かませ以下の憂鬱 (らるいて)
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かませ以下の憂鬱

 ヌマ・セイカ。この名前を見てどう思うだろうか。何も思わなかった人は純粋だ。少し既視感を感じた人はもう少し頭をひねろう。すぐに気づく人も多いだろう。

 ヌマセイカ。並びかえればカマセイヌ。かませ犬のアナグラム。つまるところはやられ役。

 

 何を思って親はこんな名前を付けたのだろう。姓はもう仕方ない、天命だ。でも名前にヌマって。セイカの姓にヌマの名前って。ひどすぎる。親のネーミングセンスを疑わざるを得ない。俺の名前も含めて。

 名前に反して性癖以外は完璧超人なのもひどい。俺はヌマに何一つ勝ったことが無い。奴は天才だ。だが、ヌマが優れていれば優れているほど憂鬱になる。だってそうだ。あの男はカマセイヌ。ヌマが無能であらば希望も出てくる。いや出てこない。やっぱり秀才くらいがいい。俺は無能ではないはず。

 ヌマはすごい。頭も切れて腕も立つ。わーすごいさすがヌマ。

 でもエスデスはもっとすごい。そんなヌマを瞬殺しちゃう。ヌマが犬以下のザマになるのは仕方ない。元々そう言う性癖の持ち主だ。隠しちゃいるが俺の眼はごまかせない。

 夜、用事があってヌマの部屋に行こうとしたら、中から炸裂音とヌマの嬌声。メイドの罵声。

 尊敬していたヌマの、そんな性癖、知りたくなんてなかった。

 それ以来尊敬なんぞ露と消え、どうにも他人行儀になってしまったが、まぁそれはどうでもいいことだ。問題は唯一つ。どうすればエスデスに勝てるか。もとい、俺が生き残ることができるか。

 ヌマはもう本望だろう。ほらドエスのご主人様に殺してもらえるんデス。喜べよ。兵士たちもまぁいい。お前ら戦うのが仕事だろ。戦いにすらなってない感じだったのには目を瞑ろう。南無南無。

 俺にそんな性癖も仕事もない。いや、国に尽くしてヌマを支えるのが俺の仕事な気がしないでもないが、折角二度目の生を得たのにあんな最期は嫌だ。氷漬けも全裸も嫌だ。今度こそ大往生するんだい。

 エスデスに勝とうなんてのはもう思ってない。ヌマに勝てない俺がエスデスに勝てるわけがない。だから生き延びる手段を考える。逃げるなんてもうできない。俺はヌマに勝とうと頑張り過ぎた。おかげですっかりヌマの副官扱いだ。今更、暇なんてもらえない。ヌマも父親も許してくれない。母さんは許してくれそうだが、父に従うだろう。優れた兄とそれを支える弟。何がビダンだ。カミーユか。巨大ロボット持ってこい。そういやあったなロボ。

 そこから連想ゲームでたどり着いた帝具の存在。なんで今まで気づかなかったのかわからないくらい話の中核にあったソレ。帝具があれば生き残れる可能性が出てくる、かも。という訳で具申したわけだよ。かつて帝国が作った多くの兵器。それがあれば帝国にも有利に戦えるって。

 本当はそのまま設立された特殊部隊を率いれれば最高だったのだが。生憎と連中は帝具の性能を疑っていた。いや嫌ってた。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。そんなもの集めるために貴重な戦力を無駄にできないと遠回しに言われたわけだよ。うん。いつだって足を引っ張るのは無能な老害どもだ。中央集権化したくなるのも分かる。

 それでも俺も一応お偉いさんだからね。滅多にわがままも言わないし強権も振るわない、模範的な補佐官。あれ、だから舐められてたのか? まぁどうにかこうにか設立だけは押し通したんだけどね。母さんを説得して父を懐柔。メイドに賄賂でヌマの心変わり。親子共々尻に敷かれてやがる。女に弱いのは王としてどうかと思う。色に溺れて悪政敷いたりしないよね? 心配だが母さんもメイドもいい人なので良しとする。目の前の難局を打破しなきゃ杞憂だ。死ぬもん。

 生憎と精鋭って程のメンツをそろえられなかった。近衛くらい使わせてくれてもいいじゃないか。まぁ、無理だわな。正しいよ。成果は期待できないけど期待したいから期待する。一つでいいのだ。一つあれば性能を証明して増員できる。結果があれば尚良し。楽がしたいから戦闘系の帝具であってくれ。イレイストーンみたいのは勘弁だ。

 ヌマや俺に適応すれば最高だが、そうでなくても構わない。複数の帝具があれば、俺に適応するのも、ヌマに適応するのも見つかる筈。俺の分は言わずもがな、ヌマの分があればエスデス相手でも渡り合えるんじゃないかという願望。エスデスは化け物なんだろうが、俺に言わせればヌマも化け物だ。

 部下の数は五十二名。数は少なく実力も兵士の中ですら、せいぜい中の上から上の下。俺やヌマ、将軍格には遠く及ばない。それでも北の訛りや北の人間の特徴が薄い奴を選抜した。帝国の圧政から逃れてきた亡国者達の集まりだ。手がかりとして市場に流れてるだろうライオネルの事だけ伝えたが、どうなる事やら。

 

 

 

 そんなこんなで計画を実施してから早二年。上層部がうるさくやかましい。増員したわけではないが金がかかるのは事実。仕事もしてるのに嫌味をネチネチと。だが、そんな日々ももう終わりだ。

 件の特殊部隊は、幾人かの失踪者と引き換えに、帝具を一つ手に入れることができた。裏市場とはいえ店売りされてるものを買うのに二年かかったのか……。帝具入手の難易度に戦慄しながら、同時に納得する。そんなやすやすと入手できれば帝国が回収しきっていることだろう。むしろ運がいい部類だ。

 更に幸いなことに適合者も見つかりその性能も見せつけることができた。帝具に適応したのはヌマの妾のメイドだった。あの暗躍は無駄ではなかった。戦ったことが無いと嫌がるメイドとヌマを押し切って、無理やりやらせる。今までため込んだ信頼と信用というカードを切る価値はあった。

 戦闘訓練を受けてないその妾が、百人の兵を帝具の力で倒したとあっては、いかに帝国嫌いの連中であってももう帝具の性能を認めるしかなかった。戦闘能力無いような帝具だったらどうしたものかと、悩んだ年月は無駄になった。うれしいことだ。

 さらにその妾は正式に戦闘訓練を開始した。今ではヌマに次ぐNO.2だ。そう。なんばーつー。別に強さで負けたわけではない。勝ち越してるしな。立場的な話だ。俺が晴れてヌマの副官から特殊部隊の隊長にジョブチェンジしたからだ。俺はヌマの世話から解放された。はっはっは。

 だから夜の生活が激しくなった二人のことは気にしない。ヌマが満足するまで続けられるようになったとか、聞いてない。身分が上がって正式に妾になれるとか、よかったな。かの始皇帝も帝具が閨の戦いに使われるなんて思わなかったろうに。……そういう帝具もあるのだろうか。《金粒精泉》マカビンビンとか。いやだなぁ。後継ぎは大事だから皇帝用に真っ当にありそうなのが猶の事。

 

 俺の任務は多くの帝具を手にする事。そのために帝国に入ったりするわけだが。帝都に入ったからと言って帝具にぶつかるわけはない。が、そこはわたくし。いくつか心当たりがあるわけでございますよ。昔書いたメモ書きと現状を見比べて入手を目指す帝具は二つ。

 西の歌姫が持ってる大地鳴動ヘヴィプレッシャー。所有者が歌姫程度ならどうにかなるだろう。狂う前なら説得も不可能ではない筈。使い手も帝具も手に入るって完璧だ。この方向で行こう。

 犯罪ピエロが持ってる快刀乱麻ダイリーガー。流石に犯罪者は引き入れられないのでピエロ殺す。こちらに帝具はないが、勝てない相手ではない、はず。奴の犯行の起こった場所を調べて、その周囲にある子供の集まる場所を探し、待ち伏せする。いざ行為を始めた段階で不意を打つ。子供を見殺しにするのは、いや仕方ない。仕方ないのだ。うむ。欠点は俺が直接行かないとだめなこと。部下じゃいくらなんでも帝具使いにゃ勝てん。

 犯罪者と言えばスペクテッドもだが、能力も所有者もヤバイ。不意も打てないだろうし割に合わん。

 全体的に後のワイルドハントの帝具は入手機会がありそうである。とはいえやはりこの二つだろう。海賊は割に合わない。錬金術師は手に負えない、そもそも場所が……まてよ。

 ピエロは捕まってたとかいう話だ。なら捕まえたのは帝具使いの可能性が高い。事件現場と帝具使いの配置の情報を吟味すれば、捕まるだろう場所もより正確に予測可能か? いや、だめだ。時系列がわからん。

 シュラいいとこなしだった気がするが優秀だな。なんだかんだで帝具使いを四人も集めてやがる。

 部下に指示を出して、俺は西の国を目指す。さぁ、まずは歌姫だ。

 

 

 

 歌姫と呼ばれる事だけはある。歌のうまさとか以上に惹き込まれる魅力がある。これも奴の持つ強大な生命力の片鱗だろうか。ビリビリと響き体を揺らす大迫力は帝具の力だろう。士気を上げるための演説用の帝具な気がするな。様子見するだけの予定が思わず聞き惚れてファンに混ざって応援してたのは気にしない。歌い終わり立ち去る奴の跡をつける。他にも同じことしてたやつがいたので軽くひねる。到着したのは奴の家。そのまま潜入して様子を探る。

 奴は家族との会話を軽く済まして自室に戻る。そこで、自らを慰め始めた。

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……………………ふぅ。性欲は元々強かったのだろう。奴の性格なら好みの見た目したファンの一人でも捕まえて致すと思ったが、破綻する前は貞操観念も真っ当だったのか。人前に出て興奮するあたり性癖は知らないが。

 あぁ、魔女裁判か。そこで貞操とかどうでもなるくらい滅茶苦茶されたんだろう。となるとそこに自分のファンも居たに違いない。助けを求めても受け入れられず。それでも感じてしまう自らの体に絶望し、心が折れた。そして蹂躙され尽くした後、引きづり出されてみたものは、殺された家族。燃える家。全てを失い開き直った、というわけか。まったく。哀れな事だ。

 無論そうなった原因も奴にはある。国民を熱狂させる扇動者。そりゃまぁ不安要素でしかないな。反乱分子と判断されても仕方あるまい。帝国の安寧道然り、宙に浮いた偶像は危険なだけだ。手綱を握ろうとし、できないならば。

 虚しさを覚えながらも、存在がばれない様に痕跡を消して、その場から立ち去る。

 

 諸事情で死にたくなったがそれは置いておこう。調べたところ、既に不穏な空気はある。当然奴も気づいているはず。万一そうでなくとも気づかせる。そのあたりを突けば勧誘は可能、か。家族丸ごとうちの国に移せばなおのこと。

 

 

 

 最近は部下が殉死することも増えた。失踪した野郎が口を割ったんだろう。敵対国が帝具を集めてるなんて知れば、そりゃ対応するさ。帝国軍が北に軍を送るという話も聞いた。

 エスデスではない。聞いたことない将軍だ。ならヌマに任せりゃ問題ない。エスデスでないならこれはチャンスだ。帝具探してる国への軍勢。相手が帝具持ちの可能性と、帝具使いの戦力と、帝具奪われる可能性を天秤に掛ければ。複数人の帝具使いが混じってるんじゃないか。これに。帝具が複数個手に入れば生存率はぐっと伸びる。

 では俺のすべきことは何か。ヌマに加勢? 冗談じゃない。帝具使いが闊歩する戦場になんぞ行ってたまるか。最初に手に入れたライオネルと併せて都合三つの帝具がうちの国にはある。

 まずライオネル。ヌマのメイドもとい妾が使う帝具だ。ケモミミは案外敏感らしく、触らせてはくれなかった。おのれヌマ。許さん。戦闘訓練は続行中。相当腕を上げて戦績も徐々に五分に近づいている。帝具込みの上ヌマの指導に実戦も行っている。隠密活動が多い俺とは成長速度に差がついて当然か。

 ヘヴィプレッシャーは入手した。適合者ごと口説き落とした。今は俺の副官をやらせている。相手は選ぶが底なしなのは変わらず、高価な精力剤を使わんと体がもたん。使っても負担が酷い。味方に殺されそうだ。助けて。腹上死なんて御免だ。老衰こそ本懐だ。そう伝えると嬉しそうにして、激しくなった。解せぬ。

 残る一つはヌマに適合した。ファンネルよろしく多数の穂先を操作できる槍だ。帝具を手にしたヌマは正直もはや人間であることを疑いたいくらい強いのだが、エスデスはこれ以上なんだろう。だって砦丸々氷漬けとか、ヌマでもできないし。単騎制圧くらいなら可能だったが。前にやった摸擬戦はひどかった。ヌマは刃の射程も数も普段の数倍から数十倍。俺以外は近づくことすらできない始末だった。俺も一矢たりとも報いられなかったが。一撃だけとはいえ加えたのがコスミナだが、その後普通に叩き潰されていた。一流の帝具使いの前では、精鋭兵も雑兵も役割は一緒。相手の体力を極微小に削ることしかできない。そう考えると範囲攻撃持ちは兵卒に心底強くてずるい。タイマンに弱いとか、そういう訳でもなさそうだしどうしようかね。

 ピエロの捜索は続けている。また副官に帝具使いが入ったことにより、居場所の割れている海賊も選択肢に入ってきたのでそちらも情報を集めているが、やはり手ごわそうだ。行くなら新月……は逆に何かありそうで怖いので半月の日。安寧道の動向も確認し、あの、なんだっけ。詳細不明のアレの、あの鎌の帝具。アレも探しているが、未知数過ぎて手を出しづらい。

 結局することは変わらない。引き続き帝具捜索だ。帝国内で動きのある帝具持ちの情報を調べて、軍が送られるよりも早くヌマに伝える。どんな帝具が送られるのか把握してしまえば対処も楽になる筈だ。帝具の中には初見殺しなものもあるからな。もちろん情報なんてないモノもあるのだが、そういうのは流石に現場で対応してもらわないといかん。がんばれヌマ、お前ならできる。

 

 

 

 ヌマは戦いに勝利した。だが犠牲も大きかった。ヌマの妾が死んだ。最も義姉に近い人物だっただけに、俺も衝撃が大きかった。部下が死んでも何とも思わなくなってきてはいたが、見知った人間が死ぬと衝撃は大きいものだ。ヌマはことさらひどく、俺が来るまで砦の機能が一時停止していた。そういう精神的な脆さがあのザマの原因だろうか。

 予想通りに帝具使いが数人混じっていたらしい。俺が得て可能性が高いとして送った情報も役立ったようだ。だが問題は未知の帝具使い。ブチ切れたヌマが帝具ごと叩き切ったらしい。せめて帝具は回収しろという文句は、絶望するヌマを見ると言えなかった。

 仕方がないので副官の歌姫を連れて戦利品の確認。兵糧たっぷり、武器いっぱい、帝具二つに捕虜ゼロ名。なんでだよ。普通は捕虜もいっぱいだろうが。話を聞くと発狂したヌマが捕虜も構わず皆殺しにしたらしい。普段はともかく追いつめられると無能以下ですねあの馬鹿。感情に流されるなよ上に立つ者だろう。そういう情に厚いところが下位士官やら民衆にも人気なんだが、前線指揮官としては大失格だろう。

 帝具は二つ。一つは良く分からないブーツ型の帝具。空中を歩ける不思議なブーツらしい。たぶんそれだけじゃないが、空中を歩いて偵察していたのをヌマが瞬殺したというので詳細不明だ。適合者が見つかればいろいろさせるのだが。生憎いない。

 もう一つはツルハシ型帝具。破城耕撃(はじょうこうげき)アースマイト。俺が適合した。待望の俺の帝具だ。テンションが上がって色々試そうかと思ったが、その前にヌマに報告に行かねば。貰っていくと、一応指揮官に許可を得ねばならない。見つかり次第という約束だが、そこは道理を通さねば。

 そしてヌマの所に行くと、大切そうに赤ん坊を抱きしめるヌマ……だれだそいつ。

 

 赤ん坊は妾との子供だったらしい。いつの間に子供まで作っていたのか。確かに結構な時間会っていなかったがまさか……。気づけば、物欲しそうにこちらを見つめる歌姫。無理だから。帝具使う予定だからそんな体力は残らないから。死ぬから。

 

 

 

 久々に生死の境を彷徨ってから早数週間。ヌマも落ち着いたので任務に戻ることにする。新しい帝具適合者を探すよう頼んで帝国に向かう。現状俺たちの国にある帝具は五つ。適合者見つかってるのが三つ。戦力として考えるとナイトレイドやイェーガーズ未満だ。いや、ほんと、連中どうやってあんなに集めたのか。帝具手に入れたし今まで避けてきた帝具持ち襲撃も視野に入る。使い勝手は悪いが無駄に威力の高い帝具二つだ。

 アースマイトは戦闘用ツルハシ型帝具。棒の先端、片方がツルハシ型に、もう片側がハンマー型になっている。ツルハシの方を刺してからハンマー部分を叩くと衝撃が増幅されてツルハシに伝わり城壁を粉砕、地面に刺せば一定範囲が耕される。ハンマーを叩いた強さによって威力が変動する。だがハンマーの方で叩くとピコピコハンマーも斯くやというほどダメージがない。ピコペコハンマーならよかったのに。防御も回避もできなくなるからやっぱだめだ。

 ハンマー部を叩くと代わりにツルハシの方が振動する。多少の時間なら衝撃を溜めておけるようで、その状態でツルハシを刺すと一気に衝撃が伝わってものを粉砕する。つまりハンマーの部分を盾、ツルハシの部分を剣として扱える攻防一体の高性能ウェポンなのだ。……ねぇよ。二度手間だし、いちいち柄を回転させて攻防を切り替えるのも竹とんぼじゃないんだからやめてほしい。危ないし、隙ができる。そもそも剣だってそのままで受けに使える攻防一体の武器だ。帝具としての性能を見れば衝撃を放つという点では歌姫とおそろいだ。奴が喜んでいたからそこはよかった。相性もいい。奴の放つ衝撃が増幅されてとんでもない威力になる。二人で練習してたら砦の一角が崩れてその先の城壁も吹き飛んだ。運よく帝国側じゃなかったから助かったが、そうでなかったら大惨事だった。流石帝具の合わせ技。

 戦闘技術を高めるのもいいが、それより諜報だ諜報。元々俺の仕事はそれなんだからな。拠点で一休みしながら帝国内に構築した情報網に指示を出す。中枢の腐敗が進んで治安も悪いなら、地方も同じ。ちぃっと金を用意すれば情報は手に入るし、兵士は国から連れてくれば情報網の完成だ。留守にしていた間に手に入った情報を確認する。その中に嫌なものが見えた。ナジェンダ将軍が離反したそうだ。うわぁい。時間が迫ってる感が出るね。

 だが、だからこその選択肢もできている。レオーネの勧誘に向かう。既に渋っていたヌマからライオネルは回収した。妾の形見とはいえそこは甘やかさない。子供が居るだろうと言えば諦めた。

 さて、奴さんの性格を考えると既に革命軍に所属していそうではある。引き抜きは厳しいだろう。その時はその時で、革命軍と同盟関係を結べばいい。エスデスにヌマが殺された後用の駆け込み寺ができる。貴重な帝具ではあるが適合者を探すのも帝具を探すのと同じくらい難しい。であれば死蔵するよりは革命軍との協力関係に変えた方が得のはず。こちらの武威を示すことも考慮して、俺と副官を連れて行く。

 

 

 

 そして俺達は、革命軍と接触を図る途中。後のワイルドハント、シュラ一行に遭遇した。

 

 




名前がオチ。それだけ。


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2話

 「おい、アンタちょっといいか?」

 

そう声を掛けてきたのは、会ったことのない見知った人間だった。シュラ。後にワイルドハントを結成し、暴れまわる存在だ。シュラの後ろにはフードを深くかぶった奴が二人。小柄と長身。ワイルドハントのメンバーだろう。身長から推察して小柄はドロテア。チャンプは捕まっておらず、エンシンは所在が知れている。長身はイゾウだろう。俺からすれば明確に敵ではあるが、警戒していることを察されるのもまずい。ヌマと違って俺の顔が知られているわけではない筈だ。

 

「なにか?」

「オマエじゃなくてな。あーやっぱり」

 

シュラが見たのは俺ではなくコスミナの顔。緊張から心臓の音が大きくなる。コスミナは現状を理解していないようで、理解できるはずもなく、首をかしげている。

 

「西の歌姫、コスミナだろ、アンタ」

「コスミナのことを知っているんですか?」

「ちょっと西を旅したことがあってな。興味持ってたんだが、俺が行ったときには既にどこぞに越した後だったんだよ。こんなとこで会うなんて運がいい。ちょっと歌って見せてくれよ」

「えぇっと、求められるのはうれしいのですけど……どうしましょう?」

 

その正体を悟らせない、一見すると好青年に見えなくもない仮面をつけながら頼むシュラ。コスミナもやはりというか断り切れないようで、それでも目立つわけにもいかない現状を理解してか、俺に訊ねてくる。

 コスミナに話しかけるメリットはなんだろうか。正体がばれていないならばこのまま話しを合わせて立ち去るのもいいが、おそらく難しい。コスミナを勧誘するだろう。断ればどうなるかはわからないが、帝具だけでも手に入れようとする可能性はある。受けるにしても、俺がどうなるかだ。今は布にくるんで隠してあるが、俺の背負っている帝具アースマイトは先日まで帝国に使い手がいた。北の戦場で失われたこれを持っていると知られればまずい。そこまで情報が共有されているかは不明とはいえこれもあり得る。話を合わせるのはリスクが大きい。

 戦闘になればどうか。帝具使いは彼我共に二人。そして相手には並の帝具使いより強いだろうイゾウ。

 俺はかませ犬のヌマより弱い三下。コスミナの戦闘力はそれより低い。帝具ありきだ。ドロテアも低いが流石にコスミナよりは強いだろう。帝具は無視できるくらい射程が短い。帝具以上に何が出てくるかわからない道具が怖い。シュラもブドーに認められるだけの実力はある。帝具は厄介極まりないシャンバラ。イゾウは帝具こそ持たないが、おそらくワイルドハント最強。

 総合してガン不利。性格実力などを考慮して、不意打ちでイゾウを殺らねば厳しいが、いくらなんでもそう容易くはないだろう。シュラなら殺れるかもだが。

 なんにせよ戦闘は避けたい。話を合わせるのもよろしくない。逃げの一手だ。

 

「え、きゃあ!」

「なっ」

 

コスミナの手を取り駆け出す。瞬間。――殺気。即座に来た一閃をアースマイトで防ぐ。容易く布を切り裂いたそれはキンッと甲高い音を立ててアースマイトに触れ、止まる。

 

「ほぅ」

 

しくじった。そうか辻斬り。逃げる相手をとっさに斬りたくなる系人種だったかイゾウ。想定外だ。攻撃を受けたアースマイトを覆う布がハラリと落ちる。

 

「あん? それどっかで――」

「――コスミナァ!」

 

見られた。シュラも記憶にあるらしい。コスミナの名前を叫ぶと同時にアースマイトのツルハシ側を地面に突き刺す。呼応するようにコスミナが帝具を用いて大声で叫ぶ。帝具から放たれた超音波が周囲に響き、揺るがす。この程度でひるむ連中ではないだろうが、問題はない。同時にその衝撃を受けたアースマイトが共鳴するように震え、突き立てた地面が微かに盛り上がる。併せてハンマー部分を殴りつける。爆発するように大地が耕される。急に地面がふわふわになったシュラたちがバランスを崩す。

 その隙にコスミナと共に逃げ出す。一撃くらいは入れられたかな、なんて煩悩がよぎるが無視だ。この状況なら確実に逃げられると、安心した瞬間。

 

――シャンバラ!

 

 おいおい、そこまで対応力に優れた人間じゃなかっただろ。驚きと同時に足元に方陣が浮かんだかと思えば、コスミナを方陣の外へ蹴飛ばしていた。自分の行動がわからず、呆然としてしまうが、脚だけでなく口まで勝手に動いた。

 

「逃げろ!」

「え、ま――」

 

――コスミナが何を言うよりも早く視界が光に包まれて、どこぞの荒地に居た。微かに離れた場所に三人。フードが外れて顔が見えていて、予想通りの三人で合っていた。

 

「……のう。あの辺りにマーキングしてたかの?」

「あ。……アイツが持ってるアレはこの間北の異民族との戦いで奪われた帝具だ。つまり、アイツは北の異民族のスパイってことだ。倒せばお手柄だぜ?」

「おい」

 

シュラとドロテアがなにやら話しているが耳に入らない。そんなことよりコスミナを遠ざけてしまった理由を考えていた。こうなることは読めていたし、コスミナがいた方がはるかに有利だ。だというのに。何故。なんて考えていると、イゾウが俺に斬りかかってくる。集中力を欠いていたとはいえ、流石にそれを見落とすわけもなく、右手で握ったアースマイトのハンマー部分で受ける。

 

「む? この手ごたえ……」

 

そして左手に持ち換えてツルハシ部分をイゾウへ振るう。イゾウは一歩後ろに引くことでそれを避ける。

 

「槌の部位は攻撃を無効に、ツルハシの部位は物体を破砕する帝具というわけか。そしてその技量……喜べ紅雪、上物だ……」

 

イゾウはそれきり黙り、にらみ合いが続く。あぁ、まずいな。なんて。敵は三人。シュラもドロテアも遠巻きにしてこちらを見ているが、既に戦闘態勢にはあるらしく油断した様子ではない。距離を詰める様子でもないところを見ると、ひとまずイゾウに任せる判断か。断定はできないが、イゾウとの戦いに集中する。

 

 

 

 イゾウが踏み込む。対応して一歩下がりながらアースマイトを回転。目前に迫った紅雪をハンマー部で受ける。アースマイトをさらに回転し振るう。回転中にイゾウが斬り返し切り裂かれる。

 対応を変更。受けた後イゾウを蹴り出す。イゾウは身をひねって回避。この間に帝具を持ち変えて軸足を変更。その勢いで帝具を振るう。イゾウがさらに内側に踏み込むことで帝具は空振り。切り捨てられる。

 受けた後距離を離す。イゾウの追撃。ハンマーで受けつつ凌ぐ。反撃の余裕はない。ジリ貧で敗北。シュラ、ドロテアが痺れを切らして加勢した場合も基本は敗北。

 イゾウの踏み込みに対応してこちらも踏み込む。ツルハシ部でイゾウと打ち合う。ツルハシに沿わせて紅雪を受け流す。形状的に攻撃への反転は不可。そのまま帝具を捨ててイゾウに肘を打ち込む。怯ませ首の骨を折る。イゾウが紅雪を逆手持ちし自身ごと俺を突き刺す。後のシュラとドロテアに対応不可。

 

 いくらか経過を想定したが最高でも手負いでの勝利。シュラ、ドロテアが後に控えていることを考慮すると敗北が確定。捨て身になればイゾウは殺せる。あるいは手傷。イゾウも理解しているから膠着状態が続く。技量は奴が上。身体能力は俺。武器の質は俺だが形状で不利。総じてイゾウ有利。受けに徹すればイゾウ単体には当面負けない。しかる後に奥の手で無傷での勝利も狙えるが、シュラとドロテアの行動次第ではそれも厳しい。奴らに危機感が最低限のみ備わっている事を祈るしかない。

 とはいえ、それしか勝ちの芽を予測できないのも事実。シュラとドロテアの介入が遅すぎず、早すぎず、絶妙であることを期待して受けに徹することを決定。であれば膠着状態を続けるわけにはいかない。

 一歩、イゾウに近づく。イゾウは動かない。足に軽く力を籠めて踏み込む。対応してイゾウも踏み込む。ツルハシ部を地面に突き刺し急停止、土塊がイゾウに向かい飛ぶ。イゾウが切り払う時間でツルハシを抜きつつ全力で後退。同時に帝具を反転。イゾウに追いつかれるも紅雪をハンマー部で受ける。衝撃は全て吸収。反動は互いに皆無。そのまま盾を構えるようにハンマー部でイゾウの連撃を受け続ける。

 

 引く。引く。引く。引きの一手。距離が詰められ過ぎれば帝具が役に立たなくなり、流石に受けきれない。十合、二十合と重ねるうちに全ての衝撃を吸収してきた帝具が振動を始める。奥の手の発動条件は満たされた。

 互いに戦闘中は口を開かないようで交わす言葉はない。衝撃を吸収する帝具ゆえに、武器と武器がぶつかる音すらない。地面を蹴る音のみが起こる不自然な戦場になっていたこの場所に、音叉が震えるような音が響く。発生源は無論、俺の帝具、アースマイト。

