鉄と血のランペイジ (芽茂カキコ)
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登場オリジナル機解説(一部ネタバレ注意)

魚人7号 様よりガンダムラームのイラストをいただきました。ありがとうございます!


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suz.様よりガンダムラーム・コックピット起動画面と印章をいただきました。ありがとうございます!



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(モビルスーツ)

 

 

・ASW-G-40 ガンダムラーム (※初登場:第1話)

 

蒼月駆留に与えられたガンダムフレーム。

ギガンテック・ガトリングキャノンを用いた実弾による広域制圧を主眼に置いた機体で、重装甲と大重量のガトリングキャノンを保持することによる機動性の低下を補うため、バーニアスラスターが強化されている他、機体各所の多角化偏向スラスターによって、鈍重そのものの見た目に反した高い機動性をも実現している。

 

バックパックは小型の兵装製造自動工場となっており、ガトリングキャノンの砲弾の他、時間と資材があればガトリングキャノン自体を組立前のパーツの状態で複製することも可能である。

 

厄災戦時の完全な姿を持つ希少なモビルスーツでもある。

 

 

(全高)

18.71メートル

 

(重量)

46.25t

 

(武装)

ギガンテック・ガトリングキャノン

コンバットナイフ

 

 

 

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・ASW-G-40R〝ガンダムラームランペイジ〟(※初登場:第6章)

 

蒼月駆留の〝ガンダムラーム〟をタービンズの技術部門が改修したモビルスーツ。

機体名の〝ランペイジ〟とは英語で「暴れまわること」を意味する名詞。

 

同時期に改修され、ロールアウトした〝ガンダムグシオンリベイク〟が軽量化を目指したのに対し、新型の二重装甲によりさらに防御力と重量がアップ。新型のスラスターに換装することによって、〝ラーム〟時と変わらない機動性能で防御力の向上が実現している。

 

装甲は二重となっており、表面の重装甲パーツをパージすることによって、内部の細身のボディ〝ランペイジアーマー〟が姿を見せる。この状態になった時、機体は高機動機に変貌し、対モビルスーツ格闘戦において優れた性能を発揮する。この状態時でもガトリングキャノンを運用することが可能。

火器管制システムも現代の技術でアップグレードしており、阿頼耶識システムと連携することによって、従来機では不可能な超長距離狙撃・超精密射撃をも可能とする。

 

武装は従来のギガンティックガトリングキャノン、コンバットブレードの他「120ミリヘビーマシンガン」を装備。威力はガトリングキャノンに劣るものの、取り回しの用意さや優れた精密射撃能力を有する。

 

(全高)

18.77メートル

 

(重量)

50.25t

 

(武装)

ギガンティック・ガトリングキャノン

コンバットブレード

 

 

 

 

 

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・UGY-R41〝ホバーマン・ロディ〟

(※初登場 第11章)

 

鉄華団が鹵獲運用し、地球へと降ろした〝マン・ロディ〟を、モンターク商会から入手したパーツによって地上仕様に改修したモビルスーツ。

地上活動用脚部・ホバースカートを取りつけることによって地上での高機動活動を可能とした。ただし、重装甲である〝マン・ロディ〟上半身との重量バランスが極めて悪く、活動時間が短い他、阿頼耶識システム持ちの優れたパイロットでなければまともに運用することが難しい。

 

従来のサブマシンガン、ハンマーチョッパーの他、〝ゲイレール〟用装備である旧式バズーカ砲をも備え、充実した火力を持つ。

 

(全高)17.4m

 

(重量)41.1t

 

(武装)

サブマシンガン

ハンマーチョッパー

 

300mmバズーカ砲

 

 

 

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・ASW-G-30〝ガンダムフォルネウス〟

(※初登場 第11章)

 

マクギリス・ファリド=モンタークが、モンターク商会の傭兵となったクランク・ゼントに譲渡した機体。

ファリド家が秘蔵するガンダムフレームの1体だったが、現当主イズナリオ・ファリドが少年男娼を囲うために作った施設の資金確保のために売却。闇市場へ流れた末にモンターク商会の息のかかった企業へと売り払われ、モンターク(マクギリス)の手へと渡り、最終的にクランク・ゼントの乗機となった。

 

水中戦やアクアハイドロブースターによる高速海中航行を主眼に置いた機体であり、水中航行時は背中の変形ユニットが機体全体を覆い隠してイカのような形態を取る。変形ユニットにはアクアハイドロブースターと魚雷及びミサイル発射管が装備されている。

地上戦においても優れた戦闘力を発揮できるが当時の武器は散失しており、モンターク商会が独自に製造したバトルランスや腰部装備型キャノン、対艦ナパームミサイル、魚雷で武装している。

 

 

(全高)18.2m

 

(重量)39.5t

 

(武装)

バトルランス

腰部装備型200ミリキャノンユニット

対艦魚雷及びミサイル発射管×2

 

 

 

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EB-06A〝アクア・グレイズ〟

(※初登場 第11章)

 

ギャラルホルンがかつて運用していた水中戦用モビルスーツ。

初期型グレイズ・フレームに水中戦用装甲やパーツ、アクアハイドロブースターを取り付け、水中における高次元での戦闘能力を実現。ギャラルホルンの水中戦力として運用されていたが、治安の良い地球では海賊等も存在せずほとんどニーズがないことと、現行のグレイズ・フレームに水中戦用オプション装備を取り付けることで代替が可能となったことから、運用期間はわずかに留まり、現在では全機が退役、スクラップ処分を待つのみとなっていた。

しかしモンタークが闇市場に流れた数機を入手し、うち1機をクランク同様モンターク商会所属の傭兵となったアイン・ダルトンへと譲渡。彼の運用機としてミレニアム島攻防戦以後活躍することとなる。

 

(全高)17.7m

 

(重量)29.8t

 

(武装)

バトルランス

水中戦用ネイル射出対応型100ミリライフル

小型ミサイル・魚雷発射管×2

 

 

 

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ASW-G-66〝ガンダムキマリスガエリオ〟

(※初登場 第14章)

 

マクギリスが厄祭教団の協力を得て〝ガンダムキマリス〟を改修した機体。原作同様に〝ガンダムキマリストルーパー〟として改修されつつ、封印されていた機体の阿頼耶識システムを復活。さらには教団独自のテクノロジーに基づく改造も施されている。

地球軌道上の戦いで回復不能の重傷を負ったガエリオに阿頼耶識手術を施し、生体ユニットとして直結。その思考をダイレクトに機体に反映させることが可能となり、従来の阿頼耶識システムでも達成できない超絶的な反応速度を獲得した。

 

主兵装のデストロイヤーランスには内蔵200mmリニア砲が装備された他、キマリスサーベルへのブースターユニットの追加、胸部対人機関砲、腕部内臓ドリルパイルバンカー等の凶悪な兵装が取り付けられている。

 

(全高)

19.3m

 

(重量)

32.0t

 

(武装)

200mmリニア砲内蔵大型デストロイヤー・ランス

ブースト内蔵キマリスサーベル

機雷放出装置

シールド

 

胸部内蔵40mm対人機関砲ユニット

腕部内蔵ドリルパイルバンカー

 

 

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EB-X〝グレイズX〟

(※初登場 第14章)

 

ギャラルホルンが密かに研究していた阿頼耶識システム試験機の一つ。

厄祭教団と共に阿頼耶識研究機関を牛耳ったマクギリスが入手し、通常のコックピットへ換装した上でモンターク商会へと流した。

阿頼耶識システムとパイロットの適合性を研究する上で機体は大型化。両足のドリルキック等複雑な制御を要する機構が多く、通常のコックピットで制御する場合、非常に優れた操縦センスが要求される。〝シュヴァルベグレイズ〟以上にピーキーな機体であるが、乗りこなし、その高いポテンシャルを発揮させることができれば、阿頼耶識システム機にも並ぶ優れた性能・反射能力を発揮する。

エドモントン戦にて、モンターク直属の部下であるエリザヴェラの乗機として運用されることとなる。

 

原作であれば〝グレイズ・アイン〟として投入されるはずだった機体。

 

(全高)

22.2m

 

(重量)

38.0t

 

(武装)

専用大型アックス×2

肩部格納式40㎜機関銃×2

 

パイルバンカー×2

マニピュレーター・スクリューパンチ

両足部ドリルキック

 

 

 

 

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(その他艦船類)

 

 

 

・強襲降下艇 

(※初登場:第9章)

 

民間で運用されている降下船のギャラルホルン仕様機。

装甲が追加されている他、急角度での高速突入にも対応可能な装甲と高出力スラスターを持ち、地球軌道上からの強襲訓練などに運用される。地球外縁軌道統制統合艦隊の保有機種の一つだが、現在まで戦闘に運用された例は無い。

 

モンターク扮するマクギリスが登録を抹消した数機を密かに保有しており、うち1機を鉄華団の援護のために使用した。

軌道上での対空戦闘を想定した対空砲を2基備えている。

 

(武装)

 

対空砲×2

 

 

 

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・カセウェアリー級超大型モビルスーツ輸送機

(※初登場:第11章)

 

ギャラルホルンが運用する超大型輸送機。カセウェアリーとは英語で「ヒクイドリ」の意。

モビルスーツ2機を収容する能力を持ち、無補給で地球を一周できる長大な航続距離を誇る。

ギャラルホルンはこの輸送機を100機以上保有しており、その結果迅速な作戦展開能力を実現している。

 

基本的に非武装で運用することがほとんどだが、その広大な収容能力を活用して、爆撃機や大型センサー等を搭載して哨戒機等として運用することも可能。

 

厄祭戦時代の初号機から現代にいたるまで運用・改修・製造され続けており、ギャラルホルンの展開能力において重要な役割を持つが、配属されるのは主にコロニー出身者や地球の下層市民ばかりで乗員の待遇は悪く、彼らの間ではモンターク商会からの賄賂を受け取り便宜を図るなど不満と腐敗が広がっている。

長期に渡る運用が続けられた結果、先祖代々カセウェアリー乗りであるパイロットの家系すらあるほど。

 

(全高)59.4m

 

(全長)125m

 

(全幅)119.8m

 

(最大搭載量)808t

 

(動力源)艦船用大型エイハブ・リアクター×1

 

(巡航速度)マッハ1.1

(最高速度)マッハ1.5

 

(武装)なし。ただしオプション装備可能。

 

(乗員)2~7名

 

 

 

 

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・フリンジヘッド級潜水艦

(※初登場:第12章)

 

ギャラルホルンが保有する攻撃型潜水艦。

ギャラルホルンは情勢が安定した地球内においても一定の陸上・海上・航空戦力を保有しており、フリンジヘッド級もまた揚陸艦と並んでギャラルホルン海上戦力の主戦力として運用される。

 

揚陸艦と異なりエイハブ・リアクターとナノラミネート装甲を有する頑丈な艦であり、数発程度なら魚雷の直撃にも耐えられる。

 

魚雷発射管、垂直ミサイル発射機構の他、艦種に水中用MS射出機構を左右2基、計4基備えており、それぞれに1機のモビルスーツを搭載・射出可能である。

 

 

(全長)198.1m

 

(動力源)艦船用大型エイハブ・リアクター×1

 

(潜航深度)5900m

 

(乗員)50名程度で運用可能

 

(武装)

魚雷発射管×6

垂直発射ミサイルハッチ×28

 

(搭載可能モビルスーツ)

水中活動用装備〝グレイズ〟4機。

 



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登場オリジナルキャラ解説(※一部ネタバレ注意)

蒼月駆留

 

出身:地球・日本列島西側

年齢:17歳

 

本作の主人公。

ごく普通の高校生だったが、ある日、奇妙な流れ星に「機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズがハッピーエンドに改変されますように」などという願い事をしてしまった結果、それぞ本気にしてしまった何かによって、ガンダムフレーム〝ラーム〟と阿頼耶識システム、頭脳埋込式情報チップを与えられて「鉄血のオルフェンズ」の世界へと送り込まれてしまう。

 

精神も戦闘に堪えられるよう作り替えられた結果、敵を殺すことに対して無感情に近い状態に陥っており、現実世界との精神状態のギャップに苦しんだが、クランクの助言によって克服。鉄華団が原作とは異なる未来を歩むために奮闘する。

 

周りが呆れるほどの大食いで、四六時中腹を空かせており、暇さえあれば食堂に入り浸っている。

 

 

(原作では)

一視聴者。

好きなモビルスーツは〝フレック・グレイズ〟。

ガンダムシリーズ全般では〝ストライクフリーダム〟。

 

特定の推しキャラはいない。

 

鉄華団壊滅エンドには納得できていなかった。

 

 

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ドクター・ホレイシオ・ノーマッド

(※初登場:第3章)

 

出身:地球・SAUスプリングフィールド市

年齢:57歳

 

鉄華団に医師として加わった男性。

 

地球出身だが、阿頼耶識システムの研究のために規制の少ない木星圏へと移住した外科医師。

「人類はいつか肉体から解脱したより高次な生命体にならなければならない」という持論を抱いており、その第一歩として阿頼耶識システムの研究を望んだがギャラルホルンや経済圏当局に妨害され、木星圏へと移住し開業医として勤める傍ら独自に研究を進めてきた。しかし、不完全な医療技術を患者に施さないという医師の理念から、実際に阿頼耶識手術を施したことはない。が、自身の技術には絶対の自身を持っており、阿頼耶識システム持ちの者をやたらと解剖したがる。

 

かつてはSAU医学会の理事を務めたエリートであり、医者としての技量は極めて高いが阿頼耶識システムの研究となると熱中が過ぎるきらいがあり、鉄華団入団後は双子と阿頼耶識システムの適合性への研究のためにエンビ・エルガー兄弟を実験台にしようとしたり、誰彼構わず背中の端子を観察しようとしたり質問攻めにした結果、医師として技量は認められているものの鉄華団ではあまり人望は無い。

 

 

(原作では)

 

特に原作中に登場することは無かったが、彼の阿頼耶識システムに関する研究成果はエドモントンでの戦役後圏外圏に流出することとなり、ヒューマンデブリ急増の一助となってしまった。

 

 

 

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フェニー・リノア

(※初登場:第6章)

 

年齢:17歳

出身:木星圏

 

テイワズの技術者である少女。

歳星整備長の直弟子の一人であり、整備士や技術者として幼いころから才能を発揮してきたことから、わずか10代にしてドルト6にて厄祭戦時モビルスーツの復元・作業用機への改修作業に携わっていた。

 

歳星整備長同様、重度のガンダムオタクであり、ドルトコロニー騒乱後は〝バルバトス〟〝グシオン〟〝ラーム〟を擁する鉄華団に強引に飛び入り、モビルスーツ職人としての技量を存分に発揮することとなる。

 

 

(原作では)

原作中での登場無し。1期ドルトコロニー編にてドルト6で勤務しており、〝グシオンリベイク〟の改修チームに加わった。

 

 

 

 

 

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クレスト

(※初登場:第5章)

 

・年齢:10~11歳

・出身:地球 アフリカンユニオン

 

ブルワーズから保護された、元ヒューマンデブリの少年団員。

大人の海賊たちから食糧や薬を盗むなど手癖が悪く、解放された後も鉄華団に心を許さなかったがカケルとの交流によって少しずつ警戒心を解いていく。

 

元ブルワーズのモビルスーツパイロットとして優れた技量を持ち、鉄華団でもブルワーズから譲渡された〝マン・ロディ〟のパイロットとして活躍する。

 

 

(原作では)

 

乗機の〝マン・ロディ〟の火器管制システムの故障によって陸戦隊に回されており、ブルワーズ艦に上陸してきた鉄華団員によって射殺された。

(本作中では火器管制システムの不調の中出撃し、〝ラーム〟が搭乗していた〝クタン参型〟のブースターユニットを破壊するなど健闘した)

 

 

 

 

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エリザヴェラ・ウィンストン

(※初登場:第6章)

 

・年齢:28歳

・出身:アーブラウ領モスクワ

 

モンターク商会渉外部に所属する女性。

モンターク直属の部下で、物資の手配や交渉などで辣腕を発揮。モンタークからも篤く信用されている。

モンターク商会の一員として優れた実務能力を持つ他、降下船やモビルスーツなども一通り扱うことができる。モンターク商会が援助する鉄華団の活動を、主に物資面でサポートすることとなる。

金髪碧眼の美女であり、蠱惑的な笑みを浮かべ常に相手に自分の考えを悟らせない。

 

 

(原作では)

原作中での登場無し。

 

 

 

 

 

 

 

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テオール・エルナール

(※初登場:第12章)

 

・年齢:24歳

・出身:アフリカンユニオン領旧ドイツ

 

イズナリオ・ファリド直属私兵モビルスーツ隊の隊長。

かつてはイズナリオの少年男娼として買われた身だったが、その忠誠心と体力を見込まれ、成長した後にはギャラルホルンへの入隊を斡旋され、同じような境遇の私兵たちのまとめ役となった。

かつてはマクギリスに次いでイズナリオのお気に入りであり、今でも新たに入った少年男娼たちに、いかにすればイズナリオを喜ばせられるか指南する立場にある。

 

(原作では)

登場無し。

イズナリオの私兵であったがマクギリスがファリド家の長に収まった後は地球外縁軌道統制統合艦隊へと編入され、アリアンロッド艦隊との激闘で奮戦したが、力及ばず斃れた。

 

 

 

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モーリス・ステンジャ

(※初登場:第6章)

 

・年齢:38歳

・出身:ヴィーンゴールヴ

 

地球外縁軌道統制統合艦隊・太平洋方面潜水艦隊の指揮官。

親戚であるオーリスとコーリスの敵討ちを誓い、指揮する潜水艦隊にて鉄華団が乗るタンカーに攻撃を仕掛ける。

冷静沈着なベテラン指揮官として経験に裏打ちされた優れた能力を持つが、現代戦の戦訓を守ることにこだわり、カルタ・イシューの敵に対する正々堂々とした戦い方を「現代戦に相応しくない」と断じている。

 

(原作では)

登場無し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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サングイス

(※初登場:第12章)

 

・年齢:??

・出身:??

 

厄祭教団の司祭。

マクギリスと通じて、世界の裏側で暗躍する。

 

 

(原作では)

登場無し。

 



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序章

鉄血ガンダムが終了してしばらく経ちますが、ハーメルンでの二次創作やPIXIVでの盛り上がりに影響されて、自分でも作りたくなってしまいました。

楽しんでいただけるよう頑張っていきたいと思います。


※スズ様より表紙タイトルイラストをいただきました。
 ありがとうございます!


【挿絵表示】



 その星は、漂う宇宙のどこからやってきたのだろうか?

 

 

 それは、流れ星が満天の星を時折彩る、真夏の或る夜だった。

 寂しい我が家のベランダから、さらに屋根に登って顔を上げると、一瞬、また一瞬と光の筋が夜空を駆け、あっという間に視界の端で消え去る。

 

 そんな中、ひと際大きく、そして強い光を放つ流れ星が一筋………ゆっくりと夜空を駆けていたのだ。まるでいつかテレビで観た、昔の彗星が接近した時の光景のように。

 

 幻想的な光景を見上げた俺は、柄にもなく両手を握りしめて、動きの遅い流れ星にこう祈ったのだ。

 

 

 

 

 

「〝機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ〟がハッピーエンドに改変されますように」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****************************

*************

********

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「………んあ?」

 

 全身を包む妙な違和感に、俺……蒼月駆留はようやく目を覚ました。

 流れ星を見ている間に屋根の上で眠ってしまっていたのか………と思ったのだが、視界に飛び込んできた光景全てがそれを否定する。

 

 いつの間にか、狭い空間の座席に腰を下ろしていた。

 

 前方と左右を囲うモニター。

 両手のコントロールグリップ(操縦桿)。

 モニターの端ではいくつもの数値が駆け巡っては流れていき、複数の情報がポップアップされては消えていく。

 

「どこだココ?」

 

 キョロキョロと辺りを見回すが、ヒントになりそうなものはない。

 何かの………コックピットのようだ。それに、何となく見覚えが………。

 

「まさか………モビルスーツのコックピットか?」

 

 だとしたら、戦場〇絆のあの筐体よりずっとリアルだ。

 それに、コックピットモニターに表示されている景色……宇宙空間は、到底ゲームのグラフィックのようには見えない。まるで、本物の宇宙をそのまま表示しているかのような………。

 

「な、何のドッキリだよ。それとも夢か?」

 

 流れ星を見て、そのまま屋根の上に横になって、すっかり夢の中に入ってしまったのだろうか?

 顔をつねってみるが、当然痛い。それに、夢の中で顔をつねったところで夢は覚めないというし。

 それに来ている服。ガンダムシリーズでお馴染みのパイロットスーツだ。雰囲気的には若干SEEDが入っている気も………

 

 と、両側のコントロールグリップが視界に入った。〝グレイズ〟のように、横に倒されたグリップを握って操作するタイプだ。

 恐る恐る、グリップに手を伸ばしてみる。

 と、その時。

 

「………っ!?」

 

 全身を駆け巡る奇妙な感覚。まるで、背中から何かが流れ出て、また身体に注ぎ直されたかのような。

 振り返ると、背中に何かを装着されている。一本の太いコードが座席の真ん中の辺りにある端子に伸びている。

 まさか、これって………

 

「あ、阿頼耶識システム………!」

 

 阿頼耶識システム………それは外科手術によって埋め込まれた〝ピアス〟と呼ばれるインプラント機器を介して機械のシステムと被験者の脳神経を直結させ、鍛錬や学習によらない直感的な機械操作を可能とする技術。『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の物語の核となったテクノロジーだ。

 それが、自分の背中に埋め込まれている。慎重に背中に感覚を集中すれば確かに、その異物感を感じることができるのだ。

 

「嘘だろ………」

 

 じゃあ、ここは『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の世界なのか?

 まさか、流れ星に願ったあの「〝機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ〟がハッピーエンドに改変されますように」、って願い事を、

 鉄血ガンダムの世界に、阿頼耶識とMS付けて転移させてやるから自分で何とかしろ、と。

 

「………なんつー流れ星だよ」

 

 俺以外の、もっとまともな願い事を叶えることだってできただろうに………。

 だが、とりあえずそう仮定して………コントロールグリップを握ってみた。

 両足もフットペダルに乗せる。

 

「おお………っ!」

 

 次の瞬間、まるで前もって知っていたかのように、操縦に関する情報が背中の……脊髄を通じて頭の中に入ってきて、その通りにコントロールグリップやフットペダルを操作することによって、モビルスーツを動かすことができるのだ。

 まるで直感的に、それこそ自分の身体を動かすのと同じように。

 

「すげ………」

 

 一生仰向けに寝られない身体になってしまったが、そんなことは置いておいてとりあえずモビルスーツを宇宙空間で自在に操縦しているその感覚を、噛みしめる。

 それと頭に違和感を覚えて………撫でてみると額全体が少し盛り上がっているのを感じた。まるで傷跡のように。特に痛みは無いが。

 

「………っと。そういえばこのモビルスーツの名前って………?」

 

 手元の端末を操作し、機体情報を呼び出す。

 そこには、

 

 

【ASW-G-40 GUNDAM RALM】

 

 

「ガンダム………ラーム………」

 

 知らない名前だ。少なくとも「鉄血のオルフェンズ」本編や、外伝でも出てこなかったと思う。

 次の瞬間脳裏に〝ガンダムラーム〟に関する基本情報や、機体名の由来にまつわる情報が流れてきた。

 

 ラーム(Ralm)。それは、ソロモン72柱の悪魔の1柱で40番目。鴉の形を取るが召喚者が望めば人の形にも変えられる。財宝の転移や、召喚者が望む者の地位とプライドの破壊、未来予知に力を発揮する。かつては天使の位にあったが零落し、かつての地位の回復に異様な執着を見せる。

 

ASW-G-40〝ガンダムラーム〟は、ギガンテック・ガトリングキャノンを用いた、実弾による広域制圧を主眼に置いた機体で、重装甲と大重量のガトリングキャノンを保持することによる機動性の低下を補うため、バーニアスラスターが強化されている他、機体各所の多角化偏向スラスターによって、鈍重そのものの見た目に反した高い機動性をも実現している。

バックパックは小型の兵装製造自動工場となっており、ガトリングキャノンの砲弾の他、時間と資材があればガトリングキャノン自体を組立前のパーツの状態で複製することも可能。

 どうやらこの額の傷は………外伝のヴォルコ・ウォーレンと同様の情報チップらしい。おそらく一般知識を始め、技術情報にもアクセスできるようだ。

 

「つまり……こいつは火力支援を主眼に置いた機体なんだな」

 

 ガトリングキャノンと聞いて真っ先に思い出したのが宇宙世紀のガンダム5号機だが、コンセプト自体は似通っているのかもしれない。機体形状は、あのブルワーズのガンダムグシオンを、少し角ばったフォルムにしたような感じだが。

 

 

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【装備中武装】

・ギガンテック・ガトリングキャノン

・コンバットナイフ

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「………」

 

 ガトリング砲とナイフだけという、少々バランスの悪い組み合わせ。

 ガトリングキャノンの運用機として開発されたに過ぎないのだろうか………

 

 機体状態は良好。まるで、つい寸前まで完璧に整備されていたかのように、動作に問題はない。

 位置も確認しておく。真っ先に【MARS】の表示を目の当たりにすることができて、とりあえず一安心。〝ラーム〟はちょうど、静止軌道上に差し掛かりつつあり、近くにはギャラルホルンの宇宙基地〝アーレス〟が………

 

 何だって?

 

「え? ちょ、ちょっと待ていくら何でも近すぎ………うわっ!?」

 

【WARNING】の警報表示。

 エイハブ・ウェーブの反応。

 それに次の瞬間、コックピットは何かが激突したかのように激しい衝撃に揺さぶられた。

 

「いきなり撃ってきやがった!?」

 

 2度目の攻撃。

 だが、それは素早くバーニアスラスターを噴かし、急上昇して回避。

 

 コックピットモニターを一部拡大して、見れば2機の〝グレイズ〟が、ハーフビーク級戦艦の巨体を背にこちらへと急接近している所だった。

 さらに〝アーレス〟からも複数個の反応が………肉眼でも見えてきた〝アーレス〟の威容から、いくつもの光点が躍り出る。

 

「冗談きついぜ………」

『そこのMS! 所属を名乗り、直ちに武装解除せよ! さもなくば攻撃するッ!!』

 

 つい先程その攻撃をくらったばかりなんだが………後方からはハーフビーク級と〝グレイズ〟2機。前方からは10機以上………。

 火星に向かうには、何にせよ〝アーレス〟から発進した10機以上の〝グレイズ〟隊を突破しなければならない。

 

 となると、この〝広域制圧〟を謳い文句にした、ガトリングキャノンを使ってみるか。

 

 端末を操作し、右肩のマウント部からガトリングキャノンの巨砲を取り外し、構える。

 後方の敵機とは、まだ距離がある。前方の敵に集中して問題ない。

 

 

 重力偏差修正完了。

〝ラーム〟は、射撃に関する全ての準備を整えた。

 

 

「………行くぞッ!!」

 

 トリガーを引いた瞬間、着弾とは違う、それでも凄まじい衝撃と共にガトリングキャノンが火を噴いた。

 秒間60発もの100ミリ弾を吐き出し、前方に向けてばら撒かれた分厚い弾幕は次の瞬間、5機の〝グレイズ〟に激突。その前進を完全に狂わせ、撃墜には至らなかったものの、直撃を食らった機体はガトリング弾の勢いを抑えきれず明後日の方角へと吹き飛ばされる。

 前方の封鎖陣形に、大きな風穴が空いた。

 

「今だ………っ!」

 

 バーニアスラスター全開で〝ラーム〟は駆ける。態勢を立て直した〝グレイズ〟隊が手持ちの100ミリライフルを撃ちかけてくるが、細かい機動で回避。さらにガトリングキャノンで反撃して、頭部を吹き飛ばされ腕部や胸部、各所から炎上し始めた1機を完全に行動不能に陥れた。

 そのまま一気に突っ込む。さすがに銃撃のいくつかは〝ラーム〟を直撃し、その度にコックピットは激しく揺さぶられるが………さすがは〝グシオン〟に似たガンダムフレーム。表示される損傷は軽微だ。

 敵陣を強引に突破する寸前、漂流していた1機の〝グレイズ〟を捕まえ、そのまま抱えて脱出。ギャラルホルンのパイロットは………おそらくコックピットの損傷具合から、当たり所が悪くて死んだのだろう。大火力高威力の100ミリガトリング弾は容赦なく〝グレイズ〟のコックピットをひしゃげさせ、潰していた。

 

 位置情報把握。

 戦闘開始直前にリンクしていた〝アリアドネ〟のデータから、目的地………CGS本部の位置を確認。

 表示された地点は太陽に対して陰になっており、今は夜中だろう。もし、意図されて自分がこの世界に突き落とされたのだとしたら、今日は………

 

「CGS本部の位置確認。大気圏突入。軌道予想、パターンを計算………」

 

 火星目がけて降下を開始。それまで激しい銃撃を浴びせてきた後背の〝グレイズ〟隊は、さすがに大気圏突入までは付き合う気が無いらしく、ある一点を境に引き上げ始めた。着弾により何度も揺さぶられたコックピットも、わずかな間だがようやく落ち着きを取り戻す。

 が、次の衝撃……大気圏突入による摩擦熱と低い振動が、再び〝ラーム〟のコックピットに襲いかかってきた。

 計器表示が、機体温度が限界値に差し掛かりつつあることをけたましい警告音と共に知らせてくる。

 このままだと、いくらガンダムフレームが頑丈とはいえ、大気圏の半ばで燃え尽きて終わるだろう。

 

 そこで………この連れてきた〝グレイズ〟を使う。

 第19話「願いの重力」で、三日月の〝ガンダムバルバトス〟が地球外縁軌道統制統合艦隊の〝グレイズリッター〟を盾に、強引に大気圏を突破したように。

〝バルバトス〟は太刀を突き立てて、盾にした〝グレイズリッター〟を固定していたが、そういった長物は〝ラーム〟には無い。

 故に、〝グレイズ〟を踏みつけにし、上手く胸部コックピット部と腹部の間、脚部の関節部分に〝ラーム〟の足をねじ込んで、強引に固定する。阿頼耶識システムによる、感覚的動作による微調整が無ければ、到底不可能な所業だ。

 

 ようやく、警報もいくつかが落ち着き始めた。

 だが、予想外に加速がつきすぎている。減速が間に合うのか………?

 

「CGSは、そこか………! く、速度が………っ!」

 

 ようやく機外温度が低下し始め、問題が無くなった高度でサーフィンボードにしていた〝グレイズ〟を放棄。放り出された機体は〝ラーム〟の軌道とは別の方角へと投げ出されて、薄い雲間に消えた。

 

 それでも、自前のスラスターだけでは十分に減速できない状況が続く。

 計算上、〝ラーム〟はちょうどCGS本部の直上1000メートル地点を音速の2倍以上の速度で通過。そこから50キロ以上離れた地点で着地、さらに1キロ圏内でようやく停止する………。

 

「もし、今日が第1話の日なら………」

 

 第1話「鉄と血と」のその日、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を狙いギャラルホルンのMW隊とオーリス・ステンジャを隊長とする3機の〝グレイズ〟隊がCGS本部を攻め立てる。

 上手くいけば、接近しつつあるギャラルホルンの部隊の真上を通過できるかもしれない。

 そうすれば、このガトリングキャノンでフライパスした瞬間に撃つことができれば………

 

 チャンスは一度。

 右肩にマウントしたガトリングキャノンを再び構える。凄まじい空気抵抗で機体がまた揺れる。

 もう、地表のうねりがはっきり見えてきた。

 それに〝ラーム〟以外のエイハブ・リアクターの反応も………

 

 

 

 

「それじゃあ、始めるか。〝鉄血のオルフェンズ〟の………仕切り直しだ!」

 

 

 

 

 



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第1章 鉄と血と2機のガンダム
ガンダムフレーム・ラーム


▽△▽――――――▽△▽

 

 夜明け前の空。

 地平線が、ほんのわずかに明るくなり始めている。

 

――――火星の民間軍事会社〈CGS〉(クリュセ・ガード・セキュリティ)の哨戒ルートで。

 

 歩哨に立ちながらうつらうつら………と睡魔に身を委ね始めていた少年兵は、ヘルメットで守られていた後頭部に襲いかかるガッ! という衝撃に思わず「いっ!?」と意識を覚醒させた。

 犯人である、銃床のストックで少年兵を小突いたのはもう一人の年上の少年兵で、呆れたように、

 

「ほら、もう少しで夜明けだ。そしてら交代………って、おいアレ………?」

「んあ………?」

 

 まだ若干眠気の残る眼で、少年兵は示された上空を見上げる。

 夜明け前の空に紛れるように、「何か」が空を裂くような凄まじい轟音と共に落下してきていた。

 まるで彗星………いや、隕石のように。

 

 そして次の瞬間――――――、

 

 空を切り裂く轟音。

 閃光。

 そして一瞬後の〝ヴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!〟という凄まじい炸裂音。

 唖然とした少年兵らが目の当たりにしたのは、向こうの丘が破裂したかのように吹き飛ばされ、爆煙と土塊を空高くにまき散らし………そして降ってくる無数の大きな金属片。

 それが、ギャラルホルンのモビルワーカーの残骸であったことなど、その時の彼らに知る由も無かった。

 ついでに、少年兵らを狙撃しようとしていたギャラルホルン兵士が爆発に巻き込まれてMWの残骸と一緒に吹き飛んだことも。

 とにかく彼らにとって大事なのは………それが、自分たち目がけて凄まじい勢いと物量で落下してきたという事実だけ。

 

「や、やば………」

「に、に……逃げるぞっ!」

「どこに!?」

「後ろにだよ!! 照明弾も! 飛ばせェっ!!」

 

 刹那、爆煙の合間を縫うように、一筋の閃光弾が打ちあげられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その日、ギャラルホルン火星支部、オーリス・ステンジャ二尉に与えられた任務内容は至極簡単なものだった。

 中隊を率いて、零細そのものの民間警備会社〝CGS〟の本部施設を強襲。防衛を打ち砕いて、火星独立運動の象徴である女、クーデリア・藍那・バーンスタインを確保。そして殺害すること。

 CGSを守るのは旧式のモビルワーカーや民兵ばかり。ギャラルホルンの主力MWやナノラミネート装甲によって厳重に守られたモビルスーツ〝グレイズ〟の敵になりうる要素は、どこにもない。

 この任務で成果を挙げれば、元教官の小うるさい男……クランク・ゼントを黙らせることもできる。オーリスは、年長面で、地球人と火星人のハーフである部下や火星やコロニー出身者であってもさも当然に対等に扱うこの男を、心底忌み嫌っていた。

 この任務を成功させて手柄を立て、火星支部長に認められて地位を築き上げ、忌むべき者を権力で排除する。オーリスの脳裏には輝かしい未来予想図がありありと描かれていた。

 

 だが、オーリスの妄想を覆すその混沌とした光景は、遠方で待機していた3機のモビルスーツ〝グレイズ〟のコックピットモニターからもはっきり見ることができた。

 

「何だ………? 地雷原でも踏み抜いたのか!? 無能者どもめッ! もういい………」

『待てオーリス! ここは慎重に………』

「ち………全隊ッ! 攻撃開始!!」

 

 部下……というよりもお目付け役で付き従っていたクランク・ゼント二尉の進言を一蹴し、ギャラルホルン火星支部、オーリス・ステンジャ二尉は鋭く命令を発する。

その瞬間、CGS制圧・クーデリア確保のため展開を終了していた後方火力支援仕様GHモビルワーカーがミサイルの一斉射を開始。

 ミサイルは次々に撃ち出され、小高い丘の上に築かれたCGSの施設を焼き尽くさん勢いで………のはずが、明らかに発射されたミサイルの数は少なく、火力不足だ。

 それに、砲撃の後に前進する通常仕様の大口径砲装備のMWも。主力隊がごっそり抜けているのだ。

 

「な、何をやっているかッ! 攻撃! 撃ちまくれッ!! 主力MW隊は前進………」

『そ、それが………先ほどの、上からの攻撃でMW隊の3割以上が………っ!』

「何だと!?」

 

 攻撃!? だが一度にMW隊の3割を撃破できる攻撃など………

 それに、上からだと?

 

『こ、攻撃は上空から行われ………モビルスーツと思しき影が南東、ポイントD55方面へ………!』

「く………クランクッ! その不埒者を探してこい!」

『待てオーリス! この状況で隊を割るのは……! ここは一体退いて態勢を………』

「黙っていてもらおう、指揮官は私だッ! クーデリアの確保は、こちらに一任してもらおう。……アインッ! 貴様も行けッ!」

『りょ、了解っ!』

 

 ややうわずった応答は、地球人と火星生まれのハーフである部下、アイン・ダルトン三尉のもの。オーリスにとっては不愉快なことに、アインは誇り高きギャラルホルンのモビルスーツパイロットなのである。

 その声すらオーリスにとっては不快極まりなく………任務終了後〝グレイズ〟に傷一つでもついていれば厳罰に処してやる、と胸に誓いつつ、離れていく2機の〝グレイズ〟を見送った。

 

 

 

 これで、CGS施設の制圧とクーデリア確保の功績は、自分一人のものだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 

「3班、すぐ応援が到着するッ! もう少し耐えてくれ……! 5班突っ込み甘い! 当たり負けるぞ!!」

 

 撃ち交わされる砲火の煙に包まれるCGS基地、そして陣地。

 次々飛び込んでくる自軍不利の報告……仲間たちの断末魔に歯ぎしりしながらも、CGS参番組隊長オルガ・イツカは仲間たちへ矢継ぎ早に発破と指示を飛ばし続ける。

 夜明け前に突如として襲撃してきたのは………この世界を支配する組織〝ギャラルホルン〟。彼らの目的はおそらく、火星の独立運動の旗頭たる少女、クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 奇襲に近い攻撃を受けたものの、辛うじて防御ラインの構築には成功。突っ込んでくる敵MWも数は多いながらも何とか抑え込める規模で、参番組のエースである三日月や昭弘が敵陣に食い込もうと突出していた。

 一通り命令を飛ばし終えると、オルガは「ユージン、移動ッ!」と、乗っていたMWのパイロット…ユージン・セブンスタークに怒鳴る。

 当のユージンは苛立たしげに、

 

『移動はいいけどよ、このままじゃジリ貧だぜ………っ!』

 

 次々沸いてくるギャラルホルンMW。

 一方のこちら側はギリギリの状況で、奮戦しつつも1機、また1機と数が減っていく。

 それでも、誰もが必死に……この地獄から生き残ろうと戦っていた。

 いつものように。

 

『来るぞォッ! 着弾集めて………お、コラッ! 何やってるダンジ!!』

『………向こうの方が硬いんだ! 近づかなきゃ、手柄はっ………うわあっ!?』

 

 シノの制止も聞かず、敵目がけて無謀な突撃をかけたのは、まだ幼い少年兵、ダンジ・エイレイ。だが未熟な技量が祟ったか、至近弾による衝撃を制御できず、そのまま乗っていたMWが窪みに引っかかり、動けなくなる。

 その光景を目の当たりにしたオルガは唇を噛む。助けに行きたいのは山々だが、この状況下では………

 

『動けッ! 足止めたら死ぬぞ!!』

 

 だが、その時には既にギャラルホルンのMWがダンジ機目がけて砲口を………

 

『う、うわあああああっ!!』

 

 ダンジの悲鳴。

 だが次の瞬間、2発の砲弾が的確にギャラルホルンMWの急所を直撃。敵機は姿勢を崩して沈黙した。

 

『あ、あぁ………!』

『ゴメン。待たせた』

 

 泥臭い戦場に似合わず、颯爽と現れた白いMW……三日月・オーガスの専用機が迫る敵MWの一隊に突っ込み、至近距離から砲火を浴びせかける。次々と直撃を食らい、爆散するギャラルホルンMWだったが………

 

『み、三日月さんっ!』

『……っ!』

 

 その時、三日月機を狙撃しようとしていた敵MWが次々と砲撃を食らい、破壊された。

 その横を、鋭い機動で青いMWが疾駆する。

 三日月に負けない機動力と戦闘力を見せつけるその機体を駆るのは、三日月とエースとしての双璧を担うといっても過言ではない、ヒューマンデブリの昭弘・アルトランド。

 

『お前にばっかり、いいカッコさせるかよッ!!』

 

 白と青、2機のMWが競うように次々敵を屠っていく様に、それまで押されていた少年兵の誰もが勇気づけられる。逆に敵は、規格外の強さを誇る相手を前に、じりじりと後退していく。

 オルガはその好機を見逃さなかった。

 

「よし、ミカと昭弘が食いついた! 混戦ならあいつらに勝てるのはそうはいねェ……!」

 

 宇宙ネズミの本領発揮ってトコだ。

 

 ギャラルホルンのMW隊は、陣形に食い込み次々僚機を潰してくる2機相手に気圧され、瞬く間に連携を寸断される。

 オルガは鋭く指示を飛ばした。

 

「今のうちに立て直すぞッ! 負傷者もなるべく下げろ!」

 

 隊長機たるオルガのMWも、ユージン操縦の下30ミリ砲を次々撃ちまくる。

 耳元で凄まじい砲声が轟いても、それに慣れきったオルガの鼓膜はびくともしない。銃声も砲火も、彼ら少年兵にとっては日常の雑音に過ぎなかった。

 そんな少年兵らの命がけの健闘とは裏腹に、大人達……CGS一軍や社長らは裏口から逃走を図る。オルガや参番組参謀のビスケット・グリフォンの予想通りに。

 

 それより本隊は!? 一軍はどうしたんだよ………! と下で喚き散らすユージン。

 その時、『オルガッ!』とビスケットからの通信が飛び込み、オルガは振り返った。

 

「ビスケットか! どうだ!?」

『オルガ。悪い方の読みが当たったよ………! 一軍は今、社長と一緒に裏口から全速で戦闘域を離脱中!』

『!? おいおいどうすんだよ!? 俺らこのまま犬死にかよォっ!』

「いーや。それじゃあ、筋が通らねえ。なあ、ビスケット?」

 

『だね!』

 

 その時のオルガには見えていなかったが、ビスケットは片腕を伸ばし、その手に握っていたスイッチを押し込む。

 発せられたレーザー通信は、通信中継ドローンによって一軍の、とあるモビルワーカー内の装置へと到達する。

 ビスケットによって、あらかじめとある〝仕掛け〟が施された装置に。

 刹那、数発の信号弾が高々と夜明けを迎えた空へと打ち上げられた。

「な、何だありゃ、一軍か?」とコックピットハッチから顔を覗かせたユージンに、オルガはニヤリと笑う。

 

 

 

「ああ………どうやら俺たちのために、〝囮〟になってくださるみてぇだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 

 その信号弾は、着陸想定ポイントより遠く離れた地点でようやく着地・停止した〝ラーム〟からも見ることができた。

 

「てて………って、あれは………」

 

 ビスケットが一軍のMWに仕込ませていた信号弾じゃないか?

 ということは、もう第1話の終わり辺りだ。

 くそったれ。とりあえずギャラルホルンのMW隊にはガトリングキャノンを浴びせることができたが、〝グレイズ〟の方はどうなかったか分からない。

 とにかく、すぐにでも駆けつけなければ。

 

 だがその時、2機のエイハブ・リアクターの反応を〝ラーム〟のセンサーが捉えた。

 

「2機………まさか」

 

 クランク二尉とアインか!? 

 

『正面は俺がやる! アイン! お前は背後に回り込め!』

『了解!』

 

 クランク二尉の低い声と、アイン・ダルトン三尉のまだ若い声音が飛び込んできた。

 くそ………! ここで足止めさせる訳には。

 ガトリングキャノンを構え直し、眼前に迫るクランクの〝グレイズ〟目がけ、引き金を引く。

 だが放たれた無数の弾丸は『遅い!』と目まぐるしい回避動作を受けて一発も当たらない。逆に〝グレイズ〟からライフルの射撃を食らい、ガトリングキャノンの重量と重装甲により重力下での機動力で劣る〝ラーム〟は、全弾を食らってよろめく。

 

「ぐ………っ!」

 

 反撃とばかり撃ち返すが、右へ左へと細かい回避を繰り返されてまた一発も当てられない。

 だが接近戦を挑まれれば間違いなくこちらが不利だ。

 故に、〝ラーム〟の銃口を下に向けて、発射。

 

『何!? 悪あがきを………!』

 

 足下の地面にガトリング弾が着弾した瞬間、凄まじい土塊が舞い飛ばされ土煙が瞬く間に立ち込める。

 クランク機は前進を止め、〝グレイズ〟の頭部センサーを露出させて周囲を………

 

「………今だ!」

 

 ガトリングキャノンを右肩に格納し、近接兵装であるコンバットナイフを抜き放ってクランク機へと迫る。

 

『ぬぅ………!』

「もらったッ!」

 

 だが流石は歴戦のクランク・ゼント二尉。

 素早く手持ちのバトルアックスでコンバットナイフの刃を受け止める。

 ガンダムフレームは厄祭戦時代の、いわば骨董品。

 対して〝グレイズ〟は、今日までのモビルスーツ技術の粋を凝らして製造された、最新鋭機。当然、性能は〝グレイズ〟の方が遥かに勝る。

 ただ一点、リアクター出力を除いては。

 

 フットペダルを全力で踏み込む。

 その瞬間、〝ラーム〟のバーニアスラスターが、爆発に近い壮絶な噴射を見せ、〝グレイズ〟を押し返した。

 

『ぬ………ば、バカな………ッ!』

『クランク二尉ッ!!』

 

〝ラーム〟の背後に回り込んだアインの〝グレイズ〟がこちら目がけてライフルを撃ち放つ。

 だが、着弾の寸前で素早く躱し、クランク機を押し飛ばして、次の瞬間、全スラスター全開。

 地面が爆ぜ、〝ラーム〟の巨体が高々と飛び上がった。

 ガンダムフレーム特有の、ツイン・リアクターがもたらす大出力。

 そして〝ガンダムラーム〟の、高出力スラスターによる強引な瞬発力。

 それらが噛み合った時、〝ラーム〟は爆発的な推進力を発揮する。瞬く間に2機の〝グレイズ〟を置いてけぼりに、〝ラーム〟は信号弾が放たれた方角………CGS本部施設目がけて全速力で急行した。

 

『は、速い………!?』

『何という出力だ。あの重装甲で………!』

 

〝グレイズ〟2機も遅れてこちらを追撃にかかる。

 だが、その時点で既に〝ラーム〟とは距離が開きつつあった。

 CGS本部が再び視界に入ってくる。しかし………

 

「! ガスが………!」

 

 重装甲による機動力の低下を強引に補う大出力バーニアスラスター。

 それ故に推進剤の消費量は従来機を遥かに凌駕しており、火星からの降下でもかなりスラスターを酷使したこともあり………残量表示は間もなくレッドゾーンにさしかかりつつあった。

 今、CGS本部を強襲しているだろうオーリス機は何とかなるかもしれないが、残り2機は………

 

「だが、やるしかないだろ」

 

 保たせるッ! 再度フットペダルを蹴り押した瞬間、その反応に呼応して〝ラーム〟はさらに爆発的な推進力で、小高い丘を一つ、飛び越えた。

 CGS参番組とギャラルホルンの激闘が、ようやく視界に入ってくる。おそらく、オーリスが『全く……この程度の施設制圧に何を手間取る。MW隊は全員………減給だッ!!』と喚き散らした後なのだろう。突出した〝グレイズ〟が1機、手持ちの100ミリライフルを激しく………CGS本部施設に撃ちまくり、管制塔を破壊していた。

 

『やめろーっ! そこには俺の仲間があァッ!!』

 

 見ればCGSの旧式MWが1機、無謀にも〝グレイズ〟目がけて突撃を仕掛けていた。

 あれは………!

 

「間に合うかッ!?」

 

 勢いよく着地し、減速する手間も惜しんでガトリングキャノンを構える。

 重力偏差修正OK。

 

 トリガーを引いた。

 

 

 

〝ヴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!〟 という壮絶な発射音が、荒廃した火星の大地に響き渡る。

 

 

 



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目覚める2体目の悪魔

▽△▽――――――▽△▽

 

 あれは、ダンジの!?

 無謀にもモビルスーツに突撃をしかけた、ダンジのMW。30ミリ機関砲を激しく撃ちかけるが、その程度でモビルスーツの装甲は………!

 だが、オルガやシノらにはもうどうすることもできない。ギャラルホルンのモビルスーツは、まるで小石でも蹴飛ばすかのようにちっぽけなMW目がけて足を………

 

〝ヴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!〟 

 

 だがその時、重低音の凄まじい発射音がその場にいた誰もの鼓膜を振動させ、次の瞬間、ダンジのMWに蹴りを入れようとしていたモビルスーツに無数の弾痕が穿たれる。

 

『な、何ィっ!?』

『どこから!?』

 

 周囲の少年兵たちの混乱を纏いながら、ギャラルホルンのモビルスーツは機体上半身各所から炎と煙を散らし、やがてゆっくり後ろへと倒れ込んだ。

 

『ダンジ! 無事かっ!?』

『は、はい! でも今のは………!』

『オルガ! もう1機、あそこにいる!』

 

 オルガが振り返ったその先。

 巨大な多銃身砲を腰だめに抱えた、重装甲の青いモビルスーツが1機、銃口から硝煙をくゆらせながら佇んでいた。

 機体頭部の双眸は、CGS本部の地下にあるあの機体と同様のもので………

 

「あいつが………!?」

『な、何なんだよアイツ! 敵か!? 味方か!?』

『どうするオルガ!?』

 

 すっかり混乱しているユージンやシノ同様、オルガもすぐに事態を理解できずに歯ぎしりする。

 が、その時、

 

『そこのCGS部隊! 援護する! 今のうちに態勢を立て直せッ!!』

 

 外部スピーカー越しに飛び込んでくる、巨砲を抱えた青いモビルスーツからの通信。

 続けて多銃身砲が炸裂し、丘を一つ越えた辺りの………移動中のギャラルホルンMW隊を嘗めるように薙ぎ払った。

 

『み、味方なのか………?』

『で、でも何で!?』

『どうすんだよオルガっ!?』

 

 混乱しきったユージンらは、こぞって隊長格であるオルガの決断を待つより他ない。

 当のオルガは………吹き飛ばされ高々と舞い上がったギャラルホルンMWの残骸を見、ニヤリと笑った。

 

「どこの誰だか知らねえが………好都合だ。全員一度下がれ! 態勢を立て直すぞッ!!」

 

 応! と命令を受けたCGSのMW隊は弾かれたように再び行動を開始した。

 

 

 もうすぐ、ミカが出てくる。

 そうすれば………俺たちの勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ふぅ………」

 

 間一髪だった。

〝グレイズ〟がダンジのMWを蹴飛ばす寸前、発射したガトリング弾が〝グレイズ〟の上半身に命中。そのまま倒れ込み、オーリスは死んだか気絶したか、ピクリとも動かなくなった。

 ダンジ機はあたふたと仲間の下へと逃げ去り、CGSのMW隊も、態勢を立て直すために一時撤退を始める。後は………

 

 

「………来た!」

 

 

 エイハブ・リアクターの反応、背後から2基!

 すっかり明けきった空。

 ようやくこちらに追いついた2機の〝グレイズ〟が、ライフルを撃ちまくりながら迫る。

 後ろに退がりながら、ガトリングキャノンで応射。間違ってCGSのMWを轢かないように気を付けつつ、〝その地点〟を探す。

 第1話「鉄と血と」で、〝ガンダムバルバトス〟が飛びだしてくる、あの地点だ。おそらく、この辺りだと思うのだが………

 

『そんな………オーリス隊長が!! ここにモビルスーツがあるなんて情報は………!』

『く………アインッ! 貴様は援護だ!』

『りょ、了解っ!』

 

 脚部スラスター全開で、クランクの〝グレイズ〟がバトルアックスを振り上げて迫る。

〝ラーム〟のコンバットナイフで迎え撃つが、推力が付いている分、今は〝グレイズ〟の方がパワーで有利だ。そのまま〝ラーム〟は後ろへと押し込まれてしまう。

 

「うぐ………っ!」

『どこから持ってきた機体かは知らんが、そんな旧世代のモビルスーツで!』

 

 通信越し、クランクが咆える。

 って、そのセリフここで使うのかよ………!?

 コックピットモニターに大写しになる〝グレイズ〟の頭部。その時、頭部カバーが上下に開かれ、眼球状のセンサーがギョロギョロと蠢いた。

 

『………このギャラルホルンの〝グレイズ〟の相手ができるとでも!?』

「もう一人やられたみたいだけど!?」

 

 ハッと息を呑む音が、通信越しに聞こえてきた。

 

『貴様! まさか………子供か』

「ああそうだ! あんたらがさっきまで散々殺しまくったのも! そして………これからあんたを殺すのもなッ!!」

 

 バーニアスラスター全開。ガンダムフレーム特有の大出力で、先ほど同様〝ラーム〟は一気に押し返し始める。

 

『な……お、押し負ける………っ! く………!』

『クランク二尉ッ!!』

 

 照準警報。横か?

 いや………後ろだ!!

 だが一拍遅く、脚の関節部分にアイン機からの100ミリライフル弾が着弾。脚部の出力が低下し、次の瞬間〝ラーム〟はクランクの〝グレイズ〟に対し、アックスをナイフで防ぎつつ跪くような姿勢になってしまう。

 

 まずい………!

 

『今だ! 背中ががら空きだぞッ!!』

『! 待てアイン!』

 

 こちらが年端もいかない少年と知ってか、クランクがアインの行動を留めようとする。

 だがすでに頭に血が上ったアインには聞こえなかったようで、『ウオオオオオオォォォッ!!』と発破と共にアックスを振りかざしたアインの〝グレイズ〟が、無防備な背中を晒す〝ラーム〟へと肉薄する。

 

 その間、数秒。

 もう、逃げることはできない。

 

………ここまでなのか? ここで、俺は終わってしまうのか? 俺の願いは………?

 

 まだだ。

 まだ終われない。

 こんな所じゃ………終われねェッ!!!

 

 

 

 

 

 

『だろ!? ミカアァァァッ!!!』

「そうだろ!? 三日月いいィッ!!」

 

 

 

 

 

 

 地面が、激しく爆ぜた。

 爆風と土煙が、一瞬にして〝ラーム〟の背後に迫った〝グレイズ〟を包み込む。

 一瞬後、視界がクリアになった時………おそらくアインが見たのは、コックピットモニターいっぱいに映し出される、巨大なメイスだったはずだ。

 

『な!?』

 

 轟音。

 金属がぶつかり合い、ひしゃげる嫌な音。

 地面から突如として飛び出した〝ガンダムバルバトス〟が、眼前の〝グレイズ〟目がけて巨大なメイスを振り下ろし、その大質量によって〝グレイズ〟の頭部、そして胸部があっけなく潰される。

 全てが再び晴れ渡った時、そこにあったのは頭部と胸部を押し拉がれ、無残に倒れる1機の〝グレイズ〟。

 そして、先ほどの激しい動きが嘘であったかのように静かに佇む〝バルバトス〟。

 

 それはまるで、一枚の絵画であるかのような荘厳さを………思わず感じさせた。

 

『バカな………アイン!?』

 

 悲痛さを滲ませるクランクの声。アインの生死は不明だが、あのコックピット部分のダメージだ。無傷とは思えない。

 

「2対1だ! どうする!?」

『くっ………モビルスーツが2機もいるとは………!!』

 

 原作では1機だったけどね。

 だが、元から推進剤を大して充填されていない〝バルバトス〟に、スラスターの使い過ぎでもうさっきから【FUEL FUEL】の警報が鳴りっぱなしの〝ラーム〟で、どこまで戦えるか。

 

『………緑のが敵でいいの? オルガ?』

『ああ、ミカ。青いのは味方だ。助けてやれ』

『分かった』

 

 交わされる三日月とオルガの通信。

 その瞬間、(三日月はまだ気づいていないだろうが)燃料残り少ないスラスターを全開に〝バルバトス〟がこちらへと迫る。

 

『くそ………っ!』

 

 鍔迫り合いを中断し〝グレイズ〟がこちらを蹴飛ばし、脚部スラスターで土塊をまき散らしながら急速離脱していく。

 だが、タダで逃がすつもりはない。

 ガトリングキャノンの残弾、200発と少々。バックパックで弾薬が製造中だが、少し時間がかかる。

 数秒で使い切る弾数だが………問題ない。

 ガトリングキャノンを構え、重力偏差修正を完了し、狙う。

 

 この戦い最後のガトリング砲の噴火。

 トリガーを引いた瞬間、数秒で撃ち放たれた200発の弾丸は撤退しようとする〝グレイズ〟の下胸部や脚を捉え、着弾により制御を失った機体は硬い地面へと打ち付けられた。

 

『ぐお………!』

 

 残り少ないスラスターを噴射し、〝ラーム〟は起き上がろうとする〝グレイズ〟に組み付き、胸部コックピットにコンバットナイフを突きつける。

 少しでもこれを動かせば、装甲の合間に突き刺し、中のクランク二尉の身体を真っ二つにすることができるだろう。

 

『く………殺すなら殺すがいい! 俺も武人として恥を知っているッ!!』

「あんたを殺すつもりはない。少なくとも俺は。………CGSに投降してくれないか?」

『何………? だが俺に人質としての価値は………』

 

「何でここで少年兵が戦っているのか、その理由と背景を知りたくないのか?」

 

 沈黙するクランクの〝グレイズ〟。

 コックピットで自害するつもりなら、止めることはできないし、三日月たちが殺す気なら、止めるつもりはない。

 

 数分の時が流れる。

 

『ねぇ。アンタ………』

 

〝バルバトス〟が近づき、三日月からの通信が飛び込んできた。

 と、その時。

 

『分かった。俺の身柄、しばらくそちらに預けよう』

 

 ぎこちない動きと共に〝グレイズ〟のコックピットハッチが開き、中から精悍な中年男……クランク・ゼント二尉が両手を挙げて出てきた。

 ニヤリと笑いかけ、コックピットモニター越し、〝バルバトス〟へと振り返った。

 

 

 

 

「ギャラルホルンの士官が投降するそうだ。受け入れはそっちに任せていいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 

 一方その頃………

 

「ああああぁぁぁあ~っ!!」

「おやっさん………?」

「ヤマギやべぇ! スラスターのガス補給すんの忘れたぁ!」

「えええぇ~っ!?」

「どうしよ………」

「いやどうしようったって………」

「やべぇ! 起動するのでいっぱいいっぱいでよぉ。残ってた分だけでどれだけ動けるか~!」

 

 

 

 

 



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遭遇

▽△▽――――――▽△▽

 

 参番組、死者9名。

 負傷者17名。

 

 本来なら、発電機代わりに使っていたモビルスーツを出してもなお、倍以上の死人が出ておかしくなかった。相手はギャラルホルン。こっちが全滅したところで、誰も不思議だと思わないだろう。

 だが、あの青いモビルスーツ………ミカが乗った〝バルバトス〟と似た面影のモビルスーツが現れ、参番組を取り巻く戦局は一変した。

 終わってみれば、ギャラルホルンのMW隊は壊滅。

 襲撃してきた3機のモビルスーツも全滅。パイロットは、1人を捕虜にし、もう一人の………若い士官は意識不明で医務室に横にし、最初に撃墜されたモビルスーツのパイロットは、行方不明だ。コックピットに誰も乗っていなかった。

 今、点々とMWやMSの残骸が散らばる戦場で、参番組の少年兵らが疲弊した身体を引きずりながら、生き残っている者の救助やまだ使える残骸の回収に取り掛かっている。

 

「オルガ」

 

 仲間たちが点々と散らばって作業する戦場跡を丘の盛り上がった部分から見下ろしていたオルガは、自分を呼ぶユージンの声に「あん?」と振り返った。

 

「あん? じゃねえよ。どうすんだよ、アレ。ギャラルホルンの士官サマを捕虜にしろだの言ったっきり、何にも言ってこねえじゃねえか。コックピットからも出てこねえし」

 

 ユージンが示す先、作業中の仲間たちを見下ろすかのように、右肩に巨砲を携えた青いモビルスーツが静かに佇んでいる。

 

「待つしかねえんじゃねえの?」

「んな呑気なこと言って………敵だったらどうすんだよ」

「敵だったら最初から俺らを攻撃すりゃいい話じゃねえか」

 

 その時、「おい」と二人の背に……ヒューマンデブリの赤い一本線が入ったCGSの制服を着た、昭弘が声をかけた。

 

「一軍が戻ってきたみたいだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 火星軌道上。

 ギャラルホルン火星支部宇宙基地〝アーレス〟

 その支部長執務室にて。

 

「何ィッ!? 失敗しただと!?」

 

 ボロボロの体でモニターに現れた、中隊長オーリス・ステンジャ二尉の報告に、「ええい……!」と苛立たし気に火星支部長…コーラル・コンラッドは片手で頭を掻きむしった。

 疲弊し、焦燥した様子のオーリスの顔が、執務デスク上の端末のみならず背後のモニターでも大写しにされる。おそらく着替える手間も惜しんだのだろう、ボロボロな身なりのオーリスは、

 

『モビルスーツも、私の機体を含め3機が撃墜。MW隊も、8割を失いました。やむを得ず、撤退を………』

「ふざけるなァッ!!」

 

 ガン!! とコーラルは激高し拳をデスクに叩きつけた。その手元には、クーデリア・藍那・バーンスタインのプロフィールデータが表示されている。

 何てことだ………!

 火星独立運動の旗頭だったクーデリア・藍那・バーンスタインが我々の襲撃により華々しい戦死を遂げる………。

 ヒロインを失った火星は今まで以上の混乱に陥り、地球への憎しみを強くする。

 

 そういう手はずだったというのに!!

 

『コーラル司令。恐れながら、今一度私めに汚名返上・名誉挽回の機会を! 二度と同じ過ちは………!』

 

 オーリスの進言など耳に入らず、拳のみならず自分の額すらデスクに激しく打ち付ける。額が若干赤く擦れたことなど、今のコーラルにはどうでもいいことだった。

 このままではノブリスからの援助はオジャン。

 しかもモビルスーツを失ったとなれば………!

 

「………ファリド特務三佐がこっちに着くのはいつだ!?」

「はっ。二日後には」

 

 控えていた部下が淀みなく答える。

 二日後、地球からの厄介な監査が待ち構えている。このままでは、監査局からの若造どものせいで、失脚は免れない………!

 コーラルはキッとモニター越しのオーリスに向き直った。

 

「いいか! それまでに何としてもクーデリアを捕えろッ!! 第3地上基地のモビルスーツ隊はお前に一任する! そして、戦闘の証拠は全て消せ! 相手ごと全てッ!!」

 

『了解いたしました! 吉報をお待ちください!』

 

 

 吉報だと、当然だ!

 一人残らず駆除しろ!

 これは命令だッ! 失敗は絶対に許されんぞォッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 そこから、夜更けまで〝ラーム〟のコックピットの中で待機した。

………腹減った。

 コックピットの中には、栄養バーすら無く、ただひたすらに空きっ腹を抱えて、夜が更けるのを待つ。奥にジャンプスーツが入っていたがさすがに服を食う訳にもいかず………

 下手に外に出ればCGSの大人たち………一軍に目を付けられる可能性があった。今は、第3話「散華」の辺り。ハエダやササイらが睡眠薬入りのメシを食って、縛られて転がされるのを待つしか………メシ………。

 

「………そろそろ、大丈夫だろ」

 

 阿頼耶識システム解除。ケーブルを解除し、自由になると端末のコマンドを操作してコックピットハッチを開く。

 ほとんど一日ぶりの外気を貪り、ラダーを使って機体から降りる。

〝ラーム〟の足元では、監視のための少年兵が、投光器を足下にあくびをかみ殺している最中だった。

 

「ふぁ………って、あれ!」

「コックピットから出てきたぞ!」

 

 よく見えないが、ガシャガシャ! という音は、おそらく銃のセーフティボルトを解除してこちらに構えたのだろう。

 

「ちょ、ちょい待ち。俺、は………」

 

 ちょっと空腹すぎて身体に力が入らず、思わず前のめりに倒れてしまう。

 

「え!? お、おい!」

「だ、大丈夫かぁ?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、まだ幼さの残る少年兵が2人、抱き起こしてくれる。

 うち一人は、顔のそばかすが特徴的な………この時点で本編では生き残っていることがあり得ない少年兵、ダンジ・エイレイだった。

 まあ、それはいいとして。

 

「め、メシ………」

「メシっつってもこんなのしか………」

 

 おずおずとダンジがポケットから栄養バーを取り出し、すかさず「いただき!」と我ながらみっともなくひったくって、包みを破いて一気に食った。

 

 バーベキュー味か。

 確かに、瞬間的に満腹感を感じることができるが………栄養になった気はしない。無理やり腹を膨れさせられたような気分だ。

 足りん。

 

「も、もっと………」

「もっと、って言われても………」

「俺持ってるぜ」

 

 今度は、確か1話の初っ端から狙撃兵に殺された少年兵か? 差し出されたそれを「いただきます!」と、恥も外聞もなくひったくって………

 

 今度は野菜味か。

 だが、やっぱり栄養になった気がしない。空腹感を無理やり麻酔か何かで中和させられたような、そんな感じだ。

 足りん。

 

「もっと」

「ええぇ~!?」

「な、何なんだよアンタ………」

 

 こっちは命の恩人だぞ。

 

「どうするダンジ?」

「どうするったって………とりあえず出てきたら知らせろって言われてるし、食堂、連れてくか」

 

 立てるか? なんて言われてしまったので、さすがに「よっ」とよろめきつつも立ち上がる。

 

「恩に着るぜ。えーと………」

「俺はダンジ。こっちは、イリアムだ」

 

 よろしく、とそれぞれ握手する。てかこの最初に死んだ少年兵、名前あったんだな………。

 

「俺は、蒼月駆留だ。カケルって呼んでくれよ」

「うっす」

「んじゃ、まず食堂案内するから。イリアムは団長かユージンさん呼んできてくれよ」

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「………さて、これからCGSは俺たちのものだ。さあ選べ。俺たち宇宙ネズミの下で働き続けるか、それともここから出て行くか」

 

 一軍のハエダとササイを見せしめに殺し、その夜、CGS参番組によるクーデターが決行された。

 睡眠薬入りの食事ですっかり無力化されていた一軍の大人たちはなす術も無く、残るか去るか、それか殺されるかを選ばされる。唯一、会計担当のデクスター・キュラスターは退職を許されず、半ば強引に押し留められることになるが。

 退職するCGS一軍、それに参番組の退職希望の少年兵らには、新たにリーダーの位置に収まったオルガの意向により、退職金が手渡される。ユージンはそれに反発し、短い間だがオルガとの間に火花を散らす。結果的に一軍からの残留組、トド・ミコルネンが宥めるような形になるが。

 

 

 

 



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夕焼けの戦い

 

▽△▽――――――▽△▽

 

………で、結局翌日の昼過ぎぐらいまで待たされていた。どうやら昨夜のクーデター騒ぎで、オルガ以下幹部組はてんやわんやになっているらしい。

 その間、とりあえずメシをいただきつつ、戦場に放置したままの〝ラーム〟をCGSの敷地内に入れ、推進剤の補充と簡単な整備、それにバックパックからガトリングキャノンの給弾作業を行う。

 モビルスーツ整備に関する簡単な知識は、どうやら脳内の情報チップのおかげで頭の中に入っているらしく、ほとんど新品同然の〝ラーム〟の作業が一通り済むと、今度は〝バルバトス〟の方にもちょっかいをかけてみる。

 すっかり昇った日差しに照らされて、〝バルバトス〟は静かに、再び戦う時を待っているかのようだった。

 

「ちょ………カケル! ……さん。その機体は三日月さんの」

「少しぐらい大丈夫だろ。別に壊しはしないって」

「でも………」

 

 監視役のダンジを宥めつつ、とりあえず〝バルバトス〟の前に立つ。

「鉄血のオルフェンズ」最初期の〝バルバトス〟は、ほとんどまともに整備されていない機体で、確か関節部に妙な負荷がかかっていたと三日月が言っていた気がする。

 情報チップのおかげで脳内にインプットされている技術知識でどこまでいけるかは分からないが………

 MW用の簡単なバンカーを一つ抜けると、開けた場所に〝ガンダムバルバトス〟の姿を捉えることができた。膝をつき、ただ静かに次の戦いを待っているかのようだ。

 せり出した胸部コックピットに取りついて作業している少年は、タカキ・ウノとヤマギ・ギルマトン。

 数少ない参番組の理解者である浅黒い肌の大人、雪之丞・ナディ・カッサパは小さなコンテナに腰を下ろし、一人煙草休憩としゃれこんでいた。

 

「おやっさんは残ってくれるんだ」

「まあなぁ。俺も年食っちまった。ガキのお守りぐらいの仕事がちょうどいいのさ」

「おやっさん、友達いなそうだしねぇ」

「外でやってけなさそうだしね~」

「おう。よくわかってるじゃねぇか………」

 

 あははは、と賑やかに笑うタカキたちとは裏腹に………見れば輝かんばかりの金髪の少女、クーデリア・藍那・バーンスタインが質素な姿でふらりと現れ、足下に落ちていたボルトを拾い、なにやら思い悩んでいる様子だった。

 

 そこに、荷台取付型のモビルワーカーから飛び降りたオルガが姿を現す。

 

「おーい! こっちに三日月はいるかぁ?」

「おぉ? こっちにはいねえぞー」

「そっかぁ………ん?」

 

 そこで、オルガが背後で所在なげに佇んでいたクーデリアの姿に気が付く。そこから、クーデリアはさらに苦悩を深めるのだろう。

 

「………って、おめえさん。ナニモンだ?」

 

 ようやくこちらの姿が目に入ったようで、雪之丞が怪訝な表情で立ち上がった。

 

「俺ですか? 俺はカケルって言います」

「あの青いモビルスーツのパイロットですよ! さっきから〝バルバトス〟が見たいって聞かなくて………」

「こいつか? 厄祭戦時代の骨董品だぜ。………そういや、もう1機も同じフレームの………」

「俺の〝ガンダムラーム〟も、〝ガンダムバルバトス〟同様、厄祭戦時代に製造された〝ガンダムフレーム〟をベースとする機体です。汎用型の〝バルバトス〟と違って、〝ラーム〟はガトリングキャノンの運用機として火力重視の側面が強いですけど………」

 

 ほお、と感心したように雪之丞が息をついた。

 

「モビルスーツには詳しいみてえだな」

「軽くかじった程度ですけどね。お手伝いしましょうか?」

「そう言ってくれると助かるんだが………てかお前さん、傭兵か何かか? あんなモビルスーツ一人で乗り回して………」

 

 答えようと口を開きかけたが、視界の端でクーデリアが去り、一人残されたオルガが困惑した表情で後頭部を掻きむしっているのが見えた。

 

「あ………」

「すいませーん! オルガさん!」

 

 一足先に、ダンジがオルガへと駆け寄る。

 

「おう。どうしたダンジ?」

「どうしたもこうしたもないすよ~! 青いモビルスーツの人、どうするんすか?」

「おっと。そうだった。忘れてたぜ」

 

 忘れてたのかよ。

 そこでようやく、こちらの姿を見たオルガが歩み寄ってきた。

 

「あんたが、えーと………」

「蒼月駆留。カケルって呼んでください」

「おうそうか。オルガ・イツカだ。昨日は助かったぜ」

「お役に立てたのならなにより」

 

 固く握手を交わし合う。大きく、それにこれまでの過酷な経験を感じさせる硬い、少し冷たい手だった。

 

「………で、アンタ何であそこにいたんだ。この辺りには同業者はいねえはずだが」

 

 早速、核心を突いてくるな。だが「転移してきましたww」なんてほざいても、イカれてるとしか思われないだろうし。

 

「クーデリア・藍那・バーンスタイン」

「………ほぅ?」

「火星独立運動の象徴であるクーデリア・藍那・バーンスタインが地球経済圏・アーブラウとの交渉に臨むと聞きましてね。………失礼ながらCGS程度の装備では護衛として心もとないと思い、自分を売り込みに来たんですよ」

「なるほどな」

 

 ただ、とここで首をすくめてみせる。

 

「CGSはクーデター騒ぎでこれからどうなるか分かりませんし、クーデリアさん自身も去就を決められていない。もしよかったら、モビルスーツの整備とか、護衛のお手伝いをさせてもらえたらと思ったんですが」

 

 

 そいつは助かる。と油断のない表情ながら、それでもフッとオルガは口元を緩めてみせた。

 

「だが………これから俺らは、下手すりゃギャラルホルンとやり合うことになる。その意味、分かってるんだろうな?」

「最悪、俺も一生追われる身になるということですよね? それを承知の上で、こうやってお話しているんですよ」

 

 あくまで冷静に。ジッとオルガの双眸を見返してやる。

 雪之丞、タカキ、ヤマギ、ダンジに……気づけば辺りにいた少年兵らが、事の次第を遠巻きに見守っていた。

 

「ふ………じゃあ止めねえよ。一人身なら、メシと補給・整備はこっちで持ってやる。だが、クーデリアへの売り込みは、自分一人でやりな。まあ、それもどうなるか分からねえが」

「ありがとうございます。もし………我が儘な申し出ですけど、売り込みが断られたり、そもそも地球行きを断念するようなことがあれば、俺を、あんたの仲間にしてくれませんかね? 〝ガンダムラーム〟共々。お役に立って見せますよ」

 

 モビルスーツを2機、それにギャラルホルンMWを多数。〝ラーム〟単体でのこの戦果を、オルガは今思案の鍋の中に放り込んでいるはずだ。

 

 果たして、

 

「いいぜ。あんたには命の借りもある。兵隊としても使えそうだしな。……いざって時は、俺の下で働かせてやるよ。内定だ」

「ありがとうございます」

 

 これで、最悪の場合鉄華団の一員として引っ付いていくことが可能になった。

 

「だがな。肝心のお嬢さんはあんな調子だし、金はマルバが………」

「オルガ!」

 

 その時、少年兵にしては恰幅のいい……参番組の参謀ビスケット・グリフォンがオルガに声をかけてきた。その手にあるのは、一枚のタブレット端末。

 

「デクスターさんが、資産の合計が出たって」

「分かった。すぐ行く。じゃあ、後はおやっさ……雪之丞さんと詰めてくれ。整備関係は任せてある」

 

 それだけ言うと、オルガはビスケットの後に続き、CGSの建物内へと入っていった。

 きっとこれから、デクスターさんがまとめた収入と支出で一喜一憂することになるのだろう。

 

「さて、それじゃあ改めて。よろしくお願いします。雪之丞さん」

「おやっさん、でいいぜ」

「んじゃ、おやっさん。………早速ですけど〝バルバトス〟の関節部用の駆動ポンプって………」

 

 基本的に、皆排他的ではないらしく、1時間としないうちにすっかり溶け込むことができ、〝バルバトス〟の簡単な整備と改修に取り掛かることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 火星の荒野を、6機のモビルスーツがスラスターを噴かして疾駆する。大規模な演習でもなければ、一度に6機のモビルスーツ………〝グレイズ〟の姿を見ることなどできないだろう。

 だが、オーリス・ステンジャ二尉を隊長とするものモビルスーツの目的は「実戦」である。CGS本部強襲失敗の雪辱を晴らすため、ギャラルホルン火星支部第3地上基地の出撃可能な全モビルスーツを以てして、再度戦いを挑むのだ。

 

「ふ………いいか! 我らの目的はクーデリア・藍那・バーンスタインの確保。そしてCGSとそれに関する一切の抹消である! いいかッ!〝一切〟だ!! 敵の降伏など認めてやることはない。残らずすべて駆除し、破壊しつくせ!」

 

 了解! と随伴する5機の〝グレイズ〟からの呼応。

 と、昨日の屈辱的な脱出劇を思い起こし、オーリスは思わず歯ぎしりした。厄祭戦時代の骨董品のようなモビルスーツに後れを取り、乗機を失い、這う這うの体で基地まで戻ったのだ。………この屈辱、決して忘れてはならない。

 

 必ずや憎き仇を討ち、何もかもを灰燼に帰してくれる。

 

「続けッ!! 後れを取るな!」

 

 

 勇ましく吼えるオーリスに続き、計6機の〝グレイズ〟は敵地へと迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 もうそろそろ、夕方か………

 原作では、陽が沈み始める頃、クランクの〝グレイズ〟が決闘を挑みに現れた。

 だが今、当のクランクは捕虜として、地下の一室で捕らえられている。アイン・ダルトンは、乗機が〝バルバトス〟のメイスを食らった際に、どこか脳機能にダメージを食らったのか………外傷はほぼ癒えたものの目を覚まさない。

 唯一の不安要素はオーリス・ステンジャ。あの後、コックピットに乗っていなかったらしい。コックピットは、それほど損壊しておらず、身体だけ吹き飛ばされた形跡もない。おそらく、乗機を捨てて逃走したのだ。

 

 だとすると、もしかしたら今日挑んでくるのは……オーリスかも知れない。

 そして、オーリスなら単機で決闘を挑むような潔い真似はしないはずだ。

 

 ようやく〝バルバトス〟足回りの整備が完了し、カバーと装甲を取り付け直し、全て問題ないことを確認すると………〝ラーム〟が駐機している方へと足を向けた。

 とりあえずできる限りのことはした。足回りの不具合も、多少は改善されているだろう。それでも、すぐにでも本格的な設備で改修する必要があることには変わりはないが。

 

「あれ? カケルさん」

「どこ行くんすか?」

 

 工具箱を抱えたタカキと、ふらりと現れた利発そのものの少年、ライド・マッスに声をかけられる。

 

「ちょっとね。〝ラーム〟の試運転に行ってくる」

「あ、了解です」

「だったら俺操縦してみてー!」

 

 目を輝かせるライドだがタカキは諫めるように、

 

「ダメだよライド。MWでだってまだ実戦出たことないのに」

「MWのシミュレーションこなしたから大丈夫だろ」

 

 等々仲良く言い合う様に微笑ましさを感じつつ、「行ってくるよ~」と、〝バルバトス〟同様跪いてパイロットの帰還を待つ〝ラーム〟のコックピットへと、俺は再び舞い戻った。

 

 全システム・オンライン……オールグリーン。

 阿頼耶識システムとの接続……良好。

 スラスター残量……MAXで問題なし。

 ギガンテック・ガトリングキャノンの弾数……FULL。

 

 機体を立ちあげた瞬間、おそらく外から見れば、一度〝ガンダムラーム〟のツイン・アイが輝いたのが見えたことだろう。

 

『………んん? どうしたカケル?』

「すいませんおやっさん。ちょっと〝ラーム〟の試運転に行ってくるんで」

『〝グレイズ〟の最終調整、手ぇ貸して欲しかったんだが………』

「一周したらすぐ戻るんで!」

 

 周囲の資材を吹き飛ばさないよう気を付けて進み、安全な地点に出た所で、一気にスラスターを吹かす。

 スラスターは良好。動きも問題はない。

 ギャラルホルンの動き、杞憂だったらいいのだが………

 

 

 が、その時。〝ラーム〟のセンサーがエイハブ・リアクターの反応を………6個捉えた。

 

 

 

 



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散華

2話で区切っても中途半端なので、少し長めです。


▽△▽――――――▽△▽

 

『監視班から報告。ギャラルホルンのモビルスーツが……6機ッ!!』

「んな………っ!」

「6機だとォッ!?」

 

 社長室に詰めていたオルガやビスケット、ユージンら面々に衝撃が走った。

 

 民間軍事会社一つ潰すには………あまりに規模がデカすぎる。

 それだけ………ギャラルホルンを本気にさせちまったってことなのかよ………!

 

 オルガは人知れず、ギリッと歯ぎしりした。

 先ほどまでやすりを振り回して、ニヤケ面でクーデリアをギャラルホルンに引き渡して金を………云々抜かしていたトドは、すっかり青ざめきった表情で、

 

「あ、あいつらの目的はお嬢さんなんだろ!? こうなったらもうさっさと引き渡すしかねえよ!」

 

「そんなことより状況の把握だ! 全員、戦闘配置につけッ! ミカはどうした!?〝バルバトス〟にも出張ってもらうぞ!」

 

「はァッ!? モビルスーツ6機と………」

「やり合おうってのか? こりゃあまた………」

 

 呆れるやら驚くやら、忙しく表情を変える背後のユージンとシノ。

 さすがにビスケットも、

 

「お、オルガ………さすがにモビルスーツを6機も相手にするなんて………!」

「そ、そうだそうだっ! こんなトコでヤケになっちゃあいけないよォ~。ここは大人しく………」

 

 だがその時、凄まじい衝撃が、激しくCGS本部全体を揺さぶり、猫なで声で言いくるめようとしていたトドを強引に黙らせた。

 重砲……モビルスーツのライフル射撃による着弾だ。それも近い。

 

『か、管制塔に食らいました!』

「ち………あっちは殺る気満々ってことか」

 

 もうグズグズしては居られない。仲間たちはオルガの命令を待っている。

「出るぞ!」と怒鳴り、オルガは社長室から一気に駆けだした。

 

「で、でもよォ、オルガ! いくら何でも6機も相手にしてたら………」

 

 とその時、〝ヴァアアアアアアアアアア!!!!〟という、既に聞き慣れた発射音が、瞬間、オルガたちの鼓膜を打った。

 

「こ、これって………」

「カケルの〝ラーム〟だ。………こっちにはモビルスーツが2機ある。分の悪い賭けじゃねえ」

 

 

 

 ミカと組ませりゃ………百人力だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「食らえッ!」

 

 短く発破し、トリガーを引く。

 ギガンテック・ガトリングキャノンの砲口が炸裂し、数百もの100ミリ弾をばら撒く。

 迫る〝グレイズ〟隊の足元を嘗めるように放たれた射撃は、次の瞬間、回避し損ねた1機の〝グレイズ〟に着弾。脚部が、腹部が、そして頭部が………着弾の閃光と、炎と、爆煙の中に閉ざされ、数秒後にはひしゃげた鉄塊と化していた。

 だが、ようやく撃墜できたのは1機だけ。

 その間に5機の〝グレイズ〟は一気に距離を詰めてくる。

 

『ふん!』

 

 弾幕も空しく1機の〝グレイズ〟に肉薄され、コンバットナイフを出す間もなく、やむなくガトリングキャノンの砲身で、〝グレイズ〟のバトルアックスを受け止めた。

 損傷は軽微でまだ発射に耐えられるが………そう何度も使えるものではない。

 

『先の戦いでは後れを取ったが、今度こそ潰してやろう!』

「ふざけッ!!」

 

 あれは、オーリスの声だ。何度聞いても耳障りなことこの上ない。

無理やり、〝ラーム〟の大出力にものを言わせて弾き飛ばし、ガトリングキャノンを再度乱射。

 だが数発を当てただけで回避されてしまう。

 そして逆に、何発ものライフル弾を食らい……コックピットは何度も衝撃に襲われた。

 

「う………っ!」

 

 さすがに1対6は無謀か………!

 そろそろ、三日月の救援が欲しい所だが。

 刹那、コックピットのセンサー表示が………2機の〝グレイズ〟が〝ラーム〟を飛び越えて、CGS本部の方へと向かっていることを知らせてきた。

まずい!

 まだ準備ができていなかったら………!

 だがその時。見ればCGS本部から、凄まじいスラスターの閃光を発せられ、何か白い影が………飛翔した。

 

〝ガンダムバルバトス〟だ。

 本体重量28.5tとは思えない、あまりに身軽さを感じさせるその飛翔だったが、今度はその重量と重力を位置エネルギーに変換し、ちょうど着地点に差し掛かった〝グレイズ〟の頭部を、巨大メイスによって胸部コックピットごと潰し、地面へ沈める。

 そして振り返り際に薙いだ一撃で、もう1機………これも胸部と頭部を潰して吹き飛ばした。

 わずかな間に2機も………三日月・オーガスと〝バルバトス〟は屠って見せたのだ。

 

『お待たせ』

「いや、そんなに待ってない」

 

 負けてられないな。

 ほとんど一瞬のうちに2機を潰され、驚愕したのが回避機動を緩めた1機の〝グレイズ〟に照準を合わせる。

 トリガー引き、ガトリング砲を発射。〝グレイズ〟1機の胴体を激しく打ち据え、敵機はプスプスと各所から火花と煙を吐き、やがて動きを停止させた。

 

『そ、そんなバカな!? わずかな間に4機も………ぐお!?』

 

 ライフル弾がオーリスの〝グレイズ〟を直撃する。誤射か?

 いや………見れば、ボロボロながらも頭部や各所に改装を施された〝グレイズ〟がCGSの敷地内から姿を見せた。

宇宙に出てからが初登場のはずの〝グレイズ改〟か。

 

『パイロット、誰?』

『俺だ』

 

 特徴的な野太い声。昭弘・アルトランドだ。

 

『損傷はかなり激しいが………援護射撃ぐらいなら、やれる!』

『分かった。じゃ、お願い』

 

 メイスを構え直し、〝バルバトス〟は残る2機へと襲いかかった。

〝グレイズ改〟それに〝ラーム〟は援護射撃を加え、2対1の連携を敵に取らせないよう、その動きを妨害する。

 

『ぐ………おのれェッ!!』

 

 咆哮するオーリスの〝グレイズ〟目がけてガトリングキャノンを乱射。これで、残り1機との連携ができなくなる。

 その間に〝バルバトス〟は1機の〝グレイズ〟へと肉薄。さほど練度は高くないのか、もうほとんど止まった状態でライフルを撃ちまくるだけだ。メイスの有効内に入るその瞬間まで。

 

『ひ………!』

 

 ギャラルホルンのパイロットは、断末魔を上げる間すら与えられなかった。

 メイスの一突きによって、コックピット部分を無残に抉り飛ばされ、力なく倒れる〝グレイズ〟。

 残りは、オーリス機ただ1機のみ。

 もうほとんど、チェックメイトだ。

 

『お、おのれ………おのれおのれオノレオノレエエエエエエエェェェェェェええええっ!!!』

 

 狂ったように絶叫し、〝バルバトス〟へと襲いかかる〝グレイズ〟。

 すかさず牽制射撃を………だが〝バルバトス〟を巻き込む危険があり、もうここは、三日月一人に任せた方がいいのかもしれない。

 次の瞬間、〝バルバトス〟のメイスと〝グレイズ〟のバトルアックスが激しく激突した。

 

『貴様ら………CGSのドブネズミどもッ!! 社会の底辺どもがこの私にいいいいいィィィィィィッ!!!』

『は? 何言ってんのお前』

 

 いら立った様子で、三日月の〝バルバトス〟は〝グレイズ〟を押し飛ばす。

 そして勢いをつけて飛びかかり、

 

『俺は、俺と仲間たちのために………できることをやってるだけだ。で今は……とりあえずアンタが邪魔だッ!!』

 

 

〝バルバトス〟のメイスが繰り出す鋭い閃撃が、次の瞬間オーリスが乗る〝グレイズ〟の手からバトルアックスをもぎ取り、宙へ吸い込まれるように吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ガン!! と〝グレイズ〟の手からバトルアックスが弾き飛ばされる。

 それは、くるくると宙を舞いながらやがて落下し………少し離れた荒れ地で戦いを見守るオルガたちのすぐ傍に落下した。

 激しく土煙が吹き荒れ、大騒ぎする中で誰もが……身を低くするか腕で顔を守り、目を瞑る。

 そんな中オルガだけが、激しい土煙などものともせずに、三日月の戦いをただ静かに見守っていたのだ。

 そして無防備と化した〝グレイズ〟の胸部に、〝バルバトス〟はそのメイスを打ち込む。

最後の〝グレイズ〟のコックピットが破壊され、瞬間的に迸る火花と閃光。

 

 

 その光の中に………オルガは自分たちが歩むべき未来、辿り着くべき〝本当の居場所〟への、その道筋を見出した。

 

 

「鉄華団」

「え?」

 

 傍らで同じく戦いを見守っていたクーデリアが、驚いたように顔を挙げる。

 オルガは、真っ直ぐ眼前の戦いを見据えたまま、

 

「俺たちの新しい名前。CGSなんてカビ臭い名前を名乗るのは癪に障るからな」

「テッカ………〝鉄〟の〝火〟、ですか?」

 

 そんなクーデリアの問いかけに、「いや」とオルガは否定し、しばし地面に視線を向け、そして瞑目する。

 再び前を見定めた時、そこには再び、迷いのない真っ直ぐなオルガの瞳が、目の前で繰り広げられている戦いを静かに映し出していた。

 

「〝鉄〟の〝華〟だ」

 

 

 決して散らない、鉄の華だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その後、地上でギャラルホルンが襲ってくることは無かった。

 CGS改め〝鉄華団〟は、襲撃してきた6機の〝グレイズ〟を鹵獲、何機かは修復すれば稼働できる状態で、昭弘の〝グレイズ改〟と並び、鉄華団の貴重なモビルスーツ戦力か転売して資金源となってくれるだろう。

 乗っていた敵パイロットは、全員死亡していた。オーリス・ステンジャもコックピット内で無残な状態で発見され、他の遺体と同様火葬された。

〝ラーム〟で残った最後の〝グレイズ〟をCGS敷地内まで抱え、バンカーの一つに押し込む。元の主であった数機のMWは追い出され、肌寒い夜空に整列してその身を晒していた。

 

「やらかしてくれたなァ! 三日月よぉ!」

 

〝ラーム〟から降りると、トドとユージンが、呑気に火星ヤシを口にしている三日月に詰め寄っていた。

 

「そ、そうだよ! どーすんだよ! 完全にギャラルホルンを敵に回しちまって………」

 

 いいじゃん、勝ったんだからさ! と気楽な様子なシノに「そういうんじゃねーだろっ!」と怒りの矛先を変えるユージン。

 トドはぶつくさと、

 

「うまく交渉すればおめー、金にだってなったかもしれねぇのに………!」

 

 万が一、引き渡して金が入ったところで、その後殲滅されて終わりだろうけどな。そう思ったが口にはしない。

 とりあえず近くにいたダンジの傍で、事の次第を見守る。

 

「これから俺たち、どうなるんだろ………?」

「全てはクーデリアの意思次第だな」

 

 え? と驚いたように顔を上げるダンジに、ニッと笑いかけてやる。

 

「あの!」

 

 事態の膠着を打ち破ったのは、意を決して姿を見せたクーデリアだった。

 

「何の用です?」

 

 振り返ったオルガに、一瞬視線を落とすクーデリア。だが逡巡はほんの1秒足らずだった。

 

「私の………私の護衛任務を続けてください! そうすれば、当面の活動資金は何とかなるのでは?」

 

 お嬢様……! と付き人のフミタン・アドモス女史が異を唱えようとするが、クーデリアはサッとそれを手で制す。

 

「お父様の許可は必要ありません。資金を出してくれる人物には、当てがあります。………独立運動のスポンサーとして、わたしを支えてくれていた人物、ノブリス・ゴルドン」

 

 その人名に、息を呑んだのはビスケットだった。

 

「の、ノブリス………!?」

「誰?」

「名前は聞いたことあるぜぇ。何でもすげぇ大金持ちだって………」

 

 だったら資金的には一息つける………と、ビスケットが安堵の息をついた瞬間、重苦しい事態が打開できる可能性を感じたのか、伝播したように周りの雰囲気が一気に明るくなった。

 

「そうですよ! それに俺たちには三日月さんと、モビルスーツがある! ギャラルホルンなんか怖くないですよっ!」

「だよなっ!」

 

 そんなタカキとライドに、特に関心は無いのかポケットから火星ヤシをつまむ三日月。

 おいおい、そんな楽観的な………! と呆れた風のトドだが、すっかり周囲は差し込んだ希望で賑やかになっていた。

 

「カケルさんの〝ラーム〟もあるしな!」

 

 嬉しそうなダンジに俺も、思わずニヤリとなる。

 そんな中オルガは、ジッと黙って………クーデリアの方を見据えた。見定めるような雰囲気と視線を纏いつつ。

 

「………」

 

 その視線に気圧されたのか、クーデリアは息を呑み、表情を硬くする。仕事を受けるか受けないかは、オルガ次第だ。

 だが、オルガにだって………オルガだからこそ分かっているはずだ。生き残るため、自分が、自分たちが今何を為すべきか。

 鋭い視線を解き、フッとオルガは打って変わってニヤリと笑った。

 そして、恭しく胸に手を当てて仰々しく礼をする。仕事を与えてくれた依頼主に対する当然の礼儀として。

 

「引き続きのご利用ありがとうございます。俺たち鉄華団は、必ずあなたを無事……地球まで送り届けてみせましょう」

 

 クーデリアの表情が一気に明るくなった。

 

「よろしくお願いします………!」

 

 だが、話の進行を把握できていないユージンは「ちょ、ま、待てオルガ!」と詰め寄ろうと、

 だがその前にタカキが首を傾げて、

 

「てか、鉄華団ってなんすかぁ?」

「俺たちの名前だ。さっき決めた」

 

〝鉄華団〟。オルガがその名を口にしたその時、CGSという旧名が死に、新しい自分たちの名前が………彼ら少年兵らの間に広がった。

 決して散らない、鉄の華。

 居場所のない子供たちの、硝煙の匂いに閉ざされつつも暖かい、家。

 

 ユージンは「はぁ!? 待て、なに勝手に決めてんだよ!?」と納得できていない様子。

「うわ、かっけェ!」とシノははしゃぎ、「ね? いいっすよね三日月さん!」とタカキも嬉しそうだ。

 

 そして三日月も「いいね………!」と表情を緩ませつつ、また火星ヤシを口に運んだ。

 

「はァ~!? こういうのはもっと慎重にだな………」

「こまけ~なぁ。てめ、ハゲんぞ」

「んな!」

「まあまあ」

「つか、〝ハナ〟って何だ?」

「新しい名前っつーのはいいっすねェ!」

 

 気のいい少年兵たちの賑やかなざわめきに暖かな表情を見せつつ、クーデリアはふと、間もなく夜を迎える空を見上げた。

 その夜空の果てに………彼女が目指す地球がある。

 

 

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ第3話「散華」(終)

 

 

 

 

 

 

「って! エンディングの前にちょっと!」

 

 俺もクーデリアから仕事を受けないといけないんだった!

 

「んあ?」

「誰、あいつ?」

「見慣れない奴だな。いついたんだ?」

「気づかなかったぜ………」

 

 等々散々な言われように辟易としつつも、俺はクーデリアの前に歩み寄った。

 ああそうだ。とオルガも後ろ頭を掻きながら、

 

「こいつが青いモビルスーツのパイロットだ」

「この方が………」

「どうも。蒼月駆留といいます」

「俺たちが助かったのはこいつのお陰でもある。よかったら一緒に仕事させてくれませんかね? モビルスーツもそうだが、パイロットとしても見どころがある」

 

 自分で交渉しろと言っておいて、わざわざ紹介までしてくれるのか。

 さすがオルガ。筋が一本通ったいい奴だ。

 

「分かりました。十分な報酬をお支払いできるかどうかは現状分かりませんが」

「衣食住の支給と、モビルスーツの維持整備・補給はそちら持ちでお願いします。報酬は………全てが終わった後に俺にふさわしいと思う値段を、付けてください」

 

 こくり、とクーデリアが頷く。とりあえずは契約成立だ。

 

「俺も、地球まであなたの安全のために、全力を尽くします」

「衣食住うんぬんは俺らで面倒見て、後でお嬢さんに請求を渡す。………ビジネスパートナーってやつだ。よろしく頼む」

 

 再び差し出される手。

「よろしくお願いします」と握り返すと、先ほどよりは少し………温かみを感じることができた。

 

 

 

 CGS……改め鉄華団の喧騒は、夜が更けてもしばらく収まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第2章 宇宙へ
赤い空の向こう


▽△▽――――――▽△▽

 

「アイン………」

 

 鉄華団本部の医務室。

 診察ベッドの上で、昏睡状態のアイン・ダルトンが横たえられている。

 頭や身体中に包帯やメディカルバンドを巻かれたアインの痛々しい姿に、その傍らに立つクランクはギュッと拳を握りしめていた。

 

「………俺たちの現状ではこれが手一杯です。医者に連れて行こうにも、途中で襲撃される恐れがあり、連れて来ようとしても同様です。外傷はほぼ癒えているので、後は意識の回復を待つだけかと」

 

「感謝する。アインの命が助かっただけでも………」

 

 捕虜になった後、クランクは物置を片付けた即席の独房に、一軍を追い出した後はその寝ぐらの一つに、外から鍵をかけて閉じ込めていた。一日何度かの外出と用足し、三度の食事にシャワー。オルガ達はこのギャラルホルン士官に、可能な限りの待遇を与えていた。

 そして今日、ようやく鉄華団の立ち上げ騒ぎがひと段落し、クランクのアインへの面会が叶ったのだ。監視付きだが。

 まさか「じゃあ、カケル頼むわ」と言われるとは思わなかったが………

 

「だが………このままで済むはずがない。ギャラルホルン火星支部は、クーデリア確保を諦めていないだろうからな」

「クーデリア嬢が安全に地球まで辿り着けるようにするのが、今の俺と……鉄華団の仕事です」

「………子供たちだけで、か? 少年兵だけで一体何ができると………」

 

 そこにあるのは子供への侮蔑はなく、危険な道を進もうとする鉄華団ら少年兵を、ただ純粋に心配しているのだろう。

 俺は、背の高いクランク二尉の面立ちをじっと見上げた。

 

「できるできない、じゃなくてやるしかないんです。今の俺たちにはそれ以外の選択肢はない」

「それは違うぞ! こんな危険な仕事などしなくても他に………」

「ここにいる連中はみんな、家族に捨てられたか死別し、地球の植民地同然の火星の経済難や教育インフラの未整備のせいでまともな仕事にも就けずに、ここに来るしかなかった奴らばかりです。そういう世の中なんですよ。ギャラルホルンと、4大経済圏が立て直した〝世界〟というのは………」

 

 く………! とクランクは歯噛みするが、反論することができないのだろう。

 だがそれは、クランク一人に責任があるわけではない。

 

「だから俺たちは行くんです。こんな日々に終止符を打つために、自分の未来を変えるために………希望を、見つけるために」

「………」

 

 握りしめた拳を震わせるクランク。そのまま俯き、しばらく沈黙する。

 

「………できることなら、今すぐお前たちの力になりたい………! だが俺はギャラルホルンの人間だ。俺には原隊に復帰する、責任がある」

「軍人としての良心に忠実であるべきだと、俺もそう思います。ですがここであなたを解放する訳にはいきません。………今あなたを解放したら、きっと殺されますよ?」

「だろうな。火星支部長……コーラルならきっと、いや必ず俺を殺すだろう。だが部下に責任が行くぐらいなら………! それに俺の存在が火種になるようなら………」

 

 俺は首を横に振った。

 

「今はむしろ、あなたを解放した方が火種になりかねない状態です。ギャラルホルン火星支部は今、部隊の多くを失ってこちらの出方を伺っている状態です。どんな形であれ刺激すれば、そこからまた戦闘が始まる………大勢の死者が出る」

 

 クランクは、何も答えようとしなかった。

 軍人として厳格で、それでいて人間としての良心に忠実なこの士官は、自分の古巣が為した不正義に、今はただ身体を震わせて耐え忍ぶしかないのだ。

 彼と、アインの処遇については、もうオルガと話がついている。

 

「クランクさん。貴方には、俺たちと一緒に地球に来てもらいます」

「何? 地球だと?」

「はい。このまま火星にいればどうなるか分からない。まともな形で原隊復帰することも叶わないと思います。ですが地球に行けば………少なくとも火星支部長コーラル・コンラッドの影響外です。そこで話を聞いてくれるギャラルホルン部隊に、貴方を引き渡す。もしまともな部隊が残っていればの話ですけど」

 

 クランクとアインを火星から引き離してしまえば、これから手薄になる鉄華団火星本部がクランクを原因に戦いに巻き込まれることは、まず無くなるだろう。

 

「よかろう。この身柄………すでにそちらに預けた身だ。だがせめてアインだけでも……無事に復帰させてやりたい。ギャラルホルンには彼のような清廉で優れた人材が必要なのだ」

 

〝グレイズ・アイン〟で大暴れするアレが………? と一瞬、ずっと先のことを思ってしまったが、さすがに口には出さない。上手くいけばグレイズ化を阻止することだってできる、かもしれないのに。

 

「じゃあ、そろそろ部屋に戻ってもらってもいいですかね?」

「ああ。アインの無事も確認した。後は捕虜として、大人しくしていよう」

 

 診察室の外には、念のため団長命令で待機している二人の少年兵が。

 彼らが持つアサルトライフルに目を落とし、クランクはまた、表情を暗くした。

 

「………やはり、子供ばかりなんだな………」

「そういや、クランクさんってお子さんとかいらっしゃるんですか?」

「軍人一筋。嫁も子もいない。無粋不器用とよく言われたものだ。それに軍人は常に死と隣り合わせだ。おいそれと身を固めることなどできん」

「もったいないですね。クランクさんみたいな人がバンバン子供を育てたら、相当まともな世の中になるでしょうに」

 

 鉄血世界では数少ない正気な大人なんだから。

 やがて会話も少なくなり、クランクを再び一室へと入れ、外から鍵をかける。

 

「さて………」

 

 おそらく明日かそこいらに、火星から火星共同宇宙港〝方舟〟へと向かうことになるだろう。

 CGSが所有していた強襲装甲艦〝ウィル・オー・ザ・ウィスプ〟を接収し、次の戦いに備えるために。

 

 

 それまで………トレーニングとモビルスーツの整備と、やることは山ほどある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 日暮れ前。

 鉄華団本部から離れた、ある岩場で。

 

『何の用だ? 昭弘』

『こいつは、お前が?』

『ああ。お前らの契約に関するデータなんだろ? ビスケットが見つけてよ』

『これを俺に渡すってのが……! どういう意味かわかってんのか?』

『ヒューマンデブリ。お前たちがマルバの持ち物だって証。そいつが無くなれば自由になれるんだろ?』

『だからそれがどういう意味かって聞いて………っ!』

 

『お前たちはもう誰のモンでもねぇってことだ。恩を売る気もねェし………どこへ行くなり好きにしな』

『………』

『けどよ、残るってんなら俺が守る』

『……守る? ゴミクズ同然の俺らをか?』

 

 自嘲し、声を荒げる昭弘に、オルガは変わらずフッと気取った笑みを投げかけた。

 そして昭弘へ、その右手を差し出したのだ。

 

 

 

 

『一緒によ。でっけぇ花火、打ち上げようぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「花火、ね………」

 

 昭弘のその口元からは、自然と笑みがこぼれていた。

 

「おい! ………気合入れていくぞ」

 

 突然発破をかけてきた昭弘に、背後にいた二人……ヒューマンデブリ仲間のダンテ・モグロとチャド・チャダーンが「お、おう……」と戸惑ったように応える。

 彼らを先導していた鉄華団会計士、デクスターは、自分がどやされた訳ではないと安堵しつつも、

 

「事務手続きと、資材の搬入をするだけですけどね………」

 

 やがて、1機の定期シャトルが火星の民間共用宇宙港〝方舟〟へと打ち出される。

 そのカーゴデッキの大半が、鉄華団の〝資材〟のスペースで占められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その数日後、クーデリアら地球行きの面々もチャーターしたシャトルへと乗り込む。

 その光景を発着場のロビーで、残留する年少組の面々が見送っていた。

 地球に向かうのはクーデリアとメイドのフミタン。鉄華団の主要メンバーがほぼ全員。年少組も、タカキやヤマギ、ダンジに、エンビやエルガーといった幼くても整備や雑用で使える者たちが同行を許された。そして新たに鉄華団に加わった、三日月の幼馴染の少女、アトラ・ミクスタ。

 地球行きの手順は、まず低軌道ステーションまでチャーターしたシャトルで上がり、案内役オルクス商会の船で静止軌道上へ。そこに待機させている鉄華団の強襲装甲艦〝イサリビ〟に乗り換え、オルクス商会先導の下、ギャラルホルンの監視下にない「裏」の航路で地球へと向かう。

 

 一見すると順調そのものに見えるが、すでに案内役のオルクス商会はこの情報をギャラルホルンへとリーク済み。

原作通りなら低軌道上では裏切ったオルクス商会の強襲装甲艦とギャラルホルンのハーフビーク級とモビルスーツ部隊。それに同伴する監査局のビスコー級クルーザーが待ち構えているはずだ。

 それを見越して、先日昭弘たちが〝イサリビ〟へと乗艦するのに合わせ、俺と〝ラーム〟。それにクランクや昏睡状態のアインも〝積荷〟としてシャトルに紛れ込む。俺は〝ラーム〟に搭乗した状態で。クランクやアインは生命維持機能が取り付けられたコンテナに入って。

 そしてクーデリアや鉄華団の面々がシャトルで宇宙へと上がった今日。昭弘らは、前々からの段取りに従い〝イサリビ〟を低軌道上へと進めていた。オルガはすでに、オルクス商会やトドの裏切りを見抜いていたのだ。

 

 今、俺は〝イサリビ〟に収められた〝ラーム〟のコックピット内で、出撃準備を進めている。

 

「昭弘。シャトルとの合流は?」

『もうすぐだ』

「俺は〝ラーム〟で先行する。シャトルは任せたぞ」

『ああ』

 

〝イサリビ〟の艦体下部カタパルトデッキが展開。ハッチが開き宇宙空間がポッカリとその姿を現す。

 カタパルトに寝そべった状態で固定された〝ラーム〟に乗り、発進準備完了の時を待つ。

 

『いいぞ! カケル!』

「ああ。………〝ガンダムラーム〟、蒼月駆留で出撃するッ!!」

 

 カタパルトが凄まじい勢いで打ち出され、〝ラーム〟の巨体が瞬間的に猛加速し宇宙空間へと射出される。

 そのまま推力全開でシャトルが航行している地点へと飛ぶ。そろそろ、オルクスが掌を返してきた頃だろうか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 宇宙へと上がったシャトルの中で。

 

「あ。あれがオルクスの船じゃないですか?」

 

 ほら、あそこあそこ! とタカキが指さした先。誰もが船窓を覗き込むと、オルクス商会の強襲装甲艦が小さくその姿を現していた。

 だが、オルガは怪訝な表情で、

 

「予定より少し早いな。………ん?」

 

 オルクス商会の船の端で何かが輝く。

 艦船に比して小さな機体のスラスターの光だと、その時気づかない者はいない。そしてその姿が大きくなるにつれて………。

 

「あれは………!」

「ギャラルホルンのモビルスーツ!?」

「お、おい………。その奥にもまだ何かいるぞ!?」

「何ィっ!?」

 

 オルクス商会の船が移動を始めた。まるでこちらの頭を押さえようとするかのように。

 そしてその背後に視線を移せば………ギャラルホルンの軍艦2隻と、さらにモビルスーツの影が………。

 

「はぁ~~~~っ!? どうなってやがる!?」

 

 そこでトドが慌てふためいた様子を見せ、「トド、説明しろッ!」というユージンの責め立てに言い返しながらシャトルのコックピットへと飛び込む。

 その様子を、オルガは内心冷めた目で見やった。

 トドは、コックピットにいたパイロットを押しのけ、オルクス商会の船目がけて通信を繋いで怒鳴り散らすが………帰ってきたのは「我々への協力に感謝する」という一文のみ。

 そこでようやく、ユージンやシノらの目にも、トドの裏切り行為が明白なものとなった。

 

「協力ってのはどういう了見だ! てめ………俺らを売りやがったなぁ!?」

 

 懲りずに言い訳しようとするトドを殴りつけるシノ。

 オルガもコックピットへと顔を出し、

 

「入港はいい!加速して振り切れ!」

「は、はいっ!」

 

 パイロットがすかさずスロットルレバーを押し込む。低軌道ステーションへの入港準備のため緩やかな減速の最中にあったが、このままでは追いつかれて撃墜される。

 だが加速した所で………モビルスーツの速度に叶うはずもない。

 シノやユージンらがトドをメタ殴りにしている最中、微かな衝撃がシャトルを襲った。

 ビスケットが船窓を見、青ざめた表情で、

 

「囲まれてるっ!」

「モビルスーツから有線通信! 『クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡せ』とか言ってますけどぉ!?』

 

 パイロットの絶叫の後、一瞬、誰もの視線がクーデリアただ一人に集中した。

 ユージンに後ろ髪掴まれたトドが必死に抵抗しながら

 

「さ………差し出せェっ!! そうすりゃ、俺たちの命までは取らねえだろ!?」

「てめぇは黙ってろ!」

「ほかに助かる手があるってのかよオ!?」

「ぐ………それは……!」

「どうすんだ………オルガ!」

 

 シノとユージンに促されながらもオルガは、トドを冷めた目で見下ろしたまましばらく口を開かない。

「えっと……!」とまだ状況をはっきり理解できていないアトラは戸惑った様子でオルガやクーデリアの方に視線を行ったり来たりさせ、タカキやダンジも思わず顔を見合わせるが、妙案など出てくるわけがなく。

 

 クーデリアはサッと前に進み出た。

 

「私を差し出してください!」

「それはナシだ」

 

 だがあっけなく、その申し出をオルガは一蹴した。「! ですが………!」となおも言葉を重ねようとするクーデリアに「俺らの〝筋〟が通らねえ」と突っぱねる。

 

「ばァかかっ! 状況をか………」

「うっせえ!」

「ぶぐ!?」

 

 喚こうとして殴り倒されたトドから視線を離したオルガは、次の瞬間、サッと背後のビスケットの方を振り返る。すでにビスケットは、これから発せられる命令に備えて、ドア前の端末に手を伸ばしていた。

 

「………ビスケット!」

「了解!……行くよっ! 三日月!」

 

「「何!?」」と思わずユージンとシノが、

「「三日月?」」とクーデリアとアトラの声が重なり、二人は顔を見合わせる。

 

「い、一体………」

「何を!?」とダンジとタカキも驚きを抑えきれなかった。

 

 オルガは、不敵に口角をつり上げた。

 

 何かが撃ち出されるような衝撃。

 シャトルの上方で、コックピット部分に大きく穴を穿たれ、漂流する1機の〝グレイズ〟。

 そして、飛翔する〝バルバトス〟。

 そう。すでに三日月をコックピットに待機させ、機体を出撃可能状態に置いていたのだ。

 カーゴデッキからばら撒かれたスモークによって気を取られた先の〝グレイズ〟は、次の瞬間突き付けられた〝バルバトス〟の滑空砲に為す術も無くコックピットをぶち抜かれ、突き刺さった通信ケーブルを支点に力なく漂流していく。

 突然シャトルから現れた〝バルバトス〟の姿に、混乱したギャラルホルンのモビルスーツ部隊は、距離を取って応戦し始めた。

 

「ふ………!」

 

 さらにコックピットの船窓越し。迫るもう1機の青いモビルスーツの姿に、オルガはニヤリと笑う。

 

 

………いいタイミングだぜ、カケル!

 

 

 

 



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火星軌道上の戦華

▽△▽――――――▽△▽

 

『………目標の確保、失敗したようです』

 

 部下からの報告に、ギャラルホルン火星支部長ながら自らモビルスーツに乗り込んだコーラルは一瞬ピクリと眉を震わせるが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。

 

「クーデリアがそこにいるならそれでいい」

 

 モビルスーツの護衛がいるということは、そこにクーデリアがいると宣言しているようなものだ。

 クーデリアを捕え、殺し、火星の民衆の反発を煽ればノブリスからは金が手に入る。

 その金さえあれば保身と、栄達すら容易だ。ギャラルホルン、ひいてはそれを率いる〝セブンスターズ〟といえど、もはや金の魅力には抗えなくなっているのだから。

 コーラルはスラスター推力を上げて、乗機である〝グレイズ〟を前進させた。ライフルの照準を、シャトルへ合わせ始める。

 

『コーラル司令っ! ファリド特務三佐より〝殺すな〟と指示が………!』

 

 部下からの通信。その瞬間………地球からやってきた忌々しい青二才どもの顔をありありと思い出し、怒りに唇を震わせて怒鳴りつけた。

 

「貴様の上官は、いつからあの青二才になった!? 構わん!! ファリドが来る前に船ごと、ぐわっ!?」

『こ、コーラル司令!?』

 

 全身を殴りつけるような着弾の衝撃。だがコーラルは素早く回避機動を取り、その射線から逃れる。

 

「どこから………あれか!!」

 

 敵機接近警報が響き、コックピットモニター上で1機のモビルスーツの姿が拡大表示される。

 青い、巨砲と巨大なメイスを両手に携えた、見慣れぬ大柄のモビルスーツだ。

 

「あ、あれは確か………前に〝アーレス〟の守りを突破した………!」

『き、来ます!』

「!!」

 

 支部長直掩の〝グレイズ〟2機による弾幕をかいくぐり、あるいはその装甲で受け止めきって青いモビルスーツが迫る。

 狙いは………こちらか!?

 

「ぐ………!」

 

 片手の巨砲が凄まじい速度で火を噴き、こちらが怯んだところでもう一方のメイスを突きつけてくる。

 だが着弾の最中でも機体の制御を失わなかったコーラルは辛うじてそれを回避。敵機の背後に回り込み、ライフルを………!

 しかし青いモビルスーツはその重厚な見た目に反して信じがたい機動性を見せ、鋭く方向転換してもう1機の〝グレイズ〟へと迫る。

 

『う、うわあああああぁぁっ!?』

「バカ者! 動き続けろッ!!」

 

 だがコーラルの言葉も空しく、着弾によって行動を封じられた〝グレイズ〟は次の瞬間、青いモビルスーツが突き出したメイスにぶち抜かれ、腹部と胸部を潰される。

 

 コーラルは歯噛みし、咆えた。

 

「………あいつから始末しろォッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「受け取れッ! 三日月!」

 

 ようやく接近した時、3機の〝グレイズ〟に囲まれ、その素早い機動に滑空砲の照準が追いついていない〝バルバトス〟の姿をはっきり捉えることができた。

 特徴的な白いシルエット目がけ、〝ラーム〟は思いきり、握っていた〝バルバトス〟のメイスを投擲した。

 

『ありがと』

 

 素早くそれを受け取った〝バルバトス〟は、まるで水を得た魚のように次の瞬間目まぐるしい機動を見せつけ………遂に1機の〝グレイズ〟を仕留める。

 例え俺が〝バルバトス〟に乗った所で、あの3分の1の機動もできないだろう。改めて三日月・オーガスのエースパイロットぶりを思い知る。

 撃ちかけてきた〝グレイズ〟にガトリングキャノンを放って牽制しながら、〝ラーム〟を〝バルバトス〟へと近づけた。

〝バルバトス〟は持っていた滑空砲から手を離し、こちらへと流す。

 

『足の止まったのからやろう。援護頼む』

「よしきた!」

 

 ガシッと流れてきた滑空砲を受け取り、サブアームで固定したガトリングキャノンと滑空砲をそれぞれ構える。

 これなら分厚い弾幕になりそうだ。

〝バルバトス〟が1機の〝グレイズ〟へと襲いかかる。ライフルで牽制し、それが不可能と悟るとバトルアックスを構えようとしたが間に合わず………1機撃墜。

 その背後から射撃を加えていた〝グレイズ〟に、〝ラーム〟からガトリングキャノンと滑空砲をそれぞれ撃ちまくる。無数の100ミリ弾を浴び操り人形のように奇妙な震えを見せた〝グレイズ〟は、アックスを握る間もなく頭部を、そして胸部を的確に〝バルバトス〟によって潰された………2機目。

 

 さらにモビルスーツが急速接近。頭部にツノが付いた、コーラルの機体だ。

 

『私の………邪魔をするなァッ!!』

「くそ………!」

 

 コーラルの〝グレイズ〟目がけてガトリングキャノンと滑空砲を撃ちまくるが、正確かつ緻密にそれを回避され、着弾しても致命傷を避けられる。

………間違いなく、クランク、いやもしかしたらそれ以上の手練れだ。

 ガトリングキャノンを肩にマウントし直し、コンバットナイフを抜き放つ。

 刹那、肉薄してきた〝グレイズ〟のバトルアックスと〝ラーム〟のコンバットナイフの刃が激しく激突。凄まじい火花と閃光を散らした。

 

 まずい………バトルアックスの質量を的確に使われている!

 コンバットナイフの質量と面積じゃ………〝ガンダムラーム〟でも押し切られる。

 

『私の………ぐぅっ!?』

 

 その時、下方からの銃撃がコーラルの〝グレイズ〟に命中した。

 気が逸れた所を、今度は滑空砲の方で思い切り殴りつける。形勢不利と判断したコーラル機は直ちにこちらから距離を取った。

 

「今のは………」

『無事か?』

 

 火星の赤茶を背景に、〝グレイズ改〟の姿がそこにはあった。

 昭弘のしかめ面が側面モニターの一角に映し出される。

 

「助かった。ありがとう」

『礼なんて必要ない』

「援護してくれ。無理はしなくていい」

 

 それだけ言うと、滑空砲を〝グレイズ改〟へと流し、〝ラーム〟をコーラル機目がけて推力全開で突進させた。

 

『ぬぅ………! まさかあの〝グレイズ〟は………っ!』

「食らえッ!!」

 

 コーラルの〝グレイズ〟が放つ銃撃をかいくぐり、次の瞬間、〝ラーム〟が構えるガトリングキャノンで………〝グレイズ〟を思い切り下から上へと殴り上げた。

 

『ぐお………!』

 

 思いきり上方を殴り上げられ、各所のスラスターを吹かせつつもその制御回復に手間取るコーラル。

 その一瞬を見逃さず、〝ラーム〟のガトリングキャノンの照準を、静かに合わせた。

 

 重力偏差修正完了。

 引き金を引き、瞬間的に機体を震わせるほどの衝撃を纏うガトリングキャノンの砲撃が………次の瞬間、至近距離にあったコーラルの〝グレイズ〟を蜂の巣にした。

 

『ぐぶ………!』

 

 汚い断末魔の後、機体各所の装甲が吹き飛び、ひしゃげ、穿たれ無残な姿となったコーラルの〝グレイズ〟は、完全に沈黙した。

 

………そうだ。三日月は!?

 

 短い走査の後、センサーが〝バルバトス〟のエイハブ・リアクター反応を捕捉する。

〝バルバトス〟の周囲には、すでに物言わぬ数機の〝グレイズ〟の残骸が浮かび、今……残る1機目がけてトドメのメイスを振り下ろそうとしている所だった。

 

 だがそこに上から銃撃が降り注ぐ。

 

 

 

 

 

『コーラルめ。我々を出し抜こうとしてこのザマか』

 

 

 

 

 

 ギャラルホルン監査局付き武官、ガエリオ・ボードウィン特務三佐が操る〝シュヴァルベ・グレイズ〟が、〝バルバトス〟を静かに見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ボードウィン特務三佐。会敵しました!」

 

 火星支部のハーフビーク級に同伴するギャラルホルン・ビスコー級クルーザー〝ヴィルム〟。

 そのブリッジで、指揮官であるマクギリス・ファリド特務三佐は、モニター越し、同僚にして盟友でもあるガエリオが操る〝シュヴァルベ・グレイズ〟と、見慣れぬ白いモビルスーツの戦いを見守っていた。

 そして、白いモビルスーツを援護する青いモビルスーツ。どちらもギャラルホルンや、民間機としては見ない機体だ。

 

「見ない機体だな………。照合できるか? 2機ともだ」

「距離はありますが、どちらもエイハブ・リアクターの固有周波数は拾えています。………波形解析………データベース照合中………出ました!」

 

 オペレーターの手元のモニターに【MATCHING RESULT】の文字が表示され、ギャラルホルンが保有する膨大なライブラリから2機のモビルスーツのデータを浮かび上がらせる。

 

 

【GUNDAM BARBATOS】

【GUNDAM RALM】

 

 

「〝ガンダムフレーム〟だと………?」

「固体コードは〝バルバトス〟と〝ラーム〟。………マッチングエラーでしょうか? 厄祭戦時の古い機体ですよ?」

 

 いや………とマクギリスは静かに笑みを浮かべた。

 

「必然かもしれんな。その名を冠する機体は、幾度となく歴史の節目に姿を現し人類史に多大な影響を与えてきた。火星の独立を謳うクーデリア・藍那・バーンスタインが、それを従えているのだ」

 

 マクギリスはしばしガエリオと、2機の〝ガンダム〟の戦いを見届けていたが………フッと笑いかけると、

 

「艦を任せるぞ。………私も出る」

 

〝ヴィルム〟にはガエリオ機の他、マクギリス専用の〝シュヴァルベ・グレイズ〟も格納されていた。汎用性や整備性が高いがその分、一部のエースパイロットには満足できない性能の〝グレイズ〟をカスタムした機体だ。

 素早くパイロットスーツに着替え、コックピットへと飛び乗る。

〝ヴィルム〟の下部ハッチがゆっくりと開かれた。

 

「〝シュヴァルベ・グレイズ〟。マクギリス・ファリド………出るぞ」

 

 宇宙へと飛び出したマクギリスの〝シュヴァルベ・グレイズ〟はハーフビーク級の直掩についていた数機を随伴させ、火星軌道上での戦場目がけて、飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『! また増えた………!』

「くそ………っ!」

 

〝シュヴァルベ・グレイズ〟がもう1機、〝グレイズ〟3機を引き連れてこちらへと接近してきた。タイミング的に、マクギリス・ファリドと見て間違いない。

 注意が逸れた隙を突き、ガエリオの〝シュヴァルベ・グレイズ〟がランスの突きを次々繰り出してくるが、三日月の〝バルバトス〟はトリッキーな機動を繰り返し、それを避け続ける。

 だがその動作の特徴はすぐにマクギリスによって見破られ、マクギリスの〝シュヴァルベ〟がライフル弾を放った次の瞬間、〝バルバトス〟の背部スラスターに着弾。

 

『! 今のじゃ当たる………!』

 

 先に〝バルバトス〟から屠るつもりらしい。

 護衛の3機の〝グレイズ〟は〝ラーム〟へと迫る。

 

「三日月! そっちに行ったぞ! 回避パターン変えろッ!」

『分かってる』

 

 迫るマクギリスの〝シュヴァルベ〟を、パターンを変えた機動で回避。だが、2機の息の合った連携により、〝バルバトス〟は徐々に押されつつあった。

 

「援護したいが………くっ!」

 

 こっちも3機の〝グレイズ〟の相手で手一杯だ。1機にガトリングキャノンを次々命中させ、陣形から離脱させる。だが距離がありすぎるために致命傷には至らない。どうやらこちらの足止めが目的らしい。

 母艦となる〝イサリビ〟は、オルクス商会の強襲装甲艦とハーフビーク級の追撃から逃走を図っているが、高度を下げた分火星の重力に捕まっているようで、追撃する敵から一定の距離を保つので手一杯らしい。このままだと、やがて沈められる………

 原作で、オルガによる作戦で窮地を脱することは分かっているものの、それでも現に戦闘に身を置いている分、緊張で掌に汗が滲んだ。

 遠距離から〝グレイズ〟隊と〝ラーム〟・〝グレイズ改〟が撃ち合う膠着状況がしばらく続く。その間にも、〝バルバトス〟は〝シュヴァルベ〟2機に翻弄され、苦戦が続いていた。

 

「昭弘! 先頭の1機に火力を集中させろ!」

『おうッ!』

 

〝グレイズ改〟が滑空砲を放ち、その射線が遂に1機の〝グレイズ〟の胴体を捉える。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 ガトリングキャノンを乱射しながらその機体に迫る。残る2機が撃ちまくってくるが、〝ラーム〟の重装甲で耐え抜く。

 次の瞬間、ガトリングキャノンの砲身をランスのように〝グレイズ〟に突き付け………発射。

 至近での100ミリ弾に耐えられなかった〝グレイズ〟は、コックピット部分を破壊されて沈黙した。

 

 と、

 

『大人しく投降すれば、しかるべき手段で貴様を処罰してやるぞ』

『………投降はしない。する理由がない』

『ん? そのクソ生意気な声あの時のガキかァっ!?』

 

 もう〝お迎え〟の時間だ。

 バスが行く前に、さっさと帰投しないとな。

 

「撤退するぞ昭弘!」

『な………まだ敵が! 三日月も!』

「見ろ! もう〝イサリビ〟が目の前だ。掩護してやるから先に行けッ!」

 

 わ、分かった………! と昭弘の〝グレイズ改〟がもう視界内に小さく入ってきた〝イサリビ〟の明かりへと去っていく。

 追撃しようとした〝グレイズ〟を、〝ラーム〟のガトリングキャノンで牽制。敵がまた距離を取り始めた所で、こちらも踵を返す。

 ついでに先ほど撃墜した〝グレイズ〟の腕を掴む。………エイハブ・リアクターは、これから金になるからな。

 スラスター全開でイサリビとのランデブー・コースに乗る。

 その時、ガエリオ機のワイヤーアンカーに拘束され火星の重力圏へと突き落とされようとしていた〝バルバトス〟が、逆にガエリオ機に迫ることによってその拘束を解く。

 

『気でも触れたかッ! 宇宙ネズミがァッ!!』

 

 ガエリオの〝シュヴァルベ〟が、迫る〝バルバトス〟目がけてランス内蔵ライフルを撃ち放つ。

 だが、躍るような機動でそれを回避し、〝バルバトス〟は手持ちのメイスを投擲。

 射撃に集中して回避動作が遅れた〝シュヴァルベ〟の胸部にメイスが直撃し、怯んだ所を〝バルバトス〟がすり抜けていく。

 

「よっ……と」

 

 ガトリングキャノンを肩部に格納し、空いた右手でちょうど飛んできた〝バルバトス〟のメイスを受け止める。逸れたコースを修正するために、フットペダルを押し込んで推力を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ガエリオ。大丈夫か?」

 

 マクギリスの〝シュヴァルベ〟が、降下しながらガエリオ機へと近寄る。すでにモビルスーツ程度の重力では火星の重力に捉えられるギリギリの高度だった。

 

『く………かすり傷だっ! あいつは!?』

 

 二人で見下ろす先、〝バルバトス〟が火星目がけて降下している所だった。それに〝ラーム〟が追随する。

 とその時、大きな影がマクギリスらの視界を瞬間的に遮った。こちらの追撃をかわした強襲装甲艦だ。

 それが通り過ぎた後………見れば2機のモビルスーツの姿は既に無かった。着艦し、母艦と共に立ち去ったのだろう。

 追撃しようにも、こちらもボロボロだ。コーラルは戦死。出撃した火星支部のモビルスーツ隊は半数以上が撃墜され、鹵獲された機体もある。ガエリオ機も損傷。

 

「潮時か………」

 

 マクギリスは静かに、離脱していく強襲装甲艦を見送るより他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

〝バルバトス〟と〝ラーム〟が着艦し、格納デッキへと収まった瞬間、雪之丞や整備係の少年兵らが集まり始めた。

 まずは状態の悪い〝バルバトス〟から取りかかる。〝ラーム〟は鹵獲した〝グレイズ〟を隅に横たえて、指定された場所で停止した。

 不要なシステムを次々オフラインにし、開かれたコックピットハッチから外へと飛び出す。少年兵らの喧騒が、一気に俺の耳に飛び込んできた。

 

「三日月!」

「お怪我はありませんか!?」

 

 と、格納デッキの出入口から少女が2人……アトラとクーデリアが。

 何の気なし、といった風に二人の手を取って止まった三日月は、

 

「俺は平気。他の皆は?」

「わたしたちは無事だよ! でも………」

 

 その時、デッキ下部の一角が騒がしくなる。1機の、損傷したMWが転がり、ハッチを開けようと少年兵らが取りついている所だった。

〝イサリビ〟が追撃をかわすための作戦……小惑星によるスイングバイを成功させるために、小惑星に打ち込んだアンカーをMWで爆破するという荒業……によってボロボロになった機体だ。

 一歩間違えれば爆破によって弾かれたワイヤーに破壊されるか、置き去りにされるリスクもあったろうに………

 

「電源きてねーぞ!」

「解除コード、分かりましたっ!」

 

 ようやく、ギシギシと音を立てながらMWのハッチが開かれる。

 中で、ユージンが目を瞑り、外から助け出されるのを静かに待っていた。

 そんなユージンに、ニッと笑いかけながら近づいてきたオルガが手を差し出す。

 

「ハラハラさせやがって」

 

 そんなオルガにユージンはムッと唇を結びながら、

 

「クソみてぇな作戦立てたテメェが言うな」

 

 だが次の瞬間には、フッと頬を緩ませてオルガの手を取り、MWから抜け出した。

 

「次もこの調子で頼むぜェ」

「ふ、ふざけんなっ!」

 

 等々のオルガとユージンの掛け合いに、周囲では笑いが漏れた。俺も、思わずニヤリと笑ってしまう。

 向こうには〝グレイズ改〟が、今頃昭弘は「疲れた………」と達成感と共に天を見上げていることだろう。

 俺も、疲れた。まずはシャワーに………メシも食いたい。

 その後はまた〝バルバトス〟だ。何とか駆動周りの修復と整備を進め、多少は有利な状況を作り出さなければ。

 

 次の戦いのために。

 

 今頃、トドさんはギャラルホルンに回収された後だろうか。そう考えながら俺は、ロッカールームへと一人消えた。

 

 

 次の相手は………〝タービンズ〟だ。

 

 

 

 



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第3章 タービンズ
リペアー


▽△▽――――――▽△▽

 

 火星軌道上での戦いの後、ギャラルホルンが追撃してくる気配は無かった。

 おそらく、コーラルが積み重ねた不正の後始末や部隊の再建でそれどころではないのだろう。地球航路に乗った辺りで、またちょっかいをかけてくるに違いない。

 

 マクギリスがそう言ってたからな。原作で。

 

「カケルさん。装甲の補強ってモビルワーカーと一緒でいいの?」

「いや………ここにマニュアルをまとめてあるからこれに従って作業してくれ。基本的には鹵獲した〝グレイズ〟の装甲を無理やり加工する形になると思うけど」

「カケルさん! リアクター周りのチェックも………!」

「ちょっと待った。………よし、今〝ラーム〟のリアクター整備マニュアルを呼び出したから、これを参考にできる所まで頼む!」

 

〝バルバトス〟やモビルスーツが佇む格納デッキにて。

 俺はタブレット端末を、〝バルバトス〟の胸部に取りついていたヤマギに向けて流す。格納デッキの無重力空間でしばし遊泳したタブレットは、やがてヤマギの手に収まって、「ありがとう!」と少年兵2、3人と作業へと戻っていった。

 

 そんな光景に雪之丞は、

 

「はぁ~助かるぜ。こちとらMW専門でMSを弄るなんてガキの頃以来だからよぉ」

「このモビルスーツって大昔に造られたんでしょ?」

 

 無重力でふわりと浮かぶタカキが〝バルバトス〟を見上げる。

 ああ、と雪之丞も相槌を打ちながら、

 

「昔も昔。〝厄祭戦〟の頃に造られた骨董品だ。もっとも、ギャラルホルンが使ってるモビルスーツ以外は大抵は骨董品だがな………」

「〝ヤクサイセン〟って………?」

「300年も前に地球で起こったデカい戦争のこった。話にゃ、それこそ地球をぶっ壊すぐらいの数のモビルスーツが、ドンパチやりあったそうだ」

 

 脚部の駆動系パーツの交換に取りかかりながら、俺も補足した。

 

「火星や木星圏の独立運動が原因とも、モビルアーマーと呼ばれる自律兵器の乱用や

暴走が原因とも言われているけど、原因ははっきりと公表されていないんだ。このモビルスーツは厄祭戦末期に造られた72機の〝ガンダムフレーム〟のうちの1機で、専用設計のツイン・リアクターによる大出力が持ち味。ツイン・リアクターの技術は今ではロストテクノロジーになっているから、アビオニクスが少々脆弱でもパワーの面では十分現行の機体にだって………って、一度に言っても分からないよな。ゴメン」

 

 すっかりポカン………となったタカキや他の少年兵らを前に、思わず気まずくなってしまった。

 

「おめぇ………よくそんなトコまで知ってんな」

「こいつのお陰ですよ」

 

 と、俺は自分の髪をかき上げ、額全体に一本線、刻まれた傷跡を見せた。

 雪之丞がそれを見て、顔をしかめた。

 

「そいつァ………情報チップか」

「ええ。大抵の情報は、この中に入ってるんです。広く浅くって感じですけど、それでも結構役に立ちますよ」

「だがそいつァ、脳に副作用が………」

「詳しくは分かりませんが、手術してくれた人が優秀だったみたいで、特に今の所副作用はありませんね。寿命は縮んだかもしれませんが。そうじゃなかったら、こんな満足に動けてませんよ」

 

 とりあえず、それらしく適当な言い訳を立てる。「なるほどなぁ」と雪之丞らは納得したのか、それ以上特に追及されることもなかった。

 

 今頃〝イサリビ〟のブリッジでは、今後の方針についてクーデリアとオルガら鉄華団の面々らで議論が交わされているはずだ。

 俺は……本来なら参加するべきなのだろうが「クーデリアの方針に従う」と参加を辞退した。〝バルバトス〟の整備や修理の方に注力したかったからだ。それに、原作通りなら結論はもう決まっている。

 それから、しばらく作業が続く。原作に比べて、進捗はそれなりに順調で、駆動周りもだいぶ改善されてきた。もっと本格的な施設で専門家による整備と改修を受ければ、製造当時に近い性能を発揮できるのだろうが………。

 

「お弁当でーす!」

 

 と、アトラが格納デッキへと入ってきた。三日月や、クーデリアがその後に続く。

「おう。ありがてぇ」と、しかめ面だった雪之丞の顔も思わず緩んだ。

 

「おーい! 区切りのいい所で飯にしようや!」

 

 格納デッキ全体に聞こえるよう雪之丞がどやしつけると、「了解!」「やった、メシだ!」と、わらわら整備や雑用係の少年兵らが集まってくる。まだ前線に立つことのできない、年端もいかない子供たちだ。

 アトラとクーデリアが、一人一人にお弁当を手渡ししていく。

 

「みんなの分もちゃんとあるから」

「どうぞ」

 

 クーデリアが差し出したお弁当を「あ、ありがとう」と一人の少年兵が照れた様子で受け取った。アトラより、クーデリアの方が人気だ。年少の子供たちがどんどん彼女の周りに小さな人だかりを作る。

 

「ダンジ。俺の分も取ってきて」

「うっす!」

 

 排気システム周りの調整が今いい所なので、とりあえずダンジに2人分取りに行かせる。

 三日月がふと雪之丞の方を見上げて、

 

「俺もこっち、手伝おうか?」

「ああ、力仕事になったらな。今、細けぇ調整やってっからよ。オメー、字読めねえだろ?」

「そっか。分かった」

「三日月……あなた字が読めないの?」

「うん?」

「うん、って………だって、こんな複雑そうな機械を動かしているのに?」

 

 クーデリアは驚いた様子で、三日月と〝バルバトス〟を見やっていた。

 阿頼耶識システムは、直感的に機械を操作するためのデバイスだ。学習による習熟は、ほとんど必要とされない。より長く接続して、システムとの同調に慣れることによってより練度を上げることができるのだ。肉体的な鍛錬の方が役に立つ場合もある。

 

「カケルさん! お弁当っす!」

「ああ、ありがと。………ダンジは学校とか行ったことあるのか?」

「俺っすか? いや………なんつーか、生きるのでギリギリっつーか………」

 

 まあ、そういう子供たちばっかりだろうな。ここは。というか、地球以外は社会福祉なんてすっかり破綻しているであろうこの世界は。

 弁当箱を浮かばせながら、中のサンドイッチをつまむ。

味がしっかりしていてなかなか旨い。が、足りん。………〝ガンダムラーム〟同様、俺って燃費が悪いんだなとつくづく痛感する。

 再度見れば、学校に行ったことがないという三日月に、クーデリアは熱意をもって、読み書きの勉強をしないかと提案している所だった。

 

「私が教えますから! 読み書きができれば、きっとこの先役に立ちます。本を読んだり、手紙や文章を書くことで、自分の世界を広げることもできます」

「そっか………。いろんな本とか読めるようになるんだよな」

「ええ! そうですよ」

「俺、やってみようかな………」

 

 いいなー! と話を聞いていたタカキや双子のエンビとエルガー、それにトロワといった年少の子供たちが駆け寄ってきた。

 

「俺も読み書きできるようになりたいっス! 一緒にやってもいいですか?」

「俺も俺も!」

「俺にも教えてよ!クーデリア先生っ」

 

 先生、という子供たちの言葉にクーデリアは恥ずかしそうに戸惑った様子だったが、「ええ……! 私でよければ、みんなで勉強しましょう!」と力強く頷いた。

 

 喜び、はしゃぐタカキや子供たち。〝バルバトス〟の胸部の出っ張りに手を伸ばしながら、そんな微笑ましい様子に、遠くで見ているこっちにも笑みが移りそうだった。

「ふーん」と傍らにいたダンジが、何となく羨ましそうな様子で、そんな光景を見下ろしていた。

 

「ダンジも、行ってきたらどうだ?」

「お、俺っすか? 俺は別に………」

「この先、状況はもっと過酷になるかもしれない。その時に役に立つのは力と、そして知識と兼ね備えた人間なんだ。自分の将来のためにも、今勉強することは役に立つと思うぞ」

「でも、将来なんてさ………」

「もう、CGSの頃みたいに大人にこき使われるだけじゃないんだろ? 自分の未来は、自分で掴み取っていいんだ。そのために教養は、絶対役に立つ。……行ってこいよ」

 

 そう背中を押してやると、ダンジもニッと笑って「あ、俺も俺もっ!」とタカキの方へと飛んで行った。

 さらに何人かがクーデリアの教室へと行くことになり、格納デッキはすっかり寂しくなってしまう。

 雪之丞も「ったく………」とぼやいたが、止めることはせず、

 

「俺らも少し休憩にすっか?」

「そうですね。その後〝ラーム〟の相手をしますよ。そろそろ〝弾薬作り〟をしないといけないんで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

〝ガンダムラーム〟の100ミリガトリング弾は、当然特製の弾丸だ。

 それを製造するのがバックパックにある小型の兵装製造自動工場だ。厄祭戦時代は、独自のマテリアル・カートリッジから材料を抽出・原子レベルまで分解して再構築し、弾丸を作っていたようだが、必要な資源さえあれば何でもいい。例えば、モビルワーカーに使う弾丸でも、最終的には分解・ガトリング用弾に再構築するので問題ないのだ。

 そろそろ、手持ちのマテリアル・カートリッジが底を尽き始めたため、雑用係の少年兵らに頼んで、〝ラーム〟の傍らにMW用の弾薬を積み重ねてもらっていた。

 これを、格納デッキの作業アームを操作して、弾薬が満載のコンテナを吊り上げ、バックパックの真ん中にぽっかり空いた穴……マテリアル・カートリッジ挿入部の上で傾ける。次々、弾薬が流れていった。

 限界まで入れ終えると、自動的に蓋が閉まり、ランプが輝く。内部で、MW用の弾丸が原子レベルで分解されているのだ。そして、ラーム〟の特製ガトリング弾へと再変換される。

 

 これが、厄祭戦時代のロストテクノロジーの一つだ。

 

「さて………」

 

 弾薬の製造作業も、給弾作業も終わり、次の戦いを待つ〝ラーム〟をふと見上げた。

 今頃は、オルガとビスケットが鉄華団の方針を巡って対立している辺りだろうか。三日月も文字の書き方で悪戦苦闘し、それぞれ思い思いの時間を過ごしているのだろう。

 人員のほとんどが〝バルバトス〟の整備に充てられているため〝ラーム〟に取りかかる者は今、自分以外にはいない。寂しい限りだが、ほとんど新品同然の機体であるため現状、それほど整備や修理が必要な所は無かった。

 

「そろそろか」

 

 原作通りに進んでいるなら、じきに〝タービンズ〟との接触。そして戦いが始まる。

 原作に比べて〝バルバトス〟の状態は良好、〝ガンダムラーム〟もある。それに〝グレイズ〟も………

 

 

 そして、警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 木星圏を支配する複合コングロマリット〝テイワズ〟が直参組織。

名を〝タービンズ〟という。

 

 その代表を務める男、名瀬・タービンはさっきから通信相手……CGSの〝ウィル・オー・ザ・ウィスプ〟号改め〝イサリビ〟と名乗る強襲装甲艦のブリッジ………にギャンギャン喚きたてる男、マルバ・アーケイを半ば強引に脇へと下がらせた。

 そして、丁寧に事情を説明し、マルバから持ち逃げした資産の返還と、今後の身の振り方については自分が面倒を見ると説明したつもりだったのだが………マルバの資産を元に自分たちで作った組織〝鉄華団〟のリーダーを名乗る青年…オルガ・イツカは、

 

『さっき言った通りだ。アンタの要求は飲めない。アンタの要求がどうだろうと、俺たちにも通さなきゃならねぇ筋がある』

 

 さっきから聞いてりゃ、「仕事を途中で投げ出すわけにはいかない」だの、やけに横に広いガキは「航路を使わせろ」だの………火事場泥棒のクソガキのくせに一人前の口をききやがる。

 ただマルバに対して「俺らを見殺しにした」という言葉。ここが気がかりだ。後でマルバを問い詰めてやるとしよう。名瀬は内心そう決めつつ、まずは目の前の「悪ガキ」にお灸をすえてやることにした。

 

「………それは、俺たちとやりあうって意味でいいんだよなァ?」

『ああ。俺たちがただのガキじゃねぇってことを教えてやるよ』

 

 ガキの癖して、いっちょ前に啖呵を切りやがる。タービンズ………ひいては〝テイワズ〟を怒らせるとどうなるか分かっていないのか。それとも、それだけ肝が据わっているか………。

 

『マルバ! てめェにもな!!』

「あァ!?」

『死んでいった仲間のけじめ、きっちりつけさせてもらうぞ』

「何だとォっ!?」

 

 激高したマルバがさらに喚きたてようとするが、名瀬はそれを遮るように静かに、

 

「………お前ら。生意気の代償は高くつくぞ」

 

 これまで〝テイワズ〟ひいては〝タービンズ〟に喧嘩を売って、無事だった組織は一つもねェんだよ。

 こちらから通信を切り、名瀬は座乗するタービンズの強襲装甲艦〝ハンマーヘッド〟の艦長席に深々と座り込んだ。

 

「悪ぃ、アミダ。こうなっちまった」

 

 名瀬の傍らには、浅黒い肌の、蠱惑的な肉体を持つ女……名瀬の第一夫人のアミダ・タービンがいる。美人で、心配りができて、それに強い。他の妻たちに聞かれたら怒られるかもしれないが………最高の嫁だ。

 アミダは、名瀬にフッと笑みを投げかけながら、

 

「やんちゃする子どもをしかってやるのは大人の役目だよ」

「ホント、いい女だよ。お前は」

 

 さて、ここからは〝お仕置き〟の時間だ。

 恩人の資産を、ドサクサに紛れて持ち逃げした、恩知らずのクソガキどもにな。

 

「ラフタにノーマルスーツを着るように伝えな!」

 

 アミダが手慣れた様子で指示を飛ばしていく。「はい! 姐さん!」とオペレーターのエーコが応え、手際よく戦闘準備を進めていく。

 

「総員戦闘準備だ! 全員持ち場に着きな!」

 

 そして、すぐ傍に控えていたもう一人の女……アジー・グルミンにアミダは振り返る。

 

「アジー。私と出てもらうよ」

「はい。いつでも」

 

 

 

 このタービンズ最強のコンビ相手に、勝利をもぎ取ることができた者は一人もいない。

 いつも通りの余裕の勝利を確信し、名瀬は一人不敵にほくそ笑んだ。

 

 

 



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いさなとり

▽△▽――――――▽△▽

 

 タービンズとの衝突を前に警報が響き渡る〝イサリビ〟のモビルスーツ格納デッキ。

 

「………俺の〝グレイズ〟は!?」

「準備できてる!」

 

 昭弘の巨体が格納デッキ出入口から現れ、発進準備を完了しパイロットの到着を待ち望んでいた〝グレイズ改〟のコックピットへと吸い込まれていく。

 その隣にはもう1機、まだ損傷が残っているものの稼働可能な〝グレイズ〟が。地上仕様〝グレイズ〟の緑のカラーリングは、大半がそのままだが頭部だけは薄くシノカラー……ピンク色に染められている。

 と、続いてシノがパイロットスーツのチャックを上げながら、飛び込んできた。

 奥の、頭部だけピンク………もとい「流星カラー」の〝グレイズ改〟を見て、ニヤリと笑う。

 

「俺の2代目〝流星号〟は………お、あれだなァッ!」

 

 シノが即席の〝流星号〟へと近づくと、開かれたコックピットの中で、ヤマギがタブレットを手に作業をしている所だった。

 

「よう、ヤマギ! 準備はどうだ!?」

「今終わったとこだよ」

 

 そう言いながらヤマギは、コックピットから出るために腰を浮かせようと………

 

「そっか。いつも悪ィなあ」

 

 差し出されたシノの左手を、ヤマギは驚いたように見上げた。

 

「ん? ………へへ、遠慮すんじゃねえよ」

 

 やがて、おずおずと差し出されるヤマギの手を掴み、「よっと」とシノはヤマギをコックピットから出してやった。その勢いで後ろ上方に押し出してやり、代わりに〝流星号〟のコックピットへと収まる。

 

「シノ! モビルスーツの操縦は………!」

「何とかなるだろ。行ってくるぜ!」

 

 グッとサムズアップし、シノが座るシートがコックピットへと収まっていく。

 カタパルトデッキへと降下していくシノの〝流星号〟。ヤマギは、シノの手と触れた自分の手と〝流星号〟を戸惑ったように交互に見やりながらも、

 

「シノを下ろすぞォッ! 下気ィ付けろー!」

 

 雪之丞の怒声。ハッと我に返ったヤマギは、次の自分の仕事のために壁を蹴って無重力空間を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『ノルバ・シノ! 〝流星号〟! 行ってくるぜェッ!!』

 

 カタパルトデッキからシノの〝流星号〟が飛びだしていく。

 次は〝ラーム〟の番。三日月は最後だ。

 愛機のコックピットの中で、俺は出撃の時を待った。

 やがて前方モニターにオペレーター……フミタンの顔が現れる。

 

『発進スタンバイ、どうぞ』

「了解。………おやっさん!」

『よォし! 次は〝ラーム〟だ! 下ぁ気をつけろよ!』

 

 ガコン、という音と共に、作業用クレーンが〝ラーム〟を下のカタパルトデッキへと降下させる。そして、カタパルトへと〝ラーム〟を横たえらせる。

 

『エアロック作動。カタパルト、ハッチ開放します』

 

 エアロックが開放される。

 広大な宇宙空間の中で………前方に見える一つの光点、タービンズの〝ハンマーヘッド〟だ。

 下を見れば、発進用レールがスライドして伸び、やがてロックされる。

 

『カタパルトスタンバイ。いつでもどうぞ』

「了解。〝ガンダムラーム〟。蒼月駆留で出撃する!」

 

 急激な射出によるG。凄まじい勢いで〝ラーム〟の巨体が〝イサリビ〟から弾き出される。

 飛び出した〝ラーム〟を制御し、センサーの表示に従って、先行している2機の〝グレイズ改〟と〝流星号〟を追った。

 本来であればシノの2代目〝流星号〟の初登場はドルトコロニー編からなのだが、火星編のうちに6機以上の〝グレイズ〟を鹵獲したことによりもう1機、準備することができたのだ。阿頼耶識システムは備えていない上、シノにはモビルスーツの操縦経験は無いが、とりあえず頭数にはなるはずだ。

 

『よォ!………え~と』

「カケルだ。よろしく」

 

 そういえばシノとはほぼ面識が無かったな。

 やがて〝バルバトス〟も発進し、一筋の閃光を纏いながらこちらと合流する。武装はメイスと滑空砲。背部のサブアームから伸ばされた滑空砲を構え、〝バルバトス〟は〝ラーム〟と距離を合わせた。

 

『お待たせ』

『………はっ! 待っちゃいねえよ』

『敵が来るぜェッ!!』

 

………あれか。センサーが捉えたのは、原作通り2機のモビルスーツ〝百錬〟。

 厄祭戦後期に開発予定だったモビルスーツ・フレームを参考に、テイワズが独自に開発したもので、小惑星やデブリによる過酷な木星圏の環境に対応するため、重装甲と質量、そして高出力スラスターを誇る。パイロット共々、厄介な相手だ。

 

「敵に近づきすぎるなよ。接近戦だとこっちが不利だ!………それと、〝イサリビ〟と敵艦の射線内に入らないように! 距離にも注意だ!」

『おうよ!』

『分かってる!』

『うん』

 

 シノ、昭弘、三日月から三者三様の返事。思わずニッと頬が緩む。

手持ちのライフルを撃ちながら迫る青い〝百錬〟に〝ラーム〟のガトリングキャノンを乱射。正確には狙わず、広範囲に牽制のために。

 数発の直撃を食らった青の〝百錬〟が接近を諦めて離れていく。射線を絞って狙いを定めたが、直後に赤い〝百錬〟が援護に入り、こちらも敵の射撃から逃れざるを得ない。

 

「く………!」

 

 見事な連携だ。4対2で現状こちらが数で押しているとはいえ、練度の差で数の有利を全く活かせない。

 

『おらおらァッ!!』

『くそッ! 当たれ!』

『早いな………!』

「練度は向こうが上なんだ! 近づけ過ぎず、弾幕の厚さで圧倒するしかないぞ!」

 

 ガトリングキャノンを撃ちまくるが、分厚い弾幕はほとんどかすりもせず、逆に〝百錬〟が撃ち放ったライフルの弾が数発、〝ラーム〟に命中。ナノラミネートの重装甲のおかけでダメージはほとんどないが、着弾の度にコックピットが衝撃で激しく揺さぶられる。

 だが敵も、こちらの弾幕のせいで上手く接近することができていない。上手く消耗戦に持ち込まれば、勝機はある………!

 原作通りに進めばじきに戦いは終わる。オルガたちが〝ハンマーヘッド〟に乗り込み、名瀬・タービンと直接話を付ける。それまで持てばいいのだ。

 

 と、

 

『〝イサリビ〟が敵モビルスーツの攻撃を受けています。援護を』

『! もう1機いたのか』

『三日月ッ!!』

 

 一瞬、攻撃を受ける〝イサリビ〟に気を取られて機動が緩む〝バルバトス〟。その一瞬の隙を赤い〝百錬〟は見逃さなかった。

 だが昭弘の〝グレイズ改〟がとっさに〝バルバトス〟の腕を掴んで引き上げ、〝百錬〟の射線から引き離す。そこにすかさず〝ラーム〟のガトリングキャノンを発射。赤い〝百錬〟は引き下がった。

 

『悪い昭弘。前の2つは任せていい?』

『! ………ああ、任せろ!』

『すぐに戻る』

 

 それだけ言うと〝バルバトス〟は加速し、母艦目がけて消え去った。

 こちらも行くべきか? と一瞬思ったが、〝イサリビ〟を襲撃している高機動の〝百里〟相手に、重装備の〝ラーム〟では母艦共々いい的だ。〝バルバトス〟リアクターや各所の調整が一応済んでいるので、原作よりはまともに戦えるはずだ。

 

『つれない真似をするじゃないか。………うっ!』

 

 ライフルを構え、足の止まった〝百錬〟に、昭弘機の射撃が着弾。一瞬、赤い〝百錬〟がよろめく。

 

『ここは俺らが任された!』

「俺たちで抑え込むぞ!」

『おうよッ!!』

 

 昭弘、シノ共に、阿頼耶識システム無しで、加えてほとんどモビルスーツの操縦経験が無いというのに、中々鋭い動きをする。歴戦の経験と勘からか、それとも〝グレイズ〟自体の優秀性からか。

 その時、視界の端が白色に塗りつぶされる。拡大すると、広範囲にスモークが拡散し、推力を反転させた〝イサリビ〟が突っ込んでいく所だった。そこから、オルガらが乗り込んで〝ハンマーヘッド〟の艦橋まで辿り着き、話を付ければそれで終わりだ。

 それから、しばらく膠着状態が続いた。遠距離からの撃ち合い。互いに命中弾を食らうが致命傷には至らない。

 と、〝ハンマーヘッド〟から離されつつあることに気付いたのか、2機の〝百錬〟が撃ち合いを止め、母艦を追おうとする。

 

『行かせるかァッ!』

『うおおおおおおおッ!!』

「っ! 無茶な突っ込みはよせ!」

 

 諫めようとするが、既に昭弘機とシノ機は赤青それぞれの〝百錬〟へと突っ込んでいく。

 昭弘の〝グレイズ改〟が繰り出したバトルアックスと、赤い〝百錬〟のブレードが激突。アックスの刃がブレードにめり込むが、逆に振り払われて、昭弘機はアックスを失い、殴り飛ばされてしまう。

 

『くそォッ! 俺は………!』

 

 昭弘は三日月を認めている。

 その三日月に「ここは任せる」と言われた。それがどれだけの重みを持つか、第三者にはなかなか分からないだろう。

 援護したいが………タイミング悪く青い〝百錬〟がこちらへと迫り、シノ共々撃ちまくって牽制せざるを得なくなる。

 だが………予想外に弾を使いすぎた。もうじき弾切れになる。

 

「シノ! 弾は!」

『もうそんなに残ってねぇ!』

 

 くそ………オルガはまだか!?

 さすがに1話24分で話がつくわけじゃないのか………!

 その間にも、昭弘の〝グレイズ改〟は赤い〝百錬〟へと飛びかかり、装甲と装甲を激突させて〝百錬〟の頭部を殴りつける。だがその腕を、敵機のライフル銃床で打ち据えられ、潰されてしまう。

 

『ぐ………!』

「退け! 昭弘ッ!!」

 

 シノに牽制を任せ、ガトリングキャノンを撃ちまくりながら推力全開で〝ラーム〟を〝百錬〟へと迫らせる。

 ガトリング弾は〝百錬〟と〝グレイズ改〟のどちらにも命中してしまったが、怯んだ〝百錬〟は〝グレイズ改〟を引き剥がして、飛びずさった。

 

「逃がすかッ!!」

 

 赤い〝百錬〟が逃げ去る方向へ、薙ぐようにガトリングキャノンを撃ちまくる。

 その時………ただの牽制のつもりだったのだが、ガトリング弾の数発が〝百錬〟の右脚とスラスター、腕部の装甲の継ぎ目に命中。

 奇跡的な着弾によって次の瞬間、機体の制御を失った〝百錬〟が錐もみを始める。

 

 その瞬間を逃さず〝ラーム〟を急速接近させてガトリングキャノンを構え直した。

 

『姐さんッ!!』

『行かせっかァッ!!』

『く………邪魔だ!』

 

 シノの〝流星号〟を一蹴した青い〝百錬〟がこちらへと迫るが、もう遅い。

 赤い〝百錬〟が制御を回復した時、眼前には〝ラーム〟と構えられたガトリングキャノン。

 

 

『………ッ!!』

「………!」

 

 

 赤い〝百錬〟のパイロットが息を呑む音。

 一瞬の静寂。

 

 だが………

 

「くそっ………!」

 

 残弾数を見れば、とっくの昔に【0】の表示が躍っている。

 それに、一発でも残っていたとして、ここで撃って中のパイロット……アミダ・タービンをケガさせたり殺すようなことがあれば間違いなく名瀬の勘気に触れる。テイワズの後ろ盾の件も、オジャンになること間違いなしだ。

 銃口を下ろし、距離を取った。

 今度は青い〝百錬〟がライフルを撃ちながら襲ってくる。後ろから昭弘とシノが追撃しているが間に合っていない。

 

『こいつ! よくも姐さんをッ!!』

 

 振り下ろされたブレードを、すでに鈍器としてしか用を為さなくなったガトリングキャノンの砲身で受け止める。だが、次いで繰り出された強烈なキックによって、砲身が大きく上方へと突き上げられてしまう。

 接近戦ではもう、なす術が無かった。原作での昭弘機のように、殴られ、蹴飛ばされその度に装甲がひしゃげ、歪む。

 警報表示がけたましく鳴り響き、瞬間的にスパークが走る。外側からの衝撃にひび割れた壁面の欠片が、コックピット中に舞い散り、一瞬、腕や頬に鋭い痛みが走る。

 昭弘機やシノ機は、復帰した赤い〝百錬〟に牽制されて身動きが取れない。

 

「ぐううっ………!」

 

 ここまでか!

 まさに万事休す。そう思ったのだが。

 

「………ん?」

 

 組みつかれ、ブレードを〝ラーム〟の首に突きつけた所で青い〝百錬〟が動きを止めた。

 

「何で………!」

『全機、戦闘を中止して帰投してください。タービンズとの停戦が成立しました』

 

 通信越しのフミタンの声。

 おそらく、同様の指示を向こうも受けているのだろう。油断なくこちらにライフルを構えながらも、2機の〝百錬〟が離脱していく。途中、もう1機分の軌跡が追加され、宇宙に3本線が描かれて〝ハンマーヘッド〟へと消えていった。

 

「ふぅ………」

 

 すっかりボロボロだが、何とか生き残った。

 気づけば、無重力のコックピット中に汗と、わずかに血の滴が漂っていた。

 

『カケル! 無事か!?』

 

 比較的損傷軽微な昭弘の〝グレイズ改〟とシノの〝流星号〟が、スラスターを吹かしながら近寄ってくる。

 

「何とかな。だが………スラスターの調子が悪い。連れ帰ってくれよ」

『おう。捕まりな』

 

 差し出される〝流星号〟のマニピュレータを握り、牽引されながら〝ラーム〟は〝イサリビ〟へと戻る。〝グレイズ改〟が殿を務めた。

 

 

 

 

 



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寄り添うかたち

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 戦闘の後、鉄華団とタービンズとの間に和解が成立したようだった。

 原作通りなら、名瀬に対して誤った情報を伝え、さらにはこれまでの子供たちに対する非道から彼の怒りを買った元CGS社長マルバ・アーケイはタービンズ所有の資源採掘衛星へと放り込まれることになる。戦闘でかかった費用をその体で払ってもらうという訳だ。

〝バルバトス〟〝ラーム〟〝グレイズ改〟それに〝流星号〟は母艦〝イサリビ〟へと帰還。どれも酷い状態だが原作程ボロボロではなかった。それでも、すぐにでも本格的な修復と整備を受ける必要があるだろうが。

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「お疲れ」

「おう!」

 

 着艦し固定された〝流星号〟。

 コックピットハッチ横に立ち、差し出されたヤマギの手を、シノが元気よく握り返すして立ち上がる。まだ元気が有り余っている様子だ。

 その前には昭弘の〝グレイズ改〟が駐機する。コックピットがせり上がり、立ち上がった昭弘は、自機の頭部を見上げて、どこか満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫かぁ? 三日月」

 

 上がってきた〝バルバトス〟のシートに座す三日月に、雪之丞が声をかける。

 うん、とそう答えながら、三日月はすっかり湿っぽくなったヘルメットを脱いだ。

 

「悪かったなぁ。半端な機体で無理させちまってよ」

「おやっさんのせいじゃないよ。………で、結局どうなったの?」

「今、オルガが嬢ちゃんとビスケット連れて、ナシつけに行ってるよ」

「………そっか」

 

 すっかりボロボロになった〝バルバトス〟を見上げ、三日月は小さく息をついた。

 と、

 

「おい!〝ラーム〟のコックピット、潰れて動かねーぞ!」

「ハッチの駆動部がイカれてる!」

「作業用クレーンだ! 早くしろっ!」

 

 ひと際損傷が激しいのは………カケルの〝ラーム〟だった。分厚い装甲はどこもボコボコにされ、頭部の一部はすっかり抉れている。手持ちの巨砲も奇妙に曲がっており、火器としてはもう使い物にならないだろう。

 

 雪之丞ははぁ、とため息つきながら、

 

「ひでェなありゃ。出た時には新品同然だったのによ」

「敵、強かったからね。仕方ないよ」

 

 やがて、クレーンを使って半ば強引にハッチが開け放たれ、中からカケルが這い出てきた。

 

「はぁ………てて………」

「だ、大丈夫すか?」

「ああ。ちょっと腕を強く打ったみたいだ。足もなんか………」

「俺に掴まっていいっすよ」

 

 悪い。と、寄ってきたダンジの肩に手を回しながら、カケルはダンジに肩を借りる形で格納デッキを後にした。

 

「はぁ~。どこをどう直してやればいいことやら………」

「〝バルバトス〟とは違うの?」

「フレームは同じ〝ガンダムフレーム〟なんだがなぁ。………ただ、あのガトリングキャノンはもうダメだな。砲身がすっかり歪んでやがる」

 

 肩部にマウントされた巨大なガトリングキャノンは、砲身が半ばから曲がり、確かにもう弾を発射できるようには見えなかった。

 

「ふぅん。ま、頑張って」

「お前なぁ………」

 

 気楽な調子で雪之丞にそう言うと、三日月は〝バルバトス〟の胸部を蹴って、自分もその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 医務室で簡単に包帯を巻き、とりあえずの応急処置は済んだ。

 打撲とはいえ骨折には至っておらず、多少痣ができた程度だ。だが………

 

「やっぱりこの船、船医はいないんだな」

「当たり前じゃないすか? そんなの」

 

 何の気なしにダンジはそう返してくるが………医学に心得のある者の有無は、これからの状況を左右すると言っても過言ではない。

〝イサリビ〟にはメディカルナノマシンベッドがあるが、誰もその使い方を知らないのが現状だ。これでは、重傷者が出た時、効果的な治療を行うことができない。下手すれば見殺しだ。

 

「………さて、俺はもう一人で大丈夫だ。悪かったな、付き合わせて」

「別にいいっすよ。カケルさんはここのパイロットなんだし。お手伝いするのは当然っす」

 

 それじゃ! とダンジは分かれ道から格納デッキの方へと戻っていった。

 俺は、食堂でなんか腹に入れてから部屋で少し休むか。

 

 と、

 

「まさか火星の運転資金が、底を突きそうだなんて」

「もう少し持つかと思ったんだが………」

「ギャラルホルンに目を付けられてちゃ、まともに商売なんてできないもんね。何とかしないと………」

 

 展望室に、オルガとビスケットの姿が見える。タービンズの〝ハンマーヘッド〟から戻ってきたのか。

 

「何か問題でも?」

「あ………えーと………」

「カケル、と呼んでもらえれば」

「あ。ビスケット・グリフォンといいます。クーデリアさんの傭兵さん、ですよね?」

 

 こくり、と頷く。ビスケットは帽子をかぶり直して、

 

「実は………鉄華団の火星の営業資金が底を尽きそうなんです」

「ギャラルホルンの〝グレイズ〟は? 新品のリアクターならそれなりの金に………」

「そうですけど、馴染みの業者じゃ到底………」

「タービンズに相談するしか、ないだろうな」

 

 オルガがそう言いながら、よっ、と腰を預けていた手すりから身を起こす。

 

「次のシャトルでもう一度〝ハンマーヘッド〟に行ってくる」

「一緒に行くよ」

「俺も、いいですか?………それと、相談したいことが一つ」

 

 

 ん? とオルガとビスケットがこちらに振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

タービンズの強襲装甲艦〝ハンマーヘッド〟。

 シャトルで乗りつけると、すぐに応接室へと案内された。白いスーツの男、名瀬・タービンが「よう」と気さくに片手を挙げて出迎えてくる。

 

「一人、知らねえ顔がいるな?」

「蒼月駆留といいます。クーデリア・藍那・バーンスタイン女史の護衛モビルスーツパイロットとして、鉄華団と共に雇われました」

「ああ、あの青いモビルスーツのパイロットだな? アミダから聞いたぜ。何でもいい所まで俺の嫁を追い詰めてくれたそうじゃないか」

「あんなの、ただのまぐれです。………本気で来られていたら、秒殺されていたのは俺らの方です」

 

 ほう………、と名瀬の目が鋭くなる。先の戦い、殺さない程度に手加減してたのを見抜かれたことに、内心驚いているようだ。

 考えてみるといい。アミダ・タービンと言えば、かのラスタルの秘蔵っ子ジュリエッタをメタメタに叩きのめした、鉄血世界最高峰のパイロットと言ってもいい女性だ。数と弾幕で圧倒していたとはいえ、あれだけ長時間膠着状態を維持できるなんて、奇跡以外の何物でもない。もし、彼女が本気でこちらを殺しにかかっていたら、三日月共々殺されていたのは間違いない。

 

「ま、いっか。………で、何だ? 改まって話ってのは?」

 

 促され、名瀬と向かい側のソファへと座ったオルガとビスケットが、一瞬目を合わせて頷き合う。俺は、その後ろでしばらく静観していることにした。

 ビスケットが差し出したのは、一枚のタブレット端末。名瀬はそれを受け取り、「これは………」と内容に少々驚きを隠せない様子だった。ビスケットが補足するように口を開く。

 

「僕たちが火星で、ギャラルホルンから鹵獲した物のリストです」

「………かなりの量だな。まさかギャラルホルン火星支部のモビルスーツ全部ぶっ壊してきた訳じゃねえだろうなぁ?」

「あ、あはは………まさか………」

「話というのは、それを売却できる業者を紹介して欲しいんです」

 

 切り出したオルガに、名瀬は端末上のリストを指でスライドさせながら、

 

「馴染みの業者はいないのか?」

「CGS時代から付き合いのある業者はいるんですが………物が物です。並みの業者じゃ扱いきれないんじゃないかと………」

 

 ま、確かにな。と名瀬はテーブルの上にドン! と足を置いて組んだ。一瞬ビスケットがビクリ、と身を震わせる。だが、意を決したように、

 

「もちろん! 仲介料はお支払いします! ………お願いできないでしょうか?」

「できなかねぇがよ。………お前ら、そんなに金に困ってんのか?」

 

 その問いかけに言い淀むビスケットに「正直。困ってます」とオルガはあっさり答えた。

 名瀬は、オルガの方を静かに見据えて、

 

「なら、何で俺が仕事紹介してやるって言ったときに断った?」

「………え?」

「あん?」

「え……いや、だって。あの話を受けたら俺たちは、バラバラになっちまうって」

「なっちゃいけないのか?」

 

 畳みかけるような名瀬の問いに、オルガはしばし考え込む。自分の中の言葉を慎重に、丁寧に組み立てていくように。

 そして、

 

「俺らは、離れられないんです」

「離れられない? 気持ちわりぃなァ、男同士でベタベタと」

 

 からかうような名瀬の調子に、オルガは少しムッとした様子だったが、「………何とでも言ってください」と静かに返し、

 

「俺らは………鉄華団は離れちゃいけない………!」

「だから! 何でだよ?」

 

 テーブルで組んでいた足を再び床につけ、座り直して少々苛立たしげに声を荒げる名瀬。オルガは、少し拳を握りしめながら、

 

「………つながっちまってんです、俺らは」

「あん?」

「死んじまった仲間が流した血と、これから俺らが流す血が混ざって………鉄みたいに固まってる。だから……だから離れらんねぇ。離れちゃいけないんです。危なかろうが、苦しかろうが、俺らは………!」

 

 ジッと名瀬の方を見るオルガ。その真っ直ぐな瞳を、しばし名瀬は受け止めていたが、ふと立ち上がった。

 

「………マルバに銃を突きつけた時、お前、言ったよな? 〝アンタの命令通りに、俺はあいつらを………!〟」

「っ!」

「その〝あいつら〟ってのが、その死んじまった仲間のことか?」

 

 オルガは、自分の手で反対側の腕を握りしめ、しばらく答えない。名瀬は構わず続けて、

 

「離れられない。そりゃ結構。だがな、〝鉄華団〟を守り抜くってんならこれから先、誰もお前に指図しちゃあくれない。ガキどもがお前の命令一つで死ぬ。その責任は誰にも押し付けられねぇ。………オルガ。団長であるテメェが、1人で背負えんのか?」

 

 今、オルガにはいくつかの選択肢がある。

 クーデリアの護衛任務を他社……おそらくテイワズに委託し、鉄華団を解散し、仲間たちが名瀬の紹介するまっとうな仕事に就けるよう計らうこと。自分たちはそれで助かるだろうが、世界は変わらない。タービンズの保護があるとはいえ、どう転ぶかは分からない。また、消耗品やゴミのように使われる日に戻るかもしれないのだ。

 もう一つ、このまま〝鉄華団〟を守り抜き、クーデリアの護衛任務を完遂すること。護衛任務に成功し、さらにクーデリアの交渉がまとまれば、火星の経済は上向く可能性が出てくる。自分たちだけでなく、世界を変えることもできるかもしれないのだ。それに、自分たちの人生や可能性も、より広げることだって。

 だがその恩恵に浴することができるのは、〝生き残った者〟だけだ。仲間たちの屍を重ね、踏み越えた先にある未来だ。

 俺は、ふとソファに座すビスケットの方を見下ろした。

 原作では彼は死に、鉄華団躍進の礎となった。このまま進み続ければ、原作同様の運命を辿るかもしれないのだ。

 

 オルガは沈黙し………だが顔を上げた時、瞳には決意の色がありありと宿っていた。

 

「覚悟はできてるつもりです」

「………ほう」

「仲間でも何でもねぇヤツに、訳のわからねぇ命令で、仲間が無駄死にさせられるのは御免だ。アイツらの死に場所は………鉄華団の団長として俺が作るッ!」

 

 オルガ………と掠れたようにビスケットの口から言葉が零れる。

 オルガは、スッと立ち上がった。

 

「それは俺の死に場所も同じです。あいつらの為なら。俺はいつだって死………ッ!」

 

 バシン! という音が聞こえ。額をデコピンされたオルガがよろめいてソファの下に崩れ落ちてしまった。

「お、オルガ!?」と慌ててビスケットがそれを支え起こそうとする。名瀬は、テーブルに片足乗せた状態で、その様子を見下ろしていたが、

 

「てめぇが死んでどうすんだ。指揮官がいなくなったら、それこそ鉄華団はバラバラだ」

 

 厳しい顔で見下ろされ、オルガもビスケットも縮こまざるを得ない。

 だが、「まァ、でも………」とふいに表情が緩む。

 

「血が混ざってつながって、か。そういうのは仲間って言うんじゃないぜ。………〝家族〟だ」

 

 驚いたように名瀬を見上げるオルガとビスケット。名瀬はふと、遠い目で明後日の方を見上げ、また二人に視線を戻した。

 

「ま、話はわかったよ」

 

 それだけ言うと、名瀬は扉へと向かい、通路へ出ていこうとする。

 ビスケットは慌てて「あ、あの!」と呼び止めたが、

 

「悪ィようにはしねえからよ」

 

 それだけ言うと、ゆったりとした足取りで、オルガ達を置いてその場を後にした。

 俺はすかさず、閉まり始めた扉からその後に続く。

 

「お願いします!」

「お、お願いしますっ!」

 

 という名瀬への二人の挨拶は、名瀬自身に聞こえたかどうかは分からない。

 俺は、いつの間にか通路の角まで進んでいた名瀬に駆け寄った。

 

 

 

 

 

「あの、タービンさん………」

「ん? ああ、さっきのか。まだ何かあるのか?」

 

 歩きながらの名瀬に続きながら、

 

「はい。オルガとも話をしたのですが………〝イサリビ〟は今、船医がいない状態で航行しています」

「ほう………確かに、危なっかしいな」

「はい。ですので、これから向かう〝歳星〟で鉄華団の船医になってくれそうな方を紹介していただけないでしょうか? こちらも、鉄華団として最大限、タービンさんには仲介料と、船医となる方にはできる限りの報酬を用意したいと、オルガが………」

 

 船医ねぇ。と、しばし思案する名瀬。

 それに付け加える形で、

 

「できれば………阿頼耶識システムに理解のある方が望ましいと思います。鉄華団員はほとんど全員、阿頼耶識持ちですし………手術時の不衛生な環境による後遺症が、これから出ないとも限りません。我がままとは承知していますが………」

 

「医者で………阿頼耶識に理解があって………お、いい奴を紹介できるかもしれないぜ」

「本当ですか!?」

 

 ああ、と名瀬はエレベーターの呼び出しコマンドを押しながら頷く。

 

「〝歳星〟で寂れた個人病院を持ってる外科医なんだが、阿頼耶識システムの研究のためにわざわざ規制の厳しい地球から木星圏くんだりまでやってきた変わり種だ。案外、うまくやれるかもしれないぜ。〝歳星〟に着いたら、話をしておいてやるよ」

 

「ありがとうございますタービンさん。それで………」

「これぐらいで仲介料なんていらねえよ。あと、俺のことは名瀬って呼んで構わないぜ」

「すいません、名瀬さん。何から何まで………」

「いいってことよ。………これからはもっと面倒を見ることになるかもしれないんだからな。………だが、会って驚くなよ?」

 

 

 そう悪戯っぽく笑みを浮かべると、名瀬はエレベーターへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 やがて、木星圏の開発を手掛ける巨大コングロマリット〝テイワズ〟の本部たる大型惑星間巡航船の姿が見えてきた。全長7キロの威容を持つというが、ここからではまだちっぽけな点だ。それでも、徐々にその姿が明らかになっていく。

 

「ここまで来たか………」

 

〝イサリビ〟であてがわれた自室へと戻り、ぼんやりとこれまでのことを思い起こす、そしてこれからのことも。

 これから、鉄華団の面々にとって苦しい時が続く。ある者は生き別れた弟と死別し、ある者は家族のように慕っていた近しいものを喪う。戦火によって人は死に、積み重なった屍の先に、地獄からの突破口がある。

 

 俺がやるべきこと、結末を知る者としてやらなければならないこと。

 一つ一つ整理し、実行して、悲劇を一つでも多く防いでいかなければならない。

 

 

 

 それこそが、俺自身が望んだことなのだから………

 

 

 

 



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兄弟結縁盃之儀

▽△▽――――――▽△▽

 

「本当に、ありがとうございます名瀬さん。何から何まで………」

「俺からも、礼を言わせてくれ。恩に着る」

 

 俺に次いで、ギャラルホルン士官の制服から、与えられた私服に身を包んだクランクが頭を下げる。

 俺も、パイロットスーツ以外で〝ラーム〟のコックピットに入っていたジャンプスーツを着、今は〝ハンマーヘッド〟の時よりフォーマルな姿の名瀬に頭を下げた。

 

「いいってことよ。だが、ギャラルホルンの士官を捕虜にするなんざ、大した真似するじゃないか」

 

 俺たちは今、〝歳星〟にある巨大な総合病院の個室にいる。

 メディカルナノマシンベッドの中で、未だ昏睡状態が続いているアインが横たえられており、傍らの端末の計器は、規則的な波動と数値を流し続けている。意識は戻らないが、容体は安定しているらしい。

 

「だが、こればっかりは後で請求するからな。きっちり払えよ」

「はい。必ず」

「じゃあ、俺はこれからオルガ達を連れて親父の所に行ってくるから、適当に戻ってくれや」

 

 手をヒラヒラさせて名瀬が病室から立ち去る。

 残されたのは俺とクランク、それに扉の前で護衛兼監視のために連れてきたダンジとイリアムだ。さすがに武器は持てなかったが、何かあった時には頼りにしている。

 

「………すまない、カケル。恩に着るぞ」

「いえ………。〝イサリビ〟よりも、もっと設備の整った所で治療を受けた方がいいとオルガとも話をしましたので」

 

 ここなら、専門的な治療を受けられる上、テイワズのお膝元で、よほどのことが無い限り悪さをする者もいないだろう。

 治療費は安くないが………鹵獲したグレイズの売却収入があれば、何とかはなる。少なくとも原作の倍以上の収入になっているはずなのだから。

 

「意識が戻らない原因は………分からないんだな?」

「ええ、クランクさん。外傷は全て癒えたようですけど、脳にダメージが入っているらしく、最悪、このまま目を覚まさない可能性もあるとか。………何か、すいません」

「謝るな。戦闘による結果だ。むしろこれだけ配慮があることに礼を言いたいぐらいだ。………だが」

「俺たちに気を遣う必要はありません。あなたはあくまで捕虜なのですから、ご自分にとってベストな判断を下されるべきです。俺は………地球でギャラルホルン部隊にあなたを引き渡すのがベストだと考えてますが」

 

 うむ………、と考え込むように、クランクは眠り続けるアインの面立ちを見下ろしていた。できるのならば、鉄華団の味方になって欲しいものだが、それは彼自身が決めることだ。

 

「俺たちも、そろそろ戻りましょう」

「そうだな」

 

 ダンジ、イリアム。と声をかけると、ひょい、と少年兵二人が入り口から顔を覗かせた。

 

「〝イサリビ〟に戻るぞ」

「うっす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その後、クランクを外から鍵をかけた一室に入れると、アトラにいつものように捕虜への食事を頼み、自分は〝ハンマーヘッド〟へ向かった。昭弘共々、〝百錬〟のシミュレーターでトレーニングするためだ。

 

 結果は………

 

「もう一戦………もう一戦だ!!」

 

〝百錬〟のコックピットが開かれ、汗だくの昭弘が出てくる。

 同じく別の〝百錬〟のコックピットから出てきたラフタ・フランクランドは、もうすっかりうんざりした様子で、

 

「ちょっと休憩~!」

「頼む! 次で最後でいいッ!」

「………それ、4回前にも聞いたんだけど」

 

 ぶつくさ文句を言いながら、また〝百錬〟のコックピットへと戻っていくラフタ。昭弘も。

 俺は………

 

「いつになったら俺の番になるんだ………?」

「ありゃ、お互いすっかり熱くなったパターンだからねぇ。しばらくは無理かもよ」

 

 昭弘は、モビルスーツ初心者とは思えない練度だが、経験も力量も上手なラフタ相手ではいいように弄ばれるのが精々だ。

 しばらくすると、すっかりフラフラのラフタが出てくる。昭弘は、もっと憔悴しきった様子で、

 

「も、もう………ぐっ………!」

「よせ。疲弊した身体じゃ本調子は出ないぞ。せっかくコツを掴んできてるのに。少し休もう」

「うむ………」

「じゃ、あたしちょっとシャワー浴びてくるから」

 

 じゃあね! とラフタは〝百錬〟の装甲を蹴って通路の方へと消えていった。

 あ、俺の訓練の相手………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その日、テイワズのトップ、マクマード・バリストンと面会したオルガ・イツカは、正式に名瀬・タービンとの義兄弟の盃を認められ、翌日の式典で、晴れてテイワズの一員となる。

 クーデリア・藍那・バーンスタインは、彼女をテイワズの力で保護する代償として、地球・アーブラウとの火星ハーフメタル利権交渉が上手くいった暁にはテイワズを業者として指名するようマクマードから提案を受ける。一度、持ち帰ることでその場で決着が着いただろうが、現状、原作通りに受け入れるのが最上の選択だろう。

 リフレッシュしたラフタにシミュレーターでボコボコにされ、俺は這う這うの体で〝イサリビ〟に戻る。

 

 すると、「うわ~っ!!」という小さい子供たちのはしゃぎ声が通路まで聞こえてきた。

 食堂を覗いてみると、山積みのお菓子の数々が。年少の子供たちが背の高いテーブルに顎をつけて目をキラキラさせていた。

 

「すっげぇ!」

「これもらっていいの!?」

 

「ああ! どれでも好きなのを選べ」

 

 オルガが鷹揚に頷くと、「やったぁ!」「俺、こっち!」と子供たちが年相応にお菓子に飛びつき始めた。殺し合いを生業にしているような少年兵とはいえ、幼い子供たちばかりだ。

 

「だめだって! ちゃんと公平、ちゃんと順番! ………てか、ダンジ、ライド。お前らまで争ってどうすんだよ?」

 

 年少組の中ではまだ年上のダンジやライドまで手元の菓子にがっついている様子に呆れるタカキ。ライドは少し顔を赤らめつつも「う、うっせぇ!」とダンジ共々手に入れた菓子を大事そうに抱えた。

 オルガは、少し遠巻きに子供たちの喧騒を見やっているアトラにニッと笑いかけて、

 

「ほら、アトラも」

「あ、はいっ! ………これ、自分でも作れるかな」

 

 促されたアトラは、興味津々に手近なケーキを眺めている。

 

「団長ー! 俺らにはなんもねーの?」

 

 食堂に顔を覗かせたシノが悪戯っぽく笑っている。その後ろには昭弘やチャド、ダンテの姿が。

 オルガも、にぃっと笑い返しながら、

 

 

「あァ? あるに決まってるだろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 数時間後。

〝歳星〟繁華街に並ぶ無数の商店や酒場。

 その中の一つに【PUB SOMEDAY】という酒場がある。

 広いスペースの一角を、ほとんど鉄華団が貸し切るような状態で、特徴的な華のエンブレムをジャケットに背負った面々が、酒に料理に、いつになくワイワイと騒ぎながら思い思いの時を過ごしていた。

 他の飲み客には少々迷惑かもしれないが。

 

「みんな遠慮しねぇで思いっきり楽しめよォ!」

 

 オルガに言われるまでもない。酔いが回った様子のシノは女を漁りに行くなどと言い出してビスケットやユージンを困らせているし、名前は知らないがオルガらと同年代の団員らはワイワイと騒ぎまくっている。

 俺は、三日月やチャドと同じテーブル席に座り、チビチビと炭酸を口にしていた。

 

「………てか、俺も来てよかったのか?」

「いいんじゃない別に」

 

 三日月は何の気なしに、手元の料理をつまんでいる。チャドは、この状況に少し困惑してるようだったが、ようやく料理や酒を口にし始める。

 オルガは元ヒューマンデブリでも分け隔てなく接し、その遇し方にも差別を決して作らなかった。本物のカリスマというのは、まさしくオルガのことを言うのだろう。

 

 と、

 

「お、チャド。袖が………」

「え? ああ、本当だ。袖んとこほつれてるな」

「前のやつをそのまま使ってるのか? ビスケット辺りに言って新しいのを………」

 

 今なら新品だって支給できるだろうに。だが、チャドは首を横に振った。

 

「いや、このままでいい。………ここに来るまで服なんて、はなっから破けた中古しか支給されてなかったからな。汚ねぇくらいがしっくりするんだ。………どうかしたか? そんなびっくりした顔して」

「え? い、いや別に………」

 

 まさか次回予告のセリフをここで聞くことになるなんて。

 動揺をごまかすために炭酸の入ったグラスを煽る………が。

 

「………んぐ!? げ……ごほっ!」

「だ、大丈夫か?」

「どうかした?」

 

 いかん。オルガが置いてったグラスを間違えて取ったみたいだ。中にはまだアルコールが残っている。

 この世界じゃ未成年の飲酒がどうとかいう輩はいないだろうが、正直言って、こんな苦いだけの飲み物のどこがいいのか全く分からない。身体が少し火照ってきて、かすかにめまいが………

 オルガはすっかり調子よく、

 

「今日はトコトンまで行くぞォッ!!」

「「「「「「おおーっ!」」」」」」

 

 音頭を取るとまたこっちの席に戻ってきた。

 

「おいおい、何だ何だァ? ガキくせえもん飲みやがって。………すんませーん! 適当なカクテル一つ頼んます!」

「あいよー!」

 

 そうしてやってきた一杯のオレンジ色のカクテル。

 

「お、俺にこれを………?」

「そうだ。酒との付き合い方ぐらい、覚えとかないとなァ!」

 

 ぐいぐい、とカクテルを押し付けられ、仕方なしにチビチビと口にする。

 ああ、何かボーっとする。

 やがて、どんちゃん騒ぎもお開きになり、団員たちは酔いのまわった足取りで〝イサリビ〟に帰るか、一部の面々は二次会か、シノらのように女遊びができる店へと繰り出していく。

 俺は、さっさとその場を離れて帰艦組に混じって〝イサリビ〟へと戻り、軽くシャワーを浴びて自室のベッドへと飛び込んだ。

 

 

 こういった一瞬一瞬の幸せを糧に、彼らは命がけで戦っていくのだろう。

 だが、名前を知っている者も知らない者も、あの面々のうち何人かは、このままだと生きたまま火星に戻ること叶わないのだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 翌日。

 多くのSPが厳重な警戒を敷く式典会場。鉄華団やタービンズのみならず、マクマード・バリストンも立ち会う式であるため、当然の物々しい警備だ。

 

「………なさい……アトラさ………もらって………」

「ううん。それよ………さん………けど、大丈夫?」

 

 クーデリアに雇われた立場だが、さすがに女性のメイクの場に立ち会う訳にもいかず外の通路で俺は待機していた。これだけ厳重な警戒なら誰かが護衛につく必要なんてないだろうが………

 兄弟盃の儀の晴れ舞台。鉄華団の面々もタンクトップや作業着姿の上に鉄華団のエンブレムがあしらわれた羽織を纏うなどそれなりの正装をしている。俺は、正確には鉄華団の一員ではないため、借りたスーツを着ていた。

 と、扉がゆっくり開かれる。メイクを手伝っていたアトラが「さ、クーデリアさん」と促し、黒いドレスを身にまとった、いつにもまして大人びた姿のクーデリアが現れる。

 

「お待たせしました。カケルさん」

「いえ………」

「行きましょう」

 

 俺を従えて、クーデリアが向かったのは、名瀬の控室にいるオルガの元。よく似合う袴姿だ。

 そしてオルガと共にマクマード・バリストンの控室へ。そこで、テイワズの保護下に入ること、そして交渉がまとまった暁にはテイワズを火星ハーフメタル採掘業者に指名することを了承した。

 その後、名瀬、オルガの義兄弟盃の儀の会場へ。

 一列に整然と相対するように並ぶ、正装の鉄華団とタービンズ。和を基調とした広大な会場の正面の壁には

 

 

【兄弟結縁盃之儀】

【蛇亞瓶守】【兄 名瀬蛇亞瓶】

 

【見届人 真紅真亞土芭里主屯】

 

【弟 御留我威都華】【鉄華団】

 

 

の大きな掛け軸が。

 

 設えられた畳の上で、正座したオルガと名瀬が向かい合っている。「三方」と呼ばれる小さな儀式台の上に盃が置かれ、いつもはツインテールの髪を後ろで綺麗にまとめているラフタが盃に神酒を注ぎ、まずは名瀬が、次いで再び三方の上に置かれたそれを取ったオルガが神酒の残りを煽る。

 これで、名瀬とオルガは晴れて義兄弟となった。

 鉄華団の面々からは一歩下がった場所に立ち、俺はその光景を見届けた。

 式自体は思ったよりすぐに終わった。それでも、その間の緊張感は並大抵のものではなく、ようやく全てが終了し、全員が控室に戻った時、

 

「あ~疲れたぁ……」

 

 とソファに背を投げ出したユージンを始め、誰もが緊張で疲れ切った表情で、先ほどまでピンと張りつめていた緊張の糸を緩めていた。アトラが「ああ、ダメだよしわになっちゃう!」とユージンを嗜めたが、すっかり疲れ切ったユージンはボケーっとした顔で梃子でも動かない様子。

 

 ふと、テラスにいる三日月とオルガの方を見やる。手すりに腰を預けた三日月に対し、オルガは、ユージン同様疲れ切ったように手すりに前からもたれかかっている。

 

「かっこよかったよオルガ」

「ああ。似合わねぇ気苦労かけたな………よし!」

 

 オルガが背を伸ばす、そして真っ直ぐ、上を見上げていた。

 

「面倒な段取りは全部終わった。………行くぞ」

 

 

 目指すべき場所は、そう。

 地球だ………!

