閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】 (なまなま)
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第一話 Commission

 世知辛く忙しない現代社会の影には、古来より受け継がれてきた術と心得を携え、過酷で儚い定めに生きる者たち―『忍』の姿があった。
 これは忍の生き方に翻弄されながらも、答えを求めて必死に戦い続ける少女達の記録である。


 よく晴れた冬の昼過ぎ。人とモノで溢れかえる東京都のオフィス街、その片隅にある小さなカフェ『ランチョ』からは、次々と客がはけていく。冷たい空気が漂う路地へと、人々は手に手に書類やバッグを持って仕事場へと急ぎ足で歩いて行った。

落ち着いた内装の店内はあっという間に閑散とし、右奥のテーブル席に二人が残っているだけ。

 

「みんなお仕事大変ねぇ」

 

 店の外を通るスーツ姿のサラリーマンたちを見て、隅に腰かけている女・・・いや、少女がつぶやく。

 大きな乳房が目を引く上半身は、黒のインナーを合わせたオフショルダーのキハダ色セーターで包まれ、テーブルの下で組まれた肉感的な美脚は黒タイツと桃色のタイトスカートであしらわれている。170cm近くある長身が黒のヒールサンダルで底上げされ、肢体に漂う大人びたムードを助けていた。

しかし頭へ目を向けると、印象が少し変わる。顔の両脇で亜麻色の髪がグルグルと内向きに平巻きでセットされており、右に流した前髪の上には大きなピンク色のリボンが鎮座している。まるで可愛らしい人形のような仕立てだ。

細い眉の下には、深い翡翠色の瞳を収める若干伏せ気味の落ち着いた目。口元は緩い弧を描き、余裕さと狡猾さを覗かせる。童顔寄りなのだが、表情の醸し出す雰囲気がそれを感じさせない。

 

「ほんなら、わしらも仕事しとるから大変やな。しかもまだ18やで春花さん。えらいこっちゃ」

 

 春花の隣に座る少女が、まったく「えらいこと」と思っていない平坦な関西弁で言葉を放る。

彼女の柔らかな草色セミショートの下には、鋭さを宿す蛇のような黄金色の瞳。首とその下にある豊かな胸から股までは赤いセーターで覆われており、セーター下のショートパンツに続く眩しい太ももは半ばから黒のソックスで、膝下からは茶色のブーツで包まれている。

 

「そうよ日影ちゃん。わたしたち、まだ18なのよ、18っ」

 

 春花は数字を強調しながら日影に言葉を返しつつ、カップに入ったブラックコーヒーを眠気覚ましに啜る。薬の扱いに長ける少女は、昨日の朝から常備薬の補充や新しい治療薬の開発、アルバイトを掛け持ちした後は仲間との手合わせ等々・・・と大忙しだった。

 

「お肌にも健康にも悪いことばっかり。流石に慣れたとはいえ、抜忍生活は楽じゃないわ」

「わしは食べもんさえ良くなれば文句はないけどな。野草もなんちゅーか・・・飽きてきたで」

 

 二人はただの貧乏娘ではない。世知辛い現代社会に暗躍する忍の少女たちなのだ。

今でこそ、苦しい洞窟生活を送ってはいるが、少し前までは悪忍の養成機関『秘立蛇女子学園』でトップ集団に位置する成り上がりの実力者だった。

 ―悪忍。それは公的機関からの命を受け、世の平穏や規律のために影ながら奔走する善忍に、相対する忍たちである。悪忍は、善忍が受け入れない個人や企業からの、非合法な依頼や裏社会の幇助までをも忍務として請け負い、社会通念や法律、場合によっては人の命すら無視して仕事を果たす、非情な忍勢力だ。

 春花と日影もその冷徹で理不尽な世界に身を置いていたが、善忍の養成機関『国立半蔵学院』との激突で『蛇女』が崩壊。居場所を失った五人のトップ学生たちは、リーダーである焔の名を冠した『焔紅蓮隊』という抜忍集団として生きる道を選んだのだった。

 

「いろいろ頑張って、今はなんとか依頼が来るようになったけど、装備や研究に日用品その他諸々でぜーんぶ無くなっちゃって・・・贅沢なんて夢のまた夢よねぇ」

 

 テーブルに向かって頬杖とため息をついた春花がハッとして、申し訳なさそうに日影へ顔を向ける。

 

「ごめんなさいね、日影ちゃん。つい愚痴なんか聞かせちゃって」

「気にせんでええよー。わしには感情がないからなー」

 

 日影がテーブルに顎を載せて無感動な声を出す。物心ついたころから肉親を持っていなかった日影には、本人曰く「感情がない」らしい。

 無感情な蛇の瞳が右に動く。視線の先、入り口近くのトイレから男が出てくるところだった。

 

「長かったのー」

「世のオジサマ方って、みんなこうなのかしら」

 

 少し苛立ちを見せた春花のいる席へ、革のカバンを提げた男がネクタイを直しつつ近づいてくる。

春花より頭1つ分高い背を、灰色のスーツに押し込まれた肥満体型がさらに大きく見せる。群青色のハンカチをソーセージのような指で摘まみ、汗だらけの顔を拭き拭き、少女二人の向かいへ腰を下ろした。

大きな腹が角にぶつかり、テーブルが少し揺れる。春花がムッとした表情で見つめる先には、なんとも冴えない中年男の顔。

禿げた頭を残り少ない両脇の髪で隠そうとする無駄な努力。肉で細まった小さく臆病そうな目と、繋がりかけている太い眉毛。飾り気のない四角い黒縁メガネが愚鈍さを引き立て、下には団子のような鼻と少し突き出た肉厚の唇。

 

「いやぁ申し訳ない。おしっこだと思ったら大の方もしたくなってしまって・・・」

 

 こもり気味の野太い声が発した下品な言葉に、春花が露骨に嫌な顔をする。

 

「あの。お仕事のご依頼をくださるのに、こんなことを言うのもなんですけれど、少しデリカシーというものに気を配った方がよろしいですわよ」

「ん?あ、はい?なんです?デ、シリ・・・?デカ尻?」

 

 だめだ。春花はもう全く隠そうともせずに大きくため息を吐き、額に手を当てる。

 一方で男は注文してあったラージサイズのアイスコーヒーを手に取り、差してあったストローを除けると、ごくごくと飲み始めた。春花の顔が見る見るうちに嫌悪感でいっぱいになっていく。この男には商談相手を目の前にしているという認識があるのだろうか。

隣の日影は男から視線を外し、カウンター内で談笑する二人の女性店員を眺めて「髪の毛が紺色と金色や。夜空とお月さんみたいやな」などとどうでもいいことを考えていた。

 男はコーヒーを九割方飲み干すと、フーッと長く息を吐く。春花はできる限り背もたれに深く寄りかかるようにして息から逃げつつ、若干の怒りさえ漂わせて話を切り出した。

 

「・・・小野さん、お仕事の話に戻ってもよろしくて?」

「ああ、はい。えっと、資料は読んでいただけました?」

 

 『小野』と呼ばれた男がテーブルに置いてあった数枚の書類を指さして尋ねてくる。

春花は嫌味っぽく、日影は抑揚の少ない声で答える。

 

「ええもう、それはそれは隅から隅まで穴が開くほどキッチリ読ませていただきましたわ」

「三周はしたで」

「そうですか」

 

 小野は少女たちの言葉が意味することを全く考えず、短く返事をして続けた。

 

「それでは受けていただけるということで」

「ちょ、ちょっと待ってくださいな」

 

 勝手に契約成立の方向へもっていこうとする中年男に少女が待ったをかける。

 

「ほとんど何にも話してないじゃありませんか。遅刻してくるなり名刺と書類を置いて、お手洗いに行っちゃって」

 

 春花の言葉を聞いていた日影が手元の『人々の末永い幸せのために。 命長製薬株式会社 秘密営業課 小野ひろみ』と書かれた名刺を眺めて、場を和ませようと何とはなしに声に出して読んでみる。

 

「めーちょーせーやくー」

 

 二人は紅蓮隊の連絡先にかかってきた仕事依頼の電話を受けて、このカフェへ商談をしにやってきたのだった。

 

「わたくしたち二人をご指名でしたので、ぜひ理由をお聞きしたいと思っておりましたのに!」

 

 電話でも指名理由を問うたのだが、コンピューターのように事務的な相手の女性は「詳しい内容につきましては、当日担当者がお話しさせていただきます」の一点張りだった。こんな依頼を受けたくはなかったが、日銭すら心許ない現状では選り好みできない。

 語尾を荒げて少し前のめりになった春花の背中を、日影が「どうどう」とつぶやきながら優しくたたく。

感情のない日影ですら春花の憤りを察しているというのに、目の前の男は全く気にしていなかった。

 

「理由なんて知りませんよ。僕はただ依頼を通してこいって言われただけで。昨日急に秘密営業課に回されたんで、書類の内容も実はあんまり知らないんです。ええと、うちのシノビ?のアンサツ?でしたっけ」

 

 眩暈がしてきた。まるでお話にならない。春花は疲れたように椅子にもたれかかり、こめかみを指で押す。

選手交代。体を起こした日影が小野へ言葉を投げる。

 

「せやね。読んだ限りでは、おたくんとこの『シジュ』っちゅー忍の暗殺や」

 

 日影が手を伸ばして書類の『飼珠』という忍名と顔写真が載っている部分を指さす。

セミロングの黒髪を七三に分けた、少し鋭さと影を感じさせる緩やかなツリ目の美人が、履歴書用に微笑みを浮かべている。

 

「ほんで、暗殺理由は薬品の盗難やな。まだ本人はバレとらんと思うとるらしいで」

 

 忍の存在は、一般の人々が思っているよりも身近にある。表向きはいたって健全で優良な企業でも、裏ではお抱えの忍を利用した情報戦や武力衝突が頻繁に行われているのだ。ただし、世の中の影である忍の世界には厳守しなければならない様々な掟や不文律があるため、忍の存在を知っているのは企業でも限られた上層部のみであり、社長が把握していないケースすらある。

 春花はウンザリしつつ中年を眺める。愚鈍な小野にもなにか理由があって忍の存在が知らされているのだろうが、こんな人間を機密に関わらせて大丈夫なのだろうか。あるいは・・・

 考える春花をよそに、日影が小野への説明を続ける。完全に立場が逆だ。

 

「今日の夜八時、飼珠さんは『命長に関する情報売買の阻止』っていう偽の忍務で、おたくが管理しとる港の一角に向かうはずやから、そこで始末せえって」

「なるほど」

 

 命長製薬はそこそこの大企業で、海外でも力を増しつつある注目の会社だ。それゆえに敵も多く、雇われている忍は大忙しなのだろう。だから他の組織としがらみが少ないながらも実力派で、組織としても若い紅蓮隊に掃除を依頼してきたのだと予測できる。抜忍なので、いざとなれば切り捨てても問題ないとすら思われていそうだ。

そのあたりへの探りも入れたいのだが、小野相手では意味がない。日影の説明さえ、本当に理解しているのか疑わしい。

 

「それと肝心の薬品がどういうモンなんかが書いてなかったで。知らへん?」

「知るわけないでしょう」

 

 さも当然という風に言い放った小野に殺意を抱きながら、春花が話に戻ってくる。

 

「標的の誘導と暗殺場所の用意をしてくださるのは嬉しいのですけれど、戦闘支援についても書類で全く触れられていません。御社の忍は作戦に参加しないのですか」

「それもわかりません。さっきも言いましたけど、僕は契約を取りつけに来ただけなので」

 

 小野が標的だったら、春花は間違いなくこの瞬間に抹殺していただろう。膨れ上がる怒気を抑えつつ、一番の眼目に触れる。これすら知らないと言ったら、本気で殺してしまおうか。

 

「契約といっても、こちらも慈善団体ではありません。報酬額についてはご存じありません?」

「えっ、書いてなかったです?」

 

 「おっかしーなー」と言いつつテーブルの書類を流し読みしていく小野。記載がなかったらしく、カバンの中を探り始めた。口の端をピクピクさせている春花を横目に見ながら、日影が「さすがにあかんでー」と小声で男を急かす。

 

「あっ!あったあった!クッシャクシャですけど!」

 

 カバンから引き抜かれた小野の丸い手が、テーブルの上へ「お支払いについて」と題された一枚の紙を落とす。カバンの底で折れ曲がっていたであろう白い紙の真ん中あたりに、春花の目を吸い寄せる「委託忍務成功報酬額」という確かな文字。

一人の盗人忍を始末するだけの忍務。環境も先方が用意してくれるし、しがない抜忍の小娘に支払われる報酬だ。期待はしていない。でも重要なことだ。確認はしておかなければ。お金は大事だ。

魅惑の文字に続くゼロの羅列を見て、少女の目が見開かれる。

 

「えっ!?な、なに!?えぇ!?」

 

 珍しく本気の動揺を見せる春花につられて、日影も書類をのぞき込む。友の右手人差し指は報酬額の一の位に置かれていた。

 

「ま、間違いがあっちゃいけないわ!日影ちゃんもちゃんと見ててね!?」

 

 「まかしときー」という返事を待たずに春花が指を左に動かし、声に出しながら桁数を数えていく。

 

「一、十、百、千、万、十万・・・」

 

 だんだんと春花の声が静かな興奮で震えてくる。

 

「ひ、百万、千万・・・千万っ!二千万!?」

 

 思わず上ずった叫びを上げてしまった春花に、カウンター内で笑い合っていた店員二人が驚いたように視線を向けてくる。日影が「なんでもあらへんでー」と手を振ると、話に戻っていってくれた。

 店員から隣へ視線を戻すと、春花が驚きと喜びの混じった複雑な笑みを浮かべて体を小刻みに震わせている。ついでに視界の端で小野まで驚いているのがわかった。

 

「にせんまん!?」

「二千万!?」

 

 春花と小野が顔を見合わせる。忍務内容に対して、あまりに大きすぎる金額だった。

 

「こ、これ、合ってます!?桁が一つか二つ多いのではなくって!?」

「あ、合ってるはずです!二千万!」

 

 「すごいなー」と平坦な声で言う日影の隣で、春花の意識は想像の世界へと羽ばたいた。

 

 にせんまん・・・にせんまん・・・すごいわ、にせんまん。二千万円あれば、なかなかの贅沢ができるんじゃないかしら。焔ちゃんに高級な和食やお肉をお腹いっぱい食べさせてあげられるし、詠ちゃんには山ほどのもやしと栽培セットを買ってあげられる。日影ちゃんの投げナイフも新調させてあげたい。未来には高性能なパソコンとゲーム機を買ってあげようかしら。みんなで遊園地とか旅行に行くのもいいわね。なによりわたしの研究費と各種備品、趣味のSM道具とお洋服に化粧品も増やせるし、生活レベルも底上げできるはず!すごいわっ、にせんまんっ!

 

 紅蓮隊の面々を思い浮かべながら恍惚としている春花。その内心を想像していた日影は「でも春花さん分でだいぶ無くなりそうやな」と考えつつ、小野に話しかける。

 

「報酬額には依存なしやで」

「そりゃそうでしょ!」

 

 小野が興奮冷めやらぬといった風に返してくる。小野の不快な声で春花が現実に戻ってきた。

 

「で、では、契約成立っ。成立ということでよろしくて!?」

「そういうことになりますねぇ!ここにサインをください!」

 

 太い指が示す紙の上に、春花が脇に置いてあった薄紫のポシェットからボールペンを取り出してサインを書く。綺麗なはずの字は、指の震えで少し崩れた。

 

「よかった!僕の仕事はこれにて完了!」

 

 数枚の書類をまとめて掴んだ小野の手が引かれ、隣に置いてあったアイスコーヒーのグラスに当たる。

 

「あ」

 

 少し残っていたコーヒーが書類の上にこぼれ、春花の描いたサインもろともビショビショに濡らしてしまった。

 

「ちょっと!」

「ああー!大丈夫!きっと大丈夫ですから!」

 

 少女の鋭い声に、慌てた小野がちり紙で書類の水分を吸い取る。怒る友の横では、日影が自分のスペースまで飛んできた飛沫を、落ち着き払って拭き取っていた。

 

「こ、これでなんとか大丈夫なはず!」

 

 書類を持ち上げてみせた小野が自信なさげに笑みを浮かべる。濡れてしまったが、文字は読み取れるようだ。

 

「本当に大丈夫ですの?」

「大丈夫っ!なんとかします!」

「・・・お願いしますわよ」

 

 なんだか興奮が冷めてしまった春花。あとは小野に死に物狂いで報酬を支払えるよう、話を通してもらうしかない。通せなかったら本当に殺してしまおう。

 春花の非情な決断をよそに、小野がコーヒーで濡れた手を差し出してくる。

 

「それでは、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。きっとお仕事を成功させてみせますわ」

 

 春花は握手の求めを無視して営業用の笑顔で返すと、ポシェットを持って立ち上がる。商談の終わりに気づいた日影も続き、椅子から離れていく。

 

 「あーっ、スーツにも飛び散ってる!」と一人で騒いでいる小野に「それでは連絡は初めと同じで、こちらに」と黒のスマートフォンを振って見せた春花は、男の返事も聞かずに歩いていく。日影は「ほな」とだけ言い残した。

 

「あの、お会計は?」

「あの人がお支払いしますわ」

 

 レジ近くまでやってきた二人にミディアムヘアーの紺色店員が聞き、春花が当たり前のように小野へ右手を向けつつ左手で出入り口の戸を開ける。開閉を告げる鈴の音とともに出ていく間際、後ろを歩いていた日影が振り返って一言。

 

「今夜はお月さんが綺麗やろな」

 

 なぜそんな言葉をかけられたのか意味がわからないまま、爽やかな雰囲気の店員はとりあえず笑顔を作る。見送る視線の先、二人の少女は明るい路地を並んで歩いて行った。

 

「あの、今の二人、お会計しました?」

 

 声に振り返ると汗だくの小野が心配そうに立っている。

 

「い、いえ・・・お客様がお支払いになるということでしたので・・・」

「あ~!やっぱりそうなるの!」

 

 大げさに残念がった男は会計を済ませると、巨体をせわしなく揺らして店を後にしていった。

その様子に思わず笑みを浮かべた女性は、忙しくなる夜に向けて準備をするため、店内の奥へ引っ込んでいく。

 路地を照らすうららかな太陽の光が、忍務の始まりを迎え入れていた。

 

                                      第二話へ続く



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第二話 Preparation

 大企業の命長製薬から依頼されたのは、薬品を盗み出した飼珠という忍の暗殺だった。商談に来た無能な小野に辟易していた春花だったが、報酬はなんと二千万円だという。
上手くいけば焔紅蓮隊を貧しい生活から救い出せるかもしれない。契約書にサインした春花は、日影を伴って忍務の準備に向かうのであった。


 とある老朽化したアパートの狭い一室。外からの光を拒否するようにカーテンが閉め切られたその部屋には、玄関から埋め尽くすように新聞や雑誌、ゴミ袋に衣服などが雑然と散らばっていた。その価値のない物の中に時折、手垢で黒ずんだ古書や巻物、鞘に納まった小刀に各種防具が垣間見える。部屋の主は忍であった。

 灯り一つない奥の部屋はいっそう物で溢れ、中央に敷かれた布団の中で土気色の老女が横たわっている。皺で覆われた顔は苦しそうに歪み、固く閉じられた目の一方、弱々しく開かれた口が微かに息を漏らす。

 薄くなった真っ白な頭髪を、傍らに座る女性が骨ばった右手で優しく撫でる。左手は布団の中で老女の手を柔らかく包んでいた。

 

「二十日目の今夜、ようやく機が熟すわ。お母さん」

 

 疲労でかさついた女性の唇がかすれた声を出す。娘である彼女もまた、心身をすり減らしていた。

しかし衰弱を感じさせる体でも、橙色の瞳だけは力強い意志で輝いている。

 

「ごめんなさいね、お母さん。こんな日にまで仕事へ出かける私を許して・・・でも、善忍なら仁義を尽くさないとでしょ?今更取り返しがつくだなんて思っていないけど、命長のおかげで念願が叶うんだもの。せめて少しでも借りを返さないと・・・」

 

 届かぬ想いを吐露する、枯れ木のような女の目から涙がこぼれる。透明な心の雫は、布団に落ちて染みを作った。

 

「その代わり、時間が来るまでは一緒にいるから。私とお母さんが過ごせる、最後の大事な大事な時間の終わりが来るまでは」

 

 女がくずおれるように老女の隣に横たわる。涙で溢れる目が閉じられ、部屋から一切の光と声がなくなった。

ただ母親の呼吸音だけが、苦しげに生まれては、儚く消えていく。

 

 

 

「飼珠、21歳女性。165cm。五年前に命長の専属忍となる。当初は戦闘用薬品や治療薬などの開発が主な業務だったけど、実力を認められて二年ほど前から社外忍務にも参加してる。戦術は薬品を使ったもの・・・ってことは、わたしに似てるかしら」

「春花さんは傀儡も使えるけどな」

 

 小野との商談後、二人の忍少女は忍務内容の確認と周辺情報の整理のため、港の倉庫街にほど近い空き地へ移動し、並んでフェンスに寄りかかりながら作戦会議を開いていた。

いったん紅蓮隊のアジトに戻ることも考えたのだが、運賃もタダではないということで断念。二千万が手に入るとしても、お金は無限ではない。できるだけ節約を心がけねば。

 ただ、戻らない代わりにスマートフォンを通じて、アジトで留守番をしている二つ年下の未来に、飼珠や命長について調査をさせている。

「未来はハッキングもこなす情報のエキスパートだもの!頼りにしてるわ♪」とかなんとか煽てたら、一生懸命調べた情報を次々と送ってきてくれている。

 

「でも、そのへんの情報は書類にも書いてあったで」

「ノンノン♪未来の本領発揮はここからよ。なんと、命長のデータベースにハッキングして情報を引き出してくれました!」

「ほえー、そりゃすごいな」

 

 正直なところ、春花も未来がここまでやってのけるとは思っていなかった。妹のように思っていたあの子も、どんどん優秀な忍へと成長しているのだ。

小さな背と胸、長くて黒いぱっつんヘアー、トレードマークの左眼帯とゴスロリ服。子供扱いされて膨れる少女の姿を思い浮かべて、春花の口が綻ぶ。想像した未来はやっぱりちっちゃくて可愛い未来だった。

 

「送ってくれた情報によると、飼珠は元々、二年前に資金繰りに失敗して解散した『指党組』っていう小さな善忍組織に所属していたみたい」

 

 画面上の図解では『シトウグミ』とルビが振られた組織名にバツ印が重なっている。

忍組織の消滅は珍しいことではない。表社会の企業淘汰と同じで、能無しの集団には仕事が回ってこず、各組織は明確な「個」を持たなければ、敗北し消え去っていくだけだ。だから、どの組織も血統や術の継承で特色を伸ばすのに必死だったり、表裏問わず各界とのつながりを作るのに奔走している。指党組はそんな競争に負けた、数ある組織の一つだったのだろう。

 紅蓮隊もただ目の前の忍務に飛びついていくだけでは、使い捨てにされて、いつか見向きもされなくなる。二千万を手に入れたら、少し落ち着いて自分たちの方向性を探るべきかもしれない。

 

「飼珠さんは、なんで辞めたん?」

 

 考えていた春花は、右からの問いで情報へと意識を戻した。 

 