 ここでイゾウの選択は二つ。即座に終わらせに掛かるか、一度距離をとる。此処まで打ち合えば帝具の性質は既に割れているだろう。であれば速攻で終わらせるのが吉。しかし俺の技量がそれを許さない。故にイゾウの判断は距離を取るが妥当。しかし――

 

 

――音を聞いたシュラとドロテアが動く。二手に分かれ俺を囲むよう動き。右にドロテア。左にシュラ。

完璧なタイミング。俺が何か仕掛けたと考えるのが妥当。奥の手の不安もある筈。動くとしたら、これ以降は在り得ない。

 だが、奴らは最初から判断を誤った。どれだけの実力があろうと、どれだけの戦力差があろうと帝具を相手に遊びは不要、否、自殺行為とさえ呼べる。能力が知られている帝具であっても、その奥の手はほとんどの場合は知られていない。使い手の実力や発想によっては使用できなかったり使用できても変化、あるいは新たに編み出される事さえあるからだ。どんな状況にあったとしても、帝具使い、あるいは帝具使いだったものに対して、不用意な行動はしてはいけない。例えば捕虜にして、帝具を奪って、丸裸に剥いたとしても、体内に帝具の一部を隠している事もあるのだから。

 油断と慢心は持って生まれた性質か、育った環境か。奴らはそれを理解していない。イゾウを除いて、戦う人間の性質をしていない。だからこそイゾウが最も厄介で在り、最初に潰すべき相手だった。奴は遊ばず、殺す。二人はその逆。

 シュラとドロテアに呼応して、イゾウは距離を離さず詰める。それを見て笑う。イゾウと一対一ならジリ貧で負けていた。距離を取られていれば、時間を掛ければ衝撃は抜けて奥の手は使えなくなる。一度でもそれを理解されれば無傷での勝利の芽どころか勝利はなかった。

 

 イゾウの斬撃に対してハンマー部で受けるように構え、合わせて左後方に身を引きつつ、アースマイトを回転させる。必然紅雪はハンマー部の右隣りをすり抜け、俺に向かう。イゾウは一瞬目を開いたが、構わず全力で紅雪を振り下ろしてくる。だが、アースマイトの方が早い。

 俺の眼前に迫った紅雪の腹に、回転してきたアースマイトのツルハシ部が微かに当たる。通常であればその程度で、横から小石が飛んできた程度の衝撃で、剣戟の軌道がぶれる筈もない。イゾウはその程度の実力ではない。構わずイゾウは振り下ろす。

 

 直後、イゾウに決定的な隙ができる。理由は単純。振り下ろした紅雪の刀身が存在しなかったから。衝撃を蓄積したアースマイトのツルハシ部に触れた紅雪は、その衝撃を余さず受け砕け散った。その欠片はアースマイトに触れた方向とは逆側に、すさまじい勢いで弾け飛んだ。そしてその方向にはドロテアが。ドロテアは防御行動すらままならず散弾銃のように飛び散った紅雪に貫かれて倒れた。

 

「こ、紅雪……」

 

よほど大切にしていたのだろう。戦闘中にもかかわらず呆然と決定的な隙を晒したイゾウにツルハシ部が正面を向いた帝具を振り下ろす。ゾブリとした手ごたえと共に、イゾウの胸を貫く。

 

「てめぇ!」

 

今更やってきたシュラの拳を、体をひねり、イゾウが刺さったままのアースマイトのハンマー部で受ければ、増幅された衝撃によってイゾウの体は弾けた。この帝具は衝撃を増幅し拡散させる。全身に体内から広がる衝撃は体内で爆弾が爆発したようなもの。そら、こうなる。

 

 さて、ようやく一対二。もはや慢心は見込めない。手札もばれた。それでも先ほどまでより勝率は高い。帝具使い二人より、ただの剣士一人の方が厄介とは皮肉な話ではある。ようやく見えてきた勝利に口元を歪め笑いかける。奴には挑発が有用だ。逃げられれば追いつけない。最悪は元の場所に戻られる事。コスミナが逃げているとは限らず、コスミナではシュラとドロテアに及ばない。貴重な帝具使いを失うことになる。奴がもっと人の言うことを聞く性格ならばこんなことをせずに済むのだが、可能性は潰さねばならない。

 

「最初から三人で来るか、最後まで乱入しなければ、俺は死んでたろうよ。脚しか引っ張らない無思慮な大馬鹿がいたおかげで助かった。感謝するべきかな? ありがとう」

 

シュラは眼を血走らせてこちらを睨みつける。激昂して襲ってくるわけではなくこちらの動きを見る構え。少々露骨過ぎたか? ばれたのか。奴らとの戦闘経過を予測する。

 

 

 

 ドロテア、重傷。奴の生命力を考慮して死んだふりと判断。奇襲の可能性大か。要警戒。気づいていることをバレなければ逆に不意を討てる。怪力らしいが程度は不明。ライオネル使用時の故メイドより上と推定。技量、戦闘専門ではない為イゾウはもとよりシュラより低いだろう。当面無視。悟られて錬金術で作製した道具を駆使したサポートに徹された方が厄介。

 シュラ、無傷。身体能力は順当に高く、技量も十分。だがイゾウやヌマよりは明確に下。懐に入られればやや不利だが、それでも受けに徹すれば問題はない程度。厄介なのは帝具。空間転移を可能とする帝具シャンバラ。此処に多数のマーキング済みとは考え難いが頭の隅に入れる。マーキングナシなら警戒すべきはバシルーラや逃走、そして奥の手のランダム転移。発動時の隙は微少。不意を打たれなければ間合内ならば対処可能。外は不可能。よってつかず離れずを保つ。最悪近づかれ過ぎてもいい。

 

 シュラの連打をハンマー部で受ける。攻撃は断続的。ある程度殴れば距離を取ろうとする。それに合わせて進み距離を開かせない。引いた時にはこちらから軽く仕掛ける。持ち手を変えて帝具を振るう。シュラは合せて踏み込み。ツルハシ部で受けようとすればシュラは引く。シュラは後退と同時に土を蹴り上げ石を投げつける。それをツルハシ部で弾く。音を立てて明後日の方向へ飛ぶ石。

 以降シュラの攻撃は激しさを増す。ツルハシ部での反撃時に手で受けて流す。音が出ていない時は触れて問題がないと把握される。こちらの攻撃機会は攻撃を受けきった直後。それを幾度と繰り返していると、とうとうアースマイトから音が鳴る。シュラは顔色を変えて全力で距離を取る。それを追う。シュラが逃げたのはドロテアが倒れるすぐそば。シュラに攻撃するが、どこかに触れれば蓄積された衝撃は全て失われる。結果、単調にならざるを得ない攻撃は躱され、追撃を掛けようとした段階で背中に衝撃。ドロテアに殴られる。さらにドロテアに組み付かれる。怪力故に即座には振り払えない。シュラの罵倒と攻撃が入り、意識を刈り取られる。そのままドロテアの帝具アブゾデックにより生命力を吸われ死亡。こんなところだろう。

 この流れで問題はない。ドロテアの存在に気づいていなければこうなる可能性は高い。ドロテアの不意打ち以降の行動を変えればいい。ドロテアを捌き逆に不意を打つ。仕留めるべきはシュラ。シャンバラが厄介だ。憂慮すべきはドロテアが毒物等を使用してきた場合。シュラは一撃で仕留めねば逃げられる確率が高いが、ドロテアの攻撃を受ければ最悪そのまま負ける。可能な限り回避を考えつつ、無理なようなら受けてでもシュラを仕留めればコスミナは無事だ。……なぜコスミナを考慮する必要があるんだ。訂正。回避を最優先する。仕留めきれずとも重傷を負わせて撤退させれば現状は勝利と言えるだろう。シュラの奥の手で彼方に飛ばされる可能性もあるが、彼我の戦力差ではどうしてもリスクがゼロにはならない。仕方ない。

 

 シュラとのにらみ合いに痺れを切らしたように、アースマイトを振るう。予測通りに進んでくれよ……。

 

 

 戦闘は想定通りに推移した。あんまり望みのままなものだから、逆に不安になってしまうが、現状から咄嗟に対応を変えるほどの度胸も戦闘センスもない。掌の上だというのにどこか恐怖を抱きながら、動く。イゾウ戦では無かったこの感覚は余裕があるからなのだろう。戦っていて分かった。シュラは俺より弱い。これはある意味朗報だ。俺の現在の戦闘能力が原作でどの程度の位置にあるかわかるのだから。イゾウ以下シュラ以上。四鬼羅刹相当と考えるのが妥当か。まったく。辛いな。しかし俺でこれならやはりヌマは相当強いのだろう。帝具なしでイゾウと同格以上。込ならブラート、アカメにも負けないのではなかろうか。やはり相手が悪かったというほかない。

 無駄な事を考えているうちに分水嶺。シュラに向かって音を響かせるアースマイトを振るう。シュラは大げさにこれを避ける。後ろで微かな音。ドロテアだ。シュラが遠くドロテアが早い。回避優先。の筈だったのだが、咄嗟に背中への衝撃に備えて硬直する。未だに場慣れしていなかったのか、あるいはそれ以外か。

 ドロテアの攻撃に合わせてツルハシのハンマー部を胸に押し当てる。ドゴンと、人体と人体がぶつかったと思えない音が鳴り、衝撃が背中から胸へ突き抜ける。胚の空気が押し出され、押し潰されるような圧迫感に襲われるが、全てそのまま通り過ぎる。

 タイミングを完全には合わせられなかったせいでダメージは大きい。だが、動けなくなるほどではない。組み付こうとするドロテア。踏み込んでくるシュラ。全力でシュラに踏み込む。シュラは咄嗟に防御しようと腕をクロスさせるが無意味だ。衝撃を過剰に蓄積したアースマイトの奥の手は、それこそエクスタスでもなければ防御は不可能だ。防御するシュラとの交叉時にツルハシ部を軽く押し当てる。直撃させる余裕はなかったが、十二分だ。それだけでシュラの両腕は砕け散り、全身の血管は破裂する。シュラの背後に回り込むと同時にハンマー部を地面に当て勢いを殺し急停止。そのままツルハシ部で頭を潰し、駄目押しでハンマー部を叩く。シュラの頭が弾けて、上半身が原形をとどめない下半身のみの死体が出来上がる。

 返り血で死ぬほど汚れるのが欠点。体液が毒みたいな危険種には使えないな。そう考えながら、冷汗をかき後ずさるドロテアを見る。

 

「ま、まて、降参じゃ。降参する」

 

都合のいいことを言うが、現状負ける要素がない。シュラ以下の戦闘能力。何か隠し玉を持っていたとしても現在の距離なら一足でつぶせる。だが、あえて、通常の一歩分距離を詰める。その分ドロテアは引き捲し立てる。

 

「わ、妾は役に立つぞ! 凄腕の錬金術師でな、そうじゃお主、北の人間じゃろ? 帝国に負けぬほどの技術力を手にしたいと思わぬか? な、な?」

 

知ってる。そしてそのメリットも考慮している。この交渉が本気だろう事も理解できている。その上でドロテアを追いつめる。できうる限り上下関係を叩きこんだ方がいい。

 

「ほう。仮にそれが真実だとしても信用できると思うのか」

「ぬぅ……」

「何か?」

「なんでもないわい!」

 

やだ、楽しい。だが、こうしている時間も勿体ない。今いる場所が何処かも分からないのだ。全力で踏み込む。ドロテアは慌てて対処しようとするが遅い。伸びてきた手をさばいて組み伏せる。そしてぐりぐりとアースマイトのハンマー部とツルハシ部の間の突起を押し当てる。

 

「ひっ! そうじゃ、妾も帝具を持っておる。これじゃ、この牙! 血液徴収アブゾデックといって血を媒体に相手の生命力を吸収して自らのモノにする帝具じゃ。どうじゃ、技術力に加えて帝具使いも仲間になるのじゃぞ! な、なんなら妾の体を好きにしていい!」

「根本的に勘違いしているな。殺すかどうかは俺の判断するところではない。もっと上の人間が判断するところだ。俺の任務は帝具の調達。無論帝具使いがセットならば言うことはないが、逃げ出す可能性があるからな」

「逃げぬ! 逃げぬ! 先に帝具を渡す! これならよいじゃろ!?」

 

お偉いさんは俺だ。その程度の裁量権はあるが、そんなことは分かるまい。だが引き出したい言葉は出た。

 

「そうか。ならとっとと帝具をよこせ。それくらいはできるだろう」

 

ドロテアはそのまま帝具を外し、後ろ手にこちらに渡す。それを受け取るとドロテアを開放する。そしてそのままシュラの亡骸からシャンバラを回収し、ドロテアに向き直る。帝具を手にした以上、逃亡されてももはや問題ないが、可能ならば味方に引き入れたい。故にドロテアに帝具を返す。

 

「……なんのつもりじゃ?」

「仲間になるんだろう? 自己紹介でもしようと思ってな。北の異民族……セイカ王国の王位継承権第二位。第二王子カマ・セイカだ。ドロテア。貴方が忠誠を誓うなら、全力で貴方の研究を援助しよう。その帝具はその証明だ。極めて重要な帝具、国宝級の代物ではあるが、偶然にも適合したようであるし下賜しよう。さて、ドロテア殿、返答は如何に?」

 

怪訝な表情でこちらを見つめるドロテアに笑いかける。返り血塗れで赤く染まったそれはどう見えただろうか。ただ、俺が名乗りを進めるにつれ、顔が引きつっていったのは面白い。そして返答は絶叫だった。。

 

「た、謀りおったなぁ!? 殿下に忠誠を誓う! これでよいじゃろ!」

「口の利き方には目をつぶろう。俺は寛大だからな。クケケ」

「なんて奴じゃ。……好条件なのが尚、性質が悪い……はぁ。よろしく頼むぞ」

 

そうだろうとも。だが悪いな。うちの国、泥船なんだ。だからがんばって泥を補強してくれ。援助はするが、妙な事をしない様に目を光らせていなければいけないし、ドロテアの研究成果の確認も俺の仕事になるだろう。コスミナの相手も考えれば過労死も近いな。特にコスミナ関連。

 想定外の遭遇ではあったが結果だけ見れば最高と言えるだろう。コスミナと合流し、革命軍と交渉して、可能ならば三人でエンシンを襲撃する。できることが急に増えた気がして、整理しなければならないかななどと能天気に考えている余裕は、実際に今後の流れを想定すればすぐに吹き飛んだ。

 

 

 

 対策を積めば制限時間が縮む。どういう糞仕様なのかと、叫びたくなったのは仕方ないことだろう。

 素晴らしく順当に、帝国から見た脅威度が上がったこの国に、エスデスの派遣が早まる可能性には気が付きたくなかった。

 




イゾウ道ずれに死んでサクッとおわりでもよかったかな。


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3話

 帝国内に配置した部下を経由することでどうにかコスミナと合流して一息ついた後、錬金術師も混ぜて三人で今後の計画を協議した。しなければよかった。でも知るべきだった。コスミナはいつもの如く役に立たなかったが、錬金術師は流石に頭が回る。副官とはやはりこうでなくてはならない。足りないところや想定外を対応してくれてこそ副官だ。それができなきゃ副官の意義はない。ただの補助ならコスミナにもできる。自覚はあるのかコスミナよ。

 さて、かの御高名な錬金術師殿は調子に乗っていた俺の頭も胆も冷やすことを言ってくれた。

 

――国に、より有力な将が攻め寄せる。

 

それを聞いた瞬間まずエスデスが浮かんだ。ヌマなら、エスデス以外はどうにかなるだろう。俺でさえシュラに勝てた。イゾウに勝てた。こんな俺でも原作に食い下がれる程度の実力はあるらしい。ならヌマは大丈夫。そこまで圧倒的な力を示していたのなんて、エスデスくらいなものだ。ヌマの実力は高くてブラートと考えていたが、もう少し上までありえる。嬉しい誤算。

 とにかく、ヌマが帝具使い三人を含んだ軍を破った以上、帝国の手は二つ。優先して潰しに来るか、あるいは捨て置かれるか。もう一つ停戦協定を結ぶなんて可能性もあるが、連中のプライドを考えればまずない。同じ理由で捨て置かれる可能性も低い。最強の札が破られれば苦渋の選択でありえるかもしれないがそうではない以上、潰しに来る。時期はある程度前後するだろうが、一年以内。西に行っているエスデスが完全勝利するまで、あるいは引き戻されて、北に派兵されるまで。

 そういえば原作はいつ始まるのだろうか。そう遠い未来ではないだろうが、確かめる意味でタツミを探すのもいいかもしれない。奴はエスデスを知らずヌマを知っていた。ならば帝国北側の集落に住んでいるはずだ。名目は、帝国内への侵攻の為の事前調査、とでもしておくか。帝具捜索部隊は既に、帝国内への工作部隊に存在理由が変化している。十分だ。

 部下に指示を出す。

 錬金術師には褒美を出す。俺の血だ。他者から生命力を奪わないと化粧が剥げるようだから、相当喜んでいた。いくら帝国民とはいえ無辜の民を襲わせるわけにはいかない。周りがアレだっただけで意外と話が分かる。というよりも理解が広いと考えるべきか。亀の甲より年の劫だな。

 首は流石に怖かったので指、というか手から吸わせたわけだが、生命力を吸い取られるというのは想像以上に疲れる。最悪吸い殺される。だが、それはコスミナも似たようなモノ。現状で、錬金術師には帝国とのコネはない以上、俺を殺すメリットは皆無。基本的には感情よりも理性を優先する人種。殺される可能性はまずない。であれば信頼を示す意味で今後は首から吸わせてもいいだろう。他者を信頼しないと、他者から信頼されないものだ。

 そうはいっても毎度毎度こんな事してはいられないので、試しに危険種を生け捕って食わせてみたら、ひっくり返った。拒絶反応とかどうとか。良く分からん。だが苦しむ錬金術師は案外かわいかったのと、生命力の吸収自体はうまくいったようなので、効率を考慮してまたやらせることを決意。錬金術師は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて、命乞いの時と同じ様子で懇願してきたが説得の末条件付きで受け入れさせた。定期的に血液を失うことになったが些細なことだ。長命種も強い場合が多いので狩るのはいささか面倒だがしかたあるまい。帝具で危険種と混ざり強くなる例がある以上、やらせない選択肢はない。

 

 拒絶反応を抑える薬を作りたい? 作ればいいだろう。そんなことまで却下はしない。材料は、まぁ、手伝おう。あぁ、そうだ。強くなれるようなら類似効果の薬を用意しろ。最悪その場しのぎのモノでも構わないから。手足が異形のそれになるくらいなら受け入れるよ。俺は。死にたくないのだ。

 

 

 

 部下への指示出し、錬金術師との作戦会議が終わって、とうとう革命軍への交渉へ動き出す。

 が、困ったことに連絡の取り方がわからない。帝都で貸本屋をやってるラバックは確実だが無意味に警戒される上に、帝具使いだ。最悪即時戦闘もあり得る。真っ先に却下だ。レオーネは帝具がない以上ナイトレイドではないだろうが、革命軍に所属している可能性は高く選択肢の一つ。とはいえやはり帝都入りは危険度が少し高い。地方で地道に聞き込みを重ねていれば向こうからの接触もあり得るが、同時に帝国に捕捉される危険性がある。不確定要素が大きい。部下に探させるのも悪手だ。ただでさえ最近は失踪者が増加しているのだ。拠点もいくつか潰された。より重要な仕事を任せにくい。接触できてもその後の展開で一網打尽とかはシャレにならない。今後に響く重要な仕事だ。主に逃げ道の確保的な意味合いで。俺自身がやり切るほかにないだろう。

 総合して、まずレオーネに接触だ。次いで帝都内でナイトレイドへの接触を図る。一般人から依頼を受けている以上、接触難易度は高くない筈。……だというのに罠にかかってない時点で、情報の取捨選択能力において異常。とんでもない化け物が存在している可能性が高い。やはりナジェンダか? あるいは革命軍内の他の何者かか。戦闘力以上に警戒する必要があるな、ナイトレイドの情報処理担当。

 他の暗殺集団は壊滅したという話もあるし、やはりナジェンダの可能性が高いな。腕と目を失い戦闘能力を喪失してもナイトレイドの最重要人物なのは間違いないだろう。

 そんなことを考えつつ、俺とコスミナと錬金術師。三人の帝具使いは帝都に入った。

 

 

 

 レオーネへの接触は容易だった。ちょいと貧民街に入れば有名人だ。まさか一人目で場所がわかるとは思わなかった。そして探し人の噂は流れて、酒場でレオーネが来るというのを待っている現状。少しでも心証をよくするべく、その場に居合わせた人間に酒をおごる。まだ夜は始まったばかり。もっと更けてからでなければ話はできない。だったらそれまでバカ騒ぎするのが賢いし、楽しそうなヤツを見るのもまた楽しい。

 

「おぉ、嬢ちゃん歌上手いな。もっと歌ってくれー」

「はーい。盛り上がってきましたね! それじゃーもう一曲いっちゃいます!」

やんややんや。

 

バカ騒ぎに呑まれてレオーネが来る前に理性を蒸発させた間抜けな歌姫を見て笑う。酒の肴にいい歌だ。もう少し落ち着いた曲なら言うことはないが、それでは場所に合わない。そういう曲は二人きり……ドロテアもいるから三人の時にでも歌ってもらおう。

 なにより酒に呑まれて押し倒されるより万倍マシだ。旅の恥は掻き捨てというが、可能なら掻きたくないのが人情だ。そんな性癖は俺にはない。ないものはない。

 酒場を盛り上げているし、最初より人もかなり増えている。明らかに一般人ではない身のこなしの人間も混ざっているが。さて、何者か。いきなり無関係な人間を襲ったりはしないだろう。そんなことを考えていると、錬金術師、ドロテアが飛びついてくる。

 

「カーマー! ヌフフフ」

「ぬお、ちょっと酒臭いぞドロテア」

 

首に手を回され間近に迫った口から洩れる酒の臭いに顔を顰める。その反応に微かにドロテアは見た目に相応しく、実年齢に相応しくなく、憤慨して見せる。

 

「なんじゃとー。こんな美少女が抱き着いているのじゃから喜ばんか。この甲斐性なしめ……こうしてやる――」

「年を考えろバビャわ!?」

 

――ハム。んむんむ。あまがみ。耳たぶを口で挟まれた状態で揉むように唇を左右に動かされる。背筋にぞくぞくとした快感が走る。同時にちくりと痛む。血を吸いだしたかコイツ。慌てて押しのけようとするが、そういえば今週分の血をやってないことを思い出した。我慢する。俺に対して、ドロテアは思いっきり抱き着くように見せて小声でささやいてくる。意識が逸れそうになるのを堪えながら、その言葉に対応する。

 

あむあむ。

「こんな目立つことして、どういうつもりじゃ」

チロチロ。

「こういう連中の横の繋がりは侮れない。金で転ぶ連中だからこそ心証を大事にするべきだろう?」

んみゅんみゅ。

「カモ認定される方が早くはないかの?」

ちうちう

「それならそれで構わない。なんにせよ口が軽くはなる。まぁ、ガセネタも増えるだろうが、情報なんて元からそういうものだ。気にしてられないさ」

んまんま。

「ぷは。なら、わしが言うことはない、か。ではそろそろ奥の方を――」

「――いい加減にしろぉ!」

 

それは吸血とは関係ないので却下だ。会話中もあまがみを続けるドロテアに対し流石に色々と限界が迫り突き飛ばす。耳に集中していたからか、あるいはそろそろやめるつもりだったのか、想定より容易く突き飛ばされたドロテアはそのまま出入り口の方に飛んでいく。流石に壊れはしないが、ぶつかるな。アレ。

 弁償はいくらかかるか試算を重ねようとしたタイミングで、どこぞで見た金髪の女がただ酒がどうとか叫びながら酒場に姿を現し、間の抜けた声を上げてドロテアと衝突した。ふむ。レオーネか。アレ。

 慌てて、衝突した二人の様子を見る。あぁ、駄目だ。二人して伸びている。どうしたものかと近づいて、気絶した二人を突いていると、ちょうど一曲終わったコスミナが人込みを飛び越えてこちらに駆けてくる。流石にこの状況を看過はできないのだろう。

 コスミナはそのままの勢いで宙を舞い。片足をこちらに向けて突き進む。飛び蹴り。それを軽くいなして受け止める。どうやらひどく御冠らしい。先ほどまでは歌って調子がよさそうだったのだが、何故だ。

 

「どうした。コスミナ」

「どうしたじゃないですよ! コスミナが歌っている間にドロテアちゃんとイチャイチャして! ずるいです。コスミナも混ぜてください!」

「……? いや、なんのことだか。さっぱり」

 

コスミナも知っての通り、ただの吸血行為だ。そういえば普段は腕とか指とか首とかで耳は初めてだったか。しかしあれはイカンな。今後はやはり耳からはNGだ。

 

「ううー! 知らんぷりならぁ……こうです!」

「うっ!?」

 

もぐもぐ。んぐんぐ。ぴちゃぴちゃ。ぺちゃぺちゃ。ドロテアのそれより幾分と激しい耳への攻撃。付き合いが長いせいだろう。ドロテアのそれより幾分とツボを心得ている。ていうかこれは目的が違う。

 

「ぬ、うあっ。コスミナ、やめろっ!」

 

静止を呼び掛けてもコスミナは止まらず。周囲の注目が集まり、妙な空気になったところで気絶している二人共々、奥の部屋に案内されることになった。そういう店じゃないとか言われても、俺だってそんなつもりはなかったさ。だが仕方ないのだ。弱いところを攻められれば、その気にもなろう。男なら。

 

 結局、諸事情で疲れ果てた俺が再び目を覚ましたころにはレオーネは復活し、思う存分ただ酒を煽っていた。まあ、構わない。

 レオーネに事情を話すと警戒されたがこちらに敵意がない事と、自らの裁量できる話でないことを理解したようで、後日向こうから連絡が来ることになった。想定通り奴は革命軍と繋がっていたようだ。

 ただ人の面前で致し始める高レベルな変態集団扱いされて、男連中からは尊敬の、女連中からはレオーネも含めて侮蔑の瞳で見られることになった。おかげで連絡が来るまでの数日間、ひどく過ごしづらい帝都暮らしとなった。もう来ない。

 

 

 

 レオーネに案内されたのは帝都から離れた森の中。聞かれるわけにはいかない話ではあるし、秘密基地を教えるわけもないと理解はしていたが、長話をするには不向きにもほどがある場所。どうやらあまり歓迎されてはいないらしい。まぁ、敵国の人間、それも諜報員への扱いとしては妥当か。さて、周囲を見渡すのはやめて、待っていた人間を見る。

 眼帯を身に付けた義腕のイケメン。もとい麗人。まぁナジェンダだろう。その後ろに控える愉快な髪形の筋骨隆々とした男。ブラートだ。互いに見定めるような視線が交錯する。

 まずい。ナジェンダはどうにかなるがブラートが想定以上だ。この状況でいきなり襲われることはないと思うが戦闘になればまず勝てない。身体能力、同等かわずかに俺が上。技量、ブラートが上。イゾウと比較すれば迷うが、俺よりは明確に格上。帝具による戦闘力の向上は不明だが、タツミの事を考慮すれば相当な上昇率。流石は帝具使い三人を相手に、足手まとい抜きなら勝利を掴んでいた化け物の類。

 結論。鎧を纏う帝具である以上相性は悪くないがそれでも薄い。ドロテアはあまり役に立たんだろうとはいえ、三人がかりで三割を割る勝率ってところか。周囲に他の連中が控えているだろうからさらに下がる。ガン不利。

 とはいえ内心ビビっていることを悟られるわけにはいかない。向こうも自らの有利を考慮したうえで臨んでいるだろう。場所を選んだのが向こうである以上、覚悟の上で。ここで余裕を見せつけて、何かしらの手があると思わせねばならない。実際あるが。

 

「初めまして。セイカ国のカマ・セイカです」

「革命軍のナジェンダです。カマ・セイカというと、王族の?」

「えぇ。第二王子の。今回の交渉は私の責任の下に行われることになります」

「なるほど。それは失礼をしました。こんな場所ではなんですので場所を変えましょう。ちょうどこの先に座れる場所があります」

「それは有難い。長旅で疲れているのですよ。帝都では生憎とあまり落ち着けませんでしたので……」

 

噂を聞いていたのか、どこか納得したような表情を浮かべるナジェンダ。本格的な話をしていないのもあってまだ、表情は読める。王族であるということに驚いたようだが、俺も驚く。使者とか最悪殺されるような仕事だ。体面的には害されるはずはないが、帝国内で賊に襲われるなど最近は珍しくもない。それほど力を入れている、重要視しているということは理解してもらえたようで、場所が変わるようだ。拠点ではないだろうが、まずは交渉の席に就けたと考えていいだろう。

 

