デスとハイエロファントの物語:REBOOT 外伝・番外編集 (桁石スミオ)
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落語「改訂版・死神」【第一話】

 「マジカルドロップⅢ」「マジカルドロップポケット」「マジカルドロップV」デスとハイエロファント主役。本編のストーリーとは別の番外編。古典落語の「死神」をアレンジして、デスが登場人物で、ハイエロファントが高座で「落語」として噺をする設定。時間軸としましては、本編『しりぞけ、もの悲しき影』の後ですが、番外編ですので特に気になさらずお読み下さい。2017年10月脱稿。
 登場人物:デスとハイエロファント、他
 注:小説ではなく、落語テキスト風読み物です。
 サゲは、六代目円楽師匠のサゲを拝借しました。

 同一内容を、pixivにも掲載しております。
 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8759375


【挿絵表示】



デスとハイエロファントの物語:REBOOT

番外編【 落語『改訂版・死神』 】

 

 

 演芸場。高座に、屏風、青色の座布団。

 客席は満員。少しざわついている。

 上手側袖から、紫色の着流しを着た「灰江路亭 出守」(はいこうじてい です)=デス登場。

 メクリの横に正座し、一礼。静まる客席。

 頭を上げ、メクリを一枚後ろに回す。「灰江路亭 伴人」の筆文字。

 

 「前口上にて失礼する。只今より、真打『はいこうじてい はんと』、演目『改訂版・死神』をお届けする。最後までごゆるりと、お楽しみ頂きたい」

 

 再度、一礼。客席より、一斉に拍手。

 デス、立ち上がって上手袖に消える。

 

【 お囃子 】

 

 入れ替わりに、「灰江路亭 伴人」(はいこうじてい はんと)=ハイエロファント登場。

 薄青緑色の紋付、白色の羽織、灰色の袴。手には扇子と手ぬぐい。

 満場の拍手。

 座布団に正座し、扇子を前に、手ぬぐいを横に置き、深く一礼する。

 

【 お囃子終了 】

 

 段々と鳴り止む、拍手。

 頭を上げるハイエロファント。

 

【以下、独演】

 

 「灰江路亭 伴人」でございます。一席、お付き合い願います。

 本日はいっぱいのお運びを頂きまして、誠にありがとうございます。

 世の中には、数多くの神様がいらっしゃいます。この日本には、八百万と書いて『やおよろず』の神様がいらっしゃるそうで・・・日本だけでも八百万、世界全部を合わせますと、これはもう、星の数ほどの神様がいらっしゃる計算になります。確か、星の数の方がちょーっと多かったと思いますね。僕が数えた訳ではありませんが。

 さて、神様にもいろんな方がいらっしゃいまして、生命の誕生を司る創造神をはじめといたしまして、その生命の環の一端、死を司るのが、死神でございます。実は、僕の奥さんが死神の役目に就いておりまして・・・これがまた、綺麗で素敵で可愛らしい女性なのですよ。もう本当に、毎日毎日が幸せでしてね。僕は果報者で・・・え? 惚気はいいから、早く話を始めてくれ、って?・・・はい、では、僕の惚気はまたの機会といたしまして、今回のお話を始めさせて頂きます。

 今からのお話は、その、僕の奥さんが登場する話です。

 

 あるところに、お金に縁のない男性がいらっしゃいました。縁のないと申しますか、大変お金遣いが荒い。荒い上に、三度の飯より賭け事が好きときました。しかも勝ちが上回った日には、一晩中呑んで騒ぐ。昔は『宵越しの金は持たない』のが粋とされてた時代もあったそうですが、昨今の厳しい世情を抜きにしましても、これじゃあ、貯まる物も貯まらず、日々の糧を確保するのも難儀、という有様でした。

 「ああ・・・今日も稼ぎにありつけなかった・・・何が悪いんだ? あん時、イーピン切って振り込んだのが悪かったのか? いや、ありゃあ序盤だ。あの後、上家がツモりやがったのが・・・はあ・・・最近は麻雀だけじゃなく、パチスロも競輪も競馬もオイチョカブも何やっても勝てない・・・ははあ、判ったぞ。きっとあっしには貧乏神か疫病神が憑いてるんだ。じゃなきゃ、これほど勝てないってのは・・・」

 「違うな」

 「うわぁ! びっくりした!・・・おや? これはまた美人なお姉さん。しかも、なかなか色っぽい出で立ちでらっしゃる。こりゃ驚いた、大きな鎌まで持ってますなぁ」

 「そんなことはどうだっていい」

 「あっしに何か御用ですか? どちらさんで?」

 「死神だ」

 「・・・はい?」

 「あたしの名は、デス。死神だ」

 「・・・うええ! 何てこった! もうあっしにお迎えが!」

 「早まるな。残念だが、今日はお前の魂を送りに来たんじゃない。あたしの旦那に頼まれた用があって、来た」

 「・・・もう人妻なんですか!?」

 「お前は何を言ってるんだ。あたしが結婚してようが何だろうが、お前には関わりがないだろう」

 「ごもっともですが・・・そう言や、さっき『違う』っておっしゃいましたが・・・何が違うんで?」

 「お前には、貧乏神も疫病神も憑いていない。お前の稼ぎの悪さは、博奕に没頭してるからだ」

 「まあ、確かに最近はとーんと勝ちには恵まれてませんがね」

 「勝てる勝てないだの、恵まれてる恵まれてない以前の問題だ。博奕のし過ぎだ。自覚がないのか?」

 「勝てない自覚はありやすがね」

 「・・・聞いたあたしが馬鹿だった。解った、さっさと要件を言う。お前のような奴に義理も何もないが、あたしの旦那が、救けてあげてほしい、と頼んできた。まあ、あたしの旦那は困ってる奴を助けるのが趣味みたいなものでな・・・その解決策を今から教える」

 「勝てる方法を教えてくれるんで?」

 「・・・やはり、帰る」

 「いやいやいや! ちょいと待って下さいよ! 気に障ったなら謝ります! ごめんなさい! 真剣に困ってるんで! 上手い策があったら教えて下さい! この通り! 頼んます!」

 「・・・このままお前の魂を送ってやりたくなったが、お前の番はまだ先なんで、それも出来ない。お前には寿命が長く残ってるからな・・・仕方ない、ちゃんと聞いて、ちゃんと実践しろ」

 「へぇ! 合点です!」

 「お前・・・医者になれ」 

 「は?・・・何ておっしゃいました?」

 「医者になれ、と言った」

 「・・・いや、ちょっと待って下さい? デスさん、とおっしゃいましたか、お医者さんってのは、勉強して医学部出て、免許取らないと出来ないですよ? ご存知なんですか?」

 「知ってる。こちらの世界では、医者を開業するには免許が必要なのも解ってる」

 「デスさんのお国では違うんで? でも、こっちじゃマズいですよ」

 「だから、モグリの医者、となれ」

 「あっしは顔に傷もありやせんし、皮膚もツートンカラーじゃありやせんし、髪も片側白かぁございやせんよ」

 「・・・何の話をしているんだか判らんな。まあ、実際に医療行為をやる訳ではないが、医者と同様の働きが出来る」

 「ほほお、どうすりゃいいんで?」

 「今のお前には、ある術が掛けてある。死神が見えるようになる、まじないだ。だからあたしが見えている。本当ならあたしの姿は、普通の奴には見えないんだ」

 「へぇー! 今のあっしには、死神が見える! 何でまた?」

 「それが、今回の策に必要な術だからだ。他の死神も見えるように、な。この国の死神も、目に映る筈だ」

 「見えるようになって、それから、どうしたら?」

 「家に帰ったら『医者』と書いた看板を出せ。手書きでいい。板は何を使っても構わない。すると、近い内にお前を頼ってくる奴が現れる」

 「看板を出すだけで?・・・広告とかチラシとか、ネットショップとかやった方がいいんじゃないですか? もっとも先立つモノがありやせんが・・・」

 「必要ない。ただ、看板を出しておけ。そして、呼ばれた先にいる病人を診てやれ。そこには、何処かしらから来た死神がいる筈だ。さっきも言ったが、死神はお前にしか見えていない。他の奴らには覚られないようにしろ」

 「覚られないようにするのは得意でさぁ。ポーカーフェイス、ってヤツですよね」

 「博奕で負け続けてる奴が言うと、説得力皆無だな」

 「まあ、まあまあまあ・・・それで、行ったら何をすれば?」

 「病人が寝てる布団の何処かに、死神が座っている。枕元に座っていた場合、もうそいつは寿命だ。何をやっても救けられない。ただし、病人の足元に座っていた場合・・・ある“呪文”を唱えると、死神は消える。帰らなくてはいけない決まりになってるんだ。死神が帰ると、病人は、ケロッ、と回復する。治れば、医者としての形はつくだろう」

 「なーるほど・・・確かに医者みてぇなフリ出来まさぁね。こうなったら、いっぱい救けてやらねぇとね」

 「問題はそこだ」

 「何処です?」

 「・・・場所の話じゃない」

 「こいつは失礼しやした。で、何が問題で?」

 「救けられる人数に上限がある。それ以上は“呪文”が無効になるから気を付けろ」

 「何人までで?」

 「8人だ」

 「8人・・・何でまた?」

 「しにがはち、と言うだろ」

 「・・・デスさん、貴方、ホントは日本在住じゃございませんか?」

 「気にするな。人数制限があるのは、無制限に救けたのでは、この世界の生命環が崩れるからだ。生ある者は、最後に必ず死ぬ。それが自然の摂理だからな」

 「納得しやした。8人ですか・・・しかと、覚えておきやす」

 「それで病人を救け、貯めた金を元手に、真っ当な商いを始めるなり、真っ当な職業に就け。そうすれば立ち直れる」

 「解りやした! ありがとうございます! それで“呪文”ってのは?」

 「よく聞け、一度しか言わない。ちゃんと聞いて覚えろ」

 「・・・記憶力には自信がありますぜ。どうぞ!」

 「アジャラカモクレン、マージドロ、テケレツのパッ・・・と言って、手を、パンパン!と2回叩け」

 「・・・けったいな“呪文”ですなぁ・・・こうですかい? アジャラカモクレン、マージドロ、テケレツのパッ!」

 (パンパン!と、両手を叩く)

 「・・・あれ? デスさん? デスさーん・・・消えちまいやがった・・・ってコトは・・・こりゃあ、本物かい! こうしちゃいられねぇ! 帰って看板出さねぇと!」

 男性は一目散に帰って、早速家の中に板があるかどうか探しました。ところが、いざって時は必要な物ほど見付からないもので、看板に使えそうな板は何処にも見当たりません。流石に俎板などは使う訳にはいかず、方々を探しましたら・・・ごみ箱に、昨日食べた蒲鉾の板がありました。

 「蒲鉾板かぁ・・・まあ、ねぇよりマシだろ!」

 って訳で、綺麗に洗って、蒲鉾板に金釘で『医者』と彫りまして、玄関横に釘打ちして看板といたしました。

 「それにしても、死神がいるってこたぁ解ったが、ホントにこんなんで患者が来るのかよ?」

 僕の奥さんの話を聞いても、尚、この男性は半信半疑だったのですね。



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落語「改訂版・死神」【第二話】

 ところが、看板を出してものの半時も経たない内に、男性の家の玄関横にスーツ姿の壮年の男の方が見えられました。

 「えー・・・ごめんください・・・」

 「はいはい、それでしたら、この先の角を左折して、100メートルくらい行ったトコに玩具店がありますぜ」

 「え? 何をおっしゃって・・・」

 「だから、『お面ください』って言ったでしょ?」

 「・・・あ、いえいえ、お面、ではなく、『ごめん』ください、と申したのですが・・・」

 「・・・解ってますって! 軽い挨拶の洒落ですよ! 尋ね人が滅多来なくて、聞き慣れないから勘違いしたワケじゃあございやせん!」

 「・・・話に入っても、よろしいですか?」

 「はい! どーぞどーぞ!」

 「こちらは、お医者様で、間違いございませんか?」

 「はいはい、医者ですよ。今日開業したばかりの・・・」

 「今日開業したばかり?」

 「あ! いやいや! 今日開業したばかり、でなくって、業界業者に憚りの、隠れたモグリの医者・・・」

 「隠れたモグリ?」

 「違う違う! あっしの出身が、カクレーター・モーグリ大学医学部って海外の学校でしてね!」

 「・・・何か胡散臭く思えてまいりましたが・・・」

 「まあ、細かいコトは気にせず! で、どういったご用件で?」

 「ああ、これは失礼・・・実はお医者様に、患者を診て頂きたいのでございまして・・・」

 「医者ですからね、診るこたぁ診ますが・・・他のお医者さんには診てもらったんで?」

 「ええ、実は、私どもはある会社を経営しておりまして、私はそこの専務取締役を務めております。今回床に伏したのは、ウチの社長です。まだ50半ばの現役なのですが、突然倒れまして、それ以来ずっと布団から起き上がれず、眠った状態です。既に10人以上のお医者様、医療機関をたらい回しにされました・・・何処に行っても『この患者は余命がない』『回復の見込みがない』などと告げられ、入院すら出来ない始末・・・ほとほと困りまして、占い師の先生に相談いたしました。タロット占いをやって頂いたのですが、先生のおっしゃるには、『○○線○○駅北口から通りを真っ直ぐ進み、3つ目の信号を右折、その先、最初に見た『医者』の看板の家に、名医がいる。訪ねてみろ』とのお話でして・・・それで訪ねてきましたら、こちらに辿り着いた、という次第です」

 「つかぬコトを聞きますが・・・その占い師の先生ってのは、女性ですか?」

 「よくお判りで!」

 「髪は紫で、こう、左右がピン!と跳ねたような髪型で、耳が尖がってて、ルビーのような目の色の」

 「そこまでご存知でしたか! 有名な占い師の先生なんでしょうか?」

 「まあ、有名っちゃ有名ですか、ね・・・ははあ、デスさん、上手いコトやってくれたのかい・・・」

 「何か?」

 「いや! こっちの話でさぁ!・・・話は解りやした。じゃあ、これから伺いやしょ」

 「ありがとうございます! ささ、タクシーを待たせてありますので、どうぞ」

 そんな訳で、タクシーに乗せられて向かった先が、立派な門構えのお家、早速奥の間に通されました。そこには、話にあった社長さんが、見るも痩せこけた風体で寝てらっしゃいます。瞼は薄く開いていますが、意識がある様子ではなく、朦朧としているか、あるいは眠っている状態です。

 男性は部屋に入った途端、布団の足元を見ました。

 そこには・・・黒いローブを着て、大きな鎌を肩に掛けた死神が、胡坐をかいて座っております。フードを深く被っていて、顔ははっきり判りませんが、どうやらご老人の姿と思われます。

 「ホントにいやがった・・・しかも足元の方だ。よし!」

 「何がよろしいんで?」

 「いやいやいや! 独り言でさぁ・・・そんじゃ、診察いたしましょ。ふうむ・・・」

 男性は患者の脈を取る真似をしたり、胸の辺りを触診するフリをしたり、眼球を覗き込んでみたりと、精いっぱいの見よう見真似で医者を演じておりました。

 「・・・如何でしょう」

 「うむ・・・大丈夫、治してみせましょ」

 「本当ですか!? 今、社長に何かありましたら、社運を賭けたプロジェクトの一大事、何卒! 何卒治療願います! 御礼は如何様にもいたします!」

 「じゃあ、専務さん、治すことが出来ましたら、治療代はこれくらいでどうです?」

 (指を3本立てる)

 「300万ですね! かしこまりました! 経理もそれくらいは出せそうと申しておりました!」

 「やややや! それは!」

 「不足ですか?」

 「いいええ! 充分でさぁ!・・・3万くらいと思ってたが、マジですかい?・・・判りやした、それで結構です」

 「ありがとうございます! では、早速治療の方を!」

 「ようがす、始めさせてもらいましょ。ただし、今から行う治療は、遥か太古から一子相伝で受け継がれてきた、秘術中の秘術、一切の他言は無用で願います。もし人に話そうものなら、また患者さんは病になり、それどころか話した人も黄泉の淵を彷徨うことになりますんで、くれぐれも、ご内密に」

 「・・・了解しました。肝に銘じておきます」

 男性は専務さんに指示して、患者の社長さん、立ち合いの専務さん以外をお人払いして、部屋の襖をすべて閉じました。そして自分は、患者さんの布団の横に、どっかり、と胡坐をかいて座り、大げさな動作で手を前で組みます。修験者が印を組むように、ですね。

 そして、ちら、と足元の死神を見ます。

 「んー・・・むにゃむにゃむにゃ・・・アジャラカモクレン、マージドロ、テケレツのパッ!」

 (パン! パン!と2回手を叩く)

 すると、チッ、と舌打ちが聞こえ、死神の姿は、すーっ、と消えていく。

 途端、それまで意識朦朧としていた患者さん、ガバッ!と起き上がって・・・

 「おーい! お茶!」

 「うわああッ! 社長! 意識が戻られたッ!」

 「・・・おお、専務かい。すまんが喉が渇いた。茶をくれ。あと、腹も減ったので何か持ってきてくれ」

 「社長! ようございました! お医者様! 奇蹟でございます!」

 「・・・ホントに治っちまったよ・・・あ、まあまあ、ざっとこんなモンでさぁ」

 「ありがとうございます! 感謝申し上げます! それと、センセイ・・・」

 「センセイ!? いい響きだねぇ・・・何でしょ?」

 「お薬など頂けましたら・・・」

 「薬? んなもんいらねぇですよ」

 「そうおっしゃられても、経過観察も必要ですし・・・」

 「薬っつったってなぁ・・・あ、そうだ、確か・・・」

 男性は自分のズボンのポケットを、ごそごそ、と探ります。そして取り出しましたのが、お菓子のラムネが数個。

 「これを一日一錠、飲ませてやんなさい。薬がなくなる頃には、膏薬を剥がしたように、ケロリ、と良くなってますよ」

 「重ね重ね、ありがとうございます! あと、食べ物とか、気を付けることがございましたら・・・」

 「専務さん、心配症だねどうも・・・あー、はいはい、大丈夫大丈夫。本人の食べたいモノ、何でも食わしてやって問題ありやせん。肉でも魚でも鰻重でも大丈夫です。ご心配なく」

 「センセイ! ありがとうございました! では、御礼と治療代は、只今から準備して持ってまいります!」

 という訳で、男性は、300万円という大金と菓子折を貰って、自宅に帰ってまいりました。

 「こんな大金初めて持った・・・凄ぇな・・・暫く、眺めておこう。しかし、あのデスさんって死神・・・こうも上手く運んでくれるたぁ夢にも思わなんだ。あの方は幸運の女神に違ぇねぇ!」

 と、男性が僕の奥さんを褒めて下さいました。まあ、僕にとっては、最初から幸運の女神なのですが。



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落語「改訂版・死神」【第三話】

 さてその後暫く経って、患者だった社長さんは見る見る元気になりまして、数日で職務復帰を果たされました。専務さんは治してもらった経緯を社長さんにお話したそうですが、治療、と言うか“呪文”の部分は、固く口止めされておりますので、伏せておいたそうです。社長さんはその話を、自社の役員、系列会社の取締役の方々に話されまして、更に話は別の会社の役員へ・・・と、いわゆる“拡散”という現象ですね、こうして一気に話題は広がり、名医ここに在り、という評判が立ち、口コミが口コミを呼び、男性の家へ押し掛ける方の尽きないこと尽きないこと、仕舞いには押すな押すなの大行列。

 しかし、最初に僕の奥さんから告げられた『人数制限』があります。最初の社長さんを治した段階で、救けられる残りは7人。この男性もそれなりに頭の切れる方だったようで、そこを上手く立ち回ることにしました。

 まず、行っても死神がいない場合・・・これがもっとも多い例だったようで、男性は医者を演じながら、患者本人と話をする。話をしている内に、悩みなども聞くようになる。カウンセリング、という別名もあるようですが・・・そうすると、全員ではありませんが、結構回復する方もいらっしゃる。病は気から、とも申しますのでね、実際に病気が治ると『ああ、名医だ』と、更に評判となります。

 逆に、実際に死神が来ていて、しかも枕元に座っていた場合・・・

 「これはいけません。寿命です。残念ながら治せませんが、せめて穏やかに逝けるようにいたしましょう」

 そうして、口元で呪文らしきものを唱えるフリをする。患者さんもそれで何となく安心する。そうこうする内に、枕元の死神が魂の尾を斬って、姿を消す。患者さんは安らかな顔で亡くなられる。『ああ、苦しまずに逝けたのだな。名医だ』と、益々評判が良くなっていきます。

 そして、死神が患者さんの足元にいた時は・・・

 「アジャラカモクレン、マージドロ、テケレツのパッ!」

 (パン! パン!と両手を2回打つ)

 死神は消え、患者さんは目覚めたように回復する。『素晴らしい名医だ!』と大評判になっていくのでした。

 世間では、名医と言えばこの男性の代名詞、とまでになり、休む暇もなくなりつつありまして、さぞかし貯金も貯まったか・・・と、思いきや、男性の本来の悪い癖、賭け事好きがいよいよ戻ってきたのであります。何しろ三度の飯よりも好きなくらいですので、寝食を忘れるとはこのこと、時間があると判れば馬券を買いに行く、新装開店のパチスロ屋があれば誰かしらからの連絡があるまで入店している、挙句の果てに、麻雀をとんでもないレートで打ち、その上に青天井ルールまで用いる始末・・・これでは、いくら稼いだとしても元の木阿弥です。

 しかも、以前にもなかった夜毎の豪遊、料亭で呑んで騒いで、芸者さんも行列が出来るくらいお呼びになってました。最初は懐が潤いまくってましたから、猫撫で声でいろんな方々が寄ってくる。皆さん『センセイ』『センセイ』と声を掛けて揉み手で近寄って来る・・・男性も有頂天になって、気前が良くなって札束を見せ、持ってけ泥棒、とばかりに札びらを散らせる。それはもう、支持率が落ちた政治家の方々が起死回生とばかりに行う政策のように、お札をばら撒く。『医者』として稼ぐ以上に浪費していたもので・・・とうとう、男性の手元には数十枚の硬貨が残るのみ、となってしまいました。

 金の切れ目が縁の切れ目、と申します通り、今まで『センセイ』『センセイ』と言い寄ってきた皆さんも、ないと判れば長居は無用、とばかりに離れていきます。もともとそういったお付き合いの方々はともかくとしまして、以前にも増して日々の糧に困る毎日が、戻ってきてしまいました。

 「・・・おっかしいなぁ、何で金が残ってないんだ? やっぱあん時、ウーワン振り込んだのが・・・」

 何と、この男性、反省も自覚もしておられません。

 『医者』としての仕事も、急速に減ってきて、ネットの話題どころか『あの人は今!』の位置になりつつあり、たまにお呼びが掛かって患者さんのところに行くと・・・毎回のように、死神が枕元に座っております。それが行く度に必ずと言っていいほどの状況になりまして、遂に『あの医者が来ると患者が死ぬ』という噂が、巷を席巻するところまでに相成りました。

 流石に男性も、生活が危機的状況と自覚した頃に、振り返って考えました。今まで死神に“呪文”で帰ってもらった回数は、7回・・・最初に僕の奥さんに告げられました人数は8人、つまり、あとひとりしか救けることが出来ない、という現実に気が付いたのです。

 「おいおいおい・・・このままじゃ駄目だぁ! あとひとりに“呪文”使ったらオシマイじゃねぇか! これ以上誤魔化して医者やるなんざ出来ねぇ! どーしたらいいんだ!」

 「・・・あのー、こちらはお医者様でらっしゃいますか?」

 「ああ、石屋さんならね、この先の角をずーっと行くとですね・・・」

 「いえ、『石屋』ではなく、『医者』と申しましたが・・・」

 「・・・失敬! 聞き間違いでさぁ。で、どちらさんで?」

 「あ、これは突然に失礼します。こちら様が、瀕死の患者を蘇らせる奇跡のお医者様、と伺いましたもので・・」

 「奇蹟がどうか知らねぇが、まあ、医者っつーたら医者ですな。今んとこ」

 「今んとこ?」

 「まあまあ、こっちの話・・・んで、何か用ですかい?」

 「重病の患者を、診て頂きたいんですが・・・」

 「・・・治せないかも知んねぇですよ。聞いてるでしょ? 最近は、あっしが行くと患者も逝く、って評判でさぁ」

 「存じております。それでも、藁にも縋る思いで、参りました」

 「藁でも腹でも何でも縋りゃいいですけどね・・・どっからお見えになったんで?」

 「これは申し遅れました。私、〇〇〇フィナンシャルグループの頭取を務めておりまして・・・」

 「・・・は? 嘘でやんしょ? そんな超有名な企業のトップクラスが、何でまたこんな辺鄙なトコまで?」

 「実は・・・私どもの、会長が・・・」

 「ちょっと待っておくんなまし。お宅の会長さんって、確か経済界の重鎮の・・・」

 「ご存知でしたか。ええ、あの、団体連合の会頭を務めております」

 「よくニュースなんかで顔とか出てる? 政治家なんかともよく会ってる? あの?」

 「はい、その通りです」

 「いやいやいや、あの方・・・随分なお歳でやんしょ? アンタもお歳を召してそうですが」

 「私は、齢70になります。会長は、御年108歳でございます」

 「・・・長寿国とは言っても限度ってのがあらぁ・・・108で現役かよ・・・申し訳ないですけどね、頭取さん、いくら何でも流石に寿命なんじゃないですかい?」

 「いえ、ついこないだまで本人は『200まで現役』と申してましたので、まだ早いかと・・・」

 「真に受けるなよオイ・・・ギネスブックに載るつもりかよ・・・あのね、頭取さん、この世の生きとし生ける者には寿命ってのがありまさぁね。会長さんは、診てないとは言え判りますぜ、もう長かぁねぇ」

 「そんなコトおっしゃらずに! どうか救けて下さい! この通りです!」

 「・・・頭ァ下げられたって、寿命ばっかしは、いくらあっしでも、どんな医療術でも限度がありますって!」

 「今、後継者も覚束ない現状で、この国の経済も立て直ってないこの現状で、会長に亡くなられた日には、とんでもない混乱が生じます。この国を救けると思って、どうか! 何卒!」

 「・・・話がでっかくなってきやがった・・・とは言ってもですね、無理なモノは無理・・・」

 「御礼は、センセイのお望みの額を・・・」

 「行きやしょ! 善は急げ、でさぁ!」

 コロッ、と掌を返して、男性は頭取さんの導かれるがまま、黒塗りの高級車に乗せられ、会長さんのご自宅へと向かいました。



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落語「改訂版・死神」【第四話】

 会長さんのご自宅は、とてつもない広さを誇ってらっしゃいまして、お城のような高い壁がどこまでもどこまでも伸びている、超の付く大邸宅。車で門から乗り入れ、いくつもの邸宅が並ぶ中をどんどん進み、会長さんのお住まいまで門から車で10分掛かるという凄さ。男性は後部座席で、ポカーン、と口を開けて、ただただ圧倒されてます。

 男性と頭取さんは、数十人の屈強な護衛の男性陣に前後左右を挟まれて、奥へ奥へと歩いていきました。そして、寝屋の中、大変に広い座敷に通され、そこの布団に横になるご老人を見て・・・そう、男性は見てしまったのです・・・枕元に、死神の姿を。

 「・・・やっぱ無理です! 帰らせておくんなまし!」

 「そんな! ここまで来られて何もやって頂けないのですか!?」

 「あのですね、あっしには判るんですよ! 会長さんはもうすぐ亡くなられる! 治せねぇんです!」

 「ご無体なコトおっしゃらずに! この通りです!」

 「何度頭下げられたって駄目なモンは駄目でさぁ!」

 「ではせめて! 寿命を延ばしては頂けませんか!? 1ヵ月でも!」

 「無茶言わんで下さいよ!」

 「1ヶ月延ばして頂けたら! 2000万お出しいたします!」

 「・・・今、何とおっしゃいました?」

 「1ヶ月寿命を延ばして頂けたら、その際に2000万円お支払いいたします」

 「・・・マジですかい?」

 「はい、誓約書もお書きいたします」

 「・・・やややや、でも、そんなコト出来んのかい?・・・待て・・・何とか出来ねぇかな・・・」

 「もし治療して下さって、回復すれば、ここで500万、前金としてお渡しいたします。残金は1ヵ月持った際に、お支払いいたします・・・如何でしょう?」

 「ごひゃ・・・や、嘘みてぇだが・・・」

 「更に・・・もし半年、寿命を延ばして頂けたのでしたら・・・1ヶ月毎に2000万追加でお支払いし、半年後には、総計で2億円お渡しいたしましょう。そこまで出すつもりでおります」

 「に! お! く!・・・あっしは夢でも見てるんですかい!?」

 「すべては、センセイのお力に懸かっております」

 「・・・少し、時間を下せぇ・・・」

 いきなり夢のような金額を提示され、男性は腕組みをして考えます。どうしたらそれだけの報酬を手に出来るか、あらん限りの知恵を絞って考えております。そして、一計を案じました。

 「頭取さん、ちょいと、別な部屋でお話がありやす」

 そう言いまして、頭取さんとふたり、別室で向かい合いました。

 「今からあっしの言うことを、よーく聞いておくんなまし。でねぇと、会長さんは救けられねぇですよ」

 「はい、お聞かせ下さい」

 「アンタらの、ほら、さっきいたガタイのいい、ボディーガードのお兄さん方を4人お借りしたい」

 「ええ、それは結構ですが・・・何をなさるんですか?」

 「そのお兄さん方を、会長さんが寝てる布団の四隅に座らせて下せぇ。そして、あっしが膝を、ポーン!と叩いたら、一斉に布団を持ち上げ、頭と足を逆にするように、水平にクルン!と回転させて頂きたい。その直後に、あっしが治療いたしやす」

 「・・・どういうことですか? まあ、布団を持ち上げて回すのは雑作もないことですが・・・」

 「言った通りにして下せぇ。いいですかい、膝ポーン!の合図ですぜ。遅れたら取り返しがつかなくなりやす」

 「判りました。では、4名の手配をいたします」

 頭取さんは男性の指示通り、4人の体格のいい護衛の方々を、会長さんが寝てらっしゃる布団の四隅に座らせました。

 そして男性は、布団の横に胡坐をかき、チラ、と死神を見ます。

 藍色のマントを着て、身体の前を覆っており、フードを目深に被り、顔は見えません。大鎌を肩に掛け、片膝を立てて、じっ、と微動だにしません。今まで“呪文”でお帰り願った死神とは、雰囲気が違います。

 さて、男性はある『策』を練っていたのですが、実行するには何かのきっかけが必要でした。それは、死神の気を逸らすこと。どうやって逸らせたらいいか、部屋中を、ぐるっ、と見回しました。すると、会長さんが寝てらっしゃる布団の向かい側、部屋の角に、大きな画面の機械が置いてありました。

