弾幕からは小さな弾幕が無数に排出されており、それらが私に向かって飛んできていた。

 それを避けることは、難しいことではなく、私は余裕を持って躱していた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「あの猫、以前に会った時よりも頭が良くなってるのか……?」

「頭がいいというよりは、咲夜を対策しているだけのような気もするけど」

「たしかに、咲夜の弱点をしっかり突いている。前回はまぐれ(・・・)だったが……今回は狙ってるな」

「ええ。今回ばかりは、舐めてかかると痛い目見るわよ……咲夜」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 第2波が発射された。

 先ほど発射されたものよりも、さらに私に近い軌道で迫ってくる。

 まるで私に避ける隙を与えないように、だんだんと私の可動域を狭くしていた。

 

「お前は空を飛べない、だから上には避けられない!」

 

 得意げに叫ぶ少女。

 事実、私は避けるのが辛くなっていた。

 空を飛べない私は、どうしても2次元平面での戦いを強いられてしまう。

 そのため『上下に避ける』ということが叶わず、このように左右から攻められると回避が難しくなるのだ。

 

「これで終わりだよ!」

 

 少女は第3波を発射した。

 それはやはり、先ほどまでのものよりも内側を通って私の真横を通過した。

『左右に避ける』ことすら叶わなくなった私は、『前後に避ける』という1次元的な動きしかできなくなっていた。

 

「……ふふっ」

 

 そんな中で、私は笑っていた––––



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第30話 妖々夢EX part2

前回から時間が少し空いてしまって申し訳ありませんでした……
これから少しの間、いつも以上の亀更新が続く可能性があります。
本当に申し訳ありませんが、気長に待って頂けると幸いです。
こんな作品ですが、これからも『紅魔女中伝』を宜しくお願い致します。
それでは、本編をどうぞ!!!






 

 

 

 

「迎えに来たわよ〜」

「もう。待ちくたびれちゃったわ」

「ゆ、紫様?」

 

 霊夢、魔理沙、咲夜の三人が神社を後にしてから1時間以上経った頃。

 冬眠から目覚めた紫が、神社の縁側でお茶を啜っていた幽々子と妖夢の前に突如として現れた。

 2人の真後ろにスキマを作り、そのスキマの淵に腰掛けながら、紫は2人に声をかけた。

 

「さあ、いらっしゃい。楽しい宴が始まるわよ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「どうして、どうしてよ……」

 

 化け猫の少女は焦りを覚えていた。

 確実に仕留めつつある敵が、なかなか仕留められない。

 確かに相手を追い詰めることはできている。

 しかし、最後の一押しが足りなかった。

 

 ––––気づけば咲夜は、少女の目の前まで迫っていた。

 

「スペルカード、取得ね」

 

『上下』に加え『左右』に避けることすら叶わなくなった咲夜であったが、それでも『前後』に避けることは出来た。

 時たま後退することはあっても、基本的に前進して避けていた咲夜は、こうして少女の目の前に立っていた。

 そして咲夜は、ほぼゼロ距離で少女にショットを浴びせる。

 堪らず少女は距離を取り、弾幕は掻き消された。

 時間内での撃破––––スペルカード取得である。

 

「くそ……人間なんか、人間なんか!!」

 

 

 ––––鬼神「飛翔毘沙門天」

 

 

 少女は()()()と同じように身体を丸めた。

 しかし今回はあの時とは異なり、直線的な動きではなく円を描くような動きであった。

 咲夜をその円の中心に誘い込むように、弾幕を撒き散らしながら回り込んで来る。

 

「貴女にしては頭を使ったようね。でも––––」

 

 少女がもし以前のような直線的な動きと同じスピードで動けていれば、咲夜を円の内側に入れることは可能だったかもしれない。

 しかし、回り込むように動いてしまっているせいで速度が出ず、咲夜は難なく円の外側へと回避できた。

 そうして咲夜は円の内側に入らず、少女にショットを浴びせ続けた。

 

「く、くそ……くそぉ…………」

「このスペルも取得ね。さあ、通してくれる?」

「お前なんか、藍様に……」

「ラン様?」

「……次は勝つんだから!」

 

 少女はそういうと、何処かへ飛んで逃げていった。

 咲夜に追う意思はなかった。

 

「完全勝利だな、咲夜」

「……あの程度の相手、当然よ」

「それでも喜ばなきゃ。だってこれは弾幕ごっこなんだぜ?」

「ふふっ……そうね」

 

 ––––弾幕ごっこを楽しむ。

 そんな簡単なことが、咲夜にとっては苦手なことで、そして最近出来るようになったことだった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「いつ来ても、本当に長ったらしい階段ね」

「まあまあ、もうすぐ着くぜ」

 

 他愛もない会話をしながら飛んで行く私たちだが……3人とも違和感を感じていた。

 大きな妖力が降り注いでくる感覚。

 異変の時には感じなかったものだ。

 

 

 ––––この先にいるのは、幽霊ではない。

 幽霊なんかよりもずっと恐ろしい何かだ––––

 

 

「あー、それにしても」

 

 魔理沙が口を開く。

 

「本当に騒がしいな」

 

 幽霊達が飛び回っていた。

 普段は気配を感じない彼らだが、今日に限ってはしっかりと目視すらできる。

 そして彼らは、何かに恐れを感じているように震えながら慌てふためいているように見えた。

 

「何者かが暴れてる……妖夢の言っていたことは間違いではないようね」

 

 霊夢がそう呟くと同時に、先ほどから感じていた妖気がさらに大きくなった感じがした。

 そして、その妖気の主が姿を現わす。

 それは、頭に特徴的な2つの尖りを持つ帽子をかぶり、どこか八雲紫を思わせるゆったりとした服を身につけた金髪の少女だった。

 しかし何よりも特徴的なのは九つの尻尾であった。

 大きく扇状に広がるその尻尾は、見る者を圧倒するほど優美で且つ風格がある。

 

「今夜も、楽しい宴の準備〜」

 

 彼女の立ち振る舞いから、一体どんな奴なのかと身構えていた私たちは、なんだか間抜けとも取れるその発言に、少しだけ拍子抜けしてしまった。

 

「おおう、人間発見」

 

 しかし感じる妖気は尋常ではなく、威厳を感じる妖獣であった。

 先程の化け猫とは比べモノにならない、格上の存在であることが感じられた。

 それ故の余裕が、彼女からは感じられる。

 

「宴の準備が楽しいのか? 変わった奴だな」

「何言ってるの。"楽しい宴"の準備さ」

「物事は準備が一番楽しい。いや、そういう奴も居るんでね」

 

 魔理沙はフンッと笑いながら、私の方をチラりと見る。

 別に私は、準備が楽しいとは思って…………いや、思っているかもしれないか。

 

「人間の匂いがすると思って来てみれば、人間が3人も……んん?」

「何よ……?」

 

 少女は私を見ると、怪訝な顔をして尋ねた。

 

「お前、人間か?」

「……そのつもりよ」

「人間の匂いがするんだが……やっぱり、違うのか?」

「違わない」

「まあいい。見た感じ、生きているようだが……お前達、死んでいるのか?」

「見た感じで結構だけど––––貴女は見た感じ狐に見える」

「ふんっ……貴女は見た感じ犬に見える」

「見た感じでモノを言うな」

 

 ふははっ、と少女は少し大袈裟に笑ってみせた。

 

「まったく……おかしなことを。まあ、私も畜生どもと一緒にされたくはない」

「そんな無駄話置いといてさぁ……」

 

 突然、霊夢が私達の会話に割り込んできた。

 かなりイライラしているように見える。

 

「ここで暴れてるのって、あんたでしょ? さっさとあんたを退治して、花見に戻りたいわ」

「暴れてる……? 失敬な。私は報復に来ただけだ」

「それが暴れてるってことでしょうが。猫の次は狐……はぁ、いつからここは畜生界になったんでしょ」

「猫……だと? お前が橙を酷い目に遭わせた人間だな?」

「そうだっけ?」

「橙は私の式神。今は回復して、もっと強くなっているわ」

「……強かったっけ?」

「そうか……やはり私はお前が嫌いだ」

「いきなり何よ」

「なんでもない。さあ、報復をさせてもらおうか」

「はぁ……私、そのチェンとやらの相手はしてないんだけど?」

「……何?」

「あんたがさっき話してたこのメイド。こいつがチェンとやらの仇よ」

「ほう……だが、お前もその仲間であることには違いない」

「まあ……そうなのかな?」

「ならお前も成敗してやる。いや、面倒だ。3人まとめてかかってこい。」

「随分と舐められたもんだなぁ」

 

 ふと、魔理沙が言葉を挟んだ。

 

「私たちを同時に相手にするだって? そいつはお前の主人だってキツイと思うぞ?」

「ほう、紫様を侮辱するか。いい度胸だな」

「ああ、侮辱してやろう。あんな寝坊助に私たちの相手は務まらないさ。その式神ってんなら言わずもがなだぜ」

「ん? 私が式神だなんて、言ったかな?」

「違うのか?」

「いいや、違わない。私は八雲紫様の式神、八雲藍だ」

「なるほどね。あの猫は妖怪の式神の式神なのか……そんな程度じゃないかと思ったよ」

 

 私がそう言うと、藍の眼光は鋭く光り、その目が私を捉えた。

 

「貴様、橙をも侮辱するつもりか……ますます3人とも返り討ちにしてやりたくなった」

「はぁ、確かにあの猫は貴女の式神みたいね。思考が似てるわ」

「なんだと?」

「つまり、返り討ちにされるのは貴女ってことよ」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 私は時を止めた。

 この感じ……昔は何度もしていたのに、今ではあんまりやらなくなってしまった。

 1番近いので、妖夢にやった時だろうか?

 

 まあ、そんな下らない話はどうでもいい。

 

 このまま藍に近づいて、首元にナイフを当てるのはかなり容易いことである。

 殺せるかどうかは別にして。

 しかし、この戦いは"弾幕ごっこ"である。

 弾幕ごっこのルールに則るのならば、私の取るべき行動は–––––

 

「そして時は動き出す」

「……ッ!」

 

 私は大量の弾幕用のナイフを、藍を囲うように設置していた。

 逃げる隙間の無いように思える攻撃に彼女は一瞬だけ目を見開いたが、直ぐに口角を上げた。

 

「フンッ、甘い!」

 

 藍は全方位に弾幕を発射し、私のナイフと相打ちさせた。

 しかし私のナイフの方が物量が多く、幾らかは藍に向かっていったものの、あっさりと避けられてしまった。

 

「いやぁ、驚いた。時を止めるとは聞いていたが、実際に見るのは初めてでね。まあ所詮は子供騙しか」

「私も驚いたわ。咄嗟にあの量の弾幕を吐けるんですもの。まあ子供騙しと謳う私のナイフよりも少ないですけど」

 

 私たちは睨み合う。

 

「ははは、バチバチだな。私も混ぜてくれよ」

「はぁ……めんどくさいことには変わりないけど、どうせならさっさと終わらせたいわね」

 

 魔理沙と霊夢が、私の両脇に立つ。

 魔理沙の手には八卦炉が握られており、銃口は藍へと向いていた。

 そして、不敵な笑みを浮かべた藍が言う。

 

「さあ、宴の余興を始めようか」

 

 

 ––––式神「仙狐思念」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「いらっしゃいって……ここ、白玉楼じゃないですか」

「でも、準備をしたのは私たちよ?」

「紫様、絶対にしてませんよね?」

「あらら……ねぇ幽々子〜〜妖夢がいじめるぅ〜〜」

「妖夢、もっと言ってやりなさい」

「ゆ、幽々子!?」

 

 突然連れて来られた妖夢は少し不満を漏らす。

 紫に反抗的な態度を取っているのは、先ほど紫に驚かされたからであることは紫も幽々子も気が付いていた。

 そんな不機嫌な妖夢だが、白玉楼をしっかり見渡すと、これから始まる宴に心を躍らせていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「それにしても––––」

 

 八雲紫は深くため息を吐いた。

 日頃から頑張ってくれている愛する式神について、今日は小言を言わねばならない。

 そんなことで藍が私への服従を示さなくなるとは思わないが、やっぱり嫌なものは嫌なのだ。

 何より、楽しい宴が台無しになる。

 しかし、今回のことについては今言うべきだし、言わなくてはいけない。

 

「––––霊夢達を3人同時に相手するなんて……流石に驕りすぎよ、藍」

「申し訳ありません、紫様」

「それに霊夢達と戦った理由が、私怨たらたらで情けない……式神としては不適切ね」

「すみません、紫様」

「貴女……本当に反省してる?」

「も、勿論で御座います」

 

 藍は珍しく(ども)っていた。

 紫様に迷惑をかけるだけでなく、紫様の顔に泥を塗るような行為だと反省している反面、橙を虐めたということに対する恨みが拭いきれていなかった。

 

 しかし、藍自身も3人の強さを認めざるを得なかった。

 霊夢の反則的な勘と天才的な身のこなし。

 魔理沙の並の天狗になら劣らないスピードと高火力の弾幕。

 咲夜の正確無比なサポートと時を止めるという高次元の能力。

 初めこそは何とか善戦したものの、結果は惨敗であった。

 1人1人が強い上に、連携もそれなりに取れていた。

 橙が負けるのも、納得がいく。

 

「はぁ……まあ、もうこの話は終わりにしましょう。せっかくの楽しい宴なんですもの」

 

 場所は白玉楼。

 西行妖こそ散ってしまって寂しげに木肌が丸出しになっているが、それ以外の桜が満開になっている。

 日は既に沈み、あたりは月明かりに照らされていた。

 博麗神社での花見の続きを、今度はここの夜桜で行っていた。

 

「さて、藍はあのメイドちゃんを手伝ってあげなさい。さっきから1人でせっせと働いてるわ」

「……畏まりました」

「それと––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「おい、人間」

「何よ、妖狐さん?」

「紫様の命令だ。私も手伝おう」

「別に、私1人で宴会は回るわよ」

 

 私のこの言葉は、八雲藍を邪険に扱うつもりも、強がっているつもりも無かった。

 この場が私だけで十分なのは事実だし、例え手伝うと言ってきたのが霊夢であったとしても、私は断っていただろう。

 まあ、表情や言葉尻は違っていたかもしれないが。

 

「––––悪かった」

「…………はぁ?」

 

 突然だった。

 八雲藍が、いきなり頭を下げた。

 

「橙を虐めたなどと言って、お前達には迷惑をかけただろう」

「あー……別にいいわよ。それに、貴女本気で悪いと思ってないでしょ?」

「……ふふっ、そうだな。まだお前達が憎いさ。でも、私は負けたんだ。それに紫様にも叱られて––––」

 

 八雲藍はそこでひとつ溜息をつき、言葉を切った。

 

「とにかく、これは私なりのけじめだ。悪かったな––––咲夜」

 

 私の名を呼んだ。

 人間を見下している発言の多い彼女が、とある人間の名を呼んだのだ。

 

「はぁ……顔をあげなさい」

 

 藍は私をまっすぐ私の目を見た。

 私は少し逸らしてしまった。

 

「さあ、手伝ってもらうわよ––––藍」

「あ、ああ……!」

 

 

 

 幻想郷における、異変の完全解決。

 これは大宴会が始まることと同値である––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編 『宴会妖々夢』

 

 

「咲夜遅いねぇ……何かあったのかな?」

「……そうねぇ。きっと、道草でも食ってるのよ」

「咲夜が? まさか」

「ふふっ、そのまさかかも知れないわよ?」

 

 レミリアとフランは、妖精メイドの用意した紅茶を飲みながら咲夜の帰りを待っていた。

 咲夜に下した命令は1つだけ。

 

 ––––死霊共がうろついててうるさいから、亡霊の姫に文句を言ってきなさい。

 

 そして私は、例の弾幕ごっこ用の青い球体––––ちなみに私は"マジカル☆さくやちゃんスター"と呼んでいる––––を持たせた上で咲夜を向かわせた。

 それが暗に"弾幕ごっこをする必要に迫られる"ということを意味していることは、咲夜にも伝わっていることだろう。

 だからこんなにも、帰りが遅いのだ。

 もう日は沈んでいる。

 

「もぉ……私、お腹空いたよ〜」

「もう少し待ってなさい。もうすぐ食事の時間だから」

「え……?」

 

「––––ごめんあそばせぇ」

 

「うわっ!?」

 

 フランは驚きを隠せなかった。

 それもそのはず、突然真後ろから声が聞こえたのだ。

 しかしレミリアは動じることなく、不敵な笑みすら浮かべて、その怪奇現象を目の当たりにしていた。

 

「準備はできたのか?」

「ええ、それはもう」

「よしフラン、行くぞ。今日がお前の、幻想郷デビューだ」

「え……?」

 

 レミリアはフランの手を取ると、迷うことなくその()()()に足を踏み入れた。

 フランも続いて、足を踏み入れる。

 フランは不安で一杯だった。

 しかし繋がれた姉の手をしっかりと握りしめ、そのスキマをくぐり抜ける。

 すると––––

 

 

「うわぁ……!」

 

 

 ––––見渡す限りに広がる満開の桜が、月明かりに照らされていた。

 それは美しく幻想的な光景であった。

 フランドールは初めて見る外の世界に、心を躍らせていた。

 

「はじめまして。かわいい吸血鬼の姉妹さん」

 

 そんな2人に声をかける者がいた。

 彼女は桜の花びらのようにフワフワとした雰囲気を持つ、夜桜のように妖艶な桃色の髪をした少女だった。

 

「貴女が噂に聞く亡霊の姫ね……? はじめまして」

「知っているとは思うけれど、一応自己紹介をするわね。私はこの白玉楼の主、西行寺幽々子よ。今日は大宴会、楽しんで行って下さいな」

「私は紅魔館の主、レミリア・スカーレット。こっちは妹のフランドール・スカーレットだ。言われなくとも、存分に楽しませてもらうつもりさ」

「––––お嬢様、妹様、どうぞこちらへ」

「あ、咲夜だ!」

 

 突如として現れた咲夜は、レミリアとフランの席を用意し、酒と料理を並べた。

 レミリア達が腰をかけると、一礼した後に忙しなく戻って行った。

 その光景を見ながら、幽々子と紫も同じように腰を下ろした。

 咲夜はさっさと、準備に戻ってしまった。

 

「あのメイドちゃん……名前は咲夜だったかしら? とっても優秀な子ねぇ。うちに譲ってくれないかしら?」

「譲らないさ。咲夜は私達の家族だからな。それに、ここには半人半霊とやらがいるんじゃないのか?」

「妖夢は庭師ですもの。メイドじゃないわ」

「あら幽々子。身の回りの世話はぜーんぶ妖夢に任せてるくせして」

「だってぇ、あの子なんでも出来るんだもの」

「なぁに? うちの子凄い自慢でもするつもり?」

「別にそんなつもりじゃないけど……霊夢は家にはいらないかなぁ」

「な、何よその言い方!」

「いや、私は欲しいぞ。是非ともアレを私のモノにしてみたいものだな」

「させるか!」

「あら……? そういえば妹ちゃんはどうしたの?」

「ん……? フ、フラン!?」

「あぁ、フランドール嬢ならあそこですわ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ひ、久しぶり……」

 

 俯きながら恥ずかしそうに話しかける少女。

 彼女の名前はフランドール・スカーレット。

 495年ほど幽閉されていた彼女は、外の世界を知らない。故に、人との関わりを知らない。

 そんな彼女が、家族以外の知り合いに声をかけようとしていた。

 

「ん……? ああ、お前は紅魔館の妹君!」

 

 彼女が声をかけたのは、霧雨魔理沙。

 よく紅魔館へ侵入(訪問)する魔理沙は、フランの数少ない知り合いの1人だった。

 

「フランドールよ。フランドール・スカーレット」

「おお、そうだったそうだった。館の外に出られるようになったのか?」

「そうみたい。今日が初めてのお外よ」

「そうかそうか、そいつは目出度(めでた)い。じゃあ、お前も一緒に飲むか、フラン?」

「うん! ありがとう、魔理沙!」

 

 フランの手にはワイングラス、魔理沙の手には日本酒の注がれた御猪口(おちょこ)

 なんとも不格好ながらも、彼女たちは盃を交わした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「あら霊夢、1人?」

「……咲夜か」

 

 白玉楼の縁側に1人腰掛け酒を飲む霊夢に、私は声をかけた。

 暇そうな霊夢の隣に腰掛けると、霊夢は私に酒を注いだ。

 そして小さく乾杯し、酒で喉を濡らす。

 次に口を開いたのは霊夢だった。

 

「宴会の準備はもう終わったの?」

「お酒の準備も、料理の準備も終わったわ。宴会中は藍が働くって言うから……今日のお詫びとかで」

「ふーん。それであんたも暇って訳だ?」

「まあそうね。でも貴女が1人なんて珍しいわね。いつもなら魔理––––」

 

 ふと見ると、魔理沙が妹様と談笑しているのが見えた。

 妹様は、いつも図書館に来る魔理沙を興味深く観察していた。

 やっと話す機会ができて、とても嬉しそうに話していた。

 魔理沙も人当たりのいい性格をしているし、話しやすいのだろう。

 妹様の笑顔が輝いていた。

 

「––––ふふっ、妹様に取られたのね?」

「取られたっていうか……別に」

 

 妹様の笑顔とは対照的に、霊夢は少し不貞腐れたような表情を浮かべていた。

 

「貴女達、本当に仲が良いわよね。昔からの付き合いなの?」

「まあそうね。小さい頃から知ってるわ。あんたには、そういうのないの?」

「あると思う?」

「いや、全く」

「ふふっ……その通りなんだけど、その返答はムカつくわね」

「ごめんごめん。でも、あんたは人を寄せ付けなそうだから」

「まあ、間違ってないわね。でも……どうしてかしらね?」

「私に聞かれても困るわよ。ちっちゃい頃に何かあったとか?」

「そうなのかしら? 知らないのよねぇ」

「……知らない?」

 

 霊夢は怪訝な顔をして私に尋ねた。

 確かに、今の話の流れなら"知らない"ではなく、"分からない"と答えるのが正解な気がする。

 しかし、私には"知らない"と答える理由があった。

 

「––––幼い頃の記憶がないのよ、私」

「え……?」

「1番古い記憶は……5年くらい前の記憶かしらね」

「記憶喪失とか、全健忘とかの類いかしら?」

「さあ? 分からないけど、何も知らなかったの」

 

 私は酒を一口飲んでから、言葉を続けた。

 

「––––でも、自分の生きる術だけは何故か感覚的に知っていたわ」

「生きる術?」

「こんなことを言ったら、貴女がどう思うか分からないけど……私、殺人鬼なのよ」

「さ、殺人鬼……?」

「人を殺してお金を奪って……そんな感じで生活してたわ」

 

 幻想郷に来て、初めて誰かに打ち明けた事だった。

 もちろんお嬢様や八雲紫など、私の素性を知っている者は居るが、こんな風にして自ら打ち明けた事はなかった。

 誰かを信頼するなんて、あの頃の私には考えられなかっただろうが……少なくとも、霊夢は信頼しているのかもしれない。

 いや、信頼とはまた別の類か?

 私は霊夢に抱くこの感情の正体を、正確にはまだ知らない。

 だが、好意に近い何かだという確信は持っていた。

 

 そんな霊夢に、私が殺人鬼だと打ち明けた。

 私は少し怖かった。

 何が怖いのかは分からない。

 ただ、打ち明けることが怖かったのだ。

 正確に言えば、霊夢の返事が怖かった。

 

 長い沈黙だった。

 いや、実際は大した時間ではないのだろう。

 私の恐怖心が、時間を遅らせているような気がした。

 そしてゆっくりと、霊夢が口を開く。

 

「あぁ、納得」

「……………それ、侮辱してるの?」

 

 こんな私の内心など気にもしていない様子で、霊夢はあっけらかんと答えた。

 

「いや、あんたの能力って、暗殺向きだし。性格的にも、人を殺すのに躊躇いがなさそうだし」

「まあ、そう言われると何も言い返せないわね……」

 

 先程まで恐怖を抱いていた自分が無性に恥ずかしくなるほど、霊夢は何事もなかったかのような顔で酒を一口のんだ。

 私はもう一度、ゆっくりと言った。

 

「とにかく私は……殺人鬼なのよ」

「––––殺人鬼()()()ではないのね」

 

 酒を喉へ流し終えた霊夢が、そう言った。

 私は少しだけ戸惑ったが、すぐに答えは出た。

 

「もし、ここを離れて外の世界に戻るようなことがあれば……私はあの生活に戻るでしょうからね。それが1番楽だし、その生き方しか知らないのよ。楽しかったってのもあるしね」

「へぇ……」

「案外、引いたりしないのね?」

「まあ……正直、ピンときてないもの」

「貴女らしいといえばらしい……のかしら?」

「さあね」

 

 私は安堵していた。

 なんとなく、霊夢に対して抱く感情の種類が分かった気がした。

 

「それより……1つ引っかかったんだけど」

 

 ホッとしている私を尻目に、霊夢が言う。

 

「何かしら?」

「最古の記憶は5年前……なのよね?」

「ええ」

「なるほど、5年前か……」

 

 霊夢は少し考えているような素振りを見せた。

 

「……どうしたの?」

「大したことではないと思うけど––––」

 

 霊夢は言葉を続ける。

 

「––––レミリアが幻想郷に来たのが、ちょうど5年くらい前の話なのよね」

「…………関係あるの? それ」

「分からない。なんとなく?」

「お得意の勘ってやつかしら?」

「そうかもね」

「それより、お嬢様が5年前にきたって、何故霊夢は知ってるの? 紅霧異変までは、結界で覆われていたはずなんだけど……?」

「あら、あんたは5年前の"吸血鬼異変"を知らないの?」

「吸血鬼異変……?」

「そう。レミリアが幻想郷に攻め入った異変よ。その時の私はまだ小さかったし、紫が友人とやらを呼んで解決したらしいけど」

「お嬢様が……5年前にそんなことを……?」

 

 

 ––––あれからもう既に5年は経っているぞ?

 

 ––––たったの5年ですわ、我々妖怪にとっては。

 

 

「なるほど。あれはそういうこと……」

「何か思い当たる節でも?」

「ええ。ちょっとね……」

「ふーん」

 

 あれはまだ、霊夢と知り合う前のことだ。

 なんだか、遠い昔のように感じられる。

 それほど私が変わったということなのだろうか?

 

 私が少し感慨に浸っていると、思い出したように霊夢が尋ねた。

 

「それでさ、あんたはどうして幻想郷に来たの?」

「あー、それね。今思い出しても、かなり謎なのよねぇ」

「どういうこと?」

「さっきも言ったけど、私は外の世界で殺人を繰り返していたわ。そんな時に、八雲紫が現れたのよ」

「紫が……?」

 

 霊夢が目を丸くした。

 

「そう。その時点でも、今考えたら意味がわからないのだけどね」

「それで?」

「彼女は言ったわ。"レミリア・スカーレットを殺せ"ってね」

「…………はぁ?」

 

 キョトンとしたような顔から、今度は疑うような顔に変化した。

 こうして見ていると、霊夢は表情豊かで面白い。

 内心少し微笑みながら、私は説明を続けた。

 

「それから私は、紫のスキマで幻想郷に来たわ。そして紅魔館に侵入して……もう少しってところでお嬢様に敗れたの」

 

 まるで私でない誰かの事を話しているように感じるほど、なんだか遠い昔のような、他人事のような事に思えてしまった。

 何故だろうか?

 

「あー……なるほど。それで、"殺すために仕えてる"ってことになるのね」

「そう……ね」

「何? 違うの?」

「いいえ、合ってるわ。合ってるけど……」

 

 私は口ごもる。

 どうしてかは分からなかった。

 だが、霊夢がその答えを言った。

 

「––––殺意が湧いてこない?」

「ッ……」

 

 私はついに何も言えなくなった。

 少しの沈黙の後で、絞り出すように私が口を開いた。

 

「……はぁ、心でも読めるの?」

「勘よ」

「ほんと便利ね、それ」

「まあね。私も頼りにしてる」

「ふふっ、なにそれ」

「だって実際、頼りになるから」

「それはそうかもしれないけど……」

「そんなことはどうでもいい。あんたの話を聞かせなさい」

「はぁ……わがままな人」

「うるさいわね」

「まあいいけど。そうね……貴女の言う通り、殺意が湧いてこなくなったのよ。元を言えば、私は私の生活の為に人を殺していただけだったし。いつしか楽しむようにはなってたけど」

「紅魔館でレミリアに仕えていれば、衣食住には困らないものね?」

「そうそう。もう今じゃ、私のプライドしか殺す理由が無いのよね」

「それ、かなり大きな理由に思えるけど。特にあんたの場合は」

「まあ……否定はしないわ。できないし。だけど……ああ何度もへし折られたら、私のプライドも()たないのかも」

「へぇ……プライドの塊みたいな咲夜がねぇ」

「それに私、お嬢様が…………」

「……レミリアが、何?」

「いいや、なんでもないわ。忘れて」

「…………」

「まあでも、殺す努力はしているわ。それが今の私の生きる意味だと思ってるし」

「あんた、変わり者ね」

「貴女には言われたくない」

「まあ、なんとなく十六夜咲夜っていう人間がわかった気がするわ」

「すごいわね。私はまだ分からないことだらけなのに」

「自分では気がつかないことも沢山あるのよ」

「そんなもんかしらねぇ……」

「そんなもんよ」

 

 私たちはなんだか面白くなって、笑い合った。

 少し酒を飲んでから、私が口を開く。

 

「じゃあ今度は、博麗霊夢という人間について話さない?」

「私の話なんて、別に面白いことないんだけど」

「別に、それでいいのよ。そもそも約束だったじゃない。私は話したわよ?」

「あーはいはい。分かったって。でも何を話したらいいか…………」

「じゃあ、貴女の親は?」

「知らないわ」

「あら奇遇。私と同じね」

「……育ての親は知ってるけど」

「あー……もしかして紫?」

「正解」

「そんなことだろうと思ったわ。魔理沙じゃないけど、異変直後の霊夢の態度からして……ね」

「ああもう。それは忘れなさい」

「それは出来ない相談ね」

「はぁ……まあ実際、紫には感謝してるのよ。私のことをどこで拾ったかは知らないけど、ここまで育ててくれたんだもの」

「あら……意外と素直なのね」

「別に私は、元々素直よ」

「そうかしら……? まあ、そういうことにしておきましょうか」

 

 霊夢は何かを思っていた。

 その何かは分からないが、考え込む霊夢はあまり揶揄(からか)い甲斐が無くて面白くなかった。

 そんな私を尻目に、霊夢は考えていた何かの整理を付けるように言葉を発した。

 

「……紫ってさ、胡散臭いでしょ?」

「ええ、そりゃあもう」

「でも、その仮面を外すこともあるのよ。宴会の時だったり、特定の人の前では割と外れかかってるけど……それでも完全に外れてはいないわ」

「…………」

「仮面を外した紫の本当の笑顔……あんな顔ができる人に、私はなりたい」

「……目標なのね、八雲紫が」

「アイツに言ったらダメよ」

「言わないわよ。言う義理もない」

「ふふっ、そうよね。安心したわ」

 

「––––ところがどっこい! 私が聞いてたんだな〜〜これがッ!」

 

 唐突に大きな声で割り込んできたのは魔理沙だった。

 私も霊夢も全く気が付かずに驚くが、霊夢は恥ずかしそうな嫌そうな顔をしていた。

 

「……魔理沙? 貴女、妹様と一緒じゃ……?」

「フランなら、お姉様のところに戻るって行っちまったぞ」

「それで暇になってここに来たのね?」

「ああ。霊夢とは約束があったしな!」

「約束……?」

「ああそうさ。なあ、霊夢!」

「……そうね。さっさと注ぎなさいよ」

「言われなくても注いでやるよ」

「ありがと」

 

 魔理沙は霊夢の御猪口に並々と酒を注ぐと、ほら咲夜もと私の御猪口にも酒を注ぐ。

 最後に霊夢が魔理沙に酒を注ぎ、3人で乾杯しようとした……その時だった。

 

「ねぇ……ちょっといい?」

 

 どこか緊張した様子で私たち3人のもとに来たのは妖夢だつた。

 

「あら、妖夢じゃない。幽々子に付いていなくていいのかしら?」

「いいのよ。幽々子様にあっち行ってろって言われたんだし」

「それってクビかしら?」

「クビじゃないか?」

「クビね」

「お、おまえら〜〜ッ!」

「まあまあ。とりあえず、4人で飲み直しましょうか?」

「賛成だぜ」

 

 妖夢に酒を注いでやった後、4人が声を合わせて言う。

 

「「「「乾杯」」」」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 宴会は夜明け前まで続いた。

 レミリアが日の出前に帰ると言い出したのをきっかけに、宴会はお開きとなった。

 次は博麗神社でやりましょうと言う紫の誘いを断る者は居なかった。

 

 

 

 ––––そして3日空いてすぐに、再び宴会が開かれた。



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記念作品
『UA数1万越え記念作品』(挿絵あり)


こんにちは、ODA兵士長です。
この度は本作「紅魔女中伝」のUA数が1万を突破したことを記念して、この特別編を書かせていただきました。
(本編とは無関係の作品です。早く続きが読みたい方は飛ばしても大丈夫です!)
以前どんなもの書いたらいいか分からず読者様に伺ったところ、ギャグの要望を頂きました。
ご意見を下さった方々、本当にありがとうございました!
しかしコテコテのギャグストーリーというものを書くことはできませんでした…………
というか、これはギャグではない(断言)
書こうとはしたんやで……(言い訳)
いつかはギャグ展開書けるようになりたいなぁ……泣

ご要望に応えられない結果となってしまったことを深くお詫び致します……本当に申し訳ありません!

ですが!本編とは少し違った雰囲気になっていると思います!
ちょっとだけシリアスさんに旅立ってもらった「紅魔女中伝」の世界を、是非味わってみてください!!!



【挿絵表示】

↑こちらの挿絵は、UA数1万越えを記念して、平熱クラブ様より頂いたものです。
平熱クラブ様にはこの場をお借りして、深くお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました!


 

 

 

 これは紅霧異変の後、春雪異変の前にあったかもしれない物語––––

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 ––––コンコンコンコンッ

 

「お嬢様。十六夜咲夜で御座います」

「入っていいわ」

 

 ––––ガチャッ

 

「紅茶をお持ちいたしました」

「ありがとう」

 

 咲夜はレミリアの前に紅茶の注がれたティーカップを置いた。

 レミリアはその紅茶を軽く一口喉に流し込む。

 そんなレミリアに咲夜が声をかけた。

 

「お嬢様」

「何かしら?」

「実は––––」

 

 咲夜の報告に、レミリアの顔は青ざめた。

 

 

 

「今すぐ館の者を集めなさい」

 

 

◆◇◆

 

 

「いきなり何よ、レミィ」

 

 気怠そうに問うのは、居候の魔法使い、パチュリー・ノーレッジ。

 側には小悪魔を連れている。

 

「まだだ。全員集まってから話をする」

「……この部屋に全員を集めるなんて––––異変のとき以来かしら?」

 

 その部屋はかなり広かった。

 多くの妖精メイドを含めた館の全員を入れてもかなりスペースがあるほどに。

 パチュリーはこの部屋にあまりいい思い入れがない。

 彼女自身が口にしているように、全員を集めたのは紅霧異変が始まるとき以来である。

 あの時はここで、フランドールを除く館の者全員に紅霧異変を始めることを宣言していた。

 しかし、パチュリーがこの部屋を悪く思う大きな理由の一つは––––十六夜咲夜がレミリアと対峙した部屋であることだ。

 加えて紅霧異変の時も、レミリアはここで紅白と白黒を待ち構えていた。

 レミリアが館の主として敵を迎え入れる場所––––それがこの部屋である。

 

 

「すみませんお嬢様、遅くなりました!」

 

 少しして紅美鈴が勢いよく部屋に入ってきた。

 その扉を開ける音と声は、広い部屋に響き渡った。

 

「さてレミィ、そろそろ話してくれる?」

「待てパチェ。まだ全員ではないだろう?」

「まさか、妹様も––––?」

 

 パチュリーがそう言うと共に、扉が静かに開かれた。

 しかし全員が振り返る。

 扉の音は聞こえぬとも、姉に劣らぬ大きな威圧感と妖力、そして姉を超えた魔力は、部屋にいる全員を惹きつけた。

 

「うわぁ、いっぱいいる」

「お嬢様、妹様をお連れ致しました」

「ご苦労様。さあ、話をしようか」

 

 レミリアがそう言うと、そこにいる全員が彼女を見た。

 ––––何かが起こった。もしくは、何かが始まろうとしている。

 全員がそれを察して、固唾を飲む。

 

「単刀直入に言おう––––」

 

 張り詰めた空気とレミリアの鋭い眼光。

 背筋に悪寒を感じなかったのは、フランドールだけであろう。

 全員がヒヤリと汗を流し、心拍数が上がる。

 ドクンドクンと心臓の跳ねる音が部屋に響いた。

 それが自分の音なのか他人の音なのか、誰にも分からない。

 計り知れない緊張感に、妖精メイドの中には怯える者もいた。

 そんな中で、レミリアは声を荒げる訳でもなく、冷たく言い放った。

 

 

 

 

 

 

「––––私のケーキを食べたのは誰だ?」

 

 

【 紅 魔 館 ケ ー キ 強 奪 事 件 】

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「……は?」

 

 あからさまに悪態を吐いたのはパチュリーであった。

 その後彼女、心底呆れた様子で深くため息を落とした。

 

「全員を集めた理由が……それ?」

「重大な事件だ。私は早急に犯人を突き止めたい」

「はぁ…………」

 

 パチュリーは言葉を失った。

 呆れて何も言えない。

 

「事件について詳細に説明してくれ、咲夜」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 スッと一歩前に出た咲夜は淡々と説明を始めた。

 

「今朝、私はお嬢様に"ケーキを作れ"との命を受けました。それに従って、昼前にはケーキの製作を終え、冷蔵庫で冷やしておりました」

「ケーキを作り終えたのは何時かしら?」

「12時になる少し前だったと思います。それから私は館の手入れをして、15時になる頃に厨房に戻った時には––––」

「ケーキは既に連れ去られた後だったと?」

「はい。それを確認したのち、お嬢様にご報告させて頂きました」

「なるほど……」

 

 レミリアは顎を手で触れながら考える。

 

「犯行が行われたのは、12時から15時のおよそ3時間の間ね。さて、アリバイを聞きたいところだけど……」

 

 

◆◇◆

 

 

「何やってんの、あのバカ2人は」

「あはは……お嬢様の戯れは時々あることですが、咲夜さんもそれに乗るなんて珍しいですね」

「戯れなんて高尚なものじゃないわ。あんなのただの悪ふざけよ」

「あはは……」

 

 パチュリーは相変わらず悪態を吐いていた。

 その横で美鈴はぎこちない笑みを浮かべる他なかった。

 

「でも……どうして咲夜さんも乗ったんでしょう?」

 

 そう言ったのは小悪魔だった。

 

「そんなの、レミィが(そそのか)しただけでしょう」

「本当にそうでしょうか?」

「何が言いたいの、こあ?」

「うーん……ただ、なんとなくですよ? なんだか咲夜さん、楽しそうだなあって」

「楽しそう……?」

「本当に、なんとなく感じているだけなんですが……」

 

 小悪魔は自信がなさそうに、しかし咲夜を見つめて真剣に言った。

 それに倣うようにパチュリーと美鈴も、咲夜へと視線を移した。

 

 確かに彼女たちの瞳には、どこか生き生きとした咲夜が映った。

 

 

◆◇◆

 

 

「容疑者の皆さん、ごきげんよう」

 

 場所はレミリアの自室に移されていた。

 ここに集められたのはパチュリー、美鈴、小悪魔、そしてフランドールの4人だった。

 もちろん容疑者ではないが、咲夜もレミリアの隣に仕えている。

 

「さて、貴女達からアリバイを聞きたいわ」

「馬鹿らしい……」

「機嫌も悪そうだし、貴女から聞こうかしら?」

「その前に一つ言わせてもらうけど」

「何かしら?」

「なんで妖精メイド達は容疑者から外れるのかしら?」

「妖精に隠し事なんてできないわ。犯人かどうかなんて、目を見れば分かるもの」

「……そう」

 

 パチュリーは納得した。

 確かに、妖精に嘘をつくのは難しい。

 馬鹿、単細胞などと言ってしまえばそれまでだが、彼女達はどこまでも素直で純粋なのだ。

 たとえ嘘を吐こうと思っても、その目やその表情に嘘をついていることが現れてしまう。

 

「さあ、貴女のアリバイを聞かせてもらうわ。咲夜、他のものを連れて外へ出ていなさい」

「かしこまりました」

 

 咲夜は美鈴、小悪魔、フランドールの三人を連れて部屋の外へと出た。

 部屋の扉が閉まる音が聞こえて間もなく、パチュリーが口を開いた。

 

「そこまでするの? レミィ、今日という"特別な日"に、貴女一体何を考えて––––ッ!?」

 

 パチュリーは言葉に詰まった。

 レミリアは笑っていたのだ。

 とても嬉しそうに、とても楽しそうに。

 それはそれは美しく、そして恐怖に値するものだった。

 

「さすがだよ、パチェ。だからお前が好きなんだ––––」

 

 

◆◇◆

 

 

「咲夜、お姉様が中に入れって」

「かしこまりました」

 

 お嬢様の部屋から出てきたのは、今しがたお嬢様による取り調べを終えた妹様であった。

 その妹様から、お嬢様の伝言を預かり、私は部屋に入った。

 

「失礼致します」

「……咲夜、ドアは閉めたか?」

「ええ。しっかりと」

「ならいい……」

 

 そう言うお嬢様は俯いていた。

 前髪が邪魔して、表情を確認することができなかった。

 

「犯人は見つかりましたか?」

「ああ。犯人なら分かった」

 

 お嬢様がふと顔を上げて、私を見た。

 ギラリと光る眼光が、鋭く私に降り注ぐ。

 少しだけ、背筋に悪寒が走った。

 

 

 

「––––お前には失望したぞ、咲夜」

 

 

 

 そう言うと、お嬢様はため息を吐いた。

 

「……は?」

「お前が犯人。そうだろ、咲夜?」

「な、何をおっしゃって––––ッ!?」

 

 

 ––––神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 

「ケーキを食べたのがお前でよかったよ、咲夜」

 

 お嬢様はグングニルを私に向けて構えた。

 口元からは牙が伸びており、妖しく輝いているように見えた。

 指先からも爪が伸びているのが確認できる。

 ここまで本格的に戦闘態勢に入っているお嬢様を見るのは、私が初めてこの館に来たあの日以来かもしれない。

 

「お前ごと腹の中のケーキを食べられるんだからな」

 

 

◆◇◆

 

 

 ––––勝負は一瞬だった。

 

 不意を突かれた私は、時を止める間もなく敗北していた。

 お嬢様は私の上に跨り、首元にグングニルを突きつけている。

 私は、目にも留まらぬ速さで襲いかかってくるお嬢様のグングニルを受け止めることしか出来なかった。

 

「……何故?」

 

 私は疑問を呈していた。

 分からないことは多くある。

 何故、私が犯人だと思ったのか?

 何故、問答無用で私を襲ったのか?

 

 ––––何故、私のナイフでグングニルを受け止めることが出来たのか?

 

 私の数多くの疑問に、お嬢様はたった一言で答えた。

 

 

 

「みんな、お前が大好きだからさ」

 

 

 

 ––––ガチャッ

 

「さくやー! お誕生日おめでとう!!!」

「咲夜さん、お誕生日おめでとうございます!」

「おめでとう、咲夜」

「ハッピーバースデー、咲夜さん!」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

『––––だからお前が好きなんだ』

 

 突然のことに、パチュリーは驚くしかなかった。

 

『はははっ……貴女が今日という日を覚えていてくれたなんてね……』

『……忘れるわけないでしょう』

『ありがとう、パチェ』

『それで……? レミィ、貴女は何を企んでいるの?』

『実は、ケーキを盗んだのは私なの』

『……え?』

『別の場所に保管してある。今頃、妖精メイド達が持ち出している頃だろう』

『何するつもりなの……?』

『パチェにして欲しいことはただひとつ––––』

 

 

◆◇◆

 

 

「それで、貴女の言う通りにしたわけだけど……」

 

 ––––咲夜が部屋に入ってから、きっかり39.8秒後に扉を開けて、貴女を含めた全員で誕生日のお祝いを言って欲しいの。

 

「まさか羽交い締めにしてるなんて思わなかったわよ」

「いいでしょう? やっぱり、サプライズはとびっきりでなくっちゃ」

「サプライズの衝撃が大きすぎて、咲夜は殆ど思考停止してるみたいだけど?」

 

 何も理解できない咲夜は、フランドールに手を引かれるがままに廊下を歩いていた。

 そのすぐ後ろを、とても楽しそうに美鈴と小悪魔が付いて歩いている。

 そのさらに少し後ろで、レミリアとパチュリーが並んで歩いていた。

 

「いいんだよ、そのくらいでさ。私も楽しいし」

「貴女の悪戯心には呆れるわね」

「ははっ、いいじゃないか」

 

 咲夜の足取りは覚束ないもので、かなりフラフラとしていた。

 普段、凛としている咲夜からは想像もつかない成りである。

 

「なんだかんだ、パチェも楽しそうでよかったわ」

「まあ……悪いことをしているわけじゃないもの」

「咲夜、喜んでくれるかな……?」

「それは貴女次第よ。ほら、もうすぐ着くわよ」

 

 

◆◇◆

 

 

 理解が追いつかない。

 謎が謎を呼んでいる。

 本当に意味が分からない。

 でも、なんだか暖かい気持ちだ。

 しかし、この気持ちも分からない。

 

「咲夜さん、しっかりしてくださいよ!」

 

 美鈴に肩を叩かれた。

 少しだけ思考がクリアになった気がした。

 そういえば、私はどうやってここまで歩いて来たんだっけ……?