「えーっと・・・」

 

 スマートフォンの画面をなぞりつつまとめていく。

 

「なーんか軋轢があったみたいね。母親兼師匠の『ジュウジョウ』って忍と仲違いして飛び出してきた・・・しかもその母親との勝負に勝って命長に来たみたいね」

 

 春花が飼珠の母『獣静』の名前が書かれた文章を見つめる。

 

「仲悪ぅなったとはいえ、そこまでするもんなんか」

「・・・まぁ、ありえなくはないでしょう」

 

 春花の表情に陰が差したのを見て、日影は失言を悟った。

 仲違いとは違うが、春花の親子関係も幼いころから破綻したものだったのだ。

医者の父は汚職で富を築く一方、愛人のもとへ通い詰めて妻と春花を蔑ろにした。そして夫の裏切りから目を背けた母が自分の傷を覆うのに頼ったのは、可愛い可愛い人形のような春花の存在だった。

母が負った傷の深さ以上に、過剰で歪んだ愛情を注がれ続け、ついには溺れてしまった春花。愛でられるだけの人形であることを強いられ続けた彼女は、思い悩むことすらできずに火を放って全てを終わりにしようとした。

 その苦境から救い出したのが蛇女の女教師である鈴音であった。彼女の助けで傀儡術の才に目覚めた春花は、父に罪を告白させ、母の愛情を断ち切って、両親と決別する道を選んだ。

 有能で頼りがいのある彼女もまた、多くの悪忍がそうであるように苦渋の過去を背負ってきたのだった。

 

「すまん春花さん。わし、よう考えんと口走ってもうた」

「いいのよ。気づいてくれたのは、とっても嬉しいことだし」

 

 春花は優しく微笑んで見せると、過去を振り切るようにスマートフォンへ目を戻し、情報共有を再開する。

 

「ここ一か月くらいで、命長から行方の分からなくなった薬品は三点。未来が効能や有用性を精査したところによると、飼珠が盗み出したのはそのうちの一点ね。残り二つはありふれた品だし、わたしも未来と同じ意見よ」

「そんなら、その薬で間違いないやろな。春花さんのお墨付きほど安心できるもんはないで」

 

 感情のない日影に安心も何もないのだが、失敗を取り繕うように放った軽い煽てに、春花は「何も出ないわよ?」と笑ってみせてくる。どうやら心配なさそうだ。彼女はとうに過去を乗り越えている。

 不意に春花の笑みが少し狡猾なものになる。未来の情報が面白い事実を告げてきたのだ。

 

「飼珠が盗んだ薬品は、どうやら禁忌扱いみたい。さすがに効力までは明らかにできないみたいだけど、これは興味をそそるわ」

 

 日影に向かって掲げられたスマートフォンの画面には、「秘密関係各課および該当幹部以外の閲覧を禁ず」の文字。蛇目の少女が指で情報を送っていくと・・・

「善忍または悪忍、および両勢力における諸協定と要すり合わせ」

「該当関係者以外への情報漏洩の事実が発覚した場合は、その全てを速やかに抹消すること」

「当薬品・試薬品・使用した各器具・場所・時間等のあらゆる要素について、情報の複製・指定外の共有を固く禁じ、遵守しなければならない」

などなど、細かい規約や説明書きとともに、あまり穏やかではない言葉が次々と出てくる。

 

「あー・・・こらあかんわ」

「でしょ?」

 

 スマートフォンを手元に戻した春花が、嬉しそうに微笑む。新しい遊び道具を見つけた小悪魔のような顔だ。

 

「二千万っていう額も、下手すれば安いくらいかもしれないわよ」

「・・・もしかして、あわよくば自分のものにしたろう、とか考えとる?」

 

 日影の問いに、春花が何かを企んでいるような笑顔を返してくる。あかんて。

自分だけでは作り出せないであろう貴重な代物の登場に、春花の内心は期待と好奇心で満たされていた。薬使いの血が騒いでいる。

 そんな心の興奮を諫めるかのように、スマートフォンから電子のベル音。電話着信だ。

 

「いまどきベル音鳴らしてる18歳なんて、わたしたちくらいなんじゃない?」

「仕事用の共用スマホやし、しゃーないわ。文句は真面目な焔さんに言うて」

 

 春花が不服そうに画面を見ると、さらに不機嫌な顔になる。

 

「誰や?」

「スピーカーにするわ」

 

 嫌悪感丸出しの少女が答えを言わずに電話に出ると、聞き覚えのある男の声が解放される。

 

「あー、小野ですー!春花ちゃーん?」

 

 春花が無言で右手のスマートフォンを日影に突き出すと、蛇の少女はゆっくりと左手で押し戻した。

拒否された春花は大きくため息をつくと、音量を少し下げてから仕方なく応対する。

 

「えーっと、春花です・・・」

「あっ、春花ちゃん?今なんか吐息が聞こえてきたんで、ちょっとドキッとしちゃったよ!」

 

 なぜだかしらないが、カフェで会った時よりテンションが上がっている。ちゃん付けで呼ばれた春花の全身を鳥肌と悪寒が駆け巡る。ため息なんて吐かなければよかった。心底気持ち悪い。

 

「電話とかメールだと様子が変わる人おるよな」

 

 他人事な感想をつぶやいた日影にキッと視線を送りつつ、なんとか社交用の声を絞り出す。

 

「・・・ご用件は?」

「そうそう!支払いの件、通しておきましたよ!かなり怒られちゃいましたけどね!」

「それは、よかったですわ。ありがとうございます。それでは失礼しますー」

 

 無礼なのもお構いなしにいきなり切ろうとした春花を、中年男が引き止める。

 

「ああ!?もう一つ!もう一つあるんです!」

「・・・なんです?」

 

 ゲンナリした声色を混ぜながら、続く要件を促す。小野の方は変わらず興奮している。

 

「指党組っていうところのニンジャ?が一人、今回の件を嗅ぎまわってるらしいです!」

 

 報告を聞いた二人の表情が少し真剣になる。解散した古巣の忍が、いまさら何の用だというのか。

想定外の報告に春花が思わず問いかける。

 

「それはなんという名のニンジャですの?年齢や性別、戦術や人物背景などもわかれば・・・」

 

 小野のレベルに合わせて問うが、途中でハッと気づく。問われた側は予想を裏切らなかった。

 

「僕が知るわけないですって!この二点をご報告させていただくためだけに、お電話したんですから!」

 

 左拳を震わせ、今にも画面を叩き割ろうとする春花を見て、日影が無表情のまま両掌を向けて前後させる。小野は相変わらず何も知らされていないし、調べてもいなかった。指党組がすでに存在しないことすら把握していないだろう。

 通話相手が自分に殺意を抱いていることなど全く知らない中年は、さらに興奮した口調で告げてくる。

 

「あ、あと!焔紅蓮隊の宣伝動画、見つけちゃいました!もしかしてアイドルグループかなにかなの?会ったときは、春花ちゃんのがおっぱい大きくて好きだなって思ったんだけど、動画で水着姿のすっごくかわいい日影ちゃっ・・・」

 

 無駄な捜査力を発揮して見つけた動画を小野が熱心に語るなか、通話が突然切れる。スマートフォンの画面に乗せられた日影の指が、通話を終了させていた。

春花が青ざめた笑顔で日影を見つめる。

 

「・・・社交辞令もなしに切ったのは、気持ち悪くてたまらないって思ったから?」

 

 迎えた蛇の目に感情の波はなかったが、どことなく強張った表情をしているように見えた。

 

「・・・思うわけないやろ。わしには感情がないからな」

 

 画面から指を放すと、少し横移動して距離を取る。

 

「ただ・・・好き嫌いはあるで」

 

 言い訳っぽい言葉に苦笑した春花は、嫌悪感で震える指を動かしてスマートフォンを操作する。未来に嗅ぎまわっている指党組を探してもらおう。

メールを打ち終わると、思わず盛大なため息が出てしまう。報酬の話が通ったのに、小野の「好きだな」で気分がどん底まで落ち込んでしまっていた。

 

「春花さん、今日はため息が多いな。皺が増えるで」

「幸せが逃げる、でしょっ」

 

 年上に見られるのを気にしている春花が少し怒ったように返す。

 

「全部アイツのせいよ。もう二度とアレと会話したくない」

 

 春花の言に日影が小さく頷いて同意を示す。だが、口からこぼれたのは同情の言葉だった。

 

「でも、あのおっさんは忍務終わったら消されてまうんとちゃうかな」

 

 それは春花も予想していたことだ。昨日付で秘密課に配属され、紅蓮隊のことはおろか忍のこともろくに知らず、忍務内容さえ表面をなぞらされているだけの中年男。命長の秘密課は、使えない人材を体よく処分するために利用しているのではないか。

忍界に精通している人物を使うよりずっと御しやすく従順だし、困窮している若者ばかりの紅蓮隊相手なら難しい仕事でもない。使い終わった後、亡き者にしてしまえば何の憂慮もなくなる。選択肢としてはあり得るだろう。社員であるにもかかわらず、扱いは自分たちとあまり変わらなかった。

 そう思うと少し哀れだが、仕事上でちょっと知り合った程度の相手に入れ込むほど、二人は甘くない。

 

「最後にアイドル並の美少女二人に出会えたんだから、悔いはないでしょう」

「・・・わしら美少女なん?」

「日影ちゃんは美少女よ」

 

 日影の素朴な質問に微笑みながら返すと、未来からのメール着信。内容を確認した春花が日影へ伝える。

 

「指党組は解散時、徹底的に痕跡を抹消したのか、主だった情報ルートからは何も出てこなそうって」

「命長みたいにアクセスできる場所もないやろしなぁ」

「引き続き探してみるけど、あんまり期待はしないで・・・と、残念だけど仕方ないわね」

 

 残党が何を目的に動いているのかわからないが、飼珠と禁忌薬のどちらが目的にせよ、おそらく今夜の忍務で接触することになる。詳しいことは本人から直接聞きだせばいい。

 

「それと、ほら」

 

 春花はメールの末尾に書かれていた文章を日影に見せる。

 

『あたしは情報でサポートすることしかできないけど、二人をアジトから応援してるよ!でも無理はしないで。きっと無事に戻ってきてくれるって信じてる!帰ってくるころにはお風呂とごはん、どっちも選べるようにしておきます♥』

 

 読み終わった日影の表情は、心なしか和らいだように思えた。

 

「頑張らあかんな」

「ええ、絶対に二千万を持って帰りましょう!」

 

 決意を新たに、二人は装備を整え始める。

 赤みを含んだ遠くの空が、すぐそこに迫る夜の訪れを知らせていた。

 

 

 

 夕暮れの橙が高い天井の天窓から差し込み、白い室内を染め上げている。

 広い執務室には、中央奥の純白の机と椅子以外に家具が置かれておらず、殺風景かつ無機質。椅子に座す人物が、この部屋における唯一の生命だった。

しかしその人物も真っ白なスーツに身を包み、後頭部まで続く背もたれに寄りかかって、目を閉じたままピクリとも動かない。

 音もなく、時が止まったような空間で動いているのは、雲の影だけだ。

 その雲の影から、人影が生まれた。赤い部屋に現れた黒い人影が、座っている人物に何事か話しかけている。

言葉を受けた白いスーツの男が、目を閉じたまま口を動かす。短く何かを伝えられると、黒い影は夕暮れの部屋から姿を消した。

 冬の橙は早くも紺の闇に変わろうとしている。移り行く色を楽しむように、男が年老いた声色で言葉を紡ぐ。

 

「血の紅は命の色。仁義を秘めし黒の球。罪から逃れぬ銀の剣」

 

 老木のような口元が緩やかな笑みの弧を描く。

 

「乱れ惑うは桜色。灰が滴り、紺が奪う」

 

 誰にも聞かれない言葉は、部屋に舞って死んでいく。 

 

「人形たちに絡む糸。黄金の刃は切り剥せるか」

 

 老人の口が閉ざされ、静謐が戻った。

 部屋は夜の色に沈んでいく。

 

                                      第三話へ続く



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第三話 Past

 未来が探り出したのは、標的である飼珠がかつて所属していた指党組や母との軋轢。そして禁忌の存在であった。
暗い過去への複雑な想いと禁忌への好奇心を胸に秘めた春花へ、小野から知らされたのは指党組の接近。
 不穏な様相を示唆する情報の追加にも、引き返すわけにはいかない。仲間のために忍務を遂行するだけだ。


 午後七時。闇に染まった夜の空。晴れ渡っていた昼とは違い、暗い雲が多くの星々を人々の目から遮っている。時折、風に流れる雲間から三日月が顔を覗かせ、地上の港を見下ろしていた。

 夜の港に停泊している船はないが、コンクリで埋め立てられた陸地には、いくつもの大きな銅色の直方体。命長が管理しているという港の一角には、様々な積み荷を運搬したり保管したりするための大型コンテナが、四つ一組で等間隔に並べられていた。

 港の角に位置するコンテナの影で、二人の少女がさざ波の音を聞きながら、来るべき時を待っていた。

 

「降らんとええけどなぁ」

 

 黄金色の瞳を上空に向けた日影が、冷たい潮風に髪をなびかせながらつぶやく。その姿は忍の戦闘衣装、忍転身したものに変わっていた。

豊乳の上部と白い肩、引き締まった腹筋を剥き出しにするターメリック色の半袖には、黒の線と蛇模様が描かれ、所々に切り裂かれたような穴が開く。今にもズレ落ちそうなヴィンテージブルーのジーンズにも、同じように切れ込みが入り、一匹の赤蛇が描かれている。

両の前腕と下腿部は黒い格子状のバンドで締め付けられ、二~六つほどの備えられたホルダーに小型ナイフが忍ぶ。

スマートかつ荒々しい忍装束に、首に巻かれた螺旋のタトゥーチョーカー、左胸と左腰に彫られた蛇の刺青が、剣呑な雰囲気を足していた。

 

「そうね。雨はイヤ。薬の効果も薄まっちゃうし」

 

 日影の髪から垣間見える蛇と炎のシンボルイヤリングを眺めつつ、忍転身した隣の春花が言葉を返す。

羽織られたダボダボの大きな白衣の内側には、様々な薬が入った沢山の試験管。

袖に通されていない腕は、手の甲から二の腕半ばまでを白のグローブで覆われており、同色のレッグウェアが肉欲的な太ももの中ほどまでを包んでいる。桃色のハイヒールで足先を飾られたレッグウェアからはサイドガーターが伸び、脇腹辺りで露出度の高いベリーショートコルセットの裾に繋がる。

首の付け根から続く桃色のノースリーブは、蛇と炎のシンボルボタンと留め具でしっかり前が閉じられ、胸の谷間を隠している・・・と思いきや膨らみの頂上付近で大胆に開け放たれ、豊満な胸の上半分で途切れていた。胸下の同色コルセットも、タイトな上に裾が極端に短いため、留め具のすぐ下ではスベスベとした腹部が露わになっている。

目のやり場に困る上半身から視線を下ろすと、腰回りは白いTバックのハイレグビキニのみ。

薬使いは転身前と大きく異なった、怪しすぎる雰囲気を漂わせていた。

 二人とも冬に似つかわしくない格好だが、寒がる素振りはまったく見せない。

 

「炎も雨と相性悪いしの」

 

 日影がイヤリングを指先で触る。火中を緑の蛇が進んでいくシンボルは、焔紅蓮隊の絆の証。メンバー全員が、このマークを忍装束に取り入れている。

 春花が空を見上げて答える。

 

「でも焔ちゃんなら『雨ごときで私の炎は消えない。むしろ熱き紅蓮隊の魂で蒸発させてくれる!』とか言いそうね」

「そんなん言うかな・・・言うかもしれんな」

 

 二人が一つ年下の真面目で熱血なリーダーの顔を思い浮かべる。蛇女にいた頃の、冷酷で馴れ合いを嫌っていた彼女と比べると、ずいぶん変わったものだ。

 仲間に想いを馳せながら、春花が優しい笑みを湛える。

 

「前は憎しみに心奪われていた詠ちゃんも、少しずつ世界を受け入れてくれてる」

「もやしと野草の世界へご招待やで」

「背伸びに一生懸命だった未来だって、自分では気づいていないけれど、今ではとっても頼りになるわ」

「結局背は伸びてないみたいやけどな」

 

 茶々を入れてくる日影を、春花がやんちゃな子を咎めるような笑顔で見つめる。蛇の少女は無表情で受けた。

 

「何事にも無関心だった日影ちゃんも、かなり積極的になってきたわよね」

「・・・そやろか」

 

 よくわからないといった風に視線を逸らした日影を見て、春花が少しだけ残念そうな顔になる。

人は他人の変化には敏感でも、自身の変化にはなかなか気づけないものだ。

 白衣をまとった薬使いは、暗い空を見上げて自らを想う。今の自分もまた、蛇女時代とは違っているのだろう。その変化は紅蓮隊の皆にとってプラスになっているのだろうか。彼女たちのために、自分はやるべきことをやれているのだろうか。

 考えを巡らせていると、ふと隣の視線が戻ってきているのに気づく。

 

「あんな、春花さん・・・」

 

 言いかけた日影が何かに気付き、隠し持っていたナイフを、背後に向かって抜き打ちで振るう。

金属同士がぶつかり合う甲高い音。少女の刃はコンクリに突き立てられた細身の剣によって阻まれていた。

抜忍二人はすぐさま港の端ギリギリまで跳び退り、自分たちの背後を取った人物を観察する。

 視線の先で足を揃えて静かに立っていたのは、190cmほどはあろうかという長身の忍であった。

長い脚が灰色のズボンと黒いブーツで包まれ、腰の左右には鞘に収まった剣。同じく灰色の軍服のような上着を着た上半身には、バツ印を描くように四つの黒いベルトが巻かれ、背中に四振りの剣を背負っている。

頭はこれまた灰色のフードとマスクで隠されており、暗闇の目元から表情はうかがえない。

日影のナイフを受けた剣が、黒革の手袋に包まれた右手で握られ、体の前で地面に突き立てられている。細い体格も相まって忍自身が一振りの剣のようであった。

 

「何者?」

 

 臨戦態勢に入っていた春花が謎の忍に問う。銀の忍は背中の中心に装備された鞘へと剣をしまう。カキッと刃が収まる音が鳴り、腕を組んだ忍は低く静かな手練れの声で返した。

 

「聞いていなかったか?命長の監視役だ」

「聞いていないわ」

 

 返しつつ春花が心の中で小野を惨殺する。あの男は電話でも監視役のことなど、一言も言わなかった。おそらく知らされていなかったのだろうが。

やり場のない怒りを眼前の相手にぶつける。

 

「監視役にしては、ずいぶんなご挨拶ね。命長の忍関係者は誰もが無礼者なのかしら」

「個人的に試したまでだ。与えられた忍務をこなせるかどうかをな」

 

 銀の忍の言い草に、薬使いのボルテージが上がる。誰も彼も表面的に誠実な態度を見せることすらできないのか。

喧嘩を吹っかけそうな春花より一歩前に出て、日影が言葉を放る。

 

「それで?あんたは見てるだけなんか」

「私が飼珠を殺してもいいなら手伝うが、報酬の五割は貰うぞ」

「ふざけないで。これはわたしたちに依頼された仕事。企業の犬は指を咥えて見ていなさい」

 

 監視役がマスクの奥で笑う。

 

「お前たちも今は雇われの身。私と同じ犬ではないか」

「犬にも躾の行き届いた忠犬と、人の迷惑にしかならない駄犬、二種類いるのよ」

 

 命長にイライラさせられっぱなしの春花の口調が荒くなってきている。あと二言三言交わせば手が出るかもしれない。

面倒を避けるために、ナイフ使いが薬使いの前に移動する。

 

「邪魔せんとってくれればそれでええわ。名前だけ聞いとこか」

「『刺厳』だ」

 

 『シゴン』と名乗った忍がゆっくりと右に向かって歩き出す。二人は相手に敵意がないと判断し、体から力を抜いた。

 刺厳は春花と目を合わせられる位置まで行くと、足を止めて二人へと向きなおる。

 

「警告しておこう。飼珠は強い。元の組織では抜きんでていたそうだ」

「指党組のホープだったのに辞めてもうたんか」

 

 刺厳は抜忍たちが持っている情報を確認するように頷き、続けて新情報を渡してくる。

 

「指党組の忍務ほぼ全てに駆り出されるほど酷使されていたらしいが、飼珠自身は指党組で忍として生き続けることに疑問を持っていた」

「しがない善忍組織に使い潰されるよりは、命長で薬品開発をしてる方がマシかもしれないわね」

 

 春花が飼珠に同情を示す。

全ての忍が暗殺や組織間の闘争といった血生臭い仕事に命を懸けているわけではない。個々の特性に応じて、教育や戦術開発、情報管理や救護等々・・・戦場以外にも役目は無数に存在する。生死の瀬戸際で命の取り合いをするよりも、そういった役職に就きたいと思う忍がいても何ら不思議ではない。

飼珠は指党組に殺されたくはなかったのだろう。

 

「命長に転職した飼珠は薬品開発で多くの成果を上げたが、次第にその実力を屋外で発揮することを求められるようになった」

「・・・エリートも大変やなぁ」

 

 女の求めた平穏な忍の仕事は命長にもなかったのだ。彼女は苦悩しただろう。だが、忠誠心が重要視される忍の世界において、若くして組織を転々とする忍を、多くの人々は快く思わない。結局、飼珠は自らの希望を捨てて命長に留まり、戦場へと舞い戻っていった。

 春花が地面に視線を落として、女の事情から考えた推測を口に出す。

 

「彼女は、自分が描く理想の忍になりたくて、薬品を盗んだのかしら」

 

 大きな影響力や話題性を持つ禁忌薬は、危険視されると同時に多くの人間が欲しがる物でもある。対価として用いれば、大金であれ待遇であれ、望むものは大抵手に入るだろう・・・そう考えると、二千万は安い気がしてくる。

 

「お前は飼珠が望んだような忍にはなりたくないのか?」

 

 突然の問いに、春花が顔を上げる。銀の忍は見えない眼差しで彼女を射抜いていた。

 

「わたしは・・・」

 

 今まで全く考えなかったわけではない。しかし、春花には戦場を脱することに思い悩むような余裕は残されていなかった。

母の人形として呆然と生き、鈴音に救われ忍となった後は、蛇女で求められた忍務を黙々とこなした。時が経ち、実力者たちが増えると、落伍しないために一層の努力を強いられた。

そして抜忍となった今、日々を生きることに必死になっている。

 今の自分は、かつての自分が望んだ姿なのか・・・少女の心に波が立ち始める。

 

「飼珠はお前を羨み、蔑み、憎んでいた。若く短期間で一般人から忍として開花した一種の天才でありながら、進んで自他の命を危険にさらす悪忍のお前を」

 

 刺厳が春花の波紋を広げる。

 

「どういう、こと?」

 

 剣の忍は言葉の刃を春花に向けた。

 

「飼珠は優れていたが、決して天才ではなかった。非凡なれど、稀有な存在ではなかった」

 

 刃が春花の心に切り込みを入れる。

 

「母の獣静は、娘がありふれた一流で終わることを恐れ、自身が経験したこともないような過酷な鍛錬と、度重なる薬剤投与により、強引に秀才へ引き上げたのだ。それが飼珠のためだとさえ考えてな」

「そんな・・・」

 