 

 

 



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新顔~New Face~

二人目のオリキャラ登場です。


▽△▽――――――▽△▽

 

「………いや~っ!!! こ、これはすごい! 素晴らしい! 完璧な………完璧な阿頼耶識システムじゃないかッ! ナノマシンの精度、手術方法、神経適合………どれをとっても完璧!! こ、これはもはや医学ではない………そう、芸術だッ!!」

 

 等々、大興奮している男相手に、俺は………上半身裸になってベッドの上でうつ伏せになっていた。

 ボサボサの長い黒髪に縁が割れた眼鏡をかけ、白衣を着た中年の男………新たに〝イサリビ〟の船医となったホレイシオ・ノーマッド氏は、何故か俺を上半身の服を脱いだ状態で冷たいベッドの上にうつ伏せにさせ、背中から突き出る阿頼耶識システムのヒゲ端子を見分し始めたのだ。

 

「間違いない。君が処置を受けた阿頼耶識システムは、他の者に取り付けられたものとはだいぶ違うものだ。………そう、まるで厄祭戦の技術を再現しているかのような………!」

「今、一般に広まっている阿頼耶識システムは不完全なものしかない、と聞いたことがありますけど」

「うむ! その通りだッ! そもそもナノマシンやインプラント機器、手術に関する技術自体が厄祭戦後に一度散逸し、現代に至るまでに辛うじて一部が再現できたに過ぎないのだ。厄祭戦時代以前には、さらに効果的な肉体・機器間の情報交換技術があったに違いない。………全く、この厄祭戦後300年間、技術の復興にのみ費やしていれば、これほどまでにテクノロジーが散失し文明が荒廃することなどなかったというのに………!」

 

 むぐぐ~っ! と拳を自分の顔の前で覆って、身悶えするような意味不明な踊りを始めるノーマッド。

 

 思えば、先日、出航の〝イサリビ〟に彼が現れた時から、………印象がひどかったのをよく覚えている。

 

 

 

 

『わ、私は阿頼耶識システムの適合率と双子の相関性について研究しているのだがね! どうだろう? しっかり麻酔は施すから、背中の切開を………!』

 

 

 

 

 と、到着早々、目にしたエンビとエルガー兄弟を捕まえて、ノーマッドはそう詰め寄ったのだ。可哀想な幼い双子がすっかり怯えきって医者嫌いになったのは言うまでもない。

 さらには、ブリッジ、食堂、格納デッキの各地に出没しては問答無用で少年たちの服をめくって背中を見ようとし、特にヒゲを3本も持つ三日月には矢継ぎ早に質問を繰り返して殺意のこもった目で見返され………ついにはシノとユージンの手で強引に医務室に放り込まれてしまう。

 

 それで、彼が勝手に医務室から出ないよう当座の話し相手として、俺が選ばれたのだ。

 新参の組織に来る以上まともな人物は来ないだろう、とオルガもある程度は腹をくくっていたのか、追い出すとかそういった話にはならなかった。

 

「確か先生は、阿頼耶識システムの研究をされてたんでしたよね?」

「うむ、その通りだ。阿頼耶識システム単体、というよりも肉体・機器間の情報交換関連技術だがね。………ここに来た時にも説明したが、私は阿頼耶識システムの施術をしたことは一度も無い。阿頼耶識システムは不完全で危険な技術であり、ヒポクラテスの誓いを立てた私は、そのような危険な手術を患者に施すわけにはいかないからね。地球でも、木星でも私はそれを押し通してきた。その上で研究を進めているのだ」

 

 ヒポクラテスの誓いの4番目「私は自らの能力と判断の限り、患者にとって利益となる治療法を採り、有害となる方法は決して取らない」か。

 だが、阿頼耶識システムの施術をしたことがないという彼の言葉は、名瀬自身も請け負っており、鉄華団の面々の信用を一応は得る一助になった。以降のマッドサイエンティスト丸出しの行動で全て台無しになったが。

 

「………だが阿頼耶識システムは人類文明の、いや人類自身の進歩に欠かせない重大な技術なのだ! 人と機器の融合は最終的には肉体を超越した人類の進歩を促し、人が持つ可能性を無限大に広げることができるのだ!! ………ギャラルホルンとかいうケチで、無様で、無能で、愚かな、ケチな無能共の集団は地球圏に対して肉体と機械の融合に対する誤った宣伝を続けているがね。おかげで地球ではまともに資料を集めることすらできなかった! 事故で腕を切断した患者に神経接続しないただの義手を取り付けることすら難しかったのだ!」

 

 

 ドクター・ノーマッドの大演説は続く。阿頼耶識システムが持つ人類進化の可能性についてから、徐々に〝ケチ〟なギャラルホルンや、地球経済圏に対する罵詈雑言に変わっていくが………

 

 

 しばらくは、ここにカンヅメだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「メリビットさんって、大人の女って感じだよな~!」

「そうそう! これから俺たちと一緒に地球まで………」

 

 ようやく医務室から解放され、ジャンプスーツを着なおして通路に出ると、年少たちが2人、浮き足立った様子でワイワイ騒ぎながらこちらへと歩いていた。

 すれ違いながら………そうか、もうメリビット・ステープルトンが来たのか。

 原作なら、テイワズから派遣された財務アドバイザー兼監視役、それに医療技術の心得もありタカキや多くの団員がこれから命を救われることになる。

 

 とりあえず格納デッキへ行こうとエレベーターへ。すると………

 

「………好きも嫌いも、上の命令には従う」

 

 この通路の階で止まったエレベーター。ドアが開かれ、オルガが隣の女性………メリビットにそう言い捨てると、静かな足取りでエレベーターから立ち去る所だった。

 

「お疲れ様です」

「おう」

 

 おそらく、今はメリビットの存在が疎ましいのだろう。不機嫌なオルガが通路の角へと消えていくのを見送り、

 

「………あの、乗られますか?」

「え? ええ。すいません」

 

 メリビットに呼びかけられ、慌てて俺は俺はエレベーターへと飛び込んだ。

 

「下、いいですか? 格納デッキに行くんで」

「ええ。もちろん」

 

 格納デッキがある階のコマンドを押して、ドアを閉める。エレベーターはゆっくり下へと降りていった。

 メリビットは、こちらに視線を移しながら少しためらいがちに、

 

「あの、あなたは………」

「あ、すいません。申し遅れました。俺は蒼月駆留といいます」

「カケルさんね。メリビット・ステープルトンです」

「テイワズからのアドバイザーさん、ですよね?」

 

 よろしくお願いします。と俺が差し出した手を、「こちらこそ」と笑みを浮かべて握り返してくれる。

 そうしている内に、格納デッキのある階へ。「それじゃ」と無重力であるため、壁を蹴って俺はエレベーターを後にした。

 その前にロッカールームへ。自分のパイロットスーツに着替え、格納デッキへ向かう。

 格納デッキでは、俺の〝ガンダムラーム〟と〝グレイズ改〟、それに〝流星号〟が並び、整備係の少年兵たちが飛び回っている。

 

「あ、カケルさん」

「ようヤマギ。〝ラーム〟の調子はどうだ?」

「〝歳星〟ですっかり直りましたよ。装甲と消耗パーツの全交換だけで、リアクターの調整とかは特に必要なかったみたいです。それとスラスターとコックピット周りを最新のものに変えて、機動力がアップしてるみたいです」

 

 見上げると、何とか〝イサリビ〟の出航に間に合わせることができた〝ラーム〟が、推進剤補充用のケーブルを繋がれて次の出撃の時を待っていた。

〝歳星〟で大掛かりな修理を施されたらしいが、外見上の違いはほとんど無い。ギガンテック・ガトリングキャノンも、損傷した個所を取り換えて新品同然に磨き上げられている。

 それに、機体各所のスラスターが少し変わっている。

 

「しっかり修理してくれたみたいだな」

「〝歳星〟の整備長さんが大興奮してましたよ。〝こんな完璧な形で現存するガンダムフレームなど見たことが無いッ!!〟って。何か、バックパックだけどうしても調べてみたいって置いてきちゃったんですけど………」

「いいさ。その分弾を入れてくれたわけだし」

 

 ついでに細かく事情を聞いてみると………

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 歳星での兄弟盃之儀の当日。

〝バルバトス〟〝ラーム〟が並ぶ、歳星工業区画のモビルスーツ格納庫にて。

 

『………ああ! まさか〝バルバトス〟と〝ラーム〟! 伝説のガンダムフレーム2体をこの手でいじれる日が来るなんて! この美しいフレームデザイン! 幻のツインリアクターシステム! メインOSの阿頼耶識システムまでまだ生きてるなんてッ!! そ、それに見たまえッ!! 〝ガンダムラーム〟に至っては300年の劣化を一切感じさせない! こんな完璧な形で現存するガンダムフレームなど見たことが無いッ!!』

 

『あの~。これってそんなにすごいんですか?』

『すごいも何も!コイツは厄祭戦を終わらせたとも言われる72体のガンダム・フレームのうちの2体なんだよ!? ただ資料が少なくて、今じゃ幻の機体なんて呼ばれてる! そんな機体を予算上限なしで整備できるぅ~! しかも〝ラーム〟に至っては製造当時のデータがバッチリ残ってるときた! さらには背中のバックパック! これは兵装製造自動工場になっていてマテリアル・カートリッジから物質を分子レベルで分解してガトリングキャノンの特製弾を作るなんて! これはロストテクノロジー中のロストテクノロジー! 是非とも! 何が何でも調さ………いや、バラバラに分解しなければッ!!』

 

 ヤマギも雪之丞も、歳星整備長の口から迸る言葉の奔流にただただ唖然とするしかなかった。

 

『………何か、すごいことになってるんだけど』

『何でも三日月が、テイワズのボスに気に入られて、予算上限なしで改修してもらえるっつー話になったんだが………』

 

 

『見ていてくださいっ! 消耗品全交換はもちろん! フレーム・リアクターの再調整! 集められるだけの資料を集めて完っ全な〝バルバトス〟と〝ラーム〟をご覧に入れて見せますよォッ!』

 