 

「ほら咲夜、もうすぐ着くよ?」

 

 ふと、妹様に手を握られていることに気がついた。

 私は妹様に連れられてここまで来たのだろうか?

 お嬢様にあっさりと敗北して、部屋に妹様方が入って来て……それからあまり記憶がない。

 それほど私は混乱していた。

 

 気付けば、大きな扉の前にいた。

 ここは先ほどまで全員が集められていた大きな広間である。

 どうしてこんなところに……?

 

「さあ咲夜、入って!」

 

 妹様に誘われるがまま、私は部屋に入った。

 

 

「「「お誕生日おめでとうございます、メイド長」」」

 

 

 部屋に入ると、妖精メイド達が一斉に声を張った。

 

「……は?」

 

 先ほど少しだけクリアになった頭に、その言葉はしっかりと響いた。

 大きな疑問とともに。

 

「驚いてくれたかしら?」

「お嬢様……」

「私からも言わせてもらうわ。お誕生日おめでとう、咲夜」

 

 お嬢様は優しく微笑みながらそう言った。

 しかし、私の中にある大きな疑問は消えない。

 

 

 

「––––今日じゃない」

 

 

 

 その囁きは小さかった。

 しかし、大きな意味を持っていた。

 

 

 

「私の誕生日は、今日じゃない」

 

 

 

 私の告白に全員が息を飲んだ。

 先ほどまで少し浮かれてガヤガヤしていたメイド達も、一瞬で静かになった。

 

 

 そんな静寂を破ったのは、お嬢様だった。

 

「––––それじゃあ、お前の誕生日はいつなんだ?」

「そ、それは……」

 

 お嬢様のその質問に私は答えることができなかった。

 なぜなら私は––––

 

「––––自分の誕生日を知らない。そうだろ、咲夜?」

「ッ!」

「図星みたいだな。そしてそれは、お前の誕生日が今日でない理由には成り得ない」

「でも、今日である可能性なんて……ッ!」

「ゼロではない……そうだろ?」

 

 まさかお嬢様には、私の誕生日が視えているとでもいうのだろうか……?

 いや、きっと視えているのだろう。

 私の誕生日が今日なのかもしれない。

 そんな風に思えるほど、お嬢様の瞳には真っ直ぐな力がこもっていた。

 

「なら、今日が十六夜咲夜の誕生日ってことでもいいじゃない。誕生日がないなんて、悲しいもの」

「……」

「改めて言わせてもらうわ。咲夜、誕生日おめでとう」

「…………ありがとう……ございます」

 

 

◆◇◆

 

 

 ––––咲夜、ケーキが食べたいわ。それもみんな(・・・)でね。

 

 今朝言い渡されたお嬢様の命令通りに、私は大きなケーキを作った。

 勿論、人肉や血液などは使用せず、毒も入っていない"普通"のケーキだ。

 午後誰かが来る予定なのか、はたまた館の者だけで食べる予定なのか私には計り知れなかったが、とりあえずかなり大きいものを作っていた。

 

 そのケーキはいくつかロウソクが刺さった状態で、私の目の前にあった。

 ロウソクには火が灯っている。

 

「ほら咲夜! ロウソク、ふぅーってして!」

「え……は、はい」

 

 私は戸惑いと恥じらいで少し躊躇いながらも、妹様の言う通りにロウソクの火に息を吹きかけた。

 全ての火が消えるとともに、皆が一斉に拍手をした。

 恥ずかしさが増して、私の頰には熱が篭っていた。

 

「照れてるんですか、咲夜さん?」

 

 ニヤニヤした美鈴が私の頰に触れた。

 余計に熱が篭る。

 

「うるさいわね」

「こんなに可愛い咲夜さんは、ここに来てから初めて見ますね」

「喉、掻っ切るわよ?」

「す、すみません……」

 

 私は美鈴の喉にナイフを当てた。

 

「さ、咲夜さん! ケーキ、食べましょう?」

「……ふぅ。そうね」

 

 深く息を吸って、吐いた。

 吐息とともに、少しは頰の熱も逃げて行った気がする。

 

「はい、妹様もどうぞ」

「ありがとう、こぁ」

「いえいえ。それにしても、本当に美味しそうなケーキですね!」

「でも……誕生日ケーキを自分で作るなんて、なんだか複雑よ」

「ははは……でも、咲夜さんくらいしか、ケーキなんて作れませんし……」

「そんなに難しいことはないのだけどね。今度小悪魔も作ってみる?」

「ぜ、是非お願いします!」

 

 

◆◇◆

 

 

「全て貴女の思い通りかしら?」

「まあ……大体のところは」

 

 真紅のワインを片手に、悪魔と魔女は1人の人間を眺めていた。

 その人間は、もう1人の悪魔と妖怪、そして小悪魔に囲まれている。

 一聞すると物騒にも聞こえるが、事実はそうではない。

 そこにはぎこちなく微笑む少女の姿があった。

 

「何か満足いかないところでも?」

「いや……結果には満足しているわ。サプライズは成功したし、咲夜も喜んでくれたようだし、何より館の

 皆がこの宴を楽しんでいる」

「でも、何か思うところはあるようね?」

「パチェには隠し事ができないのかな、私は」

「今日は騙されたわ」

「ふふっ……私の演技もなかなかのものだろ?」

「そうね。それで、思うところってのは何かしら?」

「……そんなの、お前の方が思っていそうだけどな」

「まあ、そうね……」

「私もあの子には––––早く思い出して(・・・・・)欲しいよ」

 

 

 

【 紅 魔 館 ケ ー キ 強 奪 事 件 完 】

 




*挿絵に使わせていただいた素材

・十六夜咲夜 アールビット様
・ナイフ アールビット様
・レミリア=スカーレット Cmall様 ココア様 moto様 フリック様
・グングニル 天狗天子様
・フランドール・スカーレット kaoru様
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萃夢想編
第31話 人形を操る程度の能力


最近週一投稿出来てない……
亀更新で本当にすみません……









 

 

 

 

 私は、森を歩いていた。その森とは、魔法の森。

 人間には害をなす瘴気が漂っていると言われているが、その正体はここに生息する茸の胞子らしい。

 もっとも、それに耐えうる力を持っていれば人間でもこの森は大丈夫なようだ。

 現に私はここを歩いているし(何故私が耐えられるかはよく分からない。魔理沙によれば魔力があるだとか何とか)、私の目的地である霧雨魔法店の––––そう呼ぶのが正しいのかは定かでないが––––店主である霧雨魔理沙はここに住みついている。

 

「魔理沙? いる?」

 

 目的地に着いた私は、ドアをノックして声をかけた。

 しかし、返事は聞こえない。

 いつもならすぐに返事が聞こえるのだが……留守だろうか?

 

「……開けるわよ?」

 

 鍵はかかっていなかった。

 そもそも、鍵があるのかさえ怪しいところだが……

 とにかく私は中に入ると、部屋を眺めた。

 ちょっと前に掃除してあげたのに、もう散らかしている。

 自分でも少しは整理しろって言ったと思うのだけど……

 片付けをしながら、私は魔理沙の帰りを待つことにした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 前回ほどは酷くなかったため、大した時間はかからずに終わった。

 しかし時を止めることなく行ったため、それなりの時間は経った。

 なのに魔理沙は帰ってこない。

 ここに居ないとしたら博麗神社か、それとも……

 

 ふと、異変の時に出会った魔法使いを思い出した。

 人形をまるで生きているかのように操る少女。

 確か名前は……アリス。

 アリス・マーガレット……だったかしら?

 最近の宴会に全く顔を出さない彼女について知ることは、かなり少ない。

 

 私は興味本位で、アリスの家へ向かった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……ここかしら?」

 

 異変の時にアリスに会った場所を思い出しながら、何となく見てまわっていると、やがて一軒の家を発見した。

 洋風でお洒落な雰囲気の漂う家だった。

 

 ––––コンコンコンコンッ

 

 ノックをする。

 中から声がするわけでもなく、扉が開かれた。

 

「あら、人形?」

「シャンハ-イ」

 

 出迎えてくれたのは、あの日も傍に携えていたであろう人形だった。

 

「……喋れるの?」

「残念ながら、意味のある言葉を自由に発する事は出来ないの」

 

 やがて部屋の奥から声が聞こえた。

 声の主はもちろん、例の彼女だった。

 

「……貴女は、この森へ迷い込んだ人間ようには見えない。私に何か用でも?」

「ただの好奇心よ」

「そう……どうぞ、上がって。お茶を淹れるわ」

 

 アリスがそういうと、人形達が私を案内し始めた。

 私をリビングへと連れて行くと、ここに座れとでもいうように椅子を引くので、私は素直に腰かけた。

 何とも便利なものだ。うちの妖精メイドよりも使えるかもしれない。

 

「はい、どうぞ。紅茶でよかった?」

「ええ、もちろん。ありがとう」

「ならよかった」

 

 アリスはテーブルを挟んで向こう側の椅子に座った。

 そしてニコリと笑みを浮かべている。

 なんとも無機質で機械的笑みだろうか。

 まるで人形だな、と私は思っていた。

 

「ところで、貴女は確か、霊夢達と異変解決に向かっていた……」

「十六夜咲夜よ。霧の湖の近くにある紅魔館のメイドをしておりますわ」

「メイドねぇ……まあ、そんな感じの見た目してるわ」

 

 アリスは紅茶を一口、喉に流した。

 

「私はアリス・マーガトロイド。よろしくね」

「ええ、よろしく」

「それで……貴女がここに来た理由、好奇心と言っていたわよね?」

「ええ。暇つぶし程度に」

「そう……実は私も、貴女には興味があったのよ」

 

 私も、紅茶を一口飲む。

 紅魔館で淹れているものとは、香りも味も質も違う。

 でも、美味しいと思えた。

 

「霊夢や魔理沙と同じ人間で、霊夢や魔理沙と肩を並べられる存在…………気にならない方がおかしいわ」

「あら、嫉妬かしら?」

「んまあ、それもあるかしらね」

 

 アリスは恥ずかしげもなく認めた。

 なんとも、ペースの掴みにくい少女だ。

 私が嫌いなタイプの1つでもあり、好きなタイプの1つでもあった。

 

「貴女は、私のどんなところが気になるの?」

「……その言い方は、なんだか嫌ね」

「ふふっ、わざとよ」

 

 クスクスと笑う彼女の微笑みは、やはり造形物のようなものだった。

 美しいが、生気を感じない。

 心が動かされるような何かはない。

 

「で、どこが気になるの?」

「貴女は随分と()()に見えるから」

 

 彼女の顔色が変わった。

 驚いたような、そしてどこが警戒しているような表情だった。

 そしてそれはとても感情のある表情だった。

 

 私の中で、彼女に対するある仮説を立てていたが……それは外れたようだ。

 その仮説とは、彼女が本当に人形であること。

 アリス本人は別に居て、今目の前にいるのは、本物のアリスが操作している人形であるという仮説だ。

 

 ––––しかし、違う。

 彼女の表情を見て、直感的に私は思った。

 彼女は生きている。人形ではない。

 そしてだからこそ、私のもう一つの仮説が現実味を帯びていた。

 

「……そう思った根拠は?」

 

 アリスの内心は穏やかではなさそうだった。

 何か知られたくないことでもあるのか、それとも彼女を知らないはずの私に核心を突かれたことに驚いているだけなのか。

 そこに私の興味はない。

 ただ、私の仮説の真偽を確かめることしか考えていない。

 

「貴女は、成長しているから」

 

 魔法使いは成長しない。

 もちろんこれは身体に関してのことである。

 不死ではないが、不老長寿である魔法使いは一生をそのままの身体で終える。

 これはいつか、パチュリー様から聞いた話だ。

 

 しかしアリスは成長した。

 異変時の霊夢と魔理沙の発言がそれを物語っているし、異変後に魔理沙から直接聞いた話では、以前のアリスはもっと背が低くもっと幼かったらしい。

 だから私は、この時半ば確信していた。

 アリスは、魔理沙と同じく人間の魔法使いだ。

 そして、そうならば––––

 

「他の根拠は……?」

 

 アリスは私に問う。

 先ほどの根拠が、アリスが人間であることに値するものだったのか、答えは教えてくれなかった。

 しかし私はこの根拠以外、根拠らしいものは持ち合わせていない。

 仕方なく、首を振るだけで私は答えた。

 すると、アリスの顔色が再び変化した。

 

「え……それだけ?」

 

 今度は呆れたような表情を浮かべ、冷たい視線を私に向けた。

 

「……貴女は、人間ではないの?」

「私は人間()()()わ。今は魔法使い」

「なら、どうして成長するの?」

「そりゃあするわよ」

 

 当たり前だと言わんばかりに、アリスは小さなため息を吐いた。

 

「人間が種族的に魔法使いになる条件、貴女は知ってる?」

「……いえ」

「そうね。だから貴女は間違えた」

 

 彼女の言い方が少し頭に来たが、おそらく事実なので仕方がない。

 少し堪えて、彼女の言葉を待った。

 

「人間が魔法使いになるには、捨食の魔法を会得し自らにかける必要があるわ」

「捨食の魔法?」

「人間の三大欲求のうち2つを捨てる魔法よ。魔力で補える食事と睡眠が要らなくなるわ」

「貴女はそれを取得して、魔法使いになったということ?」

「そうそう。随分と昔の話だけどね」

 

 確かに、魔理沙が彼女に会った時には既に魔法使いだったようだ。

 

「でも……魔法使いは成長しないんじゃないの?」

「あら、誰から聞いたのかしら?」

「知り合いに魔法使いがいるのよ。人間の魔理沙じゃなくてね」

「そう……きっとその魔法使いは、生まれつきの魔法使いか、捨虫の魔法を会得した元人間ね」

「……捨虫の魔法?」

「ええ。さっきのより少し高度な魔法よ。それによって、成長が止まるの」

「……貴女は、まだ?」

「そうねぇ。いずれは会得するつもりよ? でも、今じゃないかなぁ」

 

 アリスは少し自分の身体を眺めていた。

 まだこの身体を成長させたい、ということなのだろうか?

 そんなことを思っていると、アリスの人形がケーキを運んで来た。

 

「ありがとう、上海」

「シャンハ-イ」

「……その子、上海っていうのね」

「ええ、そうよ」

 

 アリスは上海の頭を少し撫でると、上海はくすぐったそうに笑みを零していた。

 ––––アリス以上に、生き物に見える。

 

「この子に命はないわ。ただの人形よ」

「シャンハ-イ」

 

 私の心を読んだかのように、アリスが言った。

 口に出ていたのかもしれないが。

 

「いつかは、なんの操作や命令無しに動く完全自律型の人形を作ることが……私の夢」

「上海は、とても自律しているように見えるわ」

「うん。この子が一番それに近いわ。でも、完全なる自律ではないの」

「シャンハ-イ」

「そんなことより……ケーキ、冷めるわよ?」

 

 上海が持って来たのは、焼きたてのチーズケーキだった。

 お皿の上に小さなチーズケーキがいくつか並んでいた。

 いただきますの言葉と共に、私はそれ1つを口に運んだ。

 

「……美味しい」

「ふふっ、よかった」

 

 口に入れた途端に、チーズの香りがいっぱいに広がった。

 温かいスポンジはふんわりと柔らかく、甘さが私の舌に広がった。

 

「これは……レーズン?」

 

 味わっていると、少しゴロッとした何かが舌に当たる。

 噛んでみると甘みがさらに広がり、チーズの香りとスポンジの甘さと絡み合い絶妙なハーモニーを奏でていた。

 

「そう。シロップ漬けにしたレーズンよ。甘くて美味しいでしょう?」

「ええ、本当に」

「喜んでもらえたようで、私も嬉しいわ」

「シャンハ-イ」

 

 微笑むアリスの横で上海人形も両手を挙げて喜びを表していた。

 私はそれを見ながら、少し頰が緩んでいることに気がつき、恥ずかしくなって紅茶に口をつけた。

 舌の上で少し転がして喉に流す。

 それを確認してから、アリスが口を開いた。

 

「話が逸れたわね。それで、貴女は何の用でここに来たの?」

 

 それは、一番初めの質問と同じ意味の質問だった。

 しかし同時に、異なる意味も含んでいることに気がつく。

 

「言ったでしょう? ただの好奇心だって」

「違うわね。私に聞きたいことがあって来た、でしょう?」

「……」

 

 何故そう思うのか?

 私は聞きたかったが、聞けなかった。

 それこそが、図星であると言っているようなものだったからだ。

 そもそも、"違う"と言い切れない時点で認めてしまっているのだけれど。

 

「でも、少し違うのね」

 

 彼女はどこまで私の心を読めば気が済むのだろうか?

 まるでそういった能力でもあるかのように、彼女は核心を突いてくる。

 

「"人間の"私に聞きたいことがあった……違う?」

「……はぁ、降参よ」

「なるほど……でも私は人間じゃなかった。だから、聞く必要がなくなった……ということ?」

「貴女、心でも読めるの?」

「生憎、そんなことはできないわ」

 

 でも、とアリスは続ける。

 

「人形に感情を持たせる為に、色んな人間や妖怪の心について研究をしたことがあるくらいね」

「それで、思考回路でも読めるとでも?」

「まあ……なんとなく程度よ。相手が今どんな気持ちなんだろうって、よく考えてるだけ」

 

 それにしては、アリスに感情を感じない。

 しかし、それも意図的なものなのかもしれないと私は考え始めた。

 よく知りもしない相手に感情をさらけ出すのは、隙を与えたり弱みを握られたりすることに繋がる。

 だからこそアリスは、まるで人形と話しているように感じるほど、感情を見せないようにしているのかもしれない。

 そんな風に、私は考え始めたのだ。

 

「それで? もし人間だったら、何を聞きたかったの?」

「……大したことじゃないのよ。というより、もう恥ずかしいから忘れてくれる?」

「えぇ……なにそれ。余計に気になるんだけど」

 

 なんだか急に恥ずかしくなった。

 この流れで、アレを聞いてもいいものなのだろうか?

 

「……やっぱり嫌。なんだか恥ずかしいわ」

「ダメ、教えなさい」

「うーん。本当に大したことじゃないわ。貴女たちは、みんな出来ることだし」

「もしかして、空の飛び方とか?」

「……」

「あー、なんかごめんなさい。当てちゃったかしら?」

「私、帰るわね」

 

 居ても立っても居られなくなった私は、その場を逃げ出そうとするが……アリスに捕まった。

 

「教えてあげるから、逃げないで」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ふぅー、ただいまっと!」

 

 見慣れた森にある見慣れた愛しの我が家。

 箒から飛び降りた魔理沙は、その見慣れた庭に着地した。

 そして、見慣れた扉を開けると––––

 

「……って、なんじゃこりゃあ!?」

 

 ––––見慣れぬ部屋がそこにはあった。

 綺麗に掃除され、きちんと整理整頓されたその部屋は、魔理沙のとってあまり居心地の良いものではなかった。

 普段から乱雑にしているせいか、物が溢れていた方が落ち着いてしまうのだ。

 なんだか、自分の部屋じゃないような気分になる。

 

「……咲夜か。咲夜しかいないな」

 

 悪態を吐きながら部屋に入ると、その辺りで拾ってきた物たちが入った袋を放り投げた。

 すると、テーブルの上に置き手紙があるのを見つけた。

 

『部屋の掃除はきちんとする!』

 

 その手紙には綺麗な字で、そう書かれていた。

 加えて、その下には––––

 

『P.S. クッキー、棚に入ってるから』

 

「咲夜! お前は世界一のメイドだぜッ!」

 

 棚から取り出したクッキーは、とても甘かった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「うーん、どうしてかしら?」

 

 アリスは悩んでいた。

 十六夜咲夜が空を飛べないことに、あまり驚きはなかった。

 そもそも人間は空を飛べないのが普通だし、妖怪の中には空を飛ぶのが不得手な者も居る。

 それに異変の時、魔理沙の箒に乗っていたことも不可解だった。

 大方、咲夜は空を飛べないのだろうと予想していた。

 それについて悩んでいるのは全くの想定外だったが。

 

「魔力は、十分すぎるほど足りてるんだけどね」

 

 アリスが悩んでいるのは、別のポイントにある。

 アリスの考えでは、十六夜咲夜には空を飛べる要素が揃っているのだ。

 その要素とは、身体の構造的に飛ぶことが不可解だと思われる存在が空を飛ぶために必要な要素である。

 そしてそれは、大きく分けて3つある。

 

 まず1つ目は、幻想の存在であること。

 幻想郷にいる時点で、この要素は達成している。

 また、これはアリスの知らないことであるが––––外の世界で彼女は"ザクラ・ザ・リッパー"として名を馳せていた。

 その名は確かに存在するが、その正体は謎に包まれている。

 そんな"幻想"こそが、彼女を幻想の存在にする所以でもあった。

 

 そして2つ目は、特殊な力を持っていること。

 霊力、妖力、魔力、気力、神力……力には色々な種類があるが、その種類は問わない。

 何か普通の存在には成し得ない力が必要である。

 その点、咲夜は魔力があった。

 アリスは咲夜の能力を把握しているわけではないが……事実、咲夜には時を操る程度の能力がある。

 

 最後に3つ目は––––

 

「もしかして、イメージが足りてない?」

「……イメージ?」

「そう。貴女が空をどう飛ぶのかっていう、イメージ」

 

 ––––空を飛ぶイメージを持つこと。

 実は咲夜には、この点が足りていなかった。

 しかし、咲夜の近くには空を飛べる者が数多く存在する。

 アリスはそれを考慮し、この3つ目の要素を持っていると誤解していた。

 

「どう……飛ぶのか?」

「まさか、考えたことないの?」

「……?」

「はぁ……まさか、ここに問題があったなんてね」

 

 アリスは呆れていた。

 咲夜の意外な欠点というよりも、自身がそれに気が付かなかった間抜けさに。

 あまりにも馬鹿げているように見えて、軽く笑みまで溢れてしまった。

 

「イメージするのよ。どんな風に自分が空を飛ぶのかね」

「イメージ……ねぇ?」

「難しいことはないわ。例えば私なら––––」

 

 フワリとアリスは浮かび上がる。

 

「––––私自身が人形で、上から吊られているイメージね」

「……なんだか嫌なイメージの仕方ね」

「うるさいわね。私にはイメージしやすいのよ」

「他のイメージはないの?」

「うーん……じゃあ、魔理沙はどんな風に飛んでる?」

「魔理沙? あの子は箒に跨って飛んでるわね」

「そうね。おそらく彼女は魔法で何かを操って飛ぶイメージが強いのでしょう。故に、箒がないと安定しないし、箒があればかなり速く飛ぶことが出来ている」

「そういうイメージね……でも、霊夢はどんなイメージなのかしら?」

「あの子は能力がそもそも飛ぶ能力だもの。イメージなんかしてなさそうじゃない?」

「なるほど、確かに」

 

 咲夜は考えた。

 一体自分はどうやって空を飛べば良いのだろうか?

 咲夜といえば、時を操る程度の能力がある。

 しかし時間をいくら加減速させたところで、空を舞うことに繋がるとは思えない。

 咲夜は悩んだ。

 

「まあ、貴女が飛べない原因は、おそらくそれだけ。それが分かっただけでも、十分な一歩と言えるんじゃない?」

 

 アリスのその言葉で、咲夜は思考から戻ってきた。

 そして辺りを見渡せば、もう夕暮れ時であった。

 あまり陽の光が入らない魔法の森であるが、夕陽の紅さはここからでも確認できた。

 

「……そうね。そろそろ戻ろうかしら。お嬢様がお腹を空かせているだろうし」

「そうか、貴女はメイドさんだったわね」

「いつでも館に遊びに来ていいわよ。今日のチーズケーキのお返しをさせて頂きますわ」

「あら、それは楽しみね。今度伺わせて頂きますわ」

 

 アリスは朗らかに笑った。

 少しは私に心を開いたとでもいうのだろうか?

 

「……なんだか少し意外だったわ」

「うん? なんのこと?」

「貴女は、社交的には見えなかったから」

「私は都会派なの」

 

 都会派––––とは何だろう?

 疑問は残るが、何となくアリスを見ていると分かったような気がした。

 

「宴会……次は行ってみようかしら?」

「待ってるわ。私も魔理沙も、多分霊夢も」

「きっと次は行くわ。魔理沙も来いってうるさいし」

「次の宴会も楽しくなりそうね」

 

 ––––ここ最近、宴会が繰り返されている。

 そして、それを楽しみにしている私がいた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「咲夜、いいことでもあった?」

 

 それは、夕食の時間だった。

 お嬢様がいつも通り食事を摂っていると、突然私に問いかけた。

 

「……何故、そのようなことを?」

「なんとなく。顔に書いてあった気がしたのよ」

 

 お嬢様には何か視えているのだろうか?

 

「何も、大したことでは御座いませんわ」

「へぇ……なんだか気になる言い方するのね?」

「それに––––お嬢様にとっては、いい知らせではないかもしれないので」

「ふははっ……そうか。じゃあ、あとでお仕置きね?」

 

 私は今日も失敗した。

 

 

 

 

 




余談ですが、お知らせです。
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第32話 妖気漂う大宴会 (挿絵あり)

「さて……やってるかしら?」

 

 日が落ちた幻想郷は本当に暗い。

 人工的な光がないそこは、月明かりと星明かりのみが降り注いでいる。

 私は魔法の森を飛んで抜けているが……もし森の中を歩くとなれば方向感覚を失ってしまうだろう。

 上から見ても何となくのシルエットが分かるだけで、森はほとんど闇に落ちてしまっている。

 

「––––まあ、もう賑やかそうね」

 

 魔法の森を抜け、更に進んだ頃に光を放つ場所が見えた。

 暗い幻想郷の中では、それはそれは目立つ光だった。

 まだ遠すぎてどんな光はよく分からない。

 だが、その光源が博麗神社であることは明白だった。

 今は宴会の真っ只中だろう。

 少し行くのが遅かったかもしれない。

 早く着きすぎても暇だと思い、少し遅めに出たら案の定始まっているみたいだ。

 まあ、少しくらいの遅刻は許されるだろう。

 なにせ、私が宴会に参加するなんて初めてなのだから––––

 

「それにしても」

 

 何だか嫌な雰囲気がした。

 その正体はよく分からない。

 近頃多かった幽霊かとも思ったが、それとは少し違う嫌悪感だった。

 

「これは……妖力?」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 魂魄妖夢は劣等感を感じていた。

 

「さ、咲夜!」

「あら、何かしら?」

「私も何か––––」

「貴女は幽々子の世話でもしてなさい。ほら、酒が無いってプンプンしてるわ」

「…………うん」

 

 十六夜咲夜は完璧だった。

 宴会の運営に置いて、彼女の右に出る者は居ないだろう。

 それが、妖夢の咲夜に対する評価だった。

 

 ––––私も何か手伝うよ。

 

 そんな簡単なことを言うだけでも、畏れ多い。

 咲夜は全て1人でこなしてしまう。

 皆に酒を運ぶところから、肴を作るところまで全て。

 彼女が居なければ、この宴会は回らない。

 それは恐らくこの宴会に参加する全員が気付いている、気付いているのだが……

 

 ––––咲夜は何処までも影に徹した。

 

 私が準備した、私がこの宴会を回している、などと言った驕りを持つことなく、咲夜は縁の下の力持ちを演じ続けている。

 能力を行使し、出来るだけ人の目に付くことなく、咲夜は仕事をするのだ。

 

「幽々子様に、お酒を持っていかないと……」

 

 これだって、咲夜は決して忘れていたわけではない。

 私が何か手伝いたいと思っていることに気づいた彼女は、"わざと"幽々子に酒を持って行かなかった。

 私に仕事をさせるために。

 

「はぁ……」

 

 大好きな主人のところへ向かうのに、大きな溜息を吐いてしまった。

 幽々子様には聞かれていないだろうか?

 本当に––––自分が嫌になる。

 無力な自分が––––

 

「どうしたんだ?浮かない顔をして」

「あ……藍さん」

 

 考え込んでいた妖夢に話しかけたのは、八雲藍だった。

 

「いえ……なんでもないですよ」

「そうか? ……さて、酒を持って行こう。私たちの主人がお怒りだ」

「はい、そうですね……」

 

 見れば幽々子様が紫様の酒を奪った為に、喧嘩しているようだ。

 早く届けてやらなければならない。

 やっぱりそうだ。

 あの咲夜が、こんな状況を"わざと"でなければ作る筈がない。

 

「ありがとう、妖夢」

「幽々子! さっきの分、お酒返しなさい!!」

「や〜よぉ〜。紫には、藍ちゃんが持ってきたお酒があるでしょう?」

「やられっぱなしは悔しいわッ!」

 

 わちゃわちゃと言い争いを始める2人を尻目に、藍が口を開いた。

 

「全く、困ったものだね」

「あはは……まあ、おふたりとも楽しんでいるようですし」

「そうだなぁ……少しは羽目を外すのも悪くはないだろう」

「そうですね」

「……私達も、羽目とやらを外してみるか?」

「え……?」

「さっきの話だ。あんなに大きな溜息を吐いて、何でもない訳ないだろう?」

「き、聞かれてたんですか……」

 

 恥ずかしさの余り、妖夢の顔が熱を持ち始めた。

 酒を飲んでいることもあり、妖夢の顔は真っ赤だった。

 

「まあまあ、私とて溜息くらい付くことはあるさ」

「……」

「しかし……今日は楽しい宴会の筈だ。折角なら妖夢も楽しんだ方がいいと思うぞ?」

「た、楽しいですよ……?」

「虚勢を張るんじゃない。明らかに元気が無いんだ」

「……」

「言ったろう? 少しくらい羽目を外すのも悪くない。もっとも、私に話したくないのならばこれ以上は聞かないが」

 

 藍は俯く妖夢の目を覗き込むように見つめた。

 妖夢は少し顔を上げると、深く息を吸った。

 それを吐き出すように、言葉を紡ぐ。

 

「咲夜が……凄いから」

 

 妖夢はもう泣き出しそうだった。

 言葉と共に自分の劣等感も内から外へ流れ出ているようだった。

 

「ふむ……」

 

 藍はそんな妖夢の感情を悟っていた。

 発せられた言葉から得る情報は少ない。

 だが彼女の表情が、瞳が、声色が、言葉以上に語っていた。

 

「そうだな。咲夜は凄いよ」

「……」

「主に仕える者という同じ立場に居れば、彼女の優秀さは明確に理解できるし、それが私のプライドを傷つけることだってある」

 

 咲夜は今も至る所に酒を運び、酔った者の介抱をし、追加の料理を作っている。

 

「でも咲夜のプライドを傷つける方法もあるもんだ」

「咲夜の、プライドを……?」

「わからないか?」

「私が咲夜のプライドを傷つけるなんて……」

「いいや、ある。少し面倒だけどな」

「そんなものが……?」

 

 藍はニヤリとしながら言った。

 

「ふふっ、先ずは––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「おお、アリスじゃないか!」

「声が大きいわ。もうそんなに飲んでるの?」

「いやいや、私はまだまだ飲めるぜ!」

「あーはいはい。酔ってるのね」

 

 アリスが神社の境内へと降りると、魔理沙が声をかけた。

 魔理沙は既に顔を真っ赤にして、会話の内容も少しおかしくなっていた。

 酔っ払い魔理沙を軽く(あしら)いながら、アリスは少し辺りを見渡した。

 

 ––––姿がない。

 

「アリス? 誰か探してんのか?」

「うん、まあ……ちょっとね」

「あー霊夢か? 霊夢ならそこに」

「それは知ってる」

 

 霊夢はすぐそばでレミリアにちょっかいを出されていた。

 アリスが気が付かない訳がない。

 

「他にお前が探す相手って…………??」

「……咲夜はどこ?」

「咲夜ぁ!? お前、いつからアイツと仲良くなったんだ?」

「別に、いつでもいいでしょ」

「いやぁ、閉じ篭ってたアリスがなぁ……分からないもんだぜ」

「とにかく、咲夜は?」

「アイツを呼びたいなら––––咲夜〜! 席足りないぞ〜!!」

 

「––––誰か来たの?」

 

 そう言って、咲夜は唐突に現れた。

 "時を操る"事に関して何も知らないアリスにとって、それは不思議で堪らなかった。

 

「ほら、飛んで来た」

「す、凄いのね……」

 

 少し狼狽えるアリスを、魔理沙は新鮮に思った。

 普段から感情を表に出さないアリスを知っているから。

 しかし咲夜は、そんな事に構う事なく言葉を掛けた。

 

「あら、アリスじゃない」

「……早速来てみたわ、宴会」

「ほ、本当に知り合いだったのか、お前ら」

 

 確かに2人は異変の時に顔を合わせている。

 しかし大した会話もなく、知り合い未満の顔見知りというのが一番しっくりくる関係だったはずだ。

 いつの間にこんなに仲良くなったんだ……と、魔理沙は疑問に思っていた。

 そんな中、アリスが口を開く。

 

「なんだか……本当にメイドみたい」

「本当にメイドだもの」

「じゃあメイドさん。私の席はありますの?」

 

 ––––パチンッ

 

「どうぞこちらに」

 

 咲夜は一瞬にして席を用意した。

 席とはいえ、皆が腰掛ける大きなレジャーシートの上を少し整理して、座れるスペースを空けただけだが。

 それでもアリスには不思議で堪まらなかった。

 瞬間移動では説明つかない何かが起こっている。

 不思議だったが、驚きはなかった。

 なにせこの幻想郷には(もちろん魔界にも)、人知を超えた人外が多過ぎる––––

 

「貴女、本当に人間?」

 

 ––––しかし咲夜は人間である。

 その点だけが、アリスを少しだけ動揺させた。

 

「そのつもりよ」

 

 十六夜咲夜は不敵に笑う。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 軽快なメロディと心踊るリズム、そして聴くものを引きつけるハーモニー。

 魔理沙が呼んだのか、彼女たちが噂を聞きつけてやってきたのか、それは分からない。

 しかし確かに、プリズムリバー姉妹の奏でる音楽が会場を覆っていた。

 まるで宴会の酒に溶けているかのように、それらは参加者の身体に染み渡る。

 ある者は踊り、ある者は歌い、ある者は耳を澄ませて聴いていた。

 

「レミリアさん、少し良いですか?」

 

 彼ら参加者の中でたった1人、三姉妹の音楽など耳に入っていない者がいた。

 

「あら……貴女が私に話しかけるなんて、珍しい事もあるものね。魂魄妖夢……だったかしら?」

 

 妖夢はひとり、音楽に耳を貸す余裕すら持ち合わせていなかった。

 そして彼女に余裕がない事に気付いたレミリアは、内心少し笑っていた。

 見下した笑いというよりは、可笑しなものを見たような笑いを。

 

「少しだけ、お願いが––––」

 

 唐突に、魂魄妖夢は剣を抜いた––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「咲夜、見ろ!」

「……ッ!?」

 

 私、十六夜咲夜は驚いた。

 それは突然妖夢に声をかけられたからでも、妖夢の口調が強気だったからでもない。

 

「––––貴女、何のつもり?」

 

 妖夢はお嬢様の肩を抑え、長い剣をお嬢様の首筋に当てていた。

 まるで強盗が人質でも取っているかのような光景だった。

 お嬢様は普段の様子からは想像も付かぬほど弱々しい声で、すまない咲夜……と呟いていた。

 

「何のつもりも何も、見たらわかるでしょ……?」

 

 妖夢はより一層お嬢様の首に刃を立てた。

 お嬢様の顎が少しだけ上を向く。

 妖夢に余裕がない事も、お嬢様に抵抗する気がない事も明らかだった。

 

「殺すつもり? それとも––––」

「殺すんだよ。咲夜だってそうしたかったんでしょ?」

「………貴女にその話、した事あったかしら」

「本当に事実なんだね……なら、何も問題ないでしょう?」

 

 妖夢はさらに一層、刃を食い込ませた。

 しかしまだ、お嬢様の硬い皮膚を破るまでには至らず目立った外傷は見えない。

 お嬢様も抵抗する事なく、再び顎の角度を上げた。

 

「はぁ……いいわよ。殺してみなさいよ」

「え……?」

「何? そのつもりだったんじゃないの?」

「いいの? 私が殺して」

「何が言いたいの?」

 

 妖夢の声は少し震えていた。

 それを掻き消すように、大きな声を出した。

 

「貴女が殺せないこの人を、私が殺していいの!?」

「ッ……」

 

 その時、初めて私は気付いた。

 きっと妖夢に殺す気はない。

 もっと言えば、お嬢様と手を組んで私を挑発しているのだろう。

 そして私達の周りの人妖どもがこの事に口を出さない事にも、この時気が付いた。

 

 ––––私の心の奥に怒りが湧いた。

 

「……貴女の目的は分からないけど、いいわ。その挑発、乗ってあげる」

「ッ……勝負だ。十六夜咲夜ッ!」

 

 妖夢はあっさりとお嬢様を解放すると、先程までお嬢様の首に当てていた剣を私に向けて構えた。

 私もナイフを取り出し、戦闘態勢に入る。

 

【挿絵表示】

 

 ––––弾幕ごっことは言えない戦いが、再び始まる。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「なんだよ咲夜、一瞬だったじゃないか」

 

 霧雨魔理沙は少しの怒りを表していた。

 

「せっかく掛けでもやって儲けようかと思ったのに」

「仕方ないでしょ? 会場を荒らされるよりはマシだもの」

 

 ちぇっと不満を漏らす魔理沙を尻目に、咲夜は妖夢の前に立った。

 敗れて座り込み戦意喪失した妖夢は、そんな咲夜の顔を見上げた

 

「貴女、どうしてあんなこと………」

 

 咲夜はひとつ溜息を吐いてから、言葉を続けた。

 

「いや、それはどうでもいいわ。お嬢様も楽しんでおられたようだし……この事をこれ以上追及しない」

 

 妖夢は俯いた。

 ––––作戦は失敗だ。

 元々勝てる戦いだとは思っていなかった。

 目的は咲夜のプライドを少しでも傷つける事。

 成功したと思ったし、事実咲夜は怒りを覚えていた。

 それでも尚、咲夜は冷静だった。

 結果として、妖夢は再びプライドを折られてしまった。

 

「……貴女は強いわよ」

「へ……?」

「私なんかよりずっと」

「な、何を……」

「貴女に足りないのは自信だけ」

 

 咲夜は、妖夢に手を差し伸べた。

 

「自分の剣を信じなさい。そしたら貴女は、もっと速くなる」

 

 咲夜は微笑んだ。

 その笑顔の暖かさに包まれた妖夢の頬には、一筋の涙を零していた。

 ––––やっぱり、この人には敵わない。

 妖夢は深く、それを自覚してしまった。

 しかしなんだか清々しい気持ちだった。

 

「まあ、そこに"速さ"が存在している時点で、私よりは遅いんだけどね」

 

 妖夢が咲夜の手を取ったその瞬間、彼女の暖かな微笑みが単なる冷笑に変わった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「少し、出過ぎた真似だったんじゃないかしら、藍?」

 

 咲夜と妖夢を眺めながら、紫が言った。

 

「私はただ……同じ"面倒な"主を持つ者同士、いい関係を築いてほしいだけですよ」

「あらあら……貴女も嫌味を言えるようになったのねぇ。それって成長かしら?」

「飼い主に似ただけですよ」

 

 2人の会話を聞いて、側にいた幽々子はクスクスと笑っていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「隣いいかしら、咲夜?」

 

 宴会も終わりに差し掛かり酒の消費量も減ってきた頃、日本酒の入った御猪口を片手にアリスが言った。

 

「構わないわ」

 

 私は宴会での仕事を殆どやり終え、一服せんとばかりに縁側に1人で座っていた。

 

「凄いのね、貴女」

「……何が?」

「色々と」

「なにそれ……」

 

 少しの沈黙が訪れる。

 私はなんだか気まずく思ってしまった。

 そんな沈黙を破ったのはアリスだった。

 

「咲夜、時間でも止められるの?」

「ッ……」

「やっぱり、そうなのね。そうでもないとあんな働き方出来ないもの」

「……」

 

 私から言わせて貰えば、アリスの方がよっぽど凄い。

 なんでもお見通しかのように、言い当ててしまう。

 しかもそれはお嬢様のような能力とも、霊夢のような勘とも違う方法だ。

 魔法使いならば当然といえば当然なのかもしれないが、彼女は熱心な研究家だ。

 

「ねぇ、そんなことよりも」

「?」

「主を殺したいって……本当なの?」

 

 妖夢との会話を聞いていたのだろう。

 まあ、あれだけ大きな声で言っていれば聞こえないはずも無いが。

 

「……本当よ」

「へぇ……変わってるのねぇ。普通じゃない」

「幻想郷には、普通なんて存在しなそうだけど」

「ふふっ、それもそうね」

 

【挿絵表示】

 

 そう言って笑うアリスの横顔は本当に美しかった。

 今の彼女の笑顔は決して人形のようだとか無機質だなんて絶対に言えない。

 温かみと輝きを持った見惚れるほどの笑顔だった。

 彼女がそんな笑顔を見せるのが果たして、ただ酔っているだけなのか、私に心を開いてくれたのかは分からないが。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「どうだった、アリス? 初めての宴会は」

 

 ––––魔法の森上空。

 宴会がお開きになり、アリスは魔理沙の箒の後ろに座って帰路についていた。

 

「楽しかったわ」

「そうかそうか。そいつは良かった」

 

 アリスが言ったのはありきたりで簡潔な感想であるが、本当に素直な感想であった。

 魔理沙にそれが伝わったのかアリスには分からなかったが、魔理沙は大きく口を開けて笑い喜んだ。

 

「それにしても、咲夜と仲が良かったんだな」

「仲が良い……のかしら?」

「どういうことだ?」

「いや……分からないだけ」

「仲良いよ、お前らは。私以外のやつもそう思ってるはずだぜ。咲夜も含めてな」

 

 私は人の感情がある程度読める。

 些細な顔の筋肉の動きや、声のトーンと話し方、加えて体の状態によって推測できる。

 それがアリスの特技であった。

 ––––しかし、アリス自身のことは分からない。

 自分の顔や体を全て認識するなんて出来ないから。

 

「お前はよく気づく癖して、自分のこととなればサッパリ分からないんだもんな」

「…………」

 

 アリスは何も言い返せなかった。

 

「まあとにかく、いい友達ができたじゃないか」

「別に友達なんて……」

「なら私もいらないか? 少なくとも私は、アリスと友達だと思ってたんだがなあ」

「…………はぁ、貴女には敵わないわね」

 

 魔理沙は再び大きく笑った。

 その声が私に取っては心地よく聞こえていた。

 友達……かぁ。

 

「また、宴会誘いなさいよ」

「ああ、もちろんだぜ!」

 

 

 

 

 ––––既にこの時、アリスは来る途中に感じた嫌な雰囲気を忘れていた。




*挿絵(1枚目)
こちらの挿絵は平熱クラブ様より頂いた支援絵です。
平熱クラブ様、ありがとうございます!!!

*挿絵(2枚目)に使わせて頂いた素材
・十六夜咲夜 アールビット様
・アリス・マーガトロイド にがもん様
・博麗神社風ステージ 1961様
・白徳利とお猪口セット suz5様


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第33話 萃まる夢、幻、そして百鬼夜行 (挿絵あり)

 

 

 ––1st Day 10:30––

 

「あー、これだから嫌なのよ」

 

 博麗霊夢はため息と共に愚痴を漏らしていた。

 彼女は1人で昨夜の宴会の片付けをしていた。

 場所を貸すだけで酒とメシが舞い込んでくると魔理沙に言われ、勢いで場所を提供してしまうのだが……

 この片付けをしている間だけは、毎回その判断を悔やんでいる。

 散らかすだけ散らかして帰る参加者たちの顔を思い浮かべては、霊夢は怒りに震えていた。

 

 ちなみに、紅魔館のメイドや白玉楼の庭師、八雲の式なんかがやるのは宴会の準備とその運営まで。片付けには一切手をつけない。

 それは主人と関係ないからやる必要がないだとか、霊夢が困る姿を見るのが良いだとか、理由は色々だが……

 アイツらに人の心はあるのだろうか?と常々霊夢は思う。

 約2名は人じゃないが。"約"2名ね、ここ大事。

 

「次の宴会じゃあ、覚えてなさいよ……くそっ」

 

 誰が吐いたか分からない嘔吐物の処理をしながら、霊夢は何度も怒り嘆いていた。

 

「……にしても」

 

 ––––妖気が濃くなっている。

 もちろん、宴会の時に比べれば薄まっているのだが……

 宴会毎に蓄積されていくように、辺りを漂う妖気が増している。

 

「あーあ。また参拝客が減るわね」

 

 元々いないけど、と内心で付け加えた。

 こんなに妖気が漂ってしまっては、妖怪神社などと呼ばれてしまう。

 ただでさえ妖怪が集まって、参拝客が来ないというのに。

 

 ––––それでも宴会はする。

 この妖気に当てられたせいもあるかもしれないが、実のところ霊夢は乗り気だった。

 彼女が宴会を断らない理由、それは魔理沙の言う通り食べ物が舞い込んでくるからというだけではなかった。

 

 ––––この宴会には裏がある。

 

 霊夢の勘がそう言っている。

 それに、宴会の度に妖気が充満し始める。

 まるで妖気さえも宴会に参加しているかのように、どこからか集まってくるのだ。

 つまり霊夢は、その正体を掴むために宴会を断らない––––そう言えば何とも聞こえがいいが、実際はそうじゃない。

 彼女以外の誰かにこの状況を解決して欲しいのだ。

 この妖気に気が付かない者も多いだろうが、きっと気付いて解決しようとする者も現れるはずだ。

 だから彼女は何もせず宴会を繰り返す。

 いつか解決されるその時まで––––

 

「はぁ、一服しようかしら」

 

 異変解決は巫女の仕事だって?