 狂った母に愛された春花にはわかった。

獣静は将来性の無い指党組を存続させるための道具として、薬漬けにしてまで飼珠という秀才を作り上げたのだ。

そこには、忍としての焦りと自己満足、そして過剰で歪んだ愛情があった。

優しき愛も、他の生き方も知らず、忍務をこなすためだけの人形にされてしまった飼珠。

 

「きっかけはわからぬが、他の生き方を知った飼珠は指党組を抜けて命長に来た。そして今、自ら破滅へ向かっている」

 

 飼珠の絶望は深かっただろう。輝いて見えた世界は、再び戦場への道につながっていたのだから。

 標的は春花と重なる過去を持っていた。飼珠にも鈴音のような救済の手が差し伸べられていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。しかし彼女には救うに値する才能がなく、春花が得たような奇跡はもたらされなかった。

 忍の剣が押し込まれる。

 

「蛇女出身も所属している命長で、多くの忍を見聞きした飼珠はたびたびこぼしていた。入学後1年も経たずに名門蛇女子学園のトップ層へ上りつめた薬使いへの憎しみをな」

 

 飼珠は善忍に洗脳されてきた忍だ。彼女には、自分よりずっと優秀な春花が、嬉々として人の世に仇を成す悪の忍に見えていただろう。自分のように才能を人々の役に立てることができるにもかかわらず、その選択肢を切り捨てた憎むべき悪に。

 春花がゆっくりと目を閉じる。

才能の欠片を持って生まれてきたがために、人形としての生を歩まされた不幸な飼珠。並外れた才能を持っていたからこそ、人形の生から救われた自分。

他の生き方を知り、魅せられてしまったが故に、絶望と終焉を導いてしまった飼珠。他の生き方に思い悩むことができなかったが故に、仲間と将来を歩んでいける自分。

 飼珠を哀れに思う。自分と似ているが、救いのない人生を送ってきた忍。彼女と同じ境遇に生きていたのならば、やはり平穏の世界を求めたかもしれない。生まれた場所と授けられた才能が違っただけ。

 ・・・だが、自分たちは忍だ。自らに課せられた定めを背負い、生き残ることが全てなのだ。

ならば、憐れみとともに飼珠を倒す以外に道はない。

 目を開けると、日影の黄金色の瞳が迎えた。

無表情なはずの顔は、感傷のせいか少し心配そうに映る。大丈夫。心は決まっている。

 

「飼珠がどんな忍であろうと、わたしは忍務を果たすだけよ」

 

 力強く言い放った春花を見て、日影も刺厳へ向きなおる。

二人の意志に満ちた目から顔を背け、銀の忍が告げる。

 

「うまくやることだ」

 

 刺厳は言い捨てると、3メートル近い高さのコンテナを軽々と飛び越え、消えていった。監視役は遠くから高みの見物でもするのだろう。

 春花が心を落ち着かせるために深呼吸する。冷たい空気が肺を満たし、吐かれた白い息が風に流されていく。

 

「それはため息やないやんな?」

 

 日影の軽い問いに、白衣の中で思わず笑みがこぼれる。

 

「ありがと。大丈夫よ」

 

 感情のない友は、気を利かせていつもの調子に戻してくれた。彼女や仲間のためにも、やるべきことをやる。それだけだ。

 決意の眼差しを陸の方へ向けた春花の瞳にとんでもないモノが映る。

 

「ああっ!いたいた!探しましたよ~!こんな端っこにいたんですか~!」

 

 間抜けな声とともに1ブロック先のコンテナの影から出てきたのは、二度と会いたくなかった中年男の姿。

 

「ちょっ・・・!?」

「あかん、春花さん」

 

 驚きと嫌悪感で一歩退いた春花の前方を、弾丸となった日影が駆けていく。春花もすぐに気付いた。

中年の後方、遠くから黒衣の人影が高速で向かってきている。飼珠か!

 遅れて春花も日影を追う。前では風よりも速く走る日影と、向かってくる少女に戸惑う肥満体。

 

「日影ちゃん、連れてきて!」

 

 春花が言い終わるより早く、日影が男の首根っこを捕まえて反転。走りつつ、追いかけていた春花へと、丸い男を軽々と放り投げる。弧を描いて飛んだ男が、状況を把握しきれずに目を丸くしていた。

春花の白衣が盛り上がり、襟首の隙間から人の頭より一回り大きな球体が飛翔。空中で変形し、両脇から機械の太い腕が伸びる。前面には丸と四角で構成されたロボットのような顔が生まれていた。春花のカスタム傀儡である。

彼女の意のままに動く傀儡が、強力なアームで空中の男を捕える。

 男の確保を確認した日影が、向かってくる黒衣へと再び走り出す。一方春花は下僕と一緒にいったん隅まで後退し、右上で傀儡に掴まれている中年に向かって叫ぶ。

 

「小野さんっ!なぜここにいるんですか!?」

「おおっほ!すごい!超セクシーじゃないですか!」

 

 緊急事態にも関わらず色気にうつつを抜かす小野に対し、ついに春花が沸点に達した。

男を掴んでいる傀儡の手に力が込められ、醜い腹を引き裂かんとする。

 

「あだだだだだだだだっいっひぃ!?!?」

 

 岩すら砕く傀儡の握力に、小野がたまらず叫びを上げてジタバタともがき苦しむ。しかし、主人に忠実な下僕は全く意に返さず、空中で制止したまま次の命令を待っている。

 不意に力が弱められ、小野がぜえぜえと息を切らせて反発する。

 

「な、なんてことするんですかっ!?」

「なぜここに来たの」

 

 小野の問いを無視して春花が再度尋ねる。

無視された中年男は不服そうに春花を見たが、その表情が死刑執行人のごとき冷徹さをまとっているのに気付き、視線を逸らす。怯えた豚のようになった小野が理由を打ち明ける。

 

「と、取引相手の役をしろって言われたんです・・・か、カバン忘れちゃったけど、大丈夫ですよね?」

 

 小さくなった声を聴き、傀儡使いが苦虫を噛み潰したような顔になる。

 昼間の書類には、飼珠が『命長に関する情報売買の阻止』という偽りの忍務でここを訪れることになっていた。確かに飼珠の警戒を抑えるなら、取引役の存在は効果アリだろう。だが、元々彼女もこちらへの接触が不可欠であるため、忍務の難易度を上げてまで採用する手ではない。

 となると、命長がわざわざ小野を派遣した理由は、戦闘に巻き込まれて死んでもらえれば、始末する手間が省けるからか。さらには、忍務難易度を上げることにより抜忍二人を疲弊させ、可能であれば始末するつもりなのかもしれない。雇われた忍が死ねば報酬を支払う必要はないし、禁忌薬の漏洩も防げる。紅蓮隊の反発があるだろうが、表社会の大企業である命長には負ける要素がない。

 ふと先ほどの刺厳が、飼珠の戦術については一切触れなかったのに気づく。あの男が監視などではなく、抜忍たちの暗殺を命じられたのだとすると、飼珠の素性だけを暴露して動揺を誘おうとしたのも合点がいく。

 自社の不備が原因だというのに、少ない人員と不要な人材で、可能な限り自らの手を汚さぬよう画策している命長には反吐が出る。

 

「そ、それと・・・仕事が無事終わったら、報酬を渡すようにって金庫のパスカードをもらってるんです」

 

 怒る少女のご機嫌取りをするように、小野がスーツの内ポケットからICカードを取り出して、下品な笑いとともに見せつけてくる。

春花の手が霞み、一瞬のうちにICカードを奪い取る。これさえあれば、もうお荷物の男などいらない。

指で傀儡へ男の殺害を指示しようとした忍に、お荷物が声をかけてくる。

 

「カ、カードだけあっても無意味ですよ。金庫を開けるには暗証コードも必要で、それは僕の頭の中にしかありませんから」

「言いなさい」

「い、いや・・・ですっ」

 

 殺意の眼差しで脅した春花に対して、蛇に睨まれた蛙のようになった男が必死に抵抗する。

 

「今っ、すっごく痛めつけようって思ってたでしょ!お金さえあればいいんだ、春花ちゃんは!」

「よくわかっているじゃない。痛くされたくなかったら薄情なさい」

「それ、絶対痛くする奴じゃないですか!」

 

 春花は思い通りにならない展開に苛立つが、妥協しなければならない事態だと理解できないほど、愚かではない。

 小野を殺してもコードは当然命長も管理しているだろうから、金庫を開ける方法が失われるわけではない。だが、命長はシラを切り通すだろう。コードは小野のみが知っていて、忍務中に小野を死なせてしまった以上、報酬は支払えなくなったと。下手すれば小野の死の責任を全面的に負わされて、紅蓮隊が窮地に陥りかねない。

 春花ならば傀儡術や薬品によって自白させることもできるが、そもそも命長が小野に本当のコードを教えていない可能性もある。

どのみち、命長は自社の営業マンを攻撃されたという言い分を手に入れることになり、春花達にとって大きなデメリットだ。

 小野に危害を加えて二千万を失い、紅蓮隊に対する大打撃の可能性と命の危険を生むか。難易度は上がるが、小野を守りつつ忍務を完遂して生き残り、二千万が手に入ることを願うか。

命長の思惑通りに動くのは気に食わないが、春花に選択権はなかった。

 

「死なないよう、大人しく祈っていなさい」

 

 視線で傀儡に小野の死守を命じた春花はパスカードを首元にしまい、男を抱えた下僕を率いて日影の後を追い始める。戦闘の邪魔になる一人と一体を、その場に待機させておきたいところだったが、刺厳が小野の暗殺をする可能性がある以上、手の届くところに置いておかないと危険だ。

 前方からは衝突したであろう日影と黒衣の姿は消えていたが、コンテナの群れの奥で交戦の音がする。二人で協力して飼珠を始末し、全てを終わりにしなければ。

コンテナの間を疾駆していく春花が、背中の振動に気付いてスマートフォンを取り出す。未来からの調査結果メールだ。

 送られてきたのは、指党組の残党はまだ見つかっていないということと、刺厳の話に一致する飼珠の過去。そして彼女の恐るべき戦術だった。

春花の顔が険しくなる。標的は予想していたよりもずっと危険な忍だ。

 

「日影ちゃん、無理はしないで・・・!」

 

 薬使いは白衣の中に手を伸ばしつつ、一刻も早く友を援護するために走る速度を上げる。

 

                                      第四話へ続く



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第四話 Flying

 暗殺舞台となる港にやって来た春花と日影。思いに耽る二人の前に現れたのは、命長の監視役・刺厳であった。
 彼がもたらした飼珠の哀れな過去は、春花に重なって心を締めつける。
 そんな彼女のもとへ、足手まといの小野がやってきた。後方には迫り来る黒い忍。戦いは予定外の幕開けを迎えた。


 蛇目の少女がコンテナの間をまっすぐ走っていく。後方の通路では、爆発や電撃、氷結に硫酸など、薬品による様々な攻撃が炸裂している。しかし、俊足の少女を捉えることはできず、日影は無傷だ。

 

「・・・逃げ回ってるだけやと消耗して負けてまうな」

 

 走りながらつぶやいた日影が、コンテナの角を右に曲がる。積み荷を挟んで並走していたから、出合頭に不意打ちの一撃を食らわせてやろう。

 コンテナの横を抜けて刃を振るおうとした日影の脚が止まる。右に現れるはずの敵の姿がない。代わりに足元へゴルフボール大の黒い球体が三つ転がってくる。

 気づいた日影が反転して駆けだそうとするよりも早く、球体が破裂。爆発が閃光と煙を上げながら少女を吹き飛ばす。

腕で頭と体を守った日影は宙に投げ出されるも、黒煙をまといながら膝をついてなんとか着地。腕の外側は爆裂によって焼かれ、血を流していた。しかも爆弾に仕込まれていたらしい鋭い針が、傷口に突き刺さっている。

日影は手早く針を抜くと手当もせず、黒煙を背にして再び走り始める。彼女が今いた場所に黒球が落下し、酸が弾ける。球の軌道からすると、コンテナの向こう側から投げられたようだ。

 

「なんや?入れ違いになってたんか?」

 

 相手の位置に違和感を覚えながらも、左に曲がる。次の角を抜けた先に黒衣の忍がいるはずだ。

あっという間に走り抜けた日影がナイフを構えて左右を確認する。コンテナの谷間に人影はなかった。

 

「もっと先か?」

 

 恐るべきコントロールで遠投してきている可能性を考え、日影が前へ進もうとする・・・直前、後ろに気配。振り返った日影が見たのは、闇に溶けこむ球が背後からバウンドして向かってくるところだった。間に合わない!

破裂した球体から迸ったのは猛火。忍の薬品により発生した水平の火柱が日影を飲み込む。

抜忍は大急ぎで火炎から脱出し、地面を転がりながら体をコンクリに擦りつけて燃え移った火を消化する。炎に抱かれた体には所々に火傷の痕ができ、服の端々が焼き切られていた。

 酸素を奪われた日影は、苦しそうに息をしながらも前に向かって駆け出す。前方にいると思った敵が、後ろから攻撃してきた。まさか、相手は一人じゃないのか。とにかく敵の居場所が分からない以上、動かなければ死ぬ。

混乱しつつも走っていく日影の前に、右から転がってくる黒球。反射的に左へ跳躍してコンテナの上へ逃げると同時に、下では水の飛散する音と溶解液の白煙。

 コンテナの上から周囲を見渡すと、先ほど自分が爆裂攻撃を受けたあたりで、瞬間的に発生する分厚い氷が見えた。コンテナの影から出てきたのは白衣を羽織った友の姿と、カスタム傀儡に守られている小野。

 

「春花さん!コンテナに上った方がええ!」

 

 呼びかけに気付いた春花がこちらを向いて頷く・・・と、どこから現れたのか足元に転がってくる球。逃げるように薬使いがコンテナの上へ跳び、傀儡が追随する。獲物を捉え損ねた黒球は毒となって飛び散った。

春花がコンテナの上を跳び伝って日影のもとまでやってくる。彼女も駆けつける間に激しい攻撃を受けたようで、白衣の数か所に穴が開き、あちらこちらに切り傷と火傷を負っている。傀儡と小野を庇いながら戦ってきたにしては軽傷な方だ。

周囲を警戒している傷だらけの日影を見て、春花が叫ぶ。

 

「酷いケガじゃない!早く手当てしないと!」

「その余裕はなさそうやで!」

 

 二人の目に、すぐ下から飛び上がってきた五つの薬球が映る。球に背を向け、逃げるように大跳躍した二人の後方では大きな爆発音。3ブロック先のコンテナ上に着地した一般人と抜忍たちが冷や汗を流す。

 

「か、勝てるんですか!?コレ!?」

「春花さん、相手は飼珠さん一人やんな?」

「ええ、そうよ。でも戦術が凶悪。未来が調べてくれたわ」

 

 不安に駆られた小野の叫びを無視する二人の右に、再び襲ってくる黒球。二人が逃げるが、今度は破裂が少し早い。氷でできた無数の針が打ち出され、跳んでいる春花のふくらはぎに一本命中。薬使いは逃げた先の積み荷の上で、力任せに針を引き抜く。

小野が出血のアーチに身を竦めているが、今は負傷より情報共有を優先。

 

「飼珠は薬と術を発生させる小型忍法書を、球に封じ込めて使っているの」

「球一つ一つが忍法みたいなもんか。えらい手間と金がかかっとんな」

 

 日影が自分の傷を一瞥しながら続ける。

 

「おかしいのは飼珠さん自身の居場所や。置いてったと思ったら追いつかれてたり、前にいると思ったら後ろにいたり、わけわからんで」

「飼珠の秘伝動物がトンボだからよ」

 

 春花の答えを邪魔するかのように下界から球が現れる。準備していた春花は、跳躍と同時に球へ試験管を投げつけて氷の壁を発生させる。球から生まれた猛火は氷の壁を瞬く間に溶かしてしまったが、逃げる時間を稼ぐには十分だ。

次のコンテナに着地した日影が不思議そうに問う。

 

「トンボ?それがどないしたん?」

 

 未来が知らせてくれた恐るべき飼珠の戦術。その秘密は秘伝動物にあった。

 秘伝動物とは、優れた素質を持った忍がイメージし、具現化することができる動物や無機物あるいは空想上の生物などの総称である。個々の特性や血統が強く影響し、召喚される秘伝動物は千差万別。具現化の形態も、イメージそのままの姿として現れたり、エネルギー体や能力のみとして利用されたりと様々だ。その力を借りて独自の忍法や戦術を編み出していくことも、忍の強さを決める重要な一要素なのだ。

 

「トンボって、飛ぶのがとっても上手いのよ。急降下や急浮上はもちろん、速度の緩急や上下左右の反転に後退まで、自由自在にこなす上に長距離飛行も可能」

 

 目の前と左右に、説明を遮る三つの黒球が襲来。今は逃げの一手だ。

即座に後ろへステップしながら春花が試験管をコンテナに叩きつけ、前方向のみの爆発を起こす。黒球から飛び散る硫酸を防ぎつつ、後方に逃れた二人が別の積荷の上に着地。

 薬使いが未来の報告に分析を交えて解説する。

 

「飼珠の薬球は、そんなトンボの動きをしながら向かってくるのよ。まるで慣性や重力を無視するように飛びながら、しかもこっちの死角を突いて急襲してくるから、夜の闇も相まって避け辛いなんてもんじゃないわ」

「コンテナの影でアレが飛び回っとるんか」

 

 日影が積荷の谷間に視線を落とす。

飼珠は自身を危険にさらすことなく、秘伝動物の能力を最大限に発揮した飛び道具だけで、二人の抜忍を圧倒していた。未来の助けがなければ、混乱の中で二人ともやられていたかもしれない。

指党組で酷使されていたのも、この強力な戦術があれば納得できる。獣静は飼珠の人生を犠牲にして、卓越した忍を作り上げていた。

 蛇の目が薬使いへと戻され、難敵の対策を求める。

 

「飼珠さんの居場所がわからな、どうしようもないで。特にわしみたいに近づかな本領発揮できん奴は、成す術なしや」

 

 少女の言葉を裏付けんとするように、下界から黒球が浮上。しかも周囲五方向に一つずつ!

日影が跳躍体勢に移るが、水平方向への移動では被害を免れないと考えた春花は、右手で日影を抱き寄せ、同時に左手で五つの試験管を足元に投げつけつつ傀儡の腕に掴まる。

白衣で友を覆った薬使いの下で試験管が割れ、黒球を巻き込んで爆発。爆発寸前に急浮上した傀儡と、脚を畳んでジャンプした春花が爆風で加速する。

 

「どわああぁぁっ!?」

 

 小野が驚き叫ぶなか、上空に飛び上がった二人と一体が、眼下で雷と爆裂の嵐が猛威を振るっているのを確認。相手は今の攻撃で終わらせる気だったようだ。通常の跳躍では嵐に巻き込まれて死ぬか、深手を負っていただろう。

 カスタム傀儡が重量過多で上昇できなくなり、降下を開始。徐々に速度が加速し、春花がコンテナに激突する前に下僕から手を放す。衝撃を殺すように受け身をとった傀儡使いが白衣を開いて、保護していた友を解放した。

 日影が脱出させてくれた礼を言おうと振り返って、言葉に詰まる。

爆発で強引に脱出したために、春花の白衣は下半分が黒く焦げ付き、裾が焼け落ちて少し短くなってしまっている。下方からの爆風で焼かれたらしく、白衣の中では脛を覆うレッグウェアに大きな穴が開き、地肌は火傷と血に塗れていた。白衣の中を燃やさないために足を畳んで蓋をしたせいだ。

 痛みで苦しそうな顔をしている春花に、日影は気づかいの声をかけなかった。

負傷を承知の上での脱出だ。一刻を争う戦いの最中で、自分が春花のためにできることは少しでも早く飼珠を倒すこと。ならば・・・

 

「春花さん、わしはどないしたらええ」

 

 日影の考えを察した春花も無駄なことは言わない。お互いに心の中を知っている。

 

「わたしがあぶり出す。飼珠を見つけたら全力で走って」

 

 春花は言いつつ、グローブから取り出した強力な鎮痛剤注射二本のうち一つを日影に投げた。二人は手首に素早く注入し、注射器を捨てて行動を開始する。

薬使いは前方に向かって走り出した。後ろにはケガの様子を見て深刻な顔をしている小野を、片手で抱えた傀儡が続く。それをさらに日影が追い、三つの影がコンテナの上を渡っていく。

 前を走る春花の腕が白衣の内側に伸ばされ、両手指に大量の試験管を挟んで戻ってきた。苦痛に汗を流しながらも狡猾な笑みを浮かべた薬使いが小さく飛翔、色とりどりの試験管を空へと放る。

 

「秘伝忍法、Scatters Love!」

 

ほぼ同時に薬使いを抹殺しようと周囲から黒球が現れるが、追っていた背後の傀儡が大きなアームで主人の肩を素早く掴んで引き戻す。前方では三つの球が炸裂し、爆裂と閃光が発生。

一拍遅れて上空の試験管も破裂し、広範囲に毒々しい色の雨を降らせた。

 主を無理矢理回避させた下僕は勢いを殺さず、そのまま春花を後方へ投げ飛ばす。後ろを走っていた日影が、ほぼ水平に飛んできた春花を最小限の動きで避けて反転し、追いかける。

打ち出された春花の手には、すでに新たな試験管。勢いが弱まり、自分の足で走り出した春花の周りに再び薬球が浮上。白衣の忍は気にせず跳躍して、試験管を空に放り投げる。

球の術が発動する寸前、驚異的な速さで追いついていた日影が、春花の腰に腕を回して後方跳躍。傀儡の隣に着地した二人の前方では、電撃と氷結が空振りの処刑を行っていた。

その上空で軽い破裂音。春花の試験管がまたも毒の雨を生み出した。

 日影が何かに気付き、春花を放して右へ疾駆し始める。研ぎ澄まされた蛇の感覚が、毒の雨で緊急退避を余儀なくされた敵の居場所を突き止めたらしい。薬使いが傀儡に掴まれた小野の襟首を右手で掴んで奪い取り、ナイフ使いを追う。

 

「えっ!?ま、守ってくれるんですよねっ!?」

 

 傀儡から引き剥がされた中年男が不安を口に出すが、少女は気にも留めずに傀儡に向けて左手でいくつかの指示を送る。命じられた傀儡は速度を上げて主人の前に躍り出ると、機械の両腕を前方に掲げて気弾を生成し、連射し始めた。

乱れ撃ちされた小さめの気弾は、次々と日影の両側を通過したり、銅の谷間に着弾していく。

蛇の少女を狙うルートが前方と上方に限定されたため、薬球が上空から襲い来るが、見えている攻撃なら打ち落とせる。日影の手が振られ、投げナイフが黒球を両断。中に入っていた硫酸が降り注ぐも、彼女には遅すぎる。

コンテナを跳び渡ると、二つの球が前方から向かってきたので再び投げナイフで破壊。一度食らった火柱が発動するが、今度は横移動で難なく回避する。

 さらに走っていき、次のコンテナの端で地面へ飛び下りると、迷わず左に疾走。前方の物影から球が飛んでくるが、日影の動きに応じて援護を継続していたカスタム傀儡の気弾によって粉砕される。阻止された爆炎の横を通り抜け、さらに走る。

 

「見つけたで」

 