 「頭取さん、すんませんが、そこのテレビを点けて下せぇ」

 「はい? テレビですか? こんな時に?」

 「いいから、点けておくんなまし」

 頭取さんは首を捻りながらも、言われた通りに、プチッ、と電源を入れます。すると突然、画面に映像が流れ、音声が大きな音量で流れ始めました。

 『・・・では、次のニュースです。ローマ法王が本日、政府専用機で来日され、歓迎の式典に臨まれました』

 その途端、バッ!と死神が画面に顔を向け、背中をこちらに見せて食い入るように、前屈みになって見詰めます。

 男性は、しめた!とばかりに・・・

 (ポーン!と、膝を叩く)

 すると4人の護衛の方々、一斉に会長さんが寝てらっしゃる布団を持ち上げ、くるりん!と水平に回し、布団を置きます。今まで足の向いていた方に頭が、頭の向いていた方に足があることになり、死神は足元に座っている状態となりました。

 間髪入れず、男性は印を組むように手を合わせ・・・

 「アジャラカモクレン、マージドロ、テケレツのパッ!」

 (パン! パン!と、2回手を叩く)

 驚いたように振り返る死神が、スーッ・・・と姿を消していきます。一瞬、口元が見えまして、若い死神であることが判りましたが、それを確認する前に、とうとう見えなくなってしまいました。

 その直後、それまで眠ったように反応がなかった会長さん、ガバッ!と起き上がり・・・

 「おはよう! 皆の衆!」

 「おおおおっ! 会長! お目覚めになられましたかっ!」

 こうして、男性は8人目の命を救けることが出来たのでした。頭取さんは何度も何度も御礼をおっしゃられ、500万の現金と、今後の支払いを約束する誓約書を用意して渡されまして、男性はホクホク顔で自宅に戻って来たのです。



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落語「改訂版・死神」【第五話】

 昨日までとは打って変わり、一攫千金の大長者となりました男性、現金の封筒を目の前に置いて、感慨深げに頷いてます。

 「いやぁ、一時はどうなるかと思ったが、上手くいったねぇ。これぞ、禍を転じて福と為す、だね。まあ、頭は生きてるウチに使え、とはよく言ったもんだ」

 「よくもやってくれたな」

 「うわぁっ! びっくりしたぁ!・・・おや、これはこれはデスさん、ご無沙汰してました。こんち、お日柄も良くって結構で・・・」

 「挨拶はいい。おい、お前・・・自分が何をしたのか解ってるのか?」

 「はて? 何の話でやんしょ?」

 「とぼけるつもりか? 枕元の死神を無理矢理追い返しただろ?」

 「・・・何のことですかねぇ? あっしにはとーんと、話が見えねぇで・・・」

 「あたしだ」

 「はい?」

 「お前が無理に追い返した死神・・・あれは、あたしだったんだ!」

 「・・・うええええっ! マジですかいっ!」

 「本当だ。あの時、部屋の隅の機械から突然『法王』という言葉が聞こえてきて、思わずそっちに目がいった。実はあたしの旦那は、あたしらの世界の『法王』でな、この国にも『法王』がいるのか、と画面を見てたら・・・お前の“呪文”で強制送還されちまった、って顛末だ!」

 「・・・いやいや、ちょいと待っておくんなさい。何でデスさんが、あの場所に?」

 「この国を管轄する死神たちに頼まれたんだ。手が足りないんで救けてくれ、とな。あたしの旦那も同意してくれたんで、あの老人の魂を送りに行った・・・それが経緯だ。その後、お前が来るまでは、予想出来た。しかしよりによって、あんな策であたしを引っ掛けようとは、な・・・」

 「・・・ひ、引っ掛けるだなんて、そんなつもりは・・・」

 「お前は現金に目が眩み、策を弄して騙し、決まりと約束を破った。この一件で、この国の死神連中が旦那とあたしのところに大勢押し掛けてきた。何たる様だ、死神の面目丸潰れだ、責任を取れ、とな・・・あたしが話を持ってきて“呪文”をお前に教えたりしたんだ。あたしは何を言われようとも構わない。如何なる悪口雑言をも、甘んじて受けるつもりだ。だがな・・・連中は、あたしの旦那までに文句を浴びせた! その原因を、お前が作ったんだ! お前が決まりを破らなければ、旦那は悪く言われることはなかった! それが許せない!」

 「ひえええっ! すんません! ほんの出来心です! ごめんなさい!」

 「謝って済むのなら死神はいらん!」

 「でしたら、持ってきたお金をお譲りいたします! それと今後入ってくるお金も全部、あげます!」

 「・・・この期に及んで、まだそんなことを・・・現金など、あたしらには何の価値もない! 死神を買収しようなんざ、見下げ果てた奴だな!・・・もういい、お前に情けを掛けたあたしが馬鹿だった。この国の死神とは話がついている。あたしが責任を持って、お前の命を終わらせることになった。覚悟しろ」

 「うええええっっっ!!! 許して下せぇっ!」

 「往生際が悪い!」

 「命ばっかしは勘弁して下せぇっ! ホントに申し訳ありやせんでしたっ! 何卒! 何卒! お慈悲をっ!」

 「・・・そんなに命が惜しいか?」

 「へぇ! 惜しゅうございます! 救けて頂けるんなら何でもいたしやす!」

 「・・・反省しているか?」

 「もちろんでさぁ! 金輪際、二度と愚かな真似はいたしやせん!」

 「・・・あたしの旦那は、文句を受けた後でも、お前を、大目にみてあげてほしい、とまで言った。普通なら言い返して然るべき言葉を浴びせられて、尚、お前のような奴を許すつもりらしい。まあ、それでこそ、あたしのような死神を嫁にしてくれたんだがな・・・旦那の言葉に免じて、一度だけ寿命を延ばす機会をやろう」

 「ホントですかぁっ! ありがてえっ!」

 「だが、この国の死神連中との話もある。だから、寿命が延びるかどうかは、お前に決めさせる」

 「へ? どういうこって?」

 「お前、博奕が三度の飯より好きだったな」

 「へぇ、そうでやんすが?」

 「その“博奕”をする。賭けるのは、お前の命、だ。今からある場所に案内する。追いて来い」

 「命!・・・もし、あっしが断ったら?」

 「この場で魂を刈り取る」

 「・・・嫌も応もありませんか・・・解りやした、案内して下せぇ」

 そして、僕の奥さんは、男性をこの街の神社の境内まで連れていきました。そこの神社には、大きな楡の木がございまして、幹の太さは両手を広げた幅ほどもあります。幹の前に、僕の奥さんが手を翳します。すると・・・ポッカリ、と大きな穴が口を開けました。中を覗きますと、洞窟のような空間が延々と奥へ広がっているのが判ります。

 「この奥だ。あたしに続いて入れ」

 「そんじゃ、失礼して・・・へぇ、神社の樹の中って、こんなんなってたんですねぇ」

 「ここに入れるのは、死神か、死神の許可を得た奴かのどちらかだ」

 どんどん奥へ奥へと進んでいきますと、やがて空間が広がり、鍾乳洞のような場所に辿り着きました。かなり広いその場所に足を踏み入れ、目に飛び込んできたのは・・・一面に置いてある、火の点いた蝋燭の数々。洞窟の広間に、まさに星のように無数に群立する灯、蝋燭、蝋燭、あっちに蝋燭、こっちに蝋燭。多分、星の数の方がちょーっと多いかも知れませんが、それに匹敵するのではないかと思うほどの、火の点いた蝋燭が立ってございます。

 「おおおお! 凄ぇ! 何ですかこの蝋燭! いっぱいあらぁ!」

 「これは『命の蝋燭』だ」

 「何ですかそりゃ?」

 「これはな、一本一本が生き物の命の灯となっている。この火が消えるか蝋燭が燃え尽きたら、生き物の寿命、という訳だ」

 「へーっ、驚いたねぇ。こんな物が存在するんですねぇ。いろんな蝋燭があらぁ・・・デスさん、この、どでーん、と、やたらでっかくて太い蝋燭は、どなたのです?」

 「それは、この国の、ある政治家の『命の蝋燭』だ。逆風にも耐える」

 「ほほお・・・んじゃ、こっちの、えらくひん曲がってツイストしてる、明後日の方を向いてて、変な色をしてる蝋燭はどなたんで? さほど長くはねぇみてぇですが」

 「それは、桁石スミオって奴の蝋燭だ。捻じくれた根性と性格を表してるな」

 「なるほどなるほど・・・そんじゃあ、この手前にある、ほとんど残りがねぇ、燃えカスみてぇな蝋燭は?」

 「ああ、それはお前のだ」

 「・・・はい?」

 「だから、お前の『命の蝋燭』だ」

 「・・・うっそでやんしょぉぉぉぉっ!!!」

 「残念だが、本当だ」

 「でも! ちょいとコレ! もうじき燃え尽きちまいそうですよっ!」

 「そうだな」

 「そうだな、って・・・そんな冷静におっしゃらんでもっ!」

 「事実だから仕方がない」

 「そんなぁ!・・・だ、第一、デスさん、アンタ最初に会った時『お前の番はまだ先だ。寿命は長く残ってる』っておっしゃったじゃありませんか!?」

 「あの時は、な。確かに長く残っていたんだ」

 「じゃ何で!?」

 「あたしを強制送還した時、入れ替わったんだ。お前の寿命と、あの老人の寿命が、な」

 「・・・何ですって!?」

 「見てみろ。お前の蝋燭の奥に、一際長くて太い蝋燭があるだろ? それは今、あの老人の『命の蝋燭』になってる。もともとはお前の寿命だったんだが、お前が無理に“呪文”を使ってから、お前の蝋燭は一気に減り、逆に老人の蝋燭は急に伸びた。何故だかは解らないが、恐らく、世界全体の生命の均衡を保つ為に、創造神の手が加わったんだろうな。こうなると、あたしらでも元に戻すことは如何ともし難い」

 「そ・・・そんなぁ!」

 「まあ、自分で仕出かしたことだろ? 自業自得という訳だ。あの老人、この調子だと200歳を超えるかも知れんな。お前の寿命は、まさに風前の灯火、だが」

 「お願いです! 早く! 寿命を延ばす賭けを! させて下せぇ!」

 「判った、やり方を教える。お前の寿命を延ばせるかどうかは、お前の腕次第だ」

 「早く教えて下せぇ! ああ・・・やべぇ、今、あっしの蝋燭が、ジュワッ、と鳴ったよ。芯が減っていくよ・・・」

 「周りに、蝋燭の燃えさしが転がってるだろ? ほら、あちこちにある。その燃えさしを、お前の蝋燭に上手く芯と芯を繋げ、再点火するんだ。それが出来れば寿命は延びる。少なくとも今は死なない」

 「ええええっ! 無茶ですよっ! 下手すりゃ蝋が被さって、火が消えちまう!」

 「他に方法はないぞ。だから言ったろ? これは命を賭ける“博奕”だとな」

 「そんなご無体な!」

 「ほら、また芯が減ったな・・・黙ってたら火が消えるぞ」

 「うわあああっ! やりますやります! ええい、こうなりゃヤケだ! やってやらぁ!」

 「度胸は褒めてやる・・・まさに、人生最大の賭け、だな」

 「ええと、こっちの燃えさしがデケぇな・・・いやいや、こっちの燃えさしが大きいかな・・・」

 「迷ってる内に、消えるぞ」

 「煽らんで下せぇよ! よし、こっちにするか!・・・ちょいと、中心を合わせて・・・」

 「どうした? 手が震えてるぞ?」

 「あわわわ・・・やっべぇ・・・震えが・・・止まらねぇ・・・」

 「早くしないと、消えるぞ?」

 「そんなことおっしゃられたって! うわあああ・・・手が・・・止まれッ! 震えッ! 止まれッ!」

 「そのままだと、消えるぞ?」

 「・・・火が・・・あわわわ・・・」

 「消えるぞ?」

 「ああ・・・消え・・・」

 (ぱたっ・・・とうつ伏せになる)

 

 (がばっ!と起き上がる)

 「・・・あれ? あっし、死んで・・・ない? 生きてる?・・・おおおおおおっ!!! 蝋燭が! 繋がった! 火が点いてるっ! 信じられねぇ!」

 「悪運が強いな、お前・・・やってみるものだな」

 「勝った! あっしは、賭けに勝った! やったぁ!!!」

 「まあ、今回はお前の勝ちだ」

 「デスさん! 本当にありがとうございましたっ! お陰さんで救けられやした!」

 「良かったな」

 「はい! これで枕を高くして眠れやす!」

 「そうだな、帰ってゆっくり休むといい」

 「そうさせて頂きやす!」

 「そして、朝起きたら枕元を見てみろ。あたしが座ってるから」

 

 おあとが、よろしいようで。

 

【 独演終了 】

 

【 お囃子 】

 

 満員の観客から、一斉に、盛大な拍手。

 深々と頭を垂れるハイエロファント。

 暫く、そのまま。

 頭を上げ、扇子と手ぬぐいを持って立ち上がって、上手袖に消える。

 鳴り止まない、拍手。

 

【 お囃子終了 】

 

 

 

番外編【 落語『改訂版・死神』:了  】

 

 

[ この番外編を書くにあたり、六代目三遊亭円楽師匠の高座、並びに、魔夜峰央氏「パタリロ師匠の落語入門」及び「パタリロ!」「ラシャーヌ!」などの諸作品を、噺の参照にさせて頂きました ]



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おお、運命の女神よ ー Episode of Fortune ー 【第一話】

「マジカルドロップⅢ」「マジカルドロップポケット」「マジカルドロップV」より、ヤング(リトル)・フォーチュンとタワー、デスとハイエロファント、マジシャンとハイプリエステス主役。本編『恋せよ死神 ―コイセヨヲトメ―』から 『しりぞけ、もの悲しき影』 の時間軸の前・中・後の外伝として執筆。2017年11月脱稿。タイトルは、カール・オルフ作曲「カルミナ・ブラーナ」の合唱曲より。作中、稲垣足穂「星澄む郷」の一節を引用しております。
 登場人物:ヤング(リトル)・フォーチュンとタワー、デスとハイエロファント、マジシャンとハイプリエステス、ワールド
 注:小説ではなく、台本形式読み物です。

 同一内容を、pixivにも掲載してあります。
 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8945164


【挿絵表示】



デスとハイエロファントの物語:REBOOT

外伝【 おお、運命の女神よ Episode of Fortune 】 

 

★ マジカルランド中央・フォーチュンの居城・フォーチュンの自室

 

 厚い雲の隙間から、幾筋かの陽の光が降り注ぎ、城を照らす。

 開かれた窓から差し込む陽の中、天蓋付きのベッドの縁に腰掛けている、ヤング(リトル)・フォーチュン。

 膝上に革表紙の書物を開き、じっ、と目線を下ろしている。

 

【N(ナレーション)】「この世界は、マジカルランド。彼女は、マジカルランドに暮らす者の運命を司る女神。名は、フォーチュン。真の名を『ホイール・オブ・フォーチュン』、別名『運命の輪』という。見た目は幼い少女だが、齢1万と14歳。マジカルランド創生より永い時を生きている」

 

 窓の外に、ズ・・・と大きな影が被さる。

 顔を上げるフォーチュン。

 窓枠の向こうに、タワーの、緑色に光る左眼がある。

 フォーチュン、静かな微笑みを浮かべる。

 

タワー「(重厚な声で)・・・フォーチュンサマ・・・」

フォーチュン「どうしたのじゃ?」

タワー「イマ・・・エロファント、デス、キタ・・・」

フォーチュン「(更に笑顔で)真か? 何用か知らんが、いいぞよ、通せ」

タワー「(頷いて)ター・・・ワー・・・」

 

 ズ・・・と、窓から離れていくタワー。

 ベッドの縁から、ぴょんっ!と勢いよく飛び降り、書物を本棚に戻すフォーチュン。

 そして、隣室に移動しようと扉を開く。

 鼻歌混じりで、少し浮かれてる様子。

 

 

★ フォーチュンの居城・客間

 

【N】「エンペラーによるタワー強奪事件より一月ほど過ぎた、ある日。フォーチュンの元に、デスとハイエロファントが訪ねてきた時のことである」

 

 年代物の骨董品や装飾品が、壁際にずらりと並ぶ客間。

 絢爛豪華なシャンデリア。その下に、十数人が向かい合わせで座れる長テーブル。

 廊下から客間に入ってきた辺りで、立っているデスとハイエロファント。

 ふたり、部屋のあちこちに視線を投げては、珍しい物を見ている表情になっている。

 カツ、カツ・・・とブーツの踵を響かせ、フォーチュンが入室してくる。

 

フォーチュン「よう来たのう、ふたりとも」

ハイエロファント「こんにちは、フォーチュン。連絡もなしに急に来て、申し訳ないけど」

フォーチュン「いいのじゃ。丁度退屈しておったところでな・・・まあ、その辺に座れ」

デス「ああ、邪魔するぞ」

 

 ハイエロファント、長テーブルの扉側、下座の一番端から二番目の椅子の後ろに立つ。

 デスが椅子の横に立った時、すぐさま椅子を引いて彼女を座らせる。

 大鎌をもうひとつ隣の椅子に、斜めにして立て掛ける。

 それを確認して、一番下座の椅子に腰を下ろすハイエロファント。

 フォーチュン、食器棚からグラスを3個取り、トレーに乗せる。

 

フォーチュン「(振り返って)何か飲むであろう? 酒もあるが、どうじゃ?」

デス「昼間から酒はやらん。酔わなければ何でもいい」

フォーチュン「相変わらず堅苦しいのう、そなたは。下戸でもあるまいし」

ハイエロファント「僕もデスと同じで。お酒以外だったら大丈夫だよ」

 

 食器棚に隣接しているワインセラーから、一本の黒色のボトルを取り出すフォーチュン。

 コルク抜きもトレーに乗せてから、テーブルに歩み寄っていく。

 デスとハイエロファントが座る向かい側にトレーを置き、ボトルとグラスを移す。

 慣れた手付きで、ボトルから栓を、キュポッ!と抜き、グラスに傾ける。

 トクトクトク・・・と注がれていく、赤紫の液体。芳醇な葡萄の香りが、辺りに広がる。

 フォーチュン、各グラスに7割ほど満たしてから、ふたつをハイエロファントとデスの前に置く。

 

フォーチュン「最近仕入れたばかりの、葡萄果汁の飲み物じゃ。安心せい、酔う物ではないぞよ」

ハイエロファント「(微笑んで)ありがとう、頂きます」

デス「(微笑んで)馳走になる」

 

 フォーチュン、ハイエロファントの向かい側の椅子に腰を下ろす。

 そしてグラスを持ち上げ、ふたりに視線を向ける。

 デスとハイエロファント、同時にグラスを持ち、スッ、とフォーチュンと同様に上げる。

 少し掲げるような仕草をしてから、グラスに口を付ける3人。

 飲み物を口腔内に流し込み、喉を鳴らし、ふう、と息をつくフォーチュン。

 静かにグラスをテーブルに戻し、彼女に視線を投げるデスとハイエロファント。

 

デス「ここに来るのは、前回対戦して以来だな」

フォーチュン「そうじゃったな。あの時は謁見の間での対戦であったから、この客間に通すのは初めてかのう?」

デス「(頷いて)そうだな」

ハイエロファント「僕も、この部屋に入るのは初めてだよ」

フォーチュン「エロファントは随分と前に来たっきりじゃった、のう・・・(ピタ、とグラスを持った手を停め)はて?・・・いつじゃったか? 覚えておるか?」

 

 途端。

 口元を引き締め、少し目を伏せるハイエロファント。

 その横顔に眼差しを向け、眉を寄せるデス。

 

ハイエロファント「(重めの声で)・・・覚えている、けど・・・」

 

 ハイエロファント、徐々に眉を顰め、ぐっ、と奥歯を噛む。

 デス、彼の横顔を見詰めたまま、瞼を半分閉じて切なげな表情を浮かべる。

 フォーチュン、ただならぬ雰囲気を感じ、据えた目線を向ける。

 

フォーチュン「(怪訝そうに)どうした? ふたりとも、深刻な顔をしおって」

 

 暫くの、間。

 意を決したような、引き締まった表情で、顔を上げてフォーチュンを見るハイエロファント。

 

ハイエロファント「(深い響きの声で)・・・フォーチュン、改めて聞くけど・・・マジシャンとプリエステスのところには、戻らないの?」

 

 直後。

 一瞬で曇った顔になり、俯くフォーチュン。

 トン、とグラスを卓上に置き、手を離して戻す。

 デスとハイエロファント、彼女に視線を送る。

 

フォーチュン「(はあぁ、と息を吐き)また、その話か・・・」

ハイエロファント「しつこいとは思うけど、尋ねさせてもらうよ」

フォーチュン「(重苦しい声で)今は・・・戻らん・・・知ってるであろう? 何があったのか、わらわが何をしでかしたのか・・・全部、聞いてるであろう?・・・答えは同じじゃ・・・」

デス「戻る気はありそうだな。だが『今は』戻らない、ということか」

 

 ギュッ、と唇を噛み、目を閉じて一層顔を伏せるフォーチュン。

 沈黙。

 少しの、間、

 ふう、と息を継ぎ、腕組みをするデス。

 

デス「(尖った声で)図星、か・・・」

フォーチュン「何も言えん・・・(顔を上げ)もういいじゃろ? この話は終いじゃ」

ハイエロファント「すまないけど、フォーチュン、今日は、この件について話をしに来たんだ。マジシャンとプリエステスにも了解を取ってある・・・“全部”僕の方から話してもいい、と許可も貰った」

フォーチュン「(眉を顰め)許可?・・・何を言っておるのじゃ?」

デス「ハイエロファントとあたしで来たのは、理由がある。今からハイエロファントの話を、よく聞け。あたしは、その『立ち会い人』になる為に、来た。お前に間違いなく話がされたという、証人になりに来た。それだけ重要な話だ」

ハイエロファント「話し始めれば長くなりそうなんだ。時間、いいかな?」

 

 ゴクリ、と唾を飲み込むフォーチュン。

 

フォーチュン「そこまで前振りされて帰したのでは、気になって眠れん。よいぞ、時間はある。話せ」

ハイエロファント「ありがとう、じゃあ、話すね」

 

 すぅ、ふう、と一度深呼吸するハイエロファント。

 それが合図のように居住まいを正す、3人。

 僅かの、間。

 

ハイエロファント「まず、聞くけど・・・フォーチュン、君は以前の記憶は戻っているの?」

フォーチュン「以前、か・・・わらわがこの姿になる前、ということか?」

ハイエロファント「(頷いて)うん、そうだよ」

フォーチュン「覚えておるが・・・ある時期の記憶が、すっぽり抜けておる。まだ大人の姿じゃった頃と、今の女子の姿になってからの、間がのう」

デス「赤子の時の記憶はない、ということか?」

フォーチュン「(少し呆れたように)赤子の時の記憶は、誰しもないであろう? わらわが覚えとるのは、その・・・(頬を薄く染め)父上と母上と過ごしておった子供の頃から、じゃ」

ハイエロファント「(微笑んで)いい思い出が多いんだね」

フォーチュン「(赤くなり)・・・言わせんでよかろう・・・」

デス「今からハイエロファントが話すのは、その、記憶の抜け落ちた期間の話だ。ハイエロファントとあたしは・・・(真剣な声で)その期間に、お前に何があったかを知ってる」

フォーチュン「(驚いて)真か?」

デス「(頷いて)ああ。何故なら・・・あたしらは、お前が大きな変化を起こした時、一緒にいたんだから、な」

フォーチュン「変化?・・・わらわに何があったのじゃ?」

ハイエロファント「順を追って話すよ、よく聞いてて・・・(瞼を少し閉じ、再び開け)今からの話は、デスと僕がここで・・・この城で、君と対戦した時からの話だ」

 

 すっ、と両手を卓上に置いて組むハイエロファント。

 彼の仕草を見てから、フォーチュンに視界を移すデス。

 沈黙。

 沈黙。

 フォーチュン、微かに不安げな表情になる。

 

ハイエロファント「フォーチュン、君を今の姿に変えてしまったのは・・・(真剣な表情で)僕なんだよ」

 

 途端。

 バン!と両掌をテーブルに叩き付け、両腕を突っ張らせて立ち上がるフォーチュン。

 同時に、ガタン!と、勢いよく後ろに押し出される椅子。

 フォーチュン、両眼を正円に近い程に見開き、口を半分開けている。

 真っ直ぐに彼女の瞳を見詰めている、ハイエロファントとデス。

 

フォーチュン「(愕然として、声を震わせ)・・・何・・・じゃ・・・と?・・・」

 

 



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おお、運命の女神よ ー Episode of Fortune ー 【第ニ話】

【回想シーン】

 

★ (過去)フォーチュンの居城・謁見の大広間

 

【N】「話は、過去に遡る。フォーチュンはかつて、大人の女性の姿であった。ワールドの創り出すマジカルドロップを管理し、対戦して勝った者にドロップを与えていた。しかしいつからか、自我と欲望が強くなり、やがてドロップを我が物にしようと企んだ。だが、ワールドの魔力により、ドロップを使うにはワールドの許可を得て封印を解くか、フォーチュンに勝たねばならない術が施されていたのだ。フォーチュン自身が使うには、自分の分身に勝つ必要がある。その為に、マジカルランドの民の魔力を吸収し、自身に溜め続ける日々が続いた。その異変の真相を突き止め、場合によっては止めるべく、フォーチュンの居城に来たハイエロファント。そこで目にしたのは・・・」

 

 煉瓦造りの薄暗い廊下を、足音を抑えて進むハイエロファント。

 突き当たり、巨大な観音開きの扉の片方が開いたままになっている。

 一旦立ち止まるが、その先に目を凝らし、慎重な足取りで入室していく。

 そこは、大広間。天井は非常に高く、ヴォールト(蒲鉾型)造りになっている。

 深紅の細長いカーペットが一直線に奥に伸び、太い円柱が左右に並んでいる。

 室内の壁、柱にはランプが設置されていて、仄かではあるが明るい。

 カーペット延長線上の向こう、幾段か高い位置に玉座がある。

 ハイエロファント、右手の方に視線を向ける。

 はっ!と息を飲み、目を見開く。

 

【N】「床に倒れている、デスの姿。そして、勝ち誇って笑っている、フォーチュンであった」

 

 うつ伏せで四肢を投げ出しているデス。顔は窺えない。

 少し離れたところに、彼女の大鎌が転がっている。

 寒気のするような高笑いをしながら、こちらに背を向け玉座の方に歩いていくフォーチュン(大人)。

 思わず床を蹴り、デスに走り寄っていくハイエロファント。

 それに気付いたフォーチュン(大人)、振り向いて、キッ、とハイエロファントを睨む。

 ハイエロファント、デスの傍らに片膝を着き、顔を覗き込むように屈む。

 途端。

 ブオオオオオッ!と、凄まじい風速の縦回転の渦が、“目”を向けてこちらに距離を詰めてくる。

 間髪入れず身体を起こして、バッ!と左腕を伸ばして、掌を掲げるハイエロファント。

 掌の中心が、ポウッ・・・と白色の光を放つ。

 ハイエロファントとデスを内側にして、半透明な光のドームが形成される。

 突風が激突し、バシュウウウッッ!!!と弾け飛んで四散する。

 機嫌を損ねたような、鋭利な視線をふたりに投げるフォーチュン(大人)。

 

【N】「デスを救けようとしたハイエロファントに、フォーチュンの攻撃が襲い掛かる。止むを得ず、彼は対戦を決意する」

 

 一度、慈愛に満ちた眼差しをデスに向け、すくっ、と立ち上がるハイエロファント。

 両腕を真っ直ぐに突き出し、掌を直角に立て、親指同士を合わせる。

 光を放つ掌。左右に開いていく腕に合わせて、棒状に伸びる白色光。

 その中から現れる、ハイエロファントのバクルス(司教杖)。

 くるっ、と半回転させ、バクルスを右手に握り締める。

 フン、と鼻で嗤うような仕草をして、右腕を後方から眼前に振り抜くフォーチュン(大人)。

 ブオオオオッッ!と、再び縦回転の竜巻が、ハイエロファントに向かって伸びていく。

 その直線上に、バッ!とバクルスを翳すハイエロファント。

 杖の軸上にある青い宝石が、バチィッ!と蒼白い放電を発する。

 ブオン・・・と直径2メートほどの光の円盤が出現し、盾のようにハイエロファントの前にそびえる。

 フォーチュン(大人)の魔術が、バシイイッッッ!と弾かれ、勢いをなくして散り散りになる。

 それを見て、苦虫を噛み潰したような形相を彼に向けるフォーチュン(大人)。

 バクルスの延長線上から、フォーチュン(大人)に、悲し気な視線を送るハイエロファント。

 フォーチュン(大人)、再び右手を振り被る。

 ハイエロファント、改めてバクルスを構え直す。

 その後も、繰り返される、魔力の応酬。

 幾度も突風の魔術を繰り出すフォーチュン(大人)。

 攻撃を弾くか、受け流すか、防ぐかを繰り返すハイエロファント。

 ハイエロファントの後方、意識を戻すデス。ゆっくりと両目を開く。

 伏せたまま腕を縮め、肘を支点に上半身を少し起こす。

 ブルッ、と頭を振り、霞が取れていく視界を目の前に投げる。

 バシュウウウッッ!と、何かが弾け散る音が聞こえ、ハッ!とその方向に顔を向ける。

 白地に緑の柄が入った法衣、同色の彩りのミトラ(司教冠)。青い髪。

 襲い来る突風の魔術を、鮮やかに防ぎ切っている、背中。

 バッ、と身体を起こし、横座りになって目を見開くデス。

 バクルスを、くる、と半回転させ、構え直すハイエロファント。

 デス、彼を、じっ、と見詰め、声も出せず。動けない。

 

【N】「そして、決着が付く瞬間が、やってきた」

 

 両腕を大きく左右に広げて、ギラ、と睨み付けるフォーチュン(大人)。

 対して、バクルスを両手でしっかり握り、頭上に振り被るハイエロファント。

 

フォーチュン(大人)「ダークホイールッ!!!」

 

 フォーチュン、両掌を合わせ、魔術を発動。

 ブアアアアッッッ!と、今まで以上の風量と速度で渦を巻く竜巻が出現。直径2メートルほど。

 “目”をハイエロファントに向けて、動き出す。

 

ハイエロファント「(腹の底からの声で)ミラクルビームっ!!!」

 

 気合一閃、バクルスを振り下ろすハイエロファント。

 前方に、純白の光球が出現。直径50センチほど。

 間髪入れずそれが光線となり、バシュウウウッッ!!!と伸びていく。

 竜巻の“目”に一瞬で飛び込み、突風を物ともせず、フォーチュン(大人)の掌に到達する。

 