 これは異変なんて呼べたものではない。

 それに私がやるのは面倒くさいんだもの。当然よ。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––1st Day 11:45––

 

「さてさて、次の宴会はどこでやるかな……?」

 

 霧雨魔理沙は箒にまたがり空を飛ぶ。

 昨日の宴会でも幹事を務め、周りに(はや)されかなりの量を飲んでいた。

 しかし今朝にはケロっとして、魔理沙は再び宴会を企画し始めていた。

 

「まあ、やっぱりあそこだよな!」

 

 そう言って魔理沙は博麗神社へと向かった。

 

 ––––漂う妖気のことなど、微塵も気にしていない。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––1st Day 11:50––

 

「貴女もたまには参加してみたら?」

「うーん……」

「楽しいものよ?」

「……ここでやるならね」

 

 むーっと、レミリアは頰を膨らませた。

 彼女の親愛なる友人、パチュリーを宴会に連れ出したいのだ。

 もちろんそれは友人と共に参加したいからという理由もあるが、それ以上に––––

 

「レミィ、貴女も気付いてない訳じゃないでしょう?」

「……え?」

 

 ––––この友人に、宴会に漂う妖気を調べさせようと思っていたのだ。

 

「パチェ……気が付いていたの?」

「まあ……貴女がこんなに誘うもんだから、どんなものかと思って昨日の宴会を覗いたのよ」

「ほう……? それで?」

「言わなくても分かるでしょうに。言わせたいの?」

「ふふっ、私分かんないもーん」

 

 羽をパタパタとさせながら、レミリアは喜んでいるようだった。

 何とも可愛らしい光景だが、ニヤリと笑う口元に鋭い牙がキラリと光っている。

 パチュリーはそんな彼女の様子に呆れているようだった。

 

「はぁ……宴会中の妖気に当てられた?」

「あの程度の妖気でおかしくなるほど、下賤じゃないわよ」

「よかった。なら、高貴な貴女はこのままでいいの?」

「よくない。どこのどいつか知らないけど、誰かの掌で転がされてる気分は最悪よ」

「だったらやはり、ここで宴会をやりましょう? 妖気の持ち主が業を煮やして出てくるかもしれないわ」

「……無理よ」

 

 少し肩を落として、レミリアは言葉を続ける。

 

「あれはきっと人妖を惹きつける能力がある。どうあがいても、ここで宴会をする未来は視えないわ」

 

 そう語るレミリアの瞳は鋭く光り、声色は恐ろしいものに変わっていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––1st Day 12:00––

 

「おっす霊夢。魔理沙さんの登場だぜ」

 

 空からやってきた魔理沙は、博麗神社の境内へと着地した。

 そして自慢の箒を片手に、魔理沙は言葉を続ける。

 

「次の宴会もここで頼むぜ、霊夢」

「はぁ……またその話ね。何度も何度も宴会して、よく飽きないわね」

「だって楽しいじゃないか」

「……ええ、そうね」

 

 実を言うと、この宴会を終わらせるのは魔理沙だと思っていた。

 毎度幹事をしているだけあって、宴会に一番精力的に関わっているのは彼女だ。

 魔理沙ならこの宴会のおかしさに気が付いてくれる……と思っていたのだが。

 

「そうと決まれば、また皆を誘わないとな!」

 

 能天気と言えるほどに無垢な笑顔で魔理沙はそう言った。

 ––––魔理沙はダメか。他には誰がいる?

 咲夜?––––アイツは元々幻想郷の人間じゃない。幻想的な力である妖力に気付けるかどうかも怪しい。没。

 妖夢?––––アイツは気付いたとしても解決できると思えない。没。

 アリス?––––アイツはこの前が初参加。動くとしてもまだ時間がかかるだろうし……そもそも妖気に興味を示すかも怪しいところ。没。

 紫?––––アイツは面白がってそうだし、幻想郷に危険が及ぶものでなければ動かない。没。

 幽々子?––––アイツは楽しければ何でもいいだろうから動かない。没。

 他に解決しそうな奴なんて…………

 

「……あ」

「ん? どうした霊夢?」

「え? ああ……いや、こっちの話よ」

「なんだよ。おかしな奴だな」

 

 いる。いるじゃない!

 漂う妖気に気付くだけの力があり、その妖気に興味を示し尚且つそれを良く思わない者が……ッ!

 

「次の宴会が楽しみね、魔理沙」

「あ? あぁ、そうだな。楽しみだぜ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––1st Day 16:00––

 

「そろそろ教えてほしいわ」

 

 ––––旧地獄。

 それは幻想郷の地下に広がる忌み嫌われた妖怪たちの楽園である。

 そんな彼らの中心にいるのは、鬼と呼ばれる妖怪だ。

 彼らもまた、地上で人間に嫌われ、そして人間に嫌気が差してここにいる。

 

「何が目的なの……? 萃香」

「いいじゃないか。楽しく宴会が出来て」

「ええ、毎回宴会は楽しいわ。不思議に思うくらいにね」

 

 春雪異変が終わってから、幻想郷には短い春が訪れた。

 そんな春を満喫すべく、霊夢や魔理沙を中心に"花見"と称した宴会が繰り返されていた。

 霊夢は場所の提供。

 魔理沙が参加者の勧誘。

 そして参加者達は酒や肴を持参し、中には宴会の準備を手伝う者もいた。

 そして宴会が終わると、すぐに次の宴会の準備が始まるのだ。

 

 ––––誰も宴会を止める気を起こさず、ひと月が経っていた。

 もう桜は散ってしまっている。

 それでも、"花見"は終わらない––––

 

「言ったろう? 私は今の幻想郷が見たいのさ」

「本当に?」

「鬼が嘘をつくわけないじゃん」

 

 それは最早、異変であった。

 そしてこの異変の元凶を八雲紫は知っている。

 目の前にいる鬼––––伊吹萃香であった。

 

「嘘はついていなくとも、隠し事は出来るでしょう?」

「隠し事は出来るが、隠し事があるとは限らない」

 

 萃香は涼しい顔でそう言った。

 鬼は酷く嘘を嫌う種族だ。

 人間に嫌気が差した理由も、それが大きな部分を占めるだろう。

 萃香もその例に漏れず、嘘を嫌う。

 しかし彼女にも鬼特有の誠実さがあるかと言われれば、そうでもない。

 現に彼女は隠し事を()()()()

 彼女が隠し事を()()()()()と言っていないことが、何よりもそれを裏付けている。

 

「その目、やめとくれよ。気分が悪い」

 

 私が疑いの目で萃香を見つめる。

 誠実でないとはいえ、萃香も鬼である。

 隠し事をするには後ろめたい気持ちがあるのだろう。

 

「失礼ね」

「お前さんは綺麗な目を持っているのに……勿体ないな。胡散臭さで全てが台無しだ」

「褒めてるの? 貶してるの?」

「褒めてるんだよ。台無しだからこそ、八雲紫は幻想郷の管理者で居られるんだ。人に嫌われ、妖怪に疎まれる。最高じゃないか」

「……全く褒められてる気がしないわね。貴女も私が嫌い?」

「嫌いじゃないさ。むしろ好きだね。そういう胡散臭い仮面の下にある本心が分かっているからかな」

 

【挿絵表示】

 

「ッ……! はぁ、なんだか見透かされているようで気持ち悪いわ」

「それをあんたは普段他の奴らにやっているんだよ」

「ふふっ……そりゃあ、嫌われるわよねぇ」

「良いじゃないか。それだけお前さんの理想に近づくんだろ? この幻想郷が」

 

 実際、今の幻想郷はかなり私の理想に近い状態だ。

 人妖のパワーバランスも申し分ないし、人妖間での交流も少ないものの存在している。

 妖怪にとってはもちろん、人間にとっても楽園であること。

 それが私の目指す幻想郷だ。

 その為なら私は、幾らでも嫌われよう。

 その代わり、私の掌で踊ってもらおう。

 全ては、幻想郷に生けるありとあらゆる者の為に。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 23:15––

 

「……咲夜」

「はい、お嬢様」

 

 お嬢様が月を眺めながら、食後のティータイムを満喫している時のことだった。

 

「明日、何があるか……貴女は知ってる?」

「はい。博麗神社で宴会でございます」

「そうそう。ついこの前も宴会だったのにね」

「……何かご不満でも?」

「宴会自体に不満はないさ。楽しくないわけではないもの」

 

 だけどね––––と、お嬢様が言葉を続ける。

 

「貴女は気が付かないの? この宴会の異様さに」

「…………何度も何度も繰り返して、よく飽きないものだなとは思いますが」

「そういう次元じゃないのよ」

 

 はぁ……と深くため息を吐きながら、お嬢様はやれやれと言った様子で首を振った。

 

「貴女はダメなのね」

「……?」

 

 よいしょ、といった小さな掛け声と共に、お嬢様が席を立たれた。

 そして言う。

 

「ちょっと、出かけてくるよ」

「こんな時間にですか? って、まあ普通の時間かしら」

「そんな訳で、留守番宜しくね」

「何言ってるんですか、お供しますって。夜は危ないですよ」

「誰に物を言ってるのよ。それに、今日はちょっと急ぎの用があるの」

「なら、私にお任せください。急ぎの用を任せたら幻想郷一です」

「私が急がないといけない用なの。今夜中に、幻想郷中を一通り脅して回って来るつもりなんだから」

「……何かあったんでしょうか?」

「何かあったの。咲夜と喋ってる時間ももったいないから、さっさと留守番すればいいのよ」

 

 お嬢様の意図が、私には読めない。

 

「……それは出来ません」

「命令に背くつもり?」

「私の知らないところで、勝手に死なれたら困りますから」

「心配してるの?」

「ええ、もちろん。お嬢様を殺して差し上げられなくなってしまうことが心配で心配で」

「甘く見られたものねぇ。貴女にさえ殺されない私が、誰かに殺されるわけないでしょう?」

「…………」

 

 プライドの高い私にとって、それはズルい質問だった。

 そうだ、と認めてしまえばお供に付いて行くことが出来なくなる。

 しかし違うと否定してしまえば、私よりも強い存在がいる事を認める形になってしまう。

 

 ––––そしてこの時の私は、"私がお嬢様を殺せない"ということを否定出来なかった。

 そしてそれに、気が付いてすらいなかった––––

 

「それじゃあ、留守番お願いね」

「はぁ……判りましたよ。日が昇るまでには帰ってきてくださいね」

「あ、そうか。一応日傘を持っていくわ」

「日が昇るまでに帰ってこないつもりですか?」

「転ばぬ先にアレが必要。覚えておきなさいね」




*挿絵に使わせていただいた素材

・八雲紫 モンテコア様 ぷれでたぁ様 みちるお様 min.様
・伊吹萃香 zakoneko様
・岩窟 himazin様


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第34話 夜を駆ける吸血鬼 (挿絵あり)

 

 ––2nd Day 24:00––

 

「この森は夜が似合うわ」

 

 咲夜を連れずに幻想郷を歩くのは初めてだった。

 なんとなくの場所だけ咲夜に教えてもらっていたが……

 こんな暗い森の中に、果たして本当に人間が住んでいるのだろうか?

 

「………あれぇ、見たことない人」

 

 闇の中から声が聞こえた。

 声のする方へと視線を移すが……何も見えない。

 暗い森の中とはいえ、満月とはいえないが今夜も月が輝いている。

 それでも……()()()()。不自然なほど。

 

「闇でも(まと)っているのか……?」

「わかるの? すごいね」

「だがその闇じゃあ見えない。私も、お前も」

 

 闇がフワフワと崩れて消えた。

 中から姿を現したのは金髪の少女だった。

 服の色は恐らく黒か? 暗くてよく見えないが……

 見た目だけでいえば私と大して変わらない年齢だと言えよう。

 頭に付けたリボンが特徴的な、可愛らしい少女だった。

 

「貴女は食べてもいい人類?」

 

【挿絵表示】

 

「フッ……木っ端妖怪程度に、人妖の区別はつかないのかしら?」

「え、妖怪なの……? やけに人間臭いね。本当に妖怪?」

「いい加減にしろ。私は急いでいるんだ」

「私も早く済ませたいな。お腹が空いてるの」

「はぁ……私も舐められたものね。無知とは罪なものよ」

「貴女も私を知らない。だから……喰べさせて?」

 

 私の視界が暗転した。

 目を潰された……?

 いや違う、これは先程の闇だ。

 今度は私が闇を()()()()()()()

 

「いただきまーす」

 

 少女は、私の肩を掴むとそう言った。

 

「時間ないんだってば」

 

 私は少女の手を掴み、放り投げた。

 その少女が何かにぶつかった音と、彼女の小さな悲鳴が聞こえるのと同時に、私の纏っていた闇が消失した。

 少女は木にぶつかったようで、その根元に倒れ込んでいた。

 恐らく死んではいない。ただの気絶だろう。

 

「ごめんね、見知らぬ妖怪さん。出来ることなら時間のあるときに……()()()()()()()()()と戦ってみたかったわ」

 

 その呟きは彼女の耳には入っていないだろう。

 しかし私は今、時間が惜しい。

 彼女をそのまま放ったらかしにしたまま、先へ急––––

 

「待ってよ」

 

 ––––少女の声がした。

 それは先程の、人喰い妖怪の声だ。

 

「……意識あったのね」

「一つ質問させて。そしたら相応のお返しをするから」

「何かしら?」

「これの外し方。貴女は知ってるの?」

 

 彼女が指差したのは、頭に付いたリボン。

 

「そんなの、勝手に(ほど)けば良いじゃない」

「そうか……知らないんだね」

 

 少女は深くため息を吐くと、肩を落とした。

 なんだか私が悪いみたいな空気で嫌な感じだ。

 しかし、よく見るとそのリボンは何かしらの術式が組み込まれているように思えた。

 こういうのは私よりもパチェとかの方が得意なんだけど……

 

「……もしかしてそれ、お札なの?」

「ッ! わ、わかるの? じゃあ外し方は!?」

「だから、そこまでは分からないって。専門外よ」

「そう……」

 

 再び肩を落とす少女に、私は言う。

 

「今度、紅魔館に来るといい。きっと何か分かることがあるわ」

「コウマカン……?」

「霧の湖の近くにある館だ。いつでも歓迎するわ」

「……貴女は良い人なのね」

「違うさ。良い"悪魔"だ」

「そーなのかー」

 

 少女はクスッと笑った。

 闇を操れるようだが、なんとも明るい笑顔をする少女だった。

 

「貴女、名前は?」

「ルーミア」

「そうか、ルーミアか。私はレミリア・スカーレット。さて、"お返し"とやらをしてもらおうか」

「まだ、貴女には何もしてもらってないよ」

「先払い制になっているの」

「はぁ……まあ良いや。何かしてほしいことがありそうね?」

「ええ。ある場所へ行きたいんだけど––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 24:30––

 

「パチュリー様、コーヒーで御座います」

「あら咲夜。気がきくわね」

 

 紅魔館の地下にある大図書館。

 そこで私がいつも通り本を読んでいると、咲夜が訪れた。

 甘いものが好きな私だが、苦いコーヒーも嫌いではなかった。

 たまに飲みたくなる、クセになる味。

 そんな風に思っていた。

 

「……パチュリー様、少々よろしいでしょうか?」

 

 咲夜が私に何かを問う事は珍しいことではなかった。

 数えられる程度ではあるが、今までにも幾らかあった。

 まあ、だいたいはレミィ絡みのことなんだけど。

 そして例に漏れず、今回もそうだった。

 

「先程、お嬢様が1人で外出なされましたが……パチュリー様は何かご存知で?」

「レミィが1人でねぇ……」

 

 私は少しだけ考えた。

 宴会の妖気について言うべきか?

 それとも嘘をついて、隠すべきか……

 

「––––私は何も知らされてないわよ」

 

 私は後者を選んだ。

 無理にこの子に何かを考えさせる必要もないだろう。

 あれだけの妖力の持ち主だ。危険が伴う可能性だってある。

 

「そうですか……」

「ごめんなさいね、力になれなくて」

「いえ、お気になさらず」

「まあ、レミィの事だから……何か面倒事でも思いついたんでしょうよ」

「ふふっ……間違いないですね」

 

 どこか安心したように咲夜は微笑んだ。

 こんな笑顔を見せてくれるくらいには、私たちに心を開いてくれたのかしら……なんてことを思っていると、咲夜が言った。

 

「面倒が起こる前に殺しちゃいましょうか?」

 

 前言撤回。

 そうでもないみたい。

 

「その方が面倒なことになりそうね」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 25:00––

 

 ルーミアと別れてから、また少し歩いた。

 すでに日を跨いでしまっただろう。

 少し迷いながらも、私は不自然に光る場所を見つけた。

 

「なんだ?こんな夜中に珍しいな」

 

 そこは霧雨魔理沙の家、霧雨魔法店だった。

 私はコイツに用があって来た。

 

「って、お前がここに居る事が珍しいのであって、夜中ってところは珍しくないが」

「ちょっと、明日の朝までに幻想郷巡りでもしようと思ってね」

「あー? それはまた随分とせせこましい小旅行だな」

「そう、だから貴女を倒して、すぐに次に行かなきゃいけないの」

「私を倒す……?」

 

 魔理沙は疑問を呈した。

 私は彼女の目を見る。

 シラを切っている訳ではなさそうだ。

 もともと、コイツが犯人ではないと思っていたが。

 

「貴女もまだ気付けていないの? 繰り返される宴会の不気味さに」

「宴会が怖いのか? なら宴会を用意してやろう」

「"まんじゅうこわい"のような冗談を言っているわけじゃないんだけど」

「それにしても、よくここが分かったな。この魔法の森で、こんな夜中なのに」

「夜中だからよ。私を舐めるとこういう目にあうって事覚えておきなさい」

「おいおい、別に私は舐めてるわけじゃあ……」

「貴女、毎回毎回宴会の幹事をやっているみたいだけど……」

「話のコロコロ変わるやつだな。まあ、お互い様か」

「明日の宴会は私が主役。覚えておきなさい」

「そんなこと言いに来たのか?」

「訳の判らない実体の無い様な奴に、絶対に主導権は握らせないわ」

「はぁ……?」

 

 魔理沙は本当に分かっていないようだった。

 とりあえず、私が幹事をやるということだけ理解して、寝るからじゃあなと家に入ってしまった。

 私にとっても早めに事が済んでくれて都合が良かった。

 日の出まで時間がない。

 早く先を急がなければ––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 26:30––

 

「丑三つ時の神社、か。でも巫女は眠らない」

「あんたが私を起こしたんでしょ?私は眠りたいわよ」

 

 次に訪れたのは博麗神社だった。

 彼女は夢の中にいたようだが、私が近づくと目を覚ました。

 ちょっとイタズラしてやろうかと、気配を殺して近づいたのだが……

 やはりこの人間、面白い。

 

「ちょっと、先を急いでるの。今日は簡単にやられてくれない?」

「急いでるんなら無視して行ってくれれば良いのに」

「明日までに、ちょっとみんなの力を奪っておこうと思ってね」

「あー?」

「最近は咲夜からしか生き血を啜ってないの。たまには別の味も欲しいところなのよ」

「あんたにやる血は無い」

「お前の意見は聞いてないんだよ」

「はぁ……我儘なお嬢様ね」

「だから倒して急ぐの。いや、急いで倒す?どっちでも良いわね」

「はーあ。丑三つ時に出る妖怪には、やっぱりろくな奴がいないわね」

  「さぁ、大人しく」

 

 私は悪魔的な翼を広げると、フワリと浮かんで霊夢を睨み付ける。

 キラリと牙を光らせながら、霊夢に言う。

 

「私に吸われてもらおうか?」

「…………本当の目的は?」

「何度も言っている。お前の血を––––「もうそんな茶番はいいから」

 

 霊夢は私の言葉を遮りそう言った。

 趣向もクソも無い巫女ね、つまらない。

 

「私は早く寝たいの。良い子はもう寝る時間よ」

「はぁ……まあ、急がなきゃいけないのは事実だし。分かったわよ」

「で? 要件は?」

「貴女は分からないの? それとも放っておいてるだけ?」

「なんのこと?」

「まさか……これほどの妖気が漂っているのに、お前が気付かない訳があるまい」

「……だから、なんのこと?」

 

 あくまでシラを切るつもりか……?

 人間の霊夢がこの妖気を出しているとは到底思えない。

 魔理沙と同じく、犯人とは思っていない。

 しかし、犯人に繋がる何かはあるかもしれない。

 なんてったって、繰り返されている宴会はここで行われているのだから。

 

「はぁ……分かったわ。()()()()()()()()()。それでいいさ」

「分かったなら早く帰りなさい」

「さて、次は死んで見ようかしら」

「本当に我儘なお嬢様ね。夜中に起こされて攻撃されて……迷惑にも程があるわ」

「明日は私が主導権を握る。大人しくするのよ」

「はいはい。あんたが大将ですよ」

「それでは、ちょっと死んでくるね」

 

 しかし、たとえ霊夢が異変の主犯と繋がろうとも、私はどうでもよかった。

 いや……繋がっていないのだろうという、ある種の確信に近い何かが私にあったのかもしれない。

 とにかく私は目的を果たした。

 次は、あそこか––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 27:30––

 

「……これが、結界?」

 

 私は幻想郷と冥界を隔てる結界の前に立った。

 最近じゃあ幽霊たちが飛び出てくることもなくなったが……

 あの時もこんなことになってるから幽霊が出て来たのか、と納得していた。

 

「お粗末で頭の悪い結界…………だけど、誰にも作れるもんじゃないわね、コレ」

 

 ただの壁としての役割しか果たしていないそれは、上を乗り越えれば破れる結界であった。

 空を飛べる者にとって無意味でしかないそれは、粗末な者に見えるだろう。

 しかし、この結界を作るには相当な技術を要する。

 周り全体を囲う結界は簡単に作れるのだが……

 わざと一部を欠いた上で安定した結界を作るのは難しい。

 そしてその上で、この結界の部分はかなり強固だ。

 

「大方、八雲紫の為せる技だろうな。式にはおそらく無理」

 

 結界のつくりに感心しながら、私はその上を飛び越えた。

 

「死後の世界なんて、中々来れないわね」

 

 階段を飛んで通過しながら、私は呟いていた。

 冥界に来るのは、春雪異変の後の飲み会以来だろうか?

 あまりいい気分のしない場所だ。

 

「もう夜が明けるというのに……珍しい時間に珍しい奴が現れたな。用を簡潔に言え。さもなくば……」

 

 少しして現れたのは魂魄妖夢。

 幽々子の従者だ。

 厳しい目付きと口調で、私に向けて剣を構えている。

 宴会の時とかは、私に敬語使ってたのにねぇ。

 まあ、主人に害をなすものならば剣を振るうのは従者として当然か。

 あまり彼女には興味がないのだが……咲夜とは違って忠誠心に溢れる素晴らしい従者だとは思っている。

 

 ただひとつ言っておくが、咲夜も私の敵にはナイフを突き立ててくれるだろう。

 少なくとも、その行為が私を守る為ではないことは確かだが。

 

「用は貴方を倒す事。OK?」

「早いな」

「朝になる前に大体倒したいからねぇ。もう3時を過ぎて30分も経つわ。夜明けまで殆ど時間が無い」

「まぁ落ち着け。まずは目的くらい言ってよ」

「貴方が倒れる事よ。それ以外に貴方に何があるって言うのよ」

「うわ、色々と短いっ! これだから悪魔は嫌なんですよ~」

「さぁ、大人しく––––」

 

 私は圧倒的なスピードに物を言わせて背後に回る。

 そして彼女の首筋に爪を立てた。

 

「––––倒れてもらおうか?」

 

 前回の宴会中、余興の一環として彼女は咲夜と戦っていた。

そして一瞬にして敗北。

 だからこそ、この戦い方が彼女にとってのトラウマを引き出すだろう。

 相手を倒すための近道は、相手の戦意を削ぐ事である。

 

「ッ……」

 

 予想通り、彼女は構えていた剣を下ろして戦意がないことを示した。

 

「貴女も貴女の従者も……本当に嫌な戦い方をしますね。私にはできません」

「剣士にあるまじき戦法ってこと? まあいいけど……時間的にあと一人位。貴女はもう降伏ってことでいい?」

「はいはい、倒れました。これでいいんでしょ?」

「よく分かってるわね。それで、いいのよ」

「理不尽な用件には慣れてます」

「そう、その従順さ。やっぱり、うちのメイドにも再教育しなきゃいけないわね」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 28:15––

 

「あらあら、おはようございます。随分とお早いですね」

 

 階段を登りきるとすぐに白玉楼が見えてくる。

 その敷地内に降り立つと、西行寺幽々子が声を掛けてきた。

 

「まだ4時ちょっと過ぎよ。いつもこんな時間に起きるの? お婆さんみたいだなぁ」

 

 その言葉に、幽々子の眉間には少しだけシワがよる。

 相手のペースを崩してやったと、私は少しだけ喜んだ。

 

「お爺さんだって、こんな朝早く他人の家を訪ねたりはしないわよ」

「本来……今の時間は、私にとってはもうすぐ寝る時間。まあ今も昔も、早寝早起きが自慢なのよ」

「で? 何かしら。一人でこんな所まで来るなんて」

「明日の宴会は、私に任せて貰おうかと思ってね」

「明日じゃなくて今夜だけど……でもなんか任せるのは不安だわ。って、そんなこと言いに来たの?」

「大丈夫、明日は今までに無い宴会になるわ」

「貴方に任せたら、そりゃなるかもねぇ。色々と」

「もう日の出の時間よ。つべこべ言わず、大人しくしてもらうわ」

「あなたの付き人の代わりに、日が昇るまで遊んであげましょうか?」

「さぁ、大人しく二度寝でも楽しむ事よ」

 

 私がニヤリと笑うと、幽々子の眼光は鋭くなった。

 普段のふんわりとした彼女の雰囲気からは想像も出来ないほどの威圧感だった。

 私でさえ、気を抜けば身震いをしてしまうほど。

 

 ––––こんな感覚、八雲紫を前にした時以来か?

 

「はぁ……やめやめ。貴女と闘うのは絶対疲れるもの」

「あら、私は少し楽しみだったのに」

「私だって()ってみたかったさ。でも……もう朝だわ。もうすぐ日が昇る……急いで帰って寝なきゃ」

 

 空が少し明るくなり始めている。

 綺麗に見えていた星も、もうその姿を隠してしまった。

 忌々しい太陽が顔を出すまで、もう時間がない。

 

「とにかく、明日の宴会の幹事は私だ。いい?」

「判ったわ。明日、というか今夜だけど。今夜の宴会はお任せするわ」

「最近、得体の知れない奴に主導権を握られっぱなしだったからな」

「あら、気が付いていたの? 私は、誰が何してようと気にしないから……楽しければねぇ」

「今夜、いや明日の夜は楽しくなるよ」

 




*挿絵に使わせて頂いた素材

・ルーミア モンテコア様
・空が見える森 ニクムニ様


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第35話 三日置きの百鬼夜行 (挿絵あり)

 

 

 

 

 –– Feast Day 05:30 ––

 

「……動き始めたのはアイツか」

 

 萃香は伊吹瓢を口につけて酒を飲みながら小さく呟いた。

 

「あら、意外だった?」

「うーん、勘のいいやつである事は間違いないけど……動くとは思わなかったね」

「あら、どうして?」

「アイツは宴会を楽しんでいたから。霊夢と同じさ」

「霊夢の場合は、ただ面倒くさがってるだけよ。その点、あの吸血鬼にはプライドがあった」

 

 紫は隙間を開くと、幽々子と話すレミリアを覗いた。

 そもそも、と萃香が言葉を返す。

 

「連中が気付くと思ってなかったんだけどね」

「あらら、地上の妖怪も舐められたものね?」

「まあ、別に気付かれても良かったんだ。私は鬼よ? 何も恐れる必要はないさ」

「連中全員を敵に回しても?」

「ああ」

 

 そう言う萃香は自信に満ち溢れていた。

 自分が鬼であることに誇りを持っている。

 事実、その強さは並大抵のものではない。

 

「貴女はまるで、そうなる事を望んでいるようね」

「……」

 

 紫はクスクスと笑っている。

 純真無垢な少女のような微笑みだが、萃香には別の意味で捉えられた。

 己の思考を見透かされているような、気味の悪い笑顔。

 萃香は酷く気分が悪くなった。

 

「さて萃香。そろそろ潮時よ?」

「……まあ、そのようだね」

「貴女の本当の目的、いい加減に教えてもらえるかしら?」

「本当に私は、今の幻想郷を……幻想郷の連中に興味があったのさ」

「でも、それだけじゃないのでしょう?」

「…………」

 

 紫が本当に気づいているのか、ただカマをかけているだけなのか。

 萃香には分からない。

 だが、今の紫の目は気味が悪かった。

 

「きっと、幻想郷が見たかったというのは本当なのでしょう。曲がりなりにも鬼の貴女が、嘘をつくはずがない」

「曲がりなりってのは余計だよ」

「ふふっ、失礼。でも……貴女は幻想郷が見たい理由を言っていない」

「……」

「どうして幻想郷を、幻想郷の住民を見たかったのか? その理由は予想出来るけど……貴女の口から聞きたいわ」

「それが……条件だと言うのかい?」

 

 萃香の言う"条件"––––

 それは、紫が萃香の協力をするための条件であった。

 

 本来、今回の件は、紫にすら伝えておらず、萃香が独断で行ったことであった。

 しかし、すぐさま異変に気付いた紫は、犯人特定も容易にこなして萃香へと接触した。

 萃香の本当の目的にも、大方予想はついていた。

 だからこそ紫は、この騒動自体には何の危険性もないと判断し、異変として認識することもなく、その解決を急ぐことも無かった。

 

 そしてそれは、萃香にとっても都合が良かった。

 解決が遅れれば遅れるほど、萃香はこの幻想郷を眺めることが出来た。

 幻想郷の連中を知ることが出来た。

 萃香は安心していた。そして、喜んでいた。

 

「––––今の地上は、昔とは随分違うんだね」

「それは、どういう意味で?」

「もちろん、いい意味さ。すごく安心したよ」

「それはそれは……管理者として冥利に尽きますわ」

「いや、本当に凄いよ。隔離された空間とはいえ、人間と妖怪が良い関係で共存している。人はしっかりと妖怪を恐れているし、妖怪も力を失っていない」

「––––この環境ならば、鬼も暮らしていけるだろう」

「ッ……ははっ、やっぱりバレてたのかい」

「まあ、貴女は地上に未練が強そうだったから」

 

 紫が微笑む。

 萃香はそれを気味悪く思うことはなかったが、恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

 

「私が地上にいた頃から、こんな世界だったら良かったのにねぇ……」

「人間を見限った私たちが、今更地上に出るのは恥ずかしい……なんて思っているのかしら?」

「あんたは何処まで私の思考を……ッ!」

 

 紫が再び微笑んだ。

 今度はまるで優しく包まれるかの様な気がするほど、温かみのある笑みだった。

 

「安心して、萃香。幻想郷は全てを受け入れるのよ」

 

 紫が隙間を開いた。

 その先は博麗神社––––今夜の宴会会場である。

 

「それはそれは……残酷な話ですわ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––Feast Day 06:00––

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 私が屋敷に戻ると、まず出迎えたのは咲夜だった。

 聞けば門番は仮眠中らしい。いつも寝ている様な気がするが。

 

「朝食になさいますか? それとも、もう夜も明けてしまいますので……就寝なさいますか?」

 

 昨日は徹夜だった。

 とはいえ、元の生活リズムに一時的に戻しただけなのだが。

 朝寝て夕方起きる生活は、やはり私の身体には合っている。

 夜は眠れない日が多いが、今日は朝からぐっすり眠れそうだ。

 咲夜に朝食はいらないと伝え、私はすぐにベッドへ向かう。

 ベッドの上に置かれた棺桶は、人間から見たらかなり奇妙に思えるのだろう。

 実際咲夜も初めは驚いていた。

 だから、私は決して霊夢や魔理沙に棺桶で寝ていることは言わない。

 その方が人間には印象いいんでしょう?

 

 はぁ……今日は疲れたのだろう。

 余計な思考で頭がいっぱいだ。

 一晩で幻想郷を回るのは、私でさえ疲れるものだ。

 それでも目的は達成した。

 幻想郷中に喧嘩を売って、宴会の幹事を奪い取る。

 ちなみに八雲紫には喧嘩を売ってないが、アイツは私と幽々子の話を聞いていたようだから、それでいいだろう。

 あとは次の宴会で犯人を捕まえるだけだ––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––Feast Day 12:00––

 

「––––紫、貴女見ているわね?」

「あらあら、本当に勘のいい子ねぇ……」

 

 八雲紫は博麗神社を訪れていた。

 隙間の中から霊夢の様子を暫く眺めようかと思っていた矢先に、霊夢に感づかれてしまった。

 

「嫌になっちゃうわ」

 

 霊夢の鋭さに感心しながらも、紫は悔しさを覚えていた。

 

「はぁ……?」

「あらぁ、怖い目をしてる」

「何の用?」

 

 あからさまに嫌悪感を見せる霊夢には、紫と会話をする気は微塵もなかった。

 こんな紫と話しても疲れるだけだから。

 

「つれないわねぇ……用っていう用でもないのよ」

「なら帰りなさい」

「酷いことを言うのね。少しくらい持て成してくれてもいいんじゃないかしら?」

「嫌よ。巫女が妖怪なんて持て成してたら、それこそ参拝客が寄り付かなくなるわ」

「まあまあ、お賽銭入れてあげるから」

「座りなさい。茶を出すわ」

 

 本当に現金な子だ……と呆れながらも、紫の口からは笑みが溢れた。

 

「……うん、微妙な味ね」

 

 霊夢が淹れた茶を一口飲んで、紫は素直な感想を口にした。

 

「悪いわね。あんたの家のように良質な茶葉が揃ってるわけじゃないのよ」

「ふふっ……まあ、これはこれで、霊夢の味って感じね」

「馬鹿にしてんの?」

 

 紫は口を扇で覆いながらクスクスと笑った。

 相変わらずの胡散臭い笑い方に霊夢は苛立ちを覚えたが、ため息とともにその苛立ちを追いやった。

 

「……で? 何の用?」

 

 紫が意味もなく此処に現れることは少ない。

 それに、少し思い当たる節もある。

 霊夢はもう一度、紫に要件を訪ねた。

 少しだけ睨みつけながら。

 

「うーん、本当に大したことはないのよ」

 

 紫はもう一度微妙な味の茶を啜った。

 軽く息を吐いてから、再び口を開く。

 

「今日の宴会で、この妖気も静まると思うから」

「……ふーん」

「最後にワガママ……許してね?」

「は––––?」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––Feast Day 17:00––

 

 博麗神社の境内にコツコツとハイヒールの音が鳴り響く。

 そんな音を奏でる者は幻想郷では限られている。

 その数少ない演奏者の1人、十六夜咲夜は博麗神社を訪れていた。

 彼女の主であり、今宵の宴会の幹事でもあるレミリア・スカーレットに連れられて。

 

「霊夢、いるかしら?」

 

 レミリアが声をかけるも、神社は静まり返っていた。

 

「幹事だから早めに来てあげたというのに……無駄足だったかしら?」

「お茶でも飲んで待ちますか?」

「うーん、日本茶とやらは嫌いなのよねぇ」

 

「あらあら、人のものを勝手に取るなんて……悪い子たちねぇ」

 

 レミリアと咲夜の背後から不意に声が聞こえる。

 とっさに戦闘態勢に入る2人だが、その声には聞き覚えがあった。

 だからといって警戒を解くことはなく、寧ろ強めるのだが。

 

「あれ、宴会に呼んでもいない奴が出てきた」

 

 声の主は八雲紫だった。

 そんな紫にレミリアが言う。

 咲夜は静かにナイフを構えていた。

 

「聞いたわよ。今日は貴女が幹事だって」

「……ええ、そうさ。そしてお前は呼んでない」

「ふふっ……貴女が何を企んでいるかは分からないけど」

「私が……企んでいる? 私は企んでいる奴を探し出そうとしているのよ」

「ふふふ。今回の宴会は、私が仕切ろうかしら」

「その方が何企んでるんだか分からないでしょ?」

「こんなに、面白そうな面子、誰にも渡さないわよ」

「あら奇遇ね、それは私も同じ考えよ」

「……さぁ、大人しく」

「あら、最初から大人しいってば〜」

 

 咲夜はレミリアの背後から2人の様子を伺っていたが、それでもレミリアが苛立っているのが見て取れた。

 そしてそれを煽るように、紫は扇で口元を隠しながら笑っている。

 

「お前と話すのはやはり疲れる」

「私だって、疲れますわ」

「……それより、霊夢はどこだ? さっきから見当たらないが」

「神隠しにあった……と言ったら?」

「……霊夢は大事な宴会場の提供者だ。恩義があるからな、探し出すわ」

「どうやって?」

「とりあえず、お前を倒すことから始めようかな」

 

 レミリアの声色がだんだんと険しくなるにつれて、紫の眼光も鋭くなり始めた。

 見守る咲夜が戦慄するほど、2人の間には計り知れない緊張感があった。

 

「ふふっ、大丈夫。宴会には姿を見せるわよ」

「……お前の言葉はどうにも信用できない」

「あら、残念」

「だが……まあいい。私は宴会の準備に入る。邪魔するんじゃないわよ」

「そんなことはしませんわ」

「どうだかな」

 

 レミリアは咲夜を連れて神社の母屋へと入っていった。

 紫は不敵な笑みを浮かべながら、隙間の中へと消えていく。

 

「はぁ……アイツの相手は疲れるわ」

「間違いありませんね」

「呼んでないのに宴会には参加するだろうね」

「……ええ」

「まあとにかく。宴会の準備よ。咲夜、何すればいい?」

「………….考えなしだったんですか?」

「何よ? 都合でも悪いの?」

「見たところお酒も揃っていないようですし、食材も充分にありません。宴会を始めるのは(いささ)か厳しいかと」

 

 レミリアには宴会の運営など経験がなかった。

 食事すら自分で用意したことがない。

 従者に言えば湧いて出て来るものだとさえ思っていた。

 

「……咲夜、どうしよう?」

 

【挿絵表示】

 

 咲夜は驚いた。

 ここまで不安げで気弱なレミリアは見たことがなかった。

 レミリア自身の容姿も合わさり、その姿は幼い少女にしか見えなかった。

 

「––––なんとかしてみましょう」

「出来るの?」

「言いましたよね? 急ぎの用を任せたら、幻想郷一ですから」

 

 咲夜はその場から姿を消した。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––Feast Day 19:00––

 

「感謝するわ……貴女のお陰よ、咲夜」

 

 いつも宴会が始まる時刻になった。

 既に多くの人妖が集まり、ガヤガヤと賑わいを見せていた。

 既に酒も準備されており、料理も並んでいる。

 それらは全て、咲夜が幻想郷中を回って掻き集めたものであった。

 

「このくらい、造作もありませんわ」

 

 レミリアはもう一度咲夜に礼を言うと、ワイングラスを手に参加者達へと目を向けた。

 参加者達もそれに気づいて、レミリアへと視線を移す。

 皆が彼女が乾杯の音頭を取るのを静かに待った。

 

「まず、今日貴女達が集まってくれたことに感謝するわ。ありがとう」

 

 レミリアの言葉は、予想に反して静かに、そして下手(したて)に出た言葉であった。

 しかしその視線は鋭く、参加者は皆固唾を飲んで見守った。

 ––––しかし、とレミリアは言葉を続ける。

 

「この宴会は異常だ。そしてそれに誰も気がつかない」

 

 レミリアの語気が強まる。

 

「お前達はなぜおかしいと思わない? 桜が散ったにもかかわらず終わらない妖気漂うこの宴会を!」

 

 確かに……などの声が参加者から漏れ始めた。

 少しざわめき始める彼らに、レミリアはさらに声を張り上げた。

 

「私以外に唯一気づいていた、博麗霊夢が消えていることにさえ、お前達は疑問を持たない!!」

 

 ざわめいていた参加者達は一斉に静まり返った。

 

「乾杯の前に問う。答えろ八雲紫、霊夢はどこだ?」

 

 参加者達の中にいた八雲紫は、静かに立ち上がると、レミリアの元へと歩き出した。

 そして口を開く。

 

「……私が犯人だと、思っているのかしら?」

「霊夢を隠したことに関してだけはな」

「あら……そこまで分かっているのね」

 

 紫は少しだけ驚いた。

 レミリアがそこまで"視えている"とは思っていなかったのだ。

 黒幕が1人であるなんていう概念に縛られない彼女を素直に評価していた。

 しかしそんなことはつゆ知らず、レミリアは苛立ちを抑えきれなくなってきていた。

 

「お前とつまらない話をするつもりはない。そろそろ真実を言いなさい。本当に宴会を仕切っているのは誰?」

「まあいいわ。あまり気が乗らないけど……貴女が会いたいと言うなら」

「……素直ねぇ。感心するよ」

 

 レミリアにとっては予想外だった。

 紫がもっと拒むか、はぐらかすと思っていたのだ。

 

「最初から素直よ。貴女と貴女界隈の面子じゃあるまいし」

 

 紫は愚痴のように皮肉をこぼしながら、スキマを開いた。

 

「"彼女"はこの中にいるわ。貴女を待ってる」

「彼女……? 霊夢じゃないのか」

「異変の主犯に会いたいんでしょう?」

「……まあ良い。行くぞ、咲夜」

「かしこまりました」

 

 レミリアがスキマに入るのに続いて、咲夜も入()()()()()

 

「––––貴女はこっち」

「ッ!?」

 

 紫がそう言うと、咲夜の背後から別の隙間が現れた。

 咲夜は驚き振り返るも、時を止めることすら叶わず何も出来ぬまま飲み込まれた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

「……あれ、咲夜?」

 

 レミリアがスキマ空間に入ると同時に、そのスキマは閉ざされた。

 付いてくる筈だった咲夜の姿はなく、レミリアはその場に独りになった。

 

「八雲紫め……何を考えているんだ?」

 

 悪態を吐きながら、レミリアは辺りを見渡した。

 その空間は洞窟のような場所だが、どこにも出入り口が見当たらなかった。

 まるで口の塞がれた壺の中に閉じ込められたかのような感覚だった。

 

「––––出てきなさい、居るのは分かってるから」

 

 レミリアは言う。

 一見するだけでは、この空間に何者かが居るようには視えない。

 しかし、空間内に漂う妖気がレミリアに何かが居ると教えていた。

 

「やっぱり勘がいいんだねぇ。もっともっと遊べるかと思ってたんだけど」

 

 漂う妖気が一点に集まりだすと、それが姿形を成し始めた。

 その妖力の塊は、見た目だけならレミリアと同じかそれよりも幼く見える少女の形になった。

 彼女の名前は伊吹萃香。彼女の種族は––––

 

「特徴的なツノに、高慢な態度とそれに見合った妖力––––貴女が噂の鬼ね?」

「あれ、知ってるんだ? すごいね」

「友人に知識人がいてね」

 

 宴会を覗いたパチュリーは、妖力の異変に気がつき、独自に調べていた。

 幻想郷中を覆えるほどの莫大な妖力を持つ妖怪など、限られている。

 古い書物にあった『鬼』と呼ばれる妖怪は、今回の異変の主犯としてパチュリー候補に挙げたうちの1つだった。

 

「私も、あんたの事をよく知ってるよ」

 

 対して萃香も口を開く。

 そしてそのまま言葉を続けた。

 

「宴会ではいつも我侭ばっかり言ってたわよね。って、宴会じゃなくても我侭言ってたかな? 本当はずっと私の姿を気にしていた。まぁ、かなり細かく分散していたけど……。それでもあんたが動かなかったのは……」

「何の事を言ってるんだ?」

「本当は別の……特に人間に気付かせたかった」

「ふんっ……当たり前だ。妖怪退治は人間の仕事なんだから」

「でも、少し不安になってきたんでしょう?」

「余りにもみんなが鈍いから痺れを切らしてただけ」

「嘘。余りにも相手が強大そうに見えたから……人間に任せたら危ないと思ったから!」

「ははっ……そうかもしれない」

 

 よく見ているものだ……とレミリアは少し笑ってみせた。

 そうして湧き上がる怒りを抑える他ないほど、萃香の言うことは図星であった。

 萃香を睨み付けながら、レミリアは言葉を続ける。

 

「もう十分遊んだでしょう? 随分長い間放ったらかしていたけど……これで終わり」

「まあいいか。最後に大きな遊びが出来そうだし」

 

 鬼という種族は好戦的だと、パチュリーが言っていたことを思い出す。

 レミリアは萃香の様子を見て、再び笑みをこぼした。

 

