泥の錬金術師 (ゆまる)
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泥沼

「おい、聞いたか?焔の錬金術師がこの辺まで来てるんだと」

 

とある集落の家の中で、褐色肌の男たちが円になって地に座っている。

 

「焔の……って1人でハロン地区を落としたっつーあのバケモンか!?ど、どうすんだ!ここにはまだ逃げきれていない老人と子供がいるんだぞ!」

 

「ああ、おしまいだ……」

 

赤い目を見開き、頭を抱える男たち。焔の錬金術師とは、爆炎を操る錬金術師。指を鳴らすだけで、離れた場所にいようが関係なく燃やされる。すでに何百人、下手をするともっと、焔の錬金術師はこの男たちの同胞を焼き殺していた。

 

「ヤケになるな!光明はまだある!」

 

しかし1人の男が立ち上がり、拳をぐっと握る。

 

「なんだ?あのバケモンを殺す手立てでもあんのか?」

 

「ああ、なんでもあの錬金術師……雨だと爆発を起こせないらしい」

 

「なんだと!本当か!?」

 

「ああ、実際昨日も今日も爆発を見たという話は聞かない。信憑性は高いだろう」

 

昨日から降り続けている雨のおかげで、軍は火薬をあまり使ってこない。素手での戦いを得意とするこの褐色肌の民族にとって、これは追い風とも言えるだろう。

 

「それが本当なら……」

 

「ああ、これは好機だ」

 

「仕留めれば、軍にとっては大きすぎる痛手になるだろうな」

 

先ほどまで消沈していた男たちの顔は明るくなり、皆次々と立ち上がった。その目に宿るのは、憎しみ。同胞たちを焼いた化け物に、自分たちを追い詰めている軍隊に、血の鉄槌を下してやるという決意。

 

「奴も自陣の奥に引っ込んでるだろうが、だいたいの場所の見当はついている。俺たちで一斉に突っ込めば、充分に可能性はある」

 

「ああ、このままここで死を待つよりは、ずっといい……」

 

「よし、奴らに目に物見せてやる……!!」

 

「「「我らにイシュヴァラ神の加護を!」」」

 

皆が作戦を練るためにもう一度座ろうとして……

そして、男たちが()()()。比喩ではない。

地面に足がズブズブと飲まれているのだ。

硬かったはずの地面がいつの間にか泥のように柔らかくなっていた。

 

「な、な、なんっだこりゃあ!?」

 

「雨のせいか!?」

 

「雨で地面がこうなるわけねぇだろ!」

 

「とにかく引き抜けぇ!!」

 

当然黙って沈むわけにはいかず、足を必死に引き抜こうとする。

しかしぬかるんだ地面はまるで底なし沼のように男たちの足を離さず、既に腿まで飲み込んでいる。

 

「くそ!だめだ!」

 

「どうなってんだぁ!!」

 

「何か、何か掴めるものは……」

 

周りを見渡した男が息を飲む。

地面に沈んでいるのは男たちだけではなかった。

部屋の隅にあったツボ、食器、食料は、もはやそれがあったという形跡もなかった。

そこでようやく気づく。

建物ごと沈んでいるのだと。

 

「この、家全部……沈んでやがる……」

 

「はぁ!?この下の地面全部泥になったってことか!?んなバカなことがあるか!!!」

 

「…………自然現象じゃありえない、ということは人為的なものか」

 

「人為的ってそれこそありえるか!!家の下の地面を丸々作り変えるなんて出来るやつがいるとでも……………おいまさか!!」

 

「……国家、錬金術師……!!」

 

泥はもはや、男たちの顎下にまで達していた。

 

「くそ、くそくそくそ!!バケモンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

その叫びを最後に、男たちの姿は見えなくなった。

 

 

ーー

 

 

「いやはや、さすがは国家錬金術師殿ですな!!こんなに早く制圧してしまうとは、あの焔の錬金術師にも勝るとも劣らない…」

 

「……なぁ、これで仕事はしただろ?帰っていいか?」

 

「え?ええ、ええ!しばらく本陣で待機せよ、とのことです!」

 

「んじゃ帰るわ。報告はまかせた」

 

そう言い残して去っていく男を尻目に、兵士たちは数分前まで集落が()()()場所を見やる。

 

「いや、しかしマジでとんでもないな。焔のといい、紅蓮のといい、国家錬金術師てのはみんなこんな規格外れなのか?」

 

「さぁな、少なくともこの芸当はあの人しかできんのだろう。なんせあの人の二つ名は

 

 

 

 

『泥の錬金術師』

 

 

 

 

だからな」

 

兵士たちの視線の先には、集落全てを飲み込んだ、巨大な沼が出来ていたのだった。

 

 




初めまして。初めて筆をとらせていただきました。
ハガレンを読み返していたら感情が高ぶってしまい、書き始めてしまいました。
頭に浮かんでるシーンを文字にするのってすごく難しいですね。
連載してる人たち皆尊敬します。
すでに心は折れかけていますが、頑張ります。


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予定

昼下がり、雨が降る町で2人の男が走り回っていた。

1人は褐色銀髪、サングラスをかけた男。額にバツ印のような傷がついている。

もう1人は、白シャツの上から薄緑のジャケットを着た、黒髪の若い男だ。名を、マーシュ・ドワームス。

 

「大人しく裁かれろ!泥の錬金術師!!」

 

そんな言葉とともに、褐色の男が右手を振るう。

 

「裁かれるわけないだろアホか!!」

 

そう返しながら、マーシュが横っ飛びでかわす。

傍から見ると、ただ褐色の男がマーシュを捕まえようとしているだけのように見えるが、実際はマーシュの命がかかっているのである。

褐色の男の右手は触れたものを問答無用で破壊するらしく、掠ることすら許されない。

 

「なーんでこんなことになっちゃったかなー……」

 

マーシュが、全力で走りながら呟いた。

 

 

ーー

 

話は数十分ほど前に遡る。

マーシュは町の通りを、ホットドッグをかじりながら歩いていた。

目的は特になく、ブラブラと町を散歩していたのだ。

 

(あ、雨降ってきた……。どっかで雨宿りすっかなー)

 

適当な珈琲屋にでも入って、今日ものんびりと時間を過ごそうか。

そんなことを考えながら、良さげな場所を探していると、

突如近くから悲鳴があがった。

 

反射的にそちらを見ると、褐色銀髪の男が軍人の頭を掴んでいる。

軍人からは一目で致死量とわかる血が顔中から溢れており、どう見ても下手人はあの褐色の男だった。

 

(白昼堂々殺人……。関わらないのが吉だな、うん)

 

即座にそう判断したマーシュは来た道を引き返そうと踵を返す。

ここで宿屋に帰れたのなら、今日の彼の残りの予定はベッドでゴロゴロするだけになるはずだったのだ。

 

背中を向けたマーシュに後ろからぶつかったのは、小柄で赤いマントを纏った金髪の少年。

そして、それを追いかけてくる大きな鎧、続いて褐色の男。

 

「わりぃ、大丈夫かアンタ!?にゃろう、こんな街中でおっ始めるかフツー!?」

 

おそらく褐色男から逃れるために走っていたのだろう。小柄とはいえ、不意打ち、そしてかなりのスピードでぶつかられたためマーシュは前のめってべしゃりと転んでいた。

 

「あー、いや、大丈夫だ。それより早く逃げたほうがいいんじゃないか?」

 

くるりと仰向けになり、顔を向けてマーシュが言う。あの殺人鬼のターゲットはおそらくこの少年。気の毒ではあるが、早くどっかに行ってくれという気持ちでいっぱいだった。

 

「ほんとにわりぃ!!」

 

「兄さんがすみませんでした!!」

 

そう言い残して少年と鎧が猛スピードで駆けていく。

続いて褐色の男もそれを追いかける……はずだった。

 

褐色の男が、道の真ん中であぐらをかいているマーシュの前でピタリと止まる。その目は、マーシュの顔を凝視していた。

ちなみに雨の中なので、マーシュはパンツまでビショビショである。

 

「貴様……まさかマーシュ・ドワームスか?」

 

「……いやぁ人違いだろう。俺はアックァ・ウォルター、しがない配管工さ」

 

「いや、貴様の顔を見紛うはずもない。貴様は、国家錬金術師、マーシュ・ドワームスだな!?」

 

咄嗟に適当な名前と職業を言ったマーシュだったが、通じなかったらしい。嫌な予感がビンビンしつつマーシュはゆっくりと、あぐらを解き、すぐに走り出せる体勢へと変える。

 

「ハッ、ハハハッ!!今日はなんと良き日か……!あの、泥の錬金術師を神の御元へと送ることが出来るとは!!」

 

言い終わるや否や、褐色の男がマーシュに右手を伸ばす。

しかし逃走体勢を整えていたマーシュには届かず、右手は空を切る。

 

「大人しく裁かれろ!泥の錬金術師!!」

 

「裁かれるわけないだろアホか!!」

 

かくして、彼の今日の予定は命がけの鬼ごっこに変更されたのだった。



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逃走

「ちょ、ストップストップ!話せばわかる!」

 

雨が強くなってきた街中、絶賛逃走中のマーシュ。

褐色男が振り回す右手を、しゃがんで、跳んで、体を逸らして、走って、躱す。先ほど憲兵を殺したときの様子と、この褐色男の挙動を見るに、おそらくこの右手に触れるだけでアウトだ。

さらにこの褐色男、そこらの軍人よりよほど強い。

そんな男の猛攻をかわし続けているマーシュも異常なのだが。

 

「やめろー!こんなことして何になる!お前も本当は心優しい人間なんだろう!?帰っておっかさんに孝行してやれよぉ!」

 

そしてかわしながらも相手へ話しかけるのをやめない。話しかけるというか、挑発というか。マーシュが言葉を発する度にただでさえ険しい褐色男の顔が修羅の如く変容していく。怒りが倍増どころか四倍増だ。

しかし頭に血が上ったためか、その攻撃は段々と単調になっている。ただ急所を右手で狙うだけなら、先ほどよりも御しやすい。

そのためにマーシュはわざと相手を煽るようなことを言い続けたのだ。

 

「ダメか……。言葉による説得は諦めたほうがいいのか」

 

そのためにわざと相手を煽るようなことを言い続けたのだ。きっと。

 

「しゃーねー、いい加減こっちも体力切れそうだし、ここで一発決めてやるか……!」

 

そう言いながら褐色の男をマーシュは睨みつけ、地面に手をつく。

まだ褐色の男にも理性は残っていたようで、不穏な空気を感じて一度距離を離した。

 

「……来るか」

 

「へっ、勘がいいな!そんじゃ行くぜ!」

 

にやりと笑ったマーシュは、そのまま裏路地に飛びこんだ。

彼の秘技、『何かすると見せかけて逃走ダッシュ』である。

 

「なに!?」

 

「あーばよぉ!ご縁があったらまた会おうぜ!」

 

裏路地はすぐ突き当たりになっており、マーシュの眼前には高い壁が立ちふさがる。

だが、この程度の壁、マーシュには関係ない。自他共に認める運動神経の良さで、ひょいひょいと壁のくぼみや傷に手をかけ登っていく。

そう、この程度の壁、マーシュには関係ない。普段ならば。

 

生憎と、今日は土砂降りの大雨だ。雨に濡れた壁を、普段通りのスピードで登ろうとすれば。

もたらす結果は、想像通りである。

 

「……………………ご縁、あったなー」

 

足を滑らせてべしゃりと落ちたマーシュは、こちらを追いかけてきた褐色の男とまたご対面していた。

 

「……なぜ錬金術を使わない。その気になれば、俺から逃げ切ることも、なんなら殺そうとすることも出来たはずだ」

 

「なんのことかねぇ。俺は非力な一般市民だぞ。殺すとか物騒だな」

 

「使わぬというならそれでいい。好都合だ。我らが神の御元へ、お前を送ろう」

 

そして褐色の男の右手がマーシュへと近づき……

 

地面から突然生えた岩の手に弾かれた。

 

 

「てめえの狙いはオレじゃねぇのかよ、スカー!!」

 

裏路地の入り口には、先ほどの金髪少年が立っていた。



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結成

「おいおいお前ら、せっかく殺人鬼から逃げられたってのにまた戻ってきたわけ?自殺志願者か?」

 

信じられないものを見たという顔で、マーシュが金髪少年に問う。

 

「生憎と無関係の人間に殺人鬼なすりつけて平気な顔していられるほど図太くないんでね!」

 

「いつまで経ってもスカーが追いかけてこないんで、不思議に思って引き返したんです。そうしたら、さっき兄さんがぶつかった人が襲われてて、助けなきゃ、って……」

 

なんということだろう。マーシュはまた目を見開く。つまり、彼らは何のメリットもなしに殺人鬼のもとへ舞い戻ってきたのだ。ただぶつかっただけの人間が心配だ、という理由のみで。先ほどの地面からの手を見るに錬金術師ではあるのだろうが、それでもこの殺人鬼と戦うのはリスクが高過ぎるはずだ。

マーシュは素直に感じたことを口に出した。

 

「バッカだなー!」

 

「なにおう!?」

 

「だけどまぁ……ありがとう、助かった」

 

ニカッと笑うマーシュに、金髪の少年も毒気を抜かれたかのように苦笑する。

 

「鋼の錬金術師……。貴様もいずれ破壊するが、この男が先だ。邪魔をするなら排除する」

 

「殺されるってわかってて黙って待つかよバーカ!テメーを先に牢屋にぶち込んでやる!」

 

スカーと呼ばれた男が少年をギロリと睨みつけるが、少年は意にも介さず中指をビッと立てた。

 

「……いい度胸だ」

 

金髪少年が両手を合わせ、地面に手をつくとそこからまた土の手が出現し、スカーへと殴りかかる。

しかしスカーは右手の一振りだけでそれを破壊すると、金髪少年へと突っ込んだ。

 

「いぃっ!?」

 

「俺もいるってのをお忘れなく!」

 

その声とともにスカーの背後から何かが飛んでくる。スカーは素早く反応し、その何かを破壊した。が、その瞬間悪臭が周囲に広がる。

路地裏の隅に置いてあったゴミ袋をマーシュは投げつけたのだ。

何が入っていてどれくらいの時間が過ぎていたのかは神のみぞ知る。

ただ、スカーの様子を見るにあのゴミ袋はかなりの()()()だったようだ。

 

「ぐっ……!」

 

あまりの悪臭にスカーが左手で鼻を押さえながら後ずさる。

そしてそれは、明確すぎる隙だった。

 

「ナイス!!」

 

ニヤリと笑った金髪少年が、鎧と一緒にスカーに蹴りを入れる。

さらに畳み掛けるように、金髪少年がまた両手を合わせ、スカーの足元の地面から土の手を出し、捕まえようとする。

スカーはよろめきながらもそれを右手で破壊し、マーシュと金髪少年、鎧が視界に入るように陣取った。

 

「……今一番厄介なのは鋼の錬金術師、貴様のようだな」

 

「そりゃドーモ」

 

「両手を合わせて輪を作り循環させた力で錬成しているのか……。ならば、まずはその腕……」

 

スカーが右手を地面につくと、一気に土煙があがる。おそらく地面の破壊の応用だろう。

そして、金髪少年の視界に突然スカーが現れる。

 

「や、べっ…!」

 

「貰い受ける!!」

 

咄嗟に突き出した金髪少年の右腕と、スカーの右腕とが衝突し、お互いに弾かれた。

 

「何!?」

 

金髪少年の右腕は無事だった。赤いマントがはだけた下から見えた彼の右腕はどうやら鋼の腕、いわゆる機械鎧であり、そのおかげで難を逃れたようだ。

 

「鋼の義肢か……」

 

呟いたスカーの背後から、また何かが飛んでくる。今度はゴミ袋ではない。マーシュの蹴りだ。

 

「ぐお!」

 

金髪少年の右腕に気をとられていたスカーはもろにそれを喰らい、吹っ飛ぶ。

 

「おいおい結構ビビったじゃねーか!お前らが死んだら死んだで俺の寝覚め悪くなるだろ!」

 

すれ違った程度の人間が殺されても特に何とも思わないが、自分をわざわざ助けに来た人間が殺されたら流石に心が痛む、とマーシュはぶつぶつと呟く。

 

「兄さん大丈夫!?」

 

「あ、ああ、大丈夫だ。どうやらアイツ、生体破壊と物質破壊を使い分けてるみたいだ」

 

「ほーう、要は人体と物を一緒に攻撃できないってことかね……。お前ら、名前は?」

 

「え?ああ、エドワード・エルリックだ」

 

金髪少年は、鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。

 

「弟のアルフォンスです」

 

大鎧は、アルフォンス・エルリック。弟さんデカいな、とマーシュは思いながら拳を2人に向かって突き出した。

 

「エドに、アルな。俺はマーシュ・ドワームス。んじゃあいっちょ、一緒にあの殺人鬼に一発かましてやろうぜ」

 

「……おう!」「はい!」

 

2人の拳がマーシュの拳と合わさる。

ここに、殺人鬼被害者共同戦線が張られたのだった。



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共闘

マーシュがエドワードとアルフォンスに何か耳打ちすると、エドワードが地面に手をつき、スカーとの間に大きな石壁を作った。

現在、袋小路でスカーが入り口側、マーシュたちが行き止まり側にいるので、逃げる時間稼ぎにはならない。

あるいは、先ほどのマーシュのように壁を登って逃げようというのか。

それを阻止しようと、スカーはすぐに石壁を破壊して突っ込んだ。

しかし破壊した石壁の先にいたのはマーシュとアルフォンスのみ。

マーシュは行き止まりの壁に手をかけ、アルフォンスは地面に錬成陣を描いている最中だ。

 

鋼の錬金術師を逃したか、と歯噛みしかけたスカーの頭に突然衝撃が降ってくる。スカーがぐらつく視界で捉えたのは、華麗に着地するエドワードの姿だった。

壁の横には先ほどまではなかったはずの階段が出来ており、おそらくそこを登ってスカーの頭上から急襲したのだと予測できた。

 

「おのれっ……!」

 

スカーはフラフラとよろめき、壁に手をつく。

それを好機と見たエドワードが畳み掛けようとスカーに向かっていった。

 

「待てエド!」

 

それを制止するマーシュ。だが、それは少し遅かった。

スカーがついている手は右手だ。

壁に対して破壊が発動され、まるで雪崩のように瓦礫がエドワードの頭上に降り注いだ。

 

「う、おおおおおお!?」

 

完全に意識の外だった頭上からの攻撃に、エドワードの錬金術の発動は間に合わない。

右手を頭上にかざし、防御するしかない。

瓦礫が降り終わってそこにいたのは、ベッコリと凹んだ右腕の機械鎧をかざし、さすがに防ぎきれなかったのか頰や左腕から血を流すエドワードだった。

そして今の間に回復したスカーが右手をエドワードに振るう。

 

「させるかよ!」

 

しかしマーシュがそのスカーの右手を自分の左手で受け、スカーに蹴りを放つ。

生体破壊を発動しているスカーの右手に触れたはずなのにマーシュの左手は欠損した様子はない。

その理由は、

 

「石の、グローブか……!」

 

先ほどアルフォンスが錬成した、肘のあたりまで覆う石のグローブだ。

仮に掴まれてもまずは物質破壊をしなければ生身の腕は露出しない。

更にかなり硬いので攻撃力アップも見込める。攻防一体の装備だ。

 

「いーい着け心地だ。グローブ職人とか向いてると思うぜアルフォンス」

 

「検討しておきます!兄さん、一度下がって!」

 

マーシュがスカーを牽制している隙に、アルフォンスがエドワードを引き連れ後方に下がる。

 

「さぁ、第……何ラウンドだ?とにかくほら、こいよスカーとやら!ゴングはとっくに鳴ってるぜ!」

 

グローブのおかげでボクサー気分なのか、シュッシュッとシャドーボクシングをするマーシュ。

それにまた苛立ったのか、スカーが右手を振りかぶり……

 

突如響いた銃声にその試合は中断された。

 

「やぁマーシュ・ドワームス。元気にしているようで何よりだ」

 

東方軍、ロイ・マスタング大佐が小路の入り口に立って拳銃を上へ向けていた。



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感謝

「「マスタング大佐!?」」

 

「焔の、錬金術師か……!!」

 

エルリック兄弟、マーシュとも知り合いである彼は、ロイ・マスタング大佐。爆炎を操る錬金術を使うことから焔の錬金術師と呼ばれている、国家錬金術師である。

横に立っている女性は、彼の右腕を務めるリザ・ホークアイ中尉だ。

そして、マスタング大佐とホークアイ中尉を中心に、袋小路の入り口は東方軍がぐるりと囲まれていた。

 

「おぉ、ロイか!久しぶりだな!ちょっと見ない間にまーた凛々しくなっちゃって!あ、この後暇だったら飯食うか?」

 

「……貴様はまったく変わっていないようだな、それも何よりだ。悪いが予定はギッシリ詰まっていてね。なぁ、スカー」

 

のん気に笑っているマーシュをじとりと睨み、拳銃をホークアイ中尉に投げ渡しながら、マスタング大佐が続ける。

 

「一連の国家錬金術師殺人事件の容疑者……だったが、これで確定したな。それと、タッカー邸の殺害事件も貴様だな?」

 

マスタング大佐の言葉にエドワードの表情が変わる。アルフォンスもその目に揺らぎが見てとれた。そしてマスタング大佐が錬成陣の描かれた手袋をはめる。

 

「大人しく投降したまえ。抵抗するなら焼き払う」

 

「焼き払うってロイ、雨の日は火花出せないじゃんか!出来ないことは言うもんじゃないぞー!」

 

「ホントに貴様は変わってないなドワームス!!黙ってろ!!」

 

素なのか煽りなのかわからないマーシュの茶々にマスタング大佐も青筋を立てて怒鳴る。そう、普段は恐るべき威力のマスタング大佐の爆炎は、火花を起こせなければ出すことが出来ないのだ。

 

「焔の出せない焔の錬金術師がわざわざ出向いてくるとは好都合この上ない!泥、鋼、焔、国家錬金術師は全員滅ぼす!!」

 

周囲を敵に囲まれているにも関わらず、スカーのその目には微塵も恐怖はなく、闘志、そして憎しみをさらに燃えたぎらせていた。

 

「やってみるがよい」

 

しかしそこに横から拳が振るわれる。とっさにかわすスカー。

そこには筋骨隆々、拳に錬成陣を描いた手甲をつけた、大男が鼻を鳴らして立っていた。

 

「ふぅむ、吾輩の拳をかわすとはなかなかやりおる……。吾輩こそ!『豪腕の錬金術師』アレックス・ルイ・アームストロングである!!国家錬金術師を全員滅ぼすと言ったな。ならばまず!!この吾輩を倒してみせよ!!」

 

「次から次へと……」

 

アームストロング少佐が地面を殴りつけると、スカーに向かって地面から棘が襲いかかる。それを難なくかわすスカーに、ホークアイ中尉が銃で追撃を行う。スカーはそれすらも素早くかわし、アームストロング少佐に攻撃を与えようとして、

その横面にどこかから飛んで来た靴が直撃した。勢いよくスカーのサングラスが吹き飛ぶ。

 

「ヒィィィット!!見たかよ俺の強肩!」

 

見ると片足立ちでガッツポーズを決めているマーシュの姿。どうやら先ほどのゴミ袋の中から適当に投げてきたようだ。

 

「貴様は、どこまでも……!!」

 

それを睨みつけるスカーの目の色は、燃えるような赤だった。

その目を見たその場の全員の顔色が変わる。

 

「褐色の肌に、赤目……。イシュヴァールの民か」

 

マスタング大佐が嫌なものを思い出したような顔をしながら呟く。

ホークアイ中尉や、アームストロング少佐も同様の面持ちだ。

 

「流石にこの数相手は分が悪いか……」

 

そう呟いたスカーはマスタング大佐を睨み、アームストロング少佐を睨み、振り返ってエドワードを睨み、最後にマーシュを憎々しげに睨むと、右手を振り上げた。

警戒した軍兵たちが銃を構える。だが、スカーの後ろにはマーシュやエドワードたちがいるため、撃てない。

そしてスカーが右手を地面に叩きつけると、周辺の地面が勢いよく陥没した。

 

「うひゃあ!落ちるぅー!!」

 

巻き込まれて地面に飲み込まれかけたマーシュだが、エドワードが壁から土の手を伸ばして拾い上げる。

 

土煙が晴れたとき、そこにスカーの姿はなく、あったのは下水道へと繋がるであろう、地面に空いた大きな穴だけだった。

 

「くっ!逃すな!追え!」

 

マスタング大佐が指示すると、兵士の半分ほどがどこかへと走っていった。

 

「災難だったわね、エドワード君達」

 

いつの間にか近くにきていたホークアイ中尉がエルリック兄弟に声をかける。

 

「マーシュさんは……日頃の行いのせいかしら」

 

「そりゃないぜリザっち。俺は人助けが趣味の根っからの善人だからな」

 

「その呼び方はやめてちょうだい。笑えない冗談もね」

 

肩をすくめながら舌を出すマーシュを無視して、ホークアイ中尉はエドワードにコートをかける。

そこでようやく緊張が解けたのか、エドワードがぶはぁーーーと息を吐いた。

 

「アル、俺たち、生き延びたな」

 

「うん、2人で元の体に戻るって約束したしね。その過程に誰かを犠牲にしたくない、とも」

 

「ああ、マーシュ……さん、本当にすまなかった。それと、ありがとう」

 

「さんはいらん、それと謝罪もいらん。礼だけ受け取っておく。俺ももっかい言っとくわ。ありがとう、助かった」

 

そう言って、マーシュはエドワードとアルフォンスに両手を差し出した。エドワードとアルフォンスは顔を見合わせ、くすりと笑ってから、マーシュと固い握手を交わしたのだった。



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食堂

幸いエドワードの怪我は酷くなく、多少包帯を巻く程度で済んだ。

だが念のため安静にするように、と医師から注意され、病院から解放された。

現在は事情聴取ということで、東方軍司令部の一室、恐らくマスタング大佐の執務室にマーシュ、エルリック兄弟ともに集められ、今後のスカーへの対応を話している最中だ。

 

「……というわけで、くれぐれも奴には気をつけるように。なりふりかまわん人間ってのは一番厄介で、怖ぇぞ」

 

マスタング大佐の同期であり親友の、マース・ヒューズ中佐がそう締めくくってスカーの話は終わった。

 

「うっし、じゃあオレらは機械鎧を直しにリゼンブール行ってくるよ」

 

「許可できないな」

 

エドワードの発言をマスタング大佐がバッサリと斬る。

伸びをしたままエドワードが固まる。

 

「なんでですか?」

 

「まだ凶悪殺人犯がこの辺をうろついているのかもしれんのだぞ?少なくとも奴に狙われているドワームスと鋼のは軍の目の届くところにいてもらう」

 

「…………え、俺も?」

 

どこかから買ってきたパイを頬張ろうとした体勢のまま、マーシュも固まる。

 

「でももう右腕上がんないし、とっとと直したいんだけどなー……」

 

「……軍の目が届けばいいんだろ?じゃ、護衛でもつけたらどうだ。ついでに俺とエドたちが一緒に行動すればそっちの手間も減るだろ?」

 

マーシュが人差し指を立てながら提案した。

このままでは軍の施設で窮屈にしばらく過ごさなければいけなくなる。

それだけは回避したい、というのがマーシュの本音だった。

 

「ふむ、なるほどな。だが貴様は閉じ込められたくないだけだろう」

 

そしてその考えはマスタング大佐にも簡単に読まれていたようだ。

しかしおそらくマーシュもエドワードも大人しくしていろと言われて大人しくしていてくれるほど聞き分けはよくないだろう。

それもよくわかっていたマスタング大佐は、一つ大きなため息をつく。

 

「……まぁ、いいだろう。こちらから護衛をつける。スカーの居場所がわからないうちはな」

 

「はい、わかりました!」

 

「しゃーねーなー……」

 

「軍がとっととスカーを捕まえてくれたらそれで済むんだけどなー!」

 

三者三様の返事を返し、明日リゼンブールへと旅立つことになった。

 

 

 

今日のところは三人は軍の施設で過ごす、ということで、三人は一緒に軍の食堂へとやってきた。

 

「お?おー!もっと質素なのを想像してたが、結構豪華じゃねーか!」

 

「おばちゃーん、からあげある?からあげ!」

 

「……なんか兄さんが2人に増えたみたいだなー」

 

騒がしい2人を静かに見守るアルフォンス。彼の気苦労はこれからまだまだ増えることだろう。

 

 

「んじゃ改めて自己紹介でもしとくか。マーシュ・ドワームス。一応国家錬金術師で、泥の錬金術師って呼ばれてる」

 

ようやっと席につき、マーシュはフライドチキンをかじりながら言う。スカーの件で忙しいのか、食堂にはマーシュたち以外に人はいないようだ。

 

「泥……悪い、聞いたことないな」

 

エドワードがステーキを切りながら少し申し訳なさそうに応える。

 

「ははっ、まぁそうだろうな。活動なんてほぼしてないし。査定の時だけちょっとレポート書けば大金くれる、国家錬金術師てのは良い仕事だよな」

 

「じゃあマーシュはお金のために国家錬金術師に……?」

 

アルフォンスは特に何も食べずに席に座っている。何も食べないのか、とマーシュがさっき聞いたが、食欲がないらしい。いまだ鎧の下の姿も見ていないし、謎が多いな、とマーシュは好奇心がこもった目でアルフォンスを見ている。

 

「まぁ、そうだな。生活費のためだな。一つの場所にじっとしてられない性分だから、定職につくのも面倒なんだ。ある程度の時間が過ぎたらまた旅に出る、その繰り返しだ」

 

「色んなところを旅してるのか……。じゃあさ、賢者の石って聞いたことないか?」

 

モグモグと口を動かしながら喋るのを、横のアルフォンスが「ちゃんと飲み込んでから話しなよ兄さん」と注意する。

 

口の中のものを水で奥に流し込み、ゴクンと飲み込んでからマーシュが首を傾げる。

 

「賢者の石、ね。なんでそんなもん欲しがるんだ?」

 

「……俺のこの手足を治したいんだ」

 

エドワードが目を伏せながら答える。そしてアルフォンスのほうをちらりと見た。

そしてその視線の意味をマーシュは考えた。

 

「……もしかしてアルのほうも何か抱えてるのか?」

 

その言葉にエドワードがぐっと言葉に詰まる。

わかりやすい奴だな、とマーシュはフ、と笑みを浮かべる。

 

「兄さん、マーシュには話してもいいと思う」

 

「そう、だな。こっちの事情も話さずに情報だけくれってのもズルイ話か」

 

そしてエドワードはマーシュをまっすぐと見つめた。

 

「オレたちは、人体錬成しようとした」

 

ーーー

 

「お袋さんを蘇らせようとして、エドは右腕と左足、アルは体丸々なくした、か。お前らなかなかロックな生き様してんなー」

 

「それで、ボクたちは今賢者の石を探しているんです」

 

アルフォンスがそう締めくくり、エドワードが深く息を吐いた。

マーシュは腕を組み、少しの間瞑目し、そしてゆっくりと目を開いた。

 

「ん、事情はわかった。そういうことなら俺も協力する。賢者の石な、使ったことがある」

 

さらりと話された内容に対し、エドワードたちの脳が一瞬思考を止める。

一拍置いて、2人はガタンと立ち上がった。

 

「「本当(です)か!?」

 

「イシュヴァール殲滅戦でな。軍からこれを使えって石を渡された。真っ赤な、こんぐらいの大きさの石だ」

 

マーシュが指でサイズを示す。5cmくらいだろうか。

 

「軍が……?続けてくれ」

 

エドワードは慌ててポケットからメモ帳を出し、マーシュが言った内容をしたためていく。

 

「軍曰く、これは錬金術の増幅装置だ。まだ実験段階なので、実戦でデータが取りたい、ってな。半信半疑で適当に錬成したら、とんでもない威力になった」

 

いやぁあれはビックリした、とぼやきながらマーシュが水を飲む。

エドワードたちは前のめりになり、早く続きを、と無言で急かしていた。

 

「軍から言われた仕事をこなした後、石は回収された。離れてく時に、賢者の石がうんぬん言ってたから多分あの石が賢者の石なんだと思う」

 

エドワードが、ごくりと唾を飲み込む。思わぬところからこんなに賢者の石についての情報が貰えるとは思っていなかった。これは石の居場所も、もしかしたらもしするかもしれない。そんな期待にわずかに胸をふくらませながら、エドワードがさらに前のめりになる。

 

「ち、ちなみにその石は誰が持って行ったとか……」

 

「顔も知らん学者風の男たちだ。名前も行方も知らん」

 

エドワードががっくりと肩を落とす。

 

「だ、だよなー。いや!石は軍にある、色は赤くて小石ほどの大きさ!ここまでわかっただけでも今までと桁違いの成果だ!!ありがとうマーシュ!」

 

しかも軍にあるというのはなお好都合。なんたって国家錬金術師は軍属、少佐相当官なのだ。軍の内部を探すのも難しくはないだろう、とエドワードは目を輝かせる。

 

「アルフォンス!これで元の身体にぐっと近づいたぞ!」

 

「やったね兄さん!本当にありがとうございます、マーシュ!」

 

「ああ、あとアル、敬語もやめてくれ、むず痒い」

 

手放しに喜ぶ2人を見て、マーシュは顔を綻ばせる。

この2人の喜びように水を差したくないな、と賢者の石を使った感想は言わないことにした。

もとより曖昧で主観的な感覚だ。

言う必要はないだろう。

 

使った時に、何か嫌な感じがしたことなんて。




余談ですが、マーシュの名前は
沼地、湿地という意味のmarshからマーシュ
ドワームスは、沼地、水浸しにする、沈没するという意味のswampから
swampをひっくり返す⇨dwams⇨ドワームス
となりました。
割と適当に決めた名前ですが、語呂も響きもなかなか良いではないか、と満足してます。

それと、一話ごとの文字数がなんか少ないなと思ったので
次話あたりから増やします。


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旅路

次の日、エルリック兄弟とマーシュ、アームストロング少佐はリゼンブールへの切符を持って駅へとやってきた。

 

「聞いたぞエドワード・エルリック!!」

 

筋肉髭ダルマ、もといアームストロング少佐が滝のような涙を流しながらエドワードに抱きつき、

抱きしめられたエドワードの腰からメギメギと嫌な音が鳴る。

 

「母親を生き返らせようとした無垢な愛!己の命を捨てる覚悟で弟を救ったすさまじき愛!!吾輩!!!感動!!!!」

 

「ギニャァァァあンのクソ大佐喋りやがったなぁぁ!!助けてマーシュ!!」

 

どんどん強くなるアームストロング少佐の抱擁に生命の危機を感じ、エドワードが近くでサンドイッチを食べていたマーシュに助けを求めた。振り返ったマーシュが、にやりと笑う。

 

「ん?あー、アレックス!」

 

「ぬ?どうしたマーシュ・ドワームス?」

 

「エドワードな、錬金術で世界中の不幸な子供たちを救いたいって言ってたぜ」

 

「感!!!!!動!!!!!!」

 

「テメッ、マァァァァァァァシュゥァァァァァァァ」

 

エドワードの腰はもはや曲がってはいけない方向に曲がっていた。

 

「アームストロング少佐ー、他のお客さんの迷惑になりますから、その辺にしてくださーい」

 

「む、そうだな!」

 

アルフォンスの声でようやくエドワードを離すアームストロング少佐。

ぼとりと落ちたエドワードが呪詛を呟く。

 

「マーシュ……絶対ゆるさねぇ……」

 

「愛だよエドワード」

 

マーシュは2個目のサンドイッチをかじりながらしれっと言い放った。

 

 

 

そんなこんなで一同が列車に乗り込み、発車時間を待っているとホームからヒューズ中佐が声をかけてきた。

 

「ヒューズ中佐!」「お、マースじゃん」

 

気づいたエドワードとマーシュが窓から顔を出す。

 

「よ、司令部の奴ら忙しいからって俺が見送りだ。あ、ロイから伝言だ。『事後処理が面倒だから私の管轄内で死ぬなよ。ただしドワームスは除く』。以上」

 

「絶対てめーより先に死にませんクソ大佐、あと口軽すぎって伝えといて」

 

「俺が死んだら幽霊になってロイの毎晩の情事を観察し続けてやるって伝えといて」

 

「あっはっはっ!憎まれっ子世にはばかるってな!おめーもマーシュもロイも長生きするぜ!」

 

ヒューズの言葉にマーシュは眉をひそめて反論しようとする。

 

「いやいや、俺はみんなから愛され「じゃ道中気をつけてな」

 

しかしその抗議はぶった切られる。ヒューズもマーシュとは付き合いが長いため、扱いはよくわかっているのだ。

 

そして列車が動き出す。目的地はエドワードたちの生まれ故郷、リゼンブールだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「リゼンブールとはどんなところなのだ?」

 

「なーんもない田舎だよ」

 

アームストロング少佐がエドワードたちにした質問を、マーシュが車内食のバケットを食べながら答える。

 

「いや、なんでマーシュが答えんだよ……」

 

「マーシュさん、リゼンブールに行ったことあるんですか?」

 

「けっこう前になー。羊くらいしか見るもんなかったけど、皆良い人であったかくて、良いところだったよ」

 

エドワードが、少し照れ臭そうに鼻の頭をぽりぽりとかいた。

エドワードの評価もおおよそ同じであるが、他の人に故郷を良く言われるのはけっこう嬉しかったりするのだ。

 

「それはまっこと、楽しみであるな!」

 

そうして、4人が談笑しつつも列車が進んで行った。

 

 

ーーー

 

リゼンブールまで半分は行ったか、というところだ。

 

とある駅で、窓の外を見ていたアームストロング少佐が突然ガッと身を乗り出した。

 

「ドクターマルコー殿!?マルコー殿ではありませんか!!」

 

アームストロング少佐のほうを見たマルコーと呼ばれた男は、恐怖したように目を見開き、ダッと逃げ出した。

 

「知り合いが?」

 

「中央の錬金術研究機関の錬金術師だ。錬金術の医療応用の研究をしていたがあの内乱のあとに行方不明になっていた。何か資料を持ち逃げしたという噂もある」

 

「……もしかしたら賢者の石についても知ってるかもしれない!降りよう!アルフォンス!マー……また食ってんのか!降りるぞ!」

 

エドワードは荷物とマーシュを急いで掴んで列車の出口へ向かう。

マーシュは引きずられながら不満そうだ。

 

「どーしたー、まだリゼンブールじゃねーだろー」

 

「軍の錬金術師がいたんだ!話を聞きに行く!」

 

そうして4人とも駅に降り、マルコー探しが始まることになった。

アームストロング少佐のアームストロング家に代々伝わりし似顔絵術による絵を使った聞き込みで、マルコーの家を見つけた一同。

付近の住民の話を聞く限り、マルコーはマウロという偽名で医者をしており、皆から慕われているようだ。

 

マルコーの家のドアをエドワードがコンコンとノックする。

 

「おーい、マルコーさーん?いますかー?」

 

しかし中に人がいる気配はするものの、ドアを開けてもらえる様子はない。

どうしたものかとエドワードが思案していると、マーシュが前に出て、

 

「お邪魔しまーす」

 

の言葉とともにガチャリとドアを開けた。

 

瞬間、銃声。

 

「うぉぅっ!?」

 

顔面に迫り来る銃弾を、驚くほどの反射速度でなんとかかわすマーシュ。だがエドワードはかわすことができなかった。マーシュが身を翻したと思ったら突然銃弾が飛んできたのだ。かわせというほうが無茶である。

 

 

そして、その凶弾が、貫いた。

 

 

エドワードのアンテナを。

 

銃弾が貫通したエドワードの髪の毛の先っちょからチリチリと煙が上がる。

呆然としていたエドワードだが、意識が戻ってきたのかブワっと汗を吹き出し、アルフォンスへと抱きついた。

 

「うわーーーーーーんアルーーーーー!!!」

 

「よしよし、危なかったね兄さん」

 

「も、戻らないぞ!私は絶対にあそこへは戻らん!!」

 

しかしそんな2人を無視して状況は進む。

マルコーは銃を持つ手も震え、ひどく興奮している様子だ。

 

「落ち着いてくださいマルコー殿」

 

「おねがいだ!もうあんな物は作りたくないんだ!!」

 

「落ち着い「は、早く失せろ!私は本気だぞ!!絶対に……」

 

「落ち着け」

 

マーシュがアルフォンスの頭をマルコーにぶつけた。

カーンと良い音が鳴る。

ひと段落ついた音である。

 

「ボクのあたま!」

 

ーーー

 

誤解はとけたようで、今はマルコーの家のテーブルに全員ついている。そして、マルコーはポツリポツリと自分の仕出かしたことを語り出した。

 

「あんな物の研究に手を染めて……それが東部内乱で大量殺戮の道具に使われた……。私のしたことは、この命でも償い切れない」

 

「……つまりそれって、賢者の石のことか?」

 

マーシュの問いにエドワードたちが目を見開く。

そして、マルコーは頷くと棚から小瓶に入った赤い液体を取り出した。

 

「あそこから逃げた時に、私は石と研究資料を持ち出した。その石がこれだ」

 

「石って、このくらいの大きさの塊なんだよな、マーシュ?」

 

マーシュの話とは明らかに形が違う賢者の石を見て、エドワードが確認する。

 

「まぁ、あくまで俺に渡されたのは、だな」

 

「賢者の石を、渡された……?まさか君、内乱に参加した国家錬金術師か!?」

 

「あぁ、泥の錬金術師だ」

 

「!……そうか、君があの……」

 

マルコーは驚いた素振りを見せると、赤い液体の入った小瓶を開け、テーブルの上でひっくり返した。中の液体がテーブルへと落ちていく。

 

「ええ!?」

 

しかし液体はまるでスライムのようにテーブルの上で丸くなったのだった。

 

「賢者の石の形状が石であるとは限らない。これも、そしておそらく君に渡されたものも、不完全品だ。いつ限界がくるかわからん試験的に作られたものだ」

 

「……不完全品で、あの威力か」

 

何かを思い出しているのか、賢者の石を見るマーシュの目がスッと細くなる。

 

「不完全品でも人の手で作れるってことは、研究次第じゃ完全品も夢じゃないってことですよね!」

 

「マルコーさん!その賢者の石の資料見せてくれないか!?」

 

アルフォンスとエドワードが期待を込めて身を乗り出す。求めていたものがあと一歩で手に入るかもしれないのだ。

 

「そんなものどうするつもりかね。目的はなんだ?」

 

マルコーがエドワードたちを値踏みするように眺める。少なくともここでマルコーに信用されないと賢者の石への道は遠ざかると感じたエドワードは、自分の過去を話すことにした。人体錬成のこと、弟の魂の錬成のこと、国家錬金術師になったこと。

それをずっとマルコーは目を丸くしながら聞き、エドワードたちが話し終わるとため息を一つついた。

 

「その歳で人体錬成、特定人物の魂の錬成、そして国家錬金術師……か。驚いた。君なら完全な賢者の石も作れるかもしれん」

 

その言葉にエドワードたちが目を輝かせる。

 

「じゃあ!」

 

「資料を見せることはできん!」

 

しかしマルコーは強い口調でそう言った。

 

「あれは悪魔の研究だ。手を出すべきじゃない。地獄を見ることになる」

 

しかしエドワードもそれに対し強い意志を込めた目で返す。

 

「地獄ならとうに見た!」

 

マーシュはエドワードをちらりと見、そしてマルコーに頭を下げた。

 

「付き合い短い俺が言うのもなんだけど、こいつらかなりの覚悟だ。ここで断っても多分こいつら自力で辿りついちまうぜ。見せてやってくんないかな」

 

続いてアームストロング少佐も頭を下げる。

 

「吾輩からもお願い申し上げます。彼らならば、悪用することは絶対にないと断言できます」

 

自分たちのために頭を下げてくれた大人たちを見てしばらく呆然としていたエドワードとアルフォンスだったが、ハッと我に戻り2人で頭を下げる。

 

「「お願いします」」

 

4人に頭を下げられマルコーがぐぐぐ、と唸る。目をつむり、頭を抱え、歩き回り、頭を振り回して、たっぷり一分以上悩んでから、部屋の奥へと消えていった。

少しして、帰ってきたマルコーの手にはメモが握られていた。

 

「資料の場所だ。真実を知っても後悔しないというのなら、行きなさい。そして、知りなさい。君たちなら、真実の先の更なる真実にも……、いや、これは余計だな」

 

そこまで言うとマルコーは頭を振り、エドワードにメモを握らせる。

 

「君たちが元に戻れるよう祈っておるよ」

 

「「……!!ありがとうございます!!」」

 

 

ーー

 

「国立中央図書館第一分館……!そこに賢者の石の作り方が!」

 

「やったね兄さん!」

 

「あぁ、道は続いてる!マーシュとアームストロング少佐のおかげだ!ありがとう!」

 

列車の席に座ってからもエドワードとアルフォンスは興奮しっぱなしだ。

ずっと追い求めていたものの作り方が、突然転がり込んできたのだから当然だろう。

そんな2人をマーシュとアームストロング少佐は微笑ましそうに見ている。

 

ーーーー

 

そして、兄弟の興奮も冷めやらぬまま、

列車はリゼンブールへと到着したのだった。

 



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晩餐

「ようピナコばっちゃん!またたのむよ」

 

リゼンブール駅からそれなりに歩いた頃、目的地のロックベル家へと一同は到着した。

前片足が機械鎧の犬と、煙管をくわえた小さなお婆さんが出迎えてくれる。

 

「こっちがアームストロング少佐、こっちがマーシュ」

 

「ピナコ・ロックベルだよ」

 

マーシュとアームストロング少佐がピナコと軽い自己紹介を交わしていると、エドワードの頭にどこからかレンチが飛んできて、カーンと良い音を立てた。

 

「コラー!メンテナンスに来るときは電話の一本でもしろっていつも言ってるでしょ!!」

 

見ると二階の窓から金髪で頭にタオルを巻いた職人のような格好の女の子がプンスカと怒っている。

 

「てめぇコラウィンリィ!!死んだらどーすんだ!!」

 

エドワードも目をいつもより吊り上げてプンスカと怒っている。

それを見てウィンリィと呼ばれた女の子が笑う。

 

「あはは!おかえり!」

 

「おう!」

 

ーーー

 

全員軽い自己紹介を終え、アームストロング少佐とマーシュがピナコの入れてくれたお茶を飲んでいると、部屋に突然ウィンリィの絶叫が響いた。

 

「んなーーーーーー!?」

 

「わりぃ、壊れた」

 

エドワードが左手でお茶を飲みながらしれっと答える。

 

「壊れたってあんたねぇ!こんなボコボコに凹むって何してきたのよ!」

 

「いや、空から瓦礫が降ってきたから……」

 

「はぁ!?」

 

「困ったことにホントなんだなこれが。事故みたいなもんだから、許してやってくれ」

 

マーシュが機械鎧の犬、デンと戯れながら笑う。

外野からの援護に、レンチを振り上げたままウィンリィが「うー…」と唸りながら固まった。

 

「つ、ぎ、か、ら、気をつけること!!」

 

「お、おう、善処する」

 

さすがに初対面の人の言うことを突っぱねてまでエドワードを殴るわけにもいかず、渋々怒りを飲み込んだウィンリィ。

マーシュとしては正直エドワードとウィンリィの痴話喧嘩にしか見えなかったので放置しようかと思っていたのだが、エドワードの機械鎧の故障に関しては、自分を助けようとした故の事故、というかスカーの仕業だ。なので一応助け舟を出したのだった。

 

「……助かったマーシュ」

 

「いや、まぁ、出会い頭に工具を投げてくる彼女を持つのは大変だろうなと」

 

「ああ、そうなんだわかってくれるか………………彼女じゃねぇよ!!!」

 

仰け反りながら全力で否定するエドワード。勢い余って机の角に頭をぶつけて悶絶するのだった。

ーーー

 

エドワードたちがピナコとウィンリィに機械鎧のチェックをしてもらっている間、アームストロング少佐とマーシュは家の外で汗をかいていた。

「暇なら外で薪割りしてきておくれ!働かざるもの食うべからずだよ」とピナコに追い出されたからだ。

マーシュが置いた薪を、アームストロング少佐が素手で叩き割っていく。

 

「いやはや、ふんっ、なかなかパワフルなご老人と、はっ、娘さんであったな」

 

「あぁ、それでいて、ほい、優しい人らだ。エドたちが、ほい、お人好しに育ったのもわかるな、ほい」

 

喋っている間も手は休まず、薪は量産されていく。

しかしふと、アームストロング少佐の腕が止まった。

腕でも痛めたのかとマーシュがそちらを見ると、アームストロング少佐がマーシュのほうをじっと見つめていた。

 

「……マーシュ・ドワームス。お主は、イシュヴァールを……悔いているか?」

 

「なんだいきなり。しみったれた話は勘弁してほしいんだが」

 

「いやなに、お主にまた会えたら聞いてみたいと思っておったのだ。吾輩は……あれからずっと、悔いているからな」

 

アームストロング少佐が目を伏せ、拳を静かに握りしめる。

 

「…………そうさなぁ。何百人も生きたまま沈めたからな。今でもあいつらの最後の叫びは、鮮明に思い出せる」

 

マーシュは空を見上げた。その表情は、アームストロング少佐からは見えない。

 

「後悔はしてねぇよ。俺は、殺さなきゃいけない理由があった。だから、殺した。それだけだ」

 

「……………」

 

「お前が後悔してんなら、次に活かせよ。何しようが死人は帰ってこないんだ。自分で考えて、自分で決めて、自分で行動しろ。また後悔したくないならな」

 

「……うむ、そうだな。この後悔があれば、吾輩はこれからの困難に立ち向かえる気がする。助かった、マーシュ・ドワームス」

 

ーーーーーーーーー

 

 

そして、ロックベル家で二日が過ぎた。

エドワードの機械鎧は新しいものに付け替えられ、現在エドワードはアルフォンスと機械鎧の動作確認を兼ねた組手をやっているようだ。

 

「ほー、なかなか良い動きするなぁ2人とも」

 

「何年も前からずっと続けてますからね。僕も兄さんも相手の動きはだいたい読めるんです」

 

言いながら、アルフォンスがエドワードの掌底をいなす。

 

「エドワードはちょっと動きが直線的すぎるな。だから身体能力はだいたい同じなのにアルフォンスにかわされる。もっと相手の目線を意識しろ」

 

マーシュが木の幹に座ってピナコ手製のサンドイッチを食べながらエドワードに指摘する。それを聞いてエドワードが少しムッとした。

 

「随分上からだな!マーシュはさぞ強いんだろうな?」

 

エドワードとアルフォンスはスカーと戦っているところは見てはいるが、『上手い』とは思っても『強い』という印象はあまり持てなかった。

 

「む、俺の実力が見たいようだな。よし、二人いっぺんにかかってこい」

 

エドワードの挑発に一瞬で乗ったマーシュは、膝をパンパンと叩きながら立ち上がり、チョイチョイと指で誘った。

それを見たエドワードがまたもムッとしてマーシュに対して構える。

 

「アル」

 

「はいはい、自分だけでやりたいって言うんでしょ?」

 

「はっは、意地っ張りだなぁ。一人じゃ敵わないぜって言ったつもりだったん」

 

マーシュが言い終わる前にエドワードが一気に踏み込み、下からえぐるような、文字通り鋼のアッパーを放つ。常人なら当たれば悶絶どころではすまないだろう。

それをマーシュは表情を変えることなく後ろに体をそらしてかわす。

間髪入れずエドワードの左手のブロー。マーシュが左手で受け止める。エドワードがその勢いのまま体をひねり、左足で蹴り。しかしマーシュが、伸びたエドワードの足を掴んで引っ張りつつ、地についている軸足を刈り取る。左足が掴まれ、右足が払われたエドワードの体が宙に浮く。そしてマーシュがエドワードの後頭部と足を弾くと、エドワードが宙に浮いたままぐるりと一回転し、そのまま顔面から地面に叩きつけられた。

 

「ぷぎゅっ」

 

「アルフォンス」

 

マーシュがアルフォンスの名前だけ呼び、あとは笑顔でチョイチョイと指で誘っている。

アルフォンスは一瞬たじろぎながらも、マーシュへと突っ込みハイキックをかます。それをマーシュがしゃがんでかわしてまた軸足を払おうとして、しかし飛び下がった。直後、マーシュの頭があった場所にアルフォンスの踵がビュオッと音を立てながら振り下ろされた。

そこを見計らって、マーシュがアルフォンスへ拳で突きを放つ。腕で防ぐアルフォンス。だがマーシュがその拳でアルフォンスの腕を掴んでひねるとアルフォンスの体がくるりと回り、地面に叩きつけられた。

 

「ぐえっ」

 

「てて……ってアルもやられてるー!?うそだろ!」

 

アルフォンスとの応酬の間ずっと悶絶していたエドワードがギョッと目を剥く。

マーシュはパンパンと手を叩き、いわゆるドヤ顔である。

 

「ま、ざっとこんなもんよ」

 

「む、何をしているのだ?」

 

そこにピナコに頼まれて買い出しに出ていたアームストロング少佐が戻ってきた。

 

「組手だってさ。ついでだしアレックスもどうだ?」

 

「ふむ、それはいい!我輩も手伝おうではないか!!」

 

「なぜ脱ぐ」

 

「ちょ、マーシュ!もっかい!」

 

「兄さん多分一人じゃ勝てないよ!」

 

「うっさい!お前にも勝つからな俺は!!」

 

そこからは四人で日が暮れるまでバトルロワイヤルとなったのだった。

 

ーーーー

 

「マーシュつえぇ……」

 

「最後のほうは少佐も投げられてたもんね。どうしてあんなに強いんですか?」

 

風呂にも入り、今は全員で夕食の席についている。

 

「んー、頑張ったから?」

 

「答えになってねぇよ……」

 

「もしかして師匠と同じくらい強いかも!」

 

「ぬ?お主らには師がいるのか?」

 

「ああ、錬金術の師匠なんだけど、曰く『精神を鍛えるには肉体から』ってことで、格闘も鍛えられたんだ」

 

「うむ、健全な精神は健全な肉体に宿るもの!見よ吾輩のこの筋

「マーシュ、ソースとってくれ」「あいよー」

 

「明日朝イチの汽車でセントラルに行くよ」

 

「そうかいまたここも静かになるねぇ」

 

「元の身体に戻ったらばっちゃんもウィンリィも用無しだな!」

 

「なーによあたし達整備士がいないと何もできないちんくしゃのくせに」

 

「ちんくしゃってなんだよ!!」

 

「鼻が低くてくしゃっとした顔のことだな」

 

「えっ、そうなんだ……」

 

こうしてロックベル家の賑やかな晩餐の時間も過ぎて行く。

そこには、確かな暖かさがあった。

 

ーーーー

 

そして翌朝。

 

「んじゃばっちゃん、行ってくるよ」

 

「たまにはご飯食べに帰っておいでよ」

 

「ピナコばっちゃんの飯は絶品だったしな!俺一人でもくる!」

 

マーシュが興奮したように手を振る。実際ピナコの作った料理は、どれも店で売れるレベルだった。それでいてどこか暖かい旨味を含んでいて、ピナコの優しさが伝わってくる味だった。

 

「飯だけのためにこんなとこまでくるのかよ……」

 

「フ、マーシュ、ボウズどもをよろしく頼むよ」

 

「ま、食わせてもらった分は働くよ」

 

四人が駅へ向かおうとすると、家の二階の窓からぼさぼさ頭のウィンリィが顔を出し、ひらひらと手を振った。

 

「エド!アル!いってらっさい」

 

「おう!」

 

 




ら、ららら、ランキング入りしてるーーー!!!
いやぁ、めちゃくちゃ嬉しいものですね。
顔がにやけて一時間くらい戻りませんでした。
感想もとてもありがたいです。返せるうちは出来るだけ返事したいなと思います。

このビッグウェーブに乗りたいところなのですが、もうそろそろストックが切れてしまいそうでして、もう1話か2話投稿したらペースがガクンと落ちると思います。期待してくれている方には申し訳ありません。なるべく早く書き溜められるよう頑張ります。


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暗号

そして一行はセントラルへと到着した。エドワードが駆け足で列車から降りる。

 

「来たぜセントラル!!!」

 

「はしゃぐなはしゃぐな、お上りさんかお前は」

 

もはや一秒もじっとしていられないという様子のエドワードを、眠そうな様子のマーシュが小突く。先ほどまで列車の中で寝ていたところを、エドワードに「早く!早く!」と起こされたので若干不機嫌である。

 

そこへ二人の軍人がやってきて、ビシッと敬礼を行なった。

 

「アームストロング少佐、お迎えにあがりました」

 

「うむ、ご苦労ロス少尉、ブロッシュ軍曹」

 

「しっかりお三方を護衛させていただきます」

 

「えー……?まだ護衛つけるのかよー……」

 

「当然である、スカーもまだ捕まっておらんのだ。本当なら我輩が引き続き護衛したいところだが、中央司令部に報告に赴かなければならないゆえ」

 

「え、何!?お別れ!?残念だなぁとても寂しいなぁおつかれさん!!」

 

アームストロング少佐と離れられると分かってエドワードが嬉しそうな表情を隠そうともしない。

 

「吾輩も残念である!!お主たちとの旅はまっこと楽しいものであったぞ!!!」

 

しかし号泣しながら抱きついてきた少佐によってその表情は苦悶のものへと即座に変わった。

 

「みぎゃぁぁぁぁぁ!!た、助けて……アル……」

 

「アレックスアレックス」

 

そんなエドワードを見てマーシュが神妙な面持ちでアームストロング少佐に近寄り、声をひそめて話しかける。

 

「ぬ?どうしたマーシュ・ドワームス」

 

「さっきエドワード、隠れて泣いてたんだ。少佐ともっと一緒にいたかったって」

 

「!!!!!!!!!!!!!」

 

もはや言葉にもならぬ雄叫びをあげながらアームストロング少佐はエドワードを抱きしめた。およそ人体から鳴ってはいけない音が鳴り響き、マーシュへ恨み言を言う間も無く、エドワードの意識は失われたのだった。

 

「これも愛だよエドワード」

 

「いや、違うと思うよ」

 

 

ーーーー

 

「てめえいつか絶対ギャフンと言わせてやるからな……」

 

アルフォンスがさんざんなだめてようやく泣く泣く離れて去っていったアームストロング少佐に塩を撒きながらエドワードがマーシュに恨みを込めた視線を送った。

向けられているマーシュは、どこかで買ったサンドイッチを齧って素知らぬ顔だ。

 

「そんなことより早く図書館に行こうぜ、エド、アル」

 

きーきーと怒るエドを無視して、マーシュがロス少尉に図書館に案内するよう促す。

 

「……それが、その国立中央図書館なのですが……」

 

ーーーー

 

「図書館が、全焼……!?」

 

焼けて骨組みだけ辛うじて残っているような状態の図書館の前で、エドワードとアルフォンスが立ち尽くす。

 

「つい先日、不審火によって中の蔵書もおそらく全て……」

 

呆然としているエドたちの横で、マーシュが顎に手を当て、何か考える素振りを見せる。

 

「……エド、アル、お前らは他の分館行って一応資料探してこい」

 

「マーシュはどうするの?」

 

「俺は俺で探してみる」

 

「……?わかった」

 

「え、別れるんですか……。じゃあ私がマーシュ殿につくので、ブロッシュ軍曹はエドワード殿に」

 

「はい!」

 

ーー

 

エドワード、アルフォンス、ブロッシュ軍曹が図書館の分館へ向かい、

マーシュ、ロス少尉が現在街中を歩いている最中だ。

 

「それで、どこへ行くんですか?」

 

「エドが賢者の石の資料の在り処を掴んだ瞬間にその場所が燃えるってのは、おかしいだろ。ボヤならともかく、全焼だ。これは、明らかにどっかの誰かの、あいつらに対する『悪意』だ。多分、賢者の石について知られたくない奴らのな」

 

「確かに、偶然にしては少し……」

 

「だから、犯人を探してみる。こんなデカイ火事だ。目撃者もそれなりにいるはずだしな」

 

「……こちらとしては、軍に任せてもらえたほうがいいのですが……」

 

「まーまー、何か減るもんじゃないし。これで見つけられたら儲けもんだろ?」

 

そう言いながらマーシュは路地裏へと入っていく。

そこはどうやら浮浪者の溜まり場のようで、数人の汚らしい男たちが座っていた。そしてマーシュとロス少尉に一気に男たちの視線が突き刺さり、ロス少尉がたじろぐ。

 

「ま、マーシュ殿。なぜこんなところに……」

 

「こういう人らのほうが情報通なんだぜ?よぉ、この前の図書館の大火事について知りたいんだが、なんか知ってるやつはいないか?」

 

まるで友人のように気さくにマーシュは男たちに向かって問いかける。

おそらくこの中で一番老いているであろう男へ、他の男たちの視線が向かった。

その男は、少し考える素振りを見せる。

 

「わりぃな。なんか知ってる気もするが、思い出せねぇなぁ」

 

そういって男は首をすくめる。

ここはハズレか、とロス少尉が路地裏から出ようとするのを、マーシュが目で諌める。

 

「そうか。それはそれとして、さっきそこでこれを拾ったんだがもしかしてあんたらの落し物じゃないか?」

 

マーシュがポケットから10000センズ札を出し、男に差し出した。

それを見た男が目の色を変える。

 

「……ああ、そうだ。落として困ってたんだよ。助かったぜ」

 

「いやいや礼には及ばんよ。それで、何か()()()()()()かい?」

 

「ハッキリクッキリ思い出したぜ。話してやるよ」

 

「ちょ、それって買しゅ……」

 

「人聞き悪いこと言うなよマリア・ロス少尉。俺は落し物を持ち主に届けただけだぜ?」

 

軍人として納得いかない気持ちもあるが、見逃せばあの火事について何か重要なことがわかるかもしれない。しばらく葛藤した後、ロス少尉は大きくため息をついた。

 

「聞かせてください」

 

ロス少尉が頷くのを見ると、男は意気揚々と喋り出す。

 

「あぁ、つっても怪しいやつを見たってだけだけどな。深夜、図書館のあたりでゴミを漁ってたら、図書館のほうから女が出てきたんだ。図書館の職員にしてはどエロい格好してるな、なんて思ったが特に気にはしなかった。が、少しして図書館が燃え上がり始めたのさ。多分あの女が犯人だな」

 

「なるほど、女の詳しい特徴はわかるか?」

 

「あぁ、ありゃ良い女だったぜ。長い黒髪、黒い服、デカイ乳。一発ヤりてぇなぁ。あ、あとアレだ。胸元に入れ墨があったな。何のマークかは知らん。丸っぽいやつだ」

 

男が手でボインのジェスチャーをするのを見てロス少尉の顔が少し嫌悪感に染まった。

 

「ふむふむ、胸元に入れ墨のボイン女……。そこまで分かればだいぶ絞れそうだ。ありがとうよ」

 

「いいってことよ。また落し物を拾ったらこいよ」

 

男たちに軽く手を振りながら、マーシュはロス少尉を連れ路地裏を出る。ロス少尉がまた大きくため息を吐いて、うな垂れた。

 

「いやー、まさか一発でこんな良い情報が手に入るとはラッキーだな」

 

「ああ、お母さん、私は買収を見逃すような腐った軍人です……」

 

「犯人確保のためさ。さて、あとはこの女を探してみるか……」

 

犯人と決まったわけではないが、少なくとも火が起こった時間に図書館周辺にいたのなら何か情報を知っている可能性も高い。

マーシュたちはこの情報の女を探すために聞き込みを開始するのだった。

……主に路地裏の住人たちに。

 

ーーーーーー

 

「んー、ほぼ収穫なしか」

 

「私、今日一日で一生分の路地裏を見て回りましたよ……」

 

夕方になり、マーシュとロス少尉は広場のベンチに座っていた。

路地裏に入ってはそこにいる男たちに聞き込みをし、時に追い出されたり、時に()()()()()()()()したが、結局目ぼしい情報は得られなかった。

 

「あ、いたいた!マーシュ殿!ロス少尉!」

 

そこへ、軍服姿の青年、ブロッシュ軍曹が駆けてきた。

 

「エルリック殿が、賢者の石の資料を見つけたのでマーシュ殿を呼んできてほしいと」

 

少し乱れた息を整えながら伝えられたブロッシュ軍曹の言葉にマーシュは目を丸くする。正直に言えば、資料を見つけるのはもうほぼほぼ無理だろうな、と感じていたのだ。

 

「石の資料あったのか!?運良く分館に行ってたのか、またもやラッキーだな」

 

「いえ、分館にはなかったのですが……、それは道すがら話しますね」

 

エドワードたちのもとへ行く途中で聞いた話によると、なんでも図書館の本全ての内容を覚えている女がいたんだとか。

まだまだこの世は凄い人がいるもんだなぁ、とマーシュはそんなことを考えるのだった。

 

ーーーーーーー

 

シェスカという女性がティム・マルコーの研究書を複写してくれるというので、しばらく待つことになった。その間、マーシュはまた入れ墨の女についての聞き込みをしていたが、特に収穫はない。

そして五日たった昼ごろ。

複写が終わったと聞き、マーシュはホットドッグをくわえながら図書館へと向かうのだった。

 

「おう、遅えぞマーシュ!」

 

「ふぁひぃ。ひふへひふっへは」

 

「多分お昼ご飯食べてたって言ってるね」

 

「見りゃわかるよ……」

 

げんなりしながら、エドワードが机を指で叩きながらマーシュが口の中のものを飲み込むのを待つ。

 

「ゴクン。ん、んでこれが資料か?」

 

マーシュが山のように積み上げられた紙の束を見た。並の書物の百倍はあろうか、という量だろうが、伝説級の代物の研究資料なのだ。マーシュは別段驚くことはなかった。

 

「ああ、当然の如く暗号化されてる。手伝ってくれないか?」

 

「おう。ふむふむ……。あー、こりゃむずそうだなー」

 

「やっぱり?」

 

「まぁ、三人で総当たりしていくしかねぇだろうよ」

 

「よっし、やるかー!!」

 

エドワードが拳を空に突き上げ、この図書館にて暗号解読班が始動したのだった。

 

ーーーーーーーーーー

 

が、三日経ち、図書館の一角では異様な雰囲気となっていた。

 

「いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「んー、もうちょっとなんだよなー、もうちょっとでなんかわかる気がするんだよなー、もうちょっとだなーもうちょっと」

 

「…………………………」

 

頭をかきむしって叫び声をあげるエドワード。

2時間ほど前から「もうちょっと」を壊れたラジオのように繰り返しているマーシュ。

目から光が失われているアルフォンス。

 

「よ、よっぽど難しいみたいね……」

 

それを見てロス少尉とブロッシュ軍曹は軽く引いていた。

 

ーーーーー

 

「解き始めて一週間、ね」

 

「今日も進展はないみたいですね……」

 

図書館の一室の扉の前で待機していたロス少尉が、時計を見る。すでに図書館の閉館時間が迫っていた。一週間経っても暗号は解けていないようだった。今日の朝までは聞こえていた唸り声が、昼あたりから

聞こえなくなったが、とうとう諦めたりしてしまったのだろうか。

おそるおそる部屋に入りながらブロッシュ軍曹が中の三人に閉館時間を告げようとする。

 

「そろそろ閉館時…

 

「ふっ……ざけんな!!!」

 

しかしそれはエドワードの怒号と机に拳を叩きつける音でかき消されてしまった。

 

「ど、どうしたんですか?また暗号が解けなくてヤケに……」

 

「解いてしまったんです。暗号」

 

アルフォンスが下を向きながら答える。暗号を解いたといった割には、その声には全く達成感や嬉しさが含まれていなかった。

 

「良かったじゃないですか、これで…

 

「良いわけあるか!!恨むぜマルコーさんよ……!