 蛇の目が捉えたのは黒衣の忍。コンテナの群れを抜けた先、波止場の奥で標的が立っていた。遠隔攻撃の突破を悟り、無駄撃ちをせずに少女たちの到着を待っている。日影の舌が唇を舐め、近接戦の予感が表情に獰猛さを加える。

 積荷の谷を抜けると、上を走っていた春花と傀儡が合流。小野は再び機械のアームに掴まれていた。

 

「逃げ回るのはおしまいかしら、飼珠」

 

 コンテナから降り立った春花が、好戦的な笑みを浮かべて黒衣の忍を見据える。

命長の制服なのか、色が黒であること以外は刺厳と同じ服装。しかし装備は剣ではなく、腰回りにいくつも提げている大きめの革でできた巾着袋。中には二人を苦しめた薬の忍法球が詰められているのだろう。

春花より少し低い程度の背丈のはずだが、胸が小さく線も細いためか小柄に見える。黒いフードとマスクで表情が隠れているものの、影の中で爛々と輝く橙色の瞳だけは確認できた。

 執念を感じさせる目が微笑むように歪む。

 

「あの戦いの中で遠くの足音を聞き分けて的確に追えるなんて、どういう聴覚してるのよ。しかも、命長の情報を買おうとしていたのが、まさか蛇女の春花とは」

 

 飼珠がかすれた老女のような声で答える。昼間に書類で見た清潔感と希望を感じさせる写真からは想像もできないような、しわがれた声だった。

 病でも患っているかのような声色が、憎しみを帯びる。

 

「お前のことを、いつか殺してやりたいと・・・そう思っていたのよ」

「知っているわ。でも、あなたはわたしのことをちっとも知らない。知っている気になっているだけよ」

 

 春花の返しに、飼珠がカラカラと笑う。

 

「調べたわよ。お前も私のように母の人形として生きていた。ただただ歪な愛を注がれて、自分というものを失ってしまった。そうでしょう?」

 

 光る目が鋭くなる。まるで春花を目で殺そうとしているかのようだった。

 

「お前は辛く悲しい過去を持ちながら、悪を助長する忍へと落ちぶれた。私がいくら願い、努力しても手に入れられなかった、素晴らしい才能を持っているのに!お前はそれを、人々を苦しめるために使ったんだ!」

 

 飼珠の全身から怒りが放たれる。

 

「なぜだ!なぜ苦しみを味わったお前が、世の敵になった!?」 

 

 少女の顔が曇る。善忍に歪んだ教育を施された女は、春花の過去を知ってもなお、憎み続けていた。いまだに獣静の束縛は飼珠を手放してはいない。

 

「あなたにはわからないわ。母親の呪縛から抜けられないあなたには」

 

 少女の言葉を、黒衣の忍が鼻で笑う。

 

「・・・お前こそ私のことを何も知らない。私は母の想いを乗り越えた」

 

 返された女の声には確固としたなにかがあったが、春花には言葉の意味がわからない。

 

「どういうこと?」

 

 橙の目が嘲笑う。

 

「お前には辿り着けない。愚かな悪には、死んでも理解できないでしょうね!」

 

 女の責めるような声が夜闇を切り裂いた。

 

                                      第五話へ続く



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第五話 Taboo

 敵はトンボの能力で春花と日影を圧倒した。飛び回る薬球をなんとか突破した二人を待ち受けていたのは、黒衣に身を包んだ飼珠の姿。
 薬使いの女は燃えるような橙の瞳で、悪の道に進んだ春花を責め立てる。似た過去を持ちながらも、分かたれた道を進む二人の想いが激突しようとしていた。


 糾弾の言葉を放った飼珠が、抜忍二人に向かって五つの忍法球を放つ。瞬時に反応した春花も試験管を放り、球より先に破裂。敵との間に分厚い氷の壁が生成され、破壊されつつも飼珠の五つの爆裂を減殺する。熱風で背を焦がしながらも、破壊された氷の下を二人の少女が駆けいき、近接戦闘の間合いに進入。

 接近戦では爆発や劇薬の飛沫は危険と判断し、飼珠も白兵戦に切り替える。

左前方から襲い来る日影が先制し、右手ナイフが横薙ぎに振るわれるが、身を屈めて避けられる。即座に翻った左からのナイフと、右から繰り出された春花の左回し蹴りを、女が手刀で受け止める。予測していた蛇の少女が、間を置かず左指に挟んだ三本のナイフを足元に投擲。

 回避不能と思われた刃はしかし、超反応した飼珠の前方宙返りによってコンクリに突き刺さるだけ。回転と同時に閃いた女の手が二人の手首と足首を捕え、巻き込んでいく。掴まれた少女たちは反射的に側転と横転で手足が捩じ切られるのを防ぐが、着地した飼珠の体は息もつかせず伸び上がって右回転。枝のような細身の忍に二人の少女が振られたかと思うや否や、即座に逆回転に変更される。慣性に置いて行かれた少女たちの体が飼珠の左右にさらされると、女は素早く小さな跳躍をしつつ細い両脚を水平に蹴り出した。

 腹部に神速の蹴りを受けた二人は、飼珠の手から放されて吹き飛んでいく。吹き飛びながらも、敵と後方で待機していた傀儡の間に、薬品とナイフを乱れ投げていく。飼珠に小野を殺されたら全てが終わる!

過剰とも思える弾幕に、さすがの飼珠も後退。遠隔球がある以上、逃げることもできないため、傀儡は腕をいっぱいに使って中年を覆い隠していた。守られている男は相変わらずの不安顔。

 

「な、なんとかしてくださいぃっ!」

 

 鋭い蹴技を受けた春花と日影は、裂けた腹部から血を流しながらも再度突撃。どれだけ負傷しようと、傀儡に攻撃を与える隙だけは作らせない!

挟み撃ちになった飼珠は目で笑みを示すと、左右に三つずつ黒球を射出。右の春花へ視界を覆う氷の針が襲撃し、左の日影を雷の嵐が阻む。

 春花は急停止しつつ試験管を地面に叩きつけて爆発を起こし、氷の群れを粉砕。足の止まった薬使いに背を向け、飼珠が電撃の中へ疾駆していく。雷は使い手の道を作るように空洞となり、出口の先で足止めされていた日影へと導く。

 電撃が消え失せ、二人は互いの間合いに入った。女が胴への右貫手を放ち、少女が半身になって回避。前に出た左手の三本ナイフが下から振られるが、黒衣の貫手が凄まじい速度で反応し、前腕に手刀が打ち込まれた。折れんばかりの激痛にナイフが指から零れ落ちるが、日影は続けて踏み込みと同時に右手のナイフを高速で突き出し、頭を狙いにいく。

少女がやったように飼珠も右半身になって躱すが、切っ先が遅れたフードの端を掠めて切り込みを入れた。隙を与えないように日影の右膝が蹴り出され、畳まれた女の左脚が防ぐ。

ナイフ使いの伸びた右上腕に、上へ瞬間移動していた薬使いの左手刀が急降下して直撃、傷口が広がり骨の軋む嫌な音が聞こえてくる。右腕にかまわず、ナイフを叩き落とされた少女の左拳が飼珠の左脇腹を強襲。先ほどと同じように右手刀が撃墜するが、黒衣の忍は失策に気付く。

 

「くそっ・・・!」

 

 迎撃された日影の左腕の下、飼珠の死角で密かに左足が動いており、蛇のように一瞬で飼珠の右足に絡みつく!

至近距離ならではの奇襲を成功させたナイフ使いは、前に体重をかけて女を押し倒し、密着状態に。致命の一撃を決めるために閃いた右のナイフが女の心臓に突き立てられる直前、敵の左掌底が刃の側面を押し込んで位置がずれる。薄い右胸に凶器が突き刺さり、飼珠が激痛に苦鳴を漏らした。

 心臓を仕留め損ねた日影の右手が、女の左手を押し切ろうとする前に黒衣の左脚が折られる。瞬間、少女の腹部に放たれた強烈な蹴りが、飼珠からナイフごと日影を引き剥がした。

蹴り飛ばされた蛇の少女が、敵の前方に落下。仰向けに倒れた状態から起き上がろうとする日影の腹からは、先の蹴りでできた裂傷が広がって大量の血が流れ出る。さらに両腕が神速の手刀によって腫れ上がり、赤と青の痣になっていた。

 一方の飼珠も右胸に深く突き立てられた一撃で深手を負い、傷口を抑える左手と右半身を赤く染めている。

 獣静が作り上げた忍は強烈な体術も兼ね備えていたが、元蛇女のトップ集団にいた少女は、二度同じ醜態をさらさない。

超反応超高速で繰り出される飼珠の打撃も、密着してしまえば大部分を封じられる。だから日影は攻撃を受ける前提で強引に相手を押し倒し、一撃に懸けた。結果は痛み分けだが、深手を負った飼珠の動きは鈍るだろう。ならば、感情のない日影の方に分がある。真に恐れと怯えを知らない彼女だからこそできた、捨て身の格闘であった。

 

「日影ちゃん!」

 

 駆け寄ってきた春花に助け起こされる日影の体がぐらつく。頭から血の気が引いていくような危険な感覚。

薬使いは即座に止血剤に鎮痛薬、造血剤に包帯などなどを総動員して手早く応急手当をしていく。その顔には珍しく焦りと不安が表れていた。

 

「・・・一手読み違えたわね。それに・・・予想よりも、限界が・・・」

 

 飼珠も荒くかすれた呼吸をしながら、傷の手当てを行う。そもそも重症なのだが、思っていた以上にダメージが大きいらしく、全身が小刻みに震えている。立っているのもやっとの状態だ。ただ、橙の瞳だけは変わらず執念の光を放っている。

 

「飼珠さん、体術までトンボやんな・・・?」

「ええそうよっ、あんな相手にナイフを突き刺せるのは日影ちゃんくらいよ!」

 

 苦しそうに息をする日影の言葉に、春花が精一杯の笑顔と称賛で答えつつ、治療を完了させていく。

競り勝った少女が言うように、飼珠は体術にまで秘伝動物の特性を取り入れていた。恐ろしい速さでトンボのように次々と軌道を変える手足が、急加速による強力な一撃を見舞う。日影のように体を張った罠をしかけなければ、二人がかりでも太刀打ちできないほど高速で自由自在な体術だった。

反面、人体の限界を超えた動きを強制するため、体にかなりの負担がかかるはずだ。飼珠の受けたダメージが通常より大きく見えるのは、そのためだろうか。

 手当てを終え、右胸に血の滲んだ包帯を巻いて三色になった女が、コンテナを背にゆらりと右足を前にして構えをとる。対する蛇の少女も友の治療で胴と腕が包帯塗れになっている。抜忍二人は戦いを終わらせるために、波止場の端で武器を持ちなおした。傀儡使いの視界右端では下僕がゆっくりと海側に退避していく。

 

「あなたの負けよ、飼珠」

「いいえ、私は負けない。まだ死ぬわけにはいかないのよ」

 

 降参を放棄した飼珠の言葉で忍たちが同時に突進を開始する直前、両者の間に銀の影が降ってきた。瞬時に警戒態勢となった三人の前に現れたのは、コンクリに右膝をついて着地した刺厳であった。

標的との決着がつこうとしているところへ割って入った監視役に、右から春花が叫ぶ。

 

「刺厳ッ!邪魔をするなと言ったはずよ!」

「約束をした覚えはない」

 

 落ち着き払った刺厳の右手が、背面中央に納まる剣の柄を握る。その動作で少女たちの警戒心がより高まった。やはり命長は抜忍二人も始末する腹づもりだったのか。しかし、屈んだ男越しに見える飼珠まで驚きと疑いの目を向けているのが気になる。

 

「その服・・・あなた、命長の忍?・・・見覚えがないわ」

「お前に見つからぬよう、行動していたからな」

 

 息も絶え絶えな女の問いに、銀の忍が低い声で答える。どうやら薬使いは闖入者を知らないらしい。敵か味方かを見極めるために、飼珠が問いを続ける。

 

「・・・援護に来た、というわけ?」

「結果的にはそうなる。お前を死なせはしない」

「なっ!?」

 

 思いもよらない刺厳の言葉に、春花の口から声が漏れた。

 

「どういう、こっちゃ。言うてること、滅茶苦茶やで」

 

 苦しそうに呼吸する日影も状況が掴めていない。飼珠抹殺の依頼元である命長所属の刺厳が、なぜ標的の援護にまわるのか。わけがわからない。わけがわからないが、自分たちは忍務を無かったことにされ、詰みかけている。命長を敵に回したら、待ち受けるのは死だけだ。

なにか一つでも間違えれば、二度と紅蓮隊の仲間たちに会えなくなってしまうかもしれない。最悪の事態を回避するために、飼珠に全てを暴露してでも活路を見出さなければ。

 

「わたしたちは命長の依頼で、禁忌薬を盗んだ飼珠の抹殺に動いていたのよ!?話が違うわ!」

「禁忌薬?」

 

 春花の言葉を聞いた刺厳が、疑問とともに飼珠へ目を向ける。女は驚愕の表情をしているが、当然だろう。飼珠は命長の指示で情報売買阻止のために動いていたわけで、薬品の奪取がバレていたことすら知らなかったのだ。

少女の打ち明けによって、女もまた一気に窮地に追い込まれる。そして、なぜか男は禁忌薬のことを知らないらしい。一体どういうことなのか。

 

「禁忌薬とは何だ、飼珠」

 

 凄みを含んだ刺厳の声に、飼珠がわずかに逡巡する。女は抜忍二人に劣勢な自分と、刺厳が禁忌薬ではなく自分を守るために現れた事実を考慮し、要らぬ疑念を生まぬためにも白状することを選んだ。

 

「・・・め、命長が秘密裏に開発していた・・・『永命魂』という薬品を、盗み出したのよ」

「エイメイコン?どういう薬品なのだ、それは」

 

 もはや厳戒態勢となっている飼珠の声は、苦痛と緊張で震えている。

 

「装備者の気力や体力、筋力・・・あらゆる生命力を吸い取る、忍具薬品よ。吸収ず、みの・・・この薬を使えば、瀕死の人間でも健全な、状態に復活できる」

「な、んだそれは」

 

 刺厳が禁忌薬の正体に驚く。春花も目を見開いていた。

気功や忍法、超自然的な力で他者の生命力を奪い去ることは可能だが、そこには並々ならぬ修練や天性の才、血脈による遺伝や特殊体質など、常人では会得できない絶対的な壁がある。まして、吸収した生命力を他の人間に移し替えるなど、超常現象に近い。

飼珠の盗んだ禁忌薬は、それを可能にした薬品だということだ。忍具ということは一般人には扱えない物だろうが、それでも生命力の吸収、貯蔵、付与を外部装置で行えるとなれば危険に過ぎる。一人の力を持った忍が手に入れるだけで、格下の人間から命を搾り取って生き続けることができてしまうのだ。場合によっては、永遠に生きる独裁者や民族浄化などの恐るべき事態を招きかねない。人の命に大きな格差を生む、忍どころか人類にとって禁忌レベルの代物だ。

 少女は密かに禁忌薬を我が物にできないかと企んでいたが、愚かな考えだったことに気づかされた。

 

「飼珠、それは一個人が利益を得るためだけに、対価として使っていい物ではないわ。命長に返還すべきよ」

「利益?対価?」

 

 飼珠は何がおかしいのか、体を震わせてクククと笑う。春花へと向けられた橙の瞳が示すのは嘲笑。

 

「やはり・・・やはり、お前は何もわかっていないじゃない。私は、お前のような・・・悪忍とは違う」

「何を言って・・・」

 

 少女の続く問いを遮るように、刺厳が推測の一端を述べる。声色にはわずかに動揺の色が混じっていた。

 

「獣静か・・・?」

 

 男の言葉に、飼珠が感心する。

 

「よく、わかったわね・・・調査済み、なのかしら?」

「予測しただけだ。指党組無き今、お前が自分以外のために命長を裏切るなら、唯一の肉親である獣静くらいにしか動機がない」

 

 春花の頭に浮かぶ疑問符は消えない。刺厳の予想はもっともに思えるが、飼珠が虐げられ仲違いした母親のために禁忌薬を持ち出す理由がない。それに指党組さえ立て直せなかった獣静が永命魂を手にしたところで、利用法は他の組織に売り飛ばすくらいのものだ。そんなことのために飼珠が命懸けになるはずがない。

 理解できない面持ちの少女を見て、女が蔑むようにかすれた声を上げる。

 

「おろ、か・・・愚かね、春花!人の心を失った・・・愚かな、悪忍!」

 

 飼珠の両手が頭へと動く。フードの奥では燃え上がる意志の炎。

 

「言葉でわからないなら、見るがいいっ!」

 

 女の手がフードを脱がせ、マスクを捨て去る。露わになった薬使いの素顔を目撃した全員が硬直。

そこには書類に載っていた影のある美人の面影はなかった。

艶やかで黒かったはずの髪は、真っ白な細い糸のように垂れさがり、ほとんどが抜け落ちて頭皮をさらしている。その下にあったであろう眉は消え失せ、落ち窪んだ目元や頬は薄い皮で覆われているのみ。

灰色の肌に若々しさは微塵も残っておらず、ひび割れたような皺と赤黒い斑点がそこかしこに見られる。辛うじて歯はそこまで減っていないようだが、口からは日影の刺突が原因なのか、血の滝が細い細い首へと跡を残していた。こんな状態で突き刺されたのなら、通常よりダメージが大きくなるのも当然だ。

飼珠は、まるで屍か骸骨のような風貌に変わり果て、ぜえぜえと苦しそうに白い息を吐く。一方で、信念と覚悟を宿す昏い眼窩の双眸だけは、残された命の輝きを放ち続けていた。

 女の素顔が意味することに、春花は信じられないといったように声を上げる。

 

「まさかあなた、自分に永命魂を使っているの!?」

 

 驚愕の言葉を聞いて、飼珠が骸骨の顔でニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「・・・獣静に、自らの命を捧げるというのか」

 

 刺厳が懸命に紡ぎ出した予想を口に出す。男に向けられた女の顔には助けを求めるような悲愴さが宿っていた。

 

「母は今、不治の病で・・・生死の境を、さまよっているのよ。私は、ただ、彼女を助けたいだけなの」

 

 春花の推測は間違っていた。

飼珠は自らが求める理想の生き方を実現させるために、禁忌薬を持ち出したのではない。死に逝かんとしている母を救いたいがために命を賭しているのだ。

だが、理解できない。哀れな女と同じように、母の歪んだ束縛に苦しめられたからこそ、わからない。なぜ憎き母を救おうというのか。なぜ人形の生を与えた愚か者に命を捧げるのか。

 

「なぜ・・・」

 

 春花の口からこぼれ出た困惑の声。母のために戦う女は、幽鬼の嘲笑を形作る。

 

「所詮、お前には辿り着けない。人の敵となった、お前には」

 

 悪忍を蔑む善忍の言葉に少女が惑わされる。過去を糾弾されているような、言い知れぬ恐れ。自分はどこかで誤ったとでもいうのか。母と決別した、あの選択は間違いだったとでもいうのか。飼珠の心が分からない。彼女と自分の、母への想いを違えたのは何なのか。善忍の責めへ返す言葉は見つからない。

 元善忍に飲み込まれそうになっている友を、日影が救い出そうと口を開く。

 

「関係あらへん。飼珠さんが獣静さんを助けたいなら、好きにしたらええ。ただ、わしらも好きにさせてもらうで」

「日影ちゃん・・・」

 

 感情のない宣言が春花の意識を胸中から引き戻す。しかし標的を見つめる傀儡使いの心を、断ち切ったはずの過去の呪縛と、飼珠の侮蔑は手放してはいない。

 蛇の少女は混乱の糸が絡まる春花の内心を察して、現実に向かって話を続ける。

 

「せやけど今、わしらはやるべきことがわからんようになってる」

 

 蛇目は飼珠から手前の刺厳へと移された。

 

「刺厳さん、あんたの目的は何や?禁忌薬のことを知らんのに、ただ飼珠さんを助けに来たっちゅうんは、さすがにおかしいやろ」

 

 問いを受けた刺厳の体が強張る。友の疑問で、春花も直面している危機に目を向けることができた。

日影の言う通り、命長から飼珠の救出だけを命じられたかのような刺厳の行動は不可解だ。命長が勝手に計画を変更して、飼珠の救護と抜忍の始末を命じたのなら、少女二人には飼珠を殺す理由がなくなる。

その上で、刺厳が飼珠を説得して永命魂を命長に返却するというなら、小野を捨てて脱兎のごとく逃げ去るだけだ。逆に刺厳が永命魂を悪用する意思を見せたなら、今度は彼を殺さなければならなくなる。

 飼珠の暴露で全員が当惑したが、重要なのは刺厳の思惑。命長の犬である、この男の行動で全てが決まる。つまるところ、いまだ誰も命長の手から逃れられていないのだ。

 

「・・・言ったはずだ。私は飼珠を死なせない。それだけだ。彼女の目的がどうであれ、それだけは譲らぬ」

「永命魂には興味がないと?」

「禁忌薬がどうなろうと構わぬ。だが・・・飼珠、お前はそれのために戦うのだな?」

 

 銀の忍が女へ問いかける。迎えたのは揺るがぬ想いを秘めた橙の瞳。

 

「母を救うためよ。ようやく溜まった二十日間の命・・・母の命を奪いに来るというなら、誰であろうと排除するまで」

 

 飼珠のか細い声には決死の覚悟がある。もはや彼女にとって、永命魂は母の命そのものなのだ。失われれば、獣静は定められたように死んでいくしかない。

 剣を握る刺厳の手に力が込められる。苦渋の決断をしたように、低い声とともに背の刃が抜かれていく。

 

「ならば、お前は獣静を救え。お前のことは、私が何としてでも救ってみせる」

 

 立ち上がり、右手で構えた剣は抜忍たちに向けられていた。

 

「永命魂を獣静に託すというの?」

「飼珠がそう望み、私も覚悟決めた」

「・・・なんでや」

 

 理由は分からないが、刺厳は飼珠と運命を共にすることを選んだ。少女二人は男の決断に疑問を感じながらも、戦闘の予感に身構える。命長から差し向けられた監視役となれば、自分たちと同等以上の実力を持っているはずだ。できることなら戦いたくはない。

 

「獣静に永命魂を渡すのは危険だわ。自己満足のためだけに、娘すら使い潰そうとする女よ?禁忌薬を悪用しない保証なんてない」

「知らぬ。飼珠は獣静を、私は飼珠を救いたいだけだ。永命魂奪取のために引かぬというなら、戦うのみ」

 

 ただならぬ覚悟を秘めた命長の忍たちに、春花が言い知れぬ恐怖を感じる。

 

「あなたたちを突き動かしているのは、いったい何なの・・・?」

「敗れゆく者に、知る必要などない。飼珠、お前は身を守ることだけを考えていろ」

 

 少女の問いを切り捨てて刺厳が向かってくる。永命魂を獣静に渡さないためには二人の敵を倒すしかない。

単なる報酬目当てだった忍務は、禁忌の流出と暴走を食い止めるための戦いとなった。

譲れぬ想いに煌く銀の剣が、揺れる春花の心に新たな試練を与えようと迫る。

 