「出来るよ。むしろこれからが本当の遊びでしょう?」

 

 これは異変じゃない。

 異変じゃなければ、弾幕ごっこなんてルールが通用しないことも多くある。

 今回はきっと、弾幕ごっこにはならない。

 目の前の鬼から、レミリアはそれを感じていた。

 少し高揚した気分のレミリアに対して、萃香は言葉を返した。

 

「でも––––遊びになればいいけどねぇ?」

「は……?」

 

 レミリアの瞳は小さくなり、苛立ちが口から顔から漏れていた。

 見下したようにヘラヘラした態度の萃香は、さらに声を上げて笑った。

 

「ハハハッ! だって、あんたと私では格が違いすぎる。あんたのような吸血鬼風情が、我ら鬼に敵うと思ってるわけ?」

 

 レミリアの怒りは最高潮に達していた。

 ––––ダメだ、冷静になれ。怒りは身を滅ぼす。

 そう自分に言い聞かせつつ、レミリアは片足で地面を蹴った。

 地響きと爆音ともに、地面に大きなクレーターが出来た。

 ふぅ……と小さくため息をついたレミリアは、冷静を取り戻していた。

 

「敵うも何も……私とお前では格が違いすぎるでしょう? 私のように誇り高き貴族と、泥臭い土着の民じゃねぇ」

 

 レミリアは冷静だった。冷静であったが、溢れ出る妖力は萃香と雖も軽く身震いをするほどのものだった。

 凄まじい殺気を感じる。

 おそらく木っ端妖怪程度ならば、この殺気だけで気絶してしまうだろう。

 萃香自身の言葉とは裏腹に、萃香の中でレミリアはかなり高評価だった。

 だからこそ紫に頼んで、こういう場を設けてもらったのだ。

 それでも––––あくまで萃香は、自分が評価する側であると思っていた。

 それは自分の方が絶対上であるという自信があるからこそだった。

 レミリアの殺気に当てられた萃香は、尚も笑っている。

 

「ふふっ……その格の違い、試してみる?」

「そうね、格の違いを見てみるのもいいわね」

「あ、そっか……もしかしてあんたは知ってるだけで、鬼を見たことが無いんだ。まだ幻想郷に来たばっかだもんねぇ」

「何言ってるのよ? 幻想郷のみんなは私のことをこう呼ぶわ。吸血『鬼』ってね」

「なら分かるでしょう……? 鬼は強い者の代名詞。あんたが自分を強いと思うほど、鬼もまた強い」

 

 一貫してヘラヘラ態度を取っていた萃香の口調が、突然静かで落ち着いたものになった。

 しかし微かな怒りが感じられるような気がする、鋭い声色だった。

 

「私の力、萃める力、鬼にしか成せない力––––」

 

 ––––戦いが始まる。

 そう予感したレミリアも、グングニルを具現化させて構えた。

 それを見て萃香は内心で嬉しく笑うと、声高らかに告げた。

 

「未知の力を前にして夢破れるがいいッ!」




*挿絵に使わせていただいた素材

・十六夜咲夜 アールビット様
・レミリア=スカーレット Cmall様 ココア様 moto様 フリック様
・博麗神社風ステージ 1961様


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第36話 密と疎を操る程度の能力

 

「……ここは?」

 

 八雲紫に強引にスキマで連れて来られた先は、全く見覚えのない空間だった。

 洞窟のようなそこに出口はない。

 そもそも入り口もないのだが。

 そんな空間に、どこか違和感を感じていた。

 

「明るい……?」

 

 その空間に光源は無いはずだった。

 しかし、まるで壁が鈍く光っているかのように空間全体が見渡せる。

 それは私が空間に関わる能力を持っているからとかそういうわけではない。

 本当に明るく見えるのだ。

 

「ここは紫が私達のために用意してくれた場所さ」

「ッ!?」

「……やぁ、初めまして、メイドさん」

 

 モワモワと霧のような何かが集まり始めた。

 それが一点に集まると、幼い少女の形になった。

 そうして姿を現したのは、先ほどの声の主であろう。

 二本の特徴的なツノが生えた少女は酒に酔っているのか、少し頰が赤かった。

 

「貴女は誰かしら? お嬢様の言っていた犯人ってこと?」

「ああ、そうだね。私が犯人だ」

「50点。質問に半分しか答えてないわ」

「あはは……悪い悪い。私は伊吹萃香––––鬼だよ」

 

 萃香は自信たっぷりに言った。

 自分の種族に自信があるのだろう。

 

「……鬼?」

「そうかそうか知らないよねぇ。あんたは特に、幻想郷に来て日が浅いみたいだし」

「貴女……私を知ってるの?」

「知ってるも何も、最近はずっと見てたさ! あんたは面白いし、宴会では大活躍だからねぇ」

「……見ていた?」

「そうだよ。あんたは宴会ではいっつも調理と片付け役に徹していたわね。えらいえらい。でも、参加してる連中の殆どが気付いていないわ。誰もあんたに感謝していない」

「みんなが盛り上がっている時に片付けをするのは、失礼だと思わない? だから誰にも気が付かれないように片付けするの。誰にも気を使わせない。そう在るべきなのよ」

「ま、楽しみ方は人それぞれだけど」

 

 萃香は手に持っていた瓢箪を口に付けると、喉を鳴らして酒を飲んだ。

 

「ぷはぁーッ! さあ、そろそろ本題に入ろうか」

「本題?」

「こんなネタバラシみたいな事をするために呼んだわけじゃないからね」

「……?」

()ろうよ。私とさ」

 

 クイクイと手招きをする萃香は、どこか私を見下した目付きをしていた。

 それが気に食わなくて、私は苛立ちを覚えていた。

 

「はぁ……鬼って言えば、アレでしょ? 凄い怪力だとかなんとかの」

「あれ、知ってるの?」

「昔話で聞いたこと程度だけど。でも、貴女はそんなに強そうには見えないわ」

「……言うねぇ」

「大体貴女ねぇ、鬼って……嘘を吐くにも無理がありすぎるのよ。そんな子供染みた嘘じゃねぇ」

「ははは……やっぱりあんたは面白いよ。私と対峙したこの状況でも尚、そんな言葉が出せるのかい」

 

 私の手足は震えていた。

 それは苛立ちもあるが、殆どは恐怖から来るものだった。

 溢れ出る妖力と威圧感で、私は圧倒されていた。

 しかし己を奮い立たせるように、ナイフを構えて萃香を睨みつけた。

 

「……やる気みたいで嬉しいよ」

「貴女が鬼だなんて嘘、暴いてやるわ」

「ははっ! 嘘かどうかは……私の萃める力を見て、賑やかに殺されてから言うことね!」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「どういうこと、紫?」

「どういうことも何も、こういうこととしか言えないわ」

「貴女……一体何を考えているの?」

「……さあ幽々子、宴会の余興は始まったわ。そろそろ座りなさい」

「紫……貴女って人は……!」

 

 紫は内心で少しだけ焦っていた。

 幽々子がここまで怒りを表すことは殆どない。

 いや、見たことがないと言っても過言ではないだろう。

 

「さぁ、大事な妖夢ちゃんが剣を抜いたわよ?」

「くっ……」

 

 紫はスキマを開いてそれぞれの戦いを眺めていた。

 

 ––––スキマ空間へと送られたのはレミリアと咲夜だけではなかった。

 彼女たちに加えて、妖夢、魔理沙、そして宴会に姿を見せていない霊夢がそれぞれ別々の空間へと送られた。

 そして彼女たちは今、萃香の分身体と対峙している。

 唯一の"本体"はレミリアが対峙していた。

 しかし強さで言えばどの萃香も遜色なく、若干本体が秀でていると言った程度の差である。

 

「妖夢……ッ」

 

 心配そうに声を震わせる幽々子は、萃香と妖夢が映るスキマを必死に見つめていた。

 

「大丈夫。萃香は鬼だけど、手加減のできる子よ」

「……貴女のことは信じてる。だからきっと大丈夫なのでしょう……でも、あの鬼は信用できない」

 

 幽々子の瞳は鋭く光っていた。

 木っ端妖怪ならばその目を見ただけで殺せてしまうほどに鋭く。

 

 ––––幽々子と萃香は、あまり仲のいい関係とは言えなかった。

 紫という共通の知人を介した顔見知り……そんな程度の関係である。

 しかし、萃香に底知れない力があることは幽々子も重々に承知していた。

 だからこそこんなにも妖夢が心配で仕方がないのだ。

 

「御機嫌よう、妖怪の賢者さん」

「……あら、貴女も文句を言いに?」

「まあ、そんなところかしら」

「ふふっ……貴女を宴会で見るなんて珍しいわね、パチュリーさん?」

 

 紫と幽々子の元へとやって来たのは、紅魔館の大図書館を管理しているパチュリー・ノーレッジであった。

 紫は彼女を紅霧異変の後から見ていない。

 そもそも、言葉を交わすのはこれが初めてである。

 彼女のそばには紅美鈴とフランドール・スカーレットの姿もあった。

 

「パチュリーでいいわよ」

「あら、じゃあこちらも紫で構わないわ。なんなら、ゆかりんって呼んでくれても––––」

「貴女、どういうつもり?」

 

 パチュリーは語気を強めて紫の言葉を遮った。

 

「レミィだけでなく咲夜まであんなところに押しやって……」

「……私にも分からないわ。私はただ、萃香に頼まれてやっただけ」

「その萃香という鬼とやらに頼まれて、霊夢のことすら危険に晒したって言うの?」

「危険って……これはただの余興。謂わばショーなのよ?」

「……これはレミィからの伝言なのだけど––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 –– Feast Day 16:00 ––

 

「さて、私はそろそろ行くよ」

「本当に出来るの? レミィに幹事なんて」

「きっと出来るさ。私には視えてる。それに、いざとなれば咲夜もいるしね」

 

 あ、そうだ……とレミリアは手を合わせた。

 そして言葉を続ける。

 

「蘇生石って、まだある?」

「……あれは精製が難しいの。そうホイホイと作れるものじゃないのよ」

「そう……分かった」

 

 レミリアは落胆したように溜め息を吐く。

 

「蘇生石なんて、使う予定があるの?」

「いや……分からない」

「分からない? レミィが?」

「ええ。何故か、運命が曖昧に視えるのよ。誰かの能力かしらね」

「……八雲紫かしら? 何かしらの境界を弄られたとか」

「かもね。ただ何となく血のイメージが視えた気がしたのよ。だから念の為……ね」

 

 レミリアは咲夜の用意した紅茶を少し口に含んだ。

 それからパチュリーに切り出した。

 

「––––パチェ、貴女に頼みがあるわ」

「頼み?」

「宴会にフランを連れて来てあげてちょうだい。護衛に美鈴も」

「それは構わないけど……それが頼み?」

「いや……本当の頼みは––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「––––私以外に戦わせるな。レミィはそう言ったわ」

 

 紫に対して、パチュリーは力強く言った。

 運命が"視"えるレミリアの言葉は、紫にも重く受け止められる。

 それでも––––八雲紫は動かない。

 

「……萃香は約束を大事にする性格よ。そして約束が破られたとなれば、その怒りで取り返しのつかない暴れ方をするかもしれない。彼女はそういう性格」

「あの子達の命よりも、その約束とやらを優先させると言いたいの?」

「ええ……私は幻想郷の管理者でもあるの。より幻想郷に利益のある選択をするわ。そこに私情は挟めない」

 

 パチュリーは深く溜め息を吐いた。

 そして大きく息を吸ってから、紫を睨みつけて言う。

 

「なら、私も戦うしかないわね」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「どうしたどうした!? その程度かい?」

「ッ……」

 

 手数は私の方が優っている。

 相手の動きだって、目で追えないほどの速さじゃない。

 時間を止めて確実に、正確にこのナイフを突き刺す。

 

 ––––しかし、ナイフが通らない。

 

「……またそれかい」

 

 接近した私の顔面目掛けて、萃香が拳を叩き込む。

 ギリギリで時間を止め、私は距離を取る。

 私のナイフは、萃香に通用していなかった。

 力一杯突き刺しても、出来るのはちょっとした切り傷程度。

 時を止めて設置するようなナイフじゃあ、かすり傷すら出来ない。

 

「どうして……」

「諦めな。そのナイフじゃあ、私には敵わない」

 

 これも彼女の能力なのだろうか?

 それとも、このナイフが鬼には通用しないということなのだろうか?

 

「……分かったわ。降参よ」

「へ……? 降参?」

「そう。私に貴女を倒す術は無いわ。長期戦になったら、人間の私の方が不利なのは目に見えてるもの」

「そうか……ふふっ、降参かぁ」

「何がおかしいの?」

 

 萃香はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

「……無知ってのは本当に罪なものよ」

「は……?」

「人間が鬼に降参する。これが何を意味しているのか、知らないんだろう?」

 

 萃香は手に持っていた瓢箪を再び口につけると、酒を飲み干し高らかに笑った。

 

「じゃあ––––死のうか」

「……は?」

 

 一歩、萃香が踏み出した。

 彼女小さな体からは考えられないほど、その一歩は大きかった。

 一瞬で私の前に迫ると、萃香は右手を振り上げた。

 

 

 

 ––––鮮やかな紅色の血が辺りに飛び散った。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……ふふっ、やるじゃないか」

 

 萃香は地面に大の字になり、天を仰いでいた。

 

「反則だよ。お前さんの技は」

 

 萃香は自分の技に自信があった。

 過去の話ではあるが、"技の萃香"なんて呼ばれた事もあった。

 萃めて散らす力が、こんなにも簡単に敗れるとは思っていなかった。

 ––––加えて、相手は人間である。

 

「そう? あんたが弱いだけじゃない?」

「鬼を相手にそんなことが言えるのか……」

「どうでもいいけど、さっさとここから出してくれる?」

 

 霊夢の怒りはピークに達していた。

 2時間前に八雲邸に連れ去られたかと思えば、宴会の時間になると同時にこの空間に送られて謎の戦闘を強いられた。

 今回はレミリアがなんとかしてくれるだろうと期待していた反動も加わって、霊夢の苛立ちは膨れ上がっていた。

 

「まあまあ、落ち着きなよ」

 

 そんな霊夢は、萃香との戦いで初めから全力だった。

 もちろん全力で無ければ勝てない相手であった事も確かなのだが、それ以上に怒りが霊夢の力を加速させていた。

 初めから全力の夢想天生。

 触れることさえできない霊夢から放たれる不可避の攻撃に、萃香はなす術がなかった。

 

「はぁ……まったく。今日は厄日ね」

「さぁ霊夢。行こうか」

 

 萃香がそう言うと、壁の一部が崩れ落ちた。

 そこは萃香が萃めて作っていた壁であり、それを散らしたのだ。

 そして崩れた壁の先には、また別の同じような空間があった。

 

「私に勝ったのはあんた達2人さ。鬼に勝ったんだ、誇ってくれよ」

 

 萃香は悔しそうに、しかしどこか嬉しそうに言った。

 

 



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第37話 分身体

 

 

「やるねぇ……さすがは曲がりなりにも"鬼"を名乗るだけあるよ」

 

 萃香は片膝をついて、苦しそうに言った。

 対してレミリアは余裕そうに萃香を見下している。

 

「鬼なんて、大したことないのね」

「はは……言ってくれるねッ!」

 

 唐突に萃香が踏み込み、間合いを詰める。

 一瞬でレミリアの目の前へ辿り着くと、拳を彼女の顔へと叩き込んだ。

 しかしレミリアは(すんで)のところでそれを躱すと、萃香の腹にカウンターを叩き込んだ。

 唾液と血が混じったものを吐き出しながら、萃香は蹲る。

 

「お前には速さが足りない。それじゃあ、私には届かないよ」

「くっ……この、ガキが……ッ!」

 

 立ち上がり様に拳を振るう萃香だが、それもレミリアには"視"えている。

 難なくそれを避けると、萃香の顔を吹き飛ばすように蹴り上げた。

 

「もうそろそろやめたら? 死ぬわよ?」

 

 レミリアと萃香の戦いは一方的なものだった。

 パワーとフィジカルでは勝る萃香だが、圧倒的なスピードを持つレミリアを相手に苦戦を強いられていた。

 もちろんレミリアのパワーも、常人のそれではない。

 ダメージが蓄積するごとに、萃香の戦況はどんどん悪くなっていた。

 

「……はは、笑わせるね」

 

 それでも萃香は立った。そして笑みを浮かべる。

 あまりにタフなその体に、レミリアは呆れていた。

 

「我ら鬼が、簡単に負けを認めるはずないだろう?」

「……分かった。じゃあ死ね」

 

 ––––神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 紅い大きな槍が、萃香目掛けて一直線に飛んでくる。

 それは弾幕ごっこ用に手加減されたものではなく、殺傷能力の高い実戦用のものであった。

 萃香とて、それをまともに受けてしまえば無事では済まないだろう。

 萃香は慌てて自分自身の体を散らして、その槍を受け流した。

 

「ぐはっ……!」

 

 しかし散らすのが僅かに間に合わず、ダメージを受けてしまった。

 体に穴が開いたかのような激痛が萃香を襲う。

 ダメージを体に散らしてなんとか耐えるも、ダメージ量が多すぎる。

 萃香はもう、立つことすら出来ないほどに消耗していた。

 

「……さあ、いい加減に––––ん?」

 

 負けを認めろ、レミリアがそう言おうとしたその時だった。

 何処からともなく、妖気が漂い始めた。

 それは明らかに萃香のものであるが、目の前の萃香から発しているものではない。

 

「お前、まさか––––」

「……ふふ、察しがいいね」

 

 先ほどまで膝をついていた萃香が、余裕の笑みを見せながら立ち上がる。

 今までのダメージがまるで無かったかのように、あっけらかんとしている萃香がそこには居た。

 

「分身体か……?」

「そうそう。まあ、私はちゃんと本体なんだけどね」

「何故、分身体が……」

「戦ってるのはあんただけじゃないってことさ」

「ッ!!」

 

 レミリアの表情に焦りが見えた。

 その焦りは、目の前の萃香に対してではない。

 

「まさか––––咲夜と?」

「あのメイドちゃんは面白かったよ。見込んだ通りだ」

「お前……!」

「ああ、メイドちゃんだけじゃないよ? 霊夢とか人間の魔法使いとか半人半霊の子とかとも闘ってるんだ」

「そんな奴らはどうでもいいッ!!」

 

 この宴会が始まる前、レミリアにはある運命が視えていた。

 それは、血に(まみ)れた咲夜の姿だった。

 いつもハッキリ視えている運命だが、今回はその姿がぼやけていて咲夜がどんな状況にあるかはよく分からなかった。

 しかし、咲夜が血に染まっていることだけは読み取れた。

 だからこそレミリアは––––パチュリーにはここまで明確に視えた内容を隠しつつ––––自分以外に戦わせないよう頼んだのだ。

 そして咲夜は自分の隣に置いておけば安心だと思っていたし、萃香と対峙しているのは自分だという事実がある以上咲夜に危害は及ばないだろうとレミリアは考えていた。

 

 しかし、状況が変わった。

 

「お前……咲夜をどうした?」

「どうしたもこうしたも、普通に戦っただけさ」

「……咲夜は何処だ?」

「さぁね。聞きたいなら、力ずくで聞きなよ。鬼なんて大したことないんでしょ?」

 

 分身体に預けていた妖力を得た萃香の力は、先ほどまでに比べると格段に上がっていた。

 ダメージが無くなったわけではないだろうが、かなり軽減されているように見える。

 

「……ああ、大したことない。さっさと聞き出してやろうじゃないか」

「ははっ、そうこなくっちゃねぇ!」

 

 仕掛けたのはレミリアだった。

 初動でトップスピードを迎えるレミリアの動きは、萃香にとってはまるで瞬間移動だった。

 突然消えたレミリアが、既に目の前に迫っている。

 戦慄する萃香だが、その恐怖を心から楽しんでいた。

 しかし避けられるわけでもなく、レミリアの拳を顔面に受けると、萃香は後方へと吹き飛ばされた。

 壁に衝突し落ちる萃香。

 

 ––––それでも彼女は笑っていた。

 

「……ははは、効くねぇ。怒りに震えながらも、その怒りをちゃんと我が物にしている。流石だよ」

「お褒めに預かり光栄ねッ!」

 

 レミリアは気を抜かず追撃した。

 再びトップスピードを迎えると、そのまま膝蹴りを萃香の鳩尾へと叩き込む。

 

「なッ!?」

 

 ––––しかし萃香は吹き飛ぶどころか、倒れることすらなかった。

 両足で踏ん張りレミリアの膝蹴りを耐えると、その足を掴んだ。

 

「や、やめ––––」

「どりゃぁああ!!!」

 

 大きな掛け声をあげると、萃香はレミリアを投げた。

 圧倒的なパワーで投げ飛ばされたレミリアは、凄まじいスピードで一直線に壁へ大きな音とともに衝突する。

 

「はぁ、はぁ……ほんと、デタラメな力ね」

 

 なんとか立ち上がるレミリアだが、今の一撃でかなりのダメージを受けてしまった。

 鬼からもらう一撃はあまりにも大きすぎる。

 

「さっきも言ったけどさ」

 

 息を切らすレミリアに、萃香が言う。

 

「私と戦ってるのはあんただけじゃない。あんたの他に、4人いる」

「それが、どうした?」

「その数だけ分身体もいるんだ」

「……ッ!」

「気付いた? あんたは察しがいいからね」

 

 1人の分身体を回収しただけで、萃香の力はここまで跳ね上がった。

 そんな彼女の力の源とも言える分身体が、あと3体もいる––––

 

「––––それが、どうした?」

「ははっ、あんたもやっぱり面白い奴だね」

 

 眼光を鋭く光らせるレミリア。

 ニヤリと口に笑みを浮かべる萃香

 そんな2人が、再度ぶつかる––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「なんだっけ? 斬れば分かる……とか言ってた?」

「ッ……」

「ダメだね、その剣じゃ。私は斬れないよ」

「黙れ……分かるはずなんだ。お前を斬れば、私は強くなれるッ!」

 

 ––––真実は目で見えない。耳で聞こえない。

 真実は斬って知るものだ––––

 

 それが師の教えであり、妖夢の信条であった。

 だから、全て斬らなければ始まらない。

 剣が真実に導いてくれる筈なんだ––––

 

「絶対に、斬るッ!」

 

 ––––人鬼「未来永劫斬」

 

 妖夢は一直線に萃香へと向かう。

 そして、萃香の体を斬り上げ––––

 

「お前程度が、鬼を語るな」

「なッ!?」

 

 萃香は、妖夢の一振りを素手で掴んでいた。

 その手からは鮮血が滴っている。

 しかし––––斬れない。

 

「おかしいおかしいおかしいおかしいッ!!」

 

 妖夢は全力で剣を引いた。

 しかし微動だにしない。

 剣を離すという選択肢は、妖夢には考えられなかった。

 ––––この剣に、斬れないものなんて……!

 

 萃香は顔色ひとつ変えずに、妖夢に言葉を返した。

 

「ほとほと、期待外れだね」

 

 萃香は、その手ひとつで妖夢の剣をへし折った。

 

「あぁぁああぁあぁぁああぁああぁあああぁぁああぁあぁぁあああぁぁああぁあぁぁああぁああぁあああぁぁああぁあぁぁあああ!!!」

 

 絶叫と共に、妖夢は膝から崩れ落ちる。

 目に涙を浮かべる彼女に、もはや戦意はなかった。

 

 ––––そして萃香は消えた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「本当にあんたら姉妹はちょこまかと……ッ!」

 

 レミリアは戦い方を変えていた。

 真っ向でぶつかることを避け、ヒット&アウェイを繰り返す。

 この戦い方は、萃香にとっては懐かしいものであった。

 

「……お前、妹と––––フランと戦ったの?」

「あれ、知らない? 紫がお前さんをボコボコにした時さ」

「そうか、フランと戦ったチビとはお前のことだったのか……」

 

 レミリアはあの時の戦いを知らない。

 そもそも、フランに戦わせるつもりすら無かった。

 気づいたら誰かと戦っていた、それだけである。

 そもそも、あんな地下室にわざわざ戦いに行くなんてこと、すると思っていなかった。

 

「だが、私はフランほど甘くはないぞ」

 

 レミリアとフランの戦い方は非常に似ている。

 スピードは姉妹で変わらない。

 パワーだけなら、おそらく妹の方が上。

 

 ––––しかし萃香にとっては、レミリアの方が圧倒的に厄介であった。

 

 レミリアの攻撃は、フランのようにでたらめに放たれたものではなく、しっかりと急所を狙ったものである。

 さらに攻撃に緩急があり、軌道も読みにくく、ただ速いだけの攻撃では無かった。

 一発一発は萃香にとって大したことなくとも、蓄積されればそれなりのダメージになる。

 

「ああッ! 鬱陶しいッ!!」

 

 怒りに任せて振るわれた萃香の拳は、レミリアにとって避けやすいものである。

 首だけでそれを躱すと、萃香の鼻を目掛けて拳を放つ。

 しかし萃香もそれで倒れるわけではなく、今度はレミリア目掛けて膝蹴りを放った。

 それを見たレミリアは、咄嗟の判断で後方へと下る。

 この徹底したヒット&アウェイで、萃香にはダメージが蓄積されていた。

 

「チッ……またか」

 

 このまま押し切れば––––レミリアがそう思った瞬間、再びどこからともなく妖力が流れ込む。

 それを萃香が纏うと、体力を回復しパワーが増したように見える。

 

「さて、第3ラウンドかな?」

「ッ……」

 

 戦況が悪くなることを案じながらも、レミリアにはそれ以上に危惧していることがあった。

 萃香に分身体の妖力が流れてくるということは、その分身体と戦っていた誰かが戦闘を終えたということである。

 つまり現在私以外の4人のうち、すでに2人は戦闘を終えている。

 その2人共が勝利していれば問題ないが……負けている可能性は否定できない。

 もっと言えば、既に死んでいる可能性だって––––

 

「すぐに終わらせてやる」

 

 そんなことを考えている暇はない。

 とにかく今は、早くこいつを倒して咲夜を––––

 

「ふふっ……やっぱりあんたは面白いね」

 

 向かってくるレミリアに対して、萃香は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「くそッ、そんなの反則だぜ……!」

 

 私、霧雨魔理沙は戦慄を覚えていた。

 突然紫の隙間で連れてこられた私は、突然現れた謎の妖怪と戦う羽目になっていた。

 その妖怪とは––––鬼。

 名を伊吹萃香というらしい。

 

「確かにお前さんの魔法は火力が高い」

 

 今、私は全力でマスタースパークを打ったところだ。

 それは目の前の鬼に目掛けて一直線に飛んだ。

 そして鬼は避けることもなく、その場に立っていた。

 

「しかし薄めちまえば、ただの灯りさ」

 

 ––––いつの間にか、マスタースパークは消滅していた。

 いや、消滅というよりも分散と言った方が確かかもしれない。

 とにかく、萃香には効果がなかった。

 通常の魔法攻撃はもちろん、火力の高いマスタースパークでさえ薄められてしまう。

 私には攻撃手段がない………

 

「さて、そろそろお遊びは終わりにしようか」

 

 ニヤリと笑う萃香。

 私は背筋に悪寒が走るのを感じた。

 私にはもう、勝ち目なんて無––––

 

 ––––いや、待て。

 本当に私に攻撃手段は無いのか?

 何か見落としているんじゃ無いのか?

 考えろ。考えるんだ。

 

「ちょこまかと……いつまでそうやって逃げていられるかな?」

 

 私は空間内を飛び回り、萃香の攻撃を避けていた。

 幸いにもスピードは私の方が上らしい。

 このままであれば、萃香の攻撃は当たらない。

 もちろん、私の体力が切れる方が先であろう。

 しかし今は、私が考えるだけの時間が稼げればいいッ!

 

「よし、これならッ!」

「……ッ!? あんた、血迷ったのかい!?」

「いっけぇーッ!!」

 

 箒に跨った私はトップスピードで萃香へと突進した。

 

「いいよ、来なッ!」

 

 萃香は正面から私を受け止める態勢に入った。

 純粋な力と力の勝負。

 鬼なら絶対に受ける––––私の予想通りだ。

 予想外なことといえば––––

 

「ッ!?」

 

 ––––私のスピードが落ち始めたことだった。

 私の意思に反して落ちている。

 きっと萃香の能力によるものだろう。

 おそらく推進力を薄めて……っと、そんなことはどうでもいい。

 この状況は予想外だが、私には逆に好都合だった。

 

「さあ、勝負だ!」

「バーカ! そんな勝負、するなんて言ってないぜッ!!」

「なッ!?」

 

 萃香に衝突する直前、私は箒から"跳んだ"。

 真横に跳んだ私は、萃香のすぐ横を通過する。

 そしてその時––––

 

「食らえッ!!」

 

 

 ––––魔砲「ファイナルスパーク」

 

 

 このファイナルスパークは、私の秘策だった。

 こんなところで出すつもりは無かったが、仕方ない。

 マスタースパークよりもさらに火力の高いこの技は、打つのに大量の魔力を消費する。

 それは私の魔力が枯渇するほどに。

 だからそう何度も打てるわけじゃないし、そもそも打ったあとは戦うことすら出来なくなる。

 しかし、今回はこれが萃香に通らなければ私の負けは確定する。

 これは私の最後の賭けであった。

 その賭けの確率を少しでも上げるために騙し討ちのような事もした。

 さらに萃香は私の推進力を薄めるのに能力を使っていた為、このファイナルスパークを薄めるほどの余裕が無い可能性だってある。

 

 そんな賭けが成功したか、私に見る余裕はなかった。

 実を言うと、この技はまだ未完成。

 ぶっちゃけ言うとただ火力を上げただけのマスタースパークなのだ。

 

 実践で使うのを渋る理由の1つとして、反動の大きさがある。

 地に足を着けていても耐え難いこの反動に、空中にいた私が耐えられるはずもなかった。

 私は自分の攻撃の反動で吹っ飛んでいた。

 そして壁に衝突し、勝敗も分からぬまま––––落ちた。



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第38話 勝者と敗者

 

 

 

「ぐぁぁぁああああ!!!!」

「––––効いた?」

 

 咄嗟の判断だった。

 いや、半ば反射的なものだったかもしれない。

 絶叫する萃香を見ながら、私はなんだか不思議な感覚に陥っていた。

 

「くそッ……よ、よくも……!」

 

 ––––萃香が私に詰め寄り、右手を振り上げたその時。

 私は咄嗟に時間を止めた。

 そして萃香の目にナイフを当てて時を動かす。

 それから目を切り裂いて、萃香の攻撃を避けた。

 

「目は……ナイフが通るのね」

「……ッ!!!」

 

 もう一度時を止め、もう片方の目にナイフを突き立てる。

 そしてそのまま突き刺した。

 

「がはぁっ!? こ、このやろぉッ!!!」

 

 両目から血を吹き出しながら、視力を失った萃香は腕を振り回していた。

 

「おっと……闇雲に振り回すだけで、人間にとっては凶器なのよ。貴女の腕って」

「うるさいッ! よくも、よくもッ!」

「それだけやられて、まだそんな力が残っているなんて––––」

 

 あれだけの傷だ。痛みも相当なものだろう。

 それでも尚、闘うことを諦めず、声を張り上げ腕を振り回す萃香は、流石鬼と言ったところなのだろうか。

 人間なら、既に死んでいてもおかしくない。

 

「くそぉぉぉおおおお!!!!」

 

 ––––鬼神「ミッシングパープルパワー」

 

 萃香が叫ぶと同時に、萃香の体が巨大化した。

 先程まで見下ろせた彼女の頭が、遥か上にある。

 私は驚きで声も出ず、ただ彼女を見上げていた。

 

「殺してやるっ!!」

 

 視力が戻った訳ではないようで、萃香は地団駄を踏むように攻撃した。

 時を止めつつなんとか避ける私だが、このままでは彼女の視力が戻らないとも限らない。

 何か打開策はないのか––––?

 

「…………見つけた」

 

 ある。

 きっと、あれだ。

 あそこが良いんだ!

 

「さっさと倒れなさいッ!」

「ッ!?」

 

 萃香の目に、私のナイフが通った––––それは恐らく、硬い皮膚で覆われていない部分ならナイフが通ると言うこと。

 例えば口。

 口の中なら、恐らくナイフが通るだろう。

 しかし今、萃香の顔は遥か頭上。

 飛べないことを悔やみながら、私は目への追撃は諦める他なかった。

 ならば、どこを攻撃するか?

 

「うぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 ––––軸足の指の先、爪と肉の間。

 そこにナイフを差し込み、一気に爪を剥がした。

 

「や、やめ–––––」

 

 姿を現した肉に私はナイフを突き立てる。

 

「いでぇ! あああ!!!」

 

 萃香は屈みこんで私を手で振り払う。

 なんとか時を止めてそれを避ければ、大きな口がだいぶ低い位置まで降りてきている。

 そしてその的は、とても大きく狙いやすかった。

 

 

 ––––「咲夜の世界」

 

 

 私が時を動かすと、口に大量のナイフが刺さった萃香がそこにはいた。

 萃香は声を上げることもできずに、静かに霧散した。

 そして何処かへと消えてしまった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 私は柄にもなく息を切らしていた。

 それほど疲れたのだ。肉体的にも、精神的にも。

 

「勝った……のかしら?」

 

 自ら振り返っても醜い戦いだった。

 加えてこの勝利は、いくつかの偶然が重なって得られたものだ。

 あの時私が目を攻撃しなければ、萃香が靴を履いていたのなら、この勝利は得られなかっただろう。

 

 ––––でも、勝った。

 格上と言って相違ない相手に、勝ったのだ。

 

「ふふっ………次は、必ず––––」

 

 

 

 ––––お嬢様を殺してみせる。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「なら、私も戦うしかないわね」

 

 座ってスキマを眺める紫を見下ろしながら、パチュリーは言った。

 何処からか魔道書を取り出し、それを開く。

 なにやら光を帯びているようにさえ思えた。

 

「……本当に?」

 

 しかし紫は、依然としてスキマを眺めている。

 その瞳は真剣そのもので、パチュリーを侮辱する目的ではない。

 

「本当に、そんなことしている暇があるのかしら?」

「パチュリー様! 咲夜さんがッ!!」

 

 側にいた美鈴の声に反応し、パチュリーも咲夜の映るスキマへと視線を移した。

 

「さ、咲夜!?」

 

 そこには血に濡れた咲夜の姿。

 パチュリーは血相を変えて、紫に向かって怒鳴る。

 

「八雲紫! 早くここに私を送りなさいッ!」

「……残念だけど」

「いいから私を––––「人の話は最後まで聞くものよ」

 

 紫はあくまで冷徹に、感情を見せることなく言い放つ。

 怒りで震えながらも、パチュリーは言葉が出なくなってしまった。

 

「ほら、見てごらんなさい」

「え……?」

「誠に残念だけど––––十六夜咲夜の勝ちみたいね」

 

 よく見れば、そこに萃香の姿はない。

 咲夜も怪我をしている様子ではなかった。

 そしてあの咲夜が……嬉しそうに笑っている。

 

「これなら貴女の出る幕はないでしょう? パチュリー」

「……まあ、そうね。でも咲夜を危険な目に合わせたことには違いない。貴女のことは––––許さないわ」

「私ってば、いっつも嫌われ者ね……」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「!?」

 

 突然、ガラガラと音を立てて壁の一部が崩壊した。

 私はナイフを構え、戦闘態勢を整えた。

 土煙の上がるなか、人影が2つ––––

 

「私に勝ったのはあんた達2人さ。鬼に勝ったんだ、誇ってくれよ」

「……あんたも、戦ってたのね」

 

 ––––1つは伊吹萃香。そしてもう1つは、博麗霊夢だった。

 

「どういうこと? その鬼は、さっき私が––––」

「あれは私の分身体。まあ、私もなんだけど」

「分身体……?」

「ああ、でも安心してよ。私の分身だって並の鬼程度なら捻り潰せる強さだよ。あんたらはそれに勝ったんだ」

「ひとつ聞いていい?」

 

 口を挟んだのは霊夢だった。

 

「私と咲夜以外にも、誰か戦ってるの?」

「うん」

「誰?」

「吸血鬼と、金髪の魔法使いと、あとは緑色の剣士だね」

「レミリアと魔理沙と妖夢ね……で? そいつらは負けたってこと?」

「うーん……紫! 見せてやってよ!」

 

 萃香がそう言うと、唐突にスキマが開いた。

 そこには萃香と戦うお嬢様、魔理沙、妖夢の姿が映っていた。

 3人とも戦闘中であるが……その状況は全員異なった。

 お嬢様は優勢だ。この調子なら恐らく圧勝できるだろう。

 魔理沙はやや劣勢……何とか自分の土俵に持っていってはいるのだがイマイチ決め手がない様子。

 妖夢は––––

 

「キツそうね、妖夢」

 

 呟いたのは霊夢。

 私はその言葉に頷いた。

 

 妖夢の斬撃は素早く、萃香とて避けることは難しいものだった。

 ––––しかし、鬼の体は斬れない。

 まともに受けても、萃香には多少の切り傷が出来る程度。

 鬼にとっては大したダメージでは無かった。

 

「あ………」

 

 萃香が妖夢の剣を掴んだ。

 そして––––

 

「終わったわね」

 

 妖夢の剣が折られたところを見て、霊夢が言葉を漏らした。

 そして言葉を続ける。

 

「戦意喪失……かしら。情けない」

「半人前だもの」

 

 霊夢に続いて、私も軽口を叩いていた。

 

 ––––しかし私も霊夢も、その瞳には微かな怒りが宿っていた。

 

「そういえば」

 

 私は萃香に問う。

 

「消えた貴女の分身体はどこへ行くの? 消滅したというより、どこかへ移動したって感じだったけど。私の時も……妖夢の時も」

「ああ、本体に戻ってるんだよ」

「本体……?」

「そう。吸血鬼と戦ってるよ」

「お嬢様と?…………ッ!」

 

 私は目を見開いた。

 先程まで、お嬢様は圧倒的に優勢だったはずだ。

 なのに……今は殆ど互角の戦いをしている。

 

「これはどういうこと?」

「さっきも言ったろう? 私たち分身体が、本体に戻ってるんだって」

「……戻った分、本体が強くなってるということ?」

「まあ、そうなるね」

「…………」

 

 私は萃香を睨みつけ、それから視線をお嬢様の映るスキマへと流した。

 

「心配なの?」

「は……?」

 

 私に尋ねたのは霊夢だった。

 

「いや……なんとなく、そんな気がしただけ。凄く真剣に見つめてたから」

「………確かに、心配なのかもしれないわ」

 

 私はニヤリと笑う。

 

「––––ここでお嬢様が死ねば、私はお嬢様を殺せなくなってしまうもの」

「はぁ……あんたってやっぱり変よね」

 

 霊夢は呆れたように溜息を漏らした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

「軽い軽い! パンチってのは、こうやるんだよッ!」

「ッ!」

 

 私は何度も拳を叩き込んでいる。

 しかし、萃香には大したダメージを与えられていなかった。

 対して萃香の拳は非常に重く、当たれば私とて無事では済まないだろう。

 萃香から返された拳を私は(すんで)の所で躱す。

 風圧だけでも凄まじい威力であることが分かる。

 

「ふぅ……確かに凄いパンチだ。でも、当たらなければ意味ないんだよッ!」

 

 距離を取らずに、私は追撃を重ねた。

 何度も何度も鼻や鳩尾を叩く。

 そして萃香に動きがあればギリギリで躱す。

 そんなことを繰り返していた。

 

「あー、ちょこまかと鬱陶しいッ!」

 

 萃香が妖力を一気に放出した。

 その衝撃波だけで、私の体は吹き飛んだ。

 なんとか態勢を立て直し、萃香を睨みつける。

 やはり……パワーは凄まじいものがある。

 スピードで優っているからこそ闘えているが、このままでは決め手に欠ける。

 私と萃香、どちらの体力が先に尽きるかという勝負になっている。

 

「……ん? ま、まさか!」

 

 再び何処からか妖力が萃香の体に流れ込んでいる。

 きっと、誰かが戦闘を終えたのだろう。

 4人中3人か……

 

「さて、そろそろ反撃と行こうかな」

「ふふっ……ほんと、都合のいい能力だよ」

「お互い様じゃない? あんたには私の拳が"視"えてるみたいだし」

「ほぅ……? あまり見せびらかすようには使ってなかったんだがな」

「分かるよ。いくらなんでも、反応速度が速すぎる」

「ふんっ、お前の拳が遅いだけさ」

「––––いつまでそう言ってられるかな?」

 

 萃香が飛んだ。

 放物線を描きながら、私に向かってくる。

 鬼の考えそうな単純な攻撃だ。

 例え私が"視"えなくても––––

 

「––––なっ!?」

 

 萃香の拳は私の僅か右に逸れた。

 ギリギリで躱した……いや、なんとか躱せただけだ。

 私には今の拳が"視"えていなかった。

 

「お? その感じだと成功したみたいだね」

「……どういうことだ?」

「ふふっ、教えてやんないよ!」

 

 萃香の追撃。

 私にはまた視えなかった。

 

「……はっ! お前ののろまな攻撃なんか、"視"えなくても躱せるさ!」

「おう、言ってくれるねぇ!」

 

 萃香の追撃は止まない。

 先ほどよりもスピードが上がっている。

 しかし––––それでもまだ、私の方が速いッ!