 

賢者の石の材料は、生きた人間だ!!!」

 

 



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潜入

「確かに知れば後悔するなマルコーさん……。この資料が正しければ、賢者の石の材料は人間……。しかも一個の精製に複数の犠牲がいるって事だ……!」

 

口元を覆いながらエドワードがロス少尉とブロッシュ軍曹に暗号の内容を告げる。その手はわずかに震えており、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 

「そんな非人道的な事が軍の機関で行われているなんて!」

 

「許される事じゃないでしょう!」

 

告げられた内容にロス少尉とブロッシュ軍曹も声を荒げる。まさか自分の所属している、正義と信じている国軍が、人間を生贄に研究しているなんてことを知って平常心でいられるはずがなかった。

黙ってしまったエドワードを見て、エドワードに当たってもしょうがないと気づいた二人が口をつぐむ。

そして場が静寂に包まれて、

 

「……………あ、誰かセントラルの地図持ってきてくんない?」

 

ここまでずっと資料を眺めて黙っていたマーシュがふいに口を開いた。

 

「……地図?」

 

「なんで今地図がいるんだよ?」

 

「マルコーが言ってたろーが。真実の奥の更なる真実ってよ。賢者の石の材料が人間なのが、真実。じゃあ、更なる真実は?」

 

その言葉にエドワードがハッとする。確かにマルコーは自分たちにそう言った。ならば、この賢者の石の材料だけじゃない、何かがある。

 

「手始めに軍の研究施設を調べる。だから地図を見たい」

 

マーシュがもう一度催促すると、アルフォンスが動き出し、今いるセントラル周辺の地図を持ってきた。

マーシュがそれを机の上に広げ、皆がそれを覗き込む。

 

「つっても、国家錬金術師になってすぐにこの辺の研究施設はだいたい見たけど、目ぼしい研究はしてなかったよーな……」

 

研究施設の場所を順に見やっていくエドワードの目が、ふと一点で止まる。

それと同時にマーシュもその一点を指で指した。

 

「「ここだ」」

 

「第五研究所……?」

 

「ここは現在使われていないはずですが……」

 

「刑務所が隣にある」

 

「死刑囚とかなら材料にしても足もつかないからな」

 

マーシュとエドワードの言葉にロス少尉とブロッシュ軍曹がげんなりとする。

 

「……材料……」

 

「んな顔しないでよ、こっちだって嫌なんだからさ」

 

「さて、どうする?」

 

「どうするって……行くしかないだろ」

 

「まさか忍び込む気ですか!?」

 

「人聞きの悪い。ちょっと無許可で中を見学するだけだ」

 

「つまり忍び込むんじゃないですか!!ダメですよ、ダメダメ!軍の施設に侵入なんて、さすがに見過ごせな……」

 

「許可なんざ取ってたらその間に大事なもんは隠されちまうだろうよ。それともアレか?人間を材料にするのはいいが廃墟に入るのはダメなのか?」

 

マーシュが強めの語気でそう言うと、ロス少尉もブロッシュ軍曹も押し黙ってしまう。

当然、規律を守る軍人としては彼らを止めるべきなのだろうが、自分たちが拠り所とする軍が人体実験をしているのかもしれないのだ。それを見過ごしたくはない、しかし一介の軍人にどうにかできる問題ではない。

 

「今ここで、決めろ。お前らが、どうしたいか。俺はエドたちを助ける」

 

マーシュはなおも強い語気でそうぶつけると、椅子にどかりと座った。二人の返答を待っているのだろう。

 

二人が何というべきか言葉を選んでいると、エドワードが二人の前に進み出た。

 

「何かあったらオレが責任を取る。だから、行かせてくれないか?」

 

覚悟を秘めたエドワードの目を見て、ロス少尉が肺の中の空気を全て吐き出すほどのため息をつき、ブロッシュ軍曹はバチンと自分の両頬を叩く。

 

「……責任を取るっていうのはね、大人が使う言葉よ。あなたたちはまだ子供なんだって事を認識しなさい。わかりました、私たちも協力します。責任も、私たちがとります。ただ、アームストロング少佐に報告だけさせてください」

 

「ええっ!?いや、そんなの……」

 

「俺たちはあなたたちを信用して、協力します。だから、決して無理はしないように」

 

そう言い、ブロッシュ軍曹がニカッと笑う。

 

「「……ありがとうございます!!」」

 

マーシュも笑い、二人の肩を叩くのだった。

 

 

ーーー

 

「フゥム、ここでそのような非人道的な実験が……」

 

時刻は深夜。アームストロング少佐と共に、エルリック兄弟とマーシュは第五研究所の近くへとやってきた。

 

「……少佐、一応もっかい言っとくけど、()()だからな?わかってるよな?」

 

「わかっておる!吾輩に任せるがよぉい!!!」

 

「絶対わかってねぇよ静かにできねぇよ!!」

 

先ほど、ロス少尉から賢者の石の事実を聞いたアームストロング少佐は涙しながらエドワードへと抱きつき、「なんという悲劇か!!吾輩も協力は惜しまん!!!」と雄叫び、共に潜入することになったのだった。ちなみにエドワードの腰は今も悲鳴をあげている。

 

「……あのイシュヴァールの時から、違和感は感じてはいた。もし軍が、今もなお過ちを犯しているのであれば……吾輩は、今度こそ戦う。もう同じような後悔をするわけにはいくまい」

 

そう言ってアームストロング少佐はマーシュに対して笑いかける。

マーシュも笑みを浮かべ、アームストロング少佐の胸に拳をポンと当てた。

 

「そんじゃまぁ、いっちょ忍び込みますか!」

 

 

「表には見張りがいるみたいですね……」

 

「ハッ、使ってない研究所を見張るとは、よっぽど暇なのか、それとも見られちゃいけないもんがあるのか……」

 

マーシュが皮肉げに笑いながら、ここに何かあることが確実になったことを暗に伝える。

 

「どうする?塀に錬金術で扉を作るか?」

 

「いや、錬成反応の光でバレちまう可能性がある。乗り越えよう」

 

 

 

アルフォンスがアームストロング少佐に肩車されながら、塀の上の有刺鉄線を外していく。

 

「兄さん、ボクこの姿になってから初めて肩車されたよ!」

 

「まぁ、アルを肩車できる人間って限られてるだろうしな……」

 

「お主らも鍛えるがよい!吾輩のようになれるぞ!」

 

「「結構です」」

 

アルフォンスが有刺鉄線を外したところへマーシュとエドワードがアームストロング少佐を踏み台にして侵入する。

そして塀の上からアルフォンスがアームストロング少佐を引っ張り上げ、無事全員研究所の敷地へと入ることが成功した。

 

「さ、て、と……どっから入るか」

 

扉がないか、研究所を見渡す一行。

 

「む、この通気口から入れそうだぞ」

 

「これは俺らじゃ無理だなぁ、エドならいけるか?」

 

「そうだなオレなら…………誰が豆粒ドチビじゃぁ!!」

 

「言ってねえよ」

 

アルフォンスを足場にしてエドワードが通気口に入る。

通気口はかなり狭く、おそらくマーシュは詰まってしまうだろう。

アルフォンスとアームストロング少佐は論外である。

 

「なんとかいけそうだ、オレはこっちから入ってみるからアルたちは別の入り口探してみてくれ」

 

「む、一人で行くのは危険だぞ」

 

「二手に別れたほうが効率的だ。四人でぞろぞろ歩いても見つかりやすくなるだけだろうし。ただでさえデカイのが二人いるんだ」

 

「好きでデカくなったんじゃないやい!」

 

「むぅ……、エドワード・エルリック、けして無理はするでないぞ」

 

「そうだよ兄さん、無茶しないでよ」

 

「そーだそーだ、無謀なことするなよー」

 

「お前らはオレをなんだと思ってるんだ!」

 

プンスカという擬音をたてながらエドワードは通気口の奥へ進んでいった。

 

三人が建物に沿って歩いて行くと、裏口だろうか、扉を見つける。

マーシュが開けようとするが、当然というか、鍵がかかっていた。

 

「鍵がかかってますね」

 

「フム、任せるがよい」

 

アームストロング少佐が進み出て、鍵をガチャガチャと弄りだした。

10秒ほどで、ガチャリと扉が開く。

 

「アームストロング家に代々伝わりし鍵開け術である!」

 

「…………まぁ、助かった、ありがとう」

 

果たして代々伝える技術の中に鍵開けというスキルは必要なのか、というツッコミを飲み込んで、礼を言うマーシュ。アルフォンスも微妙な顔をしている。ように見える。

 

研究所の中は瓦礫が散乱していたが、足元が見える程度の明かりがついていた。

 

「明かりか。誰か使ってるみたいだな」

 

「賢者の石を作っているんでしょうか……」

 

三人がしばらく廊下を歩いていく。分かれ道ではマーシュが「勘だ」と言いながら即決した道を進む。かなり歩いて、アルフォンスが「道合ってるんですか…?」と聞こうとしたそのとき、マーシュがふと立ち止まった。

 

「マーシュ?」

 

 

 

マーシュの視線の先、廊下の先には一人の女が立っている。

 

 

 

「泥の錬金術師と、鋼の錬金術師の弟。……さらに豪腕の錬金術師ね。なかなか豪華なメンツね。鋼の錬金術師は別ルートかしら」

 

黒髪、黒服、巨乳、龍が円を描いている入れ墨。

この特徴をマーシュは、知っている。偶然では、ないだろう。

そしてこの場所にいる時点で一般人でないことも確定した。

 

「美人ですねお姉さん、お食事でも一緒にいかが?」

 

「残念だけど、開口一番にナンパする男とこの研究所の侵入者とは付き合うな、ってお父様に言われてるの」

 

「はぁ〜あ、こいつはとんだ箱入り娘だぜ」

 

わざとらしくため息をついて肩をすくめるマーシュ。しかし今の返答でマーシュは女を黒だと断定した。

 

「二人とも、多分こいつ図書館放火の犯人だ」

 

「えっ!?」「なに!?」

 

「あら、バレてるの?どこで見られたのかしら……。悪い子は後でちゃんと……

消 し て おかないとね?」

 

ペロリと唇を舐めるその様はあまりにも妖艶で美しく、並の男なら見惚れてしまうだろう。

だがマーシュの中では警鐘が鳴り響いている。この女は、ヤバイと。

 

「人柱候補ではあるけれど……。色々嗅ぎ回ってるそうね?面倒だし今のうちに……

 

摘んでおこうかしら」

 

蹴りや殴りなど絶対に届かない位置から、女が腕を振るう。

普通なら、この距離で腕を振るっても相手には微風すら届かない。

普通じゃないのは、その女の爪だった。

 

咄嗟にマーシュがアルフォンスを後ろに蹴り飛ばし、自分は床に伏せる。アームストロング少佐も何か感じ取ったのか、後ろに大きく跳んだ。

次の瞬間、女から伸びた爪が、マーシュの頭があった位置を横に薙いだ。

壁まであっさりと貫通し、少なくともあの爪は人体程度なら軽く刻めるほどの切れ味はあると証明された。

リーチは最低10メートル。切れ味は上等な剣以上。構え方から、おそらく右手も左手も伸びる。さらに言えば、かなり殺し慣れてる。

今の一撃でわかった情報をインプットしながら、マーシュがアルフォンスを引っ張りながら下がる。

 

「っおいおい、爪伸ばしすぎだろ!切った方がいいぜ!」

 

「あら、レディの身だしなみにケチをつけるなんて、ひどいわね」

 

女がマーシュたちに悠々と近づきながら爪を振るう。

それをマーシュは曲芸師のようなポーズになりながらギリギリのところでかわす。

 

「アル、アレックス、出口まで走るぞ!こいつはヤバイ!!」

 

「は、はい!」「仕方あるまい!」

 

全員今来た道を全力で引き返す。

背中からはヒュンヒュンと爪が空を切る音が聞こえてくる。

必死で後ろを振り返りつつ攻撃をかわして走りながら、マーシュの表情も焦りが見える。

足への薙ぎ払い。ジャンプして回避。

刺突。体の向きをかえて回避。

振り下ろし。横っ飛び。

左右からの横切り。伏せ。

 

女の爪が、空振る度に壁や床を容易く切り刻んでいく。このぶんだと、アルフォンスの鎧すらも細切れに出来るかもしれない。アームストロング少佐の錬金術も、あくまで鉱物の形状変化なので、ガードは不可能だろう。

 

かわして、走って、走って、かわして、ようやく目の前に出口が現れる。

 

「出口だ!外でロス少尉が車を用意しているはずだ、そこまで走……」

 

しかしドスゥン!という音がして、天井から誰かがマーシュたちの前に立ちはだかった。

でっぷりとした体格で、獰猛な笑みから溢れる舌には先ほどの女と同じ、自分の尾を噛む龍のタトゥーがある男。

敵であることは明白だった。

 

「ラスト、こいつら、食べていい?」

 

「ええ、いいわよ。食べ残さないようにね?」

 

ラストと呼ばれた女の言葉で、太っちょの笑みが更に広がる。

死の気配が、この場に満ちていた。




そろぼちストック切れです。
のんびりとお待ちください。


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脱出

「おまえ、肉硬そう。おまえ、鎧邪魔。おまえからくってやる〜」

 

太った男がアームストロング少佐とアルフォンスとマーシュに順に目を向けながら言い、そしてマーシュへと口を大きく開けて飛びかかった。

あわやこいつの口も伸びるのかとマーシュは身構えたが、どうやらただの噛み付きのようだ。

その大きく開いた口を顎の下から蹴り上げ、さらに顔面を蹴り飛ばす。

 

「あう〜いたい〜」

 

鼻を押さえながらよろめく太っちょ。しかしすぐに回復しまた襲いかかってくる。

 

「ノーダメ!?」

 

しかし横の壁から筋骨隆々の腕のようなものが飛び出し、太っちょを押さえつけた。

アームストロング少佐が錬金術で壁を変形させたようだ。

この際造形に関して文句は言うまい。

 

「出口まで走り抜けろ!」

 

「私を忘れてもらったら困るわね」

 

出口へ向かおうとした三人の後ろから、ラストと呼ばれた女が両手の爪を振るう。

マーシュだけならともかく、アルフォンスと少佐の巨体では回避不能な軌道。絶対に三人のうちの誰かに当たる。

 

「さ、せるかよぉぉぉ!!」

 

しかしマーシュが床をダァンと踏みつけると、爪が軌道を変え、天井に突き刺さった。見るとラストが体勢を崩している。

 

「!?これは……」

 

ラストの顔が驚愕に染まる。その目は自分の足元へ向いていた。

踵が、床に沈んでいる。そのせいで体が上を向いたのだ。

 

「走れ!!」

 

その隙に太っちょの横を走り抜けようとするアームストロング少佐とアルフォンス。

だがその瞬間、太っちょが石の腕をぶち壊し、アームストロング少佐の頭を掴んで壁に叩きつけた。

 

「ぐぬぁ!!な、んて力だ……!」

 

「少佐!」

 

「いっただきまーす」

 

アームストロング少佐の頭を丸かじりにしようと太っちょが口を開いたところに、マーシュの蹴りが炸裂した。

太っちょがころころとまた出口のほうへと転がる。

 

「癪なことをしてくれるじゃない!」

 

そこへラストが崩れた姿勢で無理やり爪を伸ばす。その先にいるのは、蹴りの直後のマーシュ。

 

「や、ばっ……」

 

かわせない。

 

滅多に外れないマーシュの直感がそう告げる。

少しでもずらそうと体を捻り、次に来るであろう激痛を覚悟した。

 

「マーシュ!!!」

 

だが、マーシュが自分の肉を貫かれる音を聞くことはなく、代わりに金属音が廊下に響き渡る。

アルフォンスが間に入ったのだ。

自分の鎧にラストの爪が刺さった瞬間体を動かし、ラストの手ごと無理やり軌道を変えた。

脇のあたりを爪が貫通しているが、アルフォンスに生身の体はない。痛みはないだろう。

 

「どきなさい!!」

 

ラストが苛立ったように爪を振り払う。その斬撃は鉄の鎧を易々と切り進み、アルフォンスの上半身と下半身をぱっくりと二つに分けた。

 

「アルフォンス・エルリック!!大丈夫か!?」

 

「うっそ!!?無事かアル!真っ二つはセーフなのか!?生きてるか!?」

 

「大丈夫だから取り乱さないで……」

 

真っ二つになった知人を見て取り乱すなというほうが無茶ではある。

 

「はやくくわせろー!」

 

しかし敵は待ってはくれず、またもや太っちょがマーシュへと噛みつきにかかる。

 

「今、おまえに構ってる暇は……」

 

マーシュは太っちょの下へと潜り込み、背負い投げのようにその体を。

 

「ねぇんだよ!!」

 

「ちょっ」

 

投げ飛ばした。

先にいるのは、身動きがとれないラスト。

べしゃりと、太っちょのボディプレスがラストに炸裂した。

 

「とりあえず何ともないんだな、アル!」

 

「歩けないことを除けば大丈夫!」

 

「よし、じゃアレックス、壁作れ!作ったらアルの下半身持って大きく息を吸って俺に掴まる!!」

 

マーシュの指示に、ノータイムで従うアームストロング少佐。

地面を殴りつけ、マーシュたちとラストたちの間に壁が立ち塞がった。

 

「時間稼ぎにもならないわよ!」

 

ラストが、太っちょをどかしながら、目の前にできた壁を切り崩し、その先にいるであろう三人へとその凶刃を振るおうとして……

ラストの動きが止まった。

振るう相手がいなかったからだ。

さっきまで三人がいた場所には誰もいない。あの重そうな鎧を担いで今の一瞬で出口まで走るのは無理だ。

 

「……グラトニー、においは?」

 

出てきた太っちょが、クンクンと鼻を動かす。

 

「わかんない。どっか行った」

 

「……泥の錬金術師、ね。やるじゃない」

 

ラストが、さっきまで三人が立っていた地面を見つめて目を細めた。

 

「……あとグラトニー、引き抜いてくれないかしら」

 

ラストが、自分の足が沈んでいる地面を見つめて目を細めた。

ーーー

 

「「ぶはぁっ!!」」

 

研究所の敷地外、塀の外でマーシュとアルフォンスとアームストロング少佐が()()()()顔を出した。

 

「ぜぇー、ぜぇー、死ぬかと思った……」

 

「地面の液体化……。速さも精度も、とんでもない……」

 

息も絶え絶えなマーシュとアームストロング少佐に対し、アルフォンスは別段疲れている様子はない。当然だ、アルフォンスの鎧の体は呼吸を必要としないのだから。マーシュは研究所の中からここまで、息を止めて、アルフォンスと少佐を引っ張りながら地面の中を進んできたのだ。

言うのは簡単だが、それをこなすのにどれほどの過程が必要なのか。

地面を液体化してアルフォンスと少佐を連れて飛び込み、追われないように廊下の地面をもう一度固体化。そして地面の中で、更に自分の進む方向の地面を液体化。もちろん地面の中なので、何も見えない暗闇だ。一歩間違えれば土の中で窒息死である。

マーシュの技術と精神力に、アルフォンスは戦慄する。

そしてふと疑問が湧く。先ほどまでのマーシュの錬金術は、とても真似はできないが理解は出来るものだった。だが、納得がいかない点がある。マーシュは()()()()()()()()()()

 

「マーシュ、もしかして兄さんと同……」

 

アルフォンスが疑問をぶつけようとした瞬間、研究所で爆発音が鳴る。そして建物が音を立てて崩壊していく。

 

「ぬ、なんだ!?」

 

「……兄さんが!!兄さんがまだ中に!!」

 

アルフォンスが、瓦礫が降り注ぐ研究所へと向かおうとする。が、今のアルフォンスには腰から下がない。ガシャガシャと腕で地面を掻くだけだ。

マーシュがそれを止めようとして、ふと誰かがこちらへ来ているのを見つけた。

 

「ちわーす、荷物お届けにあがりましたー」

 

「兄さん!?」

 

黒い短パン、黒い服、黒い髪で黒いバンダナの中性的な少年が、気絶したエドワードをかついできたのだ。

 

「命に別状はないけど、早く病院に入れてやってね。ほんともう、しっかり見張っててよね、貴重な人材なんだから」

 

黒い少年は、不満げにそう言いながらエドワードをアルフォンスに渡してきた。

入れ替わりでロス少尉とブロッシュ軍曹がやってくる。

 

「あ、皆さん!!早く、こっちへ!」

 

「あ、はい!君も早く……あれ?いない……」

 

アルフォンスが黒少年へ逃げるよう促そうとしたが、その姿はもうなかった。

マーシュが、崩壊する研究所のほうを見ながら呟く。

 

「あいつも、ウロボロスの入れ墨か……」

 

「マーシュ殿も急いで!」

 

そして崩れゆく研究所を背に、一行は脱出に成功したのだった。



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見舞

いつかどこかの、だれかの記憶。

 

「約束?」

 

「ああ、約束は守らなきゃいけないものだ。絶対に守りなさい。できないと思った約束はしないこと」

 

「わかった!」

 

「じゃあ最初の約束だ。『約束は守ること』」

 

「約束は、守ること!約束!」

 

それは、誓いか。それとも、呪いか。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ぃよお、色々あったそうだな」

 

ここはセントラルの病院。マーシュが、エドワードは二日ほど入院すると聞いたので、お見舞いにきたところ、受付でヒューズ中佐が声をかけてきた。半分はエドワードのお見舞い、半分は研究所の件の事情聴取だろう。二人とも目的地は同じため、並んで歩き出す。

 

「ん、マースか。まぁ、俺の方はちょっと女に刺されかけただけだ」

 

「おいおい、付き合う女はちゃんと選べよ。俺の嫁さんを見習え!グレイシアなら何が起きても俺を刺したりしない!いや、だがグレイシアになら殺されてもいいな……。いやいや、エリシアちゃんを置いて死ぬわけには……!あぁっ!泣くなエリシアァ〜〜〜!!」

 

「丁度よかった、ここは病院だ。頭診てもらえ」

 

「ハッ、家族への愛の熱を!生涯治療する気は無いぜ!?」

 

自慢気に笑うヒューズ中佐の言葉を、マーシュは呆れた顔で流す。

ふとヒューズ中佐が真面目な顔になる。

 

「それで、エドの怪我は大丈夫なのか?第五研究所の爆発に巻き込まれた、としか聞いてないんだが」

 

「んー、骨とかを少しやられたぐらいだと思うぞ。多分目が覚めたらピンピンして……」

 

『そんな牛から分泌された液体なんぞ飲めるかー!』

 

『飲まなきゃ大きくならないよ兄さん!』

 

『だからあんたチビなのよ!』

 

『だぁれがミジンコドチビかぁーーー!!!』

 

エドワードの病室の中で、期待通りぎゃいぎゃいと騒いでいるのを聞いて、二人は顔を見合わせて笑う。

 

「よぉエドワード!病室に女連れ込んでるって!?」

 

「不純異性交友はお父さん認めませんよ!!」

 

扉を開け放つやいなやヒューズ中佐とマーシュがエドワードを全力でからかいにいく。

それを聞いてエドワードがベッドから転げ落ちた。

ちなみにベッドの隣にはウィンリィとアルフォンス、ブロッシュ軍曹、ロス少尉が立っている。

アルフォンスはエドワードが目を覚ましてからすぐに直したようだ。

 

「機 械 鎧 整 備 士!!あと誰がお父さんか!!」

 

「そうか整備士をたらしこんだか」

 

「避妊はちゃんとしろよ」

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

「傷口開くよ兄さん」

 

マーシュとヒューズ中佐の同時攻撃に、エドワードが言葉にならない呻き声をあげながら頭を抱えて悶絶。

これ以上は傷に障ると思ったのか、ヒューズ中佐とマーシュも追い討ちは自重した。

 

「あー……ウィンリィ、このおっさんはヒューズ中佐」

 

「ウィンリィ・ロックベルです」

 

「マース・ヒューズだ、よろしくな」

 

ウィンリィとヒューズ中佐は初対面のため、軽く自己紹介をしてから握手を交わした。

 

「仕事はいいのかよ」

 

「心配御無用!!シェスカに残業置いてきた」

 

「鬼か」

 

「こんな上司だけは持ちたくねぇな」

 

グッと親指を立てるヒューズ中佐を見て、この部屋にいる全員がシェスカへ同情した。

 

「今日来たのはお前さんの見舞いともうひとつ。もうじき警戒が解除されそうだ。護衛も解けるぜ」

 

「本当!?やーっと解放されるよ!」

 

「もう無茶はダメだからね」

 

「全く、結局一人になっちゃ少佐がついていった意味がないでしょうに……」

 

「う、は、反省、してます」

 

ジト目で睨むブロッシュ軍曹とロス少尉にたじたじするエドワード。先ほども軽く説教されたようだ。

 

「護衛!?あんたどんな危ない目にあってるのよ!」

 

「い、いやまぁなんだ!気にするな!」

 

「……そうね。どうせあんたら兄弟は訊いたって言わないもんね」

 

ウィンリィがエドワードに詰め寄るが、エドワードは目をあらぬ方向に逸らす。わかっていたかのように、ウィンリィがひとつため息をついた。

 

「じゃあまた明日ね。あたしは今日の宿を探しにいくわ」

 

「そうだ!なんならうちに泊まってけよ!」

 

「えっ?でも初対面の人に迷惑かける訳には……」

 

「気にすんなって!うちの家族も喜ぶ!よしそうしようそれでいこう」

 

「ちょっとーーーーー…………」

 

瞬く間にウィンリィはヒューズ中佐に引きずられて病室を出ていった。

 

「人さらいかあのおっさんは…」

 

アルフォンスが何かを思い出したかのように手を叩く。

 

「あ、そうだマーシュさん!聞きそびれちゃってたんですけど、マーシュさんももしかして錬成陣なしで錬成できるんですか?」

 

「なに!?マーシュもアレを見たのか!?」

 

「ん?アレってなんだ?錬成陣なしの錬成なんてできねーぞ俺は」

 

「え、でもノーモーションで錬成してましたよね?」

 

「んー、まぁ、見たほうが早いな。ほれ」

 

そう言ってマーシュが靴の裏側をエドワードたちに向ける。

その靴の裏には模様がビッシリと書かれていた。

 

「これは……錬成陣か」

 

「なるほど、靴の裏に……。つまり足がついていればそれで錬金術を発動できるのか」

 

「そういうこった。俺の錬金術との相性も良いし、あと楽だ」

 

「マーシュの錬金術って?」

 

エドワードが聞くと、

マーシュが何も言わずエドワードの前に置かれたトレーから牛乳を掴み、ゴクゴクと一気飲みする。

 

「あ、ダメだよマーシュ、兄さんに飲ませないと!」

 

「いやいや気にすんな!あーだけどマーシュが全部飲んじまったら俺もう飲めねぇなぁ!」

 

嬉しそうなエドワードを傍目にマーシュが牛乳の空き瓶を手から離し、瓶が床へと落下していく。

 

「!?何やって…」

 

エドワードとアルフォンスは頭の中で、数瞬後に床とぶつかり粉々に砕け散るガラス片を想像する。

しかし瓶はまるで池にでも落ちたかのように、チャポンと音を立てて床に沈んでいった。

 

「こういう錬金術だ」

 

マーシュが床に手を突っ込み、瓶を引きずり出す。そしてトントンと床を足でならした。

アルフォンスがさっきまで瓶が沈んでいたあたりの床を手で叩くが、床からは固いものの感触と音しか返ってこなかった。

 

「地面の液体化……いや、地質の変化か?一度分解して成分を変えた?水分……」

 

マーシュの錬金術の構成を、エドワードがぶつぶつと呟きながら考察し始める。

 

「さて、あんまり病室に居座るのも何だしそろそろお暇するか。アレックスがそのうち来るみたいだから、その時にまた情報を整理しようぜ」

 

うんうんと唸っているエドワードを背に、マーシュが病室を出て行く。

そして、すぐに戻ってきた。

 

「忘れてたエド、ほれ、お見舞い品」

 

そう言ってマーシュは、先程飲み切った瓶の倍の大きさの牛乳をエドワードの目の前にドンと置いた。

 

「え"」

 

「牛乳飲んだら背が大きくなる、とは言えないが体に良いのは確かだ。飲め」

 

「うん、飲もうね兄さん」

 

「イヤじゃーーーーー!!!!」

 

「先程からうるさいですよエルリックさん!!」

 

堪忍袋の緒を切らした看護婦さんによって、エドワードはお説教と牛乳を食らうことになるのだった。

 

 

ーーーーー

「それで、こいつに蹴られた後は覚えてない」

 

「賢者の石の錬成陣、ウロボロスのタトゥーを入れた少年と女性とデブ、鎧に魂を定着させられた囚人……。ただの石の実験にしては謎が多いですな」

 

「今や研究所はガレキの山だしなぁ」

 

エドワードの病室に集まったマーシュ、アルフォンス、ヒューズ中佐、アームストロング少佐は、先日の研究所での情報を共有した。

女と太っちょの情報は、アームストロング少佐の代々伝わりし似顔絵術で写真と見紛うほどの絵画付きだ。

 

「女の方は多分図書館燃やした犯人だ。名前はラスト。偽名かはわからん。それとそいつら、多分かなり人を殺してる。殺そうとすることに抵抗がまるでなかった」

 

「すごい切れ味の爪が自在に伸びて襲ってきました。太い奴は、すごい力で、執拗に少佐やマーシュを食べようとしてました」

 

マーシュとアルフォンスがそれぞれの情報も伝える。

どちらも、死の危険を充分過ぎるほどに感じたことも。

 

「軍法会議所で犯罪リストでも漁るか?」

 

「我輩はマルコー氏の下で石の研究に携わっていたと思われる者たちを調べてみましょう」

 

ヒューズ中佐とアームストロング少佐がこれからの方針を決めようとしていると、病室にノックの音が響いた。

そして、病室に入って来たのは眼帯をつけ軍刀を携えた初老の男性だ。この国で、この男を知らないものはいないだろう。

 

「キング・ブラッドレイ大総統!!!???」

 

「ああ静かに。そのままでよろしい」

 

「何でここに!?」

 

「何ってお見舞いだよ。ほれメロン」

 

「あ、ども……じゃなくて!!」

 

「君がマーシュ・ドワームス君か。会うのは初めてだな。イシュヴァールの活躍は私の耳まで届いておったよ」

 

「……どうも」

 

マーシュが軽く会釈する。だがその目はブラッドレイ大総統から離さない。

 

「……軍上層部を色々調べているようだなアームストロング少佐。私の情報網を甘く見るな。そしてエドワード・エルリック君。『賢者の石』だね?」

 

ブラッドレイ大総統の言葉にエドワードが体を震わせる。

アームストロング少佐も冷や汗をかいているようだ。

 

「どこまで知った?場合によっては……」

 

場に静寂が訪れる。誰も言葉を発することもできないプレッシャーが大総統から放たれる。そして数瞬の後、

 

「冗談だ!そうかまえずともよい!」

 

大総統の笑い声によってその静寂が破られた。皆一様に呆けている。

 

「軍内部で不穏な動きがあることは知っている。どうにかしたいとも思っている。だが……」

 

大総統が、アームストロング少佐が調べてきた、賢者の石の研究者の名簿を手に取りパラパラとめくる。

 

「この者達全員行方不明になっているぞ。第五研究所が崩壊する数日前にな。敵は常に我々の先を行っておる。そして私の情報網をもってしてもその大きさも目的もどこまで敵の手が入り込んでいるかも掴めていないのが現状だ」

 

「つまり、探りを入れるのはかなり危険である……と?」

 

「うむ」

 

大総統がエドワードたちのほうに向き直り、一人ずつ順に顔を見ていく。

 

「ヒューズ中佐。アームストロング少佐。エルリック兄弟。マーシュ・ドワームス君。君たちは信用に足る人物だと判断した。そして君たちの身の安全のために命令する。

これ以上この件に首を突っ込むこともこれを口外することも許さん!!」

 

また大総統からプレッシャーが放たれる。有無を言わせない迫力が、大総統の言葉にはあった。

 

「誰が敵か味方かもわからぬこの状況で何人も信用してはならん!軍内部すべて敵と思いつつしんで行動せよ!

……だが!時が来たら存分に働いてもらうので覚悟しておくように」

 

大総統がニッコリと笑うと同時にその場の空気が弛緩した。

そしてアームストロング少佐とヒューズ中佐は慌てて敬礼する。

 

「「は…はっ!!」」

 

「閣下ーーーっ!!大総統閣下はいずこーーーっ!」

 

「む、いかん、うるさい部下がきた。仕事を抜け出してきたのでな。それでは、失礼」

 

廊下から響いてきた声から逃げるように、ブラッドレイ大総統は窓から出て行った。

 

「………………嵐が去ったな」

 

「いやほんと、びっくりした……どうした、マーシュ?」

 

マーシュが、いまだブラッドレイ大総統が出ていった窓を険しい顔で見続けている。

 

「いや……なんでもない」

 

「……?」

 

そこで、扉からウィンリィが入ってくる。手には封筒を持っている。

 

「エドー、頼まれた切符買ってきたよー」

 

「おうサンキュー」

 

「む、もう行くのか。まだ怪我も治りきっていないだろうに」

 

「ここにいたら毎日牛乳を飲まされる……。明日には中央をでるよ」

 

エドワードがマーシュを恨めしげに横目で見ながら封筒を開け、切符を確認する。ちなみにマーシュは今日も牛乳を見舞い品に持ってきた。

それをヒューズ中佐が横から覗き込む。

 

「どこいくんだ?ダブリス?」

 

「えっとね、このあたりだね。南部の真ん中」

 

「師匠に会いにいくんだ」

 

アルフォンスが資料の中から地図を持ってきて広げ、指差した。

それを見ていたウィンリィが突然大声をあげる。

 

「あー!!ダブリスの手前!ラッシュバレー!!機械鎧技師の聖地!!ずっと行きたかったの!!私も行く!」

 

「いや、勝手に行けばいいだろ……」

 

「誰が私の旅費払うのよ」

 

「たかる気か!」

 

「つれてってつれてってつれてってつれてけ!」

 

「いいんじゃない?ついでだし」

 

「別に金にも困ってないんだろ?」

 

「しゃーねーなー」

 

アルフォンスとマーシュに言われ、仕方なくといった様子で受け入れるエドワード。

 

「じゃばっちゃんに電話してくる!」

 

「元気だね〜」

 

「いい嫁さんになるぞ。俺の嫁さんほどじゃないけどな」

 

「あーあんな嫁さんを貰えるやつは幸せなんだろうなー。なぁ?」

 

「オレに言うな!!そしてさり気にのろけんな!!」

 

ーー

 

ヒューズ中佐とアームストロング少佐も仕事に戻っていき、病室はマーシュとエルリック兄弟だけとなった。

 

「あ、そういえばマーシュはどうするの?ダブリスに一緒に行く?」

 

「ん?んー、俺は中央に残るわ。お前らのお師匠さんに興味はあるけどな」

 

「そっ、か。じゃ一旦お別れか」

 

「また会えたら協力してやるよ。元の身体に戻ること、諦めてないならな」

 

「ったりめーだ!」

 

「ならよし」

 

ニカリと笑うマーシュを見て、エドワードが少し目を伏せる。

 

「……マーシュはさ、なんで……」

 

「ただいまー、ばっちゃんの許可ももらったよ!」

 

エドワードが何かを言いかけたタイミングで、ウィンリィが電話を終えて戻ってきた。

エドワードが口をつぐむ。

 

「おお、おかえり。んで、なんだエド」

 

エドワードに向き直り、言葉の続きを促すマーシュ。

 

「ん、なんでもない」

 

取り繕ったように笑うエドワードを、マーシュは不思議そうに眺めるのだった。




だいぶ間が空いてしまいました。ごめんなさい。言い訳はしません。
このところリアルが忙しいとか、主人公の過去編を長々と書いていたとか、それが気に入らなくなって全削除したとか、ストック切れたから遅くなるっていったしセーフだよねとか、言い訳はしません。
これは私の技量不足のせいでございます。

そしておそらく次もかなり遅くなると思います。
次の話あたりから、かなり原作から逸脱することになるので、
どないしよかなと思ってる次第です。

楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありませんが、
どうか気を長くしてお待ちください。


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浮気

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

「それで、カールったら『俺に勉強を教えてくれ』なんて言うんだ。こっちは忙しいっていうのに」

 

「そうか。確かカールはお前がバルキー達に殴られそうになった時助けてくれたんだったよな」

 

「そうだけど?」

 

「じゃあ、助けてやりな。助けて貰ったら助けてやれ。友達はとりあえず助けてやれ」

 

「えー…」

 

「お前の手が空いているなら助けてやれ。後々きっと良いことがある。約束できるか?」

 

「んー……わかった。『友達は、助ける』。でも、友達って、何をしたら友達?」

 

「あー、そうだな……。お前が、こいつとなら仲良くできると思った奴でいいんじゃないか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ヒューズ中佐は今、息を切らしながら夜の街を走っていた。

息が上がっている理由は、走っているからだけではなく、肩を鋭利なもので貫かれたからでもある。

先ほど、マーシュ達が第五研究所で出会ったラストという名前の女に襲撃され、軍の資料室から逃げている最中だった。

傷口を押さえながらやっとの思いで公衆電話までたどり着き、マスタング大佐へと電話をかける。

 

「あー!めんどくせー!アンクルシュガーオリバーエイトゼロゼロ!早くロイを出せ!」

 

そのヒューズ中佐の背後から、ロス少尉が銃を突きつけた。

 

「受話器を置いていただけますか、ヒューズ中佐」

 

「……ロス少尉……じゃねぇな。ロス少尉は左目の下に泣きぼくろがあるんだよ!」

 

「ああそうだっけ、ウッカリしてたよ。これでいいかな?」

 

ロス少尉、否、ロス少尉の姿をした誰かが頰に触ると、左目の下に泣きぼくろができた。

 

「おいおい、勘弁してくれ……。家で女房と子供が待ってんだ。こんなとこで死ぬわけにいかねーんだよ!!」

 

懐から出した投擲用の刃物を振りかぶるヒューズ中佐。

だが、その刃が放たれることはなかった。

 

「その女房を刺そうっての?」

 

ロス少尉の姿はなく、そこにいたのは別の女性。

ヒューズ中佐の妻、グレイシアの姿だった。

 

「いい演出だろ?ヒューズ中佐」

 

「っ………ちくしょう………」

 

グレイシアの口角がいやらしく吊り上がり、

 

 

 

 

 

 

夜の街に、銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

銃弾は、地面へと刺さり穴を開けていた。

 

「ヒューズ、付き合う女は選べよ。あんたも、何がきっかけかは知らんが人殺しはよくねーよ」

 

マーシュが、グレイシアの腕を掴んで地面へと下げさせていたからだ。

当然、銃口も下を向き、ヒューズ中佐には当たっていない。

 

「いやほら、世の中にはこいつよりも良い男がごまんといるって。わざわざその後の人生棒に振ることもないだろ」

 

どうやらマーシュは、ヒューズ中佐と女性の痴話喧嘩が発展したものだと勘違いしているらしい。

呆然とするグレイシアとヒューズ中佐だったが、ほぼ同タイミングで我に返り叫ぶ。

 

「マーシュ!!こいつは「仕方なかったのよ!!!この人が、奥さんと別れるって言ったのに!!嘘だったのよ!許せなかったの!!」

 

マーシュに女性の正体を告げようとしたヒューズだが、それ以上の大音声で女が叫ぶ。

今の一瞬でグレイシア-の姿をした誰か-が考えたのは、ここでマーシュを殺すこと。

しかしここでマーシュに警戒されては面倒になる。

スカー相手でも無傷で逃げ切るような男だ。

だから、ヒューズと喧嘩している女だと見せかけ、近づいて刺す。

この姿のままならヒューズは攻撃してこない上、ヒューズの妻に罪をなすりつけられる。

ここまで刹那の間に考えを巡らせ、ヒステリックな女を演じた。

銃を落とし、体を震わせながらマーシュへと体を寄せる。

ヒューズも叫ぼうとするが、傷のせいか満足に声が出せないようだ。

 

「そいつに近「私は、私はただ愛してほしかっただけなのに!!」

 

そして死角で手をナイフ状に変化させ、マーシュの首へと、

突き立てようとした。

 

 

しかしその前に、グレイシアの体がぐらついた。

 

マーシュが、グレイシアの腹を蹴ったのだと、ヒューズ中佐もグレイシアも一瞬理解が追いつかなかった。

 

「重っ!!?10メートルくらい吹っ飛ばす気で蹴ったのに!」

 

「げ、ほっ……な、なんで……?」

 

「あ、あー、ひとつ、俺はヒューズの奥さんの面は知ってる。写真見せてもらったことあるからな。

ふたつ、ぶっちゃけお前の姿が変わるとこ見てた。錬金術なのか?

みっつ、ヒューズの奥さんへの一途さ舐めんなよ。周り全員ドン引きするレベルだから」

 

一本ずつ指を立てて説明していくマーシュ。

 

「いや、想像以上の熱演ありがとうよ。俺と一緒に舞台でも目指さねーか?」

 

軽口を叩くマーシュを睨みつけながら、グレイシアは舌打ちした。

周りの家の住人が、なんだなんだと灯りをつけてこちらを窺っている。

さすがに銃声とあの大声を聞いて誰も来ないはずがない。

人目につくのはいただけない。ヒューズは殺しておきたかったが、マーシュがいる以上それも難しいだろう。

ここは退くしかない。

 

「……このエンヴィー様をコケにしたこと、後悔させてやるよ」

 

エンヴィーと名乗ったグレイシアの姿をした誰かは、素早い動きで夜の闇へと消えていった。

最後までマーシュを射殺しそうな目つきで睨みつけながら。

 

それを見届け、生き残ったことを実感して、ヒューズ中佐が大きく息を吐く。そして、マーシュに向かって笑った。

 

「ドン引きは余計だ」

 

ーー

 

その後マーシュが、繋がったままだった電話の先のマスタング大佐を呼び出した。

「マースが死にかけだ、急いでマースん家まで来い」とだけ伝えられ、電話が切られたマスタング大佐の心境は穏やかじゃないだろう。

ヒューズ中佐の傷を治療することをマーシュが提案したが、ヒューズ中佐が軍の病院に行くことを拒否。民間の病院がこの深夜に開いているはずもなく、仕方なく今はヒューズ中佐の家である。

ヒューズ中佐の妻、グレイシアがヒューズ中佐を慣れない手つきで治療している。

 

「急に血だらけで帰ってくるなんて、あまり心配させないで……」

 

ヒューズ中佐の傷口に巻いた包帯に触れながら、グレイシアが呟く。

本気で夫のことを心配している顔だ。

それを見てマーシュが、念のためにしていた警戒を解く。

そしてこれから先、知り合いと会うたびに本人かどうか確認しなければならないな、と憂う。

 

「とりあえず話はロイが来てから聴く。俺が見張っとくから、少し休んでろマース」

 

「……わりぃな」

 

かなり無理をしていたのか、ヒューズ中佐はマーシュの言葉に素直に従いソファで横になり目を閉じた。

 

「マーシュさん、夫を助けていただいてありがとうございます」

 

「ん」

 

深く頭を下げるグレイシアに、短く返事をするマーシュ。

 

「何かお礼ができればいいんですけど……」

 

「いや、礼なんか……あー、お腹が空いたな。何か食べさせてくれない?」

 

「え、いや、そんな程度じゃ……」

 

「腹が減って死にそうだ。今すぐ助けてほしい。といっても持ち合わせは、マースへの貸ししかない。あぁどうしよう。どこかにマースへの貸しと飯とを交換してくれる命の恩人はいねぇかなぁ」

 

お腹をさすりながらフラフラと倒れる仕草をするマーシュ。

それを見てグレイシアは少し呆然とした後、くすりと笑う。

 

「わかりました、今用意しますね。もう、この人の周りにはお人好ししかいないのかしら」

 

そう言って、ヒューズ中佐の髪をそっと撫でるのだった。

 

ーーー

 

マーシュがグレイシアの手料理を食べ切り、デザートのアップルパイを三回おかわりしたところでヒューズ家のチャイムが鳴った。

マーシュが扉を開けると、そこにはマスタング大佐が顔色を悪くしながら立っていた。

車の全速力ではるばるやってきたらしい。

 

「おお、早かったな」

 

「……それで、どういうことだ。ドッキリでした、なんぞ言ったら焼き殺すぞ」

 

マーシュの顔に深刻さがないことを把握すると、マスタング大佐は息をついたあと、現状の確認を求めた。

 

「ん、まぁ入れ。マースも起こして話そう」

 

 

 

 

 

グレイシアを娘のいる寝室に送り、リビングに集まった三人。

マーシュはまだアップルパイを頬張っていた。

包帯を巻いたヒューズ中佐を見て、マスタング大佐が顔を強張らせる。

 

「それで、ヒューズが死にかけたのは本当なんだな?何があった、全て話せ」

 

「ああ、軍がヤバイっつー話だ」

 

「軍がヤバイ?軍の存在を脅かすほどの何かに襲われたということか」

 

「ちがう。()()()()()がヤバイんだ。人体実験なんざ可愛いもんだった。この国は、とんでもねえことを考えてやがる」

 

「人体実験……?どういうことだ、一から説明しろ」

 

ヒューズ中佐は、マスタング大佐とマーシュに襲撃までの経緯を説明した。

 

「賢者の石の材料が人間、第五研究所で囚人を材料に実験、それを手助けするウロボロスの入れ墨を持つ者たち、か……」

 

マスタング大佐が顎に手を当て瞑目する。軍の不祥事については多少予想はついていたのか、人体実験程度では驚かないようだ。

 

「んでまぁ、俺はマースの周辺を見回ってた。ウロボロスの連中が、賢者の石について知った俺たちを殺しにきた場合、一番ヤバいのがマースだからな」

 

「……賢者の石について知っただけじゃない、俺が狙われたのは多分、()()の本当の狙いに気づいたからだ」

 

そう言ってヒューズ中佐が地図を持ってきて、机の上に置いた。

 

「イシュヴァール。リヴィエア事変。カメロン内乱。フィスクのソープマン事件。ウェルズリ事件。サウスシティ、フォトセットで二回の南部国境戦。ペンドルトンの西部国境戦。……リオールの暴動」

 

言いながら、ヒューズ中佐が一本ずつ地図に丸をつけていく。

 

「なんだ?」

 

「軍が起こした、流血を伴う事件だ。そしてこれを線で繋ぐ」

 

地図に出来上がった模様を見て、マーシュの目が見開かれた。

 

「賢者の石の、錬成陣……!?」

 

「何!?この国全部使って賢者の石を作ろうとしているということか!?」

 

「イシュヴァールもリオールも、違和感の塊だった。不自然に血を流させている。指示を出していた、中央の上層部はおそらく真っ黒だ。……おそらく建国の時から。このために国を作ったんだ」

 

「……大総統も黒か」

 

「まぁ多分黒だぜ。エドの病室に入ってきて俺を見たとき、ホントに一瞬だけど殺意が込められてた。『殺しておこうかな』って目だ。初対面なのに殺意を向けられる理由はない。あるとしたら、ウロボロスの奴らの仲間だけだ」

 

腕を組んで自信満々に告げるマーシュを、二人が疑惑の目で見る。

 

「……それだけか?」

 

「充分過ぎるだろ。俺もお前らも、殺意の篭った目を判別するのは得意なはずだぜ」

 

「……ああ、そうだな。数えきれないくらい殺意は向けられてきた」

 

「まぁ大総統が敵にしろ味方にしろ、信用は出来ねぇってこったな。良かったじゃねぇか、大総統の席が空きやすくなったぜ。とりあえず直近でするべきなのは、敵の把握と味方の増強……、俺ももう少し資料を漁ってみ」

 

「マース、お前明日には家族連れて外国へ行け」

 

額に指を当て、これからの方針を考えようとするヒューズ中佐に、マーシュが有無を言わさぬ強さで告げる。

 

「何を……!?…………ああ、そうか」

 

「不都合な真実を知られた奴らが、次にどうしてくるか……。軍を操れるなら簡単だ。適当に事件を捏造してヒューズを捕まえ、死刑。もしくは、ヒューズの家族を人質にする。それくらいは普通にするだろうよ」

 

「いや、だが、俺は……」

 

「マース」

 

食い下がるヒューズ中佐へ、マーシュは目を真っ直ぐに向ける。

 

「お前は今夜、殺されてた。俺が来なかったら、確実に。多分すぐに今日襲ってきた以上のやつが殺しに来るぞ。自在に変身できるやつもいるから、もう安心できる場所はどこにもない。お前が自分でよく言ってるだろ。トンデモ人間の戦いに巻き込むなって」

 

「っ……!!俺は、足を引っ張るだけか」

 

「いいや。この国の秘密もお前のおかげでわかった。正直まだまだ助けてほしい。だが、お前には守るべきものがあるだろ。お前の家族は、お前しか守れないんだ」

 

「……ロイ、俺は、お前を支えるって約束したよな?」

 

ヒューズ中佐が、縋るように、マスタング大佐へと目を向けた。

マスタング大佐は、少しの間瞑目し、そしてゆっくりと口を開く。

 

「…………家族と共に行け、ヒューズ」

 

ヒューズ中佐の目が、大きく見開かれた。

 

「この件が終わったら帰ってこい。そしてまた、私が頂点に立つために尽力しろ。私が大総統になるためには、貴様が必要だ」

 

ヒューズ中佐は、しばらく口をぽかんと開けていたが、大きくかぶりを振ると、ニッと笑う。

 

「………………ハッ、情けねえことを自慢げに言ってんじゃねぇよ。

だが、未来の大総統サマの命令とあっちゃ逆らえねえな!」

 

立ち上がり、背を向け上を向くヒューズ中佐。

マーシュ達からその表情は窺えない。

 

「俺は、家族のために尻尾巻いて逃げることにするぜ!

 

ありがとな、ロイ、マーシュ」

 

背を向けたまま手を振り、部屋を出ようとしたヒューズ中佐の背中にマーシュが呼びかける。

 

「あ、それはそれとしてこれからの方針のために今夜は話し合おうぜ」

 

「……締まらねぇなぁ」

 

 

そして夜は、明けていく。




というわけで、ヒューズ生存です。
お察しの通り、ヒューズ中佐が生きているだけで原作が10巻分以上ぶっ飛びます。
こんな最序盤で気づいたヒューズ中佐のスペックがヤバヤバのヤバ。
でも仕方ないのです。
書き始める前から「ヒューズは生かす」と決めていたのです。

原作から完全に離れて、次はどうするか決めかねていますが
ハガレン好きな人でも納得いってもらえるような話にできるよう頑張ります。


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決闘

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

「また喧嘩したのか」

 

「だってあいつら、いちいち突っかかってくるんだ。俺たちは錬金術の勉強してるだけなのに」

 

「それで、勝ったのか?」

 

「……三対一だったし、先に殴られたし」

 

「言い訳はしなくていい。いいか、錬金術は確かに便利だが、体も鍛えておけ。どれだけ優れた錬金術を持っていようと、最後にものを言うのは体だ。強くなれ。守りたいものを守れるように」

 

「それは、約束?」

 

「ん、そうだな。じゃあ『毎日強くなる努力をすること』。約束できるか?」

 

「わかった。約束」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将とお見受けする。俺の名前はマーシュ・ドワームス。立ち話もなんだから中に入れてくれ。寒いし」

 

「少将!ポケットに銀時計とマスタング大佐の紹介状が入っていました!」

 

「マーシュ・ドワームス……泥の錬金術師か。入れてやれ。マスタングの紹介状は破り捨てておけ」

 

現在、マーシュはこの国の最北端、ブリッグズ砦で兵に囲まれていた。

砦の上からそれを見下ろす、金の長髪を携えたキツイ目をした美女は、オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将。アレックス・ルイ・アームストロング少佐の姉である。

 

「ほら、歩け」

 

「おっ、とと」

 

砦の周りはいっそう雪が積もっており、ただ前へ進むだけでも一苦労だ。しかしブリッグズ兵は慣れているようで軽くザクザクと進んでいく。

 

「こんなひ弱そうなのが国家錬金術師ねぇ……世も末だな」

 

砦への階段を登りつつ、

モヒカン頭で右手に鋏とチェーンソーを合わせたような機械鎧をつけた厳つい男が、マーシュをジロジロと眺めながら悪態をつく。

 

「わぁ、見た目だけ厳ついチンピラが粋がってる。ブリッグズも大したことねえな」

 

それに対してマーシュがにこやかに罵倒を返し、モヒカンが頭に青筋を立てる。

周りの兵たちも、マーシュを見る目を警戒から怒りへ変えた。

 

「見た目だけかどうか、試させてやろうか!!」

 

モヒカンがそう叫ぶと、右手のチェーンソーが回転を始める。

 

「やめろ」

 

しかしアームストロング少将の声が響き、ブリッグズ兵たちの動きがピタリと止まった。

階段の先では少将が腕を組み仁王立ちしていた。

 

「ただの私闘なら止める気はなかったが……ブリッグズへの侮辱は、すなわち私への侮辱だ。わざわざここへ喧嘩を売りにきた、と見ていいな?」

 

「ここの掟が弱肉強食ってのは聞いてる。だから、俺がアンタに勝ったら、俺の言うことを聞いてくれ」

 

修羅のようなオーラが滲み出すアームストロング少将に、物怖じすることなく言い放つマーシュ。

 

「……よかろう。では、決闘だ。貴様が負ければ、埋める」

 

「……どこに?何を?」

 

「埋める」

 

そう言い、背を向け砦の中へ入っていく少将。

おそらく、山のどこかにマーシュの死体を埋めるという意味でいいだろう。今更ながらマーシュは少し後悔してきた。

 

「おまえ、死んだな……」

 

「命知らずにも程があるだろ……」

 

「まだまだ先長い命だろうに……」

 

ブリッグズ兵の怒りの目が今度は憐憫の目となってマーシュへ注がれる。モヒカンももう怒りを鎮めたようだ。

 

「ふん、俺と戦ってたら片腕ぐらいで許してやってたんだがな。お前もう四肢すら残らんぞ」

 

「心配ご無用。俺も、見た目だけの男じゃないのさ」

 

ーーー

 

ここは、ブリッグズ砦の中、恐らく訓練場のような場所なのだろう。

戦車や大砲があるところを見ると、ここで色々試運転もしているのかもしれない。

ともかく、人二人が戦うには充分すぎるほど広い場所だった。

壁沿いにはブリッグズ兵がズラリと並んでいる。

その中央で、マーシュとアームストロング少将は向かい合う。

そして中心に、アームストロング少将の部下、マイルズ少佐が立つ。

 

「私、マイルズが立会人を務めさせていただきます。時間は無制限。どちらかが戦闘不能となるか、降参を宣言すれば決着。よろしいですか?」

 

「構わん」

 

「ああ。あ、誰か剣貸してくれない?片方だけ武器持ってるってズルくない?」

 

マーシュがブリッグズ兵へ目を向け、手をブラブラさせる。

確かに決闘と銘打っている以上、素手対剣で戦わせるのも不公平だろう。

 

「貸してやれ」

 

「チッ」

 

「ありがとう」

 

アームストロング少将に言われ、一人のブリッグズ兵が渋々自分の剣をマーシュへと手渡す。

マーシュはにこやかにそれを受け取り、中の剣を確認することもなく、鞘に入れたまま構えた。

 

「では……始め!!」

 

瞬間、少将の姿が消えた。否。姿勢を低くしてマーシュへと一気に突っ込んだのだ。その速さはまさしく弾丸。そこらの錬金術師ならば反応すら出来ずに叩き切られて仕舞いだろう。

ブリッグズ兵も嘆息する。少将殿は手加減というものができない。このクソ生意気な男もこれで終わりだ、とそう思っていた。

ギィンと金属音が響くまでは。

 

「悪いが剣はからっきしなもんで……。盾として使わせてもらう」

 

少将の剣を、マーシュが鞘に納めたままの剣で受け止めた音だ。

ブリッグズ兵がどよめき、少将も眉をピクリと動かす。

しかし一瞬で剣を引き、ニ太刀。

またも受け止めるマーシュ。

一合一合、剣がぶつかり合うたびにギィンギィンという音が響き渡る。

一太刀一太刀が一撃必殺。並みの人間には反応も出来ない速さ。仮に受け止めても体ごと吹っ飛ばされるような力が込められている。

それを、受け止めている。名前も聞いたことがないような錬金術師が。

一太刀止めただけなら偶然かもしれない。ニ太刀止めただけなら奇跡かもしれない。では、三太刀、止めたなら。四は、五は、六太刀は。それ以上は。

ブリッグズ兵たちは、自分があの場にいたならすでに2ケタは死んでいる、と戦慄する。

少将は表情を変えることなくマーシュに連撃を加える。

 

横一文字。止めた。右から切り上げ。止める。

蹴りのフェイントを入れて袈裟斬り。まだ止める。

唐竹、上からの振り下ろし。膝を折りつつも止めきる。

前蹴り。後ろへ跳んでかわす。

続いて神速の突き。剣の横腹を鞘で殴って逸らす。

回転した勢いで薙ぎ払い。また止めた。

今度は足を狙って切りはらう。鞘を地面に突き立て止めた。

斬り。防ぐ。突き。躱し。蹴り。受け。払い。

弾き。連撃。止。止。止。止める。

 

同じ剣戟を繰り返しているわけではない。少将の剣は段々速くなっている。フェイントも増え、一瞬たりとも休む隙を与えない。剣も拳も蹴りも頭もフルに使って、敵を斬り殺さんとする。

ブリッグズ兵は、ここまで長く、速く、鬼気迫る顔で、戦っている少将を見たことがなかった。

おそらく、少将の本気。

そして本気の少将でも未だ一太刀も浴びせられていないのが、この国家錬金術師。

もはやこの場にマーシュを侮っているものは一人もいなかった。

ただ手に汗を握り、固唾を飲んでこの勝負の行方を見守っていた。

 

止める。止める。止める。

一瞬たりとも止むことのない少将の剣撃がマーシュへと降り続ける。

止める。止める。止める。

マーシュに余裕はない。むしろ、必死だ。一撃一撃を全力で防ぐ。

止める。止める。止める。

速く、もっと速く。もはや少将の頭の中で、侮辱や決闘云々のことはどうでもよくなっていた。ただ、全身全霊でこの男を、斬る。そのために、速く、もっと速く。

止める。止める。止める。止める。止める。

少将を突き動かすのは、武人の性。ならば、マーシュを突き動かすのは、何だろうか。

 

もう終わりは近い。マーシュは遠目に見てもかなり疲弊しており、汗を滝のように流している。対する少将はかなりの疲れこそ見えるものの、まだ意気猛々しく、限界には遠かった。

 

そしてその差は、すぐ表れた。

 

百数十回目となる剣と鞘のぶつかり合い。そこで、マーシュがぐらついた。たたらを踏んでなんとか踏みとどまる。だが、姿勢を崩している。

限界が来たのだろう。もちろん、そこを見逃す少将ではない。

すぐさま神速の剣がマーシュへと襲い掛かる。

 

「う、おおああらあああああああ!!」

 

半身の姿勢からグルリと半回転し、左手で掴んだ鞘で少将の剣を弾き飛ばそうとする。が、弾ききれない。カァンと音がして、マーシュの持っていた鞘が宙へ飛ばされた。

 

決着だ。もうマーシュは少将の剣を防ぐことはできない。

今の体力では躱すことも難しいだろう。

少将が剣を引きしぼり、最後の突きを繰り出そうとした。

 

少将は、その瞬間見た。マーシュの目を。

それは、死にかけの人間の目ではなかった。

最後まで諦めず敵を睨みつける、という目でもなかった。

 

それは、勝利を確信した目。

 

「アンタの負けだ」

 

マーシュが、体の陰から右手の()()()()()を振るった。

半身になった時に、鞘から剣を引き抜いたのだ。飛んでいったのは、鞘だけ。

 

「くっ……!」

 

放たれたその斬撃を、少将がギリギリで後ろに跳んで躱す。

マーシュの目を見ていなければ、危うかっただろう。

今の攻撃がおそらくマーシュの最後の賭け。

もう逆転の目はないだろう。

 

「残念だったな。負けるのはお前のほうだ」

 

少将は、剣を構えなおし、フラフラと立っているマーシュに、トドメを刺そうと足を踏み出した。

 

否、踏み出せない。

 

「言ったろ、アンタの負けだ」

 

少将の足が、沈んでいた。

 

「!?なんだこれは!」

 

「忘れてもらっちゃ困る。こちとら、錬金術師だぜ?」

 

汗を手で拭いながら、ニヒルに笑うマーシュ。

先ほどぐらついたのは、ブラフ。

少将の背後の地面を液体化し、そこに誘導するための。

 

「いや、本気で死ぬかと思った。一秒だってその場に留まってくれないんだもんな。隙なさすぎだ。まぁ、これで勝負はあうおおおおおおおおおお!!!??」

 

勝負はあった、と言おうとしたマーシュの口から悲鳴にも似た叫びがあがる。

少将が自分の剣をマーシュの顔面へ物凄いスピードで投げつけたのだ。

マーシュはギリギリで避け、ブリッジの体勢になっている。

飛んでいった剣はブリッグズ兵の顔の横にビィィィンと突き刺さった。

 

「チッ、私の負けだ。とっとと解放しろ」

 

先ほどの投擲が最後の勝機だったのか、少将がアッサリと自分の負けを宣言した。

それを聞いてブリッグズ兵はざわめき、マーシュはブリッジの状態からビタンと倒れた。

 

「……今、今までで一番死にかけた」

 

仰向けのまま、マーシュがポツリと呟いた。

 

ーー

 

「それで、何が望みだ?」

 

そして今は暖かい部屋の中。マーシュとアームストロング少将が机を挟んで座っている。

周りにはアームストロング少将の部下が何人か囲むように立っている。

先ほどのモヒカンもいるが、もうマーシュには怒りを抱いていないようだった。

 

「そうだな、この国の根底に関わる話なんで、このコーヒー、まっず!……少将が信用出来る人間だけ残してくれるか?」

 

「このブリッグズの人間は私が選んだものだけだ。裏がある者は一人もいない」

 

「んー、言い方を変えようか。()()()()()()()()()()()()()()()()人間だけ残してくれるか?」

 

「……フム、わかった」

 

アームストロング少将が周りを見渡し、モヒカンとマイルズ少佐に目を向けた。

 

「バッカニア大尉、マイルズ少佐。残りたまえ」

 

「「はっ」」

 

二人を残し、他のブリッグズ兵は部屋から出て行く。

 

全員完全に出て行ったこと確認して、マーシュが地図とペンを取り出した。

 

「少し長くなるが、聞いてくれ。アメストリス国民全員が死ぬかもしれん話だ」

 

そしてマーシュは順序だてて、軍がやろうとしていること、国土錬成陣、ウロボロスの連中などのことを説明する。

その内容に、マイルズ少佐とバッカニア大尉の顔に冷や汗が流れる。

アームストロング少将は瞑目したまま動かない。

 

「というわけで、このままいくとこの国の人間全員賢者の石にされる」

 

マーシュがそう締めくくり、ペンを置いた。

アームストロング少将は暫く机を指でトントンと叩いていたが、やがて口を開く。

 

「……それで、貴様の話が真実だという証拠はあるのか?」

 

「うんにゃ、ない」

 

アームストロング少将の問いに真顔で答えるマーシュ。

 

「信じないならそれでもいい。そのためにわざわざ決闘で負かしたんだからな」

 

つまり、アームストロング少将は、マーシュの話を信じようと信じまいと、マーシュの言うことを聞くしかない。

 

「アームストロング家の人間は誇り高いから約束は破らないだろ?」

 

マーシュが悪戯に成功した子供のようにニヤッと笑う。

 

「……フ、どこまでも癪にさわる奴だ。いいだろう、信じてやる。それで、次に、というか最後に狙われているのがここ、ブリッグズか」

 

「そうだ、多分すぐにでもドラクマが攻め込んでくる。誰かに唆されてな」

 

「ドラクマとの戦争は望むところだ。だが、中央の奴らの掌の上で踊らされるのは気に入らんな」

 

「アンタらに、ここで戦うなっつっても無駄だっつーのはわかってる。だから俺の望みは、この先のドラクマとの戦争で血を流させるなってことだ」

 

「……バカにしているのか?」

 

「本気だ。戦争で血を流させないなんてほぼ不可能だ。でも、圧倒的な力の差があったら?このブリッグズ山でなら、アンタらなら、血を出させなくても勝てるんじゃないか?」

 

「戦争を舐めるな。……と言いたいところだが、従ってやろう。敗者に文句を言う権利などはない」

 

「助かる。それと、もし良ければ俺たちにこのまま手を貸してくれたりしないか?」

 

「……フム、マスタングはどうでもいいが貴様ほどの人間が死ぬのは惜しいな。考えておこう」

 

思ってたよりも好感触?とマーシュは内心驚く。にべもなく一蹴されると思っていたのだ。

 

「ああ、ありがとうオリヴィエ」

 

マーシュの発言にギョッとするバッカニア大尉とマイルズ少佐。

アームストロング少将をファーストネームで呼ぶ男を初めて見たからだ。

それも許可もなしに。少将殿の手が剣に伸びていないかをそっと確認する二人。

 

「……フン」

 

だがアームストロング少将は少し鼻を鳴らしただけだった。

これは、許されたということだろうか。

 

「そんじゃあそろそろいくわ。やることはたくさんあるしな。またそのうちくるよ」

 

マーシュが立ち上がり、伸びをする。ちなみにコーヒーはきっちり飲み切られている。

 

「そうか。バッカニア大尉、出口まで案内してやれ」

 

「はっ」

 

最後にアームストロング少将と握手を交わし、マーシュは部屋を後にした。

 

「バッカニア、だっけ。悪かったな、バカにして」

 

「いや、いい。あの決闘のためにわざと言ったということがわかった。そもそも先に喧嘩を売ったのは俺だからな。お前はとんでもなく強かった。悪かったな」

 

「おう、それはそれとしてずっと聞きたかったんだけど雪国でその頭って寒くない?ポリシー?ポリシーなの?後ろの三つ編みと合わせてオシャレポリシーなの?」

 

「バカにしてんのか貴様ァ!!」




思ったよりもヒューズ生存の皆さんからの反響が良くて、ビックリいたしました。
中佐はやはり、皆から愛されているようです。
再登場にご期待ください。

この話でストックは完全に消えました。
次の投稿はだいぶ遅くなります、ご容赦ください。


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食事

ぐるぅぅぅぅぅ〜〜〜

 

猛獣の唸り声かと聞き間違うほどの音が辺りに響いている。

その音源は、今焼き鳥をもぐもぐと頬張っているマーシュの足元に倒れている一人の男。

この辺りでは見ないような珍しい服をきている。

震えながら顔を上げるその男は、糸目から涙を流しつつ懇願した。

 

「すみませン、どうカ、すこしだけ食べ物を、わけてもらえませんカ……」

 

出で立ちと訛りのある言葉からするに、外国人なのだろう。

 

「……ドンマイ」

 

そう言い残して、いずれ餓死するであろう男の横をスタスタと歩き去ろうとするマーシュ。

その足をぐわしと、掴まれる。

 

「ひどいヨ、目の前で死にかけてる人間を見捨てるなんテ!人の心を持ってないのカ!」

 

「やかましい、知らん外国人が死んだところで全く心は痛まねぇよ」

 

そう言って、しっしっと足を振って追い払おうとする。が、全く離れない行き倒れ男。

 

「た〜の〜む〜ヨ〜ちょっとだけ〜ちょっとだケ〜」

 

「うっとうしい!!」

 

ーー

 

結局、どうやっても引き離せないこの行き倒れ糸目男を、食事に連れて行くことにしたマーシュ。

といっても引き離すためだけでなく、どこかシンパシーを感じたのだ。主に食への執着の方面に。

 

「おっちゃん、チャレンジメニュー二人前」

 

「おいおい大丈夫か兄ちゃんら!そんな細っこい体で食い切れんのかぁ!?」

 

ここはこの辺りでは有名な料理店らしい。店長が大の負けず嫌いで、とんでもない量の料理を出して客が食べきれないのを楽しんでいるのだとか。チャレンジャーと店長の勝負を見るために来ている客も多くいるようだ。そんな客の野次を聞き流して、マーシュと糸目男が席に着く。

 

「糸目、食い切れたらもう一回飯奢ってやるよ。ただし食い切れなかったら不法入国者として突き出す」

 

「ほウ、そいつは腕が……いや腹が鳴るネ!」

 

しばらくして、山のように盛られたパスタが到着する。

やけに厳つい、店長と思われる男が運ぶだけでも苦労しそうなその皿を二人の前にドンと置いた。

 

「名付けて、ブリッグズナポリタン。今まで食い切れた奴ァ、一人もいねェ。食えるもんなら食ってみな」

 

「いただきます」「いただきまス」

 

瞬間、糸目男の前の山がゴッソリと削れた。

否、食べたのだ。もはやフォークを使うことすら億劫だったのか、直で齧りついた。

神速の、齧りつき。周りには何故か突然山が凹んだようにしか見えなかっただろう。彼が食べたことを証明するのは、顔にベッタリとついたソースのみ。

 

一方、マーシュはフォークを使っている。だが、その巻き取る量が尋常ではない。山にフォークを差し込み、くるくる、くるくると回す。それを引き抜くと、アームストロング少佐の拳と同じくらいの大きさの塊ができていた。そして、頬張る。口のサイズと合っていないはずなのに、フォークからパスタが消えた。

 

みるみるうちに二人の前の山が凹んでいく。周りの客もそれを目を見開きながら見守っていた。

 

そして、瞬く間に完食。

 

拍手が巻き起こり、二人も満足げに腹をさすって、食事の終わりを意味する言葉を告げようとした。

 

「「ごちそ」」

 

「まだだァ!!」

 

そこに、店長の声が響いた。

 

「いやァ、驚いた。まさかアレを食い切るとはなァ。だがなァ、なんでブリッグズって名付けたと思う?ブリッグズ砦じゃァねェ。ブリッグズ山でもねェ。ブリッグズ()()からとったのさァ」

 

その言葉と共に店長が持ってきたのは、更にもう二つのパスタ山。先ほどより少し大きい気がしなくもない。

 

「さァ、まだ俺の出した料理は終わってねェ!!山脈ってのはァ連なる山!これで俺の料理は完成する!!こいつでおしめェだ!!」

 

「なんだそりゃぁ!!」

 

「先に言っとけやー!!」

 

「何が山脈だー!!」

 

周りのギャラリーがギャアギャアと喚く。

だが、山を前にした二人は、至って冷静だった。

 

「ちょうどいい、少し物足りねえと思ってたんだ」

 

「まだまだ食べさせてくれるなんて、ここの人は親切だネ」

 

余裕の笑みを浮かべる二人に、店長も戦慄の表情を浮かべる。

 

そして、二人がフォークをまた構え、食事という名の掘削作業を始めた。

しかし、先ほどのような速さはない。

半分を越えたところで目に見えてペースが落ちてきていた。

やはり二人とも、かなり限界が近いのだ。

 

「そろそろ、きついんじゃないのか、糸目クン……」

 

「そっちこソ……あまりフォークが進んでないみたいだヨ……」

 

「ハ、余裕だっての……なんならお前のも食ってやろうか……」

 

「自分の食べ切ってから言いなヨ……」

 

一口ごとに、挑発しあう。

そうしないと、心が折れてしまいそうだからだ。

一人で食べていたなら、とっくにギブアップしていただろう。

一口食べ、水で流し込み、挑発。それを繰り返して今、

ようやく残り1割というところになった。

 

「ハァ、うぇぷ、顔色悪いぞ、もうやめとげっぶ」

 

「フゥ、鏡みたほうがいいヨぅぼえ、うぉぶ」

 

喋るたびに喉へとこみ上げてくるパスタを押さえ込みながら、それでもフォークは置かない。

何が、彼らをそこまで駆り立てるのか。

ギャラリーの中には涙を流すものすらいた。

 

「あと、ひと、くち……」

 

どちらもあと一口で完食。

そこで、糸目男の手が完全に止まった。

カランとフォークが手から離れた。

 

「もう、無理、ダ……。もう、フォークで巻くのも、イヤダ……」

 

「…………」

 

マーシュが、くるくる、くるくると最後のパスタを巻く。

何故かフォークを二本持って、糸目男の皿のほうでも。

 

「なかなか、良い、食いっぷりだったぜ」

 

そして自分と糸目男の口に、それぞれパスタを突っ込んだ。

 

瞬間、湧き上がるギャラリー。

店中から歓声と拍手が響いた。

店長は膝をつき、天を見上げている。

 

マーシュと糸目が、店長に向かって手を合わせる。

 

「ごちそうさま」「ごちそうさマ」

 

言い終わるやいなや、二人ともテーブルに突っ伏した。

突っ伏したまま、顔を見合わせる。

 

「糸目……名前は?」

 

「リン・ヤオ……君は?」

 

「マーシュ・ドワームス」

 

名乗りあった二人は、笑みを浮かべると、腕を組んで互いの健闘を讃えた。

店では、歓声がいつまでも鳴り止まなかった。

 

 

ーー

 

「いやー、しばらくパスタは見たくないネ!」

 

「全くだ。ま、約束だ。好きな時に好きな飯奢ってやるよ」

 

「良き友と良き飯に恵まれた、今日は素敵な日ダ!」

 

すっかり意気投合したらしいマーシュと糸目男改めリンは、あの勝負から15分ほどで回復し、通りを歩いていた。

 

周りのギャラリーの中にはおひねりを寄越してきた者もいて、リンは飯を腹一杯食べた上でお金まで貰えるなんテ、とほくほく顔だ。

 

「んで、リンはどっから来たんだ?」

 

「東のシン国からだヨ。皇帝になるためにある物を探してネ」

 

「ほえ〜皇帝。じゃお前意外と偉いんだな」

 

「俺は第12王子。皇帝には遠イ。だかラ、地位を上げる必要があるんだ。一族の、興隆のためニ」

 

「はぁー、結構重いもの背負ってるんだな……」

 

「そうダ、マーシュは賢者の石について、何か知ってることはないカ?」

 

「……あー、んー……知ってるっちゃ知ってる」

 

「本当カ!?教えてくレ!!」

 

「教えてやりたいのは山々なんだが、軽々教えるわけにもいかないんだなこれが」

 

「……頼ム、このとおりダ」

 

往来の真ん中で膝をつき、頭を下げるリン。

幸い周りに人はいないようだ。

 

「あぁいや、対価とかを要求しているわけじゃない。ただ、危険なんだ。知るだけで、もしかしたらバケモンたちから命を狙われる。俺も現在進行形だ」

 

「危険なんカ、とっくに覚悟してきてル!!俺には、一族みんなの生活がかかってるんダ!!」

 

「……いやぁ、やっぱダメだ。目の前にぶら下げといて悪いが、この話は終わりだ。飯代はやる。これでお前との関係も終わりだ」

 

「……友達にあまり手荒な真似はしたくなかったんだガ」

 

リンが腰に差している剣を抜き、マーシュに突きつけようとして、突然バッと上を向いた。

 

 

 

 

 

「におう、におうよ、泥の錬金術師のにおい」

 

「お手柄よ、グラトニー。まったく、手間をかけさせてくれるわね」

 

建物の上にいたのは、第五研究所の中でマーシュたちに襲いかかった、あの二人だった。

 

「なんダ、あいつら……。中に、何人いル?」

 

「おいおいマジか……。嗅覚で追ってきたのか?俺そんなに体臭キツイかな」

 

細い目を見開くリンと、くんくんと自分の体を嗅ぐマーシュ。

二人を見てペロリとラストが舌なめずりをした。

 

「さぁ、あの時のデートの続きでもしましょうか?」

 

「いやぁ、コブ付きは勘弁!」

 

上から降ってくる太っちょ、いやグラトニー。マーシュはそれを後ろに跳んで避ける。

 

「リン、こいつらがバケモンだ!とっとと逃げろ!」

 

「なるほど、確かにバケモノだ……ネ!!」

 

リンが、マーシュの方を見ていたグラトニーの頭を後ろから剣で突き刺す。

貫通し、額から剣の先と血を吹き出しながら、グラトニーが絶命した。

引き抜き、なおもグラトニーに剣を向けるリン。

 

「……マジ?」

 

出会い頭に殺人を犯したリンにマーシュがドン引きしていると、

グラトニーの様子がおかしいことに気づく。

 

みるみるうちに傷が塞がっていくのだ。傷は完全に塞がり、そして、何事もなかったかのように立ち上がり、リンに向き直った。

 

「むー、じゃまするなー。ラストー、こいつたべていいー?」

 

「ええ、そうね、食べていいわよ。泥の錬金術師は……私が相手をしてあげる」

 

風切り音がして、マーシュが今いた位置を爪が薙いだ。

ラストにも注意していたマーシュはすでに横へ跳んで回避している。

だが、その顔は驚愕に染まっていた。

 

「……今、死んだ奴が生き返ったように見えたんだが、気のせいか?」

 

「気のせいじゃないみたいだヨ。こいつらの気、おかしイ。もしかすると……不老不死!!」

 

リンが目の色を変え、剣を構え直す。

 

「こっちは心配するナ、マーシュ!こいつを持ち帰ることが出来れば、皇帝になれル!」

 

「いやいやいや、持ち帰るとかバカなこと考えてないでとりあえず生き残ることを考えやがうわぁお!!」

 

喋っている途中でも容赦なくラストの爪が襲いかかる。

 

「くっそ!高いところから狙い撃ちしやがって!降りてこい、ボイン女!!」

 

「わざわざあなたのフィールドに行ってあげる義理もないでしょう?」

 

「そうだよな!俺でもそうするわ!」

 

マーシュは攻撃を避けながら走り続ける。

いつぞやと同じような逃走劇になるかと思われたが、いつの間にか攻撃が止んでいる。

どうやら、ラストは追ってきてはいないようだ。

大声がギリギリ届くかという距離で、マーシュが建物の上から動かないラストへ叫ぶ。

 

「さすがに無限に伸びるわけじゃないんだろ!ここまで届くか!?」

 

「ええ、私の『矛』にも限界があるわ。仕方ないから、あなたのほうは諦めることにするわね」

 

ラストが淡々と言い、リンに目を向ける。グラトニーの攻撃を捌いている彼の体は、ラストの攻撃の射程内。

 

「待っ、やめろォ!!」

 

マーシュの制止も聞かず、リンに向けてその爪を振るう。

リンはラストに対して背を向けたままだ。

マーシュが急いでリンの元へ駆けつけようとするが、どうやっても間に合わない。

 

「リン!!後ろだ!!」

 

「!」

 

マーシュの声でリンが振り向き、驚くほどの反射速度でラストの爪をかわす。

だが、それはつまり今戦っている最中のグラトニーに、背中を向けた上で、大きな隙を見せたということ。

 

グラトニーの拳が、リンを吹き飛ばした。

 

「リン!!」

 

「あら、お友達だった?悪いことしたわね。じゃ、あなたも一緒のところに送ってあげる」

 

間髪入れず、ラストの爪が、走って近づいてきていたマーシュへと向かってくる。

 

一瞬反応が遅れつつも、横へ跳んでかわすマーシュ。

そこに、巨体に似合わぬ俊敏さでグラトニーが掴みかかった。

 

「あ、やばっ……」

 

グラトニーはマーシュの頭を掴むと、そのまま地面に叩きつける。

 

「やたー。おわり?おわり?」

 

グラトニーがにぃぃと笑みを浮かべ、涎を垂らす。

そしてマーシュの頭を掴んだまま、持ち上げた。

マーシュは頭から血を流しながら、力なくぶら下げられる。

靴が地面から浮いているため、錬金術を発動することも出来ないだろう。

 

「あの男を見捨てて逃げていれば、自分は逃げられたというのに。……本当に愚かで、悲しい生き物ね」

 

「……愚か、な、生き物?お前らは、違、う、のかよ?」

 

哀れむような眼差しで上から見下ろすラストを、マーシュが睨みつける。

 

「まだ意識があったの?いいわ、最後に答えてあげる。私たちは人造人間(ホムンクルス)。賢者の石から作られたの」

 

「……おま、えらは、人間じゃ……ないの、か?」

 

「にんげんは、おいしー」

 

「人間といえば、人間よ。でも、あなたたちとは違う。私たちは、進化した人間」

 

「ハ、ただの、バケ、モノじゃねえか?」

 

「失礼ね。あなた達と体の構造も見た目もほとんど変わらない。五感もあるし、感情もある。生みの親への愛情もある

 

人間よ」

 

「………ーーーーーーー?」

 

マーシュが何かをボソボソと喋る。

建物の上のラストには、何を言ったのか聞き取れなかった。

 

「? もう食べていいわよ、グラトニー」

 

「いっただっきまーす」

 

グラトニーの口が大きく開き、

 

そして。

 

 

 

マーシュの体が、ボトリと地に落ちた。














すね毛全部と引き換えに描写力をくれ、真理。

展開に悩んでるのと、今月が忙しいのとで
次の話もちょっと遅くなりそうです。

あ、実写版ハガレンそろそろですね。
酷評酷評&酷評ですが、とりあえずは見ようかなと思います。
更新が止まったら、察してください。


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捕獲

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

「……まさか俺の錬金術を使えるようになってるとはな。研究室に忍び込んだか?」

 

「いや、ほら、たまたま!野ウサギを追ってたらいつの間にか、ね!?」

 