                                      第六話へ続く



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第六話 Sword

 飼珠は格闘術にまでトンボの力を利用し、凄まじい体術で二人を吹き飛ばすも、日影が捨て身の戦法で深手を負わせることに成功。
 決着がつこうとしていたが、両者の間に割って入った刺厳が飼珠を救うと言い出した。そして守られる飼珠もまた、危篤状態の母・獣静を救うために禁忌薬を自らに使っていたのだった。
 悲壮な決意と覚悟を伴った忍たちを前に、春花の心が揺れ動く。


 並々ならぬ覚悟を携えて向かってくる刺厳に対し、より大怪我を負っている日影を庇った春花が前に出る。心は乱れていたが、生き残らなければ答えを見出すこともできなくなる。今はとにかく刺厳を倒すことに集中すべきだ。

 揺れ動く少女の心へ分け入るように、刺厳の細身の剣による刺突が突き出される。春花は最小限の動きで右に回避しつつ、返しの左手刀で男の左側頭部を襲う。銀の忍は瞬時に反応した左手で受け、軌道を横薙ぎに移した刃で反撃。

予想していた春花は後方宙返りで躱すと同時に左足で刺厳の下半身を狙っていく。男は縦回転の蹴りを右に避けるが、友の影に隠れるように迫っていた日影が毒ナイフの刺突で奇襲してきた。

 

「秘伝忍法、ぶっさし」

 

 目にも止まらぬ踏み込みとともに突き出された毒ナイフはしかし、急加速でさらに右へ移動した剣士を捉えることができなかった。

 

「ちっ!」

 

 避けた刺厳は既に右腰から二本目の剣を引き抜いて向かってきている。秘伝忍法発動後の隙を狙う男から守るように、春花が間に立って防御の構えをとる。

男の右手から繰り出された逆袈裟を右腕で逸らし、間を置かず襲ってきた左手による正面下からの切り上げを右の堅いハイヒールで踏み抑える。逸らされた右の剣は、翻って少女の首に向かってくるが、下から突き上げられた左手の拳で迎撃される。

 好機と見た春花の右手が正中線へ渾身の突きを放つ寸前、背後から胴に回された腕が強引に二人の距離を離す。ほんの一瞬遅れて春花の眼前を、迎え撃ったはずの剣が上から一刀両断の軌跡を描いていった。

友を刺厳から引き剥がした日影が、後退しつつ投げナイフを連続で放っていく。銀の忍は鮮やかな剣捌きで、すべてのナイフを軽々と弾いて見せた。距離をとった抜忍たちは、冷や汗を流して長身の男を眺める。

 

「あ、ありがとう、日影ちゃん。でもこれは・・・」

「そうや。刺厳さんは飼珠さんとおんなじや」

 

 速さに秀でる日影の必殺奇襲を躱した移動術、自由だった春花の右手よりも速い、迎撃されたはずの刃。それは紛れもなく、飼珠と同じトンボの急加速や急降下を利用した戦闘技術だった。日影が退避させなければ、今頃春花は縦に真っ二つだっただろう。

 

「嫌な予感がするで」

 

 蛇目に凝視されていた銀の忍に動き。背と腰に刺さる五本の剣が、金属の擦れる音を上げてゆっくりと引き抜かれていく。柄を持つ者はない。

抜き身となった剣は、ゆらりと切っ先を天に向けたかと思うと、一斉に少女たちの方へ倒れる。五振りの刃を従える刺厳は凄まじい威圧感を放っていた。

 

「飼珠が薬球なら、刺厳は剣・・・ね。トンボの力は命長が与えたものだったってことかしら」

 

 永命魂のような薬品を作り出せる命長なら、秘伝動物の力を授ける忍具を生み出していても驚かない。飼珠の方を一瞥すると、先ほど対峙した場所から動かず、苦しそうに胸を押さえている。彼女が参戦してこないのが救いだ。

予想以上の強敵だった刺厳を前に、春花が後方に待機しているカスタム傀儡を指で呼ぶ。こうなっては、小野の安全なんてどうでもいい。二千万も手に入るか怪しいので二の次だ。とにかく全力で生き残らなければならない。

 

「行くぞ」

 

 傀儡が辿り着く前に、刺厳が五つの剣を放ちつつ疾駆。薬品を投げつけたいところだが、剣は薬球とは違って試験管を一方的に破壊できる。高速飛行する剣は薬品攻撃を躱して接近してくるだろう。無駄に武器を消費して隙を作るくらいなら、素直に白兵戦で対応する方がマシだ。

 使い手より先に抜忍たちの間合いに入った飛行剣が、上下左右正面から襲い来る。

左からの二つを日影のナイフが弾き、右の二つを春花の掌が打ち払う。正面からの刺突を躱した二人の足元で四本の刃が縦横に荒ぶるが、抜忍たちは後方跳躍で回避。追ってきた一振りを、空中で春花が蹴り飛ばす。

 

「待ってたわ。期待してるわよ」

 

 着地した主のもとへ、小野を見捨てた下僕が到着。一瞬振り返ると、中年は大慌てでコンテナの間へと逃げていくところだった。飼珠にも刺厳にも彼を殺す理由はないし、必要としていない。死ぬはずだった戦いから脱出できて羨ましい限りだ。

 

「やるではないか」

 

 二人と一体になった抜忍に向かって飛行剣が再び向かってくる。今度は刺厳も一緒だ。

 

「死んじゃ駄目よ、日影ちゃん!」

「春花さんも気ぃつけや」

 

 お互いを奮い立たせて剣士へと駆ける。五本の刃が描く軌道は、先手と反撃を許さない下からの抉るような刺突。体を仰け反らせて回避した二人へと、本体である刺厳が斬り込んでくる。

 

 春花の胴へ向かう内側への左薙ぎは、叩き落とそうとした少女の右掌底の前で斜め上に急上昇して頭を狙う。防御を指示されていた傀儡が守るように金属の腕を間に差し入れるが、今度は剣が急降下。美しい太ももの横でほぼ直角に軌道を急変させる。

傀儡の防御を読まれていると予測していた春花は、反射的に後ろへステップした。細身の剣を避けきれず、太ももに赤い線の切れ込みが入る。

 

 春花へ向かうと同時に日影を狙ってきていた右の剣。上から打ち下ろされた斬撃を、二人の距離を離すためのものだと察した日影は、躱さずにナイフに手を当てて受け止めた。細い体格から連想されるよりも重い一撃に、飼珠に殴られた腕が激痛を発する。

防がれた刃は即座に右へ移動し、瞬時に斜め下へと軌道を変えて少女の脇腹へと振られる。両腕を防御に使わされた時点で、がら空きの胴から下を狙われるとわかっていた日影は、軽く後ろに下がりつつ左足を蹴り上げる。柔軟な体に沿って、ほぼ垂直に放たれた蹴りが刺厳の剣を打ち上げ、勢いを利用したバック転で距離をとる。

 

 後ろへ下がった二人に、背後から五本の刃が急襲。反応したカスタム傀儡が、二人との間に滑り込んで腕を広げる。少女たちの背中でプロペラのように高速回転して、剣を弾いた。ファインプレーだ。左右で別々の人間が動かしているかのごとき卓越した剣術に、二人だけでは手一杯で飛行剣を防げなかった。

 前からは刺厳が再び迫ってくる。二人の分散を図る中央付近への両刺突に、左右への回避を余儀なくされた抜忍たちが互いの距離を広げてしまう。

 刺厳が選んだ各個撃破の第一対象は春花。向かってきた剣士に対して、少女が下僕を連れて後退していく。五本の剣は、まるで独立した生き物のように日影へと飛翔していった。

刺厳の判断は正解だ。彼の得意とする接近戦においては、負傷していても春花より日影の方がうわて。さらに先の飛行剣との戦い方を見る限りでは、なぜか二人はあの手の攻撃に慣れているらしく、五本だけでは足止めはできても止めを刺せないし、春花に飛行剣を放っても傀儡は自由になってしまう。

ならば、刺厳にとって面倒な日影を封じつつ、早々に春花を制してしまった方がいい。日影と傀儡の組み合わせより、春花と傀儡を相手にした方が戦いやすいのだ。それに使い手である彼女を倒せば、自動的に傀儡も機能を停止するだろう。そして、残った日影との一対一なら刺厳に軍配が上がる。

 春花も剣士の思惑と、自身の圧倒的不利に気付いていた。実質二対一とはいえ、刺厳の反応速度についていけない傀儡では大きな戦力にならない。中距離での薬品攻撃をしかけたいところだが、トンボの能力を持つ相手からは逃げきれないだろう。薬使いはこの恐るべき剣士に、接近戦で勝たなければならなくなった。

 

「日影ちゃんに死ぬなって言っておいて自分は死ぬだなんて、許さないわよ春花」

 

 自身に言い聞かせるようにつぶやいた春花は、薬品と傀儡の気弾を刺厳に向かって乱れ撃つ。銀の忍は驚くべき速度で爆裂やガス、氷結に気弾、そのすべての直撃を避けて少女に近づいてきた。

春花は大勝負に出る覚悟を決めつつ、前にカスタム傀儡を配置して両腕による連打を指令する。刺厳の細身の剣二本では、頑丈な機械の破壊は困難。連続パンチを躱して本体への接近を試みた剣士は、傀儡と重なるように投げられていた試験管に気付き、急速後退。

 下僕の背に当たった試験管が割れ、爆発を起こす。刺厳の前が黒煙で満たされ、中の様子がうかがえない。

 

「傀儡ごと爆破するとは・・・しかしこれで春花を残すのみ」

 

 煙が薄まるのを油断なく待っていると、正面に揺らぎ。黒煙を破り、白衣を大きく広げた春花が猛進してきた。あまりにも恐れ知らずな突撃に、男は違和感を感じつつ少女へ剣を振るう。

前で交差された腕が開かれ、バツ印を描くように斬撃が放たれる。傀儡使いは過剰なほどの低姿勢で躱し、蛇のように剣士の脚へ飛びかかる。思いもよらない戦法にもトンボの脚が超反応し、回避不可能の蹴りを繰り出す。鎌となった爪先が春花に迫るが、必中の攻撃はギリギリのところで空を切った。

 

「っ!?」

 

 急加速した足の先端が少女の頭を粉砕する寸前、飛びかかったはずの彼女の体が引き戻されたのだ。足元の傀儡使いを注視していた刺厳の視界上部に影。地を這うカスタム傀儡が黒革のベルトを掴んでいる。ベルトの先には足枷をはめた春花の右足首。隠し持っていたSM道具を自身に装着して、緊急回避に使ったのだ。黒煙の中からの突進も、広がった白衣も、足元への無謀な攻撃も、拘束具に気付かせないための奇策。

 瞬間的に謀られたことに気づいた刺厳だが、接近され過ぎていて既に攻撃に転じている春花を迎え撃てない。

 

「おおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 勇ましい雄叫びとともに傀儡使いの強烈な左アッパーが炸裂!大男でも吹き飛び気絶する一撃を顎に受けた剣士は、一歩退いただけで耐えきった。さすがに一瞬動きを止めてしまった刺厳へ、春花が抱きしめるように組みつき、相手の脚に自身の長い脚を蛇のように絡めて拘束する。火傷が激痛を催すが、気にしている場合ではない。

 巨乳の少女に密着され脚まで絡められるなど、状況が状況なら喜ぶべきところだが、刺厳は気が気ではない。近接戦闘の間合いを保つために、拳の一撃を耐えたのがまずかった!

剣を翻して春花を背から突き刺そうとするが、向かってきていた傀儡が主人の背後に張り付き、長い腕を滅茶苦茶に振るって邪魔をする。主の爆薬をモロに受けたというのに、傷一つない。堅固過ぎる下僕だった。

 日影からヒントを得て傀儡で強化した戦術に、剣士が見事に封じられてしまっている。正攻法で勝てないと悟っていた春花は、一か八か接近される前に奇をてらった独自戦法で賭けに出て、見事に罠にはめたのだ。

薬使いが刺厳の胸で勝利を確信する。男の首元へ回された少女の右手には、鋼鉄の針を備える猛毒の注射器が握られていた。終わりだ!

 致死毒が注入される寸前、春花の右腕に激痛が走り、握っていた注射器が吹き飛んでいく。

 

「春花さんっ!」

 

 遠く右から聞こえる日影の声に視線を向けると、小柄な影が視界を遮る。橙の燃え盛る瞳、飼珠だった。

この土壇場で女が刺厳の助太刀に駆けつけたのを知って、春花が大急ぎで男から離れようとする。いくらなんでもこの二人を相手に単独で勝利することなど不可能だ。

刺厳の胸を腕で突き放しつつ上体を逸らして後退。背後から襲ってきていた二本の刃を間一髪で躱す。右の飼珠へ攻撃の隙を与えないために、カスタム傀儡がパンチを乱れ撃つも、華麗に避けてきた飼珠が少女の背後に回り込む。挟まれた!

 前からは白刃が迫り、背後からは女の貫手が突き出される。至近距離で回避も防御も間に合わない絶体絶命の瞬間、傀儡の下を潜った日影が、春花へ高速の低空体当たりをしてきた。

右腰に鋭い衝撃を受けた傀儡使いが、突っ込んできた蛇目の少女ごと左へと飛ばされていく。二本の剣は春花の首を捉えきれず、女の貫手が体を貫くこともなかった。

 転がっていく抜忍たちが受け身をとりつつ、即座に立ち上がる。傀儡も慌てて主人たちを追ってきていた。

 

「今日、は、助けられて・・・ばっかり、ね」

「飼珠、さん、見つけられたんは、春花さんの・・・おかげや。おあいこやで」

 

 激痛に苦しみながら、波止場に端に立つ二人はお互いの状況を確認する。

日影は春花の死を阻むために、飛行剣を無理矢理突破してきたらしく、体中に斬撃が刻まれ血まみれになっていた。

助けられた春花も、飼珠と刺厳の攻撃から完全に逃れられていたわけではなく、首の右側と右脇腹にできた痛々しい裂傷から鮮血があふれ出ている。致命の一撃を阻止された右手も赤と青に腫れ上がっていた。

二人はすぐに救急道具を取り出して、危険な部位だけに素早く応急処置を施していく。手当てをしながらも、目は敵へと向けられていた。

 

「飼珠!無理をするな!」

 

 少女たちの正面には、大量に吐血している飼珠を支える刺厳の姿。やはり女の体はとっくに限界を超えていたらしい。あんな状態で抜忍二人を相手に体術で圧倒し、日影に痛み分けをさせたのが信じられない。

 心配する男へと顔を上げた薬使いは、善忍の言葉を口にする。

 

「たす、けなければ・・・あなたが、死んでいた・・・。わたしを、助けて・・・くれた、あなたに、一切報い、ずに・・・逝かせるなんて、できない」

 

 それは仁義を重んじる善忍の思考だった。先ほど出会ったばかりの刺厳に報いるため、危険を承知で彼を救いに走ったのだ。歪んだ獣静に育てられた娘は、罪を犯した現在でも、道義を守る善の忍であろうとしていた。

 飼珠の体が痙攣しつつも構えをとる。双眸の輝きは、まだ弱まっていない。

断固たる意志を示す女の隣で、刺厳もまた決然たる覇気をまとって剣を持ちなおす。周りでは五振りの刃が攻撃の時を待っていた。

 春花と日影も戦闘態勢に入り、肩を上下させながら命長の忍と対峙する。横目でお互いを一瞥し、戦術を確認。友の考えは自分と同じだ。飼珠が乱入してきたのなら、勝機はある。この交戦で決める!

 

                                      第七話へ続く



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第七話 Duty

 飼珠を守る刺厳もまた、トンボの力で飛行剣を操る卓越した忍であった。一対一の接近戦を強いられた春花は一か八かの賭けに出て、なんとか勝ち目を見出す。
しかし絶体絶命の刺厳を、命を削り取られた飼珠が助け出した。
恐ろしいまでに悲しく燃え上がる仁義を前に、それでも少女たちは戦い、勝利するしかない。


 抜忍と命長の忍が動いたのはほぼ同時。接近戦に長ける日影ではなく、春花が単騎で向かってきたことに奇策を予感し、刺厳が放っていた剣を呼び戻して、自身と飼珠の周りで乱舞させる。少女たちの思惑通りだ。剣士は何よりも守るべきもののために動く。

 傀儡使いの後方では、下僕が大きな右手で日影の足を掴んでいた。

 

「思いっきり頼むで」

 

 頷いたカスタム傀儡が振りかぶり、蛇の少女を天空へと投擲する。上空からの攻撃を迎え撃つために剣を空へ放とうとした刺厳を制止して、飼珠が黒球を日影へ向かって出動させる。

読んでいた春花は、ナイフ使いと敵たちの間へありったけの薬品を投げ込む。双方の薬品で暴威の嵐となった上方へ向けて、飼珠が薬球を増やす。破裂した忍法球は分厚い氷壁を生み出し、爆裂や毒の雨を防ぐ傘となる。氷が嵐で破壊される前に、刺厳が薬使いを抱えて前方へ脱出した。

 向かってきた剣士に対して急停止した春花は、空へ放とうとしていた試験管を二人に投げつける。試験管はあっという間に五本の剣で破壊され、色の濃い酸とガスを撒き散らすが、神速の忍は難なく回避。飛行剣と黒球が同時に射出され、毒霧の向こうで笑みを浮かべる春花を抹殺しようとする。

 

「いけないっ!」

 

 飼珠のかすれた叫びに刺厳も気づく。春花の背後から傀儡の姿が消えている!

防御のためにトンボの武器を回収する二人の耳に、空気を割く鋭い音が飛び込んできた。

 

「ちぃっ!」

 

 剣士が瞬時に頭上へ飛行剣を展開。降り注いできたナイフの雨を懸命に斬り捌く。晴れようとしていた嵐の先、空高くに多くのナイフで幾重もの円が描かれていた。中央で足を傀儡に掴まれて宙吊りになった日影が、体を捩じらせ舌を出す。

 

「秘伝忍法、ぶっかけ」

 

 空中から打ち出された大量の毒ナイフは、命長の忍たちの周囲にも怒涛の刺突となって降り注ぎ、飼珠の飛翔球を封じる。

友の作ってくれたチャンスに、春花がとっておきの一本を取り出して敵へと投擲した。完全な連携を基に放たれているナイフの群れは、投げられた試験管にかすりもしない。命長の忍たちがいる中央へと、春花の薬が進入していく。

 

「くっ・・・!」

 

 飼珠は刺厳の腕から離れてコンテナ方面へ黒球を投擲。乱舞する剣の下で球が爆発し、剣士を庇うように立った女を巻き込んでナイフを散らす。飼珠は背を焼かれながらも力を振り絞り、男を球と同じ方向へ放り投げた。爆発で生まれた黒煙の中へと剣士を逃がしたのだ。間を置かず、コンクリに落下した春花の試験管が割れる音。

破裂点から濃緑の波動が様々な色と混じりあいながら拡大し、女を飲み込んでいく。

 

「秘伝忍法、The World is mine !」

 

 薬品により生まれたドーム型の閉鎖空間内では、幻惑や焦熱、麻痺に氷結など、心身を蝕む薬効が獲物を蹂躙する。捕らわれた者は辛苦を味わわされ、何もできずに消耗していくしかない。春花の作りだした世界から逃れる術はないのだ。

一切の抵抗を許さない女王の地獄に苛まれる罪人は、凄まじい執念で耐えきろうとしていた。両腕で痙攣する体を抱きしめ、口から血を流しながら歯を食いしばる。世界を作り出した創造主たる春花が、虜囚である飼珠の姿を見て慄いた。何がこの女を支えているというのか。

しかし必死に抗っていた女も、ついに混濁の世界で膝をついて倒れ伏した。女の敗北を確認した春花が発動を終了させ、特殊空間が力を失って霧散していく。

 ほぼ同時に日影も秘伝忍法を解除し、ナイフの群れが途切れた。

 

「飼珠ッ!!」

 

 障害の消失を確認した刺厳が飛行剣を周囲に集めつつ、薄くなっていた黒煙から飛び出して飼珠のもとへと駆け寄る。握っていた剣を収めて片膝をついた男の両腕が、飼珠の頭を支えて仰向けに抱える。女の姿を見た剣士の顔には絶望。

灰色の肌と制服は焼け爛れ、凍り付き、切り裂かれていた。あれだけ力強い光を灯していた目が虚ろになり、弱々しく開いた口が苦しそうに息をする。

 

「飼珠っ!飼珠ッ!死ぬな、飼珠ッ!!」

 

 悲愴な声を上げて応急処置をしようとした刺厳の右手に、痙攣する飼珠の赤い手が添えられる。弾かれたように女の顔を見た剣士へ、薬使いは力なく微笑んで見せた。

 

「もう・・・助からないわ・・・・・・ごめん、なさい・・・あなた、を・・・守ろうとしたのに、あなたの・・・心に・・・・・・報いるこ、とが、できなかった・・・」

「そんなっ・・・違う、私は・・・!」

 

 震える声で悔やむ刺厳の右手と、五本の飛行剣が閃く。抜かれた刃の向く先、彼の右に下僕を連れた春花と日影が立っていた。暗い海際で剣士が叫ぶ。

 

「飼珠は死なせんッ!死なせてなるものかッッ!」

 

 激しい怒りと悲しみが入り混じった声には、全てを悟っている諦めの影があった。それでも受け入れがたい現実に抗う剣士へと、春花の口が宣告する。

 

「終わったのよ、刺厳。これ以上あなたが傷つくことを、飼珠も望んでいない」

 

 憐れむような哀しむような少女の声に、戦う理由を失った男の手がゆっくりと下ろされていく。死闘の終結を告げるかのように、コンクリへ落ちた六本の剣が金属の音を上げる。

 刺厳は飼珠を救おうとしたがために、救えなかった。

命長の二人が得意とする縦横無尽の飛び道具と近接戦闘は、女を死守しようとする刺厳の防御戦法で発揮しきれなかったのだ。無論それは、抜忍二人が誘導した結果でもある。

命長の忍たちは、すでに春花と日影が捨て身の奇策で接近戦を挑むに足る、覚悟と能力を持っていると身をもって理解していた。だからこそ、飼珠に一撃たりとも受けさせたくなかった刺厳は、春花の単騎突撃を迎え撃たずに防御にまわった。

しかし実際の春花は、日影が作り出すナイフ包囲網を完成させるための囮であり補助。詰めの一手を担っているだけだった。動きを封じた後にどちらか一方だけでも倒せれば、勝利は彼女たちへと大きく傾く。奇策を弄さずとも、非情な戦術で追い詰めることができたのだ。

仮に刺厳が強行突破を図るか、飼珠に少しでも余力が残っていれば、結果は違っていたかもしれない。

 

「・・・春花」

 

 瀕死の飼珠が小さな声を勝者へと投げかける。

 

「お、まえは・・・つよい・・・。実に、惜しい・・・な・・・」

 

 悪を責める言葉に、少女は立ち向かっていく。彼女の心では、まだ決着がついていない。

 

「教えて、飼珠。わたしにはわからない。なぜ獣静のためにここまで・・・」

 

 問いを迎えたのは蔑みの笑み。

 

「ひ、ととして・・・の、仁義よ・・・」

 

 当然のことだ、とでも言いたげだった。女にとっては春花の不可解が、理解できない。

 

「あ、たり前、でしょう・・・?この世で・・・唯一、の、母親・・・なのよ?じ、ぶんを、生み・・・育、ててくれた・・・。どんな、形であれ・・・ね」

 