 

「喰らえッ!」

「ぐはっ!?」

 

 追撃に来た萃香に、うまくカウンターが炸裂した。

 萃香自身の推進力も合わさって、大きなダメージを与えることができた。

 

「ほら、第4ラウンドだぞ?」

「ふふっ……ははははっ! やっぱりあんたは面白いッ!」

 

 萃香は鼻血を流しながら、豪快に笑った。

 私には、冷や汗が滴っていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

「また妖力が……? まさか!」

 

 私はお嬢様の戦いに釘付けだった。

 そして再び、萃香本体の力が増した。それはつまり––––

 

「魔理沙の戦いも終わったわ」

 

 霊夢は魔理沙の戦いを見ていたようだった。

 私も視線をそちらに移す。

 壁を背に座り込んでいる魔理沙は、気を失っているようだった。

 

「これは……負けたの?」

「引き分け、かしらね」

「いいや、勝ちだよ」

 

 そう言ったのは萃香だった。

 

「あの子の最後の攻撃で私の体は吹き飛んで消滅した。もちろん、妖力の形で本体に戻って行っただけだけど……それでも鬼をそこまで追い詰めたんだ。そして彼女は今気絶しているだけ。これを勝ちと言わずに何と言う?」

 

 そう言葉を続けた萃香は、どこか嬉しそうだった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「やめて、幽々子。落ち着いて?」

「…………………」

 

 幽々子は紫の胸ぐらを掴んでいた。

 腕力的には非力な幽々子に、そのまま紫を吊るし上げるようなことはできないが、それでも幽々子の能力は紫とて軽視できるものではない。

 胸ぐらとともに命さえ掴まれたような感覚に陥っていた。

 紫には焦りで冷や汗が流れていた。

 

「ほら、落ち着きましょう? 妖夢は無事でしょう?」

「……さっさとスキマを開いて」

「うん、分かった。分かったから離して? ね?」

 

 幽々子が離すと同時に、紫は妖夢の空間へとスキマを開く。

 

「妖夢ッ!」

 

 そしてすぐさま、幽々子はそのスキマへと飛び込んだ。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……むッ! よ……! ……うむ!」

 

 声が聞こえる。

 温かく透き通った、美しく安心感のある声。

 

「妖夢ッ!!!」

 

 幼い頃からずっと聴いてきた、幽々子様の声だ。

 

「ゅゆこさま…………」

 

 なんとか絞り出して声を出した。

 同時に涙が溢れる。

 幽々子様は、私を力強く抱きしめてくれている。

 

「すみません、幽々子様……」

「大丈夫……大丈夫よ、妖夢ッ」

「でも……剣が……お師匠様の形見が……」

「いいのよ。貴女が無事なら、どうでもいいッ」

「幽々子様……」

 

 安心して瞼を閉じると、私は再び眠りに落ちた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「あでっ!?」

「あら、魔理沙」

 

 突然スキマが開いて、落ちてきたのは魔理沙だった。その衝撃で彼女は目を覚ましたみたいだ。

 

「いでで……お、霊夢。そっちに居るのは咲夜と……って、お前は!」

「大丈夫、大丈夫。もう私は闘うつもりはないよ」

「うーん、どういうことだ?」

「コイツ、分身体なの。あんただけじゃなくて、私たち全員と闘ったのよ」

「ほへー。で、お前たちは勝ったのか?」

「当たり前でしょう? あんたは殆ど負けたようなものだけどね」

「う……」

 

 魔理沙は立ち上がると、私の元へとやって来た。

 

「そんなに真剣に何を見てるんだ?」

「……お嬢様が、まだ戦闘中なのよ」

「ほぅ……凄いことになってるな」

「ええ、そうね」

 

 お嬢様達の戦いは目で追うことさえ困難な程、熾烈なものになっていた。

 手数が多いのはお嬢様だが、萃香の反撃の前に如何せん攻めきれずにいた。

 

「さて、そろそろ私もかな」

「……?」

 

 萃香の言葉に、魔理沙は疑問の表情を浮かべていた。

 

「お嬢様と闘ってるのが、萃香の本体。分身体が消えて妖力が流れ込むと、本体は力を増すのよ」

「は……?」

「増すって言い方は良くないよ。元あった力が戻って居るだけなんだからね」

 

 萃香は何故か得意げにそう言った。

 

「おいおい……お前のお嬢、ヤバイんじゃないか?」

「……そうかもね」

「それじゃあ、行ってこようかな。あんたらとの闘いはどれも楽しかったよ」

 

 そう言って萃香は消えた。

 私は再び、お嬢様の闘いに視線を戻した。

 

「やっぱり、心配なんでしょう?」

「……さっきも言ったでしょう? お嬢様に死んでもらっちゃ、私が困るのよ」

 

 心配してないと言い切ることが、私には出来なかった。

 

 



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第39話 決着

 

 

 

「さて……これが正真正銘、本気の私だよ」

 

 レミリアは戦慄を覚えていた。

 彼女の強さは異常だった。

 ここまで強い奴と対峙するのは……おそらく八雲紫以来だろう。

 しかし紫とは違い、単純に力が強いタイプの妖怪だ。

 まともにやり合えば、レミリアとて只では済まないだろう。

 

「どうした? やっとビビったのかい?」

 

 レミリアは震えていた。

 背の低い萃香が、自分よりも遥かに大きく見えるような気がした。

 ––––強い。

 レミリアは恐怖でいっぱいだった。

 

「はぁ……ビビって腰が抜けたかい? なら、こっちから行かせてもらうよッ!」

 

 萃香が来る。

 今のレミリアには、萃香のことが"視"えていない。

 萃香は自身の運命さえも散らすことが出来た。

 

 怖い。怖くて堪らない––––

 

 

 

 

「––––誰がビビるって?」

 

 しかしレミリアは、その恐怖を自分のものにすることが出来た。

 恐怖を原動力に、彼女は拳を握りしめる。

 

「お前の拳は遅すぎるッ! それじゃあ、私には届かないッ!!」

 

 猛進する萃香の拳を軽く手で払いながら躱す。

 軽く掠っただけで、レミリアの手には衝撃が走る。

 その痛みに恐怖し、そして震える。

 だがレミリアの顔には笑みが零れ、そのまま萃香の顔面に拳を叩き込む。

 

 

 ––––パキッ

 

 

 甲高い音がした。

 骨が砕けた音だ。

 萃香の鼻の骨–––––ではなく、レミリアの右手の骨が砕けた。

 

「なっ!?」

 

 確実に鼻に叩き込んだはずだった。

 さっきまでは叩けていたんだ。

 それなのに––––

 

「相変わらず、へなちょこなパンチだなぁ」

 

 一瞬の隙を見て、萃香はレミリアの右手を捕まえた。

 砕けた骨がさらに軋む。

 激痛が走るが、声を上げる間も無く萃香の拳が鳩尾に叩き込まれた。

 

「かはっ……!」

「これがパンチってもんだ。痛いだろ?」

 

 

 ––––レミリアが萃香の鼻を叩いた時、萃香にはレミリアの拳の軌道が見えていた。

 レミリアの速さに、目が追いついていたのだ。

 だから咄嗟に打点を鼻から額に移し、レミリアの拳に頭突きをした。

 そうして怯んだレミリアの右手を掴んで動きを封じ、鳩尾に一発打ち込んだ。

 

 

 ––––紅魔「スカーレットデビル」

 

 

「くっ……」

 

 レミリアは苦し紛れに紅い魔力波を放出した。

 堪らず萃香は手を離し、距離を取った。

 

「かはっ、はぁっ、はっ、はぁっ!」

 

 満足に息が出来ない。

 鳩尾に叩き込まれた一発で、レミリアは呼吸困難に陥っていた。

 右手の骨は既に再生している。

 しかし反撃に出るような余裕が、彼女にはなかった。

 今は距離を取って息を整え––––

 

「休ませないよッ!」

 

 

 ––––萃鬼「天手力男投げ」

 

 

 距離を取るために背後へ跳んだ萃香は、その反動で地面を蹴り、再びレミリアへと向かう。

 そしてレミリアの体を無造作に掴むと、その怪力でグルグルと振り回した。

 

「これで終わりッ!」

 

 そう言って萃香はレミリアの体を放り投げた。

 その軌道は一直線に、壁へと衝突する。

 土煙が舞う。

 萃香は勝利を確認したように、ヘラヘラと笑っていた。

 

 

 ––––神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 

「な……ッ!?」

 

 土煙の中から紅い槍が飛び出して、萃香に襲いかかる。

 完全に不意をつかれた萃香は避け切る事が出来ず、それを両手で受け止めた。

 

「な、なんて力……!」

 

 グングニル––––それは一撃必殺の不壊の槍。

 レミリアのそれは、北欧神話に出てくるその槍を模したものであるが、威力は凄まじいものがあった。

 

「ぐ……くっ、うぁっ!?」

 

 力のある鬼の萃香とて、それを受けきることは出来なかった。

 命中だけは避けることができたものの、萃香の左半身は抉れてしまった。

 

「ははは……やるじゃないか。どこにそんな力が––––」

 

 土煙が晴れ、レミリアの姿が見える……()()()()()

 

「ど、どこだ!?」

 

 辺りを見渡す。しかしレミリアの姿はない。

 

「上だ! バーカッ!」

 

 その声に、萃香は天を仰いだ。

 そこにはグングニルを手にしたレミリアの姿があった。

 

「な……!?」

「これで終わりだぁーッ!!」

 

 

 ––––萃香に投げられたレミリアは、壁に衝突する直前に自身の体を無数の蝙蝠に変身させることで衝撃を分散させていた。

 土煙はその蝙蝠たちの羽ばたきによって舞い上がったものだった。

 レミリアは大きなダメージを受けながらもグングニルを投げ、空へと飛んだ。

 そして空からもう一本のグングニルを手に、萃香へと降りかかった。

 

「く、くそぉぉぉおおおお!!!!」」

 

 ––––グングニルは、萃香の胸を貫いた。

 なんとか頭だけは避けたものの、避け切ることは出来なかった。

 床に(はりつけ)にされたような形になっているが、萃香には既に自身の体やグングニルを薄められる程の力は残っていなかった。

 寧ろ、散った自分の体をなんとか萃めて息を繋ぐのがやっとだった。

 

「ぐはっ……はぁ、はぁ……!」

 

 しかし、レミリアとて重傷であった。

蝙蝠に変身して威力を分散させても尚、身体中の骨がグチャグチャになる程度のダメージを彼女は受けていた。

 それでも最後の気力と意地で飛び上がり、グングニルを握ったものの、落ちる勢いは重力任せ。

 その勢いを止めることなく地面に全身を強打し、さらにダメージを受けていた。

 なんとか意識を保っているような状態のレミリアに、体を高速で回復させるほどの力は残っていない。

 それどころか、立つことすらできずに地面を()(つくば)っていた。

 

 ––––動け、動いてくれ! 私の体!

 

 2人が同時にそう思っていた。

 萃香は自身に刺さるグングニルに手をかける。

 レミリアは地面に手をつき必死に上体を起こす。

 

 

 ––––ドゴォッ!!

 

 突然だった。

 壁の一部が破壊され崩れ落ちる。

 そしてそこから伸びる一筋の太い光線。

 萃香もレミリアも知っている––––霧雨魔理沙のマスタースパークであった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「もう終わりにするべきね」

 

 レミリアと萃香の戦いを見ていた霊夢は、小さくそう呟いた。

 隣で聞いていた咲夜が言葉を返す。

 

「終わりにするって言っても……どうやって?」

「もちろん、その場に行ってね」

「え……?」

「この空間の壁には、脆い部分があるはずよ。部屋の移動をし易くする為にね」

「たしかに、私と貴女の空間は繋がっていたわね……」

「そもそも、繋がっていないと萃香の妖力だって本体に戻れないわ」

「……それもそうね」

「それに、本体の部屋を囲むように分身体の部屋があるはず……まあ、勘だけど」

「貴女の勘は信用してるわ。それに、その方が分身体の妖力を集めやすいのは事実」

「おいおい、萃香は霧状ですり抜けられたとしても、私たちにすり抜けるなんて出来ないぜ? あ、霊夢は夢想天生使えば出来るのか?」

 

 口を挟んだのは魔理沙だった。

 

「こんなことでいちいち使ってられるほど、簡単で安易な技じゃないのよ、アレは」

「じゃあどうするんだ?」

「この中で1番パワーがあるのはあんたでしょう、魔理沙?」

「わ、私が壊すのか……? もうあんまり魔力が残ってないぜ?」

「壊してくれるだけでいいから。あとは私と咲夜がなんとかする」

「だけど……どこを壊せばいいんだ? 無闇矢鱈に壊してられるほど、魔力に余裕はないぜ?」

「そこは咲夜にお願いするわ」

「……私?」

 

 霊夢は咲夜に視線を移した。

 

「そう。"空間"について1番理解があるのはあんたよ、咲夜」

「それはそうかもしれないけど……」

「何か、違和感とかないの?」

「違和感って言われても––––2方向に別の空間が広がっているような気がするだけよ?」

「流石ね。魔理沙、2回破壊するくらいの力はある?」

「うーん……いや、1回ならなんとか」

「分かった。じゃあ、あとは私の勘に従ってもらうわよ––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「もう私の魔力、からっからだぜ……」

 

 魔理沙は立っていることさえ辛いらしく、その場に座り込んでしまった。

 

「よくやったわ魔理沙、あとは私たちに任せなさい」

 

 霊夢はそう言って、魔理沙の開けた大きな穴から中へ入ると萃香の元へと歩み寄る。

 

「あんたの負けよ。時間が経てばレミリア(あいつ)は回復するし、あんたはその槍のせいで動けない」

「……はは、参ったね。返す言葉もないよ」

「はぁ……」

 

 霊夢は深い溜息を吐いて、それからグングニルを萃香の体から抜き取った。

 

「人間に助けられるなんてねぇ……ふふっ、時代は変わったのか」

 

 人間に助けられる。

 このことで萃香の中に生まれた感情は屈辱だけではなかった。

 屈辱とは真逆とも言える、喜びを感じていた。

 

 自分が見限った人間たちは、卑怯で姑息で嘘をつく生き物だった。

 どうにかして私たち鬼を退治するのに必死なのは構わなかったが、そのやり方が頭にくる連中だった。

 しかし––––コイツは違う。コイツらは違う。

 

 霊夢のように圧倒的に勝利する者も居れば、咲夜のように醜い戦いをする者も、魔理沙のように機転を利かせた戦いをする者も、妖夢のように力の差を理解しつつも立ち向かってくる者も居る。

 いろんな奴がいたが、どいつもこいつも正々堂々立ち向かってくれた。

 それが萃香は嬉しくて堪らなかった。

 

 そしてそれは、もちろん人間ではないレミリアに対しても––––

 

「レミリアは……助けてやらなくていいのかい?」

「いいの。それは私の仕事じゃないから」

 

 魔理沙の開けた穴から入ったのは、霊夢だけではない。

 そのもう1人は、もちろん––––

 

 

 

 ◆◇●

 

 

 

「……咲夜か」

 

 レミリアは天を仰いだ。

 見上げると咲夜がいる。

 咲夜は冷たい目で、私を見下ろしていた。

 

「やっと死んだんですか?」

 

 そして冷たく言い放った。

 地面に這い蹲るレミリアを見た、咲夜の素直な感想だった。

 口から血を吐き、服は所々破れて汚れている。

 顔も腫れて少し変形しており、声は今にも消えそうだった。

 

「死体が……どうやって喋る?」

「無様ですね」

「ははっ……そうねぇ、無様だよ」

「私が逆の立場なら死にたくなるほどに」

「ふっ……言うわねぇ……」

 

 言葉では笑っている。

 しかし、レミリアの口には笑みがなかった。

 もちろん、笑うことさえできないほど消耗しているということもあるだろう。

 だがそれ以上に、レミリアは不安だった。

 

「私を、殺すのか?」

 

 今のレミリアに、咲夜の運命を視ることは出来なかった。

 運命を視るには魔力と精神力が必要だが……今の彼女にはどちらも殆ど残されていない。

 そして今、咲夜の手には銀のナイフが光っている。

 

「…………」

 

 咲夜は黙って私を見下ろしている。

 彼女の思考が読めない。

 こんなに不安な気持ちになるのは、レミリアにとって初めてのことだった。

 死ぬことが怖いのではない。

 寧ろ、咲夜に殺されること自体は本望だと言える。

 

 

 

 私は、もう––––咲夜と一緒に居られないのか?

 

 

 

「––––"私が"お前を殺す。それが、十六夜咲夜の運命だから」

 

 咲夜はナイフを振り下ろし––––刺した。

 レミリアは自分の顔へと向かってくるナイフを、最後まで見ていた。

 

 ––––それが自身の顔のすぐ横に刺さるまで、ずっと。

 

「何故だ……?」

「お嬢様のことは、"私が"殺すんです。誰かのお陰で弱っているお嬢様を殺しても意味がない」

 

 咲夜は床に突き刺さったナイフを手放し、レミリアの頭の後ろに手を回す。

 そしてそのまま抱え上げた。

 レミリアは少し恥ずかしかったが、それでも笑顔が溢れた。

 

「ふふっ……」

「何か可笑しいことでも?」

「嬉しいんだよ。大好きだ、咲夜」

「………」

「––––でも、帰ったらお仕置きだな」

 

 レミリアはそう言って、力尽きて眠った。

 咲夜の口には、無意識のうちに笑みが溢れていた。

 

 

 



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第40話 剣術を扱う程度の能力

少し投稿遅れました、、、申し訳ありません。
理由としては、今回少し長めなのと、リアルで忙しいせいです()
次話投稿も遅れるかもしれません。
気長に待ってやって下さい。。。

それでは本編、どうぞ。

あ、今回だけはオリキャラ注意です。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ––––コンコンコンコンッ

 

「入っていいわよ」

「失礼します、お嬢様」

 

 ドアを開け、そう言いながら一礼する。

 そして私は時を止めると、紅茶を用意した。

 お嬢様は椅子に腰掛け、その様子を驚くことなく眺めていた。

 

「ありがとう、咲夜」

「いえ、これが仕事ですから」

 

 ––––萃香との戦いから3日が経った。

 次の宴会は、まだ行われていない。

 それは、異変と呼ぶには静かで騒がしすぎる宴会騒動の終焉を表していた。

 もう萃香は、人を萃めていないのだろう。

 

「痛ッ……」

「大丈夫ですか?」

「ええ。ちょっと痛んだだけだから」

 

 ––––萃香との戦いを終えたお嬢様の体は重傷だった。

 吸血鬼特有の再生能力も、お嬢様の体力が戻りきっていないためか中々使えないようだった。

 恐らく萃香は相手の力すらも散らすことが出来るのだろう。

 そうでもなければ、お嬢様の体はとっくに元通りの筈だ。

 

「……やっぱり、安静にしていた方がよろしいかと」

「平気だって。咲夜は心配性ね」

「私は別に––––ッ」

 

 それでも全身の骨がグチャグチャになっていたあの状態から3日でここまで回復するのは流石と言ったところか。

 そんなお嬢様の状態もあり、この前の宴会は即中止になった。

 詳しいことは分からないが、私たちが戻る前には既に宴会どころでは無かったらしいが。

 なんでも、八雲紫が西行寺幽々子の逆鱗に触れたとか––––

 

「さくやー、いるー?」

 

 お嬢様のティータイム中に、突然部屋の扉が開く。

 

「こら、フラン。ノックもなしに人の部屋に入るもんじゃないわ」

「あ……ごめんなさい、お姉様」

「次から気をつけなさい」

「はい、お姉様…………あ、それでね咲夜!」

「全くこの子は……」

 

 お嬢様は頭を抑えて小さな溜息を吐いた。

 

「どうなさいましたか、妹様?」

「お客さんだよ」

「お客様……ですか? どうして妹様が……」

「美鈴のお仕事手伝ってるの!」

「はぁ……なるほど?」

 

 いまいち理解は出来なかったが、客が来ているというのは本当なのだろう。

 半ば強引に、妹様は私の袖を引っ張っている。

 お嬢様に目配せすると、呆れながら小さく頷き行くことを許可された。

 失礼しますとだけ言い残し、私は妹様に連れられるがまま外へと向かった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

フランがレミリアの部屋に行く少し前のこと。

 

「めーりん、起きてるー?」

「おや、妹様。どうなさいました?」

「遊ぼッ!」

 

 フランは門前の美鈴の所へ来ていた。

 館内では完全に自由が許された彼女に、もはや地下室に引きこもる理由などなかった。

 好奇心が旺盛な彼女は、次々に新たな場所へと向かう。

 そして最近、彼女の中で流行りの場所といえば此処だった。

 

「妹様……私だって、その……一応ですが、仕事中なんですよ?」

 

 お姉様は少し怖い。しかも今は怪我をしている。

 咲夜は仕事が忙しそうだから迷惑かけたくない。

 パチュリーは本読んでばっかで面白くない。

 小悪魔は私にビビりすぎ。

 ぶっちゃけ、フランにとっては美鈴が1番"都合のいい"相手であった。

 

「えーいいじゃん」

「いやいや、流石に……」

「じゃあ私も美鈴の仕事手伝う!」

「へ……?」

 

 美鈴は呆気にとられていた。

 

「いいでしょう? どうせ暇だし」

「あはは……妹様が、それで良いのなら」

「なら決まりね! 何すればいいの?」

「うーん。とりあえず、寝なければ何でも––––「ねぇ美鈴」

 

 フランが言葉を遮る。

 そしてある方向を指さしながら言った。

 

「誰か来るよ……?」

 

 美鈴は、こちらへ向かって来る少女のことを見たことがあった。

 萃香と戦う彼女の姿を。

 その少女とは––––

 

「はじめまして、魂魄妖夢と申します」

 

 鍛え上げられた剣捌きと隙のない足捌き。

 どれを取っても超一級品である彼女の剣技は、美鈴の目にも焼き付いていた。

 確かに萃香に負けはしたが……それでも彼女には実力がある、そう美鈴は思っていた。

 

「十六夜咲夜さんは、いらっしゃいますか?」

「居ますけど……」

「呼んでいただけますか?」

「いや、どうして……」

「私、呼んで来てあげるよ!」

「え、ちょ、妹様!?」

 

 フランは元気よくそういうと、美鈴の声を聞くことなく館の中へと駆けて行った。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「めーりん、連れて来たよ!」

「……客って、妖夢だったのね」

 

 妹様に連れられて門前へと向かうと、美鈴と共にそこに居たのは妖夢だった。

 

「出て来てくれてありがとう、咲夜」

「貴女だと分かっていれば出なかったかもしれないけどね」

「あはは……つれないなぁ」

「それで? 私に、用でもあるの?」

「うん」

 

 妖夢は、静かに背中の剣に手を掛けた。

 

「––––私と戦って欲しいの」

 

 そして私へ鋭い眼光を向けながら、そう言った。

 しかし私が感じたのは、戦慄でも恐怖でもなく––––

 

「………え、また?」

 

 ––––ただの呆れであった。

 

「今までの私と同じにしないで!」

「……この間貴女のことを見てから、3日よ? そんなにすぐ変わるものなの?」

「変わるよ……私は、変わらなきゃいけないんだ!」

 

 妖夢の目は真剣そのものだった。

 妖夢は刀を抜くと、私に向けて構えた。

 そばにいた美鈴は少し心配そうに、そして妹様は嬉々として私たちの様子を見守っていた。

 

「……そう言えば、その剣、直ったのね?」

「直ったわけじゃないよ」

「……?」

「これは楼観剣であって、楼観剣じゃない。前と同じだと思ってたら––––」

 

 妖夢が剣を振るう。

 しかしその刃渡りでは到底届く距離ではない。

 弾幕か?それとも斬撃が飛んでくるのか?

 私は念のため構えたが、特に変わった様子もなかった。

 しかし––––

 

「……かはっ!?」

「––––痛い目見るよ、咲夜」

 

 私は謎の呼吸困難に陥っていた。

 突然、息が出来ない。

 そして極端に凍える寒さと、恐ろしいほどの沈黙が訪れた。

 私の耳に届くのは、骨を伝って聞こえる、私の息を吐く音、筋肉の収縮音、そして心臓の鼓動だけだった。

 

「はぁっ! はっ! な、何をしたの!?」

 

 数秒すれば、その異常な現象は収まった。

 今は呼吸もできるし、体感温度もいつも通りだ。

 

「私に勝つまで、教えてあげない!」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ごめんあそばせ〜〜」

「ゆ、紫……ッ!」

「そんなに怖い顔をしないで下さいな」

 

 あの宴会から一夜明け、西行寺幽々子の住まう冥界にも日が差し込んでいた。

 花が散ってしまった桜も、既に緑に染まり始めている。

 そんな白玉楼に来客が1人。

 スキマを開いて顔を出す、八雲紫の姿がそこにはあった。

 

「私はまだ、貴女のことを許したわけじゃ……!」

「今日は責任を取りに来たのよ」

「責任……?」

「少し、お邪魔するわね?」

「ちょっと、待ちなさいよッ!」

 

 幽々子の制止は耳に入らず、紫はそのままスキマに消えて行った。

 紫の向かった場所は想像がつく。

 しかし彼女が何するのかは、幽々子には分からなかった。

 だが––––幽々子はそこへ向かわなかった。

 きっと紫には考えがある。

 たしかに彼女への怒りは今でも抑えられないが、長年を共にしてきた信頼はある。

 幽々子は、紫に全てを任せることにした。

 

「さて、お茶でも淹れようかしら」

 

 何十年、何百年ぶりに––––幽々子は自ら茶を沸かした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「…………」

 

 私は1人、部屋で正座していた。

 目の前には恐らく幽々子様が作った朝食が置かれている。

『仕事はしばらく休みなさい』という一枚の手紙と共に。

 

「…………」

 

 少し焦げている卵焼き、少し多めに盛られたご飯、そして豆腐とワカメの入ったお味噌汁。

 見た目が多少悪くても、品数は少なくても、幽々子様の手料理はとても美味しそうだった。

 それでも私はその食事に、手をつけることができなかった。

 今は何も、喉を通りそうにない。

 

「––––ひどい顔してるのね」

「ッ!」

「ごきげんよう、妖夢ちゃん」

「……紫様」

 

 私の声は、今にも消えそうだった。

 

「貴女と萃香の戦いは、ずっと見ていたわ。私は他の4人よりも、貴女の戦いを見ていたの」

「あんな、恥ずかしいところ……」

「––––貴女の戦いは素晴らしかったわ」

「……え?」

 

 耳を疑い、紫様の顔を見つめた。

 紫様は優しい顔をしていた。

 

「私の、どこが……」

「貴女は一度も背を向けなかったわ。たとえ相手が自分より強大で勝つ見込みが無くても、常に貴女の目は萃香を捉えていた」

「…………でも、それは」

 

 ––––みんな一緒だ。

 レミリアさんや霊夢はもちろん、咲夜や魔理沙だって立ち向かっただろう。

 そして風の噂では私以外は萃香に勝ったと言う。

 どう考えたって、ただ私が––––

 

「––––私が弱いだけだ。なんて、考えてるのかしら?」

「ッ……」

「貴女は強いわ。それを貴女が気付いてないだけ」

「そんなこと……ありません」

「……ところで、貴女はあの刀をいつまで折れたままにしておくつもり?」

「え……?」

「直さないのかと、聞いているのよ」

「……な、直るんですか!?」

「そんなの、当たり前でしょう? 刀なんだから、打ち直せばいいのよ」

「で、ですがその刀は––––」

 

 妖怪が鍛えた刀––––楼観剣。

 それは只の日本刀ではなかった。

 お師匠様から受け継いだその一振りは、斬れぬものなどあまりないと言われる伝家の宝刀。

 その辺りにいる刀鍛冶には扱えない代物である。

 

「貴女の言いたいことは分かるわ」

 

 そんなことは紫様だってご存知だろう。

 しかしその刀に関して、紫様しか知らないことが1つあった。

 

「付いて来なさい。ある妖怪を紹介するわ」

「……妖怪?」

「そう、妖怪」

「それは一体……何者なんですか?」

 

 私は恐る恐る紫様に尋ねる。

 

「––––来れば分かるわよ」

 

 そう言って紫様はスキマを開いた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「あの……一体どこに?」

「まあまあ、もうすぐ着くから」

 

 紫様は少し微笑んでそう言った。

 なんだか考えがあるような、それこそ皆の言う"胡散臭い"といった笑みである。

 

「…………」

 

 そこは魔法の森の奥。

 霧雨魔理沙やアリス・マーガトロイドが住んでいる森だが、森の奥は瘴気が深く、とても住めるような環境ではない。

 見たこともない植物が生い茂り、瘴気の霧で視界が悪い。

そこは、とても不気味だった。

 

 …………別に、怖いわけじゃないよ?

 

「さあ、見えてきたわ」

 

 紫様がそう言って指差す先に、ポツンと小屋があった。

 まるで人の気配は無いが、私たちの目的地はその小屋らしい。

 

「こんなところに、住んでる人なんて––––」

「いるわッ!」

「ひゃあッ!?」

 

 突然後ろから現れた1人の少女。

 私は驚き、変な声を上げてしまった。

 

「どんなところでも、住めば都なんじゃよ」

「す、すみません……」

「––––ところで、懐かしい顔が居るもんじゃのぉ」

 

 少女は紫様を睨むように見ながらそう言った。

 少女の口調はまるで老婆のようだが、見た目だけで言えば霊夢達と変わらない程に見える。

 透き通った金色の長い髪が特徴的な、色鮮やかな扇の柄が入った紺の着物を身につけていた。

 後で聞いたのだが、その少女の名は、立烏(たちえ)鈴鹿《すずか》。

 そして、別の名を––––

 

「久しぶりね––––"武器"の鈴鹿」

 

 例えば萃香が"技"の萃香と呼ばれるように、鈴鹿にも二つ名というものがあった。

 それだけ名の通った、強い妖怪であるという証。

 そして彼女にもまた、二本のツノが生えていた。

 

「ヒャッヒャッヒャッ! その名を覚えているのも、地上じゃあんなくらいじゃろうて」

 

 豪快に笑うその姿は、私にとっては不気味でしか無かった。

 そしてその姿は萃香と被り、私の中のトラウマがフツフツと湧き上がる。

 

「して、紫。お主が来るということは、また面倒な事でも持ってきたのかい?」

「いやねぇ……私をトラブルメーカーみたいに言わないで?」

「とらぶるめぇかぁ? なんじゃそれは」

「超絶美少女って意味よ」

「お主は頭が湧いとるのか? それとも言葉が不自由なのか?」

「酷いわねぇ……まあ、今日は大した面倒事じゃないわ」

「お主が来る事が、1番の面倒事なんじゃがのぉ」

 

 紫様は扇で口元を隠しながら笑う。

 鈴鹿は呆れたように溜息を吐いていた。

 

「それで、何の用じゃ?」

「なんだかんだ言いつつも、応えてくれる貴女が好きよ」

「黙れ。早く用件を言わんと、儂の気が変わるぞ?」

「ふふふ……妖夢、アレを出しなさい」

「え、あ、はい!」

 

 紫様の言うアレとは、恐らく楼観剣だろう。

 私はそれを直すためにここへ来たのだ。

 

「む……それは……」

 

 刃の中ほどでポッキリと折れてしまったそれを、私は鞘とは別に包んで持って来ていた。

 その包みを開き、刀の柄が姿を表すと鈴鹿は驚いたように目を見開いた。

 

「まさか……楼観剣か?」

「この剣を、知っているのですか?」

「知っているも何も––––それを打ったのは儂じゃよ」

「……えっ!?」

 

 妖怪が鍛えた楼観剣。

 ならば、楼観剣を鍛えた妖怪がいても何も不思議ではない。

 そうだ、この刀だって誰かの手で生み出されたものなのだ。

 そして生み出した誰かと言うのが––––

 

「この剣を直して頂きたいのよ、鈴鹿」

「直す……? おおう、これはまた盛大に折れとるのぉ」

「直るかしら?」

「ああ、もちろん。しかして、この剣をこうも折ってしまうなんて、一体何があったんじゃ?」

「ふふっ……貴女も知ってるわ」

「ほぉ?」

「その剣を折ったのは––––萃香よ」

「……おおう。これまた、懐かしい名前じゃのう」

 

 鈴鹿は少し嬉しそうに微笑んでそう言った。

 しかしすぐに厳しい表情に変え、鋭い目つきで私を睨みつける。

 

「この剣は、到底彼奴(あやつ)に折れるものではない」

「ッ……」

「お主に、この剣を持つ資格があるのか?」

「それは……」

 

 ある、だなんて言えなかった。

 こんなに弱い自分が、楼観剣に見合うだなんて思えなかった。

 

「お主は、この楼観剣では絶対に斬れないものを知ってるのか?」

「絶対に斬れないもの……?」

「……そうか。それが分かったら剣を取りに来い」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ただいま帰りました、幽々子様」

「お帰りなさい、妖夢。お夕飯(ゆはん)にしましょう?」

 

 白玉楼へ戻れば、既に食事の用意がされていた。

 幽々子様の作った、温かい食事だ。

 申し訳なさと嬉しさが混じりあった複雑な気持ちのまま、私の目には軽く涙が浮かんでいた。

 そして幽々子様の手料理を頂きながら、私は幽々子様に尋ねた。

 

「幽々子様……」

「なぁに、妖夢?」

「楼観剣に絶対に斬れないもの……って、ご存知ですか?」

「…………ふふっ」

「??」

 

 幽々子は少し驚いたような顔をして、それからクスクスと笑い始めた。

 私の理解は追いつかない。

 

「ああ、おかしいわぁ」

「な、何か変なことを言いましたか?」

「いや、そうじゃないのよ。昔、全く同じことを尋ねられたものだから。なんだかおかしくなっちゃって」

「同じことを……?」

「ええ、妖忌にね」

「……お、お師匠様に?」

「そうよ。もう随分と前の話だけれどねぇ……貴女、鈴鹿に会ってきたのね?」

「鈴鹿さんを知っているのですね」

「ええ、もちろん。とても力のある妖怪ですから」

「そのようですね……威圧感というか、雰囲気だけで圧倒されちゃいました」

 

 鈴鹿さんの鋭い目付きは、今でも目に焼き付いている。

 思い出すだけで背筋に悪寒が走るほど。

 

「……そ、それで幽々子様」

「なにかしら?」

「幽々子様はご存知なのですか? 楼観剣に斬れない物を……」

「…………」

 

 ふんわりとした優しい笑顔の幽々子様が、少しだけ真剣な眼差しで私を見つめた。

 心臓がグッと掴まれたような苦しさが胸を襲う。

 

「それは、貴女が考えないとねぇ––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「悩んでるみたいねぇ、妖夢」

「ええ、誰かさんのおかげでね」

「でも、その誰かのおかげで、立ち直れるかもしれないのよ?」

 

 夜も更け、空には欠けた月が浮かんでいた。

 少し酒を飲みながら、紫と幽々子は月を眺めていた。

 

「そもそも、妖夢が落ち込んだのは誰のせい?」

「あら、それは萃香じゃなくて?」

「……まあ良いわ。にしても、鈴鹿ってまだ生きてたのね」

「そうそう死ぬような輩じゃないでしょう?」

「たしかに、そうねぇ……」

 

 幽々子は酒を一口、喉に流した。

 だけど、と言葉を続ける。

 

「なんだか懐かしいわね。妖忌のことも、思い出したわ」

「そう……」

「貴女は、楼観剣に斬れないものって何だか分かる?」

「……私にあの剣を扱う実力も資格もないわよ?」

「ふふっ……そうよねぇ。私も」

 

 幽々子はクスクスと笑った。

 

 

 ––––さて、妖夢はどんな答えを見つけるのかしら?

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「んん……」

 

 眠れなかった。

 どうしても考えてしまう。

 楼観剣に斬れぬもの……それは何か?

 

 形あるものはいずれ壊れる。

 だからおそらく……形のない何かだ。

 ……でも空気は斬れる。雨だって雲だって、時間さえも斬れてしまう。

 もちろん今の私にはそれらは何一つとして斬れないが、お師匠様が斬れると言っていたし、実際に目の当たりにだってしている。

 

 だからこそ、分からない。

 私の思いつくものなど、全て斬れてしまうように思える。

 そもそも、たとえ斬れなそうな物を思い付いたとしても、それを証明する手段がない。

 本当にそれが斬れぬ物なのか、私には判断ができないのだ。

 

 ––––本当に私は未熟だ。

 半人前などとよく言われるが、否定できたものじゃない。

 私には何にも力なんてないし、凄いのは私じゃなくて楼観剣なんだ。

 もう、私が剣を振る意味なんて––––

 

「……なんだろう?」

 

 違和感を感じた。

 

「どうして、私……」

 

 ––––泣いてるのだろう?

 

 私の頰には一筋の涙が通っていた。

 何故か?

 分からない。

 いや、違う。

 忘れていたんだ。

 

「––––私はいつから、自分の為に剣を振るうようになったの?」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……あら?」

「おはようございます、幽々子様!」

「妖夢、貴女はまだ休んでいて––––「いえ、大丈夫です」

 

 私は朝食を作る為に台所にいた。

 そしておそらく幽々子様も、昨日の様に朝食を作る為にいらしたのだろう。

 ––––そんなことさせちゃあ、従者失格だね。

 

「私はもう、大丈夫ですから」

 

 私は元気いっぱいに微笑んで見せた。

 幽々子様は少し驚きながら、それでも嬉しそうに笑みを返してくれた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ほぅ……いい目をするようになったのう」

「……ありがとうございます」

 

 ホッホッホッと高笑いをする鈴鹿に向けた妖夢の目に、不安の色はなかった。

 ただ真っ直ぐに、鈴鹿の目を見つめる。

 

「さて……それじゃあ、お主の答えを聞こうか?」

 

 鈴鹿は楼観剣を鞘から抜く。

 そして妖夢に向けて構えた。

 対する妖夢は、剣など構えない。

 腰に携えた白楼剣には手を触れず、丸腰のままジッと鈴鹿を見つめる。

 妖夢に不安や迷いは無かった。

 

「私の答えは––––」

「いざ、尋常に……ッ!」

 

 鈴鹿の剣が迫る。

 妖夢は動かない。

 そしてそのまま、楼観剣は妖夢の身体を––––

 

 

 

「––––幽々子様をお守りする。その、信念だけは絶対に斬れません」

 

 

 

 鈴鹿の楼観剣は、妖夢の胸の前で止まっていた。

 

「……何故避けなかった?」

「斬られない自信があったので」

「例えその信念とやらが斬れなくとも、お主の体は斬れてしまうかもしれぬじゃろ?」

「––––いや、斬れません」

「何故そう言い切れる?」

「それは…………」

 

 妖夢は鈴鹿の瞳をジッと見つめて、軽く微笑んだ。

 

「鈴鹿さんは、ずっと私の目を見ていましたから」

「…………」

「一度も斬る場所に視線を移すことなく、ずっと」

 

 鈴鹿も、妖夢の瞳を真っ直ぐに見つめていた。

 

「ホッホッホッ、合格じゃよ」

「……!」

 

 そして鈴鹿も笑う。

 その目はとても優しいものだった。

 鈴鹿は楼観剣を鞘に納める。

 

「それじゃあ、この剣はお主のものじゃ」

「や、やった……!」

「––––じゃがな」

 

 楼観剣を妖夢に手渡す直前で、鈴鹿は再び妖夢を睨み付けた。

 

「問題は不正解じゃ。この楼観剣、相手の気持ちなど簡単に斬れるわ」

「え……?」

「じゃが、鬼に二言はない。この剣はお主のものじゃよ」

 

 そして鈴鹿は、押し付けるように妖夢へ楼観剣を託した。

 妖夢はそれを受け取ると、いつものように背中に背負う。

 

「お世話になりました」

 

 そしてお辞儀をして、妖夢は立ち去った。

 その背中を、鈴鹿はとても嬉しく、誇らしく、そして懐かしく感じていた。

 

「…………覗いとるんじゃろう? 紫や」

「ふふっ……御機嫌よう」

「面白いのう。まさか"同じ事"を言われるとは思わんかったわい」

 

 

 ––––幽々子様をお守りすると決めたこの信念、斬られる訳がないッ!

 

 

 かつて、1人の男に言われた言葉を、鈴鹿は思い返していた。

 

「そういえば、楼観剣にはどんな"謂れ"があるの?」

 

 鈴鹿には彼女を"武器"の鈴鹿と言わしめる能力があった。

 それは––––武器に謂れを与える程度の能力。

 ここでの『謂れ』とは、その武器を特別なものへと昇華させるものである。

 

「あれはただの日本刀だよ」

 

 鈴鹿はニヤリと口角を上げる。

 

「ちょっとばかし、斬れ味が良いだけさ」

 

 

 

 ––––斬れると思うものが斬れる程度の能力。

 

 それが楼観剣の『謂れ』である。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「くそッ、負けたぁ!」

 

 大の字になって寝そべる妖夢。

 しかし、妖夢の体に傷はない。

 表情も晴れ晴れとしている。

 

「貴女……一体何があったの?」

 

 勝負には勝った。

 なんとか隙を突いた私が時間を止め、妖夢にナイフを突き立てる事で決着に至った。

 しかし、私の身体はボロボロだった。

 

 この戦いでは、常に私は時を止めさせてもらえなかった。

 妖夢は"空気"を斬った。

 すると一瞬だけ、私は真空へと送られる。

 そしてそこは、私の操れる空間ではなくなった。

 空気を斬られると、もちろん呼吸は出来ないが、それと同時に能力を封じられた。

 私の能力は"空間"に大きく関係している。

 空間が他者のものになってしまったあの瞬間だけは、私は能力を行使出来ないのだ。

 

「何もないよ。ただ、楼観剣を直してもらっただけ」

「……」

「でも、咲夜には敵わなかったなぁ」

 

 妖夢は立ち上がると、笑顔でそう言った。

 たしかに、この勝負には何とか勝てた。

 しかし……これからも勝ち続けられるのか?

 私には不安だった。

 

「ありがとう、咲夜。またね」

「……ええ、また」

 

 ––––妖夢は強い。

 それは初めて会った時から思っていた。

 その強さに、己自身で気付いたということだろうか?

 対峙している妖夢の瞳は、いつもと違うものだった。

 

「咲夜!」

 

 立ち去る妖夢が、突然振り返って私の名を呼んだ。

 顔を上げて彼女を見ると、満面の笑みで私に言う。

 

「私、自分の剣を信じてるから! だから貴女よりも速くなるわ!」

 

 ––––自分の剣を信じなさい。そしたら貴女は、もっと速くなる。

 

 私が彼女に言ったことだった。

 そして実際、私よりも"速く"なりつつある。

 

「次は負けないからね!」

 

 妖夢はそう言って飛び立って行った。

 

「きっと気付いたんですね、彼女」

 

 そばで見ていた美鈴が、妹様の手を引きながら私に歩み寄りそう言った。

 

「強くなることは過程であって、目的ではないです」

「……」

「咲夜さんは、何のために強くなろうとするんですか?」

「……そんなの、お嬢様を殺すために決まってるでしょ」

 

 私は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。

 そしてその呟きは、夕日に溶けていく。



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番外編 The episode of Patchouli

明けましておめでとうございます!(遅い)
前回の投稿から少し時間が空いてしまって申し訳ありません……
これからまた、1週間に1回は投稿出来るようなペースで頑張って行きたいと思います!
今年もODA兵士長を宜しくお願い致します。
感想等、お気軽にどうぞ!!!(露骨なコメ稼ぎ)

あ、そういえば前回だけはオリキャラ注意とか言ってましたが、以前にもオリキャラ出してましたね笑
まあとにかく、本編始まります!!!





 

 

 

 

 

––––時は少し遡る。

それはレミリアが、終わらない冬に終止符を打つ為、咲夜を博麗神社へと向かわせた時のことだった。

 

「……それでは、行って参ります」

「ええ、頼んだわよ」

 

咲夜は納得のいかないような、不思議そうな顔をしたまま、それでもレミリアの言葉に従って館を後にした。

 

「本当に、あんなもの(・・・・・)使うの?」

「……使うでしょうね。あの子がこの異変に関わるのなら」

「避けられない運命……とでも?」

「ふふっ、パチェも分かってきたじゃない」

 

––––コンコンコンッ

 

咲夜が出て行ってすぐに、ノックの音が鳴り響いた。

なんだか聞きなれないそのノック音に、パチュリーは少し首を傾げた。

 

「入っていいわよ」

 

しかしレミリアは、別段不思議に思っている様子もなく、部屋に入るように促した。

 

––––ガチャッ

 

「お姉様……あれ、咲夜は? ここにいると思ったのに」

 

部屋に入って来たのはフランだった。

つい先日まで地下に幽閉されていた彼女だが、今では

館内に限り自由を許されている。

そんな彼女がドアを叩く音を、パチュリーは今回初めて聞いた。

 

「ちょうど今、出かけたところよ。何か用でもあったの?」

「ううん、特には。暇だったから」

 

フランはスタスタっと歩くと、レミリアのベッドに腰掛けた。

 

「つまんない」

「それは問題ねぇ。でも、暇つぶしになるようなものは、ここにはないよ」

「知ってる。なんで咲夜いないの?」

「あらあら、妹様は咲夜が大好きなのですね。レミィ、姉としては複雑なんじゃなくて?」

「別にそんなことはないわよ。私の咲夜を私の妹が大切に想う。いいことじゃあないか」

「ねえ、質問に答えてよ」

 

フランは2人を少し睨みつけるようにして言った。

自分が軽く流されたことに不満を感じたのだろう。

 

「咲夜はこの冬を終わらせに行ったわ」

「あら、やっぱり咲夜は異変解決に関わるのね」

「私がその運命を手繰り寄せたからね」

「あーあ。また大物ぶっちゃって」

「何か言ったかしら、フラン?」

「なんでもなーい。パチュリー、お姉様って昔からこうだったの?」

「そうですねぇ。レミィは今も昔も変わらないですよ」

「ふーん」

「でも、パチェはかなり変わったわよね」

 

レミリアがクスクスと笑いながら言った。

パチュリーは少し恥ずかしそうにしている。

そんな2人に、フランは興味津々だった。

 

「なにそれ!? どういうこと、お姉様!!」

「そうか、フランはあまり知らないものね」

「教えてよ。パチュリーのこと、ちゃんと知りたいわ」

「……ですって。話してもいいかしら、パチェ?」

「私は図書館に戻るわ」

「つれないわねぇ」

「少し用事を思い出しただけ」

 

パチュリーは席を立つと、そそくさと部屋を出て行った。

フランはそれを見て、パチュリーが座っていた椅子に座りなおす。

そしてレミリアを真っ直ぐ見つめて言った。

 

「教えて、教えて!」

「わかったわよ。あれは大体100年くらい前のことね––––」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

夕暮れの空。

地平線に沈む夕日が空を紅く染めている。

しかしその紅さよりも更に紅く、そして非常に大きな館があった。

それは紅魔館––––吸血鬼の棲む館である。

 

 

––––あれが紅魔館か。

 

そんな紅魔館の前に1人の少女がいた。

彼女の名前はパチュリー・ノーレッジ。

パチュリーは紅魔館に向かって歩みを進めていた。

遠くから見てもその大きさが際立っていたが、近くで見るとさらに大きくなったような錯覚に陥った。

そしてその館には大きな門が存在した。

さらにその傍には––––

 

「……貴女は、客人ですか?」

「ええ、そうよ。通してくれる?」

「これはこれは失礼しました。ですが……本日、その予定は無いはずですが」

 

––––1人の門番がいた。

緑色のチャイナドレス風の衣装を身に纏ったその門番は、壁に背を預け、腕を組みながら立っていた。

 

「当然よ。アポなんて取って無いもの」

 

パチュリーは堂々とそう言った。

少し呆気にとられながらも、門番は冷たく言った。

 

「ならばお引き取り下さい」

「引かないと言ったら?」

「私はこの紅魔館の門番、紅美鈴。それ相応の対処をするまでですよ」

「ふーん……」

「しかし、私は戦いたくない。是非回れ右をして頂けると助かるのですが……」

「いや、そんなことはしないわ」

 

パチュリーは何処からか魔道書を取り出した。

いや、取り出したと言うよりも召喚したと言った方が正しいだろうか?