 

~~~~~~~~~~

 とのこと。

 

 背中の、兵装製造自動工場バックパックが無く、新調された大型ドラム弾倉だけが背中に取り付けられた〝ラーム〟は、少々スマートな姿に見えた。刀身の短さがネックだったコンバットナイフは、より長大なコンバットブレードへと置き換えられ、腰部にマウントされている。

 手元のタブレット端末によると、アビオニクス関連も新調され、火器管制システムは〝百錬〟にも装備されている最新型に。これで射撃能力がかなりアップしたはずだ。

 厄祭戦時代のオーバーテクノロジーが凝縮されたバックパックは、お馴染みの整備長の手で存分に解析・分解されたことだろう。〝バルバトス〟の改修のために後で合流することになった三日月と一緒に、こちらに戻される手はずにはなっているが。

 

「あ、そうだヤマギ。次の哨戒任務で昭弘の〝グレイズ〟が出るんだろ? それに合わせて俺も出ようと思うんだが」

「カケルさんが?」

「ああ。ちょっと試運転してみようと思ってね。ああそれと、ここからタービンズの方に連絡ってできたっけ? ちょっと向こうにお願いしたいことが………」

 

 

 間もなく〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟は広大なデブリ帯の最外縁に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 



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第4章 ブルワーズ
暗礁に潜む海賊


 

▽△▽――――――▽△▽

 

『へぇ。あたしと模擬戦したいなんて、いい度胸してるじゃないか。しかもモビルスーツを実際に動かしてなんて………』

 

「前の戦いでは色々うやむやに終わりましたからね。手加減されてたみたいですし。………〝ラーム〟と俺の力、とことん試してみたいんです」

 

 アミダの赤い〝百錬〟と、俺の〝ラーム〟が宇宙空間で向かい合っている。

〝ラーム〟の試運転と模擬戦に、是非アミダさんに付き合ってほしい。一蹴されるかと思ったが、ちょうど手すきだったようで、アミダ自身から直接快諾され、今に至る。

 模擬戦のルールは簡単。演習用のペイント弾と、刀身に演習用カバーが施された近接武器を用い、一定以上のダメージが蓄積した方が負け。

 

『あたしが勝ったら、そのガトリングキャノンを好きなだけ撃たせてくれる、ってことでいいんだね?』

「ええ。費用は俺持ちです。弾倉に残る限り、好きなだけどうぞ」

『剛毅だねえ。ラフタとアジーも楽しみにしてたよ』

「俺が言うのもアレですけど………すごいですよ」

 

 ライフルやマシンガンとは全然違う。秒間数十発という怒涛の勢いで吐き出される100ミリ弾。巨大な多銃身砲が火を噴き、コックピットに直に伝わる地響きのような衝撃。近距離ならモビルスーツであろうが容赦なく引きちぎる、威力。

 

 ガトリングでしか味わえない感覚が、そこにはある。

 

『んじゃ………とっとと始めるかい? 先攻はそっちからでいいよ、カケル』

「ではお言葉に甘えて………行きますッ!!」

 

 模擬戦開始の合図と共に、ガトリングキャノンを跳ね上げ、その銃口をアミダの〝百錬〟へ向ける。

 だが一拍置いてそれが火を噴き、数百の模擬弾が殺到した時、〝百錬〟はすでにそこには存在していない。トリガーを引き続け、空間を舐め回すような弾道を残しながら〝百錬〟を狙い撃ちにしようとするが、一発たりとも当たることは無い。

 

「く………」

『今度はこっちから行くよッ!!』

 

〝百錬〟が近接武装である片刃式ブレードを引き抜いて一気に〝ラーム〟へと急迫してくる。その目まぐるしい機動に、鈍重なガトリングの砲火は全く間に合わない。阿頼耶識システムを介した射撃管制が〝百錬〟の俊足に追いついていないのだ。

 

「だめかっ!」

 

 ガトリングキャノンによる遠距離戦を断念し、こちらも近接武器………これまでのコンバットナイフから刀身を伸長させた新武器〝コンバットブレード〟を抜き放ち、〝百錬〟が振り下ろされた〝百錬〟のブレードを受け止めた。

 だが最初の一撃は、軽い。〝百錬〟は目まぐるしい速さで〝ラーム〟の後方へと回り込み………

 

『もらったよ!』

「ち………っ!」

 

 回り込まれる瞬間、背面のバーニアスラスターを全開にブレードの一閃から逃れる。続けざまにライフルを放たれるが、強引な回避機動によって射線のほとんどから逃れる。新型のバーニアスラスターや各所スラスターは吸い付くようにカケルの要求に応え、改修前よりもより細かい機動とそして大出力を〝ラーム〟にもたらしていた。

 だが、急激な機動により姿勢制御が追い付かず凄まじい荷重が〝ラーム〟のコックピットへと襲いかかり、さらには2、3発の着弾。

 休む間もなく〝百錬〟が迫る。

 回避か迎撃を………! だが荷重のショックで身体が………

 気づいた時には、さらに蹴飛ばされて制御不能に。そして次の瞬間、〝百錬〟のブレードの刀身が、〝ラーム〟の前面コックピットモニターに大写しとなっていた。これが実戦なら、〝ラーム〟のコックピットは抉り潰されていたことだろう。

 

 瞬殺。文字通りわずかな間に撃墜判定を食らい、改めて実力の差を思い知る。

 

「俺の………負けです」

『ま………こんなモンさ。機体の相性の問題もあるしね。さっきの回避は中々見どころがあったよ。あんた、これからまだまだ伸びしろがある』

「どうも………」

 

 いじけてんじゃないよ! と、アミダの豪快な笑い声が飛び込んできた。

 

『今からラフタとアジーにしっかりしごいてもらいな。もう帰るかい? それとももう一戦………』

 

 昭弘の〝グレイズ改〟とタカキのMWが発進した時間から考えて………おそらくそろそろだ。

 

 

 

 

 

 

 そしてその時、視界の端で………いくつもの閃光が迸った。

 

『ん? あれは………!』

「あっちには昭弘がッ!!」

 

 その瞬間、〝ラーム〟のバーニアスラスターを全開に、戦闘が始まった宙域へと全速で飛翔した。一拍出遅れたが、アミダの〝百錬〟も続く。

 既にタカキのMWを庇う昭弘の〝グレイズ改〟と………ブルワーズのモビルスーツ〝マン・ロディ〟3機の戦いは始まっていた。MWを庇うために急激な回避機動が取れない〝グレイズ改〟に対し、目まぐるしく飛び回り続ける〝マン・ロディ〟は次々にマシンガンを射かけ、機体とパイロットの双方にダメージを蓄積させていく。

 そして疲弊した所を、1機が急迫して接近戦で撃破………という腹積もりなのだろう。

 

 悪くないが、重装甲と機動力を強引に両立させた〝マン・ロディ〟の直線的な機動なら、〝ラーム〟でも追いかけられる。

 俺は素早く端末を操作し、弾頭を模擬弾から実弾へと切り替えた。

 

〝マン・ロディ〟は、もうすぐそこだ。

 

「昭弘ーッ!!」

『! カケルか!?』

 

 ガトリングキャノンを乱射し、撃ちかけながら〝グレイズ改〟に接近しつつあった〝マン・ロディ〟1機を牽制。十数発の着弾を浴びせたものの持ち前の重装甲に弾かれるが、〝マン・ロディ〟は驚愕したように加速して後方に引き下がる。

 

「うおおおおおおおおッ!!!」

 

 さらに矢継ぎ早に残りの2機にも、ほとんど牽制同然で撃ちまくる。射線がかすめ、何発かは当たったものの致命傷には至らず、だがその弾幕によって〝マン・ロディ〟隊は、遠距離から射かけつつも〝ラーム〟にも〝グレイズ改〟にも近寄ることができない。

 

 さらに、

 

『ウチの昭弘に何やってんだい!?』

 

 アミダの〝百錬〟が〝マン・ロディ〟の1機にライフルを撃ちかけ、さらにブレードを振り上げる。〝マン・ロディ〟はすかさず腰部にマウントしてあるハンマーチョッパーを抜き放ち、最初の一撃を受け止めるが、目にも止まらぬ速さで繰り出された次の一閃を受け止めきれず、ハンマーチョッパーは〝マン・ロディ〟の手から弾き飛ばされる。

 

「気を付けてください、アミダさんッ! そいつらも阿頼耶識使いです!」

『ッ!? じゃあこいつら………!』

「ブルワーズの〝マン・ロディ〟は重装甲です。装甲の隙間から関節を破壊していけばッ!」

 

 急激な機動が取れない〝グレイズ改〟をカバーしつつ、未だ遠距離から射かけ続けるもう1機の〝マン・ロディ〟に〝ラーム〟のガトリングキャノンの弾幕を容赦なく浴びせかける。

 数十もの凄まじい閃光が〝マン・ロディ〟の装甲表面で迸り、さすがに装甲の一部がへこみ始めた。

 

「昭弘ッ! 援護頼む!」

『おうッ!』

 

 ガトリングキャノンを撃ちまくりながら、直撃によって怯んだ1機の〝マン・ロディ〟へと迫る。

 

『く………来るなぁっ!』

『ペドロッ! ぐぅ………っ!』

 

 接近するにつれ〝マン・ロディ〟間で発せられる通信がこちらにも飛び込んでくる。ということはあの機体はペドロの………。

 こちらに追いすがろうとしたもう1機……おそらくビトーの〝マン・ロディ〟は昭弘の〝グレイズ改〟が放つライフルに撃たれ、こちらに集中することができない。もう1機は〝百錬〟が……装甲と装甲の狭間に器用にブレードを突き立てつつ、その戦闘力を奪っている最中だった。

 消去法的にそっちはアストンだが………さすがにアミダ相手では分が悪かったか。

 

「お前もッ!」

『うわああああっ!?』

 

〝マン・ロディ〟のマシンガンが発する貧弱な弾幕を、機動力と装甲で受け止め、次の瞬間、至近距離でガトリングキャノンの銃口を突きつけた。

 

『………っ!』

 

 敵パイロット……ペドロの息を呑む音。

 引き金を引いた瞬間、〝ラーム〟のガトリングキャノンが炸裂し、〝マン・ロディ〟の重装甲を激しく打ち据えた。

 

『ぐは………っ!』

 

 血反吐を吐くような少年の呻き声。

 これだけの至近距離でも……やはり〝マン・ロディ〟の装甲を完全に破壊することはできなかった。だがパイロットに襲いかかってきた衝撃は並大抵のものではないはずだ。

 事実、至近からガトリングキャノンをもろに浴びた〝マン・ロディ〟は、それほど深刻な破壊部位が無いにも関わらず、沈黙した。打撃程度で中のパイロットが死んだとは思わないが、意識が飛んだとしても不思議ではない。

 

『ペドロ……そ、そんな………ペドロが………ッ!』

『ぐ……ビトーっ! こっちに援護を………!』

『よくもペドロをッ!!』

『! 駄目だビトー! 連携しないとこいつらに………ぐあっ!?』

 

『よそ見とは、感心しないねェッ!!』

 

 武器を失い、今や〝百錬〟相手に一方的に、機体の関節やスラスター部を破壊されるがままのアストンの〝マン・ロディ〟。

 孤立したビトー機は、もうほとんど頭に血が上った様子で〝グレイズ改〟の牽制を振り払って〝ラーム〟へと襲いかかってきた。

 

『うおおおおおおおおッ!!』

「………ッ!」

 

 ガトリングキャノンは、照準が間に合わない。

 すかさず機体の左手でコンバットブレードを抜き放ち、〝マン・ロディ〟のハンマーチョッパーと激突。さらに次々斬撃が浴びせかけられ、受け流す間に押し込まれる。

 

『ペドロの仇ーッ!』

「力押しでガンダムに勝つつもりかッ!!」

 

 リアクター出力全開。

 次の瞬間、ギリギリ………と激しくつばぜり合いを繰り広げていた〝マン・ロディ〟のハンマーチョッパーを、強引に上へと跳ね除ける。

 

『な………っ!』

 

 がら空きになった胴体。

 そこにガトリングキャノンを、突き付けた。

 トリガーを引き絞る。

 

 壮絶なガトリングキャノンの奔流が〝マン・ロディ〟の胴体を打ち据え、そして上へと伸びた弾道は容赦なく頭部を破壊する。

 さらにその背後へと〝ラーム〟を回り込ませて、ビトーが機体の制御を回復する前に再度ガトリングキャノンを発射。

 狙うは背面の大型メインスラスター。

 ナノラミネート装甲や追加の重装甲によって守られているとはいえ、スラスターの内部は無防備だ。

 そこに数十発もの100ミリ弾が殺到した瞬間、溜め込んでいた推進剤と共にスラスターが破損。壊されたスラスターの暴走によって、ビトーの〝マン・ロディ〟は滅茶苦茶な軌道を描きながら、向こうの小惑星帯へと吹き飛んでいった。

 見ればアストン機も、主要な関節部やスラスターを悉く破壊されて、力なく宇宙空間を漂っている。

 アミダが、〝マン・ロディ〟の右肩装甲の狭間からブレードを引き抜きながら、

 

『ふぅ、これで全部かね?』

『助かった。恩に着る』

『す、すいません俺、何にも役に………』

 

 アミダ、昭弘、タカキの三者三葉だったが………

 次の瞬間、センサーがさらに3個のエイハブ・リアクターの反応接近を警告してきた。

 こいつは、原作なら逃げる昭弘機を追撃する形になったのだが………

 

 

 

 

『全く………クソの役にも立たないヒューマンデブリどもがッ!! あんたたちも………まだ、終わりじゃあないのよッ!!』

 

 

 

 

 2機の〝マン・ロディ〟を先行させ、その奥からひと際異彩を放つ巨体……〝ガンダムグシオン〟が姿を現した。

 

 くそ………三日月はまだか!?

 そろそろ来てもいいはずなのだが………

 

『お前らは人質を取りな。あの青いデカブツは………俺が相手してやるッ!!』

 

 2機の〝マン・ロディ〟が散開し、〝グシオン〟がこちらへと迫ってくる。

 撃ち放ったガトリングキャノンは……予想通り弾き返されて牽制にもならない。だがあのハンマーをコンバットブレードで受け止めることは………〝バルバトス〟のように回避が間に合うか………!?

 そんな逡巡をしている間に―――――――――――――

 

 

 

 

『このクダル・カデル様と、〝グシオン〟を舐めるんじゃあ………っ!?』

 

 

 

 

 その時だった。

 上方から迸る一筋の光。

 それが1機のモビルスーツを形作ったかと思うと………次の瞬間それは〝グシオン〟へと突貫。

 手にしていた太刀が〝グシオン〟頭部の装甲と装甲の狭間に………ぶっ刺さった。

 

 

 

『んああああああああああぎゃああああああああああああああああああアアアァァァァァァァンっ!!!!』

 

 

 

 文字通り、瞬殺。

 乗り手の汚い断末魔の後、それきり〝グシオン〟は動かなくなった。

 

『……………』

「………………ええぇ?」

 

俺が唖然とする中、〝グシオン〟の首筋から汚い内容物を付着させた太刀を引き抜き、蹴飛ばして飛び上がったそのモビルスーツの姿は………磨き上げられた装甲が眩い、歳星で新品同然に改修された〝ガンダムバルバトス〟。

 

『大丈夫?』

 

 ブルワーズ編最悪の敵キャラをわずか数秒のうちに殺害してしまったことに対して、三日月は何ら感慨を抱いていない声音で、こちらへとそう呼びかけてきた。

 

『ねえ、大丈夫かって聞いてるんだけど』

「あ、ああ………」

『あっちも、もう終わりそうだね』

 

 見れば2機の〝マン・ロディ〟が向かった先………昭弘の〝グレイズ改〟とアミダの〝百錬〟がいたはずだ。

 見れば〝マン・ロディ〟が1機、各所から煙を吐きながら漂流。もう1機は……武器を全て失ってその首筋に〝百錬〟のブレードを突きつけられている所だった。

 近づくと、敵味方の通信が混在して飛び込んでくる。

 

『ふぅ………これで終わりにしてもらいたいね』

『く………殺すなら殺せっ! 俺は人質にも、捕虜にだってならないっ!!』

『それを決めるのはあたしらであって、アンタじゃないはずだよ?』

『くぅ………ちくしょうっ!!』

 

 タカキと同年代ぐらいの少年の声。

 ふと見れば、ノロノロと昭弘の〝グレイズ改〟が戦闘不能となった〝マン・ロディ〟へと近寄りつつあった。

 

『昭弘。ここはいいから早く〝イサリビ〟に………』

『昌………弘………?』

 

 はぁ? という首を傾げているだろうアミダの声音。

 だが昭弘は一向に構わず、〝グレイズ改〟の手で〝マン・ロディ〟の肩を力強く掴んだ。

 

『その声………昌弘……だよな………!』

『え………』

『俺だ! 昭弘だッ!!』

『昭弘………兄貴………』

 

 それからしばらく沈黙が流れる。

 おそらく、コックピットでお互いの画像を見、疑問を確信へと変えていく最中なのだろう。

 この宙域に、もう兄弟を引き離す者は存在しない。

 

『兄ちゃ………』

『昌弘………昌弘………!!』

 

 震える昭弘の声音。そして、

 

『あ、あぁ………! ま、昌弘―――――――――――――ッ!!』

 

 

 

 興奮とも感涙ともつかぬ絶叫が、しばし静まり返った戦場に木霊した。

 

 

 

 

 







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ブルワーズについて

ちょっと短めです。



▽△▽――――――▽△▽

 

「………で、感動的な兄弟の再開の後で、どうして弟君があばら骨を2、3本折ってメディカルナノマシンに入る羽目になったのか、誰か端的かつ客観的に説明してくれるかね?」

 

〝イサリビ〟の医務室。

 意識なくメディカルナノマシンベッドに沈んだ、痩せこけて古傷だらけの少年……昌弘の容態の安定を確認した後、ドクター・ノーマッドは呆れた様子でこちらへと振り返った。

 思わず、その場に集まっていたオルガやビスケット、シノ、ユージンらの………ドン引きしたような視線が昭弘に集中する。

 あの後、パイロットが死んで動かなくなった〝グシオン〟と、戦闘不能となった〝マン・ロディ〟5機をアミダや三日月、ようやく駆けつけたラフタやアジー、シノと手分けして回収。〝イサリビ〟へと戻った。

 先に〝マン・ロディ〟から甲板へと下ろし、ダンテの外部ハッキングによってコックピットを強制開放させ、中にいたパイロット………ブルワーズのヒューマンデブリである少年兵らを次々引きずり出した。当然彼らは抵抗するが、わずかな食事だけを与えられ栄養失調気味なのかほとんど力はなく、鉄華団の年長の少年兵によって艦内へと押し込まれる。

 そしてその中の一人………生き別れた弟である昌弘の姿を見た昭弘は、まだ着艦前だった〝グレイズ改〟のコックピットから飛び出し、

 

『昌弘おおおおォォォッ!!!!!』

 

 と傍にいた鉄華団団員を撥ね飛ばして思いきり、『あ、兄貴………!』とまだ困惑を隠しきれていない弟を抱き締めた。

 日々の過酷なトレーニングによって徹底的に鍛え上げられたその肉体で、全力で。

 大柄で腕力もある筋肉巨漢が、力も弱く、栄養失調気味で骨もやせ細った少年を全力で抱き締めればどうなるか。

 俺はその時まだ着艦前の〝ラーム〟のコックピットにいたのだが、……〝ベキッ〟という何かがへし折れる嫌な音を通信装置越しに間違いなく聞いた。おそらく三日月たちも。

 そして糸が切れた人形のように兄の太い腕の中でぐったりとなる昌弘。

 大慌てで兄弟を引き剥がし、医務室へと担ぎこんで……今に至る。

 

「あともう少し力が加わっていたら、折れた肋骨が内臓を傷つけていたところだ。しばらくは安静にする必要があるね。若干の栄養失調と、古い打撲の跡や擦り傷もある」

 

 おそらくブルワーズで受けた虐待の跡だろう。痩せ細り、いくつもの傷跡が残る身体で、そして心で、これまでどれだけ過酷な運命を辿ってきたのか。

 意気消沈する昭弘に、オルガはポンとその肩を叩いてやりながら、

 

「まぁ、どんな偶然かは知らねえが生き別れた兄弟がこうして再会したんだ。他の奴らは?」

「船室に集めて、メリビットさんが容態を確かめてる。ちょっと怪我してるみたいだけど、命に別状は無いってさ」

 

 ビスケットの報告に「そうか」と若干胸を撫でおろした様子のオルガ。敵なら容赦するつもりはないだろうが、殺さないに越したことはないだろう。

 アストン、デルマ、ビトー、それにペドロ。ヒューマンデブリとして使役されていた少年たちは、監視付きで保護されている。抵抗する様子も無く、タカキらが運んできた人並みの食事に戸惑いながらもがっついているようだ。

 

「じゃあ、俺たちは名瀬の兄貴に呼ばれてるからな。先生、後は頼んます」

「お願いします」

 

 オルガとビスケットが頭を下げると「うむ」とノーマッドは鷹揚に頷き、

 

「他の者たちも出ていきたまえ。許可を出すまで面会謝絶だ」

「先生! 俺はもう少し………!」

「バカを言うな。先ほどの体験がトラウマになっている可能性だってあるんだぞ。落ち着いたら連絡するから、今は弟君から離れていたまえ」

 

 ドクターに申し出を一蹴され、さらにどんよりした表情になった昭弘は「うす………」と肩を落とし、「ま、まあ、無事で良かったじゃねえか」とユージンに宥められながら医務室を後にした。

 俺も、その後に続いて医務室から出る。

 

 と、通路の角に、オルガとビスケットが消えていくのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 オルガとビスケットに同行しタービンズの〝ハンマーヘッド〟へと移動。

 ブリッジのドアを開くと、艦長席の傍に控えていたアミダがシッ、と人差し指を口に当てて静かにしているよう促す。俺たち3人はピタッとその場で足を止めた。

 艦長席に座す名瀬は、ブリッジのメインスクリーンに映し出されている肥満体の人物……宇宙海賊ブルワーズの頭、ブルック・カバヤンと静かに対峙している所だった。

 

「じゃあお前らは、本気で俺たちに喧嘩を売ろうってんだなァ? ブルック・カバヤンさんよお」

『へ……へっ! け、ケツがテイワズだからって、でけぇ面してんじゃあねぇ!! 何もテイワズだけが力を………!』

「出鼻でモビルスーツを6機も潰されておいて、よく吠えるぜ」

『貴様………ッ!』

 

 屈辱に顔を歪ませたブルックはなおも吠えたてようとするが、名瀬はサッと片手を挙げて通信を断ち切らせた。

 通信が終了し艦長席から立ち上がった名瀬は手近な手すりに腰を預けながら、

 

「ったく、血の気の多い馬鹿がいたもんだよ。さっさと詫びを入れりゃいいものを。なぁ?」

 

 そう言ってこちらに振り返る名瀬に、「は、はぁ」といまいち状況が掴めていないオルガは曖昧に返事をするより他ない。

 場所を変えて応接室に。原作同様の位置にそれぞれ腰を下ろし、俺も、壁に腰を預けて遠巻きに状況を見守る。

 それぞれ腰を落ち着けて最初に口を開いたのはアミダだった。

 

「それで、昭弘の弟の容態はどうだい? 他の子たちも」

「安定しています。ノーマッドさんとステープルトンさんのお陰で助かりました」

 

 答えるビスケットに、名瀬はソファの傍に腰かけるアミダの髪を優しく弄りながら、

 

「役に立つ奴らだって言ったろ?」

「ええ、本当に恩に着ます、兄貴。………それで連中のことですが、何者です?」

「名は〝ブルワーズ〟。主に火星から地球にかけての航路で活躍している、海賊だ」

 

 海賊? とオルガはビスケットと顔を見合わせた。

 

「………じゃあ、狙いは船の積荷ってわけですか?」

「あと、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄だとよ。おとなしく引き渡せば、命までは取らねぇと、えらく上から言ってきやがった」

「ブルワーズって、そんなに力を持った海賊なんですか?」

 

 ビスケットの問いかけに、答えたのはアミダだった。

 

「………武闘派で名の通った組織であることは確かだね。もちろん、テイワズと渡り合えるほどじゃあないんだが」

「だからこそ今回の件に関して、妙に強気なのが気に掛かる。でかいバックがついたのかもしれねぇ。………で、どう思うよ、カケル」

 

 このまま原作通りに話を終わらせるのかと思いきや、俺に話題を振ってくる名瀬。

 とりあえず知っていること、非公式の推測を洗いざらい喋るか。

 

「………知られているブルワーズの戦力は、強襲装甲艦が2隻と重装甲でカスタマイズしたロディ・フレームを中心としたモビルスーツが10機以上。それに、さっき鹵獲した〝ガンダムグシオン〟。厄祭戦時代のガンダムフレームの1機で、海賊の間で流れ続けてきた機体です。

 彼らの戦い方は、どこからか仕入れた大量のヒューマンデブリに阿頼耶識手術を施し、強襲兵やモビルスーツパイロットに仕立てて弾除けとして投入。ヒューマンデブリがどのような境遇にあるかは………昌弘を見れば明らかかと」

「ひどいよね。CGSですらあそこまで酷くなかったのに………」

「マルバや一軍も十分クズだったが、ブルワーズはそれ以下だ」

 

 ビスケットと吐き捨てるオルガ。

 それと、と俺はさらに加えた。

 

「でかいバックって言うのは………クーデリア・藍那・バーンスタインが今誰に最も目を付けられているかで分かるのでは?」

「………ギャラルホルンか」

 

 名瀬がぐったりとソファに身を預ける。テイワズなら張り合えるとはいえ、面倒な相手に目を付けられたと考えていることだろう。

 

「ですが、これがギャラルホルン全体の意思とは思えません。おそらく高官の一人が、政治的なカードとしてクーデリアさんの身柄を欲しているのではないでしょうか?」

「だといいんだがな。………で、どうするよ? 兄弟」

 

 ふいに名瀬がずい、と身を乗り出してきた。

 正直言って、〝グシオン〟と〝マン・ロディ〟5機を悉く失ったブルワーズがこちらを見逃す公算も大きい。下手にちょっかいをかけなければ彼らの領分を素通りできる可能性だってあるのだ。

 だがオルガは、既に結論を決めているようで不敵に微笑みを返し、

 

「道理のわからねぇチンピラが売ってきた安い喧嘩だが、舐められっぱなしってのも面白くねえ」

「ちょ……オルガ………!」

 

 穏便な形で彼らの領分を素通りする意見を口にしようとしたのだろう。だがオルガはビスケットの言葉を遮るように言葉を続けた。

 

「それに………昭弘の兄弟だってんなら、俺たち鉄華団の兄弟も同然。その仲間なら、俺らの仲間も同然だ。ここで見捨てて逃げるなんざ、筋が通らねえ。それに………」

「それに?」

「ヒューマンデブリを助け出したとあれば、海賊退治と併せていい宣伝にもなる。そうは思わねえか、カケル?」

 

 ソファの背後で控えていた俺にオルガが悪戯っぽく振り返る。

 俺は力強く頷いた。それ以上の言葉は要らなかった。

 

 そして今度は、オルガが名瀬に問いかける番だ。

 

「で、どうする兄貴?」

「ふ………俺も同感だ。それじゃあいっちょ、俺たちの道理ってヤツを教えてやろうじゃないか」

「ふぅ……ま、このままだと寝覚めが悪いしね」

 

 

 名瀬、ビスケットそれぞれの答えに、オルガはニヤリといつものように不敵に笑いかけた。

 

 

 

 



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海賊たちへの葬送

▽△▽――――――▽△▽

 

 十数時間後。

 ブルワーズの縄張りとなっているデブリ帯に、2機のモビルスーツが侵入した。テイワズの〝百里〟と、テイワズ製長距離ブースターを装備した、青い見慣れぬ機体。

 その報は直ちにブルワーズ艦のブルック・カバヤンの下へと伝えられた。

 

「哨戒中のマン・ロディより報告。接近する敵モビルスーツを発見しました!」

「く……モビルスーツ隊を全部出せっ!」

 

 クダルを失い、計6機ものモビルスーツを失い戦力が半減したブルワーズに残されているのは、不調の機体含め7機の〝マン・ロディ〟と強襲装甲艦が2隻。随伴する輸送船にはまともな武装は無い。

 強襲装甲艦から〝マン・ロディ〟が次々と吐き出され、デブリ帯の果てへと消えていく。この宙域では未だに最大規模の戦力とは言え、5機の〝マン・ロディ〟とクダルを潰した敵相手にどこまで通用するか………!

 モビルスーツ隊の指揮はほとんどクダルに一任してきた今、頭を欠いたモビルスーツ隊だけでブルワーズは敵と対峙しなければならないのだ。

 

 だがブルック・カバヤンには退く、という考えは無かった。

 鉄華団とかいう新興の組織とタービンズを蹴散らし、クーデリアとかいう娘をギャラルホルンの高官に引き渡せば、どでかい後ろ盾が付くことになる。それこそ、テイワズ直属の輸送船を襲っても差し支えなくなるぐらいに。

 依頼を達成し、ギャラルホルンとのコネと後ろ盾を手にデブリ帯の外にも活動範囲を広げて大暴れする。当然稼ぎは莫大なものになり、損失は瞬く間に贖われる。思い描く未来予想図に、ブルックはにんまりと笑みをこぼした。

 なんにせよ、モビルスーツの初期投資は莫大だが、その乗り手であるヒューマンデブリはいくらでも安値で買い集めることができるのだから。宇宙ネズミのクソガキを死ぬまで働かせれば、いくらでも損失は補填できる。

 

「モビルスーツ隊、敵機と交戦を開始しました!」

「本命はその後ろの船だッ! さっさと探しだして沈めちまえ! 本艦も全速前進!」

 

 2隻の強襲装甲艦がメインエンジンを点火させ、周囲のデブリを散らしながら前進する。

 前方では既にモビルスーツ同士の戦いが始まっており、7機の〝マン・ロディ〟が2機のモビルスーツを包囲している所だった。だがその目まぐるしい軌道にこちらの攻撃はほとんど追いついていない。

 

「ち………ガキどもは何やってやがる!? たかが2機、さっさと沈めちまえッ!! タービンズの船は!?」

「エイハブ・リアクター、反応ありません!」

 

 どこかに隠れてやがるのか………? だがこの辺りにゃ船を隠れさせられる場所も、迂回路も無いはず………

 

「まあいい。斥候が来たってことは、どのみち後からやって来る。それまで………精々かわいがってやれッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ちっ………!」

 

動きのいい〝マン・ロディ〟が放ったマシンガンの弾が、ついに〝ラーム〟が装備している〝クタン参型〟に直撃。もろに食らったブースター部が破裂する寸前、素早くそれをパージして距離を取った。〝マン・ロディ〟が急迫してくるが、ガトリングキャノンをばら撒いて牽制。接近戦を諦めた敵機は小惑星の陰へと潜り込んだ。

 

『もう~っ! こう狭くっちゃやりにくい!』

「当てるよりもまず動き続けないと。この数の差、止まったら………!」

 

 僚機の〝百里〟に乗るラフタ・フランクランドと共に目まぐるしく回避機動を繰り返し、砲火を浴びせて迎え撃つが、唐突に3機の〝マン・ロディ〟に前方を塞がれてしまった。

 すかさずガトリングキャノンを浴びせたが周囲のデブリを砕くばかりで、なかなか命中しない。〝マン・ロディ〟隊はデブリを上手く盾に、じわじわとこちらを敵艦の主砲有効内に追い詰めようとしていた。

 追い込まれまいと応射しても、デブリを盾に撃ち返され、針路の変更は悉く阻まれる。ここは相手のホームグラウンド。まともにやり合えば勝ち目はない。

 原作の三日月でさえ苦戦したのだ。

 

『まだなのダーリンは!?』

「く………あと少しだッ!!」

 

 徐々にダメージが蓄積していく〝百里〟と〝ラーム〟を収める〝クタン参型〟。ラフタ共々、苦しい戦況に思わず苦悶の声が漏れてしまう。

 そして、もうすぐそこで敵艦の艦砲が狙いを定めている。

 このままでは………。

 

 だがその時、もう間近に見えていた敵艦に次々……側面後方から砲撃が浴びせかけられた。

 やがて、デブリが密集している区域から現れたその巨体は………

 

「来たッ! 〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟だ!」

『もうっ! 遅い~っ!』

 

 通常であれば撃沈は避けられないデブリ帯の危険地帯を、阿頼耶識システムによる機動によって走破し、ブルワーズ艦隊の後方へ回り込んだ〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟。

 奇襲への混乱と後方からの激しい砲撃に耐えかねたか、ブルワーズ艦隊は愚策にもその場で反転して主砲の射程内に収めようとする。だが、停止し巨大な横腹を晒したその瞬間から、〝イサリビ〟らの猛撃を食らう。

 

 乾坤一擲の奇襲攻撃によって、攻守は一瞬にして逆転した。

 

『ごめん。待たせた』

『アジー! 援護しな』

『はい。姉さん』

『〝流星号〟が行くぜおらァッ!!』

 

 次々出撃する鉄華団やタービンズのモビルスーツ隊。センサー上でも〝バルバトス〟やアミダ、アジーの〝百錬〟。それにシノの即席〝二代目流星号〟の反応が現れた。

 それに………

 

『うらァッ!!』

 

 現れたでっぷりと太った巨体。

 その機体が持つ胸部400ミリ砲が炸裂した瞬間、ブルワーズ艦1隻の側面主砲が、なす術なく爆発に呑まれて撃破された。

 

『な………あの機体って!』

「〝グシオン〟だと!? パイロットは………」

 

『俺だ』

 

 通信が開かれ、メインモニターの端に映し出されたのは昭弘の姿。

〝ガンダムグシオン〟のコックピットに、昭弘は座っていたのだ。

 

「昭弘………その機体は………っ!」

『被害を受けていたのはコックピットだけだ。修理すれば使えるようになった』

『で、でもそいつって………!』

『問題ない。昌弘を……それに仲間や家族を助けるためだ。こいつにはこれからしっかり役に立ってもらう』

 

 それきり、昭弘は〝グシオン〟を駆り、敵艦の艦砲射撃のただ中へと突っ込む。

 持ち前の重装甲で艦砲すら跳ね除け、至近距離で再び胸部400ミリ砲が炸裂。敵艦側面主砲がもう一門、完全に破壊された。

 そして突然の奇襲に大混乱に陥った〝マン・ロディ〟隊。

 追い込むはずが追い込まれる形となった彼らは、すっかり連携を寸断されてもなお抵抗を続けようとするが、アミダやアジーの〝百錬〟の相手ではない。それに、

 

『殺さないようにって、難しいな』

 

 マシンガンを撃ちまくりながら逃げる〝マン・ロディ〟1機を猛追する三日月の〝バルバトス〟が滑空砲の一撃でマシンガンを、二射目で頭部を破壊。動きが止まった所を、〝マン・ロディ〟の右腕をメイスで潰し、左腕の装甲の間に太刀を突き刺して、背後の小惑星へと縫い付けた。難しいとか言っておきながら、キラ・ヤマトを彷彿とさせる見事な手際だ。

 

 

 そして、運悪くその近くにいた2機目も、同様の運命を辿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ブルワーズ艦1隻、全火器の破壊を確認しました!」

「続けて2隻目も、残り主砲が一つです!」

 

 胸部の内蔵砲を撃ち放ち、さらには巨大なハンマーを振り下ろして次々にブルワーズ艦の艦砲を破壊していく〝グシオン〟の戦いぶり。〝ハンマーヘッド〟のブリッジで名瀬は思わず、

 

「ほほぅ。ありゃすげえな」

『あの威力でモビルスーツかよ………』

 

 モニター越しに〝イサリビ〟のオルガも呆然とした様子で、〝グシオン〟が次々、ブルワーズ艦の艦砲や対空砲を破壊していく様を見守るより他なかった。緒戦で後ろを取られ、損害を被り指揮系統が混乱していたブルワーズ艦は、ほとんどなすがままに火器を潰されるより他ない。

 やがて、ブルワーズのモビルスーツ〝マン・ロディ〟の部隊も全て戦闘不能となり、ブルワーズ艦2隻も火器を全て失って沈黙する。

 

「よーし、んじゃ撃ち方やめ。全機そのまま待機で」

『頼んます、兄貴』

「おう。だが上手くいかなかったら………そん時は諦めて船は沈める。ブルック・カバヤンに繋げ」

 

〝ハンマーヘッド〟オペレーターによって通信がブルワーズ艦に接続され、オルガの姿が消えた後、メインスクリーンにブルック・カバヤンのすっかり冷や汗だらけの顔面が大写しになる。

 

「よう。調子はどうだ? ブルック・カバヤンさんよォ」

『ぐぐ………!』

「どうだ? ここらで一つ、手打ちと行こうじゃないか。賠償は………そうだなぁ。艦1隻と全モビルスーツ、消耗品を全部。それとヒューマンデブリ全員ってのはどうだ?」

『………はァ!? てめ、そりゃいくら何でも吹っ掛けすぎ………!』

「払えねぇってんなら、てめェの命でカタをつけな。断るなら、撃沈する」

 

 鋭い眼光で睨み据えられ、その威圧に怯み上がるブルック。断れば皆殺しだ。

 だが、言う通りに賠償を払えば宇宙海賊としては二度と再起できなくなる。それに恨みを持っている周辺の業者に対して無防備にすら。

 その事実に気が付いたのかブルックは顔を真っ赤にして、

 

『ふ……ふざけてんじゃねえぞ若造がッ!! おいっ! 全速でここを離脱! ずらかるぞ!』

「それを許すと本気でそう思うのか? 動けば撃沈する」

 

〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟。

 それに〝バルバトス〟〝ラーム〟〝グシオン〟や〝百錬〟2機と〝百里〟。〝流星号〟なるグレイズ改造機。

 

 全ての武装を失ったブルワーズ艦は、完全に包囲されていた。

 

「俺は待たされるのが好きじゃねえんだ。10数える間に決めな。………何なら、〝代役〟を立ててくれたっていんだぜ?」

 

『な、なにをバカな! おいっ! さっさとここから離脱………ッ!!』

 

「ひとーつ」

 

『お、おい何をする!? お前ら待てやめ………!』

 

「ふたーつ」

 

『ぎゃっ!? ぶぐお!? ま、待て………!』

 

「みーっつ」

 

『ひぃ! あ、あああああァァァァァッ!!』

 

「よーっつ」

 

『待ってくれ! ブルワーズ新リーダーのメゴッツってんだ!』

 

 

 バンダナ姿の男が一人、ブルックを引きずり降ろして代わりにメインスクリーンに顔を覗かせてきた。

 名瀬もカウントをやめ、ニヤリとブルワーズの新リーダーに笑いかける。

 

「リーダー就任おめでとう、と言っておこうか」

『そっちの要求は全部呑む! モビルスーツも向こうの艦も持っていきな!………お、おいガキども! 貨物室のモンを運んで向こうの艦に移れ! ヒューマンデブリのガキは一人残らず全員だ! さっさとしろッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 そこからはトントン拍子に事が運んだ。

 ブルワーズ艦1隻が放棄され、海賊の大人たちは脱出する。代わって監視の目の中で、不調で出撃できなかった〝マン・ロディ〟と消耗資材が次々運び込まれていく。その中にはヒューマンデブリの少年兵らも。

 

 武装が全て破壊された旗艦のみとなり、モビルスーツもヒューマンデブリも、ほとんど全財産を失ったブルワーズ旗艦は艦体各所から煙を吐きながら退散していった。ブルック・カバヤンや、海賊たちがこれからどうなるのかは、鉄華団やタービンズが関知するところではない。

 ヒューマンデブリの少年たちは譲渡されたブルワーズ艦にある艦内倉庫の一角へと集められる。数は30人、いや、もっといるかもしれない。

監視にチャドやダンテ他数人が付いているが、暴れる様子もない。力なく座り込んで、これからどうなるのか、不安や絶望がヒューマンデブリの少年たちの表情に浮かんでいる。ほとんどがタカキと同年代ぐらいの、鉄華団ならまだ年少組に入る子供ばかりだ。

 

 駆けつけたオルガは、手近なダンテへと近づくと、

 

「ダンテ! これで全部か?」

「ああ、団長。こいつら………」

 

 その時、座り込んでいたヒューマンデブリの少年がぼんやりとオルガの方を見上げた。蜂蜜色の髪の、タカキより少し幼いぐらいの少年だ。ヒューマンデブリを示す赤い線が入ったノーマルスーツが、少しだぼついていた。

オルガは、トン……と静かにダンテの肩を叩くと、片膝をついてそのヒューマンデブリの少年の同じ目線になった。

蜂蜜色の髪の少年は、その瞳にほんの少しだけ敵意をにじませて、後ずさった。オルガは、

 

「火星はいい所でもないが、ここよりはましだぜ?」

 

 え? と少年が驚いたような顔で振り返る。耳にした他のヒューマンデブリたちも。

 オルガは、さらにニッと笑いかけて、

 

「本部の経営も安定してきたしなぁ、メシにもスープがつく」

 

 は? と訳が分からない、という表情で、うずくまっていた誰もが一斉にオルガの方を見やった。何を言おうとしているのか察したダンテは、

 

「団長………」

「兄貴に話はつけてある。こいつらはウチで預かる!」

 

 預かるって? どういう事だ………? と疑問や不安が自然と少年たちの口から漏れる。

 

「どうして………?」

「ん?」

「預かるって、何だよ………。俺たちはヒューマンデブリ。ゴミみたいな値段で売り買いされて、ボロボロになるまで使われて、ゴミみたいに捨てられる………」

「違うな」

 

 オルガはスッと立ち上がった。自然と、視線がオルガ一人に集中する。

 

「今日まで過酷な世界で生きてきたお前らは、宇宙で生まれ、宇宙で死ぬことを恐れない、誇り高き………選ばれた奴らだ!」

 

 オルガは、その瞬間彼らを………〝ヒューマンデブリ〟の枷から解き放った。

 そして新たに加わる〝仲間〟として、手を差し伸べた。

 

「一緒に行くぞ。鉄華団は、お前たちを歓迎する。ヒューマンデブリとしてじゃねえ。鉄華団の新たな一員として。仲間として」

 

 もう、彼らを抑えつけるものは、何も無かった。

 少年たちはこれまで心の中で溜め込んできた。悲しみや苦しみ、大切なものを喪っていた悔しさ………全てをさらけ出し、ただ、年相応の子供として………泣いた。

 オルガの足元にいた少年も、両手で顔を覆って、嗚咽を漏らし始める。

 

「団長。恩に着るぜ………!」

 

 感極まったダンテの言葉に、オルガはフッといつもの気取った笑みを浮かべた。

 そして彼らが、抱え込んでいた全てを流し終えて、鉄華団の仲間として新たな一歩を踏み出すのを、待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

鹵獲したブルワーズ艦1隻を牽引する〝イサリビ〟は〝ハンマーヘッド〟に先導され、ついにデブリ帯を突破した。

あの戦いの後、鉄華団はブルワーズから賠償として、艦1隻と修理可能な〝マン・ロディ〟10機以上。それとブルワーズ所有の全ヒューマンデブリ30人以上譲渡され、全員がヒューマンデブリの地位から解放。正式な鉄華団団員として加わることとなった。

 そして〝ガンダムグシオン〟。これは昭弘・アルトランドの乗機となることが決まり、タービンズ艦内に運ばれた後、改装を受けている。

 

 遮るもの一つもない。

再び広がる、漆黒に宝石を散りばめたような宇宙空間。

 

「はぁ………」

 

 展望デッキの手すりに身を預けながら、自然と出るため息を、何故か止めることができなかった。

 細かい所は大分原作から乖離したが、大筋は変わらない。

 無為に過ごせば、これから先、ドルトコロニーや地球で積み上げられる犠牲を止めることはできない。

 そのために俺が次にやるべきことは………

 

「ん?」

 

 ふと、二人分の足音が聞こえて、そちらへと振り返る。

 

「おう、カケルか」

「………」

 

 昭弘と、タンクトップは変わらず、ズボンとブーツだけ鉄華団の制服に着替えた昌弘の姿が。

 

「昌弘、怪我治ったんだな」

「ああ。………色々迷惑かけたな」

「抱きしめる時はもっと加減しろよ」

 

 ニヤリと笑いかけてそう言ってやると、昭弘は「うむ……」と憮然とした表情になる。

 昌弘は人見知りな様子で、そそくさと兄の陰に隠れた。

 

「何やってるんだカケル? こんな所で」

「別に。ただ………ボーっとしてた」

 

 特に続ける会話も無い。

 昭弘も「そうか」、と昌弘を連れてその場を通り過ぎていく。

 

「………あ、昌弘!」

 

 ふと声をかけてやると、ビクッとその小さな背が震える。

 振り返ったまだ幼さを残す体躯に、ニッと笑いかけて、

 

「兄ちゃんに会えて、良かったな」

 

 原作じゃ、惨い別れ方で終わったからな。

 お互い無口なようだが、これから………絆を深め直すこともできるだろう。何にせよ二人が自由にしていいことだ。

 昌弘は「うん………」とだけ答えると、気恥ずかしさからか、さっさと兄を追い越してその場を後にしてしまった。昭弘も不意の弟のペースアップに驚いた様子だったが、その後に続いてすぐ通路の角から見えなくなる。

 

 

 

 

 

 

 さて………

 今頃、クーデリアのスポンサーであるノブリスは火星で、アイスをつまみながらこう呟いていることだろう。

 

 

 

クーデリア・藍那・バーンスタインの死を飾る舞台は………コロニーだ、と。

 

 

 

 ああ、俺もアイス食いたい。

 

 

 

 



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第5章 心の鎖
残陰


ブルワーズ編とドルトコロニー編の間の挿入話です。



▽△▽――――――▽△▽

 

 デブリ帯を突破し、次の目的地であるドルトコロニーまでの所要時間は、おおよそ38時間。

〝イサリビ〟艦内は誰もが平常通り、オルガやユージン、ダンテ、チャドら幹部組がブリッジを交代で守り、雪之丞ら整備組はモビルスーツやモビルワーカーの整備に余念がなく、タカキやライド、ダンジら年少組が雑用で艦内中を走り回り、それぞれの仕事を果たしていた。

 

「うーん………」

 

 最悪、何か操作ミスでってことでこのコンテナ開けちまうか………?

 

 俺は今、貨物デッキに整然と積み上げられているコンテナの一つの前に立っていた。

 テイワズから与えられた初仕事。このコンテナ群をドルトコロニーの一つ、ドルト2へと届けることだ。ヘマしないように兄貴分である名瀬からも念を押されている。

 だがこいつらの中身………原作通りならUW-33型、通称〝ユニオンモビルワーカー〟と呼ばれる新型戦闘用MWのはずだ。それに新品の携帯用火器も。当然、そういった武器の地球圏への持ち込みはご法度。見つかればギャラルホルンに逮捕される。

 原作通りに進めば………鉄華団が運んできた武器を背景にドルト2で酷使されている労働者らがデモを展開し、武器供給元であるGNトレーディング…火星の大商人ノブリス・ゴルドンのダミー企業の一つ、から事前の情報を受け取っていたギャラルホルンによって鎮圧作戦が始まり、おびただしい数の死傷者が出る。

 その中には、クーデリアの従者であり彼女にとっては家族同然の女性…フミタン・アドモスも………。

 

「何やってるんすかぁ? カケルさん?」

「コンテナ、さっきからボーっと見てるけど」

 

 貨物の異常有無をチェックしている年少組らから抜け出してきたタカキとライドが、こっちにやってきた。テイワズから託された貨物は、タカキら年少組が管理している。

 

「いや。そういえば、この貨物の中身ってさ………」

「工業用資材って言ってましたけど」

「ブルワーズの戦闘で、中身がダメになってないか開けてチェックとか………」

「何言ってんだよカケルさん。ダメに決まってんだろ」

 

 タカキとライドに言っても無駄か。

 確かに、輸送中の貨物を開けるなどご法度だ。そんなことをすれば鉄華団の信用問題にも関わる。本当の中身が分かっていてもだ。

 だが、モノがモノなだけに、このままだと鉄華団はドルトコロニーの騒動に巻き込まれることになるだろう。

 

「そっか………。タカキ、こっちで何か手伝えることあるか?」

「大丈夫ですよ。もう、チェックはあらかた済んでるんで。俺たちに任せてください!」

「そうか。じゃ、俺は飯にするか。お前らも交代で飯食っとけよ」

 

 うーっす! という応えを背に、俺は床を蹴って貨物デッキから立ち去った。

 そのまま、無重力区画の通路を、時折壁を蹴って勢いをつけながら進んでいくと、

 

「それでさ。ライモンったら………あっ!」

 

 会話しながらよそ見して無重力デッキの通路を突き進んでいた少年兵の頭が、ちょうど俺の胸に突っ込んできた。

 

「おっと………」

「あ………すいませんっ!」

「ああ、大丈夫だ。手狭になってるから、気を付けてくれな」

「は、はい! 失礼しましたっ!」

 

 ペコリと頭を下げて、二人の少年兵が「な、何やってんだよ」「お前が話振ってくるから」等々言い合いながら通路の角に消える。

 鉄華団のズボンにブーツ、上は濃紺のタンクトップ………彼らはブルワーズで加わった元ヒューマンデブリ組だ。

 

 ブルワーズから救い出したヒューマンデブリ達は鉄華団に保護され、人間としての地位と尊厳を回復し正式な団員として新たに加わることとなった。

 だが、その数の多さから制服の供給が間に合わず、何とかズボンとブーツだけはお古も総動員して全員に行き届かせたが、タンクトップとジャケットはどうしても数が足らず、多くが先ほどのようにブルワーズ時代のタンクトップをそのまま使っていた。

 ドルトコロニーに到着後、タービンズを経由して制服や衣類を調達するよう既に話は済んでいるらしいが。

 

「結構な大所帯になったな。鉄華団も………」

 

 原作の惨劇を知る者としては感慨深い。何とか全員、火星まで連れて帰りたいものだが。

 やがて重力区画へ。足を着けて、食堂へと歩く。

 と、その時。通り過ぎた扉の奥から、何やら物音と話声が聞こえた。仕切りを隔てて聞こえるぐらいだからかなりの大声だ。

 足を止めて扉の前に立ってみると、

 

 

「………から、よこせって!」

「嫌だ! 知らな………!」

「お前が持ってるのは分かってるんだよ! いいから………!」

「いやだっ! 離せ!」

 

 

 バキッ! という何かが殴られる音、それに何かが崩れ落ちる音。

 

「おい! 何やってんだッ!!」

 

 飛び込むとそこには………3人の年少組ぐらいの少年と、彼らに取り囲まれるように、腫れた頬を押さえてうずくまる、彼らより少し幼いぐらいの少年の姿が。

 そしてその濃紺と白い線が入ったタンクトップ。4人とも元ヒューマンデブリ組だ。

 

「………3対1でリンチなんて、いい趣味してるじゃないか」

「あ、いや………これは………」

「言い訳ならオルガの前で聞いてやるぜ。………お前、大丈夫か?」

 

 3人を押しのけて、俺はうずくまる少年に手を差し伸べた。金髪……というより蜂蜜色と呼ぶべき髪色の、体つきは過酷な環境下に置かれたヒューマンデブリ特有の、線の細い少年だ。

 が、その少年は俺の差し出した手にハッと息を呑むと、次の瞬間、俺の脇をすり抜けて逃げ出そうとした。

 

「お、おい待てッ!」

 

 一瞬呆気に取られたが慌ててその腕を掴む。ぐん! とその少年は「うわあっ!」と悲鳴を上げて後ろにひっくり返り………

 バラバラ………とその身体からいくつもの、栄養バーやら、医薬品ボトルやら、飲料カップ、菓子、ジャガイモ、レンチ、火星ヤシ、それに拳銃が1丁、弾丸、が零れ落ちた。

 

 一体その華奢な身体のどこに、これだけのアイテムを隠すスペースがあったんだ?

 てか………

 

「こんなに、どうしたんだ?」

「………」

「この医薬品ボトル………ドクターが保管してる奴じゃなかったか?」

 

 それに火星ヤシ。確か三日月ぐらいしか食ってるの見たことがないが、彼から貰ったにしては少々量が多すぎる。

 両肩を掴まれ、逃げ場が無くなった少年はぶすくれた表情でそっぽ向いて喋らない。

 代わりに答えたのは、殴った方の少年だった。

 

「そ、そいつ………あちこちで人の物盗んでたんだ! 俺たちはもうやめろって言ったのに………」

「………〝もう〟?」

 

 気になるニュアンスに思わず俺は蜂蜜色の髪の少年の方から顔を上げた。

 殴った……ツンツン頭の少年は気まずげな様子で顔を背けて、口を閉ざしてしまう。

 と、俺に両肩掴まれていた蜂蜜色の髪の少年が急にバタバタ暴れ出し、強引に俺の手を振りほどいた。

 そしてキッと憎々しげな瞳を湛えてこちらを見上げたかと思うと、

 

「………お前らなんか、信じるもんかっ!」

 

 そう吐き捨てて蜂蜜色の髪の少年は、「お、おいクレストっ!」と引き止めようとする他の少年たちを振り切って部屋から逃げ出した。

 追いかけようとしたが、その靴先で拳銃を蹴飛ばしてしまった。「おっと………」と慌てて拳銃を拾うが、その時にはもうクレストなる少年の姿はない。

 

「………な、何なんだ一体………?」

「クレストの奴、たまにブルワーズの時から大人たちから色々くすねててさ、食い物とか薬とか。俺たちに分けてくれてたんだ」

「もう、そんなことしなくていい、って言っても聞かねえんだよ………」

 

 ブルック・カバヤンしかり、クダル・カデルしかり、あんな大人たちの下ではまともな食事にありつくことなどできなかっただろう。わずかに支給される賞味期限切れの栄養バーだけでは、一時的に空腹感を麻痺させるだけで、すぐに栄養失調になるに決まっている。それに怪我や病気で、安い薬すら与えられずに宇宙に捨てられたヒューマンデブリもいただろう。バレたら宇宙に放り出されることを覚悟の上で。

 生きるために、盗みを働いたり人を殺したり、この世界ではあまりにもありふれた………ありふれ過ぎた光景だ。

 

 俺は、床中に散らばった火星ヤシやらボトルやら銃弾やらを一つ一つ拾いながら、

 

「とりあえずお前らは、手が空いてるなら貨物室か格納デッキに行って仕事もらってこい。メシがまだなら食堂な」

「は、はい」

「それと、間違ってもイジメとかするんじゃないぞ」

「うっす………」

 

 3人の少年たちはペコリと俺に頭を下げてタタタ………と立ち去っていった。

 さて、とあらかた拾い終わってポケットに突っ込むか医薬品ボトルは両手に持つ。返すもの返して、クレストとかいう悪ガキと話してみるか。

 この辺りは団員の居住デッキとなっており、大抵の団員が4人1部屋で寝床を共にしていたが、オルガやビスケットのような重要情報を扱うような幹部は小さいながらも個室を持っていた。

 俺も、個室を与えられたが………何故かドクター・ノーマッドが持ち込んだ医薬品やら医療機械の物置と化していた。医務室に収まらない分を、そのまま俺に押し付けたのだ。

 まずは医薬品ボトルを返しに医務室か、とエレベーターがある方へと向かっていたが、

 

 

「………だよ………じゃあ、兄貴は、俺が兄貴のこと待ってる間に一人だけいい目に合ってたのかよッ!!」

 

 

 は?

 聞き覚えのある声に思わず振り返る。

 野太い男の声と幼さを残す少年の声音による短い口論。次の瞬間、近くの扉がスッとスライドして、中から一人………昌弘が飛び出してきた。

 

「ま、待て昌弘ッ!」

 

 昌弘が部屋から飛び出した後、同じ部屋から昭弘が飛び出してくるが、その頃にはもう昭弘の弟は通路の角へと消えた後だった。

 

「な、何だ? どうした?」

 

 声をかけると、「あ、あんたか………」と昭弘が気まずそうに顔を背け、

 

「何でもない………」

「何でもない訳ないだろ? 何言ったんだ?」

「いや………ただ、こんな俺たちにも家族って呼べる奴ができたってことと、これからは一緒にバカ騒ぎして、訓練は姐さんにしごいてもらえとしか………」

 

………おお。

 原作で昌弘が発狂したくだりのセリフじゃねえか。

 

「昭弘それは………ちょっとマズかったんじゃ………」

「何だと?」

「その……昭弘もそうだったと思うけど、昌弘もヒューマンデブリとして、虐待されて苦しんできた訳だろ? それなのに鉄華団が家族とか、バカ騒ぎできるとか………変に誤解されたり、嫉妬されたりしてもおかしくないんじゃないか?」

「そう、なのか………?」

 

 とりあえずもフラフラと弟を追いかけようとする昭弘だったが、「待て」と押し留め、

 

「俺が話してみるから、昭弘は仕事に戻った方がいい」

「バカを言うな。そんなこと………」

「今会っても喧嘩になるだけだぞ。お互い、少し落ち着くべきだ」

 

 そう諭すと、「おう………」と昭弘は少し消沈した様子で自室へと戻っていった。

 どうにも良くないな。

 成長痛のようだと感じるが、例え良い形であれ環境が激変した結果、誰もがピリピリして気が立っているように見える。宇宙ネズミと蔑まれていたとはいえ一応は従業員扱いだったCGS組と、ゴミとして暴力のはけ口や捨て駒として使い潰されてきたヒューマンデブリでは、物事の捉え方や考え方、動き方、戦い方どれを取っても大きく異なるだろう。そういった違いが大所帯となった鉄華団を二極化・分裂させる恐れだってある。

 

 さて、どっちからちょっかいをかけるべきか………

 

 

 

 

 



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溶鎖

ちょっと長めです。


▽△▽――――――▽△▽

 

 兄貴の部屋から飛び出して、逃げて、逃げて………狭い艦内じゃどこにも逃げ場なんてないことに気付いて、昌弘はようやく、大きな船窓から宇宙空間が一望できる通路の前で、立ち止まった。

 

………何やってんだよ………!

 

 ヒューマンデブリは希望なんて持ってはいけない。

 ヒューマンデブリには家族なんていない。

 ヒューマンデブリは大事なものなんて持たない。

 ヒューマンデブリは………

 

 あの日。何もかも……家族も、人間としての自分も奪われヒューマンデブリとなったあの日からずっと、昌弘は何もかもを押し殺して生きてきた。

 自分はヒューマンデブリ。人間じゃない。

 そう自分に言い聞かせなければ、心も身体もすり減るような毎日を生き抜くことなどできなかったからだ。

 

 使い捨ての、人の形をしたゴミクズ。

 そう言われ続け、クダルに虐げられる日々。

 

 それが唐突に、終わってしまった。クダルはあっけなく死に、ブルワーズは壊滅し、昌弘らヒューマンデブリは鉄華団に全員引き取られた。

 そして、「もうお前らはヒューマンデブリじゃねえ。人間だ」と言われ、温かい食事と、新しくて清潔な服と、寝床を与えられた。

 そして、もう会えないと思っていた兄貴……昭弘が目の前にいた。

 

 嬉しい、とそう思わないといけないのに。

 温かい気持ちで胸がいっぱいにならなければならないのに。

 

 

 嬉しい、という気持ちが何なのか、分からなくなった。

 温かい、というのが何なのか、分からなくなった。

 

 

 アストンやビトーらと楽しい話やバカ話をしたことならある。でもそれは、薄暗い世界の中で一筋の明かりを灯すようなものだった。全てが冷たい世界で、お互いのなけなしの暖かさを寄せ集め合っているようなものだった。

 それとは全然違う。

 

 鉄華団の制服を着ている、昌弘と同い年ぐらいの少年たち。

 皆、笑っていた。

 バカ騒ぎして、楽しそうに笑って………

 俺たちは、笑うことすら忘れてたのに………

 

 

『………こんな俺たちをな、家族って言ってくれるヤツらがいるんだ。鉄華団を立ち上げて、一緒に闘って、仲間のために、とか言ってよ。姐さんにしごかれて………これからはお前も………』

 

 

 何だよそれ。

 温かい、とか、嬉しい、とかそんな気持ちはほとんど忘れ去っていたのに、胸の奥から這い上がってくるドス黒い感情だけは、はっきりと表に出すことができた。

 

 

―――――じゃあ、兄貴は、俺が兄貴のこと待ってる間に一人だけいい目に合ってたのかよッ!!

 

 

 俺だって兄貴のこと諦めてた。

 何もかも諦めて、それでも心の奥底では待って、待って………

 そんな、俺が苦しんでいる間に兄貴は………!!

 

 兄貴だって苦しんできた。同じようにヒューマンデブリとして、苦しい日々を送ってきたはずだ。

 分かっているはずなのに………!

 

「………ッ!!」

 

 ガン! と激しく拳を手すりに打ち付けた。

 痛いのには慣れている。クダルは毎日のように、鬱憤晴らしや何の気なしにヒューマンデブリに暴力を振るい続けてきた。

 

………寒い。

 

 心が寒い。こんな気持ち、すっかり慣れっこだったはずなのに………

 

 昌弘は通路の端でうずくまった。どうせ、どこにも逃げ場なんてない。

 カッ、カッ、と足音が近づいてきた。顔を深く沈めて、身体を丸くする。

 無視して、どっか行けよ。

 

「………昌弘」

 

 親しげに声をかけてきたのは、兄貴ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 船窓が取り付けられた通路の片隅で、少年が一人、うずくまっていた。

 その髪質や背格好から、俺はすぐに、そいつが昌弘・アルトランドだと気が付いた。

 

「………昌弘。何やってんだ?」

 

 うずくまったままピクリとも動かない。

 自分の身を庇うかのように、身体を丸くして、こちらの呼びかけに頑として反応しようとしなかった。

 まるで自分の心を閉ざした自身そのもののように。

 

 昌弘・アルトランドがどのような過酷な境遇を生き、どれだけ苦しんできたか、俺にはその詳細を知る術は無い。カウンセラーでもない。心の傷をどう癒せばいいかなんて、分からなかった。

 脳内の情報チップは有力そうな情報をいくつも提示してくるが、どうにもパッとしないものばかりだ。これから厳しい局面が続くこの状況では、カウンセラーのようにじっくり時間をかけて寄り添うだけの時間は、ほとんどない。

 

 俺は………その隣にスッと腰を下ろした。

 うずくまる身体の間から、驚いたような昌弘の視線が覗く。

 

「昭弘が心配してたぞ」

「………あんたには関係ない」

 

 にべもなく言い放たれて、俺は少し苦笑した。

 

「そうだな。………昭弘は部屋に戻した。お互い、頭を冷やした方がいいかと思ってな」

 

 ピクリ、と昌弘の痩せた腕が震えた。

 俺は、すぐに立ち上がると、

 

「とりあえず兄貴は追ってこないだろうから、好きなだけのんびりしているといいさ。どこも暇そうだしな。ただ………」

 

 視線を落とすと、きょとんとした表情の昌弘と目が合った。が、すぐにうずくまって視線を逸らす。

 俺は静かに、

 

 

 

「もし行く所が無いなら、後で食堂に来てくれよ。ホットレモンでも作ってやるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『一緒に行くぞ。鉄華団は、お前たちを歓迎する。ヒューマンデブリとしてじゃねえ。鉄華団の新たな一員として。仲間として』

 

 鉄華団のリーダーである男の言葉は、まるで昔、母さんが読み聞かせてくれた物語の魔法のように、クレストの心を溶かして、それまで溜め込んできたもの………苦しみ、悲しみ、恨み……を涙と一緒に吐き出させた。

 泣いて、泣いて、苦しかったって喚いて………鉄華団はクレストたちヒューマンデブリを温かく迎え入れてくれた。

 

 だが………

 

 

―――――お前らはゴミクズ! 生きる価値も無い、ただの使い捨ての道具なんだって理解しろォッ!

 

 

 その時の痛みと共に蘇った記憶、クダルに殴られ、他の海賊たちに殴られ、何もかもを否定され続けた日々。

 心を殺して、クダルの道具として酷使されてきた日々。

 

 蘇った思い出が、再びクレストの心を凍てつかせるまで、そう時間はかからなかった。

 俺はゴミクズ。

 俺は道具。

 

 あの男の人は、最初こそ甘い言葉を言ったかもしれないけど………俺たちを騙してどこかに売るに違いない。

 ヒューマンデブリに、ゴミに、道具に優しくする奴なんているはずがないのだから。

 だからクレストは、昔のように物を盗んだ。食べ物や、武器を。生きるためなら、何だってする。人間じゃないから。卑しい、ゴミクズだから………

 

 深夜時間の食堂には、誰もいなかった。夜勤担当はブリッジか重要区画に何人か詰めているぐらいで、残りは翌日の仕事に備えて眠っている。

 ここには大量の食糧が備蓄されている。鍵はかかっておらず、深夜時間になれば訪れる者もいない。

 引き出しの一つに、たくさんの菓子があることを、ひょんなことからクレストは知った。ライドとかいう、クレストより少し年上そうな団員が、こっそり集めているのだとか。少しぐらいなら、気付かれることもないだろう。

 

 クレストは引き出しを開けて、中の………

 

「よ。精が出るねぇ」

 

 突然背後から声を掛けられ、「ひっ!」とクレストは思わず悲鳴を上げてしまった。

 振り返ると、何時間か前に見た男が、いつの間にかクレストの背後に立っていた。

 

「な、な、なんだよっ!?」

「そんなの、ライドに言えば分けてくれるのに」

「うるさいっ! おまえには関係ないっ!」

 

 気まずさを振り払うようにその場から逃げ出そうとするクレストを、「ちょい待ち」と男はその腕を掴んだ。

 細くて、弱々しいクレストでは、男の腕力に叶うはずもない。「ちくしょ……!」と観念して、クレストはプイッとそっぽ向いた。せめてもの抵抗のつもりだった。

 

 男の手が伸びた。

 殴られる………! クレストは覚悟して目を瞑ったが、いつまで経っても殴られる気配はない。

 恐る恐る目を開いてみると。

 

「甘すぎるな、コレ」

 

 男がうまそうに頬を緩ませながら、引き出しの奥から取った菓子を一つ、口に運んでいた。

 

「あ………っ!」

「食うか?」

「い、いらないっ!」

 

 男の手を振りほどいて距離を取る。

 そのまま逃げだそうかと思ったが………

 

「一緒につまもうぜ。ホットレモンも出してやるよ」

 

 

 流し台の下の引き出しを開けながら、男はそう言ってクレストにニッと笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 蒼月駆留の深夜カフェ、只今開店。なんてな。

 さすがに自然のレモンは高級品で手が届かないらしく、〝イサリビ〟にストックされているのは人工甘味料を使ったレモン粉末と人工砂糖キューブを使う。

 お湯で満たした瓶の中にレモン粉末と人工砂糖キューブを入れ、かき混ぜて、1分ぐらい置いてできあがり。

 

 出来は………まあ悪くない。

 

「ほら。熱いから気を付けろよ」

 

 食堂テーブルの椅子に座ったクレストの前に、ホットレモンが入ったカップを置いた。ライドの備蓄からちょろまかしたチョコレート菓子も。

 元ヒューマンデブリの少年、クレストはしばらくぼんやりとそれを見ていたが………

 

「これ………」

「お。レモン嫌いだったか?」

「ち、違うけど………」

 

 クレストはしばらくジーっと手元のカップに視線を落とすばかりだったが、やがて恐る恐る、口元へと運んでいく。

 一口だけ含んで飲み込み、小さく息をついた。俺も、自分のカップを口に運ぶ。

 

「悪いな。貧乏所帯だからこんぐらいしか作れないけど」

「………温かい」

 

 両手でカップを持ったクレストは、しばらくその姿勢のまま動かなかった。今までは口にできるものと言えば賞味期限の切れた栄養バーや水ばかりで、温かい食べ物や飲み物になどありつけなかったのだろう。

 俺も、手元のホットレモンを口にして、しばらく何も言わなかった。チョコレート菓子を口に含んでさらにホットレモンを飲み、不思議な余韻と共にどちらも嚥下する。

 

「何で………」

 

 ん? と顔を上げると、テーブルを挟んだ向こうにいるクレストがジッとこちらを見上げていた。

 

「何で、俺なんか。俺たちはヒューマンデブリ。俺たちは………」

「オルガはこう言ったはずだぞ。お前らはもうヒューマンデブリじゃねえ、って」

「そんなの!………だって、俺たち、今までそんなこと………俺たちは、ヒューマンデブリ以外にはなれないっ………」

 

 クダルやブルック、ブルワーズのクソ海賊どもは、死んで滅んでもなお、ヒューマンデブリの少年たちの心を鎖で縛りつけているようだった

 と、ふいに軽い足音が聞こえて、止まった。

 昌弘が、通路の角から、こちらの様子を窺っていた。

 

「よっ、昌弘。すぐに作るから座ってろよ」

「い、いや俺は………」

「いいからいいから」

 

 クレストの隣を示して、俺はまた厨房に戻った。

 先ほどのやり方で、サッとホットレモンを一杯作り、なみなみ注いだカップを、おずおずと座った昌弘の前に差し出した。

 

「ホットレモンなんだけど、飲めるか?」

「………」

 

 昌弘は黙ったまま、テーブルに置かれたホットレモンに視線を落とし続けた。

 そして、

 

「………同情してる、つもりなのかよ」

「………」

「あんたには分からないよ。俺たちヒューマンデブリが今日までどう生きてきて………どう死ぬかなんて」

 

 だろうな。

 1話24分のアニメや設定資料集じゃ、昌弘たちの実際の体験、思いなんて分かる訳がない。同情したところで、思い上がりも甚だしいだろう。自分を癒し、許すことができるのは、結局の所自分だけなのだから。

 昌弘たちは、自分を許す方法も、傷つき、破綻した心や癒す方法すら知らない。

 俺は黙ったまま、半分にまで減ったクレストのカップに、ホットレモンを加えてやった。

 そして、自分のカップを持ちあげて、

 

「………このホットレモンにはな、俺がある魔法をかけた」

「「………は??」」

「お前らの中にはまだ、死んだクダルやブルックが、まだ生きている。そいつらがお前らの中で悪さをして、ヒューマンデブリとして心を鎖で縛りつけているんだ。こいつを飲めば………あら不思議。ホットレモンのレモンと熱にやられて、クダルたちは溶けて消えてしまうって訳だ」

 

 自分でもバカみたいな話だって思うが。俺はくいっと、少し冷めた自分のホットレモンを一気にあおった。

 

「ふぅ。お前らも熱いうちに飲めよ。冷めたら、魔法の効果が半減しちまうだろうが」

 

 クレスト、昌弘共に、頭のおかしい奴を見るような目で俺を見てきたが………やがて、おずおずとカップの中のホットレモンを口に含む。

 今まで沈鬱そうな表情ばかりだった昌弘が「あ……」と、少しだけ表情を緩ませた。

 

「うまいか」

「………まあ」

「そりゃ良かった。菓子も食えよ」

 

 元はライドのだが、ドルトコロニーで埋め合わせすると内心で誓いつつ、小皿にちょっと乗せて昌弘の前のテーブルへ。

 それからしばらく、誰も何も言わなかった。クレストも昌弘も、淡々とチョコレート菓子を口にするが、それだけだ。俺も、黙ったまま2杯目のホットレモンを飲み干した。

 

「まあ、もうヒューマンデブリじゃない、自由だ、なんて言われたって実感ないだろうな。じっくり、時間をかけて解決するべき問題だ」

「「………」」

 

 二人とも、何も言わなかった。応えなんてハナから期待してないが。

 

「そういえば、昭弘ってすごいガチムチだよな。ボディビルダーかよ、って。………なんであんなに自分を鍛え続けてるか、知ってるか?」

 

 昭弘のことを知らないクレストはきょとん、とした表情でこっちを見てくる。昌弘は、視線を合わさず何も言わなかった。

 俺は、カップをテーブルの上に置いて、

 

「いざって時に大切なものを守るため、だってさ。その昔、何か大切なものを守れなかったんだろうな」

「………」

「大切なものを守れなかった。その事実は今でも、昭弘を苦しめ続けている。だから自分を鍛えて、筋肉に集中して、余計なことを考えないで、自分に言い訳し続けて、ヒューマンデブリとして自分を否定し続けて、今日まで生きてきたんだろうな。甘ったれた人生しか送ってない俺なんかには、分かる訳ないさ。………いや、自分の苦しみを理解できるのは自分一人だけだ。それ以外の奴は、ただ観測することしかできない」

 

 やがて、すっかり3人とも、カップの中身も皿の上も空っぽにしてしまっていた。

 まだ飲むか? と問いかけるが、クレストも昌弘も互いに顔を見合わせるばかりですぐに答えようとしなかった。

 

「ちなみに、俺はお前らが傷ついたり、それこそ死んだりしたら………苦しいだろうな。何でか分かるか? クレスト」

「………?」

「分からないよな。物事の捉え方、苦しみ方なんて人それぞれだ。俺の苦しみもまた、お前らには理解できないんだよ」

 

 本来ならありえなかった世界の上に、俺は生きている。

 だからこそ、本来の世界が歩んだ悲惨な結末が………俺に重くのしかかっていた。

 

 昌弘はクダルから昭弘を庇って死んだ。

 クレストは………おそらくブルワーズ艦内で、シノら上陸部隊に殺されたのだろう。ヒューマンデブリ組は、今の半分も生き残らなかった。

 それが、俺が見てきた世界だ。

 

 それともう一つ、俺を悩ませている問題があった。

 戦うこと、それに殺すことに対して………抵抗感が忌避感が失われていることだ。

 最初はギャラルホルンの名前も知らないモビルスーツパイロット、モビルワーカーパイロットたち。ギャラルホルン火星支部長コーラル・コンラッドも手にかけた。アミダ・タービンを殺す手前まで、運が良かっただけとはいえ、追い込み、直近ではクダル・カダルの無残な死に方を間近にした。

 現実世界で生きていた俺なら、間違いなく発狂していただろう。だが俺は、まるで生まれた時から傭兵であったかのように、死や殺意に対する耐性が出来上がっていた。きっと、阿頼耶識システムや頭に埋め込まれた情報チップと同様に、精神にも何らかの施術が施されたのだろう。

 それが、徐々に自分本来の人格や……過去の記憶すら蝕むようで、時折恐怖を感じる。

 

だが止まるつもりはない。実際に鉄華団の面々に触れ、思いは一段と強くなっていた。

彼らを救えるのなら、別の未来を見せることができるのならば、例え俺という人格がかつての形を失ったとしても………

 

 

 悪魔( ガンダム)との契約は、すでになされているのだから。

 

 

 だからこそ俺、クーデリアの傭兵である蒼月駆留はニヤリと二人に笑いかけながら、

 

「今すぐ環境に慣れろなんて言わないさ。ただ、クレストは物を盗む前に、必要なものがあれば俺に言ってくれよ。大抵のものは揃えてやるぜ。昌弘は………兄貴共々口下手だろうけど、お互いのことを話し合えよ。これまでのこと、そしてこれからのこと………」

 

 クレストはもう、中身が無くなってわずかな温もりだけが残っているだろうカップを大事そうに両手で包み、昌弘は視線を落とし続けていた。

 この二人が………いや、元ヒューマンデブリの少年兵たちが心の鎖から解き放たれるには、長い長い時間がかかるだろう。

 俺にできることといえば、それこそ根気強く、彼らに正対することだけだ。

 彼らがヒューマンデブリとしてではなく、人間として生きられる、その日まで。

 

 と、そこでようやく俺は、先ほどの昌弘のように通路の陰からこちらを窺う人影に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「昭弘も一緒にどうだ?」

 

 コソコソと、通路の陰から食堂の様子を窺っていた昭弘だが、唐突に食堂にいた3人のうちの一人……カケルに声を掛けられびくり、と身をすくませてしまった。こっちに背を向けて座っているから気づかないかと思ったのだが………

 

「あ、いや俺は………」

「昌弘の隣で待っててくれよ。すぐ作るからさ」

 

 こちらの返答など聞かずに、カケルはさっさと厨房へと向かってしまった。

 立ち去るにも都合が悪く、このまま通路の陰にいるのも具合が悪くなり、昭弘はおずおずと食堂へ足を踏み入れ、

 

「隣、座るぞ」

「う、うん………」

 

 弟の隣に腰を下ろした。昌弘を挟んでもう一人、元ヒューマンデブリ組の少年が時折視線をこちらに向けている。

 どちらも、何も喋ろうとしなかった。あの喧嘩の後だ。気まずい雰囲気がしばらく二人の間に漂う。

 弟の苦しみを分かっていなかった。その事実は、容赦なく昭弘を打ち据えていた。ブルワーズから助け出せばまた元の………昔のような弟に戻ってくれると、勝手に信じ込んでいた。

 それが、昌弘を傷つけていたのだ。

 罪悪感や、弟と分かり合えない苦しさで、しばらく部屋に籠ったが、どうしても落ち着くことができず、最初はトレーニング室で汗を流したがそれでも余計な考えばかりが頭をよぎって、艦内をフラフラして………今に至る。

 

「お待たせ。熱いから気を付けろよ」

 

 湯気が立ち上ったそれは、一杯のホットレモン。

 菓子も添えられたが、「すまん」とまずはカップを手に取り、一口飲んだ。

 酸っぱい風味の、熱い液体が喉へと流し込まれ、瞬間的に身体が温まる。それに心も。

 

「不思議な飲み物だな」

「そりゃ、俺の魔法が込められてるからな」

「は?」

「いや、何でもない………」

 

 カケルの言ったことはよく分からないが、二口めに入った。再び、芯から温まるような感覚に、自然と表情が緩む。

 

「うまいな………」

「うん………」

 

 兄弟互いに、まだ視線を合わせることもできない。

 生き別れた間にどれだけ弟から遠く離れた場所に来てしまったかを、昭弘は容赦なく思い知らされていた。

 CGSでは、ヒューマンデブリの扱いは人間以下だった。毎日働かされ、ちょっとしたことで殴られ、一軍の暴力のはけ口にされ………その境遇から抜け出せたのはつい最近のことだ。弟のことなど、それこそゴミクズのような自分に家族が存在していたことすら忘れ去っていた。

 昌弘は、それ以上の過酷な環境に晒され、今日まで生きてきた。

 

 何を言えばいいのか………不用意な言葉を謝ればいいのか、お互い辛かったなと、傷をなめ合えばいいのか………何も言葉を発しようとしない自分の口に苛立ちつつ、再びホットレモンを飲んで気持ちを落ち着かせた。

 

「ホットレモンにはな、病気を予防したり免疫力を高めたりする他にも、精神を落ち着かせる作用があるんだ」

 

 なるほど、と隣の昌弘をこっそり見やると、部屋で喧嘩した時のようなささくれ立った表情はどこにも見えなかった。隣の少年も、どこか嬉しそうな表情すら見える。

 

「カケル……さん」

「おう。どうしたクレスト?」

「もう一杯だけ………」

「何杯でもいいぜ。でも飲みすぎるなよ」

 

 カケルはそう笑って、クレストなる少年のカップを取り上げて、

 

「昌弘もどうだ」

「ん………」

 

 差し出された昌弘のカップも取り、カケルは厨房へ戻っていった。

 やがて、昭弘のものと同様湯気が立ち上ったホットレモンが昌弘とクレストの前にそれぞれ置かれる。

 昌弘はそれを飲み、少しだけ表情を柔らかくした。

 

「昌弘」

「………?」

「うまいな………」

「うん………」

 

 

 それ以上は何も言わなかった。もう何も言わなくていいと感じた。

 そうして、3人の元ヒューマンデブリの心を温めて、ささやかな茶会はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「部屋に戻って、大丈夫か?」

「うん。シーノットたちはいい奴らだし………もう盗みはしないって決めたから」

 

 深夜カフェをお開きにし、部屋に戻る昭弘と昌弘とは別れた後、俺はクレストと共に元ヒューマンデブリ組が寝起きすることになっている居住デッキの通路を歩いていた。続く部屋の一つが、クレストの部屋だ。

 あれから、盗んだ品々を一つずつ元の持ち主に返すことにした。ドクター・ノーマッドに医薬品ボトルを、厨房に食材を、貨物室に栄養バーや飲料ボトルを、武器庫に拳銃と弾を………そして三日月に火星ヤシを。

 俺が間に入って丁寧に事情を説明し、そうでなくても皆笑って許してくれた。

 

『この簡易鎮痛剤を選んだのはいい選択だったね』とはドクター・ノーマッド。

 

『食べたいものがあったら何でも言ってね!』と朝食の仕込み前のアトラ。

 

『欲しいなら少し持って行っていいぞ! ほら遠慮するな』と貨物室を管理している団員からは改めて栄養バーや飲料ボトルを持たせてくれた。

 

『よくセキュリティロックが破れたなぁ』と武器庫の団員は感心していた。

 

『欲しいならあげるよ。まだいっぱいあるし』と三日月。

 

 

 そうした団員たちとの交流の中で、クレストは少しずつ彼らを信頼できるようになっていったようだ。緊張できつく結んでいた口元には少しだけ笑みがこぼれるようになり、年相応の子供っぽく軽い足取りで、クレストは自分の部屋の前に立った。

 扉を開けると、同室の3人の少年が驚いた表情を一斉に向けてきた。

 

「く、クレスト!?」

「大丈夫だったのか………?」

「ケガしてないか? ゴメン、俺………」

「俺こそゴメン。もう、盗みはしないから」

 

 手を取り合う4人の少年たちの様子を、陰からそっと見守り、もう大丈夫であることを確認すると、俺はそっとその場を後にした。

 

 

 

………さて。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルトコロニーへの航海は順調そのものだった。

 襲撃してくる海賊もおらず、ギャラルホルンの臨検もない。艦内でも、元ヒューマンデブリの少年兵たちは少しずつ鉄華団の環境に順応しつつある、と報告を受けている。実際に彼らと接しても、徐々に笑顔や子供らしさが戻り始めているようだった。

 

「オルガ、ここは俺たちで大丈夫だから少し休んだら?」

 

〝イサリビ〟艦橋。今は最小限のブリッジクルーで運用しており、艦長席のオルガと火器管制コンソールに座るビスケットしかいない。

 振り返りビスケットがオルガにそう声をかけた。ブルワーズ戦から、オルガら幹部組は戦闘や混乱、その後の後始末でほとんど休めていない状態だった。三日月のようなパイロットや年少組らは半舷ずつ交代で休ませることができているが。

 オルガは各デッキからの報告が入った端末を手に取り、特に急ぎで取りかかるべき問題が無いことを確認しながら、

 

「そうだな。交代で休むか」

「ここの所、ほとんど休めてなかったからね。ブルワーズの一件も、ほとんど片付けが済んだし」

「ビスケットが先に休んでもいいぞ。俺はまだ平気だ」

「俺は、まだこっちで取りかかりたいことがあるから………」

 

 とその時、ブリッジに一人、入ってきた。〝イサリビ〟内で鉄華団の制服を着ていない数少ない人物、休息時間中のカケルだ。

 だが、様子がおかしい。無表情で、台車に一つコンテナボックスを載せて押してきていた。テイワズから託された貨物の一つだ。

 

「どうした、カケル? そいつは………」

 

 だが次の瞬間、カケルはオルガたちが予想だにしない行動を取った。ガシュ! とロックボルトを外して、コンテナの蓋を開け放ったのだ。

 

「な………!?」

「ああっ!! か、カケルさんっ!? それは………ん?」

 

 突然の暴挙に詰め寄ろうとしたオルガ、ビスケットだったが、コンテナの〝中身〟を目の当たりにし、凍り付いたように動きを止めてしまう。

 

「おい。こいつぁ………」

「テイワズからの貨物って、工業用の物資だったはずじゃ………!」

「こいつ………どう見ても銃火器だぞ………!」

 

 コンテナの中身。

 そこには鉄華団でも運用していないような、新型のアサルトライフルが弾倉セットと共に整然と収められていた。

 

「カケル。これは………!」

「今すぐテイワズから託された貨物を確認するべきだと思います。どうも、ヤバい陰謀の片棒を担がされているようにしか見えないんですが………」

 

 そこで合点がいったのか、オルガは冷めたような目でコンテナに収まるアサルトライフルを見下ろした。

 

 

 

「そうそううまい話は転がってないってことかよ………」

 

 

 





次話以降、ドルトコロニー編に突入したいと思います。
鋭意執筆中ですが、齟齬が出ないよう気を付けて書きたいと考えてますので、次話更新につきましては10/25(水)を予定しています。




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第6章 ドルトコロニー騒乱
暴露


▽△▽――――――▽△▽

 

………結局、今日もあまり眠れなかった。

 

 フラフラと、おぼつかない足取りでクーデリアは自室から出た。両手をダランと前に投げ出し、猫背になって。レディとしての振る舞いを叩き込んだ家庭教師やフミタンが見れば思わず卒倒してしまいそうな、あまりにらしからぬ姿だ。

 

………というか………

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 原因は、ブルワーズ戦が終わった後、展望室での出来事だ。

 ヒューマンデブリの少年兵たちの救済に、また鉄華団に犠牲らしい犠牲も出ることなく危険なデブリ帯から抜け出したことに安堵していると、ふいに三日月が現れたのだ。

 もう深夜時間も遅い。本来なら休まなければならない時間であるだろうに。

 

―――――三日月、眠れないのですか?

―――――いや………いる?

 

 差し出された一粒の火星ヤシに、火星で最初に口にした時のあの苦みや酸っぱさがまざまざと口内で蘇ったが、せっかくの好意を無下にするわけにもいかず「で、では………」とおずおず両手を差し出した。

 

 コロン、とクーデリアの両掌に火星ヤシが一粒乗せられ、恐る恐る口に。思わず過日の、〝ハズレ〟だという火星ヤシの凄まじい苦みと酸味が脳裏に思い浮かぶ。

 だが、今クーデリアが口にしたそれは、微妙な甘みが妙に心地よい、レーズンにも似た味をしていた。

 

―――――少しだけ、甘いですね。

 

 咀嚼しながらふと三日月の方を向くと、三日月はどこか、心ここに在らずといった表情で展望ガラス越しの宇宙空間を見上げていた。

 

―――――三日月………?

―――――さっきの戦い、オルガに殺すなって言われて殺さないよう倒したけど、何か………すごいムカムカして、イライラした。普通に戦えば、そんなことなくて、むしろすっきりするのに。………俺、人を殺すのが好きなのかな?

 

―――――三日月………っ! そのようなことは………!

 

 だが、否定しようとしたそこでクーデリアは気づく。戦いに赴く三日月が何を思い、何を考え、そして何を感じているのかは、〝イサリビ〟でただ守られているだけの自分には到底知ることのできない領域であることを。

 今のクーデリアには、三日月の双眸を傍らで見やる他ない。その瞳は、いつにない深みをもって、じっと外の光景を見つめ続けていた。

 三日月にもあるのだ。無意識のうちに溜め込んでいた思い………苦しみや悲しみ、悩みが何かの拍子で表出化する時が。

 

 クーデリアはふと、昔のことを思い出した。

 小さい頃、悲しかったり怖かったりした時、フミタンの下へ飛び込んだものだった。

 フミタンは、少し戸惑いつつも、トン、トンと優しく幼いクーデリアの背中をたたいてくれたのだ。それまでの悲しみや怖さがそれですっかり無くなってしまったのを、今でもはっきり覚えている。

 

 三日月を前に、クーデリアは心の中で意を決すると、自分の指先に怪訝な視線を向ける三日月を………彼はクーデリアより少し背が低いので、若干かがみながら、優しく抱きしめて背中をポン、ポン、と叩いた。

 

―――――は?

―――――あ、あの! 昔フミタンがこうしてくれて、それでちょっと落ち着いたので………

 

 

 その、すいません………と赤面しながら三日月から離れる。自分でもあまりに突飛な行動に、すっかり耳まで真っ赤にしてしまっていた。

 だが三日月は、先ほどの行動に戸惑った様子をわずかに見せたが、ふいに………

 

 

 不意に、クーデリアの口に、静かに口づけをしたのだ。

 

 

―――――な、な、何………!?

―――――かわいいと思ったから。名瀬さんが、かわいいって思ったらキスするんだって。ごめん。嫌だったか?

―――――い、い、嫌とか、そういう問題ではなく………それ以前にこういうのは………

 

 

 その後から部屋に戻るまでの間のことは、よく覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 というか! 眠れるわけが………!

 

 未だに残っている三日月との口づけの感触。

 それに「かわいいと思ったから」という三日月の言葉。

 その行為が、そしてその言葉が年頃の少女にたいしてどれだけの破壊力を持っているか、三日月は理解していない様子だった。

 クーデリアも、考えれば考えるほど三日月のことが………

 

 その時、ブーツの靴音が、クーデリアの方へと近づいてきていた。

 顔を上げるとそこには………

 

「ん………?」

 

 トレーニングの後なのだろうが、汗を滴らせた三日月がクーデリアの前を通り過ぎようとして、立ち止まった。

 途端にクーデリアの心臓がビクリ! と跳ね上がる。

 まざまざと蘇る先日の出来事。

 それにその時の感触まで………!

 

「おはよ」

 

 だが当の三日月は、まるで何事も無かったかのように平然と朝の挨拶だけすると、歩いて、通路の角へと消えてしまった。

 

「お、おはよ………?」

 

 思わず拍子抜けしてしまうクーデリア。三日月らしいと言えばそうなのだが………

 それより、三日月のあの時の………。

 

 その時、艦内放送からビスケットの声が、

 

 

『あ、あー。クーデリアさん。至急、第1貨物室までお願いします。繰り返します。クーデリアさん、至急、第1貨物室まで………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「おいおい。こりゃあ………」

 

 ソレを目の当たりに、ユージンは開いた口が塞がらない様子だった。

 

〝イサリビ〟第1貨物室。

 大型コンテナから引っ張り出された1台の新型『戦闘用』モビルワーカーと、小型のコンテナにそれぞれ満載されている数えきれないほどの銃火器・弾薬・爆発物類。

「工業用資材」など、どれにも入ってはいなかった。

 

 今貨物室にいるのはオルガやビスケット、ユージン、シノ、メリビット、ヤマギ。それに、俺だ。

 クーデリアはまだ来ていない。さっき放送で呼んだからすぐに来ると思うが。

 

「モビルワーカー………」

「それも戦闘用の………!?」

「こっちには新型アサルトライフル、あっちには爆弾………」

 

 誰もが、次々コンテナから現れる兵器類に、唖然としていた。

 そして本来の品名とあまりにかけ離れた「中身」に、視線は自然と最も事情を知っているはずのテイワズの人間……メリビットへと集中する。

 だが、彼女も中身については全く知らなかったようで、

 

「リストには工業用の物資としか………依頼票を確認してみます!」

「頼む」

 

 その場からメリビットが駆け去る。オルガはまた視線を眼前のMWへと戻した。

 ユージンは、この異常事態にすっかり混乱したようで、

 

「お、オルガ。こいつは一体………」

「見つけたのはカケルだ。説明できるか?」

 

 誰もの視線が一斉に俺を向いた。

 俺は小さく頷き、進み出てMWの前に立つと、

 

「………最初から妙だとは思っていました」

「妙、だと?」

「そもそもマクマード・バリストンのような大物が、名瀬さんに気に入られたとはいえ、いきなり鉄華団のような新参者を下部組織に加えて、クーデリアさんの後ろ盾にもなって、さらには仕事まで寄こして………あまりにも上手くいきすぎている」

「そりゃあ………俺らのことを高く買ってるってことじゃねえのかよ」

 

 ユージンの言葉に俺は頷きつつも、

 

「今の鉄華団がテイワズの下部組織に足る要素を持っているとしたら、その戦闘力です。団員の大半が阿頼耶識システムの手術を受け、さらには過酷な環境を生き残ってきた猛者たち。………だからこそ、こんな、タービンズのお株を盗むような分野違いの仕事をまずさせられることに、俺は違和感を感じました」

 

「それで………中身を開けたのか?」

「はい。マクマード・バリストンは鉄華団を………危険な戦場へと送り込み、その真価を見定めようとしている。火種を鉄華団に運ばせ、火種の爆発に鉄華団を巻き込み、生き残れるかどうか。もし、この程度のトラブルで潰れるような組織なら、傘下に加えるまでもない。そんな思惑が透けて見えたんです。そしてクーデリアさんも………」

 

「おいおいマジかよオルガ………!」

「まだそうだと決まった訳じゃねえ。だが、俺らが今ヤバい荷物を運ばされていることは事実だ。だが何のためにこれだけ物騒な物がコロニーに………」

 

 それは、と手近なコンテナからアサルトライフルを引っ張りながら俺は続けた。

 

「ドルトコロニーには、低賃金で長時間労働を課せられている労働者たちの不満が高まっています。生産の利潤の大半が地球出身の幹部に吸い上げられてコロニー出身者の労働者階級にはほとんど恩恵が行き渡らない為です。経営悪化のしわ寄せも労働者に押し付けられている。そういった不満が………一部の過激勢力によって武力衝突に発展してもおかしくないかと。問題は、資金にアテのない労働者たちがどうやってこれだけの武器を発注できたか、ということですが」

 

 黒幕はもう分かっている。

 ノブリス・ゴルドン。火星の大資産家にして大商人。コロニー労働者たちに武器を流し、火種の爆発を目論んだ。

 そして、ノブリスと結びつきコロニーの暴動を誘発し、不満分子を一掃すると共に自身の存在意義を強調しようとする、ギャラルホルン。

 さらにはそれに乗じてコネと金を手にすると共に、新参の鉄華団の真価を見定めようとする、テイワズのマクマード・バリストン。

 これだけの巨悪が一致団結して、一つの貧しいコロニーを破壊して利益を得ようとしているのだ。彼らは騒乱によって死ぬ人々の命のことなど考えない。宇宙世紀の地球連邦も真っ青な腐敗ぶりだ。

 

 そして、

 

「そして、このままこの物資を届ければ、受け取り人たち……おそらくコロニー労働者たちはそれを持って待遇改善を訴えるでしょう。最悪、武力衝突も辞さないと。違法な武器の所持を理由にギャラルホルンは弾圧に乗り出し………ノコノコ武器を運んできた鉄華団は、その罪を問われる。テイワズの方は、すでにこちらに罪をかぶせる準備ができているでしょうね」

 

 そうでなければ、鉄華団に武器が満載したコンテナを託すはずがない。

 そして………クーデリアも無事で済むはずがない。

 

「………」

「ど、どうすんだよオルガ! このままじゃむざむざ殺されにいくようなモンだぜ!」

「鉄華団も、クーデリアさんもタダじゃ済まない………」

 

 ユージンがオルガに詰め寄り、ビスケットも、帽子を目深く被り直しながら眼前のMWを見やっていた。

 

「よく分かんねーけど、なら届けなきゃいいんじゃね?」

「そ、そんなことできる訳ないだろシノ! テイワズから預かった貨物なんだから、仕事放棄したら鉄華団にも、テイワズの評判にも傷がつく」

 

 ヤマギの言う通りだ。仕事を放棄するという選択肢はない。荷を捨てれば、テイワズを敵に回すことになる。

 だが、このまま届ければ、原作通りの悲惨な運命が待っていることも事実だ。

 

「お、オルガ………何か考えはないのかよ!? このままじゃ………!」

「少し落ち着けユージン。………まず第一に、テイワズから預かった荷物はきっちり届ける。そうじゃなきゃ筋が通らねえ」

「はぁ!? 筋どころの話じゃねえだろ!? こいつは………」

「だがテイワズや、どこの誰かも知らねえ奴の手のひらで踊らされるつもりもねぇ。そんな奴のために、それこそ死んでやるつもりもねぇ。………だよな、ミカ!」

 

 オルガが振り返った先。クーデリアを連れ、貨物室に入ったばかりの三日月が「ん?」と一瞬不思議そうな表情を見せたが、

 

「お前、俺以外の命令で死ぬつもりはあるか?」

「俺はオルガの命令に従うよ。死ねと言われれば死ぬ。でも、他の奴に死ねって言われても聞けないな」

「ふ………それでこそミカだ」

 

 クーデリアは、まだ状況を完全に把握できていない様子だったが、開け放たれたコンテナから覗く武器弾薬類に「これは………っ!」と息を呑む。

 そして次にオルガが振り返ったのは、俺だった。

 

「どうだ、カケル。妙案があれば聞いてやるよ」

 

 俺は、手にしていたアサルトライフルを元の場所に収めながら、

 

「俺たちが、そして鉄華団がやるべきことはただ一つです。ギャラルホルンとテイワズを出し抜いて、最大の利益を獲得すること」

 

 そのためには………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

―――――知りたいの。火星の人々のことを、もっと、もっと………

―――――フミタン、あなたの知っていることを全部、教えてほしいの。

 

 幼い頃のクーデリアの言葉が、まだ記憶に焼き付いている。

 その曇りのない純粋な瞳。

 その日からどれだけの年月が流れたのか、身体は大きくなっても、クーデリアの瞳の輝きだけは、未だに色あせることを知らないようだった。

 

 自分には、その瞳を向けられる資格など無いというのに………!

 

 クーデリアの付き人であるフミタン・アドモスは疲れたように左腕を額に当てながら、自室としてあてがわれた部屋で、デスクの上に放られたそれを見下ろした。

 

【手はずは予定通り】

【クーデリアを伴い、ドルト2へ入港せよ】

【クーデリアはコロニー内の暴動の中心となり、ギャラルホルンの凶弾によって死すべし】

【火種はこちらで用意する】

 

 フミタン・アドモス。バーンスタイン家のメイドにしてクーデリアの付き人。

 それ以前にはノブリス・ゴルドンのエージェントである女。

 火星の、ゴミ溜めのようなスラムで身寄りも無く、飢え死にを待つしかなかった彼女を、ノブリスの手の者が保護し、使える手駒として教養と訓練を施した。

 そしてバーンスタイン家に入り、その動向を探るようノブリスは命じた。バーンスタイン家当主であるクシュセ自治区首相ノーマン・バーンスタインはギャラルホルンの走狗のような男で、フミタンは淡々と事務的にノブリスの部下と定時連絡をするに過ぎなかった。

 

 その娘、フミタンが世話していた少女、クーデリア・藍那・バーンスタインが火星独立運動の旗頭として担ぎ上げられるまでは。

 フミタンは小さく息をつく。やるべきことはもう決まっている。それ以外の選択肢など無い。

 ノブリスのエージェントとして生まれ変わったあの時から、選択肢など与えられなかったのだから。

 

 その時、ピンポン、と部屋のインターホンが鳴る。

 部屋の端末をオンラインにし、外部カメラを確認すると、そこにはクーデリアの姿が。

 

『………ちょっといいかしら?』

 

 その瞬間、フミタンはクーデリアに付き従う者としての心の仮面を、被り直した。

 さらに端末を操作し、ドアを開いて通路のクーデリアを受け入れる。

 

 開け放たれたドアの先から、沈鬱そうなクーデリアの姿が現れた。いつまで経っても部屋の中に入ってこようとしない。

 

「あの、どうしたので………」

 

 不審に思ったフミタンが一歩前に進み出る。

 がその時、唐突にクーデリアが押しのけられ、二人の間に人影が割り込んだ。そしてフミタンを突き飛ばし、2、3歩よろめかせた所で「動くな」という低くした声。

 彼が持つ拳銃に、フミタンは自然と目を細める。

 

「………なんのつもりですか? カケルさん」

 

 フミタンの心臓部目がけて銃口を向ける男……クーデリアの傭兵である少年、蒼月駆留は冷めたフミタンの物言いに不敵に笑ってみせた。

 

 

 

 



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クーデリアの覚悟

▽△▽――――――▽△▽

 

「最初から、怪しい奴だと思ってましたよ」

 

 非難するような傍らのクーデリアの視線も構わず、俺はそう言い放った。

 通路の向こうで、オルガたちも事の次第を見守っている。

 黒幕に鉄華団の動向を流している人物がいるはず。俺はそうオルガに言って、その候補者としてフミタン・アドモスを挙げた。

 ノブリス・ゴルドンのエージェントである女性。責任は俺が取るとそう言い含めて、俺はクーデリアを油断させる囮に、証拠の確保に乗り出した。

 

「鉄華団は少年兵………悪い言い方をすればゴロツキどもの寄り集まり。そんな危なっかしい環境にいて、何故こうまで平気でいられるのか。普通の付き人じゃあ考えられない」

「私は普通じゃない付き人だと?」

「その前に持ってる銃を渡してもらいます。さあ」

 

 逃げ場はない。

 フミタンは冷めた目で俺を見返しながら、持っていた拳銃を俺に差し出した。俺は、素早くそれをひったくって通路の向こうに放った。

 

「壁によってください。そこから動かないで」

 

 言われる通り、淡々とフミタンは壁際に下がった。慎重に拳銃を向けながら俺は、目的のアイテムであるタブレット端末を手に取る。

 そして、近づいてきたオルガにそれを渡した。

 

「それを解析してください。フミタン・アドモスの裏切りの証拠が出てくるはずです。それとブリッジの通信システムも調べたほうがいい」

「ああ。………ダンテの所に持っていけ」

 

 オルガはそれをユージンに渡すと、「わ、分かった」とユージンはタブレット端末を手にその場を駆け去っていった。

 フミタンは、それを視線で追いながら、

 

「………それで、私をどうしますか? 殺しますか?」

「必要なら」

 

 俺は、向けた銃口を動かさなかった。

 だがその時、

 

「やめてください!」

 

 突然だった。

 クーデリアが俺とフミタンの間に割り込んできたのだ。

 

「フミタンは私の家族です! 本当の姉のように今日まで過ごしてきました!」

 

 両手を広げ、庇う姿勢を崩さないクーデリア。

 

「貨物室の武器を見、あなたの話にも耳を傾けましたが、これ以上の暴言は許せませんッ! フミタンが裏切り者などと、その言葉、取り消してください!」

「………フミタン・アドモス。あなたは疑惑を否定しますか?」

 

 いずれ証拠が上がってくる。

 彼女に逃げ場などどこにもない。

 しばらく沈黙が続く。が、最初に口を開いたのはフミタンだった。縋るようなクーデリアの瞳から、彼女は視線を逸らしながら、

 

「彼の言葉は本当です」

「………!」

 

 信じられない、という風に瞳を震わせながらフミタンに振り返るクーデリア。フミタンは瞑目し、それ以上何も答えようとはしなかった。

 その瞬間を逃さず、俺はクーデリアの腕を掴み、こちらへと引き寄せる。

 

「きゃ………っ!」

「お嬢様………!」

「彼女を人質にされたら困るんでね。………あなたにはしばらくここで大人しくしてもらう」

 

 それだけ言い放つと俺は、荒っぽく端末を叩いて外部から扉を閉めた。

 離しなさい! ともがくクーデリアからパッと手を放すと、彼女は2、3歩後ずさりながら、

 

「何なんですか………何なんですか! これはッ! 一体………!」

「フミタン・アドモスはあなたを死地へ誘うよう、本来の主人であるノブリス・ゴルドンから命令を受けていました。おそらく、バーンスタイン家に仕えたその時から、その指揮下にあったのでしょう。表では資金援助しつつも、裏でエージェントを使って監視しながら、効果的に暗殺する絶好の機会を探っていたのです」

「裏が取れたぜ。………【クーデリアはコロニー内の暴動の中心となり、ギャラルホルンの凶弾によって死すべし】。出所は不明だがそういうメールを受けていた。アリアドネを使って暗号通信を繰り返していた形跡もある」

 

 オルガの言に、打ちひしがれたように力なく足の力を失ってしまうクーデリア。

 オルガ共々、慌ててそれを抱き支えながら、

 

「………どうか、お気を確かに。まだ、フミタンをこちら側に留める方法はあります」

「え………?」

「ノブリス・ゴルドンと交渉を。更なる活動の対価として、援助とフミタンの身柄の安全を要求するのです」

 

 原作でもドルトコロニー騒乱直後、マクマードとの会談や、自身を殺そうと画策した人物と認識しつつ直に取引を持ちかけたクーデリアの姿に、さらなる利益追求の可能性を見出したノブリスは、さらなる援助を彼女に与えている。

 今後の展開が見通せている以上、最大の利益をこちらが上げることは、不可能ではなかった。

 クーデリアは驚きに目を見張り、

 

「ノブリスと………!?」

「今は話を通せるとは思いません。ですがドルトコロニーでこれから起こる騒乱を生き延びれば、彼のあなたへの評価は変わるはずです。その時に、どうか」

 

 傭兵としては、あまりに出すぎたマネ、それに発言だ。勘気に触れてクビになっても文句は言えないだろう。

 クーデリアは、何も言わなかった。きっと、まだ状況をはっきり把握できていないのだろう。あまりにも事態が進みすぎ、彼女に降り注いだ情報量は多すぎた。

 

「まずは部屋で休んでください」

 

 それだけ言うと、クーデリアを支えながら、俺はその場を後にする。

 やがて、フミタンの部屋はドアが完全にロックされ、監視の団員が2人つく。食事や必要な時以外は、彼女は部屋の外に出ることはできなくなる。クランクと同様に。

 

 

 後は、真実を知った鉄華団………オルガがどう動くかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「状況を整理します。まず、俺たちがテイワズから預かった貨物………その中身は工業用物資などではなく、大量の武器弾薬類でした。依頼元はGNトレーディング。この会社の詳細については分かっていません。ですがこの貨物を配送先であるドルト2に届けた場合、違法な武器取引としてギャラルホルンによる摘発の対象になります」

 

 ビスケットの言葉に、誰もが沈黙して、しばらく二の句を紡ぐことはできなかった。

〝イサリビ〟ブリッジに、鉄華団の主要な面々…オルガ、ビスケット、ユージン、シノ、それにメリビットがブリッジ後方のブリーフィング用コンソールを囲むように集まっていた。チャドやダンテは操艦に集中しているが、時折興味深そうにこちらに視線をチラチラ向けている。

 

「………俺たちには今、2つの選択肢がある」

 

 コンソールモニターには〝イサリビ〟の現在位置と、近づきつつある目的地…ドルトコロニー群が表示されていた。オルガは、それを見下ろしながら、

 

「1つ。このままテイワズからの荷物を持っていき………ドンパチに巻き込まれるか」

「こんな所で巻き込まれたら、クーデリアさんを地球に送るなんてできなくなる………」

 

 ビスケットも緊張した面持ちで、コンソール上の表示を見下ろしていた。

 オルガはさらに続ける。

 

「2つ目。荷物を届けるのを諦める」

「途中で放棄すればテイワズの信用にも傷がつく。テイワズを敵に回すことになるぞ」

 

 俺はそう指摘した。行くも地獄、戻るも地獄。鉄華団は今、袋小路に追いやられたネズミの群れも同然だった。

 沈黙が続く中、それを打ち破ったのはオルガだった。

 

「俺たちは今、テイワズに………マクマード・バリストンに試されている」

「オルガ………」

「ここを、俺たちの力で乗り切らなけりゃ、晴れてテイワズの一員とは認められねぇ。そういうってんなら………」

「俺たちだけなんて、無茶だ! 正面からぶつかってギャラルホルンに勝てる訳が………」

 

 オルガとビスケットは、珍しく意見を対立させ、激しくぶつかっていた。シノやユージンは話の推移についていけないようで、

 

「………てかさ。武器運んで問題ある訳?」

「はァ! 大問題に決まってるだろうが!」

「何で?」

「そりゃ………ギャラルホルンが気に入らないからに決まってんだろ」

「だから何でだって」

「んな細かいこと俺が知る訳が………!」

 

「民間人の武器所有は4大経済圏全てにおいて法律で制限されている。戦闘用モビルワーカーやアサルトライフルなんてもってのほかだ」

 

 とりあえず俺はユージンに助け船を出すことにした。

 

「無法地帯も同然の火星の事情は詳しく知らないが、地球圏ではギャラルホルンの支配体制が行き届いていて、当然法の執行も厳格だ。違法なことをすれば、すぐにギャラルホルンが飛んできて捕まる」

「なら………火星の時みたいに蹴散らしてやりゃあいいじゃねえか!」

 

 あくまで血気盛んなシノだったが、「無理だ」と俺は首を横に振って、

 

「鉄華団と地球圏のギャラルホルンじゃ………装備、兵員数、所有艦船数、練度、何もかもが違いすぎる。コロニー群の治安を守る月軌道統制統合艦隊アリアンロッドといえば、ハーフビーク級戦艦だけで40隻以上。モビルスーツなら、数百機は保有しているだろうな。一個分艦隊が相手でも、今の鉄華団じゃ手も足も出ない」

「そんなにすげェのかよ………」

 

 敵に回す存在の強大さに、シノもユージンもしばしの閉口を余儀なくされた様子だった。

 真正面から物理的にアリアンロッド艦隊と戦った結果………原作では鉄華団は壊滅した。このまま戦闘に突入しようものなら、2期を迎えるまでもなく鉄華団はおしまいだ。

 だから、

 

「オルガ団長。俺は、3つ目の選択肢を提案します」

「ほう」

 

 オルガは目を細めた。俺は、その目を真っ直ぐ見返しながら、

 

「俺たちには今、クーデリア・藍那・バーンスタインという切り札があります。そして彼女は火星の実力者ノブリス・ゴルドンや、テイワズのマクマード・バリストンと深く繋がっている」

「………何が言いたい」

「今回のことに、少なくともテイワズが一枚噛んでいるのは間違いないかと。それに、おそらくはクーデリアさんのスポンサーであるノブリス・ゴルドンも。クーデリアさんを介して、この二人に、俺たちがギャラルホルンの力が俺たちに及ばないよう、働きかけてもらうんです」

 

 原作では、4大経済圏の一つであるアフリカンユニオンを動かして、総攻撃を発令する寸前のアリアンロッドを押し留め、〝イサリビ〟を撃沈の危機から救った二人だ。おそらく、どちらも経済圏に対してかなりの影響力を持っているに違いない。

 ですが………、と疑問を口にしたのは、これまで黙って事態を見守っていたメリビットだった。

 

「ですが、そうすんなりと話を聞いてもらえるでしょうか?」

「今のままでは、無理だと思います。鉄華団は、おそらくマクマード・バリストンが課した試練……ドルトコロニーで起こるだろう混乱の解決と、そして生還を果たしていません」

 

 マクマードはおそらく試しているのだ。鉄華団や、クーデリアが、本当に世界を変えるに足る存在であるかどうかを。そして、利用価値があるかどうかを。

 そのために、本来の世界では………コロニー労働者の多くが殺され、鉄華団も、ビスケットが兄であるサヴァラン・カヌーレと決別し、クーデリアの付き人であり彼女が姉のように慕っていたフミタン・アドモスの命が、失われた。

 

 事の結末を知る俺は、どう動きべきなのか………

 結局、その場で結論を出すことはできないまま、俺たちはドルト2に向かって針路を取り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 フミタン………

 内側からロックし、照明も落とした暗い自室で、ベッドの上にうずくまりながら、クーデリアの思考はいつまでも堂々巡りを繰り返していた。

 フミタンが裏切っていた。

 そんなはずはない。

 だけど………

 

 

『彼の言葉は本当です』

『【クーデリアはコロニー内の暴動の中心となり、ギャラルホルンの凶弾によって死すべし】………』

 

 

 クーデリアにとってフミタンは姉であり、自分に向き合ってくれなかった母に代わる存在ですらあった。

 そんなフミタンが、ノブリスと繋がっていて………自分を殺そうと画策していた。

 どうして………

 フミタンは私の………

 

 その時、部屋の呼出チャイムが鳴り響いた。クーデリアはのろのろ、と顔を上げたが、動く気力がわかない。

 何度も、何度もチャイムは鳴らされた。オルガ団長なら、自分の権限でロックを解除して入ってくればいいのに………

 だが、何度も鳴らされるチャイムに、クーデリアはようやく、重く感じられる腰を上げて起き上がった。そしてドアのロックを解除して………

 

「………三日月」

 

 いつもの三日月が、そこにいた。

 いつもの真っ直ぐな目で、クーデリアをじっと見据えている。

 

「アトラが心配してたから。大丈夫?」

「え、ええ………私は………」

「大丈夫じゃないみたいだね」

 

 相変わらずのずけずけとした物言いが、今のクーデリアには鬱陶しくてたまらない。

 

「用がないなら………後にしてもらえますか? 今………」

「止まっちゃダメだよ」

 

 その言葉に、クーデリアはハッとなった。視線を戻すと、三日月が少しだけ笑いかけながら、

 

「クーデリアが止まったら、俺たち、幸せになれないから」

 

――――じゃあ、アンタが俺たちを幸せにしてくれるんだ?

――――ええ。そのつもりです。

 

 そして歳星で………

 

――――わたしの手は、すでに血にまみれています。

――――この血は鉄華団の血です。

――――今わたしが立ち止まることは………彼らに対する裏切りになる。

 

 立ち止まらないと、交渉を成功させ、火星の恵まれない子供たちや、三日月たちを幸せにすると、そう誓ったのだ。すでに多くの、名前も知らない鉄華団の人たちを犠牲に、テイワズのような組織も巻き込んで、クーデリアの戦いは始まっているのだ。

 立ち止まってはいけない。

 分かっている。

 けど………!

 

「立ち止まっても、いいと思うよ。オルガもさ、ああ見えてたまに立ち止まったり、悩んだりしてるから」

「三日月………」

 

 暗い部屋からは眩い通路の明かりを背に、三日月はいつものような淡々とした調子で、

 

「でもさ、これだけは忘れちゃいけないと思う。クーデリアが今何をしたくて、どこに行きたいのか」

「何をしたくて………どこに行きたいのか………」

 

 そこでようやく、クーデリアは自分が、自分が行くべき道を見失っていたことに気が付いた。

 フミタンが裏切っていた。そのことが余りにもショックで、何もかもを、考えることも、行動することも放棄しようとしていたのだ。そしてそれは、クーデリア自身が戒めていた、今までクーデリアのために犠牲になった人たちを裏切る行為だ………

 

「教えてよ。クーデリアが何をしたいのか、どこに行きたいのか。俺、そのためなら、何人だって殺す。それが仕事だから」

 

 どんなに苦しくても、辛くても、三日月は立ち止まらなかったのだろう。だからこそ、強い。強くなければ生き残れない世界で、生き続けてきた彼の強さだ。

 彼のように戦いたいと、あの日、CGSにギャラルホルンが2度目の攻撃を仕掛けてきたあの時、〝バルバトス〟の圧倒的な戦いを目の当たりにした時、クーデリアはそう思ったのだ。

 モビルスーツを操ることではなく、自分の戦いを、三日月のように強く―――――!

 

 

『まだ、フミタンをこちら側に留める方法はあります』

 

 

 その時、クーデリアの脳裏に数時間前の、カケルの言葉が蘇ってきた。落ち着いてきた思考の中で、ようやくあの時の彼の言葉を思い起こすことができたのだ。

 

 

『ノブリス・ゴルドンと交渉を。更なる活動の対価として、援助とフミタンの身柄の安全を要求するのです』

『今は話を通せるとは思いません。ですがドルトコロニーでこれから起こる騒乱を生き延びれば、彼のあなたへの評価は変わるはずです。その時に、どうか』

 

 そうだ。

 ノブリスの目的がドルトコロニーの騒乱と、そこでクーデリアが死ぬことにあるのだとすれば、彼は今、クーデリアをコロニーや火星に騒乱を引き起こす火種程度にしか思っていないということだ。

 そこに本来の、火星ハーフメタルの価格制限撤廃という、クーデリア本来の利用価値があるということを、ノブリスに認識させることができれば………ノブリスは火星きっての大商人。利に聡い男だ。クーデリアに更なる援助を与え、フミタンの安全を保証させてこちら側に留め置くことだって………!

 

「………クーデリア大丈夫?」

 

 火星ヤシを口にしながら三日月が問いかけてくる。

 三日月の励ましに力を得たクーデリアに、先ほどの焦燥とした面持ちは、もう一切見られなかった。

 

「ありがとう三日月。もう大丈夫。オルガ団長はどこにいますか?」

「えーと………この時間なら多分ブリッジにいると思う」

「カケルは? 彼にも頼みたいことがあります」

「格納庫にいないなら食堂じゃないかな。いっつも何か食ってるし」

 

 分かりました。とクーデリアは暗い部屋から明るい通路へと足を踏み出した。自身の闇から、ようやく抜け出すかのように。

 三日月は「ふぅん………」とぼんやりその後ろ姿を見守ると、またポケットから火星ヤシを取り出して口の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「おいおい。こりゃあ………」

 

〝ハンマーヘッド〟のブリッジで、名瀬はオルガからの報告に、思わず片手で額を押さえた。

 メインスクリーン上でオルガとビスケットが、

 

『テイワズから預かった貨物の中身は、工業用資材ではありませんでした。全部、武器弾薬、それに戦闘用モビルワーカーが満載です』

『このままこれをドルト2に届けたら、違法な武器取引でギャラルホルンから逮捕されるかもしれません。そうしたらタービンズにも迷惑が………』

 

「こりゃあ、なかなかの大事になっちまったなぁ………」

 

 指揮官席に沈み込みながら、名瀬の頭はこれから起こり得る事態と、取るべき選択肢について目まぐるしく思考を働かせていた。

 テイワズが鉄華団に託した貨物には武器が満載。当然、テイワズ代表であるマクマードの親父の耳に入っていない訳が無い。となると、クーデリアや鉄華団を試すために、意図的にこの事態を見逃したと考えるのが自然だ。

 おそらくマクマードの親父は、クーデリアや鉄華団がこの事態を乗り越えることができるのか、その真価を見極めようとしているのだ。ここで潰れればそれだけの組織だということ。テイワズの末席に加えるまでもない、という訳だ。

 

「考えるねぇ。あのオヤジも………」

「それで? かわいい弟たちのために、兄貴は何をするんだい?」

 

 いたずらっぽく傍らのアミダが笑いかけてくる。

 そりゃあ………、と名瀬が答えようとした。その時、

 

 

『お待たせしてすいません。私に考えがあります』

 

 

 オルガ、ビスケットの間に割り込むように、凛とした表情のクーデリアが姿を現した。

 

 

 




テイワズ、ノブリス・ゴルドン、ギャラルホルン、鉄華団、ドルトカンパニー、労働組合、モンターク商会………

様々な勢力の思惑と行動が入り交じるドルトコロニー編は、やはり文章に起こすのがなかなか難しいですね。

次話につきましては10/28(土)の更新を予定してます。


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狼煙

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルトコロニー群第2スペースコロニー、通称〝ドルト2〟。

 ドルト1、4、5と同様の工業コロニーで、ドルトカンパニー資本の工場がいくつも立ち並ぶ他、コロニー労働者用の集合住宅がコロニーの端から端まで続いている。だが、そのどれもが老朽化しきっており、今にも崩れそうな廃墟も同然。共用スペースの窓ガラスが割れたり電灯が点かないのも、すっかり当たり前の光景と化していた。低賃金で長時間労働を毎日のように課せられる、コロニー労働者のごく一般的な住まいだ。

 そんな集合住宅に住める者はまだいい。怪我や病気を理由に工場を追われた者は、他に働ける場所も、住める場所も無く、生活保障も無い。そういった者たちは集合住宅の間の敷地や公園、もしくは歩道にダンボールを敷き寝床にする悲惨なホームレス生活を送っていた。

 

 ドルト2コロニー労働組合長を務める男、ナボナ・ミンゴはこのようなドルト2の惨状を改善すべく、長年に渡ってドルトカンパニー本社と交渉の機会を探ってきた。だが、労働者に対するわずかな支出すら惜しむ声が強い本社の役員会からの返事は芳しくなく、最近では劣悪な環境で長時間働かされることへの労働者の不満がすっかり高まっていた。それこそ、武器を取って本社に暴動を仕掛けるべきという声が上がるほどに。

 

 

『火星に続き、他の場所でも地球への反抗の狼煙を上げようと、クーデリア・藍那・バーンスタインさんが呼びかけています』

『そのために必要な武器弾薬を、彼女の護衛である鉄華団の手を通してクーデリアさんが提供いたします』

 

 

 クーデリアの代理人を名乗る人物からそのような通信が入ったのが、つい数日前の話。

 不満がくすぶっていた労働者たちは、たちまちに武器を用いた暴動へと意見を傾け始め、穏健派であるナボナも彼らの意見を取り入れつつ………武装し、その圧力で本社に交渉を迫る姿勢へとシフトせざるを得なかった。

 

 そして今日、鉄華団と、クーデリアさんがやってくる。

 

「ナボナさん! あの方たちでは?」

「おお………!」

 

 無重力区画である宇宙港の通路を飛びながら、ナボナは先導する部下が示す先、見慣れぬジャケットを着た一団を目の当たりにした。まだ若い………というよりも幼い、少年たちだ。

 

「あなた達が鉄華団ですね?」

 

 宇宙港のフロアに降り立ちながらそう呼びかけると、少年たちは一斉にこちらへ振り向いた。リーダー格なのだろう、銀髪の青年が、一歩進み出てくる。

 

「オルガ・イツカ、鉄華団の団長だ。アンタは?」

「ナボナ・ミンゴといいます。組合のリーダーをしている者です。よく来てくださいました。クーデリアさんもこちらに?」

 

 いや、とオルガと名乗った青年は首を横に振った。

 

「クーデリアは今、俺たちの船に乗っている。ここにはいない」

「そうですか。よろしければ是非、一度ご挨拶をと思ったのですが………」

「ああ。………そっちの方が俺たちも都合がいい」

 

 ん? とその言葉に思わずナボナは首を傾げたが、オルガという青年は二ッと笑っただけで他に何も言わなかった。

 それに、見渡せば荷下ろしの際には積み上げられたコンテナで埋め尽くされるはずのこの場所が、今はがらんどうとしていた。

 

「あの………荷物はまだ下ろしていないのでしょうか?」

「ああ。………悪ぃな。ここに来る途中で海賊に襲われちまって。荷物は無事だったんだがエンジンが途中でおかしくなっちまった。今、周辺宙域に止めて修理しているところだ」

「それは………よろしければウチのメカニックをお送りしましょうか? 腕は保証しますよ」

 

 ナボナの申し出に、「そうしてもらえると助かる」とオルガは二ッと笑った。

 

「ついでに………アンタもこっちに来て荷物をチェックしてもらえないか?」

「そうですね。それがいいでしょう」

 

 すぐに、技術者数人を集め、ナボナとオルガらはランチに乗って宇宙へ飛び立った。

 

 

 

 

 

 

「クーデリアさんは既にご存知かもしれませんが、ここドルトコロニーでは私たち労働者の暮らしぶりは悪化する一方で、工業コロニーで暮らす誰もがギリギリの生活を強いられています。ドルト3は華やかなものですが、ドルト2のようなスラムの人間はスラムで死ぬまで働いて終わるしかない。それが現状なのです」

「だからあれだけの武器を? 俺が言えた義理じゃねえが、武器を取る以外に手はねぇのか?」

 

 オルガの問いかけに、今のナボナは首を横に振るより他なかった。

 

「我々はどんな手段を使ってでも、会社を交渉の場に引きずり出さなければならないんです。その………不躾な頼みですが、もし可能であれば、君たちの力を貸してくれませんか? 見ての通り我々は争いごとに関しては素人です」

 

 モビルスーツやモビルワーカーを操縦するといった技能を持つ者は多いが、こと戦闘ということになれば、ギャラルホルンのような本格的な軍事組織に潰されるのは必然だ。ナボナはこれまでそのような事態にならないよう過激派たちを抑えてきたが、もし鉄華団のような組織が自分たちの味方になってくれれば………

 だが、鉄華団はあくまで武器を運んできただけ。クーデリア・藍那・バーンスタインの護衛に過ぎない。報酬も大して用意できないのに、貧しい労働者の依頼など受ける訳がないだろう。

 半ば諦めつつも、とりあえず、と頼むナボナに………オルガは、

 

「いいぜ。もとよりクーデリアもそのつもりだ」

「はは。バカなお願いをしました。忘れてくだ………えっ?」

「あんたらの革命にクーデリアと鉄華団が手を貸してやる、っつってんだよ。だが俺たちだけじゃ頭数が足りねえ。あんたらにもきっちり働いてもらうぜ」

 

 そう言って不敵に笑うオルガに、連れてきた技術労働者たちが「おおっ!」と色めきたった。

 

「クーデリアさんと鉄華団が味方についてくれれば………」

「本社の連中も、コロニーの駐留部隊も一捻りだぜ!」

「ほ、本当に………本当に私たちを………!?」

 

 ああ。と、オルガは力強く頷いて請け合った。

 

「まずは俺たちの依頼主、クーデリアに話を聞いてくれ。それから、これからどうするか決めようじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

〝イサリビ〟の、クランクにあてがわれた一室にて。

 

「………何? 俺にここから出ていけと?」

 

 虜囚にしては快適な環境を与えられつつも手持ち無沙汰で、ただ鍛錬をするのみで日々を過ごしていたクランクは、久々に顔を見せた若者……カケルの突然の言葉に思わず耳を疑った。

 カケルは、申し訳なさそうに視線を落としながら、丁寧に事情を説明してくれた。

 木星開発コングロマリット・テイワズからドルトコロニー宛に託された貨物に………違法な武器弾薬が満載されていたこと。おそらくこれから、ドルトコロニーで起こるだろう騒乱に巻き込まれるであろうこと。

 

「中身が何であれ鉄華団は親組織であるテイワズから命じられた以上、それを届けなければなりません。ですが物が物なので、最悪ギャラルホルンとの衝突が予想されます」

「ならば………私にギャラルホルン駐留部隊と話をさせてくれないか? 事情を説明すれば………」

「そうなればテイワズを裏切ることにも繋がりかねません。鉄華団はそれはできない。ですがこのまま誰かの仕組んだレールに従う訳にもいかない。俺たちは別の道を歩みます。クランクさんは、どうか脱出を。任務中に鉄華団に救助されたことにでもしてもらえれば、後々助かるのですが………」

「うむ………ここなら火星支部の影響外だ。お前たちの事についても、原隊復帰後悪く報告するつもりはない。だがこのままではお前たちは………」

 

 このままでは、カケルら少年たちは………ギャラルホルンとの望まぬ戦闘に巻き込まれてしまうだろう。武器の違法取引で、逮捕される恐れもある。もしこの事件に巨大な背景がいるのならば、弁明が通用するかどうかも怪しい。

 だが………

 クランクの懸念に、カケルは少しだけ笑いかけて、

 

「とりあえず、5時間後に鉄華団のビスケットさんがドルト3に向かうので、それに同乗する形でドルト3に行ってください。モビルスーツの方も、状況が許せば後日返還するとオルガと話をしています」

 

 頼もしいように見えるが、彼らは………鉄華団の旗を背負う彼らは皆子供なのだ。

 これだけの子供たちが武器を持って戦う運命を強要され………今、死地に誘われようとしているとは………!

 

「私は………無力な自分を許せん………!」

「クランクさん………」

「私がギャラルホルンに入隊したのは、ギャラルホルンこそが正義と、そして正道の体現者であると確信したからだ。だからこそ厄祭戦後300年の長きに渡ってこの世界の平和を守り続けることができたのだと………それが蓋を開けてみればどうだ。上層部は腐敗と汚濁にまみれ、無辜の人々が悲惨な運命を強いられている。行き場のない子供たちは、未来の可能性も知らぬまま武器を持たされ、ただ死ぬのみ。ギャラルホルンが守ってきたのがそのような世界だとは………ッ!!」

 

 ギャラルホルンへの忠誠は、最早クランクの中で完全に揺らぎ切っていた。

 最初は火星支部で、コーラルの性根の腐った振る舞いを見、そしてCGSへの襲撃を命じられた時から。そしてこの歪んだ世界の犠牲者である子供たちを目の当たりにし、あろうことかギャラルホルン自身が彼らに銃口を向けていると知ったその時から………

 

 クランクの中で、ギャラルホルンは最早、自身が自己を発揮できる「正義と正道の体現者」では無くなっていたのだ。だが、正当な手続きを踏むまでは、ギャラルホルン火星支部実働部隊所属クランク・ゼント二尉として振る舞わねばならないのだ。

 

 

「………分かった。去れというのであれば去ろう………無力な私を、許せ。だが、駐留部隊と合流できればすぐに、お前たちに手が及ばぬよう尽力しよう」

 

 カケルはこくりと頷き、踵を返した。

 子供たちに何もしてやれなかった自分へ、そして大人への恨み言は、遂に誰からも聞くことが無かった。

 彼らは分かっていないのだ。自分たちが過酷な運命を強いられていることを。そして、その運命を強いる歪んだ世界を作ったのが、自分たち大人であるということを………

 

 とその時、ドアの端に手をかけながら、カケルがふとその足を止めた。

 

「………クランクさん」

「どうした、カケル」

「もし俺たちを助けたいと………そう思ってくれるのなら、一つだけ、俺の話を聞いてくれませんか。話だけでもいいので………」

 

 

 断る理由は、どこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 クランクの苦悩は、手に取るように分かった。

 良心では鉄華団や労働者らに味方したいことだろう。だが、ギャラルホルン士官としての厳格なもう一人の自分がそれを押し留め、その衝突の中で結論を出せずにいる。どれだけ熟練で、老練であろうと、自己の人格やそれまでの経験に関わる重大な決断を迫られれば、時間をかけて熟考するのは当然だった。

 

 俺は、やるべきことは分かっている。

 フミタンの裏切りから立ち直ったクーデリアは、自身や鉄華団を生き延びさせるため、そしてフミタンを再び取り戻すために、本当の覚悟を決めた。

 俺はクーデリアの傭兵として、やるべきことをやるまでだ。

 

「カケル」

 

 クランクの部屋を辞した後、艦内放送で呼びかけられてブリッジへ向かうと、見慣れた赤いドレスに身を包んだクーデリアの凛とした眼差しに迎えられた。他にはオルガと………驚いたことにナボナ・ミンゴやコロニー労働者数人の姿もある。ちょうど、話し合いの真っ最中だったようだ。

 

「あなたは〝ラーム〟とドルト6に向かってください」

「………ドルト6に?」

 

 クーデリアの唐突な指示に首を傾げた俺だが、その場にいたオルガが、

 

「今、昭弘の〝グシオン〟が改修されているのは知ってるな? お前の機体も、テイワズがパワーアップしてくれるそうだ。しかもテイワズ持ちでな」

「これからのために、機体の強化は必要です。すぐに向かってもらえますか?」

 

 断る理由はどこにもない。俺はこくり、と頷いた。

 事態は原作から大きく乖離した方向へと、変わろうとしていた。今は、流れに乗るのが正解だと思う。

 

「………本格的に、ギャラルホルンと衝突するのですね。勝算は?」

「すでにマクマード・バリストンとノブリス・ゴルドンにはメッセージを送ってあります。今回の騒動、黒幕と暴かれたくなければ、そして得られる利益のために彼らも動いてくれるに違いありません」

 

 原作では、暴徒と化した労働者たちがコロニー駐留部隊やアリアンロッド艦隊によって悉く虐殺される中、鉄華団はその場を離れるしか無かった。あの、クーデリアの演説によって救われたようにも見えるが、実際には事前のノブリスへの根回しで、彼やマクマードによってアフリカンユニオンへと圧力がかかった結果、経済圏の意向でアリアンロッドは鉄華団に手を出せなかったのだ。

 ノブリスやマクマードを利用して事態の打開を図る。この点は変わらない。

 そして〝革命の乙女〟としてのブランドを高めるために、大なり小なりギャラルホルンと激突し、勝利を掴むことは必須条件に違いない。

 

「分かりました。すぐにドルト6に向かいます」

「頼みます。………こうして直に指示を出すのは初めてですね」

 

 笑いかけるクーデリアに、俺もニッと笑い返して、

 

「報酬、期待してますよ。お財布握りしめて待っててください」

「ええ。互いが無事であればです」

「それと、例のものはクランクさんが運んでくれる手はずになりましたので」

「分かりました、カケル。後で彼に声をかけましょう」

 

 不敵な笑みを浮かべるオルガや、額に汗を垂らしながらやや事態の進行についていけていないナボナを背に、俺はブリッジを後にした。

 

 

 

 カケルがブリッジから立ち去った後。

 冷や汗を垂らしながらナボナは、

 

「………もう、後には引けないのですね」

「どうする? やめとくか?」

 

 オルガの問いかけに、やがてナボナは首を横に振った。

 

「いえ。………いつかはこうなると、私も分かっていました。むしろ、鉄華団の方々が味方してくださるなら。来るべきときが来た、そう思うことにしましょう」

 

 と、クーデリアが一歩ナボナの前に進み出、

 

「ナボナさん。このコロニーで働く人々のことをできるだけ教えていただけませんか?」

「え?」

「知りたいのです。もっと、もっとたくさんのことを」

 

 

 

 そしてその数時間後、1機のランチがビスケットとクランクを乗せて〝イサリビ〟を離れる。

 

「ビスケット………と言ったか。何もしてやれず、すまない」

「そんなことないですよ。………どうかお気をつけて」

「うむ。託されたものは、責任をもって届けよう」

 

 客席でクランクは………クーデリア・藍那・バーンスタインから託された一つの情報チップが入ったケースを、大事に両手で包んで動かさなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 数日後。

 

 ドルトコロニー群外周宙域に、月基地から発進したギャラルホルン月外縁軌道統制統合艦隊、通称〝アリアンロッド艦隊〟が集結しつつあった。20隻以上のハーフビーク級に、100機以上の艦載モビルスーツ部隊。この人類圏で、これだけの大艦隊に挑戦できる戦力はギャラルホルンそれ以外には存在しない。

 

「全艦、配置につきました」

「よし。後は………」

 

 ドルトコロニー群で騒乱が起こるのを待つのみだ。

 アリアンロッド艦隊の、少なくとも分艦隊指揮官以上の高官には、すでに事態の大筋が伝えられていた。

 地球からの一元経営管理のしわ寄せにより、住環境や労働環境が悪化し不満を高めている労働者たち。彼らに民間業者を通じて武器を供給し、武力暴動を起こした所にギャラルホルン・コロニー駐留部隊やアリアンロッド艦隊が駆けつけ、速やかに鎮圧する。

 

 厄祭戦後、300年の間に当然のように繰り返され続けてきたマッチポンプ。力によって不満を抑え世界平和を実現する。それが人類社会を守る誇り高き「武力を以て武力を制す世界平和維持のための暴力装置」たるギャラルホルンのやり方だった。

 下層階級の者たちを犠牲にすることによって、より多くの人々の生活と安全を保証する。そうすることによって世界は300年に渡って平和を維持してこられたのだ。

 1億の下層階級者を虐殺することによって10億の人間を救うことができるのであれば、当然そうするべき。指揮する艦隊の威容をブリッジで見守りながら、アリアンロッド艦隊司令官は、これからの自分の行動を一切疑わなかった。

 

「ドルト3の状況は?」

「駐留部隊より、異常なしとのことです」

「………妙だな」

 

 そろそろ、ドルト3のドルトカンパニー本社前で武装した労働者による抗議デモが始まるはず。あらかじめ本社エントランスに爆弾を仕掛けておき、労働者側からの先制攻撃を演出する。危害射撃の大義名分を得た駐留部隊によって労働者たちは速やかに武力制圧される。そういう手はずになっているのだが………

 

 が、その時だった。

 

「ドルト1、ドルト4、ドルト5にて同時多発的に暴動が発生しました! 各駐留部隊が対応に当たっていますが、数が多すぎて対処できないと………」

「何………段取りが違うではないか………!」

 

 ドルト3での虐殺に触発された各コロニーの労働者たちが暴動を起こし、武装ランチやモビルスーツを奪ってドルト3に殺到する。

 奪われるであろう武装ランチやモビルスーツにはあらかじめ細工が施されており、無力化された労働者側のモビルスーツ部隊は、精強なギャラルホルン駐留部隊によって難なく撃破される。そのはずなのだが………

 

「まあいい。やることは変わらん。L7宙域の艦隊が先行しているだろう。各コロニー駐留部隊への援護に向かわせろ」

 

 外周宙域からドルトコロニー群に向かうには、まだ距離があり時間もかかる。この程度の暴動なら、L7駐留の部隊だけでも十分対処できる。アリアンロッド艦隊をも動員したのは、あくまで演出に過ぎないのだから。

 だが………

 

「ドルト2より緊急通信! 駐留基地が攻撃を受けているとのこと!」

「既に施設の大半が制圧され、武装した労働者に包囲されたと………!」

「な………駐留基地が直接攻撃を受けたというのか!?」

 

 あり得ない。コロニー駐留部隊は小規模とはいえ、中隊規模のモビルスーツ隊やモビルワーカー、それに兵士が配備されている。武装しているとはいえ暴徒如きに後れを取るはずが………

 

「先行している艦隊に急行するよう伝えろ! こちらも発進準備を急がせろ!」

 

 

 事態は、本来の予想から大きく外れようとしている。

 300年もの間、起こりえなかった異常事態に、司令官は混乱を抑え、矢継ぎ早に指示と檄を飛ばすより他なかった。

 

 

 




次話は11/1(水)投稿予定になります。


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奇襲

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト2コロニーは、凄まじい衝撃に何度も地響きを起こし………だがそれは、唐突な沈黙へと変わった。

 

「よいしょ………っと!」

 

 ドルト2コロニー内部にある駐留基地。

 背後の崩れた基地施設に足を取られ、バランスを崩して倒れた〝グレイズ〟に、〝バルバトス〟の巨大メイスが振り下ろされ、〝グレイズ〟の胸部コックピットは無残に潰された。コロニー内部では火器類の使用が大きく制限されるので、〝バルバトス〟が得意とする格闘戦の本領を発揮し、パワー一点で劣る〝グレイズ〟はただ圧倒されるより他なかった。

 

「………これで、モビルスーツはあらかた倒したか?」

 

 まさかコロニー内部の基地に直接攻撃を受けるとは思っていなかったのか、三日月らの急襲にギャラルホルン駐留部隊は対応が遅れ、緒戦で駐機してあった3機を、パイロットが乗ることなく破壊された他、モビルワーカー隊もあらかた踏み潰され、逃亡しようとしたギャラルホルン兵士は………後から殺到した労働者らに包囲され、日頃弾圧されていた鬱憤を晴らすかのようにリンチされていた。

 

『よう三日月!』

「シノ………それ、全部ピンクになったんだ」

『おうよ! これが完全体の〝2代目流星号〟だッ!!』

 

〝バルバトス〟の傍らに立つ全身ピンクの〝グレイズ〟改造機……〝流星号〟。

 ブルワーズから奪ったモビルスーツ用消耗品の中にあった大量のナノラミネートアーマー用塗料。

それまで塗料不足で頭部しかペイントできなかった〝流星号〟も、ようやく全身を染め上げることができたのだ。頭部には目のような意匠まで施されている。

シノはすっかり上機嫌で、

 

『んじゃあここで、でっけぇ鉄の華ぁ咲かせてやっか!』

「ここでの戦闘はもう終わりだよ」

『あ? そうか?』

 

 すでに駐留基地各所に、撃破された〝グレイズ〟やモビルワーカーの残骸が転がっており、武装した労働者たちが………トラックを連れて続々と敷地内に足を踏み入れていた。

 

『ありがとう鉄華団!』

『物資は俺たちが運び出すから、他のコロニーの応援に行ってくれ!』

 

 代表者からの通信に「分かった」と三日月は短く答え、〝バルバトス〟を大きく飛翔させた。〝流星号〟もそれに続く。

 この駐留基地を襲撃したのは、大部隊を動かすにあたって武器弾薬を確保するため。鉄華団が運んできた武器類は、戦闘用モビルワーカーや歩兵用の火器ばかりで、モビルスーツ用の消耗品、ライフルの弾薬や補充用スラスターガスはすぐに底が尽きる。そのためにドルト2の駐留基地を襲ったのだ。

 

『まずは〝イサリビ〟に補給に戻らねえとな! もうガスがやばいぜ』

「そうだね」

 

〝バルバトス〟のコックピットも【FUEL】の警報が鳴っている。コロニー内部とはいえ重力のある環境での戦闘で、宇宙空間に比べて余計にガスを消費するからだ。

 

「そろそろ、他のコロニーでも始まってるかな」

『ああ。昭弘とカケルの機体が、改修されてパワーアップしてるそうじゃねえか。俺も一度、ガンダムフレームって奴に乗ってみたいぜ!』

 

 

 もちろん名前は〝流星号〟だッ! がはは! という騒がしいシノを連れ、三日月が駆る〝バルバトス〟は宇宙港に向かって飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト1、ドルト4、ドルト5

 公害による環境汚染著しい劣悪な環境に押し込められている工業コロニーの労働者たちは、穏健派であるナボナの指揮の下、同時多発的に行動を開始した。

 自分たちが働いていた工場を襲撃し、滅茶苦茶な破壊活動を繰り返す者。

 会社のモビルスーツ格納庫や宇宙港に殺到し、保管されていたモビルスーツやランチを奪う者。

 

 ドルトコロニー群の一つ、ドルト1にて。厳重に封鎖されていた会社所有のモビルスーツ格納庫に、爆薬を満載したトラックが突っ込む。保安隊の防御はさほど厳重ではなく、武装した労働者たちによってほとんど障害なく制圧されてしまった。

 暴徒と化した労働者たちは、破壊されたシャッターからモビルスーツ格納庫へと次々潜り込んでいく。

 そして………保管されていた十数機の作業用モビルスーツ〝スピナ・ロディ〟を前に、誰もがニヤリと笑った。

 

「あったぞ!」

「よし、いただきだ!」

「武器は!?」

「5番のロッカーだ!」

 

 モビルスーツ操縦経験者たちがパイロットスーツに着替え、開かれた〝スピナ・ロディ〟のコックピットへと飛び込んでいく。コロニー建設工事に携わった中年以上の労働者がほとんどだ。

 

「行けるか!?」

「あったりめぇだぁ! 外壁工事で毎日乗っていたんだぞ!」

 

 見てろよ会社の野郎………! 低賃金、長時間労働、公害への対策も補償も無し。これまで踏みつけられてきた鬱憤を晴らすべく、不満と怒りに燃えた労働者たちが乗り込む〝スピナ・ロディ〟が次々起動し、頭部モノ・アイを起動させる。

 計器表示、各駆動部、スラスターガス、どれも問題はない。

 だが、

 

『ちょっと待った! やっぱりだ。ナボナさんの言っていた通り、タンクと武器が細工されてやがる!』

『スラスターはすぐに補充するから待ってろ!』

「武器は!?」

『発射機構がバラされてるが、何とか直せそうだ。………ランチの方もチェック回せッ!』

 

 会社のモビルスーツや武装ランチには細工が施されているかもしれない。鉄華団の誰かがナボナに囁いた言葉は、すぐに各コロニーの労働者たちにも行き渡り、スラスターガスの補充が始まったほか、モビルスーツ用火器もメカニックらを中心に慌ただしく修理されていく。

 その時、モビルスーツ格納庫の外が騒がしくなった。激しい銃撃戦の音が中にまで飛び込んでくる。

 

「や、やべぇぞ! ギャラルホルンのMWだっ!」

『俺の機体にガスを補充しろ! さっさとしろッ!』

「無茶だ! 武器も無ェのに………」

『近接戦用のブーストハンマーがあるだろうが!』

 

 モビルスーツ格納庫の外では、武装し立て籠もった労働者と鎮圧に乗り出たギャラルホルン部隊が激しい銃撃戦を繰り広げていた。

 そして、ギャラルホルン側はMWを投入。大口径砲の砲口をバリケードの後ろに隠れた労働者へと………

 だがその時、バリケードの背後のシャッターが破壊された。「ぎゃあ!?」「な、何だぁ!?」と破壊されたシャッターに危うく押しつぶされそうになった労働者たちが逃げ惑う。

 そこから現れたのは………モビルスーツ〝スピナ・ロディ〟だった。破壊されたシャッターをさらに引き裂きながら、強引に外へと身を乗り出す。

 

『モビルスーツを降りて投降しろ!』

『バカが! 状況を考えやがれッ!!』

 

 スラスターガス満タンの〝スピナ・ロディ〟が、推力全開で投降を呼びかけたギャラルホルンMW隊へと襲いかかる。

 MW隊はすかさず砲撃を開始。だが、モビルスーツのナノラミネート装甲を撃ち抜けるはずもなく、

 

『食らいやがれッ!!』

 

 MW隊に肉薄した〝スピナ・ロディ〟がブーストハンマーを振り下ろす。その足下にいたMWは半ばからひしゃげ、弾薬に引火して爆散した。

 そこから先は、さらに出てきた〝スピナ・ロディ〟による………一方的な虐殺だった。MWは全て潰され、不利を悟ったギャラルホルン兵士が逃亡しようとするも、修理が完了したライフルを食らい、次々と無残な肉片と化す。

 

『へ! いい気味だぜ』

『すぐにギャラルホルンもモビルスーツを出してくるぞ!』

『分かってる! ドルト3に急ぐぞッ!』

 

 

 30分後………兵装や推進機構の修理が完了した武装ランチや〝スピナ・ロディ〟が次々と各コロニーから発った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルトコロニー群外周宙域。

 L7宙域駐留艦隊のみならず、月外縁軌道統制統合艦隊アリアンロッドまでもが集結し、数十隻にも及ぶハーフビーク級戦艦と無数のモビルスーツを展開させ、圧倒的なその威容を知らしめていた。

 彼らの任務は一つ………これから暴動を起こすドルトコロニー群の武装労働者たちを鎮圧すること。武器商人を通じて武器を手に入れた暴徒はコロニーの治安を乱す危険分子であり、それを撃破・鎮圧するのは当然の任務だった。

 だが艦隊上層部や、事情を知る士官であれば知っている。これが、ギャラルホルン上層部によって意図的に仕組まれたマッチポンプであるということを。定期的に『膿』を出す、すなわち見せしめに不満分子を一掃することによって各コロニーや火星自治領を引き締め、二度とギャラルホルンや経済圏に逆らおうなどとバカな真似をさせないようにする。それこそが、今のギャラルホルンによる「強制的平和維持」のやり方だった。

 

 アリアンロッド艦隊から少し離れた地点を航行する、ギャラルホルンが7大家門ボードウィン家所有の戦艦〝スレイプニル〟。

 

 その艦橋で、ガエリオ・ボードウィンは事態の推移を苛立たしげに見守っていた。

 彼が護衛すべき盟友、マクギリス・ファリドは婚約パーティ後の休暇で、彼の婚約者でありガエリオの妹でもあるアルミリアの下にいるか、自分の時間を過ごしていることだろう。

 一時的にお役御免となった間にボードウィン家所有艦まで持ち出し、自分に敗北の屈辱を与えた組織……〝鉄華団〟やあの白いモビルスーツ、それに思い出すだけでも腹立たしいあの宇宙ネズミの小僧に雪辱を果たさんとしたのだが………運の悪いことに鉄華団は騒動の渦中であるドルトコロニー群に寄港。指揮系統の違いからガエリオらは足止めを食らっていた。

 

「………少し落ち着かれては如何ですかな?」

「これが落ち着いていられるか。奴らはもう目と鼻の先にいるというのに………!」

 

 苛立たしげにブリッジの端と端を行ったり来たりするガエリオに、〝スレイプニル〟艦長を務める士官はわずかに嘆息しながら、

 

「事前連絡も無しに来た上に、大規模鎮圧作戦の最中に来たのです。どうかこらえなさい。統制局に花を持たせるのも、後々のためかと………」

「ふん。お前が政治をしろというのなら、受け入れよう」

 

 不本意極まりないと言わんばかりに、ガエリオは鼻を鳴らした。

 アリアンロッド艦隊はボードウィン家同様のセブンスターズが一家門、エリオン家の直轄であり、今、その領分をほとんど無断で侵そうとしているのだ。下手を打てばボードウィン家とエリオン家の対立にも繋がりかねないスタンドプレー。艦長が気をもむのも、ガエリオも多少は分かっていた。

 

 と、コロニー群周辺で、次の瞬間いくつもの炎の花が咲き開いた。それに砲火の軌跡も。

 その光景に、ガエリオはさらに苦々しい面持ちを隠さなかった。

 

「武装勢力への攻撃が始まったようですな」

「攻撃? 虐殺の間違いだろうが。………挑発して牙をむかせ、平和維持の名のもとに粛清する。わざわざ使い物にならない武器まで与えてな。全く、統制局らしいやり方………」

 

 だがその時、いくつもの警告音が〝スレイプニル〟の艦橋に響き渡った。

 

「………ん?」

「組合側とコロニー駐留部隊の交戦が始まりました! 武装ランチの一斉射撃で〝グレイズ〟5機と警備クルーザーが損傷! 3機………いえ、4機の撃墜を確認!」

 

 刹那、交戦宙域で飛び交う通信が艦橋に響いた。

 

『こ、こちら5番機! 組合側からの猛攻を受け………ぎゃ!』

『行かせるなッ! 砲火を集中しろ!』

『駄目だ! 数が多すぎるっ!』

『アリアンロッドが援護できる距離まで後退しろ!』

 

 

『逃がすかよ!』

『ギャラルホルンっつっても大したことねーなァッ!!』

『撃て撃て!』

 

 メインスクリーンに映し出される拡大画像を見ても………〝グレイズ〟が組合側モビルスーツの猛攻を抑えきれずに1機、また1機と撃破されていく様が。組合側モビルスーツやランチの火器は正常に機能しており、集中した砲火に、1隻のギャラルホルンクルーザーが撃沈された。またしても〝グレイズ〟が撃破され、組合側モビルスーツが縦横無尽に飛び交う。連携などあったものではないが、力押しの突撃を繰り返され、ギャラルホルン側の連携もすっかり断たれてしまっていた。

 

「各コロニーでも武力衝突が始まりました! 戦況は混乱を極めている模様!」

「ち………駐留部隊は何をやってるんだ!? 武装していようが、たかが作業用モビルスーツとランチだろうが!」

「コロニー駐留部隊はさほど実戦経験がある訳ではありません。アリアンロッドの射程に入ればすぐに制圧できるでしょうが………」

 

 その時、周囲の激戦に比して不気味な静寂に包まれていたドルト3でも戦闘が始まった。あまりにも鋭い軌跡を描いて飛ぶあの機体は………!!

 

「ドルト3で、〝グレイズ〟3機が行動不能!」

「予備兵力として控えていた本隊より増援が急行中!」

「………あれが、探しておられた機体では?」

 

 言われるまでもなかった。あの無茶苦茶な機動を見せる白いモビルスーツ………ヤツだ!

 

「この状況ならモビルスーツを出しても問題にならないかと」

「ぐ………本意ではないがこの機会は逃がせん。行くぞッ!」

「はっ! モビルスーツデッキ、特務三佐の〝キマリス〟の出撃準備を――――!」

 

 

 唇を噛んだガエリオは床を蹴って、モビルスーツデッキへと続く艦内エレベーターへと飛び込んだ。

 

 

 



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混沌の行く先

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト各工業コロニー群で同時多発的に武力暴動が発生。

 労働組合側とギャラルホルン駐留部隊がコロニー内外で戦闘を開始、L7駐留のギャラルホルン艦隊の他、ギャラルホルン最強のアリアンロッド艦隊までもがドルトコロニー群に迫りつつある。まるで、この事態を予期していたかのように。

 鉄華団、それにコロニー労働者たちの命運、そしてギャラルホルンの存在意義とプライドをかけた戦いの戦端が開かれたのだ。

 

「カケル! 準備は!?」

「できてる!〝ラーム〟もすぐに出せるな?」

「最終調整もバッチリよ! さ、行った行った!」

 

 ドルト6宇宙港に停泊している〝ハンマーヘッド〟。

 

 テイワズによって大規模な改修を受けていた〝グシオン〟と〝ラーム〟は全ての準備を整え、格納庫で整列してパイロットが飛び乗るその時を待ちわびているかのようだった。

 ガンダムフレーム〝グシオンリベイク〟は、原作と同様、改修前の重装甲機〝グシオン〟の面影をほぼ微塵も残さない、スマートで汎用性を重視した機体へと仕上がっていた。

 

〝ラーム〟は………元から太り気味だったのが、装甲を換装・追加することによってさらに着ぶくれしたような印象で、最初これを見せられた時には活動時間諸々に不安を覚えたのだが、テイワズで開発中の試作型スラスターユニットによって推力を底上げしたことにより、逆に機動力や活動時間等が微増しているとのことだった。色は変わらず深い青色で、追加装甲で着ぶくれした以外には特に変化はない。外見上は。

 

 俺は開け放たれている〝ラーム〟のコックピットに飛び込む。

 そして素早く端末を叩いて全システムを立ち上げる。外から見れば、〝ラーム〟の頭部ツイン・アイが一瞬輝いたことだろう。

 と、その時、外から一人の赤髪の女性……というより俺と同年代ぐらいの女子がコックピットに頭を突っ込んできた。

〝ラーム〟の改修を手掛けた、ドルト6のテイワズ支社に勤める技術者―――フェニー・リノアだ。

 

「カケル!〝ランペイジアーマー〟の起動方法だけど………」

「昨日からずっとシミュレーションしたから大丈夫だと思う。………フェニーには感謝してもしきれないな。これだけカスタマイズしてくれて、〝ラーム〟も喜んでる」

 

 そ、そう? フェニーは、少し頬を赤らめた。

 

「やっぱりモビルスーツの気持ちとか、考え方とかって分かるんだ」

「人間みたいに思考してる訳じゃないけどな。ただ、阿頼耶識の繋がりがいい時は、機嫌がいいんだろうって考えてる」

 

 原作「いさなとり」の〝バルバトス〟出撃シーンで、「リアクターだけじゃなく、各モーターに変な負荷がかかってる………」と三日月が言っていたと思うが、機体の各情報は直感的な情報へと変換され、阿頼耶識システムを介してパイロットに直接伝達される。それを「調子がいい」とか「機嫌がいい」と表現することができるのだ。

 特に今は、阿頼耶識システムの情報交換がいつにないほどスムーズだ。こういう時、「機嫌がいい」と評して差し支えないと思う。

 

「………こいつの初陣、派手に決めてやるよ」

「ふふん。しっかり観てるからね」

 

 手にかけていたコックピットハッチから手を放し、フェニーの身体が無重力下の慣性に従って遠ざかる。

 安全を確認して俺は開閉コマンドを操作してコックピットハッチを閉じた。

 見れば格納庫脇のキャットウォークから、ラフタやアジーが見送る中、昭弘が眼前の〝グシオン〟改修機……〝グシオンリベイク〟のコックピットへと飛び乗る所だった。

 

 

「昭弘。調子は?」

『問題ない。だが俺はまだ阿頼耶識に慣れてねえからな』

 

 ジュル……と鼻血をすする音が通信越しに聞こえてきた。

 

「昭弘は出撃後にドルト3に先行して三日月の援護を。俺はドルト4、5の連中をエスコートする」

『分かった』

 

 ラフタやアジー、それにタービンズやテイワズの技術者らが格納庫から退避し、減圧開始。

 やがて格納庫後部のハッチが開かれ、宇宙空間がぽっかりとその光景を覗かせた。

 

『ブリッジより〝ラーム〟へ。カタパルトは使えません。後部ハッチからどうぞ』

「了解。発進する!」

 

 

 固定用のアームが解除され、俺は〝ラーム〟のスラスターをわずかに吹かしながら後部ハッチから宇宙空間へと機体を発進させた。それに〝グシオンリベイク〟が続く。

 さらに………

 

『来た! 兄貴の機体だ!』

『昭弘さんっ!』

『俺たちもいくぜーっ!』

『お、俺だって!』

『初仕事ってやつだな』

 

〝ハンマーヘッド〟の隣のベイに停泊しているブルワーズ艦から〝マン・ロディ〟が次々飛び出してきた。数は6機。

 口々に通信に飛び込んできた声は順に、昌弘、アストン、ビトー、ペドロ、それにデルマ。ブルワーズから保護した元ヒューマンデブリたちだ。

 

『お前ら………。待ってろっつっただろうが!』

『俺たちも一緒にたたかうっ! 俺たちだって、鉄華団だ!』

『昌弘………!』

 

『また居場所がなくなるのは困るんだよ!』

『キューリョーもらってないしな………』

 

 と、1機の〝マン・ロディ〟がこちらへと近づいてきた。

 通信が開かれ、モニターに映し出されたのは、

 

『あの………カケル、さん………?』

「クレスト………」

 

 元ヒューマンデブリの少年、クレストが少しブカブカのノーマルスーツ姿でモニター越しにこちらを見つめていた。

 

「お前、モビルスーツパイロットだったんだな」

『うん。その………カケル、さんの機体にも当てたことあるから………』

 

 ブルワーズ戦でブースターユニットに当てたの、お前だったのかよ。

 あれはかなり危なかった。

 

「機体の状況は? 前の戦いでかなりダメージを負ったかと思ったんだが」

『大丈夫だよ。ここの人たちが直してくれたから。ニコイチとか言ってたけど………』

 

 何機かバラして補修用パーツに変えたんだな。原作以上に無事だった機体も多いだろうし。

 正直、組合のモビルスーツ隊が健在でも、ギャラルホルン相手だとかなり心細い。経験豊富だろう元ブルワーズのパイロットが参戦してくれるのは、歓迎したい所なのだが、

 

「………だが、正直かなり厳しい戦いだ。死ぬかもしれないぞ」

『そうだ! 俺はもう………』

 

『俺だってもう兄貴と離れ離れになるのは嫌だっ!』

『いつものように、死なないように戦えばいいだけだ』

『俺たちをバカにするなっての!』

『そうだね』

『そういうこと』

 

 これまでは無理矢理戦わされてきた元ヒューマンデブリ達が、自分で戦うことを選んでいる。

 ヒューマンデブリとしての鎖が、徐々に緩み始めている証拠だ。

 

「どうする昭弘? さっさと行かないとドルト6のギャラルホルンに見つかるぞ」

『ぐ………分かった。なら、昌弘は俺について来い。絶対離れるなよ』

『兄貴………分かった!』

 

「アストンたちは隣のドルト5の組合側の援護に向かってくれ。そのままドルト3まで護衛するんだ。ガスがやばくなったら〝イサリビ〟に連絡を取れ。クレストは俺とついてきてくれ」

『『『『『了解!』』』』』

『分かった!』

 

 ドルト3に直進する〝グシオンリベイク〟と追随する昌弘の〝マン・ロディ〟。

 アストン、ビトー、ペドロ、デルマからなる〝マン・ロディ〟隊は隣のコロニー……ドルト5へ。すでに戦端が開かれ、いくつもの火球が浮かび上がっては瞬間的に消えていた。

 

「クレストも頼むぞ」

『まかせて!』

 

 タカキよりもずっと幼いぐらいなのに、頼もしい限りだ。

 フットペダルを踏みつけた瞬間、メインスラスターが改修前に比べ遥かに凄まじいパワーを吐き出し、爆発的な速度で〝ラーム〟を目的地……ドルト4に向かって突き上げる。〝マン・ロディ〟もそれに続き、2個の光点が、やがて星空に吸い込まれるように、景色に溶け込んで消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 4大経済圏が一つ、アフリカンユニオンの公営企業〝ドルトカンパニー〟。

 ドルト3の目抜き通りの先に、その巨大な本社ビルの威容がそびえている。そこをオフィスとするということはエリートであるということ。地球圏でも一つのステータスとして、人々の羨望の的だった。

 今、ドルトカンパニー本社はオフィスのどこを見ても、コロニー内外で繰り広げられている労働者の大暴動の件で大わらわになっていた。モビルスーツが奪取された他、暴徒により工場がいくつも破壊され、鎮圧にあたるはずのギャラルホルンは………対処が間に合わずに各所で分断されている有様だった。

 

「ギャラルホルンは何て言ってるんだ!?」

「どことも繋がりません!」

「ドルト1、2、4、5の支社と通信が途絶しています! 駐留部隊とも………」

「くそっ! ギャラルホルンは何をやってるんだ!? 労働者どもがノコノコ出てきたら鎮圧してくれるんじゃなかったのか!?」

 

 怒声や喧騒が飛び交う中、

 いくつものパーテーションで仕切られた一角で、ドルトカンパニー役員サヴァラン・カヌーレもまた事態への対処に追われていた。労働組合との窓口を任されているサヴァランへの問い合わせが、今までスラム街出身で養子であるサヴァランを役員会から半ば締め出していたはずの役員上役らから殺到しており、ひっきりなしに訪れるメールや電話に、サヴァランは一つ一つ丁寧に対応して回っていた。

 と、また電話の呼出音が。内線で、このオフィス内からだ。

 

「………何だ?」

『弟と名乗る方から外線が来ているのですが………』

 

 弟? サヴァランは一瞬首を傾げた。カヌーレ家の子息は養子である自分一人で弟などいるはずがないのだが………

 だがそこでようやく、かつての自分の家……グリフォン家のことを思い出す。弟のビスケット、双子の妹のクッキーとクラッカー。だが、彼らは火星の祖母の所にやったはずなのだが。

 

「繋いでくれ」

 

 掛け間違いかイタズラか………? 多忙ながらもとりあえず繋ぐよう指示するとすぐに外線と繋がった。

 

『あの………サヴァラン兄さん? 俺、ビスケットだけど………』

 

 その声を聞いた瞬間、サヴァランはありありと………幼い頃、自分の周りをウロチョロ走り回っていた小さな弟の姿を思い出した。まさか………だが、間違いない………!

 

「ビスケットっ! 本当にお前なのか!?」

 

 思わず弾んだ声で問いかけると『う、うん………』と遠慮がちな声が返ってくる。この、少しシャイな所もよく覚えている。

 だが、次の瞬間飛び込んできた言葉に、サヴァランの全身に衝撃が走った。

 

『俺……あ、僕。今鉄華団っていうところで働いていて………』

 

〝鉄華団〟………!? 全身を殴りつけられるような感覚に、思わずノロノロと視線を、先ほどまでメールを見ていたタブレット端末へと向ける。

 そこには、民間軍事会社〝鉄華団〟が所有する強襲装甲艦の映像と、労働組合に武器を供給する危険で違法な組織であり注意を促す文面が表示されていた。

 だが、どうして………? 火星は治安が悪いが祖母の農家の辺りはギャラルホルンの警備が行き届いていて安全だと聞かされていたのに………?

 

 そして、さらに続く言葉に、サヴァランは言葉を失った。

 

 

『それで………兄さんと、鉄華団が運んできた荷物……武装蜂起のための武器弾薬について、兄さんと話がしたいんだ。今、クーデリアさんが戦いを早く終わらせようって頑張ってるんだけど、そのためには兄さんの力が必要なんだ………!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト4周辺では、おびただしい犠牲の果てにようやく態勢を立て直したギャラルホルン駐留部隊と、猛攻を仕掛けつつもドルト3に向かおうとして立ち往生している組合側の戦力が激突していた。

 

『ち、畜生こいつらっ!』

 

 メチャクチャにライフルを撃ちまくる〝スピナ・ロディ〟。だが〝グレイズ〟隊は悠々とそれを回避し、返す一撃で〝スピナ・ロディ〟のライフルと肩部を吹き飛ばした。

 

『ぎゃあっ!?』

 

 武装ランチもたて続けにミサイルを撃ちまくる。だが、戦列を組んで迎撃する〝グレイズ〟や警備クルーザーの前に次々撃ち落とされ、有効打を与えることができなかった。

 そして、

 

『な………何で弾が出ねえんだよォっ!?』

『弾切れだッ! 一旦補給に………うわ!?』

 

 弾切れになり後退しようとしていた〝スピナ・ロディ〟に対して〝グレイズ〟隊の銃撃が殺到する。長時間にわたる戦闘で、スラスターガスも消耗していた〝スピナ・ロディ〟は、満足に回避機動も取ることができずに撃破された。

 

『く、くそおっ!!』

『も、もうダメだ………っ!』

 

 一度は数の差で押したものの、純然たる戦闘部隊であるギャラルホルンとの練度や戦闘力の差は歴然。

 組合側部隊の先頭集団にいた武装ランチが1機、ついに集中砲火を浴びて爆散した。護衛していた〝スピナ・ロディ〟数機が回避が間に合わずに巻き込まれ、吹き飛ばされる。

 

『うおおおおおっ!!』

 

 吹き飛ばされる〝スピナ・ロディ〟目がけ、〝グレイズ〟2機がライフルを撃ちかけながら殺到した。姿勢回復が間に合わず、ようやく回転を止めたその時には、眼前にはアックスを振り上げる〝グレイズ〟の姿が………

 だがその時、横から降り注いだ凄まじい密度の弾幕を浴び、〝グレイズ〟が機体各所から破壊された装甲や煙を吹き散らしながら弾き飛ばされる。

 

『え………!?』

 

 助かったのか………? だがどこから………!?

命拾いした〝スピナ・ロディ〟のパイロットが頭部カメラを向けると、そこには見たこともないタイプの重装甲モビルスーツが、巨大な砲を構えて佇んでいた。

 

 

 

 

 

 



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ランペイジ

▽△▽――――――▽△▽

 

「ギャラルホルンを分断する! しばらく敵を俺に近づけさせないでくれ」

『了解っ!』

 

〝ラーム〟のガトリングキャノンを撃ち放ち、壮絶な弾幕に呑み込まれた〝グレイズ〟1機が、なす術なく全身の装甲を引き裂かれながら、宇宙空間に吸い込まれるように吹き飛ばされていった。

 さらに俺は、組合側のランチ隊に迫りつつある〝グレイズ〟隊に砲口を向ける。

 トリガーを引いた瞬間、ガトリングキャノンの砲口が炸裂し、数百ものガトリング弾が数秒のうちに密集していた〝グレイズ〟隊に襲いかかった。

 遠距離からの射撃ゆえに致命打を与えることは叶わないが、それでももろに直撃弾を食らった〝グレイズ〟数機が陣形から弾き出され、こちらへの反撃で身動きが取れなくなった。

〝グレイズ〟隊から放たれるささやかな銃撃は、距離がある上に〝ラーム〟の重装甲に弾かれて終わる。

 

 それでも前進を続けようとしたギャラルホルン部隊に容赦なくガトリング弾をぶちこみ続け………やがて彼らの怒りの矛先がこちらに向くのにそう時間はかからなかった。

 

「来い………!」

 

 迫る〝グレイズ〟隊に容赦なくガトリングキャノンを叩き込んでいき、1機、また1機と弾幕を突破しきれずにガトリング弾の雨嵐の中で〝グレイズ〟は撃墜されていく。運よく致命傷を避けた敵機も、戦闘続行は不可能と判断したのか、後続機に先陣を譲るように減速し、やがて反転していった。

 だがそれでも2機、運が良かったか先行機を犠牲にした結果か、〝ラーム〟の弾幕を突破して襲いかかってきた。

 

『まかせろっ!』

 

 背後に下がっていたクレストの〝マン・ロディ〟がマシンガンをばら撒きながら1機の〝グレイズ〟に襲いかかる。〝グレイズ〟は咄嗟にシールドで銃撃を受け流しつつ、迫る〝マン・ロディ〟を前にバトルアックスを抜き放つ。

〝マン・ロディ〟もハンマーチョッパーを手に、近接武器同士が激しくぶつかり合った。

 

 その脇をすり抜けるようにもう1機の〝グレイズ〟がこちらへと迫る。〝マン・ロディ〟が片手でマシンガンを撃ち放って牽制するが、その勢いは緩まない。

 

『カケルっ!』

「大丈夫だ」

 

 俺も、〝ラーム〟のガトリングキャノンを下げ、機体腰部にマウントしたコンバットブレードを抜き放った。

 バトルアックスを構えた〝グレイズ〟が迫り、次の瞬間には互いに鋭い剣戟を次々繰り出した。

 かなりレベルの高い相手だ。機体そのもののポテンシャル……アビオニクスの精度や機体の反射能力は、現行機である〝グレイズ〟の方が高い。

 だが………

 

「パワーで押し切るッ!!」

 

〝グレイズ〟のコックピット目がけてコンバットブレードをパワー全開で振り下ろす。

 対する〝グレイズ〟はすかさずアックスを掲げて防ごうとするが………そのパワーの差で少しずつ押し切られ始めた。

 互いにメインスラスター全開。だが〝ラーム〟の方が遥かにパワーで勝る。

 両機の関節部が激しく軋む中、徐々に押されていく敵機パイロットのうめき声が聞こえるような気がした。

 

「うおおおおおおッ!!!」

 

 力づくで〝グレイズ〟のアックスを上方へと跳ね上げ、次の瞬間、その胸部目がけて〝ラーム〟脚部による強烈な膝蹴りを叩きつけた。

 重厚な〝ラーム〟の膝部によるキックに、〝グレイズ〟のコックピットは内側へと潰れ………パイロットは圧死したのだろう、アックスを跳ね上げられた姿勢のまま後ろへと漂流していった。

 

 クレストは………〝グレイズ〟と激しい鍔迫り合いを繰り広げていたが、刹那、瞬間的に爆発的な機動を見せてバックステップを踏み、〝グレイズ〟のアックスが大きく空を斬ったその間隙を突いて、

 

『うらァッ!!』

 

〝グレイズ〟の頭部に〝マン・ロディ〟のハンマーチョッパーを叩き込んだ。

 頭部が潰れ、胸部コックピット部も大きく抉れた〝グレイズ〟もまた、パイロットを喪って周辺に浮かぶ残骸の一つとなり果てる。

 

「これであらかた片付いたか………」

『そこのモビルスーツ! 誰だが知らんが礼を言うぜ!』

 

 ドルト3に向かう〝スピナ・ロディ〟の1機が、こちらへと、器用に手を振りながら飛び去っていった。見れば、ランチ隊もドルト3へ前進を再開。主だった〝グレイズ〟を失ったギャラルホルンの警備クルーザーは、砲火に押されてじわじわと後退していく所だった。もう、組合側のモビルスーツや武装ランチを止める手立てはないだろう。

 

 ドルト5でも………

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 激しく閃光と火球が入り乱れるドルト5周辺宙域。

 それを眼前に、

 

『いつものやり方で仕掛けるぞ! ビトー!!』

『おうッ!!』

 

 モビルスーツや武装ランチ、それにギャラルホルンの警備クルーザーらが滅茶苦茶に入り交じり、銃撃や砲火を撃ち交わし合う混沌とした戦場。

 そこに飛び込んできた4機の〝マン・ロディ〟は、縦横無尽に宇宙空間を飛び回りながらマシンガンを撃ちまくり、〝スピナ・ロディ〟にトドメを刺そうとしていた1機の〝グレイズ〟の動きを封じた。

 その機体のみならず周囲で戦っていたもう2機も、突然の乱入者に頭部センサーを向け、その機動力の高さから優先的な排除目標と判断して

 

『俺から行く! 援護頼むッ!』

『分かった。気を付けろよ!』

 

 メインスラスター全開で突貫するビトーの〝マン・ロディ〟。

 アストン機は横に機体を流しながら、〝マン・ロディ〟のサブウェポンであるスモーク入り手榴弾を〝グレイズ〟隊目がけて投擲した。

 アストンはそれを正確に狙い撃ち、3機の〝グレイズ〟隊のちょうど中間の地点で手榴弾が炸裂。瞬く間にスモークガスが広がって、3機とも完全に飲み込んでしまった。

 

『後ろが………がら空きだぜェッ!!』

 

 敵が混乱している間にビトーの〝マン・ロディ〟がその背後に回り込み、迫る1機の〝グレイズ〟に容赦なくハンマーチョッパーを叩き込んだ。回避する間もなく、〝グレイズ〟はコックピットを潰されて沈黙する。

 慌ててもう2機の〝グレイズ〟がビトー機目がけてライフルを撃ちまくるが、忍び寄っていたのはビトー機だけではない。

 

『そこだっ!』

『もらったぞ!!』

 

 2機の〝グレイズ〟にペドロ、デルマの〝マン・ロディ〟が急迫。1機の〝グレイズ〟は頭部を叩き潰され、もう1機は寸前で回避動作を取ることに成功したものの、手持ちのライフルが破壊された他、さらに一撃を食らって右肩部を大きく破損し、戦線離脱を余儀なくされた。

 突然の乱入者に、練度の低さからそれまで苦戦を強いられていた〝スピナ・ロディ〟隊だったが、

 

『な、何だぁおめえら!?』

『どこのモンだ?』

 

『俺たちはブルワ………じゃなかった、鉄華団だっ!』

『あんたたちを助けろって言われたから来た』

 

 鉄華団。その名を聞いた瞬間、おお! と組合側のモビルスーツ隊の間にどよめきが走る。

 

『あんたらが噂の鉄華団か!』

『救援に感謝する! 危ない所だったぜ』

『鉄華団とクーデリアさんがいればギャラルホルンなんざ怖くねえぜ! やっちまえ!!』

 

 士気と統率を取り戻した組合側の猛攻にさらに〝マン・ロディ〟4機の遊撃が加わった。

 総数で劣りつつも練度と戦闘力で勝っていたギャラルホルンだったが、〝マン・ロディ〟の目まぐるしい機動とヒット・アンド・アウェイの前に陣形と連携を悉く打ち崩され、そこに〝スピナ・ロディ〟の突撃を食らって徐々に追い込まれていく。

 

『吹っ飛びやがれーッ!!』

 

 1機の〝グレイズ〟の懐に潜り込んだビトーの〝マン・ロディ〟が、ハンマーチョッパーで〝グレイズ〟の胸部を叩き潰す。

 止まった所を狙い撃ちにしようと静止したもう1機の〝グレイズ〟だったが、アストンやペドロ機のマシンガン、さらには〝スピナ・ロディ〟のライフルをもろに食らって機体各所が損壊。離脱していった。

 

 結果、ものの30分のうちに、それまで優勢だったギャラルホルン部隊はモビルスーツの半数以上を失い、状況不利と判断したのか撤退を開始する。

 反転する警備クルーザーを前に、組合側の〝スピナ・ロディ〟隊は大きく快哉を上げた。

 

『やったぞ!』

『俺たちでギャラルホルンを追い返した!』

『ドルト3に向かうぞ!』

『飛ばせ飛ばせーっ!』

『ガスが少ない機体はランチで補充を受けろ! ほら、鉄華団のあんたらも』

 

 重装甲ゆえにスラスターガスの消費が激しい〝マン・ロディ〟は、どの機体も速やかな補充を必要としていた。

 ドルト5から出撃した組合側部隊は、かくて障害のほとんどを打ち破り、ドルト1、4の同志らと同様にドルト3へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 組合側のモビルスーツや武装ランチは、概ね順調にドルト3目指し進軍を続けていた。コロニー駐留のギャラルホルン部隊は戦力の過半を失って散り散りとなり、もはやその戦力の集合を妨げるものは存在しない。

 だが………

 

『カケル! あれ………っ!』

「ち………! アリアンロッドの本隊じゃないだけマシだが………」

 

 いくつもの輝点が、唐突に宇宙空間に浮かび上がった。

 おそらくアリアンロッドに先行していた、L7宙域駐留のギャラルホルン艦隊。センサーに映るだけでもハーフビーク級戦艦が5隻以上。数十の〝グレイズ〟が展開し………このままではドルト4、5辺りの組合側部隊は集合する前に背後から狙い撃ちにされてしまうだろう。

 それを防ぐためには、敵艦隊に急襲を仕掛けて指揮系統や連携を混乱させるしかない。

 そしてそれが可能なモビルスーツは、今この場では〝ラーム〟ただ1機のみ。

 

「クレストはこのままドルト3に向かえ」

『え………!? まさかカケル………っ!』

「誰かが足止めするしかないだろう。後は任せたぞ!」

 

 大軍を前に引き留めようとするクレストに構わず、俺は〝ラーム〟のメインスラスター全開に、敵艦隊目がけて機体を加速させた。

 重厚な見た目に見合わぬ加速力。だがその分スラスターガスの消耗も激しく、そう長時間戦うことはできないだろう。

 この『姿』のままでは。

 

【レーザー照準警報】

 

 ハーフビーク級戦艦の射程内に入ったということだ。照準用レーザーが〝ラーム〟へと照射され、次の瞬間には各艦の主砲から閃光が迸る。

 俺は〝ラーム〟の加速を緩めなかった。今は敵艦隊との距離を詰めることに集中したかったからだ。

 大丈夫だ。問題ない。

 

【WARNING】

 

 その時、撃ち出されたハーフビーク級各艦の一斉砲火が〝ラーム〟を包み込み、そして飲み込んだ。壮絶な砲撃による着弾、炸裂、爆発が何度も何度も………〝ラーム〟の姿が爆煙で見えなくなってもなお繰り返される。

 並みのモビルスーツであれば、この時点で木端微塵に撃破されたことだろう。

 

 

『命中を確認!』

『や、やったのか………?』

『特攻のつもりか……?』

『えらくあっけないじゃないか』

『油断するな。まだ反応が………!?』

 

 

 まだ爆煙も晴れぬ中、母艦から発進し恐る恐る前進する〝グレイズ〟隊。

 爆煙が晴れ始めた時、そこにあったのは1機の重装甲モビルスーツの残骸………

 

 

 ではなかった。

 

 

【MAIN ARMOR PURGE】

【RAMPAGE ARMOR】

 

 

 その瞬間、頭部、胸部、腕部、腰部、脚部………そのガンダムフレームを重装甲機たらしめていた分厚い装甲パーツの数々が、鎧を弾くかのように分離していった。

 それまで機体を守ってきた分厚い装甲が次々剥がされていったその果て、現れたその姿は、これまでの〝ガンダムラーム〟からは全く想像もできない、スリムな装甲とフォルムを持つ、蒼いガンダムフレームの姿。

 

 その機体が自身をベールのように覆い隠していた煙を、振るったコンバットブレードで斬り飛ばし、次の瞬間には信じがたい推進力で、最接近していた〝グレイズ〟1機に襲いかかった。

 

『ひ………!?』

 

 その〝グレイズ〟は慌ててライフルを構えようとするが、もう遅い。

 次の瞬間には突き出されたブレードに胸部装甲の間をぶち抜かれ、コックピットを破壊されて中のパイロットは即死。

 すかさず背後へと回り込んだもう1機の〝グレイズ〟だったが、予想外の反応速度を見せつけられ、振るったアックスはコンバットブレードに弾き上げられる。態勢を立て直す間もなく強烈なタックルを食らい、さらに加速。

その〝グレイズ〟は、ハーフビーク級の甲板へもろに叩きつけられて、とどめとばかりに胸部にコンバットブレードの刃を突き立てられた。

 

 ハーフビーク級艦の主砲が炸裂。

 だがその時には既に、目標は射線上にはいない。

 

「よく見とけよ。これが………」

 

 重装甲によって守られ、そして戒められ続けてきた〝ラーム〟がその覆いを剥がし、今、高機動戦用装甲〝ランペイジアーマー〟を露に、生まれ変わった新たなる姿を敵に見せつけた。

 そして稲光のように宇宙を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが―――――――――ガンダムフレーム〝ラームランペイジ〟だッ!!」

 

 

 




【機体解説】
・ASW-G-40R〝ガンダムラームランペイジ〟

蒼月駆留の〝ガンダムラーム〟をタービンズ、テイワズの技術部門が改修したモビルスーツ。
機体名の〝ランペイジ〟とは英語で「暴れまわること」を意味する名詞。

同時期に改修され、ロールアウトした〝ガンダムグシオンリベイク〟が軽量化を目指したのに対し、新型の二重装甲によりさらに防御力と重量がアップ。新型のスラスターに換装することによって、改修前の〝ラーム〟時と変わらない機動性能で防御力の向上が実現している。

装甲は二重となっており、表面の重装甲パーツをパージすることによって、内部の細身のボディ〝ランペイジアーマー〟が姿を見せる。この状態になった時、機体は高機動機に変貌し、対モビルスーツ格闘戦において優れた性能を発揮する。この状態時でもガトリングキャノンを運用することが可能。
火器管制システムも現代の技術でアップグレードしており、阿頼耶識システムと連携することによって、従来機では不可能な超長距離狙撃・超精密射撃をも可能とする。

(全高)
18.77メートル

(重量)
50.25t

(武装)
ギガンティック・ガトリングキャノン
コンバットブレード




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鉄血と血統

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト3を背景にした周辺宙域での戦闘は、既に佳境に差し掛かろうとしていた。

 おびただしい数の〝グレイズ〟や警備クルーザー……その破壊された残骸が宙域各所に浮かび、その向こうで、2機のモビルスーツが激しく激突を繰り返しながら、互いに斬り結んでいた。それは三日月の〝バルバトス〟とギャラルホルン・コロニー駐留部隊の〝グレイズ〟。

 

「………ッ!」

 

 今だ! 三日月は素早く機体を制御し、〝バルバトス〟が手持ちの巨大メイスを構え直す。そしてメインスラスター推力全開で突撃。

 長時間に渡る交戦で消耗していた〝グレイズ〟のパイロットはすぐに対応することができずに、次の瞬間、機体の胴体をメイスでぶち抜かれて終わった。

 だが敵はまだこれだけではない。三日月はすかさずメイスを撃破した〝グレイズ〟から引き抜くと、もう片方の手で構えていた滑空砲を撃ち放つ。

 

 コロニーのエアロックから続々湧き出てきた3機の〝グレイズ〟隊の1機に着弾し、隊形から吹き飛ばされる。残る2機がカバーに入るように前に出てライフルを撃ちまくったが………その時には既に〝バルバトス〟は急加速し、その射線から逃れながら〝グレイズ〟隊に肉薄する。

 さらに滑空砲が撃ち放たれ、姿勢を崩して怯んだ1機の〝グレイズ〟に三日月は〝バルバトス〟のメイスを突き出し、その質量と機体の加速を武器に敵機を轢き飛ばした。そしてさらに、気圧されたように動きを止めたもう1機目がけ、〝バルバトス〟は迫った。

 先ほどのような手ごわい相手ではなく、滑空砲を当てて怯ませた後、難なくメイスで胸部コックピットを打ち潰す。瞬く間に〝グレイズ〟3機が撃墜・戦闘不能に陥った。

 

「〝イサリビ〟から少し離されたか………」

 

 母艦である〝イサリビ〟周辺では、組合側のモビルスーツ〝スピナ・ロディ〟や武装ランチが次々に集まりつつあった。そちらにもギャラルホルンの〝グレイズ〟隊が攻撃を仕掛けているが、数で圧倒している〝スピナ・ロディ〟や〝イサリビ〟の対空砲火。それにシノの〝流星号〟の猛攻を前に攻めあぐねている様子だ。

 

「あれなら大丈夫だな。んじゃ、もう一仕事………ッ!」

 

 なおもコロニーから湧き続ける〝グレイズ〟隊に、三日月は向き直ってフットペダルを力一杯踏み込んだ。それに呼応するように〝バルバトス〟のメインスラスターが咆哮し、猛烈なパワーで〝グレイズ〟隊へと迫る。

 その勢いをそのままに、三日月は肉薄した〝グレイズ〟の頭部に、〝バルバトス〟のメイスを振り下ろした。

 

 

『もらったァッ! この間合いなら………ッ!』

 

 

 僚機を囮に〝バルバトス〟の背後に回り込んだ1機の〝グレイズ〟。

 だが次の瞬間、振り下ろされたアックスは半ばでその動きを止めてしまう。

 突き出した〝バルバトス〟の手が〝グレイズ〟の腕を掴み、ガンダムフレーム特有の大出力で受け止めていたのだ。

 

『な………マニピュレーターで受けただとっ!?』

 

 接触回線越しに明快に聞こえていくる敵パイロットの声。

 ギシギシ………と互いのパワーが相克し合い、両機のフレームが激しく軋む。

 しばしの膠着だが、パワーは〝バルバトス〟が優っている。三日月は一瞬口元を獰猛に歪ませて、マニピュレーターの駆動系に更なるパワーを………

 だがその時、敵機急速接近を知らせる警報が〝バルバトス〟のコックピットに鳴り響き、阿頼耶識越し、直感的に送られてきた索敵情報に、三日月はハッと顔を上げた。

 

「………ッ!」

 

 速い奴が来る!

 三日月は咄嗟に力づくで〝グレイズ〟を迫る敵機の予測軌道上に突き出し、その反動を利用して素早く回避機動を取る。つい先刻まで〝バルバトス〟が位置していた場所に〝グレイズ〟が突き出された瞬間、そこに一筋の鋭い閃光が駆け、〝グレイズ〟の胴体を一瞬にして引き裂き弾き飛ばした。

 その余りに速い〝閃光〟が1機のモビルスーツの形をしていたことに、三日月は一拍遅れて気が付いた。

 

 あと一瞬遅かったら………

 それに、あの機体は………!?

 

 わずか一瞬の交錯で、三日月は新手の敵機に〝バルバトス〟と似た『匂い』を、何故か感じ取っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 圧倒的な突進力で宇宙空間を縦横無尽に駆け巡り、閃光とも流星ともつかない凄まじい速度を見せつけるは、ナノラミネート装甲塗料で最も高価な紫色をふんだんに使った1機のガンダムフレーム。

 現行機では到底あり得ぬ非常識なパワーに、コックピットに座すガエリオは興奮を隠しきれなかった。

 

「この出力ッ、この性能………予想以上だ!」

 

 ま、それでなくては、骨董品を我が家の蔵から引っ張り出した甲斐が無いがな!

 ガエリオは、未だ余裕を残していたフットペダルを限界まで踏みつけた。

 その瞬間、ガエリオが駆るガンダムフレーム〝キマリス〟の脚部ブースターノズルが展開。更なる急激な加速によって、その機体は戦場を駆け巡る一筋の彗星と化した。

 目にも止まらぬ速度で突進する〝キマリス〟が〝バルバトス〟目がけ突き出す〝グングニール〟ランスの一閃。

〝バルバトス〟はすかさず巨大なメイスで受け止めたが〝キマリス〟の勢いを殺し切ることができず、押し飛ばされながらも辛うじて受け流す。反撃とばかりに滑空砲を撃ち放ったが、すでに一筋の閃光として、圧倒的機動力を見せつけ目まぐるしく宇宙空間を駆ける〝キマリス〟を捉えきることができない。

 敵パイロット………生意気な宇宙ネズミのクソガキの舌打ちが聞こえるような気がして、ガエリオはふふん、とほくそ笑んだ。

 

 反撃のため、翻って再度突進をかける。この加速力を前に〝バルバトス〟はただ受け身を取るより他ないことだろう。

 

 

 

「〝ガンダムフレーム〟。貴様なぞには過ぎた名だ………身の程を知れッ! 小僧ォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 遥か遠くで、その戦いを密かに見守っている一隻のクルーザーがいた。

 民間仕様のビスコー級多用途クルーザー。ギャラルホルンの艦艇がセンサーでそれを捉えれば、すぐに民間企業『モンターク商会』の所有船であることに気がつくだろう。

 そのブリッジで、風変りなメタリックの仮面で顔を覆う男……このクルーザーの所有者である商人モンタークは、メインモニター越しに繰り広げられる2機のガンダムフレームの戦いを見守っていた。

 

「………ASW-G-66〝ガンダムキマリス〟。ガエリオめ、ボードウィン家秘蔵の品を持ち出してきたか」

 

 その壮絶な突進力を活かし、立て続けにヒット・アンド・アウェイを繰り返す〝キマリス〟に対し、それを受け流しつつ滑空砲で動きを止めようとする〝バルバトス〟。だが〝キマリス〟の機動力の前に一発たりとも有効打を与えることができない。

 ガンダムフレーム2機によって繰り広げられる異次元の戦い。モンタークは一人、仮面の奥でニヤリと笑いながら、

 

「すでに風化した伝説とはいえ、かつてギャラルホルンの象徴として世界を守った機体同士が戦うとは………皮肉なものだな」

 

 とその時、ブリッジのドアがシュッと開かれ、一人の女性が姿を現した。ウェーブのかかった美しい金髪に、白磁のような肌に整った顔立ち。女性のとしての美を独占したかのような女のその気配に気づき、仮面の奥でにこやかな表情を作りながらモンタークは振り返る。

 女も、立ち止まってモンタークに恭しく一礼した。

 

「モンターク様。降下船の手配が整いましたわ」

「ありがとうエリザヴェラ。これでクーデリアの地球行きは滞りなく進むだろう」

 

「その前に、ここで潰れちまいそうですけどねぇ~」

 

 ブリッジ前方で戦闘を見やっていた中年の男……鉄華団から放逐されマクギリス・ファリドに拾われたトド・ミコルネンが眼前の戦闘に呆れたような様子で、

 

「あ~んな派手にドンパチやっちゃって、ありゃ全滅は必至ですなぁ」

「それはどうかな?」

 

 んへ? とすっとぼけた表情を見せるトドに、モンタークは、

 

「何も銃を撃ちあうだけが戦争ではないのだ。それはお前だって分かることだろう?」

「そりゃあ………俺はどっちかっつーと荒事以外が専門ですからねぇ」

「せっかくの見世物だ。最後まで見届けようじゃないか。クーデリア・藍那・バーンスタイン主演の革命劇を」

 

 

 激しく砲火が撃ち交わされるドルトコロニー群に、アリアンロッド艦隊が迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「行くぜェおらあァッ!!」

 

〝イサリビ〟の周囲で繰り広げられる激闘。

 シノの〝グレイズ〟改造機…通称〝流星号〟もまたその狂乱の中を鋭く飛び回り、〝スピナ・ロディ〟目がけてライフルを撃ちかけていた1機のグレイズに急迫してバトルアックスを振り下ろした。

 相手の〝グレイズ〟もまたバトルアックスを振り上げてそれを防ぎ、同性能の機体同士の拮抗によってわずかな膠着状態がもたらされる。

 接触回線越し、ギャラルホルンのパイロットがハッと息を呑むのが聞こえてきた。

 

『その機体は………ギャラルホルンの〝グレイズ〟!?』

「コイツはそんなダセェ名前じゃねぇっ! このシノ様の………〝流星号〟だッ!!」

『我ら誇り高きギャラルホルンの〝グレイズ〟をそんなお下品な色にッ!!』

 

 許せん! と〝グレイズ〟が〝流星号〟の鼻先にライフルの銃口を突きつける。

 だが銃口から火が噴く寸前、〝流星号〟は俊敏に身を翻し、紙一重のところでそれを避けきった。

 

『な………この反応はっ!?』

「へ………っ!」

 

 お返しとばかりにシノはトリガーを引き、〝流星号〟のライフルから撃ち放たれた弾丸は、正確に〝グレイズ〟の胴体を激しく殴打した。

 

「どりゃあ!!」

 

 敵機が怯んだその一瞬を逃さず、〝流星号〟は鋭くアックスを振るい、〝グレイズ〟の胸部コックピットを正確に裂き潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「くっ………!」

 

 いくら照準を定めても、敵モビルスーツの目まぐるしい機動に〝バルバトス〟は十分に対応することができなかった。

 滑空砲を撃ち放ったその時には、速い敵機は遥か彼方。紫の閃光を残し〝バルバトス〟の周りを目にも止まらぬ速さで飛び回られ、そして時折撃ち放たれる銃撃。〝バルバトス〟の照準システムではとてもじゃないが追いきれない。

あまりに鬱陶しい敵に、三日月は苛立ちを禁じ得なかった。

 

「こういう相手は相性が悪い………!」

 

『………た? 阿頼耶識とやら………か……?』

 

 敵機のパイロットからの途切れ途切れの通信。それすらもこちらを挑発しているように聞こえて、三日月の苛立ちを余計に強める。

 その時、目まぐるしく周囲を飛び回っていたその敵機が鋭く軌道を変えてこちらへと突っ込んできた。続けざまに撃ち放たれる銃撃に「ぐ……っ!」と三日月は一瞬機体の制御を失う。

 

『………トドメだぁッ!!』

 

〝バルバトス〟のコックピットモニター全体に映し出される紫のモビルスーツと、こちらを貫かんと突きつけられる鋭いランス。

 

「………!」

 

 だが………この瞬間を待ってたんだ。

 刹那、三日月はわずかにスラスターを制御して機体を右にずらした。瞬間的な挙動に敵機はすぐに対応することができず、突き出されたランスは〝バルバトス〟の左脇をわずかに裂くだけに終わる。

 それでも手持ちの滑空砲を失ってしまったが………問題ない。

 

『なにっ!?』

 

〝バルバトス〟は紫の敵機が持つランスを掴み、その上に半身を乗せた。

 これで目障りに飛び回られることもない。

 

「捕まえた………っ!」

『離せ! この宇宙ネズミが!』

 

 紫の敵機からの接触回線通信。何となく聞き覚えが………

 三日月は振り落とされないようランスを掴むマニピュレーターにパワーを注ぎ続けながらも、

 

「? この声……アンタ、チョコの隣の………」

『ガエリオ・ボードウィンだ!』

「………ガリガリ?」

『貴様っ! わざとか!?』

 

 まあいいや。と、三日月は破壊すべき敵機の胸部コックピットに狙いを定めた。

 

「どうせすぐに消える名前だ」

 

 メイスを振り上げる〝バルバトス〟。武器を持った敵機の片腕を封じている今なら………

 

『………甘いッ!』

 

 だがその時だった。

 敵機の肩部が突然せり上がったかと思うと、次の瞬間、小さな円盤状の何かが〝バルバトス〟の頭部目がけて撃ち出される。

 

「………!?」

 

 見たことも無い兵器の攻撃に、三日月はすかさず〝バルバトス〟の頭部をよじらせて回避しようとするが、間に合わずに機体頭部の一部を引き裂かれてしまう。そしてその衝撃で、瞬間的に敵機の武器を封じる力が弱まってしまった。

 そしてそれを、ガリガリとかいう敵機のパイロットは逃さない。

 

『うらあああああぁぁぁッ!!!』

 

〝バルバトス〟同様の大出力を持つ敵機は、ランスを強引に上方へと振り上げ、瞬間的に力及ばず〝バルバトス〟は思いっきり振り飛ばされてしまった。

 そして吹き飛ばされた〝バルバトス〟の背後には巨大な影………漂流するギャラルホルンのクルーザーが。

 回避すら間に合わずにしたたかに背部から打ち付けられ、その衝撃で「ぐ………っ!」と三日月は表情を歪ませた。

 さらに悪いことに、〝バルバトス〟のメイスも衝撃で取り落としてしまい、慣性で遥か彼方へ………

 

 形勢は完全に敵機の側へと傾いてしまった。

 

『ふ………ネズミ相手に大人気なかったかなァ? 許せよッ!』

「………っ!」

 

 全スラスター全開で、ランスの鋭い切っ先を突き出し〝バルバトス〟へと襲いかかる敵機。

 回避はもう………!

 

 

 

『………待たせたな!』

 

 

 

 だがその時、迫る敵機の残影が割り込んできたもう1機のモビルスーツによって遮られた。

 その機体が前面に突き出したシールドと敵機のランスが激突。

 突然の乱入者によって受け流されたランスは当初の軌道から大きく逸れ、〝バルバトス〟背後のクルーザーをぶち抜くに終わった。

 そしてクルーザーが、武器か燃料に引火したのか爆散し、紫の敵機を飲み込んで明後日の方角へと吹き飛ばした。

 

 間一髪のところで三日月を庇った……すらりとしたベージュ色のフォルムをもつその機体は、

 

 

 

「昭弘………それ、できたんだ」

『ああ。ガンダムフレーム………〝グシオンリベイク〟だッ!!』

 

 

 飛び込んできた昭弘の乗機………〝グシオンリベイク〟は、なおも飛びかかろうとした紫の敵機にライフルを撃ちかける。それは正確に敵機の胴を直撃。敵機は態勢を立て直そうとするが、

 

 

『こいつっ!!』

 

 

 さらに飛び込んできたのは、1機の〝マン・ロディ〟。手持ちのマシンガンを撃ちまくり、一発一発が低威力であってもそれが重なればタダでは済まない。

 紫の敵機はこちらへの攻撃を一旦諦め、凄まじい加速で飛び去っていった。

 

「それって、昭弘の弟の………」

『昌弘です! 援護しますっ!』

『無理はするなよ』

『兄貴だって! まだ阿頼耶識に慣れてないのに………!』

 

 そんな兄弟のやり取りに、三日月は思わず頬を緩めつつも遥か敵機の軌跡を見やり、

 

「助かった。でも速いよあのガリガリ」

『え………ガリガリ?』

 

 何だそりゃ、と返しながら、昭弘は手持ちのライフルを、丸腰となった三日月へと流した。

 態勢を立て直した敵機がまた迫ってくる。

 

『俺はまだ阿頼耶識に慣れてねぇ。………三人がかりでやるぞッ!!』

 

 シールドに格納してあったバトルアックスを手に〝グシオンリベイク〟が勢いよく飛び出し敵を迎え撃つ。

 三日月は、思わずフッと笑みをこぼしながら、手にしたライフルを敵機へ向けた。昌弘の〝マン・ロディ〟も、マシンガンを撃ち放つ。

 

 2機の正確な射撃に〝グシオンリベイク〟の格闘能力を前に、紫の敵機はただ圧倒されるしかない様子だった。

 

 

 三人がかりなら、ギャラルホルンにも、ガリガリとかいう変な機体のパイロットにも負ける訳が無い。

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ぐ………くそぉッ!」

 

 アックスを手に襲いかかるベージュの敵機の斬撃を〝キマリス〟のランスで受け止める。

 だが動きが止まったその瞬間を逃さず、背後に回り込んだ〝バルバトス〟や見慣れぬずんぐりとしたモビルスーツがライフルやマシンガンを撃ち放ち、磨き上げられた〝キマリス〟の胴体や背面を容赦なく削り取った。

 着弾による衝撃が何度もガエリオに襲いかかってくる。そしてわずかな間も置くことなくベージュの敵機が矢継ぎ早に近接戦を挑んでくるのだ。しかもどちらも、ツイン・リアクターによる大出力を誇るガンダムフレームときた。

 

 3対1の状況に追い込まれ、次々襲いかかる着弾の衝撃に、ガエリオは歯ぎしりした。

 

「ぐうう………っ!」

 

 周囲には味方機もいない。駐留部隊や、ガエリオの座乗艦〝スレイプニル〟から発進した〝グレイズ〟隊は、鉄華団の母艦や集結しつつある労働者組合のモビルスーツやランチへの応戦で手一杯。しかも押されつつある。

 このままでは………

 

 わずかな逡巡すら逃さず、〝バルバトス〟ともう1機は軽快に立ち回りながら〝キマリス〟へとライフルを撃ち続ける。加速して距離を取りたい所だが、ベージュの機体が〝キマリス〟の進路をふさぎ続け、思うように機動することができない。

 そうしている間にも、さらに一発のライフル弾が〝キマリス〟を突き上げ、コックピットのガエリオに少なくない衝撃とダメージを与えた。

 

 そしてさらに追撃を食らい、機体の制御を失ったその一瞬、

 

『もらったァッ!!』

 

 ベージュのガンダムフレームがバトルアックスを〝キマリス〟目がけて投擲した。

 すかさずガエリオは〝キマリス〟のランスでそれを防ごうとするが、バランスを崩した状態では間に合わず、次の瞬間投げつけられたバトルアックスの刃が、ランスを持つ〝キマリス〟の右腕部に激突。装甲を突き破ってその構造を深々と抉りぬいた。

 

「ぐぐうぅっ!!」

 

 直撃による凄まじい衝撃、コックピットモニターに次々表示される警告表示。

 そのどれもが、〝キマリス〟にこれ以上の戦闘が不可能であることを無情に映し出していた。

 そして衝撃に全身をしたたかに打ち据えたガエリオ自身も………

 

 だが、このまま終わる訳にはッ!

 

 その時、コックピットモニター右側で通信ウィンドウが開いた。〝スレイプニル〟の艦長だ。

 

『………特務三佐っ!』

「あ? 何だ!」

『アリアンロッドの本隊が、そちらに向かっています。これ以上の作戦への介入は、いくらセブンスターズといえど、問題になります!』

 

 

 見れば、先ほどまで猛攻を繰り返してきた2機のガンダムフレームが沈黙し、迫るギャラルホルンの大艦隊に気圧されたように沈黙している。

 このまま戦えば、悔しいが敗北は確実。

 退くなら今しかない。

 だがここで退けば、奴らを討ち取る戦果がアリアンロッドの手に………!

 

 

「………ここまでか」

 

 ガエリオは一旦退くことを選んだ。

〝キマリス〟を翻らせ……仇敵へと背を向けて、ガエリオは乗機を駆り母艦目がけて飛翔する。追撃は無かった。

 急激な加速が満身創痍の身体に響き、ガエリオは思わず表情を歪ませる。

 瞬く間に遠ざかる敵機をモニターウィンドウ越しに睨みつけながら、

 

「次こそは必ず………ッ!」

 

 仲間であるギャラルホルン・アリアンロッド艦隊には悪いが、自分の手で仇を討つべく、今は彼らがこの場を切り抜けることを祈るより他なかった。

 

 

 

 

 



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完遂

ちょっと遅れました……


▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルトコロニー群へと迫るL7駐留艦隊の艦列の中で、いくつもの火球が煌めいては消えていく。

 

『ぐぶ………っ!』

 

 もう何度、敵の断末魔を聞いたことだろうか。

 俺はコンバットブレードを突き立てた〝グレイズ〟からその刀身を引き抜き、それを蹴飛ばして次の〝獲物〟へと〝ラームランペイジ〟を飛翔させた。

 敵艦隊のど真ん中で暴れているにも関わらず周囲のハーフビーク級からの対空砲火はまばらだ。同士討ちを恐れてのことだろう。だからこそ、殺りやすい。

 今度はもう1機の〝グレイズ〟に急迫して、ほとんどゼロ距離からガトリングキャノンを撃ち放った。眼前で〝グレイズ〟の身体が跳ねて踊り、無数の装甲の破片をまき散らしながらやがて動かなくなる。

 そして次の獲物へ………俊敏な〝ラームランペイジ〟はコンバットブレードやガトリングキャノンを駆使し、次々にギャラルホルンのモビルスーツを屠っていっていた。

 

 引き金を引く。

 ガトリングキャノンを発射する衝撃がわずかにコックピットを揺らす。

 メインモニター越し、眼前の〝グレイズ〟が無残に撃破されていく。

 それなのに――――大して何も感じなかった。

 

 俺は、人を殺している。

 原作ではおそらくここで終わらなかっただろう命だ。それを、俺の個人的なワガママを理由に、殺して回っている。

 恐怖、逡巡、そして後悔は………一人一人を殺す度に瞬間的に湧き上がってくるが、すぐに冷めてしまった。

 

 

 俺は何をやってるんだ――――――――――――?

 

 

『ま、待って………っ!』

 

 今度は命乞いが接触回線越しに聞こえたような気がした。だが、躊躇うことなく俺はコンバットブレードを突き刺し、さらに〝ラームランペイジ〟のスラスター全開で、その勢いで背後を航行していたハーフビーク級戦艦のブリッジに〝グレイズ〟の機体ごと串刺しにした。

 小規模な爆発がハーフビーク級のブリッジで散発し、ノーマルスーツを着ていないギャラルホルンの将兵が宇宙空間へと容赦なく吸い出されていく。

 さらに戦艦の艦尾へと回り込み、2基のメインエンジンノズルへとガトリングキャノンを乱射。

 数百もの特製ガトリング弾がメインエンジンノズルの構造を撃ち抜き、破壊し、〝ラームランペイジ〟が離脱したその瞬間には、艦尾から連鎖爆発を起こして、航行不能に陥った。

 そしてその爆発が、艦尾から射出された数基の脱出ポッドを飲み込み、焼き尽くす。

 

 俺は人を殺している。

 だが何のために?

 

 何故恐れない?

 何故躊躇わない?

 何故後悔しない?

 

 思考が滅茶苦茶に脳内を駆け巡る間にも、〝ラームランペイジ〟は止まらず、ギャラルホルン相手に猛威を振るい続けた。

 

「………」

 

 頭から胸部にかけて潰される〝グレイズ〟。

 艦首のブリッジを撃ち抜かれて沈むビスコー級。

 

 逃げようとした〝グレイズ〟に、ガトリングキャノンを撃ち放ち、その機体はメインスラスターからの爆発に呑み込まれて吹っ飛んでいった。

 だが、

 

「こいつは………キリがないな」

 

 次から次へと湧いてくる敵モビルスーツ隊。1機潰せば2機。2機潰せば4機現れるかのような………さすがにガンダムフレームとはいえ単騎で殺し切れる相手ではなかった。今は圧倒できとも、直にガトリングキャノンの弾は無くなり、そこを長距離射撃で狙われれば、重装甲の〝ラーム〟に比べて防御力が脆弱になっている〝ラームランペイジ〟はなす術も無い。

 だが、もうそろそろ………

 

 

『くそ………あの青いモビルスーツめ!』

『10機以上の〝グレイズ〟に、クルーザー、ハーフビーク級まで………』

『迂闊に近づくなッ! 殺されに行くようなものだぞっ!』

『ですがこのままでは………っ!』

『ん? 何だこの―――――――――――』

 

 そして、

 

 

 

 

『―――――私は、クーデリア・藍那・バーンスタイン』

 

 

 

 

 始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『今、テレビの画面を通して、世界の皆さんに呼びかけています。………わたしの声が届いていますか?』

 

 ああ。聞こえているとも。

 今、全世界に〝革命の乙女〟の放送が流れている。

 この、ノブリス・ゴルドンと、マクマード・バリストンの手によって。

 

 事が起こる前に、ダミー企業であるGNトレーディングとテイワズを介して鉄華団に託した貨物が暴露され、さらには前々からバーンスタイン家に仕込んでいたエージェントの存在すらも嗅ぎつかれるとは想定外だったが………故にあの小娘は、予想以上の化け物ぶりを見せつけてきた。

 数日前に送られてきたクーデリアからのメールの内容。そしてその後の、木星圏にいるマクマードとのLCS越しの会談を思い起こし、ノブリスは一人笑みを浮かべた。

 

―――――全てを承知した上で、この儂を利用しようとはな。さらにはマクマードと利権を競わせるような真似までするとは。

―――――あの娘、まだまだ化ける余地がありそうだ。

 

 ノブリスはオフィスの窓の外、火星植民都市の街並みやその先の荒涼とした大地を見下ろし、端末越しのクーデリアの演説に耳を傾け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『皆さんにお伝えします。宇宙の片隅……ドルトコロニーで起きていることを。そして、そこに生きる人々の真実を』

 

 瀟洒な建物が立ち並ぶドルト3の街並み。

 その道路の片隅に、1台の報道中継車が止まっていた。

 報道用機器操作用のコンソールが並ぶ車内にて、

 

「………よし。これで大丈夫だ。一度報道用の専用回線に入ってしまえば、コロニーの通信システムを物理的に破壊されない限り、邪魔が入ることはないからな」

「良かった………。あの、ありがとうございます!」

 

 ビスケットが頭を下げると、報道用機器を操作していた男……ドルトコロニーの公共放送機関DCN(Dort Colony Network)のディレクター、ソウ・カレは「いやいやいや」と首を横に振って、

 

「いいっていいって。むしろ礼をいいたいのはこっちの方さ。………個人的には今回のギャラルホルンのやり方は一方的過ぎると思っていたからね。労働者側の声もできるだけ伝えたかったんだ」

「それでも………兄さんも助けてくれて」

 

 ソウの向こうで所在なげに佇む男……ドルトカンパニー役員であり、かつてはビスケットの実の兄で合ったにサヴァラン・カヌーレは

 

「いや………でもこれで、労働者たちが一人でも多く助かるのなら………」

「最初、あのいかつい方が会社に来た時は何事かと思いましたけどねぇ」

 

 ソウや、カメラマンのハジメ、アナウンサーのニナの視線の先で………男、クランク・ゼントは憮然とした表情で黙って答えなかった。

 

 

 

 

 事の始まりは数日前。公共放送機関DCNの本社ビルに一人の男……クランクが姿を現したのがきっかけだった。

 そして、コロニー労働者の側に立つ活動家、クーデリア・藍那・バーンスタインの声を放送に乗せてくれと、クーデリアから託されたという情報チップを見せて応対に当たったソウに詰め寄ったのだ。

 さらにはドルトカンパニー役員であり、労働者組合との交渉の窓口にもなっているサヴァラン・カヌーレからも、労働者の声をもっと報道するよう会社に口添えがあり………日頃のギャラルホルンや地球優位の放送ばかりで不満や鬱憤が溜まっていたソウら一部の社員は、会社から報道専用回線に直通できる報道中継車を1台と機材を持ち出すことに成功。クランクから渡されたクーデリアからのメッセージを放送することができたのだ。

 クランクがDCNを、ビスケットがドルト社員にして兄であるサヴァラン・カヌーレを動かしたことによってクーデリアの放送はドルト中で報道され………この時彼らはまだ知らないが、全世界に向けても発信されている。

 

 

 報道中継車の小さなモニターの中で、クーデリアはドルトコロニー内における地球出身者とコロニー出身者の格差や差別、工業コロニーでの公害問題などに分かりやすく触れつつ、

 

 

『―――――私は、自分の生まれ育った火星の人々を救いたいと思い、行動してきました。けれど、あまりに無知だった。ギャラルホルンの支配に苦しむ人々は、宇宙の各地に存在していたのです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト3の富裕層市民たちが、

 工業コロニーの暴徒たちが、

 装備の大半を失いながらも鎮圧に躍起になっているギャラルホルン兵士たちが、

 

 誰もがクーデリアただ一人の『声』に、動きを止め、耳を傾けていた。

 

『私はドルトコロニーで、自分たちの現状に立ち向かおうとする人々……コロニーで生まれ育った労働者たちに出会いました。彼らは、人間が人間らしく生きられる世界を手にするために、そしてそんな世界を次の世代の子供たちに託すために、武器を使わない平和的な方法で行動してきました。………ですがそんな彼らに、ドルトカンパニーの経営陣、そしてギャラルホルンは武力による弾圧という手段を取りました………!』

 

 

 そのギャラルホルン、アリアンロッド艦隊の旗艦でも、その放送を捉えることができた。

 メインスクリーンに映し出された、流れるような金髪の少女……クーデリア・藍那・バーンスタインの面立ち、そして彼女の口から発せられるギャラルホルンへの糾弾の数々。艦隊司令官は苛立たしげに、

 

「何なのだこの娘は………! 直接放送局を押さえろ! 機材を破壊してでも止めるんだッ!」

 

 艦隊司令官はオペレーターらに喚きたてるが、その間にもクーデリアの糾弾は続く。

 

 

 

『ギャラルホルンは労働者たちに攻撃を開始しました。そしてその戦闘………いえ、虐殺は今も続いているのです!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト3周辺宙域。

 三日月の〝バルバトス〟は、集結した労働者組合の武装ランチや作業用モビルスーツの群れを縫うようにして飛び、ようやくたどり着いた母艦〝イサリビ〟の前方甲板の上に機体を着地させた。すでにシノの〝流星号〟が先客として佇んでおり、三日月に次いで昭弘の〝グシオンリベイク〟も甲板上に足を着ける。

 

 その間にも音声のみで、クーデリアの言葉が紡がれていく。

 しばらくの沈黙の後、

 

『………この放送が皆さんの耳に入っている時、私が乗る船はギャラルホルンの艦隊に包囲されていることでしょう。………私は問いたい。あなた方は正義を守る存在ではないのですか? 貧しく、弱い立場の人々を願いや思いを踏みにじることが、これがあなた方の言う正義なのですか? ならば私はそんな正義は認められない! 私の発言が間違っているというのならば………』

 

 

 おいおい何を言い出すんだぁ……? というシノの乾いた笑いと言葉は、次の瞬間発せられたクーデリアの力強い言葉に塗りつぶされてしまった。

 

 

 

『………ならば構いません! 今すぐわたしの船を撃ち落としなさいッ!!!』

 

 

 

 そして放送は終わった。

 残されたのは沈黙と………

 

『おいおい………!』

『うわ………!』

『な、何言ってくれちゃってんのぉ?』

 

 

 だが、昭弘や昌弘、シノと違い、三日月は眼前の大軍に対して笑みをこぼした。クーデリアの力強い決意が、三日月に力を……今やるべきことを与えていた。

 敵がどれだけいるか、どれだけ強いかなんて関係ない。

 クーデリアの意思を押し通す。それが三日月の仕事だ。

 

「どっちにしろやる………ッ!」

 

 三日月はコントロールグリップ(操縦桿)を握り直し、迫るギャラルホルンの艦隊やモビルスーツを迎え撃つべくフットペダルに力を………

 

『動くな三日月ッ!』

 

 通信越しの鋭い声。〝イサリビ〟ブリッジにいるチャドだ。

 そして、見ればコックピットモニターの向こうでも、異変が起きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「………よし! 望み通り沈めてやるっ! 全艦ッ! 攻撃………」

「統制局より緊急指令です!」

 

 総攻撃を命令しようとした寸前。

 アリアンロッド艦隊旗艦にもたらされた、ギャラルホルンの軍事力を統括する統制局からの指令。

 それは………直ちに全ての攻撃を中止せよ、というものだった。

 

「バカな………! あの小娘をあと少しのところで………っ!」

「経済圏……ドルトコロニーを領有するアフリカンユニオンの意向もあるかと。経済圏の本格的な反発を招くことになれば………」

 

 副官の進言に、艦隊司令官は「ぐぐ………っ!」と歯噛みしつつも、緊急指令に反することなどできる訳が無く、自衛を除くすべての戦闘行為を中止するよう命令を発した。

 その瞬間、ハーフビーク級戦艦の砲撃は止まり、〝グレイズ〟隊が敵機に突き付けていたライフルを上方に持ちあげて静止。やがて翻って戦闘域から離脱していく。

 

 

 鉄華団からの追撃は一切なかった。

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「攻撃が、止まったか………」

 

 物言わぬ遺骸と化した〝グレイズ〟の成れの果てを突き飛ばし、静かに周囲を見やると、先ほどまで激しく銃撃や砲撃をこちらに浴びせかけていた〝グレイズ〟やハーフビーク級戦艦が、すっかり沈黙してしまっていた。

 原作のまま、クーデリアの演説や事前のノブリスらへの根回しによって地球経済圏の一つ…アフリカンユニオンをも動かし、統制局に作戦中止を命ずるように、クーデリアが仕組んだのだ。

 経済圏が重い腰を上げた背景には、ノブリスやマクマードの影響だけでなく、経済圏それ自体の意向も反映されているのだろう。世界唯一にして最強、強大な軍事力を背景に政治的発言権にも触手を伸ばそうとするギャラルホルンに、経済圏のいずれも不満と危機感を抱いているのは周知の通りだ。どこかでギャラルホルンを抑えるきっかけを探していたとしても別に不思議ではない。

 

「退散、するか」

 

 正直、ガスがかなりヤバい。〝ラームランペイジ〟のランペイジアーマーは徹底的な軽量さが売りだが、それでも戦いが長引けばそれだけスラスターガスも消耗する。コックピットのメインモニターの端で、【FUEL】の警告が躍っていたことに、俺はそこでようやく気がついた。

 

 ハーフビーク級戦艦を1隻。

 ビスコー級クルーザーを2隻。

〝グレイズ〟を15機以上。

 

 赤い彗星には遠く及ばないが、それでも足止めとしてはまずまずの戦果だ。

 追撃が無いことを再度確認すると、俺は〝ラームランペイジ〟を翻らせ、ドルト3目がけて機体を飛翔させた。

 

 途中、1機の〝グレイズ〟とすれ違う。

 コックピット部分が無残に抉られ、おそらくパイロットは即死したことだろう。

 殺したのは、俺だ。

 

 そして俺が鉄華団と共に進み続ける限り、敵の屍は積み上がり続ける。

 わずかな感慨だけが胸のある地点まで上がった後に、ゆっくりと沈殿していき、恐怖や逡巡、苦悩の類を覚えることは、それだけはできなかった………。

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 かくて、ドルトコロニーを巡る一連の騒乱は、一旦その幕を閉じた。

 ギャラルホルンは、当初の目論見から大きく外れた事態の変化に翻弄され、労働者たちの暴動や鉄華団の乱入を抑えきれなかった結果………工業コロニーの駐留部隊が壊滅。増援として駆けつけたL7宙域駐留艦隊も、ハーフビーク級戦艦や多数のモビルスーツを喪失するなど甚大な被害を被った。

後詰めのアリアンロッド艦隊が活動家クーデリア・藍那・バーンスタインの座乗艦を捉えるも、アフリカンユニオンの意向を汲んだ統制局からの緊急指令によって、沈めることも戦闘の継続も叶わず、鉄華団の強襲装甲艦や組合側の武装ランチ、モビルスーツがドルト3へ入港していくのを見守るより他なかった。

 

 組合側も、少なくない被害を被ったものの、鉄華団の介入によって各コロニーの多くの戦力がドルト3に集結することができ――――――――そしてコロニー環境や待遇改善を訴える抗議活動をドルト本社前で展開。

 武力衝突になれば組合側のみならず鉄華団のモビルスーツまでドルト3に乱入しかねない事態に、モビルスーツ戦力の大半を失ったドルト3駐留ギャラルホルン部隊は刺激を恐れて出動できず、労働者らに包囲されたドルトカンパニー本社……そしてその経営陣たちはついに観念したのか、代表者同士による話し合いに合意。

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインやサヴァラン・カヌーレを仲介者に、組合代表ナボナ・ミンゴ氏とドルトカンパニー取締役との間で話し合いが持たれ、結果として下記の取り決めが交わされた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~

・一つ、労働者の出自ならびに性別、不合理な身体的特徴や社会的背景・思想を理由に待遇や機会に差別を設けないこと。

 

・一つ、CEOならびに上層部はこれまでのコロニー出身労働者への差別的な応対、行動を謝罪し、コロニー出身労働者への待遇改善に取り組むこと。アフリカンユニオンが定める労働基準法を遵守し、全労働者向け健康保険・介護保険・厚生年金・雇用保険を整備し、法定賃金を支給すること。また、これまでも給与支払い不足分を一部補償すること。

 

・一つ、過重労働が深刻化している現状を改善する他、週休二日制・有給休暇制度を直ちに整備すること。

 

・一つ、ドルト1、2、4、5の工業コロニーで深刻化している公害問題に取り組み、3年以内にドルト6と同程度の環境基準値となるよう取り組むこと。

 

・一つ、労働者組合の活動を容認し、会社側がその活動費用の一部を負担すること。

 

・一つ、今回の騒乱によって生じた費用や損害は全てドルトカンパニー本社が補償すること。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その他、コロニーの限定的な自治権等、アフリカンユニオンの自治法に関する部分は認められず、後日の政府担当者との会談に持ち越すこととなったが、おおよそ組合側の要求が通される形で、双方は合意に達した。

 しかし、ドルト3以外の工業コロニーでは、ナボナら組合中枢の指示を受け付けなくなり暴徒化した労働者たちによる破壊活動が続いており、現地駐留のギャラルホルン部隊が悉く壊滅した状態で治安は急激に悪化。しかし組合が自発的に自警活動を行うことによって、事態は少しずつ沈静化へと進んでいく。

 

 ギャラルホルンを撤退に追いやった鉄華団は労働者たちの歓呼を浴びながらドルト2へと入港。無事にテイワズから託された貨物を下ろし、ナボナ・ミンゴの受け取り証明サインをもらう。

 

 

 こうして鉄華団は、テイワズの一員としての波乱に満ちた初仕事を、完遂した。

 

 

 

 




これで【第6章 ドルトコロニー騒乱】については一区切りつけようと思います。
次章、ドルトコロニー編にていくつか話を挟みつつ、地球降下編に移っていきたいと思います。

次話につきましては11/10(金)投稿予定です。


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第7章 それぞれの旅路
フミタンとクーデリア


▽△▽――――――▽△▽

 

 盆栽を手入れするわずかな音をかきけすように、端末からの音声がマクマードの部屋の隅に響いた。

 

『ドルトコロニーの騒動もひと段落ついたようで』

「あんたにとっちゃあ、とんだ番狂わせだったんじゃないかノブリス・ゴルドンさんよぉ? ギャラルホルンの作戦は失敗。労働者は蜂起に成功、しかも経済圏の干渉まで許して、特にアリアンロッド艦隊のメンツは丸潰れときた。あんたとギャラルホルンとの太いパイプも………」

 

『はは、は。そういじめてくださいますな。むしろ収穫は大きかったと、貴方同様喜んでおりますとも。クーデリア・藍那・バーンスタイン………マクマードさん、あなたのおっしゃる通り、コロニーで死なせるには惜しいお方だ。当然、援助は続けさせてもらいますよ。火星のより良い未来のためにね』

 

「ふ………。火星随一の大商人サマがえらく殊勝な心掛けをするじゃないか。まあ、これからお互い忙しくなりそうじゃないか」

『ええ。今後とも末永いお付き合いを期待したいものですなぁ。マクマード・バリストン様とも、クーデリア・藍那・バーンスタインとも………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『ドルトコロニーを巡る一連の騒乱は、労働者組合側とドルトカンパニー本社の労使関係の見直し合意によって一つの終着点を迎えました。しかし、ドルト4、5などの工業コロニーでは未だに破壊活動や略奪が後を絶たず、現地のギャラルホルン駐留部隊が対応に追われています。ギャラルホルンのグレナー報道官は………』

 

 

 高画質のモニターに映し出されるニュース映像。各所で黒煙が立ちこめる工業コロニーの街並みや破壊されたギャラルホルンMW、負傷した労働者の様子などが次々と画面の中で流れていく。

 テレビモニターから視線を移すと、向こうには展望窓が。どこまでも続く宇宙空間がその先で広がっており、時折見える光点は、入出港する民間の宇宙船だ。

 フミタン・アドモスは広大なラウンジで一人、自分が乗ることになる定期船の搭乗開始時間を待っていた。

 

 

―――――嫌いだった。

―――――何も知らない、ただまっすぐな彼女の瞳が………

 

 