フォーチュン(大人)「(驚愕)何ッ!」

 

 直後。

 フォーチュン(大人)を中心にして、カアッ!!!と白色の光が湧き上がる。

 それは空間を瞬時に拡散し、大広間すべてに充満していく。

 ズドムッ! ガッ! ブイン・・・と、歪んだ音を立て、周囲の空気が割れる。

 僅かの、後。

 バアアアッッンンンッッッ!!!と、フォーチュン(大人)の真下から、垂直に光の柱が突き上がる。

 同時に、ブワアアアアッッッ!!!と、凄まじい魔法風が立ち昇る。

 光の柱の中で、身体を両腕で抑え付けるように、もがくフォーチュン(大人)。

 ドレスが真下からの魔法風に、バタバタバタ・・・と暴れている。

 眉を強く顰めている。両眼は見る見る白濁化していき、肌が色褪せて輪郭がぼやけ始める。

 

フォーチュン(大人)「(悲鳴)うああああッ! 何故ッ! 何故わらわがッ!」

 

 バクルスを振り下ろした姿勢のまま、茫然とそれを見ているハイエロファント。

 更にその後方から、一部始終を唖然として凝視しているデス。

 暫くして。

 キュイイイインッッ!!!と、高周波の音を立て、一瞬ですべての光が消滅する。

 魔法風も、止む。

 フォーチュン(大人)のドレスだけが、空間に人型を成して残留している。

 彼女本人の姿は、ない。

 ハイエロファントとデス、目を大きく開いてそれを見る。

 刹那の間の後、フワアッ・・・と重力に従って沈んでいくドレス。

 ゆっくりと、非常にゆっくりとした動きで、畳まれるように床に下がっていく。

 そして、全部が纏まった時、ドレスの内側から、ポワ・・・と光が湧く。

 それはすぐに消え、丸められたようなドレスが残っている。

 静寂。

 静寂。

 静寂。

 自分の呼吸音に気付き、段々と落ち着きを取り戻していくハイエロファント。

 フシュン・・・と、手にしたバクルスが姿を消す。

 

ハイエロファント「(荒れた息で)・・・終わった・・・の?・・・」

 

 直後。

 ハッ、と振り返って、デスを視界に映すハイエロファント。

 ハッ、とそれに気付いて、ハイエロファントを見詰めるデス。

 横座りで床に腰を下ろしている彼女の右上腕部に、大きな擦り傷と出血。

 ハイエロファント、即座にデスに駆け寄る。

 

ハイエロファント「デスっ! しっかりっ!」

 

 流れるように片膝を着き、デスの右腕を左手で取るハイエロファント。

 

デス「(驚いて、頬を染め)なっ・・・何を!?」

 

 デス、振り解こうと、思わず右腕を引こうとする。

 

ハイエロファント「(ぴしゃり、と言い切るように)じっとしててっ!」

 

 ビクン!と肩を跳ねさせ、ぐぅ、と押し黙るデス。

 ハイエロファント、右掌をデスの傷口に翳す。

 

ハイエロファント「(凛とした声で)聖なる力!」

 

 ポウッ・・・と白色光が発せられ、デスの右上腕部が照らし出される。

 傷口に温もりを覚えるデス。それが、徐々に全身に伝わってくる。

 真剣な眼差しを注いでいるハイエロファント。それが、掌からの光に浮かび上がる。

 デス、彼の顔と、自分の右腕を交互に見て、茫然としている。

 瞬く間に傷口が塞がり、薄いかさぶたが、ポロ、ポロ、と剥がれて落ちる。

 デスの右上腕部は、滑らかな肌を復活させている。 

 ふうっ、と大きく息を継ぎ、デスを見詰めるハイエロファント。

 声も出さず、身動ぎもしないデス。眼差しが絡む。

 ハイエロファント、申し訳なさそうに目を伏せる。

 

ハイエロファント「ごめんね、大声出しちゃって・・・初めて逢った時も、大声出してびっくりさせたよ、ね・・・気に障ったら・・・」

デス「(目線を外し)そ・・・そんなに謝ることは、ないだろう・・・別に、気に障ってはいない」

ハイエロファント「(デスを見詰め、微笑んで)そう・・・なら、良かった・・・」

 

 ふうう、と長い吐息を漏らし、ハイエロファントの肩越しに目を向けるデス。

 フォーチュン(大人)の着ていたドレスに、視線を投げる。

 

デス「正直、驚いたな。まさか奴の魔術の中心部を射抜くとは、想像出来なかった・・・(ハイエロファントを見詰め返し)考えてやったのか?」

ハイエロファント「(首を左右に振り)ううん、たまたまだよ。少なくとも、風の渦の真ん中・・・“目”になっているところなら、僕のミラクルビームも向こうに届くかな、って思っただけだし・・・まさか、フォーチュンを倒してしまうなんて、思ってなかった・・・」

デス「(感心したように)お前・・・強いんだな」

ハイエロファント「そんなことないよ。対戦するつもりだってなかったし・・・争わずに済むのなら、それに越したことはない、って思っているもの。(自嘲気味に)でも結局、闘いになってしまったのは、僕が不甲斐ないだけだよ。僕なんか、何も出来ない」

 

 少しの、間。

 

デス「(籠った声で)・・・あたしをかばって、闘いになったのか?」

ハイエロファント「かばった、と言うほど、大したことはしてないよ」

デス「そうか・・・」

 

 デスの唇が、一瞬震える。

 

デス「ハイエロファント・・・」

 

 名を呼ばれ、じっ、と眼差しを彼女に注ぐハイエロファント。

 対して、瞬きの間絡んだ目線を、静かに彼の胸元に落とすデス。

 

デス「いや、その、何だ・・・(言いづらそうに)お前は、充分強い・・・」

ハイエロファント「(笑顔で)ありがとう、デス。君がそう言ってくれるなら、気持ちが楽になるよ」

 

 僅かに朱に染まる、デスの両頬。

 ハイエロファント、片膝を着いたまま、身体を捻って振り返る。

 

ハイエロファント「(フォーチュンのいた場所に視線を向け)でも、何が起こったんだろう? フォーチュンが消えちゃったみたいだけど・・・」

デス「恐らく・・・魔力の暴走、だろう」

ハイエロファント「(思わずデスを見詰め)暴走?」

デス「ああ。あくまであたしの考えだが・・・フォーチュンが魔力を開放した隙間、つまり、攻撃に全魔力を注いだ瞬間に、お前の力が当たった。防御には魔力を転化させていなかったのだろう、開放されるべきだった魔力が、一瞬で内側に、フォーチュン自身に向けられた。つまり・・・(真剣な声色で)火薬庫に火種を放り込んだようなものだ。奴の持ってた魔力は底が知れないほどだった。だからああなったのではないか?」

ハイエロファント「(深く感心して)なるほど・・・そうなんだろうね、きっと」

デス「本当にそうなのかは、判らんが」

 

 ちら、と視線を後方に一度向け、フォーチュン(大人)のドレスを視界に映すハイエロファント。

 

ハイエロファント「(眉を寄せて)もしかして、身体を消滅させてしまったのかな・・・だとしたら、魂は何処に行ったんだろう?」

デス「いや、魂の離れていった感覚は、ない。第一、あたしが“仕事”をしなければ、魂は肉体から剥離しない筈、だ」

ハイエロファント「(目線を戻し)そうなんだ・・・君には、魂の存在が判るんだものね」

デス「(フッ、と自嘲気味に笑い)死神だからな。他に能はない」

ハイエロファント「逆だよ、デス。『能がない』のじゃなくて、『君にしか出来ない』んだよ。君以外の誰も、魂を送ってあげられることが出来ない、ってことだものね」

 

 両眼を、少し見開くデス。

 視界いっぱいに、ハイエロファントを捉えている。

 ブルッ・・・と、小さく身体を震わせ、キュッ、と口元を結ぶ。

 

デス「(僅かに瞳を潤ませ)・・・そういう言い方をされたのは、初めてだ・・・」

 

 ハイエロファント、返事をするように、穏やかな微笑みをデスに向ける。

 それから、膝を移動して上半身を起こす。

 デスに対して直角の位置で腰を下ろしたまま、フォーチュン(大人)の立っていた場所に目をやる。

 

ハイエロファント「でも・・・本当にどうなっちゃったんだろう・・・魂は離れてないけど、身体を滅ぼしてしまったのかな・・・」

デス「解らんが・・・このマジカルランドに生きる者は、例え女神だろうが、あたしの大鎌で首を刈られなければ、死ぬことはない筈だ。それに、生命力が枯渇したにせよ、あたしが手を下したにせよ、肉体の存在が消えることはない。必ず、亡骸が残る」

ハイエロファント「僕の力の、何かの作用なのかな・・・」

 

 突然。

 ピク、とこめかみを反応させるデス。

 

デス「・・・命の気配がする! 奴は生きてる!」

ハイエロファント「(驚いて)えっ!?」

 

 すかさず跳ね起き、近くの大鎌に飛び付き、両手に握って立ち上がるデス。

 マントが、バサァ・・・と、軽やかに流線型の軌道で舞う。

 続いて間を置かず、バッ、と両脚に力を込めて起立するハイエロファント。

 フォーチュン(大人)のドレスの付近に、目を凝らす。

 デスが、タッ、と彼の隣に立ち、身体の前で大鎌を構えて、据えた目線を飛ばす。

 僅かの、後。

 もぞ、とドレスが動く。

 ハッ、とそれに気付き、同時に歩を進め始めるふたり。

 警戒を眼前に向け、慎重に、一歩一歩前に行く。

 途端。

 ドレスの襟の付近が、フワサ・・・と拡がる。

 その中に、赤子がいる。

 産まれて数時間経ったような、一糸纏わぬ姿。

 

デス「(驚愕)・・・何・・・だと?」

ハイエロファント「(驚愕)赤ちゃん!?」

 

 思わず同じ動作で、ドレスの傍らに屈み込むデスとハイエロファント。

 ドレスを産着にしたように包まれ、すう・・・すう・・・と寝息を立てている赤子。

 朱色の髪が薄く生えている。

 

ハイエロファント「どういうことなの? 何で、赤ちゃんがここに?」

デス「(茫然として)こいつは・・・フォーチュンだ」

ハイエロファント「(思わず大声で)ええっ!? この赤ちゃんが!?」

デス「(頷いて)間違いない。命の気配も、魂の感覚も、奴とまったく同じだ」

ハイエロファント「生まれ変わったの?」

デス「転生とは、違うな。魂が肉体と密着したまま変わってない。今までこんな状況に遭遇したことがないんで、推測でしかないが・・・(ハイエロファントを見詰め)身体だけが、赤子に逆戻りしたんだろう。見たところ、先ほどまでの記憶があるかどうかは怪しいが、あるいは、記憶は残ってて、あたしらのこの会話も理解してるかも知れんな」

ハイエロファント「驚いたよ・・・まさかこんなことになるなんて・・・」

 

 両腕を伸ばして、ドレスと床の境に手を差し入れるハイエロファント。

 そっ、と静かな動作で、掬うように赤子を持ち上げる。

 すると、ドレスの裾の方から、コロン・・・と何かが転がり出る。

 蓋の閉まった、拳大の壜。中には、虹色に輝く飴玉がぎっしりと詰まっている。

 それに目を留める、デスとハイエロファント。

 

ハイエロファント「あれ? これって・・・ひょっとして・・・」

 

 少しの、間。

 

デス・ハイエロファント「「(一際驚いた顔で)マジカルドロップ!!!」」

 

 ハッ!と思わず顔を向き合わせる、ふたり。

 息を飲んで、見詰め合う。

 暫しの、間。

 

デス「(真っ赤になって)あ・・・いや、その・・・」

ハイエロファント「(頬を染めて、目を細め)ごめんね、また大声出しちゃって・・・でも・・・(満面の笑みで)思わず、声が揃っちゃったね」

 

 ハイエロファント、ゆっくりと、赤子を胸元に抱き上げる。

 デス、隣でその様子を、じっ、と見続けている。

 赤子は規則的な寝息を立て、穏やかな顔で眠っている。

 

デス「それで・・・どうするんだ? その赤子。お前が育てるのか?」

ハイエロファント「うーん・・・(首を左右に振って)正直、厳しいかな。この姿にしちゃったのは僕だから、責任はあるんだけど・・・」

デス「なら、誰かに預けるしかあるまい」

ハイエロファント「(真剣な表情で)フォーチュンを育てるのなら、思い当たる適任者はいるんだ。話はしてみようと思う」

デス「連れて帰るのか」

ハイエロファント「このままにはしておけないから、ね」

 

 左腕でしっかりと赤子を抱え、右手でドロップの入った壜を持ち、立ち上がるハイエロファント。

 壜を握ったままの右腕を、赤子を包んだドレスに添え、両腕で抱いている状態。

 続いて両脚に力を込め、大鎌を右肩に掛けて、身体を起こすデス。

 向かい合って立つ、ふたり。

 

ハイエロファント「ねぇ、デス」

デス「何だ?」

ハイエロファント「君は、何故フォーチュンと対戦してたの?」

 

 キュッ、とデスの口元が引き締まる。

 

デス「(斜め下を見て、口籠り)・・・し、死神が来る理由は、ひとつだけだろ?」

ハイエロファント「フォーチュンの命に、終わりを告げに?」

デス「あ、ああ・・・そうだ・・・」

 

 ハイエロファント、一瞬、胸元の赤子を見下ろす。

 それから、すっ、とデスの眼前に差し出す。

 デス、赤子に視線を繋ぎ、戸惑ったような表情を見せる。

 

ハイエロファント「君の“仕事”だったのなら・・・」

デス「(首を左右に振り)あたしは対戦に負けたんだ。今更出来ない。それに、今は“その時”ではない。あたしには、その『声』が聞こえるんだ。魂を送るべきか、まだ先なのか・・・生命の『声』が、な」

ハイエロファント「(深い感心を込めて)凄いな。流石だね」

デス「(頬を染め)・・・何も大したことではない・・・」

 

 改めて、赤子をしっかりと胸に抱きかかえるハイエロファント。

 ちら、と彼の右手の壜に目線を送るデス。

 

デス「ドロップ、使うのか?」

ハイエロファント「ここに来た目的は、ドロップじゃなかったからね・・・取り敢えず持って帰ろうと思うけど・・・(ハッ、と気が付き)そうだ。良かったら、デス、持って帰ってよ」

デス「(焦って)いや! あたしは! 別にいい!」

ハイエロファント「何か願い事があれば、君に使ってほしい。僕は特に、叶えたい願いも思い付かないし・・・」

デス「(更に焦ったように)あたしも! 特にないから! 大丈夫だ!」

 

 思い切り顔を左右に振って、冷や汗を飛ばすデス。

 にこっ、と柔らかな微笑みを彼女に向けるハイエロファント。

 

ハイエロファント「じゃあ、ワールド様に返そう。フォーチュンの件もあるから、一度会おうと思う。その時に返すことにするよ」

デス「(ふうう、と長い息をつき)判った・・・」

ハイエロファント「とにかく、お城を出よう」

 

 頷くデス。落ち着いた表情。

 

 



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おお、運命の女神よ ー Episode of Fortune ー 【第三話】

★ (過去・数分後)フォーチュンの居城・城門近くの前庭

 

 城の玄関ホールを、入口の大きな観音開きの扉に向かって、並んで歩くデスとハイエロファント。

 片側の扉が、外側に開き切っている。真っ直ぐに歩を進める、ふたり。

 扉の付近に差し掛かった、途端。

 外側、頭上の方から、ズオオオオ・・・と圧迫感を感じる音。

 ふたり、ハッ!と、同時に顔を上げて扉の上方を見上げる。

 黒い影が被さってくる。

 

ハイエロファント「(大声で)危ないっ!」

 

 扉と外側の境の場所で、バッ!とデスの眼前に飛び込むハイエロファント。

 くる、と背を扉の外側に向け、赤子を抱きかかえたまま、両脚を踏み締める。

 デス、思わず少し屈んで、大鎌を自分の前で構える。

 直後。

 ズッドオオオオォォォォンンン!!!と、外で何かが倒れる大音響。

 ブワアアアアッッッ!!!と、凄まじい土埃が巻き上がり、玄関ホールに雪崩れ込む。

 ハイエロファントの背中に、大き目の砂粒や塵が当たる。

 デスの足元を土煙が這い、ブーツを掠めて奥へと流れていく。

 もわあっ・・・と漂う、土の粒子。

 ハイエロファントが盾のように背で防ぎ、デスには砂一粒すら当たっていない。

 中腰の姿勢で凝り固まったデス。

 向かい合って、こちらに心配げな視線を向けているハイエロファント。

 絡み合う、眼差し。

 沈黙。

 沈黙。

 やがて、土煙が散っていき、視界が戻ってくる。

 

ハイエロファント「(落ち着いた声で)・・・デス、大丈夫?」

デス「(茫然とした声で)あ・・・ああ・・・大丈夫、だ・・・」

 

 安堵したように微笑むハイエロファント。

 未だにあっけに取られたような表情で、身体を起こすデス。

 目線は、ハイエロファントに繋がれたまま。

 再び並んで、扉から外に出ようとする、ふたり。

 何事かと目を凝らし、警戒感を前方に集中させる。

 外は、城門と玄関の間に広がる、石畳と土の前庭。薄い土煙が残留している。

 そこに、身体を投げ出して、仰向けに倒れているタワー。

 目を丸くして、扉から外に駆け出すデスとハイエロファント。

 タワーの全身は、5割ほどしか残っていない。

 両手脚、腹部がバラバラに崩れ、煉瓦が四散して山積み、あるいは散らばっている。

 頭部はほぼ原型を留めているが、見えている左眼の緑色の光が消えかかっている。

 

ハイエロファント「(愕然として)タワーっ!」

デス「崩壊、だと?・・・(気付いたように)そうか、魔力の消失か!」

 

 眼前で構えていた大鎌を、刃を下げて左手に持ち直すデス。

 

デス「フォーチュンと闘う前に、こいつと闘ったんだ」

ハイエロファント「(驚いて、デスを見詰め)えっ?」

デス「そして、勝った。正確には、負けを認めさせた。だから、フォーチュンに闘いを挑めた」

ハイエロファント「僕が来た時には、タワーはいなかったよ」

デス「(ハイエロファントを見詰め返し)あたしに負けて、この城門から離れたんだろう。そしてここに戻ってきたが・・・恐らく、フォーチュンが赤子の姿になって、魔力が消失したんで、タワーも倒れた。こいつは、フォーチュンの魔力でしか動けない筈だからな」

ハイエロファント「じゃあ・・・僕の、所為で・・・」

 

 直後。

 ドレスで包んだ赤子を、バッ、とデスの眼前に差し出すハイエロファント。

 

ハイエロファント「デスっ! お願いっ!」

 

 無意識に両手を差し伸べるデス。カラン、と大鎌が石畳に落ちる。

 彼女の両腕の上に赤子を乗せて、くるっ、と踵を返すハイエロファント。

 

デス「(ハイエロファントと赤子を交互に見て)え? え? えっ?」

 

 デス、思わず赤子を抱き留め、茫然としている。

 ハイエロファント、流れるような動作で、マジカルドロップの壜の蓋を、キュポッ、と開ける。

 左手で壜を持ち、右手で一粒のドロップを摘まみ出して、高々と掲げる。

 

ハイエロファント「ドロップよ! 願いを聞いてほしい!」

 

 きっ、と視線をドロップに据えるハイエロファント。

 

ハイエロファント「(凛とした声で)タワーを元の姿に戻してあげてっ!」

 

 次の、瞬間。

 カアッ!と、ドロップが眩い光を発する。

 キュイイイ―――ッッン!!!と、高周波音が辺りに拡散していく。

 途端。

 タワーの周囲に散らばった煉瓦が、フワアッ・・・と宙に浮かび上がる。

 崩れて山積みになった煉瓦も同様に浮き上がり、それらひとつひとつが白色の光を帯び始める。

 光は、タワー全身を包み込むように大きくなっていく。

 煉瓦が、カシュン、カシュン、と、タワーの身体の形に積み上がっていく。

 パズルのピースがはまっていくように、整然と、規則正しい動きの煉瓦。

 程なく、タワーの身体全体が元に戻る。白色光に覆われたまま、横たわっている。

 安堵したように微笑むハイエロファント。摘まんでいたドロップは消えている。

 言葉も発せず、ただ彼の後ろ姿とタワーの復活を見詰めているデス。

 タワーの左眼が、ポワァ・・・と緑色に光る。

 

タワー「(深い響きの声で)・・・ター・・・ワー・・・」

ハイエロファント「気が付いたっ? タワー!」

タワー「・・・アタタカイ・・・ワタシ・・・モトノ、スガタ・・・モドッタ・・・」

ハイエロファント「(ふうっ、と息を吐き)良かった・・・」

 

 ズ・・・と首をこちらに向け、ハイエロファントを見るタワー。

 

タワー「オマエ・・・タスケテ、クレタ、ノカ?」

ハイエロファント「ドロップを使って、君を治したんだ。僕とは、初めて話すよね? 僕の名前は、ハイエロファント。君がフォーチュンと一緒にいることは、前から知ってたけど・・・よろしくね、タワー」

タワー「エロファント・・・カ・・・ヨロシク・・・」

 

 再度顔を上に向け、両腕を体側の地面に着け、ズウ、と身体を起こし始めるタワー。

 様子を窺うように、ハイエロファントの背後に近寄るデス。

 

デス「・・・なるほど、ドロップをそう使ったか。お前らしいな」

ハイエロファント「(振り向きながら)あ、デス、ごめんね、急・・・に・・・」

 

 彼女を見詰め、目を正円に見開くハイエロファント。

 息を、飲む。

 ドレスに包んだ赤子を、しっかりと両腕で胸元に抱いているデス。

 ハイエロファントの両目に、鮮やかに、清廉とした輝きを醸し出して映っている。

 身体をデスに正対させ、すべての動きを停止させるハイエロファント。

 

デス「(首を傾げ)どうした?」

 

 瞳を、感嘆の潤いで満たすハイエロファント。

 言葉が出ない。

 

ハイエロファント《(蕩けそうな感覚で)・・・デス・・・》

 

 デス、彼の真っ直ぐな視線に気付き、凍て付いたように立ち止まる。

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 ボワッ!と茹ったように真っ赤になるデス。

 ポオッ、と綺麗な朱色に染まるハイエロファント。

 

デス「(上擦った声で)な、何をじっと見てるっ!」

ハイエロファント「(頬を染めたまま)ご、ごめんっ! つい! 見とれちゃて!」

 

 サッ、と赤子を両手で突き出すデス。

 

デス「(赤面したまま)返すぞ!」

ハイエロファント「あ! うん! いきなりでごめんね! ありがとうっ!」

 

 受け取り、改めて両腕で胸元に赤子を抱きかかえるハイエロファント。

 口を結んで、緊張しているような面持ちで、クルッ、と身体を返すデス。

 石畳に横になっている大鎌を取り、右肩に掛けてから、こちらに向き直る。

 

デス「(はああ、と長く息を継ぎ)・・・あまり長く、死神に赤子を抱かせるもんじゃない・・・」

ハイエロファント「そうかな? いい雰囲気だったし、似合ってると思うけど」

デス「(声が裏返り)に! 似合ってる!? 冗談言うな!」

ハイエロファント「(真剣な表情で)冗談なんて言う訳ないよ。本当に、いい感じだな、って思った。いつかは君も、お母さんになる日が来るんだろうし・・・」

デス「(自虐気味に)あたしは死神だぞ。死神が母親なんぞに・・・なれる訳が・・・」

ハイエロファント「僕は、なれると思う」

 

 ハイエロファントの、真摯な眼差し。

 デス、ぐぅっ、と息を飲んで、唇を引き締める。

 一方、上半身を起こし終わり、ズ・・・と顔を向けてハイエロファントとデスを見下ろすタワー。

 ハイエロファントの胸に抱かれた赤子を目に留める。

 タワー、少しの間の後、何かに気付いたように首を傾げる。

 

タワー「ソノ、アカンボウ・・・フォーチュンサマ、カ?」

ハイエロファント「(タワーを見上げ)そうだよ。赤ちゃんになっちゃったけど、ね。この子が、フォーチュンなんだ」

タワー「・・・フォーチュンサマ・・・」

 

 ふ・・・と、赤子が瞼を開ける。

 タワーと視線が絡む。

 初めて見たような、また興味深そうな眼差しを向け、きょとん、とした顔をしている赤子。

 

タワー「ワタシ・・・ワカラナイ、ノカ?」

ハイエロファント「・・・今は、解っていない気がする。タワーのことも、デスのことも、僕のことも、ね」

デス「どうやら、完全に赤子に逆行したようだな。過去の記憶も、定かではないだろう」

ハイエロファント「(頷いて)そうだね。この無垢な表情を見る限り・・・覚えていないか、忘れちゃったか・・・」

タワー「フォーチュンサマ、ドウスル?」

ハイエロファント「申し訳ないけど、タワー・・・連れ帰って、育てなきゃならない」

タワー「オマエタチ、フタリ、デ?」

 

 ボッフン!と、同時に茹ったように真っ赤になって、目を見開くデスとハイエロファント。

 

デス「(慌てたように)ち! 違う! あたしらは! その・・・」

ハイエロファント「(慌てたように)うん! 僕たちじゃないんだ! 別の人に預けるつもりなんだ!」

 

 暫しの、間。

 頷いて、ゴウン、と音を立て、両腕を地面に着けるタワー。

 

タワー「・・・ワカッタ・・・ワタシ、コソダテ、デキナイ・・・」

 

 ズウン・・・と両足を畳み、力を入れて立ち上がるタワー。

 赤子を含めた3人が見ている中、完全に直立する。

 顔を上げて、タワーを見上げるハイエロファントとデス。

 ズン、ズン、と足音を立て、城の玄関の扉に近寄るタワー。

 そして片膝を着き、腰を下ろす。

 外側に開いている扉を指で動かし、ガチャリ、と戻して閉じる。

 それから、ズウ、と背中を城側に向け、更に腰を沈める。

 両手を身体の横の石畳にしっかりと着き、重心を後ろに傾ける。

 タワーの背中と、城の入口の扉の間隔が狭まり、ほとんど隙間がなくなった辺りで止まる。

 

タワー「ワタシ・・・ココデ、マツ・・・フォーチュンサマ、カエリ、マツ・・・」

ハイエロファント「タワー・・・」

タワー「イリグチ、マモル・・・ダレモ、ハイラセナイ・・・」

 

 タワーの左眼が、点滅し始める。

 緑色の光が弱くなっていき、段々とぼんやりとした光量になっていく。

 

ハイエロファント「(息を飲んで)タワー! 目が!」

デス「やはり・・・フォーチュンの魔力も、最早尽きてる。タワーの活動の限界が来たようだ」

ハイエロファント「ドロップで何とか出来ないかな!?」

タワー「(首を左右に振り)ムリ、ダ・・・ワタシ、フォーチュンサマ、チカラナシ、ウゴケナイ・・・」

デス「タワーは、フォーチュンと表裏一体なんだろう。今は、眠らせてやるしかない」

 

 タワーの顔に目線を繋ぎ止めるハイエロファントとデス、赤子。

 赤子の瞼が重くなっていき、うと、うと、と眠りに入っていく。

 

タワー「(深遠な声で)エロファント、デス・・・フォーチュンサマ、タノム・・・モウ・・・メ・・・ミエナク、ナル・・・ネムリ、ツク・・・オマエタチ・・・ミエナク、ナル、マデ・・・ミテイル・・・ユケ・・・ユ・・・ケ・・・」

ハイエロファント「(頷いて)判ったよ、タワー。フォーチュンを、待っててあげて」

デス「(踵を返しつつ)行くぞ」

タワー「(声を弱らせ)・・・フォー・・・チュ・・・ン・・・サマ・・・タ・・・ノ・・・ム・・・」

 

 タワーに背を向け、歩き始めるデスとハイエロファント。

 城門の真下で一度振り返り、タワーの姿を見て、向き直って門をくぐる。

 先の石段を並んで降りていく、ふたり。

 途中、再度振り返るハイエロファント。タワーの左眼は、ほとんど光が消えている。

 胸に抱かれた赤子は、すう・・・すう・・・と熟睡している様子。

 ハイエロファントの横顔を一旦見詰め、それから先立って階段を下っていくデス。

 何かを振り切るように、デスの後に続いて階段を降りるハイエロファント。

 

 

★ (過去・更に十分後)森の道

 

 陽が天頂を越え、傾き始めている。

 森の中の道を、肩を並べて歩いているデスとハイエロファント。

 両腕で、眠った赤子を胸に抱くハイエロファント。添えた右手には、マジカルドロップの壜。

 

ハイエロファント「タワーは、もう眠りに就いたかな・・・」

デス「恐らく、な。あとは、フォーチュンの魔力が復活し、あの城に戻るまで眠り続けるだろう」

ハイエロファント「(ドロップの壜を見て)このドロップは、どんな願いも叶うんだよね? やっぱり、タワーがずっと動けるようにした方が、良かったのかな・・・」

デス「それは可能だったろうな。だが、タワーは否定した」

ハイエロファント「確かに『無理』って言ってたけど・・・」

デス「それに・・・本人はそれを望んでいない気がする。仮にドロップでフォーチュンの魔力なしに動けるようになったとして、今この現状・・・タワーは、フォーチュンのいない城にひとりでいることになる」

ハイエロファント「(ハッ、として、思わずデスを見詰め)あ・・・」

デス「いつ戻るとも知れない主を待ち続けるんだ。フォーチュンが記憶を取り戻すかどうかも判らず、元の魔力を復活させる保障もない。それを自我を保ったまま、果たして奴は待てるのか?」

 

 少し口を開いて、正面に目線を投げるハイエロファント。

 暫くの、間。

 

ハイエロファント「そこまで気が回らなかったよ・・・僕は、ただタワーが元に戻るのなら、と思って・・・(抑えた声で)ひとりになるくらいなら、フォーチュンのいない時間を眠って過ごしたい、ってことなんだろうね」

デス「本人が言ってないから、あくまで予想だがな」

 

 ハイエロファント、ふっ、と穏やかな微笑みを浮かべてデスを見詰める。

 

ハイエロファント「デス、君は・・・(柔らかい声で)優しいね」

デス「(頬を染め)そ! そんなことはない! あたしが優しいなどと・・・そんなこと・・・」

ハイエロファント「本当にそう思うよ。タワーの意志を尊重すれば、それが正しいんだね。考えるに、僕は、誰かを救けているつもりで、実のところはお節介過ぎてて、(自嘲気味に、目を伏せ)しかも自己満足に終始していたところがある。救うならば、まずは本人の希望を、ちゃんと聞いてあげなきゃね・・・」