「不思議な穴に落ちたら、本がいっぱいあったから、軽く読んでみただけっていうか、ね!?」

 

「怒っちゃいない。その歳で、二人ともこのレベルの錬金術が使えるんだ。すごいな、お前ら」

 

「うぇ?……え、へへへ……」

 

「だがな、この錬金術は危険なシロモノだ。約束しろ。『人間には絶対に使わない』、と」

 

「「え、なんで?」」

 

「……お前らには錬金術より倫理を教えとくべきだったな」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「っ……!まずイ、気絶していタ!」

 

グラトニーに殴り飛ばされ、壁に叩きつけられて一瞬気絶していたリンが目を覚ました。

バケモノたちはどこかと見回すと、遠くに見えるのはグラトニーに頭を掴まれたマーシュ。

どう見ても殺される一歩手前だった。

 

「ぐ、マーシュ!」

 

友人を助けようと駆け出そうとするリンだったが、体が思うように動かない。

フラフラとした足取りで、前に進む。

早く行かねば、マーシュが殺される。

賢者の石の情報源として、出来たばかりの友人として。

マーシュを殺されるわけにはいかなかった。

 

「マー、シュ?」

 

そのマーシュが、グラトニーに頭を掴まれたまま、ポケットに手を突っ込んでいる。

この状況でカッコつけているのか。いや、何かを取り出す……違う、何かを手にハメたのか。

会話しているのは、時間稼ぎか。

 

血が流れ出る頭をフル回転させて、マーシュが何をするのか推測しようとするリン。

おそらく、マーシュには何か手がある。

なら、自分がすることは、マーシュを助けに行くことではなく。

 

ーー

 

グラトニーの腕を掴むマーシュ。

 

それを意にも介さないグラトニー。グラトニーの意識は、目の前の肉にしか向かっていなかった。だから、マーシュの手に先ほどまでなかった手袋がはめられていることに、気づかない。

 

「…………人造人間は、セーフかな?」

 

「? もう食べていいわよ、グラトニー」

 

「いっただっきまーす」

 

グラトニーの口が大きく開き、

 

そして。

 

ボトリ、とマーシュの体が地へ落ちた。

 

 

 

頭と胴は、繋がっている。欠けている箇所はない。

 

代わりに繋がっていないのは、グラトニーの腕と体だった。

 

「うぎ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「っつー……あー、頭いてえ」

 

悲痛な叫び声をあげるグラトニーを横目で見つつ、

頭にくっついたままの、グラトニーの腕を引き離し放り投げるマーシュ。

グラトニーの、先がなくなった肘から、ドロリと液体が垂れていた。

端的に言うならば、()()()()()

 

「グラトニー!?何をしたの!!」

 

「地面を泥にするのと同じだ。人間だって、液体になるんだぜ?」

 

「でもあなたの錬成陣は靴の裏のはず!地に触れてもないのに……」

 

「持ってるよ、常に。錬成陣書いた手袋をな」

 

マーシュが、錬成陣が書かれた甲の部分をひらひらとラストに見せる。

 

「そんな物いつの間に……!だけど、それも潰せばいいんでしょう!?」

 

「そうだな」

 

またも伸びてくるラストの爪。

マーシュはグラトニーの残っている腕を掴み、引っ張りよせる。

盾にされたグラトニーに、ラストの爪が突き刺さる。

泣きながら腕を再生途中だったグラトニーの顔面を爪が貫通し、

目をぐるんと回してまた絶命した。

 

「……なかなかひどいことするわね」

 

「外道には外道ってやつ?」

 

損傷範囲が小さかったからか、グラトニーがすぐに傷を塞いで復活し、マーシュへと腕を振るう。

 

マーシュはまるで先ほどのお返しだとでも言わんばかりにグラトニーの頭を掴み、そして、錬金術を発動した。

 

グラトニーの頭がドロリと溢れ落ちて、頭蓋骨が裸になる。

 

すぐに再生を始めようとするグラトニーの頭を、マーシュは掴んだまままた錬金術を発動する。

グラトニーの頭が、再生した端からまた溶ける。

 

「マルコーはさ、賢者の石は限界があるって言ってた。なぁ、こいつは後何回使()()()壊れる?」

 

ラストの顔が焦りと怒りに染まる。つまりマーシュは、グラトニーの賢者の石の限界まで、頭を溶かし続けると言っているのだ。

正確な数は分からないが、グラトニーの賢者の石に余裕はあまりないだろう。

 

「その前にあなたを殺すわ」

 

勿論、それを黙って見過ごすわけがない。

ラストがまた高所からマーシュを狙って爪を振り下ろそうと

 

したところで、ラストが空中へと飛び出した。

 

「なっ……」

 

「俺もいるってこと、忘れないでほしいナ」

 

いつの間にやら上まで登ってきていたリンが、ラストを後ろから蹴り落としたのだ。

 

「ぐっじょぶリン!」

 

ラストの落下予測地点の地面を、泥に変えるマーシュ。

ここにハマれば、もう人造人間側に勝ち目はない。

 

「っ……まだよ!!」

 

ラストが爪を伸ばし、泥に変えられていない地面へと爪を突き立てる。

泥の地面を囲むように10本の爪を突き刺し、なんとか空中で留まった。

その姿はまるで長い足を携えた蜘蛛のようだ。

そしてギロリと、マーシュをラストが睨みつけた。

 

()()()()()!!グラトニー!」

 

ミチ、ビチ、ミチリ。

 

何かが裂けるような音が、聞こえてくる。

音の出所は……グラトニー。

正確には、グラトニーの、腹。

 

「な、んっ!?」

 

グラトニーの腹が口までパックリと縦に裂け、飛び出た肋骨の奥から暗闇と目のような何かが覗き込んでいた。

 

まだグラトニーの頭は再生し切っていない、が、

無理やりその体をマーシュのほうへと向けてくる。

 

これは、ヤバい。

 

マーシュが直感し、グラトニーから手を離してなりふり構わず横へ跳ぶ。

 

次の瞬間、マーシュがいた辺りの地面が抉れた。

いや、地面だけでない。その先にあった建物が、型で抜いたかのように丸くくり抜かれていた。

数瞬して、忘れていたかのように、建物がガラガラと崩れ始める。

 

「いやいやいやいやいやいや、嘘だろ!?何したこいつ!!」

 

さすがのマーシュも動揺を隠せないのか、冷や汗を流している。

 

「ただ飲み込んだだけよ。あなたの錬金術でどこまで防げるか、見物ね?」

 

爪を器用に動かし、離れた地面に降り立つラスト。

ゆっくりと話す暇もなく、グラトニーがぐるんとマーシュへ向き直り、また腹が開く。

 

「のむー」

 

「飲むなぁ!!」

 

またも横っ飛びでかわすマーシュ。

しかしマーシュが今いた位置の後ろには、リンがいる建物。

 

また建物の下部に丸い穴が開き、音を立てて真ん中から崩れ始めた。

 

「マズイ!リン!飛べ!」

 

「キッチリ受け止めてよ、ネ!!」

 

崩壊に巻き込まれる前にリンが建物の上から飛び降りる。

そしてマーシュがリンの落下地点を液体に変えた。

ドボンと音がして、水柱、いや、泥柱が上がる。

どうやら五体満足で降りることが出来たようだ。

 

「グラトニー、まずあの糸目から飲んでしまいなさい」

 

が、隙だらけだった。固い地面に上がろうとするリンに、グラトニーが狙いを定める。

 

「リン、早く上がれ!」

 

「人の食事を邪魔するものじゃなくてよ?」

 

「うお!」

 

咄嗟に錬金術を発動しようとするマーシュを、ラストの爪が妨害した。

爪をブンブンと振り回されては、錬金術を発動する暇もない。

 

リンは未だに泥の中、マーシュはラストに妨害され、グラトニーの口はこちらを向いている。

 

詰みだ。

このままでは数秒後にグラトニーの腹の中に収まってしまうだろう。

 

リンの額に汗が流れ、困ったように笑みを浮かべる。

 

「リン!!」

 

「悪いけど、まだ死ぬわけにはいかないんだよネ」

 

 

 

「いただきまー」

 

 

 

グラトニーが言い終わる直前、グラトニーの頭が刃物で貫かれた。

ぐらついたグラトニーの口、というか腹は、あらぬ方向を向き虚空を飲み込んだ。

 

「「若!!」」

 

下手人は、黒装束を着て仮面を着けた二人。一人がグラトニーを警戒し、もう一人がリンの元へ駆け寄り、泥から引っ張り上げた。

 

『助かった、ランファン、フー!』

 

『よくぞご無事で……ところであの化け物はいったい?』

 

『殺しても死なないバケモノだ!あっちの女も!不老不死の手がかりだ、絶対に持ち帰りたい!』

 

『なんと!承知しました、必ずや捕らえてみせましょう』

 

復活したグラトニーがすんすんと鼻を鳴らし、

自分にクナイを向けている黒装束に対して、にんまりと笑った。

 

「おんなのこ?おんなのこはおいしいから、すきー。あ、でものんだら味がわからんー」

 

その異様な雰囲気に、嫌悪感からか黒装束が少し身じろぎ、クナイを物凄いスピードで投げつけた。

クナイはグラトニーの頭にドスッと刺さり、またぐらつく。

 

「リン、何言ってるかよくわからんがそいつらは味方か!?」

 

ラストの爪をかわしながら、マーシュが呼びかける。

 

「俺の部下ダ!実力は保証すル!フー、ランファン!マーシュは俺の友人ダ!今からマーシュに全面協力してバケモノを捕らえるこト!」

 

「「はっ」」

 

「いや待て待て、なんで俺がこいつらを捕まえる流れになってんだアホか」

 

「うわお!?こっちくるナ!」

 

飛びずさりながらリンの近くへきたマーシュ。

当然ラストの爪攻撃も一緒についてきた。

仮面の一人も合わせて、三人同時に大道芸のように爪をかわしまくる。

 

「どうせ臭いでまた追ってくるんだロ!?じゃ今のうちにどうにかしとくべきじゃないかナ!」

 

「ぐぬっ……」

 

「マーシュはあのバケモノをどうにかしときたい。俺たちはできれば女のほうを持ち帰りたくて、それを邪魔するあのバケモノをどうにかしたイ。ほら、目的同ジ!」

 

「あー、うー、んー………………………

 

しゃーねーなー!!おい、そっちの、えー……」

 

「フー」

 

「フー!リンと一緒にこっちの女の相手頼む!」

 

言いながら、マーシュが大きく跳び、もう一人の仮面の方へと向かった。

 

「了承しタ」

 

「わかっタ!」

 

それを後ろから貫こうとするラストの爪を、リンとフーが刀で弾いた。

続けて襲ってくる攻撃を、まるでお互い何をするかわかっているかのような連携で二人は全て弾く。

 

『フー、奴の腕を切り落としにいくぞ』

 

『はい、若』

 

 

 

 

「んで、ランファンとやらは俺と一緒にあの太っちょの相手だ」

 

「……若のために、協力してやル」

 

「そいつぁ結構。奴に隙を作ってくれたら後は俺がどうにかする」

 

「わかっタ」

 

グラトニーの飲み込みを、回避しながら喋るマーシュ。グラトニーの飲み込みは、言うなれば大きな大砲だ。一撃必殺ではあるものの、砲口にさえ気を付ければ回避は難しくはない。

二人いれば、片方が気を引いているうちにもう片方が接近したり攻撃したりできる。

ランファンとフーの援軍により、2対2が4対2になったのは大きすぎるアドバンテージだった。

 

「閃光弾ダ」

 

ランファンが短く伝え、缶のようなものをグラトニーの眼前に放り投げる。

瞬間、カッと周りに閃光が放たれ、グラトニーの目を焼く。

 

「ぐああああああぁぁぁぁあぁ!!」

 

「ちょ、言ってから投げるの早すぎ!ギリギリだっつーの」

 

目を覆って後ろを向いたマーシュが、すかさず地面を踏み鳴らし、グラトニーの足を地面に埋める。

グラトニーは目を押さえながら辺り構わず飲み込み、足には気づいていない。

飲み込まれないよう注意しながら、ランファンが後ろからグラトニーの頭にクナイを突き立てる。

 

「そのまま仰向けに倒れさせろ!」

 

マーシュの指示に従い、ランファンは突き立てたクナイを掴んだまま後ろへ引き下げた。

膝から下が地面に飲み込まれながらも、グラトニーが仰向けで倒れる。

そこにマーシュがまた錬金術を発動する。

足だけでなく、体全体が地面へと沈んでいくグラトニー。

再生して、すぐ起き上がろうとしたが、もはや背中と腕は飲まれた。

腹についた口は、空を飲み込むことしかできない。

 

「うー、うー、やだ、はなせー!はなべー!」

 

手も足も沈んで、顔も沈んだ。

側からみると、地面から生えた口のような何かが空へ向かってパクパクとしているという、奇妙な絵面になった。

 

「一応捕獲だ。油断はするな。俺はリンを助太刀してくる」

 

「……わかっタ」

 

 

 

 

ラストは、焦っていた。

自分には『最強の矛』がある。どんな物でも貫ける。

そのはずだ。そのはずだった。

そのはずなのに、目の前の人間たちはこの矛の攻撃を全て受け流す。

まともに剣で受ければ剣ごと叩っ斬れるこの爪を。

 

さらにお互いがお互いの受け切れない箇所をカバーし合っている。

一人だけならゴリ押しでいつかは殺せたものを、こいつらは受け流しながらもこちらへ向かってくるではないか。

 

このままでは、自分は負ける。

こいつらはこの腕を切り落とし、何らかの方法で自分を捕らえるだろう。

何百年分の経験が、何百年分の智識が、そう言っていた。

 

「……こっちだって、負けるわけにはいかないのよ!」

 

人造人間の誇りか、親への愛か、はたまた別の何かからか。

ラストの攻撃は熾烈さを増す。

なりふり構わず爪を振るう。当たりさえすれば。偶然だろうが何だろうが一撃でも当たりさえすれば、崩せる。

 

だが相対する二人はその偶然すら起こさない。

人間とは思えぬほどの異常な集中力と予測。

まるでラストが次にどう攻撃するのかわかっているかのようだ。

 

汗が、ラストの額をつたう。

一瞬、考えてしまった。自分はこの人間たちをどうやっても倒せないのではないか、と。

最悪の想像は、そのまま隙となる。

 

いつの間にか、剣がラストの目の前に迫っていた。

 

「もらっタ!!」

 

防ごうと出した右腕を、リンの剣が切り落とした。血飛沫をあげながら腕が宙に舞う。

 

「もう一本も、貰い受けるゾ」

 

フーも、続いて残った左腕を攻撃しようとする。が、ふと気づく。

ラストの目が、こちらを見ていない。

宙に飛んだ腕を見ている。

そして、ラストはその蠱惑的な唇を歪め、()()()()()()()()()()()()()

 

「何!?」

 

腕を落とされて気でも狂ったか、と構わず攻撃を続けようとするフー。

 

『フー、上だ!!』

 

その腕を、()()()()()()()ラストの爪が切り落とした。

 

『なっ……!!』

 

「最後の賭けよ。さすがに無機物の軌道までは読めなかったようね」

 

つまり、ラストは空に飛んだ右腕の指の部分だけを切って、叩き落としたのだ。五本の最強の矛が、回転しながら落下。それは即ち、無作為に全てを切り裂く死の刃だ。

 

落ちた右手の爪はすぐに塵となって霧散したが、残った左腕の爪がフーにとどめを刺しに向かう。

フーの刀は、腕と一緒に落とされた。

受け流しは、もう出来ない。

リンのフォローも間に合わない。

 

『フー!!』

 

「ぐ、ヌッ……」

 

心臓へと伸びた爪、しかしそれをフーは回避した。

 

「なっ!?」

 

フーが避けたのではない。

フーは()()()()()

いきなりドボンと。

 

他人が立ってる地面を、いきなり水面のようにすることが出来る者など、この場には一人しかいない。

 

いつの間にかラストの後ろに迫っていたマーシュが、ラストの腕を掴んで足を払い、そのまま地面に叩きつけた。

 

「がっ……!」

 

そして残った左腕と、再生しかけていた右腕を、液体化した地面に埋める。

両腕を地面に囚われたラストに、為す術はない。

 

「見下してばっかいたら、足元すくわれるぞ?」

 

ラストを見下ろしながら、マーシュが告げた。




俺は強欲だからよ
UAが欲しい!お気に入りが欲しい!感想も!☆も!!ランキングも!!ハーメルンの全てが欲しい!!!
あとついでに5000兆円欲しい。


そんなわけで、ツッコミどころが多そうな今話です。

Q.人間って溶けるの?
A.腐敗で溶けることもあるようです。詳しく調べようとしましたが、死体の話や写真でSAN値がゴリゴリ減ったのでとりあえず溶けるってことにしました。

Q.フーリン、強すぎない?
A.戦闘能力でいえば、リンとフーはかなり上位に位置すると私は思ってます。僅かな時間とはいえブラッドレイとも渡り合えるほどの剣術、気を読む力、精神力とか機転とか。加えて、私の中ではラストは、自分の能力への慢心と人間への見くびりから、戦闘能力を磨き上げる努力をあまりしてこなかったのではないか、と見ています。実際どうなんでしょうね、強さランキング。

Q.これからどうなるの?
A.ああ、捕まえてしまった。どうすればいいんだ。
この後どうするか何も考えてないよ……。
そんなわけで次の話は今までで一番遅れそうです。
気長に舞ってください。まだ舞える。

あ、実写版ハガレン見ました。
活動報告のほうに感想書いたので物凄く暇だったらどうぞ。


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爆発

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

「なんでお父さんって、ホントはすごい錬金術師なのに隠してるんだろうね?」

 

「わかんない。国家錬金術師?になればお金いっぱい貰えるのにねー。今よりもーっと良い生活できるよ」

 

「でも、お父さんには多分なれない理由があるんだよ。だからさ、私たちが国家錬金術師になって、お父さんにお金あげよ?」

 

「うぇへ、おっきな家とかドーンとプレゼントしたら、お父さん喜ぶかなぁ!」

 

「喜ぶ喜ぶ!じゃ、約束ね。私たちは、『国家錬金術師になる』!」

 

「うん、約束!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『フー!大丈夫か!?』

 

『申し訳、ありません、若……。とんだ無様』

 

『いい、それより止血だ!』

 

体半分地面に沈んだフーを引っ張り上げ、応急処置を始めるリン。

 

「……感謝すル、マーシュとやラ」

 

「おー、命拾いしてよかったな、爺さん」

 

横で、ラストへ目を向けつつ答えるマーシュ。

グラトニーのように奥の手を隠しているともわからない。

もしかするといきなり全身から針が飛び出すかもしれない、なんて思いながらいつでも対応できるように警戒しているのだ。

 

「……くやしいけど、完敗ね。出来るなら殺してくれる方がありがたいのだけど」

 

「そいつぁ無理な相談だなぁ。せっかく苦労して捕まえたんだ、最大限協力してもらうぜ」

 

とはいっても、ラストは自分たちの不利になる情報はいっさい吐かないだろう。

尋問などもおそらく意味はない。

 

「情報はあのおデブのほうに聞くか……っと、そういやランファンも呼んでやらないとな」

 

仲間の一人が重傷なのだ、知らせてやらねばとマーシュがグラトニーがいた位置に歩を進めようとした瞬間。

 

爆発音が何度か響いた。

 

「!?……ランファンの爆弾カ?」

 

「何か、あった、のやもしれませン」

 

マーシュに様子を見てきてもらおうと声をかけようとしたリンだが、そこでマーシュの様子がおかしいことに気づく。

 

「マーシュ?」

 

「ハ、ハハ……このタイミングでかよ……」

 

そこへ、上からランファンが降りてきた。

降りる、というより落ちるという表現が正しく、受け身すらまともに出来ずにゴロゴロとマーシュの近くへと転がってくる。

体の何箇所かに酷い火傷をして、仮面が外れて素顔が明らかになっている。

 

「リ、ン様……申し訳、あ、りませン……」

 

満身創痍。喋るのもやっとのようだ。

 

「ランファン!?どうした、何があっタ!?」

 

「何があったかは聞かなくてもわかる。ああ、最悪だ。よりによって、()()()か……。リン、フーじい背負ってやれ。全力で逃げるぞ」

 

言いながら、マーシュがランファンを抱きかかえる。

ランファンはすでに気を失っているようだ。

 

「な、何を、言ってル。ここまでバケモノ、たちを追いつめ、たのに、みすみす、逃げろと、いうのカ」

 

「早く処置してやらんとじいさんがヤバイ。リンもわかってんだろ」

 

「……あァ」

 

息を切らしながらマーシュを睨むフーを、リンが背負った。

しかしフーはリンの背中の上で暴れる。

 

「若!こんな爺など、捨て置い、てくださレ!自分の、せいで不老不死を、逃したとなれば、これ以上の、恥はありませヌ!!」

 

「そういうこっちゃねぇんだ。あいつが来た時点で、人造人間を捕えとくっていう選択肢はもう無い。あいつの()()()次第じゃ、逃げることすら難しい」

 

「マーシュが、そこまで言うのカ……!」

 

「だからといって、目の前の、不老不死を見逃せというのカ!」

 

「うっさいフーじい。早く行くぞ。医者には心当たりがある。なんなら腕もくっつけてもらえる。

…………ああ、もう来やがったか、クソ」

 

マーシュが睨む先には、白スーツの男。

 

 

「お久しぶりですね、泥の錬金術師。いえ、マーシュ・ドワームス」

 

 

「キンブリー……!」

 

 

 

紅蓮の錬金術師、ゾルフ・J・キンブリーがニヒルな笑みとともに立っていた。

 

 

 

「保険として一応、ということで遣わされましたが……まさか本当に二人とも捕まってしまうとは、情けない……、いや、この場合は流石泥の錬金術師、というべきなのですかねぇ」

 

「お褒めいただきありがとう、ついでにどっか行ってくれると助かる」

 

ランファンを腕に、いつでも走り出せるような姿勢で、じりじりと後ずさるマーシュ。

 

「おや、つれないことをおっしゃる。こちらはあなたに会えるのをずっとずっと待っていたというのに……!」

 

「俺はずっとずっと会いたくなかった、キンブリー。牢屋にぶち込まれたって聞いたときは小躍りしたくらいだ。人造人間にキチガイっぷりを見込まれて出してもらえたのか?」

 

「ええ、私が力を発揮するための場所と物をくれるというのでね。利害の一致というやつです」

 

「ハ、やっぱ持ってるか………………。走れ!!!リン!!!」

 

リンとマーシュが走り出す。

どちらも人間一人分の重りがあるとは思えないほどの速さだ。

 

だが、キンブリーはわかっていましたとでも言いたげに首をすくめると、地面に手を置いた。

口に、真紅の石を挟んで。

 

 

 

瞬間、起こったのは轟音。

 

 

爆発が、キンブリーの手前の地面からマーシュたちのほうへ、連鎖するように、迫ってくる。

地雷原を誰かが走り抜けたような爆発がマーシュたちを追う。

 

「う、おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

一瞬マーシュが立ち止まり、地面を踏みしめる。

そしてまたすぐ走り出した。

 

ドカンドカンと爆発がマーシュたちを追うが、先ほどマーシュが止まったあたりの地面で、ボシュッと音を立てて、爆発が止んだ。

 

「……!?何をしたのですか」

 

キンブリーが呟くが、すでに声も届かないほどの位置までマーシュたちは走り去っていた。

顎に手を当てていたキンブリーだが、すぐにまた地面に手を置く。

 

「……ふむ、まぁいいでしょう。

 

 

ーーーそれでは、本気でいきますか」

 

次に起こったのは、もはや爆発などと呼べるものではなかった。

先ほどの爆発が可愛く思えるほどの、衝撃。

 

町すら轢き潰しそうなほどの大きな、大きな閃光が、マーシュたちへと向かった。

その光は、マーシュたちのいた場所を通過し、遥か先まで突き進んでいった。どこまで消し飛ばしたのかも、わからない。

後に残ったのは、えぐれた地面だけだった。

 

「ーーーあぁ、良い、良い、良いぃぃぃ!!!!最高ですねぇ、この音!!光!!光景!!!これだからやめられない!!」

 

恍惚の表情を浮かべて仰け反るキンブリー。

その顔は、その姿は、狂気に染まっていた。

しばらく震えていたキンブリーだが、ふと佇まいを戻す。

 

「……ふぅ、しかし、困りましたね。これではマーシュ・ドワームスが死んだか確認出来ない。まぁ、今回の仕事は彼の抹殺ではないですし、構いませんか。生きていたらまたお会いしましょう」

 

それからキンブリーは思い出したかのように、自分の横にいる腕を沈められたままのラストに向き直り、その腕を爆破した。

 

「がっ……!」

 

「向こうの……グラトニー?でしたっけ。彼はもう賢者の石が残っていないようですよ、早く連れて帰ってあげたらどうです?」

 

「…………」

 

ラストは苛立たしげにキンブリーを睨むと、腕を再生しながらグラトニーのほうへと向かう。

 

「ああ、それと。……あまり失望させないでくださいよ、『人造人間』」

 

「……知ったことじゃないわ」

 

 

 

+++

 

「う、おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

時は少し遡って、マーシュたちが走り出したところ。

 

「何をしたんダ、マーシュ!?」

 

()を切った!」

 

キンブリーの能力は、相手の下をいきなり爆破、などということは出来ない。そこに至るまでの線がいるのだ。普段のキンブリーの錬金術は、両手を合わせることにより触れたものを爆弾、もしくはそれに準ずるものに変えるものだが、賢者の石があることにより、遠方の爆破も可能となった。対象までの地面の成分を爆発性の成分へと作り変え、導火線に火をつけるように自分の手元を爆発させる。あとは爆発が敵へと向かっていくというものだ。

マーシュは、自分の足元の地面の成分を適当に弄って、自分たちへと伸びているであろう地面の中のラインを切ったのであった。

結果、その部分は爆発性の成分が消え、爆発もそこで止まったのだ。

 

「よくわからんが、爆破を止められるなら勝てるんじゃないのカ!?」

 

「今のはお遊びレベルだったから止められたんだ!次、本気のがくるぞ!!」

 

走りながら後ろを確認するマーシュ。

キンブリーが、徐ろに地面に手を置くのが見えた。

 

「リン!お前、泳げるよな!?」

 

「ハ!?何を言ってるんだこんな時ニ!」

 

「今から()()から、限界まで下に潜れ!!」

 

「ハ???」

 

マーシュが、自分の上着を脱ぎランファンの口と鼻のあたりを覆うように結ぶ。

そしてリンの腕を掴み、足を踏みならした。

瞬間、立っている感覚が消え、いきなりドボンと肩まで地に浸かる。

 

「ちょっと我慢してくれ、ランファン!いくぞリン!」

 

「あァァァァーーーもウ!!やればいいんだロ!?息を吸えフー!」

 

「は、ハッ!」

 

決死のダイビング。

下へ、下へと潜る。

その後、大きな地面の震えとともに、自分たちのすぐ上を()()が通り過ぎていった。

 

互いの顔は見えないが、腕の感触からしてお互い無事であることを確認する。

安堵する間もなく、マーシュがリンの腕を引っ張りながら地中を泳ぐ。

10秒ほど泳いだ後、マーシュが地上へと浮上した。

 

浮上した場所は、どこかの建物の中。

おそらく先ほどの爆破の直線ルートをギリギリ逃れた建物だろう。

 

「ぶはァ!!無事か!?無事だな!?」

 

「ゲホッ、ゴボッ、ハァ……ハァ……」

 

「地面の中を泳ぐなんて経験、初めてだヨ……」

 

「ありがとう、ございます、若……」

 

全員が五体満足であることを確認してから、マーシュがランファンの容態を確認する。

上着を巻いたからかあまり水、というか泥は飲んではいないようだ。

 

「全速力で隣の村へ向かうぞ」

 

「ああ、案内してくレ」

 

「申し訳、ありませン、若……。我らが、力及ばぬ、ばかりニ……」

 

「寝てろじーさん。生きてりゃいくらでも挽回のチャンスはあるだろうよ」

 

 

ーーーーー

 

「傷のほうは治ったよ。なくなった体力までは回復できないから、しばらくはここで休むといい」

 

「ありがとウ、恩に着ル……!」

 

ここはドクターマルコーの家。

民間人の車を盗ん、いや貸してもらい最高速で到着した。

マルコーはマーシュを見て少し驚いたが、怪我人を見ると顔を変え、すぐに治療に入ったのだった。

 

「マーシュにも、感謝すル。マーシュが協力してくれていなければ、全員死んでいタ」

 

「ま、俺が巻き込んじまったしな……。それに、友達は見捨てることが出来ないんだ、俺」

 

「……俺は良い友人を持ったナ」

 

フーとランファンを看てくると言って、リンは二人の病室へと向かった。

机の上の菓子をポリポリと食べながら、マーシュがマルコーに座るよう促す。

 

「そんでな、マルコー。もともと俺はアンタに会いにこのあたりまできてたんだ。途中で人造人間に襲われたのは想定外だったけどな」

 

「私に会いに……?」

 

「俺たちは国民全員を賢者の石にする計画を知った。そんで今はその計画を阻止するために動いてる」

 

マーシュの言葉に、マルコーが目を見開く。

 

「なっ……!自力でその計画に辿り着いたのか!さすがは泥の錬金術師、だな……」

 

「いや、優秀な友達のおかげでな。そんで、アンタにも協力してほしい。できれば中央まで来てくれると助かるんだが……」

 

マルコーは俯き、体を震わせた。

 

「それは、できない。私が勝手にここから離れた場合、この村を潰すと脅されている」

 

「……もう、手が回ってたか」

 

「すまない、私も自分がしてきた過ちの償いはしなくてはならないと思っている……!だが、この村は、身分も本名も、素性を全く明かさなかった私に良くしてくれたんだ。ここの人たちを、傷つけたくはない……!」

 

顔を覆い声を荒げるマルコーに、マーシュは宥めるような口調で返す。

 

「ああいや、無理には連れてかねえよ。今のアンタにとって、この居場所が何より大事なんだろ?」

 

「……国を救うことよりも、自分の罪を償うことよりも、この村ひとつを選んだ私を、責めないのか?」

 

「自分の大事なものを守ろうとして何が悪いんだ?俺も別に国を救いたいわけじゃない。()()()()を守るために動いてるだけだ。アンタとそう変わらねえよ」

 

マルコーの選択が当然である、何故そうまで悩んでいるのかわからないとでも言いたげに、不思議そうな顔をするマーシュ。マーシュの言葉に、マルコーは少しの間口を開けていたが、やがてフッと肩の力を抜く。

 

「……そうか。はは、そうか。ありがとう、だいぶ、心が楽になった気がする……」

 

「? そりゃよかった。

あ、人造人間の情報をくれないか?アンタなら色々知ってることもあるんじゃないのか?」

 

「ふむ、そうだな……。紙にまとめて書いて、あとで渡す。君も奴らと戦って疲れてるだろう?少し休むといい」

 

「んー、だな、じゃ少し寝るか」

 

ソファで横になり、目を閉じるマーシュ。疲れが溜まっていたのか、すぐに寝息を立て始めた。

 

ーーー

 

「もう行くのか?」

 

「あまり長居して人造人間側に場所がバレても嫌だしな。リンたちはまだ残っててもいいんだぞ?」

 

「マーシュは奴らに狙われてるんだロ?つまり、マーシュについていけばまた奴らと接触できるってわけダ。今度は逃さないヨ」

 

「もう無様な姿はお見せしませン……!」

 

ゴゴゴ、とやる気が満ち溢れている様子のフーとランファン。

ちなみにフーの腕はくっつき、問題なく動作しているようだ。

賢者の石を使った治療のおかげなのだが、リンたちにはそれは知らされていない。ただマルコーの錬金術が凄いという話になっている。

 

「そうか。重ね重ね、ついていけなくてすまない。これが、私が知っている限りの、奴らについての内容だ。役に立てばいいが……」

 

マルコーが、まとめられた紙の束をマーシュに手渡す。

 

「サンキュ。本当に助かった。また会おうぜ、マルコー」

 

「ああ。君たちの勝利を、祈っている……!」

 

四人を乗せて、車が進む。運転手はマーシュ。

目的地は、中央だ。

 

 




何にも縛られず、誰のためでもなくただ書く。
それが心地良い。
ああ……やっと辿りついた……。

てなわけで思ったよりも筆が進んだので早めの更新です。
キンブリー書くのやっぱ難しいですね。
キンブリーの錬金術は調べてもあまり詳しく分からなかったので勝手に解釈しました。詳しく追求したりするのはホント化学とかわかんないので許してください。何が爆発するとか知らん知らん。

次の更新が多分一番遅くなりそうですね、はい。
といってもこの予想も当てにならないことがわかったので、もう適当だと思ってください。


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狩猟

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

「嘘だ」

 

「嘘ではない」

 

「嘘だ!!」

 

「本当だ。君たちの父は、中央にてイシュヴァール人のテロに巻き込まれ死亡した。残念だ」

 

「嘘つき!!お父さんは、すぐ帰ってくるって言ったもん!!」

 

「君たちは行く当てがないようなら軍が保護した後……」

 

「出てけ嘘つき!!どっか行けー!!」

 

「帰れー!!」

 

「……やれやれ、おい、行くぞ」

 

「はっ」

 

 

 

 

「お父さん、死んでなんかないよね?」

 

「……わかんない」

 

「お父さん、死んじゃったのかなぁ」

 

「……わかんない」

 

「……お父さん、生き返らないかなぁ」

 

「人体錬成は、ダメだからね。お父さんと、約束、したもん」

 

「……うん」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

この前東方司令部から中央勤務へと異動になったマスタング大佐。

今は、東部から一緒に連れてきた部下のうちの一人、ホークアイ中尉と街道を軽い雑談をしながら歩いている最中だ。

 

そこに突然マスタング大佐の後ろから仮面をつけた黒装束が声をかける。

 

「ロイ・マスタング大佐カ?」

 

「うぉう!?……そうだが、何かね?」

 

あまりの気配の無さに思わず飛び下がって手袋を取り出そうとしたマスタング大佐だったが、相手に敵意がなさそうなことを確認すると居住まいを正した。

 

「マーシュ・ドワームスからの伝言を持ってきタ」

 

「ほう、ドワームスが来ているのか?貴方がドワームスの遣いだと分かる何かを提示していただきたいが……」

 

「『一度合流したい。ロイが教官の妻に手を出してまだ射殺されていなかったら』だそうダ」

 

「良かろうドワームスの遣いだと認めよう、後でドワームスは焼く」

 

「教官の奥様にまで手を出してたんですか……?」

 

ホークアイ中尉がしらっとした目で一歩下がる。

 

「違う!いや、違わなくはないがそれは若かりし頃の過ちだ!と、とにかくこれに書かれた場所に来るようドワームスに伝えたまえ。仕事が終わればすぐに向かう」

 

マスタング大佐がメモに場所を書き込み、黒装束へと差し出す。

 

「了承しタ」

 

それを受け取った黒装束は、闇に溶けるように消える。

マスタング大佐はその後、ホークアイ中尉に薄っぺらな言い訳を延々とするのだった。

 

ーーー

 

「まったく、災難だなぁ……」

 

フーが持ち帰った、マスタング大佐のメモの場所に来たマーシュ達。

そこはどうやら古びたマンションのようだった。

誰かが住んでいるような形跡はない。

指定された部屋まで生き、ドアをガチャリと開けると部屋の中で誰かが包丁を研いでいた。

何かの頭蓋骨を被った、誰か。

ドクロ頭に鎧。手には大きな包丁。少なくともまともな人間でないことは確かだ。

 

「うぉ!?なんだお前!」

 

「なんだ?マスタングのお仲間か?」

 

思わず構えるマーシュだが、ドクロのほうは包丁をシャーシャーと研いだまま動かない。

 

「あ!」

 

「お、ファルマン……だっけ?」

 

奥から、痩せ身の男が顔を覗かせ、マーシュを見ると安心したように息を吐く。彼はヴァトー・ファルマン准尉。マスタング大佐の部下の一人だ。マーシュとは東方司令部で一度顔を合わせている。

 

「よかった、これでようやく解放される……。殺人鬼とずっと一緒にいて気が狂うかと思った……」

 

「つれねぇこと言うなよ兄ちゃん」

 

目から涙をちょちょ切れさせつつ、床に座り込むファルマン准尉に、その肩をバシバシと叩いているドクロ。

 

「……とりあえず、集合場所はここでいいらしいな」

 

 

 

 

「俺ぁバリー・ザ・チョッパー!この中央を恐怖のどん底に叩き落とした、最凶の殺人鬼といえばお前らもわかるだろ?げへへ」

 

「いや、知らん」

 

「「「知らなイ」」」

 

「……そうか」

 

意気揚々と名乗りを上げたバリーだったが、三人は外国人、マーシュは特に興味がなかったということで誰もその名を知らなかった。バリーがしゅんとして、包丁をまた研ぎ始める。

 

「んで、その殺人鬼さんがなんでロイの秘密基地にいるんだ?」

 

「おう、色々ワケがあるんだこれが!」

 

よくぞ聞いてくれましたとばかりに顔を上げ、また揚々と顛末を喋り出すバリー。

まとめると、こうだ。

 

もともと第五研究所の警備を担当していたバリーは、マーシュたちが第五研究所に忍び込んだ時、侵入者の排除のために研究所の周りに向かったらしい。だがいざ行ってみると誰もおらず、探すのも面倒だなとブラブラしていたら、突然に研究所が爆発。これ幸いと研究所から逃げ出したそうだ。しばらく身を潜めた後に、誰かの肉を切り刻もうかと夜の街に繰り出したところでホークアイ中尉に遭遇。アッサリと返り討ちにされ、その強さに惚れ込んだ。自分を捕らえたり処分しないこと、もう人を切らないことなどを条件にマスタング大佐の力になることを承諾したのだった。

 

「……ってなわけよぉ」

 

「あー、まぁ、とりあえず味方ってことはわかった。ところでもしかして、その中って空っぽか?」

 

好き好んで変な頭蓋骨と鎧を着ているという可能性もあるにはあったが、マーシュにはこの前友人になった兄弟を思い出して、訊いてみたのだ。

 

「おう、よくわかったなァ!その通り、俺様は今魂だけの存在よ!」

 

「何!どういうことダ?」

 

リンが反応し、身を乗り出す。

 

「囚人の魂を鎧に定着させたってとこだろ。多分、肉体から無理やり剥がしてな」

 

「あァ、あの痛みといったら、いっそ殺してくれって何度思ったか!」

 

「肉体がないということは、もしかして、不死なのカ……?」

 

「弱点がねぇわけじゃねぇ。が、飯もいらんし睡眠もいらんし痛みもねぇ。寿命も多分ねぇんじゃねぇか?」

 

リンが目を輝かせ、机をバンバンと叩く。フーとランファンも前のめりになっている。

 

「なんだそれハ、最高じゃないカ!おい、やり方を教えてくレ!」

 

「俺は知らねぇぞ。知ってる奴もこの前消えちまったよ」

 

「なっ……。ぐぅ、今まで通り賢者の石を探すカ……」

 

「や、多分やり方知ってる奴を知ってるぞ」

 

「本当カ!?」

 

「友達だ。旅をしてるから今の居場所はどこか知らんが、会えたら話を通してやるよ」

 

「ありがたイ、つくづく良い友人だナ、マーシュ!」

 

「まぁな。んじゃ俺はマルコーから貰った資料を読むから、ロイ来るまでしばらく休憩してていいぞ」

 

マーシュが資料を取り出し、ソファに寝そべった。

椅子はリンとバリーが座り、ソファはマーシュが占拠。

ファルマンは所在なさげに隅の方に座るのだった。

 

ーー

 

「やぁドワームス。ウェルとウェルダンどちらが好みかね?」

 

「ステーキならウェルのほうがいいなぁ。腹減ったし食料持ってきてくれよロイ」

 

夜になり、仕事を終わらせたであろうマスタング大佐がやってきた。手には発火布をつけ、指を擦り合わせているが、マーシュはどこ吹く風でソファに寝そべったままだ。

 

「どこまでも、人をおちょくりおって……ところで、三人ほど仲間が増えているようだが?」

 

「仲間……というよりは協力関係?賢者の石を狙ってるそうだ」

 

「シン国第12皇子、リン・ヤオ、ダ。マスタング大佐、話は聞いてル。一枚かませてほしイ」

 

「ふむ、シン国の皇子とコネが出来るのはこちらとしてもありがたい。もとより人手はいくらあっても足りないんだ、よろしく頼む」

 

マスタング大佐とリンが握手をかわし、

その後、ファルマンが買ってきた晩飯を食べながら、情報交換の時間に移るのだった。

 

ーー

 

「首尾は上々、か。だが、キンブリー、か……。まさか奴が人造人間側についているとはな」

 

「賢者の石も持ってる。少なくとも街ひとつ簡単に潰せる火力はあるぞ。というか実際潰しかけた」

 

「ロンデリーの街が半壊したというのは、奴のせいだったか……。向こうの戦力を考え直す必要があるな」

 

「そっちはどうだ?」

 

「信頼出来る人間には声を掛けた。皆快く承諾してくれたが、まだまだ国をひっくり返すには足りないな。ブリッグズの兵が全員加わってくれてようやく、だ」

 

「ま、バレてなきゃいいよ。ブリッグズにはもう一度行く必要があるな……」

 

今までの成果と敵方の能力、勢力。誰が協力してくれるか、してくれそうか。マーシュ達の会議は続く。そしてだいたいのことを報告し、推測も交わし終えた後。

マーシュが立ち上がった。

 

「よし、釣りでもするか」

 

ーーーーー

 

翌日。

軍の詰所へと向かおうとしていたマスタング大佐のもとにエドワードとアルフォンスがやってきた。その雰囲気は挨拶をしにきたような穏やかなものではなく、今にも大佐に殴りかかりそうな形相だ。

 

「どういうことだ大佐!!なんでヒューズ中佐が家族ごと行方不明になってて、なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「……私が何か知っているとでも?」

 

「知らねぇとは言わせねぇぞ!知らなきゃそんなに落ち着いてるはずがねぇ!!何が里帰りだ、バカにしやがって!!」

 

「ふむ、確かに知っている。マーシュ・ドワームスがヒューズとその家族を行方不明にした犯人だ」

 

「なっ……にを言ってやがる!!マーシュがンなことするわけねーだろォが!!」

 

「鋼の。君が奴の何を知っている?」

 

「何?」

 

「たかだか数日共に行動しただけで、何故奴がそんなことをしないと言える」

 

「っ……でも、マーシュは……!」

 

「いい機会だ、奴のことはさっぱり忘れろ。ヒューズはこちらが全力で捜索している。お前に出来ることは何もない」

 

「……テメェ、本気で言ってんのか!!」

 

「兄さん、ストップ!!」

 

エドワードが激昂し、アルフォンスの制止も聞かずマスタング大佐の胸ぐらを掴む。

が、マスタング大佐はそれを即殴り飛ばした。

 

「上官に手をあげるとは何事か。見逃してやるから今日は帰りたまえ」

 

「こん、の、クソ大佐ッ……!」

 

倒れたまま、エドワードは去っていくマスタング大佐を睨みつけるのだった。

 

 

 

 

「良かったんですか?」

 

隣に歩くホークアイ中尉がマスタング大佐に問いかける。

 

「鋼ののことかね?奴らはまだ子供だ。この件に関わらせるわけにはいかない」

 

「もっとムキになって無茶をしそうですが」

 

「その時はその時だ」

 

 

「あ!!」

 

「ん?」

 

帽子にサングラス、黒いコートに身を包んだマーシュに、ウィンリィが駆け寄ってきた。

 

「マーシュさん!どうしたんですか変な格好して」

 

「しーーーっ!今名前呼ばれるのはちょっとマズイ」

 

人差し指を立てながら、マーシュがキョロキョロと辺りを見渡す。

幸い誰も聞こえてはいないようだ。

 

「え、なんでですか?」

 

「もしかしてウィンリィ、中央に来たばっかか?」

 

中央の新聞には数日前から一面に大きく、ヒューズ中佐の行方不明の件が書かれ、指名手配のマーシュの名前と写真も載せられている。それを知らないということは、少なくとも何日も前に中央に来たわけではないということだろう。

 

「あ、よくわかりましたね!エド達と一緒にヒューズさんに会いにこようとしたんですけど、エド達が急にホテルから飛び出していっちゃって、今探してるんです」

 

「あー……。わかった、一緒に探そうか」

 

兄弟のだいたいの事情を察したマーシュだが、ウィンリィを放っておくのも少し憚られ、そう提案した。

 

「わ、ホントですか、ありがとうございます!」

 

 

 

 

「ほれ、お食べ」

 

「ありがとうございます」

 

小腹が減ったとマーシュがホットドッグを買い、ついでだからとウィンリィの分も買った。ウィンリィは悪いですと言って遠慮したが、マーシュがぐいぐいと押しつけてくるので仕方なく受け取ったところだ。ちなみにマーシュの手にはまだ5.6個のホットドッグが入った紙袋がある。

 

「ウィンリィは今まで何してたんだ?」

 

「ラッシュバレーで機械鎧の修行してました。機械鎧の聖地っていうだけあって、技術もすごいんです!」

 

「へぇ、じゃウィンリィの腕もどんどん上がってるわけだ」

 

「まだまだばっちゃんには勝てそうにないですけどね……」

 

「機械鎧技師の道のりは長く険しいってか?」

 

「そうなんです!でも頑張りますよ、私。最近じゃお客さんも増えてきたし、それに……や、なんでもないです!」

 

少し顔を赤くして顔を振るウィンリィ。それを見てマーシュは、ほほーぅと察する。

 

「それにエドにも良いの作ってやんなきゃな」

 

「え、なんで分かっ……ち、違います!エドのためとかじゃなくて……アイツが毎回ぶっ壊してくるから仕方なくもっと良いのを作る必要があって!」

 

「あー、分かってる分かってる」

 

「真面目に聞いてます!?」

 

必死に手を振って言い訳するウィンリィに目を向けず、ホットドッグを齧りながら返事をするマーシュ。

こんな談笑をしながらしばらく歩いていると、軍の詰所の周辺でマーシュが立ち止まり、指を差す。そこには項垂れ気味のエドワードと、心配そうにしているアルフォンス。

 

「あ、いたぞ」

「え?あ、ホントだ!ありがとうございますマーシュさん!」

 

「いやいや、そんじゃ俺はここで」

 

「え、エドと会わないんですか?」

 

「多分少し面倒なことになりそうでな……。よろしく言っといてくれ」

 

そう言い残しマーシュは路地裏へと去っていった。

 

「……?どうしたんだろう。おーい、エドー!」

 

「ウィンリィ……。わざわざ追っかけてきたのか」

 

「よくこの場所がわかったね」

 

「マーシュさんが連れてきてくれたの」

 

ウィンリィの言葉を聞いた瞬間、エドワードが顔をバッと上げる。

 

「は!?マーシュが!?ウィンリィ!!どこだマーシュは!!」

 

「わ、何いきなり!会うと少し面倒そう、って言ってどっか行っちゃったわよ」

 

「んなっ……!あンの野郎〜……!!探すぞアル!取っ捕まえて話を聞くんだ!」

 

「わかった!」

 

「……もう、なんなのよー!!」

 

ーー

 

「しっかし、エド達もいるのかー。どうすっかな」

 

「……奴らは仲間ではないのカ?」

 

いつの間にかマーシュの近くに現れたランファンが尋ねる。

 

「友達だ。あまり巻き込みたくはないんだよなぁ」

 

ポリポリと頭をかくマーシュ。仕方ない、と言いながら路地裏の奥へと進む。ランファンをつれてしばらく歩き、手持ちのホットドッグもなくなった頃。

 

「さて。おいでなさったか」

 

ランファンがバッと上を向き、クナイを構える。

マーシュも上を向くと、そこにはグラトニーと、いつぞやの少年。

 

「見つけた、エンヴィー。泥の錬金術師の、におい」

 

「よくやった!おい泥の!ようやくぶっ殺せるなぁ!」

 

あの少年が、エンヴィー。ヒューズの妻に変身して、ヒューズを撃ち殺そうとした者。加えて、おそらく人造人間。

 

そして、二人とは別に、路地裏の奥から、現れた者。軍服に身を包み、何本も剣を携えて、眼帯をつけた男。見紛うはずもない。

 

キング・ブラッドレイだ。

 

「やぁ、マーシュ・ドワームス君。こんな所で会うとは奇遇だな」

 

「……大総統っていう職業、もしかして暇なのか?」

 

内心マーシュは悪態をつく。これでブラッドレイは敵で確定だ。それは予想通り。だが、こんな街中で襲ってくることは予想外だった。グラトニーと合わせて、変身能力の人造人間、そしてキング・ブラッドレイ。マーシュでも三人を相手にするのは流石に無謀だ。

 

「今日はオフでね。趣味の()()でもしようかと思ってな」

 

「オフなら家族サービスしてやんな。よっぽど有意義だぞ」

 

冷や汗を流しながらマーシュが少しずつ後ろに下がる。

下手に錬金術を使おうものなら、その瞬間に首と胴が離れる未来しか見えない。

 

「何、すぐに終わらせて家に帰るとも」

 

「おいラース!泥の錬金術師は寄越せ!このエンヴィー様をバカにしたことを詫びるまで、腹の中ぐっちゃぐちゃに掻き混ぜてやるんだ。謝ってもやめないけどさぁ!」

 

「遊んでいる暇はない。この男は、少しでも油断すれば何をするかわからんぞ。グラトニー、お前はわかっているんだろう?」

 

「……もう、あたま、いたいのやだ」

 

グラトニーが頭を抱えて、うつむく。生きたまま頭を溶かされる経験はさすがの人造人間もなかったようで、その痛みはまだ慣れていないようだ。

 

「さぁ始めようか、ドワームス君。私の家族との時間のためにも、逃げないでいてくれると助かる」

 

チャキリと剣を鳴らすブラッドレイに、マーシュは指を銃の形にして向ける。

 

「……逃げねぇよ。俺は、俺たちは今日ここでお前らを」

 

スンと鼻を鳴らしたグラトニーが振り返る。が、もう遅い。

 

「仕留めるつもりだ」

 

 

 

マーシュの発砲の仕草と「パン!」という声と同時に、リンとフーが後ろからグラトニーとエンヴィーの頭を叩っ斬った。

 

 

 

「さぁ始めようか、ブラッドレイ君。罠にかかった獲物は、お前らのほうだ」

 









うろたえるな!思考を止めるな!書くことを諦めるな!


モチベ高めだったので思ったより早い続きですイェイ。
でも次話は全く書かれてないし構想もされてないのできっと遅いです。俺は嘘をつかないのを信条にしてる。

この前気づいて、非ログインでも感想を書ける設定にしました。
ギブミー感想。モチベが上がります。


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合奏

「ふむ。話に聞いていた、他国の者か」

 

ブラッドレイがリンとフーを横目で見つつ、顔色を全く変えることなく呟く。隙は全くなく、マーシュたちを視界に捉えたままだ。

 

「予想の範疇だ」

 

戦闘の開始は、突然だった。

 

ブラッドレイが剣を一本抜き、ボッ と音が出そうなほどの速さで、ポケットに手を突っ込んだままのマーシュとランファンへ斬りかかった。

 

ランファンがマーシュの前へ進み出て、クナイで剣を止めた。

否、ブラッドレイが右から左へと剣を払おうとして、その軌道にクナイがあっただけ。

今の速さの剣を止めたのは、奇跡だ。

今ランファンは、ブラッドレイの剣に全くついていけていなかったのだから。

それだけで、ランファンは理解した。この男の力量は、自分より遥か上。自分の祖父より、自分の後ろにいる男より、もしかすると今まで会ってきたどの強者よりも。

それでも、恐れるわけには、退くわけにはいかぬと踏み込む。

だが、それは叶わなかった。

 

マーシュが、ランファンの黒装束のフードを引っ張って後ろへと無理やり引き下がらせたからだ。

瞬間、ランファンの首があった空間を二本目の剣が薙いでいた。

ランファンもブラッドレイが剣を抜くのがギリギリ見えてはいたものの、自分を奮い立たせようと強く踏み込もうとしていたせいで体がついていかなかった。

 

今、マーシュが引っ張ってくれていなければ自分の命はもう終わっていた。

ランファンがそのことを理解するより速く、戦況は進む。

 

何か喋る暇もない。

ブラッドレイがそのまま二本の剣を構えマーシュを斬りはらおうとする。

マーシュがランファンを引っ張り下げながら、片方のポケットから、ぐしゃぐしゃになったホットドッグの袋を投げた。

ただのゴミだ。当然そんなものは攻撃にも時間稼ぎにもならない。

しかしブラッドレイはそれを大きく避けた。

警戒。ただのゴミからでも、何を飛び出させるかわからない。

どんな些細な攻撃も侮るべきではない。

ブラッドレイはそう考えたのだ。

 

そしてゴミを避けたブラッドレイはマーシュを刺し貫こうとする。

少将との決闘の時と違い、マーシュは何も防ぐものを持っていない。

ランファンを引っ張った体勢のままではこの攻撃を避ける術もない。

 

が、ブラッドレイの足元から何かが飛び出した。

泥だ。

地面から、下水管が破裂したかのごとく勢い良く泥が湧き出たのだ。

それに巻き込まれ、ブラッドレイの体は空に押し出される。

 

「ぬ、これは……!まさか」

 

「ランファン、よく時間を稼いだ」

 

ランファンがブラッドレイの剣を防いだ時間は、1秒の半分にも満たないほどの間だった。ゴミを投げつけたのも、時間稼ぎ。1秒の半分にも満たないほどの時間稼ぎ。合計しても、約1秒。だが、マーシュにはその時間が必要だったのだ。錬金術を、発動するための隙が。

 

マーシュが足を踏み鳴らすと、湧き上がった泥が形を変え、ブラッドレイを捕らえるようにまとわりつき、固まった。

 

「さて、これも予想の範疇だったか?」

 

戦闘時間、五秒以下。

それは、余りにも早すぎる決着。

 

 

キング・ブラッドレイ、捕獲完了。

 

 

 

 

 

「クッソがぁぁ!!邪魔すんな!!」

 

頭を切られて再生した後、リンとフーに応戦するエンヴィー。

手を刃物に変化させれば受け流されて根元を叩き切られ、足を蔦に変化させて捕らえれば相方がやってきて叩き切られる。

 

グラトニーも攻撃はしているものの、リンとフーの軽すぎる身のこなしに翻弄されっぱなしである。

 

「おーい、エンヴィーとやら!」

 

そこに、向こうの方からマーシュがエンヴィーに声をかけた。

何だよ、と見やるとそこには泥に捕らえられたブラッドレイの姿。

 

「もうブラッドレイは捕まえたけど、どうする?」

 

「……は!?いや、いやいや、何やってんだラース!!負けたのか!?この短時間で!?」

 

ギョッとして、思わず声を荒げるエンヴィー。

それを見て、マーシュはランファンに目を向ける。

 

「よしランファン、向こうに加勢に行くぞ。ブラッドレイは見張ってなくていい」

 

「何故ダ?」

 

「ああ、あいつの焦り様、ブラッドレイには自力でここから抜け出せるような能力はないってこった。いやぁ、わかりやすくて助かるよ、エンヴィーくん?」

 

ニヤリと笑ってエンヴィーに手を振るマーシュ。

ビキビキと音が立ちそうなほどに青筋を立てるエンヴィー。

 

「こん……の、クソがぁ!!馬鹿にしてんじゃねぇぞぉ!!!」

 

マーシュに向かって吠えるエンヴィーは、リン達にとっては隙だらけだ。また頭を両断する。

 

リンとフーだけでも今のところは押している。そこにランファンとマーシュが加われば、人造人間の完全捕縛はすぐだろう。

 

 

 

「これは余談だがね」

 

不意にマーシュたちの後ろでブラッドレイが口を開いた。体は拘束され、頭だけが、固まった泥から出ている状態だ。それなのに、彼の表情には全く焦りがない。

 

「マーシュ・ドワームスという障害の排除は、現在我々の最優先事項となっている」

 

「そいつは光栄なことだな。だがこれを機に諦めてくれ」

 

「そんな最優先任務で、戦力を温存するとでも?」

 

「……………あ」

 

マーシュが何かに気づいた瞬間、ブラッドレイを捕らえていた泥が何者かに切り刻まれた。

 

「まったく、何をやっているのかしら。プライドに怒られるわよ」

 

「ああ、感謝する」

 

ラストだ。

器用に、型抜きのようにブラッドレイの周りの泥を切り落とし、助け出した。ブラッドレイは体についた固まった泥をパンパンと払い落とし、完全に復帰した。マーシュが額に手をやって、ため息をつく。

 

「あー……うん、これは完全にオレのミスだ」

 

「先ほど捕らえた時に顔まで覆っていれば、もしかすると気絶ぐらいまでは持っていけたかもしれんな」

 

言外にマーシュの甘さを責めながら、ブラッドレイは自分の眼帯に手をかけた。

 

「油断するなと言っておきながら、最初から全力を出すことを惜しんだ非礼を詫びよう」

 

外された左目の眼帯の下にあったのは、当然、眼。

しかしその瞳は自分の尾を噛む龍の模様。すなわち、ウロボロスの形だった。

 

「まさか、賢者の石を持っているとは思わなんだ」

 

「……やっぱバレる?」

 

マーシュが顔をひきつらせ、ポケットの中の物を手で弄んだ。

 

+++++

 

「んー、なるほどな……」

 

マルコーの資料を読むマーシュ。内容は、マーシュが既に人造人間と戦った時に入手した情報もあったが、新たにわかることも多数あった。

他にプライドやスロウスという人造人間もいるであろうこと。エンヴィーがイシュヴァールの内乱を巻き起こしたかもしれないこと。ブラッドレイも人造人間であるが、他の人造人間とは少し違うかもしれないことなど。

 

そして、ふと最後のページに、慌てて書き足されたような走り書きがあるのを見つける。

 

『君のジャケットの右ポケットを見てくれ。君の言葉に、本当に救われた。その礼というわけではないが、おそらくそれは君が持っている方が有意義だ。幸運を、祈っている』

 

ポケットを探ると、固い感触。取り出したそれは、小瓶に入った真紅の半液体だった。

 

「わーお……。サプライズ?」

 

ーーーーー

 

「ランファン、一人であのボインの相手出来るか?」

 

「あぁ…………死ぬなヨ」

 

ボソリと最後に付け加えて、ランファンはブラッドレイを警戒しつつラストの前へと向かう。

 

「善処する」

 

果たしてこの男と1対1で戦って生き残ることが出来る人間がどれほどいるのだろうか。マーシュは苦笑して、体勢を整えた。

ブラッドレイは先ほどまで固められていた腕の調子を確かめるように肩をコキコキと鳴らしている。

 

「どうした?また錬金術を使わないのかね?」

 

「ハッ、言ってくれるな……」

 

錬金術は、発動するまでに若干のタイムラグがある。

だからいつもは喋ったり他のことに目を向けさせたりして、時間を稼いでいるのだ。

だが今回の場合は、別だ。ブラッドレイはマーシュの錬金術を把握していて、常に警戒している。マーシュが何か不審な動きをした瞬間、それに合わせて全速力で斬りにくるだろう。それは恐らく、錬金術の発動よりも速く。

 

今のマーシュには、賢者の石がある。

だが、賢者の石を使って発動速度を限界まで速くしても、ギリギリ間に合わないかもしれないとマーシュは感じた。

それは、勘だ。しかし、どこか確信があった。

そしてその勘は当たっており、時間稼ぎがなければブラッドレイの剣は錬金術の発動よりも速くマーシュを貫いていただろう。

 

今、ブラッドレイとマーシュとの距離は、最初相対した時とほぼ同じ。つまり、普通に錬金術を発動すれば、抵抗する間も無くマーシュの首は飛ぶことになるだろう。

そのことをマーシュも、ブラッドレイも、わかっている。

 

加えてブラッドレイが今晒した眼。

ブラッドレイの口ぶりと雰囲気から察するに、何かある。

まるで全てを見透かされているかのような錯覚。

マーシュの背中に汗がつつと伝った。

 

「来ないのならこちらから向かうぞ」

 

一歩。

たった一歩で間合いが詰められた。

アームストロング少将以上のスピード。

一瞬でマーシュはブラッドレイの剣の射程に入れられた。

剣がマーシュの首を斬り飛ばさんと振るわれる。

マーシュはそれをなんとか避けようと頭を下げ

 

突然ブラッドレイが飛びすさった。

 

直後、ブラッドレイがいた場所にチュインと音を立てて銃弾が刺さる。

狙撃だ。

 

「今の避けるのかよ……。だがまぁ、助かった」

 

「……ホークアイ中尉か」

 

銃弾を放ったのは、遠方に構えているホークアイ中尉。

マーシュたちからは辛うじてその姿が見える距離。

 

「つまり……マスタング大佐とその部下が、君たちについていると見ていいのかね?」

 

「いやぁ、そんなことはないぜ。さっきの銃も多分、お空の鳥を狙おうとして外しちゃっただけだろうよ。ほら、最近は狩りがブームらしいし」

 

白々しく笑うマーシュ。ペラペラとよく回る舌は、これまた時間稼ぎだ。ホークアイ中尉が定位置につき、次弾を装填するまでの。

 

 

 

ブラッドレイが、付き合ってられぬと前に踏み出した次の瞬間、銃声が響いた。ライフルの音ではない。おそらく拳銃。

それは、ラストとランファンがいる方向から。

 

そこにいたのは目元だけを出した黒の戦闘服に身を包んだ人間。

しかしその人間は拳銃を下ろし、どこか呆然とした様子だ。

 

「……おいおい、どういうこったよ……。なんで、そんなとこにいんだよ、ソラリス」

 

「あら、もしかしてジャン?お仕事放ったらかしてこんなとこに来ちゃって……悪い人ね」

 

「……クソッ、っとに女運がワリィ……」

 

マスタング大佐の部下、ジャン・ハボック少尉。

ハボックは、正体を隠したラストとついこの前から交際していたのだ。

短い付き合いとはいえ、自分が本気で惚れ込みかけていた女性が敵で、人間ですらないとわかり、かなり傷心したようだ。が、すぐに拳銃を構える。

 

「悪ぃが撃つぞ」

 

「出来るのかしらね?貴方はとっても優しい人だもの、ジャン。そんな貴方と過ごした時間はすごく楽しかったわ」

 

「っ……!!」

 

ラストの言葉に、引き金を引こうとしたジャンの指が止まる。

そこにヒュオッと風を切りながら、ジャンの首元に爪が振るわれた。

しかしランファンがジャンを蹴り飛ばし、難を逃れる。

 

「げ、ほっげほっ……!」

 

「戦う気がないならどいてロ。邪魔ダ」

 

「……いや、戦える。助かった、ありがとう」

 

ランファンがクナイを、ハボック少尉が拳銃を構える。

ラストは余裕の表情で、唇をペロリと舐めた。

 

 

 

 

 

「がっあぁぁ!!」

 

「熱い、熱いよエンヴィー!」

 

「ほう、貴様がエンヴィーか。話は聞いてるぞ。……ヒューズを撃ち殺そうとしたらしいな?」

 

こちらでは、エンヴィーとグラトニーが突然の爆炎に晒されていた。

マスタング大佐が、這い蹲るエンヴィーを冷たく見下ろす。

そしてまた、パチンと指を鳴らした。

 

燃える。

 

「ヒューズの妻に化けて、絶望の最中殺そうとしたとか」

 

燃える。

 

「恍惚の表情だったそうだな」

 

燃やされる。

燃やされて再生してはまた燃やされる。

 

「て、めっ……!」

 

「驚くべき再生能力だな。それで、あと何回で死ぬんだ、貴様は」

 

「ぐが、ああっあぁぁあ!!」

 

また爆音が、響いた。

 

 

 

 

銃声が響いても、ブラッドレイは全く意に介していなかった。自分に向けてのものではないことだけを一瞬で確認し、ブラッドレイがまたマーシュへと間合いを詰める。

 

ホークアイ中尉はブラッドレイの速さにはついていけていない。だから、ずっとマーシュの体の前に照準を合わせている。

ブラッドレイがマーシュの隙をつくためには、一直線にマーシュへと向かわなければならないからだ。だから、来るとわかっている箇所で待っている。

ブラッドレイを視界に入れて、奴が体を前に傾けた瞬間、弾を放つ。ブラッドレイがマーシュの目前に迫ったタイミングで、丁度その銃弾が到着し、ブラッドレイの体のどこかに着弾する、かと思われた。

 

ギィン。

 

それをあろうことかブラッドレイは剣で弾いた。一瞬ホークアイ中尉のほうを見て、後は片手の剣でアッサリと。

 

ブラッドレイがもう片方の剣でマーシュに斬撃を放つ。

マーシュは頭を下げ、髪の毛の先を少し切られつつも避けきる。

銃弾を弾いた剣がそのまま振り下ろされる。四肢を全部使って弾かれるように横に跳ぶマーシュ。

体をくるりと一回転させて剣が追撃してくる。止まれば斬られる。受け身も考えず勢いのままに地面を転がる。

ブラッドレイが跳び、転がった先のマーシュに剣を突き立てようとした。転がりつつもマーシュは腕の力で勢い良く倒立し、回避。

地についた腕を叩き切ろうとブラッドレイが剣を横に払ったが、バク転して後ろへ跳んで避ける。

 

マーシュが体をミシミシ言わせながらも、ポケットに手を突っ込んで、足を踏みならそうとした。

だが、そんな暇など与えてはくれない。

まだ追撃。

突きをかわす。切り払いをかわす。袈裟斬りをかわす。

 

と同時に、襲いくる下からの斬撃。

逃げ場がない。斬られるしかない。

違う。逃げ場がないなら、()()()()()()()()

思い切り前に跳び、ブラッドレイの懐へと入り込んでタックルをかます。

いや、かませない。同時にブラッドレイも後ろへと跳んでいる。

ブラッドレイが手首を返し、剣が、マーシュへと迫る。

 

キィンと音を立てて、ブラッドレイの剣が止まった。

マーシュの手に握られているのは、クナイ。もしかしたら使うかも、とリンたちから借りたものだ。さっきポケットから取り出し、ブラッドレイからは見えない位置で握り、今、そのクナイでブラッドレイの剣を後ろ手で止めた。

マーシュがそのまま空いた手で、ブラッドレイを殴り飛ばそうとする。が、首を動かすだけでブラッドレイはそれをかわし、そして剣の柄で逆にマーシュを殴り飛ばした。

 

「っが、あー、いってー……」

 

マーシュは殴り飛ばされ曲がり角の壁にぶつかった。無理な回避でまだ体が悲鳴をあげているが、ダメージは少ない。

まだやれる、と立ち上がったところで曲がり角の先に二人の男がいるのに気づく。

角の先にいたのは小汚い男と……

 

「うぉあぁびっくりしたぁ、なんだお前…………ブ、ブ、ブラッドレイ大総統!!??だ、だだだだ旦那ァ!!助けてくだせぇ〜!!」

 

「あー……こりゃ奇遇ですね」

 

「泥の、錬金術師……!!」

 

スカーだった。小汚い男が、ブラッドレイを見て恐れ慄きながら目を見開いているスカーの陰に隠れる。しかしそれをスカーに振り払われて、這い這いの体でどこかへ隠れにいった。

 

「泥の錬金術師に、キング・ブラッドレイ……。なんという僥倖。これが、神の意志か!!」

 

「あーもークッソめんどくせー!!」

 

「ふむ、スカーか。丁度よかった」

 

 

「「「貴様(おまえ)どちら(どっち)も」」」

 

 

 

 

「破壊する」「沈める」「斬り捨てる」

 

 

 

 

怒れる復讐鬼(バケモノ)が、指を鳴らす。

 

国家錬金術師(バケモノ)が、足を鳴らす。

 

冷酷なる憤怒(バケモノ)が、鍔を鳴らす。

 

バケモノたちの、合奏の始まりだ。

 

 

 








貴方たちは、あらゆる攻撃を見切るのが得意なフレンズと、あらゆるものを分解するのが得意なフレンズと、コンクリート風呂に沈めるのが得意なフレンズなんだね!すごーい!


ええ、思ったより早い投稿です。次はきっと遅いです。
だって、ここからどうすればいいのか全然わかんないんだもん。
プロットとか、次話書き溜めとか、全くないんだもん。
好きなようにつらつらと書いてるだけなのでそろそろ限界がきそうです。
それでも最後まで書けたその時は……たくさん褒めてください。


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終戦

「クソが!!目に物見せてやるよ、焔の錬金術師!!」

 

何度も何度も燃やされ、ついに我慢の限界がきたエンヴィーがゆらりと立ち上がり、その背中が膨れ上がった。

マスタング大佐が指を構えて警戒する。

しかしその膨張は、突如響き渡った声により中断される。

 

『やめておきなさい、エンヴィー。相性が悪すぎる』

 

「プライド!?」

 

エンヴィーとグラトニーが空を見上げ声を上げた。

プライドと呼ばれる者の声のようだ。

 

『一度下がりなさい、エンヴィー、グラトニー。マスタング大佐が相手ではあまりにも分が悪い』

 

「チッ、しょうがない……!グラトニー、退くぞ!」

 

「わかった、おで、もう燃えたくない」

 

「逃がすと思っているのか?」

 

「っグラトニー!飲め!!」

 

マスタング大佐が放った爆炎に、グラトニーが真正面から向かい合う。そして、腹に開いた口でその炎を飲み込んだ。マスタング大佐の目が驚愕で見開かれる。

そしてグラトニーはマスタング大佐から少しズレた位置へとその口を向けた。

次の瞬間、バクン、とマスタング大佐の横にあった家が半分消滅した。

 

「おら、飲んじまうぞ、下がれ下がれぇ!」

 

「これが、ドワームスの言っていた……!」

 

マスタング大佐がグラトニーの正面に立たないようにしながら後ろへと下がる。

エンヴィーはそれを確認すると、グラトニーをつれて何処かへと走り去っていった。

 

「……頼んだぞ」

 

マスタング大佐が、空へと声をかけた。

 

 

 

 

 

ハボック少尉が拳銃を撃つ。弾はラストの脚を貫いた。

 

「恋人にひどいことするじゃない、ジャン」

 

が、跪きもせず、脚は撃たれてもすぐに再生する。彼女が人間でないことを再確認して、また歯を食いしばるハボック少尉。

 

そこへラストの後ろからランファンがクナイでラストの首を搔っ捌いた。

ラストは後ろへとぐらりと落ちそうになる頭を掴むと無理やり手で押し込みくっつける。そして爪を伸ばしてくるりと一回転した。ただの一回転も、最強の爪と合わされば凶悪な範囲攻撃だ。

ランファンはそれをなんとかクナイで逸らすが、ぐらりと体勢を崩す。

そこを狙おうとしたラストの腕を、ハボックの放った銃弾が弾いた。

 

「やるわね」

 

ラストはそう呟くと、両手をそれぞれランファンとハボックに向け爪を伸ばした。

一直線に伸びてくる爪をしっかり躱す二人。しかし、これで終わりではない。

ラストはそのまま、十本の爪を別方向にそれぞれ動かした。いつものように狙いさだめた攻撃ではなく、無作為に。

 

「ぐっお!?」「くっ……!」

 

適当に動かされる五本の爪は、地に刺さり空を切り、爪同士にぶつかって軌道を変える。ラスト自身でさえ何を切っているかわからない。それは簡単に避け切れるものではなく、二人は段々と追い詰められていく。

 

ランファンが迫ってくる爪の一本を、クナイで止めようとした。その攻撃は、クナイで真正面から止められるものでは到底ないということを知らずに。

 

その凶刃は易々とクナイを切り裂き、ランファンの肩口へと到達した。

 

「がっ……!」

 

「まず一人」

 

倒れゆくランファンを見て、ラストが両手の爪をハボック少尉へと向ける。ランファンと協力して、やっと対抗できた。片手の攻撃だけでも、避けることすら危うかった。この1対1は、あまりにも絶望的だ。

ラストが、その爪をハボック少尉へと伸ばしたところで

 

ラストの体が、斜めにずれた。

左肩から右の腰にかけて切られて。

 

「ゲヒャハハハハ!!い〜〜〜〜い斬り心地だァ!!想像以上だ!!やっぱお前は最高の女だ!!」

 

「バ、リー……!」

 

本当はリンたちに協力するよう言われていたバリーだが、「もしかするとラストが現れるかもしれない」と持ち前の勘を発揮し、ずっと隠れて機会を窺っていたのだった。

 

しかしラストは、上半身がずり落ちながらも、残った片手をバリーに振るう。

バリーは余韻に浸っていたせいか回避もできず、アッサリとその体を輪切りにされ、目からフッと光を失った。

 

次の瞬間、ハボック少尉が飛び出し、ラストの右腕を踏みつけ、頭に銃身を押しつけた。

一連の動作には全く無駄がなく、ハボックがやはり一流の軍人であるということをラストは再認識し、目を閉じる。しかし、いつまでたっても自分の頭には何も起きない。

 

「……どうしたの?早く撃ちなさい。すぐに体も再生するわよ」

 

「あぁいや、こうして見るとやっぱ美人だなと」

 

「っバカにしているの?いいから早く撃ちなさい!私に、またあんな思いをさせるつもりなの!?」

 

見下していた人間に、見下される。捕らえられ無力化され、ただ死を待つのみの存在になる。そんな経験は、もう二度としたくない、とラストは歯噛みする。

 

「あのデートがさ、全部嘘だったとは思えねぇんだ。思いたくねぇんだ」

 

「全部嘘よ。あなたが一番口が軽そうだったから近づいただけ。マスタングについては何も話してくれなかったけどね。何の役にも立たなかった」

 

「デート中に仕事の話はしないくらいの甲斐性はあるさ。そこも素敵だって言ってくれたろ?」

 

「建前に決まっているじゃない。いい加減にして!」

 

いつのまにか再生した左腕の爪を伸ばし、ハボックの首元へ当てた。

 

「私がこの腕を少し捻れば、貴方の首は飛ぶわ。さぁ、撃ちなさい。殺すわよ」

 

「……ソラリス。お前が普通の人間じゃなかろうが、俺の命を狙おうが、世界の破滅を願う組織だろうが、俺は構わねぇんだ。

どうしようもなく、好きになっちまったんだ」

 

ほら、と笑いながらハボック少尉は続ける。

 

「惚れたほうの負けっていうだろ?」

 

「……つまり死にたい、というわけね?」

 

ラストの手が少し震えている。その爪でハボック少尉の首を裂く気配は、一向になかった。

 

「……理解できないわね。人間っていうのは、本当に。

醜くて、愚かで……理解、できない」

 

「じゃあこれから理解してくれ。俺も、理解してもらうよう頑張るからさ」

 

ハボック少尉が拳銃を地に落とし、その手でラストの髪を撫でた。

ラストは少しの間瞑目して、そして少し微笑んだ。

 

「貴方のその真っ直ぐな目、好きよ。……いいわ、私も少」

 

パァンと音を立ててラストの頭に穴が空いた。

 

ダランと左手が下がる。撃ったのは、ホークアイ中尉だ。

マーシュとブラッドレイが狙撃出来ない影に隠れてしまったため、こちらの援護をしてくれたのだろう。彼女の目には、ラストがハボック少尉の首を切り落とそうとしているうにしか見えなかったのだから。

 

ハボック少尉が目を見開き、ホークアイ中尉のほうへ向けて慌てて「やめろ」のジェスチャーを送る。

 

が、そこにエンヴィーが飛んできた。

 

「ラスト!撤退だ!マスタング大佐はヤバイ!