 思い起こすのは過去の回想。初めて出会った時、もっとたくさんのことを知りたいとせがまれた時、火星のスラム街でフミタンとはぐれ……ようやく見つけて泣きじゃくったクーデリアを落ち着かせるために抱き締めた時………そして今日に至るまでの軌跡が、まるで走馬燈のように思えて、フミタンは一人自嘲した。

 ふと、再びモニターを見ると、クーデリアが労働組合の者と握手を交わすニュース映像が流れていた。ギャラルホルンを退け、労働者の権利を勝ち取ったクーデリアは、今や時代が認めるヒロイン。もう、自分が世話していた世間知らずのお嬢様はいないのだ。

 

 

 と、

 

 

「………フミタン」

 

 静かに自分を呼びかける声に、フミタンはスッと、座っていたソファから立ち上がった。

 そして振り返ると………そこにはクーデリアの姿が。周囲をごまかすためか、目深く帽子を被って多少の変装をしているが、テレビモニターの姿と比較されれば一目瞭然だろう。

その傍らには、彼女が雇った傭兵、蒼月駆留がボディーガードよろしく油断なく一歩下がって立っていた。

 

「お嬢様………」

「本当に、行ってしまうのね………」

「申し訳ありません。私にはお嬢様のお傍に使える資格などなかったのです。最初から」

「そんなことっ! フミタンは私の、いえ、私たちの家族の一員よ。それは変わらないわ」

 

 その、澄んだ瞳を直視することができず、フミタンは思わず視線を逸らした。

 

「………その目は、ずっと変わらないのですね」

「えっ?」

「私は、ノブリス・ゴルドンのエージェントでした。任務はバーンスタイン家の監視と……クーデリア・藍那・バーンスタイン暗殺の手引き。事が問題なく進めば、あなたはここで殺されるはずだったのです。………こんな裏切り者の私を、まだ家族と呼んでくださると?」

「ええ」

 

 クーデリアは力強く首肯した。

 

「ノブリスにはあなたに手を出さないよう、約束させたわ。もしあなたに危害が加わるようなことになれば、火星ハーフメタル利権についてはテイワズを中心に話を進めると。もう、貴方に指図できる人はいないわ。………私も」

「お嬢様………」

「私には、フミタンを止めることはできないわ。フミタンが私の下を去りたいのなら………私には送り出すことしかできない」

「………」

「でも忘れないで。私にとって、あなたはかけがえのない家族だということを。どうか、それだけは………」

 

 沈黙が、しばらく二人の間を包み込んだ。カケルは、黙って一歩後ろに下がったまま、事の次第を見守っている。

 

「フミタン。お願いがあるの」

 

 唐突に切り出したクーデリア。その瞳には強い決意が湛えられている。

 

「私は、アーブラウとの交渉を必ず成功させるわ。そして、火星ハーフメタルの価格制限を撤廃させて、それを基に火星の経済を立ち直らせる。フミタンには火星で、その下準備をお願いしたいの。私自身が火星ハーフメタル産業に携われるように」

 

 もっと多くのことを知りたいとせがんだ時。

 自分の世界を広げるために火星のスラムに行きたいと頼み込んだ時。

 それと同じ、澄んだ瞳がフミタンを真っ直ぐ見つめていた。そしてそんな目を向けられた時、フミタンはいつも………

 

 

『―――お待たせ致しました。16時15分発火星行きR485便の搭乗手続きを開始いたします。チケットをお持ちのお客様は7番搭乗口よりご搭乗ください。繰り返します。16時15分発火星行き――――』

 

 

 搭乗手続き開始のアナウンス。

 フミタンは踵を返し、手荷物を持って搭乗口に向かって歩き出した。

 クーデリアもカケルも、黙ったままそれを見送る。引き止めたい気持ちを必死でこらえているのは、分かっていた。

 

 許されるのならば、

許されるのならば振り返って、再びお嬢様の傍に………

 

 だが、裏切り者の自分を傍に置けば、ノブリスはまた妙なことをしないとも限らない。鉄華団のあの団長も、裏切り者を大事な顧客の近くに置くことにいい顔はしないだろう。

 そして自分自身が………それを許せないのだ。

 だがもし、その罪を贖える時が来るとしたら――――――――――

 

 フミタンはゆっくりと、振り返った。

 だが、それだけだ。引き返すことは、許されない。

 

 

「………お嬢様のお帰りを、火星でお待ちしております。ご準備の方も必ず。火星にお戻りになられ次第ただちに事業を立ち上げられるよう、手配いたします」

 

 

 いつものように姿勢を正し、フミタンは丁寧にお辞儀をした。

 顔を上げると、クーデリアの表情が輝いているのが見えた。

 思わず、自分の表情がほころんでしまうのを、どうしても止めることはできなかった。

 

 

「必ず、火星に戻ってくるわ。だから………待っていてフミタン」

「承知いたしました。お嬢様」

 

 

 深く再度一礼して、フミタンは搭乗口への歩みを再開した。

 搭乗口で簡単な手続きの後、エアロックから船内へ。

 宇宙港に面した船窓から、ラウンジが見えた。

 クーデリアがこちらへ手を振っている。振り返したいが、後がつかえているために先へ先へと進まなければ。

 そして船室へ。手荷物を簡易ベッドの上に置く。船室は宇宙港とは反対側に面しているために、広がっているのは、どこまでも続く宇宙空間ばかり。

 

 クーデリアは地球へ。フミタンは火星へ。

 一度道は違えども、いつかまた巡り合う。

 

 火星で、お嬢様がやるべきことをスムーズに成し遂げられるように、やるべきことはたくさんある。

 また、変わらず忙しくなる予感に、フミタンは一人、笑みをこぼさずにはいられなかった。

 

 

 クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 彼女は人々にとってだけでなく、自分にとっても、ただ一つの希望なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 火星行きの定期船が遠ざかっていく。

 その姿が星々の間に混ざり合い、やがてその光輝すら見えなくなっても尚、クーデリアはラウンジの展望窓に片手を当てて、ジッと見やったまま動かなかった。

 

「………クーデリアさん。そろそろ」

 

 俺は、周囲に気を配りつつクーデリアにそっと耳打ちした。

 ドルト市民は赤いドレスを纏ったクーデリアの姿しか知らず、衣装を変え、帽子を目深く被って一応は姿を隠している彼女をクーデリア・藍那・バーンスタインだと、気付いている者はいないようだった。だが、万が一ということもある。

 大騒ぎになる前に、彼女を〝イサリビ〟に連れていった方が無難だ。

 だが、当の本人は動かず、船が消え去った先を眺め続けていた。

 

「クーデリアさん」

「! す、すいません。そうですね、行きましょう………」

 

〝イサリビ〟に戻るには一度、隣のドルト2へ向かう必要がある。

 組合から借りたランチを1機、宇宙港の小型船用ベイの一つに停泊させているのでそれで母艦まで戻ればいいだけだ。

 

「………出航は明日でしたよね?」

「ええ。私たちは行かなければなりません。………地球へ。私を信じついて来てくれた人たちのためにも。フミタンのためにも」

 

 そのためには、地球軌道を守る地球外縁軌道統制統合艦隊の絶対防衛線をかいくぐって地球に降下する必要がある。原作通りの激戦になることは間違いないだろう。

 それに鉄華団への復讐に燃えるガエリオ・ボードウィンも。

 

 と、人影が2つ、こちらへと近づいてきた。

 

「あ」

「クーデリアさんっ! これにカケルさんも!」

 

 何の気なしに歩く三日月とアトラの2人組。アトラはいつものように元気よく、ててて……とクーデリアに近づいて来て、

 

「私たち、今から買い出しに行くんですけど、一緒にどうですかっ?」

「え? ええと………」

 

 原作通りの買い物編をここで入れるつもりなのか………

 だが、クーデリアがドルト中のテレビに映った有名人である以上。目立った真似は、かなりマズい。

 さすがに、それとなく二人の間に割り込んで、

 

「クーデリアさん。今の情勢だと街中での護衛はかなり厳しいです。もしクーデリアさんが街にいることが知られたら………」

「そ、そうですね」

「別に。大丈夫でしょ」

 

 そう言いながら三日月は火星ヤシを一つ口の中に放り込む。

 アトラはふと、不安げな表情でクーデリアを見上げて、

 

「あの………クーデリアさん、今までずっと頑張ってきたから、どこかで息抜きした方が絶対いいと思うの!」

「護衛なら俺がいるし、大丈夫じゃない?」

 

………まあ、サヴァランやノブリスの暗殺者にとっても、彼女を殺すメリットは無くなったことだし。ギャラルホルンが手を出したとしても、イメージダウンに拍車がかかるだけだ。不安は残るが、確かにドルトコロニーに近づいてきたからここ数日、クーデリアが根詰め過ぎているのは間違いなかった。

 

「ね! いいでしょ!?」

「え、ええ。………そうですね。何か気晴らしになることがあれば」

「じゃあ決まりっ! まずは洗剤とかたくさん買わなきゃ!」

「………確かに、これを機に艦内の衛生環境を何とかできれば………」

 

 あ、『希望を運ぶ船』のくだりがここに来た。

 確かに、ドルトコロニーに来て以来買い出しは全くなかったので、艦内は汚れ放題だ。何にせよ日用品は補充する必要がある。………それと、こっそりつまみ食いしたライドの備蓄菓子も、補充しておかなければ。

 仕方ないか。と、俺はすっかりその気になった二人に付いていこうとしたのだが、

 

 

「あ。カケル。そういえば………」

「ん? どうした三日月?」

「前に船に乗ってた人から通信来たってオルガが。カケルに会いたいってさ。カケルに会ったら伝言しておいてくれって、場所とか聞いてるけど、どうする?」

 

 

 

 

 

 




すいませんが、次話投稿については未定です。
ストックが溜まり次第、投稿していこうと思います。


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カケルとクランク

お待たせしました。


▽△▽――――――▽△▽

 

 指定されたのは、ドルト3宇宙港の荷下ろし場の一角。無重力区画で無数のコンテナがどこまでも積み上げられ、広大なスペースを埋め尽くすように並んでいた。

 

「指定されたのはここのはずだけ、ど………」

 

 まだ来ていないのか、静まり返った荷下ろし場には誰一人として人影を見出すことができなかった。

 とりあえず「よっ」とキャットウォークの手すりに腰かけ、相手が来るのを待った。

 すると、

 

「遅れてすまなかった。何か飲むものでもあればと思ってな」

 

 野太い声に振り返ると―――ちょうど俺の背後にクランクが降りてきた所だった。両手にはドリンクのボトル。そのうちの一つを、俺に向かって流してきた。微糖コーヒーのロゴが貼られている。

 ふわふわと漂うそれを俺は受け取りながら、

 

「ど、どうも………」

「まさか実働部隊一筋の俺が、諜報部の真似事をさせられるとはな。頼まれてた地球・アーブラウの情報、手に入ったぞ」

 

 俺と同じく手すりに腰かけ、クランクは俺に一台のタブレット端末を差し出した。

〝イサリビ〟から下艦させる前、クランクにはクーデリアの演説が入った情報チップとは別に、地球・アーブラウの情報を集めてほしいと依頼していた。正直、自分で調べた方がいいと思ってたところだったが、律義に調べ上げてくれていたのだ。

 手渡された端末の画面に表示されていたのは、

 

 

【アーブラウ代表・蒔苗東護ノ介氏 辞任! 贈収賄疑惑が背景か!?】

【アーブラウ政財界の大物失脚劇 次期代表の椅子は誰の手に?】

 

 

「地球の新聞記事がコロニーに来るのは2、3日遅れでな。しかも一定以上の富裕層にしか配信されていない。世話になったドルトの公共放送の人間に頼んで、これを手に入れた」

「助かりました。ありがとうございます、クランクさん」

「………だが、この記事の通りなら、クーデリア・藍那・バーンスタインの交渉は………」

「すぐにクーデリアさんにこのことを伝える必要があります。………本当に助かりました。ギャラルホルンに復帰された身なのに」

「いや………ギャラルホルンには正式に除隊願いを出し、受理された」

 

 クランクは、どこか吹っ切れたような晴れた表情で、天井を仰いでいた。

 

「………良かったんですか? ギャラルホルンっていったらエリート組織なんですよね」

「そうだな。だが、俺は元々上から色々と疎まれていてな。出世街道からはすっかり遠のいていた。それに今回のことではっきりした。………ギャラルホルンにいては、俺は俺が正しいと思った道に進むことができない、とな」

 

 実際、原作では意に添わぬ少年兵たちへの虐殺を強要されそうになり、苦肉の策として鉄華団に個人での決闘を挑み、敗れ、死んだ。

 それとはまったく異なる未来を、クランクは歩もうとしているのだ。

 

「これから、どうするんですか?」

「しばらくはドルト2で世話になろうかと思う。モビルスーツ、モビルワーカーは一通り扱えるからな。後のことは、こちらに来るアイン共々考えよう」

 

 こちらに来る?

 思わず首を傾げた俺に「おお、そうだった」とクランクは俺に渡した端末を横から操作した。

 画面が移り変わり、

 

 

『クランク二尉! お元気ですか? ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。この通り意識も戻りましたので、これからテイワズの高速船に乗ってクランク二尉が乗っていらっしゃる船が寄港されるドルト3へと向かいます。このメッセージをクランク二尉が乗船されている船を所有する組織に託しますので、どうかドルト3でお会いできますよう………』

 

 

 映し出されていたのは、すっかり回復した様子のアイン・ダルトンだった。船の一室らしい場所を背景にしている。

 

「アインさん、意識が戻ったんですね」

「ああ。俺たちが歳星を出てから意識を取り戻したようでな。2、3日のうちにこちらへ来るそうだ」

「アインさんもギャラルホルンを抜けるんですか?」

「それはアイン自身に決めさせる。家のこともあるだろうし、俺のように決めることは難しいだろう。だが、アインには自分が正しいと思う道を歩んでほしいと思っている」

 

 

 そうですか。と俺はぼんやり返事しつつ、ドリンクのストローを加え、中身を少し吸った。コーヒーの苦みが、口の中で広がって、液体を嚥下してもしばらく余韻を残す。

 そんな俺にクランクさんは、

 

 

「どうした、カケル? 最初に会った時に比べて、ひどく精彩を欠いているように見えるが」

「そ、そうですかね?」

「………悩み事か? 俺でよければ話ぐらい聞いてやるが」

 

 そんな頼もしい言葉に、俺は思わず少し俯いていた顔を上げつつ、

 

「クランクさんは………」

「ん?」

「クランクさんは、人を殺すことについてどう思いますか?」

「やらなければならない時はあるだろう。軍人として、お前のような傭兵として。だが、いかに高尚な理由があれ人を殺めること自体は罪だ。人が人を傷つけ、殺すような世界などあってはならない。だからこそギャラルホルンが存在するのだ。………火星周辺の海賊討伐任務で、海賊と戦い、殺したこともある。罪悪感はそうすぐに消えるものではない」

 

「俺は人を殺すことを恐れません。後悔もしません。躊躇うことも、ありません。気づいたらそういう身体、そういった精神になっていました。目的の為なら障害になる者は全て殺す」

 

 ほう、とクランクが目を細めた。

 構わず俺は続ける。

 

「俺には目的があります。そのためなら、何人だって殺す。何だって破壊する。………けどその先の、俺が行きたい未来に、俺の居場所があるのか……俺が、俺自身でい続けられるのか。先日の戦いからずっと、それを考えてました」

 

 しばらく、沈黙が流れる。

 何も稼働していない荷下ろし場で、遠くの区画での作業音だけが、時折わずかに聞こえてきた。

 やがて、クランクは静かに、

 

「………つまり、道を見失っている、ということだな?」

「そう、かもしれません………」

 

「カケル。俺がお前に代わって、その答えを見出してやることはできない。だがな、自分にとって正しいことを為そうという気持ちは、決して失ってはならない」

「自分にとって正しいことを………」

 

「……アインにもいつか言ったが、人間なんて一人一人違う。もともと、一括りにはできないものだ。人間の数だけ思いがあり、正義がある。自分自身に、何が正しいか問いかけ続けろ。そして、お前という人間の生き方を、この世界に見せるんだ。自分自身の軸がしっかりしていれば、迷ってもいずれ己の正道に立ち直ることができる」

 

 

 何が自分にとって正しいことか。

 何を為すべきか。

 そして自分の軸………

 

 

「俺は………」

「うん?」

「俺には、目的があります。行きたい未来があります。そのためなら、戦うことも、殺すことも、死ぬことも恐れない」

「そうか。ならばそれが、蒼月カケルという男に与えられた〝強さ〟だ。それがお前を導いてくれる。大事なのは目的、どこに行き、何を成し遂げたいのか、それを決して見失わないことだ」

 

 バシン! 軽く背を叩かれ、思わず俺は背筋がピンと伸びた。「はは」と、クランクは軽く笑いかけながら、

 

 

「行け、カケル。望む未来に行き、望む居場所を手に入れろ。決して己の願いを見失うことなく………お前と言う人間の生き方を、見せるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 クランクと別れ、宇宙港のストアで少し買い物をした後に、〝イサリビ〟が寄港しているドルト2コロニーへ。

〝イサリビ〟へと戻ると、翌日の出航に向けた準備がひと段落ついたようで、夜勤シフト態勢下で艦内はすっかり静まり返っていた。

 ライドの備蓄菓子を補充するついでに何か腹に詰めるか……と買い物袋を提げて食堂に向かうと、すでに数人の人影が。後ろ頭だけで、すぐに昌弘やアストンら元ヒューマンデブリ組だと分かった。

 ようやく人数分の制服が揃ったらしく、皆、背に鉄華団のエンブレムをあしらったジャケットを羽織っていた。

 

「うは~。食った食った」

「ビトー、食い過ぎだろ」

「しっかり食わねえと昭弘さんみたいにデカくなれねえだろうが」

「あのガチムチ兄貴を目指してるのかよ………」

「………ん? どした、ペドロ。残すのか?」

 

 アストンの言葉に、まだフードプレートに食事を残したままのペドロは「あ、いや……」と少し口ごもりつつ、

 

「何か………今まで死んだ奴らにも、食わせてやりたかったなって………」

「あ………」

 

 俺が知ることはできないだろうが、ヒューマンデブリとして使い潰されていく中で死んでいった彼らの仲間たちのことだろう。気まずい沈黙が、彼らの間で流れる。

 それを打ち破ったのは、デルマの言葉だった。

 

「………あいつらなら、今ごろ、どっかで生まれ変わってるかもしれねぇな」

「? 何だそりゃ?」

「昔さ、ブルワーズの時よりずっと前、聞いたことがあるんだ。人間は、死んだら生まれ変わるって………」

 

 生まれ変わる? 思わず重なったビトーやアストンの声に、デルマは小さく頷きつつ、

 

「もう一度赤ん坊になって、母ちゃんの腹から生まれて来るんだと。今までのこと全部忘れて、人生やり直せるって」

「そう………だといいな」

「だからさ、俺たちは俺たちで今、精一杯生きてけばいいんだよ」

 

 デルマの言葉に、ペドロは「うん……そうだね」と、わずかにはにかんで、少しずつ食事を口に運び始めた。

 

「早く食わねーと、そのデカいの食っちまうぞ~」

「ビトーは食いすぎ」

「3人分ぐらい食っただろ」

「う、うっせーな! 今まで全然食えなかったんだから、遅れ取り戻さねーと」

「うまいな、これ」

 

 ワイワイ騒ぐ少年たち………邪魔しちゃ悪いな。

 俺はとりあえず空きっ腹を抱えたまま、まずは格納デッキに向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 格納デッキに足を踏み入れるとすでに整備組の大半が仕事を終えたらしく、数人の夜勤の少年兵だけで、ひっそりと静まり返っていた。

〝バルバトス〟〝流星号〟〝グシオン〟……それに俺の〝ラーム〟も静かに佇み、次の出撃の時を待っているようだった。〝ラーム〟は既に二重装甲の再取り付けが完了し、元のずんぐりとしたフォルムに戻っている。

 

「おう。カケルか」

 

 だみ声に振り返ると、雪之丞がこちらへと近づいてくる所だった。その背後からついてきているのは、

 

「おやっさん。それに、クレストも」

 

 ブルワーズのタンクトップから鉄華団のインナー、ジャケットへと着替えたクレストは、もう年少組の……エンビやエルガー辺りの子供たちと変わらない。

 

「やっとジャケットが来たんだな。似合ってるぜ」

「へへ………」

 

 制服の襟をつまんで嬉しそうにはにかむクレスト。その肩に、雪之丞はポンと手を置き、

 

「ちったぁ感謝してやれよ。お前さんが散らかした〝ラーム〟のパーツを拾うために、〝マン・ロディ〟じゃ燃費が悪いってんで阿頼耶識を積んでねぇ組合のモビルスーツを借りて何時間も飛び回ってたんだからよ、こいつ」

「そうなのか………ありがとな、クレスト」

「うん。でも、全部は拾えなかった………」

 

 ちょっと恥ずかしそうに、クレストは少し俯いてそっぽ向いてしまった。

 できれば俺自身で拾いに行きたかったが、あいにくとフミタンやクランクの件、それにクーデリアの護衛なども重なってすっかり整備組に丸投げしてしまっていたのだ。

 そうだ。

 

「じゃあ、お礼と言っちゃあ何だけど………」

「?」

 

 がさごそと買い物袋をまさぐり………あった。

 俺は一枚の、板チョコをクレストに差し出した。

 

「やるよ」

「………いいの?」

「人数分無いから、他の奴らには内緒な」

 

 クレストはこくこく、と頷いて、おずおずと手に取った板チョコをジャケットの内ポケットの中に挿し入れた。

 雪之丞はそれを微笑ましく見守っていたが、

 

「とりあえずクレストが回収したのと、テイワズが作った予備パーツで〝ラーム〟の二重装甲はバッチリだ。だがなぁ、これからしばらく補充できるアテもねェし、なるべくアーマーパージなんてのは遠慮してもらいてぇんだが」

「そうですね。〝ランペイジアーマー〟モードは、〝ガンダムラーム〟の切り札みたいなものですし。気を付けます」

 

 俺の言葉に、おう、と雪之丞さんは軽く頷きつつ、ふと大きな欠伸を見せた。

 

「……あぁ。ちょっと軽く食って一眠りしてくらぁ」

「あ。じゃあ俺も食堂行きます。俺も飯食ってないし。クレストもどうだ?」

「うんっ!」

 

 身軽な足取りで無重力を蹴って駆けていくクレストに、それに続くようにゆっくり進む雪之丞。

 俺もその後を追おうとして………ふと、背後の〝ラーム〟に振り返った。

 

 

「………一緒に行こうな、〝ガンダムラーム〟。俺が、俺たちが望んだ未来にむかうために、な」

 

 

「………カケル?」

「おい、どうしたぁ? 食堂行くんじゃなかったのかぁ?」

「あ。今行きます!」

 

 床を蹴って俺は、格納デッキの出入口で待つクレストと雪之丞に向かって飛んだ。

 

 

 

――――――俺は止まらない。

――――――俺が望んだ未来に向かって、走り続けてやる。

 

 

 

 







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第8章 地球へ
旅の再開



やっとこさドルトコロニー編終了です………



▽△▽――――――▽△▽

 

「いやぁ。この度は大変お世話になりました」

「こっちこそな。………だが、アンタらはこれからが大変なんだろ?」

「そうですね。治安の問題もありますし、近々アフリカンユニオン当局の査察が入るようです。役員会の一新で私たちを巡る環境も大きく様変わりすることでしょう。大事なのは、この改革を維持し続けることなのです」

 

 ドルト2の荷下ろし場。

 コロニー中の労働者たちが、今日出航の日を迎える鉄華団を見送ろうと集まり、貨物でいっぱいであるべきはずの荷下ろし場は緑の作業服が特徴的なコロニー労働者たちの群れで埋め尽くされてしまっていた。

 鉄華団側は、オルガを始めとして三日月、ユージンやビスケット、シノら鉄華団年長者の面々が揃い、見送りの余りの多さに三日月以外は戸惑っている様子だった。俺は、少し離れた所からその様子を見守っている。

 

 コロニー労働者や鉄華団を代表して、ナボナとオルガがそれぞれ進み出て、固く握手を交わした。

 

「鉄華団の方々には、大変お世話になりました」

「こっちこそ………ご利用、ありがとうございました」

 

 

 向こうではビスケットが、駆けつけた兄…サヴァランと向かい合っていた。一新されることとなったドルトカンパニー役員会においてさらに責任のある立場となったサヴァランは、ドルトコロニーの公害問題や労働条件の問題にこれから精力的に取り組んでいくのだろう。

 

「どうか気をつけてな。またドルトに戻ってくるんだぞ」

「うん………ありがとう、兄さん」

「無理して背負い過ぎるんじゃないぞ。今は難しいかもしれないが、なるべく堅実で安定した生活を送るように………。ばあちゃんや妹たちに、よろしく伝えてくれ」

「分かった。………兄さんも元気でね。あの………俺やクッキー、クラッカーが小さいときに一生懸命働いてくれて、面倒見てくれて………本当にありがとうございました」

 

 互いに力強く抱きしめ合うビスケットとサヴァラン

 やがて、抱擁を離すとビスケットはオルガ共々踵を返し、仲間たちの下へと向かった。

 三日月たちと共に〝イサリビ〟へと戻ろうと………

 

 

 

「………それではッ!! クーデリアさんの交渉の成功と! 鉄華団のこれからの更なる躍進を願って!!! ―――――ばんざーいッ!!!」

 

 

「「「「「「「「ばんざーい!!」」」」」」」」

 

「ばんざーいッ!!!」

「「「「「「「「ばんざーいッ!!」」」」」」」」

 

「ばんざーい!!!!」

「「「「「「「「ばんざーい!!!!」」」」」」」」

 

 

 

 ナボナの音頭に万歳! 万歳!! の何百人もの唱和。突然の出来事に一瞬鉄華団の誰もがビクッと身をすくませたが、

 

「………こういうのも悪くねぇな」

「だね」

「ちょっと恥ずかしいけどね」

「バンザーイ! バンザーイ!!」

「お、おいシノっ! 俺たちが言ってどうすんだよ!」

「何だよユージン。やっちゃおかしいのかよぉ」

 

 等々言い合いつつ、コロニー労働者たちの万歳三唱や歓呼に送られながら、俺たちは〝イサリビ〟へ。

 全員が乗り込み、ドルトコロニー宛の貨物の代わりにこれからの旅に必要な物資を満載した〝イサリビ〟は、繋留を解除してゆっくりとドルト2を離れた。

 宇宙に出ても、組合のランチや組合所属となったモビルスーツ〝スピナ・ロディ〟が見送りのために展開し、ランチの上でノーマルスーツを着た人間たちが大きく手を振っているのが見えた。

 

 

 そして〝イサリビ〟の針路の奥で………数十隻のハーフビーク級戦艦やビスコー級、そして100機以上はいるだろうモビルスーツを展開させるアリアンロッド艦隊が待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『これより本艦は戦闘態勢に入ります! 各員所定の配置についてください。繰り返します――――――――』

 

「〝バルバトス〟から下ろすぞォーっ! ガスはきっちり入れてるな!?」

「大丈夫ですっ!」

「さて………ホントにドンパチなっちまったらこっちにゃ勝ち目がねえぞ。大丈夫だろうな………」

 

 おそらく大丈夫です。と、パイロットスーツに着替えた俺は、ぼやく雪之丞の傍らに着地した。

 

「今ここで鉄華団やクーデリアさんに危害を加えれば、アフリカンユニオンから動きを抑えられているアリアンロッド艦隊はその意向を無視したことになりますから。政治的なダメージを考えたら俺たちを素通りさせるはずです」

「なら………いいんだけどなぁ」

 

 と、「〝ラーム〟の準備OKっす!!」と整備の年少組に混じっていたダンジが声を張り上げてきた。「おう!」とそれに返しつつ、

 

「じゃあ。また後で」

「おう。気ぃ付けてな」

 

 そして開け放たれた〝ラーム〟のコックピットに飛び乗りつつ、素早く各システムを立ち上げていく。

 見れば、〝バルバトス〟が出撃準備を整えて、作業用クレーンで下部デッキのカタパルトへと降ろされていく所だった。

 

『お先に』

「ああ」

『気ぃつけろよ』

『腕が鳴るぜェ!』

 

 だが、まだ発進はしない。モビルスーツを下手に出せば、こちらに戦意ありとアリアンロッドに受け取られかねないからだ。

 地球への航路に沿って〝イサリビ〟は進んでいく。それに立ちはだかるようにアリアンロッド艦隊が展開しているはずだが、

 

「ブリッジ。状況は?」

『攻撃が始まる兆候は見受けられません。こちらの航路を邪魔しないよう、道も空けているみたいです』

 

 モニターの一角に映るメリビット。フミタンに代わって、これから彼女が〝イサリビ〟のオペレーターを務めることとなる。

 艦首映像にもアクセスすると、数十隻もの戦艦や宙域を埋め尽くすように展開するアリアンロッド艦隊仕様の〝グレイズ〟の姿が。

 真正面から戦えば、まず勝ち目はない。

 昭弘らもこの光景を見やっているようで、

 

『スゲェ数だな……!』

『逃げてぇ~』

『逃がしてもらえるもんならね……!』

 

 さて………ギャラルホルンが政治上の駆け引きを無視できない組織である以上結果は分かっているとはいえ、思わず掌に汗が滲む。

 そして完全にアリアンロッド艦隊の射程圏内に入った。

 瞬く間に〝イサリビ〟の周辺はハーフビーク級戦艦の群れで埋め尽くされる。そして100機以上はいるだろう〝グレイズ〟隊。

 もし、それらが一斉に砲火を〝イサリビ〟に集中させたならば………

 

 嫌な沈黙がしばらくコックピットを包み込む。誰もが固唾を飲んで〝イサリビ〟が無事、アリアンロッド艦隊の艦列を抜けるのを待っているかのようだった。

 そして―――――――

 

『――――アリアンロッド艦隊の包囲を抜けました。間もなく射程圏外。ですが指示があるまで警戒態勢を維持してください』

「了解」

 

 今度は艦尾のモニターに切り替える。

 反転して攻撃する訳でもなく、アリアンロッド艦隊各艦はその場に静止し続けていた。モニターにはハーフビーク級の艦尾が映し出され、時間と距離の経過と共にそれも小さくなる。

 やがて〝イサリビ〟はアリアンロッド艦隊の射程圏外まで完全に脱する。

 

「………ふぅ」

『あいつら、攻撃してこなかったな………』

『冷や冷やモンだったぜ………』

 

『………すごいんだな、アイツ。俺たちが必死になって、一匹一匹プチプチつぶしてきたヤツらを………声だけで、止めて動けなくした』

 

 

 やがて安全だと判断できる距離まで離れるとメリビットから警戒態勢の解除が通達された。

〝イサリビ〟の針路上には小さく蒼い星………地球が見えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 タービンズはギャラルホルン注意を誘わないよう遅れて、ブルワーズ艦を牽引して出航することになっていた。

 あらかじめ物資を満載し、そして――――――

 

 

『ああ、そうそう。テイワズからな、もう一人アドバイザーを送ることになった』

『………アドバイザー、ですか?』

『おいおい、オルガ。そう嫌な顔するんじゃねぇよ。今度は技術アドバイザーだ。お前たちはまだまだモビルスーツ整備に関しちゃ慣れてねぇ所が多いだろうからな。心配しなくても、腕は確かだがお前ら同様初心な娘だよ』

『………別に、そこは心配してないんですが………』

 

 

 そしてドルト2出航前。一人の少女が〝イサリビ〟へと飛び乗った。

 

 

 

 

 

「………ああっ! まさか〝バルバトス〟と〝ラーム〟〝グシオン〟!! 伝説のガンダムフレームを3体もこの手でいじれる日が来るなんて! この美しいフレームデザイン! 幻のツインリアクターシステム! メインOSの阿頼耶識システムがまだ生きてるなんてッ!! それにそれにっ!〝ガンダムラーム〟に至っては300年の劣化を一切感じさせない! こんな完璧な形で現存するガンダムフレームなんて見たことが無いわッ!!」

 

―――――凄まじくデジャヴ感のある台詞を怒涛の如く吐き出し続けるのは、〝ラーム〟の改修でも散々世話になった、テイワズの技術者である少女…フェニー・リノア。

 当初はテイワズから女性のアドバイザーが来る、と聞きつけて浮き足立っていた年頃の少年団員たちだったが、到着早々格納デッキのガンダムフレーム3機にへばりつき酸素欠乏症後のテム・レイよろしくガンダムへの愛の言葉を延々と吐き続けて離れない彼女の姿に………皆、何かを察したのか今では彼女の近くにいるのは俺とダンジとタカキ、それに雪之丞だけだ。

 

 

「あの………こいつってそんなにスゴいんスか?」

「すごいも何も! コイツは厄祭戦を終わらせたとも言われる72体のガンダム・フレームのうちの3体なんだよ!? ただ資料が少なくて、今じゃ幻の機体なんて呼ばれてる! そんな機体を3つ! 3つも弄り回せるなんてッ………嗚呼、生きててよかった!!」

「い、いや………弄り回されたら困るんだが………」

「しかも〝ラーム〟に至っては製造当時のデータがバッチリ残ってるときた! さらには背中のバックパック! これは兵装製造自動工場になっていてマテリアル・カートリッジから物質を分子レベルで分解してガトリングキャノンの特製弾を作るなんて! これはロストテクノロジー中のロストテクノロジー! 是非とも! 何が何でも調さ………いや、バラバラに分解しなければッ!!」

「「「「………」」」」

 

「さあ、見せてやるわよ! 歳星整備オヤジ直伝! フェニー・リノアのモビルスーツ鍛冶術ってヤツをねッ!! まずはギャラルホルンのモビルスーツを参考に作ったこの装置をガンダムフレームの記憶回路に取り付ければその総合戦闘力は最低でも3.2%の上昇値を………」

 

 

 どりゃー! と工具も無しに〝ラーム〟の頭部目がけて突っ込んでいくフェニーの姿に、一同ただただ唖然と見守るより他なかった。

 とりあえず、彼女がいれば鉄華団のメカニック周りもさらに改善されるだろうな。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 出航前にタービンズとは段取りを済ませてあり、4時間後に〝ハンマーヘッド〟がブルワーズ艦を牽引して合流する予定となっている。

 いよいよこれから地球降下………地球外縁軌道統制統合艦隊との激戦が控えている。そして地球に降りてからも。

 

 俺が次にやるべきことは、決まっている。

 

「………で、どうしたカケル? 話ってのは」

「何か、あったのですか?」

 

 誰もいない通路の端。

 オルガは休息を取る予定だったのだが、俺は「話があります」とブリッジに呼び出した。自室で交渉の準備を進めていたクーデリアも。

 俺は「お休みのところすいません」と前置きしつつ、

 

「とりあえずこれを見てください」

 

 俺が二人に差し出したのはタブレット端末。表示されていたのは、クランクに調べてもらった地球・アーブラウに関する新聞記事。

 

 

【アーブラウ代表・蒔苗東護ノ介氏 辞任! 贈収賄疑惑が背景か!?】

【アーブラウ政財界の大物失脚劇 次期代表の椅子は誰の手に?】

【代表指名選挙は2ヶ月後に 次期代表はエリート官僚出身 アンリ・フリュウ氏か】

 

 

「これは………!?」

「な、なんだこりゃあ……?」

「クランクさん……ドルトで降ろしたギャラルホルン士官の人にお願いして調べてもらったんです。地球に関する情報が少しでもあれば、と思ったので。こちらの記事では、蒔苗東護ノ介氏は失脚後、オセアニア連邦で静養していると書かれていますが、事実上の亡命かと」

 

 果たして、端末に表示されている記事をオルガとクーデリアはしばらく凝視していたが、

 

 

「おいおい。じゃあ俺らは何の力もない爺さんに会うために地球くんだりまで………!」

「そんな……! では、では私たちのやってきたことは………!」

 

 狼狽えるオルガとクーデリアを「落ち着いてください」と宥めて、俺は、今度は記事が発刊してから2ヶ月後に行われるという代表指名選挙の記事を端末に表示させた。

 

「おそらくクーデリアさんが蒔苗氏と地球との交渉を取り付けた時点でその地位は危ういものであったと推測できますが………蒔苗氏はクーデリアさんを地球へと呼んだ。おそらく、代表指名選挙で再選する見込みがあるからではないでしょうか?」

 

 そう考える根拠を、俺はなるべく丁寧に説明した。一つ、経済圏各国ではギャラルホルンによる治安維持体制に不満と不安を抱いていること。一つ、蒔苗氏が政財界の大物であり、財力とコネクションで代表の地位に返り咲くことができる要素を持っていること。一つ、アンリ・フリュウ氏はギャラルホルンと深い関係にある議員と記事にも載っており、アーブラウへの渡航のために外部からの武力を蒔苗氏が求めているのではという推測。

 

「なるほどな………」

「確かに、それなら私たちを地球に呼んだ理由も分かります。ですがそれはつまり………」

「地球…ギャラルホルンの本丸で奴らと一戦交えなきゃいけねぇってことか」

 

 俺はこくり、と頷いた。

 

「別にギャラルホルン全軍が相手になるわけではないと思います。アンリ・フリュウ氏と懇意にしているギャラルホルン高官が動かす部隊との交戦が予想されますが。それでも大部隊相手の交戦は避けられません。なるべく、十分な装備と人員、それに作戦を以て事にあたるべきかと」

 

 

 その後、ブリッジからタービンズの船が接近しつつあるという放送が入り、話は一旦打ち切りとなった。

 

 

 後は〝イサリビ〟に乗船してくるだろう名瀬と話を詰めて、そしてその後………例の仮面の男の援助を取り付ける。できれば原作時以上に。

 

 

 

 

 



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声が引き寄せるもの

▽△▽――――――▽△▽

 

 4時間後、タービンズの強襲装甲艦〝ハンマーヘッド〟がブルワーズ艦を牽引しながら〝イサリビ〟へと近づいてきた。

 そしてすぐに名瀬とアミダが〝イサリビ〟へと乗船してくる。

 ブリッジには当直のメリビットやチャドの他に、オルガとビスケット、三日月。俺は近くの手すりに腰を預けて、遠巻きに見守る形になった。

 

「悪ぃな、遅くなっちまって」

「いえ。……こっちこそ面倒かけちまって、すみませんでした」

 

 ブリッジを訪れた名瀬に、オルガは軽く頭を下げる。名瀬は気取ったように笑いかけながら、

 

「気にすんな。それにしても、やってくれたなぁあのお嬢さんは………っと」

 

 噂をすれば。ちょうどクーデリアがブリッジに入ってきた。

 

「お待たせして申し訳ありません」

「……フミタンのこと、気に病むんじゃないよ」

 

 気遣うようにアミダがそう声をかけ、「はい……ありがとうございます」とクーデリアは少しだけ笑ってみせたが、

 

「それで、出発はすぐにできるのですか?」

「ん……ああ、それなんだが………」

 

 問いかけられた途端に、歯切れが悪くなる名瀬。

 彼は一同をブリッジ後部のコンソールに集めると、モニターに地球周辺の航路を表示させつつ、

 

「予定では、地球軌道上にある2つの共同宇宙港のどちらかで降下船を借りて、地球に降りる手はずだったんだが………お前たちの動きはギャラルホルンにきっちりマークされちまった。もうこの手は取れねぇ」

「!………じゃあ、どうすればいいんですか……!?」

 

 思わず声音が荒くなったクーデリアを見、ムッとしたユージンが口を開こうとする。

 俺は片手でそれを制しつつ、

 

「名瀬さん。地球には独自に降下船を手配できるような民間業者はいないのですか?」

「ん? そりゃあ探せばいるだろうがな。今から探すとなると結構な時間と、それに金のほうが………」

 

「私には責任があるのです………!」

 

 俺と名瀬が目を向けると、クーデリアはコンソールの上に置いた手をギュッと握りしめていた。その手が震えている。

「責任……?」と三日月は首を傾げた。

 

「私を信じてくれる人とたちのために、私は……わたし自身の責任を果さねばならないのです………!」

 

 俺は返す言葉を思いつくことができず、ビスケットが「それはわかってるんですか………」と気まずそうに言葉を濁すだけで、

 だがその時、ブリッジに警告音が鳴り響いた。

 

 

「エイハブ・ウェーブの反応……船が近づいてきます!」

 

 

 メリビットの報告に話し合いを一旦中断し、オルガは艦長席に、ビスケットは火器管制コンソールへ、ユージンは操舵席へとそれぞれ飛び込んだ。

 オルガの傍らに立ちつつクーデリアは緊張した面持ちで、

 

「ギャラルホルンですか?」

「なら1隻ってことはないだろう」

「接近する船から通信が届いていますが」

 

 更なるメリビットからの報告に、オルガはふと背後にいる名瀬と視線を交わす。名瀬は小さく頷き、通信を開くよう促した。

 

「正面に出してくれ」

 

 通信が開かれ、正面のメインスクリーンに一人の男の姿が映し出された。だが少々風体の奇妙な姿で、

 

「うおっ!」

「な、なんだあの……」

「お面か?」

 

 間近でその姿を目の当たりにし、戸惑った様子のチャドとユージン。

 金色の仮面で顔の上半分を隠したその男は………

 

「こいつ………」

 

 思った通り。このタイミングで来ると思ったぜ。

仮面の男モンターク………またの名をマクギリス・ファリド。

 

 

『突然申し訳ない。モンターク商会と申します。代表者とお話がしたいのですが』

 

 

 こちらの混乱に構わず、モンターク商会を名乗る仮面の男はそう切り出してきた。

 代表者…この場において最も最上位の男、名瀬が一歩進み出た。

 

「タービンズの名瀬・タービンだ。その貿易商とやらが何の用だ?」

『ええ。実は一つ、商談がありまして』

 

 怪しい風体と雰囲気を纏っているが、地球商人とのコネは惜しい。さらには挨拶代わりとしていくつかの取扱商品を提供したいという。

 結局〝ハンマーヘッド〟の方にモンタークなる男が訪れる運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

〝イサリビ〟〝ハンマーヘッド〟、それに牽引されているブルワーズ艦の間に割り込むように1隻のビスコー級多用途船が姿を現した。民間仕様の船で赤のカラーリングが施されている。

 モンタークなる仮面の商人は〝ハンマーヘッド〟へ。俺も、クーデリアやオルガ、ビスケットに同行する形でそちらへと向かった。

 そして、タービンズにおいて客人が真っ先に通される品のある応接室にて、

 

「モンターク商会と申します。初めまして、クーデリアさん」

「………」

 

 軽く頷くように会釈を返しつつ、向かいのソファに座すクーデリアは警戒の色を崩さなかった。その背後に立って控えるオルガやビスケットも同様だ。俺も、ビスケットの隣で黙って事の次第を見守ることにした。

 

「で? 商談ってのは………」

 

 挨拶もそこそこに早速切り出す名瀬。モンタークは特に気分を害した様子もなく、

 

「私どもには、地球降下船を手配する用意があります」

 

 ピンポイントにクーデリアや鉄華団が欲しているモノを提示してみせたモンターク。オルガは思わず「はぁ?」と呆けたような声を上げてしまった。

 モンタークはさらに、

 

「他にも、地球での移動手段……船や航空機。ギャラルホルンとの対立に備えてモビルワーカーやモビルスーツ用装備も提供できます。必要とあらばロディ・フレームや〝ゲイレール〟程度の中古モビルスーツも。格安、もしくは無償で」

 

 ん? 思わず俺は怪訝な表情を顔に出してしまった。……原作の第18話『声』でここまでモンタークは言ってたか? 〝ゲイレール〟だなんて、初登場は2期の………

 

「パトロンの申し込みかぁ? こいつは商談じゃなかったのか?」

 

 警戒を露わにする名瀬。ノブリスやテイワズに加えて、この奇妙な商人をクーデリアの背後に加えることによって取り分が削られることを意識してのことだろう。さらには何故ここまでクーデリアに肩入れするのか、推測しかねているのだろう。

 モンタークは静かに続けた。

 

「もちろん商談です。革命成功の暁に、ノブリス・ゴルドン氏とマクマード・バリストン氏が得るであろうハーフメタル利権………その中に、私どもも加えていただきたい」

「………!」

 

 驚きを隠せないオルガら。確かにこの男、どこまで知っているのだろうか?

 クーデリアは訝しむ表情を隠すことなく、

 

「………まだ始まってもいない交渉が成功すると?」

「少なくともドルトコロニーでは、その兆しが見えました」

 

 返事はいつまでに? 今度は名瀬が問いかける。

 モンタークは、仮面の奥で薄く笑いかけながら、

 

 

「あまり時間はありません。なるべく早いご決断を」

 

 

 その他、「挨拶代わり」として無償提供する物資の目録をモンタークから手渡され、2、3事務的なやり取りがあった後、この場はお開きとなり、モンタークは〝イサリビ〟にてオルガらと共に提供物資の納入に立ち会うこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「オーライ! オーライ!」

 

 ダンジが声を張り上げ、コンテナを掴んだ作業用クレーンを誘導する。モンターク商会のエンブレムがあしらわれた赤色のコンテナが次々と〝イサリビ〟貨物室に運び込まれ、整然と積み上げられていく。

目録一覧をタブレット端末で確認している雪之丞に、作業から一時離れたタカキが傍らに飛び降りて、

 

「すごい量ですね………」

 

 今の鉄華団の資金力では逆立ちしても賄えない程の物量だ。これで鉄華団は当座の物資の心配をする必要が無くなった。雪之丞はタブレットモニターに表示される目録一覧を指でスライドさせながら、

 

「モンターク商会からのあいさつ代わりの品ってことらしいぜ。………ミサイルに弾薬、消耗品がわんさかだ」

「バルバトス用のパーツまで」

 

 タカキとは反対側から目録を覗き込んだヤマギが驚きの声を上げる。目録の備考欄には【モビルスーツ用格闘重兵器】【ガンダムバルバトス用装備】と。

 

「こっちには新品のモビルワーカーが入ってるぞ!」

 

 ダンジが声を張り上げた足下のコンテナ。そのハッチが開かれ、中から磨き上げられた新品の……今の鉄華団が使っているボロとは比べものにならない、大口径砲を備えた新型モビルワーカーが顔を覗かせた。途端に「すげぇ………」「新型じゃん!」と周囲の年少組が色めきたった。

 

「何か………気味わりーよな。足元見られてるみたいな感じでさぁ」

 

 下のフロアでコンテナの数を数えていたライドがそう言いながら雪之丞らに振り返る。確かに、必要なものが………余りにも的確に揃いすぎているような気がする。足下を見られ、見透かされているような。

 雪之丞は目録一覧を睨みながら、

 

「ただより高ぇもんはねぇっていうがなぁ。………おい! 数はしっかり確認しろよぉ!」

 

「「う~すっ!!」」

 

 

 何にせよ考えるのはオルガやビスケットの仕事だ。

 雪之丞たちは、それに従って動くのみ。今までそうしてきたように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「? 何でチョコの人がいんの?」

 

〝イサリビ〟艦内重力区画にて。

 原作通り、通路でばったりオルガらに出くわした三日月は、オルガ、ビスケット、それに、物資の検分に同行するため俺の背後にいた仮面の男…モンタークの正体を見抜いた。

 え!? と唖然とした表情で振り返るオルガとビスケット。モンタークは、フッと不敵な笑みを浮かべて仮面の端のスイッチに片手を伸ばす。

 目の部分を覆い隠していたスリットがスッとスライド式に開かれ、奥から碧眼の双眸がこちらを覗いていた。

 

「双子のお嬢さんは元気かな?」

 

 チョコの人、双子のお嬢さん………ビスケットの脳裏に、瞬く間に火星の農場で出会ったギャラルホルンの将校が浮かび上がったようで、

 

「え………って! あの時のギャラルホルンの!?」

「何!? まさかアンタ、俺たちを罠にかかけるつもりで……!」

 

 咄嗟にオルガが身構えるが、モンターク扮するギャラルホルン士官マクギリス・ファリドはそれを一瞥して冷笑した。

 

「君たちを罠にかけて、わたしに何の得があると?」

「じゃあ、何が狙いだ……!?」

「そうだな。………君たちに小細工をしても見破られるだろう」

 

 そう言いながらモンターク=マクギリスは、ふいに俺の方に一瞬視線を向けた。俺はただ睨み返してやることしかできない。

 そんな視線の交錯はほんの一瞬で、モンタークはすぐにオルガらに向き直る。

 

「私は、腐敗したギャラルホルンを変革したいと考えている。より自由な、新しい組織にね。君たちには外側から働きかけ、その手伝いをしてもらいたい」

「な………そんなこと、俺たちにできるはずが………!」

「現にクーデリア嬢と君たちはやってのけた。だからこそ君たちに力を貸す。そう、利害関係の一致というやつだ。………まだ、罠だと思うか?」

 

 そんなの分からないよ、と三日月。肩の力を抜いているように見えるが、その視線は鋭くモンタークを油断なく見据えていた。

 と、

 

「君はどう思う? クーデリア嬢の傭兵君?」

「………俺ですか?」

「私の正体についてある程度察しはついていたみたいだが」

 

 オルガ、ビスケットの視線が今度は俺に集中する。

 少なくとも俺は、この男…マクギリス・ファリドがどのような人物なのか、大まかに理解はしている。何を望んでいるのかも。

 

「……あなたは嘘は言っていない。だが全てを語ってもいない。そして明らかにしていない部分に、あなたの真意がある」

「信用できないと?」

「あなたのいう通り利害関係は一致している。手を組んでお互いに損はない。今のところは」

「ふ………結構」

 

 俺の答えに、マクギリスは一応は満足したようで、

 

「まあ、よく考えてくれたまえ。ああ、わたしのことは内密に。もし他言したならば………この件は、無かったことにしよう」

 

 

 そう言いながらモンターク=マクギリスは暗い影と、凄みすら感じる冷たい笑みを俺たちに見せつけた。

 

 

 

 

 

 



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第9章 地球降下
カルタの宇宙


お待たせしましたm(_)m




▽△▽――――――▽△▽

 

 大宇宙に浮かぶ蒼穹の宝玉たる惑星、地球。

 その軌道上に浮かぶギャラルホルン宇宙基地〝グラズヘイム1〟にて――――

 

 

「我ら! 地球外縁軌道統制統合艦隊ッ!!」

「「「「「「「面壁九年!! 堅牢堅固ッ!!」」」」」」」

 

 

 ん~、完っ壁! と、いつにない唱和の一致に、地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官カルタ・イシューは満悦した表情で打ち震えた。

ギャラルホルン一佐にして名門セブンスターズの一家門イシュー家の長女でもある彼女の前に整然と並ぶは親衛隊の精鋭たち。カルタ自身がその美貌と技量を見込んで選び抜いたトップエリートたちだ。

 

「………で? 本当に来るのね? その何ちゃらリアって女は」

 

 火星からギャラルホルンの許しも得ずにノコノコと地球に近づいてくるバカな活動家の女と薄汚いその取り巻きたちなど、本来ならカルタの眼中に無かったが………圏外圏に張り巡らされたギャラルホルンの監視網をかい潜ってきた以上、間違っても地球にドブネズミを近づけないのが、地球外縁軌道統制統合艦隊の任務の一つであった。

 親衛隊員の一人がカルタに対して完璧な敬礼を示しつつ、

 

「はっ! クーデリア・藍那。バーンスタインであります!! ボードウィン特務三佐からの報告では、間違いないかと」

 

 そうでなければ困る。とカルタは居並ぶ部下たちの間を闊歩し、〝グラズヘイム〟司令官室の前方へと進んだ。司令室前方にはカルタの玉座たる指揮官席が主の到来を待ち望んでいるかのように設えられている。

 

「セブンスターズのじい様たちにも、………〝あの男〟にも我々の力を見せ付けるよい機会だ」

「特務三佐は戦線への参加を希望しておりましたが?」

「………ああ、ガエリオ坊やはどうでもいい」

 

 戦列に加えろなど、多少の雑音があったような気もするが………まあ、幼馴染のよしみで討伐功績の末席に加えてやらないこともない。

 最も、戦線に加えてやった所であの、ヘタレな坊やが功績を上げるなど、不可説不可説転に一つもあり得ないのだが。

 

「あの万年みそっかすに手柄をとられる心配はない。………これだけ期待させといて! お預けなんてナシよ?」

 

 久々………というより着任して初の本格的な実戦に、カルタは恍惚とした表情でその手を天高く差し伸べた。

 地球に不法に立ち入ろうとする犯罪者の討伐は地球外縁軌道統制統合艦隊の至極当然の任務の一つであるが、ギャラルホルンによって安定しきった情勢下においては、地球まで出張ってくるような犯罪組織などあるわけもなく、その結果カルタら地球外縁軌道統制統合艦隊は大して実戦経験を積むことができず………陰では「お飾りの艦隊」などと蔑称されてきた。

 この戦いは、そんな雑音を一掃するいい機会なのだ。

 ふつふつ、とカルタの胸中に興奮が沸き起こる。武者震いとでも言うべきか。

 

 

「さあ、早く来なさいっ。………捻り潰してあげるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 鉄華団やクーデリアが地球を目指す間、地球、火星、木星圏でも権謀術数が滅茶苦茶に渦巻いていることだろう。

 アーブラウの実権を握り、権勢を盤石なものにしたいセブンスターズが一家門、ファリド家当主イズナリオ・ファリドとアーブラウ議員アンリ・フリュウ。

 オセアニア連邦に逃れつつも、未だアーブラウに根強く残す政治的影響力を背景に返り咲きを図る蒔苗東護之介。

 火星ハーフメタル規制解放による莫大な利権を手にしようと目論む火星の大商人ノブリス・ゴルドンと木星圏テイワズの首魁マクマード・バリストン。

 そして、ギャラルホルンの失墜による、純粋な力による新時代の到来を目指す―――マクギリス・ファリド。

 

 ドロドロの政治劇の渦の中に鉄華団は放り込まれ………このままでは多くの命が消耗してしまうだろう。

 やるべきことは全てやる。そして―――――――

 

「あれ?」

 

 まずは目下、地球降下後のことをクーデリアと話し合いたいと思い、食堂にいるだろうと当て込んで来てみたはいいが………食堂にいるのは年少組の団員が2人、年長組が1人に、ちょうど食事が終わったばかりらしいメリビットだけだ。

 

「あ、メリビットさん」

「あら、カケルさん。何かあったのかしら?」

「クーデリアさんはどちらに? 地球に降りてからのことで色々と相談したいことが………」

 

 ああ……、とメリビットは視線を近くの席に落とした。そして、静かな笑みを浮かべてこちらに向き直りながら、

 

「カケルさん。今は少し彼女のこと、そっとしておいてあげてくれない? フミタンさんのこととか、火星のこととか………今、彼女は色々と背負い過ぎてるみたいだから。少しは彼女も休む時間が必要だわ」

「そうですね………」

 

 クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 火星のより良い未来を目指す革命の乙女。火星のみならず、地球経済圏やギャラルホルンの暴政に組み敷かれている宇宙市民たちの、希望の星。

 その細く、頼りない肩はあまりに多くのものを背負い過ぎている。日々もたらされるプレッシャーは相当なものだろう。

 まだ地球降下には日がある。話し合う時間はいくらでも………

 

「あ………」

「? どうしたの? カケルさん」

「あ、いえ。じゃあ俺はこれで」

 

 そういえば、第18話『声』のこの辺りならクーデリアは………

 とにかくも俺は踵を返して、食堂を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

多くの少年団員が乗る〝イサリビ〟だが、特にどこか重要な場所に通じている訳でもなく、人気のない区画も一定数存在する。

推進剤タンク貯蔵室もその一つで、オルガや一部の団員が一人で考え事をしたいときによく訪れているようだった。

そして今は―――――

 

 

「あのねクーデリアさん、その……もっとお話しよう?」

「え?」

「あっ! ごめん、よくわかんないこと言っちゃった……でもね、ちょっと疲れたな~とか、ちょっと辛いな~とか、言ってほしくて! 頼ってほしくてっ!」

 

 一人きりで端末と睨み合っていたクーデリア。

 一人で何でも抱え込もうとする彼女に寄り添おうとするアトラ。

 フミタンと離れ、一人で大仕事を成し遂げようとする彼女のことを自分なりに心配したのだろう。アトラのその健気さが、クーデリアにとってどれだけ救いになることか。

 

「あ………わたしなんかじゃ頼りないと思うけど………」

「いえ………頼りないのは私の方です。本当に、情けないくらいに無力で。私は、変わらなければならないんです。人々を、希望へ導きたいと願うなら………!」

 

 

「十分、あんたはすごいよ。ギャラルホルンの奴らを声だけで止めた。あんなの、オルガにだってできない」

 

 

 ふいに通路の反対側から現れたのは三日月。その手にはランチ箱が握られており、「ん」とアトラへと流した。まだ何も食べていないクーデリアのために、アトラが用意してうっかり忘れてしまっていたランチ箱だ。

 

「あ、お弁当! ………あ、あのねクーデリアさんっ! ドルトでクーデリアさん、すっごくかっこよかった! 私もクーデリアさんと一緒にか、かくめ……? カクメイするから!」

「俺も手伝うよ。俺にできることなんて全然ないけどさ、とりあえず、アンタが地球に行く責任があるって言うんなら俺は全力でそれを手伝う」

 

 アトラと三日月。それぞれの言葉はクーデリアの胸中にどのように響いたのだろうか。革命の乙女としての使命・責務を背負わされたのはクーデリアただ一人。

だが彼女は決して孤独ではない。アトラや三日月、鉄華団の誰もが心から彼女の力になろうとしている。それこそ、命すら投げ出す覚悟で。

 俺も。

 

 俺は、貯蔵タンクの陰でクーデリアやアトラ、三日月の様子をこっそり見下ろしていた。だが、俺の出る幕は無いだろう。

 

「そうだよ! だからね! 一人で抱え込まなくていいんだからね。仲間なんだからっ! 家族なんだから! みんなで一緒に………」

 

 

そう言ってアトラはクーデリアにお弁当を手渡そうとする………と、そこで彼女はクーデリアの周りで、いくつもの滴が浮かんでいることに気が付いた。

 

「う………うっ………」

「な、泣かないで! ああっ、三日月! ほら! 何とかして早くっ!」

「え、俺?」

「当たり前でしょ! 女の子が泣いてたら男の子は慰めたりとか!………そう! 抱きしめてあげたりとか!」

 

 ほら! 早くっ! とアトラに強引に促されつつも、三日月はそっと彼女の傍に近づいて………無重力に少し身体を浮かせながらも、その両腕で優しく、嗚咽を漏らすクーデリアの頭を包み込むように、抱きしめた。

 唐突に包み込まれたクーデリアは「み、三日月。ちょっと……!」と最初は戸惑ったようだったが、やがて縋るようにその身を預け、静かにすすり泣く。

 少しずつ、溜め込んでいた思いを吐き出すように。

 

「偉いね………ずっと………我慢してたんだね」

 

 そんな姿に感化されたようにアトラも自然と涙を流す。三日月はアトラも引き込んで、二人一緒に、優しく両腕で包み込む。

 特にやるべきことのない俺は、そっとタンクの陰から気づかれないように、通路へと去った。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその数時間後、クーデリアは吹っ切れたように元の平静を取り戻し、モンタークなる商人との取引を受け入れることを〝ハンマーヘッド〟にいた名瀬やオルガに伝えた。

 毒を食らわば皿まで。モンターク=マクギリスの思惑に敢えて乗ってやることで地球への足掛かりを手にし、そしてその先の未来を手に入れるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 一方。

 鉄華団やクーデリアが地球降下への準備を着々と進めつつあるその頃。

 未だ各所で混乱が続きつつもようやく少しずつ落ち着きを見せ始めたドルトコロニー群に一隻の、タービンズ所属の高速輸送船が寄港する。

 本来であればテイワズ支社のあるドルト6に直行するところだが、ある乗客を降ろすためにドルト3の宇宙港へと入港した。

 

 降りる乗客はただ一人。黒髪の、ギャラルホルンの制服を着た青年だ。見慣れぬコロニー宇宙港の光景に、キョロキョロと周囲を見回している。

 ラウンジにて、人ごみの中からようやくその姿を捉えたクランクは座していたベンチから立ち上がると、

 

「………アイン!」

 

 呼びかけられた青年…アイン・ダルトンはそこでクランクの姿を見出すことができ、周囲の光景に戸惑っていた様子から一気に表情を輝かせた。

 

「クランク二尉!」

「元気そうじゃないか。もう目を覚まさないのではと思ってしまったぞ」

「ご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした。この通り回復いたしましたので、いつでも火星の任務に復帰できます!」

 

 いつも通り、生真面目な表情ではきはき答えるアインの姿に「うむ。そうか」とクランクも満足げに頷いた。

 

「期待しているぞ、アイン。次代のギャラルホルンを担うのはお前のような若者なのだからな」

「はい!………あ、あの。クランク二尉は?」

 

 今、クランクが着ているのは、下こそギャラルホルン制服のようなズボンや靴だが、上はシャツの上にセーターといったラフな私服姿だ。いかなる時も軍服を着こなしていたクランクしか知らないアインが戸惑うのも無理はない。

 黙っていても、どうしようもないだけだ。クランクは少し息をつきながら、

 

「俺は………ギャラルホルンを辞めることにした」

 

 その一言に、アインは瞬く間に青ざめた。

 

「な………何故ですかクランク二尉!? あなたがギャラルホルンを辞めなければいけない理由など………!」

「落ち着け。少し、そこに座って話をしようじゃないか」

 

 そう言ってクランクは、自動販売機が傍らにあるベンチを示した。

 アインに座るよう促しつつ、クランクは電子通貨決済で2人分のコーヒードリンクのボタンを押した。ガタン、ガタン、と下の受取口に落ちてきた2本のドリンクボトルを取りつつ、

 

「ほら、アイン。………懐かしいな。覚えているか?」

「はいっ。あの時クランク二尉が、そしてその後も私を対等に扱ってくれて、モビルスーツパイロットとして推薦もいただき、私のような者も友人として接してくれる人を紹介してくれたからこそ………今の俺が存在しています」

 

 アインは地球出身のギャラルホルン士官と火星生まれの女性の間に生まれた、混血児だった。その出自故に純血にこだわる保守的なギャラルホルン士官らから疎まれ、常に謂れのない差別を受け続けてきた。

 それに憤ったクランクはアインを庇い、自信と誇りを取り戻させ、彼が居場所を作れるよう取り計らった。結果としてただでさえ出世街道から遠ざかっていたクランクはこれで栄達の機会を永遠に失ったと言われたが、人間一人の尊厳を取り戻したことに比べれば大した問題ではない。

 

 アイン・ダルトン三尉は今時珍しい質実剛健な優良男児であり、モビルスーツパイロットとしても優れた技量を持っている。………願わくば自分自身で鍛え上げてやりたかったが、

 

「………俺は、俺にとって正しいと思うことを為すためにギャラルホルンに入隊した。だがこの数か月の体験で俺は、ギャラルホルンの中にいては俺にとって正しい道を選ぶことができないことを知った。アイン、お前の初陣のあの任務、覚えているな?」

「はい………」

「そこで俺は、罪もない少年たちを殺すことを強要された。ギャラルホルンの士官として、俺は命令に逆らうことはできなかった。許されなかった。だがコーラルの命令に諾々と従うことは………俺が、俺自身の正しさを否定することを意味していた」

「クランク二尉………」

「もう、階級で呼ぶな。ギャラルホルンを抜けた今、俺はただのクランク・ゼントだ。だが、お前は若い。可能性がある。ダルトン家のこともあるだろう。直ちに火星へと戻り任務を………」

「いえ! その必要はありません!」

 

 バッとアインは立ち上がり、クランクに真っ直ぐ向き直った。そして意を決したようにクランクを見上げる。

 

「クランク二尉がギャラルホルンをお辞めになるのであれば、俺もギャラルホルンを辞めますッ! どうか俺も、クランク二尉が正しいと思う道………正道に連れていってください!!」

「アイン………!」

「今の俺がいるのはクランク二尉がいたからこそです! クランク二尉が俺を支えてくれなかったら、今頃はどうなっていたことか………大恩をこの身、この命を以てお返しするのが、代々ギャラルホルンに仕えてきたダルトン家のならわしです。父も喜んで認めてくださるでしょう。どうか、俺もクランクに……いえ、クランクさんと行動を共にすることをお許しください!」

 

 深く頭を下げるアイン。

 その決意の深さを理解できないクランクではなかった。これほどまでに部下に慕われることは、まさに軍人冥利に尽きるというもの。断じてこの決意、覚悟を無下にしてはならない。

 

「アイン………よくぞ言ってくれた」

「! では………!」

「だが、その前にお父上とよく相談するといい。じっくり考え、熟考の末に出た結論ならば………俺は尊重しよう」

「はい!」

 

 アインが、アイン自身にとって正しい道が俺の目指す道と重なるのであれば………

 

 その時だった。パチ、パチと静かな拍手にクランクとアインは思わず音の方向を向いた。

 

 

 

「まあ、とても素敵なことですわ」

 

 

 

 そう言いながらツカツカ、と近づいてきたのは、上質な赤いレディススーツを着こなす、流れるような美しい金髪、白磁のような肌、絶世の美女と呼んで差し支えない女性だった。

 だがその瞳に、言い知れぬ不気味さを鋭敏に感じ取ったクランクは警戒しつつ、

 

「む。何者だ?」

「これは失礼を。私、モンターク商会渉外部門のエリザヴェラと申します。クランク・ゼント様とアイン・ダルトン様でお間違いございませんね?」

「な、何故私たちの名前を………?」

「よせ、アイン。して、そのモンターク商会とやらが私たちに何用か」

 

 戸惑いを隠せないアインを庇うように前に進み出つつ、鋭い視線を向けてくるクランクに、エリザヴェラは微笑みを返しながら、

 

 

 

「この度は我が主、モンターク様のご用命につき参りました。お二方がご満足いただける取引をお持ちせよと」

「………取引だと?」

「是非とも、我が主からのお話を聞いていただきたいですわ。………鉄華団やクーデリア様の革命成就のためにも」

 

 

 

 

 

 





特に何も問題無ければ11/26(日)も更新予定です。


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出陣

▽△▽――――――▽△▽

 

 翌日、〝ハンマーヘッド〟の応接室に再びモンタークが姿を見せた。

 

「まずは我がモンターク商会とお取引いただき、誠にありがとうございます。商会の全力を挙げて、クーデリアさんに協力することをお約束いたしましょう」

「ありがとうございます。こちらも、火星ハーフメタルの件についてはご心配なく。つきましては、これから必要になるリストを作成しましたので」

 

 モンタークの向こう側のソファに座るクーデリアは、そう言いながらスッとタブレット端末を差し出した。俺とオルガはその後ろで立って控え、名瀬はクーデリアの隣のソファに座している。

 クーデリアが差し出した端末には、

 

「なるほど………地球降下船2隻と武器弾薬、モビルワーカーを相当数。地球での移動用の船舶と揚陸艇、移動手段を運用する人員、可能であれば〝マン・ロディ〟の地上活動用換装パーツにモビルスーツも………」

 

 おおよそ、モンタークが挨拶にて提示した物品全てが、要求品目として挙げられていた。

 

「いかがでしょうか? 私たちが目的を達成するためには蒔苗氏の政界への復帰は不可欠です。そのためには蒔苗氏がアーブラウに帰国する必要があり………戦闘は避けられないかと」

 

 ふむ………とリストに羅列された要求品目の山をモンタークは丁寧に見やりながらわずかに思案したが、

 

「承知しました。ご所望の品については直ちに手配いたしましょう。降下船2隻と追加の武器弾薬、新型モビルワーカーについては明日までに。地球での移動手段やモビルスーツ等のご要望につきましては、地球降下後でどうでしょう?」

「そ、そんなに早く………」

 

 クーデリアは思わず驚いた様子を見せたが、対するモンタークはフッと仮面越しに笑みを浮かべて、

 

「我がモンターク商会の実力を甘く見てもらっては困りますな。地球は我が商会の倉庫も同然。揃わないものはございません」

「では、よろしくお願いいたします」

 

 クーデリアが深く頭を下げると、モンタークは鷹揚に頷いてソファを立った。

 彼が去った後、

 

「………いよいよ、地球ですね」

「ふ、どうした? 怖くなったか?」

 

 からかうような名瀬に「まさか」と笑い返すクーデリア。

 

 

「もう、引き返す道はありませんから。後は、前に向かって進むだけです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「いっぱいになったランチはすぐに出発させろ! 積み込み順の確認、忘れんなよ!」

「はいっ!」

「モビルスーツも出すぞ! 〝ラーム〟のチェックは………」

 

「私物どうすんの?」

「最低限だって」

「うへ、まじかよ」

 

 地球降下を控え、誰もが慌ただしく駆け回る〝イサリビ〟。必要な物資をランチに移し、団員も手の空いた者から次々飛び乗っていく。物資と人員で満杯になったランチは続々、〝イサリビ〟から発艦していった。

〝バルバトス〟らモビルスーツ隊も、ランチ護衛のため、整備の年少組たちが出撃準備に追われていた。そんな中、真っ先に三日月が〝バルバトス〟に飛び乗り、数分後には作業用クレーンが〝バルバトス〟を下部のカタパルトデッキへと降ろしていく。

 

 俺も、パイロットスーツを着込み、愛機である〝ラーム〟へと取りつく。

 と、せり上がっていたコックピットに、フェニーが座って手元のタブレット端末を操作しているのが見えた。

 

「よう、フェニー」

「ん」

 

 差し出された手を取り、その慣性で俺はコックピットに、フェニーは外にそれぞれ立ち位置を交換する。

 俺はシートに腰を下ろすと、すぐにメインシステムを立ち上げた。沈黙していた端末に光が灯され、表示されるデータに目を落としつつ、

 

「整備は大丈夫そうだな」

「ふふん、万全よ。もう世界に20機と残ってない貴重な機体なんだから、整備不良で落とす訳にはいかないわ」

「フェニーも地球に降りるのか?」

「もちろん。タービンズのメカニックたちと一緒に降下船で降りるから、命預けたわよ」

「心配しなくていいさ。命に代えても降下船は………っで!?」

 

 ガツン! とタブレット端末の角で頭頂部をしたたかに打たれてしまい、「な、何すんだ……!?」と思わず俺は顔を上げると、そこにはムッとした表情のフェニーが仁王立ちしており、

 

「なーに言ってんのよ。世界に20機とない貴重なガンダムフレームなんだから、傷一つつけずに地球に降ろすのよ!」

「あ……俺の心配じゃないのね」

 

 などと不貞腐れつつ、再びシステムの立ち上げチェックに戻った俺だったが………ふいに前髪を掻き上げられて、

 

「あ………」

 

 額にキスされた。それに気づいた時にはフェニーは既にトン、と俺の肩を突いてその慣性で〝ラーム〟から離れた後で、

 

「んじゃ、次は地球で!」

 

 と、背後に近づいた壁を蹴飛ばして、フェニーは悠々と無重力空間を飛び去っていってしまった。

 残された俺は………呆然とキスされた額に手をやりつつ、

 

 

「………」

「………おお」

「おもしれーもん見ちゃったぜ」

 

〝ラーム〟の周りで最終チェックのために取りつく年少組の衆人環視の前だった。

 

「! お、おいっ! 次は〝ラーム〟を出すぞっ! 出撃準備さっさとしろよ!」

 

 う~す! という年少組の応えの中にクスクス………という噛み殺した笑い声があるのを聞き逃すことはできず、俺は憮然とした表情でシートをコックピットブロックに降下させるより他なかった。

 

 

 

 

 そしてその5時間後、〝イサリビ〟はブルワーズ艦と共に、物資や団員を満載したランチの一隊はモビルスーツ隊に護衛されながら、それぞれ地球に向けて発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 モンターク商会所有ビスコー級のブリッジにて、モンタークは鉄華団の出陣を静かに見守っていた。

 と、背後のドアがスライドし、トドがその姿を現す。

 

「旦那。エリザヴェラからですぜ。例の男、こちらに連れてくるそうで」

「そうか」

 

 それだけ答えると、モンタークはまた、消えゆく光点……鉄華団の強襲装甲艦の姿をじっと見つめ続けた。報告以外、特にすることが無くなったのだろう、トドはブリッジの段差によいしょ、と腰を下ろす。

 

 

 

「他者の心を掌握し、その先の行動を操るのは容易だ………過去を紐解く。それだけで対象者がつかむ選択肢の予想は簡単につく」

 

 

 

 誰に言うでもなく、モンタークはそう一人ごちた。

 

「嫉妬」

 

 我が養父イズナリオ・ファリドは、己が権勢を盤石なものとするべく、腐敗に腐敗を重ねる。その強欲は限りを知らない。昔から、欲した物は何が何でも手に入れる主義の男だったそうだ。

 

「憎悪」

 

 アーブラウ元代表、蒔苗東護ノ介。この男もある意味ではイズナリオと同様だ。飽くなき権力と財力を欲している。だがこの男は祖国アーブラウに忠実だ。祖国のために最大の利益を国際政治の中から引き出そうとしている。火星ハーフメタルの規制解放も、その理念から来ているのだろう。

 

「汚辱に恥辱」

 

 火星ハーフメタル利権を巡り裏社会で手を組むマクマード・バリストンとノブリス・ゴルドン。火星や木星圏は人類が生存するに過酷な環境だ。その中でも生き地獄、蟲毒のような裏の世界を生き抜き、財と権力を築き上げてきた2人の巨悪は、培われてきた本能が命ずるがまま、さらなる利益の確保に邁進することだろう。

 

「消えない過去に縛られて輝かしいはずの未来は、すべて愚かしい過去の清算にのみ費やされていく」

 

 それは私とて同じこと。マクギリスは己の過去に思いを馳せ、一人、自嘲した。

 人は過去から逃れられない。過去の出来事こそが未来の人格を決め、その後の人生に指針を与える。安全と愛情を一身に受けて育った子供たちには輝かしい未来を、そうでない子たちには泥水の中を這いまわるような汚れた明日を。

 

「鉄華団。君たちの踏み出す足は前に進んでいると思うか? もし、本気でそう信じているのなら―――――」

 

 光輝が目指す先にある蒼穹の惑星、地球。未来を掴み取るため、子供たちは歩みを止めない。例え、死屍累々の果てに掴む一握りの希望だとしても………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――どうか子供たちの歩む道に、ザドキエル様のご加護があらんことを」

 

 

 

 




次話より戦闘回に入る予定です。


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願いの重力

1話1万文字への挑戦。
(いい所で区切れなかったので……)


▽△▽――――――▽△▽

 

 ネズミ一匹見逃さない。

 地球外縁軌道統制統合艦隊が敷くは、まさにその通りの布陣だった。

 地球軌道上宇宙港ユトランド1、ギャラルホルン地球軌道上基地グラズヘイム1に艦隊を配備しつつ、さらにその前衛に旗艦〝ヴァナティース〟を中心とする7隻の主力艦隊を展開。地球外縁軌道統制統合艦隊のほとんど全戦力が、宇宙ネズミ討伐のためだけに集結していた。

 

「ユトランド1封鎖完了!」

「ユトランド2の警備も完了しました!」

 

 例え宇宙ネズミ共が大艦隊で攻めてきたとしても、この陣容を突破するのは不可能。ましてや相手は旧い強襲装甲艦1隻だというではないか。

 

「ふん。さすがにこの歓迎は、突撃艦1隻には大人気なかったかしら?」

 

 カルタの脳裏には、すでになす術なく撃沈するしかない強襲装甲艦の姿がありありと思い描かれていた。ギャラルホルン最精鋭たる地球外縁軌道統制統合艦隊の真の実力を示すには役者不足だが、どのような敵であれ最大の力を以て排除するのが、カルタ・イシュー並びに地球外縁軌道統制統合艦隊の誉れである。

 火星のバカ女がこのコースで地球に降下するのは読めている。後は、ノコノコ姿を現す敵を撃ち滅ぼすのみ。

 

「………来ましたッ! 奴らです!」

「停船信号、打て!」

 

 主力艦隊に先行するビスコー級艦から停船を要求知る発光信号が打ち出されるが、敵艦が止まる気配は一切ない。

 それでこそだ。

 

「停船信号に応答ありません」

 

 オペレーターの報告に、カルタは悠然とした面持ちから一気に表情を引き締めた。モニターには前進を続ける強襲装甲艦の艦首が小さく映し出されている。

 

「―――――鉄槌を下してやりなさい」

 

 全艦隊に通達! 砲撃戦用意!

 主力艦隊各艦が砲塔を展開し、その砲口を正確に敵艦に向ける。7隻のハーフビーク級戦艦の正確無比な砲撃を食らえば、骨董品の強襲装甲艦など瞬く間にデブリになってお終いだろう。

 やがて各艦砲撃準備完了が伝えられる。

 カルタはギュッと拳に力を入れ、

 

「撃てぃッ!!」

 

 その瞬間、7隻のハーフビーク級戦艦の砲口が一斉に火を噴いた。次々と砲弾が撃ち放たれ、強襲装甲艦が存在していた宙域を瞬く間に破壊と混沌の坩堝へと変えていく。

 ようやく撃ち方止めが各艦に通達された時、壮絶な破壊に晒された地点は、完全に爆煙に閉ざされてしまっていた。弱敵とはいえ容赦のない地球外縁軌道統制統合艦隊の砲撃によって、敵艦は今頃、無残な残骸になり果てているに違いない。

 

「………ふん、手ごたえの無い」

 

 もっと複数の艦艇で突撃すれば勝ち目もあったろうに。それでも、地球外縁軌道統制統合艦隊の鉄壁の陣を打ち崩すなど不可能だろうが。

 すっかり力を抜いたカルタは、オペレーターに敵艦の状態を確認するよう命令を――――

 

「………エイハブ・ウェーブ増大! 近づいています!」

「何ですって!?」

 

 あり得ない! あれだけの攻撃を受けておいて!?

 それに近づくとは!? 近づけばそれだけこちらの照準を利するだけだというのに―――――?

 

 教本にない事態に、カルタの心中は瞬く間に混乱に陥れられた。

 さらに、

 

「これは………エイハブ・ウェーブの反応が2つに!?」

 

 ブリッジのメインスクリーンに拡大画像が表示される。

 そこには砲撃を食らい満身創痍ながらも推力全開でこちらに突貫してくる青い敵艦と、その後ろ、ケーブルで牽引されるもう1隻の敵艦の姿が。

 未だ健在の敵艦隊の姿に、艦隊は直ちに砲撃を再開。だが、前方の敵艦艦首の分厚い装甲に阻まれ、決定打を与えることができなかった。

 あり得ない………あり得ないこんなことはッ!?

 

 

「あいつら………正気の沙汰か!?」

 

 恐慌に包まれるブリッジで、カルタは咆哮した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ぐぅっ!」

 

 ブルワーズ艦を盾にしているとはいえ、砲撃の一部は〝イサリビ〟にも容赦なく着弾し、立て続けにもたらされる衝撃はブリッジにいる3人…操舵手のチャド、ダンテと艦長席のユージンを激しく揺さぶった。

 地球軌道上を守るギャラルホルン艦隊からの砲撃は凄まじく、〝イサリビ〟に比べて分厚い艦首装甲を持っているはずのブルワーズ艦は艦体各所を次々と引き裂かれ、そう長く持ちそうにない。

 特に敵艦からの対艦ナパームミサイルは瞬間的にブルワーズ艦の艦首ナノラミネート装甲を焼き尽くし、その防御力を一気に低下させた。

 

 このままでは、未だに転針命令を出さない艦長席のユージンに焦れたようにチャドとダンテは振り返り、

 

「このままじゃブルワーズの船だってもたねぇぞ! そしたら次は俺たちだ!」

「もう………仕掛けるしかねぇよ!」

 

「まだだ! もっと突っ込ませるんだよ!………アイツに頼まれた仕事だぞ!」

 

 艦長席にて阿頼耶識システムに繋がり、ブルワーズ艦の牽引から振り落とされないよう〝イサリビ〟を制御するユージンは、艦長席前方のコンソールを睨みつつダンテの言葉を一蹴した。

 絶対にやり遂げなければならない。もし失敗したら………この仕事を託したオルガも含めて全員お陀仏だ。

 今俺は、鉄華団全員の命を預かってんだ。

 

 

 

 

 

『頼むぜユージン、ここ一番って時はやっぱお前じゃねえとな』

『いいんじゃねえの。かっこつけようぜ、お互いによ!』

 

 

 

 

 

 オルガ、それにシノ。あいつらを絶対―――――死なせる訳にはいかねえんだ!

 

「………お前、こんなところでかっこつけてどーすんだよ!?」

「チャド! 前の船のコントロールもよこせッ!」

 

 ユージンの言葉に「はぁ!?」とチャドは訳が分からないというように、

 

「バカ言うなって、阿頼耶識で船を2隻も制御するなんてできるわけが………!」

 

 チャドの抗弁を、ユージンは血相変えてキッと睨みつけた。気圧されたように言葉を失うチャドに構わず、

 

「ここでかっこつけねぇでどうすんだよ!」

「ど、どうなっても知らねェぞ!」

 

 チャドが操舵コンソールを操作した瞬間、艦長席の阿頼耶識システムがブルワーズ艦の操艦システムとリンクする。

 

 

【ALAYA-VIJNANA】

【TIR-0009 100%】

【CONNECTION COMPLETE】

 

 

 その瞬間、ユージンに注がれたのは………強襲装甲艦2隻分の操艦情報。

 常人では耐えられないであろう莫大な情報量に、ユージンの身体は反射的にビクリ!と跳ね上がった。そして阿頼耶識システムの過度な負荷によって、鼻血が一筋、垂れ落ちる。

 

「ぐっは………!!」

「ユージン!?」

 

 ここで失神していてもおかしくはない。

 だがユージンは、莫大な負荷による想像を絶する苦痛に………耐えきった。揺らぎつつも、徐々に明白さを取り戻していく意識と視界。

 耳元でガンガン鳴り響くような凄まじい頭痛を気合でねじ伏せ、ユージンはニヤリ、と笑った。

 

 

「ぐ……ぐ………大丈夫だ! 見とけよ、お前らァッ!!」

 

 

 阿頼耶識システムによって制御されたブルワーズ艦は、次の瞬間、回避プログラムではあり得ない機動を見せ、次々に砲撃や対艦ミサイルの弾雨を泳ぐように回避し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「う………!」

 

 これだけの猛撃を食らいながらなおも沈まない敵艦。

 それどころか唐突に機動力を高め、こちらの十字砲火を掻い潜っているではないか………!

 艦隊を展開し半包囲下に置いているはずなのに、砲撃やミサイルはその多くが回避されてしまい、決定打を与えることができない。

 

「ほ、砲撃を集中! 集中っ!」

 

 半ば狂乱の体で命令を飛ばしながらも、イレギュラーの連続で正確な指示を発することができない。

 それが艦隊の挙動にも如実に現れており、前方の艦と後方の艦、どちらに砲撃を集中させるべきか指示がなされない結果、各艦の判断にて砲撃が展開され、さらには敵艦のあまりに生物的な挙動にこちらの照準が追いついておらず………2隻の敵艦は徐々に艦隊の中央、旗艦〝ヴァナディース〟に迫りつつあった。

 

「敵艦、なおも接近!」

「ぐ………我ら地球外縁軌道統制統合艦た………っ!」

 

 発破をかけ混乱と士気の低下に歯止めをかけようとしたカルタであったが、

 

「後方の船が進路を変更!」

 

 えっ!? 拡大モニターを見れば、盾にしていた青い強襲装甲艦からワイヤーケーブルがパージされ、解き放たれた赤い敵艦が急激な機動で艦隊の包囲を下に抜け出す所だった。

 どちらが本丸だ!? どちらが………

 

「ど、どちらへ砲撃を!?」

「と………とにかく撃沈なさいッ! 撃沈! 撃沈撃沈撃沈、げきちーん!!」

 

 冷静さを欠きヒステリックに喚きたてるカルタに、恐慌状態から抜け出せない艦隊はとにかくも………速度を落とした青い強襲装甲艦に砲火を集中させた。

 至近で、次々と砲弾やミサイルが着弾する敵艦は、数秒持ちこたえたが、次の瞬間には艦体各所から炎や煙を吹きだし始める。

 だがそれと同時に………ある着弾点から光の粒子のようなものが激しく噴き出し始め、その煙幕はあっという間に艦隊を白い輝きで覆いつくした。

 

「な、何だ!?」

「モニターロスト! 僚艦とのデーターリンク消失!」

 

「何をしているの!?撃ちなさい!」

 

 カルタはそう怒鳴りつけるが、一向に状況を回復させることができない。

 

「光学照準が目標を完全にロスト!」

「LCS途絶! 通信できませんっ!」

「これは………ナノミラーチャフです!」

 

 ナノミラーチャフ……それはナノラミネート装甲の素材となる粉末を利用したチャフ(金属片)で、光線を拡散させるナノラミネート装甲の特性によりLCSや光学探知装置を妨害することができる。

 だが、対処が容易で実戦や戦略に供せるようなものではなく、厄祭戦時代の一部の戦いで使用された記録が残っているものの、現代では到底使い物にならないはず………

 

 だが艦隊は混乱状態にあり、直ちに秩序を取り戻す必要がある。

 カルタはサッと指揮官席から立ち上がり、

 

「狼狽えるな! 全艦に光信号で通達! LCSを最大出力で全方位に照射、同時に時限信管でミサイル発射!」

 

旗艦〝ヴァナディース〟から発光信号が放たれ、その指示の下、全艦がミサイルを発射。

 

 

「―――――古臭いチャフなど焼き払いなさいッ!!」

 

 

 その瞬間、白一色だった周囲が炎で埋め尽くされ、一つ一つは小さな鉄片に過ぎないナノミラーチャフは次々焼き尽くされていった。

 チャフの効果が消失し、ノイズが走るばかりだったモニターが回復。撃沈され無残な姿を晒す青い強襲装甲艦がモニター上に映し出された。

 

「LCS回復しました!」

 

 通信と秩序を回復し、カルタは憮然と指揮官席に座り直した。まさか、ほんの一瞬とはいえ古臭いオモチャのような兵器に地球外縁軌道統制統合艦隊がこうも混乱をきたしてしまうとは………

 

「全く、さっさと位置の再特定! 急げッ!」

「光学照準が目標を再補足!」

 

 よし。とカルタはほくそ笑んだ。素早いのが取り得のネズミも、この短時間では何もできまい。再度包囲下に置き沈めてくれる。今度は盾になる艦など無い。

 

「どこだ?」

 

 まだ近くにいるはずだが、モニターを見回してもそれらしい光点は見当たらない。

 どこに隠れた………?

 そして次の瞬間、カルタはオペレーターがもたらした報告に、我が耳を疑った。

 

「それが………グラズヘイムです!」

「何?」

 

 定石であればこちらを混乱させた後、旗艦かその後背を突くはずでは?

 やはり学の無い宇宙ネズミに戦場のセオリーを期待するだけ無駄なのか。何にせよ艦隊は無傷だ。

 

「ならば全艦回頭! 味方や地表への着弾に注意しつつ………」

 

 だが、モニターに映し出された次の画像を見、カルタはようやくそこで……宇宙ネズミたちの真意を悟った。

 

「敵艦! グラズヘイム1に突っ込んでいきます!」

「まさか………!」

 

 艦隊が回頭した所で間に合わない。そしてグラズヘイム1直掩の小艦隊だけでは、その強襲装甲艦の特攻を止めることなどできない。

 そして、強襲装甲艦の艦首が宇宙基地グラズヘイム1の球状ブロックに激突した。

だが頑強な艦体はその衝撃に耐え抜き、むしろさらにエンジンノズルからパワーを吐き出し、ズリズリ………と球状ブロックの表面を下から上へと引き裂いていく。

 ようやく艦隊が回頭を終えた時には時すでに遅し。敵艦は目まぐるしく機動を見せて離脱していき、グラズヘイム1は裂かれた部分から炎上を始めていた。さらには激突によって軌道をずらされた結果、少しずつその巨体が地球目がけて傾いていく。

 

 やられた………!!

 

「グラズヘイム1より救難信号を受信! 軌道マイナス2………このままでは地球に落下します!」

 

 最初から、宇宙ネズミ共の手の内だったのだ。

 オペレーターの報告に、カルタはしばし打ちひしがれたようにアームレストをギリギリと握りしめて無念に震えたが、

 

「モビルスーツ隊を出撃後、救援に向かいなさい………っ!」

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊の全力でなければ、軌道がそれた宇宙基地を引き上げることなどできないだろう。ユトランド1のような宇宙港への同様の攻撃にも警戒する必要がある。

 敗北。してやられた、という事実を、カルタ・イシューはこの時ばかりは受け入れるより他なかった。

 

 

 

 そして、ナノミラーチャフの混乱の中、密かに防衛線を突破したランチとモビルスーツの小部隊がいたのだが、―――――この時、地球外縁軌道統制統合艦隊の誰一人としてその事実に気づくことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

―――――俺、かっこいいか?

 

 遥か遠ざかる〝イサリビ〟にて、ユージンがオルガや俺たちにそう問いかけているような気がしたので、(鼻血を噴出させながら)

 

「カッコよかったぜ。今日のMVPはユージンで決まりだな」

『カケル。ランチは全部下ろしたよ』

 

 クレストの〝マン・ロディ〟が近づいてくる。その奥には、最後のランチを格納し終えた2隻目の降下船の姿が。すでにオルガやビスケットの乗る1隻目は上部ハッチを閉鎖し、地球降下の準備を始めていた。

 2隻の降下船を護衛するのは、――――三日月の〝バルバトス〟、昭弘の〝グシオンリベイク〟、シノの〝流星号〟(グレイズ改)、それに昌弘、ビトー、ペドロ、クレストの〝マン・ロディ〟。そして俺の〝ラーム〟。総勢8機。

〝マン・ロディ〟はその仕様上、重力下で活動することができないが、地上換装用パーツはモンターク商会が用意し、地上で換装作業できる手はずとなっている。

 

 さて、この後は………

 

「クレスト。ビトーたちを呼び戻せ。敵が来たらこっちの降下船は任せるからな」

『了解!』

 

 クレスト機が飛び去っていく。俺も、火器管制システムから兵装の状態をチェック。異常なしを確認し、〝ラーム〟にガトリングキャノンを構えさせた。

〝ラーム〟の照準用高度光学センサーに反応。多数のモビルスーツの反応が………こっちに来る。

 

『………お、どうしたカケル?』

「上を見ろ。敵が来るぞ!」

 

 上ぇ? シノがとぼけた様子で〝クタン参型〟に収まった〝流星号〟の頭部を上に向ける。他の機体ではまだ敵機の反応を捉えられないか………!

 

『あ、あれかぁ? まだセンサーにゃ何も………』

「こっちには見えている。………敵襲だ! 先制攻撃するッ!!」

 

 

 

【EB-06 LOCK】

【EB-06 LOCK】

【EB-06 LOCK】

【EB-06 LOCK】

 

 

 

 重力の塊である地球が足下にあるため少し手間取ったが、重力偏差修正完了。

 照準が確立した瞬間、俺はトリガーを引き絞り、〝ラーム〟のガトリングキャノンを発射した。

 わずか2、3秒のうちに数百もの特製弾丸が宇宙空間に吸い込まれていき―――刹那、わずかな閃光を散らす。

 小さな光点………ギャラルホルンのモビルスーツ隊が左右に散開した。そこにさらにガトリングキャノンを撃ち込んでいき、余念なく牽制していく。

 

 その騒動にオルガの乗る降下船から通信が飛び込んできた。

 

『どうした!?』

「ギャラルホルンに気付かれた! 敵モビルスーツが………こちらで分かる限りで、12機接近中!」

『何!?』

『こ、こんなに早く気づかれるなんて………!』

 

 原作よりはまだ遅い方だ。『願いの重力』では、降下船のハッチが閉鎖される前に攻撃を受けたからな。

 だが………アインや〝シュヴァルベ・グレイズ〟がいない分、宇宙仕様〝グレイズ〟の数がやたら多い。

 ガトリングキャノンで分厚く弾幕を張るものの、あまりに広範囲に散開した敵機全てを完全に捉えることができず、4機が弾幕を突破して〝ラーム〟足下の降下船目がけて襲いかかってきた。

 その中にはガエリオの〝キマリス〟の姿も――――――

 

「悪い! 抜かれた!」

『任せとけ!』

『昭弘! 行けるか!?』

『行くしかないだろッ!!』

 

〝クタン参型〟とドッキングした〝流星号〟、〝グシオンリベイク〟が猛然と銃撃を浴びせまくりながら〝グレイズ〟隊に突進していく。

しつこく降下船を狙う〝キマリス〟には、

 

 

『アイツは任せて』

「頼む!」

 

 

 三日月の〝バルバトス〟がメインスラスター全開で飛びあがり、引き寄せるように素早く後退する〝キマリス〟相手に追撃戦を繰り広げた。

 瞬間的な隙間を埋めるように俺は〝ラーム〟を敵モビルスーツ隊との間に割り込ませ、弾幕を敷いて寄せ付けない。

 が、その時、さらに敵機の増援を知らせる警告音がコックピットに鳴り響いた。

 

「くそ………!」

 

 まだ来るのかよ………! さらに10機の反応に思わず舌打ちを隠せない。

 これで20機以上の敵モビルスーツが襲撃してきたことになる。降下船を護衛しながらで十分な機動が取れない中、これだけの数を相手にするのはキツい。

 しかも、あのモスグリーンの〝グレイズ〟は―――――!?

 

「ち………ここでアリアンロッドかよ!」

 

 何でこんな所に――――!?

 ガエリオの部隊のみならずアリアンロッドを相手にするのは、流石にキツすぎる。

 

『やばい! 向こうの降下船が!』

『カケル! 援護に行けるかッ!? 向こうの方がヤバい!』

「んなこと言ったってな………!」

 

 オルガにそう言い返し、こちらの守備を打ち崩そうと突貫してきた〝グレイズ〟1機に集中砲火を浴びせ、したたかに打ちのめされ、武器も失ったその機体はヨロヨロと戦線離脱していく。〝グシオンリベイク〟や〝流星号〟も、1機、また1機と〝グレイズ〟を屠っていった。

 だがそれでギリギリの状況だ。〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝流星号〟〝ラーム〟のどれか1機でも離脱すれば、〝グレイズ〟隊は容赦なくその隙を突いてくるに違いない。

 しかし側面モニターで………2隻目の降下船周囲でいくつもの火球やスラスターの閃光が迸るのを見、焦燥感が俺の中で抑えきれずに波打った。阿頼耶識付きとはいえ〝マン・ロディ〟だけではギャラルホルン主力機〝グレイズ〟の一隊を抑えることは厳しいに違いない。今すぐに援護にいってやりたいが――――――

 

 と、その時だった。

〝ラーム〟にライフルを向けていた1機の〝グレイズ〟に、突如として重い銃撃がいくつも浴びせかけられた。ライフルを吹き飛ばされ、マニピュレーターごと火器を失った〝グレイズ〟はすかさず離脱。

 

 銃撃が放たれた先をコックピットモニター越しに見やると、

 

「あれは………!」

『兄貴ッ!!』

 

 昌弘の〝マン・ロディ〟が、本来の武装ではない大型のヘビーマシンガンを構え、さらにもう1機の〝グレイズ〟目がけて撃ち放つ。

 昭弘の〝グシオンリベイク〟に背後から迫ろうとしていたその〝グレイズ〟はその背から突き上げられるような直撃弾を食らい、姿勢制御を失ったその一瞬を突かれ、振り返った〝グシオンリベイク〟のハルバードアックスの餌食となった。

 

『!………昌弘か!?』

『俺がここを守ります! カケルさんは向こうの降下船を!』

「分かった。ここは任せるぞ!」

『はいっ!』

 

 ドルトコロニーで製造された〝ラームランペイジ〟用のヘビーマシンガン。ミニミ機関銃に似たフォルムを持つそれを昌弘は器用に取り回し、また1機の〝グレイズ〟を吹き飛ばした。そこに〝グシオンリベイク〟が殺到し、手早くトドメを刺す。息の合った兄弟の連携だ。

 

 だが、さらに敵機の増援。4機の〝グレイズ〟の一隊が新たに到着し、うち1機がバズーカ砲を降下船目がけて構えている。あれをもろに食らえば降下船などひとたまりもない。

 

『くそっ、数が多すぎて………!』

 

 俺のガトリングキャノンの照準もすぐには―――――

 だがその時………〝グレイズ〟が構えるバズーカ砲にいくつもの銃撃が着弾。内部の弾薬に引火したのか発射母機である〝グレイズ〟をも呑み込んで激しく爆発した。

 

 傷つきながらもすかさず爆発から抜け出す〝グレイズ〟だったが、次の瞬間、爆発を切り裂くように飛び出してきた黒い機体に頭部を掴まれ、その隙間から覗くコックピットブロックに銃撃を次々食らって沈黙した。

 

 さらにもう1機が〝グレイズ〟の隊形に乱入。巨大な重棍棒を振り回して1機を殴り飛ばし、その連携をズタズタに引き裂いた。

 

 

『あ………あんたらは………!?』

 

『ごっめんごめん! 装甲の換装に時間かかってさぁ~』

『遅れた分の仕事はするよ』

 

 通信越しの声は………タービンズのラフタとアジー。

 昭弘は状況を理解できず、

 

『な、何で二人が………?』

『ダーリンにアンタらのこと頼まれたのっ!』

『ならその機体は………!』

『〝百錬〟を持ち出せばテイワズだとこっちから名乗っているようなものだ』

 

 地球の重力をものともせず縦横無尽に暴れまわるその機体は、確かに〝百錬〟の面影をわずかに残している。

 その機体の名を、ラフタは自慢のオモチャをお披露目するかのように、

 

 

 

 

 

『これは〝百錬〟改め……〝漏影〟ってことで。ウチら共々よろしくぅ!』

 

 

 

 

 

『『………す、すげぇ』』

 

 思わず昭弘と昌弘兄弟の感想が重なった。

 ラフタとアジーの乱入によりギャラルホルンのモビルスーツ隊は一気にペースを崩され、瞬く間に形勢は逆転した。

 シノの〝流星号〟も、ドッキングしている〝クタン参型〟の機動力を活かしつつ〝グレイズ〟を翻弄。2機目を仕留めた所だった。

 かくして、10機以上でオルガらの乗る降下船を包囲していた〝グレイズ〟隊は、わずか3機にまでその数を減らしていた。

 

 敵機を怯ませるよう援護射撃に集中しつつ事態を見守っていた俺は、そこでフットペダルを限界まで踏み込み、メインスラスター全開で〝ラーム〟を2隻目の降下船まで飛び上がらせた。

 

 

 

 

『くそおっ! こいつら………っ!』

『ビトー! 前に出すぎるなっ! 降下船を守らないと………!』

『けどこのままじゃ………!』

 

 2隻目の降下船を守るビトー、ペドロ、クレスト3機の〝マン・ロディ〟は、アリアンロッド仕様〝グレイズ〟隊と降下船の間で壁となり、銃撃から船を庇いつつ反撃していたが………〝マン・ロディ〟のサブマシンガンでは〝グレイズ〟に対して有効打を与えることができず、さらに数の差も相まって一方的に追い詰められつつあった。防ぎ漏らした何発かのライフル弾が降下船を激しく打ち、それが焦燥と混乱に拍車をかける。

 

「―――――すまない! 待たせたな!」

 

 照準を定めた1機の〝グレイズ〟目がけ、俺は〝ラーム〟のガトリングキャノンを撃ち放った。〝マン・ロディ〟に至近から撃ちかけていた〝グレイズ〟は、無数の弾雨を浴び、上手くコックピットブロックに直撃を食らったらしく、吹き飛んだ体勢のまま動かなくなってしまった。

 

『――――カケルっ!』

「クレストは俺とついて来い! ビトー、ペドロは援護頼むぞ!」

『『『了解っ!!』』』

 

 クレストの〝マン・ロディ〟を引き連れ、俺は〝ラーム〟を敵モビルスーツ部隊の隊形ど真ん中へと突進させた。

 当然襲いかかってくる激しい銃火。だが、元々重装甲の〝ラーム〟と〝マン・ロディ〟はそれを力任せに突破し、

 

「―――――こいつでッ!!」

 

 間近に迫った〝グレイズ〟1機に突っ込み、至近からガトリングキャノンをぶち込んでやった。そして胸部から腹部にかけて無残にひしゃげた〝グレイズ〟をもう1機目がけて蹴飛ばし、今度はコンバットブレードを引き抜いて飛びかかった。

 

 

 

『おのれ………ドルトで散った仲間の無念! ここで――――っ!』

「だからってやらせるか!!」

 

 

 

〝グレイズ〟との激しい鍔迫り合い。だがスラスターパワー全開で一気に押し飛ばし、弾き飛ばされた所を〝ラーム〟のガトリングキャノンで撃ち潰した。

 

『おらァッ!!』

 

 猛々しく雄叫びを上げながらクレストの〝マン・ロディ〟もまた〝グレイズ〟に接近戦を挑んでいた。総合的な性能では〝グレイズ〟の方が遥かに分があるはずだが、阿頼耶識システムと、パイロットとして優れた技量を持つクレストが操る〝マン・ロディ〟はギャラルホルンの現行モビルスーツを細かく目まぐるしい機動で圧倒。

ついには〝グレイズ〟が構えるバトルアックスを蹴飛ばし、頭部と胸部にハンマーチョッパーを滅茶苦茶に叩き込んで潰した。無残な残骸を踏み台に、クレスト機はさらにもう1機へと急迫していく。

 

 かくして、乱戦状態を余儀なくされた〝グレイズ〟隊は間近に迫った2機のモビルスーツの相手に注力しなければならなくなり、

 

「ビトーとペドロも来いッ! 一気に組み伏せるぞ!」

『よっしゃあ!!』

『行きますっ!』

 

 さらに飛び込んできた2機の〝マン・ロディ〟に強襲された〝グレイズ〟隊は既に単機ごとの応戦しかできず、降下船から引き離されたまま徐々にその数を減じていった。

 

 

 

 



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あれが三日月

▽△▽――――――▽△▽

 

 昭弘らが交戦している位置から更に上方。

 巨大な青い惑星……地球を背景に〝バルバトス〟と〝キマリス〟の戦いは熾烈を極めていた。

 

「ち………っ! 前より速いな」

 

〝キマリス〟の凄まじい加速力を前に、ドルトコロニーの時同様、〝バルバトス〟は翻弄されるしかない。事態の膠着に三日月は内心舌打ちを隠せなかった。

 だが勝機はある。

 チャンスは一度。

 

『お前らに引導を渡すため、わざわざ用意してやった〝ガンダムキマリス〟だ。そしてボードウィン家直属の部隊まで引っ張ってきてやったのだから―――――ありがたく思いながら逝けぇッ!』

 

 目まぐるしい機動から一転。〝キマリス〟はミサイルに等しい速度で〝バルバトス〟へと突撃、ランスを突き出してきた。

 

「………俺もアンタのために、用意したものならあるよ」

 

 今だ。三日月は………敢えて動かずその突進を受け止めた。ランスの先端が〝バルバトス〟の胸部装甲を容赦なく抉りぬく。

 その衝撃の中で、三日月は冷静にコンソール上の【装甲分離】コマンドを叩いた。

 

 

『やったか! ………なぁ!?』

 

 

 内部に仕込んでいた爆薬によって吹き飛ばされる〝バルバトス〟の胸部装甲。それは、ただの追加装甲であり、ランスの先端はその内奥で守られていた本来の胸部装甲やコックピットに全く到達していなかった。

―――これが、俺がアンタのために用意してやった………えーと、何だっけ?

 

 

『ま、まさか! リアクティブアーマーだとッ!?』

「あ、そうそれ。………パターンがわかれば対策くらいするよ」

 

 

 おやっさんが。と三日月は内心付け加えた。リアク何とかを知ってるって、ガリガリって結構頭いいんだな。

 詳しい仕組みはよく分からなかったが、とにかく前方の装甲が厚くなり、あの厄介なランスの突きから一度だけ機体を守ることができる。それだけ分かれば十分だった。

 すかさず三日月は〝キマリス〟のランスを〝バルバトス〟の手で掴んだ。これで得意の高速戦は封じた。

 

 

『くそ! ネズミ………がっ!?』

 

 

 そう吐き捨て〝バルバトス〟の捕捉から逃れようとした〝キマリス〟だったが、すかさず垂直回し蹴りでその手からランスをもぎ取る。

 そこで姿勢が崩れた一瞬を逃さず、三日月は目にも止まらぬ挙動で〝キマリス〟の肩部に手持ちのメイスを突き立て………メイス内部に収められていたパイルバンカーをゼロ距離で発射。撃ち出された鉄杭が〝キマリス〟の肩部から後部のブースターユニットを引き裂き破壊した。

 

 これで得意の高速戦は完全に使えない。モビルスーツによる格闘戦では、阿頼耶識システムによって直感的な反応を持つ三日月が圧倒的に有利だった。

 見る間に殴り飛ばされ、他の兵装も次々潰されてしまう〝キマリス〟。

 さらにその頭部を掴み、三日月は勢いでトドメを刺そうとしたが、すんでの所で〝キマリス〟は腰部に残っていたコンバットナイフを引き抜き、一瞬〝バルバトス〟を振り払う。

 だが三日月は〝バルバトス〟を素早く回り込ませ、〝キマリス〟の胸部を蹴飛ばした。負けじと向こうも殴りかかってきて、

 

 

『俺にも誇りがある!』

「あ、そう」

 

 

 だから何だよ? 無駄口叩く暇があるなら戦いに集中すればいいのに。

 少なくとも三日月はそうした。〝キマリス〟から一度距離を取り、〝バルバトス〟両腕に仕込んでいたミサイルを発射。

 回避が遅れた〝キマリス〟に2発とも着弾し、その姿は一瞬爆発の炎と煙に呑み込まれた。

 

 

『がっ! ………はあっ、は………あ――――――!?』

 

 

 ようやく煙が晴れた時、〝キマリス〟に乗る疲弊したガリガリの目に映ったのは、自分めがけて投擲される自機のランスの切っ先だっただろう。

 お前を守ってくれる奴は誰もいない。

 次の瞬間、三日月はコックピットモニター越しに………長大なランスが〝キマリス〟の腹部から胸部にかけてをぶち抜くのを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

『が……ぐ――――――――がアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信越しの耳障りな絶叫に、三日月はチッと舌打ちした。

 仕留め損ねた。ガリガリはまだ生きてる。

 

「………ガリガリが」

 

 さっさと倒れろよ。今忙しいんだから。

 さっさと潰すべく三日月はフットペダルを………

 

 

『――――ミカ悪ィ! 敵の増援だ。すぐ行ってくれるか!?』

「分かった、オルガ。任せて」

 

 

 あんなダメージじゃトドメを刺さなくても、もう長くないだろ。

 三日月は沈黙し、漂流する〝キマリス〟を一瞥すると、新たな敵機の反応目がけて〝バルバトス〟を加速させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『カケルっ! 敵がまた………』

「く………っ!」

 

 無限湧きのつもりかよ、さっきから………。

 さらに追加された7機の反応。拡大モニターに表示されるのはアリアンロッド艦隊仕様の〝グレイズ〟。

 今しがた倒した〝グレイズ〟からコンバットブレードを引き抜き、俺は素早く残弾数と高度、降下船の位置、それに高度を確認した。あと少しだけ、時間を稼げればそれでいい。

 だが〝マン・ロディ〟はもうスラスターガスが底を尽きかけているはずだ。

 

「クレスト、ビトー、ペドロはもういい。降下船に行け」

『まだやれるっ!』

「ガスの残量を見てから言ってくれ。時間稼ぎなら俺一人で何とかなる」

 

 あいにくと高燃費の〝ラーム〟のスラスターガス残量も―――まもなくイエロー表示からレッドに差し掛かりつつある。だが短時間の全力戦闘なら問題ない。

 サッと頭の中で交戦可能な残り時間を計算し、俺は〝ラーム〟をアリアンロッドの増援部隊目がけて突っ込ませた。

 

『カケルっ!!』

「後ろは気にするな! 行け!」

 

〝グレイズ〟隊の銃撃が何発も〝ラーム〟に着弾し、その度にコックピットが激しく揺さぶられるが、構わず突撃し、なけなしの残弾を間近の〝グレイズ〟に叩き込んだ。

 それにしてもこいつら――――――

 

 

『ぐ………こいつっ!』

『怯むな! アリアンロッドの底力を見せてやれ!』

『戦果を上げねば、命令違反で地球外縁軌道統制統合艦隊の領分を侵した我らに、帰る場所は無いッ!!』

 

 

 成程………離反部隊だったのか。

 だが、何となく月外縁軌道統制統合艦隊の首魁、ラスタル・エリオンの影がちらほら見えるような気がする。

 何にせよ、ここから先には行かせるつもりはない。

 

「来いよ。7対1なら楽勝だろうが」

『舐めた口をッ!』

 

 激高した〝グレイズ〟隊が一斉に襲いかかってきた。

 そっちから来てもらえるなら―――有難い。

 俺は抜き放った〝ラーム〟のコンバットブレードを、眼前の〝グレイズ〟が構えるバトルアックスに叩き込み、素早く刃を絡ませて、背後からこちらを狙おうとしていたもう1機に、〝グレイズ〟ごと投げ飛ばした。

 

 

『ぐあ………っ!』

『くそ! なんて馬鹿力………!?』

 

 

 敵が怯んだ一瞬を逃さずコンバットブレードを逆手に、俺はその刃の先端を、回避が遅れた1機の〝グレイズ〟、その装甲と装甲の合間にねじ込んだ。

 やっと1機。さすがにこのペースで全機を叩き落すのは不可能だ。

 

「降下船は………!」

『こちら2号降下船! もう降下軌道に乗ったぞ! 早くこっちに………!』

 

 高度の低下と共にノイズも激しくなる。クレストら〝マン・ロディ〟隊は、指示通り降下船に着地しつつあった。オルガの乗る1号降下船は、さらに高度を下げて先行している。

 タイミングを逃せば地球の摩擦熱で焼け死ぬ。この瞬間にも徐々に地球の重力に引かれつつあり、高度がかなり下がっていた。機外温度も徐々に上昇していく。

 

『カケルっ! 早く!』

「分かってる! この………っ!」

 

 なおも迫る1機をガトリングキャノンの砲身で思い切り殴り飛ばし、その隙を突いて俺は一気に〝ラーム〟を地球目がけて急降下させた。その先には2号降下船の姿が。

 

 

『くそっ! これ以上は重力が………!』

『まだだ! まだやれ……うぐっ!?』

『降下船からの攻撃だと!?』

 

 

 降下船の出っ張りに掴まりつつ3機の〝マン・ロディ〟がマシンガンを撃ちまくり、なおも追いすがろうとする〝グレイズ〟を1機、また1機と撃ち飛ばしていった。

 あと少し………俺は〝ラーム〟の足を降下船に向け、着地態勢に―――――――

 

 

『行かせるかァーッ!!』

 

 

 その時、弾幕を強引に突破した1機の〝グレイズ〟が………両手を広げて〝ラーム〟に組み付いてきた。

 

「ぐ………ぅ!?」

『地球に! 我らの地球に病原菌持ちの火星人を入れてたまるか―――――――ッ!!』

 

 抱き合った姿勢のまま、降下船へと着地軌道から大幅に引き離されていく2機。

 衝撃と警告音が滅茶苦茶に迸る中、俺は機体に組み付いた〝グレイズ〟を引き剥がそうとするが………拳を振り上げた〝グレイズ〟の手に握られていたのは、バズーカ砲のマガジン。

 

 

 やばい――――――!!

 

 

 逃れる間は無かった。マガジンを握りしめた〝グレイズ〟の拳が、次の瞬間〝ラーム〟の胸部上方に打ち付けられ、拳の中でひしゃげたバズーカ砲のマガジンは爆発。

 

『カケル!?』

 

 火球と爆煙に呑み込まれた2機は、炸裂した爆発によって力づくで引き離される。自爆特攻に近い攻撃によって、上半身が焼けこげ奇妙にねじ曲がった〝グレイズ〟は、力なく弾き飛ばされていった。

 重装甲の〝ラーム〟も無事ではない。全身を思い切り殴りつけられるような衝撃とコックピットに飛び散る火花。堪えきることができず俺の意識は一瞬吹き飛んでしまい、その後の対処が遅れてしまった。

 

 

『仲間の死を無駄にするな!!』

『こいつだけでも! うおオオオオオオオオオオオォォォォ!!!』

 

 

 限界点を突破して迫るもう1機の〝グレイズ〟。意識では俺も必死に迎え撃とうともがいたが………先ほどの衝撃で身体が痺れてしまい、思うようにコントロールグリップを握れない。

 そしてコックピットモニターいっぱいに、敵機のバトルアックスが大写しとなった。

 もう、間に合わない………!

 

 

『やらせるかっ!!』

 

 

 だが〝ラーム〟を撃墜あと一歩の所まで追い込んでいた〝グレイズ〟は、次の瞬間脇から飛び込んできたずんぐりとした巨体によって突き飛ばされ、コックピットモニターから弾き出された。

〝マン・ロディ〟の渾身のタックルをもろに食らった〝グレイズ〟はバトルアックスを失い、それでも素早く姿勢制御を取り戻すが、次の瞬間、背後に忍び寄った2機の〝マン・ロディ〟…そのハンマーチョッパーに殴り潰された。

 

 

「………お前らっ!? 今降下船から離れたら―――――!」

『カケルを置いていけないっ!』

『今ならまだ追いつける! 戻るぞ! ………あ? あれ?』

『ぜ、全然上に上がらな………!?』

 

 ビトーら〝マン・ロディ〟が脚部スラスター全開で飛び上がろうとするが………

 

「地球の重力にもう捕まってるんだよ!」

 

 

 モビルスーツのスラスター程度では地球の重力を振り切ることはできない。

 降下船は遥か頭上。降下船ほどの分厚い耐火装甲を持たないモビルスーツでは………いずれ機内が灼熱し、パイロットは中で焼け死ぬしかない。

 こうしている間にも〝ラーム〟や〝マン・ロディ〟の装甲表面は徐々に大気との摩擦熱で赤らんでいき、コックピット内部温度も徐々に上昇していく。

 

 

『あ、熱い………!?』

『な、何なんだよこれっ!?』

「………今すぐ3機で固まれ!」

 

 手近なクレストの〝マン・ロディ〟の腕を掴み、ビトーとペドロ機に押し付けた俺は、大気の摩擦熱から3機を庇うように〝ラーム〟を回り込ませた。

 背部の機外温度が急上昇し、いくつもの警告表示でコックピットモニターの片面が埋め尽くされていく。

 

『か、カケル!?』

「〝ラーム〟の装甲なら、何とか大気圏を抜けられるかもしれないからな」

 

 俺は抱き合わせるように3機の〝マン・ロディ〟に〝ラーム〟を密着させた。これで、一応は〝ラーム〟がMS用降下グライダーの代わりになるはずだ。

 

 

【警告:機外温度 限界温度突破】

【警告:冷却システムに異常発生】

【警告:コックピット内温度調節機能に異常発生】

 

 

 ゴゴゴ………! と聞こえる背面からの凄まじい衝撃に灼熱。なけなしのガスを消耗して全スラスター全開にしても、無駄だ。

 

『カケル!!』

「動くなッ! 焼き殺されるぞ!」

『でもカケルが!!』

 

 このままだと俺はコックピットの中で蒸し焼きだ。

 ノイズが滅茶苦茶に迸るモニターに、エラーか警告ばかりの計器表示。もう〝ラーム〟は重力に引かれて落ちるだけの鉄の塊だ。

 すでに背中から焼けそうな熱を浴び、全身の血が沸騰しそうだ。しかもさらに気温は高まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 死――――。否応なく突きつけられる事実を、俺は受け入れるより他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで、なのか………」

 

 が、その時だった。

コックピットモニターの上片隅で何かが摩擦熱を放っている。モビルスーツ………にしてはかなり大きい。そう、降下船ぐらいの。

まさか………!

 

 

『お困りのようですね。よろしければお乗りになってくださいな』

 

 

 現れたのはメタリックブラックの降下船だった。急角度、凄まじい速度で突っ込んでくるそれは、瞬く間に落下中の4機のモビルスーツを追い抜いて、その鼻先で機首を上げた。

 大気摩擦熱を黒い降下船が肩代わりしてくれる形となり、機外温度も徐々に低下。

 安全に地球に降りたいなら、何にせよこの降下船に降りるより他ない。

 

「よし………降りるぞ!」

 

 着地姿勢を取って、まずは〝ラーム〟が降下船の背に着地。3機の〝マン・ロディ〟もそれに続いて降り立った。

 

「全員、生きてるな?」

『う、うん………』

『つか、何なんだこの船』

『味方?』

 

 クレストら共々、俺も困惑する中、再び降下船から通信が。

 通信ウィンドウに現れたのは、流れるような金髪の、それはもう美しい女性だった。

 

『ご無事で何より。私はエリザヴェラ・ウィンストン。モンターク商会渉外部の者ですわ』

「………傭兵、蒼月駆留だ。救援には感謝する」

『いいえ、とんでもございません。鉄華団の方々が窮地の際には援助せよと、我が主モンターク様の厳命でございますから。それよりも振り落とされないよう機体の固定を、どうぞよろしくお願い致します』

 

 了解、と俺は

 やがて、〝ラーム〟と〝マン・ロディ〟3機を載せた黒い降下船は大気圏を突破、眼下に広がる薄雲をいくつも突き破り………星空が覗く夜空が姿を現した。

 うわぁ……! とクレストらがはしゃぐ声が通信越しに聞こえてきた。

 

『地球だ………っ!』

『へぇ、これが………』

『何でだろ、なんか、俺、昔この景色を見たことあるかも』

 

 ペドロは地球生まれなのかもな。

 降下船は大きく翼を広げて、夜空を気持ちよく、飛び駆けていった。

 

『あ、見て!』

『ん? ………うわっ! で、でけぇデブリの塊が落ちてくるっ!?』

『あはは、違うよビトー。あれは月だ。地球の周りを回ってるんだ』

 

 夜空に、大きな三日月が浮かんでいた。厄祭戦によって表面が酷く抉られ、無残なデコボコを晒しているが、それでもなお美しく、夜空にわずかな明かりを投げかけている。

 

 

 

―――――あれが、三日月。今頃、地球外縁軌道統制統合艦隊の〝グレイズリッター〟隊を撃破し、地球へと降りただろう三日月・オーガスも、同じ光景を目にしているのだろうか。

 

 

 

 所で、

 

「………ん? あの、エリザヴェラさん?」

『はい。ご用件をどうぞ』

「この降下船はどこに? 俺たち、オセアニア連邦のミレニアム島に行かないといけないんですけど」

 

 周囲には他の降下船の姿は見えない。かなり引き離されてしまったのは間違いなかった。

 通信ウィンドウ上で、エリザヴェラは一瞬、手元の端末に視線を落として、

 

『大変申し訳ありませんが、突入角度の都合上、当機はオセアニア連邦領内で着陸できません。これより最寄りのアーブラウ領、旧ウラジオストク宇宙港に着陸いたしますわ』

「ウラジオストク………」

 

 脳内の情報チップにアクセス。

 旧ロシア連邦極東部に位置し、ロシア海軍太平洋艦隊が配備される軍港都市であったことは現実世界と同様だったが………厄祭戦時に徹底的な破壊に晒されて太平洋艦隊もろとも壊滅。戦後である現在は小さな町や研究施設が点在するだけの寂れた一地方と化しているという。

 脳内チップの情報によれば旧ウラジオストク宇宙港も厄祭戦時に破壊されて放棄されているはずなのだが………

 

『ウラジオストクには我がモンターク商会の資材管理センターと、我が主モンターク様の別荘がございます。モンターク様は、是非とも皆さまにご滞在いただきたいとお望みですわ』

 

 拒否権は無さそうだ。少なくとも金もツテも無い地球に放り出されて鉄華団に合流できる見込みはない。今はエリザヴェラなるこの女性……ひいてはモンターク=マクギリスに身を委ねるのが最善だ。

 

「………モンタークさんにはご厚意に感謝すると伝えてください」

『我が主も喜びますわ。では、30分ほどのフライトの後、当機は旧ウラジオストク宇宙港への着陸態勢に入りますので』

 

 夜空を滑るように、俺たちの乗る黒い降下船は暗い海原を遥か眼下に飛んでいく。

 正直、すぐにでもミレニアム島に向かいたい。このままだと間違いなく、復讐に燃えるカルタ・イシュー率いる地球外縁軌道統制統合艦隊の襲撃を受け………鉄華団にとって、その後の存亡をも左右する重要な人物が喪われてしまうかもしれないのだから。

 

 

 俺は夜空と三日月を見上げ、この後起こるだろう出来事………そして、このまま手をこまねいていれば容赦なく削られていくだろう命があるという事実に、ただ思いを馳せた。

 

 

 

 




◇オリメカ解説

・強襲降下艇

民間で運用されている降下船の戦闘仕様機。
装甲が追加されている他、急角度での高速突入にも対応可能な装甲と高出力スラスターを持ち、ギャラルホルンが地球軌道上からの強襲及びその訓練のため運用している。地球外縁軌道統制統合艦隊の保有機種の一つだが、現在まで実戦に参加した例は無い。

モンターク扮するマクギリスが登録を抹消した数機を密かに保有しており、うち1機を鉄華団の援護のために使用した。
軌道上での対空戦闘を想定した対空砲を2基備えている。

(武装)

対空砲×2


オリキャラ、オリメカ登場時にちょくちょく解説を挟んでいきたいと予定中です。


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第10章 選ぶべき道
辿り着いた地


▽△▽――――――▽△▽

 

 ミレニアム島。

 地球経済圏の一つ、オセアニア連邦領内にある小さな島で、古い空港や蒔苗東護ノ介というアーブラウ政財界の重鎮が別荘を構えているだけで、住人はほとんどいない。

 アーブラウ代表蒔苗東護ノ介氏に指定されたこの地。鉄華団の地球降下船2隻は無事、島の浅瀬に降り立つことができた。

〝グシオンリベイク〟〝流星号〟、それにタービンズの〝漏影〟2機が周囲の警戒に当たり、残りは手作業で物資の荷下ろしだ。昌弘の〝マン・ロディ〟は宇宙専用機で、モンターク商会から地上換装用パーツが届くまで降下船の中に横たえるしかなかった。

 

「よいしょっと」

 

 ビスケットは降下船に乗る団員から小型コンテナを受け取り、両手でがっしり抱えて陸地へと歩いた。軽々と片手で一つ、もう一つを担ぐ雪之丞もその後に続く。

 

「………ったく、足錆びちまうぜ」

 

 両足義足を海水に浸し、ガシャガシャと鳴らしながら雪之丞はぼやいた。

 一方、〝流星号〟のコックピットシートから飛び出したシノは、

 

「くぅ~っ! これが地球かぁ! ホントに着いたんだなぁ! やっほーい!!」

「うるせえぞシノ! しっかり周り見張ってろ。こっちの位置はもうギャラルホルンに掴まれてるんだからな!」

 

 オルガにどやされたシノは「へへ、悪ぃ悪ぃ」と悪びれない表情で座席をコックピットブロックに降ろした。

 と、「うわぁっ!」と無理して重いコンテナを運んでいたライドがバランスを崩して尻もちをついてしまう。バシャ! と頭から海水をひっかぶってしまい、

 

「うぇ、しょっぺっ! 何でこの水こんなしょっぺぇんだ?」

「あはは! ライド兄ちゃんだっせぇ!」

「うるせー!!」

 

 一人でも人手が必要とのことでクーデリアも率先して荷下ろし作業を手伝っていた。降下船からコンテナを運んできた団員から砂浜でそれを受け取り、手際よく集積している場所に積み上げていく。

 

「三日月、モビルスーツはいいの?」

「バルバトスはメンテ終わるまで動かすなって」

「へぇ」

 

 アトラや、モビルスーツパイロットである三日月も荷下ろし作業に加わっていた。その様子が微笑ましく、ふと笑みをこぼしてしまったクーデリアだったが、

 

「あ………」

「ん?」

 

 三日月の背後の夜空に………弓状に輝く月が、真夜中の海や島をわずかに明るく照らしていた。

 

「見ることが、できましたね」

 

 感慨深く呟くクーデリアに、「うん………」と三日月も、心なしか表情をほころばせているように見えた。

 

「えっ? あれが?三日月とおんなじ名前のやつ?」

「うん」

「へぇ~」

 

 着いたんですね、私たち。

 まだ行くべき道は半ばだが、ようやくここまで辿り着いたのだ。そしてここからのことは、自分の双肩にかかっている。

 感慨と共に覚悟を決め、クーデリアはしばし、三日月らと共に夜空で自分たちを見守ってくれる〝三日月〟を見上げた。

 

 

 

 

 

 

「よっと………」

「とりあえず、休むためのキャンプを作らないとね」

 

 オルガとビスケットが見る先には鬱蒼とした密林が広がっている。とりあえずは砂浜に沿うように野営地を作るしかないだろう。

 

「ギャラルホルンがいつ来るかも分からねぇからな。カケルと離れ離れになったのはちょいと痛かったな………」

「でも、無事で良かったよ。あの状況じゃ死んでもおかしくなかったし」

 

 地球軌道上でのギャラルホルンとの戦い。その際にカケルはギャラルホルンの妨害で降下船から弾かれてしまい、救援に向かったクレストら〝マン・ロディ〟3機ともう1隻の降下船………モンターク商会が所有する降下船に保護される形となったのだ。通信が完全に断絶する寸前、2号降下船はカケルを収容したモンターク商会の船から連絡を受け、ミレニアム島への降下コースが取れないため、一度近隣の宇宙港に降ろしてそこから合流されると、そう伝えられたという。

 

「まずはギャラルホルンがいつ来てもいいように、態勢を………」

「団長ー!」

 

 と、周囲で見回りをしているタカキの呼びかけに、オルガは「何だ?」と振り返った。

 見れば、その背後には太い杖をついた一人の老人が立っている。

 

「ん? おい、誰だそいつは?」

「いや……何かこの人が話があるって」

 

 タカキも困惑を隠せない様子で、オルガの判断を仰ぐしかないようだった。

 と、老人が口を開き、

 

 

「ほっほ。………お前さん達だな?〝鉄華団〟というのは」

 

 

 これが、元アーブラウ代表蒔苗東護ノ介氏と鉄華団の初対面となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ようやく厳戒態勢が解かれ、徐々に民間船も戻りつつある地球軌道上。

 地球外縁軌道統制統合艦隊の尽力によりようやく元の軌道に戻り施設の修復作業が開始されたギャラルホルン宇宙基地〝グラズヘイム1〟では―――――

 

 

「ガエリオッ!! ああ、何てこと………」

 

 

 地球軌道上において最も高度な治療を受けることができる〝グラズヘイム1〟の特別集中治療室。

 警備兵を押しのけて中に飛び込んだカルタの目に飛び込んできたのは、メディカルナノマシンジェルで満たされたカプセル型ベッド、そしてその中に沈められたガエリオ・ボードウィンの姿だった。

 端末の前で容体を逐一確認していた医師がカルタへと振り返り、沈鬱な表情を浮かべる。

 

「私どもも、あらゆる手立てを講じておりますが………」

「言い訳は聞かないわっ! 今すぐガエリオを治しなさいッ!」

「し、しかし全身の壊死が既に始まっており………! 臓器の大半が機能不全に陥った以上は………」

「何か方法があるはずよ! 答えなさいッ!」

 

 強情に詰め寄るカルタに、医師は「ですが………」としどろもどろになりながらも、

 

「延命をお望みの場合は、機械的・工学的………」

「ふざけないでッ! ガエリオを機械仕掛けの化け物にでもするつもりなの!?」

 

 

 身体に異物……特に機械を埋め込む行為は、地球で生まれ育った人間にとって禁忌中の禁忌だ。身体部位が欠損する事故が多いコロニーや火星、木星圏では神経と機械を接続した義手義足がよく使われているというが、そんなもの、地球や地球圏では下民の代名詞に過ぎない。

そんなものを地球、それも由緒正しきセブンスターズの一員に埋め込もうなんて………!

 

 

「バカなことは言わずに! 五体満足で! 機械を埋め込むなんて真似をせずにガエリオを元に戻すのよッ! できないとは言わせない………」

「そ、そんなこと………! ここの設備では不可能ですっ!」

「ならどこならできるの!?」

「地球、ヴィーンゴールヴなら………」

 

 

 確かに、ギャラルホルン総本山であるメガフロート…ヴィーンゴールヴなら人類最先端の医療技術と、人類最高峰と言われる名医が揃っている。ボードウィン家の人間の治療とあらば、最高の治療を受けられることは間違いない。

 

「ガエリオは移動に耐えられるのね?」

「地球に降ろすだけなら問題ないかと………」

「ならすぐにシャトルを用意なさい! イシュー家の名を出して構わないから、何を置いてもガエリオに地球で治療を………!」

 

 とその時だった。恐る恐る、といった体でギャラルホルン兵士が集中治療室に立ち入ってきた。

 

「い、イシュー一佐! ヴィーンゴールヴより最優先通信が入っておりますが………」

「イズナリオ様なら後にするよう伝えなさい! 今は手が離せないの!」

「で、ですがファリド特務三佐からなのですが………」

「………マクギリスが?」

 

 思わずカルタはピクリ、と動きを止めてしまった。――――あの男、いつもはまるでこっちを避けているクセに何で………よりにもよって今この時に!?

 

「い、いかがいたしましょうか?」

「………ああもう! ここで受けるから回線を回しなさいッ!」

 

 喚くカルタに、兵士は大慌てで治療室内の通信端末を操作する。

 やがて、壁面モニターにあの男………マクギリス・ファリドの顔が映し出された。

 

 

『やあ、カルタ』

「久しぶりね。でも悪いけど今立て込んでて………!」

『ガエリオのことだろう? 私も今知った。すでにヴィーンゴールヴで最高の治療を受けられるよう手配してある。すぐにガエリオを地球に降ろしてほしい』

「ガエリオがあれだけの怪我をしたのによく平然と………!」

 

 

こんな状況であっても尚、澄ました表情を崩さないマクギリスに、思わずカルタは激高しそうになったが、

 

 

『落ち着くんだカルタ。君の動揺はすぐに部下にも伝染する。今は何を置いても、ガエリオを地球に降ろす必要があるんだ。………頼む、君の力を貸してくれ』

 

 

 モニター越し、その真剣な眼差しにカルタはハッと息を呑み、冷静さを取り戻した。

 そう、マクギリスにとってガエリオは盟友中の盟友。その安否を誰よりも、おそらくこのカルタ自身よりもずっと案じているはずなのだ。

 その思いを汲むべく、カルタはサッと医師に振り返り、

 

 

「何をボサッとしているの!? さっさとガエリオを地球に降ろす準備をなさい! これは命令よ!」

「は………はっ!」

「要人最優先輸送のため、ヴィーンゴールヴへの民間航路を全て封鎖! 迅速な輸送のために強襲降下船と護衛モビルスーツ隊の準備! ヴィーンゴールヴへも協力を要請なさい!」

 

 矢継ぎ早に的確な指示を飛ばされ、医師や兵士たちが弾かれたように行動し始める。

 モニターの中で、マクギリスが安堵したように笑みを浮かべた。

 

『カルタ。ありがとう』

「………ふ、ふんっ! 大したことじゃないわ。それよりも、必ずガエリオを助けるのよ」

『最善を尽くすよう、こちらも働きかけるつもりだ。それと………我が父イズナリオが、地球軌道上での事の顛末についてカルタの口から直接聞きたいと言ってきている。差し支えなければガエリオと共に………』

 

「できないわ」

 

 カルタはピシャリと言い放ってマクギリスを黙らせた。

 

「地球外縁軌道統制統合艦隊の顔に泥を塗った上、私の部下をも犠牲に………挙句の果てにはガエリオまでこんな目に遭わせた宇宙ネズミ共を放っておく訳にはいかないわ。この屈辱の借りは必ず返す。イズナリオ様には逆賊の首を討ち取るまでヴィーンゴールヴには戻らないと、そう伝えなさい」

 

 その決然としたカルタの眼差しに見据えられ、マクギリスはしばし沈黙した後、

 

『………分かった。父のことは私に任せてくれ。何とかとりなしてみよう。最高の環境で君が戦えるよう、私も微力ながら手伝わせてほしい』

「マクギリス………」

 

 

 

 

 やがて、昏睡状態のガエリオと、医師の一団を乗せた1隻の強襲降下船がMS降下用グライダーにのった〝グレイズ〟1個小隊に護衛され地球へと降りていく。

 その姿が地球の大気の奥底まで消え去った後、地球外縁軌道統制統合艦隊旗艦〝ヴァナディース〟もまた、僚艦数隻を引き連れてオセアニア連邦領内ミレニアム島への降下コースに向かって発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………待っていなさい、宇宙ネズミ共。宇宙での借りは必ず返す。この――――カルタ・イシューの名にかけてッ!!」

 

 

 

 

 



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モンターク邸にて


【オリキャラ解説】

クレスト

・年齢:10~11歳
・出身:地球 アフリカンユニオン

ブルワーズから保護された、元ヒューマンデブリの少年団員。
大人の海賊たちから食糧や薬を盗むなど手癖が悪く、解放された後も鉄華団に心を許さなかったがカケルとの交流によって少しずつ警戒心を解いていく。

元ブルワーズのモビルスーツパイロットとして優れた技量を持ち、鉄華団でもブルワーズから譲渡された〝マン・ロディ〟のパイロットとして活躍する。


(原作では)

乗機の〝マン・ロディ〟の火器管制システムの故障によって陸戦隊に回されており、ブルワーズ艦に上陸してきた鉄華団員によって射殺された。
(本作中では火器管制システムの不調の中出撃し、〝ラーム〟が搭乗していた〝クタン参型〟のブースターユニットを破壊するなど健闘した)





▽△▽――――――▽△▽

 

 ヒューマンデブリは、いつ叩き起こされて戦場に駆り出されてもいいように、眠りは浅い。そうでなければ、もしクダルの前で眠そうな様子を見せたりふらつこうものなら殴り飛ばされるし、集中力が欠ければ即、死に直結するからだ。

 

 昔、母さんと乗っていた客船が海賊に襲われ、捕獲されてヒューマンデブリとして毎日戦うようになってからずっと、クレストは深い眠りについたことなど無かった。ヒューマンデブリの寿命は長くない。だから人間のように長く眠る必要などないし、与えられる休みだってほとんどない。戦いと戦い、略奪と略奪、戦いの後の重労働の間、偶然できた合間に、クダルや海賊たちに隠れて1時間ぐらいこっそり眠る毎日だった。

 

 鉄華団に譲り渡され、4人部屋の寝床で寝られるようになっても、ブルワーズの時の習慣がすっかり染み付いてしまった身体は頑なに長い睡眠を受け入れようとはしなかった。1時間、長くても2、3時間だけ浅く眠って、身体から力が抜ける前にすぐ目が覚めてしまうのだ。

 

 

「ん………」

 

 

 どうしても眠れない。

 眠っちゃいけないような気がする。もうクダルだって、ブルワーズだっていないのに………

 

 今、クレストたちがいるのは、モンタークというお金持ちの屋敷だった。鉄華団の船に帰還し損ねたクレストたちの救援に駆けつけ、まずは宇宙港に、そしてモビルスーツから降りた自分たちだけ、車でこの屋敷に連れてこられたのだ。

 屋敷に着いた時には日も暮れて、ここまでクレストらを連れてきた女性に、まずは休むように言われて寝室を二部屋あてがわれた。一部屋にはクレストとカケル、もう一部屋にはビトーとペドロ。

 

 どれだけ目を瞑っても休めない。きっと、隣の部屋のビトーやペドロも同じだろう。ヒューマンデブリがぐっすり休んでいいはずがないのだから。

 ベッドに横になるだけで何時間も無為に過ごすのは、これまでの慣習からあまりにもかけ離れており、クレストは気分の悪さすら感じた。

 

「もういいや」

 

 他のことをしよう、とクレストはもぞもぞとベッドから抜け出した。向こうのベッドにはまだカケルが………この上なく幸せそうな寝顔で眠っており、起こさないよう、そっと床に足を着ける。足音を立てないよう動き回ることは、ヒューマンデブリにとってごく当たり前のことだった。わずかな足音でもクダルや海賊の耳に入れば、どやしつけられ、殴られ、クダルの機嫌が悪い時には宇宙に捨てられた奴だっていたからだ。

 

 今、クレストが着ているのは柔らかい素材の青いパジャマで、屋敷の人から与えられたものだった。ヒューマンデブリが一生着るノーマルスーツのような雑な作りでもなければ汚くもない。鉄華団の制服よりも、ずっと清潔で柔らかい。

 それでも、ベッドの外で動くには少し肌寒くて………そっとクローゼットを開けると、ヒューマンデブリには一生縁のないような上等な衣服がかけられていた。

 真っ白なシャツに赤いチョッキ、ズボンにベルト、黒い靴下に靴。

 

………どうせ、鉄華団のノーマルスーツは取り上げられたし。

 

音を立てずにこっそり着替えて、クレストは部屋のドアを開けた。鍵はかけられていないが少しでも力を入れるとキィ、と扉が軋むので慎重に。わずかにできた隙間から、クレストはまだ力をつけたばかりの線の細い身体ですり抜けた。

と、そこで隣の部屋も少し開け放たれていることに気が付いた。きっと、ビトーたちも耐えかねて外に偵察に出かけたのだろう。

 屋敷の通路、その床には踏めば少し沈むほどのカーペットが敷かれており、売り飛ばせば高そうな絵画や、よく分からない彫刻、それに古い甲冑が点々と並んでいた。

 

 とりあえず他の部屋を一部屋ずつ確認する。ブルワーズの上陸部隊に回された時、襲撃した船の生き残りが隠れてそうな場所をしらみつぶしに探して殺して回るよう、それに隠し財産があれば持ってくるよう真っ先に叩き込まれた。稼ぎが少ないと、殴られたり、悪い時には他のヒューマンデブリの前でみせしめに殺される仲間だっていた。

 

 カケルも、モンタークという人には気を許していない様子だった。少しでも屋敷の情報が分かった方がいいに決まっている。

 クレストは慎重に一部屋一部屋開けて回ったが、どれも似たような、ベッドや机、戸棚がある部屋ばかりだった。どの部屋にも価値のありそうな古い本が並んでおり、モンタークという人物がどれだけ富んだ人物であるかが容易に想像できた。

 

 と、一つだけ違う扉を見つけて、クレストはゆっくり扉を開け、わずかな隙間から中を覗き込む。

 そこは大きな机が奥に置かれた、ただっ広い部屋だった。壁にガラス戸の棚が並んでおり、いろんな品々が置かれている。

 何の部屋だろう? クレストは興味本位で足を………

 

 

 

 

―――――まあまあ、いけませんよ! 旦那様の邪魔をしちゃあ。

―――――坊ちゃんはあちらでお勉強しましょうねぇ。

 

 

 

 

「え?」

 

 誰かに呼びかけられた気がして、クレストは思わず振り返った。誰もいない。

 誰だか分からない。実際に呼びかけられた訳じゃない。でも、すごい懐かしい気が………

 母さんと乗っていた客船が海賊に襲われて………でも、それ以前の記憶はクレストにはほとんど残っていなかった。使い捨ての道具として、いつも殴られて、誰かの死と隣り合わせで、身体も心もすり減る辛く、苦しい毎日で少しずつ昔の思い出を失っていく。

 

 

楽しい思い出なんてあっても無駄だし、余計に苦しくなるだけだから。

 

 

そうしてヒューマンデブリは消耗して最後には何も無くなって死んでいくのだ。少し年上で、もう死んでしまった仲間からそう聞かされてきた。

 母さんと客船に乗って………でも、その前には俺、どこにいたんだろ。

 何してたんだろ。

 

 取り留めも無く脳裏の隅で思い悩みながら、クレストはガラス戸の中の品………美術品であったり、古い武器であったり、を一つ一つ眺めていた。

 と、その一つに………クレストの無くなってしまったはずの記憶に引っかかるモノがあったのだ。

 

 

「………バイオリン?」

 

 

 ガラス戸の中で立てかけられている木製の楽器。弦もしっかり引かれて、弓もこまめに手入れされているようで、手に取ればすぐにでも弾くことができそうだった。

 だが、ガラス戸はしっかり鍵がされていて、ガラス自体も頑丈そうで割ることなどできそうにない。鍵は、古めかしい錠前だから、細い金具さえあれば………

 

 

 

「―――――音楽に興味がおあり?」

「ひっ!?」

 

 

 

 唐突に背後、それも至近から投げかけられた言葉に、クレストは思わず裏返った悲鳴を上げてしまい、ギョッと振り返った。

 警戒していたはずなのに………いつの間にか長い金髪の綺麗な女、クレストたちをこの屋敷まで連れてきた、確かエリザヴェラと名乗った女がクレストの背後で立っていた。

 

「な、なんだよっ………! おれは別に……っ!」

「あら、とても熱心にご覧になっていたから、興味がおありかと思って。よろしければ手に取ってごらんなさい」

 

 エリザヴェラは優しくクレストに言って、ふとポケットから鍵を取り出した。

 そしてガラス戸のロックが解除され、エリザヴェラは棚の中からヴァイオリンを引き出す。

 さあどうぞ、と差し出されるそれに、クレストは恐る恐る手を伸ばした。

 

 

 何となく、なぜか自分の手がその持ち方を覚えている気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「んあ………ぁ?」

 

 少しずつ意識がはっきりしてくる。目覚めの感覚と共に俺はぱちくりと眼を開け、まだ重い首を回して周囲を見やった。

 どこだここ? と、寝起きでまだしっかり働かない脳裏に問いかけて………ああ、と1日前の記憶を手繰り寄せる。

 モンターク商会の降下船に乗って地球・ウラジオストク宇宙港に降り立った俺とクレスト、ビトー、ペドロはエリザヴェラに車で連れられて、数十キロ離れた古めかしい城館へ。船の手配が整うまでここでお休みください、と寝室と寝間着、パイロットスーツから着替えるように、と衣類まで用意されたのだ。

 油断する訳にはいかなかったが、地球降下戦で疲弊しきった身体はフカフカのベッドの魅力に抗えずに………少しだけ、と自分に言い訳しておいてぐっすり夢の中に落ちてしまったらしい。窓からは燦燦と朝日が差し込んでいた。それでも尚、ベッドの外が肌寒いのは、ここが極寒の気候地帯に位置しているからだろう。

 

 

「ん? クレスト?」

 

 

 見ると、隣で寝ていたはずのクレストの姿が無く、部屋中見渡しても見当たらない。

 起き上がりロッカーを開けると、着替えが一つ無くなっており、代わりに子供用のパジャマが掛けられていた。外に出たのか?

 俺も用意されていた暖かそうな普段着に着替え、通路へと………

 

 

「うひゃあっ! なんだこれ、つめてーっ!」

「雪だよ。寒くなったら、雨が雪になって積もるんだ」

 

 

 聞き慣れた騒ぎ声に、翻って窓を開けてみる。入り込んできた冷気に一瞬身をすくめて下を覗き込むと、バタバタとビトーとペドロが屋敷の中庭に飛び出してきた所だった。こちらもパイロットスーツではなく用意されていた、まるで良家の子息風のような上下だ。育ちの悪そうな表情や体つきとアンバランスなのか少し可笑しい。

 窓の外からは屋敷の中庭が一望でき、一面雪化粧で彩られていた。

 雪、なんてものに見慣れていないのだろう。元々活発らしいビトーはすっかり未知の光景にはしゃぎ、その後ろで「あ、危ないよー」と頼りなくペドロが窘めている。

 

「おーい。お前らクレスト見なかったか?」

 

 2階から声をかけてやると、「おっ?」「あ!」二人がこちらを見上げて、

 

「俺たちは見てねーぞ!」

「す、すいません。俺も………」

「そっか。とりあえず二人とも、もっと厚着しないと身体冷えるぞー」

 

 それだけ言って俺は、またドアの前に戻って通路に足を踏み入れた。

 モンターク商会、おそらくマクギリス所有の邸宅なのだろうが………紛うことなき貴族の屋敷だ。広々とした通路には赤絨毯が敷き詰められて、壁には大小の絵画。敷地は広大で、マクギリス個人の経済力の巨大さが伺い知れた。

 

 と、その時。どこからかバイオリンの繊細な音色が、俺の耳まで流れついてきた。

………誰だ? こんな所で『パッヘルベルのカノン』なんて弾いてる奴は。

 

 

 

 

 音色に誘われるように通路を進み、その源と思しき一室で俺は足を止める。2つのバイオリンによる、素人として聴いても見事なアンサンブル。1stはまだ不慣れなのか所々で音が飛んだりしているものの、それを伴奏が支えてカバーし、間もなくお馴染みの速弾きのパートに………

 

 邪魔をしないようそっと扉を開けると、意外にもクレストの小さな背が俺の視界に飛び込んできた。傍らにはエリザヴェラが佇み、二人でささやかに『カノン』を演奏しているのだ。仕立てのいい衣服を身に着けたクレストは、まるで音楽教師から指導を受ける名家のお坊ちゃんのようだった。

 邪魔するのも悪いので、気取られないよう扉越しにたった一人の聴客を気取ることにする。

 やがて、最後の一節まで弾き終わり、ささやかな演奏会は終わりを迎えた。

 エリザヴェラはにっこりとクレストに笑いかけて、

 

「お上手ね。まだ指が慣れてない所もあるみたいだけど、練習すればすぐに上達するわ」

「う、うん………あっ」

 

 

 そこで俺の存在に気が付いたクレストに、俺も「上手いもんだな」とありきたりな感想を投げかけて部屋に入った。

 

「てか、バイオリンなんて弾けたんだな」

「うん………昔、お母さんが教えてくれたから。弾き方なんて、もうずっと忘れてたけど」

「お母様はきっと優れた音楽家だったのでしょうね。クレスト君も、とても繊細な指遣いでしたわ」

 

 褒められて気恥ずかしげに俯くクレスト。俺も、軽くその跳ねた蜂蜜色の髪を軽く掻き撫でてやると、「へへ………」と少し嬉しそうにはにかんだ。

 これが………本来ならブルワーズ編で死ぬ奴だなんてな。

 

 

「………ところでエリザヴェラさん」

「はい、カケルさん」

「俺たちはすぐにでもオセアニア連邦領、ミレニアム島に向かわなければならないのですが」

 

 

 原作通りなら、近日中の夜明けにはギャラルホルン地球外縁軌道統制統合艦隊所属部隊による総攻撃が始まるはずだ。のんびりしている時間はそう残されていない。原作より多めの戦力を確保できているとはいえ、1機でもモビルスーツ、モビルワーカーが必要となるのは間違いないのだ。

 だが、エリザヴェラはおっとりとした笑みを浮かべるばかりで、

 

 

「まずはカケルさんもお目覚めになりましたので、お食事にいたしましょう。じきに我が主モンターク様より連絡がございますので、どうそそちらでご要望をお伝えくださいませ」

 

 

 

 

 

 

 



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会談

▽△▽――――――▽△▽

 

「いや~、いやいやいや。よう来てくださった。儂が蒔苗東護ノ介だ」

 

 島と島の間の浅瀬。その上に建てられた木造の屋敷。

豊かな髭を蓄え、上等な衣装に身を包んだ老人が一人、クーデリアらが通された居間で待ち構えていた。

 ついにここまで来たのだ。クーデリアは湧き上がる感慨を胸に、一つ、小さく深呼吸して、

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインです」

「うむ、うむ。こうやって直に会うのは初めてだな。そちらの若者とお嬢さんは?」

「………俺は、オルガ・イツカだ」

「ビスケット・グリフォンです」

「メリビット・ステープルトンと申します」

 

 そうかそうか、と好々爺よろしく満足そうに頷いた蒔苗老は、

 

「待ちわびておったよ、長いことな。腹は減っとらんか? ここはよう美味い魚が捕れるでなぁ」

「い、いえ別に………」

「蒔苗さん。あんまりゆっくりできる時間は俺たちにはないんだが」

 

 呑気な様子の蒔苗にオルガはそう釘を刺す。ギャラルホルンは今日にでもこちらに攻めてきてもおかしくないのだ。むしろ、昨日のうちに軍勢が見えなかったのが不思議なぐらいに。

 だがオルガらの危機感とは裏腹に蒔苗は「ほっほっほ」と気ままに髭を弄りながら、

 

「ギャラルホルンなら心配無用。ヤツらはここには現われんよ」

「どうして、そう断言できるのですか?」

 

 クーデリアの問いかけに蒔苗は悪戯っぽく片目を瞑り、

 

「この島はどこの管理区域に属しておるか知っておるかな?」

「それは………」

 

 咄嗟に言葉が出ずに言い淀むクーデリアに代わって、メリビットが口を開いた。

 

「オセアニア連邦、ですね? いかにギャラルホルンといえど、連邦の許可がなければ勝手に入り込むことはできない………ということですか?」

「ご名答! むふふ、お前さん、美形のうえに頭も切れる。いや~結構結構。儂があと10年若ければ放っておかないんじゃがのぉ」

 

 い、いえそんな………と頬を赤らめるメリビットを横目に、「けど」と今度はオルガが会話に割って入った。

 

「オセアニア連邦が俺たちをかくまう理由もないでしょう?」

「ところが大有り」

「??」

「むしろあれだ、あんたらに表彰状でも渡しくらいに感謝しておるよ」

 

 感謝ぁ? とオルガはビスケットと思わず顔を見合わせた。蒔苗は続けて、

 

「上手く運んだんだよ。ドルトの改革がな。十分成功といってよかろう。合意内容が発効し、地球と同等の労働条件を彼らは手にしたようだからな。これまでの経営陣は責任を追及され、コロニー労働者からも役員を出すこととなり、彼らの環境は一変することであろう」

 

 実ったのですね、彼らの願いが。と、クーデリアは胸の前で両手を握りしめた。少しずつでも自分たちが動くことによって世界が良くなっていくのなら………

 蒔苗はそんなクーデリアに笑いかけながら、

 

「そして、この先どうなるかはわからんが一時的にでもドルトの生産力は落ちる。ドルトカンパニーは生産コストを抑えるためにドルトコロニーの労働者を酷使しておったようだからのう。イメージ悪化によってアフリカンユニオンの製品輸出も大きな痛手を被るであろうな。………そしてそれは、他の経済圏にとっては万々歳。その呼び水となった恩人を、ギャラルホルンに売り渡すような無粋な真似を、オセアニア連邦はせんよ」

 

 

 いや~愉快痛快! と右手で膝をポンと叩いて喜びを露わにする蒔苗。

 だが………それは他の経済圏がコロニーの労働者をドルトの人たちのように働かせて、アフリカンユニオンの空いた生産と利益の穴を埋めるだけではないだろうか、ふとクーデリアの脳裏にそんな疑念がよぎってしまった。どこの経済圏に属しているに関わらず、人間には、皆、人間らしい営みを送る権利があるはずなのに………

 

「………で、何だったかな? お前さんたちが来た理由は」

 

 その問いかけに、クーデリアはハッと我に返った。そう、今は自分のできることを一つ一つ成し遂げていかなければならない。今日この場に辿り着いたのは、まだ長い道の第一歩に過ぎないのだ。

 

「それは、アーブラウとの火星ハーフメタル資源の規制解放の件で………」

「おお、そうだったそうだった! それはもう儂にとっても実現したいと常々考えておったことだ。………だが、今は無理だなぁ。悪いが………」

 

 

 

 

「あんたは失脚し、亡命中の身だからだろ?」

 

 

 

 

 焦れたようにオルガが少し荒れた口調で蒔苗の言を遮る。その瞬間、「ほう……」と蒔苗の眼光が一気に鋭さを増大させて、目の当たりにしたビスケットがごくり、と息を呑んだ。

 

「お前さん、どこでそれを?」

「新聞にデカデカと載ってただろうが」

「………ふむ。地球発のニュースは数日遅れで、宇宙では容易に手に入る情報ではないのだが。お前さんたち、なかなか良い情報源を持っているようだな」

 

 お見事お見事、と称える蒔苗に構わずオルガはずい、と半身進み出て、

 

「正直、これ以上あんたの与太話に付き合う余裕はねえんだ。とにかくさっさと支度しな。明日にはアーブラウに向け出発する」

「ほう………」

 

 そこにクーデリアが補完するように続けた。

 

「失礼ですが、今のあなたは何の権限もお持ちではありません。ですが次の全体会議でアーブラウ代表として再任される勝算がある。ですがそのためにはギャラルホルンの妨害から身を護る必要がある。そのために私たちを、鉄華団を呼んだのでは?」

 

 蒔苗は沈黙した。その瞬間、好々爺としての仮面を剥いでいくのを、クーデリアらは対峙して鋭敏に感じ取っていた。

 

「爺さん。荷造りで人手がいるならウチの連中を送ってよこすから………」

「ふ………甘い。甘すぎるなァお前たち」

 

 

 

 唐突に蒔苗は声を荒げ、鋭い眼光でこちらを睨み据えた。

 

 

 

「なるほど。この儂の目論見の一端を見破ったのは大いに結構。だがな、お前らはギャラルホルンの妨害を掻い潜り、儂を真っ直ぐアーブラウまで連れていくという。………その言葉の意味、そして重大さをお前らはちゃーんと理解しておるのか? ギャラルホルンの戦力は? 補給はどうする? 交通は全て遮断されておるぞ。アーブラウ首都エドモントンにはギャラルホルンの大部隊が駐留しておる。それをどう撃破するというのだ、えぇ!?」

 

 だが蒔苗の啖呵を、ハッとオルガは嗤って一蹴した。

 

「そうやって脅して主導権を握ろうって魂胆は、一軍のクソジジイ共と変わらねえな。まあ、賢い選択をしてくれよ。自分で蒔いた種だろうが」

 

 

 それだけ言うとオルガはさっさと立ち上がり、次いで慌てて立ったビスケットと共にその場を後にした。クーデリア、メリビットもまた蒔苗に一礼してその後に続く。

 一人残された蒔苗は拍子抜けしたようにふむ………と豊かな顎鬚を撫でながら、

 

 

「これは………少々予想外の事態になってしまったのぉ。一体、どこの誰に入れ知恵されたことやら」

 

 あの少年少女たちが自分で考え付いたなどと納得するほど、蒔苗東護ノ介という男は素朴でも愚かでもなかった。

 だが、すでに取るべき選択肢は絞られている。蒔苗は隣室で控えていた秘書に、直ちに荷造りを始めるように命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「小エビと季節野菜のカクテルサラダでございます。自家製ドレッシングをお付けになって、お召し上がりください」

 

 旧ロシア極東、ウラジオストクにあるモンターク邸の食堂にて。

 案内された俺たち4人が長テーブルそれぞれの席に着くと、奥から給仕が現れてまずは前菜を俺たちの前に並べて去った。どうやらフルコース料理を振る舞ってくれるらしい。まずは前菜から。

 

「………な、何だこれ。食いもんなのか?」

 

 すっかり良家の子息風の出で立ちになった元ヒューマンデブリ3人組のうち、ビトーが恐る恐る指先でサラダの上に乗っかった小エビを突っつこうとする。「や、やめなよ」とペドロがすかさず止めに入って事なきを得たが、

 

 隣での騒動をよそに、俺は、ドレッシングを染み込ませた小エビの食感とシャキシャキ新鮮なサラダに舌鼓を打った。

 

 

「お待たせしました。アフリカンユニオン・旧フランス地方産コーンを使ったポタージュでございます」

 

 

 要はコーンポタージュが俺たちの前に置かれる。

 俺はスプーンで奥から手前に掬って口にし、クレストやペドロも同様だったが………ビトーは大胆にも両手でポタージュの盛られた皿を持ちあげてゴッゴッ………と飲み干してしまった。

 

 

「び、ビトー………!」

「ん? な、何だよ」

「こういうのはスプーンを使わないと………」

「だ、だってめんどくせーじゃねえか」

 

 まあ、よほどのことが無い限りはテーブルマナーなんて使う機会無いけどな。

 そう時間を置かずして全員ポタージュを平らげて………次はメインディッシュだ。

 

 

「お待たせしました。蒼月様のご出身地、オセアニア連邦日本列島産牛肉を使ったフィレ肉ステーキでございます」

 

 

 お待ちかねのメインディッシュは牛肉のステーキだった。

 左から切り分けて、口に運ぶ。かなり高級な肉を使っているらしく、舌に乗せた瞬間すぐに肉が溶けていくのが分かった。脂の余韻も悪くない。

 

「むふ………うま………」

「………」

 

 まいう。

 思わず表情が綻んだ俺を、少し呆れたように隣のクレストがチラッと見ていた。

 一方ビトー、ペドロは、

 

「な………んだよ、コレ。ほ、ホントに食い物なのかよ………?」

 

 ブヨブヨしてるぜ、とビトーがフォークで恐る恐るステーキを突っつき「だ、ダメだって………」と慌ててペドロが窘めた。

 

「カケルさんがやってるみたいに、小さく切ってから食べるんだ」

「切るんだな………よし!」

 

 よっしゃ! とハンマーチョッパーを敵モビルスーツにぶち込む要領で、ビトーは逆手に持ったナイフの刃を全力でステーキに叩きつけた。

 結果。ガチャン!! という音と共に、

 

「ぶあっち!?」

「ぎゃっ!?」

「お、おい! 肉汁がこっちまで飛んできたぞ!」

 

 大騒ぎする俺らを横目に、クレストは相手してられない、とせっせとステーキを切り分けて口に運び続けた。

 四苦八苦の末にようやくナイフとフォークの使い方を理解したビトーは、ようやくそこで最初の一切れを口に運んだ。

 

「………」

「………どうだ、ビトー」

「何か変な味」

 

 滅多に食えるもんじゃないんだから、もっとありがたれよ。

 かくして、食後のデザート……ティラミスに突入し、次いでやってきた紅茶で軽く口直し。………ミレニアム島では庶民的な魚料理、生き物をそのまま使った料理に、火星や宇宙育ちの鉄華団の面々が困惑していることだろう。

 

「合流したらアストンたちに自慢してやろーぜ!」

「だね」

 

 笑い合うビトーとペドロに、俺も思わず頬を綻ばせながら………砂糖とミルクを入れまくった紅茶を嗜んだ。

 苦いのは苦手なんだよ。

 

「………カケル、入れすぎ」

「こういうのは甘いのがいいんだよ」

「そんなに入れたら、お砂糖の味しかしないと思うよ」

 

 クレストの至極まっとうな突っ込みに構わず、俺は………確かに砂糖の甘味しかしない紅茶をもう一口味わった。奥で給仕のおじさんが、俺たちの無作法の数々に笑いを噛み殺しているのがチラッと見えてしまった。怒られないだけマシだが、後々屋敷の人間たちの間で物笑いの種になることは間違いないだろう。くそ。

 と、そこで食堂の扉が開いた。現れたのはエリザヴェラ。

 

「お待たせ致しました。我が主モンターク様との通信が繋がりましたので。これよりお繋ぎしてもよろしいでしょうか?」

「お願いします」

 

 そう言って俺が頷くと、エリザヴェラは壁の一部をスライドさせ……古風な城館に不釣り合いな端末をせり出させると、端末内のコマンドを素早く操作していく。

 長テーブルの席に座す俺たちの前、いくつもの高そうな絵画が立てかけられていた壁が左右に開き、その奥からモニターが姿を現した。

 そして、

 

 

 

 

 

『やあ、諸君。快適に過ごしてもらえてるかな?』

 

 

 

 

 

 すっかり見慣れた仮面の男、モンターク。ビトーやペドロ、クレストはおそらく初対面で「誰だこのおっさん?」と早速ビトーが失礼極まりない一言を口にしてしまったが。………まだ20代なんだぞそいつは。

 モンタークは仮面に覆われていない口元に笑みを浮かべていたが、この男の真意や人格の一端を知っている以上、その表情は友好的な意味を持たないと捉えて差し支えないだろう。

 

「おかげさまで。この場をお借りしてご厚意に感謝申し上げます」

『結構。鉄華団は全員無事、会合場所であるオセアニア連邦領内ミレニアム島に上陸できたようだ。先ほどこちらにも通信が来たよ。島が経済圏の管轄下にある以上、ギャラルホルンもそう易々と手出しできまい』

「ですが情勢は安定していないはずです。地球外縁軌道統制統合艦隊は地球に降下する独自の権限を持っています。できれば、すぐにでも仲間と合流したいのですが」

 

 ここまでの数時間、呑気に過ごしてきたが………万一この男が俺たちをこの場に留めようとするならば、強硬手段を取ることも考えていた。ビトーたちのお陰で大体の屋敷の見取り図が頭に入っており、どこに移動手段が保管されているかも把握している。

 情報チップには、俺たちのモビルスーツが保管されているはずの旧ウラジオストク宇宙港のデータもある。

 果たして、モンタークは笑みを崩さずに、

 

『君の懸念はもっともだ。だが、君たち4人をモビルスーツと共にミレニアム島に移動させるとなると………君たちが今いるのはアーブラウ領内でミレニアム島はオセアニア連邦領内。少々手続き上の困難があってね。モビルスーツを移動させられるだけの移動手段の確保に当たっている段階だ』

 

 そううそぶくモンタークの真意は、表情ごと仮面の奥に隠れて俺では到底窺い知ることができなかった。

 やはり無理やり脱出するべきか………脳裏でその選択肢と、可能性等々を真剣に検討し始めた俺だったが、モンターク=マクギリスはそれをも見抜いたように、

 

 

『まあ落ち着きたまえ。事態は私も把握している。もし地球外縁軌道統制統合艦隊の地上部隊と交戦、となると鉄華団に不利な戦況となることは分かっている。私としてもそのような事態に陥ることは望ましくない。君たちが直ちに駆けつけられるよう、私としても尽力しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――それに心配することはない。既に〝あの男〟の協力を仰いである」

 

 

 

 



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相棒

▽△▽――――――▽△▽

 

『――――おい!俺だ、聞こえてるか?』

 

 ミレニアム島内における拠点として蒔苗老より貸与された古い空港。

 旧式の端末に映し出されるのは宇宙にいるユージンらの姿。ギャラルホルンの包囲を抜け出して、無事安全圏まで離脱できたのだ。

ユージンから通信が入った。そう聞きつけ集まったオルガら鉄華団の面々が、通信端末のある管制塔まで押し寄せてきた。

 

「ユージン!」

「ユージン、無事だったのか!」

『ったりめーよ! チャドもダンテもこの通りピンピンしてらぁな!』

 

 オルガに代わり艦長席にふんぞり返るユージンとその左右に立つ得意げな表情のチャド、ダンテ。その通りの無事な様子に、オルガらの間で安堵や喜びの声が漏れた。

 

「ったく。さすがはユージン。しぶてぇじゃねえか」

『へ! 相変わらず無茶な作戦立てやがって。フォローしてやった俺らの身にもなってみろってんだ』

『ユージンの奴、阿頼耶識のやりすぎで途中で鼻血ブーしやがってよ~!』

『あー! ダンテてめ! それは言わない約束………』

 

 途端にモニターの中でダンテの口を塞ごうと暴れるユージンの姿に、管制塔に集まった誰もが吹き出してしまった。

 

「は、鼻血ブーだって………! ひひ、ひー! わ、笑い止まんね………!」

『し、シノてめー………人様が必死こいて囮役を引き受けてやってってのに………』

「ああ上出来だユージン。かっこ良かったぜ。やっぱここ一番って時はユージンじゃねえとな」

 

 オルガにおだてられて、『お、おう分かってるんじゃねえか………』と恥ずかしそうにモジモジするユージンの姿は、またしても地上の面々の小さな笑いを誘ってしまった。

 

『そ、そんなことよりもだ! 今俺たちはオセアニア連邦に匿われてるんだ。タービンズも一緒だぜ』

「オセアニア連邦に?」

『ああ。………すげぇぞオルガ。ここじゃ俺ら英雄扱いだ! ギャラルホルンに一発ぶちかましたってな!』

 

 英雄だって。すげぇ! とシノやライドらが顔を見合わせて、オルガもフッと表情を緩ませた。鉄華団として評判が上がるのも望ましいが、喜ぶべきはまずユージン達家族の無事だ。

 

 ビスケットやオルガも、

 

「本当によかった。無事で……」

「バカヤロウが……! もっと早く連絡しろってんだ」

 

『ハ。ざけんなよ、こっちの苦労も知らねぇで………』

『阿頼耶識の制御持ったまんまユージンの奴気絶しやがってよー!』

『どこに飛ばされるのかヒヤヒヤだってぜ』

『お、おまえらー!!』

 

 ユージンが口の軽いチャド、ダンテ両名をとっ捕まえようと身を乗り出すがヒョイ、ヒョイとあしらわれていくユージン。

 いつもの鉄華団のバカ騒ぎだ。オルガの傍らにいた三日月の口元にも自然と笑顔が浮かんでしまっていた。

 

 

『くそぉ………あ、そうそうオルガ。名瀬さんがそっちの状況を聞きたがってたぜ』

「分かった。こっちも相談があると兄貴に伝えてくれ」

『りょーかい。あぁ、それとよ………ビスケット』

 

 今度はビスケットが指名され、「ん?」と端末の前から退いたオルガに代わって顔を覗かせた。ユージンは妙に神妙な面持ちになり、

 

『ドルトからよ、サヴァラン………お前の兄貴からメッセージが来てるぜ。今からそっちにデータ送ってやるからよ』

 

 兄さんが? 意外な人物の名にビスケットは思わず目をパチクリさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「エーコ! 名瀬から連絡が来たってさ」

「マジ!? 行く行くぅ! ………あ、フェニーちゃん。ちょっとお願いね」

「お任せあられ~」

 

 ウキウキとアジーやラフタと共に、タービンズのメカニックであり鉄華団へ技術支援として訪れていたエーコは管制塔に向かって駆け去ってしまう。

 振り返ることなく〝バルバトス〟の駆動部の調整を続けたまま、格納庫に残り片手をヒラヒラさせただけで見送ったフェニーだったが………

 

「はぁ………」

「どうした嬢ちゃん。カケルのことが心配か?」

「まあね………って、そうじゃなくてっ!」

 

 何の気なしについつい本音が出てしまったフェニーに、ふらりと現れた雪之丞はニッと笑ってコーヒーが注がれたカップを一つ、差し出してきた。

 

「モンターク商会の船に拾われていずれ合流するんだろ? 心配いらねえよ」

「そりゃ、カケルは作りが雑だから真っ二つになっても補修テープでくっつければいいかもしれないけどさ。でも………」

「でも?」

「もし〝ラーム〟の方が重力圏に捕まった衝撃でフレームにヒビでも入ってたらと思うと………」

「おめ………。カケルの心配もしてやれよ」

 

 

 アイツなら大丈夫よ。いざとなったら補修用テープでくっつければいいし。

 などと強気に思いながらフェニーはカップになみなみ注がれたコーヒーに視線を落とし、

 

「ねぇ、おやっさん。砂糖とミルクとレモンとシナモンは?」

「あ? んな贅沢なモンあるわけねえだろうが」

「え? 無いの………?」

 

 生でコーヒーを飲めと。

 4歳の頃、父親に勧められて飲んだコーヒー(と思しきクソ苦い真っ黒な液体)のことを記憶の底から思い起こしてしまったが、眠気を取るのにコーヒーが一番いいのは経験上知っている。特に徹夜が必要な時は。

 フェニーは、熱いコーヒーに軽く息を吹きかけて少し冷まし、一口飲んだ。

 

「………あ~、ニガ」

「それがいいんだろうが。〝バルバトス〟はどんな感じだ?」

 

 先ほどまでモビルワーカー組み立ての応援に行っていた雪之丞は、メンテナンス用台車の上に寝かせられたガンダムフレーム〝バルバトス〟を見上げる。フェニーも顔を上げながら、

 

「8割方は仕上がった感じね。重力下での活動に対応できるように脚部の接地圧プログラムと運動管制システム、駆動部の接続をちょっと弄って。後は阿頼耶識システムとのマッチングエラーが無いか軽く………」

 

 と、格納庫に誰かが入ってくる足音が聞こえ、フェニーと雪之丞はそちらへと振り返った。エーコが戻ってきたにしては早すぎるが。

 

「あの………」

 

作業台に寝かせた〝バルバトス〟の足元に、目元が少し隠れた少年団員が一人、いつの間にか頼りなげに佇んでいるのが見えた。確か………

 

「ああ。筋肉モリモリマッチョマンの弟の」

「………昌弘です。あの、俺の〝マン・ロディなんですけど」

 

 その問いかけにフェニーはようやく、外で横たえられたままの〝マン・ロディ〟のことを思い出した。持って降りたはいいが〝マン・ロディ〟は脚部が完全に宇宙仕様になっている上、装備している装甲が重すぎて地上で全く活動できないのだ。モンターク商会からロディ・フレームに適合する地上用換装パーツが卸される予定になってるが、まだ届いていなかった。

 

「ごめんねぇ。地上用換装のパーツ交換はすぐできるんだけど、肝心のパーツがまだ来てないから。天下無双のフェニー大先生を以てしても、モノが無かったらどうしようもないんだよね」

「そうですか………」

 

 それだけ言うと昌弘はトボトボと格納庫から立ち去っていった。

 メカニックにとってパイロットの機体が用意できないほど無念なことはない。フェニーとしても早く何とかしてやりたい気持ちはあるのだが………

 

「ま、パーツが来るまでは〝マン・ロディ〟のパイロット組も、陸戦か、モビルワーカー隊に入れるしかねーわな」

「ですよね。とりあえずはこっちの調整。ちゃっちゃと片付けちゃいますか」

 

 後は最終チェックだけだし。フェニーは端末にコマンドを手早く叩きながら、〝バルバトス〟の駆動部に指令を送る。

 それに応じた反応を直に見て確認し、パイロットの操縦データと照らし合わせた上で齟齬が無いのか一つ一つ確認していくのだ。阿頼耶識システムと実際の操縦、それに期待の反応差が少なければ少ないほど良い。技術的なスキルはもとより根気強さが求められる地味な作業だが、フェニーは案外こういった地道な作業の方が好みだった。

 

「うーん。このセッティング、ちょっと敏感すぎやしませんかね? システムの誤操作サポートをここまで削られると、いざって時に操縦ミスしたらリカバーが………」

「いや。三日月にとっちゃあ、そっちの方が色々やりやすいみてーだ。結構、器用な奴だしよ」

 

 フェニーよりもずっと長く三日月の相手をしてきた雪之丞の言葉だ。そっちの方がいいのだろう。フェニーは操縦プログラムを三日月の操縦データを反映させたまま設定し、次の作業に移る。

 

 夜明けには、いや、もしかしたらもうすぐにでもギャラルホルンの襲撃が始まるかもしれない。それまでにこの〝バルバトス〟に最高のセッティングを施さなければ。

 

 

 

 フェニーたちメカニックにとって、長い夜は始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

「―――――ああもうっ! 早く〝ガンダムラーム〟を重力下仕様に弄り回したいのに………。カケルの奴、もし〝ラーム〟の基礎フレームにヒビでも入れてたら、承知しないんだからっ!」

 

 それと………あんたも絶対、五体満足で戻ってくるのよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 もう時刻は既に深夜を回っているにも関わらず、周囲の景色は仄かに照らされている。頭上の三日月が淡く、周囲の景色を照らしているのだ。

 ビスケットはひとり、浜辺へとふらりと立ち寄って手近な倒木へと腰を下ろした。わずかな息遣いと、寄せては返す波の音以外、しばらく何も聞こえない。

 

 

「………話ってのは何だったんだ?」

 

 

 ふと、気が付くとオルガが背後で立っていた。鉄華団にとって兄貴分である名瀬との話はすっかり終わったようで、その表情には一片の曇りも迷いも無い。その表情をいつも見てきたビスケットにはすぐに分かった。

 オルガは、このまま突き進むつもりなのだ。

 

「………ビスケット?」

「え? あ、いや………サヴァラン兄さんがね。もしかしたら火星に来るかもしれないって」

「いいじゃねえか。よかったら鉄華団で働いてみないかって言ってやれよ」

「はは………何でも、ドルトカンパニーが火星に支社を作るつもりなんだって。クーデリアさんの、火星ハーフメタルの規制解放を見込んで」

 

 サヴァランから送られたメッセージ。

 そこには火星で働くことになるかもしれない、という報告と、火星でまた一緒に暮らせるかもしれない、と喜ぶ姿。

 それに、

 

 

 

 

『―――――またお前に会える日を楽しみに待っているぞ。それとビスケット、お前が今、とても危険な仕事をしていることも知っている。死と隣り合わせの危険な仕事をしていることを。お前の仕事の邪魔をするつもりは無いが………無いがどうか、自分の手に余るものを背負い無理をし過ぎないでほしい。お前と再会するまでの俺がそうだった。自分がやっていることは、必ず仲間のため、みんなのためになるそう信じて俺は俺なりに動いていたが………あんな奇跡でも起こらなければ結果は無残なものになる所だった。

 

 もし、お前が今している仕事が成功すれば、大きな幸せが待っているかもしれない。だが小さな幸せだって見出すこともできるんだ。一度大きなうねりに飲み込まれてしまえば、そこから抜け出すことは………おそらく難しい。

 

 それでもどうか、他人に振り回されることなく、自分の人生を自分でしっかり見つけて、歩んでいってほしい。家族や仲間を大切に、堅実で幸せな人生を送るよう、心から願っている。また、火星で会おう』

 

 

 

 

 倒木の上に座るビスケットは、メッセージを思い起こし、ふいにギュッと膝の上で握り拳を作った。

 その小さな異変に気付いたオルガが少し怪訝な表情を向けてくる。

 

「どうした?」

「ねえオルガ。俺たち………このまま進むしかないのかな?」

「あぁ?」

「もう、本当ならここで仕事を終わらせてもいいはずなんだ。テイワズの後ろ盾もあるし、何とか火星に戻って………」

 

 それじゃ駄目だ。オルガは一歩前に進み出て、顔を上げて夜空を見上げた。

 

「火星で細々やってるだけじゃ、俺たちはちょっと目端の利いたガキでしかねぇ。いずれまたいいように使われるだけだ。でっかい上がりが、もうすぐそこで待ってんだ。俺たちはそいつを………」

 

「そんなこと! そんな危険なことを続けて、また誰かが死んだりしたどうなる!? 火星で細々やったって、平和に、小さな幸せを見出すことだって………!!」

 

「昔、まだCGSだった頃………つい最近のことなのに、もう大昔のことに思えるよな」

 

 オルガ………? 遮るように発せられた言葉の意図がよく分からず、ビスケットは思わず首を傾げた。オルガは、フッと俯いて笑って、

 

「マルバの野郎も一軍の野郎も、俺たちに食わせるのは安い栄養バーかコーンミールばかり。そんな大きくねえ鍋に入ったそれをよ、皆で分け合ってやりくりしてきたじゃねえか。お前が上手くやりくりして、アトラの差し入れがあって、たまに一軍の奴らからちょろまかしたりしてよ………」

「うん。懐かしいね………」

 

 マルバや一軍にとって、少年兵は使い捨ての道具でしかない。動けるだけの食糧とボロの制服、装備だって一軍が使っていたものより古く壊れかけのものばかりだった。それを、皆で知恵や力、技術を持ち寄って何とかやってこれたのだ。

 

「んでもって、マルバの一軍どもも追い出して鉄華団を旗揚げしてよ。………ガキどもにもしっかりしたモン食わせられるようになったじゃねえか。………お前の言う小さい幸せってのは、言わせてもらえばコーンミール一杯分のじゃないのか? 

そんなんじゃ全然足りねぇ。俺は、鉄華団の奴ら全員に、もっとしっかり食わせて………幸せにしてやりてぇんだ。そのために、のし上がってやる。テイワズからも、蒔苗のクソジジイからもな」

 

「オルガ………」

 

 そうかもしれない………いつの間にか立ち上がっていたビスケットは、また倒木に腰を下ろし直した。

 確かに、小さな幸せだけでは………鉄華団の全員を幸せにすることはできないかもしれない。CGS時代だって、制服はボロでいつも殴られて、捨て駒同然の扱いだったが、食事と寝床はあったのだ。オルガたちのようなストリートチルドレン出身者やビスケット以上の貧しい家で育った者にとっては、あんな環境でも幸せだったのかもしれない。

 

 でもそれは本当の幸せじゃないかもしれない。

 

「でも………こんな危険なことを続けなくたって、俺たちが、俺たち皆が幸せになれる方法はきっとあるはずなんだ」

「ああ。………いつかはこんな稼業から足を洗って、まっとうな商売だけでやっていく」

 

 オルガはビスケットに振り返った。嘘偽りのない強い決意を湛えた瞳が、ジッとビスケットを見据えてきた。

 

「そのためには………このままじゃ駄目だ。もっと名を上げて、力もつけねえと。あいつらを幸せにしてやれねえ。守ってやることもできねぇ」

 

 だからよ………。オルガは一瞬、夜空の〝三日月〟を見上げると、続けた。

 

「火星でハーフメタルが商売になるってんなら、俺たちも一枚噛んでやろうじゃねえか」

「え………?」

「ハーフメタル採掘・加工・流通を取り仕切る会社を作ってよ。鉄華団の今の稼ぎで土地も資材も全部揃える。んでもってドルトみたいな工業コロニーに売って金にする。船の護衛は、俺たちの得意とする所だからな。そこにコストはそうかからねぇ。他の会社よりもずっと有利だ。どうだ?」

 

 

 一見突拍子もない。だが、それでいて現実味に満ちたオルガの提案に、ビスケットは一瞬思考が止まってしまった。まさか、オルガがここまで考えていたなんて………

 

 

「す………すごいねオルガ。そんなこと考えてたんだ」

「いや………クーデリアの話と、カケルとの雑談でな。ハーフメタル産業は金になるんじゃないかってアイツ、しつこく勧めやがるからよ。悪いが今のも全部カケルとクーデリアの受け売りだ」

 

 

 ふん、と気まずそうに顔を逸らしたオルガ。

 だがビスケットは、今度は顔を輝かせて立ち上がった。

 

 

「それでもすごいよ! 確かに………これから火星ハーフメタルの規制解放が始まれば一気に需要は高まるはず。俺たちは火星のことをよく知ってるし、何より戦闘力だって持ってるから、流通の安全面で他の会社よりもずっと有利で………何よりもテイワズが後ろ盾にあるし、おそらくテイワズがそういう仕事をさせてくれるはず………うん! これならっ!」

「その会社の社長は………ビスケット、お前に頼みたい」

「ええっ!?」

 

 

 俺が!? 唐突な提案に思わずビスケットは耳を疑ってしまう。上に立つならユージンとか、それこそオルガが兼任した方がいいに決まってるのに………

 そんな思いを察したのか、オルガはニッと笑って、

 

 

「お前なら頭も回るし、何よりドルトとのコネがある。なんせ、ドルトの重役様が兄貴なんだからな。モノと流通がしっかりできりゃ、すぐにでものし上がれるぞ。そのためには、頭の回る奴が頭張らねえとな」

「そ、そんな俺なんかが………オルガみたいに人をまとめられる訳でもないし………」

「何言ってやがる鉄華団一の秀才様がよ。こいつはでけェ商売になるぞ。それこそ、ドンパチで食ってくのがバカらしくなるぐらいにな。………だがその前に、やらなきゃならねぇことがある」

「火星ハーフメタルの規制解放。そのための蒔苗氏の復権、だね」

 

 オルガはこくり、と頷いた。

 そう。それが実現しなければ絵に描いた餅だ。現状はハーフメタルの算出は大昔の経済協定で徹底的に制限され、産業としてはさほど振興していない。

 その制限を撤廃させる方法はただ一つ。今、このミレニアム島に身を潜めている蒔苗東護之介氏を無事アーブラウ首都エドモントンまで送り届け、数週間後に開催される代表指名選挙に再選させること。蒔苗老はアーブラウ政財界のフィクサー的人物であり、議会に一大派閥を築いている。ギャラルホルンを後ろ盾にした対抗馬、アンリ・フリュウ氏の武力のせいでここまで落ち延びざるを得なかったが、鉄華団が蒔苗老にとっての武力となれば、戦闘力の面ではフリュウ氏やギャラルホルンに対抗できるかもしれない。

 

 でっかい上がりが、もうすぐそこで待っている。オルガの言う通りだった。自分たちを取り巻く世界が一変するかもしれない。その瀬戸際に、今の鉄華団は立っているのだ。

 でも………

 

「でも………そのためにはギャラルホルンと真正面からやりあうことになる。誰かが死ぬかもしれない。それこそ、俺やオルガだって………」

「死なせねぇために、やるべきことは全てやる。テイワズ、名瀬の兄貴、モンターク商会………取れる援助は全て取る。ユージンたちも地上に降ろして、鉄華団の全力で戦わねぇとな。ギャラルホルンに取り囲まれる前に、一気に突き進む。作戦は任せるぜ、ビスケット」

「責任重大だね」

「勘違いするんじゃねえ。全部の責任を負うのはこの俺だ。そして鉄華団の全員で………ギャラルホルンの奴らにもう一発ぶちかましてやる」

 

 将来を掴み取るために。邪魔する奴は、全て潰す。

 オルガのそんな心持ちが、ビスケットには手に取るように理解できた。

 

 

「………ねぇオルガ」

「ん?」

「この仕事が終わったら、話をしよう。俺たちの、これからについて」

 

 

 俺たちが、危険なことなどせずに、まっとうに生きていくために。

 此処ではない、未来に辿り着くために。

 

 オルガは、いつものようにフッと気取った笑みをビスケットに投げかけた。

 

「ああ。約束だ」

 

 

 その時、ガサガサ! とオルガの背後の茂みが激しく動いた。

 何事かと振り返ると、次の瞬間、血相変えたタカキが茂みから飛び出してきたのだ。

 

「おう。どうしたタカ――――――」

「団長っ! 今、蒔苗さんのところから連絡があって、緊急の要件って!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『――――何だよ爺さん。荷造りでも終わったのか? 悪いが出発は………』

「違う。ギャラルホルンが勧告してきた。明日正午までに鉄華団とクーデリアの身柄を引き渡せとな」

『何っ!? 話が違うじゃねぇか………!』

 

「ギャラルホルンの中にも独特の指揮権を持つ者がおってなぁ。オセアニア連邦でも押さえ切れん」

『………誰なんだよソイツは?』

 

「指揮官の名は――――――――」

 

 

 

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊司令官にしてセブンスターズが一家門イシュー家の娘、カルタ・イシュー。

 地球軌道上での雪辱を晴らすことを誓うカルタは、ヴィーンゴールヴの意向を押しのけ、自らの権限において展開可能な部隊を動かし、独自の行動を開始する。

 

 オルガやビスケットの思い、願いに関わらず戦いの足音は一歩一歩、鉄華団の少年たちへと、にじり寄りつつあった。

 

 

 




次話より、原作「還るべき場所へ」の辺りに突入したいと思いますm(_)m


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第11章 戦華の島
ミレニアム島攻防戦






▽△▽――――――▽△▽

 

 旧ウラジオストク宇宙港に戻ってきた俺たちの目に飛び込んできたのは………宇宙世紀のガウ攻撃空母を彷彿とさせる、モビルスーツがすっぽり収まりそうな巨大航空機の威容だった。

 

「あれは………」

「はい。カセウェアリー級モビルスーツ輸送機ですわ。ギャラルホルン所属の」

 

 ギャラルホルン? 思わず目の前のエリザヴェラに、俺は身構えてしまった。

 だがエリザヴェラは優しく微笑むばかりで、

 

「ギャラルホルンといえど、現在の組織の在り方に不満を持つ者は大勢おります。コロニーや圏外圏出身者、花形であるモビルスーツ部隊に比して冷遇著しいモビルワーカーや通常兵器部隊………。彼らもその一つですわ。特に彼らは、我が主モンターク様…マクギリス・ファリド様個人から金を受け取り、忠誠を誓っております。あの機体で、皆さんをモビルスーツと共にミレニアム島にお連れせよ、と我が主モンターク様は仰せでございます」

 

 

 カセウェアリー級超大型モビルスーツ輸送機。俺の脳内に埋め込まれた情報チップに、そのデータが入っていた。

―――――ギャラルホルンが運用する超大型輸送機で、1号機が開発・製造されたのはかれこれ厄祭戦時代にまで遡る。基礎設計の優秀さから戦後の現代に至るまで細かいマイナーチェンジを経つつも運用と製造が続けられ、ギャラルホルンは現在、厄祭戦時代の1号機から近年ロールアウトされたばかりの105号機までを保有する。

―――――エイハブ・リアクター搭載機でありその名の通りモビルスーツ輸送能力持ち、1機でモビルスーツ2機を輸送可能。最大限積載した状態で巡航速度はマッハ1.1で最高速度はマッハ1.5。無補給で地球を一周できるだけの長大な航続距離を誇る。

 

 

「所要時間は?」

「カセウェアリー級はそれ自体がエイハブ・リアクター搭載機となりますので、都市部に接近しないために厳密に航路が定められております。特に妨害等なければ、8時間ほど見ていただければと」

 

 8時間………時差も考えれば、時間に余裕があるとは到底思えない。

 それに、

 

「モンタークさんが言っていた〝あの男〟はどこに?」

「すでに海路でミレニアム島に向かっておりますわ。カケル様より少し早く島に到着できるかと」

 

 とりあえず、今俺たちがやるべきことは、モビルスーツをさっさとこのガウもどきに押し込んで飛び立つことだ。俺は、物珍しげに巨大輸送機を見やっているビトーらに振り返った。

 

「………よし、俺たちもさっさと行くぞ。お前らは〝ホバーマン・ロディ〟に乗って、ビトーとペドロ、俺とクレストに分かれて乗る。いいな?」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 従順ないい返事に、俺も力強く頷いた。ビトー、ペドロ、クレストは見た目こそ子供だが、ことモビルスーツ戦においては歴戦の勇士だ。こいつらと合流すればミレニアム島に迫っているだろうギャラルホルンも撃破できるに違いない。

 と、エリザヴェラもビトー達のまえに一歩進み出た。

 

「〝ホバーマン・ロディ〟は〝マン・ロディ〟の脚部にロディ・フレームの地上用パーツを取り付けた他、地上活動用の大型ホバーユニットを追加しておりますが重量のある上半身と下半身のバランスが非常に悪くなっていおります。地上環境に応じた細かい調整をお願いいたしますわ」

 

「それは………何とかなるんじゃね?」

「阿頼耶識システムで自分の身体みたいに使えるんで、多分大丈夫だと思います」

 

 ビトー、ペドロにクレストもこくこく、と頷いた。

 彼らの地球での乗機となる〝ホバーマン・ロディ〟は向こうの航空機用格納庫の前に3機整列し、パイロットの到着を待ちわびているかの様子だった。

 エリザヴェラは続けて、

 

「皆さんのモビルスーツですが、大気圏突入時にナノラミネート装甲の表面金属塗料の剥離を確認致しましたので、弊社モンターク商会の方で塗料の塗り直し等手配させていただきましたわ。ただ、弊社ですぐにご用意できる在庫が青色と黒色しかございませんでしたので」

 

 ここに来るまでグリーンだった〝マン・ロディ〟だが、〝ホバーマン・ロディ〟は真っ黒。まるで………

 

「なんつーか、まるで〝ドム〟だな」

「は?」

「? カケル?」

「いや、何でもない………」

 

 地上での活動のために太くなった脚部といい、スカートのような追加ホバーユニットといい、どうしても〝黒い三連星〟でお馴染みのあの機体を思い起こしてしまいそうな見た目だ。

 加えて、

 

「武装も追加させていただきましたわ。旧型のGR-W02(C)300ミリバズーカ砲です。よろしければお役立てくださいませ」

 

 従来のサブマシンガンは腰部にマウントされ、3機の〝ホバーマン・ロディ〟はどれも大型のバズーカ砲を携えており、ますますドムらしさに拍車がかかっていた。

 これでモノアイの部分が十字に動く仕様だったら、完全に〝ドム〟なんだがな………

 

 

「ミレニアム島までは8時間だそうだ。それまでに〝ホバーマン・ロディ〟を身体に馴染ませろ。今まで以上の激戦になる。覚悟だけはしておけ」

 

「おうっ!」

「「了解!」」

「よし………じゃあ行くぞッ!!」

 

 弾かれたように三人はそれぞれの乗機に向かって駆け出した。

 俺も、向こうの格納庫で待っている愛機〝ガンダムラーム〟へと足を向ける。

 

「では、ご武運を」

 

 

 恭しく一礼するエリザヴェラに小さく頷き、俺も〝ラーム〟が待つ格納庫へと走った。

 ミレニアム島で戦端が開かれるまで、恐らくあと―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊所属 太平洋方面防衛部隊。

 コーリス・ステンジャ率いる水上艦隊は、島の正面を守る敵部隊を攻略する主力艦隊と、防備の薄い背後を突く揚陸部隊の二手に分かれ展開した。各艦配置完了後、事前に通告しておいた降伏期限が過ぎ去るのを待つ。

 そして、

 

「ステンジャ艦長! 投降勧告の刻限をすぎました」

 

 部下からの報告に、艦長席のコーリスはフッと笑みを浮かべた。

 

「そうでなくてはな。これで、火星で散った我が弟オーリス・ステンジャの仇が取れるというものだ」

 

 成績優秀、将来有望なコーリスの弟、オーリス・ステンジャは火星で武装組織制圧任務を指揮している最中に………今、ミレニアム島に陣取っている組織〝鉄華団〟によって命を奪われたという。

 それだけではない。分不相応な戦力を持つ火星の宇宙ネズミ共は、ギャラルホルン火星支部や地球外縁軌道統制統合艦隊、それもカルタ・イシュー総司令官直属部隊にも深い爪痕を残し、さらには神聖にして清浄な地球に土足で踏み込むという暴挙に出た。この許されぬ冒涜、何としてもここで終わらせなければならない。

 

 どうあがいても火星の宇宙ネズミ共はここで終わりだ。ギャラルホルンの艦隊によって島は完全に包囲され、文字通りネズミ一匹這い出る隙間もない。

 さあ、カルタ様直々の制裁を受けるがいいい――――。火星の宇宙ネズミ共が無残に潰されていく様を脳裏でありありと思い描きながら、コーリスは鋭く命じた。

 

 

 

「――――全艦に通達! これより掃討作戦を開始する! カルタ様の戦場に華を添えよ!」

 

 

 

 その瞬間、ミレニアム島目がけ砲口を向けていた艦隊各艦の主砲、及びミサイル発射管が火を噴き、壮絶な砲撃とミサイルの着弾がミレニアム島全土を瞬く間に炎の赤で彩った。

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「始まった………」

 

 地面を何度も揺さぶる地響き。つい先刻まで平和だった緑豊かな島の光景は、次の瞬間には無数のミサイルと砲撃を浴び、いくつもの爆炎と煙が立ち昇る血なまぐさい戦場へと姿を一変させた。

 むしろ、こっちの方が慣れてる。既に〝バルバトス〟のコックピットで待機していた三日月は機体を起き上がらせた。

全システム異常なし。おやっさんたちのお陰で、自分の身体のようにしっかり機体を動かせそうだ。

 

「よし………」

『行くぞ、三日月!』

 

 通信越しにシノが声をかけてくる。うん、といつものように頷き、三日月は〝バルバトス〟の武装を手にするべく手近なコンテナの中身を覗き込んだ。

 そこにあったのは、歳星で手に入れた反りのあるモビルスーツ用の剣。〝太刀〟という古い武器らしいが………正直鉄パイプの方が使いやすいぐらいだ。軽すぎる上に細すぎて、敵モビルスーツの装甲を潰せないし、正直使い勝手は最悪だ。

 残ってるのはこれだけか。

 

 

「コイツ………使いづらいんだよな」

 

 

 でも丸腰よりはマシか………。三日月は半ば諦めてモビルスーツ用太刀を装備しようと、だがそこで、隣のコンテナにも何かが入っていることに気が付いた。

 それは、使い慣れた大型メイスより少しだけ小ぶりだが、三日月好みのしっかり重そうな武器。――――データによれば『レンチメイス』というらしい。

 

「あ。いいのあるじゃん」

 

 これにしよ。と、三日月はレンチメイスを〝バルバトス〟に持たせ、シノの〝流星号〟が佇んでいる場所へと向かった。

三日月とシノの任務は、アジーやラフタ、昭弘の防衛線を突破するだろう敵機を、拠点前の水際で仕留めることだ。〝バルバトス〟〝流星号〟の背後には鉄華団がここでの根城にしている空港施設、その奥にはマカナイとかいうお爺さんが暮らす小さな木の家がある。

 

『おう! 来たか三日月………あ? 何だそりゃ?』

「もらったコンテナに入ってた」

『へぇ~』

 

 と呑気な会話も束の間。海上から撃ち出された砲弾やミサイルが次々、空港近くの森林地帯へと降り注いできた。地面を揺るがす衝撃と爆発音に加えていくつもの爆煙が立ち昇り、着弾した周囲にあるもの全てを破壊しつくすが………悪いがそこには何もない。

 

 シノも呆れたように、

 

『おーおー。好きだねぇ、お手本通りの飽和攻撃』

『モビルスーツには意味ないってのに、無駄撃ち大好きだよねぇ。金持ちってさ』

 

 見れば、ラフタとアジーの〝漏影〟が手持ち武装であるショートライフルを撃ち放ち、雨あられと降り注ぐミサイルのうち、重要施設に着弾しそうなミサイルだけ狙って次々撃ち落としていく。容赦なく降り注がれる飽和攻撃のほとんどが、無意味に何もない森や浜辺を破壊して回るだけに終わっていた。

 だがそれだけでも、それなりに鬱陶しい。何かの拍子で流れ弾が格納庫や、もしかしたらオルガが指揮している地点に着弾することだってあり得るのだ。

 それも、オルガはすでに理解しているようで、

 

 

『昭弘、そこから船は狙えるか?』

『む………やってみる』

 

 

 昭弘の〝グシオンリベイク〟が立つのは、浜辺や海岸を見下ろせる高台の上。両脇に滑空砲を一門ずつ抱え、敵部隊の襲来を待ち構えている。

 その〝グシオンリベイク〟が、次の瞬間持っていた滑空砲を跳ね上げ、遥か遠くで止まっている敵艦隊へと砲口を向けた。

 

 砲撃。〝グシオンリベイク〟から撃ち出された砲弾は次の瞬間、敵艦の至近に着弾。優に敵艦の全高を超える水柱が高々と巻き上がったが………肝心の敵艦は無傷だ。

 

『ちっ。外し………』

『ちゃんと狙えっ! バカ!』

『え、あ。いや………』

 

 ラフタにどやされ、思わずしどろもどろになる昭弘。アジーも、

 

『そんなんじゃ姐さんにどやされるよ!』

『あ、いや。だって………』

『地上では大気の影響を強く受ける。データの修正急いで!』

『な………んなこと言っても………』

 

 メカニックじゃあるまいし、そんな複雑な操作など学の無い三日月や昭弘が分かる訳も無い。阿頼耶識システムで直感的にモビルスーツを操作しているのだから。

 なら、やるべきことは一つだ。

 

「昭弘」

『! 三日月か………』

「さっきの感覚、体に残ってるだろ? それにあわせて撃てばいいんだよ」

『そうか………なるほどなッ!!』

 

 昭弘にも三日月が言わんとしていることが理解できたのだろう。先ほどまでのぎこちない動きが嘘のように〝グシオンリベイク〟は次の瞬間、敵艦目がけて狙いを澄まし、再度砲撃を再開した。今度はシステム頼み、恐る恐るの射撃ではない。何度も、撃って無理矢理コツを掴むかのような荒っぽい攻撃だ。

 

 当然、最初の数発は至近弾で終わる。だが、そこから徐々に〝グシオンリベイク〟の射撃精度は鋭さを増していき………ついには1隻の甲板に直撃弾をぶち込むことに成功した。

 炎上し艦体が傾いていく光景が〝バルバトス〟からでも確認でき、三日月も思わずニヤリと笑った。アジー、ラフタは呆れたように、

 

『感覚だけで照準を補正するとはねぇ』

『むぅ………阿頼耶識ってやっぱずっこい(※)』

 

 その時だった。並んで敵艦からのミサイルを狙い撃ちにしていた〝漏影〟の至近に砲弾が着弾。同時にコックピットに響く敵機接近の警報。

 前面モニターを拡大表示。沈みゆく敵艦や他の艦からもモビルスーツが次々飛び降り、脚部スラスター全開で島へと迫っているのが三日月にも見えた。

 通信越し、オルガの怒声も響く。

 

 

『――――敵モビルスーツ出てきたぞッ! できるだけ海上でたたいてくれ』

『『了解!!』』

 

 

 アジー、ラフタの〝漏影〟のショートライフル、それに昭弘の〝グシオンリベイク〟の滑空砲が火を噴き、その激しい弾幕に巻き込まれた〝グレイズ〟が次々と吹き飛ばされ、スラスター制御を失って海面へと叩きつけられていく。

 残った敵機は砲火から逃れるため回避機動に専念せざるを得ず、さらに追い込むようにこちらからのライフル弾や砲弾が殺到。敵モビルスーツ隊の進軍は海上で完全に停止した。

 

『へっ! こりゃ、俺たちの出番はねぇかもなあ!』

 

 シノの言う通りだ。この程度だったら………

 だがその時。〝バルバトス〟と〝流星号〟目がけて、真上から次々と砲弾が降り注いできた。〝流星号〟は回避が間に合わず、上からの銃火がライフルに着弾。爆破される寸前、シノは素早く破壊されたライフルを放り投げた。

 

『な、何だこりゃ!?』

「上か………!」

 

 コックピットモニター越し、上空にいくつもの黒点が浮かんでいるのが見えた。まるで流れ星のように落ちてくる巨大なシールドの数々。

そこから………次の瞬間モビルスーツの全身が姿を覗かせてきた。

―――――厄介だな。三日月は内心舌打ちした。上から敵の増援が来るなんて………

 まさか宇宙から、あれに乗って降りてきたのか?

 

『ラフタさんとアジーさんは、海から来る敵を頼んます!』

『『了解ッ!!』』

『――――お前らはアレを撃ち落とせェッ!!』

 

 もうやってんよ! とオルガの命令を待たずにシノの〝流星号〟が予備のライフルを上方へと撃ちまくった。

 

『ヒラヒラと鬱陶しいなッ!』

 

〝グシオンリベイク〟もまたこちらへの援護に回り、上空で敵味方の砲火が交錯する。

 だが上空からの敵モビルスーツが乗っているアレ………モビルスーツの姿をもすっかり隠すほどの巨大シールドは、〝グシオンリベイク〟の滑空砲弾が着弾してもビクともしない。

 

 と、その敵部隊が自分たちを砲火から守っていた盾状のそれから次々飛び上がっていった。重力に従い、こちら目がけて落ちてくる巨大なそれを〝バルバトス〟と〝流星号〟は細かい回避を繰り返して間一髪のところで逃れる。

 その間に上からの敵部隊は、悠々と滑走路の端へと次々降り立っていった。

 そしてもう1機………

 

 

 

『宇宙での借りは必ず返してあげるわ! それにガエリオの仇もッ!!』

 

 

 

 最後に降り立った敵機。それが着地した瞬間、他の敵機も素早く集合し………一列に陣形を整えてこちらに向き直ってきた。

 持っていたバトルブレードがガン!! と滑走路に突き立てられる。

 

 

『我ら! 地球外縁軌道統制統合艦隊ッ!!』

『面壁九年!! 堅牢堅固ッ!!』

 

 

 完璧に息の合った唱和が発せられ――――――いい的だったので、次の瞬間には〝グシオンリベイク〟からの砲弾が容赦なく着弾した。吹っ飛ばされた右から二番目の敵機が傍の僚機を巻き込んで横転する。

 

 

 しばしの間、気まずい沈黙が両者の間に流れた。

 

 

『………撃って、いいんだよな?』

「当たり前じゃん」

 

――――完全に的じゃん。

 むしろどんどん撃ってよ。

 一方、整えられた陣形を一瞬で台無しにされた敵部隊の親玉らしき女は、

 

 

『な、何と………無作法なああああぁぁぁッ!!』

 

 

 よく分からないけど絶叫していた。

 

 

 

 




【オリメカ解説】

(モビルスーツ)

・UGY-R41〝ホバーマン・ロディ〟

鉄華団が鹵獲運用し、地球へと降ろした〝マン・ロディ〟を、モンターク商会から入手したパーツによって地上仕様に改修したモビルスーツ。
地上活動用脚部・ホバースカートを取りつけることによって地上での高機動活動を可能とした。ただし、重装甲である〝マン・ロディ〟上半身との重量バランスが極めて悪く、活動時間が短い他、阿頼耶識システム持ちの優れたパイロットでなければまともに運用することが難しい。

従来のサブマシンガン、ハンマーチョッパーの他、〝ゲイレール〟用装備である旧式バズーカ砲をも備え、充実した火力を持つ。

(全高)17.4m

(重量)41.1t

(武装)
サブマシンガン
ハンマーチョッパー

300mmバズーカ砲


-----------------------------------

(航空機)

・カセウェアリー級超大型モビルスーツ輸送機

ギャラルホルンが運用する超大型輸送機。カセウェアリーとは英語で「ヒクイドリ」の意。
モビルスーツ2機を収容する能力を持ち、無補給で地球を一周できる長大な航続距離を誇る。
ギャラルホルンはこの輸送機を100機以上保有しており、その結果迅速な作戦展開能力を実現している。

基本的に非武装で運用することがほとんどだが、その広大な収容能力を活用して、爆撃機や大型センサー等を搭載して哨戒機等として運用することも可能。

厄祭戦時代の初号機から現代にいたるまで運用・改修・製造され続けており、ギャラルホルンの展開能力において重要な役割を持つが、配属されるのは主にコロニー出身者や地球の下層市民ばかりで乗員の待遇は悪く、彼らの間ではモンターク商会からの賄賂を受け取り便宜を図るなど不満と腐敗が広がっている。

長期に渡る運用が続けられた結果、先祖代々カセウェアリー乗りであるパイロットの家系すらあるほど。

(全高)59.4m

(全長)125m

(全幅)119.8m

(最大搭載量)808t

(動力源)艦船用大型エイハブ・リアクター×1

(巡航速度)マッハ1.1
(最高速度)マッハ1.5

(武装)なし。ただしオプション装備可能。

(乗員)2~7名


-----------------------------------

(※)【ずっこい】
「ずるい」という意味の大阪弁。
ラフタは関西系………?




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新たなる閃撃

▽△▽――――――▽△▽

 

 完璧な降下。

 完璧な先制攻撃。

 完璧な着陸。

 完璧な整列。

 そして………ここ最近では最もノリのいい、完璧な唱和。

 

 だったというのにあの火星の宇宙ネズミ共はッ!!

 カルタは〝グレイズリッター〟のコックピットで、憎々しげに向こうの敵機………〝バルバトス〟と鹵獲された〝グレイズ〟を睨み据えた。この無作法、その命を以て償わせる!

 

「――――圏外圏の野蛮人に鉄の裁きを下すッ!!」

『『『『『『鉄拳制裁ッ!!!』』』』』

 

 全〝グレイズリッター〟が、滑走路に突き立てていた剣を抜き放ち、完璧な所作で構えた。

 汚らわしい宇宙ネズミを葬るならば………イシュー家伝統のあの陣形こそが最も望ましい。

 

「鋒矢の陣ッ! 吶喊―――――ッ!!」

『『『『『『一点突破!!』』』』』』

 

 かつて初代イシュー公はこの陣形であまたの戦場を駆け抜け、いくつもの華々しい戦果を上げてきたという。

 この陣形ならば、宇宙ネズミを葬り去ることなど、容易ッ!

 

 カルタ機を先頭に7機の〝グレイズリッター〟が一糸乱れぬ機動で〝バルバトス〟、鹵獲〝グレイズ〟目がけて突撃していく。

 

 

『へ! いい的だぜそりゃァ!』

 

 

 無作法な宇宙ネズミが操る鹵獲された〝グレイズ〟がライフルを乱射。だが元より銃火でモビルスーツを撃破するなどほぼ不可能。各機に着弾するも受け身の姿勢を取ったまま突っ込む〝グレイズリッター〟隊相手に、怯ませることすらできない。

 

『な、こいつら………お、おい三日月っ!?』

 

 それまで沈黙していた〝バルバトス〟が、手持ちの巨大なメイスを引きずりながら〝グレイズリッター〟隊へと飛びかかってきた。

 数の計算すらできないか! カルタは内心〝バルバトス〟のパイロットをせせら笑った。こちらは7機連携で突っ込んでいるというのにそちらは骨董品のモビルスーツが1機。ならばバトルブレードを突き出したままこのまま突っ込み、轢き潰して終わらせるまで。

 

「アハぁっ! 踏み潰してあげるわっ!」

 

 急速に間合いが詰まってくる。

 もう〝バルバトス〟に逃げ場はない。カルタは勝利を確信した。やはりイシュー家秘伝の陣形に火星の宇宙ネズミが叶うはずが――――――

 が、その時、〝バルバトス〟は機体を大きく沈み込ませ、カルタの視界から一瞬消えた。そして陣形右翼を駆ける〝グレイズリッター〟の懐へと飛び込む。

 

 

 

 振り返る暇も無かった。

 

 

 

 先の砲撃で損傷を受け、反応が一瞬出遅れたその〝グレイズリッター〟は、次の瞬間、〝バルバトス〟の巨大メイスを食らい下から突き上げられ、姿勢を回復する間もなく今度は振り下ろされたメイスによって地面に沈み潰された。

 

 地が揺れるほどの衝撃と凄まじい土煙。

 

 それが晴れた時………そこにいたのは静かに屹立する〝バルバトス〟と、胸部を無残に破壊されその足下に横たわる〝グレイズリッター〟の姿だった。

 

「な………!?」

『カルタ様! 我らの陣がっ!』

『………うわっ!?』

 

 カルタ同様驚きを隠せない部下。

 それに、

 

『オラオラァ! 足が止まってんぞォッ!!』

 

 不躾な火星人の〝グレイズ〟が陣を破られ怯んだ親衛隊の〝グレイズリッター〟へと襲いかかる。すかさずバトルブレードを抜き放って〝グレイズリッター〟は迎え撃つが、激しく打ちつけられるバトルアックスの斬撃を前に徐々に押されてしまう。

 

『こいつ………ぐあっ!?』

 

 すかさずもう1機が鹵獲〝グレイズ〟の背後に回り込もうとしたが、その背にもろに砲撃を食らい吹き飛ばされてしまう。

 いつの間にか、高台の〝グシオン〟がこちらに砲口を向けてきていた。

 そして援護射撃によって生まれてしまった隙を〝バルバトス〟は逃さなかった。砲撃でバランスを崩した親衛隊〝グレイズリッター〟目がけ、〝バルバトス〟がメイスを叩き込む。

逃れる間もなく、さらに1機の親衛隊機が、無残な鉄塊へと変わり果ててしまった。

 

 家柄、美貌、技量共に優れ、カルタと共に日々厳しい鍛錬をこなしている親衛隊がこうもあっさりと………。

 

『か、カルタ様………!』

「ええいっ! 何をしているの!? 散開して各個撃破なさいッ!!」

『りょ、了解っ!』

 

 だがここで退くわけにはいかない。

 イシュー家の誇りにかけて、そしてガエリオの仇を討つためにも――――――!!

 

「海上部隊は! 何をやっているかッ!?」

『所属不明機と交戦中の模様!』

 

 わずかな敵勢で浜辺で足止めを食らっている海上部隊に、カルタは舌打ちを隠せなかった。

 だが、まだ数の上ではこちらが有利だ。勝機は十分にある。

 カルタはキッと、眼前で親衛隊相手に鋭い剣戟を交わす〝バルバトス〟を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 海岸線ではアジー、ラフタの〝漏影〟と昭弘の〝グシオンリベイク〟が押し寄せる敵モビルスーツ隊を抑え続けていた。

 上空から降ってきた敵部隊も、ミカの〝バルバトス〟とシノの〝流星号〟が迎撃し、1機、また1機と敵機を潰していく。

 

 そしてそれまで静寂を保っていた蒔苗邸周辺でも―――――

 

 

 

 

『くそっ! ギャラルホルンのお出ましだ!』

『まだ近づけるなよ! 撃ちまくれェッ!!』

 

 蒔苗邸に強引に乗り付け、屋敷の構造を盾にするように鉄華団の新型MWが展開。対岸に集結し砲撃を始めるギャラルホルンMW相手に果敢に撃ち返していた。

 

『団長からの連絡まだか!? 予想より数が多いじゃねぇか!』

 

 5、いや6機のギャラルホルンMWが対岸に並び、その砲火は浅瀬上に建つ蒔苗邸の周囲に着弾。激しい水柱をいくつも噴き上げた。そしてその至近弾から徐々に精度を増していき、屋敷の木造構造の一部が砲撃を食らって激しく破壊される。

 このままでは………

 

『どうすんだよ!?』

『まだだッ! 文句言ってないで撃ちまくれ!』

 

 そう言い返す団員の手もぐっしょりと汗で滲んでいた。眼前でいくつも水柱が上がるせいで射線の修正もままならず、闇雲に撃ち続けるしかない。数でも装備でも、遥かに劣っているのは間違いなかった。

 と、蒔苗邸で籠城する鉄華団MW隊にオルガの通信が飛び込んできた。

 

『よく我慢したお前ら、敵の誘い込みは成功だ。退くぞ!』

『よっしゃァッ!』

『了解!』

 

 待っていたとばかりに、サブ兵装発射ボタンを押し込む。

 モビルワーカー側面に装備されていたランチャーから円筒が二つ、弧を描いて撃ち出され、島と蒔苗邸を結ぶ橋の上にコロンコロンと落下。そして次の瞬間、激しく煙幕を吐き出してギャラルホルンMW隊を覆い隠してしまった。

 

 その隙に、蒔苗邸を守っていた鉄華団MW隊はさっさと後退。

 一時の混乱に見舞われたが直ちに立ち直ったギャラルホルンMW隊は、兵士を随伴しながら橋を突破して蒔苗邸に突撃。だがその時には既に鉄華団の抵抗は影を潜めており、ギャラルホルン部隊は無抵抗で屋敷に殺到することができた。

 

 

 

 

 

 

 次々とギャラルホルンMWや兵士が蒔苗邸へと押し入る光景を、木々に埋もれた小高い山の上からオルガも見ることができた。

 今オルガが乗っているのは指揮官用MWの後席で、前席で操縦しているのはユージン……の代わりにビスケットだ。元CGSの少年兵として阿頼耶識システムを持っているビスケットもまたモビルワーカーを自分の手足のように動かすことができた。

 

「よし、皆無事みたいだな」

『良かった………。後は仕上げだけだね』

 

 やがて、数台の鉄華団MWが到着し、ハッチから馴染みの団員の顔が飛び出してきた。

 

「団長! いつでもOKだ!」

「派手に行こうぜ!」

「おうよ!………滅多に見れねぇショータイムだからな、しっかり目に焼き付けとけよ!」

 

 オルガは取り出したリモコンのスイッチを押し込んだ。

 その瞬間、島と島の間で静かに佇んでいた木造の邸宅が、一瞬にして凄まじい連鎖爆発に飲み込まれた。屋敷の構造のあらかたが破壊されて吹き飛び、残りも激しく炎上して崩れ落ち始める。

 飛び込んでいたギャラルホルンMW隊と数十人もの敵兵士を道連れに。

 

 だが炎上し崩壊する屋敷の中から、辛うじて生き延びたMWか1機、ヨロヨロと炎を振り切るように姿を現した。桟橋から岸に逃れようとしている。

 

「くそ。生き残りだ!」

「団長っ!」

 

 オルガはもう一つのリモコンを手に取り、先ほどと同じように押し込んだ。

 刹那、ギャラルホルンMWが走っていた桟橋の構造が小規模な爆発で吹き飛び、MWの重量を支えきれなくなった桟橋が崩落。浅瀬とはいえ優にMWが沈むだけの深度がある海中に、そのMWは投げ出されてしまった。

 

 団員たちがガッツポーズを挙げ、オルガもニッと笑いかけた。これなら何とか無事島から脱出できそうだ。

 

「お前たちはタカキたちと合流しろ!」

「「了解っ」」

 

 鉄華団MW隊は、蒔苗を護衛しているタカキたちと合流すべく坂を駆け下りていく。

 それを見送りながら、オルガのMWは反対方向へと進んでいった。

 

「あとは揚陸艇だけだな」

『ああ………! でも、油断は禁物だ』

 

 

 いつの間にかミレニアム島の上空は、分厚い雨雲に覆われつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 浜辺に乗り上がった3隻のギャラルホルン揚陸艇。

 搭載していたMWや主だった戦闘員はすでに出払った後のようで、数人の兵士がぼんやりと周囲を見回しているだけだった。

 

「………数は7人。ライフルを持ってない奴が1人いる」

「どうする、アストン」

「いつものやり方で行こう。合図するから、散らばって」

 

 アストン、デルマ、昌弘ら元デブリ組からなる鉄華団の小部隊が、足音もなく茂みに隠れながら少しずつ揚陸艇を守るギャラルホルン兵士との間合いを詰めていく。

 足音を完全に殺し、茂み越しにもう敵兵同士の会話すら聞こえる距離にまで近づいたにも関わらず、向こうはこちらに一切気が付いていない様子だった。アストンが指示し、昌弘と数人が向こうに回り込む。

 

 敵兵は大きく2つの集団に分かれていた。一つ目のグループが3人で揚陸艇の近くに、もう一つのグループは4人で森の手前に陣取っていた。

 昌弘らが近づくのは、揚陸艇を守るグループの方だ。

 

 

「ったく宇宙ネズミ共がよぉ」

「捕まえたらさ、小さいガキは売っぱらって小金稼ごうぜ。いい業者知ってんだ」

 

 

 こちらに気付いていない兵士の下卑た会話が昌弘らの耳に飛び込んでくるが構わず、向こうのアストンたちと目配せする。アストンが小さく頷いて3本指を挙げるのが見えた。

 3、2、1………

 

 その瞬間、コロコロ………と兵士たちの足元に球状の何かが転がってきた。

 

「ん? 何だこ………」

 

 言い終わる間もなく、次の瞬間その球体から煙幕が吹き上がる。「ぶあっ!?」「何事だぁっ!?」と敵兵らは瞬く間に大混乱に陥った。

 

 

「………今だッ!!」

 

 

 アストンが号令を張り上げた瞬間、昌弘らすでに忍び寄っていた鉄華団団員がライフルを構えて飛び出し、まだ武器も構えていない敵兵を至近距離で次々撃ち殺していった。

 

「が、ガキど………ぐあ!」

「だ、脱出だ! 脱しゅ……ぐおぇッ!」

「ま、待ってくれ! 降伏するっ!」

 

 わずか十数秒のうちに、揚陸艇を守っていた兵士のうち5人が射殺され、2人を捕虜にすることができた。その捕虜を尋問して揚陸艇に罠が仕掛けられてないことを確認し、機械に強い団員が揚陸艇のエンジンを動かすためにそれぞれ乗り込んでいく。鉄華団に死傷者は一人も出なかった。

 

 アストンはヘッドセットを起動し、無線に呼びかけた。

 

「こちらアストン。揚陸艇は手に入れた」

『こちらタカキ。了解。今から蒔苗さんを連れていくから周囲に気を付けて』

「分かった。――――デルマとアランズは3人連れて周囲の見回りを頼む! 生き残りがいるかもしれないから気を付けろよ」

「了解!」

 

 

 

 

 

 かくして、無事揚陸艇は確保され、その様子を目の当たりにした蒔苗老はその働きぶりに「結構結構」と満足げに頷く。

 

「子どもばかりだというのに、大した手際だなあ」

「あれで沖に出れば、わたしが手配した船が待っています。行きましょう!」

 

 クーデリアに先導され、蒔苗老や同行するアトラ、護衛のタカキたちも揚陸艇に向かって進んだ。

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「おのれ………おのれェ………ッ!」

 

 呻くカルタは、2機の親衛隊機が次々打ちかかって動きを止める〝バルバトス〟の背後に回り込み、一気呵成にこれを撃破しようと飛び込んだものの、既にその姿を気取っていた〝バルバトス〟が片腕に装備された機関砲を撃ち放ち、すかさずカルタは防御姿勢を取らざるを得なくなった。その間にも〝バルバトス〟は2機の親衛隊機相手にメイスを振るい、その刃を水際で弾いていく。

 

 その周囲には積み上がった〝グレイズリッター〟の残骸。胸部コックピット部分や頭部が潰された無残な姿を晒し、――――カルタ率いる地球外縁軌道統制統合艦隊の苦境を如実に示していた。

 上空から強襲した7機のうち、すでに3機が斃され、残る機体も、1機は鹵獲〝グレイズ〟と対峙。残る3機で〝バルバトス〟を包囲しているものの、重量のある武器を振るっているにも関わらずその俊敏な挙動に対処しきれず、三方から包囲しても尚撃破しあぐねていた。

 

 海上部隊は浜辺で迎撃され、未だ敵の防衛線を突破できていない。

 島の後背から潜行し、蒔苗邸に突入した上陸部隊は………罠にはまって全滅した。

 敗北――――このままでは受け入れざるを得ないその事実をカルタは必死に脳裏から振り払って、

 だが………

 

 

 

『か、カルタ様ぁ―――――――――!!』

 

 

 

 通信に飛び込んできた断末魔の絶叫。見ると鹵獲〝グレイズ〟と戦っていた〝グレイズリッター〟が、爆破され陥没した地面に足を取られ………その一瞬を見逃すことなく鹵獲〝グレイズ〟がバトルアックスを振り下ろし、その胸部を潰した所だった。

 だがそれではすぐに死に切れず。『ぐお………ぉ……』苦悶しながら事切れていく様子を通信越しに聞いてしまったカルタだが、ギリギリと機体のコントロールグリップを握りしめ、悔恨と憎悪に打ち震えるより他なかった。

 

 その間にも〝バルバトス〟の動きは止まらない。2機の親衛隊〝グレイズリッター〟をメイスの一振りで吹き飛ばし、今度はこちらへと迫りくる。突き出されるメイスが唐突に左右に割れ、カルタはすかさず後退しようとしたが間に合わない。

 

 バトルブレードを構えるカルタの〝グレイズリッター〟の両手を、〝バルバトス〟のメイスが挟んで動きを封じ、ギリギリと締め上げてきた。振りほどこうともがくが、パワーの差で全く身動きが取れない。

 このままでは………

 

「おのれ………おのれぇ! またわたしのかわいい部下がッ!」

『だから何だよ。うるさいなぁ』

 

〝バルバトス〟に乗る、憎たらしい宇宙ネズミの声が、接触回線越しにカルタの耳に飛び込み、それがさらにカルタの怒りを増大させた。こんな有象無象どもに、誇り高き選び抜かれたギャラルホルン地球外縁軌道統制統合艦隊が………ッ!!

 

 と、接触回線越しに別の声が入ってきた。

 

 

 

『ミカ、船は押さえた。あとはソイツらだけだ』

 

 

 

 誰だ?〝バルバトス〟のパイロットではない。

 その時、モニター越し、〝バルバトス〟の遥か向こうにモビルワーカーが1機、止まっているのが見えた。半身を乗り出し、何やら通信機に喋っている男の姿も。

 あいつが―――――!?

 

 

「そうか。………あれが賊の頭目かァッ!!」

 

 

 その瞬間、カルタの動きは素早かった。

 端末を叩いて締め上げられていた腕の装甲をパージ。一瞬の空隙を逃さず引き下がってメイスから逃れ、そしてメインスラスター全開。

 

『無駄な………!』

 

 再度打ちかかってくると踏んだのだろう。身構えた〝バルバトス〟だが………カルタは一顧だにせずその脇をすり抜けてしまった。

 雑兵などいつでも始末できる! 頭さえ潰してしまえば………!

 

『しまった、オルガ!! ぐ………!』

 

 事態を察した〝バルバトス〟がこちらを追いかけようとするが、そこで態勢を立て直した2機の親衛隊〝グレイズリッター〟が殺到。2機の連携で動きを封じ込めた。

 そこでようやくモビルワーカーはカルタに狙われていることに気が付いたようで、こちらに背を向けて逃げ出そうとする。が、モビルスーツの速力に叶う訳がない。

 

 カルタは勝利を確信した。

 

 

「よくも私の可愛い部下を――――――――ッ!?」

 

 

 

 だがその時だった。

 カルタの〝グレイズリッター〟、その刃がモビルワーカー目がけ突き出される寸前………

 突然、横から突っ込んできた〝何か〟が〝グレイズリッター〟の腹部に直撃。その凄まじい衝撃に、カルタの意識は瞬間的に吹き飛んだ。

 

「ぐああぁっ!?」

 

 ノイズの走った側面モニターに映し出されているのは、一本の長大な〝槍〟だった。

 それがカルタ機に突き刺さっており、姿勢制御を回復する間もなく、カルタの〝グレイズリッター〟は硬い滑走路上に叩きつけられた。その間にモビルワーカーは森の中に逃げおおせてしまう。

 

「な、何が………!? ぐぅ………!」

 

 怒りに任せて突き刺さった槍を機体から引き抜くカルタ。無数の警告表示がコックピットモニターに走るが………重要な部分のダメージは最小限。まだ戦える。

 

 

 そして新たなエイハブ・ウェーブの反応。

 

 

次の瞬間、深い森から飛び上がった1機の新たなモビルスーツが、カルタ機目がけて襲いかかってきた。

 

「何だ………うぐぅっ!」

 

 すかさず立ち上がって迎え撃とうとするが、上から飛びかかってきたモビルスーツに〝グレイズリッター〟の両腕部を掴まれて、またしても動きを止められてしまう。

 振りほどこうともがいても、眼前でこちらを掴む敵機の腕は揺るぎもしない。

 

 

 アクアブルーのボディ。

 両肩を覆う、甲羅のような盾状の構造物。

〝グレイズ〟や圏外圏で使われるモビルスーツのどれとも異なるフォルム。