 案内された先は森の一角を切り開いたような場所で、簡易的な椅子や机があった。焚火の跡も見え、キャンプ場のイメージが近い。此処にたどり着くまでに幸いな事もあった。移動に合わせて隠れていた連中も動いたのだろう。二人ほど、存在を感知できた。木の上に一人。地上に一人。誰かは分からないがナイトレイドだろう。レオーネは既に帝都に帰った。目の前にナジェンダとブラート。であれば、残りはアカメ、ラバック、シェーレ、マイン。時期を考えればスーさんとタツミ、チェルシーはいない。この中で一番隠密がうまいのはアカメだろう。マインはより遠くで狙撃担当。であれば感知できたのはラバックとシェーレ。帝具の性能を考慮すれば、木の上にいるのがラバック、地上がシェーレと考えて問題ない。戦闘にならないように動くのが最優先ではあるが、万一に備えて行動を予測しておく。

 俺とナジェンダが向かい合うように席に着く。ブラートはナジェンダの側に、コスミナとドロテアは俺の側に立ったまま。俺は背負っているアースマイトを、すぐに掴めるよう机に立てかける。そしてお互いが手を机の上に置いたところで、交渉が始まる。

 

「この場所でも失礼とは思いますが、ご理解ください」

「よい場所ではないですか。北は雪ばかりで、こういう木々の香りのする場所は少ないので新鮮ですよ」

「そう仰っていただければ幸いです。……それで、今回はどういったご用向きでしょうか」

「そう、ですね……」

 

会話は続かない。相手も単刀直入な話を求めている。

 

「我が国は、革命軍との同盟を望んでいます」

 

ナジェンダの表情は微かに目を細めたのみ。にこやかなまま。こちらの想像以上に変化がない。予想していた? 否。本人の資質の問題だろう。この若さで将軍にまで成り上がっていたということは、当然軍事的な才能もあったのだろうが、それだけではないようだ。目と腕を失った今ならばむしろ大臣やら官吏向きの人材。あぁ、いいなぁ。北の国は無能な足手まといばかりで、政治ができる人間が少ない。そんなだから蛮族呼ばわりされるのだ。革命を成した後も重宝される事だろう。

 

「それだけではなんとも言えませんね。その条件と、利点を説明していただきたい」

「えぇ、もちろん――」

 

 革命軍が北の異民族と同盟を結ぶ利点は三つ。

 帝国の弱体化。現状北の国は戦力だけを考えれば、既に革命軍と協力関係にある西の異民族よりも強大。革命の成功率はぐっと上がることは確実だ。如何に帝国と言えど西と北の同時侵攻への対処は遅れる。……エスデスに蹂躙されて戦力の大部分を喪失するのだが。

 情報網の拡張。帝国内部への情報網ならば革命軍のものの方が広範ではあるが、情報網は帝国側の罠ということもままある。その点俺が現在までに組み上げた諜報部隊は帝国側の思惑に左右されることは格段に少なく、確度が高い。さらに言えば戦場で対峙せねばわからぬような情報も革命軍に流すことができる。通常入手不可能な極秘のモノ、例えば帝具の奥の手、未来の情報さえ俺の原作知識から流すこともできる。無論、機は俺が判断する。……エスデスに壊滅させられれば俺の知識以外の情報網は崩壊するのだが。

 帝具及び帝具使いの供給。おそらく最重要だろう。エスデスを倒すのに十万の兵力と十人の帝具使いとか言っていた。現在北の国が所有する帝具は七個。俺、コスミナ、ドロテア、そしてヌマの千刃乱舞(せんじんらんぶ)ガボルグ。四人の帝具使いに、適合者が見つからぬ帝具が二つ。ライオネルと靴の帝具……名前は確か天地踏破(てんちとうは)セブンリーグ。調べた。それに先日手に入れたシャンバラ。

 自分で言ってあれだが、相当多いのではないか。これ。手を結ぶならば適合者が見つからぬ二つのうち一つを譲る用意がある。なんなら援軍として帝具使いを送ることも考慮可能。

 無論。ただではない。帝具使いを見つけるのは帝具を見つけることに匹敵する難易度だ。実際兵士たちでは適合者は見つけられなかった。一人一人探すのは手間で、膨大な労力をかけた。だがそれにも関わらず、革命軍は新たな適合者を容易く見つけている様子だ。国を守るものである以上、基本的には帝国臣民の血を引かねば使用できないという可能性もある。だが俺やヌマが使えている以上その可能性は薄い。乱捕りした女をそのまま妻に迎えたりしている可能性はあるが、それはおいておく。混血なんぞ民草でもいくらでも起こりえる。

 そこで、ある仮説が持ち上がった。つまり、適合者を見付けだす、あるいはその人間に適合する帝具がわかる帝具があるということ。帝具使いを探す手間を大幅に削減できる代物。それこそが原作においてたびたび存在を仄めかされていた占いの帝具なのではないかという予想。この帝具に占ってもらう事も目的の一つだ。この要求で俺の情報網が広大だと誤認してもらう目的もある。

 味方するメリットを示すと同時に敵対するデメリットも示す。示威行為ではあるが、効果的なのは確かだ。

 一通り話し終えてナジェンダの返答を待つ。順当に損得勘定ができるならば受ける筈。もちろんナジェンダがこの場で即断できる権限を持つとは思っていない。こんな大ごとを勝手に決めては味方内で顰蹙を買うというもの。それでも持ち帰り、首脳部で話を持つと考えられる。まず成功するはず。というか俺が向こうの立場ならば受ける。リターンが大きい。革命後の内政干渉の恐れもあるが、エスデスをぶつけてしまえばまずもってそんな余裕はないだろうという判断。実際西はそうなったようであるし。うむ。余裕を持って返答を待つ。

 

 

 

 

 

――だが断る。

 




エスデスに敗北後の逃げ場を全力で確保しようとしているだけ。


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4話

「何だと……!?」

 

思考に空白ができる。抑える間もなく疑問が口から漏れ出る。しまったと思った時にはもう遅い。ナジェンダがしてやったりと哂う。

 

「ようやく表情を見せたな。カマ・セイカ」

 

名前をフルネームで呼ばれただけだというのにひどく蔑まれて聞こえる。想定外のことに動転しているだけではない。ていうかそのままだ。

 

目を閉じ、息を吐き切る。思考が加速する。ぞわっと体に鳥肌が立ち、体の芯から熱くなる。対照的に思考は冷えていく。最近調子が良過ぎると思っていたんだ。こうでなくては困る。いや困るわけがない。吊り上がりそうになる口角を抑え込む。

 断られるとは思わなかった。何故だ。理由はある。考えろ。取り乱すな。落ち着け。聞くのは単純だが主導権を握られる。こいつは油断ならない相手だ。それは避けたい。だが空白が長すぎてもいけない。沈黙は降参に劣る。

 利害では釣れなかった。もったい付けていただけで、考える素振りもなかった。好条件を引き出すための駆け引きではない。

 ならばそれ以外。根本的なところで掛け違っている。なんだ? 善悪だ。正義でもいい。主観的な善が正義を意味する。革命軍は、ナジェンダは、北の異民族を相容れない悪と認識している。

 革命軍にとっての悪。即ち現在の帝国のありよう。それを変えるために立ち上がったのだから、そこに疑う余地はない。であれば、帝国と北の国で重なる悪があるはず。民草を虐げ政を私事に変える悪徳が、どこかにある。

 政ではない。上層部は理解力に欠ける無能集団ではあるが、国王は公人としてなら十分に有能だ。傀儡と化してはいない。少なくとも搾取するだけして還元しないなんてことは起こりえない。起こさせない。

 ナジェンダからほとばしる明白な怒気。奴にとっての正義と、真っ向からぶつかるような出来事のはず。浮かぶのはエスデス。……そうか。あったぞ。なるほど。であれば当然の反応。

 

 目を開くとナジェンダがこちらを観察するように見つめている。睨んでいると言ってもいい。どうやらそれほど時間は経っていないようだ。助かった。

 

「先日の虐殺か」

 

ヌマが行った捕虜の皆殺し。不必要な殺戮。それはエスデスと重なるところもあり、ナジェンダが革命軍に出奔するきっかけともなった出来事。ナジェンダと相容れる筈もない。これは、持ち掛ける相手を間違えた。呟くと同時。ナジェンダが声を出す。明確な怒気を含んだ聞くものの心に響く声。

 

「理解していたのか」

「可能性の一つとして考えてはいた」

 

嘘だ。頭の片隅にすら残っていなかった。失敗を承知で橋を渡ることなんてできるか。それでもこう言っておく必要がある。余裕がないことを悟られてはならない。たとえ全力で応じていたとしても、底を知られてはいけない。上に立つ者は、計り知れないくらいがちょうどよい。

 

「それでも。これ程の利を示せば乗ると考えていた。まったく、想定外だよ」

 

その言葉を聞いてより怒気を、殺意と錯覚するほどに、激しく迸らせるナジェンダ。感情を今度は抑えず、表に出す。さぞや悪辣な笑みを浮かべている事だろう。

 

「馬鹿にするなよ……」

 

静かに、呟くように、吐き出した声に、虫も鳥も押し黙る。森の中に静寂が広がる。ナジェンダの意志と呼応するように、風が吹き、木々が揺れる。

 

「私は、我々革命軍は、現在の帝国の悪事を見過ごせず立った。己の信じる正義のために、自らの心の正しさのために、民草を救うために、立ち上がったんだ」

 

ピリピリとした空気が、ざわめく木々の音が、首筋に刺さる殺意が心地いい。同時にナジェンダの声が心を波立たせる。

 

「貴様の言うように、異民族と手を組む売国奴と呼ばれても否定はできないだろう。あぁ、そうだとも。帝国を打倒するために手段は選ばない。暗殺もする。売国奴ともなろう。どのような汚い行いも、非難も甘んじて受け入れよう」

 

あぁ、羨ましい。妬ましい。これほどの美しさも、気高さも、雄々しさも俺には欠片たりとも存在しない。俺の全ては死なない為に、どれほど醜くとも、見苦しくとも、無様だろうと生き残る為に存在する。俺に彼女ほどの輝きはない。あぁ、いいなぁ。

 

「だが、それでも! どれほどの利を説かれようと!」

 

吐き捨てるように彼女は言う。その義腕を机に叩きつけ、椅子から立ち上がり、俺を見下ろし、指差しながら俺を睨んで、言い放つ。

 

「降伏し、戦う意志を持たぬものを虐殺するような輩と組むことなどない!」

 

あぁ、格好いい。こうあれたらどれほど良い事か。どれほど無様な過程を通っても、その末路の一瞬だけでも、これほどの輝きを放つことはできるのだろうか。

 

「そう、か……どうやら俺は、革命軍を、いや、ナジェンダ。貴女を読み違えていたらしい。俺が悪かった。貴女を嘲る意志はまったくなかった。許してほしいとは言わないよ」

 

そしてだからこそ自分が嫌になる。みじめで、情けなくて。これ程の存在を前にしても、俺は死を恐れる矮小な人間でしかない。

 

「交渉は決裂だ。手間を取らせて悪かった。失礼する」

 

詰まるところ、こんな死地からは一刻も早く逃げ出したいのだ。席を立ち、アースマイトを背負う。仕掛けてくる様子はない。この場で襲われれば生還できる公算は少ない。

そのまま歩く。数歩。木の下にたどり着くと首筋をチリチリと焦がしていた殺意が消える。そこで振り向きナジェンダに声を掛ける。負け惜しみの捨て台詞。

 

「他の面々も、貴方と同じように誇り高い事を願っているといい。君たち革命軍の大義が、空虚な張りぼてにならないよう、俺も願うよ」

 

その言葉にナジェンダは眼を見開く。意味は理解できたらしい。俺はわざとらしく笑い声を上げながらそこから全力で走り去ろうとする。同時にナジェンダが手を掲げる。

 殺気。体を反転させて背後からの強襲を防ぐ。アカメだ。間一髪。余裕を見せて笑いを続けるが、内心は冷や汗もの。受ける場所が数センチずれていれば村雨が指に当たっていた。ブラートはコスミナとドロテアが防いでいる。長くはもたないだろう。急に騒がしくなった森に、それでもナジェンダの声が不思議と染み渡る。

 

「……お前は危険だ。悪いがここで死んでもらう」

 

アカメを力任せにはじき飛ばそうとするが、それより先にアカメが自ら後ろに飛ぶ。

 身体能力は俺の方が上。技量はアカメが上。帝具抜きならば十二分に相手取れる。だが、アカメの帝具は一斬必殺村雨。今まで見た数多の帝具の中でも最もおぞましい負の想念を纏っている代物。一度認識してしまえばもはや見ずとも存在が認識できる。二度目の奇襲は防げると断言できるが、それどころではない。

 思考する間もなく、次いで襲いくるエクスタスをアースマイトのツルハシ部で受ける。いや、エクスタスをツルハシ部の先端でもって迎撃する。

 チュインというかつてない音と同時に互いにはじき飛ばされ、意図せず距離が広がる。幸いなことにアカメとの距離は広がった。不幸なことにコスミナドロテアとの距離も広がった。

 その音と現象をもって確信する。予想通りエクスタスは、アースマイトより硬く、相性が悪い。

 

 アースマイトはハンマー部で衝撃を蓄積し、ツルハシ部からそれを拡散的に放出する帝具。衝撃に極めて強くなるよう様々な鉱石や危険種の一部で合成された帝具だ。戦争時は破城鎚として、それ以外の時は農業用に利用できる時を問わず使える便利な帝具だ。

 ツルハシ部は、触れているものによく衝撃を伝搬させる。詳細は知らないが、細かく振動し内側から破砕するとかどうとか。ドロテアが言っていた。

 通常はツルハシ部の中でも先端のみが衝撃を拡散させる。だが衝撃を拡散させず過剰に蓄積させることで、ツルハシ部全体が震え音叉の様に音を鳴らす。この状態ではツルハシ部全域が周囲に衝撃を伝えることができる。これがアースマイトの奥の手だ。さながら一斬必殺の様に触れるだけで物体を破壊する状態。極限まで張りつめた風船のような状態で、防御不可能というのが最大の特徴だ。

 さて、この技は帝具への負担が極めて大きく一歩間違えばアースマイトそのものが崩れかねない。圧縮された強化ガラスが爆発的に砕けるように、些細なことでアースマイトも弾け飛ぶ。微かな傷でもつけば一気に暴発する。つまり、音が鳴っている状態で自身より硬い、正確には衝撃に強く通さないような物体と接触すれば、放出された衝撃がすべて跳ね返ってきて、アースマイトが砕ける。

 奥の手を考えなくてもエクスタスの前ではアースマイトの効果は無効にされるに等しい。地面を耕して体勢を崩す、障害物を粉砕して目をふさぐ。いくらでも使い道は考えられるが、最大の利点、武器破壊は不可能。

 もちろんそんな例はこの世で数少ないはずだ。体験したことは一度しかない、今だ。エクスタス。世界最高硬度の鉱石から作られた物体。アレは、アースマイトの天敵だ。

 

 シェーレ自身は技量も身体能力も俺より下。時間を掛ければ奥の手がなくとも倒せる相手だ。なんなら帝具なしでも勝ちは狙える。だが、速攻での決着が望めない。俺もシェーレもどちらかと言えば防御を得意とする戦闘スタイル。耐えて、耐えて、耐えて、一瞬の隙を突いて必殺の一撃で仕留める。両者ともに防御不可能な一撃。いつでも使用可能か条件を満たさねば使用不可かの違いはあれど、根本的には同系統といえる。形状からして戦闘に向かないのも共通だ。開いて閉じる。刺して叩く。どちらも二度手間だ。

 短時間で決着をつける術が俺にはない。ましてやマインがいる。ラバックがいる。ブラートがいる、アカメがいる。彼我の実力を考えればコスミナとドロテアが救援に来れる可能性は極めて低い。あらかじめ勝ちを捨てて堪えるよう伝えていなければ、既にやられている危険すらあっただろう。二対一でさえブラートに押し込まれている現状が何よりの証拠。致命傷こそ避けているものの、俺がアカメ、シェーレと数合結ぶうちにボロボロだ。なんだアイツ化け物か。

 アカメの姿は既にない。隠れたのだろう。だが場所ははっきりとわかる。アレは死の象徴、具現。誰より、何より死を恐れる俺が村雨を見失う筈がない。あんなものは、斬られるまでもなく。手で持っただけで俺は死ぬ。あぁ、はっきりとわかった。アカメは狂人だ。ナジェンダはよくもまぁアレを御せる。

 だが、どれほど恐怖しようと不利に見えようと、この状況。戦闘になるという最悪の可能性の中の最良の状況。シェーレもアカメもブラートも。全員が、俺から一足の間合に居ない。ならばひとまず痛み分けだ。空いている左腕をポケットに突っ込み、中のモノを握る。そして、叫ぶ。

 

「さらばだ! また、生きて会おう!」

 

 それは相対したシェーレに言った言葉。ナジェンダに言った言葉。可能なら会いたくなくとも強がりでブラートとアカメに言った言葉。コスミナとドロテアへの合図。

 叫んだ直後、足元に方陣が浮かぶ。同時にドロテアがやぶれかぶれに絶叫しながらブラートに突っ込む。ブラートは当然それに対応しようとするが、無駄。

 俺がナニカしたのに気づいたのだろうアカメとシェーレが全力で突っ込んでくるが遅い。どこからともなく現れた糸が俺の体を取り巻こうとするが、なお遅い。

 激しい轟音が鳴り響き、全てが停止する。

 コスミナのヘヴィプレッシャーの奥の手。ナスティボイス。全周囲に音波を飛ばし、一時的に動きを止める大技。敵味方問わず、範囲内全てが対象であることと、消耗が大きく連発不可能なことが欠点。だが、十分だ。全力で踏み込んでいたアカメとシェーレ、それからドロテアは体の自由が利かなくなり地面に突っ込んだ。

 コスミナが技を放つ隙を潰すためにドロテアに突っ込ませたが不要だったかもしれない。俺も動けなくなったが既に帝具は発動している。実際に効果を発揮するそのタイムラグを潰すための一連の動き。

 目線を動かせばナジェンダがいる。とりあえず嘲るように笑ってみた。コスミナもいる。微笑んでみた。土塗れのドロテアがいる。指差して笑おうとしたが指は動かなかった。そもそも奴は此方を見れる体勢ではない。体の自由が微かに取り戻されると同時に、視界は白く染まる。さぁ、鬼が出るか蛇がでるか。運否天賦のお時間だ。

 

 

 

 飛ばされた先で周囲を確認する。周りには誰もいない。ひとまず俺の場合は無事成功だ。危険種はいるかもしれない森の中だが、空中とか水中とかに投げ出されなかっただけマシなんだろう。俺が使った逃走手段。シャンバラの奥の手は、世界のどこかに飛ばす、ランダム転移だ。都合よくシャンバラに適応できていて助かった。だがこれも必然。どこでもドアに憧れない現代人なんていないのだ。

 そんなことを考えて、俺はその場に頽れた。地面の感触が心地いい。ほんの一瞬。奥の手とはいえこの疲労感。参った。帝具なんて二重に使うもんじゃない。なんとなく慣れている気がする生命力が枯渇する感覚に身を任せながら、せめてコスミナも無事であることだけ祈り、俺の意識は喪失した。

 

 

 

 結局コスミナやドロテアと合流したのは、北の国、ヌマの守る砦だった。出会うなり襲われた。どうにか寝室まで逃げ込んで、またもや生死を彷徨わされて。錬金術師の薬で目覚めたと思えば、今度は貧血で殺されかけた。なんなんだあいつら。妙な場所に飛ばした俺も悪いことは悪いのだろうが。今は仕方なく二人の文句を受け入れる。

 聞けばドロテアは空中に放り出され、大けが。薬を常備していなければ危なかったらしい。地面に叩きつけられぶちまけられた薬を土塊ごと必死に舐めとる破目になったというのだが……悪くないな。コスミナには、雪の中。構えたままだった帝具で雪を吹き飛ばして、その振動で起きた雪崩に呑み込まれて、もう一度吹き飛ばしたものの寒さに震えていたところを、様子を見にきたヌマに救われたとか。ここの側に放り出されたんだな。

 しかし三人とも見事に帝国周辺。俺は西。コスミナは北。ドロテアが中央。世界のどこかというからにはもっと地球の裏側とかも覚悟していたのだが。ランダムで世界のどこかというのは言い過ぎなのではなかろうか。世界の果てとやらもどちらかというと次元の狭間みたいな印象だったし。案外帝国近郊、千年前に帝国が把握していた範囲のどこかというのが真実な気がする。この分ではナイトレイドも似たり寄ったりで死んでいないかもしれない。一人くらいは期待したいものだ。

 

 久々の再開に心を温めていたところでヌマと戦略の検討だ。手合わせをする羽目になったのはご愛敬。ヌマはどこぞのコスミナやドロテアと違って手加減も上手だ。疲労困憊程度で済んだ。様々な主要人物と出会ったことで、ヌマの実力がどの程度の位置かも大凡把握できた。個人の武力ではブラート級。対集団ではそれ以上。現状では準最強級だろう。それを蹂躙できるのがエスデスとかいう人外なんだが。期間は少なく相手は強大。

 ヌマとの話し合いで打つ手は決まった。帝国への侵略を本格的に開始する。元より土地がやせている北の国は、帝国に収穫に行ったことはあれど、領土は奪っていなかった。だが今回はもちろん統治する。略奪などは禁止し、その分褒賞を多くする。財政を圧迫するが、かつてほど余裕がないわけではない。統治はひとまず相当甘くする。帝国時代より良いと民草が判断できる程度に。現状を考慮するとハードルが中々に低く喜ばしい。

 その税の重さもあって帝国では革命の機運が高まっており、援助を申し出たがヌマが行った捕虜惨殺を理由に断られた。革命軍の心変わりを促す目的もあり我らの善良なところを喧伝する必要がある。的な事をヌマに伝える。

 更に西の国と接触を図り同盟、あるいは秘密裏な協力関係を結ぶ。南の連中は戦力の消耗が酷く戦力にはならないだろうが一応伝える。陽動程度にはなる上、装備さえ提供すればまず乗ってくる。復讐は眼を曇らせる。捨て駒が明らかな状況でさえ喜んで頷く。北、西、南さらには内。言ってしまえば帝国包囲網だ。これを狙う。

 並行して革命軍との連絡を取る。ナジェンダには断られたが、奴らも人間。彼女ほど強固な使命感、信条を掲げている人間は多くはないはずだ。であればそこから切り崩せる可能性は高い。誰か一人でも抱き込めればよい。それで革命軍への内部干渉は可能。彼女にしても手の出しようがない辛いところだろう。どこか悲しさを覚えるが、まぁ気のせいとする。

 

 今後の戦略は決まった。他に考えることは戦力向上。侵攻すれば当然エスデスが出てくるのも早くなるだろう。個人的な武力の向上は急務。今まで連れ歩いていたドロテアは正式に安全地帯で研究に専念してもらう。彼女を置くことで俺の身動きがとり辛くなるのは仕方のない事。更に凍土地帯の危険種を積極的に狩り、吸わせる。俺の血を多めに与える代わりに奴からも生命力を分けてもらう。奪うだけの帝具ではなかったらしい。結果的には危険種の又吸いである。僅かなりとも効果が出ればうれしいが、はてさて。

 コスミナは帝国内で暗躍を続けてもらう。西で魔女とまで呼ばれた歌声、扇動能力。それを活かして死ぬほど目立ちながら帝国内の治安を乱してもらう。ナイトレイドに狙われないよう、悪いことはしない様に言いつける。あぁ、心配だ。それでも帝国の暗殺組織には間違いなく狙われるだろう。彼女の実力ではまずもってクロメに勝てない。帝具込みなら俺も無理だろう。だが、目を逸らさせる陽動として、彼女ほど優れた人材はいない。決して無理はしない様に、命を危険を感じたら、なんなら感じなくても逃げるよう伝える。歌う場所と時は不規則に、連続して同じ場所では歌わず、歌い終わればすぐその場から離れる。普段は変装して地味な服装。帝具も目につかないように。などなど、条件を付ける。あぁ心配だ。

 帝具調達も忘れない。ピエロの所在が割れたので狩りに行く。時期的にはそろそろ捕まるだろうからそれより早く潰す。次いで海賊。こっちは大きく動くことはないので安心だ。どちらも不意打ちで仕留める。近づいてコスミナの奥の手で動きを止めて俺の帝具でズドン。相手は死ぬ。といいなぁ。所在の分かる帝具使いは他にも元教師がいる。実務的な能力も高く性格も良いのでぜひとも味方に欲しいが勧誘には乗らないだろう。……いや、あえてピエロを狩らず場所を伝えれば可能か? 復讐を優先するきらいはあるので試す価値はある。順番を変えるか。後に元教師、ピエロ、海賊の順。元教師に対しては勧誘を断られたうえで、初撃を耐えられたら撤退も視野に入れる。空を飛ばれると俺には何もできない。コスミナに任せるのはいささか不安が残る。だが、この三人を狩るなり引き入れるなりすれば帝具は合計十個にもなる。

 いかに帝具を調達しても帝具使いがいなければ意味はない。北の国内で探すのは中々絶望的であるようなので外から有望な人材を引き入れることも考える。想定通りあっさり所在が割れた主人公君とその仲間たち。生命力が強いと帝具に適応しやすい傾向があるので、彼らには期待大だ。主人公以外の二人の潜在能力は未知数。初期の主人公視点とはいえ強いという評価だから、危険種を狩れる程度には腕が立つはず。あっさり騙されているあたりおつむには期待できないが、ヌマの下で鍛えれば一角の戦士にはなるだろう。三獣士を任せられる程度だと嬉しいが、帝具なしでは無理か。さらにその三人を育てた元軍人。まだ引退する年ごろには見えなかったこともあり、何かしらの事情で退役した可能性はある。叶うならば欲しい。

 原作の登場人物はサクサク退場することもありあまり有望株はいない。おのれ。エスデスを討つのに必要な戦力。ナジェンダ曰く十万の兵力と帝具使い十人……ただし例の狂人を含む。……アレ? 彼女の見立てが誤っている確率は低いだろうし、どれだけ戦力集めても勝てない気がするぞ?