……あ?なんだお前。ついでに殺しとこうか」

 

ふとハボック少尉に気づいたエンヴィーが、その表情を変えた。

腕の先を刃物へと変化させ、ハボック少尉へと伸ばす。

ハボック少尉の銃は地面。拾っている暇はない。

 

しかしそのエンヴィーの腕をラストの爪が切り落とした。

 

「んなっ……!おい、どこ狙ってんだよオバハン!」

 

「……ごめんなさい、少し狙いが逸れたわ。それよりマスタング大佐が来る前に早く逃げるべきでしょう?」

 

「あーそうだ!とっとと行くぞ!」

 

駆け出すエンヴィー。

ラストは、最後にハボックをちらりと見て、それを追った。

 

「……ソラリス」

 

 

 

 

 

 

マーシュは考える。

威勢良く啖呵を切ったはいいものの、ブラッドレイとスカーを同時に相手にするのはまず間違いなく不可能だ。ならば。

 

「スカー!ブラッドレイは一人じゃ絶対勝てない。どうだ?ここはひとつ一時的に手を……」

 

「断る」

 

「ふられてしまったな?」

 

ブラッドレイがマーシュへと走り寄り剣を振る。

 

「分からず屋ァッ!?」

 

マーシュが悲痛な声をあげながらそれを後ろに跳んでかわした。

スカーはその隙を狙ってブラッドレイに右腕を振るう。が、突然右手を引っ込めバッと飛び下がった。

ブラッドレイはいつの間にかスカーのほうへ剣を向けており、あのまま攻撃していればブラッドレイの剣は間違いなくスカーの右腕を落としていただろう。

スカーの心臓がドッドッドッドッと跳ねる。

この男に攻撃後の隙などは、ない。

一人では絶対に勝てない、というマーシュの言葉がスカーの頭の中で響いた。

 

 

ブラッドレイがまたマーシュへと向かう。

彼の排除対象はあくまでマーシュ・ドワームスであり、スカーはついでだ。

 

ブラッドレイの剣の切っ先がマーシュの頰の横を突き抜ける。二本目の剣が横からマーシュの頭の上を通過する。マーシュのジャケットを二本の剣が切り裂く。

ここまで紙一重でマーシュが避け切っている。

だが、まるで詰将棋のようにブラッドレイの攻撃はマーシュの急所を狙い続け、マーシュが反撃に出ることも許されない。このままでは近いうちに(いのち)が取られるだろう。

 

それでもマーシュの目には諦めの色はなかった。

ただひたすら、何かを待っていた。何を?

 

当然、この場にいるもう一人を。

 

 

 

スカーの右手がブラッドレイの背中へと伸びた。ギリギリで察知したブラッドレイは大きく横へと跳びかわす。

 

先程のような、ただ隙を狙っただけの攻撃ではない。死角から、マーシュの回避とタイミングを合わせての攻撃。

 

「……確かにこの男を殺すのは骨が折れそうだ。この一時だけ、貴様を殺すのを先延ばしにしてやる、マーシュ・ドワームス」

 

「ありがてぇ〜!これでアイツを倒せる可能性も出てきた!」

 

笑みを浮かべるマーシュに、ブラッドレイは剣を向ける。

 

「可能性?思い上がるな、人間。貴様らの勝利は万に一つもありえん」

 

「億に一つならありえるかもよ?」

 

ブラッドレイの剣がマーシュの脇を抜ける。半回転しながら裏拳を叩き込もうとするマーシュだが、ブラッドレイはしゃがんで難なく躱す。

しかしそこにスカーの右手が迫る。片手の剣でそれを切り落とそうとするブラッドレイ。だがスカーの右手はブラッドレイの少し前で地面へと向かった。右手が地面に触れると同時に砂煙が上がり、三人を包み隠す。

 

これで互いの姿は見えない。マーシュがその隙に錬金術を発動し、ブラッドレイがいるあたり全てを沼にしてしまえばそれで終わりだ。

音を立てないように移動し、注意しながら足を踏みしめたマーシュ。

が、不意に風を感じた。猛烈に嫌な予感がして思い切り体を後ろへ傾ける。

ヒュオッ、と自分の鼻先で何かが横に払われた。ブラッドレイの剣だ。

 

「砂煙の動きだけでも、誰がどこにいるかは手に取るようにわかる」

 

そう言いながらまたマーシュへと追撃を仕掛ける。

マーシュが舌打ちをしながら、()()を落として全力で後方へ走る。ブラッドレイにはマーシュの場所がわかっていても、マーシュにはブラッドレイの場所がわからない。砂煙が完全に裏目に出た。とにかく、砂煙がない場所までいかないと避けることすらもままならない。

 

が、それをブラッドレイが許すはずもない。

ブラッドレイが逃げるマーシュへと矢のように距離を詰め。そして。

ブラッドレイの突きが、マーシュの左腕を貫いた。

 

「ぐっ、あ"ぁぁぁぁ!!」

 

「よく粘ったものだ。もう休むといい」

 

ブラッドレイがもう片方の剣を振りかざし、マーシュの首を切り落とそうとした瞬間。

 

ブラッドレイの背後で、爆発が起きた。

爆風は煙を吹き飛ばし、破片がブラッドレイの背中へと刺さる。

 

「ぐぬっ……!?」

 

先程のマーシュの()()()だ。

リンから貰ったものその2。ピンを抜いて転がしておいた手榴弾は少し距離こそあったものの、しっかりとブラッドレイにダメージを与えた。ブラッドレイが盾になり、マーシュにはほとんど影響はない。

 

 

「思い上がんな人造人間(ホムンクルス)。人間の可能性を勝手に決めてんじゃねーぞ」

 

 

腕に剣を刺したままのマーシュがブラッドレイへ後ろ蹴りをかます。しかしブラッドレイはその足を右手で掴み、左手の剣を振り下ろそうとした。マーシュは足を掴まれたまま飛び上がり、掴まれていないほうの足でブラッドレイの剣を持つ手を蹴り上げる。ブラッドレイは怯むことなく、足を掴んだ手を振り回し、マーシュを壁に叩きつけ、新たに剣を抜いた。

 

そこでまた背後からスカーが襲いかかった。身体中から血を流し、怒りに染まった形相で。先程の手榴弾に巻き込まれたのだろう。当然、手榴弾を使うことなどスカーには伝えられていなかったのだから。

 

しかしスカーの奇襲にもブラッドレイは表情を変えることなく、その剣を振るう。スカーはかなりダメージを負っており、かわすのでやっとだ。いや、完全にかわすことすら出来ず脇腹や腕を剣が掠めてまた血が吹き出ている。

 

しかもブラッドレイのその目はスカーを見つつ、マーシュを捉えていた。

隙をついてマーシュが錬金術を発動しようした瞬間、ブラッドレイがマーシュへと剣を投げ飛ばす。マーシュが慌てて体を横にすると、マーシュの心臓があった位置の壁に、剣が半分埋まるほど突き刺さった。

 

スカーを蹴り飛ばし、また新たに剣を抜いてマーシュへと迫ろうとするブラッドレイ。しかし、どこからか声が響いた。

 

『ラース、一旦戻りなさい。マスタング大佐がそちらへ向かっています。ここで相手取るわけにはいかない』

 

「…………わかった。また会おうドワームス君」

 

少しだけ固まったブラッドレイだったが、剣を納めると眼帯をつけながらどこかへ歩き去って行く。

その顔は、どこか不満げだ。

 

あまりにもあっけない終戦。

 

違う、まだ終わってはいなかった。

殺意のある者が、この場にはまだいるのだから。

 

「ふぅー……………。で、アンタも帰ってくれるとすごく助かるんだが?」

 

長いため息を吐いて、立ち上がったマーシュの目線の先には、スカーが立っていた。体をボロボロにしながらも、なおその目の戦意は微塵も減っていない。

 

「貴様を見逃すものか。貴様は絶対に破壊する」

 

「いやー、ほら、何も言わずに爆弾放ったのは悪かったよ。だって口に出したらバレるし……」

 

「そんなことを言っているのではない。貴様を、許してはおけない理由がある。国家錬金術師であること以上に」

 

「……何?」

 

 

 

「貴様は覚えていないのだろうな。イシュヴァールの僻地に残り続け敵味方関係なく治療を続けた、

 

貴様が殺したアメストリス人の医者夫婦のことなど!」

 

 











炬燵は新たな怠惰の芽を育てる。
耐えねばならんのだよ。

あけおめです。クリスマスあたりからずっとこたつで寝てました。すでに社会復帰が難しい状態です。

ずっとダラダラしていたこともそうですが、今回のラストとハボックのシーンでかなり悩んだのも遅れた理由の一つです。ドライな殺し合いをするか、下手なシリアスラブをするか、投稿直前まで考えてました。これでは少し、あるいはかなりのキャラ崩壊をもたらす可能性があり、それはこの作品に求められているものとは少しズレるのではないか、と。皆さんにアンケートでもとろうかと思ったほどですが、結局このような展開にしました。ここがこの作品のひとつの分水嶺、ターニングポイントでございます。

次話は今回ほどは遅くないと思います。多分。

毎回失踪心配させるのもアレなんで、これからは二週間くらいしても更新がないときは、感想欄とかで「どんな感じ?待ってんねんけど」的なことを言っていただければ「現在出来具合何%」みたいなことを報告しよかなと思います。返事がなければ「こいつ失踪か?」と思っていただく感じで!!


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殲滅

+++++++++++++++++++

 

 

「おい!泥の錬金術師がくるぞ!沈みたくなきゃ総員下がれ下がれ!」

 

「マジか!?俺見んの初めてだ!」

 

「いや、見ない方がいいと思うぜ。ありゃトラウマもんだ」

 

前線から一斉に下がる兵士達。

不審に思ったイシュヴァール人が顔を覗かせると、

通りの真ん中に一人、男が立っている。

軍服は着ておらず、まるで観光にでも来たかのような格好だ。

片手をポケットに突っ込み、もう片方の手でで血のように真っ赤な石をコロコロと弄んでいる。

 

「……なんだ?一般人、じゃないよな?」

 

同じように顔を覗かせたもう一人のイシュヴァール人が、その顔を驚愕で歪ませる。

 

「っ……!バカッ!!ありゃ国家錬金術師だ!!撃て!早く!!」

 

男の正体は、泥の錬金術師、マーシュ・ドワームス。すでにいくつかの地区を壊滅させたと噂が流れている。が、その顔はイシュヴァール側にはほとんど知られていない。

 

その声に慌てて何人かが銃を構え、マーシュに向かって弾を放った。

だがマーシュは少しも身じろぎすることなく、ただトンと足で地面を叩く。それだけで、マーシュの目の前に地面からまるで水が湧き出るかのように壁がそびえ立った。銃弾は全て壁に飲み込まれて消える。

 

「う、うおお……」

 

慄き、後ずさろうとした一人のイシュヴァール人が、気づく。

 

「お、おい、足が、動かねえ」

 

「何ビビってやがる!奴をここで……」

 

「違う!足が、地面に飲み込まれてんだ!!」

 

銃を放ったイシュヴァール人達の足が、地面に埋まっていた。

ズブズブと、まだ沈んでいく。

 

「うお!?なんだこりゃ!」

 

「ぐっ、抜けねぇ……!」

 

いや、このイシュヴァール人達だけではない。あちこちから声が上がる。

それは、壁の裏に待機していた者、建物の中に隠れ奇襲の機会を窺っていた者、果敢に向かっていこうとしていた者。

皆等しく沈んでいる。

ここで、男たちは気づく。

マーシュの顔が知られていないのは、彼を視認できる距離まで近づいた時点で、逃げられなくなるからだ。

 

「クッソォォォォォオォォ!!」

 

一人のイシュヴァール人が狂ったように銃を男に向けて乱射する。

しかし銃弾は同じように壁に飲み込まれていくばかりだ。

 

不意に乱射の音が止み、代わりにガシャンと銃が落ちる音が響く。皆がそちらを見やると、そこは人間大の泥の塊があった。

塊は、ズブズブと地面に飲まれていき、やがて地面と一体化した。

今、銃を乱射していた者はいつの間にかいなくなっている。

皆理解できないわけがない。

あの者は、泥に飲み込まれたのだ。

 

「バ、ケモンがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

イシュヴァール人が絶叫しながら手榴弾を投げる。

手榴弾は放物線を描き、泥の壁を越えてマーシュのもとへたどり着く、かと思われた。

しかし壁がまるで蛇のような形に変わり、真上にきた手榴弾をパクリと飲み込む。そしてそのまま這うように手榴弾を投げた男のもとへ向かう。

 

「お……おい、やめろ、くるな、くるなぁぁぁぁぁ!!」

 

この後の結果を想像したイシュヴァール人が、バタバタと手を前に出して振る。足は腿まで沈んで、尻餅すらつけない。

 

そして、蛇がイシュヴァール人を、飲み込む。

一瞬間を空け、次の瞬間蛇が爆ぜた。

 

辺りに散らばるのは、茶色と、赤色。

 

「あ……あ……」

 

「っ、貴様……!許さんぞ!!必ず!必ずや神の鉄槌が下るであろう!同胞たちの怒りを!我が友の無念を!そし」

 

叫んでいた男の声が止む。その口は、泥によって覆われていた。口だけではない。鼻もだ。当然息が出来ず、男がその泥を引き離そうとするも、その手は泥を掻くだけだ。

男は顔を青くしながら涙を流し、やがてその腕をダラリと下げた。

足がほとんど埋まっているため、腰が曲がり上半身が前へと倒れ、その顔も地面へと埋まった。

 

周りのイシュヴァール人達は、皆口をパクパクとさせている。

銃は効かない。爆弾も効かない。刃物・素手は、近づくことも出来ず論外。逃げることも不可能。恨みを告げることすら禁じられた。

 

心は、すでに折られていた。

 

「次」

 

マーシュは、沈みゆくイシュヴァール人達を一瞥した後、歩き去る。

兵士たちが戻ってきて、動けないイシュヴァール人を片っ端から、まるで狙撃の訓練の的のように、撃ち抜いていった。

 

ーー

 

「なかなかにえげつない錬金術ですね、貴方」

 

キャンプへと戻り、瓦礫に腰かけたマーシュに、紅蓮の錬金術師ゾルフ・J・キンブリーが話しかけてきた。この二人の会話は、国家錬金術師が招集された時に、一度挨拶した時ぶりだ。

 

「派手ではありませんが、ジワジワと這い寄る死に怯える様は私好みです」

 

隣に腰掛けながら、マーシュに軍用食を手渡す。

 

「貴方は、私のように喜んで殺すわけでもなく、彼らのように悲しげに殺すわけでもない。また別のお考えをお持ちなのでしょうね」

 

軍用食をもそりと口にして、マーシュがキンブリーから視線を外す。

 

「……ま、仕方なくだ」

 

「詳しい理由を伺っても?」

 

「俺は国家錬金術師でいたい。というよりは、国家錬金術師でいなくちゃならないんだ」

 

「そのために、何百人殺しても構わないと?」

 

「構わない」

 

即答。当然であるかのごとく、一瞬の逡巡もなくマーシュは言い切った。

 

「くくっ、割り切ってますね。心も然程痛んでいないように見えます。あなたも、『異端者』なのでしょう?」

 

「……ま、そうだな。俺はどこかおかしいんだろう。でも、謝りながらでも泣きながらでも笑いながらでも、結局殺すことに変わりない。だろ?」

 

「ええ、その通りです。その通りですとも!貴方とは気が合いそうですね」

 

「…………俺はあまりそう思わないから、どっか行ってくれ」

 

マーシュの答えを聞いて嬉しそうなキンブリーに、マーシュは少しげんなりする。ここから、この殲滅戦の間、キンブリーは事あるごとにマーシュに話しかけるようになった。

 

ーー

 

一箇所に留まっているとキンブリーが喜々として話しかけてくる。

なのでマーシュは特に当てはなくキャンプの中を彷徨っていた。

そこでキャンプの隅の隅に、蹲っている大男を見つける。

誰かが近づいた気配に、その男は顔を上げた。

 

「泥の錬金術師……」

 

「ん?あー、えー、アレだ、アー、アー……アーノルド」

 

「……アームストロングだ。アレックス・ルイ・アームストロングである」

 

「そう、アームストロング。どうした?随分参ってるようだな」

 

「……吾輩は、これ以上ここに居ることが耐えられないのだ。なぜ、なぜこんな戦いを続けるのか……」

 

「? よくわからんが、嫌なら帰ればいいんじゃないのか?」

 

「何?」

 

「耐えられないなら逃げればいい。命令違反なんかどうだ?強制的に帰してくれるぞ」

 

「いや、軍規に背くことなど……」

 

「ルールとか知らねぇよ。お前が、どうしたいか、だ」

 

「…………吾輩が……」

 

そのまま立ち去ったマーシュは数日後、アレックス・ルイ・アームストロングがイシュヴァール人の子供を庇って強制帰還となったことを耳にする。

詳しい状況を聞いたマーシュは、笑って空を見上げた。

 

「へぇ、やるじゃん()()()()()

 

ーー

 

別の日、軍用食をもそもそと食べるマーシュのもとに、若い男が二人やってきた。

 

「ロイ・マスタング。階級は少佐相当官だ」

 

「マース・ヒューズ。昨日大尉になった」

 

「マーシュ・ドワームスだ。何か御用かね?」

 

「いや、噂の泥の錬金術師がどんな奴なのかと思ってな」

 

明らかにこちらを値踏みするような視線を受け取って、マーシュはにやりと笑う。

 

「ふーん、いいぜ、少し話そうか」

 

 

 

 

「それでよコイツ、教官の妻にも手出して、危うく射殺されかけてよ!」

 

「ぷっくく、見境なしか、発情期の猿でももう少し弁えるんじゃねぇのか?」

 

「おいヒューズ!やはりあの時噂を広めたのは貴様か!!」

 

ヒューズとマーシュはどうやらかなり馬が合ったらしく、小一時間ほどしか経っていないのに、すでにマスタング中佐を二人でいじり倒していた。

 

「ふー、それで、噂の泥の錬金術師はどうだった?」

 

一区切りついたところで、マーシュが尋ねる。

 

「あぁ、噂など当てにならんことがわかった。高笑いしながら人を沈めて、挙句に撃ち殺す精神異常者だ、話しかけるだけで沈められるぞ、とか言われてたぜ。だからかなり身構えて話しかけたんだがな」

 

「おー、そりゃひどい。ん、じゃそもそもなんで話しかけてきたんだ?」

 

「私が話したかったんだ。自分と同じようにバケモノと呼ばれている奴に、な」

 

「おいおい、心外だぞ。お前のほうは性欲のバケモノかもしれんが……」

 

「焼き殺すぞ貴様!!……あぁ、バケモノだ何だと言われていようが、ただの人間なんだ、我々は。少しだけ気が楽になった」

 

「そりゃ良かった。これからもロイをよろしく頼むよ、マース?」

 

「任せとけ、最後まで面倒見てやるさ」

 

「フ、なんだその上から目線は」

 

三人の語らいと交友は続く。

 

ーーーー

また別の日。

マーシュが呼び出されて向かった作戦本部には、キンブリーがいた。

キンブリーがひらひらとマーシュに手を振るが、それを無視して席へと座る。

 

 

「次はカンダ地区だ」

 

将校であろう男が、机の上の地図を指差す。

 

「泥の錬金術師と紅蓮の錬金術師。君たちは共にこの地区の制圧に向かってもらいたい」

 

「たしかにかなり広い地区ではありますが、わざわざ国家錬金術師を二人も投入するほどの場所ですか?」

 

キンブリーが顎に手を当て質問する。単純な疑問もあるが、それよりも他の国家錬金術師がいることにより思い切り暴れられなくなるのが不満な様子だ。

 

「気にしなくていい。だいたいはキンブリー君、君が片付けてくれればいい。ただ、このあたりだけはドワームス君が処理してくれたまえ」

 

将校が地区の後方を丸で囲む。

 

「よくわからんが、了解」

 

その後作戦、というよりはどのタイミングで向かえばいいかなどの話だけ聞き、マーシュは出て行った。

 

「……あのあたりにはアメストリス人の医者がいる、という話では?」

 

「ふむ、そうだったか?知らなかったな。何にしろ、彼が埋めてくれるさ。都合の悪いものは全てな」

 

「フ、そうですか」

 

 

ーーーー

 

 

「なっ………んだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

紅蓮の錬金術師の爆破によって、意識を失っていた男が目覚めた。

が、錯乱しているらしい。

 

「鎮静剤は!?」

 

「はい、ただちに!」

 

医者と思われる男が刺した鎮静剤によって、錯乱していた男は段々と落ち着いていく。

 

「ふぅーっ、ふぅーっ…………」

 

「大丈夫かい?命に別状はないけど失血量が多いからあまり動かないほうがいい」

 

医者は男の子や女性に指示を出しながら、男の隣へと座った。

男は自分の右腕を見て、縋るようにつぶやく。

 

「…………俺の近くに、誰か他の者はいなかったか?」

 

「……いや、君だけだったらしい」

 

「………………そう、か」

 

その間の意味はおそらく、「生きていたのは」自分だけということ。

自分の兄は……この腕を自分に残し、死んだのだと。

しずかに、理解していった。

 

「なぜ、アメストリス人が俺を……イシュヴァール人を助けている」

 

「怪我人に人種も国も関係ないだろう。目の前の患者は全て救おうとするさ。それが医者の務めだ」

 

「……貴様のような人間ばかりなら……」

 

男が目を伏せ、歯を食いしばった。

だが、鎮静剤のせいか、段々と瞼が重くなる。

 

そこで、イシュヴァール人の男の子が走ってきて叫んだ。

 

「ヤバイ!ロックベル先生、国家錬金術師がきそうだ!!早く逃げて!」

 

「くっ、もうきたのか……!怪我人は早く避難を!」

 

「ロックベル先生も逃げなきゃ!」

 

「……医者が真っ先に病院から逃げ出すわけにはいかないさ」

 

「そういうわけだから、貴方もほら、早く逃げて。誰か、この人に肩を貸してあげて!」

 

うつらうつらとする男は、誰かの肩につかまってどこかへと歩く。

遠くなる意識の中、最後に聞こえたのは、あの医者の必死の叫びだった。

 

 

ぼやける視界。男が目覚める。

どれくらいの時間が経ったかわからない。だが、周りの風景から察するにまだ先ほどの場所からそう離れてはいないようだった。

ここは丘のふもとのようで、周りには十何人かのイシュヴァール人がいる。

 

「あの医者夫婦はどうした?」

 

男が尋ねるが、皆一様に口を噤む。悔しそうに、唇を噛み締めていた。

 

「…………」

 

足を引きずりながら丘を登る。

登りきった先で見えた景色は。

原型すら残らないほどに破壊し尽くされ、クレーターだらけになった村。

何かがあった痕跡すら残っていない、平らで大きな大きな泥沼。

その二つが、綺麗に半分に分かれて広がっていた。

 

 

男はガクリと膝をつき、砂を握りしめ、吠えた。

涙を流しながらその光景を目に焼き付ける。

 

 

 

「軍に……国家錬金術師に!!復讐してみせる……!!」

 

 

 

今ここに、復讐鬼(スカー)が生まれた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「どこだマーシュゥ!!見つけ出したらただじゃおかねぇ!縛り上げて尋問じゃぁぁぁ!」

 

「極悪殺人犯みたいな顔になってるよ兄さん」

 

「もう、待ちなさいよー!!」

 

走るエドワードとアルフォンスを、追うウィンリィ。

不意に爆発音が響く。

あまり遠くない位置からだ。

爆発音。爆発音。爆発音。銃声。爆発音。銃声。

 

明らかにただごとではない。

エドワードとアルフォンスが表情を変える。

 

「……ウィンリィはここで待ってろ」

 

「え、見に行く気!?危ないわよ!」

 

ウィンリィの言葉を無視してエドワードは音がする方へと駆けて行く。

アルフォンスは一瞬逡巡したが、ウィンリィに「ごめんね」と言い残しエドワードについていった。

 

「あーもう、なんでこう危ないことばっかに首を突っ込みたがるのよ!?」

 

ウィンリィの脳裏に一瞬自分の両親が浮かぶ。

危険な場所へわざわざ赴いて治療を続けたという父と母。

 

「……ホントに、なんでよ」

 

ウィンリィの足は自然とエドワードたちを追っていた。

 

 

 

 

爆発音はだんだん近くなり、野次馬も増えてきた。

どこかの屋根の上が音源のようだ。時々火花や爆炎が見える。

 

「おい、こっちのほうにはスカーとマーシュ・ドワームスがいるぞ!」

 

「あの指名手配犯のか!?」

 

そんな声が聞こえてきた。

野次馬を押しのけて、エドワードたちはその路地裏へと向かう。

しかし同時にウィンリィがエドワードたちへと息を切らしながら追いつき、声をかけた。

 

「エド!」

 

「ウィンリィ!?待ってろって言っただ……」

 

 

「そんなことを言っているのではない。貴様を、許してはおけない理由がある。国家錬金術師であること以上に」

 

スカーの言葉が、耳に入ってきた。この喧騒の中でも、何故かハッキリと。

 

「貴様は覚えていないのだろうな。イシュヴァールの僻地に残り続け敵味方関係なく治療を続けた、

 

貴様が殺したアメストリス人の医者夫婦のことなど!」

 

 

イシュヴァールに残り続けたアメストリス人。心当たりがあった。そんな奇異でいて誇り高い医者夫婦は、エドワードの知る限り一組しかいない。

あの二人を、殺したのがマーシュ?

 

『鋼の。君が奴の何を知っている?』

 

マスタング大佐の言葉が、エドワードの頭の中で唐突に思い出される。

 

「………………え?」

 

ウィンリィは自分が聞いた言葉が信じられないといったふうに放心している。

 

 

 

「んー、覚えてないっていうか知らんなぁ」

 

「貴様は!イシュヴァールの民を殺すだけでは飽き足らず!自分と同じアメストリス人まで沈めたのだ!!目の前の命は全て救ってみせると豪語した、あの誇り高い医者たちを!!」

 

「いや知らないって」

 

「医者夫婦だけではない!あそこには、怪我人も子供も老人も……それを、貴様は殺した!!」

 

「あー、うん、そうだな」

 

「……貴様は、畜生以下だ。もはや慈悲もない。

一片残さず、必ず破壊する。神のみもとにも行かせはせん」

 

「お医者さんとやらは知らないし、たくさん殺したのは事実だし、それについてどうこう言うつもりもねぇよ。だけど俺は死にたくはない。だから俺を殺すっていうんなら、

 

お前を殺す」

 

 

そう言って腕に刺さった剣を引き抜くマーシュ。

その顔は、覚悟を決めた表情でもなく、不敵な笑みなどでもなく無表情でもなく。

ただただ面倒そうな表情だった。

そこには罪悪感も悲壮感も、微塵も感じられない。

 

あぁ、この男は、どこか壊れている。

 

エドワードは初めて、マーシュ・ドワームスという人物に恐怖を覚えた。

 

 

 

 




これからあたしは!何にすがって生きていけばいいのよ!!
教えてよ!!ねえ!!(訳:こたつが片付けられた)


というわけでこんな感じです。どんな感じです?
行き当たりばったり過ぎてそろそろ限界ってこれ毎回言ってる気がします。ウィンリィとエドワードをどうするんだよお前これ(自問自答)
こっから友好的関係に戻すのとかむぅーりぃー。

あ、スカーへの鎮静剤が残っていたのは、マーシュのおかげです。
運ばれてくる患者の数が減ったからですね。

次話は全く書かれてないので遅いと思います。

後書きで頻繁にネガティブなこと言ってるのは許してください。
「エタらせる気はないです!」とかで自分にプレッシャーかけるより
「もう無理」「限界」って常に言い訳してるほうが書きやすくなるんです。
そんな性分なんです。


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友達

「そこまでだ!」

 

「マスタング大佐……!」

 

「スカー、およびマーシュ・ドワームス!貴様らは指名手配されている!大人しく捕まるならば手荒な真似はしないが?」

 

マスタング大佐が指を擦り合わせる。

 

フュリー曹長やファルマン准尉が野次馬の整理をしている。

 

「セイ!」

 

「ぐほぉ!?」

 

しかし突然マスタング大佐が何か小さい影に鳩尾を殴られ蹲った。

 

「私の恩人さんの下僕さんによってたかって何をするんですカ!」

 

女児。マスタング大佐の腰のあたりまでしか背がない女の子が片足立ちでポーズを決めていた。

 

「なんだあのちっこいの」

 

「ヌ、なんですかこの…………優男!!」

 

「お、おう」

 

マーシュに対する悪口が特に思いつかなかったのか、少し逡巡したあとよくわからない罵倒をかましてくる女の子。

マーシュには全く精神ダメージはなかった。

 

「とにかくここは退却でス!」

 

「待て、俺は奴を……」

 

「傷を治すのが先決ですヨ!」

 

女の子が壁や地面にクナイのようなものを投げると、そこから砂煙が勢い良く噴き出した。煙に紛れてスカーと逃げるつもりなのだろう。

 

「うおおう、マジか。じゃ、俺も退散退散」

 

これに乗じてこの場を離れようとしたマーシュ。

しかし、がっしと掴まれる感覚。

エドワードが、マーシュの右腕をしっかり握っていた。

顔を見合わせ、二人ともにこぉと笑う。

 

「あーもー!!しゃーねー!」

 

もたもたしてはいられない。

マーシュはエドワードの頭を掴んで、共に地面へと潜った。

 

 

 

砂煙が晴れたとき、そこにはスカーもマーシュもエドワードも姿はなかった。

 

「兄さん!?兄さん!!マーシュ!……どこいっちゃったんだ」

 

「……アル」

 

ウィンリィが地面に座り込んだまま声を出す。

 

「私ね、どうすればいいかわかんないの。マーシュさんが私の父さんと母さんを殺したって言われても……。色んな言葉をぶつけようと思っても、何も頭に浮かんでこなかった。頭ん中ぐちゃぐちゃで、何も……」

 

「……とりあえず、ホテルに戻ろう?」

 

 

 

どこかの建物の中、マーシュが浮上する。周りに人がいないことを確認し、マーシュがエドワードを引っ張り上げた。

 

「げっほ、かはっ!」

 

「……ったく、毎度無茶ばっかしやがるなお前は」

 

「すぅー……はぁー……。どうしても、直接聞きたいことがあった」

 

「ふーん、言ってみ?」

 

「イシュヴァールで……医者夫婦を殺したっていうの、ホントか?

ウィンリィの、両親かもしれないんだ」

 

「んー、知らね。けど、イシュヴァールの陣営のどっかにいたなら巻き込んで殺した可能性は充分にあるな。その場合は、ご愁傷様だ」

 

飄々と答えるマーシュの様子に、エドワードの目が若干吊り上がる。

 

「っ、仮にも知り合いの親を殺したかもしれないのに少しは心が痛まないのか?」

 

「戦場で、敵がいる場所を、攻撃しただけだ。敵地のど真ん中にいるほうが悪いな」

 

「なんでっ……そんなこと言えんだよ!!」

 

エドワードが詰め寄るが、マーシュの目はどこまでも冷たい。いや、冷たく感じるのはエドワードの主観だからか。

その顔は普段と、何も変わらないのだ。変わってくれないのだ。

 

「どうしろってんだ?上辺だけの謝罪か?目を伏せて気まずそうにすればいいのか?それとも詫びて死ねってか?」

 

「っそれは……!」

 

開き直りでしかない。だがマーシュの言っていることは正論でもあるのだ。マーシュによれば、ロックベル夫妻が居ることも知らなかったという。それで罪悪感を感じろと言うのも難しいだろう。それに戦場に居座り続けたロックベル夫妻をマーシュが巻き込んで殺したのだとしても、一概にマーシュが悪いとは言えないのだ。

 

「命令だったから俺は悪くないなんて言うつもりはない。殺した俺が悪い。でもそれで何か詫びたり悔やんだりする気はない」

 

マーシュは、エドワードよりもよっぽどウィンリィの両親の死と向き合っていた。自分が殺したと。それによって何かが変わるわけでもないと。仮にこれでウィンリィやエドワードたちに憎まれようが、彼は何も言わずに受け入れるだろう。

 

「…………」

 

段々声も小さくなり、やがてエドワードは地面に向かって項垂れた。

その様子を見てマーシュが嘆息して、踵を返す。

 

「もう聞くこと無いなら俺はもう行」

 

「ヒューズ中佐も」

 

エドワードが、地面を見つめながら声を発した。

マーシュの足がピタリと止まる。

 

「ヒューズ中佐も、殺したのか?」

 

エドワードの上げた顔は、泣きそうだった。

 

「大佐は、ヒューズ中佐一家の行方不明の犯人は、マーシュだって言ってた。マーシュが……殺したのか?」

 

「………………そうだ」

 

「……なんでだ?」

 

「そこまでお前に言う義理はねぇな」

 

「……そっか」

 

またエドワードが下を向く。

固く握りしめたその右手は震えていた。

 

そして、その右手を段々と持ち上げ……

マーシュへと鋭く拳を放った。

 

「うおおぅ!?」

 

マーシュはそれを一歩外へ移動しただけで避ける。

 

「とりあえず一発ぶん殴る!んで、ホントのこと言わせる!」

 

「物騒だなおい……。俺はホントのことしか言ってねぇぞ?」

 

「ウィンリィの両親に関してはオレはもう何も言わねえ。誰が悪いとか、オレに言う権利はない……。

だけど、ヒューズ中佐のことに関しては、多分オレたちにも関係あるんだろ?犯人が賢者の石について知りすぎたヒューズ中佐を消して、その罪をマーシュになすりつけた……。このほうがよっぽど説得力あるぜ」

 

「……俺が殺したっつってんだからそれでいいじゃねぇか」

 

「いーや、絶対違うね!!確かに出会ってそんな時間経ってないけど、お前はヒューズ中佐を殺したりしない!」

 

「なんでそう言える?」

 

「おまえはオレたちのために頭下げてくれたからだ!一緒に戦ったからだ!何回も助けてくれたからだ!!おまえは友達を殺すやつじゃねぇ!!友達を助けるやつだ!!どうせ子供のオレたちを巻き込みたくないとか考えて嘘ついてんだろうが!」

 

戦場でたくさん人を殺したというマーシュ。

自分たちを何度も救ってくれたマーシュ。

きっとどちらも、マーシュだ。

だからエドワードは自分が見てきたマーシュを、信じることにした。

 

エドワードがマーシュの胸ぐらを掴み吠える。

 

「ガキだからって馬鹿にしてんな!甘く見んな!!オレたちが巻き込んだんだろ!?自分のケツくらい自分で拭かせやがれ!!

 

…………少しぐらいオレたちにも、助けさせてくれよ。

友達、だろうが」

 

掠れかけの声で呟いて、エドワードがその頭をマーシュの胸へと軽くぶつけた。

呆けたように口を開けていたマーシュだが、やがて吹き出した。

 

「…………ぷ、ははっ!オッケー、助けさせてやるよ!……ただ、聞いたらもう戻れないぞ?勝つか死ぬまで、ノンストップだ」

 

「……!あぁ、最後まで付き合う!」

 

エドワードの瞳には、強い決意の色があった。

 

「あー、あとな、ガキだから教えようとしなかったわけじゃない。

友達だから巻き込みたくなかったんだ」

 

マーシュがエドワードの脇を小突きながら笑った。

 

 

そうしてマーシュとエドワードは、マーシュたちの隠れ家へとやってきた。

ここが集合場所となっていて、現状確認のためにもとりあえず集まる必要があったからだ。

 

扉を開けると、ファルマン准尉が椅子に座ってそわそわしていた。

 

「全員無事か?」

 

「いえ、あの仮面の女の子が……」

 

「ランファン?おいおいおい、ヤバイ傷じゃないだろうな!!」

 

ファルマン准尉が見やった部屋へと走っていって扉を開けたマーシュ。

そこにはサラシ姿で寝かされているランファンと、知らない中年の男。

 

「治療中にどたどた入ってくんな!!ったく……」

 

中年男は吐き捨てるように言うと、ランファンへと向き直り、カチャカチャと医療器具と思われるものを弄りだした。

言動から察するに、ランファンを治療してくれているらしい。

 

「あ、いや、わりぃ…………誰だオッサン?」

 

「マスタングに無理やり連れてこられた……あー、鑑定医だ」

 

微妙に言い淀んだ自己紹介に少し疑問を抱きつつも、マーシュはランファンを見やる。

 

「?なるほど。ランファンは大丈夫か?」

 

「命に別状はねぇ。傷跡は残っちまうだろうがな」

 

「……マーシュ・ドワームス。生きて、いたカ……」

 

ランファンがマーシュに気づき、苦しげながらも少し安堵したような表情を見せた。

 

「たりめぇだ、ピンピンしてるわ。お前らのおかげだ」

 

「……若は、まだカ?」

 

「あぁ。何もないといいん」

 

『ランファン!!無事か!?』

 

噂をすれば。リンが扉をバァンと開け入ってきた。その顔は焦燥に染まっている。

 

「どたどた入ってくんなっつってんだろうが!!!」

 

「あ、はい、すんませン……」

 

「若……申し訳ありませン!

二度も無様を晒はうっ」

 

体を起こしてリンへと頭を下げようとしたランファンだが、鑑定医に額を突かれてベッドへと無理やり寝かされる。

 

「治療中に起き上がんな!!

てめぇら揃いも揃って良い度胸だなぁ?えぇおい?」

 

額に青筋を立ててメスを握る鑑定医。

その人相の悪さも相まってかなりの迫力だ。

 

「一度退散しようかリン君!」

 

「そうしようマーシュ君!」

 

「あ、ランファンのほうが終わったら俺の腕も診てくれー」

 

機嫌を損ねてランファンの治療を放棄されても困る、とマーシュとリンは急いで部屋を出て行った。

 

 

 

「ランファンは命に別状はないそうだ。あの鑑定医サンがどういう人かは知らんが、ロイが呼んだなら間違いはないだろう」

 

「良かっタ……!んで、そっちの小」

 

「小さくねぇ!!!エドワード・エルリック!国家錬金術師だ」

 

「おお、あのマーシュの言ってタ……。リン・ヤオだ、よろしク」

 

「エドも協力してくれることになった。そっちはどうなった?」

 

「ああ、()()()()奴らの本拠地を突き止めタ」

 

もとより今回の作戦で人造人間を倒し切る気などさらさらなかったのだ。

人造人間を撃退して、奴らが逃げ帰る場所を把握する、というのが今回の計画。そして準備を整えてから、アジトを直接叩く。

 

「このあたりとが入り口のようダ。今はフーが見張ってくれていル」

 

「じゃそこから突撃して全員ボコボコにすれば勝ちじゃん」

 

「それが出来たら苦労しないんだがナァ……」

 

 

「おーい、手空いてるなら助けてくれー」

 

突然机の上から声が聞こえた。

いや、机の上の金属片からだ。

錬成陣が書いてある。

 

「あ、バリーか?どうしたその姿」

 

「ラストを切ったが切られちまった!あの切り心地、興奮、俺の嫁を切った時以来だぜ……!!

あ、俺の鎧拾わせといたから直してくんねーか?」

 

「あー、俺は専門外だ。エドなら直せるかもな」

 

「うぇ、また魂定着させた鎧か!?流行ってんのか?」

 

「第五研究所にいたんだってよ」

 

あらましを雑に説明されながら、エドワードがバリーの鎧を持ってきて、手を合わせた。

バラバラだった鎧は繋がり、元の姿になる。

 

「ふぃー、助かったぜぇ!」

 

ガシャガシャと自分の体の操作が出来るか確認しているバリー。

一応バリー側の戦場がどんな状況だったかをマーシュが聞こうとする。

 

そこで、プルルルル、と電話が鳴り響いた。この部屋の電話番号を知っているのは、マスタング組の者だけだ。

ファルマン准尉が電話に出る。

 

「はい、もしもし。……ミニスカ。

……はい。……ええっ!?」

 

「……何故突然ミニスカ」

 

「あー、多分合言葉だな。ロイの目指す政策は?とか聞かれたんじゃねーか?」

 

「アホなのかあの大佐ハ」

 

「マーシュさん、マズイです。マスタング大佐、ホークアイ中尉、ハボック少尉が大総統府に連れて行かれたようです。無許可の市街地での戦闘とかなんとかで」

 

「はぁっ!?……そりゃマズイな。すぐどうこうされるわけではないと思いたいが……」

 

「マスタング大佐が連れて行かれる直前にこちらに送ったサインは、『構うな』だったそうです」

 

少しマーシュは顎に手を当て考える素振りを見せた。

 

「……あー、オッケー。じゃあ作戦続行だ。代わりにエドとアルを入れる」

 

まだアルフォンスが協力してくれると決まったわけではないが、エドワードが協力すると言えばアルフォンスも共に来る他ないだろう。

 

「ていうかいい加減色々説明してほしいんだけど……」

 

「俺の腕の処置が済んだら一緒にアルんとこに行くぞ。まとめて説明してやる」

 

こちらにアルフォンスを呼ぶと、彼の目立つ外見のせいで隠れ家がバレる可能性がある。

その後、ランファンの治療を終えた鑑定医に、マーシュは腕の傷の処置をしてもらい、エドワードと共にアルフォンスたちがいるホテルへと向かったのだった。

 

 

「よっ」

 

「兄さん……とマーシュ?」

 

「よう、アル。あ、ちょっと背伸びた?」

 

「成長期だからね」

 

マーシュは現在変装で帽子とサングラスと長めのコートを着ていて、見ただけでは誰かわからないことになっている。だがいつもの軽口でこの人物は間違いなくマーシュだと断定した。

 

「ウィンリィは?」

 

「外を散歩してる。……頭の整理したいんだって」

 

「……そっか」

 

アルフォンスはマーシュを真っ直ぐに見つめる。

 

「……ボクも思うところがないわけじゃないけど、マーシュに言っても仕方ないということもわかってる。

それで、どうしたの?」

 

「アル、勝手に決めて悪いんだがマーシュに協力することになった。何のために何をするのかもまだ知らないけど」

 

「ええー……?」

 

「んじゃちゃっちゃと説明するぞ。ちゃんと話についてこいよ?」

 

 

 

 

 

「……と、今こんな感じだ。何か質問あるか?」

 

「いや、ちょっと色々ありすぎて頭がついていかねーけど……。

賢者の石使った人造人間、大総統も人造人間で、国全部使って賢者の石?

アホか!!!」

 

「なー、アホだと思うよなー?でもホントなんだよなー」

 

「……ありえない、なんてことはありえない」

 

「ん?」

 

「ダブリスで会った、グリードっていう人造人間の言葉だよ。

大総統に捕まっちゃったけど」

 

「捕まった?人造人間が人造人間に?……なんだ?仲間割れか?」

 

「多分グリードが裏切ったんだろうな。野心がとんでもなく強かったから」

 

「人造人間側も一枚岩じゃねーのか……なるほどな」

 

「……一応、現状は理解した。それで、オレたちはどうすればいい?」

 

「奴らのアジトへと潜入する。大勢で突入すると気取られるから、少数精鋭で。メンツは、俺、リン、フーじい、ロイ、リザっち……っていう予定だったんだがな。

トラブルがあった。ロイたちが拘束っつーか軟禁されてるっぽい。ブラッドレイと遭遇したのがマズかったな……。

 

人造人間にも限界っていうのがある。殺し続ければおそらく死ぬ。が、多分回復手段があるんだあいつら。だから、時間はおきたくない。また全快のあいつらと戦うのもごめんだからな。

 

そんなわけでこの後、俺とリンとフーじいに加わり人造人間のアジトへと一緒に潜入してくれ。最大目標は親玉の捕獲。次に、人造人間の捕獲。もしくは討伐。あとは、出来れば奴らの悪事の証拠なんかも見つけられればベストだ。

人造人間の特徴や能力をまとめた資料を渡すから、目を通してくれ。何か質問は?」

 

「いや、ない」

 

「よし。あ、前提条件として……絶対死ぬんじゃねぇぞ」

 

「……おう!」「……うん!」

 

 

そう締めくくってマーシュが鍵を開けて部屋の外へと出たが、そこでバッタリとウィンリィに出くわした。

 

「ウィンリィ……!」

 

「マーシュ、さん……」

 

「お、ウィンリィ。さっきぶりだな」

 

マーシュが片手を上げて挨拶したが、ウィンリィは少し目を伏せて自分の服の裾を握りしめた。

 

「…………私の。両親のことなんですけど」

 

三人がウィンリィの言葉の続きを待つ。エドワードとアルフォンスは固唾を飲み、マーシュはいつもと変わらない顔で。

ウィンリィは少し息を吸った後、マーシュを真っ直ぐに見据えた。

 

「何も感じないわけじゃないんです。

だって、マーシュさんがいなければ父さんも母さんも生きていたのかもしれない。

 

……でも、マーシュさんがいなかったらエドたちはもっと怪我してたかもしれないし、もしかしたら死んじゃってたかもしれない。それにマーシュさんに何か言ったところで、二人とも帰ってこない。

何より、マーシュさんといた時間は……楽しかったです。

だから……まだ少し、気持ちの整理はできていませんけど……私は恨んだりしません。

 

だけど、どうか覚えていてください。イシュヴァールで、戦場でずっと治療を続けて、仕事に誇りを持っていた私の両親のこと」

 

「……あぁ、わかった」

 

「それと」

 

ウィンリィが笑った。

 

「今度また、ホットドッグ奢ってくださいね」

 

ーー

 

アルフォンス、エドワード、マーシュ、リン、フーの五人が、地下へと続く階段の前へと立つ。

フーによれば、この階段へと人造人間たちは消えていったらしい。

階段の先は暗闇しか見えず、異様な雰囲気を醸し出している。

リンとフーが、冷や汗を垂らした。

 

「……ここ、すごく気持ち悪いヨ」

 

「おそらくこの先に、この"気"の根源がいよるワ」

 

「その気?っての便利だな、俺も使えるかな」

 

「兄さんは鈍感だから無理だと思うなー」

 

「ンだと!」

 

「はいそこー、気緩めなーい」

 

マーシュがエドワードの頭をチョップした。

この先は人造人間の巣窟。一瞬でも気を抜けば命も危うい。

 

マーシュが拳で手を叩き、前へ踏み出した。

 

「そんじゃまぁ、いっちょ忍び込みますか!」

 




オレは悪魔でも、ましてや神でもない。
人間なんだよ!一週間で一話の更新もキツイ、ちっぽけな人間だ……!


戦って戦って戦って次も戦う。この主人公に休息の時はない。
テンポよくしすぎた感はあります。

感情表現とか難しすぎて吐きそうになりました。
とりあえずこれで皆和解ってことにしてください。
いやほんと安直に変に設定弄るべきじゃない。

アッサリと書いたから仕方なくはあるんですけど、
誰もバリーの心配してなくてちょっと(´-`)ってなってました。
バリー復活ッ!!バリー復活ッ!!

あとなんか違和感があるなぁ……と思ってたら、エドワードの一人称「俺」じゃなくて「オレ」でした。アルも「ボク」でした。
一応全部直したつもりですが見逃しあったら報告くだしゃい。

来週少し忙しいので次話は多分遅いです。


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白黒

ゆっくりと階段を降りるエドワードが、ふとアルフォンスの肩に白黒模様の猫のような生き物が乗っていることに気づく。

 

「なんだその猫?……猫?」

 

「そこで拾った」

 

「お前なー!!今から行くところわかってんのか!?人造人間のアジトだ、ア・ジ・ト!!」

 

「だ、だって震えてたんだもん!放っておいて野犬に食べられでもしたらどうするんだよ!」

 

「連れてくほうがキケ……ギャー!こいつ噛みやがった!捨ててこい!!」

 

「兄さんの人でなし!!」

 

スパパーンとエルリック兄弟の頭をどついて黙らせるマーシュ。

 

「次はないぞ♡」

 

笑顔で声も優しいが目が全く笑っていなかった。

エドワードもアルフォンスも口を押さえ、コクコクと頷く。

結局白黒猫はアルフォンスの肩に乗ったままついてくることに決定したようだ。

 

 

 

階段の先は下水道のような場所へと繋がっており、かなり広くなっていた。"気持ち悪さ"が先ほどより近くなったからか、リンとフーが身を少し震わせる。

 

全員がそこへ踏み込んだ瞬間に上からボトボトと獣が落ちてきた。

ただの獣ではない。三ッ首の犬、牙が生えた鳥、長いツノを生やした豚。どれも敵意を剥き出しにしながらこちらへと迫ってくる。

 

アルフォンスの真上からも翼が生えた蛇が白黒猫目掛けて降ってきたが、アルフォンスがそれを手刀で叩き落とした。

白黒猫はプルプルと震えながらアルフォンスの顔にしがみついている。

 

「全部合成獣(キメラ)か……!」

 

「これだけの数を相手にするのは骨が折れそうダ」

 

「あー、全員ちょい下がれ」

 

皆が構える中、マーシュがひとり前に進み出て、下水道の水に靴を少し浸す。

 

次の瞬間、濁流が竜巻のように巻き起こり、合成獣たちを飲み込んだ。しばらくの間うねっていた竜巻が消えると、そこにはピクピクと痙攣する合成獣たちだけが残っていた。

 

「……とんでもねーな」

 

改めてマーシュの強さを目の当たりにしたエドワードが、若干引き気味に呟く。

 

「ヌッ!?構えろ、何かいるゾ!」

 

突然フーとリンが武器を構えた。

その視線の先には

 

「あっ……!」

 

「あら。驚いたわ」

 

ラストがいた。いつもの胸元を開けた黒のドレスではなく、首元が白いファーで隠れる黒いコートを着ている。

 

「おめーかボイン。悪いが捕まえさせてもらうぞ」

 

ラストは少し考えるような素振りを見せて、両手を挙げた。

 

「争う気はないわ」

 

「は?」

 

「ジャンに会いに行こうと思っているの。デート前に服を泥で汚したくないわ。あなたたちのことを報告する気もないから安心してちょうだい」

 

「…………そうか。じゃ、行ってらっしぇい」

 

「はぁ!?行かせるのカ!?」

 

「ここで戦って消耗するのも人造人間側にバレるのも避けたい。チクりもしないって言ってるし、構わねぇさ。それに……いや、やっぱいい」

 

「ありがと。あなたやっぱり良い男ね」

 

「うーわ、自分に都合の良い時だけ男を褒める奴だ」

 

「フフ、女なんてそんなものよ」

 

そう言い残してラストは歩き去っていく。

その後ろ姿を目で追いながら、リンが小さく呟く。

 

『フー、奴を追って、怪しい動きをしないか見張ってくれるか』

 

『はっ』

 

音も立てずにフーがラストを追って闇へと溶ける。

マーシュはそれを横目で見て、少し肩をすくめただけだった。

 

 

リンが先導して、その気持ち悪い"気"の元へと歩く。

度々合成獣が上から降ってくるが、全てマーシュが一瞬で制圧した。

そうしてどれほど歩いただろうか。

 

「ここダ」

 

冷や汗を垂らしながら、リンが扉の前で立ち止まった。

全員一様に警戒しながら、そっと扉を開ける。

 

中は、異様な空間だった。

およそ地下とは思えない広さで、周りは人間大の管のようなものが何百本も束ねられて天井まで続いている。

 

そしてその空間の真ん中には、玉座のような椅子が置いてあり、そこには一人の金髪の老齢の男が座っていた。

 

その顔を見てエドワードの顔が青ざめる。

アルフォンスも動揺したようだ。

 

「ホーエンハイム!!?」「父さん!?」

 

「父さん??」

 

つまりはこの男は、エドワードとアルフォンスの父、ということだろうか。

 

「なっ、てめーらなんでここにいやがる!?」

 

「またお前らー」

 

エンヴィーが奥の方から顔を出してギョッと目を剥いた。

グラトニーも同じく、少し嫌そうな顔をしている。

 

「なんだ騒々しい……」

 

ホーエンハイムと呼ばれた老人が立ち上がり、こちらへと近づいてきた。

 

「……違う、ホーエンハイムじゃない……?」

 

近くでハッキリと見た顔は、どうやらエドワードたちの言うホーエンハイムとは別人らしかった。

 

「鋼の手足……鎧……エルリック兄弟か?」

 

触れられるほどに近づいた老人が、エドワードとアルフォンスを見て顎に手を当てる。

 

「待て、ホーエン……ヴァン・ホーエンハイムのことか?どういう関係だ?」

 

「一応父親……」

 

その言葉を聞いた老人がガバッとエドワードへと詰め寄った。

 

「父親!!あいつ、子供なんか作っていやがった!はははっ!お前らの姓はエルリックではなかったか?」

 

「な、なんだよ……!エルリックは母方の姓だ」

 

「そうか……で、奴は今どこに?」

 

「知るか!!」

 

ぶつぶつと呟いて自分の世界に入り込んだ老人に、エドワードとアルフォンスが軽く毒気を抜かれたようだが、リンは違った。

戦慄の表情で、剣を老人へと向けている。

 

「なんだお前ハ……!なんだその中身……!」

 

「……それはこちらのセリフだ。なんだおまえは。関係ない者がこの空間に入ってくるな。

 

……む。お前は、泥の錬金術師、か……?邪魔ばかりしてくれているそうだな」

 

「文句は沈めてから聞いてやるよ」

 

いきなりマーシュが足を踏み鳴らすと、老人の足がズブズブと地面に飲まれていく。

この老人が親玉であろうとなかろうと、この場にいる時点で人造人間側であることに変わりはない。とりあえず肩まで地面に浸かってもらってから他の人造人間の相手をする。

そんなつもりだった。

 

しかし老人がその足を一瞥すると、体が沈むのが止まり逆に上へと浮き上がっていく。

 

「は!?」

 

やがて地面は元の形に戻り、老人はその上に当たり前のように立っている。

マーシュは錬金術を発動し続けているにも関わらず、だ。

 

「どういうこった……っと!」

 

ヒュオっと音を立てて、しゃがんだマーシュの頭上を鞭のようなものが通過する。

 

「わざわざここまで来てくれるとはなぁ!生きて出られると思うなよ、泥野郎!!」

 

「しつけぇなぁ……」

 

エンヴィーだ。右手を刃に、左手を鞭に変えてマーシュへと迫る。

エンヴィーが振るった右足が長剣へと変わりマーシュの足を刈り取ろうとする。跳んで回避したマーシュだが、その左手を鞭に巻き取られる。

 

「取ったァ!」

 

「取ってねぇよ」

 

鞭を手繰り寄せてその右手の刃を振るおうとしたエンヴィーだったが、その刃は空を切った。

マーシュがすでに鞭を掴んで錬金術を発動させていたからだ。

今回は地下へと入る前から手袋をずっとつけている。

 

ドロリと溶けた鞭を引きちぎり、腕を払う。鞭の残骸と液がエンヴィーの目へとビチャリと直撃し、その視界を奪う。

 

「ぐぎっ……!」

 

そして慌てて目を擦るエンヴィーは、どこからどう見ても、隙だらけだ。

マーシュが一度、足を踏み鳴らす。エンヴィーの地面から大きな泥の手が伸び、エンヴィーを包み隠した。このまま死ぬまで窒息と復活を繰り返すことだろう。

 

「お前の相手してる場合じゃねーんだよ」

 

見ると、エンヴィーの攻撃を皮切りに他のメンツも戦闘を始めていたようだ。

リンがグラトニーの顎を剣で突き刺し、蹴飛ばしている。

エドワードとアルフォンスは老人の相手をしているようだ。

 

エドワードの蹴り。しかし老人が微動だにしないまま、地面から壁がせり上がり、それを止める。

そこへアルフォンスが地面から手を生やし、殴りかからせる。

が、触れる前に、何かに阻まれるように弾け飛ぶ。

マーシュも、老人を包み込むように泥の手を錬成したが、何故か形を保つことが出来ずバチャリと泥が地へと落ちる。

 

「なんなんだ!?マーシュと同じで足の裏に錬成陣か!?」

 

「いや、なら地面からしか錬成できないとおかしい……。アルフォンスや俺の攻撃を防いだ説明がつかねえ」

 

「なにか、タネがあるはず……!」

 

なんとか突破口を見つけようと攻撃を続ける三人だが、老人には掠りもしない。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突然咆哮が響き渡り、エンヴィーを閉じ込めた泥の塊を突き抜けて、人を簡単に丸呑み出来そうなほどの大きさのトカゲのような化け物が現れた。体には人の顔や手や足が無数に生えており、見ただけで吐き気を催すほどの気味の悪さだ。

 

「な、んだあの化け物!?」

 

「殺す!!泥の錬金術師、絶対殺してやる!!」

 

「エンヴィーか!?」

 

トカゲの正体は恐らくエンヴィー。というより、エンヴィーの正体がこのトカゲだった、というべきか。

他には目もくれず、エンヴィーがその丸太よりも太い腕をマーシュへと振るう。咄嗟にマーシュが横っ跳びして回避する。しかし振るわれた腕から更に生えていた人の腕が、マーシュの腕を掴んだ。

 

「んなっ……!」

 

「いか な い で?」「ひ とつに な ろ う?」

「 いた い い 」「こっ ち に」

 

腕から生えた顔が口々に言葉を発する。

 

「お断りだ!!」

 

マーシュが掴んだ腕を溶かして引きちぎる。

顔たちが涙を流しながら苦悶の絶叫を上げるが、御構い無しだ。

 

エンヴィーの大振りの攻撃を避けながら隙を窺うマーシュ。

グラトニーをあしらいながら隙を見て攻撃するリン。

老人へと攻撃を続けるエドワードとアルフォンス。

それらを順番に見ていったあと、老人はため息のように少し鼻を鳴らした。

 

「……埒が明かんな」

 

老人が足で地面を軽く叩いた。

その瞬間、そこを中心にして風が吹き抜ける。

 

()()がこの場から消えた感覚がした。

 

マーシュが足を鳴らす。が、錬金術が発動しない。

エドワードとアルフォンスが手を合わせて、地面に置く。が、発動しない。

 

「……マジ?」

 

エドワードとアルフォンスと同じく、動揺を隠せないマーシュへとエンヴィーの腕がまた襲いかかる。

それに即座に反応し、なんとか躱すマーシュ。

 

しかしエンヴィーがその勢いのまま体を回転させ、尻尾でマーシュを打ち抜いた。

マーシュの足は地から簡単に浮き、その体は遠くへと吹き飛んだ。

 

「マーシュ!!……ぐっ!」

 

それに気を取られたリンがグラトニーに剣を食べられ、一瞬で体を押さえつけられる。

 

「ンの野郎!っぐえ!」「うわっ」

 

リンとマーシュを助けに向かおうとしたエドワードとアルフォンスを、エンヴィーが後ろから押さえつける。

 

「あぁ、その兄弟にはあまり怪我をさせるなよ。大事な体だ」

 

「あいよ!大人しくしてろおチビさん!!ひゃっはは!やってやった!泥の錬金術師をやってやった!!」

 

壁に叩きつけられたマーシュはピクリとも動かない。

 

「なんでだ!!なんで使えないんだ!?」

 

リンを老人が見下ろす。リンは体を押さえつけられながらも老人を睨む。まだ抵抗していたのか、グラトニーがその腕を軽く捻った。

 

「ぐぎっ……!!」

 

「威勢の良い奴だ。体力もありそうだ。……使える駒を増やせるかもしれん。

 

今ちょうど強欲(グリード)の席が空いている」

 

「へぇ、お父様、アレをやる気だね」

 

「なんだ、リンに何する気だ!」

 

「血液の中に賢者の石を流し込むんだ。うまくいけば人間ベースの人造人間ができあがる。

 

ま、たいてい石の力に負けて死ぬけどね」

 

エンヴィーの言葉を聞いてエドワードが目を見開く。

そしてエンヴィーの腕をどかそうと強くもがく。

 

「!! はっなっせぇぇぇ!!どうなってんだ!!なんで、なんで術が発動しない!!」

 

何度も何度も手を合わせるが、錬金術が発動する気配はない。

そこにリンが人差し指を立てた。

 

「俺はこれでいイ。手を出すナ……!!」

 

「な、ん……何言って……」

 

「我が強欲を望むか。面白い」

 

老人の額からゴボゴボと赤い液体が漏れ出て、手の上でゼリーのように固まった。それを、グラトニーとの戦闘で出来たであろう頰の傷に向けて垂らす。

何の抵抗もなしにリンの傷口からスルリと赤い液体が入った。

数瞬の後、リンが体を震わせ、絶叫する。

 

「ぎっ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「リン!!」

 

「あがぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

喉がちぎれそうなほどの叫び。体は激しく痙攣し、目の焦点は合わず、身体中の血管が浮き出る。体からは絶え間なしに何かが折れるような、ちぎれるような音が出ていた。

 

長いようで短い時間。不意にリンが体を仰け反らせ、音も変化も止まった。そして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「っあ"ー…………」

 

調子を確かめるように首を鳴らし、手で顔を押さえる。

その手には、ウロボロスの模様。

 

「がっはっはっははは!!!なかなかいい身体だ!生んでくれてありがとよ親父殿!!」

 

そこには、リンの姿をした誰か(グリード)がいた。

 

 

 

「ちっ、成功しやがったか。生意気な容姿だけ残りやがった……」

 

「グリードおめでとー。よろしくー。おでグラトニー!あっちがエンヴィー!」

 

「おう、よろしくな。魂を分けた兄弟さんよ

それと……親父殿。生んでくれて感謝する」

 

グリードが、老人へと片膝を立てて礼を言う。

リンの行動としては、ありえないものだった。

 

「うむ。残りの兄弟も追い追い紹介しよう」

 

「グリード……!?あのグリードなのか?」

 

「あ?残念だが俺はお前らの知ってるグリードとは別モンだ」

 

「……リン、は?」

 

「リンってのはダチか?奴は俺をすんなり受け入れやがった。

悪いなァ、この入れモンはグリード様がもらっちまったぁ!!がっははははははは!!」

 

「そんな……。返事しろ、リン!!」「リン!!」

 

 

 

 

「約束が、あるんだ」

 

いつのまにかグリードの後方にマーシュが立っていた。

まるで幽鬼のように、ゆらりと。

 

「あ?なんだお前」

 

「飯奢ってやるって約束、してんだよ。リンと」

 

「あー、この体の持ち主とか。そりゃ残念だったな。もう会うことはね」

 

マーシュの姿が搔き消え、一瞬でその拳がグリードへと肉迫していた。

 

「うおっ……!」

 

後ろへと跳ぶグリードだが、マーシュは距離を離すことを許さない。一歩で間合いを詰め、また拳を振るう。

パキパキとグリードの頰が黒く染まり、その口角が上がった。

 

「気ぃつけろ!そいつの能力は硬化だ!!」

 

エドワードが咄嗟に叫んだ。

マーシュの拳がグリードの顔へと届く前にピタリと止まる。

代わりに右足がグリードの片足を払う。

 

「なんっ……!?」

 

拳へ集中していたグリードはアッサリと体勢がぐらつく。

止めた拳を開いてグリードの側頭部を押さえながら、残った足も刈り取った。

グルンとグリードが宙を舞い、一回転した後地面に叩きつけられる。

 

不意は打たれたが大したダメージではない。

こんなもんじゃ倒せやしねぇぞ、と挑発をかまそうとしたグリードの顔面へと、足が振り下ろされた。

 

「ごがっ!!」

 

「リンを、返しやがれ」

 

マーシュの顔に浮かぶ感情は、紛れもなく『憤怒』だった。

 

「てっめぇ!もう加減しねぇぞ!?」

 

鼻から血を垂らしながらも、黒く染まった腕を大きく振り回して起き上がるグリード。

そして首あたりまでだった黒い部分が、段々と上まで覆われていく。

 

「ぶっ」

 

頰まで黒くなったところで白い何かがグリードの顔に命中する。

錬成陣の書かれた手袋だ。

錬金術が使えない今、手袋はもう必要ない。

 

グリードは集中が途切れ、硬化が頰までで途切れている。更には視界を手袋に奪われている。

 

いつのまにか迫っていたマーシュがグリードの眉間へと肘打ちを決める。

そのまま黒くなっていない部分へと、連撃を叩き込んだ。

鼻っ柱を殴り、こめかみを爪先で蹴り、頭を掴んで顔面を地面へと叩きつける。

 

もはやグリードの意識は途切れかけている。傷も再生していない。

 

「オイ、いきなりやられ過ぎだろ!グラトニー、グリードを手助けしろ!」

 

「わかったー!」

 

グラトニーがエンヴィーの言葉に従い、マーシュへと殴りかかった。

マーシュは一瞥しただけでそれをかわし、グラトニーの膝へとローキックを放つ。そしてぐらついたグラトニーの鼻へとアッパーを決めた。

グラトニーが鼻を押さえながら転がる。

マーシュがそれを追い、グラトニーの足を押さえて、その膝を思い切り踏み抜いた。耳障りな音が鳴り、グラトニーが泣き叫ぶ。

 

「錬金術なしで人造人間とやり合ってる……!」

 

「クソ!使えない能無しばっかだ!!」

 

 

マーシュが突然、自分から大きく跳ねた。

その視線の先は、老人。

先程から静観していて、身じろぎひとつしていない。

 

またマーシュが跳ねる。

エドワードたちの目には、跳ねる直前、一瞬マーシュの片足が地面に沈んだように見えた。

 

そこでエドワードは理解する。あのホーエンハイムもどきが、ノーモーションでマーシュへと攻撃しているのだ。おそらくマーシュと同じような、相手の足元の地面を液体へと変える錬成で。

マーシュは老人から伸びてくるわずかな錬成反応を見てかわしている。

 

だが、それもすぐに限界がくる。

 

老人が目を一瞬閉じ、そしてゆっくりと開いた。

瞬間、マーシュがいるあたりの地面が全て揺らぎ、

そしてマーシュがドボンと地面に腰まで沈む。

腕も地面の中から出せていない。

どうやら固定されたらしい。

 

「マーシュ!」

 

最後の頼みの綱のマーシュも捕らわれた。

それでもマーシュの目は睨み殺さんばかりにグリードを射抜いていた。

 

少し回復したようで、グリードが頭や鼻から血を流したままマーシュへと近寄る。

 

「あ"ー……クソが……!やってくれたな、えぇオイ!?」

 

そして腰から下が埋まっているマーシュの顔を蹴り抜いた。

一発。二発。三発。四発。

そこで意識がなくなったのか、マーシュの頭はガクンと力なく空を仰いだ。

それを見てペッと血を吐き、グリードが振り向く。

 

「おーい親父殿、こいつどうすればいい?」

 

「ふむ……。これ以上掻き回されたくはないのでな。殺」

 

 

老人の言葉は、突然の扉がバァンと開いた音にかき消された。

 

 

「泥の、錬金術師……!?」

 

「スカー!?」

 

そこにはスカーがいた。状況が理解出来ないようだが、それでも地面に埋まったマーシュを見て顔色を変えていた。

 

「シャオメーイ!無事ですかシャオメーーーイ!!」

 

いつぞやのスカーを助けた幼女もいる。

部屋の隅で震えていた白黒猫が幼女のもとへと走り寄った。

 

「シャオメイ!!良かっター!!」

 

幼女と白黒猫が抱き合ってオイオイと泣いている。

 

「……どういうことだよ」

 

「む、鋼の錬金術師!」

 

スカーがエドワードを見つけて声を上げる。

それに幼女が顔を上げて反応した。

 

「エ!?どこでス!?エドワード様は!?」

 

「あの小柄なのだ」

 

「……………………」

 

幼女がピシッと固まる。

鋼の錬金術師にどのような妄想を抱いていたかはわからないが、

実物はお気に召さなかったらしい。

 

「乙女の純情弄んだわねこの飯粒男ーッ!!!」

 

「何がじゃこの飯粒女ーッ!!!」

 

「天誅でス!!」

 

幼女が地面から岩の手を生やす。

エンヴィーの顎に当たり、エドワードとアルフォンスが解放された。

それは紛れもなく錬金術による攻撃だった。

 

「な、んで使える……!?」

 

「うおっと……!チャンス!!」

 

エドワードとアルフォンスが、錬金術を使えるようになったのかと手を合わせたがまた錬金術が使えない。

 

「なんでだーーー!!」

 

グラトニーがスカーへと涎を垂らしながら襲いかかる。

しかしそれをスカーは右手で容易く破壊した。

グラトニーの体が半分弾け飛ぶ。

 

「なんでおまえらここで錬金術が使える!?」

 

どうやら錬金術を使える人間は人造人間側にとっても想定外らしい。

この状況を利用できるか、とエドワードは考える。

そしてふと、マーシュが教えてくれた一つの()()を思い出す。

 

「カマかけてみっか……。

スカー!!」

 

グラトニーの残骸を振り払っているスカーがエドワードへと向き直る。

 

「イシュヴァール内乱のきっかけ、子供の射殺事件は……このエンヴィーって人造人間が軍将校に化けてわざと子供を撃ち殺したんだ!!内乱は全部こいつらの差し金だ!!こいつらはあの内乱の全てを知っている!!」

 

「なっ、どこで知りやがった!?」

 

『子供を射殺したという将校は、最後までイシュヴァールへの軍事介入に反対していた穏健派だったらしい。そんな人間がいきなりイシュヴァール人の子供を撃ち殺すのは不自然だ。なぁ、誰にでも化けられる奴がいる、という前提があったとしたら……話は変わってくるだろう?』

 

エンヴィーの反応から、このマーシュの話は間違っていなかった、と確信するエドワード。

スカーが目を見開き、右腕を握りしめた。

 

「……どういうことだ。返答によっては貴様らを神の身許へ……」

 

グラトニーが再生し、またスカーへとその口を振るう。しかしスカーはその頭を掴み、

 

「否!!貴様らを我がイシュヴァールの同胞がいる神の元へは行かせん!!」

 

そのままグラトニーの頭を爆散させた。

 

そこに、下から岩の槍がスカーへと伸びてくる。

それをスカーは咄嗟に右手の一振りで破壊する。

 

「……あいつか。邪魔をするなら貴様から、排除する!!」

 

スカーが老人を見て、一瞬で間合いを詰め、その頭を掴む。

そしてグラトニーと同じように頭を破壊しようとして……

何も起きなかった。

 

「ふーむ……。本当に発動している」

 

老人は変わらずノーリアクションだ。だが一瞬不穏な気配を感じて、スカーがバッと手を離す。その右手からは血が滴っていた。

 

「!! ぐっぬ……!」

 

老人がまたもノーモーションで何かを発動したらしい。

初見で反応出来たのは、武人の勘ゆえか。

距離を取り、態勢を整える。

 

 

 

「やっぱてめぇらが、あの内乱引き起こしやがったのか……」

 

「余計なことばっかしやがって……!」

 

エンヴィーの攻撃をかわすエドワード。手を合わせるが錬金術はいまだ発動しないままだ。

 

「ちっくしょ、錬金術さえ使えれば……!」

 

「ハッ、錬金術さえ、ねぇ?それがどんな力かも知らないで、我が物顔だ。本当に滑稽だね!」

 

「何だと?」

 

「ほら、足元がお留守だぁ!!」

 

「うわっ」

 

尻尾で足が払われ、エドワードが倒れる。そして体を押さえつけられ、またさっきと同じ体勢になった。

 

「離しやがれぇ!」

 

 

 

 

「錬金術が使えるんだよね!?お願い、そこに埋まってる人を助けて!」

 

「な、なんですカ……」

 

アルフォンスがグラトニーの攻撃を捌きながら、幼女へと声をかける。

白黒猫が幼女の顔を叩き、身振り手振りでなにかを伝える。

 

「どうしたノ、シャオメイ……。この鎧の人が助けてくれたノ?本当?ン、ンー……!シャオメイの恩人サンの頼みなら仕方ありませン!!」

 

幼女がマーシュの周りにクナイを突き刺し、地面に手を置くとマーシュの体が地面から押し出されるように出てきた。

 

「そのまま、外までマーシュを連れて逃げて!!」

 

「ム、それは私の力だけでは無理ですネ……。スカーさん!この人を背負ってあげてくださイ!逃げましょウ!」

 

「な!?いや、俺はこいつを……」

 

「いいから早ク!!」

 

「ぬ、うぅ………………………………………………ぬあああああああぁぁぁ!!!」

 

少しフリーズした後、ヤケになったように雄叫びを上げるスカー。

スカーが地面へと手を置くとそこが弾け飛び、砂煙が上がる。

 

 

 

煙が晴れた時、そこにはスカーも幼女もマーシュもいなかった。

 

 

 

そのことを確認し、隙を突かれグリードに組み伏せられたアルフォンスと、エンヴィーに押さえつけられたエドワードを見やり、老人はゆっくりと玉座へと戻っていった。

 

「……エルリック兄弟をラースの所へ連れて行け」

 

まだまだ邪魔をしてきそうだ、泥の錬金術師。

少し面倒そうに、老人は肘をついて眠りにつくのだった。

 

 






1話 1656文字
9話 3868文字
前話 6884文字
今話 9435文字

俺たち、前に進んでる!(文字数的な意味で)

お待たせしました。
軌道修正回です。でも多分次回からまた原作逸脱します。
どうなるんだ次回。どうするんだ次回。

見直すと、「あ、またこの表現で書いてる……。うわっ、私のボキャブラ、なさすぎ……?」「もっと上手く書けんのかこの猿ゥ……」となるのであんまり見直してません。
完成したら一回だけ読み返して投稿してます。なので、多少の誤字脱字は許してにゃわん。
あったら優しく教えてほしいわんにゃ。

次の展開何も考えてないので次話も遅いです(テンプレ)。


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北上

「…………んっんー……ふぁ……」

 

「あ、起きましタ!?」

 

「……どこだここ……」

 

マーシュが目を覚ましたのは、どこかの廃屋のようだった。そこら中ボロボロで、床や壁には穴がいくつも開いている。

体には申し訳程度に、ちぎれかけた毛布が体にかけられており、横ではいつぞやの幼女が心配そうに顔を覗き込んでいた。

 

「んもぅ、大変だったんですヨ?スカーさんが何回も貴方を殺そうとしテ……」

 

「スカー……?いや、なんでスカーが出てくるんだ?ていうかお前は何なんだ?スカーを助けてた子だよな?」

 

「えっと、順番に説明しますネ!」

 

幼女はまず、メイ・チャンと名乗った。シン国の皇女らしい。

不老不死の方法を求めてこの国まで来たらしい。

どこかで聞いた話だ、と思いながらも話の腰は折らず、マーシュは続きを促す。

 

行き倒れていたところを助けてくれた中年の男、そしてその下僕のスカーと共に行動していたが、そんな折、姉妹のように想っている白黒の猫、シャオメイが迷子になってしまった。聞き込みで、大きな鎧が地下に連れ去ったとわかり突撃。しかし実は鎧はシャオメイを助けてくれていたらしく、シャオメイの恩人の頼みということで、気を失っていたマーシュをここまで連れてきた、ということらしかった。

 

途中で美化したエドワード・エルリックの妄想や現物を見たときのショックと恨み言が多分にあったが、そこは聞き流した。

 

「……それで、ここまで背負ってくれたのがスカーさんなんですが、急に貴方を殺すとか言い出してですネ……。鎧の恩人さんに申し訳ないので止めたんですが、どうしても抑えきれないようデ。今はヨキさんとご飯を確保しに行ってくれてまス」

 

「……なるほど、だいたい分かった。世話かけたみたいだな、ありがとう、メイ」

 

床に胡座をかいたまま、マーシュが頭を下げる。

 

「イエイエ。でも、なんでスカーさんにあそこまで恨まれてるんですカ?」

 

「あー……話せば長くなるが……」

 

そこで軋む扉を開けていつぞやのみすぼらしい中年の男が入ってきた。

 

「ヨ〜キ様のお帰りだ〜ぞ、っと。

ん?……ヒッ、お前はあの時ブラッドレイ大総統と戦ってた……」

 

「マーシュ・ドワームスだ、よろしくオッサン」

 

「オォイ!俺様の名前はヨキだ!!今はこんなナリでもいずれのし上がってトップに立つ男だ!媚びへつらえ!!」

 

「そっか、すげぇなオッサン」

 

「…………」

 

そしてヨキの後ろから、やや遅れてスカーも廃屋へと入ってきた。

起き上がったマーシュを見るなり、顔を怒りに染めてその右手を構える。

 

「あ、スカー!ありがとう、助かった!」

 

しかしマーシュの第一声に少し呆気に取られる。

その声には嫌味や嫌悪の感情は全く含まれていなかった。

純粋な、感謝。

 

「メイから聞いた。背負ってくれたんだって?多分俺に触るのも嫌だったろうに」

 

「……メイに恩があっただけだ。無下にも出来ん」

 

「それでも俺が助けられたことに変わりはねぇよ」

 

メイとシャオメイがうんうんと頷きながらスカーの肩……には手が届かないので腰の辺りをポンポンと叩く。

ここで殺し合いを始めればメイが止めるであろうことと、何より毒気を抜かれたことからスカーもその怒りを多少収めた。

それからぶっきらぼうに、持っていた袋を床へと放り投げた。ポロポロと野菜などが溢れる。

芋などはもう蒸してあるようだ。

 

「お、飯か!」

 

「ハッ、お前の分はねぇよ!俺の取り分が減るじゃねぇかいだだだだスイマセンちゃんと分けます!!」

 

サッサッと自分の分を大量に確保しようしたヨキがシャオメイに手を噛まれていた。

スカーはいくつか芋やキュウリを取って齧っている。

マーシュが食事に加わることは黙認するようだ。

マーシュも、メイに手渡された芋を齧る。

 

「あ、エドたちはどうなったか分かるか?」

 

「エド……あぁ、あの小さいのですカ」

 

ケッ、とメイがやさぐれたように顔をしかめる。

ヨキは「エド?小さい?」と何故か戦々恐々としていた。

 

「私たちが逃げた時には……トカゲみたいな、大きな化け物に捕まっていましタ」

 

「じゃあ、捕まったまんまか……。怪我させるなとか言ってたし、無事だとは思うが……」

 

「そういえば……あそこにいた奴らは何なんですカ?見た目は人間なのに、中身はとんでもない数の気が蠢いてタ……。特に、あの金髪の人」

 

メイが顔を青くしながら、体をぶるっと震わせた。シャオメイが心配そうに見上げている。

 

「……己れの破壊も効かなかった。アレは、何だ?」

 

スカーも男の正体は気になったのか、口を開く。

 

「それは俺が聞きたい。あんな化け物がいるとは思わなかった」

 

それに対してマーシュは肩をすくめる。

こちらも、錬金術が全く通用せず、更には錬金術を封じてくる敵など初めてなのだ。

 

「わかってんのは、トカゲやデブは賢者の石から作られた人造人間ってことと、多分あの金髪オヤジが親玉だってことだ」

 

「賢者の石!!」

 

突然メイが立ち上がり、その目を輝かせた。

 

「賢者の石って、あの伝説の賢者の石ですカ!!持ち帰ればチャン家が一気に一位に成り上がることも可能カモ……!」

 

「…………」

 

マーシュがなにかを考え込む。

しばらくした後、「丁度いいか」と呟いた。そして、スカーの耳にもしっかり聞こえるように少し大きな声で話し始めた。

 

「賢者の石っていうのは、人間の魂から作られてる。生きてる人間から、無理やり引っぺがしたものでな。人間数人のエネルギーってんで、その力はとんでもない。

イシュヴァールの殲滅戦でも使われた」

 

その言葉にスカーがバッと顔を上げた。

 

「最初の数個は多分囚人から作ったものだろうが、後から製造した物はだいたいイシュヴァール人だ。何十人も捕まえてきては、賢者の石にしていたらしい」

 

食べかけの芋を落とし、みるみるとスカーの顔が怒りへと染まっていく。今にもマーシュへと掴みかかりそうだった。

 

「貴様ッ……!!我らに同胞殺しをさせたのか!!?」

 

「そうだな」

 

マーシュが悪びれもせずに言った瞬間、スカーが弾けたようにマーシュへと近づき、その右手でマーシュの顔を掴んだ。

マーシュは、避けなかった。

 

「知っていることを、全て話せ!!その石のことも、あの戦のことも!!この右手が貴様を破壊しないうちに!!」

 

「あぁ、話すとも。だから離してくれ、喋りづらい」

 

自分の命を握られた状態でも、マーシュの調子はいつも通りだった。

ポンポンとスカーの右手を叩く。

メイとシャオメイは「ストップでス!ウェイトでス!」と言いながらスカーの足を引っ張っている。

 

スカーは目一杯腕に力を込めた後(マーシュが呻いた)、渋々その手を離す。

 

「いつつ……んじゃ続きからだ。賢者の石を作らせていたのは、この国の軍上層部で…………」

 

マーシュは自分が知る限りのことを全てスカーへと話した。

人造人間。軍上層部。ブラッドレイ大総統。この国の計画。自分たちの計画。

 

スカーは、それを黙って聞いていた。

メイも真剣にその内容を聞いている。ヨキは置いてきぼりだ。

 

「……というわけで、地下で会ったアイツらを何とかしないと、世界が終わる。助けてくれ」

 

マーシュがそう締めくくった。

スカーは、少しの間黙って目を閉じていたが、やがてその口を開いた。

 

「……貴様は、己れがそう簡単に貴様の言うことを信じると思ったのか?