 そして―――――頭部カバーを左右に展開して〝グレイズリッター〟の眼前に姿を現した、ツイン・アイ。

 

〝グレイズリッター〟のシステムが自動的にエイハブ・ウェーブの反応からデータベースを検索し、ようやく1機のモビルスーツの名を映し出す。

 その名は―――――――

 

 

 

『笑止!〝グレイズ〟など、そんな陳腐なモビルスーツで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――この〝ガンダムフォルネウス〟の相手ができるとでもッ!?』

 

 

 かつて、ギャラルホルン火星支部実働部隊二尉だった男………傭兵、クランク・ゼントは、咆えた。

 

 

 

 

 




ガンダムフォルネウスの解説は次話にて掲載したいと思いますm(_)m


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行くべき場所

・ASW-G-30〝ガンダムフォルネウス〟

マクギリス・ファリド=モンタークが、モンターク商会の傭兵となったクランク・ゼントに譲渡した機体。
ファリド家が秘蔵するガンダムフレームの1体だったが、現当主イズナリオ・ファリドが少年男娼を囲うために作った施設の資金確保のために売却。闇市場へ流れた末にモンターク商会の息のかかった企業へと売り払われ、モンターク(マクギリス)の手へと渡り、最終的にクランク・ゼントの乗機となった。

水中戦やアクアハイドロブースターによる高速海中航行を主眼に置いた機体であり、水中航行時は背中の変形ユニットが機体全体を覆い隠してイカのような形態を取る。変形ユニットにはアクアハイドロブースターと魚雷及びミサイル発射管が装備されている。
地上戦においても優れた戦闘力を発揮できるが当時の武器は散失しており、モンターク商会が独自に製造したバトルランスや腰部装備型キャノン、対艦ナパームミサイル、魚雷で武装している。

(全高)18.2m
(重量)39.5t

(武装)
バトルランス
腰部装備型200ミリキャノンユニット
対艦魚雷及びミサイル発射管×2


------------------------------------

EB-06A〝アクア・グレイズ〟

ギャラルホルンがかつて運用していた水中戦用モビルスーツ。
初期型グレイズ・フレームに水中戦用装甲やパーツ、アクアハイドロブースターを取り付け、水中における高次元での戦闘能力を実現。ギャラルホルンの水中戦力として運用されていたが、治安の良い地球では海賊等も存在せずほとんどニーズがないことと、現行のグレイズ・フレームに水中戦用オプション装備を取り付けることで代替が可能となったことから、運用期間はわずかに留まり、現在では全機が退役、スクラップ処分を待つのみとなっていた。
しかしモンタークが闇市場に流れた数機を入手し、うち1機をクランク同様モンターク商会所属の傭兵となったアイン・ダルトンへと譲渡。彼の運用機としてミレニアム島攻防戦以後活躍することとなる。

(全高)17.7m
(重量)29.8t

(武装)
バトルランス
水中戦用ネイル射出対応型100ミリライフル
小型ミサイル・魚雷発射管×2



▽△▽――――――▽△▽

 

――――数日前。

 地球軌道上、某所にあるモンターク商会の秘密の格納庫にて。

 

『ASW-G-30〝ガンダムフォルネウス〟。元はセブンスターズ、ファリド家秘蔵のガンダムフレームの1体だったのだが、現当主のイズナリオが闇市場に流してな。紆余曲折を経て我らモンターク商会が入手することができた。ただ、幾分古い機体でな。阿頼耶識システム他機器類もいくつか失われているので、こちらで独自で現代化改修した』

『………これを、俺に見せてどうしようというのだ?』

 

 鉄華団やクーデリア・藍那・バーンスタインの革命を成就させるため。

その言葉を振り切れずに、エリザヴェラなる女にドルトコロニーから地球軌道上まで連れてこられたクランクと、同行を申し出たアインはここ、モンターク商会が所有するというモビルスーツ格納庫まで連れてこられたのだ。

 

 クランクの疑問に、仮面の男…モンタークと名乗ったその男はガンダムフレームを見上げていた表情をこちらへと向け、

 

『この機体を与える。モンターク商会直属の傭兵となってもらいたい』

『何だと? ここまで連れてきていただいて申し訳ないが、犯罪に手を貸す訳には………』

『――――鉄華団にその力を貸してもらいたい』

 

 クランクは沈黙し、真っ直ぐモンタークの仮面の奥…その瞳を見据えようとした。

 モンタークもそれを見返しながら、

 

『鉄華団はギャラルホルンに包囲され、間もなく地球外縁軌道統制統合艦隊の総攻撃を受けることとなるだろう。このままでは彼らが犠牲となるのは必須』

『………』

『クーデリア・藍那・バーンスタインは前アーブラウ代表、蒔苗東護ノ介氏を復権させるため、アーブラウ首都エドモントンを目指すだろう。当然、鉄華団がその力となる。だがギャラルホルンとまともに戦えば、子供たちに大きな犠牲が出るだろう。だが君と、この〝フォルネウス〟があれば………』

 

『………一つ、確認しておきたい』

 

 クランクのその問いかけに『答えよう』とモンタークは鷹揚に頷いた。

 

『依頼内容は鉄華団の援護であり、方法は俺に一任していただけるか?』

『もちろんそのつもりだ。報酬前払いとしてこの〝ガンダムフォルネウス〟を。成功報酬も別途用意しよう。必要な支援もモンターク商会のネットワークを通じて受けられるように手配する』

 

『それとアインにもモビルスーツを用意していただきたい。彼は優れたパイロットだ。もし俺を傭兵として雇うつもりならば、彼も共に』

『分かった。用意させよう』

 

 モンタークなる仮面の商人は頷く。なれば、断る理由は最早無い。

 では。とクランクは眼前に佇む………アクアブルーのモビルスーツを見上げた。

 

 

 

 子供たちを過酷な運命から救い出すためだ。

 かつて世界を救済せしめたその力、示してみろ〝フォルネウス〟―――――

 

 

 

 そしてクランクとアインはミレニアム島へと新たなる乗機を駆り………その激闘に乱入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『オルガ! あれ………』

「ああ。何なんだありゃ………」

 

 オルガ達に襲いかかってきたモビルスーツは、突如として横から飛び込んできた別の機体に弾かれ、木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいった。

 すさかず態勢を立て直したギャラルホルン機だったが、飛びかかったもう1機のモビルスーツに組みつかれ、ジリジリ………とパワーに押されて後ろに引きずられていく。

 

 ギャラルホルン機の女パイロットは、外部スピーカーを起動したまま、

 

『ぐ………バカなっ。この〝グレイズリッター〟が押し切られるだと!?』

『さすがはガンダムフレーム。何という性能だ。この機体………すごいッ! 最早ギャラルホルンなど―――――』

 

 恐れるに足らず!! と、ガンダムフレームらしき乱入機はギャラルホルンの機体を力任せに投げ飛ばし、そして滑走路に投げ捨てられていた長大なバトルランスを手に、まだ起き上がっていないギャラルホルン機を下から上へと薙ぎ払った。

 

『――――ああああアアァァァッ!?』

『か、カルタ様っ!………うぐあっ!?』

 

 注意がそれた一瞬の隙を突き、ミカの〝バルバトス〟もまたギャラルホルン機による拘束を強引に引き剥がし、勢いをそのままにメイスで殴り飛ばす。

 膠着していた戦況は、飛び入ってきたガンダムフレームにより一気に鉄華団側へと大きく傾いていった。

 

 だが、

 

『オルガ! さらにエイハブ・ウェーブの反応ッ! 後ろだ!』

「何ぃっ!?」

 

 また敵の増援か!? オルガは思わず歯ぎしりして振り返る。

 背後。正確には振り向いた先の上空から、巨大な何かが轟音と共にこちらへと近づきつつあった。

 

「また空から敵か………ミカ!」

 

 ミカやシノに迎え撃てと命じようとしたオルガだったが、ビスケットが通信に割り込んで遮った。

 

 

 

 

 

『待ってオルガ! このエイハブ・ウェーブの反応は………〝ラーム〟と〝マン・ロディ〟だっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ガコン………という重厚な音と共にカセウェアリー級モビルスーツ輸送機の後部ハッチが開かれる。

 遥か眼下に、どこまでも続く南洋がぽっかりと姿を覗かせてきた。

 

「そろそろだ。準備いいか?」

『は、はいっ!』

 

〝ラーム〟コックピットの側面モニターに、上半身裸になったクレストの緊張した表情が表示される。鉄華団に保護されるまでは栄養が足りていない体つきだったが、鉄華団でしっかり食えるようになってから、少しずつだが筋肉がつき始めているようだ。

 

「………時にクレスト」

『な、何?』

「何で上脱いでんだ。パイロットスーツ着ればいいのに」

『………パイロットスーツ、何か宇宙の時よりぶかぶかして重いから。反応が鈍ると嫌だから着たくない』

 

 その時。通信モニターに、同じく上に何も着ていないビトー、ペドロも追加された。この二人は2機目のカセウェアリー級輸送機に乗っている。

 

『俺たちも準備できてるぞ!』

『い、いつでもいけますっ!』

「よし。まずはビトー、ペドロから降ろすぞ。援護してやるが、対空砲火には十分気を付けろよ」

 

『『おうっ!!』』

 

 ビトー、ペドロの〝ホバーマン・ロディ〟を先行して降下させ、上から〝ラーム〟で援護。2機が安全に着地した後に、俺とクレストも降りる。

 初めての重力下での戦闘に、3人とも緊張した表情を見せていた。無理もない。なんせ………パラシュートも無しにスラスターの推進力だけを頼りに40t近いモビルスーツを地上に降ろさなければならないのだから。ヘマすれば乗機ごとぺしゃんこだ。

俺はニッと笑いかけながら、

 

「心配するなって。俺の指示した高度で脚部スラスターを全開にして降りればいい。シミュレーションの通りだ。ビトーが隊長だ。しっかり引っ張ってやれ」

『おうっ!』

 

「ペドロはビトーのサポートだ。ビトーにくっついて、死角をカバーするんだ」

『はいっ!』

 

「クレストは中距離支援だ。ビトーとペドロが仕掛けられるタイミングを作ってやれ」

『はいっ!』

 

 見た目は幼いが、この3人は今日まで過酷な戦場を潜り抜けてきた歴戦の勇士。戦場に送り出すことに不安は無い。

 こいつらを確実に地上に降ろせるよう援護し、この戦場を、そしてこれからの戦いを生き残らせることが俺の役割だ。

 

 そして―――――、

 

 

『よう少年たち! もうすぐミレニアム島だ』

『しけた小せぇ島だから、合図と同時に降りねえと海にドボンだから気を付けてくれよ』

 

 

 陽気なカセウェアリー乗りの親子………ハーバード・セビアとイエール・セビアJrからの通信。カセウェアリー級はかれこれ厄祭戦時代から運用されてきた時代で、親子2代でカセウェアリー乗りは当たり前。現実世界の南米にあたる地域には300年もの間代々カセウェアリー乗りを受け継いできた家系があるというからすごいものだ。

 

 ベテラン一家が操る2機のカセウェアリー級輸送機の先。俺は〝ラーム〟のコックピットモニターに輸送機の機種映像を表示させ、そのちっぽけな島の姿を捉えた。いくつもの黒煙が激しく立ち昇っている。

 

 その姿が徐々に大きくなってくる。

 クレストの〝ホバーマン・ロディ〟が開け放たれたハッチへと進み出た。

 

 

『よぉーし。3、2――――――っし今だッ!! 降りろ降りろGO! GO! GO!』

『っしゃああ!!』

『行きますっ!』

『カケル! 後でね!』

「おう、援護は任せとけ!」

 

 

 合図と共にビトー、ペドロ、クレストの〝ホバーマン・ロディ〟が空中へと躍り出、眼下のミレニアム島へと飛び降りていった。機上で俺はそれをしばし見送りながら、

 

「よし。じゃあこっちも………近接航空支援だ!」

 

 輸送機のハッチから〝ラーム〟のガトリングキャノンを突き出し、射撃管制システムを立ち上げる。

 重力偏差修正。再計算。

 完了。

 

 

【EB-06j ROCK】

 

 

 上空の航空機の存在に気づき、頭部のセンサーを剥き出しに走査してきた地上戦仕様の〝グレイズ〟1機目がけ、俺は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その瞬間、上から降り注いできた銃撃によって〝グレイズ〟1機が撃ち飛ばされた。

 僚機の突然の被弾に動揺したもう1機の〝グレイズ〟にも、今度はバズーカ砲がぶち込まれる。

 数を抑えきれず、各個近接戦での迎撃を余儀なくされたラフタ、アジーの〝漏影〟や昭弘の〝グシオンリベイク〟だったが、上からの突然の支援射撃に。

 

「な、なーに!? 何事っ!?」

『このエイハブ・ウェーブの反応………〝ラーム〟と〝マン・ロディ〟じゃないか!』

『………上から来るぞッ!』

 

 ラフタたちが見上げる先。低空飛行する2機の大型航空機から3機のモビルスーツが吐き出され、こちらへと降下してくる所だった。その姿は……ラフタらもよく知る、鉄華団が手に入れた〝マン・ロディ〟だ。

 だが細部と機体の色が全く違う。

 

 

 

『………お、降りられるのかよぉっ!』

『今だッ! スラスター全開!』

『降りてるだけじゃいい的だ! 撃って牽制するっ!』

 

 

 

 抱えるバズーカ砲を撃ちまくりながら、スラスターをフルパワーで噴き放ち、ミレニアム島に降り立ったその機体は、確かに〝マン・ロディ〟の面影が残っているのだが、地上用改修なのか太めの脚部と、なによりも機体の色が違う。〝マン・ロディ〟がグリーンだったのに対して、今ラフタたちの前に降りてきたのは、禍々しいほどに真っ黒だ。

 

 数でラフタらを押しつつあったギャラルホルン側も、突然の乱入者に混乱し、

 

『何だあの機体は!?』

『構わん! 撃破し………ぐあ!?』

『くそっ! 早いぞ!!』

 

 後詰めの〝グレイズ〟隊が黒い〝マン・ロディ〟へと迫り、ライフルを撃ちかけてくるが、3機全てが目にも止まらぬ機動で回避。お返しとばかりに後ろに下がった機体が〝グレイズ〟へとバズーカを撃ち込み、

 

『おらあァッ!!』

 

 よろめいたその一瞬を逃さずに飛びかかったもう1機が、馬乗りになってハンマーチョッパーを叩き込んだ。その背後にもう1機の〝グレイズ〟が回り込もうとするが、今度は持ち換えたサブマシンガンに激しく打ち据えられて堪らず後退。その隙に懐に潜り込んだ1機の〝マン・ロディ〟が、ほとんどゼロ距離でバズーカ砲を撃ち込んで沈黙させた。

 

 重装甲の見た目に対してあまりに俊敏すぎる動きに、〝グレイズ〟隊は対処が遅れて1機、また1機とその数を減じていく。銃撃で牽制しようと〝グレイズ〟がライフルを向けるが、それは上空から降り注ぐ弾雨によって阻まれる。

 

 3機の黒い〝マン・ロディ〟、さらには上空からの援護によって、浜辺での戦況も鉄華団有利に大きく傾こうとしていた。

 ラフタやアジー、昭弘もそれぞれ対処していた敵をようやく撃破し、黒い〝マン・ロディ〟と合流する。

 

「あ、あんたたちってカケルと一緒に行った………!」

『援護します! この〝ホバーマン・ロディ〟ならッ!』

 

 黒い機体……〝ホバーマン・ロディ〟が3機編隊を組んで残る〝グレイズ〟へと殺到。その連携に加えてラフタ、アジー、昭弘、さらには上空からの射撃が支援に加わって、既に数の上でも劣勢に立たされたギャラルホルンは………瞬く間に1機を残して全滅し、残るその〝グレイズ〟も、逃げ去ろうと海上に疾った所を背後から集中砲火を食らって、無残に海に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 そしてその異常事態は、海上に展開するギャラルホルン艦隊でもしっかり捉えられていた。

 

「我が方のモビルスーツ隊………カルタ様らを残して全機、シグナルロストしました」

 

 呆然と報告してくる部下に、旗艦を移したコーリスもすっかり言葉を失ってしまった。

 

「馬鹿な………〝グレイズ〟15機を投入したのだぞ! それにあの輸送機は何だ!?」

「ギャラルホルンのカセウェアリー級ですが………識別信号を発しておらず所属不明です!」

「上陸部隊も全滅し、別働の艦隊からの応答もありません………! ステンジャ艦長、これは………」

 

 だがその時だった。

 前方を航行していた僚艦に巨大な水柱が上がり、続けて激しい爆発。衝撃で僚艦の艦体が真っ二つに引き裂かれる様を、コーリスらは艦橋でまざまざと見せつけられてしまった。

 

「僚艦が大破しました!」

「エイハブ・ウェーブの反応! 海中ですっ!」

「―――魚雷発射! 爆雷も放って止めろ!」

 

 大型の魚雷が旗艦の魚雷発射管から撃ち出され、海中へと潜り込んでいく。

 さらには爆雷も次々と投下され海中をしばし無数の小規模爆発で彩る。

 だが通常兵器ならともかく………水中を駆けるモビルスーツを仕留めるには魚雷はあまりに鈍重すぎて、爆雷は威力不足だった。

 

「モビルスーツ、来ますッ!」

「そ、総員対ショック姿勢――――――!!」

 

 何もかも手遅れだった。

 下から突き上げるような激しい衝撃が旗艦である揚陸艦を襲い、艦内の誰もが反射的に手近な固定された機器で身を支えた。

 さらに立て続けの海中からの攻撃を食らい、床や、固定されたコンソールや、艦内の設備のなにもかもが跳ねあがって裂かれていく。壮絶な破壊に晒された艦橋は瞬く間に死と血の阿鼻叫喚と化した。

 

「そ、総員退艦ッ! 総員退か―――――――」

 

 火災すら発生した艦橋で、崩れ落ちてきた天井の瓦礫を押しのけてコーリスは絶叫する。

 がその時コーリスは、割れた船窓越しに海中から何かが飛び出し、旗艦の甲板に降り立つのを目の当たりにした。

 水中高速航行用の背面ユニットを備えたあの機体は………

 

「あ、〝アクア・グレイズ〝だと!? 旧式機が何故………!」

 

 何年も前に性能の陳腐化や汎用性・コスト上の問題で全機退役したはずの、かつてはギャラルホルン所属機の一つであった〝アクア・グレイズ〟が、ズシン、ズシン―――と艦を揺らしながらこちらへと歩み寄ってくる。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

『クランクさんの邪魔をする奴は誰であろうと許さないッ!!』

 

 それが艦橋ごと叩き潰される寸前、コーリス・ステンジャが聞いた最期の言葉となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 積み上がる〝グレイズ〟や〝グレイズリッター〟の残骸。

 炎上し沈没するギャラルホルン艦。生き残った艦は、見渡す限り1隻もない。

 ミレニアム島上空を旋回するカセウェアリー級輸送機のハッチ越しに、俺は〝ラーム〟のコックピットでその全容を見下ろせる立場にあった。ガトリングキャノンも鎮まり、狙いを定めるべき敵はもういない。

 

 島中至る所で黒煙が昇っているものの、戦闘はもうどこを見ても確認できなかった。

 と、小さな光点を捉えた。確認してみると〝グレイズリッター〟が3機。2機が指揮官機らしき1機を両脇で抱えるようにして島から離脱しているのが見えた。

 

「ここから、狙えるか………?」

 

 俺は再び〝ラーム〟のガトリングキャノンを起動し、島から逃れる〝グレイズリッター〟を………

 

『ヘイ、少年! 用が済んだならさっさと降りて欲しいんだがね!』

『空軍に捕捉される前にシドニーベイくんだりまでさっさとトンズラしたいんでね』

 

 俺は一瞬、チラリと拡大モニター越しに離脱していく〝グレイズリッター〟を見やった。地上に降りたら追撃は不可能だ。降下中ではさほど射撃精度は期待できない。

 まあいいか。まだ再戦の機会はある。

 

「了解。ここまで運んできてくれたこと、感謝します。ありがとうございました」

『報酬はモンターク商会からタンマリいただいてるんでね。キャンベラ辺りで一杯やってから国に帰らせてもらうよ』

『幸運を。神のご加護を』

 

 あなた達にも。そう返して俺は〝ラーム〟で島を旋回していた輸送機のハッチから飛び出した。

 50tもの巨体が見る間に吸い寄せられるかのように島へと落下していく。全スラスターをフルパワーで吹かし、わずかな揚力を得て落下速度を相殺していく。

 

 ものの1分と少々で、〝ラーム〟は島の陸地へと着地した。

 

 地上では〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝流星号〟〝漏影〟2機、〝ホバーマン・ロディ〟3機が寂れた空港の滑走路上に集結していた。

 それに見慣れぬモビルスーツも2機。あれは………

 

 

「………何でこの鉄血世界に〝アビスガンダム〟がいるんだ?」

 

 

SEED DESTINYでお馴染み〝アビスガンダム〟を鉄血風にしたようなガンダムフレームと、水中用と思しき大型ユニットを背負った〝グレイズ〟似の機体が、並んで佇んでいた。

 

『ようカケル! 助かったぜ。ちょっと降りてきてくれよ』

「了解」

 

 オルガからの通信に、俺は〝グシオンリベイク〟の隣で機体を止めると、システムをオフラインにしてコックピットハッチの開閉コマンドを押し込んだ。上部のハッチが開かれコックピットシートがせり上がり、塩気を含んだ外気が俺の横顔に当たる。

 ラダーを使ってコックピットを降りると、向こうのアビスガンダムもどきの方に団員の人だかりができていた。

 

「――――うっすカケル! 元気してたかぁ?」

「上からの支援、助かったよ。まさかあんな方法で来るなんてね」

 

 シノとアジーも機体から降りてこちらにやってきた。

 俺も、軽く笑いかけ返しながら、

 

「遅れてすいません。そういえばアジーさん、あの機体は?」

「さあね。海からやってきたみたいだけど。とりあえずは敵じゃなさそうだね」

「見ろよ。降りてきたぜ!」

 

 未知のモビルスーツからパイロットがラダーを使ってするする、と降りてくる。その隣の水中戦仕様と思しき〝グレイズ〟からもだ。

 俺は、「ちょっと失礼」と団員たちを掻き分けて先頭に進み出た。

 見れば、団員たちの先頭に立つオルガとビスケット、それに三日月がそのパイロットと向き直っている。

 あれは………

 

「く、クランクさん………!?」

「おう。久しいな、カケル」

 

 ドルトに留まったはずの、元ギャラルホルン士官であるクランク・ゼントが、黒を基調としたいかにも傭兵らしいいで立ちで佇んでいたのだ。後ろから歩み寄ってくるのは、似たような恰好のアイン・ダルトン。

 

「改めて自己紹介させてくれ。俺はモンターク商会預かりの傭兵、クランク・ゼントだ。こっちは相棒のアイン・ダルトン。モンターク商会から依頼を受けて参上した。お前たちの手助けをするようにとな」

「――――援護には感謝してる。けどな………」

「クランクさんって、確かギャラルホルンの人でしたよね………?」

 

 オルガとビスケットの懸念に、クランクはフッと笑みをこぼして返した。

 

「ギャラルホルンにはドルトで辞表を出した。今の俺はギャラルホルンに対して何ら義理立てする必要はない。まあ、多少の守秘義務はあるが。………俺は、俺にとって正しいことを為すためにここに来た。是非とも、世界を変えようとするお前たちの旅路に同行させてほしい」

「自分もクランク二尉………じゃなかった、クランクさんと同じ志を持っております!」

 

 アインも身を硬くして、すっかり染み付いてしまっているのだろうギャラルホルン式の敬礼を示して見せた。

 その背後にある2機のモビルスーツ。これが鉄華団の戦力に加われば………

 オルガもその辺りは承知しているようで、わずかな間クランクと視線をぶつけあったが、ふと頬を緩めると、

 

 

 

「………分かった。それなら、ビジネス上のパートナーってことになるな。よろしく頼む」

「うむ! 俺の機体はガンダムフレーム〝フォルネウス〟、アインの機体は〝アクア・グレイズ〟だ。どちらも古い機体だが最大限改修が施されている。必ずお前たちの役に立って見せよう」

 

 

 

 固く握手を交わすオルガとクランク。

 新たに加わった戦力に、後ろで見守っていた団員たちもワッと色めき立った。

 

「またモビルスーツが来たぜ!」

「整備が大変だなぁ」

「もう、ギャラルホルン勝てねえんじゃね?」

「んな訳あるか」

 

 そんな中、一人〝フォルネウス〟へと近づく人影が―――――

 

 

 

 

 

「ああっ! まさか〝フォルネウス〟をこの手でいじれる日が来るなんて! 装甲越しにも分かるこの美しいフレームデザイン! 幻のツインリアクターシステム! アクアハイドロブースターユニット! メインOSの阿頼耶識はまだ生きてるの? すぐに調べなくちゃ………」

 

 

 またしても凄まじくデジャヴ感のある台詞を怒涛の如く吐き出し続けるのは、ドルト6から飛び入り参加したメカニック………フェニーだった。

 ここは、こう言うしかないだろう。

 

「………なあ、フェニー。これってそんなにスゴいのか?」

「すごいも何も! コイツは厄祭戦を終わらせたとも言われる72体のガンダム・フレームのうちの1体なんだよ!? ただ資料が少なくて、今じゃ幻の機体なんて呼ばれてる! そんな機体を滅茶苦茶に弄り回せるなんてッ………」

 

「い、いや………滅茶苦茶に弄り回されたら困るんだが………」

 

 クランクの突っ込みにも関わらず、フェニーはすっかり目をキラキラさせて佇む〝フォルネウス〟にバッと向かい直った。

 

「さあ、見せてやるわよ! 歳星整備オヤジ直伝! フェニー・リノアのモビルスーツ鍛冶術ってヤツをねッ!! まずは防水加工に漏れが無いか全てチェック! それから………」

 

 よーし、クーデリアたちと合流するぞー! と、ここ数日ですっかりフェニーの暴走に慣れてしまったオルガたちは、彼女をそのままに島を離れる準備を始めてしまった。

 雨もポツリ、ポツリと降り始めてさすがにずっと放っておく訳にもいかないので。

 

「風邪ひくぞ、フェニー」

 

 ぐいっと、フェニーが袖を通さず羽織っていたジャケットの後ろ襟を軽く掴んでクイっと簡単なフードになるように上げてやる。

 そこでようやく我に返ったのか、テヘ、と誤魔化すようにフェニーがちょっと笑いかけて振り返ってきた。

 

「おかえり、カケル」

「ああ。行こうぜ」

「………ラームの基礎フレーム、ヒビ一つ入れてないわよね?」

「た、多分」

 

「……………多分?」

 

 ブアっ! とその瞬間フェニーが邪悪なオーラを漂わせ始めたので「大丈夫! 無傷!!」とその場しのぎに弁明せざるを得なかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 数時間後、奪った揚陸艇を何度かピストン輸送し、モンターク商会が手配したタンカーに全団員、物資資材、MS、MW、運べるだけの鹵獲機の全てを運び終えると、鉄華団はアーブラウ首都エドモントンのある北アメリカ大陸へ出発した。

 

 残されたのは、放置されたギャラルホルン〝グレイズ〟の残骸の群れと、海中深くに没したギャラルホルン水上艦隊。戦闘に参加した艦は1隻残らず撃沈され………わずか十数人の生き残りが幸運にも脱出ボートで逃れ、駆けつけた後詰めの補給艦に救助されたという。

 

 鉄華団の犠牲はゼロで、モビルスーツやモビルワーカーが若干損傷を受けた程度。ここで死ぬはずだったビスケット・グリフォンも、原作での自分の運命など夢にも知らずに鉄華団を運ぶタンカーへと普通に乗船した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーデリアの旅路を巡る戦いは、間もなく洋上、そしてアーブラウ国内へと舞台を変えることとなる――――――――

 

 

 

 



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第12章 海の真髄
海に潜むもの


▽△▽――――――▽△▽

 

 雨に打たれる海上を、スラスターを吹かして3機の〝グレイズリッター〟が密集して疾る。2機が、うなだれて動きのない1機を両脇から抱える形だ。

 カルタ・イシュー及びその親衛隊………の無残な敗走だった。

 

『………良かったのか、勝手に撤退して』

『バカを言うな! あんな連中、我々だけでは全滅するだけだ! カルタ様を回収できただけでも僥倖。この方さえいれば………』

 

『わ、我ら地球外縁軌道……統制統合………艦た………』

 

 憔悴極まれり。いつもの覇気をすっかり失ったカルタに、残された二人の親衛隊員は『『面壁九年!! 堅牢堅固ッ!!』』と唱和を返して、

 

『捲土重来の機会は必ずあります!』

『今は逃れ、再起を図りましょう!!』

 

 カルタは何も答えない。無理もない。ギャラルホルンがかつて経験したことのない、激しく、そして厳しい戦いだった。

 そう。まるで話に聞く〝厄祭戦〟のような………

 

 

 やがて、カルタ機以下3機は、水上艦隊生存者の救助に追われていた補給艦上に着艦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ミレニアム島におけるギャラルホルンの無残な敗北。

 指揮官であるカルタ・イシューやその親衛隊の残存兵力を除いてほぼ全滅。さらには経済圏オセアニア連邦のストップがかかっていたにも関わらずカルタの独断で事が進められた結果………オセアニア連邦とギャラルホルンの関係は急激に悪化。

 

 その影響はアーブラウでも、

 

 

 

「話が違うではありませんか」

 

 エドモントン市内にある、女流政治家アンリ・フリュウの邸宅。市内の最高級住宅街の中でも特に敷地が広く、豪奢な屋敷であり、アンリ・フリュウ氏の経済的・政治的影響力の絶大さを如実に示していた。アーブラウ政財界最大のフィクサーの呼び声高い蒔苗老が失脚した今、この女性の影響を覆せる勢力は多くない。

 

 そんな彼女の詰問に、男…セブンスターズが一席イズナリオ・ファリドは悠然とした表情を崩さなかった。それがさらにアンリの癪に触ったようで、

 

「蒔苗東護ノ介は亡命先の島から一歩も出ることなく選挙は終わる。わたしは無事にアーブラウの代表となり、すべての実権はわたしたちの手に………そのはずだったのでは?」

 

 それには答えず、イズナリオは忌々しげに、

 

「余計な真似をしてくれたものだ、カルタめ。セブンスターズにおけるイシュー家の地位を守るために、わざわざ後見人となり、ここまで引き立ててやったというのに。役立たずのはねっ返りめが………」

 

 カルタの実の父親であるイシュー公は病床にあり、その地位や執務の一部をイズナリオが肩代わりし、カルタの後見人にもなりギャラルホルンにおいてすぐに高い地位を得られるよう手助けしてやった。

 だというのに………

 

 一方、自分の懸念を無下にされたアンリは口を曲げて、

 

「蒔苗の行方は依然、不明のまま。もしも議会に現われたら……」

「………案ずるな。目的地がわかっている以上、網さえ張っておれば洩らす心配はない。そうだなテオール?」

 

 ここまで同伴してきたギャラルホルン士官、テオール・エルナール一尉は「はっ!」と完璧なギャラルホルン式敬礼を見せ、きびきびと答えた。

 

 

「我らファリド家直属部隊を中心に各地のギャラルホルン・アーブラウ駐留部隊を呼び寄せております。3日以内にネズミ一匹市内に入れぬ完璧な布陣をご覧いただけるかと」

「お前たちの働き、期待しておるぞ」

「はっ! イズナリオ様に拾っていただいたご恩、我らイズナリオ様親衛部隊、命に代えてもお返し申し上げる覚悟でありますッ!!」

 

 

 金髪碧眼の、幼い頃はイズナリオお気に入りの男娼としてその華奢な身体を捧げてきたテオール。

 彼だけではない。風評などの問題や閨で世話になった経緯から、イズナリオは成長した少年男娼たちを使い捨てるような真似はしなかった。就学の援助やイズナリオの息のかかった企業への就職の斡旋、特に身体が強く忠誠心の篤い者はギャラルホルンに入隊させてやるなど父親のように面倒を見てやり、少年たちを性的に辱める外道な行いの割には少年男娼たちに慕われていた。

 

 テオールの力強い言葉にイズナリオも満足そうに頷き、

 

「さて、私は一度本部に戻る。2週間後の選挙の結果は変わらん。新代表就任のあいさつでも考えておけ」

 

 それだけ言うとイズナリオはテオールを伴い、格調高い居間を後にした。

 二人分の足音が静かな屋敷にしばらく響く。

 

 

―――――この時のために慎重に慎重を重ねて事を進めてきたのだ。マクギリスとボードウィン家を縁組させ、イシュー家の娘の後見人となり、セブンスターズ内での地位を固め、何よりも圏外圏で武器や軍事技術を流出させ紛争を惹起することによってあ奴………月を根城にする政敵エリオン公を抑えてきたのだ。

 アンリ・フリュウを通じてアーブラウの実権さえ握れば、私の立場は磐石となる。ここで躓いてなるものか………!

 

「本部に戻るぞ」

「はっ! 既に手配しております」

「そうか………時に、新しく買った少年なんだがな。少々………硬くてな」

「承知しました! イズナリオ様のお気に召すよう、私が手ほどきしておきましょう」

「頼むぞ」

 

 マクギリスの次に、幼少期のテオールはイズナリオのお気に入りで、なかなか慣れない初心な反応を楽しんだものだった。今では、イズナリオが新規に手に入れた少年男娼たちや今の親衛隊のまとめ役でもある彼に任せておけば、明日の夜のことは心配いらない。

 

 

 

 

 

 事が成就すれば、富も名誉も権力も、まだ汚されることを知らない幼い少年の童貞も思いのまま。

 暗い笑みを浮かべながらイズナリオは、彼を待っていた公用車に乗り、フリュウ邸を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 鉄華団をアーブラウまで乗せるため用意されたタンカーには、地球に降ろした4機の〝マン・ロディ〟のうち未改修だった昌弘の〝マン・ロディ〟のための地上用改修パーツ、改修設計プラン一式が積載されていた。

 

 船内の広大な倉庫に、〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝流星号〟〝漏影〟〝ラーム〟〝フォルネウス〟〝アクア・グレイズ〟に並んで3機の〝ホバーマン・ロディ〟。昌弘の〝マン・ロディ〟はその横で、静かに地上で戦える時を待っているかのようだ。

 

 

「っし! 待っててね昌弘君! こっちの機体もすぐに〝ホバーマン・ロディ〟にしてあげるから」

「お願いします。あの、俺も何か………」

「いいっていいって! そういえば何か食堂で青空教室やってるらしいじゃん。そっちに行っておいでよ」

「俺は、別に………」

「手伝ってくるならもっと専門的なスキルを持った人に手伝ってほしいんだよね~。数学とか、科学とか、クーデリア先生に手取り足取り教わってきなよ」

 

 

 フェニーは軽く昌弘を押し出してやり、「………っす」と昌弘は、いつものように肩を落とした姿勢でその場を後にした。

 出入口の脇で事の次第を見守っていた俺は、昌弘と入れ違いに倉庫へと入った。

 

「よう。フェニー、整備組は皆昼に行ってるぞ」

「え!? 外暗いから分かんなかった。ま、昼はいいや」

「一日三食食わないと逆に太るぞ。ほら、弁当でよかったらアトラから貰ってきたから」

 

 弁当のパックをフェニーに放り、「お。さんきゅ!」とフェニーはそれを受け止め………床に胡坐をかいて蓋を開けた。

 

「………どっか座って食おうぜ」

「いいじゃない。別にスカート履いてる訳じゃないし」

 

 袖の短い作業着に鉄華団から借りたジャケット姿のフェニーは、俺の忠告にも構うことなく中に入っていた大きな2斤のサンドイッチを一つとって頬張った。

 俺も、向かい合うように座り込んで、自分の弁当パックを開けた。

 

「カケルも今からお昼?」

「食堂で食ってきたけど………ここに来るまでに腹が減ったからな」

「………消化早すぎじゃない?」

「ドクターが言うには消化器官が人より優秀なんだとさ」

 

 2斤の大きいサンドイッチのうち一つを、大きく口を開けて一口で食ってやった。

 

「………もっと味わって食べなさいよ」

「ははへっへんはははひょーははいはろ(腹減ってんだからしょーがないだろ)」

 

 しばらく咀嚼してから嚥下し、ドリンクボトルにストローを突き刺して中身を少し吸い飲んだ。フェニーにも、もう一つを渡してやる。

 

「ん、ありがと」

「そういや、結構なモビルスーツの数になったけど、大丈夫か?」

「まあ、どれも宇宙できっちりリアクターの調整とかしてるし。クランクさん? だっけ、あの人が持ってきた〝フォルネウス〟とか〝アクア・グレイズ〟とかも事前の調整と整備がしっかりできてるから、今優先すべきなのは昌弘君の〝マン・ロディ〟の改修と〝ラーム〟の重力下仕様への調整よね。ただ………」

「ただ?」

「〝ラーム〟は本体重量かなりあるから、その分リアクターから出力引き出したり、駆動部の強化とかしないといけないのよね。そうじゃないとまともに動けないか………基礎フレームにヒビが入って自重で壊れるかも」

 

 ドルトコロニーで改修されてから、元から重厚だった〝ラーム〟はさらに装甲が分厚く、50tの大台を超えてしまっていた。ブルワーズの〝グシオン〟が44.4tであることを考えると、どれだけ重いかよく分かるだろう。これを重力下で取り回すには、確かにパワーがあればあるだけいい。

 ん。とフェニーが差し出してきたのは〝ラーム〟の改修プランが表示されたタブレット端末。受け取って、軽く目を通してみる。

 

「リアクターの調整に、駆動部パーツの追加・交換。ソフトウェアの調整………エドモントンに着くまでに間に合うか?」

「〝マン・ロディ〟の改修終わったら私がつきっきりになるから、意地でも間に合わせてみせるわ」

「専属メカニックって訳だな。よろしく頼むぜ」

 

 そう笑いかけてやると、フェニーは少し顔を赤くしてそっぽ向き、

 

「………わ、私はさっさと〝フォルネウス〟を弄り回したいのに。アンタが面倒な機体をこしらえてきてくれたお陰でお預けよ!」

「〝ラーム〟を6トン太らせたのはフェニーだと思うんだが………」

 

 なにおー! とフェニーがムキになったその時。一人、誰かが入ってきた。ダンジだ。

 

「あのー! カケルさんこっちにいませんか!?」

「おう! ここにいるぞ! どうしたダンジ?」

「団長がカケルさん呼んで来いって。これからのことについて話するそうっすよ」

 

 了解。と俺は残ったもう1個のサンドイッチを一気食いしてドリンクで軽く流し、立ち上がった。ここはフェニーに任せておけば問題ないだろう。

 

「じゃ、後でな」

「ん~」

 

 自分のもう1個のサンドイッチを咥えながら、軽く手を挙げるフェニー。

 それにハイタッチしてやり、俺はダンジの待つ入り口へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「っす! カケルさん連れてきたっス!」

 

 ダンジに連れてこられたのは、タンカーの応接室。

 集まったのはソファに腰を下ろしてコーヒーを嗜む蒔苗老の他、傍に控える彼の秘書と、オルガ、ビスケット、それにクランクだ。

 

「おうダンジ。忙しいのに悪かったな。昼、行って来いよ」

「うっす団長!」

 

 ダンジはきびきびと扉を閉めて、タタタ………という駆け足が徐々に遠ざかっていった。

 そして集まった俺たちを前に、「お集まりいただきありがとうございます」と前置いた上で、クーデリアは口を開いた。

 

「――――この船は今、会議場のあるエドモントンを目指して進んでいます。ですが、そこへ着くまでの間、ギャラルホルンは二重三重の罠を張って、私たちを待ち構えているはずです」

「ここまで事が大きくなった以上は、ギャラルホルンもなりふり構っていられないだろうからな。厳しい戦いになるだろう」

 

 クランクの言葉に、クーデリアも小さく頷いた。そして踵を返して、背後の世界地図へと向き直る。

 

「………そこでひとまず、針路を変えようと思います」

「変える? どこに?」

 

 蒔苗の疑問に、クーデリアが地図上で示した先は、北アメリカ大陸の北方の都市【ANCHORAGE】。アーブラウの都市の一つだ。北アメリカ大陸有数の港湾都市でもある。

 

「アラスカ・アンカレッジです」

「アンカレッジ? そんな所で降りてどうするつもりだ」

「だいぶ、距離がありますけど。移動手段は?」

 

「アンカレッジの港で船を降り、テイワズの現地法人が持つ鉄道に乗り換えます」

 

 鉄道? とその単語に馴染みのないビスケットやオルガ、それに蒔苗の秘書が首を傾げる。だが蒔苗老は「ほぉ~」と感心したように、

 

「なんと、そんなものがまだ残っておったか」

「週に一度、テイワズの定期貨物便が、アンカレッジからフェアバンクスを経由し、エドモントンまで走っています。定期便ですから怪しまれることは、まず無いはず。それに、都市部を外れた路線ですから、エイハブ・リアクターの影響で電波障害などを引き起こす心配もほぼありません」

 

「ふむ、なるほどな。それなら堂々とモビルスーツを輸送することができる。だが、肝心のテイワズが鉄道のチャーターに応じてくれるのか?」

 

 クランクの疑念に、ご心配なく、とクーデリアは応えた。

 

「テイワズとはすでに話がついています。航路の変更についても、モンターク商会の了解を得ています」

 

 道が拓けていく。

 これだけのプランを考え付くに、どれだけの情報を摂取したのか。そう思いを馳せると、いかにクーデリアが責任感と決意を以てこの仕事に取り組んでいるか、よく分かった。

 蒔苗も「ほっほっほ」と満足そうに笑い、

 

「いやはや、見事なものだ。地球に来たのは初めてだと聞いていたがよく思いついたな」

「勉強しました。いろんなことを。託された思いを形にするために」

 

 火星の貧困問題の解決。

 鉄華団の少年兵たちの未来。

 そして犠牲になった者たち。

 彼女が背負うものはあまりにも大きい。だが鉄華団や俺、クランクはそれを共に支え、共に歩む覚悟だ。

 クーデリアは決して一人ではない。

 

 そうか、うむ。と、蒔苗もクーデリアの渡航計画に大きく頷いて首肯した。

 

「儂に異存は無い。全て任せよう」

 

 その言葉に、クーデリアはホッとしたような表情を見せ、深く一礼した。

 

「ありがとうございます。つきましては蒔苗さんにもいくつかお願いしたいことがあります」

「ほう?」

「アンカレッジには、アーブラウ内の蒔苗派の有力議員であるラスカー・アレジさんという方がいらっしゃいますね?」

 

 アンカレッジ選出のアーブラウ議員だ。情報チップのデータによれば、蒔苗内閣において大臣職や官房長官などを歴任した経歴を持ち、蒔苗老からの信用も篤いと言われている。

 蒔苗は「うむ、確かにいるな」と頷いた。

 クーデリアは続ける。

 

「その方の力をお借りして。鉄道への乗り換えが速やかに、しかも目立たぬよう手配していただきたいのです」

 

 代表選挙まであと2週間を切っている。今は1秒であっても惜しい状況だ。

 それと同時に民間港でモビルスーツ………しかも誰もが滅多に目にすることができないガンダムフレームの姿が捉えられれば、瞬く間に噂は世界中に広まる。ギャラルホルンの検閲著しいとはいえ、一応は情報化社会だ。

故に、地元の有力者に、情報管制や鉄華団が寄港する港周囲への立ち入り禁止措置などを依頼できるのが理想だ。

 

 蒔苗は、ここでは大きく頷いた。

 

「なるほど。………よかろう。手配しよう」

 

 蒔苗はそう言って秘書と目配せする。秘書は承知したように小さく頷いた。実際の連絡や雑事はこの秘書がこなすのだろう。

 それともう一つ。クーデリアはさらに注文を追加した。

 

「代表選に間に合えば逆転できるとおっしゃいましたが、確実に代表に再選されるという保証はありませんよね?」

「………はは。儂が信用できんか?」

 

 政財界の重鎮としての自信がそうさせているのだろう。蒔苗老は自分の復権を疑っていない様子だった。

 だがクーデリアは少し瞑目して、

 

「チャンスは一度きり、打てる手はすべて打っておきたいのです。アレジ議員は、蒔苗さんの派閥の中でも、発言力が高いと聞いています。わたしたちが到着するまでの間、議会でのロビー活動をお願いできますか?」

 

 その要求に、それまで好々爺を気取っていた蒔苗は「なかなか抜け目ない」と一瞬、クーデリアを鋭く見やった。

 

「心得た。よく言い含めよう」

「!………ありがとうございます」

 

 クーデリアが再度深く頭を下げる。蒔苗は「ほっほ」と好々爺よろしく笑いかけたが、

 

「………テイワズの親分にモンタークとかいう商人、そして儂か。ずいぶんと男使いが荒いのう、お嬢さん」

「………」

「火星の独立をうたい民衆の心を動かすロマンチストの面を持ちながらハーフメタルの自由化という具体的な成果を手にしようとするリアリストでもある。………良いリーダーになるだろうなぁ」

 

 いいえ。とクーデリアはそんな蒔苗の言葉に、首を横に振った。

 謙遜ではない。彼女が真に目指すのは別にある。権力を手にすることではないのだ。

 

「私はリーダーになど。………私がなりたいのは〝希望〟。たとえこの手を血に染めても、そこにたった1つ、人々の希望が残れば――――――」

 

「任せとけよ。あんたの道は、俺ら鉄華団が必ず切り拓く」

 

 進み出るオルガ。ビスケットも。

 俺とクランクも、一瞬視線を交わし合って頷き合い、同じく進み出た。

 

「それが仕事ですから」

「誰にも邪魔はさせません」

「荒事は私たちに任せてもらおう」

 

 ビスケット、俺、クランクの力強い言葉にも、クーデリアは目頭を熱くしたように何度も目を瞬かせた。

 

「――――はい! よろしくお願いいたします!」

「儂からも、よろしく頼むぞい」

 

 

 かくて、今後の方針を決定した鉄華団は―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エイハブ・ウェーブ反応ッ!! 船の後ろから二つ! こっちに近づいていますっ!』

『海だ! 海の中に敵がいるっ!!』

 

 敵の襲来を知らせる警報が、一時の平穏を容赦なく打ち破った。

 

 

 

 

 

 

 



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海底の悪魔(ガンダム)

▽△▽――――――▽△▽

 

 1隻のタンカーを水中深くから追尾するのは、ギャラルホルン地球外縁軌道統制統合艦隊所属の潜水艦隊…2隻のフリンジヘッド級潜水艦。ギャラルホルンが水中戦力の主力に置く、モビルスーツ搭載可能な大型攻撃潜水艦だ。

 

「――――ステンジャ艦長! 鉄華団が乗っていると思しきタンカーを射程内に捉えました! いつでも攻撃可能です」

 

 その報告に、2隻のフリンジヘッド級潜水艦を率いるモーリス・ステンジャ三佐は小さく頷いた。ステンジャ一族特有の深い金髪に彫りの濃い目な整った面立ち。その表情には豊富な経験に裏打ちされた落ち着きがあり、敵を前に慌ただしくなるCIC(戦闘指揮所)にて、静かにモニター上の船舶反応を見やっていた。

 

「………うむ。そろそろ向こうも気づく頃だな」

「はッ! エイハブ・ウェーブ反応の移動を確認しております。おそらく、モビルスーツにパイロットを搭乗させこちらの攻撃を警戒しているのかと」

「ふ。そうでなくてはな。―――――これで、彼奴等にやられた従弟たち、オーリスとコーリスの仇が討てるというものだ」

 

 

 

 火星で散ったオーリス。

 ミレニアム島で斃れたコーリス。

 その無念………このモーリス・ステンジャが晴らしてくれよう。

 

 

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官カルタ・イシュー一佐は、先の敗戦に悄然としつつもモーリスら潜水艦隊に追撃を命じ、正々堂々とこれを撃破せよと命令してきた。

 だが、現代戦においてはファースト・ルック、ファースト・キルこそがセオリー。エイハブ・ウェーブの反応からタンカーに乗っているのが鉄華団であることが間違いない以上、彼らが防御態勢を整える前にこれを撃破するのが定石だった。

 

 必ずやここで仇を討ち、亡き従弟たちの魂を安んじて見せよう。

 

 静かな決意を胸に、モーリスは鋭く命令を発した。

 

「総員戦闘配置ッ! 対艦魚雷、ミサイル装填! 魚雷・ミサイル発射の後モビルスーツを出す。準備急げッ!」

 

 

 

 

 

 

 やがて、2隻のフリンジヘッド級潜水艦から十数発もの魚雷・水中発射ミサイルが撃ち放たれ、鉄華団が乗り込むタンカー……その横腹目がけ水中で鋭い軌跡を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 そして、警報が〝ラーム〟のコックピットに鳴り響いた。

 

『ソナーに感あり! ………魚雷だ!』

『さらにミサイル来るぞッ! カケルは左舷、昭弘とミカは右舷で魚雷を。他の奴らはミサイルを撃ち落とせ!』

 

 

 タンカーのブリッジに詰めているのだろうビスケットの報告と、オルガから飛ばされる命令。

 了解ッ! と〝ラーム〟でタンカー左舷に配置についた俺は、ソナーからのデータを元に迫る魚雷に照準を合わせ―――――ガトリングキャノンの引き金を引いた。

 海面を薙ぐようにガトリングキャノンの100ミリ弾がばら撒かれ、次の瞬間、爆発による凄まじい水柱がいくつも湧き上がった。船のソナーとリンクしたセンサー画面表示に映された魚雷数は10。その全てをタンカーに届く前に破壊することができた。

 タンカーの横腹寸前で、いくつもの水柱が高々と吹き上がり、巨大なタンカーを容赦なく揺さぶる。

 

 

『おらおらァッ!!』

『シノ! よく狙って撃ちな!』

『不安定な船の上にいるんだから、小まめにデータを修正するんだよ!』

 

 

 ラフタ、アジーのアドバイスを受けながら、〝流星号〟や昌弘、ビトー、ペドロ、クレストの〝ホバーマン・ロディ〟も甲板に上がって弾幕を築いた。水中から撃ち出されたミサイルもまた、タンカーに届く寸前に全てが撃墜される。

 

『こいつ………落ちろッ!』

『残弾に注意しろよビトー!』

『分かってる!!』

 

『モビルワーカー隊も支援入りますッ!』

 

 甲板のハッチから次々とモビルワーカーが飛び出し、弾幕を追加していく。

 だが海からの攻撃はとどまることを知らない。次から次へとミサイルが海面から撃ちあがり、水中では魚雷が矢継ぎ早に走り続ける。

 

『また左から魚雷が来るッ! 測距データ送信します!』

「データリンク確認。偏差修正完了。迎撃に移る!」

 

 データと射角を調整し、海面目がけて〝ラーム〟のガトリングキャノンをばら撒いた。

 タンカーに直撃することなくガトリング弾に引き裂かれて爆散した魚雷が、またしても巨大な水柱をぶち上げて、大きく波打った海面の盛り上がりが船を大きく揺らした。

 

『うわぁっ!』

『ちょっとカケル! もっと遠くで撃ち落とせないの!?』

「ギリギリまで引き付けないと命中率が下がるんだよッ! ソナーからの魚雷位置データと水中での弾の速度をコンピュータで計算しながら………」

『御託並べてないでさっさと撃ち落としな!!』

 

 くそ………これでギリギリなんだぞ。

 言い返す間も惜しんで、俺はさらに迫った8基の魚雷目がけ引き金を引き続けた。

 だが、

 

『や、やばい! こっちからも来やがった!!』

『昭弘ッ!』

『分かってる!! 行くぞ昌弘ッ!』

『おうッ!!』

 

 今度は右舷からも魚雷攻撃。4つの鋭い影がタンカーへ迫る。

昭弘の〝グシオンリベイク〟や昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟が滑空砲、サブマシンガンを撃ちまくり、迫ってきた4基中3基を水際で撃破するが………

 

『しまった! 一つ………!』

『―――ッ!!』

 

 刹那、三日月の〝バルバトス〟が腕部内臓の機関砲を発射。

 タンカーの横腹を食い破る寸前で魚雷は真っ二つにへし折られて破壊され、滝のような水しぶきが容赦なく甲板のモビルスーツやモビルワーカーに降り注いだ。

 

「くそ。キリがない………!」

 

 手元は休ませず次々撃ち出される魚雷やミサイルを迎撃しながら、膠着した状況に歯噛みを禁じ得なかった。敵艦の位置、距離はおおよそ把握している。だが距離があり鉄華団の装備では叩けない。水中戦用のモビルスーツでなければ………

 その時、大型の甲板ハッチが開かれ、奥から2機のモビルスーツの頭部が覗いた。お待ちかね、〝フォルネウス〟と〝アクア・グレイズ〟だ。

 そうだ。水中戦用モビルスーツで魚雷の発射母艦を叩けば――――

 

 

 

『すまん! 武装の装備に手間取った。我々が出て敵艦を叩こう』

『頼む。お前らはそれまで持ちこたえろ!』

 

 

 

 オルガの発破に『おうッ!!』と誰もが応え、次々撃ち出される魚雷・ミサイルの群れを撃ち落としていく。

 クランクの〝フォルネウス〟とアインの〝アクア・グレイズ〟は甲板の端に立ち、

 

 

『――――クランク・ゼント。〝ガンダムフォルネウス〟出るぞッ!』

『アイン・ダルトン。〝アクア・グレイズ〟、行きますっ!』

 

 

 瞬間的にスラスターを噴かしてタンカーから発進した2機は、次の瞬間海中へと飛び込んでいった。

 

 

「頼むぞ………」

『カケルさん! 魚雷接近中! 数は5!』

「―――ソナーデータ受信完了。迎撃に移るッ!」

 

 

 

 今俺たちがやるべきことは、一発もタンカーに魚雷・ミサイルを直撃させることなくクランクが戻る船を守ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

かくて〝フォルネウス〟と〝アクア・グレイズ〟は、機体本来の戦場である水中へと舞い戻った。

 

「水中戦は互いに不慣れだ。常に連携を忘れるな」

『はいッ! クランク二尉………じゃなかった、クランクさん』

 

 モニター表示越し、上ずったアインの表情にクランクはふと……彼の初陣となった火星での戦いのことを思い出した。思えば荒涼とした火星から、よくぞこんな遠くまで来たものだ。あの時の自分は、まさか自分が地球の海で、少年兵たちを助けるために戦うことになると予想しただろうか。

 ここは、宇宙とも地上とも全く違う、海中という全く未知の戦場。深度が下がれば周囲の景色は瞬く間に暗くなり、ソナーやEセンサーが頼りだ。肉眼はほとんど役に立たない。

 

「エイハブ・ウェーブの反応から敵艦の位置はおおよそ把握している。まずは………」

『クランクさん! あれをッ! 下30度、5時の方角ですっ!』

 

 アインが示した先。見れば小さく………黒い影が深い水中をゆっくり進んでいるのが見えた。エイハブ・ウェーブの反応地点とも一致する。

 

「あれが目標だな。よく見つけたぞ、アイン! 行くぞッ!」

『了解ッ!』

 

〝フォルネウス〟と〝アクア・グレイズ〟が水中を引き裂きながら黒い影……ギャラルホルンの潜水艦目がけて突進した。肩部のアクアハイドロブースターユニットを展開し、それに包まれるような高速海中航行モードに変形した〝フォルネウス〟は、〝アクア・グレイズ〟に対して一気に先行し、

 

「食らうがいい!」

 

 ユニットから発射された2発の大型対艦魚雷が鋭い軌跡を描きながら、ギャラルホルン潜水艦に着弾。ナノラミネート装甲によって守られる潜水艦には微々たる被害しか与えられないが―――――次の瞬間、潜水艦は水上への攻撃を中断し、艦首から膨大な泡を吐き出しながら何かを射出した。

 

 データベースの回答は【EB-06m】―――水中戦仕様〝グレイズ〟だ。

 数は4機。初期型〝グレイズ〟をベースとした〝アクア・グレイズ〟より性能面でやや上回るが、こちらに迫るそのぎこちない挙動を目の当たりに、クランクは敵部隊の練度を悟った。

 

「モビルスーツは俺がやろう。アインは潜水艦を頼む!」

『はいっ!』

 

 クランクの”フォルネウス〟は敵機目がけて加速。こちらの急迫に4機の〝グレイズ〟隊は一斉に魚雷を撃ち放つが、高速海中航行モードに変形する〝フォルネウス〟の縦横無尽な機動を前に追尾できず、滅茶苦茶な方角へと飛び去っていった。そして魚雷をかいくぐった〝フォルネウス〟は1機の〝グレイズ〟へと迫る。

 

 

「――――ぬんッ!!」

 

 

〝グレイズ〟の鼻先でモビルスーツ形態へと戻った〝フォルネウス〟は、構えたバトルランスを振りかぶり、一気に叩き下ろした。その一閃で頭部を潰された〝グレイズ〟はさらに返す一閃で手持ちのライフルも腕ごと失い、ヨロヨロと水面目がけて逃げ去っていく。

 

『た、隊長がやられた!?』

『つ、強すぎる………!』

 

 

 

「ふっ。すまんな―――――強くてなァッ!!」

 

 

 

それを目の当たりにする間もなく、クランクはさらにもう1機の敵機へと迫り、その機体から撃ち出された水中戦用ネイルをランスで弾き返し、お返しとばかりに魚雷を撃ち込む。

 回避する間もなく魚雷を叩き込まれ、瞬間的に制御を失った〝グレイズ〟は次の瞬間、〝フォルネウス〟が突き出したランスに胸部を潰された。だが、中のパイロットは辛うじて無事のようで、先の機体同様上へと逃げ延びていく。

 

 近づいたらやられる――――。その事実を悟った残り2機の〝グレイズ〟は素早く距離を取りながら魚雷やネイルを撃ち出し、〝フォルネウス〟に対し射撃戦に持ち込もうとした。だが〝フォルネウス〟はすかさず高速海中航行モードに機体を変形させて、その射線が自機を捉えるのを許さない。

 

 

〝フォルネウス〟が水中戦仕様〝グレイズ〟を引き付けている隙………アインの〝アクア・グレイズ〟は下から潜水艦へと接近していた。

 一拍置いて魚雷が〝アクア・グレイズ〟へと迫る。だが、元より対艦用の大型魚雷は水中戦用モビルスーツの素早い回避機動を捉えることができない。

 

『はああああぁッ!』

 

 悠々と魚雷をかわしたアインの〝アクア・グレイズ〟はネイル射出ライフルと魚雷を撃ち放ちながら加速して一気に潜水艦へと迫り、着弾が集中した敵艦の装甲へとランスをぶち込んだで横に引き裂いた。隔壁がひしゃげ、穿たれた部分から水圧でひしゃげられた潜水艦から、やがて数基の脱出ポッドが打ち上げられる。

その数分後に、航行不能に陥ったその潜水艦は損傷部分から水圧に押しつぶされながら、暗い海底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

『や………やりましたクランクさん! 敵艦を沈めましたっ!』

「よくやったぞアイン。こいつらを仕留めて次に行くぞ!」

『はい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「―――――ステンジャ艦長! 僚艦のシグナル、消失しましたっ!」

「モビルスーツ隊の信号も途絶! 敵モビルスーツ、本艦に接近しています!」

 

 ミレニアム島戦にて、水上艦隊をも沈められたことから敵にも水中戦用モビルスーツがあることは知っていたが………

 部下からのひきつった声音の報告。背筋に走る戦慄を振り払うように、艦長席のモーリスは怒鳴った。

 

「タンカーへの攻撃を中断! 魚雷全門装填。こちらもモビルスーツ隊を出せッ!!」

 

 水中戦仕様〝グレイズ〟が艦首の格納ブロックから押し出され、敵……鉄華団の水中戦用モビルスーツを迎え撃つべく水中を進む。

 敵の姿を捉えた〝グレイズ〟隊が魚雷を一斉発射。だがその全てが回避されるかネイルガンに撃破され、先行した1機の〝グレイズ〟の反応が――――消失する。

 

「1番機、シグナルロスト! コックピットブロック分離脱出!」

「続いて二番機も………っ!」

 

『た、助けてくれ! 早すぎて狙いが………ぐあ!?』

 

 さらに1機が撃破され、残る1機の〝グレイズ〟も、艦のCICの拡大モニター越し…グレイズフレームとは異なるフォルムを持った、そのモビルスーツの槍にぶち抜かれて戦闘不能に陥った。

 

 

「も、モビルスーツ隊が………!」

「な……何をしているかッ! 魚雷発射! 全速後退! あの機体を近づかせるなァッ!!」

 

 

 フリンジヘッド級潜水艦の艦首から魚雷が次々と撃ち出され、水泡をまき散らしながら敵機へと、だが大型の魚雷は高速で回避機動を取る敵機を捉えること叶わず、

 

「ダメです! 全弾回避されましたっ!」

「敵機接近! 迎撃……間に合いません!!」

 

 総員衝撃に――――――そう命じる間も無かった。

 艦全体を揺さぶる壮絶な衝撃。艦首から艦体が傾いていき、無数の警告音がCIC全体に激しく響き渡る。

 

「デッキ1から4まで貫通! 第2区から3区! 浸水が始まっています!」

「魚雷発射口、ミサイル発射管に損傷! 発射不能です!」

「ダメージコントロールッ! 隔壁閉鎖! バラストタンク排水を………」

 

 あの近接武器にぶち抜かれたのだ。メインモニターに被害箇所と浸水区画が表示され、オペレータークルーは衝撃から立ち直った直後、ダメージコントロールの指示と対処に追われた。

 

「浮上だ! 急浮上!」

「ダメです! 敵モビルスーツが甲板上に………」

 

 バラストタンクからいくら排水を始めても、40t近いモビルスーツに頭を抑えられたら満足に浮上もできない。モニター端の深度計表示を見れば、むしろ少しずつ沈下を始めているのが見て取れた。

 このままでは―――――

 

 その時、接触回線が開かれ、見知らぬ男の声音がブリッジに響いた。

 

 

 

『――――俺は鉄華団預かりの傭兵、クランク。古巣へのせめてもの情けだ。我々の海上での安全を保証するならば、この場は見逃してやろう』

 

 

 

 CICに動揺が走った。攻撃オプションは既に全てが失われ、艦の命運はこの見知らぬ男の掌の上。だが敵の恐喝に恐れをなして逃げ出したとあれば地球外縁軌道統制統合艦隊におけるモーリスの地位や名声は………

 だがその時、ガギガギガギ!! という何かがねじ込まれる嫌な音が艦内中に響いた。オペレーターがゾッとした表情で振り返る。

 

「………さらにデッキ5の浸水を確認! これ以上ダメージが広がれば浮上できなくなります!」

 

『回答を聞こう』

 

 万事休すとはまさにこのこと。自分の評価にこだわって艦と乗組員を無為に危険に晒すか、それとも敵のお情けに乗って尻尾を巻いて逃げ出すか。

 モーリスは何よりも合理性を重んずる男だった。

 

 

「―――――本艦は僚艦、モビルスーツ隊生存者を回収した後、戦闘域から離脱する。地球外縁軌道統制統合艦隊が海上にてお前たちを脅かすことは、もうないだろう………」

 

 

 ガガガ………と、艦に打ち込まれた槍が抜かれる音と共に、敵機が甲板から離れるのが分かった。そして合流したもう1機と共に、タンカーのある方角へと疾り去っていく。

 モーリスはノイズの走るメインモニター越しにしばしそれを見守っていたが、

 

 

「――――何をしているか! 緊急浮上! 脱出した僚艦乗組員、モビルスーツパイロットの回収急げッ!!」

 

 

 モーリス同様しばし茫然と事態を見守るしかなかった乗組員たちが途端に弾かれたように行動を再開する。

 満身創痍のフリンジヘッド級潜水艦は、艦首をゆっくり海面へ突き出し、水上目がけ急浮上していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 唐突に、魚雷やミサイルによる飽和攻撃が途切れた。

 そう思った矢先に遠くの海面が幾度も波打っては揺らぎ、爆発の水泡や水柱を噴き出してきた。

 

〝フォルネウス〟〝アクア・グレイズ〟以外に鉄華団には水中で戦える機体や装備は無い。敵がどれだけの戦力を投入してきたとしてもあの2機に頼るより他ないのだ。

 タンカーの甲板上で俺たちは固唾を飲んで遠くの水面下で繰り広げられているだろう激闘を見守った。

 

『おいおい大丈夫なのかよ………』

『〝バルバトス〟で降りたらダメなの?』

 

『ダメに決まってるでしょ! 防水加工してない部分がオシャカになるのよ!? 向こう半年オーバーホールに回すことになるわよその機体』

 

 フェニーにあっけなく却下され、三日月共々俺も、海中の戦いの結果を待つしかない。

 と、唐突に海面が静寂さを取り戻した。それからしばらくして――――2機のモビルスーツ、〝フォルネウス〟と〝アクア・グレイズ〟が水上へと躍り出た。

 

「クランクさん!」

『おう、心配をかけたな。敵は退いた。もう海上で我々を脅かすことは無いだろう』

『ってことは………勝ったんだな俺たち!!』

 

 ワッ!! と途端に通信回線いっぱいに団員たちの快哉が溢れた。

 

『すげぇ! ギャラルホルンを2回も追い払っちまったぜ!』

『この調子ならエドモントンも何とかなるかもね………』

 

『ふぅ………疲れた』

『兄貴、大丈夫?』

『ああ。昌弘はどうだ?』

『俺は全然平気。このぐらいなら毎日やってたし』

『………そんな身体で結構タフな奴だな』

 

 

 俺も、センサーに反応が残ってないか視線を落としつつ、ゆっくり緊張の糸を解いた。

 

 

『よし! 皆よくやった! これでギャラルホルンも思い知っただろうな。自分たちが誰を相手にしているかを。だが警戒を怠るなよ! ミカとカケルはそのまま待機。残りも交代でしばらく見張りに立ってくれ』

 

 役目を終えたモビルワーカーから船内の倉庫へと戻っていく。続いて〝グシオンリベイク〟や〝流星号〟〝漏影〟〝ホバーマン・ロディ〟に、甲板上に降りた〝フォルネウス〟と〝アクア・グレイズ〟も。

 

 

 

 

 その後、俺と三日月。途中で昭弘と昌弘。ラフタ、アジーらで交代で見張りにたったものの、遂に海上でギャラルホルンに襲撃されることは無かった。

 鉄華団の犠牲はゼロ………強いて言うなら船体が激しく揺さぶられた結果ドクター・ノーマッドや団員数名が、船酔いでダウンしたぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




【オリキャラ解説】

モーリス・ステンジャ

・年齢:38歳
・出身:ヴィーンゴールヴ

地球外縁軌道統制統合艦隊・太平洋方面潜水艦隊の指揮官。
親戚であるオーリスとコーリスの敵討ちを誓い、指揮する潜水艦隊にて鉄華団が乗るタンカーに攻撃を仕掛ける。
冷静沈着なベテラン指揮官として経験に裏打ちされた優れた能力を持つが、現代戦の戦訓を守ることにこだわり、カルタ・イシューの敵に対する正々堂々とした戦い方を「現代戦に相応しくない」と断じている。

(原作では)
登場無し。


-----------------------------------

【オリメカ解説】

・フリンジヘッド級潜水艦

ギャラルホルンが保有する攻撃型潜水艦。
ギャラルホルンは情勢が安定した地球内においても一定の陸上・海上・航空戦力を保有しており、フリンジヘッド級もまた揚陸艦と並んでギャラルホルン海上戦力の主戦力として運用される。

揚陸艦と異なりエイハブ・リアクターとナノラミネート装甲を有する頑丈な艦であり、数発程度なら魚雷の直撃にも耐えられる。

魚雷発射管、垂直ミサイル発射機構の他、艦種に水中用MS射出機構を左右2基、計4基備えており、それぞれに1機のモビルスーツを搭載・射出可能である。


(全長)198.1m

(動力源)艦船用大型エイハブ・リアクター×1

(潜航深度)5900m

(乗員)50名程度で運用可能

(武装)
魚雷発射管×6
垂直発射ミサイルハッチ×14

(搭載可能モビルスーツ)
水中活動用装備〝グレイズ〟4機。



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明星

▽△▽――――――▽△▽

 

 戦闘から一夜が明け、

 また朝日が昇った――――――。

 夜明けの眩い陽光に、海が輝きタンカーが照らされる。

 

 甲板上に全団員が集められ、その視線の先…オルガが一段高い場所に立って全員を見渡していた。俺は、タービンズの面々とクランクやアイン、フェニーと一緒に、少し離れた場所から見守る。

 オルガは表情厳しく口を開いた。

 

 

「―――みんな聞いてくれ。ここまで本当によくやってくれた。けど、まだ終わりじゃねえ。俺たちの仕事はまだ終わってねぇんだ」

 

 

 その言葉に、続けざまの勝利に浮かれていた団員たちは、気を引き締めるように居ずまいを正す。オルガは続けた。

 

 

「この地球には、俺たちを潰したがってるヤツらがいる。だがな、ヤツらはわかってねぇ。鉄華団は………ただのガキの集まりじゃねえってことをな! 今までは攻撃を受けるたび、降りかかる火の粉だと思って払ってきた。ここから先はそうじゃねぇ! 今から俺たちの前に立ちふさがるヤツは、誰であろうとぶっ潰す!」

 

 

 そうだろミカ? オルガは鋭い目線で、三日月を見下ろした。三日月も唇を結び、小さく頷く。

 

「ああ。邪魔するヤツは全部敵だ………!」

 

 ここから先。厳しい戦局が待ち構えていることを俺は知っている。

 このままでは数多くの団員の命が散ってしまうことも………

 俺も、後ろでその様子を見守りながら、ギュッと拳を固く握りしめた。クランクがチラッとこちらを見、フェニーも少し不安げな表情を向けてくるが、今は何も応えられない。

 

 オルガは、再び前を見据え、全員の視線を見返した。

 

「これはただのドンパチじゃねえ! 俺たち……俺たち鉄華団全員が未来を掴むための、戦いだ。俺たちは命と金を引き換えに、生まれた時から今日まで生きてきた。だがな、俺たちはただ使われるだけの道具でも消耗品でもねぇ! ただのガキだの道具だのとバカにしているクソジジイ共に思い知らせてやろうじゃねえか」

 

 

 そして一拍置いたオルガは、全員と、一人一人と視線を交わし合うようにしっかり見渡してから、

 

 

「―――――そんでもって、この仕事をきっちり達成して、でっかい未来を掴んでやろうじゃねえかッ!!」

 

 

 その瞬間、団員たちの歓声が爆発した。

 

「やってやろうじゃねえか! ギャラルホルンなんざメタクソだぜ!」

 

 快哉を上げるシノに、昭弘も腕組みしながら小さく頷いた。傍らで昌弘がその横顔を見上げる。

 

「兄貴。俺………」

「俺たち全員で、家族全員で掴む未来だ。意地を見せるぞ、昌弘」

 

 

「よっしゃあタカキ! どっちが一番敵を多く倒せるか勝負な!」

「ライド、お互い団のために頑張るだけだろ?」

「つまんねーこと言うなって! 勝負の方が燃えんだろ!?」

 

 

「うおおおっ! 何か……何か……えーと………」

「燃えてきた?」

「そうそれ! 燃えてきたぜぇっ! 行くぞペドロッ!」

「うん………! ビトーと一緒なら、どんな敵でも戦える」

 

 

「俺たちは………いつものようにやるだけだ」

「そうだな」

 

 頷き合うアストンとデルマ。それでも、そんな彼らでも若干表情が綻んでいるのが分かった。

 クレストも、シーノットらと集まり、見渡せば誰もが思い思いに気勢を上げていた。

 

 

 宇宙ネズミとして蔑まれ、消耗品として使われ続けてきた参番組の少年兵たち。

 ヒューマンデブリとして、残酷な運命を受け入れるしかなかった少年たち。

 こいつら全員に未来を。ここじゃない何処か。全員が笑って生きることができる―――――本当の居場所に。

 

 

 少年たちの気勢に、クランクは満足そうに頷いていた。

 

「見るがいい。これこそが正道というものだ。少年たちの歩む未来――――守るために戦うぞ、アインッ!」

「はいっ! クランクさんにお供します!」

 

 タービンズのアジー、ラフタ、エーコも苦笑しながら、

 

「ま……いい面構えになってきたんじゃないの? 最初に比べてさ」

「仕事きっちり終わらせて、ダーリンにギューってしてもらうんだから!」

「あ、ずるい! 私も!」

 

 

 これから起こる過酷な戦いを前に、今の俺は祈ることしかできない。

 どうか―――――――

 

 

「全員に、辿り着いて欲しいんだ。俺は………!」

「できるわよ。皆が力を合わせれば」

 

 フェニーの言葉に振り返り、ふと微笑み返して頷いた俺は、遥か頭上、どこまでも澄んだ青空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 その後の航海は、どこまでも続く青空同様、順風満帆そのものでギャラルホルンの追撃も途絶える。タンカーは無事、目的地であるアラスカ・アンカレッジへとその日の夜のうちに入港した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 人間であることを捨てる。

 

 ギャラルホルンによる世界秩序。今の世はその選択の上に築かれたのだ。

 300年前。長く続く厄祭戦のために、人々は疲弊し、人類存亡の危機に瀕していた。人類が生き延びるためには、誰かが戦争を終わらせる必要があった。戦力の均衡を破る圧倒的な力、人間の能力を超える力で………。

 

 厄祭戦を終わらせる――――その同じ志を持つ者たちが集まり、国や経済圏の枠に囚われない全く新しい組織が結成された。そして彼らは、人類最強の戦力である、モビルスーツの運動性を最大限に高めるシステム…すなわち『阿頼耶識システム』を作り上げた。

 

 そして、その力を限界まで発揮できる72機のモビルスーツ―――――〝ガンダムフレーム〟を。

 

 

 

 

 人間であることを捨て、人間を救った救世主たち。彼らはのちに、〝ギャラルホルン〟と呼ばれる組織になった。

 

 

 

 

 マクギリスは一人、ギャラルホルン地球本部〝ヴィーンゴールヴ〟の地下フロアへと進んでいた。一定以上の身分…ギャラルホルンの、それこそセブンスターズに名を連ねる者でなければ到底自由に行き来できない場所だ。

 いくつものエレベーターを経由して下部フロアに。ようやく最下層に到達しエレベータードアが開かれた先…無機質な通路が続いている。硬く足音を響かせながらマクギリスは先へと進んだ。

 そして一つの厳重な鉄扉がマクギリスの行く手を阻む。それと、微笑んで待ち構える一人の男も。

 

 

「お待ちしておりました。マクギリス様」

「………サングイスか。ガエリオの様子は?」

「どうぞこちらへ」

 

 

 ヴィーンゴールヴの人間にしてはあまりに奇妙な風体…金色の意匠が複雑に施されたローブを身にまとい、頭もフードですっぽり覆い隠し、笑みを浮かべる口元以外捉えることができない。人々の往来が激しい上のフロアに出れば、間違いなく数分と待たずに兵士に捕らえられるだろう。

 だが、ここはギャラルホルンでも特に厳重に機密管理が施された区画。限られた者以外、このフロアの存在を知ることは無く、そもそも許可を持たない人物が出入りすること自体あり得ない場所だ。マクギリスと男……サングイスは、鉄扉を開け放ち、さらに続く冷たい雰囲気を漂わせる通路を歩いていく。

 

 そしてまた厳重に閉じられた扉。今度は武装した二人のギャラルホルン兵士が両脇を固めていた。

 サングイスは彼らの手前まで近づくと、

 

「開けなさい」

 

 それだけ命じると兵士の一人が手元の端末を操作し、扉のロックを解除。重厚な音を立てながら左右へと開かれた。

 

「どうぞお通りください」

「サングイス様にザドキエル様のご加護がありますように」

 

「あなたたちも――――厄祭の教えに忠実でありますように」

 

 

 捧銃の敬礼を示すギャラルホルン兵士に見送られつつ、サングイスに先導されマクギリスはその奥にある広大な空間へと立ち入った。

 

 

 

 

 厄祭戦後、戦後秩序を脅かしうる軍事技術である阿頼耶識システムとその技術は、ギャラルホルンによって封印され、〝人は自然でなければならぬ〟〝人体に機械を埋め込むことは害悪〟という思想をも意図的に広め、その力と可能性を徹底的に封じ込めた。

 だが、それでも尚、阿頼耶識システムは途絶えることなく、圏外圏へ不完全な形で流出した他―――――今日に至るまでそのテクノロジーを洗練させた者すらいる。

 

 

 

 

 

 今、マクギリスが眼前に捉えている男たち………〝厄祭教団〟の司祭や科学者たちのように。

 

 

 

 

 

「〝キマリス〟の経過はどうなっている?」

 

 マクギリスがそう問いかけると、端末に集まり何やら議論していたローブ姿の男たち、老科学者たちが一斉に振り返った。そして恭しく首を垂れて、

 

「これはサングイス司祭にマクギリス様。――――あなた方が厄祭の教えに忠実でありますように」

「ザドキエル様のご加護を―――――」

 

 彼らの間では至極当然となる挨拶を口にした後、一人の老科学者が進み出た。

 

「全ては万物の偉大なる父ザドキエル様の御心のままに進んでおります。聖霊の一柱たる〝ガンダムキマリス〟の阿頼耶識システムを復活させ、『生体ユニット』との接続同調作業も間もなく最終段階でございます」

「機体の改修は既に完了しており、後はソフトウェア上の問題に対処するのみかと」

 

 

 それだけ聞くとマクギリスは一歩、また一歩と〝キマリス〟に近づいていく。「ま、まだ意識は戻っておりませんが………」と老科学者の一人が進み出るが構わず、マクギリスは眼前のモビルスーツを見上げた。

 そして、

 

 

 

「――――さあ示すんだ、ガエリオ。身を捨てて地球を守ったギャラルホルンの原点を。そして、その〝力〟こそが世界を正しく導く原動力であるということを、この驕った世界に分からせてやれ………!」

 

 

 

 薄暗いその空間の奥……1機のガンダムフレームの威容が、マクギリスらを見下ろすかのように静かに佇んでいた。

 端末に表示された機体名は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――【GUNDAM FRAME - KIMARIS GAELIO】

 

 

 

 




次章よりアーブラウ編に入りたいと思いますm(_)m


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第13章 鉄の名誉
欺罔






▽△▽――――――▽△▽

 

 アンカレッジ。

 アーブラウ、アラスカ地方にある小都市の一つで、アーブラウ有数の港湾都市でもある。

 鉄華団を乗せたタンカーは、闇夜に紛れるように入港。

 繋留が終わり船のハッチが開かれた途端、団員やモビルワーカーが一斉に飛び出した。

 

「列車への積み込みだ! 急げ!」

「夜明け前には出発するぞ! どこの荷物をどこに持ってくか、リストをきちんと確認しろよ!」

「モビルワーカーはこっちだ! 弾薬類は手前の―――――」

 

 数刻前までがらんと静まり返っていた港は、瞬く間に日中の喧騒さを取り戻した。モビルスーツ、モビルワーカーが次々とタンカーから運び出され、年少組の子供たちも小さなコンテナなどを持ち出して駆け回る。

 満載したトラックから出発し、少し離れた地点にあるテイワズ・アーブラウ支社所有の操車場へ。投光器に照らされながら急ピッチで列車への積み込みが行われていく。

 

 そんな中、スーツを着た数人の集団が少年兵たちをかき分け、列車へと移乗しようとする蒔苗老の下へやってきた。

 

 

「蒔苗先生!」

「おお! アレジ君か、久しぶりじゃの」

「先生も、お元気そうで何よりです」

 

 

 アンカレッジ選出のアーブラウ議員、ラスカー・アレジだ。護衛の男二人が警戒するように周囲を見回している。

 

 

「せっかくこうしてお元気な姿を拝見できたというのに、私がこのまま先生を議事堂まで送り届けることができればよいのですが………」

「ふっ、何を言うアレジ。お前と儂が行動をともにしては、ギャラルホルンの思うつぼだ。お前には代表指名選挙までのロビー活動を任せてあるのだから。しっかり頼むぞ」

「お任せください。アンリ・フリュウは敵の多い女です。あとは先生に無事、代表指名選挙に間に合っていただければ」

 

 安心せい、儂にはこいつらがいる。と、蒔苗は周囲で慌ただしく駆け回る少年兵たちを顎でしゃくった。アレジも視線でそれを追いながら、

 

「いや、驚きましたな。護衛に少年兵を使うというので心配していたのですが………皆、それらしい眼をしている」

 

 

――――弔い合戦だからな。原作ではトロウがそう独り言ちながらアレジの背後を通り過ぎたのだが、

 

 

 

 

「ん? トロウの奴どこいった?」

「カケルさん、俺に用すかー?」

 

 小さなコンテナを抱えたトロウは、俺の背後にいた。

 

「いや別に」

「??」

「それより、品目と積み込み車列の確認は大丈夫か? 難しい表記の品目があったら、他の奴らに確認しろよ」

「うっす!」

 

 

 

 やがて、アレジ議員も護衛共々去り、鉄華団と装備物資、俺たちその同伴者を乗せた列車は、エドモントンへ向け出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「申し訳ありません、イズナリオ様! セブンスターズの一員として、なんという失態を………」

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官にしてセブンスターズの一家門イシュー家の一人娘でもあるカルタ・イシューは今、ギャラルホルン地球本部総司令官にしてカルタの後見人でもある男…イズナリオ・ファリドに対し、跪いた。

 イズナリオの意向を無視して地球外縁軌道統制統合艦隊を動かしたのみならず、投入した戦力の大半を喪い、さらには経済圏とギャラルホルンの関係をも悪化させたカルタに、イズナリオは横目で冷ややかな目を投げかける。

 

 

「詫びるなら私ではなく、偉大なる父上に対してだな………カルタ。君の行動はイシュー家の名に泥を塗ったのだ。さらには装備将兵の多くを失い、国際社会におけるギャラルホルンの信用をも大きく傷つけた」

「………ッ!」

 

 静かな叱責に、ただ拝跪し沙汰を待つより他ないカルタ。良くて地球外縁軌道統制統合艦隊司令官の地位を追われるか、イシュー家から勘当されても不思議ではない失態だ。

 だが、イズナリオは小さくため息をつき、

 

「しかし、病床の父上に代わり、君の後見人になったからには黙ってみているわけに行かぬだろう。名誉挽回のチャンスを与えようじゃないか」

「! それは………!」

「蒔苗は鉄華団と名乗る輩とエドモントンへ向かっているとの情報が入っている。ギャラルホルンとしては、何としても阻止せねばならぬ事態だ」

 

 その瞬間、バッ! とカルタは立ち上がり、「イズナリオ様!」と一歩進み出た。

 

「やらせてください! 鉄華団を討ち、蒔苗の企てを阻止する役目! どうかこの私に――――」

 

 イズナリオは、しばし冷めた横目でカルタを見やっていたが、

 

「本来ならば、カルタ。敗戦したばかりのお前には荷が重いと感じていたが………マクギリスが、是非お前にと言うのでな」

 

 マクギリスが………!? 思いもよらなかった名に、カルタはしばし言葉を失った。イズナリオは続ける。

 

「彼奴等の足取りを追わせている。詳しいことはあれに直接聞いてくれ」

 

 その後、イズナリオは何も語らず、外の大洋を黙って眺めるのみとなった。

 カルタは一礼してその場を辞し、通路に出、階段を降りていく。この辺りの区画はセキュリティが徹底されており、カルタのような者でなければまともに立ち入ることすらできない。

 そんな中カルタは階下の踊り場で佇む一人の男…マクギリスの姿を捉えた。こちらの姿に気が付いたのか、マクギリスは笑みを浮かべて振り返る。

 

「こうして会うのは久しぶりだな、カルタ」

「………惨めなわたしに、手を差し伸べてくれるなんてね。感謝するわ」

 

 ぞんざいな言いようにマクギリスは苦笑しつつ、

 

「惨めだなどと………」

「しらばっくれないで! 失態を犯したわたしを笑いたいのでしょ? そのこちらを馬鹿にしくさったにやけ面、本当に変わらない………っ!」

「君も、出会ったときから変わらない。セブンスターズの第一席、イシュー家の誇り高き一人娘」

 

 その碧眼に真っ直ぐ見上げられ、カルタは思わず頬を紅潮させてそっぽ向いてしまった。気まずさを紛らわせるために「き、貴様何を………!」と声を荒げるが。

 

「カルタ」

 

 真剣そのもののマクギリスを目の当たりに、カルタは思わず胸を高鳴らせた。

 

「君は私にとって、手の届かない、憧れのような存在だった。………卑しい出自である私を、哀れみでも情けでもなく平等に扱ってくれた」

 

 

 

 マクギリスは妾の子であり、その女の元から養子として呼び寄せられたと、カルタは教えられてきた。こんな卑しい身分の子供と付き合ってはならない、とも。

 だが幼いカルタは決してそのようなことを気にも留めなかった。カルタにとってマクギリスは、木登りで自分を負かせた好敵手であり、遊び仲間であり………気になる男の子でもあった。貴賤は生まれではなく、その振る舞いによって決められる。父がよく言っていた言葉を、カルタは心から忠実に守っていた。

 

 

 

「………感謝されるようなことじゃないわ」

「私の目に映る君は、いつでも高潔だった………今もそうだ」

「!」

 

 士官学校卒業後、配属が変わり、ボードウィン家の息女アルミリアとの婚約が内定すると――――マクギリスとは徐々に疎遠になっていった。鬱陶しくなって遠ざけているのだと、カルタは勝手に腐っていたが………

 

 マクギリスが眺める先、美しい澄んだ海洋がどこまでも続いている。

 

 

 

 

 

「――――君に屈辱は似合わない。そのためにも、私にできることがあれば、させてほしいんだ。カルタ」

 

 

 数時間後、マクギリスから鉄華団の位置を確認したカルタは、乗機と親衛隊2機と共にモビルスーツ輸送機カセウェアリー級に座乗。一路アーブラウを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 北米大陸の雪原を裂き分けるように、大型の複線貨物列車が進んでいく。

 朝、アンカレッジを発った貨物列車は、中継都市フェアバンクスを経由しアーブラウ首都エドモントン目がけ、疾走していた。鉄華団とその物資、モビルスーツやモビルワーカーを満載して。原作よりもはるかに長大な車列だ。

 

〝ラーム〟が横たえられた貨物車両で。微細な振動に足を取られないよう踏ん張りながら、フェニーが〝ラーム〟脚部駆動系の調整に取りかかっていた。

 俺も、コックピットに潜り込んで各部システムをチェック。二重装甲の重量と重力、それとフレームの強度と駆動部出力を計算し、リアクターから最適な出力が引き出させているかを、駆動部毎に細かく確認していく作業だ。

 

 

「――――よし。これで大体、半分って所か」

『ああもう!〝ラーム〟の次は〝フォルネウス〟の調整にも入らないといけないのに。地上活動能力を上げるために水中専用装備の取り外しと………』

「そっちに行ってきてもいいぞ、フェニー。後のチェックと調整なら俺一人でも何とかなるし」

『こんな所で放り出せる訳ないでしょ!? そっちにはエーコが行ってるし、それに………』

「………それに?」

『い、いいから! ほら、さっさと済ませるわよ! 134番直結モーターは!?』

 

 

 問題なし、と返しながら手元の端末を叩き、チェックリストのボックスを一つチェックで潰した。

 戦力はモビルスーツだけではない。

 原作では〝イサリビ〟から降ろしたMWは5台だったが、モンターク商会から新型モビルワーカーが融通された結果、15台に増え、さらにはアンカレッジでテイワズを経由しユニオン型モビルワーカーを20台購入。雪之丞らが整備と組み立て、調整に追われていた。

 

 これだけ揃えても、ギャラルホルンは余裕でこの倍以上の戦力を投入してくるだろう。厳しい戦いになることはどうしても避けられない。

 今やるべきことは、自分の機体を最善な状態に保ち、考え得る限り最高の戦いができるようにすること。俺は余念なく、コックピットモニターの隅に表示されるシステムの表示コードを睨み続けた。

 

 と、

 

 

『あ、あの。すいませーん!』

 

 

 メインカメラを車両の出入口の方に向けると、スライドドアを少し開けてこちらを覗き込むアトラの姿が見えた。

 

 

『あら、アトラちゃん。どうかした?』

『あのっ。寒い中頑張ってる皆さんに一息ついてもらおうと思って。2つ前の車両で温かい飲み物配ってるんですけど、よかったらどうですか?』

『へぇ、気が利くじゃない。………カケル! ちょっと休憩にしない?』

「あいよぉ」

 

 

 コックピットシートをスライドアップさせ、開け放ったままのハッチから俺は外に這い出た。コックピットから一歩出ると、貨物車両の中にエアコンなどある訳もなく、エイハブ・リアクターのお陰でモビルスーツ周囲は多少暖かいとはいえ、外から染み込む寒気に思わず身をすくませた。

 

「確かに………何か温かいものでも飲みたい」

「あたしも同感。後ろの車両のも呼んでおいでよ」

「あ。私が呼んできますねっ! 三日月にも用があるし」

 

 そう言ってアトラはテテ………、と身軽に後尾車両へと駆け去っていく。

 

 俺のいる車両の後ろにあと2両ほど連結しており、クレストとペドロの〝ホバーマン・ロディ〟と三日月の〝バルバトス〟がそれぞれ収容されていた。1機ずつ交代で起動させて周囲の警戒に当たっている。モビルスーツパイロットに割り当てられた当番表を思い出し…今は前の車両のラフタやアジー辺りが当番だったはずだ。

 

「先行くか、フェニー」

「ん」

 

 肌寒い貨物車両を二つ抜けると、そこは昭弘の〝グシオンリベイク〟が格納された車両で、空いたスペースで既に何人か……昭弘と昌弘、ビトー、アストン、デルマ。年少組のタカキやライド、ダンジ。ラフタとエーコなど、それと名前が分からない団員数人が湯気の立ったカップを手に、思い思いの場所で一時の休息を取っていた。コーヒーやココア、ホットレモンの柑橘系のほのかな香りなど、ちょっとした喫茶店のようだ。

 

 テーブルの上にケトルが3つ、隣にココア、コーヒー、ホットレモンの粉が入った容器がそれぞれ置かれていて、セルフ式のようだ。

 

「何にする? フェニー」

「カケルは?」

「ホットレモンだな」

「んじゃ、私もそれで」

 

 ホットレモン2人前入りまーす、とホットレモンの素粉を小さじ一杯2つのカップに放り込んで湯を注ぐ。スプーンで軽くかき混ぜて出来上がりだ。

 

「ほら」

「ありがと………あぁ~、五臓六腑に染み渡る」

 

 酒かよ………と内心突っ込んでやりつつ俺も一口。心地よい酸味を味わってから嚥下した。

 

「あぁ~。五臓六腑に染み渡る」

「酒かよ」

 

 フェニーに突っ込まれた。くそ………

 タカキ、ライド、ダンジはコンテナ下の床にあぐらをかいて、「あちち………」と少しずつホットドリンクを口にしながら、

 

 

「この後、俺ら見張りだろ? 外やべーぐらい寒いよな~」

「だからってサボる訳にはいかないだろ? ライド。ギャラルホルンがいつ来てもいいように………」

「わあってるって! タカキはうるせーなぁ。………禿げっぞ」

「はげ………!?」

 

 

 元デブリ組…アストン、デルマ、ビトー、ペドロ、昌弘は隅で固まっており、昭弘はラフタと何やら途切れ途切れに話を交わしている。アジーが今、モビルスーツに乗って見張りをしているのか、姿は見えない。

 

 

「アストンとデルマはモビルワーカー隊なんだよな?」

「ああ………」

「俺たちのモビルスーツ、船に入らなかったみたいだし、モビルワーカー隊も頭数がいるってさ」

「ふぅん」

 

「地球の都市部じゃエイハブ・リアクターの持ち込みは厳禁だからな。エイハブ・ウェーブの影響で電子機器が全部ダメになる。宇宙みたいにハーフメタルで加工されてる訳じゃないからな」

 

 遠くからそう合いの手を入れてやると、「はぁ?」と向こうでビトーが首を傾げた。

 

「何でエイハブ・ウェーブで電子機器がダメになるんだよ?」

「エイハブ・ウェーブの波動が電子機器の信号を阻害するからだ。宇宙で使われている機械は大抵が火星で採れたハーフメタルでコーティングされて守られているが、エイハブ・リアクター自体が身近じゃない地球ではそんな手間かける必要が無いからな。地球にある機械はエイハブ・ウェーブに対して無防備なんだよ」

 

「ダメになったらいけないのか?」

「都市部にはインフラ施設や病院が密集しているからな。そういった施設もエイハブ・ウェーブで止まったら大混乱になり、市民に犠牲者が出る。鉄華団の評判上それは良くないんだよ」

 

「………意味わかんね。ま、俺たちは上に従って戦えばいいだけだし」

 

 

 阿頼耶識システムでいっぱしに戦えると言えど、まだ子供。それに元ヒューマンデブリはまともに読み書きすらできない者がほとんどで、今日まで安上がりな消耗品として酷使され続けてきた。

 上に従って戦えばいい………ブルワーズにいた時から続くその意識に疑問を持つことなく、彼らは数日後、エドモントンで戦い、戦況によっては死ぬかもしれないのだ。

 

 ビトーらは別の話で盛り上がり始めたので、俺も手元のホットレモンに意識を戻した。

 

 

 隣に腰かけていたフェニーはしばらく黙ったまま見やっていたが、

 

 

「そういえば、団長がアンカレッジで新しいモビルワーカー買ってたよね」

「テイワズ経由で買い付けたユニオン型が20台だな」

「………小さい子もアレに乗って戦うのよね?」

「丸腰で突っ込ませるよりはマシだろ。もっとも、阿頼耶識システムのついてないユニオン型モビルワーカーの役割は専ら、遠くからの支援射撃ぐらいになると思うけどな」

 

 

 年少組も、読み書きができて一通り機械を扱える団員は、モビルワーカーに乗って戦うことになる。

 今頃、オルガとメリビットが似たようなやりとりをしているかもしれないな。

 

「ギャラルホルンも、私たちにちょっかいかける暇があったら海賊退治でもしてればいいのに。テイワズが無かったら圏外圏は滅茶苦茶よ」

「ギャラルホルンにもメンツってのがあるんだろ。火星、ドルト、地球と顔を潰されっぱなしだからな。鉄華団を倒して、手っ取り早く世界の治安維持組織としての評判を戻したいんだろうさ」

「何それ。結局圏外圏で仕事できてないことには変わりないじゃない。ギャラルホルンの評判は最悪よ」

 

 口を曲げるフェニー。俺はふう、と熱々のホットレモンに息を吹きかけながら、また一口飲んだ。

 

「文句ならエリオン公に言ってくれ。圏外圏の治安を統括する月外縁軌道統制統合艦隊アリアンロッドはそいつが治めてるんだから。ちなみに今、俺たちにちょっかいをかけてきてるのは地球外縁軌道統制統合艦隊な」

 

 振り返れば、ギャラルホルンのほとんど全派閥を敵に回してるわけだ。これだけ怒らせればテイワズもおいそれと庇ってはくれないだろう。鉄華団が生き残るためには、是が非でも蒔苗老に復権してもらい、経済圏とのコネクションを得る必要がある。

 

 気づけば、コップの中のホットレモンはほとんど飲み干してしまっていた。残り数滴を、コップを煽って口の中に垂らして終わる。フェニーも、最後の一口を飲み干した所だった。

 

「………何にせよ、俺たちは前に進むしかない。全員が無事に仕事を終えて火星に戻れるように、俺は俺のできることをやる」

「私もそのつもりよ。鉄華団の子たちって、みんないい子ばっかりだから。誰にも死んでほしくない」

 

 

 その気持ちは俺も変わらない。

 別の未来を見るために、俺はここまでやってきたのだから――――――――。

 

 

「そろそろ戻るか」

「そうね。まだ調整しないといけないこともあるし。まだまだ頑張らなきゃ」

 

 

 

 おそらく、陽が落ちてしばらくしたらギャラルホルンとの戦いが始まるだろう。

 名誉挽回のため、鉄華団との決闘を望むカルタ・イシューとの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 すっかり日が沈み、夜になった。

 だが、列車のライトが無くとも、頭上から照らされる月の光で、周囲の光景をはっきり確認することができる。目視で周囲の状況をすぐに確認できるのは、見張りとしても有難かった。

 

 三日月は今、〝バルバトス〟を貨物列車から起こし、周囲に敵影がいないか鋭く見回していた。ギャラルホルンの監視を避けながら移動しているというが、オルガが言うには地球はギャラルホルンの本丸。いつ襲いかかってきてもおかしくない。

 敵がモビルスーツで来ればセンサーがエイハブ・ウェーブの反応を捉えてくれるが、モビルワーカー、歩兵の場合はその限りではない。こちらのモビルスーツの影響でエイハブ・ウェーブ探知以外のセンサーがまともに機能しない以上、目視での監視が頼りだ。

 

 アジーと交代してすでに3時間ほど。エイハブ・ウェーブの反応も無ければ、その他の敵影も見えない。

 と、コックピットモニターに通信ウィンドウが開かれた、相手は〝漏影〟のラフタ。

 

 

『三日月ー。そろそろ交代の時間だよ~』

「うん、分かった」

 

 ここまで異常なし。もしかしたら自分たちの動きに気付いていないか、もしくは目的地で罠を張っているのかもしれない。

 何にせよ、三日月の仕事はここまでだった。これまでの監視データを〝漏影〟に送信しつつ、機体のシステムをオフラインに………

 その時、

 

 

 

【CAUTION!】

【AHAB WAVE SIGNALS】

 

 

 

「………!」

『エイハブ・ウェーブの反応っ!?』

 

 位置は列車の前方。小さな影が見えるが、遠すぎて何なのかがよく分からない。だが、敵であることには違いない。ギャラルホルン機のエイハブ・ウェーブを発しているのだから。

 

 そして画像を拡大すると、―――――遥か遠くで線路を跨ぎ、3機のモビルスーツが待ち構えているのが見えた。

 その姿を見、三日月はギリッと歯ぎしりした。

 

 

 

 

 

 

 

「島でやった奴らだ………!」

 

 

 



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決闘の作法

▽△▽――――――▽△▽

 

『来ましたッ! 奴らを乗せた貨物列車です!』

 

 部下の報告に〝グレイズリッター〟のコックピットモニター越し、古臭い列車が徐々にこちらへと近づいてくるのがカルタにも見えた。

 あの列車に………地球軌道上、ミレニアム島、さらには洋上でもカルタの部隊を打ち破り、カルタの誇りを傷つけた〝鉄華団〟なる宇宙ネズミ共の集団が乗っている。カルタら〝グレイズリッター〟3機は今、列車の線路に跨るように布陣しており、足下の線路を踏み潰されたくなくば、貨物列車は止まらざるを得ないだろう。

 

 誇り高きイシュー家の娘として。カルタは強く決意を湛えた瞳で鋭く敵影を睨み据えた。

 

 

「――――いいこと? もはや私たちに、退路はないと思いなさい!」

『『ハッ!!』』

 

 

 親衛隊員たちが応える。………奴らと戦う前、総勢8名の選ばれたエリート中のエリートも、見ればあと2人。残りは戦死するか、辛うじて生還した者も長期の療養を余儀なくされ、砕かれたプライド共々、立ち直るには長い時間がかかるだろう。

 そしてカルタ自身も、度重なる敗戦に追い込まれていた。家名に傷をつけたままイシュー家の屋敷を跨ぐことなどできようはずもなく、戦果なくば地位も、名誉も失われる。

 

 

「だが………この窮地が私を強くする」

 

 

 カルタの〝グレイズリッター〟はバトルブレードを抜き放った。親衛隊の2機もそれに続き、カルタ同様完璧な所作で迎撃の構えを取る。

 

――――私は、どんな時も誇りを忘れない。

――――そうでしょ? マクギリス。

 

 カルタは、ヴィーンゴールヴで戦果を待っているだろうマクギリスのことに思いを馳せた。その真っ直ぐ見てくれた瞳を、決して裏切る訳にはいかないのだ。

 

『必ずや、勝利を我が手に!!』

『この胸の誇りにかけてッ!』

 

 負ける訳にはいかない。

 そして、窮地によって牙を鋭くした私たちが、負けるはずがないのだ。

 これまではただの宇宙ネズミの集団と侮ってきた。だが、ここから先は違う。

 

 対等の好敵手として………正々堂々と相まみえようではないか!

 

 

 

「そう――――真価を示す時よッ!」

 

 

 

 やがて、カルタらの数百メートル手前で貨物列車は急停止した。吹く夜風以外、しばしの間沈黙に閉ざされる。

 と、貨物列車から次々と人影が飛び出してきた。クーデリア・藍那・バーンスタインを護衛しているという〝鉄華団〟の兵士たちだろう。長大な車列の後尾には、これまで何度もカルタら地球外縁軌道統制統合艦隊を打ち破ってきた〝バルバトス〟の姿も見える。

 

 相手に取って不足は無い。

 

 好敵手を前に正々堂々と宣戦布告すべく、カルタは古くから定められた所作の通り外部スピーカーをオンラインにした後コックピットから出、乗機の肩部の上に立った。

 当然部下たちもそれに倣う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――私はギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊司令官カルタ・イシュー! 鉄華団に対し、モビルスーツ3機同士による………決闘を申し込みに来たッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「くそっ! やっぱり出張ってくると思ったが………」

『待ってカケル! 地上戦用のセッティングはまだ不十分で………』

「砲台にさえなればいい。………他の連中は!?」

 

 

 既に〝ラーム〟のコックピットで待機していた俺は、機体のシステムを立ち上げ、機体を起こしながら他のモビルスーツの状態を確認する。

 見張りのため稼働状態にあった〝バルバトス〟は貨物列車の後尾で、いつでも交戦に移れるよう待機しているようだった。他の機体も、

 

 

『〝ホバーマン・ロディ〟、ビトー機。いつでも出れるぜ!』

『ペドロ機もいけますっ!』

『昌弘機、準備よし』

『同じくクレスト機もOKですっ!』

 

 

 ブルワーズ時代からの習慣で、機体前でいつでも戦えるよう待機していたのだろう、真っ先に元ブルワーズ組が準備を整えた。インナーパイロットスーツを着た4人の姿が続けざまに通信ウィンドウに現れる。

 

 他の機体も出撃準備を進めているようだったが………またしても外部スピーカーからの声が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

『私たちが勝利を収めた暁には、蒔苗東護ノ介および、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を速やかに引き渡してもらおう。無論、鉄華団の諸君には大人しく投降していただく。我らが敗北した場合は、………好きなようにここを通るといいッ!!』

 

 

 

 

 

 原作通りの文句だ。原作ではカルタがセッティング云々を口にしている最中に三日月が問答無用で奇襲を仕掛けたのだが………

 俺はオルガらが詰めているだろう、蒔苗老のいる一等客室への通信を開いた。

 

「指示をくれ。奇襲は可能だが、相手は線路を人質にしている。射撃による排除は難しく、対応は慎重を要する」

『ま、待ってください! まさかこんなに早くギャラルホルンに感づかれるなんて………待機でお願いします!』

 

 通信に応えたのはビスケットだった。

 原作同様、このルートがバレたのはモンターク=マクギリスの差し金だろうが、オルガもじきにそれに感づくだろう。俺から口にする必要はない。

 

 センサー表示を見れば、〝バルバトス〟の他、〝グシオンリベイク〟〝流星号〟〝漏影〟や〝フォルネウス〟〝アクア・グレイズ〟にもパイロットが入ったようで、

 

 

『へぇ~、決闘たぁ面白え。やってやろうじゃねぇか、なあ昭弘!』

『ああ………』

『シノも昭弘も熱くなってんじゃないよ! 決闘なんて無駄だ!』

『そうそう。数はこっちが上なんだしさ。皆でボコ殴りにしちゃばいいだけじゃん』

 

 

 ラフタが気軽にそう言った直後。わずかに貨物列車全体が、揺れた。

 まさか三日月が? そう思ったが〝バルバトス〟のエイハブ・ウェーブは動いていない。

 

 モニター越し、見ればクランクの〝フォルネウス〟が雪原に立ち上がった所だった。

 そして、

 

 

 

『オルガ・イツカ団長! 悪いが三日月少年と昭弘君を借り受けたい』

『おいおい………まさか受ける気か?』

『相手は正々堂々の決闘を所望している。線路が人質に取られている現状、奇襲もままなるまい。………試しに聞くが、決闘の正式な作法を承知しているか?』

『んなもん知るかよ………』

 

『ならば私が手本を見せてやろう。さあ、決断するがいい』

 

 

 

 マジか………。

 あの決闘、本気で受ける気なのか。

 

 オルガは、少し悩んだようだったが、

 

『………分かった。ミカ! 昭弘! 行ってこい!』

『分かった!』

『おう!』

 

〝バルバトス〟と〝グシオンリベイク〟を引き連れ、地上戦用に最適化されたクランクの〝フォルネウス〟は、雪煙を噴き上げながら雪原を駆け飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『30分! セッティングにかかる時間を考慮し、我々は30分待とう! 準備が整い次第………む!?』

 

「お待たせして申し訳ない。決闘を受ける3機を揃えた故、こちらで顔合わせ願いたい。線路の人質は無用だ。決闘受立人として、こちらの雪原での決闘を要求する」

 

〝フォルネウス〟は〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟に一歩先んじる形で雪原に降り立った。〝グレイズリッター〟が頭部センサーをこちらに向け、

 

『そちらの要求はもっともだ。我らとしても、線路を人質に決闘を優位に進めんと誤解されるのは本意ではない。雪原での決闘を了承する』

「――――感謝」

 

〝グレイズリッター〟が飛びあがり、〝フォルネウス〟らと対する形、三角陣形で降り立った。距離も適度で問題は無い。

 

 

 

『では、これより決闘前の顔合わせを行う。憎たらしいその姿を見せるといい、宇宙ネズミ共』

 

 

 

「………三日月少年、昭弘君。私に続いてコックピットから出るといい」

『え?』

『マジかよ………』

「まずはパイロット同士が顔合わせをし、所属と名前を名乗るのが決闘の作法だ」

 

 そう言い、まずは手本を見せるべくクランクはコックピットシートをリフトアップし、〝フォルネウス〟の肩部に飛び乗った。既に相手は3名ともコックピットから出、見事な佇まいで待ち構えている。

 数刻後、ようやく〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟のコックピットから三日月と昭弘が姿を見せた。最初はコックピットシートから立っただけだったが、「機体の肩に乗れ」とクランクが指示すると、渋々の体でそれに従った。

 

荒涼とした環境で作法も知らずに戦うより他なかった少年兵たちであろうが、一通りの作法を弁えておけば、これから身分の高い者とモビルスーツによる決闘を行う際、恥をかかずに済むであろう。クランクはこの戦いを通してそれを教授する心づもりだった。

 

『では、代表者より名乗るがいい!』

「鉄華団預かりの傭兵、クランク・ゼント! 少年たちは決闘の作法に疎い故、私が代表者として受け立とう」

 

『確かに………予想していたよりも幼いな。まあいい。残り2名も名乗るがいい!』

 

 三日月、昭弘らは最初、困惑したように顔を見合わせたようだったが、

 

『えーと………鉄華団実働………』

「気合を入れてもっと声を張り上げろッ!」

『て、鉄華団実働モビルスーツ隊。三日月・オーガス』

『お、同じく鉄華団実働モビルスーツ隊。………昭弘・アルトランド』

 

 

『決闘代表受立人、クランク・ゼント。決闘受立人、ミカヅキ・オーガス。アキヒロ・アルトランドの計3名で承知した。決闘代表申込人カルタ・イシューは決闘代表受立人及び決闘受立人を承認する。次は我らが名乗ろう!』

 

 

 ザッ! と〝グレイズリッター〟の3名が姿勢をさらに正した。

 

 

『改めて名乗ろう! 私は、ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊司令官 カルタ・イシュー一佐!』

 

『ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊親衛モビルスーツ隊、レクシウス・パウルス・ヨーゼフ・ヴィ・ヨアティス一尉!』

『同じくギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊親衛モビルスーツ隊、ザーツレウス・フォン・ディッターフォランド二尉!』

 

「うむ。決闘代表申込人、カルタ・イシュー。決闘申込人、レクシウス・パウルス・ヨーゼフ・ヴィ・ヨアティス及びザーツレウス・フォン・ディッターフォランド、計3名で承知した。決闘代表受立人クランク・ゼントは決闘代表申込人及び決闘申込人を承認する」

 

 

『承認を確認した。次に、決闘時の条件の確認に移る。見ての通り我らは近接武器のみで決闘を申し込む。願わくば、決闘受立人も同等の条件で戦うことを希望したい。ただし、そちらの機体は旧式故、モビルスーツの性能や練度を考慮し、そちらが火器の使用を希望する場合は了承しよう』

 

 

「うむ。なれば〝決闘は対等であるべし〟の作法に則り、我らも格闘用兵装のみでお相手しよう。………二人も銃火器をオフライン・放棄しろ」

『………マジで言ってんの………?』

「これは戦ではなく決闘だ。守らねばならぬ相当の礼儀と作法というものがある」

 

 

 有無を言わせぬクランクに………少しずつげんなりし始めた様子の三日月と昭弘は、〝バルバトス〟は腕部に格納された機関砲を引っ込め、〝グシオンリベイク〟は手持ちのライフルを放棄した。

 

 

 カルタは、その様子を見、満足げに小さく頷いていた。

 

 

『対等な条件での決闘に感謝する。これで正々堂々と戦えるというものだ』

「うむ。時に、決闘立会人は如何する? もしそちらで用意できぬ場合、私はアイン・ダルトンを推挙する。まだ若輩ではあるが質実剛健、忠勇義烈な優良男児であり、公正明大さにおいて比肩する者はいない。私同様、かつてはギャラルホルンに属し、堅実で優秀な仕事ぶりはかつてのギャラルホルン火星支部長コーラル・コンラッドも認める所であった」

 

 

 決闘には通常、事前に定められた条件が履行されているか監視・審判するための立会人が置かれる。どうやらカルタ・イシューら地球外縁軌道統制統合艦隊の一同は3機のみでこちらに対峙する様子で、立会人を別途連れて来ている様子はない。

 第三者の立場にある立会人が置かれるのが本来の理想であるが、それが望めない以上、現場において最も公正さに優れた者を指名するのが合理であった。

 

 カルタも、それに首肯し、

 

 

『――――良いだろう。決闘代表申込人カルタ・イシューは、決闘立会人としてアイン・ダルトンを承認する』

「感謝する。………アイン! こちらに来い!」

『は、ハッ!』

「心配することは無い。火星で教えた通りにやれば良い」

『はいっ!』

 

 

 アインの〝アクア・グレイズ〟が列車から飛び立ち、対峙し並ぶ両者を見渡せる少し小高い雪原の上に着地した。そしてコックピットから出て肩部へと飛びあがる。

 

 

『………で、では! これより私、アイン・ダルトンが決闘立会人としてこの場に立つものとするっ! まず、決闘受立人の………』

「決闘申込人が先だ、アイン」

『し、失礼しましたクランクさんっ! まず決闘申込人の確認を行う! 決闘代表申込人、ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊司令官 カルタ・イシューで相違ないか!?』

 

『相違なしッ!!』

 

『決闘申込人、ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊親衛モビルスーツ隊レクシウス・パウルス・ヨーゼフ・ヴィ・ヨアティス一尉で相違ないか!?』

 

『相違なし!』

 

『決闘申込人、ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊親衛モビルスーツ隊、ザーツレウス・フォン・ディッターフォランド二尉で相違ないか!?』

 

『相違ありません!』

 

 もし、代理人が立つ場合はこの場で立会人に申告するが、今回は皆本人同士での決闘となる。

 

『次に、決闘受立人の確認を行う。決闘代表受立人、鉄華団預かり傭兵、クランク・ゼントで相違ないか!?』

 

「相違なしッ!!」

 

『決闘受立人、鉄華団実働モビルスーツ隊、三日月・オーガスで相違ないか!?』

 

『ぐしゅっ………あ、ゴメン。いいよ』

 

『こういう場では「相違なし!」と答えるのだ! 作法を弁えろッ! クランクさんが決闘代表受立人を務める決闘なんだぞ!?』

 

『………ソーイなし』

 

『次に決闘受立人、鉄華団実働モビルスーツ隊、昭弘・アルトランドで相違ないか!?』

 

『………相違なし』

 

『相違なしを確認した! これより決闘立会人、アイン・ダルトンの下に、決闘代表申込人、カルタ・イシュー。決闘申込人、レクシウス・パウルス・ヨーゼフ・ヴィ・ヨアティス及びザーツレウス・フォン・ディッターフォランド。決闘代表受立人、クランク・ゼント。決闘受立人、三日月・オーガス。昭弘・アルトランド、各3機によるモビルスーツを用いた決闘を執り行う! 決闘条件は両者の合意の通り火器を用いず、近接格闘兵装のみを用いるものとする! また、決闘立会人の名において、決闘戦闘方式は地球決闘協会が定めた正統決闘方式となるギヨーム・ド・ソヴァラス式に則って執り行いたいと考えるが異議のある者はいるか!?』

 

『決闘代表申込人、ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊司令官 カルタ・イシュー、異議なし!』

『決闘代表受立人、鉄華団預かり傭兵、クランク・ゼント、異議なしッ!』

 

『決闘立会人、アイン・ダルトンは決闘代表申込人及び決闘代表受立人の異議なしを確認した。これを以て略式での決闘事前確認を終了するものとす。各員、モビルスーツに搭乗されよッ!!』

 

 

 クランクはコックピットシートへと飛び乗り、シートをコックピットブロックへとスライド降下させた。三日月、昭弘もすぐにコックピットに戻る。ギャラルホルン側の機体への搭乗も確認した。

 

 全システム異常なし。鉄華団のメカニックの手によって〝フォルネウス〟は来る地上戦に向け、最適な調整が施されていた。かつて乗機であった〝グレイズ〟よりも力強い戦いができそうだ。

 

『決闘立会人アイン・ダルトンは各機の搭乗を確認した! 決闘申込人より準備完了を決闘立会人に通知せよ!』

 

『決闘代表申込人、ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊司令官 カルタ・イシュー。異常なしッ!』

『決闘申込人、ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊親衛モビルスーツ隊レクシウス・パウルス・ヨーゼフ・ヴィ・ヨアティス。異常なし!』

『決闘申込人、ギャラルホルン本部所属、地球外縁軌道統制統合艦隊親衛モビルスーツ隊、ザーツレウス・フォン・ディッターフォランド。異常ありません!』

 

「決闘代表受立人、鉄華団預かり傭兵、クランク・ゼント。異常なしッ!!」

 

『いいよ』

『だから三日月・オーガス! クランクさんが決闘代表受立人を務める大事な決闘だと言っただろうが! このような場合は、所属と名を名乗った後、異常なしを決闘立会人に伝えるのだ。やり直し!!』

 

『……………鉄華団実働モビルスーツ隊。三日月・オーガス。異常なし』

『………鉄華団実働モビルスーツ隊。昭弘・アルトランド、異常なし』

 

 

『決闘立会人アイン・ダルトンは決闘申込人、決闘受立人双方の異常なしを確認した! 先行、後攻を両者の合意によって決定した後、決闘立会人アイン・ダルトンの号砲によって決闘を開始するものとする!』

 

 

 モビルスーツを用いた決闘の開始は大きく2種類に分けられると言われる。

 一つ。機体性能が同等であれば号砲と同時に両者同時に戦闘を始め、その技量によって勝敗を決する。

 一つ。一方のモビルスーツがもう一方より性能で劣る場合、決闘の公平さを期すべく性能が劣る一方の先攻を許し、性能で勝る後攻はそれを受け止めた後、戦闘を始める。

 

 クランクの〝フォルネウス〟に決闘代表申込人にであるカルタから通信が入ってきた。

 

 

『希望があれば聞こう』

「古くからの慣習に則れば、リアクター出力で劣るそちら側が先攻を仕掛けるが道理。勢いをつけて参られよ」

 

『望むところ! 我らの先攻にて了承する! 我らが正義の一撃の前に倒れ伏すがいい!』

 

 

『――――では、決闘申込人側からの先攻にて決闘を執り行うものとする。各機、構えられよ!!』

 

 

 ザッ!! と3機の〝グレイズリッター〟が一糸乱れぬ動きで剣を構える。

 対する〝フォルネウス〟もランスを手に、〝バルバトス〟はレンチメイスを、〝グシオンリベイク〟もバトルアックスをそれぞれ構える。

 

 

 

 

 

『………はぁ、やっと戦える』

『身体冷えちまったよ………』

 

 

 

 

 

 機体間の通信で三日月と昭弘がげんなりとぼやいていたが、クランクの預かり知る所ではない。

 双方の準備完了を確認したアインの〝アクア・グレイズ〟は、持っていたライフルを天高く突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ではッ! 構え―――――――始めッ!!』

 

 撃ち放たれたライフルの砲声。

 

 刹那、3機の〝グレイズリッター〟がメインスラスターを全開に、その推進で雪原を爆発させ、クランクらに飛びかかった。

 

 

 

 




特に問題なければ、明日(12/31)17時にて次話更新し、今年最後の更新としたいと思います。


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雪原の激闘

▽△▽――――――▽△▽

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 取り決め通り、最初に仕掛けたのはカルタたちだった。3機の〝グレイズリッター〟が爆発的な推力と共に、対する3機のガンダムフレームへと襲いかかる。

 ガンダムフレームは、ギャラルホルンでも厄祭戦を集結させた象徴として奉られている機体。その動力たるエイハブ・ツイン・リアクターは現行の技術を以てしても再現できておらず、パワーの面では現行機は完全に劣る。

 だがギャラルホルン最新鋭たる〝グレイズリッター〟は、ギャラルホルンの持てる技術の粋を凝らして造られた、新鋭中の新鋭。アビオニクスやスラスターシステムなどで旧世代機の追随を許すはずも無く、そこに地球外縁軌道統制統合艦隊精兵の技量を以てすれば、いかにガンダムフレームといえど恐れるに足らない。

 

 

 カルタの気迫のこもった一撃が―――――ガンダムフレーム〝フォルネウス〟へと迫る。

 だが………

 

 

『――――ぬんッ!!』

 

 

 カルタが振り下ろした剣戟を、〝フォルネウス〟はランスを掲げていとも簡単に防いで見せた。すかさず距離を取り、二閃、三閃と斬撃を繰り出すが、〝フォルネウス〟は悠然とそれを防ぎ、弾いていく。

 

「ぐ………こんなっ!」

『太刀筋は見事だが………システムにサポートされた斬撃ゆえ、読みやすいなッ!!』

 

 その瞬間、〝フォルネウス〟は大きく機体を沈み込ませ、〝グレイズリッター〟の斬撃は空を薙いだ。操縦サポートシステムに依存しない、まるで生身のような〝フォルネウス〟の戦いぶりを前に、カルタは徐々に追いきれなくなる。

 その、生まれた一瞬の隙を逃さず、〝フォルネウス〟は左肩から強烈なタックルを仕掛けた。カルタはすかさず受け身を取ったが徐々に押し込まれていく。ジリジリ………と機体が後ろへと引きずられ、踵部の雪原や地面が盛り上がっていく。

 

 このままでは押し切られるだけ。カルタはすかさず〝グレイズリッター〟をバックステップさせ距離を取った。だが、態勢を立て直す間もなく間髪入れずに〝フォルネウス〟が急襲してくる。

 

「ち………っ!」

『力押しに任せぬのも見事。機体の特性、そしてリアクターパワーの差をよく弁えている。―――――だがそれは、私とて同じこと!!』

 

 

 押し切らせてもらうッ! 鋭い気勢と共に肉薄してきた〝フォルネウス〟がランスを鋭く突き出してきた。

 

「おのれ………っ!」

 

 カルタは咄嗟にバトルブレードでガードするが相手はさらに機体のパワーとスラスター出力を増強させ、力任せに〝グレイズリッター〟のガードを破り、無防備になった胸部目がけて強烈なキックを打ちかましてきた。

 

 

「がぁッ!?」

 

 

 突き抜けるような凄まじい衝撃。

ガンダムフレームだからこそ可能な荒業を前に、雪原に〝グレイズリッター〟が無様に叩きつけられ、瞬間的に意識が暗転した。想像以上の衝撃にコックピットの慣性制御がカバーできず………したたかにコックピットの側面モニターに頭を打ち付けてしまったカルタの額から、生温かいものが一筋、流れた。

 

 

『か………カルタ様っ!? ぐはっ……!?』

『お、おのれぇ………!』

 

 

 見れば、親衛隊の1機は〝バルバトス〟の巨大なレンチメイスによって肩部を捉えられ、掴まれた部位から徐々に締め潰されている所だった。もう1機は〝グシオン〟と取っ組み合いを繰り広げていたがパワーの差を覆すことができずに膠着し――――刹那、隠し腕がバトルアックスを振り下ろして〝グレイズリッター〟の頭部を叩き潰してしまった。

 

『たかがメインカメラをやられただけ………がはっ!?』

 

「このままでは………っ!」

 

 敗北――――。イシュー家の人間として絶対に許されぬその二文字が否応なくカルタの脳裏をよぎる。迫る〝フォルネウス〟が繰り出すランスの閃撃をすんでの所で回避し、続く薙ぎ払いを衝撃とダメージを蓄積させつつ受け流しながら必死に悪しき予感を振り払おうとすぐが………

 

 

 

 

 

「ぐっ………こんな……こんな戦いッ! 宇宙ネズミ共を叩き潰しッ! 手柄を持ち帰らねば………」

『ハッ! 子供の首でも土産にしようというのか? ――――恰好がつかんなァそのような真似はッ!!』

 

 

 

 

 

〝フォルネウス〟のランスと〝グレイズリッター〟のバトルブレードが激突する。だがパワーでガンダムフレームに勝てるはずも無く、親衛隊も追い込まれている現状、カルタはただ、じりじりと追い詰められつつ防戦に終始するより他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『すっげぇ!』

『そこだっ! 三日月さん! やっちゃえっ!』

『昭弘さんもかっこいいぞ!』

 

〝ラーム〟のコックピットモニター越し、見れば停止した列車から飛び出した少年兵たちが、三日月らの戦いぶりに飛び上がって快哉を上げていた。メリビットが雪に足を取られながらも年少組の子たちに車内に入るよう呼びかけるが、眼前で派手に繰り広げられる激闘を前に、列車に戻る子供は一人もいない。

 

 俺は〝ラーム〟のコックピットという特等席で、〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝フォルネウス〟対〝グレイズリッター〟3機の戦いをただ見守っていた。

開始数分で、既に親衛隊機とおぼしき〝グレイズリッター〟2機が〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟の猛撃によって腕や頭部を潰され圧倒されていた。が、機体全体がボコボコのスクラップ寸前の状態になりながらも〝グレイズリッター〟は尚もバトルブレードを取り落とすことなく、刃が交錯する耳をつんざくような金属音と轟音が立て続けにここまで揺さぶり続ける。

 

 

『ちょっとカケル! 煙ばっかで全然見えないんだけど………こっちが勝ってんの?』

「ああ、フェニー。―――――もうすぐケリがつく」

 

 

 1機の〝グレイズリッター〟が〝バルバトス〟の一撃を抑えきれずに倒れ伏し、その脚がレンチメイスで圧潰された。

 

『がぁッ! しまった………!』

『ザーツレウス! うぐ………ッ!?』

 

 僚機の戦闘不能に気を取られた親衛隊機のもう1機は、〝グシオンリベイク〟に組み伏せられ、バトルアックスをぶち込まれて両腕部を潰し飛ばされた。

 残るはカルタの1機のみ。もはや満身創痍の状態で、バトルブレードを構えるので精一杯の様子だ。

 

 

『………私は……勝利するしかないのよ………!』

 

 

 悲痛な咆哮と共に〝グレイズリッター〟は〝フォルネウス〟へバトルブレードを振り上げた。その刃を悠々と受け止め、押し返す〝フォルネウス〟。

 だがカルタの〝グレイズリッター〟は挫かれることなく、何度も、何度も刃を叩き込み続ける。がむしゃらに。

 

 

『立場を失い! 家の名に傷をつけ………っ!』

 

 

 絡み合う刃の一瞬の均衡。

 だが『ふんッ!』とクランクが気勢と共に〝フォルネウス〟のランスを振り上げた瞬間、刃を弾かれた〝グレイズリッター〟は姿勢制御を回復する猶予すら与えられず、なす術なく雪原へと叩きつけられた。

 

 

『が………ッ! こんな惨めな私は―――――アイツが憧れていたあたしじゃないのよ!!』

 

 

 駆動部が悲鳴を上げているにも関わらず、なおも起き上がり………ひしゃげた装甲を振り落としながら斬りかかろうとするカルタの〝グレイズリッター〟。

 だが乾坤の一撃への応えは………無情に突き出されたランスの刺突だった。嫌な衝撃音と共に胸部と肩部の間にランスが突き刺さり、〝フォルネウス〟はそのまま力任せに持ち上げて、次の瞬間――――食い込んだランスから逃れようともがく〝グレイズリッター〟の全身を雪原に叩きつけ、ランスでぶち抜いて地面に縫い付けた。

 

 これで全ての決着が着いた。

 カルタらには最早、ガンダムフレーム3機を倒す力は残っていない。

 

 

『こ……こんなの………違う………私はッ!!』

『カ、カルタ……さま………! 今………っ!』

 

 

 頭部と両脚部を潰された親衛隊の〝グレイズリッター〟が、残った片腕で懸命に地面を掻きながらカルタの下へと、少しでも近づこうとあがく。

 

『あ。まだ生きてたんだ』

 

 その傍らに佇むのは無傷の〝バルバトス〟。

雪原に身を引きずりながら這い進む〝グレイズリッター〟を潰すため、手にしていたレンチメイスを―――――

 

 

『待て、三日月少年。このような場合は、決闘代表申込人に助命を嘆願する機会を与えなければならない』

『………ジョメーをタンガンしたらどうなる訳?』

『見逃す』

 

 

 さも当然と言わんばかりのクランク。今日何度目かの『マジかよ………』を発した昭弘は、ボコボコにされすぎて既にスクラップと化したもう1機の〝グレイズリッター〟を放り出した。

 

 

『さて………助命を嘆願するのであれば容れよう。すでに雌雄は決した。イシュー家の名において我らの交通の安全を保証するのであれば、この場は見逃そう。私としても誉れ高きイシュー家の跡取りを弑逆することは本意ではない』

 

 見逃す。確かに、そうすればカルタは生き延びることができるだろう。

 地位と名誉の何もかもを失った状態になるが。

 果たして、

 

 

 

『私は………私は恐れないッ!! 私に屈辱は似合わない! こんな………!』

 

 

 

 己が敗北を受け入れられず、絶叫するカルタ。

 

 クランクは………〝フォルネウス〟は静かにランスを〝グレイズリッター〟から引き抜き、再び、今度はコックピットをぶち抜くべく振りかざした。

〝ラーム〟のコックピットで、外野である俺はただ見ていることしかできない。列車から降りた少年兵たちも、息を呑んでいるかのように誰もが黙っている。

 

 そして――――――――

 

 

 

 

 

【CAUTION!】

【AHAB WAVE SIGNALS】

 

【EB-05s】

【EB-06j】

【EB-06j】

【EB-06j】

 

 

 

 

 

〝漏影〟のラフタがハッ! と息を呑むのが聞こえてきた。

 

『別のエイハブ・ウェーブの反応!? ―――――三日月ッ!!』

『!』

 

 突如として飛び込んできた数機のモビルスーツ。

 それが撃ち放ってきた銃撃は〝フォルネウス〟〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟の足元を抉り飛ばし、舞い上がった雪煙が瞬間的に彼らの視界を潰した。さらなる追撃を避けるため、3機は反射的に飛びずさる。

 

 

『ぐ………っ!』

『どこのどいつだ!?』

『この反応……ギャラルホルンかッ!』

 

「――――皆、早く車内に戻れッ! 流れ弾でも、かすったら死ぬぞ!」

 

 

 車外に群がっている団員たちに呼びかけながら俺は、〝ラーム〟のガトリングキャノンを構えた。エイハブ・ウェーブの個体反応を見る限り、原作での〝キマリス〟の救援ではないようだが………

 急襲し、三日月らを一時的に後退させたギャラルホルン機……〝シュヴァルベグレイズ〟と3機の地上仕様〝グレイズ〟は、油断なく周囲を見渡しながら雪原上に静かに着地した。

 

〝シュヴァルベグレイズ〟に照準を定め、慎重にガトリングキャノンの砲口を向ける。俺と同じく待機状態にあった〝漏影〟や〝ホバーマン・ロディ〟隊も戦闘態勢に。

 だが、〝シュヴァルベグレイズ〟と〝グレイズ〟3機はそのまま動くことなく………次の瞬間には手持ちのライフルを下ろした。〝シュヴァルベグレイズ〟は足下に倒れ伏したカルタの〝グレイズリッター〟をゆっくりと抱きかかえる。

 

 

「………?」

『カケルっ! 俺たちはいつでも戦える!』

「ちょっと待てクレスト。まさかあの〝シュヴァルベ〟は………!」

 

 

 そして外部スピーカー越しに飛び込んできた声は―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――鉄華団の諸君。私はギャラルホルン監査局所属、マクギリス・ファリド特務三佐だ。此度の決闘………どうか私に預からせてはもらえないだろうか?』

 

 

 

 

 

 




これにて、2017年最後の更新としたいと思います。
ここまで読んでくださった皆さん、感想、応援を頂き本当ににありがとうございます。

何とかここまで辿り着くことができました。
2018年も「鉄と血のランペイジ」を楽しんでいただけるよう頑張ります!

よいお年をお迎えください。


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終点

2018年、新年あけましておめでとうございます!
今年が皆さんにとって良い年でありますように。

『鉄と血のランペイジ』の更新の方も頑張っていきたいと思いますm(_)m



▽△▽――――――▽△▽

 

 沈黙は、即座に〝バルバトス〟によって打ち破られた。

 

『どういうこと? チョコの人が代わりに俺たちと戦うわけ?』

 

〝バルバトス〟がレンチメイスを、〝グシオンリベイク〟や〝フォルネウス〟も各々の武器を構えた。

ガンダムフレーム3機相手では、いかにギャラルホルン制式主力機たるグレイズ・フレームでも太刀打ちできないに違いない。その厳然たる証拠が…〝グレイズリッター〟の残骸として雪原に転がっていた。

 〝シュヴァルベグレイズ〟のコックピットで、マクギリスはフッと笑いかけた。

 

「まさか。我々だけでは勝負にならないことぐらい百も承知だ。………だが我々が全滅する前に、この線路を破壊し、君たちの交通を完全に遮断することは可能だ」

 

〝シュヴァルベグレイズ〟のすぐ傍で、鉄道の移動に必要な線路が敷かれている。これを破壊されればそこから鉄道は移動できなくなるだろう。

 だがその事実は〝バルバトス〟…パイロットである三日月・オーガスにはさして逡巡を与えなかったようで、

 

『撃たれる前に潰す』

 

得物を構えた〝バルバトス〟は腰を低くし、自機のメインスラスターに点火しようとした。

 その時、

 

 

『待て、ミカ!………勝負を〝預かる〟と言ったよな?』

 

 

 鉄華団の若き団長、オルガ・イツカからの通信だった。疑念に満ち満ちたその声音に、「そうだ」とマクギリスは頷く。

 

「この勝負。一旦このマクギリス・ファリドが預かろう。再戦は追って通達する。君たちはこのままエドモントンへの旅を続けるといい。君たちの決闘を邪魔した対価として、ファリド家の名においてエドモントンまでの交通の安全を保証する。――――いかがかな?」

 

 若輩とはいえ組織の長ならば、どちらに利があるか一目瞭然であろう。

 と、

 

 

『あ………あぁ……マク………ギリス………』

 

 

〝シュヴァルベグレイズ〟の腕に抱かれた、四肢をほとんど潰された状態の〝グレイズリッター〟から、接触回線越し、息も絶え絶えのカルタの声が飛び込んできた。

 ひどい怪我を負っていることだろうが、すぐに然るべき施設で治療を受ければ問題はない。

 

 

「心配はいらない、カルタ。駆けつけるのが遅くなってすまなかった。後のことは私に任せてくれ」

『あぁ………マクギ……リ………助け……ありが………』

 

 

 怪我と憔悴が重なり、カルタは意識を失ったようだった。

 一瞬、乗機の腕の中にある〝グレイズリッター〟に視線を落とした後、マクギリスは再度〝バルバトス〟らに向き直った。

 オルガ・イツカの結論は………

 

 

『………あんたのことを信じた訳じゃないが、こんな面倒事、俺たちもさっさと終わらせたいんでね。だがな、この決闘を受けたのはそっちのおっさんだ』

『うむ。ファリド家の名において我らの交通の安全が保証されるのであれば、これ以上の戦いは無意味だ。………決闘代表受立人の名において、この決闘の保留を認めよう。アイン!』

 

『は、ハッ! 決闘立会人、アイン・ダルトンはこの決闘の保留を宣言する!!』

 

 

〝アクア・グレイズ〟が手持ちのライフルを天高く掲げ、一発、撃ち放った。

 

 

「感謝する。さらばだ、少年たち」

 

 

 これ以上の長居は無用だった。

〝シュヴァルベグレイズ〟は〝グレイズリッター〟を。連れてきた地上仕様の〝グレイズ〟は大破した親衛隊機をそれぞれ抱えて翻り、スラスターで雪煙を舞い上げながらその場を離脱する。

 ガンダムフレーム3機は、どれも追撃することなく、黙ってマクギリスらが去るのを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 大破した〝グレイズリッター〟3機を抱え、〝シュヴァルベグレイズ〟を筆頭とした〝グレイズ〟隊が撤退していく。

 その姿とスラスターの噴射で舞い上がる雪煙が見えなくなるまで、俺は〝ラーム〟のガトリングキャノンを彼らに向け続けた。

 

 一連の激闘が予想外の乱入者を以て集結し、見れば〝バルバトス〟がレンチメイスをドスッと地面に突き立てた所だった。消えゆく敵影を、三日月はコックピットで静かに見守っているのだろう。

 

 

『アイツ………』

『もういい、ミカ。わざわざ追撃してやることもねぇ。今のうちにとっとと進むぞ!』

 

 

 列車のスピーカーから発せられるオルガの声。列車から外に飛び出していた団員の誰もが、オルガただ一人を見上げていた。

 見れば、動力車両の足下に降りていたビスケットと、オルガが一瞬目配せし、

 

 

 

 

『俺たちは………皆で火星に戻らなきゃならねえんだ。そのためには、辿り着かなきゃならねえ場所がある。―――――辿り着き、皆で火星に帰るぞ。俺たち皆でな! いいなッ!』

 

 

 

 

 はいっ!! という団員たちの応えが一致して、鬨の声のように一瞬、雪原を震わせた。

 彼らがこれから向かう先………エドモントンではギャラルホルンの大部隊が待ち構えているだろう。団員の誰もが、それを知っているはずだ。

 そして、団員たちの誰か、もしくは自分の命が失われてしまうかもしれないことも。

 だが、恐れる者は誰もいなかった。

 

 幼いながらも、決意を湛えた強い瞳でオルガを見上げるタカキやライド、ダンジら年少組。

 シノも黙ってオルガを見やり、昭弘はその脇で腕組をして瞑目していた。

 戦場には出ず、専ら炊事係や家事洗濯などの裏方であるアトラも、ギュッと胸の前で手を握り、線路の先、遥かエドモントンのある方角を見つめる。

 彼らが掴み取る未来は、この先にある。

 

 そんな彼らの姿に、蒔苗老は一つ、重く嘆息して秘書を引き連れ列車へと戻っていった。きっと、分かっているのだろう。彼らが未来に進むには………流血が避けられないということを。

 

 

 

『よしっ、じゃあ皆早く中に入って! モビルスーツも全部戻して、班ごとに点呼して報告! 確認忘れが無いようにね!』

 

 ビスケットの指示に、団員たちはワッと列車内へと飛び込んでいく。列車の近くにいた俺の〝ラーム〟も、再び貨物車両内へと戻し、横たえる。そして1機、また1機とモビルスーツが慎重に収容されていく。

 そして車外に出た団員たちとモビルスーツを乗せ終えた列車は、高らかに汽笛を鳴らし、再びゆっくりと前に進み始める。

 

 

 旅の終着点、エドモントンへ向けて。

 

 

 

 

 

 ところで、

 

「決闘立会人、よくぞ務め上げてくれた、アイン」

「はいっ! クランクさんの日頃のご指導の賜物です! ですが今回のものは略式ですので………」

「うむ、そうだな。次に相まみえる際には、正式な作法を以て望まねばなるまい。戦いにひと段落がついたならば、ここの団員たちにもしっかり手ほどきしてやらねばな」

「はい! 特に三日月・オーガスは無礼な振る舞いでクランクさんの決闘を台無しにしかけましたので………」

 

 

 

 鉄華団の団員たちは、面倒事を察してしばらくこの二人に近寄らなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 どこまでも続く雪原を、〝シュヴァルベグレイズ〟と〝グレイズ〟3機が疾駆する。

 彼らが抱える〝グレイズリッター〟は、1機は四肢が潰され、もう1機は全身が無残にひしゃげられ、最も原型を留めているのが上半身を中破させたカルタ機、という有様だった。

 

 だが、ギャラルホルン最新のコックピットは辛うじてカルタらを守ることができたようだ。親衛隊員2名の無事を確認した他、カルタも、

 

 

 

『ああ……マク………ギリス……助けに来て……くれたのね………?』

「ああ、そうだ。君のことを思うと居ても立ってもいられなくなってね」

 

『私……無様………だったわ……ね………』

「そんなことはないさ。君は立派に戦ったよ、カルタ。もう安心するといい。まずは傷を癒すんだ」

 

『ああ………ありが………』

 

 

 カルタの震え声は、徐々に途切れていった。再び、意識を失ったのだろう。

 

 マクギリスは全速で駆ける乗機を操りながら、しばし思考に身を沈めた。

 カルタ・イシューは、かくて辛うじて命を長らえた。だが、地球外縁軌道統制統合艦隊もろともその名声や権威は失墜し、流石にセブンスターズを取り潰すことなどできるはずもないが、カルタ自身は地球外縁軌道統制統合艦隊司令官の地位を保つことができなくなるだろう。

 

 後継に据わるのは………エリオン公はすでに月外縁軌道統制統合艦隊司令官の地位にあり、バクラザン家やファルク家は武門ではない。

 となると、エリオン公の強い影響下にあるクジャン家か、武名猛々しいボードウィン家か、あるいは………。

 

 

「何にせよ。今はゆっくり休むといい、カルタ。後のことは俺と、ガエリオに任せておけ」

 

 

 これで薄汚い政争の舞台からしばらく、カルタやイシュー家を遠ざけることができるだろう。誰よりも高潔であったカルタが、これで他の家門に利用されるようなことはない。あの男さえ潰してしまえば、イシュー家の名誉回復など簡単なことだ。

 それにガエリオ。ギャラルホルンの誤った思想に毒された親友を救うには、もうあの『方法』以外残されていなかった。事が明るみに出ればガエリオは拒絶し嫌悪するだろうが、いつかは理解し、受け入れてくれるに違いない。その時こそ、ガエリオと心の底から理解し合える瞬間なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 全ては、世界があるべき厄祭の世を取り戻すために………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 夜が明け、鉄華団を乗せた貨物列車は広大な雪原を走破した。

 ぽつり、ぽつりと車窓に人家が見えるようになり、そして雪解けの草原の先………アーブラウ首都エドモントンが遠くに見えてきた。

 

 

「ついに………!」

 

 

 辿り着いた。

 辿り着いてしまった。鉄華団の、この旅の終着点に。

 ギャラルホルンはどれだけの大部隊で待ち構えていることか。厳しく、そして状況によっては団員の……家族の死は避けられないかもしれない。

 それを知っていても、オルガや三日月、鉄華団の団員たち、クーデリアは歩みを止めないだろう。その先にある未来を信じて。

 

「あれが、エドモントン?」

 

〝ラーム〟が擁する精密射撃システムの調整にひと段落つけたフェニーが近づいてくる。「ああ」と、軽くはにかんでやり、俺はまた窓の外の光景を見やった。

 

「ここまで辿り着いたんだ。絶対、辿り着いてやる。俺たち皆でな」

 

 いよいよ敵陣だ。

 鉄華団の誰もが、終着点が近づきつつあることを知り、各々で覚悟を決めていることだ折る。

 どれだけ血が流れても、誰も、歩みを止めようとはしないだろう。

 

 

 

「俺は願ったんだ。皆が………辿り着けるように。そのために、ここへ来た」

 

 

 

 最初は、自分でもバカな願い事だと思った。

 だけど、この世界に息づく彼らを知り、彼らの生き方を知り、共に行動することで願いはさらに大きく、思いは強くなった。

 彼らの生き方をもっと見たい。彼らの未来を見たいと、願った。

 力を与えられた。だからこそ俺の願い、思いを叶えるために、それを使う。

 俺は、俺に与えられた〝(ガンダムラーム)〟に向き直った。

 

 

 

 

 ガンダム。その名はどんな時、どんな世界でも未来を切り開くために戦う子供たちの味方だった。

 

 

 

 

「力を貸してくれ――――――ガンダム」

 

 戦いの中でただ消費される運命にあった孤児(オルフェンズ)たちが、自分の力で未来を切り開くために。そのための力を。

 

 と、その時だった。

 車内放送で、オルガの声が響く。

 

 

 

『皆、もうすぐエドモントンの終着駅だ! 降りる準備を始めてくれ! それと………これから頼れる味方と合流するからな。前の車列に来てみな!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 汽笛を吹き上げ、近づく貨物列車の姿が、駅のプラットホームで待つ彼らの目にも徐々に明らかとなってきた。

 

「へ! やっときたぜ。おせーんだよ」

「んなこと言ったってユージン。俺らだってついさっき来たばっかじゃねえか」

「それにしても、よくこれだけモビルワーカーが揃ったもんだぜ。しかも新品で」

 

 宇宙から降りたユージン、ダンテ、チャドの背後。そこには10台の新型モビルワーカーがずらりと並べられていた。ユージンらをここまで連れて来てくれたモンターク商会が提供してきた新品だ。これだけあれば、これからの戦いもぐっと楽になるに違いない。

 

 と、近づいてくる車列から「見ろよ!」「あれ、ユージンじゃね!? おーいっ!」「何でユージンさんがあそこにいるんだよ!」と仲間たちの騒ぎ声がユージンらの耳にも届き、

 

 

「おうよ! おせーぞてめーら! 待ちくたびれちまったぜ!」

「来たのはついさっきだけどな」

 

 等々、彼らが騒いでいるプラットホームの片隅。通信用端末の前では、

 

 

 

 

「はいモンターク様。宇宙に残っていた団員の方々は皆、ご指示通りに鉄華団本隊と合流させましたわ。――――はい、かしこまりました。では私はこれで」

 

 

 

 

 ユージンらをここまで連れてきたモンターク商会のエージェント、エリザヴェラは通話が終了した端末をオフラインにし、再開に大騒ぎする彼らにフフッと笑いかけると、踵を返してその場を後にした。

 

 

 

 

 列車がゆっくりとホームに入り、停止した車両から真っ先にオルガが飛び降りてくる。

 

「よおユージン! 驚いたぜ、大したヒーローっぷりじゃねえか」

「お、おうよ! 俺ならこれぐらいで、できて当然だぜ………」

「モンターク商会の人が連れて来てくれたんだ。装備も提供してくれて、さっきあそこで………ってあれ?」

 

 チャドが示す先。先刻までエリザヴェラなるモンターク商会の女性エージェントが佇んでいたのだが、その姿は忽然と消えておりすでに人影一つ残っていなかった。

 

「あ、あれ。どこ行ったんだろ?」

「まあいいさ。とにかくこれで、――――鉄華団の全力でぶつかることができる。最後の大仕事だ。気合いれていくぞッ!!」

 

 

 ここを乗り越えれば―――――でっかい未来が待っている。

 オルガの発破に、応ッ!! とその場の誰もが力強く応えた。

 

 

 

 

 数時間後。

 鉄華団の、未来を決定づける戦いが始まる。

 

 

 



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第14章 未来の報酬
未来( あす)のための戦い


▽△▽――――――▽△▽

 

 代表指名選挙を3日後に控えたアーブラウ中枢議会議事堂。

 その議員控室の一つで、バン! とアンリ・フリュウは掌をテーブルに叩きつけた。

 

「――――どういうことですか!? 蒔苗がエドモントン郊外まで来ているなどッ! ギャラルホルンは一体何を………」

 

 激高するアンリに、「落ち着け」とイズナリオは一言発し、ティーカップに注がれた紅茶を優雅に嗜んだ。

 

「網は張ったと言っただろう? エドモントンには、私が投入できる全戦力を配備した。モビルスーツ50機、モビルワーカー100機以上。郊外からエドモントン入りするために通らなければならない橋架4つのうち3つを爆破し、彼奴らは残った一つから市内入りしようとするだろう。そこに主力を投入し―――――押し潰す。

 そうだな? テオール?」

 

 

 スッとイズナリオが視線を向けると「ハッ!」と傍に控えていたイズナリオ親衛隊隊長テオールが、ギャラルホルン式敬礼を示し応えた。

 

「鉄華団の戦力も把握済みです! 旧世代のモビルスーツ十数機と民間のモビルワーカーが30機程度。3日も頂ければ叩き潰せるかと」

「頼むぞ。現場の指揮はお前に一任する」

「はい! 吉報をお待ちください」

 

 そのまま、きびきびとした動作で控室を後にするテオール。それをしばしアンリは目で追っていたが、

 

「本当に、アテになるのでしょうね? あなたの私兵など………」

「テオールで抑えられないなら諦めることだな」

 

 冷淡なイズナリオをキッとアンリが睨む。諦める、その言葉はこの女が何よりも嫌う単語だった。どこまでも飽くなき権力欲を持つこの女をイズナリオが焚きつけることによって、ここまで計画を進めてきたのだ。

 

 そしてその欲望は、イズナリオとて同じこと。

 アンリ・フリュウを介しアーブラウを手中に収めることによって政治力を、さらにはギャラルホルンの武力をも併せ持てば、最早イズナリオを抑える勢力は存在しなくなるだろう。目障りな月のエリオン公でさえ。その時こそ、ファリド家最盛の時。

 

 華々しい未来は、すぐそこまで来ているのだ。ここで挫ける訳にはいかない。

 だが、強烈な感情を剥き出しにするアンリとは対照的に、イズナリオはあくまでもエレガントに、紅茶を嗜み、争いは下々の者に任せて事態を静観する構えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 凄まじい爆発音とその衝撃がエドモントンをわずかの間揺さぶった。

 埋め込まれた無数の爆薬が同時に炸裂し、エドモントン郊外と市内を繋ぐ3つの橋が爆破・崩落していく。

 

「隊長ッ! 3つの橋の爆破、完了しました!」

「うむ。では手はず通り、残った1つに戦力を集中するぞ。モビルワーカー隊発進!」

 

 モビルワーカー隊隊長の指示が飛び、市内に展開していたギャラルホルンモビルワーカー隊が続々と橋の市内側に集結。その数、40機。

その周辺にも点々と十分な兵力が配置され、まさしく「ネズミ一匹漏らさぬ布陣」が敷かれる。

 

 ギャラルホルンがマークする蒔苗東護ノ介、そしてクーデリア・藍那・バーンスタインと行動を共にする鉄華団なる武装組織は、偵察部隊の報告によればこの橋に向かって進軍しているとのこと。だがその数は、ギャラルホルンの防御を突破できるほどではないという。

 そして、

 

 

「来ました! 奴らです!」

「よし。この数の差だ。突破されることなどあり得ぬ。――――有効射程内に入り次第各個砲撃を開始せよ! 落ち着いて1つずつ潰して………」

 

 

 

 

 

 

 刹那、頭上から薙ぐように降り注いだ重砲の雨により、モビルワーカー隊隊長はその肉体と自部隊ごと爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だ!?」

 

 遅れて集合場所に近づきつつあったモビルワーカー隊の間近。つい先刻まで40機近い自軍のモビルワーカー隊が布陣していた地点―――――無数の重砲による弾痕が穿たれ、その内部にいたモビルワーカーは1機残らず、無残な鉄くずとなり果てていた。

 

 

「重砲だと!? や、奴ら市内にモビルスーツを………!?」

「で、ですがエイハブ・ウェーブの反応はありません! LCS以外の通信も正常です! モビルスーツらしき姿も肉眼では確認できませんっ!」

「ではこの状況は何だと言うのだッ!? まさかエイハブ・ウェーブの影響を受けない超遠距離から正確に撃たれたとでも――――――!?」

 

 

 そのような芸当、ギャラルホルンの最新鋭モビルスーツでも不可能なはず………。

 

 混乱により停止したギャラルホルンモビルワーカー隊は、超遠距離からの狙撃者にとって、いい的だった。

 数秒後、彼らの頭上にも重砲の雨が降り注ぐ。凄まじい爆発と黒煙に、市内は激しく震動。徹底的な破壊に前線のモビルワーカー隊が晒された結果、

 

 

『おい! 何があった!? 報告しろっ!』

 

 

 後方に布陣していた友軍からの通信に、答えられる者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 市内から遠く離れた平原上で、天高く構えられた〝ラーム〟のガトリングキャノンが火を噴き、数百のガトリング弾が次の瞬間、空彼方へと消えていった。

 それらはすぐに、深い弧を描いて地上目がけ落下する。………エドモントン市内へと。

 

「3………2………着弾っ、今! どうだ!?」

『命中! ドンピシャリだッ! これで橋の周りのギャラルホルンは壊滅だ』

「次の目標をLCSで指示してくれ」

『了解。データを送る』

 

 モビルワーカー隊を指揮しているオルガからのLCSを受信。今度は橋の右側から近づきつつある部隊だ。

〝ラーム〟の端末上にマップが表示され、前線のモビルワーカー隊から送信された敵位置データがマップ上に点々と追加されていく。先の射撃でかなりの数を撃破したが、それでも確認できるだけで、残存のギャラルホルンモビルワーカー隊は鉄華団のそれの倍以上だ。

 

 ガンダムフレーム〝ラーム〟が持つ精密射撃能力を駆使した、既存………というより常識的なモビルスーツでは実現不可能な――――超遠距離精密弾道射撃。

これが市内を守るモビルワーカー隊を撃破するための、要の一撃となる。

 

 初期案を発案したのは俺。

 ビスケットがモビルワーカー隊とのLCSデータリンクを提案し、

 フェニーが〝ラーム〟の精密射撃システムをセッティングした。

 

 全員で、生きて帰るために。

 

 

 

【TARGET ROCK】

【射撃管制システム調整………完了】

 

【データリンク受信 評価開始】

【弾速再計算――――終了】

【弾道再調整 再計算――――終了】

【重力偏差修正 完了】

 

 

 

 前線のモビルワーカー隊から送られる敵位置・射撃評価データをLCSを経由して〝ラーム〟が受信、射撃管制コンピューターが弾速と適切な弾道を計算し、最適な射撃角度を導き出す。

 そしてその情報は………阿頼耶識システムを介して直感的に俺の神経へと伝達され、微妙な操作によって俺は〝ラーム〟の砲口角度を微調整する。

 

 狙うは【TARGET-002】、橋の右側に集結しているギャラルホルンモビルワーカー隊だ。

 

「射撃準備完了! 付近に味方は!?」

『いねぇよ! 対岸で観ててやるから、派手に決めてやりなッ!』

「頭下げてろよ―――――発射ッ!!」

 

 

 トリガーを引き絞り、再び〝ラーム〟のガトリングキャノンが天に向かって炸裂した。

 

 

『よォし!』

『いいぞ! 橋の向こうの奴らは全滅だっ!』

『橋を確保するぞッ! 爆薬が無いか、ガットとディオスの隊は下から警戒しつつ進め!』

『了解!!』

 

 

 いくつもの黒煙が、もくもくと遥か遠くで立ち昇っているのが、よく見えた。

 

「………団長。街に被害は?」

『川沿いのビルにいくつかヒビが入ったぐらいだな。戦闘なんだ、これぐらいはしょうがねぇ。民間人の死人は一人も見えねえ』

 

 こればかりは、事前の避難を徹底してくれたギャラルホルンに感謝だ。

 鉄華団のモビルワーカー隊は、続々と橋を渡り始めたようだ。『向こうの陣地を確保した!』と嬉しい報告も上がってくる。

 

 問題はここからだ。

 

 

 

 

 

【CAUTION!】

【AHAB WAVE SIGNALS】

 

【EB-06j】

【EB-06j】

【EB-06j】

【EB-06j】

【EB-06j】…………………

 

 

 

 

 20機以上の、〝グレイズ〟の大群だった。

 

 

『おいでなすった! すげェ数だッ!』

『こっちまで下がりなシノ! 撃ち合いながらジリジリ近づいて………乱戦に持ち込むよッ!』

『あいよ姐さんッ!』

 

 小高い丘の向こうに斥候として出ていたシノの〝流星号〟が背後の追撃をかわしつつこちらへと合流。追撃のために先行していた数機の〝グレイズ〟は、ラフタやアジーの〝漏影〟や昭弘の〝グシオンリベイク〟、昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟の集中砲火を食らい、たまらず前進を止めて応射し始めた。

 

 

『ちっ! 数が………!』

『怯んでないで撃ちまくりな! 昌弘に負けてるよッ!』

『―――――前には行かせないッ!』

 

 

 背後側面からの急襲を経過して別地点に配置していたクランクの〝フォルネウス〟やアインの〝アクア・グレイズ〟も、

 

 

『こちらにも敵が来た! 行くぞアインッ!』

『はいっ!』

 

 

 できればモビルスーツ隊の援護に回りたいが………市内の鉄壁を打ち破るには〝ラーム〟のガトリングキャノンによる支援砲撃が不可欠だ。おいそれと射撃位置を変える訳にはいかない。

 実質、〝ラーム〟はギャラルホルンのモビルスーツ隊にとって的同然、動けない砲台の状態にあった。

 

 

 互いに鋭い回避機動を繰り出しながら激しく撃ち合う鉄華団、ギャラルホルン双方のモビルスーツ隊。と、〝グレイズ〟の1機が昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟の射撃を避けきれず、まともに食らって後ろへと打ち飛ばされた。

 

 

『今だッ!』

『一気に食い込むぞ三日月ッ!』

『うん』

 

〝ホバーマン・ロディ〟〝グシオンリベイク〟〝バルバトス〟が、敵陣が崩れた一瞬を突いて一気に突貫を仕掛ける。〝グレイズ〟隊は即座に対応できず、整然とした陣形は瞬く間に乱戦による混沌へと塗り替えられていく。

 だがそれは………

 

『ちょ、ちょっと待ちなッ!』

『今出たらウチらの陣形も………!』

 

 

 刹那、乱戦下から2機の〝グレイズ〟が飛び上がり、先ほどまで昭弘らが守っていた地点をすり抜け、こちらへと迫ってきた。

 すかさずアジーの〝漏影〟が回り込み、格闘用兵装である重棍棒を〝グレイズ〟1機に叩きつけて地に沈み潰す。

 だがもう1機はラフタの射撃を掻い潜って――――――3ヶ所目の市内への精密射撃を続ける、この〝ラーム〟目がけ真っ直ぐ突進してきた。

 

 

「………っ!」

 

 

 だが急迫する〝グレイズ〟は、―――次の瞬間、横から飛び込んできた〝ホバーマン・ロディ〟が突き出すハンマーチョッパーをもろに食らい、胸部を潰されて沈黙した。

そして〝ラーム〟をその身で守るように、3機の〝ホバーマン・ロディ〟が盾のように並ぶ。

 

 

『行かせるかよッ!』

『ここから先には!』

『カケルには近づけさせないっ!』

 

 

 ビトー、ペドロ、クレストが操る〝ホバーマン・ロディ〟は次の瞬間、脚部の高出力ホバースラスターを駆使して地面を滑るように駆け、乱戦から漏れ出た〝グレイズ〟目がけて襲いかかった。コントロールに熟練を要する脚部高出力ホバースラスターを、阿頼耶識システムによって生身同然に制御し、敢然と目まぐるしい挙動で斬り込んで1機、また1機と敵を潰していく。

 

 乱戦の中、特に三日月の戦いぶりは凄まじかった。瞬く間に1機の〝グレイズ〟をレンチメイスで沈め潰すと、回り込もうとしたもう1機に投げつけて頭部を潰し、肉薄してそれを握り直して、胸部コックピットに叩き込んで留めを刺した。

 そんな激しい挙動を、息を切らすことなく立て続けに繰り広げているのだ。〝バルバトス〟の周囲には、無残な残骸同然の〝グレイズ〟が何機も放置されている。

 

 

『カケル、次の目標だ! 送ったデータの4番目の敵部隊を攻撃してくれ! 今十字路の所で釘付けにしてる!』

「了解。付近に障害構造物なし。――――位置確認、弾速、弾道再計算、重力偏差修正完了!」

 

 発射ッ! とトリガーを引いた瞬間、ガトリングキャノンの多銃身が高速回転、炸裂し、数刻前同様に天空目がけて数百ものがガトリング弾が瞬間的に撃ち出されて蒼穹に吸い込まれていく。

 

 そして十数秒後、着弾の衝撃が、わずかにここまで届いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 次の瞬間、空から降り注いだ重砲弾の雨に晒され、市内の交差点に陣取ったギャラルホルンのモビルワーカー隊は、着弾で舞い上がる爆煙の中に消えた。

 そしてそれが晴れた後――――オルガの目に映ったのは、徹底的に舗装がめり上がり破壊された十字路交差点と、陥没した地面に沈んだギャラルホルンモビルワーカー……と思しき構造物の残骸。それも数機、十数機では収まりがつかない。

 

 だが、道路の周囲を囲むビル街に被害はほとんどない。多少窓が割れるなどの損傷は見受けられるが、この攻撃で倒壊した建物は一つも無かった。

 

『なんてこった………』

『すげぇな。これ』

「おいおいなにボサっとしてやがる! 今のうちに陣地を確保するぞッ!」

 

 

 既に橋は鉄華団の制圧下に。周囲も次々と押さえられ、蒔苗が議事堂に辿り着くために必要なルートが確保されていく。主力のモビルワーカー隊を失ったギャラルホルンは散発的に抵抗を繰り返すが、1機また1機と破壊されて後退せざるを得ない。

 

 

『ポイント1、制圧完了っ!』

『ポイント2もいいぜ!』

『ポイント3、周囲に敵影無し』

『ポイント4制圧………ま、待ってくれ! ギャラルホルンが来やがったッ! すげぇ数だ!』

 

「ポイント4、ガット! 後退して後ろの交差点に引きつけろ! そこじゃカケルが撃てねぇ!」

『よしきた!』

 

 

 レーダー表示を見れば、5機でポイント4を制圧するはずだった団員ガット率いる一隊が、10機以上のモビルワーカー隊の攻撃を受けていた。致命傷を食らう前に応戦しつつゆっくりと後退。敵が押されている、と調子づいたギャラルホルンが果敢に前に前に出張ってくる。

 

 

『よし! いいぞ!』

「カケル! ポイント4、交差点に敵を引き付けた! 今すぐ撃て!」

『了解。位置確認、弾速、弾道再計算終了。重力偏差修正――――――発射!』

 

 

 そこから十数秒ほどは何も起こらない。

 だが次の瞬間、反転攻勢に打って出たガット隊に攻めあぐね、停止したギャラルホルンモビルワーカー隊の真上に………壮絶な重砲弾の雨が容赦なく注がれる。

 

 着弾による凄まじい地響きに、「うおっ」と遠くにいるはずのオルガさえ、震動に揺さぶられてすかさず手すりを掴んだ。

 

 

『こりゃあ………最高だぜ!』

『ギャラルホルンの奴ら全滅だ!』

『いや待て! 1機残ってる。やっちまえ!』

 

 

 攻撃してきた敵モビルワーカー隊最後の1機は瞬く間に撃破され、かくてポイント4も鉄華団の手に落ちた。

 オルガの指揮用モビルワーカーを操縦するユージンも『へっ! 楽勝だな!』と得意げに笑いかけたが、

 

「油断するなよユージン。これだけやって、まだギャラルホルンは俺らの倍以上の戦力だ」

『わ、分かってるさ!』

「次は………ビスケット! 道はできたぞ! 蒔苗の爺さんを送ってくれ!」

 

 

 オルガは通信端末をオンラインに、後方の鉄道駅にいるビスケットに通信を繋いだ。『了解!』とすぐにビスケットからの返事が飛んでくる。

テイワズの鉄道駅は今、鉄華団モビルスーツやモビルワーカーの修理補給、負傷した団員の後方用拠点として機能していた。ビスケットがリーダーとして駆け回っている。

 

 

「負傷した奴らはどうだ?」

『ドクター・ノーマッドとメリビットさんのお陰で何とか。だけどこれから戦況が厳しくなったら………』

「そうなる前にさっさと蒔苗爺さんを送り届けて俺らは退散しねえとな」

『限界まで物資を持ってきたけど………持って2日だ。そこは気を付けて』

 

 

 団員やモビルスーツ、モビルワーカーの頭数が多い分、消費される物資の量も半端なものではなかった。特に拠点後方を守って戦っているモビルスーツ隊のスラスター燃料や弾薬は、すぐに尽きてもおかしくない。

 

 

『オルガ、何とか今日1日で勝負をつけないと………』

「心配すんなよビスケット。俺たちならやれる。俺たち鉄華団なら、な」

 

 音声通信越しだが、ニッと笑いかけたオルガに『そうだね』とビスケットも応えた。

 

 

『この仕事が成功したら、俺たちの状況もずっと良くなる。みんなで火星に帰ろう』

「ああ。―――――っし! 皆、あともう少しだッ! この仕事をきっちり片付けて火星に帰るぞ!」

 

 

 応ーッ!! という団員たちの力強い応えを耳に、オルガは遥かエドモントンの中心市街を見据えた。

 あそこに、あそこに蒔苗を送り届ければ俺たちの勝ちだ。

 こんな所で死ぬんじゃねえぞ。一人も………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ほらほら急げ! 補給にメンテ、やることはいっぱいだよ!」

 

 声を張り上げるエーコに「はいっ!!」と年少組団員たちの応えが重なる。後方支援に徹する彼らは、戻ってきたモビルワーカーの修理と補充、負傷した団員の手当などに追われ、広大な鉄道駅の敷地内を慌ただしく駆け回っていた。モビルスーツが来ない間は、

 

「フェニーさん! こっちのモビルワーカーなんですけど、被弾してシステム周りが………」

「ちょ、ちょっと待って! ………もう、私モビルスーツ専門だからモビルワーカー弄ったのって6歳の頃以来なんだよねぇ」

 

 

 フェニーもモビルワーカー隊の補給整備支援にあたり、整備ログを表示させたタブレット端末片手にパーツの交換や修理に取りかかっていた。

 

 

 臨時の野戦病院となった鉄道駅のエントランスでも、

 

「………よし。これで一安心だ。止血と消毒、鎮痛剤も打ったからしばらく安静にしていなさい。メディカルナノマシンが空いたらすぐにナノマシン治療を受けさせよう」

「は、はい。ありがとう……ございます………」

 

 ドクター・ノーマッドは、乗っていたモビルワーカーが被弾し操縦席で跳ねた破片が太ももに突き刺さった団員に応急処置を施し、それが済むと隣の腕が負傷した団員の検診に取りかかった。

 戦況は、鉄華団優位に進んでいるそうだが………それでもギャラルホルンの散発的な抵抗に少しずつ団員の負傷も重なっていき、今、また二人ほどが担ぎ込まれてきた。

 

「メリビットさん! 先生! こいつもお願いします」

「分かったわ。さ、こちらに。ドクター、この子は私が診ます!」

「うむ、任せよう」

 

 比較的軽傷の団員はメリビットが、高度な医学的スキルが要求されるほどの重傷者はメディカルナノマシンベッドに沈めるか、間に合わない団員はドクター・ノーマッドが昔ながらの外科技術を駆使して治療して回っていた。

 医療……と言っても現代の医療はメディカルナノマシンベッドに依存することが多く、医者といえどもメディカルナノマシンの使い方に習熟しただけの、ただの技術者同然の者も多い。厄祭戦以前の古い高度な医療技術を持つ者はそう多くなく、ドクター・ノーマッドはその貴重な医者の一人だった。

 

 だがそれでも、いかんせん負傷者の数が多すぎる。まだ死んだ者はいないが戦況が激しくなれば人の手も………何より医療物資が底を尽きかねない。

 

 エーコや雪之丞、フェニー、それに年少組を中心とする整備班やドクター・ノーマッドとメリビットによる医療チームがギリギリの所で奮闘している中、

 

 

 

 

 

「ほほぉ。ギャラルホルンの囲みを破ったとな? こんな短時間に?」

 

 駅の応接室で悠然と待ち構えていた蒔苗は、入ってきたクーデリアやビスケットの言葉に、意外そうに片眉を上げた。

 はい。とクーデリアが頷く、軽く解説するためにビスケットが一歩進み出た。

 

「エイハブ・ウェーブの影響外から、精密射撃能力に優れたカケルさんの〝ラーム〟で弾道射撃し、ギャラルホルンのモビルワーカー隊を排除して要所を制圧しました。今なら議事堂まで何とか行けそうです」

「ふむ………街の被害は?」

「道路が陥没したのと、周りのビルの窓が破損したと報告が」

「うむ。ま、そのぐらいなら戦闘であればどうしようもあるまい。結構結構」

 

 よいしょ、と蒔苗は杖をついて立ち上がった。

 

「では、行くとするかの」

 

 

 

 

 

 蒔苗老の護衛のために、モビルワーカー隊5機が回されることになった。

 年長組はほとんど前線に出払っているため、年少組からシミュレーターの経験がある者、そして阿頼耶識システムに慣れた元デブリ組から選ばれる。

 

「っし! いよいよ実戦だぜ!」

「調子乗るなよ、ライド。まだシミュレーターしかやったことないんだから」

「お前だって1回乗っただけじゃん!」

 

 言い合うライドとタカキ、ダンジは得意げに、

 

「俺は1回実戦を経験したからな。俺が隊長な!」

「何だよー! シノさんの後ろに隠れてただけじゃん!」

「なっ! ちゃんと前で身体張ったっつーの!」

 

 

 いつものように口喧嘩しつつもモビルワーカーが駐機してある広場に向かう3人。

 と、すでに2人……元デブリ組のアストンとデルマが待っているのが見えた。3人を前に、何をすればいいのか戸惑ったように、2人は顔を見合わせている。

「よっす!」とダンジが片手を挙げて声をかけてやるが、「おう………」「っす………」と反応は暗い。

 

「何だよー。気合い入ってねえなあ」

「アテになるのかよ?」

「ちょっとダンジ! ライド! ………ゴメンね、バカな連中で」

 

 ば!? とぎゃんぎゃん喚くダンジとライドをよそに、タカキはアストンたちに笑いかけ、片手を差し出した。

 

「俺はタカキ。こっちはダンジとライド。これからよろしくね!」

「お、おう………」

「……ろしく………」

 

 アストンとデルマは戸惑ったようにタカキが差し出した手を見下ろす。いつまで経ってもタカキの手を握り返してこないアストンらに我慢できなくなったダンジは、

 

「おいおい。新入りのクセに舐めてんじゃ………」

「やめなってダンジ。ゴメンね。すぐにこんな馴れ馴れしくしても困るだけだよね?」

 

 手を引っ込めて気まずそうに笑うタカキだったが、「い、いやそうじゃなくて………」とアストンが戸惑った様子で、

 

 

 

「今の………何?」

「へ? 握手のつもりだったんだけど」

「アクシュ?」

 

 

 その単語の意味が分からないという風に首を傾げるアストン。

 ああ、とそこでタカキは合点がいった。幼い頃からヒューマンデブリとして、ほとんど道具同然として生きてきたアストンたちにとっては、タカキたちがごく普通のこととして感じている習慣ややり方ですら、生まれて初めて見ることだったりするのだ。

 

「えーと、初めて会ったり、挨拶したりする時に、こうやって手を握ってお互い仲よくしようって確かめ合うんだ」

「俺たち、タカキに会ったの初めてじゃないけど………」

 

 困ったような表情のアストンに「うーん。そうなんだけど………」と上手く説明する言葉が見つからないタカキ。

 しばらく、お互いにどうすればいいのか分からず困惑し合っていたのだが、

 

 

「ああもう! つまりこーするんだよ!」

 

 

 焦れに焦れたライドが2人の間に割り込んで、「ん!」とアストンとタカキの腕を掴み、強引に互いに手を近づけさせる。

 左手と左手なので握手にならないのだが………タカキはそっと、アストンの握り拳をその手で包んだ。

 

「よろしく、アストン」

「おう………」

 

 アストンは一瞬、エメラルドグリーンの双眸で上目遣いにタカキを見上げたが、すぐに気まずそうに顔を背けてしまった。左手同士の握手も一瞬、すぐに離れてしまう。

 

「ほら、そこの丸いのも」

「ま、丸いって………」

 

 ライドのあんまりな言いように流石にデルマは呆れたような表情を見せたが、自分からおずおずと手を差し出す。「よろしく!」とタカキはその手を握り返した。

 

「………いつまで握ってんだよ」

「あ、ゴメンゴメン」

「別に、いいけど………」

 

 握手はほんの数秒、パッとその手がタカキから離れてしまった。

 

「何だよ、タカキにつれねーなぁ」

「タカキを怒らせると後が怖いぞ~」

「ちょ、ちょっとお前らっ! 変なこと吹き込むなよな!」

 

 

 と、駅舎からクーデリアと老人……鉄華団の護衛対象である蒔苗氏が出てきた。

 すぐに、兵士としてタカキたちの表情が引き締まる。

 

「俺たちの任務はクーデリアさんと蒔苗さんの護衛だ。皆、モビルワーカーに乗って!」

 

 おうっ!! と5人はパッと散開し、各々のモビルワーカーに飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「先生」

「うむ」

 

 秘書が開けた装甲車のドアに、蒔苗は老体を労わるようにゆっくりと乗る。

 クーデリアも、蒔苗と同行すべく助手席へ。

 ギャラルホルンの防御を突破して市内に、議事堂に入ったとしてもクーデリアの戦いは終わりではない。いや、そこからがクーデリアにとっての戦いの始まりなのだ。

 鉄華団の団員、そしてフミタン。一身に背負った期待が結実するかどうか、自分の両肩にかかっている………

 

 

「お待たせしましたっ!」

 

 

 と、元気のいい声と共に一人、運転席に飛び込んできた。それは―――――

 

「えっ!? あ、アトラさん? 何で………?」

「戦う人の手が足りないんで、運転は私がしますっ。団長さんの許可はもらってきました」

 

 前にかつてのCGSへの商品の納入などで商店の自家用車を運転していると聞いてはいたが、兵士ではないアトラが危険な戦闘地域に………

「で、ですが………!」と思わずクーデリアはアトラの行動を押し留めようとした。だがアトラはそんなクーデリアに静かに笑いかけた。

 

「三日月の代わりに、私がクーデリアさんを守ります」

「………!」

「それが、私のカクメイなんです」

 

 

 革命。

そうだ、これからクーデリアが起こすことは、革命だ。

 これまで搾取されるばかりだった火星の現状を改め、新たな産業を興し、人々を貧困と飢えから救い出す。

 そして、それはクーデリアただ一人では成し得ないこと。

 三日月やアトラ………鉄華団の人たち。ドルトコロニーの労働者たち、フミタン………。

 誰もがこの世界を変えるために、自分たちの暗く閉ざされた世界に一筋、光を見出すために戦っているのだ。もはや彼らとクーデリアは運命を共にする、一心同体。

 自分たちの運命は、自分たちで切り開く。彼らも、そしてクーデリアも。

 

 

「さ、行きましょう。クーデリアさん!」

「――――ええ! お願いします!」

 

 クーデリアはシートベルトを掴み、硬く締めた。遅れて秘書も後部座席に乗り込む。

 

『じゃあ、俺について来てください! あと、議事堂までの道案内もお願いします!』

「了解っ!」

「道案内は儂がしてやろう」

 

 タカキのモビルワーカーを先導に、蒔苗老を乗せた装甲車も発車。さらに4機のモビルワーカーも直掩につく。

――――これはもう、自分だけの戦いではない。

 

 

 未来を変えるために、明日を手にするために誰もが戦っている。三日月も、アトラも、鉄華団の団員たち。そして………クーデリア自身も。

 

 

 

 



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紫閃

▽△▽――――――▽△▽

 

 

「俺の全て、残さずオルガに賭けるよ」

 

 

〝グレイズ〟のバトルブレードをレンチメイスでへし折り、さらに突き上げて倒れた所へ振り下ろして叩き込む。

 そうして胸部から上が無残に潰れた敵機を後目に、三日月は怯んで後退しようとするもう1機に迫り、同様の運命を与えた。

 

 数機の〝グレイズ〟が遠距離から射撃しようと回り込むが、そこに〝漏影〟の射撃が殺到。続けて襲いかかった〝グシオンリベイク〟や〝流星号〟の攻撃を受け止めきれずに吹き飛ばされ、次々コックピットを潰されて沈黙する。

 乱戦下ではギャラルホルンお得意の陣形攻撃など役に立たず、連携を完全に遮断されてしまえば練度の差で〝グレイズ〟は抗しきれずに撃破される。

 

 

 既に先攻してきた十数機の〝グレイズ〟は点々と草原に横たわり、潰れた機体各所から黒煙を上げてピクリとも動かなくなっていた。

 

 

『く、くそ………せめて、あの青い機体さえ撃破できれば―――――ッ!』

「やらせる訳ないだろ」

 

 

 ギギ………と刃が軋む鍔迫り合いが〝バルバトス〟と〝グレイズ〟の間で繰り広げられるが、次の瞬間には力づくで押し返し、レンチメイスでコックピットを挟み、圧潰させた。敵兵の嫌な断末魔が接触回線を介してコックピットの三日月の耳にも飛び込んでくるが、もう慣れきった音だ。

 

 

 ギャラルホルンの戦いから、目的がカケルの〝ラーム〟にあることは三日月にも分かっていた。だが、三日月や昭弘に阻まれ、運よく潜り抜けられたとしてもラフタやアジー、昌弘が牽制し、何とか数機が鉄華団の囲みを突破できたとしても、直掩に〝ホバーマン・ロディ〟3機を回している。

 カケルの〝ラーム〟は一発も食らうことなく、逆に空に向かって再び、ガトリングキャノンを咆えさせた。遥か遠くの街並みは、着弾に次いで立ち昇る煙でほとんど姿も見えない。

 

 こちらを攻めあぐねる残存の〝グレイズ〟隊は、少しずつ後退を始めていた。

 

 

 

 

『――――た、隊長っ! 陣形が完全に破壊されました! このままでは逆に我らが包囲されます………!』

『ちぃ………敵拠点側面を突かせた部隊はどうした!? 防備は手薄なはずだろう―――!?』

『そ、それが敵モビルスーツ2機に阻まれ、身動きが取れないと………』

 

『ぐぐ………全部隊後退! 合流再編し立て直すッ!』

 

 

 

 

 紫の煙をばら撒く信号弾が上がり、ギャラルホルンがこちらに撃ちかけながら退散していく。

 

『逃がすか! 待ちやがれ!!』

『待つのはあんただよ昭弘! もうこっちも弾薬、スラスター残量がやばい。〝ホバーマン・ロディ〟なんて、大飯食らいだからもう動けないだろ?』

 

『ゴメン兄貴………もうガスがヤバい』

 

 

 一旦うちらも引くよ! とアジーの号令で〝グシオンリベイク〟や〝流星号〟〝ホバーマン・ロディ〟が拠点となる鉄道駅の方角に引き上げていく。〝漏影〟と〝バルバトス〟が殿としてそれに続いた。

 

 と、ラフタから通信が入ってくる。

 

 

『三日月も結構暴れたよね。もうガスやばいんじゃない?』

「うん。残り半分ちょっとだからヤバかった」

『………はぁ!? あんだけ動いて半分しか減ってないの!?』

『アンタ、計器の見方間違えてるんじゃない?』

 

 等々ラフタとアジーに散々言われる三日月だが………何度見ても端末に映し出される機体各部の燃料計表示ゲージはどれも残り半分少々ぐらいだ。

 

 

「別に間違ってないと思うけど」

『………うは、阿頼耶識ずっこい』

『感覚的に最小限のスラスター噴射だけで身軽に動いてんだろうね。よくやるよ』

 

 

 特に呆れられる理由が分からなかったが、三日月は片手で栄養バーを口にしながら、拠点へと機体を駆けさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「やっとこさ退いてくれたか………」

 

〝グレイズ〟隊が土煙をまき散らしながら撤退していく。その光景をコックピットの側面モニター越しに見やりながら、俺は小さく息をついた。

市内の方も、ギャラルホルンモビルワーカー隊が退き始めたようで支援射撃の要請は上がってこない。これで、わずかな休憩時間だろうが落ち着いて飯が食える。栄養バーだけど。

 

 

『カケル! 俺らもガスがないから一旦退くからな』

『クレストが援護に残るんで! すぐ戻ります!』

「分かった。腹ごしらえもしっかりしとけよ」

 

 うす! とビトーとペドロ、2機の〝ホバーマン・ロディ〟が三日月らの後を追って〝ラーム〟を直掩する配置から離れていく。ただっ広い草原に、俺とクレスト、〝ラーム〟と〝ホバーマン・ロディ〟1機が寂しく残された。

 とりあえず、サイドポケットのフタをスライドさせ、中に詰められていた栄養バーを一つ取って口にする。味の濃いバーベキュー味だが、やっぱり腹に溜まる感じがしない。

 

「クレストも何か食っとけよ。これから長丁場になるから、持たないぞ」

『べつにいいよ。お腹減ってない』

 

 そうか。と、俺は俺で二本めの栄養バーを一気に口に詰め込んだ。腹には溜まらないが、一応は満腹感が感じられて無いよりはマシだ。

 周囲に敵影無し。だがクレストの〝ホバーマン・ロディ〟は油断なく周囲を警戒しているようだった。

 ブルワーズから譲渡され、人間として鉄華団に迎え入れられた元デブリ組の少年たちは、戦士として誰もが優秀だ。それは、三日月のような鍛錬の結果ではなく、ゴミ同然に使い潰される中で粗く研磨された結果だろうが。

 

 三日月らが戻ってくるまで1時間もかからないだろうが、それまで沈黙し続けるのも、何となく辛い。

 

「鉄華団には慣れたか?」

『うん。みんないい人ばっかりだから。俺たちみたいなデブリにもちゃんと飯出してくれるし、寝床ももらえるし』

「この仕事が片付いたらボーナスが出るそうだぞ。よかったな」

『………ぼーなす? なにそれ?』

「給料に上積みして報酬が出るってことだ」

 

 

 鉄華団の給料に、出自は関係ない。その仕事と役どころに応じた給料が支給されているらしい。当然、元デブリ組であろうとだ。俺はクーデリアの傭兵ってことになってるので、クーデリアからの前金以外はもらってないが。

 だが、クレストにはピンと来なかったようで、

 

 

『………なんで?』

「何でって、会社のためにたくさん働いて、利益が増えたらその分給料が増えるのが当たり前だろ」

『デブリの俺たちでも?』

「団長はお前らを、一人の人間として鉄華団に迎え入れるって言ってたんだろ?」

 

 

 その場にはいなかったが、事の経緯はダンジや他の団員から聞いていた。原作通りヒューマンデブリの鎖から解放したとも。

 しばらく、クレストからは何も応答が無かったが、

 

 

『デブリじゃないって、団長とか他の人にもいわれたけど………どういうことなのか分かんない。俺ら、ずっとデブリだったから。昔は、もっとましな生活をしてたかもしれないけど、もう覚えてないし』

「そうか………」

『鉄華団に入って、まともな飯食って、寝床で寝て仕事があって………それで死ねたら、文句ない。デブリの中では、俺たちまともに死ねると思う。こういう風にデブリを使ってくれる所って、他にないと思うから』

 

 

 クレストは周囲を警戒しながら何の気なしに、そう言った。

仲間の死を踏み越え、自分自身の心を殺して生きてきたヒューマンデブリにとって、道具として使われることが生きること、道具として消耗されることが死ぬこと、なのだろうか。

 

 それが当然で、身体にも心にも染み付いた彼らに「もうヒューマンデブリじゃない」「自由だ」なんて言ったところで、結局のところそれは「今までとは違う生き方」だ。受け入れるのには時間がかかるだろうし、何より受け入れるのは彼ら次第だ。

 俺にできることと言えば、いつぞやの日のようにさりげなく寄り添って、そしてぶつかってやることぐらい。

 

 俺には誰の運命も決められない。

 ただ彼らが生きるチャンスを掴めるよう、なけなしの力で後押ししてやるぐらいだ。

 

 

「クレスト」

『?』

「楽しくやろうな。これから」

 

 

 せめてその生の中で、一つでも多く、楽しい思い出を残してやれるように。

 戦って死ぬ運命を受け入れる少年兵たちを前に、俺には、それぐらいしかできない。

 

 クレストは、少し戸惑った様子だったが『うん………』と心なしか嬉しそうに頷いてくれた。

 

 と、その時、センサー表示ウィンドウに〝バルバトス〟ら補給と整備に戻った鉄華団モビルスーツ隊一同の反応が一斉に表示された。

 

 

『待たせたね。これから市内のモビルワーカー隊共々、一斉攻勢に出るッ! ビトー、ペドロ、クレストの3機は〝ラーム〟の直掩。残りは敵陣に殴り込みするよッ!』

 

『カケル! これから送信する地点に攻撃頼む! 敵モビルワーカー隊のお出ました!』

 

 

 アジーらを戦闘に〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝流星号〟、昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟が草原を駆け去っていく。

 俺は、再びマップ表示画面上にマーキングされたポイントへ向け、〝ラーム〟の砲口を調整した。

 

 

 

【TARGET ROCK】

【射撃管制システム調整………完了】

 

【データリンク受信 評価開始】

【弾速再計算――――終了】

【弾道再調整 再計算――――終了】

【重力偏差修正 完了】

 

 

 

 発射準備完了を前に、トリガーに指を添えた。

 

「モビルワーカー隊は半径100m以上離れてろよ。――――発射!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

【ALAYA-VIJNANA】

【ASW-G-66】

【GUNDAM FRAME - KIMARIS GAELIO】

【CONNECTION COMPLETE】

 

 

 毒々しい赤で彩られたコックピット。

 

 モビルスーツからの情報が、直接体内へと注がれていく。とくん、と心臓が小さく波打つ。

 その瞬間、ガエリオと〝キマリス〟は、一体の存在となった。

 モビルスーツのシステムと、思考が機械的に結び付けられ、空間認識能力の増大。感覚が人間の限界を超えてどこまでも研ぎ澄まされていく。

 モビルスーツ輸送機のハッチが開かれた。眼下に、どこまでも続く草原が見える。

 

 

 

 ここに、ガエリオが倒さねばならない敵がいる。

 世界の秩序を乱し、世界秩序の守護者たるギャラルホルンに戦いを挑み………ガエリオに、禁忌の冒涜を強いた、世界の真の敵が。

 

 その名は、クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 鉄華団。

 そして………忌々しい火星の宇宙ネズミが操る〝バルバトス〟。

 

 

 

 薄汚い宇宙ネズミを完全に始末するため、元々は宇宙でその性能を最大限発揮する仕様であった〝キマリス〟は徹底的に改修された。

 地上でも〝キマリス〟得意の高速戦を実現する四脚スラスターユニット、そしてリアホバースカート。その姿はまるで、昔語りに登場する誇り高き騎兵のよう。

 そう。敗戦し、禁忌に身をやつしてもなおガエリオは、そしてボードウィン家は誇りを失っていない。ギャラルホルンと、世界秩序を守る大儀がある限り。

 

 

 

『………ガエリオ・ボードウィン。〝キマリス〟、出るぞ!』

 

 

 

 ガンダムフレーム〝キマリスガエリオ〟………厄祭戦時の力を取り戻したその機体は、カセウェアリー級輸送機のハッチから彗星のように飛び出し――――眼下の地表へと殺到する一筋の鋭い軌跡と化した。

 

 

 

 阿頼耶識システムに仕込まれた、思考を冒す〝毒〟を彼は知らない―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

〝バルバトス〟ら鉄華団のモビルスーツ隊は、戦場から遠く離れた平原の一角に陣取るギャラルホルンの拠点目がけ、強襲を仕掛けた。

 圧倒的な数的優位に酔い、まさか拠点が直接攻撃を受けるなど予想もしていなかったのだろう。補給整備中の〝グレイズ〟はどれも無防備に膝をついて佇み、その足下にはパイロットスーツを着たギャラルホルン将兵の姿も。

 

 

『敵が混乱している今のうちに、数を減らすよッ!』

『おらおらァッ!! 行くぜぇーッ!!』

 

 

そこに〝漏影〟のバズーカ砲弾が殺到し、パイロットが乗っていない〝グレイズ〟が次々と、直撃弾をもろに食らい足下のパイロットを巻き込みながら倒れ込んでいった。

 さらに〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝流星号〟も各々の近接武器を駆使し、まだパイロットが乗っていない敵機を矢継ぎ早に潰していく。

 

 運よくパイロットが乗ったままの〝グレイズ〟がゆっくりと起き上がるが、昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟がそこに肉薄。敵機はコックピットをハンマーチョッパーで殴り潰されて沈黙した。

 

 

『機体だけやらせてもらうぞッ!』

 

 

 クランクの〝ガンダムフォルネウス〟もまた、ランスでパイロット搭乗前の〝グレイズ〟胸部を貫き、背後の地面に叩きつけた。整備用トレーラーのそばにいたパイロットらしき兵士が一目散に逃げ出していく。肝心の機体が無ければモビルスーツパイロットは無力。わざわざ人間を殺してやる必要などない。

 

 数分後、ギャラルホルンの残存モビルスーツと補給部隊は、拠点を放棄して撤退。残されたのは、10機以上の〝グレイズ〟の残骸や破壊されたトレーラー、物資コンテナの山だった。

 

 

 

 補給拠点を狙った奇襲は成功。ギャラルホルンは大打撃を被る。

 

 

 

 

 

 

 だが、その数分後に事態は急変した。

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『ふふーん。やっぱ戦いは数よねアジー?』

「その理屈でいったらあたしら全滅だよ。ま、全員でボコ殴りにしてやったからね。生半可な数じゃあたしらに勝てないよ」

 

 敵機の残骸が点々散らばる、ギャラルホルンが放棄した補給拠点に佇み、アジーの〝漏影〟は周囲を見渡した。脱出した数機の〝グレイズ〟はどこかに立ち去ったようで、戻ってくる気配は無い。

 

『まさかー。このままあたしらの勝ちってことになったりしないよね~?』

「こんだけ殺っても、まだ全体の半分も潰せてないでしょうよ。すぐに再編して反撃してくる」

 

 どこかのチンピラ組織や海賊ならともかく、相手は天下のギャラルホルンだ。モビルスーツなんて、うなるほど用意してるに違いない。

 通信ウィンドウ上で、ラフタはげんなりした表情で、

 

『……うへ。金持ちの物量戦ってホント嫌い。金余ってるなら少しはあたしらに寄こせっての』

 

 

 一方、向こうの三日月、昭弘、シノ、昌弘も、一時の静寂に所在なく機体を佇ませて、

 

 

『どうする昭弘。追いかけてみる?』

『そうだな』

『さんせー』

『よし………!』

 

「なーに言ってんだい。これ以上出張ったらカケルが無防備になるだろうが。さっさと戻って防御陣形整えるよ」

 

 

 これは、元々ギャラルホルンの積極策を封じるためのものでもあった。拠点を強襲すれば、ギャラルホルンは再びその轍を踏まないよう拠点や要所の防御を徹底するだろう。攻撃のために投入されるモビルスーツの数は削られ、陣形への側面攻撃など、少しちょっかいをかけてやれば相手の方で勝手に二の足を踏んでくれる。

どの道、数では圧倒的に不利なのだ。打てる戦術は全て打って、蒔苗とかいう老人がアーブラウ議事堂に到達して権力を回復するまでの時間稼ぎができればいい。

 

「殿はあたしとラフタが行くから。ほら、さっさと――――――」

 

 

 

 

 

 

【CAUTION!】

【AHAB WAVE SIGNALS】

 

 

 

 

 

 

 その時、敵機のエイハブ・ウェーブをセンサーが捉えた。

 

「ん? 新手………」

 

 

 機体のエイハブ・ウェーブ固有周波数を確認する合間すら無かった。

 

 

『………え?』

 

 

 目にも止まらぬ速さで天から降り落ちた何かが―――――ラフタが操る〝漏影〟を直撃した。地面が爆ぜ、直撃の轟音が容赦なく鼓膜を打ち、凄まじい土煙が爆発して〝漏影〟をしばしの間覆い隠す。

 

 そして土煙が吹き払われた時、アジーの目に映った光景は………馬上槍のような長大なランスに機体を刺し貫かれ、だらりと腕部を下げて沈黙した〝漏影〟の姿だった。

 

「な………!」

 

 ラフタはアジー同様の熟練のエースパイロットだ。それが対応できないほどの一瞬で………

 〝漏影〟を貫いた敵モビルスーツは、紫色の、古代の騎兵にも似たフォルムを持つ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか………これが、そうなんだな。考えなくても分かる。感じるがまま………モビルスーツが動く!! これが、世界を平和へと導いた真実の力ッ!!

カルタ、マクギリス。任せてくれ。お前たちの無念は俺が晴らしてみせる。そして――――――ギャラルホルンの未来を、俺たちの手にッ!!』

 

 

 



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暗転

▽△▽――――――▽△▽

 

 

【CAUTION!】

【AHAB WAVE SIGNALS】

【ASW-G-66】

 

 

「………!?」

 

 その直後、アジーの〝漏影〟も撃破された。

 

 三日月の目では、一体何が起こったのかすぐに理解することができなかった。ただ、アジーがバズーカを撃ち放った直後に、敵機……エイハブ・ウェーブ個体名〝キマリス〟は、いつの間にかアジーの〝漏影〟の背後に回り込んでおり、太い剣で頭部を刺し潰したのだ。胸部も歪み、アジーの機体は前のめりになって倒れ込む。

 

「今の動き………」

『阿頼耶識じゃねえか………!』

『ちくしょ………だからってなァッ!』

 

〝漏影〟の撃墜に激高したシノの〝流星号〟がその〝キマリス〟目がけて飛び出した。『シノ戻れッ! 1機じゃ………』と昭弘が慌てて押し留めようとするが………

 

 

 

『フン。出来損ないの宇宙ネズミが』

 

 

 

 振り下ろされた〝流星号〟のバトルアックスは、バックステップした敵機を追いきれずにただ空を斬るのみ。

 次の瞬間、〝キマリス〟は〝流星号〟の腕部を蹴飛ばし、バトルアックスをその手から吹き飛ばした。

 

 あまりにも速すぎる挙動。全く予測すらできない。

 

『な………ぐあっ!?』

『火星人は火星に帰れと言ったはずだ! ………いうことが聞けないなら、ここで死ねェッ!』

 

 止める間も無かった。

〝流星号〟の頭部を潰す勢いで掴んだ〝キマリス〟は、その腕部に仕込まれていた鉄杭…パイルバンカーをゼロ距離で発射。

〝流星号〟の頭部と胸部が、パイルバンカーにぶち抜かれ、ナノラミネート装甲が一瞬にして引き裂かれた。

 

 

『が………ああァッ!!』

「シノ!? ………ぐっ」

 

 

 すぐに駆けつけたかったが………更なるエイハブ・ウェーブの反応に三日月は舌打ちした。数は20以上。

 叩きのめしたはずのギャラルホルンのモビルスーツ隊が、またしても大挙して押し寄せてきたのだ。最悪なタイミングに、思わず歯噛みを隠せない。

 

「ち………昭弘! こいつら任せていい?」

『ああ任せとけ。後ろは心配するなッ! 行くぞ昌弘ッ!』

『おうっ!!』

『アインは敵モビルスーツ隊を!〝キマリス〟に対しては私も』

『はいっ! クランクさん!』

 

〝グシオンリベイク〟〝ホバーマン・ロディ〟〝アクア・グレイズ〟が迫る〝グレイズ〟隊へと突っ込んでいく。手練れの昭弘たちなら何とかしてくれると思うが………この敵、さっさと潰さないと、マズい。

〝バルバトス〟と〝フォルネウス〟を前に、〝キマリス〟――――おそらくパイロットはガリガリ――――は嘲るような笑いを投げかけてきた。

 

 

『はっ。………宇宙ネズミ。お前だけは俺の手で殺らなければならないと思っていた。来い!』

 

 

 言われなくても………! 〝バルバトス〟はレンチメイスを振り上げ、スラスター全開。凄まじい勢いで突っ込んだ。

 だが〝キマリス〟は、〝バルバトス〟の怒涛の突進をものともせずに素早く右に回避。そしてすれ違いざまにランスを突き上げて、〝バルバトス〟を吹き飛ばした。

 

「ぐぅ………ッ!」

『お前の動き、全て読めるぞ! そう、この知覚。この反応速度ッ! これこそが〝真の阿頼耶識〟を手にした俺の力だッ!!』

「は………?」

 

 

『見ろ………俺を見ろ宇宙ネズミッ! 忌むべき禁忌を身に宿したこの俺の姿こそが、阿頼耶識の本来の姿!! モビルスーツとの一体化を果たした俺の力、その覚悟は―――――紛い物のお前たちを凌駕するッ! ガンダムフレーム本来の力を手に入れた俺を前に………消えて、なくなれェッ!!』

 

 

 次の瞬間、〝キマリス〟は宇宙で見せた時と同じ……いや、それ以上の速さの突進を〝バルバトス〟目がけ仕掛けてきた。回避しようとするが、突進を回避できたとしても、太い剣による斬撃が次々と繰り出されてくる。

 鋭い一突きに〝バルバトス〟は一瞬の隙を作ってしまい、そのわずかな静止を逃すことなく〝キマリス〟はその胴を思い切り蹴り飛ばした。

 

〝バルバトス〟は背部から地面に叩きつけられ、三日月に容赦なく襲いかかる衝撃。コックピットモニターの脇でいくつもの警告が表示され――――だが機体の損傷よりも、敵機相手に〝バルバトス〟の反応速度が対応しきれていない現状に、三日月は本能的に苛立った。

 

 

『止まるか! いい的だぞッ!』

『そうはさせん!!』

 

 突進を繰り返そうとする〝キマリス〟目がけ、クランクの〝フォルネウス〟が腰部キャノン砲やミサイルを撃ち放った。その全てが目にも止まらない回避機動を前にただ地面を爆ぜさせるだけに終わる。

 

 

『は、速い………!?』

『どこを見ている火星人ッ!!』

 

 弾幕を悠々とかわしきり、〝キマリス〟は眼前に迫った〝フォルネウス〟目がけ、ランスの切っ先を突き出した。

 

『ぐ………!』

『終わりだァッ!!』

 

 だがその瞬間、〝バルバトス〟は倒れていた地面から瞬発し―――〝キマリス〟のランスが〝フォルネウス〟を捉える寸前、レンチメイスで殴り上げてその軌道を上へと跳ね変えた。ドリルのように高速回転するランスは、ただ空を裂くだけに終わる。

 

『貴様ぁ………!』

「あんたの相手は、俺がするよ」

『上等だ! ………む!?』

 

 その瞬間、〝キマリス〟が頭部ツイン・アイを向ける先で無数の閃光が空に放たれて、消えた。その先にあるのは………

 

『ま、まさか宇宙ネズミ共! 市街地に直接攻撃を加えているのか!?――――ゆ、許せんッ!!』

 

 鍔迫り合いを挑んできた〝バルバトス〟を、勢いをつけて突き飛ばし〝キマリス〟は凄まじい速さで地面をホバーし駆け去ってしまった。

 カケルの〝ラーム〟が陣取っている方向へと。

 

『い、いかん! そっちは………!』

「―――――カケルッ!!」

 

 すかさず追いすがろうとする三日月だったが………加速しようとする〝バルバトス〟の前に〝グレイズ〟3機が立ちはだかる。

 

「………邪魔だッ!!」

 

 ライフルを撃ちまくる〝グレイズ〟の弾幕を真正面から打ち破り、三日月は〝バルバトス〟のレンチメイスを渾身の力で振り下ろし、瞬く間に1機を潰した。

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『カケル、そっちに1機行った! 速すぎて追いつけない!』

 

 指定された市内のポイントに〝ラーム〟のガトリングキャノンを撃ち出した直後、切羽詰まった三日月からの通信が俺の耳に飛び込んできた。

 

「了解。――――ちょっと行って倒してきてくれ!」

『おう!』

『『了解!』』

 

 ビトー、ペドロ、クレストの〝ホバーマン・ロディ〟が地面をホバーしながら駆けていく。1機ならあの3人で何とかなるだろう。

 なんせ、アインは俺たちの味方になっているし、〝キマリス〟の方もガエリオに重傷を負わせたようだからな。

 

『カケル! 次の指定ポイントに攻撃頼む! くそ………一体どんだけモビルワーカーを………』

 

 オルガからの支援要請に「了解!」と応えつつ、先刻と変わらず弾道の微調整に入る。

 そこ横目で――――〝ホバーマン・ロディ〟3機とこちらの陣形を突破した敵モビルスーツとの戦闘が開始されたようだった。

 

 

 

原作とは比べ物にならない、俊敏な動きでビトーらを翻弄する〝ガンダムキマリストルーパー〟との。

 

 

 

「は!?」

 

〝キマリストルーパー〟って、直線は早いのは知っているが、あんな縦横無尽に動けたか!?

 あれじゃまるで………!

 

『ちっ。撃ってるだけじゃ………俺が行く! 援護頼む!』

『了解っ。気を付けてよ、ビトー!』

 

 ペドロの〝ホバーマン・ロディ〟が、サイドスカート部から煙幕が詰まった手榴弾を取り出し、〝キマリス〟目がけ投げつけ、さらにサブマシンガンを撃ち放つ。

〝キマリス〟の手前でサブマシンガンの直撃を食らった手榴弾は炸裂し、〝キマリス〟は噴き出す白煙の中に飲み込まれてしまった。

 

『うおおおおおおおッ!!』

 

 素早く〝キマリス〟の背後に回り込んだビトーの〝ホバーマン・ロディ〟は、白煙の只中で立ち止まる〝キマリス〟目がけ、全速で斬りかかった。避ける間もなく、ビトー機のハンマーチョッパーは〝キマリス〟を袈裟懸けに―――――

 

 

『………ふん』

 

 

 だがその刃の先から………〝キマリス〟が消えた。

 まるで原作の〝グレイズ・アイン〟を想起させる、瞬間移動に近い俊敏すぎるその反応速度。

 ビトーの〝ホバーマン・ロディ〟は背中から蹴飛ばされ、『ぐうっ!?』とビトーはくもぐった呻き声を上げたが、すぐに機体を立て直し、距離を取った。

 ビトーが叫ぶ。

 

 

『気を付けろッ! アイツも俺たちと同じ………阿頼耶識使いだ!』

 

 

 おいおい冗談だろ………? 市内のポイント目がけ、正確に照準したガトリングキャノンを撃ち放ちながら、俺の口から自然とそんな声が漏れてしまった。

〝キマリス〟が阿頼耶識搭載機になるのは2期からのはず。それもアイン・ダルトンの脳を移植した疑似阿頼耶識【TYPE-E】。だが肝心のアインはまだ生きて鉄華団側にいる。

 となると………

 

「まさか、自分にあの阿頼耶識を埋め込んだっていうのかよ………!」

 

 そうとしか思えない。あの超絶的な反応速度は、まさしく〝グレイズ・アイン〟のそれだった。

 だとしたら、〝ホバーマン・ロディ〟3機だけでは、間違いなく対処できない。

 すぐに俺も援護に入らなければ………

 

 

『こ、こちらタカキですっ! すいません………敵の待ち伏せを食らって……!』

『アストン下がれッ! 的になるぞ!?』

『でもっ! 誰かが引き付けないと………!』

 

『すまんカケル! データを送る! 支援できるか!?』

 

 

 最悪なタイミングでの支援要請。敵の数は10機。

 しかもオルガから送られてきた敵位置データは、議事堂に近い市内中心部近く。高層ビル群が密集し、撃てるポイントが限られている。ヘマをすれば、高層ビル群に直撃して軒並み倒壊しかねない。

 

「タカキ、マップ上のストリート3の交差点に敵を引き付けてくれ! そこしか攻撃できない!」

『りょ、了解!』

 

 マップ表示画面上で、タカキらのモビルワーカー隊、それに護衛対象である蒔苗老を乗せた装甲車がゆっくり後退していく。押している、と誤解したのかギャラルホルンのモビルワーカー隊は前進し始めた。

 

 早くしろ、早く………!

 

 焦りにジワリと手に汗が滲む。先ほど攻撃したポイントから距離があるため、再計算にも少し時間がかかる。エイハブ・リアクターからのガトリングキャノンへのパワー供給も減少させ、敵モビルワーカーを破壊できる程度まで威力も低減させなければ………

 

 調整に焦る俺の視界端で繰り広げられる激闘。ビトー、ペドロ、クレストが荒削りのフォーメーションを組み、目まぐるしく〝キマリス〟の周囲をホバーで駆け回りながら1機が近接攻撃を仕掛け、残り2機が射撃で牽制――――を交互に繰り返しているが、

 

 

『チョロチョロと………ネズミらしく鬱陶しいなッ!!』

 

 

 次の瞬間、サブマシンガンの直撃にも構わず、〝キマリス〟はビトー機目がけて襲いかかってきた。

 

『ぐ、このっ!―――――が!?』

 

 サーベルで〝ホバーマン・ロディ〟のマシンガンを、そして続けて繰り出してきたハンマーチョッパーをその手から弾き飛ばし――――――わずか一瞬、無防備になったビトー機の胸部をキマリスサーベルの太い刃が刺し貫いた。

 

「なっ………!」

『ビトー!!』

 

 間近で見せつけられたペドロの悲痛な叫び。〝キマリス〟は悠然と、貫かれ無残に潰れひしゃげた〝ホバーマン・ロディ〟の右胸部から、キマリスサーベルを引き抜いた。〝ホバーマン・ロディ〟は力なく、後ろへと倒れていく。

 

『く………よくも……よくもビトーをッ!!』

『ま、待てペドロ! 下手に近づいたら………!』

 

 止める間も無かった。

 獣のように雄叫びを上げながらペドロの〝ホバーマン・ロディ〟が〝キマリス〟目がけて突っ込む。

 

 

『うわああああああぁぁァッ!!』

 

 

 だがその刃は〝キマリス〟を捉えることなく、逆に突き出されたランスによって構えていたハンマーチョッパーを失ってしまう。

 そしてすれ違いざま、装甲の首の隙間にサーベルをねじ込まれて……ペドロの〝ホバーマン・ロディ〟も地面を抉りながら転がり、そのままピクリと動かなくなってしまった。

 

 念入りにトドメを刺そうというのか、近づく〝キマリス〟だったが、ビトー機のサブマシンガンを掴み両手でマシンガンを撃ちまくるクレストの〝ホバーマン・ロディ〟の攻撃に、鬱陶しそうにランス内蔵砲を撃ち返して後退した。

 

『ビトー……ペドロ………ちくしょう………っ!』

「近づきすぎるなよ。すぐに俺も援護に………」

『わかってる! かたきは俺がとるッ!!』

 

 すっかり頭に血が昇ったようにがむしゃらに撃ちまくるクレスト。〝キマリス〟はランス内蔵砲で撃ち返しながら徐々に距離を詰めていく。

 このままじゃマズい………!

 

 

【射撃管制システム調整………完了】

【弾速再計算――――終了】

【弾道再調整 再計算――――終了】

【重力偏差修正 完了】

 

 

 発射準備は整った。だが………

 

「おい! もっと敵モビルワーカー隊を前に出させろッ!」

『やってます! でもこっちの動きに乗ってくれなくて………!』

 

 さすがに何度も上から撃たれたら対処されるか………。高層ビルを盾にすれば撃てないと、悟られたかもしれない。

 くそ、どうする………!

 

『ぐあ!?』

『ダンジ!?』

『だ、大丈夫だ! まだやれる!』

『下がれ! 後は俺が………!』

『ちくしょう! こいつらさえ何とかすれば………!』

 

 議事堂、いやその手前にある要人用セーフハウスに辿り着くことができれば、蒔苗老しか知らない秘密の抜け道から議事堂に入ることができる。その時点で、俺たちの勝ちだ。

 だがそのセーフハウスの手前に、意図の有無は不明だがギャラルホルンは布陣している。こいつらを何とか撃破しないと………。

 

 

『ち………カケルもういい! このまま撃て!』

 

 

 タカキらと合流した、切羽詰まったオルガからの命令。

 

「で、ですけど………!」

『爆煙に紛れて乱戦に持ち込む! それなら勝機はあるはずだ』

 

 確かに、俊敏さなら阿頼耶識持ちの鉄華団モビルワーカーに勝てる相手はいない。乱戦なら十分数の差を覆せる。

 

「了解した。これから砲撃を………」

『す、少し待ってください! 敵が前に出始めました!』

 

〝ラーム〟コックピットの敵位置表示も、じわじわと前進する敵モビルワーカー隊の反応を捉えていた。あと10秒ほど待てば、敵の全機が着弾の有効範囲内に………

 

 

『おのれ………させるか宇宙ネズミッ!』

『行かせないっ!! この………っ!』

 

 

 砲台として身動き取れない〝ラーム〟に目標を切り替えようとする〝キマリス〟を、クレストの〝ホバーマン・ロディ〟が割り込み、マシンガンとハンマーチョッパーの斬撃を交互に繰り返して妨害しようとする。致命打を受けないよう距離を取って立ち回りつつ、〝キマリス〟の進撃を必死に食い止めようとする。

 だが、必死の妨害もそう長くは続かなかった。次の瞬間、〝キマリス〟はクレスト機の懐に飛び込み、高速回転するニードルランスでその肩部をぶち抜く。

 

 そして足払いでいとも簡単に〝ホバーマン・ロディ〟を払い転がすと………その脚部もニードルランスでぶち抜いて破壊した。

 

『が………ッ!』

『ネズミ仲間が死ぬのをそこで見ていろ』

『いやだっ! いかせな………!』

 

 行動不能になりながらもまだ残った片腕で〝キマリス〟の脚部を抱き込もうとするクレストだが、足蹴にされて蹴飛ばされ、―――――〝キマリス〟がこちらに迫った。

 

 

『だめだっ! やめろ―――――――ッ!』

 

 

 クレストの絶叫。

 側面モニターに、迫る〝キマリス〟のニードルランス。

 俺は反射的にトリガーを引き絞り………

 

 ガトリングキャノンを発射したのが早いか、〝キマリス〟のニードルランスが〝ラーム〟のコックピット部分にぶち込まれたのが早いか、―――潰れていくコックピットに飲み込まれる俺には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 




【オリメカ解説】

ASW-G-66〝ガンダムキマリスガエリオ〟

マクギリスが厄祭教団の協力を得て〝ガンダムキマリス〟を改修した機体。原作同様に〝ガンダムキマリストルーパー〟として改修されつつ、封印されていた機体の阿頼耶識システムを復活。さらには教団独自のテクノロジーに基づく改造も施されている。
地球軌道上の戦いで回復不能の重傷を負ったガエリオに阿頼耶識手術を施し、生体ユニットとして直結。その思考をダイレクトに機体に反映させることが可能となり、従来の阿頼耶識システムでも達成できない超絶的な反応速度を獲得した。

主兵装のニードルランスには内蔵200mmリニア砲が装備された他、キマリスサーベルへのブースターユニットの追加、胸部対人機関砲、腕部内臓ドリルパイルバンカー等の凶悪な兵装が取り付けられている。

(全高)
19.3m

(重量)
32.0t

(武装)
200mmリニア砲内蔵大型ニードルランス
ブースト内蔵キマリスサーベル
機雷放出装置
シールド

胸部内蔵40mm対人機関砲ユニット
腕部内蔵ドリルパイルバンカー


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願いの在り処

▽△▽――――――▽△▽

 

『だ、団長! これじゃ前が持ちませんっ!』

『援護はまだかよぉっ!?』

「く………カケル………!」

 

 

 エドモントン市内中心部近くの街道。

 10機ものギャラルホルンモビルワーカー隊相手に、蒔苗を護衛するタカキら鉄華団モビルワーカー隊は果敢に攻撃を仕掛けていた。しかし火力・装甲共に向こうが遥かに勝っており、接近戦か火力を集中しない限り撃破は望めない。

 辛うじてこちらの人死にはゼロ。だがダンジ機が右側の機関砲を失った他、ライド機もダメージが蓄積し、残弾も残り少ない。

 

 モビルスーツ隊側の戦況が危なくなっているのは、LCSを通じてオルガも知っていた。もしかしたらもうこちらを援護できる余裕は………

 だがその時、無数の重砲弾が炎の雨のように、ギャラルホルンのモビルワーカー隊目がけ降り注いできた。着弾した地面が爆ぜ、噴き上がった爆煙が瞬く間に敵モビルワーカー隊を覆いつくす。先頭の敵モビルワーカー3機が弾雨に巻き込まれて爆散し、激しく炎を散らした。

 チャンスだ。

 

 

「――――今だッ! タカキ、アストン、デルマで行くぞッ! ダンジとライドは援護!」

『了解!』

「俺らも行くぞユージン!」

『おうっ!!』

 

 

 破壊され舗装がめり上がった地面を走破し、オルガの指揮官用モビルワーカーを筆頭に、計4機のモビルワーカーは混乱する敵部隊に牙を剥いた。

 

「真正面のからやっちまえユージン!」

『おうよ!』

 

 指揮官用モビルワーカーを操るユージンが、眼前のモビルワーカー目がけて60mm機関砲を撃ちまくる。至近で直撃を食らった敵機は、なす術無く装甲を貫かれて四散した。

 タカキら3機のモビルワーカーも、敵陣深くに食い込んで乱戦を挑む。特に戦闘慣れしたアストン、デルマの戦いぶりは凄まじく、敵モビルワーカーの間を駆け巡って次々仕留めていく。

 

 その戦いぶりは、かつて白と青のモビルワーカーで火星の荒野を駆けた三日月と昭弘のように見え、オルガは思わず少し口元を吊り上げた。

 

 

「よし………これでもう俺らを邪魔できる奴らはいねえ」

 

 

 行くぞ! オルガ機を先頭にタカキら計6機のモビルワーカー隊、そして護衛された装甲車は敵モビルワーカー隊の残骸をかき分けながら目的地へと急いだ。

 

 

「早くやることやらねぇと………ミカたちがやべェ」

 

 

 頼むから、持ちこたえてくれ………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ぐ………どんどん湧き出やがって………!」

『くそっ! 弾がもう!』

「俺のを使えッ! 援護頼む!」

 

 昭弘は手持ちのライフルを昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟に押し付けると、バトルアックスを構えて〝グレイズ〟に迫った。

〝グシオンリベイク〟のアックスと〝グレイズ〟のバトルブレード、刃と刃が激しく衝突するが、昭弘は〝グシオンリベイク〟持ち前のパワーで敵機を押し切り、〝グレイズ〟がよろめいた所で容赦なくアックスの刃を叩き込んだ。

 

 立ち止まったその瞬間、もう1機の〝グレイズ〟が回り込んで飛びかかってくるが―――そこに昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟が放ったライフル弾が直撃。その一瞬を逃さず〝グシオンリベイク〟のアックスで刺し潰した。

 

 

「はぁっ……はぁ………!」

『まだ来るっ! 東から3機!』」

「ちぃ………俺から離れるなよ、昌弘ッ!」

 

 

 へばってなんていられない。

 絶対にここで昌弘を………家族である鉄華団を死なせたりはしないッ!

 

 だが昭弘らに攻撃を仕掛けてきたのは東の3機だけではなかった。センサーの反応は、南、西から2機ずつの反応を捉える。

 すでに〝漏影〟と〝流星号〟は大破して横たわり、〝アクア・グレイズ〟と〝フォルネウス〟とは分断され連携が取れない。孤立無援の状態でもなお、昭弘と昌弘は必死に抗い続けてきた。

 

 それでも、劣勢という名の現実は容赦なく彼らを蝕む。

 

 

「ぐっ………!」

 

 

 1機の〝グレイズ〟が発射したバズーカ弾を回避しきれず、着弾の衝撃が昭弘の全身を殴りつけた。機体のバランスが崩れ、思わず〝グシオンリベイク〟は地面に片膝をつく。

 そこに〝グレイズ〟のバトルブレードが迫る。反射的にバトルアックスを振り上げて防いだが、さらに薙ぎ払うように蹴り飛ばされ得物が〝グシオンリベイク〟の手から吹き飛んでしまう。

 

 

『兄貴! うわ………ッ!』

 

 

 援護しようと昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟が駆け寄ろうとしたが、全方位から容赦のないライフル弾やバズーカの射撃が殺到し、さらに近接戦を挑んだ〝グレイズ〟の猛撃を受けてよろめく。長時間に渡る戦いは昭弘のみならず、昌弘の体力も奪っていた。武器、スラスター残量、そしてパイロットの体力。何もかもが限界に差し掛かろうとしていたのだ。

 

 それでも必死に踏みとどまろうとする昌弘だが、3機の〝グレイズ〟隊は容赦なく〝ホバーマン・ロディ〟に襲いかかり、武器を奪われ、バトルブレードに装甲をぶち抜かれ、さらに至近距離でバズーカを食らって吹き飛ばされる。

 

 

『が………ぁッ!』

「昌弘ッ!!」

 

 

 それでもヨロヨロと起き上がろうとした昌弘の〝ホバーマン・ロディ〟。

 だが両脇を2機の〝グレイズ〟が掴み、リアクター出力の差で力づくで地面へと跪かせた。重装甲の〝ホバーマン・ロディ〟は生半可な近接武器では倒せない。

 

 そのために………装甲と装甲の隙間から直接コックピットを殺ろうとしているのだ。

 行動を封じられた昌弘は逃げることもできない。

 

 

『ぐ………っ!』

「―――――ッ!!!」

 

 

 その瞬間、昭弘はこちらに斬りかかろうとする〝グレイズ〟を〝グシオンリベイク〟のマニピュレーターで殴り飛ばし、残り少ないスラスターを全開に昌弘目がけ飛びかかった。

 そして〝ホバーマン・ロディ〟とその両脇を固める〝グレイズ〟2機もろとも、あらん限りのパワーで突き飛ばす。

 

 雪崩打って横に吹っ飛ぶ〝グレイズ〟と〝ホバーマン・ロディ〟。

 迫る刃。

 そこにいるのは昭弘の〝グシオンリベイク〟。

 

 

 

『あ、兄貴―――――――ッ!!』

 

 

 

 コックピットが抉られる衝撃。

 頭から殴りつけられるような感覚に、昭弘の意識は瞬く間に投げ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「余計な邪魔を………!」

 

 エドモントンを守るギャラルホルンモビルスーツ隊を指揮するテオールは、唐突に割り込んできたもう1機に舌打ちを隠せなかった。鉄華団の重装甲モビルスーツを捕らえ、装甲の隙間からバトルブレードをねじ込みパイロットを殺さんとしたが………飛び込んできたもう1機がその身代わりとなったのだ。

 

 代わりにコックピットを抉られたガンダムフレームは、力なく膝をつき、倒れ伏す。

 

「だが、まあいい。1機倒したことに変わりはない」

 

 それに。ガンダムフレームの方が厄介だと考えていた所だ。わざわざ身代わりになってくれたことに礼を言うべきかもしれない。

潰される寸前の味方を守るつもりだったのだろう。薄汚い宇宙ネズミ同士の、美しい仲間愛だ。

 

 莫大な犠牲を経て、テオール率いるモビルスーツ隊はようやく鉄華団のモビルスーツをねじ伏せようとしていた。まだ〝アクア・グレイズ〟と〝ガンダムフォルネウス〟が抵抗を繰り返しているが、その動きは徐々に鈍っていく。接近戦を挑まず、しばらく射撃で牽制し続けていればいずれ疲労のピークに達し、討ち取れる好機が生まれるだろう。全機の半数以上を失ってしまったが、それでも尚こちらには余力がある。

 

 ヨロヨロ……とロディ・フレームの重装甲モビルスーツが起き上がった。遅れて立ち上がろうとした1機の〝グレイズ〟を、掴んで殴って黙らせる。

 

 

『よくも……よくも兄ちゃんを………!!』

「ほう、それは悪いことをしたな。許せ」

 

『うおおおおおああああああああアァアアアアァァァァ!!!!』

 

 

 獣のように咆えた若い……というより幼い敵パイロットは、武器も無くマニピュレーターの拳だけで果敢にもテオールの〝グレイズ〟に襲いかかってきた。だが、もう体力も限界に近いのだろう、あまりにも真っ直ぐで、読みやすい。

 

 

「ふん」

 

 

 テオールの〝グレイズ〟は悠々と拳をかわずと、バトルブレードの刃を重装甲モビルスーツの腕部、その装甲の隙間にねじ込んだ。

 

『ぐうううううぅッ!!』

「すぐに兄の後を追わせてやろう」

 

 

 さらに突き飛ばして再び後ろに倒し、〝グレイズ〟は馬乗りになると――――持ち直したバトルブレードを首の装甲の隙間に突き刺そうとした。

 重装甲モビルスーツは、すかさず残った片腕でそれを防ごうと足掻くが、旧式のモビルスーツとギャラルホルンの現行機ではパワーが違う。少しずつ押し込んでいき、その先端が装甲の隙間を抉り始める。

 

 敵機のコックピットからも、頭上からめり込み始めるバトルブレードの先端を見ることができただろう。短い悲鳴が接触回線越しに聞こえてきた。

 

 

 

『あ、兄貴………兄ちゃん………っ!』

「心配するな。すぐに会えるさ」

 

 

 

 優しく諭しながら、テオールはバトルブレードをさらに深く………

 

 その時、〝グレイズ〟のコックピットに【AHAB WAVE SIGNALS】の警報が鳴り響いた。

 

 

「何だと? 敵の増援………」

 

 

 だがテオールに対処する間は与えられなかった。

 次の瞬間、コックピットの側面モニター全体に映し出された、鋭く回転する黒い何かがテオール機のコックピットを………一瞬にしてぶち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『ば、バカな! エルナール隊長が………っ!』

『あのデカいモビルスーツ、一体なんだ!?』

『撃て、撃ちまくれッ!』

 

 突然、ギャラルホルン優位で進んでいた戦場に乱入してきた、1機の黒いモビルスーツ。