とにかく取り出してそれを開くと、彼女はフワリと浮かび上がりながら言った。

 

「さて、その対処とやらを見せてもらおうかしら!」

「はぁ……面倒なことになりましたねぇ」

 

美鈴がため息混じりにそんなことを呟いている間に、パチュリーは攻撃を開始した。

いくつもの小さな魔力弾を生成し、美鈴に向かって飛ばす。

一つ一つが高火力なそれらが、高密度で高精度な弾道を描きながら美鈴を襲った。

 

「魔法使い……ですか。苦手な相手だ」

 

美鈴は少し嫌そうな顔をしていた。

しかし、パチュリーの攻撃を難なく躱している。

彼女には言葉を発することが出来る程度の余裕があった。

 

「なかなかやるわね……じゃあ、そろそろ本気で行くわよ?」

「今のが本気でないなんて……心底恐ろしいですよ」

 

美鈴は心からそう思っていた。

普段、近接格闘を主として戦っている彼女にとって、魔法使いのような遠距離を軸とした戦い方をする相手を苦手としていた。

もちろん彼女に遠距離攻撃の技がない訳ではなない。

しかし、魔法使い相手にそれをやるのは悪手である。

そもそも遠距離での火力や技術で勝てない上に、たとえ勝負になったとしても消耗戦になったら負けである。

それほど、魔法使いには大きな底知れない魔力が宿っているのだ。

美鈴の"気力"だけで何とかなる問題ではない。

 

「さあ、飛ばしていくわよ」

 

 

––––水符「プリンセスウンディネ」

 

 

パチュリーが詠唱を始めると、"何か"が召喚された。

その"何か"とは、水を司る精霊『ウンディーネ』である。

しかし美鈴には、それが何か分からない。

だからこそ、"何か"としか言いようがなかった。

さらにその攻撃が精霊によるものなのか、精霊の力を借りたパチュリーのものなのか……美鈴には分からない。

だがしかし、確実に美鈴のもとに強烈な攻撃が繰り広げられていた。

 

「通してくれるなら、攻撃をやめてあげてもいいわよ?」

「通すわけには……ッ!」

「貴女……どこまで持つかしらね?」

「ぐぁっ!?」

 

美鈴は被弾した。

それは重く強い一撃であり、美鈴を吹き飛ばした。

自身が守るべきはずの門に体をぶつけて、美鈴は地面に倒れた。

しかしすぐに立ち上がる。

 

「これを食らって立てるやつなんて初めてよ。貴女、強いのね」

「くッ……痛たた……」

「でも、こればっかりは相性ね。貴女じゃ、絶対に私には勝てない」

「そうですね。貴女とは相性が悪そうです……」

「分ったならさっさとそこを––––「ですが」

 

美鈴はパチュリーの言葉を遮った。

その目には闘志が、まだ宿っている。

 

「門を守ること。それが私の使命ですから」

「なら仕方ないわ。そんなことが言えないように……ッ!?」

 

 

––––極光「華厳明星」

 

 

パチュリーから見るそれは、自分に向かってくる虹であった。

それはとても大きく輝いており、避けることも忘れてしまうほど美しかった。

美鈴の気で作られたその光弾は、やがてパチュリーを飲み込んだ。

避けることも防ぐことも、パチュリーには叶わなかった。

 

「これはあまり使いたくなかった」

 

––––これを使うと、後がなくなるから。

 

これは、美鈴にとっての最大火力の遠距離攻撃であった。

魔法使い相手に長期戦は無意味であることは先にも述べた。

この技は何度も打てるものでもないし、連続して打つのも難しい。

だからこそ、この一発を外せば負けてしまうのだ。

 

……しかし、杞憂だったようだ。

それは確かに命中したのだ。

魔法使いは、自身の防御力は高くない。

身体強化の魔法をかけたり、魔法陣でシールドを作ることはできても、素の防御力は人間に毛が生えた程度だ。

並みの妖怪は勿論、吸血鬼でさえ当たればかなりの傷を負うこの技を食らって立てるわけが––––

 

 

 

「ッ––––不死身、なんですか? 貴女は」

「そうかもしれないわね」

 

パチュリーは"欠けた石"を投げ捨てながら言った。

 

「でも安心して、期間限定……というか、回数限定の不死身だから」

「よくわかりませんが––––降参ですよ」

 

美鈴は両手を挙げ、降伏を宣言した。

 

「……意外ね。さっきまで門を守ることに固執していたように思えたのだけど?」

「これ以上は無意味ですから」

「へぇ……戦闘狂って訳でもないのね」

「せ、戦闘狂って……それはどちらかと言えば貴女の方が……」

「何か言ったかしら?」

「なんでもないですよ……それで、用件は何ですか?」

「ここに大きな図書館があると聞いたわ。案内してくれる?」

「図書館……ですか。そうですね、あることにはありますが……」

「どうしたの?」

「来れば分かりますよ。どうぞ、こちらです」

 

美鈴は頑なに守っていた門をあっさりと開けて、パチュリーを中へ招いた。

少し疑問を抱きつつも、パチュリーは美鈴について行った。

 

そのまま館の中に入り、奥の方へと進んで行く。

見た目通りの大きな館だった。

やがて突き当たりに扉が見えてきた。

パチュリーがおそらくアレだろうなと思っているところで、美鈴が声をかけた。

 

「ところで……どうしてこの図書館を?」

「かなり大きいと聞いたから」

「それは一体どこで……?」

「貴女は、いつからこの館にいるの?」

「へ……?」

 

質問を質問で返されてしまった。

驚いた美鈴は少し間抜けな返事をしてしまった。

しかしパチュリーは特に気にした様子もなくスルーしている。

軽く咳払いをしたのちに、美鈴は答えた。

 

「もう100年は昔になるでしょうか? あまり、ちゃんと覚えてないのですが」

「なら、貴女は知らないのね」

「……?」

「とりあえず、ここなんでしょう?」

「ええ、そうです。今開けますね」

 

図書館の扉が開かれた。

中でパチュリーのことを待っていたのは大量の本と、大量の埃だった。

 

「うわ……」

 

パチュリーは驚きのあまり、言葉を失った。

それもそのはず、あれから(・・・・)400年は使われていないのだ。

 

「言った通りでしょう? 図書館、あることにはあるんですがね」

「これじゃあ使い物にならないわね」

「何か調べ物でも?」

「魔法使いってのは、一生をかけて調べ物をする種族なのよ」

「なるほど……?」

「私の目的は、この図書館を私のモノにすること。さぁ、今度は館の主のところまで案内してもらえないかしら?」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

––––コンコンコンコンッ

 

「お嬢様、客人です」

「入りなさい」

 

––––ガチャッ

 

「ようこそ。我が館、紅魔館へ」

「……貴女が、紅魔館の主?」

「いかにも。私はレミリア・スカーレット。貴女は……魔法使いかしら?」

「ええ、そうよ。パチュリー・ノーレッジ。よろしくね」

「ふふっ……それで、魔法使いさんが何用かしら?」

「あの図書館、譲ってくださらない?」

「ほぅ……随分と突然で、そしてとんでもないことを言うのね?」

「大丈夫、すぐに跪かせるから」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

紅美鈴は自らの主、レミリア・スカーレットに畏怖の念を抱いていた。

もちろん、普段から抱いているが今回は改めて感じざるを得なかった。

 

––––この後、来客がある。

 

パチュリーが来る少し前、突然門前へと現れたレミリアが言った。

"それなりに対応してから、相手の要望に応えてあげて"とだけ言い残し立ち去るレミリアの姿を、その時の美鈴は不思議に思う他なかった。

 

––––でも、きっと誰か来るのだろう。

 

心の何処かにそんな確信があった美鈴は、いつもなら少し眠くなるような時間に頬を叩き、自身へと喝を入れた。

 

「……流石です。お嬢様」

 

レミリアとパチュリーの戦いを見ながら、美鈴はそう言った。

 

 

 

◆◇◆

 

 

パチュリーは戦慄を覚えていた。

今まで生きてきた中で、こんな感覚に陥ったのは初めてだった。

 

––––私の全てが通用しない……ッ!

 

この時のパチュリーは、魔法使いとしては幼いとも言えるほど若い部類だった。

まだ大した経験も積んでいないし、こうして実戦を交える事さえ殆ど無かった。

しかし……いや、だからこそ。

順風満帆に生きてきた天才魔法使い––––パチュリー・ノーレッジは大きな挫折を味わっていた。

 

––––何故……どうしてッ!?

 

パチュリーは疑問も含めてレミリアを睨んだ。

既に息は切れ、服もボロボロになった彼女は片膝をついていた。

 

––––答えは簡単だった。

 

「私はお前より強いよ」

 

––––レミリアは、パチュリーよりも天才だった。

レミリアは、睨むパチュリーを見下すように笑いながら言った。

息も切らさず、服も真新しい彼女は、パチュリーにとって恐怖でしかなかった。

 

「そろそろ諦める?」

「ッ……」

「恐怖で汗が止まらない癖に……強がるのね」

 

そしてレミリアは嗤う。

パチュリーには怒りの感情が湧き始めた。

その怒りはレミリアに対してではない。

己自身の弱さに対してだった。

 

「……断言するわ。お前じゃ絶対に勝てない」

 

だが、とレミリアは言葉を続ける。

 

「だから––––合格だよ」

「は……?」

「図書館は貴女に譲るわ」

「貴女……何を言って––––」

 

レミリアが歩み寄る。

パチュリーは不思議と、それをただ眺めているだけだった。

警戒心も恐怖心も湧かない。

そこにあるのは、謎の安心感だった。

 

「……長い紫髪、輝かしい紫の瞳」

 

レミリアはパチュリーの頰に手を添えた。

 

「母親にそっくりね」

「…………母を知ってるの?」

「ドロシーってば、意地悪よねぇ?」

 

レミリアは笑った。

先ほどの見下した嗤いとは違う、優しい笑みだった。

 

「––––仲良くしましょう? パチェ」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「それから最初の方は、パチェったら堅くてねぇ……距離を埋めるの大変だったのよ?」

「へぇ〜〜、パチェってあんまり戦うイメージないなぁ」

「あら、あの子は結構戦うの好きよ? 喘息を患ってからは、あんまり戦ってないけど」

「今度、パチェと戦ってみようかな!」

「––––やめて下さい、妹様」

「あらパチェ、戻ってきたのね?」

「レミィが変なこと吹き込んでないか、気になってね」

 

後ろからついてきた小悪魔が持ってきた椅子に腰をかける。

そのまま小悪魔は茶を淹れると言って、部屋を出て行った。

 

「––––母親を思い出した?」

「ッ……」

 

パチュリーが紅魔館に来たのには理由があった。

それは、ドロシーの死。

フランが生まれて間もなくして紅魔館を出て行った魔法使い––––ドロシー・エンチャントレスは、パチュリーの母親だった。

その母の遺言で、身寄りのないパチュリーはここを訪れたのだ。

正確には、生前の母が使っていた図書館へと。

 

「何度も言ってるじゃない。貴女は大丈夫だって」

 

ドロシーは喘息を患っていた。

妖怪が掛かるその喘息は、人間の喘息とは訳が違った。

人間の喘息ですら重度の症状になれば死をもたらす。

妖怪の喘息ならば、言わずもがな––––

 

「貴女の言葉だから信じられる……はずだけど、でも不安よ。病気による自然死は、蘇生石でさえ、どうしようもないから……」

「でも、貴女は死なないわ」

「どうして、そう言い切れるのよ?」

「幻想郷には治せる者がいるから」

「治せる者……? そりゃ、人里には医者が居るでしょうけど……人間の薬なんて効かないわよ?」

「人間の医者じゃないさ」

「じゃあ、一体どこに……?」

「ふふっ……もうすぐ分かるさ」

 

 



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番外編 『宴会萃夢想』

また少し時間が空いてしまいました……すみません。
なのに今回短めです。本当に申し訳ないです……

あ、萃夢想編ラストですよ。








 

 

 

 

「……これまた、珍しい客人ですね」

「やあ、紅魔館の門番さん」

 

 幻想郷に夏が訪れてから幾らか経った。

 霧の湖周辺は大した暑さではないが、それでも少し前の長かった冬を思えば暑くなったものだ。

 そんな程よい暖かさに、紅美鈴はふわふわと眠気を覚えていた。

 しかし、その眠気を吹き飛ばすような"気"が近付くのを感じた。

 

「お身体は、もういいんですか?」

 

 ––––"気"の正体は、伊吹萃香。

 先日の宴会騒動の主犯であり、主であるレミリアに重傷を負わせた張本人。

 萃香自身もかなりの傷を負っていた筈だが……

 

「まあ、あれから1ヶ月も経ったからね。でも、完治するまでこんなにかかるとは思ってなかったよ」

「身体の半分が抉れていた方の仰るセリフとは思えませんが」

「はっはっはっ! 鬼を舐めてもらっちゃあ困るね」

 

 豪快に笑う萃香。

 その手にある伊吹瓢を口に付けると、酒を軽く喉に流した。

 

「だが、あんたんとこのお嬢だって、もう治ってるんだろう?」

「ええ。完治していますよ」

「今、中にいるのかい?」

「ええ、おりますけど……何用で?」

「この前のお詫びと、次の宴会のお誘いに来たのさ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「それまた、急な話だな」

「ごめんごめん。でも、早くやりたくて私はウズウズしてるんだよ」

 

 私はいつものようにお嬢様に、そしてその向かいに座る萃香に紅茶を用意した。

 お嬢様はそれを一口飲むと、小さな溜息を吐いてから言った。

 

「全く、少しは他人(ひと)の予定を考えたらどうだ?」

「えー、どうせ暇だろ?」

「……はぁ。異変も何もない幻想郷は、平和そのものだものね」

 

 あれだけの死闘を繰り広げた2人が、同じ部屋同じテーブルを挟んで座り、同じ紅茶を飲み交わす。

 そんな光景に違和感を感じなくなってしまった私は、おかしいのだろうか?

 

「ん……美味しいね、これ」

 

 萃香は私の淹れた紅茶に口をつけると、小さくそう言った。

 ––––萃香に敵対心がないことは、見ていて明らかだった。

 たとえ運命とやらが見えなくとも分かる程度には、萃香の雰囲気が柔らかかった。

 

「どうも」

 

 とはいえ、私としては複雑な心境だった。

 分身体だったとはいえ、彼女にとってはお遊びだったとはいえ、一度は敵として対峙しているのだ。

 そう簡単に気持ちを切り替えられるほど、私は出来た人間ではなかった。

 いや、人間だからこそ、こういう弱さがあるのかもしれないが。

 

「まあ、場所はいつも通り博麗神社さ。さて……私もそろそろ準備を手伝わないと、霊夢に怒られちゃう」

「咲夜、客人がお帰りよ。案内しなさい」

「かしこまりました」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「––––やっぱり奇妙な関係だよなぁ」

 

 エントランスへと向かう間、私たちに会話はなかった。

 しかし、不意に萃香がその静寂を破った。

 

「あんたは、あのお嬢を殺したいんだろう?」

「……ええ」

「どうして仕えるんだい?」

「それこそ、殺す為よ」

「確かに、殺す為に常に側にいて隙を伺うのは悪くない考えなのかもしれない。でも、納得は出来ないね」

「何が言いたいの?」

「あんたは何故ここにいる? 本当に殺したいのなら、今日だって沢山レミリアには隙があったよ」

「…………」

「言いにくいなら、私から言ってやるよ」

「…………」

「––––居心地がいいんだろ? この館が」

「……そうかもね」

「それが一番理解出来ないよ」

「え……?」

「どうしてあんたは、殺したい程の相手と共に過ごして、居心地の良さなんて感じられるんだ?」

「そ、それは––––ッ」

 

 私は、何も言えなかった。

 そんな話をしているうちに、気がつけばエントランスに着いていた。

 

「まあ、分かったら……いつか話しておくれよ」

 

 萃香はそれだけ言い残すと、そのまま館を後にした。

 私は少し、その場を動くことが出来なかった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「行きましょう、幽々子様!」

「まあ、妖夢がそう言うなら……」

 

 萃香は白玉楼へも訪れていた。

 あからさまに萃香を毛嫌いする幽々子は、宴会への参加を断ろうとしていた。

 理由は単純、萃香は妖夢を傷つけた張本人だからだ。

 

「なんだか、見ないうちに目つきが変わったね」

「もう、貴女にだって負けませんよ」

「はっはっはっ! いいねぇ、見違えるほどいい目をしてるよ、今のあんた」

 

 妖夢は、萃香に対して憎悪の類は持ち合わせていなかった。

 寧ろ、感謝したいと思っている程だ。

 妖夢にとって萃香は、自分を成長させてくれた切っ掛けの1つなのだ。

 

「じゃあ、宴会で会おうか」

「……ええ」

 

 幽々子は納得のいかない様子だったが、妖夢の言葉に折れて宴会への参加を決めた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「よッ! 咲夜」

「……魔理沙」

「お前がせっせと働いてない宴会なんて、初めてじゃないか?」

「そうねぇ……確かに」

 

 宴会には多くの参加者がいた。

 これだけの人数を、萃香は能力を使わずに集めたそうだ。

 紅魔館もそうだったように、全ての参加者のところへと足を運んで、自ら宴会に誘ったのだ。

 もちろん、分身体を駆使して。

 そして今も、その分身体を使って酒や料理を皆に運んでいた。

 そのおかげで私は仕事を失い、こうしてゆっくりと酒を飲むことが出来ていた。

 料理担当は藍だそうだが。

 

「お前は聞いたか? 妖夢の話」

「妖夢の話?」

「あいつ、空気を斬れるようになったって……」

「あぁ、その話?」

「なんだ、知ってたのか」

「知ってるも何も……体験済みよ?」

「お……マジか! まあ、確かに妖夢なら真っ先にお前に見せそうなもんだ」

「なにかと、ライバル視されてるわよね……別にいいけど」

「同じ従者で刃物使いだからじゃないか?」

「––––なに? 私の話?」

 

 私と同じく仕事を失った妖夢が声をかけてきた。

 手には酒瓶がある。

 ちょうど私達の酒も切れかかるところだった。

 

「妖夢は凄いなって話だぜ」

「私が……凄い?」

「だって咲夜に勝ったんだろう? 空気を斬るとかいう技で」

「え……? 私負けたよ?」

「なんだ、そうなのか? てっきり私は妖夢が始めて勝ったのかと……」

「1回は勝ってるわよ!」

 

 馬鹿げた会話を繰り広げる2人を尻目に、私は手にあった酒を飲み干した。

 不意に視線を感じ、振り向けば––––

 

「結構飲んでるみたいね」

「ええ、貴女はまだまだ素面?」

「飲む相手が居なかったから」

 

 魔理沙がここへ来た時点でなんとなく予想はしていたが、霊夢がこちらへやってきた。

 

「珍しいわね、いつもは周りに人妖が溢れるのに」

「まあ……そうね。妖怪に関しては迷惑なだけだけど」

「萃香のやつ、ここで萃める力でも使ってるのかしら?」

 

 萃香と八雲紫を中心に、お嬢様や亡霊の姫が酒を飲み交わしていた。

 

「それで、寂しくなっちゃったの? 霊夢?」

「別に、そういうわけじゃ……」

「冗談よ。ところで……あの鬼、いつも貴女のところに居るんだって?」

 

 宴会騒動の後、萃香は博麗神社に入り浸っていた。

 そのことを風の噂程度に耳にしていた私は、霊夢に尋ねた。

 

「ええ、最近はしょっちゅう居るわね。どうして?」

「いや……少し聞きたくて」

「何を?」

「––––どうしてあんな奴と一緒に暮らせるの? 敵とも言える、あんな妖怪と」

 

 私の脳裏には、萃香の言葉がチラついていた。

 

「別に私だって、暮らしたくて暮らしてるわけじゃないわよ?」

 

 霊夢は冷静に言葉を続ける。

 

「そもそも、アイツが勝手に住み着いてるだけだし」

「それを、嫌だとは思わないの?」

「まあ……嫌ではないわね。嬉しくもないけど」

「……はぁ、貴女らしいわね」

「あんたは"らしく"ないけどね」

「…………」

 

 霊夢が私の瞳を覗き込む。

 少し照れくさくなって、視線を逸らしてしまった。

 

「あんたって、酒が入ると結構弱気になるわよね?」

「……」

「いや……普段は強がってるだけで、案外弱い人なのかしら?」

「わ、私は……ッ」

 

 ––––霊夢は笑っていた。

 私を馬鹿にしてる訳ではない。

 その優しい微笑みを前に、私は何も言葉が出なくなってしまった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「随分と表情が柔らかくなったわね、あの子」

 

 八雲紫は、レミリアにお酌をしながらそう言った。

 レミリアはそれを不思議に思うことなく、注がれた酒を一気に喉に流した。

 

「…………ああ、そうだな」

「貴女の理想には近づいた?」

「なんでもお見通しだな、お前には」

「貴女だって"視"通せるでしょう?」

「私のは、そんなに便利なものじゃないさ」

 

 レミリアはお返しとばかりに、紫に酒を注ぎながらそう言った。

 そして自酌してから、言葉を返す。

 

「でも、お前には分かってるんだろう?」

「さぁ、何のことかしら」

「はは……まあいいさ。お前も私も、月が満ちるのはこれからだ」

「貴女が言うなら、そうなりそうね」

「いいや、そうなるんだよ」

「ふふっ……ならば、そんな私たちの理想郷に––––」

 

「「乾杯」」

 



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永夜抄編
第41話 知識と歴史の半獣 (挿絵あり)


最近投稿ペース遅いのは全部MMDってやつのせいなんや………
おのれMMD! ゆ゛る゛さ゛ん゛っっっ!!(リスペクト)

おふざけ失礼しました。
これからも亀更新にはなりますが、失踪はしないので勘弁してください。。。
それでは本編をどうぞ!(今回から永夜抄編です!)

*追記
永夜抄編の扉絵を平熱クラブ様に描いて頂きました!
素敵なイラストをありがとうございます!!!

【挿絵表示】






 

 

 月はいつか欠けるモノ。

 欠けるからこそ美しい。

 

 命はいつか尽きるモノ。

 尽きるからこそ美しい。

 

 空を見上げて少女は思う。

 

 ならば私は?

 尽きぬ私は、美しくないのか?

 

 月の光に照らされて。

 少女は今日も涙する。

 

 

 

 ––––私は本当に生きているのか?

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……おい、見ろよ、あれ」

「なんて格好だ? 見たことないぞ」

「美人だな……声でもかけてみるか?」

「よせよお前ら、声でけぇし。聞こえるぞ」

 

 …………聞こえてるわよ。

 私は心の中でそう呟き、溜息をついた。

 

 私は今、人里にいた。

 ここに来るのは、私が幻想郷に来てから初めてのことである。

 いつも通り仕事着で歩いていたら、コソコソと人里の人間が私のことを指差して話している。

 確かに格好は目立つだろうが……どう考えても隣にいるコイツの方が目立つはずなのだけど。

 

「ねぇ、咲夜。お団子食べて帰ろうよ」

 

 私の隣に歩く妖夢が、少し先にある甘味処を指差しながらそう言った。

 彼女もいつも通り、そばに半霊を携え、背中には二本の刀を背負っている。

 それでも人里の連中は、私のことばかり指差していた。

 ––––やっぱり、人間は嫌いだ。

 

「団子……って、餅みたいなものだっけ? 食べたことないわ」

「え!? 本当に!?」

「ええ」

「うそ……まあ、確かに紅魔館では出なそうだけど……本当に言ってる?」

「見たことくらいはあるけど」

「美味しいから! ほら、食べに行こう!!」

 

 妖夢は私の手を引くと、少し駆け足になった。

 私は少しよろめき倒れそうになったが、それもなんだか悪い気分ではなかった。

 

「いらっしゃいませ〜〜! あら、妖夢ちゃんじゃない」

「おばさん、こんにちは!」

「はい、こんにちは。今日は……お友達と一緒なの?」

 

 妖夢は一瞬だけ私を見た。

 そして笑顔で答える。

 

「そうです。2人、入れますか?」

「今片付けるわ。少し待ってて?」

「分かりました」

 

 その甘味処は、ちょうど昼過ぎということもあって、大勢の客で賑わっていた。

 

「何ニヤニヤしてるのよ?」

「べ、別にニヤニヤなんか……」

 

 なんだか口元が緩んでる妖夢は、その口元を隠して視線を逸らしながら言った。

 ––––友達……ねぇ?

 別に、否定する気もなかった。

 

「貴女、ここにはよく来るの?」

「まあね。幽々子様のお使いついでに食べて帰ることが多くて」

「へぇ……」

「2名様、こちらへどうぞ〜」

 

 たわいもない会話をしているうちに片付け終わった席に通された。

 席に着くとすぐに店員が茶を持ってきて、妖夢は慣れたように注文した。

 

「ところで––––咲夜はどうして人里に?」

「……ただのお使いみたいなものよ」

「??」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「それは一体……どういう意味ですか、お嬢様?」

「言った通りの意味よ? 休暇をあげるわ」

「休暇と言われましても……」

「あ、館の外には出なさいね。貴女はもっと幻想郷を知るべきよ」

「はぁ……」

 

 お嬢様は突然、何の前触れもなく私に暇を渡した。

 私は困惑で頭がいっぱいだった。

 

「気にすることないわよ、咲夜」

 

 お嬢様とティータイムを共にしていたパチュリー様が口を挟む。

 

「レミィの突然の思いつきに振り回されるなんて、今に始まったことじゃないでしょう?」

「……そうかもしれませんが」

「まあまあ、貴女には休暇なんて殆ど無かったんだから。少し羽根を伸ばしてきなさい」

「…………パチュリー様まで、そう仰られるなら」

 

 私は少し頭を下げ、失礼しますとだけ言い残してその場から離れた。

 そしてドアを開ける直前、お嬢様は言う。

 

「日が暮れる前には帰ってきなさいね」

「……かしこまりました」

 

 それだけ告げて、私は部屋を後にした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「おや……お出かけですか?」

 

 門を開けると、そこには門番がいた。

 今日は珍しく起きていたようだ。

 

「ええ……ちょっとね」

「何処へ行かれるのです?」

「……当てはないけど」

「あー……もしかして、お嬢様に?」

「察しがいいのね」

「ははは……誰でも、お嬢様の相手は苦労しますから」

 

 お嬢様の戯れは、館の全員が経験することなのだろう。

 私とて、こういった経験が初めてな訳ではない。

 

「もし行くところに迷っているなら、人里に行ってみてはいかがですか?」

「人里……? どうして人間のいるところなんか」

「はは……それを人間の貴女がいいますか」

「人間は汚いから」

「……霊夢さんや魔理沙さんも?」

「…………」

「もしかしたらそんな出会いがあるかもしれませんし、幻想郷(ここ)での人間の在り方というのも見ておいて損は無いと思いますよ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ……などと言われるがまま、人里に向かっていた。

 行く当てもなかったし、興味もないわけではなかったから。

 何となくの方向を美鈴に聞いてその通りに歩いていると、少しして何やら集落のようなものが見えて来た。

 

「見ない顔だな……何者だ?」

 

 人里の入り口には、大きな門があった。

 そして門番が2人。

 2人とも大柄な武装した男で、表情はよく見えないが私に好意的な目を向けていないのは明らかだった。

 

「……霧の湖の畔にある、紅魔館をご存知かしら?」

「紅魔館……? まさか、あの紅い霧を出した館か!?」

 

 彼らの瞳は、明らかに敵意を含んでいた。

 そういえば、あのときの紅霧は人里にまで流れていたことを思い出す。

 力のない人間ならば気分が悪くなる程度の霧だった筈だが……まあ、得体の知れないものを恐れて排除するのは人間の性とも言えるのだろう。

 それを私は、よく知っている。

 

「そこでメイドをしている、十六夜咲夜ですわ」

「立ち去れ……お前のようなものを通すわけにはいかないんでな」

 

 そう言う男は手に持っていた槍のようなものを私に向けて構えた。

 もう1人は腰に携えた太い剣に手を掛ける。

 私はそれを見ながら、小さく溜息を吐く。

 彼らに話し合いの余地はないだろう。

 かといって、ここで彼らを殺すのもマズイだろう。

 さて、どうしたものか––––

 

 

「––––こんなところで、なにしてるの? 咲夜」

 

 後ろから不意に声をかけられた。

 振り返ると、そこに居たのはアリスだった。

 私が返答するよりも先に、門番の男が声を上げる。

 

「アリスさん! そいつは危険ですよ!」

「あらあら……なんだか大変なことになってる?」

 

 任せて、と私に聞こえる程度の小さな声で呟きながら、アリスは私の前に出て門番の男へと歩み寄る。

 

「何かを勘違いしているようだけど……人間よ? この子」

「……人間?」

「そう、貴方達と同じね」

「いや、でも異変に加担したって…………」

 

 そこまで言うと、男は何かを感じ取ったように溜息を吐く。

 

「分かりました。アリスさんの知人なら、悪い人ではないのでしょう」

「なら、通してくれる? あの子は私の劇の大事なお客さんだから」

「はい! 今すぐ、門を開けますよ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 1人は人形のように透き通った肌と大きな瞳、風になびく髪は金色に輝いている。

 もう1人は対照的な銀髪と碧い瞳、そしてその服装は見慣れぬものでスラリと伸びた長い脚が里の男を釘付けにしていた。

 そんな2人の少女、アリス・マーガトロイドと十六夜咲夜は、人目を惹きながら人里を歩いていた。

 

「貴女……よく人里来るの?」

「ええ」

「その……チラッと言ってた"劇"ってやつかしら?」

「そうそう。人形劇をやってるのよ」

「へぇ……」

「どう? 良かったら見て行かない?」

 

 特にその後の予定が決まっていたわけでもない咲夜は、言われるがままに人形劇を見に行くことにした。

 劇の場所は、人がよく通る大きな道が川に突き当たる交差点だった。

 アリスが人形劇の準備を始めると、既に周りには人が集まっていた。

 人形劇と言うのだから小さな子供向けかと思っていた咲夜だが、客の中には大人も多くいることに驚いた。

 特に男が多いように見えるが……。

 

 やがてアリスは、川を背にして人形劇を始めた。

 手から伸びる見えない魔法の糸で操られた人形達は、まるで自我を持っているかのように動く。

 咲夜の周りの人間達は、1人でに動く驚きながらもそれをとても楽しんでいた。

 己の理解できないことを排除する傾向にある人間がそんな反応をすることに始めは疑問を抱く咲夜だったが、アリスを見て納得した。

 人形を動かしているアリス自身も、人形の動きに合わせて指をせっせと動かしている。

 本来、アリスが人形を動かすのにその動作は必要ない。

 しかしその動作があることによって、目の前で起きている不思議な光景が人里の人間にも受け入れられているのだろう。

 そして何より、人形を動かすアリスの顔は綺麗な笑顔で溢れていた。

 

「みんな見てくれてありがとう。また来週も来るわ」

「シャンハ-イ!」

 

 アリスが人形劇を終えても、アリスの周りには人が消えなかった。

 その人集りを少し離れたところから眺めていた咲夜は、何とも言えない気分になっていた。

 あまり感じたことのない感覚。

 喜びとも嬉しさとも違う感覚。

 それは咲夜が初めて味わった、純粋な感動だった。

 

「––––あれ、咲夜?」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 そして妖夢に声をかけられた私は、流れに身をまかせるまま甘味処へと来ていた。

 アリスに劇の感想を言えなかったことを残念に思ったが、アリスの周りに集まった観客は中々その場を離れないそうなので別の機会に伝えることにした。

 

「ほら咲夜、食べてみて?」

 

 運ばれて来た団子は赤、白、緑の三色団子。

 桜の赤、雪の白、新緑の緑。

 それぞれが春、冬、夏を表している。

 "秋がない"ことから、飽きないと商いを掛けたユーモアになっているそうだ。

 

「ん……おいしい」

「でしょ? ここのお団子は、幽々子様もお気に入りなの」

 

 妖夢はそう言いながら一口食べると、頰をおさえて満面の笑みを浮かべた。

 

「んで、お使いって言う割には、急いでる風でもないよね」

「まあ……急いでないから」

「ふーん。まあいいけどさ」

 

 そう言って妖夢はもう一口食べる。

 私は緑茶で口の中の甘さを流した。

 

「やっぱり美味しいな、ここのお団子」

「……そうね」

 

 私は少しだけ、感慨深い気分になっていた。

 こうして、気兼ねなく話せる相手と食事を共にするなど今まで一度もなかったのだ。

 なんだか不思議な感覚を味わって、私はほんの少しだけ口元が緩むのを感じた。

 

 

 

「––––あ、ちょっと待ちなさいッ!!!」

 

 突然だった。

 大声を上げたのは、さっき私たちに団子を持って来てくれた店員だった。

 その声に驚きつつ振り返れば、その店員は外に向かって叫んでいるのがわかった。

 玄関口の暖簾が揺れている。

 

 ––––パチンッ

 

「食い逃げですか?」

「はい! でももう……」

「あ、大丈夫ですよ。多分そろそろ……」

 

 妖夢がそう言ったのと同時に、暖簾がめくれて1人の少女が姿を現わす。

 

「え、貴女はさっきまで……えっ!?」

 

 店員は驚きを隠せなかった。

 当然だろう、そこから姿を現したのは先ほどまで席で団子を楽しんでいた私なのだ。

 店員は何度も私と私達の席とを見ては、声にならない音を出していた。

 

「とりあえず、さっき逃げたっぽい男はそこで寝てるわよ」

「え……咲夜、まさか––––」

「馬鹿ね、殺しはしないわよ。少し()()()貰っただけ」

 

 とはいえ、手荒い真似をしてしまったのは否定できなかった。

 走って逃げる男の前に立ち、時を動かすと同時に顎に拳を叩き込んで脳を揺らした。

 走る男の勢いもあって、カウンターのような形で決まったそれは相当なダメージであっただろう。

 

「後の処理は貴女たちに––––「何者だ、お前は」

 

 背後から聞こえたその声は、怒気を帯びていた。

 威圧感に等しい圧倒感が、私の背筋に悪寒を走らせる。

 

「人間のような(なり)をしている、お前は何者だ?」

「…………失礼ね、私は人間よ」

 

 振り返ると、そこには1人の女が立っていた。

 腰まで届くほどの長さを持つ、青みを帯びた銀髪。

 そしてその頭の上には特徴的な帽子が乗っている。

 身長は高めで、青いワンピースのような服は胸元が大きく開いていた。

 

「先生! 彼女は悪い人じゃないですよ!」

「……どういうことですか?」

「彼女は、食い逃げをした男を追ってくれただけです!」

「ほう……なるほど」

 

 店員に先生と呼ばれたその女は、私に歩み寄ると少し頭を下げた。

 

「……すまなかった。殴り倒す場面しか見ていなかったものでな……非礼を詫びよう」

「別に構わないわよ。そういう扱い、慣れてるから」

 

 嫌味でもなんでもなかった。

 事実、外の世界では疎まれていたのだから。

 

「そうか……いや、しかし気になる。貴女は、何者なんだ?」

「だから、人間だって……」

「普通、人間は突然現れて人を殴り倒すなんて出来ないんだが?」

「…………はぁ」

 

 少しため息を吐いてから、私は言葉を返した。

 

「私は十六夜咲夜。吸血鬼の館でメイドをしている人間よ」

「……十六夜、咲夜か。申し遅れた、私は上白沢慧音。すぐ近くにある寺子屋で教師をしているよ」

 

 なるほど……だから先生なのか。

 そんなことを考えていると、慧音が私の顔を覗き込むように見つめる。

 

「本当に……人間なのか?」

「そうだけど……何か?」

「なんだか知り合いに似ているような気がしてね」

「気のせいよ」

「ああ、そうだろうな」

 

 慧音は私から店員へと視線を移すと、再び頭を軽く下げてながら言う。

 

「騒ぎ立てて、すみませんでした」

「いえいえ、先生にはお世話になってますから」

「そう言ってくれると嬉しいです。とりあえず代金は、後日あの男に払わせます。では」

 

 そう言って立ち去っていく慧音。

 その後ろ髪は、女の私でさえ見惚れる美しさがあった。

 

「慧音先生は自警団を束ねる立場の人でもあってね」

 

 そんな私に、妖夢がそっと言う。

 

「凄い人でしょう?」

「……ええ、そうね」

「まあ、人じゃないらしいけど」

「へぇ」

「あれ、驚かない?」

「そりゃ、人外は見慣れてるもの」

 

 だけど––––と、私は言葉を続ける。

 

「気になる存在であるのは確かね」

 

 揺れる暖簾の隙間から、赤い夕日が差していた。

 そろそろ帰らなくては、お嬢様に叱られてしまうだろう––––

 

 



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第42話 十六夜咲夜の忘れ物

前回からかなり間隔が空いてしまったので、第1話です(嘘)
言い訳は活動報告で致します。申し訳ありませんでした……!





 

 

「ところで……また何か視えたの?」

 

 咲夜が部屋を去り、レミリアと2人きりになったところでパチュリーは尋ねた。

 咲夜にも言った通り、レミリアの突然の思い付きに周りが振り回されることは今までに数え切れないほどある。

 今回もその数ある例の1つに過ぎないだろうし、それ自体には何の懸念も不安もない。

 

 しかし––––このとき、レミィには何かが視えている。

 

 パチュリーはそれを知っている。

 伊達に100年近くこの吸血鬼と共に過ごしてきた訳ではない。

 

「はぁ……パチェに隠し事は出来ないか」

「咲夜だってきっと気づいてるわよ。敢えて聞かないだけで」

「……そうかな? 私ってそんなに隠し事が下手かしら?」

「下手よ。少なくとも家族の前では」

 

 それで––––と、パチュリーは話を戻した。

 

「何が視えたの?」

「……夕暮れに咲夜が帰って来るのが視えたのよ。その顔は嬉しいとも悲しいとも違うものだったけど、悪い感じはなかったわね」

「へぇ……? 咲夜はどこへ行くのかしら?」

「知らないわ。でも、いつもとは違うところへ行きそうね」

「なら後は、それがあの子にとって良い経験であることを願うばかりね」

 

 ああ、と小さく頷きながら、レミリアは咲夜の淹れた紅茶を軽く喉へ流す。

 

「ところで貴女––––咲夜には、いつ言うの?」

「言ったろう? 思い出すまで待つのよ。じゃないとゲームを始めた意味がない」

「……またそんなことを。貴女だって、本当は寂しいくせに」

「そんなことないさ。だって私はあの子を––––そして何より私を信じているから」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるレミリアに、パチュリーは少し不気味さを感じていた。

 

「まあ…………ヒントくらいは与えてやるかな」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––––少し夜の散歩に行こうか。

 

 お嬢様にそう言われ、月の光が照らす霧の湖の畔を共に歩いていた。

 湖に浮かぶ月は大きく、そして輝いている。

 

「––––()()()()の月も、こんな月だったな」

 

 あのとき……ああ、そうか。

 きっとこの月は満月。

 お嬢様と出会ったあのときも、そういえば満月の夜だった。

 

「覚えているか?」

「…………忘れませんよ」

「そうか………覚えているのか」

 

 何故か、少し残念そうにお嬢様は言う。

 まだあのときから一年も経ってない。

 幻想郷に来てから驚くことばかりではあるが、あの日のことは忘れられるものではなかった。

 初めて敵わないと感じた、あのときの屈辱は–––

 

「この月は満月じゃないよ」

「……え?」

「これは十六夜。少し欠けてしまった月」

「十六夜……?」

 

 私の目には、ほとんど満月に見える。

 しかしそれは満月ではないのだろう。

 月に敏感な吸血鬼だからこそ分かるのだろうか。

 

「そう、十六夜。そんな夜に咲かせた出会いの花……」

「……ッ!?」

「それが貴女の名前の由来よ」

「いや、でも……」

 

 あの時は満月だった。

 だからこそお嬢様の力は最大限まで発揮されていた。

 それに私の名前は十六夜の昨夜……つまり十五夜を表しているはずだ。

 そう、確かにあのときは満月だったんだ。

 

「まあ、どうあがいても貴女は覚えていないでしょうね。たとえ全てを思い出しても」

「何を言って……?」

「だって、()()()()の貴女はまだ赤ん坊だったから」

「……………は?」

 

 何を言っている?

 ––––ナニヲイッテイル?

 

 いいや、私の記憶に間違いはないはずだ。

 1年も経っていない最近のことの筈だ。

 私は八雲紫にここへ連れてこられて、お嬢様と戦い、そして負けて名を貰った。

 それは絶対に間違ってない事実だ。

 事実だが…………

 

 ––––どうしてその名を、すんなり受け入れられたのだろうか?

 今まで疑問にも思わなかった。

 それを当然だと思っていた。

 しかし……いや、やはりおかしい。

 ずっと昔からその名前だったかのように、咲夜という響きは私に浸透している。

 

「––––咲夜」

「ッ!!」

 

 お嬢様のその声で、私は正気に返る。

 私の額は、少しだけ汗ばんでいた。

 

「そろそろ戻りましょうか。紅茶が飲みたいわ」

「…………かしこまりました」

 

 

 

 ––––私は何かを忘れている?

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 何故か、今まで気に留めることさえ無かったが……

 私には知らない過去がある。

 いや……正確にはある"はず"だ。

 

 

 今思い出せる最古の記憶は、5年前のこと。

 寒さに身を震わせながら、大きな樹の下で私は目を覚ました。

 目の前には男がいた。

 

「ここは……どこ?」

「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」

 

 心配そうに近づく男。

 

「お腹……空いた」

 

 私はどうすべきか、直感的に感じていた。

 この時は、自分が何をしているかを理解していなかった。

 ただ私は当たり前のように時を止め、ポケットに入っていた一本のナイフを男の喉元へ当てる。

 そして時を動かすと同時に掻き切った。

 その一連の流れに滞りはなく、男は何も理解できぬまま死に至った。

 そして私はもう一度時を止め、金を奪いその場を去った。

 

 

 ––––それが私の生きる術だと、何故か分かっていたのだ。

 それ以前の記憶はない。

 知りたいと思うことさえなかった。

 

 

 ––––レミリアが幻想郷に来たのが、ちょうど5年くらい前の話なのよね。

 

 霊夢の言葉を、不意に思い出す。

 もし本当に……私の過去にお嬢様が関わっているのなら。

 

 私は一体、何を忘れている?

 知りたくて、堪らない。

 思い出したくて、堪らなかった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「おかえり、慧音」

 

 里での仕事を終え、私が自宅の扉を開けると、そこにいたのは長い白髪(はくはつ)の少女がいた。

 白いブラウスに赤いモンペのようなズボンを履いている彼女の名は、藤原妹紅(ふじわらのもこう)

 

「……ただいま、妹紅」

「食事はもう少しかかる。先に汗を流してきな」

「いつもすみません」

「好きでやってるの。謝らないでよ」

「……ありがとう」

 

 普段から、妹紅にこういった家事をしてもらっているわけではない。

 今宵は十六夜。昨晩は満月だった。

 妹紅は十六夜の日に、私の家へやってきてこうして家事をしてくれる。

 それが習慣になってしまったことに、私は申し訳なさを感じつつも、そんな妹紅に甘えてしまっていた。

 

 ––––満月の夜、私は"力"を使う。

 そして同時にエネルギーの消費が激しく、かなり体への負担が大きい。

 いつだったか、十六夜の日に倒れたことがある。

 あのときは偶々、食事を蔑ろにしてしまった。

 さらに偶々、それを妹紅に見られてしまったのだ。

 それから、毎月この日の食事は妹紅が支度してくれるようになった。

 

「いい湯でしたよ」

「ああ、ちょうどよかった。たった今支度が終わったところなの」

「おお、これは美味しそうですね」

 

 2人で向かい合って卓を囲み、いただきますの掛け声で食事を始める。

 思った通り妹紅の料理はとても美味で、頑張った昨日の自分を少し褒めてやった。

 もちろん、妹紅への感謝は忘れない。

 

「今日は少し帰りが遅かったね」

 

 だし巻き卵に大根おろしを乗せ、醤油を垂らしたところで妹紅が言った。

 

「里でちょっとした事件があったので」

「事件?」

 

 私は卵を口に含み味わってから、ビールを喉へ流し込む。

 程良い苦みと炭酸が、口の中をさっぱりさせる感覚が何とも変えがたい幸福だった。

 

「まあ、ただの食い逃げですが」

「ふぅん。大した事件じゃなさそうだけど」

「事件があることが問題なんですよ。里の治安が悪くなっちゃあ困るので」

「正義感の強いところは、慧音の良いところであり欠点でもあるんだよ」

「欠点ですか……はは、そうかもしれないですね」

 

 頭が硬い、融通が利かない……なんて言われ慣れている。

 自分でも分かっていることだが、許せないことは許せないのだ。

 

「もっと気楽に生きなよ。慧音は頑張りすぎだ」

「……はぁ、貴女には助けてもらってばかりですね」

「いいんだよ。私は好きでやってるんだ」

「ほんとに、物好きな人だ。どうして私なんかに?」

「あんただって物好きだろう? 半妖のくせに、人間が大好きなんて」

「ええ、大好きですよ。貴女も含めてね」

「…………そういうところさ。あんたは––––慧音"だけ"は私を人間として見てくれる」

「ッ!」

「だから私は、あんたを助けたいと思うだけ」

 

 妹紅は食事の手を止めるわけでも、私の目を見るわけでもなく、当たり前のように淡々と語った。

 しかしその頰は少し赤らんでおり、私はそれが何より愛おしかった。

 

「……とても美味しいです、妹紅」

「そうかい。そりゃ良かった」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「…………そういえば」

 

 食事を終え、食器を洗う妹紅の背に、私は思い出したように言う。

 

「今日は、貴女によく似た人に出会いました」

「へぇ……? そりゃあ、さぞかし美人だったろ?」

「ええ、とても。しかし、似ているのは容姿じゃなくて……正体、ですかね?」

「どう言う意味?」

「貴女のように、限りなく人間に近い別の何か……と言ったところでしょうか? 本人は人間だと言っていましたが」

「まさか、私と同じ不老不死とか?」

「そこまでは分かりませんが……でも、人間とは少し違うような気がしましたね」

「妖怪じゃないのか? それこそ、慧音みたいな半妖とか」

「いえ……どちらかといえば、あの人に––––「慧音」

 

 妹紅が私の言葉を遮る。

 その声色は、とても恐ろしい物だった。

 

「あのクソに似てるんなら、私には似てない。そうだろ?」

「……ええ、そうですね。失礼しました」

 

 私は妹紅の背に少しの畏怖を感じ、口を噤んだ。

 

「はぁ……でもまさか、月人だなんて言う気じゃないよな?」

「いえ、そんなことはないですが……ただ、なんとなく似ているような気がして。特に容姿は、あの人の側近に似ていましたね」

「へぇ……あのヤブに?」

「はい。まあ、あくまで私の主観ですが……」

「それでも少し興味が湧いたよ。一体どんな奴だったの?」

「たしか、普段は吸血鬼の館でメイドをしていると言っていましたね」

「吸血鬼の館……? って、あの紅魔館かな?」

「きっとそうでしょう。少し前の紅霧異変を起こした連中の1人でしょうね」

「そんな奴が人里に……?」

「まあ、見たところ問題を起こしそうな人でもなかったですし、寧ろ問題を解決してくれていましたから」

「へぇ……」

「そして名前が、十六夜咲夜と––––「サクヤだと!?」

 

 妹紅が声を荒げて振り返る。

 突然のことに驚いたが、妹紅の顔を見て、驚き以上に恐怖が募る。

 普段の妹紅とは違う、怒りが込められた表情だった。

 

「も、妹紅……?」

 

 恐る恐る私は口を開く。

 少し息をゆっくり吐いて、妹紅は答えた。

 

「……すまない。取り乱したよ。懐かしくて嫌な名前を聞いたもんだからね」

「嫌な名前……?」

「ああ。とても嫌な名前だよ」

「咲夜……サクヤ…………ッ!」

「慧音には、話したことあったろ?」

「ええ……なるほど。木花咲耶姫ですか……」

「ああ、あのドグサレ外道さ。思い出したくもなかったけどね」

「すみません……」

「慧音が謝ることじゃないさ。全く、嫌な運命だとでも言えばいいのかね?」

「ええ、全くです」

「だけどまあ……やっぱり興味はあるね、その咲夜とか言う奴」

「会いに行ってみますか?」

「……いいや、それはいいよ」

 

 妹紅は濡れた食器を拭きながら、呟くように言った。

 

「なんだか、そのうち会うような気がするから」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「紅茶をお持ちしました、パチュリー様」

「あら……? 今日は小悪魔じゃないのね」

 

 そう言うパチュリー様に、驚いた様子はなかった。

 無論、私の歩くヒールの音で予想が付いていたのだろう。

 

「少し聞きたいことがありまして」

「ッ……何かしら?」

 

 なんだか、パチュリー様はいつもと様子が違った。

 目線が安定していない。

 私の顔や、私の持ってきた紅茶、自身の持っている魔道書を行ったり来たりしている。

 しかし私はそこに触れることなく、本題に入った。

 

「パチュリー様は、私をいつからご存知で?」

「いつから……とは?」

「きっと貴女方は、私がこの館に来る前から私のことを知っていた。でなければ、八雲紫と組んで私をここに送り込むなんてことはしなかったでしょうし」

「何が言いたいのかしら?」

「私の過去を、貴女はどれだけ知っているのですか?」

「…………それを聞くのは、貴女が自分の過去を知りたいから?」

 

 パチュリー様の目線が、私の瞳に集中した。

 だがやはりその目線は不安げで、どこか落ち着きがない。

 しかし、私にはそんなことはどうでもいい。

 その通り、私は過去が知りたいのだ。

 

「––––ええ。私には、知らない過去があるので」

「そう……ふふっ」

「パチュリー様……?」

「ここまで、本当に長かったわ」

 

 パチュリー様の目から不安の色が消えた。

 安心した目で、そして温かな笑顔で私を見つめる。

 

「やっと、貴女を取り戻せる」

「……はッ!?」

 

 気づくと、私は身動きが取れなくなっていた。

 足元には魔法陣。

 トラップが仕掛けられていたのだ。

 それも今回は全身に痺れが回るタイプのようで、私はナイフを投げることさえできなかった。

 

 ––––どうして忘れてしまっていたのか?