……イシュヴァール人を殺した貴様を!医者夫婦を殺した貴様を!!何も償おうとしない貴様を!!俺が許すとでも思ったのか!?助けるとでも思ったのか!!?」

 

「別に俺を許す許さないの話じゃねぇんだよ。今この国にいるお前の同胞とやらが皆死んでもいいのか、って話だ」

 

スカーの今すぐにでもマーシュを掴み殺そうとしそうな気迫にも、マーシュは全く動じない。まっすぐに、スカーの目を見ていた。

 

「俺のしたことを忘れろとも、もう復讐するなとも言わない。ただ、お前が生きてきたこの地が滅んで欲しくないのなら。お前の同胞にこれ以上死んで欲しくないのなら。もう一度言うぞ。俺を、じゃない。

 

()()()()、助けてくれ」

 

頭こそ下げなかったが、その目には、その声音には、真摯さが込められていた。この男はおそらく、本気でこの国を守ろうとしていて、そのために自分を殺そうとしている者にまで力を借りようとしている。

何故だろうか、スカーの脳裏にはかつての自分の師の言葉が蘇った。

 

『耐えねばならんのだよ』

 

「師父……己れは……」

 

何を都合の良いことを言わせている。殺せ。

助けを求める声も無視して何百人も殺してきた奴の言葉だ。

惑わされるな、殺せ。

あぁ、そうだ。

イシュヴァールは、助けてはくれなかったのに。

 

『目の前の患者は全て救おうとするさ』

 

そうだ、あの医者も殺したこいつを、早く殺せ。

イシュヴァール人を救ったあの医者が。死ぬときどんな心持ちだったか。きっと、こいつを憎みながら……。

いや、あの夫婦が人を憎みながら死ぬのか……?

関係ない、早く殺せ。

 

『ここにはあんたを突き出すやつはいないよ』

 

そうだ、イシュヴァール人を殺したこいつを殺せ。

待て、己れは同胞を救いたい。これ以上死んで欲しくはない。

いいから、殺せ。この男を、殺せ。

早く、殺せ。殺せ、殺せ、殺せ。

 

『いつか分かり合えると信じている』

 

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

スカーは突然外へ飛び出したかと思うと、思い切り地面を殴りつけた。錬金術も発動させたのか、地面が地割れのように砕け割れ、廃屋の前には大きなクレーターが出来上がった。

 

肩で大きく息をして、しばらく自分の右手を見つめていたが、やがてゆっくりと廃屋の中へと戻ってくる。

 

「……先ほどの話に、虚偽はないな?」

 

「あぁ、誓って」

 

「……この国を救うためではない。我が同胞を救うために、そしてこの国を変えるために、貴様に協力してやる。全て終わればお前を破壊する」

 

「それはご勘弁」

 

「……事情は、だいたい分かりましタ。私も協力させていただきまス!この国の人たちにはとても良くしてもらいましタ。見捨てることは出来ませン!……そして出来れば、生きている人を使わない、不老不死の方法も見つけたいでス」

 

「……え?何?どういう流れ?」

 

ヨキが混乱する中、マーシュはさっそく作戦会議を開こうとする。

 

「さて、まずこれからどうするかだが……」

 

「ひとつ、提案がある」

 

と、そこでスカーがマーシュの言葉を切った。

 

「己れの兄が残した研究書の一部に己れでは解読できん部分があった。兄は死ぬ前に『この国の錬金術はおかしい』と言っていた。おそらくその研究が書かれている。解読できるか?」

 

「錬金術がおかしい?……よし、見てみよう。どこだ?」

 

「研究書を隠したのは

 

––––––北だ」

 

 

ーーー

 

エドワードたちが今泊まっているホテルの一室がノックされた。

扉を開けると、そこにいるのはマーシュ。

 

「オイッス」

 

「「マーシュ!!」」

 

「生きてたか、良かった」

 

「それはこっちのセリフだバカヤロー!スカーに殺されてねーかってずっと心配してたんだぞ!!」

 

「おう、悪い。でもまぁ一応その心配はなくなった」

 

「どういう意味……?」

 

「まぁ、それより何があったか聞かせてくれ」

 

はぐらかされ、微妙な顔をしつつもエドワードは今までのことを話した。

マスタング大佐の部下は散り散りに異動されたこと。ブラッドレイの元へ連れていかれ、ウィンリィが人質同然だと言われたこと。まだ国家錬金術師でいること、自分たちが旅を続けることは容認されたこと。

 

「それで、今はあのお父様とかいう存在や、リンのこと……どうするか話してる最中だ」

 

そこでマーシュがふと口を開いた。

 

「そういやリンは?隠れ家か?」

 

「え……。覚えてないの?」

 

「何をだ?」

 

「リンがグリードになったことだよ!!」

 

からかわれているのかと思い、エドワードの語気が荒くなる。

冗談にしては悪質だ。マーシュらしくない。

 

「はぁ?グリード?何言ってんだ……。あ、ダブリスで会ったっていう人造人間か?」

 

「……覚えて、ないのか」

 

マーシュは本当にあの出来事を覚えていないらしい。どうやら、エンヴィーに壁に叩きつけられた時点で意識が途切れ、朦朧とした状態でグリードに攻撃をしていたらしい。思えば、あの時の様子はどこかおかしかった。

 

「どうしよう兄さん」

 

「どうしようったって……」

 

教えるしかない。ショックは受けるかもしれないが、ここで言わない意味はないだろう。エドワードが口を開く。

 

「リンは、賢者の石を入れられて人造人間になった。今はグリードって名乗って、別の人格になっちまった」

 

「……は?」

 

瞬間、エドワードたちの背中を冷たいものが吹き抜ける。このマーシュは、地下でリンにグリードが入った時に見せたものと同じ雰囲気だ。どうやらリンが人造人間になったという話はマーシュの逆鱗らしい。慌ててエドワードが情報を付け加える。

 

「あぁでも!リンの人格はまだ残ってる!ランファンにメッセージも送ったし……」

 

「……リンは戻るんだな?」

 

「絶対元に戻す!!」

 

その目には、アルフォンスの体を元に戻すと言った時と同じだった。

 

「……なら良いや。それで、ランファンとフーは『不甲斐ない!!』とか言いながらどっか行ったって感じか」

 

スゥー……と部屋の温度が元に戻った気がした。マーシュの雰囲気も戻っている。

 

「うん、でも中央に残ってグリードの情報を集めるみたい。賢者の石をリンから取り除けば万事解決ダ!って」

 

「ん、じゃその辺の情報収集は任せるか。俺ちょっと北に行ってくる」

 

「え、何しに」

 

「ある伝手でな、練丹術の研究書を取りに行くのと、あとブリッグズに顔見せにな」

 

「練丹術!」

 

エドワードがガタンと立ち上がって目を輝かせる。

 

「ちょうどさっきその話してたんだ!地下で錬金術が使えなくなった時も、あの女の子とスカーは普通に術が使えてた。もしかして練丹術じゃないかって」

 

「俺たちもついてっていいか!?」

 

アルフォンスの言葉を聞いて、マーシュが顎に手を当てる。

 

「へぇ、使えたのか……。あ、ついてくんのはダメだ」

 

「何でだー!?」

 

「指名手配されてるからな、俺。エドはともかくアルとは行動できねぇ。目立ちすぎる」

 

「あー……」

 

「好きで目立ってるわけじゃないやい!!」

 

「何より、奴らは俺を殺したがってる。俺の居場所はなるべくバレたくない。多分お前らマークされてるだろ?」

 

「あっ、そっか……。そうだな、悪い……」

 

「謝ることじゃない。お前らには旅を続けてほしい。『どこかでマーシュ・ドワームスと落ち合うのかも』なんて思わせて注意を逸らしてほしいんだ。何せ俺の優先度は最高らしいからな」

 

「囮……ってことか」

 

「いけるか?」

 

「当たり前だ!バンバン引きつけてやんよ!!」

 

「……あくまで自然にだぞ?」

 

エドワードがふんすと胸を張るが、変に張り切られて人造人間たちに思惑がバレても困る、とマーシュはそれを宥めた。

 

その後、軽くマスタング大佐に伝えてほしいことやもしもの時の集合場所などを伝え、マーシュはそのホテルから出て行った。

見つからないように、来た時と同じく地面の中へと潜って。

ーーー

 

「用とやらは済んだか」

 

「あぁ、待たせた」

 

「それで、どうやって北まで行きまス?汽車ですカ?」

 

「いや、駅だと誰かに見つかる可能性が高い。車で行く」

 

「車なんて持ってるのかお前!」

 

「親切な人が快く貸してくれてる。全部終わったら返しにいくさ」

 

鍵をチャラリと鳴らして、マーシュは悪戯っぽく笑った。

 

ーーーー

 

「おぅ、泥のじゃねぇか。それと……なんだそいつ」

 

車を近くの街へと止め、ブリッグズ砦へと到着した一行をバッカニア大尉が出迎えた。

 

「気にするな、ただのねこ仮面と愉快な仲間たちだ。オリヴィエいるか?」

 

マーシュの横には、フード付きのコートを着て白黒の模様の猫、というかシャオメイのような仮面をつけた人物がいる。メイも横におり、要塞というものが初めてなのか、おっかなびっくりだ。ヨキはおそらく別の理由でおっかなびっくりだ。

 

最初はスカーもブリッグズ砦の中へと行くのは拒否していた。

だが、まともな装備なしで、ブリッグズ兵の目を掻い潜りながら、奥地の小屋へと向かうのは難しい、とマーシュが伝え、「ブリッグズの将軍は味方だから、いっそ全部話して協力してもらおう」という話になったのだった。

バッカニア大尉は深く関わらないようにしようと思ったのか、引き気味に短く「そうか」と言ってマーシュ達についてくるよう促した。

 

「おい、もっとどうにかならんのか」

 

スカ……ねこ仮面がマーシュへと近寄ってボソリと呟く。

 

「仕方ないだろ、指名手配中連続殺人鬼よりは仮面をつけた怪しい奴のほうがマシだろ?」

 

「そういうことではない!仮面のデザインの話だ!」

 

「えー?いいじゃん、可愛いと思うぞ?」

 

「殺されたいか貴様……!」

 

「いや、別にデザイン変えるのはいいけどさ……傷つくだろうな、メイ。『スイマセン、シャオメイとお揃いは嫌でしたカ……』って」

 

「ぐぬぬっ」

 

この男は女子供と小動物に弱いらしいという弱点をすでに見つけていたマーシュは遠慮なくそこを攻める。どんな時でも煽りと弄りは忘れないのだ。

黙ってしまった様子から察するに、仮面はもう諦めたらしい。おそらくこの砦にいる間はずっとねこの仮面をつけたままになることだろう。

 

 

「よぅ、最近うちの女王様、機嫌悪いから気ぃつけなよ」

 

「あ、ドワームスさん!少将殿に対する言葉にはお気をつけください!」

 

「おう泥の大将!『ブリッグズの北壁は触らぬが吉』だぞ!」

 

 

「……随分と馴染んでいるな」

 

「いや、話したことも全然ないはずなんだが……」

 

道ゆくブリッグズ兵は皆一様にマーシュを見ると挨拶し、不穏な言葉を残していく。それは、マーシュがアームストロング少将を打ち負かしたことが原因だ。決闘を見ていたブリッグズ兵は皆マーシュを認め、何人かはファンだと公言している者もいる。あの決闘を実際に見ておらず話に聞いただけのブリッグズ兵も、この国家錬金術師がアームストロング少将よりも強いということで、ブリッグズの掟『強い者に従え』により、マーシュを歓迎するムードになっているのだった。あとは、何故か何日か前からかなりイライラしているアームストロング少将の元という死地へ向かう彼への同情だ。

 

「ここだ。……まぁ、その、なんだ。頑張れよ」

 

扉の前で、バッカニア大尉が小声でマーシュに耳打ちする。

マーシュがひどい目に遭うというのは共通認識のようだ。

そして、姿勢を正して足を揃えた。

 

「アームストロング少将!!泥の錬金術師殿をお連れしました!!」

 

「入れ」

 

「はっ!!」

 

バッカニア大尉が扉を開けると、そこにはソファで足を組むアームストロング少将。

トントンと膝を指で叩いていた。が、雰囲気は以前とあまり変わっていないように見える。ブリッグズの者にしかわからない違いがあるのだろうか。

 

「お入りください、お二方」

 

「いやいつも通りに接してくれよ、やりづれぇよ」

 

ピシッと礼をしてマーシュとねこ仮面たちを中へと呼ぶバッカニア大尉。

マーシュは正直今までの態度のせいで気持ち悪さしか覚えなかった。

 

察せ、と言いたげな表情で頰をピクピクさせながらもバッカニアは笑顔を崩さない。「さぁ」と中へ誘うだけだった。

バッカニア大尉がこんな姿にならざるをえないほど、今のアームストロング少将が恐ろしいということだろう。

 

「ん、ンンッ!久しぶりだな、ドワームス。まぁ座れ。……そこのよくわからんやつらも」

 

咳払いをして、アームストロング少将がテーブルを挟んだ向かいのソファに座るよう促す。

 

「おいっすオリヴィエ。来るの遅くなって悪かった」

 

「あぁ、まったくだ。いつ来るかわからん奴を待つ身にもなれ。……茶でも飲むか?」

 

「コーヒーなら遠慮しようかなと」

 

「フン、心配するな。私が紅茶を淹れてやる」

 

そう言うとアームストロング少将は立ち上がり、ティーセットを取り出してテキパキとお茶を淹れ始めた。その手つきは慣れきったものであり、一瞬、超一流のメイドのようにその姿を錯覚させた。

マーシュの前に紅茶の入ったカップを置き、ついでだと言いながら皿に並べたクッキーを置く。

 

マーシュはカップを持ち上げ、数瞬の間その香りを嗅ぐと、一口で一気に飲み切った。

 

「……美味い」

 

「当たり前だ。アームストロング家の女性は炊事や作法は一通り叩き込まれている」

 

当たり前とは言うが、アームストロング少将の顔は少し綻び、得意げに見えた。ついでに剣術や蹴り技もか?と茶化そうとしたマーシュだが、何か猛烈に嫌な予感がして口を噤んだ。

 

この場は多分、素直に褒めたほうがいい。

 

そんな予感だ。

 

「……へぇ、じゃ良い嫁さんになれるな」

 

「そうか。そう思うか」

 

アームストロング少将は腕を組んで満足気だ。マーシュの返答は間違えていなかったらしい。

 

「よし、来い。無血戦争に向けた兵器を見せてやろう」

 

スックと立ち上がり、スタスタと歩いていくアームストロング少将。

その後ろ姿をバッカニア大尉は信じられないものを見るような目で追っていた。

 

「……嘘だろ。あんな少将見たことないぞ」

 

「あれで怒ってるのか?」

 

「逆だ。上機嫌だ。本当についさっきまで、すぐ怒鳴るわ無茶ぶりはするわ理不尽に蹴るわ散々で……」

 

「俺が来るまでは不機嫌で、俺が来てからは上機嫌……

 

……もしかして、俺のこと好きだったりして?」

 

「「「……………………」」」

 

「「ぶっ」」

 

「ぎゃっははは!!ありえん!ありえんぞ!!あの心まで氷の女王様が人に惚れるなど!!もしそんなことがあるならこの髪と髭を金色縦ロールにしてやるわ!!」

 

「だよなー!さすがに自意識過剰過ぎだわすまん!好きな人のためにお茶淹れてやるみたいなタイプじゃねーもんな!むしろ力でねじ伏せそう!」

 

「……この人もしかして、物凄い天然の鈍感さんですかネ?」

 

「そのうち刺されそうだ」

 

メイとねこ仮面がぼそりと呟いたが、その声は二人の笑い声に掻き消された。




「えー、シャオメイの仮面が嫌だっていうんなら……

じゃあこれ」(模様ついたドクロっぽい仮面)
「破・壊ッ!!」

「じゃあこれ」(グルグルで片目だけ穴空いた仮面)
「やめておけ。その錬金術は俺には効かない」

「じゃあこれ」(黒のドミノマスクとマント)
「貴様、どちらかというと破壊されたいMだな?」

「じゃあこれ」(白の仮面とタキシード)
「己れは国家錬金術師を切り裂く一輪の薔薇……」


そんなわけで、スカー御一行にマルコーOUT.マーシュINです。
スカー君は多分、ロックベル夫妻のおかげで少しだけ優しくなってるんじゃないかな。そういう感じで納得してほしいな。
あ、スカーの一人称が「己れ」でした。なんだその一人称。

書くことに飽きたわけではないんですが、最近描写をサボりがちです。セリフ考えるのは楽しいけど描写考えるのは苦手です。

次は展開は考えてありますが何も書いてないので多分遅いです。


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盤外

番外編のような、本編のような。
もうすぐバレンタインということで、甘ったるいのをいくつか書きました。
……え?バレンタインはもう終わった?14日?
ハハ、何をおっしゃる。その日は何もなかったじゃないですか。


時間は夜。オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将は中央の実家にいる妹、キャスリン・エル・アームストロングと電話をしていた。キャスリンからはたまにこうして電話がかかってきて、暫し雑談を楽しむのだ。弟には手厳しいオリヴィエも妹には甘いのか、いつもより少しだけ顔が緩んでいる。

 

「姉様、そちらはいかが?」

 

「うむ、別段変わりはない。そちらはどうだ、キャスリン」

 

「いつも通りよ。最近はお父様が結婚しろってうるさくて。兄様みたいな人じゃないとイヤって言ってるのに」

 

「フン、お前も物好きだな。あんな軟弱者を好きになる気が知れん」

 

「まぁ。そういう姉様はどうなの?誰か気になる方でもいないの?」

 

「ありえんな。少なくとも私に勝つくらい強くなければ…………一人いたな」

 

オリヴィエはつい最近自分を打ち負かした錬金術師を思い出す。見た目はナヨっとしているように見えたが、あれでなかなか骨があった。決闘で負けたのは初めてだったが、不思議とどこか清々しい気分だった。

そのオリヴィエの言葉を聞いてキャスリンの声色が1オクターブ上がる。

 

「まぁまぁ!気になる方がいるの!?どんな方!?姉様に勝ったということは、物凄い筋肉だったりするのかしら!?」

 

「いや、体が逞しいわけではなかったな……。だが私は別に奴とどうこうなる気は」

 

「いけないわ姉様!!姉様より強い男の人なんて今を逃したらこの先いつ会えるか!アピールしましょう!全力で!!」

 

オリヴィエの言葉も途中でぶち切り、どんどんとヒートアップするキャスリン。恋愛に夢見がちなところはあるが、普段は物静かでおとなしいキャスリンがここまで暴走するとはオリヴィエも知らなかった。

 

「待て!だから私は結婚する気など……」

 

「その方のことがお嫌い?」

 

「……いや、嫌いなわけではないが」

 

「その方は姉様のことを嫌いそう?」

 

「いや、名前で呼ばれた上に味方になるよう頼まれた。嫌われてはな」

 

あの男が自分を嫌いか、と聞かれてオリヴィエは何故か少しだけ苛立ち、言い訳するように即答した。殺しかけはしたが、嫌われてはいないはずだ、と。

みなまで言わせずキャスリンが甲高い叫びを上げる。もう止まりはしない。

 

「キャーーーー!!もう名前で呼ばれたの姉様!?決まりよ、その方こそ姉様の運命の相手よ!!いい、姉様!今からお母様直伝のアームストロング家に代々伝わるアピールを教えるから、その方に実践してね!!」

 

「待」

 

「まずは家事が出来ることを相手に伝える!美味しいお茶と菓子を差し出して、こう言うの!『あなたのことを思って作ってみたの。お口に合うといいのだけれど……』キャー!」

 

キャスリンの女子力向上講座はその後五時間にわたって続き、もう二度とキャスリンの前で男性に関係するワードは言うまい、と誓ったオリヴィエだった。

 

 

ーーーーーー

 

ラストは鼻歌混じりに街道を歩いていた。後ろからは気配を消したフーが後をつけている。今のところ怪しい動きはしていない。だが、主の命により、何か動きを見せればその瞬間に首を叩き斬る用意は出来ていた。

 

やがてラストは一つの建物に入っていった。どうやら、軍所有の建物のようだ。さすがに建物の中に侵入するのは少し難しい。別の入り口を探すかと辺りを見回すと、建物の窓の一つからハボック少尉が顔を出してタバコをふかしていた。

 

たしかあれがハボック。あのラストという女はハボックに会いにいくと言っていた。

 

そう思い出し、フーは壁をすすすと音を立てずに登っていく。

ハボック少尉の後ろでコンコンとノックが響き、ハボック少尉が「どうぞ」と声をかけた。

窓の上にこっそりと陣取り耳を傾けるフー。ラストがハボックを殺すつもりならばすぐに押し入るつもりだった。

 

「こんにちは、ジャン」

 

「ソラリス……!?なんでここに!」

 

ハボック少尉が慌てたように灰皿にタバコを押しつけ、ラストに近寄る。

 

「あら、自分の言葉も忘れたのかしら?理解させてくれるっていうから来たのだけれど」

 

「……あぁ、理解してもらうさ。何が聞きたい?」

 

「あなたが、どんな人間か」

 

そこからはとりとめもない話題ばかりだった。ハボック少尉の生まれ育った場所の話、そこでガキ大将になってた話、母に怒られた話、内乱を見た話、兵士になると決めた話、兵士になるまでの話、兵士になってからの話。

ラストはたまに相槌を入れながら、ずっとそれを聞いていた。時折笑みをも見せ、それはまるで人造人間とバレるまでしていたデートの時と同じような雰囲気だった。甘い、恋人たちの雰囲気。

一通り話し終えたのか、ハボック少尉がふぅと息をつく。

それを見て、ラストは妖艶な笑みを浮かべながらハボック少尉へと体を寄せた。

 

「……だいたいわかってきたわ。ねぇ、本当に、私のこと愛してるのよね?」

 

「あぁ。愛してる」

 

「ならジャン。()()()()にきて。あなただけは助けてもらえるようお父様に頼んであげる」

 

「…………」

 

「私を愛しているのよね?私がいれば問題ないわよね?」

 

その目は、どこか不安げで寂しげにも見えた。まるで縋るようにハボック少尉の顔へ手を伸ばす。

 

……もしこれを受け入れるようであれば、この場でハボックごと始末しておこうか。

フーがクナイを構えた。

 

しかしラストのその手を、ハボック少尉は掴んだ。

 

「俺は()()()()にはいけねぇ。やらなきゃいけないことがある」

 

「……何故?私を愛してるんでしょう?一緒にいたいでしょう!?なら協力しなさい!!」

 

まるで欲しいものが手に入らない子供のように、ラストは頭を振る。

普段の冷静沈着な姿とはかけ離れた様子だ。

それに対してハボック少尉は困ったように笑う。

 

「俺は、マスタング大佐に協力したい」

 

「私よりも、マスタングを選ぶの?」

 

「いいや、どっちも選ぶ。ソラリスとは愛し合っていたいし、マスタング大佐の手助けはしたい」

 

「な、によそれ……!どちらかを選びなさい!!どっちつかずなんて許さない!」

 

「マスタング大佐にはデカイ借りがあるんだ。人間(へいし)として、俺はその借りを返さなくちゃならない。だが人間(おとこ)として、俺はソラリスと一緒にいたい。だから俺は、どっちも選ぶ」

 

「何を、何を都合のいいことを……!」

 

すでにラストから最初の余裕は消え失せていた。その顔は、今にも泣き出しそうだ。自分がそんな顔をしていることにも気づいていなさそうだった。

 

そんなラストに対して、ハボック少尉は掴んでいた手を引き寄せてその体を抱きしめた。

 

「何度も言う。愛している。だけど、マスタング大佐を裏切るわけにはいかない。納得がいかないならこのままその爪で俺を殺してくれ」

 

ハボック少尉の体からふわりと香るタバコの匂いに、無意識にすんと鼻を鳴らすラスト。いつの日か試しに吸ってみたタバコの不味さの記憶がふと蘇った。あの時はただ不快だった香り。でも何故か、この香りが今は心地よく思えてくる。

わからない。愛していると言われるたびに体のどこかが震える理由が。この男に触れている箇所が熱くなる理由が。そして、この男を殺そうと微塵も考えることが出来ない自分の思考が。

 

「……離して」

 

ラストがハボック少尉を両腕で押し返しながら俯く。

 

「帰るわ」

 

そのままハボック少尉の顔を見ないまま背を向け早歩きでその部屋を出て行った。残されたハボック少尉はしばらく黙って立っていたが、やがてドサリと倒れこむように椅子に座り、タバコにまた火をつけるのだった。

 

「………………」

 

フーは何も言わずにその場から去った。

その顔がとても疲れているように見えるのは、気のせいではないだろう。

 

ーーーー

 

ブラッドレイの元から解放されたエドワードとアルフォンスはまず一番に公衆電話へと向かいウィンリィがいる店へと電話をかけた。ウィンリィはすでにラッシュバレーの機械鎧の店へと戻っており、仕事を再開しているようだった。

 

「エド!?何!?壊したの!?」

 

「ちげェよ!!…………あー……えー……その、大丈夫……か?こう、変な奴に尾けられたりしてないか?」

 

歯切れ悪くウィンリィの身を心配するエドワードの台詞を聞き、電話口の向こうでは一瞬の間が空いた。

 

「エド、気色悪い」

 

「んなーっ!?」

 

「普段そんな心配したことないじゃない!!電話も滅多にかけてこないあんたが人の事心配してかけてくるなんて!!いやぁぁキショいわぁ!!!」

 

「お前なっ、人がどんだけ……」

 

「ありがとね。電話、嬉しい」

 

不意を打たれてエドワードが少し固まる。そして照れたように鼻の頭を掻いて、咳払いした。

 

「……おう。あー……その……悪いな、何もしてやれなくて。……俺さ、ホントにお前のこと、すげェと思う」

 

「な、なによ急に……」

 

「耐えて、我慢して、抑えて。俺だったら多分、喚き散らして殴りかかることしか出来ない。お前のほうがずっと大人だ」

 

「……ばか、アンタたちのほうがすごいわよ」

 

「は?」

 

「どんな状況でも前を向いて、立ち上がって、歩き出してく。そんなアンタたちを見てきたから、私だって強くなれたの。そんなアンタだから私は……」

 

そこでウィンリィの言葉が途切れる。続きを待つが、受話器からは「あぅ……」というような声が聞こえるだけだ。

 

「?」

 

「なんでもない!!」

 

突然ガチャンと電話が切られ、困惑するエドワード。

 

「どうだった兄さん!」

 

「いきなり切られた……」

 

アルフォンスが「何かまた怒らせること言ったんじゃないの?」と言い、エドワードが「いやそんなことは」とさっきまでの会話を反芻していると、後ろから突然声をかけられる。

 

「こういう必死さが付け込まれる隙になるんだよな!」

 

「「リン!?」」

 

そこにいたのはリン。

 

「グリードだっつーの。ほれ、これ」

 

いや、グリード。グリードは面倒そうにボロボロの布切れをエドワードたちに差し出した。布にはこの国のものではない文字が書かれている。

 

「……文字?なんて書いてるんだ?」

 

「知らん。()()()を待ってる奴らに渡してくれとよ」

 

グリードが自分を指差す。つまり、中にいるリンからの頼みということだろう。

 

「……渡しに行ったら後をつけてそいつらを殺そうとするんじゃないのか?」

 

「んなセコいマネするかよ。俺はウソをつかねぇのを信条にしてる。じゃあな、頼んだぞ」

 

グリードはそのままスタスタとどこかへと歩き去って行った。

エドワードとアルフォンスは布を眺める。その文字は読めこそしないものの、書いた人間の気迫が伝わってくるようだった。おそらくグリードはウソをついていないだろう。

 

「兄さん、これってつまり……」

 

「あぁ、やっぱりリン(あいつ)、中にいる!」

 

エドワードが布を握りしめて、グリードの後ろ姿を睨みつけた。




次の更新はかなり遅いんじゃないですかね(他人事)


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光明

「これが網弾、粘度が高くて文字通りそこら一帯を一網打尽にするぜ」

「これはゴム弾だ。熊でも一発で気絶するぞ」

「これは落とし穴。雪に隠れてるからそうそう見つけられねぇ」

 

マーシュにブリッグズの技術班が次々と兵器を紹介していく。

どれも()()()()()に敵を捕獲するものばかりだ。

マーシュの要望通りである。

 

「短期間でこんなにか……」

 

「どうだ、私の部下は凄かろう?」

 

アームストロング少将がその豊満な胸を張る。

先程から事あるごとに部下を褒め、そのたびに『私の部下』を強調してくる。技術班の面々は少将に褒められるたびに顔を引きつらせ、もどかしそうに体を震わせる。

 

「おいおい、少将が素直に褒めてくるなんて、明日にゃブリッグズの雪が全部溶けるんじゃねぇか?」

 

技術班の男が一人、隣の男にヒソリと小声で話しかける。

アームストロング少将は別段褒めることがないわけではない。良い働きをしたものには適切な褒賞を与える。だがこんなにも一日に何度も、自慢するように褒められるなんてことは滅多に、というか今までにないことだった。先の発言も、半分は照れ臭さからだ。

 

話しかけられた男は声を出さずに必死の形相で首を振っている。

見ると、いつのまにかアームストロング少将は内緒話をした男の前にいた。少将はとんでもない地獄耳で、隣の部屋のヒソヒソ話も聞こえるという噂もある。そんな少将の前で男がヒソヒソ話をしてしまったのは、アームストロング少将にたくさん褒められるという想定外の事態で考えがそこまで行き届かなくなっていたからだろう。

上官の目の前で上官の陰口。処罰は、良くても降級、悪ければその場で斬られるやも……。

男は今までの自分の人生を振り返りながら震えて少将の言葉を待った。

 

「…………これからも励むように」

 

ボソリと呟いて、アームストロング少将は背を向けてまたマーシュの元へと向かっていった。

キャスリン・エル・アームストロングの男性へのアピール講座その14『男性の前であまり恐いところを見せないように!』がなければ男の首は飛んでいただろう。

 

ーーー

 

 

「それで、そいつらは何なんだ?」

 

武器の紹介がひと段落して、部屋に戻ってきたところでアームストロング少将がようやくマーシュ以外の面子に顔を向ける。

 

「あ、完全に忘れられてると思ってましタ……」

 

「こっちはメイ。シンの国の皇女……らしい。んで、こっちがオッサン」

 

「……オッサンです」

 

スカーに隠れるようにしてヨキが頭を下げる。後ろ暗い過去があるため将校が恐ろしいようだ。

 

「んで、こっちが……」

 

マーシュが目で合図をすると、スカーは仮面を外してフードを脱いだ。

 

「! 額に傷のあるイシュヴァール人……。スカーか」

 

目の前に殺人鬼がいることを知ってもアームストロング少将は特に動じる様子はなかった。代わりにマイルズ少佐がサングラスの奥で目を見開く気配がした。

 

「今は一応味方だ。こいつの兄が隠した錬金術の研究書がブリッグズの山中にある。取りに行かせてほしい」

 

「……何故わざわざここに連れてきた?スカーとつるんでいるという事実を知られることはデメリットしかないように思えるが」

 

「ブリッグズに協力してもらうほうがスムーズだ。何より……隠し事はしたくない」

 

マーシュがアームストロング少将の目を見据える。

 

「……私の記憶が正しければ、そいつは連続殺人鬼のはずだが。改心でもしたのか?」

 

「復讐をやめたわけではない。ただ、そこの男の口車に乗せられてな」

 

「フッ、貴様もそのクチか。『ブリッグズの北壁』だけでなくシンの皇女と連続殺人鬼も引き入れるとは、節操なしだな」

 

オリヴィエが感心半分、呆れ半分といった顔でマーシュを見る。それに対しマーシュは肩をすくめた。

 

「そうでもしないと勝てないのさ。なんせ相手は国そのものだ。味方はどれだけいても足りない」

 

「フン、そういうことならうちの兵を何人かつけよう。研究書とやらを見つけたら戻ってくるといい」

 

「助かる」

 

こうしてブリッグズの後ろ盾を得た一行は、装備を整え研究書の隠し場所へと向かうのだった。

 

 

ーーー

 

「寒い!まだつかんのか!」

 

ヨキが震えて鼻水を垂らしながらギャンギャンと喚く。ちなみに垂れた鼻水は一瞬で氷柱になっている。

 

「砦で待っとけばよかったのに」

 

「俺を一人で置いてく気か!?熊と同じ檻の中に入れられるようなもんだぞ!!」

 

先ほどよりもガタガタと震えているのは寒さのせいだけではないだろう。今のヨキの立場はいわば脱走兵よりも危ういものだ。何かのはずみでヨキの過去がバレれば、牢屋にぶち込まれる前に棺桶にぶち込まれるだろう。ここはそういう場所だ。

 

「もうつく。……アレだ」

 

スカーが遠くに見えた小屋を指差した。

 

 

「これか」

 

「ああ」

 

古屋の前の地面を掘り起こして出てきたケース。その中から一冊の紐閉じの紙束が出てきた。

パラパラと紙をめくり確認するマーシュ。

 

「……言葉の意味とかを教えてもらう必要があるな。一旦持ち帰るか」

 

「はイ!」

 

「よし、さぁ帰るぞすぐ帰るぞ!」

 

ーー

 

そして砦へと帰ってきた一行。

扉を開けてもらおうと見張りの兵に合図しようとするより先に、砦からブリッグズ兵が一人駆けてくる。

 

「マーシュ殿!引き返してください!」

 

「なんだ?厄介ごとか?」

 

ブリッグズ兵が声を潜め、マーシュにだけ聞こえるような音量で喋る。

 

「中央からレイヴン中将、さらに紅蓮の錬金術師がやってきています!レイヴン中将はアームストロング少将とお話を、 紅蓮の錬金術師は砦の中を見学されています。今戻ってくるのは非常に危険です!」

 

「ゔぇ、中央の奴とキンブリーか……。たしかに引き返したほうが良さそうだ」

 

「ポイントGの辺りに食糧や設備が整った小屋がありますので、そちらへどうぞ。進展がありましたら呼びに行かせていただきます」

 

「助かる、じゃそこで待機するか」

 

マーシュがヒラヒラと手を振りながら全員に声をかける。

 

「というわけで、全員てったーい」

 

「ええー!!おい、もう寒いのは嫌だぞ!」

 

「んじゃ砦入ってきていいぞー。中央の中将に見つかってどうなるかは知らんが」

 

「チッキショゥ!」

 

ヨキは雪の上でズボズボと地団駄を踏み、足が雪に埋もれて転んだ。

 

ーーー

 

そして今は兵士に指定された小屋で研究書を囲んでいる。

ヨキとブリッグズ兵はちんぷんかんぷんといった様子でぼーっとしていた。

 

「このアウレリアンってのは?」

 

「金という意味だ。完全な物質のことだな」

 

「やけに何回も強調してるな、金やら完全やらを。しかも内容も薄っぺらい。……暗号か」

 

「文字通りに受け取らない、というわけですネ!」

 

スカーとメイとマーシュが頭をひねる。

その様を横目で見ながらヨキがズビズビと鼻を鳴らす。

気を紛らせるためでもあるのか、横にいるブリッグズ兵へと話しかけた。

 

「はぁーあ、外よりはマシだがここも寒いぜ……。おい、上着はもうないのか?」

 

「もう着ているだろ」

 

「足りねぇよぉ!もう二枚くらい上から重ね着しねぇと凍えちまう!」

 

「働かないやつに与えるものはない。むしろ剥ぎ取ってやろうか?」

 

「な、なにおぅっ!」

 

「…………重ねる」

 

ピクリとマーシュが反応し、顔を上げる。

その反応を見て、メイとスカーも気づいたようだ。

メイがぶちぶちと紙束の紐をちぎる。

互いに顔を見合わせて、地面に紙を置いていく。

 

「同じ語句のとこを重ねるんだ、多分」

 

「……あ、『不老不死』はこっちでス」

 

「その『真人』の紙をよこせドワームス」

 

パサリ、パサリと一枚ずつ紙を重ねていく。

全ての紙を置き終わり、少しの逡巡。全体的な形は綺麗にひし形のようになって、おそらくこの解き方が間違ってはいないことがわかる。

そこにメイが「もしかして……」と言いながらえんぴつを取り出して、紙に書かれた図を線で繋いでいく。全ての図を繋いだ時、そこに出来ていたのは

 

「賢者の石の、国土錬成陣……?」

 

随分前に知っていたものだった。

 

「……残念でス」

 

メイが目を伏せ、スカーが物言いたげにその紙の模様を眺める。

そんな中、マーシュが考え込むように指を顎に当てている。

 

「スカー、お前の兄貴は何の研究してたんだっけ?」

 

「……錬丹術と錬金術だ。それがどうした」

 

「そう、錬丹術だ。ここには、錬丹術の要素が欠けてる。多分、もうひとつ『先』がある」

 

「先……?」

 

真実の奥の更なる真実。それがあるとマーシュは言う。

 

「何か、何かもう一捻り……」

 

「マーシュ殿!」

 

そこへ、先ほどのブリッグズ兵が中へと入ってきて敬礼する。

 

「ご報告があります!」

 

「ん」

 

「アームストロング少将とレイヴン中将は中央へと向かわれました!紅蓮の錬金術師は指名手配犯捜索と!しばらくは戻らないとのことなので、一旦は砦へと戻っても大丈夫です!」

 

「はぁ?や、なんでオリヴィエが…………ああ、俺たちのためか」

 

おそらくアームストロング少将は、ブリッグズからレイヴン中将とキンブリーを引き離すため、そして敵陣へと入り込むために中央へと向かったのだ。

 

「それと、もう一つお耳に入れたいことが……。レイヴン中将は他言無用とおっしゃっていましたが、マイルズ少佐がマーシュ殿に教えろと……」

 

兵が少し声のトーンを落とし、少し周りを気にする素振りを見せながら話す。

 

「レイヴン中将がいらっしゃってすぐに、砦に警報が響いたんです。原因は、地下から侵入してきた一人の大男でした。ドラクマの新兵器かと皆思い、銃や大砲で排除しようとしましたが、ビクともしなくて……。その後、レイヴン中将がやってきて、その大男に二言三言、話しかけると大男は自分が出てきた穴へと戻って行きました」

 

「……もしかしてそいつ、体のどっかに入れ墨がなかったか?」

 

「あ、はい、肩に。ドラゴン?みたいな感じでしたね」

 

「………………」

 

「マーシュ殿?」

 

「あぁいや、ありがとう。確かめないといけないことができた。そいつが出てきた穴の辺りに後で案内してくれるか?とりあえずは砦に帰ろう」

 

そしてマーシュたちは砦へとまた戻るのだった。

 

ーーー

 

「ここです」

 

研究書をメイやスカーに任せ、マーシュは大男が出てきたという穴へ案内された。

そこではたくさんのブリッグズ兵が穴を埋める作業をしていた。

コンクリートを流し込んでは均している。

 

「はいちょいとごめんよ」

 

コンクリートを入れた手押し車を押しているブリッグズ兵を押しのけ、その穴の前に立つマーシュ。

 

コンクリートはまだ乾き切っていないようだ。

 

「マーシュ殿?何を……」

 

マーシュがそこへ足を乗せると、モーセの奇跡のごとくコンクリートが二つに分かれた。下には大きな穴が広がっている。

 

自分たちの作業が一瞬で無に帰されるのを見てあんぐりと口を開けているブリッグズ兵たちを横目に、マーシュはランタンを持って、

 

「よし、いってくる」

 

穴へ飛び降りた。

 

 

マーシュは念のために入ってきた穴を塞ぎ、ランタンで周りを照らす。中はまるでトンネルのようになっており、人どころかちょっとした小隊も通れそうなほどの大きさだった。

 

「やっぱこれ、錬成陣か?描くんじゃなくて、掘るとはな……」

 

歩きながら、マーシュはこのトンネルの意味を考える。

国土錬成陣は、点と点を結ぶ線が必要だ。てっきりまだ描いていないだけかと思っていたが、地下で延々と誰かが都市と都市を繋ぐ線を掘っていたわけだ。

 

「んじゃこれ壊せばどうにかなるか?」

 

トントン、とトンネルの壁を足で押して、感触を確かめている。

そんなマーシュの耳にふと、ズズズ、と音が聞こえてきた。

トンネルの奥からだ。目をこらすと、それは。

 

「な、ん!?」

 

影だ。

影が、迫ってきた。ただの影ではない。目のようなものがいくつもついていて、地面を這うように進んでくる。それは、いつか垣間見たグラトニーの腹の中とよく似ていると感じた。

 

()()は明確な殺意を持って、マーシュへと伸びてきた。地面から離れ、いくつものナイフのように形を変えて。影が途中で触れた石がスパスパと切れていく。

 

「うっそ!?やっべぇぇぇぇ!!」

 

背を向けマーシュが駆け出す。しかし影はそれを嘲笑うかのように大きく広がり、猛スピードで迫った。逃げ切れないと悟り、マーシュが足でブレーキをかけて素早くターンする。

 

ここで撃退するしかない。撃退するしかないが、果たしてこれに物理攻撃が効くのだろうか。

 

マーシュが考えるよりも速く、影のナイフはマーシュを刺し貫かんと向かってくる。先ほどよりもその数を増やして、正面から四本、横から六本。

 

「っブラッドレイより、遅ぇよッ!」

 

体を横にして、しゃがんで、前転して、体を反らして、頭を下げて、後ろへ跳んで、かわす。

かわし切ってもマーシュの集中は緩まない。緩めることなど出来るはずがない。

何故なら影は、うねうねと動いて先ほどよりもその刃の数を増やしていたから。

 

このままでは、ジリ貧だ。突破口を見つけねばいずれ押し切られる。

影が、マーシュへとまた迫る。

なんとか回避するが、すでにギリギリだ。

 

ここでマーシュがふと違和感に気づく。影の刃の何本かが、たまに変な軌道を描いて攻撃してくるのだ。まるで何かを避けるように。

まただ、正面からではなくマーシュの左側へと回り込んで攻撃してきた。フェイントでもなさそうだ。

なら、何か。マーシュが自分の体の右側を見る。左側になくて右側にあるもの。それは……。

 

「……明かりか?」

 

ランタン。今この場所では、明かりが消えて視界がなくなった瞬間にマーシュなど容易く殺せるだろう。だというのにランタンを狙わないということは、狙えない理由があるのだ。

 

「うぉう!」

 

長々と考えさせてはくれない。マーシュの体力も無尽蔵ではない。このままこの影の猛攻をかわしながら出口へとたどり着くのは不可能だろう。

 

「賭けるしかないか!!」

 

マーシュの腕に伸びてきた影へ、くるりと一回転してランタンを叩きつける。

影はかなりの硬度らしく、ランタンのガラスが粉々に砕け散った。

中の火が影へと少し当たったが、別段ひるむ様子もない。

 

「くっ……!」

 

火にひるんだ様子はないが、影は何かに焦っていた。その影の先をマーシュへとまた伸ばす。

 

次の瞬間、フッと穴の中は暗闇に満ちた。

地面に転がったランタンから、火が消えたからだ。

 

「…………」

 

回避行動をとって、次の攻撃に備えたマーシュ。だが、何かが動いている様子はもうなかった。

五秒過ぎ、三十秒過ぎ、一分過ぎてようやくマーシュが警戒を解いた。

どうやらあの影は、明かりがないと存在できないらしい。

 

「あれも人造人間か……?はぁ〜、バケモンばっかで命がいくつあっても足りねぇなおい」

 

深いため息を吐いて、暗闇の中で上を見上げるマーシュだった。

 

 

ーー

 

「さっっっみぃ!!」

 

「マーシュさン!なんで外から帰ってくるんですカ!?」

 

「いや……出るとこミスった……」

 

暗闇の中、出口がどこかわかるはずもなく歩き続け、多分このへんかなと思うところで上へと穴を開けて出てきたマーシュ。目測は微妙にずれ、砦から少し離れた場所へと出たのだった。

そしてブリッグズ兵に連れられて毛布を被せられて帰ってきた。

 

「あー、それとすまん、多分居場所バレた。とりあえず移動すべきだな……」

 

あの影のような化け物が人造人間側とすれば、マーシュがブリッグズにいるということは即刻敵陣に伝わるだろう。もしブリッグズ周辺に敵がいれば、もしくはキンブリーに連絡されたりすれば、数時間後には襲撃されるかもしれない。悠長にしている暇はなくなってしまった。

 

「もう少し研究書についてゆっくり考えたかったんだがな」

 

「あ、そのことでしたら心配ありませン!」

 

メイがフンスと鼻を鳴らしながら錬成陣の書かれた紙をマーシュへと差し出す。

 

「逆転の錬成陣、国土錬成陣を錬丹術を用いて発動するカウンターのようなものみたいでス!」

 

「俺様のおかげで見つかったからな!忘れるんじゃないぞ!」

 

「くしゃみをしただけだろう……」

 

しばらく錬成陣を眺めていたマーシュだったが、バッと顔を上げ、にんまりと笑う。

 

「……ぃよし、よくやってくれた!次の目標はこの錬成陣の準備だ!」

 

「ハイ!」「フン」「……え?なに?まだ何かあんの?」

 

反撃の光明が、見えてきた。

 









失踪扱いすんな!もうバリンバリンの本調子全開だぜ!



……とはいかないですけど。

大変お待たせしました。モチベが段々と戻ってまいりました。
まだなんとか書けるかな程度なので、いつもより描写や展開が雑かもしれません。申し訳ありません。

ゆっくりとペース戻していきたいなと思っておりますので、よろしくお願いします。んー完結したい。

次話の投稿は、あまり展開考えられていないので多分遅いです(予定調和)。
三ヶ月は空かない……と思う……思いたい。


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紅蓮

マーシュ一行はブリッグズを離れ、東へと向かっている最中だ。

逆転の錬成陣の準備のために、とりあえずの拠点を探す必要がある。

 

進むほどに、道に積もった雪は消え始め、やがて緑の草葉が見えるようになる。しばらくは草原が続くようなので、ここで誰かに遭遇する危険はないだろう。

 

「うーし、チェーン外すぞ、手伝えー」

 

「おう、早くしろごぇっ」

 

雪道用のチェーンをタイヤから外すために一旦車を止める。

ふんぞり返っているヨキをスカーが掴み外へと引っ張り出した。

渋々ヨキも手伝い始める。ちなみにメイは座席で横になって寝ている。

 

「雪が積もってるとこの運転は神経使ったなぁ。オッサン、運転代わってくれよ」

 

「フフン、いいだろう、俺様のドライビングテクニックを見せてやろう!」

 

チェーンを外し終え、ヨキが運転席に、スカーが後部座席に乗り込む。マーシュも助手席に乗ろうとドアを開けたところで、ふと動きを止めた。その顔は車が今来た道、ブリッグズのほうを向いている。

 

「ん?どうした、早く乗れ」

 

「……あー、悪い、先に行っといてくれ」

 

ここでスカーも、何かが聞こえたようにピクリと反応する。

 

「追手か?」

 

「多分な。タイヤの跡を追われたな。にしても、早いな……」

 

車はブリッグズ砦からそれなりに離れた町に置いていた。あえて一番近い町ではなく。乗り込むときも顔を見られないように注意したので、おそらく車は特定されていないはずだ。早々に追うことが出来たのはまた別の要因があるのだろう。

 

頭にクエスチョンマークが浮かんでいたヨキもここでようやく意味を理解する。

後ろのほうから、激しい駆動音が聞こえる。

 

「…………いくぞ」

 

「え、へ、へい!」

 

ヨキがアクセルを踏み込み、一行の車はマーシュ一人を置いて発進した。

マーシュはポケットに手を突っ込み、後ろから迫ってくる車を待つ。

 

「悪いがここは通行止めだ」

 

数秒して、甲高いブレーキ音を立ててマーシュの前に車が止まる。次々に中央の軍服を着た男たちが車から降りてきて、最後には見覚えのある白いスーツの男。

 

「やぁ、またお会いできましたね」

 

紅蓮の錬金術師、ゾルフ・J・キンブリーだ。

 

「はぁ〜、しつこいよなぁ……。仕事熱心なことで」

 

「ありがとうございます。しかし趣味と実益を兼ねた仕事ですからね。身も入るというものです」

 

少しげんなりとした顔を見せるマーシュに対し、にこやかに笑うキンブリー。

 

「ちなみに今回のお仕事は?」

 

「『泥の錬金術師の正確な居場所を突きとめることと、足止め』ですね。すぐに人造人間を向かわせるとのことです」

 

「……それ言っていいのか?」

 

「どうせ貴方もこれくらいわかっているんでしょう?」

 

「まぁ、そうだな。お前が大人しく足止めだけに徹するわけがないってこともな」

 

マーシュの言葉に、キンブリーが手で顔を抑え、体を震わせる。その姿には明らかな異常さが滲み出ていた。

 

「フッフフ……。貴方たちは先ほどの車を追いなさい」

 

顔を抑えつつもキンブリーが周りの男たちに指示を出す。

 

「はっ、いやしかし、よろしいので?泥の錬金術師を相手に……」

 

「貴方たち程度では足手まといにしかならないから早く消えろと言っているのです」

 

指の隙間から見えたキンブリーの目には、狂気が湧き出ており、有無を言わさぬ迫力があった。

 

「り、了解」

 

男たちはすごすごと車に乗り込み、ヨキたちが去った方向へと車を走らせた。

マーシュはそれを横目で見ながらも、キンブリーから目を離さない。

今、キンブリーから目を離してはいけない。何をするかわからないから。

 

車が離れたことを確認すると、キンブリーは大仰に腕を広げ、空を仰ぐ。まるで何かの演劇かのようだ。

 

「ああ、残念でなりませんねぇ。貴方とは良い友人になれると思っていたのに、戦わねばならないなんて!」

 

「残念ではないだろ?お前は多分、ずっと……俺と殺し合いたかったんだから」

 

その言葉にキンブリーは、にぃぃぃ、と笑みを浮かべる。その獰猛な笑みにあるのは、狂喜。

 

「フフフフ……!誰かに理解されているというのは嬉しいものですね」

 

誰かが見れば顔を引きつらせるであろう、キンブリーの笑顔。しかし、これこそがキンブリーの本当の笑顔。命をかけたやり取りが、自分の本性を理解し受け止め相対してくれる相手が、嬉しくて嬉しくて、常人の仮面など外してしまった。

 

「ええ、それではお待ちかねの……」

 

そしてキンブリーは、賢者の石をかざしながら、両手を合わせ、その手を地面に置き。

 

マーシュは、ポケットに手を突っ込みながら、足を一歩前に出した。

 

 

「殺し合いの時間です」

 

 

瞬間、爆音。もはや爆発と呼んでいいのかすらわからない、凶悪な衝撃が地面をえぐりながらマーシュへと向かった。

マーシュはそれに対し怯むことなく、右足を一度、思い切り踏みしめた。するとマーシュの前に一瞬で、泥の城門が地面から立ち上がる。いや、正確にはただの巨大な壁なのだが、描かれた獅子の絵や植物の紋様で、まるでどこかの城の門であるかのように見える。

 

「そんなもので防ぎきれるとでも!?」

 

しかしその大きな壁に直撃しても爆発の勢いは緩まることはない。門を一瞬で破壊し、その奥にいるマーシュへと迫る。

 

 

そしてその場に立ち尽くしたままのマーシュを飲み込んだ。

 

 

後に残ったのは、直線状に大きくえぐれた地面だけ。

客観的に見れば、マーシュは爆発に飲まれて塵一つ残らなかった。はずである。

しかしキンブリーは知っている。

マーシュがこの程度の男ではないことを。

これで死ぬようならホムンクルス達が手こずるわけがない。

いや違う。マーシュに、この程度で死んでほしくはないのだ。

知恵を搾り尽くして、死力を尽くし合って、命を削り合って、決着をつけたい。

だから、キンブリーは決めつける。マーシュは死んでいないと。

 

(先ほどの門は目隠し……?今吹き飛んだのは泥で作ったダミー。とするならば本物は……地面!)

 

マーシュが生きていることを前提として、キンブリーが思考する。

数瞬の後、キンブリーが地面に手を置き、彼の周りの地面が、まるで地雷原を誰かが走り回ったかのごとく、爆ぜていく。

爆音と爆煙と爆炎が絶え間なしに上がり、地面が揺れる。

もしもキンブリーの予想通り、マーシュが地面に潜伏していたならば、五体満足である可能性は著しく低いだろう。

キンブリーの予想通りであるならば、だが。

 

そのまま数十秒は爆破し続けただろうか。キンブリーがようやく地面から手を離し、立ち上がる。

えぐれた地面のどこかに、マーシュの身体、もしくは肉片が転がっていないかと、煙が晴れるのを待つ。

心のどこかで、マーシュが立っていることを期待して。

 

が、キンブリーはそこで違和感に気づいた。

()()()()()()()()

もう爆発は起こっていない。なお地面が揺れることはありえない。

この揺れは、爆破によるものではない。

では何か。

その答えは、晴れた煙の向こう側で、待っていた。

 

 

 

 

–––––天まで届きそうな、壁。

 

 

 

違う、動いている。キンブリーのほうへと向かってきている。

あれは、

 

「津波……!!」

 

町すら軽く飲み込みそうな規模の、濁流の津波。

 

向こうの方には、雪原。ということは雪解け水もある。その水を操って、こっちまで運んできた。賢者の石とマーシュの錬金術があれば、出来ない話ではない。あの門による目隠しもダミーも、この濁流を起こすまでの時間稼ぎ。姿を隠せば、キンブリーが勝手に爆破を起こして、津波の姿も水音も揺れもわからなくしてくれると予想して。

キンブリーの額に、つつ、と冷や汗が流れる。まんまとマーシュの術中にハマってしまった。もう少し早く気付けば避けられたかもしれないが、もう濁流は目と鼻の先だ。もう数秒のうちにキンブリーを飲み込むだろう。

 

「ああ、なんと……」

 

キンブリーが下を向き体と声を震わせ、両手を合わせる。

 

「なんと、素晴らしき戦いか!!!」

 

上げたその顔は、歓喜に染まっていた。

 

まるで天災。常人では太刀打ち出来ないどころか立ち向かう気すら起きないような圧倒的な力。賢者の石がなければ自分も為す術なく地に沈められたことだろう。石を最大限に活用して、自分の本来の実力の1000%を出し切って、ようやく到達する。嗚呼、そう来なくては。

 

キンブリーはそしてその手を地面へと叩きつけた。手をついた場所から、津波の方へと地面がひび割れていく。まるで巨大な生き物が高速で地面を掘り進んでいるようだ。そして、ひびが津波へとたどり着いた瞬間、地面が轟音と共に爆ぜ、津波が真ん中でバックリと別れた。

 

「これほど心が踊るのは、いつぶりか……!いや、初めてかもしれませんねぇ!!」

 

自分の両側を津波が抜けていくのを横目で見ながら、喜色満面といった様子のキンブリー。

そして、津波の向こう側にはマーシュ。

マーシュの足が、また大地を踏み鳴らした。

 

やり過ごしたはずの両側の津波が、逆巻き、まるで二本の三叉の槍のようになって頭上からキンブリーへと襲い掛かった。

キンブリーは動じることなく、地面の石を拾い、それぞれの槍へと放り投げる。ただの石ではない。キンブリーが触れたものは、須らく爆弾だ。

爆弾に変化した石が泥の槍に触れた瞬間爆発し、槍が爆ぜる。

あたりに泥が飛散し、キンブリーの白いスーツにも泥が降り注ぐ。

 

「ああ、またスーツが汚れてしまった……。しかし今はそれも甘んじましょう。さぁ!もっと楽しみましょうか!!」

 

「……いいや、もう終わる」

 

マーシュがなおも淡々と告げる。キンブリーがふと下を見ると、キンブリーの片足が泥で沈んでいた。上に注意を向けさせ、その隙に沈めたのだろう。ここから自力で抜け出すことは至難だ。

 

「いえ、まだ終わりませんよ」

 

キンブリーは一瞬も躊躇うことなく、泥に沈んだ()()()()()()()()()。膝から下が吹き飛び、泥沼からは解放されたものの戦闘の続行は至難だ、至難のはずだ。

しかしキンブリーは額に汗を流しながらも、笑みを崩さない。

後ろに倒れこむと同時に、両手を広げて地面へと叩きつけた。

 

そして、キンブリーの下で起こる爆発。

 

その爆風によって、キンブリーがマーシュの方へと吹き飛ばされた。どの位置でどれくらいの威力なら対象がどれ程吹き飛ぶか、それをキンブリーは熟知している。

自分は死なない程度に、されどマーシュの元まで飛べるように。

完全に不意をついた。この速度なら、錬金術を発動するまでにやれる。

背中を焼き焦がしながら、片足から血が噴き出ながら、それでも笑みを崩さず両手を合わせ、その手をマーシュへと向け、今までで最大の火力を……

 

「ああ。お前がそうくるだろうと()()()()()()

 

キンブリーの手から爆発が起こる前に、地面からまるでワニの口のように泥が伸び、キンブリーの体を丸々バクリと飲み込んだ。そして様々な方向にねじれながら地面へと引きずり込み、キンブリーの体は完全に地面に飲み込まれた。

 

次いで起こる地響き。ズズン、ズズズン、と何度も。地面の底から何かがノックしているようだ。おそらくキンブリーが脱出しようと爆破を起こす音。閉じ込められた状態で爆発を起こせば、自分の体がどうなるかわかった上で。

だが、地面へと閉じ込める前にマーシュはキンブリーを様々な方向に回転させた。今のキンブリーはどちらが上でどちらが下かもわからない状態だ。今の爆破も、地上へではなくさらに地中へと向かってしまっていたのだろう。

 

ズン、ズン……と音は段々間隔を空けていき、

そして、爆破の音が、止んだ。

力尽きたか、はたまた腕が千切れたか。

どちらにせよ、それはこの殺し合いの決着を意味していた。

 

「じゃあな、()()()

 

マーシュがもう一度大地を踏みしめた。

 

 

 

ーーー

 

「な、なんだこりゃぁ!」

 

「離しやがれ!」

 

「せっかく良い夢を見てたのニ……」

 

(夢の中で)王子様とのキスで目覚めるはずだったメイを目覚めさせたのは、車の床とのキスだった。後ろから追ってきた車に体当たりを喰らい、ヨキが慌てて急ハンドルを切ったせいである。

 

結果、意気揚々と車から降りてきた男たちはスカーがどうこうする間もなく、ご機嫌ナナメなメイによって一瞬で捕獲された。

 

「いぃ!?ていうかこいつスカーじゃねぇか!」

 

「マジかよ!んな話聞いてないぞ!」

 

「……マーシュ・ドワームスはどうした?」

 

慄く男たちを無視してスカーが右手を鳴らす。マーシュが残ったはずなのに、この車はすぐに自分たちの後を追ってきた。それはつまり、マーシュをほぼ素通りしたということだ。

この程度の奴らにマーシュが遅れを取るはずもない。ということは、マーシュがこいつらをわざと通したのだ。しかし、その意図まではわからない。

 

「た、多分キンブリーさんとタイマンしてる!俺らは邪魔だからあいつらを追えって……!」

 

「キンブリーだと!?」

 

キンブリーはスカーにとっても因縁がある。兄の命を奪ったという点ではマーシュよりも憎むべき対象といえるだろう。

 

「引き返すぞ!」

 

因縁という意味でも、奴を一人で相手取るのが危険という意味でも、ここでただ待っているわけにいかない。

まさか追ってきているのがキンブリーと分かった上で自分たちを先に行かせたのか。

ギリッとスカーが歯を軋ませる。

 

「うえ、へい!」

 

「あれ、そういえばマーシュさんハ……」

 

「乗れ、メイ!奴は追手を引き止めている!今、ドワームスを失うわけにはいかない!」

 

「エエッ!わかりましタ!」

 

スカーは、気づいているのだろうか。向かう目的が、キンブリーを殺すためではなく、マーシュを助けるためになっていることに。

 

 

再会は、思ったよりも早く訪れた。

 

草原のど真ん中を、マーシュがブラブラと歩いている。

ヨキの運転する車が近づくと、ヘラっと笑いながら片手を上げたのだった。

 

「マーシュさン!ご無事ですカ!?」

 

「おー、ご無事ご無事。あ、悪いな追手通しちまって」

 

言う通り、パッと見る限り無傷で、疲労している様子もない。

 

「……キンブリーはどうした」

 

()()()()()

 

何気なしに言うマーシュ。この男がそう言うということは、もうキンブリーが追ってくることはないのだろう。今頃はどこかの地面の中か。

 

ああ、キンブリーは、兄の仇は、死んだのか。

 

ストンとスカーの胸の中にその事実が落ちてきた。

俺が殺すべきだったのだ、と憤慨することも、なら次はドワームスだな、とマーシュへの憎しみが増幅することもなかった。

 

この男が憎いことには変わりない。変わりないが、評価は変わりつつあった。

 

この男は、自分の身を簡単に犠牲にする。この男がいなければ、兄者の真意を把握することも出来なかった。この男は、本気で国を救うつもりでいる。

憎んでいるだけでは見えなかったものが、見えた気がした。

 

スカーの中で確実に、何かが変わってきている。

 

ーー

 

「それで、こいつらをどうするかか」

 

マーシュを車に乗せてとんぼ返りし、先ほどの男たちを捕まえた場所まで戻ってきた一行。

男たちはマーシュの姿を見てギョッとする。

 

「んなっ!キンブリーさんが負けたのか!?」

 

「性格はサイアクで俺たちのことを道具としか思ってない奴だが、実力は確かなはずだぞ!」

 

「あー、やっぱそういう評価なんだな」

 

人間性だけでなく、部下からの人望も欠けていたらしいキンブリー。

 

「あの……貴方たちは、どうして自分たちの国を滅ぼそうとするんですカ?」

 

メイが伏し目がちに尋ねる。それを聞いて男たちが目を丸くした。質問の意味がまるでわからないという顔だ。

 

「はぁ?どういう意味だ」

 

「メイ、多分こいつら何も知らないぞ。ただ言われた仕事をしてただけだ。国がどうこうとかを知ってるのは上層部だけだろうな」

 

「そうなんですカ?」

 

「では、有益な情報も手に入らないだろうということだな」

 

「お、おい、俺たちを置いて話すな!」

 

「国が滅ぶってどういうこった!」

 

「今から死にゆく貴様らに話すことはない」

 

スカーがその右手をゆらりと男たちに近づけるが、メイがスカーのすねにチョップすることによりそれを阻止する。

 

「殺しちゃダメですヨ!!」「んぬっっ」

 

すねを抑えて声を出さずに悶絶するスカーを尻目に、マーシュがしゃがんで男たちに目線を合わせた。

 

「話してもいいけど、俺たちに協力してくれるか?」

 

「協力……?」

 

「あ、ああ、する!どうせこのまま軍に帰っても処分されるだけだ!」

 

「事によっちゃいくらでも協力してやるよ!」

 

男たちが口々に声を上げる。全員協力的なようだ。選択肢はないようなものだが。

 

マーシュは人差し指を立て、この国の陰謀について話した。

わかりやすく、簡潔に。

流石にこう何度も説明していると慣れてきたものである。

 

 

「んだそりゃ、俺たちそんなヤバいことの手伝いしてたのかよ……」

 

「軍なんてロクなもんじゃないのはわかってたが……」

 

「さっきもだが、お前らけっこう軍に反抗的なんだな」

 

「まぁな」

 

そう言うと、男たちは次々にその姿を異形のものへと変える。

ゴリラ、ライオン、棘の生えたブタ、太いカエル……。

 

「おー」「ひ、ひぃぃ!なんだこいつら!!」

「……合成獣(キメラ)か」「わっ」

 

一人を除いて薄味のリアクションであることを見て、男たちは少し拍子抜けする。

 

「ま、軍の実験体だな。こんなナリだから家族にも会えねえ」

 

「俺たちはけっこう気に入ってるがな。便利だし」

 

「ふむ、ま、お前らが人間だろうが動物だろうが何だろうが関係ねぇ。約束だからな、協力しろ」

 

「か、関係ねえのか?」

 

「使えるものはブタだろうがカエルだろうが使うぞ俺は。約束はキッチリ守れよ」

 

「……ぷっく、くく、また嫌な上司が出来ちまったかもしれんなこれは」

 

「まったくだ。こき使われてやろうじゃねえか」

 

四人を縛っていたロープを切り、解放する。

棘ブタはザンパノ、カエルはジェルソ、ゴリラはダリウスでライオンはハインケル、という名前らしい。

各々自己紹介を交わした後(ヨキは腰が引け気味)、8人はそれぞれの車に分かれ出発する。

こうして、マーシュ一行にキメラが四人加わった。








《マーシュたちを追いかける車内にて》
豚 キンブリー 蛙
ライオン ゴリラ

キンブリー「……獣臭い……」
ブヒブヒガウガウゲコゲコウホウホ


次話は遅いと言ったな?あれは嘘だ。
なぜならすでにキンブリー戦は書き溜めてあったからッ!
キンブリーとの戦闘は、マーシュたちがリゼンブールにいたあたりで既に書き終わってたのです。
俺の最後の書き溜めだぜ!受け取ってくれーッ!