 その威容は通常のモビルスーツより一回りも二回りも大きく、頭部センサーユニットのモノアイが禍々しい紅に光り、ギョロリと周囲を見渡していた。その足下には、胸部コックピット側面に大穴が空き、重装甲モビルスーツに覆いかぶさるように沈黙した隊長機仕様の〝グレイズ〟。

 

 

戦場後背で控えていた、〝アクア・グレイズ〟や〝フォルネウス〟と対峙していない予備兵力4機が即座に展開。ライフルを撃ち放ちながら未確認モビルスーツに迫る。

 

 

「まあ、いけませんわ」

 

 

 たった4機で、この〝グレイズX〟の相手をしようなんて。

 コックピットで女――――エリザヴェラはフフッと、迫る〝グレイズ〟隊に笑いかけた。

 愚直なまでに真っ直ぐ、陣形を組んで迫る4機の〝グレイズ〟は………わずか一瞬にして眼前に迫っていた〝グレイズX〟に反応できなかった。

 

 

『な………!?』

 

 

 両手の専用大型アックスを一気に振り下ろし、〝グレイズ〟の頭部をかち割って胸部を抉り潰した。

 突然の事態に呆然としていたもう1機に、亡骸となった〝グレイズ〟を叩きつけ、2機が揃って倒れ伏した所を、ドリルモードで超高速回転させた片足で、貫き踏み潰した。

 3機目は袈裟懸けにコックピットを引き裂き、

 最後の機体は、押し倒し、上半身がぐちゃぐちゃになるまでアックスを振り下ろし続けた。

 

 

 4機全てを〝惨殺〟し終えた所で、

 

 

 

 

 

「お戯れが過ぎますわ、モンターク様。こんな楽しい機体を頂いたら私………楽しすぎて鉄華団の方々までぶっ殺してしまうかもしれませんもの!!」

 

 

 

 

 

 破壊し終えた〝グレイズ〟からようやくアックスを引き抜き、〝グレイズX〟の禍々しい紅眼は他の獲物……残る〝グレイズ〟へと、異様な熱意を以て注がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 

「ははは………この反応速度、この戦闘力、予想以上じゃないかッ!」

 

 

 阿頼耶識システム。モビルスーツと人体を一体化させるシステムが、これほどまでに………俺に力を与えるとは。

 ギャラルホルンがこの技術を禁忌としたのも分かる。このような人体と機械を融合させるテクノロジーが広まれば、世界には二度と「秩序」などという言葉は生まれなくなるだろう。破滅的な力を身に宿した者同士の………それこそ〝厄祭戦〟が延々と繰り広げられることとなる。

 

 だがこの力は………ガエリオの心に危機感を抱かせると同時に魅力をも注ぎ込んだ。この力があれば、もう手順に煩わされる必要も無い。力を以て邪悪を排す。ギャラルホルンの本道を征き、全ての不正と腐敗を、物理的な実力を以てして取り除くことができるだろう。その先に、ギャラルホルンが真に目指した理想世界がある。

 

 

「まず討つべきは此度の騒乱………元凶である鉄華団と、クーデリア・藍那・バーンスタインを………!」

 

 

 ガエリオは〝キマリス〟のニードルランスを、〝ラーム〟の胴体から引き抜こうとした。残ったもう一匹を片付け、残存のモビルスーツ隊も全て破壊する。あの宇宙ネズミの小僧が操る〝バルバトス〟も。降伏は一切認めない。ギャラルホルンが目指す世界に、宇宙ネズミの居場所などあるはずがないからだ。

 

 そして鉄華団の拠点も叩き潰し、そしてクーデリア・藍那・バーンスタインを………!

 

「………ん?」

 

 どれだけ力を加えてもニードルランスは動かない。訝しさに、ガエリオは視線を下に落とした。

 その目に映ったのは………

 

 

「何だと?」

 

 

〝ラーム〟のマニピュレーターが、ニードルランスを掴み、あらん限りの力をかけて引き抜かれるのを妨げていたのだ。まさかパイロットがまだ生きているのは………

 

 

「何のつもりだ? まさか、まだ勝ち目があるとでも?」

 

『ああ………俺たちはまだ………ぐぶ……負けては………』

「無様だな。せめてもの慈悲だ、楽に殺してやる」

 

 

 通信越しに聞こえてくる吐血の音に不快感を隠せず、ガエリオ冷たく言い放ちキマリスサーベルを振り上げた。頭から潰れれば、さほど苦しむことは―――――

 

 

『………だ』

「ん?」

 

 

 

『今………だ! やれッ! 三日月ィッ!!』

 

 

 

 その瞬間、背後からの敵機接近に警報が轟いた。

 識別コード【ASW-G-8】。その識別コードは今のガエリオにとって最も因縁のある相手だった。

 

 

「小僧が………ぐ!?」

 

 

 振り返ろうとした瞬間、〝ラーム〟のマニピュレーターががっしりと〝キマリス〟の片腕を掴んだ。

 

 

「ぐ………汚い手で触るなッ! ネズミが!!」

『逃がさない………っ!』

「!」

 

 

 ようやく力づくで引き剥がし、振り返ったその時―――――眼前に迫った〝バルバトス〟が巨大なレンチメイスを突き出してきた。その先端部が大きく開かれ、まるで獣の咢のように〝キマリス〟の右肩を掴み捕らえる。

 

「しまった!」

『もらった………!』

 

 火星から因縁のある、忌々しい宇宙ネズミ小僧の声。

 

〝キマリス〟の肩部を掴んだレンチメイス、次の瞬間その内部にあるチェーンソーが高速回転して激しく火花を散らし………さらに悪いことに、背後でよろめきながら〝ラーム〟が動き始めた。

 前後を挟まれる訳には………ガエリオはやむを得ず掴まれた右肩部を強制パージし、瞬発的に後退して一気に加速してその場を離れる。

 

 突き刺さっていたランスを力任せに引き抜き、取り落としていたガトリングキャノンを構え直した〝ラーム〟が弾幕をばら撒いてくる。だが〝キマリス〟の直感的な目まぐるしい回避機動を、一切負いきれていない。

 

 

「射撃が追い付いていないぞッ!」

 

 

ガエリオは阿頼耶識システムがもたらす超絶的な反応速度を駆使し、難なく〝ラーム〟の弾幕を乗り越える。

 そして迫った〝バルバトス〟のレンチメイスと、〝キマリス〟のサーベルが幾度となく、激しく激突し合った。

 

 

「ふ………はは………はははははははは!!」

『ぐ………!』

「どうした宇宙ネズミぃッ! ご自慢の阿頼耶識はなァッ!!」

 

 

 所詮は流出した紛い物! 厄祭戦時代の「真の阿頼耶識」を有する俺の敵ではない!!

 互いに鋭く打撃と斬撃を繰り出す中………ついに〝バルバトス〟の反応がワンテンポ遅れた。

 

 

「そこだァッ!!」

 

 

 ガン! と次の瞬間、〝キマリス〟の斬撃を抑えきれずに〝バルバトス〟のレンチメイスがその手から吹き飛んだ。すかさず〝バルバトス〟は背部にマウントしてあった反りのあるブレードでさらなる斬撃を防ぐが………〝キマリス〟の加速する斬撃を前に、〝バルバトス〟はやはり徐々に追いきれなくなる。

 

 

「――――抜けるッ!!」

 

 

 もはや〝バルバトス〟は防戦一方。このまま押し続ければ、最後に勝つのは〝キマリス〟だ。

 ガエリオは勝利を確信した。そして、正義が正しく執行される瞬間を―――――

 

 

 

 

 

『シノ! 昭弘! 誰か返事をしろぉッ! オルガとクーデリアはもうすぐ議事堂だッ! あと少し………あと少しだッ! 踏ん張ってやれぇッ!!』

 

 

 

 

 

 クーデリアだと?

 その瞬間、ガエリオの脳裏に、マクギリスの言葉がフラッシュバックした。

 

 

『ガエリオ。蒔苗とクーデリアがアーブラウ議会に入れば、もう我々で事態を制御することはできなくなる。蒔苗は再び政局を牛耳り、此度の騒乱を引き起こしたクーデリアや鉄華団の罪は不問に処されるだろう。――――奴らを議事堂に入れてはいけない』

 

 

 

 クーデリア――――

 

蒔苗――――

 

 政局――――

 

 不問――――

 

 議事堂――――

 

 

 マクギリスの言葉と単語の数々が、ガエリオの脳裏で滅茶苦茶に入り交じった。

 

 

「あ、あぁ………が……あああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 想像を絶する苦痛。

 恐怖。

 怒り。

 絶望。

 

 暗い感情の何もかもが蟲毒に混じり、だがそれは、ガエリオの脳に一つの結論を導く。

 

 

 

――――クーデリア・藍那・バーンスタインを止めねばならない。

――――例え、どのような犠牲を払ってでも。

 

 

 

 その瞬間、ガエリオの思考は直ちに行動へと直結した。

 地に転がっていたランスを取り上げ、眼前の〝バルバトス〟を蹴飛ばし、踏み台にして一気に飛び上がる。そして高く、高く………30t以上の重量を持つモビルスーツの巨躯がスラスターが噴き出す爆発的な推力に押し上げられて、空へと吸い込まれていく。

 そして、遥かエドモントン市内へと落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

『………前ら………えるか!? 蒔苗と……リアは議事堂へ送り………た! 俺たち……は成功………! ……から、こっから先は死ぬなッ!! もう死……じゃねえぞ! こっから先……死……らは……令違反で俺がもっぺん殺………! だから………ても、這って………生きやがれッ!!』

 

 

 ノイズ交じりの通信。

 オルガが、市内にありったけのLCSドローンを飛ばして、鉄華団の全員にそう呼びかけているのだ。蒔苗老とクーデリアさえ議事堂に入れれば、後はギャラルホルンでも手出しできない。武力で経済圏の議会に押し入る訳にはいかないからだ。

 

 後は、市内に展開しているモビルワーカー隊や、平原で戦っている俺たちモビルスーツ隊が撤収すればいい。舞台は血を流す戦いから、政治という流血を伴わない戦場へと移った。

 

 

「ぐ……ぐ……ぁっ!」

 

 

 内臓が押しつぶされ、鉄の味をした濃血が喉の上までせり上がってきて………堪えきれずに俺は何度目かの血を吐いた。

 身体の感覚が無い。何とか、阿頼耶識システムに繋ぎ止められて意識だけがはっきいしている。苦痛も遮断されたが、まるで神経の通ってない肉体に宿っているかのようで指一本満足に動かすことすらできない。

〝ラーム〟のコックピット………の成れの果ては酷いものだった。コックピットモニターの大半がひび割れてブラックアウト、辛うじて一部の側面モニターが機能しているが、点滅とノイズを繰り返して、外の様子は肉眼ではほとんど分からない。

 

 だが阿頼耶識システムのお陰でまだ生きている機外センサーと俺の肉体が直結しており――――〝バルバトス〟と激しく斬り結んでいた〝キマリス〟が突如として飛び上がったのが分かった。遥か、エドモントン市内に向かって………

 

 

「まさか………直接……っ!」

 

 

 だが、もう蒔苗とクーデリアは議事堂に入っているはず。まさか………!

 

『カケル!?』

 

 三日月の声。よかった、まだ通信システムは生きてる。

それに〝バルバトス〟はまだ戦える。今〝キマリス〟を………おそらく阿頼耶識手術を受け、原作のアイン・ダルトン同様に狂気に侵されたガエリオ・ボードウィンを止められるのは、三日月しかいない。

 

 

「三日月………行け……! 〝キマリス〟が街に……クーデリアが、危ない………!」

『!』

「早く……! ここは俺に……任せ………っ!」

 

 

 遠のこうとする意識を必死で呼び起こし続け、出血多量がもたらす寒さに震える唇を何とか動かしながら、三日月に呼びかける。

〝バルバトス〟は、頭部を上げ、エドモントンの方角を見据えた。

 

 

 

『………分かった。ここは任せる、カケル』

 

 

 そして三日月もまた〝バルバトス〟を駆り、飛び出していった。あっという間に消えていくその後ろ姿をセンサー越しに感じながら………

 

 

 

 

 俺は、ここまでか―――――――?

 

 

 

〝ラーム〟が力を失い、倒れ伏す。

 その衝撃すら感じることができない。

 

徐々に広がる暗闇に、俺は身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「フリュウ先生! た、大変ですっ! 蒔苗氏がこの議事堂に………!」

「な………何ですって!?」

 

 2日後に代表指名選挙を控え、議事堂内の会議室で自身の派閥議員と打ち合わせていたアンリは、飛び込んできた秘書からの報告に思わず手元のタブレットを取り落とした。

 フリュウ派に属する議員らも、一瞬唖然とし、「ど、どういうことだ!?」と互いに顔を見合わせ騒ぎ始める。

 

 

「表にはギャラルホルンの部隊が展開しているんだぞ!?」

「厳重な警備をどうやって………」

「蒔苗が来たら他の派閥も一気に蒔苗についてしまうぞ!?」

 

 

 視線がアンリに集中する前に、彼女はいきり立って会議室を飛び出した。その手にはバッグが握られ食い込まんばかりに爪が深く立てられている。

 あの口先だけの無能な男はッ! 悉く蒔苗を仕留めるのに失敗したばかりか議事堂に入ることを許すなど………

 もしこのまま蒔苗が2日後の指名選挙で再選されるようなことになれば………奴の権力とメディアへの影響力で、アンリとイズナリオ・ファリドの癒着、そしてギャラルホルンのこれまでの内政干渉の数々が明るみに出てしまう。アンリは失脚、それどころか派閥も消滅し議会への影響力を永遠に失ってしまうことになりかねない。

 

 最悪、これまでの行為を追及され―――――逮捕、投獄もあり得る。

 

 

 アンリは早足に議事堂内の通路を歩いた。ここから先にあるのは――――――

 

 

 

「蒔苗先生! お待ちしておりました! まさかこれほど早くいらっしゃるとは」

「ほっほ。案外とスムーズに事が運んでのぉ。この子たちのお陰じゃわい。………して、議会の方はどうかな?」

「蒔苗先生さえいらっしゃれば、どの議員方も先生のご威光を知らぬ方はいらっしゃいません。ただ、ディアン派とマルシク会系議員の方々が旗色を決めかねておるようでして」

「うむ、あの辺りは派閥総裁が変わって混乱しておるからのぉ。よかろう、時間もあることだし儂が直接………」

 

 

 

「蒔苗東護ノ介ッ!!」

 

 

 

 蒔苗派をまとめる幹事長議員、ラスカー・アレジ。

 アンリがギャラルホルンの力を借りてオセアニアの辺境までおいやったはずの、蒔苗東護ノ介。

 そしてその隣にいるのは………クーデリア・藍那・バーンスタイン。後ろにいるもう一人の小娘は知らない。

 

 

 ほう、と蒔苗は剣呑とした表情でアンリに振り返ってきた。

 

 

「これはこれは、フリュウ議員。久しぶりじゃのう」

「貴様………どうやってここに!?」

「どうやって? ふふ………儂はここの元代表だぞ。少々外が騒がしかろうと、ここの造りは貴様よりもよ~く知っておるわい」

 

 ぐ………っ! アンリは歯噛みを隠せなかった。

 蒔苗がまだ代表の座にあった時代、幾度となくこの議事堂は増改築を繰り返してきた。表向きは厄祭戦後の再建期から続く古い建物構造の改修、となっていたが………密かに極秘の通路やセーフハウス、地下施設を建設しているのでは? という疑惑はゴシップ誌を中心にくすぶり続けてきた。もしや、とアンリも疑念は持っていたがまさか実際に抜け道を用意していたとは………。

 

 

 このまま放っておけば失脚は免れない――――アンリはバッグを握る手に力をこめ、中の硬さを確かめた。

 今ここにいるのはアンリと蒔苗、彼の取り巻きのみ。この状況では幸いなことに、誰もが外の騒ぎに釘付けとなっている。

 やるなら、今しかない。

 

「では儂らは失礼するとしよう。2日後の代表選で………」

 

 

 

 

「代表になるのはこの私! アンリ・フリュウよッ!! 貴様などに―――――ッ!!」

 

 

 

 

 アンリが手探りでバッグから取り出したのは――――この場にそぐわない冷たい輝きを放つ、拳銃。

 

 

「なっ!?」

「クーデリアさんっ!」

「い、いけません!!」

 

 

 この場で全員を殺し、適当に取り繕えば邪魔者は誰もいなくなる! 誰一人として………

 驚愕に目を見開く蒔苗とアレジ。

 飛び出して蒔苗を守ろうとするクーデリア。だがこの場で全員が死ぬことに変わりはない。

 勝ち誇った笑みを浮かべてアンリは引き金に添えた指に力を………

 

 

 

 

 

 

 

『クーデリアッ!! 藍那ああああァァァァッ!!! バーンスタアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――――――――!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、突き殴られるような衝撃と共に議事堂が………建物の構造が破られて崩壊し、アンリや蒔苗、クーデリアたちは全員、崩れゆく瓦礫の中へ瞬く間に呑み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

―――――奴をッ!!

―――――止めなければ。

―――――あの女が権力を握る前に!!

―――――何物にも屈しない「正義」が存在するということをあの女……クーデリア・藍那・バーンスタインと世界に知らしめなければ。

 

 

 絶叫と共に〝キマリス〟はその全身を、アーブラウ最高議会議事堂に叩きつけた。モビルスーツの重量に耐えられる訳も無く、瞬く間に議事堂の巨大な構造が外側から潰れ、崩壊していく。

 

 

『なぁッ!?』

『議事堂が潰されたぁ!?』

『あ、あれウチのモビルスーツじゃないか!?』

『なにやってやがる! 止めさせろっ!!』

 

 

 議事堂を警備していたギャラルホルンのモビルワーカーが、ノロノロと砲口を上げてくる。周囲で警戒していたモビルワーカーも、続々と集まってきた。

 

『そこのモビルスーツ! 一体何をしているかッ!! そこは………』

 

 

 

――――奴らはクーデリアに味方する者だ。

――――潰せ。

 

 

 

 阿頼耶識システムが命ずるがまま、もはやガエリオには彼らが『敵』としか認識できない。

 

「貴様らぁ………」

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインを利する者は、全て潰さなければならない。

 それこが「正義」のあるべき姿なのだから。

 

 その思考は直ちに行動へと直結した。

 

『そこのモビルスーツ! 聞こえているんだろ!? さっさと………!』

 

 

 騒がしく囀っていたモビルワーカーは、次の瞬間〝キマリス〟のニードルランス内蔵砲の直撃を食らい、爆散した。

 そして隣に並んでいた数台も。

 

 

『そんな………!』

『議事堂を警備していた奴らが!?』

『う、撃て! 何とか議事堂から引きはがすんだよ!!』

 

 

 恐慌状態に陥った遠くのモビルワーカー隊が〝キマリス〟目がけて撃ちまくってくる。だが、モビルワーカーの砲でモビルスーツの装甲を撃ち抜けるはずも無く、

 

 

「貴様らも………クーデリアに加担するのか!? 腐敗ぃ、ここに極まれりだなッ!!」

 

 

 ランス内蔵砲を撃ちまくり、ガエリオは背後の建造物ごとモビルワーカー隊を吹き飛ばした。さらに奥の通りからも数台が姿を現すが、ガエリオはその横にある高層ビルの下層を内蔵砲で撃ち崩し、ギャラルホルンのモビルワーカー隊は悉く倒壊するビルの下敷きとなった。

 

 ようやく静寂が訪れ、〝キマリス〟は再び踏み潰した議事堂へと向き直る。階層を抉り、めくり上げ、潰れた議員と思しき死骸が何人も見つかるが、肝心のあの女の姿がどこにもいない。

 厄祭教団によってセッティングされた阿頼耶識システムに支配されたガエリオには、もはや正常な思考は残されていない。

 行動原理はただ二つ、「正義」を執行すること。そしてクーデリア・藍那・バーンスタインを止めること。殺してでも。

 

 

「どこだぁ………! どこにいるッ!! クーデリア・藍那ッ! バァァァァァアアアアンスタイン!! 貴様を………」

 

 

 

 

 

『私がッ!! クーデリア・藍那・バーンスタインです!! 私に………御用がおありですか!?』

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の陰から、忌むべき火星の宇宙ネズミの首魁……諸悪の根源、クーデリア・藍那・バーンスタインが飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 

 破壊された議事堂。

 建物の半分近くが圧潰し、歴史ある荘厳な建造物は………今や崩壊した廃墟と化していた。

 

 突如として襲いかかってきた破壊は―――――まずクーデリアと蒔苗老を亡き者にしようとした女議員に振りかかってきた。破壊された天井から瓦礫が降り注ぎ、女議員を呑み込むと次いでクーデリアたちを吹き飛ばす。

 クーデリアが意識を取り戻した時には、先ほどまでごく普通の通路だった空間が瓦礫の山と変わり果て、クーデリアたちを殺そうとした女議員が―――――落ちてきた天井の瓦礫が頭に直撃したのだろう。どくどく、と頭部から溢れ出た血の上に沈み、既に事切れていた。

 

 

 こんな、こんな惨事を引き起こしたのは………

 

 

 

『どこだぁ………! どこにいるッ!! クーデリア・藍那ッ! バァァァァァアアアアンスタイン!! 貴様を………』

「私がッ!! クーデリア・藍那・バーンスタインです!! 私に………御用がおありですか!?」

 

 

 これ以上の破壊は許されない。許さない。

 決然とモビルスーツの下へ、クーデリアは飛び出した。既に外も酷い状況で、議事堂の外を守っていたギャラルホルンのモビルワーカーの破壊された残骸が点々と、そして遠くの高層ビルが倒壊しており、数分前まで閑静な目抜き通りだったその区画には無残な光景が広がっている。

 

 それを、この………ギャラルホルンのモビルスーツが?

 

 事態を呑み込めず、混乱するばかりのクーデリアに『ああ………』の紫のモビルスーツは頭部のツイン・アイを向け、冷たく見下ろしてきた。

 

 

『探したぞ、クーデリア・藍那・バーンスタイン。コーラルの不正を追及するついでにお前を捕捉するつもりだったのだがな………お前は、我々ギャラルホルンの掌の上で囀っていればそれで良かった! 独立運動など言い出さず、蠢動さえしなければ!! ………貴様のせいで、一体どれだけの人間が犠牲になったと思って――――――』

 

「私の行動のせいで多くの犠牲が生まれました! 鉄華団の皆も、ギャラルホルンの方々もッ! しかし、だからこそ私はもう立ち止まれない!!」

 

 

 最初、クーデリアがかつてのCGSを訪れたその夜、ギャラルホルンの襲撃が始まりその防戦で少年兵たち、そしてギャラルホルンにも大勢の犠牲者が出た。火星を脱出する時にも、多くのギャラルホルンのモビルスーツをパイロット諸共撃破した。

 ドルトコロニーでは、労働者たちがクーデリアの名の下にマッチポンプの犠牲となろうとしていた。それを防ぐために戦い、労働者の権利を勝ち得ることができたが――――抵抗戦に打って出た多くの労働者が死に。ギャラルホルン将兵にも甚大な犠牲が出たという。

 

 地球に降りるときにも、地球でも。敵味方の流血を引きずりながら、クーデリアは、鉄華団はここまで来た。

 だからこそ、その血を、犠牲を無駄にしてはいけないのだ。

 世界を変える。そのために流れた血に報いるには、もうそれしか残されていないから。

 

 

 

 だが―――――

 

 

『思い上がりだな』

「………っ!」

『はっ、笑わせてくれる。小娘一人の力で世界が変わるとでも? 宇宙ネズミが何匹湧いた所で世界が変えられるとでもッ!? 卑しいお前らにそのようなことができるはずもない。世界を変えるのは常に………本当の力を持つ選ばれた者たちだけなのだからな!! そのためのギャラルホルンだッ!!』

 

「ですがギャラルホルンは世界を変えませんでした! 火星の窮状も、子供たちがどれだけ悲惨な目に遭っているかも放置してッ! それで―――――!!」

 

 

『だからお前たちが自分たちの世界を変える、と? 思い上がりも甚だしい。不愉快だ。その不正義――――――世界秩序の番人たるギャラルホルンの名の下に誅してくれるッ!!!』

 

 

 モビルスーツは剣を振り上げ、そしてクーデリア目がけ真っ直ぐ振り下ろした。

 

 クーデリアには、それを止める力は無い。

 だが、戦うことを、抗うことを止める訳にはいかない。

 

「――――クーデリアさんっ!!」

 

 横からアトラが飛び出し、身代わりになろうと体当たりしてクーデリアを突き飛ばす。だがそれだけではあの剣を避けることは………

 刃が迫るその瞬間も、クーデリアは諦めず、静かに佇んでその運命と対峙し続けた。

 

 そして―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び込んできた巨体……〝バルバトス〟のレンチメイスが紫のモビルスーツの刃を中途で受け止めた。

 

 

 

 

 




【オリメカ解説】

EB-X〝グレイズX〟

ギャラルホルンが密かに研究していた阿頼耶識システム試験機の一つ。
厄祭教団と共に阿頼耶識研究機関を牛耳ったマクギリスが入手し、通常のコックピットへ換装した上でモンターク商会へと流した。
阿頼耶識システムとパイロットの適合性を研究する上で機体は大型化。両足のドリルキック等複雑な制御を要する機構が多く、通常のコックピットで制御する場合、非常に優れた操縦センスが要求される。〝シュヴァルベグレイズ〟以上にピーキーな機体であるが、乗りこなし、その高いポテンシャルを発揮させることができれば、阿頼耶識システム機にも並ぶ優れた性能・反射能力を発揮する。
エドモントン戦にて、モンターク直属の部下であるエリザヴェラの乗機として運用されることとなる。

原作であれば〝グレイズ・アイン〟として投入されるはずだった機体。

(全高)
22.2m

(重量)
38.0t

(武装)
専用大型アックス×2
肩部格納式40㎜機関銃×2

パイルバンカー×2
マニピュレーター・スクリューパンチ
両足部ドリルキック


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第15章 鉄華団
限界突破


▽△▽――――――▽△▽

 

「こいつ、結構パワーあるな」

『ぐぅっ! また邪魔をするのか………小僧ォッ!!』

「そういうアンタはガリガリだよね。キャラ変わった?」

『貴様アアアアァァァァァァァァ!!!』

 

 ギギギ………と互いの駆動部が軋む嫌な音が〝バルバトス〟のコックピットにも伝わってくる。

 同じガンダムフレームだからパワーは互角。だが速さは向こうに分があり、反射速度も………おそらく阿頼耶識手術を受けたのだろう。平原での動きはあまりに鋭かった。

 

 この戦い、かなりキツくなる。

 

 

『くそがあああああァァァァァァァッ!!!』

「ちょっと、じっとしてろ」

 

 

 クーデリアやアトラたちが無事に逃げるまで、こいつを抑えないといけない。派手に戦えば、巻き込んでしまうかもしれないから。

〝バルバトス〟のパワーにモノを言わせ、三日月はサーベルを振り下ろそうとする〝キマリス〟の片腕と、こちらに掴みかかろうとするもう片方も力づくで抑えつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「う………!」

 

 徐々に感覚が戻ってくる。

 クーデリアはゆっくりと瞼を開け、身体の感覚が覚束ないまま、ヨロヨロと起き上がろうとした。

 

――――確か、三日月が飛び込んできて………

 

 その時、自分が何か柔らかくて温かい何かの上に身を乗せていることに気が付いた。硬い通路であればしたたかに身体を打っていただろうに。

 目を向けると……クーデリアやアトラを抱き留めたオルガが、身代わりに通路に倒れ込んでいた。

 

 

「団長………」

「へっ、大丈夫か?」

 

 

 いつもの気取った笑みを浮かべるオルガ。そこでようやくアトラの方も意識を取り戻した。

 その時、ギギギ………という金属同士が軋み合う嫌な音が。〝バルバトス〟が敵のモビルスーツを押さえ込んでいるのだ。だが徐々に押さえているようで、舗装された地面を少しずつめり上げながら後ろに引きずられていく。

 

 

「三日月………!」

『団長っ! 返事してください! 団長!!』

 

 と、破壊されたギャラルホルンのモビルワーカーをかき分け、鉄華団のモビルワーカー2台が階下に飛び込んできた。

 

「タカキか。蒔苗の爺さんとクーデリアを避難させるぞ。ここにいたんじゃミカがまともに動けねえ」

『了解ッ!』

 

 

 倒れ込んでいた蒔苗老も「おぉ………」とようやく起き上がり、秘書の男はまだ気絶したままだったが、オルガが肩を回して強引に立たせた。

 

「爺さん、動けるか」

「ああ、大丈夫だ。だが他の議員も避難させねば………」

「俺に任せてくれ。行くぞ!」

 

 

 クーデリアは〝バルバトス〟の戦いを見上げていた。

 ここまで、誰かを犠牲にしながらここまでやってきた。敵も、味方も、大勢の血を流して、ここまで………

 未来を希望で繋ぐためと信じて。だがその旅路はあまりにも、血で染まりすぎた。

 だが………だからこそもう立ち止まれない。クーデリアの戦いのせいで死んでいった者たち、そして、今クーデリアのために戦っている者たちの生命を無駄にしないためにも。

 

 

「――――クーデリアさんっ! 行きましょう………!」

 

 アトラが袖を引っ張ってくる。既に蒔苗老やオルガたちは階下のモビルワーカーと合流しようと降りていく所だった。

 クーデリアは最後に、力強い瞳で〝バルバトス〟を見上げ、

 

 

「………はい!」

 

 

 私が、貴方たちを幸せにしてみせます。

 その死、その生に報いるために。

 

 全てを決意し、クーデリアはアトラを連れてオルガたちの後を追って去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

〝バルバトス〟対〝キマリス〟の、一進一退を繰り返す鍔迫り合いが続く。

〝キマリス〟の方が若干パワーで上回っており、三日月は機体が徐々に後ろに押されているのを感じた。そう長くは………

 

 

『ミカ! 待たせたな。俺たちは議員サマ連中を連れて避難する。そいつの相手、任せたぞ!』

 

 

 オルガからの通信。数台の鉄華団のモビルワーカー隊が瓦礫をよけながらここを離れていくのが側面モニターから見えた。

 これで自由に戦える。

 

 

「ああ。任され………たッ!!」

 

 

 刹那、瞬間的に限界を超えた出力を発揮し、〝バルバトス〟は一気に〝キマリス〟のサーベルを押し上げた。一瞬無防備になる敵の胸部。すかさずスラスターを全開にその懐へ飛び込んだ。

 

 

『うぐ………ぅッ!』

 

 

 だが敵の対処は素早かった。瞬く間に姿勢制御を取り戻し〝バルバトス〟から距離を取ってランスを……その内蔵砲を撃ち放ってくる。

 

「ち………っ!」

 

 すかさず回避機動を取る三日月。背後の議事堂の残った構造がまたもや破壊され、さらに射線に捉えようと〝キマリス〟が乱射した結果、周囲の建造物に次々と着弾。高層ビルがまた無残にも崩れ落ちた。

 

 

『おのれ………おのれェッ!! ネズミが!! 薄汚い獣がッ!!』

「だから何だよ? アンタも俺らと同じ、ヒゲ持ちの宇宙ネズミになったんだろ?」

 

 

 一気に肉薄し、レンチメイスを突きつける〝バルバトス〟。

 だが〝キマリス〟は『ふん!』とサーベルで突き飛ばし、そして迫る〝バルバトス〟に逆に体当たりを食らわせてきた。

 

 

『がああああぁぁぁぁ!!! 貴様だけは………貴様だけは俺が倒すッ!!』

「ち………っ!」

 

 

 この敵、すごい面倒くさい。

 繰り出されるサーベルの斬撃。三日月も目まぐるしくレンチメイスを振り上げて防ぐが、向こうの方が遥かに鋭く、速い。

 

 

『でやああああァァァァァッ!!』

 

 

 次の瞬間、サーベルが一閃し、ガァン!! という重い衝撃音と共に〝バルバトス〟の手からレンチメイスが弾かれた。

 

「くそ………!」

 

 背部にマウントしてあった太刀を抜き放ち、続く一撃を受け止める。だがこんな細くて小さい武器では〝キマリス〟の装甲を潰せない。

 そしてランスの鋭い突き。三日月は太刀を叩きつけてその軌道をずらしつつ、吶喊しようとするが、もう片方のサーベルでしたたかに打ちのめされて、背後のビルへと蹴飛ばされる。

 背や後頭部を打ち据える鈍い痛みに、三日月は思わず顔を歪ませた。

 

 

 こいつ、今までとは全く違う。

 

 

『はは……どうした!? もう終わりか? やはり半端な宇宙ネズミではこの程度でなァッ!!』

 

 

 振り下ろされるサーベル。

 すかさず〝バルバトス〟は宙へと飛び上がり、空中で一回転して背後の地面へと降り立った。だがそのトリッキーな挙動にも臆さず〝キマリス〟は続けて迫りランスの突きを繰り出してくる。

 

 

―――――どうする? 三日月の脳裏に焦りが芽生え始めていた。

 スラスター残量は残り少ない。腕部内蔵砲で怯ませられる相手でもない。

 だがここで殺し切らなければ………オルガたちがこいつにやられる。

 

 

「あと少し………俺が速ければ………!」

 

 

 反射速度の差だ。これが阿頼耶識の差だと、三日月は気づいた。向こうの阿頼耶識システムの方が性能がいい。だからこそ〝バルバトス〟より速いのだ。

 この差を覆すには………

 

 

 

 

 

 

 

【ALAYA-VIJNANA】

【ASW-G-08】

【PILOT PROTECTION SYSTEM】

 

 

 

 

 

 

 

 阿頼耶識システムの奥底に、まだ〝力〟が眠っていることに三日月は気が付いた。

 阿頼耶識に余計な〝鎖〟がはめ込まれていて、全ての力を出し切れていないのだ。

 

 

「……………おい、〝バルバトス〟」

 

 

【PILOT PROTECTION SYSTEM】

 

 

「何隠してんだよ。その力………俺に寄こせ」

 

 

【PILOT PROTECTION SYSTEM】

【WARNING!】

【NOT RECOMMENDED】

 

 

「それを決めるのはお前じゃないんだよ。いいから寄越せ」

『ネズミがァッ!! お前も!! あの女もッ! 貴様らのネズミ仲間も全員―――――ここで終わりにしてくれるわァッ!!!』

 

 

 その間にも〝キマリス〟は強烈で鋭い攻撃を幾度となく繰り出し続け、〝バルバトス〟は一方的に押されるまま………遂に太刀の守りを突破されて胸部を思い切り蹴とばされてしまう。

 瞬間、無防備になった〝バルバトス〟。

 その好機を逃さず、〝キマリス〟は持っていたランスを持ち上げた。

 

 

 

『宇宙での………お返しだあああああああアァァァァァァァァァッ!!!』

 

 

 

 投擲され、吸い込まれるように〝バルバトス〟へと迫るランス。

 モニターにランスの穂先が三日月の眼前に大写しになった。

 

 

【PILOT PROTECTION SYSTEM】

【SYSTEM ROCK】

【WARNING!】

【NOT RECOMMENDED】

 

 

―――――何言ってんだよ。

―――――そいつがないとガリガリを殺し切れないんだよ。

―――――いいから寄越せ。

 

 

 

―――――全部、寄越せ!!!

 

 

 

 金属同士が潰れる耳をつんざくような轟音が、しばし街中に木霊する。

 数刻後、〝キマリス〟の外部カメラがパイロットに映し出したのは………

 

 

 

 

 

 

 

〝バルバトス〟が繰り出した太刀の一閃によって真っ二つに切断された、ニードルランスの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 やっと、〝バルバトス〟がその気になってくれた。

 隠していた力を……その一部を三日月に明け渡してくれた。

 だが、まだ足りない。

 奴を殺し切るには、まだ………。

 

 

【WARNING!】

【NOT RECOMMENDED】

【OVER CONNECTING】

 

 

 片目から見える風景に赤みがかかって、よく見えない。目や鼻から、ボタボタと血が流れ出てくるのを感じる。阿頼耶識システムが神経に身体に過度な負担をかけているのだ。

 だが、問題ない。奴を殺し切るまで生きれば、―――――俺たちの『本当の居場所』に辿り着く、その瞬間まで生きることができれば………。

 

 

「もっとだよ………もっと寄越せ………!」

 

 

 こんな力、何で今まで隠してたんだよ。

 もっとだ。もっと寄越せ。その力。

 

『この化け物がァッ!! ぐあ!?』

「あんたに言われたくないよ」

 

 襲いかかってきた〝キマリス〟のサーベル目がけて再び太刀を煌めかせ、サーベルの刀身の半分から上を斬り飛ばした。

 得物を失った〝キマリス〟は一瞬動きを止めるがすぐさま後退。だがそれ以上の速度で〝バルバトス〟が逆襲する。

 

 

「あんたがここで終われよ」

 

 

 今度は〝バルバトス〟が〝キマリス〟を速度で圧倒する番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「おお、なんと神々しい………」

「これが聖霊たるガンダムフレームの戦い………」

「ザドキエル様もお喜びになられていることでしょう」

 

「サングイス様、〝バルバトス〟はパイロット保護用リミッターを解除したようで。観測される反応速度が〝キマリスガエリオ〟を26%上回っております」

 

 

 そのようだな。と、居並ぶ厄祭教団の老科学者たちを前に。サングイスは遠くで繰り広げられるガンダムフレーム同士の激闘を見やった。

 エドモントン市内にある高層ビルの屋上。これほど離れていれば戦いの影響が及ぶことは無い。電子双眼鏡で、サングイスは〝バルバトス〟と〝キマリス〟の生死をかけた戦いを見守っていた。

避難は既に完了しており、ギャラルホルン兵士の姿も無く、暗いローブで全身を覆った薄気味悪い一団が建物内に入ったとしても、訝しむ者はいない。

 

 

「………サングイス司祭様。このままでは〝キマリスガエリオ〟の方が〝バルバトス〟を捕捉できずに撃破される恐れが」

「既にデータの採取は完了しております。ここは、強制撤退コマンドを………」

 

「〝キマリス〟の枷の方も外しなさい」

 

 サングイスは淡々とそう言い放ったが、その言葉に老科学者たちは一斉にどよめき始めた。

 

「サングイス様、それは………」

「リミッターを外せば生体ユニットの神経が損傷する恐れが………」

「精神にも過剰な負荷がかかり、不可逆的に正気を失う可能性も」

 

「今更何を恐れる? どの道リミッター解除後の詳細な戦闘データは必要だ。マクギリス様のためにも。やりなさい」

 

 有無を言わさぬサングイスの命令に、老科学者たちは戸惑ったように顔を見合わせたが、やがて一人が進み出て「では……」と手元のタブレット端末を操作する。

 タブレット端末から送信されたリミッター解除コードは、有線コードを通じて足下のLCS発信機へと伝えられ、〝キマリスガエリオ〟へと一瞬にして送信される。

 そして――――――――

 

 

 

『が…………アアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

 

 凄まじい絶叫が、エドモントン市内を激しく震動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「………ル! カケルっ!!」

 

 誰かが呼んでいる。

 曖昧な意識のまどろみの中から、俺を呼ぶ声がやがてはっきりと聞こえ………ゆっくりと目を開けた。

 ぼんやりとした視界が少しずつ明瞭になり――――酷い有様となった〝ラーム〟のコックピットと、開け放たれたコックピットハッチの向こう……フェニーの姿がそこにあった。

 

 

「フェ……ニ………!」

「カケル!? 良かった………! 待ってて、今助けるから!」

「クレスト……たち………が……」

「何とか全員無事よ」

 

 そう言いながらフェニーは、こちらに手を伸ばして、流れる血を拭ってくれた。

 

「ビトーとペドロが怪我したけど、致命傷は避けれたみたい。クレストも大丈夫。向こうで、ラフタとか昭弘とかもやられたみたいだけど、皆何とか生きてるって。エーコたちが助けに行ってる。戦いも、一応ひと段落ついたみたい」

 

 

 そうか………。と、身体の感覚があまりはっきりせず、口調もおぼつかないまま、俺はまだ生きている端末に震える手を伸ばした。

 

 

「三日月………」

「そ、そんなことより自分の心配をしなさいよ! とにかくジャッキで間作らないと………」

 

 両脚と、左腕の感覚が無い。ゆっくり視線を向けると、押し潰れてきたコックピットの構造に挟まれてしまっていた。痛覚がやけに鈍いのは、阿頼耶識システムのおかげだろうか。やけに思考だけがはっきりしている。

 フェニーは一度機体から降り、また戻ってきた時、その手には救助用の電動ジャッキが握られていた。わずかな隙間に爪をねじ込み、外側から少しずつこちらが這い出せる空隙を生み出そうと………

 その時、

 

 

 

 

 

『が…………アアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

 

 

 

「きゃ!?」

 

 身体の表面さえ震えるような凄まじい咆哮。フェニーは思わず両耳を塞ぎ、俺も、せっかく取り戻した意識を吹っ飛ばされかけた。

 今の声は………

 

「な、何!?」

「フェニー……離れろ………!」

 

 少し間を開けてくれたおかけで身体を伸ばすことができた。

 まだ生きている端末を叩き、システムをチェック。射撃管制システムはほとんど全てオフライン。操縦機構はあらかた使用不能だが………動かす程度なら。負担は大きいが阿頼耶識システムで神経から直接信号を送ることができる。

 今、街で〝バルバトス〟と〝キマリス〟が戦っているなら………

 

「ちょ、ちょっと! まさかそんな身体で戦う気!?」

「まだ戦える………」

 

 思いのほか傷は浅い。阿頼耶識システムのおかげで動かす分には問題ない。

 

「降りてくれ。フェニ……巻き込みたく………」

「い、行かせる訳ないでしょ!? 何考えてんのよ! 自分の身体見てみなさいよっ!」

「行かせてくれ………!」

「いやッ!!」

 

 抱き締めようとするフェニー。だが俺は……一気に機体の上半身を起き上がらせた。

 

「きゃ……っ!」

 

 フェニーが転がってコックピットから投げ出される。ハッチの外には〝ラーム〟のマニピュレーターがあり、その掌部でフェニーを受け止めた。

 そしてそっと地面近くに近づけて、掌部をひっくり返してそっと払い落とす。

 

『カケル! 待ってっ! カケルっ!!』

 

 フェニーの悲痛な叫びが聞こえてくるが、構わず巻き込まないようゆっくり〝ラーム〟の全身を起き上がらせた。

 またも沈みそうになる意識を必死で呼び起こしながら――――ここで、終わらせる訳にはいかない。三日月も、鉄華団も。

 辿り着けなかった場所に辿り着かせるため、見ることができなかった未来を見るために………俺はここに来た。

 途中で失われるはずだったたくさんの命を、ここまで繋ぎ留めることができた。だが、ここで終わりじゃない。ここが終わりじゃない。

 

 

 

 

 まだ続きがある。皆の物語には、例え唄われなくとも、続きがあるんだ。

 だから、それを――――――

 

 

 

「行くぞ。………〝ガンダムラーム〟!」

 

 

 俺の気勢に応えるように〝ラーム〟がその双眸を煌めかせた。

 

 血反吐を吐いても。

 命を削ろうとも。

 必ず先に進む、進ませてみせる。

 

『待ってカケル! 何で………っ!!』

 

 ごめん、フェニー。

 必ず戻ってくる。終わらせて戻ってくるから。

 

 フェニーたちを巻き込まないよう少し下がり、俺はスラスター出力全開で〝ラーム〟を、エドモントン市内に向けて力強く飛翔させた。

 

 

 

 

 

【MAIN ARMOR PURGE】

【RAMPAGE ARMOR】

 

 

 

 



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鉄華団

▽△▽――――――▽△▽

 

「ぐ………っ!」

 

 振り下ろそうとした太刀は〝キマリス〟のマニピュレーターによって抑え込まれ、次の瞬間、あらん限りのパワーで〝バルバトス〟ごと投げ飛ばされてしまった。三日月はすかさずスラスターを噴射して姿勢を回復するも、

 

 

『なめるなアアアアアァァァァァッ!!!』

 

 

 一気に肉薄され、その拳が迫る。三日月はすかさず太刀でそれを弾き、幾度となく〝キマリス〟からの打撃を退けるが―――――最後の一手を防ぎきれず胸部をしたたかに殴り上げられた。背後のビルに叩きつけられ、機体の手から太刀が弾き飛ばされてしまう。

 

「が………っ!」

『なめるなァ………! これが俺の……本当の力だ………卑しい貴様らを一匹残らず滅ぼす………!』

 

 

 弾き飛ばされ、道路に突き刺さった太刀を抜き、一歩また一歩と〝キマリス〟が迫る。

 三日月はサッと視線を端末に走らせた。示される情報が阿頼耶識システムを介して三日月に直感的に伝わり、あとわずかしか戦えないことを悟る。食らったダメージも大きく、駆動部が異常な負荷によって歪んでいた。

 

「まだ………足りない………」

『どうした宇宙ネズミぃッ!!』

 

 奪われた太刀による一閃をすんでの所で回避し、三日月は素早くレンチメイスが転がっている地点まで引き下がった。再び得物を獲得し、〝バルバトス〟は………足下の地面を一気に抉り飛ばした。凄まじい土煙が舞い上がり〝バルバトス〟〝キマリス〟双方の姿が互いの視界から消える。

 

 三日月はすぐに行動に打って出た。土煙を一気に突破し、相手の気が逸れている今のうちにその懐へ――――――

 

 

『舐めるなと言ったはずだッ!』

 

 

 だがその動きは既に〝キマリス〟に読まれていた。レンチメイスの一撃は………次の瞬間、太刀の一閃によって報われる。

 レンチメイス―――その巨体は半ばから切断され、切断面から先がゴトリ、と落下して下の舗装を潰した。

〝キマリス〟の怒涛はそれだけでは終わらない。〝バルバトス〟の一瞬の硬直を逃さず、鋭くその胴を太刀で斬り裂こうとした。リミッターを解除した三日月の反射的な挙動で間一髪、それをかい潜るが、今度は強烈なキックが待ち構えている。

 

 次の瞬間、〝バルバトス〟はまたしても別のビルへと叩きつけられた。

 

 

「………っ!」

『もう動けまい。これで………終わりだアアアアアァァァ―――――――!!!』

 

 

 のろのろ、と起き上がろうとするが、〝バルバトス〟の頭上には振り上がった敵の太刀が。

 もう、間に合わない。

 

――――――行くんだよ。ここじゃない、どこか。

 

 ごめん、オルガ。

 俺はもう………

 

 

 

 

 

『――――――何やってんだミカあああああああアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

 

 

 

〝キマリス〟は〝バルバトス〟を両断した。

………その片腕部だけを。

 

 

『なにィッ!?』

 

 

 肉を切らせて骨を――――〝バルバトス〟はその背後に一瞬にして回り込んだ。

 

 

『舐めるなと言った!! 丸腰の貴様など………!』

 

 

 すぐさま立ち直り、再び襲いかかろうとする〝キマリス〟。

 だが三日月に力を与えたのは、オルガだけではなかった。

 

 

 

 

『受け取れッ! 三日月!!』

 

 

 

 

 ビルを飛び越えてきた〝ラーム〟……いや、鈍重な二重装甲を剥ぎ取った〝ラームランペイジ〟が次の瞬間、持っていたコンバットブレードを三日月めがけて投げ放った。

〝ラームランペイジ〟の得物を受け取った〝バルバトス〟は、再び〝キマリス〟の眼前へと躍り出る。

 同時に〝キマリス〟も全力で突撃を仕掛けてきた。

 

 

『ぬうおおおおおおおおおおおおおオオオオォォォォォォォォ―――――――!!!!』

「ッ!」

 

 

 刹那、交錯する閃撃。

 静寂。

 

 

 瞬間的な剣戟を制したのは〝バルバトス〟だった。バトルブレードのように重量があり、なおかつその扱いに開眼すれば太刀同様に鋭い斬撃を繰り出すことができる武器…コンバットブレード。

〝キマリス〟の両腕が半ばから断ち切られ、地に落ちた。

 

 

『バカな………!』

「あんたが腕を斬ってくれたおかげで、斬り方が分かった」

『バカな………ッ!! 俺はギャラルホルンのッ! 正義を執行し! 秩序を守る!! マクギリスッ! カルタッ!! 俺は――――――!!』

 

 

 ガリガリの絶叫は最後まで続かなかった。

 振り返り、がむしゃらに飛びかかろうとした〝キマリス〟、そのコックピットに三日月はコンバットブレードを突き立てる。

〝キマリス〟は沈黙した。

 

 

「うるさいな………オルガの声、聞こえないじゃないか………」

 

 

 散々手こずったけど、やっと殺せた。

 三日月はコンバットブレードを敵機のコックピットから引き抜こうと―――――

 

 

「!?」

 

 

 その時〝キマリス〟のコックピット部分が、爆ぜた。

 周囲の装甲が内部の小爆発によって弾き飛ばされ、吹き飛ぶ。その奥にあるのは………〝キマリス〟の無傷のコックピット。

 

 

「………リアクティブアーマー!?」

 

 

 まさか返し手を食らうことになるとは思わず、三日月は愕然とした。

 直後、コックピット部分周囲のリアクティブアーマーを分離した〝キマリス〟は、踵を返し、まだ大量に保っているのだろうスラスターを全開に、凄まじい速度でその場から駆け去っていった。

 

 逃がすが! 三日月は咄嗟に追撃に移ろうとしたが………噴き上がったスラスターがすぐに静まり返ってしまう。

 スラスター残量ゼロ。いつの間にか警告音が響いており、端末上で【CAUTION!】【OUT OF FUEL】の文字が躍っていた。

 

 敵は……ガリガリの〝キマリス〟は逃げ去った。だがまだ戦いは………

 

 

 

『よくやった、ミカ』

 

 

 

 オルガの声が、通信装置越しに聞こえてきた。

 

「オルガ?」

『敵さんは撤退した。上を見てみな』

 

 上――――見上げると、いくつもの発光弾が規則的な明滅を放ちながら何発も打ち上げられていた。戦いに関わる者なら誰でも知っている、停戦信号だ。

 そこでようやく三日月は、自分の目や、鼻から止めどなく血が垂れ流れていることに気が付いた。少し痺れる片手でそれを拭いながら、戦いが終わったことを示す上空の光の明滅を眺める。

 

 戦い。仕事が終わった。

 ガリガリを殺し切れなかったのは気にかかるけど、もうこの仕事を邪魔しにくることはないはずだ。また邪魔しに来るなら、その時潰せばいい。

 安堵が少しずつ、身体中に染み広がっていくのを感じる。キツい仕事を終えて、ひと段落着いたらいつも、三日月はこの不思議な感覚に身を委ねていた。

 

 

 と、いつの間にか佇む〝バルバトス〟の足下にオルガが立っているのに気が付いた。三日月がラダーを下ろすと、オルガは片足を引っかけ、ラダーがその体を胸部コックピットの外側まで引っ張り上げる。

 コックピットハッチを開けると、冷たい外気と、オルガのニヤリとした表情が三日月の赤みのかかった視界に映り込んだ。

 

 

「――――ねぇ、オルガ」

「ん?」

 

 三日月は問いかける。つい先程まで明るかった太陽は、気付けば地平線の向こうに沈み始め、淡い夕日を三日月たちに投げかけていた。

 

「ここが、そうなの? 俺たちの本当の居場所」

 

 戦って、たくさん血を流して辿り着いたこの場所。

 オルガが目指していた場所に、一番近いのかな、と三日月はそう感じていた。飯もあって、寝床もちゃんとあって、それ以外のことはよく分からないけど、今まで見たこともない世界が、三日月の周りには広がっていた。

 

 ああ。オルガは首肯した。

 

「ここも、その一つだ」

 

 その答えが、三日月には何となく嬉しかった。まだ辿り着いていないということは、まだまだオルガと一緒に戦えるということ。一緒に見たことのない世界を見られるということ。

 

「そっか。………きれいだね」

 

 それでも、ここがオルガと一緒に目指した場所の一つなら。

 火星でいつも見る夕日より、地球で見る夕日の方が少しだけ鮮やかで、綺麗に見えた。

 

 

 

 

 

 

 そして、その光景を背後で見守っていた〝ラームランペイジ〟は………

 

 

『これで、やっと1期が………』

 

 

 力を失い………驚く三日月やオルガの前で背部から地面へと倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

―――――敗北した。

―――――世界を守り、人類を秩序で統制するギャラルホルンが、卑しく汚らわしい、人道と人心、人倫を知らぬ火星の宇宙ネズミ共に、してやられた。

 

〝キマリス〟の両腕部が半ばから断ち切れ、時折火花が散る他、フレーム部のチューブから多機能オイルが漏れ出ている。だが、満身創痍となりながらも〝キマリス〟は、そしてガエリオは健在だった。

 

「く………いいだろう。ここは勝ちを譲ってやる。だが、次に勝つのはこの俺、そしてギャラルホルンだと忘れるな………!」

 

 全ての戦闘手段を失い、敗走するガエリオだが、未だその闘志は衰えてはいなかった。整備修復を終え、戦力を整えれば再び奴らの前に立つ。今度は宇宙ネズミ共では決して抗えぬ戦力を投入する。

 落ち延びる〝キマリス〟が目指すのは、エドモントン郊外にあるギャラルホルン基地。周囲に展開させた補給拠点より遥かに堅牢で十分な戦力があり、再起の拠点として最もうってつけの場所だ。空軍基地も併設されており、その戦力を糾合すれば陸と空から一気に鉄華団……宇宙ネズミ共の寄せ集めを踏み潰すことができる。奴らは大いに消耗しているだろうがギャラルホルンにはまだ十分な、十分すぎる数の兵と装備、物資があるのだ。

 

 このまま引き下がるものか! ………阿頼耶識システムによって使命感が歪められたガエリオが思考し続けるのは次の―――――――

 

 

 

 

 その時〝キマリス〟のコックピットモニターに映されていたのは、天高くどこまでも炎と黒煙を噴き上げる、ギャラルホルン基地の姿だった。

 

 

 

 

「バカな………!」

 

 ありえない! ここは戦場となった地点からあまりに離れている。宇宙ネズミ共にここを強襲するだけの余力などあるはずがない。

 だが現に基地は徹底的に破壊され――――〝グレイズ〟の残骸や倒壊した基地施設、飛び立つことも許されずに駐機場に並んだ状態で潰された戦闘機の無残な光景が、どこまでも続いていた。

 

 そしてそこにポツリと佇む、激しい炎に照らされながらも尚、鮮やかな紅色に輝くモビルスーツの姿。

 

「貴様ッ!! 何者だ!? 何故こんな………」

『――――何故? 簡単なことだよ、ガエリオ』

 

 

 

 飛び込んできた声音に、ガエリオは愕然とした。

 

 

 

「その声………貴様まさかっ!?」

『彼らには、我々の追い求める理想を具現化する手助けをしてもらわねばならないからね。ここの部隊はその邪魔だったので、排除した』

 

 

 

 マクギリス………?

 何故、ギャラルホルンの一員であり、その使命に誰よりも……ガエリオよりもずっと忠実であったはずの親友が………?

 

 

「ま、マクギリス………? い、意味が分からない。理想? お前は何を―――――?」

 

 

 その時、何故かガエリオの目には、マクギリスが乗る赤いモビルスーツが、まるでほくそ笑んでいるかのように見えたのだ。

 それとも、マクギリス自身が………?

 

 

『ギャラルホルンが提唱してきた人体改造は悪であるという思想を真っ向から否定する存在を、ギャラルホルン自らが生み出した。………君は組織の混乱した内情を示す生きた証拠だ。君の姿は、多くの人の目に忌むべき恐怖と映ったことだろう』

 

 

 ガエリオは悟った。

 心が拒絶しても、理解せざるを得なかった。

 マクギリスが………この男がこれまで自分に示してきた友情や信頼が、全て偽りのものであったということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 V08-1228〝グリムゲルデ〟。

 厄祭戦末期に、ガンダムフレームと並んで開発された高出力機ヴァルキュリアフレームの1機で、その優れた戦闘能力を評価され、現代のギャラルホルン主力モビルスーツ・グレイズフレームの開発ベース機となった機体。

 

 マクギリスは闇市場に流出させたこの機体をモンターク商会が入手するよう手配し、自身の乗機として運用していた。そして今、対鉄華団戦のために手薄となったこのギャラルホルン基地を強襲、完全に破壊し、やがてここに落ち延びてくるだろうガエリオを待ち構えて………今に至る。

 

 マクギリスは語った、ここまで綿密に描いてきた――――策謀の真相を。

 ガエリオに阿頼耶識手術を施し〝キマリス〟にセッティグした阿頼耶識システムに細工を加えて暴走するよう仕向けたのも、全てはギャラルホルンの名声を地に叩き落し、その強大な権力に空白を生じさせるため。

 

 

「禁忌の技術を施されたギャラルホルン、セブンスターズの機体の暴走。ギャラルホルンが守るべき議事堂は破壊され、政治中枢に属する多くの議員が虐殺された。………その唾棄すべき存在と戦うのは革命の乙女を守り、英雄として名を上げはじめた〝鉄華団〟。そして乗り込むのは伝説の〝ガンダムフレーム〟」

 

『あぁ………あぁあ………!』

 

「同時に行われる代表選で蒔苗が勝利すれば、政敵であるアンリと我が義父イズナリオの癒着が明るみになる。世界を外側から監視するという建て前も崩れ去り、ギャラルホルンのゆがみは白日の下にさらされる。………劇的な舞台に似つかわしい劇的な演出だと思わないか?」

 

 カルタ・イシュー。

 ガエリオ・ボードウィン。

 マクギリスにとって重要だったのは、「イシュー」「ボードウィン」という家名が、マクギリスが立身する上において単なる障害に過ぎなかったということ。ファリド家よりも多大な実権と軍権を握る両家は、マクギリスがギャラルホルンにおいて過分な権力を握ることを許さないだろう。だからこそ排除し、その力の空白に食い込む必要があった。

 

 

 ガエリオが唾棄していた政争、権力争い。いつの間にか彼はそのただ中に放り込まれていたのだ。マクギリスが出世するための踏み台として………

 

 

『マクギリス……お前はギャラルホルンを陥れる手段として、俺を……俺の誇りを………ッ!?』

「………」

『そんなことが……このような外道、許されない………許されるはずがァッ!!』

 

 

 ガエリオは咆えた。獣のように。

〝キマリス〟の、ガンダムフレーム特有のツイン・アイが煌々と輝き、次の瞬間、マクギリスが乗る〝グリムゲルデ〟目がけて突進してきた。両腕を失っても尚〝キマリス〟には十分なスラスター燃料が残っており、そして怒りを原動力とする闘志も十分だった。

 

 

「――――ではどうする?」

 

 その罪を許されないと断ずるお前に、俺を止めることができるのか?

〝グリムゲルデ〟は腕部シールドに内蔵されていたヴァルキュリアブレードを閃かせ、軽く〝キマリス〟からの突撃を脇にいなした。

 

『ぐぁっ! まだだ! マクギリス――――――――ッ!!』

 

 

 

【ASW-G-66】

【ALAYA-VIJNANA】

【CONNECTING OFF-LINE】

 

 

 

 その瞬間〝キマリス〟が、まるで時が止まったかのように停止した。

 

『がぁっ!? 機体……が………?』

「お前は軌道上での戦いで重傷を負った身。阿頼耶識システム無しでは機体を動かすことも叶うまい。――――ああ、そうだ。〝キマリス〟の阿頼耶識システムと照準システムに予め細工させてもらった。敵機のコックピットに致命傷を与えられないようにな。鉄華団にはこれから私のために大いに働いてもらわなければならないのだから、悪くおもわないでくれ」

 

 

 糸が切れた人形のように、ガエリオは何も答えなかった。無理もない。阿頼耶識システムによる神経補助が無ければ指先一つ動かすことも、唇を震わせることすらできないのだから。

〝グリムゲルデ〟によるLCS遠隔操作によって〝キマリス〟は阿頼耶識システムの主要システムをオフラインに。パイロットの生命維持機能だけ残して停止させた。ガエリオは、マクギリスが伝える真相を、ただ沈黙して聞き続けるしかない。

 

 

「君という跡取りを失ったボードウィン家はいずれ娘婿である私が継ぐことになるだろう。セブンスターズ第一席であるイシュー家も、先の失態で実権の多くを削られることになる。アーブラウ議事堂を破壊するという暴挙を働いたボードウィン家もな。こうしてギャラルホルン内部の力関係は一気に乱れる………そこからが私の出番だ」

 

 

 ガエリオはただ沈黙するのみ。だがその怒り、絶望が〝グリムゲルデ〟のコックピットにまで伝わるようだった。

 そしてマクギリスは、言い放った。

 

 

「――――アルミリアについては安心するといい。彼女の夫として、その幸せは保証しよう」

 

 

 そしてマクギリスは端末上のコマンドを叩いた。

 

 

【ASW-G-66】

【ALAYA-VIJNANA】

【CONNECTION COMPLETE】

 

 

 阿頼耶識システムが復活した〝キマリス〟は、ぎこちなく再び動き始めた。

 

 

 

『――――――ッッッッッッッッッアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!! マアアアアアァァァァァァクギリスウウウウゥゥゥゥゥウ!!!! オオオオオオオオオアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

 

〝グリムゲルデ〟に迫るは、怒涛の如く全ての怒りをマクギリスへと叩きつけんと襲いかかる〝キマリス〟そしてガエリオ。

 マクギリスは対する〝キマリス〟の阿頼耶識システムを復活させ、そしてコックピット直撃を回避させる照準システムへの細工プログラムを消去した。

ここから先は本当の死闘だ。マクギリスが死ねばこれまでの策謀は全て水泡と化す。そして今のガエリオには、それだけの力が与えられている。

 

 だがマクギリスは微笑みを崩さなかった。

 

「届くかな? その怒りが」

 

〝キマリス〟は断ち切れた腕部を何度も激しく、〝グリムゲルデ〟に叩きつけてきた。がむしゃらに、最早そこにあるのは騎士の姿ではなく、復讐に燃える獣。

 だが〝グリムゲルデ〟は、腕部にマウントしたシールドやブレードで受け流し、逆に鋭い一閃を叩きつけた。さらに一閃。

 

………足りない。マクギリスの胸中から、全ての恐怖が拭い去られた。―――これでは俺を殺すのに足りない。

 その程度の怒りでは。

 

 

「もっとだ、ガエリオ。私への憎しみを、怒りをぶつけてくるといい」

 

――――友情。

――――愛情。

――――信頼。

 

 そんな生ぬるい感情は私には残念ながら、今の私には届かない。

 

 

 

 

怒りと絶望の中で生き、ただ一つの〝救い〟のみに縋って生きてきた、私には。

 

 

 

 

 次々と繰り出される〝グリムゲルデ〟の斬撃の前に、遂に〝キマリス〟は地に膝をついた。

 友が泣いている。何故裏切ったのだ、と。

 

――――違う、ガエリオ。

――――俺はお前を裏切ってなどいない。

――――お前を心の底からと友と呼ぶために、お前から心の底から友と呼んでもらうために………この世界にはあまりにも障害が多すぎた。

 300年にも及ぶ腐敗がもたらした歪んだ秩序が、誤った観念が、失われた道徳や人道が、忘れ去られた愛情が、今日、この事態を引き起こしてしまった。

 

 故に、全てを正さねば、全ての過ちを正し、失われたもの全てを取り戻さなければ。

 

 

 

 サングイスは世界に秩序を回復させると言った。

 あのモビルアーマー………〝ザドキエル〟は、人々が再び人としての正道を取り戻し、互いを愛せる世界を蘇らせると、誓った。

 

 

 

〝グリムゲルデ〟は、〝キマリス〟の胸部コックピットにヴァルキュリアブレードを突き立てた。

 ガエリオが沈黙する。

 そしてパイロットによる制御を失った〝キマリス〟は………バランス制御を失って力なく倒れた。

 全てが終わり、残されたのは無数の残骸と遺骸、用を為さない廃墟――――。

 

 

「許せ、とは言わない。ガエリオ」

 

 

 ガエリオは、まだ生きているだろう。阿頼耶識システムによって辛うじて神経が生き、最低限の生命維持機能を果たしているはずだ。しばらくの間は。

 

 

「お前に語った言葉に嘘はない。ギャラルホルンを正しい方向に導くためにはお前や、カルタが必要だ。だから俺は――――――いや、後は任せたぞ。ラスタル・エリオン」

 

 

 しばらくすれば周辺のギャラルホルン基地から救援部隊が殺到する。そうすればガエリオも救出されるだろう。

 

 

 

 

 

――――もし、〝原作通り〟に進むのであれば、彼はラスタル・エリオンによって保護されるでしょう。そして貴方への復讐に燃え、力を蓄えるでしょう。

 

 

 

 

 

 事の顛末を知るあの男――――サングイスはそう語った。そして、ここまでの出来事全てが、彼によって予言されていた。

 そしてこれからのことも………

 

「ガエリオ………!」

 

 フットペダルを踏み込み、〝グリムゲルデ〟が炎上するギャラルホルン基地から離れる。

 マクギリスは一切振り返らなかった。

 

 

 

 

 ギャラルホルンによる停戦信号発信後、鉄華団は直ちにそれを受諾。

 エドモントン各所や郊外で繰り広げられていた戦闘は、これで完全に停止した。

 

 

 

 

 




次話より、1期最終章に入りたいと予定中です。


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動き出した世界

第1期最終章、
全2話構成です。


▽△▽――――――▽△▽

 

『――――私はクーデリア・藍那・バーンスタイン。火星から前代表である蒔苗氏との交渉のためにやってきました。その蒔苗氏に時間を頂き今この場にいます』

 

 

 その演説は、議場への立ち入りを許されたマスコミによって世界中へと報道されることとなった。

 火星と地球の関係改善を図りたいクーデリアの意思を汲んだ蒔苗老の計らいによって、そして彼女を抱える自身の正当性を訴えるために、蒔苗は彼女を論壇へと立たせたのだ。

 生き残った議員たちは、辛うじて原型を留めるものの天井が大きく崩落した議場で、彼女の言葉に耳を傾けた。

 

 

『ここに来るまでの間、私は幾度となくギャラルホルンからの妨害を受けました。そして、私の仲間たちは、その妨害を退けました。

 火星と地球の歪んだ関係を少しでも正そうと始めたこの旅で私は世界中に広がるより大きな歪みを知りました。そして歪みを正そうと訪れたこの地もまた………その歪みと、それによって生じた暴力によって飲まれようとしている』

 

 

 破壊された議事堂が、それを雄弁に物語っていた。ギャラルホルンの武力を前に、その手綱を握っていたはずの経済圏がいかに無力であったか、この場にいた誰もが思い知らされていた。飼っているはずの番犬に襲われ、殺されそうになったのだから。その恐怖、危機感は全ての議員の表情に現れている。

 

 クーデリアは議員一同を見渡して、続けた。

 

 

『しかし、ここにいるあなた方は今まさにその歪みと対峙し、それを正す力を持っているはずです! どうか選んでください。誇れる選択を。………希望となる未来を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインの地球への旅は、これで終わりを迎えた。

 エドモントンでの激闘によって、鉄華団はモビルワーカー隊の三分の一に被害を受け、数十人もの重軽傷者を出した。そしてモビルスーツ隊も、〝フォルネウス〟を除きほぼ全機が中破もしくは大破。

 

 しかし、損傷したモビルワーカーは直ちに下がらせたオルガの采配とドクター・ノーマッドの尽力、そして類まれな幸運によって、鉄華団の死者は0人となった。

 

 

 ギャラルホルン側は――――主に〝ラーム〟の超遠距離精密弾道射撃によってモビルワーカー隊の三分の二以上が破壊され、〝バルバトス〟や〝グシオンリベイク〟らの活躍によってモビルスーツも30機以上が撃破される。加えてボードウィン家のガンダムフレーム〝キマリス〟による暴走により………200人以上の死傷者を出す結果となった。鉄華団機によるものかは断定されていないがエドモントン近郊に位置するギャラルホルン基地も破壊され、その結果を合わせると500人以上の死者が出たことになる。

 

 そして、ギャラルホルン、それもセブンスターズの象徴的なガンダムフレームによるアーブラウ議事堂破壊はその場にいたマスコミの生き残りによって大々的に報道され、ギャラルホルンの権威は失墜。議員にも多数の死者を出したこの事件は瞬く間に地球圏、いや火星や木星圏にまで伝わり、アーブラウ国内、いや世界中で反ギャラルホルン運動が勃興・激化した。

 

 

 火星ハーフメタルの規制解放における重要人物である蒔苗東護ノ介氏の復権がかかったアーブラウ代表指名選挙は、十数人の議員が死亡した状況で、一時は開催が危ぶまれたものの――――――

 

 

 

『――――アーブラウ代表選の速報をお伝えします。先日お伝えしました通り代表指名選挙は中止され、議員選挙以後に再度開催される運びとなりましたが、その期間までの臨時代表として蒔苗東護ノ介氏が選出されました。蒔苗氏は一時政界を退いていましたが、ギャラルホルンが経済圏の政治に介入している現状を受け、多くの議員の支持を受けて復帰。自身の派閥のみならず対抗馬であった故アンリ・フリュウ氏を支持していた議員にも呼びかけ挙国一致内閣を結成すると宣言しています。議員選挙後は正式に代表として指名されると有識者の意見も一致しており―――――』

 

 

 

 臨時代表としての蒔苗老の最初の仕事は、戦闘によって破壊されたエドモントン中心部のインフラ復旧と復興だった。高層ビルのいくつかがギャラルホルンのモビルスーツによる砲撃によって倒壊。中心部は戦闘から遠いことから避難指示が行き届いておらず、多くの市民がビルの倒壊に巻き込まれてしまっていた。

 ギャラルホルンは、政治的事情や部隊再編のために一時撤退しており、市内の消防団や市民の有志によって瓦礫の撤去や怪我人の救助、行方不明者の捜索が行われようとしていたが、明らかに手が足りない。

 

 そこで名乗りを上げたのが鉄華団だった。団長のオルガ・イツカは無傷の団員やモビルワーカーを引き連れ、率先して瓦礫の撤去などの力仕事や時間との勝負になる根気強さが求められる行方不明者の捜索作業に取りかかった。

彼らは少年兵としての体力を遺憾なく発揮して朝から深夜、そして明け方になり消防団や有志の市民たちが疲弊し始めてもなお懸命の復興作業を続け、戦闘終了から2日後には寸断されていたインフラが復旧。そして30人以上の行方不明者の発見・救助にも貢献した。

 

 そしてこの出来事が、クーデリアが目指した地球と火星の関係改善の一助となり、そしてこれから、鉄華団自体も助けることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

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********

 

 

 

【阿頼耶識システム 解除完了】

 

 

―――――カケル! カケルっ!!

―――――とにかくメディカルナノマシンに! まだ息はある………!

 

 

 

―――――治るんだよな!? ドクター!

―――――身体機能がわずかに維持できているだけでも奇跡だ。通常なら死んでいる。とにかくナノマシン治療を………

 

 

―――――カケル……俺たちがヘマしたから………!

―――――俺たちが身代わりになってれば……!

 

―――――それは違うぞクレスト、ビトー。あのミカが何とか倒せた相手だ。むしろ、よくここまで被害を抑えてくれた。

 

―――――団長っ………!

―――――でもっ!

―――――お前らも怪我してるんだから、少し休め。

 

 

 

 

 

 

―――――カケル!!

―――――お願い、カケル………っ!

―――――生きて………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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――――――――観測せよ。

 

 

 

 

 

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▽△▽――――――▽△▽

 

『う………?』

 

 重力を感じる。

 身体の感覚が、徐々に朧げながら戻ってくる。

 目を、2、3回瞬かせると、視界も明白になってきた。広い空間のようだ。視線をぎこちなく左に向けると、何台ものメディカルナノマシンベッドが並んでいるのが見える。

 そして視線を右に移すと、

 

 

『………フェ……ニー………』

 

 

 まだはっきり感覚が戻っていないが懸命に口を振るわせて、ベッドに寄りかかるようにして眠る彼女の名を口にした。

 フェニー。もう一度そう呼んでやると、先ほどまですっかり眠りこけていたフェニーがハッと身を起こした。

 

 

「………カケル?」

『俺は、生きてるのか……?』

 

 

 俺の口元には酸素マスクが当てられて、言葉が雲ぐった形で発せられる。

 とにかく全身がだるい。時折チクチクと走る痛みは、コックピットをやられた時に圧し潰された所だ。

 フェニーの、泣きはらしたように少し赤くなった目から、大粒の涙が流れ始める。ひくっ、と嗚咽を漏らすフェニーに、自分は無事だとその頬に触れてやりたくて腕を動かそうとしたが、全身麻酔のせいか上手くいかない。

 

 

「ドクタ………! もうダメだって……っ! 意識戻らないかも……って………!」

『はは。こんなの……かすり傷だろ………?』

「ばかっ!!」

 

 

 そうしているうちに、周りで他の仕事をしている団員たちも俺が目を覚ましたことに気が付いたようで、

 

「お、おい! カケルさんが………!」

「団長呼んで来い!」

「ドクターもだ! 早く………!」

 

 

 ここは、駅舎のエントランスに敷物とメディカルナノマシンベッドを置いた簡易的な野戦病院のようだったが、怪我人らしき人影は一人もなかった。

 

 

『皆、どうしたんだ………? 鉄華団は………』

「ぜ、全員無事よ。怪我した人は多かったけど、誰も死んでないわ。今は戦闘が終わって、街の復興の手伝いをしたり………て、撤収の荷造りをしている所よ」

 

 

 自分の目に涙があふれていることにようやく気付いたフェニーが、慌ててそれを拭いながら答えてくれた。

 そうか。

皆、無事なんだな………。

 

 と、遠くからバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

 ゆっくり首を向けると、まずすっ飛んできたドクターが、そしてオルガと三日月の姿が。

 

 

「し、信じられんな。まさかこれほど早く昏睡状態から脱するとは。医学上失血死していてもおかしくなかったのだが………」

「よう、カケル。ったく心配かけやがって」

 

 

 気さくに片手を挙げてきたオルガに俺は軽く笑いかけ、

 

 

『クーデリアさんは………?』

「ああ。蒔苗と交渉中だ。上手く行きゃあ明日には話がまとまるらしい。俺たちの仕事はこれで終いだ。後のことは俺たちに任せて、しばらくゆっくりしてな」

『ありがとうございます………』

 

 

 思わずふぅ、とため息が漏れてしまった。

 一つの終わりを迎えたのだと、ようやく実感を覚える。ギャラルホルンの妨害を退け、クーデリアをアーブラウまで送り届けたことによって、鉄華団の名は大いに知れ渡ることになるだろう。これから鉄華団はさらに大きくなり、事業の成長と共に困窮から抜け出すことも夢ではなくなる。

 

 そして彼らを取り巻く世界も変わる。火星ハーフメタルの規制解放によって火星の経済は上向き始める。雇用が生まれ、貧困が徐々に解消されていき、孤児院や病院、学校などの福祉医療施設も充実し始めるだろう。

 

 

『フェニーも………悪かったな、心配かけて』

「べ、別に! アンタの雑な操縦のせいでガンダムフレーム1機がぶっ壊れたんだから文句言いたかっただけよっ!」

『俺がやった訳じゃないんだけど………』

 

「あ、あんたの腕が悪いからでしょうが! もう! 完全に直そうと思ったらアングラ市場駆けずり回って予備パーツ探さないといけないじゃないの! コックピット周りとかすっかり滅茶苦茶だし、精密射撃管制システムも………」

 

 

 ブツブツ文句を言いながら、少し頬を赤くしてフェニーはどこかに行ってしまった。

〝バルバトス〟の方が遥かに重傷だと思うけど………片腕ぶった切られてるし。

 そんな光景を前に、オルガはニヤリと笑っていた。

 

「………ま、とりあえずお大事にな」

「ん。腹減ったらこれ食っていいから」

 

 

 そう言って三日月がメディカルナノマシンベッドの縁に置いていったのは、何粒かの火星ヤシ。

 片腕は包帯に巻かれている。

 それに片目の光彩も………

 

 

『三日月、それ………』

「ん? ああ。何か動かなくなった」

『………』

「まあ、〝バルバトス〟に繋いでいる時は動くし。大丈夫でしょ。ドクターは治るって言ってるし」

『………え!?』

 

 治す方法あるの!?

 思わずベッドに満たされたナノマシンジェルが揺らいでしまった。

 うむ。とドクターが補足するように進み出る。

 

「おそらく情報交換量を増幅させるために肉体側の神経が機体の阿頼耶識システムに対して最適化されたことによる副作用だろうね。本来の神経伝達物質が機械的・電気信号的なものに置き換えられ、損なわれているんだ。脊髄に埋め込まれた阿頼耶識システム端子を介し、脳からの信号に対して本来のように活動できるよう疑似神経となるナノチューブと疑似信号発信チップを適切な部位に埋め込むことができれば、この処置に前例は一切無いが短期間での治療は可能だ。高度な医療施設が必要だが、歳星に行けば何とかなるだろう。理想を言わせてもらえば更なる情報交換量の突然の増加に対応できるようにだね………」

 

 

 オルガや三日月は、うんざりした表情で互いに顔を見合わせていた。多分、これ以前にも聞かされたんだろうな。この長話を。

 

 

「要は治してくれるんだろ?」

「厄祭戦後前例の無い手術だが技術自体は完成している。私のように高度な医療技術を持った人物が処置すれば問題ないだろう。阿頼耶識システムについてデータを蓄積する貴重な機会になるはずだ。むふふ………」

 

 

 最初会った時、ヒポクラテスの誓いがどうとか言ってたような気がするけど………

 と、団員の一人がオルガに駆け寄ってきた。

 

「団長! 明日の積み込みなんですけど………」

「おう、どした? ………すまねえな、また来る」

 

 団員に連れられるように、オルガは踵を返した。三日月もそれに続く。俺も、黙ったまま姿が見えなくなるまで見守ろうと思ったのだが、

 

 

 長い旅だった、と今更ながらに思う。

 それに見合った実りはあった。

 だけど、まだだ。まだやらねければならないことがある。

 得体の知れない流れ星に願ったことを実現するためには――――

 

 

『団長………!』

「ん? どうしたカケル?」

 

 

 引き止める俺の声に、エントランスゲートの向こう側に消えようとしていたオルガが振り返った。

 

 

『ちょっとお願いが………』

 

 

 その後、俺の頼みをオルガは快諾してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ふむ。ハーフメタル資源についてざっくりした草案はこんなものだろう。あとは追々詰めていくとして………」

「はい。ご多忙の中いろいろとお取り計らいいただきありがとうございます。鉄華団のことも」

 

 アーブラウ代表官邸。

 その、やや手狭な一室でクーデリアと蒔苗老はテーブルを挟んで向かい合い、互いにタブレット端末上の情報に目を落としていた。内容は、火星ハーフメタルの規制解放について、議会に提出するその草案だ。議会を通れば正式に火星・クリュセ自治政府に通達が行き、自治政府の了承を経て晴れて火星ハーフメタルの規制は撤廃される。

 

 蒔苗老はエドモントン中心部の復興の指揮を執り多忙を極める中、時間を作ってはクーデリアを官邸に招いて規制解放についての交渉と談話を続けていた。それに鉄華団のことも、金銭的な報酬のみならず―――――

 

 

「なに、正当な報酬だ。経済圏の軍事顧問となれば定期的な収入となるだろうし、名を上げる上でも不都合はあるまい。………もう一週間か」

 

 

 ふと、窓の外を眺める蒔苗。つられるようにクーデリアも外の庭園の風景を見やった。

 クーデリアにとっても、アーブラウにとっても問題は山積している。アーブラウは、まず欠けた議員分の選挙を行い、正式に蒔苗が代表として認められなければならない。火星ハーフメタルの規制解放はその後だ。

 クーデリアの仕事も終わった訳ではない。そもそも火星ハーフメタルの規制解放は火星の経済的独立と経済成長のための第一歩に過ぎないのだ。自治権の拡大や火星経済を圧迫している、高額な正規航路の利用料の減額要求。ギャラルホルンの信用が失墜し、クーデリアの名前が大々的に知れ渡っている今、一気に主張を通す絶好のチャンスと言えた。

 

 そのために………

 

「ヤツらは明日にはここを発つのだろう。―――お前さんはどうするんだ?」

 

 火星ハーフメタル規制解放を巡るクーデリアの仕事は、これでひと段落となった。

 だがクーデリアにはまだまだ、地球でやるべき仕事がある。例え仲間―――いや、家族と一時離れ離れになったとしても。

 

 

「私は――――」

 

 

 蒔苗老に対する答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 エドモントンでの、アーブラウ代表選を巡る騒動から一週間が経過した。

 アーブラウは緊急議員選挙を行い、世界各地もギャラルホルンに対する反発で一致しつつも少しずつ落ち着きを取り戻そうとしている。

 そんな中、事件の発生から未だ混乱から抜け出せない場所が一つある。

 

 

―――――ギャラルホルン地球本部、メガフロート〝ヴィーンゴールヴ〟。

 

 

「亡命先の用意が整いました、父上」

 

 ヴィーンゴールヴ高層にある地球本部長の執務室。

 ほんの数時間前までこの場の主であった男……イズナリオ・ファリド。戦場と化したエドモントンから辛うじてここまで逃亡することができたが、既にヴィーンゴールヴではイズナリオとアーブラウ議員、アンリ・フリュウの政治的癒着が白日の下に晒されており、彼は全ての職と実権を捨て、中立国へと亡命せざるを得なくなっていた。

 

 父上―――いけしゃあしゃあとしたマクギリスのその物言いに、イズナリオはキッと憎々しな眼を向けてきた。今や、力関係は完全に逆転し、それ以外にイズナリオができることは無かった。

 

 

「マクギリス貴様………分かっているぞ。貴様が………!」

「ここで父上が身を引かねば監査局も黙ってはいない。実刑はおろか家の断絶もありえます」

「どの口が抜かすかッ!! 貴様のために………」

「今は忍耐の時です」

 

 

 マクギリスは恭しく首を垂れた。しかしその口元が若干つり上がっていることを見逃さないイズナリオではない。

 イズナリオ・ファリドとアンリ・フリュウの癒着。例え監査局であっても見破れぬほど慎重に慎重を重ねてここまで進めてきたのだ。外部がイズナリオの暗部を知るはずがない。

 情報が漏れたとすれば身内――――ファリド家の、それこそ家の秘密にもアクセスできるイズナリオ以外のもう一人、養子であり次期後継者であるマクギリスのみ。そして彼の養父に対するこの物言い、態度こそが全てを物語っていた。

 

 裏切られていたのだ、実の息子のように可愛がっていた、この男に――――――!

 

 

「ここで一度身を引かねば、再起も望めなくなります。後の始末は私にお任せを。………必ずファリド家を守ってみせます」

 

 

 その一言一言が、イズナリオの怒りに油を注ぎ続ける。だが、もはや選択肢は残されていない。ヴィーンゴールヴ内が混乱している今のうちに脱出・亡命しなければ、令状を手にした警察局がイズナリオを捕らえるだろう。

 

 今は――――――。

 

「………分かっているのだろうなマクギリス。絶望から救い上げてやった恩義を忘れ、お前の先にもまた絶望しか待っていないぞ………!」

 

 怨嗟を吐き、イズナリオは足早にその場を立ち去った。かつて、己の権力の象徴であったその場所を。そして後釜に据わるのは………。

 裏切り者…マクギリスは慇懃な姿勢を崩さず、イズナリオをその場で見送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 ファリド家専用の空港ラウンジから駐機場へ。既にマクギリスの手配によって1機の小型旅客機が発進準備を整えていた。

 

「お待ちしておりました。イズナリオさ………」

「よい。すぐに出せ」

 

 整列する乗務員らを一顧だにせず、怒りに肩を震わせながらイズナリオはその機体に乗り込む。

 席に座りしばらくすると女性乗務員がウェルカムドリンクのシャンパンを持ってきたが、「よい。構うな」と追い返す。

 悠長にシャンパンを嗜む気になどなれなかった。マクギリスが毒を仕込んでいるかもしれないのだ。

 だがこれで終わりではない………イズナリオはそう自分に言い聞かせ、砕けた自尊心をかき集めようとした。万一失脚した際に備えて、世界中に隠し財産を用意してある。とにかく今はこの場を離れ、やがてはマクギリスの監視からも逃れて安全な場所へ向かうことができれば………

 

 

「このままでは済まさんぞ。マクギリ………」

 

 

 その時、離陸し始めた機外に目を向けていたイズナリオは、自身が人影によって陰っていることに気が付いた。

 

 

「………何だ貴様。構うなと言ったはずだ」

 

 

 マクギリスの部下か? 通路側に立っていたのは、やや大柄のギャラルホルン士官の男。

 だが様子がおかしい。制服は着崩れ、髪はボサボサ、目は見開かれて血走っており、涎を垂らしてニタニタと笑う姿はまるで狂人の―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「す……すべ………全ては………ザドキエル様………厄さ………教えぇ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、男は自身の胸を掻きむしり、力づくで上の制服を引きちぎった。

 そこから覗くのは………身体中に巻きつけられた、爆弾。

 

 

「な………爆だ――――――ァ!?」

 

 

 それが、イズナリオ・ファリド最期の言葉となった。

 

 ヴィーンゴールヴの滑走路から離陸した1機の小型旅客機。

 それが突如として爆発。火の玉と化し無数の残骸をまき散らしながら海へと落下していった。

 その事態にギャラルホルン警察局海上部が直ちに出動。生存者の捜索に躍起になったが、誰一人として原型を留めている者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 その衝撃は、ギャラルホルン貴族の邸宅が並ぶヴィーンゴールヴ表層をもわずかに揺らした。

 

「む。何事だ?」

「はっ! ………離陸した小型機が1機、空中で爆発したとのことです」

 

 控えていた部下が、手元の端末に目を落として素早く答える。セブンスターズにはあらゆる情報に直ちにアクセスできる権限があり、特にヴィーンゴールヴに関わるニュースや情報はまず第一にセブンスターズ各家へと届けられていた。そして各家当主の問いかけ全てに完璧に答えられるよう、専門の情報収集チームと経験豊富な士官が揃えられている。それはエリオン家においても例外ではない。

 

「小型機? 所属は?」

「警察局からの報告によるとファリド家所有のプライベートジェットとのことで、イズナリオ・ファリド公が搭乗されていたと………」

 

 謀殺か………。エリオン家の執務室で、ラスタル・エリオンは軽く顎を撫でた。すでにイズナリオの疑惑はラスタルの耳にも入っており、おそらく亡命を選択するだろうと踏んではいたが………

 

 

「下手人は? 分かっているのか?」

「警察局より駐機場監視カメラの映像をコピーして入手しました。ご覧になられますか?」

 

 ラスタルは頷いた。アリアンロッド艦隊所属の士官はデータチップを手に、壁の端末へと近づく。

 データチップが挿入され、映し出されたのは………早足に機内へと乗り込むイズナリオと、その十数分後に酷く覚束ない足取りでタラップを昇る一人のギャラルホルン士官。

 部下がそこで口を開いた。

 

 

「映像より人員データベースに検索をかけた結果………火星支部の新江・プロト一尉ではないかと」

「………火星だと?」

「はっ。調査しました所、新江・プロト一尉は3ヶ月以上前から行方不明とのことで、火星支部の要捜索リストに」

「動機はあるのか?」

「不明です」

 

 

 つい1週間前にはボードウィン家の御曹司、ガエリオ・ボードウィンが市内で暴走した挙句に〝戦死〟したばかり。

 加えてイズナリオ・ファリドをも失ったとあれば………世界を武力で制圧・監視する超巨大組織ギャラルホルンは大きく混乱することだろう。権力構造には大きな空白が生じることになる。

 

 そしてこの二人の死で最も得をするのは………

 

 

「何にせよ、警察局からの結論が出るまではどうしようもない。至急、弔使等準備手配しておけ。………それと〝あの男〟にこのことを早急に伝えろ。裏ルートで何か分かるかもしれんからな」

「はっ!」

 

 

 命令を受けた部下が直ちに踵を返してラスタルの執務室から駆け去っていく。

 それを後目に、ラスタルは窓の外の光景に目を向け続けた。

 

 

 

 

 

 

 後日、ヴィーンゴールヴ管轄警察局より、イズナリオ・ファリドの死が発表された。遺体は爆発によって四散し、一部の部位しか回収できなかったという。

 下手人として、新江・プロトの名が確定した。3ヶ月以上前に火星支部を密かに離れ、密かに地球入りしていたこの男は、ファリド家専用空港のパスコードや爆薬を何らかのルートによって入手。凶行に及んだ。しかし、動機は一切不明で、協力者や背後関係なども一切掴むことができなかった………。

 

 

 

 

 



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散らない華

▽△▽――――――▽△▽

 

 昼過ぎのエドモントン廃駅にて――――

 

「世話になったな、少年」

 

 そう言ってクランクは、俺にその大きな手を差し伸べた。「あ………」と俺は慌てて腰を下ろしていたコンテナから立ち上がろうとしたのだが、

 

「いや、そのままでいい。その怪我ではな」

 

 と苦笑されてしまい、俺も気恥ずかしく笑いながらその手を握り返した。クランクの背後ではアインが少し頬を緩めながらこちらを見守るように佇んでいる。

 ようやく鉄華団としての初仕事………クーデリアを地球に送り届ける任務が終わり、鉄華団の面々は誰もがモビルワーカーや物資の撤収作業に追われていた。雪之丞が野太い声で発破をかけ、いつも通り団員たちがそれに元気よく応える。

 

 撤収はいたって手際よく、俺の周りも、俺が腰かけているコンテナ以外何も残っていなかった。片足片腕が潰され、ナノマシン治療後の自然治癒のためにギブスを嵌められて固定されている身では、このコンテナがちょうどいいイス代わりだ。

 

 

「俺も、クランクさんには本当にお世話になりました。鉄華団のことも………」

「なに、大したことはしていない。これで、子供たちの未来が無事に開けてくれるといいのだが………」

 

 

 いくばくかの懸念を湛えた目で、クランクは撤収作業に追われる少年たちを見やっていた。

 これから火星ハーフメタルを元手に、火星の経済は上向くに違いない。雇用の充実もこれから始まる。聞くところによると鉄華団もテイワズの下で火星ハーフメタル事業にこれから本格的に加わるとか。ビスケットがその事業の音頭を取るなど、見渡せば明るいニュースばかり。

 

 それでも、

 

「………皆、これからも戦い続けると思います」

「だが、これからは戦わずに平和に生きるという選択肢もあるだろうに」

「俺も、いつかは皆がそんな未来を選んでくれると信じています。でも………今はまだダメです」

 

 ギャラルホルンでは、これからマクギリスとラスタル・エリオンの覇権争いが激化し、鉄華団は否応なくその政争に巻き込まれる。

 鉄華団が身を寄せているテイワズでも………火星ハーフメタル利権を手土産に急激な躍進を遂げることになる鉄華団を妬み、足を引っ張り、願わくば潰してやろうと画策する者や勢力が現れるだろう。ジャスレイ・ドノミコルスとか。もしかしたら、原作で語られなかった敵も現れるかもしれない。

 

 

「今の鉄華団には敵が多すぎます。警戒して、備えないとすぐに潰されてしまう」

「そうか。そうかもしれんな………」

「俺が言うのも変かもしれないですけど、もしクランクさんが鉄華団に入ってくれたら………」

 

 

 だがクランクは、首を横に振った。

 

 

「すまんが、それはできん。俺もかつてはギャラルホルンの一員だった男だ。子供たちの境遇に憤り、同情し、一時は轡を並べて戦ったが………あの時の戦いで俺は多くの部下、教え子を失った。その恨み、決して忘れた訳ではない」

「………俺が憎いですか?」

 

 その問いかけにも、クランクはかぶりを振った。

 

「お前も、手塩にかけて育てた部下を失えば分かるだろう。だが、恨みつらみに振り回されて復讐を志すのは間違いだ。そのようなことで死んだ者が浮かばれるはずがないからな。間違いを正し、正しいことを為す………すなわち、年端もいかぬうちに戦いの中で生きてきたお前たちの、運命を変える戦いに身を投ずる。それこそが俺にとって今最も正しい道だと思った。それだけが理由だ」

 

「俺も、クランク二尉と共に行くのが正しい道と確信しています!」

 

 ギャラルホルン式の敬礼でアインが直立する。その生真面目な表情に、「また俺に階級を付けているぞ」とクランクは苦笑しつつ、

 

「とりあえず、俺とアインはモンターク商会が手配したトレーラーに乗ってここを離れる。雇い主であるモンタークにも状況を報告せねばならんしな。………だが、道を違えども志が同じならば、また相まみえることもあるだろう」

「分かりましたクランクさん。また、お会いできると信じています」

 

 この人なら、また俺たち……鉄華団の力になってくれるに違いない。

 ここで別々の方向に歩んでも、また。

 

 

 ではな、とクランクは踵を返し、アインも「失礼します!」ときびきびした所作でその後を追った。その奥に見えるのは2台の、モンターク商会のエンブレムがあしらわれたモビルスーツ運搬用トレーラー。そしてその上の荷台に乗せられた〝フォルネウス〟と〝アクア・グレイズ〟。

 

 2人の戦士が立ち去るのを、俺はコンテナに腰を下ろしたまま見守っていたのだが、

 

 

 

 

 

「………ぬあーにカッコつけてんのよ」

「んで!?」

 

 ゴン、とタブレット端末の角で頭を叩かれ、驚いて振り返るとそこにはフェニーの姿が。

 

「よう、フェニー」

「ようじゃないわよ! ダメじゃないのベッドで寝てなきゃ!」

「誰も絡んでくれないから暇だったんだよ」

 

 メディカルナノマシンによる治療も終わり、再生した骨の定着のためにベッドで横になるようドクターにも言われていたのだが………撤収作業で誰もが大わらわになっている中、俺の即席の病室に来てくれるような物好きなどいる訳もなく、適当に誰かに絡んでやろうと松葉杖を突きながら病室を抜け出して、今に至る。

 

 

「明日には出発で皆忙しいんだから、怪我人は大人しくしてなさいよ」

「ちぇ。もうちっとチヤホヤしてくれたって………」

「はいはい。宇宙に出て暇になったら好きなだけカケルのこと構ってあげるから」

「よろしくお願いしますm(o・ω・o)m」

 

 ったく、調子いいんだから………と呆れ顔のフェニーだったが、

 

「でも………カケルが生きててよかった」

「命に代えてでも守ってやるって言っただろ? 死んでも〝ラーム〟はフェニーに残してやるし」

「バカ。私たちメカニックが必死こいて整備してあげてるのはね、あんた達パイロットが無事に戻ってこられるようにするためなのよ。………機体だけ戻ってきたって、意味ないんだから」

 

 そう言ってフェニーは、俺と背中合わせになるようにコンテナに腰を下ろした。背中越し、彼女のジャケット越しにその体温を感じ、思わず俺はビクリと身をすくめてしまった。

 

「フェニー………?」

「振り向かないで。………ホントに、ホントに心配したんだから」

 

 背中合わせに、ふと手を伸ばしてフェニーの手に触れる。一瞬、ビクッと震えたが、おずおずと指先を触れ返してきた。

 

 

「ゴメン、フェニー………」

「うん」

「でも、〝ラーム〟の装甲が厚いお陰で助かったぜ。フェニーのお陰だな」

「べ、べ別にあんたのためじゃないし! 広域制圧機としての〝ラーム〟の特性とガンダムフレームのツインリアクター出力を最も効果的に活用するために―――――」

 

 

 とその時、こちらに近づいてくるいくつかの人影が。

 

 

「あ。クーデリアさん」

「え?」

 

 フェニー共々見やると、三日月やアトラと一緒に、クーデリアがこちらへとやって来る所だった。

 

「お久しぶりです。カケルさん」

「こちらこそ………つっ」

「あ、そのままで大丈夫ですよ」

 

 コンテナから腰を浮かそうとする俺を押し留めつつ、クーデリアは静かに微笑み、小さくお辞儀した。

 

「この度は、私の護衛を引き受けてくださって本当にありがとうございました」

「い、いえ。俺はほとんど鉄華団のオマケみたいなもんですし、大してお役にも立てず………」

 

「何言ってんの? カケルが援護してくれたお陰でモビルワーカー隊が皆助かったんだろ。それに、あの時助けてくれなかったら俺も危なかった」

 

 火星ヤシを一粒口にしながら三日月。「それだけではありません」とクーデリアは続けた。

 

「ドルトでも地球に降りる時も、適切なアドバイスをカケルさんにもらいました。それにフミタンのことも………」

「そういえば、フミタンさんからは何か連絡が?」

「ええ。私が火星ハーフメタル産業に関われるよう、商会立ち上げの準備をしてくれています」

 

 ノブリスの元エージェントとして火星の裏事情にも精通しているだろうフミタンがクーデリアの側にいるという事実はかなり大きい。それに、クーデリア自身も、姉のように頼れる存在が身近にいることに、自然と表情が和らいでいるようだった。

 

「カケルさんには本当にお世話になりました。報酬の方も、すぐにとはいきませんが必ず。ご満足いただける額をご用意しますね」

「あ、だったら鉄華団の………俺の給与口座に振り込んでもらってもいいですか?」

 

 

 俺の手元にあるのは、綺麗に折りたたまれた鉄華団のジャケット。

「フェニー」と声をかけると、「ん」とフェニーはコンテナから腰を浮かせて立ち上がり、そっとジャケットを羽織らせてくれた。

「わぁ……」とアトラが嬉しそうに表情を明るくし、「へぇ」と心なしか三日月も。

 

 

 

「鉄華団実働モビルスーツ隊、蒼月駆留。鉄華団共々、これからもご贔屓にお願いします」

「はい! よろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 撤収作業は順調に進み、辺りが落ち着きを見せる頃には、空は真っ赤な夕焼けに染まり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 

――――そして、何事にも、終わりと区切りがある。

 

 

「みんなよく頑張ってくれた! 鉄華団としての初仕事、お前らのおかげでやりきることができた」

 

 

 撤収作業もようやくひと段落ついた日暮れ前。エドモントンの淡く綺麗な夕焼けと、トレーラーに載せられた隻腕の〝バルバトス〟を背に、そして雑然と集まった団員たちを前にオルガのよく通る声が響き渡った。

 

 ビスケットやユージンやシノといった年長組の面々。

 昭弘と昌弘兄弟。その周りにはビトーやペドロ、アストンやデルマも。ビトーやペドロは頭を包帯でグルグル巻きにされて片腕も吊るなど痛々しい姿だが、それでもしっかり立って、オルガを見上げている。

 

 その後ろにはチャドとダンテ。

 年少組も、タカキを始め、ライドやダンジ。エンビ、エルガー、トロウといった子供たちも、トレーラー荷台の上の団長を見上げて、その言葉を聞いていた。その隣にはクレストやシーノットたち。原作よりも年長組、年少組どちらもその数はずっと多い。

 

 クーデリアやアトラも、団員たちに混じっていた。クーデリアは地球に残ることになったが、今日はここに泊まっていくという。

 

 それに、ふと振り返れば………遠くの駅舎に背を預けるように、名瀬がアミダやラフタ、アジー、エーコたちと共にこちらを見守っている。

 俺は後ろの方で、小型コンテナに座ったまま、隣に佇むフェニーと共にオルガを見やった。

 

 

「………けどなここで終わりじゃねぇぞ。俺たちはもっともっとでかくなる!」

 

 

 オルガがさらに声を張り上げた。

が、「けどまあ………」とニヤリと悪戯っぽく口角を吊り上げて、

 

 

「次の仕事までは間があるからな。………お前らァ! 成功祝いのボーナスは期待しとけよ!!」

 

 

 その瞬間「待ってましたッ!!」と待ち構えていた団員たちの歓声が爆発した。

 

「ボーナスだってよ!」

「すっげぇ!」

「もうパーッと使っちまおうぜ! パーッと!!」

「いくら出るのかなぁ」

「………ぼーなすって何だ?」

「お、おれに聞くなよ」

 

 

 喜んだり、笑ったり、戸惑ったり………様々な表情を見せつつ浮足立つ団員たちを、オルガはトレーラー荷台の上から笑いかけて見下ろしていたのだが、

 

 

「………ああ、そうだ。お前らもう一つ! 今日から新人が一人、鉄華団に入るからな!」

 

 

 おぉ? 新人? 誰? と途端に困惑したように皆が顔を見合わせる。

 オルガは「カケル!」と遠くの俺に呼びかける。その瞬間全員の視線が一気に俺に集中して、

 

 

「………えぇ?」

「何か一言、ビシッと決めてくれよ」

 

 

 まさかここで紹介されるとは思わず。というか新人の自己紹介があるとは思いもよらず………マジで?

 

 

「新人? 誰だぁ?」

「カケル? てか、ウチの団員じゃなかったっけ?」

「クーデリアさんの傭兵なんだと」

「へぇ………全然気づかなかった」

 

 

 等々、あまりに散々な言われように辟易としつつ、流石に黙して語らずという訳にもいかないので、嘆息しつつまずは「よっこらせ」と立ち上がろうとしたのだが、

 

 

「よっしゃあ! ここはこのシノ様に任せとけ!」

「へ? って、うおわっ!?」

 

 

 ずい、と俺の前に進み出たシノが、次の瞬間身を沈めて………「よいしょぉっ!」と俺を肩車し始めた。

 抱え上げられた瞬間、見ている世界が一気に変わり、オルガ同様に全員を見下ろせる視線の位置に。同時に全団員から見上げられて………一気に身をすくめたくなってしまった。

 

 

「よっしカケル! これで皆見れるだろ!?」

「ちょ………!」

 

 慌ててワシっ、と片腕でシノの頭を掴みつつバランスを取る。………向こうに見えるヤマギの、何とも言えない微妙な表情に、ついつい心の中で謝罪。

 

「おらおら~、あくしろよ~」

「わ、分かったから揺らすなって!………えー、この度鉄華団に入ることになった蒼月………」

 

 

「声ちっせえぞー!」

「全然きこえねー!」

「指先から声出せー!」

 

 

 野太い声の年長から、年少にまでやんややんや、とヤジられ………

 何というか、すんなり受け入れられたことが嬉しい、に半分。やけに舐められてるような気がしてムカつくのが半分………

 

 

「えー! 蒼月駆留17歳!! 童貞!! 好きな食べ物はキムチ牛丼特盛!! えー! 他は!?」

 

「女! カケルの好きな女のタイプ!」

「男もいいぞー!」

「付き合ってやろうかー!」

 

「うるせー! 女なら同い年プラマイ2まで!! 男なら11歳以上はすっこんでろッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「ったく、何やってんだか」

 

カケルを取り巻いて、バカみたいにはしゃぐ仲間たちを前に、オルガは前髪を掻き上げて苦笑した。鉄華団の初仕事を成功させることができたと、改めて思い直す。

 

「オルガ」

「お疲れさま」

 

 三日月とビスケットがオルガの立つトレーラー荷台に昇ってきた。動かなくなったという三日月の右腕はジャケットの中でだらん、と垂れ下がり、右目も心なしか光彩を欠いて見える。それでもいつものミカだった。

 それにビスケットも、変わらずそこにいる。

 

「………終わったな。これでやっと」

「うん」

「この仕事を成功させて、俺たちを取り巻く環境はぐっと良くなるはずだよ。皆にもっと給料もしっかり出せてやれるし、食事や住む所だって。これからは、危ないことをしなくてもまっとうに生きられるよう頑張らなくちゃ」

 

「ああ。そこは任せるぞ、ビスケット」

「僕に丸投げするんじゃなくて、それも団長の大事な仕事なんだから」

「細けえことはお前の方が詳しいからよ。………火星ハーフメタル事業の音頭、しっかりとってくれよな」

「………やれやれ。僕は僕のできることを精一杯やるよ」

 

 呆れながらも、心なしかビスケットの口元は笑って見えた。

 

 

 辿り着きたいと、そう願っていた。ミカや、鉄華団の皆と一緒に………いつかミカに語った「ここじゃないどこか」へ。

 ここもその一つだ。仲間……家族がこうやってバカ騒ぎするこの景色が。

 だが、まだまだ道は遠い。まだまだ先にはもっと、鉄華団だけじゃなく、居場所のない全員をまとめて包めるような、デカい未来が待っているはずなのだ。

 そこに着くまで、オルガは止まらない。

 団長として、全員をきっちり連れていく。オルガは固く覚悟を決め、ふと三日月の方を見やった。

 

「………なぁ、ミカ」

「ん?」

「次は何をすればいい?」

 

 次はどうすればいい? そう問いかけつつ道を切り開いてくれるのはいつも、この相棒だった。

 そんなオルガの問いかけに、三日月は真っ直ぐ空を見上げて答える。

 

「そんなの決まってるでしょ」

「………ふ、そうだな」

 

 オルガと三日月は、いつものように軽く拳同士をぶつけ合う。

 次にやるべきこと。そう、とっくに決まってるじゃないか。

 

 

 

 

 

「―――――帰ろう」

「うん。火星へ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、

 夕焼けの空を一瞬流れ星のような軌跡が浮かび上がり………そして瞬く間に消え去ったが、見た者は誰もいなかった。

 

 




芽茂カキコです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
おかげさまで、何とかここまで書くことができました。

今後の展開について、せっかく1期と2期の間で1年以上の空白があるので、鉄血ランペイジ時空における1期と2期の間の優しい話を描く『仮想1.5期』を描いていきたいと予定中です。


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仮想1.5期 ~Inside Answer~
1-1.My dear Valentine


お待たせしました。
予定していた【鉄と血のランペイジ仮想1.5期】本日より投稿したいと思います。
大体10話ぐらいにまとめて2期に突入できたらと予定中しています。

まずは、5日遅れのバレンタインネタから………

~仮想1.5期推奨イメージOP~
ONE OK ROCK「アンサイズニア」


▽△▽―――――▽△▽

 

 タービンズ独自の地球-火星間航路はデブリ帯の空隙を縫うようなコースが多い。

 だが、今はデブリ帯とデブリ帯の空白。小惑星一つ見当たらない「快晴」の宇宙空間が広がっている。

 

 

 

その宙域を駆ける〝ラーム〟のギガンティック・ガトリングキャノン、その照準が………遥か遠方の宙域を飛ぶ〝マン・ロディ〟を捉えた。

 俺はモニター端の重力偏差、その他諸条件の表示に一瞬目を走らせ、トリガーを引いた。

 

 瞬間的に撃ち出される数百発もの100ミリガトリング弾―――訓練用の模擬弾だが――――は、一瞬にして宇宙空間の虚空を奔り、まだこちらに気付いていない〝マン・ロディ〟の狙いをつけた胴体に………直撃しなかった。

 

 

「くそっ! 誤差が………!」

 

 

 地球、エドモントンでの戦いによって〝ラーム〟はコックピット部分が大破。

 鹵獲した〝グレイズ〟のコックピットを代わりに移植してみたはいいものの………フェニー曰く一部ガンダムフレーム本体とのシステムに不適合があり、精密射撃管制システム、特に超遠距離射撃能力が落ちているという。

 

 現代機であるだけあって〝グレイズ〟のコックピットは乗り心地は悪くないのだが、機体のポテンシャルが発揮できない現状は、かなり痛い。

 現に………眼前を薙いだガトリング弾からこちらの位置を把握した〝マン・ロディ〟のモノ・アイが、こちらに向かって鋭く光った。

 

 

『そこだ! 見つけたっ!』

 

 

 獲物を見つけたクレストの〝マン・ロディ〟がマシンガンを撃ちまくりながらこちらへと迫る。

 すかさずスラスターを噴かして回避機動。だが、避けきれたのは最初の一撃、二撃だけ。次の瞬間、こちらに急迫しながら撃ち放たれた数発が〝ラーム〟の胴をしたたかに打ち据え、模擬弾とはいえコックピットに衝撃を与えた。

 

「ちっ、やるな!」

 

 射撃戦でのクレストはかなり手強い。短時間とはいえ〝キマリス〟と互角に撃ち合っただけあって、鋭く機体を駆け回らせ、なおかつ狙いは正確。まさか〝ラーム〟が射撃戦で不利に陥るとは思わず、それが余計なプレッシャーになる。

 

 距離を詰められると、しかも先手を打たれて受け身の状態ではガトリングキャノンは取り回し辛くて不利だ。しかも射角も安定しない。

〝マン・ロディ〟の射撃を受け流しつつ、砲身を保持するサブアームでガトリングキャノンを肩部に格納。俺は〝ラーム〟のコンバットブレードを抜き放って〝マン・ロディ〟へと飛びかかった。衝撃緩和材が刀身に取り付けられており、直撃させてもナノラミネート装甲を破壊する心配はない。

 

 

『………っ!』

 

 

 迫る〝ラーム〟に、〝マン・ロディ〟も一拍遅れてハンマーチョッパーを繰り出した。

 刃と刃の直撃。それが幾度となく激しく打ち交わされ、その度に宇宙空間に一瞬、火花が散る。衝撃が、重力制御されているはずのコックピットさえ激しく揺さぶる。

 パワーではガンダムフレームの方が遥かに有利。クレストも最初は敵として、そして途中からは味方としてその戦いぶりを目の当たりにしているだけに、〝マン・ロディ〟で力押しの戦いを挑むようなことはしない。むしろ、突き出される〝ラーム〟のコンバットブレードを器用に受け流し、根気強くこちらの………一瞬の隙を待ち構えている。

 

 そして瞬間的な鍔迫り合い。

 接触回線を開く。鉄華団のパイロットスーツを着た、幼い少年の体躯と面立ちが通信ウィンドウに映し出された。

 

 

「まだ行けるか!?」

『おうっ!』

「よし………! それならッ!」

 

 

 力づくで〝マン・ロディ〟を押し飛ばし、肉薄してコンバットブレードを一閃。

 だが押し飛ばしたパワーを逆手に取った〝マン・ロディ〟は素早く後退して、俺の斬撃は虚しく空を薙ぐ。

 頭上を占位した〝マン・ロディ〟がすかさずマシンガンを撃ち放ち――――回避が間に合わず何発かが〝ラーム〟の装甲に直撃。

 

 

【損害率――31%】

 

 

 訓練用プログラムが計算する機体の損害率だ。50%を超えた段階で〝撃墜〟と判断される。対するクレストの〝マン・ロディ〟は18%。

〝マン・ロディ〟はさらに加速してこちらから距離を取った。〝ラーム〟の射撃精度が低下していることはクレストも知っている。その弱点を最大限生かそうという腹なのだろうが………。

 

――――加速力なら新型スラスターを搭載してる分、こっちが上なんだよ………!

 

 

「逃がさねーよ!」

『………っ!?』

 

 

〝ラーム〟の全スラスターをフルパワーで点火。最大加速で逃げる〝マン・ロディ〟に追いすがり、駄目押しでガトリングキャノンを撃ち放って追撃。

 やはり射撃精度の低下によって一撃目は〝マン・ロディ〟の脇を薙ぐだけに終わるが、今度は阿頼耶識システム越し、感覚的にその誤差を認識。そして補正。昭弘がミレニアム島で見せた、阿頼耶識システムによる感覚的な照準補正。

 

 滅茶苦茶な軌道を描く2機のモビルスーツによる追いかけっこの中、誤差を踏まえた上で再度撃ち放たれたガトリング弾は、次の瞬間〝マン・ロディ〟の背部をしたたかに打ち据えた。

 

 

『しまったっ!?』

「そこだッ!」

 

 

 さらにガトリングキャノンを撃ち出して追撃する。次々吸い込まれるように直撃弾を食らう〝マン・ロディ〟だが、損害率が45%を超える寸前で急速離脱。

 

『まだたたかえる………っ』

 

 再び〝ラーム〟から距離を取った〝マン・ロディ〟が、機体のサイドスカート部からスモーク手榴弾を取り出す。

 一瞬の静止。

 俺は見逃さなかった。

 

 

 重力偏差修正―――完了。

 阿頼耶識システムによる感覚的な照準補正―――完了。

 

 

 トリガーを引き絞り、またしても数秒間のうちに300発以上の100ミリガトリング弾がばら撒かれた。

 感覚的に照準が補正された100ミリ弾は、〝マン・ロディ〟とその周辺へと収束し、その一発が〝マン・ロディ〟の手にあるスモーク手榴弾へと直撃。『わっ!?』というクレストの短い悲鳴と共に、〝マン・ロディ〟は激しく噴き出すスモークの中に呑み込まれてしまった。

 

 

 トリガーを絞り続け、〝ラーム〟背部の大型ドラム弾倉内の模擬弾を空にする勢いで俺は〝ラーム〟のガトリングキャノンを撃ちまくる。うち何発かは着弾してスモーク内で一瞬火花を散らし――――〝マン・ロディ〟がヨロヨロと煙幕から這い出てきた時には、

 

 

【敵機損害率――61%】

 

 

「よっしゃ! 俺の勝ちだな」

『途中までおれの方が押してたのに………』

「悪いなクレスト。模擬戦付き合わせて。ガスの方は大丈夫か?」

『うん。まだ半分もへってないよ』

 

 

 まだ10歳ぐらい。声音にもまだまだあどけなさを残すクレストだが、パイロットとしては一級品だ。

 こちらの弱みに対応した戦術を取り、スラスターガスも浪費しないよう細かくわずかなスラスター展開だけで最大限モビルスーツを機動して見せる。ブルワーズから譲り渡され、ヒューマンデブリから一人の人間として鉄華団に加わった昌弘やアストンらを始めとする〝元デブリ組〟の団員たちは、鉄華団にとって即戦力であり、貴重なモビルスーツ戦力でもあった。

 

〝ラーム〟のスラスター残量を確認してみる――――半分をかなり下回っていた。母艦である〝イサリビ〟に戻る分ぐらいはあるだろうが、もう一戦、という訳にはいかないだろう。

 

 

「俺はもうギリギリだな。模擬弾も残ってないし。そろそろ帰るか」

『了解!』

 

 

 遠くでスラスター噴射の軌跡が2本見える。位置からして、〝イサリビ〟から発進した哨戒のためのモビルスーツ隊だろう。現状、昭弘の〝グシオンリベイク〟と宇宙仕様に改修し直した〝マン・ロディ〟4機が使用可能な状態になっている。

 俺は〝マン・ロディ〟を引き連れ、母艦の現在位置目がけて〝ラーム〟を駆り飛ばした。

 

 

 

 火星まであと2週間の地点。

 今の所旅は順調で、海賊や敵対勢力が襲撃してくる気配は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 鉄華団の初仕事となるクーデリア・藍那・バーンスタインを地球へ送り届けるミッション。

 そしてアーブラウ元代表の蒔苗東護ノ介をアーブラウ首都エドモントンへと連れていく仕事。

 ギャラルホルンとほとんど全面対決の様相を呈し、新参の弱小組織に過ぎない鉄華団など、誰もが風前の灯火だと高を括っていたことだろう。

 だが結果は………鉄華団はギャラルホルンの妨害を排して、無事2つの大仕事を成し遂げ、その勇名を地球・火星・木星圏、とにかく人類が暮らす領域全てに轟かせた。

 

 対するギャラルホルンは――――弱小組織に過ぎない鉄華団相手に甚大な損害を被り、さらにはギャラルホルン首脳たるセブンスターズの一席、ファリド家当主であるイズナリオ・ファリドとアーブラウ議員、故アンリ・フリュウの政治的癒着が明るみに出ると、中立的立場から世界を監視する組織であるはずのギャラルホルンの権威は大いに失墜。さらにはエドモントンでのギャラルホルン、ボードウィン家所有のガンダムフレームによるアーブラウ議員の虐殺。これが世界規模での混沌に拍車をかけた。

 

 このまま進めば原作通り………各経済圏はギャラルホルンに頼らない独自の軍事力を保有しようとするだろう。鉄華団には既に、アーブラウ軍事顧問就任への打診が来ており、鉄華団団長オルガ・イツカは、一度火星で陣容を整えてから地球に顧問団を派遣する用意があると言う。

 

 そして鉄華団初の仕事の要、クーデリアが推し進める火星ハーフメタルの規制解放。これもアーブラウ代表に返り咲いた蒔苗老によって実現し、今後の需要の高まりから火星は一気に経済成長の波に乗ることができるだろう。鉄華団でも今、参謀であるビスケット・グリフォンによる事業参入計画が進められている。これが上手くいけば、〝まっとうな商売だけでやっていく〟ことも夢ではない。

 

 

 火星に帰れば鉄華団や、世界を取り巻く現状すら更に大きく変わることになる。

 地球から火星へ――――この一ヶ月近い旅路は、鉄華団のジャケットを羽織る少年少女たちにとって、いわば嵐の前の静けさと言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

鉄華団の強襲装甲艦〝イサリビ〟は今、タービンズの〝ハンマーヘッド〟に先導される形で航行していた。海賊や敵対勢力の襲撃も無く、行きに比して帰りは至って平和そのものだった。

 

「あ~、さっぱりした」

「うん」

 

〝イサリビ〟艦内のシャワールームでひと浴びし、俺は上はタンクトップだけで、支給された鉄華団のジャケットを手に、まだ濡れた頭をタオルで拭きながら食堂に向かった。クレストも同様の恰好で、長いミルクティー色の後ろ髪を束ねて右肩に流しながらトコトコ俺の後ろからついてくる。

 平時であっても団員は皆トレーニングを欠かさず、モビルスーツやモビルワーカー、武器類の整備にも余念なく取り組んでいる。小型コンテナを抱えて格納デッキに向かう年少組の団員とすれ違いつつ、まずは腹ごしらえのために食堂へ。

 

「――――で、俺の〝流星号〟、直せるのかぁ?」

「オルガはテイワズからモビルスーツを調達するとか言ってたけどよ」

「そっかぁ。結構気に入ってたんだけどな~」

「元がギャラルホルンのモビルスーツだし、乗り回し続けんのは色々………お?」

「ようカケル! 直った機体の調子どうだ!?」

 

 食堂にいる先客はユージンと、気さくに俺に声をかけてくるのはシノだ。

 俺も、軽く手を上げつつ、

 

「悪くない。足手まといにはならないさ」

 

 そう答えて厨房にいるアトラの所へ。「大盛りで」と注文すると「はーい!」と元気のいい声と笑顔で出迎えてくれた。

 

「クレスト君も、大盛りでいい?」

「あ………いや、おれは……いつもぐらい」

「遠慮しなくていいんだよ? いっぱい作ってるから!」

「えっと……じゃあ………」

 

 おずおず、と頷くクレストに「はーい! 大盛り二つ!」とアトラは2枚のフードプレートにコーンミールやサラダ、スパムとアスパラガス炒めなど栄養満点の食事をなみなみ盛りつけていく。

 

「はい! どうぞ!」

「うっす、いただきまーす」

「………うす」

 

 クレスト共々山盛りのフードプレートを受け取って、ユージンらの隣のテーブルへ。

 

「あ、そうだカケル」

「? どした、ユージン?」

「じきにブリッジで話し合いするからよ。放送で声かかると思うけど、時間空けとけよな」

「分かった。話し合いってことは、今後のことについて?」

 

 ああ。とユージンは首肯しながら、最後のアスパラガスをフォークで刺して口に入れた。シノの方はとっくの昔に食い終わっているようだ。

 

「報酬の残りの使い道とか、これからどう鉄華団を大きくしていくとか。お前ももう、鉄華団の一員なんだからよ。腹ァくくれよな」

「おっ! かっこいいこと言うねぇユージンくん!」

 

 途端にシノにおちょくられて「うっせぇ!」と唾飛ばす勢いで言い返し、

 

「うっし。じゃ、俺ら先行くからな」

「んじゃな~」

「おう」

 

 空のフードプレートを手に、それを厨房へと片付けて先に食堂を出ていくユージンとシノ。それを見送りつつ俺は自分のコーンミールをすくってようやく食事にありついた。

 隣ではとっくの昔にクレストが食事にがっついており、既に半分くらい食い終わっていた。毛並みのいいお坊ちゃんみたいな見た目の割には、他の団員同様メシには時間をかけたくない性分らしい。

 

「よく噛んで食わないと栄養にならないぞ」

「次、皆とトレーニングだから。遅れたくない」

 

 ブルワーズ時代は痛々しいほどに痩せこけていた元デブリ組の少年たちだが、鉄華団でしっかり食事を摂れるようになったことで少しずつではあるが体つきも良くなっていき、年少組のトレーニングにも進んで参加できるようになった。昌弘に至っては昭弘とトレーニングルームに入り浸っているほどだ。………やっぱり兄弟でガチムチに育ってしまうのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、クレストはさっさとメシを平らげてしまい、「んじゃ!」とフードプレートを片付けに行ってしまった。

 

 俺は、メシの後は一度ブリッジに顔を出して………

 

「あ。カケルっ」

「ん~? どした?」

「また、模擬戦誘ってね。次は、勝つから」

 

 おう、とサムズアップしてやるとクレストは無邪気に表情を明るくし、てて………と食堂から駆け去っていった。モビルスーツによる激しい模擬戦を繰り広げたばかりだというのに、元気なものだ。

 トレーニング、模擬戦、訓練………モビルスーツやモビルワーカーに乗り、銃を持って戦うのは、鉄華団の団員たちにたって当然のことだ。クレストのように幼い少年兵にとっても。

 

 果たして、オルガやビスケットはこの先、彼らに戦わずとも食っていける未来を見せることができるのか。選択肢を見せたとして、彼らがそれを選ぶのか。

 

 鉄華団は、俺たちは今――――未来を変える旅路の第一歩を踏みしめている。

 

 

 と、そこで俺は、フードプレートの窪みの一つ………中身の入った包み紙に気が付いた。

 

「何だ………?」

「あ、タービンズの皆からです! ばれんたいんでー、って言って、チョコレートを贈る日だって」

「へぇ」

 

 包み紙を開けてみると、厨房のアトラの言う通り、チョコレートが2個、コロンとフードプレートの上で転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 包み紙を開き、三日月がチョコレートを一つ、口の中に放り込んでいた。

 

「うまいか? ミカ」

「うん」

 

〝イサリビ〟のブリッジ全体に、ほのかな甘い香りが漂っている。

 タービンズから鉄華団に、と贈られたチョコレートだ。境遇柄、菓子なんて滅多にありつけない年少組は大喜びで、オルガら年長者も、心なしか表情が緩んでしまう。

 

「にしても〝バレンタイン〟か」

 

 オルガらにはこれまで縁がなかったイベントだ。そもそも火星でそんな行事があったという記憶もない。菓子なんて金持ちの贅沢品で、まだ小さい団員を喜ばせるのにちょうどいい、くらいにしかこれまで思わなかった。

 艦長席で一人ごちたオルガに、火器管制席に座るビスケットも表情明るく、

 

「3月には〝ホワイトデー〟って言って、お返しもしないといけないんだって」

「火星に帰ったらすぐに業者を手配しねえとな。タービンズつったら構成員3万人以上の大所帯だからな」

 

「………いえ。〝ハンマーヘッド〟の女性クルーたちからのチョコですから、彼女らだけで十分だと思いますが」

 

 冷静に通信管制席のメリビットが指摘してくる。どうにもこのイベントの具合が掴めず、オルガは居心地悪く頭を掻いた。

 

 地球での初仕事を終え、1週間が過ぎようとしている。

 タービンズが開拓した宇宙航路を使い、所要期間は1ヶ月ほど。敵襲の気配もなく、旅は至って順調そのもの。行きの過酷さを考えたら、平穏そのものだ。

 

「とりあえず、これからデブリ帯に入るんだからな。気ィ抜いてんじゃねえぞ」

「うんオルガ。そこは徹底させないとね」

 

 と、昼飯を済ませたユージンとシノがブリッジに入ってきた。続いて昭弘も。

 

「ユージン、カケルはどうした?」

「まだメシ食ってる。じきに顔出すだろ」

 

 カケルは、鉄華団初仕事成功の立役者の一人だ。持ち込んだ〝ガンダムラーム〟のみならず傭兵としての優れた技量に、冷静に大局を見ることができる指揮官としての能力。正式に鉄華団に加わった以上、オルガとしてはカケルには昭弘、シノと同様に鉄華団の一部隊を率いてもらうつもりだった。

 

 と、シノが目ざとく、ブリッジの端でチョコを頬張る三日月に目を向けた。

 

「おっ、いいの食ってんじゃん」

「シノだってもらったろ?」

「ちっちぇーのが2個だけじゃねえかよ。三日月はアトラからも貰ったんだろ?」

「うん。あとクーデリアもくれた」

「かーっ! モテ男は羨ましいねぇ」

 

 そんなバカ騒ぎの中、もう一度ブリッジの出入口がスライドし、カケルが姿を見せた。

 

「お待たせ」

「んじゃ、そろそろ始めよっか」

 

 ビスケットも火器管制席から立ち上がり、オルガも。

 自然と、いつものようにブリッジ後部、せり上がってきたディスプレイコンソールへと皆が集まる。

 

 団長であるオルガ。

 副団長ユージン。

 参謀のビスケット。

 モビルスーツ隊の要である三日月、昭弘、シノ、それにカケル。

 テイワズからのアドバイザーであり鉄華団の事務を引き受ける女性、メリビット。

 

 全員を見渡して、まずオルガが口を開いた。

 

「まずは………お前ら、本当によくやってくれた。この初仕事の成功はお前ら全員のお陰だ」

「へっ! 何言ってやがる。団長の指揮がよかったからだろ?」

「正直無茶な作戦ばっかりだったけどよ。………ま、上手くフォローできたんじゃねえの」

 

 シノは調子よく、ユージンはプイッと顔を背けつつ、少し頬を赤らめていた。

 それに、うん、と三日月も首肯する。昭弘にビスケット。カケルやメリビットも。

 

「全部、オルガのお陰だよ」

「そうだな。頭がしっかりしてねえと団はまとまらねえからな」

「オルガじゃなかったらここまで上手くできなかっただろうしね」

「団長の指揮と、鉄華団全体のチームワークや練度がギャラルホルンやブルワーズに優越していたことは間違いないと思います」

「胸を張っていただいて構いませんよ」

 

「………へ。おだててもボーナスは増やさねえからな」

 

 そう笑いかけつつ、オルガは「ビスケット、頼む」と先を促した。ビスケットは頷いて手元の端末を叩く。

 

「今日みんなに集まってもらったのは、鉄華団のこれからについて。貰った報酬をどう活用していくか、これから鉄華団を大きくしていくために何をするべきか、皆で話し合いたいと思ったからなんだ」

 

 そう言いながらビスケットは端末をさらに操作。ブリッジにいる全員で囲んでいるディスプレイコンソールに、【収支総決算】と銘打たれた数字の羅列が映し出された。

 

「まずは今回の仕事の報酬と、仕事にかかった費用について。依頼人であるクーデリアさん、蒔苗さんからの報酬。テイワズからの仕事の報酬。それに鹵獲したブルワーズやギャラルホルンのモビルスーツ、モビルワーカー、装備消耗品の売却金額を合わせて………っと」

 

 ディスプレイに表示された金額。火星、クリュセで一般的に流通しているギャラー貨幣で換算されその金額は………百万……千万……億………。

 真っ先にシノが目を丸くした。

 

「うぉあ!? そんな金見たことねぇよ!」

「アホ。ここから色々差っ引かれるんだよ」

 

 ユージンの突っ込みに、「そうですね」と今度はメリビットが頷いた。

 

「では支出に関しては私から。艦船、モビルスーツ、モビルワーカー、その他装備消耗品の修理・維持・整備コスト。人件費、支給ボーナス。タービンズへ支払う航路利用料、他手数料、今後発生が予想される組織や施設の維持費………」

 

 メリビットが手際よく端末を叩く度に、ディスプレイ上で支出項目が追加され、その都度大文字で表示されている収入総額が目まぐるしく減っていく。

 今回の仕事、鉄華団にとって初仕事だった上に、CGS時代にも経験したことがないようなデカい戦いばかりだった。当然その分使った消耗品の数も多く、もしかしたらアシが………

 

 だが、固唾を飲んで見守っていたオルガらの前で、唐突に収入総額は減少を止めた。ふぅ、とメリビットが一息つく。

 

「………こちらが今回の仕事の最終利益となります」

「すげ………元がでけェから結構残るんだな」

「こんなに、どーすんだオルガ?」

 

 ユージンの問いかけに「決まってんだろ」とオルガは答えた。

 

「このカネを元手に鉄華団をでかくする。まずは………鉄華団の再編成だ」

「再編成ぇ?」

 

 その先はビスケットが引き継いだ。

 

「今まではモビルスーツ隊、モビルワーカー隊って言ってもはっきり常設の部隊を決めてなかったからね。でもこれから装備を増やすならそうはいかない。実働隊をしっかり編成して指揮官も決めないと。とりあえずは〝実働隊〟を一番から三番まで作ろうと思う」

 

 収支決算を表示していたディスプレイの内容が変わり、今度は部隊の編成図へ。オルガを団長に、〝実働一番隊〟から〝三番隊〟までが編成され、さらにその下にモビルスーツやモビルワーカー、歩兵隊や後方部隊も。

 

「鉄華団実働一番隊は………シノ、お前にやってもらいたいと思う」

「よっしゃ!」

「実働二番隊は、昭弘」

「分かった」

「実働三番隊はカケルだ」

「了解」

 

 それぞれの名前がディスプレイに表示される。オルガはさらに続けた。

 

「とにかくこの3人には実働隊の頭を張ってもらう。腹くくっとけよ。細かい人選は火星に帰ってから………」

「ん? おい、三日月はどうすんだ? ウチのエースだろうが」

 

 もっともなユージンの指摘。

 だがオルガはニッと笑い、ディスプレイ上の表示、団長のアイコンから伸びる4本目の線の先を示した。

 

 

 

「ミカにはその力を最大限使ってもらう………遊撃隊長だ」

 

 

 

 



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1-2.

1話にすると長くなるので2話連続投稿になりますm(_)m


▽△▽―――――▽△▽

 

「フェニーさーん。〝ラーム〟のリアクター調整なんですけど」

「あ、カケルが作ったマニュアル少し変えるから、ちょっと待ってて! とりあえず接続部分の調整お願い」

 

「あのー! ガトリングキャノンの交換パーツも………」

「う、そうだった………。とりあえず交換が必要な部分をリストアップしといて!」

「フェニーさん! スラスターガスの………」

 

 次から次へと舞い込んでくる質問や頼み事の数々。

 取り外した〝ラーム〟の兵装製造自動工場バックパックに取りついていたフェニーはいよいよ堪えきれなくなり、

 

「フェニーさん。あの………!」

「ああ~もうっ!! 一度に言われても全部対処できないったら! とにかく問題点は細かくリストアップと報告書いて後で出して! 本格的な修理と整備は2時間後!」

 

 んがー! と荒れ狂い出したフェニーを前に〝ラーム〟の整備を割り当てられた団員らは「りすとあっぷ………?」と困ったように顔を見合わせていたが、

 

 

「おーい! お前ら〝バルバトス〟の方に回ってくれや! 人手全然足りてねーんだよ!」

 

 

 奥の〝バルバトス〟の腕を蹴ってこちらへと飛んでくる雪之丞。それに〝ハンマーヘッド〟から訪れたエーコも。

 新しい指示を受けて「うーっす!」と団員たちはこぞって〝バルバトス〟の方へと無重力を蹴って飛んでいく。

 代わって、雪之丞らが〝ラーム〟の兵装製造自動工場バックパックに取りついた。

 

「どうしたフェニー。こいつの調子もおかしいのか?」

「でもさぁ、これって弾薬を合成してくれる装置なんだよね。弾はストックがあるし後回しでいいんじゃないの?」

 

 雪之丞やエーコの問いかけに、「そうじゃなくて」と装甲板を取り外した部分から内部に顔を突っ込みながらフェニーは、

 

「この兵装製造バックパック………分子レベルまで分解されたベースマテリアルをガトリングキャノン専用弾に再構成するって仕組みなんだけど、ガトリングキャノンのパーツも部品単位で合成できるみたいなんだよね。だから、もしかしたら………」

「あ! もしかして〝ラーム〟の壊れたコックピットブロックもこれで作り直せるかもしれないってこと!?」

 

 フェニーはこくん、と頷いた。

 

「だけどそのためには、どういうメカニズムとプログラムの下で弾丸やパーツが合成されているのか解析する必要があるのよね。何とか艦のコンピュータと繋げられる部分があればいいんだけど………」

「〝ラーム〟とのドッキング部分は? ここから情報伝達されてるんでしょ?」

「試したけど〝ラーム〟本体の接合パーツ以外はシステムのセキュリティが働いて指令がシャットダウンされるみたいなのよね。やるとしたら〝ラーム〟側の………」

 

 メカニックの女二人、話が盛り上がる中雪之丞は「俺の出る幕じゃあねえな……」と頭を掻きながら〝バルバトス〟へと戻っていってしまった。

 何にせよ〝ラーム〟の完全復活はフェニーにとって最優先事項だった。先の模擬戦の戦闘ログも確認したが………システム上の誤差を阿頼耶識システム越しに感覚的に補正することで命中精度を底上げしていた。阿頼耶識持ちだからこそできる芸当だが、本人にかかる負担は大きい。

 オリジナルのコックピットであれば、精密射撃管制システムが完璧に働き、必要最小限の負担だけでその機能を全うさせることができるのだ。〝グレイズ〟のコックピットブロックで代替する期間はなるべく短くしなければならない。

 

 

 その機体性能の低下が、いつかカケルの命を奪うかもしれないのだから。

 

 

「………あ、そういえばさフェニーちゃん」

「んんー?」

「カケル君にはもうチョコあげた?」

 

 ゴン、とバックパックのアクセスパネルを開けて中を覗き込んでいたフェニーは、思わず内部の配線に頭をぶつけてしまった。

 

「え、え………へ!?」

「今日バレンタインだよー? フェニーちゃんは、カケル君にはあげないの?」

「え……い、いや別にっ! わ、私は………」

「カケル君、すっごい楽しみにしてると思うんだよねー。………あ!」

 

 噂をすれば! とエーコが指さした先………カケルが格納デッキの出入口からひょっこり姿を見せた所だった。

 

「あ………っ」

「おーい! カケル君、こっちだぞー!」

「ちょ………っ!」

 

 呼び寄せようとするエーコを慌てて押し留めようとするフェニーだったが………すでに声はカケルの耳に届いており、その目がこちらを向いた。

 思わず胸が高鳴った。

………用意してない訳じゃない。地球を発つ前、宇宙港で買ったバレンタイン用のチョコを、フェニーは自分の部屋に置いたままにしていた。

 ドルト6では、上司や同僚向けの義理チョコばかりで、何の気なしに放って渡すぐらいだったのだが、いざカケルに手渡そうと考えると、何故か………

 

「あれ?」

「?」

 

 だがカケルは、近寄ってきた年少組の………確かクレストとかいう年少組の団員に一言二言何かを言い含めると、何やら気まずげな表情でそっぽ向き、そそくさと元来た道を戻っていってしまった。

 それを不思議そうな表情で見届けたクレストが、トンッ、と手すりを蹴ってこっちにやってきた。

 

「あの、フェニー………さん。カケルが部屋に来て欲しいって」

「え?」

「なんでー? カケル君、何か言ってた?」

 

 

 エーコの問いかけに「ううん」とクレストは首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 鉄華団からあてがわれた一人部屋で、

 

「………はぁ」

 

 考えることが色々ありすぎて、溜息しか出てこない。

 

 鉄華団実働隊の隊長として、これからの俺の行動には責任が伴う。無論、今までの行動に責任が伴わなかった訳ではないが………部下となる団員全員の命を預かり、命令して戦わせ、戦況によっては死なせることになる。もしかしたら死ね、と命令するようなことさえ。

 オルガはこれから、ドンパチ無しで団員が食っていけるように動いてくれるだろう。だがそんな日が来る前に………幾度となく戦わなければならない。そしてその日が来るまでに、預かった全員の命を全うさせることは、どんな偉業よりも難しいことだ。

 

 そして俺自身、これからどうなるのか分からないのだ。生きて鉄華団が歩む別の未来を見ることができるのか、それとも、どこかで死ぬか。

 死なせたくないし、死にたくない。

 だがそれは………銃を手にした人間にとって、思い上がりにも等しい願望なのかもしれない。

 

 

 俺が敵に狙いを定めている時、敵も俺に銃口を向けているのだから。

 

 

 恐怖は何故か感じない。

 だが懸念だけがある。

 俺の目の前で、もしくは俺の責任で、もしかしたら俺の手で俺自身の大切な何かが失われた時――――――

 

 その時、ポーン、とドアチャイムが鳴った。きっと、クレストに呼ぶよう頼んでおいた、フェニーだ。

 ドアまで歩み寄り、ロックを解除すると、ドアがスライドすると共に………フェニーのムッとした表情がこちらを見上げてきた。

 

 

「………もうっ! チョコが欲しいならそう言えばいいのに。〝ラーム〟の調整で今忙しいんだから、ほら」

 

 そう言って差し出されたのは、青い包装紙で丁寧に包まれ、赤いリボンが付けられたちょっと大きめの箱。若干、甘い匂いが漂ってくる。

 

「ど、どうも………」

「んじゃ! 後で顏出しなさいよ! コックピットのことで話が………」

「良かったら、寄ってかないか?」

 

 へ? と面食らったようにフェニーは目を丸くした。

 そりゃ、そうだよな………いきなり誘った所で驚かれて警戒されるのは当然だ。

 

「あ、いや………何でもない。分かった。後で格納デッキ行くから」

「え、えっと………入って、いいの?」

 

 おずおず、と俺の部屋の中を覗き込んでくる。多少散らかしてはいるが、日頃掃除しているから汚くはないはずだ。

 

「意外と、私の部屋よりキレイにしてるのね」

「………最後にお片付けしたのは………?」

「えーと………ドルトからこっちに来てから一度もしてない」

「………シーツの交換など」

「最初の仕事で降りる前にアトラちゃんが来てくれた………かも」

 

 決めた。いつかフェニーの部屋に押し入って掃除しに行く。

 とにかくもフェニーを部屋に招き寄せて、「とりあえず座っててくれよ」と手近なイスに座るよう促す。

 フェニーがそれを引き寄せて座る間に、俺はベッド横の棚を開けて、ボトルを一本とグラスを二つ取り出した。

 

「………ワイン?」

「いや、クランベリージュース。………バレンタインって、国によっては男から贈り物したり、赤い飲み物でお祝いするって話だからさ」

「へぇ。木星圏じゃ専ら女から男にチョコ贈るけどね」

 

 その辺りは日本文化に準じてるらしい。

 俺はグラスをデスクの上に置いて、2つのグラスそれぞれにクランベリージュースを注いだ。赤く透き通ったドリンクがなみなみグラスに注がれ、1つをフェニーに差し出す。

 心なしか、フェニーの表情が少し緩んでいるような気がした。

 

「ん。ありがと」

「とりあえず、今までありがとなフェニー。………これから今まで以上に面倒かけさせると思うけど」

「うへ」

 

 カツン、と軽くグラスを交わして、俺は自分のグラスを仰いだ。甘味と酸味が不思議に交じり合った心地よい味を舌で味わい、すぐに嚥下する。

 

「………ああ~、酸っぱ」

「甘いもんでも食うか」

「あ、賛成」

 

 早速、フェニーから貰ったチョコの包装箱を開けて見る。12個入りで、一つ一つ形が異なる一口サイズのチョコが仕切り毎に綺麗に並べられていた。フェニー共々、「おぉ……」とまずは見た目を堪能しつつ、

 

「最初はフェニーが選んでいいぞ」

「じゃあそこのショコラで」

「ん」

 

 俺が差し出した箱から、フェニーはチョコを1個つまんで口に入れる。

 途端に女の子らしく表情が綻んだ。

 

「あぁ~、甘い」

「………もう少し数が欲しかったな~、なんて」

「む。あんたは日頃食い過ぎ。ウチのお父さんみたく生活習慣病になりたくなかったら、少しは暴飲暴食を避けないと」

「俺は………仕事柄食った分はちゃんと消化してるから。見ての通りスマートな身体だろ?」

「カケルってきっと身体のガタが見た目に現れないタイプよね。ウチのお父さんがそうだし」

 

………そんな所でフェニーの親父さんと共通点があっても全く嬉しくないのだが。

 

 その間にもフェニーは「次はこれで」と3つ目のチョコを取って口に入れてしまった。

 何気ない日常風景。

 団員たちも無邪気で、笑い合い、力を合わせて働いている。

 そんな姿を見ると、つい忘れてしまうのだ。

 

 

 

 自分たちが何をしているのかを。

 俺たちは今、鉄華団という民間軍事会社にいて、戦い、殺し、そしていつかは殺されることによって金を得る仕事をしている。

 

 

 

「………なあ、フェニー」

「ん?」

「フェニーは、覚悟しているか? こういう仕事だ。いつか身近な誰かが死ぬ。いつかはそうなるって、腹、括れてるか?」

 

 フェニーはしばらく答えなかった。クランベリージュースをくいっと仰いで、窓越しの宇宙空間を眺める。

 そして、口を開いた。

 

「………私にとって一番怖いのは、半端な機体で団員を送り出して、死なせてしまうことよ。もしそうなったら、きっと私は私自身を一生許せない。――――カケルは、生まれは地球だったっけ?」

「ああ」

 

 答える俺に、フェニーは向き直って、少し視線を落とした。俯いた影が、フェニーの目元を暗くする。

 

「木星圏だとね………家族や友達の死って結構身近なの。住んでたコロニーが流れてきたデブリにぶつかったり、宇宙線に冒されたり、海賊に襲われたり、仕事ができなくなって飢え死にしたり………私は、お父さんもお母さんも生きてるけど、友達にはそういう人が結構多いの。木星圏って結構経済発展してるイメージかもしれないけど、人が住むには酷い所よ。特に何の力も、後ろ盾も無い女にとっては」

 

 木星圏に生きる人間にとっての大地は――――建造されたスペースコロニーや惑星間巡航船だ。濃密な大気に守られた地球に比べ、人の住まいにするにはあまりに脆弱で、わずかな損傷だけで居住する全員が危険に晒される。地球の天変地異とは比べ物にならないほどに。

 フェニーは、静かに続けた。

 

「もう、友達とか、優しくしてくれた親戚のおじさんとか、何人も死んだわ。覚悟なんてできてない。だけど、この宇宙じゃいつかはそういう日が来るって、皆知ってる。

 だから、皆、毎日を一生懸命に生きてるの。少しでも長く生きるために。少しでも自分の一生を自分のため、誰かのために輝かせるために、ね。私は、私が調整した最高の機体で送り出してあげるから………カケルはちゃんと、生きて戻ってくるのよ」

 

 そして、フェニーは俺の方を真っ直ぐ見た。

 どこまでも真っ直ぐで、強さを感じさせる瞳で。

 そして………最初に視線を逸らしたのは俺の方だった。何というか、過酷な木星圏で生きてきたフェニーと、地球の平和で安全な日本で暮らしていた俺の、人間全ての違いや、差というものをまざまざと思い知らされたような気がした。

 

 言われずともフェニーは強く生きているのだ。自らを取り巻く環境に適応して、生き抜こうとしている。

 そしてその決意と覚悟は――――そんな世界で生きると決めた俺にも要求されているのだ。

 

「………悪かったな。ヘンなこと聞いた」

「む。ちゃんと答えなさいよ。生きて帰ってくるって約束できる?」

「ああ。約束する。だから………俺の〝ラーム〟を、世界最強のガンダムにしてくれよな」

 

 少しおどけて見せた俺に、フェニーは「任された!」とニッと笑いかけた。

 

「んじゃ、あたしそろそろ戻るね。………後で精密射撃管制システムのセッティングで話があるから、後でちゃんと顔出すのよ」

「分かった。すぐ行く」

 

 メシ食った後でな。

 そしてフェニーは「よっし!」と立ち上がり、

 

「んじゃ。ジュース、ごちそうさま」

「おう」

「………で、女の子一人部屋に誘っておいて何もしないで帰すつもりじゃないわよね?」

 

 開けたドアの縁に手をかけながら振り返ったフェニー。

 俺は、唾を飲み込んでフェニーの前に立つと、

 

「………目、閉じてくれ」

「あ。口はダメ」

「………あぁ、そう」

 

 フェニーの前髪を軽く掻き上げて………額にキスした。

 

「………そこかい」

「いつぞやのお返しで」

 

 フェニーは若干不満そうだったが、「んじゃ!」と軽く走り去ってしまった。すぐに通路の角を曲がって見えなくなる。

 

「………さて」

 

 残ったチョコでも食うか。メシ前だけど。

 デスクの上に置かれたままのチョコの箱を見ると――――12個中5つ残っている。

 

 してやられた………!

 

 

 

 

 

 

 その後、特に何事も無く、俺は〝ラーム〟の調整や模擬戦、トレーニングに今後の組織作りのための話し合いにも参加し………一週間後、〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟は火星外縁軌道到達する。ここまで来れば火星はもう目と鼻の先だ。

 

 そして一週間後、俺たち鉄華団は予想外の敵襲を受けることになる。

 

 

 

 

 

 



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2-1.オルクス強襲

今後の展開に少し悩む所があり、お待たせしてすいませんm(_)m


▽△▽―――――▽△▽

 

 オルクス商会。

 

 現代表のオルクスによって開拓された独自の地球―火星間航路を有し、表向きは惑星間物流によって信頼と実績を積み重ねてきた火星の一企業。

 だがその実態はギャラルホルンによって流通が制限されているはずの武器や、違法物資、ヒューマンデブリの流通にも手を出す………だがそれでも腐敗したギャラルホルン火星支部によって治安維持が疎かになった火星においては、その面も含めて、ごくありふれた会社の一つだった。

 

〝鉄華団〟なる、あろうことか子供によって作られた珍妙な組織から地球行きの案内役の依頼を打診された時………代表のオルクスは当然、いいカモだと考えていた。

相手は何の経験も、後ろ盾も無い頭の悪そうなガキ共。それに鉄華団が送り届けるというのは、ギャラルホルンから疎んじられているクーデリア・藍那・バーンスタインだというではないか。 

依頼を引き受けるフリをしてギャラルホルンに情報をリークすることで、ギャラルホルンからは報酬と、火星支部長とのコネ、それに今後の火星での商売における便宜を得る。もしガキ共が生き残っていれば鹵獲して適当にヒューマンデブリとして売り払う。

 

 

 オルクスにとってはいつもの商売の延長線上、いつもの小金稼ぎ………そのはずだった。

 その、〝ガキ共〟に出し抜かれ、逃げおおせられ、あろうことかその戦いによってせっかく太いパイプが作れそうだった火星支部長コーラル・コンラッドが戦死するまでは………。

 

 

 

 

 

 

 

『………そして彼ら鉄華団は木星圏を取り仕切るテイワズの後ろ盾を得、地球へと到達し、クーデリア・藍那・バーンスタインを地球へ送り届けるという大仕事を成し遂げた。そんな彼らが、間もなく火星へと凱旋しようとしている。強大な戦闘力と、テイワズの後ろ盾を背景に。………私が何を申し上げたいのか、きっと貴方ならご理解いただけると思いますが』

 

「ぐぐ………っ!」

 

 

 鉄華団………オルクスがガキ共の寄せ集めと見下していた彼らが潰された、という報はついぞ聞いていない。

 むしろ、テイワズと提携し、地球にクーデリア・藍那・バーンスタインを送り届け、今まさに火星への凱旋の途上であると、そんな忌々しいニュースばかりがオルクスの耳に飛び込んでくる。

 

 鉄華団をギャラルホルンに売り渡そうとしたオルクス、そしてオルクス商会を、鉄華団………その首魁であるオルガ・イツカは決して許さないだろう。

 テイワズが圏外圏で有する絶大な影響力を背景に、必ず復讐してくるに違いない。商会の取り潰しか、はたまたオルクスの命を狙ってくるか――――――。

 

 火星共同宇宙港〝箱舟〟。

 オルクス商会が借りる桟橋に係留された強襲装甲艦。

 そのブリッジで艦長席に座すオルクスは、ただただ滲み出る汗を抑えることができなかった。メインスクリーンに映し出されるこの男の言う事が真実なら、数日中に鉄華団は火星へ戻ってくる。そうすれば否応なくオルクス商会と、代表である自分の姿が目に映るに違いない。

 

 

 オルクスは焦っていた。鉄華団が戻ってくれば、間違いなく復讐されてしまう………!

 

 

「も、もし鉄華団が火星に戻ってきたら………っ!」

『オルガ・イツカは「筋を通す」男として知られているそうです。地球への案内役の契約を反故にし、ギャラルホルンへ自分たちを売り飛ばそうとした貴方にも、きっと筋を通していただきたいと、そうお考えでしょうねぇ。賠償金か、はたまた貴方の身柄………テイワズの風習では仕事にしくじった者、道理に反する行いをした者は小指から指を切断されてしまうそうで。一本ずつね』

 

 黒いフードで顏の上半分を隠すローブ姿のその男が、不気味に口角を吊り上げた。

 肝がすっかり縮み上がっているオルクスは、オルガ・イツカの前に引っ立てられて小指から一本ずつ自分の指が切り落とされていく………そんな自分の姿を想像してしまい「ひぃ………っ!」と震えあがった。

 

「に、逃げなければ………!」

『どこに? 木星圏はテイワズのお膝元。かと言って地球圏に商売のアテがある訳でもないでしょう? 海賊に身を落とすには少々実力不足とお見受けしますが』

「な……ならどうすれば良いと言うのだッ!! 大体貴様っ! いきなりアポもなく俺に通信してきたと思ったらこんな………」

 

『落ち着きなさい。私が貴方にコンタクトをお取りしたのは勿論―――私と貴方の利益が一致すると、そう考えたからに他なりません』

 

「そ、それは………?」

 

 ずい、と思わず身を乗り出すオルクスに、黒フードの男は歌うような調子で続ける。

 

『私も、鉄華団がこのまま火星に戻るのは良くないこと、そう考えています。そして貴方は、鉄華団が火星に戻れば命はない。願わくば私自身が鉄華団に手を下したいが、残念ながら私には火星にはおらず、火星での力を持たない。だがオルクス商会ならば一定の戦闘力と、戦力調達のためのコネクションを持っている。私は、貴方に送金できるギャラーを持っている。………お分かりですね?』

 

 

「それは我がオルクス商会に援助ぉ………し、してくださると言うのですね?」

 

 

 ギャラーという通貨単位。それに、データで送られてきた金額を目の当たりに、オルクスは途端に慇懃な調子で手もみしてスクリーン上の男を仰いだ。男も鷹揚に頷き。

 

『その通り。手始めに一通りの傭兵や装備を整えられるだけの資金を、オルクス商会の口座にお送り致します。見事鉄華団を討ち滅ぼすことができたならば………貴方とオルクス商会には地球圏で商売できるよう、お取り計らいいたしましょう』

 

「そ、さ、左様でございますか! それは有難いことでございますっ!」

 

『この仕事、是非ともオルクス商会にお願いしたいのですが………お受けいただけますか?』

 

「勿論でございます! この度は弊社をお頼りいただき、誠にありがとうございます!」

 

 

 すっかりいつも上客にするように平身低頭し始めたオルクス。数秒後、通信席のオペレーターから「LCS通信での入金、確認しました!」と報告が入れば、もう最絶頂だ。

 

 

「ご期待に応えるため、弊社として総力を挙げる所存でございます! 今後とも弊社をご贔屓に」

『ええもちろん。………来期はお任せするつもりです』

 

 

 通信は向こうから断ち切られ、メインスクリーンは一瞬暗転し、また眼前の宇宙港の構造物を映し出した。

 オルクス商会、そしてオルクスに最早選択肢は残されてなどいなかった。

 

 生き残るためには………この男に縋るしかない。

 送られてきた金で、モビルスーツや艦船、傭兵、それにヒューマンデブリも片っ端からかき集めて………全力で鉄華団を迎え撃つのだ。

 幸いにして、鉄華団は地球での戦いで疲弊しているはず。それに数で当たれば勝算は十分にある。

 

 

 

 武器商人、傭兵の斡旋所、ヒューマンデブリの売買市場。決戦の日に備えるべく、その日からオルクスは精力的に駆けずり回り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………そう、このまま彼ら鉄華団が火星に戻ることは良くないこと。せっかく、これだけの大仕事を成し遂げたというのに、――――手ぶらで帰らせるなど許されるはずがない」

 

 

 すでに暗転したモニターを前に………男、サングイス・プロペータはほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

「これは、我ら厄祭教団から鉄華団への………報酬だと思っていただきたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

〝ばれんたいんでー〟とかいう行事から、さらに1週間が過ぎた。

 鉄華団の航海は順調そのもので、じきに火星の姿が肉眼視できる距離まで近づけるはずだ。

 昭弘は応急修理が完了した〝グシオンリベイク〟を駆り、弟、昌弘の〝マン・ロディ〟を連れてしばしの哨戒に出た。

 

 

「………どうだ、昌弘。鉄華団には慣れたか?」

『うん………』

「チョコは貰ったか?」

『うん』

「うまかったか?」

『うん、うまかった………』

 

 

 血の繋がった兄弟の割にはぎこちない会話を何度も繰り返しつつ、宇宙空間でモビルスーツが2機、何事も無く時間だけが過ぎていく。それだけでも、夢にも思わなかった、弟がすぐそばにいるという事実に、自然と昭弘の表情も綻ぶ。

 

 

「火星に着いたらもっと鍛えてやるからな。覚悟しとけよ」

『げ………』

「火星はいいぞ。重力のある場所でトレーニングすれば、すぐに身体が鍛えられる。………鉄華団は俺たちの家族だ。身体張って守るぞ」

『分かってる。………兄貴には負けねーからな』

 

 

 その言葉に、つい昔のことを思い出した。確か、まだ親が生きていて、今よりも幼い昌弘と商船団で暮らしていた時。まだ身体がしっかりしていなかった昌弘だったが、その時にはもう重い荷物を運んで親の手伝いをしていた兄貴に追いつこうと、昭弘が日頃運んでいるトウモロコシ袋よりも一回り小さいそれを持ち上げようとして………

 

 

「ふ………」

『あ、今笑っただろ?』

「いや………昔のことを思い出してな。俺もうかうかしてられないな」

 

 

 再会し、所有者である宇宙海賊ブルワーズから昌弘を救い出した時、昌弘は骨と皮同然の痛々しいまでにやせ細った姿で、心も閉ざしていた。

 鉄華団に迎え入れ、時間をかけて心を開き、しっかりと食べ、それに昔のように昭弘に追いつこうと兄に並んで鍛える中で、その身体つきは見る間に変わりつつある。他の元デブリ組の団員も同様だ。

 

 鉄華団がいて、

 デブリの俺たちでも家族と呼んでくれる、奴らがいて、

 新しい家族もいて、

 それに、弟も側にいる。

 

 何もかもがいい方向に変わりつつある。昔だったら想像もできなかったことだ。

 

 

「………っと、艦から離れすぎたな。戻るぞ」

『了解………ん?』

 

 何かに気付いた様子の昌弘。「どうした?」と声をかけつつ、昭弘は素早くセンサー表示に目を走らせた。昌弘は乗機の〝マン・ロディ〟を減速させて、

 

『あのデブリ帯から、何か………』

 

 その時だった。

 

 

 

 

【CAUTION!】

 

 

 

 

「! 敵か………!?」

『ミサイルだっ!』

 

 星雲のように遠くでたなびいていたデブリ帯………そこからミサイルが8発、閃光と尾を引きながらこちらへと襲いかかってきた。

 

「………ッ!」

 

 すかさず昭弘は〝グシオンリベイク〟手持ちのライフルを撃ちまくり、1基、また1基と撃ち落としながら距離を取る。昌弘の〝マン・ロディ〟も同様だった。

 デブリ帯から撃ち出された計8基のミサイル群は、目標を捉えることも無く全弾叩き落される。それでも〝グシオンリベイク〟と〝マン・ロディ〟は油断なく、デブリ帯目がけて武器を構えた。

 

 

「来るぞ………!」

 

 

【AHAB WAVE SIGNAL】………センサー表示画面に映し出されるかなり大きい反応。艦船クラスだ。

 

 

 果たして………次の瞬間、デブリ帯の雲を突き破って強襲装甲艦が1隻、昭弘らの眼前に飛び出してきた。

それは、どこか見覚えのあるカラーリングで、

 

『強襲装甲艦………海賊か!?』

「いや、オルクスの船じゃねえか………!」

 

 旗揚げして間もなく、地球へ向かうのに何のコネもなかった鉄華団が地球への案内役を依頼した輸送業者だ。あのトドの仲介であり、初めから信用などしていなかったオルガによって出し抜かれ、ギャラルホルン火星支部の部隊もろとも振り切ったはずなのだが………

 

 

 さらには――――

 

 

【CAUTION!】

【AHAB WAVE SIGNALS】

 

 

「っ! モビルスーツだと!?」

『デブリ帯から出てくる!』

 

 

 昌弘の〝マン・ロディ〟がマシンガンを撃ちまくる先――――見れば、10機以上のモビルスーツが続々と現れる所だった。昌弘の何倍もの火力で撃ち返され、〝マン・ロディ〟に次々と着弾。

 

『ぐ………っ!』

「昌弘っ! このォッ!!」

 

 

 敵機は………いつかドルトコロニーで見た〝スピナ・ロディ〟や、それに似たフォルムのがっしりした機体。

 昭弘は〝グシオンリベイク〟を駆り、昌弘に砲火を集中するモビルスーツ隊に襲いかかるが、2対10ではあまりにも分が悪すぎる。

 昭弘はバトルアックスを振り回し、数機の〝スピナ・ロディ〟を追い払った。今度は〝グシオンリベイク〟に銃撃が集まり始める。

 

 

「一旦退くぞ!」

『りょ、了解っ!』

 

 

 昭弘は昌弘の〝マン・ロディ〟を引き連れ、飛び出してきた敵艦から激しい砲撃を浴びつつも、余程の不運でもない限り艦砲がモビルスーツを直撃することなどあり得ず、敵モビルスーツ隊からの追撃も鈍い。

 

2機のモビルスーツは宇宙空間に鋭い軌跡を描きながらその場を離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「――――状況は!?」

「哨戒中の昭弘さんより緊急通信。強襲装甲艦とモビルスーツの攻撃を受けたとのことです。………オルクス商会、と言っていましたが」

「何? オルクスだと!?」

 

〝イサリビ〟ブリッジに飛び込んだオルガへのメリビットからの報告。

 オルクス……その言葉に首を傾げつつもオルガは艦長席に座した。

 

「オルクス………何で奴が?」

 

「お嬢さん目当てなんじゃねえの?」

「まさか! オルクスにはもうクーデリアさんを狙う理由は無いはずだ」

 

 操縦桿を握るユージンに、火器管制席のビスケットが反論。何にせよ、情報が少ない中ではオルガも推測すらできない。

 

「とにかく昭弘たちは一旦戻せ! 哨戒中でガスがやばいはずだ。………おやっさん!今から出せるモビルスーツは!?」

 

『カケルの〝ラーム〟と〝マン・ロディ〟が3機だ。〝バルバトス〟は片腕だけじゃ………』

 

 格納デッキに通信を飛ばし、雪之丞が応える。

 だが、その通信に別の声が割り込んできた。

 

『片腕でもやれるよ。俺も出る』

『無茶言うな三日月。片腕だけじゃあ………』

「とにかくミカもスタンバってってくれ。まずはカケルから出す!」

 

 

 ブリッジは戦闘態勢に移行。

 ブリッジ部分が内部へと収容され〝イサリビ〟下部ではカタパルトデッキが展開。モビルスーツの発進に備える。

 メインスクリーン端に表示されるセンサー表示画面でも、こちらへと帰艦する〝グシオンリベイク〟と〝マン・ロディ〟。それにその後ろから複数のエイハブ・ウェーブの反応が迫りつつある様が見て取れた。

 

 詳細な情報を求め、オルガはメリビットに目を向けた。

 

 

「モビルスーツの機種と数は!?」

「エイハブ・ウェーブの反応から、全てロディ・フレームの機体と思われます。数は10機。5機はドルトでも見た作業用モビルスーツ〝スピナ・ロディ〟と、残り5機は〝ガルム・ロディ〟と呼ばれる戦闘仕様のモビルスーツのようです」

 

 メリビットがテイワズからダウンロードしたデータをメインスクリーンの右側に表示。〝スピナ・ロディ〟が単なる作業用モビルスーツであることに比べ、〝ガルム・ロディ〟は傭兵や海賊でも使用される本格的な戦闘用モビルスーツのようだ。

 

「それだけじゃない!」とメインスクリーンを見やっていたビスケットが声を張り上げた。

 

「後ろからまた来る。一隻はオルクスの船みたいだけど………」

 

 10機のモビルスーツに続いてセンサーに飛び込んできたのは、2隻の強襲装甲艦のエイハブ・ウェーブ反応。

 うち1隻は〝イサリビ〟にも固有周波数データが残っていたオルクスの船。もう1隻は所属不明だが、同じ強襲装甲艦だ。

 

 

「敵艦2、敵機が10か」

「〝ハンマーヘッド〟の戦力を合わせてもこっちが不利だ………」

 

 ビスケットの言う通り、現状、こちらには向こうの半分少々の戦力しかない。

 それに長期に渡る惑星間航行で、皆疲れが溜まっているはずだ。ベストコンディションで戦えるとは到底言えない。

 

 と、通信オペレーター席でアラーム音が短く鳴り、メリビットがハッと顔を上げた。

 

「オルクス船からLCS通信です!」

「繋げ」

 

 オルガが頷き、その瞬間、オルクスのでっぷりと太った身体と丸い顔立ちが大きく映し出された。

 

 

『久しぶりだなァ………鉄華団。ノコノコ火星に戻ってくるとは』

「よく俺らの前に顔を出せたもんだな、オルクスさんよ。地球への案内役の契約を反故にし、俺たちをギャラルホルンに差し出そうとした上に、今度は喧嘩まで売ってくるときた。正気とは思えねえな」

『あの時貴様らが大人しくクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を差し出していれば済む話だった! だというのに貴様らは………』

 

 

「あんたの身勝手な理屈に興味はねェよ。てか、俺たちに喧嘩を売るって意味が………あんた、ちゃんと分かってんのか?」

 

 あくまで歯に衣着せぬ物言いのオルガに、スクリーン上のオルクスは顔を真っ赤にした。

 

『ケツ持ちがテイワズだからって調子乗ってんじゃねえぞ! お前らみたいなガキの寄せ集めなんぞ、あっという間に叩き潰してくれるわ!』

「言ったな………。後で吠え面かくんじゃねえぞ」

 

『んだと!? そりゃあこっちのセリ………』

 

 

 なおも吠えたてようとした肥満男を、オルガは通信を断ち切るようメリビットに促しスクリーン上から消し去った。眼前には、すでに敵モビルスーツや艦船のスラスター噴射光が見え始めている。

 

 と、今度は〝ハンマーヘッド〟から通信が入ってきた。今度は鉄華団にとって兄貴分である名瀬の姿が。

 

 

『何にせよ相手はやる気満々みてーだな』

「すんません兄貴。どうにも面倒な相手に絡まれたみたいで………」

『気にすんな。今、ウチからはラフタとアミダが出せる。そっちは?』

「カケルの隊を出します。モビルスーツが4機。昭弘と昌弘も、ガスの補充が終わり次第すぐに」

 

『8対10………ま、何とかならん数ではないな』

「カケルを先行させます。攪乱するんで姐さん方はその後で」

 

 

〝ラーム〟のガトリングキャノンで敵を足止めしつつ、こちらもモビルスーツ隊を展開。真正面から一気に食い破る。

 こちらの被害を最小限に抑えるには、一気に攻めて最短で敵の頭を落とすしかない。

 

 

『分かった。ま、軽く露払いしといてくれや』

 

 オルガはこくりと頷き、〝ハンマーヘッド〟との通信を終えた。

 そして力強く前を見据えて、

 

 

「お前ら! 火星まで、俺たちの家まであと少しなんだ。こんなケチなちょっかいで立ち止まるわけにはいかねぇ。一気に食い破るぞッ!!」

 

「おうよ!」

「やってやろうじゃねえか!」

 

 操舵席のチャドとユージンが快哉を上げて応え、ビスケットも「あと少しなんだ………!」とコンソール上の表示を睨み、素早く火器システムを立ち上げていく。

 

 士気は十分。数で劣っていても十分モビルスーツの性能と練度でカバーできる。

 なにせテイワズが誇る武闘派組織タービンズ最強の二人と、ミカ、昭弘、カケルを始めとする優れたモビルスーツ乗りがここにはいるのだから。

 

 火星はもう、すぐそこにまで見えていた。

 

 

 

 

 

 



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2-2

▽△▽―――――▽△▽

 

『いい、カケル? 〝ラーム〟の精密射撃管制システムは今、性能が低下してる状態だから………』

「分かってる。誤差は阿頼耶識で補正するさ」

 

 作業用クレーンが、出撃準備を整えた俺の〝ラーム〟をカタパルトデッキの射出ベースに乗せる。

 発進前のシステムチェックを淡々とこなしつつ、俺は側面モニターの通信ウィンドウに映し出されるフェニーに「大丈夫だ」と頷いた。

 

「ちゃんと生きて戻ってくるからな」

『………アンタは造りが雑だからバラバラになってもドクターが直してくれるけど、〝ガンダムラーム〟は世界に20機もない貴重なガンダムフレームなんだからね! ちゃんと無傷で戻すのよ!』

 

「俺の心配もしてくれよ………」

 

 

 とほほ………などと思う間もなく、別の通信ウィンドウにメリビットが映り、『〝ラーム〟、発進準備スタンバイ。いつでもどうぞ』と発進準備完了が通達される。

 

 

『………待ってるから』

 

 

 それだけ言うとフェニーは一方的に通信を切ってしまった。

 大丈夫だ。帰れるところがあるなら、俺は死なない。

 ガンダムにはそれだけの力がある。

 

「――――〝ガンダムラーム〟、蒼月駆留で出撃するッ!!」

 

 刹那、射出時の荷重がコックピットの重力制御を超えてわずかに俺の身体をシートに押し付けた。

 カタパルトレールから勢いよく弾き出された〝ラーム〟を、更にメインスラスター全開で加速させ、俺は眼前の敵部隊に迫った。

 

〝スピナ・ロディ〟が5機。

〝ガルム・ロディ〟が5機。

 強襲装甲艦が2隻――――うち1隻はオルクス商会の船だという。まさかここで第5話『赤い空の向こう』のオルクスとまたまみえることになるとはな。

 

 敵モビルスーツが迫る。

 

 

【UGY-R38 LOCK】

【UGY-R38 LOCK】

【UGY-R38 LOCK】

【UGY-R45 LOCK】

【UGY-R45 LOCK】

 

 

 まずは先陣を切る〝スピナ・ロディ〟3機と〝ガルム・ロディ〟2機に狙いを定めた。

 

 重力偏差修正、他システム上の修正―――完了。

 さらに模擬戦でのデータを元に阿頼耶識システムによる感覚的照準補正―――完了。

 

 俺は〝ラーム〟のガトリングキャノンを敵機に突きつけ、トリガーを引いた瞬間………6連装の砲口がフラッシュし100ミリ砲弾が秒間50発以上の速度で撃ち放たれる。

 

 数秒トリガーを絞り続けた間に撃ち放たれた数百発のガトリング弾は、次の瞬間、5機の敵モビルスーツを激しく撃ち殴る。内部の推進剤や火器に上手く引火したらしく、爆発の炎が短く迸り、2機の〝スピナ・ロディ〟と1機の〝ガルム・ロディ〟が爆煙をなびかせ、背後に打ち飛ばされた姿勢のまま漂流していった。

 

 敵モビルスーツ3機が戦闘不能に。

 性能が落ちたとはいえ、十分にカバーできる。阿頼耶識システム越しに、俺は十分な手ごたえを感じた。

 

 そして残された敵2機は――――次の瞬間、側面から撃ち据えられて怯み止まった。

 

 

『あたしらもいるっての!』

『ウチらに喧嘩売るなんざ、舐めた真似してくれるじゃないのさァッ!』

 

 

〝ラーム〟が敵モビルスーツ隊を引き付けている間に、後から出撃した〝百里〟〝百錬が〟側面から敵を強襲。

 速力で他機種の追随を許さない高機動モビルスーツであるラフタの〝百里〟が敵陣に突っ込んで陣形と連携を断ち、次いでアミダの〝百錬〟が迫り近接戦を挑む。

 

 ライフルを潰された〝ガルム・ロディ〟がすかさず近接武器であるブーストハンマーを振りかざすが、鈍い一撃を悠々と回避した〝百錬〟がお返しとばかりに片刃ブレードで〝ガルム・ロディ〟の頭部を潰し、更にコックピット部分を殴って沈黙させた。

 

 その〝百錬〟を側面背後から狙い撃とうとしていた〝スピナ・ロディ〟や〝ガルム・ロディ〟を、〝ラーム〟のガトリング弾をばら撒いて牽制。戦場のペースは既にこちらの手に落ちつつあった。

 数だけいても、敵の練度は低い。

 これならすぐに………

 

 

 

『―――――仲間をやらせるかあっ!』

 

 

 

掴んだ〝スピナ・ロディ〟に、〝百錬〟が片刃ブレードを突き立てようとした刹那、遮二無二に〝ラーム〟の弾幕を突き破ってもう1機の〝スピナ・ロディ〟が〝百錬〟目がけて突っ込んできた。

ブーストハンマーと片刃ブレードが激突し、激しく火花を散らす。

その敵パイロットの、あまりに幼い声音に………俺もアミダも思わずハッと息を呑む。

 

 

『………子供だからって手加減するつもりは無いけどね………やり辛いねェッ!!』

 

 

〝百錬〟は素早く荷重を移動させてブーストハンマーの重斬を受け流しつつ、さらに斬りかかろうとして大きく隙を見せた〝スピナ・ロディ〟相手に、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 

 

『あう………っ!』

『機体は潰させてもらうよッ!』

 

 

 アミダは〝スピナ・ロディ〟の頭部を叩き潰し、さらに両腕にも片刃ブレードを突き立てて内部の構造を引き裂く。かくて、戦闘不能に陥ったその〝スピナ・ロディ〟は、蹴飛ばされてゆらゆら宇宙を漂うまま動かなくなってしまった。乗り手の安否は不明だが、コックピット部分は比較的破壊を免れている。

 

「ヒューマンデブリを使ってきたのか………」

『こいつは………親玉を潰してさっさと終わらせるしかないねぇ』

 

 その時だった。背後から3機のモビルスーツ反応。〝イサリビ〟から出撃した〝マン・ロディ〟隊だ。

 通信ウィンドウがさらに開かれ、〝マン・ロディ〟の元デブリ組パイロットたち―――アストン、ビトー、ペドロの姿が現れる。

 

 

『俺たちも加勢するッ!』

『蹴散らしてやるぜ!!』

『行きますっ!』

 

 

 手持ちの90ミリマシンガンを撃ちまくり、突撃してハンマーチョッパーを叩き込んでくる〝マン・ロディ〟隊を前に、オルクス商会のモビルスーツ隊は浮足立って反撃もままならずに後退を繰り返すしかない。

歴戦の鉄華団、タービンズと寄せ集めの傭兵もしくはヒューマンデブリ兵しかいないオルクス商会との練度の差が明確に表れていた。

 

 隊を分けて、敵艦・敵モビルスーツ隊を各個に攻撃するなら、今しかない。

 

 

「ラフタは敵艦を! 残りでモビルスーツ隊を一気に叩く!―――――〝イサリビ〟聞こえるか!?」

『はい。こちら〝イサリビ〟』

「メリビットさん、補給中の昭弘と昌弘の機体を対艦用装備にするよう伝えてください。敵艦隊の攻撃を〝百里〟〝グシオン〟、昌弘の〝マン・ロディ〟で」

『分かりました!』

 

 

『ふふっ………カケルが頭張ってくれるならアタシは好きにやらせてもらうよッ!』

 

 

 アミダはすでに2機目の〝ガルム・ロディ〟を無力化し、3機目に飛びかかっている所だった。

 俺も、〝ラーム〟の主砲であるガトリングキャノンを肩部に格納し、腰にマウントしてあるコンバットブレードを抜き放つ。

 

 

「アストン、ビトー、ペドロは牽制を頼む。俺を撃たせるな」

『『『了解ッ』』』

 

 

 その瞬間、3機の〝マン・ロディ〟が〝ラーム〟の背後に展開。〝ラーム〟に迫る2機の〝ガルム・ロディ〟目がけてマシンガンを乱射、分厚いナノラミネート装甲を激しく叩いてその動きを封じ込めた。

 その隙を逃さず俺はコンバットブレードを振りかざし、〝ガルム・ロディ〟1機のライフルを斬り裂いてマニピュレーターごと破壊し、さらに頭部にブレードを突き刺す。

 頭部メインカメラを失った〝ガルム・ロディ〟はヨタヨタと逃げ散ろうとするが、その背にガトリングキャノンを突きつけて発射。1秒間のうちに放たれた数十発の100ミリガトリング弾が〝ガルム・ロディ〟背部のメインスラスターを叩き潰して、推進力を失ったその敵機は力なく漂って行った。

 

 残る1機の〝ガルム・ロディ〟は、アストンら〝マン・ロディ〟の牽制射撃に動きを封じられつつも、ようやくブーストハンマーを抱えてこちらへと飛びかかってくる。

 

「―――はァッ!!」

 

 俺は、向き直って〝ラーム〟のコンバットブレードでそれを受け止め、メインスラスターをフルスロットルに、鍔迫り合いを一息に押し切り―――――〝ガルム・ロディ〟のブーストハンマーを叩き落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『お、オルクスさん!? 聞いてないですぜっ! こいつらメチャクチャ――――』

『た、隊長がやられたっ!』

『デブリ共の〝スピナ・ロディ〟を前に出すんだよッ! ひ―――こ、こっちくんじゃねぇッ!!』

 

 傭兵部隊の〝ガルム・ロディ〟5機。それにオルクス商会が保有しているヒューマンデブリを乗せた〝スピナ・ロディ〟5機、計10機の混成部隊………数の上では鉄華団のモビルスーツ隊に優っているはずが、数の差で包囲することも叶わずに1機、また1機と次々に潰されていき、

 

 

「わ、我が方のモビルスーツ、残り〝ガルム〟が1機と〝スピナ〟が3機ですっ!」

「鉄華団の〝イサリビ〟、タービンズの〝ハンマーヘッド〟がこちらに接近中! う、撃ってきます!」

 

 上ずった声のオペレーターが示す先………鉄華団とタービンズの強襲装甲艦2隻がこちらへと迫り、砲口から閃光が幾度も迸る。

 反撃を命じようとオルクスが声を張り上げようとした矢先、壮絶な衝撃が幾度となくオルクスの艦を襲った。

 

 

「ぐぅ………!? う、撃て! 撃ちまくれ――――っ!!」

 

 

 半狂乱の体でオルクスが喚き立て、遅れながらもオルクス艦と僚艦からも砲撃が始まる。

 だが射程距離ギリギリで撃ち出された砲撃は〝イサリビ〟や〝ハンマーヘッド〟に有効打を与えることはできず………だが逆に、向こうから発射された砲弾は正確にこちらを撃ち叩いてくる。

 蹴立てられるような激しい衝撃に首をすくめつつ、オルクスは忌々しげに敵艦を睨むより他なかった。

 

 

「おのれぇ………こちらも前進しろッ!」

「で、ですが! 敵艦からの更なる集中砲火を浴びる恐れが!」

「このままだと埒が明かんだろうが!! できるだけ近づいてデブリ共を放出するッ!」

 

 

 金にモノを言わせてかき集めた傭兵やモビルスーツは、すでに半数以上が失われ、艦艇同士の撃ち合いでは奴らには勝てない。

 だがオルクスの手にはまだ―――――必勝の秘策が残されていた。

 

 

 

 

「………宇宙ネズミには宇宙ネズミだ!! デブリ共を全員、爆薬満載のモビルワーカーに乗せろォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『昭弘・アルトランド。〝グシオンリベイク〟出るぞッ!』

『昌弘・アルトランド。〝マン・ロディ〟、行きます!』

 

〝イサリビ〟の後部甲板から飛び立つのはスラスターガスの補充と対艦装備への換装が完了した〝グシオンリベイク〟と〝マン・ロディ〟。

 2機のモビルスーツは並んで、途中でラフタの〝百里〟も加わる3機で陣形を組み、オルクスの艦隊へと突っ込んでいった。

 

 オルクス艦への着弾の火花、それに対空砲火の閃光が迸り、宇宙空間を激しく彩るさまを、オルガはジッと睨み据えた。この調子なら、下手に前進して艦を危険に晒すよりも、艦砲とモビルスーツでじっくり攻め落とした方がいい。時間はかかるが、被害は少なくて済む。

 

「敵艦との相対距離を維持しろ! だが、カケルたちと離れすぎるなよ!」

「オーライ! 前方スラスター全開ッ!」

 

〝イサリビ〟の前方スラスターが艦首に向かって噴き上がり、迫るオルクス艦と一定の距離を保とうとする。〝ハンマーヘッド〟もそれに倣って続いた。

 対するオルクス艦2隻はムキになったように追いすがろうと加速するが、加速によって疎かになった対空砲火の照準の穴を突き、〝百里〟が敵艦上方から突撃。さらに〝グシオンリベイク〟〝マン・ロディ〟も続いてさらに1基の主砲と対空砲を破壊。

 

 明らかにオルクス艦隊からの攻撃は弱まっていた。加えて艦首への着弾被害が目に見えて増大しており、一部は内部から煙を噴き上げ始めている。

 メリビットがセンサー情報表示端末を読み取り、艦長席のオルガへと振り返った。

 

「オルクス艦2隻の推力が弱まっています。中枢部分に被害を受けたのかも………」

「よし。だが攻撃の手を緩めるな! まずはオルクスの船を最優先で狙え! 頭さえ潰してしまえば………」

 

 その時だった。

 被害に耐えかねたように前進を緩めたオルクス艦2隻から、何かが放出され始めたのだ。

 

「オルクスの船が何かを放出してる!」

「何だアレは、ビスケット! 脱出ポッドか?」

「い、いや違う! モニター拡大………対象確認………これは、モビルワーカーだっ!」

 

 オルガは、いやブリッジにいた誰もが、モニターに拡大表示された画像を見、わが目を疑った。

 オルクスの船から次々と放たれていくのは………カーゴコンテナをいくつも連結して牽引する、十数機もの貨物運搬用モビルワーカーだった。スラスターを各所に備えた宇宙仕様で、主に船と船、宇宙施設間の短距離貨物運搬のために使われるものだ。

 それが、戦闘用モビルワーカーでもないのに何故――――?

 早速、ユージンが困惑したように喚き散らした。

 

「あ、あいつら正気かよ!? 船と船の間にゃ、艦砲が飛び交ってるんだぞ!」

「流れ弾でやられちまう!」

 

 だが、ユージンらの予想とは裏腹に、オルクス艦から放たれたモビルワーカーは、まるで宇宙空間を泳ぐように自在に飛び回り、まるで艦砲の間を縫うようにこちら目がけて飛び上がり始めた。

 まるで、まるで泳ぐように―――――――

 オルガは歯噛みした。それにビスケット、ユージンもハッと合点がいったように顔を見合わせる。

 

 

「ちっ、オルクスの野郎まさか………!」

「あの動き、まさか阿頼耶識!?」

「俺たちと同じ宇宙ネズミを使ってるってのかよ!?」

 

 

 生身の身体のような自在な重心制御は直感的にモビルスーツ、モビルワーカーを動かすことができる阿頼耶識システム、その端子である〝ヒゲ〟を植え付けられた者特有のものだ。

 そして、人体に異物を埋め込むような境遇に置かれた者は限られている。貧しい圏外圏で食い扶持を得るために手術を志願した子供たち、それに人としては死に、商品として一人頭ゴミクズ同然の値段で売り買いされるヒューマンデブリ――――

 

 

「………やってくれるじゃねえか」

「どうすんだよ、オルガ! やるなら………」

「ま、待ってください! 相手が同じ子供たちなら何とか………」

「んなこと言ってもよメリビットさん! やるかやられるかって時に………」

 

 

 例え同じ宇宙ネズミでもデブリであっても、敵として立ちはだかるならば迷わず殺す。少なくともCGS参番組時代には誰もがそんな意識を持っていた。そうでなければ殺されるのは自分だからだ。

 だがブルワーズのヒューマンデブリを助け出し、宇宙で酷使されるデブリの境遇を目の当たりにするにつれて、鉄華団の中に躊躇いに近い空気が生まれ始めていたのも事実だ。迷っていたら殺される。だが、もしブルワーズの時のように全員を救い出すことができれば………

 

 

 そんな無茶を、頼める奴は鉄華団に一人しかいない。

 

 

 

「―――――ミカを出せ!」

 

 

 

 そしてオルガは艦長席アームレスト内蔵のタッチパネルを操作し、メインスクリーンに通信ウィンドウを開いた。直ちに通信が開かれ通信ウィンドウに〝バルバトス〟のコックピット、そして三日月の姿が現れる。

 

「ミカ。今すぐ出てこっちに来てる敵モビルワーカーをやってくれ。………中身のパイロットは殺さずにだ」

『分かった。三日月・オーガス、〝バルバトス〟出るよ』

 

 刹那、すでにカタパルトレール上で待機状態にあった〝バルバトス〟が勢いよく打ち出される。そして背部にマウントしてあった太刀を隻腕で取り構え、迫る敵モビルワーカー隊の1台へと躍りかかった。

 

 

 一閃。両断。

 

 

 先のエドモントンの戦いで太刀の扱い方に習熟した三日月は、片腕の〝バルバトス〟でも難なくモビルワーカーを斬り裂いた。両断されたモビルワーカーが、太刀の刃を瞬間的に当てられて真っ二つに切断される。

 そして真っ二つになったモビルワーカーから………ノーマルスーツ姿の小さな体躯が無傷で投げ出された。

 

 

『誰か回収お願い』

 

 

 淡々と言い放った直後、三日月はさらに2台目の敵モビルワーカーへと襲いかかる。敵モビルスーツ戦力はすでにカケルやアミダ、〝マン・ロディ〟の元デブリ組らの奮闘によって無力化されており、モビルワーカーを守るものは何も無い。

 2台目のモビルワーカーも同様に両断されて、放り出されたパイロットは1台目と同じく、そっと寄ってきた〝マン・ロディ〟のマニピュレーターにつままれて回収された。

 

〝イサリビ〟のブリッジでもその有り様がはっきり映し出されており、

 

「す、すげ………」

「あんなことができるなんて………」

 

「はっ―――――やっぱすげェよミカは」

 

 

 あり得ないことをさも当たり前のように平気でやりやがる。

 既に4台のモビルワーカーが両断され、その後ろを〝マン・ロディ〟がチョロチョロ飛び回ってヒューマンデブリのパイロットを回収して回る。

 その向こうには、最早身を守るものを持たないオルクス艦2隻が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「すげぇ………」

『全く、規格外のテクニックだねぇ』

 

 残った最後の〝ガルム・ロディ〟を行動不能にし〝ラーム〟のマニピュレーターで突いて放り出した俺は、アミダ共々、遠くで繰り広げられる一方的な戦いに舌を巻くより他なかった。

 おそらく爆薬を満載していると思われる貨物運搬用モビルワーカー………そのモビルワーカー部分を真っ二つに斬り裂いて、デブリの乗り手をほとんど無傷で宇宙空間に放り出す。それをビトーとペドロの〝マン・ロディ〟がせっせとマニピュレーターで掴んで〝イサリビ〟に運んでいく――――その姿はもはや一種の単純作業を思わせるほどで、あまりに非常識的で非現実的な光景だった。

 

 

『カケル! あたしらも船をやるよ!』

「了解ッ! 俺が先行します!」

 

 

〝イサリビ〟〝ハンマーヘッド〟からの砲撃、さらには〝百里〟〝グシオンリベイク〟〝マン・ロディ〟の猛攻によって主砲を全て潰された2隻のオルクス艦は、今や残った対空砲だけで薄い弾幕を築いて抵抗するのみ。それでも周囲を鋭く飛び回る鉄華団やタービンズのモビルスーツを追い払えず、各所への被弾が重なりほとんど満身創痍だ。

 そこに俺は〝ラーム〟を突進させ、未だ健在な対空砲に狙いを定めた。

 

 引き金を絞り〝ラーム〟のガトリングキャノンを至近で撃ち放つ。

 間近で100ミリガトリング弾の直撃を食らった対空砲は、意外にも頑強な造りでしばらく直撃に耐えたが、数秒後には内部の火薬に引火させて爆発四散。

 残る1基も〝グシオンリベイク〟から撃ち放たれたバズーカの直撃を食らい、砲身を歪めて沈黙した。

 

 

『よしっ………!』

『敵の武器は全てやった! 後は!?』

 

「任せろッ!」

 

 

無力化したオルクス艦の上部甲板へ〝ラーム〟を着地させ、俺は抜き放ったコンバットブレードを、真っ直ぐ艦体へとぶっ刺した。

ブリッジのある部位、ちょうどその真上で寸止めになるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「全対空砲機能停止! 全ての攻撃オプションが失われましたっ!」

「リアクター出力上がりません!」

「モビルスーツ隊との通信途絶! か、会長、これでは………」

 

「そんなバカな………」

 

 奴ら以上の戦力を揃えたというのに。それに相手は惑星間航行で疲弊しているはず。

 全ての条件がオルクス商会側に有利だったというのに………!?

 

 呆然と艦長席に座り込んでしまったオルクスには理解できなかった。

 

「10機のモビルスーツと2隻の強襲装甲艦が………?」

 

 火星の民間企業でこれだけの戦闘力を揃えられる組織はそう存在しない。それだけの資金の提供を受けて、オルクス自らがあちこち駆けずり回って火星で手に入るだけの装備を用意したのだ。モビルスーツ、強襲装甲艦、それに名うての傭兵も。

 その全てが打ち破られ、オルクスには最早―――――――

 

 

 

―――――ガンッ!!

 

 

 

「ひ………っ!?」

「じょ、上部甲板にダメージ! デッキ1、デッキ2を貫通しましたっ!」

 

 何かで艦体を抉られるようなおぞましい音。

 それが敵モビルスーツによるものだと悟った時、金属を引き裂く凄まじい音と共に巨大な刃の先端が、ゆっくりブリッジの天井を突き破ってきた。

 

「ひ、ひいいいぃぃ~っ!?」

『オルクス商会に告ぐ。雌雄は決した! 死にたくなければ投降しろ。………代表者の頭を変えて代理人が降伏を受諾しても構わない』

 

 若い男……いや少年の声。鉄華団のガキだと、オルクスにはすぐに分かる。

 だが既に、オルクスに選択肢は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 火星の傭兵企業マーズ・オービタル・セキュリティの〝ガルム・ロディ〟隊を含むモビルスーツ10機。強襲装甲艦2隻。ヒューマンデブリによる自爆特攻。鉄華団とタービンズによってその全てを打ち破られたオルクス商会は、全ての戦闘手段を失って無条件降伏。オルクスは捕縛され、乗り込んできた鉄華団の兵士に引っ立てられて〝イサリビ〟へと連れ去られた。

 

 

 そして〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟は、無力化したモビルスーツ10機と強襲装甲艦2隻を鹵獲し、何事も無かったかのように火星への航海を再開する。

 

 

 もう、見慣れた赤い惑星がすぐそこまで見えていた。

 

 




次話、第2話エピローグ回となりますm(_)m


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2-3

▽△▽―――――▽△▽

 

〝イサリビ〟後部ハッチから着艦した〝ラーム〟は、作業用クレーンに引き上げられ格納デッキのいつもの場所へと収め直された。

 収容作業が完了し、無重力空間を泳ぐように整備班の団員が寄ってきた所で、俺はコックピットハッチを開放して外に出る。と、キャットウォークからフェニーが飛び上がってきた。

 

「カケル! お疲れさん」

「ああ。お陰で助かったよ、フェニー。模擬戦の射撃管制データをセッティングに反映させておいてくれたんだろ? 照準が結構やりやすかった」

「ふふん。最高の機体で送り出してあげるって言ったでしょ?」

 

 と、作業用クレーンが、今度は大破したオルクス商会の〝スピナ・ロディ〟を引き上げてきた。手すきの団員が今度はそちらへと、仲間うちで騒ぎながらワラワラ群がっていく。

 

「鹵獲した機体は外に繋げるんじゃなかったっけ?」

「コックピットにヒビ入って空気漏れてるから入れたんだってさ」

「ハッチを強制解除すっぞ! クレーンで………」

 

 と、そこでフェニーも「ちょっと待った! 外部からシステムに入って強制解放すればいいから………」と飛んで行ってしまう。俺も、とりあえずその後に続いた。

 団員たちの間をすり抜けて真っ先に〝スピナ・ロディ〟のコックピット部分に取りついたフェニーは、外部パネルを一つ開けると手持ちのタブレット端末からコードを引いて配線。素早く端末上の表示を叩いて――――次の瞬間、〝スピナ・ロディ〟のコックピットハッチが上下に開かれた。

 

 そこから内部を覗き込むと………

 

 

「ひ………っ!?」

 

 

 子供―――エンビやエルガーよりも幼い―――の裏返った悲鳴。

照明が落とされた暗闇の中にいるのは、サイズの合わないブカブカの、赤いラインの入った白いノーマルスーツを着た少年。凍り付いたようにコントロールグリップ(操縦桿)を掴んでピクリとも動かず、それでいて瞳には恐怖や絶望を湛えてまっすぐこちらを見つめていた。

 

 怯えきったその姿にフェニーは、

 

「大丈夫よ。ほら、こっちに………」

 

 だが、コックピット内部にまで潜り込もうとしたフェニーを、俺はすかさず「待て」と腕を掴んで止めた。

 

「な、何よ………っ!?」

「暴れるかもしれない。武器を持ってる可能性もある。俺に任せてくれ」

 

 それだけ言うと俺はフェニーを〝スピナ・ロディ〟コックピット部から押しのけ遠ざけて、今度は俺がコックピットハッチをくぐった。

 そして、震えながらも尚コントロールグリップを離さない手にそっと触れて、

 

 

「よく頑張ったな」

「―――――!」

「もう、終わったんだ」

 

 

 そう諭しながら、一本一本そっとその指をコントロールグリップから離してやる。武器の類は持たされていないようだった。

 無抵抗な幼い体躯をそっと抱きかかえて、俺はゆっくりコックピットから離れる。

 あやすように軽く背を叩いてやりながら「よく頑張った」と、俺はもう一度声をかける。

 もう戦わなくていい、死ななくていいことをようやく理解したのだろう。少年の目から涙が止め処なくあふれ始め、無重力に散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 保護されたヒューマンデブリの数は、46人。その全員がブルワーズの少年兵よりも幼く、栄養状態も最悪だった。

 捕虜にしたオルクス商会の従業員を問いただした所、デブリたちは主に宇宙空間での荷役作業で使役されており、戦闘経験など無いにも関わらず、阿頼耶識システムのヒゲ付きだからと無理やり武器や爆弾を持たせられ、戦うようオルクスに命じられたという。モビルスーツに乗れる者は〝スピナ・ロディ〟に、残りは爆薬を満載した貨物運搬用モビルワーカーに。

 

 オルクス商会所有のデブリたちは今、〝イサリビ〟貨物室の一つに集められ、栄養失調でも受け付けられる程度のしっかりした食事を与えられて………中には、いつぞのブルワーズの少年兵のように、安堵のあまりワンワン泣きながら食事にがっつく者も。

 酷い暴力・虐待に晒された跡もデブリ全員にくっきり残っており、ドクター・ノーマッドが一人一人診て回っている所だった。

 

 

 

 

 そして、敗戦し虜囚の身となった、事の戦犯であるオルクスは〝ハンマーヘッド〟のブリッジへと引っ立てられていた。がたいのいい鉄華団団員二人が両脇を固め、どのような宣告がオルクスに下されるのか、〝ハンマーヘッド〟ブリッジの女性クルーたちも時折視線を向けてくる。

 

 

「………んじゃ、この落とし前どうつけてもらうのか、これから決めようじゃねえか。なあ、オルガ?」

「はい」

 

〝ハンマーヘッド〟艦長席に座す名瀬の前で膝を突かされたオルクスは、「ひぃ………っ!」とすっかり震え上がった様子で名瀬とオルガをせわしなく交互に見上げている。

 オルガは冷めた様子で、でっぷり太ったその男を見下ろしながら、

 

 

「ヒューマンデブリを全員。艦1隻、モビルスーツを全部、消耗品・保有物資も全て。民間共同宇宙港の所有権も」

 

 

 それは、ほとんどオルクス商会の全財産を差し出せと言っているのと同義。その要求に流石に「こ、このガキァ! いくら何でも………ッ!」と起き上がろうとしたのだが、

 

 オルクスの顔面は、次の瞬間、名瀬に思い切り蹴飛ばされた。「ぐひえ!?」と肥満そのものの丸っこい身体がブリッジの床に無様に転がる。

 

「お前に決定権はねェんだよ、オルクス。払えねえってんなら………親父の所に連れていく」

「ひ………!?」

「親父なら上手く仲裁してくれるだろうさ。そうだな………テイワズ下部組織である鉄華団とタービンズに一方的に喧嘩を売ったんだ。片手の指4本ってトコか。もちろん、意味は分かるよなァ?」

 

「ひぇぇ………!! ゆ、指詰めだけはご勘弁を………ぉっ!」

 

 プライドも何もあったものではなく、オルクスはぼろぼろ泣き散らしながら名瀬の足下に這いつくばろうとして、抑えていた鉄華団団員二人に取り押さえられる。

 その様子を微動だにせずに名瀬は見下ろしながら、

 

「なら、払うもん払いな。それで後腐れなく手打ちにしてやるっつってんだ」

「きええぇ~………!」

 

 

 ほぼ全財産を失うことが確定したオルクスは、意味不明な奇声を上げて喚きたてながらブリッジの床にうずくまる。流石に見かねたオルガが団員に目配せすると、団員二人は両脇から狂ったように暴れるオルクスを抱えて、ブリッジを出ていく。資産譲渡の手続きに署名させて、火星に着いたらオルクスの手元に残す空っぽの艦もろとも放り出す。

 

 地球―火星間の独自航路により、火星において裏表に渡ってそこそこ堅実な商売を続けてきたオルクス商会が、無残に倒産した瞬間だった。

 消え去るオルクスを一顧だにせず、名瀬は少し考え込むように、顎に手を置いた。

 

 

「ふむ………、なーんかおかしくねぇか? なあオルガ?」

「はい。俺たちが火星を出た時、オルクス商会はそこまで大きくなかった。モビルスーツを一度に10機も出せるような所じゃ………」

 

「十中八九、誰かが裏でオルクスを援助したんだろうな」

「兄貴、何か心当たりでも?」

「ありすぎて絞り切れねえよ」

 

 

 鉄華団、タービンズ共に恨みに思っている者・組織は数知れない。鉄華団に至っては間違いなくギャラルホルン、それも上層部の恨みを買っていてもおかしくないのだ。

 そういった奴らの誰かがオルクス商会に手を回して武器を揃えさせて鉄華団とタービンズにけしかけた。そう考えるのが自然だろう。

 

「ま、こればかりは一度親父と相談しねえとな。これからはお前らも気を付けろよ? なんせお前ら鉄華団はギャラルホルンに喧嘩を売って、メタクソに叩きのめしちまったんだからよ」

「………好きで喧嘩した訳じゃねえですよ」

 

「向こうさんだって好きでメタクソにのされた訳じゃねえだろうが。これから、敵と味方をしっかり見分けて、賢く立ち回らねえとな。………できなかったら、死ぬぞ」

 

 威圧を込めて艦長席から見上げてきた名瀬の視線を受け止め、オルガは直立した。オルクスはまだ序の口。鉄華団がデカくなればそれだけ敵も増える。

 鉄華団という〝家族〟を食わせていくには、しっかりした組織の舵取りが必要だ。そしてそれが、オルガの双肩にかかっている。

 

「はい………!」

 

 しばらく、固い沈黙が続き………それを破ったのは通信オペレーター席の女性クルーだった。

 

「あ、オルガさん。〝イサリビ〟から通信です。すぐに戻ってきてほしいとのことですが?」

「分かった。すぐ戻ると伝えてくれ」

 

 

 オルガは名瀬に軽く一礼すると、〝ハンマーヘッド〟ブリッジを後にした。

 名瀬は「やれやれ」と軽く嘆息しつつ、

 

 

「これからどんな面倒に巻き込まれることやら。ま、その都度デカい稼ぎがあるからむしろ有難いぐらいなんだけどよ」

「あ。ダーリン今すごい悪い顔してるー」

 

 

 

 

 

 ともかくも、火星を目前とした宙域でのオルクス商会 対 鉄華団・タービンズの戦闘は鉄華団側の勝利に終わり、オルクス商会は鉄華団団長オルガ・イツカの要求通りに強襲装甲艦1隻とモビルスーツ10機、ヒューマンデブリを全員、保有物資や資材もあらかた賠償として鉄華団に引き渡した。

 

 モビルスーツは鉄華団の装備として。ヒューマンデブリには、それまでオルクスに握られていた個人IDを返還して人間としての地位を回復させ、望む者は鉄華団に入団。そうでない者、身体が弱すぎて鉄華団での仕事に堪えられない子供は孤児院の当てが見つかるまで団員扱いとして鉄華団で保護することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

〝イサリビ〟艦内における数少ない憩いの場所である展望デッキ。

 だが、元々訪れる者も少なく、特に深夜時間は周辺も含めてガランと静まり返っており………何となく、広い所で一人で考え事をしたい時に、ここはちょうどいい。

 俺はデッキの手すりに腰かけ、展望ガラスを背に、首だけ軽く振り返って窓越しの宇宙を見やった。

 

 

「………なんつーか、悩んでばっかりだな。俺」

 

 

 こういう所はあまり他人に見せたくない。人の上に立つ身になるのならば尚更。

 1期から2期までの期間はおよそ1年と少し。その間に何が起こるのか、原作に描かれていない出来事など知る由もない俺には、分からない。

 どこに向かうのか。誰が何をして、誰が襲いかかってきて、どう対処すればいいのか。

 このオルクスの襲撃自体、完全に予想外だった。10機の敵モビルスーツは三流の傭兵やモビルスーツ戦に不慣れなヒューマンデブリによって操られており、オルクス商会自体武闘派ではなく、倒すのは比較的容易だった。

 

 だが、同じような幸運が続くとは限らないし思わない。ギャラルホルンは原作時以上に鉄華団を注視するだろうし、鉄華団自体、おそらく原作を超える勢いで大きくなる。火星ハーフメタル産業に参入する計画も、俺の耳に入っていた。

 大きくなればそれだけ、敵も増え、しかも強くなる。

 

 

 これはもう、俺の知る『鉄血のオルフェンズ』ではない。

 そして鉄華団が違う未来を見ることができるのかは、俺の――――――

 

 

「どうかした? カケル」

 

 不意に呼びかけられた。向き直るとそこにいたのは、

 

「三日月………」

「変な顔してたね。昔のクーデリアみたいだ」

 

 変な顔って………と、げんなりした俺を横目に、三日月はぼんやりした表情で、ポケットから一粒つまんだ火星ヤシを口に運びながら、展望ガラス越しの宇宙を見上げていた。

 三日月にも、何か思う所があるのだろうか。オルガの示した道を切り拓く鉄華団一の切り込み隊長は、戦場ではいつだって、一切の逡巡すら見せずにオルガの命令を遂行してみせた。

 

 今日も………

 

「そういえば今日の戦い、三日月すごかったな」

「? 何で?」

「オルクス商会のモビルワーカーを、中のヒューマンデブリたちを傷つけずに真っ二つにしたんだろ? 片腕の〝バルバトス〟で………」

「別に。オルガの命令だから。中身のパイロットは殺さずにモビルワーカーだけやれって」

 

 さも当然のように言ってのける三日月だが、神業であることには変わりない。エドモントン戦以降、太刀の使い方に開眼した三日月は、これからどのような戦いを俺に、俺たちに見せつけるのか。

 

「――――何か、変わったのかな」

「え?」

「何かさ、ブルワーズの奴らとか、あのギャラルホルンだったおっさんとかに会って一緒に戦って………皆、色々考えるようになったみたいから。俺たちが潰す奴らも、俺たちみたいに生きて、メシ食って、皆どこかを目指してる。俺たちとあまり変わらないんだなって」

 

 ま、敵なら潰すだけだけど。と三日月はもう一粒火星ヤシを取って口に放り込んだ。

 そんな、三日月の意外な変化に俺は少々呆気に取られていたのだが、

 

「………なに?」

「あ、いや。三日月でもそんな考えするんだなって。結構ドライな思考してるのかと思ってたから」

「どらいって? まあ、考えるのはオルガの仕事だし。オルガが考えて決めたことを、俺がやる。それだけだから」

 

 んじゃ、と三日月はふらり、と先ほどやってきた出入口に足を向けて、振り返ることなく立ち去ってしまった。

 俺は、また宇宙空間を眺め直しながら、

 

「決めたことをやる、か………」

 

『鉄血のオルフェンズがハッピーエンドに改変されますように』―――などという願い事から始まったこの世界での俺の旅は、1期を終え、折り返し地点を迎え、ここから俺が知らない物語が始まる。

 鉄華団の違う未来を見る。それがこの世界で、俺が決めたことだ。それをやり通すことに、俺がこの世界で生き、戦う意味が生まれる。

 展望デッキで一人。俺はポツリと言葉を零した。

 

 

「絶対。見てやるからな。〝鉄血のオルフェンズ〟のハッピーエンドを、な」

 

 

 今日も戦い、明日を勝ち取った。

 そしてその先の未来も――――必ず勝ち取る。

 俺と、鉄華団と、ガンダムの力で。

 

 

 

 

 鉄華団の故郷、火星はすぐそこにまで見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………サングイス大司祭。鉄華団は無事、火星に帰還しました」

「オルクス商会は実質的に解体され、その資産の多くは合法的に鉄華団の手に。強襲装甲艦1隻、ロディ・フレームのモビルスーツが10機。その他ヒューマンデブリを含む資産や物資も」

「ヒューマンデブリとして酷使されていた子供たちは鉄華団によって個人IDを返還され、多くが鉄華団に志願して入団し、残りも孤児院の行く先が見つかるまで団員扱いで保護されるようでございます」

 

 薄暗闇に閉ざされた広大なその空間で。

 一人瞑想中であったサングイスは冷たいフロアから立ち上がり一段上のそこから、報告に参上した二人の司祭を見下ろした。

 

「ご苦労様でした。――――では、次の計画を」

「御意に」

「全てはザドキエル様の御心のままに」

 

 恭しく首を垂れたまま、司祭たちはその場を立ち去る。

 サングイスは再び床に胡坐をかき、瞑想の姿勢を保ち直した。これからはこのように自分を見つめ直す時間を、そう多く作ることはできなくなるだろう。

 サングイスと〝厄祭教団〟………そしてその神体である古の兵器モビルアーマー〝ザドキエル〟が世界の表舞台に姿を見せる日は、近い。

 

 既に策謀の種は撒かれた。マクギリスはギャラルホルン地球支部を実質的に支配下に収め、〝原作通り〟に組織改革に着手した。経済圏との関係改善や、経済圏独自軍事力保持のためにギャラルホルン製モビルスーツを供給する手はずも。加えて間もなく、地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官に任命されるという。

 

 世界には未だ、腐敗と不安が蔓延っている。地球経済圏による火星やコロニー、木星圏等の圏外圏への搾取構造は、ようやくその1国であるアーブラウが状況改善に着手したばかり。未だ圏外圏の大多数の人々は抑圧され、構造的な貧困を強要され、それが………宇宙ネズミ、ヒューマンデブリと蔑まれる子供たちを生み出す下地となっている。

 

 地球圏においても、改善されたのはドルトコロニー群のみ。その他経済圏の産業用コロニー群では未だに労働者は搾取される立場にあり、反乱の芽を潰すべくギャラルホルンが精力的に働いている。ギャラルホルンは絶対的な力で、構造的に搾取される人々をねじ伏せ続けているのだ。300年もの間。

 

 

 

「――――世界は、救いを求めている」

 

 

 

 正しき世界。

 正しき秩序を。

 

 厄祭戦によって世界を簒奪したギャラルホルン。彼らがもたらした偽りの秩序による社会の崩壊。人道に反した統治による道徳の荒廃は、間もなく終焉を迎える。

 永遠に。

 

「新しい世界の礎となるのは――――阿頼耶識という〝牙〟を纏いし子供たち」

 

 火星の一企業、いや少年兵たちの寄せ集めながら、クーデリア・藍那・バーンスタインを地球に送り届けると言う大役を成し遂げた鉄華団は、これも原作通りに飛躍することだろう。テイワズ直系団体への昇格、地球支部の開設、団員や装備の増強。

 だが、まだその力は弱々しく、来たる厄祭の世を迎えるには――――足りない。さらに牙を研がせ、力を蓄えさせなければ。

 

 

「―――――ザドキエル様が、良く子供たちを導いてくださるでしょう」

 

 

 もはやサングイスは語らず、瞑想に沈み、完全に沈黙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして暗闇の奥深くで………巨大な紅眸がサングイスを見下ろしていた。

 

 

 

 

 



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3-1.Mars days

お待たせしましたm(_)m

今日は原作最終話が放送されてからちょうど1周年だそうですね。



▽△▽―――――▽△▽

 

 火星。

 長らく地球経済圏の植民地として、不平等な経済協定の下に貧苦を強いられてきたこの星に、激震が走った。

 

 クリュセ自治区首相の娘、クーデリア・藍那・バーンスタインが地球の経済圏の一つ、アーブラウとの交渉により経済協定の一部改訂――――火星ハーフメタルの規制解放という成果を勝ち取ったのだ。

 正式な発表を前に、いち早く情報を手にした火星の政財界は、利権の確保のため水面下で動きを始めつつある。

 

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインの護衛という大仕事を達成し、親組織であるテイワズに火星ハーフメタル利権という手土産をもたらした少年兵たち………〝鉄華団〟も、嵐の前の静けさを前に――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 火星。

 クリュセ市繁華街。

 

 古びた薄暗い通りは派手な色彩のネオン看板で照らされ、給金で懐を暖かくした労働者たちがフラフラと彷徨っている。求めるのは酒、それに女。

 その中にある酒場の一つにて。

 

 

「―――――お前らァ! 今日は初仕事の成功祝いだ!! しっかり飲んで食って、楽しんでけよォ!!」

 

 

 団長の音頭に「オオオォーッ!!」と団員たちは騒々しく応えて、次々と運び込まれてくる脂ぎった料理、それに酒にがっつきまくっていた。

 酒場は鉄華団の貸し切り。それほど広くない店内は、華のエンブレムをあしらった鉄華団のジャケットを羽織る何十人もの団員で埋め尽くされ、少年たちの騒がしい声が店外にも溢れ出ていることだろう。

 

「ほら、飲め飲め!!」

「そっちのピザ俺にも!」

 

「食ったら次、女いくかあ! な、ユージン!」

「お、おうよ! ちったぁマシな女がいりゃいいけどな」

 

 

 思い思いに騒ぐ団員たち。

 シノはユージンを調子よく引き寄せて、同じ席で昭弘はチビチビと酒を口にしている。

 オルガはテーブル席の一つ一つに回って、「よォ! しっかり飲んでるかあ!?」とすっかり酒が回った様子で、団員たちに絡んで回っていた。

 

 

「カケル。乾杯」

「ああ。お疲れ様、フェニー」

 

 その片隅のカウンター席で、俺とフェニーは小さなグラスを軽く打ち交わした。俺のはサイダー。フェニーのは生ビール。

 互いにちびちび、と口にしつつ、

 

「………てか、何で居酒屋で酒飲まないの?」

「うーん。酒はなぁ………」

 

 アルコールは20歳になってから、という現実世界のこともあるが、あんな苦い飲み物を飲んで………意識がグデグデした挙句に腹も変に溜まって満足に食えやしなくなる。俺としては、酒はあまり好きな方ではなかった。

 

 とにかくまずは食い物だ。いかにも脂っこそうな人工肉の揚げ物をよそって、せっせと口に。

 味と食感的には………パリパリした唐揚げ、みたいなものか。

 

「ほら、フェニーも食えよ」

「ん」

 

 フェニーの小皿にもせっせと唐揚げもどきをよそって、次はサラダ。

 サラダ自体は見慣れたものだがドレッシングは………あれだな。ピエ〇ロっぽい。

 そんな中、既に二杯目に突入したフェニーが

 

「ぷは~。やっぱ生が一番ねぇ」

「………アルコールのどこがいいのやら」

 

 全然分からん。飯じゃ、飯じゃ。

 だが、「なによ~」とビール一杯で顔を赤くしたフェニーがドン! とビール瓶を俺の前に置いて、

 

「アンタも飲みなさいよぉ。男なんでしょ! ほら、ほら!」

「ちょ………ああ、もう分かったから」

 

 にへ、と笑ったフェニーがなみなみと俺のグラスにビールを注ぎ始める。まだ若干サイダーが残ってたんだけど………

 

「はい! かんぱーい!」

「………勝利の栄光を君に」

 

 まあ、こっちの世界じゃ飲酒喫煙に年齢制限は無いっぽいし………くいっと一口あおると、ビールの苦みが一気に口の中に広がって、慌てて嚥下しても苦い余韻がしつこく残ってきた。

 サラダと唐揚げもどきで口直し。

 

 一方のフェニーは………どこからか持ってきた大ジョッキいっぱいのビールを、一気に飲み干していた。

 やべぇ………

 

「結構、飲むんだな」

「飲み会の時だけだけどねー。………それにこういう楽しい飲み会って、結構久しぶりだから」

「ドルトにいた時は? 飲み会ぐらいあったんじゃないのか?」

「あったけどねー。女はお酌しろだの幹事しろだのってうるさい上司がいたから、全部ばっくれてた」

 

 テイワズ、ひいては木星圏は男尊女卑社会らしい。女性の社会進出はさほど進んでおらず、結婚して家を守るか、それだけの家柄や実家の経済力を持たない者は男がやりたがらない危険な仕事、もしくは娼婦に身を落とすしかないという。

 

 そんな不条理がまかり通る中で、大企業であるテイワズで働くことができたとしても、会社社会の中での肩身の狭さは相当なものだったに違いない。

フェニーも、何だかんだで苦労してるんだな。俺なんかじゃ、推し計ることすらできないけど………。

 

 俺は、手元のビールを飲み干すともう一杯、自分で注いだ。

 

「ここには、そんな奴いないさ。男も女も関係ない。フェニーも、目いっぱい食って、飲んで、楽しんでくれたら、俺も嬉しいし皆も喜ぶ」

「………ん」

 

 

 

 

 

 

 

 男ばかりの鉄華団だが、何も参加した女性はフェニーだけではない。

 

「よっす! 飲んでるかぁ~昭弘ぉ?」

「ちょ………酒臭いぞラフタ」

「いいじゃねーかよぉ。男のくせにチビチビ寂しくやりやがってぇ。ほら、もっと飲んだ飲んだ!」

 

 カクテルのジョッキを片手にすっかり上機嫌になったラフタが、ビスケット共々テーブル席の隅でチビチビやっていた昭弘の首に組み付いてきた。「飲め飲め~」と強引に自分のジョッキを押し付けつつ、

 

「あんただって元デブリ組をまとめてんだから、あんたがしっかり飲まないと周りが遠慮するでしょーが」

「………そ、そうだな」

「よろしい! あ、すいませーん! 生を大ジョッキでお願いしまーす!」

 

 ほどほどに………という昭弘の言葉は、「がーはっはっは!」というすっかり出来上がったラフタの大笑いに容赦なくかき消されてしまった。

 

「………そういえば、アジーはどうした?」

「えー? アジーならあんたンとこの基地で、ガキ共の面倒見てるわよ」

「そうか。助かる」

「んんー!? なによぉ! あたしよりアジーの方が気になるってのぉ!?」

「い、いやそうじゃなくて………」

 

 酒が回ってやたら絡んでくるラフタに昭弘が辟易としている中、向こうのテーブル席でも、

 

 

 

 

 

 

 

「こういう所、三日月と一緒に来るの、初めてだね………」

「うん、そうだね。あ、このフライ美味いよ。ほら」

「あ、ありがと………」

 

向こうの隅のテーブル席にいる二人は、アトラと三日月。三日月は次々料理を口に運んでいくが、アトラは顔を真っ赤にしたまま、両手でグラスを持ったままなかなか動かない。

 

「ん? どうかしたアトラ。酔った?」

「え? い、いやそうじゃなくて………」

 

 まだカクテルがグラス一杯に注がれたまま。それでも真っ赤なアトラに、三日月は首を傾げたが、

 

「………そういえば、クーデリアさんも来れればよかったのにね」

「仕方ないよ。地球でまだ仕事が残ってるって言ってたし」

「そだね。でも、大丈夫かな? 一人で」

「クーデリアがやってる仕事は、俺たちじゃ手伝えないから」

 

 今頃、クーデリアは一人、「三日月たちを幸せにする」ための仕事に走り回っているのだろう。三日月たちにはよく分からないが、とても大事なことで、クーデリアが本気でそれに取り組んでいることは三日月にも分かっていた。

 

「だから、俺たちは火星で待っていた方がいいと思う。クーデリアなら、きっとやってくれる」

「そ、そうだよね!………よし! クーデリアさんが帰ってきたら、たくさんご馳走作ってあげるんだから! あ、この料理とかウチでも作れないかな………」

 

 

 すっかり調子を戻したアトラに、三日月は自然とかすかに笑みをこぼしつつ、大皿からピザを一つ摘んで口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「よォ! みんな楽しんでるかぁ~」

 

 オルガが機嫌よくビスケットに絡みつく。「酔ってるね……」とビスケットは苦笑しつつ、

 

「みんな楽しんでるよ。お疲れさん」

「おうよ」

 

 コツン、と軽く互いのグラスを打ち鳴らして、オルガは残っていたグラスの酒を一気に仰いだ。

 

「そんなに飲んで、また歳星の時みたいに………」

「んな固ぇこと言うなって。これから忙しくなるんだ。今日ぐらい皆にゃ羽目を外してもらわねえとな」

 

 団長ー! こっち来いよー! という団員の声に「おう!」と気さくに応えつつ、

 

「明日は農園にも顔出すんだろ、ビスケット? お前こそ無理すんじゃねえぞー」

「はは。オルガみたいな無茶はしないさ」

 

 

 ユージンはすっかり酔い潰されてテーブルに突っ伏し、「ユージンー! あたし寂しいわぁ~」などとシノにちょっかいをかけられている始末で、昭弘も、

 

「はい! 昭弘君ビール2本目行きまーす!」

「い、いや俺はもう………」

「んなにぃ~!? アタシの酒が飲めないってのぉ!?」

「………あんたが酔い潰れたら俺が運ばねえといけねえんだからよ」

「きゃ~! イケメーン!! ………ほら飲め!」

 

「結局飲ませるのかよ」

 

 

 他の団員たちも思い思いに過ごす光景に、ビスケットは笑みを隠しきれなかった。

 今まで………CGS参番組として大人たちに使い潰されてきた時には想像もできなかった光景だ。あの時は死なないこと、生きていくことだけで精一杯だったのに。

 

 

「お前らァ!! 今日はトコトン飲むぞーッ!!」

 

 

 応――――――ッ!!! という鬨の声に気を良くしたオルガはさらに一杯、ピンクのカクテルを一気飲みして団員たちに絡むべく他のテーブル席へと飛び込んでいった。

 ビスケットは苦笑しつつも一言、

 

 

「後で連れ帰るのが大変だろうなぁ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 何も楽しんでいるのは年長の団員だけではなかった。

 煌びやかな夜のクリュセ市から遠く離れた、薄暗闇に閉ざされた鉄華団火星本部基地。

 

 うわ―――――っ!! という幼い少年たちの歓声が、食堂から響き渡った。

 

「すんげぇお菓子!」

「こんなにたくさんっ!」

「全部俺たちだけで食っていいの!?」

 

 並べられた色とりどりの菓子、ケーキやチョコレート、クッキーなど。大皿に山盛りに積み上げられたそれを前に、年長の団員たちに代わって基地を守っていた年少組や幼年の少年兵たちは目を輝かせた。

 

 ああ。と年少組らのお守りを買って出たアジーは頷く。その隣でエーコもうんうん、と、

 

「団長さんからのご褒美だって! 皆で仲良く食べてね!」

「「「「「「いただきまーすっ!!!」」」」」

 

 

 無邪気にお菓子に飛びつき始めた子供たち。早速どこかしこで我先にと取り合いが始まるが、「こら、喧嘩するんじゃないよ」とアジーが引き剥がして回る。

 こういう時、タカキが率先して年少組たちをまとめるのだが………

 

「皆に行き渡ってるー? 独り占めしちゃダメなんだからねー」

 

「あれ? タカキどこだ?」

「さあ、さっき地下に降りてったの見たけど………」

 

 すっかり自分の皿にケーキや菓子を積み上げたライドやダンジがキョロキョロ見回していると、

 

「――――ほら! 皆、こっちだよっ!」

「い、いや俺らは別に………」

「いいからっ! 団長から皆に食べて欲しいって言われたんだからさ!」

「お、俺らはデブリで、日頃しっかり食わせてもらってるし………」

 

 遠慮するアストンを「ほらほらっ」と背中から押すタカキ。それにつられるように2、30人ほどの一団が地下のモビルワーカー出入口からひょっこり出てきた。

 ブルワーズから保護された元ヒューマンデブリ組の少年たち。遠慮するように地下のモビルワーカー格納庫で仕事を続けていたのだが、タカキに引っ張り出されてきたのだ。アストンたちは気まずげに食堂に並べられた菓子の数々に目をやって、

 

「俺たちが一緒だと、何か悪いから………」

「そんなことないだろっ? 同じ鉄華団の、家族じゃないか! 一緒に食べよう、ね!」

 

 でも………と、尚も遠慮しようとしたアストンたちだったが、年少組の子供たちはニッと顏を見合わせて、

 

「ほら、こっち来いよっ!」

「この菓子美味いぜ!」

「飲み物はこっちにあるからね」

「たくさんあるんだから、遠慮するなよな!」

 