 




どこか小物感が透けて見える強キャラムーヴ。
好きなキャラはもっとかっこよく書きたいけど、そんなこと考えてたらエタる。


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5話

 チャンプの被害に遭った場所を探すことはさほど難しい事ではなかった。多少の金を積めば機密情報を流してもらうのは容易い事であったし、噂としても流れている。その中でランの教え子たちの事件がどれであるかはわからなかったが、事件が起きた場所の領主について調べるのは容易かった。女性の領主というのは帝国内にさほど多くはなく、件の事件が起きた場所と照らし合わせれば、ランの仕官先は容易く割れた。

 というわけで、帝国としては比較的善良なその女領主が治める地方都市に訪れていた。背にアースマイト、腰にシャンバラ、手にコスミナの、都合帝具三つの完全装備。コスミナの要望とはいえ片手が塞がれて鬱陶しい事この上ない。コスミナはすっかり物見遊山の気分なようであっちへふらふら。こっちへふらふら。無理やり引っ張られる身にもなって欲しいが、こいつの体力を考えればしばらくこのままだろう。

 女領主のお膝下であるこの都市は、帝国にしては珍しく活気にあふれていた。表通りを一本外れれば貧民街で薄暗く、怪しげな空気の漂う……なんてこともない。少々警備兵の数が多く見えるが、民に対して高圧的な態度に出ている様子もなく、朗らかに話している姿すら見受けられる。どうやらここの領主は相当に優秀な人間らしい。あるいはその部下か。

 やってきた目的でもあるランを思う。貴重な帝具を与えられるほどに上手く取り入ったようではあったし、さぞ重用されているのだろう。警備の多さはランの後悔の現れと考えれば合点がいく。やはりチャンプ、いや、子供たちの事を相当気にしているのだろう。もしそうなら成功率は高くなる。が、先日の失敗もあり楽観視はできない。

 さて、問題はどうやってランに接触するかだ。コスミナと二人、露店で買った肉まんを食べながら考える。

 

 領主邸を襲撃。却下。領主を巻き込むのはデメリットしかない。ラン宅に襲撃。却下。そも最初から喧嘩腰で行くメリットがある相手ではない。先日のナイトレイドとの一件のせいで思考が好戦的になっているのか、物騒な発想しか出てこない。不意を打たれたからって先に仕掛ければいいわけじゃない。一部の例外を除けば最初は友好的にしないと敵ばかり増えてしまう。

 直接会って伝える。待ち伏せあるいは陳情の形式をとる。待ち伏せは確率が高いが警備兵が多いので不審な行動は咎められるだろう。隠れようと思えば高々一介の警備兵如きに見つかるつもりはないが、隠密の専門家ではないから万一がある。陳情も、厳しいだろう。いくら善良と言えど市民が領主に直接もの申す、なんてのは死を覚悟して行うことだ。そもそも流れ者、それも内実は敵国の間者、が行えることではない。会うならば、行動を把握してからの待ち伏せが一番だろう。行動把握はしばらくこの街で過ごしていればおのずとわかるだろう。城下の見回りも定期的にしているという話だ。

 書状を送る。内容を書けば第三者の目に入る可能性も高いので却下。呼び出しという形になる。盗聴や戦闘になる可能性を考えれば、街中で話す内容ではないから郊外。これが一番安牌だろう。チャンプを一人で殺そうとしたことから、奴の情報を流せば確実に現れる。欠点は警戒されること、不信感を持たれることだが、これはどうとでもなる。自衛のために帝具を持ち出してくれれば、失敗時に奪取も可能。階級の低い軍人なんかでは有事以外帝具を持たせてもらえないこともあるようだ。

 妙にはぐらかすようなことをせず、誠意を見せる。証拠を見せ、確信させた上で勧誘する。性格を考えるとこれが一番いい。帝国を内側から変えようとしたあたり、革命軍と違って未だ帝国を見限っていないことが不安点。感触次第で襲撃も考慮する。万全といかないのはどう動こうと同じ事。せめてより安全な方法を考える。

 書状を送る条件としては、領主に覚られないこと、目を付けられないこと。直接渡すのは確実であるが、まずもって人に知られるだろう。そこから領主の耳に入る可能性もままある。やはり、ランの自宅に直接送るべきか。ランの家に召使いなどがいても、主宛の手紙を見ることはないだろう。スパイでもいれば別だが、現状では一地方領主の寵愛を受ける副官に過ぎないランにスパイを送る理由は少ない。家に忍び込むくらいはできるだろうし、これで行くか。

 考え事をしている間に、広場で歌い始めたコスミナを止めに行く。まだまだ目立つなというに。

 

 

 

 指定した場所でランを待つ。

 

 ランと領主が一緒に暮らしている事には驚かされた。たらしこんだといっても愛人という形だと思っていたが、考えてしかるべきだった。どうやら領主は本気でランに恋していたようだ。コスミナを口説いた時は、家族連れで急いで西の国から逃げて、セイカ国内では家族分まとめて家を用意していたから気づけなかった。おかげでランの家を探り、領主に気づかれないように書留を送るという計画はご破算。どうしたものかと考えたが、開き直れば問題はなかった。

 コスミナに歌わせて、領主の耳に入れば直接披露する機会もあろうというもの。コスミナの歌声は西の件で折り紙付き。見た目も良い。そもそもの計画のコスミナによる扇動がすこし前倒しになっただけ。知名度上がっての暗殺が不安だが、始めた直後ならばそんな心配もないだろう。全力で好き放題歌ったコスミナは一週間と経たずに街の人気者。噂は領主の耳に入り、期待通りに領主邸に招かれて、ランと、それから領主の前で歌声を披露。大好評だった。普段は別の場所で活動している旅芸人ということにして、連絡の取り方をメモした紙という体で領主とランにそれぞれメモ書きを渡す。そしてランの方にだけ、チャンプを示唆する文言と、待ち合わせ場所と時間を指定する一文を入れておく。

 

 しばし、コスミナと二人で談笑していると、落ちた木の葉を踏みつぶす音が聞こえる。コスミナを手で制し、音の鳴った方へ向き直る。しばらくすれば、暗がりに人の姿が浮かび上がる。ランだ。ランはさらに一歩二歩とこちらに近づき、止まった。星明り、月明りしかなくとも顔が見える程度の距離。顔は一応笑みを浮かべているが、宴の時のそれと比べて微かにかたい。努めて冷静でいようとして、それでも激情を抑えきれていないのだろう。事情を知らねばここまで具体的に相手の心情を把握できなかった。だからこそ俺はより余裕を持てる。しばしの沈黙が続き、何も言わぬ俺に焦れた様子でランが口火を切った。

 

「あの手控えの内容ですが、あなた方はあの事件の犯人について、何か知っているのですか?」

 

感情を抑え、一つ一つ言葉を吟味しながら慎重に話している。本当は今すぐにでも首根っこを掴んで情報を吐かせたいだろうに、心を理性で握り潰せる人種。やはり、部下に欲しい。ここで感情的になるようでは、対応を変えねばならないところだったが、この様子ならば大丈夫だろう。

 

「えぇ。出なければ、貴方にあんな書状を渡しません。私たちは、あのピエロ、チャンプという名ですが、犯人について、次に現れるだろう場所を予測できています。それもかなりの精度で」

「! それで、何が望みですか? 領主に取り次いで専属にしてほしいという訳でもない筈。あの歌声ならばどこへ出ても通用します。……なにより、あなた方は旅芸人などではない」

「気づかれていましたか。流石、見込んだだけはある」

 

ランは一瞬顔を顰める。意外なことにコスミナも気づいた。というか、ランの顔を凝視して嬉しそうに笑っている。よほど好みのようだ。面食いめ。俺とてヌマに似て顔は悪くないのだ。まぁ、大きな傷があるからそういうのが苦手なら赤点に突っ込んでしまう。幸いなことにコスミナは苦手という訳ではなく、残念なことにドロテアのように好みという訳でもなく。順当に減点を喰らって評価は並だそうだ。おのれエスデス。

 ではなくて。ランはどうやら試されていることに気が付いたらしい。長い瞬きのあと、再び話し出す。

 

「やり方が回りくどいので帝国ではない。革命軍か、異民族か、分かりませんが、どちらにせよ帝国に敵対する組織に属する人間ですね。宴の時、帝具について聞いてきたことから帝具回収が目当てでしょうか」

「ほうほう。それで?」

 

合格点。あるいは及第点の回答だ。だからこそさらに試したくなる。あとは何処まで読んでくれるか、あるいは降参を示すか。察したのかランは微かに目を見開く。続きを促されるとは思っていなかったのだろう。未だこちらの情報を語る様子の無い俺に諦めた様子で、ランは言葉を続ける。

 

「だとすれば、そもそも私に接触するつもりでこの街にやってきたことになります。殺人犯、チャンプの情報は私との交渉材料。残念ながら事件の加害者について調べるよりも、遥被害者について調べることの方が容易です。そこから私の事を……? いや、おかしい」

 

気付いた。やはり優秀。

 ランの過去を洗って弱みを探る。極めて順当な行動ではあるが、それには当然ランが帝具使いであることを知る必要がある。出なければそんなことをする理由がないからだ。帝具使いでさえなければ彼は一地方の官吏に過ぎない。抱き込むメリットこそあれ、そこにコストが見合わない。

 帝国内の帝具使いについて調べることも心底面倒だ。そもそも秘匿されている帝具使いも多い上に、帝国の臣下の間ですら機密扱い。部外者である異民族が手に入れるのは相当な難易度だ。もちろん革命軍内ではそういった情報を持っている人間はいるだろう。であれば革命軍と判断するのが妥当。だが、ランは最初の段で俺とコスミナを異民族と疑っていた。隠すつもりもなかったし、そういうのは所作に出るものだ。宴での様子を観察していたならわかるだろう。なんなら、異民族の可能性の方が高いとも考えていたはずだ。

 一言で言ってしまえば我々は不自然に知り過ぎている。情報源が俺の知識によるものでしかないのだから当然だ。知る筈のない情報が含まれている。そして、故に俺たちの正体は煙に巻かれて消え失せる。真っ当な思考回路で考えると不自然に過ぎる。帝国の内情に詳しい異民族、ではない。詳しすぎる異民族。

 だが、不可解だからこそ、チャンプについて知っているということにも信憑性が湧く。ランも自身の可能な限り奴を探しているだろうが見つけ出せていないのだ。ならば暗にこちらの情報網の大きさを認識させる。それはもはや架空のものであるが、それは置いとく。説得力は大きい方がいい。誠意は見せればいいが、それが本物である必要はないのだ。己を完全に覚らせないことがこういう交渉事での勝利を招く。だからコスミナ相手には負け越している。

 

「……あなたは、何者ですか?」

 

未知への恐怖ではあるのだろう。それでも、ここに至って正直に聞くことはそうそうできない。さらに言えばコスミナは飾りと判断したのかあなた達、としなかったのも加点評価。総合的には余裕の合格。

 故に満を持して名乗る。割とクセになる名乗り。

 

「セイカ王国王位継承権第二位。第二王子カマ・セイカ。帝具使いにして優秀な官吏である貴方を引き抜きに来ました。こちらの手札は殺人犯チャンプの現在の居場所の情報及び復讐の手助け。さらに待遇として私直属の副官の席を用意できます。無論、待遇は応相談です。何なら帝国にとどまっても構いません」

 

ランは帝国に愛着があり、帝国から出ることに抵抗があるかもしれない。利用するつもりしかなかったとしても、体を重ねるうちに女領主に情が湧いているかもしれない。経験談だ。どんな理由にせよ帝国に留まるにせよ帝具は一時的に回収させてもらう。国で適合者を探して見つからなければ返す。

もちろん最善は俺の副官として仕事をさせることだが、それでもランが首を振らない場合は帝国内でできる仕事を割り振る用意もある。現状既に帝国に仕えているランにしかできない、俺たち異民族には決してできない仕事。

 例えば埋伏の毒、とか。当初は断られれば殺す予定であったが、ランは後にイェーガーズに入ることを考慮して情報を流させた方がいいという判断。地方の一官吏に過ぎないランに利用価値はない。しかしエスデスの側近になるということを考えて、唾を付けておくのも悪くはない。その段に入って切り捨てられる可能性もある。というか、イェーガーズが作られるとしたら北の件が落着した後だろうからその可能性の方が高い。

 だが、それでもいざというときの保険程度にはなる。……これは、内心エスデスに勝利することを諦めているということだろうか。憂鬱な気分になるが、顔に出すわけにはいかない。ランを見れば熟考している。気づかれた心配はないだろう。コスミナがなぜか寄り添って体重をかけてくる。ランの顔でも眺めてればいいのに。

 空に瞬く星々を見上げて、そっと息を吐き出す。本番が近づけば近づく程に。準備は順調な筈なのに。言い知れぬ不安が沸き上がる。あぁ、全て投げ出して逃げ出せればどれだけ楽な事か。右手で顔を、隠すようになぞる。

 

 

 

 元教師は条件付きで首を縦に振った。奴は結局、そして案の定。帝国に残ることを選んだ。情報を流すことに承諾はしたが、一地方領主の情報など仕入れてどうするのだろうかと、疑問な様子だ。そんな情報でできる事など、情報を流したという事実をもって脅すくらい。元教師には意味がないので、対象は領主。まぁ、たかがしれている。本命は未来であり、現状ではメリットなど薄いのだから理解できるはずもない。元教師の弱みを握るという目的もないではないが、やはり薄い。

 ピエロの居場所を元教師に教えて一緒に移動、なんてなるはずもなく。俺とコスミナが情報にある場所に移動。ピエロを確認後、シャンバラで元教師を運ぶという手順。復讐に手出しは無用という話も受け入れて、案内だけして高台から眺めるという流れ。

 

 そんなわけで、現在遠くで元教師とピエロが戦っている。不意打ちで通り魔よろしく腹を刺し、その直後に空を飛んだ元教師が終止有利に戦いを進めている。ピエロも球を投げて対抗してはいるが、空を飛んでいる元教師にはなかなか当たらない。しかし障害物に隠れながらピエロが戦っているせいで膠着状態という状況。ピエロは最初に元教師を追わず人込みに紛れて逃げるべきだった。逃げても刃に塗られた毒のおかげで意味は無かったろうが。戦うよりはましな筈。

 復讐心ゆえか元教師の攻撃が雑。ピエロはキレているようでも存外堅実な戦いをしている。分厚い脂肪で最初の傷は致命傷に至らず。しかし塗られた毒は十分に効果を発揮する。どちらも消耗は激しそうだが、ピエロに毒が回り切るのが先だろう。種々の危険種から抽出した毒で、ドロテアが配合した合成毒。即効性はないが痛覚を損なわず体を弛緩させる代物。主な用途は危険種の生け捕りか拷問。即効性にしろという苦情は、素材の質を損ねるという言葉で封殺された。

 一度始まれば手出しはしないが、至るまでの手助けはする。そのうちの一つがあの毒。致死性を勧めたが元教師が断った。情報を聞き出したいわけでもないだろうに、苦痛なんて与えてどうするのやら。それで子供が救われるわけでなし、所詮は唯の自己満足。死、以上に恐ろしい事なんてないのだから、むしろ優しい行為だとさえ思えてしまう。どれほど綺麗だろうが、無残だろうが、勝ち誇ろうが、絶望しようが、一緒だ。死ねばすべて無だ。遺るものなんて一つもない。それは生きている者が、勝手に見出すものだ。だからこそ俺は死にたくないし、失いたくない。全ての人間が死に意味を見出せるわけじゃない。だからこそ、元教師の自己満足を否定しない。それがどのような行為であれ、喪失感に耐える為の行動に他ならないからだ。俺と変わらない。なんて、無様。

 

 戦いはつまらない形で終わった。唯一懸念していたダイリーガーの奥の手も、ボールを組み合わせた合体技でしかなく、マスティマの奥の手で跳ね返されてピエロは死んだ。毒で倒れた果てにあっただろう無意味な暴力もなにもなく、あっさりとした決着。

 原形を遺さない程度に引き潰れた死体を前に元教師も冷静さを取り戻し、それ以上嬲ることはなかった。復讐を果たした虚無感に襲われているだろう元教師を労る。喪失感を埋めてできるものは虚無感だ。できた空白に義務感を当てはめて、埋めつけてしまえば裏切りにくくて小回りの利く便利な手駒の完成だ。喪失感を直接埋めてしまうと正義狂とか薬中とか、そういった盲目的で使いづらい駒になる。磯臭い人は頑張ったと思うよ。依存先を変えさせるのは大変なのに。……そして、揺らいでいたとはいえ、そういう人材だったはずの狂人を説得したナジェンダの凄まじさよ。

 とにかく、教師はきっかけさえなければ俺に情報を流し続けるだろう。虚無感と義務感と惰性で当面は利害にまで頭が回らない事だろう。そして、埋伏の毒にして正解と確信する。たとえ能力があろうと空っぽの人間は副官にするには向かない。イエスマンにしかなり得ない。かつての実感。死にたくないと心底願ったあの瞬間があったからこそ、俺は保身のための醜悪なものとはいえ中身を手に入れた。

 さて、元教師はいつ中身を取り戻すのか。曇った心では国を内側から変えるなんて不可能。気づかぬうちに腐敗に呑み込まれるのがオチだ。無論、曇り続けた方が俺への利は大きいが、人間的な強さを見せてくれというのは難しいだろうか。難しいだろうな。こいつはエスデスの性質に気づけなかった、止めなかった男だ。反乱を潰して後に、なんて。甘い。甘い。

 

 

 

 条件は満たしたとして、ランからマスティマを受け取る。適合者を探して、見つからなければ返す。この間マスティマを持っていないことをバレないようにしなければいけないが、なんとかするだろう。問い詰めそうな人間と言えば領主ぐらいなものであるし、その領主がランにぞっこんだ。自身に好意を持っている人間を誤魔化すことは……コスミナが視界に入る。……難しいかもしれないが頑張れラン。領主が恋の病に侵され正常な判断力を失うことを祈る。

 

 一仕事終えて、ぐっと背を伸ばす。シャンバラを起動。ランを元の位置に送り、俺とコスミナは砦にドロテアの研究所だ。拠点として活用している。

 その場所はまるで普通の家だ。騎馬民族めいた北の国式ではなく、帝国式のではあるが。なんというかその場に根付いた建物。そうそう引っ越しはできなさそうではある。というか、砦を築く発想はあるのに未だに生活様式の根本が略奪やら放牧民なのは何故。いや、土地がやせているからなんだが。おかげでアースマイトは大活躍だ。耕すのに向かないような岩場もふかふかの農作地に変わる。土地も痩せてる上に場所もない。から土地はやせてるが場所はある、に変わって結果、国力アップだ。

 ドロテアに適当な酒とつまみ、帝国土産を差し入れる。コスミナのその場に残ったのでたぶん二人で飲むのだろう。仕事が終わったら混ざろうか、などと考えながら執務室に向かう。帝国内に張り巡らせた、というと過剰だが、必死に張った情報網はここに集約される。前に確認したときから一週間ほどではあるが溜まった資料を整理する。

 

 海賊に動きなし。エスデスは未だ西、軍が北に来る様子もない。革命軍との接触はまだ。安寧道内で順調に出世しているが教祖に接触はできない。西の異民族はエスデスに夢中で外交どころでない。南の異民族は有益な情報を得て接触を図るところ。などなど、特筆するところのない報告書の中に一つ、気になるモノを見つけた。

 正確に言えば、見つからなかった。ある筈の、主人公の動向調査の報告書が届いていない。連中の才能を考慮して比較的重要と位置付けて相応の人材、帝具調達部隊だった頃からの最古参を送ったはずの仕事。俺を除けば文句なしに有能と呼べる部下からの報告がない。欠かすはずはない。今更そんな失敗はしない。

 であれば。問題が発生したということ。帝国に捕まった、あるいは始末されたと考えるのが妥当。原因は何か。主人公たちに接触を図ったことに違いない。だが主人公とその仲間二人が現時点で帝国と関わっている可能性は極めて低い。であれば必然、主人公たちを鍛えていた元軍人。奴と考える。

 部下の実力は皇拳寺換算で免許皆伝程度。そうそう後れを取る筈はない。直接消されたとすれば、そいつは相応に腕も立つ。そんな人間が在野なわけはない。帝国が野に放っている密偵か。実力は初期の主人公たち以上。

 主人公たちは欲しい。奴は帝具性能込とはいえエスデスに対抗しうる才覚だ。どうするか。

 主人公たちが旅立つのを待って接触する。却下。既に狙いがばれていると考えれば、主人公たちの動向を探っている間に狩られる。なによりそこではすでに遅い。エスデスとの戦闘が始まっている可能性が高い。

 現在の状況で接触するしかない。目を盗む。不可能。気づかれた後に行うにしては難易度が高すぎる。排除する。順当。実力がある程度以上であろうことと、主人公たちに悟られ敵意を抱かれてはならないことが問題。部下では対処が厳しいだろう。実力のあるやつ。コスミナ。却下。悟られるに決まっている。ドロテア。却下。研究に専念してもらう。元教師。可能。だが当初の条件と違う仕事、受けるかは微妙。

 ランに頼み、その上で帝国の仕業と主人公たちに教え抱き込む。理想。次点で俺が排除して、悟らせず抱き込む。主人公たちもナジェンダの様に虐殺に嫌悪感を抱いていたとしても、口先で誤魔化すのは容易。

 

 

 

 ランには断られ、俺が行く事になったのだが、部下によると元軍人の名前はトラグマらしい。

 ……ドロテアとコスミナを連れて行くことにした。




少なくとも隔週くらいでは投稿したいなぁ。


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6話

 虎熊童子。大江山に座する鬼の首魁たる酒呑童子の四天王だとかどうとか。

 トラグマ。タツミの師匠である元軍人の名前。

 偶然の一致と言ってしまえばそれまでだ。しかし四鬼羅刹の名の由来が明らかに鬼である以上、そこへの関連を疑ってしまう。もちろん本当に偶然で取り越し苦労であればその方がいいのだが、部下も失踪してしまっている。警戒するなという方が無理だ。連中が直接出てくるとまでは流石に思わないが、トラグマの実力が奴らと同程度の水準である可能性はある。なんといってもこの世界、名が体を表すことが非常に多い。エスデス然り、ヌマ然り。大臣? あれは欲望に正直だから。

 とにかく、鬼と関連した名前である以上、想像してしまうのは仕方ないこと。現在の俺自身の実力の見積もりは、四鬼羅刹と同程度。尚帝具は考慮していない。であれば総合的に有利であるとは思うが、慢心できるほどの実力差はないともいえる。安全策としてコスミナとドロテアを伴って向かおうというのは、何もおかしくはないのだ。この二人の実力は四鬼羅刹より低いだろうが、いないよりはマシである。

 

「というわけで、行くぞドロテア」

 

二人が酒盛りしてるだろう部屋の、扉を開けるや否や言い放つ。案の定二人はこたつでぬくぬく飲酒中。コスミナに至っては法被なんて羽織っている。コスミナが歌った後で販売しているグッズだが、それでいいのかアイドル。ちなみに売れ行きはあまりよろしくない。

 コスミナは当然のようについてくるものとして、ドロテアの説得を試みる。ドロテアは徳利を座卓に置くと、んあーと口を開きながら背中を逸らせて頭を後ろに倒し、こちらを見上げる。都合上下さかさまになった、微かに顔の赤いドロテアと目が合う。違和感。黒目が、横に長い?

 

「む、飲み過ぎたかの……」

 

そういいながら体を完全に横に倒し目をこするドロテア。その間に近づく。再びドロテアが瞼を開けると同時に、瞳をのぞき込む。違和感は、ない。

 

「なんじゃ。いきなり」

 

目の前にあった顔に小さく声を上げてぱちくり、ドロテアはこちらをみつめる。一言謝ってから距離を取り、こたつに入る。ぬくい。コスミナから酒を受け取り一口飲む。舌が痺れ喉が焼ける感覚に顔を顰める。割って飲む酒だろこれ。そのままのがおいしいか。そうか。水で割る。もったい無さそうに声を上げたコスミナは無視。

 ドロテアの瞳について考える。見ればもう普段と変わらない様子。気のせいか、あるいは危険種の血を吸わせている効果がでたか。ドロテアの説得よりも前に気になることができてしまった。こたつの中でコスミナと領土争いを繰り広げつつ口を開く。

 

「危険種の血を吸い始めて、何か変わったことはあるか?」

「そんな話じゃったか? ……これといってないの。寝覚めがよくなったくらいか」

「それはよかったな。いま、眼がおかしく、あー、黒目が横に長いように見えたんだが何か違和感はなかったか?」

「黒目ぇ? 確かに一瞬ぬしが二人に見えたが、ふむ。ヤギやウマは横長だったか……ぬしが生け捕った危険種ではキョロクくらいじゃな」

 

 ドロテアに渡す危険種は必然的に北の国に住むものが多くなる。それも雪の中に暮らすような寒さに強い奴ばかりを渡しているが、当然、エスデス対策だ。時止めなんてトンデモしだすのはまだ先だが、対策は早いうちに用意する必要がある。

 キョロクという危険種はそのうちの一つ。名前の通り巨大な鹿だ。尋常でなく寒さに強く凍土でも普通に活動するほど。性格は温厚で繁殖期以外では近づいても攻撃を仕掛けてこない。それでもいざ戦うとなると非常に手ごわい。特殊な力を持っているわけではないが、角は凍土の氷を容易く粉砕するほど固く、まともに攻撃が通らない。一匹ならどうとでもなるが基本的に群れているし連携するほど賢い。アースマイト持ちでもなかなか苦戦するが、暑さに極めて弱いので暖かい場所に連れて行くとすぐにへばる。シャンバラのおかげで強さのわりに捕獲が楽な危険種だ。

 

「なんの話ですかー?」

 

無事領土争いに勝利しこたつむりと化したコスミナが口をはさむ。コスミナは危険種狩りには連れて行っていないし、危険種の生命力を注ぎ込んでもいない。いやまてよ。又吸い程度はしていることになるか。直接意識して行ってはいない。原作におけるコスミナの末路を考えてみれば、戦力の拡充という視点だけで見ればやるべきなのだろうが、どうにもそんな気分になれなかった。人外趣味がないではないが、それが知り合いであるとどうにも妙な忌避感があった。

 誤魔化すように俺の足の上にあるコスミナの足をくすぐる。笑い声と共に足が暴れて俺の手足を蹴飛ばす。少し痛い。そのまま逃げるようにコスミナの足はいなくなったが、少しすると足に重みを感じる。明らかに足ではなく、胴体。推定コスミナはそのまま狭いこたつの中で、俺の足を這うように動き、こたつ布団から顔を出した。ちょうどひざまくらの形になる。折角なのでそのまま撫でておく。髪が微かに引っかかりながら指の隙間をすり抜けていく。

 

「んふふ……」

 

猫のように目を細めて安堵しきった笑みを浮かべるコスミナ。話を続けようと手を動かしたまま前を向けば、ドロテアは呆れた様子で、こちらを見つめていた。

 

「どうした?」

「どうもこうも、仲いいのう」

「年寄り臭いぞ」

「なんじゃと」

 

 目的もなにもなく、取り留めのない会話を続けていると、コスミナの動きが止まっていることに気が付く。見れば寝息を立てて眠っている。炬燵で寝ると風邪を引くからやめろというに。溜息が漏れる。当然ドロテアも気が付いた様子。

 

「ん? また寝たのか?」

「あぁ、また部屋まで運ばないと……まったく」

「ふぅむ」

 

コスミナの頭を手で支えて足を爪立てる。そのまま足を引こうとした時、いつの間にやら炬燵から抜け出したドロテアが背後から抱き着いてくる。

 

「まぁ、まて。ちょうどよいから血を貰おう」

「いいけども、コスミナを運んでからじゃダメなのか?」

「ぬふふ、恋人の横で致すから滾ることもあろうが。たまには、こういうのも、のう?」

「そんな趣味はない。まぁ、するなら早くしてくれ。この姿勢は結構つらい」

 

足を引こうとしたところにドロテアが抱き着いたので、中途半端な膝立ちという状況。ドロテアが体重をかけてくるのでちょっとした筋トレ気分だ。俺の返答に目を丸くするドロテア。息のかかる程の距離で見ても瞳に異常はない。それよりも妙に色ぼけている様子のドロテアに一言。

 

「そもそも、いくら見た目が若くても実年齢――」

――ブチッ!