 飼珠の目が虚空を見つめる。その顔に点々と雫が落ちてきた。暗雲が降らせる雨はすぐに量を増し、シトシトと港の空気を冷やしていく。

 刺厳が服の内側から防寒布を取り出し、瀕死の薬使いを包む。大量の血が黄土色の布を真っ赤に染め上げた。

優しい抱擁に目を細めながら、枯れ果てた唇が言葉を紡ぐ。

 

「私は・・・気づい、た。人、形としての・・・自分から、解放され・・・た・・・日々の、中で」

 

 懐かしむように飼珠の口が零していく。

 

「よ、うやく・・・人にな、れた・・・気が、した・・・。人として・・・仁義、に、報いな・・・ければ、と・・・気づいた、のよ・・・」

 

 思い出から帰ってきた女の目が春花へ向けられる。雨に濡れる少女は、理不尽に見舞われたような面持ちで迎えた。

 

「違う・・・獣静は、あなたが苦心するような、価値ある人間じゃない」

 

 春花の心が震える。

飼珠は自分と同じような境遇を経験しながらも、元凶である母親を捨て去らなかった。すべての不条理を受け入れ、生をもたらしてくれたことへ報いようとしたのだ。たとえそれが、操り人形としての生であっても。

獣静に反発し、真に人として生き始めた飼珠が手に入れた仁義。それが再び獣静へと彼女を導いた。今度は確固とした、慈愛の意志を持って。

 それは少女にとって理解しがたい感情と思考だった。今、自らの愚かな母が死のうとしていると知ったら、永命魂を命懸けで奪い去ろうとするだろうか。自分を人形として可愛がっていただけの、あの女を救おうとするだろうか。

・・・答えは否だとわかりきっていた。

 

「善と・・・悪の、差・・・・・・人と・・・心を、捨てた者の、差ね・・・」

 

 死にゆく飼珠の言葉が、春花を惑わす。蛇女時代に乗り越えたはずの罪悪感が、大きく膨れ上がってくる。生き方を選ぶ余地もなく、ただただ死に物狂いで生きてきた自分の心は、そこまで悪に染まりきっていたというのか。忍としてではなく、人として。心を許した者たちに対しては、良き人間であろうとしていた自分が確かにいたはずなのに。仲間と喜び、笑い、切磋琢磨してきた過去にまで、悪が染み渡っていく・・・そんな感覚に、春花は恐れを抱いた。

 

「わしらは確かに悪やった」

 

 唯一平静な日影が、揺れ動く友の代わりに立ち向かう。

 

「せやけど、今はちゃう。抜忍として、新しい生き方に必死になっとる。やっと自分たちだけの生き方を探し始めたとこなんや」

 

 蛇の少女が言い放ったのを聞いて、飼珠が何かに気付いたように和らいでいく。

 

「・・・ああ、同じ、なのね・・・あなたた、ちは・・・まだ、これから・・・」

 

 春花も日影の言葉で少し救われる。今はまだ、飼珠の想いに辿り着けていないだけなのかもしれない。母や善悪の呪縛から放たれ、ようやく仲間と自分たちだけの生を生き始めたところなのだ。

 柔らかな女の顔が刺厳へと向けられる。

 

「・・・刺、厳・・・さん」

 

 呼ばれた刺厳は、飼珠の声色が微妙に変化しているのに気づき、息を止める。男を見上げる橙の瞳は、全てを察していた。

剣士が恐る恐る答える。

 

「知って、いたのか・・・?」

「途、中から・・・なんと、なく・・・そうなんじゃないか、って・・・罪を犯し・・・た、私を・・・守、ろうと、する・・・人なん、て・・・他に、いない、もの・・・」

 

 飼珠の傷だらけの顔が、嬉しそうに微笑む。枯れた喉から出た声は、愛する者への感謝を含んでいた。

 

「お、父・・・さん・・・」

 

 春花が驚きに目を見開く。隣の日影もピクッと体を揺らせた。

言葉を受けた刺厳が、急いでフードとマスクを取り払う。

現れたのは書類で見た飼珠とよく似た、ツリ気味の目と橙の瞳。どこか影のある短い黒髪の壮年だった。痩せた頬の下では、頑固そうな口が一筋の血を流している。

歴戦の手練れを思わせる険しい面持ちが、今は悲しみと後悔で歪んでいた。

 

「あぁ・・・お父さん・・・最期に、会えてよかった・・・」

「飼珠っ・・・すまない、すまなかったっ!飼珠・・・!」

 

 刺厳が飼珠の手を優しく握る。父は何かに気づいた顔をして手を見つめ、娘は希望に縋るような眼差しを向け、一滴の涙を流す。流れ出た親愛の雫は、血に混じって紅となった。

 飼珠は父親の名と顔を知らなかったらしい。刺厳が一方的に彼女を守ろうとしたわけ、二人の秘伝動物が同じ理由もわかった。そして、獣静は女手一つで、好き勝手に娘を教育したということになる。

 親子の再会を呆然と見つめていた春花の脳裏にある予想が浮かぶ。

 

「・・・刺厳、あなたも命長を裏切ったということ?」

 

 刺厳が飼珠を救うために独断で行動していたとしたら、命長の依頼に変更はなかったことになる。図らずも小野が生き延びているため、少女たちの忍務は女の死で完遂される。

しかし目の前の壮年は、ただでは済まないだろう。それでは飼珠の死が無意味になってしまう。

 問われた剣士が春花へ顔を向ける。

 

「それは・・・」

 

 答えようとした刺厳の目が驚愕に見開かれる。一瞬遅れて、抜忍二人も気づいた。

突如、海から大量の水が恐るべき速度と音を伴って、押し寄せてきたのだ!各々が防御や退避を試みるが、全てが手遅れ。激流に吹き飛び、押し流されていく忍たち。

 春花と日影はコンテナに背を打ち付けられて停止する。体中が訴えるケガの痛みに耐えていると、不意に水流が弱まった。水が周囲に広がっていき、港を隙間なく濡らしていく。コンクリに手足をついて、荒い呼吸を整えながら辺りを確認すると、どうやら自分たちのところへだけ鉄砲水が発生したようだ。ありえない。

 

「ひ、かげ、ゴホッ!ちゃん、大丈夫!?」

「心配、あらへんっ、げほ!」

 

 口に入り込んできた水を吐きながら、お互いの安否を確認。二人とも手当てした傷口が、何か所も開きかけている。カスタム傀儡だけはピンピンしていた。さらに警戒していると、春花のすぐ左から叫び。

 

「飼珠ッ!しっかりしろ!!」

 

 隣の積荷前で、刺厳が飼珠を抱えて呼びかけている。水浸しになった女の服が乱れ、赤い胸元が露わになっている。

激痛に耐えて駆け寄った抜忍たちは、飼珠の容態を確認して絶句する。

 開け放たれた服の中、左胸にあるはずの乳房が消失しており、ぽっかりと赤黒い内部をさらしていた。まるで収められていた拳大の何かが取り払われたようだった。橙の目は閉じられてしまい、口がわずかに呼吸しているだけ。

 血が滝のように流れ出る傷口を、傀儡使いが全力で手当てし始める。

 

「春花っ!?」

「何も言わないで!」

 

 治療しながらも、春花には自分がなぜ処置をしているのかわかっていなかった。飼珠の仁義に触れたから?刺厳を憐れんだから?理由はわからない。飼珠はすでに助からない。それでも少女の中の何かが、あまりに儚い女の生を少しでも伸ばすように突き動かしていた。

 

「あれれ?なんで助けるの?春花ちゃん」

 

 海の方から突然ふざけた声が発せられる。治療をしていた春花、見守っていた刺厳と日影、全員の動きが止まる。低くくぐもったその声に聞き覚えがあった。

三人の顔が振り向くと、波止場の端に丸い影が出現していた。はち切れそうなスーツに身を包み、愚鈍な顔をニヤつかせている、醜悪な容姿。

 

「小、野・・・!?」

「あーそれは偽名なんで、カッコイイ忍命『保流』の方で呼んでね♪」

 

 小野だった男が、雨の中で『ホリュウ』と名乗る。

全員が混乱に飲まれる中、保流の右手にある赤黒い物体の正体を察して、刺厳が怒りを放つ。

 

「貴様、永命魂回収が目的かッ!」

「ご名答~」

 

 顔の横に掲げられた楕円形のソレは血のように赤く、ぶよぶよとした表面が規則的に脈打つ。表面からは細い管のようなものがいくつも伸び、先からは飼珠のものと思われる血が滴っていた。内部では鼓動に合わせて赤い光が明滅する。

飼珠が死を覚悟して盗み出し、命を賭して獣静へおくろうとしていた禁忌薬は、狡猾な中年男に奪われていた。

 

「なんや、命長は裏切りモンばっかやな」

「それは違うよ、日影ちゃん」

 

 日影の感想に、保流が笑顔で解説を述べる。

 

「だって僕は元命長だけど、今はフリーの悪忍だもん」

「なん、ですって・・・!?」

 

 小野は無能な一般人に成りすました忍だった。しかも命長の手先ですらなかったのだ。春花と刺厳の体を、怖気が通り抜けていく。思わず顔を見合わせた二人は、後悔と自責の念を確認し合った。

保流が命長の忍ではなかったということは、飼珠の暗殺依頼自体も偽りだったということになる。当然、報酬の件も大嘘。刺厳が命懸けで娘を守ろうとしたことも、保流が招いた不幸だった。少女たちが戦う必要も、飼珠を殺す理由も、本当はなかったのだ。

 春花の胸中で小野、いや保流への怒りが再燃する。今度は苛立ちなどでは収まらない、利用され愚弄されたことに対しての本気の憤怒だ。

 

「お前は初めから永命魂目当てで、わたしたちに飼珠を殺させたのね」

「そういうことだね。いやしかし、嘘の話だったのに命長の監視役がやってきたのにはびっくりした。ねぇ~?指党組の残党君?」

 

 保流が刺厳へおちょくるように話を向ける。剣士の顔は激怒と悔恨を表していた。

 

「・・・私も元命長だ。貴様を謀るつもりだったが、全て知っていたのか。貴様が命長からの依頼で飼珠の暗殺を目論んでいると聞いて、阻止するためにここへ来たというのに・・・!」

「それって・・・!」

 

 春花の閃きを遮るように、保流が大きく笑う。低く下卑た笑い声は、聞く者を不愉快にさせる。

 

「じゃあ僕を命長側の人間だと思ってたんだ!バカだねぇ~!情報を買うなら信用できる筋から買わなくちゃ」

 

 刺厳は挑発には乗らない。彼も真相を欲していた。

 

「私は三日ほど前に暗殺計画を知り、先手を打とうとした。だが探せど探せど、貴様を見つけることはできなかった。一体何者なのだ」

「ただのフリーの悪忍だって。ま、見つけられなかったのも無理ないけど」

 

 言いつつ、左手の親指で後ろに広がる暗い海を指す。

 

「僕は海に隠れられるからね」

 

 刺厳と春花が苦い顔になる。先ほどの鉄砲水は保流の忍法なのだろう。水を操る忍なら、一定期間を海中で過ごすことができてもおかしくない。さらに言えば、海への逃走が可能ということだ。余裕を見せてベラベラと話しているのも、逃げ切る自信があるからだろう。実際、海中へ潜っていく相手に、抜忍たちと刺厳は打つ手がなかった。保流は戦場まで抜かりなく設定してきていたのだ。

 しかし希望は捨てない。時間を稼いで真相と隙を探る。

 

「紅蓮隊に偽の依頼をしてきたワケは?わたしと日影ちゃんを指名した理由はなに?」

「紅蓮隊が一番若くて小さい組織だったからだよ。春花ちゃんと日影ちゃんを選んだのは情報屋の推薦と、僕との相性を考慮した結果だ。本当は未来ちゃんに会いたかったんだけど、貫通力と速度の高い銃撃はちょっとキツイ。あ、春花ちゃんと日影ちゃんへの好意はリップサービスだからね?」

 

 春花が奥歯を噛み締める。悔しいが、中年の言う通りだ。先の鉄砲水や滝のような壁を作られれば、春花の薬品や日影のナイフは激流を突破できない。傀儡は水の中を進めるが、単体では打ち負かされてしまうだろう。細身の剣を使う刺厳も、激しい水圧には成す術がない。

もし紅蓮隊仲間で灼熱の刀を使う焔や、大剣で貫く詠、そして未来の誰か一人でもいれば、保流に難なく対抗できた。こちらからすれば、相性が悪すぎる相手だ。

 

「どないせいっちゅーねん」

 

 日影も手詰まりの認識。やはり依頼の電話がかかってきた段階で断るべきだった。電話口の女性は変声機か機械音声、もしくは小金で雇った無関係な人間だったのだろう。書類もこの男が作った偽物。無能と無知な演技は、命長への追求と計画の露見を阻むため。唯一本物だったのは、元指党組である刺厳の情報だけだ。それも、自らの目的のために報告したに過ぎない。保流は刺厳が元命長であることも知っていたのに隠していたのだから。

 雨の中で丸い男が右手の禁忌を眺める。

 

「これがあれば、命長なんて潰してやれる。僕を使い捨てにした無能な企業を」

「どうせ逆恨みでしょ。小物ね」

 

 春花の言葉に、保流が真顔になる。

 

「僕が、小物だと?」

「ええ、小物よ。図体が無駄に大きいだけで、器も胆も小さい使えない豚。だから命長に切り捨てられたんでしょうね。当然よ」

「やめろ」

 

 侮辱された男が低い声を出すが、少女の口は止まらない。

 

「いい年して女の子なんかにビビっちゃって。命懸けで奪いに来れない忍なんて無価値よね。忍失格。それどころか男としても最底辺。まず容姿が最悪。それに汗臭いし汚らしい。養豚場の豚さんたちの方が清潔なんじゃないかしら?・・・ということは、豚としても最下層ってわけね。まったくおいしそうには見えないから食肉にも適さないし、捨てるしかないわ。って、もう命長に捨てられてたわね」

「黙れえェッ!!」

 

 耐えかねた保流が左手から高速の水鉄砲を放つ。飛翔した水の弾丸は、頭を左へ傾けた春花の背後、コンテナに当たって飛び散った。

 

「短気も嫌われる一要素なの知ってる?」

「ぼ、僕を怒らせて戦闘に引き込もうたって、そうはいかないぞ」

 

 思惑は見抜かれていた。海際から離せれば勝てる可能性はあるのだが、相手も目的達成を間近にして必死なのだ。

心を落ち着かせるために深呼吸した保流が、醜い笑みを浮かべて宣言する。

 

「じゃあな、クソども。負け犬がいくら吠えようと、勝負に勝ったのは僕なんだ!」

 

                                      第八話へ続く



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第八話 Reward

 飼珠は倒された。守るべきもののために敗れた女の仁義の言葉に、春花は惑う。あまりに哀れで悲しく、それでいて気高く恐ろしい善忍の意志が、少女には理解できないのだ。
 そんな複雑な胸中を押し流すように登場したのは、小野を騙っていた悪忍・保流であった。
偽りの忍務で殺し合いを強要された忍たちが憤るが、永命魂を手にして逃げる算段を整えた卑劣漢を止めることができない。
 果たして永命魂と、飼珠や春花の想いの行方は・・・


 逃走するため、後ろに振り返った保流が驚愕に固まる。男を見つめていたコンテナ前の忍たちも呆気にとられた。

保流のすぐ後ろに紺色の人影が現れていたのだ。誰一人察知できなかった命長の制服を着た人物は、一瞬の隙を突いて中年の右手から永命魂を掠め取った。

不測の事態に、時間が止まったかのように固まっていた忍たちが動き出す。

 

「命長っ、てめえええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!?」

 

 左手で禁忌薬を奪った影へと、保流が水の弾丸を打ち出すよりも早く、紺色の右拳が丸い腹に打ち込まれる。強烈な一撃で肥満体が吹き飛び、転がってきた。

既に駆けだしていた春花と日影、そして刺厳が武器を携えて保流に迫る。先ほどまで命の取り合いをしていた剣士も、考えは少女たちと同じだ。

紺色の忍が何者かは分からないが、命長関係者で保流の敵なら後回しでかまわない。目標は打倒保流。この悪忍だけは絶対に許せない。親子と抜忍たちを騙し、殺し合わせ、禁忌を悪用しようとしている邪悪な男だけは絶対に倒す。

 走ってくる三人の前で、意外にも軽やかに起き上がった中年男が、両腕を前に突き出す。

 

「秘伝忍法!バーストバブルッ!」

「ださっ!」

 

 好戦的な笑みを浮かべて罵った春花たちの前に、術者と同じ大きさの水球が出現。術の展開を予測した刺厳が進み出て、七本の剣を操る。

 

「秘伝忍法、輪翔っ!」

 

 壮年の前で円状に並んだ七本の刃が超高速回転。剣の盾が弾けた大玉の鉄砲水を切り裂き、押し込んでいく。

 

「やるやん」

 

 刺厳の背後から二手に分かれた少女たちは、鉄砲水の向こうにいる保流へ向かっていく。二人の動きを察知した水遁使いが忍法を解き、向かって右の日影側に横転して逃げていく。一瞬遅れて、中年のいた場所を斬撃の円盤が猛スピードで駆け抜けていき、コンクリに風の刃が爪痕を刻む。

 

「焔ちゃんとは違った強さね」

「・・・なるほど、飛行剣を捌けるのも道理だ」

 

 薬品を選別し、試験管を次々と捨てていきながら、右へ走った春花が感心する。紅蓮隊の噂を思い出した刺厳は納得の表情。紅蓮隊リーダーの焔も七本の刃を使う強者なのだ。お互いの笑みを見た二人は、日影と保流に向かって走る。

 海際へ退避してきた丸い男は、転がりながら大きめの水鉄砲を連射。日影が投げるナイフを的確に撃ち落としてくる上、少女自身をも狙い撃ってくる。

風体に似合わず正確な速射をしてくる保流から、日影が後方跳躍して逃げていく。少女の顔は曇っていた。飼珠たちとの戦いで消耗し、強引に斬り込んでいくことができない。接近する前に一発でも受けたら、戦闘不能になってしまうだろう。

 日影を追い払った保流が周囲を見回して、永命魂のありかを確認する。

 

「ふっざけんなよっ!?」

 

 叫んだ中年が見たのは、海際を走って向かってくる春花と刺厳。そして、その奥で佇む紺色の命長と赤い点滅。激怒した保流が仕方なく二人へと突進を開始。体の右で両手に水を溜めつつ距離を詰めてくる。海側の刺厳は呼び戻した剣を前方へ展開。剣の盾はいつでも発動可能だ。並走する春花も試験管を後方へ捨てつつ、傀儡の腕を変形させてチェーンソーと火炎放射器を出現させる。

 二人の迎撃態勢を見た保流の顔には気持ちの悪い笑み。肥満男は立ち止まりながら両手を左、海へと動かした。溜めていた水球が夜の海に投げ入れられ、音を立てる。

少女と壮年は嫌な予感に急停止して警戒体勢。

 

「海からの攻撃か?」

 

 つぶやいた刺厳の足元が破裂。水の刃が剣士の左肩を切り裂いた。超反応で腕の切断は免れたが、傷口は深い。

堰を切ったように二人の足元に次々と亀裂が生まれ、水が噴出。二人は必死に海際から離れ、術の効果範囲から逃れていくが、体のあちこちに裂傷ができてしまっていた。

 

「秘伝忍法、ウォーターブレードだ。水辺だと、こういう芸当だってできるんだよ?」

 

 得意げな保流の顔が再び歪む。永命魂を奪った人影が、またしても二人の奥に移動している。

 

「いい加減にしやがれえええぇぇぇぇっ!!」

 

 怒号とともに向かってくる中年男を前に、海際をこちらへ高速移動している日影を確認した春花が、刺厳と合わせた目を空へ上げる。剣士は戸惑いながらも少女の策を感じ取り、飛行剣とともに垂直に跳躍。上空で七本の刃が地上に向けられる。

 対地攻撃だと考えた保流は、回避のために後方へ右手を向け、大量の水を噴射して加速。同時に前にいる春花へ左掌を掲げると、人頭大の水球が作られる。

 

「どけババアアアアァァァァァァッ!!」

「死ねロリコン」

 

 静かな怒りを吐き出した春花は、下僕とともに前進を選んだ。反抗してきた傀儡使いへと、水使いの球が打ち出される。すぐに破裂し怒濤となって襲ってきた水遁に対し、前に出たカスタム傀儡が変形した腕をコンクリに突き刺す。

春花は杭となった下僕に掴まり、激流を何とかやり過ごそうとする。身を貫くような鋭い鉄砲水に傷口を広げられるが、手を放すわけにはいかない。もがきたくなるような激痛に耐えていると、流れに乗った保流が右脇を進んでいくのが見えた。

すぐさま傀儡が手を引っこ抜き、流される少女の右手が肥満男の襟首を捕える。

 

「ぐぶっ!?」

 

 突然絞められた首の苦しさに呼応して、水遁が少し弱まる。訪れた好機に、今度は春花の頑丈なヒールが地面を踏み割り、火傷を負う脛半ばまでを杭とした。

弱まっていく水の中で反撃に転じようとした保流だったが、視界に現れたのは襲来してきていたカスタム傀儡。後ろに引かれた右腕のチェーンソーが、水流に乗せて一気に突き出される。

肥満男の丸い腹に回転する刃が刺さり、内側に着込まれていた防具の繊維が絡みついて停止する。より勢いが減った水遁の中で、激痛のあまり大きな体を震わせる悪忍。下僕の刺突を確認した春花の右手が襟首から放され、左手が傀儡へと伸ばされる。細長い指で火炎放射器の先端を掴んだ少女は、気合の入った大声で叫んだ。

 

「っらああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 空へと振られる細い左腕。掴まれた傀儡が肥満男ごと持ち上げられ、空中に血の線とともに大きな弧を描く。半円の終点では、春花の試験管を拾い集めた日影の姿があった。保流の落下点を見極めた蛇の少女が薬品をバラ撒いていく。

チェーンソーの刺さった中年男がコンクリに叩きつけられる寸前、全速力で疾駆した日影が、春花に飛びかかって傀儡から引き剥がす。

転がっていく二人の背後では轟音。保流に押しつぶされた多くの薬品が雷と爆裂を発動させ、凄まじい閃光と猛火を生む。加えて残されたカスタム傀儡が、炎の中でダメ押しの電撃と火炎を放っていた。雨に濡れた悪忍を電流が駆け巡り、業火が焼いていく。

 近接戦闘や薬品の投擲が通じにくいなら、水遁を掻き消すほどの大火力に放り込んでしまえばいい。丁度雨も降っていたので、威力が増大する電撃も追加だ。春花は戦いが始まってからすぐに、爆薬と放電の薬品を選別して捨てていった。あとはどうやって罠にかけるかだったが、命長の忍がサポートするように立ち回ってくれたおかげで、保流に接近できた。日影は作戦を理解してくれていたが、刺厳は気づいていなかったので、上空へ逃がすとともに陽動役になってもらった。

 

「・・・春花さんだけは敵に回したくないで、ほんま」

 

 薬品で生み出された嵐を見つめて、蛇の少女がしみじみとつぶやく。あの暴虐の中では、耐久力に優れた水遁使いといえどただでは済まない。死ぬか瀕死の重傷だ。

二人の視線の先に、重なる飛行剣に乗った刺厳が空から降り立つ。刃を収めつつ頭を向けてきた剣士は苦笑していた。おそらく日影と同じことを考えているのだろう。

 壮年に得意げな笑みを返した春花が何かに気づく。すぐに刺厳も振り返り、オーバーヒートして落下している傀儡の向こうに、業火の端からよろめきながら出てきた人影を見つけた。火だるまになった保流が大量の蒸気を上げながら、海へ向かって歩いていく。

 

「逃がさん」

 

 燃えながらも鎮火しようとしている悪忍へ、手練れの剣士が背の一振りを抜きながら駆けていく。もはや勝負は決した。一撃で仕留める!