まずは、モチベの回復が第一なのです……。
次話はまったく考えてないので遅いのです。
本当です。


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移動

ドラクマが開戦宣告をしてきたのが二日前。アームストロング少将がいないタイミングを狙ったであろうその戦争は、まさに瞬殺で終わった。ブリッグズの圧勝である。新兵器の存在はドラクマにも予想外であったらしく、面白いほどに無力化されてくれた。こちら側は数人の怪我人はおれど、被害はほぼない。このブリッグズに血の紋とやらは刻まれずに済んだ、ということだ。いつもなら捕まえるどころか即射殺している敵軍兵士は、捕虜として砦の牢に入れてある。その数は優に3ケタを越える。おそらく、少しすれば中央から将校がやってきて捕虜を殺せと喚くだろうから、すぐに敵国へと返還するつもりだ。いつもなら容赦なく殺されている兵が、捕虜にされて更には無償で返してやる、と言われるドラクマの困惑が目に浮かぶようだ。ブリッグズも甘くなったものだ。そうなったのは多分……あの男のせいだろうな。

 

「マイルズ少佐!」

 

ふいに部屋の扉がノックされる。時計を見れば、いつの間にやら時間がかなり立っている。キリもいいので、報告書の作業も一旦切り上げるか。

 

「入れ」

 

ノックの主を部屋に招き入れる。誰も呼んだ覚えはないので、何か急を要する要件だろうか。入ってきたのはローデン。ブリッグズ兵の中でも真面目で、義理堅い奴だ。

 

「どうした」

 

「ハッ!……え、いや、マイルズ少佐が自分をお呼びになったのでは?」

 

「いや、私は誰も呼んでいないが」

 

「……?そうですか、失礼しました」

 

どこかで情報が混ざったのだろうか。他の場所では知らないが、このブリッグズでは珍しいことだ。命令を聞き間違えるなんて、あの少将の前では出来るはずもないからな。今が何でもない時で良かった。

 

困惑した表情で出て行く彼が、廊下に出るなら声を上げる。

 

「ん?お、おい、バルト!なんでこんなとこうろついてるんだ?」

 

「んあ?なんでって言われても……」

 

「お前が『マイルズ少佐がお前に話があるってよ。牢の見張りは代わってやるから、行ってこい』っていったんだぞ?」

 

「はぁ?いや、しらねぇよそんなこと。今日は牢に近づいてすらいねぇぞ?」

 

何やら外で言い合っているようだ。ローデンもバルトもこういうミスはしないと思っていたのだが……。

ガタリと席を立つ。待て、この二人の話を合わせると……。

 

「つまり、今牢の見張りは誰もいないんだな?」

 

「は、ハッ!いい加減にしろバルト!冗談にしても悪質すぎるぞ!」

 

「んな冗談言うわけないだろ!少佐までバカにしてることになるだろが!」

 

「言い争いはいい、牢に行くぞ」

 

バルトと話したと言い張るローデン、牢には行ってないというバルト。

二人が嘘を言っていなければつまり、今このブリッグズには()()()()()()()()

そして、マーシュ・ドワームスの話には、誰かに変身できる人造人間も出てきた。

それは、つまり。

 

全速力で走り、牢へと繋がる扉を開けた。

 

瞬間漂ってきたのは、むせるほどの血の香り。血を嗅ぎ慣れていないわけではない。敵の血など浴びるほど見てきた。それでも、これは……。

目に入ってきたのは、首と胴が離れた死体。一体ではない。全てだ。この牢に入れられていたドラクマの兵士の捕虜、全て。首からはいまだに血が流れ出て、牢の床に赤い池を作り出している。離れた頭は皆一様に絶望の表情を浮かべており、死の瞬間まで恐怖していたことを想起させた。

 

「……やられた」

 

ブリッグズに血の紋が、刻まれてしまった。

 

 

ーーー

 

「はぁ、ったく、キンブリーと連絡がつかなくなったせいで余計な手間がかかった。グラトニー、臭いは追えそうか?」

 

「うん、泥の錬金術師のにおい。あと、キンブリーと合成獣のにおい」

 

「よし」

 

「……ねぇエンヴィー。やっぱり中央に戻らない?」

 

「はぁ?何言ってんのオバハン、手ぶらで帰れるわけないだろ。お父様のためにあのクソ錬金術師を殺らないと」

 

「私たちが泥の錬金術師を引きつけて、キンブリーが私たちごとまとめて爆殺する、っていうのが当初の作戦でしょう?キンブリーが連絡がつかないということは、泥の錬金術師に返り討ちにあった可能性が高いわ。考えなしに突っ込んでも、私たちも殺されるだけよ」

 

「なに、一回負けたからってビビってんの?奴を今見失ったら次にいつ見つけられるかわかんないだろ!」

 

「……そうね、わかったわ」

 

ーーー

 

ちょうど北端のブリッグズと東の端のユースウェルの真ん中あたり、カラックという小さな町だ。その外れにある廃屋の近くの切り株で、マーシュは座って休んでいた。傍には焚き火で魚が焼かれている。

 

他のメンツは狩りや釣りの最中だ。本来なら国家錬金術師の研究資金を使えば十年豪遊しても余るほどの金があるのだが、今は指名手配中の身。銀行から金を引き出すために身分証明書を出せばその瞬間に通報されるだろう。もともと持っていた金は車の燃料代に使わなければならない。

ということで、ご飯は自然から調達する、ということになったのだった。幸い野生に慣れてそうな合成獣たちが仲間になった。マーシュは魚を何匹か釣り上げ、先に軽く腹ごしらえをするつもりのようだ。

 

 

「んえ、あれ、マーシュ!?」

 

そこにエドワードが通りがかった。

 

「ん……、おお、エドか!」

 

「驚いた、なんでこんなとこにいるんだ?」

 

「ま、いろいろあってなぁ。とりあえずこんなとこじゃアレだから、中で話そうぜ。いやしかし、見ない間に少し縮んだかエド?」

 

「おう……って、縮まねぇよ」

 

「…ハハ、だよな、悪い悪い」

 

笑う二人。そこにウサギの足を握ったメイがやってきて、目を見開いた。

 

「マーシュさん、離れてくださイ!その人は……」

 

「エンヴィーだろ?」

 

メイが錬丹術を使う前に、すでにエドワードの足が地に埋まっていた。エドワードの顔が驚愕と憤怒に染まる。

 

「て、めっ……!」

 

「アルと一緒ならともかく、このタイミングで接触してくる人間を疑わないわけないだろ」

 

「まだですマーシュさン!さらに二人……!」

 

「く、そが!!ラスト!!グラトニー!!」

 

半分エドワードの顔のエンヴィーが叫ぶと、グラトニーの拳がマーシュの頭上から襲いかかった。

 

マーシュが攻撃を避けているその隙にラストが地に埋まっているエンヴィーの足を切り離した。

足を再生しながらエンヴィーがマーシュを睨みつける。

 

「殺す!やるぞ、ラスト!」

 

「ダメよ。最初の作戦が失敗したら退くって約束したでしょう?」

 

「退くわけないだろ!!ずっと虚仮にされっぱなしだ!!絶対、ぜったい殺す!!」

 

「認めなさいエンヴィー。泥の錬金術師は強いわ。このまま戦っても負ける確率の方が高

「なんなんだラスト!!この前からおかしいぞお前!人造人間としての矜持とかないわけ!?」

 

「それは……」

 

目を伏せ言い淀んだラストだが、すぐにハッと気づき飛び退く。

グラトニーが吹き飛んで来たからだ。ボテボテゴロゴロと転がり、恨めしそうにメイを見た。

 

「うー、女の子、大人しく食べられろー……」

 

「お断りでス!」

 

ビシッと構えるメイと、マーシュ。

 

「あの女の子も戦えるみたいね……。グラトニーが他にも何人かの臭いがすると言っていたわ。エンヴィー、撤退よ」

 

「勝手に帰ってろオバハン!このエンヴィーだけで全員ぶち殺してやるよ!!」

 

「……グラトニー、エンヴィーを捕まえなさい!撤退するわ!」

 

「え?え?……わかったー」

 

グラトニーがエンヴィーを羽交い締めにして、ダカダカと走り去る。

 

「は、ちょ、離せ!ふざっけんな!!」

 

「もう帰るのか?せっかく来たんだ、茶くらい飲んでけよ」

 

「遠慮するわ。そのお茶、高くつきそうだもの」

 

ラストが、皮肉を言い返した後何かを言おうとしたが、口を噤んで去っていった。

それを見送るマーシュ。追いはしない。グラトニーの『飲み込み』は脅威だ。こちらの数が多いならまだしも、敵の数のほうが多いのにアレを相手にする気にはなれなかった。

 

「……はぁ、また移動だ」

 

焦げた魚を見て、もうひとつため息をつくマーシュだった。

 

ーーー

 

あの日からずっと何も手につかない。何か行動するたびに、あの人ならどう言うかしら、あの人ならどうするかしら、などとバカなことを考える。無性に会いたい。話をしたい。手を握りたい。抱き締めたい。

約束の日も近いというのに、ずっと上の空の私をエンヴィーやプライドも不審がっている。

私たちはお父様に作っていただいた、だからお父様に尽くすのは当たり前のこと。父への感謝も愛情もある。あるはずなのに。

想像してしまった。約束の日の後の日常を。あの人が消えてしまった日常を。

想像してしまった。約束の日の後の日常を。あの人が隣にいる日常を。

もう、溢れたこの想いが止まることはない。

 

「ラスト、どこいくー?」

 

グラトニーが首をかしげる。

この子もつれていくのは簡単だ。私が説得すればすぐについてくるだろう。

……それではダメなの。

 

「……グラトニー、あなたは自分で決めなさい。自分で考えて、選んで、道を決めなさい。あなたには少し難しいかもしれないけれど……私と同じ道を行くことを決めたのなら、私はあなたを全身全霊で手助けするわ」

 

「ラ、ラスト?おで、ラストが何言ってるかわからない……」

 

「またねグラトニー。愚かな私を、許してちょうだい」

 

「ラスト!!」

 

私は、父と兄弟を敵に回す覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

「……な、貴様はッ!?」

 

「こんにちは、マスタング大佐。私を仲間に入れて?」

 

ーーー

 

 

リオール。数ヶ月前にレト教の教主がペテンだったことが発覚し、暴動が起こった街である。その実は国土錬成陣に血の紋を刻むためであり、意図的に暴動を助長する中央軍によって一時は酷い有様となった。至る所にその傷跡が残っているが、街の人たちは活気に溢れた顔をしており、その復興の兆しが見えるようだ。

 

現在マーシュたちはこのリオールにいた。

 

さすがに8人ともなると目立つので、小分けにして少し離れて歩いている。マーシュの近くには、スカーとダリウスがいる。

 

「マーシュさんよ、ここを拠点にすんのかい?」

 

「ああ、とりあえずな。一旦飯が食えるところで休憩するか」

 

「……そんなに悠長にしている暇があるのか?いつ国土錬成陣が発動されるかわからないだろう」

 

「あー、多分大丈夫だ。人造人間達に襲われたって言っただろ?錬成陣がもう発動出来るんなら、俺のことなんかもう放っておけばいいはずなんだ。だけど俺を殺しに来たってことは、俺たちがまだ発動を阻止、あるいは妨害できる可能性がある、と思われてるってことだ。しばらくは錬成陣の発動は……

「ホーさん!」「ちょいとこっち手伝ってくれないかい?」

 

「ああ、今行きます」

 

バッとマーシュが飛び退き、目の前で歩いているその男を睨みつけた。スカーもいつでも戦えるように構え、メイも同様に離れた位置でクナイを構える。合成獣たちも数瞬遅れてキメラ化はしないまま戦闘態勢へと入った。ヨキは慌ててその後ろへと隠れた。

 

「なっんでお前がこんなとこにいる……!!」

 

「へ?……俺のことか?」

 

周りを見渡し、自分に話しかけられていると認識した男が不思議そうに首を傾げる。

マーシュが警戒するのも当然。

この男の顔は、中央の地下で見た金髪の老人とほぼ同じだったのだから。

 

「わざわざ親玉が俺を殺しに来たか?ご苦労なこった」

 

「えーと、多分勘違いなんですけど……」

 

「ホーさーん!どうしたー?」

 

「あ、何でもないですー。すまん、呼ばれてるからまた後で」

 

「……へ?」

 

スタスタと去っていく男の背中を見送り、毒気が抜かれたように立ち尽くす一行。

 

「……別人さん、ですかネ?」

 

「確かに中央の奴とは雰囲気が違った」

 

「エンヴィーでもなさそうだしな……」

 

「おーい、どういうことか説明しろーい」

 

考え込む三人と、置いてけぼりのその他。

説明と、ついでに宿の確保はスカーとメイに任せ、マーシュは男の後を追いかけることにした。

 

ーー

 

「あ、その木材はこっちに頼む」「へーい」「工具持ってきてくれんかー」「ほい」「ここ、抑えといてくれ」「はいはい」「この釘打って」「あいあい」「おっ、筋がいいねぇ」「どうも」

 

そしてホーさんと呼ばれた男と一緒に、マーシュは復興の手伝いをすることになっていた。

 

「んで、いつになったらお話してくれるんですかねぇ」

 

「ひと段落したらだな。これはどこに置けばいいですかー」

 

この手伝いが終わらないとゆっくり話す気がないらしく、ホーさんは忙しそうにその辺を走り回っている。とっとと話を聞きたいマーシュは、早く終わらせるためにそれに参加した。

手際がいいためか、すでに何でも屋のようなポジションについている。

 

そうして二、三時間ほど。そこには完全に修復された建物の姿があった。

ワァッと男たちが歓声をあげ、周りからパチパチと拍手が起こる。

ひととおり喜ぶと、男たちは一旦休憩しにいくようだ。

 

「いやー助かったよホーさん、兄ちゃん!」

 

口々にそう言いながら肩や背中を叩く。

男たちが皆去ると、最後にホーさんがマーシュの肩を叩いた。

 

「とりあえず飯でも食べるか」「……そうだな」

 

ーー

 

「あ、ホーエンハイムさん!それと……えっと、お名前を伺ってもいいですか?」

 

「あー……ウォルターだ」

 

「ウォルターさん!ありがとうございます、お二人のおかげで復興がだいぶ進んだって皆さん話してましたよ!」

 

「いや、大したことはしていないよ。この街の人たちの力だ」

 

「フフ……!あ、どうぞ、お二人の分のご飯です!……ちょっとだけ多く盛ったのは、ナイショですよ?」

 

「ありがとうロゼちゃん」

 

「おー、ありがたい」

 

二人がロゼと呼ばれた女性からシチューが入った器を受け取り、少し離れた路地の丸太に腰かけた。

 

「……それで、何だったかな」

 

「アンタ、エドワードとアルフォンスの親父か?」

 

もうマーシュの中では、あの老人とこの男が同一人物という考えはなくなっていた。確か地下で、エドワードとアルフォンスの父親の名前がホーエンハイムと言っていたはずだ。そして、地下の老人とホーエンハイムは別人だという話もしていた。何より、あの老人があんなに働いて爽やかに笑う姿は想像出来なかった。

 

「ああそうだ。二人を知ってるのか?」

 

「友達だ」

 

「そうか。……息子たちが世話になってます?」

 

首を傾げるホーエンハイムに、同じ角度で首を曲げるマーシュ。

 

「なんで疑問形だよ」

 

「いや、こういうセリフを言ったことがなくてな……。息子の友達に会うのも初めてだ。……二人は、あー、その、元気か?」

 

「それは、あいつらの身体のことをわかった上で聞いてんのか?」

 

マーシュの語気に少し怒りが篭る。

 

「……ああ」

 

「……元気だよ。元気すぎるくらいだ。なぁ、こうして会って話してみた感じ、どうにもアンタが子供たちを置いて放蕩するような男には見えない。じゃあなんで家族をほっぽり出してるのかというと……中央の地下のアンタと同じ顔の奴が関係してると思うんだが、違うか?」

 

「会ったのか、アイツに……。ああ、君の言う通りだ。俺はアイツに勝つためにこの十数年を過ごしてきた」

 

「……何か手があるのか?」

 

「その前に、君のことも聞かせてほしい。口ぶりから察するに、アイツがしようとすることを知っているんだろう?」

 

「…………そうだな、腹探り合うのもやめよう。全部話す。だから、全部話してくれ。エドとアルの親父なら信じる」

 

「そうか……わかった、エドとアルの友達なら信じよう」

 

二人は顔を合わせ、薄く笑った。

 

ーー

 

ホーエンハイムから話された過去は、壮絶なものだった。

奴隷から始まり、フラスコの中の小人(ホムンクルス)との出会い、クセルクセスを使った国土錬成陣に、それから生成された賢者の石。

 

「ホーさん自身が賢者の石ねぇ……。またとんでもない話だな。それでお父様がその半身、と……。『その日』までまだ時間があるのが救いか」

 

「人造人間とそれだけやり合って五体満足なのもとんでもないね……。それと、俺の息子たちが本当に世話になっているようだ。ありがとう」

 

ホーエンハイムが深々と頭を下げる。そこには本当に感謝しているという気持ちが見て取れた。

 

「世話してる気はねぇ……いや、本当に感謝してんなら、ひとつ頼みを聞いてくれねえか?」

 

首を振って否定しようとしたマーシュだが、ふと思い立ったかのように人差し指を立てる。

 

「なんだ?」

 

「次、もしエドとアルと会ったら、しっかり話してやれ。アンタの生い立ちも、目的も、今までのことも、全部。まさか息子の友達を信じて、息子は信じられないなんてことはないよな?」

 

「……向こうが俺のことを信用してくれていないと思うんだ。もう父親とも思ってもらえていないだろうな。父親らしいことなんて一つも出来なかった」

 

「アイツら、強がってても、まだ子供なんだよ。まだまだ辛くて寂しくて甘えたいはずなんだ。……子供には、親が必要なんだよ。信用されてないとか言って、逃げないでくれ。それで、全部終わったら一緒に暮らして、飯でも作ってやって、遊んでやって、錬金術でも教えてやって、今までの時間の分一緒に過ごしてやってくれよ。……頼むからさ」

 

マーシュの顔は笑ってこそいたが、その目にはどこか自虐的な深い悲しみがあった。ホーエンハイムはその表情を見て少し目を伏せたが、すぐに目を合わせる。

 

「……わかった。約束する」

 

その言葉を聞いてマーシュは、今度こそニカッと笑うのだった。

 

 

そして各地で、人間が、

 

「手下になってやるよ!」

 

「はっは!俺の部下になるってか!後悔すんなよ!?」

 

「まったくもう兄さんはまた勝手に……」

 

 

人造人間が、

 

「エンヴィー。ラスト、いっちゃった……」

 

「……あっそ。ほんっと、グリードもラストも……何なんだよ、クソッ」

 

 

動き出す。

 

『若を、取り返す』

 

『もう二度と無様は晒すまい』

 

 

様々な思惑が混じり合い

 

「あー、斬りてえー。あと何週間ここにいればいいんだよー」

 

 

中央でぶつかり合う

 

「婿が見つかりそうという話じゃないか。なかなかの好青年だとか。良いことだ。期待しとるぞオリヴィエ」

 

「あなたもついに色を知ったのね。仕事ばかりで心配していたけれど……嬉しいわ、グスッ」

 

「次来るときは義兄様も一緒がいいですわ姉様!」

 

「…………家督を私に譲ってバカンスでもいかがですか」

 

 

「エドワード・エルリック。

アルフォンス・エルリック。

ヴァン・ホーエンハイム。

兄弟の師、イズミ・カーティスも可能性あり。

残る一人は……」

 

 

 

約束の日は、近い。

 

 

 

 

 

 

 








いやなんだよ!!ボクのせいで……自分の非力のせいで続きが書けないなんてもう沢山だ!!書けたはずの続きが目の前で消されて行くのを見るのは我慢できない!!

要約:冗長になるかなと思って後半ガッツリカットした。
アラバスタをイメージしたゾ!

一人称視点になったり三人称視点になったり心情書きまくったりセリフだけしかなかったり説明しまくったり全くしなかったりブレブレな文章だね。いまだに自分の作風が確立出来てないんだ、許してくれ。書いてる時の気分によって大きく変動する。

あと、違うんだ。人造人間組をこんなロケット団みたいな撃退されまくりなキャラにするつもりはなかったんだ。多分これで最後だから許して。

次話?で最終章入りますね。テンポ早めていこうと思います。といっても最終局面までをどんな感じにするか全く決まってないので次話は遅いです。あんまり悩むようなら原作と同じ感じでやってザクッとカットします。おーゆーるーしーをー。


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虎視

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

 

 

父が死んで、三年が過ぎた。死を受け入れるには時間がかかったが、たった一人の家族の存在が互いに救いになった。……救いになったと、思っていた。

 

自分たちはいっそう錬金術にのめり込み、その実力を伸ばしていった。二人で協力して、新しい錬金術を作ることにも成功した。二人なら、この先も生きていける。父が死んだ悲しみも、癒え始めている。……癒えていると、そう思っていたのに。

 

時折一人でどこかに消える家族のことを、不思議に思いながらも目を逸らしていた。頭のどこかで気づいていながらも、気づかない振りをした。だって、約束したのだから。何よりも、大切な、約束。

 

その日もいつもと同じように、どこかに消えた家族。いや、消える前に確か何か言っていた。何だったか。

とにかく、その日いつもと違ったのは、夕食の時間になっても家族が帰ってこなかったことだ。不思議に思って、家の中を探した。

家族の部屋、自分の部屋、物置、地下倉庫、資料部屋。探して回って、最後に残ったのが、父の研究室。なんとなく、あの日から一度も入れないでいる。でも、探さないわけにはいかない。たった一人の家族だ。

ノブに手をかける。

 

『やめろ』

 

ゆっくりと回すと、音を立てて扉が開く。

昔はよく入り浸っていた、この部屋。まだ、タバコの匂いはするだろうか。

 

『開けるな、やめてくれ』

 

扉が開き、タバコではない匂いがふわりと広がる。

 

『止まれ、見るな、頼む、やめろ!!』

 

そして、中の様子が目に入る。

 

 

赤だ。

 

 

床が、赤色に染まっている。紙に書かれた何かの錬成陣も、真っ赤だ。真ん中には、人体模型のようなものが倒れている。

錬成陣の横にあるのは……これも人体模型だろうか?頭だけなくなっている。

こちらは自分の家族が着ていたものにそっくりな服を着ている。

あぁ、自分の家族は、人形を作ろうとして失敗したのか。ついでに何か薬品を零したか。それが後ろめたくて、自分のもとに顔を出さないのだ。まったく。

 

 

 

 

そんなわけが、ないのに。

 

一目見て、わかってしまった。

床に溢れているのが血だということも。人体錬成の錬成陣も。それに失敗したであろうことも。

それでも、現実から目を逸らさないと、どうにかなりそうだった。

 

「ねぇ、ちゃっ、約束、って、いったっじゃんかぁっ……!!」

 

膝をつき、嘔吐。涙も嗚咽も止まらない。

たった一人の家族は、頭を無くして死んだ。

何故?それは、父の言うことを守らなかったから。

 

『「約束は、まもる、ぜったい」』

 

 

 

 

 

「……あ"ー、最高の朝だな」

 

 

ーーー

 

 

エドワード、アルフォンス、グリードの三人はリオールへとやって来ていた。エドワードの「錬成陣があるとすれば地下」という推測に基づいて、地下への道がありそうなコーネロ教主の教会に行くためだ。

 

あちこちで修繕作業が行われているリオールの様子を見て、エドワードとアルフォンスが顔を少し俯かせる。

そんなエドワードの頭上から声がかかる。

 

「暗い顔してどうした、お二人さん」

 

聞き覚えのある声に二人がパッと顔を向ける。

 

「「マーシュ!?」」

 

「おおエド、しばらく見ない間に縮んだか?」

 

「だぁぁぁれぇぇぇがぁぁぁ縮がるるるぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「人間の言語忘れてるよ兄さん」

 

「よし、本物だな」

 

アルフォンスにどうどうと宥められながらもフシューと威嚇するエドワードを見て、マーシュは腕を組みながらうんうんと頷く。

 

「うえ"、てめぇは……」

 

「ん?……リン!リンかー!?」

 

「ちげーよグリードだっての」

 

グリードを見て顔を綻ばせるマーシュと、マーシュを見て顔を(しか)めるグリード。

 

「あー、あーそうか。んで、なんでそのグリードがエドたちと一緒にいるんだ?」

 

「話せば長いことながら……」

 

「んー、とりあえず俺の仕事がひと段落するまでそこらへんで待っててくれ」

 

「え、ちょっ」

 

そう言うとマーシュは近くにあった丸太を抱えるとスタスタとどこかへ行ってしまった。

入れ替わるように一人の女性がエドワードたちに声をかける。

 

「エド!!アル!」

 

「ロゼ!」

 

「わぁ、久しぶりね!まだ旅してるの?」

 

「まぁ、そんなところだ」

 

「あ、よかったらそこで一緒にご飯でもどう?あまり良いものは出せないけど……」

 

その言葉に、エドワードが申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「……悪い。俺たちがコーネロにちょっかい出したから街が……」

 

「……ううん、あなたたちのおかげよ。あのままだったら、私たちは死も恐れない軍団とやらにされていたかもしれない。……暴動が起こったのは、奇跡なんかに頼って自分たちで何も考えようとしなかったツケが回ってきたの。だから今度は、奇跡なんかに頼らずに皆で手を取り合って街を復興させる」

 

くるりと一回転して、踵を鳴らすロゼ。

 

「立って歩いて、前へ進んでるわ。私たちには立派な足がついてるんだもの。……なんてね」

 

楽しそうに笑うロゼを見て、エドワードが照れたように頬を掻く。

 

そして目を逸らした先に、見たことがある顔が視界に入ってきた。

 

「ホーエンハイム!?」「父さん!」

 

「……ん?ああ、エドワードと……俺の鎧コレクションか。久しぶりだなぁ」

 

「軽いッ!!」「アルフォンスだよッ!」

 

「あぁ……ピナコから聞いてる。人体錬成したんだって?」

 

「っ……、てめぇが!!母さんを置いてったから!!最後まで母さんは、てめぇを……!」

 

エドワードの声を聞きながらも、ホーエンハイムのその目線は違うところに向いていた。アルフォンスがその目線を追うと、そこにはホーエンハイムをじっと見つめるマーシュがいるのだった。

 

「……あぁ、わかっているさ」

 

「っなにがわかってるって!?なにもわかって……」

 

「エドワード、アルフォンス。少し長くなるが、聞いてほしいことがある」

 

ーー

 

「ん、おーいエドアルー。待たせたな」

 

マーシュがエドワードとアルフォンスに手を振る。が、二人は少し呆然としているようで反応が薄かった。

 

「あ、あぁいや……」

 

「……大丈夫」

 

「ホーさんは?」

 

「……向こうで泣いてる」

 

「おおう、マジか。……とにかく、ロゼんとこいって飯でも貰ってこい。情報交換タイムはその後にしよう」

 

「おう……そうする。いこう、アル」

 

マーシュに肩を押され、エドワードは街の方へ歩いていく。しかしアルフォンスはその場に立ったままだ。そして、マーシュをその瞳のない目で見つめた。

 

「……マーシュ、ありがとう」

 

「んー?何のことだ?」

 

「父さんのこと。多分だけど、父さんに何か言ったんでしょ?」

 

「家族には誠実にな、って言っただけさ」

 

「……そっか」

 

「おーいアルー!何してんだー!置いてくぞー!」

 

「じゃあまた後で、マーシュ!」

 

遠くで手を振るエドワードのもとへ走っていくアルフォンス。それに手を振るマーシュ。

 

 

 

 

 

 

「……重ねちまうなぁ、どうしても」

 

マーシュが頭を掻いて、地面を足でなぞった。

 

ーー

 

「……おい、アル?」

 

「……………………あっ、うん」

 

アルフォンスがガシャガシャと頭を振る。

飯も食べ終わり、今まで得た情報をマーシュがエドワードたちに伝えている最中。先程まで相槌を打っていたはずのアルフォンスが、何も反応しなくなったのを心配してマーシュが声をかけた。

ちなみにグリードは合成獣組と一緒に談笑している。

 

「どうした?」

 

「……マーシュにも言っておかないとね。この体に、拒絶反応が出てるんだ。魂が、ボクの元の身体に引っ張られてる」

 

「マジか。つまりそのうち魂がポーンと飛び出ちまうのか」

 

「う、うん。その表現はどうかと思うけど。それで、最近意識が遠くなることが頻発してる。その間は記憶もとんでるし。なんとかもたせないと……」

 

「……なぁ、ふと思ったんだが。アルの記憶とかってどこに保存されてるんだ?」

 

「え?」

 

「俺と会った記憶。一緒に戦った経験。そういうの、どこに蓄積されてるのかと思ってさ」

 

ガタンとエドワードが立ち上がる。

 

「そうだ……。確かにおかしい。なんで今まで気付かず……!」

 

「これは?」

 

「それはあくまで魂を定着させるだけの印だ。

 

つまり、アルの肉体はどこかに存在していて、今も活動して脳は働いている!」

 

「……エド、人体錬成したときのこと詳しく聞かせろ。何か分かるかもしれない」

 

「ああ」

 

ーー

 

「思わぬところで、元の身体に戻れる仮説を得たな」

 

「うん……。ありがとうマーシュ。助けられてばっかりだね」

 

「お互い様ってやつだ。ああそれで、事情はだいたいさっき話したとおりだ。で、おまえらのお師匠さんとやら。多分強いんだろ?力貸してもらえねえかなと」

 

マーシュの言葉に、エドワードが頷く。

 

「師匠なら協力してくれるかもしれない」

 

「電話してくる!」

 

ーーー

 

エドワードとマーシュが復興の手伝いをしていると、見覚えのある仮面の二人組がやってきた。辺りを警戒しているようだ。

 

「ヌ!お主らハ……」

 

「おりょ、フーじいとランファン」

 

「あ、リンのお供か!」

 

「……また会ったナ」

 

「久しぶりだナ。いや、話している場合ではなイ!すぐ近くにとんでもない大きさの気の者がいル!おそらく人造人間の親玉の……」

 

「あー、多分それエドワードの親父さんだから大丈夫だ」

 

仮面の下でもわかるほどにギョッと目を剥くフー。

 

「お、おまえの父親は人でないのカ!?」

 

「あー、説明が難しいんで、まぁ気にしないでくれ」

 

「……では、もう一つの大きい気の持ち主ハ……」

 

二人が目を凝らすまでもなく、その()()()はこちらへと近づいてきた。

 

「おいおまえら、飯まだか。この身体は燃費が悪くていけね……」

 

「「若!!」」

 

「グリードだ」

 

もはや反射のように即答するグリード。面倒そうに仮面二人へと目を向ける。

 

「グリード……!若の身体を乗っ取りよった人造人間カ……!」

 

「……若の身体、返セ……!」

 

「無理だ。諦めろ」

 

ギリギリと睨みつける仮面二人だが、グリードはどこ吹く風で耳の穴をほじっている。

 

「エドワードの話だと、グリードが精神的に弱るとリンが出てくるそうだ。そこが狙い目だぞ」

 

「ちょ、おい、余計なこと言ってんじゃねぇぞ!」

 

「よーし、精神的に弱らせよう。目つき悪!」

 

「老け顔!」「タダ飯食らい!」「ボンボン!」

 

エドワードとマーシュが交互にグリードの悪口を述べていく。

 

「……って、それ全部若の悪口!!」

 

クナイを持ったランファン対エドワード・マーシュの鬼ごっこが始まるのだった。

 

ーーー

 

かなり人数が増えたマーシュ一行。

今この街にいないスカー、メイ、ダリウスとハインケルを除いた面子で作戦会議の時間となった。

エドワードが口火を切る。

 

「それで、なんか作戦は考えてあるのか?」

 

「あぁ。正面突破」

 

マーシュがあっけらかんと言ったその言葉に、他の者たちは皆唖然とする。

 

「……は?」

 

「するのは俺と何人か。残りは地下から突っ込む。入り口は……多分軍の研究所がどれも地下に繋がってる」

 

「いや、いやいや、マーシュが囮ってことか?」

 

「有り体にいうとそうなるな。奴らの今年一番殺したいランキング堂々一位だからな、俺は」

 

「でも中央軍も出てくるでしょ?そこに人造人間まで加わったら、さすがに危ないんじゃ……」

 

「中央軍のほうは味方が抑えてくれる。人造人間の心配だけしときゃいい」

 

「味方?誰だ?」

 

「ナイショ」

 

「はぁー?」

 

ニヤつきながら人差し指を口に当てるマーシュ。エドワードはイラッとして右の拳を握る。それをスルーし、マーシュは話を続けた。

 

「んで、俺を殺そうと多分ブラッドレイが十中八九出てくるが、ブラッドレイと戦いたいって物好きはいるか?」

 

「おう、俺にやらせろ」

 

グリードがスッと手を挙げる。マーシュは一瞬意外そうに眉を上げるが、すぐにそれを戻した。

 

「はいではグリード君はブラッドレイ係です。あと早くリンに身体を返しなさい」

 

「そいつは出来ねえ相談だ」

 

「……では儂らもグリードに随伴すル」

 

「……若の身体、守ル」

 

渋々といった様子で、手を挙げるランファン。未だにグリードをリンとして扱うか人造人間として扱うか悩んでいるようだ。

 

「はいじゃあ二人もブラッドレイ係です。死なないようになー」

 

「……なんか緩いんだけど」

 

「地下組は時を見計らって突入。護衛の人造人間どもをぶっ飛ばした後、お父様をぶっ飛ばす。カンペキな計画だ」

 

「雑すぎるだろ!!」

 

ふんすと鼻を鳴らすマーシュに、エドワードのツッコミが入る。具体的なことは何一つ決められていない作戦なのだから、ツッコみたくもなるだろう。

 

「あんまりガッチガチに固めても仕方あるめえよ。敵の本陣で、イレギュラーが起きないはずがない。大筋は指示するが、後は個々の判断に任せる」

 

マーシュも考えなし、というわけではないらしい。エドワードも「ぐぬっ」と押し黙る。

 

「多分親父殿の近くにはプライドってヤバいのがいる。ラースもバケモンだがありゃそれ以上だ。親父殿のところに行くやつは覚悟したほうがいいぞ」

 

「……セリム・ブラッドレイか」

 

グリードからすでにプライドの正体を聞いたエドワードがギリッと歯を食いしばる。直接会ったことこそないものの、子供の姿をしているということにまだ抵抗があるようだ。

 

「あ、それと、ラストが離反してこっち側にきたらしいから、見つけても攻撃しないようにー」

 

「はぁ!?ラストも寝返ったってのか!?何があったよ……」

 

このことはグリードも知らなかったらしく、その目を丸くした。

ラストが人造人間を裏切ったことは、グリードも予想外なようだ。

 

「あとはロイ達との連携次第だな」

 

「そうだ、大佐たちは作戦知ってるのか?伝えに行かなくてもいいのか?」

 

「ああ、問題ない」

 

マーシュはサラサラとメモに何かを書き、それを指で挟んでニヤリと笑った。

 

「とある家に代々仕える優秀なメッセンジャーたちがいるからな」

 

国家に仇なす反乱者たちは、静かにその牙を研ぐ。

 

ーーー

 

「で、ドワームスのほうはどうなっている?」

 

「ああ、鋼の錬金術師とかと、あとグリードっつー人造人間と合流したそうだ。作戦を始めるタイミングも聞いてる。……ったく、俺を伝言板代わりに扱いやがって……」

 

「ははは、すまない。監視されてる身だからな、メッセンジャーと都合が合いにくいんだ。お前が常にここにいてくれて助かってるよ」

 

「野郎の褒め言葉なんざいらねーから姐さんを連れてきやがれ!」

 

「……褒め言葉の代わりに爆炎をくれてやってもいいんだが?」

 

「おう、ちょっとした冗談じゃねーか義兄さん」

 

「誰が義兄さんか」

 

ーーー

 

「あら、黒眼鏡ソリコミイシュヴァール系とモヒカン巨漢の軍人さん。話に聞いた通りだわ。貴方たちが出てくるのを待ってたのよ」

 

ーーーーーーーーーー

 

「お、スカー。首尾はどうだ?」

 

「……上々だ。作戦に滞りはないだろう」

 

「皆さんとても良い人でス!」

 

「よし。おまえらプリティキャット隊は俺たちが突入した後、市街のポイントに錬成陣を……」

 

「その隊名はやめろ」

 

ーーーー

 

果たしてその牙はこの国の喉笛を貫く力があるだろうか。

 

「さぁ、いよいよだ。まー、各々この戦いに参加する理由とか意気込みとかあるだろうけど。俺から言いたいことはひとーつ!あ、いや、ふたーつ!んー、やっぱみーっつ!」

 

「いいから早よ言え」

 

「誰も死ぬな!あと勝て!!俺も死なないし、あと勝つ!!ここにいる全員、約束だ!!」

 

「「「おおッ!!」」」

 

 

 

「誰も死なずに勝つ、ねぇ。随分と大きく出たもんだ。強欲だねぇ」

 

「安心しろ。俺、約束破ったことないんだ」

 

「へぇ。そいつぁ……俺と気が合いそうだ」

 

ただその牙は、相手の想像よりも遥かに大きく、鋭い。

 

 




「ノブに手をかける」

ううっ……。ノブを、100匹のノッブを手にかけなきゃ……(幻視)


エドワードイベント処理しすぎてエドワードたちの感情の起伏がえらいことになってる。あ、カットしたけどリゼンブールにいってウィンリィとラブコメしてるよちゃんと!

次回から最終決戦、スタート。
構想もある程度あるしモチベもあるので次話は早いと思います。
いや、やっぱり遅いかも(保険)


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火蓋

「んー!んぐむんんっ!!」

 

「ハクロ将軍、お静かに願います。貴方で最後ですので、騒いでも助けは来ません」

 

ジタバタと足を動かすハクロ将軍を柱に縛りつけながら、マイルズ少佐が淡々と言う。

周りには同じように猿轡(さるぐつわ)をされ、手足を拘束されて柱に縛りつけられている中央の将校が何人もいる。

 

マイルズ少佐がハクロ将軍を縛り終え、部屋から出るとそこには壁にもたれたグラマン中将がいた。

グラマン中将は、マスタング大佐が東部にいた頃に懇意にしていた上司だ。今回のこのクーデターにも一枚噛んでいる。

 

「さーて、これでワシら全員逆賊だねぇ。負けたら全員打ち首だ、くわばらくわばら」

 

グラマン中将が大げさに震えて、顔を扇子で仰ぐ。

マイルズ少佐は「何をいまさら」と嘆息した。

 

「負ければ国民全員が打ち首のようなものです。勝つ以外に道はないですよ」

 

「ほっほ、そんじゃまぁ……東北合同軍と中央軍の実弾演習といこうかの」

 

グラマン中将は扇子をパチンと畳み、にやりと笑った。

 

ーーーー

 

「マスタングたちが大総統夫人を人質にしたそうです」

 

「ふん、アレに人質の価値はないというのに、わざわざご苦労なことだな」

 

本部の会議室で、将校たちが卓を囲んでいる。そこにはアームストロング少将の姿もあった。

ふと、将校の一人が周りを見渡す。

 

「……む?閣下はどこに行った?」

 

「先程出ていかれましたよ。おそらく外に」

 

アームストロング少将が腕を組みながら答えると、周りの将校たちがざわつく。

 

「何っ!?どこに行こうというのだ!いかん、いかんぞ!!キング・ブラッドレイがいなくなれば誰がここを守るというのだ!」

 

「マスタングは兵たちに任せておけばいい!向こうに殺す気がないなら物量で押しつぶせばいいのだ!」

 

「……さて、それでどうにかなればいいですが」

 

アームストロング少将が瞑目しながら呟くように言う。不思議と、騒がしい会議室の中でその言葉はよく響いた。じろりと、将校たちがアームストロング少将を睨む。

 

「……少将、どういう意味かね?」

 

「なりふり構わない人間というのは恐いものです。焔の錬金術師だけならまだしも、人造人間も一人あちらについているのでしょう?半端な戦力では返り討ちに遭うだけかと」

 

「黙っていろアームストロング!!貴様はここに捕らわれているだけだ。意見が出来る立場だと思うなよ……!?」

 

「……失礼しました」

 

それきりアームストロング少将は口を噤む。将校へ怒鳴った将校は、フンと鼻を鳴らすと会議室を出ていった。他の将校たちも、指揮のためかそれに続く。残ったのは、アームストロング少将と、将校二人。

 

 

腰に剣を携えて、正門を開けようとするブラッドレイ。

その後ろから、声がかけられた。

 

「どこへ行くのですか、ラース?」

 

ピタリと手が止まり、ブラッドレイが振り向かずに声を発する。

 

「……マスタング大佐を捕らえてくる」

 

まるで子供が家から抜け出すのを親に見つかった時のようだ。

ブラッドレイの声色はいつもと変わりこそしなかったが、出た言い訳はお粗末なものだった。それは、ブラッドレイの動揺の表れ。

マスタング大佐を捕まえるという言葉に嘘はなけれど、一番の目的は別にあった。

 

「必要ありません。時が来れば向こうから勝手にくるでしょう。そこで待機していなさい」

 

「………承知した」

 

ブラッドレイは門から離れ、近くにあった椅子に腰掛ける。

そして沈黙したまま天井を見上げた。

その胸中は、誰もわからない。

 

 

「おーっ、マイルズー!おひさ!」

 

「ああ。言われた通り北方軍と東方軍を連れてきたぞ」

 

「マジ?俺の人望か?嬉しくて涙が出そう」

 

「北方軍はアームストロング少将のため、という者が9割だな。東方軍はマスタング大佐とグラマン中将で一人一人話して味方に加えていったらしい」

 

「真面目に返すのやめてくれない?……そいやそのグラマン爺さんはどうしたんだ」

 

「腰が痛いからパス、だそうだ。大方、マスタング大佐が失敗した時に責任を押し付けるつもりなのだろうな」

 

「強かだねぇ。まぁ構わないけど」

 

「しかし東方軍の指揮が出来る者がいなくなってしまった。私はこちらの北方軍だけで手一杯だ」

 

「ああ、そのへんは大丈夫だ。気にしないでいい。

 

よーし、野郎共……」

 

マーシュが、遠方に見える軍の本部へと親指を立てて、ビッと勢いよく下へ向けた。

 

 

 

「一丁派手に、ぶちかまそうぜ」

 

「「「うおおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!!」」」

 

 

 

兵たちの咆哮と爆発音と共に、最後の戦いの火蓋が切られた。

 

 

「ほ、報告ッ!!中央軍の支部のあちこちで爆発が……!」

「こちらからもです!おそらく通信設備も壊されて……」

「ま、また爆発が!!」

 

マスタング大佐たちの鎮圧を任されていたクレミン准将のもとに、伝令兵たちが何人も駆け込んでくる。

 

「東区に、新勢力!!」

「あ、あれはおそらく東方軍と、北方軍!東で演習をしていた兵のようです!」

「おそらく一個大隊並みかと!」

 

「なん、そんなバカな話があるか!!東と北が丸々クーデターを起こしたというのか!?」

 

「いえ、おそらく……中央兵の一部も、反乱している可能性が……」

 

中央兵の装備や火薬は、何故か一部が使いものにならなくなっていた。敵兵の仕業ではありえないことである。それはつまり、中央兵の中にもクーデターに加担する者がいるということだ。それも一人や二人ではなく。

 

クレミン准将が葉巻を握りつぶし、歯を軋ませる。

 

「ぐ、ぎぎぎ……支部はこの際放置でいい!混乱に乗じてここにやってくるであろう兵どもを迎撃せよ!!」

 

「相手兵の数が多すぎます!!」

 

「ディミドリ隊とキム隊、ジェス隊もまわせ!!ここは、ここだけは死守しろ!……あのお方の邪魔をさせるな……!!」

 

 

遠くで鳴り始めた銃声と爆発音を聞き、マスタング大佐が笑みを浮かべる。

 

「始まったようだな」

 

「いやぁ、とんでもないスね。よくもまぁあんだけの人数を味方に……」

 

「何、末端から順に片っ端に声をかけただけさ。口説くのは得意なものでな」

 

ブレダ少尉にドヤ顔をかますマスタング大佐へ、ホークアイ中尉が氷のような冷たい視線を送る。

 

「へぇ、そうなんですか」

 

「あっ、違う中尉、今のは言葉の綾でだな!?」

 

話が長くなりそうなのを見越したフュリー曹長が、マスタング大佐の背中を押す。

 

「とにかく大佐、早く合流場所に向かってください!夫人は僕らがお守りするので……」

 

ここで、先程中央兵たちに銃を向けられた大総統夫人が口を開いた。

 

「……私は……もしくは主人は国に捨てられたのですか?それとも……主人が私を捨てたのですか……?」

 

震える体と声からは、撃たれる寸前だったという恐怖と、別の恐怖が含まれていた。

 

「……わかりません。わかりませんが、貴女の命は必ず我々がお守りします。すべて事が済んだときに我々が間違っていなかった事を証明していただくために」

 

 

大総統夫人を隠れ家へ連れていくよう部下に言い、事前に用意していた地下道のルートから合流場所へと向かう。

 

「でも、一体誰が指揮を……」

 

「遠目から見ただけでも、隊の動きが良すぎたな。グラマン中将か……?」

 

グラマン中将がわざわざ中央までやってくるとは考えづらいが……。

まぁ、すぐにわかることか。

そしてやがて指定の場所へとつく。

 

マーシュから指示されていた合流場所。そこは、国全体を巻き込んだ騒動の始まりの場所だった。

ここで驚愕の事実を知らされ、ここで夜通し作戦を練り、ここで()()()を突き離した。

『自分を理解してくれる味方を一人でも多く作れ』と言ってきたのもあいつだったか。

 

「まったく、なぜわざわざここを集合場所なんぞに……」

 

確かにこの場所は軍の研究所に近く、誰か人がいる心配をする必要もない。戦線から離れすぎてもいないので、作戦指揮を執る場所としても問題ないだろう。悪いのは自分の気持ちの問題だけだ。

文句を言っても仕方がない。家の扉を開け、そこにいるであろう鋼の達と合流を……

 

 

 

 

 

「よう、久しぶりだな、未来の大総統サマ」

 

 

 

 

 

聞き覚えのある声が、耳に響いた。見覚えのある顔が、そこにあった。

 

「な、ん……」

 

声が出ない。今の自分はたいそう間抜けな顔をしていることだろう。仲良くしている女の子たちに見られたら幻滅されそうだ。違う、そんなことはどうでもいい。

 

「なんだ?俺の家に俺がいることがそんなにおかしいか?」

 

口調も顔も声も自分の知っているものであったが、しかしこの男がここにいるはずがない。

 

「ほ、本物か!?まさかエンヴィー……!」

 

「……聞かせてやろうか?俺が……俺がどんな気持ちで、『行かないで』と泣くエリシアを宥めてきたか……!!」

 

そう言って血の涙を流す。さすがにエンヴィーはここまでの演技は出来ないだろう。話が長くなりそうなので本物かの確認は切り上げる。

 

「いやいい、本物だな。……しかし、なぜ……」

 

「逃げっ放しでいられるわけねぇだろ。全部終わった後にノコノコ帰ってきて、それでお前らと同じように喜べるかよ。

 

……俺はな、お前の横で胸張って、生きていきたいんだよ。

 

こっちの指揮は任せろ。お前はとっととこの騒動を終わらせて、大総統の椅子をぶんどってこい、ロイ!!」

 

……ああ、そうだ。この男は、大人しく外国に逃げたままでいるような器ではなかった。臆病なようでいてその実、誰よりもこの国を憂い、想っている。そんな奴だからこそ、自分の隣に立っていてほしいと、そう思ったんだ。

 

「…………そうか。では任せたッ、ヒューズ!!」

 

「おう!!」

 

パチィンと、二人の手の合わさる音が、響いた。

 

 

 

 

「A隊、そのまま本部方面へ。B隊、東側に注意しろ、待ち伏せされている可能性が高い。CD隊、回り込んでB隊の援護。E隊は退避、敵を引きつけつつB隊と合流」

 

指示が速く、そして正確。まるで戦場を空から見ているかのようだ。

マイルズ少佐はヒューズ中佐を横目で見ながら、そう評価した。

それだけではない。先程から、敵兵のいる場所や出るタイミングまで読んで当てているのだ。逆にこちらの兵は裏道などを巧みに使い、敵兵の裏を取ることに何度も成功していた。勘だとかそういうものの次元を超えている。

 

「そりゃな。中央勤務だぞ俺は。あいや、元か。中央まで攻め込まれた場合の市街地戦を想定した訓練だって覚えてるぜ。ついでに言えば、多分向こうの指揮をしてるのはクレミン准将。どういう指揮をするかはある程度読める」

 

マイルズ少佐が疑問をぶつけると、ヒューズ中佐は飄々とそんなことをぬかした。

 

「……貴方もなかなかとんでもない人だ」

 

訓練と敵の指揮官の名前だけで、敵軍の動きを読み切ることが出来る人間は、そうそういないだろう。さらに言えば中央まで攻め込まれるというほぼほぼありえないケースの訓練内容までわかってるのか、とマイルズ少佐はげんなりしながらブリッグズ兵の指揮へと戻った。

 

マスタング大佐を捕らえようと動いていた中央兵たちはすでに、ほぼ制圧されようとしていた。

 

ーー

 

 

 

「……なにかおかしい。あれだけの兵がいるなら、物量で押し通せるはずだ。なのに何故、わざわざ囲むように広がっているんだ?まるで、兵を散らしたいような……」

 

双眼鏡を覗く、正門前にいる兵士。彼は、優秀ではあった。彼の立場がもう少し上で、誰かに命令出来る立場であったなら、結果も少し変わっただろうか。

 

バカァンと正門への階段の前のマンホールが空へと吹き飛ぶ。そこからまるで源泉を掘り当てたかのように水が吹き出た。

まさしく湯水の如く。吹き出た水は散ることなく、まとまりながら一点を目指して進み始めた。大蛇のように階段を駆け上り、本部へと近づいていく。

そしてその水に乗っているのは。

 

「だ〜っはっはっはっはぁ!!滝登りじゃ〜い!!」

 

双眼鏡に映ったその顔は、軍全体に知らされていた手配書の顔と一致していた。兵士が叫ぶ。

 

「ど、泥の錬金術師です!!泥の錬金術師が凄い勢いで登ってきます!!」」

 

「なにぃっ!?う、撃て撃て撃てーッ!!」

 

「むっ!グリードガード!」

 

「だだだだだだっ!てめぇ最初からこのつもりかぁ!?」

 

マーシュが後ろからひょいっとグリードを引っ張り盾にする。

咄嗟にグリードが身体の前面を硬化し、銃弾を弾く。

ダメージはないが、なんとなく納得がいかないグリードだった。

 

「何者かに阻まれます!銃弾が効きません!」

 

「と、到達されます!!」

 

到着すると同時に、その水が土砂降りのように辺りに降り注いだ。

範囲内にいた兵たちが皆顔を歪める。

 

「ぐべっ」「うえっ」「なんだこれ、くせぇ!」

 

「そらそうだ下水だし。病気になるかもしれんから後でちゃんとキレイにしろよ!」

 

「ぐあっ!」

 

いつのまにか近づいていたマーシュが兵士の首元を掴み、投げて地面へと叩きつける。

兵たちが慌てて銃を向けるが、どこからか飛んできたクナイがそれを貫いた。

 

「どけどけどけどけーーー!!」

「おら邪魔だガキども!!」

 

「先に行くでないワ!」「早い……」

 

中央兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げるマーシュとグリードのもとに、ランファンとフーも降り立って、クナイで援護する。

 

この一瞬で、正門前はマーシュたちによって制圧された。

 

……肝心の正門を除いて。

 

 

「随分とナメられたものだな」

 

 

正門に立つはこの国の象徴、キング・ブラッドレイ大総統。

その眼光はいつもに増して鋭く、彼の感情の高まりを感じさせた。

 

「おおう、おいでなすったぞおヒゲのオジ様が。んじゃ、任せたぞグリード」

 

「おう。お前らも行っていいんだぞ」

 

「若を放っていけるカ!!」

 

マーシュはグリードの肩に手を置くと、地中へと沈んだ。

ピキピキと身体を硬化させていくグリードと、刀を構えるフー、一歩下がってクナイを向けるランファン。

そして両手で剣を抜くブラッドレイ。その姿からピリピリと伝わるプレッシャーは、三人がかりだろうと勝てるヴィジョンを全く見せてはくれない。それでも、退けない。

 

「いくぜラース」

 

グリード()に染みついた()()が、退くことを許してはくれない。

 

 

 

憤怒 対 強欲。

 

 

 

「オラァ!」

 

ギィンと硬いもの同士がぶつかり合う甲高い音が響く。

片方は剣、片方は腕。

硬化により鋼の硬度を得ているグリードの腕は、ブラッドレイの剣をもってしても傷一つつかない。

ならば硬化していないところを狙えばいいと思うだろうが、それは無理だ。

 

グリードは、()()()()()()()()()()()()

ブラッドレイの剣が通る余地はない。

 

それはマーシュの指示だ。「出来るんなら戦う前から全身硬化しとけよ」と。その指示に素直に従った自分にグリード自身が驚いていた。そしてそれは、時折見えるいつかの知らない自分の記憶も指示に従ったほうがいいと告げているからだった。

 

一方的にグリードが攻め立てる。防御は最大の攻撃。攻撃を食らう心配がないからこそ思い切り、いくらでも攻められる。

ブラッドレイもやり辛そうにその目を険しくする。

 

ブラッドレイと鍔迫り合うグリードの背後でカキンと音が鳴った。次の瞬間、辺りを閃光が白く染め、それを視界に入れた者の目を焼く。

 

「ぐっ……」

 

ブラッドレイの右目も例外ではない。その目をつむる。

好機と見たグリードが鋭く尖った爪で、ブラッドレイの心臓を貫かんとする。

 

しかしそれはブラッドレイの剣により阻まれる。

ブラッドレイは、瞳にウロボロスを宿したその目でグリードをしっかりと捉えていた。

 

「この眼帯に感謝したのは初めてだな」

 

「チッ」

 

好機こそ逃したものの、やる事は変わらない。このまま攻撃を続ければいつか隙は出来るはずだ。マーシュといくつかの策も練っている。

 

先程よりもブラッドレイの動きが鋭さを増している。一切の無駄なくこちらの攻撃をかわす、いなす。剣は通らないと見ているのか、攻撃こそしてこないもののその目はグリードを冷たく見抜く。

一瞬出てきた、どれだけ攻撃しても無駄なんじゃないかという考えを頭から追い出すようにグリードが雄叫ぶ。ブラッドレイを狙ってもかわされる。ならば。

 

グリードがブラッドレイの剣を両手で掴む。

 

「ランファン!!」

 

間髪入れずに、ランファンが手榴弾のピンを抜き、グリードのほうへと放った。ブラッドレイの目が見開かれる。

 

衝撃が、二人を襲う。

爆発音と振動が響き、煙が辺りに広がる。

 

ランファンが目を凝らすと、少しの間を置き中から服だけボロボロになったグリードが、握った剣を叩き折りながら出てきた。

 

「咄嗟に剣だけ置いて逃げられた。まだその辺にいるぞ、気ィつけろ」

 

道連れ作戦は失敗。次の手へと思考を移そうとした矢先だった。

 

「若、危なイ!」

 

「ごぼっ」

 

ランファンの警告も時遅く、グリードが剣を文字通り()()()()()()

 

口から突っ込んだ剣を、ブラッドレイがくるりと動かすとそのまま喉が内側から切り裂かれる。グリードが血を吐き、苦悶の表情で倒れる。

 

「表面だけ硬かろうが、中身は脆い」

 

ランファンがブラッドレイをキッと睨みつけ、クナイを振り抜いた。

ブラッドレイは歯牙にもかけず、片手間に弾くとそのままグリードへ追撃を加えようと突きを放った。

 

そのブラッドレイの剣を、筒のようなものを咥えたフーの刀が逸らす。フーが息を吹くと、口に咥えた筒から針が飛び出す。ブラッドレイはそれを首を捻って回避。

 

『若を守れ!』

 

グリードは、再生と硬化を同時に出来ない。再生中はどうしても無防備な姿を晒すことになる。ほんの数秒。それは、ブラッドレイがグリードを切り刻むのに十分過ぎる時間であることはわかっていた。だから、時間を稼ぐ。グリードが再生するまでの時間を。

 

周りがスローになっていくのを感じる。ブラッドレイの剣はすでにフーの首筋へと伸びていた。

 

フーは今まで、何度も死線を潜ってきた。勝負の勘も備わっている。その勘が体の内側から大音量で警音を発していた。『五秒ともたない。死ぬぞ』と。

 

刀で剣を、止める。二本目の剣が、すでに自分の心臓に届かんとしている。

 

もう長いこと生きた。今更死ぬ事自体は恐くない。恐いのは、何も出来ぬまま死ぬ事だ。主人のために、何も残せぬことだ。まだ、死ねない。あと少しだけ、死ねない。

 

自分の限界を超えた速さで体を捻る。老体が嫌な音を立てるが、そんなことはもう関係ない。一本目の剣が引かれる。おそらくもう躱せない。だが剣で体を貫かれようが、半身に割かれようが、しがみついてみせる。それで主人が復帰するのにギリギリで間に合うはず。

ブラッドレイを、そしてその剣を睨み、最期の時を待つ。

 

そしてブラッドレイの剣が勢いよくフーの首

ではなく、グリードへと飛ばされた。

 

「なっ……」

 

咄嗟のことにランファンは反応出来ない。剣は、再生途中だったグリードの胸を易々と貫通した。

 

延長戦。ランファンがグリードの剣を引き抜き、グリードが再生し、硬化が使えるようになるまでに、果たして何秒か。

今また自分の心臓を狙っているこの剣を相手に、あと何秒もつか。

 

このままでは死ぬ。何も出来ずに死ぬ。

いや、死んでたまるものか。まだだ。まだ……

 

「死ねるカァッ!!!」

 

折れかけた心を、繫ぎ止める。首だけになっても、噛みついてでも時間を稼ぐ。それが、自分が出来る主人への最期の報いだ。

 

ブラッドレイは少し面倒そうに目を細めるだけだった。

そして、剣を薙いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいねぇ、逸る闘争心。いい男じゃない。

 

うちの旦那には劣るけどね」

 

その剣は、壁によって防がれている。

フーとブラッドレイの間には一瞬で石の壁が出来ていた。

 

さすがに驚愕した様子を見せるブラッドレイが、その目を向けた方向にいたのは、1人の女性。

 

 

 

最強の眼、相対するは、最強の盾と最強の主婦。

 

 

 





フーが息を吹く。フー。


Q.グリードは人間ベースの人造人間なのに再生するのですか?
A.原作でも再生する描写がありました。ブラッドレイは魂が一つしか残ってないけど、グリードは魂たくさん残ってるから、っぽい?

ヒューズもっとカッコよくしたかった。ぅちわ……がんばった……でもむり……ぅちのちからじゃまぢむり……。
だれかヒューズがカッコいい話書いて。

次話は遅いんでしょうか?(疑問形)


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嫉妬

アームストロング少将と、人造人間・スロウスが対面する。

部屋に残った将校を一人斬り殺し、もう一人の将校に対して、中央兵を引かせるよう脅そうとしたところにスロウスが襲いかかってきたのだ。ちなみに将校はスロウスが誤って叩き潰した。

 

「めんど、くせー。けど、女将軍、ころす」

 

スロウスがのろのろとした口の動きとは裏腹に、その手首に繋いでいる鎖を凄まじいスピードで振り回す。周りにいる中央兵たちがそれによって吹き飛ばされる中、アームストロング少将は身を屈めて避け、拳銃で反撃した。

しかしスロウスの体には傷一つつかず、着弾した箇所をポリポリと掻かせるだけだった。

 

「効かんか。わかっていたがな」

 

拳銃を放り捨て、剣を構え直すアームストロング少将。ダメージを与える手段が現状ほぼないに等しく、どうしたものかと考える。

だが少将が良い案を思いつく前に、スロウスが痺れを切らした。

 

「あ、最初から、本気、だせって、言われてたの、忘れてた」

 

スロウスが、心底面倒そうにその体を揺らす。

 

「あー、めん、ど、くせ––––––」

 

アームストロング少将がスロウスの言葉を最後まで聞き取ることは出来なかった。

一瞬のうちに、遠く離れた後ろの壁へとスロウスが激突していたからだ。

 

「なっ……!!」

 

「はず、れた」

 

アームストロング少将がバッと振り返るとそこでは、スロウスがゆらりと起き上がりタックルの姿勢をとっていた。

頭よりも先に本能のようなものでスロウスのスピードを理解し、少将が形振り構わずに横へ飛ぶ。

直後、少将がいた場所を、目視すらできない速度で巨大な物体が突き抜けた。

 

「なんという、スピード……!」

 

そこでようやく、アームストロング少将の脳内が目の前の事象に追いつく。普通の人間の倍はあろうかという巨体で、銃弾並みかそれ以上の速度。その破壊力は、想像もしたくない。

 

柱にめり込ませた頭を引っこ抜き、スロウスがまたアームストロング少将へと狙いを定める。

 

とんでもない速さではあるが、その動きは直線だ。あとは、加速する瞬間の体の動きを見れば、避けられないことはない。

そう判断し、アームストロング少将がさっきより余裕を持ってスロウスを避ける。

 

やはり、速すぎて自分でも制御出来ていないか。

アームストロング少将がそう考えてスロウスのほうへ向き直る。

 

いや、向き直る前に。少将の目に映ったのは、自分へと突っ込んでくるその巨体だった。

 

「ぐ、あっ……」

 

アームストロング少将の体が、風に飛ばされた葉のごとく吹き飛ぶ。

直撃はしなかった。なんとか体を逸らした。

それでも、衝撃が全身を駆け巡った。一発で意識が消える寸前まで持っていかれた。

柱へと叩きつけられ、ズルズルと体が床へと落下した。

左腕が全く動かない。立ち上がろうとしても、足に力が入らない。

 

スロウスがゆっくりとこちらの方を向く。

もう避けられない。

せめてもの抵抗に、右手で剣をスロウスへと向ける。

 

あのスピードで突っ込んでくれば、刺さってくれるやもしれない。

いや、投げたほうがいいか?

しかしブリッジで避けられるかもしれんな。

そうだ、あの時のあいつの顔といったら……。

 

そこでアームストロング少将は自分が笑っていることに気づいた。

 

「……まったく、アレックスを軟弱と笑えんな。私は今、命が惜しい」

 

無性に、あの小憎らしい笑顔を見たくなった。

それはもう、叶わないが。

 

スロウスが、肩を前に突き出し、迫ってくる。

世界がスローになって見える。

私の命もあと数秒。

最後まで、武人らしく抗ってみせる。

剣をしっかりと握り直し、スロウスを睨みつけた。

 

スロウスがゆっくりとアームストロング少将へと迫り–––––––

 

 

 

 

 

–––––––こけた。

 

「「!?」」

 

世界の速さが元に戻る。

スロウスはゴロゴロとアームストロング少将の横を猛スピードで転がって通過していった。

 

見ると、スロウスとアームストロング少将の間の地面の一部が大きく陥没している。

 

「行け、筋肉ヒゲダルマーズ!!」

 

「後で殴る!!」

 

よく通る声が響き、それと同時に大男が二人、スロウスへと突っ込んだ。

筋肉ヒゲダルマ1号、アレックス・ルイ・アームストロング少佐と、

筋肉ヒゲダルマ2号、バッカニア大尉だ。

ちなみに文句を言ったのは2号で、1号は満更でもなさそうな顔をしていた。

 

 

「御機嫌ようお嬢さん。惚れた?」

 

悪戯っぽく笑いながら、アームストロング少将に手を差し伸べるマーシュ。

 

「……ハ、馬鹿を言え」

 

その手をきつく掴み、一息に立ち上がる。そして、その口元に笑みを浮かべた。

 

「とっくに惚れている」

 

「……え、マジで?」

 

「とにかくあのデカブツを何とかするぞ」

 

呆けるマーシュを置いて、アームストロング少将はスロウスのほうへ向かう。

先ほどまで立つことも出来なかったはずなのに、不思議とその足取りはしっかりとしていた。

 

 

「ぬぅん!」「おりゃあ!!」

 

アレックスが地面を殴りつけると、人の身の丈ほどの大きな棘が地面から生え、スロウスの腹を貫く。バッカニアがそれに続き、右手のチェーンソーを回転させてスロウスの腕を切り裂いた。

 

「いてえ。いたがるのも、めんどくせー」

 

スロウスは腹に穴を開け、腕が半分千切れかけても特に動じていない。ゆらりと、前傾姿勢をとった。

 

「めんどくせー、めんどくせー、ああもう、死ぬほど、めんどくせー……」

 

「気をつけろ!!超スピードで突っ込んでくるぞ!!」

 

「ぬ!」

 

遠くでオリヴィエが叫ぶ。アレックスとバッカニア大尉がそれに応じ、横へと飛んだ。

ボッと音を立てて二人の横をスロウスが通過する。

 

スロウスは、面倒臭がりだ。普段はのろのろと動き、何をするにも面倒がる。

唯一、お父様からの命令は面倒臭がりつつもきちんと遂行する。

そう、まだ面倒臭がっているのだ。先ほどまでの猛スピードでの突進は、()()()()()()()()()()を面倒臭がった故の、単純な突進。

女将軍を殺すだけならそれで良かったのだろうが、ワラワラとそれを邪魔する者が増えてしまった。今となっては、こいつらの相手をずっとするほうが面倒臭い。

つまりは、()()()()()でこいつらを一瞬で殺したほうが、面倒臭くない。

スロウスが、そう判断した結果。

 

 

壁が弾ける。天井が砕ける。柱が壊れる。

スロウスはまるでゴムボールのように建物の中を跳ね回っていた。

 

壁にぶつかった瞬間、天井にぶつかった瞬間、向きを変えてそれを蹴る。一瞬でも留まることなく、四方八方へと猛スピードで飛び回っているのだ。

 

「なっ、んと、がぁっ!!」「ぐほぁぁっ!!」

 

余波に巻き込まれ、近くにいたアレックスとバッカニア大尉の二人が吹き飛ばされる。

今のスロウスには細かい狙いなどつけられないが、それでも十分だった。こうやってあと数秒動き回れば、女将軍もその周りの奴らも全員勝手に死んでいる。

 

 

スロウスが飛び回る。もう数秒しないうちにこちらも吹き飛ばされるだろう。

どちらから言うでもなく、背中合わせになるオリヴィエとマーシュ。

 

「合わせられるな、オリヴィエ?」

 

「誰にものを言っている、マーシュ」

 

二人の声には、絶望や悲嘆の感情はまったく含まれていなかった。

 

マーシュが一歩前に出て、その両手を前に構える。

スゥー……と息を吸い、ピタリと動きが止まった。

その目は、スロウスの一挙手一投足に向けられて。

超高速で動くスロウスの姿を、捉える。

 

スロウスの姿がブレて、次の瞬間には二人の目の前にいた。

アームストロング少将は、身動ぎひとつしない。

スロウスの動きに反応する気など最初からない。

マーシュが、どうにかするとわかっているから。

 

いつのまにか、スロウスの身体が宙へと浮いていた。

スロウスの鈍重な思考回路が、不可解さで更にその回りを遅くする。

 

何故、泥の錬金術師に突っ込んだはずなのに、自分は宙へ飛ばされているのか。

 

答えは明快、マーシュがスロウスの向かう先を上へとズラしたからだ。錬金術ではなく、柔で逸らした。

 

吹き飛ばされながらも、スロウスの視界にマーシュが入る。

 

身体が浮いてようがどうでもいい。面倒だが、地面に身体がついた瞬間にマーシュへと突進する態勢を整えようとして、

 

次の瞬間、視界が赤色に染まった。

何も見えない。泥の錬金術師の姿も見えない。遅れて燃えるような痛みが目にやってくる。

 

「いってえ」

 

「さすがに眼球までは固くないようだな。仕上げは任せた」

 

女将軍の声が聞こえる。多分女将軍に目を斬られた。見えない。

背中から地面に叩きつけられて、一瞬真っ赤な視界が明滅する。

立たなくては。立ち上がるのも面倒でも、お父様の命令ならば仕方ない。立って、その辺を本気で走り回れば、勝手に皆死ぬだろう。そうしたら、ゆっくりと休んで……

 

ガクリと身体が倒れる。

 

「あれ?俺の、足、ない」

 

膝から下の感覚がなくなっていた。そしてやってくる、膝からの痛覚。一瞬声を上げて叫びかけるほどの痛み。だが、面倒くさい。

身体が何かに囚われた感覚。面倒くさい。

段々と再生してきた目で見えたのは、泥の錬金術師と女将軍の姿。

本気で戦ったのに、負けた。

だからもう、働かなくても、いいか。

 

「「沈め」」

 

ああ、もがくのも、めんどくせー。

 

 

 

 

 

 

「––––––––ックス、おーいアレックス、バッカニア、無事か?」

 

「ん、ぐ……ぬ!あの人造人間は!」

 

「沈めた」

 

マーシュがペチペチとアレックスとバッカニアの頰を叩くと、二人とも目がさめる。どうやら致命傷は避けていたようだ。フラフラとしつつも起き上がる。

 

「よし、大丈夫なようならオリヴィエ守ってやってくれ。俺は下に行かなきゃいけない」

 

「おい、こんな軟弱者に守られるほど私は落ちぶれていないぞ」

 

「それが助けに入った者への態度ですか姉上!」

 

「おう、とっとと行ってこいドワームス」

 

マーシュがオリヴィエへと向き直り、ポリポリ頰を掻く。

 

「あー、オリヴィエ、その、なんだ。……全部終わったら、また改めて話そう」

 

「……ああ、待っていてやる」

 

「……義兄上と呼ばなければならぬかな」

 

妙な雰囲気になっている二人を見て、アレックスがボソリと呟く。

その横で、バッカニア大尉がダラダラと冷や汗を流していた。

 

「さぁ早くいけドワームス敵は待ってはくれんぞ今こうしている間にも奴らの計画は進行しているさぁさぁ早く!」

 

「あー、バッカニア、その、なんだ。……全部終わったら、金髪縦ロールな」

 

にこやかに言い残してマーシュは地面へと潜った。

バッカニアは頭を抱えて蹲った。

 

 

「……にしても、大所帯になったなぁ」

 

走りながら、ホーエンハイムがぼやく。

当初は一人でホムンクルスの相手をするつもりだったはずなのだが、いつの間にやら味方がどんどん増えていた。頼もしくもあるが、少し申し訳なさもある。全ては自分と奴の因縁から始まったことだからだ。だがそのことを知っても、息子たちも、マーシュも、その仲間たちも、一緒に戦うと言ってくれた。

 

『良い奴らだなぁ、ホーエンハイム』

『こいつらの国をめちゃくちゃにはさせねぇさ』

『頑張りましょう』

『気張っていこうじゃないか!』

 

体の中から声が聞こえる。その全員に短く返事をして、自分の頬をバチリと叩く。隣でエドワードがその音に目を丸くしている。あぁ、こいつらも守ってみせる。気合を、入れ直した。

 

 

 

 

現在一行は、研究所の地下からお父様のもとを目指して走っている。

エドワード、アルフォンス、ホーエンハイム。

マスタング大佐、ホークアイ中尉、ハボック少尉。

ハインケル、ダリウス、ザンパノ、シェルゾ。

メイ、スカー。

そしてバリー、ラスト。

 

老若男女人外犯罪者問わずの行進は、なかなか圧巻ものだ。

先頭を走るのは、ラスト。隣にハボック。後ろにエドワード、アルフォンス、ホーエンハイムだ。

エドワードがジトっとした目でラストを見る。

 

「……ホントに裏切らないんだろうな、この女」

 

「あら、まだ疑ってるの?傷つくわ」

 

「当たり前だ!お前がアルを真っ二つにしたこと知ってんだからな!!」

 

「安心なさい。私の目にはもうジャンしか見えてないわ」

 

「へへ、照れるぜソラリス」

 

「…………」

 

「兄さん、多分ほっとくのが一番だよ……」

 

アルフォンスがポンポンとエドワードの背中を叩き、ダリウスやハインケルもそれに続く。

 

「おうラストォ!もっかいお前の体切らせてくれねぇか!?」

 

「おいバリー、頭ブチ抜いてやろうか?」

 

肉切り包丁をブンブンと振り回すバリーへ、銃口を向けてメンチを切るハボック少尉。

 

ラストが仲間に加わることは全員了承済みであったが、信用すると決まったわけではない。

特にラストと戦ったことのあるアルフォンスやメイは、合流した直後はずっとラストを警戒していたのだがーーー。

 

「ありがとうジャン、素敵よ」

 

「全てを捨てて俺を選んでくれたんだ、ずっと守ってみせるさ」

 

ハボック少尉にしなだれかかるラストと、キメ顔を作るハボック少尉。

何回もこんな出来立てホヤホヤのカップルのようなやり取りを繰り返されているため、周りの者はうんざりしていた。

 

「……ムッ、大佐さン」

 

 

地下道を走るエドワード達から少し離れた位置、通路の影で、エンヴィーが一行を睨んでいた。傍らにはグラトニーもいる。

 

「なんでだ……?なんで、そんな顔してんだ……?人間は、醜くて、愚かで、クソみたいな、下等生物だろ……。そんなクソみたいなやつらと一緒にいて、なんで……なんで、そんな()()()()()()()()()()!!なぁ、ラストォ!!」

 

「……おでも、ラストに……」

 

「グラトニィー!!もういい!!全部飲んじまえ!!ムカつくあのクソ女ごと、全部!!」

 

「え、でも、人柱もいる……」

 

「じゃあそいつらだけ飲むな!!とにかく、このエンヴィーの視界からあいつらを……

 

「そんな大きな声を出すと、私じゃなくてもバレバレですヨ?」

 

「!!」

 

いつのまにか二人の頭上にいたメイが投げたクナイが、エンヴィーの額へと突き刺さる。

 

「ガッ、クッソが!!グラトニー!早く……」

 

「ふむ、二体来てくれるとは都合がいい」

 

チリッとエンヴィーの目の前に火花が散ったかと思うと次の瞬間、エンヴィーの体が爆炎に包まれる。

マスタング大佐だ。その後ろにはホークアイ中尉が銃の照準をこちらに合わせて構えており、更に後ろにはラストとハボック少尉が控えていた。ラストの表情は明るくはないが、それでもその爪を構えていることから、こちらへ攻撃する意思があることは見て取れた。

 

これはまずい。そう判断したエンヴィーが焼けた喉で叫ぶ。

 

「の"っ、め"ぇぇぇぇぇ!!グラドニ"ー!!」

 

「む、下がれ中尉、メイ!!」

 

グラトニーの飲み込みを一度見ているマスタング大佐が、二人を下がらせようとする。……が、待てどもあの口撃は放たれない。グラトニーは体を震わせながら、その場から動かなかい。

 

「おいウスノロ、何やって–––––––」

 

「おで……おで、ラストと、いっしょがいい」

 

グラトニーが、ハッキリとそう言った。その場にいる全員が、目を丸くする。

 

「て、めっ……」

 

数瞬遅れて激昂しようとしたエンヴィーだったが、その叫びはマスタング大佐の爆炎に呑まれることによって止められる。

 

「さて、貴様はどうする?」

 

マスタング大佐が指を構えて、エンヴィーへと向ける。

焼け焦げた体を再生しながらエンヴィーはギリギリと歯ぎしりし、様々な感情が入り混じった目でラストとグラトニーを見た。

 

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

エンヴィーが吠えると、エンヴィーから尻尾のようなものが飛び出し、天井へと叩きつけられた。天井が破壊されて瓦礫が降ってくる。

崩壊が収まったとき、そこにエンヴィーの姿はなかった。

 

「くっ、逃げられたか……。追うぞ中尉」

 

「はい。……グラトニーは……」

 

「ラスト、おで、おで……」

 

「……もしこちらに来るのなら、あなたは二度と『人を食べない』と約束出来る?」

 

拳を握りしめて俯くグラトニーに、ラストがその頰に手を添え、優しく微笑む。グラトニーはその白い目を潤わせ、少しの間逡巡して。

 

「……うん」

 

そして、コクリと頷いた。

そのやり取りを見ていたマスタング大佐が少し目を吊り上げ、口を開く。

 

「……その約束、違えばわかってるな?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

マスタング大佐の言葉に微笑みを返すラスト。

 

「ジャンも見ててくれるもの。ね?」

 

「え?あ、ああ、おう、もちろん」

 

構わない、構わないが……コブ付きかぁ……。と少し目を遠くするハボックであった。

 

 

 

 

 

 

 

地下道の半ばで、エンヴィーが壁を蹴る。頭をガリガリと搔きむしり、息を切らしながら座り込んだ。

 

「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!!ふざけんな、どいつもこいつも!!群れなしやがって!!なんでだ!あんなクソどもと馴れ合って!!アホ面で笑って!!ンな、人間みてぇに……!!なんで、なんで、なんで………………クソ、クソクソクソッ……」

 

 

グリードだけなら、人造人間の中にも奇特で馬鹿な奴がいるという話で終わった。

ラストも、気が狂ってしまった人造人間ということに無理やりした。

二人は強欲と色欲という曖昧な感情から生まれた奴ら。

血迷って生まれた理由を放棄したとしても、まだ理解は出来た。理解したくはないが。

だがグラトニーは……グラトニーは、食欲というシンプルな感情から生まれたはずだ。

なのに、食欲よりもラストに従うことに決めた。グラトニーが、自分で。

全くもって理解不能だ。不可解だ。不快だ。

自分の欲望に正直なくせにゴミ虫と仲良くなって囲まれてるあいつも。

下等生物に絆されて互いに想い合っているあいつも。

自分を構成する物に抗って、新しい生き方を決めようとしているあいつも。

全部全部全部全部全部全部。

ああ、ちくしょう。

 

いいなぁ

 

声が漏れた。漏れてしまった。

だが半分無意識に出たその声は、誰にも届かずに宙に溶け––––––––

 

 

「なんだ、お前も仲間になりたいのか?」

 

 

–––––––––ることはなかった。

 

「!? 泥の錬金術師ィ!!」

 

「なんだなんだ、そうなら早く言えばよかったのに」

 

うんうんと頷きながらマーシュがエンヴィーへと歩み寄ってくる。

 

「グリードもラストも寝返ってんだ。文句は言えねぇだろうよ」

 

「ふざ、けんな……!上から目線で喋ってんじゃねぇぞ!!このエンヴィーを……見下すなよ、人間が!!」

 

「いや、見下してないけど」

 

マーシュの目は、至って真剣だった。そこには憐憫も慈愛も蔑視も嘲笑もない。

 

「最初はさ、人造人間はただの化け物なのかと思ってた。だけど、違うんだよな。煽られれば怒るし、楽しければ笑うし、悲しければ泣くし、恋愛もする。それって、人間と変わらないよな。お前も、変わらないよ、人間と」

 

「ふっ……ざ、けんなっ!!このエンヴィーが、人間みたいな下等生物と、一緒だと!?バカにするのも、大概にしろ……!!」

 

「バカにしてないっつってんだろ。お前さ、人間だから人造人間だからーって思考停止してるんじゃねぇよ。自分がどうしたいか考えろ。考えた結果、俺をブチ殺したいっていうなら全力で相手してやるよ」

 

だんだんと、エンヴィーの吊り上がった目尻が下がっていく。

 

「……………………自分が……」

 

「んで、考えた結果、お前がグリードやラストみたいに仲間になりたいっていうんなら、少なくとも俺は受け入れる。だから、お前次第だ。自分で考えて、自分で選んで、自分で決めろ」

 

「…………………………」

 

黙りこくってしまったエンヴィーを見て、マーシュは頭を掻く。

あまり時間もない。ここでエンヴィーをずっと待った末に殺し合いなんかが始まったら、合流も遅れてしまう。

 

「んじゃ、先行くわ。願わくば、お前と俺の行く道が同じでありますように。なーんてな」

 

マーシュは聖書を読み上げるかのように目を閉じて祈りのポーズをして、自分の頭をてしっと叩いて少し笑った後、その場を走って去った。

残ったのは、地面を見つめるエンヴィーひとり。

 

 

「……自分が、どうしたいか……」

 

考えてみる。

あいつらをブチ殺したいか?