デス「お節介と言われようが、自己満足を覚えようが、それが・・・その道が、お前自身だろ? ハイエロファント」

ハイエロファント「(思わず顔を上げ)え?」

デス「誰も目を向けない部分にまで踏み込み、手を差し伸べる。それが『法王』足る、お前の根幹だ。それを変えたら、お前ではない」

 

 ハイエロファントの瞳が、微かな潤いを帯びる。

 見る見る満面の笑みになっていく。

 対して、目線を外して、軽く、コホッ、と咳払いをするデス。

 

ハイエロファント「(嬉し気に)デス・・・ありがとう。そう言ってくれると、自信が湧くよ」

デス「(再度頬を染め)れ・・・礼を言われるまでも、ない・・・」

 

 ふたりの行く先、森の道が二手に分かれている。

 その交差点で、向かい合って立ち止まるデスとハイエロファント。

 

ハイエロファント「じゃあ、ここで。送ってあげたいけど、フォーチュンの件があるから、ワールド様に早めに会わなきゃならない」

デス「ああ・・・あたしは、自分の住居に戻る」

ハイエロファント「(思い出したように)あ、そうだ。今度、家に来てよ。ゆっくりと話がしたいんだ」

デス「(驚いたように)え? い、いや、あたしなんかが・・・その・・・」

ハイエロファント「僕は、神殿に住んでるんだ。判るかな? 森を抜けた街中の小高い丘にある、神殿」

デス「神殿・・・(頷いて)場所は、判る・・・」

ハイエロファント「ほとんどいると思うから、いつでも来てくれて大丈夫だよ」

 

 少し、考えているデス。視線を伏せる。

 

デス「(口籠って)き、気が向いたら、な・・・」

ハイエロファント「(微笑んで)待ってるよ」

 

 デス、半身を分かれ道に向けて、ハイエロファントを視界に映す。

 ハイエロファント、デスに真っ直ぐな眼差しを向ける。

 

ハイエロファント「帰り、気を付けて。また逢おうね、デス」

デス「あ・・・ああ・・・また、な・・・ハイエロファント」

 

 くる、と踵を返し、歩を進め始めるデス。

 にこやかな笑みを、彼女の背に送り続けているハイエロファント。

 段々と小さくなっていく、デスの背中。

 かなり進んだところで、こちらを振り返る。

 未だにデスを見詰め続けるハイエロファントと目が合い、ビクッ、と肩が跳ねる。

 僅かの間、固まる。

 やがて、思い切ったように道の奥に向き直り、歩き始めるデス。

 遠くなり、視界から彼女が見えなくなるまで目線を投げているハイエロファント。

 静寂。

 静寂。

 ハイエロファント、脳裏にデスの姿を浮かべる。

 はあっ・・・と感動に溢れた溜め息を漏らす。

 

ハイエロファント「(感慨深げに)君を抱っこしたデスの姿・・・綺麗だったなぁ・・・」

 

 穏やかな寝息を立て、ハイエロファントの胸元で眠る赤子。

 

ハイエロファント「(笑顔で)行こうか。君の、新しい家族のところに」

 

 ざっ、とデスの去った方と別方向の道へと足を踏み出すハイエロファント。

 

 



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おお、運命の女神よ ー Episode of Fortune ー 【第四話】

★ (過去・更に数時間後)街の郊外・マジシャンの家

 

【N】「フォーチュンと対戦して数時間後、ハイエロファントはワールドと共に、赤子になったフォーチュンを連れて、マジシャンの家を訪れた。そしてハイエロファントは、事の次第をすべてマジシャンに打ち明ける。当初は話を聞きながら、動揺すら見せたマジシャンだったが、聞き終わった頃には冷静さを取り戻していた」

 

 夕刻に近付いた陽が射し込む、暖炉のある居間。

 テーブルを囲んで座る、マジシャン、ハイエロファント、ワールド。

 こじんまりとした室内。寝起きするベッドが部屋の角にある。

 その上に、竹で編まれたクーファン(籠)が置いてあり、中に産着に包まれたフォーチュン。

 すう・・・すう・・・と、規則正しい寝息。

 卓上で肘を着き、両手を顔の前で組むマジシャン。

 

マジシャン「(ふーっ、と長い溜め息をつき)話は解った・・・そうか・・・フォーチュンが、今は、あの姿であーるか・・・」

ワールド「マジシャン、あなたは以前より、フォーチュンを気に掛けてらっしゃいましたワよね」

マジシャン「(頷いて)その通りであーる。同じ魔導を極めようとする者として、一目置いていたのは間違いない」

ワールド「フォーチュンがこの間まで、マジカルランドの魔力を自分に集め、溜めていたのに早く気付いたのも、あなたでしたワね? それが原因で、この世界の魔法均衡にも障害が及んでいる、と」

ハイエロファント「君がいち早く気付いてくれたお陰で、僕もいろいろ対策が出来たんだ。フォーチュンが原因だと判って、彼女に話を聞きにいったんだけど・・・(目を伏せ)こういう結果になっちゃって」

マジシャン「話し合いでどうにかなったとは思えん。気に病むことはない、エロファント」

ワールド「そこで、マジシャン・・・あなたがフォーチュンに一方ならぬ感情を抱いてらっしゃったのを鑑みて、今日、ここに来ました。話というのは、他でもなく・・・」

マジシャン「(重厚な口調で)・・・フォーチュンを預かれ、であーるか?」

 

 ゆっくりと頷くハイエロファント。

 

ハイエロファント「勝手なお願いだとは、重々承知の上、なんだけど・・・」

ワールド「今、彼女はまったく邪気のない状態・・・ワタクシより遥か永い時を生きてきた、女神の先輩として、ワタクシはワタクシなりにフォーチュンには敬意を払ってるつもりですワ。しかしワタクシでは、恐らくフォーチュンを正しく導けないでしょう。ですがマジシャン、あなたになら、彼女を託せると考えたのですワ」

ハイエロファント「本当なら、フォーチュンを赤ちゃんにしてしまった僕が育てるのが筋、なのは解っている。だから、正直に言ってほしい。無理はしてほしくない。子供を育てるのは簡単ではないからね」

 

 マジシャン、俯いて目を閉じ、口元を、ギュッ、と引き締める。

 

マジシャン「(深い響きの声で)フォーチュンは・・・私が救いたかった・・・」

 

 ワールド、慈しむような視線をマジシャンに向ける。

 ハイエロファント、静かな微笑みを湛える。

 

マジシャン「実は以前、フォーチュンと対戦したことがあってだな・・・(自嘲気味に)結果、惨敗となった。魔力の桁が違い過ぎた。その違いは対戦の前から解っていた。それでも・・・(更に声を落とし)何とかしたかったのだ・・・邪悪な道も魔術の道であろうが、世界全体の秩序を乱すまでの道は、立ちはだかる必要があった。止めねばならなかった。しかし、それ以上に・・・(優しい声で)もしフォーチュンが苦痛を覚えているのなら、私に話をしてほしかったのであーる」

 

 ガタ、と椅子を下げて立ち上がるマジシャン。

 ベッドに近寄り、クーファンの横に腰を下ろし、中に目線を繋ぐ。

 安らかな寝顔で眠っているフォーチュン。

 

マジシャン「私に親が務まるかどうか、未知の領域だが・・・」

 

 マジシャン、顔を上げ、テーブルのふたりに凛々しい目を向ける。

 

マジシャン「(柔らかい微笑みで)引き受けよう。フォーチュンを預かる」

ハイエロファント「(笑顔で)本当? 良かった・・・」

マジシャン「ただし、子育ては未経験だからな。魔導書の代わりに育児書を読みながら、であーるが」

ワールド「感謝しますワ、マジシャン。ワタクシも出来る限り、協力しますワ(頭を下げる)」

 

 途端。

 コンコン、と玄関の扉がノックされる音。

 3人が一斉に、その方向に視界を移す。

 

マジシャン「どなたであーるか?」

ハイプリエステス(扉の向こうから)[あたくしざます、マジシャンさん]

マジシャン「(笑顔で)開いてるから、入り給え」

 

 ガチャリ、とハンドルレバーが下がり、外側に開く。

 左腕に分厚い本を抱えたハイプリエステスが入ってくる。

 

ハイプリエステス「(笑顔で)こんにちはざます」

 

 ふと、部屋の内部を見渡して足を停めるハイプリエステス。

 それから、ベッドに座っているマジシャンの方に再び足を進める。

 

ハイプリエステス「あら、エロファントさん、いらしてたのですか? ワールド様まで、珍しいざますね」

ワールド「プリエステス、お久し振りですワ」

ハイエロファント「こんにちは、プリエステス」

ハイプリエステス「何事ざますか? 皆さんで・・・今日・・・は・・・」

 

 ハイプリエステス、ぴた、とマジシャンの前で立ち止まる。

 マジシャンと、隣にあるクーファン、その中の赤子を交互に見詰める。

 急に、笑みが消える。

 茫然としてる様子。目の焦点が合っていない。

 

マジシャン「(怪訝そうに)どうしたのだ? レディ」

 

 産着姿の籠の赤子が、もぞ、と動いて、眠ったままマジシャンの方に顔を向ける。

 ス・・・と、ハイプリエステスが、持ってきた本を両手で持ち上げる。

 自分の真上にまで掲げ、無表情でマジシャンを見下ろす。

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 

ハイプリエステス「(腹の底からの大声で)辞典クラァァァァッシュッ!!!」

 

 直後。

 渾身の力で、マジシャンの頭目掛けて本を振り下ろすハイプリエステス。

 ボゴンッ!!!と派手な勢いで、頭を殴られるマジシャン。

 グッギィッ!と、嫌な音まで響く。

 

マジシャン「ぐわあぁっ!!!」

 

 心底驚き、思わず立ち上がるハイエロファント。

 同時にワールドも起立して、身を乗り出す。

 白目を剥き、ギリッ、と奥歯を噛み締めて、再度本を振り翳すハイプリエステス。

 間髪入れず、マジシャンの脳天目掛けて本を叩き付け始める。

 ドガッ! バギッ! ゴスッ!と、凄まじい連打。

 

ハイプリエステス「(金切り声で)不潔ざますッ! いつの間に隠し子なんて! 不潔ざますッ! 見損なったざますッ!」

マジシャン「(痛みに耐えながら)痛ッ! 待ち給えッ! レディ! ちょ! 話を! ごわッ! 聞いて!」

ハイエロファント「(焦って)待ってプリエステス! 話を聞いて!」

ワールド「(焦って)お止めなさい! 落ち着いて!」

 

 

★ (過去・更に数分後)街の郊外・マジシャンの家

 

 テーブルで向かい合って座っている、マジシャンとハイプリエステス。

 マジシャンの横にはハイエロファントが立ち、右手を彼の頭部に向けている。

 掌から、ポワッ・・・と白色の光が注がれ、マジシャンを照らす。

 憮然とした表情で腕を組み、両目を閉じているマジシャン。

 正面で、卓上擦れ擦れに頭を下げているハイプリエステス。

 

ハイプリエステス「ほんっ・・・とうに! ごめんなさいざます! あたくしったら! 勘違いしたざます!」

 

 ス・・・と右手を挙げ、ハイエロファントを見るマジシャン。

 

マジシャン「(落ち着いた声で)もう大丈夫であーる、エロファント。世話を掛けた」

ハイエロファント「ううん、気にしないで」

 

 ハイエロファント、治癒の術を終え、右腕を下げる。

 ベッドの傍らからクーファンを覗き込み、赤子が熟睡しているのを確認するワールド。

 足音も立てず、浮遊したままハイプリエステスの横に寄っていく。

 

ワールド「(腕組みをして)話は理解出来ましたか? プリエステス」

ハイプリエステス「(頷いて)ええ・・・大体は・・・にわかには信じられないざますが・・・」

ハイエロファント「だろうね。目の前で見てた僕も、未だに信じ難いと思っているからね。でも事実なんだ。あの赤ちゃんが、フォーチュンなんだよ」

 

 ハイプリエステス、改めてベッドのクーファンを目に映す。

 テーブルに両肘を乗せ、軽く腕を組んで置くマジシャン。

 

マジシャン「(はぁ、と溜め息をつき)まったく・・・まず話を聞いてくれれば良かったのであーる。第一、レディ、あなたは昨日も来ているではないか。長い時間、私と一緒だったではないか。赤ん坊を隠す場所など、この家の何処にもないことは、冷静に考えれば判ることではないか。それをいきなり辞典で殴るなど・・・」

 

 途端。

 マジシャンに向き直り、顔を深く伏せるハイプリエステス。

 虚ろな視線を卓上に投げ、肩を震わせ始める。

 ハッ!とそれに気が付いたマジシャン、言葉を切って彼女を見詰める。

 

ハイプリエステス「(絞るような声で)その通りざます・・・あたくしったら・・・ロクに話を聞かずに・・・(ぼろ、と涙を零し)そそっかしくて・・・頑固で・・・聞く耳持たなくて・・・情けないざます・・・」

マジシャン「(茫然として)あ・・・あの・・・」

 

 ハイプリエステスの目頭から、ポタッ、ポタッ、と落涙。

 テーブルに、露の溜まりを作っていく。

 動揺したように数回頭を振るマジシャン。

 しかしすぐに、すうぅ・・・はーっ・・・と、一度大きく息を継ぐ。

 そして、ハイエロファントとワールドを見て、無言で手招きをする。

 すぐ近くに来たのを確かめて、手を口元に翳すマジシャン。

 

マジシャン「(小声で)あとは、私が話をしておく・・・」

ハイエロファント「(小声で)うん、解ったよ。お願いね」

ワールド「(小声で)頼みましたワ」

 

 そ・・・と足音を忍ばせ、玄関に向かうハイエロファント。続くワールド。

 扉をゆっくり開き、外に出てから、静かに閉めてハンドルレバーを戻す。

 ハイエロファント、ワールドに目線を送り、頷く。

 

ハイエロファント「ふたりなら、大丈夫ですね」

ワールド「ええ、心配ありませんワ」

ハイエロファント「(扉を振り返り)それに・・・フォーチュンのことも」

 

【回想シーン終了】

 

 



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おお、運命の女神よ ー Episode of Fortune ー 【第五話】

★ フォーチュンの居城・客間

 

 飲み掛けのグラス付近に視線を投げ、茫然とした表情のフォーチュン。

 視界の焦点が遥か彼方に向けられているように、瞳を揺らがせている。

 ハイエロファント、テーブルに乗せて組んでいる両手を、改めて、ギュッ、と握る。

 デス、ハイエロファントの仕草と横顔、向かいのフォーチュンを順に見ている。

 

ハイエロファント「(ふうっ、と息を継ぎ)それから暫くしてだよ、マジシャンとプリエステスが結婚式を挙げたのは・・・もともとお互い好き合っていたみたいなんだけど、結婚を決意したのは、フォーチュン、君がきっかけだった。君を育てるという大きな目標が出来て、ふたりは結ばれたんだ・・・(微笑んで)君が、ふたりの縁を結んでくれたんだよ、フォーチュン」

 

 ピクッ、とフォーチュンの眉の辺りが跳ねる。

 目線は上げず、伏せたまま。

 

ハイエロファント「僕の話したいことは、以上だ」

 

 フォーチュン、両膝にそれぞれ手を着き、腕を伸ばして突っ張らせる。

 更に俯き、膝頭付近に目を向け、瞼を閉じ、キュッ、と口元を結ぶ。

 

ハイエロファント「(落ち着いた声で)僕が君の運命を変えてしまったことには、責任を感じている。君は『運命の輪』だけど、自分の運命は自由に出来ないんだよね? その道を大きく逸らせてしまったのは、本当に申し訳ないと思う。だから、言いたいことがあったら、全部言ってほしい。何かをやれ、と言うなら、出来る限りのことはしたいと考えているんだ」

 

 沈黙。

 沈黙。

 長い、間。

 尚も、間。

 目を静かに開け、眉を寄せるフォーチュン。

 

フォーチュン「(ふううっ、と長い溜め息を吐き)話は・・・解ったぞよ・・・」

ハイエロファント「どうかな? 僕に何か出来ることが・・・怒りがあるなら、僕にぶつけても構わない」

フォーチュン「(首を左右に振り)そんなことせぬわ。第一、ぶつけようものなら、そこの死神が黙っておるまい?」

デス「(頷いて)当たり前だ。ハイエロファントに手を出すなら、あたしが相手になる」

ハイエロファント「(デスを見詰め)僕は大丈夫だよ、デス。君に責任を被せるつもりはないから」

 

 顔を上げ、ふたりに視線を向けるフォーチュン。

 ゆっくりと表情を和らげ、肩の力を抜いて両手を引き寄せる。

 

フォーチュン「安心せい。闘う気どころか、怒る気もないわ」

 

 デス、意外そうな表情をフォーチュンに向ける。

 ハイエロファント、穏やかな微笑みを浮かべる。

 

フォーチュン「エロファント、そなたは、タワーを救ってくれたのじゃろう?・・・(フッ、と微笑んで)タワーの恩人じゃ。感謝こそすれ、怒りなど覚えようか」

 

 釣られたように、口端を緩めるデス。

 

フォーチュン「それに・・・(斜め上に目線をやり)これで、記憶の点と点が繋がりおった・・・父上も母上も、わらわには話してくれなかったが・・・」

ハイエロファント「話すつもりはあった筈だよ。でも多分、その時期を待ってたんだと思う。今の君には、余りにも大き過ぎる話だったんじゃないかな? だから、もっと君が成長するまで・・・理解出来る日まで話をしないでおこうと考えた、と思うよ」

デス「(頷いて)だろうな。いきなり話されても、訳が解るとは思えん。青天の霹靂、という訳だ」

フォーチュン「で、あっても・・・(視線を戻し)やはり話してほしかった、のう」

ハイエロファント「フォーチュン、君は僕たちと対戦する以前の記憶って、いつ戻ったの?」

フォーチュン「(目を伏せ)わらわが家を出てきたあの日、じゃ。それまでは、思い出してはおらんかった」

ハイエロファント「そう・・・突然だったんだね」

デス「原因は解るか? 何かのきっかけがあった、とか?」

フォーチュン「(首を左右に振り)いいや、何もない。それこそ、青天の霹靂、じゃった」

デス「転生してない以上、自身の記憶は残っていた、という訳だろうが・・・(ハイエロファントを見詰め)記憶が封印されていて、急に解除されたのか?」

ハイエロファント「(デスを見詰め返し)恐らくはそうだと思うけど・・・思い出す鍵になった出来事もない、ってのは・・・答えを出すのが難しいね」

フォーチュン「まあ、良い。そなたたちが聞かせてくれたので、な」

 

 フォーチュン、居住まいを正し、表情を引き締める。

 彼女の真剣な顔を見て、背筋を伸ばして座り直すデスとハイエロファント。

 

フォーチュン「(深々と頭を下げ、真摯な声で)礼を言う。事実を話してくれたことと、タワーを救ってくれたことに・・・感謝するぞよ」

ハイエロファント「頭を上げて、フォーチュン。お礼を言われるようなことは、何もしてないよ」

フォーチュン「(頭を戻し)いや、ここで礼を言わねば、いつ言うのじゃ?」

デス「(フッ、と笑みを見せ)かつてのお前なら、礼は言わなかったろうな。一度赤子に戻り、成長し直したことで、感謝を口に出来るようになったんだろう・・・良い環境で育った、ということだな」

ハイエロファント「(微笑んで)マジシャンとプリエステスが育んできた環境、だものね」

フォーチュン「(遠い目をして)・・・否定はせん」

 

 グラスを持ち上げ、飲み物を一口含み、ゴク、と喉を鳴らすフォーチュン。

 ふう、と息をつき、コト、と卓上にグラスを戻す。

 

フォーチュン「ところで、話を聞いて思ったのじゃが・・・ひとつ、言わせてもらうぞよ」

ハイエロファント「何?」

フォーチュン「(瞼を半分閉じ、ジト目で)そなたら・・・赤子のわらわをダシにして、いちゃついておったな?」

 

 直後。

 カアッ・・・と、茹ったように真っ赤になって、思わず椅子から立ち上がるデス。

 隣で頬を鮮やかに染め、目を丸くして口を結ぶハイエロファント。

 

デス「(裏返った声で)い! いちゃ!? な! 何を言い出す!」

ハイエロファント「いちゃつく、って! そんなつもりは、なかったけど・・・」

フォーチュン「今の話を聞いた者なら、100人が100人、いちゃついてるとしか聞こえん、と答える筈じゃ。特にエロファント、赤子のわらわを抱いたデスの姿に、ボーッ、っとしておったクセに、何を今更」

ハイエロファント「(更に赤くなり)それはその通りだし、その時のデスが物凄く綺麗だったし・・・」

フォーチュン「(悪戯っぽい口調で)誰と誰の子供を想像したとか、聞いた方がよいか?」

 

 ハイエロファント、再度口元を引き締め、黙り込む。

 デス、隣席で立ち尽くしたまま、唇を、パクパク、と開け閉めしている。

 全身の肌が朱に染まり、頭頂部から湯気まで出している。

 フォーチュン、満足したように、ニッ、と笑う。

 

フォーチュン「この辺で勘弁しといてやるわ。あまりツッコむと“茹で死神”が出来てしまうからのう」

 

 もう一度、グラスの飲料に口を付けるフォーチュン。

 眼前のふたりを、目を細めて見詰める。

 

フォーチュン「エロファント、デス、そなたたちの話は確かに聞いたぞよ。(飲み物の瓶を持ち)さあ、折角開けたのじゃ、飲んでいくとよい。長話で喉も乾いたであろう?」

 

 すーっ・・・と自然と、緩やかに表情を戻すデスとハイエロファント。

 椅子に座り直して、ハイエロファントに眼差しを送るデス。

 彼女と視線をしっかりと絡めるハイエロファント。

 それから、向かいのフォーチュンに視界を移動させ、自分の前のグラスを持つふたり。

 

ハイエロファント「ありがとう、フォーチュン。頂きます」

デス「あたしも貰おう」

 

 頷いて、ハイエロファントのグラスに瓶を傾けるフォーチュン。

 トクトクトク・・・と、飲み物の注がれる音。

 

 

★ (半時後)森の道

 

 雲が割れ、大きな切れ目から太陽光が降り注いでいる。

 フォーチュンの居城を離れ、森の道を並んで歩いているデスとハイエロファント。

 ハイエロファント、歩を進めながら、一度振り返り、フォーチュンの城の尖塔を目に映す。

 そして、再び前方に視線を向ける。

 

ハイエロファント「フォーチュンは、家に戻るかな?」

デス「いや、まだだろうな。自分から戻るには、何かきっかけなり、機会が必要のような気がする」

ハイエロファント「騒ぎになってしまったこと、気にしてるのかな・・・」

デス「それはあるだろう。だが、一番大きな要因は・・・タワーの存在だと思う」

ハイエロファント「彼がこの城にいるから・・・一緒にいたいから、今は戻らない、ってこと、だろうね」

デス「(頷いて)恐らく、な」

ハイエロファント「マジシャンとプリエステスの為にも、一度戻ってほしいけど・・・」

デス「(ハイエロファントを見詰め)話はした。言うべきことも言った。ハイエロファント、お前が出来ることはすべてやった。これ以上出来ることはない。後は・・・あいつら家族間での問題だ」

ハイエロファント「(デスを見詰め返し、頷いて)そうだね・・・」

 

 真っ直ぐに道の先に目線を据え、肩を並べて歩くふたり。

 

ハイエロファント「少しでも良い方向に向かってくれれば、いいな」

 

 



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おお、運命の女神よ ー Episode of Fortune ー 【第六話】

★ (数時間後)フォーチュンの居城・中庭

 

 宵の口。柔らかい夜風が流れる、芝の張ってある中庭。

 天空には半月。雲の境目から顔を覗かせたり、隠れたりしている。

 タワー、片膝を着いた姿勢で、城と平行した位置に座る。

 灯りが消えたままのフォーチュンの自室を、チラ、と目の端に捉える。

 心配げな光を、左眼に宿している。

 

フォーチュン「タワー・・・」

 

 ズ・・・と顔を足元に向けるタワー。

 右腕で枕を、左腕で敷布と掛布を抱えて立っているフォーチュン。

 タワーを見上げ、微笑みを湛え、揺るぎのない瞳を向けている。

 

タワー「(重厚な声で)フォーチュンサマ・・・ドウシタ?」

フォーチュン「今夜は、そなたの中で寝るとする。良いか?」

タワー「・・・ヨロコンデ・・・」

 

 右掌を、ズウ、と下ろすタワー。

 フォーチュン、タワーの右手が庭の芝に着く寸前に、ぴょんっ、と軽やかに跳ねて飛び乗る。

 

 

★ タワーの内部

 

 腹部バルコニーから繋がる、タワー内部の小部屋。

 床に敷布を広げ、横になって掛布を身体に掛けるフォーチュン。

 枕に乗せた後頭部の下で、両手を組んで天井を見上げる。

 

フォーチュン「暫く振りじゃな、ここで寝るのも。いつ以来だったかのう?」

タワー(頭上から)[フォーチュンサマ、カエッテキタ、トキ・・・]

フォーチュン「(目を伏せ)あの時か・・・そうじゃった、か・・・」

 

 フォーチュン、一度瞼を閉じ、切なげな表情を見せる。

 

フォーチュン《わらわが、過去を思い出した、あの日・・・》

 

 

【回想シーン】

 

★ (過去)街の郊外・マジシャンとハイプリエステスの家

 

【N】「過去の記憶を閉ざして赤子になったフォーチュンは、マジシャンとハイプリエステスの元で、すくすくと育ち、ふたりの養育の甲斐もあり、礼儀正しい少女に成長していた。将来の夢は、父、マジシャンのような魔導士になることと、母、ハイプリエステスのような知識を持つこと、であった。そう、この日、この事件が起こるまでは」

 

 テーブルに向かい、革表紙の本を開いているフォーチュン。

 背筋を、ピッ、と伸ばし、綺麗な姿勢で座り、ページに目を落としている。

 柔らかく、落ち着いた金色の瞳。

 彼女と直角の位置、椅子に腰を下ろし、卓に向かい編み物をしているハイプリエステス。

 普段は掛けない眼鏡を、くい、と鼻の辺りで上げ、時折フォーチュンを見て微笑む。

 ふと、ハイプリエステスを見るフォーチュン。

 

フォーチュン「母上、この一節は、何の出来事のことなのでしょうか?」

ハイプリエステス「どれどれ・・・(1ページをを斜め読みし)ああ、これはざますね、『星ヶ城の星の夜の爆発』という事件のことざますよ。遥か昔の出来事ざますが、とってもエスセティックなお話なんざますよ」

フォーチュン「母上は、ご存知なのですか?」

ハイプリエステス「ええ、図書館に本があるざます。『ウィタ・マキニカリス』に書いてある『星澄む郷』というエピソードで・・・(感銘を受けている口調で)素敵で、幻想的で、神秘的で、何度も読んだざます。今度行った時に持って帰るざますので、是非読んでみるといいざますよ」

フォーチュン「(微笑んで)はい、お願いします」

 

 フォーチュン、栞を本に挟み、パタ、と閉じる。

 

フォーチュン「私は、まだまだ知識がありません。母上に教えてもらうことは、多いので・・・(右手を挙げて、見詰め)魔法も、父上には遠く及びません。術も上手くありませんし・・・」

ハイプリエステス「焦ることはないざますよ。フォーチュンはフォーチュンのペースで、いいざます」

フォーチュン「(不安そうに)私は・・・父上のような魔導士に、なれるのでしょうか?」

ハイプリエステス「(頷いて)間違いなく、なれるざます。わたくしが保障するざますよ」

フォーチュン「(安堵の表情で)母上・・・ありがとうございます」

ハイプリエステス「そろそろ、お茶の時間ざますね。マジシャンさんは、まだお庭ざますか・・・フォーチュン、呼んできてほしいざます」

フォーチュン「はい、母上」

 

 ガタ、と椅子を下げて立ち上がるフォーチュン。

 編み掛けの毛糸、編み棒を卓上の籠に纏めて入れ始めるハイプリエステス。

 フォーチュン、玄関に足を向けて、歩を進める。

 ハイプリエステスの背後を過ぎ、扉まで数歩の距離まで歩く。

 突然。

 くらあっ・・・と、血が引くような感覚に襲われるフォーチュン。

 視界が薄暗くなっていく。

 ふわ、と足が浮遊するような、激しい眩暈。

 足を停め、倒れないように両脚に力を込める。

 

フォーチュン《わ・・・私は・・・わ・・・私・・・》

 

 フォーチュンの様子の変化に、思わず彼女の背を見詰めるハイプリエステス。

 

ハイプリエステス「(怪訝そうに)フォーチュン?・・・どうしたんざます?」

 

 虚空を凝視したままのフォーチュン。

 両眼の光が仄暗くなり、聴力が急激に降下する。

 自分の裡、遥か底の深層から、何かがせり上がってくる。

 意識が闇の中にあるような、五感が痺れているような、奇妙な状態。

 

フォーチュン《(深い奥底から響くように)わ・・・わら・・・わらわ、の、名・・・わらわの名・・・フォーチュン・・・わらわは・・・『運命の輪』・・・『ホイール・オブ・フォーチュン』・・・》

 

 深海から海面に浮上していくように、徐々に感覚を取り戻していくフォーチュン。

 

フォーチュン「(籠った声で)わ・・・わらわ・・・は・・・フォーチュン・・・」

ハイプリエステス「わらわ?・・・(ハッ、と息を飲んで)まさかあなた!」

フォーチュン「(明瞭な声で)わらわの名は、フォーチュン。『運命の輪』ぞよ・・・」

 

 ガタアッ!と、勢いよく椅子を跳ね下げ、立ち上がるハイプリエステス。

 フォーチュンの脳裏に、ある姿が投影される。

 姿見に映った、ドレスを着用している、大人の女性の自分。

 それが非常に明確な映像として、鮮やかに蘇る。

 猛烈な勢いで意識内に溢れ出る、過去にフォーチュンが体験した出来事。

 連鎖して映像化され、時空を遡っていく、記憶。

 フォーチュンの両目に、再度光が宿る。

 今の眼光は鋭く、瞳が黄金色に燃えるように輝く。

 彼女のすべての感覚が、回帰する。

 

フォーチュン「見える・・・(大声で)わらわは、かつて大人の姿であった!」

ハイプリエステス「(震えた声で)その口調・・・フォーチュン・・・記憶が・・・戻ったざます、か?・・・」

 

 ゆっくりと、ハイプリエステスに身体を正対させるフォーチュン。

 自分の発言、脳裏の映像、過去の記憶すべてが信じられないような、愕然とした表情。

 ハイプリエステス、両手で口を覆い、血色を失う。

 交わされる、目線。

 沈黙。

 沈黙。

 フォーチュンの瞳が、大きく揺らぎ始める。

 