炎に包まれる保流が刺厳に向けて、水鉄砲を発射。この期に及んで忍法を発動できる中年男に驚きつつ壮年が避けるが、水弾の飛翔していった方向に気づき、反転。

 

「飼珠っ!」

 

 弾丸の行き先には、横たわる娘の姿があった。刺厳が最大速力で水弾を追いかけようとした時、過ぎ去った水球が破裂。発生した激流は、飼珠ではなく父親の方へ放たれた。

意表を突かれた剣士は、飛行剣で防御する間もなく吹き飛ばされていく。

 

「刺厳!」

 

 助けに飛び出そうとした春花と日影の視界左端で素早い何かが動いた。

 押し流された刺厳に、待ち受けていた保流が炎の体で背中側から組みつく。

 

「お゛ま゛え゛さ゛え゛、い゛な゛け゛れ゛は゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 灼熱となった悪忍が自慢の体重でのしかかり、細身の剣士を押し潰す。道連れの覚悟を伴った保流の重い重い体は、刺厳では押し返せない。剣も振るえず、ただ懸命に耐えるので精一杯だ。悪忍の煉獄が剣士の身を焼いて力を奪っていく。過酷な加重と焦熱で、呼吸と意識が消えかけようとしていた。

 

「すまぬ・・・飼珠っ・・・」

 

 娘が救ってくれた命を父が諦めかけた時、保流の体に真っ赤な何かが衝突してきた。高速でぶつかったそれは、勢いを止めずに大男を剣士から引き剥がす。

全身を焼かれた刺厳が振り返ると、血塗れの飼珠が火だるまを海の方へ押しやっていた。瀕死の体をガクガクと痙攣させながらも、トンボの推進力で巨体に挑む。悪忍も最後の力を振り絞って踏ん張るが、より死に近いはずの女を食い止められない。

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っっ!!」

 

 叫ぶ保流に焼かれながらも、飼珠が薬袋から黒球を飛翔させる。力なく浮遊する忍法球を従えた薬使いは、海際で父へと振り返った。命を吸い取られた死の顔。それでも飼珠が満ち足りたような、哀しむような表情を見せたのがわかった。父を救えたことへの安堵感と、母を救えなかったことへの無念さを湛えた薬使いが、悪忍とともに海へと体を投げ出す。

 

「飼珠ううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!!!」

 

 コンクリに這う父の目の前で、娘の姿が波止場の外へと消えていき、着水の音が続く。次の瞬間、大きな爆発音と大量の水しぶきが上がった。飼珠の薬品が発動したのだ。

空へ舞い上がった海水は雨に混じって豪雨のように降り注ぎ、血で赤みがかった水と大小の肉片を港に散らしていく。次々と聞こえてくる誘爆の音を、忍たちはただただ呆けたように聞いていた。

 飼珠の死を示すように、次第に聞こえなくなっていく爆発音。血と肉の雨が降り止んでいく中、四つん這いで呆然としていた刺厳の前に黒い物が落ちる。それは飼珠の薬袋であった。父親は袋へ這い寄り、娘の形見を抱きしめて号泣する。その身を犠牲にして自分を助けてくれた飼珠を、救うことができなかった後悔と絶望の涙。

刺厳に歩み寄った少女たちは、立ち尽くして見守ることしかできなかった。娘に致命傷を与えたのは自分たちなのだ。

 やりきれない気持ちに唇を噛む春花の後方から、軽薄な印象を与える女の声が投げられる。

 

「あー・・・感動のクライマックスを迎えてるとこ悪いんだけど、そのままエンドロールに行かないでよ?」

 

 抜忍たちが振り返ると、命長の忍がコンテナの前で永命魂を握っていた。死せる飼珠の命を保管した禁忌忍具は、忍の右手で活発に脈打っている。

 永命魂を持つ女を、春花の翡翠の瞳が警戒の色を宿して観察する。

自分より少し高い背の忍は、親子と同じ命長の制服に身を包んでおり、目元は暗闇で確認できない。親子と違うのは、紺色を基調としている点と押し上げられた胸元、そして武器らしき装備が見当たらないところだ。だが丸腰とはいえ、全員に気づかれず現れた隠密技術、直立のまま右拳一発で巨体の保流を吹き飛ばした剛腕、戦場を自在に移動した機動力などから、相当な実力者だとわかっている。

 

「お前は・・・何のためにここへ来た」

 

 身構えていた少女たちが、背後からの声に驚く。顔を向けると、悲しみと無念の影をまとった剣士が立ち上がっていた。火傷にまみれた父親は、すでに娘の形見をしまいこんで剣の柄に手をかけている。刺厳に永命魂は不要だが、飼珠が守ろうとした物を悪用するならば、容赦なく切り捨てるつもりなのだ。

しかし刺厳どころか負傷した三人で挑んでも、無傷の強者相手では勝ち目が薄い。戦闘はあまりに分の悪い賭けだ。

 

「ちょちょ、やめてよオジサン。あたしは命長の指令で永命魂の回収に来ただけだってば」

「・・・ようやく本物の命長がお出ましかいな」

 

 左手を振ってわざとらしく慌てる女の言葉に、日影が呆れたようにこぼした。紺色の忍はマスクに手をかけつつ、ほくそ笑むような声で返す。

 

「すまないね、日影君。あたしも命長の専属忍ってわけじゃないんだ。雇われのフリーランスさ」

 

 言いながらマスクを外した女の目元は暗いまま。いや、暗いのではなく大きめのサングラスをかけていたのだ。現れた艶々とした朱色の唇はニヤニヤと笑みを作っており、顔の端からは制服と同じ色のミディアムヘアーが垣間見える。

 その紺色の髪を見て、日影は気付いた。

 

「あんた・・・昼間のカフェにおった店員さんやないか」

「よくわかったね、せーかい~!変装してたから結構印象違うでしょ?」

 

 紺色の女がナイフ使いを指差しておどける。反対に春花の胸中では怒りと疑問が湧いてきていた。

 

「いろいろ聞きたいことと言いたいことがあるけど、その前に名乗るくらいはしたらどうかしら?」

 

 敵意のこもった少女の言葉に、全く動じない女は「そーだなー」と口に出して悩み始める。完全にバカにしている。

 

「よし!最近お気に入りの『花田』でいこう!うん、あたしの名前はハナダだよ!」

 

 ふざけた名乗りに怒りを押し殺しつつ、春花が刺厳に目を向ける。壮年は小さく首を横に振り、未知の忍であることを示した。

 傀儡使いが花田へ追及の矛先を突きつける前に、フリーの忍が先手を取ってくる。

 

「怒るのも無理はないし、疑問もあるだろうけど、あたしに言われても正直困る。てなわけで、黒幕さんとお話してちょうだいな」

「黒幕?」

 

 春花の声を無視して、花田が懐から取り出した折り畳み式の三脚を組み立てていく。雨の中に置かれた三脚の上には携帯用プロジェクターが設置され、取り出されたタブレット端末へと慣れた手つきで接続されていく。

あっという間に上映の準備が整い、花田が三人を手招きする。

 

「ささ、皆々様方もっと近くへ」

 

 顔を見合わせた傷だらけの忍たちは、警戒心を保ちながらも苦痛を堪えて向かっていく。気に食わない相手だが、保流戦のサポートといい、永命魂を手にしているのに逃走していないことといい、どうやら敵というわけではないらしい。何より、彼女の言った「黒幕」が気になる。

 花田は少し距離を置いて集まった忍たちへ「最近のは便利だよね。防水とかもバッチリでさ」などと無駄話を挟みつつ、タブレットを操作する。

 

「これでよし。お互いの顔を見て会話できるようにしといたから、あとは何でもお好きにどうぞ」

 

 花田の手袋に包まれた指が液晶に触れ、黒幕を出現させた。

 

                                      第九話へ続く



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第九話 Disclosure

 永命魂を奪った花田の手助けにより、保流を倒すことができた春花たち。しかし飼珠は刺厳を救うために命を投げ出してしまった。
 喪失感と後悔に包まれる忍たちを、花田がコンテナ前へと導く。黒幕との対峙の時だ。


 女がタブレットへ仕上げのタップをすると、プロジェクターがコンテナの側面に大画面映像を映し出す。現れたのは真っ白な背景と、真っ白なスーツを来た老人の口元。胸の下あたりからは机だろうか、同じく真っ白な四角形で隠されている。

 白い白い人物の映像に戸惑う三人へと、老人がにこやかに話し始めた。

 

「諸君、このたびは誠によく働いてくれた。君たちの頑張りは、人々の豊かな生へと繋がっていくことだろう」

 

 幾星霜を経た大樹のような口から発せられたのは、深い深い知性を感じさせる老君の声色。しかし言葉が意味する身勝手さを理解した春花たちは、老人の邪悪さに気づいていた。

 

「あなたは、命長の人間ね?」

「いかにも。そこにいる花田を雇った人間だ。便宜上『命長』と名乗っておこう」

 

 春花は命長のことがとことん気に入らない。自身は危険から遠く離れた場所で、忍たちが命懸けで争っているのを眺めていただけなのだ。しかも自社の忍を作戦に動員することもなく。

花田に永命魂を回収させるだけ。それだけで勝者になれた。

 ・・・いや、そうではない。命長の策略はさらに老獪なものだったはずだ。傀儡使いは、黒幕に推測をぶつけにいく。ここまで虚仮にされて、黙っているわけにはいかない。

 

「花田を雇っただけではないでしょう。刺厳や保流のことも計算ずくだった。違うかしら?」

 

 春花の反撃に、命長の笑みが深くなる。

 

「さすがに頭が切れる。君の推理を聞かせてくれたまえ」

 

 少女の戦いが始まった。無表情な日影と負の感情で満たされてしまっている刺厳にも伝わるよう、ゆっくりと話し出す。

 

「飼珠に薬品を盗まれた命長は、すぐに彼女を殺さず永命魂が満たされる二十日間を待つことにした。飼珠の生命力を吸い尽くしてから殺すために」

 

 刺厳が静かな怒りに打ち震える。死の運命を先延ばしにされ、要らぬ苦しみを味わわされた飼珠。しかし、彼女の不幸はそれだけではなかった。

 春花も憤然たる想いで続ける。

 

「さらに命長は、飼珠の自己処理を嫌った。自社に恨みを持つ保流の始末を兼ねて、禁忌薬奪取の情報を漏らしたのでしょう?刺厳へ保流の暗殺計画を伝えたのも、あなたの指示では?」

「なん、だと・・・」

 

 少女の推測に、刺厳が衝撃を受ける。一方の命長は笑みを湛えたままだったが、攻撃は緩めない。

 

「禁忌に関する情報だというのに外部、しかも個人である保流に漏洩していた。そして保流に伝わった後、刺厳へ情報が渡るなんて都合が良過ぎる。さらに言えば、二人が元命長の忍だったってことも偶然では片付けられない」

「確かに。保流への情報漏洩と刺厳への情報提供を、花田に指示したのは私だ」

 

 肯定の言葉を聞いて、刺厳が憤怒の視線を花田へと向ける。紺の女は舌を出して応じた。

 

「貴様、あの時は金髪だったはず」

「ごめんね。だって保流戦で気づかれたら、キレちゃってたでしょ?」

「カフェにいたもう一人もグルかいな。気づくわけないわ、そんなん」

 

 日影がカフェで花田と談笑していた金髪の女性店員を思い出す。保流に情報を流したのが命長なら、偽装商談の場に雇われの忍たちが居合わせていたのも、計画のうちだったのだろう。抜忍たちはあの時すでに、命長の監視下にあった。

 

「わたしたちは初めから刺厳と協力して、保流をギリギリで倒すように仕向けられていた。結果、花田は負傷した忍たちの隙を見て永命魂を取り戻し、わたしたち三人より優位に立った」

 

 春花は説明しながら心底不愉快になる。自分と日影が選ばれたのは命長が推薦したせいでもあるのだ。他の仲間たちでは、保流をあっさり倒してしまいかねない。できる限り苦戦させ、花田に刃向かわせないための人選だった。実際に選んだのは保流だったが、完璧に誘導された上での選択だ。

自分たちは初めから今の今まで、命長の操り糸で動かされていたに過ぎない。

 

「よくもこんな屈辱的な計画に参加させてくれたわね」

「そんなに怒らないでくれ。焔紅蓮隊の力を買ったのだよ」

「嘘ばかり。弱小組織なら、万が一計画が狂っても封じ込めることができるからでしょう?本当に性根が腐ってるわね」

 

 少女の罵倒に、命長が童女の遊びを見ているかのように軽く笑う。

 

「君を選んだのは、もっと重要な意味があるし、推理も浅い」

 

 狡猾な弧を描く口から、真実が告げられていく。

 

「そもそも飼珠の窃盗自体が仕向けられたものだったのだ」

「なっ・・・!?」

 

 春花と刺厳が驚愕に目を見開く。その様子を楽しむように、皺の刻まれた唇が言葉を紡いでいく。

 

「飼珠が人づてに獣静の病を知り、助ける方法を模索していると報告を受けたので、永命魂の開発に関わらせた。もっとも、飼珠に持ち出させたのは試作品の一つに過ぎなかったのだがな」

「貴様ッ!飼珠を禁忌に近づけさせたというのか!貴様のせいで飼珠はッ・・・!!」

 

 激昂する刺厳に対し、命長は落ち着き払った調子で切り返す。

 

「永命魂を盗んだのは、あくまで飼珠の意志だ。私を責めるのは筋違いというもの。そして刺厳、君には私を責める資格があるのか?」

 

 反論された刺厳が体を震わせて押し黙る。父である彼が娘を救えなかったのは事実だ。

 春花の中では憎悪にも似た感情が渦巻いていた。確かに禁忌薬を持ち出したのは飼珠の意志だが、命長は完全な計算の上で永命魂に関わらせた。そんなものに近づかなければ、飼珠は獣静の死に悲しむことはあっても、仁義の忍として強く生き続けられたはずだ。

もはや戦場にいた全員が、命長の人形として踊らされていたことになっていた。

 憎しみに心を燃え上がらせながら、一方で浮かんできた恐ろしい推測を声に出す。

 

「まさか・・・飼珠に盗ませたのは、試作品の性能テストだったとでも言うの?」

 

 問いを聞いた老君は満足げに微笑む。

 

「薬使いなだけはある。よくわかっているな」

 

 肯定された春花と、唾棄すべき事実を知った刺厳の怒りが膨れ上がる。飼珠の悲壮な仁義は、実験に利用されていたのだ。

 

「禁忌薬の試験には様々な制約があるのだ。実際に効能を試すまでに何年、何十年もの審査期間を必要とする。それを無視し、命を懸けて使ってくれる者がいるというのなら・・・ある意味とても喜ばしいことなのだよ」

「そんなことの、そんなことのために飼珠は命を懸けたのではないッ!貴様には人の心がないのかッ!!」

 

 刺厳の激しい糾弾。しかし命長は小鳥のさえずりでも聞くかのように平然としている。

 

「君には悪いが、我々は一人の命で人類が大いなる進歩を遂げるのなら、喜んで差し出す。罪悪感や倫理などは全く問題にならない」

 

 雨中に映し出された老人の中で、なにかが変わっていた。英知を蓄えた宣告者のごとき声が、忍たちへと響き渡る。

 

「保流は永命魂の吸収効果を劇的に短縮する術を見つけ出し、飼珠はたった二十日間でそれを証明してみせた。男は邪なる志のために打ち捨てられ、女は正しすぎる心のために散っていった」

 

 それは大きな使命感に突き動かされる者の宣言。言葉は呪縛となり、忍たちに絡まっていく。

 

「しかし、二人の忍は偉大なる功績を我らに残してくれた!試作品は本体たる私の糧となり、人類は命の束縛からまた一歩解き放たれるであろう!」

 

 命長が両腕を上へ伸ばし、天を仰ぐ。

 

「数々の時代で失われていった栄誉ある忍たちの死を見届け、私は葬列の先で彼らの生とともにどこまでも歩いて行こうではないか!我が身を永遠の地獄に投じようとも、一個の装置と成り果てようとも・・・人々の末永き幸福のためならば!」

 

 映像の前で忍たちは気圧されていた。命長はただの事業家でもなければ策略家でもなかった。白い白い老君の放った言葉通りならば・・・

 

「あなたが本当の永命魂なら・・・どれだけの時間を生きているの・・・?」

 

 春花が恐る恐る口に出す。天から戻ってきた命長の笑みは賢者のように思えた。この男はすでに人間の枠を超えている。

 

「もはや私自身には時が流れておらぬ。全てが静止した空間の中、死を渇望しながらも死を許さない。そんな地獄で、私は生きることへの変わらぬ使命感と喜びを糧に存在し続ける。ただ移り行くのは空の色のみ」

「な・・・ぜ、そんなことを・・・」

 

 刺厳が雰囲気に飲まれまいとして必死に抵抗する。しかし怒りと憎しみは大きく削がれてしまっていた。人の心がないと糾弾した相手は、すでに人類の領域から逸脱しているのだ。

 

「我が未知の生は様々な発見と可能性を生み出す。この罪深き身から、人々の助けとなる薬品や忍具が生まれているのだ。一人が犠牲になり、人類の幸福に繋がるのなら、私は躊躇いなく全てを捧げよう」

 

 永遠の生を与えられた命長は、飼珠の命がもたらした成果を糧に、実験体としてさらに生き続けるだろう。それを喜んで引き受けていることに、春花は飼珠に相対した時と似た恐怖を感じていた。彼らが命を捧げる崇高な動機に、理解が追いつかない。

 恐れを抱く少女の心を見抜いたように、老君が言葉を投げかけてくる。

 

「春花よ。私が君を選んだのには、保流との相性以上の意味がある」

 

 心を揺さぶるような賢者の声に、春花が無意識に一歩後退る。

 

「君は非常に賢く、優れた薬使いだ。長き時を生きてきた私が出会い失ってきた、類稀なる人々の列に並ぶ者だ。君が我々に力を貸してくれれば、君自身と人々に幸福を与える大きな大きな助けになるだろう」

「わた、しに・・・命長に来いと・・・?」

「優秀な君なら、素晴らしい成果を挙げ、相応しい報酬を手に入れられるに違いない。友人たちを養って余りある幸福を得られる。保流の提示した二千万など比較にならぬほどだ」

 

 誘われた少女の心がわずかに揺れ動く。自分が命長に行けば、愛する人たちを幸せにできるのだ。今の窮状から救い出せるのだ。

その時、ようやく少しわかったような気がした。飼珠も命長も同じような心で動いたのではないかと。紅蓮隊のみんなを想う気持ちと、飼珠が獣静を想う気持ち、命長が人々に生を捧げる決意は似ているのだ。仁義と自己犠牲の覚悟が、彼らを地獄へと誘った。では命長に移籍する地獄は、自身にとって身を賭す価値のある試練だろうか。仲間への愛で飛び込んでいけるだろうか。

 自分でも気づかないうちに悩み始めていた春花の左手を、誰かの冷たい右手が優しく握り込んだ。

ハッとして頭を左へ振ると、黄金色の蛇の瞳が迎える。無表情な日影は、揺れ動く自分を支えようとしてくれたのだ。

 

「好きにしたらええで、春花さん。わしは春花さんの望むようになってほしいって、思っとるから」

 

 友の言葉を聞いた春花の心から、地獄よりの誘いが消え失せる。見失いそうになっていた。幸せは命長などにはない。

 

「・・・そうね、ありがとう。日影ちゃん」

 

 少女が柔らかく握り返し、決意の瞳を老君へ戻す。命長の口は残念そうに引き結ばれていた。

 

「わたしはわたしのやりたいようにやる。苦しくても、紅蓮隊のみんなと一緒にいたい。近くで見守っていたい」

 

 春花の言葉を聞いた日影の表情が少し明るくなる。

 

「わたしの幸せは、あなたの幸せとは違う」

 

 決別された命長が長い息を吐く。預かっている命の分まで、感情を吐き出しているようだった。吐息とともに忍たちを縛っていた言葉の圧が消えていく。使命に生きる賢者から、老人へと戻った命長が口を開いた。

 

「非常に残念だ・・・だが、仕方あるまい。君の不幸は人々の不幸だ。時間は永遠にある。次の機会を待つとしよう」

 

 にこやかな笑みに戻った老君が宣言する。

 

「此度の我が戦いは終幕だ。舞台を演じた忍たちに謝辞を送りたいところだが、君たちの戦いはまだ終わっていまい。最後の戦場へ向かい、現実を知りたまえ」

 

 命長の言葉とともに映像が暗転し、老君との対決が終わった。

忍たちは疲れたように白い息を吐く。心身ともに限界だ。

 

「・・・と、いうわけで種明かしタイム終了!あたしはプロトタイプを命長に持って帰るよ。いいよね?刺厳」

 

 三脚を片付ける花田に問われた刺厳が、取り出した飼珠の形見を見つめて返答する。

 

「かまわぬ。私には・・・不要なものだ」

 

 剣士の失ったものは大きい。飼珠を陥れた命長は、立ち向かえるような敵ではなかった。残ったのは、悔恨と悲哀、そして・・・

 

「私にはまだやらねばならぬことがある」

「うん、まぁ頑張りなよ」

 

 手早く片付けを終えた紺の忍が抜忍たちへと振り向く。

 

「あたし、もう二度とランチョには行かないけど、いいお店だから今後ともご贔屓に♪」

 

 右手でウィンクを飛ばした花田は、颯爽と夜の闇へ消えていった。飄々とした無礼な忍だったが、戦場で唯一忍務を果たしたのは彼女だった。

 

「散々やったな」

「・・・ええ」

 

 結局のところ、全員が命長の操り人形として動かされていた事件だった。

命長の目に止まった春花は保流撃破のために駆り出され、日影は巻き添えを食った。

保流は保流で飼珠の抹殺へと動かされ、予定通りに春花たちを苦しめて死んでいった。

暗殺計画を知らされた刺厳は、抜忍たちを弱らせた上で打倒保流を手伝わされた。

刺厳と保流を争わせるために派遣された花田も、命長の思惑通りに忍務を成功させた。

哀れな飼珠は禁忌へと導かれ、生命を忍具に蓄えさせられて、願い叶わず散っていった。

 ・・・いや、一人だけ命長の糸に触れられていない者がいる。

 春花が目線を動かした先で、刺厳が歩み去ろうとしていた。

 

「刺厳!」

 

 呼びかけられた刺厳は、左手に持っていた紙切れと鍵を掲げて行先を示す。

 

「わかっているわ。わたしたちも一緒に行く」

 

 

 