「――痛っ!? わざとだろおい!」

 

普段とは比較にならない勢いで、急に噛みいてきたドロテア。肉の噛み千切られる音というのは、久々に聞いたが、慣れるものではない。ドロテアの帝具、アブゾデックは痛みなしに血を吸うことができる。確実にわざとだ。

 俺が悪いとばかりにドロテアが喉をグビグビと鳴らしながら俺の血を飲む。実際俺が悪いのだろう。枯れているとはいえ、あれ、そういえば枯れてないのか? ドロテア。いや、いい。

 とにかく女性に年齢の話をした俺の落ち度ということだろう。普段より痛みが強い分、血の勢いも強いようで間隔が短い。というかだいぶ口からこぼしている。大丈夫かコレ。ドロテアに限って加減を間違える事はないと思うが、流石に不安になる量だ。

 

「むぐ! ぐ。がぼっ。げっほ、ごっほ。……ぐむ、やり過ぎた」

「おいおい、大丈夫か?」

 

やはりというか、歳のせいというか、次々流し込まれる血に追いつかなかったようで咽てしまうドロテア。歳なんだから無理なんてしなければいいのに。ドロテアが離れたので正座に戻り、コスミナを膝の上に置く。体をひねって、咳き込むドロテアの背中を擦る。

 

「……怒らぬのじゃな。いや、済まぬな」

「考えれば、俺も悪いからな。其れよりも早く血を止めて欲しいんだが」

「そうじゃな……」

 

今度は優しく、音も聞こえないほど傷口に口付けるドロテア。同時に先とは逆に生命力が流れ込んでくる。だが、痛みという点では先の比ではない。こたつ布団を口に加え、噛みしめる。他人の生命力が無理やり体の内に入ってくるのだ。人間のソレであればこうまでいかないのだろうが、これは半ば危険種の生命力だ。先の瞳よりも確かな証拠として、当初より痛み、ドロテア風に言えば拒絶反応が強くなっている。ドロテアの肉体が変質し始めている証左だ。

 苦痛に耐えていると、不意に視界がぶれる。世界が二重に重なって見える。初めての現象。先のドロテアの瞳が脳裏に浮かぶ。横長の瞳は、より広い視界を確保するためのもの。視界は広がっているのだろうか? 良く分からない。焦点は合わなくなるとかいうが、どうだろうか。正直余裕がない。

 いろいろと試そうと考えているだけでドロテアによる傷の修復、生命力の送り込みは終わってしまう。するとすぐに視界が元に戻る。ドロテアは俺の瞳を見れる場所にいなかったしコスミナは寝ている。確認は今度になるが、コスミナに頼むしかない。つまらない嫉妬をして吸い尽くされることになるだろう。極めて正確な未来予測だ。これだけ自信を持てることはそうはない。

 やや貧血気味な気もするが、ドロテアの用事は終わっただろう。今度こそ炬燵から出てコスミナを背負う。ぐっすり眠っていて、どれだけ体を動かしても起きる様子もない。

 

「じゃあな」

「うむ」

 

ドロテアが頷いたのを確認して、扉から出る。いつもの如く体は重いが、体力がないわけではない不思議な感覚。その場で軽くジャンプ。コスミナをしっかり背負いなおして私室へ向かう。

 

 ……あ、当初の目的を忘れていた。

 

 

 

 

 あの後、コスミナをベッドに放り込んでからドロテアの元に戻ったが、結局、研究を優先したいとドロテアには断られた。仕方ない。研究は必要な事だ。無理強いはしない。

 コスミナと二人で向かうことになった。立場上は流れの旅芸人。余裕のない村であっても一宿一飯くらいにはなる。西の歌姫様様だ。普通に活動する分には疑われることはないだろう。問題は主人公たちにどう絡むか。軍人の素性をどう調査するか。宴会でもしてくれればそのまま流れで行けるが、そう都合よくいくかどうか。

 村に仕送りするために主人公たちは帝都で立身出世を志した。村に余裕はないはず。ましてやここは北にほど近い。最近北の国の動きが活発で、危機感は高まっている。そんな場所に訪れる旅芸人というのは些か以上に不自然だ。何も知らない奴らはともかく、元軍人の師匠には覚られる可能性は高い。村よりもさらに北に故郷があって最近物騒なので様子を見に行きたい、という言い訳は用意しているが、それも通じるかどうか。疑わしければ殺して、何もなければ運が悪かった。なんてのが通じるのが帝国だ。

 

 とにもかくにも歌わなければ始まらない。村長、もとい村で一番顔が利くお偉いさんの元へ行く。そこで旅芸人であることと事情を説明。娯楽の少ない辺鄙な村で断られるということはまずなく、御多分に漏れず芸を披露する許可が出た。街ならともかく村ではこういった催しは許可を取らねば難しい。

 村長から話が回ったのか、一刻もすれば村中から人が集まり、俺たちの芸を待つ。想定以上に話が起きくなり嬉しい誤算。下手な芸をすれば居づらくなるということだが、その心配は無用だ。

 目標である主人公及びその初期の仲間たちもいる。師匠である元軍人思われる男も発見。主人公たちの実力は明らかに俺以下。あの程度ならば三人纏めても相手取れる。想定以上に弱いが、それは同時に想定以上の成長速度であることを意味する。作中時間経過は少ないだろうにエスデスに食い下がる程になるのだから。正直羨ましく、同時に落ち込む。ドロテアに頼み、外法でも使わねば俺の強さはとうに頭打ちだ。あぁ、いや、でも、そうか。こいつも化け物に成り果てるのだから、同じか。元軍人の実力も高い。身体能力は俺が上だが技量は五分に近い。そのまま当てはめれば俺有利だろうが、四鬼羅刹のように身体操作ができるとすればまるで読めない。咄嗟に対応できるだけの戦闘センスはないので要警戒だ。

 観察を終えてコスミナの方へ向かえば服装と声、本番前の確認をしている。その姿は真剣そのもので声を掛けるのは躊躇われた。くるりと踵を返し剣の素振りを始める。演奏はできないでもないがコスミナの歌声の前には素人芸、雑音に過ぎない。ない方がマシ。だが剣舞には自信がある。コスミナと併せても及第点にはなるだろう。さらに言えば撒き餌でもある。俺の様に見ただけで、とまではいかないだろうが剣を振るう姿を見せれば実力の見当もつくだろう。主人公たちは外に出ようという身だ。気になって話しかけてくる可能性はままある。なんなら摸擬戦をしてもいい。元軍人も気に掛けるはずだ。そこでお互い様ではあるが色々と探る機会ができてくる。

 それにしても、剣を振るうのは久々でやはり感覚がずれている。アースマイトを手に入れて以来ずっと、あの戦闘用つるはしとかいうキワモノを振るっていた。シャンバラと同時使用は避けるにせよ、アースマイトは肌身離さず持っているわけだから剣なんて使わない。今回、接触を図るにあたって引っ張り出してきた代物だ。無論、戦闘用つるはしで舞うなんて機会あるわけもなく、剣舞をする分には何の問題もない。それでもより滑らかに舞うために、主人公たちとの手合わせの為に微かな感覚のずれを正していく。

 

 

 

 迫るタツミの剣を受け止め、身体能力に任せてそのままはじき飛ばす。併せて一歩引きながら飛来した矢を避ける。そのまま体を翻し背後のイエヤスの足を打ち付ける。痛みにひるんだイエヤスを持ち上げてタツミの方に投げ飛ばす。タツミは慌てて受け止めるがその隙にサヨとの距離を詰める。サヨも距離を広げようとするが、遅い。同じく持ち上げて立ち上がったばかりのタツミとイエヤスの方に投げつける。案の定動きが止まった二人。そのまま距離を詰めて三人の頭を叩いて手合わせ終了。感想戦にうつる。

 三人に助言をしながら考える。タツミの持つ将軍級の才能というものをまったく感じなかった。どうやら俺は他人の伸びしろがわからないらしい。薄々察してはいたが、確信した。才能ある人間がわからない。見る眼がないとも言い換えられる。あれば北の国の人間の中に才能ある人間をもっと見出しているという話だ。これは本格的に上に立つ者の才能がない。だからこそタツミ達を引き入れたいという思いも強くなる。だが問題がある。

 

「いやぁ、アンタ本当に強いな」

 

横から声が聞こえてそちらを向くと、その問題である元軍人、トラグマが居た。手合せに乗り気で、是非にとタツミ達と一緒に頼み込んできたりもした。どうやら相応に慕われているらしい。ゴズキが脳裏に浮かぶが洗脳しているわけではないはずだ。話してみると本当に人当たりも良く、村の人からの信も篤い。危険種やら賊やらから村を守る、大仰に言ってしまえば村の守護者なのだから当然ともいえる。

 だからこそ面倒だ。話して分かったがこいつは黒。密偵だ。部下を殺したのもこいつだ。向こうも俺が北の国の人間だと理解しているはずだ。何より、コスミナの帝具を見た。村を去るときにでも奪いに来る。トラグマを殺せば村には居られなくなるだろう。タツミ達からの心象も最悪に近くなる。正直殺すメリットが薄い。ドロテアは戦う意志も挫けていた上にメリットも大きかったが、こいつは間違いなく降伏なんてしない。さらに言えば情報が帝国に流れるだろう。殺さないデメリットの方が大きい。情報を送られる前に早急に仕留める。予定よりも滞在時間は短いが、一日で立ち去るとしよう。タツミ達の勧誘は後日になるが仕方あるまい。

 

「ははは、自衛できる力がなければ二人旅なんてできませんよ。最近物騒ですしね」

「北の故郷に帰省する途中だったか? 最近北の異民族が動いてるらしいからなぁ。心配にもなるか」

「えぇ。様子を見た後は、また南に下っていく予定ですが。そうですね、その時にでもまた寄らせてもらおうと思います」

 

表面上だけの乾いた会話。密偵説が確定すると同時に、四鬼羅刹関係者という線も濃くなった。基本を皇拳寺で習ったという。身体操作は見ていないし、タツミ達も知らないようだが、まずもってできるものと考える。全身凶器と想定する。爪も髪も伸縮自在の剣。体は鋼の如き硬さ。そのうえ液体のように流動する。体液は毒。……並の帝具使いよりよほど厄介だ。アースマイトの前では防御は無意味だが、所詮は点での攻撃。面どころか線での攻撃すら奥の手でも使わなければ不可能だ。いくらでも躱される。

 身体操作さえなければ、負けることはないという評価。コスミナのサポートも考慮すれば勝算は十二分。小細工をする余裕はないので、このままいざ、勝負。

 

 

 

 村人たちから惜しまれて、村を出て四半刻。開けた場所に出る。尾けられているのは明らか。しかし場所を掴ませるような下手ではないらしい。大凡の方角は分かれどより詳細な場所は不明。であれば視界の開けたこの場所で迎え撃つのが吉。声を張り上げて、奴を誘う。

 

「居んだろ。出てこい」

「……やぁっぱり、気づいてたかー」

 

気づかれていることに気づいていたのだろう。驚いた様子はない。毎度気になるのがなぜこういった状況で出てくるのか、だ。俺だったらとる行動は二つ。出ずに奇襲を諦めて撤退。あるいはそのまま尾行を続けて根競べ。こんなふうに誘ってくる段階で、場所には気づかれてない公算が高いのだからそれが正しいと思うんだが、この世界、出てくる奴の方が多い気がする。それだけ腕に自信を持つ奴が多いということでもあるのだろうか。とくにコスミナが帝具使いと判明している状況だ。俺なら逃げる。

 まぁ、疑問はもはやどうでもいいことだ。敵の姿を視界に収めた。であればすることは一つ、あるいは二つ。いや、三つ。撤退、降伏、戦闘だ。今回は戦闘。

 

 コスミナに手で指示を出す。コスミナでは近接戦闘で奴に勝つのは難しい。援護に徹するように。指向性を持たせた音による攻撃なんて、そうそう避けられるものではない。初見ではあのヌマでさえ直撃したのだから、その性能は折り紙付きだ。後方支援に徹した不可視の攻撃の厄介さは、パンプキンによる狙撃にも匹敵する、とまでは言わないがダイリーガーの汎用性には並べるだろう。奥の手を使わなければの但し書きは付くが、生命力お化けのコスミナには弾切れも存在しない。危険種を啜るドロテアや、俺よりも、未だに多いらしい。ずるい。

 コスミナが下がるのを確認して、俺が前に立ち、背負っていたアースマイトを構える。彼我の距離は十メートルほど。互いの身体能力を考慮すれば近距離と言える。コスミナの適性距離とは程遠い。従来であれば戦闘の流れを組み立てるのだが、相手の手の内がわからない以上それは難しい。心底いやだが、真っ当に戦うしかない。あぁ、まったく。未知の相手との戦闘なんてくそくらえだ。

 

 俺と元軍人、トラグマは同時に踏み込んで、大地を砕いた。

 

 




――そこから先は覚えていない。

嘘です。


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7話

 二度三度とトラグマの攻撃をアースマイトのハンマー部で受ける。手数という点では素手のトラグマが上。アースマイトの欠点は相手の攻撃の重さがわからないところだが、おそらくイゾウはもちろんシュラのソレより軽い。つまり奥の手が遠い。さらに、軽いのに敵を打倒しうるナニカを隠している可能性が高い。警戒は必要だがこの程度ならば捌ききれる。こちらはコスミナを切っておらず、あちらは身体操作を見せていない。つまりは前哨戦。ただの小手調べ。十ほど手とアースマイトが交差して、どちらともなく距離を取る。

 

「やるじゃねぇか。あいつらの時ぁ手抜いてたな?」

 

楽し気に嗤うトラグマ。どうやら戦闘中に口を開く人種だったらしい。流石に隙は無い。俺からの返答もないのを確認したトラグマは笑顔を消してつまらなそうにつぶやく。

 

「だんまりかよ。つまんねぇな。いいぜ。だったら否でも声を上げさせてやるよ!」

 

そう言ってこちらに駆けるトラグマは先より速い。一段上げてきたようだが、そも身体能力は此方が上。十二分に対応可能だ。ハンマー部で受ける。

 同時、アースマイトを握る腕に無数の針、に突き刺されたような痛みが走る。咄嗟に後ろに跳んでトラグマとの距離を広げようとするが、トラグマがさらに迫る。距離は離せるがあまり下がればコスミナが近くなりすぎる。舌打ち一つ。アースマイトを回転、ハンマー部を地面に軽く当てて急停止。反転、全力でトラグマに突進。

 ツルハシ部をトラグマめがけて、勢いのままに振り下ろす。急に反転したのを見て対応が遅れるトラグマ。これは避けられない。防御に切り替えたようで、掌でアースマイトを受け流そうと構えを取る。また鋭い痛みが、今度は腕だけではなく、顔にも。刺されたような、ではなくこれは確実に何かが刺さっている。目への痛みに視界が歪む。だが、止まらない。止まる必要がない。

 がむしゃらに振ったアースマイトは、このままでは捌かれるだろう。奥の手を発動できるほど衝撃を蓄積していないアースマイトは触れても問題はない。其れこそこれが剣ならば危険だったのかもしれないが、剣と違ってツルハシは、先端以外ならば触れても何の問題もない。一定以上の技量があれば容易に対処可能な対人に向かぬ武器。殺傷力はあるが間合も汎用性もない。二度手間になるが一撃必殺でなければそこらで店売りの剣の方が、使い勝手がいいまであり得る。

 トラグマの掌がアースマイトのツルハシ部の、側面に触れる。当然何も起きない。だが、それでは終わらない。

 声が聞こえる。同時に体中に振動が響き渡る。技量どうこうでなく、身体能力が高い人間に対しては効果の薄いコスミナの攻撃。雑兵相手ならば一騎当千なのだが、達人級の戦いには向いていない。鎧でも着ていれば反響して効果抜群かもしれないが、生憎トラグマは軽装だ。せいぜい微かに動きが鈍くなる程度のモノ。何度も受ければ内臓へのダメージが大きいかもしれないが、一度では明確なダメージはない。そのままアースマイトは受け流される。トラグマの腕はそのまま俺に伸びてくる。

 そのまま地面にぶつかるアースマイト。コスミナの声は響き続けている。故に。ヘヴィプレッシャーから出る超音波を受けているのは生物だけではない。アースマイトも受け続けている。増幅された衝撃は、地面を耕す。急に柔らかくなり盛り上がる地面。初見で対応できるはずもない。トラグマの手は俺ではなく空を切る。鋭い痛みは今度は来ない。理由は分からないが都合がいい。

 アースマイトを引っこ抜いて、力任せにトラグマへ振るう。当然ツルハシ部が向いている。トラグマは体をひねり、受けようとする。そう、もはや流す余裕はない。アースマイトはトラグマの腕に突き刺さり、トラグマの腕が砕ける。

 ハンマー部を俺が叩いたわけではない。ツルハシ部を突き刺して、ハンマー部を叩いて、蓄積された衝撃と共に解き放たれて対象を粉砕という二度手間帝具。だが、この帝具、ヘヴィプレッシャーとすこぶる相性がいい。ヘヴィプレッシャーの超音波を受けて増幅。奥の手の様に側面を触れるだけで、とまではいかないが二度手間ではなくなる。先の地面の様に。今のトラグマの腕の様に。一撃で破砕する帝具と化す。そして敵の姿勢を崩し隙を作る手段には事欠かない。

 さらに、即座に砕けた腕では、アースマイトの勢いを殺せない。ツルハシ部はそのまま、トラグマに突き刺さり、トラグマを内側から崩した。

 

 体に大穴を開けてちぎれかけの上半身を晒すトラグマを眺めて思う。死体が無残になり過ぎるのがこの帝具の欠点。明らかに人間に対する帝具ではない。そもそも用途が農耕及び攻城なのだから当然ではあるが。破城鎚の直撃を受けて人間が原形をとどめておけるはずがないのだ。

 考えながら腕と顔を擦る。戦闘中に鋭い痛みが走った場所。撫でると細い糸のようなものが無数にあることがわかる。血を吸って湿った袖をまくって腕を見る。

 赤く染まっている上に、視界が歪んだままで分かり辛くはあったが、毛深くなっていた。そんなわけあるか。毛を一本つまんで、引っ張ってみる。プチという音と共に痛みが走る。自分のだこれ。改めて他の毛を一本。つぅっと刺さった棘を抜くときと同じ感覚。普通に抜けた。抜いた場所からわずかに血が流れるのがわかる。

 ということは、毛を飛ばしていたのか。無論距離に依るだろうが骨に突き刺さる威力。ゾッとして顔を撫でる。毛は無数に突き刺さっているようだ。これ、一歩間違えれば死んでいた……? 体から力が抜け、その場に座り込む。死んでいた。死んでいたかもしれない。

 コスミナが参戦してから飛んでこなかったのは、無差別攻撃に撃ち落とされていたから。コスミナに助けられた。最初から、参戦させればよかったのだろうか。分からない。駆け寄ってきたコスミナが、中腰で俺の顔を覗き込んで心配している。目にした瞬間、体は勝手に動きコスミナを掻き抱いていた。

 何故だろうか。いや、もはや分かり切ってはいるが落ち着く。精神安定剤だ。こういうのを女に逃げているというのだろう。抱きしめてはいるとはいえ抱きたいわけではない。アレはむしろ落ち着けない。死ぬ。

 硬直していたコスミナも抱き返してきたので安心して今後の動きを考える。ドロテアのところに戻って、治療して、この毛毒とかないだろうか。急がないといけない。その後またタツミ達の村に向かう。勧誘だ。師匠の元軍人が死んだことで慌ただしくなっているだろうが、だからこそチャンスでもある。早急に就職先が欲しいことだろう。殺したことはばれない筈だ、問題はない。

 一通り考え終わってから、急に恥ずかしくなってコスミナを離す。名残り惜しそうに見つめるコスミナ。その瞳は慈愛に溢れていた。尚の事恥ずかしい。だが、ならばいっそ、開き直ってしまおう。魔が差したのかもしれない。

 

――歌が聞きたい

 

照れくさいがコスミナの、歌も好きなのだ。

 コスミナの反応は劇的で、見て分かる程顔を赤くした。はて。そうか。強請るのは初めてか。なんとももったいないことをしていたものだ。喜び勇んで立ち上がったコスミナをまてまてと座らせて、その膝に頭を置く。地面に直接座ったコスミナと、寝転ぶ俺とで、これでは服が汚れてしまうなぁなんて笑みがこぼれる。

 そのまま、コスミナの歌を聞きながら、いつのまにやら眠ってしまった。

 

 

 

 ドロテアの元で治療を受けて、念のために詳しく調べてもらう。遅効性の毒等あれば大変だったからだが、その結果嬉しいことが分かった。どうやら骨が常人より遥かに硬くなっているらしい。そのおかげで毛が貫通しなかったとのこと。着実に人体改造の結果が出ている。コスミナだけでなく、ドロテアにも助けられたということだ。

 妙に嬉しくなって礼が口を零れて出ると、ドロテアは一瞬目を丸くしたものの、直後に嫌な笑みを浮かべてからかって来た。少しお灸をすえねばならない。そう考えて、ドロテアの頭を抑え込んでの頭突き。大きな音が鳴って、俺とドロテア互いに頭を押さえて蹲る。

 

「いっぅ……どういうことだ!」

「妾も硬くなってるにきまってるじゃろ! 馬鹿か!」

 

ぐぅの音もでない。ドロテア経由なんだから、むしろドロテアの方が顕著であるはず。当然の理屈だ。だが、退くに退けない。ドロテアにまで舐められたら、色々とこう、廃るものがある。気がする。

 

「……いいだろう。そちらがその気ならば――」

「な、なんじゃ?」

「――カマちゃんは怪我したんだからおとなしくしてなさい!」

 

いざドロテアへ襲い掛からんとした時に、横で治療の様子を眺めていたコスミナが怒鳴る。体を突き抜ける轟音。衝撃と驚きで動きが止まる。見れば手にはヘヴィプレッシャー。帝具での攻撃はありか。そうか。俺の手には帝具はない。制圧できる気はしたものの、帝具なしで帝具使いの相手をする気はない。ていうか味方だ。おとなしくベッドに戻って横になる。

 コスミナは前からそのきらいはあったが、やたらと世話焼きになっていた。無視すると落ち込むので本質的にはかまってちゃんなのかもしれない。

 

「やはり、コスミナには甘いの」

「やかましい」

 

なおからかおうとするドロテアを一喝し、コスミナを見る。既にその手に帝具はなく、いそいそと散らばった薬やら茶葉やらの片づけをしていた。帝具なんぞ使うから部屋が見るも無残な姿になるんだ。

 

「いいのか?」

「ここには危険なものも貴重なものも置いとらん。休憩室じゃからな」

 

 いつのまにやら割烹着を身に付けたコスミナの仕事姿を眺めていても、飽きは来ないがもっと有意義なことはいくらでもある。手持無沙汰の身の上で、すこし疑問に思っていたことを、ドロテアに聞いてみる。急を要する事でもなかったし、聞き忘れていたことだ。

 

「帝具の同時使用って、なんであんなに疲れるんだ?」

 

帝具一つでも消耗はあるが、二つ使用はその比ではない。実際、アースマイトとシャンバラを同時に使用した際には、一瞬で力尽きた。それぞれの使用感的には併用してもある程度、戦闘を行える程度にはもつはずなのだ。

 

「そういえば主は二つ使えるんじゃったか。安全装置、というと十分ではないか。んー。いや、やっぱり安全装置じゃな。色んな意味で」

「意味が分からん。もっと分かりやすい説明をしてくれよ」

「そう急くでない。帝具には大なり小なり、使用者の生命力を消費し過ぎないような機構が備わっておってな。この安全装置と相性が良ければその帝具が使えるわけじゃ。適合していない帝具を持った時の疲労感が本来の消耗ということじゃな。それでこの安全装置、帝具を複数同時に装備すると機能しなくなる。並の人間なら一瞬で枯れ果てあの世行きなんじゃが。お主もコスミナほどでないにせよ生命力お化けじゃからあの時逃げ切れたんじゃろう。てっきりツルハシの方は捨てていくものと思っておったが」

「冗談いえ、愛着のある大切な帝具だぞ」

「まぁ、そうか」

 

消耗が激しい理由は分かった。非適合の帝具を使おうとした時の消耗は知っている。精々十秒もつかどうかという酷さだ。それを二つ持っていれば、枯れ果てるのもさもありなん。だが、何故そんな仕組みになってるのかがわからない。開発上の回避できない仕様なのだろうか。疑問をそのままドロテアに伝える。

 

「やはり気付くか。無論、これはわざと組み込まれた機構じゃ。複数の帝具を同時使用する帝具使いによるクーデターが起きないようにの。皇帝が使用するという至高の帝具を超えることを危惧したんじゃろうな」

 

話は理解できる。もし複数使用できる人間がいたとして、そいつが複数の帝具を振るえば、シコウテイザーを超える可能性はある。というか一つの帝具で超えている化け物どももいるのだ。使用する帝具の相性次第では容易く超えるだろう。

 始皇帝は国の外に対する抵抗として帝具を作ったが、同時にそれは内側の脅威度を引き上げてしまったというわけか。皮肉ではあるが、その対策まで用意するあたり始皇帝はよほどの心配性かつ優秀だ。当時逆らうものなどいなかったろうに。だが、既に故人。いくつも想定外あるいは対応できない事象はある。

 

「で、外せるか。それ」

「可能じゃが、時間はかかる。帝具一つあたま一月といったところじゃな」

「短くならないか? シャンバラだけでも」

「解析から始めねばならんからのう。帝具次第じゃな」

 

一月。アースマイトとシャンバラで二月。そもそもこいつらを並行利用する利点は。瞬間移動で不意を突いて一撃粉砕。あるな。自身のみを短距離転移させるだけならば前動作も時間もいらない。ノーモーション転移ならばあるいはエスデスの不意を、それは難しいか。だが戦いやすくはなるか。あらかじめ準備した戦場じゃないと無理という欠点はあるが、エスデスが来るのを迎え撃つのならば有用。我慢するしかないか。

 

「分かった。シャンバラの解析から始めてくれ」

「うむ、承知した」

 

ドロテアは瞳を輝かせて頷く。さては気になっていたなコイツ。まぁいい。今後の予定を考えねばならない。

 

 シャンバラを預けてヌマと情報交換。その後タツミ達の勧誘。コスミナはそのまま南下させて扇動開始。俺は戻って情報整理とヌマと戦略会議。前回の予定では既に帝国への侵攻は始めているはずだが、タツミ達の反応を見れば大ごとにはなっていない。ヌマが領主を抱き込んだのか、何かしらの事情で遅れているのか。聞かなければならない。

 シャンバラが終わるまでしばらく骨休め。その後アースマイトを預け、シャンバラを受け取る。マーキングをしながらエンシンの居るだろう南方へ向かう。道中、帝国南部で可能ならば革命軍と接触を図る。ナイトレイドは帝都なのでバレはしないだろう。たぶん。危険だが奴らよりははるかにマシだ。南方諸島に到着後、帝国内のコスミナ、研究所のドロテアを回収して、なんならタツミ達も連れてエンシンを強襲。帝具を奪う。

 うむ。完璧な作戦だ。一分の隙も無い。まずは、待っているがいいタツミ、と他二人。

 

 

 

 

 タツミがいなかった。サヨもいなかった。イエヤスしかいなかった。

 ふむ。師匠であるトラグマが死んだことで教われることが無くなった。だから早く旅立つことになった。まぁ、そうか。村を守る人間が必要だからくじ引きでイエヤスが残った。うむ、正しい。だがひどく都合が悪い。貴重な人材に逃げられた。仕掛けた針に返しがなかったようなそんな気分。

 帝都なんて希望を持つほどいいとこじゃないと、前に来た時に伝えはしたが、軽く聞き流されていた。トラグマが都合悪いことを話さなかったせいだろう。弟子たちを軽視していたわけではないが重要視していたわけでもないから、当たり障りのない事のみを伝えていた。故に無垢な地方民の知識しか持てなかった、と。そういうわけか。

 帝都に行けば田舎者のタツミ達は当然、原作と似たような目に遭う可能性が高い。そしてナイトレイドに救出される可能性は低い。アレは奇跡だ。娼館に流される、はまだマシで貴族共の玩具になったりすればまずもって助からない。

 思い立ったが吉日とトラグマが死んだ日には決定して、次の日には旅立ったらしい。俺にとってもタツミ達にとってもなにも吉日ではない。計算すればおよそ二週間。今から追っても間に合わない。なんなら帝都についている。帝都に全力で移動すれば間に合うかもしれないが、シャンバラを使えない状況で突っ込みたくはない。ナイトレイドに見つかった時の逃走手段がない。諦めるか。残念だ。

 せめてイエヤスだけでも雇い入れよう。俺は流れの旅芸人。最近北が物騒、さらに故郷は北にある。故郷の様子を見に帰ってきた。これらの設定を繋いで、さらには北の国へ勧誘する方法。ヌマの侵略と併せての流言的な工作だ。直接の勧誘は村を守るとか言ってる現状では効果がない。

 

 北の国に侵略されて既に北の国の領土になっていたが、案外規律がしっかりとしていて略奪などは行われたわけではなかった。

 監視員が常駐しているが人当たりも良くて、なんなら帝国領だった頃よりも生活が楽。

 兵の募集も行っていて、最初の地位も実力を考慮するらしい。俺の兄は腕も立ったので中々の地位でもう部下までいる。

 

 こんな話をして、抵抗する気を無くさせておく。残虐さをアピールしても良いのだが、徹底抗戦されては面倒だし、帝国に忠誠を誓っている人間がこんな辺境にそうそう居るわけがない。この村においては不穏分子は一人処理しているし。

 村は守ってもらえて待遇も良いのでイエヤスなら仕官することだろう。感触も上々。自国が侵攻されてるのに動きもしない国との比較なのだから、むべなるかな。難点は既に帝都へ向かったタツミ達だが、此処まで侵攻してしまえばイエヤスから選択肢は消え去る筈だ。当初の予定と比較してしまえば悪いが、結果としては現状でもそこそこ優秀だろう人材を確保できるのだから、及第点とする。適当に話をして、コスミナが歌って、一晩泊まって、さようなら。

 さぁ、次は、北に戻ってヌマと合流。特に領主に対する工作はしていないようなので、何故帝国が動いていないかは不明だが、すでに侵攻している以上早さを重視する。ヌマと俺とで、二方面軍。まぁ帝国しか相手はいないのだが。

 だからコスミナ。お前とはここでお別れだ。

 ちがうそうじゃない別れ話じゃない。だから泣くな。泣くなというに。

 

 

 

 

 最後の夜の筈が疲労困憊、次の日動けず最後の夜じゃなくなったのはご愛敬。コスミナは文字通り泣く泣く、俺を心配する言葉を残して旅立っていった。はて、心配されることがあったか。お前の方が心配なのだが。

 そして現在。ヌマのところで作戦会議中。特段大きな抵抗はなく、侵攻は計画通り、あるいは計画以上に順調に進んでいた。憂うところもなかったのでヌマと摸擬戦をやることになったのだが、帝具なしでやれば惨敗し、帝具有りでやればなお酷い。強すぎる。曰く驚くほど強くなっている、とのことだが嫌味にしか聞こえない。外法に身を染めて尚、なぜ勝てない。

 甥っ子だけが癒し。目元が故メイドに似ているなぁ。子供の成長早い。乳飲み子がいつのまにやら手を引かれながら歩いている。そうか。もう一年か。エスデスが攻め寄せるだろうリミットも近い。精々半年ほどだろうか。そうなればこの子も死に絶えるのだろうか。折り返しと考えるかどうするか。急がねば。

 さて、感傷に浸るのもそこそこに、侵攻を速める。具体的にはとっととイエヤスの村まで攻め取って人材を確保したい。新たな帝具使いも見つからない現状、可能性のある人材はより多く欲しい。適当に理由を付けてそれっぽく話す。

 事前工作の感触ではこのあたりまでは大した抵抗なく切り取れるはず、とか。帝国側に動きが見えないならば一気に行くのもありである、とか。それにしても動きのない理由の最有力候補が年貢の時期じゃないからというのは敵国ながらひどい話だ。民は金づるじゃない。そんなだから反乱なんぞ起こされるのだ。まったく。

 一月を目安として、イエヤスの村まで占領することが決定。侵攻はいったん停止し、防衛及び切り取った領土の安定化を図る。蝗の親戚のようだった北の国がここまで文化的に侵略できるとは。十年もあれば国も変わる。千年変わらぬ国などある筈もない。か。人はどの程度あれば変わり果てられるだろうか。ことわざ通りに三日でいいなら楽なものだが、はてさて。

 

 

 

 ヌマと別れてドロテアの元へ向かう。あいも変わらずヌマにさえ勝てぬこの身を鍛えるためだ。すでに限界まで鍛え上げたこの肉体。伸びしろなんて絶無である。真っ当に鍛えてどうなる話でもない。時間もない。危険種を取り込んでなおヌマには勝てないが、強くなっているのは事実のようだから、やめる理由はない。

 なんなら今まで以上に行うことも辞さない。コスミナやヌマに悟られぬよう、見た目自体は変わらぬように言い含めて、今までしてこなかった直接的な改造手術に手を出す。ドロテアがどんな気の変わりようか驚いているが、気にするなと笑う。死に掛けたからか、未だにヌマに届かなかったからか、あるいは守るためか。いや、結局死にたくなさゆえだ。自らを美化するのだけはやめろ。そこに際限はない。

 

 さぁ、やってくれ。ドロテア。痛いのは嫌いだからやさしくな。無理? そこが腕の見せどころってやつじゃないのかな……?