フォーチュン「母上・・・わらわの頭に、昔のわらわの姿が、出ておる・・・わらわは大人の姿じゃったのか? 何故今は女子の姿になっておる? それと、わらわは・・・(重い声色で)運命を司る女神であった、のか? 何がどうなっておる? 解らん・・・何が何だかさっぱり解らん! 母上! 説明してほしいぞよ!」

 

 直後。

 ガチャリ、と玄関が開き、マジシャンが入室してくる。

 向かい合って立っているふたりを見て、穏やかではない雰囲気を察する。

 

マジシャン「何事だ?」

ハイプリエステス「(肩を震わせ)マジシャンさん! フォーチュンが・・・記憶を・・・」

マジシャン「(息を飲み)・・・何だと!」

 

 すっ、と身体を返し、今度はマジシャンと相対するフォーチュン。

 縋り付くような眼差し。混乱と不安が浮かんでいる顔。

 それを目の当たりにして、少し目を見開き、驚きを全面に出すマジシャン。

 

フォーチュン「父上! わらわは以前、運命の女神であったのか!? 何故、今はこの姿になっておる!? わらわに何があったのじゃ!? さっき母上が言った“記憶”とは何のことじゃ!? 何故、わらわの知らないわらわを覚えておるのじゃ!? わらわはどういった存在なのじゃ!? 昔は大人の姿じゃったのなら・・・(目を見開き)誰かがわらわの姿を変えてしもうたのか!? だとしたら誰じゃ!? それに・・・(微かに肩を震わせ)わらわは、父上と母上の子ではなかったのか!?」

マジシャン「(すぅ、ふうう、と深呼吸をして)落ち着け、フォーチュン・・・」

フォーチュン「(焦れたように)落ち着いておられる訳がなかろう! いいから! 早う話を! ああもう、頭の中がグチャグチャじゃ・・・早う! 説明を! 話を! 頼むぞよ!」

 

 両手で頭を抱え、数回大きく左右に振って瞼を固く閉じるフォーチュン。

 

マジシャン「まずは、落ち着きなさい。その混乱している状況では、何を話しても・・・」

 

 途端。

 ガバッ!と顔を上げ、見る見る怒りの形相を浮かべるフォーチュン。

 白目を剥き、両腕を振り下ろし、ギリイッ!と激しく奥歯を噛み締める。

 瞳が、赤黒く染まる。

 

フォーチュン「(腹の底からの怒声)もおよいわぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 次の、瞬間。

 クワアアアッッッ!!!と、赤い光の柱が、フォーチュンの真下から天井に伸びる。

 ズドオオオオオオッッッンン!!!と、地の底から突き上げるような轟音。

 魔法風がフォーチュンの足元から垂直に吹き上がり、ツインテールの髪を真上に靡かせる。

 フォーチュンの周囲に、風が渦を巻き始める。

 マジシャン、間髪入れず側方から部屋の奥へ駆け込み、ハイプリエステスを抱きかかえる。

 彼の胸元にしがみ付くハイプリエステス。一気に抜ける、力。

 崩れ落ちるようにしゃがみ込む、ふたり。

 マジシャン、片膝を着いて左腕でハイプリエステスを抱き寄せ、右掌を真上に突き出す。

 

マジシャン「(張りのある声で)マジック・シェル!」

 

 ブウン・・・と、透明な膜が半球形を成し、マジシャンとハイプリエステスを覆う。

 直後。

 フォーチュンの周囲の風が、彼女を中心とした灰色の突風と化し、加速していく。

 ズウウウ・・・ブオオオ・・・ズアアアアッッ・・・と、一気に風速と風量を増す。

 刹那の間の、後。

 バッガアアアアア―――ッッンンッ!!!と、大爆発を起こしたように拡散する風の渦。

 テーブルが横転し、椅子が舞い、ベッドが跳ね上がり、食器棚が宙に浮く。

 部屋中のすべての物品が竜巻に飲み込まれ、派手な破壊音を立てて四散し、あるいはぶつかり合う。

 更に加速し続ける、暴風。

 余りの風圧に耐えかね、ガッシャアアアン!!!と砕け散る窓ガラスと窓枠。

 とうとう、バァァンッ!!!と、玄関の蝶番が破壊され、扉が吹き飛んで宙を回転しながら遠ざかっていく。

 

マジシャン「(大声で)フォーチュンッ!!!」

 

 ハッ!と我に返るフォーチュン。

 瞬時に、暴風も魔法風も光も止む。

 重力に従い、静かに降りて下がるフォーチュンの髪。

 瞳は、黄金色を戻している。

 暫く茫然と虚空を見た後、恐る恐る身体を返して部屋の中を見回すフォーチュン。

 見る影もない、惨状。

 何処かしらか、カチャン、と陶器が落ちる音。

 眼前、床に屈んだ両親を目にして、息を飲む。

 マジシャンの防御魔法の効果で、ふたりとも傷ひとつ付いてはいない。

 ゆっくりと右腕を下ろし、こちらに視線を向けているマジシャン。

 ギリッ・・・と奥歯を痛いくらいに噛んでいて、唇を震わせ、両眼は鋭利な光を宿している。

 彼の胸に両腕を回し、焦点の合わない、怯え切った瞳を送ってくるハイプリエステス。

 恐怖の余り全身を震わせ、短い呼吸を繰り返している。

 顔面蒼白となるフォーチュン。

 

フォーチュン「(詰まったような声で)あ・・・うあ・・・あ・・・」

 

 フォーチュン、肩を震わせ、2、3歩後退る。

 少しの、間。

 クルッ、と踵を返し、ダッ!と床を蹴って駆け出すフォーチュン。

 玄関を飛び出し、脇目も振らず一目散に庭を抜け、門を潜ろうとする。

 

マジシャン「待ちなさい! フォーチュン!」

 

 フォーチュン、マジシャンの声が後方から耳に届くも、走るのを止めない。

 門から小道に走り込み、瞼をきつく閉じて、全速力で家から遠ざかっていく。

 

 

★ (過去・半時後)森の道

 

 雲行きが怪しくなり、急速に陰っていく。

 樹々の葉が覆い被さった森の道を、全力で走っているフォーチュン。

 ダダダダダダ・・・と土を蹴り、大きく両腕を振って駆け続ける。

 薄く瞼を開け、ただ足元の少し先の路面だけを見詰めている。

 

フォーチュン《何じゃ・・・一体何なんじゃ・・・わらわは・・・何という存在なのじゃ・・・》

 

 フォーチュン、段々と速力を落としていく。

 やがて、走駆から歩行へと変わる。進める脚は停めない。

 息が上がり、はあっ・・・はあっ・・・と荒い呼吸を繰り返している。

 

フォーチュン《わらわは『運命の輪』、わらわは『ホイール・オブ・フォーチュン』、この世界の運命の流れを司る、女神・・・1万年の時を生きている、女神・・・》

 

 両目をしっかりと開け、双方の掌を顔の近くまで掲げて挙げるフォーチュン。

 

フォーチュン《理由は解らんが、今はこの女子の姿・・・そして・・・あのふたりに・・・育てられた・・・》

 

 途端。

 フォーチュン、足を止める。

 脳裏に浮かぶ、ハイプリエステスの怯えた表情。

 

フォーチュン《母上を、怖がらせてしもうた・・・》

 

 続けて意識に映し出される、マジシャンの鋭い眼光。

 

フォーチュン《父上を、怒らせてしもうた・・・》

 

 フラシュバックのように鮮烈に投影される、破壊された室内の映像。

 

フォーチュン《家を・・・滅茶滅茶に壊してしもうた!》

 

 両手で顔を覆い、ガク・・・と膝の力が抜ける感覚を味わうフォーチュン。

 ザ、と両膝を路面に下ろし、指の間から数歩先の地面に目線を投げる。

 瞳は、絶望に満ちた色合い。

 暫くの、間。

 暫くの、間。

 フォーチュン、ダラ・・・と両手を下げ、虚ろな表情で、行く先の道を眺める。

 更に、間。

 やや生気を戻した視線を、背後に投げるフォーチュン。

 

フォーチュン《(悲哀を込め)もう・・・あの家には・・・父上と母上の元には、戻れん・・・》

 

 フォーチュン、静かに立ち上がる。

 そして、ズ・・・ザ・・・と緩慢な動作で、引き摺るように重い足取りで歩き始める。

 

 



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おお、運命の女神よ ー Episode of Fortune ー 【第七話】

★ (過去・更に数時間後)マジカルランド中央・フォーチュンの住んでいた居城

 

 雲が幾分切れ掛かっている、空。

 天にそびえる尖塔を見上げて、石段の一番下に立ち止まるフォーチュン。

 

フォーチュン《わらわの、城・・・ここじゃ・・・わらわは、かつてここに住んでおった・・・》

 

 フォーチュン、疲れ果てたような表情と動きで、ゆっくりと階段を昇っていく。

 石段の最頂部まで数段のところで、城門の向こうに、煉瓦造りの巨大な人型を確認。

 ハッ!と思わず顔を上げ、残る段を駆け上がり、城門をくぐる。

 眼前に、片膝と両手を石畳にしっかりと据えた、タワーの姿。

 

フォーチュン《(愕然として)・・・タワー!》

 

 タワーに走り寄り、大きく深呼吸をして見上げるフォーチュン。

 光のない左眼を、じっ、と見詰める。

 フッ、と穏やかな微笑みを浮かべ、目を細める。

 

フォーチュン《ああ・・・懐かしいのう・・・そなたと過ごしていた日々が・・・》

 

 暫くの間、遠くを見るような視線を彼に送る。

 ふと、タワーの周囲に視界を巡らせる。

 城の玄関を密着して塞いでいる、背中。

 身体に無数に群生している、苔。

 風雨に晒され続けて、身体を構成する煉瓦のいくつかにヒビが見受けられる。

 

フォーチュン《苔むして尚、城を護ってくれとったのか・・・》

 

 タワーの爪先に歩み寄り、そっ、と右手を触れるフォーチュン。

 直後。

 ブイイイイイン・・・と、何かが起動するような音。

 タワーの体内から聞こえてくる。

 

フォーチュン「(ハッ!と、思わず見上げ)・・・まさか!」

 

 タワーの爪先に、緑色の光が煌く。

 それが煉瓦と煉瓦の隙間を縫い、一気に脚を駆け上り、全身を覆い尽くしていく。

 キュルルルルル・・・と、綺麗な緑の光で染まっていくタワー。

 それが頭部まで達し、瞬く間に光が左眼に集まる。

 キュイイ―――――ンッッ!!!と、高い周波の音が響く。

 左眼に宿った、緑色の煌き。

 目を丸く見開き、驚愕の表情を見せるフォーチュン。

 

タワー「(重厚な声で)ター・・・ワー・・・」

 

 ズウ・・・と顔を動かし、少し屈むタワー。

 タワーの左眼に、自分の姿が映るのを確認するフォーチュン。

 そのまま、暫く。

 更に、間。

 

タワー「(深く優しい声で)オカエリナサイ・・・フォーチュンサマ・・・」

フォーチュン「(息を飲み、一層驚き)わらわが判るのか!?」

タワー「(静かに頷き)オマチシテ、オリマシタ・・・」

 

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 長い、長い間。

 フォーチュンの両方の瞳から、ぽろ、と涙が頬を伝う。

 ぽろっ・・・ぽろっ・・・と、連続する透明な滴。

 

フォーチュン「(落涙しつつ)タワー・・・タワー・・・わらわを・・・待って・・・」

 

 ぽろろ・・・ぽろろろ・・・と、滝のように流れ出る涙。

 ぐうっ、と嗚咽が彼女の裡を突き上がり、喉元を一度引き締める。

 しかし堪え切れず、表情を一気に崩すフォーチュン。

 

フォーチュン「(空に届くほどの泣き声で)うわあああああぁぁぁぁん!!!」

 

 フォーチュン、天を仰ぎ、幼児のように泣き始める。

 腹の底からの、感情を一片残らず吐露させたような、感涙の絶叫。

 両方の瞼を強く閉じ、眉をこれ以上ないほど寄せ、大きく口を開けて泣く。

 ポトッ、ポトッ、と頬から顎先を伝って、彼女の足元に落下する涙。

 慌てて両掌を翳し、どうしていいか判らない様子のタワー。

 

タワー「(狼狽えた声で)フォーチュンサマ・・・ナカナイデ・・・ナキヤンデ・・・」

 

 尚も、フォーチュンは泣き止まない。

 おろおろ、と手を上げ下げして、フォーチュンを見詰め続けているタワー。

 

【回想シーン終了】

 

 

★ タワーの内部

 

 彼方を眺めるような目線から、天井に焦点を合わせるフォーチュン。

 頭の下に組んでいた両手を抜き、寝ている身体と垂直に、天井に向けて掌を翳す。

 

フォーチュン「(しみじみと)あの時の気持ちを、生涯忘れまい。いや、忘れまいと誓った・・・そなたが雨風に晒されながら城を護り、わらわを待っていてくれたことが、嬉しかったのじゃ・・・あの感激足るや、何物にも替え難い」

タワー(頭上から)[ワタシ・・・タダ・・・マッテイタ、ダケ・・・ナニモ、シテナイ・・・]

フォーチュン「待つのは大変なことじゃ。わらわには出来ん。1万年も生きとって、待つのは苦手でのう・・・(微笑んで)本当に、ありがたかったのじゃ、タワー」

 

 フォーチュン、すっ、と両腕を下ろし、体側に置く。

 

フォーチュン「そなたとは、どれくらいの付き合いになるかのう? 5千年くらいにはなるか?」

タワー「フォーチュンサマ、シロ、タテテ、カラ・・・]

フォーチュン「ではやはり、5千は超えるか・・・(申し訳なさそうに)タワー、そなたには一時、酷い扱いをしていたのう。下僕同様に接してた時期もあることを、ハッキリ覚えておる・・・(沈んだ声で)すまんかった。今更詫びを言っても、とは思うのじゃが、許してはくれまいか?」

タワー(頭上から)[アヤマルコト、ナイ・・・ワタシ・・・フォーチュンサマ、シタガウ・・・]

 

 急に、ガバッ、と起き上がり、天井を見上げるフォーチュン。

 

フォーチュン「(首を左右に振り)それでは駄目なのじゃ、タワー。最早“従う”とか“従わせる”ではなく・・・そなたには、わらわの下ではなく・・・(頬を染め)その、何じゃ・・・」

 

 俯くフォーチュン。

 頬に朱を帯びさせたまま、自分の足元に視線を投げ、口元を、キュッ、と結ぶ。

 少しの、間。

 右手で拳を作り、膝の上に置いて、グッ、と握る。

 意を決したように真上を向いて、僅かに瞳を潤ませる。

 

フォーチュン「タワー、一度外に出る。扉を開けよ」

タワー(頭上から)[ター・・・ワー・・・]

 

 フォーチュン、掛布を除け、両脚に力を込めて起立する。

 ガチャ・・・と自動で開く、目の前の扉。バルコニーが視界に入る。

 頷いて、歩を前に進めるフォーチュン。

 

 

★ フォーチュンの居城・中庭

 

 タワーの腹部バルコニーに足を踏み入れるフォーチュン。

 穏やかな夜風が、さわ、と彼女を頬を撫でる。

 

フォーチュン「そなたの顔の前に行く。よいな?」

タワー「ター・・・ワー・・・」

 

 ズゥ、と右の掌を持ち上げ、欄干に水平に添えるタワー。

 欄干に右足を掛け、スッ、と昇り、そのままタワーの掌に乗るフォーチュン。

 ズズズ・・・と自分の顔面に手を持ち上げ、五指を向こう側に位置させる。

 フォーチュンは、タワーに背を向けている。

 暫く、そのまま。

 尚も、間。

 フォーチュン、両手を後ろ手に組み、もじ・・・と指を絡めている。

 突然、くる、と振り向くフォーチュン。

 今までない程、両頬が赤く染まっている。

 艶やかな色彩に輝く、黄金色の瞳。

 数歩、タワーの顔に近寄り、彼の左眼を目の当たりにする。

 フォーチュン、和らいだ微笑みを浮かべる。

 

フォーチュン「そなたは、澄んだ目をしとるのう。綺麗な緑の色じゃ」

タワー「フォーチュンサマ、ノ・・・オカゲ・・・」

フォーチュン「話の続きじゃが・・・(真剣な表情で)今から、わらわの今の気持ちを言うぞよ。心して聞くがよい」

タワー「(落ち着いた声で)ワカッタ・・・」

 

 すう、はあっ・・・と大きな呼吸をするフォーチュン。

 ゴクリ、と唾を飲み込み、きり、と眼差しを向ける。

 

フォーチュン「そなたに再会した日に、決めたのじゃ、タワー・・・そなたには、わらわの傍にいてほしいのじゃ。下ではなく、わらわに従うでなく、隣に、横にいてほしいのじゃ。わらわの判る場所に、見える場所にいてほしいのじゃ。声が届くところに、いっつもいてほしいのじゃ。誰でもない、そなたに・・・(凛とした声で)タワーにいてほしいのじゃ! 主と従者の関わりよりも、わらわの連れ合いとして傍におってはくれぬか!?」

 

 沈黙。

 沈黙。

 タワーの眼の光が、キラ・・・と瞬間虹色に変わり、また元の緑色に戻る。

 フォーチュン、両手で拳を握り、身体の横に下ろす。

 

タワー「フォーチュンサマ・・・」

フォーチュン「(目を伏せ)そなたが主従の間柄を望むのなら、そうである方が負担にならぬのであれば、それでも良い。じゃが、わらわは・・・(顔を上げ、少し潤んだ瞳で)どんな関係でも、タワーと離れとうない・・・そなただけは、わらわのものじゃ。誰にも渡しとうない・・・そなたと一緒にいたい・・・わらわは・・・(きっぱりと)そなたと添い遂げたいのじゃ! この先、何百、何千、何万年と経とうとも! この身が滅びるまで! 朽ち果てるまで共にありたいのじゃ!」

 

 再び、左眼に虹の輝きを帯びさせるタワー。

 今度はやや長い時間。そして静かに、色を戻す。

 

タワー「(深遠の響きの声で)・・・ワタシ、デ・・・イイノカ?」

 

 コクン、コクン、と頭を上下に、明確な動作で振るフォーチュン。

 タワーの眼の光が、刹那、戸惑ったように鈍る。

 

タワー「ワタシ、ヌクモリ、ナイ・・・ニンギョウ・・・フォーチュンサマ、ヌクモリ、アル・・・」

フォーチュン「(張りのある声で)体温なんぞよりも! そなたは! わらわに心の温もりを教えてくれとる!」

 

 フォーチュン、両手を胸の前で重ね、ギュウッ、と握る。

 蕩けるような、何もかも許容したような、陽溜まりのような笑顔。

 うる・・・と、彼女の双方の瞳が潤いで煌く。

 

フォーチュン「(穏やかな声で)これ以上の温かいものなど、この世にあろうか・・・」

 

 絡む、ふたりの眼差し。

 そのまま、停止。

 暫くの、間。

 更に、間。

 キラッ、と今まで以上の虹色の輝きを放つ、タワーの左眼。

 

タワー「(優しい声で)フォーチュンサマ、ノゾミ・・・ワタシ、ウレシイ・・・」

フォーチュン「(声を昂らせ)真か! 真にそう思うか!」

タワー「(頷いて)ワタシ、フォーチュンサマ・・・ズット、イッショ・・・ワタシ、モ、フォーチュンサマ、トナリ、イタイ・・・ズット、ズット、ズット、イッショ・・・」

 

 フォーチュンの笑みが、弾ける。

 ズ・・・と顔を近付けていくタワー。

 手の届く距離まで来た時に、待ちきれなかったように、ガバッ!と両腕を広げて抱き着くフォーチュン。

 タワーの顔の下方、顎と思しき付近に頬を摺り寄せる。

 

フォーチュン「(歓喜に満ちた声で)タワー・・・もう離さんぞよ・・・」

タワー「(再度、キラ、と眼を煌かせ)フォーチュンサマ、ワタシ、ハナレナイ・・・」

 

 フォーチュン、撫でるようにタワーの顔に手を滑らせ、少し身体を起こす。

 つ・・・と右の人差し指を伝わせ、タワーの顎付近の上部で、ぴた、と止める。

 

フォーチュン「(艶やかな声で)そなたに口があれば、よかったのう・・・」

 

 指を立てた辺りに、左右の掌を、タワーの顔にしっかりと密着させるフォーチュン。

 瞼を閉じ、手と手の間に、躊躇なく顔を寄せる。

 唇を、押し当てる。

 そのまま、停止。

 タワーの左眼、鮮やかな朱色に染まっていく。

 ドクン、ドクン、と脈打つように点滅を始める。

 長い、長い時間の口付け。

 更に、続く。

 フォーチュン、そぉ・・・と身体を起こし、照れた顔で満面の笑みを浮かべる。

 一向に収まる気配のない、タワーの眼の点滅。

 それを嬉しそうに眺めているフォーチュン。

 

フォーチュン「今度は、そなたがしてみよ。ゆっくりで良いぞ」

 

 ビク、と動揺したように顔を動かすタワー。

 フォーチュン、両手を後ろ手に組み、顎を上げ、瞼を閉じて唇を結ぶ。

 タワー、余り間を置かず、ズウッ・・・と顔を接近させる。

 徐々に、極めて緩やかに、少しずつ、慎重に寄せる。

 ぴと・・・と、先ほどフォーチュンの唇が付いた場所を、寸分違わず、再び当てるタワー。

 ぐうっ、と一層強く自分の唇を密着させるフォーチュン。

 再開される、長い口付け。

 尚も、続く。

 タワーの眼の点滅は、いつの間にか治まっている。

 朱色から緑色に、落ち着いた色を取り戻す。

 そ・・・と惜しむように、唇を離すフォーチュン。

 両掌はタワーの顔に添えたまま、蕩けそうな表情を向ける。

 

フォーチュン「(甘い声色で)上手いのう・・・最高の接吻じゃった・・・」

タワー「(照れ臭そうに)ヨロコンデ、モラエテ・・・ウレシイ・・・」

 

 フォーチュン、目を細め、嬉しそうな微笑みを浮かべる。

 

 

★ (数週間後)フォーチュンの居城・自室

 

【N】「それから、数週間経ったある日の、宵」

 

 陽も沈み切り、とっぷりと暮れて闇が覆っている空。

 開かれた自室の窓、その窓枠に両肘を着き、右手に小壜を持って目の前に掲げているフォーチュン。

 小壜の中には、マジカルドロップが一粒だけ入っている。

 窓の外、フォーチュンの目の前にはタワーの顔。緑色の眼で、じっ、と彼女を見詰める。

 

【N】「フォーチュンの元にある、一粒のマジカルドロップ。これは、ワールドから手渡された物。“天空の女神”が言うのは、近い内にデスとハイエロファントが結婚式を挙げる可能性がある、その時に全員で集まって参列してほしい、とのことだった。ドロップを使って一堂に会する為に、ワールドが段取りをしていたのである」

 

 右手を軽く振り、中のドロップを転がすフォーチュン。

 コロン、と軽やかな音が耳に届く。

 フォーチュンとタワー、眼差しを絡める。

 

フォーチュン「まあ、あやつらがその内に結婚するじゃろうことは、随分前から見えていたことではあるがのう。じゃが、正確にどの日になるかは、今もよく見えん・・・『運命の輪』の力も、まだ戻り切っておらんのか、不安定なのかも知れん。(ふう、と息を継ぎ)折角、祝いの品も準備してるというのにのう」

タワー「ワタシ、ハヤク、オイワイ、シタイ・・・タノシミ・・・」

フォーチュン「(笑顔で)まったくじゃ。あやつらの驚く顔が目に浮かぶわ」

 

 タワー、顔を少し下に向けてから、ズ・・・と再度上げてフォーチュンに視線を結ぶ。

 

タワー「フォーチュンサマ、ヒトツ、キキタイ・・・」

フォーチュン「何じゃ? 申してみよ」

タワー「(少し籠った声で)・・・イエ、カエリタク、ナイノカ?」

 

 ピク、と眉を微かに跳ねさせ、目を伏せるフォーチュン。

 壜を持った右手を下げ、窓枠に両腕を重ねて置く。

 少し曇った表情。

 しかし、意を決した様子で顔を上げ、タワーの左眼に真っ直ぐ眼差しを注ぐ。

 

フォーチュン「そなたには、正直言っておこう・・・一度は顔を見せたい、と思っておる。じゃが・・・(切なそうに)帰ったら、父上と母上と暮らしたくなるじゃろう。この城にそなたを置いていくなど、出来ん・・・タワーと離れとうない・・・」

 

 途端。

 ズイ・・・と、タワーが顔を窓に接近させる。

 フォーチュン、目線を繋いだまま、窓枠に両手を着き、上半身を乗り出す。

 触れれば届く距離まで寄り、一度動きを停めるタワー。

 

タワー「(穏やかな声で)ワタシ・・・マツ・・・ダカラ・・・カオ、ミセテアゲテ・・・」

 

 緑色の眼が、キラリ、と輝きを放つ。

 至近距離で見詰め合う、ふたり。

 両瞼を閉じ、すっ・・・と顔を近付けるフォーチュン。

 タワーの口と思しき辺りに、唇を押し当てる。

 少しの間、そのまま。

 フォーチュン、静かに離れ、身体を部屋の中に戻し、艶やかな眼差しを向ける。

 

フォーチュン「もう暫し、考えておくぞよ」

 

 小首を傾け、可愛らしい微笑みを湛えるフォーチュン。

 頷く、タワー。

 直後。

 部屋中、そして城の周囲の空気が、一瞬、ブイン・・・と震える。

 思わず周囲を見渡し、それから夜空を見上げる、フォーチュンとタワー。

 フォーチュンの持つ小壜の中のドロップが、ポアァッ・・・と光を発する。

 続けて聞こえる、ワールドの声。

 ドロップに目線を繋げる、ふたり。

 

ワールド(声のみ)[聞こえますか・・・ドロップを持つ方々よ、聞こえますか・・・間もなく、デスとエロファントが神殿で挙式を行う模様です・・・取り急ぎ申し訳ありませんが・・・すぐに来られる方は・・・只今から神殿前庭に集合なさって下さい・・・天空の女神の名に於いて、ドロップの封印を解除します・・・では、後ほど・・・]

 

 見る見る明るい表情となるフォーチュン。

 

フォーチュン「(ニッ、と笑い)いきなりじゃのう! 読めんかったわ! じゃが、面白いことになりよった!」

 

 フォーチュン、窓枠から一歩後方に下がり、両脚を肩幅に広げて背筋を伸ばして立つ。

 

フォーチュン「タワー! 花火の筒を装填せよ! わらわも魔法弾を準備する! 整い次第、ドロップで神殿に飛ぶ! いよいよ祝いの品を披露する時が来よったのう!」

タワー「・・・ロウ、ノ、エンペラー、ドウスル?」

 

 あっ、と短く声を上げ、目を見開いて表情を停止させるフォーチュン。

 沈黙。

 沈黙。

 フォーチュン、ガク・・・と項垂れて、右手で顔の半分を覆って首を左右に振る。

 

フォーチュン「(はぁ、と溜め息をつき)あっちゃぁ・・・すっかり忘れとったわ・・・挙式までには“最教育”しておくつもりじゃったが、間に合わんかった・・・(顔を上げ)仕方ない、“奥の手”を使うとしよう。わらわの宝物庫に、人格や性格を一時的に自由に設定出来る『電池』があった筈じゃ。それを使うとする。もたもたしてると式が終わってしまうでな、止むを得まい」

 

 ズウ、と大きく頷くタワー。

 そして、バッ!と顔を上げてタワーに視線を結ぶフォーチュン。

 左掌を真っ直ぐ伸ばして掲げ、やる気満々という、凛として清々しい表情。

 

フォーチュン「そなたは筒の設定をしておけ! わらわは他の準備を急ぐ! (満面の笑みで)さあ、忙しくなるぞよ! タワー! 共に行こうぞ!」

タワー「(嬉しそうに)ター! ワー!」

 

【N】「この夜、遅れながらもデスとハイエロファントの結婚式に参列したフォーチュンは、マジシャン、ハイプリエステスと再会し、和解する。更に明くる日、エンプレスの城で行われた、デスとハイエロファントの披露宴に、タワーと揃って出席。その日の夕餉を、育ってきた家で取り・・・フォーチュンは母の手料理を堪能し、久し振りの家族団欒を味わうことになった」

 

 



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おお、運命の女神よ ー Episode of Fortune ー 【第八話】

★ (1ヶ月後)街の郊外・マジシャンとハイプリエステスの家

 

【N】「その後、フォーチュンは、週に1日、マジシャンとハイプリエステスの家で過ごすことにした。既に親子としての、家族としてのわだかまりはなくなったにせよ、タワーがいる居城になるべくいたい、というのが彼女の願いだったからである。マジシャンもハイプリエステスも、フォーチュンの望みを優先し、それを認めてくれた」

 

 麗らかな気温の、昼下がり。

 テーブルに向かい合って座り、茶と茶菓子を嗜んでいるマジシャンとハイプリエステス。

 香しいハーブティーの湯気が、卓上の空間を揺れている。

 菓子籠に盛り付けられたクッキー、ラスクなどの焼き菓子。

 ラスクを一片摘まみ、サク、と噛み締めるマジシャン。

 茶を少し啜り、ふう、と穏やかな表情になるハイプリエステス。

 

【N】「デスとハイエロファントの結婚式から1ヵ月ほど過ぎた日。フォーチュンがタワーと共に、マジシャンとハイプリエステスの元に戻っていた時に、ある賑やかな騒動が起こった」

 

 奥の部屋から、居間に入室してくるフォーチュン。

 テーブルの横に立ち、左右の椅子に座る両親に、一度ずつ顔を向ける。

 

フォーチュン「父上、母上、話があるんじゃが」

マジシャン「どうしたのだ? 改まって」

フォーチュン「重要な話じゃ。聞いてほしい」

ハイプリエステス「(頷いて)いいざますよ。お話しなさい」

 

 ハイプリエステス、カップを受け皿に、カチャリ、と置く。

 マジシャン、食べ掛けのラスクを、手元の小皿に乗せる。

 娘に目線を送る、ふたり。

 すうう・・・ふうう・・・と、一際大きな深呼吸をして、再度両親を見詰めるフォーチュン。

 僅かの、間。

 

フォーチュン「(真剣な表情で)タワーを婿に迎えたいのじゃ!」

 

 沈黙。

 沈黙。

 目を正円に見開き、茫然として動きを凍て付かせるマジシャン。

 対して、ほとんど表情を変えていないハイプリエステス。

 

マジシャン「(動揺した声で)・・・今・・・何と言ったのか?」

フォーチュン「(凛とした声で)わらわは! タワーの嫁になりたい! 結婚をしたいのじゃ!」

 

 パン!と、軽やかに音を立てて、胸の前で両掌を叩き合わせるハイプリエステス。

 