 ライドやダンジ、それにエンビ、エルガーといった幼い少年たちも元デブリ組の少年たちをぐいぐい食堂に引き込み始めた。最初は戸惑いがち、遠慮がちだった元デブリ組たちだったが、元デブリ組の一人、ビトーがおずおずとクッキーを口に運び、他の少年たちもぎこちなくそれに続いた。

 

「い、1個食ったからいい………」

「なに言ってんだよー! ほら、こっちも美味いぜ!」

 

「あ、これ………ブリガディーロだ」

「ん? 知ってんのかペドロ?」

「うん………。地球の、俺の地元のお菓子。懐かしいな、もう何年も食ってないや………」

 

 ぎこちなさを残しつつも、恐る恐る菓子を口に、徐々に徐々に表情が明るくなっていく元デブリ組の少年たち。

 まだ幼い子供たちの和気藹々とした光景に、一歩離れた所から見守っていたアジーとエーコは、互いに笑みをこぼし合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「珍しいなぁ。あんたがこんな所に来るなんて」

「ここの少年たちは健康男児ばかりで、団医としては退屈極まりないからね。………まあ、お陰で私としては定収入を得つつ阿頼耶識システムの研究に注力できて万々歳な訳だが。だが、どうにも話し相手がいないと落ち着かん。カケル君は飲みに出かけたというし。研究の被検体になるべきエンビ君とエルガー君は一向に捕まらん。ふん、全くけしからん事態だ」

 

 地下のモビルワーカー格納庫。居座っていた元デブリ組の少年団員はタカキによって全員連れ出されて、がらんと静まり返っている。

 雪之丞と、それにいつもは医務室に引きこもっている(日頃の言動のせいで半ば閉じ込められている)ドクター・ノーマッドは、コンテナに腰を下ろしつつ、雪之丞は葉巻を、ノーマッドは安煙草を取り出した。

 

「………医者でも煙草はするんだな」

「ニコチンの少量摂取はストレスマネジメントの観点から有益だからね。………ああ、火はどこにやったかな?」

 

 白衣のポケットを弄るノーマッドに「ほらよ」と雪之丞は金色ライターの火を差し出した。

 

「ああ、どうも。………驚いたな、純金製か?」

「昔のマルバからな。金メッキの、10ギャラーライターより少し高ぇだけの安物だが、どうにも捨てがたくてな」

「マルバ………ああ、鉄華団の前身組織の社長のことかね。非常に強欲で倫理の無い人物と聞いているが」

 

「マルバと出会ったころはお互いまだ若くてよぉ。あんなクソ野郎じゃなかったんだがなぁ………」

「環境が人格を変えてしまうという例は枚挙にいとまがないよ。特にこのような、命の危険に晒される業種の、構成員の死に責任を持つ立場の者なら尚更ね。相当なストレスに晒されていたことだろう」

 

「そうかも知れねえな………。昔は責任感が誰よりも強くて、面倒見のいい奴だったんだが………」

 

 ふぅ、と煙草の煙を吐き出す雪之丞の表情に、暗い影が走ったのをノーマッドは見逃さなかった。

 歳星からの新参者であるノーマッドにとっては面識のない人物だ。団員たちの会話を小耳に挟んだところ、自分たちをこれまで使い潰してきた業突く張りのクズ野郎、とだけ。だが、何も生まれてからずっとそのような人物であった訳ではないのだろう。

 

 遠くを見るように見上げ、嘆息した雪之丞を見るだけで、ノーマッドには一目で理解できた。

 

「マルバ・アーケイ氏のことは一目置いていたんだね」

「昔の、だけどな。………いつからかスラムのガキを仕入れて、博打みてェな阿頼耶識を仕込んで使い潰すようになっちまって、結局あのザマだ。ま、資源採掘衛星にぶち込まれただけで死んじゃいねぇみてーだし、多少は改心してくれりゃいいんだがなぁ」

 

 

 やがて、すっかり大半が灰になって短くなった葉巻を、雪之丞は義足で踏み潰す。ノーマッドは携帯灰皿に押し込んでそれぞれ立ち上がった。

 

 

「んじゃ、仕事に戻るかぁ」

「私も。オルクス商会から保護した元ヒューマンデブリの子供たちのカルテを整理せねば」

 

 ノーマッドのその言葉に、「おおそうか」と雪之丞はふと顔を上に上げた。

 

「今は〝方舟〟にいるんだったか?」

「ああ。確かチャド君とダンテ君が上に上がって面倒を見ているよ。………長期間無重力・低重力空間での労働を強いられ、しかも栄養失調寸前の状態では火星の重力に身体が耐えられないだろうからね。これからしっかり食事を与えて栄養状態を改善し、健康と筋肉を回復してから火星に下ろす予定だよ」

 

 元ブルワーズのデブリ組はデブリ帯で保護された後、地球に到着するまでにしっかり食事を与えられて簡単なトレーニングができる程度に筋肉もつき、問題なく地球に降下することができた。

 育ち盛り、成長期の子供たちなら、現代の栄養事情も鑑み、およそ2、3ヶ月もあればすぐに回復する。

 

 

「また、ここもガキばっかで騒がしくなりそうだなぁ」

「精神衛生の観点から言わせてもらえば、健全な理由で子供たちが騒々しいことは歓迎すべきことだよ。まあ、鉄華団の稼業は到底健全とは言い難いが、………だからこそ子供らしさ、人間らしさは大切にしてもらわなければ」

 

「………へぇ。あんたもマトモな所はあるんだな。最初に会った時にゃ、頭のネジが外れた医者かと思ってたんだが」

 

 無論。とノーマッドはフン! と鼻を鳴らした。

 

「エンビ君とエルガー君が私にその身体を差し出してくれると言うのであれば、私は責任を持って阿頼耶識システムの適合と双子の相関性の研究のために彼らを解剖する所存だよ」

 

「………少なくとも、まだネジはしっかり外れてるみてーだな」

「何を言う! いいかね、人類医学の進歩のためにエンビ君とエルガー君は喜んで背中を切開されるべきなのだよ。まあ、兄弟等の血縁関係と阿頼耶識システムの適合相関性調査のために、昭弘君と昌弘君にもヒアリングと検体の打診をしなければならないとは常々だね………」

 

 

 相手にしてられっかよ………、とぼやく雪之丞は義足を鳴らしながらさっさとその場を立ち去ってしまう。

 

他にカケルのような人の良い聞き手が空いている訳でもなく………またドクター・ノーマッドは「全く! けしからん事態だ」とぼやきながら、一人寂しく医務室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「んじゃ! 俺らはここで。うへへへへ………」

「お、俺はあれだからな! シノが羽目を外し過ぎないようにだなぁ、仕方なく………」

「はは、分かってるよ。じゃあ、明日の朝迎えを送るから」

 

 おう! じゃな! とシノとユージン、それに数人の団員がクリュセの夜の街へと消えていく。ボーナスが支給されたとはいえ、ユージンの言う通り羽目を外し過ぎなければいいのだが………

 ビスケットはそれを見送りながら、ふと、

 

 

「………問題はこっちをどうするかなんだよなぁ」

 

 

 用意されたトラックに乗って、これから大半の団員が鉄華団の基地へと戻ることになる。

 なのだが、

 

「おえ………げほっ! げほ………」

「大丈夫? オルガ」

 

 電柱によりかかって吐きむせるオルガ。気づかわしげな三日月は、すっかり眠りこけてしまったアトラを片腕で器用におぶっていた。昭弘も、「うぅ~ん」と覚束ない足取りで寄りかかってきたラフタを支えながら「おいおい……」と目を白黒させている。

 オルガだけではない。飲み過ぎて気分を悪くした団員が、その場にうずくまったり倒れこんだり、それを他の団員が慌てて肩を貸して立ち上がらせる始末だった。それに、

 

 

「ちょっとカケル。立てる?」

「ああぁ~………と、刻が見える~」

 

 

 酔い潰れて目を回しているカケル。同じく飲み過ぎたフェニーが起き上がらせようとしているのだが上手くいかない様子で、ついには「う、ウラガン……このツボをキシリア様に届けてくれぇ~」などという意味不明な言葉を発しながら………何故か今まで大事そうに抱えていた空きビール瓶をフェニーに押し付けて、地面に横になってしまった。

 

 さすがに見かねてビスケットが駆け寄ったが、

 

「だ、大丈夫ですがカケルさん」

「………うーん………マリア様が地球に降りる前に……地球を……原付バイク乗りの楽園に………うぷ」

「あーあ。ダメだこりゃ………」

 

 よっこらせ、とカケルの腕を肩に回して立ち上がらせつつ、半ば引きずるようにビスケットはカケルをトラックまで連れていく。

 

「カケルさん、基地に着くまで横にしておいてあげてくれる?」

「分かった。ほらカケル、手を……よっと!」

 

 荷台の上にいる団員、ガットの手を借りてカケルを押し上げると、後は勝手に荷台の座席へと寝っ転がった。フェニーも続いて荷台へと乗せる。

 

 

「どんどん乗せて行こう。このままトラックを止めてても迷惑になるだけだしね」

「だな」

 

 

 バカ騒ぎの時間は終わり。

 酔い潰れている者もそうでない者も、次々トラックへと押し込まれていき、満杯になった車両から出発していく。

 

 

「ほら、オルガも」

「ああ………帰るのか。家に………」

 

 ほとんど寄りかかるようなオルガの言葉に、ビスケットは微笑を漏らした。

 そうだ。今から戻る場所は、俺たち鉄華団みんなの、帰る家。

 

「そうだよ。………さ、帰ろう。俺たちの家に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「親父、鉄華団は無事火星に戻りました。地球からのニュースはまだ火星には届いてないようで、騒ぎになるにはもう少し時間がかかるかと」

『――――そうか。今のうちに、鉄華団にゃしっかり休んでもらわねえとな』

「今頃、クリュセでどんちゃん騒ぎですよ。変な揉め事を起こさなきゃいいんだが………」

 

 

 火星軌道上にある民間共同宇宙港〝方舟〟。

〝イサリビ〟と並んで停泊しているタービンズの強襲装甲艦〝ハンマーヘッド〟の応接室にて。

 名瀬はソファに腰を落ち着けて、テーブルに立て掛けたタブレット端末に向き直る。

 QCCSモードの端末に表示されている通信相手の名は

――――【MCMURDO BARRISTON】

 

『クーデリア・藍那・バーンスタインの地球での交渉が成功した今、火星ハーフメタル事業は圏外圏で一番熱い商売になる。お前らタービンズにも、お前の弟の鉄華団にも、これから大いに働いてもらうからな』

 

「もちろんそのつもりですよ、親父。その件で、ノブリス・ゴルドンとは話がついたんで?」

『ああ。有望な土地の所有権委譲の段取りは完了済み。後は、揃えた資材を運びこんで火星ハーフメタルを片っ端から掘り起こすだけだ。俺たちテイワズは採掘と流通。モンターク商会は一次加工、ノブリスには業者間の仲介に立ってもらう』

「テイワズ、ノブリス、それにモンタークの三大巨頭で利権を押さえちまうという訳ですね?」

 

『はは、人聞きの悪ぃこと言うんじゃねえよ。火星ハーフメタル事業が軌道に乗れば、火星経済も一気に上向くからな。………お嬢さんにとっても悪い話じゃねえ』

 

 

 火星ハーフメタルの規制解放によって、火星はハーフメタルの自由な算出と流通が認められることとなる。それに価格決定権も。

 当然、その巨大なパイの恩恵に預かろうと火星のみならず木星圏、それに地球からも業者が押し寄せ………少しでも多くの利益を手にするために大なり小なりの紛争に発展することは想像に難くない。

 

 だがテイワズという巨大な重石があれば、中小の業者ではおいそれと火星にちょっかいをかけることはできない。クーデリアが指名し、火星ハーフメタル事業における正当性と大義名分を手にしたテイワズ、ノブリス、モンターク商会が利権を確保し、パイの分配役になることによって紛争は抑止される。

 

 最も、この利権において最も特をするのはテイワズであることに変わりはない。そして、その傘下組織であるタービンズや鉄華団は、優先的に恩恵に浴することができる。

 

『火星ハーフメタルの独自流通経路の構築は名瀬。お前に任せる。それに今ウチで開発中の新型モビルスーツも、ロールアウト次第優先的に鉄華団に格安で供給する。……このシノギ、海賊共も黙っちゃいねえだろうからな。鉄華団を上手く使ってみせろ』

「分かってますよ、親父」

 

 地球―火星航路で暴れまわっていた宇宙海賊ブルワーズを壊滅させ、そして人類最強の武装組織であるギャラルホルンにも一発……どころかボコボコにぶちかました鉄華団だ。この組織を前に、テイワズにちょっかいをかけてやろうと考えるものは、そう多くないだろう。

 

 

『これから、ますます忙しくなるぞ、名瀬。それに事と次第で………組織間の戦争が起こるかもしれん。ギャラルホルンもこれから、やっとこさ圏外圏の治安維持に力を入れるって話だ』

「鉄華団を確保できたのは大きいです。このままいけばあいつらは間違いなく、圏外圏一の武闘派組織になる。鉄華団はタダの鉄砲玉で終わるような連中じゃあない」

 

『ふ……違ぇねえ』

 

 その後、事務的な内容の通信を二、三交わし、歳星にいるマクマードとの通信は終了した。

 

【DISCONNECTED】

【CALL OFF】

 

 役目を終えたモニターが暗転し、名瀬は小さく息をついて深々とソファに沈み込む。

 と、応接室の扉がスライドし、アミダが中に入ってきた。その手に握られているのはいつものブランデーのボトルと氷が入ったグラス。

 

「あまり根詰めてちゃ、身体に悪いわよ」

「ああ、アミダ。済まねえな」

「で、どうたったんだい? 親父さんとの話は」

「鉄華団についちゃ問題は無いな。大事な弟分なんだからな、仕事にあぶれるような真似はさせねえよ」

「相変わらず面倒見がいいねぇアンタは。………ついでにアタシらの面倒もそろそろ見てもらいたいんだけどねぇ」

 

 ぎくり、と思わず名瀬の背が若干跳ね上がった。ここ最近は鉄華団絡みの騒動が続いたせいで、嫁たちの相手を全くしていなかった気がする。

 

「………つ、ついでってのは良くねえ言い方だな。俺はいつだってお前らを最優先に考えてただろうが」

「じゃあアタシとラフタとビルトにエーコに………最近ほったらかしにされて、皆、我慢に我慢を重ねてさ………」

 

「は、はは。お手柔らかに頼むよ」

 

 

 鉄華団のことといい、嫁たちといい、今夜はおちおち眠れそうにないな………。名瀬は内心嘆息するが、そんな慌ただしい日常もひっくるめて、今を心行くまで楽しむことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「あ………」

「うむ? どうかしたかの?」

「い、いえ。月が………」

 

 開け放たれたふすまの向こう。ニホン庭園と呼ばれる、自然石と草木を組み合わせた、質素ながら独特の美しさを持つ庭園から少し視線を上げると、満月がほのかに夜空を照らしていた。

 厄祭戦によって表面が激しく削られ、この地球から見ても歪み霞んで見える月だったが………それでも、丸い球体であった時と変わらぬ美しさを保ち続けているかのよう。

いつものドレスから、美しい和服に身を包んだクーデリアはしばし、その庭園と満月の幻想的な光景を見つめていた。蒔苗老は、ほほ、と笑いかけながら用意されていた盃に、酒を注いで一口呷る。

 

――――ここは、エドモントン市内にある高級料亭〝弦月〟。人口が密集する市内でありながら広大な敷地を持ち、その中央にはミレニアム島での館に似た木造様式の拡張高い建物。蒔苗老のような政財界の著名人、上流階級のさらに頂点に位置するような人物でなければおいそれと立ち入ることすらできない、格調と威厳高い料亭だ。

 

 美しい、〝和服〟と呼ばれる日本列島伝来の高級衣に身を包んだ女将が、蒔苗老とクーデリアが通された和室を訪れ、座卓の上に、漆の食器に盛りつけられた、これまた美しい料理を置いていく。

 

 

「おいでやす、蒔苗先生。ここ最近はずっとお見えになりませんで、ファリド家関係の方ばかりおいでになっておりましたもので………」

「ほっほ、迷惑をかけてすまなんだなぁ。だが、もう安心せい。こうして代表に返り咲いたからには、ギャラルホルンの若造どもにこの〝弦月〟を好きにはさせんわい」

「まあ、心強いですこと。ギャラルホルンの貴族の方々ときたら、それはもう信じ難い程に無作法な方ばかりで、かのイズナリオ・ファリド様もお見えになりましたが、可哀想に、あんな小さな少年を膝に乗せて………私は、無作法でございましょう? とイズナリオ様にお咎め申し上げたのですが………」

 

 

 女将の注ぐ酒を、心地よさげに呷る蒔苗老。しばし会話は二人に任せつつ、クーデリアは料理に手を付ける前に、もう一度美しい満月を見上げた。

 

 

 鉄華団が火星への帰途について1ヶ月。そろそろ、三日月たちが火星に戻ったころだろうか。

 これから、火星も慌ただしくなる。火星ハーフメタルの規制解放により、ハーフメタルの産出量は一気に増えることになるだろう。需要も十分にある。雇用が創出されれば貧困の解消にも繋がり、新たな産業への道も開ける。

 

 少しずつ、一歩ずつ着実に、火星は貧困から脱していくのだ。

 

 見上げる満月に、何故か三日月の姿を重ね合わせてしまい、まるで彼が見守ってくれているような感覚に、クーデリアは自然と笑みをこぼした。

 

「ここの景色が気に入ってくれたようじゃの」

 

 面白がるような蒔苗老の言葉に、ハッと我に返ったクーデリアは気恥ずかしげにはにかんだ。いつの間にか女将の姿はなく、和室には蒔苗とクーデリアの二人きり。

 

「す、すいません……。火星ではなかなか見れない光景なので」

「なに、構わんよ。歪んで霞んでしまったが、それでも月の美しさは今も昔も変わらん」

「そうですね。この度は素敵な所にお招きいただいて」

「これから忙しくなるからのぉ。明日にはワシの正式なアーブラウ代表就任式。それに合わせた火星ハーフメタルの規制解放宣言。各経済圏主要企業とのコンベンション。やることは山積みじゃ」

 

「………はい。私にとっての戦いは、これから始まるのだと心得ています」

 

 火星ハーフメタルを、ただ規制解放するだけでは駄目だ。

 採掘し、加工し、流通に乗せて初めて利益を生み出すことができる。火星での採掘、一次加工体制の確立、流通経路、主要な消費地となる地球での販売網の構築など、やるべきことはたくさんある。テイワズやモンターク商会とのパイプも厚くし、火星がより多くの利益を得られるように立ち回ることも。

 それに、

 

 

「地球での段取りが済んだ後は、火星で直接ハーフメタル事業に関わろうと考えています。今フミタン………私の友人に火星での手はずを整えてもらっている所です」

「ほう。………今のお主ならクリュセの政界に打って出ることも夢ではないと思うが」

 

「いずれは。ですが今はその時ではありません。実際の経済や事業に触れ、そこで働く人々を身近にしてこそ見えてくる世界があると思います。実体験を通じて私は火星をより良い世界にしたい」

 

 ほう………と蒔苗は目を細め、クーデリアをじっと見やった。

 だがそれも数秒。すぐに手元の盃を取り上げ、「ほっほ………」と好々爺の顔に戻る。

 

「なれば余計に、今のうちに英気を養っておかねばな」

「はい。いただきます」

 

 二人はしばし、格調高い料理の数々に舌鼓を打った。

 

 これからクーデリアは火星の人々のために行動し続ける。

 今までの漠然とした「火星の人々」「火星の子供たち」の虚像のためではなく、この目で見、肌で触れた火星に住まう者たち………三日月やアトラ、オルガや鉄華団の子供たち、農園の桜お婆ちゃんやクッキー、クラッカーたちのために。

 

 

 

 静かに決意を固めるクーデリアを、庭園を照らす満月がじっと見つめているかのように、淡く輝いている。

 

 

 

 

 



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4-1.火星の牙





▽△▽―――――▽△▽

 

「では、契約書データの確認と署名をお願いします」

「分かりました」

 

 火星、クリュセ市にあるオフィスの一室。

 簡素ながらも品のある応接室で、ビスケットは手渡されたタブレット端末をスクロールして〝契約書〟の内容を確認した。

 

 ビスケットに正対するように、ビスケットの反対側のソファに座している女性………フミタン・アドモスも同様に端末に視線を落としてタブレット用ペンで表示をスクロールさせていく。

 

 

 契約書の内容は―――――ハーフメタル採掘事業における鉄華団のハーフメタル部門と、フミタンが立ち上げ中のハーフメタル事業組織の資材・人材提携契約について。

 

 

 契約書データの精査が終わり、ビスケットは同行してもらった団員に【BISCUIT GRIFFON】の署名を入力したタブレット端末を渡す。フミタンも、部下であるスーツの男性に自分の端末を託した。

 団員とスーツの男が、それぞれの端末を交換して内容を確認。面倒この上ない手順ではあるが、ビジネスではこういった手順一つとっても会社としての品格に関わってくるので無下にはできない。

 

 やがて、確認を終えた団員とスーツの男はそれぞれ頷き合った。

 

「確認しました」

「こちらも確認完了です」

 

 フミタンが立ち上がり、ビスケットも慌ててそれに続いた。そして、差し出されたほっそりとした手を慎重に握りしめる。

 

「あ、ありがとうございます、フミタンさん。お陰で僕たち鉄華団も本格的にハーフメタル採掘事業に関わることができます」

「お礼を申し上げるのは私の方です。優秀な人材の確保は喫緊の課題でしたので」

 

「僕たち鉄華団からは人材を。フミタンさんの………アドモス商会からは機材と専門家を。お互いにとって利益のある契約ができたと思います」

「同感です。ですが、『アドモス商会』はお嬢様がお戻りになられるまでの暫定的な名称ですので、後日正式名称をお伝えします。そちらは鉄華団………いえ、新たにハーフメタル事業部門となる子会社、〝鉄華団ハーフメタル〟でしたね?」

 

 はい! とビスケットは力強く頷いた。

 いつかはまっとうな商売だけでやっていく………オルガとの約束、その第一歩として鉄華団の下に、新たにハーフメタル採掘事業を専門とする子会社を設立することに決めた。名は、〝鉄華団ハーフメタル〟。代表はビスケットが務める。

 志願した年長、年少の団員や、一度はCGSを離れた元少年兵にも声をかけて、それでも総勢19名の小さな会社だ。

 だが阿頼耶識持ちで重力下・無重力下を問わずモビルワーカーを扱うことができ、体力にも自信がある者たちばかり。先日の火星ハーフメタルの規制解放により需要過多で労働力が払底し始めた今、新たに事業を立ち上げるアドモス商会の即戦力になれるはずだ。

 

 

「ビジネスとは信頼が命です。一刻も早く、他社に先んじてハーフメタル採掘・加工・流通体勢を整備し、地球圏での顧客の信頼を勝ち取る。これが軌道に乗ればあなた方鉄華団の主要な事業となる日も遠いものではないでしょう」

「ですね。これから、よろしくお願いします」

 

 

 フミタンとビスケットは早速、今後の採掘計画について話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 桜農場は、火星トウモロコシの収穫時期を迎えた。

 広大な農場の一角では早速、桜農場唯一の古いトラクターを使った機械による収穫が始まり、その後、機械では取り切れずに残ったトウモロコシを人力で収穫していく。

この時期には桜ばあちゃんや、クッキー、クラッカーの幼い姉妹では到底人手が足りず、CGS時代から少年兵たちが手伝いに来るのが習慣となっていた。農場は収穫期の人手が手に入り、少年兵たちは駄賃と、日頃食えない食材を持ち帰らせてもらえる。持ちつ持たれつの関係だ。

 

 特に三日月は、まだスラムにいた幼い頃からの縁もあり、暇さえあればしばしば農場を訪れていた。

 今日も、

 

「あ! 三日月だ!」

「みかづきー!!」

 

 せっせと地面に落ちたトウモロコシを拾い集めていたクッキーとクラッカーが、あぜ道を歩いてくる三日月の姿に気が付き、駆け寄ってきた。

 桜ばあちゃんも、停めたトラクターから降りて、

 

「何だい、怪我してるのに手伝ってくれるのかい?」

「うん。この身体じゃ、今俺にできる仕事ってこれぐらいしかないから」

 

 片腕を包帯で吊るす三日月を怪訝な表情で見る桜ばあちゃんだったが、当の三日月は平然としたものだ。

 

「それに、暇してる奴何人か集めたから」

「おーっす! ばあちゃん! 元気してたかぁ?」

 

 シノを始め、年長年少合わせて10人程度の団員がトラックや貨物用モビルワーカーからワラワラ降りてきた。

 

「「シノーっ!!」」

「よぉ! クッキーにクラッカー! 見ないうちにデカくなったなぁ」

「シノもでっかくなったー!」

「いつものやってー!」

「よっしゃ! しっかり掴まって………うおりゃーっ!!」

 

 シノのがっしりした腕に幼姉妹がぶら下がり、そのままシノは持ち上げたり走り回ったり。キャーキャー! と腕にぶら下がったままいとけなく喜ぶクッキーとクラッカーの様子を、三日月は少し頬を緩めて見守っていた。

 

「ビスケットも来れれば良かったんだけど、仕事だから」

「ようやるよあの子も。嫁に似たのかねぇ。………これあんたたち。仕事する前に暴れてへばっちゃ元も子も無いんだから、元気なうちにさっさと始めちまうよ!」

 

 桜ばあちゃんの言葉に「「「「はーいっ!!」」」」とクッキー、クラッカーも団員たちもいつものように元気よく応えた。

 

 

 

 

「よっしゃ! デカいの見っけ!」

「俺も!」

「俺の方がでっけぇ!」

 

「埋まった籠からどんどん積んでけよー!」

「モビルワーカーこっちに寄せてくれよ! 一気に運んじまってから………」

 

 数時間かけてすっかりトラクターで収穫され尽くした畑の一角で、少年たちは広い畑中に散り散りに、機械で取り切れなかったトウモロコシを拾い集めて回っていた。拾ったトウモロコシの半分を持って帰っていいことになっており、今日の晩飯のためにせっせと膝を土で汚して、背の低い幹に成っていたり、土に埋もれていたトウモロコシを掘り起こしていく。

 

 

 そんな中、久々の手伝いですっかり足場の感覚を忘れてしまったシノが、

 

「う、おわっと!?」

「足下気を付けてねシノ。結構デコボコしてるから」

「ああ三日月。けど、こんだけ広いと今日中にゃ終わらねーな」

「全部終わらせようと思ったら、1ヶ月ぐらいかかるだろうね。機械は桜ばあちゃんが持ってるあれ一台だけだから」

「へぇ」

 

 桜農場はとにかく広大だ。鉄華団の基地など何個でもすっぽり入りそうな面積全てがトウモロコシ畑になっているのだ。だが、火星トウモロコシの主な出荷先はバイオ燃料の精製業者で、途方もない安値で買われてしまい農家にほとんど収入が入らないのが実情だ。

 

 だからこそ、わずかな駄賃と火星トウモロコシを持ち帰らせるだけで手伝いに励んでくれる子供たちは、桜ばあちゃんのような零細農家にとってかけがえのない労働力であった。

 

「でも、オルガがもうすぐ新しい機械を入れてくれるって。ギョームテイケーがどうとか言ってたけど」

「ギョーム?? ま、さっさと終わらせて昼飯にしちまおうぜー」

 

 今は、気候が安定している火星でもそれなりに暑くなる時期で、燦々とした太陽の下で日陰もなく団員たちは額に汗かいて畑仕事に精を出す。

 その甲斐あってか、瞬く間に畑の一区画がすっきり収穫されつくして、「次行くよー」の桜ばあちゃんの号令の下、三日月らは次の場所へと籠を抱えて歩いた。

 

 と、

 

 

「ん?」

「どした? 三日月」

「あの車………」

 

見慣れない車が一台、舗装されていない道の土煙を舞い上げながら猛スピードでこちらへと向かってきた。

 

「お前らー! 車来るからさっさと渡れよーっ!」

 

 声を張り上げるシノに、うーっす!! と団員たちは小走りに籠を抱えて道を挟んだ向こうの畑へと急ぐ。

 がその時、「わっ!」と最後に渡っていた年少の団員が一人、小石に躓いて転んでしまった。

 おいおい、とシノが引き返してその団員を抱え起こした。

 

 

 

 

「大丈夫かぁ? 気ぃつけねーと………」

「シノ!!」

 

 

 

 

 まだ幼い年少の団員とシノが道の真ん中に残っているにも関わらず、車がブォン!! とエンジンを吠えさせ、加速して突進してきたのだ。

 きゃあ! と双子が悲鳴を上げて

 

「「あ、危ない――――――――っ!!」」

「うおあぁッ!?」

 

 咄嗟にシノは団員を小脇に抱えて道の端へと飛び込む。

 間一髪。すんでの差で車は一瞬前までシノと団員がいた場所へと突っ込み、そこで急ブレーキをかけてようやく停止した。

 

「シノ! 大丈夫か!?」

「シノさんっ!」

「お、俺は大丈夫だぜ。こいつも。………おいこらッ!! 前見てねえのかよ、危ねェじゃねえかッ!!」

 

 その時、バン! と荒々しく車のドアが開け放たれ、黒いジャケットを羽織った男が2人、運転席と助手席から降りてきた。こちらに振り返る前に一瞬見えたジャケットの背に、動物の牙のようなエンブレムがあしらわれているのを三日月は見逃さなかった。

 

「あいつら………」

 

 

「おうおうッ!! クソガキがいっちょ前の口聞くじゃねえか」

「そっちこそ車にぶつかってよォ! 車が凹んじまったら弁償できんのかァ!? お前ら全員デブリにして売っちまっても足りねえんだけどよォ!」

 

 小太りの男と、全身ジャラジャラと装飾品だらけの男。

 人相の悪いその二人がズカズカと、道に転がっていたトウモロコシを踏み潰して三日月らの方へと詰め寄ってくる。

 

「お前らよォ、まさか俺らが〝マーズファング〟ってェ分かっててそんな口聞いてるじゃねえだろうなぁ?」

「へっ! 今なら全員で土下座して謝ってくれりゃ大目に見てやるよ。それとも、2、3人デブリにして売っちまうかァ!?」

 

 装飾品だらけの男の手が、青ざめた表情で立ちすくむ一人の年少の団員へと伸びる。

 だがその腕を次の瞬間、三日月の手が掴み止め、三日月は無表情のままその手に力を込めた。

 ギリギリと………三日月の怪力に掴まれた男は振り払おうと身をよじったが、ピクリとも動かせない。

 

「んで!? で、でででででェっ!?」

「おいッ! このクソガキャ!!」

 

 もう一人、小太りの男が三日月に殴りかかろうとする。三日月は動かない片腕を吊るしており、その手で受け止めることはできない。

が、ひょいと身をかわして男の拳は空回りし、三日月はつんのめったその男のケツを片足で蹴り飛ばした。

 

「ぶぇ!? こ、このガキ………!」

 

 頭から無舗装の道に突っ込み、乾いた砂まみれの恰好で起き上がった小太りの男は、次の瞬間、内側の胸ポケットに手を突っ込む。

 そして引き出されるその手に握られていたのは―――黒光りする1丁の拳銃。

 

「死ねェ―――――――ぎゃ!?」

 

 だが、男が血走った目で引き金を引き絞る寸前………男の頭にガン!! と太い鉄パイプが振り下ろされた。男は目をひん剥いた表情で、地面に伸びる。

 

 

 

 

「あたしの畑でそんな物騒なモン振り回すんじゃないよ」

 

 

 

 

 鉄パイプの持ち主―――桜ばあちゃんは呆れた表情で、伸びたままの小太りの男を見下ろし、次いで装飾品だらけの男を睨みつけた。ひ!? と怪力で腕を掴まれている激痛をも忘れたように、男が裏返った悲鳴を上げる。

 

「は、離しやがれクソガキ! クソババァッ!! 俺たち〝マーズファング〟にこんなふざけた真似しやがって、どうなるか分かって………」

「あ?」

 

 その瞬間、周囲の温度が下がった………気がした。

 クソババ………昔、当時年少だったユージンという団員がふざけた桜ばあちゃんをそう呼んでしまい、その数分後にその子がどのような目に遭ったが、当時を知る三日月やシノは思い出す。

 

 桜ばあちゃんの―――鬼の形相を目の当たりにした男は、

 

「ひ、ひぃ~っ!?」

「三日月、ちょっとそいつを抑えときな。少し灸を据えておかないとねェ」

「はい」

 

 珍しく従順に返答した三日月は、怪力を緩めることなく男の手を捉え続ける。

 振りほどこうにも叶わず、三日月を殴ろうにも怪力の激痛で力が出ず、ザッザッ……と鉄パイプを片手に近づいてくる桜ばあちゃんを前に、装飾品だらけの男には逃れる術は無い。

 

 

 

 数分後。

 

 

 

「それじゃ、この男と車、街に置いてきな」

「は、はいっ!」

「分かりましたっ!!」

 

 自動車を運転できる年長の団員が2人、緊張した面持ちに加えギャラルホルンもかくやという直立で応え、その足下に転がされた――――鈍器のようなものでボコボコにされ伸びきった男二人を引きずって、車の荷台に押し込む。

 その後に運転手である団員を回収するためのモビルワーカーが続き、2台は法定速度ピッタリで街へと走り去っていった。

 

 

 桜ばあちゃんを甘く見るとどうなるか、年少の団員にもよく分かったことだろう。年少組にとっての大人たち、これまで年少の子供でも虐めてきたハエダやササイとは………格が違う。

 

 

「何ボーっとしてんだい。まだ仕事は残ってるんだよ」

「「「「「「はい!!!!」」」」」

 

 

 団員たちは大慌てで畑へと飛び込んでいく。

 三日月もそれに続こうとしたのだが、

 

「待ちな三日月」

「はい」

「………柄にもない態度してんじゃないよ。あの〝マーズファング〟ってのは面倒くさい相手なのかい? これまであんな連中がここに来るなんてことなかったんだけどねぇ」

 

「俺たちの間じゃ結構有名な傭兵会社だよ。CGSなんかよりもずっとデカい。まあ、悪い噂も多いけど」

 

 

〝マーズファング〟というCGSと同じような仕事をする業者の名前は、三日月もよく知っていた。何度か一緒に仕事をしたこともある。新しめのモビルワーカーに兵士も多いが、CGSの一軍のようなクソみたいな大人しかいなかったのを三日月はよく覚えていた。結局前線は参番組のような少年兵にやらせて、自分たちは後ろにいるだけだった。

 

だが、確かCGSと違って少年兵は使ってなかったはずだ。

 

 

「やれやれ………。自警団呼んで、しばらく警備についてもらうとしようかねぇ」

「いいよ、オルガに頼んでしばらく何人かでここを守らせるから。今の俺たちならマーズファングとも十分やり合えるし」

 

 農家同士で銃器程度を持ち寄ってできた自警団程度では、万が一向こうがモビルワーカーでも出してきた時に太刀打ちできない。

 それに、農場手伝いは鉄華団にとって大事な収入源だ。オルガが放っておくはずがない。

 

 

「つくづくアンタたちも、よく面倒事に巻き込まれるみたいだね」

「それが仕事だから」

 

 三日月はおくびも見せずに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「ほらほら! 夜には歳星から〝バルバトス〟が届くんだから! さっさと〝ランドマン・ロディ〟の調整終わらせてスペース空けるよ!」

 

 発破をかけるフェニーに、うっす!! と整備班の団員たちが唱和して応えた。

 鉄華団火星本部基地。その地上部分に建てられたモビルスーツ格納庫にて。

 ブルワーズから鹵獲し、エドモントン戦や先のオルクス商会との戦いでも活躍した〝マン・ロディ〟は、テイワズに発注したロディ・フレーム用地上活動ユニットを取りつけ―――――〝ランドマン・ロディ〟として生まれ変わりつつあった。

 今は鉄華団の手元にある5機だけだが、さらに5機……オルクス商会から賠償金として譲渡されたロディ・フレームを歳星でも改修し、こちらも〝ランドマン・ロディ〟として〝バルバトス〟と共に火星に降ろされる手はずとなっている。これで、鉄華団の保有モビルスーツ総数は13機を数える。

 

「フェニー! 俺に用があるって聞いたんだけど」

 

 ガンガン! と騒がしい格納庫の中に飛び込み、俺は作業の陣頭指揮を取るフェニーに声をかけた。

 

「あ、やっと来たのね。〝ラーム〟をちょっと外に出しといて欲しいんだけど。もうすぐテイワズから〝バルバトス〟と追加の〝ランドマン・ロディ〟が届くからさ」

「〝バルバトス〟、修理終わったんだな」

「ふふん。テイワズの新型パーツで組み立てた最新仕様よ。予算をマクマードさんが肩代わりしてくれたから………歳星整備長の最強仕様よ!」

 

 そういや、フェニーは歳星整備長の直弟子なんだっけか。得意げなフェニーからタブレット端末―――原作アニメでは登場しなかった第7形態にあたる〝バルバトス〟の新形態図―――を受け取って目を通してみる。

 

 いや、名前欄をよく見れば〝BARBATOS〟の名前に続いて―――――〝LAMINA〟の文字が。

 

 

「バルバトス………ラーミナ?」

「歳星でしか錬成できないモビルスーツ用太刀二振りを主武装にした、近接斬撃特化のモビルスーツよ。射撃管制システムも最新型に置き換えたから、武装を持ち替えれば射撃戦でもバッチリ活躍できるわ」

 

〝ルプス〟の前に〝バルバトス〟はこう変わるのか………

 

「んじゃ、〝ラーム〟移動させてもらえる? あと隣の〝ランドマン・ロディ〟も、最終調整まで終わらせたから」

「ん。了解」

 

 モビルスーツ格納庫は整備班の団員ばかりだったが、アストンやビトー、クレストといったパイロットの姿はどこにも見当たらなかった。

 キャットウォークを駆け上って、愛機〝ラームランペイジ〟のコックピットへ。二重装甲でしっかり着膨れした青いモビルスーツを、俺は素早くシステムを立ち上げて動かした。

 

 整備班の退避を確認して格納庫の外へ。隣の空いた空間へと〝ラーム〟を歩かせて、安全な駐機のために機体を跪かせる。いちいち阿頼耶識に繋がずともこの程度なら一切問題ない。

 

 

 それにしても――――〝バルバトスラーミナ〟か。「ラーミナ」とは、ラテン語で「刃」の意。

三日月は太刀を振り回すのが得意じゃないと言っていたが、先のオルクス戦を見る限りその扱い方にはバッチリ習熟している。エドモントンでの〝キマリスガエリオ〟との戦いで開眼したのは間違いなかった。

 

 きっと、原作では観れなかった新しい戦い方を見ることができる。もしかしたら〝ルプス〟や〝ルプスレクス〟への影響も………

 

 

「……んん?」

 

 

 新しい〝バルバトス〟に思いを馳せていると、基地に続く道を一台の車が走ってくるのが見えた。いつか地球で蒔苗老を乗せた、鉄華団の装甲車だ。元は地球で入手したものだが、火星まで持ち帰って社用車として使用していた。

 

「そういや、ビスケットがクリュセに行くって言ってたな………」

 

 一仕事終えて基地に戻ってくる所なのだろう。

 だが………それにしてはやけに、車の速度が速すぎるような。

 

 しかし、車は基地前の検問でしっかり停車。守衛係の団員がゲートを開けると、ゆっくり中へと入ってきた。

 俺も、〝ラーム〟のメインシステムをオフラインに、コックピットから地上へと降りる。

 

 と、車は決められた駐車場ではなく、敷地の半ばで急停車。助手席からビスケットが慌てた様子で降りてきた。こんな様子は始めて見た気がする。

 

「な、何かありましたか? ビスケ………」

「か、カケルさん! 団長は!?」

「え? 確か今は団長室―――――」

 

 ありがとう! それだけ言うとビスケットはバタバタと建物の中へ駈け込んでいった。横に広い図体の割には結構機敏に動くんだな………なんて失礼な感想は置いといて、

 

「な、何なんだ一体………?」

 

 

 その後。全体放送で団長室に呼ばれた俺はその原因と、事態の重大さを知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………〝マーズファング〟?」

「この辺りじゃ一番デカい民間警備会社だ。兵士だけで500。モビルワーカーも優に100台以上。モビルスーツを持ってるって噂もある」

 

 放送で集まった俺に、昭弘、ユージン。それに桜農場から戻ってきた三日月やシノを前に、オルガは神妙な顔つきで口を開いた。ビスケットの表情も心なしか緊張している様子。

 

 俺の問いかけに答えたオルガを引き継ぐように、今度はビスケットが、

 

「CGSみたいに少年兵を使ってない。訓練された大人だけの警備会社なんですが………火星中のゴロツキが集まってて、とにかく評判が良くないんです」

「CGSの頃に何回か一緒に仕事したことがある。雇い主が違ってぶつかったこともな。味方にすりゃ捨て駒にされ、敵にすりゃ数で潰しにかかってくる。ロクな相手じゃねえよ」

 

 昭弘、ユージン、シノ、それに三日月を見回してみても、一様に厳しい表情だ。少なくともまっとうで善良な組織ではないことは確かだ。

 それに、

 

「そういや、農場でも奴らに会ったよ」

「何!? 本当か三日月?」

「うん。年少組にちょっかいかけようとしたから、追い払った」

「俺たちのこと、見張ってるのかもしれねえな………」

 

 農場から東に行った小高い丘の上、遠くに鉄華団の基地が一望できる場所がある。団員の哨戒ルートから遠く離れているから、基本目につくことはない。

 

「ビスケットさん。〝マーズファング〟が襲ってくるって情報はどこから?」

「アドモス商会、フミタンさんからです。俺たち鉄華団を潰すために地球からモビルスーツを取り寄せたって。それも大量に………」

「地球から?」

 

 火星でモビルスーツを調達しようと思えば、厄祭戦時代のモビルスーツ…ロディ・フレームやヘキサ・フレームのレストア・販売を専門としている圏外圏の業者か、テイワズ製のモビルスーツを購入するのが一般的だ。それを、わざわざ地球からというのは………

 

 

「………ギャラルホルンの〝ゲイレール〟か」

「え?」

「俺たちが散々やり合った、ギャラルホルンの〝グレイズ〟の前世代機だ。マーケットで手に入る機体の中で一番新しく、性能も高い。ギャラルホルンから退役した機体が地球圏でスクラップ処分されずに横流しされてるって話は聞いたことがあるが………」

 

 原作知識と、それに脳の情報チップから検索したデータから、俺はそう結論づけた。

 

「圏外圏からじゃなくて地球からモビルスーツを取り寄せようとしているのなら、ギャラルホルン製の旧式機である可能性は高い、と思います。団長」

「ああ。だが、何にせよ突っかかってくるなら………潰し返すしかねぇ」

 

 オルガの言葉に「おうよッ!!」とシノが豪快に応え、昭弘も小さく頷いた。

 

「今の俺たちにもモビルスーツはある………!」

「ああ。今日中に〝バルバトス〟と〝ランドマン・ロディ〟も戻ってくるからな。今ウチにあるモビルスーツを合わせたら―――計13機だ」

 

「へっ! 何だよ、俺たちの方が圧倒的に有利じゃねえか。むしろ、今から俺たちの方が攻めにいってやるかぁ?」

 

 シノはそう笑い飛ばしたが、ビスケットは持っていた端末を団長室のテーブルの上に置いた。

 

「でも、そうも言ってられないかもしれない。これを見て」

 

 ビスケットはタブレット端末を起動し、一枚の画像を呼び出した。

 それは―――広大な空間、おそらくモビルスーツ格納庫だ。左右にびっしり、もビスルーツが整列して並んでいた。

 

「フミタンさんから、〝方舟〟にあるマーズファングの格納庫の隠し撮り写真をもらったんだ」

「あの人、ホントすげぇな………」

「形状からして、〝ゲイレール〟と、一部は〝ゲイレール・シャルフリヒター〟か………」

 

 それにしても、相当数並んでいる。合計………

 シノが指さして数え、

 

「えーと………ひー、ふー、みー……片側10機の2列だから………ってぇ!? に、20機ィ!?」

「……滅茶苦茶だな」

「どうやって手に入れたんだよ………」

 

 今後の運用を度外視して全機をぶつけられたら、厳しい戦いになることは間違いない。

 ギャラルホルン製のモビルスーツは操縦サポートシステムが整っており、簡単な習熟訓練だけですぐに形程度には戦うことができる。1期で昭弘が〝グレイズ改〟を操ったように。

 

 今、鉄華団の手元にあるモビルスーツは、俺の〝ラーム〟と〝グシオンリベイク〟。それに火星で改修した〝ランドマン・ロディ〟が5機の、計7機。

 ドルトコロニー、地球軌道上、ミレニアム島、そしてエドモントンでギャラルホルンの大軍と戦ってきた俺たちだが、だからと言って事態を楽観することなどできるはずがない。

 

 だが、ふと見るとオルガは「ハッ!」と口元を笑みに曲げて、唐突に立ち上がった。

 

「ちょうどいいじゃねえか。この火星でドコが一番の会社か、ハッキリさせるいい機会だ」

「ま、まさかマーズファングと真正面からやり合う気!? ちょ、ちょっと待った! まだ交渉の余地は―――――」

 

「無いと思います」

 

 オルガを押し留めようとしたビスケットに、俺は静かに言い放った。「へぇ……」と意外そうな表情のシノにユージン。昭弘、それに三日月もジッとこちらを見つめてくる。

 

「マーズファング、とかいう組織が今後の運用を度外視して20機ものモビルスーツを調達した時点で、対立する組織……俺たち鉄華団を潰す意思があることは明らかです。そうでなければマーズファングは大量のモビルスーツを仕入れたコストをペイできない。交渉で解決できる余地があるなら、こんな過激で、会社をコストで傾けるような危険な真似はしないはずです」

 

「そ、それはそうですけど………」

 

「それよりも、すぐに迎撃態勢を整えるべきです。フミタンさんからの情報が確かなら、いつそのマーズファングが攻めて来てもおかしくない。もし、交渉ができるとしたら、最初の攻撃を退けた時………マーズファングが調達したモビルスーツ隊を撃破し、俺たちの武力を誇示してからの方が」

 

「決まりだな―――――ミカ!」

 

 まずオルガは、三日月の方に振り返った。三日月も頷いて、

 

「何をすればいい? オルガ」

「すぐにおやっさんと〝方舟〟に飛んでくれ。谷沿いの裏道を通ってな。あそこならそう簡単に追跡されることはねぇ。カケルと昭弘はすぐにモビルスーツ隊を準備させてくれ。細かい指示は追って伝える。シノ!」

 

「おうよッ!!」

 

「モビルワーカーと人手を集めておいてくれ。頼みたいことがある。ビスケットもいいか?」

 

 向き直ったオルガに、ビスケットは「仕方ないね」といつもの苦笑を見せた。オルガもいつものようにニッと笑いかけて、

 

「圧倒的多数を相手にする、正直、真正面から戦ったらこっちも被害は避けられない。敵を倒しつつ、こっちに被害がなるべく出ねぇ作戦を考えてくれ」

 

 

 ビスケットはこくり、と頷いた。

 そして最後に、オルガは全員一人一人を見回す。

 

 

「それじゃあお前ら。こいつは………俺たちがさらにのし上がるのに絶好のチャンスだ。必ずモノにして、どこの誰がクリュセで一番か、ハッキリさせようじゃねえか!!」

 

 

 

 応ッ!!! と俺たち全員の唱和が一致した。

 

 

 

 

 



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4-2.

▽△▽―――――▽△▽

 

 マーズファング。

 

 火星、クリュセ市では最大規模の民間警備会社。兵士500名を数え、モビルワーカー保有数は100台以上。これほど大規模な民間警備会社はクリュセや、火星全土でそう例は無い。

 他の火星都市にも支社を持ち、業務達成率の高さから各都市自治政府の覚えもめでたく、独立運動活発化による治安の悪化を背景に、着実に成長しつつあった。

 

 だが………

 

 

『――――既にご存じの通り、〝鉄華団〟と呼ばれる新興の組織が、クーデリア・藍那・バーンスタインを地球へと送り届け、火星ハーフメタルの規制解放の立役者となり火星へ帰還しました。先日の発表からまだ間もないですが、いずれ鉄華団は火星中に知られた民間警備会社となるでしょうねぇ。それが、貴方が一代で築き上げた〝マーズファング〟の隆盛にどれだけの影を落とすのか………』

 

「フン。所詮はガキどもの寄せ集めに過ぎんよ。まあ、分不相応なモビルスーツ戦力を持っているのは確かに厄介だが。貴様からの贈り物が役に立ちそうだ」

 

 

 クリュセ市から遠く離れた荒野の一角にある、民間警備会社〝マーズファング〟本社基地。

 巨大な基地施設に、慌ただしく行き来するモビルワーカー。それに、居並ぶモビルスーツはEB-04〝ゲイレール〟。1機1機の右肩にマーズファングのエンブレム………赤い牙の紋様が施されていく。それがEB-04jc4〝シャルフリヒター〟も合わせ、計20機。

 モビルスーツの威容をも見下ろせる社長室にて。代表取締役社長ディラス・ホライゼンは、通信用タブレット越しの相手に軽く鼻を鳴らした。筋肉質な巨体を高級感のある椅子へと沈め、横目でタブレット端末を見やる。

 

 

「全く、受け取っておいてこの言い草は悪いが、よくあれだけのモビルスーツをかき集めてきたものだ。しかもギャラルホルン火星支部に知られない形で内密に。利害の一致とはいえ、よほど鉄華団に恨みがあるとお見受けするが」

 

 

『地球の、さる筋より入手しました〝ゲイレール〟が20機。是非とも御社の躍進のためお役立ていただきたい。経過はいかがでしょうか?』

 

「モビルスーツ戦の手練れを集めている所だ。20機全員分とはいかんがな。旧CGSの兵士だった連中ウチで再就職させて、奴らの施設・戦術の情報も丸裸だ。それに、向こうは半数近くのモビルスーツがまだ宇宙にあるらしい。戦力が分かれている今が奇襲の好機だ。―――――今日の夜、仕掛ける」

 

『了解しました。鉄華団は私にとっても目障りな相手。良い取引ができて幸いでございました。では、ご武運を』

 

 

 名も名乗らなかった通信相手の男――――マーズファングに20機ものギャラルホルン旧型モビルスーツ〝ゲイレール〟を送ってよこしたその男からの通信が切れる。

 取引内容は至ってシンプルだ。お互い〝鉄華団〟という新参の組織を疎んじている。向こうはモビルスーツを流すことができるが直接手を下すことができず、こちらは直接仕掛けることもできるが十分なモビルスーツ戦力を持っていなかった。

 

 

 今、利害は一致し、後は鉄華団を叩き潰すのみ。

 

 

 ディラスは椅子にふんぞり返ったまま、社長室の半ばで直立している男たち……マーズファング幹部や旧CGSの一軍であった男たちに向き直った。

 

 

「聞いてたな野郎ども。2700に鉄華団に対して攻撃を仕掛ける。モビルスーツの方はどうだ?」

「はっ! 問題ありません。初めての連中も、基礎操縦訓練を終わらせました」

「よろしい。不慣れな連中から前に出す。………戦力は温存しないといけないからな」

 

 練度の低い奴を肉壁にして消耗する。いつものやり方に、モビルスーツ隊を束ねる男はニヤリと笑った。

 

「了解しました」

 

「奴らの基地の監視はどうなっている?」

 

 進み出たのは監視に出した兵士二人組だった。途中で鉄華団の少年兵と出くわしてしまい、返り討ちにあったそうだが。

 

「へ、へい! バッツォの隊を送りやした!」

「ネズミ一匹見逃しませんぜ!」

 

「次。施設の見取り図と奴らの戦術は?」

 

 へい、と兵士が一人、ディラスの前に出た。元CGS一軍の兵士で、少年兵のクーデターで射殺されたハエダ、ササイに次ぐナンバー3だった男だ。

 

「報告書の通り、元は厄祭戦時代の前哨基地を再利用して使っています。構造はココと大して変わりありません。戦術………と言ってもその場でガンガン行くのがガキ共の戦い方で戦術なんざ立派なモンはありませんぜ」

 

「だろうな。地球で上手くやったのも、テイワズの後ろ盾があればこそだろう。だがここは火星。テイワズがどんだけでけェっつっても、影響力はそう強くはねぇ。――――野郎ども! やれるな?」

 

 へい! と男たちは一斉に頷いた。と、元CGSの兵士がニヤリと下卑た笑みを浮かべて、

 

「事が終わった後は………ガキどもは好きにしていいんで?」

「当たり前だ。嬲るなり売るなり、好きにしな」

 

 

 これが、マーズファングの悪名高さ、そして兵たちの士気の高さの所以でもある。略奪、強姦、奴隷売買……ディラスは部下たちを抑えることなく、戦いが終われば好き勝手やらせていた。ディラス・ホライゼンについていけばそれなりの旨味がある。だからこそマーズファングに火星中のゴロツキが集まり、なおかつ高い業務達成率を誇るのであった。

 

 

「今回のヤマはヤバいが、その分旨味もデカい。どうやら俺たちのバックには………ギャラルホルンが付いたみたいだからな」

「〝ゲイレール〟を下ろすのにもほとんど顔パスでしたからねぇ」

「都合よく第3地上基地の連中も引きこもってるようで。ちょっとやそっとじゃ起きてこないでしょうよ」

 

 ギャラルホルンとしてはこの事態を静観する構えのようだった。ギャラルホルン火星支部としても、支部長を殺し、モビルスーツをも何機も撃破した鉄華団には相当な恨みを抱えていることだろう。公僕の干渉は心配しなくても良い。

 

 

「久々に、気兼ねなくひと暴れできそうだな………」

 

 

 眼下で整列する〝ゲイレール〟隊を見下ろし、ディラスは一人ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 地球軌道上――――――

 地球外縁軌道統制統合艦隊の母港である宇宙基地〝グラズヘイム1〟。

 

 ファリド家の後継者として、そして先の失態によって地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官の地位を退いたカルタ・イシューに代わり、マクギリス・ファリド〝准将〟は真っ新な状態で引き渡された執務室で、艦隊の現状に関する報告書に目を通していた。

 

 前司令官カルタ・イシューは極めて高潔な女性であり、火星支部とは違いマクギリスがどれだけ資料を精査しても汚職が疑われるデータは出てこなかった。強いて挙げるならば容姿端麗で家柄も良く、なおかつ腕も立つ士官を親衛隊員に取り立てて優遇したぐらいか。監査局の頃にマクギリスが監査したいかなる部署より、地球外縁軌道統制統合艦隊は発足当時の志の高い状態を保ち続けていた。

 

 報告書の確認は、次に装備の状態へと―――――その時。

 

 

『准将。例の男より通信です』

 

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官の任を引き継ぐにあたり副官として採用した、石動・カミーチェ二尉だ。近く一尉に昇進させることが内定している。実務・戦闘の両面で役に立つ優秀な男だがコロニー出身という生い立ちもあり、マクギリスが引き立てるまではコロニー駐留部隊の小隊長として、優秀過ぎるが故に冷遇されてきた。

 

 今はその才覚故に多くの権限を与え、そしてマクギリスと厄祭教団の繋がりを知る数少ない人間の一人でもある。

 

「そうか。繋いでくれ」

 

 短くそう命じると、画面が切り替わり一人の………黒いローブに、フードで頭を覆い隠した男が映し出された。例の男――――厄祭教団を率いるサングイス・プロペータだ。

 

『ご機嫌麗しゅうマクギリス様。地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官への栄転、心よりお慶び申し上げます』

「有難く礼を返そう、サングイス・プロペータ。例の件での通信か?」

『はい。マクギリス様にお手配いただきました〝ゲイレール〟が20機、無事に火星へと到着したようで。ギャラルホルン火星支部への重ねてのお手配とご配慮。厄祭教団として心よりお礼申し上げます』

 

「構わない。………だが何が目的だ? 何故そこまで鉄華団にちょっかいをかける?」

 

 その問いかけの瞬間、画面の奥で、サングイスの口元が笑みに曲がったように見えた。

 

『鉄華団は我々が目指す〝厄祭の世〟の象徴そのもの。彼らの下にガンダムフレームは引き寄せられ、その力によって彼らは――――かつてギャラルホルンがガンダムフレームの力で覇権を握ったように、火星……いえ、人類圏そのものを支配するに足る存在となる』

 

「厄祭の世の復活。力あるものによる世界の支配。君たち教団はその神話を自作自演しようとでもしているのか?」

 

『ご想像にお任せ致します。我ら厄祭教団はただ―――――ザドキエル様の教えに忠実であるのみ』

 

 

 向こうから通信が断ち切られ、画面は暗転した。

 マクギリスは執務室の席から立ち上がり、ふと足下……厚さ10メートルにも及ぶ強化ガラス製のフロア越しに見える、蒼穹の宝石の如き地球を見下ろした。

 

「鉄華団。そして………ガンダムか」

 

 

 その口元もまた、彼のように笑みに曲がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 鉄華団火星本部基地は、クリュセ市郊外の小高い荒丘の上に建っている。

 360度見晴らしは良く、およそ一時間おきに少年兵が周囲を見回っている。白昼堂々接近すればすぐに察知され、数分で迎撃態勢を構築されてしまうだろう。

 

 襲撃時間は自然と夜間に限られる。

 

 供与されたモビルスーツ〝ゲイレール〟のコックピット。

 前面モニターの向こう。鉄華団の基地はすっかり寝静まっていた。ロディ・フレーム系の重装甲モビルスーツが2機。屋外で座り込む姿勢で固定されており、稼働している様子はない。

 エイハブ・ウェーブの反応も基地内部に集中している。おそらく地下の格納庫だ。

熱心に周辺を警戒している気配も無い。テイワズが後ろ盾にあることで、すっかり油断しきっているのだろう。

 強襲を仕掛けるに理想的な状況だ。ディラスはほくそ笑んだ。

 

 

「いい子はおねんねって訳か。………では、そのまま永遠の眠りについてもらおうか」

 

 

 マーズファングの更なる躍進のために。邪魔な鉄華団には早々に退場してもらう。

 

『代表。全機、配置につきました』

 

 副官からの報告。「よろしい」とディラスは返し、背後の〝ゲイレール〟2機と〝シャルフリヒター〟2機へと乗機を振り返らせた。

 

「まずはモビルワーカーから。その後、第2から第4モビルスーツ隊を先行させ、敵を引きずり出す。お前たちの出番はその後だ。いいな?」

 

『ハッ!』

『訓練を終えたばかりの新米にゃあちと荷は重いだろうがな。………弾除けにはちょうどいい』

『俺たちも通ってきた道だ。振るいに掛けられて生き残った奴だけが熟練を名乗ることを許される。俺たちのようにな』

『まあ、しばらく高みの見物といこうじゃねーか』

 

 

 ディラス手ずから木星圏でスカウトしたモビルスーツパイロットが4名。木星圏という宇宙海賊が跳梁跋扈する危険地帯で今日まで生き残り、鍛え上げられてきた文字通りの熟練、モビルスーツ戦のプロフェッショナルたちだ。

 そして、ディラス・ホライゼン自身、かつては木星圏の傭兵、モビルスーツ乗りの一人だった。

 

 コックピット前面モニター、一部を望遠モードにすれば―――鉄華団基地目がけて四方からモビルワーカー、その後ろに5機ずつの〝ゲイレール〟が迫っているのがよく見えた。間もなくモビルワーカー、モビルスーツ双方の有効射程内に入る。

 

『各部隊より報告。配置につきました!』

「奴らの警備はどうなっている?」

『影も形も見えません』

 

 その報告に、ディラスの脳裏に一抹の違和感がよぎった。

 だが、すでに全機が配置についている。地雷の類があればモビルワーカーの射程内に入る前の地帯に敷設されているはず。

 

「まあ、所詮は戦を知らない素人のガキどもか………。ならば構わん! 撃てッ!! 撃ちまくって宇宙ネズミ共を埋め殺してしまえッ!!」

 

 

 その瞬間、四方に展開していたマーズファングのモビルスーツ、モビルワーカーから一斉に砲火が打ち出された。モビルワーカーはミサイルを、モビルスーツ〝ゲイレール〟隊は手持ち武器である110ミリライフルを。

 

 無数に撃ち出されたミサイル、砲弾の双方が鉄華団基地施設、そしてその周囲の丘に着弾して、高々と激しい爆煙と土塊、それに炎を舞い上げる。一斉着弾による壮絶な破壊音と衝撃波が、遅れてこちらにまで届いてきた。

 

『攻撃、全弾着弾しました!』

『迎撃、ありませんッ!!』

 

「―――――あァ!?」

 

 

 流石に首を傾げざるを得なかった。普通ならここで迎撃の砲火が上がるなりモビルワーカーやモビルスーツを上げてくるはずだ。

 だが、無数の砲火を浴びる中で基地は沈黙し続け、野晒しになっていた2機のモビルスーツも、砲撃に押し倒されたままピクリとも動かなかった。

 

 部下たちも事態に困惑し、

 

『敵基地、一切動きがありません!』

『まさか………逃げたのか!?』

 

 逃げた………こちらの動きを前もって察知して逃げたのか? 運び出すのに手間のかかるモビルスーツは捨て置いて?

 だが、こっちにはギャラルホルンの実質的バックアップがある。テイワズに駆けこまれたとしても、奴らが重い腰を上げることはあり得ない。

 一度奴らを追い払えば、報復される心配はほぼ無い。

 ディラスはニッと笑みを浮かべた。

 

 

「ふん………存外軟弱な連中なのだな、鉄華団というのは。――――なら構わん! 一気に押し入って基地を制圧しろ! 進軍ッ!!」

 

 

 ディラスの号令を受け、モビルワーカーと〝ゲイレール〟隊が前進し包囲網を詰めていく。地雷の類も、反撃の砲火もない。

 そうしているうちに、モビルワーカー隊が基地のゲートを突破して中へと押し入った。

 

『モビルワーカー隊突入しましたッ!』

『ガキどもは一匹もいませんぜ。ちっ! 根性無しが………』

『とにかく取れるモンは取っちまえよ! 地下の入り口を開けろッ!』

 

〝ゲイレール〟隊も四方を囲みつつ、坂を登って周辺を警戒する。周辺はどこまでも続く荒野で、異常があればすぐに気が付く。

 いよいよ、無血開城か。ディラスはようやく、勝利を確信――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その時、〝ゲイレール〟の1機が足をかけていた斜面が爆ぜ、機体は激しく舞い上がる土煙に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

「な!?」

 

 一気にエイハブ・ウェーブの観測数値が上昇していく。

 

『エイハブ・ウェーブの反応急上昇!』

『あれは――――――!?』

 

 

 舞い上がった土煙がようやく晴れた時、ディラスの目に映ったのは………内側から爆破されたかのように、ぽっかりと大きく口を空ける斜面。潰れた状態で無残に横たわる〝ゲイレール〟。

 そして、斜面の奥に隠されていたゲートからのっそりと現れたのは――――巨砲を腰だめに構えた蒼い……分厚い重装甲のモビルスーツ。

 

 

 その双眸が放った一瞬の輝きさえ、ディラスの目を釘付けにした。

 

 

 

 

 

 



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4-3.

▽△▽―――――▽△▽

 

「―――――はァっ―――――!」

 

 土砂で埋めたゲートの向こうにモビルスーツが5機。おそらくマーズファングの〝ゲイレール〟だ。まだこちらには気付いていない。

 俺は大きく深呼吸し………モビルスーツ発進用ゲートを塞ぐ眼前の土塊目がけて〝ラーム〟のガトリングキャノン、その砲口を突きつけた。

 

 そして土砂の向こうにあるエイハブ・ウェーブの反応目がけ、照準を合わせてトリガーを引き絞った。

 

 ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――!!! と周囲の空間すら激しく震わせるガトリングキャノン発射の衝撃。至近で直撃した土塊は一瞬にして砂煙へと姿を焼き変えられて爆発。

 

 ガトリングキャノンから撃ち出された100ミリガトリング弾の直撃。そして激しい爆発が土砂の向こうにいた〝ゲイレール〟を容赦なくスクラップへと変え、吹き飛ばす。

不意打ちによって無残に破壊された〝ゲイレール〟の残骸を踏み越えて、俺は〝ラーム〟を夜明け前の外界へと進めた。

 

 ゆっくりと歩を進めつつ、さらにガトリングキャノンを乱射。

〝ラーム〟の巨体を眼前にしつつも突然の事態に反応がワンテンポ遅れた〝ゲイレール〟2機、〝シャルフリヒター〟2機は、薙ぐようにばら撒かれたガトリング弾をもろに浴びる。至近直撃によってコックピットブロックを潰された4機の敵モビルスーツは、反撃する間も与えられずに次々崩れ落ちた。

 

 

【CAUTION!】

 

 

 敵はこれだけじゃない。丘の向こうに姿を覗かせ、ようやくノロノロとライフルを構えた〝ゲイレール〟相手に、素早く狙いを定めたガトリングキャノンを発射。足下から舐めるようなガトリング弾の軌道をもろに食らった〝ゲイレール〟はよろめき―――――その足元の地面も爆発して機体は飲み込まれた。

 

 

『大丈夫だ。こっちは任せろ!!』

 

 

 厚い土塊を吹き飛ばし、別ゲートから飛び出してきたのは昭弘の〝グシオンリベイク〟。金属がひしゃげ、潰される嫌な音の数秒後………まだ立ち込める土煙の中から殴り潰された〝ゲイレール〟が放り飛ばされた。

 

さらに――――――

 

 

『な、何だ!? うわ………!』

『モビルスー………鉄華だ……ビルスーツが動いてるぞ!?』

『バカな!? パイロッ………乗って無いはず―――――――』

 

 

 これだけ近いと、エイハブ・ウェーブ影響下でも敵が交わす一般回線の通信が拾える。

 丘の上を見上げれば―――先の砲撃を食らって倒れ込んでいた2機の〝ランドマン・ロディ〟が次々起き上がり始めていた。そして、砲撃で倒壊した格納庫の瓦礫の山から、3機。瓦礫を滑り落としながら起き上がる。

 

 

『皆動けるな!? 一気に仕留めるッ!』

『了解!』

『行くぞッ!』

『やってやるぜェッ!!』

『い、行きますっ!』

 

 

 アストンを筆頭に昌弘、デルマ、ビトー、ペドロ。

 鉄華団が誇る最強のモビルスーツ隊は、次の瞬間には基地内に押し入っていたマーズファングのモビルワーカーや〝ゲイレール〟2機。さらには後詰めの〝シャルフリヒター〟へと飛びかかった。

 またしても反応が鈍いマーズファングのモビルワーカー隊、モビルスーツ隊は遅れて弱々しく弾幕を展開するが、その巨躯に反して縦横無尽に駆ける〝ランドマン・ロディ〟を捉えること叶わず、

 

 

『うおらァッ!!』

 

 

 ビトーの〝ランドマン・ロディ〟がライフル弾をものともせずに〝ゲイレール〟の懐へと飛び込み、格闘武装であるハンマーチョッパーで敵機のコックピットを殴り潰した。

 援護射撃に回っていた後方の〝シャルフリヒター〟は慌てて後退しようとするが、すでにその背後には昌弘機とペドロ機が。

 

 

『動きを止める! トドメは任せるぞペドロ!』

『おうッ!!』

 

 昌弘の〝ランドマン・ロディ〟が振り返った〝シャルフリヒター〟目がけてマシンガンを撃ち込んで動きを止め、次いで飛び込んだペドロ機がハンマーチョッパーをその敵機の頭部に叩き込む。

 

 頭部とコックピットブロックにハンマーチョッパーがめり込んだ〝シャルフリヒター〟は、ペドロ機が突き飛ばすと、力なく後ろへとゆっくり倒れ込んでいった。

 さらに基地内に押し入っていた敵モビルワーカー隊は、アストン、デルマが1台1台マシンガンを撃ち込んで着実に破壊していく。

 

 この乱戦下で、元から練度が低いらしいマーズファングのモビルスーツ隊は全く連携が取れず、阿頼耶識に加えて歴戦のパイロットでもあるアストンたちを前に各個撃破されていく。モビルスーツの援護の無いモビルワーカー隊は次々、〝ランドマン・ロディ〟が撃ち出すマシンガンの餌食に。

 

 

 こちらの反撃が無いことをいいことに敵が基地に接近し、密集した所を、シノらの突貫工事で埋め隠したモビルスーツ発進ゲートから一気に打って出、鉄華団が最も得意としている敵味方入り乱れる乱戦に持ち込む。

 ビスケットの立案した作戦は見事に的中し、混乱の中で部隊を分断されてしまったマーズファングは各個に撃破されるしかない。

 

 俺も、基地から逃げ出した敵モビルワーカー隊の一隊をガトリングキャノンの砲撃で薙ぎ飛ばしつつ、2機でこちらに迫る〝ゲイレール〟に砲口を向け直し、トリガーを引き絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

〝ラーム〟のガトリングキャノンの炸裂音を片耳に、

 

 

「ぬんッ!!」

 

 

 長大なハルバードを振り回し、〝グシオンリベイク〟は眼前に迫った敵機―――こちらが肉薄しているというのに未だライフルを手放さない〝ゲイレール〟を一気呵成に斬り潰した。横で怯んだもう1機…〝シャルフリヒター〟目がけ胸部を潰した〝ゲイレール〟を投げ飛ばし、2機がもんどり打って倒れた所を、昭弘は一気に突っ込んでトドメを刺す。

 

 爆発。それに噴きあがった壮絶な土煙が晴れた時………立っていたのは〝グシオンリベイク〟のみ。周囲を見渡せばマーズファング所属モビルスーツの残骸が点々と転がるだけだった。

 

 

「これで4機――――――!」

 

 

 だがその時、後方から〝ゲイレール〟と〝シャルフリヒター〟が襲いかかってくる。先陣を切って突っ込んできた〝ゲイレール〟のアックスをハルバードで受け止め、力押しで振り払おうとするが………敵機は予想外の俊敏さを見せ、バックステップで〝グシオンリベイク〟の斬撃を回避。お返しとばかりにライフルを撃ちかけてきた。

 

 ハルバードを掲げて射撃をやり過ごしつつ、昭弘は歯噛みした。

 

「手練れか………!」

 

 練度の低い機体を前に出して敵を消耗させつつ、最後に手練れがそれを撃破する。昔、CGSの一軍が好んだやり方だった。もっとも、肉壁にさせられた参番組が戦果を上げることが多く、年ばかり食って大して動けない一軍の大人たちが逆に足手まといになることばかりだったが。

 

 

 襲いかかってきた〝ゲイレール〟と〝シャルフリヒター〟は、まず目まぐるしく火星の荒れ地を脚部スラスターを噴かし駆け回りながら、ライフルで昭弘を牽制、一瞬の隙ができればどちらかが近接武器を振るって突っ込む、を何度も繰り返してきた。

間違いなく戦闘、モビルスーツ戦に慣れ親しんだパイロットのやり方だ。作り上げられてしまった膠着状態に昭弘は前方モニター越しに敵機を睨みつけた。

 

 

「厄介だな………!」

 

 

 敵はまだまだウジャウジャいる。一つの戦場に時間をかける訳には――――

 と、しつこくこちらに撃ちかけていた〝ゲイレール〟が、突然背後からの射撃を食らってよろめいた。

 こちらへの射撃を取りやめて振り返る〝シャルフリヒター〟の頭部に、次の瞬間、投げつけられたハンマーチョッパーが激突して食い込む。バランスを崩して倒れ込む所に、1機の〝ランドマン・ロディ〟が殺到し、至近距離からマシンガンを撃ちまくって敵機のコックピットを撃ち潰した。

 

 突然の乱入者を前に、どちらに攻撃するべきか逡巡する素振りを見せる〝ゲイレール〟。が、そこにさらに別方向から射撃が降り注ぎ、完全に怯み切った所を――――昭弘は逃さず〝グシオンリベイク〟のハルバードを振り下ろし、〝ゲイレール〟を火星の大地に沈めた。

 

 

「おう、助かった………」

『1機で突っ込むなんて無茶だ!』

『お、俺たちが援護しますっ!』

 

 昌弘とペドロだ。頼もしい戦いぶりに、昭弘はニヤリと笑いかけた。

 こいつらがいる限り、後ろは心配しなくていい。

 

「後ろは任せる。行くぞ兄弟ッ!!」

『『おうッ!!』』

 

 

〝グシオンリベイク〟と2機の〝ランドマン・ロディ〟は、次の獲物を求めて火星の地を飛び駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『くそ………! 冗談じゃねえ!』

『な、何がガキ共の寄せ集めだ! バカ強ェ奴らばっかじゃねえかッ!!』

『とにかくずらかるぞ! 渓谷まで出ちまえばそうやすやす追撃は………』

 

 

 這う這うの体で鉄華団の基地から逃げ出し、満身創痍で撤退するマーズファングのモビルワーカー隊。何機か護衛のモビルスーツがいたはずなのだが、すでに影も形も無く、出撃した時の3分の1以下にまで数を減らしたモビルワーカーは、隊列もいい加減に土煙をまき散らしながら一路、マーズファングの基地を目指していた。

 

 背後ではまだ、逃げ遅れたモビルスーツやモビルワーカーが鉄華団の的同然に次々破壊されていくが……そんなことに構ってはいられない。

 

『………てか、これからどうすりゃいいんだぁ?』

『んなこと知るかよ! とにかく基地に戻って………取るモン取ってさっさとずらかるだけよ。マーズファングもディラスも、もうお終いさ! あんな連中を敵に回しやがって………』

 

 

 クリュセ最大の民間警備会社と言えど、所詮は金で雇われただけの傭兵の寄せ集め。一度敗色が濃厚になれば組織を見限るのは当然のことだった。

 とにかく戦場から離れなければ………なおも背後で爆発音や発砲音が続く中逃げ出したモビルワーカー隊は峡谷へと―――――

 

 その時、彼らの眼前の地面が、重砲の着弾によって爆発した。さらに周囲を取り囲むように、続けざまに爆発と土煙が舞い上がり『うおぁ!?』とモビルワーカー隊は恐慌状態のまま互いにぶつかり合って停止した。

 

 

『な、何だ………!?』

 

 

 眼前の峡谷の角から――――重装甲のモビルスーツが1機。ヌッと姿を現した。

 それだけではない。マーズファングの残存モビルワーカー隊を取り囲むように1機、また1機とモビルスーツが渓谷から舞い降り、モビルスーツ用銃火器を突きつけてくる。一発でも食らえば、モビルワーカーなどひとたまりもない。

 

 さらにはモビルワーカー………鉄華団で運用されるモビルワーカーまで出現。銃口を突き付けてきた。

 

『な、何で………!?』

『別動隊だと!? ガキ共が、そんな余力を!?』

 

 現れたモビルスーツは5機。丸みを帯びた重装甲モビルスーツの足元に、さらに鉄華団のモビルワーカーが並び、かくてマーズファングのモビルワーカー隊は完全に包囲された。

 

 鉄華団のモビルワーカーの1台、その上部ハッチが開かれ、若い男が顔を覗かせてきた。

 

 

 

『………あ、あー! 武器を捨ててさっさと降参しな! もう勝負はついてんだよッ!』

 

 

 

 ネズミ一匹這い出る間もなく包囲された、マーズファングのモビルワーカー隊。

 

『く………ざけんなよォッ!!』

 

 激高したモビルワーカー乗りが、隊長格と思しき鉄華団の若い男目がけて自機の銃口を向ける。

 だが次の瞬間、その銃身にモビルスーツの重砲が着弾。砲一つまるまる破壊されたモビルワーカーは、火花を散らし、3点脚の固定をも維持できずに倒れ伏した。

 

 

『次はコックピットを潰す』

 

 

 鉄華団モビルスーツパイロット………年端もいかないような少年の声にも関わらず、底冷えするような凄みすら漂わせる。

 マーズファングの残存部隊には最早、突破も撤退も不可能。

 もう、選択肢など一つしかない――――――1台、また1台とモビルワーカーのハッチが開き、マーズファング兵が渋々の表情で両手を挙げる。

 

 

 この一角だけでなく、未だ戦闘が続く中で戦意を失ったマーズファング兵は続々と降伏の意思を表し、鉄華団の少年兵たちに捕縛されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『ひっ!? 鉄華団のモビルスーツが――――――ァッ!?』

『く、くそっ! 動け! 動け………ぐふっ!?』

『モビルスーツ隊は壊滅だ! 早くここから離脱を………!』

『ま、待ってくれ! 待って―――――――ぎゃああああっ!!!』

 

 

 前線で、次々ともたらされる部下たちの断末魔。

 ディラスには一目の前でなにが起きているのか。すぐに頭で理解することができなかった。

 

 つい数分前まで勝利を確信したディラスの目の前で………投入した〝ゲイレール〟〝シャルフリヒター〟計15機は次々に撃破されていき、戦意を失い逃げ始めたモビルワーカーも1台、また1台と破壊されていったのだ。

 

 鉄華団は――――基地が放棄された風を装ってマーズファングを基地近くにまでおびき寄せ、こちらの部隊が密集した所を、隠蔽していた地下ゲートからモビルスーツを発進させて奇襲してきたのだ。密集しているが故に同士討ちを恐れてすぐに連携できなかったその空隙を巧みに突いて、鉄華団のモビルスーツはこちらの部隊の間を駆け抜けつつ着実に撃破して回る。

 

 ベージュ色のモビルスーツが巨大な戦斧で〝ゲイレール〟を叩き潰し、

 青いモビルスーツが巨大なガトリング砲でモビルワーカーを吹き飛ばす。

 5機に及ぶロディ・フレームの機体はその重装甲をものともしない身軽な機動で戦場を駆け巡り、〝シャルフリヒター〟をマシンガンとハンマーチョッパーを繰り出して地に叩き伏せる。

 

 

『だ、代表! 強襲部隊が………』

『て、て、撤退を!! あいつらマトモじゃねえ! 15機のモビルスーツをあんなあっさり――――』

『このままじゃ全滅………』

 

「退くぞ」

 

 ディラスの即断に、直属隊パイロットの全員が息を呑んだ。

 

「鉄華団。どうも、見くびり過ぎていたようだ。今更俺たちが出張った所で勝ち目は無い。――――――各個にバラけて撤退だッ!! 合流地点で落ち合うぞ!」

 

 

 それだけ言うとディラスは乗機を、鉄華団基地の反対側へと翻らせた。熟練のパイロットからなる〝ゲイレール〟〝シャルフリヒター〟もすぐに続き、小高い山を前に散開する。追撃隊も逃げる機体に応じて散開せざるを得なくなり、1機あたりの敵戦力が減る分、こちらの生存率は高まる。

 

 そのはず………

 

 

『だ、代表ッ! 助けてくれっ! 敵の追撃……青い……が………ぎゃ!?』

『1機やられたぞ!? くそっ! あいつ――――――っ!』

『何なんだこいつ!? 重装甲過ぎてライフルじゃ………ぐふ!?』

 

 

 僚機の反応が次々ロストしていく。木星圏で鍛え上げられたはずの手練れたちがこうも容易く………

 

 

「悪魔か………!」

 

 既にディラス以外の僚機反応は無い。主戦力……19機ものモビルスーツ、それに投入した70台ものモビルワーカーを一度に失ったマーズファングは………組織として死んだも同然だった。

 

 

 わずか、わずか一夜にして全てを失った――――! その事実にディラスは憤怒に震えかけた。

 

 

 だが、このディラス・ホライゼンが生きている限り、マーズファングが潰えることはない。本社基地に戻ればまだ資産が残っており、元手さえあれば古巣である木星圏に落ち延びることも難しくないだろう。

 そして、必ずや再起を果たし、火星に舞い戻って鉄華団に復讐を―――――――

 

 

【CAUTION!】

【AHAB WAVE SIGNALS】

 

 

「な………!?」

 

 エイハブ・ウェーブの反応が1個。

まるでディラスの行く手を阻むかのように、1機のモビルスーツが静かに佇んでいた。

 ディラスの〝ゲイレール〟はホバー走行を停止してその場に立ち、2機はしばしの間沈黙したまま睨み合う。

 

 白を基調とし、両肩は血のような赤でカラーリング。その背にマウントされた二振りの刀剣を抜き、構えたその機体は、こちらへとその鋭い切っ先を突きつけた。

 

 

「悪魔か………鉄華団の、悪魔………!」

『オルガの命令だから。潰させてもらう』

 

「は………やれるもんならなァッ!!!」

 

 

〝ゲイレール〟のアックスを抜き放ち、ディラスは咆哮して白と赤の〝悪魔〟目がけて飛びかかる。

 刹那、壮絶な爆煙が2機のモビルスーツを一瞬にして覆いつくした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「あ、あれが新しい〝バルバトス〟………」

『すげぇ………』

 

 ようやくマーズファングのモビルスーツの大半を仕留め終え、残る1機の追撃のため乗機を進める俺と昭弘の目に飛び込んできたのは、両腕両脚をすっぱり切断され、達磨になって地面に転がる〝ゲイレール〟の姿だった。そしてその傍らに、獲物を仕留め終えた狩人のように〝バルバトス〟―――――いや、〝バルバトスラーミナ〟が二振りの太刀を両手に悠然と佇んでいる。

 

『ちょうど、こっちに来るときにコイツと出くわしたから。………中の奴、殺してないけど良かったよね? 捕虜は多い方がいいと思って』

「あ、ああ………」

 

 まるで返り血のような赤の配色が増えた〝バルバトス〟に、こいつが味方であると頭で理解しつつも、思わず慄然とせざるを得ない。

〝バルバトス〟がこちらに向き直った。

 

『戦況は?』

「そいつが最後の1機だ。敵モビルスーツが20機にモビルワーカーも50台以上。残骸を集めるのが大変だ」

 

『そっか。………じゃあ、俺コイツをオルガの所に連れていくから。何か使えそうなのが残ってたら持ってきて』

 

 そう言うと三日月は〝バルバトス〟の両腕で、胴体だけになった〝ゲイレール〟を抱え、脚部スラスターを噴かして飛び去って行った。

 その跡にはかの旧式モビルスーツの両腕、両脚、そしてツノ付の頭部が………まるで組み立て前のパーツのように綺麗な切断面を晒して転がっていた。

 

 

「鬼に金棒って、まさにこのことだな。いや、この場合は刀か………」

『………もう何も言えねえよ』

 

 

 

 

 夜が明けきった空で。

 鉄華団に戦いを挑んだクリュセ最大規模の民間警備会社〝マーズファング〟は、鉄華団のただの一人、モビルワーカーの1台すら撃破すること叶わず………かくてモビルスーツ20機、モビルワーカー70台を喪失。戦闘員の半数以上が死に、ディラス・ホライゼン以下23名が捕虜となり、組織として実質的に壊滅した。

 

 

 

 

 

 




【オリメカ解説】

・ASW-G-08〝バルバトスラーミナ〟

エドモントン戦後、修理のために歳星に持ち込まれた〝バルバトス〟をテイワズ技術者たちが改修した機体。
〝ラミナ〟(ラテン語で「刃」)の名の通り、太刀などの近接武器を主軸とした高機動型モビルスーツに仕上げられており、その加速力は〝百里〟にも迫り、またいかなるモビルスーツよりも優れた機動性を発揮する。
主武装である二振りの重斬太刀は、その武器の扱い方に習熟した者であればモビルスーツのフレームをも両断できる能力を秘めており、先のエドモントン戦で「斬る」戦いに開眼した三日月によって、その能力を如何なく発揮されることとなる。さらには重量もあり、メイスのような鈍器として振り回すことも可能。


(武装)

・重斬太刀×2
・メイス×1
・腕部内蔵180mm機関砲×2
・ワイヤークロー×1

・300mm滑空砲×1


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4-4.

▽△▽―――――▽△▽

 

 地球。

 月夜に照らされた洋上を優雅に進むは、ギャラルホルン総本山である海上都市〝ヴィーンゴールヴ〟。

 その、地球支部長の執務室にて。

 

「准将への昇進及び地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官への正式着任。おめでとうございます。また、私のような人材を登用して下さったこと、感謝いたします」

 

 生真面目に一礼する石動・カミーチェ〝一尉〟に、執務室の席に深く腰を下ろしたマクギリスは、

 

「ありがとう、石動。君の能力を考えれば、当然の昇進だ。これからの地球外縁軌道統制統合艦隊では、コロニー出身者であることを理由に不当な扱いを受けることは無いだろう。その能力を存分に発揮してくれることを期待している」

「ハッ!!」

 

 監査局特務三佐から准将へ。

 異例中の異例と呼べる特進だが、イズナリオ亡き後の正式なファリド家後継者であること、カルタ・イシューが退いた後セブンスターズ血縁者内で総司令官を務められる適当な人物が存在しないこと、なによりも監査局時代から認められてきたその才覚によって、マクギリスはセブンスターズ各家の合意の下、イズナリオが手にしていた地球での権限を一挙に手にするに至った。

 

「前体制下において、出自を理由に不当な境遇にある者は多い。地球外縁軌道統制統合艦隊をより実戦的な組織とするためには、出自に関わらず有為な人材を積極的に登用し、組織を一新する必要がある」

「はい准将。こちらに、独自調査による推薦リストを作成しております。ご確認ください」

 

 石動が差し出したタブレット端末――――複数の人物の簡易プロフィールや能力の数値データなどが入力されている。既にマクギリスから指示があることを見越して、前もって用意していたのだろう。

 予想通りの仕事の速さにフッと思わず微笑をもらしつつ、マクギリスは石動から受け取った端末の情報に目を………

 

 

 

 

「マクギリスッ!!!」

 

 

 

 

 その時だった。

 厳重にロックされ、マクギリスの許可が無ければ開放されないはずの扉が開け放たれる。マクギリスの名を怒鳴りながら飛び込んできたのは―――――度重なる失態によって地位を失い、心身共に負った傷を癒すため自邸で静養しているはずの、カルタ・イシュー。

 

 その後に容姿類まれな士官が続き、カルタの背後でザッ! と整列した。

 マクギリスは一切動じることなく、悠然と立ち上がって、

 

「やあ、カルタ。怪我の具合は………」

「とぼけるのもいい加減になさい! あなたの差し金だってことは分かっているのよッ!!」

「………ほう?」

 

 指差されたマクギリスを守るように石動が一歩進み出るが、軽く手を振って下がらせる。

 カルタは怒りに満ち満ちた表情ありのままでマクギリスに詰め寄り、

 

 

「さっき報告が来たわ。この私が―――――〝准将〟に昇進ですって!? 冗談も大概になさい! 一体………」

「冗談、などではないよカルタ。セブンスターズの賛成多数で可決されたことだ。汚職撲滅のために刷新されるギャラルホルン火星支部及び、火星での治安維持力強化のため新設される火星外縁軌道統制統合艦隊。その司令官たる者には准将の地位が相応しいと………」

 

「だからッ! それがおかしいと言っているでしょう!? 失態を重ね、多くの部下を失い、家名にも泥を塗って地球外縁軌道統制統合艦隊の地位をも失った私が………」

 

 カルタ。囁くように呼び掛けるマクギリスに、カルタはハッと顔を上げた。

 マクギリスの顔がすぐ近くにあることにようやく気が付いてしまい、驚き慌てて引き下がろうとしたが………片手が、マクギリスの片手に包み込まれてしまう。

 

「ま、マクギリス………!」

「それは違う、カルタ。君の失態などではなく、ギャラルホルン全体が責任を負うべき事態だ。火星支部の腐敗、前地球支部長イズナリオとアーブラウ議員との政治的癒着、クーデリア・藍那・バーンスタインを巡る一連の事件と、禁忌であるにも関わらず実行された経済圏への武力干渉………君は、地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官として、その責務と権限において最善を尽くしただけだ。ガエリオも。責められるべき者は他にいる」

 

「………!」

 

 真っ直ぐカルタを見るマクギリス。

カルタは、その視線から目を反らすことができなかった。

 

「今こそ、君の本当の力を発揮するべき時なんだ、カルタ。地球外縁軌道統制統合艦隊から実戦能力を奪い、お飾りなどとしてきた我が父イズナリオのやり方や古い体制は、私の下で一掃する。君には、前支部長コーラル・コンラッドの腐敗や政情の悪化によって混乱する火星――――その平定を頼みたい。

 無理だというのであれば、辞退してくれて構わない。確かに急な話で混乱しているのも分かる。よければ………」

 

「ば、馬鹿にしないでッ!!」

 

 バッ! とカルタはマクギリスの手を振りほどき、自分を落ち着かせるように後ろ髪を軽く撫で上げた。

 

「………いいわ。あなたがそこまで言うのなら、受けて立とうじゃないの」

「ありがとう。私にできることがあれば言ってくれ。装備・人員、可能な限り手配しよう。………もし、君が先の一件を汚点だと考えているのなら、火星での成果が必ず、君の名誉を挽回させる。その手助けをさせて欲しいんだ」

 

「マクギリス………」

 

 驚き、瞳を震わせるカルタを、マクギリスは優しく見返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数日後―――――――イシュー家の戦艦〝ヴァナディース〟を旗艦に、計4隻のハーフビーク級戦艦が、地球軌道上の宇宙基地〝グラズヘイム1〟を発った。

 艦隊を先導する旗艦〝ヴァナディース〟の艦橋にて、

 

 

「―――――我ら!! ギャラルホルン火星支部及び火星外縁軌道統制統合宇宙突撃高機動総合打撃(・・・・・・・・・・・)艦隊ッ!!!」

「「「「「「面壁九年ッ!! 堅牢堅固ッ!!!」」」」」」

 

 

 重傷から回復したカルタ・イシュー准将と、先の戦いで生き残った3名を中心に立て直したカルタ親衛隊。当然、新たに加わったのもカルタが直々にその容姿・家柄・実力から選び抜いた容姿端麗・文武両道の猛者ばかりである。

 

 既に火星の状況はカルタの頭に入っていた。元々、独立騒ぎ等で治安は悪化の一途を辿っており、前支部長コーラル・コンラッドは一部の企業家や自治政府有力者から賄賂を受け取って、ギャラルホルンの武力を用いて彼らに便宜を図っていたという。

 さらには物資や装備の横流しまで発覚しており、訓練も行き届いておらず、士気・練度共に最低。地球経済圏から委託されている間接統治すらままならぬ状況で、一刻も早く改革のメスを入れる必要があった。

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊を鍛え上げたカルタの辣腕が、今求められているのだ。

 

 

 

「これは好機よ。必ずや火星を平定して、イシュー家の名誉を回復してみせる。………見ていて頂戴、ガエリオ。貴方の無念は必ず晴らしてあげるわ――――――故にッ!!!

 

 我らッ!! 火星支部及び火星外縁軌道統制統合宇宙突撃高機動総合打撃艦隊ッ!!!!」

 

「「「「「「面壁九年ッ!! 堅牢堅固ーッ!!!」」」」」」

 

「右から二番目ッ! 最後は伸ばさなくていい!!」

「も、申し訳ありません!」

 

 さあ! とカルタは意気高く拳を握りしめる。イシュー家の名誉回復のため、ギャラルホルンの改革を望んだ亡きガエリオの遺志を継ぐため、そしてアイツの期待に応えるため………

 

 

 

「待ってなさい宇宙ネズミ共! 私の邪魔をするようなら………今度こそ跡形も無く、叩き潰してあげるわァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 マーズファングによる鉄華団基地襲撃から数時間後。

 

『団長! マーズファングのアジトに着いたぜ!』

 

 火星の荒涼とした大地。その片隅にマーズファングが根城にしている基地がある。

 断崖の上から俯瞰するその施設の構造は、鉄華団………旧CGSの基地と同じ。厄祭戦時代に建設され、放棄された前哨基地を再利用したものらしい。

 

「〝出迎え〟はどうだ、シノ? こっちからじゃ何も見えねえが」

『ああ、人っ子ひとりいねえよ。なんつーか、モビルワーカーも………工具一つだって落ちてねえ。まるで夜逃げだぜ』

 

 残念だったなぁ。と背後のせせら笑いに、オルガは剣呑な表情で振り返った。

 民間警備会社マーズファング社長、ディラス・ホライゼン。先の戦いでミカが捕虜にした男だ。後ろ手に縛り、武装した団員二人に監視されていてもなお、ニヤついた表情を崩さない。

 

「おおかた、耳の早いウチの連中が取るモン取ってずらかったんだろうよ」

 

 そこに、同行しているメリビットが近寄り、オルガに耳打ちした。

 

「………団長。賠償金として鉄華団が要求したのは、モビルスーツとモビルワーカーだけです。もう土地施設しか残ってないのなら………」

「ああ。どの道俺たちの規模じゃ基地二つも維持できねえ。地球での例の仕事もあるからな………」

「ですが、エイハブ・ウェーブの反応が基地から出ています。今もLCS以外の通信ができないことを考えると、おそらく、モビルスーツがまだどこかに隠されているのかもしれません」

 

 

 メリビットの手に握られている端末――――財産譲渡証明書。

 先の戦いにおける賠償金として、マーズファングは鉄華団に対し、所有するモビルスーツ、モビルワーカーを差し出す、といった内容だ。モビルスーツはあらかた鉄華団基地での戦いで撃破され、その残骸がサルベージされている最中だ。

 

 残るマーズファング所有のモビルワーカーを確保するべく、シノの隊を向かわせたのだが………マーズファング基地は既に荒らされた後。

 

 

『マーズファング基地の中に入ったぜ! えらい散らかりようだ! こりゃあ、探すだけ無駄かもなぁ。どうするオルガ!?』

「エイハブ・ウェーブの反応があるんだ。とにかく徹底的に探せ! 俺らの基地と構造が似てるなら、どこかに動力室があるはずだ」

 

『あいよっ!………それじゃあテメーら! 気合い入れて家探しするぜェッ!!』

 

 

 オォーッ!! と団員たちの掛け声が通信機越しに飛び込んでくる。

 オルガはニッと笑いかけ、後ろで拘束されているディラスに振り返った。

 

「そういう訳だ。悪いがお邪魔させてもらうぜ、ディラス・ホライゼンさんよォ」

「………ちっ。好きにしな。当然この後解放してもらえるんだろうな?」

 

「やることが終わったらな。どこに行くなり、好きにしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『OK、地下に入った。トラップの類は無し。………でも、どこの部屋も開けっ放しになってて、ハンモック一つ残っちゃいないわよ』

「鉄華団の基地と構造が同じなら、奥に動力室があるはずだ。気を付けろよ」

『分かってるって。アンタも周囲の見張り、きっちりやりなさいよね』

 

 

 了解、と俺はフェニーとの通信を一時中止し、愛機〝ラーム〟のコントロールグリップを握り直し、コックピットモニター越しに周囲を見渡した。周囲に敵影は無し。もっとも、俺の〝ラーム〟の他に、クレストらの〝ランドマン・ロディ〟4機を連れた計5機でマーズファングの基地を包囲している。マーズファング亡き今、クリュセ最大の民間警備会社となった鉄華団に喧嘩を売る奴もいないだろうが。

 

 

 今、マーズファングの基地内部にシノ率いる地上部隊が進入し、中にめぼしいもの………マーズファングから所有権を譲渡されたモビルスーツやモビルワーカーが残っていないか、探し回っている最中だった。メカニックであるフェニーも同行して、今、動力室があるはずの地下に立ち入っている所のようだ。

 

 

『動力室の前に来たわ。セキュリティロックが掛かってるみたい。パスワードと生体認証コードの二重ロックね』

「ディラスを連れて来ようか?」

『待って。この程度ならすぐに破れると思う。この、ダンテに用意してもらったウィルスプログラムを組んで送信………っと』

 

 ピピ! というロックが解除される音が、通信ウィンドウ越しにこちらまで聞こえてきた。

 

『開いた! 中はかなり暗いわね。電源は………』

「おい。他に誰かいるのか? 一人じゃ危ないぞ」

『大丈夫だって! それより、ほんのり暖かいかも。たぶん、近くにエイハブ・リアクターがあるんだと思う。えーと、明かりのスイッチは………』

 

 

 さすがに聞きかねて、俺はシノに誰かを地下の動力室にやるよう連絡しようと、コックピットの端末に手を―――――――

 

 

『あった! これがスイッチね。………よし! パワーはきちんと供給されてるみたいだし、モビルスーツのリアクターなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………え? って、でえええええええええええぇ!!!???』

 

 

 

 

「? どした、フェニー?」

 

 唐突に飛び込んできた素っ頓狂な悲鳴。特に争うような音は聞こえてこないので罠や伏兵の類ではなさそうだが………

 

「フェニー?」

 

 だが、一向に返事してくる様子がない。

 流石にほっかたらかしにする訳にもいかず、俺は〝ラーム〟のコックピットハッチを開いた。

 

「クレスト。しばらく任せていいか?」

『いいよ!』

 

 傍らの〝ランドマン・ロディ〟に乗るクレストにこの場を預け、俺はラダー伝いに地上へと降りた。

 鉄華団によって制圧されたマーズファング基地の規模は、おおよそ鉄華団の基地と同じ程度。本社屋など、多少立派な施設があるぐらいだ。

 物取りでもあったようにすっかり荒らされたロビーから中に入り、鉄華団基地の記憶を頼りに地下への階段を降りる。そしてすぐに動力室の前まで辿り着くことができた。

 扉は開け放たれたまま。

 

 

「おい、フェニー。返事ぐらい………って」

 

 広い空間だった。鉄華団火星本部基地より少し広いぐらい。モビルスーツの1機ぐらい余裕で入りそうなほどに。

 1機の、全体的に暗い色のモビルスーツが、第1話での〝バルバトス〟のように、膝をついて静かに佇んでいた。装甲は所々取り外され、コックピットブロックも取り外されてしまっている。

 

 部分的に剥き出しになった胸部フレーム。

 そこから覗く、特徴的なツインリアクター。

 それに、こちらを見下ろす頭部ツイン・アイは――――――

 

 

「おいおいまさかコレ………〝ガンダムフレーム〟!?」

 

 

 むっふっふ………中ボスみたくフェニーの低い笑い声が、動力室全体に木霊した。

 キャットウォークから、コックピットブロックを取り外されがらんどうになった胸部に取りつき、何本もの配線を自分の端末に繋いで何やら操作している。

 

 

 

「ふっふっふ………きたきた! リアクター出力上昇。メインシステムの50%をオンライン。機体情報にアクセス。この機体の名前は―――――――ASW-G-43〝ガンダムサブナック〟ね!!

 

〝ガンダムサブナック〟………。

 まさかこんな所で、原作にも登場しなかったガンダムフレームとまみえることができるとは。俺は言葉も継げないまま、鎮座する〝サブナック〟の双眸をしばらく見上げていたが、

 

 

 

「ああっ! まさか〝サブナック〟をこの手でいじれる日が来るなんて! この美しいフレームデザイン! 幻のツインリアクターシステム! エイハブ・リアクター直結の背部キャノン砲システム! でもメインOSの阿頼耶識は取り外されてるし、キャノン砲の砲身も無いし、装甲と電装系の一部は取り外されてるし………

いいわ! 私の腕の見せ所ね!! さあ見せてやるわよ! 歳星整備オヤジ直伝! フェニー・リノアのモビルスーツ鍛冶術ってヤツをねッ!!」

 

 

 できればSEEDの〝カラミティ〟っぽくして下さい。などという俺の中のリクエストはさておき。

 

 

 それ以上のめぼしい発見は特になく、俺たちは〝ガンダムサブナック〟を接収し、ディラス・ホライゼン以下マーズファングの捕虜をその基地にほっぽり出して解放。――――民間警備会社〝マーズファング〟を巡る一連の襲撃事件にケリをつけて、撤収した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………んで、そのマーズファングってのがウチらにちょっかいをかけることはもう無いって訳だね?」

 

 夕暮れを間近にした桜農場。

 マーズファングを巡る騒動から幾日が過ぎ、警戒態勢を解いた鉄華団から、再び収穫の手伝いに団員が訪れるようになった。真面目で、農産物を盗むようなこともしない鉄華団の少年たちは、この時期は特に引く手あまただ。

 

「うん。ほとんど壊滅したようなもんだし、ここに来ることはないんじゃないかな」

 

 収穫の傍ら、問いかけてきた桜ばあちゃんに、三日月は火星ヤシを口に放りつつそう答えた。ビスケットも、

 

「でも、生き残った人も結構いるし、マーズファングがどうやってモビルスーツを手に入れたのかも分かってないから、まだ注意が必要だろうね」

「………そうかい。ま、何事も無いのが一番なんだけどね」

 

「あ! おにーちゃん!!」

「おにぃっ!!」

 

 駆け寄り、飛びついてきたクッキー、クラッカーをビスケットは両腕を広げて受け止めた。二人の無事な姿を見、ビスケットは胸を撫でおろしたように、

 

「二人とも無事でよかった………」

「怖かったよぉ」

「あ! おにぃ! 頑張った子はほめてあげないとダメだよ! ん!」

「あ、ああそうだね。よしよし」

 

 クッキーの頭をなでてやると「あ、私も~!」とクラッカーもせがんでくる。

 妹たち二人の頭を優しくなでてやると「「えへへ~」」とクッキー、クラッカーは嬉しそうに顔をほころばせて、ビスケットの横に広い身体に抱きついた。

 

 三日月、桜ばあちゃんもその光景を微笑ましく見守りつつも、

 

 

「………で、こいつは何だい?」

「またマーズファングみたいな奴らにココがちょっかいかけられるとマズいから、しばらくここに置いとくって、オルガが。今週は〝バルバトス〟で、来週から別のを置くって」

「まあ、カカシみたいなもんかねぇ」

 

 

 桜ばあちゃんが振り返る先。

 収穫が終わり、次の種まきを待つ畑の一角に、1機のモビルスーツ〝バルバトス〟が膝をついて鎮座していた。まるで畑の守り人のように。

 

 

 鉄華団と桜農場の、持ちつ持たれつの関係はすっかり知れ渡っており、今後、鉄華団を気に食わないと考えるような連中からちょっかいを受けることは容易に想像できる。

 それを防止するためにモビルスーツを畑番として置いておく。それにいつでも戦える団員やモビルワーカーも。これで農場や、装備に乏しい自警団を危険に晒さずに済む、という訳だ。

 

「それと、交代で何人か見張りするから。モビルワーカーとかも出すけど気にしないで」

「なら、メシはウチで食ってきな。アレをここに置いとくってことはあんたもしばらくココにいるってことだろ? あんたの部屋も用意するよ」

「いいよ別に。俺たちが好きでやってるだけだし」

「………若いのにいっちょ前に気い遣ってんじゃないよ。自警団を雇うより遥かに安上がりさね」

 

 これから、しばらくは農場でも物々しい状況が続くが………それでも、〝バルバトス〟の周りを元気よく駆け回るクッキー、クラッカーの双子。鉄華団の基地に持って帰る籠いっぱいのトウモロコシを見て、「今日も腹いっぱい食えるな!」と嬉しそうな団員たち。

 

 

 三日月は、ただ戦うことしかできない。オルガが決めた道を切り開くために。仲間……いや、家族を守り抜くために。

 だからこそ、道を切り開き、守った家族が得た一時の平穏に、頬を緩めずにはいられなかった。

 

 

「何だい、ニヤニヤして」

「ううん。別に」

 

 

 

 




【オリメカ解説】

・ASW-G-43〝ガンダムサブナック〟

厄祭戦時代に製造された72機のガンダムフレームの1機。
戦後、マーズファング代表ディラス・ホライゼンの手によって発見され、基地の動力源として利用されつつ、マーズファングを撃破した鉄華団によって接収された際には、既に部分パーツやコックピットブロック、電装品を売り飛ばされていた。

機体構造から、砲撃戦に特化したモビルスーツと推定されるが砲身パーツや武装は売却されてしまっており、長期に渡って整備されていなかったため駆動系のコンディションも最悪であり、大幅改修が必要な状態となっている。

(全高)
18.70メートル

(重量)
22.9t

(武装)
なし(全て売却済み。改修・新規取り付けの必要あり)




これで1.5期マーズファング編についてはおしまいとなります。
次編については、まとまり次第投稿するか、活動報告などで予告したいと思います。
m(_)m


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5-1.嵐の前

▽△▽―――――▽△▽

 

 火星。

 長らく地球経済圏の植民地として、不平等な経済協定の下に貧苦を強いられてきたこの星に、激震が走った。

 

 クリュセ自治区首相の娘、クーデリア・藍那・バーンスタインが地球の経済圏の一つ、アーブラウとの交渉により経済協定の一部改訂――――火星ハーフメタルの規制解放という成果を勝ち取ったのだ。

 

 主だった鉱物資源が枯渇した火星において、未だ潤沢な鉱脈を誇る火星ハーフメタルは重要な外貨獲得源の一つであり、規制解放が正式にクリュセ自治政府から発表されると、各企業は一気に火星ハーフメタルの採掘事業参入へと乗り出した。

 だが、それに先んじて土地利権の確保、それにクーデリアの声明によって3つの企業が主要な利権を独占することとなった。

 

 

 火星の実業家、ノブリス・ゴルドン擁する企業グループ。

 木星圏開発複合企業、テイワズ。

 そして、地球のモンターク商会。

 

 

 まるで、火星ハーフメタルの規制解放を予期していたかのようにこの3つの企業の行動は素早く、規制解放とほぼ同時に有望な採掘土地の確保、機材・土地の調達、輸送路・販売網の構築を行い、他社に先んじて利権の多くを確保することに成功したのだ。

 

 そして鉄華団も、アドモス商会(仮名)との提携による事業の参画。それに、その戦闘力を買われて航路上の障害……宇宙海賊等の排除や、輸送護衛業務などを請け負うことでこれから潤うことができるはずだ。

 さらに、仕事はそれだけに留まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『――――さて、前々から打診しておったが、アーブラウ防衛軍創設にあたりその軍事顧問としての役目を、鉄華団に任せたいと思う』

 

 鉄華団火星本部。

 その団長室にて、オルガはLCSを繋げたタブレット端末越しの相手――――アーブラウ代表の蒔苗東護ノ介と直接通信を交わしていた。

 一国の代表が一企業、それも立ち上がったばかりの零細な会社と通信を持つなど前例があるはずがない。だが、オルガは悠々と、

 

「ご利用ありがとうございます。この仕事、鉄華団として精一杯努めさせていただきます」

『ほっほ、期待しておるぞ。契約書等の委細は後日、そちらにデータで送ろう。鉄華団としての手はずはどうなっておる?』

「カケル………蒼月駆留が率いる鉄華団実働三番隊を送ります。それとテイワズ地球法人の施設を借りてエドモントン郊外に地球支部を開設、そこを活動拠点とする予定です。支部長はチャド。副支部長にはタカキを」

 

『はて、タカキ………ああ、最初に儂の応対をしたあの少年じゃな? ちと若い、いや幼すぎはしないかの?』

「タカキは年少組のまとめ役です。それに色々と仕事を覚えていて役に立つ」

『ふむ………まあ実務の詳細はそちらに任せよう。創設するアーブラウ防衛軍、他国に先んじて実戦能力を持たせたいのでな。しっかり励んでもらうぞよ?』

 

 はい。とオルガは力強く頷いた。

 

「失望はさせません。鉄華団でも粒よりの面子を送るつもりです」

 

 流石にミカや昭弘といった鉄華団戦力の要を送る訳にはいかない。そもそもミカは人にモノを教える何てことは柄でもないし、昭弘は面倒見がいいが、昭弘なくして実働二番隊は機能しない。シノも同様だ。

 

 モビルスーツ乗りとして実力があり、礼儀もしっかりしており、事務もそこそこできて、現場を任せられる人材………といえばカケルが真っ先に思いつく。カケルを教官役の筆頭に置く。

 チャドは、年長者として年少組に慕われており、教養もある。地球支部長として組織の要に就いてくれればこれほど頼もしい奴はいない。

 

 細かい気配りができるのがタカキの持ち味だ。何だかんだ言って年少組はタカキによって率いられており、先の地球行きの仕事で様々な仕事を覚えたタカキは現場のあちこちの局面で役に立つ。実働三番隊に加わっているアストンら元ヒューマンデブリも、いつもは年長者や年少組とは一歩離れた態度を取っているが、タカキにはそれなりに心を開いているらしい。アストンとよく食堂に行っているのをオルガはよく見かけていた。

 

 

「後で地球行きの面子のリストを送ります。ガキばっかりだが全員実力者だ。ギャラルホルンでも容易に手出しできないレベルの」

『それは頼もしい。結構! して、いつ頃こちらに来てくれるのかの?』

「今、新しい機体と装備の受け取りにカケルが歳星にいるから………火星を発つのが今から2週間後として、早ければ来月の半ばぐらい、ですね」

 

『うむ分かった。細かい話はまたこちらの担当者から連絡させよう。今からが待ち遠しいわい』

 

「ありがとうございます。蒔苗先生」

 

 

 うむ、と蒔苗は鷹揚に応えて、そこで通信は終了した。

 

 前々からの打診を受けて、鉄華団はすでに地球支部開設に向けた準備を急ピッチで進めていた。

 地球支部に送るモビルスーツは6機。カケルの〝ラーム〟、それに改修された〝ランドマン・ロディ〟が5機。モビルワーカーは20台。

 団員の数は、60~70人ぐらいになるだろう。鉄華団実働三番隊を母体に、希望者も加えて送り出す。地球支部長チャド・チャダーン。副支部長タカキ・ウノ。実働部隊隊長に蒼月カケル。

 元ヒューマンデブリ団員の多くを受け入れた実働三番隊の性質上、どうしても年少の幼い団員が目立つが、実力の面でオルガは疑問を抱いてはいなかった。元ヒューマンデブリはデブリ帯の宇宙海賊という過酷な環境で生き抜いてきた、戦士として優れた経験を持っているし、元CGSの年少組だって実力では負けてない。その経験をアーブラウ防衛軍に伝えることができれば、必ず一皮剥けた、実戦で使える組織に防衛軍は育つはずだ。

 

 

 今頃―――チャドは地球支部開設のための事務手続き手伝いに追われているだろうし、必要な物資をまとめる作業はタカキに監督させている。カケルはフェニーたちと一緒に歳星で、鉄華団のための新しいモビルスーツ、装備、それに実働三番隊に割り当てる艦の受け取りに行っているはずだ。

【CALL OFF】の表示と共に暗転するタブレット端末から視線を外したオルガは、ふと天井を仰いだ。

 

 

「頼んだぜ、チャド。タカキ。カケル、それに皆もな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

――――木星コングロマリット、テイワズ。

 その本社たる惑星間巡航船〝歳星〟にて。

 

 

「ああっ! まさか〝サブナック〟をこの手でいじれる日が来るなんて! この美しいフレームデザイン! 幻のツインリアクターシステム! エイハブ・リアクター直結の背部キャノン砲システム! でもメインOSの阿頼耶識は取り外されてるし、キャノン砲の砲身も無いし、装甲と電装系の一部は取り外されてるし………よかろうッ!! 私の腕の見せ所だな!! さあ見せてやろう歳星整備オヤジのモビルスーツ鍛冶術ってヤツをねぇッ!!!! まずは――――――」

 

 

 あの弟子にしてこの師匠アリってやつか………

 歳星の工廠に運び込まれたガンダムフレーム〝サブナック〟を目の当たりにした瞬間、歳星整備長は〝バルバトス〟の時と同様にすっかり大興奮して、目まぐるしく機体の改修作業に飛びつき始めていた。

 

 がっつりオーバーホールしなければ使い物にならない〝サブナック〟について、原作での〝バルバトス〟や〝グシオンリベイク〟の時同様に、テイワズ持ちで改修が施されることとなった。無重力のデッキに固定された〝サブナック〟の周りを、テイワズの技術者たちがせわしなく飛び交っていく。

 

 俺にできることはなさそうだな………

 

「あ、えーと。後任せていいですかね?」

「もちろんッ!! 見ていてくださいっ! 消耗品全交換はもちろん! フレーム・リアクターの再調整! 集められるだけの資料を集めて完っ全な〝サブナック〟をご覧に入れますよぉ~ッ!!!」

 

 

 とりあえずは整備長に任せておけば、いずれ復活した〝サブナック〟を見ることができるはずだ。

 整備長以下、歳星のメカニックたちがこぞってフレームだけの状態になった〝サブナック〟に取りついていく。そこは彼らに任せて、俺は次の仕事に向かうことにした。

 

 歳星での俺の仕事は大きく4つ。

 

―――1つ。先の戦いで撃破した民間警備会社〝マーズファング〟から賠償金として譲渡されたモビルスーツのテイワズへの売却。

―――2つ。譲渡されたガンダムフレーム〝サブナック〟の修復を歳星工廠に依頼すること。

―――3つ。歳星の設備で修復された強襲装甲艦の受け取り。オルクス商会から賠償金として譲渡されたあの強襲装甲艦だ。鉄華団、実働三番隊所属艦として地球への足に使うことになる。

 

―――そして4つ目は………

 

 

「よぉ、カケル」

 

 無重力デッキの通路を進むと……いつもの高そうな白いスーツを着た名瀬・タービンが、こちらに気が付いて軽く手を挙げてきた。

 

「名瀬さん。マクマードさんの所では?」

「先客と揉めてるみたいだったからな、先にこっちの仕事を済ませることにした。お前らが火星でぶっ潰したモビルスーツ20機、全部テイワズが買い取ることにしたからな」

 

 これで1つ目の仕事は完了する目途がついた。俺は深く名瀬に頭を下げる。

 

「仲介ありがとうございました、名瀬さん。モビルスーツ…特にギャラルホルン旧型機のリアクターはテイワズぐらいじゃないと取扱いできませんので」

「モビルスーツのリアクターはウチらでも自主生産できないからな。むしろ、今ロールアウト中の新型機に取り付けるリアクター供給のメドがついたって、工業部門の連中は大喜びさ」

 

「新型機………テイワズ初の完全量産型モビルスーツ〝獅電〟ですね?」

 

 ああ、と名瀬は通路内側の壁面ガラスの向こうを顎でしゃくる。

 床を蹴って近づき、覗くと――――今俺たちがいる通路は工廠区の工場が一望できる場所にあり、眼下の工場では人型……新品のモビルスーツフレームが製造ラインに乗せられて1機1機製造されてく光景が広がっていた。まだフレームだけの姿だが、それがテイワズ初のマスプロダクト・モビルスーツフレーム〝イオ・フレーム〟であることは一目瞭然だった。

 

「STH-16〝獅電〟。親父はこれを、まずはテイワズ内の武闘派組織に。データを取った後は他の組織………地球にも売り出すつもりらしい」

「地球では今、経済圏毎の独自軍事力を整備する機運が高まってますからね。鉄華団もアーブラウ防衛軍の軍事顧問の任を依頼されました」

 

「おう、頑張れよ。地球での稼ぎはお前らの肩にかかってる、って言っても過言じゃねえからな」

 

 気障に軽く額をコツン、と突いてくる名瀬に、俺は少しだけ笑い返した。

 

「大袈裟すぎますよ。俺ら鉄華団は、まだ名瀬さんの足元でチョロチョロしている、弟分に過ぎません」

「そりゃあ、今はな。だがこれから10年……いや1年でお前らの姿は大きく様変わりしているはずだ。オルガも、テイワズのお膝元で細々やってくつもりはないんだろ?」

 

「そのつもりです。オルガは、鉄華団をもっとデカくして、団員たち皆に楽をさせてやりたいと」

 

 鉄華団を大きくして、給料ももっとたくさん出せるようにして、団員たち………それに行き場のない奴らに楽をさせる。それがオルガの方針だった。

 この世界では生き残ったビスケットも、今アドモス商会と火星ハーフメタル事業で提携することで、荒事以外で鉄華団がまっとうに仕事をしていくための方法を模索している。

 

 俺がやるべきことは、まず予測できる危機を回避すること。そして予測できない事態に実働部隊の隊長として対処することだ。

 

 と、自然と表情が難しくなってしまう俺に、また名瀬さんが「そう気負い過ぎんなよ」とまた軽く小突いた。

 

「お前らはよくやってるよ。俺も親父も、そこはちゃんと見ている。むしろ、頑張りすぎてどこかで息切れしてしまうじゃねえかって、そっちの方が心配だぜ」

「そう、でしょうか? 俺は………」

 

「前と上を向くのも大事だけどな。たまには周りをよく見ることだ。………ほらな」

 

 

 その時、「カケル!」と通路の奥から―――強襲装甲艦の調整作業、その陣頭指揮を取っている、ノーマルスーツ姿のフェニーが飛び寄ってきた。

 

「カケル! よかったわ、ちょうど新しいモビルスーツのことで相談が………あ、名瀬さん」

「よう。………んじゃ、後は若いモン同士で頑張ってくれや。それと、午後から親父と面会だからな。昼食ったらタービンズの事務所に顔を出してくれよ」

「了解です、名瀬さん」

 

 

 じゃあな、と床を蹴って無重力の通路を飛んで去っていく名瀬。しばらく目で追ってから、俺はフェニーに向き直った。

 

「新しいモビルスーツって何だっけ? 〝ランドマン・ロディ〟はもう火星に持ってっただろ?」

「ふふん。支援用のモビルスーツよ。団長に頼んで、1機入れてもらうことにしたの。今、〝カガリビ〟に搬入してる所よ」

 

〝カガリビ〟――――〝イサリビ〟に次ぐ鉄華団所属艦となる、新しい強襲装甲艦の名前だ。

 こっちよ、とフェニーの先導についていくと、デッキ移動用のエレベーターが。

 宇宙港がある階下まで下り、そこからまた通路に出れば、壁面の強化ガラス越しに宇宙港の光景が………そして桟橋の一つに係留されたスカイブルーの強襲装甲艦を目の当たりにすることができた。

 

 これが、強襲装甲艦〝カガリビ〟。艦首に描かれた鉄華団の華のエンブレムを見、ついつい口元に笑みが零れてしまった。正真正銘の鉄華団2番艦だ。

 フェニーも、俺の隣に立って、

 

「カケルの船よ。まあ、ありふれた強襲装甲艦だけど」

「十分さ。こいつと、皆がいれば俺は鉄華団のためにもっと働ける」

 

〝ガンダムラーム〟の力で、俺はこの世界で鉄華団の運命を変える手助けができた。

 艦があれば、それだけ活動範囲も広がる。その分仕事は増えるが、〝イサリビ〟〝ホタルビ〟とは違う3番目の艦の存在は、必ず鉄華団の力となるはずだ。

 乗り込むのは年少組や元デブリ組を中心とした、実働三番隊。ブルワーズやオルクス商会で阿頼耶識に繋がれて操艦や管制で働かされてきた元ヒューマンデブリたちは、ここでその実力を発揮してもらうことになる。

 

 ヒューマンデブリは、宇宙で生まれ、宇宙で死ぬことを恐れない、誇り高き選ばれた奴ら――――ブルワーズ、オルクス商会から譲り渡され、人間として鉄華団に迎え入れられた元ヒューマンデブリたちは、そう評するに値するだけの優秀な船乗りばかりだ。

 

時に、元ヒューマンデブリたちは、人間としてごく当たり前に扱われているものの、アストンたちのようにまだ身元が分かっていない者も多く、社会的にはまだヒューマンデブリのままの奴もいる。だが、じきにその問題も解決されるはずだ。

 艦についても元ヒューマンデブリたちについても、心配するべき事項はほとんど存在しなかった。

 

 

「………で、新しいモビルスーツってのは?」

「ほら、アレよ」

 

 見て、とフェニーが示した先。〝カガリビ〟の後部モビルスーツ用ハッチへと、1機の細身のモビルスーツが運び込まれていく。

 すぐに俺は、その機体が――――テイワズ製高機動モビルスーツ〝百里〟であることに気が付いた。

 

「あれは――――テイワズの〝百里〟?」

「そうよ。お父さんに買ってもらった新品よ。武装を取り外してスラスターガス補給ユニットに補給ホース、ウェポン取付ラックを装備。重装甲で活動時間が短い〝ラーム〟や〝ランドマン・ロディ〟を前線で支えることができるわ。パーツを換装すれば地上でも十分使えるし」

 

「へぇ。でも、誰がパイロットやるんだ? ウチは阿頼耶識持ち以外で………」

「私よ。これでも〝スピナ・ロディ〟のパイロット免許持ってるの」

 

 そうか。

 確かに活動時間の短さは〝ラーム〟や〝ランドマン・ロディ〟がネックとする所だ。重装甲ゆえにスラスターガスを大量に消耗し、結果的に動ける時間も、範囲も短くなってしまう。

 だが補給用のモビルスーツがあれば、状況は大きく改善される。ナノラミネート装甲を持つモビルスーツなら、迅速に補給拠点を展開することができ、いちいち着艦するよりもずっとスムーズにガスや弾薬の補充ができるはずだ。特にこれから――――――――――――――――

 

 

 

「――――――――――――ええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!???」

 

 

 

 きゃっ!? と俺の絶叫にフェニーが飛び上がった。

 

「な、な、何よ!?」

「モビルスーツを『買って』もらった!? さ、サリラーマンの生涯賃金ぐらいあるんだぞ!?」

「ば、バカじゃないの!? 定価で買う訳ないでしょ!? ウチのお父さん、テイワズの取締役だから3割の社員割引で………」

「い、いや普通ポンって買えないだろ………てか、それ以前にフェニーをモビルスーツに乗せる気はないからな」

 

 あぶねぇ。

 危うく大事な所をスルーする所だった………

 

「はあ!? 何でよカケル!?」

「危ないからに決まってるだろーが! 戦場だぞ!?」

「何寝ぼけたこと言ってるのよ!? 今まで散っ々アンタたちの無茶な戦いに付き合ってきたじゃない!」

「前線と後方じゃ状況が全然違うんだよ! 補給機は必要だけどパイロットは他の奴にやらせる」

 

「それこそ無茶よ! 補給機器管制システムの制御がどんだけ面倒か分かってんの!? 専門の資格も必要だしちょっと勉強しただけじゃ―――――」

 

 

 

 

 

 以下、通路でギャーギャー言い合う俺たちを………向こうで団員たちが覗き見していることに俺たちは気づかなかった。

 

 

「………何やってんだ? カケルとフェニーさん」

「喧嘩だろ」

「どっちが勝つかな?」

「フェニーさんだろ。カケル、もう押されてるじゃん」

 

「あ、やられた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………まあ心配するこたァねえよ、グノー。あんたのお嬢さん、鉄華団のメカニックとして良い腕振るってるそうじゃねえか。メカニックの血は争えねえなぁ」

「は、はいマクマード代表。ですが我が家の一人娘ですので、もしフェニーの身に何かあったらと思うと………」

 

〝歳星〟居住区中心部にあるテイワズ代表邸宅。

 その応接室にて。やや髪の毛が後退している男………〝リノア重工〟社長グノー・リノアは勧められたソファに腰を下ろし、垂れ流れる汗を何度もハンカチで拭い続けていた。テイワズ傘下企業であるリノア重工を率い、〝百錬〟〝百里〟、それにこれからロールアウトする〝獅電〟の開発製造にも技術者として関わる有能な人物であるが、家庭では亭主関白とはいかないようで、

 

 

「………どうにもアレは勝ち気な所が妻に似すぎたようで、前々から欲しがっていたモビルスーツを与えてやったら少しは落ち着くかと思ったのですが、今度は鉄華団と一緒に地球に行くと言い出す始末でして。聞けばせっかく斡旋したドルト6の仕事も辞めてしまったとのことですし………恐れながら、何とか代表の方からそのぉ………フェニーを我が家に連れ戻すために口添えの程を………」

 

「話を通してやってもいいが………そいつはフェニー自身が決めることじゃねえのか? 無理矢理連れ戻した所で言うこと聞くような嬢ちゃんじゃねえだろ?」

「そ、それはそうなのですが………鉄華団というのは、年頃の男たちばかりの組織とのことで。もしフェニーの身に何か間違いが起こったら私は………」

 

「そこはオルガによく言い含めといてやる。まァ、名瀬が言うには男同士でベタベタしてる連中らしいからな。だが、清い恋愛の一つや二つさせといて損はねえだろうよ」

 

「それはごもっともなのですが………どうにも地球生まれの意中の男性がいるようで………地球生まれということでそれなりにいい身分の方のようなのですが、私としてはフェニーにはもっと家柄のいい……よろしければマクマード様の側室としてご縁談できればと思う次第でして。性格はご存じの通り少々難ありなのですが、母親譲りの器量の良い………」

 

 すっかり予定の時間を超えて、今度は家の縁談話を始めたグノーに、流石にげんなりし始めたマクマードだったのだが………

 その時、ドアが軽くノックされ、この邸宅を守る黒服が「代表」と部屋に入室した。

 

 

「そろそろ、名瀬様と鉄華団の蒼月駆留様との面会時間です」

「おお、そうか。悪いが、ちと込み入った話をせにゃならんのでな。今日はここまでだ」

「そうですか………で、では代表。私はこれで」

 

 グノーはソファから立ち上がって深々と一礼し、落胆した足取りでその場を後にした。それを見送りながら、マクマードは一本葉巻を咥える。

 

 次は鉄華団だ。ギャラルホルンの守りを突破してクーデリア・藍那・バーンスタインを地球に送り届けるという、一見実現不可能な仕事を完遂し、しかもギャラルホルン自体にも甚大な被害を与え、その権威を失墜させる一助にもなった、少年兵ばかりの新興傭兵企業。

 これを手札に加えているという事実は、テイワズにとって大きな利益になる。武闘派として世界中に知れ渡った鉄華団を航路防衛の要に据えれば、今まで以上に宇宙航行の安全は確保されるに違いない。だが、同時に鉄華団を落として名を挙げようと企む大規模な組織………〝夜明けの地平線団〟のような大海賊を刺激することにも繋がるだろう。

 

 そしてそれ以前に―――――鉄華団の大戦果の源泉、誰がこれだけの結果を出すよう鉄華団を導いたのか、それをはっきりさせる必要がある。

 

 

「………蒼月駆留か」

 

 マクマードは手元のタブレット端末を取り上げる。そこには今日ここを訪問する予定の少年………鉄華団実働三番隊隊長である蒼月駆留のプロフィールが表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 原作で見知っているが………ここに来たのは初めてだ。

〝歳星〟居住区、ささやかな湖の中心に建てられたテイワズ代表邸宅。エントランスゲートは勿論、各所を屈強な黒服たちが守っており、瀟洒な邸宅でありながらも、同時に堅牢な城塞を思わせる。

 

 邸宅に辿り着くための小舟を名瀬と共に降り、俺は自分の表情が硬くなるのを感じながら眼前の豪邸を見上げた。ここに………〝圏外圏で一番恐ろしい男〟が住んでいるのは承知の通りだ。

 

「カケルはここに来たのは初めてだったな?」

「はい。………スーツの方が良かったですかね?」

 

 手持ちの中で一番きれいな団員服で来たのだが………こじゃれたスーツ姿の名瀬や黒服の前に立つと、どうしても場違い感が否めない。

 だが「構わねえよ」と名瀬は笑ってみせる。

 

「今日はただの挨拶だ。オルガだって最初に来た時は、お前と同じ格好だったからな。だが、失礼のないようにな」

「はい………!」

 

 ごくり、と生唾を飲み込んで、俺は名瀬の後に続いた。

 近づくと、エントランスゲートを守る黒服たちの一人が名瀬の前に進み出る。

 

 

「お久しぶりです、タービンさん。本日はどのようなご用件で?」

「ああ。親父に会いに来た。こいつを親父に紹介したくてな。アポした通りだ」

 

 黒服はこくり、と頷くと背後の部下の一人に目配せする。

 次の瞬間、重厚な音を立てながらエントランスゲートが開いた。その奥にある、瀟洒な邸宅や、美しく整えられた前庭がはっきり俺の目に映る。疑似的であってもコロニーや宇宙船内で自然環境を作り、維持するのには相当なコストがかかる。この景色だけでも、テイワズ代表マクマード・バリストンがどれだけ莫大な権力や財力を持っているのかが分かる。

 

「んじゃ、行くか」

 

 気軽な様子の名瀬だったが、対する俺は重苦しい表情を隠せずにこくり、と頷き、名瀬に続いて屋敷の中に立ち入った。

 と、

 

 

 

「――――では、リノア様。お気をつけて」

「お時間を取らせてしまい失礼いたしました。それでは………」

 

 邸宅の玄関扉が開け放たれ、高級そうなスーツに身を包んだ一人の中年の男が中から出てきた。………今、リノアと………?

 エントランスゲートに向かい振り返ったその男と目が合った。

 

「おや………?」

「よお、リノア社長。―――カケル、こちらはエウロ・エレクトロニクス系テイワズ傘下企業の一つ、〝リノア重工〟社長のグノー・リノアさんだ。お前んトコのフェニー・リノアの親父さんだ」

「え………!? は、初めまして。鉄華団の蒼月駆留と………!」

 

 俺は慌てて自己紹介しようと………だがグノー氏はいきなり俺の両肩をガシッ!! と掴んできた。

 ち、近い近いっ!!

 

「……………き、君がフェニーの初めての彼氏かね?」

「へ!? え、えーと………お、俺としてはフェニー、さんと仲良くさせてもらえればと………」

「そうか………やっとあの、妻に似てまともな男が怖気づいて寄り付かない性格で男運も無い上に、ジャスレイ様以下片っ端から正妻側室の縁談が破談し続けてきたフェニーにも彼氏が………」

「は、はぁ………」

 

「カケル君ッ!!!」

 

 ごっつ!!! と額同士が激突して俺の意識は一瞬飛びかけた。この、妙な押しの強さはきっと両親それぞれから受け継いだのだろうな………などと脳裏の端で思ってしまったが、はっきり言ってそれどころではない。

 

「いいかね………! 見ての通り私の娘フェニーは、妻に似て気が強くて、腕っぷしもあり、生活能力は皆無で、何よりも男の後ろに付き従うことを良しとしない奔放強情な子だが―――私のただ一人の愛娘である。万一、万が一! 傷一つでもつけたらだね………」

 

「い、命に代えてもフェニーは守る覚悟です!」

 

 当然の覚悟だが、とにかくこの男の強烈な圧から離れなければ。一見すると、嫁の尻に敷かれてそうな中間管理職風の弱々しい印象を受けてしまうが………そこはあのフェニーの父親だ。

 俺の言葉を聞いてようやくグノー氏は「そ、そうかね」と俺を解放してくれた。

 

「と、とにかく! 仕事柄難しいかもしれんが、フェニーに危険が及ばないよう最大限配慮したまえ。くれぐれも! 買ってやったモビルスーツに乗って戦場やデブリ帯を飛ぶような真似はさせないでくれたまえよ。くれぐれも!!」

 

「フェニーにはよく言っておきます………」

 

 フェニーがモビルスーツに乗るか乗らないかで大喧嘩した挙句、一発ぶん殴られたばかりなのだが………俺は、若干腫れた右顎の下を思わずさすってしまった。

 ようやく、グノー氏が踵を返してエントランスゲートへ向かって立ち去っていく。

 どっと疲れが押し寄せてきて、俺は「はぁ」と小さくため息をついた。

 

「い、いきなり疲れた………」

「はは。まあ、年頃の娘を持つ者として、色々必死なんだろうさ。察してやれよ」

「……名瀬さん、ちょっと面白がってません?」

「おいおい、面白いに決まってるだろうが。恋バナは女の大好物だからな。アミダたちにいい土産話ができそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「よぉ、来たか名瀬。それに………」

「お初にお目にかかります。鉄華団実働三番隊隊長、蒼月駆留と申します」

 

 通された応接室で盆栽を手入れして待っていたマクマード・バリストン。タービンズと鉄華団の兄弟結縁盃之儀で顏は見たことはあるが、こうして直に向かい合うのは初めてだ。

 深く一礼する俺に「若ぇのになかなか、しっかりしてるじゃねえか」とマクマードは鷹揚に笑ってみせた。

 

「地球行きで忙しいだろうに、呼びつけて悪かったなあ。なーに、大した要件じゃねえ。………おーい! 客人にカンノーリを出してやれや。クリームたっぷりのなぁ」

 

 その呼びかけに、通路で控えていた黒服が「へい」と一礼して踵を返す。表情が硬いままの俺に、マクマードは原作1期でオルガと会った時同様に気のいい笑みを浮かべて見せた。

 

「ウチのカンノーリはうめぇからな。オルガたちにも食わせてやったんだが」

「オルガからお話は伺っております。………えっと、ご配慮感謝いたします」

「はっはっは! 若ェのにそんな堅苦しくするんじゃねえよ! こっちまで肩が張っちまうぜぇ」

 

 やがて、黒服が「お待たせしました」と、数分と待たずに漆の皿に乗せられたカンノーリを運んでくる。一礼し、黒服が立ち去る所まで視線で見送った所で、

 

「まぁ、立ち話も何だからな。二人とも座ってくれ」

「し、失礼します」

 

 勧められるがままにソファに腰を下ろし、「はは、なに行儀よく待ってやがる。食え食え」と好々爺然とした態度を崩さないマクマードに、

 

「い、いただきます………」

 

 と頭を下げて、俺は恐る恐るカンノーリを1個、手に取って口に運んだ。口の中いっぱいに心地よいクリームの甘みが広がって、思わず1個丸ごと頬張ってしまう。

 その様子を名瀬共々、微笑ましい様子で見ていたマクマード。そこで葉巻を一本取り出して、

 

 

「なーに。今日の要件は大したことじゃねえよ。ちと面構えが見たくなってなァ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――ドルトで俺とノブリスを出し抜いた男の顔をな」

 

 

 

 

 

 発せられたその一言に冷たい戦慄が、俺の背筋を瞬間的に走り抜けた。

 思わず喉で詰まりかけたカンノーリを無理やり飲み込み、俺は努めて冷静に眼前のマクマードを見やった。………滴る汗だけはどうしようもなかったが。

 

「………誰が、何をしたと?」

 

「しらばっくれるようなコトでもねェだろうが。お前ら鉄華団に託したGNトレーディングの荷物の件。お前さんは――――中身を察して鉄華団とクーデリアに警告し、届け先のドルトの労働者組合にも話が通じるように裏で渡りをつけた。結果、アフリカンユニオン政府も味方につけて暴動は大成功し、ギャラルホルンの面子は丸潰れ。ドルトカンパニーも、労働条件の改善に応じざるを得なかった。なかなか楽しい筋書きじゃねえか」

 

「全てがご自分の思惑通りに行かなかったからと、俺に八つ当たりする気ですか?」

 

 1期でのドルトでの一件は、クーデリアが絶望的な困難の中でどのように真価を発揮するのか、マクマードにとってはそれを試す舞台だったのだろう。使えない武器を与えられた労働者たちはギャラルホルンに虐殺され、自身も死に晒される。ノブリスの手下たち………ノブリスのエージェントであったフミタンや殺し屋たちの手で。その状況下でどのように〝化ける〟のか、マクマードは見定めたかったのだろう。

 

 俺は、その思惑を台無しにした。労働者に与えられた武器が使用可能になるよう働きかけ、鉄華団も巻き込んでギャラルホルン・アリアンロッド艦隊に一発ぶちかました。おそらくこの一件で、テイワズやノブリスとギャラルホルン三者の、水面下での関係は一気に冷え込んだことだろう。金銭に換算すれば一体どれだけの損害が発生したのか、俺には想像もつかない。

 

 だが―――――、

 

 

「ですが、マクマードさんの思惑である『クーデリア・藍那・バーンスタインの真価を見定める』という目的は達成できたはず。アリアンロッド艦隊を言葉で退けたのはクーデリアさんです。彼女は、あなたに莫大な利益をもたらしてくれる金の卵で間違いなかった。………俺は、傭兵として自分に危害が及ばないように立ち回ったに過ぎません。ご存じの通り身体が資本ですので」

 

「………ほう」

 

 納得していないのは火を見るよりも明らかだった。だが俺としても全部をつまびらかにするつもりはない。………残っていたカンノーリをもう1本、口に運び、親指に付いたクリームを舐めて、俺は〝圏外圏で最も恐ろしい男〟の次の言葉を待った。

 

 長い数分。マクマードは葉巻をくゆらせ続け、名瀬は足を組んで事の次第を黙って見守っている。ふぅ――――、とマクマードが吐いた煙が中空に溶けて消えて、

 

 

 

「お前さん、〝厄祭教団〟って組織に聞き覚えはあるか?」

 

 

 

 厄祭………? 原作には登場しなかったその固有名詞を、俺はすぐに脳に埋め込まれた情報チップで検索をかけた。

 

〝厄祭教団〟――――1件の該当あり。

 厄祭戦時代を復活させ、その文化習俗、文明、技術を蘇らせるべく教義を掲げる宗教組織。不透明な人や金の流れから20年以上前にギャラルホルンによって違法組織に指定されたが、組織としての構成、人員、規模すべてが不明。違法組織指定後は活動現場を確認することもできず、ギャラルホルンによる捜査は10年以上前に打ち切られている――――――。

 

 

 なぜ、マクマードはその組織の名前を?

 

 

「聞き覚え………名前と概要程度でしたら」

 

 そうか。と、灰皿に灰を落としながら、マクマードは続ける。

 

「ドルトでの一件は、お前さんの言う通りだ。多少目算が狂った所もあるが本来の目的を達成することはできた。俺としてもこれ以上ガタガタ抜かす気はねえよ。だが、一つだけ聞かせてくれ。………お前さん、〝厄祭教団〟とつるんでるのか?」

 

「いいえ」

 

 即答した。見ず知らずの組織だ。だが、この場でマクマード・バリストンの言葉の端に乗ったことから………ヤバい組織集団であることは容易に想像できた。

 厄祭教団――――この名前、覚えておこう。

 

「全て俺が、俺の判断で行動したことです。俺に後ろ盾はありません。………テイワズ以外には。マクマードさんが俺を目障りだとお考えなら、俺はこの場で死ぬしかないと思います」

「………それだけの大事をやらかした自覚はあるんだな?」

「俺や鉄華団、それに雇い主であったクーデリアさんにとって、また自身の安全のために最善の行動を取ったまでです」

 

 俺は、マクマードの目を真っ直ぐ見据えた。圏外圏において一大権勢を築き上げた男、その凄まじい圧に目を逸らし、逃げ出したい気持ちに駆られてしまうが、食いしばって耐える。

 

 

 

 どれだけ沈黙が流れたのか。「ふ………」と口角を緩めたのはマクマードだった。

 

 

 

「………はァっはっは!! そうかそうか。なら、この話はこれで終いだ。お前は自分と雇い主、仲間のために頭と度胸を働かせた。中々の切れ者じゃねえか。……どうだ? 俺ならもっと金になる雇い主を紹介してやれるが。お前さん程の傭兵なら相場の倍、いや3倍出しても惜しくはねえよ」

 

 すっかり茶目っ気のある好々爺に戻ったマクマードだが、俺は静かにかぶりを振った。

 

「お心遣いありがとうございます。ですが結構です。俺には、鉄華団でやるべきこと、やりたいことがありますから」

「うむ、そうか。確かこれから地球経済圏、アーブラウからの仕事を受けるんだったな。なかなかでけェ仕事を引っ張ってきたじゃねえか。お前らの働きがテイワズの地球での稼ぎにも直結するからな。気合い入れて行ってくれや」

 

「はい! ご期待に応えられるよう粉骨砕身、仕事をさせていただく所存です………つきましては」

 

 

 テイワズ全体を取り仕切るマクマードに面会できる今しかない。俺はソファに腰を据えたままずい、と身を乗り出す。

 

 

「つきましては地球での人事―――――監査役や事務関連の外部アドバイザーの人選について、マクマードさんよりご言質をいただきたいものがあるのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 蒼月カケルがマクマードの代表邸宅から立ち去る。

 窓越しにそれを見守りつつ、マクマードは背後の名瀬へと振り返った。

 

「………どうだ? 名瀬」

「嘘は言ってねぇ………ように見える。少なくとも嘘をつく目をしていなかった」

「ふ、俺と同じだな。………正直、なかなか小気味いい若者じゃねえか。度胸もあって頭も回る。戦闘の腕もピカイチときた。だがな………」

 

 マクマードは、執務机の上に置いてあったタブレット端末を名瀬に手渡した。

 表示されていたのは、カケルが所有するガンダムフレーム〝ラーム〟の整備記録。以前――――鉄華団とタービンズが義兄弟として縁結びする前、歳星に入港した時の記録だ。整備長が詳細に記録を残していた。

 

 名瀬は、指でモニター上の表示をスライドさせ、情報の一つ一つに目を通していく。

 

「一見するだけなら、ただの………レアなガンダムフレームだ」

「フレームの強度記録項目を見てみな」

 

 マクマードの言葉に、名瀬はその項目をモニターに表示させる。

 メカニックは専門外だが、それでもタービンズの長としてモビルスーツの記録には日々目を通している。

 数値の微妙な異常に、すぐ気が付いた。

 

「こいつは………」

「モビルスーツのフレームってのは、知っての通り数百年が経っても摩耗しない。リアクターの寿命はさらに長い。だが人間が作る物だ。数百万分の一であっても、かならずフレームは削れる。………だが、こいつは」

 

〝ラーム〟には骨董品と呼ばれる厄祭戦時代のモビルスーツ特有の………コンマ単位でのフレームの劣化、数百万分の一の強度低下すら発生していなかった。

 この数値を示すことができるのは、〝百錬〟や〝百里〟といったごく最近になって開発されたテイワズのモビルスーツ、もしくはギャラルホルンの機体だけ。どれだけ完璧に保存しておいたとしても、経年によって人間の被造物はわずかであっても消耗する。

 

 それが存在していないということは――――――

 

 

 

 

 

「親父まさか………」

「ああ、そのまさかだ。カケルが乗り回している〝ガンダムラーム〟は厄祭戦時代に製造された骨董品じゃねえ。――――――つい最近になって造られた(・・・・・・・・・・・・)新品のモビルスーツ(・・・・・・・・・)だ」

「だがガンダムフレームのリアクターは、今のギャラルホルンでも製造できないっていう………」

 

 

「できるヤツがいるじゃねえか」

 

 

 厄祭教団。

 厄祭戦時代を復活させ、その文化習俗、文明、技術(・・)を蘇らせるべく教義を掲げる宗教組織。

 テイワズ独自の情報網によれば………ギャラルホルン、テイワズ同様に独自のモビルスーツ製造技術を保有しているという。

 リアクターの製造技術も。

 

 裏社会で恐れられる組織には一つの共通点がある。『自らに関する情報を外部に知られていない』という点だ。

〝厄祭教団〟は本拠地も、規模も、財源も、組織としての中核に関わる情報の多くが闇の中に厳重に閉ざされている。彼ら自身の手によって。裏社会において完全に自らを秘匿するだけの資金力、情報力、そして実力を有しているのだ。

 それを探ろうとすれば、相応の報復が与えられる。例え相手がテイワズでも、ギャラルホルンであったとしても。

 莫大な資金を投入し、無数の諜報員を死に至らしめて入手できたのは断片的な情報ばかり。それだけで、いかに厄祭教団と呼ばれる組織が危険であるかは理解できる。そんな危険な連中に立ち向かう愚かしさも。

 

 

「じゃあ、やはりカケルは厄祭教団と………」

「つるんでいるか、もしくは知らずに利用されているのか。何にせよ、こいつはちと厄介な案件だ。――――カケルを殺して済むような話なら楽なんだがなァ」

 

 だがそのようなことをすれば、もし蒼月カケルという男が厄祭教団と深い関わりを持っていた場合………教団を刺激することにもなりかねない。いかにテイワズが巨大組織とはいえ、全貌も不明な得体の知れない連中を相手にやりあうのは、あまりにも分が悪すぎる。

 

 

 は………、とマクマードは葉巻の煙を吐き出す。

 

 

「名瀬、カケルの動きから目を離すな。今はそのぐらいしかできねぇ」

「分かりました」

 

 名瀬もまた立ち上がり、応接室から去る。

 マクマードはそのまま静かに、窓の外の景色を眺めていた。その心中を誰にも推察させることなく。

 

 

 

 





【オリメカ解説】

・STH-14s〝百里〟(フェニー機)

鉄華団メカニックであるフェニーが実働三番隊の地球行きにあたり後方支援用として導入した(父親に買ってもらった)モビルスーツ。
テイワズ製〝百里〟をベースに、本機の特徴である大型バックパックにはスラスターガス補給ユニットや補給ホース、ウェポン取付ラックが備え付けられており、本来長期戦に向かない重量機である〝ガンダムラーム〟や〝ランドマン・ロディ〟の稼働時間延長のための補給機として活躍する。

〝百里〟本来の持ち味である大推力による高速戦闘能力・長期航続能力や高度索敵能力も健在。但し、基本的に非武装の機体であり、パイロットとなるフェニーの技量の問題もあり、モビルスーツの護衛を不可欠とする。

(全高)
18.5メートル

(重量)
33.4t

(武装)
基本的に非武装。(大型バックパックにウェポン取付ラックが備えられており、バズーカ砲、ライフル等の持ち運びは可能)

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【オリキャラ解説】

グノー・リノア

出身:木星圏
年齢:45歳

エウロ・エレクトロニクス系テイワズ子会社、リノア重工の代表取締役社長を務める男。フェニーの父親。
自身もモビルスーツの製造開発に携わる技術者であり、同時にテイワズ幹部の一人としても経営に参画する。
自身が斡旋したテイワズ系の企業を辞めて男だらけの鉄華団に加わったフェニーを案じており、マクマードやジャスレイとの縁談を勧めようとしたり、モビルスーツを買い与えて引き止めようと試みるが一切上手くいかず、やむなくカケルにフェニーを危険な目に遭わせないように念を押す。


(原作では)
登場無し。
テイワズ技術部門の幹部として、現場や経営に関わり続けた。

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お待たせしましたm(_)m
全2話にて投稿したいと予定しています。

次話については、特に問題なければ翌日(6/10)更新予定です。






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5-2.

▽△▽―――――▽△▽

 

 歳星での俺の仕事は大きく4つ。

 

1つ。先の戦いで撃破した民間警備会社〝マーズファング〟から賠償金として譲渡されたモビルスーツのテイワズへの売却。―――これは、すでに納入を完了し、今頃見積書が火星のメリビットの所へ届いているはずだ。請求書発行等の手続は向こうに任せておけばいい。

 

 2つ。譲渡されたガンダムフレーム〝サブナック〟の修復を歳星工廠に依頼すること。これも完了し、今頃歳星整備長が夢中になって取り組んでくれていることだろう。

 

3つ。歳星の設備で修復された強襲装甲艦の受け取り。

鉄華団実働三番隊の所属艦となる〝カガリビ〟は出港準備を終え、残る物資や装備の搬入が完了し次第出発する。

 

 そして4つ目。テイワズ代表マクマード・バリストン氏との会談。

 成果を上げることはできたと思う。まさか、自分がやったことをあらかた見破られるとは思わなかったが………

 特に鉄華団地球支部開設にあたる監査役、それに事務アドバイザーの人選について現地の担当者と交渉してもよい、という言質を得られたのは大きい。簡単な覚書ももらった。

 

 歳星での下準備は全て完了だ。

 後は火星で実働三番隊となる団員たちを乗せて、地球へ出発するのみ。

 

 

 

「〝カガリビ〟、最後の物資コンテナの搬入終わりました!」

「機関異常なし! タービンズの船が準備でき次第いつでもいけますっ!」

 

 ブリッジで操舵を担うのは、ブルワーズでブリッジ要員だった元ヒューマンデブリたちだ。デブリ帯を潜り抜けてきただけあって、仕事ぶりを一目見ただけで腕は確かだと分かる。

 俺は、艦長席に腰を下ろした。

 

「タービンズの状況は? 応援が必要そうか?」

「モビルスーツ用重火器の搬入に手間取ってるみたいです。………あ、通信が来ました」

 

 管制オペレーター席の団員が端末を操作してメインスクリーンに回線を繋ぐ。

〝カガリビ〟の前に停泊するタービンズ所属のコンテナ船――――〝ローズリップ〟号の船長、キャンベラ・マーフォードがスクリーン上で『ハーイ』と右手、フック状の義手を挙げた。

 

 

『悪いわね。工廠から持ってきた例の武器―――〝ビッグガン〟をやっとこさ収め終わった所さ。あと1時間もあればこっちは出発できるよ』

「了解です。そちらの準備ができ次第発進します」

 

 

 今回の地球行きにあたって、テイワズ……マクマード氏からいくつか〝餞別〟が贈られた。

『将来販売される新型機〝獅電〟の格安提供の確約』それに『テイワズの工廠で実験的に製造されたものの、量産化する見込みが立たずに放置された兵器の無償譲渡』だ。

 特に歳星整備長のイチオシが―――エイハブ・リアクター内蔵の三脚固定式巨大レールキャノン、通称〝ビッグガン〟だ。

 

 

 

――――この〝ビッグガン〟はスッゴイよォッ!! ギャラルホルン艦の主砲なんてメじゃないぐらいさ! 理論上は通常弾でも戦艦の装甲を貫通できる!!………まあ、多少取り回しに苦労するのと、バレル自体がレールキャノン発射の高熱に耐えきれずに一度の発射で溶解するからその都度交換しないといけないし、構造に比して威力が強すぎるという設計上の問題から照準能力もかなり低いけどねぇ………それでもッ! 君ならこのロマンに………失礼。ロマンに満ち溢れた兵器を使いこなせると信じてるよッ!!

 

 

 

 思い出したのが『機動戦士ガンダム サンダーボルト』に登場する同名のビッグガン、もしくは田中芳樹『タイタニア』に登場するワイゲルト砲なのだが……とにかく史上最強の大砲を作りたがるのは、男にとってロマンなのかもしれない。

 使い道は色々ある。

 

「いよいよ地球か………」

「その前に火星で団員を拾ってかないといけないけどね~」

 

 艦長席に座る俺の横に、ブリッジ入りしたフェニーが立った。「ふぅ」とここ一連の作業の連続に流石に疲れが溜まった様子で、前髪を軽く掻き上げつつ、

 

「アタシら地球で教官役するだけなんでしょ? いくら何でも重装備過ぎない?」

「政情が悪化して各経済圏が独自の軍事力を持つようになったんだぞ。経済圏単位で防衛軍が整備されるということは、つまり将来的には経済圏同士の戦争もあり得るってことだ。首を突っ込む気はさらさら無いけどな。あらゆる事態に備えておきたい。………家族を死なせる訳にはいかないからな」

 

 結局の所、鉄華団が今やっている仕事は、常に死と隣り合わせのものばかりだ。切った張ったの無い『まっとう』な商売をやっていくには、状況があまりに悪すぎる上に敵も多すぎる。

 面子を潰されたギャラルホルン。

 鉄華団や、兄貴分であるタービンズを疎ましく思うテイワズの派閥たち。

 ライバル業者。

 そして、万が一にも利害が対立すればマクマード・バリストンや、マクギリス・ファリドともやり合う事態だって想定できる。

 

 鉄華団が『本当の居場所』に辿り着く、それを守れる日を迎えるためには――――

 

 

「まーた難しい顔してるわね。最近、悩みすぎなんじゃないの?」

 

 コツン、とタブレット端末の端で軽く叩かれてしまい、思わず顔を上げると隣で立つフェニーがニッと笑いかけてこちらを見下ろしていた。

 

「大丈夫………なんて気楽に言えないかも知れないけどさ、鉄華団の子たちは皆、強い子ばかりだからさ。それに皆、カケルのこと信じてる。カケルも、アタシらを信じて頼ってみなよ」

「………だな」

 

 フェニーの言う通りだ。

 どの道、自分一人で達成できる問題じゃない。皆で力を合わせて戦わなければ、巨大な障害を乗り越えることなどできないのだ。今までも、それにこれからも。

 

「ああ。頼りにしてるからな、フェニー」

「モビルスーツの整備、それに補給は任せな!」

 

 操舵席やオペレーター席で、団員たちがソワソワしているのが分かった。俺は、一人一人に目を向けて、

 

「皆も、よろしく頼む。こんな頼りない隊長で悪いけど」

 

「そ、そんなことないですっ!」

「船のことは任せてください!」

「〝イサリビ〟には負けませんよ!」

「が、頑張ります………!」

 

 操舵手のティオ・ガーウェイに、パベル・スルール。

 通信管制のフォル・ティネアルに、火器管制のパウ・シェン。

 

 どれも11、12歳ぐらいの、食事事情が最悪だったブルワーズで育ってきたこともあって未だ発育不良さが残ってはいるが、大人顔負けの船乗りたちだ。メリビットによってIDも取り戻すことができ、ヒューマンデブリとしてではなく、一人の団員として鉄華団を、実働三番隊〝カガリビ〟を担ってもらうことになる。

 

 と、通信オペレーター席の端末に新しい表示が加わった。

 

 

「あ―――〝ローズリップ〟から入電! 予定前倒しで発進準備できたそうです!」

「よし。それじゃあ〝カガリビ〟が先行して発進する。総員配置につかせてくれ」

 

「了解!――――これより本艦は出港準備に入ります! 各班は担当のエアロック封鎖と人員の点呼を――――」

「エイハブ・リアクター出力上昇! メインエンジン点火! システム異常なし――――」

 

 メンテナンスケーブルや燃料補給用のガスが次々と解除され、準備が完了したエアロックは封鎖。物資や人員を往来させるための大型桟橋が港内に引き戻されていく。

 眼前のゲートの向こうには星の海が広がっており、全ての準備を整えた〝カガリビ〟が漕ぎ出でるのを待ち構えている。

 

「全システム異常なし。いつでも行けますっ!」

「推力15%。―――――〝カガリビ〟発進する!!」

 

 スカイブルーの強襲装甲艦が、機関に点火しゆっくりと〝歳星〟の宇宙港から出港する。続いてタービンズのコンテナ船〝ローズリップ〟も発進した。ゲートを潜った瞬間、満天の宇宙空間が全方位に広がる。

 

 2隻は木星外縁軌道を周回する〝歳星〟の航路軌道から離脱。火星に向かう航路へと転針した。

 

 

 

 

 2個の輝点………〝カガリビ〟と〝ローズリップが惑星間航行船〝歳星〟から離れる様を――――名瀬は宇宙港で、マクマードは自邸の前庭から、それぞれ静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

その同時刻。

 

『3番船、大破っ! 2番も推力低下中!』

『脱出を急がせろッ!! 敵モビルスーツを近づけさせるな!!』

『援護してくれ! 敵が――――――!!』

 

 それは、楽勝な仕事のはずだった。

 積荷は、テイワズ代表マクマード・バリストンの肝入り。希少金属を地球まで送り届ける仕事。そしてその護衛だった。

 木星圏でも限られたパイロットにしか供給されていない〝百錬〟が3機と、最近本格的に市場に出回り始めた〝ガルム・ロディ〟が5機。〝百里〟が2機の、計10機。護衛対象は3隻のコンテナ船。

 使う航路もテイワズ警備組織が目を光らせている、テイワズが管理する中でもとりわけ安全と言われる航路。

 

 十分な戦力。

 警備の行き届いた安全な航路。

 出航後、順調に地球まで辿り着ける。

 

 そのはずだったのに………

 

 

「くそォッ!!」

 

 

〝百錬〟を駆るパイロットの男は、迫る敵………宇宙海賊が操るヘキサ・フレームのモビルスーツ〝ジルダ〟目がけてライフルを撃ちまくる。被弾し、怯んで動きを止めた所を素早く肉薄してブレードを叩き込み、コックピットを潰して沈黙させる。

 各方向から宇宙海賊のモビルスーツが迫るが、練度面ではこちらに分がある。〝百錬〟や〝ガルム・ロディ〟〝百里〟の猛反撃を前に、敵機は次々撃破されていく。

 

 雑魚は問題ない。

 問題なのは―――――――

 

 

『見ろっ! また光が――――――!!』

 

 

 刹那、壮絶な光の奔流がデブリ宙域を貫いた。

 それは次の瞬間、傷つきノロノロと進んでいた1隻のコンテナ船………その上方にあった小惑星を切り裂き、吹き飛ばされた岩塊が衝撃波に乗ってコンテナ船へと襲いかかる。

 鈍重なコンテナ船に回避行動を取るだけの推力などある訳がなく、その巨体は一瞬にして降り注ぐ岩塊に押しつぶされて沈んだ。

 

『もう駄目だ! 船が2隻も………!』

『ち、畜生なんなんだよッ!! 光が降ってきて小惑星が吹き飛ぶなんざ………俺は悪い夢でも見てんのか!?』

『逃げようぜ! もう勝ち目ねェよ!!』

 

 またしても太い光線が迸る。

それは先ほど同様に浮遊する小惑星を吹き飛ばして、砕かれた無数の欠片が逃げ遅れた〝ガルム・ロディ〟2機を一度にぶち抜き潰してしまった。

 この……滅茶苦茶な光線が放たれた地点は、観測する限りべらぼうに遠い。

 だが、このまま放っておいたら護衛対象どころか自分たちまで全滅することは間違いない。

 

「雑魚共は任せるぞ! 俺は向こうの敵をやるッ!!」

 

 僚機にそう呼びかけて、〝百錬〟は戦場から一気に飛び上がった。

 目指すはデブリ宙域の奥―――――このバカげた光線が発射されたと思しきポイントだ。

 

 この辺りの宙域は、厄祭戦時代には開拓コロニー群が存在していたが、戦時に破壊されて今日まで、一部の航路以外復興されることなくごくありふれた戦場跡として放置されてきた。

 遠くに見えるスペースコロニーの廃墟に近づけば近づくほど、その破壊された構造の破片がデブリとなって密集している。だが〝百錬〟は手練れた挙動で、浮遊するデブリを回避していき奥深くに潜む敵へと迫った。

 

 またしても光の奔流。

 それは〝百錬〟の足元をかすめて………背後に置いてきたコンテナ船や僚機の辺りで数個、炎の花を散らした。

 

「舐めやがって………!」

 

 失敗した任務。そして仲間を失ったことに歯噛みしつつも、パイロットは尚も速度を緩めることなく敵地へと駆ける。厄祭戦時代の戦場跡でもあるこのデブリ帯には、放置されたままのエイハブ・リアクターがデブリに混じって残っており、コックピットのセンサー表示画面にはいくつものエイハブ・ウェーブの反応が映し出されている。

 だが、その中でもセンサーがようやく1個の濃いエイハブ・ウェーブの反応を捉えた時、パイロットは凶暴な笑みを浮かべた。1対1の勝負ならば十分に勝ち目はある。デブリの奥でコソコソ撃ってるだけの奴が相手なら猶更――――

 

 だが、デブリが密集している区域をようやく抜け出した〝百錬〟の前方モニターに、次の瞬間映し出されていたのは、

 

 

 

 

「な………ギャラルホルンの戦艦だと!?」

 

 

 

 

 見間違えようもない。ギャラルホルンのハーフビーク級戦艦。

 それが1隻、悠然と〝百錬〟の目の前を航行していたのだ。続けて響くレーザー照準警報。

 ハーフビーク級戦艦が張った分厚い弾幕を目まぐるしい機動で回避しつつ、〝百錬〟は堪らずに撤退した。

 

 

「馬鹿な………! ギャラルホルンが何でテイワズの船を襲う!?」

 

 

 ギャラルホルンとテイワズは敵対関係にはない。むしろ、現代表マクマード・バリストンと圏外圏を統括するアリアンロッド艦隊は良好な関係を築けていると、木星圏裏社会の誰もが知っていた。

 それが何故――――――!?

 

 

 それだけではない。

 

 

【CAUTION!】

 

 

 古い難破船を足場に、1機のモビルスーツが巨砲を構えて佇んでいた。

 こちらに目もくれることなく、次の瞬間、その砲口から――――凄まじい光の奔流を撃ち放った。

 デブリ宙域が真っ直ぐ撃ち抜かれ、遥か遠方で爆発の火球がいくつも上がる。ちょうどあの辺りに、護衛するはずだったコンテナ船と、それに仲間の機体が………

 

「く………貴様がァッ!!」

 

 ライフルを撃ちまくりながら、〝百錬〟は敵機に迫った。

 そこでようやく、敵が振り返る。

頭部の鋭い双眸が、静かにこちらを睨みつけてきた。

 

「こいつ………ぐあ!?」

 

 刹那、光の奔流が〝百錬〟を周囲のデブリごと一瞬にして飲み込んだ。

 激光、それに降り注ぐデブリや岩石。コックピットモニターは灼かれ、デブリの直撃、そして爆発。衝撃。引き裂かれる装甲。

 サブモニターに次々と警告が表示され………パイロットは弾倉の爆発によって右腕ごと火器を失ったことを知った。

 

 そして凄まじい光と衝撃の混沌がようやく収まったその時―――――――

 

 

 

「な………!?」

 

 

 

 敵が、すぐ目の前にいた。

 視界全てに大写しとなる敵機のツイン・アイ。

 敵機の左のマニピュレーターが伸び、モビルスーツの頭部が潰される音と共に視界の半分が覆われる。

 そして残る敵の右手に握られていたのは………見たことも無い、光の剣。

 

 それに――――――?

 

 

 

 

『――――――ハッハッハぁッ!! まさしく………虫ケラだなァッ!!』

 

 

 

 

 飛び込んできた敵からの接触通信。

 それが、光の剣にコックピットごと飲み込まれる寸前、パイロットが最期に聞いた「悪意」だった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日。

 テイワズ資源採掘部門のコンテナ船3隻と護衛のモビルスーツ10機が、テイワズ保有の木星圏―地球間航路内、廃棄コロニー群のデブリ宙域で消息を絶った。

 

 

 




【オリキャラ解説】

キャンベラ・マーフォード

出身:木星圏
年齢:31歳

タービンズ所属のコンテナ船〝ローズリップ〟号の船長を務める女性。
過去の事故から右腕を失っており、先端が鋭利なフック状義手を取りつけている。
男の下につくことを良しとしない男優りの豪放な性格の持ち主であり、危険な惑星間航行を行うコンテナ船を指揮するだけの技量と頭脳、それに度胸を備えている。

(原作では)
登場無し。
2期時点にてギャラルホルンの強制査察により身柄を拘束されたが、解放後はアジー率いる新しい輸送船団に合流した。


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【オリメカ解説】

・ビッグガン

テイワズ技術部門から鉄華団実働三番隊に譲渡された、エイハブ・リアクター内蔵の三脚固定式巨大レールキャノン
エイハブ・リアクター1基をジェネレーターとして内蔵し、モビルスーツ用火器としては破格の攻撃力を誇る。理論上は最大出力で発射すれば、通常弾頭であっても戦艦の装甲すら貫通できると言われるほど。

しかしその出力にバレルの耐久力が追いついておらず、一度発射すればバレルが溶解するため、発射毎にバレルの交換・調整が必要となる他、艦砲並みの大型兵器であるため、取り回しが難しいという欠点も持つ。また、試作段階で構造調整が不十分なままとなっており、照準能力は低く遠距離射撃には適しない為、通常戦闘での運用には向かない。


(ナタタク さんよりアイデアをいただきました。ありがとうございます!)




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1.5期第5話についてはこれで終わりとなります。
次話については、準備でき次第更新もしくは活動報告でお知らせできたらと思います。





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6-1. 67番目の悪魔

お待たせしましたm(_)m



▽△▽―――――▽△▽

 

―――――いつかの記憶。

 ああ、と思い出す。小学……5、6年の頃だったか。いや、3、4年だったか?

 

 

 

 

『じゃあ、行ってくる。帰ってくることはないと思うが、生活については何も心配しなくていい。おじいちゃんにたまには様子を見るよう頼んであるし、後見人も指定してある。困窮させることはないからな。役所とレクサスの人が来たら、おじいちゃんの所に行くように言ってくれ』

『分かった』

 

 

 

 

 それじゃあ、と父は振り返ることなく、小さなキャリーバッグを引いて家を出て行った。

 それから――――父の顔を見ることは二度となかった。母に至っては、何も言うことなくある日突然いなくなってしまった。日本での生活に嫌気が刺して、ヨーロッパのどこかの国にある日本語学校で教師として働くことにしたらしい。

 

 父は、祖父から受け継いだ商社を大きくして、海外を飛び回りながら働くことにしたという。子育てしながら仕事をする気は無い、邪魔になる、と真正面から言われた。母は、祖母に育児を任せて、自分の仕事や友人付き合いで忙しい様子だった。まともに会話した記憶すらない。

 

 

――――おそらく俺は、父方、母方それぞれの祖父と祖母の言葉を聞、様子を見る限り、両親が義務的に結婚し、出産した結果生まれた子供らしい。

 子供を愛するよりも、自分の仕事や趣味の方が遥かに大事。自分の両親がそういう人種であることは明らかだった。

 

 

 生活に困ることは無かった。家事は大抵、お手伝いさんか父方の祖父、母方の祖母がやってくれるか、来ない日は自分で普通にやっていた。毎月結構な額の生活費も貰っていた。

 子育てよりも自分のことを優先する両親に生まれた以外は、小中高と、何ら問題なく生活できていたと思う。

 

 

 

『――――まったく! どこであの子の育て方を間違えたのか………。すまないね、あんな父さんで。やはり留学なんてさせたのが間違いだったね。駆留は、日本でちゃんと大学院まで出て、国外までフラフラしないお嫁さんを貰って、ちゃんと子育てもしなさい。あんな父さんみたいになってはいけないよ。あれのことは忘れなさい』

 

 

 

 父方の祖父は家に様子見に来るたびによくそう言っていた。母方の祖母も似たようなことを言っていた。

 結局の所、高校生になるまでに俺が知ったのは、世の中にはそういう人種もいるということ。社会人や血族の義務として子供を産んで、育てる。手がかからなくなれば生活だけ保障してさっさと見捨てる。

 

 他人から見れば『高校生が気楽に一人暮らししている』だけ。事実その通りだ。孤児でもなければ困窮している訳でもない。俺が他人の同情を誘うなんて、まずありえないだろう。

 

 自分が苦しんでいたとしても、その苦しみは自分にしか観測できない。

 結局は自分一人で苦しんで、自分の力で割り切るなり

解決するしかない。

 

 

 俺は―――――――――――

 

 

 

 

 

*******************

*********

 

 

 

 

『……ケルさん! カケルさん! 火星からのシャトルが〝方舟〟に到着しました!』

 

 通信越しに自分に呼びかける声。そこでようやく俺は〝カガリビ〟の自室、その机の上で突っ伏している自分に気が付いた。書類データに目を通している途中で寝落ちてしまったらしい。

 

 俺は、手元の端末を操作し通信回線を開いた。

 

「ああ、悪い。了解した。団員の受け入れと物資の搬入を進めてくれ。俺も現場に出る」

『了解っ!』

 

 まだ、頭の片隅がハッキリしないまま、俺は立ち上がって自室から出た。とにかくも今は自分がやるべきことをやる。夢の内容で思い起こした苦い気持ちを切り替えて、俺は格納デッキに向かって通路を歩く。

 

 テイワズ本部〝歳星〟を離れた鉄華団実働三番隊所属艦〝カガリビ〟は、数日の宇宙航行の後に火星の民間共同宇宙港〝方舟〟に到達。火星から上がってきた団員や物資を乗せ、地球行きへの出発準備を着々と進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 火星の民間共同宇宙港〝方舟〟。

 その一角…鉄華団に割り当てられた桟橋区画にて。

 

「いい? ライドもダンジも、朝はちゃんと起きて、メシもちゃんと食って、なるべく身綺麗にして、シノさんたちの言うことをよく聞いて、えーとそれから………」

 

「わかってるって! 俺たちをガキ扱いすんじゃねえよ!」

「………ホントーに大丈夫ならこんなこと言わないんだけどねー。ダンジも、無茶し過ぎないこと! 訓練の時はシノさんの指示をちゃんと………」

「分かった分かったから! ほら、さっさと行けって!」

 

「うーん。不安だなぁ。エンビとエルガーにも、三日月さんに失礼が無いように言って欲しいのと、アトラさんにちょっかいかけないことと、なるべく炊事選択も手伝うようにして欲しいのと、それから………」

 

「だーかーらー! ソレ全部、火星本部出る前に聞いたって!!」

 

 

 地球に発つタカキと、それを見送るために〝方舟〟までついてきたライドやダンジたちがギャーギャー言い合っている。

 と、

 

 

「お兄ちゃん! お待たせっ!」

 

 

 向こうの通路から大きなカバンを背負った女の子―――タカキの妹であるフウカ・ウノが駆け寄ってきた。

 これまで、タカキの後押しもあって火星では比較的まっとうな孤児院で過ごしてきたフウカだが、タカキの地球行きに合わせて施設を退所し、一緒に暮らす運びとなったのだ。

 

 

「フウカ! お別れはもう済んだ?」

「うん。………施設の皆と別れるのはちょっと寂しいけど、地球に着いたらお便り送る約束したから」

「あ。船に乗ってる間も、火星とは連絡が取れるよ」

「ホントに!?」

 

 

 兄妹の何気なく、微笑ましいのどかな光景に、ライドとダンジは互いに顔を見合わせて「じゃあな」とその場を離れることにした。

 

 

「あ、ちょっと待った二人とも! 三日月さん、よく動力室で昼寝するから毎日ちゃんと掃除………」

「「それも火星で全部聞いたっての!!」」

 

 

 

 

 一方、その向こうでは、

 

「それじゃあ、その………気を付けてな」

「頑張れよ」

 

「昌弘もな。デルマも」

「俺らがいねー間にくたばるんじゃねーぞ!」

「………ビトーの方が先にくたばりそうだけどね。無茶しすぎて」

「そ、そんなことねーよっ!!」

 

 地球行きが決まったアストン、ビトー、ペドロ。それを見送る昌弘とデルマ。

 それ以外、特に何か言うべきことがある訳でもなく、互いの間に沈黙が流れ、アストンから「それじゃ」と踵を返そうとしたのだが――――

 

 

「ここにいたのか」

 

 大柄な体躯……近づいてきた昭弘に、5人の〝弟〟たちは一斉にそちらを見上げた。

 

「昭弘さん………」

「すまんな。他の〝兄弟〟たちから回っててな」

「そんな、その……面倒だったら別に………」

 

 気まずげに言い淀むアストンの頭を、昭弘はその大きな手を置いて軽く撫でた。

 

「地球での仕事は、これからの鉄華団の、家族のためになる大事な仕事だ。頼んだぞ………アストン・アルトランド」

「! は、はいっ!」

 

「無茶するんじゃないぞ。ビトー・アルトランド」

「お、おうっ!!」

 

「気を付けて行くんだぞ。ビトーを頼む。ペドロ・アルトランド」

「はいっ!!」

 

 ブルワーズの元ヒューマンデブリたちの多くは、オルクス商会の元デブリ達とは異なり、メリビットの尽力を以てしてもその身元や苗字すら見つけ出すことができなかった。ブルワーズはヒューマンデブリのデータを粗雑に扱っており、IDや売買履歴に至るまで散失させていたのだ。

 そういった身寄りの無い者たちを、昭弘は、昌弘と相談し彼らを〝弟分〟として受け入れ、アルトランドの苗字を分けることに決めた。

 

 アストン・アルトランド。

 ビトー・アルトランド。

 ペドロ・アルトランド。

 デルマ・アルトランド。

 

 他にも10人の元デブリがアルトランドの名前を分け与えられた。他にも元デブリ団員や年長の団員も、身元引き受け人として名乗りを上げて元ヒューマンデブリはほぼ全員が身元を確定することができた。残りも目途がついている。

 

「アストン、ビトー、ペドロ、デルマ、それに昌弘。お前たちは俺の、大事な弟だ。だがそれ以上に………鉄華団という大きな家族の一員だ。それを忘れないでくれ。3人とも必ず、全員無事に戻ってくるんだぞ」

 

 はい!! と弟たちの小気味よい返事に、昭弘は満足げに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

――――ブルワーズにいたヒューマンデブリの生き残りには、苗字のないヤツが多くてな。

 

 原作2期、第33話【火星の王】での昭弘の言葉だ。

 元ヒューマンデブリの団員が苗字を持たない経緯はそれぞれだ。幼い頃にデブリとなり、親の顔を覚えていない者。デブリとしての過酷な重労働、主人からの虐待、戦いの中で昔の記憶を失った者。………メリビットの話によると、圏外圏にはデブリとして〝出荷〟することを前提に娼婦に子供を産ませる業者まで存在するらしく、そういった者は最初から身元も、IDも存在しない。

 

 ブルワーズから譲渡され、団員として鉄華団に迎え入れられた元ヒューマンデブリたち。半数以上は身柄と一緒にIDや身元に関わる情報も抽出されて、苗字を探し出し、確定することができた。オルクス商会の元デブリはほぼ全員だ。

 

 それでも、どうしても身元が見つからなかった者も多い。そういった者たちは、昭弘が率先して〝弟〟として引き取ることにしたという。火星に着いた時俺は、アストン、ビトー、ペドロ、デルマがアルトランド性を与えられたことを知った。

 

 だが、苗字を失った子供はまだいる。到底昭弘一人では引き受けきれない程に。

 

 

 

『頼みがある。クレストを引き取ってくれないか?』

 

 

 

〝方舟〟に到着した時、現れた昭弘からの言葉に、俺は一瞬返す言葉を失った。

 クレストは、ブルワーズから保護したヒューマンデブリの一人だ。〝イサリビ〟での騒ぎ以降、何かと行動を共にする機会も多く、華奢な見た目に反して頼れる歴戦のモビルスーツ乗りだ。

 

 俺が………? 驚く俺に、今度は隣にいたメリビットが一歩進み出た。

 

『昭弘さん一人では到底、身元の分からない元ヒューマンデブリの子供たち全員を引き取り切れないの。でも、もし難しいのなら………』

『いえ。大丈夫です』

 

 すぐに頭の中を整理し―――実働三番隊隊長としての仕事をこなしつつ+1人の生活の面倒を見ることができるかを計算し―――少なくとも自分の能力を過分に超えている訳ではないと判断。

 だが………

 

 

『俺としては問題ありません。ですが、クレスト本人と話をさせてください』

 

 

 

 

 

 

――――そして現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

鉄華団実働三番隊の元ヒューマンデブリ、クレストにとって一番古い記憶は、一番思い出したくない記憶………母さんと一緒に乗っていた客船が海賊に襲われて――――崩落した通路に呑み込まれて目の前で、母さん………だったものが潰れた時。

 

 持ち物も全部無くなった。買ってもらったバイオリンも、地球の家から持ってきた荷物も全部。

 

 どこにも逃げ場所なんて無くて、怖くて、悲しくて、心の何もかもがグチャグチャになって、その場でうずくまっていた所を、海賊の兵士に捕まった。

 着ているもの全部を奪われて、汚い袋の中に押し込められて、殴られて……お前はもう人間じゃない、デブリだ。と何回も、何回も耳元で怒鳴られて―――――

 

 助けて、と何度も祈った。

 その度に……お前はデブリだ、と罵られ、何度も殴られた。

 デブリは助からない、とすぐに理解した。

 

 

 ヒューマンデブリが売られる先は、どこもまともな所じゃない。阿頼耶識を埋め込まれて輸送業者の荷役用デブリとして。次はコロニーの外壁修理、クズ拾い、物乞い、売春宿の下働き。どれだけ働いても残飯をぐちゃぐちゃにしたような食事しかもらえず、大人たちに毎日殴られ、蹴られ、周りの仲間もすぐに死ぬか、自分の境遇を考えすぎるヤツは自分から命を絶った。

 

 自分が昔どこで何をしていたのか。

 何でこんなことをしているのか。

 すぐに分からなくなって、自分はただの〝道具〟だと考えるようになった。

 

酷使されすぎて働けなくなったデブリは、宇宙に捨てられるか、裏路地に繋がれたまま飢え死にして野良犬の餌になるか、まだ動ける者はヒューマンデブリの行先として最低と言われる、宇宙海賊の捨て駒としてひと山何ギャラーという安値で売り飛ばされていく。クレストも、何日過ぎたか数えるのを止めてしばらくした後、飼い主に「もうコイツは使えない」と殴り飛ばされて、また汚い袋に詰められて………行きついたのがブルワーズだった。

 

 

 最初に銃を持たされて、襲った船の乗組員を撃つよう命令されて、引き金を引いた時。

 陸戦隊に回されて、薬を嗅がされて、訳が分からないまま襲撃した貨物船で戦った時。何十人とデブリが突撃させられて、生き残ったのはクレストと数人。

 モビルスーツの人手が足りなくなって、阿頼耶識のショックに耐えられたクレストが予備のパイロットに選ばれた。

 

 襲って、

 殺して、

 剥いで、

 奪って、

 

 殴られて、

 働かされて、

 毎日腹が減って、

 喉も乾いて、

 海賊の捌け口にさせられて、

 

 

 

―――――今日まで過酷な世界で生きてきたお前らは、宇宙で生まれ、宇宙で死ぬことを恐れない、誇り高き………選ばれた奴らだ!

 

一緒に行くぞ。鉄華団は、お前たちを歓迎する。ヒューマンデブリとしてじゃねえ。鉄華団の新たな一員として。仲間として

 

 

 

 その言葉で、オルガ団長はブルワーズのヒューマンデブリ全員を、鉄華団に迎え入れてくれた。

 鉄華団での日々は、今までの生活とは真逆だった。腹いっぱい、それも1回だけじゃなく1日に3回も食べさせてもらえる。野良犬も食わないような骨と皮だけだった身体に、ちゃんと筋肉がつくようになった。

 殴ってくるような大人もいなくなった。鉄華団に入ってからは一度も、おやっさんや鉄華団の大人たち、それにカケルのような兄貴分から殴られるようなことは無かった。逆に、鉄華団での仕事を教えてくれ、忘れていた食事の仕方、勉強だって教わった。

 

 それは、自分がゴミであることを忘れてしまいそうなほど、温かくて優しい毎日だった。

 それだけでもバチが当たりそうなのに、今度は………

 

 

 

 

 

 

 

「クレスト、お前を引き取りたい。お前の身元は………分からなかった。だから俺が面倒を見たい」

 

 身元が分からなかったのは、クレストもメリビットさんから聞いていた。当然だ。ゴミクズを金を出して探そうとする奴なんているはずがない。

父さんが地球にいるはずだが、顔も思い出せない。きっと、向こうだってそうだろう。

 ヒューマンデブリは、一生ヒューマンデブリだ。昔がどうだったなんて関係ない。小銭で売り買いされて、使い潰されて、死んだら宇宙に捨てられる。それだけの存在。

 

 なのに―――――

 

 

「おれ、カケルの………?」

「弟、ということになるな。………つまり、今までの自分の苗字から離れることになる」

 

 自分の苗字、そう言われて思い出せるデブリは多くない。クレストもそうだった。自分がどこの誰かなんて、ブルワーズでは必要ない。昔話をする余裕なんて無かったし、毎日働かされて、戦わされてそれどころじゃなかった。

 

「おれ、自分の名前、しらない」

「母親がいたんだろ? つまり………俺に引き取られるということは形の上で、母さんとは関係の無い他人になるということだ。俺には無理強いできない。選んでくれ」

「………?」

 

「もし俺に、他の奴にも引き取られるのが嫌だ、って言うなら、独自の身元を作れるようにする。その時でも、俺にとってお前は、鉄華団という家族の一員だ」

 

 選ぶ………今日まで〝選ばされた〟ことしかないクレストには、一体どうすればいいのか分からない。

 

「カケルが選んで………」

「選べない。お前の将来に関わる大事なことだ。今決めなくてもいい」

 

「カケルは……?」

「俺は、お前を引き取って、自立できるまで面倒を見てやりたい。それが、ブルワーズからお前を譲り受けた鉄華団として、俺としての責任の取り方の一つだと思ってる。それが兄弟としての形でなくても構わない。………だがもし俺がお前を引き取っていいのなら、兄としてお前を全力で守る」

 

「ゴミクズのおれ、を?」

 

「昔どうだったかは関係ない。俺だって人のこと言える程じゃないしな。それでも、未来は変えられる」

 

 

 未来を変える………

 また、ヒューマンデブリに馴染みのない言葉が出てきた。デブリに未来なんてない。働かされるか、戦いに駆り出される明日しかなかった。

 

 

「おれ………」

 

 

 カケルの〝弟〟になる。それがカケルの望みならそうする。カケルの望むことなら何だってする。こんな汚い身体でもカケルの役に立つのなら………

 でも、どうすればいいのか分からない。どうすればカケルが喜んでくれるのか。

―――カケルの思い通りにいかなかったら? おれが、余りにもバカすぎて、カケルを失望させたら………?

 

 

 それに、「母さんと他人になる」という言葉がクレストに答えを詰まらせた。もう顔も覚えていない、最後に見た時、白い服を着ていたような気がする。それぐらいの記憶しか残っていない。正直、言われるまで自分にも家族がいたことすら忘れていたぐらいなのに………

 

 それなのに――――――

 

 

「おれ………」

 

 

 

 格納庫の片隅で。

 結局、クレストはその場で答えを出すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「各デッキの物資の積み込み、終わりました!」

「機関異常なし! いつでも出れます!」

 

 クレストと一旦離れ、ブリッジに足を踏み入れると、火星から上がってきたチャドとタカキが先にブリッジ入りしていた。

 それに、メインスクリーンには火星とのLCS画面が表示されており――――火星本部のオルガの姿が映し出されている。

 

『よぉ、カケル。どうだ調子は?』

「問題ないですね。間もなく出発予定です」

『そうか。――――鉄華団地球支部はテイワズ、それに俺たち鉄華団が地球に進出するための足掛かりだ。稼ぎがデカくなりゃ、その分団員の給料も増やせる。頼んだぜチャド、タカキ、それにカケル』

 

 チャドは「分かってる」と気を引き締めて見せ、タカキも「は、はいっ!」と緊張した面持ちで応える。俺は小さく頷き、

 

「アーブラウ防衛軍顧問の任務を全うすることができれば、アーブラウ政府とも良好な関係を築くことができる。いずれは戦闘以外の分野でも………」

『そういうこった。今ビスケットが進めているハーフメタル事業、それを軌道に乗せて地球に卸す手はずが整えば、もっと楽に稼ぐことができるからな。ドンパチに頼らねェで、大金が手に入る』

 

「最善を尽くします。団長も、お気をつけて。圏外圏は………鉄華団の躍進を快く思っていない者ばかりですから」

 

『ああ。ここはお前らの帰る家だからな。団長としてキッチリ守ってやる』

 

 

 気を付けて行けよ、とそこで火星本部との通信は終了した。

 いよいよだ。地球に向けて俺たちは出発する。

 道中無事に過ごせればそれに越したことはないが―――――オルクス商会、マーズファングと一連の戦いを経験した今、それは難しいに違いない。

 

 それに、クレストとはこれからのことについて、道中しっかり話し合いたい。それだけの時間が確保できればいいのだが。

 

 さらには厄祭教団か………

 地球に行って何か手がかりが掴めるといいのだが。1期と2期の間では原作知識がほぼ役に立たない以上、少しでも情報は欲しい。

 

 まあ、とにかくも――――俺は前面のメインスクリーンを見据えた。

 

 

「〝カガリビ〟、発進する。微速後退し回頭ポイントで25度右舷回頭。その後は推力60%で前進。〝ローズリップ〟の前に出ろ」

「了解っ! 繋留クランプ解除!」

「〝カガリビ〟発進します!」

 

 宇宙港の区画に艦首から突っ込む形で繋留されていた〝カガリビ〟が、クランプから解き放たれ背後の宇宙空間へとゆっくり身を投げ出す。隣の区画からタービンズの〝ローズリップ〟もそれに続いた。

 

 艦体各所のスラスターが緻密に噴き出して姿勢制御。地球行きのコースに向かって艦首を向けた後、メインエンジン点火。メインエンジンノズルから推力を吐き出して前進していく。何ら細かい命令を出さずとも、幼い歴戦のクルーたちは完璧に仕事を果たしていた。

 

 さあ――――俺はただ眼前の宇宙空間を見やった。

 およそ1ヶ月の航海の果て、目的地となる青い星が俺たちを待っている。蒔苗代表も、創設する防衛軍の戦闘力強化を他の経済圏に先んじて進めるため、鉄華団の到着を待ちわびていることだろう。

 

 

 だが、この針路の先で待っているのは、おそらく味方だけではない………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 無価値な岩塊や人工物の残骸が漂い、蠢くその混沌を、1個の軌跡が疾雷の如く駆け抜ける。

 

 

 

「ふ―――――はははははっ!! 素晴らしいッ! この出力、〝グレイズ〟なんぞとは比べ物にならんな!」

 

 

 

 重力制御も追いつかない凄まじいGに身体が、内臓から押しつぶされそうになる。だがその圧迫すら男……フォーリス・ステンジャ二佐にとっては退屈な日常から解き放ってくれる快感でしかなかった。

 かつての開拓コロニー群――――厄祭戦時に破壊された今となっては民間業者の非正規航路が通るだけの無価値なデブリ帯に過ぎない。エイハブ・リアクターに引き寄せられたコロニー構造物の残骸や小惑星、難破船、兵器の破片等のデブリが無数に浮かぶその宙域を、赤と黒で毒々しくカラーリングされた1機のモビルスーツが凄まじい速度で、まるでデブリ帯を貫くように飛び駆けていた。

 

 

『ステンジャ司令! コロニー付近の宙域は危険です! 直ちにお戻りを―――――』

「構わんさ! この〝アムドゥシアス〟の機動力ならば、この程度のデブリなどッ! ………見ろ!!」

 

 

 遥か背後の安全地帯に留まる母艦〝バルドル〟は、第9パトロール艦隊を構成する3隻のハーフビーク級の旗艦だ。艦に戻ればパトロール艦隊司令フォーリス・ステンジャ二佐という退屈な仕事が待ち構えている。金髪を軽く指で弄り、その事実にフォーリスは一瞬顔をしかめた。

 その軛から一時でも逃れるように、フォーリスはスロットルレバーを限界まで押し込んでフットペダルをも踏みつける。

 

刹那――――ASW-G-67〝ガンダムアムドゥシアス〟の全スラスターが咆え、眼前に迫る巨大なデブリの間を、凄まじい速度で縫うように駆け抜けた。

 

 

 並みのモビルスーツであればエイハブ・ウェーブが発する微妙な重力に捉われてデブリの端に激突していたに違いない。

 だがこのガンダムフレームなら、ツインリアクターが吐き出すその圧倒的なパワーで自由自在にデブリの海を泳ぎ切ることができた。

 

 さらには――――フォーリスは〝アムドゥシアス〟の主砲、大出力ビームキャノンの砲身を跳ね上げ、眼前の小惑星目がけて撃ち放った。ナノラミネート装甲に守られていない単なる岩塊は、容易に太いビームに真っ二つに引き裂かれて、さらに細かい岩を周囲に散らしながら崩壊しフォーリスが進む道を空けた。

 

 

「ははははッ!! まさか私ごときが伝説のガンダムフレームを操る日が来るとはな!」

 

 

 かつての厄祭戦において大功を挙げ、代々セブンスターズの家門に仕える栄誉を得た華々しきステンジャ家………その分家筋に過ぎないフォーリスに与えられる役職といえば、地球から遠く離れた辺境部隊指揮官がせいぜいであった。やがては火星支部長の地位を嘱望されていたオーリスや、カルタ・イシュー直属として仕えたコーリスに比べれば天と地ほどの格差だ。家門や家柄で全てが決まるこの世界では、多少の実力があろうと立身出世もまともに望めない。

 

 このまま一生中央に戻ることなく、辺境の指揮官として文明社会から遠く離れたこの宇宙航路で退屈な一生を終える。それがフォーリスに定められた運命であったのだが………

 

 

【WARNING!】

 

 

「! デブリの密度が濃くなったな。まあいい」

『ステンジャしれ………LCえ………ロペータ………』

 

 ここまで奥地に入り込むとデブリや粉塵に邪魔されてLCSもまともに通じない。

 母艦からの通信に、フォーリスは間近に迫ったスペースコロニーの残骸を名残惜しく見下ろしたが、やがて〝アムドゥシアス〟を翻した。

 

 危険区域を抜けると、母艦たるハーフビーク級〝バルドル〟と、それに横付けするように1隻の古めかしい強襲装甲艦が並んで航行していた。

と、

 

 

 

 

『――――フォーリス・ステンジャ閣下』

 

 

 

 

 コックピットモニターに通信ウィンドウが開かれ、見慣れた黒フードの男が映し出された。気味の悪い男だが、こういう人間こそフォーリスを退屈な人生から一時解き放ってくれる。

〝ガンダムアムドゥシアス〟の提供者―――を前に、フォーリスはニヤリと笑いかけた。

 

 

「サングイス・プロペータか。計画通りに進めて問題ないかな?」

『はい。こちらも準備が整いましたので。〝鉄華団〟は違えることなく、このデブリ帯へと誘われるでしょう。そしてそれが――――彼らの最期の時』

 

 

 最初、このフードで顔を隠した男が接触してきた時。フォーリスや部下は延々と続く退屈な任務に大いに倦み緩んでいたものだ。だが彼と、〝アムドゥシアス〟が現れた時、フォーリスらの運命は大きく変わった、そしてこれからの運命も。

 

 

「ふ………我々ギャラルホルンと君の手勢の海賊が鉄華団の艦を討つ。私はセブンスターズに弓を引いた宇宙ネズミの幹部の首級を上げて地球へと凱旋。君と君の海賊は、生き残った哀れな少年兵をヒューマンデブリとして売り飛ばす。もしくは死ぬまで使い潰す。美しいウィン・ウィンの関係じゃないか」

 

『先のクーデリア・藍那・バーンスタインの地球行き、その経過としてギャラルホルンが撃破された結果、阿頼耶識使いたるヒューマンデブリの需要は大いに高まっております。全ての証拠はデブリに紛れ、何者も捜査することはないでしょう』

 

「素晴らしい」

 

 この男……厄祭教団のサングイス・プロペータなる人物との接触は、退屈な日々に倦み切っていたフォーリスにとって、まさに僥倖とも言える存在として現れた。

 男がフォーリスにもたらしたのは、1機のガンダムフレーム〝アムドゥシアス〟。そして、横に広い大男が率いるチンケな宇宙海賊。

 

 曰く――――デブリ帯に精通したこの男と共に、かの〝鉄華団〟の艦を討って欲しい、と。

 遥か遠くに、まだ原形を留めている1隻のコンテナ船が漂流している。〝アムドゥシアス〟の小手調べも兼ねて撃沈したテイワズのコンテナ船だ。おそらく正規航路の通行料を節約するためだろう、デブリ帯を突破する独自の航路を進んでおり、そこをフォーリスは、サングイスに紹介された宇宙海賊と共に沈めた。

 

 辺境のパトロール艦隊程度であれば航行記録の改ざんなど容易だ。テイワズ船はどこかのチンケな宇宙海賊に襲われて全滅。救難信号を受信したフォーリス率いるパトロール艦隊が急行したが時すでに遅し………。公式にはそのように記録されることだろう。そして、これからノコノコ現れるだろう鉄華団も。

 

 

 

 

 もう一つ通信ウィンドウが開かれた。大写しになったのは、でっぷりと太った大男の面立ち。

 

 

 

 

『へっ………旦那方ぁ、こっちの準備は万全ですぜ。ただ、デブリのガキを仕入れさせてもらえりゃあ、いい露払いになるんですがねぇ』

「はは………君の旧〝ブルワーズ〟はいつぞやの日に壊滅し、ヒューマンデブリの少年兵たちもその時にそっくり明け渡してやったのだろう? 最近ようやくホームレスから立ち直った君に、デブリに芸を仕込む時間があるのかね――――ブルック・カバヤン?」

 

 

 大男……かつて〝ブルワーズ〟の頭領として非正規航路で猛威を振るった大海賊ブルック・カバヤンは、からかうようなフォーリスの言葉に『んぁ?』と嫌悪の表情を隠さなかった。

 

 

 宇宙海賊ブルワーズ、そしてブルック・カバヤン。この名を知る者のいくらかは、彼らが鉄華団とタービンズと交戦して大敗し、組織としては瓦解……部下にも裏切られ全てを失ったブルックは往年の勢いなど感じさせない零落した姿を、古びた圏外圏コロニーの片隅で晒している所まで知っていることだろう。

 だが通信ウィンドウに映されているブルック・カバヤンは、大型の艦長席に踏ん反り返り、大いに満ち足りた様子だった。

 

 

『………まァ、その通りではありますがねえ。なーに、また鉄華団のガキを捕らえ直して仕込み直すなんざ、朝飯前でさ。ちょいと薬をかがせて、ボコ殴りにして、顔のいいガキはちょっと犯してやりゃあ………』

「いたいけな少年たちから希望を奪う仕事は君に任せるよ。………私はもっと大いにこのパーティを楽しむつもりだ」

 

 

 このデブリ帯は、モビルスーツ乗りにとって最高の舞台だ。

 一瞬でも気を抜けば荒れ狂うデブリの餌食。鉄と岩塊の轟嵐の中、敵味方のモビルスーツが激突し互いに命を食み合うのだ。これほどの興奮は、ギャラルホルンで雌伏している身では到底味わえない。

 先の戦いも大いにフォーリスの感性を刺激したが――――今度の敵、鉄華団はさらに楽しませてくれるに違いない。

 

 

 

「さあ………早く来たまえ鉄華団の少年兵諸君! このフォーリス・ステンジャと不愉快な海賊君と一緒に、大いに殺し合いを愉しもうじゃないかッ!!」

 

 

 

 サングイスがフードの奥でほくそ笑んでいるのを、見た者はいない。

 

 

 

 

 




【オリメカ解説】

ASW-G-67〝ガンダムアムドゥシアス〟

フォーリス・ステンジャ二佐が所有するガンダムフレーム。
フォーリスに接近する厄祭教団によって提供され、彼の愛機として改修が施された。

ナノラミネート装甲によりビーム兵器が無用の長物と化した現代でありながらビーム兵器を主兵装としたした挑戦的な機体であり、小惑星や大型デブリを一撃で破壊できる大出力ビームキャノンの他、ビームサーベル、〝グレイズ〟用のショートバレルライフルを装備する。

ビーム兵器を直接モビルスーツや艦船に直撃させたとしてもナノラミネート装甲によって無効化されることは明白であり、ビーム兵器に対して無防備なデブリや小惑星を押し出し、もしくは破壊し「デブリによって押し潰す」「デブリをまき散らす」ことで敵機敵艦に損害を与える戦術を取る。そのため、専ら大型デブリの多い廃棄コロニー群や小惑星帯で活動することとなる。

事前に広範囲に小型連携LCSユニット〝マイクロコクーン〟を散布し、マイクロコクーン同士によるセンサーの連携・データリンクによって視界や情報が制限されるはずのデブリ帯において全デブリの位置と運動を把握。それによって大出力ビームキャノンの超精密・超長距離射撃能力を実現している。

(全高)18.4m

(重量)40.11t

(武装)
大出力ビームキャノン×1
ビームサーベル×2

120mmショートバレルライフル×1
バトルアックス×1

--------------------------------------


【オリキャラ解説】

フォーリス・ステンジャ

出身:地球・ヴィーンゴールヴ
年齢:35歳

ギャラルホルン・アリアンロッド艦隊所属の高級士官。階級は二佐。オーリス、コーリス、モーリスとは遠い親戚関係にある。
火星―地球間航路パトロール艦隊の一指揮官であり、優れた指揮能力とモビルスーツパイロットとしての実力を有する。
ステンジャ家の傍系出身者として与えられた辺境での任務に倦みきった退屈な日々を送る一方、立身出世と、危険に身を晒す極限の闘争を望んでおり、厄祭教団からの接触に応えて与えられた〝ガンダムアムドゥシアス〟を駆り鉄華団に戦いを挑む。


(原作では)
登場無し。
一生をパトロール艦隊の指揮官として、その任務の継続に費やした。





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6-2.

▽△▽―――――▽△▽

 

「………エイハブ・リアクターを動力源として使っている以上、無線の類は一切使えない。これはアンタらでも分かってるね?」

 

 タービンズ独自の地球行き航路を航行する鉄華団の〝カガリビ〟。それにタービンズの〝ローズリップ〟。火星を出発してから既に半日。邪魔者もなく航海は順調そのものだった。今のところは。

 

 俺とチャドは、今後の航行計画について話し合うため〝ローズリップ〟へと訪れていた。出迎えの女性乗組員にブリッジまで案内され、このコンテナ船を取り仕切る片腕義手の女性…キャンベラ・マーフォードに早速今後の航路についてレクチャーされることとなった。ブリッジ壁面にあるディスプレイには、今後の宇宙航路図が表示されている。

 

 キャンベラ船長の先の問いかけに俺とチャドは小さく頷いた。宇宙航海における基礎的な知識だ。

 

「ギャラルホルンが管理する〝アリアドネ〟を目印に、正規航路に依らない独自の航路を組み立てているんですよね? キャンベラさん」

「その通り。話が早くていいね。まぁ、それがウチら輸送業者の仕事だからね。アンタたちはあたしらの指示通りに舵を切ってくれればいいのさ」

 

「お願いします」

 

「ま、安心しな。航路自体には大した難所は無いからね。途中デブリ帯に近づくけど、特に緊急の用事って訳でもないから今回は3日かけて迂回する。………だけどね」

 

 と、キャンベラは声を落として、ディスプレイに映るそのデブリ帯の表示を、コツンとフック型義手の先で突いた。

 

「アンタら、海賊の〝ブルワーズ〟とやり合ったんだろ? なら、非正規航路にはそれを専門に狙う海賊がいることも知ってるね?」

「はい」

「アストンたちも、元はブルワーズのヒューマンデブリだったからな」

 

「………人身売買業者から仕入れたデブリの子供に爆弾巻いて特攻させる、ゲスみたいな連中ばかりさ。モビルスーツを持ってる輩はもっとタチが悪い。つい数日前も、このデブリ帯を突破しようとしたテイワズ直属の船が3隻、消息を絶っている」

 

 船が3隻。ということはそれなりに護衛部隊も充実していたはずだ。

 それがやられたとなると………

 

「それだけの大がかりな海賊がここに潜んでいるということですか?」

 

 俺の問いかけに、キャンベラは軽く両手を挙げた。

 

「そんな情報はいままで無かったんだけどねぇ。ブルワーズも壊滅したって話だし、夜明けの地平線団もこの辺りじゃ見かけないし。………ギャラルホルンが小遣い稼ぎのために海賊紛いのことをしてるって噂もあるけどねぇ」

 

 とにかくも、かなり手強い海賊がこの辺りに控えている可能性があるということだ。

 

 こちらが投入できるモビルスーツは7機。俺の〝ガンダムラーム〟と〝ランドマン・ロディ〟が5機。それにフェニーが持ち込んだ〝百里〟が1機。巨大レールキャノン〝ビッグガン〟も加えて、火力自体は相当なものになる。

 しかし、それでも最盛期には〝ガンダムグシオン〟以下10機以上の〝マン・ロディ〟を抱えていたブルワーズに数で劣る。本格的な海賊に遭遇した場合、練度はともかく数的に不利な状況で戦わなければならない。

 

 

「アタシら〝ローズリップ〟にゃ自衛戦力はないからね。海賊とやり合うってなったらアンタら鉄華団が頼りさ」

「任せてください。全力で〝ローズリップ〟を守ります」

 

 頷く俺とチャドに、「頼もしいね」とキャンベラははにかんで見せた。

 俺は、チャドへと振り返り、

 

「チャドさん」

「ん? 俺?」

「戦闘になったら俺はモビルスーツ隊を指揮します。チャドさんは〝カガリビ〟をお願いします」

 

「お、おう。分かった」

 

 艦については、操艦、管制等を一通りこなせるチャドの方がずっと上手くやれるはずだ。

「決まりだね」と、キャンベラは用が済んだディスプレイをオフラインにし、航路図を表示していた画面は暗転した。

 

「ま、1ヶ月と少しの長旅だからね。お互い仲よくやろうじゃないの」

「はい。よろしくお願いします」

「よ、よろしく頼みます」

 

 俺とチャドはキャンベラの……義手ではない方と握手を交わした。

 それにしても………

 

「あの、キャンベラさん………」

「ん。何だい?」

「この船、義手義足の人が多いように見えるんですけど」

 

〝ローズリップ〟のブリッジを見渡せば―――操舵手は両腕が義手、通信オペレーターは義足。俗に言う五体満足の人間が一人もいない。タービンズの特色として、乗組員は全員女性だ。

 ああ。とキャンベラは自分のフック型義手を軽く挙げて笑って見せた。

 

 

「長期航路の輸送業ってのをやってればね、海賊に事故、フレアによる宇宙線障害………無事に済む奴の方が少ないくらいさ。名瀬が〝タービンズ〟って形でアタシらを守ってくれる前は、女の安全を気にかけてくれる奴なんざ誰もいなかった。腕や足を失えば、もう使い物にならない、義手代も勿体無いって経営者の男どもにお払い箱される運命さ。名瀬やアミダの姐さんはそんなアタシらに手を差し伸べてくれたんだ」

 

 

 圏外圏、特に木星圏で女性の地位が著しく低いのは俺も知っている。長期航路の輸送業者という仕事が女にとって、最悪な終着点の一つだということも。

 

 

「………ここにいるのは、タービンズ以外には行き場の無い女ばかりさ。色々あって男どもから逃げてきた。名瀬って男は大した奴だよ。ウチらみたいな使い捨ての人間も、ちゃんと女として扱ってくれるんだからね」

「俺たち鉄華団も、いわば名瀬さんに拾われた身だと思っています。名瀬さんが兄貴分になってくれたお陰で、仕事ももらって皆食えるようになったんですから」

 

「はは、大きい男なのさ。名瀬・タービンって男はね。女や子供、立場が弱くて搾取されるしかない奴らの拠り所になってくれてる。………変わってるけど、本物の男さ」

 

 

 その後、事務的なやり取りを2、3交わして、俺たちは〝ローズリップ〟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「じゃあ、俺、次の哨戒当番だから」

 

〝カガリビ〟の通路の分かれ道。ビトーやペドロとシミュレーターで訓練していたアストンは、パイロットスーツがあるロッカールームのある方へと足を向けた。基本的に艦の作り、どこに何の部屋があるのかブルワーズも鉄華団も大して変わらない。

 

「ああ。………けどなアストン! 次こそは必ず模擬戦勝ってやるからなっ!」

「………そっちだって2回勝っただろ?」

「2勝4敗で負け越してんだよ!! 戻ってきたらすぐにシミュレーターだからな!」

「ああ、分かった」

 

 

 ビトーがここまで訓練が好きだなんて知らなかった。鉄華団に入ってから、ブルワーズにいた誰もが変わった気がする。物音一つ気づかれれば大人の海賊に殴られたブルワーズとは違い、鉄華団はどこも騒がしくて賑やかだ。自分たちのようなヒューマンデブリの連中も、自然と口数が多くなっている気がする。

 

「じゃあ、気を付けてね。アストン」

「ああ、ペドロ。この宙域はまだ安全だってカケルさんも言ってたからな」

 

 ビトーやペドロと別れ、アストンは床を蹴って無重力空間の通路を進んだ。

 哨戒任務は特に重要な任務だ。ブルワーズでは、商船団を襲う時はまず哨戒のモビルスーツから潰し、パイロットを人質にして混乱させてから船を攻撃する。つまり最初の哨戒でしくじれば海賊相手に後れを取るという訳だ。

 

 哨戒任務は2機の〝ランドマン・ロディ〟で行う。今日組むのはクレスト。ブルワーズでは予備のパイロットだったが、射撃がかなり上手い。哨戒任務の相棒としてビトーやペドロに後れを取る奴ではないと――――――

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 と、何かが通路に浮かんでいるのに気がついたアストンは通路の床に降り立って止まった。

 通路の、また曲がり角から無重力空間で浮かんで漂ってきたのだ。手に取り、「何だこれ?」と思わず首を傾げる。あまり見慣れないモノなので、それがタブレット端末に直接文字を書き込むためのペンだとすぐに気づかなかった。

 今度は別のモノが通路の角から流れてきた。誰かヘマしてコンテナの中身をぶちまけたのか?

 

「おい。どうした―――――」

 

 通路の角を覗き込むと………見えたのは見慣れた鉄華団のジャケットでも、ノーマルスーツでも無かった。クリュセの街や宇宙港で見る、普通の人間の服を着た女……それもアストンよりも年下に見える。小さな女の子だ。

 

「誰だ? ここで何してるんだ?」

「え、えっと………タカキお兄ちゃんとはぐれちゃって………きゃっ!」

「………っと」

 

 女の子は無重力の通路で、なぜかひっくり返っていた。こちらに振り返ったその慣性で、さらにくるくる回転し始めている。アストンは、その子が大事そうに抱えている、チャックが空いたカバンを掴んで、女の子を通路の床に立たせてやった。

 

「あ、ありがとうございますっ………」

「タカキと知り合いなのか?」

 

 女の子はこくり、と頷く。ならタカキに会わせた方がいいだろう。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 アストンは手近な端末に近づいて、通信コマンドを押し込んだ。

 文字、はまだよく分かっていないが、どこを押せばどこに通じるかは知っている。

 ブリッジに通信を繋いだ。あそこなら全体に放送がかけられるし、ブリッジクルーもブルワーズからの馴染みだ。

 

 

「ブリッジ。タカキに会いたいって女がいる。第1ロッカールーム前に来てくれって伝えてくれるか?」

『え!? 女!?』

「小さい子だ」

『………なんだ妹か。分かったよ』

「………何でがっかりした声出してんだよ」

 

 

 よく分からないが、数分後『あー、あー! タカキさん! 妹さんが第1ロッカールーム前っすよー!』という雑な放送が艦内中に流れた。

 

 

「多分、しばらく待ってたらタカキが来ると思う」

「あ、ありがとうございます! その………私、宇宙のことも船のこともよく知らなくて………」

「俺も、頭バカだからよく知らない………」

 

 文字だって、最近年長の兄貴分たちに教わり始めたばかりだ。

 

「でも、無重力を泳ぐの上手ですねっ!」

「最初の頃はビビったけど、すぐに慣れる」

「そ、そうなんですね………」

「ああ」

 

「………」

「………」

 

「ご、ごめんなさい………」

「い、いや俺の方こそ………俺、デブリだから話とかあんましたことなくて………」

 

 ブルワーズから鉄華団に移り、待遇が良くなって口数が増えた奴ばかりだったが、アストンは他の仲間ほど変わることができなかった。一番古い記憶がデブリとして生きていた記憶で、それ以前のことなど全く分からない。思い出、と呼べるものも無いので他の仲間みたいな思い出話をすることもない。そもそも、仕事のこと以外の話自体、あまり得意ではなかった。

 

 

「じゃあ、俺………」

「あ………っ!」

「え?」

 

 呼び止められて、アストンは「あ」、と自分がペンを握ったままであることを思い出した。

 

「これ………」

「え? あ、カバンから出ちゃってた。ありがとうございます! ………あ、わっ」

 

 ペンを受け取ろうとして、またひっくり返った女の子を、アストンはまたカバンを掴んで元の床に足をつけた状態に戻した。

 

「す、すいません………」

「動く時は、なるべく体の………その……真ん中を動かさないようにした方がいい。それか、どこかに掴まるとか」

 

 アストンはどうにも奇妙な気分に襲われた。デブリ仲間に無重力が苦手な奴なんていなかったし、そもそも、こんなにも長く誰かと話すことだってほとんど無かった。無重力通路でどうすればいいのか、教えたのだってこれが初めてだ。

 

「じゃあ………」

 

 アストンは踵を返して、ロッカールームへの通路を再び進もうと………

 

「あ、あのっ!」

 

 また止められて、アストンは「何だ?」と振り返った。哨戒任務の時間が近い。そう長くはいられないのだが。

アストンを呼び止めた女の子は、何故か頬を少し赤くしながら、

 

「わたし………フウカって言います! フウカ・ウノ。タカキお兄ちゃんの妹、です………」

「そうか」

 

 フウカっていうのか。教えてもらったその名前を覚えて、アストンはまたロッカールームへの――――

 

「あ、あのっ! 名前、教えてもらってもいいですか………?」

「え……?」

「あ。ご、ごめんなさ………っ」

「え? い、いや。………俺の名前、アストン」

 

 鉄華団に入るとき、仲間内で初めて会う時に名乗り合ったことはあったが、仕事で関係の無い奴から自分の名前を聞かれたことなんて初めてだった。フウカは「アストン、さん……」と名前を繰り返す。

 

 今度こそ、とアストンはその場から立ち去ろうとして………名前を〝全部〟言ってないことに気がついた。アストンという名前の後にもう一つ、〝兄貴〟からもらった新しい名前がある。

 

「――――アストン・アルトランド」

「え?」

「それが、俺の名前」

 

 タカキも来たし、もう俺がいる必要はない。

 アストンは今度こそ翻って、その場を後にする。………激しい訓練をした訳でもないのに、何故か心臓がいつもより大きく波打っているのを感じていた。

 

 

 

 

 

「あ、アストンっ! ………あ、行っちゃった」

「お兄ちゃんっ!」

「フウカ! ………ゴメン、ちょっと話が長引いちゃって」

「私こそ、勝手に先に行っちゃってごめんなさい………。でも、アストンさんが助けてくれたの」

 

「へぇ。後で俺からもお礼言わなきゃね。さ、行こう、フウカ」

「うんっ!」

 

 

妹のフウカの手を引いたタカキは、一度チラッとアストンが消えた通路を見やったが、すぐに前に向き直ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 モビルスーツ格納庫に、ようやくパイロットスーツを着たアストンの姿が見えた。整備班の団員と2、3言葉を交わして、自分の〝ランドマン・ロディ〟のコックピットに潜り込む。

 

 既に準備を整えていたクレストは、コックピットモニター越しにそれを見やっていた。これで哨戒任務に出発できる。既に前の哨戒モビルスーツ隊は帰投し終えており、後はクレストらの発進を待つのみとなっていた。

 

『………待たせたな』

「大丈夫だよ。――――モビルスーツ隊、準備できました」

 

『ブリッジ了解! アストン機から発進どうぞ!』

 

 作業クレーンで先に格納庫下のカタパルトデッキへと吊り降ろされるのはアストンの〝ランドマン・ロディ〟だ。モビルスーツがカタパルトに固定され、発進準備が完了する。

 

 

『―――アストン・アルトランド。〝ランドマン・ロディ〟出るぞッ!』

 

 

 アストンの〝ランドマン・ロディ〟が母艦である〝カガリビ〟から勢いよく射出される。

 ガコン、という短い衝撃と共に、次はクレストが乗るモビルスーツがカタパルトデッキへと降ろされていった。

 

 

――――アストン・〝アルトランド〟。

 

 

 アストンやビトー、ペドロ、デルマは昌弘の兄だという昭弘・アルトランドに引き取られた。他にも身寄りの無い者は手を挙げた年長の団員に引き取られ、それぞれ名前を与えられている。皆、新しい名前を受け入れて、ブルワーズにいた時とは違う表情を見せ始めていた。

 

 クレストも、カケルが引き取り手として名乗り出てくれた。だが、差し出されたその手を、クレストはまだ握り返せずにいる。

 

 クレストの〝ランドマン・ロディ〟もカタパルトへと固定された。同時に『発進、いつでもどうぞ!』とオペレーターからの声。

 

 

 

「―――――〝ランドマン・ロディ〟、クレスト機出ますッ!」

 

 

 

 ブリッジにはきっと、カケルもいるに違いない。

 後ろめたさから逃れるように、クレストは母艦から射出された後、フットペダルを踏み込んで先行したアストン機を追った。

強襲装甲艦〝カガリビ〟やタービンズのコンテナ船〝ローズリップ〟がみるみるうちに離れていく。やがて遮るものが何一つない宇宙空間に、〝ランドマン・ロディ〟2機が飛び駆けるのみとなった。

 

 

〝ランドマン・ロディ〟は、ブルワーズが所有していたモビルスーツ〝マン・ロディ〟を改修したもので、地上での任務に対応するために脚部が地上用フレームとユニットに換装された。ナノラミネート装甲の塗料も〝マン・ロディ〟の暗い緑とは異なり、明るい白とオレンジへと塗り替えられ、その他細かい改良でずっと使いやすくなった。

 

 

 哨戒任務は、決められたコースを決められた速度で飛び、ちょうど母艦の周りをぐるりと一周するような形になる。敵を見つけたら1機が引き付けて、もう1機は離脱して母艦へと報告する。ブルワーズにいた頃から慣れきった仕事だ。

 モビルスーツに乗っている短い間だけ、ヒューマンデブリは少しだけ自由になれる。ここにいればクダルや海賊たちからの暴力から離れられるし、戦いになれば日頃の鬱憤を晴らすように暴れられる。

 

 大人の目が無くなれば、自然と退屈を紛らわすように仲間と話もできた。

 

『………なぁ』

「どうかした?」

『いや………。お前って、もう自分の名前決めたのか? 他の奴らが、心配してたからさ。カケルさんに引き取ってもらうんだろ?』

 

 アストンから話しかけてくるのは珍しい。戦闘になれば必要な指示を飛ばすし、しっかり声も張り上げてくれるのだが、日頃のアストンは無口で物静かだった。

 アストンの問いかけに、クレストは………ふと自分の手のひらを見た。ブルワーズのお仕着せだったブカブカのノーマルスーツと違い、鉄華団ではパイロット全員に自分に合ったパイロットスーツが支給される。

 

 スープ付きの温かい食事に清潔な服。シャワーだって浴びていい。気に入らないからと殴ってくるような大人も鉄華団にはいない。

 

 鉄華団に来て人間扱いされている、とクレストも、元ヒューマンデブリの誰もが感じていると思う。

 それでも―――――

 

 

「………ダメだよ」

『な、何で………』

「アストンだって分かってるだろ? 俺たちがブルワーズでどんなこと、してきたか」

 

 アストンは黙って答えなかった。

 ヒューマンデブリは大人たちの肉壁で、それにガス抜き用のオモチャだ。船を襲えば大人は皆殺し。子供はデブリとして売るために捕まえて袋に押し込める。奪った物資を船に積むのもデブリの仕事だ。

大人の海賊たちからは気まぐれに殴られ、蹴られる。食事や水を抜かれるのは当たり前。それすら罰としてはマシな方でもっと酷い目に遭うことだってあった。

 

 

「おれ、デブリだから。おれがカケルの家族になったら、カケルの名前まで汚れる。それは、嫌だ」

 

 

 カケルは、すごい奴だ。強いモビルスーツを操り、ギャラルホルンのモビルスーツや戦艦を次々倒して、指揮は的確だ。同じようなモビルスーツを使っていたクダルなんかとは比べものにならない。

 皆、カケルのことを尊敬している。クレスト自身、団長や三日月よりもカケルについていきたいと思っている。だから実働一番隊に入ったシーノットや馴染みの元デブリ仲間と離れ離れになってでも、カケルの隊に入りたいと思った。

 

 だけど、だからこそ………

 

 

「カケルは、すごい人だから。おれなんかが邪魔したら、ダメだ。………おれ、デブリのままでいいよ」

 

 

 カケルに迷惑をかけるぐらいなら、敵に突っ込んで死んだ方がマシだ。

 ヒューマンデブリは宇宙で生まれて、宇宙で死ぬことを恐れない。

 

 誇り、なんて無いし。選ばれた奴らなのかも分からない。それでも、誰かの………カケルのためにこの命を使い切ることができたら、ヒューマンデブリとして胸を張って死ねる。

 本当の家族――――死んだ母さんや、地球にまだいるはずの父さんのことは、あまり気にならなかった。人間だった頃の記憶は、どれもぼんやりしていて、到底自分のものだとは思えないほど。

読み書きもしっかりできるし、金持ちしか習わないような教養もあるから、きっと豊かな家の人間じゃないか―――――。メリビットさんにはそう言われたが、いまいちピンと来なかった。

 

 

 分かっているのは自分がただのゴミクズだということ。ゴミクズに優しくしたって、いいことなんて何もない。ただ、差し伸べられた手が汚れるだけだ。

 

 

―――――と、コックピット端末に目を落としたクレストは、機体が予定航路から少し流れていることに気がついた。

 

「………機体がコースから流されてる」

『了解。針路を修正――――――』

 

 

 

 

 その時、コックピットに【CAUTION!】の警告音が鳴り響いた。

 

 

 

 

『!?』

「敵だっ! もう見つかってる!?」

 

 

 コックピットモニター端に映し出されたセンサーの情報―――6個のエイハブ・ウェーブの反応が整然と、だがすさまじい速度でこちらへと迫りつつあった。このままだと追いつかれ、囲まれる!

 6個の反応は真正面から迫っており、回避する暇も無かった。有視界ですぐに6機のモビルスーツの姿が映し出される。

 モビルスーツ………敵機はこちらへとマシンガンの銃口を向け、次の瞬間、一斉に火を噴いた。

 

 クレストら〝ランドマン・ロディ〟2機は素早く回避行動を取り、目まぐるしい挙動に敵モビルスーツの射撃は一切追いつかない。

 

 

『くっ、撃ってきやがった! 間違いなく敵だ!』

「ここからじゃLCSが繋がらない! アストンは下がって〝カガリビ〟に報告を!」

 

 クレストは敵モビルスーツ―――センサーに表示された【IPP-0032〈GILDA〉】―――目がけて〝ランドマン・ロディ〟のマシンガンを撃ち放った。敵モビルスーツ〝ジルダ〟の挙動は遅く、次の射撃でその頭部を捉える。

 

 昔、襲った輸送船を護衛していたモビルスーツがこの機種だった。確か、〝マン・ロディ〟のようにコックピットが胸部にではなく、頭部の後ろのユニットにあるのだという。

 

 直に頭部を狙われた〝ジルダ〟は怯んで後退。だが他の機体が激しく撃ちかけてクレストの急迫を阻止してきた。

 

「行ってくれアストン! 援護する!」

『分かった! ――――すぐ戻るからな。死ぬなよッ!』

 

 

 アストンの〝ランドマン・ロディ〟が翻って飛び去っていく。〝ジルダ〟の数機がそれに追いすがろうとするが、

 

 

「そっちに行かせるかッ!!」

 

 

 クレストはその敵機にマシンガンを撃ちまくって注意を引き付ける。さらに迫る別の〝ジルダ〟にはもう片方のマニピュレーターで〝ランドマン・ロディ〟近接武器であるハンマーチョッパーを握り、一気に打ち込んで激しく火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 アストンからの警報を受け、〝カガリビ〟は直ちに戦闘態勢に入った。ブリッジに飛び込む俺に、通信オペレーター席の団員であるフォルが報告する。

 

「哨戒の〝ランドマン・ロディ〟から緊急通信! 未確認のモビルスーツ隊と交戦中! 数は6機!」

「全艦戦闘態勢ッ! 全モビルスーツ発進準備! 俺の〝ラーム〟も準備させろ。………戻ってきたモビルスーツは!?」

 

「アストンの〝ランドマン・ロディ〟です! クレストは援護のため敵中に………」

 

 アストンを逃がすために囮になったのだろう。長時間孤立させたままにするのはマズイ。

 だが反転して援護に向かうのはさらに危険だ。宙域図を見れば、デブリ帯がすぐそばにあるのが分かる。

 

 と、ブリッジスクリーンに通信ウィンドウが開かれ、アストンの顔が映し出された。

 

 

『俺がすぐ連れ戻してきますッ!』

「ダメだ。すぐに帰投してスラスターガスを補給しろ。哨戒任務でガスの残りが少ないだろ?」

『でも!』

 

「俺が出る。アストンはすぐに戻れ。――――フェニー!」

 

 今度はモビルスーツ格納庫に通信を繋いだ。『あいよ!』と通信に出たフェニーに、

 

「早速〝百里〟に仕事してもらう。補給ユニットを装備してすぐに出てくれ。発進後はポイントX154、R0099で待機!」

『分かった。―――――アタシの〝百里〟を出すよッ! 準備しな!』

 

 ブリッジも格納庫も臨戦態勢で慌ただしくなる。今度は、ブリッジに入ってきたチャドとタカキに向き直った。

 

「チャドさん。艦をお願いします」

「あ、ああ分かった。………けど、反転して全力でぶつかった方が良くないか?」

 

 その問いかけに、俺は首を横に振った。

 

 

 

「おそらく、それが〝敵〟の目的です。ここで反転すれば――――デブリ帯で待ち構えている敵本隊の袋叩きに遭う」

 

 俺はブリッジスクリーンに宙域図を表示させた。

 2隻の艦…【KAGARIBI】【ROSE LIP】の表示。その上方に【DEBRIS】の広大な一帯が映し出されていた。間もなく、〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟はデブリ帯を横切るコースに差し掛かる。

 

 デブリ帯は、宇宙海賊の類にとって格好の根城だ。非正規航路を航行している以上、このリスクから逃れることは難しい。

 仕掛けてくるのはデブリ帯に入ってから………と思っていたが、想定していたよりも厄介な相手のようだ。

 

 

 だが、この状況を制御する方法はある。

 

 

「〝カガリビ〟は〝ローズリップ〟はこのままデブリ帯に突入してください。………デブリ帯で待ち構えている敵はおそらく、速度を落とした所を見計らって包囲してくるはず。可能な限りの速さで突入し、なるべくデブリ帯が密集するコースを通ってください。そうすればデブリが敵艦の攻撃からある程度守ってくれます」

 