 

 とにかくこれでようやく対等だ。思えばエスデスは、危険種をその身に取り込んだからこそ、あれほどの強さを手にしたのではないか。そこに質の差こそあれ、量は此方が多い。笑える話だ。量が足りないが故に質を求め、求めた質を得るために量に頼る。

 脳裏に浮かぶはタツミの成れの果て。コスミナの成れの果て。自らがそうなると考えても、恐怖は湧かない。なんだ死よりよほど、マシじゃないか。

 

――そうか。コスミナの心配はこれか。

 

 

 




なかなか唐突な気がする……。
本当はね、炭酸みたいなキャラにしたかったんです。主人公。
書けなかったから諦めたけど。


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8話

 俺は、死に掛けていた。そして、後悔していた。こんなことならば、ドロテアに頼み化け物になんぞなるのではなかったと。十二分に予想できたことではないか。己の迂闊さを呪わずにはいられない。せめて、せめて、何故後二月待てなかったのかと。二月、正確に言えばアースマイトの改造が終わるまでの期間だ。

 力無く体をコスミナに預ける。コスミナは俺を背負い、目的地に向かって走っている。朦朧とする意識の中で、コスミナに告げる。

 

「コスミナ。もういい。おれは、ここまでだ」

「そんなこと言わないでください! あなたがいないとコスミナ、コスミナ達はどうすればいいんですか」

「お前達ならできるさ。俺なんていなくても、きっと――」

 

コスミナを掴んでいた腕から力を抜けば、その背から振るい落とされる。脚は掴まれているので、上半身がぐるりと孤を描いて、地面に頭が激突する。痛みはない。むしろ激突した地面がわずかに抉れる。コスミナは慌てて脚から手を離し、倒れる俺を起こす。

 

「シャンバラを、とってくれないか……」

 

頼めばコスミナは俺の懐に手を入れ、そこからシャンバラを俺の掌に乗せる。最後の力を振りしぼって、この地獄から逃げるために、起動しようとし、失敗した。

 

「何しとるんじゃ主ら」

 

ドロテアによる妨害だ。ドロテアは自らも息を切らし、辛そうにしながらも俺の逃避を防ぐ。言い訳を紡ぐ元気すら出ない。コスミナが事情を説明すれば、ドロテアはただ一言。

 

「30分も経っとらんぞ」

 

そう言い、切って捨てた。

 ここは、南方諸島。エンシンが海賊行為を行っている島の一つ。エンシンを狩るために訪れたそこは、灼熱の地獄だった。

 

 

 

 そのままコスミナにおぶわれたまま、宿にたどり着きそこで床にのびる俺とドロテア。平常通りに活動できているのは、三人の中でコスミナだけだ。

 取り込んでいた危険種が北の国近郊に住んでいる奴だけだったのが災いしたのか、俺とドロテアは暑さに致命的に弱かった。特に俺なぞ先日行った大改造によりもはや人間よりも危険種に近いほどで、定期的にドロテアの健診を受けねば見た目からして人でなくなる。コスミナ達には悟られぬように、という条件だったはずだったのだが、気が付けば完全に人型ではなくなっていた。健診の度にそんな俺の血を吸うドロテアもより危険種に近づいているということだろう。好みの味になるよう調整しているのは百歩譲って許そう。人型でなくなったのは既にお仕置き済みなので許そう。だが、この灼熱地獄を予期できなかったのは許さない。無論、八つ当たりである。

 

「北の国の人は暑さに弱いんですかねぇ」

 

床に貼り付く俺とドロテアをつついてくるコスミナに、抵抗すらできないのだから重傷だ。

 そんな有様なのでこの島に着くのに予定以上に時間はかかった。満足に動けるのがコスミナしかいないのだ。仕方ない。暑いし時間は押しているしでエンシンをさくっと殺したいのだが、探す気力すらおきない。コスミナ一人に全てを投げ出して、俺とドロテアは室内待機だ。場所を発見次第、全力で、仕留める。一秒でも早く、暮らしやすい北に帰りたい。

 

 

 

 地獄のような一週間が過ぎ、体がスライム様になるかと思う頃になってようやく、コスミナが海賊の居所をつかんだというので襲撃。海賊たちが住むという島に上陸。船乗りたちは渋ったが、札束で頬を叩けば心変わり。あとから思えば、もっと安くできた気しかしないが、暑さで茹だった頭では交渉どころではなかった。

 堂々と正面から乗り込めば当然、隠れる場所もなくバレバレだったので迎え撃とうと海岸に集まっていた海賊たち。射程に入るや否や撃ってきた矢やら斬撃やらは全て叩き落とし、戦闘開始。

 有象無象の中に混じる海賊を見つけて、コスミナが全力で帝具を発動。それに合わせて俺が吶喊。雑魚海賊共はヘヴィプレッシャーで倒れ伏し、邪魔するものはない。危険種化が進み更に上昇した俺の身体能力の前に、海賊は正面からくる俺を防御するのがやっとだった。

 俺の振るうアースマイトとシャムシールが激突。シャムシールは砕け、そのまま海賊も弾けて死んだ。うむ。やらかした。

 その場で膝をついてうなだれる俺を尻目に船員を守っていたドロテアが砕けたシャムシールの欠片をかき集め、コスミナが残党処理。船乗りたちに感謝をされ、宴を開くというのを無視してシャンバラで仲良く北に帰ってきた。

 あぁ、北の国って素晴らしい。南方の地獄とは大違い。俺とドロテアがはしゃぎまわるのをよそに、急な気温変化で寒がるコスミナは早々に室内に逃げていった。しばし楽園で踊っていたが、沸いた頭が冷やされて、正気に戻ってどちらともなく咳払い。コスミナと同じように逃げるように室内に入った。

 そして現在。俺はドロテアに睨まれていた。コスミナは炬燵でくつろぎ、ドロテアも炬燵に入る。俺はドロテアと炬燵机を挟んで床に座る。

 

「なんのために、南に行ったんじゃったか。覚えておるかの」

「帝具を手に入れるためだな。月光麗舞シャムシール。斬撃を飛ばす帝具、だったかな」

 

ドロテアは大仰にうなずいて、これ見よがしに袋を取り出す。そして机の上に中身をばら撒く。きらきらとした金属片が、山となる。

 

「で、これ。なんじゃ。これ」

「件のシャムシール」

「正確にはだったもの、じゃな。この有様ではもう機能するまい」

「……修理、できるか」

「無理じゃろ」

「そうか」

「そうじゃ」

 

そして、むやみやたらと沈黙が続く。予定以上の時間を掛けて、予定以上の苦労をして、収穫はゼロ。いや、現在の俺の弱点がわかったことで良しとするしかない。南方諸島にたどり着いてからドロテアを呼び出したので、ドロテアの取られた時間は一週間と少しだが、気持ちはわかる。一週間あの苦痛を味わわされて、徒労に終わるのでは、怒りたくもなるだろう。俺はいっそ泣きたい。

 帝具目的ではなく革命軍との交渉の為に移動したと考えて自らを励ますほかにない。微かな失望と諦観。ロベスピエールからナポレオンに至るまでの動きを夢想して、ナジェンダには憐れみを覚えざるを得ない。無論、そうでなくては戦後のアカメの仕事などありはしなかったのだろうが、残念でならない。あぁ、駄目だ。何の励みにもなりはしない。

 しばしの沈黙を経て、ドロテアは一つため息。

 

「どうにか活用法を探してみはするが、あまり期待はせぬように」

「あぁ。ありがとう。ごめんな」

 

ドロテアにしても無収穫は辛いのか、研究対象への未練か。あるいは俺を慮ってか……それはないか。それだけ言って机の上の金属片を閉まっていく。話が終わるのを待っていたように、コスミナが笑う。

 

「終わりました? それじゃあ一緒にのんびりしましょう」

「いや、お前は引き続き扇動な。シャンバラで送るから」

「そんなーせめて、一晩、一晩だけ。ね。ね?」

 

慌てて炬燵から出て縋りつくコスミナ。悪いが時間がないのだ。抱き着いてくるコスミナの体が、俺の体に当たる。胸のふくらみのほかに、今まではぶつかっていなかった部位がぶつかることに違和感を覚える。

 

「あれ? 太った?」

 

胸だけでなく、腹が出っ張っている。コスミナは動きを止めて、不満そうに笑う。何故笑うのか。一瞬、妙な予感が頭をよぎる。いや、まさか。一週間行動を共にして気づかぬものだろうか。

 思えば珍しい程接触が少なかった気がする。求めても来なかったが、俺にそんな余裕がなかったからではなかったのか。体のラインがわからぬだぼだぼの服は暑いからではなかったのか。

 にやけそうになるのを抑えていると、コスミナは立ち上がり、頬を軽く染めてこちらを見やる。そして自らの下腹部を撫で上げて、微笑む。

 

「できちゃいました」

 

本当は寝室で伝えたかったんですけど、などという続きの言葉は耳に入らず。思わず立ち上がり、頭の中でコスミナの声がリピートする。

 

――できちゃいました。

何が? いや、決まってる。あれだけすれば当然だ。

――できちゃいました。

誰の。俺のだろ。名前どうしよう。

――できちゃいました。

なんで今だよ。エスデスの襲撃と被るじゃないか。

 

 戦闘予測程に思考が加速したが、何を言えばいいかわからず声を出すでもないというのに口だけが動く。自身がこうなると動けないモノなのだなと、他人事の様にさえ思えてくる。

 

「え、っと。産んでもいいですか……」

 

上目遣いで見つめるコスミナ。瞬間、何かが切れた。体は勝手に動き出し、コスミナを抱きしめ持ち上げる。勢いあまって床が砕けるが、空いている手をアースマイトに伸ばし、ハンマー部で衝撃を打ち消す。優しくコスミナを抱き寄せる。

 

「ありがとう! あぁ、名前はどうしようか! いやまてそもそも生まれるのはいつだ? ドロテアが調べられるか? それよりもコスミナを嫁に迎えないとだな。あぁ、老害どもうるさそうだな。最悪消すか? ヌマと母さんと国王にも報告しないと。 あぁ! エスデス! まずい、まずいまずい。戦線には出せないよな。仕方ない。下がっててもらおうか。あぁ、それより名前はどうしようか! 」

「落ち着かんか、阿呆」

 

色々考えて、考えるまま声に出していれば脚に衝撃。ドロテアの声がしたから聞こえる。ドロテアは頭を押さえて呆れている。同時にコスミナを見れば驚いたように固まっている。先ほどまでのかわいらしさが消えて、戸惑いと不安が同居しているのが見て取れる。

 

「カマちゃん。その体、どうしたんですか?」

 

冷たく震えた声のコスミナに、疑問に思って自らの肉体を見下げれば、人のソレではなかった。

 

 

 

 ケンタウロスという神話上の生物がいる。馬の首から上が、人間の上半身になったような存在。手足が計六本とか、実は虫の親戚なのではと疑問に思ったこともあるが、それはどうでもいい。俺の場合は馬でなく鹿なのだが、まぁ、似たようなもの。一言で無理やり説明するならば、ちょっとパーツが多くて歪なケンタウロスということになる。

 下半身というのが正しいかはわからないが、人間基準でいえば腰から下にあたる鹿の部分は硬質化している部位、透明感があり湿っている部位、毛皮に覆われた部位と、三種類の部位が斑に点在していてひどく見た目が悪い。その上足が三対六本ある。ドロテア曰く、取り込んだ危険種の種類が多すぎたせいとのこと。

 鹿部と人間部の境目にはイカのような一対の触腕が生えている。というかイカだ。海にすむ巨大イカの危険種クラーケンの一種、凍土の下に広がる海に適応したクラーケン。凍土の中に閉じ込められた古代の危険種の回収作業をしていた時に、アースマイトの威力調整を間違えて出てきた怪物だ。軟体のせいかアースマイトも効果が薄く、慌ててシャンバラでヌマの所に持ち込んで、ヌマが倒した。まさかその一匹だけでこれほどはっきり形になるとは思わなかった。ドロテア曰く、唯一の超級危険種だからだろうとのこと。

 人間部は白くくすんでいて肌色はほとんど見えない。頭はのっぺりとした人面鹿の様相を呈していて、シシガミのよう。頭頂部からは掌を広げたような形の巨大な角が二本。おそらく鹿型危険種キョロクのもの。

 ドロテア曰く、美しくないから今後調整して見た目に統一感を持たせていくとのこと。見た目の美醜はどうでもいいのだが、興が乗らないとか言われてしまえば、俺に抵抗の余地はなかった。

 

 しまった。見られてしまった。どう言い訳しようか。そんなことばかり考えて、いや、考える事すらできず黙りこくる俺を見て、コスミナが声を荒げる。

 

「どうしたのか聞いてるんです!」

 

怒声と呼ぶには弱弱しさが過ぎて、大声である筈なのに聞いている側が憐れみを覚えてしまうほどか細い。声に感情を乗せて心が揺さ振れる。これこそがコスミナの才能の一端、歌姫足る所以なのかもしれないなどと、現実逃避にも似たことを考えてしまう。だからさらに沈黙は続いて、コスミナの表情が歪んでいく。声が小さくなっていく。

 

「答えて。説明して下さい。……カマちゃん」

 

終わりの方なんて出しているかも危うい小声。距離が近い上にパラボラアンテナの役割も持つ角が音を拾ってようやく聞こえる程度の、声にもならない音。そんなコスミナの姿を見て、ようやく頭が働きだす。 どうか、そんな顔をしないでくれ。どうか、そんな声を出さないでくれ。

 

「見ての通り、俺は、もはや人間とは呼べない、化け物になってしまったよ」

「っ……」

 

コスミナは何かを言いたそうにしたが、俺が手で制すると、唇を噛んで黙る。その様子を確認して、ドロテアを見れば、ドロテアが小声でよいのかと囁く。コスミナに聞こえずとも俺には聞こえる程度の声量。俺は軽く頷いてから、六本の足を折り畳んで座る。触腕で持ち上げていたコスミナを降ろして、続きを話し始める。

 

「そうだなぁ。どこから説明したモノか。まず、目的だけ言うと、強くなりたかったんだ――」

 

 何故、これほどあっさりと話すことにしたのか。バレた以上隠す利点がないとか、不信感を抱かせるだけだとか、そういった考えもあったのかもしれない。それでも自らの中にある諦観に気が付いた瞬間に理解した。あぁ、そうか。こんな怪物の姿を受け入れる筈がないという確信があるからだ。

 同時に、自らの肉体ではなく、内面の醜さに怖気がする。自身のことであるのに侮蔑を覚えてしまう。そして戦力の低下に関わらず、コスミナの改造を拒絶した理由を知る。愛する人が化け物になってしまうのが嫌だったのだ。

 

 だって、俺は、化け物になったコスミナを受け入れられないから。

 

 その程度の感情を、執着を愛と呼べるのだろうか。結局のところ、俺がコスミナに抱いた感情は愛ではなく、愛着の類だったのかもしれない。コスミナという人間ではなく、カマ・セイカが救ったコスミナという登場人物への執着。

 無様だとか、醜いだとか、思ってはいたが、これほどか。これほどだったかカマセイカ。あぁ、本当にどうしようもない。……まいったなぁ。

 

 

いつのまにやら力無く床に座るコスミナを炬燵に押し込んだり、ドロテアに説明を変わってもらったりして、全てを話し終えると部屋は沈黙に支配される。

 自己嫌悪に苛まれながら、どれほど時が経ったのか。時計は壊れているし、慣れていないこの肉体の感覚は信用できるものではない。とにかく、最初に口を開いたのはやはりコスミナだった。

 

「カマちゃんは、最初に会った時からずっと、強かったです。なんで、こんなことする必要があったんですか」

「俺が強かったときなんてない。一度だってヌマに勝てたことなんてなかった。エスデスにだって、勝てる気がしない」

 

あの日、最初にして最大のチャンスを逃した瞬間に俺の運命は決定されたのかもしれない。戦いの中で成長するのも、重傷を負ってからパワーアップするのも、ひどく恐ろしい。帝具を得る前でさえあれほどなのだから、帝具を得た今はどれほどになっているというのだろうか。エスデスは。

 自己への失望からか、思考がマイナス方向に偏っているのがわかる。コスミナへの返答ではなく、自嘲の言葉が口から溢れる。

 

「どうして何も言ってくれなかったんですか」

「言ったら止めただろう?」

 

戦うだけの強さを手に入れなければならない。エスデスを殺す為に。俺が生き残るために。そのために手段なんて選んでる余裕はなかった。俺は弱いから、きっと止められれば選択できなかったに違いない。

 

「当たり前です!」

「だったら、俺は正しいことをしたことになる」

 

コスミナに顔に感情が宿る。初めて見る表情。きっと怒りだ。こんな状況だというのに新鮮で、笑みが浮かんでしまう。

 

「……なんでも一人で決めて、なんでも一人でやって……馬鹿みたいじゃないですか!」

「邪魔されるなら余計な労力だ。むしろ賢いだろ。どうして馬鹿になる」

「いつか話してくれるって、信じて待ってたコスミナが! コスミナが馬鹿じゃないですか!」

 

……なんだと?

 意味が分からなかった。コスミナが怒っているのは間違いないが、その怒りの方向性が理解できなかった。なんで、そんな怒り方になるのだろうか。矛先が俺を向いていない。無理やり聞き出そうとしなかった、コスミナ自身への怒りに近い。そう感じてしまう。いや、それどころか。俺に向けられた意志は変わらない。変化していない。

 

「カマちゃんがそういう人だってわかってたのに、なんで……なんで!」

 

心配されている。未だに、なお。異形と成り果てたこの姿を見てなお、コスミナは、この女は、俺を切り捨てていない。

 

「……お前は、この姿に、何も思わないのか?」

「思ってますよ! 思ってますから、こんなになってるんじゃないですか!」

 

コスミナの目にいつの間にか浮かんでいた涙を、ようやく認識する。憐れみでも、恐怖でもない。ありえない。

 かつてない、エスデス以上の恐怖が、俺を襲う。あぁ、まて。待ってくれ。どうか、どうか、そんなわけはない。背筋が凍るような、全身が総毛立つような、あるいは、死を前にした以上のおそれ。信じたくなくて、確かめるように、やめておけばいいのに、口から核心が飛び出す。

 

「お前は、こんな姿になっても、俺を、受け入れられるのか?」

 

先ほどから、コスミナの態度と、言葉を聞けば、そうとしかとらえられない。やめてくれ、受け入れないでくれ、否定してくれ。拒絶してくれ。そうでなければ、俺は、耐えられない。

 コスミナは、俺の言葉を聞いて、とうとう涙を溢れさせて、掌で顔を覆う。

 そして、眼をこすって涙を拭うと、言った。

 

――当たり前じゃないですか。

 

 

 

 

 気が付けば、俺は凍土に居た。凍土であるというのに、寒さは感じない。肉体的にこの環境に適応しているからか、精神的にそんなことを気にしている余裕がないからか。どうでもいいことだ。

 コスミナに泣きつけば、あいつはきっと受け入れるだろう。まさに女に逃げるといわけだ。笑えない。ドロテアに泣きつけば、解決してくれるだろう。今度からドロえもんとでも呼ぼうかなんてことが頭をよぎる。同時に、意外と大丈夫なのではないかと、笑みがこぼれる。寒さで頭が冷えたのか、やけっぱちになったのか、区別がつかないが。

 周囲を見渡せば、キョロクの群れが見える。手にもつアースマイトを見る。あぁ、ちょうどいい。ちょうど、力を振るってみたいと思っていたところだ。八つ当たりだってことは分かっている。意味なんてないということも理解している。振るえば振るうだけ、虚しくなるだけということも、分かり切っている。

 

 無為の殺戮を終えても気は晴れない。それでも多少の余裕は生まれたようで、物事を考えられるだけの状態にはなっていた。落ち着けば、自分が情けなくて仕方がない。あれほど無垢に己を慕う人間が心底怖い。奴に害意はないが、善意が心を腐らせる。

 コスミナはあれでも俺なんぞより、よほど上等な人間らしい。憎くて妬ましくて羨ましくて眩しいが、それでよかったのかもしれない。俺はコスミナが恐ろしい、コスミナの想いが恐ろしい。コスミナの美しさが恐ろしい、愛おしいことが恐ろしい。

 だからこそ、よかった。今の俺はもはや(エスデス)が怖くない。もっと怖いものを知ったが故に。今なら戦える。戦いになる。及ばずとも、コスミナに溺れるよりは、万倍マシだ。

 

 待っていろエスデス。かつてのように、その腕を切り落としてやる。今度は腕だけでなく、その首を切り落としてやる。アースマイトで、その肉体を砕いてやる。

 

――この(恐怖)を、恐怖(生の実感)を失わない為に!

 




隔週……ではないけどもギリギリセーフということで。

主人公覚醒回という奴です。歪ですが。


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9話

 この世界に生を受けてから、どうしようもない虚無感に苛まれていた。それでも生まれたからには意味がある筈だと耐えて、耐えて言い聞かせても、言い聞かせても耐えきれず、終ぞ自殺しようと実行してみせるほどに追いつめられていた。一度目を暇だからと遊びに来たヌマに邪魔された。その報告が母さんと父親にいって、父親であるはずの国王はそんな俺を気狂いと見捨てたが、母は見捨ててくれなかった。片時も俺から離れずに死のうとする俺を邪魔し続けた。

 そんなある日、ヌマが俺に言った。死にたいならばヌマに勝ってからにしろ、と。それが、一つ目の理由。だから俺はヌマに挑み続け、ヌマは俺に勝ち続けた。俺が努力すればするほどに、ヌマはそれ以上に努力して、強くなっていった。才能の違いか、心意気の違いか、あるいは本当は死ぬことを恐れていたからか、背中は遠くなり続けるばかりだったがそれが有難かった。俺はヌマが死ぬことを恐れ、ヌマの死の理由であるエスデスを殺そうとした。

 

 ヌマと共に帝国に攻め入り、帝国北方の狩猟民族を襲撃したことがある。集落の住人を皆殺しにして、周囲に隠れていたエスデスを見つけた。当時のエスデスは、ヌマに勝利しようと努力をやめなかった俺よりよほど弱かった。だからさっさと殺してしまおうと戦い、俺はエスデスの右腕を切り落とした。その直後からだったか、エスデスの動きが変わった。死を間近にして奴は戦いの中で、本能が花開くように急激に成長していった。俺に及ばなかった実力は、文字通りの片手落ちの状況で、俺に匹敵するまでになりおおせ、遂には俺の顔面を深く切り裂くほどに。俺は恐怖した。あれほど自殺をしようとしていたのにいざ死を感じれば死にたくないと、エスデスを殺せと無様に叫び散らした。戦いの中で急激に成長して迫りくる、(エスデス)から逃れたい。それが二つ目の理由だった。音に聞こえるエスデスの武勇に恐怖して、死に物狂いになれた。

 

 そして三つ目。自らの死よりも、愛しい人ができた。なんて言えればカッコイイのだが、生憎と俺はそれほど大した人間じゃない。ただ、コスミナと共にいることと、その愛を失うことが死ぬことよりもつらい事なのだと知ってしまった。コスミナと共にいれば己の矮小さに耐え切れなくなる。だからといってコスミナが隣に居なければたまらない寂寥感を覚える。彼女が、俺を受け入れるなどと言ってくれなければ知る事もなかっただろう二つの感覚。正直言えば、自分でもどうすればいいのかわからない。

 わからないが、俺は、コスミナと共に生きたい。これが依存や執着に近いような誤った感情であることは理解できるが、些細な事だ。とにかく、まずは帰ろうか。コスミナとドロテアをほっぽり出してしまったので帰れば怒られるだろうが、それも、まぁ。些細なことだ。本当にささやかなことだ。

 

 

 

 ドロテアの研究所に戻れば、俺を迎えたのはコスミナ一人だった。なんともやり辛いことにドロテアはいなかった。互いに無言のまま、いつもの休憩室に入る。互いに向かい合うようにして座り、それでも顔を見ようとしない。俯くように下を向けば、コスミナの頭頂部。くるくると渦を巻く旋毛を目で追いながら、何を言えばいいか考える。

 

「……ドロテアは、どこにいるんだ?」

 

声を出すと同時にコスミナの顔が跳ね上がり目と目が、合う。

 

「カッ、カマちゃんを探しに行きました」

「そうか」

 

それだけで会話が途切れる。とはいえ、何から話せばよいのか。話すべき内容は把握してからこの場に臨んではいるが、いざ面と向かってとなってしまうと、まるで関係のないことしか口から出てこない。どうしたものかと考えていると、今度はコスミナが口を開いて、体がビクッと硬直する。

 

「コスミナも行こうとしたんですが、お腹の子がいるので、止められて」

「ドロテアが正しいな。凍土は身重に悪いなんてものじゃない」

 

ドロテアの目が見開かれる。驚いた様子。はて、何故だろうか。様子を眺めていれば、驚きから立ち直ったコスミナは、両手で顔を覆って泣き始めた。

 

「ど、どうした」

「……わた、私は嫌われて、たんだと思いました。……心配してくれたのが、うれしくて……私は、この子を産んでいいんですね」

 

安堵したように喜び、優しげな表情で腹を撫でるコスミナ。その様を見て、理解する。化け物であることがバレて逃げ出した俺が、コスミナを切り捨てたのだと考えたのか。たしかにあの時本気の殺意を抱いた。自らを受け入れるといったコスミナに敵意を向けた。そして、その直後に俺はコスミナの目の前から姿を消した。故に、そう考えた。愚かだ。馬鹿な女だ。俺にはそんなことができるだけの度胸すらもないと、まだ気づいていなかったのか。いや、俺もコスミナという人間を見誤っていた以上人のことを言えるはずもない。

 いっそ自分に都合のいい事しか見ない女だと、そのようにしか受け取ることのできない心底勝手な女だと軽蔑し、見下して嫌えたならばどれほど楽だったろうか。俺は彼女と多くを重ね過ぎた。彼女を知り過ぎた。疎むことも、憎むことも、殺意を抱くことさえできても、ただコイツを拒絶する事だけはできなかった。情が深いと言ってしまえば聞こえはいいが、結局意志が弱いだけだ。

 だが、それでもこの認識を正す必要がある。どうせ受け入れられてしまうのだろうと、盲信染みた確信がある。その自らの心が嫌で嫌で、憂鬱になりそうだ。確信がなければ伝える勇気すら持てないくせに。

 

「なぁ、コスミナ」

「はい。なんでしょうか」

 

目元を赤くして嬉しそうに首をかしげるコスミナを見て、微かに心が揺らぐが、それを気にしてはいけない。気にしてしまえば俺は、何も言えなくなる。

 

「俺はな、お前が憎い」

「え……?」

 

呆けた顔のコスミナ。驚愕ではなく、脳が理解を拒んだが故の空白。

 

「あの時、あの瞬間、お前が俺を受け入れるといったその瞬間に、俺は初めてお前に、お前を殺したくなった」

 

続けるうちに頭が追い付いたのか、顔から血の気が引いている。絶句、あるいは驚愕。言葉を出す程に気力は追いつかないようで、口を開け放ったまま固まっている。その顔が、どうにも見てられなくて、考えていたことと違う言葉が漏れる。

 

「拒絶されたかったわけじゃない。お前が悪いわけでもない。ただ俺が、考えていた以上にちっぽけで、醜かっただけなんだ。はっきりいって、俺はお前を見下してた。見下してたお前に、その、人間としての根っこの部分で負けてることをを認めざるを得なくて、劣等感からくるつまらない嫉妬だ」

 

これだからだめなのだ。言ってしまうと決めたではないか。なのに、こんな、中途半端なことしか言えない。もっと、曝け出すべきなのに無意味なプライドが邪魔をする。

 

「何を言いたいのか、分かりません。……わからないです。対等じゃないってことは、そうみられていないってことはなんとなく、知ってました。分かってました。でも、私の何があなたにそんな、こ、殺されるようなことになるのかわからないです」

 