殺したいはずだ。はずだった。……今では何故か、わからない。

「お父様に言われたから」、ただそれだけの理由でいいはずなのに。今はそれでいいのか、考えてしまっている。

 

あいつらの仲間になりたいのか?

……わからない。ラストやグラトニーのように、一個人に執着してるわけじゃない。グリードのように、あいつらと行動して得られる利があるわけじゃない。じゃあなんで「いいなぁ」なんて言ったんだ?

 

……自分は人間になりたかったのだろうか。

否、そんなはずはない。好き好んで不完全なものになりたいものか。

でも。

人間と同じと言われた。あの醜い姿を見てもなお。受け入れると言った。

 

それを聞いた時、あぁそうだ、その瞬間自分は確かに。

 

 

 

嬉しかったんだ。

 

 

 

 

 

「あなたハ……?」

 

「通りすがりの錬金術師さんに頼まれてね。友達を手助けしてやってくれってさ。ま、アンタの()()と因縁がないわけではないけど今はお仲間でしょ?気にしないでおくわ」

 

ブラッドレイとグリードたちの間に立ち塞がったのは、エドワードとアルフォンスの元師匠で錬金術師で主婦、イズミ・カーティス。

 

「……イズミ・カーティスか。丁度いい、捕獲させてもらう」

 

「あー、人柱とかいうやつなんだっけ?やーね、勝手に変なものの頭数に入れないでほしいわ」

 

パンッ、とイズミが手を合わせると同時にブラッドレイが駆け出す。

地面に手を置く前に腕を切り落とせばいい。それで錬金術も使えない木偶になる。はずだった。

 

イズミはブラッドレイの突きを難なく躱すと、その腕を絡めとる。そのまま淀みなく流れるように足を払い、背負い投げのようにブラッドレイを投げ飛ばした。

 

「……ハ?」

 

見ていたランファンとフーとグリードが一様に目を丸くして口を開ける。

この場に出てきたからにはただの女性ではないと思っていたが、それでもあのブラッドレイを軽々と投げ飛ばすほどとは思っていなかったのだ。

 

イズミは間髪入れずまた手を合わせ、地面に両手を置く。すると宙にいるブラッドレイを覆う檻のように、地面が変形していく。

 

しかしブラッドレイは空中で態勢を整えると、二本の剣でその檻の一部を叩き切り、そのまま着地すると何事もなかったかのように剣を構え直した。

それを見て、イズミが少し眉をひそめる。

 

「……今ので決めるつもりだったんだけどねぇ。思ってたよりとんでもないわ、うちの国のトップ」

 

「それはこちらの台詞だ。もう少ししっかりと視察しておくべきだったかな。ただの主婦ではないようだ」

 

そこでグリードが再生を終えて復活した。しかしその雰囲気は先ほどまでとは変わっているようだ。

 

「あ"ー……、よし、やれル。手を貸してくレ」

 

「あら、リン・ヤオって子の方かしら?」

 

「ああ、俺にもあいつを倒さなくてはいけない理由があル。あいつは、キング・ブラッドレイは、王ではなイ。自分の望みのために民を犠牲にするなど、到底許せることではなイ。お前は、真の王にはなれなイ!!」

 

「抜かすな、小僧。真の王など、この世のどこにもおらぬ!!」

 

再び全身硬化したグリード……いや、リンがブラッドレイへと突っ込みその爪を振るい、ブラッドレイはそれを剣でいなす。

まるで先ほどの戦闘の焼き直しだ。

だが先と違うのは、リンの後ろに錬金術師(イズミ)が控えていること。

 

ブラッドレイの足元から石の棘が出現する。リンを避けるような細かな狙いなどはない。リンは巻き込まれてもダメージがないからだ。

()で察知していたのかブラッドレイが飛び退いて回避するが、リンが即距離を詰める。執拗に張り付き、ブラッドレイが離れることを許さない。

ここでようやく、ブラッドレイの顔に少し苛立ちのようなものが見え始めた。その眼を険しく鋭くし、リンを睨みつける。

 

リンの攻撃を防ぐために少しずつ後ろへと下がるブラッドレイの背後に、突如大きな石壁が現れた。イズミの援護だ。

ブラッドレイの背中が壁にトンと当たる。もう後ろに下がることはできない。

リンの猛攻が激しさを増していく。躊躇いなく眼を、喉を、心臓を貫かんと爪で突く。

それに加えて、イズミが横から石飛礫(いしつぶて)をまるで散弾かのように撃ち出している。またもリンごと巻き込んだ攻撃だ。

ブラッドレイは体をずらしてリンを間に挟むことによって被害を減らしてはいるが、飛来する石を完全には躱しきれず腕や足が傷ついていく。

 

「いけル……!」

 

フーを介抱しながらその戦闘を見ていたランファンが呟く。あの恐ろしく強いキング・ブラッドレイがジリ貧だ。この状況が続けばいずれは力尽きるはずだ。勝利を、確信した。

 

 

「うっぐ……!!」

 

ランファンが勝利を確信した次の瞬間、リンが、呻いた。

数瞬置いて、ボトリとランファンの横に黒いものが落ちる。

 

それは今鋼よりも硬い硬度を誇るはずの、リンの腕だった。

 

その場にいた者は皆、その目を見開いた。ただブラッドレイだけが、剣を振り上げた姿勢でリンを先ほどと変わらぬ目で睨みつけていた。

 

「なっ、んでダァッ!!?」

 

「関節まで硬化していては動くことも出来んはずだろう。自分の身体のことくらい把握しておけ」

 

ブラッドレイは、リンを睨みつけているだけではなかった。

その眼は、どこを切れば剣が通るか、それを見定めていたのだ。

 

リンの腕の再生が始まる。始まってしまう。

再生と硬化は同時に出来ない。リンの頭の中に、走馬灯のように()()のグリードの姿が映った。

 

ブラッドレイが一転攻勢。リンの喉に剣が突き立てられる。首元が裂かれる。肩が貫かれる。胸を切り開かれる。腹に蹴りが入れられる。足が切り落とされる。

 

「がっ、あっ……!!」

 

為すすべなく解体されていくリン。

 

もちろん、イズミもそれを黙って見ているわけがない。

手を地面に置き、ブラッドレイへと石の手を襲いかからせる。

ブラッドレイはそれを軽々躱すと、再生途中のリンの襟元を掴み、イズミのほうへと投げ飛ばした。

 

「なっ!」

 

受け流して後ろへ放り投げるわけにもいかず、リンを受け止めるイズミ。

 

次の瞬間、ブラッドレイの剣がリンの腹を抜け、イズミの肩口までも貫いていた。

 

「かっ、は……!」

 

「つっ、うぅ!!」

 

「力無きものが、理想を語るな。お前には何も守れやしない」

 

ブラッドレイはイズミをリンごと蹴り飛ばし、トドメにイズミの手の甲と、リンの腹へとそれぞれ剣を突き立てた。二人が、苦悶の声をあげる。

 

そこへ、ブラッドレイの首元へとクナイが飛来する。首を軽く捻るだけでそれをかわし、ブラッドレイが視線を横へと向けた。

そこではフーとランファンが、その目に憤怒を滾らせ刀とクナイを構えている。ブラッドレイはそれを見て、面倒そうに鼻を鳴らしただけだ。

 

 

そのブラッドレイの背中に、声がかけられた。

 

「いつまで手こずっているのですかラース」

 

後方に立っていたのは、セリム・ブラッドレイ。その正体は、プライドと呼ばれる人造人間の長兄である。

 

「……プライドか」

 

「そろそろお父様も痺れを切らします。早く終わらせなさい」

 

「ああ、承知した」

 

「グリード、貴方は私が直々にお仕置きしてあげましょう」

 

「ハ、勘弁願うぜ、兄ちゃん……!」

 

タタ、とセリムがまだ四肢が生えていないリンの方を目掛けて走り寄る。

ブラッドレイも剣を構え、ランファンとフーに狙いを定めた。

 

ランファンが歯を噛み締めた後、咆哮をあげながらブラッドレイへと突っ込む。フーが制止しようとしたが、もう遅い。

わかっていた。ランファンも、自分がブラッドレイにとって歯牙にもかけない存在であることはわかっていた。それでも、行くしかなかった。行かなければ、またフーがブラッドレイを足止めしただろうから。そして、今度こそ斬り殺されるだろうから。自分の祖父が目の前で散るのをただ見ていることなど、出来ない。何より、自分の主人を侮辱し、嬲り殺しにしようとしたこの男を、許せない。

 

ブラッドレイは目を細めて、突っ込んでくるランファンを見ている。そして、おもむろにその剣を片手でランファンへと向けた。これは、警告。この剣の届く範囲にきた瞬間、お前の首が飛ぶぞ、と。

 

だが今更、そんなものでは退けない。ランファンがすくみそうになる足を無理やり動かして、前のめりにブラッドレイへと接近した。フーが、叫ぶ。ランファンがブラッドレイの剣の範囲に入るまで、あと2メートル、1メートル–––––––––。

 

 

 

「残念、お仕置きされるのはお前だよ」

 

 

 

場違いな、楽しげな子供の声がブラッドレイの耳に届いた。

 

次の瞬間、ラースの脇腹を、()()が貫いた。

ブラッドレイの目が見開かれる。

 

「良い演出だろう?ラース」

 

ブラッドレイの斜め後ろにいたセリム(プライド)がにんまりと、ブラッドレイも今まで見たことのない笑顔を見せる。

セリムの顔が剥がれ落ち、下からエンヴィーの狡猾そうな笑みがあらわれた。その体から伸びている腕は刃物となって、ブラッドレイの腹を貫いている。

ブラッドレイは咄嗟にエンヴィーの腕を切り落とすが、血を吐いて体をぐらつかせた。そしてその瞬間。ランファンが、ブラッドレイへと到達する。

 

 

–––––––––クナイが、ブラッドレイの左目へと突き刺さった。

 

 

 

 











難産オブ難産。
今までの中で一番難産。
あとがきでふざけたこと書く余裕なかったくらいには難産。
何が難産ってホムンクルス勢。
もう書いててキャラ崩壊してるのかしてないのかわかんなくなってきた。寛大なお心でお許しいただければ幸いです。

グラトニーは原作の最期の言葉が、食べ物や食欲に関する言葉ではなく「ラスト」だったことから、食べることよりもラストを優先する可能性もあるかな、と解釈しました。
エンヴィーもグラトニーももう少し掘り下げたいとは思いましたが、うん、キツかったんです。


グリードの弱点、というか倒し方の候補
⒈スタミナ
実は全身硬化は体力を使う。一定時間を過ぎると硬化出来なくなってしまうのだ!原作で全身硬化をあまり使わなかった理由付けも出来る!ただグリードが勝手に弱るのはちょっとダサいか……?

⒉もっかい口にブッ刺す
挑発しまくって、口を開けさせて、また口に剣を突っ込む!同じような展開だな!ダメだ!

⒊弱点はない
実は最強の盾は最強なのだ!錬金術師以外にグリードを倒す術はない!がっはっは!!……為すすべもなくやられるブラッドレイとか見たくない!却下だ!!

⒋関節が柔らかい
実は肘や膝裏などは色は黒いけど柔らかい!うん、あまり違和感もないしブラッドレイの眼の強さもアピール出来る!これだな!ただひとつ、感想欄で「最強の盾に柔らかいところはないし!」と作者が発言してしまったことが問題だ!見なかったことにしてください!行き当たりばったりマンなんです!


最後まであと、三話か四話くらいでしょうか。本当に飽きっぽい自分がよくここまで来れたものです。ひとえに皆様のおか……こういう挨拶はまだ早いですね、うん。一応完結までの展開は軽く頭の中で考えてありますが、多分修正しまくるので次話はきっと遅いです。完結させたい。応援して(直球)。


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真理

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

 

「おとーさん、お出かけ?」

 

「あぁ、昔の知人に呼ばれて、中央までな。話が終わればすぐ帰ってくるが、ちゃんと留守番できるな?」

 

「馬鹿にしないでほしいな!!」

 

「こちとら昨日トマトをこくふくしたんだぞ!こわいものなんてない!!」

 

「ピーマンはどうなんだ?」

 

「ぶぇ、あれは無理……」

 

「食べなくても生きていけるし……」

 

「……そうだな、ピーマンも食べられるようになったら、本格的に錬金術を教えようか」

 

「ほんと!?ならイケる、ピーマン!」

 

「ピーマンくらい楽勝!!」

 

「はは、現金な奴らめ……」

 

 

「早く帰ってきてよね、お父さん!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

地下の廊下の半ば。マスタング大佐とホークアイ中尉を除いた一行へ、障害が襲い来る。

 

「ヒャアァァァァ!!バケモノー!!」

 

「なっんだこいつらー!!」

 

服を着ておらず体は白くてガリガリ、目は一つ。そんな化け物が、百や二百で足りないほどにうじゃうじゃと湧いて廊下の奥から湧き出ているのだ。

 

襲いかかってきた一体に、スカーが咄嗟に生体破壊を行う。

しかし化け物はそれを全く気にせずに噛みつきにかかる。

反動で頭が首から離れかけようが、御構い無しに。

 

「やろー、人形に魂いれやがったな……!」

 

「アルフォンスみたいなもんか!?」

 

「一緒にされるのはちょっと嫌だな……」

 

武器や特殊な能力こそ持たないものの、これだけの数の不死の人形が一斉に噛みついてくるのは、どんな人間でも「死」を予感することだろう。

 

「どりゃあ!!」

 

「ふんぬ!」

 

「げひゃはははは!!切り放題だぁ!!」

 

しかしここにいるのはこの国の中でもトップクラスの錬金術師たちと、キメラ、そして殺人鬼だ。

数など物ともしない。

 

襲いくる人形を、文字通りにちぎっては投げ、斬っては捨て、叩きつけては捕らえた。

 

「足と顎を狙え!」

 

「キリがねぇ!」

 

それでもやはり、数が多すぎる。倒しても倒しても無尽蔵に廊下の奥から人形が溢れ出てくる。

エドワードが舌打ちをしたその時、ホーエンハイムが足を動かした。

 

「よし、俺がやろう」

 

一言。それを聞いたエドワードがまた目尻を吊り上げて何かを言う前に、それは発動した。

 

廊下の地面の真ん中が天井に届きそうなほどに盛り上がる。人形たちが出てきている奥のほうまで。そして盛り上がった地面は今度は真っ二つに分かれ、それぞれ左右の壁へと向かった。必然、人形たちは廊下の壁と、真ん中の壁に挟まれる形になり。「ぎっ」という声を上げて姿が見えなくなった。

そしてエドワードたちの眼前は、真っさらな、何もいない廊下だけとなった。

 

「……すげー」

 

「……規格外だな」

 

「ま、まぁ、実力が?すこーし、すこーしだけ凄いのは認めてやるよ!!」

 

「兄さんホント素直じゃないなぁ」

 

左右の壁の裏から人形たちの不気味なうめき声が聞こえる廊下を歩くと、分かれ道へと到達した。

メイが一方を指差す。

 

「こっちから大きな気を感じまス……!」

 

スカーがメイの指したほうと逆の道のほうを向き、呟く。

 

「……もしかすると、外へ出ようとしている奴もいるかもしれん」

 

一瞬間を置いてからスカーの言葉を理解し、ザンパノとジェルソが大きく頭を振る。

 

「……たしかに。クソッ、あんな奴ら外に出すわけにはいかねぇな」

 

「俺たちが駆除してくるから、あんたらは先に行け!」

 

二人の言葉に、ダリウスとハインケルも頭を掻きながら続く。

 

「ま、そういうことなら俺らも行くか」

 

「いいのか?」

 

「俺の野生の勘がな、そっちに行くなっつってんだ」

 

「足引っ張るのもゴメンだしな。雑魚処理はまかせとけ」

 

「サンキュ、ゴリライオンブタカエル!」

 

「雑にまとめんな!!」

 

「よっし、俺も行くかァ。切り心地はイマイチだったが久しぶりに山ほど切れるんだ、文句は言わねェ」

 

キメラ組とバリーが人形討伐へと向かい、エドワード・アルフォンス・ホーエンハイム・メイ・スカーが地下の最深部を引き続き目指す。

 

いや、目指そうとした瞬間。

エドワード、アルフォンス、ホーエンハイムの足元に、()が開いた。

 

 

マスタング大佐が、ホークアイ中尉と共に辺りを警戒しながらエンヴィーを探していると、前方からマーシュが駆けてきた。マーシュは二人に気づくとブンブンと手を振る。

 

「お、ロイー」

 

「動くな」

 

マスタング大佐が駆け寄ってくるマーシュに発火布をつけている手を向け、冷たく言い放つ。

マーシュは立ち止まり、両腕を上に上げた。

 

「貴様がドワームスだと証明できるか?」

 

「お、おいおい、信じてくれよロイ。俺が偽物だっていうのか?」

 

「いいから早く証明しろ」

 

マスタング大佐が指に力を入れる。

ホークアイ中尉もライフルを構え、引き金に指をかけた。

 

マーシュは少し沈黙した後、その口角を歪め、邪悪に笑った。

 

 

「実は教官の妻だけじゃなくてその娘と妹にも手を出してて教官が一度自殺しかけたこ」

 

「わかった!!!貴様はドワームスだな!!もういい!!もういいから黙ってくれ頼む!!」

 

もはや呆れや哀れみを通り越して虚無になった瞳のホークアイ中尉。その漆黒の瞳を覗いたマスタング大佐は後に、「真理の一端を見た気がする」と述べた。

 

 

「……で、でだな。エンヴィーは見なかったか?変身能力があるというのは厄介だ、今のうちに仕留めておきたいんだが……」

 

「あー、見てないな。俺が来た方にはいなかったから、もうどこかに逃げたんじゃないか?」

 

「……そうか。仕方ない、先に進むか」

 

「それで、道はわかるか?」

 

「………………」

 

ーー

 

「ぬ、がっ……!!」

 

ブラッドレイがランファンを蹴り飛ばし、左目を押さえながらふらつく。押さえた箇所からは止め処なく血が溢れ出ている。

残った右目は、元の姿へと戻ったエンヴィーに向けられていた。

 

「……まさかお前も裏切るとはな、エンヴィー。マーシュ・ドワームスに絆されでもしたか」

 

「ハァー?違うし。お前のが気に食わなかっただけだし。末っ子の癖に偉そうなのが」

 

「そうかね。あぁしかし、やはり奴は病院で最初に会った時に無理にでも殺しておくべきだったかな。これほどの障害になろうとは……本当に『人間』というのは、思い通りにいかなくて腹が立つ」

 

そう言って、ブラッドレイは()()()

言葉では怒りを表しながら、その顔は楽しげで。

 

「どうした貴様ら、まだ『キング・ブラッドレイ』は顕在だぞ。しっかり仕留めてみせろ」

 

しかしその表情は一瞬で消え、次の瞬間には憤怒の形相でグリードへと剣を構え突っ込んでいた。

 

今のやり取りの間にフーがグリードに刺さった剣は抜いていたものの、まだ四肢の再生は完全に終わっていない。イズミもまだその手に剣が刺さっている。どちらも今は余りにも無防備な存在だ。

 

フーがすんでのところでブラッドレイの剣を刀で受け止める。

鍔迫り合いのような形になったが、ブラッドレイのほうが明らかに有利な体勢だ。

 

腹と片目に穴を開けられて尚、この速さと力か……!

とフーが内心で悪態をつく。刀はカタカタと震え、すでに限界が近かった。

 

『爺様!』

 

『来るな!!』

 

ランファンが加勢しようと走り寄るのを、フーが諌める。

ランファンに、気がそれた。ブラッドレイは刀を弾き、そのままフーの腕を切り裂いた。

 

「ガッ……」

 

ブラッドレイは追撃しようとしたが、いきなりぐるんと振り返る。

 

「チッ……!」

 

そこにはエンヴィーの腕から伸びた蛇が目前に迫っていた。

それを縦に切り裂くと、剣をエンヴィーの方へと投擲。

剣は吸い込まれるようにエンヴィーの額へと刺さり、その体は倒れる。

 

そしてフーの刀を拾いあげ、近くにいたランファンへと矢のように迫った。

 

「あ……」

 

ランファンは全く反応出来ていない。

フーが斬られたことで一瞬思考停止してしまい、今ようやく頭が追いついたところだった。

 

刀が、ランファンの首へと迫り。

 

 

「あなた!!」

 

 

寸前で止まった。

 

直後、ブラッドレイの体が地面から隆起した石に飲まれた。

そんな芸当が出来るのはこの場には一人しかいない。イズミだ。

手から血を流しながらも、しっかりと錬成していた。

 

横には今やっと再生を終えたグリードが倒れている。

その口には剣が咥えられており、口だけでイズミの手に刺さった剣を抜いたであろうことが推測できた。

 

石の塊の中に、頭だけを出してブラッドレイは捕らわれた。いつぞやの泥の中に囚われたときのようだ。あの時と違うのは、もうブラッドレイを助け出せるものはこの場にいないこと。

つまりは、キング・ブラッドレイとの戦いの、決着である。

 

 

「……あ、爺様!!」

 

何が起こったか理解できず呆けていたランファンが気を取り戻し、フーの元へと駆け寄る。フーは腕こそ切られたものの致命傷には至っていないようだった。

 

 

 

ブラッドレイの目は、先ほどの声の主、兵に囲まれ凛と立っているブラッドレイ夫人へと向けられていた。

 

「……何故ここに」

 

「ヒューズ中佐たちに連れてきていただきました」

 

 

「家族の元に連れて行ってくれないなら舌を噛み切ります、だなんて言うもんだからよぉ……」

 

「この辺りの制圧は完了したしな。それでも危険なことには変わりないが……ま、弱いんだよ俺、家族愛にな」

 

イズミとグリードの後ろに、ブレダ少尉とフュリー曹長、ファルマン少尉とヒューズ中佐が、何十人もの兵と共に現れる。

 

夫人はツカツカとブラッドレイの元へと歩いていくと、その頰を平手で思い切り叩いた。

目からは、大粒の涙が溢れている。

 

「……全部、聞きました」

 

夫人はくるりと振り返ると、ヒューズ中佐やイズミたちのほうへと深々と頭を下げた。

 

「皆さん、夫がしてきたことは、取り返しのつかないものなのだと思います。それでも、どうか、命だけは見逃していただけないでしょうか。私も、精一杯償わせていただきます」

 

「何を、している」

 

ブラッドレイが目を見開き、掠れた声を零す。

 

「夫が間違ったことをしたのなら、それを正して尻拭いをするのも妻の仕事です」

 

それに対して、頭を下げたまま、涙を流し続けたまま夫人は言葉を紡ぐ。

 

「きっとあなたはここで、最後まで戦って、死ぬつもりだったんでしょう。でも、ここで死ぬなんて、許さない。結婚する時に、言いましたね。『王の隣に立つに相応しい妻でいてくれ』と。私は、今までも、これからも、あなたに相応しい妻でいます。私は、あなたの隣に最後までいます。だから貴方も、最後まで生き抜いてから、私の隣で死になさい!」

 

ブラッドレイを見る瞳には、張り上げた声には、強い意思が込められて。

 

「……ここまで、強い女性だったとはな」

 

「成長しますわ。あなたが選んだ女ですもの」

 

「…………世話を、かけるな」

 

「……本当に、口が下手な人」

 

ブラッドレイ夫人は涙を浮かべながら、笑う。ブラッドレイも目を伏せ……困ったように、笑った。

そこにいたのは、先ほどまでの戦鬼のような大総統ではなく、ただの一人の、夫であった。

 

 

「……ま、そんなわけでだ。キング・ブラッドレイに手を出すのはダメだ。一連の主犯として、後で何らかの形で裁がれるだろうが……ズッ」

 

「ヒューズ中佐、ほい」

 

「あぁ、わりぃ。ズビーッ」

 

 

夫人の介入により、ブラッドレイとの戦いも決着。

ホッと一息つき、グリードたちや兵の間にも少し弛緩した空気が漂う。

しかし。

 

「な…なんっ……!?」

 

突如、イズミの足元が黒く染まり、中心で目が開かれる。それは、グラトニーの腹の中のようであり。プライドの影のようであり。そして、イズミが忘れたくても忘れられない、あの記憶。

 

「この、感覚はっ……!」

 

「な、おいっ!」

 

黒い空間から黒い手が伸び、イズミの体へとまとわりつく。

イズミが、黒い手に飲まれた。

 

 

 

一方、マーシュとマスタング大佐、ホークアイ中尉。

マーシュの勘で進んでいた三人の前に、白衣を着た老人が現れた。

老人は、三人の姿を見ると金歯の入った歯を見せてにんまりと笑う。

 

「ああ、ちょうど良いところに。人柱を今()()()()()ところだ。だがまだあと一人、必要なんだよ。まったく、上の奴らの当てにならなさといったら……」

 

「おい、届けたっていうのはどういう意味だ……?」

 

金歯の男はマーシュを見やり、その虚ろな目をパチパチと瞬かせた。

 

「……ん、ああ、ドワームスくんか。会いたかったよ。君のお父上は素晴らしい錬金術師だった」

 

「お父さんを知ってんのか?」

 

マーシュの父。

金歯の男の予想外の言葉に、マーシュの語気も強くなる。

それに対して金歯の男は悪意を持った笑顔で応えた。 

 

「私たちの計画に参加させてやると言ったのに、拒否したどころか「今すぐ中止しろ」だなんて言い出すものだから……。つい、カッとなって殺してしまったよ」

 

「………………は?」

 

「本当に勿体無いというか愚かというか……。昔からあいつはそうだったよ。錬金術が出来ることと頭の良さは比例しないものだね」

 

心底不思議そうな顔で紡がれる言葉は、純粋な悪意によって出来上がっていた。

 

「ああ、安心してくれ。きちんと賢者の石の材料にしたから。お父上の死は無駄にはなっていないよ」

 

そこでようやく、マーシュの頭がその現実を受け入れる。

 

「……お前か」

 

拳を握りしめ。

 

「お前のせいで、全部狂ったのか」

 

歯を食いしばり。

 

「お前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

金歯の男を睨め付け、吠えた。マーシュが。

これほどまでに感情を爆発させたマーシュを、マスタング大佐もホークアイ中尉も見たことがなかった。

 

「おお、喧しいな。もっと年寄りの鼓膜をいたわってくれ。お前たち。やれ」

 

金歯の男が右手を上げると、上から男が何人も落ちてきた。

皆目の焦点は合っておらず、正気を感じさせない顔だ。

 

「そいつらは、キング・ブラッドレイのなりそこないだ。キング・ブラッドレイほどではないが、強いぞ」

 

男たちが剣を構え、こちらへと突撃する姿勢を見せる。

 

そこでバキン、という音が唐突に響いた。マーシュからだ。

 

「えっ……」

 

ホークアイ中尉が声をあげる。

マーシュが徐ろにポケットから出した手には、真っ二つに割れた真紅の物体。

それは無情にも、マーシュの手の中でサラサラと灰に変わり、こぼれ落ちていった。

 

「使用限界かね。ちょうどいいタイミングだ。無駄な抵抗もこれでできんな」

 

金歯の男がにんまりと笑う。

同時に、男たちが矢のようにこちらへと迫ってきた。

 

「くっ……!」

 

マスタング大佐が発火布をこすり、爆炎を放つ。しかし一人が盾になりその炎を全身で受け、その陰からもう一人が飛び出す。そしてマスタング大佐の手袋を切り裂いた。

そこから二人がかりで腕をつかまれ、地に伏せさせられる。

 

ホークアイ中尉も応戦するが、同じように一人を盾に突撃され、あっという間に組み付かれた。

 

一瞬で二人が捕まり、そこにいる者たちの視線が必然、マーシュへと集まる。

 

突っ込んできた男に対してマーシュが拳を振るうが、男はそれを難なくかわす。

そしてヒュ、と音がして、マーシュの手袋が切り裂かれた。

 

マズい、とマスタング大佐が歯噛みする。

マーシュの錬金術は、賢者の石がなければ速攻性がない。常に動き回る上おそらく口先でのブラフやハッタリも通じないこのブラッドレイもどきたちに対して、効果は薄いだろうことは予想できた。

 

金歯の男もそれを知ってるのか、眼鏡の奥の瞳が楽しげに歪む。

 

だがマーシュはそれを気にすることもなく、左手で男の喉を突き、右手で男の頭を掴み捻り上げた。ゴキンという音がして、男の首が折れ、あらぬ方向へと曲がる。

 

「…………は?」

 

男の持っていた剣を拾う。別の男がマーシュへと剣を振るった。剣で止める。足で男の足の甲を踏み抜く。そのまま逆の足の膝で金的。下がった男の顔に、空いた手で目潰し。そして剣で喉を貫く。

 

「……お、おい、何をしている」

 

次は二人襲いかかってくる。マーシュが足を踏み鳴らすと、男の片方が地面に足を取られて前のめりに倒れる。その後頭部を掴み、もう一人の男が向けていた剣へと頭を串刺しにした。意図せず仲間を殺してしまった方の男の膝を横から蹴り砕き、胸ぐらを掴み一本背負いしてもう一人へ叩きつける。そして二人まとめて上から剣を突き刺した。

 

「は、早くそいつを殺せ!!」

 

三人がかり。

 

一人目の剣を体を逸らして躱し、二人目の剣を右手の剣で弾く。その勢いで回転斬り。三人目が下から潜り込み、マーシュへと刺突を放つ。剣が、マーシュの左の手のひらへと突き刺さる。否、突き刺せられた。貫いた剣を、貫かれた左手で握る。そして右手の剣で伸びきった三人目の腕を切り落とした。左手の剣を引き抜き、背後に迫る一人目と二人目にそれぞれ剣を投げつける。三人目が放ってきた蹴りを掴み、両手で思い切り振り回し、投げ飛ばす。飛ばされた三人目は一人目と二人目を巻き込み倒れ、直後マーシュが錬金術を発動。三人揃って地面へと飲み込まれていった。

 

瞬く間に大総統候補たちを壊滅させたマーシュは、手から血を流し、肩で息をしながらも、金歯の男をギンと睨む。

金歯の男に先程の余裕はなく、ヒッ、と喉の奥から小さな悲鳴をあげた。

そしてマーシュが金歯へと迫る。

 

「待て!待て待て!!今ならあのお方に口利きしてお前だけ生き残らせることも出来るぞ!」

 

「三流以下のセリフだな。最後の言葉はそれでいいか?なぁ、おい!!」

 

しかしマーシュが金歯の男に手を伸ばした瞬間、その腕が、いや腕も足も、黒い何かに捕らわれた。

 

「直接会うのは初めてですね、マーシュ・ドワームス」

 

プライドだ。マーシュは足が地面から浮きながらも今にも噛みつきそうな形相で睨んでいる。

 

「離せ!!ぶっ殺してやる!!」

 

「よ、よくやったプライド!!早くそいつをお"がっ」

 

ドスリと金歯が影に貫かれ、そのまま蜘蛛の糸に捕らわれた獲物のようにぐるぐると影に包み込まれた。

 

仲間ではないのか、とマスタング大佐たちの目が見開かれるが、プライドはどこ吹く風で顎に手を当てている。

 

「さて。ちょうどよくマスタング大佐もいますね。では泥の錬金術師のほうは……殺しておきますか」

 

プライドが笑みとともにその鋭利な影でマーシュを貫こうとしたとき。

 

 

マスタング大佐とホークアイ中尉を捕らえていた男たちの腕に、クナイが突き刺さった。

 

次いで、スカーがその隙をつき男たちの顔を掴み破壊を発動する。

 

「ご無事ですか大佐さン!中尉さン!」

 

「メイとスカーか!助かった!」

 

「後はマーシュさんを!」

 

ビシッと構えるメイ、銃を腰から引き抜くホークアイ中尉、右手を向けるスカー、予備の手袋をポケットから出すマスタング大佐。

 

それを見て、プライドが顔を歪める。

 

「……本当はマスタング大佐にするつもりだったのですが……まぁ、構いませんか。もう時間もありませんし。

 

さてマーシュ・ドワームス。あなたはどこを持っていかれる?」

 

マーシュが錬成陣の真ん中へと拘束され、そして()()が発動する。

 

「こ、れはっ……」

 

「なっ……ドワームス!!」

 

マーシュは、黒い手に飲み込まれた。

 

 

あー……。くそったれ。プライドのやつ、絶対ぶん殴ってやる。

 

……どこだここは。つーかなんだおまえは。

 

「俺か?俺はお前たちが世界と呼ぶ存在。

あるいは宇宙。

あるいは神。

あるいは真理。

あるいは全。

あるいは一。

 

そして、俺はお前だ」

 

真理……。エドたちが言ってたやつか。

勝手に人体錬成をしたことにされるのか……。

 

それで?俺は何を取られるんだ?腕か?足か?あ、顔の一部とかはちょっとやめてほしいなぁ。ブサイクになっちまう。

 

「ハ、言ったろ。オレはお前でもある。お前にとって価値のないものもわかってる。

 

お前は誰かを、何かを守るための腕などいらない。

何故なら本当に守りたかったものはもうないから。

 

お前は立ち上がるための足などいらない。

何故ならお前は泥沼の中に捕われたまま、そこを出る気がないから。

 

お前は未来を見据える目などいらない。

何故ならその目は過去しか見ていないから。

 

お前は生きるための身体すらいらない。

何故ならお前は終わりたがっているから」

 

……んで、何が言いたいんだ?

 

「真理を見るための代価は、お前が一番大切にしていて、取られたくないものだ。

なぁ、お前もわかってるだろ?」

 

扉が開いて、そこから出てきた黒い手が、俺を飲み込んでいく。

頭の中に何かがどんどん入ってくる。頭が割れるように痛む。

 

そして代わりに何かが消えていく。

これは……

!! おい、やめろ。

 

「等価交換さ。泥の錬金術師」

 

やめろぉぉぉぉぉおぉおぉぉ!!!

 

 

 

場所は中央地下の最深部。ホーエンハイム・エドワード・アルフォンス・イズミが、人の形を成した黒い()()と対峙していた。

 

そこへバチバチと音を立て、エドワードたちの頭上にマーシュの体が形成され、落ちてくる。

 

「いっで!」

 

「人柱が五人……揃った!!」

 

「人柱って……まさかマーシュ、人体錬成したのか!?無事か!?どこも取られてないか!?腕、セーフ!足、オーケー!頭、ある!」

 

「いだだだ!!何しやがんだてめぇ!」

 

エドワードがマーシュの体をベタベタと触り、腕や足を引っ張りその存在を確認する。

 

「……五体満足?いや、内臓か……?」

 

「お、おい、なんだよここは……?」

 

マーシュが辺りを見回し、黒い何かを見て体を震わせる。

そしてその瞳は、()()()()()()()()()

 

「あ、ああ、どうやらお父様のせいでこの空間に閉じ込められてるらしい……」

 

問いに答えたエドワードをまたも怯えた瞳で見つめるマーシュ。

そしてその口から、震える声を絞り出すのだった。

 

「いや……

 

()()()()()

 

『約束』に縋り付く者から、真理が奪ったのは––––––––。

 

 

 




うー難産難産!
今良い感じのセリフを求めて悩んでる僕はハーメルンに投稿してるごく一般的な男の子。強いて違うところをあげれば、大総統に興味があるってことかナ。
ふと見るとベンチに一人の男が座ってた。
「くだらぬことを垂れ流すな人間。あれは私が選んだ女だ」
ウホッ、良い夫……!

そんなわけで大総統夫人マジ難産。
納得いってない部分はありますが、これ以上待たせるのもアレなので切り上げました。ごめんなさい。


残り二話。それとエピローグ的なもので多分終わります。
一周年までには終わりたいな。

この作品終わらせてから別作品書こうと思ってましたが、息抜きでつい新しいの書いちゃいました。えへ。
一応こっちをメインで書いてるつもりなので、飽きたとかじゃないですヨ?

次話は大筋だいたい決まってます。多分今回ほど遅くはなりません。


追記:真理のセリフを修正しました。
正しい絶望うんぬんはお父様の論であって、真理くんが言ったものではありませんでした。お詫び申し上げます。


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矜持

いつか、どこか、誰かの、記憶?

いつだ?

 

「◾️◾️◾️◾️、ふた◾️は俺◾️育て◾️。だか◾️安◾️し◾️」

 

どこだ?

 

「いつ◾️さ、一◾️に色◾️な◾️◾️見よ◾️?う◾️◾️か、◾️きやまとか、◾️漠とか!」

 

誰だ?

 

「◾️は今◾️◾️ら、泥◾️◾️◾️術師◾️」

 

何だ?

 

「ガ◾️◾️からっ◾️馬◾️◾️してん◾️!!

◾️◾️、◾️ろうが」

 

わからない、わからない、わからない。

なにも、わからない。

 

 

 

「誰だよ、おまえ」

 

「はぁ!?今冗談言ってる場合じゃねぇって!」

 

「なん、だよお前!どうなってんだこれ!」

 

困惑と恐怖が織り混ざった表情で、腕を掴んできたエドワードを振り払うマーシュ。

冗談ではないと、なんとなくわかった。

少なくとも、エドワードはマーシュがこんな状況でこんな冗談を言うわけがないと知っている。

 

「意味わかんねぇ!!誰だよお前らは!どこだよここは!なんで、俺はこんなとこに……誰か……誰もいない……俺が知ってる奴……俺……誰も、知らない……?」

 

不安げに周りをキョロキョロと見渡し、マーシュのその表情の困惑と恐怖の色が強くなっていく。

小刻みに震えるその様は、今まで見てきたマーシュの姿に全く似通わないものだった。

このマーシュが別人でないとするならば、可能性はひとつ。

お父様の「人柱が揃った」という発言と、人格が変わってしまったマーシュを合わせて考えると……。

 

「……まさか、記憶が!?」

 

「真理に持っていかれたってのか!?」

 

「知り合い……知らない……。友人……いない……。家族……思い出せない……なんでだ、俺は、なんなんだ……!!」

 

マーシュは手で顔を覆い、その指先で勢いよく頭を掻く。

言葉は通じ、語彙も失われていないことから、おそらくなくなっているのは人と関わった記憶だけだろうか。

いわゆる思い出と呼ばれるものが、今のマーシュからはきっと消え失せていた。

 

「落ち着けマーシュ!とにかく状況を説明す……」

 

「記憶を失ったか。哀れだな。この場で戦う理由すら失くすとは。

思い上がったものには絶望を。そいつが何を求めていたかは知らんが、孤独と恐怖を感じさせることが真理の選択らしい。いっそのこと全部忘れてしまって廃人にでもなれればまだ救われていただろうに」

 

お父様がニヤつくようにその目を歪ませながらそう言うのを聞いて、エドワードがピクリと反応した。

 

「……俺らみたいに自分でやったのなら納得するさ。だがな、てめぇらの都合で無理やり人体錬成させられて、それで持っていかれるってのは筋が遠らねぇだろ!!」

 

「筋が通らなかろうが、現実としてこうなった。事実を認めよ錬金術師」

 

「認めねぇ!認めてたまるかよ!」

 

吠えながら地面から土の拳を錬成しお父様へとぶつけるエドワード。

しかしお父様はそれに反応すらせず、拳は直前で霧散するのみだった。

 

「そろそろ時間だ。働いてもらうぞ人柱諸君」

 

「大人しく従うとでも?」

 

「お前たちの意思は関係ない」

 

黒い体のお父様の体から、五本の腕が伸びる。

咄嗟にそれぞれ壁を作り防ごうとするエドワードやホーエンハイムだったが、その壁を触手はいとも容易く貫き、人柱五人の体を捕らえた。

 

「わっあぁぁぁぁ!!なんだ!?気持ち悪い、離せ!!」

 

暴れるマーシュも同じように捕らえられ、地面へと押さえつけられる。

 

「お前たちは、地球をひとつのシステムと考えたことはあるか?膨大な宇宙の情報を記憶するシステム……。その扉を開けたらいったいどれ程の力が手に入るか考えたことがあるか?」

 

お父様の口が裂けるように広がり、口角が上がる。

 

「今、ここで!人柱の力を使いその扉を開く!!」

 

お父様が玉座の横に置いてあった本へと手を置く。

 

 

––––––––その瞬間、世界が鳴動した。

 

 

 

 

「クッソ、一足遅かった……!」

 

エドワード、アルフォンス、ホーエンハイム、イズミ、そしてマーシュの胴が黒く染まり、そこに目が開く。

錬成の光が稲妻のように辺りへと広がるなか、グリードが息を切らしてやってきた。

 

未だ世界の鳴動は止まらず。

 

黒い何かが中央司令部を覆い、中央の町々を覆い、そして国を覆い。

 

 

世界から、音が消えた。

 

 

「協力感謝するよ、諸君」

 

そこには、エドワードに似た男の姿。

いや、ホーエンハイムの若かりし頃の姿なのか。

 

「この国の人間、全員賢者の石にしちまいやがったのか……!!」

 

「そうだ。もう錬金術を使うことも、扉を開けることもしなくてよろしい」

 

お父様が椅子に座り、その肘掛けをトンと軽く指で叩くと、お父様を中心に風のようなものが広がった。

それを経験したことのエドワードやアルフォンスがすぐに気づき、錬金術を発動しようとするが、もう遅い。

 

「くっ、また錬金術を封じやがった……!」

 

エドワードが舌打ちをして、必死に考えを巡らせる。

 

「随分と、邪魔をしてくれたが……終わりだ。もう消えていいぞ」

 

マーシュへと、お父様がエネルギー波は放つ。

何が起こっているかわからないマーシュは立ち尽くすばかりだ。

 

「全員、俺の後ろへ!!」

 

それをホーエンハイムが間一髪受け止める。錬金術封じの中でも錬金術が使えるらしいが、力の差は明白だった。受け止めた腕が音を立てながら焼けこげるように真っ黒になっていく。

 

「ひっ、わ、え?なんで……なんで……俺が……わあぁぁぁぁぁ!!」

 

自分が今とてつもない存在に狙われていて、たった今殺されかけたということを理解したマーシュが慟哭する。

 

その動揺は、周りに広がる。

 

マーシュ・ドワームスという人間は、戦力的な意味でも、ムードメーカー的な意味でもとても大きな役割を持っていた。

こんな状況でも皮肉を言って笑って、誰よりも早く立ち直っているはずだった男が、誰よりも混乱し誰よりも恐怖していた。

何か、マーシュを構成していた()()()()()が喪失してしまったとしか思えない。

 

「なんだよこれ、なんでこんな目に、誰か、助けて……」

 

「マーシュ……」

 

ぶつぶつと呟きながら涙を流すマーシュを見て、エドワードが悲痛な面持ちで目を伏せ、アルフォンスも悲痛が篭った声を漏らす。

だがすぐに、その目は強い光を宿して、マーシュを真っ直ぐに見据えるのだった。

 

「ああ、絶対助ける!!だからマーシュ、ちょっとだけ我慢してくれ……!」

 

「……おまえ、は……」

 

 

「人柱が揃った以上あなたも用済みです、マスタング大佐」

 

「ドワームスをどうした、貴様……!」

 

「無理やり『扉』を開かせただけです。死んではいませんよ。どこを持っていかれたかは知りませんが」

 

「ッ貴様ァ!!」

 

今にも焼き殺しそうなマスタング大佐の視線を涼しい顔で受け流し、プライドは嗤う。

 

「改めて自己紹介を。最初にして最強の人造人間(ホムンクルス)、プライドです。始めましょうか、下等生物(にんげん)

 

チッと音が立ち、マスタング大佐の指先から火花がプライドへと放たれる。

プライドは床に転がっている大総統候補の男の死体を影で突き刺し、それを盾のように掲げ防いだ。

爆炎の中から先端が鋭くなった影がいくつも飛び出し、マスタング大佐たちへと襲いかかる。

 

「下がっテ!」

 

メイが地面に投げたクナイの周辺の地面が盛り上がり盾の形を成す。

しかし影はその盾を易々と切り裂き、裏にいる四人へと迫った。

 

その影を、どこからか伸びてきた五本の黒い線が弾く。

 

「まったく、あんまりはぐれないでほしいわ……」

 

「大佐、中尉、無事ッスか!?」

 

ラストたちだ。

三人でお父様の部屋へと続く道を進んでいたが、グラトニーが「プライドのにおいがする」と発言。道を引き返してきたのだ。

 

「……ラスト。グラトニー、貴方まで。人間側につくというのですか。愚かな」

 

「そうね。愚かかもしれない。でも私、今、幸せなのよ」

 

「プライド、ごめんなさい……」

 

「ああ、本当に、出来の悪い弟たちですね……。

 

魂が、弱すぎるッ!!!」

 

プライドから、闇が襲い来る。

影のナイフや棘などの生易しいものではない。部屋全体を覆うほどの()が、天井から、床から、左右から、正面から、一斉にマスタング大佐たちへと伸びてきた。

 

「グラトニー!」

 

グラトニーの腹が縦に裂け、グパッと開く。そこから牙のように肋骨が正面の影へと伸びる。が、強度は影のほうが上らしく、ギャリギャリと削れるような不快な音を鳴らしながら骨を削っていく影。しかしそのスピードは確実に落ちていた。

 

「はぁっ!!」

 

グラトニーの後ろでラストが両手を前に突き出し花のように広げる。その指先から伸びた10本の爪が、上下左右から襲いくる影へとそれぞれ突き刺さった。こちらは強度は同等らしく、影の勢いが完全に止まる。

 

「大佐!」

 

「! ああ!」

 

ハボックが声をかけるとマスタング大佐も瞬時に理解したようで、プライドの方へと指を鳴らす。火花が舞い散り、大きな音と光を伴って爆炎が影を包む。広がった光を受け、伸びていた影が縮こまった。

 

その隙をつき、スカーとメイが前へ飛び出す。

メイのクナイがプライドを囲むように投げつけられ、そこからプライドを包み込む形に地面が変形する。

 

「くっ……!」

 

あわや閉じ込められるかというところでプライドが態勢を立て直しその影で包囲を切り裂く。

しかし背後にはスカーが回り込んでおり、プライドの頭を掴んで生体破壊を発動。セリムの肉体が血を吹き出す。

 

効果があるのを確認するとすぐに飛び退くスカー。すると今スカーがいた位置を影の牙が貫いた。

プライドが肉体が裂けながらもスカーを睨みつけ、口から吹き出した血をペロリと舐めとる。

 

「今、閉じ込められそうになった時……焦った?」

 

ホークアイ中尉が、銃を構えながら呟いた。

 

「ドワームスの推測は間違っていなかったらしい。プライド。お前は光がなければ影が作れない」

 

「閉じ込めれば、勝ちでス!」

 

「……図に乗るな」

 

その声には怒りが。

影が天井を切り裂く。上からマスタング大佐とホークアイ中尉へと瓦礫が降り注ぐ。

 

「ぐっ!」

 

「まずは一番厄介な貴方からです!」

 

マスタング大佐へと伸びた影、しかしそれを銃声が遮る。

 

「わりぃな、そう簡単にウチの大将やらせるわけにはいかねぇんだわ」

 

ハボック少尉が放った銃弾が、プライドの左目へと命中していた。

 

体勢を整え直したホークアイ中尉がライフルを構え、追撃する。

ホークアイ中尉とハボック少尉から放たれたいくつもの銃弾がプライドを貫いていく。

 

「舐っめるなぁっ!!」

 

影が渦巻くようにプライドの周りに立ち上り、壁と成る。そこから周りの人間たちを刈り取らんと、鎌の形の影が伸び廻った。

 

マスタング大佐が放った爆炎の光により、その影もまた縮まる。

そしてまたスカーがプライドへと近づき生体破壊を仕掛けようとして……

 

「だめでス!離れテ!」

 

「ぐぬっ……!!」

 

影の棘によって右手を切り裂かれた。

 

「何度も同じ手が通じると思わないでください。同じ過ちを繰り返す人間(あなたたち)とは違うんです」

 

「瓦礫の()か……!」

 

先程崩した天井の瓦礫。それはマスタング大佐たちへの攻撃のためだけではなく、影を作るためでもあった。さりげなく瓦礫の近くに移動し、マスタング大佐の爆炎によって出来たその影を繋ぎ使ったのだ。

 

スカーが倒れたことに動揺した隙を見逃さず、プライドはいくつかの瓦礫を影で突き刺し、マスタング大佐たちのほうへとそれぞれ投げ飛ばした。

 

ホークアイ中尉は間一髪で躱したが、マスタング大佐がその肩に瓦礫の破片をぶつけてしまう。

グラトニーが顔面に瓦礫をぶつけ、ラストは瓦礫を切り裂く。

 

 

しかしその陰から影が飛び出す。瓦礫を目隠しにして、その裏に影を追撃させたのだ。

 

「かっ……」

 

「ラスト!」

 

グラトニーが叫ぶ。

その目の先には、影によって腹部を貫かれたラスト。影が獣のように口を開ける。まさしくそれは捕食。

暴食を司るグラトニーには、それがなんとなくわかる。わかってしまう。『あれに食べられたら最後』だと。

 

「兄妹のよしみです。せめて私の糧に……」

 

 

「おい、何しようとしてやがる」

 

プライドの背後から、その捕食を止める声。

間髪入れず、銃弾がセリムの体を襲った。

 

「そういえば、挨拶がまだだったよな。お義兄さん、妹さんを俺にください」

 

「ど、こまでも邪魔をする……!!」

 

ハボック少尉がその両手に拳銃を携え、ギラついた目でプライドを睨みつけている。その目には静かな怒りが籠っていた。

 

「よくやったハボック!」

 

マスタング大佐が片腕から血を流しつつも、爆炎を起こしラストを貫いていた影を消滅させる。

 

そのままプライドを追撃しようとしたマスタング大佐だったが、その腕を止める。

プライドのすぐ横に、跪きながら影で首を絞めあげられたスカーがいたからだ。

 

「スカーさン!」

 

一斉に固まった一同を見て、プライドの口角がいやらしく吊り上がる。

 

「あれ?攻撃しないんですか?スカーは確かあなたの同僚を何人も殺していましたよね?助ける義理はないのでは?」

 

プライドの言葉にマスタング大佐がギリッと歯を食いしばった。

 

「あは、だから貴方達は弱いのです。すぐ下らない情に流され、真にすべきことを見失う!非効率だと、間違いだと心のどこかでわかっていつつもそれを改めようとはしない!本当に愚かで、救えない!」

 

 

「それは人間の強さでもある」

 

 

地から生えた棘が、プライドの体に突き刺さった。

 

「なっ……」

 

スカーのその左腕には、右腕とは別の刺青が彫ってあった。

それは分解とは別の構築式。再構築の錬成式だ。

 

「なぜ、お前が錬成を……!」

 

再生しながら飛び退り、忌々しげにスカーを睨みつけるプライド。

スカーが錬金術を忌み嫌っていたのは情報として知っていた。それ故に油断した。イシュヴァール人という意味でも、国家錬金術師への復讐という意味でも、錬成を行うことはありえないだろうと。

 

「離れていろスカー!終わらせる!」

 

「ぐ、おおっ……!おおおぉぉぉぉ!!」

 

影が天井を思い切り切り裂き、先ほど以上の瓦礫が降り落ちる。

 

天井が崩れ切り、土煙が晴れたそこに、プライドの姿はなかった。

 

「逃げた……!」

 

「おそらくお父様のところだろう。ラスト、案内を。スカー、お前は仕事を全うしろ」

 

マスタング大佐がコートを翻し、それぞれに迅速に指示を出し廊下へと向かう。ホークアイ中尉、ハボック少尉、ラスト、グラトニーもそれに続いた。

残ったのは、スカーとメイ。

 

「スカーさン、とりあえず止血を……」

 

「いや、先に腕の刺青を直してくれ」

 

左腕の刺青がなければ、今から行う錬成も出来ない。

スカーが、金歯の老人が錬金術を発動した錬成陣の中心へと向かい、座り込む。

メイが錬丹術の陣を書く間、スカーはなにかを考え込むように俯いていた。

 

「スカーさン?」

 

「……わからないんだ。何故、奴らは当たり前のように俺を受け入れているのか。何故、奴らは当たり前のように人造人間(ホムンクルス)を受け入れているのか。己れと同じように、憎しみに支配されてもいいはずなのに」

 

マスタング大佐は「仕事を全うしろ」とだけ残した。スカーが犯罪者であることは百も承知のはずなのに、スカーがしっかりと仕事をこなすか見届けることなく去った。スカーに任された錬成は、人造人間との対決の切り札、生命線ともいえる。それでも迷いなく、マーシュはスカーにこの任務を与えたし、マスタング大佐も異論を挟まなかった。

 

「私も、誰かを憎まなかったことがなかったわけじゃありませン。何故私たちだけがこんな目に、何故あの人たちはあんなに幸福なのに、っテ。殺し合いになりかけたこともありまス。でも、歩み寄って、話し合ったら、仲良くもなれましタ。そのほうが皆、楽しそうで、幸せそうでしタ」

 

そう言いながらメイはスカーの傷を錬丹術で治療する。

そして、シャオメイを撫でながら、メイがぽつりぽつりと語った。その目は何かを懐かしむように優しく。

 

「……スカーさん。スカーさんは、私を何回も助けてくれましタ。マーシュさんも同じです。何回も助け合いました。それは、憎しみじゃないでしょウ?負の感情は、負の感情を生みまス。正の感情は、正の感情を生みまス。私は皆んなが幸せになれるほうが、いいでス」

 

「正の、感情……」

 

『小さな一が集まって、世界という大きな流れを作る。だから負の感情が集まれば世界は負の流れになってしまう。逆に正の感情を集めて世界を正の流れにすることもできる……と私は解釈している』

 

「兄者……己れは……」

 

しばらく瞑目した後、スカーは両手を錬成陣の中心に置く。

 

「正の感情で満たすことが出来れば、イシュヴァールの民を救うことも、出来るのだろうか?」

 

「出来ますヨ」

 

少なくとも、今お父様を倒そうと一緒に戦っている皆は、スカーを受け入れている。

あの時、マーシュ・ドワームスを殺していたら。こんな現在(いま)も、ありえなかっただろう。

 

スカーは薄く口元に一瞬だけ笑みを浮かべると、兄が残した錬金術を発動した。

 

光は広がり、中央の市街を駆け回る。

イシュヴァール人たちが設置した錬成陣を通り、円を描き。

そして逆転の錬成陣の形を描いた。

 

 

ホーエンハイムの策によりお父様の体からアメストリスの国の人間の魂を解放することには成功した。

 

しかし、いまだ神とやらを宿したお父様の力は凄まじく、防戦一方だ。

ホーエンハイムがお父様の放つ攻撃をなんとか防いでいるものの、限界はすでに近かった。

 

そこにドクン、とまたも地下、いや、地殻が鳴動する。

 

「きた……!きたきたきた!!」

 

エドワードが手を合わせ、地面に手を置くとアルフォンスの体躯の倍はあろうかという大砲が出現し、巨大な砲弾がお父様に向けて放たれる。

 

「よし、錬金術が使える!にしても軽く錬成しただけでこれかよ!」

 

この国の地下はお父様により賢者の石が張り巡らされており、錬金術師たちが錬金術を使う際その賢者の石がクッション代わりになり本来の錬金術そのものの力を使うことが出来なくなっていた。

しかしスカーの兄の残した錬成陣により、何の制限もなしに地殻エネルギーを使って錬金術を使うことが出来るようになったのだ。

 

「どりゃあ!!」

 

「せい!」

 

アルフォンスもイズミも加勢し、槍や矢や砲弾や剣や棘や拳が雨あられとお父様に降り注ぐ。

しかしどれもお父様に届く前に霧散してしまう。

 

「今奴は神とやらを押さえつけるので精一杯なはずだ!奴の中の賢者の石を削ればいずれ限界がくる!」

 

回復したホーエンハイムがそう叫び、錬金術で作った岩の手でお父様を挟み潰す。しかしまたもお父様は身じろぎすらせずにそれを防ぐのだった。

 

 

 

「鋼の!状況はどうなっている!」

 

「誰だアイツ!?」

 

そこへマスタング大佐たちがやってきた。

ラストとグラトニーが変容したお父様の姿を見て驚愕し、少し恐怖を見せる。

 

「お父様がとんでもねー力を手に入れた!それとマーシュが記憶喪失だ!」

 

「はぁ!?」

 

「説明してる暇はない!とにかく、攻撃しまくってあいつの中の賢者の石を削りきる!」

 

その言葉で、全員が一斉にお父様へと攻撃を開始する。

銃撃、銃撃、爆炎、岩、爪、さまざまなものが飛んでくるがお父様はその表情を変えない。

今までと桁違いの力ではあるが、それでもお父様の肉体には届かない。

 

「父上!」

 

「く、プライドか!」

 

少し身体が崩れかけているプライドが現れ、その影でエドワードたちの攻撃を切り裂いていく。

 

「どけよプライド!」

 

しかしグリードがどこからか持ってきた鉄柱を振り回し、プライドの体は吹っ飛ばされる。

そのままつぎはお父様を背後の煮えたぎる溶岩のような液体が詰まった浴槽へと叩き込もうとする、が、鉄柱はお父様に当たる寸前で崩壊する。

 

「下がれグリード!」

 

それを見ていたエドワードが、浴槽を錬金術でお父様のほうへ倒し、中の液体がお父様の上へと注がれる。

ジュワジュワと音を立ててお父様の姿が見えなくなった。

何かを感じ取ったホーエンハイムが咄嗟に味方の前にそれぞれ壁を作る。間髪いれず、お父様を包んでいた液体が無数の棘の形に変化し、全方位を刺し貫かんとした。壁に刺さった液体はジュージューといいながら元の形へと戻る。

 

「……ふむ」

 

お父様が自分の周りに残った液体を、上へと立ち昇る柱の形へと変化させ、それに乗り地上へと飛ぶ。

 

「アイツ、地上へ賢者の石を補給しに行きやがった!」

 

「すぐ追いましょ。あれは放っといたらヤバイわ」

 

「よし中尉、ハボック、まだいけるな?」

 

「はい」「へい」

 

「連れて行ってもらえるかしら、ホーエンハイム」

 

「美人さんなら大歓迎だ」

 

皆がイズミとホーエンハイム、アルフォンスの周りに集まる中、グリードだけが壁を見たまま動かない。イズミがグリードに近くへ来るように促すが、グリードは目で先にいくように伝える。なにかを察したイズミが頷き、周りの皆が乗れるような足場を錬成した。

そしてイズミやホーエンハイムやエドワード、アルフォンスが地面から柱を伸ばし、それに皆を乗せてお父様を追おうとする。

 

しかし、エドワードだけが黒い何かに腕を掴まれ引きずり落とされた。

 

「兄さん!」

 

「ぐ、先、行ってくれ!すぐに向かう!」

 

引きずり下ろしたのは、体が崩れかけながらも未だエドワードを憎々しげに睨みつける、プライド。

 

 

 

 

 

ホーエンハイムが作った壁の裏で蹲っているマーシュに、グリードが背中から声をかけた。

 

「よぉ、どうした。あんだけ自信満々に息巻いてたくせにビビっちまったか?」

 

「なんだよこれ、なんなんだよ……なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ……」

 

グリードの言葉は聴こえていないようで、頭を抱えながら一人でブツブツと恨み言を呟いている。

グリードは少しの間だけ目を閉じて、そしてその手をマーシュの肩へと置いた。マーシュの体がびくりと跳ねる。

 

「……無理に連れてくことはしねぇよ。だがな、てめぇを待ってる奴らがいることも忘れんな。

俺はまだ、お前にメシを奢られてないヨ、マーシュ」

 

閉じていた目を開き、グリードはいつもの笑みを浮かべる。

 

「あぁ、あとな。

 

仲間ってのは魂に染み付いて、忘れられねぇらしいぞ」

 

がはは、と笑うとグリードは腕を硬化し、壁を登っていった。

呆然とするマーシュを、残して。

 

 

 

 

影に腕を捕らえられ地面に押さえつけられているエドワードが、プライドを見上げる。

 

「……ボロボロだな、セリム。スカーや大佐にやられたのか?」

 

「……父上のためです」

 

「わっかんねぇ。わっかんねぇよ!お前がそんなにボロボロなのに!あいつはお前に目もくれなかったんだぞ!なんでそんな父親に従うんだ!!」

 

「うるさい!!」

 

プライドの崩れた顔の隙間から、感情が湧き上がるのと比例するように黒い()()が漏れ出す。

 

「もうこの容れ物は保たない……!しかし私たちと近しい君なら容れ物の代わりになる確率が高い!」

 

影がエドワードの傷口に侵入し、プライドの中身がエドワードへと移り入っていく。肉体が作り変えられる激痛でエドワードが絶叫する。

 

「私に肉体をよこしなさい、エドワード・エルリック!!」

 

 

その時、プライドの背中を爆風が襲った。

 

 

「がっは……!」

 

エドワードの体の乗っ取りが中断され、影からも解放される。

エドワードが息を切らしながら爆発の元を見ると、そこには白いスーツに身を包み、ニヒルな笑みを浮かべる男がいた。

 

「いただけません、実にいただけませんねぇ、人造人間(ホムンクルス)プライド。貴方、美しくない」

 

「な、ぜ、お前がここに……

 

–––––––––キンブリー!!」

 

「もちろんこの戦いの最期を見届けに来たのですよ。手を出す気はありませんでしたが、あなたが人造人間の矜持を捨てるとなると黙ってられない」

 

「そんなことは聞いていない!なぜ生きていると言ってるんです!!マーシュ・ドワームスに殺されたはず!」

 

「……」

 

キンブリーは目を閉じると、数ヶ月前のあのマーシュ・ドワームスとの死闘を想起する。

 

+ + + + + +

 

「じゃあな、ゾルフ」

 

マーシュがもう一度、大地を踏みしめた。

 

地面が盛り上がり、中から血塗れのキンブリーが浮き上がる。息は絶え絶えで、腕と足は片方千切れかけ、身体中を火傷している。自分の爆発による傷だろう。その姿はあまりに痛ましく、凄惨だった。意識があるかもわからないキンブリーに、マーシュがキンブリーの方へと歩きながら喋り掛ける。

 

「運良く誰か、良い人が通れば助かるかもな。お前が()()()()()()なら、救われるんだろうよ」

 

ポツポツと、独り言のように。実際、聞こえていてもいなくてもどちらでもいいのだろう。生きていても死んでいてもどちらでもいいのだろう。

 

「お前の絡みは鬱陶しかったけど、まぁ……嫌いじゃなかったよ。

だからお前が生き残ったら、その時は飯でも一緒に食ってやるよ」

 

歪な好意に対する、雑な友情。

 

「ま、頑張れよ。

 

お前はこの戦いの結末を、見届けるんだろ?」

 

キンブリーの横を抜けながらマーシュが放った言葉で、

ぼんやりとしていたキンブリーの思考が覚醒する。

 

ああそうだ、こんなところで満足していてはいけない。

まだ私には、やるべきことが残っている。

最後まで、最期まで、生きて、見届けなければ。

 

体は全く動かない。今意識を手放したら、そのまま二度と目覚められない予感がした。だから、歯を噛み締め、耐える。

自分では何も出来ず、来るかもわからない誰かに縋ることしか出来ない。

それでも、確信があった。

自分が、このまま風に晒され惨めにゆるやかに死ぬはずがないと。

 

どれだけ時間が経ったかもわからない。それでも、意識を保って。

その人並み外れた精神力だけで。常人では耐えられない精神性で。

『自分は助かる』と、本気で信じて。

そしてその確信は、事実となる。

 

 

 

「お、おいアンタ、大丈夫かい!?生きてるのか!?」

 

 

 

ーーーーーーー

 

「私も選ばれた人間ということですよ。世界……というよりはマーシュ・ドワームスに、ですが」

 

「泥の錬金術師が、生かしたのですか……!!どこまでも、邪魔を!」

 

「さて……。弱っている上に、矜持を捨てた人造人間など……舞台に残す価値はない」

 

キンブリーがキシ、と音を立て手を合わせる。どうやら片腕は義手、機械鎧らしい。

少しぎこちない動作で、ギシリと音を立てて手を地面に置くと、プライドの足元が爆ぜる。

 

「ッキンブリィィィ!!」

 

プライドが影の刃を伸ばそうとするも、その前に本体が爆破される。子供の、しかも少し崩れかけの足で避けきることも出来ず、為す術はない。

キンブリーはつまらなそうな顔で淡々と爆破を繰り返す。

一回。二回。三回。四回。

 

「がはっ……!ぎぃっ……、あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

プライドの顔からは完全に余裕が消え、這い這いの体で逃れようとしてはまた爆破されていた。

恐怖に染まった顔で上を見上げ、手を伸ばす。

 

「いやだ……いやだ……!死にたくない、死にたくない……父上、助け……おか」

 

プライドの声は爆発音に掻き消され、その姿は爆炎に飲み込まれた。

 

 

 

「そこまでにしとけよ」

 

爆炎が晴れた後そこにいたのは、ガラガラと崩れる石の壁とエドワード、そしてまだその体を残し呆然としているプライド。

 

「……エドワード・エルリック。『鋼の錬金術師』。何故邪魔を?()()は、貴方たちが戦ってきた人造人間のトップで、つい先程も貴方の体を乗っ取ろうとしていたと記憶していますが」

 

「……もう戦意はないだろ。殺すほどじゃない」

 

「甘いですねぇ。甘いことこの上ない。ここで生かしたところで何の意味もない。殺す覚悟もないのにこの戦いに参加したのですか?」

 

「殺さない覚悟ってやつだよ!」

 

ギン、と睨むエドワードの目を見て、キンブリーが指を顎に当て目を閉じる。

 

「……ふむ、殺さない覚悟ですか。たしかに、貫き通せばそれもひとつの答え。ならば……

 

守り切ってみなさい」

 

ニヤリと笑いながらパンと手を合わせるキンブリー。エドワードもそれに応じて手を合わせた。

 

しかし二人から少し離れた位置から鳴った瓦礫が崩れる音で、その戦いの始まりは妨げられた。

見るとマーシュが崩れた壁の陰で恐々とした顔で「う……」と声を漏らしていた。

 

キンブリーはマーシュの顔を見るなり嬉しさを隠しきれない様子で近寄っていく。

 

「……マーシュ・ドワームス。どこに隠れていたのですか。全く、あなたのおかげで大変な思いをしましたよ。この機械鎧の特訓がどれほど辛かったか。しかしその痛みを感じるたびにあなたのことを思い返せましたよ。恨み言は尽きませんが……フッフ……感謝も、しています。そういえば、食事の約束をして……」

 

「いや、誰だよアンタ……?」

 

困惑したマーシュの言葉に、キンブリーの顔が一瞬にして能面のようになる。

 

「……傷つきますねぇ。あんまりそういう冗談は好かないんですが」

 

「あー、えっと、今マーシュ、記憶喪失なんだ」

 

「……はい?」

 

「多分真理と引き換えに、記憶を持ってかれた。誰のことも覚えてないと思う」

 

「………………そうですか。……なんというか、気分が削がれました。プライド(それ)はお好きにどうぞ」

 

死んだ魚のような目になったキンブリーは、部屋の隅の壁にまで歩いていくとそのまま壁に背をつけ帽子を深めに被り動かなくなった。

 

そのことを確認すると、エドワードは仰向けに転がっているプライドのもとへと歩み寄り、その姿を見下ろす。

 

「セリム」

 

「……殺しなさい。もう、立ち上がる力も残っていません」

 

体は動かない。エドワードの身体を奪う力も残っていない。仮に残っていてもキンブリーにまた阻止されるだろう。そもそも、もはや奪う気もなかった。人間に殺されかけ、人間に助けられた。もう、心は折れていた。

 

セリム・ブラッドレイの体が、ひび割れ崩れていく。

目を閉じ、自分の最期を受け入れようとする。

 

しかし、違和感を感じて目を開ける。

何か、暖かいものが自分の中に流れ込んでいるのだ。

見るとエドワードが、プライドの体に手を当てていた。

 

「……何を、しているのですか?」

 

「死なせねぇ……!絶対、死なせねぇ!」

 

エドワードが行なっているのは、プライドの治療。

エドワードは錬金術を治療行為に使ったことはないが、人体錬成のために一通り人体のことは勉強している。

その知識を以って、錬金術でプライドの傷を塞ごうとしているのだ。

 

「何を……何を馬鹿なことを!やめろ!なぜ、こんな……」

 

「……被るんだよ、お前の姿が。父親のために頑張って、利用されて……救えなかった、あの優しい女の子に。もう、あんな気持ちは……絶対にごめんだ!助けられたかもしれない命が、目の前で消えていくのは、絶対に嫌だ!!」

 

エドワードは無意識に、自分の生命エネルギーをもプライドに流し込んでいた。そのおかげか、プライドの体の崩壊が止まる。しかしエドワードも少しずつ元気をなくしていくのが見て取れた。

プライドが痛ましそうに唇を噛みしめる。少しの逡巡の後、プライドはエドワードの手を掴み、無理やり自分の体から離した。

 

「本当に人間というものは……愚かで……度し難い。

 

……あなたがどれほど命を注ぎ込んだところで、この容れ物はもうダメです。

でも。容れ物と、本体を分離させれば、まだわからない。

おそらく記憶も能力もなくなって、私が、私でなくなってしまうけれど」

 

「……セリム」

 

それは、使う気など全くなかった最後の最後の手段。知識として、自分の体の構造として、知っていただけ。自分からそれを行うことだけは断じてないだろうと、考えていた。

だが今は、人造人間(ホムンクルス)としての矜持も、キンブリーの言う通り、失ってしまった。自分の本体を晒し、人間以下の存在になろうなど、何分か前の自分では考えられないことだ。

 

でも、もう屈辱だとは、苦痛だとは、思わなくなっていた。

ただ、エドワード・エルリックに、自分を救おうとする愚かで……真っ直ぐな少年に、自分の死を見せることが、ほんの少しだけ、嫌になった。あの女性と同じ、暖かなものを感じたから。

 

人造人間(ホムンクルス)として生まれずに、普通の人間の子供としてあの夫婦のもとに生まれ変われるなら。もう、あの女性に後ろめたさを感じることも、時々無性に虚しくなることも、なくなるだろうか。

不思議と、あの女性なら自分がどんな存在であってもまた育ててくれるのだろうという確信があった。

 

()()()()に、伝えてもらえますか。……ありがとう、と」

 

その言葉を最後に、プライドの体がサラサラと崩れていく。

やがて崩れ切った砂の塊の中で、もぞりと何かが動く。

そこには、エドワードの手のひらよりも小さい胎児が、うずくまるようにして眠っていた。

 

「……わかった、絶対伝える」

 

エドワードはコートを脱ぎ、畳んだその上に胎児を乗せると、上を睨みつける。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくる。マーシュの記憶も絶対なんとかするから、待っててくれ」

 

エドワードはマーシュを見ながらそう言い残し、柱を作り地上へと向かうのだった。

 

 

 

 

上をぼうっと見上げるマーシュに、キンブリーが顔を上げないまま問いかける。

 

「行かなくてもいいんですか?」

 

「……なんでだよ。俺が行く必要なんて、ないだろ」

 

目を逸らしながら言うマーシュに、キンブリーはツカツカと歩み寄ってその顔を前へと向けさせた。

 

「いいえ、あなたには彼らと共に行く責任がある。何故ならあなたが集めた人たちだから。彼らは皆、あなたを旗印にして集ったのだから。ここで行かなければ、あなたはきっと後悔する。

あなたの友人として言います。あなたは、行かなくてはならない。あなたは、戦わなければならない。

 

しっかりしなさい、マーシュ・ドワームス!!」

 

「…………俺は」

 

 

 

 

エドワードが上へと登る道中、ダリウスたちが、壁にヨダレや針で磔にされた人形たちの横でへたり込んでいるのを発見した。

傍にはアームストロング少佐と少将、バッカニア大尉も一緒だ。

どうやら地下へ向かってきて合流したらしい。

 

「あ、ゴリさんズ!と少佐!」

 

「ダリウスだ!」

 

「雑にまとめんな!おい今どうなってんだ?何が起こってんのかサッパリだ!」

 

疲れ切った様子のザンパノが鼻を鳴らしながら喚く。

突然黒い何かに覆われたり下からエドワードっぽい誰かが超スピードで登って行ったりそれをホーエンハイムたちが追っていったり、意味のわからないことだらけだったのだ。

エドワードが、先ほどまで起こっていたことを簡潔に全員に説明する。

 

「んで、お父様が地上に賢者の石を補給しに行って、皆それを追った!まだ戦える奴は皆一緒に来てくれ!」

 

「お、おお?わかった!!」

 

「任せるがよい!姉上はそろそろ休んではいかがですかな?」

 

「誰に物を言っているアレックス。次言ったら三枚に下ろすぞ」

 

合成獣たちとアームストロング少佐たちがエドワードの石柱へと乗り込み、上へ登る。

 

 

 

 

 

エドワードたちが地上へと到達し、お父様の姿を視認する。

お父様はボトボトと、人のような()()を生み、それにホーエンハイムたちは翻弄されているようだった。

 

エドワードが声を出そうとした瞬間、お父様とエドワードの目が合う。

そしてお父様の口が、笑みの形に歪んだ。

 

 

次の瞬間、お父様から放たれた力の奔流がエドワードたちを呑み込む。

「破壊」としか称すことが出来ないそのエネルギーは、エドワードたちどころか後ろの中央司令部も覆い隠した。

 

 

そして、エドワードも、ホーエンハイムも、イズミも、アルフォンスも、マスタング大佐も、中央司令部も、そこにいた者全てを消し去り、そこには誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぶはぁ!!」

 

皆が一斉に、地面から顔を出す。

そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()、全員の体が地中へと沈み込んだのである。

 

「はぁ、ゲホッ……この錬金術は」

 

 

「いやほんと、意味わかんねえし……こえぇし……なんでこんな目に合ってるのか全然わかんねーけども。

助けてくれたお前らを、助けないといけないと思った。……助けたいと思った」

 

待っている、と言った者がいた。

行きなさい、と促した者がいた。

絶対助ける、と吠えた者がいた。

皆、自分のことを、助けようとしてくれた。

何で攻撃されたのか、何で助けられたのかわからないまま、喚くだけの自分を、救おうとしてくれた。

何か、自分に出来ることがあるかと、考えた頭に、すぐに答えは浮かんできた。

 

いつ知ったのか、どのように知ったのか、わからない。覚えていない。

だが、言葉を知っているように。数字を知っているように。

その()をどのように使えばいいのかは、()()()()()

 

だから、マーシュ・ドワームスはここに来た。

 

 

しばらく呆然としていたエドワードだったが、やがてその顔を綻ばせる。

 

「記憶もないのに、俺たちを助けたのか?