ハイプリエステス「(満面の笑みで)大賛成ざます!」

マジシャン「(思わずハイプリエステスを見て、声が裏返り)はあッ!?」

フォーチュン「(嬉しそうに)真か、母上? 賛成してくれるんじゃな?」

ハイプリエステス「(頷いて)ええ、もちろんざますよ! 大好きな殿方と結ばれる・・・最高の幸せざます!」

フォーチュン「(歓喜に震え)母上・・・」

ハイプリエステス「そうなると、わたくしは義理の息子を持つことになるざますねぇ・・・タワーなら、安心してあなたの未来を託せるざます。きっと良い家庭を築けると思うざます!」

フォーチュン「(言いにくそうに)そ、そこでじゃな、話ついでですまぬが、勝手な提案を言わせてもらいたいのじゃ・・・」

ハイプリエステス「何ざましょ?」

フォーチュン「タワーが住むには、わらわの城くらいの館が必要となる。新たに館を建てるのも考えたのじゃが・・・(顔色を窺うように)どうじゃろ? 全員でわらわの城に引っ越す、というのは・・・そうすれば、父上と母上と、わらわたち夫婦で揃って暮らせる、と思うてのう・・・」

 

 ニッコオッ、とはち切れそうな笑顔となるハイプリエステス。

 フォーチュンに身体を向け、両手を合わせて握り、瞳を煌かせる。

 

ハイプリエステス「(感嘆した声で)素晴しいざます! 完璧ざます! みんな揃ってまた暮らせるなんて、夢のようざます!」

フォーチュン「(パアアァ・・・と明るい笑顔になり)では! 良いのか!?」

ハイプリエステス「お城に、図書室はあるざますか?」

フォーチュン「あるぞよ! 蔵書を増やせるだけの部屋も、父上の魔術研究の部屋も用意出来るぞよ!」

ハイプリエステス「じゃ! 決まりざますねっ!」

マジシャン「(腹の底からの声で)ちょっと待ち給えぇぇぇッッッ!!!」

 

 バッ!と、右掌をハイプリエステスに突き出し、翳すマジシャン。

 ハイプリエステスとフォーチュンが、同時に彼を視界に映す。

 瞬時に怪訝そうな顔となり、眉を顰めるハイプリエステス。

 

ハイプリエステス「何ざます、そんな大声出して」

マジシャン「(再度大声で)話を勝手に進めるでない!」

ハイプリエステス「マジシャンさんは反対ざますか? フォーチュンの結婚」

マジシャン「(冷静になって、手を下ろし)いや、決して反対ではないのだが・・・」

ハイプリエステス「じゃあ、いいざましょ? 式の日取りも決めて、衣装も選んで・・・」

マジシャン「(再度声を高め)だーかーらー! 私にも意見を求めてはくれんのか!?」

ハイプリエステス「どうぞ、ざます」

マジシャン「あ、うむ。(ゴホン、と一度咳払いをして)フォーチュン、よく聞きなさい。私も、その、何だ、タワーは、良いと思っている」

フォーチュン「(再度笑顔になって)父上も賛成してくれるか! 嬉しいのう!」

マジシャン「ま、まあ、賛成は賛成なのだが・・・話が、いきなりだったもので、な、その・・・」

ハイプリエステス「(割り込み)神殿の予約もしておくざますね」

マジシャン「(またも大声で)私の話はまだ途中であーる!」

ハイプリエステス「もう、簡潔に言ってほしいざますよ。折角の娘の晴れ舞台ざますもの。いろいろ考えたいざます。フォーチュンだって、早く決めたい気持ちもあるざましょ?」

フォーチュン「そうじゃのう。やはり、決めるものを決めておきたいぞよ」

マジシャン「(言葉を選ぶように)だが、少し、急き過ぎ、ではないのか?」

ハイプリエステス「善は急げ、ざましょ?」

マジシャン「急がば回れ、とも言うであーる」

ハイプリエステス「(ムッ、として)思い立ったが吉日、とも言うざますよ?」

マジシャン「(ムッ、として)急いては事をし損ずる、とも言うであーるぞ?」

ハイプリエステス「(カチーン!ときて)・・・好機逸すべからず、とも言うざますよ!」

マジシャン「(カチーン!ときて)・・・待てば海路の日和あり、とも言うであーる!」

 

 ガタ、ガタ、と続け様に椅子から立ち上がるマジシャンとハイプリエステス。

 テーブルを挟んで、凄まじい眼光を飛ばして睨み合う。

 [効果映像]背後に、ゴオッ!と燃え上がる炎。

 

【N】「ラウンド1・・・(高らかに)ファイッ!!!」

 

 [効果音]カ―――ンッ!!!と、ゴングの音。

 

ハイプリエステス「あなたは娘の幸せを願ってないざますかっ!」

マジシャン「そんな訳がなかろう! フォーチュンが幸せになるのが至上の歓びであーる!」

ハイプリエステス「だったら希望を叶えてあげるのが! 親の役割ざましょ!?」

マジシャン「それは当然であーる! しかし物事には順序というものが・・・」

ハイプリエステス「だから順序よく打ち合わそうとしているざますよ! マジシャンさんが入ってくるのが遅いんざます!」

マジシャン「遅くはなーい! あなたが早過ぎるのだ! プリエステス!」

 

 喧々囂々と言い争いを始めたふたりを見詰め、肩をすぼめるフォーチュン。

 

フォーチュン「(はぁ、と溜め息を吐き)・・・まーた始まりおった・・・こうなると長いからのう・・・」

 

 フォーチュン、くる、と振り向き、部屋のチェストの引き出しから、紙と鉛筆を取り出す。

 棚の上で、数行の文章を書き、鉛筆を仕舞って引き出しを閉める。

 紙をテーブルの端に置くフォーチュン。

 言い合いをしているマジシャンとハイプリエステス、まったくそれに気が付いていない。

 再度、はあ、と吐息をつき、玄関の扉を開けて外に出るフォーチュン。

 部屋の中で途切れることなく続く、ふたりの言葉の応酬。

 フォーチュン、扉を閉めて、庭の片隅に陣取るタワーに近寄る。

 片膝を着いたタワー、右腕に止まる二羽の鳥を見詰めている。

 その鳥は仲睦まじい様子で、嘴をつつき合っている。

 歩み寄りながら、自然と微笑むフォーチュン。

 彼女が近付いてきたのを察知して、チチチ・・・と鳴き声を残して飛び立つ鳥たち。

 フォーチュンに、顔を向けるタワー。

 

フォーチュン「タワー、出掛けるぞよ」

タワー「(怪訝そうに)・・・ドウカ、シタ、ノカ?」

フォーチュン「父上と母上が始めよった。書き置きはしてきたんでな、神殿に行くとするぞよ」

タワー「(頷いて)ター・・・ワー・・・」

 

 

★ 神殿・ハイエロファントの居室

 

 ハイエロファント、執務机に向かって座り、両手を卓上で組んでいる。

 デス、机と直角の位置で椅子に腰を下ろし、足を組んでいる。

 机の向かい、ハイエロファントの正面に用意された椅子に、姿勢よく座しているフォーチュン。

 ハイエロファントとデスは、フォーチュンを見詰めている。

 

フォーチュン「・・・と、いう訳じゃ」

デス「(ふう、と息をつき)・・・相変わらずだな、あのふたりは」

ハイエロファント「(微笑んで)いつものことだけどね」

 

 腕組みをして、眼前のふたりを交互に見るフォーチュン。

 

フォーチュン「そなたたちは、喧嘩とか口論とか、しとらんのか?」

デス「(さも当然の表情で)したこともない。第一、ハイエロファントが諍いや争いを嫌ってるんだ。何を好き好んでする必要がある?」

フォーチュン「まあ、そなたはそうであろうな」

ハイエロファント「僕が時たま、大声を出しちゃったことはあるけどね」

デス「(ハイエロファントを見詰め)あれはあたしに言い聞かせる為だろ? 言って当然のことだ」

フォーチュン「聞くまでもなかったのう・・・(笑顔で)そなたたちらしいわ」

 

 眼差しを交わすデスとハイエロファント。微笑み合う。

 フォーチュン、はああ・・・と長い溜め息をついて、瞼を半分閉じる。

 

フォーチュン「それにしても、父上も母上も、何かにつけては熱くなりよる。わらわの幼少の時からああでな、一度始まったら早々には終わらん。困ったものじゃ・・・」

ハイエロファント「フォーチュンはそれを横で聞いてて、嫌な気分になった?」

フォーチュン「(首を左右に振り)いいや、あれだけ言い合ってるのを聞いとっても、不思議と嫌な気にならん」

ハイエロファント「だろうね。だってあれは、ふたりの“会話”だからね」

フォーチュン「“会話”などという、生やさしいものではなかろう? ほとんど闘いじゃ」

ハイエロファント「確かに、ね。でも、お互いの一番深い部分を、言葉に乗せて交流している気がするよ。楽しんでいるんだ。以前からああだったし、それがふたりの絆を育ててきたんだと思う。マジシャンとプリエステスだけの・・・ふたりにしか出来ない“会話”だと、僕は考えている」

 

 視線を伏せ、少し考えているフォーチュン。

 間を置かず目を前に向け、安堵したような顔となる。

 

フォーチュン「そうじゃな・・・そう思えるぞよ」

 

 フォーチュン、おもむろに右手の人差し指で、ぽり、と右頬を掻く。

 

フォーチュン「しっかし、せめて娘の前では少し控えてほしいものじゃ。式の最中にでもに始めおったら、恥ずかしゅうて堪らん」

デス「(呆れたように)流石にそこまではしないだろ?」

フォーチュン「いいや、判らんぞよ。ふたりともああなると、見事に周りが見えなくなるからのう」

デス「その時は、タワーの中に移動して続きをやってもらうといい」

フォーチュン「(苦笑いで)新婦の両親を中座させるつもりかえ。それにタワーは新郎じゃぞ。便利な防音室ではないわ」

ハイエロファント「大丈夫だと思うよ。ふたりとも君の両親だから、ね」

フォーチュン「今までが今までじゃから、一抹の不安はあるがのう・・・(思い出したように)ああ、それとじゃ、式の日取りとか、今ここで決めてもよいか?」

ハイエロファント「それは、家族全員で話し合ってから、だよ。みんなで納得して日程を決めてきてほしい」

フォーチュン「(頷いて)判ったぞよ。それとは別に、じゃが・・・頼みがある」

ハイエロファント「何?」

フォーチュン「エロファントは司祭として式を取り仕切ってもらうからよいとして・・・(デスを見て、真剣な表情で)デス、そなたにも参列してほしいのじゃ」

デス「(驚いて、息を飲み)あたし!? あたしに? 参列しろ、と言うのか!?」

フォーチュン「そうじゃ」

デス「(高めの声で)あたしは死神だぞ! 相応しくないだろ?」

フォーチュン「そうは思わんぞよ。それに、デス、既婚なのに何を今更なことを言うておる?」

デス「(頬を染め)・・・や、あれはあたし自身の式だったし、当初はハイエロファントとふたりだけで挙げる筈だったし、参列者が来ることは知らなかったし・・・」

フォーチュン「まあ、ワールドに一杯食わされた感がなきにしもあらず、じゃがのう・・・(引き締まった声色で)それとは別にじゃ、わらわとタワーで話しおうたんじゃ。そなたたちふたりには、是非とも、わらわたちの門出に立ち会うてもらいたい、のでな・・・」

 

 きっ、と真剣そのものの表情で背筋を伸ばし、両手を膝に着けて腕を張るフォーチュン。

 

フォーチュン「そなたとエロファントがおったからこそ・・・そなたたちふたりの繫がりがあってこそ、わらわはタワーと夫婦になれるのじゃし、父上と母上の元に帰れたのでな。じゃから・・・」

 

 ガバッ!と、膝に額が付きそうになるくらい、深々と頭を下げるフォーチュン。

 

フォーチュン「(切実な声で)この通りじゃ! 何卒参列してはくれまいか!?」

 

 デス、彼女とハイエロファントを交互に見て、戸惑いを露わにする。

 どう対応していいのか判らないような、答えに窮している表情。

 じっ、とデスを見詰めているハイエロファント。

 僅かの、後。

 ハイエロファント、にこ、と柔らかい微笑みををデスに送る。

 

ハイエロファント「それじゃあ、デスには、僕の式進行を手伝ってもらうことにしようか」

デス「(目を丸くして)えっ?」

ハイエロファント「本当は如何なる式典も、主司祭と副司祭がいた方がいいんだ。デスは死神として、日々忙しいのは重々承知しているんだけど、どうかな? 今回はフォーチュンとタワーの結婚式だからね、本人のたっての希望もあるし、一緒に式を進行してほしい」

デス「(一度口元を結び)・・・いいのか? 祝典など参列すらしたことがない。何も判らないぞ」

ハイエロファント「大丈夫、全部教えるから。それに、大体は僕たちで挙げた式次第と変わらないよ」

デス「ああ・・・あんな感じか」

 

 デス、口元に右手を当て、目線を少し伏せて自分の挙式を思い出している。

 暫くの、間。

 暫くの、間。

 未だに頭を垂れて身動ぎもしないフォーチュン。

 彼女の姿を目に焼き付けるように凝視し、フッ、と笑みを浮かべるデス。

 

デス「(大きく頷いて)・・・判った。ハイエロファントの補佐としてなら、式に立ち会おう」

フォーチュン「(バッ、と顔を上げ)真かっ! 引き受けてくれるか!?」

デス「ああ、二言はない」

フォーチュン「ありがたい! よろしく頼むぞよ!」

 

 フォーチュン、数回、繰り返し頭を上下させる。

 そして身体を起こし、椅子に座り直してデスに目線を繋げる。

 

フォーチュン「それにしても・・・デスにとって、エロファントの言葉は何よりも重いのう。金言であり、至言であり、絶対なのじゃな」

デス「(赤くなり)当たり前だ」

フォーチュン「そなたたちみたいな夫婦になりたいのう、わらわとタワーも。手本にしてもよいか?」

ハイエロファント「僕たちよりも、君のご両親が一番のお手本だと思うよ。ずっと育ててもらってふたりを見てきて、いいな、とか、嬉しいな、と思ったこと・・・君が受けてきた恩恵を、そのまま、君とタワーに反映すればいいんじゃないかな」

 

 両目を閉じるフォーチュン。

 何かを噛み締めるように、思いを巡らせている様子。

 ゆっくりと瞼を開き、静かな微笑みを浮かべる。

 

フォーチュン「そうじゃのう・・・その通りかも知れん・・・」

 

 

★ 神殿・前庭

 

 太陽が燦々と、前庭の芝と石畳に降り注いている。

 神殿建屋内から、歩み出てくるフォーチュン、ハイエロファントとデス。

 前庭の右手側に、片膝を着いて座っているタワー。

 そのすぐ手前に、タワーを見上げて、彼と何事かの会話をしているマジシャンとハイプリエステス。

 

デス「(フッ、と笑って)来てたな。いつもの遣り合いは終わってるようだ」

ハイエロファント「(笑顔で)そうだね。フォーチュンが心配で、ここまで来てくれたんだよ」

 

 フォーチュン、軽やかな足取りで石段を駆け下りる。

 マジシャンとハイプリエステス、それに気が付き、振り向いて、大急ぎで走り寄ってくる。

 

マジシャン・ハイプリエステス「「(心配げに)フォーチュン!」」

 

 立ち止まって、両手の甲を腰に当て、やや胸を張るフォーチュン。

 向かい合って立つ、親子。

 

フォーチュン「書き置きはしておった筈じゃぞ。すぐに戻るつもり、じゃとな」

ハイプリエステス「でも、待っていられなかったざますよ」

マジシャン「その通りであーる。話も途中のままであったので、な」

 

 フォーチュンの隣にデスが、デスの隣にハイエロファントが並ぶ。

 ふたりに身体を向けて、神妙な顔になるマジシャンとハイプリエステス。

 申し訳なさそうな視線で、ぺこり、と頭を伏せる。

 

マジシャン「いきなりで、騒がせてしまった。すまなかったであーる」

ハイプリエステス「ごめんなさいざますね、エロファントさん、デスさん。フォーチュンから事の次第はお耳にされてるとは思うざますが・・・」

デス「ああ、話は聞いた」

ハイエロファント「フォーチュンとタワーが結婚式を挙げたい、ってことでいいんだよね?」

デス「それよりまず、お前ら・・・フォーチュンに言うべきことがあるだろ?」

 

 思わず顔を見合わせて、バツが悪そうな表情で目線を絡めるマジシャンとハイプリエステス。

 すぐにフォーチュンに身体を向け、同時に頭を下げる。

 

マジシャン「フォーチュン、悪かった・・・言い合いを始めるつもりではなかったのであーるが・・・許しておくれ・・・」

ハイプリエステス「ごめんなさいざます・・・熱くなり過ぎたざます・・・」

フォーチュン「いいのじゃ、気にせんで。父上と母上が仲良いからああなるのは、解っておる。それに、わらわも急に話を振ったのも悪いんじゃ。青天の霹靂、だったのう」

マジシャン「(顔を上げ)確かにそうだが・・・(ハッ、として)いやいや、私も動揺し過ぎた。親として反省せねばいかんのであーる」

 

 ハイプリエステスも顔を戻し、マジシャンの横顔に視線を送る。

 マジシャンが眼差しを絡め、両手を後ろ手に組む。

 一度、コクリ、と頷き合うふたり。

 それから、揺るぎのない目線をフォーチュンに結ぶ。

 

マジシャン「フォーチュン、結論を言おう・・・(真摯な声で)お前の幸せが、何よりの望みだ。私とプリエステスの願いだ。だから・・・認めよう、タワーとの婚姻を」

ハイプリエステス「(優しく微笑んで)引っ越しの件は、今後じっくり話すざます。なるべく、あなたの望むようにしたいと思ってるざますよ。マジシャンさんもわたくしも、ね」

マジシャン「(優しい笑顔で)・・・誰よりも幸せに、おなり」

 

 両方の眼を、ゆっくりと正円に見開くフォーチュン。

 融けるような笑みを、徐々に浮かべ始める。

 瞳が、虹色の潤いで輝く。

 

フォーチュン「(歓喜に溢れ)父上・・・母上・・・」

 

 ぶるっ、と全身を震わせ、ぐっ、と口元を引き締めて口角を緩める。

 直後。

 タッ、ターンッ!と石畳を蹴って、両親の胸に飛び込むフォーチュン。

 右腕をハイプリエステス、左腕をマジシャンに回し、ふたりの間に顔を潜らせる。

 驚いて、娘を見詰めるマジシャンとハイプリエステス。

 フォーチュン、破顔一笑。

 

フォーチュン「(至上の歓びを込め)大っっっっっ好きじゃっ!!!」

 

 今まで想いを両腕に注ぎ、ギュウッ・・・とふたりを抱き締めるフォーチュン。

 同時に満面の笑みを浮かべる、マジシャンとハイプリエステス。

 そ・・・と、娘の背中に手を添え、抱き返す。

 暫く、そのまま。

 尚も、そのまま。

 3人を視界に映し、優しい微笑みを浮かべるハイエロファントとデス。

 静かに身体を戻す、フォーチュン、マジシャンとハイプリエステス。

 もう一度小さく頷いてから、タワーに駆け寄るフォーチュン。

 タワーの左眼が、キラ、と虹色の彩りを帯びる。

 ズゥ、と右掌を芝に着け、フォーチュンが跳び乗ったと同時に腕を上げていく。

 フォーチュン、タワーの眼前まで来た時に、ガバッ!と彼の顔に抱き着く。

 

フォーチュン「タワー! わらわたちは夫婦になるぞよ!」

タワー「(重厚だが、嬉しそうに)フォーチュンサマ・・・ワタシ・・・ウレシイ・・・」

フォーチュン「(満面の笑みで、愛しさを込め)最高の家庭を築くのじゃ! そして、父上と母上のような、最高の夫婦になろうぞ!」

タワー「(愛おし気に)ター・・・ワー・・・」

 

 至近距離で眼差しを絡め合っている、フォーチュンとタワー。

 肩を並べて、ふたりを見上げながら、柔和な笑顔を向けているマジシャンとハイプリエステス。

 その後方、4人を見詰めて、安堵したように顔を見合わせるデスとハイエロファント。

 

デス「フォーチュンとタワーは、数千年の同じ時を過ごして尚、共に生きる道を選んだんだな」

ハイエロファント「そうだね。僕たちとはまた違った、一緒に歩んでいく運命、なんだね」

 

 デスとハイエロファント、微笑みを交わしてから、フォーチュンとタワーを見詰める。

 

【N】「この世界は、マジカルランド。彼女は、マジカルランドに暮らす者の運命を司る女神。名は、フォーチュン。真の名を『ホイール・オブ・フォーチュン』、別名『運命の輪』という。見た目は幼い少女だが、齢1万と14歳。マジカルランド創生より永い時を生きている。この日より程なくして、フォーチュンとタワーは、ハイエロファントとデスを司祭として華燭の典を挙げ、永遠を誓うことになるのだが、それはまた後日の話である」

 

 

外伝【 おお、運命の女神よ Episode of Fortune : 了 】

 



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正義の恋 ― Episode of Justice ー 【第一話】

「マジカルドロップⅢ」「マジカルドロップポケット」「マジカルドロップV」より、ジャスティス、デスとハイエロファント主役。本編『しりぞけ、もの悲しき影』以降、及び外伝『おお、運命の女神よ』以後の外伝として執筆。2020年9月脱稿。ゲーム中に登場しないマジックアイテムが登場し、主軸となっております。
 登場人物:ジャスティス、デスとハイエロファント、エンペラー、ストレングス、及び隠しキャラ1名
注:小説ではなく、台本形式読み物です。

 同一内容を、pixivにも掲載してあります。
 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13753543


【挿絵表示】



デスとハイエロファントの物語:REBOOT

外伝【 正義の恋 Episode of Justice 】

 

 

★ (場所・時間不明)

 

 虹色に輝く空間。足元に靄が掛かっている。

 風景は何もない。ただ七色の輝きが満たされている。

 ぼんやり、と佇んでいるジャスティス。辺りを、ぐるり、と見渡す。

 ハッ、と誰かの気配。振り向くと、デスが立っている。

 穏やかで静かな雰囲気のデス、じっ、とこちらを見詰めている。

 身体を彼女に正対させるジャスティス。胸元に両掌を上げて組み、ぎゅっ、と握って見詰め返す。

 ジャスティス、やがて刹那そうな表情を湛える。

 暫くの、間。

 

ジャスティス「(潤んだ目で)デス・・・」

デス「(ふっ、と微笑んで)そんな悲しそうな顔するな」

 

 数歩ジャスティスに近付き、すっ、と右腕で彼女を引き寄せるデス。

 デスの肩口に頬が当たり、ポオッ、と上気していくジャスティス。

 

デス「今は・・・こうしていろ・・・」

 

 頷き、両瞼を閉じるジャスティス。穏やかで嬉しそうな微笑みを浮かべる。

 重なったままのふたりの影。虹色の輝きの中で反転し、やがて融けるように消えていく。

 空間全体が段々と照度を落としていき、暗転。

 暫くの、間。そして静寂。

 静寂。

 静寂。

 

 

★ 街中・ジャスティスの家

 

 コケコッコーッ!と、甲高い鶏の鳴き声。家の外から響く。

 半開きの瞼で、ボーッ・・・とベッドに上半身を起こしている、パジャマ姿のジャスティス。

 いつものポニーテイルの髪型は解かれ、肩付近まで髪が垂れている。

 暫く、そのまま。

 徐々に意識が明瞭になっていくジャスティス。瞳に光が宿っていく。

 そして、ふううう、と大きく長い溜め息を一度つく。

 

ジャスティス「(呼吸を整えながら)・・・何、今の?・・・夢?」

 

 スッ、と両掌を上にして胸元に掲げ、掌の中心辺りに目線を落とす。

 

ジャスティス《夢・・・夢だったんだ・・・》

 

 一瞬、夢の中でのデスの姿が、鮮やかにジャスティスの脳裏に蘇る。

 デスに触れたような感覚に襲われ、ビクッ、と指先が反応する。

 やがて、それが実際のものではないと自覚し、両腕をベッドにゆっくりと下げるジャスティス。

 

ジャスティス《だよね・・・デスがボクに、あんな・・・》

 

 ぎゅっ、とベッドのシーツを両手で握り込むジャスティス。

 唇を噛み締め、物憂げに前方の宙に視線を投げる。

 

ジャスティス「(抑揚のない声で)あんなに・・・優しい声・・・なんて・・・」

 

 ジャスティス、顔を伏せ、両目を閉じる。肩口から髪が前に揺らぐ。

 沈黙。

 沈黙。

 コッコーッ!と、勇ましい調子の、二度目の鶏の声が外から聞こえる。

 

 

★ 森の道

 

 太陽は天頂。厚めの白い雲が多数流れ、時折太陽を覆いながら移動している。

 いつもの平静さを保った様子のジャスティス、左右に樹々が繁る森の道を歩く。

 ふと、前方に人影。相手はこちらの方向に歩いて来る。

 段々と明確になってくる姿。泥鰌髭を軽やかに撫で、腰に手を当てて無暗に堂々とした歩きっぷり。

 ジャスティス、それに気付いて足を停める。

 

ジャスティス「あ! エンペラー!」

エンペラー「あら! ジャス子じゃないの。相変わらず巡回? ごくろーさま」

ジャスティス「(胡散臭そうに)何処に行くつもり?」

エンペラー「(フン、と鼻で嗤い)何処に行こうがアタシの勝手じゃない」

 

 ギロリ、と憤りを圧縮したような鋭利な目線を投げるジャスティス。

 

エンペラー「(不満気に)あ・の・ね! 毎回そんなに睨むの止めてくれない? アタシが何したってのよ?」

 

 突然。

 無言のまま、スラリ、と背中の大剣を抜き、剣先をエンペラーに向けるジャスティス。

 

エンペラー「(真剣に怯え)ヒィイイイ!!!」

ジャスティス「(怒気)・・・キミがデスに仕出かしたコト・・・もう忘れたとは言わせないよ?」

エンペラー「だからそれはアタシがコテンパンにやっつけられて・・・(大剣の刃が、ギラッ、と光り)ああもうっ! お願いだから剣を仕舞ってよっ!」

ジャスティス「デスに謝ったの?」

エンペラー「謝るワケないじゃない?」

 

 直後。

 ジャスティス、流れるような動作で大剣を真横に持ち替え、ダン!と一歩踏み込む。

 大剣の刃が、エンペラーの喉仏付近に直角に当てられる。

 爛々と怒りの炎を両の瞳に燃え上がらせ、奥歯を、ギリィッ、と噛み締めるジャスティス。

 

エンペラー「(絶叫)ヒィエエエッ!!! お助けェェェェ!!!」

ジャスティス「(腹の底から)エロファントは許したかも知れないけど! ボクは絶対に許さない!」

エンペラー「何でよォッ! 何であンたがそんなに死神に肩入れしてんのよォ! 大体あンたと死神はずっと闘ってたじゃないの! 死神は悪だ、死神は倒す、って散々言ってたのに! 何よ今更!」

ジャスティス「そんなの! デスを大好きになったからに決まってるじゃないかっ!」

 

 途端。

 ジャスティス、はっ、と自分の発言を認識する。

 エンペラー、凍て付いたように目線をジャスティスに繋げる。

 沈黙。

 沈黙。

 更に、沈黙。

 正円に近いくらい見開かれていく、ジャスティスの両眼。

 大剣が下ろされ、ジャスティスが左掌で口元を覆う。

 

ジャスティス「(茫然と)・・・あ・・・」

エンペラー「(呆気に取られ)ジャス子・・・あンた・・・今、何て・・・」

 

 ジャスティスの台詞に、信じ難いというような顔をしているエンペラー。

 一息の、後。

 今度はエンペラーの両目が、カッ、と大きく開かれる。

 

エンペラー「(心底驚き)ええええええっっっっ!!! あンた! 死神のコト! す・・・」

ジャスティス「(沸騰したように湯気を出し、赤面)わあああああっっっ!!! 言うな! 言うなぁっ!!!」

 

 エンペラーに対して半身の姿勢で、左手を、ブンブン、と左右に振りまくるジャスティス。

 その動作をひとしきり眺め、ニイッ、と笑い、目を細めるエンペラー。

 

エンペラー「なーるーほーどーねー! 惚れちゃったワケね! 死神に!」

 

 何やら勝ち誇ったように胸を張り、フンム!と鼻息をつくエンペラー。

 ジャスティス、いきなり、ドサ、と両膝を地に落として、両手も地に着けて、ガックリ・・・と項垂れる。

 彼女の頭部に、どよ~ん・・・と暗い影が降りてくる。

 

ジャスティス「(絶望的な声)終わりだ・・・よりによってエンペラーなんかに知られた・・・」

エンペラー「失礼ね。なんか、とは何よ。(腕組みをして、感心したように)しっかし、超絶生真面目でウブで色恋とは無縁かと思ってたケド、あンたも恋心なんてあったのねぇ」

 

 尚も同じ姿勢で、返す言葉も出ないジャスティス。

 ふう、と短い息を一度継ぐエンペラー。

 

エンペラー「ジャス子、ちょーっと時間あるかしらん?」

ジャスティス「(顔だけ上げ、据えた目で、上目遣いで)・・・何だよ、からかわれる時間まで付き合ってらんないよ」

エンペラー「からかうだなんて、心外ね。話くらい聞いたげるわよ」

 

 

★ マジカルランド上空

 

 緩やかに流れていく多くの白い雲。

 傾きかけた太陽を時折隠しながら流れていく。

 その太陽に、丸く黒い影が徐々に掛かっていき、やがて4分の1を覆うまでとなる。

 だが地上から見ると、雲に隠されてほとんど判らない。

 

 

★ 森の外れ・草原のほとり

 

 先程話をしていた森の道から、数分ほどにある開けた草原。

 森との境近くにある、腰ほどの高さの岩に腰を下ろしているジャスティス。

 目線を落とし気味にして、膝の上で両手を、ギュッ、と拳にして、淡々と話をしている模様。

 その真正面に立ち、エンペラーが腕組みをして、何度も頷きながらそれを聞いている。

 ジャスティス、一通り話を終えた様子で、ふううう、と長い溜め息をつく。

 

エンペラー「へぇー、そうだったのねぇ。何がキッカケになるか判らないものね」

ジャスティス「(ギッ、と睨み)絶対言わないでよね、誰にも」

エンペラー「さーてーねー・・・どーしましょうかねー」

ジャスティス「(怒声)エンペラー!」

エンペラー「(苦笑して)嘘、嘘、言わないどくわよ。取り敢えず」

ジャスティス「(一層の怒声)取り敢えずって何だよ! (頭を抱え込んで)もうっ! やっぱ話すんじゃなかったよ! デスに知られたらお終いだよ!」

エンペラー「別に知られてもいいんじゃないの? 何も悪いコトしてるワケじゃなし」

ジャスティス「(顔を上げて)いい訳ないじゃないか! エロファントに申し訳ないよ!」

エンペラー「(疑念混じりの声で)折角の恋心なのに、否定するワケ?」

ジャスティス「(消え入りそうに)いや・・・否定するとかしないとかじゃなくてさ・・・」

エンペラー「(誇らしげに)アタシはね、エロファントちゃんと死神が結婚しても、エロファントちゃんへの気持ちは変わらないわよ。(胸を張って)むしろ一層惚れ込んじゃったものねっ!」

ジャスティス「(ジト目で)・・・キミは少し遠慮しといた方がいいんだケド・・・」

 

 腕組みを解き、腰に手を当てて、グッ、と顔を近寄せるエンペラー。

 

エンペラー「でも・・・苦しくても(晴れやかな笑みで)恋はイイ物よ! ジャス子!」

ジャスティス「(唖然として)・・・は?」

 

 エンペラー、突然その場で、くるうり、と身体を翻して一回転する。

 そして、ビシィッ!と右手人差し指を垂直に立て、ジャスティスに向ける。

 

エンペラー「そう! 恋は自分を高めるの! カッコ良くありたい! キレイでありたい! 可愛くありたい! そして何より! (両腕を翼のように広げ、伸びのある声で)美しくありたーい! これがイイ物でない筈ないでしょ!」

 

 眼を大きく正円に近くして、ポカン、と唇を開けているジャスティス。

 暫くの、間。

 更に、間。

 

ジャスティス「(感心したように)驚いたなー・・・エンペラーが真面なコト言ってるよ」

エンペラー「(怒って)しっっっっつれいねぇッ!!! あンたどんだけアタシを下に見てンのよ!」」

ジャスティス「まあ・・・キミの言ってるコト・・・(小さく頷き)その通りだと思うよ。悪い物じゃないと、思ってる」

エンペラー「でしょー! だったら素直に認めて、死神に告白しちゃいなさいよ」

ジャスティス「(首を左右に振り)それはしないし、出来ないよ。(ハッ、として)まさか、ボクを煽って・・・(ジロ、と睨み)その隙にエロファントを自分のモノにしようってんじゃないだろうね?」

エンペラー「(ブンブン、と頭を横に振り)イヤイヤイヤ! そんなんやったら命がいくつあっても足りないわよッ! 流石にアタシも学習能力くらいあるわよん!」

ジャスティス「・・・まあ確かに、あれ以来余計なちょっかいは出してないみたいだケド」

謎の声[(遠くから)結局は失敗しよった。無能にも程がある、ゾ・・・]

エンペラー「無能とは失礼ね。アイテムだって使いこなしたし、そこそこ能力は・・・」

 

 はた、と何かに気が付くエンペラー。

 少し、沈黙。

 

エンペラー「(疑念溢れた声で)・・・ジャス子、あンた、無能とか言った?」

ジャスティス「(驚いて)え? 言ってないよ。自分で言ったんじゃない?」

謎の声[この男は言ってない。言ったのは我輩、ゾ]

 

 何処かから、誰のものとも知れない声がふたりに届く。

 ゾク、と例えようのない寒気が、一瞬ジャスティスの背後を駆け上る。

 エンペラー、ひたすらキョロキョロと周囲を見回す。

 

ジャスティス「・・・聞いたコトない声・・・誰?」

エンペラー「(サアッ、と血の気が引き)・・・まさか!・・・」

謎の声[ホォ、聞こえてるらしいな。まあそう怯えることはない、ゾ」

 

 地の底から響くように、あるいは天の片隅から落ちるように、声がする。

 岩から跳び退くように降り、ザシュッ!と背中の大剣を引き抜いて、正眼に構えるジャスティス。

 

ジャスティス「(ギン!と声のした方を睨み)誰だっ! 出て来いっ!」

謎の声「(嘲笑)ムシュシュシュ・・・血気に逸っているな、戦士よ。そこの男では失敗したが、貴様の能力・・・使えると見たゾ!」

ジャスティス「何を言っている! 姿を現せっ!」

 

 一方、蒼褪めた表情のエンペラー、拳を握り締めて虚空を見詰めるような目線を投げている。

 

エンペラー「(唇を震わせ)こ、この声・・・アタシが『小アルカナのカード』を渡された時の声!」

ジャスティス「(思わずエンペラーに目線を投げ)ええっ!」

謎の声[喰らえッ!]