あぁ、そうだ。理解する必要もないことだし、理解されたくもない事でもある。どうせならずっと俺を美化していてほしい。けど、それに俺は耐えられない。醜さを自覚してしまった俺には、その無償の信頼が苦痛にすり替わる。

 

「……お前が俺みたいな化け物になったとする」

「はい」

「その時俺は、化け物になったお前を拒絶する」

「え……?」

「お前は受け容れるといったろう。だが俺には無理だ。こんな悍ましい怪物を、愛せる筈がない。お前がカマ・セイカというだけで愛せるのかもしれないが、俺は違う。俺はただコスミナというだけではそんなものを受け入れられない。今まで、あれほどに愛を囁いてきたにもかかわらず! 俺は、コスミナを愛しているわけじゃなかった! 俺は、俺の救ってやった人間を愛でていたに過ぎない。そう、究極的にはコスミナじゃなくても良かった。救えたならクロメでもサヨでも、イエヤスとかヌマでさえかまわなかったのかもしれない。コスミナを愛していたのではなく、俺は――」

 

――頬に痛みが走る。見れば、腕を振り切った格好のコスミナ。話すにつれて視野が狭くなり、いつしか目の前にいる筈のコスミナさえ考慮に入れる事ができなくなっていたようで、だから、これは不意の痛み。何をされたのか理解するのに一瞬の間を要して、その間にコスミナは畳みかけるように言葉を紡いでいった。ちょうど、先の俺とコスミナの立場が逆転したよう。

 

「そんなこと、コスミナが知った事じゃありません! あなたにとってどうでも、コスミナはカマちゃんからの愛情を感じましたし! そもそもそんなことを言い出したら、コスミナだって、助けてくれたから愛しているってことになっちゃいますよ! コスミナだって、無償の愛を送る自分に酔っているってことになっちゃうじゃないですか! コスミナもカマちゃんも、他の人達だって、その行動を好きになるんです」

「でも、結局それは、人を見ているじゃないか。俺のは、勲章とかコレクションとかそういった、物と同じ感覚で人に愛を騙っていた。そんなものは――」

「――それが愛です!」

――愛ではない、と。そう言おうとして、言えなかった。コスミナに遮られた。コスミナの大声に、ではなく。唇に。

 言うや否や、問答無用でコスミナは俺に飛びついて、その唇でもって俺の唇をふさいだ。不意を打たれて再度固まる俺。舌が、入り込んで、俺の舌を、歯茎を、口内を蹂躙する。不意をうつ快楽に流されそうになって、抗う。コスミナを無理やり引きはがす。抵抗は大きくなかったが、やはりコスミナがさらに先手を打った。

 

「な、何を」

「分かりました。カマちゃんは、愛を過剰に美化しています。愛なんて、押し付けるモノなんです。それで相手が喜ぶなら万々歳ってだけで、コスミナは、あなたの愛がうれしかった! コスミナも、カマちゃんを愛しています。これからも愛し続けます。今まさに愛します。たとえあなたが拒絶しても、その意志を無視して、押し付けます」

 

そういいながら、眼を輝かせてにじり寄るコスミナ。その白魚のような手が俺の、俺を撫で上げる。抵抗しようにも、どうにも流されそうになる。

 

「愛なんて、そんな大層なものじゃないんですよ。カマちゃん」

 

そんな風に、確信を持った様子で、コスミナは呟いた。それがどうにも、哀しくて。やるせなくて。腹が立つ。あぁ、そうか。コスミナはこういうことだったのだろう。自身にとって大切なモノが、ほかの誰かに、たとえ当人自身てあったとしても否定され貶めされて気に入らない。

 だから、そんなことを宣うコスミナの体を優しく押しのける。驚く様子のコスミナに、できる限り意識して笑いかける。

 

「分かったよ。コスミナ。お前も俺も、互いを美化しすぎてた。一方的に美化して、空想のソレを押し付けていた。だから、いけないんだ」

 

理解しているならば、別れてしまうのがいいのかもしれない。ただ、別れたくない。手放したくない。愛と呼ぶにはあまりにも醜い独占欲。そして、何よりも強い、恐怖。愛しているから怖いのか、怖いから愛していると思い込んでいるのか、どちらかなんてもうわからないが。一つだけ確かなのが、独占欲。

 

「このままだとまたズルズルと流されて、うやむやになるだろ」

「それで、いいじゃないですか。それでもかまわないじゃないですか。それで少なくとも今、じゃなくなります」

 

コスミナが、縋るような顔で、こちらに訴える。駄目なんだ。コスミナが言ったんじゃないか。愛を美化しすぎているって。その通りだ。そんな関係は愛じゃない。だからこそ先流しにはできない。俺の恐れることはコスミナを失うことではなく、その愛を失うこと。ぐずぐずの関係を愛だなんて認めない。たとえ人それぞれに愛があるとしても、そこにコスミナの愛があるとしても。そこには俺の愛はない。

 本気で互いの認識を叩きつけ合って、互いにそれを受け入れてこそ愛。それができると信じている。たとえその先に破局があっても、その時は、諦める他にない。エスデスを殺すことこそが第一に戻るだけだ。

 

「コスミナ。ちょっと本気で喧嘩しようか」

 

コスミナの呆気にとられた表情に背筋が震える。喧嘩してどうなるかなんてわからない。失うかもしれなくて怖くてたまらない。足元から崩れ落ちてしまいそうな錯覚すら覚える。こんなにも、あんまりにも恐ろしいので本当に、辛くて苦しくて口角が吊り上がってしまう。

 

――本当に、堪らない

 

 

 

 結論から言えば、俺とコスミナは仲直りした。心底ほっとして、安堵して、物足りなさを覚えて。いや、覚えてない。愛について、自らの見解を譲ったわけではないし、コスミナへの憎悪も嫌悪も好意も変わったわけではない。ただ、コスミナに対する劣等感は薄れたということになる。互いに醜い部分を曝け出して、拒絶感と忌避感を隠さず示して、それでも互いにしょうがないと受け入れることができた。踊り出したいほどに喜ばしい。

 コスミナにとっての愛は肉欲と表裏一体であるという。まずもって納得できなかったが、理解できないわけではなかった。体を重ねるという行為自体を嫌っているわけではないのだ。心も体も気持ちいいし。まず肉欲がくるコスミナと心がくる俺と。なんとなく男女が逆な気がしないでもないが、気にしては負けだと考え直して。

 そんな風に話しつくした段階で、ドロテアが帰ってきた。タイミングがあまりにも出来過ぎていたので、もっと前に帰って来たのか勘ぐってしまうが、墓穴という奴だ。掘り返されたくない話ばかりしてしまったので、そのままドロテアを招き入れて。いつも通り炬燵でだらける。もっとも、俺とドロテアは炬燵に入っていない。熱いから。コスミナが一人炬燵を占拠して顔だけ出す、いつからか定位置となった配置。

 

「しかし、妾が必死に探してボロボロになっている間に丸く収まるとは……世話の焼き甲斐のない奴らじゃな」

 

半目で俺とコスミナを交互に見やるドロテアにどう返答したものかと考えていれば、コスミナがこたつむりのままに口を開く。

 

「解決したんだからいいじゃないですかー。ねー、カマちゃん」

「まぁ、そうだな」

 

俺とコスミナの反応に、つまらなそうに口をとがらせるドロテアがどうにも楽しげに見える。

 

「まったく……。ま、らしいと言えばらしいの。何も考えず乳繰り合ってるのがお似合いじゃよ」

「乳繰り合っちゃいないだろう」

「どーじゃかなー?」

 

投げやりなドロテアに妙な安心感を覚えていれば、コスミナがここぞとばかりに殻を脱ぎ捨ててナメクジのように俺の体を這い上る。その様を楽しげに見ていたドロテアが、思い至ったように声を出す。

 

「おぉ、その体もどうにかせんとな」

「ずっとこのままでいるわけにもいかないしな。頼むぞドロえもん」

「なんじゃドロエモンって」

 

適当にはぐらかす俺と、ニュアンスは伝わったのか苦笑するドロテアと、危険種と化した俺とするのも楽しみとか馬鹿の事を宣っている、なんだかオープンになっている阿呆と。三人が居てひょっとして、楽しいのかもしれない。ずっと続けばなんてことはまずもって思わないが、それでももうすこしはこのままで居たいと思えてしまう。

 もっとも、こんな姿では活動できないから人型に戻る……いや、人型になるまでは否が応でも続けねばならないのだから、せっかくなので堪能してしまおう。うむ、するべきだ。

 

 

 

 人型に戻るまでの数日をぐぅたらと過ごしていたのは良いが、都合一月近くヌマやら部下やらと連絡を取っていないことになる。まず部下に会って報告をまとめて情報を整理する。ヌマは、放置していて構わない。エスデス案件でもなければ奴に問題は、まぁ甥っ子が関わらなければ起こらないだろう。

 

 さて、シャンバラで帝国内各地に潜む部下に話を聞けば、重要なことが一つと致命的なことが一つ。

 南国に行くついでに誼を結んだ革命軍の人間との会談が重要なこと。この際に協力関係の証として帝具の受け渡しをする予定。渡す帝具は、メッセージも兼ねてナジェンダにも把握されているライオネル。案の定高潔な人間ばかりではなかったという嘲笑ととるか、まんまと浸透してみせたという警告ととるか。まぁ大差はない。

 問題は致命的なことだ。エスデス及びエスデス傘下の部隊に北上の動きあり。想定より早い。俺の改造やら帝具の改造やらが間に合ったのが幸いと考えるべきか。予想はできていた事ではあるので驚きはないが、焦りはある。慌ててヌマの所へジャンプである。残念ながらコスミナを嫁に迎える計画は遅れそうだ。なんなら頓挫だ。新郎がいなくては新婦にはなれぬもの。

 

 ヌマに会う途中、驚くことにヌマ直下の部隊に所属することになっていたイエヤスに会った。さらに驚くことに、イエヤスは、帝具使いになっていた。新参がヌマ直属だなんて、よほどの能力を示したか、帝具使いでないとありえないので、納得ではあるがそれとこれとは話が別。

 王族と気付いてあわてていたイエヤスを宥めて深く話を聞く。途中俺に騙されたといったようなことを言っていたが、待遇が良いのは事実だろうと笑って答えればぐぬぬと黙る。さてはドロテアの類だな。いじるのも悪くはない。

 そんなどうでもよくも面白い話はおいておくとして、重要なのはイエヤスに適合した帝具天地踏破(てんちとうは)セブンリーグの話。イエヤスの現状での戦力としての能力。セブンリーグはどうやら空を歩ける靴の帝具というだけではなくて、あらゆる場所を歩ける帝具らしい。水の上でも城壁でもそれでも雲でも空でも歩けるらしい。偵察役としては優秀なのだろうが、正直マスティマでよくないかと、思わないこともない。もちろんただ歩くだけではないようで、脚力の上昇やらの付随効果もあるようだが、最大の利点はあらゆる地形、あらゆる角度で十分に踏み込めることだと、ヌマが言っていたそうだ。ヌマは空中戦やら諸々の特訓をしているらしい。しかも、ガボルグで刃を飛ばして攻撃を捌くとかかと思えば、ヌマは宙に浮かした刃を足場に空中で暴れまわるらしい。なんだそれ。ちょっと意味が分からない。

 

 イエヤスの案内でヌマに会うと、何故かイエヤスと摸擬戦をすることになった。理屈は分かる。実際に実力を把握した方が作戦を練りやすいということだろう。しかもイエヤスの実力はヌマのお墨付き。教えたことを吸収してぐんぐん成長するから教える方も楽しいらしい。妾のメイド以来の逸材だそうだ。帝具使いはやはり才能があるということなのだろうか。タツミとサヨを見逃したことが殊更悔やまれる。

 

 イエヤスは剣を、俺はアースマイトを構えて向かい合う。確かに異常な程に成長はしているようだが俺の方が身体能力、技量共に上。帝具を考えなければ負ける余地はない。反面、初手で飛ばれて上空から遠距離攻撃だけ打たれ続けることになれば、スタミナ切れを待つ意外に手がなくなる。……クラーケンの触手でも延ばせば別だが、流石に、いきなりバラすのはちょっと、やだ。

 とにかく、鍛錬にならないから上空からの攻撃はないと判断。イエヤスの観察を続けていれば、ヌマの試合開始の声。同時にイエヤスの踏み込み。彼我の距離は三十メートルほど。身体能力からの推測と比べればかなりの速度だが、余裕を持って対処可能。迎え撃とうと構えれば、空中でイエヤスが加速する。

 驚きで反応が一瞬遅れる。踏み込めるとはそういうことかと、理解する。だとしたならかなり厄介だ。空中でさらに一段加速するイエヤス。アースマイトのハンマー部で初段を受ける。当然、衝撃はない。同時に速度を失ったイエヤスを蹴り飛ばそうと足を振り上げるが、それより先にイエヤスがさらに一段前に跳ぶ。俺の横をすり抜け、同時に肩を狙ってきた剣をアースマイトのツルハシ部で受け流して、向き直る。イエヤスは俺の方を向いて逆さのまま、空気を蹴って後ろに跳び加速のための距離を取っている。

 踏み込んでの移動中にさらに踏み込むことでの段階的な加速。タイミングは自在に変更可能で角度も調整すればある程度までなら自在。加えて本人の反応速度は上々。なるほど、遠距離攻撃よりも最大まで加速しての一撃離脱の方が強いと考えたか。

 初期よりも広がった距離を多段に踏み込み、蛇行するように動くイエヤス。幸いにも目で追えないほどの速さではない。加速を続けるイエヤスが俺の右隣りを通り過ぎ様に剣を突き出す。イエヤスの剣をアースマイトのハンマー部で受ける。大幅な減速。同時に手を動かしイエヤスの腕をつかむ。そのまま地面に叩きつけようとしたところで激しい抵抗を感じる。イエヤスは空中で静止。投げは無理と判断、手を放す。続けざまに弧を描くように落ちてきたイエヤスの脚を腕で受け止めれば、そこにももう一段衝撃。俺を足場に使ったということ。だがそれだけ。攻撃ではなく距離を取るための行動。ダメージはない。

 上空に跳躍したイエヤスを見上げる。驚きの表情。コスミナやかつてのドロテアなら反応できないだろう速度、直線で考えれば俺より速い。だが既に動きは把握した。体勢を崩すのはほぼ不可能。あらゆる姿勢で両足が地についているようなもの。無力化は極めて困難。だが動きは直線的。カウンターは可能。諦めてカウンターを顔面にでも叩き込むのが最良か。

 再度距離を取っているイエヤスを睨み、一歩近づく。それを合図にするように、イエヤスが飛ぶ。一直線に、先と違いすれ違う様子ではなく、真っ直ぐ突っ込んでくる。覚悟を決めた、乾坤一擲のといったところか。

 迎え撃つ。アースマイトを構えて、直線の動きを見極めて、撃ち落とす。正面から受け止めねば衝撃は殺しきれない。イエヤスは先の速度からさらに一段加速する。必死の形相のイエヤスに、タイミングを合わせるべく動く。

 体を一歩横にずらし直撃を避ける。刹那の間にイエヤスの剣閃が追尾するように動いて俺の頬をかすめる。かすめたが、避けた。同時にアースマイトを振るえば、イエヤスの顔面にクリーンヒット。アースマイトが音を響かせるが、イエヤスはぴたりと止まりそのまま地面に落ちた。決着だ。

 アースマイトがどこにも触れないように、響く音を聞きながら息を吐いて感想を一つ。

 

「どんな成長速度だ。ずるい」




忘れてはいないです。忘れては。


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10話

 ヌマの帝具、千刃乱舞(せんじんらんぶ)ガボルグ。三メートルほどの飾り気のない無骨な柄に一メートルに迫ろうかといほど巨大な穂先がついた巨大パルチザンのような帝具。槍型帝具ということになるのだろう。能力は本体に着いたそれよりは小型の、それでも五十センチはある穂先を無数に出現させ操ること。穂先の展開には多少の時間がかかるようで、戦闘開始の直後は万全とは呼べない。速攻で仕留める以外に勝機は見えない。そして、相手の方が単純な技量まで上。無理じゃないかな。

 イエヤスを蹴散らした後、何故かヌマと戦う羽目になってしまったが勝算はない。まず負けるだろうが、やるからにはせめて一矢報いたいのが男というもの。危険種の形体にでもなれば不意は打てるだろうが、バレたくない。いずれ話さないといけないことは分かっているが、いずれはいずれであって今ではない。……イエヤスもいるし。身内以外には言う訳にはいかない、という理論武装は整う。

 準備と称して対策を練ろうとするがうまくいかず、思考が逸れて纏まらないうちに時間切れ。相対するは北の勇者にして我が兄ヌマ。彼我の距離は三十メートルほど。大した距離ではないが、果て無く遠く感じる。攻撃が届かないよ。全力で駆ければ有って無きが如き距離ではあるが、その間にヌマは刃をいくつ展開できるだろうか。二、三だろうか。もっと多いだろうか。そんなことを考えているうちに、審判を任されたイエヤスの開始の声が響いた。

 

 声を聴くと同時に踏み出す。遠く、ヌマが槍を振るう様が見え、その軌跡上に残像が残るように出現する穂先。数は二つ。存在を認識すると同時に高速で飛来してくる。一つをアースマイトで弾き、一つを身を屈めて躱し、さらに大地を駆って置き去りにする。その間にも槍を振り回すヌマ。刃は増え続ける。想定以上の数に気が滅入るが勝ち筋は速攻のみ。止まるわけにはいかない。全力でもってヌマに迫る。十に届かぬ数が出現した辺りで間合に入り、そのままアースマイトとガボルグがぶつかる。

 しかし近接の技量もヌマが上。はやく勝負をつけるどころか押される始末。どうにか武器を合わせる度に周囲の刃は増え、五回も合わせた頃には無数の刃に囲い切られる。ヌマがとどめとばかりに一撃を振るう。逃げ場は既にない。通常の手段では避けることも、防ぐことも不可能だろう。だが生憎と、超常の手段には持ち合わせがある。

 シャンバラを起動、ヌマの背後へ転移。攻撃を振るった直後のヌマは勝利の確信もあったのだろう、動くことはできないでいる。

 アースマイトをヌマに振り下ろす。しかしアースマイトは幾度かの金属音を響かせてヌマから逸れる。言ってみれば簡単。軌道上に穂先を配置して防御、加えて側面を叩いて軌道をずらす。恐ろしく早い反応。俺じゃ勝てないね。だって瞬間移動だぜ? 初見だぜ? 真っ当に考えれば偶然以外の対処は不可能。そしてこれは明らかに偶然ではない。桁違いの天才共が持つ本能の類。俺にないもの。羨ましい事この上ない。やっぱすげぇよ、ヌマは。

 などと他人事のように考えていれば腹に衝撃。そのまま後方に飛ばされるが、空中でバク転するように体勢を整えて、地面にアースマイトを突き刺し急停止。目をやればそのまま進んでいただろう場所には無数の穂先が待ち構えている。危ないと安堵する間もなく息を呑む。展開は十分に済んだようで、十や二十ではきかない数の刃が修練場を漂っている。呆気に取られてヌマを見れば、自らが展開した穂先の一つを足場に宙に立っていた。太陽を背にゆっくりと浮上する姿は勇者ではなく魔王のそれにみえる。

 

「空飛ぶとかズルくない?」

「知らん」

 

 その後はもはや語るまでもなく、前後左右上下三百六十度あらゆる方向から次々襲い来る刃にあえなく撃沈。無理。

 

 そのままの流れで始まったイエヤスとヌマの戦いを眺めていれば、連中は空中戦を始める。既に現状の戦力は把握したかと思っていたが、まったくその通りで無かったらしい。特にヌマ。イエヤスも空こそ我が本領とでもいわんばかりに動けてはいるが、ヌマはそれを凌駕する。話には聞いていたが想定以上。空中を加速しながら駆け回るイエヤスに刃を足場にすることで追従しながら、刃を操作してイエヤスの進路を塞ぐ。イエヤスが一瞬でも加速を緩めれば追いつかれるだろうし、進路の判断を誤れば宙に浮く刃に切り裂かれる。摸擬戦というよりも稽古と呼ぶのがふさわしい試合。ヌマがどれだけ精密な操作をしているのかはちょっと理解できないがヌマが本気でない事は分かる。

 そして考える。地上で対抗する事のみに集中していたが、エスデスも空を飛べたはず。自在にとはいかないだろうが、奴のセンスを考慮すればヌマの動きを見て再現くらいはしてくる可能性がある。現状では触腕を伸ばすくらいしかないから何か対策を考える必要がある。どうしようか。ヌマを仮想敵として対抗手段をどうにかこうにか。……むぅ。どこぞの超能力チルドレンよろしく瞬間移動を連続的に行い、宙に留まるくらいだろうか。おそらく、シュラも同様の手法で宙にとどまっていたはずだ。だが、空中にマーキングそれもそこら中となると前準備が必要だ。どこか一カ所を自らの本拠地的に定めて、そこに引き釣り込まないといけない。……全部シュラがやってることだな、これ。やっぱり優秀だったんだな。アレ。

 

 

 

 今は亡き、自ら亡き者にしたかませ犬仲間についていろいろと考えているうちにボロボロのイエヤスが大地に転がっていた。大の字で胸を上下させるイエヤスを気にせずヌマに話しかける。当初の目的、エスデスについての相談だ。エスデスが北上の動きを見せていて、早ければ一月後にもうちの国との国境に接する可能性。

 

「そうか、帝国が……。確か、お前がずっと警戒していた帝国の将軍だったな」

「あぁ。たぶん、兄上より強い。エスデスに詳しい奴は殺すのに十万の兵と一斬必殺(いちざんひっさつ)村雨……かすり傷でも負わせれば即死させる帝具なんだが、その村雨の使い手を含む帝具使い十人が必要っていう評価をしてた」

 

もちろんナジェンダから直接聞いたわけではない。原作知識という奴だ。エスデスの方も片腕がない分戦い方も変わっているようではあるが、ある程度の指標にはなるはずだ。そして、このたとえをすれば遠く響いた勇名しか聞かないヌマにもその片鱗は伝わる。

 

「それは……なんというか、いくらなんでも過大評価し過ぎじゃないか?」

「昔、帝国の少数民族を襲ったことがあったよな」

「あぁ。あのときか。それが――」

 

かつての話をしてもヌマの反応は芳しくない。話しながらエスデスに付けられた顔の傷をなぞれば、意図は伝わったようで、ヌマは目を細めた。

 

「――お前の顔を斬った、という奴か?」

「そ。話しただろ。戦いの中で成長するような、それも重傷を負ってから急激に成長するような化け物みたいな、いや、化け物の話」

「その化け物が変わらず成長を続けていたらあり得ない話じゃない、か」

「確信してるよ」

「なるほど、な。それで何か意見があったというわけだな」

 

そこまで言うとヌマはイエヤスに今日の鍛錬は終了してしっかり体を休めるように告げる。そして俺にはついてくるよう促して歩き出した。副官と言っても重要な軍議に参加できるだけの信頼はないということだろう。一足飛びで出世したイエヤスであってもそれは帝具使いとしてのものであって、将としてのものではない。当然だ。ゆくゆくは期待したいものだが現状のイエヤスは異様な抜擢を受けただけの新兵に他ならない。

 イエヤスに傍から見ていて気が付いたことをいくつか告げて、既に闘技場から出ようとするヌマを慌てて追いかける。

 

 

 

 たどり着いたのは軍議室ではなくヌマの個室。ヌマは召使にしばらく誰も近づかせない様にだけ告げると、部屋に置いてあった封の開いた酒を卓上に置く。酒盛りでもしながら話そうという訳だ。

 ヌマに現在の方針を聞けば、俺の想定と大きく違いのないものだった。だが、それではいけない。それでは勝てない。

 

 ヌマの考えでは、エスデス軍を迎え撃つために現在まで浸透に成功している領域まで兵を出す。折角街やら村やらの懐柔が上手くいっている状況で、それを見捨てるかのように動くことはできない。一気に状況が反転して反乱とまではいかなくとも、ちょっとした暴動でも起きれば厄介だ。今後の統治に大きく支障が出る。そこで支配に成功している村よりも帝国領内奥深く、ちょうどイエヤスの村から南の地点でエスデス軍を迎撃するという作戦。

 道理ではあるがこの作戦には難点がある。防衛陣地の構築が十分とは言えないだろう事から野戦になってしまう。そうなっては帝国最強の攻撃力を持つエスデス軍の相手を真正面からするはめになる。いかなヌマと言えどそうなっては一筋縄ではいかないだろう。

 そこで俺の提案は、エスデス軍をまともに相手取らないことだ。ある種非道とも、いや。明確に非道と言える代物だ。例えば戦う前から避難を呼びかけたとして、つい先日まで帝国臣民であった村人たちが従う可能性は低い。ヌマが敗北したとしても異民族に脅されて仕方なくとでもいえばいいだけだ。

 そこで、避難は呼びかけ従うならば援助するがそうでないならなにもしない。その上で、エスデスとの初戦は早々に見切りをつけて軍を引く。この時に馬鹿にならない被害が出るだろう事は百も承知。エスデスも追撃を仕掛けてくるだろう。エスデスの性格を考慮すれば、この時に前線に出てくる可能性は高い。無論、頭の切れる化け物ではあるので、罠と判断して出てこないことも十二分に考えられる。あるいは、北の勇者ヌマに、帝国に勇名轟くヌマに対して失望を抱くか。失望でもされればさらに楽だ。

 

 考えるのは、西の異民族と我らがセイカ王国。エスデスが攻めたさいに西の異民族は壊滅的な被害を受けはしたが堪えてみせた。それに対してセイカ王国は瞬殺だった。西にヌマ以上の化け物が居たとは考えづらい。ナジェンダの目測から考えれば、ヌマはエスデスでも手こずるはずだったのだ。その差は何処から生じたものか。

 おそらくは、エスデスが楽しめるか、否か、だ。西の異民族はエスデス軍と正面からぶつかってみせたのだろう。翻って原作のヌマは籠城することでエスデス軍の消耗を待った。並大抵の軍であれば打って出て正面から撃破してみせるヌマではあるが相手が手ごわいと悟れば、より効果的だろう作戦に柔軟に切り替えることもできる男だ。

 だがその優秀さが裏目に出た。挑んでくる相手を蹂躙することに悦びを覚えるエスデスにとって、籠城し防御に徹する相手はひどくつまらなかったはずだ。楽しい時間はすこしでも長く、つまらない時間は直にでも終わらせたいのは万人に共通の感情で、エスデスも例外ではないだろう。エスデスはさくっと本気を出しヌマが長年かけて築き上げた要塞を一撃で機能停止に追い込み、混乱する相手を蹂躙してみせた。

 あるいは、野戦でのヌマが手ごわかったからこそより一層失望し退屈したのかもしれない。

 そう考えれば帝国最強の攻撃力を持つ相手に防御を固めるのは驚くことに、むしろ愚策という結論に至ってしまう。

 

 さて、話は戻る。エスデス軍をまともに相手取らないとはどういことか。相手にしなければエスデスが本気を出してしまうというのであればこれはおかしなことだが、単純な話。エスデスさえいなければヌマなら勝てるという前提で、まずはエスデスを討ち取る。まずは、と言えるほど易しいことではないし、むしろ一番難易度が高いのは明らかであるが、その一番難しいことが一番易しい時こそがエスデス軍との緒戦に他ならない。エスデスが未だにこちらの実力を完全に測り終えていない状況で、初見殺しを連続で喰らわせて、どうにかこうにか仕留める。

 革命の最大の障壁の一人であるエスデスを討ち取る好機に加えて、報酬が帝具。それも複数個ともなれば、ナジェンダはともかく、他の革命軍幹部は乗ってくる。そうなれば如何にナジェンダといえど拒絶しきることはできまい。代償は帝具。所有者の見つからぬライオネルとダイリーガー。そしてエスデス配下三獣士の持つ三つ。五個の帝具の過半を革命軍に譲るとまで言えば、間違いは今度こそ起こりえない、たぶん。……どさくさに紛れて奴らがこちらを暗殺とか、あったら、どうしよう。いや、明確に敵対は、してるけど。共闘直後に殺しに来るほど非情な連中では……わからん。……警戒さえしていれば、アカメとブラートの不意打ち、マインの狙撃以外で致命傷を負うことはまずない……なにも安心できないがだからこそ警戒は、必須だ。

 ともかく。エスデスを前線に引っ張り出して、シャンバラでこちらの有利な地形に連れ込んで。囲んでボコる。返す刀でエスデス軍を撃破する。雑な説明になってしまうが以上が作戦だ。都合、戦の指揮を執るのがヌマではなくなるし、主戦力足る帝具使いは戦場にほとんど残せないのが大きな難点ではある。リヴァがいかに優秀な元将軍だとしてもわずか一戦でうちの軍を倒しきれるほどの能力はない、はずだ。ヌマがずば抜けているだけで、それ以外の将が無能なわけではないのだ。

 