 私は一度、この人にナイフを向けているのだ。

 いつ反撃されても、おかしくない状況だったのだ。

 完全に油断していた。

 もうこの人からは……この人たちからは攻撃されないだろうと考えてしまっていた。

 ここの生活にも、だいぶ順応してしまっていた。

 当たり前の日常だと思ってしまっていた。

 

 でも、そんなことは決してなかった。

 1年前の自分が見たら、きっと笑われるだろう。

 腑抜けたものだと、罵倒されるかもしれない。

 でも何も言えない。

 手足が痺れて動かなくなった私は、溢れる涙を拭うことさえ出来なかった。

 その涙の原因は悔しさなのか、悲しさなのか。

 私には判断が付かなかった。

 

「おかえり、咲夜」

 

 パチュリー様のその言葉を最後に、私は意識を失った。

 

 

 



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第43話 The episode of Sakuya

お久しぶりです。例大祭も終わり、ひと段落したので更新します。
その辺の報告やら言い訳やらは活動報告に垂れ流します。


 

私は自室で、月を眺めていた。

満月よりも、ほんの少しだけ欠けた月だった。

月の灯りは、私達吸血鬼が唯一拝める太陽光だ。

同じ太陽光であるはずなのに、月に反射するだけで私達の力を高める光になる。

それは何故か……?

 

「それが分かれば、吸血鬼の弱点は克服できるでしょうね」

 

私の親愛なる友人––––パチュリー・ノーレッジは呆れたように答えた。

彼女は私の館の図書館で、年中本を読み漁っている。

私の部屋に訪れた今この時でさえ、本を読んでいる。

そんな彼女は、私よりも遥かに知識量が豊富だ。

だから私は、いつも彼女に質問するのだ。

それは下らないことであったり、難解なことあったり––––

 

「いつもそれだな。違う回答はないのかしら」

「殆どそのままお返しするわ。違う質問はないのかしら」

 

––––今回のように何度も何度も()いたことのあることであったりする。

 

「私にとっては命が関わる質問(こと)だもの。そればかりになるのは同然でしょう?」

「はぁ……それでも何度も何度も尋かれたら、うんざりするわ」

「そこは付き合いの長い友人との下らない戯れとして、許してよ」

「はぁ……許す許さないなんてないわよ。元々怒ってはいないもの」

「フッ。お前が愛しいよ、パチェ」

「それはどうも」

 

パチェは大層気怠そうに答えたが、私にはそれが照れ隠しであることは分かった。

私と目を合わさず、視線が行き場を失っている。

 

「そんなことより」

 

そして、明からさまな話題転換。

私は内心、笑いが止まらなかった。

だが、その笑みを表に出したりはしない。

私も人のことは言えないが、パチェにも負けず嫌いな部分がある。

きっと、彼女の気分を害するだろう。

だから私は、彼女の唐突な話の切り出しに乗っかることにした。

 

「貴女が"運命を操る"ことで、答えが視えてくることはないのかしら?」

「無理よ」

 

元々運命とは、不確定な要素が多分に含まれている。

私の能力でもある"運命を操る"とは、その不確定な部分を鮮明にするわけではない。

私には結果(うんめい)だけが視える。

そして私は、その結果を(もたら)す為に、今、何をすべきかが分かるというだけだ。

つまり私の"運命を操る程度の能力"とは、数ある結果の中から欲しい結果を選び、その結果を導く為の行動や手助けができる能力なのだ。

 

「視えないんだよ、そんな運命……」

 

従って、そもそも結果が存在しない場合––––可能性が0、または0に限りなく近い場合––––私には視えないのだ。

また、遠すぎる未来の結果も視ることができない。

最も遠くて、せいぜい15年から20年と言ったところか。

何百年何千年と生きる私達にとっては、かなり近い未来の結果だ。

それに加えて、少し行動を間違えるだけで運命は大きく変わるのだ。

様々な制限の中でしか使えないこの能力は、さして便利じゃないかもしれない。

だが、私に出来るのはこの能力を行使することだけだ。

 

「あーあ……何だか憂鬱になってきたわ」

「らしくないわね、レミィ。貴女がそこまで考え込むなんて」

「たまには、こんな時もあるさ。私だって、いつでもカリスマ溢れる夜の王という訳じゃないんだよ。吸血鬼としては、まだまだ子供であることに変わりないしね……」

「本当に、らしくないわ。今日の貴女は、どうしてそんなに卑屈なのかしら」

「言ったでしょ? たまには、こんな時もあるさ」

 

私は月を眺めている。

ほんの少しだけ欠けた月を、じっと見つめている。

 

「……何かが、足りないんだ」

「足りない?」

「そう。あの月のように、何かが……」

 

その月は、真円を描く十五夜の月の次の日に訪れる月––––十六夜(いざよい)だった。

 

「私には満月にしか見えないけど」

「皆にとっては大したことなくとも、私にとっては重要なことなのよ」

「それで? その足りないものがあると、どうなるのよ?」

「満月になる」

「……どういうこと?」

「全てが満ち足りた、完全な世界が訪れる」

「本気で言ってるの?」

「半分くらいは」

「残りの半分は?」

「……期待、かな」

 

嘘ではないのか。

私は自分で、そう思った。

おそらくパチェも。

 

 

 

––––コンコンコンコンッ

 

「入りなさい」

「し、失礼します、お嬢様」

 

いきなり部屋を訪ねてきたのは、この館の門番––––紅美鈴であった。

私は特に目を向けるわけでもなく、紅茶を口に含んだ。

それを舌の上で転がしてから飲み込み、美鈴の方を見ることなく私は言う。

 

「こんな夜更けにどうしたの?」

「近くで人間を……」

「なんだ、また吸血鬼ハンターどもか。そんなもの、さっさと追っ払って仕舞えばいいでしょう?」

「いえ、それが……」

「まさか、美鈴の手に負えないほどの実力者なの? そんな人間、いるとは思えないけど」

「その……そうではなくて……」

「なによ、歯切れが悪いわね?」

「ひ、拾ってきたんです……人間の赤ん坊を」

「……は?」

 

そこで私は、初めて美鈴に目を向けた。

そこには人間の赤ん坊を抱く美鈴が、申し訳なさそうに立っていた。

 

「目の前にある森で、わずかな生気を感じたので……その、少し見に行ったら……」

「その赤ん坊が居た、と?」

「申し訳ありません!」

「いや、謝る意味は分からないんだけど」

「え、その……勝手に連れてきてしまいましたし……」

「貴女は食糧調達に行っただけ––––」

 

私は文字通り、悪魔の微笑みを浮かべた。

美鈴はもちろん、その微笑みを向けられていないパチェでさえ、たじろいでいるのが分かった。

そんな恐怖感と、どこか魅力的な笑みを浮かべながら、美鈴を目で捉える。

 

「––––でしょ?」

「ッ……」

「何よ? 私達妖怪が人間を攫うなんて、ごく当たり前のことじゃない」

「で、ですが……この子はまだ……」

「幼いから、何だというの? 貴女の人間好きには、心底呆れるわね」

「……」

「ソレ、持ってきて(・・・・・)ちょうだい」

「……畏まりました」

 

美鈴は部屋に入り、私とパチェの間にあるテーブルの上に、そっとその赤ん坊を寝かせた。

その赤ん坊は、落ち着いていた。

泣き喚いているわけでもなく、スヤスヤと眠っているわけでもない。

その赤ん坊は、ただ、落ち着いているのだ。

そして、赤ん坊の青い瞳が私を捉える。

 

「とても綺麗な瞳……」

 

私は、赤ん坊の頰に手を伸ばす。

私の長い爪が赤ん坊の皮膚を破らないように、そっと触れようとして––––

 

 

 

––––触れられなかった。

その赤ん坊の小さな手が、私の手が頰に触れることを許さなかった。

拒んだのは、ただの偶然かもしれない。

"触れられたくない"という意思があったのか、ただ近づいてくるものに興味を示しただけなのか、私には分からない。

 

しかし、ここで重要なのは結果ではなく、その過程である。

私には、その赤ん坊の手が動いたのを捉えることができなかった。

気付いた時には、手がそこにあった(・・・)のだ。

生まれて間もないであろう赤ん坊が、この吸血鬼(わたし)の目でも捉えられない速さで手を動かしたとでも言うのか……?

 

「……フフフ」

 

この子は私と同じく、"世界を統べる能力"を持っている。

この子は私の脅威になるかもしれない。

しかし、赤ん坊の手を握りその瞳をまっすぐに見つめると……そんな不安は一気に消えた。

 

「美鈴」

「なんでしょうか、お嬢様」

「昼間の世話は貴女に任せるわ」

「……え?」

「夜は私が面倒を見る。それでいい?」

「は、はい!」

「用が済んだなら、下がって良いわよ」

「……ひとつ、よろしいですか?」

「なんでいきなり面倒を見る気になったのか、でしょ?」

「ッ……はい」

「それは簡単。"視えたから"よ」

「お嬢様には……一体何が視えているのですか?」

「フフッ……私にも分からないわ」

「そうですか……」

「まだ、何か用があるかしら?」

「いえ……失礼します」

 

美鈴は全く納得していないものの、諦めた様子で部屋を後にした。

 

「美鈴のヤツ……随分と反抗的になったものだわ」

「ねぇレミィ、一体何が視えたの?」

 

美鈴が出てすぐ、パチェが私に問う。

 

「言ったでしょ? 私にも分からないの」

「嘘ね。もったいぶって、面白がってるだけ」

「フフッ……欲しがりだなぁ、パチェは」

「はぁ……で? 何が視えたの?」

「分からないんだよ。これは嘘じゃない」

「……分かるように説明して」

「説明するのも難しいんだけど……まあ、強いて言うなら、良いイメージだったわ」

「良いイメージ?」

「そう。私たちの知らない場所で、私たちの知らない誰かと、私たちが笑い合っている……そんな良いイメージ」

「……"私たち"の中には、私も含まれるのかしら?」

「もちろん。それにお前だけじゃない。美鈴だって、お前に仕えてる小悪魔だって含まれる」

 

私はもう一度、赤ん坊の綺麗な瞳を覗き込む。

 

「そして、咲夜も」

「……サクヤ?」

「ああ、この赤ん坊の名前だ。十六夜咲夜。今夜の月(いざよい)の下に咲いた出会いの花……どうだ、良い名前だろ?」

「レミィは、その子が大切なのね」

「大切……? ああ、そうかもしれないな」

「……ふふっ、レミィって案外、可愛いところあるわよね」

「は……?」

「だって貴女、口調が––––いえ、なんでもないわ」

「はぁ……?」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「咲夜、こっちに来なさい」

 

美鈴が赤ん坊を拾ってから5年が経過していた。

透き通るような鮮やかさの銀髪は、美鈴によって丁寧に三つ編みされていた。

吸い込まれそうな碧い瞳は、じっと私のことを見つめている。

 

「なぁに? レミリアおねーさま」

 

5歳になった少女は、大して歳が違わないであろう見た目の私に、首を傾げながら言った。

咲夜は私のことを『レミリア"お姉様"』と呼んでいる。

私達が世話をしているが、私に仕えているわけでも無い。

その上、生まれて間もない少女に"お嬢様"などと呼ばれるのは、なんだか癪だった。

あと10年もすれば、この子は私よりずっと年上に見えるようになるのだろうが……

 

「今日から教えるのはコレよ」

「ナイフ……? 料理でもするの?」

「まあ、間違ってはいないわ」

「??」

「ナイフの"正しい"使い方を教えてあげる」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「あら、咲夜。紅茶を持ってきてくれたの?」

「うん! こぁと一緒に作ったの!」

「ふふっ……ありがとう」

 

パチュリーは咲夜から紅茶を受け取ると、それを一口喉に流した。

 

「美味しい?」

「うん、美味しいわ」

「よかったぁー!」

「ほら咲夜ちゃん、あんまりパチュリー様の邪魔しちゃダメだよ?」

「少しくらい良いわよ、こぁ。私にだって息抜きしたい時くらいあるわ」

「ねえねえパチュリーさま!」

「なあに、咲夜」

「私も、将来パチュリーさまみたく頭よくなれるかな?」

「ふふ……なれるわ。だって咲夜は、今でも十分賢いもの」

「ほんと? やった!」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「ふぅ……うん、だいぶ上達したね、咲夜ちゃん」

 

咲夜は、今年で10歳になっていた。

背丈は疾うにレミリアよりも高くなり、礼儀作法を学んだ彼女は、以前よりも大人びた少女になった。

美鈴はそれを喜びながらも、どこか寂しさを覚えていた。

生きていく術を身につけた彼女に、もう私なんかいらないんじゃないか––––と美鈴は思うようになっていた。

 

「はぁはぁ……あ、ありがとうございます」

「間合いの詰め方が前よりも随分良くなったよ。そのお陰で攻撃に隙がなくなった。並の武闘家なら、受けに徹するしかないだろうね」

「……」

「ん……? どうしたの、咲夜ちゃん?」

「美鈴さんはどうして……息が切れてないんですか?」

 

はぁはぁと小刻みに息を整えながら、咲夜は美鈴に言った。

対する美鈴は、少しも息を乱さず答える。

 

「んー、それは……あはは。なんででしょうね?」

「答えてください、正直に」

「……」

 

美鈴は迷った。

他人(ひと)を褒めることは簡単だが、悪く言うのは難しい。

美鈴はそう思っていた。

 

「私が……強いんですよ」

 

強さを自負することは、美鈴にとって恥でしかなかった。

武を知り、武を極め続けてきた美鈴は、爪を隠す鷹であった。

強さを極める一方で、その強さを隠す努力も怠らない。

それが美鈴にとっての武であった。

 

––––でも、他人を悪く言うよりはずっといい。

 

 

 

「嘘だ」

 

咲夜は、そんな美鈴の言葉を否定した。

首を横に振り、俯きながら……しかし大きな声で、はっきりと。

美鈴からは見えないが、その目に薄っすらと涙を浮かべながら。

 

「確かに美鈴さんは強い。私より、うんと強い。でもそれは、お姉様だって、パチュリー様だって……それに、こぁさんだって、同じことじゃないですか」

「……」

「どうして……どうして……」

「咲夜ちゃん、もう––––「どうして私だけが弱いのッ!?」

 

そう言って、咲夜は美鈴を見上げた。

美鈴は、咲夜の目に大粒の涙が溜まっていることに気がつくと、そっと抱きしめた。

咲夜はただ立ち尽くす。

涙をこらえて。

 

「咲夜ちゃんだって、強いよ」

「そんなこと……あるわけない」

「そうね、今は弱いかも」

「ッ……」

「でも、これからきっと強くなる。いや、絶対に強くなるよ。私が保証する」

「……根拠が、ないです」

「強くならない根拠もないよ?」

「……」

「絶対に大丈夫。だって咲夜ちゃんは、お嬢様の認めた唯一無二の"人間"なんだから––––」

 

咲夜は返事をする代わりに、美鈴を強く抱き返した。

咲夜の目からは抑えきれなくなった涙がこぼれ落ちている。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「本当にいいのね? レミィ」

「ああ、構わない。初めから決定していたことだもの」

「この子はこれから辛い道を歩くことになる。それは運命が視える貴女でなくとも、容易に想像できるわ」

「ああ、そうだろうな」

「それでも貴女は––––「うるさいぞ、早くやれ」

 

レミリアが努めて冷徹な"ふり"をしていることに、パチュリーも気づいていた。

だからこそ揺さぶりをかけて、やめさせようとしたのだ。

しかし、レミリアの意思は固く、揺らぐことはなかった。

 

レミィにナイフの扱いを、美鈴に体術を享受され、咲夜はこの10年間で強くなった。

そして彼女の能力も……今なら5秒くらいは止めていられる。

これからさらに成長期が来れば、おそらくはもっと長く止められる。

彼女は1人でも生きていけるだろう。

そう、きっとこれが正解なのだ……

何よりレミィが言うのだから間違いない、とパチュリーは思う。

そう思わなければ、こんなことできるわけがなかった。

 

「……始めるわ。レミィ、少し下がっていて」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「ここは……どこ?」

 

見知らぬ街の外れで目覚める、銀髪の少女。

彼女の名は––––誰も知らない。彼女自身さえも。

 

「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」

 

男に声をかけられた。

品の良い身なりをした、初老の男だった。

 

「お腹……すいた」

 

己が生きていることを確かめるように、少女は呟いた。

気付けば、彼女の手にはナイフが握られていた。

それはごく自然に、息をするように、そして何の躊躇いもなく––––男を殺した。

殺されたことにすら気づかないうちに、その男は息絶えた。

その殺人劇は、時を止めて一瞬のうちに行われた。

 

 

––––次の瞬間には、少女の姿は消えていた。

 

 

少女は、見知らぬ土地を転々とし、見知らぬ人を殺し、金品を奪うことで生活をし始めた。

彼女は、それが己の生きる術だと思っている。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「これは一種のゲームさ」

 

レミリアはパチュリーに語っていた。

 

「飼い犬が首輪を外しても戻ってこれるかどうか……というな」

「確かにあの子を幻想郷に連れては行けない。あの子が行くには、危険な場所だから」

「パチェ……? 私の話、聞いてる?」

「だから記憶を消して、すり替えて、知らない街へ……あの子ができるだけ悲しまないように……ああするしか、無かったのよね?」

「はぁ……言ってるだろう?」

 

声を震わせながら言うパチュリーに、レミリアは言い聞かせた。

もしかしたらレミリア自身にも、言い聞かせていたのかもしれない。

 

「これは、ゲームだ」

 

 

 

––––少女が"再び"十六夜咲夜として紅魔館に仕えるのは、それから5年後の話である。

 

 

 

 



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第44話 永夜異変

 

 

 

 

「……お目覚め?」

 

紅い天井。

グレーに近い白の壁紙。

1人で使うには少し広めの部屋。

いつも見ている、私の自室だった。

 

「気分はどうかしら?」

 

私のベッドに横たわるのは、もちろん私。

だけど……本当に私なのだろうか?

なんだか分からない、違和感が––––

 

「––––お姉様……?」

 

記憶も意識も覚束ないが、手を握られた感覚だけがあった。

そうか、先程から横で声を掛けてくれていたのはお姉様だったのか。

なんとも懐かしい感覚だった。

いつもこうして、お姉様には手を引いてもらっ––––

 

––––"お姉様"って、誰のこと?

 

「ふふっ……そう呼ばれるのは何年振りかしら?」

「お嬢様……ッ!」

「怖がらないで。今の貴女を襲う気なんてないわよ」

 

お嬢様は微笑む。

そして言葉を続けた。

 

「貴女の記憶の扉は開かれた。そして同時に散らばってしまった。貴女にはそれを整理する時間が必要ね」

「な、何を言って……?」

「とりあえず、もう少し寝ていなさい。今日のティータイムは、妖精メイドの紅茶で我慢するわ」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「どう、咲夜の調子は?」

「まだ意識がハッキリしてない感じね。まあ……もう少し休めば、いつも通りになるでしょ」

「その"いつも"ってのはどっち? 最近のこと? それとも5年前?」

「ふふっ、どっちかしらね」

 

悪戯な笑みを浮かべ、レミリアは紅茶を喉に流す。

 

「はぁ、そろそろ咲夜の紅茶が恋しいよ」

「あの子が眠って3日……意外と時間が掛かったわね」

「ああ。だが、タイミングは抜群だよ」

 

レミリアは窓から空を見上げる。

つい先程太陽が沈んだ空だが……

そこには、大きな大きな月が浮かんでいた。

それはもう––––本当に大きな。

 

「ふふっ……今夜"も"満月か」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「やはり……おかしいわ」

「んー? 何がだ?」

「貴女が私の家に居ることも、今日も月が丸いことも」

「まあまあ、そう硬いこと言うなって」

 

そのとき魔理沙は、アリスの家にいた。

窓から空を眺めるアリスに、魔理沙は菓子を頬張りながら笑う。

アリスお手製の菓子は、疲れた頭に染みる甘さがあった。

 

「でももう月が出る時間なのか……そろそろお(いとま)させてもらうぜ」

「勝手に私の家の魔道書を読み漁り、勝手に私の作ったお菓子を食べて……貴女はお礼の言葉もないのかしら?」

「ありがとうな、アリス。また来るぜ!」

「はぁ……待ちなさい」

「お? どうした?」

 

魔理沙を睨みつけていたアリスだが、再び視線を窓の外に戻した。

 

「貴女はおかしいと思わないの?」

「……何の話だ? 私がお前のところに来るって話なら––––」

「貴女も気付いてるんでしょ? だから今日は、こんなにも早く帰るよ」

「……異変解決は人間の仕事だ。妖怪はすっこんでな」

「手伝うなんて誰も言ってないじゃない」

 

アリスは再度、魔理沙に視線を移す。

魔理沙は鋭い視線をアリスに向けていた。

 

「じゃ、私は帰るぜ」

「……貴女はこの異変の恐ろしさを理解してない」

「なんだと……?」

 

魔理沙の視線は、さらに鋭くなった。

その視線を何とも思わず、アリスは冷たく言い放つ。

 

「この異変。貴女だけじゃ解決なんて無理よ」

「てめぇ……私を怒らせるのも良い加減にしろよ」

「事実を言ったまでよ」

「今ここで、お前を退治しても良いんだぜ?」

「やめて。私は良いけど、家が壊れるわ」

 

はぁ……と、深いため息を吐いてからアリスは言葉を続けた。

 

「連日満月のせいで、妖怪達が力を持て余して狂ってるわ」

「そんなの、退治するだけだぜ」

「貴女1人で、どうにかなるものじゃないわ。霊夢ならともかく……」

「……霊夢に出来るなら、私にだって出来るぜ」

「出来るわけない。そもそも貴女と霊夢では––––「そんなの私が一番分かってるぜッ!!!」

 

魔理沙は声を荒げた。

 

「でも! それでも私は!!! …………霊夢に負けたくないッ」

「ちょっと魔理沙ッ! ……はぁ、本当に仕方ないやつね」

 

飛び出して行った魔理沙を、アリスは上海を連れて追いかけた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

「幽々子様、どうかされましたか?」

「今日も月が綺麗だと思ってねぇ」

「…………告白のつもりですか?」

「妖夢、大好きよ」

「随分と軽い告白ですね」

「あら、妖夢は私が嫌い?」

「嫌いなわけないじゃないですか、幽々子様」

 

口元を扇子で覆い、空に浮かぶ月を見つめる幽々子の表情を確認することは出来なかった。

妖夢は少し頰を赤らめ、幽々子に倣って月を見上げる。

それは綺麗な満月だった。

 

「あの月に誓える?」

「月に……ですか?」

「そう。私への愛を、月に誓えるかしら?」

「そんなの–––––」

 

妖夢の目は鋭くなる。

 

「––––誓えるわけないじゃないですか」

 

幽々子は扇子の下で、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「あの月は、偽物ですから」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「紫! 出て来なさい!!!」

 

神社の境内。

いつもの巫女服、手にはお祓い棒。

戦闘準備を整えた霊夢は、虚空に向かって叫ぶ。

 

「呼ばれて飛び出て何とやら〜〜」

 

そんな何もなかった空間に亀裂が走る。

それがパックリと開いて、中から出てきたのは八雲紫だった。

 

「お呼びかしら?」

「あの月、何とかしなさいよ」

「あらあら泣き言かしら?」

「…………悔しいけど、私1人じゃ何も出来ないから」

 

ここ数日の連続した十五夜。

その異変に、霊夢は迅速に対応していた。

辺りを見回り、妖怪を退治し、異変の主犯を探す。

 

––––しかし今回は、勘が働かなかった。

いつもいつも、探しているうちに夜が明けてしまう。

そもそも満月のせいで妖怪の力も上がっている為、無駄に時間が掛かる。

霊夢のイライラが募るばかりだった。

 

「あんたなら、なんか知ってるんじゃないの?」

「うーん…………」

 

八雲紫は悩んでいた。

もちろん手段がないわけではないのだが……その"手段"が良くない。

八雲紫は幻想郷の管理者であり、守護者とも言える立場にある。

そんな立場を侵しかねないその"手段"は……八雲紫を悩ませていた。

しかし、それ以外に方法がないのも事実。

 

さて、どうしたものか––––

 

「黙ってないで何とか言いなさいよ」

「……霊夢、貴女はこの異変の本質を理解しているの?」

「本質……? 満月が終わらない、それだけでしょ?」

「やはり……貴女にはアレが月に見えるのね」

「は……? あれが月以外のなんだって言うのよ?」

「ふむ……まあ、確かに月よ。でも、違う」

「はぁ?」

 

八雲紫は霊夢を見下ろすと、冷たく言い放つ。

 

「貴女に、自らの手を汚す覚悟はある?」

「……なんの話?」

「あの月は、おそらく太古の月。今の月よりも魔力が強く、だからこそ妖怪達は狂い始めている」

「太古の月……? じゃあ、今存在してるはずの月はどこに行ったのよ?」

「さあね、すり替えたか上書きしたか……今ここからは確認できないわ」

「……それが、本質だとでも言うの?」

「ただ"十五夜が続いている"程度に考えていたら、この異変は解決できないわ」

「へぇ……それで? 覚悟とやらが出来てるかどうかなんて、聞く意味ある?」

「この異変は、今までの異変とは訳が違う。並みの覚悟じゃ、返り討ちどころか手も足も出せない」

 

紫は口元を覆っていた扇子をピシャリと閉じると、霊夢に向けて不敵な笑みを浮かべた。

霊夢の背筋には悪寒が走る。

なんだか彼女が、いつもの紫ではないように見えて……

 

「…………あんた、何するつもり?」

 

しかし紛れもなく、彼女は幻想郷の管理者であり––––

 

「さあ霊夢、異変を起こすわよ」

 

––––幻想郷の守護者である。



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第45話 咲夜の世界

 

 

 

「パチュリー様。紅茶のおかわりはいかがですか?」

「……相変わらず気がきくわね、咲夜」

 

空になったカップに、紅茶が注がれる。

パチュリーはそれを手に取ると、笑みを浮かべて咲夜に言う。

 

「やっぱり、貴女の淹れた紅茶が一番ね」

「そう? 時々変なの淹れるよ、コイツ」

「それは、私なりの隠し味でございます」

 

フッと笑いながら、レミリアは紅茶を口にする。

そして一息吐いてから咲夜に言った。

 

「身体の調子はどうだ?」

「……身体の方は特に」

「そうか」

「ですが––––貴女は、一体私の何なのですか?」

 

レミリアは紅茶を置くと、静かに咲夜を見つめた。

それは冷たく、そしてどこか寂しそうな目だった。

 

「お嬢様、とは呼んでくれないのか?」

「…………」

「私はお前の主であり、お前は私の従者だ。それ以外の何者でも無いよ」

「……それは確かに正しいのかもしれない。私は貴女に敗れ、そして従者になった。今でも鮮明に覚えているし、あんな屈辱……忘れられるわけもない」

 

咲夜は拳を固く握った。

何かを堪えるように、その拳は震えている。

 

「でも、貴女は私を育ててくれた……!」

 

そう言ったとき、咲夜の拳の震えが止まった。

同時に、咲夜の頰には一筋の涙が滴っていた。

 

「私は貴女(お嬢様)を殺したい。でも、貴女(お姉様)を殺すだなんて出来るわけないッ!!」

 

そう言って、咲夜は膝から崩れ落ちた。

手で顔を覆い、隙間からは嗚咽が漏れている。

 

今の咲夜には、レミリアに対する2つの感情があった。

敵としての感情と、家族としての感情。

真逆とも言える2つの感情が、咲夜の心を支配し混乱させていた。

 

「やはりレミィ、貴女は間違ってたのよ……」

 

咲夜の様子を見て、堪らなくなったパチュリーが口を挟む。

 

「危険を冒してでも、咲夜を一緒に幻想郷に連れて来るべきだったッ!」

 

パチュリーは珍しく、声を荒げて怒りを露わにしていた。

そしてレミリアを睨みつけ、言葉を続ける。

 

「記憶を封印して、外の世界に捨てるだなんて……どう考えても貴女は間違って––––ッ!?」

 

その、睨みつけた瞬間だった。

レミリアの表情に、パチュリーは息を飲む。

パチュリーの怒りに対して謝るわけでも、怒りをぶつけ返すわけでもないレミリア。

 

––––そんな彼女は、笑っていた。

 

「レミィ……?」

「ククク……フハハハハッ!」

 

レミリアは立ち上がると、崩れ落ちた咲夜の頰に手を当てる。

そしてそのまま顔を上げさせ、咲夜の瞳の奥を覗き込んだ。

 

「私が憎いか?」

「ッ……」

「3日前のお前なら、即答できただろうな」

 

レミリアはそう言って咲夜に背を向けると、窓際に立って月を見上げた。

 

「––––私はお前の主であり、お前は私の従者だ」

「…………」

「あとはお前が決めてくれ、咲夜」

 

そう言って振り返り、レミリアはナイフを投げた。

咲夜はそれを簡単に指で挟む。

それは銀のナイフ。

––––レミリアには、よく刺さる。

 

そのナイフを握り締めて、咲夜はレミリアを見た。

無防備に手を広げるレミリアは、目を瞑り安らかな表情だった。

咲夜はナイフを固く固く握り締めている。

 

「お前に殺されるなら本望さ」

「ッ……殺してやるッ!!!」

「咲夜ッ!!!」

 

咲夜はレミリアに向かって駆けた。

握り締めたナイフを、レミリアに向けて。

そんな2人を見て、パチュリーは叫ぶことしか出来なかった。

そしてそのまま、咲夜はレミリアを––––

 

「……はは。やっぱり出来ませんわ、お嬢様」

 

––––抱きしめていた。

ナイフは紅い絨毯の上に転がっている。

 

「私は……お前のお嬢様だったか」

「お嬢様が仰ったのでしょう? 貴女は私の主だと」

「別に、お姉様でも良いんだがな」

「私は貴女の従者ですから」

 

レミリアは、そっと咲夜を抱き返す。

 

「確かに、手の焼ける妹は1人で十分だ」

「もう……外でやりなさいよ、2人とも」

 

レミリアと咲夜以上に顔を赤くしたパチュリーが口を挟む。

そんなパチュリーは、少しだけ涙を浮かべているように見えた。

 

「ああ、外と言えば!」

 

レミリアが咲夜から手を離すと、もう一度窓から月を見た。

 

「咲夜、お前にはアレが何に見える?」

「……え?」

 

空に浮かぶ大きな月。

それを指差し、レミリアは言った。

 

「満月……ですか?」

「そう、満月だ。お前と再会したあの日と同じ満月さ。見た目はな」

「見た目は……?」

「おかしいと思わないのか?」

「え……?」

「お前と湖で話した、3日前は十六夜だった」

「ッ!!」

 

十六夜は、その名の通り十五夜の次の日の夜に浮かぶ月だ。

十六夜から3日経った今が、満月であるはずがない。

 

「月の満ち欠けがおかしくなったのは一昨日からだ。一昨日から、ずっと満月さ」

「ずっと……?」

「ああ。お陰で力が溢れて仕方ないよ。ちなみにフランは外出を禁止している。あの子じゃまだ、この月下で力を抑えられないから」

「……つまり異変ということですか?」

「ああ。そうなるな」

 

レミリアはニヤリと笑った。

 

「なあ、咲夜。私と異変解決しないか?」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「なんでついてくるんだよ」

「さぁ……なんでかしらね?」

 

私はそっと溜息を吐く。

本当に自分でも分かっていなかったのだ。

いつも付きまとってくる鬱陶しい人間がどうなろうと、私には関係ないはずだ。

それなのに––––

 

「……異変解決の手柄は誰にも渡さない。無論、お前にもな」

「別に手柄が欲しいわけじゃ……」

 

魔理沙は一向に私の方を見ようとしない。

そんな後ろ姿を見ながら、もう一度溜息を吐いた。

 

「ねぇ魔理沙、何か当てはあるの?」

「…………」

「やっぱり行き当たりばったりなのね」

「狂った妖怪達を退治してれば、いずれ分かる」

「はぁ……」

 

三度(みたび)溜息を吐いたところで、魔理沙はいきなり止まって振り返る。

そして私に怒号を浴びせた。

 

「さっきから溜息ばっかり吐きやがって、うるさいな!」

「いや……その……」

「そんなに嫌なら付いてくんな!!!」

「ま、待ってよ魔理沙!」

 

再び私を引き離そうとする魔理沙の腕を掴む。

 

「溜息ばかりでごめんなさい。それと……貴女を見下すような発言をしたことも謝るわ」

「…………」

「でも本当にこの異変は危険よ。それは妖怪達が狂ってるからとか、そんなレベルじゃない」

「……分かってるさ。月を偽物にすり替えるだなんて、並大抵の奴に出来ることじゃない」

「ッ!」

 

私は驚いた。

あの月が偽物だという事に、人間である魔理沙が気付いているとは思っていなかった。

––––ただ満月の夜が続いている。

人間には、その程度の解釈しか出来ないと思っていた。

だからこそこんなに心配だったのだ。

 

––––心配? 私が?

 

「アリス?」

「ッ……ああ、ごめんなさい。まさか、そこまで分かっているとは思わなくて」

「……またバカにしてるのか?」

「いや、そういう訳じゃないのよ……だけどね」

 

私は偽物の満月を見つめる。

 

「月がすり替えられただけじゃないのよ」

「……どういう事だ?」

「あの月……さっきから1ミリも動いてないわ」

「動いていない……?」

「つまり––––」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「永い夜になるってことさ」

 

紅魔館の屋上で、お嬢様は月を眺めながら言った。

 

「あの月が偽物なだけでなく……夜が明けないという事ですか?」

「ああ。私にとっちゃあ、好都合かもしれないけどね」

「それは力の制御できるお嬢様だけ……妹様の為にはなりませんわ」

「分かってるわよ」

 

お嬢様は大きな音とともに羽を広げると、宙に舞い上がる。

悪魔の翼が起こした風が、私の髪を揺らした。

 

「飛んで行かれるのですか?」

「ああ、勿論だとも」

「…………」

「分かってるさ。だから––––」

 

お嬢様が私に手を差し出す。

小さな手の、細く伸びる指の先にある爪が、月の光を反射させていた。

 

「––––私と一緒に行こう、咲夜」

「ッ……はい、お嬢様!」

 

私は迷う事なくお嬢様の手を取った。

こんなに心の底から笑えたのは、いつ振りだろう?

いや、初めてかもしれないが。

 

「さぁ! 飛ぶぞ!」

 

お嬢様はその声と共に飛び立つ。

手を引かれた私の体も、その勢いで宙に舞い上がった。

 

「え、ちょっ、えッ!?」

 

突然足元が自由になる感覚は、空を飛べない私にとっては違和感でしかなかった。

 

「離すんじゃないわよ」

「離せません! というか、見えますッ!」

「……見える?」

 

私はスカートを抑えながら、眼下に広がる景色に目をやった。

お嬢様に手を引かれ、完全に宙吊りになっている状態だが……

擬似的にでも空を飛んでいるというこの状況を、少し嬉しく思っていた。

それと同時に、違和感を感じていた。

––––飛んでいるお嬢様に引っ張られ、私も飛んでいる。

その筈なのだが、何かが引っかかる。

本当に私が浮き上がっているのか……?

 

 

––––自分は動かない。

 

 

「ッ……!」

 

不意にお嬢様の言葉が蘇る。

珍しくお嬢様と一緒に食事をした、あの時の言葉が。

 

 

––––自分が動いているように見えても……本当は周りが動いているだけ。

 

 

「咲夜……?」

 

少し思考の闇を彷徨っていた私は、そのお嬢様の呼びかけで現へと回帰する。

 

「いえ、なんでも……」

「そう? じゃあ、行くわよ」

 

お嬢様が少し高度とスピードを上げる。

つられて浮かび上がる私は、景色が落ちていく感覚に襲われる。

 

 

––––今動いたのは私かしら? それとも––––

 

 

「––––世界だ」

「え?」

「ふふっ……ふふふっ……」

「さ、咲夜? どうしたんだ?」

「お嬢様」

 

心配そうに見つめるお嬢様。

その瞳を、私はニヤリと笑って見つめ返した。

 

「––––手を離してもよろしいですか?」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「あんたって頭いいくせに、結構力業よね」

「だってこれが一番早いんだもの」

 

妖怪の賢者などと呼ばれる八雲紫だが、霊夢にとっては只の力を持て余した妖怪だった。

今回の異変も、昼と夜の境界を操ることで擬似的に夜を止めている。

(はた)から見れば、夜の終わらない異変であろう。

そして主犯はコイツだ。

 

「これじゃあ、吸血鬼異変の時と何も変わらないじゃない」

「……いいのよ。あの時と違って、決闘法はスペルカードなのだから」

 

吸血鬼異変––––

それはレミリアが幻想郷に移住した時に起こした大異変だ。

霊夢自身はまだ幼く、巫女としての力も不十分だった為に闘いには参加していない。

だが聞いた話によれば、紫が強大な妖怪を率いて力で解決したそうだ。

本当に……あの頃と変わってないと思うのだが。

 

「ところで、今どこに向かってるの?」

 

 

「吸血鬼以上に満月に敏感で、知識のある彼女に話を聞きましょう」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「うーん。人里はこの辺の筈なんだけど……」

「なあ、本当に行くのか?」

「ええ。私の知る限り、誰よりも満月に敏感なのはあの人よ」

「…………私は行かない」

「え?」

 

魔理沙の箒が突然動きを止めた。

大したスピードは出ていなかったが、魔理沙の後ろで箒に腰掛けていたアリスにも少なからず衝撃が走る。

 

「あ、危ないじゃない!」

「悪いな。だが、人里に行くならここからはお前だけで行ってくれ」

「どうして?」

「私は行けない」

「だから、どうして!?」

 

アリスは魔理沙の肩を引き、無理やり顔を向けさせる。

俯く魔理沙の目を捉えることはできなかったが、口は歯をくいしばるように固く結ばれていた。

心なしか震えているような気もする。

 

「そういえば、長いこと人里で人形劇をやらせてもらっているけど……貴女を人里で見たことはないわね」

「…………」

「なぜ、人里を避けるの?」

「……人里には、アイツが居る」

 

魔理沙の声色はどこか重たい気がした。

絞り出したようなその音は、なんとかアリスの耳にも届いた。

 

「とにかく、私は行けない」

「まさか、アイツって––––」

 

アリスには心当たりがあった。

人里には「霧雨店」という大きな道具屋がある。

"霧雨"と言う名前に惹かれて入ったそこは、至って普通の道具屋であったが、大きな店構えの割には店主1人しか居なかった。

白髪はないが、少し額が広い小太りな男だった。

 

まさか、彼は––––

 

「余計な詮索はするな。とにかく、1人で行ってくれ」

「大丈夫よ、魔理沙。もうこんなに夜も遅いわ。お父様も寝てるわよ」

「万が一ってこともあるじゃないか」

「ふふっ、"お父様"ってところは否定しないのね」

「ッ……!」

「まあ、本当に大丈夫よ。無理やりにでも連れて行くから」

「え、ちょっ!?」

 

アリスは人形を展開すると、魔理沙の身体を固定した。

そして魔理沙の箒を操った。

完全に箒の主導権を奪われた魔理沙は、なす術なく連れて行かれるのみだった。

 

「異変を解決するのは人間なんでしょ? 貴女がいなくちゃ困るのよ」

「ふ、ふざけんなこのヤロ〜〜!!」

 

「そこの2人!止まれ!!!」

 

突然大きな声が耳に入る。

アリスは驚きながらも、聞き覚えのあるその声に従った。

 

「……あら、貴女の方から来てくれるなんて」

「ん? アリス……?」

「こんばんは、慧音先生」

「まさかアリス、お前が夜を––––」

「馬鹿な詮索の前に……先生とあろう者が、挨拶を返してくれないかしら?」

「……すまない、失礼した。こんばんは、アリス」

 

一礼する慧音。

しかしすぐに顔を上げて、アリスに問う。

 

「まさかとは思うが……お前が夜を止めたのか?」

「私たちも夜を止めた輩を……月をすり替えた輩を探しているのよ」

「なるほど、お前たちも(・・・・・)異変解決組か」

「お前たちも……だと?」

 

無言を貫いていた魔理沙だが、遂に口を開いた。

そして慧音に詰め寄った。

 

「まさか霊夢も向かってやがるのか!?」

「え、ああ……博麗の巫女ならさっき来たところだよ」

「どっちに行った!?」

「迷いの竹林だが……」

「行くぞアリス! 急がなきゃ霊夢に先を越されちまう!」

「ちょ、ちょっと待ってよ魔理沙!」

 

アリスを連れて急ぐ魔理沙は、慧音に何の断りもなく飛び立った。

慧音は魔理沙の後ろ姿を、ポカンと見つめることしか出来なかった。

 

 

 

「…………異変解決に向かったのは、霊夢達だけじゃないんだがなぁ」



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第46話 落とし穴

久々の更新です。すみません……
これからも亀更新になりますが、長い目で見守ってくださると嬉しいです。


 

 

 

 

 

「はぁはぁ……あんた、そんなに強かった?」

 

 呼吸が乱れ、肩を大きく揺らす霊夢。

 その視線の先に居るのは––––

 

「そんなの知らないよ。知らないから……私は斬って確かめるの」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……ここから先は歩いて行くしかないな」

 

 魔理沙と私は、慧音の言葉通りに迷いの竹林に訪れていた。

 

「空から探すって手段はないの?」

「ダメなんだよ。迷いの竹林の上空は霧で覆われてる……すぐに周りが見えなくなるぜ」

 

 そう言いながら、魔理沙は竹林へと足を踏み入れる。

 私はもう、黙ってついて行くだけだった。

 

 迷いの竹林––––それは成長の早い大きな無数の竹が視界を遮り、歪な傾斜の土地が方向感覚を狂わせる場所。

 余程の幸運でも持たない限り、脱出は不可能である。

 そんな竹林に、隠すことなく足音を立てながら、ズカズカと入り込む魔理沙。

 側から見れば、その土地に慣れていて自信があるように見えるが……後ろを歩く私は知っている。

 魔理沙は当てもなく歩いている––––

 

「はぁ……勘任せは、どこかの巫女の専売特許じゃないの?」

「失礼な。私だって勘は鋭い方だぜ」

 

 ––––いや、貴女はどちらかといえば鈍感でしょうに。

 そんなことを言いかけて、胸にしまう。

 また魔理沙を怒らせるのは面倒だったから。

 

 今、魔理沙は焦りを感じている。

 それもそうかもしれない。

 少し昔の2人を知っている私だからこそ、それが分かった。

 

 昔から霊夢は強かった。

 私は勝てなかったし、魔理沙も霊夢には負けている。

 しかし魔理沙も強かった。

 一度負けたものの、霊夢との実力差は殆ど見られなかった。

 実際、勝ったこともあったらしい。

 

 それが今となっては、ハッキリと明暗が分かれてしまった。

 霊夢は相変わらず強い。それは一度対峙して確信した。

 しかし魔理沙は、殆ど成長していないように思えた。

 いや、むしろ昔の方が––––

 

「おいアリス、聞いてんのか?」

「……へっ?」

「おいおい、しっかりしてくれよ」

「ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」

 

 はぁ……と大きな溜息を吐いた後、魔理沙は言う。

 

「このまま2人で探しても埒が明かない。ここからは手分けしていこうぜ」

「そんな!危険よ!」

「でも効率は2倍だぜ」

「そうかもしれないけど……この竹林に何がいるかもわからないし、そもそもお互いの位置が分からなくなるわ」

「お前の人形を一つくれよ。そうすりゃ、お前は私の位置がわかるだろ?」

「……本当に手分けしていくつもり?」

「なんだよ、怖いのか?」

「別に怖いわけじゃ……」

「なら決まりだな。ほれ上海、付いて来いよ」

「……行きなさい、上海」

「シャンハ-イ」

 

 上海が魔理沙の肩の上に乗る。

 

「よし、行くぞ上海!」

「シャンハイッ!」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

「私の視たものが正しいなら……」

 

 お嬢様は目の前に広がる途轍もなく大きな竹林を指して言う。

 

「この先に行った方が面白い」

「私はただ、付いていくだけですよ」

「……お前は少し、素直になりすぎたな」

 

 空の霧を避け、私達は歩いてその竹林を進む。

 そこは不思議な空間だった。

 微妙な地面の傾斜と、成長速度の速い竹が景色を狂わす。

 幸い私には空間を感じ取ることが出来るし、お嬢様には視ることが出来る為、迷うことはないだろう。

 しかしそこは"迷いの竹林"の名に恥じぬ、厳かで畏れ多い竹林だった。

 

「踏みならした跡があるな……」

 

 そんな竹林にも、よく目を見張れば人の通る道があった。

 踏まれて硬くなった地面はとても歩きやすかった。

 

「しかし、あそこだけ妙に柔らかそうな……」

「踏んでみるか?」

「やめておきますわ」

 

 あそこは恐らく落とし穴。

 真新しく柔らかい土が不自然に被せてある。

 罠というにはお粗末に見えるが、重要なのはそこではない。

 何故、罠があるのか……?