 

……バッカだなー!!」

 

「んだとぉ!?」

 

「でも、ありがとう。助かった」

 

「……おう」

 

マーシュがエドワードの手を掴み、地中から引きずりあげる。

その目はまだ怯えが残っていたものの、しっかりとお父様を睨みつける。

エドワードは全員の無事を確認すると、その両手を合わせた。

 

「そんじゃあいっちょ、神気取りのド三流に一発ぶちかましてやろうぜ」

 














「こちら地下のアームストロング隊!進捗はどうなってるんですか!?」

「……モチベーションが……半分吹っ飛んだ……!!」

「それが『お父様』って奴の力だ」

お父様「えっ、こっちのせい?」


Q&Aコーナー!はっじまっるよー!

Q.多分そんなに遅くなりませんとか言ってなかった?
A.許してにゃん

Q.プライドは人体錬成後はお父様のとこに現れてなかった?
A.ほら、絶対そこに行くとは描かれてないし……。許してわん

Q.記憶がなくなるというのは海馬が抜き取られたということですか?あるいは側頭葉ですか?会話が出来るようですが、エピソード記憶だけなくなったということでよろしいのでしょうか?そもそも真理は記憶だけ抜き取ることは可能なのでしょうか?抜き取られた記憶はどのような形で真理が持っているのでしょうか?また、記憶が消(以下省略)
A.許してぴょん

Q.ところどころっていうかだいぶ展開描写雑じゃない?
A.許してもー

Q.さすがにご都合主義多くない?
A.多分この作品でやりたいことは大体の人がもう気づいてるかなと思います。そのためなんです。許してぶひ


そんな感じです。次話はいつになるかわかりません。
最終話かな?わかんない。
書き切るつもりは満々です。年始までを目標に……できたらいいなぁ。


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一歩

ホーエンハイムたちへ攻撃を放とうとしたお父様を、兵士の放った銃弾が遮る。

 

「撃て撃て撃てェーーーーッ!!」

 

ヒューズ中佐の指揮する東方軍と、マイルズ少佐の指揮する北方軍が一斉にお父様へと発砲する。

 

「皆さん、一度離れて!」

 

「うお、ロス少尉!」

 

ロス少尉やブロッシュ軍曹を含めた兵士たちが、エドワードたちを誘導した。

ひとかたまりにならないように、皆が散らばる。

 

「ブルー隊急げ!!ホワイト隊は西棟の影に!」

 

「反撃の隙を与えるな!!」「アイサー!」

 

鉄砲、ライフル、手榴弾、果てはグレネードランチャーまでもちだし、四方八方からお父様を取り囲む。

しかしお父様は尚も涼しい顔でそれを防いでいた。

 

 

 

その間に、マーシュが記憶を無くしていると説明を受けたオリヴィエがその切れ長の目をシパシパと瞬かせる。

 

「は?え?なに?記憶喪失?」

 

オリヴィエは少し逡巡した後、ツカツカとマーシュのところに歩いていき、声をかけた。

 

「……マーシュ。私のことは覚えているか?」

 

「え?だれブヘェッ!!」

 

オリヴィエはマーシュが言い切る前に顔面を殴る。そしてその表情を一切変えずにもう一度同じ質問を繰り返した。

 

「私のことは覚えているか?」

 

「し、知らなへぶっ!!」

 

「思い出すまで聞くぞ。私のことは覚えて」

 

「姉上ッ!どうかそこまでに!」

「今そんな場合じゃないですって!」

 

「黙れ、こちらのほうが最優先事項だ!!」

 

アームストロング少佐とバッカニア大尉がオリヴィエの腕をそれぞれ押さえつけるが、それに構わずマーシュを噛み殺しそうな勢いで暴れまくる。

頰を抑えたマーシュは怯えながらエドワードの陰に隠れた。

エドワードが小さいので全然陰に収まりきれていないが。

 

 

「おーおー、せっかくカッコつけてたのに……」

 

その様子を見て苦笑するグリードのもとに、ランファンが降り立つ。

 

「若!……なんだグリードカ……」

 

「あんまり露骨にガッカリすんなよ、ちょっと傷つくぞ。……爺さんはどうした?」

 

「爺様は怪我しタ。大事をとって、休ませてル」

 

「そうか。ランファン、最終決戦だ。お父様を全力でぶっ倒す。

……やれるナ?」

 

「! ……はイっ!!」

 

 

こちらでは、離れたところでエンヴィーが様子を伺っていた。

 

「アレ、お父様か……?ヤバ気じゃん」

 

「エンヴィー!」

 

「うぇっ、マスタング大佐……!」

 

「乱戦状態で誰かに成り代わられると厄介だ、中尉、ここで仕留めるぞ!」

 

指を構えるマスタング大佐へ、エンヴィーは慌てて両手を大きく振る。

 

「まっ、待て待て待って!!そっちと戦う気はないって!」

 

「そうやって騙し討ちか?芸のないことだ」

 

そこへヒューズ中佐がやってきて、マスタング大佐の肩を叩く。

 

「あー、ロイ。一応エンヴィーが俺らを助けてくれたのは事実だ」

 

「……何?」

 

「俺も信用したくはねーがな。こいつはこっちのほうで見張っとくから、お前さんはお父様のほうへ」

 

「……お前がそう言うなら、任せたぞ」

 

お父様のほうへ向かうマスタング大佐の背中を見て、エンヴィーが不機嫌そうな顔になる。

 

「……何それ、アッサリ退いちゃって。お前の友人を殺しかけたやつだぞ?放置していいのかよ!なぁおい!」

 

「信じてほしいのかほしくないのかどっちなんだよお前は……」

 

 

マスタング大佐へぎゃんぎゃんと喚くエンヴィーを尻目にヒューズ中佐が呆れていると、視界にハボック少尉に連れられたラストとグラトニーが入った。

 

「うお、殺し屋のねーちゃん!」

 

「あらヒューズ中佐。安心しなさい、私は味方よ」

 

「いや、それは聞いてるけどよ。身構えちまうっての」

 

ラストがヒューズ中佐に微笑みかけるが、ヒューズ中佐は肩を押さえながら少し後ずさる。過去でもラストは同じような微笑みのまま刺してきたのだ、警戒しても責められはしないだろう。

 

「……エンヴィーも()()()へ来たのかしら?」

 

変身もせず、ヒューズ中佐に攻撃する素振りも見せないエンヴィーを見て、ラストが意外そうな顔をする。それに対し、エンヴィーは目を逸らして舌打ちした。

 

「ハ、何ソレ意味わかんない」

 

髪をかきあげ、側にあった瓦礫にどっかと座るエンヴィー。

そして、頬杖をつきながら人間たちがお父様へ攻撃するのを眺めるのだった。その目に、様々な感情を宿らせて。

 

 

 

「アル!?どうした!?」

 

「こんな、時に……ダメだ、あと少し……あと少しだけ……」

 

イズミと共にいたアルフォンスが、突然ガシャンと膝を折り手をつく。イズミが呼びかけるが、声は届いていないようでうわごとのように「まだ」「もう少し」と繰り返していた。段々と目の光を弱らせながらもその鎧の体を震わせ、地面についた手を握りしめる。

 

何を思ったか、突然イズミが鎧の兜を両手で思い切り叩きつけるように挟み込んだ。

くわぁーんと甲高い音がして、アルフォンスの意識が覚醒する。

鉄を全力で叩いて、イズミの両手も無事ではないはずだが、それでもイズミはアルフォンスの頭を両手でしっかりと抑えたまま、その目の奥を覗き込んだ。

 

「目ェ覚めた?しっかりしなさい、アルフォンス。あんたがいないとエドがまた無茶するわよ」

 

「は、い……!ありがとうございます、師匠(せんせい)!!」

 

アルフォンスは駆け出していく。

 

「……破門したっつってんでしょうが。ホント、バカ弟子だよあんたら」

 

イズミが頭を掻きながら、苦笑する。だが次の瞬間には顔を引き締め、血が流れ出るその両手を合わせた。

 

 

 

 

 

「削れ削れー!」

 

「攻撃を途切れさせるな!途切れたらさっきの司令部を吹き飛ばした衝撃波がくると思え!!」

 

すでに小さな町なら瓦礫の山に変えられるほどの、無数の銃弾や砲弾や錬金術がお父様へと放たれていた。しかしそのどれもお父様には届かない。全て等しくお父様の周りで霧散してしまう。

 

「人間ごときの攻撃では傷一つつけられんぞ」

 

「人造人間ならどうだ!()の力寄越せよ親父殿ォ!」

 

グリードがお父様の死角から硬化させた腕を叩き込む。

その腕は霧散はしなかった。代わりにお父様の体へと飲み込まれている。

 

「いいところにきたなグリード。賢者の石を貰い受けよう」

 

「ぐ、おおぉぉぉ!!」

 

繋がった部分からグリードの賢者の石がお父様へと吸い取られていく。必死に引き抜こうとして焦る表情を見せたグリードが一瞬、口角をあげた。

お父様が咄嗟にグリードを解放して賢者の石の吸収をやめる。ほぼ同時に、ラストの最強の矛()がお父様を横一線に凪いだ。

バチィと甲高い音が鳴って、爪がお父様の目前で止まる。ギリギリで防護壁を間に合わせたらしい。

 

「チッ、ダメか!」

 

「……親不孝な子らよ」

 

 

 

「グラトニー、あなたも早く攻撃を──」

 

ラストがお父様へ攻撃しながら、横に立っているだけのグラトニーを注意する。グラトニーは顔をうつむかせたまま、声をあげた。

 

「ねぇラスト。やっぱり、お父様、殺さなきゃダメ?」

 

「! グラトニー、この期に及んで何を……」

 

「だって、おでもラストも、グリードもエンヴィーも、プライドもスロウスもラースも、皆お父様に作ってもらった!お父様がいなかったら、おでたち皆、生まれてない!」

 

グラトニーがその白い目を瞬かせながら、拳を握りしめる。

今その頭の中では、今までの記憶を思い返しているのだろう。親というものがどういうものかはわからない。しかし彼にとっては、自分という存在を作ってくれた人。ラストという存在を作ってくれた人。今まで自分に食事を与えてくれた人なのだ。感謝こそすれ、恨みは全くない。

 

「ッ……、それは、その通りだけど……」

 

「おで、お父様に、死んでほしく、ない」

 

「それ、は……」

 

ラストもそれきり押し黙ってしまう。

もっと大きい愛情で塗り変わってしまったものの、ラストも最初はお父様に感謝し、そして親愛していたはずなのだ。

いや、そのことも全てわかったうえで寝返った。

だが、グラトニーの発言を押し切ってお父様を攻撃するのは、憚られた。それはグラトニーの感情を否定することになるから。

 

ホーエンハイムが、お父様へと攻撃しながらも二人のそのやり取りを横で見つめていた。

 

 

 

 

マスタング大佐の爆炎がお父様を包む。

その火力・命中精度・飛距離・連射力・コストのかからなさ。焔の錬金術はこの場で最もお父様のリソースを削るのに貢献していた。

巻き込まれない距離から銃では狙うことも難しい人間一人分の大きさに、そこらの重火器など目ではない火力を毎秒放っているのだ。

兵士たちもその強さに軽く引いていた。

他の錬金術師たちも、焔の錬金術ほどの殺傷力はないにしても、武器や火器を錬成し、お父様を一斉に集中砲火する。

 

 

 

「……近づけやしねぇなこりゃ」

 

「お前は……」

 

グリードが白けた目でマーシュの隣に立ち頭をガリガリと掻く。

マーシュのグリードへの認識は、「他の人間と立ち位置が違うっぽい」ということしかわかっていない。

 

「お前は、記憶失っても仲間を守ったんだな。……ちぃっとだけ羨ましいわ」

 

「……お前のおかげだ」

 

遠い目で呟くグリード。マーシュにその言葉の真意はわからなかった。だから、ただ今わかっていることだけを伝えた。グリードもマーシュをここへと導いた一因だ。グリードの言葉がなければマーシュは、ここにいなかったかもしれない。だから、その事実だけを口に出した。

グリードはマーシュの言葉を聞いて、何が面白いのか、がははと笑ってマーシュの肩を叩いた。

 

 

 

 

錬金術師たちの攻撃が、お父様の障壁に何度も何度も阻まれる。

しかし一文字に結ばれたまま動かなかったお父様の口が、初めて苛立たしげに噛み締めた歯を見せた。

 

ほんの一瞬だ。

錬金術師たちと兵士たちは急拵えの連携で、間断なくお父様へと攻撃を放ち反撃の機会を削いでいた。しかし不運なことに、一瞬だけ皆のインターバルが重なってしまった。

マスタング大佐が次の爆炎を放つまでの間。エドワードやアルフォンスが手を合わせる間。兵士たちのリロードや、銃撃を外してしまった間。

 

その一瞬で、十分だ。今のお父様にとっては。

 

「危ない!!」

 

お父様から弾けるように衝撃波が発生し、周り全ての人間を吹き飛ばす。

例えるなら全方位への風の砲弾。身を晒しているものは皆等しく後方へとその身体を投げ出される。

 

 

衝撃波を食らった者、壁に叩きつけられた者、飛んできた瓦礫にぶつかった者、兵士たちは一瞬で戦闘不能に陥る。運良くまだ動けそうな者たちも、瞬きの間に兵士を壊滅させられるお父様の力を見て、戦意喪失しかけている。

合成獣(キメラ)たちも、錬金術師たちも。傷ついていないものがいない。身体を動かしたくても動かせない。

 

 

しかしその者らの間から、なお瞳に闘志を燃やしてお父様へと走り寄る者がいた。

 

 

「兄さん!」

 

「おう、いくぞアル!」

 

「俺も良いとこ見せないとなぁ!」

 

間一髪で防いだホーエンハイムと、ダメージを受けない体のアルフォンス、そしてアルフォンスの陰に隠れ耐え凌いだエドワード。

 

三人の足元から岩の拳が飛び出しお父様を殴りつける。

お父様もそれに呼応するように足元から巨大な掌を出現させ、それらを叩き潰す。

 

アルフォンスがお父様の足元に錬成した槍をお父様へと投げつけ。

エドワードとホーエンハイムが、牙を持つ獣を岩で錬成しお父様へ突っ込ませた。エドワードのほうはどこだかの部族のトーテムポールにでも使われそうなデザインだが。

 

「エドワード、もう少しセンス磨いたらどうだ?」

 

「てめーにだけは言われたくねー!」

 

軽口を叩くホーエンハイムに、エドワードが吠える。ここでエドワードがお父様の様子に違和感を覚える。こちらが軽口を叩く余裕があるのだ。たった三人、ホーエンハイムがいるとはいえ、今のお父様なら問答無用で消し飛ばせるはずなのに。

 

「気づいたかエドワード。アイツ、そろそろ限界が近いぞ」

 

お父様は、先ほどの全方位攻撃でこの人間たちの足掻きを終わらせるつもりだった。そのためにかなりのリソースを消費してしまったのだ。

先ほどと同じ攻撃をすればもう身体が保たない。だからエドワードたちと同じ土俵の錬金術──それでも十分過ぎるほど常識外れの威力ではあるが──で相手をせざるをえなかった。

 

 

規格外の錬金術師三人と、理外の存在との戦いは熾烈を極める。

 

お父様の横に十数門の砲台が現れ、エドワードたちを狙い撃つ。

ホーエンハイムが巨大な壁でそれを防ぎ、エドワードとアルフォンスがその壁に手をつくとお返しと言わんばかりに大砲や剣や槍やボウガン、果ては鉄球のついたモーニングスターまでが一斉にお父様へと放たれる。

 

しかしお父様の前の地面が大きく跳ね上がり、それを防ぐ。同時にエドワードたちの背後の地面も同じく跳ね上がった。まるで開いていた本を畳むかのように。ページの継ぎ目にいるのは、もちろんエドワードたちだ。虫を叩き潰すがごとく、エドワードたちの前後から岩の壁が迫り、そのまま挟み潰される。

 

一瞬の静寂の後、直立していた岩壁がその形を巨大な拳に変え、お父様へと振り下ろされる。しかし拳はお父様に当たることなく障壁で粉々に砕けた。残った腕の部分が二つに裂ける。中心にはホーエンハイムが腕を広げて立っており、裂けた岩の腕はそれぞれが剣の形を成してまたお父様へと振り下ろされた。

剣もまたお父様の障壁によって砕かれ、粉々に砕けた岩の欠片が舞い上がる。そしてお父様が横へと視線を向けると、吹雪のようにそこへ勢いよく降り注いだ。その向かう先は、エドワード。

 

お父様の死角へ走って移動していたエドワードがギョッと目を剥き咄嗟に壁を錬成する。しかしお父様が腕を軽く上げると、岩の吹雪はその軌道を変えて壁を回り込み、エドワードの横から襲い掛かった。

 

「いぃっ!?」

 

しかしエドワードの逆側を走っていたアルフォンスがお父様の足元に棘を錬成して攻撃する。障壁によって防がれるが、岩吹雪はお父様の制御を離れたのか、その勢いを失って地へと落ちた。

 

お父様の周りの地面が獣の牙に似た形を成し、お父様へと噛みつく。しかし牙はねじれるようにひとまとまりになり鞭の形へと変わり、周りのホーエンハイムもアルフォンスもエドワードも巻き込むようにお父様の周りを一周し薙ぎ払った。

アルフォンスが吹き飛ばされるが、ホーエンハイムが錬成した土の手により受け止められる。

エドワードだけが、体を屈めて間一髪かわすことに成功する。

体が小さくて助かった、と一瞬頭の中に浮かんだ気持ちをブンブンと頭を振って追い払い、エドワードがお父様の背中へと錬成した槍を放った。

槍はお父様に当たる寸前で砕けたがその瞬間、お父様の顔に血管が浮き出て、お父様が目を見開く。

 

ビキリ。

 

そんな音が響いた。

 

エドワードがその様を見て、咄嗟にもう一本槍を生み出しお父様へ投擲する。

飛んで行った槍は障壁に阻まれることなく、お父様の脇腹を貫いた。

 

「通った……!!」

 

「限界だ!!奴はもう、神の力とやらを抑えていられない!!」

 

アルフォンスとホーエンハイムが好機とばかりにエドワードとお父様のもとへ駆け寄る。

 

 

 

「あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「マ、ズいッ……!!」

 

しかしお父様から三人へとエネルギーが凝縮された光の奔流が放たれる。中央司令部を吹き飛ばした先ほどの攻撃ほどではないにしろ、それはエドワードやアルフォンスを消し飛ばすには十分過ぎる威力だった。

 

「がっ……」

 

「兄さん!!」

 

ホーエンハイムが咄嗟に二人の前へ出るが、その衝撃を全て防ぐことは出来ず────アルフォンスとエドワードごと、飲み込んだ。

 

 

 

「石……石……賢者の石ィ……ヨコセェッ!!」

 

お父様のその姿に先ほどまでの余裕は全くなく。お父様がエンヴィーを、ラストを、グラトニーを順に見る。その目は飢えた獣のようで、生への執着しか浮かんでいなかった。

 

「……ほら、息子なんかじゃなくて、ただのストックとしか思ってないじゃん」

 

ぽつりと、エンヴィーが呟いた。

 

 

 

一瞬だけ気絶していたらしいエドワードが眼を覚ます。

しかし体が重くて動かない。もしや致命傷を負ってしまったか、と焦るが、どうやら何かがエドワードの体におぶさっているらしい。

ぐ、と首を持ち上げ、それを見る。

 

「……ア、ル?」

 

エドワードの上にいたのは、エドワードへと届くはずだった衝撃のほとんどをその身で受け止めた、アルフォンスだった。鎧の下半身は吹き飛んでしまったのかなくなっており、残った上半身も今なおガラガラと崩れて、その形を保てなくなっていた。

 

 

「────勝てよ、兄さん」

 

 

その言葉を最後にアルフォンスの鎧の目の光が消える。

ガシャリと音を立て、鎧が崩れ切った。崩れた鎧の内側から、錬成陣が姿を覗かせる。

アルフォンスの魂を鎧に繋げていたはずの錬成陣は、半分に割れていた。

 

「……アル?アル、おい、アル!!アルフォンス!!」

 

錬成陣が描かれていた割れた鎧の破片を握りしめ、エドワードが叫ぶ。

だが、そこから声が返ってくることはなかった。

 

血が出るほどに破片を強く握り、エドワードが歯を食いしばる。

そして喉が枯れるほど叫びながら、お父様の元へと駆け出した。

 

「このっ……バッカ、ヤロォーーー!!!」

 

 

 

「……う……いって……」

 

お父様の衝撃波により気絶していたマーシュが目を開ける。

ふ、と前を見ると、そこではグリードが膝をついていた。

しかしその腹部には大きな槍が突き刺さっている。

錬金術師のうちの誰かが錬成していたものだろうか。

グリードの位置はお父様とマーシュの間。先ほど話していた時とは変わっている。

マーシュはその理由を理解した。衝撃波によって飛んできた槍から庇ったのだ、マーシュを。

 

「お、おい、お前!!」

 

「あ"ー、騒ぐな、死なねえよ俺は。んなことより先にやることあんだろうが」

 

グリードが口から血を流しながらも、親指で後ろのお父様の方を指し笑う。死なないというのは強がりや見栄ではないようで、バチバチと音を立ててグリードの傷は塞がっている。マーシュはそれを確認して、走り出したエドワードのほうを見て。

 

「……ああ!!」

 

両手を合わせ、足を勢いよく踏み下ろした。

 

 

 

「ヨゴッせ……ッ!?」

 

一番近いラストのほうへと近づこうとしていたお父様の足が、落とし穴にハマったかのように地面へめり込む。

ほぼ同時にそこにエドワードが辿り着き、拳を振りかぶった。

マーシュが指を突き付けながら、エドワードに向かって叫ぶ。

 

「ぶ ち か ま せぇッ!!」

 

「おおおおぉぉぉりゃああああぁぉぁ!!!」

 

エドワードがその腕で、お父様の顔面を全力で殴り飛ばす。

足が固定されているお父様は、その場で体を仰け反らせることしか出来ない。

足を踏みしめ、エドワードが更に拳を繰り出す。

まるでこの国の人間の数だけ殴るのかと思うほどの気迫で、何回も、何十回も、殴り飛ばす。

 

「いけ、エド!!」「やっちまえ、チビ助!」「頼む!」「頑張れ!!」「エドワード!!」「「お願い!」

 

衝撃波で吹き飛ばされた周りの人間たちが、最後の力を振り絞ってエドワードを鼓舞する。声が届くたびにエドワードの拳に力が更に入る。

 

お父様がなけなしの力を振り絞って反撃しようとするその拳を、下から浮き上がった泥が防ぐ。捻って避けようとするその体を、泥が捕える。

そしてまた、エドワードの拳がお父様の顔を打ち抜いた。

 

 

 

 

「ありゃ、ぷっくはははは!!ダッサ!」

 

いつのまにかグリードの近くへと来ていたエンヴィーが、槍の突き刺さったグリードを見て楽しげに嗤う。

槍で死にはしないものの、槍が長すぎるためか自分で抜くことが出来ず、槍が刺さっているため硬化して槍を折ることも出来ずと、仕方なしに刺さったままでいたのだ。

しばらくして充分笑ったのかエンヴィーは、不満げな顔で黙って嘲笑われているグリードの槍を引っこ抜いた。

ぐえっと変な声を漏らして、槍が刺さっていた穴が再生されひとつため息をつくグリード。

 

「なぁエンヴィー。お前も同じか?」

 

「はぁ?何がさ」

 

「欲しいもんだよ」

 

再生されて、傷ひとつなくなった穴を一撫でしてグリードは呟くように言う。

 

「……俺が望んでやまなかったのはな……アイツらみたいな、仲間だった。さっきようやく、わかった。……わからされた」

 

「フン、バーカ。

────今頃気づいたの?」

 

エンヴィーが見下したように笑い、それに応じてグリードもがははと笑う。側から見たその様は、軽口を叩き合う兄弟のようで────いや、二人はまさしく兄弟だった。二人にしかわからないものを、今共有し合って、今ようやく、兄弟になったのだ。

 

 

 

「お父様……」

 

そしてラストとグラトニーは、お父様が殴られているのをただ見ていた。

加勢もせず、裏切りもせず。もう、どうすればいいのかわからなくなっていた。

 

 

 

 

 

「ア"ッ、あああ"アア"あアア"ア"あ"あ"あ"!!!」

 

最後の力を振り絞ったのか、お父様からまたも衝撃波が放たれ、暴風が吹き荒れる。

先ほどのような威力はないものの、至近距離でそれを受けたエドワードがたまらず吹き飛ぶ。

 

「ぐ、あっ……!」

 

衝撃で飛ばされるエドワードを、誰かが抱きとめた。

エドワードが明滅する視界に捉えたのは──。

 

「ホーエンハイム……」

 

「決着をつけてくる」

 

エドワードを優しく地に下ろすと、ホーエンハイムはゆっくりとお父様の元へと歩き出した。

 

「ホーエンハイムゥゥゥゥ!!」

 

もはや形振りも構わず両手を広げ、ホーエンハイムへと掴みかかるお父様。それはもはや攻撃とも呼べなかった。癇癪(かんしゃく)を起こした子供が、泣き喚きながら腕を振り回して突っ込んでくるのと同じ。速度もなく、余裕もない。

 

ホーエンハイムは動かず、ただ立っていた。

その表情は、憐憫、だろうか。

少しだけ、悲しそうな顔でお父様を見つめ。

一歩踏み込んで。

 

「お父様!」

 

 

お父様の胸を、ホーエンハイムが地から錬成した拳が貫いた。

 

「終わりだ、フラスコの中の小人(ホムンクルス)

 

 

「……ア……」

 

お父様の胸に空いた穴は再生しなかった。

お父様がその穴を手で抑え、震える。

 

「あ……やめろ……やめろ……!!戻りたくない、あそこには、戻りたくなっ……」

 

賢者の石が尽き、神を体に抑えることが出来なくなれば、その体は真理に飲み込まれるだろう。数秒後には、それが始まる。お父様は直感的に理解し、そして狂乱した。これは、避けられない事象だ。どう足掻いても、ここで終わってしまう。お父様の身体は、力は、ここで尽きる。そのはずだった。

 

 

ホーエンハイムが、その手でお父様の胸に空いた穴に触れるまでは。

 

 

「な、にを……している……!?」

 

お父様が驚愕の声を漏らす。放っておけば消えるはずの自分にわざわざ干渉しようとしているのだ。意味がわからなかった。

 

「お前もやろうとしたことだろう?俺の一部になれ、フラスコの中の小人」

 

「正気か!?」

 

淡々と告げるホーエンハイム。しかしその言葉の内容はとても理解できるものではなかった。

 

「もともと俺の血から作られたんだ。容れ物としては最適だろう?」

 

「そんな、ことを言っているのではない!!何故、こんな────」

 

言い切る前に、お父様の中の何かはホーエンハイムへと飲み込まれた。

 

 

 

「ホーエンハイム……。まったく理解出来ん。私を体に宿すことの意味を、わかっているのか?」

 

 

ホーエンハイムの中。

精神世界のような場所。

そこにお父様はいた。

その姿はエドワードに似た男の姿ではなく、小さな球。黒いもやのようなその球に、目と口が浮かんでいる。

それは、フラスコの中の小人(ホムンクルス)がフラスコの中で産まれた時の姿。お父様の本体だ。

 

そこで相対するホーエンハイムは、お父様を見据えて口を開いた。

 

()と話し合って決めた。お前のことは許さない。許しちゃいけない。

 

だけどな。お前は俺に名前をくれた。知識をくれた。

そのおかげで、トリシャに出会えた。アルフォンスとエドワードに出会えた。

だから、これは執行猶予だ。

お前のいうくだらない人間が生きていく様を、俺の中で見届けろ。

お前が今まで目を逸らし続けてきたものを見据えろ。

お前が切り捨てたものの大切さを感じろ」

 

ホーエンハイムは心のどこかで、ホムンクルスを憎み切れないでいた。

かつて世界の広さを知りたいと願った。自由と知識を求めた。奴隷のままで、無知のままでありたくないと思った。それはまさに、ホムンクルスと同じだ。

だからホーエンハイムは今ここに生きている。

 

そんなホーエンハイムの思いを、クセルクセスの民の魂たちは汲み取った。なにせ常にホーエンハイムの中にいるのだ。嫌でもホーエンハイムの思いの機微などわかる。だから、魂たちはホーエンハイムにこう言った。「お前のやりたいようにやれ」と。

 

ホーエンハイムが悩み、末に導き出した結論がこれだ。

これは罰であり、救いだ。

奴隷23号から、子であり師であり友であった、フラスコの中の小人への。

 

「貴様と……人間と共に生きていくなど、出来るはずがない」

 

「お前から生まれた人造人間が出来たんだ。お前が出来ない道理はないさ」

 

人間と友になった人造人間(ホムンクルス)がいた。

人間と愛し合った人造人間(ホムンクルス)がいた。

人間に憧れていた人造人間(ホムンクルス)がいた。

 

お父様が切り離した『感情』は皆、『人間』を求めていた。

 

「……理解出来ん。人間というのは本当に……」

 

「じゃあ理解出来るよう努力してみろ。

地下の椅子でふんぞり返っているよりずっと有意義だぞ」

 

「……どの道、この状態じゃあ何も出来ん。好きにしろ」

 

先ほどから隙を見てホムンクルスがホーエンハイムの身体を乗っ取ろうとするたびに、クセルクセスの民の魂がその邪魔をしていた。

 

また扉に飲み込まれるよりは、ずっとずっとマシだ。

そう断定したホムンクルスは目を閉じた。

神の力にさえ打ち勝ってみせた人間たち。その理由の考察が、彼の頭の中では行われているのだった。

 

 

 

 

 

「……どうなった?」

 

「とりあえず、俺の中で大人しくなった。また危ないことを企まないとは言えないが、俺が責任を持って管理する」

 

ホーエンハイムの言葉に、周りの者が顔を見合わせる。

 

「……じゃあ」

 

「終わっ……た」

 

「終わった!!」「勝った!!」「おおおおおおおおおおおおお!!!」「やったぞ!!」「俺たちの勝ちだ!!」「よっしゃぁぁぁぁぁ!!」

 

抱き合い、拳を振り上げ、てあしをばたつかせ、皆が勝鬨を上げる。

しかし喜んでいるのは兵士たちだけ。

こちらには、まだやり残したことがある。

 

「終わった……のか?」

 

「アルフォンス!!アルフォンス!!」

 

エドワードが崩れた鎧に向かって何度も呼びかける。

それを見て、マーシュが不可解な面持ちを浮かべる。

 

「……その鎧さん、中身空っぽなのか?」

 

「人体錬成した時に、真理と引き換えに体を全部持っていかれた。だから魂だけを鎧に定着させていたんだが……」

 

「……無理矢理無機物に人間の魂をくっつけただけで、やがて魂は元の身体のほうに戻っちまう」

 

マスタング大佐とエドワードの説明を聞いたマーシュは、ポリポリと頬を掻く。死んではいない、ということだろうか。

 

「……よくわかんねぇな」

 

「とにかく、アルフォンスの魂はもう……」

 

そこにホーエンハイムがやってきた。

アルフォンスの鎧を見ると痛ましそうにその顔を歪め、エドワードの横で片膝をつく。

 

「……エドワード、俺の中の賢者の石を────」

 

「──賢者の石には人の命が使われてる。身体を取り戻すために、誰かの命を犠牲にしたなんてアルが知ったら、一生後悔する」

 

「そう言ってくれるお前らだからこそ、使ってほしいとこいつらは言っている。お前らのために、使ってほしいとさっきから叫んでるんだ」

 

「っ…………」

 

「……やっと、全部終わったんだ。エドワードと、アルフォンスに、生きていてほしいんだ」

 

だから、賢者の石にされたクセルクセスの民を、ホーエンハイムの友人たちを、使ってくれないかと。

ホーエンハイムは涙をボロボロと零し、嗚咽交じりにそう言った。

 

国を救うためでもなく、お父様に復讐するためでもなく。ホーエンハイムのエゴのために、犠牲にする。ホーエンハイムの胸中は、それに悩むことなく快諾してくれたクセルクセスの民たちへの感謝と、申し訳なさ、自分への情けなさで溢れていた。

自分だけでは、息子一人救うことすら出来ない。

息子からの軽蔑も覚悟しての提案だった。

マーシュに言われてから胸の奥でひっそりと夢見ていた、エドワードとアルフォンスとの暮らしももう出来ないだろう。

それでも、二人に、生きてほしかった。

それだけが、ホーエンハイムの希望だった。

 

「情けない顔してんじゃねぇよ、クソ親父!!」

 

その言葉にパッと顔を上げると、エドワードが涙を流しながらホーエンハイムを睨みつけていた。

 

「……親父って、呼んでくれるのか、こんな俺を」

 

父の涙を見て、正直エドワードはかなり揺らいでいた。

「賢者の石を使っても、いいじゃないか」「意地を張ってここでアルフォンスの身体を取り戻さないのは、それこそ自分たちを応援してくれた、助けてくれた人たちへ不誠実じゃないか」「アルフォンスの身体が戻れば、結果オーライじゃないか」

頭の中で、そんな声がする。悪魔の誘惑などではない。実際その通りなのだから。石を使うことを妨げているのは、エドワードの気持ちひとつだけ。

 

使ってしまうのは簡単だ。でもそれでは、あの日から何も変わっていない。合成獣に化せられた目の前の女の子を、「仕方ない」「自分たちにはどうしようもない」で済ませてしまったあの時と。「人を生き返らせる」などと思い上がって、罪を犯したあの時と。

考えろ。考えろ。考えろ。

思考を止めるな。

命を使わずに、アルフォンスを助ける方法を。

全てが丸く収まる方法を。

考えろ。考え────

 

「返しちゃえばいいんじゃないのか?」

 

「──────────は?」

 

マーシュの軽い調子の声が、エドワードの意識を現実へ引き戻した。

その空気の読めなさにグリードが出てきて半目でマーシュを眺める。

 

「何を言ってやがんだオメェ」

 

マーシュは周りから一斉に向けられる怪訝な視線を受け、わたわたと手を振りながら言う。

 

「え、いや、真理とやらと引き換えに身体持ってかれたんだろ?

じゃ真理を返せば身体返してくれるんじゃねぇの?

等価交換ってなら」

 

「いやそんなこと出来たら苦労しな……鋼の?」

 

目を見開き、口をあんぐりと開けてふるふると震えだしたエドワード。

しばらくその顔のままでいたエドワードが、喉の奥から掠れた声を漏らした。

 

「…………は」

 

吐息交じりのその声は、やがて連続していき大きくなっていく。そして、

 

「────は、はは、はははは、ははははははっ!!」

 

それは明確な笑い声となって皆の耳へと届いた。

周りの者たちは、エドワードが弟を失った悲しみで気が違ってしまったのかと悲痛な面持ちになる。

しかし、空へ向かってしばらく笑い続けたエドワードが正面に向けた顔は、希望に満ちていた。

 

「そうだ、代償なんざ最初(はな)から持ってたんだ。ありがとなマーシュ。ホントに、助けられてばっかだ」

 

「よ、よくわからんが、どういたしまして」

 

エドワードは手を合わせた。

 

「ちょっと行ってくる。鋼の錬金術師、最後の錬成に!!」

 

 

「アルフォンス!!」

 

「いだいいだいいだだだ」

 

エドワードの、自分の『真理の扉』を代償とした錬成は成功した。

アルフォンスは肉体を取り戻し、現世へと帰ってくることが出来たのだ。

ホーエンハイムと握手した後、マスタング組やイズミやアームストロング少佐が代わる代わるその体に触れたり抱きしめたりしていく。

一巡したところで、アルフォンスがバツの悪そうな顔で立っているマーシュを見つけた。

 

「マーシュ!」

 

アルフォンスが呼びかけるが、マーシュにとっては全く関わりがなかった鎧の中身が帰ってきったという話で、いまいちどう反応すればいいのかわからないのだ。

 

「なんか空気読めなくてゴメン……」

 

浮かれていた空気を引き締め、エドワードが顎に手を当て俯く。

 

「次は、マーシュの記憶をどうするかだな……」

 

そこで、パチパチという音が辺りで響く。

見ると、キンブリーが拍手をしながらこちらへ歩いてきていた。

キンブリーと絡んだことのある者たちが、露骨に嫌な顔を見せる。

 

「おめでとうございます、皆さん」

 

「キンブリー!」

 

唐突にキンブリーが真紅の球状の石をマーシュへとほうった。

マーシュはそれを取りこぼしそうになりながらもキャッチし、まじまじと見つめる。

 

「賢者の石です。人体錬成のやり方は知っているでしょう?

もう一度真理に会い、記憶を取り戻してきなさい」

 

「んなっ……!」

 

「この決着を、見せてくれたお礼です。それに、食事の約束もありますしね」

 

帽子を指で押し上げ、気障に笑うキンブリー。

釈然としない気持ちはあれど、これで解決するならとエドワードたちがマーシュに目をやった。

しかしマーシュは賢者の石を見つめるばかりで動こうとしない。

 

「……これ、人の命使ってんだろ?エドワードじゃねぇけど、俺だって抵抗があるよ。俺にそんな価値、あるのか?いやそれに、これ使ったところで戻ってくる記憶が正しい記憶なのかもわかんねぇし。そもそも記憶返してくれって言っても返してくれるのかもわかんねぇだろ」

 

とってつけたような言い訳をずらずら並べ立てるマーシュに、エドワードは違和感を覚える。

 

「……マーシュ?」

 

マーシュは少しの間目を閉じると、観念したように話し出した。

 

「……正直言うとさ。思い出すのが、恐い。

ほんのちょっとの断片的な記憶が、たまに見えて。

それを見たとき、体が強張るくらい辛かった。

体が水の中に沈んでいくような感覚になって……。

思い出したら、自分が壊れちまいそうで」

 

「マーシュ」

 

俯き少し体を震わせていたところで、呼ばれて振り返るマーシュ。

 

「ふんっ!」「あいったぁぁぁぁぁあ!!?」

 

マーシュの額へと思いっきりオリヴィエが頭突きをかました。

マーシュの視界にチカチカと火花が散る。

オリヴィエは少し赤くなった額を押さえようともせずに、腕を組みマーシュを見据えた。

 

「私の惚れた男は」

 

続いてアームストロング少佐が進み出て、声を上げる。

 

「吾輩に、後悔を糧にしろと言ったのは」

 

「俺に、家族を守るよう言ってくれたのは」

 

「俺に、飯奢るって約束したのハ」

 

「私を、毎度毎度挑発してきたのは」

 

「ボクたちを、何回も何回も助けてくれたのは」

 

「オレの、友達は」

 

 

「マーシュ・ドワームスだ」

 

 

皆がマーシュを見ていた。見守っていた。

エドワードが、マーシュの胸を叩く。

 

「てめぇが一人で抱えきれないっていうんなら、オレたちがいくらでも肩を貸してやる!嫌っつっても無理やりにでも貸してやるよ」

 

「……俺は、恵まれていたんだな」

 

薄く笑みを浮かべて、マーシュは歩き出した。

 

「いってくる」

 

その手はもう、震えていなかった。

 

 

 

「よう、きたのか」

 

約束を守る。

守れなかった父は死んだ。

守れなかった姉は死んだ。

いつからか、『約束を守る』ことだけが生きる目的になってしまっていた。

 

約束を守るために国家錬金術師になって、

約束を守るために友達を守ってた。

約束を守るために生きてた。

自分で考えて自分で決めろ、なんて言って。

自分じゃ何も決められてなかった。

 

でも。

 

「もう、平気か?」

 

「あぁ。ありがとな」

 

「ハハ、礼を言われたのは初めてだ」

 

扉が開き、マーシュの身体を黒い手が覆っていく。

頭の中に、記憶が流れ込んでくる。

 

自分を抱く誰かの腕。

遠ざかる父の背中。

赤色の床。

愛しい姉の首なし死体。

 

頭の中をまた、恐怖と諦念が支配していき、体が泥のなかへと、沈んでいく。

もがく気力がなくなる。

手足に力は入らない。入れない。

 

 

沈む。

 

 

 

 

 

沈む。

 

 

 

 

 

 

沈む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マーシュのその腕を、誰かが掴んだ。

 

荒っぽく、離す気など微塵もないと言いたげにしっかりと握るその手は、硬く冷たい鋼の義肢で。しかし不思議と、握られた部分から熱が身体中に広がっていった。

頭が冴えてきて、全身に力が漲る。

息が苦しくなって、体が空気を求める。

鋼の腕を掴んで、無我夢中で手足を動かした。

 

上へ。

 

上へ。

 

上へ。

 

やがて目の前に光が満ちて、

視界が白く染まり────

 

 

「マーシュ!!」

 

 

その目を開けると、エドワードがマーシュの肩を掴んでいた。

横にはオリヴィエや、メイやアームストロング少佐、ヒューズ中佐やマスタング大佐。

ガリガリのアルフォンスもホーエンハイムに肩を貸されてマーシュを覗き込んでいる。

 

マーシュは全員を見回した後、笑う。

それは皆が目にしたことがある、いつもの小憎らしい笑顔。

目を細め、歯を見せて、顔を綻ばせ、マーシュは。

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

今、泥沼から、一歩踏み出すことが出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 



















もうちっと(一話)だけ続くんじゃ


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終幕

【スロウス】

 

「いやーしかし司令部は完全に潰れちまったなぁ。片付けも途方もねぇわこりゃ」

 

ガラガラと瓦礫が崩れ、巨大な何かが、ぬぅっと起き上がった。

 

「……あれ?ここ、どこだ」

 

「スロウス!なんだよ生きてたのか!」

 

人造人間の一人、スロウスだ。

 

突如現れた巨漢に兵士たちが悲鳴をあげ、その声に振り向いたエンヴィーとマスタング大佐たちがスロウスのもとへと駆け寄る。

 

スロウスが埋もれたのは、中央司令部の地面。

お父様が吹き飛ばしたのも、中央司令部。

 

地中で窒息と復活を繰り返し、ゆるやかに残りの賢者の石を減らして、ただ死を待つだけだったスロウスは、偶然にもお父様の攻撃に巻き込まれていた。

周りの地面ごと消滅し、また復活したまではよかったが、崩れた瓦礫に飲まれたまま今の今まで眠っていたのだ。

 

スロウスはあたりを見回し、ぽりぽりと頭を掻いている。

マスタング大佐が手袋をはめスロウスの動きを警戒したが、エンヴィーがそれを制しながら前に進み出た。

 

「あー、何、すんだっけ。めん、どくせー……」

 

「スロウス!もう何もする必要はないぞ。お父様もプライドもいなくなった。お前に命令する奴はもういない」

 

「……なにも、しなくて、いい?」

 

エンヴィーが視線を送ると、マスタング大佐がその意図を理解して頷いた。

 

「あぁ、ずっと寝てていい。面倒なことは何一つしなくていい。なんなら誰にも邪魔されない静かな場所もやろう。どうだ?」

 

「……もう、何も、しなくて、いい。そうか。

それは、めんど、くさく、ねー」

 

スロウスはそのギザギザな歯を剥き出しにしてニッカリと笑った。

 

 

【ラスト】

 

戦いに疲弊しながらも、皆が自分に出来ることをして後処理を始める中。

ラストがホーエンハイムへと声をかけた。

 

「ホーエンハイム、ありがとう。お父様を、救ってくれて」

 

人間たちにとって、お父様への同情の余地はなかったはずだ。仮にあのままお父様が消滅させられたとしても、ラストは納得して受け入れる心持ちだった。グラトニーにもそうなるよう説得しただろう。

だが、そうはならなかった。そのことに安堵している自分がいることに気づき、同時に親への情を失っていなかったことを少し嬉しく感じた。

 

「あぁ、気にしなくていいさ。

それに、子供にはなんだかんだで親が必要らしいからな。受け売りだけど」

 

ホーエンハイムは、人造人間たちに人間と共に生きることが出来る可能性を、未来を見た。その未来への道中に、親を殺されたという事実が残っては、(わだかま)りが生まれるかもしれない。エドワードたちが生きていく未来に、そんな憂いを残したくはなかったという、気持ちもあった。

 

柔らかく笑うホーエンハイムの胸のあたりを見て、ラストが複雑な顔をする。

 

「……話は出来るのかしら?」

 

ホーエンハイムのなかにお父様がいると言われても、どのような状態かはわからないのだ。仮にお父様の意思が完全になくなっていると言われたら、どういう反応をすればいいかわからなかった。

 

ホーエンハイムは少しの間目を瞑ると、苦笑いを浮かべた。

 

「『攻撃してきただろ』、って。拗ねてやがる」

 

「あー、それはそのー……ごめんなさい」

 

ばつの悪い顔をして、ラストが目をそらす。どう言い繕ったところで、お父様打倒の手助けをし直接攻撃もした事実は消えない。簡単に許してもらえるような虫のいい話はないだろう。

 

「でも……後悔は、してないわ」

 

「……『そうか』、だってさ」

 

「コイツと話したくなったら、いつでも会いに来るといい」と言って、ホーエンハイムはエドワードたちの方へと歩いて行った。

 

「ソラリス!」

 

「ジャン!」

 

入れ替わるように、ハボック少尉がラストのもとへと駆け寄って来る。そして勢いよくラストを抱きしめ、耳元で言葉を発した。

 

「この戦いが終わったら、言おうとずっと思ってた。

ソラリス、俺と────」

 

 

【バリー】

 

「そういえばバリーはどこへいったの?」

 

「あぁ、途中でいなくなっちまった。とんずらこいたんじゃねぇか?」

 

「……そう」

 

ハインケルの答えを聞いて、ホークアイ中尉は空を見上げる。

 

 

「……………………」

 

 

「……おっと、また意識なくなってた。ったく、話には聞いてたがこんな急にくるもんかよ。やってらんねェなァ」

 

仮初めの肉体の拒絶反応。

人形たちと戦っている最中にそれを感じたバリーは人知れず抜け出し、中央の街並みの屋上であぐらをかいていた。

 

「……ま、十分か。もともと延長戦みたいな命だったしな。ラストの肉も切れたし。人形どもはちっとばかし消化不良だったがなァ」

 

肉切り包丁を空に翳し、その刃を煌めかせる。

 

「なかなか楽しかったぜェ。あーあ!!最後に姐さんの肉切りてェなァ〜!!げひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 

下卑た笑いは誰に聞かれることもなく、空に溶けた。

 

 

【ラース】

 

「今回の件は軍上層部による錬金術の大実験。ブラッドレイ大総統は祭り上げられた傀儡であり、一切の決定を部下に任せていた。家族を人質にとられた大総統に為すすべはなかった。そういうことになりました」

 

ブラッドレイが捕えられた牢の前で、ホークアイ中尉が淡々と告げる。

 

「……少々都合が良すぎるのではないか?」

 

「だが、これで夫人たちに危害が及ぶことはないだろう」

 

マスタング大佐も静かな口調で話す。

もしブラッドレイ大総統が一連の事件の主犯格であることがわかった場合、ブラッドレイ夫人にも国民の敵意が向いてしまう。

少なくとも普通の暮らしは出来なくなるだろう。

それがブラッドレイ大総統にもわかったのか、軽く目を伏せ、俯くように頭を下げた。

 

「……感謝する」

 

「礼は夫人に言うといい。毎日面会に来ると言っていた。

とにかく今は、裁かれるのを待つといい」

 

そう言うと、マスタング大佐とホークアイ中尉は牢屋の前から去っていった。

他に誰もいない牢屋で一人、ブラッドレイがくつくつと笑う。

 

「人間に救われ人間に裁かれる、か。まぁ……悪くない気分だ」

 

 

【メイ】【スカー】

 

「スカーさんは、これからどうするんですカ?」

 

「ドワームスが、マスタングにイシュヴァールの閉鎖地区の解放、難民たちの呼び戻しなどの政策をやらせると言ってな。己れの仕事は散らばったイシュヴァール人たちをまたイシュヴァールに集めることだ」

 

「……スカーさんは、そノ……全部終わったらマーシュさんを破壊するとか言ってましたけど、まだそのつもりですカ?」

 

スカーは左腕を見つめ、その拳を握りしめた。

 

「……今の己れには、破壊する以外の選択も出来る。少なくとも、奴がこの国の『正の流れ』であるうちは、それを断ち切ることはしない。……兄者もきっと、それを望んでいる」

 

「……そうですカ」

 

「メイはどうする?」

 

「私は自分の国に帰りまス。結局不老不死に携わるものは手に入れられませんでしたけド……。さっきリン・ヤオがきて言ったんでス。『お前らのことも全部守ってやる』っテ。……なんか、しっくり来ちゃったんでス。この男なら出来る気がするっテ。その言葉を、信じてみまス」

 

「そうか……。そちらの国の情勢が落ち着いたら、また来い。ドワームスじゃないが、飯でも食おう」

 

「はイ!……あれ、そういえばヨキさんはどこニ……?」

 

「合成獣たちと新しい事業を始めるとか言っていたな。まぁ、奴ならどこでもしぶとく生き残っていけるだろう」

 

スカーが薄く笑うと、メイもそれに合わせてあははと笑った。

 

 

 

【グリード】【リン・ヤオ】

 

楊枝でシーハーシーハーと歯をつつきながら、腹をパンパンに膨らませたリンが道を往く。

 

「いやー、ご飯おいしかったネ!マーシュも太っ腹ダ!」

 

『店主泣いてたぞ』

 

依然その体内には賢者の石が秘められており、グリードも体を共有中である。二人で話し合い、特別な用がない限りは日中がリン、夜中はグリードが体の主導権を得ることになっていた。今はリンの番だ。

 

「んで、グリードはまだ諦めてないのカ?」

 

『あ?何をだ』

 

「世界の王になるとか言ってたロ」

 

『あー、当たり前だろ。どうせなら目標はデカくだ。

手始めに、シンの皇帝だ』

 

「ハ、皇帝が()()カ。強欲だな、ホント」

 

『がっはっはっ!!誰にもの言ってやがる』

 

側から見ると一人で楽しげに笑っているだけのリンの横に、仮面をつけた黒装束が二人降り立つ。

 

『若、そろそろ出発を……』

 

『ああ、わかってる。いやぁ、それにしてもこの国には本当に世話になったな。ランファンもちゃんとマーシュとかにお礼言ったか?』

 

『え…………も、勿論デス!』

 

『ランファン』

 

『あ、ぅあ……行ってきます……』

 

しばらくして帰ってきたランファンの手には、可愛らしい白黒の熊猫(パンダ)の仮面が握られていた。ランファンはしばらく抵抗していたが、面白半分のリンの命令によって仮面を着けるときはこちらを装着しなければいけなくなったようだ。

 

 

 

 

【アルフォンス・エルリック】

【エドワード・エルリック】

 

「いただきます!」「まーす」

 

「エド、いただきますはしっかりだな──」

 

「あー、はいはい、いただきます!」

 

ハムエッグの乗ったトースト、ポタージュ、牛乳。

なんてことない普通の朝食。なんてことない、普通の親子の食卓。

そのなんてことない食卓を、ホーエンハイムはどれだけ待ち望んでいたことか。

約束の日が終わってから、もう何度もこんな朝を過ごしてきたはずなのに、まだ『当たり前』の実感が湧かない。

 

「ぐぎぎ……。なぜ今日もこの白いこんちきしょうが……」

 

「兄さん、僕に身長抜かれてもいいの?」

 

「やだ!!!飲む!!」

 

ホーエンハイムの目にうっすらと涙が浮かぶが、それをごしごしとこすり、少し前のめりになってその眼鏡を光らせてエドワードへと喋りかけた。

 

「それでエド、ウィンリィちゃんにはいつ告白するんだ?」

 

「ぶぼぶっ!!」

 

エドワードの口と鼻から白濁液が溢れ、しばらく咳き込んだ。アルフォンスが雑巾を持ってきて机を拭く。

 

「こここくははくとか、何言ってんだクソ親父!!しかもこの朝っぱらから!」

 

「早めに言わないと、誰かに先越されても知らないぞ。俺とトリシャの時はな、俺が猛アタックをかけて──」

 

「だぁー!!!うるせぇうるせぇ!!」

 

朝食の残りを口の中にかっ込み、「ごっそさん!!」と言ってエドワードはデンを連れて外へと飛び出していった。

 

「父さん、突拍子なさすぎ……」

 

「いや、でも気になるじゃないか……」

 

ホーエンハイムが、コーヒーを啜りながらアルフォンスへと向き直り、口を開いた。

 

「で、アル、いつ出発するんだ?」

 

虚をつかれたようにアルフォンスが目を丸くして、口の前のトーストを持つ手が止まった。

 

「……気づいてたの?」

 

「なんとなくな。というか、お前たちがこのままずっとリゼンブールでじっとしてるとは思えないし」

 

「……救えなかった女の子のことが、頭から離れないんだ。だから二人で話し合って、決めた。兄さんが西回り、僕が東回りで国を回る。二人で東西の知識を持ち寄れば、錬金術で苦しんでいる人たちを救えるかもしれない」

 

強い決意を秘めた顔つきでアルフォンスが語るのを、ホーエンハイムは黙って聞いていた。そして目を閉じ、うんと頷く。コーヒーを飲み切ってカップを置き、アルフォンスを真っ直ぐに見据えた。

 

「そうか。よし、俺も行こう」

 

「えっ」

 

「あと行くなら三人で一緒にだ。じゃなきゃお父さん許しません」

 

「えっえっ」

 

困惑するアルフォンスを前に、ホーエンハイムが笑う。

 

「……こんなに苦労して、一緒になれたんだ。もうしばらく一緒に過ごしたって、バチは当たらないだろ?」

 

「……そっか。うん、そうだよね。

 

でも兄さんがなんて言うかなぁ……」

 

「ごちそうさま」

 

ホーエンハイムが立ち上がり、腕まくりをしながら外へと出て行く。

そこではエドワードがデンにボールを取ってこさせて遊んでいた。

 

「エドワードゥ!キャッチボールか!俺も付き合ってやるぞ!!」

 

「ぎゃあクソ親父!なんだいきなりぃ!!」

 

「……ははっ!

 

よし、僕もやる!」

 

アルフォンスも牛乳を飲み切り、走って二人の元へ走り寄る。

 

二階で機械鎧の整理をしていたウィンリィとピナコに、外から賑やかな親子の戯れが聞こえ、二人は顔を見合わせて笑うのだった。

 

 

 

【ゾルフ・J・キンブリー】

 

「キンブリー殿!いやはや本日も素晴らしい活躍でしたな!」

 

「……そうですねぇ」

 

「これはもうキンブリー殿だけでも制圧できそうですわ!がははは!」

 

「……ふぅむ」

 

「キンブリー殿?どうされました浮かない顔をされて」

 

「前よりもずっと良い音を奏でられるようになった。なったはずなのに、どうにも渇く。求めているものが違う……?いや、彼との戦いで燃え尽きてしまった……?」

 

アメストリス国ではどう足掻いても大罪人のため、外国へと高飛びしたキンブリー。そこで傭兵として他国との戦争に参加し、さらりともう一つ隠し持っていた賢者の石で猛威を振るっていた。

 

しかし、敵兵を屠った数が4ケタを超えたところで違和感を感じた。

崩壊させた敵の拠点の数が、両手の指で数えられなくなったところで無性に虚しくなった。

国家予算レベルの金を積まれようと、兵たちから英雄と称えられようと。

キンブリーはもう見てしまった。世界を終わらせるほどの存在を。諦めることなくそれらに抗う者たちを。信念と信念のぶつかり合いを。

 

「き、キンブリー殿?」

 

「雇われの用心棒をやっている程度じゃ満たされやしない。

もっと、極限の……それこそ一国を相手にするような……」

 

 

「よし。決めました」

 

合点がいったというようにパンと両手を合わせるキンブリー。

そして近くにいた男の顔を機械鎧の右腕で掴む。

 

「んぼっ、きんひゅひーどほ、ひゃひほ……」

 

最後まで言い終わらぬうちに、男の顔が爆ぜた。

 

原型こそ残っているものの、顔面が真っ黒に焼け焦げた男が倒れ臥す。

右手の()()をハンカチで拭き取りながら、キンブリーは笑みを浮かべて歌い上げるように宣言する。

 

「果たしてこの国は、私という外敵を排除することが出来るでしょうか。新しい生存競争の始まりです」

 

国家を揺るがす未曾有の大犯罪者の誕生は、もう少し先の話。

 

 

 

 

 

【マース・ヒューズ】【ロイ・マスタング】

【エンヴィー】【グラトニー】

 

「パパー、セリムくんと遊んできていい?」

 

「………………………………あぁ、もちろん!」

 

「長いな」

 

数年足らずでエリシアと同じほどの背の大きさに成長したセリムをギリギリと睨みつけながら、ヒューズが拳銃の安全装置をカチカチと鳴らす。

 

「エリシアちゃんに手出したらあの眉間のポッチ撃ち抜いてやる……」

 

「新たな火種を生み落とそうとするな。見境なしか」

 

「だってよぉ!!最近エリシアが『パパとハグするの恥ずかしい』とか言い出してよぉ!!」

 

血の涙を流すヒューズの顔に影が差す。見上げるとエンヴィーが骨つきのチキンを齧りながらヒューズの頭に肘を置いていた。

 

「父親ってもんの嫉妬は見苦しいんだなぁ」

 

「……お前がそれを言うか、エンヴィー」

 

「やっほ」「どうもッス」「御機嫌よう」

 

「ハボック。それにラストか。しっかりと仕事はしてるか?」

 

「まぁね」

 

マーシュの進言により、エンヴィーとラスト、グラトニーはイシュヴァールの復興に一役買っていた。

 

彼らが侵した悪事は、けして許されることでない。

しかし今の彼らにはそのことに対する後ろめたさ、居心地の悪さ、つまりは罪悪感があった。

 

ゆえにマーシュはその償いとしての仕事を斡旋したのだ。

 

ブラッドレイと違い、彼らはまずその存在すらあまり知られていなかったのだ。知っている僅かな人間はほとんどが命を落としたか投獄された。

つまり、彼らの罪を知るものは『約束の日』の戦いに参加していた者たちの中の一部のみ。マーシュは、その者たちが皆納得するまではこの国の人間のために働け、と提案した。ノルマや期限は一切定められていない、曖昧な基準だ。ただただ自分たちの反省の意を示し続けろというその指示を彼らは承諾し、今日まで毎日働き続けている。

 

どんな硬さの土でも鉄でも切断できるラスト、怪力のグラトニー、どんな型でも道具でもその腕で作れるエンヴィー。たった三人で、町が出来るほどの建物や道路を作ってきたのだった。

 

「んー、おいしー」

 

「グラトニー、ほどほどにしろよー」

 

並べられた食事を片っ端から口に運んでいくグラトニーに、ハボックが声をかけた。

 

「グラトニーの様子はどうだ?」

 

「あぁ、まだ色々試してる最中っすわ。まだ肉のほうが好きなのは変わらないっす」

 

雑食動物などは、特定の食物を食べ続けることでそれしか摂取しなくなるらしい。ということで現在グラトニーの食料を、大量に食べられても困らない物に特定しようとしている最中だ。

グラトニーが好きだと言う柔らかくておいしい肉は無限に用意出来るはずがない。いざとなれば辺りの木や岩でも食べられないことはないが、明らかにグラトニーの機嫌が悪くなるため、それは最後の手段だ。なので、グラトニーが満足する且つ、大量生産が容易なものを模索中なのだ。

 

「一応軍の経費でグラトニーの食費をいくらか払ってくれるとはいえ、足りない分は俺持ちなんで、早く見つけねぇと……」

 

「ふはは、コブ付きは辛いな」

 

「んで、マーシュ・ドワームスは?」

 

エンヴィーがキョロキョロと見回しながら口を開く。

 

「奴ならもう控え室だ。アームストロング家の使用人たちが無理やり連れていった」

 

「しっかしまぁ、あの氷の女王を落とすとはなぁ。どんな口説き文句を使ったんだか」

 

ハボックたちが酒を片手間にマスタングたちの隣に座る。

 

「いやいや、どうやら少将のほうから猛アタックして、この前ようやく奴が折れたらしい。最後の方はもはや脅迫だったって噂だ」

 

「マ、マジすか……」

 

あのおっかないのに迫られれば色んな意味ですぐに落ちそうだ、とハボックが冷や汗を垂らす。

 

「へぇ、アームストロング少将、仲良くできそうね」

 

「うちの大将も早くゴールインしちまえばいいのになぁ」

 

「遊んでるくせして本命に対しちゃ奥手なんだよコイツ」

 

「よーしそこに並べ貴様ら!二階級特進させてやる!」

 

「はぁ〜あ、アンタら祝いの席くらい騒がずにいられないワケ?」

 

人造人間に常識を説かれ、マスタングが苦笑しながら椅子へと坐り直す。

その後はマスタング組が皆集まり、やいのやいのと近況について語り合うこととなった。

 

 

【マーシュ・ドワームス】

【オリヴィエ・ミラ・アームストロング】

 

「次はアームストロング家のご来賓、ゴルトー様のご挨拶で────」

 

式が始まってからずっと号泣しているアームストロング少佐を尻目に、アームストロング家に取り入るための機会を逃すまいとやってきた上流階級の者たちのどうでもいい世辞を聞き流す。

ふとオリヴィエが横を見ると、マーシュがオリヴィエのほうをじぃっと見ていた。

 

「……何を呆けている、マーシュ」

 

「いやー、俺がこんな美人と夫婦になれるのかと思うと、な」

 

「ほざけ。本当にそう思うならとっとと婚姻を認めてくれればよかったものを。何が『まずはお付き合いからお願いします』だ。お前が認めるまで、私がどれだけ家族にせっつかれたか。毎晩妹から進展を聞かれる、家の者が常にこちらの動向を物陰から覗いている、それに」

 

「わ、悪かったよ。だって結婚とか考えたことなかったし」

 

「それに私も……色々と、焦るだろうが。他人が決めた適齢期などはどうでもいいが……お前がもしかすると、本当は嫌がっているのではないか、と……」

 

オリヴィエがそこまで言うと、何を思ったか突然マーシュがガタンと大きな音を立てながら立ち上がった。スピーチ中の男性が、アームストロング家の者たちが、式の参加者たちが皆、目を丸くしてマーシュをみた。マーシュはそれを見回すと、会場中に響き渡る声で演説のように喋り始めた。

 

「大変申し訳ありませんご来賓の方々!勝手ながらこの後のプログラムを変更させていただきます!

 

俺は、決して適当に結婚を決めたくなかった。他人に強制されたり、流されてなぁなぁでなんてもってのほかだ。だから、よく考えた。これは、俺が考えて俺が出した結論だ。最高に魅力的な女性、オリヴィエに応えると。

 

病める時も健やかなる時も!富める時も貧しい時も!あと、えー、いついかなる時でも!!オリヴィエ・ミラ・アームストロングを愛するとここに誓う」

 

皆と同じく目を丸くして聞いていたオリヴィエだったが、マーシュの最後の言葉を聞いてその頰を緩めた。席を立ち上がり、ツカツカとマーシュの元へと歩み寄って、白く輝くグローブをはめた手でマーシュのネクタイを掴んだ。

 

「────ああ、私もマーシュ・ドワームスを愛すると誓う」

 

それだけ言うと、ネクタイを引っ張りマーシュの顔を無理やり自分へと寄せた。

唐突で野蛮な、あんまりにもあんまりな誓いの口付け。

それでも友人達からは大きな歓声と拍手が起こったのだった。

アームストロング家とのコネだけでやってきていた来賓達は、前代未聞、破天荒な結婚式のせいで目を白黒させていた。

 

格式ばった式は終わりを告げ、そこからは皆が好きなように喋り飲み食い踊り遊ぶ、宴会が始まる。

金髪おさげのバッカニアとシグとアームストロング少佐の筋肉対決、酔ったイズミがそれをちぎって投げ、ホーエンハイムやヨキが巻き込まれて下敷きになり、マルコーやノックスがそれを苦笑しながら手当して。ラストとハボックはマーシュたちに触発されたのか誓いの口付けごっこを始め、更にそれを見て結婚式ごっこを始めようとしたエリシアとセリムにヒューズが銃を構えながら突進しようとしてグレイシアにはたかれて。キャスリンに美辞麗句を並べているマスタングを見てホークアイが溜息をついて。大食い対決を始めたリンとマーシュの前の皿をグラトニーが全てたいらげて。メイが細い棒の上で曲芸をして。エンヴィーがこっそりとその棒を蹴倒して。スカーの頭の上にメイの持っていた皿やら球やらが落っこちて。落っこちるメイを咄嗟に受け止めたアルフォンスに対して、メイの目がハートになって。酔っ払ったウィンリィにエドワードがスパナで殴られて。

 

はちゃめちゃなどたばた騒ぎだ。

でも。

この場の誰一人として、この宴に不満を持つ者はいなかった。

皆が、楽しげだった。

 

マーシュはオリヴィエと共に、酒をエドワードの頭にぶっかけながら笑うのだった。

 

 

 

【ヴァン・ホーエンハイム】【ホムンクルス】

 

「トリシャ。エドワードに子供が産まれた。男の子でな、目つきがエドワードにそっくりで、笑っちゃったよ。……お前と結婚した時。エドワードが産まれた時。アルフォンスが産まれた時。二人とまた暮らせた時。毎回『もうこれ以上の幸せはない』って感じてたが、まだあったみたいだ」

 

『……ずっと前から思っていたが、事あるごとに墓に話しかけるのはなんなんだ?自己満足のためか?』

 

「まぁ、そうだな。あとは自分の気持ちの整理だ。こうやって定期的に吐き出したほうがいいんだ」

 

『ふぅむ、そんなものかね……』

 

そう話すホーエンハイムの姿は、()()()()()

ホムンクルスを体に閉じ込めたままにするのは負担が大きかったらしく、ゆっくりと、だが確実にホーエンハイムの体は衰えていた。

僅かに残った賢者の石(友人)が、ホムンクルスの自由を奪ってはいたが、それもじきに出来なくなることだろう。

 

しかしホムンクルスにはすでに、ホーエンハイムをどうこうする気はなくなっていた。

 

エドワードとアルフォンス、その友人たち、そして人造人間(ホムンクルス)たち。

彼らと過ごした月日は、ホムンクルスにも変化をもたらした。

 

『…………人間が、家族だとか、仲間だとか……そういうコミュニティを築く理由、少しわかった気がする』

 

「へえ?」

 

『少なくとも、ここ数年は悪い気分ではなかったよ。ヴァン・ホーエンハイム。血を分けた家族よ。私は……』

 

黒いもやもやが、迷うように揺れる。見ていて飽きないエドワードやマーシュ。何度もやってきては、最近あったことを楽しそうに報告するラストやグラトニー。たまにやってきては、軽い皮肉などを叩きつつ、こちらの様子を聞いてくるグリードやエンヴィー。ラースやプライド……いや、セリムもしばしばやってきて食卓を囲んだりした。

今の状態でホムンクルスに出来ることは何もなく、不自由極まりない。そのはずなのに、どうしても不幸とは思えないのだ。何かが、満ちていくのを感じて。

 

『私はお前たちと出会えて、よかったと、思う』

 

「……捻くれ者のお前が、素直になったもんだなぁ」

 

『やかましい。ほれ、今日はスロウスの様子を見にいくのだろう。早くしろ』

 

「はいはい」

 

駅の方へと歩き始めるホーエンハイム。

彼が立ち去った後の墓には、花が二本、置かれて風に揺らいでいた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

 

「どーん!」

 

「ぶべっ!」

 

彼は、子供二人に勢いよく押されて坂を転げ、下にあった沼へと音を立てて落ちた。

 

「いえーい成功ー!」「あはははは!!ぶべだって!」

 

「……お前らなぁ……おりゃあ!!」

 

全速力で坂を駆け上り、子供二人を抱きかかえる。彼についた泥が子供たちの服にも染み込んでいく。

 

「きゃー!どろどろー!」「ごめんなさいパパ、あははは!!」

 

「お前らも道連れだ、ママに怒られろ。剣のお稽古が倍になるかもな?」

 

「ぴえっ」「そ、それはかんべんパパー!」

 

彼は口では怒りながらもどこか楽しげで。

 

「ったく、こういうのはアレックスとかエドワードにやれ」

 

「はーい」

 

二人を下ろして、彼らは手を繋いで家への道を歩き始める。

 

「ねえパパー」

 

「んー?」

 

「私たちね、やっぱりパパみたいな錬金術師になりたい」

 

「なんでだ?」

 

「錬金術師について、色々聞いて回ったんだ、僕たち。パパのお友達、そのまたお友達、軍人さん、錬金術師さんとかに。イシュヴァール殲滅戦、のことも聞いた」

 

「『一番えぐかったのは泥の錬金術師』だって。マスタングさんも、アレックス叔父さんも、パパも、錬金術でたくさん人を、ころしたって」

 

「それ聞いても、まだなりたいと思うのか?」

 

「僕たちは、錬金術の良いところも悪いところも知ったから。もう錬金術のダメな使い方しないもん」

 

「パパもそうでしょ?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「だから。僕たち、錬金術で人を助けたい」

 

「……それが自分たちで考えた結果か?」

 

「「うん」」

 

「ならよし。全力で応援してやる。まずはママに報告だな。

……そんじゃあいっちょ、家まで競争だ!はいスタート!」

 

「あー!ズルい!」「待て待てー!」

 

走り出した彼を子供たちが楽しそうに追いかける。

 

 

服についた泥は、もう乾いて固まっていた。

 

 

















お前たちのおかげで……やりごたえのある人生であったよ……

というわけで、『泥の錬金術師』完結です。

皆さん予想ついてたでしょうか?敵味方いっぱい生存ルートです。
さすがに雑に生かしすぎました。
心残りは、グリードの仲間たちを救えなかったことです。
『終戦』の時点で「あー人造人間組全員生存させれるかなぁ」みたいなことを思い始めたので、その時にはもうどうしようもなくなってました。
やっぱり最初にテーマとか決めるべきですね。反省。
先生も「着地点決めとけばなんとかなる」とおっしゃってます。
次に生かしたいです。

何度も何度も言ってますが、私は本当に飽きっぽい人間なので、ここまで書き切ることができたのは読んでくださった皆様のおかげです。特に感想は一番力になりました。本編読み返した回数より感想読み返した回数のが圧倒的に多いです。本当にありがとうございます。

さて、一応次回作の案を活動報告のほうに書いてるんですけど、特にアンケートとかは採っていません。というか八割方、次に書くものは決めています。
この最終話が遅くなったのも、そっちをちょろちょろ書いてたからだったり……。

というわけで、いつになるかはわかりませんがまたそのうちお会いできると思います。
なるべく早く会えるよう頑張りますね。

泥の錬金術師を読んでくださった皆様と
鋼の錬金術師に感謝を。
ありがとうございました。


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