 

 途端。

 中空に、怪しく紫色に鈍く光る火球が出現。

 ふたりが気付くより早く、ジャスティスに激突する。

 ズッドオオオオン!!!と、火柱が噴き上がり、バチバチバチッ!と雷撃に覆われるジャスティス。

 

ジャスティス「(絶叫)うあああああっっっ!!!」

エンペラー「(驚愕)ジャス子ッ!!!」

 

 一瞬、跳ね上がるように浮かぶジャスティス。苦痛に顔を歪める。

 そのまま彼女の身体が、大剣を正面で構えたまま宙で留まる。

 眼を丸くしているエンペラーの前で、火柱が鈍い光の帯へと変化していく。

 ジャスティスの表情が解ける。緩やかに素の顔へと戻っていく。

 しかし、感情がすべて欠落したような、能面の如き無表情。

 両目は大きく開けられたまま、瞬きひとつしていない。

 その瞳は、どす黒く濁った紫の光を放つ。

 更に、同色の光の帯がオーラ状となって全身を覆う。

 それはジャスティスから湯気のように、ゆらあ、と立ち上っている。

 

エンペラー「・・・ちょ、ちょっと・・・ジャス子・・・?」

 

 かつて見たことのない異様な状態に、思考が追い付いてこないエンペラー。

 

エンペラー「何? 何? どうしちゃったの?」

 

 エンペラーのこめかみに、つう、と汗が流れる。

 彼は、理解不能の状況に怖れを抱き、数歩後退り、更に距離を取ろうとする。

 途端。

 ジャスティス、視界をエンペラーに向け、すーっ、と漫然とした調子で身体を返してくる。

 表情は、まったくの、無。

 地面よりやや浮いていた足が、重力に従って土に着く。

 次の、瞬間。

 ダアアン!!!と、爆発的な勢いで地面を蹴って、エンペラーとの間合いを詰めるジャスティス。

 大剣を後方に振り被り、エンペラー目掛けて斬撃の弧を描く。 

 

エンペラー「(悲鳴)ああぁぁぁぁぁれぇぇぇぇッッッッ!!!!」

 

 

【 第二話へ続く 】



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正義の恋 ― Episode of Justice ー 【第二話】

★ 街はずれ・森の入り口に近い橋のたもと

 

 街から森へと通ずる、小川に掛かる橋を渡っているデスとハイエロファント。

 デスは大鎌を左肩に掛け、右隣をハイエロファントが両手を後ろに組んで並んで歩いている。

 時折顔を合わせて、何事か会話をしている様子。

 ふと、デスが歩を停める。そして、すっ、と上空に眼差しを向ける。

 すぐに気付いて、隣でデスを見詰めるハイエロファント。

 

ハイエロファント「どうしたの? デス」

デス「(視線をハイエロファントに移し)いや、陽の光がいつもより弱いような気がしてな」

ハイエロファント「今日は雲が多いからね。雨雲じゃなさそうだけど」

デス「それもあるが・・・」

 

 再度、空を見上げようとするデス。

 直後。

 はっ、とデスが森の方向に目を向ける。瞼を半分閉じ、遥か彼方に届くような視線。

 彼女の様子の変化を捉え、ただデスを見詰めているハイエロファント。

 

デス「(眉を顰め)・・・悲鳴が聞こえた」

ハイエロファント「え? 何処から?」

デス「森の奥・・・道を、こっちに向かって来る」

 

 

★ 森の道

 

 バタバタッ! バタバタッ!とマントを猛烈に靡かせ、森の道を街に向けて駆けているエンペラー。

 時折背後を振り返り、また必死の形相で、左右の腕で前方から後方に、水を掻くように回して走っている。

 これ以上出来ないほどの、荒い呼吸。

 

エンペラー「誰かぁぁぁぁぁぁッッッ!!! お救けェェェェ!!!」

 

 

★ 街の端・森の入り口

 

 道の先から、悲鳴混じりの声を耳にするデスとハイエロファント。

 ふたり同時に、少し腰を落として身構え、発声方向を凝視する。

 

デス「(一度口元を引き締め)・・・来る!」

 

 大鎌を眼前に構えて持つデス。

 途端。

 一直線に伸びている道の奥から、一気にふたりの視界まで駆け込んでくるエンペラー。

 互いに姿を確認した距離、約20メートルほど。

 

ハイエロファント「エンペラー!」

エンペラー「(猛烈に息が上がり)たっ、たっ、救けてエロファントちゃん!」

 

 尚もエンペラー、凄まじい走りで向かってくる。

 瞬間の、後。

 ドバァァァンン!!!と、エンペラーが走る道の横の樹木が、爆破されたように破壊される。

 煽られて吹き飛び、地面に転がるエンペラー。

 宙に大量の木屑と葉が、朦々とした土煙を噴き上げて溢れる。

 その爆裂の煙の中から、フワァ、と飛び出してくるジャスティスの姿。

 虚ろな眼がエンペラーを補足し、大剣を大上段から一気に斬り付ける。

 

エンペラー「(大絶叫)ヒィエエエエ――――ッ!!!」

 

 エンペラー、思わず両眼を固く閉じ、身体を丸くして縮まる。

 直後。

 ガシィィィン!と、エンペラーの頭上で金属同士がぶつかる音。

 驚いて目を開け、すぐ傍らを見上げるエンペラー。

 そこには、剣撃の間合いに飛び込み、自分の眼前に大鎌の柄を横に掲げ、大剣を防いだデスの姿。

 キキキキ・・・と大剣の刃と大鎌の柄が擦れ合う高音が鳴る。

 ハイエロファント、息を飲んで、武器を合わせているふたりを目に映す。

 

ハイエロファント「(驚いて)ジャスティス!」

エンペラー「(半泣きで)もう嫌ァ!!!」

 

 エンペラー、跳ね返るような動きで即座に起き上がり、もう片側の大木の陰に隠れる。

 デス、武器越しのジャスティスの顔を凝視する。

 

デス「(目を凝らし)・・・様子がおかしい」

 

 濁った紫色の瞳、感情の欠片も存在しない表情、全身から立ち上る面妖な紫のオーラ。

 

デス《・・・ジャスティスの魂とは質が違う“何か”がいる・・・一体何だ?》

 

 ギギギギ!と、急激に金属音を高める大剣と大鎌。

 ジャスティスが凄まじい力を武器に掛け、デスを押し返そうとする。

 右足を、ズサァ!と後方に引いて、前方に体重を掛けて腕を伸ばすデス。

 尚も増していく加重に、両脚を、ぐうっ、と踏ん張る。

 

デス《何て力だ! これほど圧が強かったか?》

 

 強烈な加圧に、つぅ、と冷や汗が、デスの首筋を流れる。

 キン!と、小さな火花を散らし、ジャスティスの大剣が離れる。

 彼女は武器を後方に一度引き、水平に刃を構える。

 途端。

 間髪を入れず、大剣が真横の軌道を描き、デスに襲い掛かる。

 大鎌を構え直す間も与えられず、タン!と跳ねて後方に距離を取るデス。

 デスのいた空間を薙ぐ大剣。しかし次の瞬間、ヒュイッ!と剣先が翻り、再度デスを狙う。

 更に身体を躱すデス。しかしまた、大剣が空を裂き、デスを執拗に追う。

 切っ先が、ヒュンヒュンヒュン!と唸りを上げて、幾度もデスを斬らんとする。

 その度に、鮮やかな身体の動きで避け続けるデス。目にも留まらぬ速さ。

 ジャスティス、虚ろな目線でそれを追視している。無表情のまま。

 やがて、ブワッ、と大上段に大剣を構えるジャスティス。

 ピタ、と双方の動きが一度停止する。

 直後。

 ジャスティス、一気に大剣を叩き付けるように振り下ろす。

 ふっ、と残像を残して、真横に跳ねるデス。

 ゴッバアアアアアアンンン!!!と、大爆発を起こしたような剣撃。

 延長線上にある高い樹木が、内部から破裂して木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 その周囲の樹々数本も、同様に根元から割れ、枝にも亀裂が一瞬で入り、繊維状になって宙を舞う。

 それは、エンペラーが陰に隠れている大木の側面を抉り、猛烈な突風をも起こす。

 ビクウッ!と、全身を硬直させて、白目を剥いて、あんぐり、と口を開けて凍て付くエンペラー。

 ハイエロファント、技を放ったジャスティスの背中を茫然と見詰める。

 デス、ジャスティスの斬撃が放たれた方向を見て、息を飲む。

 今いる付近から延長線上遥か先まで、あらゆる樹々が消滅し、地面が穿たれている。

 更にその奥、尚も奥、幅2メートルほど、約50メートル先の樹木に至るまで、跡形もなく破壊されている。

 

デス《粉々に・・・こんな剣技を繰り出すとは・・・いや、いつものジャスティスとは別だ。ここまでの破壊をする奴じゃない筈・・・》

 

 一瞬、ジャスティスの次の攻撃を伺うデス。

 ジャスティスは大剣を振り下ろした時の格好で、すうっ、と顔を上げてデスを見る。

 無言のまま、まったくの無表情のまま。

 すいっ、とデスが大鎌を一度正面に構えて持ち、軽やかに半身の状態で踵を返す。

 それから、エンペラーが逃げてきた道の奥へと、タン、タン、と跳ねるように距離を置く。

 ジャスティスの虚ろな視線が、デスに固定され続けている。

 

デス「追いて来い! ジャスティス!」

 

 ぶわっ、とマントの裾を、流れるような綺麗な軌跡を描かせ、デスが道を駆け出す。

 間髪入れず、大剣を脇構えにして持ち、ジャスティスがデスの背中を追う。

 タタタタタタタ・・・と、一気に森の深遠部方向に、ふたりの影が離れていく。

 すかさず、タッ、と地面を蹴るハイエロファント。

 

ハイエロファント「(きっ、と視線を前方に向け)行かなきゃ!」

 

 ハイエロファントも、ふたりが向かった森の道を走り始める。

 彼が通り過ぎた刹那、ハッ!と気が付いて大木の陰から顔を覗かせるエンペラー。

 小さくなっていくハイエロファントの背中。既にデスとジャスティスの姿は可視出来ない。

 エンペラー、仰天して、顔を引き攣らせる。

 

エンペラー「ちょ・・・ちょっとエロファントちゃぁん! 置いてかないでェ!」

 

 怯えを隠すことなく全身に漲らせ、自分が逃げてきた道を戻って疾走していくエンペラー。

 

 

★ 森の外れ・草原

 

 先程まで、ジャスティスとエンペラーが会話をしていた草原の入口。

 凄まじい速度で、デスが駆け込んでくる。そのまま一気に草を跳ね上げ、草原中央付近まで疾走する。

 一瞬、背後を見る。ハッ!と驚くデス。

 空中に、身体を大きく弓形に反らせ、大剣を背中辺りまで振り被らせるジャスティスの姿。

 気配も音もしない、超人的な跳躍。

 こちらの背丈より遥かに高い位置。紫色の濁った眼が、デスに繋がれている。

 判断する間もなく、ブオン!と裂空音がして、ジャスティスが大剣を叩き付ける。

 剣先を、真っ直ぐにデスに向けて突き立てようとする。

 攻撃が放たれたのを見極め、ザッ!と草叢を蹴るデス。そのまま横方向に側転。

 デスのいた空間を、ジャスティスの剣先が貫く。

 ズン!と大剣が地面に突き刺さる。

 次の、瞬間。

 ドゴオオオオオオオンンン!!!と大音響を放ち、草原が地中から突き上げられるように揺れる。

 まるで直下型地震の如く地面が跳ねて波打ち、ビリビリビリ・・・と空気が震動する。

 草叢の波紋が、一気に草原全面に拡散する。

 濃い土埃が、同時に湧き立つように漂う。

 足下の揺れに、一度、二度態勢を整え、着地するデス。

 改めてジャスティスを目視する。そして、思わず息を止める。

 そこには、ジャスティスの大剣を中心に、風景が一変している。

 蜘蛛の巣のような、地割れ。

 大剣は抜き身の半分ほど地面に刺さっており、そこから地割れが円周、放射線状に拡がっている。

 地表の草は反転したように捲れ、下の赤茶けた土が曝されている。

 場所によっては深さ1メートルほども抉られた、無残な光景。

 ごくり、と唾を飲み込むデス。

 

デス《(驚嘆)この威力!・・・まるで破壊の神のようだ!》

 

 だが、ジャスティスの動きが、そこで停まっている。

 地面に垂直に減り込んでいる剣を引き抜こうと、グッ、グッ、と力を入れている様子。

 デス、即座に大鎌を後方に翳し、ザシュッ!と草叢を蹴って跳び上がる。

 剣を凝視したまま屈んでいるジャスティスへ、一息のもとに刃を振り抜く。

 斬撃が半月の軌道を描き、彼女の肩口へと届く。

 しかし、大鎌は何物も斬ることなく、空のみを裂く。

 ジャスティスの姿が、残像となりそこに留まっている。

 武器を振り切ったままの姿勢で、白目を大きく開くデス。

 フッ、と背後に気配。

 デス、眼の端で補足する。大剣を脇構えにして向かってくるジャスティス。

 

デス「(驚愕)速い!」

 

 慌てて大鎌を構え直し、正対しようと身体を返すデス。

 直後。

 大剣の柄頭を、渾身の力で叩き込むジャスティス。

 ボグォ!と、デスの腹部に命中。デスの背中側の空気まで震動する威力。

 

デス「(両眼を、カッ、と見開き)がはっ!」

 

 デスの腹部からせり上がってくる、焼き付く痛み。

 ジャスティス、目にも留まらぬ動作で大剣を引き、再度デスの腹部目掛けて柄頭を撃つ。

 ボッゴォン!!!と、先程よりも格段に凄まじい打撲。

 今度はそれに合わせて、ジャスティスが跳躍し、デスの身体ごと宙へと浮かぶ。

 砲弾の軌跡のような放物線を描く、ふたり。

 デスが仰向け、ジャスティスが彼女に覆い被さるようになり、引力の法則に従って落下する。

 背中から地面に叩き付けられるデス。顔の前で構えたままの大鎌を持つ両手を、思い切り握る。

 

デス「(痛みで顔を顰め、一度瞼を固く閉じ)くっ!」

 

 再び目を開けるデス。

 そこには、自分に跨って起立し、大剣を天頂に向けて翳しているジャスティス。

 虚空の瞳が、何の感覚も存在しないかの如く、デスを見下ろす。

 大剣の刃がデスに向けて振り下ろされようとした、刹那。

 

ハイエロファント「(腹の底からの声)ミラクルビームっっっ!!!」

 

 ドン!と衝撃音を放ち、空間を劈く純白の光線。

 ジャスティスの背中側、森の入口の方面から一気に届く、直径50センチほどの光の直線。

 大剣の柄付近に激突し、一度球形を成してから、バン!と破裂する。

 ジャスティスの両手から弾かれ、数メートル飛んで草叢に落下する大剣。

 一瞬足元の方向に視線を移すデス。かなり離れた位置に、ハイエロファントの姿を確認。

 彼は両脚を肩幅に広げ、バクルス(司教杖)の端部、青い宝玉の付いている方をこちらに向けている。

 デス、安心したような、微かな笑みを浮かべる。

 改めてジャスティスに目線を戻し、はっ!と息を飲む。

 ジャスティスの上半身が、ハイエロファントの放った光線と同じ色に、ぼんやりと光る。

 先程まで彼女を覆っていた紫色のオーラが、人型を形成して、ジャスティスから離されようとしている。

 ジャスティスの両目は閉じられ、だら、と両腕は前方に垂らされる。

 機会を逃すことなく、スイッ、とジャスティスの足下から脱出するデス。

 スタン! タタッ!と軽やかに土を蹴り、ハイエロファントの元へ駆け寄る。

 ジャスティスの半身にあった白い光、雲散霧消。

 同時に、隔離されようとしていた紫の影、ヒュッ、と再び彼女の身体に吸い込まれる。

 再度立ち上り始める、同色のオーラ。

 緩やかにジャスティスの両眼が開き、再び暗く濁った紫の瞳が現れる。

 顔を上げ、大剣が草叢に落ちているのを目に留めると、ヒュイッ!と取りに走るジャスティス。

 ハイエロファントのすぐ傍らに到着し、短く笑顔を向けるデス。

 デスを見詰め、一旦バクルスを持った腕を下ろし、笑顔を返すハイエロファント。

 並んで立ち、草原の中央を向き、腰を少し落として得物を構える、ふたり。

 

デス「すまない! 救かった!」

ハイエロファント「大丈夫!? 怪我はない!?」

デス「問題ない! それより見たか!? 今の!」

ハイエロファント「うん!」

デス「ジャスティスの中に“何か”がいる・・・理由は解らんが、どうやらそいつは、お前の『聖なる力』でジャスティスから追い出せそうだ」

ハイエロファント「(頷いて)そうみたいだね」

デス「(一瞬、横のハイエロファントを見詰め)もう一度援護を頼む! お前の“間合い”で、だ!」

ハイエロファント「(デスを見詰め返し)判ったよ! 任せてっ!」

 

 間髪入れず、キッ、とジャスティスに視線を繋ぐデス。

 きりっ、とジャスティスに目線を向けるハイエロファント。

 無表情のジャスティス、大剣を拾い上げて、脇構えでこちらに駆けて来ている。

 デス、右足を大きく踏み出し、タッ、と草叢を蹴る。

 左手に持ったバクルスを横に翳して、右掌を広げて添えるハイエロファント。

 

ハイエロファント「聖なる力!」

 

 クワァッ!と純白の光が、ハイエロファントの掌から溢れ、バクルス全体を覆う。

 その間に、距離が詰まっていくデスとジャスティス。

 

デス「(堂々とした声で)来いっ! ジャスティスっ!」

 

 デスの脚が停まる。腰を、ぐっ、と落として、大鎌を正面で構えるデス。

 剣撃の届く位置に到達し、大剣を、ブアッ!と振り翳すジャスティス。

 途端。

 ターンッ!とデスが後方に跳ねる。身体をジャスティスに向けたまま。

 ブオン!と空振りをする大剣。しかしすぐに切っ先が返り、下方向からデスに襲い掛かる。

 再度、タンッ!と草叢から僅かに跳ぶデス。大剣の刃を躱そうとする。

 しかしジャスティス、今度は、振り抜く直前に、ズダンッ!と左足を大きく踏み出して斬り込む。

 デスの口元に、にっ、と小さく笑みが浮かぶ。

 直後。

 大鎌の柄を、ボスッ!と自分の足元左側方、踵の外側目掛けて、思い切り突き刺すデス。

 その反動を利用して地面を蹴り、両脚から全身を、ふわっ、と浮かせる。

 後方上空に全身を丸めるように、くるり、と宙返りして反転していくデス。

 デスの身体が、走り高跳びのような綺麗な跳躍を具現化させる。

 ジャスティスの大剣は完全に振り抜かれ、先端が天空に向けられる。

 開き切った態勢の真正面で、デスの姿がマントに包まれるように隠れていく。

 マントが、ぶわっ・・・と鮮やかに翻り、ジャスティスの視界いっぱいに広がる。

 後方へと流れていく、マントの端。

 カーテンのように捲れ上がっていく、その真下。

 陰から、しゃがんで片膝立ちでバクルスを構えたハイエロファントの姿が現れる。

 端部の青い宝玉が、眩い純白光を発し、バチッ、と電光を放つ。

 それは極めて近い距離で、身体の伸び切ったジャスティスの腹部に向けられている。

 眉を顰め、申し訳なさそうな切ない表情のハイエロファント。

 

ハイエロファント「(絞るような声で)ごめん・・・ジャスティス」

 

 デスがハイエロファントの背後に、スタン、と降り立った、瞬間。

 バクルスから、クワァァァァァッッ!!!と光球が膨れ上がり、バーンッッッ!!!と前方に破裂する。

 ジャスティスの身体が吹き飛ぶ。大剣は手から弾かれ、離れて落下していく。

 彼女は、全身を白色の光に覆われたまま、ドサッ・・・と背中から草叢に放り出される。

 純白光はそのまま滞留し、隙間なくジャスティスを包んでいる。

 両目は閉じられ、ジャスティスの表情が穏やかな、眠っているような顔に戻る。

 大の字に横たわる彼女から、急激な速度で紫色のオーラが湧き、瞬く間に人の形になっていく。

 そして明らかな人型を成し、ジャスティスから、ふわり、と離れる。

 表情はない、のっぺらぼうの顔。しかし、何気に狼狽えている様子。

 中空に浮かぶ人型の真横に、フッ、と瞬間移動したようにデスが現れる。

 既に大鎌を振り翳し、殺気を込めた視線で睨む。

 ビクッ!と気付いて、デスに対面する人型。

 

デス「(凍て付くような声色)・・・貰った・・・」

 

 デス、渾身の力を込めて、大鎌の刃を薙ぐ。

 ズッシャァァァァッ!!!と、紫の人型が、腹部付近で上下に両断される。

 スタッ、と草叢に着地するデス。

 少しの、間の後。

 鈍い切断面が蒼白い光を発し始め、それが一気に、浸食するように人型の表面を広がる。

 苦痛に喘ぐかの如く、もがいて暴れている人型。

 やがて。

 ヒィィィヤァァァァ!・・・と、断末魔の悲鳴のような音を放ち、人型が消滅する。

 静寂。

 静寂。

 びゅう・・・と一陣の風が、地割れが拡がる草原を駆ける。

 完全に人型の影が失せたのを確認し、ふう、と溜め息をつくデス。

 近くに横たわるジャスティスに近寄り、右の片膝を落として、右手を彼女の頭部に翳す。

 目を閉じ、暫く、そのまま。

 ハイエロファント、ふたりの元に走り寄ってくる。

 デス、立ち上がって、ハイエロファントに柔らかい微笑みを向ける。

 

ハイエロファント「デス!」

デス「世話を掛けたな。お前のお陰で救かった」

ハイエロファント「(微笑んで)ううん、大したことはしてないよ。(ジャスティスを見て、心配そうに)どう? ジャスティスの具合は・・・」

デス「魂は問題ない。生命力も障りがあるほどではない。少し眠れば回復する程度だ」

ハイエロファント「(ふうう、と安堵の息をつき)そう、良かった」

 

 そろうり、そろうり、と森の入口へと向かおうとする人影が、ふたりの眼の端に映る。

 バッ!と、デスとハイエロファントが同時にその方向に視線を投げる。

 いつも間にか近くまで来ていたエンペラーの後ろ姿。

 明らかに、この場から退散しようとしている。

 

ハイエロファント「エンペラー・・・何があったの?」

エンペラー「(ビクゥゥッ!と肩が大きく跳ね、振り返りながら)エッ! あのッ! アタシ! まさか、また、あの声がするなんて思って・・・」

ハイエロファント「あの声?」

エンペラー「(ドキーン!と心臓が飛び出しそうになって)イヤイヤイヤ! 何でもないのよ何でも!」

 

 口元を引き締め、圧さえ感じさせる目線を送るハイエロファント。

 対して視線を明後日の方向に反らして、顔からダラダラと汗を流し続けるエンペラー。

 

ハイエロファント「(深く、重みのある響き)・・・全部話してくれるかな?」

デス「待て、ハイエロファント。話の続きは、ここを移動してからにしないか。神殿に戻った方がいい。ジャスティスはあたしが背負っていく」

ハイエロファント「(振り向いて)・・・そうだね、じゃあ戻ろうか。僕も手を貸すよ」

デス「(首を左右に振り)いや、ハイエロファントはそいつを逃がさないように見張っててくれ。(エンペラーを睨み)悪いが、お前に選択権はない。洗いざらい喋ってもらう」

 

 糸がきれたように、ガクーリ・・・と項垂れるエンペラー。

 デス、ジャスティスを背負おうと屈む。

 その刹那、ふと、上空を見上げる。

 

デス《陽の光が、戻った気がする・・・》

 

 

【 第三話に続く 】



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正義の恋 ― Episode of Justice ー 【第三話】

★ 神殿・ハイエロファントの居室

 

 居室の書斎机の椅子に座り、卓上で両掌を合わせて組んでいるハイエロファント。

 書斎机の真横で腕組みをして立ったまま、一方向に据えた目線を投げるデス。

 デスとハイエロファントの視線を浴び、机に正対した椅子に腰を下ろすエンペラー。

 エンペラー、両膝の上で拳を握り、脂汗を垂らしている。落ち着きがない。

 

エンペラー「ちょっと・・・これじゃ裁判みたいじゃない! 弁護人いないのッ?」

デス「(少し苛ついた様子で)・・・いいから何があったか喋っておけ」

エンペラー「喋れ、って言われても・・・どっから話せばいいか判らないわよ!」

デス「(一度深い呼吸をして)最初から話して、最後まで話したら終わればいい」

ハイエロファント「エンペラー、君が『小アルカナのカード』を手に入れた時にあったこと、以前フォーチュンから聞いているんだけど、改めてそこから話してほしい。そして今日、ジャスティスに追われた時の状況も続けて聞かせてくれないかな?」

 

 グッ、と一度息を飲み込むような仕草をするエンペラー。

 暫し、そのまま。

 やや長めの間。

 ハアアア、と観念したように溜め息を吐き、目を閉じて、すぐに開く。

 

エンペラー「(諦念に溢れた顔で)・・・解ったわよ。順番に話すわよ」

 

 

【回想シーン】

 

★ (過去)荒野の端・ジャングルとの境界付近・廃城

 

 深夜。ホウ、ホウ、と梟の鳴き声が静寂を破って響く。

 『半月』となっている月の光が、密林の樹木の枝間を縫う。

 荒れ果てた中規模の廃城。煉瓦も方々で崩れ、何百年と誰も手を加えてないような雰囲気。

 エンペラー、そこの玄関ホールと思しき部屋の中央に、腕組みをして立っている。

 

エンペラー「(眉を顰め)まさかここまで荒れてたなんてね・・・んーとー・・・(グルリ、と玄関ホールを見回し)こりゃあ造り直した方が早いかしらん。でもアタシの細腕じゃ、工事はしんどいわ。(ハタ、と気が付き)そーよ、タワーに手伝ってもらえば・・・(首を振り)イヤイヤ、フォーチュンが許可しないでしょうねー」

謎の声[・・・なら、我輩が手を貸してやろう、ゾ]

エンペラー「ヒィエエエエッ!!!」

 

 跳び上がるように驚き、ブン、ブン、と辺りに目線を放り投げるエンペラー。

 