 

「やはり、私が視たものは正しかったようだな」

「ええ。とても面白くなってきましたわね」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ふふっ、ふふ………くふっ」

「うるさいわね、いつまで笑ってんのよ?」

「だって……本当に傑作だったんだもの」

「……」

「貴女なんて言ったか覚えてる?」

「あーもー! 本当にうるさいわねッ!」

「だってぇ……なかなか見れないわよ? 落とし穴に落ちて、『ぎょわぁ!?』って声を上げる霊夢なんて」

 

 クスクスと笑いを抑えられずに、紫は言う。

 

「あの落とし穴作った奴……殺す。ついでにあんたも」

「あら、怖いわねぇ」

 

 完全に馬鹿にした様子の紫を睨みつけるが、あまり効果はなさそうだった。

 

「とにかく、さっさと異変を––––「動くと撃つッ!」

 

 その声は突然降りかかる。

 少し見上げたところにいたのは––––

 

「間違えた。撃つと動くだ。今すぐ動く」

「……何? なんでこんなところに魔理沙がいるの?」

 

 ––––霧雨魔理沙だった。

 八卦炉を片手に、霊夢たちを牽制している。

 

「さぁな。私はただ、お前を追いかけてるだけさ」

「何を意味のわからないことを––––ッ!!」

 

 先に動いたのは魔理沙だった。

 手に持つ八卦炉から、弾幕を発射する。

 直線的に進むそれを避けるのは難しいことではなかった。

 

「い、いきなり何するのよ!?」

「言ったろう? 撃つと動く」

「何を訳の分からないことを……」

「分からない? 私はいつも通り、迷惑な妖怪を退治しているだけだぜ」

「……あら、それって私のことかしら?」

 

 霊夢の後ろで沈黙を守っていた紫が口を開く。

 扇で口元を隠しながら、魔理沙を鋭く睨みつけている。

 

「当たり前だ。お前ならこの異変、何か知ってるんだろ?」

「……さぁ? どうかしら?」

「白々しいな。今日の月なんて見飽きた、そろそろ明日にしてもらうぜ」

「ま、待ってよ魔理沙! これには訳があるの!」

「うるさい。昼と夜の境界を弄ったのはソイツだろ?」

「確かに、夜を止めているのは私達。でも今はそれどころじゃないのよ!」

「それどころじゃない……? 何を言ってるんだ?」

 

 魔理沙は再び八卦炉を私達に向ける。

 その目は、いつもの優しい魔理沙の目ではなかった。

 

「霊夢……確かにお前は人妖問わず平等な奴だった。でも、少なくとも……人間(こちら)側だと思ってたぜ」

「ッ……」

「やりなさい、霊夢」

「紫!?」

「これ以上は時間の無駄よ。それに……魔理沙1人に何が出来るというの?」

「……私が1人? 馬鹿言うなよ」

 

 冷徹に言い放つ紫に、魔理沙は不敵な笑みを浮かべる。

 そしてだんだん紫の表情が変わるのが分かった。

 

「…………貴女まで邪魔をするというの? 幽々子」

 

 魔理沙の背後からゆっくりとやってきたのは、西行寺幽々子とその従者。

 妖夢はすでに剣を抜いている。

 

「私は邪魔をしないわ。見守るだけ……貴女と一緒にね」

「……つまり、私の相手をすると?」

「戦うつもりはないわ。だって……殺しちゃうから」

「……」

 

 幽々子の能力は、紫とて簡単に攻略できるものではない。

 幽々子の放つ死に誘う力に当てられてしまえば、無事でいられる保証は無いのだ。

 にっこりと笑みを浮かべる幽々子を、紫は軽く睨みつけた。

 

「……霊夢。あとは貴女に任せるわ。さっさとあの2人を倒してしまいなさい」

「あんたの言いなりってのは気にくわないけど……それが1番簡単そうね」

「今だけは、貴女が面倒くさがりでよかったわ」

「私はただ、近道をしたいだけよ」

 

 お祓い棒と御札を構えて霊夢は言う。

 

「かかってきなさい。2人ともまとめて相手をするわ」

「……随分と余裕そうだな」

「当然よ。あんたらなんかに、負ける気はしないわ」

「御託はいらない。斬れば分かるから」

 

 1番初めに動いたのは、この時初めて口を開いた妖夢だった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ちょっと、魔理沙!?」

 

 人形を伝った連絡は途絶えてしまった。

 これじゃあ、上海を持たせた意味がない。

 

「何考えてるのよ……ッ!」

 

 異変の元凶を探すために二手に分かれた私達だが、魔理沙の方は妖夢と幽々子に遭遇していた。

 意外な2人に出会ったが、そこで戦闘が起こるわけでもなく、互いに情報を交換するだけだった。

 そんな中で偶々霊夢達を見つけた魔理沙は、意気揚々と妖夢と幽々子を連れて向かってしまった。

 何の考えがあってか、幽々子も乗り気だったし……

 

「……もうッ! ホント馬鹿じゃないかしら!!」

 

 悪態を吐きながら、私は魔理沙の元へと急いでいた。

 幸い、ここからそう遠くない距離にいる。

 急げばそれほど時間もかからずに辿り着くだろう。

 しかし––––私には分の悪い勝負にしか思えなかった。

 1対1の戦いなら、魔理沙が霊夢に勝つことはないだろう。

 彼女の強さは人間を完全に超越したものであって、最早反則的だ。

 きっと私が本気でやっても––––

 唯一の望みといえば、妖夢と幽々子が加勢していることだろうか?

 しかし相手にも八雲紫がいる。

 八雲紫は得体が知れない……故に実力も未知数だ。

 確実に言えるのは、魔理沙や私の手に負える妖怪でないということ。

 そもそも彼女が直接介入しなければならないという異変なら、今回の異変は今までのものとは本当に比べ物にならないのだろう。

 そんな化け物じみた2人を、例えこちらに西行寺幽々子が居るとは雖も相手に出来るのだろうか?

 ………不安だ。

 そして同時に、楽しいとも感じる。

 なんだか……魔理沙に変な影響でも受けたかしら。

 

 そんなことを考えているうちに、人影が幾らか見えてきた。

 そこにはもちろん、霊夢を相手にする魔理沙の姿が––––

 

「……これは、一体どういう状況?」

 

 現場にたどり着いた私は、目の前に広がる不可解な展開に驚きを隠せなかった。

 



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第47話 似ている

 

 

「なにあれ……」

 

 紅と白の奇抜な巫女服の少女が、魔法使いと緑色の剣士を相手にしている。

 自分たちのテリトリーで謎の戦闘が行われている状況に、彼女は驚きを通り越して呆れていた。

 

「まあ、仲間割れしてくれるなら、それに越したことはないか」

 

 戦いを見つめるその赤い瞳は、誰にも見えていない。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「空気を斬れるようになるには50年かかるという。でも、そんなにかからなかった」

 

 そう言って、妖夢は刀を振る。

 霊夢はそれを"避けた"。

 

「いくら斬れ味が良くたって、当たらなければ意味ないわ!」

 

 霊夢もすかさず反撃に出る。

 しかし妖夢に向かって飛ぶ弾幕は、全て斬り落とされてしまった。

 

「そこに意味なんて求めてないわ。斬れば全てわかるから」

「くッ……!!」

 

 妖夢の目は、まっすぐ霊夢に向けられている。

 霊夢はその瞳に、微かな恐怖を覚えていた。

 

 ––––しかし、この場で一番戦慄していたのは霊夢ではない。

 同じく霊夢の相手をしていたはずの私、霧雨魔理沙だった。

 

「…………霊夢が、押されてるのか」

 

 私はポツリと呟く。

 親友のこんな姿は、今まで見たことがなかった。

 相手がどんなに強大でも、霊夢はいつも自分のペースを崩さない人間だ。

 そして反則とも言える才能と能力で、相手を常に圧倒していた。

 ––––それはもちろん、私に対しても。

 霊夢にはん追いつけない、そんな高い高い壁だった。

 あの咲夜でさえ、霊夢には勝てなかったと聞く。

 

 そんな霊夢に、妖夢は引けをとることなく戦っている。

 いや、寧ろ妖夢が押しているのだ。

 

 なんで。

 どうして。

 私だって、こんなに頑張ってるのに––––

 

「お前達には、追いつけないってのかよ……」

「魔理沙!」

「……アリス?」

「やっと追いついた! それで、どういう状況なの?」

「…………さあな。私にはもう、何も分からないぜ」

 

 私は頑張ってる。

 そうだ、頑張ってるさ。

 頑張って頑張って頑張って…………

 それでもダメなら––––

 

「分からないから調べる。それが魔法使いってもんだろ?」

「ま、魔理沙……?」

「悪いなアリス。今は行かなきゃダメなんだ」

 

 ––––それでもダメなら、もっと頑張る。

 いつだって私は、そうしてきたんだ!

 

「どいてろ妖夢! いくぜッ!」

 

 ––––魔砲「ファイナルスパーク」

 

 霊夢の視線は妖夢に集中していた。

 突然の超火力レーザーが、霊夢を襲う。

 不意を突かれた形になり、体制が崩れる霊夢。

 しかし、それでも……

 

 ––––「夢想天生」

 

 空気となった彼女に、そのレーザーは届かない。

 いくら高火力にしようとも、いくら超極太にしようとも、彼女には届かない。

 ––––だがそんなことは、親友である私が1番よく知っている。

 

「今だ! 妖夢!!!」

「なっ!?」

 

 たとえ当たらなくても、注意をそらすことくらいはできる。

 そして現に、霊夢は接近する妖夢に気づけなかった。

 そんな隙を見せた霊夢に、妖夢の剣が––––

 

「1人相手に2人がかりだなんて、随分と卑怯なことするのね」

「……さ、咲夜ッ!?」

 

 妖夢の太刀が霊夢に届く寸前で、咲夜のナイフが受け止めた。

 

「たとえ空気が斬れても、私の銀ナイフは斬れない。なるほど……貴女の剣のこと、少しわかった気がするわ」

「くっ……」

 

 妖夢は少し距離を取る。

 あまり接近はしたくなかった。

 

「なんで、助けたの?」

「貴女が死ねば、お嬢様は悲しむわ」

「……なんで?」

「そりゃあ、暇つぶしがなくなるもの。それに––––」

 

 咲夜がナイフを投げる。

 それはまるで見当違いなところで––––

 

「敵は、アイツでしょ?」

 

 ––––何もない"ように見える"空間だった。

 しかし、その空間にナイフが刺さる。

 

「な、なんで……ッ!?」

 

 空間から声が聞こえる。

 そして同時に姿を現したのは、長い紫色の髪の少女だった。

 スーツに近い見た目の上着と、短めのスカート。

 そして頭にはウサギの耳が付いている。

 

「どうして私が見えるッ!?」

「見えたわけじゃないけど……そうねぇ、お嬢様風に言えば、"視えた"のよ」

 

 慌てふためくウサギを前に、咲夜は冗談混じりに言い放つ。

 今、この場で冷静でいられたのは、十六夜咲夜ただ1人だった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「仲間割れなど見苦しいな」

 

 無言の牽制をし合う八雲紫と西行寺幽々子。

 その間に割って入ったのは、紅くて幼い悪魔だった。

 自分の何倍も生きてきたであろう大妖怪の間に、怖気付くことなく踏み入る。

 無論、そんな幼い彼女も大妖怪の1人である。

 

「あら、レミリア嬢。異変に少しの遊び心はつきものですわ」

「そんなに余裕でいられるような異変だとは思わないがね。たとえお前でも」

「……ッ」

「そっちの亡霊は大した考えなんてないんだろうさ。でもお前は違うと思っていたよ」

 

 レミリアの言葉に、幽々子はふふっと笑みを漏らすだけ。怒りも動揺も感じられない。

 少し挑発したつもりだったが、子供の戯言かのように扱われたことにレミリアは少しばかり不満を覚えた。

 

「このレミリアを地に堕としたんだそのお前の力……認めているんだよ、私は。そして僅かに恩もある。だから分からない」

「……?」

「なぜあれに気付かない?」

 

 レミリアが指をさす。

 そこには何もないように見える。

 しかし次の瞬間、別の方向から飛んできたナイフが虚空に突き刺さる。

 

「ッ!!」

 

 紫は目を見開いた。

 完全に思考の外の現象だ。

 あれは一体……誰だ!?

 

「ははっ、そんな顔できたのか。八雲紫よ」

「……ッ」

「お前達ほどの奴らが、アレに気づけないのか……確かに高度な術を使うようだが、私には視えるよ」

 

 能力には相性がある。

 例えば霊夢の場合、空気の斬れる妖夢への相性は最悪だ。

 しかし、魔理沙や咲夜のような直接的に攻撃を仕掛けるタイプへの相性は良いと言える。

 そして今回潜んでいた者は、おそらく幻術の類を使用する。

 紫や幽々子は、その類への相性は良いとは言えない。

 しかし、空間を第六感で把握できる咲夜や運命を視ることのできるレミリアには、あまり通用しなかった。

 

 加えて先の状況は、八雲紫にとって全くの想定外且つ軽視できないものだった。

 魔理沙程度の想定外なら、大した問題ではない。

 紫の動きを制限するには十分すぎる程の力をもつ幽々子、そして予想外に霊夢を追い詰める妖夢の存在が非常に問題だった。

 

 さらに言えば、これほどの大きな異変……幽々子が事の重大さを感じていないとは思えない。

 だからこそ、紫の頭は疑問でいっぱいになる。

 幽々子は何を考えて私達の行く手を阻んでいる?

 まさか本当に、私達を倒せばこの異変が終わると思っているのか?

 それとも、幽々子にとってはただの余興か?

 いや、もっと別の理由が–––––

 

「まあ、なんでもいい。そろそろ満月にも飽きてきたところだ」

 

 吸血鬼である彼女が、月を見上げて悪態を吐く。

 紫はなんだか、自分が深読みしているだけのような気がした。

 難しく考えるのはもうやめよう。

 他人の思考なんて、案外単純なものなのだ。

 

 幻想郷を護るため––––

 ライバルを越えるため––––

 満月に当てられたため––––

 この余興を楽しむため––––

 

 理由はなんだっていい。

 私達にあるのはただ1つ。

 

「分かったわ。さぁ、弾幕ごっこの時間よ」

 

 ––––スペルカードルール。

 ゲーム作った本人が楽しめないなんて、とんだ笑い話よね。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「見えてないのに、ミエタ……?」

「分からなくていいわ。こっちの話」

「ふざけてるのね……地上の人間ごときが、私に楯突くなんて!」

「あーはいはい。なんでもいいけど……」

 

 ナイフが刺さった肩を抑えながら怒りを露わにする少女をあしらいながら、咲夜は言葉を続けた。

 

「貴女の仕業かしら? この月の異変は」

「月の異変……? うーん、この術によく気が付いたわね」

「ここにいる全員、おそらく気づいているわ」

「へぇ……地上に這いつくばって生きるだけの、穢き民のくせに」

 

 ––––パチンッ

 

「あら、酷い言いようね」

「なっ!?」

 

 咲夜は時間を止めて少女の背後に回り、喉元にナイフを突き立てた。

 突然のことに、少女は驚きを隠せていない。

 もちろん、少女以外は誰も驚かないが。

 

「お前、まさか時間を……?」

「……え?」

「ふんっ!!!」

 

 しかし、次に驚いたのは他でもない咲夜だった。

 その僅かな隙に咲夜の手を払い、少女は咲夜の鳩尾へ肘を打ち込む。

 

「かはっ!?」

 

 そして少女は反転し、咲夜の顎めがけて拳を––––

 

「なっ!!」

 

 少女の拳を、どこからか飛んできた御札が弾く。

 その飛んできた方向に視線を移して、少女はキッと睨みつけた。

 

「もしかしてだけど」

「……」

「スペルカードルール、知らないの?」

「……」

「まあなんでもいいけど、女の顔を殴るのはいい趣味とは言えないわね。あんたも女だろうに」

「……失礼ね、ちゃんと女よ」

 

 少女は、近付く霊夢から遠ざかるように後ずさりした。

 

「咲夜、大丈夫?」

「ええ……ありがとう」

「これで、さっきの分はチャラだから」

 

 そして霊夢は、そのまま咲夜を通り過ぎて紫髪の少女の目の前に立った。

 霊夢の方が少し小さく、軽く見上げる形になる。

 

「あの月、一体なにかしら?」

「……まあ、人間になら話してもいいか」

 

 霊夢の眼光に怯むことなく、少女は一息吐くと語り出した。

 

「あれはね、私の師匠、永琳の取っておきの秘術。この地上を密室化する秘術なの。判るかしら?」

「判るわけがないわ」

 

 霊夢が悪態をついたその瞬間、咲夜の背筋に悪寒が走った。

 その感覚を頼りに空を見上げる。

 

「そんなんじゃ人間には判らないわ」

 

 すると、見上げた先から声がした。

 霊夢達も遅れて、その声の主へと視線をやる。

 

「それに、満月を無くす程度の術。取っておきでも何でもない」

「師匠!!!」

 

 声を上げたのは紫髪の少女だった。

 空に佇み、咲夜達を見下ろすのは彼女の師匠––––八意永琳だった。

 

「優曇華、とんだヘマをしてくれたのね」

「ッ……」

 

 そして永琳が"優曇華"と呼ぶ少女の名前は、鈴仙・優曇華院・イナバ。

 鈴仙は、なにも言い返せず、言葉が出なくなっていた。

 

「その肩、さっさと治療しなさい。刺さったナイフは抜かないで」

「は、はい、師匠……すみません」

「ちょっと! 勝手に話を進めないでくれる!?」

 

 2人の会話に、苛立つ霊夢が横槍を入れる。

 

「……この地上に月の異変に気が付く者がこんなに居るとは思ってなかったわ。でも安心して、朝になれば返すから」

「はぁ? だったら一体何のために––––」

 

 次の瞬間、八意永琳の姿は消えていた。

 鈴仙の姿も、どこにもない。

 咲夜でさえその動きは捉えられなかったし、今では2人の気配を感じることもない。

 

「に、逃した……?」

 

 辺りを見渡す霊夢が呟く。

 彼女の勘も、今は上手く働いていないようだ。

 

「私と……似ている」

「……え?」

 

 咲夜の呟きに、霊夢が反応した。

 咲夜の顔は、驚きと戦慄の表情でいっぱいになっていた。

 

「似てるって……ま、まあ確かに永琳って奴は、あんたと同じ銀髪だったし……顔も、どこか似てるような気もしなくはないけど……」

「そんなレベルの話じゃないのよ」

 

 咲夜の手は、微かに震えていた。

 

「あのウサギ、私の能力をいとも簡単に見破ったわ」

「そう? 手も足も出ない様子じゃなかった? それこそ、あんたが隙を見せなければ––––」

「あいつは"時間"と言ったわ。そんなの、普通は気づかないはず」

「まさか、似ているって……能力のこと?」

「あの女は、突然現れて突然消えた。私の前で、あっさりとね」

「それがまるで……あんたの"時間を操る程度の能力"だと言いたいの?」

「……いや、そうじゃないかもしれない」

「はぁ?」

「似ているけど、もっと別のナニカかもしれないわ」

 

 奇妙な大異変は、まだまだ続く––––



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第48話 人間を幸運にする程度の能力

 

 

「ははっ、こんな感覚は久々だ」

「……何やってるんですか、お嬢様」

「おお、咲夜。あのウサギはどうした?」

「逃げられましたわ」

「逃げられた……? お前が?」

「そんなことより、一体これは……」

 

 咲夜には、この状況が飲み込めなかった。

 

「認めないわよ! こんなのおかしいわ!」

「あらあら紫ったら、熱くなっちゃって」

 

 少しボロついた様子の八雲紫は、冷静沈着な普段の装いからは想像も出来ない様子でお嬢様に文句を垂れている。

 それを西行寺幽々子が、面白がりながら宥めていた。

 

「あー、嬉しい。勝負に勝って喜ぶなんていつぶりかしら?」

「あらお嬢様。八雲紫に勝ったのですか?」

「ええ、当然の結果よ」

 

 そう言うお嬢様の目は、あまり見てはいけない類の光を放っていた。

 あの光に長く当てられては、人間である私は正気でいられなくなるかもしれない。

 尤も、当のお嬢様は満月の光に当てられているのだろうが。

 偽物の満月とはいえ、その光は本物の月光と大差なく妖怪に力を与えている。

 それが吸血鬼なら、尚の事。

 

「ふふふっ、今なら誰にも負ける気はしないな」

「早く解決しましょう。お嬢様が壊れる前に」

「この程度じゃ壊れないさ」

「もちろん。私がいる限り貴女は壊れませんし、壊させませんわ」

 

 そう言って笑う私を、怪訝な表情で見つめる少女がいた。

 

「さすが、勘がいいな。博麗の巫女」

「……別に。様子がおかしいと思っただけよ」

「満月の所為さ」

「アンタはね。でも咲夜はちがう」

「気がついてるにしては、あんまり驚いてないみたいだが?」

「まあ確かに、なんだか別人のようではあるけれど……」

 

 霊夢は、私の顔を覗き込んだ。

 

「今度ゆっくり聞かせてよね?」

「……ええ。いい肴になりますわ」

「ねえねえ! 何の話?」

「変わったと言えば、あんたもよね……妖夢」

「強くなったでしょ?」

「……まあ、少しは?」

「あーあ。咲夜が邪魔さえしなければなぁ……」

「確かに。実際、あれはかなりヤバかったでしょ、霊夢?」

「別にヤバくなんかないわよ。あんたが横槍入れなくても避けてたわ」

「じゃあもう一度試してみる?」

「またやる気? もう飽きたんだけど」

「そっちから来ないなら、こっちから––––「あーもう! いい加減にしろよ!!!」

 

 声を荒げたのは魔理沙だった。

 

「今は異変だぜ!? その真犯人だって現れたんだ! 早く解決するのが先決だろ!?」

 

 わちゃわちゃと話す私たち3人に、魔理沙は言う。

 そんな魔理沙の前に、私は一歩踏み出した。

 

「何焦ってるのよ?」

「だっておかしいだろ!? 私たちは一体、何しにここに来てんだよ!?」

「はぁ……魔理沙。貴女が私に言ったのよ?」

「……は?」

「異変を楽しみなさいよ。その過程で解決するのであって、異変解決が絶対の目的じゃないわ。それが新しい幻想郷の"異変"……でしょう、魔理沙?」

「……ッ!」

「何を焦ってるのか知らないけど、異変なんて謂わばお祭りのようなもの。私にそう教えてくれたのは、貴女よ?」

「……ああ、そうだったな。あの頃と、今では真逆の立場か」

 

 魔理沙は、軽く俯いた。

 その声色は、先程とは打って変わって弱々しいものになっていた。

 

「でも、私は…………チッ」

「ちょっと、魔理沙!?」

 

 箒に跨り飛び出す魔理沙を、アリスか慌てて追いかける。

 呆気にとられる私たちを余所に、お嬢様は少し笑みを浮かべながら、若いなと呟いた。

 

「さてさてぇ〜〜魔理沙の言うことも尤もよ。お遊びはこのくらいにしまして、そろそろあの月をなんとかしましょうか」

「やっぱり、貴女にとってはお遊びだったのね……幽々子」

「何事も、面白い方がいいじゃない? それに、主犯の顔も割れましたし」

「まさか幽々子……貴女……」

「さあさあ! 敵は近いわよ。行きましょう?」

 

 ポンッと手を叩き、幽々子は皆を諭す。

 呆れた様子の紫だが、その真剣な眼差しの中には安堵の色が見える。

 

「さて、案内は任せたわよ?」

 

 そう言って幽々子は、私に視線を移した。

 

「……なんで私?」

「貴女ならこの歪んだ空間でも迷わないでしょう?」「はぁ……別にいいけど、案内料は高く付きますよ」

「ふふふっ、ツケで頼むわ。八雲紫の名前でね」

「え、ゆ、幽々子!?」

「あら、それは美味しい話ですわ」

「さぁて、行きましょうか」

「ちょっと!おかしいって!ねぇ!!!」

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

「それは本当なの? 優曇華」

「はい」

「瞬間移動とか、そういう類ではなくて?」

「おそらく、時間を操っているのだと……それを言った瞬間、奴に隙が生まれましたし」

「なるほど……確かにそれなら、この場所が割れてもおかしくはないわね。ちなみに、あの中に居た誰が?」

「銀髪の人間です」

「……人間?」

「はい、おそらく。確か仲間に"サクヤ"と呼ばれていたかと」

「––––へぇ、サクヤねぇ」

「ひっ、姫様!」

 

 スッと襖を開けて、優曇華と永琳の会話に横槍を入れたのは、蓬莱山輝夜だった。

 輝夜はニコニコと笑顔を浮かべて、優曇華の顔をジッと見つめる。

 この世の何とも言い表せないその美貌から放たれる笑みは、同性の優曇華と雖も胸が騒ぐ。

 もちろん、別の意味でも心臓の鼓動は早くなったが。

 

「す、すみません! 私が未熟なばかりに、見つかってしまって……」

「怒ってはいないわ。イナバは良く頑張ったもの」

「姫様……」

「そんなことより、そのサクヤとかいう人間が気になるわ。ねぇ、永琳?」

「……はい。人間の身にありながら、時間に干渉できるものがいるなど到底信じられません。しかし––––」

「しかし?」

「可能性があるとすれば、1つだけ。姫様も気付いておられるのでしょう?」

「ふふっ。なんだか懐かしい話だけれどね」

「あ、あの、おふたりは一体なんの話を……?」

「––––優曇華」

「は、はいッ!」

「貴女は館の警護を頼むわ。ここの場所が割れるのも、時間の問題よ」

「分かりました!」

「ぐれぐれも、無理はしないでね」

「ッ! は、はい! 師匠!」

 

 優曇華の肩の傷に軽く手を当てながら、優しい笑みを浮かべて永琳は言った。

 頬を赤くしながら満面の笑みを浮かべて、優曇華は返事をする。

 そして長い廊下を駆けて行った。

 

「イナバは本当に、貴女が好きね」

「あの子にとって見たら、私は命の恩人になりますから」

「……永琳?」

「なんでしょう、姫様?」

「今は2人きりよ?」

「…………そうね、輝夜」

「なんだか、不思議な気分だわ」

「……?」

「まさかこんな形で、あの子に会うことになるなんて」

「……まだ、あの子だと決まったわけじゃないわ。それに、貴女は私が護るもの」

「ふふふ、残念ね」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「にしても……師匠と姫様には何か分かっているのかしら?」

「何辛気臭い顔してるのさ、れーせん!」

「うわぁっ!?」

 

 軽く俯きながら考え込む鈴仙の背中を、因幡てゐは勢いよく叩きつけた。

 てゐは満面の笑みで鈴仙の顔を覗き込む。

 

「いきなり何するのよ! てゐ!」

「少し励ましてやろうと思ってさ」

「だからって強く叩きすぎじゃ……」

「あ、その先落とし穴」

「えッ!?」

「うそだよーん。館の中に落とし穴なんか作るわけないじゃん」

「こんな時に! ふざけないでよ!!」

「こんな時だからだよ」

 

 てゐはまっすぐ鈴仙の顔を見つめる。

 その表情は、先ほどの笑顔とは違う種類の笑顔だった。

 

「私達、あんまり強くはないけど……少しくらいなら助けになれるから。1人で背追い込まないで、少しは頼ってよ」

「てゐ……」

「ほら、館の警備を任されたんでしょ? 私も手伝うから、一緒に頑張ろう?」

「うん……ありがとう、てゐ!」

「お礼なんていらないよ」

 

 優しい笑みを浮かべて、てゐは言う。

 鈴仙は先ほどの歩みとは違う、自信に満ちた一歩を踏み出した。

 

「ひゃあっ!?!?」

 

 その一歩が床板を踏みしめた時、床の板が突然抜け落ちた。

 

「その先は落とし穴だって言ったのに」

「てゐー!!!」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

「こうもあっさりと……」

 

 眼前に広がる巨大な屋敷。

 迷いの竹林の奥深くにそれはあった。

 

「さあ、入るぜ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

「なんだよアリス? ビビってるのか?」

「警戒してるだけ。なんだかあまりにも……警戒されてないから」

 

 その屋敷には灯りがあった。

 誰かがいることは確かだろうし、恐らく先ほどの連中であろうことは容易に想像がつく。

 

 ––––しかし、あまりにも簡単すぎる。

 門番のようなものが居るわけでもないし、見張られてるような視線すら感じない。

 あまりに無防備なその姿に、アリスは警戒を強める他なかった。

 

「うだうだしてても仕方ないぜ。霊夢達に先を越されるのも癪だしな」

「はぁ……何があっても知らないわよ?」

「よし、行くぜッ!」

 

 魔理沙の後ろで箒に跨るアリスが、魔理沙の体をキュッと抱きしめる。

 合図に、魔理沙は加速して門をくぐった。

 

 ––––はずだった。

 

「……は?」

 

 門をくぐってすぐ、魔理沙は減速する。

 そして周囲を見渡す。

 

「ね、ねぇ魔理沙? いつのまに、館に入ったのかしら?」

「……さあな。私が聞きたいくらいさ」

 

 そこは長い長い廊下だった。

 永遠に続くような先の見えない廊下は、側面を全て襖が閉じていた。

 

 ––––彼女らの後ろに、先ほどの門はなかった。

 

「……幻惑を見ているのね」

「幻惑?」

「そう。この景色は、()()()()()()()

「……さっきのウサギに、ってことか?」

「ええ、きっとね。ここまで高度な幻術は初めてだけど……」

「ははっ、なるほどな。よかったぜ」

「よかった……?」

「つまりこの何処かに、異変の元凶は居やがるってことさ!!!」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「な、なんで……」

 

 因幡てゐは戦慄を覚えていた。

 竹林にはたくさんの罠を仕掛けてある。

 どれもこれも自信作だし、一癖も二癖もあるような罠だらけだ。

 もちろん私は仕掛けた側だし、その躱し方は熟知しているが––––

 

「ど、どうして引っかからない!?」

「––––教えて欲しい?」

「ッ!?!?」

 

 てゐは首筋に冷たい感覚を覚えた。

 下は向けない。目視はできない。

 しかし感覚で分かった。

 

 ––––私の首に、小さな刃物が突きつけられている。

 

「随分と巧妙な罠だったわ。私には無意味だけど」

「ッ……」

 

 てゐは言葉を失う。

 普段は狡猾で雄弁な彼女も、死と隣り合わせになった時には黙る他なかった。

 少しでも変なことを言えば殺されるかもしれない。

 そんな恐怖が、彼女の口を塞いでいる。

 

「貴女は、あのウサギの仲間でいいのよね? 貴女もウサギみたいだし」

「……鈴仙のこと?」

「レイセン? うーん、そんな名前だったかしら?」

「きっとあんたが思い浮かべてるのは、鈴仙・優曇華院・イナバって月の兎よ」

「月の兎? そんなのがどうしてこんなところに?」

「し、知らないよ……私はただの、いたずらが好きな地球のウサギだもん」

「へぇ……仲間じゃないの?」

「うん、そうだよ。だから離して?」

「……」

 

 てゐからは首の刃物も見えなければ、こうして刃物を突きつけてくる女の顔さえ確認できない。

 女がどんな目をしているのか、彼女には分からない。

 ただ1つ言えるのは、その女に刃物を下ろす意思は感じられなかった。

 

「私はここまでくる間、貴女の罠を頼りに来たの」

「わ、私の罠を……?」

「ええ。貴女の罠を辿れば、きっとこの異変の主犯に会えると思ってね」

「……な、なんで?」

「そりゃあ、主犯が棲む近くになればなるほど、警備は強くなるでしょう?」

「ッ……」

「実際、罠を辿れば辿るほど、罠の密度は増してきたわ」

「……」

「私は、異変の主犯がいるところは、もう近いと思ってるの」

「……」

「だから別に、貴女に聞かなくても、私は自力で見つけるわ」

「え、永遠亭はすぐそこよ! 案内するから! こ、殺さないでッ!!!」

 

 女は暗に、てゐの命などどうでもいいことを示したのだ。

 女に利用価値のない私は、生かすも殺すも彼女の自由だ。

 そして、てゐを生かすのにリスクがあったとしても、殺すことには何のリスクもない。

 

「……お、お願いします」

 

 てゐは、泣きながら命乞いをした。

 女は静かに口を開いた。

 

「いいわ。早くその"エイエンテイ"とやらに案内しなさい」



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第49話 あの子がサクヤ

更新遅くてごめんなさい。。。




 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!!!」

 

 廊下の襖を開けて、突然飛び出してきた長い紫髪の少女──鈴仙が大きな声で制止する。

 

「館をぶっ壊すつもり!?」

「……打つと動く。やっぱり動く」

「はぁ!?」

「よお、さっきぶりだな」

「……あんたが一番に来るとは思ってなかったけど」

「速さには自信があるんでね」

「あっそ」

「でも、あっさり姿を見せたもんだなぁ」

 

 ここが敵の本拠地であることを確信した魔理沙が次に取った行動は、全力でマスタースパークを放つことだった。

 そうすれば向こうから勝手に出てくると思ったし、実際に出てきている。

 

「……別に、隠れても隠れてなくても同じだから」

「ん?」

「あんたに私を捉えることは出来ない。私のこの瞳から、逃れることも出来ないから」

「じゃあ、ぶっ放すぜ?」

「……やってみれば?」

「ほー? じゃあお言葉に甘えて––––「やめて魔理沙!」

 

 今回、魔理沙を制止したのは鈴仙ではない。

 後ろに乗っていたはずのアリスだった。

 

「アリス……どうしてそこに?」

「ど、どうしてって……貴女が勝手に私を降ろして––––」

 

 魔理沙の八卦炉は、アリスの方を向いていた。

 アリスと雖も、火力の高いマスタースパークをこの距離で食らえば無傷とは行かないだろう。

 その火力を十分に承知しているアリスは、魔理沙を止めるしかなかった。

 

「私が、お前を降ろした?」

 

 魔理沙にその記憶はなかったが、実際にアリスは降りているし、魔理沙も既に箒にまたがっていなかった。

 左手で箒を持ち、右手にある八卦炉を隣にいるアリスに向けている。

 

「……これが幻術か」

「あんたに私を捉えることはできない、でしょ?」

「なるほどなるほど。よーく分かった」

「だったらさっさと帰って──「お前、まだ肩痛いんだろ?」

 

 魔理沙はクスクス笑いだす。

 

「そりゃあそうだよなぁ。咲夜のナイフをまともに受けたんだ。いくら妖怪とはいえ、こんな短時間で治るわけがない」

「……別に、こんな傷」

「だから、私に攻撃してこない。そうだろ?」

「……」

「そんだけ幻術が使えるなら、私たちが惑ってる内に攻撃すればいいはずなんだ。なのにそれをしないのは──」

 

 魔理沙はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「──よっぽど痛いか、よっぽど腰抜けなだけだよなぁ!?」

 

 魔理沙は全力で目の前の少女を煽っていた。

 とはいえ、確かに苛立ちは感じるが、鈴仙は至って冷静だった。

 

 ──だからこそ分からない。

 目の前の白黒が、何を考えているのか?

 人を煽る目的は基本的に相手の思考力を怒りによって低下させることにある。

 だが、それをすることで意味がある状況だと思えない。

 只の悪あがきか? それとも──

 

 

 

 ──なーんて、考えてるんだろうなぁ!!!

 

 魔理沙は鈴仙を煽りながら、内心で笑っていた。

 実際、鈴仙が何を考えているのか魔理沙に読めるわけではない。

 そもそも読む必要がないのだ。

 

「アリス、最悪自分でなんとかしろよ」

「……え?」

 

 ──恋符「マスタースパーク」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ふーん、ここがエイエンテイね」

「ほ、ほら! 案内したよ! だから……」

「ふーん、なら死んでおく?」

「えぇ!?」

「だって、ここで放したら、何をするか分からないでしょう?」

「そ、そんな……」

 

 咲夜とウサギのやり取りを見ながら、幽々子はクスクスと笑みを溢す。

 

「いいわねぇ、貴女の従者。血の気が多くって」

「今の咲夜は"そっち"なだけだよ」

「そっち?」

「昔はあんな子じゃなかったってことさ」

「ふぅん」

「ははっ、なんとも興味のなさそうな返事をするなぁ」

 

 談笑する2人の後ろで、八雲紫は厳かに声を放つ。

 

「──結界が敷かれている」

「ほう、流石はスキマ妖怪。破れるのか?」

「ええ。この程度なら簡単に──」

 

 ──ドォンッ!!!

 

 紫が"エイエンテイ"と呼ばれる屋敷に手をかざした、その瞬間。

 屋敷から大きな爆発音と共に、眩い光が夜空へと差し込んだ。

 

「あれは、魔理沙の……」

 

 霊夢がそう呟いた通り、それは正真正銘のマスタースパークだった。

 空へ向かって真上に放たれている。

 それは目印となるには十分すぎる大きさだった。

 

「あの白黒にしては、随分と手柄じゃないか」

「行きましょう、お嬢様」

「ああ。エスコートを頼むよ」

 

 レミリアは、そっと差し出された手を取ると翼を広げて浮き上がる。

 そうして飛んでいく2人を追う様に、紫と霊夢、幽々子と妖夢が続いていった。

 

「……やっと、自由だ」

 

 その場に残った因幡てゐは、腰が抜けていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「打つと動く。私も動く」

「あぁ……師匠に叱られる……」

 

 鈴仙はペタンと腰を落とした。

 屋敷を大きく損傷してしまった。

 あとで永琳に叱られるであろうことが、彼女を憂鬱に呑ませていた。

 

「ああ、コレだから馬鹿は嫌なのよ」

 

 鈴仙と同様に、魔理沙の隣でアリスも頭を抱えていた。

 

「馬鹿で結構。頭が硬い連中より、よっぽど楽しいさ」

「だ、だからってあんなに特大なのを打つ必要はないでしょ!?」

「綺麗だったろ?」

「私に当たってたらどうするのよ!?」

「……それはないさ」

「え?」

 

 魔理沙は鈴仙へと視線を向ける。

 その眼はとても、ふざけている様には思えなかった。

 

「アイツは屋敷に傷がつくことを大きく恐れていた。そんなアイツが最も嫌うのは、私に横方向へ撃たれることだ」

「……まさか」

「私はもとより、アイツを狙って撃ったんだがな」

 

 アリスの目には、魔理沙は最初から真上を狙って打った様に見えていた。

 しかし実際、魔理沙は鈴仙を狙っていた。

 その狙いを鈴仙に()()()()()結果、魔理沙は真上に撃ち上げていたのだ。

 

「まあ、真上なら屋敷の損傷が1番少ないだろう。見たところ、平屋の様だしな」

「自分が真上に撃たされることが分かっていたというの?」

「……さあ、どうかな」

 

 魔理沙が分かっていたのかどうか、重要なのはそこではなかった。

 この2人の駆け引きにおいて、勝ったのが魔理沙である。

 そのことこそが、1番重要なのである。

 

「さあ、そろそろ来るぜ。お前の天敵がな」

「……ッ」

 

 鈴仙は息を飲む。

 魔理沙が開けた天井の穴から舞い降りたのは──

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「へぇ、あの子がサクヤ」

「そのようね」

「貴女に似て、綺麗な銀色の髪と鋭い瞳を持っている……可愛い子じゃない」

「かぐや姫ほどでは、ないでしょう?」

「ふふふ。嬉しいことを言ってくれるのね」

 

 輝夜と永琳は一部始終を眺めていた。

 須臾の中にいる2人を、見つける手立てはおそらくない。

 魔理沙たちはもちろん、鈴仙でさえ、見られていることには気づかないだろう。

 ──しかし。

 

「ふふふ。流石だわ」

「時に関係する何かがある、というのは本当かもしれないわね」

「まあ、あの子なら当然……と言ったところかもしれないけど」

 

 ただ1人、こちらに目を向ける者がいた。

 輝夜はにこりと微笑みを返すと、踵を返した。

 

「待ちましょう、永琳。あの子が来ることを」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「くそっ……」

 

 鈴仙は戦慄を覚えていた。

 いくら波長を操ろうとも、正確無比な攻撃を繰り返す咲夜に、もはや勝ち目はなかった。

 そして何よりも屈辱的なことは──

 

「──よそ見なんかするんじゃないわよッ!!!」

 

 波長を操っているはずだ。

 咲夜の五感は、既にぐちゃぐちゃになっているはずなのだ。

 それなのに咲夜は、鈴仙の攻撃も、鈴仙自身をも見ることさえなく、全ての攻撃を躱して行く。

 

「なぜ……どうして当たらない……?」

 

 タネは簡単な話だった。

 咲夜には第六巻とも言える、飛び抜けた空間把握能力がある。

 たとえ波長を弄られ五感を操られたとしても、その空間把握の力だけは操られなかった。

 だからこそ咲夜は、鈴仙を見る必要がないのだ。

 

「モノを目で捉えてるようじゃ、私の動きは捉えられないのよ」

 

 咲夜はナイフと共に、鈴仙の質問に答えた。

 投げられたナイフは鈴仙の額に突き刺さると、鈴仙は気を失ったように倒れる。

 弾幕用のナイフであるため、死んでいるわけではないだろうが……

 精神的なダメージも相まって、酷いダメージを生んだことはたしかだろう。

 

「あんたって本当に、惨い戦いをするわよね」

「そう? 問答無用で妖怪退治する巫女さんよりはマシだと思うんだけど?」

「でも私は、あんな風に精神攻撃はしないわよ」

「別に、私もそんなつもりはないけど」

「じゃあなんで、よそ見なんか……」

「だって見る必要がなかったし、それに向こうには──」

 

 おい咲夜、とレミリアが口を挟む。

 

「そんなにサービスしなくていいさ。私と2人で行こうじゃないか」

「……ええ、そうですね。お嬢様」

「え、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 慌てる霊夢を他所に、咲夜とレミリアは長い廊下を進んでいく。

 

「ほら霊夢、案内役が前に進んだわ」

「はぁ……言われなくてもついて行くわよ」

 

 霊夢と紫に続いて、その他の面々も咲夜の後に続く。

 

 

 




遅い上に短くてごめんなさい。。。


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