 俺の提案を聞いて、ヌマは難しい顔をする。当の俺本人が思い付くだけでも問題点は大きい作戦。それでも、エスデス軍よりもエスデスを重く見た場合に、これが最善だと確信している。ヌマにも俺のエスデスへの認識を共有させることができれば、受け入れられると信じている。

 

「指揮官を隔離させる、というのは悪くはない。精強な軍でも指揮官が居なくなれば脆いものだからな。だが、それはうちにも言えることだぞ。そこはどうするつもりだ?」

「副官たちに任せるしかない。あらかじめ伝えておけば混乱はしない。ならエスデス軍相手に持ちこたえられるはずだ」

「大将を引き離してなおエスデス軍の方が強いとみるか。こちらの兵の動揺を抑えて、あちらを動揺させた上で不利、ということは指揮を執る奴が他にいるのか。代わりになる優秀な部下……帝具使いか?」

 

不満げに指摘するヌマ。流石に鋭い。いや、言い方に工夫をしなかった俺が悪いのか。内の兵のが弱いと言っているのだから。自身の鍛えた精鋭がそんな言い方をされれば大なり小なり機嫌も悪くなろう。だが、それはよりエスデスという存在の深刻さを強調できるというもの。

 

「あぁ、三獣士っていう名前の通り帝具使い三人だ。一人はただ強いだけだが、厄介なのが二人いる。かつて帝国で将軍をやっていたリヴァって奴がいるんだが、エスデスが前線に出るとしたら、兵の指揮を任されるのはそいつだ」

「将軍級の部下がいるからお前の作戦通りにエスデスを引き離しても、軍の指揮系統に関しては問題が起こらないということか。それでもいきなり総大将がいなくなれば動揺は起こる筈だが……もう一人の方はそれを起こさせない、あるいは抑えられる帝具か?」

「その通りなんだが、いや、もう、うん。スクリームという笛の帝具を使うニャウって奴がいる。直接の戦闘能力自体は大したことはない、たぶんイエヤスでも勝てるんだが、このスクリームが厄介でな。笛の音を聞いた者の精神に影響を与えるんだ」

「動揺を抑えるくらいはわけないんだな。士気高揚もできそうだ。最悪うちの兵が戦えなくなる可能性もあるか」

 

一を聞けば十を知るといえば言い過ぎだろうが、それでも四五程度は知るのがヌマだ。詳しく説明するまでもなく、できそうなことに当たりを付けていく。そのまま考え続けるヌマにいくつか質問をされ、それにこたえる。

 

 一時間か、もう少し長いか程度の時間が経ったとき、ヌマが結論を出す。感触からすれば条件付きの承諾あるいは一部承認といったところだろう。エスデスの脅威を直接見ずに正確に伝えきるのは流石に厳しいものがあったようだ。ヌマの言葉を待つ間は、気心の知れた仲と言えど緊張する。卓上にある酒でのどを潤す。俺が杯を置くと同時にヌマは口を開いた。

 

「よし。カマ、三獣士を倒してこい。」

「……は?」

「エスデスを警戒してエスデスを最優先で倒そうというお前の方針は理解できた。その上で、俺は軍への被害を抑えたい。となれば問題はエスデスではなく三獣士になるだろう?」

「それはつまり、俺の提案を受けるってことでいいのか?」

「一応な。代わりの俺からの条件だ。これが不可能だというのなら、残念だが却下させてもらう」

「分かった。詳しく話を聞かせてくれ」

 

 ヌマの言う条件は分かりやすいものだった。到底、受け入れられないモノだった。

 エスデスを移動させた後、俺は戦場に舞い戻り、そこで指揮を取って三獣士のうち最低でもニャウを討ち取る。そうすれば敵は士気を操れなくなり動揺するのでその隙をついて敵に打撃を加える。そうすればその後の戦闘も互角に進められるので俺が指揮を続けエスデス軍を撃破するというもの。

 その間にヌマ、ドロテア、イエヤス、他俺が革命軍から連れてくる帝具使い数名でエスデスを倒すという。俺はエスデスと戦うために人間を止めたのだ。駄目だ。俺が居れば勝てるとうぬぼれるわけではないが、俺が居なければ勝てない。勝ってほしくない。俺は俺の努力を無意味にしてほしくない。にヌマは言う。慌てて言い包めようとするが、ヌマは目ざとく俺の焦りに気が付く。

 

「どうした? 少し変だぞ。ちょうどあの頃の……何があった。言え」

 

ヌマに悟られる。あぁしまった。自身を晒し過ぎた。酒のせいか、気を置けぬ間なせいか。見た目には出ていない。

 だが、むしろちょうどいいのだろうか。どうせいずれは明かすつもりだった。それが今になっただけ。酒の勢いで、という話。そのままだったらきっといつまでも言い訳して言えなかっただろう事は想像に難くない。いや、エスデスとの戦いでなし崩しでバレていただろうが、それはそれ。その前段階で俺の戦力を正確につたておいた方が確実に状況は良くなるだろう。

 

「……ヌマ。俺はエスデスを殺すために邪法に身を染めた」

 

邪法と聞いて眉を歪めるヌマ。何を想像したかはわからないが、愉快なことでない事だけは確かだ。

 

「ヌマが想像してることと違うかもしれないから、言ってもピンとこないと思う。だから、直接見せたいんだけど、ここじゃアレだ。場所を変えよう」

 

そう言ってシャンバラを見せる。ヌマが神妙な面持ちのまま頷くのを確認するとシャンバラを起動させる。行先はドロテアの研究所。どうせまた人型に戻らなければいけないんだから、此処が妥当。小さな不安点はヌマがドロテアにキレるかもしれないことだが、それはそれで面白そうだ。殺すまではいかないだろうし、活かせないからドロテアは安心してほしい。アイツは虐められている時こそ輝く。

 

 

 

 後から思えばおかしなことに、俺はヌマに拒絶される可能性を微塵も考えていなかった。拒絶はされなかったのだが、なんとも奇妙だ。コスミナが受け入れたのだからヌマも母も受け入れてくれるだろうと楽観的に考えていた。コスミナと話し合っても結局相手を過剰に美化する癖は変わっていなかったのか、いや受け入れられたのだから見る目があったととらえておこう。全ての事情を知ったヌマは俺を一通り俺の提案を全面的に受け入れてくれた。唯一の想定外はヌマがキレる対象だった。俺を改造したドロテアではなく、黙って人外と化した俺にブチ切れたのだ。

 結果、化け物状態の俺と久方ぶりの全力の兄弟喧嘩が勃発した。文字通りの死闘を繰り広げて、互いに重傷を負った末に、それでもヌマは立ち上がり笑う。曰く、だいぶマシになった。曰く、人間らしくなった。この化け物に向かってずいぶんな言い草だが、反論する気力も体力もなかった。

 そしてそんな俺に宣ったのだ。戦力の確認はできた。次は連携の練習だと。あほか。死ぬわ。

 

 

 

 結局二人してテンションが上がったまま無理をして、連携の確認はできたが死にかけて、ドロテアの治療を仲良く二人で受ける羽目になった。笑い合う俺とヌマをみて気味悪そうな顔をしていたドロテアと、ニコニコ笑うコスミナが印象的だった。

 

 




遅れました。書けなかったので最期バッサリです。
次回暗躍を挟んで次々回あたりエスデスとの決戦の予定。まぁ、今年中には完結させられると思います、たぶん。


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11話

 一週間。ボロ雑巾も斯くやといった様の俺の傷をドロテアが癒して人型に戻すまでにかかった日数だ。エスデスがいつ攻め寄せてくるともしれないこんな一秒を争う重要な時期に、死に掛けるまで戦い続ける馬鹿がここにいた。説明しなければいけない事と、戦力の確認と、連携の強化と。やらなければならないことを一挙に片づけられたのだから、むしろよかったのではないかと自ら頷く。過ぎたことを悔やんでも始まるのは無限ループの自己嫌悪だけだと知っている。このままではエスデスに勝てない可能性が高いことも知っている。

 であれば行動あるのみだ。状況は動かなければ変わらない。良い方には変えられない。

 

「というわけで、ちょっと革命軍のところいくからここから出してくれ」

「却下じゃ阿呆」

 

緑色のドロドロに満たされた巨大な水槽の中でぷかぷかと浮きながらドロテアに頼むが素気無く断られる。体から生えた無数のコードを引きちぎってこのガラスを砕いて逃亡、なんてことは容易くできるが、ドロテアがまだここから出さないということは俺の把握できていないところで傷が癒えていないということだろう。はやる気持ちをどうにか抑えるほかにはない。

 

「まだ調整が終わっとらんと、何度言えばわかる」

「人型に戻ったし万全に近いと思うが?」

「主はもはや妾の最高傑作じゃからな。色々とやっておきたいことが多くてな? まぁ、あと少しじゃ一時間もかからん」

 

ムフフと楽し気に笑うドロテアを眺めているとどこか羨ましく感じる。いつのまにやら、俺はドロテアの作品になっていたらしい。否定はできないほどに俺は改造されてはいるが、それにしても最高傑作か。原作でいえばコスミナ。シコウテイザーも改良していたが、あくまで既製品を改造しただけで自身の作品という訳ではないはず。

 あのゲテモノと現状の俺、どちらが強いだろうか。見た目のゲテモノ具合でいえば俺の圧勝であると確信できる程度に今の俺は歪だが、強さでは判断がつかない。自分だと信じたいがそう判断する材料はない。あのコスミナはあの時点でのタツミ以下が確定。タツミはあの時点で既にブラートに匹敵、なんなら超えている可能性が高い。現状のブラートと俺を比較すればある程度測れそうだが、帝具込みでの実力が未知数に過ぎる。コスミナとドロテアでは勝負にもならないのは証明されているが、俺ならば。勝つのは厳しいだろうがそれでも十に一つ程度の目はあるだろう。コスミナとドロテアも合わせれば三つはいける。誰かを犠牲にすれば……いや、それはもはや敗戦と同義だ。

 エスデスどころか上位層との比較でさえ、化け物に成り果てて尚届かない。先の兄弟喧嘩ではかませいぬのやられやくに過ぎないヌマにさえ、全身全霊を尽くして敗北した。ヌマの実力をブラートと同等以上と見積もってさえ、共闘したとしてもエスデスに勝てる可能性は……いや、限りなく低い。やはり、戦力が足りていない。

 アカメを含む帝具使い十人。ナジェンダがエスデスを殺すために必要と考えた戦力だ。うちの国が動かせる帝具使いは、コスミナを除くとして、俺、ヌマ、イエヤス、ラン、ドロテアの五人。ナイトレイドのメンバーが一人も死んでいないと仮定してタツミもスサノオもいないとして、アカメ、ブラート、ラバック、シェーレ、マインの五人。合わせて十人ぴったりだ。

 うちだけでは帝具使い十人集める公算が立つわけもなく、アカメを、正確に言うならば村雨を手に入れる算段もない。一度明確に敵対している暗殺者集団になぞ会いたくはないが、そんなことを言っていられるほどの余裕はない。というか既にことは動き出している。革命軍幹部に渡りを付けているし、あとはそいつを経由してナイトレイドと協力してエスデスを打倒する。呉越同舟とも敵の敵は味方ともつかない一時的な同盟関係を結ぶ。そこから先は、なるようになれ、だ。

 

 そんな考え事をしていれば、いつのまにやら調整は終わり、水槽からドロドロが消え、ガラスが上へあがる。水中用の眼が乾くと痛いのでその前に皮膚の内側にしまう。そして瞼を開いて人間としての眼で周囲を見渡せば、こちらの姿を確認しながら鷹揚と頷くドロテアがいる。

 

「うむ、だいぶマシな見た目になったの。まだまだ及第点といったところじゃが、ひとまずの調整はこれで終わりかの」

 

つられるように目線を下げて、自分の肉体を見ればなるほどたしかに別物になっていた。

 多種の危険種の皮膚が点在してオカピやキメラのように不自然な気持ち悪さ感じさせた肉体は、昆虫感のある外骨格に包まれ、見た目の統一感に加えてより堅牢になっている。試しに触腕を出そうとして見れば、外骨格が邪魔することなく開き内側から想像以上の速さでドロテアへ襲い掛かる。ドロテアは不意を打たれたせいかに避けることも反応することさえできずに足を触腕にからめとられそのまま空中に逆さづり状態になる。外骨格がかすかに波打つ皮膚の動きを隠し、初動を見極めづらくする効果もあるようだ。

 

「い、いきなり何をするんじゃ! はなさんか、この!」

 

ドロテアは見た目と反した怪力で触腕を振り払おうとするが、ぬめりけのある触腕をうまく持つことができず、空中であることも災いして力を活かしきれていない。これがコスミナなら触手プレイに心を躍らせるのだろうが、幸いにもドロテアにも俺にもそんな性癖はない。これはひどく単純にドロテアの手落ちからくる罰だ。ドロテアは気づいていないようなので言葉に出して教えることにする。

 

「早く人型にもどせ」

 

なんでまたバケモノ状態なんだ。

 

 

 

 

 

 暑さで思考が十全に働いていないことを自覚しつつ、机の向こう側に座る白髪の男、シセツと話す。シセツは革命軍の幹部の一人で、セイカ国と革命軍の協力関係を築くことに積極的に賛同し、その橋渡し役となった男だ。かつては帝国で外交官として各国にコネクションを持って活動していた縦横家だ。優秀ではあるが、外の問題の専門家であるからこそ内側で専横をきわめた大臣に対抗する手立てを持たず、地位を追われた。そして西の異民族に半ば亡命に近い形で逃げ込みながらも革命軍と連絡を取り、西の異民族との協力を取り付けることで革命軍の幹部として帝国に舞い戻ったという傑物というにふさわしい人物。

 かつてセイカ国に派遣されていた時期もあり、ヌマや俺とも革命軍に入る以前から交流のあった存在。だから激情家のヌマが行った無為の虐殺を、否定はしつつも常からそのような暴虐を振るう存在ではないと理解して、共闘関係の構築に前向きな姿勢を見せている。協力を取り付ける代償は帝具。安くない代物ではあったが、ナイトレイドとの共闘が、ひいてはエスデス討伐が見返りならば安すぎるくらいだ。

 さて、彼の趣味の骨とう品の話をしたり、互いの近況を語り合ったり、世間話をして一息ついたところで今日の主目的である共闘の話を持ちだす。

 

「かのエスデス将軍が我らセイカ国の迎撃に出ているという話はご存知でしょう」

「もちろん存じておりますよ。おぉ、そうだ、であればこんなところで油を売っていてよいのですかな? カマ様はセイカ国の主力の一人。ともなれば、エスデス将軍との戦いに備えなければなりますまいに」

「その件ですが、実は本日時間を頂いたのはご助力いただければと思ってのことでして」

 

当然、交渉内容なんぞ事前に伝えているしなんなら予測も立てていたことだろう。というか、今日はナジェンダもここに来る予定なのだから知っていなければ困る。それでもわざわざ知らないような態度をとる以上、俺も恐縮そうに言葉を紡がなくてはいけない。外交なんぞめんどくさいし、俺以上に舌の回る奴は国にいる。しかし、立場やら移動速度やら自衛能力やら決定権やらの兼ね合いで俺以上の適任はいないのだ。あぁ、めんどくさい。

 

「我らにとってセイカ国は革命を成功させるための要石。助力もやぶさかではないのですが、こちらも中々厳しい情勢でして。ご存じでしょうが物資的な援助はかないませぬし、この南方より兵を送ろうにも、帝国を縦断してとなるととても現実的ではない。帝国の目を掻い潜ってすこしずつ、となれば貴国とエスデス軍との衝突には到底間に合いますまい。はたして望むような支援ができるかどうか……」

 

物資の支援なんて期待していない。帝国の方がセイカ国より遥かに発展してはいるが、こちらは矮小にも国だ。未だ国に満たない反乱軍には流石に劣らない……十年前とかなら危うかったかもしれないが、ヌマや俺の活躍でかなり発展したのだ。今後もドロテアに任せている危険種研究と品種改良でさらに発展するめどは、そのうちたつだろう。……国が残っていれば。

 兵士に関しても同様。正面から大手を振って帝国とやり合うだけの軍事力を現時点での革命軍は有していない。少なくとも表面上は。内応を約束している、帝国内部の潜在的な革命軍シンパは確実に一定数いるだろうが、どれほどいるかは流石に把握できていない。それは向こうも同じはずで、こちらよりも正確な予測は立てられるだろうが、いつの時代も最後に勝敗を左右するのは日和見主義の風見鶏だ。勝てると確信させるだけの成果を出していない現状では、まだ早い。

 

 いずれにせよナジェンダを始めとした革命軍を率いる元帝国軍関係者が、現状でまだ応としないのだから、戦力不足は確実なんだろう。それだけエスデスとブドーの二枚看板が厚いということでもあるのだろうが。

 軍勢的な支援を望むことは厳しいが、俺が革命軍に臨むことはひとえに革命軍所属の暗殺集団である帝具使い、ナイトレイドの派遣だ。奴らさえくればエスデス打倒の現実的な可能性が生まれる。そしてエスデスは大将軍ブドーと並ぶ革命軍の戦略目標の一つの筈。個人の残虐性と危険性、軍全体としての即応性を加味すれば、帝都を守護するブドーよりも優先順位は高いだろう。なんならブドーはほっとけば大臣あたりに陥れられ失脚するだろう。そのあたりの政治的な手管でブドーが大臣に対抗できるとは思えない。反乱軍を倒してから、などと悠長なことを言っている時点ですでに術中に違いない。良くも悪くも飛び切り優秀なだけの頭の固い軍人にすぎない。

 もっとも、ブドーが失脚するほどに時間をかけていては、革命など失敗するに決まっているのだが。人間というものはそれほど我慢強くはない。いつまでも劇的な行動を起こさず小康状態を続けるようなら、不満の矛先は革命軍にも向く。それも集団となればなおのこと。教育を受けていない人間の中に、小さな集団を統べるだけのカリスマを持つやつがいたとして、そいつが地方の小さな町で革命を掲げて暴動でも起こしてしまえば、その火種は瞬く間に周囲に引火し、帝国を焼く大火となる。ナジェンダをはじめとする革命軍幹部の思惑などそこには入らない。ただ暴徒と化した集団が、善も悪もなく蝗のように暴れまわるだけの蝗害だ。帝国に敗れるか、帝国を喰らいつくすかはわからないが、ガタガタになった帝国は周辺異民族に侵略され、支配されるだろう。長らく国力を盾に威張っていた帝国に対し、持つ慈悲などありはしない。この世の地獄と呼ぶにふさわしい惨事が待っていることだろう。長年帝国が周辺諸国に強いてきたことと、そう変わりはないのだが。

 そんなことは革命軍幹部はもちろん、俺とて望んでいない。セイカ国としても行き過ぎた帝国の国力低下は望ましくない。国内を蹂躙した暴徒の群れが次に来るのは周辺国だ。むろん、たかだか暴徒ごときに負けるはずはないが、蹂躙され荒廃した帝国から文明は消え去るだろう。それではセイカ国を豊かにするために時間がかかりすぎる。セイカ国の急成長は帝国からの物資の流入によるところが大きい。帝国には健在で、なおかつセイカ国に有利な条件での貿易条約の締結できる程度の弱体化が理想なのだ。

 

 逆に言えば、相手も革命後にセイカ国が帝国に口出しできるだけの国力を持っているのは望ましくないということになる。だからこそ、セイカ国とエスデス軍が激突する戦いは、両者の消耗の果て、共倒れるという形で終わってほしいはずだ。

 故に、今回の戦いはそのエスデスを倒すまたとない好機であると語ってみせるが、反応は想定通り芳しくない。やはり、戦力はある程度拮抗しているとみられているのだろう。

 奴らにとってセイカ国も潜在的な敵に他ならない。革命が成功したとして、その革命に協力した異民族から圧力をかけられるのは明らかだ。革命軍の望む、民草の為のより良き国をつくるためには、原作で西の異民族にエスデス軍をぶつけた様に、その後の統治に口を出せないほどに消耗させる必要がある。理屈は分かるが、される方はたまったもんじゃない。援助したうえで、口を出す体力すら残らないのでは完全に骨折り損だ。

 原作でのナジェンダの推測では一年。現状でセイカ国の軍事力は原作より高くなっているだろうから、それ以上の期間エスデスを引き付けられると想定しているに違いない。それだけの期間があれば革命の準備は飛躍的に進む。なんなら完遂しうる。いや、さすがにそこまでいけばエスデスが引き戻されるだろうから完遂はないか。だがエスデスはともかくエスデスの軍勢に打撃を与えられると予想するだろう。援軍を派遣するまでもなくセイカ国、エスデス軍の戦力をそぎつつ、革命は大幅に進むと考えた時、セイカ国に戦力を送る利点は薄い。ほっといても勝手に敵同士が削りあうなら静観が無難な一手。俺とて彼らの立場ならそうするだろう。それでも、成らぬことを成すのが俺の仕事だ。攻めるべきはエスデス討伐の緊急性。

 

 セイカ国とエスデス軍の戦力がおおよそ互角と考えた場合、ナイトレイドの派遣要請は通らないモノとした方が良い。それでももしあり得るとしたら恩を売れるタイミング、戦いがある程度終盤に差し掛かりエスデスが劣勢になった場合の最後の一押し、あるいは俺たちが不利になった場合の救援としてだろう。それでは遅い。エスデスの成長速度を加味すれば、ヌマや俺との戦いで新たなる奥の手を生み出すことも考えられる。消耗した兵力を補充する、すなわち現状ではやっていないだろう氷の軍勢を……?

 まて。何故、ナジェンダはエスデス打倒に必要なものを、アカメを含む帝具使い十人と十万の軍勢と言っていた。エスデス軍を打倒するのに必要な兵力、ではない。エスデス軍と切り離した上で、そろえたと言っていた。エスデスを逃がさない為の包囲網構築でもないだろう。エスデスの生み出す氷の軍勢を倒すための十万の軍勢なのか? しかしエスデスは新たな奥の手と言っていた、はず。考え得る可能性は、ナジェンダがその用途をエスデスより先に思い至ったか、また別の何かがあるか。戦後の宴会芸か何かでエスデスが氷の人形を生み出し余興として戦わせるとか、人形劇でもやって見せたか。そんな無意味なことをするのか? アレが? 分からないが、現状ですでにあの軍勢を生み出すことができる可能性がある? いや、考えづらい。すぐには思いつかない。ドロテアやヌマと相談する必要があるか。なんにせよ時間をかけねばあの量を作ることは無理だろうし、電池としての活用も厳しいだろう。しかし現地で兵力の補充が可能となれば、持久戦は不利としか言えない。現状でストックがあるようならばそもそも詰みだ。

 エスデスが氷の兵隊を生み出す可能性を考えれば、元より下策であった遅滞戦術により苦戦することでナイトレイドを援軍として派遣してもらう案は確実にダメだ。何が何でもナイトレイドを早期に派遣してもらう必要がある。思考は勝手にずれたが答えは同一。

 

 のらりくらりと要求をかわす男を相手にしながら思考を加速させる。出せるものは小さくはないが多くもない。エスデスの危険性を訴えかけるにしても、彼らの主観から見てエスデスの脅威については俺より彼らの方が詳しいことになっているはず。エスデスの脅威を説くのは厳しい。

 逆を行っても意味はない。エスデス恐るるに足らずとでもいえば援軍を要求するわけにはいかないし、向こうとしても勝手に潰し合ってくれて願ったりかなったりだろう。本当に圧勝するようなら急いでナイトレイドがやってくるだろうが、その場合のターゲットはエスデスではない。……あぁ、なるほど。最悪だ。ほかの案はないか。優先順位の書き換え、前提の破壊。洗脳するような帝具でももっていれば話は楽だったのに。

 

 

 

 残念ながら、というか当然のように事前に考えていた以上の名案が思い浮かぶこともなく、いやな可能性の一つに行き当たっただけだった。外交官の男と無為に話していると部屋の扉が開く。来たのだろう。横目に見れば予想通り眼帯に義腕のイケメン、ナジェンダがそこにいた。

 同時に行いたくない手段が再び脳裏をよぎる。エスデスの脅威をこれ以上伝えることができず、ナイトレイドを派遣してもらうことができないなら。ナイトレイドの優先順位を動かしてしまえばいい。エスデスではなく別の緊急性。

 

 例えば大将軍を打倒すれば、たとえエスデスが残っていても彼我の戦力を測定しえない馬鹿どもには、革命は成功すると思い込ませることはできるだろう。国民の多くが支持する安寧道が完全に蜂起すれば見た目上の数だけは整う。エスデスの側近も三獣士でもいいが、大臣が大事にしているように見える(・・・・・・)バカ息子あたりを殺してもいいパフォーマンスになったろう。大臣が主導して組織したように見える(・・・・・・)対革命軍用の帝具使いの集団が何一つ成果を上げられずに壊滅でもすれば絶好の宣伝材料だ。それがバカ息子が勝手に集めた集団だろうと関係はない。大臣の関わりがあるように見える(・・・・・・)なら、他人からすれば一緒なのだ。それらの大小さまざまな積み重ねが革命という夢物語に現実感を付け加える。なんでもいい。すこしずつでいい。大臣派の存在を微かずつ切り崩して、事情を知るものにすでにそこまで革命軍の戦力が、張り巡らせた網が強大であるように見せかければ勝手に勘違いする。

 真実はどうであれ事実は個人の主観によって様変わりする。真実に重大な欠陥があるとしても知らないものには完全無欠に見える。こいつらの中の事実を書き換えてしまう何かがあれば情報収集にせよ、それ以外の目的にせよナイトレイドは北に来る。

 

 部屋に入ってきたナジェンダに立ち上がって礼をする。

 

「おぉ、ナジェンダ将軍来てくださいましたか。こちらはセイカ国の第二王子であるカマ殿下です。確か、お二人は面識があるという話でしたな」

「えぇ、よく知っています。ナジェンダ将軍は素晴らしいお方だ。まさに国士と呼ぶにふさわしい。以前は悲しいすれ違いが起きてしまったが、シセツ殿の仲介によって再び交渉の席に着けたこと嬉しく思います」

「もったいないお言葉、感謝いたします。こちらとしても以前はあのような顛末になってしまったこと心苦しく思っており、今回こそ良い話ができればと思っています」

 

ハハハ。殺し損ねてさぞ心苦しかったろう。今回こそ殺すと聞き取れなくもないが、そうなればシセツの顔に泥を塗ることになる。最悪の場合、西の国とのつながりが切れる。少なくとも、この場で問答無用ということはないだろう。警戒するなら帰り道だがシャンバラがある。なによりエスデス軍を削ってくれるだろう人物をわざわざ現時点で殺すとも思えない。

 シセツも満足げにうなづくと、席に着くようナジェンダを促す。その案内に従って俺の正面に座るナジェンダ。さぁ、交渉本番だ。俺は、本題に入る前の世間話のように、ナジェンダに声をかける。

 

「いやぁ、帝具を複数、同時に使う術を見つけていなければ、この席もなかったと考えれば、うちの技術者には頭が上がりませんよ。まったく、本当に精鋭をお持ちのようでうらやましい」

 

 帝具の同時使用。あり得べからざる異常。ナジェンダは、ナイトレイドはその現物を実際に目で見ている。以前交渉し、決裂した際にナイトレイドから逃げおおせた際のシャンバラの起動。俺の帝具はアースマイトだと認識していたが故に、防ぎようのなかった奥の手。可能性として考えて、否定して、それでも否定しきれなかったことだろう。アースマイトの奥の手だと考えたかっただろう。逃亡した後の俺の醜態など彼らに知るすべはないのだ。ならば余裕をもって使えるかのように振る舞う。

 そんなことができるのならば、前提が揺らぐだろう? 現状でエスデスとセイカ国の戦力がある程度拮抗しているとみるならば、これで天秤が偏るだろう? だから、個人の体質ではないと告げる。さも誰にでもできる技術であるかのように告げる。複数人の帝具使いと、複数の帝具を同時に使える人間。どちらが厄介かと言われれば、俺は複数人の帝具使いだと答える。だが、例外もある。エスデスという圧倒的な個を知る人間からすれば、複数の帝具の同時使用は、すなわち、エスデス級の脅威の誕生の可能性を示す。そんな事態を看過できるナジェンダではないだろう?

 

 目の前で、険しい顔のナジェンダと、驚きに目を見張るシセツ。二人を眺めながら内心呟く。

 

 許せドロテア。

 

 複数帝具の同時使用なんて言うブレイクスルーをなせる技術者がいるなら。そいつを先に殺しに来る連中だよ、ナイトレイドは。

 きっとナジェンダの中の最優先抹殺対象はまだ見ぬ未知の技術者ドロテアだ。そしてドロテアを知るため、始末するために、エスデス討伐に協力するふりをすることだろう。だがその過程で本当にエスデスを殺せるなら見逃すこともないだろう。

 

 とはいえドロテアは守らなければならない。あぁ、また一つ難儀なことが増えてしまう。

 




忘れてはいなかったですよ、書けなかっただけで。もはや見ている人がいるかは知りませんが、ごめんなさい。


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