「わ、分かった」

 

「カケルさんっ! 俺も………」

 

 タカキが進み出てくる。俺は頷いて、

 

「タカキは整備班の団員をまとめて補給と整備の態勢を整えてくれ。フェニーがいない間、格納庫の指揮は任せる。一通りの手順はフェニーとおやっさんから聞いてるな?」

「はいっ! 任せてください!!」

 

 鉄華団の仕事に関わる一連の作業を理解しているタカキは、おおよそどの分野でも役に立つ。それに年少組のまとめ役として、陣頭指揮もしっかりこなすことができる貴重な団員だ。

 

 俺は、チャドが艦長席に飛びつき、艦長席前にある操艦用コンソールユニットを立ち上げるのを一瞬チラリと見守ると、

 

 

「―――モビルスーツ隊を全部出せ! 〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟を援護するんだ! それとキャンベラ船長に通信して〝ビッグガン〟を準備するよう伝えろ!」

 

 了解! とその言葉を背に、俺はブリッジ出入口へと飛んだ。後のことはチャドとタカキらに任せて、俺はクレストの救援に向かわなければ。いくら手練れでも、6機の敵機に囲まれてそう長く耐えられるとは思えない。

 

 

 

 

 

 

 数分後、ビトー、ペドロらの〝ランドマン・ロディ〟隊が全機発進。母艦や〝ローズリップ〟の直掩に就く。

 その後、最後に俺の〝ガンダムラーム〟の発進準備が整った。

 

 

「〝ガンダムラーム〟、蒼月駆留で出撃するッ!!」

 

 

 すでにデブリ帯は間近。小さな岩塊や構造物の残骸がぽつりぽつりと現れ、2隻の艦をかすめるようにして飛び去っていく。

 カタパルトから射出された〝ラーム〟はその重厚な見た目に反して目まぐるしい挙動で急旋回。哨戒のモビルスーツ隊が接敵した宙域ポイントへと、全速力で駆けた。

 

 

 

 



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6-3.

▽△▽―――――▽△▽

 

「く………っ!」

 

 さっきから【FUEL!】の警報がうるさくコックピットに響いている。もうすぐメインスラスターのガスが切れる。そうなれば一方的にやられるだけだ。

 

 襲ってきた6機の〝ジルダ〟のうち2機を何とか仕留めることができた。コックピットモニターの端で、頭部を潰された〝ジルダ〟が流されていくのが見える。

だが残る4機はなおも、クレストの〝ランドマン・ロディ〟をきつく包囲し、激しくマシンガンを撃ちかけてくる。〝ランドマン・ロディ〟のマシンガン残弾は残りわずか。勝ち目は無い。

 

 

『――――へっ! やっとへばりやがったか』

『その宇宙ネズミはお前らで始末しとけ! 俺は艦を………うおっ!』

 

「行かせるかぁッ!!」

 

 

 残るマシンガンを撃ちまくり、ここから離れようとした〝ジルダ〟にクレストは機体を突っ込ませた。

 

『このガキ………ぎゃ!』

「うおおおおおおおオオオオォォォッ!!!」

 

 獣同然に慟哭し、肉薄したクレストは〝ジルダ〟目がけてハンマーチョッパーを叩き込む。組み付かれ、頭部を激しく殴り潰された〝ジルダ〟は反撃する間もなくピクリとも動かなくなった。

 あと3機! クレストは背後に残した敵機に振り返り、フットペダルを――――

 

 

【FUEL EMPTY】

 

 

 無情にも、スラスターガスを失った〝ランドマン・ロディ〟のメインスラスターが、一瞬激しく噴きかけたがすぐに沈黙した。

 

「ガスが………っ! うわっ!!」

 

 

〝ジルダ〟3機による猛然とした反撃。〝ランドマン・ロディ〟は、回避もままならずにそれを食らうしかない。ノロノロ、と姿勢制御用のエイハブ・スラスターだけで身をよじるように逃れようとするが、次の瞬間、2機の〝ジルダ〟が〝ランドマン・ロディ〟の両脇に組み付く。

 

 

「くそ………っ!」

『手こずらせやがって、宇宙ネズミのクソガキが………』

『ぶっ殺せ!!』

 

 

 クレストは敵機の拘束から逃れようともがく。が、2機のモビルスーツに力づくで組み伏せられてしまっては身動き一つ取れない。ギシギシ………と金属が軋む嫌な音が聞こえるばかりで、2機の敵機は頑強にクレストを締め上げていた。

 

 そして、悠然と〝ランドマン・ロディ〟の目の前に降り立った〝ジルダ〟が手持ちの近接武器―――剣と棍棒を掛け合わせたかのような重厚なソードクラブを振り上げる。

 

 クレストは自分のヘマに歯噛みした。中途半端に敵を残した状態で死ねば、その分仲間に………カケルに迷惑がかかる。

 

 締め上げられ、しかし為す術ないクレストはコックピットで、ソードクラブの切っ先が〝ランドマン・ロディ〟の胸部を抉り潰す瞬間を待つしか………

 

 

 

 

 その時、上方から撃ち放たれた凄まじい銃撃が正確に〝ジルダ〟を捉え、敵機は機体各所に被弾し潰されて吹き飛んだ。

 

 

 

 

『ぐは………ッ!!』

『な、何だ!?』

『上だ! なんだ……デカいのが来るぞっ!!』

 

 

 敵機につられるようにクレストも上を見上げる。モビルスーツを一撃のうちに叩き伏せた正確かつ強力な射撃。そんな武器を取り回しているのは1機しかいない。

 刹那―――戦場に飛び込んできたのはカケルの〝ガンダムラーム〟だった。構えたガトリングキャノンが火を噴き、〝ランドマン・ロディ〟の右腕を抑えていた〝ジルダ〟を無数の射線で切り刻んで引き剥がす。

残る1機の敵はクレスト機を振り払って離脱。だが迫る〝ラーム〟のコンバットブレードに対処できず、構えたソードクラブを払い飛ばされ、次の瞬間にはしたたかに頭部を殴り潰されて沈黙した。

 

 

 瞬く間に3機の敵モビルスーツが撃破される。そして〝ランドマン・ロディ〟の傍らにカケルの〝ラーム〟が降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「――――クレスト! 無事か!?」

 

 コックピットモニター越しに見る限り、クレストの〝ランドマン・ロディ〟はあちこちに被弾してすっかりボロボロだが、致命傷は見当たらない。

 呼びかけると、通信ウィンドウが開かれクレストの幼い面立ちがノイズ混じりに映し出された。

 

『おれ、平気。でも何で………』

 

「〝カガリビ〟に戻るぞ。これ以上は長居できない」

 

 おそらくこいつらを運んできた〝母艦〟が近くにいるはずだ。俺は物言わぬ残骸と化し流れていく〝ジルダ〟を見やりながら予測する。手負いのモビルスーツを抱えたまま対艦戦に突入するのは不可能だ。

 

 そしてその時、【CAUTION!】の警報と共に新たなエイハブ・ウェーブの反応をセンサーが捉えた。モニターの端が拡大され、1隻の強襲装甲艦の姿が大写しとなる。

 あのカラーリング、まるでブルワーズの………

 

 

 

『おいそこのモビルスーツッ!! 今すぐ降伏すりゃあ命だけは助けてやるぜェ?』

 

 

 

 耳障りなだみ声が、【SOUND ONLY】の通信越しに飛び込んできた。クレストが『ひ……!』と短く悲鳴を上げる。

こいつは聞き覚えのある………そう、ブルワーズの頭領ブルック・カバヤンの声だ。

 そしてさらに警報が。〝ラーム〟と〝ランドマン・ロディ〟が佇んでいた宙域に激しい砲撃とミサイルが次々叩き込まれ、その寸前、俺はクレスト機の腕部を掴んで最大推力でその場から離脱した。

 

 背後で幾度となく沸き上がる激しい爆発。だれそのいずれも鉄華団のモビルスーツを撃破すること叶わず、無意味に宇宙空間に火球を散らしただけだった。

 通信ウィンドウの中でなおもブルックが喚く。

 

 

『け………待ちやがれ宇宙ネズミのゴミクズ共がよォッ! お前らはもう袋のネズミだ! お前らの艦にも………』

「あんたは最後に殺してやる。ブルック・カバヤン。首を洗って待っていろ」

 

 

 先の戦いでヒューマンデブリやモビルスーツ、艦船を失い、おそらくブルワーズ頭領としての地位も追われたはずのこの男が何故? 可能であるなら問いただしたいが、生かす理由にはならない。俺たちの邪魔をするのであれば殺すまでだ。

 俺は冷たく言い返すと通信をシャットアウトし、俺はさらに加速してポイントX154、R0099―――フェニーの〝百里〟を待機させた補給ポイントへと飛んだ。

 補給ポイントに近づくと、〝百里〟のエイハブ・ウェーブの反応がセンサー表示ウィンドウに表示される。

 

 

「フェニー!」

 

『カケル! それにクレストも大丈夫!?』

 

「ああ。クレストも何とかな」

『うん………』

「フェニー、モビルスーツのガス補充を頼む」

 

 あいよ! とフェニーの〝百里〟が背部にある大型バックパックの、ガス補充用ホースの先端ソケットをせり上げた。

 

『クレスト。メインスラスター用燃料の吸入口を開けて』

『は、はい!』

 

 ちょうど〝ランドマン・ロディ〟の脇腹部分にある燃料補給用の吸入口、その小型ハッチが開かれ、ちょうどソケットが入るだけの穴が顔を覗かせる。〝百里〟のマニピュレーターは繊細な手つきで燃料吸入口にガス補充用ホースを挿し込んだ。こういう時、モビルスーツは優秀な宇宙作業機器としてその性能を発揮する。

 俺も、〝ラーム〟のマニピュレーターでもう一つの補充用ホースを掴み、自機の燃料吸入口に挿し込んだ。重装甲で全速で飛んできたため燃料計表示は既に〝イエロー〟警告ゾーン近くまで減っていた。〝ガンダムラーム〟や〝ランドマン・ロディ〟など、重装甲機ばかり揃えた実働三番隊の弊害と言えばそうなる。

 

『カケルっ! 早くしないとあいつが………!』

「大丈夫だクレスト。後ろの敵艦が追い付くまでにはまだ時間がある。――――問題はデブリ帯に入ってからだ」

 

 

 やがてスラスターガスの補充も終わり、「行くぞ!」と俺は〝百里〟と〝ランドマン・ロディ〟を引き連れ、眼前のデブリ帯へと突入した。

 俺の予想通りなら、おそらくデブリ帯で敵の本隊が待ち構えているはず。おそらくデブリ帯に入った直後、速度を落とした所を包囲して撃破しようとするだろう。

 

 

「上手くやってくれよ………」

 

 

 必要な指示は飛ばしてあるが、後はどれだけ敵の意表を突けるかが状況打開のカギだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「〝ネオ・ブルワーズ〟のブルック・カバヤンより通信。敵艦のデブリ帯への追い込み、成功したそうです」

 

 ハーフビーク級旗艦〝バルドル〟からの通信に、フォーリスはほくそ笑んだ。

 

「ふ―――そうでなくてはな。全艦ッ! 鶴翼陣形で展開せよ! 包囲し、敵艦の速度が落ちた所で集中砲火を浴びせるのだ!!」

 

 フォーリスは〝ガンダムアムドゥシアス〟を、戦況を見下ろせる手近な残骸に着地させた。フォーリス擁する戦力は、ハーフビーク級戦艦が3隻。モビルスーツ〝グレイズ〟が12機。さらには今、鉄華団をデブリ帯に追い込んでいるブルック・カバヤン率いる新生宇宙海賊〝ネオ・ブルワーズ〟の強襲装甲艦が1隻。モビルスーツが8機。

 

 

 戦艦4隻にモビルスーツ20機。厄祭戦時代の骨董モビルスーツしか持たない宇宙ネズミ相手には少々大人げない戦力だが―――相手はギャラルホルン精鋭の守りを破り地球へと到達した〝鉄華団〟だ。ステンジャ一族としても、当主争いでトップをひた走っていたオーリスやコーリスを失い、モーリスの隊も撃破されている。

 

 つまり、ここで鉄華団を討てばその名誉は全てフォーリスのもの。当主候補の筆頭格として地球に凱旋するのも夢ではないのだ。

 

 

『ステンジャ司令。奴らが来ました!』

「ああ。こちらのセンサーでも捉えた。―――砲撃用意ッ!」

 

 

 いくら艦が抜けられる航路があるとはいえ、デブリ帯を高速で通過することなど不可能だ。速度を落とした時、それが敵―――鉄華団の艦にとっての致命傷となる。

 すでに有視界内のズームされたモニター越しに敵を捉えた。周囲をモビルスーツが護衛し、背後にはコンテナ船。

後は、敵艦が前方スラスターを噴かしてノロノロとデブリ帯に差し掛かった所を―――――

 

 

『す、ステンジャ司令っ! 敵艦………速度を落としません! 高速で突入してきますっ!!』

「何だと?」

 

 

 唖然としたフォーリスの眼前で、鉄華団の青い強襲装甲艦、それに随伴するコンテナ船は最大船速でこちらへと突進してきた。予想外の事態に、フォーリスの反応はワンテンポ遅れてしまい、

 

「う、撃てッ!! 包囲を突破させるな!」

 

 号令の直後、三方向から包囲していた〝バルドル〟以下ハーフビーク級戦艦から砲火が放たれる。だが、高速で移動する艦相手に正確な側面射撃など望めるはずもなく、砲弾やミサイルは無意味に敵艦の周囲を薙ぎ、爆ぜるのみ。

 そのままの勢いで、敵艦はあろうことか針路を抑えていた〝バルドル〟へと真っ直ぐ突っ込んだ。

 

 

『て、敵艦接近―――――!』

『撃て! 敵を近づけるな! 左30度回頭っ!』

 

 砲火を浴びせながら〝バルドル〟が回頭する。だが敵艦は変針する素振りすら見せずに、ひたすら〝バルドル〟との衝突コースをひた走る。

 まさか特攻する気か――――? 疑念がよぎったのも束の間、次の瞬間、敵艦は速度そのままに艦体を横倒しし、〝バルドル〟のギリギリ真上を通過していった。コンテナ船もそれに続く。

 

 

 

 と、コンテナ船の上部甲板から、何やら大きな構造物がせり上がってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

〝ビッグガン〟。

 それは、カケルがテイワズから仕入れてきた、艦砲を遥かに超える大型砲台だ。細かい仕組みは………アストンにはよく分からなかったが、とにかく強襲装甲艦の主砲よりも威力が高いという。

 

 

「あれを撃つのかよ………」

 

 

 眼前に敵艦―――ギャラルホルンのハーフビーク級戦艦が迫る。アストンは掌に汗が滲むのを感じながら、操縦桿を握り直した。〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟が無事、敵の包囲を突破できるかは自分の働きにかかっている。しくじればアストンを含めて、全員が死ぬ。失敗は許されない。

 

 今、アストンが乗る〝ランドマン・ロディ〟はタービンズのコンテナ船〝ローズリップ〟の上部甲板に立ち、その甲板に固定された巨砲〝ビッグガン〟のグリップを掴んで構えていた。〝ローズリップ〟は〝カガリビ〟を追うように高速でデブリ帯に突入しつつあり、細かいデブリがいくつもアストンの眼前を流れ、時に〝ローズリップ〟にぶつかって弾き飛ばされていく。

 

 それに、デブリ帯で待ち構えていたギャラルホルン艦隊からの砲撃。至近弾や艦体に直撃した砲弾が容赦なく2隻を揺さぶり、その度にアストンも激しい衝撃に耐えた。

 

「く………っ!」

『あと少しだ! 踏ん張りなッ!』

「は、はいっ………!!」

 

〝ローズリップ〟のキャンベラ船長からの叱咤に応え、アストンは歯を食いしばる。周囲を飛び回る護衛の〝ランドマン・ロディ〟隊も、この激しい砲撃に晒されているのだ。仲間にみっともない所は見せられない。

 

 アストンに与えられた役目。それは〝ビッグガン〟の砲手として〝ローズリップ〟がすれ違う敵戦艦に打撃を与えることだった。

 事前の説明によればこの〝ビッグガン〟という武器は、威力は桁外れに高いらしいが照準能力が低くまともに狙いも定められないらしい。だからこそギリギリまで敵艦に近づき、至近距離からこの砲を叩き込むのだ。

 

 

「〝ビッグガン〟準備よし。いつでも行けます!」

『あいよ! こっちの合図で撃ちな! あと5秒ッ!――――4、3、――――』

 

 敵の砲火を〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟、それに周囲を飛び回る〝ランドマン・ロディ〟隊が突破する。

〝カガリビ〟が敵ハーフビーク級の上部スレスレの所をすれ違い、一瞬にして飛び去っていく。そう、タイミングはわずか一瞬。

 

 迫る敵戦艦からの砲撃に撃ち殴られる中、〝ローズリップ〟もまた〝カガリビ〟に続いて敵艦と肉薄した。ハーフビーク級の巨大な横腹が次の瞬間、アストンの視界全てを埋め尽くす。

 

 

『―――――撃てッ!』

 

 

 アストンがトリガーを絞った刹那、〝ビッグガン〟の砲口が火を噴いた。

 凄まじい威力――――艦砲など比べ物にならないその砲撃の軌跡は、すれ違ったハーフビーク級の艦尾をぶち抜き、威力をそのままにデブリ帯を貫いて延びる。

 

 

 飛び去った〝ローズリップ〟の背後で、敵ハーフビーク級が艦尾から炎上しながら漂流していくのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『艦尾被弾ッ! 動力室に被害が――――』

『総員ノーマルスーツを着用しろ! ダメージコントロール! 被害区画からの退避急げ!』

『姿勢制御、維持できませんっ!』

『モビルスーツデッキに被害! 医療チームを………』

 

 

 艦尾から激しく炎上し、姿勢制御を保てずに漂流を始める〝バルドル〟。

 

 三方向からの包囲を悠々突破した敵艦は、さらに強襲装甲艦とは思えないアクロバティックな動きで岩塊の間を掻い潜ると、瞬く間にデブリ帯の奥へと飛び去っていってしまった………

 

 

「く、くく………っ! いいぞ………!」

 

 

 予想通り、歯ごたえのある敵だ。

〝獲物〟として、フォーリスを存分に愉しませてくれるに違いない。

 

 それにあの兵器―――レールガンと高硬度レアアロイ製弾頭を用いる違法兵器、通称〝ダインスレイブ〟を彷彿とさせる威力だ。

違法兵器と認定するためには弾頭に高硬度レアアロイが用いられているかが構成要件となるが、肝心の弾頭は発射と共にデブリに紛れ、最早明らかにする術も無い。それも織り込み済みでかの兵器を使ったのだろう。ギャラルホルンの圏外圏での宇宙海賊討伐作戦でもよく使われる手だ。

 

 

 全身を満たすように沸き上がる興奮に身を委ねたいが、〝バルドル〟の大破によってフォーリスの部隊は完全に浮き足立っていた。

 

 

「―――〝バルドル〟はエンジン系を最優先で修復して戦線を離脱、残りは海賊と一度合流し陣形を立て直せ! モビルスーツ隊は全機発進! 敵部隊を追撃しろッ! 私に続け!」

 

 かくも矢継ぎ早に指示を飛ばすとフォーリスは自らも〝アムドゥシアス〟を駆り、鉄華団が消えたデブリ帯の奥へ飛び込んだ。艦隊から発進した〝グレイズ〟隊もそれに続く。

 無数の岩塊、残骸で満たされたデブリ帯は、フォーリスにとって絶好の〝狩場〟だ。一瞬でも気を抜けば戦うまでもなく、周囲で荒れ狂うデブリに潰されて終わる。感覚を研ぎ澄まし、躍るようにデブリの間を駆け抜けながら――――フォーリスは敵艦を射程内に収めた。

 

 

 狙うのは、敵艦の針路上にある巨大なデブリ。

 フォーリスは〝アムドゥシアス〟の背部にマウントされた長大な砲――――エイハブ・リアクター直結の大出力ビームキャノンを跳ね上げ、腰だめに構えた。

 ナノラミネート装甲の実用化によって無用の長物と化し、戦後の技術の散逸と共に衰退したビーム兵器。だがこのデブリ帯においてはビーム兵器そのもののが有する、実弾兵器では成し得ない圧倒的な破壊力が凶器となる。

 

 

 

「さあ、宇宙ネズミたち―――――狩りの時間だ」

 

 

 

 狩りといえば野兎や鹿、熊など、仕留め甲斐のある美しさや高貴さすら併せ持つ動物が一般的だ。小汚い宇宙ネズミが相手では愉しみも半減だが、このような辺境で不満を言っても仕方がない。

 

 

【LCS――MICRO COCOON――CONECCTED】

【ALL SYSTEM RDY】

【TARGET ROCK ON】

 

 

 フォーリスがトリガーを引き絞った瞬間、凄まじいビームエネルギーが砲口から迸る。

それは鉄華団の強襲装甲艦……その眼前に浮かぶ巨大な岩塊を一瞬にして貫き、引き裂き、無数の破片を四方にまき散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 カケルの指示に従い、背後から襲撃してきた敵部隊から逃れ、デブリ帯へと突入した〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟。

 デブリ帯に入った直後に待ち構えていたのは――――ギャラルホルンの小艦隊。だがカケルの予測通りこちらが減速した所を包囲する陣形を取っており、正面を塞いでいたのはハーフビーク級1隻のみ。

 

 敵の混乱を突いて〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟は敵の包囲を突破。肉薄した敵艦に〝ビッグガン〟の砲撃を叩き込み、敵が混乱しているうちに可能な限りの高速でデブリ帯の奥へと突き進んだのだが………

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

 刹那、〝カガリビ〟の眼前にあった巨大な岩塊が―――光の奔流にぶち抜かれ、吹き飛ばされた。無数の岩の破片が四方へと、〝カガリビ〟や〝ローズリップ〟目がけて撒き散らされる。1個1個が、モビルスーツ大にも匹敵する破片が、逃げる2隻の艦に襲いかかってきた。

 

「デブリが………っ!」

「回避するッ! しっかり掴まってろよ!!」

 

 艦長席の前に展開している操艦用ユニット。艦長席に座すチャドは阿頼耶識システムによって艦の操艦システムと神経を直接接続。感覚的に〝カガリビ〟をコントロールし通常の操艦ではありえない挙動で迫る岩塊を回避していった。

 

 だが、光の奔流は幾度となく〝カガリビ〟の遥か背後から撃ち放たれ、まるで行く手を阻むように周囲に浮かぶ岩塊を破壊。幾度となく破片を抉り散らす。

 大きな破片はともかく小さいものは到底回避しきれず、小さな岩塊や構造物の破片が艦体に激突する度、〝カガリビ〟は激しく揺さぶられる。

 

「ぐぅ………!」

「モビルスーツ隊は散開! 艦に近づくな! デブリに巻き込まれるぞ!!」

 

 チャドの指示を受けるが早いか、艦の周囲を護衛していた〝ランドマン・ロディ〟は素早く散開し、飛び散る無数のデブリを目まぐるしく飛び回りながら回避していった。鉄華団実働三番隊のモビルスーツ乗りは、アストン以下ブルワーズで、そしてデブリ帯で生き抜いてきた強者ばかりだ。デブリに巻き込まれて死ぬような奴はいない。

 

 艦体に襲いかかる凄まじい衝撃に耐えながら、ブリッジクルーの一人であるティオが「くそ……っ!」と小さく毒づいた。

 

「何なんだよあれ………!」

「ビーム兵器だ。厄祭戦時代の古い兵器で――――ナノラミネート装甲相手じゃ効果がないはずなんだが………」

 

 だが、ナノラミネート装甲に守られていないものなら、大抵の物体を破壊できる。技術情報に理解のあるチャドだからこそ、この兵器の本当の恐ろしさを理解できた。

 

 ビーム兵器は、ナノラミネート装甲によって守られた現代の艦船やモビルスーツ相手では効果は無い。だがそれ以外の物体ならあらかた破壊できる。間接的に周囲の物体―――小惑星やナノラミネート装甲ではない構造物の破片を引き裂き、押し出し、撒き散らして凶器へと変えるのだ。ビームや実弾に対する高い防御力を誇るナノラミネート装甲でも、大質量が相手では容易に圧し潰されてしまう。

 

 このデブリ帯は――――ナノラミネート装甲の実用化によって無用の長物と化したはずのビーム兵器が、その機能を最大限発揮できる場なのだ。

 

 

 悪い事態はこれだけに留まらなかった。

 

 

「――――敵モビルスーツが接近! 1機を先頭に、およそ10機!」

「っ! アストンたちを迎撃に向かわせるんだ!」

 

 身動きが取れず、さらに背後からは敵モビルスーツ部隊。おそらくギャラルホルンの〝グレイズ〟だ。機体性能では向こうの方が遥かに勝る。

 追いつめられていく。その焦燥に押しつぶされまいと、チャドは鋭く前を見やった。

 

 

「すぐにカケルも戻ってくる! それまで無理せず持ちこたえるんだ!」

『了解!!』

 

 アストン率いる〝ランドマン・ロディ〟隊が、迫る敵モビルスーツの光輝目がけて突っ込んでいく。やがて戦端が開かれ、激しい銃火の軌跡と火球がデブリ帯の片隅を眩く彩った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『このォッ!! 数ばかりゴチャゴチャと!』

 

 近づいてくる10機以上の敵モビルスーツ―――〝グレイズ〟の一隊に対して、〝ランドマン・ロディ〟隊のマシンガンの銃火が殺到した。〝グレイズ〟1機が射線に捉えられて被弾。よろめいて回避機動を取ろうとした所にビトー機がハンマーチョッパーを叩き込んだ。そして仕上げとばかりに至近距離からマシンガンを撃ちまくり、胸部を破壊された〝グレイズ〟を蹴飛ばす。

 

 それを取り囲もうとした〝グレイズ〟目がけて撃ちかけながら、アストンは、

 

「ビトー! 1機で深追いするなッ! 囲まれるぞ!」

『けどこのままじゃ!』

「命令は艦の護衛だろ!? とにかく近づけさせないで突出してきた奴を集中的に叩くんだ!」

 

 了解! とペドロの〝ランドマン・ロディ〟がビトー機を掴んで引き下がり、アストンは僚機を率いて〝グレイズ〟目がけ撃ちまくった。敵機も高威力のライフルで応戦してくるが、おそらくデブリ戦は不慣れなのだろう、飛び交うデブリ間のタイミングを掴めていない。敵機の弾は悉く周囲にデブリに撃ち込まれて阻まれていた。

 

 

「相手はデブリ戦に慣れてない………? それなら!」

 

 

 援護頼む! と背後の2機に通信を飛ばし、アストンはこちらに近づきつつある1機の〝グレイズ〟に迫った。

 狙われた〝グレイズ〟は当然、アストン目がけてライフルを撃ち放ってくる。が、アストンは周囲で飛び交うデブリを利用して巧みに被弾を回避しつつ―――僚機からの援護射撃で〝グレイズ〟が怯んだ所を、タックルを食らわせて背後の小惑星に叩き付ける。

 

 弱々しく敵機が起き上がろうとした時には、アストンの〝ランドマン・ロディ〟がハンマーチョッパーを高々と振り上げて、〝グレイズ〟の胸部コックピットを違わず叩き潰していた。

 

 

『アストン!!』

「デブリ帯なら俺たちの方が慣れてる! 1機1機確実に潰せば………っ!?」

 

 

 その時だった。

 センサーでも捉えられない遠距離から、突如として凄まじい光が奔り、デブリ帯を真っ直ぐ貫いた。

 

『な………っ!』

『これって! さっきの――――!?』

 

 光が迸った先………〝カガリビ〟や〝ローズリップ〟の行く手を阻んでいた巨大な岩塊が引き裂かれて割れ、無数の破片と化して傍らを進んでいた2隻に襲いかかった。〝ローズリップ〟の回避が間に合わず、〝カガリビ〟がそれを庇うように針路を変えて、迫る巨大なデブリの塊が真正面から直撃する。

 

『〝カガリビ〟が!』

『くそぉっ! このままじゃ………』

「く………! 何とかこいつらを突破して………」

 

 さらにもう1機の〝グレイズ〟目がけてアストンは飛びかかったが、次の瞬間には他の敵機の集中射撃を浴び、やむなく他のデブリの陰に逃げ込まざるを得なくなる。敵は、完全に〝ランドマン・ロディ〟隊を釘付けにするつもりだ。

 

「ダメだ。敵の包囲が厚すぎて………」

『こんのォッ!!』

「! ダメだビトーっ! 1機だけじゃ………」

 

 膠着した状況に業を煮やしたビトーの〝ランドマン・ロディ〟が、マシンガンを撃ちまくりながら〝グレイズ〟隊へと突っ込む。

 だが、敵は素早く散開して、逆に多方向からビトー機をライフルで袋叩きにしてきた。デブリに慣れていないとはいえ、練度は高い。

 

 すかさずアストンが助けに割って入ろうとするが、さらに数機の〝グレイズ〟が脇から現れ、そちらへの回避と応戦に追われてしまう。ペドロも他の機体もそれぞれに攻撃を食らって連携が取れていない。完全に敵側のペースに乗せられてしまっていた。

 

 それにスラスターガスの残量も危険域だ。すぐにでも補給しないと動けなくなる。

 

 

『ちくしょ………こんな所でっ!』

 

 

 封じ込められてしまったビトーの〝ランドマン・ロディ〟。その傍らを2機の〝グレイズ〟がすり抜け、真っ直ぐ〝カガリビ〟がいる方角へと向かっていった。

 まずい………! アストンの背に冷たいものが走った。今、こちらの守りを突破されたら〝カガリビ〟まで阻むものは何も無い。

 

 

『しまった! 2機に抜けられたっ!?』

『誰か行ってくれ! ここは俺が………うぐっ!』

 

 巧妙に包囲されてしまった現状では………囲みを突破して追撃できる機体は無い。

〝カガリビ〟に迫った敵モビルスーツがライフルやバズーカで激しく艦に撃ち浴びせ始め―――――

 

 

 

 だが次の瞬間、その〝グレイズ〟の1機はどこからか降り注いだ射撃をもろに浴びて、機体各部を撃ち破られて沈黙した。

 

 

 

「………!」

 

 そしてもう1機の〝グレイズ〟がセンサーを露出展開させながら上を見上げた刹那、避ける間もなく肉薄してきた1機のモビルスーツ―――それが振るった大振りの刃をもろに食らって頭部と胸部を潰される。さらにはこちらを包囲していた〝グレイズ〟隊にも激しく、腰だめに構えた巨大なガトリングキャノンを撃ち放って統制を乱す。

 

 唐突な乱入者―――クレストを回収して戻ってきたカケルの〝ラーム〟を見、アストンは形勢がようやく逆転したことを悟った。

 

 

『態勢を立て直せ! 援護する』

 

 

 カケルからの指示が通信ウィンドウ越しに飛んでくる。「はい!」と素早く返事し、アストンら5機の〝ランドマン・ロディ〟は、煙を吐きながら流れていく大破した〝グレイズ〟を横目に母艦の方角へと下がった。追撃のために〝グレイズ〟が迫るが、〝ラーム〟のガトリングキャノンを浴び、損傷して離脱していく。アストンたちに代わるように、カケルの〝ラーム〟が前に進み出た。

 

 

「カケルさんっ! 敵に1機おかしい奴が………」

 

 

 謎の光を長距離から放つ敵機。アストンはそれをカケルに伝えようとしたのだが………

 その時、遥かデブリの陰からまた、一筋の太い光条が撃ち放たれた。デブリ帯を貫くように走ったその光は、先程同様に浮かぶ岩塊を切り裂き、破片の雨を〝カガリビ〟や〝ローズリップ〟に浴びせかける。コンテナ船を庇うように飛ぶ〝カガリビ〟は、特に被害を受け持つことで艦体各所に手酷いダメージを負いつつあった。

 

 

『ビーム兵器か。まさかこんな所で………アストン! まだ戦えるか?』

「ガスの残量が………5分ぐらいなら!」

 

 十分だ! と〝ラーム〟がメインスラスターを噴き上げながら飛び出し、光が撃ち出された方向目がけて消えていく。

 その動きに気付いた〝グレイズ〟の数機がすかさず振り返って〝ラーム〟へ銃口を向けようとするが、

 

『させるかよっ!』

「カケルさんを撃たせるな!」

 

 態勢を立て直し、密集陣形を取ったアストンら〝ランドマン・ロディ〟がマシンガンを撃ちまくりながら敵機へと迫った。ビトーが咆えながら1機の〝グレイズ〟へと突っ込み、アストンはマシンガンで援護に回る。

アストンの射撃で動きを封じられた〝グレイズ〟は、ビトー機の突貫を抑えきれずに、〝ランドマン・ロディ〟のハンマーチョッパーで殴り潰された。

 

 

 

 そしてその数秒後、遥か遠くでいくつもの閃光や爆発の火球が小さく上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「そろそろ追いかけっこもフィナーレにしようかね?」

 

 予想外に宇宙ネズミ共の集団―――鉄華団のモビルスーツ隊が粘る。自軍…ギャラルホルンのモビルスーツ隊は既に5機が撃破され、このままでは〝アムドゥシアス〟が陣取っているこの場所も危うい。

 鉄華団の強襲装甲艦、それに随伴するコンテナ船は、フォーリスによる攻撃でダメージを蓄積させつつあった。トドメにもう一撃―――岩塊の一つでもぶつけてやれば、航行不能に陥るだろう。その後ならコンテナ船を調理するのは簡単だ。

 

 

 デブリ帯全体に張り巡らせてある小型LCSユニット……通称〝マイクロコクーン〟により、この遠距離、それもデブリ帯にあっても敵艦の位置は正確に把握できている。それに敵艦近くに存在する大型デブリの座標も。

 フォーリスは〝アムドゥシアス〟の主砲…エイハブ・リアクター直結のビームキャノンを腰だめに構えた。敵の強襲装甲艦は損傷し、先程とは違い思ったように機動できない様子。致命傷を与えるなら今が好機だ。

 

 

【LCS――MICRO COCOON――CONECCTED】

【ALL SYSTEM RDY】

 

 

 母艦を沈めた後は敵モビルスーツを討つ。敵機の中にはブルック・カバヤン子飼いのヒューマンデブリ兵だった者がいるらしく、多少デブリを散らした所で悠々回避されるのがオチだろうが――――厄祭戦時代のロディ・フレームを重装甲化した敵機は、おそらくスラスターガスの消耗も早い。母艦を沈めて補給を断ってしまえば、長期戦でじわじわ弱らせて倒せばいい。

 

 

【TARGET ROCK ON】

 

 

 

「さらばだ、ドブネズミ諸君」

 

 ほくそ笑んだフォーリスは力強くトリガーを引き絞る。

〝アムドゥシアス〟の巨砲から、次の瞬間強烈な光の奔流が迸った。厄祭戦時代に猛威を振るった、全てを焼き尽くす死の光。それは鉄華団の強襲装甲艦、その上方にある岩塊へと殺到し―――――

 

 

 だが光条はその軌跡の半ばで、どこからか飛び込んできた何かに遮られた。

 

 

ビーム兵器を無効化するナノラミネート装甲によって〝アムドゥシアス〟から撃ち放たれたビームは四方に散乱し、うち幾つかに分かれた細い光線が目標として定めていた岩塊に直撃するが―――それはわずかにその表面を切り裂くのみに終わる。

 

 

「ち………無粋なことをしてくれる」

 

 

 忌々しげにフォーリスは舌打ちし、折角の舞台に水を差した青いモビルスーツを睨んだ。

 センサーは【ASW-G-40】【GUNDAM RALM】と、敵の反応を表示している。鉄華団が所有するガンダムフレームの1機だ。重装甲で覆われた巨体、それに不釣り合いな猛速で〝ガンダムラーム〟は〝アムドゥシアス〟へと飛びかかってくる。

 

――――いかんな。

 

 振り下ろされる巨大なブレード。素早く回避しつつフォーリスはバトルアックスを抜き放って、続く一撃を辛うじて受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 まさかビーム兵器を使うモビルスーツ―――それもガンダムフレームが出てくるとは。

 それに中身のパイロットは、思いのほか手練れらしい。阿頼耶識使い特有の直感的な動きは見受けられないが、全ての挙動が鋭く、そして正確だ。

〝ラーム〟のコンバットブレードと敵機……【ASW-G-67】【GUNDAM AMDUSIAS】のバトルアックスが激しく激突し火花を散らす。その衝撃の中で俺は前面モニターいっぱいに広がる敵ガンダムフレーム〝アムドゥシアス〟の頭部ツイン・アイを睨みつけた。

 

 

『―――――お前が、子供たちの指揮をしているのかね?』

 

 

 嘲弄するような猫なで声が、通信越しに飛び込んできた。〝アムドゥシアス〟からだ。

 さらには接触回線によって通信ウィンドウまで開かれて、敵機のコックピット………そこに乗る者の顔がありありと映し出された。

 

 表示された敵パイロットの顔立ちに、思わず俺は息を呑む。

 

 

「オーリス・ステンジャ――――?」

『ほう。甥のオーリスを知っているのかね。嬉しいよ。私の名はフォーリス・ステンジャ。栄光あるステンジャ家の中では傍系もいいとこだが………君の首を取れば私の地位は一変するッ!!』

 

 

 出力が同格な2機のガンダムフレームによる激しい鍔迫り合い。

 フォーリスなる男が操る〝アムドゥシアス〟は、次の瞬間素早く身を引いて、再びバトルアックスの刃を〝ラーム〟目がけて叩き込んできた。

 俺はすかさずコンバットブレードを振り上げ、再び刃と刃が激しくぶつかり合う。

 

 

『――――素晴らしい! 君のような好敵手を待っていた!』

「………!?」

『ギャラルホルンの仕事は退屈だよ。強大な力を持つが故に逆らう者もなく、延々と続く安穏を享受し続けなければならない。―――それが私のような人間にはどれだけの苦痛かッ!!』

 

 

 ギリギリ………とバトルアックスや機体各所が悲鳴を上げるのも構わず、〝アムドゥシアス〟は狂ったように、あらん限りのパワーで踏み込んでくる。

―――俺は、ガトリングキャノンを保持するためのサブアームを起動した。

 

 

『は、はは……ひひ………君の流す血が………子供たちの流す血が私を潤すのを感じるよ!! 君を殺し、哀れな子供たちを血祭りに上げて――――あの男の目指す世界に付き従えば私はさらに殺して、殺して、殺しまくって私自身を満たすことができるッ! 美しい世界の扉が………』

 

「―――――ほざけッ!!」

 

 

 途方もない戯言を吐き続けるフォーリス目がけ、俺は〝アムドゥシアス〟のアックスを受け止めながら、保持用のサブアームでガトリングキャノンを構えた。

 狙いを定めるまでもない。引き金を引く。

 

〝アムドゥシアス〟の動きはあまりにも敏速だった。確実に眼前で敵機を捉えたはずなのに、ガトリングキャノンの砲口が火を噴いた次の瞬間には全スラスターを噴き上げながら〝アムドゥシアス〟が飛び上がる。

射線は、辛うじて胴体部の片隅と片脚を捉えるだけに終わり、被弾部から煙を噴き出しながら敵はデブリ帯に紛れるように離脱―――――

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 俺はトリガーを引き絞り続け、舐めるようなガトリング弾の弾幕が〝アムドゥシアス〟へと殺到した。目まぐるしい挙動で回避し続ける敵機だが、次第に絞られていく射線に捉えられて、遂に弾幕をまともに浴びて後ろに吹き飛ばされる。だが、流石にガンダムフレームだ。硬い。

 

 

『カケルッ!!』

 

 

 新たなエイハブ・ウェーブ………味方機の反応だ。

 フェニーが操る〝百里〟が、〝ラーム〟の横をすり抜けて〝アムドゥシアス〟目がけ飛び駆け――――さらには敵機の傍らをすれ違って一瞬で飛び去っていった。

 その軌跡に、うっすらと残るガス状の「何か」をまき散らしながら。

 

『今よ! 撃って!!』

 

 フェニーからの通信で、俺は意味を悟った。

 再度ガトリングキャノンを撃ち放つ。狙いは定めず、ガトリング弾は〝アムドゥシアス〟周囲の岩塊や残骸に直撃して―――――火花を散らす。

 

 刹那、その火花は〝百里〟が補給用ユニットから撒いたスラスターガスに引火。〝百里〟が駆けた軌跡に沿うように大爆発が起こった。

 その爆発は瞬く間に途上にあった〝アムドゥシアス〟をも炎で飲み込み………

 

「………今だッ!!」

 

 敵機が引火したスラスターガスの爆発に飲まれた瞬間、俺は〝ラーム〟を突進させた。

 視界全体を舐めるような凄まじい爆発の炎。だがその見た目に比べて威力は大したことはない。ナノラミネート装甲で守られたモビルスーツ相手では、せいぜい目くらましがいい所だ。

 

 だが、飲み込んできた爆炎から逃れ、体勢を立て直した〝アムドゥシアス〟が見せた数秒の隙。それは、〝ラーム〟が懐に飛び込むのに十分すぎる時間だった。

 

『―――――ッ!?』

「うおおおおおォォォォ―――――ッ!!!」

 

 反応が遅れた〝アムドゥシアス〟目がけ、俺は突進した勢いそのままにコンバットブレードをその胸部――――わずかに退かれてしまい、右腕の付け根部分に刃が深々と吸い込まれた。

 構わず、さらにスラスターバーニアを全開に咆えさせて、背後の巨大な大岩へと〝アムドゥシアス〟を背部から激突させる。

 その衝撃で〝ラーム〟も大きく衝撃に揺さぶられたが、俺は〝ラーム〟のガトリングキャノンを、敵の眼前に突きつけた。

 

「これで………ッ!」

『おのれッ!』

 

 だが次の瞬間〝アムドゥシアス〟は大岩ごと縫い付けられた右腕をパージし、その目の前に突きつけていたガトリングキャノンは空しく岩肌を抉り飛ばすのみに終わった。

 逃れた〝アムドゥシアス〟は片腕を失った他すでに満身創痍で、失った右腕に保持していたビームキャノン、それにバトルアックスをも失い、最早〝ラーム〟を倒すだけの力を持っていなかった。

 

 

 青と赤の信号弾が〝アムドゥシアス〟から撃ち出されて、宇宙空間の片隅をしばし彩った。

 駆けつけた〝ランドマン・ロディ〟と交戦していた〝グレイズ〟が、見る間に翻って撤退していく。

 

 

『逃がすかよっ!』

「待てビトー。俺たちも撤退だ」

 

 俺たちの母艦〝カガリビ〟は、特に右舷の損害が酷く、メインエンジンノズルの噴き出しも弱々しい。どこかに落ち着いて修理しなければデブリ帯を脱出することすらままならないだろう。〝ローズリップ〟の方は比較的損害は少ないように見えるのが幸いだった。

 

 モビルスーツ……〝ランドマン・ロディ〟も傷ついた機体が多い。〝ラーム〟に付き従うように、ヨロヨロと母艦を目指して飛ぶ。

 と、『カケル!』とフェニーから通信が飛び込んできた。

 

 

『大丈夫!?』

「ああ。それよりすぐに艦とモビルスーツの修理・補給を。しばらくは大丈夫だろうが――――あいつらはまた攻撃してくる」

 

 ギャラルホルンの戦艦では立ち入ることができないデブリ帯の奥。そこに入ってしまえばしばらくは時間稼ぎができる。………それに、この状況を一気に打開できるかもしれない〝切り札〟も、運がよければ。

 

 

 脳に埋め込まれた情報チップに再度アクセス。このデブリ帯に関する情報を呼び出す。

 

 このデブリ帯の奥―――中心部にあるのは厄祭戦時代に破壊され、放棄されたスペースコロニーだ。すでに居住不可能な状態になっているもののエイハブ・リアクターは稼働しているらしく、リアクターが発する重力に引き寄せられるように、周囲には無数のデブリ……小惑星や難破船、モビルスーツや構造物の残骸、破片が集まり漂っている。

 

 何とかコロニーに辿り着くことができれば………

 

 

「モビルスーツで針路を開く! ガスに余裕のある機体はついて来い!」

『はいっ!!』

 

 

 2機の〝ランドマン・ロディ〟を引き連れ、俺はデブリ帯の奥を目指して〝ラーム〟を駆った。

 

 




すいませんが少し長めの話になるので、次話以降については執筆中になります。
出来上がり次第更新、もしくは活動報告で更新日時をお知らせしたいと思いますm(_)m


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6-4.67番目の悪魔(後)

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(前回のあらすじ)

 

 鉄華団としての初仕事を成功させ、企業として順調に成長しつつある〝鉄華団〟。

〝ガンダムラーム〟と共に鉄華団へ加わった蒼月駆留は、地球経済圏・アーブラウに依頼された仕事のため、実働三番隊を率いて地球へと向かうが………ブルック・カバヤン率いる〝ネオ・ブルワーズ〟、そしてフォーリス・ステンジャ率いるギャラルホルン艦隊の攻撃を受ける。

 

 無事、地球に辿り着くためには彼らを撃破するより道は無い。カケルは、状況を打破するべく一計を講じる―――――

 

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▽△▽―――――▽△▽

 

「な………それは本当ですか!? 兄貴ッ!」

 

〝カガリビ〟〝ローズリップ〟からの定時連絡が途絶えた。

 

団長室でその報を受けたオルガは通信用タブレット越しの相手―――オルガや鉄華団の兄貴分である名瀬に思わず訊き直した。

 2隻は鉄華団地球支部開設に向けた人員、それにモビルスーツやモビルワーカーといった装備を積んで地球へと向かっていたはず。

 団長室には三日月や昭弘、ユージン、シノ、メリビットといった面々も集まり、一様に動揺を隠せない様子だった。

 

 通信用タブレット端末のモニターの中で、『ああ』と名瀬の表情も硬い。

 

『〝ローズリップ〟からのLCS定時連絡が送られてこない。位置的にはそろそろデブリ帯に入ってる頃だろうが………そこは何日か前にテイワズの船が行方不明になってる所でな』

「………海賊ですか?」

 

 デブリ帯で行方不明………と言われて連想するのは当然、非正規航路を荒らし回る宇宙海賊の存在だ。かつて猛威を振るったブルワーズは壊滅して久しいが、圏外圏には未だ大小さまざまな海賊が跋扈している。

 

『もしかしたら、な。ブルワーズみてえなバカがまだ残ってるのかも知れねえな。お前らの艦の方も、すぐにやられるような面子じゃないと思うが………』

 

「実働三番隊は、規模で言えば鉄華団最大です。それにカケルの腕は兄貴も知っての通りだ」

 

『ああ。場合によっては今からでも救援に飛べるかもしれん。とにかくこっちも準備するからお前らもモビルスーツを宇宙に上げとけ。合流ポイントは追って連絡する』

 

「分かりました!」

 

 通信が終わった瞬間、オルガは後ろの全員に振り返った。仲間、家族の危機にやるべきことは当然決まっている。

 振り返ればいつも通り、鋭い面持ちで全員がオルガの指示を待っていた。

 

「聞いてたな。すぐに準備にかかれ!」

「「「おうッ!!」」」

「分かった」

 

 足早にユージンや昭弘、シノが飛び出していき、三日月もそれに続く。彼らに代わるようにメリビットがオルガの方へと進み出た。

 

「すぐに〝イサリビ〟の出港準備を始めます」

「ああ、頼む。ミカとシノの一番隊を送るからな。〝バルバトス〟と………」

 

 オルガが細かく指示を飛ばそうとしたその時、コンコン、と控えめにドアがノックされた。

 中に入るよう促すと「失礼します……」と事務所に詰めているはずのデクスターが姿を見せてきた。

 

「あのぉ。団長さん宛てにメールが届いてまして………」

「メール? 誰からだ?」

「地球のモンターク商会、というお方からです。私には要領を得ない内容だったのですが………」

 

 

 モンタークが? 仮面の男で、その正体はギャラルホルンの高官である胡散臭い男を思い出し、オルガは思わず怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 

『ブリッジよりモビルスーツデッキへ。――――緊急発進せよ! 緊急発進せよ!』

『目標。前方デブリ帯。LCSによるデータリンクを密に。デブリへの警戒を――――』

『2番艦の〝フレック・グレイズ〟隊は船団護衛用装備で発進準備。シールドを保持し指定されたコースを進行せよ。繰り返す………』

 

 

 デブリ帯を眼前に、2隻の宇宙艦が航行していた。ハーフビーク級のように比較的洗練されたフォルムだが、かつては滑らかだっただろう装甲はすっかり傷だらけでくすんでおり、経年による劣化を感じさせる。だが圏外圏で使われる強襲装甲艦ほど古めかしい艦体ではない。

 

 ハウンドフィッシュ級戦艦。それはギャラルホルンが半世紀前に運用していた旧式艦だ。2門の連装主砲の配置など、後継のハーフビーク級を彷彿とされるデザインだが、艦首下部はモビルスーツデッキ及びカタパルトとなっており、見る者に艦首がやや膨らんだ印象を感じさせる。

 

 2隻のハウンドフィッシュ級戦艦の甲板に描かれた獅子のエンブレム。―――モンターク商会の関係者であれば、それがモンターク商会出資の下立ち上げられた傭兵団、通称〝ゼント傭兵艦隊〟のエンブレムであることに気が付くだろう。

 1番艦のブリッジに詰める男たちは、誰もが黒い軍服のような上下に身を固めているが、ギャラルホルンにはこのような制服は存在しない。だが、誰もがギャラルホルンの軍人………圏外圏で怠けている者よりも余程手際よく、この組織が高い練度を保っていることは明らかだった。

 

 

「大佐。モンターク氏から通信です」

 

 

 オペレーターからの報告に、艦長席に座す男………クランク・ゼント〝大佐〟は頷いた。

 

「通信を開いてくれ」

 

 オペレーターはブリッジ正面のメインスクリーンに通信を繋ぐ。銀髪に金色の仮面を身に着けた男の姿が映し出された。

 

『状況はどうかな? クランク・ゼント大佐』

「我々の艦隊は指定されたデブリ帯に到達しました。モビルスーツ隊を発進させ、目標地点に向かっております。しかし………」

 

 

『鉄華団がギャラルホルン部隊から攻撃を受けたことは事実だよ。………ギャラルホルンも一枚岩ではないからな。特に地球の統制が及ばない圏外圏では、一部隊が独自に戦功を挙げようと動くことがある。君も火星支部で経験があるだろう?』

 

 

 鉄華団――――蒼月カケルが率いる部隊がギャラルホルンに捕捉された。モンターク商会からその報を受けた時、このゼント傭兵艦隊はモンターク商会の輸送船護衛のため火星へと向かう最中だった。

 ギャラルホルンが一民間組織を、それも法令に関わらない独自の思惑の下に攻撃するなど………コーラル時代のギャラルホルン火星支部を彷彿とされる事態にクランクは歯噛みした。

 

「火星支部以外にも、ここまで腐敗が広がっているとは………」

『先の一件でギャラルホルン全体の権威が失墜した結果。圏外圏では月やヴィーンゴールヴの統制を受け付けずに独自の動きを見せる部隊が増えてきているようだからな。鉄華団を襲撃したとされる正規航路パトロール艦隊はアリアンロッドの所属だが………やはり月からでは圏外圏全体に監視の目を光らせることはできないようだ』

 

 

 モンターク商会から報を受けて、間もなく12時間が経過しようとしている。正規航路を守るパトロール艦隊は、1個艦隊およそ3~4隻のハーフビーク級戦艦で構成され、モビルスーツも10機以上。多少の海賊などものともしない大戦力、その力を誤れば一体どれだけの災厄がもたらさせることか。

 

 

『―――頼むぞ、ゼント大佐。鉄華団の損害はモンターク商会にとっても大きな痛手となる。必ず彼らを救援してくれ』

「承知した。少年たちは、私が必ず」

 

 モンタークが小さく頷き、通信はそこで終了した。

 ハウンドフィッシュ級から次々出撃していく〝フレック・グレイズ〟隊。かの〝グレイズ〟の廉価版、民間販売仕様であり性能はやや抑えめだが、圏外圏で使われる骨董品のようなモビルスーツに比べて最新の機器を導入しており、なおかつ明快かつ優れた操作性を持つ。クランクはモビルスーツが飛び出していく光景をしばし見守っていた。

 

 

『――――アイン・ダルトン、〝グレイズX〟行きますッ!!』

 

 

 さらに1機のモビルスーツ〝グレイズX〟が発進する。通常のモビルスーツよりも一回り大きく、メタルシルバーのカラーリングが瞬間的に太陽光に反射して気高く輝く。

〝グレイズX〟は、〝フレック・グレイズ〟同様にモンターク商会から供与されたモビルスーツであり、当初は黒のナノラミネート装甲塗料が施され、禍々しさすら感じる機体だったが――――清廉にして温厚、質実剛健なアインに相応しい白銀の塗装を施し直し、専用大型アックスは〝グレイズリッター〟のバトルブレードを大型化したバスタードブレードへと換装した。

 

〝グレイズ〟の研究機の一つであり、量産性を考慮しない気難しい操作性を持つ機体だが、モビルスーツパイロットとして優れた技量を持つアインならば十分に乗りこなせる機体だ。事実、その巨体でありながらデブリや僚機である〝フレック・グレイズ〟の間を縫うように飛び駆けて前に出、誰よりも先にデブリ帯へと突入していった。

 

 

「クランク大佐。モビルスーツデッキより〝フォルネウス〟の最終調整、完了したとのことです」

「よし。ならば私も出る。後は頼んだぞ」

「ハッ!」

 

 

 ブリッジを出たクランクは直ちにモビルスーツデッキへと向かった。

 脳裏にありありと思い浮かぶのは、苦境にあっても必死に生きる、鉄華団のまだ年端もいかない少年たち。それに、彼らを生き延びさせようと奮闘してきた若者、蒼月カケルの姿だった。

 

 

 急がねば。

 決して彼らを玉砕させてはならない。

 

 

 決意と共に、クランクはモビルスーツデッキへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 巨大な岩塊の群れを掻き分けるように進んだ先、〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟、それに護衛のモビルスーツ隊はようやくデブリ帯の最奥――――厄祭戦時代の大破したスペースコロニーへと到達した。

 コロニー自体はすでに大昔の戦闘によって破壊され、わずかに骨組みと構造物がへばりつくように残っているのみとなっているが、コロニーが有する大型エイハブ・リアクターは健在であり、制御されることもなく延々と発生するエイハブ粒子が、この広大で高密度なデブリ帯を形成する核となっていた。

 

 宇宙港へ。カケルの指示に従い、2隻は比較的原型を留めているコロニー宇宙港へとゆっくり進入していった。

 

 

 

「〝カガリビ〟は、右舷にダメージを受けてるけど、応急処置で推力の80%は回復できるわね。モビルスーツは装甲とユニットの交換で。12時間もらえれば何とかする」

 

〝カガリビ〟のブリッジにて。

 ブリッジ後部にあるブリーフィング用ディスプレイを囲んでいるのは、俺とチャド、フェニー、タカキ、それに〝ローズリップ〟のキャンベラ船長だ。

 誰もが一様に厳しい表情でディスプレイに表示されたデブリ帯の宙域図を睨んでいたが、

 

「それだけの時間はあるのかい? 確かにここはおいそれと近寄れないデブリ帯の奥の奥だけどね………」

 

 キャンベラの問いかけに、想定されるギャラルホルンの位置を見下ろしつつ俺は答えた。

 

「向こうもモビルスーツの補給・整備が必要なはずです。おそらく次の攻撃は、俺たちがデブリ帯から脱出しようとした所を待ち構えるか、もしくは例のビーム兵器で力づくで道を拓くか。いずれにしても、それなりに時間的余裕があると考えていいと思います。それに………」

「それに?」

 

「モビルスーツだけでなく、パイロットや、俺たち全員にも休息が必要です。交代で休息して次の戦いに備えるべきだ」

 

 激戦で、誰もが疲弊しているのは見て取れた。このままではコンディションを保ったまま次戦に突入することはできない。

 休める時に休む。異論は無かった。

 

 

「〝ローズリップ〟の方は被害軽微さ。そっちに修理班を送るよ」

「お願いします、キャンベラ船長。フェニーは〝ローズリップ〟のメカニックへの作業割り当てを頼む。すぐに取りかかってくれ。それとフェニーも6時間の休息を」

 

「分かったわ」

 

 早速フェニーとキャンベラがブリッジを離れる。

 次に俺は、チャド、タカキの方に向き直った。

 

「チャドさんは引き続き艦をお願いします。おそらく、ここから脱出する方がさらに厳しくなる」

「わ、分かった」

 

「タカキは艦内を見回って、無理してる奴がいないか気を配ってやってくれ」

「はいっ!」

 

「それとアストンを呼んでくれ。休息後にやってもらいたいことがある」

 

 デブリ帯の中核たるスペースコロニー。

 周囲に浮遊しているのは、戦時中の強襲装甲艦が大破したもの、それにモビルスーツの残骸、それすら原型を留めずにリアクターだけがポツリと浮かんでいるのも見える。

 打てる手は全て打ち、使えるものは全て使うべきだ。

 

 生き残るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「本艦の被害は深刻です。敵の攻撃が艦体後部を貫通し、動力室、モビルスーツデッキ等の重要区画が破損しました。今すぐにでも基地で修復しなければ。24時間以内の戦線復帰など不可能です」

 

 後部を著しく損傷したハーフビーク級〝バルドル〟のブリッジ。

 フォーリスは副官から報告書データが入力されたタブレット端末を受け取り、「ふむん……」と嘆息した。

 

「やむを得んな。〝バルドル〟は本戦線を離脱。修復に全力を挙げつつデブリ帯の外縁、指定地点で待機せよ。以後は〝グリンブルスティ〟を臨時旗艦とする」

「了解であります」

「それと、ブルック・カバヤンを呼べ」

 

 

 数刻後、合流してきた宇宙海賊………その首魁たるブルック・カバヤンの顔がメインスクリーンに大写しになった。

 

『へぇ。お呼びで』

「結果は見ての通りだ。流石は元ブルワーズのヒューマンデブリ兵たち、と言ったところかな?」

『なーに。デブリ帯に追いこんじまえばこっちのモンですよ。後は艦さえ沈めれば、じっくり料理できますぜ』

 

 そう。こちらはデブリ帯の外から潤沢に補給ができる。だが鉄華団の方はそうもいくまい。

 退路を塞いでじわじわと絞め殺す。鉄華団の艦はデブリ帯の奥地へと逃げ込んでしまったが、デブリ帯というものは奥に入れば入る程脱出が難しくなる。

 

「確かに。ここから先は、退路を塞ぎつつ積極的な攻勢は避け、相手――――鉄華団の少年兵たちが疲弊し消耗し尽くすのを待つのが得策だろうな」

『こっちはあと2、3時間も貰えりゃ、出撃できますぜ』

「悪いが我々の方はまだかかるよ。まあ、焦らずに行こうじゃないか。………鉄華団を討った暁には、この宙域で好きなように荒稼ぎするといい」

 

 

 報酬をちらつかせると、ブルック・カバヤンは途端に舌なめずりして色めき立った。

 

 

『へ。ガキ共の始末はお任せくだせぇ』

「期待しているよ。君は我々のハーフビーク級2隻と共に敵艦を釘付けにしてほしい」

『喜んで………と言いたい所ですがねぇ。デブリ帯の奥地と言やぁデブリの密度が濃くて、足の遅い艦じゃ近寄れませんぜ』

 

 安心したまえ。とフォーリスはニヤリと笑いかけた。

 

「心配は不要。そのための〝アムドゥシアス〟じゃないか」

 

 

〝アムドゥシアス〟のビーム兵器ならば邪魔なデブリを破砕して道を作ることも容易いだろう。同時に先の戦いのように敵の退路を塞ぐことも。

 

「さあ。今はじっくりと力を蓄えて、楽しい第2幕を迎えようじゃないか」

 

 

 それだけ言い放つとフォーリスは通信を断ち切った。

 

 思いの他甚大な被害を被ったギャラルホルン・パトロール艦隊は、補給と整備を受け順調に回復しているが、それでも戦力の回復には時間がかかるだろう。

 少々長いインターバル。〝バルドル〟の指揮官席から立ち上がり、フォーリスは奇妙な高揚感と共にブリッジから立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

〝カガリビ〟、〝ローズリップ〟のスペースコロニー跡到着から数時間後。

 補給と整備を終えた〝ランドマン・ロディ〟隊が次々と〝カガリビ〟から飛び立っていく。

 俺も〝ラーム〟を発進させ、スペースコロニーの奥へ機体を飛ばした。

 

 

 

『いいか! カケルさんからの命令だ。まずはモビルスーツとリアクターの残骸を集めて、艦はなるべく状態のいい奴を探せ。使える艦を見つけた奴は俺に知らせろ』

『『『『『了解っ!!』』』』』』

 

 

 

 アストンが音頭を取って〝ランドマン・ロディ〟隊はデブリを巧みにかわしながら散開していく。この状況での細かい陣頭指揮は、元ブルワーズの奴らのことをよく知っているアストンに任せておけば確実だ。

俺は、〝ラーム〟を駆ってアストンたちとは反対方向へと飛び、宇宙港同様に比較的原型を留めている工業ブロックへと進む。

 モビルスーツが辛うじて進める資材搬入用通路をさらに先へ。―――――情報チップによる一般的なスペースコロニーの構造図からして、この最奥部に目的のものがある。

 

 やがて、分厚い隔壁が〝ラーム〟の行く手を阻んだ。この辺りは特に厳重かつ頑丈な構造になっているらしく、300年以上の劣化を感じさせない。端末など、おそらくまだ機能していることだろう。

 

 この先にあるのはスペースコロニーの最重要区画………スペースコロニーの全電力、それに疑似重力を生み出す大型エイハブ・リアクターを収めた動力区だ。

 

 

「ゲートは完全に封鎖されているな。それなら………」

 

 

 仮にも厄祭戦時代に戦場になったスペースコロニーだ。おそらく真っ先にエイハブ・リアクターを狙われたに違いない。居住区など跡形も残ってないこの状態なら、どこかに被害が集中している場所があるはず。

 動力区の位置を確認して、俺は再びスペースコロニー跡の外へと出た。

一度コロニー外の宇宙へと出て、外周から見渡すと………予想通り、ひと際破壊の度合いが酷い場所があり、エイハブ・リアクターの一部らしき円盤状の構造物が露出していた。

 

 

 中にまだ生きている端末があればやりやすいのだが。

 そう望みつつ俺は〝ラーム〟を着地させ、周囲のデブリの状況を素早く確認。ノーマルスーツのヘルメットバイザーを下ろして外へ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『――――よし! モビルスーツの残骸、もう1機見つけた!』

『リアクターがちゃんと動いてるか確認しろよ! それを持っていったら、向こうの難破船を運ぶぞ!』

『了解っ!!』

 

 大破した古いモビルスーツを見つけたペドロの〝ランドマン・ロディ〟が、それを抱えつつコロニーの宇宙港へと戻ってくる。

 既に5機のモビルスーツの残骸が宇宙港へと集められ、アストンは自機のコックピットで、近づいてくるペドロ機を見上げた。

 

 

「いいぞ。これで6基目のエイハブ・リアクターだ」

『でもよ。壊れたモビルスーツとか船とか集めて、どうするんだ?』

「カケルさんには何か考えがあるんだろ。俺たちも向こうの応援に行くぞ!」

 

 

 アストンはビトー機を連れ、3機がかりで運ばれてくる難破船へと飛び立った。

 難破船――――デブリ帯では比較的新しい船に見えるが、前半分がまるで抉られたように無くなっており、機関部にあるエイハブ・リアクターが外部から見て取れた。

 

『今だっ! 全力で押せーっ!』

「俺たちも手伝う」

『すまない! クレストの方を手伝ってやってくれ!』

 

 アストンは機体を難破船の反対側へと回り込ませ、スラスター全開で難破船を押し進めようとするクレスト機に加勢した。ビトーも尾部に取りついて、〝ランドマン・ロディ〟5機分の推進力で、ようやく船の残骸が動き出した。

 

 

――――エイハブ・リアクターが残っているモビルスーツを6機、それと船を2隻見つけてくれ。それがカケルがアストンたちに与えた命令だった。

 

 ブルワーズにいた時にも、ノーマルスーツやモビルワーカーでジャンクを漁りに行かされたことはある。無数の残骸が飛び交うデブリ帯でのジャンクの引き揚げは、いつも誰かがデブリに巻き込まれて死ぬ過酷な作業だったが、今アストンたちに与えられているのはモビルスーツ。それに、この辺りはデブリの動きも緩やかで動きやすい。デブリ帯に慣れた元ヒューマンデブリならドジを踏むことは無いだろう。

 

 

『よっしゃ! これで1隻目!』

『2隻目はコロニーの裏側にあったよ。強襲装甲艦みたいだ』

「分かった。クレストは案内してくれ。それと、ガスが少ない機体は早めに補充しろよ!」

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツ隊がデブリ帯を駆け回っている一方、コロニー宇宙港へと潜り込んだ〝カガリビ〟〝ローズリップ〟は艦の修復作業に追われていた。

 

 

「――――なら、パワーリレーの3番と7番をイグニッション・チャンバーに直結させて!」

『ええっ!? それじゃあ1、2時間でリレーが溶け落ちるわよ!』

「デブリ帯を脱出できるまで保てばいいのよ! とにかく推力を回復させることを最優先させるしかないわ。メインの機構に影響を出さないように、ここと、ここに溶断ユニットを………」

 

 

 フェニーが船外で〝カガリビ〟修復の陣頭指揮を執り、〝ローズリップ〟から派遣された女性メカニックたちが手際よく右舷メインスラスターの修復作業に取り掛かっている。これなら、あと6時間以内に主だった応急修理は完了するだろう。

 艦内では、タカキがモビルスーツのスラスターガス補充を仕切っている。今も、2機の〝ランドマン・ロディ〟が着艦し、〝カガリビ〟艦尾の甲板で補給と簡単な整備を受けていた。

 

 

『次の機体のガス補充も急ぐぞっ! パイロットは中で簡単な食事を作ったから―――――』

 

 

 誰もが慌ただしく作業を進める中………カケルの〝ラーム〟がコロニー構造物の奥から飛び出し、こちらへと近づいてきた。

 フェニーはノーマルスーツの通信機をオンラインに、

 

 

「カケル! 〝カガリビ〟はあと6時間もあれば応急修理が完了するわ」

『分かった! ………アストンたちの方も順調みたいだな』

「コロニーの方はどうだった?」

『ああ。思った通りエイハブ・リアクターが生きてた。そっちの〝仕掛け〟はバッチリだから、後は罠を張るだけだ』

 

 

 ガス補充を終えた〝ランドマン・ロディ〟が再び発進し、空いた後部甲板に〝ラーム〟が着地する。そこに団員たちが補充用ホースを抱えて機体へと取りつき、手際よくスラスターガスの補充作業を進めていった。

 

 と、宇宙港の進入口越し。何やら大型の物体が横切るのが見えた。大破した強襲装甲艦だ。

 それを運んできた〝ランドマン・ロディ〟隊が、今度は逆方向に推力を集中させて艦体は静止。機体は続々〝カガリビ〟へと戻ってきた。

 

『カケルさんっ! これで言われてたモビルスーツと艦の残骸、全部揃いました!』

『よし! よくやった。すぐに戻って機体の整備と、お前らも休息を取れ』

『まだやれます! 偵察に行かせてください』

 

『その前にガスの補給を済ませろ。いつ敵が来るか分からないからな。ガス補給後にアストンとペドロで偵察に出てくれ』

 

『『了解!!』』

 

 

 今までは、〝バルバトス〟〝グシオンリベイク〟〝流星号〟と鉄華団が誇る最強のモビルスーツと共に戦い、打ち勝ってきた。だが今回はカケルの〝ラーム〟と〝ランドマン・ロディ〟だけで、ギャラルホルン相手に戦わなければならない。敵にもガンダムフレーム、それもデブリを容易に破砕できるだけの強力なビーム兵器を備えた、手ごわい機体がいる。

 

 前線で戦うことなどできないフェニーにできることは、艦を修理しモビルスーツを万全な状態に直して、彼らを戦場に送り出すこと。だからこそ、今できることを全て、全力でやらなければならない。

 

 

『フェニー! リレーの接続、終わったわ』

「―――OK! じゃあ、簡単にテストして、次は………」

 

 

 生き残るため。

 生きて明日を迎えるため、鉄華団の誰もが全力で自分のできることを精一杯取り組んでいく。

 たとえ敵が世界最強の戦闘力を誇るギャラルホルン艦隊であってもだ。それに、カケルが指揮する実働三番隊が負けることなど、フェニーには考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

――――先の戦闘からおよそ10時間が経過。

 ハーフビーク級〝グリンブルスティ〟を旗艦に、計2隻のハーフビーク級。それに宇宙海賊〝ネオ・ブルワーズ〟の強襲装甲艦がデブリ帯を突き進んでいく。

 常識的に考えればこれだけのデブリの密度、まともな艦なら回避が間に合わず、数分と持たずに岩塊に激突して沈んでしまうだろう。

 

 だが――――艦隊の後方から次々発射される太い光条が、迫る岩塊を次々と切断、破砕、押し飛ばしていき3隻の艦が整然と進めるだけの回廊を生み出していく。

 艦隊後方の岩塊に着地した〝アムドゥシアス〟のコックピットにて、フォーリスは艦隊の指揮を執りつつ、コックピットモニターのマップ表示を見やった。

 

 

「もうそろそろデブリ帯の中心だな」

 

 

 このデブリ帯は、厄祭戦時代に破壊されたスペースコロニーのエイハブ・リアクターが重力場を形成して生み出している。そこまでの道のりは大いに険しいが、スペースコロニーに近づいてしまえばコロニー周辺の重力場は安定しており、いい避難場所になることだろう。

 鉄華団の強襲装甲艦、それにコンテナ船は常識的には考えられない挙動でデブリを避けながら、デブリ帯の奥深くへと消えて行った。おそらく、どちらか一方あるいはどちらも阿頼耶識システムに対応した操艦システムを持っているのだろう。

 

 ハーフビーク級が2隻。強襲装甲艦が1隻。

〝グレイズ〟が6機。

〝ジルダ〟が4機。

 

 それに〝ガンダムアムドゥシアス〟だ。未だに戦力ではフォーリス率いる隊が鉄華団を超過している。

 加えてこちらは補充も万全だ。短期決戦は避け、消耗戦に持ち込めば相手から勝手に自滅してくれる。何せ鉄華団の機体は重装甲モビルスーツばかりだ。

 

 

『ステンジャ司令。間もなくデブリ帯中心部に到達します』

「結構。モビルスーツ隊を出せ。敵部隊の位置を――――――」

 

 

 だがその時、〝アムドゥシアス〟のコックピットモニターに【CAUTION!】の表示が。そして大小複数のエイハブ・ウェーブの反応が映し出された。

 

 

〝グリンブルスティ〟のオペレーターが通信越しに息を呑んだ。

 

『多数のエイハブ・ウェーブの反応確認ッ! 固有周波数を………』

 

 だがその反応の正体が有視界内に入る直前、前方の一角が沸き上がる煙幕で遮られた。

 スモーク? いや、これは………

 

『これは………ナノミラーチャフです! 敵の反応、捉えられませんっ!』

 

 ふん。とフォーリスは鉄華団の浅知恵をせせら笑った。ナノミラーチャフでこちらのセンサーを撹乱し、その隙に逃げ出す算段なのだろう。

 周辺のデブリを飲み込み広がるナノミラーチャフの煙幕が完全に前方を塞ぐ。

 だが一抹の危機感も無くフォーリスは号令した。

 

 

「全艦ッ! ありったけの砲とミサイルを前方に叩き込め!! 宇宙ネズミ共をチャフごと焼き払うのだッ!!」

 

 

 ハーフビーク級2隻、それにネオ・ブルワーズ艦からの主砲、対艦ナパームミサイルの一斉砲火。ナノミラーチャフで覆われた宙域は一転、砲撃とミサイルによる爆炎へと塗り替えられた。

 

 壮絶な爆発の果て―――――ナノミラーチャフは残らず焼き払われた。

 センサーも機能を回復する。

 

「ふん。すばしこい宇宙ネズミでも、これだけの短時間では何も………ん?」

 

 コックピットモニターに表示されるエイハブ・ウェーブの反応位置を見、フォーリスは思わず首を傾げた。

 ナノミラーチャフが散布される前に観測した敵艦、敵モビルスーツのエイハブ・ウェーブの反応、それに位置。全く変わっていないのだ。

 

 

「敵が動いていないだと………?」

『敵部隊、位置そのまま。動きありません!』

 

『何だとォ? まさか………』

 

 そこでブルック・カバヤン率いるネオ・ブルワーズ艦が〝ジルダ〟隊を率いて加速し、一気に敵との距離を詰めた。

 本来であれば接近した時点で、敵からの反撃があって然るはずなのだが………

 

 

 

『こいつぁ………全部リアクターが動いてるだけのガラクタじゃねえかッ!』

 

 

 

 加えて〝グリンブルスティ〟からの報告も飛び込んできた。

 

『し、司令! 新たなエイハブ・ウェーブの反応を捕捉! 急速にこちらから離脱中!』

 

〝アムドゥシアス〟のセンサーにも、新たに2個の大型反応が映る。

 なるほど。少年兵たちのやり口にフォーリスは舌を巻いた。

 

 

 このデブリ帯ではエイハブ・ウェーブの波形照合は困難を極める。艦種やモビルスーツのフレームを推定するのが精々だ。

 その地形環境を利用し、囮としてデブリ帯に無数に散らばっている艦船やモビルスーツを配置。さらにはこちらのセンサーが精密スキャンを行う前にナノミラーチャフを散布して精査を妨害。こちらがセオリー通り砲撃やミサイルでナノミラーチャフを焼き払っている間に別方向へと敵本体が離脱したのだ。

 

 

 なかなか楽しませてくれる。

 だがな………

 

 

「ふ………その速さではハーフビーク級を振り切ることはできんよ」

 

 

 ノロノロと逃げ出す敵艦の反応に、フォーリスはニヤリと下卑た笑みを隠せなかった。

 デブリ帯という難所で全速を出せないようだが。例えここから逃げ出せたとしても、鉄華団の艦が積んでいるのは厄祭戦時代の、もしくはテイワズ製のような民間製スラスターエンジン。

 一方ハーフビーク級には最新のものが装備されており、重力の影響を受けない環境下ならばこの程度の距離、追いつくことは容易い。

 

 

「全軍、全速で敵を追撃せよ!! これ以上少年兵たちに舐めた真似をさせるな!」

 

 

 先行したネオ・ブルワーズ艦とモビルスーツ隊が真っ先に囮の残骸を押しのけながら突き進んでいく。あれなら鉄華団との会敵距離に入るのも間もなくだ。

 敵の重装甲モビルスーツ隊を抑えつつ敵艦の頭を塞ぐ。退路を塞いで消耗戦に持ち込んでしまえば、こちらの勝利は決まったも同然なのだ。

 

 

『待ちやがれガキ共ォッ!! お前ら全員、しっかりいたぶってから売り飛ばしてやるからなァ―――――!』

 

 

 ネオ・ブルワーズ艦が難破船の残骸の脇をすり抜けつつ、逃亡する鉄華団の艦に追いすがろうとする。先鋒は彼らに任せつつ、こちらは位置を変えて敵艦、特に火力の中心となる強襲装甲艦への攻撃に集中………

 

 

 

 

 

 だがその時。難破船の陰から一筋の鋭い射線が迸り――――――すれ違ったネオ・ブルワーズ艦をぶち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 宇宙艦のナノラミネート装甲は異様なまでに頑丈だ。

 確かに艦砲の直撃によって船体にダメージを与え、船の生命維持機能を奪うことは可能だ。だがその構造そのものを破壊するのは困難を極める。例えそれが民間のコンテナ船であったとしてもだ。歴代ガンダムシリーズの艦船みたく、飴細工のようにひしゃげたり完全に破壊されることは無い。

 

 囮として配置した難破船とモビルスーツの残骸たち。一時的にであれ、ギャラルホルンやブルック・カバヤンはこれを〝カガリビ〟や〝ランドマン・ロディ〟隊と誤認したことだろう。そして、ここに激しい攻撃を撃ち放ってくる。

 俺は構造の半ばで折れて大破したコンテナ船の奥底に〝ラーム〟を潜ませ、砲撃の嵐が通り過ぎ載るのを待った。砲火の衝撃にコックピットは何度も激しく揺さぶられるが、それでも破壊が内部の奥にまで殺到することは無い。

 

 果たして――――砲撃が止んだ。

 そして一隻の艦…ブルック・カバヤンが乗る強襲装甲艦がコンテナ船の脇を通り抜ける。既に逃亡済みの〝カガリビ〟〝ローズリップ〟を追撃しようというのだろう。

 

 隠密のために出力を下げた状態で難破船内に潜んだ〝ラーム〟のツインリアクター反応が探知された様子はない。デブリ帯の環境も相まって、向こうはほとんど手探りの状態で進んでいるのだろう。

 

 

 殺るなら、今しかない。

 

 

「―――エイハブ・リアクター戦闘モード。全システムオンライン。〝ビッグガン〟起動。照準連結――――――」

 

 

〝ラーム〟が巨砲〝ビッグガン〟の砲口を敵強襲装甲艦の横腹へと向ける。この距離なら、照準システムに頼らずとも外しはしない。

 そこで、ようやく敵艦もこちらの存在に気が付いたのか、メインスラスターを大きく噴かし始めた。だが、もう遅い。

 

 俺がトリガーを絞った瞬間、エイハブ・リアクター内蔵巨大レールキャノン〝ビッグガン〟が火を噴き、放たれた弾頭は真っ直ぐ敵艦へと伸びて………留まることなくそれをぶち抜いた。

 

 ちょうど、エイハブ・リアクターや燃料タンクが集中する場所を撃ち抜かれた敵の強襲装甲艦は、爆炎を激しく上げながら左舷を流れるデブリに激突。そして自らが発した激しい爆発に飲み込まれた。

 

 

 

「じゃあな、ブルック・カバヤン。あんたを最後に殺すと言ったけど………あれは、嘘だ」

 

 

 

 なんてな。

 敵からの照準警報が〝ラーム〟のコックピットに響き渡る。敵艦を護衛していた〝ジルダ〟隊。それに、フォーリス率いるギャラルホルンの本隊はまだ無傷だ

 

 

 次の瞬間、〝ラーム〟目がけて敵モビルスーツ、敵艦全ての火力が殺到した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『撃て!! 撃ちまくれェッ!』

『コンテナ船の中だ! ありったけ撃ち込め!!』

 

『主砲斉射ァッ! あの難破船ごと敵機を撃破しろ―――――!』

 

 

 宇宙海賊の〝ジルダ〟隊の銃撃、それに2隻のハーフビーク級の砲火が難破船へと一斉に撃ち注がれる。

 敵―――鉄華団を率いる若者が操る〝ガンダムラーム〟はその巨砲を撃ち放った直後に、逃れる間もなく壮絶な破壊に晒され、無数の火球の最中に取り残された。

 

 難破船は、その残った構造も徹底的に撃ち破られて、爆散する。

 

 

「ふむ………」

 

 フォーリスは一言も発することなく、〝アムドゥシアス〟のコックピットから静かにその光景を見守り続けていた。

 

 

『や、やったか!?』

『エイハブ・ウェーブの反応を――――――な、増大しているぞッ!?』

『まだ生きてやがる、畜生が!!』

 

 

〝ジルダ〟の1機がマシンガンを撃ちかけながら突進する。

 だが次の瞬間、爆煙の中から突き出された巨大な刃に、〝ジルダ〟の頭部はぶち抜かれた。

 

 そして――――1機の青い、細身のモビルスーツが、爆煙を吹き飛ばしてフォーリスらの頭上へと躍り出てきた。

 

 

「む。あれは………?」

 

『何なんだよありゃあ!?』

『知るか!! とにかく撃ちまくれッ!』

『くそっ! ちょこまかと………ぐあ!?』

 

 

 飛び出してきた青いモビルスーツに射線を集中させようとした〝ジルダ〟の1機が、急転してきたその機体から逃れきれず、コックピットブロックごと頭部を叩き潰されて沈黙した。

その残骸を蹴飛ばした青いモビルスーツは、さらに目まぐるしい挙動でデブリ帯を舞い飛び、さらに1機、眼前に巨大なガトリング砲を突きつけて撃ち潰す。

 

 凄まじい機動力。

 常人ではあり得ない反応速度。

 青いモビルスーツが繰り出す射撃、それに斬撃を前に宇宙海賊のモビルスーツ隊など、まるで嵐を前にしたカカシ同然に次々潰し落とされていく。

 

 

『ひ、ひぃ~っ!!』

 

 

 完全に戦意を失い、逃げ出そうとした最後の〝ジルダ〟が背中から巨大なブレードを叩き込まれて岩塊に激突し、沈む。

 そして静かに―――――ガンダムフレーム特有の双眸が、こちらへと振り返った。

 

 

 

 




(用語解説)

・ゼント傭兵艦隊

モンターク商会全面出資の下、クランクが立ち上げた傭兵艦隊。
主にモンターク商会と専属契約を交わし、商会の火星ハーフメタル輸送航路の護衛を受け持つ。

ギャラルホルンが大昔に運用していた旧式艦ハウンドフィッシュ級戦艦2隻を保有するほか、船団護衛に特化した〝フレック・グレイズ〟、アイン・ダルトン専用機である〝グレイズX〟、そしてクランクのガンダムフレーム〝フォルネウス〟を擁し、モンターク商会の圏外圏での活動を武力面で支えることとなる。

厄祭戦時代以前に存在していたと言われる軍隊の階級制度を採用しており、総指揮官であるクランク・ゼント〝大佐〟の指揮の元、コロニー・圏外圏出身の元ギャラルホルン兵が多く在籍していることもあり、組織として厳格に統制されている。

積極的に他船の護衛・救助も請け負っており、鉄華団実働三番隊の窮地に真っ先に駆けつける。

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【オリメカ解説】

・ハウンドフィッシュ級戦艦

ハーフビーク級戦艦が本格配備される前に、ギャラルホルンの主力艦として運用されていた宇宙戦艦。半世紀前の旧式艦であり、現在では同時期に配備されていたモビルスーツ・ゲイレール同様、ギャラルホルンの第一線を退いており全ての建造艦がスクラップ処分を待つのみとなっていた。
しかし、地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官となったマクギリスの手引きによって、一部の艦が廃艦管理施設から持ち出されゼント傭兵艦隊へと譲渡。2隻が傭兵団の主力艦として運用されることとなる。

(全長)290m

(武装)
・連装主砲
・対艦ミサイル
・対空砲

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AEB-06Cz〝フレック・グレイズ〟(ゼント傭兵艦隊仕様)

モンターク商会の出資の下、クランクが立ち上げた傭兵艦隊が配備する民間用モビルスーツ。
ギャラルホルン主力機である〝グレイズ〟の廉価版であり、性能もそれには及ばないが、モンターク商会から依頼される船団護衛等の任務に対応するため独自の改修が施される他、大型シールド等の装備が追加されている。

(全高)13.8m(シールド含む)

(重量)26.1t

(武装)
バトルアックス
90mmマシンガン
頭部ミサイルポッド

大型シールド

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EB-X〝グレイズX〟

ギャラルホルンが密かに研究していた阿頼耶識システム試験機の一つ。
厄祭教団と共に阿頼耶識研究機関を牛耳ったマクギリスが入手し、通常のコックピットへ換装した上でモンターク商会へと流し、傭兵艦隊を立ち上げたクランクへの出資の一環として彼に提供された。

大型機、両足のドリルキック等複雑な制御を要する機構等、〝シュヴァルベグレイズ〟以上にピーキーな機体で、阿頼耶識を用いない場合、場合非常に優れた操縦センスが要求される為、モビルスーツパイロットとして優れた技量を持つアイン・ダルトンの乗機として運用される。
当初の装備であった専用大型アックスは、大型バスタードブレードへと置き換えられ、カラーリングも黒からメタルシルバーへと塗り替えられている。

原作であれば〝グレイズ・アイン〟として投入されるはずだった機体。

(全高)
22.2m

(重量)
37.8t

(武装)
大型バスタードブレード×2
肩部格納式40㎜機関銃×2

パイルバンカー×2
マニピュレーター・スクリューパンチ
両足部ドリルキック


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お待たせしましたm(_)m
執筆時間が思うように取れず、お待たせしてすいません。

特に何も無ければ翌日17時にて次話更新となります。




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6-5.

▽△▽―――――▽△▽

 

【MAIN ARMOR PURGE】

【RAMPAGE ARMOR】

 

 砲火が殺到した瞬間、俺は〝ラーム〟を重装甲の枷から解き放つ。

 

 二重装甲を離脱させることによって現れる―――――〝ラームランペイジ〟。パージした二重装甲を迫りくる砲火の盾に、俺は一気に機体を上方へと飛び上がらせた。

 

 一拍遅れて、包囲していた敵モビルスーツ…〝ジルダ〟隊からの銃火が細く這い上ってくる。だがその一発すら、阿頼耶識システムによる直感的な操縦と従来モビルスーツではあり得ない高機動性を実現した〝ラームランペイジ〟を捉えること叶わない。

 

 次の瞬間、ほとんど一瞬にして舞い降りた〝ラームランペイジ〟が繰り出すコンバットブレードの斬撃。避ける間もなく〝ジルダ〟が1機、無残に頭部を斬り潰された。

 迫る銃火に、撃破した〝ジルダ〟を身代わりにしつつさらに急追。1機、また1機と宇宙海賊の〝ジルダ〟を裂き、潰し、ソードクラブを構えて迫ってきた機体には、コンバットブレードを振り下ろしてその武装を潰し、踵落としの要領で頭部を蹴り潰した。

 

 逃げ出そうとした最後の〝ジルダ〟には、コンバットブレードを突き出して岩塊に縫い潰す。

俺は残る敵――――後方に陣取っていたギャラルホルンの艦隊へと向き直った。

 

 

「………!」

 

 

〝ラームランペイジ〟目がけて砲撃、それにミサイルが迫ってくる。

 俺は、すぐに回避機動に移りつつ機体背部にマウントしてあったガトリングキャノンを構え、トリガーを引き絞った。

 ガトリングキャノンの砲口から、毎秒数十発に至るガトリング弾の奔流が吐き出され、〝ラームランペイジ〟前方を舐めるような射線が描かれる。

 刹那、弾幕を浴びた敵からのミサイルが次々と撃ち落とされ、激しい火球で俺の眼前を彩った。

 

 

【CAUTION!】

【ASW-G-67】

 

 

「く………っ!」

 

 迎撃のために〝ラームランペイジ〟が動きを止めた所を、敵モビルスーツ隊が襲いかかってきた。ギャラルホルンの〝グレイズ〟隊6機の先頭を飛ぶのは、ギャラルホルンのガンダムフレーム〝アムドゥシアス〟。

 

〝アムドゥシアス〟が構えるビームキャノンから光の激流が次々解き放たれ、俺は機体を宙返りさせて寸前の所でそれをかわし切る。

 お返しとばかりに撃ち出したガトリングキャノンの砲弾は――――〝アムドゥシアス〟の鋭い回避によって、つい数刻前までいた地点を撃ち払うのみに終わった。

 

 

『フ………なかなか面白い敵だよ、君は!』

 

 

 ビームを激しく撃ちかけながら〝アムドゥシアス〟が迫る。振り上げられるバトルアックスを、俺は〝ラームランペイジ〟のコンバットブレードで受け止めた。

 幾度となく斬り結ばれ、刃同士が衝突する度に火花と閃光が飛び散る。

 

 そんな中――――コックピットモニター映像の端で、〝グレイズ〟隊とハーフビーク級2隻が針路を変えたのが見えた。

 その先にいるのは、〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟。

 

 

「行かせるかよ………っ!」

『困るね君ィ! ダンスの相手はこの私だよ!?』

 

 

〝アムドゥシアス〟が猛追し、再びバトルアックスを勢いよく振りかざしてくる。それを受け止め、力任せに振り払うが、なおも激しく刃を打ち込まれ続ける。

 この男………相当に強い。

 いくらアストンたちが手練れだからといって、厄祭戦時代の量産機でしかない〝ランドマン・ロディ〟でこいつの相手をするのは不可能だ。俺がやられたら、おそらくその時点で実働三番隊の全滅は確実だ。

 

 だが、こいつさえ落とせば後は大した連中じゃない。

 

 

「分かった………俺が相手して殺る」

 

 

 それ以外の一切の雑念を強引に振り払い、俺は〝ラームランペイジ〟のガトリングキャノンを〝アムドゥシアス〟目がけて乱射し、次いで突進してコンバットブレードの先端を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 それに………もう間もなくだ、

 モニターの右下に【00:10】の数字が表示され、眼前で繰り広げられる激闘に反して淡々とカウントし始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 後方で幾度となく戦闘の光や火線、それに火球が昇る。

 

〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟は可能な限りの全速で、デブリ帯の外目がけて前進を続けていた。〝ランドマン・ロディ〟隊がその直掩のために周囲に展開する。

 

「――――敵モビルスーツ! それに敵艦2、接近中!」

 

 その報告の瞬間、〝カガリビ〟のブリッジに緊張が走った。メインスクリーンに表示される敵艦の位置はまだ遠い。それにチャドが阿頼耶識システムによって直感的に操艦することによりデブリの間を縫うように飛ぶこちらと違って、ハーフビーク級がこちらを追尾するのは困難を極めるだろう。

 

 だが、敵モビルスーツ隊は着々と、こちらへの距離を詰めつつあった。

 

『くそ………俺が引き付けるッ! 皆はこのまま………!』

『ダメだビトー! カケルさんからの命令だろ! 〝仕掛け〟が作動する前に少しでも遠くに逃げないと………!』

『でも!』

 

「アストンの言う通りだ。今は艦から離れるなよ。〝仕掛け〟が発動して混乱した隙に、反転して敵を撃破するんだ」

 

 チャドが通信越しに〝ランドマン・ロディ〟隊に呼びかける。ビトーは『りょ、了解……』と大人しく引き下がり、他の機体も陣形を乱すことなく〝カガリビ〟に続いた。

 そして、

 

 

「予定時間まであと10秒です! 9、8………」

 

 

 メインスクリーンで、カウントがゼロ目がけて刻まれていく。ブリッジにいる団員たちの誰もが息を呑んで、その表示を見守っていた。

 これが成功すれば、数的に圧倒的不利な現状を一気に挽回できる。だが、もし上手くいかなかったら………

 

 

 

 

 カウントが【00:00】を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 デブリ帯の中核――――ほとんど骨組みと一部の構造物しか残っていないスペースコロニー。

 その動力区画にて、300年近く活動を停止していたコンソール端末の一部が、起動した。

 

 

【WARNING!】

【AHAB REACTOR ACS(AUTO CONTROL SYSTEM) - OFFLINE】

 

 

 プリセットされていたタイマーが起動し、自動制御システム、それに安全装置が停止。安全制御の枷を外された大型エイハブ・リアクターが、その出力を急上昇させていく。

 

 

――――エイハブ粒子生成 最大出力。

――――重力制御システム 安全機構オフライン

 

 

 疑似重力制御システムが異常値に警報を発するが、安全機構を止められたエイハブ・リアクターは止まることなく、リアクター出力を上昇させ続けた。

 瞬く間に動力区画は、異常数値にまで稼働させられたエイハブ・リアクターが発する数百度もの高熱に晒され、未だ稼働していたコンソール、精密機器類が次々とスパークし、火花を散らし、溶け、破壊されていく。

 

 

 その混沌の中で生成された莫大なエイハブ粒子はコロニー外へと拡散していき――――――厄祭戦後、デブリ帯を形成・維持し続けてきた重力の微妙な均衡を、一瞬にして押し流した。

 

 

 

 

 

 

 デブリ帯が、揺れた。

 重力制御されたモビルスーツのコックピットに座していても全身に感じる、海の波のような感触。

 スペースコロニーの残骸から発せられるその奇妙な〝波〟は、モビルスーツのみならず、それまで安定した重力下で浮遊し続けていた岩塊や構造物の残骸を、揺り動かし始めた。

 

 巨大な岩塊が互いを引き寄せ合い、ゆっくりと激突して激しく破片をまき散らす。

 難破船や残骸がゆるやかにぶつかり合い、波に押されるかのように動き始める。

 

 そしてその勢いは徐々に速く、そして強さも次第に増していく。

 

 まるで、デブリ帯を突如として襲った〝嵐〟のように。

 

 それまでのエイハブ粒子による安定した重力場を押し流されたデブリ帯は――――デブリ同士が激しくぶつかり合い、破片をまき散らしさらにデブリの濃さを増していく混沌へと、その姿を変えていった。

 

 そして、スペースコロニー周囲に形成された濃密なエイハブ粒子による疑似重力場目がけて、何もかもがゆっくりと、しかし確実に引き寄せられていく。

 

 

『何と………!』

 

 

〝アムドゥシアス〟が押し寄せるデブリ群を回避しつつ、離脱していく。俺も〝ラームランペイジ〟を駆り、飛び交う大小のデブリを避けつつ、周囲の光景を見回した。

 スペースコロニーのエイハブ・リアクターをオーバーロードさせ、莫大なエイハブ粒子を生成・周囲に拡散することによってデブリ帯の重力の均衡を打ち崩す。デブリ帯は瞬く間に混沌の坩堝へと姿を変えるだろう。

 

 

 エイハブ・ウェーブによって引き起こされた、一種の〝デブリ嵐〟。

 

 

 最初、このデブリ帯について知った時、俺の中で最も印象に残ったのはこのデブリ帯がスペースコロニーの残骸が有しているエイハブ・リアクターの疑似重力によって形成されているということだった。

 つまり………デブリ帯の核となるスペースコロニーのエイハブ・リアクターに異常が発生した場合、微妙な均衡によって保たれているデブリ帯はどのように変容するのか、そしてその内部に取り残されている者は一体どうなるのか………?

 

 

 効果は絶大だった。

 

 

 スペースコロニーへと引かれていく巨大なデブリが〝カガリビ〟〝ローズリップ〟の追撃コースに乗っていたハーフビーク級2隻へと〝落下〟してくる。

 2隻は直ちに針路を変えて、あらゆるスラスターを噴かし上げてその場から逃れようとするが―――――もう間に合わない。

 

 次の瞬間、目の前に押し寄せてきた巨大な岩塊とハーフビーク級1隻の艦首が激突。さらに追随していた2隻目も巻き添えを食らって、ナノラミネート装甲製の頑強な艦体はより巨大な質量との激突によってひしゃげ、潰れ、最終的に原作アニメの絵面通りに爆散していった。

 

〝ラームランペイジ〟のコックピットからも、その光景がよく見える。これで、ギャラルホルンは帰還する艦を失った。

 1隻、戦線離脱したハーフビーク級がいるようだが、彼らが合流し戦力を再編する頃には俺たちは宇宙航路の遥か彼方だ。

 

 戦略的に勝敗は決した。

 

 後は―――――――

 

 

「頭を潰せば………それで終わりだッ!!」

 

 

 このふざけた男を倒せば、この戦いは終わる。

 終わらせる。

 

 周囲は、安定した重力場の崩壊によって荒れ狂うデブリの嵐の中。

 飛び交う無数のデブリを目まぐるしく機体を操ってかわしつつ、細かいデブリの渦に巻き込まれて動きが鈍った〝アムドゥシアス〟目がけ、コンバットブレードを振り下ろし一気に飛びかかった。

 

 

 指揮官であるこの男を討って、戦いを終わらせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『うわ、すっげ………』

『デブリ帯が………』

 

 その光景は、デブリ帯の中核部から脱出した〝カガリビ〟〝ローズリップ〟、それに護衛の〝ランドマン・ロディ〟のコックピットからもよく見ることができた。

巨大なデブリが引き寄せ合い、激突し合ってさらに凄まじい破壊が引き起こされる。あの中に閉じ込められたら、戦艦やモビルスーツと言えどひとたまりもないはず。………そしてあの中に、ギャラルホルンや宇宙海賊の艦隊が囮に引っかかって取り残されている。

 

 

 カケルも。

 

 

 最初にカケルの名を呟いたのはクレストだった。

 

「………カケルは?」

『え?』

「まだ〝ラーム〟の反応が無い。あそこに、残ってるんだ………!」

 

 出撃前にカケルに聞かされた作戦―――――カケルが〝ビッグガン〟で敵を引き付けつつ〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟は脱出。その後、コロニーのエイハブ・リアクターを暴走させ、デブリ帯を崩落させてギャラルホルンの艦隊を叩き潰す。頃合いを見計らってカケルも脱出して〝カガリビ〟に合流する。

 

 だが、何度センサー表示ウィンドウを見直しても、〝ランドマン・ロディ〟以外のモビルスーツの反応は浮き出てこなかった。

 クレストら〝ランドマン・ロディ〟隊は艦の護衛を命令された。むやみに前に出ず、敵部隊から母艦や〝ローズリップ〟を守り切れ、と。それに、荒れ狂うデブリ帯には近寄るな、とも。

 

〝ランドマン・ロディ〟隊6機は今、〝ローズリップ〟の後方辺りで陣形を保ちつつ、艦の移動に合わせて動いていた。敵が来るとしたら後ろから。なら、前もって陣形を作って網を張っていた方がいい。

 だが1分、また1分と無為に時間とスラスターガスだけが費やされていく。

 

 待つ、ということにこれほど息苦しさを感じるのは初めてだった。クレストにとっても、他の仲間にとっても。

 特にビトーは『もう我慢できねえよ!』と乗機のメインスラスターを噴かし激情に身を任せて飛び出そうとしたが、

 

 

『ダメだビトー! 艦を護衛しろって命令だろ!?』

『でもよアストン! このままじゃカケルが………!』

 

「おれも、行きたい。カケル、助けないと」

 

 

 普段、仲間うちの中では無口…ペドロ同様に内気なクレストがこうして意見を言うのは珍しい。だが、クレストはカケルのことを人一倍慕っていたし、カケルも、何かとこの弟分のことを気にかけているのをアストン達は知っていた。身寄りの無いアストンらを昭弘が拾ってくれたように、カケルもクレストを引き取ろうと名乗りを上げてくれたのだ。

 

 その場にいた〝ランドマン・ロディ〟乗りの誰もが、艦の移動方向に機体を流しつつ黙りこくるしかなかった。助けに行きたい、という気持ちは当然誰もが同じ。しかしそうすればカケルの命令に反することになる。あれほど荒れ狂うデブリの嵐では、いかにデブリ帯で鍛え上げられてきたヒューマンデブリのパイロットといえど無事では済まない………。

 

 

読み書きも満足にできないヒューマンデブリの頭では妙案などでるはずもなく、また無駄な時間が流れ―――――

 

 

 だがその時だった。

 

 

--------------------------------------

【CAUTION!】

 

【EB-06】

【EB-06】

【EB-06】

【EB-06】

【EB-06】

 

--------------------------------------

 

 

「! 敵だ!」

 

 デブリの間を縫いながら――――5機の〝グレイズ〟が荒れ狂うデブリの嵐から這い出るように飛び出してきた。片腕を失った機体が1機、頭部が損傷しセンサーが露出している状態の機体が1機。

 だが、その状態下にあっても、敵は明確な意思を持って〝ランドマン・ロディ〟隊へと襲いかかろうとしていた。鉄華団を叩き潰す、と。

 

 

〝ランドマン・ロディ〟各機はマシンガン、それにハンマーチョッパーを握り構えた。

 

 

『こいつら………』

『性能じゃ向こうがずっと上なんだ! いつものように落ち着いて連携して仕留めるぞ!―――――クレストはカケルさんの所へ!』

 

 え? と思わずクレストは、アストンからの命令に自分の耳を疑った。

 

「で、でもカケルは………!」

『敵モビルスーツが生きてるなんて作戦に無かっただろ!? カケルさんに報告して助けを頼むんだ! それなら命令違反にならないっ!』

 

 

 アストンの言う通りだ。

 作戦に無い事態になったのだから、カケルに報告しないと。そのためには、あのデブリ嵐に飛び込まなければならない。

 

 

『一人で大丈夫か? クレスト』

「大丈夫。おれのことは、心配しないで」

『分かった。でも気を付けろよ。………援護する、行けッ!』

 

 

〝グレイズ〟隊がライフルを撃ちかけ、アストンら〝ランドマン・ロディ〟隊もマシンガンをばら撒いて激しく反撃した。当てることを目的としない、ほとんどただの目くらましだ。

 

 その隙を突いて、クレストはデブリ嵐目がけて突撃した。〝グレイズ〟はアストンらの射撃に気を取られて、1機が離れたことなど気にもかけていない様子だった。

 

 

 

「カケル………必ず助ける」

 

 

 

 命に代えても。

 ヒューマンデブリ一匹の命なんて惜しくも無い。何十匹まとめ売りで100ギャラーかそこらで買い叩かれた安い命だ。

 本当ならブルワーズでゴミクズとして使い潰されるはずだったこの命を、カケルのために役立てることができるなら―――――

 

 

 やがて、何度も激しく激突し合う二つの閃光の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『おや、艦を守りに行かなくてもいいのかね? グレイズフレームは君たちのロディ・フレームより高性能かつ強力だよ?』

 

 からかうように耳障りな笑い声を上げるフォーリス。その〝アムドゥシアス〟目がけ、俺は、トリガーを絞ってガトリングキャノンをばら撒いた。だが敵機は細かいデブリを盾にしながら目まぐるしい機動を繰り返して回避し、お返しとばかりにビームキャノンを撃ち放ってきた。

 

 

「く………っ!」

 

 

 閃光に一瞬、目が灼かれる。その僅かな間に〝アムドゥシアス〟は〝ラームランペイジ〟へと肉薄し、バトルアックスを一閃させてくる。俺は、コンバットブレードを振り上げてその斬撃を防ぎつつ、後退して牽制射撃を繰り返し、押し込まれた体勢を立て直すより他なかった。

 

〝カガリビ〟の援護に向かいたいのは山々だが………こいつに背を向けるのは危険だ。ここで〝アムドゥシアス〟を沈めなければ、逆に母艦が危険に晒される。

 この男の言う通り、ギャラルホルンの現主力機である〝グレイズ〟と、厄祭戦時のモビルスーツをレストアしたに過ぎない〝ランドマン・ロディ〟では、その性能差は比べるべくもない。

だが、阿頼耶識システムによる直感的な操縦・機動力を有し、歴戦の猛者揃いである実働三番隊のモビルスーツ隊は、多少の性能の差などものともしないだろう。アストンたちに艦の護衛を任せることに不安は無かった。

 

 

「俺は、俺がやるべきことをするだけだ」

 

 

 このふざけた男と、デブリ帯において猛威を振るうビーム兵器を有する、厄介なガンダムフレーム〝アムドゥシアス〟を倒す。

俺は〝ラームランペイジ〟を翻らせ、次々撃ち放たれるビームの弾幕を紙一重の所でかわしつつ敵の懐へと滑り込んだ。

 突き出すコンバットブレードは、鋭い反応を見せた〝アムドゥシアス〟のバトルアックスによってあえなく弾かれる。だが、気迫と共に再度斬りかかる。

 

 幾度となく刃同士がぶつかり合い、その都度激しく火花が飛び散った。

 

 

 

『フ………厄介な敵だよ、君は。だがそれがいい』

「何を………ッ!!」

『この戦いを――――血沸き肉躍る戦いを! 私は待ち望み続けてきたのだ! この腐った凡庸な世界で私はなァァッ!』

 

 

 

 狂ったように奇声を発しながら斬り込んでくる〝アムドゥシアス〟をかわし、俺はがら空きになったその胴目がけてキックを叩き込んだ。

 

『ぐぶ………っ! ははは………』

 

 蹴飛ばされながらもすぐに姿勢制御を取り戻した〝アムドゥシアス〟から、今度はショートライフルによる実弾が放たれる。俺もガトリングキャノンの砲口を跳ね上げて、激しい撃ち合いが暫し荒れ狂うデブリの合間を彩った。

 

 

『これだよ、これだ………ッ! 心の奥底からの興奮・戦慄・恐怖………! 私に生を実感させてくれるこの感覚!! 何と甘美な………』

「お前らはもう終わりだ! 撤退して部下を助けたらどうだ!?」

 

『はは、論外だな! ようやくこの退屈な世界から抜け出す契機を得たというのに! この感動が何故分からん!? 完璧なんだよ? 今日、この一瞬一瞬がッ!』

 

 

 イカれてる。それ以外の感想など出ようはずも無かった。

 俺には理解しがたい行動原理を基に、フォーリス・ステンジャという男は自分の部下すら生贄にして、戦い、殺し合うことによって得られる刹那的な快感に溺れようとしているのだ。

 そしてこのふざけた男によって、俺と、実働三番隊、フェニー……大事な家族たちの命が危険に晒されている。

 

 

「これ以上俺たちの邪魔をするのなら、排除するまでだ………!」

『もっと私を愉しませてくれェッ!!』

 

 

 耳障りな絶叫と共に突っ込んでくる〝アムドゥシアス〟を、俺は機体の位置を沈めつつ迎え撃ち、再び吶喊してくる敵をコンバットブレードを突き出して抑え込んだ。

 

 純然たるパワーの面で言えば、どちらもツインリアクターを有する〝ラームランペイジ〟〝アムドゥシアス〟はほぼ互角。

 勝敗を決するのはほんの僅かな力量差、戦術、それに運か。

 

 

 

 

 そしてフォーリス・ステンジャという男は狂暴であると同時に、狡猾な男だった。

 

 

 

 

 次の瞬間〝ラームランペイジ〟のコックピットに重い衝撃が響いた。

直撃? いや、これは………

 

「………組み付かれた!?」

 

 伏兵――――!?

 1機の〝グレイズ〟が、デブリの陰から飛び出して〝ラームランペイジ〟に後ろから掴みかかってきたのだ。

 俺は咄嗟にガンダムフレームのパワーを以てして〝グレイズ〟の腕を振りほどこうとする。〝グレイズ〟の腕が軋み、その装甲やフレームが歪み始めるが、この状況下では振りほどくのに時間がかかりすぎる。

 

 そして、その数秒が俺にとっては命取りになる―――――――

 

 

 

『ハァ―――――ッヒハハハハハハハ!!!! そのままァッ! 抑えてろォ―――――ッ!!!』

 

 

 

〝アムドゥシアス〟が迫り、その手に握られたバトルアックスが鋭い弧を描いて横薙ぎに振り上げられる。

 

 違わず、〝ラームランペイジ〟のコックピット目がけて。

 

 だが、

 

 

 

『カケルっ!!』

 

 

 

 まだあどけなさを残す声音が通信装置から飛び込んできた。

 刹那、〝ランドマン・ロディ〟が1機、マシンガンを撃ちまくりながら〝アムドゥシアス〟へと突っ込み、その両腕で敵機に絡み付いてさらにメインスラスターを激しく噴き上げた。

 

 あの機体は………

 

「クレスト!?」

 

 俺にトドメを刺すために減速していた〝アムドゥシアス〟は、クレストの〝ランドマン・ロディ〟の急加速を抑えることができない。

 

『何と!? この………っ!』

『ウオオオオオオオオアアアァァァァァアッ!!!!』

 

 

 2機は互いにもつれ合いながら滅茶苦茶な機動を描き、次の瞬間そのコース上にあった巨大な岩塊へと、共に激突する。

 激しい土煙が一瞬にして、2機のモビルスーツを覆い隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「くく………やってくれる」

 

 デブリに激突した〝アムドゥシアス〟のコックピットで、瞬間的に意識を手放していたフォーリスだったが、ヨロヨロとコントロールグリップを握り直す。

 眼前には、〝アムドゥシアス〟をここまで押しやった鉄華団モビルスーツの姿が。頭部、片腕は激突によって潰れ、コックピットのある胸部も奇妙に歪んでいる。

 

あれでは、乗り手を守るはずの装甲が、逆に乗り手自身を押し潰していることだろう。

 

現に、大破同然の鉄華団モビルスーツは、頭部のモノアイの煌めきを焼失させ、ピクリとも動いていなかった。

 

 こちらは―――ビームキャノンの砲身が歪んでしまい使い物にならなくなったが、概ね損害は軽微だ。さすがは厄祭戦を終わらせたと言われるガンダムフレーム。量産機よりも遥かに頑丈だ。

 

「ふふ………端役にしてはなかなかの健闘ぶりだったが、まあこの程度か」

 

 あの〝ガンダムラーム〟の乗り手は、さぞ手下たちに慕われているのだろう。その捨て身の特攻が首尾なく終わったのはフォーリスとしても少々遺憾ではあるが――――

 と、飛び立とうとした〝アムドゥシアス〟の片脚に、何か重いものがしがみついてきた。「うむ?」と怪訝な目で見下ろすと、鉄華団モビルスーツの生き残った片腕が、最後の力を振り絞るように〝アムドゥシアス〟の脚へと巻き付いたのだ。

 

 

『カケル………やらせな………』

 

 

 まだ生きているのか。宇宙ネズミらしくしぶとい生き物だ。

 接触回線越しに、まだ幼いのだろう、少年兵が血反吐を吐く音が聞こえた。

 

 

『カケル……おれ………家族だ……て……守……』

「麗しい兄弟愛だ」

 

 このような年端もいかない少年兵を殺すのは大いに遺憾ではあるが――――兄弟愛を引き裂く快感を味わうのは初めてだ。

 せめて楽に、その死を甘美に彩ってやろう。

 

 フォーリスは〝アムドゥシアス〟のビームサーベルを起動した。

 眩い光刃が現れ、ほんの少し近づけただけでもジリジリと敵機の装甲を焼く。損傷した装甲の合間にビームサーベルを突き立てれば、中の少年兵は一瞬にして焼け死ぬことだろう。苦痛を感じる間も無い。

 

 

『―――――――ッ!!』

 

 

 見上げれば、伏兵の〝グレイズ〟を撃破した〝ラーム〟がこちらへと襲いかかろうとしている。だが、あの距離では間に合うまい。

 美しい展開に、フォーリスは大いに満足した。

 

 

「では、終わりにしようか」

 

 

〝アムドゥシアス〟はビームサーベルを振り上げて、敵機の胸部目がけて振り下ろ――――――――

 

 

 

 

 

 

 その時。今にも敵機を潰そうとした〝アムドゥシアス〟のサーベルを、横から飛び込んできた長大な「何か」がぶち抜き、深々と刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

「なに?」

 

 ヒュン……と光刃が力なく消失する。

 ビームサーベルを振り上げた腕部をぶち抜いたもの………長大なランス状の武器だ。

 そして、デブリのせいで有効範囲と精度が低下しているセンサーが、甲高く警告音を発してくる。

 

 

【CAUTION!】

【ASW-G-30】

 

 

「新手だと? それに―――――」

 

 思案する間など無かった。

 次の瞬間、フォーリスの眼前に新手―――――水色のカラーリングのガンダムフレームが飛びかかってくる。

 ビームサーベルを保持していた右腕は、ランスに貫かれて使用不能に。すかさずもう一つの近接武器であるバトルアックスを掴もうとするが、その時には既に水色のガンダムフレームが眼前に立ちはだかる。

 

 バトルアックスを掴み終えた左のマニピュレーターが、敵のそれによってギリギリ………と締め上げられていく。

 

 まさか、同じガンダムフレーム同士で押し負けるだと………!?

 

 

『――――どこから持ってきたのか知らんが、そんな手負いのガンダムフレームで………』

 

 

 男の低い声が通信越しに〝アムドゥシアス〟のコックピットへ響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――この〝ガンダムフォルネウス・スクアルス〟の相手ができるとでも!?』

 

 

 

 

 

 




【オリメカ解説】

・ASW-G-30〝ガンダムフォルネウス・スクアルス〟

クランク・ゼントが操るガンダムフレーム。
先の戦いで水中戦用・地上戦用に最適化されていた〝フォルネウス〟を宇宙戦用に再改修した機体で、アクアハイドロブースター等の水中戦用装備をオミットし、宇宙用スラスター・ブースターを増設。さらには変形機構を洗練化することによって宇宙空間での高機動化を実現した。

武装はバトルランス、腰部キャノンユニット等従来のフォルネウスをほぼ踏襲しているが、対艦魚雷を取り外して対艦ナパームミサイルを増設している。

〝スクアルス〟とはラテン語で「サメ(ツノザメ)」を意味し、変形形態もサメのそれに近い。

(全高)18.1m

(重量)39.6t

(武装)
バトルランス
腰部装備型200ミリキャノンユニット
対艦ナパームミサイル発射管×4


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6-6.

▽△▽―――――▽△▽

 

『く、くそぉっ! こいつら………』

「焦るなよ皆っ! どの道俺たちの勝ちは決まってるんだ! 無理せず1機1機倒していくぞッ!」

 

〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟に襲いかかってきた5機の〝グレイズ〟。

 アストンら〝ランドマン・ロディ〟隊は艦の盾になりつつ、撃ち返し、陣形に隙あらば突撃をかまして敵を仕留める戦術で………ようやく1機の〝グレイズ〟を撃破した所だった。

 

 だが敵の陣形は強固だ。むやみに突っ込めば敵の集中砲火を浴びてこちらがやられる。

 アストンは仲間と共に〝グレイズ〟隊に撃ち返しつつ、チラリとスラスターガスの残量表示に目を落とした。

―――すでに残量は半分を割り込んでいる。ここまで減ると、重装甲の〝ランドマン・ロディ〟が動ける時間は残りわずかだ。

 それに、アストンはさほど動かなかったが、ビトーのように何度も突撃をぶちかまそうとした機体は………

 

 

『くそ………俺の〝ランドマン・ロディ〟もうガスがヤバい!』

『援護する、ビトー! 一旦下がって!』

『大丈夫だ! こんな奴らに………!』

 

 

 その時、それまで〝ランドマン・ロディ〟隊目がけ広範囲に撃ちかけていた〝グレイズ〟隊の銃火、その射線が1機に―――――スラスターガス切れ寸前で動きが鈍りつつあるビトーの〝ランドマン・ロディ〟に集中し始めた。

 

 分厚い装甲が何度も激しく着弾で打ち叩かれ、うち数発がビトー機のマシンガンに直撃。ビトーが反射的に放り投げた直後にマシンガンは爆散した。

 

『うぐ………っ!』

「ペドロ! ビトーを連れて下がれッ!」

『りょ、了解!』

 

 

 アストンらが前に出て敵を引き付け、その隙にペドロ機がビトー機に近寄って撤退させようとする。

 が、こちらの陣形が乱れたことを察知した〝グレイズ〟隊は………今度はアストンに銃火を集中させ始めた。

 

「うっ………!」

『アストン!?』

『ちくしょ……やらせるかよっ!』

 

「だ、ダメだ! 無理に前に出たら……!」

 

 

 着弾に堪えつつ僚機に突出し過ぎないよう指示を飛ばそうとするが、その後の敵の動きは余りにも迅速で、こちらの動きを効果的に抑えつつ、2機の〝グレイズ〟がビトーとペドロの〝ランドマン・ロディ〟へと迫る。

 

 

『な………ッ!』

「逃げろビトー!!」

 

 

 咄嗟にアストンは叫ぶが、ペドロ機は着弾によって正確な射線が取れず、ビトーはマシンガンを失ったばかりだ。

 1機の〝グレイズ〟が、無防備なビトーの〝ランドマン・ロディ〟に肉薄し、バトルアックスを振り上げた―――――

 

 

 

 が、次の瞬間、横から降り注いだ射撃によって〝グレイズ〟は吹き飛ばされ、次いで、飛び込んできた白銀の機体の強烈な蹴りが〝グレイズ〟の胸部にめり込む。

 

 

 

「え―――――?」

 

 訳が分からず、アストンも、他の機体もポカン、と動きを止めてしまう。

 同じく唖然としたように立ち止まってしまったもう1機の〝グレイズ〟にも、今度は巨大な剣の刃が突き立てられた。

 瞬く間に2機を葬ったその機体は………

 

 

 

『――――鉄華団のモビルスーツ! こちらはゼント傭兵艦隊所属〝グレイズX〟、アイン・ダルトン大尉だ。モンターク商会の依頼を受け、君たちの援護のため、参上した!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 状況はあっという間に一転した。

 腕を掴まれ、身動きが取れなくなる〝アムドゥシアス〟と、あらん限りのパワーで締め上げるクランクの〝フォルネウス〟。

 

 だが、〝アムドゥシアス〟は腕部の装甲をパージして〝フォルネウス〟から逃れると、ショートライフルを連射モードで撃ちまくってきた。

〝フォルネウス〟はすかさず飛び上がり――――まるでサメのような形態へと変形した。

 

 目にも止まらない機動で自在にデブリの海を泳ぐ〝フォルネウス〟を前に、〝アムドゥシアス〟の射撃は一発たりともそれを捉えることができない。

 

 

『ちょこまかとォ………!』

『ハ! そのような状態でやろうというのかッ!!』

 

 

 舐めるな! と〝フォルネウス〟は次の瞬間、急激な回避機動から一転、〝アムドゥシアス〟へと迫り、変形形態の頭から突っ込んでいった。

 激突した〝アムドゥシアス〟はそのまま後ろへと突き飛ばされて、巨大なデブリへと叩きつけられる。手負いの〝アムドゥシアス〟相手に、クランクの〝フォルネウス〟は優位に戦いを進めていた。

 

 

 その間に――――俺は〝ラームランペイジ〟を駆り、岩塊に食い込んで動かなくなった〝ランドマン・ロディ〟の元へと駆けつけた

 

「クレスト! 大丈夫か!? 返事を………!」

『………カ……カケ……ル……』

 

 ノイズ交じりの返事。

 だがそれは余りにも弱々しく、今にも掠れて消え入ってしまいそうなほど。クレストが潰れた〝ランドマン・ロディ〟のコックピット内で危ない状態になっていることは明らかだった。

 今すぐモビルスーツごと引き揚げて〝カガリビ〟へと運び込めば助かるかもしれない。だが、あの男―――フォーリス・ステンジャを確実に撃破しなければ………

 

 

『カケルっ!!』

 

 

 逡巡していたその時、1機のモビルスーツが。

センサー表示に目を落とすと、

 

 

【FENI RINOA】

【STH-14s】

 

 

「フェニー!?」

『カケル無事!? こっちの敵は全部撃破したわ。あとはアイツだけ………』

 

 

 見上げれば、2機のガンダムフレームが未だ激しく斬り合っている。

 その力量はほぼ互角。〝アムドゥシアス〟は損傷しているにも関わらず〝フォルネウス〟相手に一歩も引いていない。

 その均衡を崩さなければ―――――

 

 

「フェニー。クレストを頼む」

『わ、分かったわ。………ここまで来て死なないでよね』

 

 

 通信ウィンドウ越しに俺はフェニーに頷き、フットペダルを踏みつけ頭上の激闘目がけて飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「ぬんッ!!」

 

 クランクは気迫と共に振り上げたバトルランスを〝アムドゥシアス〟目がけて叩き付ける。

 だが〝アムドゥシアス〟はすんでの所で回避。返す一撃でショートライフルを叩き込まれ、クランクはすかさず〝フォルネウス〟を高速航行モードへと変形させて銃撃をかいくぐる。そして再びモビルスーツ形態へと戻り、ミサイルを撃ち放つが、〝アムドゥシアス〟は悠々と泳ぐように飛び回るデブリを盾にしながら回避していった。

 

 

「何という手強さだ………! 傷ついた機体でこうまで………」

『はは、戦いに集中したまえよ!』

 

 一瞬にして〝アムドゥシアス〟は〝フォルネウス〟の眼前へと迫り、クランクはその斬撃をバトルランスの柄で受け止めた。

 互いに繰り出される鋭い斬撃。

だが機体性能・力量は互いにほぼ互角。決め手を欠く状況にクランクはただ攻めあぐねていた。

 

 

「く………! 敵ながらよくやる」

『君との戦いもなかなか楽しいがね! ただ、少々中だるみし過ぎたかな? そろそろフィナーレといこうじゃないかッ!!』

 

 

 息つく暇もないほどに次々と斬撃が繰り出される。〝アムドゥシアス〟のバトルアックスを交わし、バトルランスで受け止め、〝フォルネウス〟の腰部キャノン砲を跳ね上げようとしたが――――トリガーを絞った瞬間に砲身が半ばから斬り飛ばされ、同じく真っ二つにされた弾体が爆発。飛びずさる2機の合間を激しい爆発で彩った。

 

 

『はァ―――――ッハハハハハハハハァ!!!』

 

 

 絶叫と共に爆発を引き裂き、〝アムドゥシアス〟が突っ込んでくる。

 クランクはすかさずバトルランスを振り上げようとするが………敵の突進の勢いがわずかに優る。

 

 避けきれない―――――〝アムドゥシアス〟のバトルアックスが、がら空きの〝フォルネウス〟の胴へと………

 

 

 

 が、次の瞬間。激しい弾幕が〝アムドゥシアス〟を一瞬飲み込み、その機体は横へと吹っ飛ばされた。

 荒れ狂うデブリの間から、巨砲を構えて飛び込んできた機影は、

 

 

【ASW-G-40】

 

 

「〝ラーム〟………カケルか!」

『こいつを潰せばッ!!』

 

 ガトリングキャノンをばら撒きながら敵機の動きを牽制しつつ、カケルの〝ラームランペイジ〟は着弾によってよろめいた〝アムドゥシアス〟へと肉薄。

〝アムドゥシアス〟のバトルアックスと〝ラームランペイジ〟のコンバットブレードが幾度となく斬り結ばれ――――その背後にクランクは回り込んだ。

 

 そして残ったもう一門の腰部キャノン砲を跳ね上げ、〝アムドゥシアス〟目がけて撃ち放つ。激しい鍔迫り合いの最中。敵機に回避する余裕は無い。

 大型の砲弾が〝アムドゥシアス〟へと叩き込まれ、瞬間的に姿勢制御を失って弾き飛ばされた。

 

 

『おのれ………ッ!!』

 

 

 敵の眼前には〝ラームランペイジ〟が。

〝アムドゥシアス〟は飛び上がろうとスラスターを噴き上げるが………ワンテンポ遅い。

 だが敵はしぶとく、残った腕を犠牲に〝ラームランペイジ〟のコンバットブレードを脇へと受け流す。

 

 

『まだだァよ! まだ………っ!』

『終わらせるッ!!』

 

 

 カケルは迅速に動いた。

 受け流されたコンバットブレードから手を離し〝ラームランペイジ〟の片手で〝アムドゥシアス〟の頭部を掴むと、もう片方の手で拳を作り、

 

 

 

『―――――――――ッ!!!』

 

 

 

 強烈な拳の一撃を〝アムドゥシアス〟の胸部全体に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

――――どうだ!?

 

〝ラームランペイジ〟の前面コックピットいっぱいに、拳を叩き込まれて押しつぶされた〝アムドゥシアス〟の胸部が大写しとなっていた。………正確にはコックピットがある部位よりやや下よりだが。

 

 すでに〝アムドゥシアス〟はほとんど全ての戦闘能力を失っていた。ビームキャノンは使用不能。両腕部は破壊され、もはや武器を保持することもできない。おそらくスラスターガス残量も残りわずかだろう。俺の〝ラームランペイジ〟同様に。

 

 

「これで………ッ!」

 

 

 俺は再び〝ラームランペイジ〟の拳を振り上げて、今度こそフォーリス・ステンジャをコックピットごと叩き潰そうと―――――

 だが、

 

 

 

【CAUTION!】

 

 

 

『カケルッ!』

 

 警告音とクランクの喚起はほぼ同時だった。

 デブリの陰から一発の、大型ミサイルが撃ち出され〝ラームランペイジ〟へと迫る。

 すかさず〝フォルネウス〟が割って入り、装備していた対艦ナパームミサイルを発射して撃ち落とすが―――――その瞬間にミサイルが爆散。ピンクの輝きを放つ莫大なスモークが一瞬にして周囲の何もかもを飲み込んだ。

 

 

 よく知っている兵器……ナノミラーチャフだ。

 

 

「どこから………っ!?」

 

 周囲は重力場の崩壊により、嵐のように荒れ狂うデブリ帯。

 長距離ミサイルなど撃った所でデブリに激突して終わるはず。だが、ミサイルは突然に俺の前に現れたのだ。

 センサーは全て使用不能となりコックピットモニターにもノイズが走る中、俺はナノミラーチャフを放った敵を見出そうと――――

 

 

 

 

 

 

 

 1機の黒いモビルスーツが、チャフの煙幕の奥から………こちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 今封じ込めている〝アムドゥシアス〟でも〝フォルネウス〟でもない。

 チャフの煙幕越しに薄っすら見えた黒を基調としたシルエット。そして、瞬間的に瞬いた頭部の双眸。

 示される答えはただ一つ。

 

 

「ガンダムフレーム………!」

『く……! また新手とは厄介な』

 

 

 隣接した位置にいる〝フォルネウス〟が、チャフ諸共黒いガンダムフレームを焼き尽くすべく残る対艦ミサイルを構えるのが見えた。

 が、その瞬間に黒いガンダムフレームは、煙幕の奥底へと引き下がって姿を消してしまった。

 

 構わず〝フォルネウス〟の対艦ミサイルが撃ち放たれ、次の瞬間、対艦用のナパーム弾頭が炸裂して周囲をチャフごと焼き払う。

 だが視界がクリアになったその時には、黒いガンダムフレームはその姿を完全に消し去っていた。

 

 

「逃げた………?」

『む、カケル! その機体を見ろ!』

 

 クランクに促され、俺は締め上げているはずの〝アムドゥシアス〟の方へと振り返った。

 その機体は変わらず〝ラームランペイジ〟に掴まれたまま。

 

 だが、コックピットハッチがいつの間にか開け放たれていた。ハッチからせり上がっていたパイロットシートには、もう誰も座っていない。

 

 

「逃げられたか………」

『口惜しいがここまでのようだ。だが、もうギャラルホルンに戦闘能力は無い』

 

 は………、と小さく息をつく。

 そこで俺は、コックピット中に細かい汗の粒が漂っていることにようやく気が付いた。空調が効いているはずのパイロットスーツの中も汗だくで、まるでびしょ濡れなのに厚着をしているかのような気分だ。

 

 ようやくパイロットスーツ内の空調が効き始めて、汗が急速に冷やされていく心地よい感覚に、俺はゆっくり自分をクールダウンさせていった。

 

 

『我々も撤退だ。ガスの残りはどうだ?』

「大丈夫ですクランクさん。艦に帰るぐらいなら」

 

 スラスターガス残量は既に危険域に差し掛かりつつあったが、帰艦には問題ない量だ。

 予想外の戦利品――――乗り手が去った〝ガンダムアムドゥシアス〟の重量を加えると、少し心もとないかもしれないが。

 

 

「あ、クランクさん………」

『分かっている。俺が受け持とう』

「助かります」

 

 まだガス残量に余裕のあるクランクの〝フォルネウス〟が〝アムドゥシアス〟を代わりに抱えて、先に離脱していく。

 その後を追うように、俺は〝ラームランペイジ〟を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、どこからか停戦信号が打ち上げられた。撃沈したハーフビーク級から辛くも脱出したランチから打ち上げられたものだ。

 その煌めきに引き寄せられるように、クランク率いる〝ゼント傭兵艦隊〟のモビルスーツ〝フレック・グレイズ〟隊が集まる。そして戦意、戦闘能力、それに荒れ狂うデブリ帯からの脱出手段を失ったギャラルホルン将兵を救出していく。

 

 

 かくて、鉄華団とギャラルホルン、それに宇宙海賊を交えたデブリ帯での激闘は、

 

 ギャラルホルン――――ハーフビーク級戦艦2隻、宇宙海賊の強襲装甲艦1隻の撃沈。

 モビルスーツ〝グレイズ〟〝ジルダ〟の大半が撃墜。残りが鹵獲。

 

 襲撃者であるギャラルホルンと宇宙海賊がほぼ全滅する甚大な犠牲を残して、終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 太平洋上を優雅に航行するギャラルホルン地球本部〝ヴィーンゴールヴ〟。

 人類圏全体をその武力によって監視―――実質的に支配―――するギャラルホルンにとって最大の意思決定機関である7大名門〝セブンスターズ〟が本拠を構え、彼らは帆を思わせる巨大なビルディングの最上層にて、ギャラルホルン全体の運営そして政治的な方針を合議によって決定する。

 

 今日、それ以前と変わることなくセブンスターズ各当主が集う。最近の情勢変化による新たな顔ぶれを揃えつつ。

 

 

 ファリド家新当主――――マクギリス・ファリド。亡きイズナリオの正統な後継者として、監査局特務三佐から地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官准将へと昇進。そして、ボードウィン家長女アルミリア・ボードウィンとの婚約が決定しており、新参でありながらも政治的存在感は計り知れない。セブンスターズ当主として、落ち着いた物腰でファリド家の席へと座していた。

 

 クジャン家新当主――――イオク・クジャン。先代クジャン公亡き後、親交の深かったエリオン家が庇護・後見してきたが、この度セブンスターズの一席として正式にお披露目となる。エリオン家が統括する月外縁軌道統制統合艦隊アリアンロッドにおいて1個艦隊指揮官としての地位と権限を与えられているものの、若輩者故に目立った功績を上げることができておらず、今も、緊張した面持ちでクジャン家の席へと腰を下ろしていた。

 

 

 そんな彼らを、ファルク家当主…エレク・ファルク。バクラザン家当主…ネモ・バクラザン。ボードウィン家当主…ガルス・ボードウィン。エリオン家当主…ラスタル・エリオンが隣席にて悠然と見守っている。長年セブンスターズの一員としてギャラルホルン全体の意思決定に関わってきた彼らは、その老練さと、そして老獪さを以て、互いに微笑み合いすら交わしている。

 

 

 

「………ほぅ、離反部隊とな?」

 

 

 

 何ら危機意識を感じさせない穏やかな雰囲気を漂わせつつ、エレク・ファルクはマクギリスの方を見やる。

 本日最初の議題。それは、新参者であるマクギリスから発せられたものだった。

 マクギリスは、ファルク公、バクラザン公らを見渡しつつ口を開く。

 

「はい。全ギャラルホルン部隊はここ、ヴィーンゴールヴによって統括され、そして各家が地球外縁軌道統制統合艦隊総、月外縁軌道統制統合艦隊といった各部隊を統制しているのはご存じの通り。ですが、セブンスターズの指揮権は地球から離れれば離れるほど………特に圏外圏においてはその制御を受け付けない傾向にあり、圏外圏に属する支部や部隊では地球の意思によらない独自の動きを見せている者もおります。以前の火星支部のように」

 

「しかし、そのような動きがあれば監査局が適宜摘発していくのであろう? そのための監査局ではないか。それは、監査局の出である貴公がよく知っておろう?」

「はい、バクラザン公。ですが監査局と言えども圏外圏において十分な監査能力を有しているとは言い難いのが実情です。圏外圏部隊の統制の乱れは航路の不安を引き起こし、火星・木星圏といった圏外圏市民の困窮に………」

 

 

「何だと!? あろうことか貴公はラスタルさ……エリオン公の統制能力を疑っているというのかッ!」

 

 

 椅子を蹴飛ばさん勢いでイオクが立ち上がった。「はは、落ち着いてクジャン公」とボードウィン公がその場を取りなし、イオクも熱くなり過ぎたことを自覚したのか、肩を怒らせつつも再び席に座る。

 だが、場の空気を変える好機だ――――マクギリスは内心ほくそ笑んだ。

 

 

「私としてはそのようなことを申すつもりは無かったのですが。ですが申し上げた状況からクジャン公がそう発言なされたのは尤もなこと」

「な、貴様………っ!」

 

「圏外圏の治安維持は、月外縁軌道統制統合艦隊の管轄です。ですがここ最近、圏外圏での事件が酷く目立っている。責任問題云々以前に、世界の治安を維持するギャラルホルンとして看過すべきではないかと」

「それを言うなら地球外縁軌道統制統合艦隊とて、独断による地球への降下! 各経済圏との改善悪化! 先代ファリド公の経済圏政治家との癒着問題! ギャラルホルンの地球での信用を地に落とすような………」

 

「先の問題を起こしたカルタ・イシュー、そして亡き父上を後継する者として組織の一新と透明化、監査局と連携しての腐敗の一掃を進めて行く所存です。………では月外縁軌道統制統合艦隊はいかがなさるおつもりでしょうか? 先日――――鉄華団なる圏外圏の民間組織に対しアリアンロッド艦隊の一部隊が攻撃を仕掛け、行方をくらましたとの情報が私の耳に入っておりますが」

 

 

「―――ほう、父上にも勝るとも劣らない見事な情報収集力だ」

 

 

 なおも激高しようとするイオクを目配せだけで抑えつつ、隣席のラスタル・エリオンは昼行灯めいた微笑みをマクギリスに投げかけた。

 

「ファリド公の指摘の通り、我がアリアンロッド艦隊も現状、全部隊の全てを完璧にコントロールしているとは言い難い。各所に綻びが生まれつつあるのは事実だ」

「な、ラスタルさ………エリオン公! それは………」

 

「私も、この改革の機運を機に組織の健全化をより一層推し進めていこう」

 

 

 おお、なんと頼もしい。と、ファルク公やバクラザン公が気楽な表情で互いに顔を見合わせた。

 

「先の一連の事件で、世論のギャラルホルンへの風当たりは一層強まっている」

「気鋭のファリド公と熟練のエリオン公が並んでギャラルホルン改革の旗手となってくれれば安心じゃ」

 

 

 結局、セブンスターズが一堂に会したこの会議は――――新参のファリド公とクジャン公の顔見せ、組織改革への意見の一致、を成果に幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「何故ですラスタル様!? なぜあの場でマクギリスを糾弾せず………」

「はは、落ち着けイオク。糾弾しようにも今の我々には弾が無い」

 

 セブンスターズ会議は解散し、所変わってエリオン家の執務室。

 ゆったりとした椅子に腰を下ろしたラスタルは、なおもマクギリスへの怒り冷めやらぬイオクをたしなめた。

 

「先代ファリド公も中々の曲者だったが、あのマクギリス・ファリドもな。楽しませてくれる」

「ファリド家の正統な嫡子でもないあの男が、ラスタル様の顔に泥を塗るよな真似をするなど………!」

 

 マクギリス・ファリドはイズナリオが妾に生ませた子供である。社交界で囁かれる陰口のことはラスタルも十分承知していた。

 今のギャラルホルンでは血統こそが全てだ。地球で、いい家柄に生まれた者は苦労せずに家柄に見合った高位につくことができ、逆もまた然り。

 秩序、という一点において、家名の世襲は極めて有効であった。特定の家門に権限を集中させ続けていれば、それだけ実務のノウハウも蓄積し、コネクションも強固となる。300年かけて培われてきた血の繋がりこそ、ギャラルホルンが厄祭戦後今日に至るまで世界に秩序を保ってこられた原動力と言える。

 

 だが、体制や階層が硬直すれば、腐敗が始まる。貧富貴賤に関わらず。

 

 だからこそギャラルホルン支配下の硬直した体制下においては定期的に〝膿〟を取り除く作業が必要だった。長年蓄積してきた貧困層の不満と暴動、経済圏上層部やギャラルホルン内部の腐敗。それがもたらす経済の悪化と治安維持能力の低下。長年かけて蓄積する〝膿〟を定期的に除去し、世界の秩序を保ち続ける。それこそがアリアンロッド艦隊、そしてエリオン家の使命であったのだが―――――

 

 

「まあいい。これを機にマクギリスは地球外縁軌道統制統合艦隊の活動範囲拡大を主張してくるだろうが、現状こちらとしては様子見もやむ無しだろう」

「そんな、ラスタル様………!」

 

 心配するな、イオク。とラスタルは椅子から悠然と立ち上がった。眩い陽光が差し込む窓へと近寄り、エリオン邸の壮麗な前庭を見下ろしつつ、

 

 

 

「なに、既にこの一件のタネは承知している。――――〝厄祭教団〟。これがあ奴、マクギリス・ファリドが操る〝影〟の正体だ。タネと仕掛けさえ分かっていれば恐るるに足らんよ」

 

 

 

 マクギリスは上手く〝厄祭教団〟との繋がりを隠蔽しているつもりだろうが、エリオン家が代々培ってきた地球での情報網から逃れることは容易ではない。

 それでも、厄祭教団についての情報はラスタルや〝あの男〟の力を以てしても、そう多くを手にすることはできなかった。だが、セブンスターズの政争に絡んできた以上、全てが詳らかになるのは時間の問題だ。

 

「………ラスタル様ッ!」

「うん?」

「厄祭教団なる不埒者を討伐する任、どうか私にご命令ください!! 必ずや首魁の首を討ち取ってご覧に入れて見せますッ!!」

 

 そうだな、とラスタルは思案した。

 イオク・クジャン。クジャン家新当主としてセブンスターズ会議への出席を許されたが、その重責を担うに足りる実績を、まだ上げることができていなかった。

 影から社会の混乱を誘う厄祭教団を討伐すれば、クジャン家の名にもさらに箔が付き、イオクを御曹司だ何だのと陰口を叩く連中にも、いい一撃になるだろう。だが、若く実戦経験も無いイオクとその取り巻き達では心もとないのも事実だ。

 

 

「そうだな………ならば〝奴ら〟も連れていけ」

「奴ら………最近、月基地に出入りするようになった例の奴らのことですか?」

「ああ。モビルスーツ乗りとして腕は確かだ。私が保証しよう」

「ら、ラスタル様が力量を保証される程の………」

 

 

 執務机にあるコンソールのタッチパネルコマンドを叩くと、二人の人物データが壁面ディスプレイに表示された。

 

 

【JULIETA JULIS】――――20、いや10代の少女のボーイッシュな面立ちとブロンドのショートヘア。一見すると可憐な少女だが、〝あの男〟が自ら手ほどきし、ラスタルに推挙した戦闘のプロフェッショナルだ。

 

【VIDAR】――――ファミリーネームの無い、ただ〝ヴィダール〟とのみ。

 さらにはフルフェイスマスクによって素顔をすっぽり覆い隠してしまっており、ラスタルや一部の者を除き、その正体を見抜ける者はいないだろう。こちらも、ことモビルスーツ戦においては役に立つ。

 それに―――――彼の専用機も間もなくロールアウトする予定だ。

 

 

 入念な下準備、根回しを徹底すれば失敗の可能性を限りなくゼロに抑えることができる。イオクにも常々言い聞かせている、いわば家訓だ。

 圧倒的武力と正確な情報。ギャラルホルンだからこそ有することができる二大武器があれば、大抵の敵は脅威にはなり得ない。

 

 マクギリスはこちらを追い込んでいる――――と思い込んでいることだろうが、事はそう単純に進むことは無い。

 エリオン家に、ひいてはギャラルホルンに挑む者は、すべからずその報いを受けることになるのだ。

 

「ありがとうございますラスタル様! 必ずやクジャン家の誇りにかけて………」

「だが、まあ準備には時間がかかる。すぐに出陣することは不可能だ。古くからこう言われているではないか。―――――果報は肉を食って待て、とな」

 

 

 

 肉だ! 肉を食いに行くぞッ!! とマントを翻し、ラスタルは足早に執務室を後に。一拍遅れて「わ、私もッ!」とイオクがそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煌びやかなヴィーンゴールヴの水面下では、セブンスターズや名門に連なる各家が互いを食み合う権謀術数が繰り広げられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 4隻の艦――――鉄華団の強襲装甲艦〝カガリビ〟、タービンズのコンテナ船〝ローズリップ〟、それに救援に駆けつけたゼント傭兵艦隊のハウンドフィッシュ級戦艦2隻――――は、ようやくデブリ帯を脱出しタービンズが使用する輸送航路へと復帰した。

 

 

「我々ゼント傭兵艦隊は、モンターク商会専属の航路護衛部隊として発足したものだ。主に地球圏で活動していた傭兵や、出自を理由に火星支部で冷や飯を食わされている者を呼び寄せてな」

 

 何というか………、一瞬どこぞのファースト・オーダーの軍服と見紛うほどの黒い制服を着たクランクが俺たちに説明してくれた。

〝ローズリップ〟の応接室。〝ハンマーヘッド〟のそれと比べるとやや手狭だが、俺たち―――俺とキャンベラ船長、それにクランクが会合するに十分なスペースが用意されていた。

 

「元々はモンターク商会が採掘したハーフメタルの輸送護衛のため火星に向かう途中だったのだが、モンターク氏から急遽通報を受けてな。鉄華団がギャラルホルンの部隊に襲撃されていると。何とか間に合ったのは幸いだった」

 

「はい。ありがとうございます、クランクさん。クランクさんたちが駆けつけてくれなかったら俺たちは―――――」

「少なくとも死人が出ていただろうね。実際、ギリギリの所だったし」

 

 

 俺も、キャンベラも疲れ切った表情を隠せない。長時間に及ぶ戦いは否応なく俺たちを疲弊させていた。

 負傷者もそれなりにいる。特に酷いのは俺を援護して機体が大破した、クレストだ。だが幸いにして一命は取り留めており、〝カガリビ〟医務室のメディカルナノマシンベッドで治療を受けている。2、3日には回復できるそうだ。

 

 

 何とか誰一人仲間……家族を死なせることなく、難局を突破することができた。

 

 

「捕虜にしたギャラルホルン将兵については、こちらで預かり火星へと送り届けよう。新火星支部長のカルタ・イシュー准将は公明正大で知られるお方だ。こちらの事情をよく吟味くださるだろう」

 

 そうか。カルタが火星支部長になったのか。

 原作との相違に、俺はふと考えを巡らせた。一体、これらの変化が2期にどれだけの差異をもたらすのか。俺の現実世界での知識―――『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の原作知識がどこまで通用するのか………。

 

 

「む? どうした、カケル?」

「え? あ、いえクランクさん。捕虜についてはクランクさんにお願いしたいと思います」

「うむ。お前も少し休め。戦い詰め働き詰めでは、いかに優れた兵と言えど身体が持たんからな」

「………そうですね」

 

 正直、ほんの30分でもいいから横になりたい。あと、まとまったメシもいい加減食いたい。

 特に喫緊の相談事項もないことを確認して、俺は〝ローズリップ〟の執務室を後にすることにした。

 

 

 

 

 

 

―――――カケルが立ち去った後、クランクは小さく息をついた。

 

「よもやギャラルホルンが海賊紛いの真似をするとはな………」

「ギャラルホルンが宇宙海賊とつるむなんて、アタシも初めて見たよ」

「今、捕虜たちを尋問しているが、どうやら外部からの依頼を受けていたようだ。莫大な報酬と引き換えに鉄華団の艦を襲うようにと」

 

「どこのどいつだい? タービンズに喧嘩を売ろうってバカは」

「依頼主については一部の上級士官しか知らないようだ。だが、生存者の中にはいなかった」

 

 フォーリス・ステンジャなる、鉄華団を襲撃したギャラルホルン艦隊の指揮官を取り逃がしたのはあまりにも痛かった。確保すれば腐敗の根を一掃する好機になったかもしれないだろうに。

 

 キャンベラはフック状の義手をガシャガシャ鳴らして調整しながら、

 

「こんなんで地球行って大丈夫なのかしらねぇ。あっちがギャラルホルンの総本山なんでしょ?」

「いや、地球の方がむしろ安全かもしれん。ギャラルホルンと言えどスポンサーである経済圏の領域内でそう好き勝手はできんからな。それに、ギャラルホルン地球支部を取りまとめているマクギリス・ファリド氏は監査局出身の公正なお方と聞いている。此度の襲撃部隊はアリアンロッド艦隊に連なる部隊であるから、その意味でもファリド家が影響力を持つ地球に行った方が安全は確保されやすいだろう」

 

「ふぅん。………政治ってのは複雑ねぇ」

 

「子供たちに政争の重荷を背負わせる時代になるとはな………。不憫な少年たちだ。大人の争いに子供が巻き込まれることなどあってはならないことだと言うのに………」

 

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインの交渉によって、火星はようやく経済成長の契機を得ることができた。だが、それが福祉に結び付くにはまだまだ長い時間がかかる。

 何も知らぬ少年たちが戦場で消耗していく世は、まだ続いているのだ。

 カケルが、そんな運命から子供たちを助け出そうと尽力していることをクランクは良く知っていた。だが現実は、世界の治安を守るべきギャラルホルンすら無頼漢と化して子供たちに襲いかかる有様だ。

 

 一体、子供たちが犠牲にならぬ世が来るまでにどれだけの時間がかかるのか――――

 

 

「私は、大丈夫だと思うけどね」

 

 

 内心のクランクの苦悩を見透かしたように、義手を弄り終わったキャンベラはニッと笑いかけた。

 

 

 

 

「そんな世の中だからこそ、今日まで生きてきたあの子たちは十分に強いのよ。圏外圏の泥沼でもちゃんと生きて、仕事して、しっかりメシも食ってんだから、ちょっとやそっとじゃくたばらないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………なぁ、アストン」

「何だ?」

「俺ら………今、生きてるんだよな。なんか、信じられねえよ」

「当たり前だろ。死んでたらココに座ってメシなんか食ってないって」

 

〝カガリビ〟のロッカールーム。

 汗だくのパイロットスーツを脱ぎ、鉄華団の団員服を着直したアストンたちは、床に胡坐をかいて栄養バーを頬張っていた。こうしているとブルワーズ時代を思い出すが、鉄華団の栄養バーは腐っていない新品だし、ドリンクもフルーツ味やチョコ味など色とりどりだ。

 

 アストン、ビトー、ペドロの他にも、隅でクレストが膝を抱えて、フルーツ味のドリンクを口にしていた。別部隊にいたクレストのことは、ブルワーズ時代からアストン達にとってあまり馴染みのある相手ではないが、モビルスーツ乗りとしてその腕前は全員が知っている。カケルを庇って怪我したらしいが、頭に包帯を巻いている以外はピンピンしたものだ。

 

 だが、特に会話の接点がある訳でもなく、ビトーもペドロもさして気にかけてない様子だ。アストンも、残る栄養バーを一気に食い切ってしまおうと………

 

 

「ねぇ、聞いていい?」

 

 

 おずおず、とした声がクレストの方から発せられた。

 滅多にないことにビトー、ペドロは驚いたように顔を見合わせる。彼らに代わってアストンは頷いた。

 

「ああ。どうした?」

「名前――――〝アルトランド〟の名前を貰うって、どんな感じ?」

 

 唐突の問いかけに、さして地頭が良くないアストンはすぐに答えられなかった。ビトーが、考え込むように呻きながら、

 

「どうって言われてもなぁ………あの昭弘さんが俺たちの兄貴分になってくれて、すげぇ! って感じか………?」

「俺もそんな感じ」

「どうしたんだよ、いきなり」

 

「………おれたちみたいなヒューマンデブリが、名前なんて貰ったら、その名前が汚れる、って思わなかったの?」

 

 それは………とビトーは気まずそうに顔を俯かせた。

 ヒューマンデブリ―――自分たちがひと山何ギャラーかでまとめ買いされただけの消耗品であるということ、その事実を今のアストンたちとて忘れたことはなかった。普通の団員と同じように扱われ、休みも、給料だってもらえる事実に戸惑ってさえいる。

 

 鉄華団のエースである昭弘から〝アルトランド〟の苗字を分けてもらったことも。

 

 

「昭弘さんが言ってた。………名前は守るもの、なんだって」

 

 

 沈黙を破ったのはペドロだった。

 

「名前は、絶対に無くしちゃいけない、大事なものだって。俺たち………デブリになって無くしちゃったけど、今度こそ、絶対に守る」

「ああ。そのためなら命だって惜しくねぇ」

 

 続くビトーの言葉に、アストンも小さく頷いた。死ぬのは怖くない。ヒューマンデブリにとって、他人の死も、自分の死も大して変わりはない。死ぬのが別の奴か、自分かの違いがあるだけで。

 でももし、こんなゴミみたいな命に意味を与えることができるのなら、誰かのためにこの命を使うことができるのなら………

 

 胸が、とても熱くなる。

 

 

「………そっか」

 

 

 クレストはおもむろに立ち上がった。少しブカブカのブーツで床を踏みしめながら、ロッカールームの外に向かおうとする。

 

「昭弘さんトコに行きたいなら、俺たちが話しとくぞ」

 

 アストンはそう声をかけたが、振り返ったクレストは「ううん」と首を横に振る。

 

「おれのこと、拾ってくれるって………物好きな奴がいるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………ようやくこれで一件落着、か」

 

 被害報告をまとめたタブレット端末を片手に、俺は栄養バーを咀嚼しながら〝カガリビ〟の食堂へと向かった。

 時折行き交う夜勤シフトの団員たちは、さすがに誰もが疲れた様子だ。声をかけてやると、まだ気丈に返事してくれるが、これ以上の戦いは避けたい。

クランクから援助を受けたとはいえ弾薬やガスの残量が心もとなかった。

 

 俺たち鉄華団とゼント傭兵艦隊は敵兵を救助し、残骸同然で漂っていた〝ビッグガン〟を回収し、LCSが繋がった所で火星へ連絡。俺はオルガに事の次第と被害報告をまとめたデータを送った。

 

 あの戦いで俺たちが得たものと言えば――――〝ガンダムアムドゥシアス〟ぐらいか。どうにもギャラルホルンをけしかけた〝依頼主〟がフォーリス・ステンジャに提供したもので正規に登録されたギャラルホルン機ではないらしく、鉄華団が戦利品として頂く流れとなった。

鉄華団5機目のガンダムフレームだ。今頃フェニーは〝アムドゥシアス〟を保管しているモビルスーツ格納庫で大騒ぎ………

 

 

 

「………っへへ……まさか〝アムドゥシアス〟をこの手で………美し………幻のツインリアクターシステムぅ~………」

 

 

 

 夜間時間で照明レベルが下げられた薄暗い食堂。

 

 見ると、テーブルに突っ伏すように、フェニーが寝こけてしまっていた。テーブルに放られたタブレット端末に表示されているのは、鹵獲した〝アムドゥシアス〟の機体データだ。むにゃむにゃ、と寝言でしきりにガンダムフレームだの〝アムドゥシアス〟だの言っており、きっと夢の中で〝アムドゥシアス〟と夢の対面を果たしている所なのだろう。

 

 モビルスーツや艦の修理の陣頭指揮で、フェニーはかれこれ30時間以上は働き詰めのはずだ。

フェニーがいなければ、これほど早く〝カガリビ〟やモビルスーツ隊が復旧することはなかっただろう。クレストのことも〝百里〟の足の速さのおかげで、メディカルナノマシンベッドに入れて一命を取り留めることができた。

 

「お疲れさん」

 

 やや肌寒い食堂。俺はそっと、その肩にジャケットをかけてやった。気づかぬままフェニーは……モビルスーツ鍛冶がどうのと寝言をブツブツ呟きながら夢の中だ。しばらくガンダムフレームを弄り回す夢を見させてやった方がいいだろう。

 

 俺も食うもの食ってさっさと………

 

 

「ん?」

 

 

 食堂の出入口からなにやら視線を感じ、振り返ると、クレストがひょっこりと顔だけこちらに覗かせていた。

 

「どした? こっち来いよ」

「カケル………あの……っ」

 

 気まずそうに、トコトコとこちらに近づいてくるクレスト。俺は、一人分座れるスペースを開けてやった。

 クレストは、恐る恐る俺の隣に座り、俺を見上げて、

 

「おれ………なる。カケルの弟に」

「そうか。いいのか?」

「カケルについてって何が変わるのか、分かんないけど………おれ、カケルの役に立つ」

 

 俺は、そっとその小さな肩を引き寄せた。

 クレストは一瞬目をぱちくりさせるが、すぐに身を預けるようにすり寄ってきた。

 

 

「俺は………名前を分けてやることはできても、本当の家族に、兄貴になってやることはできないかもしれないけどな………」

「カケルは、おれたち皆の兄貴だよ。みんな、カケルのこと兄貴だと思ってる。だから、カケルのこと、守りたい」

「………そっか」

 

 

 責任重大だが、真正面から受け止めるのが俺のやるべきことだ。

 

「俺もだ。お前を………ここでできた家族を皆、守りたい」

 

 そして………

 

 この世界に来た俺の願いは一つ。鉄華団の………家族の、もう一つの未来を見ること。破滅ではない、もう一つの未来を―――――

 

 

 

 これで元ヒューマンデブリは全員、身元を確定してやることができた。

 

 

 

 

 

 

 

「………ん……?」

 

 腕がすごい痺れている。

 意識が少しずつはっきりし始めると、フェニーは自分がテーブルの上に突っ伏して寝こけてしまっていたことに気が付いた。起きようと思うのだが、まどろみが妙に心地よくて………

 

 と、隣が何やら騒がしいことに気が付いた。まだぼんやりする目を凝らすと、カケルが隣の席にいるのだ。それに、ときたまカケルの後をチョロチョロしているクレストという年少の団員も。

 

 二人はタブレット端末を見て、カケルが何やら書きこんでいた。

 

 

「――――これが蒼月駆留って字だ。意味は、そうだな………青い月、駆留は『走り続ける』って意味だな」

「この字、おれにもあるの?」

「そうだな。クレスト・蒼月だから、最初の一文字目は俺と同じ『駆』で………」

 

 

 二人の………まるで本当の兄弟のような様子に、頬をテーブルにくっつけたままのフェニーは少しだけ微笑みかけて、また眠気に誘われて夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、〝カガリビ〟〝ローズリップ〟はクランク率いる傭兵艦隊の護衛を受けながら、宇宙海賊の襲撃もなく地球圏へと到達。

無事、アーブラウの宇宙港へと入港したことを見届けると、ゼント傭兵艦隊の2隻のハウンドフィッシュ級戦艦は翻り、再び火星への正規航路へと戻り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 つい数時間前まで激しい戦闘が行われていたデブリ帯―――――

 戦闘が終結して久しい現在、重力場の崩壊によって荒れ狂っていたデブリもようやく落ち着きを取り戻しつつ、デブリ帯を構成していた核であるスペースコロニーのエイハブ・リアクターが機能を停止したことにより、徐々に霧散しつつある。個々のエイハブ・リアクターが残っている以上デブリ帯が消失することは無いだろうが、ここに航路を設定している業者は再度の探査を求められることだろう。

 

 デブリを縫うように1機のモビルスーツが進む。黒を基調とした暗いフォルムに、ツイン・アイが煌めく頭部。モビルスーツに詳しいものなら、その機体がガンダムフレームの1機であることにすぐ気が付くことだろう。

 

 

 

 ASW-G-38〝ガンダムフレーム・ハルファス〟。それがこの機体の名称だった。

 

 

 

【CAUTION!】

 

 

 デブリ帯の只中に、センサーが何かを捉え、パイロット――――サングイス・プロペータは機体を静止させた。

 そして、1機の脱出カプセルを有視界内に発見する。損傷は少なく、まだ内部の生命維持機能は保たれている状態だろう。

 

サングイスは〝ハルファス〟のマニピュレーターの指先で、そっと脱出カプセルに触れた。接触回線が繋がり、中にいる人物との通信が可能となる。

 

 

 

『う、うお!? な、何だってんだぁ………』

「私です。ブルック・カバヤン」

『ん? お、おお。なんとか教団のサングイスとかいう奴だな? 助けに来たんだな、よしよし………あンのゴミガキども今度こそとっ捕まえて………顔のいいガキは変態共に売りさばいて、残りはまたブルワーズで使い捨てデブリとしてこき使ってやら………』

 

 

 

 

 ぐしゃり―――と〝ハルファス〟のマニピュレーターが、ブルック・カバヤンが押し込まれた脱出カプセルを握り潰した。

 

 

 

 

 ぎゅえぇ! とカエルが潰れたような無残な断末魔が一瞬〝ハルファス〟のコックピットに伝わるが、サングイスは静かに、潰された脱出カプセルを見下ろした。

 

「―――――全てはザドキエル様の御心のままに」

 

 ブルック・カバヤンを始末することは最初から決まっていた。ギャラルホルンが壊滅し、フォーリスに明け渡した〝アムドゥシアス〟が鉄華団に鹵獲されることも。

 もとより、子供たちを酷使し非道な形で死なせ続けてきた海賊を、慈愛深きザドキエル様がお許しになるはずがないのだ。

 

 

―――――たとえ世に理あろうと〝機動戦士ガンダム〟の名を汚す存在を野放しにしてはならないのだ。

 

 

『どうかね? 例の海賊君は見つかったのかな?』

 

 

 指揮官用〝グレイズ〟がサングイスの傍らに降りてきた。ようやく修復が完了したハーフビーク級戦艦〝バルドル〟から発進した機体だ。

乗っているのは、先の戦いで生き長らえたギャラルホルン指揮官、フォーリス・ステンジャ。

〝グレイズ〟はその頭部を、潰された脱出カプセルへと向けた。

 

『………ふむ。どうやら彼は、さほど幸運には恵まれなかったようだね』

「宇宙海賊に生存者は確認できませんでした。ギャラルホルン将兵の方々も、おそらく鉄華団そして途中乱入してきた武装組織に捕獲されたものと」

『そうかね。残念だよ』

 

 

 フォーリスの声音に、さして悲壮さは感じられなかった。

 

 

『さてさて。私も身の振り方を考えなければねぇ。何か堅苦しくない、とことん楽しめる仕事先があればいいのだが』

「是非とも我ら厄祭教団にお越しいただきたいと、ザドキエル様は仰せでございます。よりお楽しみいただけるモビルスーツもご用意できるかと」

 

『素晴らしい。では、お堅い公務員稼業からは足を洗うとしようか』

 

 

 全ては計画通りに進みつつある。

 ザドキエル様の御心のままに、世界はその有り様を変えるのだ。一歩、また一歩と。

 

〝機動戦士ガンダム〟として相応しい、鉄・血・混沌に満ちた世界に――――――

 

 やがて、〝ハルファス〟と〝グレイズ〟はデブリ帯の奥へと―――――溶けるように去っていった。

 

 

 

 

 




【オリメカ解説】

・ASW-G-38〝ガンダムハルファス〟

厄祭教団司祭、サングイス・プロペータが操るガンダムフレーム。
教団としての立場・使命の特性上、隠密を重視した機体に仕上がっており、視界及びセンサーから完全に身を隠すことができる複合遮蔽システムを備える。
しかし、性能の大半が秘匿されており、未だその真価を図ることはできない。

(全高)18.0m

(重量)38.6t

(武装)
不明



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これにて本話【67番目の悪魔】は終わりとなります。
次話については、まとまり次第投稿したいと予定中です。






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7-1.生まれる嫉心

2019年、新年あけましておめでとうございます!
芽茂カキコです。

USBデータの破損から始まり、退職等々ですっかり執筆が遅れておりますこと、申し訳ないです。
この度再就職のメドがついたので、これから次話残りの執筆を再開します。

ついては完成しております次話前半のみとなりますが、以下順次投稿します。



 

 

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【機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ二次創作】

【鉄と血のランペイジ 仮想1.5期 前回までのあらすじ】

 

 

 クーデリアを地球へと送り届ける。鉄華団としての初仕事を成功させ、その実力やテイワズ傘下企業としての看板を背景に順調に成長しつつある〝鉄華団〟。

〝ガンダムラーム〟と共に鉄華団へ加わった蒼月駆留は、地球経済圏・アーブラウに依頼された仕事のため、実働三番隊を率いて地球へと向かうが………ブルック・カバヤン率いる〝ネオ・ブルワーズ〟、そしてフォーリス・ステンジャ率いるギャラルホルン艦隊の攻撃を受ける。

 

圧倒的不利な戦況。しかしカケルの機転と実働三番隊の実力によってギャラルホルン・海賊連合艦隊は撃破。1期で共に戦ったクランクらの救援もあり、カケルたちは無事、地球への活路を開くことに成功した。

 

 

 一方、鉄華団火星本部では…

 

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▽△▽―――――▽△▽

 

「………もうすぐ夜明けだね」

 

 小高い断崖の上。三日月とオルガが見下ろすのは、どこまでも続くような広大な農園の光景。その中にポツンと「ばあちゃん」こと桜・プレッツェルと、クッキー、クラッカーが暮らす家と倉庫が立ち並んでいる。

 

 つい数ヶ月前まで、この光景の半分近くはまだ未開拓で、火星の赤茶けた大地を剥き出しにしていた。それを、鉄華団の団員たちが力を合わせ、機械も集めて開拓し、桜農園は今までの2倍以上の規模にまで膨れ上がったのだ。当然、その分農園が手にする金も増える。

 

 今までの民間警備の仕事と、そして火星ハーフメタル採掘事業と並び、農業事業でも着実に鉄華団はその存在感を示そうとしていた。

 オルガもまた、三日月と同じく眼下の光景に視線を落としつつ、

 

「いよいよ歳星へ出発だ。そこでテイワズと杯を交わしゃあ、俺らはいよいよ名瀬の兄貴と肩を並べることになる。………テイワズの直系団体だ」

 

 スラムのガキ、宇宙ネズミと蔑まれ、大人の都合でいいように扱われてきた子供たちの集まり。それがCGS参番組であり、今までの鉄華団だった。

 これからは、もう違う。今までの境遇を一変させるチャンスをオルガたちは得たのだ。

 

「この規模の農場だけじゃ、まだまだ金は足りねぇよ。鉄華団に入りてぇって居場所のねぇヤツらもわんさと集まってくるからな。いつかは、まっとうな商売だけでやっていく」

 

 ここからでは見えないが、【SAKURA FARM】の看板の上には鉄華団のエンブレムが描かれている。いつかは、モビルスーツや戦艦でドカドカ撃ちあうような荒事からは足を洗い、農園や火星ハーフメタル鉱山、他にも戦争とは無縁の商売だけでしっかり食っていく。オルガや三日月のような、戦う以外行き場の無い連中の食い扶持として。

 

―――――そのためにも、最短で行く。オルガの言葉に、三日月は頷いた。オルガが目指す道は三日月が目指す道でもある。たとえ右目、右腕が使い物にならなくなったとしても、三日月の決意、それに覚悟はいささかも揺るがない。

 

「どうせ止まれねぇなら、なりふり構っちゃいられねぇ。まごついてる暇なんかねんだ。………ビスケットに聞かれちまったら止められるだろうな」

「止めないよ」

 

 その時、背後から飛び込んできた聞き慣れた声。オルガと三日月は振り返る。

 ここまで続く、緩やかな坂道をビスケットが上ってくる所だった。

 

「よぉビスケット。もう行けそうか?」

「うん。後は俺たちが出発するだけだよ」

 

 そう言うとビスケットは、オルガと三日月に並んで、どこまでも続くような農園の景色を見やった。地平線の果てが、わずかに白み始めている。

 

「………ここまで、来たんだね」

「ああ。危ない橋もだいぶ渡ったがな」

「それでも皆、オルガについてきた。俺も一緒だよ。オルガが目指す道は、俺の目指す道でもあるんだ。………まあ、少しはこっちの話も聞いてもらいたいけど」

 

「そうだな。俺一人で突っ走って谷底に真っ逆さまなんてなったら、目も当てられねえもんな」

 

 そういうこと。とビスケットは表情を緩めてみせる。オルガや三日月も。

 

 

「オルガが止まらない限り、俺も止まらない」

 

 

 三日月は、真っ直ぐ夜明け前の空を見ていた。その瞳の強さはいつも変わらない。真っ直ぐで、濁りが無い。

 

「これまでも、これからもね」

 

 変わらねえな、ミカは。とオルガは微笑し、そして朝日が差し込み始めた空に自然と姿勢を改めた。

 

 

「………朝だ」

 

 

 まばゆい陽の光が、薄暗かった夜空を取り払っていく光景はいつ見ても不思議な、目を惹きつける感覚をオルガ達に与えてくれる。

 それが〝美しい〟という感性であることを、オルガや三日月はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 蒔苗老がアーブラウの代表になり、火星ハーフメタルの規制解放、そしてギャラルホルンの根深い腐敗が暴かれたことで、世界は少しだけ、しかし確実に変わり始めていた。

 その変化を歓迎する者もいれば、そうでない者もいる。

 

「………けっ。親父も耄碌したモンだぜ。よりによってガキの集まりをテイワズ直系組織に入れちまうなんてよ」

 

 テイワズ本部である惑星間巡航船〝歳星〟。

 その内部にある、JPTトラスト代表邸宅。マクマード・バリストンの居城たるテイワズ代表邸に次ぐ敷地面積を誇り、その屋敷も壮大だ。

 

 石造りの上品な居間で、一杯ですら庶民には手が届かないであろう高級酒を安酒のように呷るのは―――――この屋敷の主、JPTトラスト代表にしてテイワズの実質的ナンバー2たる男、ジャスレイ・ドノミコルス。

 

 ソファにふんぞり返る彼の向こう側には、瀟洒な椅子に腰を下ろしたジャスレイ直属の部下たちが、同じ酒を振る舞われている。

 部下たちは高級酒に手を付けることもなく、

 

「まあ、いつもの親父の道楽ですよ。年寄りの暇つぶしみたいなもんでしょ? 実質テイワズはジャスレイの叔父貴が回してるようなモンだし」

「気にするこたァありませんよ。いくら名瀬でも弟分の組織一つを直系にしたからって、後継者争いなんてできやしませんって」

 

「当たり前だ。あんな女を囲いまくった優男にテイワズを好きにさせてたまるかよ」

 

 苛立たし気にジャスレイはグラスを荒々しく置き、窓の外の光景に目を向けた。

 

「だが、どうにも気に入らねえ。嫌な予感がビンビンしやがるぜ………」

 

「まさか名瀬の奴が叔父貴に喧嘩を売るなんて………」

「そんな訳あるかよ。叔父貴と名瀬のタービンズじゃ、そもそも規模が違いすぎるだろうが」

「だが鉄華団ってのは、あのギャラルホルンに一発ぶちかましたって組織らしいぜ。ホントがどうかは知らねえが」

 

 

 口々に言い合う取り巻き達には目もくれず、ジャスレイは暫し外の光景を見、思案にふけった。

 現テイワズ代表、マクマード・バリストンは、じきに代表の座を退くとされている。そしてその後継者として誰もが、テイワズのナンバー2たるジャスレイにもたらされるものと考えている。ほとんど決定事項だと言っていい。

 にも関わらず〝親父〟マクマードは、何かと名瀬を気に入り始め、そしてその弟分である鉄華団を直系組織として迎えるとまで言い出した。だが後釜を挿げ替えるにしては名瀬は役者不足だ。

そこから導き出される結論は一つ。

 

 

 

「………〝院政〟だろうなァ」

 

 ジャスレイの一言に、取り巻き達の視線が一斉にジャスレイの方を向いた。

 

「い、院政って………ボスの座を退いても何だかんだ口出して実権を手放さないこと、でしたよね?」

「その窓口としてタービンズ、それに鉄華団。急成長中の組織を可愛がっておくことで後々の影響力を確保したいんだろうよ。………ったく、タヌキみたいな真似しやがるぜ」

「ど、どうするんです親父? もうしそうなら………」

 

 

 決まってるだろうが。ジャスレイは立ち上がり、驚いた取り巻き達を睥睨した。

 

 

「やられる前にやるまでよ。それも、俺の影が気づかれないようにな。………例の奴らに連絡を取れ」

「例の奴らって………まさか圏外圏最強って傭兵の!?」

「一人でも報酬は最低1億ギャラーは下らないっていう………」

 

「ああ。それを丸々3人雇ってやる。先約があればこっちで手を回してやるからよォ―――――ベルナッツ、グドシー、ロプキンズ、3人耳揃えて集めて来いやァ!!」

 

 

 へ、へい! と弾かれたように、取り巻き達は大慌てでジャスレイ邸を飛び出していく。圏外圏でもトップクラスと言われる彼らは、当然依頼人の秘密を守る。それでいてジャスレイ・ドノミコルスの名前を出せば、何にも優先してこちらの依頼を受けるに違いない。

 

「………まあ、明日の式典にゃ間に合わねえだろうが。おいたをする悪ガキにゃあしっかりお灸を据えてやらねえと、なァ?」

 

 

 ジャスレイは一気に、グラスに残っていた高級酒を呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 数日後。

 惑星間巡航船・テイワズ本部〝歳星〟。

 

 テイワズの催事の中でも、特に重要な行事にしか使われない畳敷きの大会場にて。マクマード・バリストン、ジャスレイ・ドノミコルスらテイワズの重鎮。さらには名瀬・タービンらテイワズ直系組織の幹部が畳の上に座して並ぶ。その衣装は黒い和装、袴羽織で統一されており、此度行われるこの行事の重要性を改めて認識させる。

 

 正面の壁に掛けられているのは、テイワズ、そして鉄華団のエンブレムが描かれた垂れ幕。

 

 ジャスレイ、名瀬らの向こう側に位置する先頭の一角に、鉄華団の面々――――ユージンやビスケット、三日月、メリビットが。向かいに並ぶテイワズ幹部ら同様に袴羽織を着、この儀式に臨む。

 テイワズと鉄華団。垂れ幕のエンブレムが見下ろす中、マクマード・バリストンとオルガ・イツカが親子の盃を交わすこの儀式に。

 

 式自体は厳粛かつ静粛の中で執り行われた。仲人によって盃に注がれた御酒を、まずマクマードが、次いでオルガが残った半分を、力強く一気に飲み干す。

 

 

 かくて、テイワズと鉄華団は正式に親子分となり、鉄華団はテイワズ直系組織としてその地位を認められることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ~、疲れた~」

「あ、ダメだよユージン! そんな座り方したらシワになっちゃうよ!」

「うへえ~」

 

 親子盃の儀が終わり、ようやく控え室に戻った途端ユージンがげんなりしたようにソファに身を投げ出す。慌ててアトラが立ち上がらせようとしたが、すっかりダラけきったユージンはテコでも動かない構えだ。

 一方、静々と戻ってきたメリビットは長時間の儀式などものともしない様子で、

 

「いけませんよ、副団長。これからはこういう行事を毎週何度もこなさないといけないんですから」

「げ。マジかよ………」

「夜には祝宴がありますし、近々には圏外圏の著名企業を集めた園遊会も。年末年始にはテイワズの繁栄を祈念する儀式がありますし、他にも………」

 

 ぬあー! 聞きたくねー! とユージンは袴のままソファに寝転んでしまい、「せめて上だけでも脱いでっ!」とアトラとひと悶着起こすこととなった。

 木星圏の開発を担うコングロマリット(企業複合体)、テイワズ。複数の企業体が寄り合い、代表の下でまとまった組織ではあるが、その運営を円滑に進めるために企業間、幹部間の交流は欠かせない。結果、企業主催のパーティやら儀式、贈答等、行事の煩雑化は自然の流れだった。

 

「団長さんとビスケットさんはエントランスでテイワズ幹部の方々をお見送りしているんですよ? 副団長という肩書なんですから。さ、ユージンさんも」

「ちょっと休ませて………」

「後にしなさい!」

 

 

 

 ユージンが控え室で駄々をこねまくっているその頃―――――

 

 

「この度はご参列いただき、誠にありがとうございました」

「うむ。これからの活躍を期待しているよ。頑張ってくれたまえ」

「ありがとうございます。精一杯、務めさせていただきます」

 

 オルガは一礼し、テイワズ幹部……エウロ・エレクトロニクス系の関連会社社長であるその中年の男は、会場のエントランスからゆっくり歩き去った。

 会場を後にするテイワズ幹部らの見送りだ。一言二言申し添えて一礼するオルガやビスケットらに、中には無視するか露骨な悪態を見せる者もいたが、おおよそ平穏に幹部らは会場を後にしていった。

 

 

「………今ので最後か?」

「名瀬さんと、まだ何人か残ってるみたいだけど、とりあえず一息付けそうだよ。お疲れ様、オルガ」

「ああ。この後も祝宴やら何やらあるからな。まだまだ気は抜けねえよ」

 

 

 見れば、三日月が遠くにあるソファに腰を落ち着かせて、袴のポケットにまで忍び込ませていた火星ヤシを口に運んでいる。他の連中は、控え室に戻ったらしく、広いエントランスにオルガとビスケット、三日月の3人だけが残されていた。

 

 と、

 

「よぉ。これでお前らも晴れて正式なテイワズの一員だな」

 

 和装を着こなした名瀬と、その隣にアミダが。「兄貴」とオルガは早速居ずまいを正して、

 

「今回の盃、兄貴の進言のお陰だと聞いています。本当に、恩に着ます」

「なーに言ってやがる。お前らがキッチリ仕事を果たした時点で、親父はもうその気だったみたいだぜ?」

「何にしても、ホント、よくやってくれたよ」

 

「ラフタさん、アジーさん、タービンズの方々にも本当にお世話になりました。何から何まで」

「鉄華団がここまで来れたのもタービンズの皆さんのお陰です」

 

 オルガとビスケットが深々と頭を下げる。「よせよ。こそばゆいなァ」と名瀬は笑ってみせた。

 

「………ああ、所でな。今夜の祝宴会なんだが」

「はい。親父も来ていただけるとか」

「の予定だったんだがなぁ、ちょっと会計関係で緊急会合を開くことになったらしくてな。親父は来れねぇそうだ」

 

 そうですか、とオルガは応えただけで、他に特に反応することは無かった。宴会よりもテイワズの事業の方が重要であることはオルガでも当然理解できる。盃が交わされた以上、その後の祝宴会が特に重要だとはオルガも思わなかった。

 

「ま、代わりと言っちゃ何だが、俺とアミダ、ラフタとアジーに他何人か連れてきてやるからな」

「はい! 姐さん方をしっかりもてなすようウチの連中にはよく言っておくんで」

「おいおいおい。主役はてめーらだぜぇ? そこんとこ間違えんなよな」

「けど………」

 

 

 とその時、「おうおう仲がいいこって」と幾分かの侮蔑を含んだ声が名瀬の背後から飛び込んできた。

 現れたのは、袴から着替えたのか、仕立てのいいイエローゴールドのコートとスーツに身を包んだ、中年の男だ。

 

 その視線がオルガを捉えた時、こちらを見下すような感情を含んでいることをオルガは見逃さなかった。今まで、マルバやCGSの一軍連中が同じ目でオルガ達を見てきたからだ。同じ雰囲気を纏っている。

 

「………あァ、オルガ。知っているとは思うがコイツはJPTトラスト代表のジャスレイ・ドノミコルス氏だ」

「知っています。今日は参列いただき、ありがとうございま―――――」

 

「けっ。ガキがいっちょ前の真似してんじゃねえよ。親父の気まぐれだか何だか知らねえが、こっちはいい迷惑だぜ」

 

 まだ子供の集まりに過ぎない、と鉄華団に不快な表情を向けてきたテイワズ幹部たちは先ほど多く見てきたが、このジャスレイという男の態度はその最たるものであった。

 あからさまな敵意、それに侮蔑に名瀬やアミダ、ビスケットも表情を硬くし、遠くのソファに座っていた三日月もおもむろに立ち上がる。

 名瀬はジャスレイの前に進んで、

 

 

「………ジャスレイよぉ。今回の件は鉄華団が火星ハーフメタルってデカいシノギを持ってきたからこそって分かってんのか?」

「クーデリアとかいう女が地球のボンクラ共と交渉して手に入れたんだろ? そこのクソガキ共が獲ってきた訳じゃあねんだよ」

 

 

 その結果に至るまでにクーデリアが、そして鉄華団がどれだけの辛苦を味わったかも知らない様子のジャスレイに、オルガも不快感を隠せない。

 

「………つまり俺らがテイワズ直系組織に加わったのが納得できねえ、と?」

「はっ。親父が決めたことだ。今更俺がどうこう決めることはできねえよ。ただな………ガキなんか直系に入れちまったらよぉ、〝テイワズ直系組織〟って看板の価値が下がっちまうんだわ」

 

 そうだろ? 違うか? あァ? と挑発するように啖呵を切るジャスレイ。見かねた名瀬が「おい」と一歩前に進み出ようとするが、

 

「いいですよ兄貴。言わせておけば」

「オルガ………」

「たった一度の仕事で実力を認められるなんざ、そんな話ありはしませんよ。だからこそ、これから親父にも、アンタにも見せてやるつもりですよ。―――――俺ら鉄華団の実力を」

 

 その鋭い眼光に、ジャスレイは一瞬たじろいだ。

 オルガの眼は、何人もの人間の死を見てきた者の眼だ。そして、何人も殺してきた眼でもある。

 そういった戦争や荒事を〝下々の連中〟に押し付けるだけのジャスレイとは、土壇場の場数が違う。

 

「―――――へ、へっ。お手並み拝見と行こうじゃねえか。折角の盃だ、無駄にしてくれるなよな。それと………帰り道には精々気を付けるんだな。ここは、泣く子も黙る木星圏なんだからよ」

 

 

 それだけ言うとジャスレイは、コートのポケットに手を突っ込んだまま、悠然とその場を後にした。

 残された者たちに、しばし気まずい沈黙が流れる。

 最初にそれを打ち破ったのは「誰? アイツ」という三日月の言葉だった。

 

「オルガに喧嘩売ってる割には全然強そうに見えないけど」

「そりゃ、奴の強みは武力じゃなくて〝財力〟だからな。JPTトラストはテイワズの金融部門を取り仕切ってる。いわば金庫番だ。金が無けりゃ戦争もできねえし、何よりメシも食えない。―――――あの男が次のテイワズ代表と目されている男だ」

 

 応える名瀬に「ふーん」と三日月は何の気無さそうに、また火星ヤシを1個つまんで口の中に放り込んだ。

 一方、ビスケットは表情を暗くし、

 

「反感を買うのは分かってたけど、そんな大物に目をつけられるなんて………」

「それが大人の世界ってもんさ。誰が一番かなんて競い合って、潰し合う。くだらない理由で争って………それで割を食うのは女子供って相場は決まってるのさ」

 

 アミダの言葉は、オルガや三日月、ビスケットにも実感があるものだ。ほんの数ヶ月前まで、大人の都合でいいように使い潰される身だったのだから。

 こうしてテイワズ直系組織に迎え入れられたとしても、あのジャスレイのような男がいる限り根本の境遇を変えることはできないかもしれない。

 

「俺ら鉄華団に、そんな真似はさせませんよ。テイワズ直系組織として筋はキッチリ通すが………仲間は無駄死にさせねぇ」

「〝死に場所は鉄華団の団長として、俺が作る〟………か?」

 

 名瀬のその問いかけは、かつてオルガ自身が名瀬に言ったものだ。鉄華団の団員を、オルガが家族と見出した彼らをCGS参番組の時のように無能な大人の都合で無駄死にさせないために。

 オルガは名瀬の方に向き直り、力強く頷いた。

 

「その決意は変わらないつもりです」

 

 いささかの曇りもないその答え。

 名瀬は、フッと笑みを返した。

 

「分かったよ。それじゃ、俺はお前らの兄貴分として支えてやるまでのことだ」

「兄貴………!」

「んじゃ、お堅い話はここまでにするか。今日の祝宴、楽しみにしとけよ。なにせ、歳星一、木星圏トップクラスの超高級料亭だからな。お前、刺身とか大丈夫なんだっけか?」

「サシミ?」

「生魚の切り身に醤油浸して食うアレだよ。魚料理ならあの店が一番旨いからなぁ」

 

 魚。

 その単語を聞いて真っ先に………三日月が露骨に嫌そうな顔を見せたがちょうどオルガが視界を遮っていて、名瀬がその表情を見ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 鉄華団とテイワズが親子の盃を交わしたその翌日。

 木星圏の〝歳星〟の航路をトレースするように、1隻のビスコー級民間仕様輸送船が、ややデブリが散乱する宇宙空間を進んでいく。この辺りは海賊も出没しない安定した宙域であるため護衛のモビルスーツはいない。

 

「およそ6時間後に歳星に入港します。クーデリア様には問題なく航行している旨、お伝えください」

「分かりました。引き続きよろしくお願いします」

 

 このビスコー級輸送船の船長に一礼し、女性――――フミタン・アドモスは艦橋を後にした。

 この船を外から見れば、モンターク商会のエンブレムが描かれていることにすぐ気が付くだろう。だが、現在チャーターしているのはアドモス商会だ。

 火星ハーフメタルの採掘・一次加工業によって順調に事業を軌道に乗せつつあるアドモス商会だが、まだ自前の船を持つには至っていない。特に惑星間航行の需要が高まりつつある今、船舶や人員の確保は並大抵の努力や金では足りない。

火星ハーフメタルを地球へと運ぶ輸送船を潤沢に持っているモンターク商会との提携・船舶のチャーターは自然な流れと言えた。

 

 この船の目的は一つ。乗客、クーデリア・藍那・バーンスタインをテイワズ本拠地である惑星間巡航船〝歳星〟へと送り届け、そして火星へと連れ帰ること。

 

 

 

 

 クーデリアは今、用意された客室でテイワズ代表マクマード・バリストンへの報告書データをまとめている所だった。

 と、ドアチャイムが鳴り、クーデリアはふと顔を上げた。この船に乗っているのはクーデリアとわずかな乗組員。それに―――――

 

 扉のロックを解除して開けると、待っていた来客の姿にクーデリアはふと微笑む。

 

「フミタン」

「お嬢様。あと6時間で〝歳星〟に入港いたしますので」

「ええ、分かったわ。よかったら入って頂戴。ちょうどお話したいと思ってたの」

「失礼します」

 

 いつも通りの丁寧な物言いで、フミタンはクーデリアに続いて部屋へ入る。

 モンターク商会が運航するこの船は客室も整っており、寝室やデスクの他にも簡易的な応接ソファも設えられている。

 

 促されたフミタンは一方のソファに腰を下ろし、クーデリアも向かい側へと座った。

 

「ハーフメタルの新規採掘区画のことなんだけど………」

「はい。人員、資材、施設建設、有望な区画の選定。全て事前に終了しております。テイワズ、モンターク商会、鉄華団ハーフメタル社との提携で、どれも滞りなく進んでいるかと」

「ありがとう、フミタン。ここまでスムーズに来れたのもあなたのお陰よ」

 

 いえ、私は………とフミタンは不意に視線を落とした。

 

「………私は、一度は貴方を裏切った人間です。そこまでご信頼されるのは………」

「分かってるわ。でも、フミタン自身が望んでしたことじゃないでしょう?」

「はい。ですが………」

「私はこれから、もっと多くのことを知らなければいけないわ。それに沢山のことをやらなければ。………目的を達成するためなら、ノブリス・ゴルドンとだって今後も関わるつもり」

 

 フミタンは顔を上げる。何を隠そう、そのノブリスこそがフミタンを庇護し、エージェントとして仕立て上げてクーデリアを暗殺しようとした張本人なのだから。クーデリアもそれは既に承知している。

 それでもクーデリアの瞳には、いささかの濁りも迷いもなかった。

 

「私一人では何もできないわ。そのために助けてくれる人が必要なの。フミタン、あなたの力が必要なの。これまでのように、それにこれからも………」

 

 全てを理解した上で、なおも前に進もうとする〝革命の乙女〟。

 その濁りの無い瞳が一時、疎ましく思った時もあったが、今は―――――

 

「あの、ドルトコロニーでのお約束を違えるつもりはありません」

「フミタン………」

「全力でお嬢様をお支えいたします」

 

 見出した〝希望〟の火を消さないために。

 ありがとう、とクーデリアは微笑む。まだ彼女が幼い頃、出会ったばかりと変わらない微笑みで。

 フミタンも、自然と自分も小さく笑みを浮かべていることに気が付いた。

 

 

「あ、そういえばフミタン! 今、歳星には鉄華団も来ているそうなの。だから、もし………」

 

 

 

 

 

 その時、甲高い警報が船内中に響き渡った。

 そして砲弾が着弾する衝撃も。

 

 

 

 

「きゃ………!」

「お嬢様!」

 

 慌ててフミタンが身を乗り出して、クーデリアを支える。

 船内放送のスピーカーが起動した。

 

 

『総員緊急配置! 繰り返す、総員緊急配置! 武装したモビルスーツからの襲撃―――――』

 

 

 さらに直撃の衝撃が船を襲う。

 この船には武装は無い。護衛のモビルスーツも。ここは、テイワズの警備が行き届いた安定した宙域であるはずなのだ。

 それが襲撃されているということは………

 

 クーデリアを守るように抱き支えながら、フミタンは船窓ごし――――迫るモビルスーツの一隊を睨むより他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『………いいぜ! 船のエンジンはぶっ壊した』

『護衛のモビルスーツもいない。楽な仕事だぜ。ホントにこれに〝革命の乙女〟ってのが乗ってんのかよォ?』

『おいおい、これはただの〝餌〟だぜ。本命は例の組織――――〝鉄華団〟だ』

 

 推進装置を破壊され、漂流するビスコー級輸送船。

 それを取り囲むように展開するのは、3機のモビルスーツ〝百錬弐式〟が2機と、長距離強襲型〝百里〟が1機。

 

〝百錬弐式〟はテイワズの〝百錬〟を総合的にアップグレードした、圏外圏で手に入る機体の中ではトップクラスの性能を誇る。だが、これほどの改修機はテイワズに関わりのある警備会社や、テイワズが贔屓にするレベルの優れた傭兵にしか供給されていない。

 長距離強襲型〝百里〟もまた、ノーマルの〝百里〟を圏外圏が持てる限りの技術力を駆使してチューンアップした、ベース機のスペックを大きく凌駕する機体だ。モビルスーツをこれだけ徹底的にカスタマイズできるだけの金・人脈・名声を持つ人間は圏外圏広しと言えども10人もいないだろう。

 

 ベルナッツ、グドシー、ロプキンズ。

 圏外圏でも最高峰に位置すると名高い傭兵が3人。

 

 

『行くぞ。――――狩りの時間だ』

『おうよ』

『ちーとは楽しませてもらわねェとな』

 

 

 彼らは、攻撃した輸送船が完全に航行不能状態となっていることを確認。やがて散開し、漂流するデブリの影へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 




特に問題なければ、次話については1/2にて投稿予定となります。
オリキャラ・オリメカ解説についても次話にて投稿予定です。




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7-2.

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 歳星での親子盃の儀から翌日――――――。

 1隻の強襲装甲艦が歳星の宇宙港から発進する。その針路の先にあるのは、火星への宇宙航路。

 

〝イサリビ〟は一路、火星への帰途に就く。テイワズ直系組織への昇格という手土産と、工廠区から受領した1機のモビルスーツと共に。

 

 

 

「………こいつが〝ガンダムサブナック〟か」

「正しくは〝サブナックカラミティ〟なんだそうだ。見ての通り砲撃戦主体のモビルスーツだな」

 

〝イサリビ〟のモビルスーツ格納庫。

 おやっさんの解説を受けながら、オルガは眼前にそびえる1機のモビルスーツの威容を見上げた。青緑を基調としたカラーリングに、両肩部からは大口径のキャノン砲が突き出ている。

壁面のウェポンベイには長大なバズーカ砲と、砲のような構造体を内蔵したシールドが保管されており、このガンダムフレームが火力を徹底的に重視したモビルスーツであるということが嫌でも理解できた。

そして大型の角型アンテナ。同じガンダムフレームである〝バルバトス〟よりもずっと太く、それに長い。さらに後頭部からも角型通信アンテナが1本突き出しており、通信周りも重視された機体であることが伺える。

 

 オルガが手にしているタブレット端末にはこの機体に関するデータが表示されていた。

 機体コードは〝ASW-G-43〟。

 機体名は〝ガンダムサブナック カラミティ〟。

 

「オルガよォ、ホントにおめえ………こいつに乗る気なのか?」

「いざって時にはな。阿頼耶識もついてんだろ?」

「ああ。製造時のシステムがまだ生きてたそうだからな。操縦についちゃ心配いらねえよ。情報量は桁違いだが、最適化しちまえばモビルワーカーと大して変わらねえ」

 

 それを聞くと、「なら問題ねえよ」とオルガはさらにニヤリとした笑みを深くした。その意味を理解できるだけにおやっさん――――雪之丞は怪訝な表情を隠せなかったが。

 

「こいつには俺が乗る。こいつがあれば、前線でもきっちり頭張れるってもんだぜ」

 

 

 宇宙では強襲装甲艦で、地上ではモビルワーカーで鉄華団の指揮を執っていたオルガであるが、強襲装甲艦ではモビルスーツ戦の状況が把握しづらく、地上でモビルワーカーに乗れば万一という際にあまりに脆弱すぎるという悩みを抱えていた。

 

 ナノラミネート装甲で守られたモビルスーツ、それもガンダムフレームならば最前線で指揮を執るのもほとんど差し支えが無くなる。前線に近ければ近いだけ戦況も把握しやすく、より的確な指示を飛ばすことができるはずなのだ。

 それに火力が充実していれば、いざという時に最前線で戦う仲間を直に援護してやれる。

 

 

「………まあ、元々こいつは重砲撃用の機体で、リアクターと機体のシステム上格闘戦は不向きみたいだからな」

「だろ? ま、俺がコイツで戦うことなんざそうは無いだろうがな。なァ、ミカ!?」

 

 オルガが振り返りながら、近づいて来ていた三日月へと呼び掛けた。

 

「うん。前に出て戦うのは俺の仕事だから、オルガに面倒かけないようにするよ」

「頼んだぜ。まあ、ミカがいりゃあそこまで危ねえことには………」

 

 

 その時、非常警報が甲高く格納庫中に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「何事だ!?」

 

 ブリッジへ飛び込んできたオルガ。既にブリッジは警戒態勢に入っており、操舵席にはユージン。火器オペレーター席にはビスケットが配置についている。

 通信オペレーター席についていたメリビットは困惑気味に振り返り、

 

「それが………他船からの救難信号です」

「なに? ここら辺は安全な航路じゃなかったのか?」

 

〝歳星〟の巡航航路周辺は、特にテイワズの警戒が行き届いており、宇宙海賊も、ギャラルホルンすらおいそれと近寄ることは無い。下手にテイワズの行く手を遮ればどのような火の粉を被ることになるのか、いかな荒くれ者でも承知していない者はいないだろう。

 

 その時、ブリッジ正面のメインスクリーンに【SOUND ONLY】の画面が表示され、ノイズ交じりの通信が入る。

 

 

 

 

『―――――ちら、モンターク商か………未確認………攻げ………本船は乗客………デリア・藍那・バーンスタ――――――』

 

 

 

 

「クーデリア!?」

「そういえば、最近火星に戻ってきたってメールが………」

 

 声を震わせるビスケット。「狙いはお嬢さんかよ………!」とオルガは舌打ちを隠せなかった。

 クーデリア・藍那・バーンスタイン。その名は、既に圏外圏中に知れ渡っている。火星ハーフメタルの規制解放を実現した、火星の若き革命家。当然、一般市民のみならず、圏外圏で暴れまわる無法者たちの注目をも集めている。

 

 

「でもクーデリアさんがテイワズと協力していることぐらい知られているはずなのに………」

「話は後だ。とにかく救難信号が出た所に急ぐぞ。――――戦闘準備! ミカも準備させとけッ! テイワズに喧嘩売るような奴らなら並大抵の装備じゃねえはずだ。気合い入れろッ!!」

 

 オルガの号令により〝イサリビ〟は慌ただしく、戦闘に向けて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「おらァッ!〝バルバトス〟をすぐ出せるようにするぞォ!」

 

 声を張り上げるおやっさんに「応―――ッ!!」と整備班の団員が鬨の声を上げる。慌ただしく団員が飛び回る無重力の格納庫において、〝バルバトス〟と〝サブナック〟だけが静かに佇んでいた。

 今、〝イサリビ〟ですぐに戦いに出せるのは〝バルバトス〟だけだ。〝サブナック〟はオルガの機体となるモビルスーツだが、オルガ自身モビルスーツ戦の経験は無い。

それは今、この艦に乗っている他の者も同様だった。鉄華団の戦力の要であるモビルスーツに乗れる昭弘やシノは火星本部に残っている。カケルは地球だ。

モビルスーツ戦となれば三日月一人で戦わなければならないのだ。

 

 素早くパイロットスーツに着替えた三日月は、格納庫の壁を蹴って〝バルバトス〟のコックピットシートへと飛び込む。

 シートをコックピットブロックへと降ろし、モニターを起動すると、慌ただしく出撃準備を終わらせようと奮闘する団員たちや陣頭指揮を執るおやっさんの姿が映し出される。

 

 そしてメインシステム起動と同時に阿頼耶識システムもオンラインに―――――機体情報が〝感覚〟として三日月の神経に注ぎ込まれる。

 歳星で万全の整備を整えられた〝バルバトス〟の様子は順調そのもので、その機嫌の良さに三日月はふと軽い笑みをこぼした。

 

『ミカ! 出れるな?』

 

 コックピットモニターに通信ウィンドウが表示される。ブリッジのオルガが映し出され、三日月は「うん」といつものように頷いた。

 

「すぐに出れるよ」

『頼んだぜ。………どうやらクーデリアが乗った船が襲われたらしい』

「クーデリアが?」

『ああ。歳星に行く途中に襲われたみたいだ。船を襲ったとあれば強襲装甲艦かモビルスーツか………』

 

「どっちでもいいよ。オルガの命令なら、敵は全部潰す」

 

 その決意は、今も昔も変わらない。

 オルガも『その意気だ』とニヤリと笑った。

 

『いつも通り、頼むぜミカ』

 

 それだけ言うと、オルガからの通信は終了した。側面モニターに表示されていた通信ウィンドウは閉じられ、再び外部映像越しの喧騒を映し出す。

 三日月は………出撃準備を終えて手持ち無沙汰の状態でふと、目を閉じた。少しでも体力を温存し、余計なことを考えないためだ。

 それでも、クーデリア―――――その言葉と、彼女が襲われたという事実に、否応なく〝イライラ〟する。

 

 

「………クーデリアの邪魔をする奴も全部潰す。やれるな? 〝バルバトス〟」

 

 

 格納庫内で静かに佇む〝バルバトス〟の双眸が、瞬間的に煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『――――ようやく来たぜェ。〝お客さん〟だ』

 

 ノイズ交じりの通信越しに聞こえてくるのは、グドシーからの耳障りな甲高い声。奴が操るのは長距離強襲型〝百里〟。長大な航続力と加速力、機動力はベースとなった機体を遥かに凌駕する。このデブリが多い宙域でも悠々と飛び回っていることだろう。

 

 通信を受けて、デブリの陰に潜んでいた2機の〝百錬弐式〟も姿を現した。その奥には〝餌〟――――クーデリア・藍那・バーンスタインを乗せたままの輸送船が力なく漂流している。

 女は殺しても構わねえ。依頼人はそうのたもうたが、ベルナッツのような粗野な傭兵でも多少は政治というものを理解している。あの女がテイワズのマクマード・バリストンにとって価値のある女だということ。それを勝手に殺せばいかに依頼人がテイワズの幹部だろうが、そのトップであるマクマードの怒りを買うこと請け合いだということぐらいは。

 

 

 それに、餌は活きがいい方が獣がよく食いつく。

 

 

「行くぞ、ロプキンズ。抜かるなよ」

『言われるまでもねえ』

 

 グドシーが〝探し〟。

 ロプキンズが〝撃ち〟。

 そしてベルナッツが〝斬る〟。

 

 ロプキンズの〝百錬弐式〟が大事に抱えているのは、大型対物狙撃ライフル。ギャラルホルンから流出した技術をも取り入れた、世界にただ一つしかない特大サイズの狙撃用ライフルだ。銃火器ではモビルスーツの装甲を撃ち抜けない、という常識から抜け出すことは叶わないものの、その遠距離狙撃能力はロプキンズの技量も相まって、本物だ。

 

 そしてベルナッツの機体が装備するのは―――――たった一振りの太刀のみ。

 この武器は極めて緻密で繊細な高硬度レアアロイ精錬能力が要求されるため、テイワズの歳星工廠区や、それ以外では極限られた一部の工房でしか製造できない。そして、太刀でモビルスーツを斬る技量を持つ者は、それ以上に希少だ。

 

 その時、メインモニターの端で動きがあった。

 拡大モニターが1機の見慣れぬモビルスーツの姿を捉える。

 

『む。鉄華団がモビルスーツを出してきたぜ』

「例のガンダムフレームだな。〝バルバトス〟とかいう………」

『厄祭戦時代のアンティークだろ? 分捕って高く売りさばこうぜェ』

 

 ロプキンズの〝百錬弐式〟がスナイパーライフルを構える。この距離では致命打にはならないだろうが、いい牽制になる。それに当たり所が悪ければナノラミネート装甲で守られていない装甲と装甲の継ぎ目、あるいは兵装を破壊することも可能だ。

 

「頭を狙え。挨拶代わりにな」

『あいよ』

 

 短い受け答えの直後――――ロプキンズ機のスナイパーライフルが火を噴いた。

 撃ち出された大口径の銃弾は、こちらに接近しつつある〝バルバトス〟の頭部目がけて………

 

 

 刹那、刃の一閃が弾丸を両断。

真っ二つに割られたそれは一瞬、それぞれ二つの軌跡を描いて宇宙空間に消えた。

 

 

『何ィッ!?』

 

 さらに次弾を撃ち出そうとするロプキンズ。

 だが次の瞬間、〝バルバトス〟が背部にマウントされた滑空砲を構え、発砲。

 狙撃用ライフルでもないにも関わらず………超遠距離から正確にロプキンズ機を激しく打ち据えた。

 相方のくもぐった呻き声が通信越しにベルナッツの耳にも聞こえてくる。

 

『ぐ! くそが! この距離で――――!?』

「仕方ねえ、下がれ! テメーは側面から援護しろッ!」

 

 僚機に怒鳴りつけ、ベルナッツは乗機を駆って〝バルバトス〟へと一気に肉薄した。

〝百錬弐式〟の太刀と〝バルバトス〟の太刀が、次の瞬間激しく激突する。

 刃と刃が僅かに擦れあう度、火花が飛び散り――――もしこれが音のある大気圏内なら、互いの駆動部が軋み合っている音も聞こえたことだろう。

 

 直感的に、ベルナッツは自機がパワーで押され始めていることに気が付いた。赤い警告表示ウィンドウがいくつもコックピットモニターに表示される。

 

 

「………たかがアンティークとバカにしてたんだが。これがツインリアクターの力か」

 

 

 獲物は、活きが良ければ良いほどに、狩り潰し甲斐がある。

 ベルナッツは鍔迫り合いを中断し、素早く引き下がって距離を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 クーデリアを乗せた船が消息を絶ったという宙域に差し掛かった途端、〝バルバトス〟はモビルスーツによる襲撃を受けた。

 背後には〝イサリビ〟がいる。

 使えるモビルスーツ戦力が実質〝バルバトス〟のみである以上、ここから先を通す訳にはいかない。

 

「逃がさない………!」

 

 三日月は後退していく敵モビルスーツ目がけ、滑空砲を撃ち放った。

 一撃。

 さらに一撃。

 

 が、敵は急激な回避機動を見せつけ、泳ぐように三日月の射撃を回避していく。

 そうしているうちに、別方向から〝バルバトス〟が狙い撃たれる。阿頼耶識越し、直感的に照準されている危険を感じ取った三日月は、【CAUTION!】の警報が鳴ると同時に素早く機体を宙返りさせて、敵のいやに正確な射線から逃れた。

 

 敵の執拗な狙撃から一時的に身を潜めるため、三日月は近くの小惑星を盾にしつつ、

 

 

「ち。何機いるんだ………?」

 

『三日月! 敵のモビルスーツは3!』

『拡大映像から確認しましたが、………これはテイワズの〝百錬〟では!?』

 

 そういえば。と、ビスケットとメリビットの言葉に、三日月はふと先刻の敵機を思い起こす。何となくどこかで見覚えがあると思ったら………

 回線が開かれたままの通信機から、ブリッジのやり取りが聞こえてきた。

 

 

『〝百錬〟だと………? 固有周波数は拾えねえのか!?』

『無理です団長。おそらく何らかの方法で周波数をジャミングしているようで………』

 

『マズイよオルガ。こっちには三日月の〝バルバトス〟しか………』

 

「オルガが潰せと言った敵は、全部潰す」

 

 ビスケットの声に畳みかけるように、三日月は静かに言った。

 たとえどれだけ相手が強くても、どれだけこちらが不利であったとしても。――――それがオルガの命令なら、どんな敵とでも戦う。どんな相手でも倒す。

「あの日」からずっと、三日月が決めていたことだ。それは今この瞬間も変わらない。

 

 フッ………とオルガが軽く笑った。

 

『頼むぜミカ』

「ああ。――――任されたッ!!」

 

 

 それだけで十分だった。

 小惑星の陰から飛び出した〝バルバトス〟を、またしても正確な射撃が襲いかかる。だが三日月は直感的にその射線を読み取ると、一撃目を紙一重の所で回避し、次いで撃ち出されたもう一撃を――――〝バルバトス〟の太刀で再び真っ二つに叩き斬った。

 三日月は拡大モニターに表示された、遥か彼方の敵機を睨みつける。先ほどの奴とは違う。遠くからチマチマ撃ってくる別の敵モビルスーツだ。

 

「邪魔だな………」

 

 再び滑空砲を構えて発射。だが静止していたはずの敵機は次の瞬間には飛び上がり、手近な岩塊に飛び込んで続けざまに三日月が放った追撃をやり過ごした。

 厄介な相手だ。この手の、潰すのに時間がかかる敵が三日月は嫌いだった。手こずっている間で予想外の動きを見せて、仲間が危険に晒される。

 

 事実、敵モビルスーツ隊のうち2機は捕捉できているのだが――――もう1機、〝バルバトス〟のセンサーはその位置を捉えあぐねていた。捕捉した2機を追跡しつつ、三日月は余念なくコックピットモニターを見回し、3機目の敵の姿を見出そうと………

 その時、

 

 

『うわっ!?』

『下方から敵モビルスーツ接近! 速すぎるっ!』

『何だと!? 対空防御―――――!』

『間に合いませんっ! きゃ………!』

 

 

 振り返ると、後方の〝イサリビ〟の艦腹部で、いくつもの火球が激しく浮かび上がっていた。

 

「〝イサリビ〟が………! ぐっ……!」

 

 すかさず翻って駆けつけようとした三日月だったが、それまでのコースに背を向けた瞬間、背後からライフルによる直撃を食らう。

 大型のライフルを持った敵機が一つ。さらにその背後からもう1機―――――太刀を構えたモビルスーツが〝バルバトス〟に飛びかかってきた。

 太刀同士が激しく激突し、双方退かない鍔迫り合いが繰り広げられる中、大人の男のだみ声が三日月の耳に届く。

 

『――――行かせねえよ。俺らの相手してくれや』

「………邪魔だな。アンタ」

 

 オルガの邪魔をする奴はいつもこんな連中ばかりだ。偉そうで、大人の腕力で三日月のような子供や、弱い奴に言うことを聞かせようとする。

 三日月がやるべきことは決まっていた。

 

 殺す。

 オルガの邪魔をする奴は全員潰す。

 

 三日月は〝バルバトス〟の力任せに敵を押し飛ばし、太刀を横薙ぎに払う。

 敵モビルスーツは素早く後方へと引き下がり、太刀の軌跡はただ虚空を薙ぐだけに終わるが、〝バルバトス〟はメインスラスターを爆発的に噴射させて一気に肉薄、さらに一閃。

 敵機の肩部装甲の一部が斬り飛ばされ、宙を舞って消えた。

 

 

『ち………俺の機体に傷をッ!』

「浅いか………!」

 

 敵の胴を薙ぎ斬るつもりだったのだが、三日月がこれまで相手にしてきた敵の中でも特段に、速い。

 あの………地球で相手にしたガリガリのモビルスーツには劣るが、十分三日月が攻めあぐねる嫌な相手だった。

 さらに太刀と太刀が激突し合う。薙ぎ、打ち込み、刺突を繰り返しても尚、敵モビルスーツは同じスピードで〝バルバトス〟の一撃一撃をかわし、受け止めていくのだ。

 オルガの邪魔をする奴は嫌いだが、こういう………すばしこい奴も同じぐらい三日月は嫌いだった。これでは、オルガの邪魔をする奴を潰すという役目を果たすことができない――――――。

 

 

 そうしている間にも、また背後の〝イサリビ〟の周囲でいくつもの火球が浮かび上がった。

 

「―――――ッ!」

『よそ見するとはッ!』

 

 一瞬の隙を逃さず、迫る敵機。

〝バルバトス〟はその胸部コックピット目がけて太刀を突き出す。敵の急加速も相まって、刃の切っ先が敵の胸部に吸い込まれ………

 だがその直前、〝バルバトス〟の太刀が敵機を貫くその寸前に―――――敵モビルスーツのマニピュレーターが、その両掌を合わせて刃を受け止めていた。

 

 否応なく、太刀を保持した〝バルバトス〟の動きが止まる。

 そして、それを見逃さなかった敵がもう1機いた。

 

『俺のこと、忘れんなよなァ?』

 

 いつの間にか側面に回り込んでいたもう1機の敵。

 それが構える大型のライフルが火を噴いた次の瞬間、太刀の刀身部分に弾丸が直撃する。

 モビルスーツのフレームをも両断できるモビルスーツ用太刀は、実は側面からの攻撃には異様なまでに脆い。

 

〝バルバトス〟の太刀は、その瞬間、真っ二つに砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 敵モビルスーツ――――〝百里〟型が矢継ぎ早に撃ち出してくる110ミリ弾、それにミサイルの数々に、〝イサリビ〟のブリッジは幾度も激しく揺さぶられた。

 

 

「上部甲板に被弾! 被害ブロックの隔壁閉鎖します!」

「弾幕はどうした!?」

「〝百里〟みたいな相手じゃ艦の対空砲じゃ追いつけない! せいぜい近づけないようにするしか………」

 

 

 その時、再び敵機からの砲弾が直撃。艦首装甲で激しく着弾の火花が散った。

 ブリッジのメインモニターに一瞬、悠々と離脱していく〝百里〟の姿が映し出される。その光景にオルガは思わず歯噛みした。

 

「ち………っ!」

「せめて三日月が戻ってくれば………」

「〝バルバトス〟は他の敵機2機に捕捉されているようです。現在交戦中」

 

 こうまでミカが戻ってこないとなると………敵はおそらく相当の手練れだ。〝バルバトス〟と〝イサリビ〟を分断し、各個に撃破する。モビルスーツの火器程度では艦の装甲は撃ち抜けないと言われてはいるが、当たり所が悪ければどうなるかは分からない。現にカケルはドルトコロニーでの戦いで敵のハーフビーク級を沈めてみせた。

 

 このまま何もしなければ完全なる手詰まりになる。

 オルガは、艦長席から立ち上がると背後のドアへと飛んだ。

 

「お、オルガ!?」

「悪ぃビスケット。ユージン、艦の指揮は任せるぞ。―――――俺が〝サブナック〟で出る」

「はァ!?」

 

 

〝イサリビ〟にはまだモビルスーツがある。

 ガンダムフレーム〝サブナックカラミティ〟なら、敵機をこの艦から引き剥がせるはずだ。

 

「ちょ、ちょっと待てオルガ! この状況で………ぐあ!?」

 

 思わず操舵席から立ち上がって押し留めようとしたユージンだったが、〝イサリビ〟は再び直撃を食らいブリッジが上下に激しく震動する。「やるしかねえだろうがッ!」とオルガは有無を言わさずにブリッジから飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「へ! これが噂の鉄華団かァ? チョロいもんだぜ!」

 

 幾度となく敵――――鉄華団の強襲装甲艦相手に〝百里〟の100ミリライフル弾を直撃、ヒット・アンド・アウェイを繰り返しつつ、グドシーは未だこちらに有効打の一つも与えられていない敵艦をせせら笑った。

 モビルスーツの護衛なしでは、いかに今をときめく鉄華団の強襲装甲艦であろうと、この〝百里〟にとってはただのデカい的だ。速力が取り柄の、この長距離強襲型〝百里〟を前に、ノロノロと対空防御を繰り返すだけだ。

 

 

「向こうはまだやってんのか。………ちっ、宇宙ネズミの一匹ぐらいさっさと片付けろよな」

 

 

 遠くで戦闘による閃光が何度も瞬く。鉄華団のモビルスーツは、意外としぶといようで、性格はアレだが腕は確かなベルナッツとロプキンズが二人がかりで、また仕留められていないようだった。

 

「こっちはこっちで………やっちまうか」

 

 どうやら当たり所が悪かったらしく、艦体の一部から煙を吐き出し始めた鉄華団の艦。

 グドシーはニヤリと笑みを浮かべて、敵艦から距離を取りつつあった〝百里〟を一気に翻らせた。

 敵艦からの対空砲火が容赦なく浴びせかけられるが、どれも〝百里〟の挙動を追いきれていない。それを悠々と回避しつつ、至近距離から〝百里〟両側にマウントされた100ミリライフルを発射。

 

 推進部を狙い、これを壊してしまえば敵艦は動きを止める。後は対空砲を潰しつつ死角からチマチマ撃っていけば、如何に艦船のナノラミネート装甲と言えども無事では済まない。戦いの主導権は完全にグドシーの手に………

 

 

―――――が、その時。敵艦の下部で何かが動いた。

 

 

「あァ? ………カタパルトか?」

 

 拡大モニター越しに、敵艦下部のカタパルトレールが展開しつつあるのが見えた。事前情報では使えるモビルスーツは1機だけだと聞いていたのだが。隠し玉でもあったのだろうか。

 

「………丁度いいぜ。好都合だ」

 

 敵の弾幕、その軌跡を高機動で弄びながら、グドシーは再び下卑た笑みを見せた。

 スロットルレバーを一気に押し込んで急加速。〝百里〟は最大速度で一気に敵艦の腹部に回り込む。

 そこに―――――モビルスーツを吐き出すために開かれたハッチが、大きく口を開けていた。

 ここに砲撃を打ち込めば、その破壊と炎は容赦なく艦内を駆け巡るに違いない。外部からの攻撃には強靭な強襲装甲艦も、内側からの破壊には案外無防備だ。

 

 開かれたハッチの前で急停止する〝百里〟。

 ノロノロと敵の主砲がこちらへと旋回するが、もう遅い。

 

 

「バカなガキ共だぜ」

 

 

 嘲笑したグドシーはトリガーに指を………

 その時だった。

 

 

【CAUTION!】

 

 

「な――――――ッ!?」

 

 前方コックピットモニター、それにグドシーの視界に飛び込んできたもの。それは、

 モビルスーツですら質量で容易に潰せるだろう巨大なメイス。

 静止していた〝百里〟がメインスラスターに点火し急速離脱を図る………が、もう遅い。

 次の瞬間、凄まじい衝撃と金属が潰れ抉れる嫌な衝撃音が襲いかかる。一瞬にして〝百里〟のコックピットを無数の警告が彩った。

 

【DAMAGE!】

【右スラスター:損傷大 使用不可】

【頭部損傷:センサー有効稼働率 74%】

【スラスターガス漏出中】

 

「ち………な、何だってんだ一体………!?」

 

 ヨロヨロと機体を引き下がらせながら、グドシーは激しくノイズが走る前方コックピットモニターを、怒りと恐慌で血走った目で睨んだ。

 敵強襲装甲艦のカタパルトハッチから、ゆっくりと1機のモビルスーツが這い出てくる。青緑を基調としたカラーリングに、両肩から突き出す巨砲。さらに携えているのは、これもまた巨大なバズーカ砲。シールドのようなものを保持しているが、そこからも2門の小型砲らしきものが備えられている。ふざけている、としか形容しようがない、途方も無く火力編重の機体だ。

 

 そのモビルスーツの、頭部ツインアイが瞬間的に煌めく。

 

 

 

 

『――――そォら、落ちやがれェッ!!』

 

 

 

 

 両肩の巨砲が真っ直ぐ〝百里〟を捉え、刹那、砲撃の閃光がグドシーの視界を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「ち………!」

 

 一振り目の太刀が砕かれた後、三日月はもう一振りの太刀を抜き放って、同じような太刀を構える敵機目がけて斬りかかった。

 が、敵機は〝バルバトス〟の一撃を受け止め、動きが止まったところをもう1機の敵が撃ちかかってくる。滑空砲で牽制する暇すら与えられない。

 

「しぶとい………!」

『そっくりそのまま返してやるよ。その言葉』

『俺ら2機相手によくやるぜ。流石は鉄華団の〝悪魔〟だな』

「?」

 

『知らねえのか? お前さん、傭兵界隈じゃ結構有名なんだぜ? ギャラルホルンをメタクソにぶっ潰した〝白い悪魔〟ってなァ』

『そんな悪魔をぶっ倒せば、俺らの格もさらに上がるってモンだぜ!』

 

 通信越しにそう言いながら、2機の敵機が目まぐるしく〝バルバトス〟の周囲を飛び回る。

 矢継ぎ早に撃ち出される射撃を、三日月はすんでの所でかわし続けるが、巨大なライフルを構えた1機が撃ち出した一撃が、〝バルバトス〟の頭部に直撃する。

 

「く………!」

 

 コックピットモニターに瞬間的にノイズが走り、太刀を構えて迫る別の1機への対応がワンテンポ遅れてしまった。三日月は〝バルバトス〟の太刀を振り上げるが、推力全開で突っ込んできた敵機に押し負けてしまい、後ろから前へと流れる凄まじい荷重が三日月に襲いかかってきた。

 背後に岩塊が迫る。

 昭弘か、シノか、それかカケルがいれば、ライフルを持った1機の相手を頼んでこの1機だけに集中できるのだが………。

 

『そろそろ終わりにしてもらおうか?』

「俺を倒したら、あんたらは〝イサリビ〟をやりに行くんだろ?」

『悪いが、それが戦いってモンだ。傭兵はそれで金を貰ってる。お前さんだって分かってるだろう?』

 

「………オルガの邪魔は絶対にさせない」

 

『見上げた忠誠心だが傭兵には不要だなッ!!』

 

 数秒後には〝バルバトス〟は岩塊に叩きつけられる。

〝バルバトス〟は全スラスターをフルパワーに抗うが、初期の推力差を埋めるには………もう時間が無い。離脱しようにも鍔迫り合いを緩めれば、そのまま斬り込まれる。

 

 だがこのままだと――――――。

 

 その時、〝バルバトス〟を全速で押し込んでいた敵機の背後で、爆発の火球が沸き起こった。

 そしてその衝撃は、敵機のバランスを崩すに十分だった。フルパワーで直進していたことが仇となり、次の瞬間、敵は明後日の方角へ錐もみしながら吹き飛んでいく。

 

 

『うおおおッ!?』

「あれは………?」

 

 

 つい最近見覚えのあるモビルスーツが〝バルバトス〟へと近づいてきた。〝イサリビ〟の格納庫で〝バルバトス〟の隣にいた機体だ。

 それは確か、

 

『待たせたな、ミカッ!』

「オルガ? それ………」

 

 

 

『ああ。ガンダムフレーム―――――〝サブナックカラミティ〟だ!!』

 

 

 

 青緑のガンダムフレーム、その両肩の巨砲が咆える。

 その砲撃は遠距離から三日月らを狙撃しようとしていた大型ライフル持ちの敵機周辺で炸裂し、爆発の炎から敵機がヨロヨロと離脱していった。

 

「あいつら、結構強いよ」

『ミカが苦戦するなんてな。面倒な相手もいたもんだぜ。………ほらよ』

 

 オルガの〝サブナック〟が、その背部にマウントしてあったバトルメイスを保持し、〝バルバトス〟へと流し渡してくる。

 久々のメイスだ。モビルスーツのフレームを斬れるという点で太刀も悪くないが、こういう武器の方が三日月にとってはしっくりくる。

 

 再び、敵機接近の警報がコックピットに響く。態勢を立て直した敵が、またしても〝バルバトス〟そして〝サブナック〟目がけて飛びかかってきた。

 

 

「オルガは無理しないで」

『ああ。前は頼んだぜミカ。………構うこたねえ、ぶっ潰せ!!』

 

 

 オルガの命令に、三日月は自分の力が得て増していくのを感じた。

 太刀を振り上げて襲いかかる敵機目がけ、三日月は躊躇なくメイスを叩き込む。太刀で受け止める自信があったのだろうか、だが三日月が繰り出した一撃の方が、重く鋭い。

 刹那、敵機が構えていたモビルスーツ用太刀は、捻じ曲がり、次の瞬間にはへし折れた。

 

『ちぃ………!』

「こっちの方が戦いやすい………な!」

 

 さらにバトルメイスを振り回すが、そこは急速に距離を取られてしまい空振りに終わる。だが三日月は全速力でそれを追いかけた。

 一方の〝サブナック〟は、大型ライフル持ちのもう1機と撃ち合っている。敵の狙撃は正確だが、シールドを保持し、なおかつ頑強なガンダムフレーム相手に攻めあぐねているのが、離れた三日月からでもよく分かった。

 

 

『おらおらァッ!!』

 

 

 またしても〝サブナック〟から砲火が走る。両肩の巨砲、構えたバズーカ砲が矢継ぎ早に火を噴き、猛烈な砲火は容赦なく敵機へと殺到する。爆発の火球が何度もその周囲で沸き、次々繰り出されるその猛火を前に敵はデブリや岩塊を盾にしながら逃げ続けるより他ない様子だった。

 

 これなら、三日月は目の前の1機に集中できる。

 三日月は全神経を眼前の敵に集中させ、一気に敵に急迫すると別の太刀を抜いた敵機目がけてあらん限りのパワーで打ちかかった。

 

 

 

 





【オリメカ解説】

・ASW-G-43〝ガンダムサブナック カラミティ〟

厄祭戦時代に製造された72機のガンダムフレームの1機。
民間警備会社マーズファングより賠償金として接収し、歳星にて整備と大幅改修が行われ、機体本来の砲撃戦用モビルスーツとしての機能を取り戻した。

エイハブ・リアクター直結のロングレールガンを両肩部に備え、さらに闇市場に流れた〝グレイズ〟用の320mmバズーカ、シールド内蔵パイルバンカー等、化け物じみた圧倒的火力を誇る。
基本的に最前線での陣頭指揮を主眼に置いたモビルスーツであり、頭部アンテナも大型化し通信機能が強化されている。

名称の〝カラミティ〟は、地球出立前のカケルの強い意向から実現した。

(全高)18.25m

(重量)41.1t

(武装)
背部ロングレールガン×2

320mmバズーカ
シールド内蔵型パイルバンカー
近接戦用コンバットナイフ

※バトルメイス(〝バルバトス〟の装備を借用したもの)


----------------------------------

・STH-05-2〝百錬弐式〟

テイワズ製汎用量産モビルスーツ〝百錬〟の改良型。
操作性・整備性を度外視しスラスター出力の強化、新型火器の搭載の他、最高純度の『木星メタル』をフレーム・各種部品に使用することでシングルナンバー機を凌駕する高性能モビルスーツとして一つの完成形を見た。
ガンダムフレームに匹敵するほどの超高価、希少なモビルスーツであり圏外圏最高峰のモビルスーツ傭兵である2人……ベルナッツ、ロプキンズしか保有していない。

テイワズ最新鋭の火器の他、取扱いに高度な熟練度が要求される〝斬太刀〟を装備しており、〝バルバトスラーミナ〟装備の重斬太刀と同様に習熟した者が扱えばモビルスーツのフレームをも容易に両断できるとされる。

(全高)
18.2m

(重量)
34.9t

(武装:ベルナッツ機)

斬太刀×1
ナックルガード×2


(武装:ロプキンズ機)

大型対物狙撃ライフル×1
ナックルガード×2



----------------------------------

・STH-14s 長距離強襲型〝百里〟

テイワズ製モビルスーツ〝百里〟をベースに大幅な改良を施した機体。
試作型の最新スラスターの他、センサー類、バックパックもより大容量かつ大出力に対応できるものに換装され、全体的な性能の底上げが図られている。だが強引な性能向上の結果、操作性に難点を抱えることとなり乗り手に高い技量を要求する機体として仕上がっている。

〝百里〟としての標準兵装である110ミリライフルの他、バックパック上部に対艦ナパームミサイルランチャーを装備しており、長距離偵察・対艦強襲戦において猛威を振るう。
圏外圏でも名高い傭兵の一人、グドシーの愛機。


(全高)
18.5m

(重量)
34.1t

(武装)
110ミリライフル×2
対艦ナパームミサイルランチャー×2
ナックルガード×2

----------------------------------


【オリキャラ解説】

ベルナッツ

出身:木星圏
年齢:37歳

テイワズの新鋭モビルスーツ〝百錬弐式〟を操る傭兵。〝ベルナッツ〟の名は偽名で、本名は不明。
太刀による近接戦を最も得意とし、圏外圏でも指折りの実力を誇る。指揮官としても優れており、同じく歴戦の傭兵であるグドシー、ロプキンズのリーダー格として采配を振るう。
テイワズのさる大物に雇われ、鉄華団へと牙を剥く。


(原作では)
登場無し。



-----------------------------------------------------------

ロプキンズ

出身:火星
年齢:40歳

テイワズの新鋭モビルスーツ〝百錬弐式〟を操る傭兵。〝ロプキンズ〟の名は偽名で、本名は不明。
専用の大型ライフルによる狙撃を最も得意とし、圏外圏トップクラスの傭兵として名高い。精緻な狙撃センスに比して粗野な性格で、専らベルナッツの相方として活動する。
ベルナッツ、グドシー同様にテイワズのさる大物に雇われ、鉄華団へと牙を剥く。


(原作では)
登場無し。


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グドシー

出身:木星圏
年齢:35歳

専用カスタマイズ機である長距離強襲型〝百里〟を操る傭兵。〝グドシー〟の名は偽名で本名は不明。
偵察・情報収集・〝百里〟を用いた奇襲や高機動戦を得意とし、専らベルナッツやロプキンズと組んで活動しているが、単機でも圏外圏トップクラス級の実力を誇る。鉄華団がいずれ商売敵となると踏んでおり、叩き潰す機会を窺っていた。
ベルナッツやロプキンズ同様にテイワズのさる大物に雇われ、鉄華団へと牙を剥く。

(原作では)
登場無し。

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すいませんが次話についてはまだ完成していないので、できあがり次第投稿したいと思います。


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