 小雨の降る都会の裏道を、黒いセダンが郊外に向かって走っていく。刺厳が港の外に止めていた車だった。ハンドルを握る壮年の顔は手元の地図を確認しつつ、これから対峙する相手のことを考えて暗くなっていた。

後部座席では、私服に戻った春花と日影が互いに本格的な治療を施している。治療をしながらスマートフォンを確認すると、未来からの連絡がいくつか入っていた。最後の報告の後に突然命長への接続が途切れてしまい、情報収集が手詰まりになっていたらしい。

老獪な命長のことを考えると、未来がハッキングできたのは、あちらがセキュリティを意図的に甘くしていたからだったのだろう。理由は飼珠戦への助力と、刺厳との円滑な共闘を促すためか。

 苦い顔になった春花が、振り切るように運転手に問う。

 

「刺厳、どうして初めに遭遇した時に、わたしたちと保流を殺そうとしなかったの?」

 

 今や死闘と謀略に巻き込まれた者同士となった壮年は、申し訳なさそうに答えた。

 

「・・・本当は飼珠を守るために殺したかった。だが焔紅蓮隊は、再建の進む名門蛇女子学園や、伝説の忍たる半蔵様の学院との間に因縁を持っている。たかが個人にすぎない私が不用意に手を出せば、飼珠を救えたとしても、より悲惨な生き方を強いるだけになりかねなかったからな・・・限界まで様子をうかがうしかなかった」

「そういうこと・・・」

「保流に関しても似たようなものだ。忍務が始まるまでに排除したかったが、見つけられずに紅蓮隊と繋がってしまった。命長だけなら、私は内側にいた人間だ。逃げきる自信はあったのだが・・・」

 

 焔紅蓮隊は一見すると新興の弱小勢力としか思えないが、後ろ盾を持たない忍たちにとっては関わり合いたくない存在であった。下手に恨みを買えば、蛇女や半蔵に目をつけられるかもしれない。実際、春花たちの教師であった鈴音や、正義感溢れる半蔵の忍たちは行動に移す可能性がある。

命長は春花と日影を、刺厳の束縛にも利用していたのだった。

 紅蓮隊の見えざる圧力を知った春花は、続けて問うていく。

 

「元命長っていうのは本当だったのね」

 

 剣士は険しい顔になりながらも、少女が求めていることを察して語り始める。

 

「私が命長に入ったのは、獣静と別れてすぐだった。先見性と成長が見込める優良企業の命長に就職したのだが・・・取り返しのつかない過ちに繋がってしまった」

 

 刺厳が後悔の念を表情に出して過去を振り返っていく。

 

「専属忍として生きていたある日、指党組の財政難を知り、飼珠が生まれていたことも知った。命長の諜報部で指党組の情報を閲覧して、娘の顔を見た時の罪悪感は忘れもしない」

 

 剣士は獣静が身篭っていること知りながら、彼女と指党組を捨てて逃げた。飼珠に正体を隠していたのは、後ろめたさからだったのだろう。

 車を走らせながら述懐は続く。

 

「その飼珠が、獣静に反発して命長へとやって来た。憑りつかれたように彼女の過去を調べ、母親から聞き出して父親を追ってきたとわかったのは少ししてからだった。私は父であることを隠して、影から彼女を見守ることにした」

「打ち明けてあげられればよかったのに・・・」

「今になって、そう思う。私がついていれば、今回のようなことには絶対にさせなかった。・・・だが、できなかったのだ。どんな顔をして会えばいいのか、わからなかった」

 

 飼珠が命長へ転職した理由は戦場から逃げるためだけではなく、父を追い求めてのことだった。不幸な連鎖が悲劇を引き起こしてしまった。

 

「薬品開発に携わった飼珠は、見る見るうちに明るく優しい娘になっていった。私は彼女の仕事が軌道に乗ったのを機に、自ら命長を離れたのだ。飼珠にはもう父などいなくとも、強く生きていける力が備わっていたから」

「そのあと戦場に戻された飼珠は、指党組の解散と獣静の状況を知ってしまったのね」

「・・・そうだ。またも私は誤ってしまっていた」

 

 もし刺厳がいれば、永命魂を盗むには至らなかっただろう。しかし命長の企てに気づくのが不可能だった以上、父に禁忌への接近を止める術はなかった。飼珠の死は、あまりにも不運に決定されていたのだった。

 飼珠と刺厳を哀れに思いながらも、春花は剣士の急所に踏み込んでいく。全てを知っておかなければならない。

 

「あなたはなぜ、獣静を捨てたの?」

「捨てた・・・とは思いたくない・・・いや、それは甘えなのだろうな」

 

 バックミラーに移っている刺厳の顔は、忌まわしい過去を思い出して苦渋の表情となっていた。壮年の口から、元凶となった女との過去が語られていく。

 

「・・・私は指党組党首の長男だった。獣静は知識に秀でた薬使いで、優れた指揮能力と美貌を持った女だったが・・・その心で激しくうねっていた野心の炎に、若き日の私は気づけなかった」

 

 党首の長男と美貌の薬使い。春花は続く展開を予想して、陰鬱な顔になった。

刺厳が続ける。

 

「いずれ党首となる忍として、その心得をこれでもかというほど刻まれていたというのに、獣静に言い寄られた私の心は、すっかり彼女のものになってしまった」

「・・・薬使いなら男を篭絡するのなんて容易い。まして仲間に謀られるだなんて、善忍には予想しにくいでしょうね」

「ああ・・・お前の言う通りだ。私は薬にやられ、気づかぬうちに彼女を孕ませてしまった」

 

 獣静は卑劣な忍だった。組織内の地位獲得のために刺厳の子を身篭ったのだ。

 

「当時の私には指党組を離れ、獣静から逃げる以外の選択肢はなかった。あの女が産み落とす、望まれぬ子への罪悪感に堪えられなかった・・・。堪えるべき、だったのに・・・!」

 

 刺厳を失った獣静は、躍起になって飼珠を教育しただろう。党首の力にあやかれなくなり、新鋭の刺厳を追いやってしまった以上、飼珠を優秀な忍に育て上げる以外に、信頼を取り戻して地位を向上させる方法はなかったのだ。

全ての悲劇は、獣静から始まっていた。

 

「そんな獣静を・・・飼珠は助けようとしていたの?」

 

 死してなお、飼珠は春花の心に迷いを生じさせる。飼珠にとっての獣静が、自分にとっての仲間たちと同じような存在たりえることに、どうしても納得がいかないのだ。愚かな母と紅蓮隊のみんなを同列に考えることなんてできない。

飼珠曰く、理解できないことこそが悪であったようだが、まだ自分の心は悪に染まっているのだろうか。蛇女時代から、みんなの力になりたい、見守っていたいと常々思っていた。確かに悪忍だったが、良き仲間として上手くやっていたつもりだった。

・・・やはり、わからない。これから理解できるようになっていけるのだろうか。もしまた、同じようなことがあったら・・・

 

「着いたぞ」

 

 刺厳の言葉で、春花が顔を上げる。目の前にはいつも通りの日影がいた。

 

「ありがとさん」

「・・・こっちこそ、ありがとう」

 

 治療を完了した二人は、想いを振り切るように車の外に出る。曇り空は相変わらずだが、雨は止んでいた。

郊外の林の中に止められた車の前方、壮年が懐中電灯で照らし出したのは、枯れ木に囲まれて佇む老朽化した廃アパートであった。

 

「行こう」

 

 闇の廃墟で、最後の相手が待ち受けている。

 

                                      最終話へ続く



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最終話 Liberation

 黒幕・命長は全てを知り、忍たちを操り人形のように踊らせていたが、命長自身もまた、厳しい束縛の中で生かされている使命感の怪物であった。
 日影に助けられた春花は、地獄の老君による誘いを拒み、偽りの忍務は幕を下ろした。
 しかし春花と日影、そして刺厳の戦いはまだ終わっていない。元凶となった忍に答えを求めるべく、闇の中へと足を踏み入れていく・・・


 決意を秘めた刺厳に続き、乱れた心の春花と無感情な日影が歩いていく。雨粒の乗った短い草が足を濡らし、暗闇の中を冷たい風が吹き抜ける。古びたアパートの壁面には茶色くなったツタが張り巡らされ、シミやヒビ割れなどで汚れに汚れていた。

『102』と書かれた扉の前で刺厳が立ち止まり、鍵で解除する。春花の秘伝忍法を受けた後、瀕死の飼珠は刺厳にアパートへの地図と扉の鍵を託していたのだ。

 軋む扉が金属の擦れる嫌な音を立てて開けられる。途端に生ゴミのような悪臭が鼻をつき、冬だというのに虫が飛んできた。玄関から雑多な物が所狭しと散らかされており、足の踏み場もないような状態だ。

三人は懐中電灯を頼りに隙間へ靴を下ろしながら、廊下の先にある部屋へと進んでいく。

 辿り着いた暗い暗い一室では、ゴミに囲まれた布団に入り、上体を起こしている老女が待ち受けていた。

光に照らされたのは痩せこけた土気色の肌と、ボサボサの真っ白な長髪。分厚い赤の半纏で細い体を包んだ老人は、入ってきた三人を白濁した目を細めて見つめる。

 

「・・・刺、厳・・・か・・・?」

「そうだ、獣静」

 

 不治の病に侵された獣静には、わずかに視力が残っているようだ。飼珠を狂わせた女は、一目で刺厳だと見抜いてみせた。

美しかったという老女が、今や死した山姥のような容貌となっていたが、三人は憐れみを感じてはいなかった。目の前にいる女こそが、飼珠の命を奪った発端に他ならない。

 密かな憎悪を抱える少女たちに向けて、獣静がしわがれた声を出す。

 

「・・・そっちの一人、は、春花だな?・・・蛇女の・・・刺厳、お前は・・・悪忍になって、いたか」

「そうではない。彼女たちと飼珠を巡って戦ったのだ」

 

 薬使いだったという女は、蛇女時代の春花を知っていた。名前を呼ばれた少女の中で獣静と母の姿が被る。

悪しき母の幻影に、春花が膨れ上がる不快感を携えて立ち向かっていく。

 

「あなたは飼珠と禁忌薬のこと、どこまで知っていたの?」

「禁忌薬・・・?」

 

 疑問の声でつぶやいた獣静は少し考えを巡らせていたが、ふと気づいたように腰の後ろに左手を回す。戻された手には、拳大の赤い球が乗っていた。球から伸びる何本もの細い管は、老女の服の中へと続いている。

 

「これのことか・・・?飼珠が夜、ここを、出る前に・・・私を起こして、絶対、に外すな・・・と言い、残していった」

 

 その物体を見て、春花の息を止める。刺厳も正体に気づいて驚きに目を見張っていた。

 

「獣静、お前は元から起き上がれていたのか?」

「いいや・・・多分・・・長い間、眠って、いたような・・・気がする。わからんが・・・目覚めたら、なぜ、か・・・忍、装束の、飼珠がいて・・・泣いて、いたな・・・」

 

 三人が顔を見合わせる。

 

「飼珠は・・・擬似的な禁忌薬の作成に成功していたんだわ」

 

 春花が驚愕に声を震わせる。実物を持っていたとはいえ、たった一人で永命魂を真似て新たな装置を作り上げていたのだ。獣静は健全と言えるまで回復したわけではないが、不完全とはいえ禁忌の一部が再現されている。たとえ春花でもこれほどのものを作れはしない。

獣静は飼珠を秀才に引き上げたつもりだったかもしれないが、命長との関わりを経た薬使いは、紛れもない天才の域にまで到達していた。

 病に侵された老女の表情に薄い閃き。

 

「・・・これ、は、そういう装置、か」

「そうだ。それは飼珠が作った模倣品。そして彼女は、本物を使ってお前を救おうとしていたのだ」

 

 刺厳の言葉に、獣静が浮かんだ疑問を口に出す。

 

「飼珠は、どこだ?」

 

 老女の問いで部屋が静寂に包まれる。意を決したように、刺厳が真実を伝えていく。

 

「飼珠は、死んだ。お前を救うために持ち出した禁忌薬を、他の者に利用されまいとして戦い、死んでいった」

 

 娘の死を教えられた母は、少しの間呆気にとられたようになっていたが、不意にカラカラと笑いだす。

 

「死んだ!あの飼珠が!私の、愚かな、一人、娘が!」

「何がおかしいというの!?」

 

 母親に侮辱された娘を、自分に重ねてしまった春花がたまらず叫ぶ。しかし獣静はなおも笑いながら続ける。

 

「だって、阿呆じゃないか!わた、しから離れた、のが、いけなかったんだ!わたし、と、いれば、ただただ可愛い、人形として、生き続けられたというのに!」

「お前ッ!!」

 

 飛びかかりそうになった春花の前に日影が割り込む。

 

「あかんっ、春花さん」

「お前のっ、お前のために飼珠は死んでいったのよ!?人形としてしか愛さなかったお前のためにっ!!生を狂わされながらも、お前への仁義を通すためにっ!!獣静ッ!!」

 

 春花の心が怒りで埋め尽くされていた。刺厳についてきたのは、獣静が飼珠の仁義に値する人間かどうかを見極めるためだ。飼珠の想いを理解しきれなかった少女は、少しでも気高き薬使いに近づきたかった。自分と同じ苦しみを味わった彼女との間にある、母への想いの違いが何だったのかを知りたかった。

だが、待ち受けていたのは反吐が出るような邪悪な人間だった。

 人形として扱われる苦しみを知っているからこその激昂を、獣静は幽鬼の声で笑い飛ばす。

 

「だから、どうしたというのだ!あいつは、自分の、役目を捨てた!利用、価値のなく、なった人形、など、朽ちて、当然!」

「ふざけるなッ!!殺してやるッ!!獣静ッッ!!」

「かかか!馬鹿な、悪忍だ!善忍、崩れに、肩入れするとは!かかかかか!天才、かと思って、いたが、ただの大馬鹿者、だったか!」

 

 悪意の声で嘲笑う獣静と、日影に抱き止められながらも殺意を剥き出しにする春花。

両者の間に、長身の刺厳が無言で割り込んだ。

 

「刺厳ッ!あなたは許せるの!?飼珠が生かそうとしていたとしても、こんな女に救う価値など欠片もないわ!」

「ありがとう、春花」

 

 背中越しにかけられた壮年の声に、春花が叫びを止める。

 

「獣静を責める資格を持たない私の分まで、お前は怒りをぶつけてくれた」

 

 静かで低い剣士の声には、抑え込まれた感情の波濤が感じられた。全身が強張り、両手は血が滲むほど強く強く握りしめられている。

再び発せられた刺厳の声は、怒りと悲しみ、そして悔恨に震えていた。

 

「だがこれ以上、お前の心を汚すわけにはいかぬ。これは私が招いた結果でもあるのだ」

 

 獣静の笑い声が止まる。濁った目は、男の顔を凝視していた。

 

「ならば、私が決着をつける。ここから先は、お前たちに見せるべきものではない」

 

 言葉の意味を悟った日影が、春花の肩を抱いて踵を返す。

 

「・・・車で待ってるで」

 

 春花は何か言いたそうに刺厳へと顔を向けたが、自分以上に心を痛めている剣士に何も発することができなかった。ただ、友に抱かれて部屋を出ていく。

 

 

 

 暗闇に包まれた車の後部座席で、春花は右に座る日影の肩に顔をうずめていた。怒り、悔しさ、憐れみ、無念、困惑・・・心の中を激情の嵐が荒れ狂い、抑えるのがやっとだ。体を震わせ、拳を強く握りしめ、目と唇閉じきって、溢れ出そうな感情を封じ込める。こんな不甲斐ない顔を友には見せられない。

 ついに春花にはわからなかった。なぜ飼珠は、あんな女のために命を捨ててしまったのか。貫こうとしていた仁義はなんだったのか。報われぬ死の先に何を見ていたというのか。

一方で、わかったこともある。自分には飼珠のように母を想うことはできないだろうということだ。獣静への怒りを抑えきれなかった自分には。それがなぜだか、すごく悲しく、恐ろしい。

つまるところ、自分は飼珠の言ったような人間なのかもしれない。これから先も彼女のようになれるとは思えない。

自分の心に向き合う余裕もなく生きてきて、一体どうなってしまったのだろう。気がつけば、自分自身を見失ってしまっていたのではないか。

 千々に乱れる思考と心中に、無感動な声が一本の芯を通さんとする。

 

「港で言いかけたままやったけどな・・・」

 

 上から降ってきた日影の言葉。刺厳が現れる前、二人は紅蓮隊の仲間たちが蛇女時代と変わったと、そんな話をしていた。

 蛇の少女が刃に阻まれた言葉の続きをこぼす。

 

「あんな、春花さん・・・春花さんは、もっと自分のことを大事にしてもええと思うんや」

 

 澄み渡るような優しい日影の言葉。

 

「わしらのこと、いつも気にかけてくれとるんは、ありがたいで。でもな、春花さんは時々それに一所懸命になりすぎて、自分のことが二の次になってる場合があるんよ。昨日もそれで大忙しやったろ?」

 

 友の真摯な想いが春花の心に波紋を作り、感情の雫が溢れ出てくる。必死に抑えようと日影の手を握るが、想いの波は止まらない。

 

「わし、一人で頑張りすぎてる春花さんを見ると・・・心が少しザワザワってなる気がするんよ。わしらに頼らんで・・・わしらのために無理をして、しまいには倒れてしまうんやないかって」

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・日影ちゃん・・・」

「謝らんでもええよ」

 

 もっと言いたいことがあるはずなのに、ポロポロと零れていく想いをまとめきれず、小さな声で謝ることしかできない。

 

「ただ・・・飼珠さんみたいにはなってほしくないんや」

 

 春花の手に力がこもる。握られた少女には、友が自分のために感情を抑えようと頑張っているのだとわかった。わかってしまう。春花はそういう少女なのだ。

だからこそ、日影はしっかりと伝えることにした。

 

「飼珠さんみたいに、わしらのために命を投げ出すなんてこと、絶対にやめてな。獣静さんと違うて、わしらには春花さんがおらんとダメなんやから」

 

 春花が日影の体に抱きついて、胸元に顔を押し付ける。

友は自分の心をちゃんと知ってくれていた。日影はずっと、心の葛藤を察して助け舟を出してくれていたのだ。わかっていたつもりだったのに、いつの間にか置き去りにしてしまっていた。

難しいことなんて何もない。彼女たちと生きていくと決めたではないか。

一人で抱え込んでいた想いを預けられる仲間がいる。自分を想ってくれる友がいる。

悩んだって、わからなくたっていい。心の中にある確かな絆・・・それだけで前に進める。いつだってみんなと一緒にいるんだ。

 春花はようやく気づけた。自分だけの葛藤、悲しみ、命じゃない。

飼珠や命長のように孤独に戦っているのではない。一人で命懸けになる必要などないのだ。

だから・・・大丈夫。彼らの呪縛を吹っ切ってしまえる。逃げだしたって、抱き止めてくれる人たちがいるから。

 

「・・・ありがとう。日影ちゃん」

「ええよ」

 

 震えた声に柔らかく答えた日影は、春花の背中を優しく撫でる。濡れた左肩に気づかぬように窓の外へ向けられた黄金色の瞳。

刺厳が戻ってきたら、アジト近くまで送ってもらおう。汗もかいたし、沢山汚れた。

 

「帰ったら・・・お風呂にしよか」

 

 つぶやいた日影が見上げた先、暗い雲間から覗く美しい三日月が、心の束縛から解き放たれた人形たちを静かに見守っていた。

 

 

 

                   『閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】』 終





 『閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】』をお読みいただき、ありがとうございました。
お疲れかもしれませんが、よろしければもう少々お付き合いくださいませ。

 今回の主役は春花様でした。といっても母性溢れる女王様な面というよりは、少女らしく豊かな感情を表に出したり、悩んだりする姿に焦点を置いて描かせてもらいました。
みんなのために一生懸命になったり、楽しく騒いだりしている一方で、表に出てこない実はとても繊細で脆い部分が、彼女にもあると思うのです。
普段の春花様はそういう弱い部分を見せませんが、それは辛い過去や心の傷を持つが故の無意識な優しさのような気がしています。それがまた魅力的でもあるのです。
とはいえ、エッチでドSな春花様も大好きですので、そういう要素も戦術や会話にちょこっと差し込んだりしてみました。
でも最終的には紅蓮隊の絆のお話みたいになってましたね。

 惑う春花様を描くにあたり、持ち出したのは暗い過去の話。
大人びた彼女を揺さぶるために、似た過去を持ちながら過剰なまでの仁義に燃える飼珠というキャラクターを用意しました。同じ薬使いにしたのも共通点を増やすためですね。
とはいえ試験管を使わせるのも芸がないということで、忍法球なんてものを持たせてみました。当初はこの球だけで戦う忍だったんですが、春花様の相棒として登場させた日影ちゃんを活躍させにくかったので、良きところで接近戦をしてもらうことに。
でも格闘はどうすんのよってなった時に、秘伝動物というお助け要素を利用しようと思いつき、色々考えていく中でトンボに決定。忍法球にも応用でき、予想以上に活躍してくれました。

 飼珠の背景を大まかに決めていると浮かび上がってきたのが、命長製薬という架空企業でした。ここで飼珠の背景を足すために、企業における忍や忍社会の拡大解釈を少々入れさせてもらいました。
そこからは割とスムーズに小野や刺厳、花田などのオリジナルな登場人物が決まり、物語に配置していく作業へ。
 当初、小野は最後まで無能な小野のまま、ただの命長の監視役である刺厳とは戦わない、種明かし役は花田、といった具合に飼珠を倒すだけのスマートな構成だったなのに・・・
書いているうちにアイディアがポンポン出てきて、なんだかどえらいことになってました。黒幕の命長に至っては初めは影も形もありませんでした。
これでもかなり削った方なんですが・・・文量多くなってしまって本当に申し訳ないです。

 ただ、複雑になっていく中で、蚊帳の外気味だった日影ちゃんの出番を増やせたのはよかったです。書きながら日影ちゃん可愛い!カッコイイ!ってなって、最後の締めも任せてみました。
彼女を相棒役に選んだのは、揺れ動く春花様を際立てるには物静かな性格の彼女がうってつけだったこと。そして最小限の言葉で友を支える、同い年の日影ちゃんだからこそ出せる優しさや頼りがいのある面を描きたかったからです。
・・・ただ、関西弁で変なところなかったかは少し心配。

 今作で一番苦労したのは戦闘シーン。敵が増え、回数が増え、設定が増え・・・書きながら頭が熱~くなりました。
トンボの能力や近接戦闘に保流の水遁・・・難しいったらないです。ただでさえ春花様一人だけでも、扱い辛い薬品に加えて傀儡も使うので展開を考えるのが大変でした。
伏線や暗示的な表現も少し意識して書いてみたのですが、こちらもまた難しいですね。頭よくないと上手くいかないって痛感しました;
しかし、そういう試行錯誤とか自分への挑戦みたいな部分が、小説を書く醍醐味でもあるのですよね。楽しい!

 それと前作【忍の業】に登場した花田が、ちょい役レベルですが今作でも出てきましたね。そんなに重要な役回りでもなかったのですが、唯一の忍務成功者を少しでも印象的な人物にしたいと思って採用しました。

 まだまだ述べたいことは沢山あるのですが、何事も加減が大事ということを今作の執筆で学んだので、ここらで終わりにしたいと思います。グッパイです!

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