エンペラー「だっ、だだだだだだ誰よォッ!」

謎の声[そう畏れずとも良い・・・我輩の声はちゃんと聞こえているらしいな]

エンペラー「(悲鳴混じり)嫌ァァァ! お化けェ!」

謎の声[(愉快そうに)ムシュシュシュ・・・貴様の世界にも“お化け”がいるのか。それは重畳、ゾ]

エンペラー「アタシ食べても美味しくないわよッ!」

謎の声[心配いらん、ゾ。身体は食わぬ。貴様に力を与えに来た]

エンペラー「(ハッ、と落ち着き)力? 力って、何の?」

謎の声[・・・それは・・・(地鳴りのような低い声で)貴様の願いを叶える力、ゾ]

 

 エンペラー、今度はゆっくりと、確認するように視線を移動し始める。

 声は一箇所ではなく、反響も伴って四方八方から聞こえてくる。

 

謎の声[貴様の願いは、フォーチュンの下僕、タワーを操り、ここを新しく建て直すこと・・・]

エンペラー「無理よォ、タワーはフォーチュンの魔力でしか動けないのよ。フォーチュンがウンって言うワケ・・・(ハタ、と気が付いて)ちょっと待って・・・何であンた、フォーチュンもタワーも知ってるの? マジカルランドの住人にしちゃぁ、聞いたコトない声よね!?」

謎の声[知っている、ゾ・・・フォーチュンもタワーも、よぉく知っている]

 

 突然。

 エンペラーのすぐ近くの足元に、ブイン・・・と半球状の紫色の光が湧く。直径50センチほど。

 ビクッ!と片足を跳ね上げるが、視界をしっかりとそこに向けているエンペラー。

 

謎の声[こいつを使うといい]

 

 光の中心付近の、大理石を敷き詰めた床に、四角の小箱。

 細長く平たい、木製の蓋付きのケース。木目を生かした表面の柄。

 屈んで顔を近付け、じっ、と凝視するエンペラー。

 箱の蓋に、魔法陣のような円形の彫刻細工がある。

 

エンペラー「何コレ?」

謎の声[これは古代魔術のアイテム『小アルカナのカード』、フォーチュンの宝物庫に置いてあった代物、ゾ]

エンペラー「魔術、って、アタシ魔法使えないわよ」

謎の声[心配無用・・・既に封印は解いてある、ゾ。魔法の使えない者でも使えるようにしてある]

エンペラー「(辺りを改めて見回し)アタシにどうしろって言うの?」

謎の声[先程言った通り、願いを叶えろ。使い方を今から教える。心して聞くがいい、ゾ]

エンペラー「それより、アンタ何処の誰? 姿を現さないの?」

謎の声[(低く唸り)訳あって現せない・・・今はな]

 

 エンペラー、再度、床に置かれた小箱を穴の開くほど見詰める。

 右手を顎の下に当て、眉を顰めて考え込む。

 

エンペラー《何か怪しい話だケド・・・マジカルドロップを手に入れるにもフォーチュンに勝たないとイケナイし・・・今のアタシじゃ、そうそう勝てないし・・・》

謎の声[カードを使い、フォーチュンの魔力をタワーに宿せば、言うことを聞くだろう。さすればこの城を新しく建て直し、その主として住むことなぞ造作もない、ゾ]

エンペラー「そんなコトが出来るのん?」

謎の声[出来る。そして城の主となり、好きな者を侍らすがいい、ゾ]

エンペラー「好きな者?・・・」

 

 瞬時に、エンペラーの脳裏にハイエロファントの姿が浮かぶ。

 そして、ポン!と左掌を右拳で叩いて、パアァァァッッ!!!と明るい蕩けた笑顔になるエンペラー。

 

エンペラー「(嬉しそうに)エロファントちゃんとのスイートホームってことねーッ!」

謎の声[誰だか知らぬが、そいつを連れてきて共に暮らせ。働きに期待している、ゾ。(重低音で嗤い)ムシュ、ムシュ、ムシュシュシュ・・・」

 

 床の『小アルカナのカード』のケースを、バシッ、と荒々しく取るエンペラー。

 途端、小箱を包んでいた半球状の紫の光は失せる。

 エンペラー、カードの箱を握ってしゃがんだまま、動きを停めている。

 暫くの、間。

 暫くの、間。

 スウッ・・・と静かな動作で立ちあがるエンペラー。

 両方の眼に、微かだが紫色の濁った光が宿っている。

 ニイヤァッ・・・と、口角を引き攣ったように釣り上げ、悪鬼のような嗤いを浮かべる。

 

【回想シーン終了】

 

 

★ 神殿・ハイエロファントの居室

 

 エンペラーの話す事柄を一通り聞き、顔を見合わせるデスとハイエロファント。

 

デス「フォーチュンから聞いた話とは一致したな」

ハイエロファント「(頷いて)そうだね」

エンペラー「(心外そうに)流石にこの期に及んで嘘ついても仕方ないでしょ!」

デス「それにしても・・・(じろ、とエンペラーを睨み)得体の知れない正体不明の奴の話を、よくもまああっさりと信じ込んでくれたものだな」

エンペラー「イヤ、疑ったわよ! 少しは」

デス「最終的には話に乗って・・・(深い憤りで)ハイエロファントを誘拐したんだろう?」

エンペラー「だからそれはホントごめんなさい! (頭を下げて、再び上げ)反省してるのよん!」

ハイエロファント「僕が連れ去られた件はともかく、エンペラー、君の口から“約束”を聞いてない」

エンペラー「(少し考えて)“約束”?」

ハイエロファント「(圧を持った、響くような声質で)・・・デスを、二度と傷付けない、ってこと・・・」

 

 真っ直ぐに、射抜くような視線をエンペラーに向けるハイエロファント。

 凛とした雰囲気。更に、その場の空気が凍て付くような、威圧感。

 ビクウッ!と、エンペラーが椅子に座ったまま、跳ねる。

 そして先程の汗とは違う、畏怖の感情がもたらす汗が、全身あちこちから湧く。

 一方、デスはハイエロファントの横顔に眼差しを繋ぎ止めたまま。

 沈黙。

 沈黙。

 限界を超えた様子で、縮こまった身体の緊張を自ら解くエンペラー。

 ふううううう、と非常に長い溜め息を継いで、視線をやや下方に向ける。

 

エンペラー「(重めの声質で)解ったわ・・・約束します・・・」

 

 ハイエロファント、緩やかに笑みを浮かべ、デスを見詰め返す。

 デス、微かに唇に笑みを湛え、僅かに申し訳なさそうな色を瞳に宿す。

 それから、もう一度エンペラーに目線を放る。今度は落ち着いた色彩。

 

デス「それから、今日あったこと、だ。ジャスティスの状態が明らかに異様だった」

エンペラー「(通常の声で)アレはね・・・ジャス子と話してる時に、変なコトが起こったのよ」

ハイエロファント「変なこと?」

エンペラー「(怖ろし気に)アタシに『小アルカナ』を渡した時の声と、同じ声が聞こえたの。姿は見せずに、どっからともなく、ね・・・でも今日のは、更に・・・(顔の上側に影が入り、声を震わせ)紫色の光が帯になっていきなり降ってきて、ジャス子にブチ当たって、そしたら・・・」

デス「ジャスティスが攻撃してきた、ってことなのか?」

エンペラー「(蒼褪めたまま頷いて)そうなのよ・・・アタシが呼び掛けても返事もナシで、急に斬りかかってきて・・・もうダメ、死ぬかと思ったわ」

デス「安心しろ。あたしの大鎌でないと死ぬことはない」

エンペラー「(汗を飛ばしながら)死にそうなくらいブッた斬られるトコだったのよん!」

 

 腕組みを解き、両手を体側に垂らすデス。

 

デス「(瞼を一度閉じ)あれは、今まで闘ってきたジャスティスではなかった。瞬きすらしない紫色の瞳といい、纏わり付いていた紫色の光といい、(目を開けて)“何か”がジャスティスの中に、いた。別人が憑依していたようだった」

ハイエロファント「(デスを見詰め)憑依・・・誰かが憑りついていたってことかな?」

デス「(ハイエロファントを見詰め)可能性がある、ってことだ。何者かは不明だし、今だかつてこんな出来事に遭遇した経験がない。フォーチュンやワールドなら、何らかの事例を知っているかも知れない」

 

 デスとの会話に頷いてから、改めてエンペラーに視線を移すハイエロファント。

 

ハイエロファント「それで、走ってきたところで僕たちに会った、ってことなのかな?」

エンペラー「そうなのよー。エロファントちゃんが救いの神様に見えたわ。(ニッ、と笑い)まあアタシにとっては神様以上に愛しの・・・」

デス「(断ち切るように)話は判った。あとは、ジャスティスの様子はあたし達で見ておく」

エンペラー「(怒声)最後まで言わせなさいよッ!!!」

ハイエロファント「ありがとうエンペラー、お陰でいろいろと判ったよ」

エンペラー「(コホン、と空咳をして)ま、まあ、エロファントちゃんがそー言ってくれんなら、いいわ」

 

 両掌を広げて、タン、と両膝を叩き、勢いをつけるようにして椅子から立ち上がるエンペラー。

 デスとハイエロファントが見ている前で、何やら吹っ切れたような、不敵な笑みを顔に出す。

 そして左右の拳を腰に当て、胸を張るような姿勢を取り、ふたりを視界に映す。

 

エンペラー「エロファントちゃんともっとお喋りしてたくて名残惜しいところだケド、そろそろアタシは帰るとするわ。(デスを見て)死神、あンた、ジャス子が目ェ覚ましたら声掛けてやんなさいよ。優しくね。(明瞭な声で)や・さ・し・く・ね!」

デス「(これ以上ないほど訝し気に)・・・お前は何を言ってるんだ?」

ハイエロファント「(はっ、と何かに気付き)うん、そうだね。声を掛けてあげるといいよ、デス」

デス「(ハイエロファントに驚いた表情を向け)ハイエロファントまで・・・まあ、判った。ハイエロファントがそう言うのなら、そうする」

 

 デスの台詞を聞き届け、その場で、くるうり、と踵を返して半身になるエンペラー。

 

エンペラー「そんじゃエロファントちゃん! まったねー! 愛してるわん!(チュッ、と投げキス)」

 

 特に表情の変化もなく、冷静な顔のハイエロファント。

 僅かに眉間に皺を寄せるが、すぐさま普段の表情となるデス。

 そして、妙に軽やかな足取りで、居室の扉を開いて廊下に出るエンペラー。

 パタン・・・と扉が締められ、スキップするような足音が廊下を遠ざかっていく。

 小さくなっていく音が、ふたりの耳に届いている。

 

デス「(ふう、と嘆息をつき)相も変わらず、だな」

ハイエロファント「(にこ、と微笑んで)そうだね」

 

 ハイエロファント、キィ、と椅子を傾けてデスに身体を向ける。

 

ハイエロファント「ジャスティスはあの時、何かに憑りつかれてた。あの紫の影・・・何だったのかは解らないけど・・・多分、君に攻撃してきたのって、彼女の意志とは無関係だったと思う」

デス「(頷いて)それはあたしも感じた。いつものジャスティスの太刀筋とはまったく違う、凶暴な剣、暴風のような速さ・・・恐らく、その憑依していた“影”が操っていたと思えるな」

ハイエロファント「運良く身体から剥がせて、君が撃退出来たのはいいとしても・・・」

デス「・・・正体が不明だ。あたしが送ってきた魂に近い気がするが、異質な存在だった」

ハイエロファント「エンペラーの話と合わせて考えると、以前から『誰か』がマジカルランドに入り込んでいるのかな・・・でも姿を見てないってことは、別世界から間接的に魔術や魔力を使ってるのかも知れない」

デス「(据えた眼差しで)そいつが、何かを目的としてこの世界に干渉しているんだろう」

ハイエロファント「とにかく、これから注意して情報を集めてみた方がいいね」

デス「(大きく首を縦に振り)ああ。あたしも“仕事”で行った先で、出来る限り集めてみる」

 

 頷き返すハイエロファント。

 意志を漲らせ、視線を絡ませ合う、ふたり。

 僅かの、後。

 ちら、と寝室の方向に瞳を泳がせるデス。数秒、そのまま。

 ハイエロファント、静かに微笑んで目を細める。

 

ハイエロファント「・・・そろそろ、ジャスティスのところに行こうか」

デス「(視線をハイエロファントに戻し)あ、ああ・・・そうだな・・・」

 

 見透かされた時のような、少しの戸惑いを表情に混じらせるデス。

 

 

★ 神殿・ハイエロファントとデスの寝室

 

 小振りな窓が高いところにあり、陽が差し込み、光の直線を描いている室内。

 寝台の上に、小さな寝息を立てて横臥しているジャスティス。

 落ち着いて安心し切ったような、寝顔。

 ベッドの横に立て掛けられている鞘に収まった大剣が、カタ、と僅かに音を発する。

 ぴく、と、こめかみの辺りが反応し、ジャスティスの瞼が緩やかに開いていく。

 通常の呼吸を取り戻そうと、少し、すう、と肺に空気を送り込む。

 

ジャスティス《(陶酔したように)いい匂い・・・落ち着くなぁ・・・》

 

 焦点がまだ定まっていない視線を放り投げ、仰向けになるジャスティス。

 

ジャスティス《ここって・・・神殿の寝室・・・》

 

 それから天井に目をやり、遠くを眺めるような眼差しを向ける。

 

ジャスティス《(ぼんやりとして)思い出した・・・さっきまで『誰か』がボクの中にいて、ワケ判らない内に、気付いたらデスと闘ってたんだ・・・》

 

 急速に蘇ってくる、戦闘時の記憶。

 自分の裡に得体の知れない“影”が存在する、おぞましさ。

 明らかに相手を屠る威力の、殺意を込めた波動に充ちた、闘い。

 ゾッ・・・と猛烈な寒気が、ジャスティスを襲う。

 そして、デスに斬り掛かっていった瞬間が、電光の如く脳裏を劈く。

 自分の感情、想いを踏み躙るような、意志を無視した苛烈な剣撃。

 いたたまれない感情に襲われ、涙腺を殴打されるジャスティス。

 

ジャスティス《もうデスと闘う気なんて(ギュッ、と唇を噛み)ないのにっ・・・!》

 

 ジャスティスの目頭に、じわ、と涙が浮かぶ。

 直後。

 ガチャリ、と寝室の扉が開き、ハイエロファントとデスが入ってくる。

 ハッ!と顔を扉の方に向けるジャスティス。寝台に横たわったまま。

 歩み寄りながら、安堵の表情を顔に出すハイエロファント。

 

ハイエロファント「(笑顔で)気が付いた? ジャスティス」

ジャスティス「(か細い声で)エロファント・・・デス・・・」

 

 ハイエロファント、ジャスティスを見たまま、両手を後ろ手に組んで立ち止まる。

 デス、更に数歩ベッドに近付き、すぐ傍らまで進んでジャスティスを見下ろす。

 絡み合う、ふたりの眼差し。

 

ジャスティス「(潤んだ目で見詰め)デス・・・」

デス「(ふっ、と微笑んで)そんな悲しそうな顔するな。お前らしくない」

 

 緩やかな動作で、寝台の端に腰を下ろし、上半身を左側に向けるデス。

 すっ、とデスの左手が伸び、掌をジャスティスの頭部辺りに翳す。

 それから、羽で撫でるような優しい動きで、彼女の髪を撫でるデス。

 

デス「(深い、穏やかな響きで)今は・・・こうしていろ・・・」

 

 正円に見開かれる、ジャスティスの両眼。

 停止。

 停止。

 尚も、そのまま。

 じぃわぁぁぁ・・・と泉から湧き出す純水の如く、涙を流し始めるジャスティス。

 途端。

 ガバァッ!と跳ね上がるジャスティスの上半身。

 驚いた顔のデスの、差し出している左腕の内側を滑るように、懐に飛び込んでくる。

 そして勢いそのままに両腕をデスの胸から背中に回し、ぎゅうううっ!!!と抱き着く。

 突然の出来事と、今の現状を認識し、見る見る赤くなっていくデス。

 止めどなく溢れ続ける、ジャスティスの涙。流れ落ち、デスの胸元を濡らす。

 

ジャスティス「(轟くような泣き声)うわああああん!!! デスぅ!!!」

デス「(頬を染めたまま)おいっ! いきなり抱き着くなっ!」

ジャスティス「ごめんねデス! ボク、ボク・・・(しゃくり上げながら)ホ・・・ホントにごめん!!! ボク、あんな闘いなんてしたくなかったのに!」

デス「だから・・・何かに憑りつかれてたんだろ? お前の闘いじゃないことぐらい、すぐに解った・・・(少し怒り気味に)解ったから離れろ! くっつき過ぎだ!」

 

 ハイエロファント、柔らかい微笑みを浮かべ、ふたりを見詰めている。

 デス、助けを求めるかの如き顔をハイエロファントに向け、戸惑いを惜しみなく表現している。

 

デス「(困り果て)ハイエロファントも何とか言ってやってくれ・・・」

ハイエロファント「うーん・・・(目を細め)でも今のジャスティスの一番の治療は、君にそうしていてもらえることだと思うよ」

 

 ぐう、と息を飲んで、これ以上ないほどの困惑を見せるデス。

 しかしすぐに、少しの冷静さを取り戻した様子で、頭を掻き、ジャスティスに目線を戻す。

 

デス「(はあ、と溜め息をつき、諦めたような口調で)もう少し、だけだからな・・・」

 

 未だにしゃくり上げが治まらないジャスティス。

 小さく可愛らしい仕草で、コクン、と頷く。

 高窓から差し込んでいる陽の光が、仄かな温もりを空間に届けている。

 

 

★ (数日後)森と草原の境・ストレングスの家・庭の樹の木陰

 

 太陽が眩しいほどに、天頂にある午後。

 さわ、と涼しい風が大樹の枝葉を揺らす。

 その根元、木陰に並んで草叢に腰を下ろしているジャスティス、ストレングス。

 ジャスティス、揃えた膝を両腕で抱えている。

 ストレングス、胡坐をかいて、両手を後方に付けて座る。

 ストレングスの傍らでは、ガオガオが伏せて、重ねた両前足に顎を乗せ、眠っている。

 眉を顰め、やや重い表情のジャスティス。

 話に頷きながら、真摯さに溢れた眼差しを向けるストレングス。

 

ストレングス「そっかー、いろいろ大変だったねー」

ジャスティス「(グッ、と奥歯を噛んで)正直、悔しくて悔しくて・・・『誰か』に操られた挙句に、デスに滅茶滅茶な闘いを仕掛けるなんてさ・・・“正義”が聞いて呆れられるよ」

ストレングス「でも結局、デスに優しい言葉掛けてもらったんでしょ?」

ジャスティス「(カアッ、と真っ赤になって)うん・・・それは、良かったよ、うん、すっごく良かった」

 

 ストレングス、眼前の草原の遠い箇所に視線を投げ、少し微笑む。

 

ストレングス「デスの優しい言葉って、破壊力凄いよねー」

ジャスティス「(笑顔で頷いて)そうそう! すっごいよね! キミも掛けてもらったんだよね?」

ストレングス「(笑い返し)うん、アタイは頭撫でてもらって褒められた。とーちゃんのマッスルボンバー並みにもんの凄かったよ、衝撃が」

ジャスティス「(しみじみと)わっかるなぁ、あれは言ってもらわないと解らないよねっ!」

ストレングス「エロファント兄ちゃんは、毎日言ってもらえてるのかなぁ」

ジャスティス「そうだよねぇ・・・羨ましいケド、毎日だったら身体持たないかもね」

ストレングス「丈夫さには自信あるけど、アタイもきっと持たないなぁ。(ジャスティスを見て)たまに言われるからいいのかもよ?」

ジャスティス「そうかも知れないね」

 

 肩を竦めながら、共感出来た嬉しさを顔に出すジャスティス。

 身体を、ずい、とジャスティスの方に向け、座り直すストレングス。

 

ストレングス「でさ、ジャスティスはデスに言うの? 気持ち」

ジャスティス「(首を左右に振り、寂し気に)・・・ううん、言わない。きっと迷惑だと思うし」

ストレングス「アタイは言ったよ、デスに」

 

 間。

 間。

 更に、間。

 跳ね上げるように両腕を解き、思わず前のめりになって顔を近付けるジャスティス。

 

ジャスティス「(正円に目を見開いて)そんなの初耳だよっ! 言ったの!? いつ!? 何処で!?」

ストレングス「(あっけらかんと)デスとエロファント兄ちゃんが結婚する前に、昼ご飯一緒に食べようって、ウチに呼んだんだ。食べ終わってから言った。(指で地面を指し)丁度ここ、樹の下で『好きだよ』ってね」

 

 ジャスティスの口元が覚束なく震え、暫く声を発することが出来ず。

 余りにも狼狽えた顔が、彼女に貼り付いている。

 漸く、落ち着こうとして両の瞼を一度閉じ、静かに再度開くジャスティス。

 

ジャスティス「ねねね、それで? デスは何て言ったの?」

ストレングス「(デスの声真似で)『お前は何を言ってるんだ』だって!」

 

 急速に沈静化していく、ジャスティスの表情。

 戸惑い、何と言葉を返していいか判らなさそうに、視線を落とすジャスティス。

 

ジャスティス「・・・そうだったんだ」

ストレングス「まあでも、デスがそんなんでテレテレになるなんて思わなかったし、当然の反応かな」

 

 さっぱりとした笑顔をジャスティスに見せるストレングス。

 安堵したような、穏やかな笑みを向けるジャスティス。

 

ストレングス「アタイの『デスが好き』と、アンタの『デスが好き』って、別物のような気がする。アタイはデスに言って後悔してないし、良かったと思ってるケド、もしかしたらジャスティスは、言わない方がいいのかも知れないなぁ。何となくだけど・・・(身を乗り出すように)ねえ、ジャスティスってさ、デスとどうなりたいの?」

ジャスティス「(頬を染めて)どうって・・・どうなりたいの、って・・・」

ストレングス「恋人になってイチャイチャしたい、とか?」

ジャスティス「(ボフゥン!と湯気を出して、灼熱化して)うわぁっ! 何てコト言い出すんだよッ!!! そ、そそそそそんな、ボクが、デ、デスとイチャイチャ、って・・・(顔を覆って俯いて)もーっ! 頼むから想像させないでくれないかっ!」

ストレングス「(ニイ、と笑みを浮かべ)大当たり、かな。アタイの予想以上かも知んないケド」

 

 ストレングスの笑顔を横目に見ながら、尚も赤面を隠そうとしているジャスティス。

 しかし、やがて静かな調子でそれは治まっていき、普段の表情を戻し、両手を下ろす。

 入れ替わりに、ジャスティスの顔に重厚な色が浮かんでくる。

 真剣そのものの眼差しで眉を寄せ、前方を見詰める。

 

ジャスティス「でもさ、罷り間違っても・・・(真剣な声で)デスとエロファントを引き離すようなコトは、しちゃいけないんだ。デスがエロファントと一緒にいて、幸せを感じててくれるのが・・・ボクの願いでもあるんだから」

 

 ジャスティスの澄んだ声質に、居住まいを正して、唇を引き締めるストレングス。

 

ジャスティス「ボクね・・・前に、ワールドからデスの昔のコトいっぱい聞いて、どれだけつらい運命なのか、どれだけ苦しんできたのか思い知ったんだ。なのにボクったら、昔は勝手にデスを悪だって決め付けて、散々闘いを仕掛けてきて・・・『正義の気持ちなんて解らない』って言われたコトもある。そりゃそうだよね、言われて当然さ。それに、ワールドの話を聞いてから考えたんだ。もしね、自分が死神の役目をやらなきゃならない、ってなったら・・・(悲愴な面持ちで)無理だ、絶対に出来ない、って・・・でもデスは運命を受け入れてきた。どんなに苦しかったんだろうね・・・どんなにつらかったんだろうね・・・(一呼吸置いて)そんなデスが恋してる顔を初めて見せてくれた時、(心底感嘆して)ああ、可愛いなぁ、って思ったんだ。こんなに可愛い顔するんだ、って・・・そん時かな、ボクが・・・(薄く頬を染め)恋に落ちて、デスが大好きになったのは」

 

 ストレングス、綺麗な紅色になるジャスティスを見詰め、ふっ、と静かな微笑みを浮かべる。

 

ジャスティス「デスにとってエロファントは、生まれた時からの苦しさやつらさを理解してもらえる、唯一絶対の存在なんだよね。あんなものすっっっっごく可愛い顔させるんだもの。そしてエロファントもデスに恋してた。もう何も言うことないよ。だって・・・(穏やかな笑顔で)エロファントがデスと一緒にいる限り、ボクは、デスの可愛いあの顔を、何度も何度も見ることが出来るんだ、からね」

 

 納得したように、大きな動作で頷くストレングス。

 それを目の当たりにして、ジャスティスも同様の仕草で首を上下に振る。

 身体の芯が共鳴したように、眼差しを交わすふたり。

 

ジャスティス「だから・・・絶対に言えないんだ。デスはもちろん、エロファントにも嫌な思いさせる。あのふたりには何があっても離れてほしくない。それは、ふたりが想い合ってるのを知った時・・・ううん、デスがエロファントに恋してる、って知った時から変わってない本気の気持ち、なんだよ」

ストレングス「(静かに微笑んで)・・・そうだね、アタイもそう思う」

ジャスティス「これからボクが出来る一番のコトって、デスがずっと幸せでいてくれるよう、(清廉な声で)ふたりの関係を護っていくことだと思う」

ストレングス「だったら・・・(凛とした声で)アタイたち、一緒だね」

 

 ストレングス、右手を眼前に掲げて拳を作り、指を折った側を、すっ、とジャスティスに向ける。

 ジャスティス、続けて左手を上げ、拳を握ってストレングスに掲げる。

 一瞬の、後。

 双方の拳が伸び、コツン、と小さな音を立てて一度合わさり、離れる。

 ニコッ、と満面の笑顔のジャスティス。

 ニイッ、と弾けるような笑顔のストレングス。

 ふたりの座る木陰に、穏やかな風が吹き込み、周囲の草叢を波立たせる。

 風はそのまま草原を駆け、やがて気流に乗り、天空へと舞い上がっていく。

 

 

 

外伝【 正義の恋 Episode of Justice : 了 】

 



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アイネクライネ ― Episode 0 to ∞ ―【第1話】

「マジカルドロップⅢ」「マジカルドロップポケット」「マジカルドロップV」よりデスとハイエロファント主役。本編第1話「恋せよ死神 ―コイセヨヲトメ―」 https://syosetu.org/novel/134870/1.html に繋がるエピソード0の外伝小説として執筆。タイトルは、米津玄師氏の曲「アイネクライネ」より。
 登場人物:デスとハイエロファント、ヤング(リトル)・フォーチュン


【挿絵表示】



デスとハイエロファントの物語:REBOOT

外伝【 アイネクライネ ― Episode 0 to ∞ ― 】

 

 

 間近での雫の落ちる音が、ひどく遠くで鳴るように聞こえる。

 微かな黴の臭いが取れない毛布を、一旦頭から剥ぎ、デスは横たわったまま視線を足下に投げた。

 どうやら一眠りしていたらしい。霞掛かった意識が、急速に明瞭化してくる。それと並行して、横向きの身体を起こし、寝台としている平たい岩に腰掛けた。薄茶色の毛布が、彼女の身体を滑り落ちる。

 住居としている洞窟内に、点けたままのランタンの橙色の灯火が溢れている。

 デスが、目線を前方足元に下ろす。

 (また・・・夢に出てきた・・・)

 短時間の眠りで、浮かんだ映像。

 ハイエロファントの、にこやかな笑顔。

 夢の中に投影された姿が、脳裏に再度、鮮やかに蘇ってきた。

 デスの胸が、とくん、と脈打つ。頬が、綺麗な紅色に染まる。

 同時に、彼女は奥歯を、きゅっ、と噛み、瞼を痛いくらい強く閉じた。

 今までを、思い起こす。

 以前、彼と出逢う前、世には救済を積極的に行う『法王』がいるという話を耳にしてから、どういう存在なのか、どういう風体なのか、どういう人物なのか気に留めてきた。その時は、逢ってみようと思ってはいなかったが、いずれ対面することもあるだろう、という予感があった。

 デスは無自覚の内に、別の意識を芽生えさせる。

 救済を前向きに行う者ならば―――自分を救ってくれるのではないか、と。

 斬首を生業とする、血塗られた運命を背負う自分に、光明を与えてくれるのではないか、と。

 それは表立って自覚することはなかったが、デスの裡に深く根を張り、やがて本人が意図しないままで心の真髄で確固たるものと化していた。

 そして、初めて逢った時にハイエロファントに告げた言葉。

 ―――お前はあたしを救う力などない。

 しかし、間髪を入れず彼が返してきた言葉。

 ―――そんなのやってみなくちゃわからない。

 それを耳にした瞬間、デスは余りの驚きで目を見開いた。

 何故、そうも力強い声が出せるのだろう。

 何故、揺るがない目線を向けてくるのだろう。

 かつて自分の向けられてきた多くのものは、怖れ、怒り、拒みの表情と声と態度。死神である以上、むしろ当たり前の応対。

 ハイエロファントだけは、違った。真摯で真っ直ぐな態度、反らさない眼差し、真剣な表情。そして積極的に自ら距離を詰めてくる雰囲気。それは憐憫や哀れみなどは欠片も感じさせない、心底から対面しているものであった。

 デスの気持ちが、激しく動揺した。

 ハイエロファントの姿が、声が、消えない刻印となる。

 それから何度も逢い、逢う度に彼の姿が自分の中で克明さを増し、自分の中で存在領域を拡大させていった。その度に戸惑い、且つどうしていいか解らない不安に襲われる。生まれて初めての感情に、彼女はその後も揺さぶられ続けていたのだった。

 それが、決定的な感情になった出来事がある。

 死神の“仕事”である首刈りの帰り、彼に遭った。全身が返り血に塗れた自分を見ても、尚、彼は普段の表情を変えなかった。それどころか、労いの言葉すら掛けてくれた。

 デスの裡で、何かが弾けた。

 その瞬間、今まで蓄積された感情が、一気に具体化される。

 涙が止まらなかった。そして、デスははっきりと自覚する。

 自分は、ハイエロファントに恋をしているのだ、と。

 それから毎日のように彼を想い、毎夜彼への思慕に焦がれ、毎朝、夢にまで登場してくる彼を脳裏に投影し、頬を赤らめて溜め息をついている。生まれて初めての激情は、最早希釈することすら出来ない濃度にまで達していた。

 だが、デスは何人に対しても、その気持ちを口にすることは避けていた。

 何かの流れで、また何かの拍子にハイエロファントの耳に入れば、どうなるか。

 答えは、出ている。

 死神に慕われていると判り、良い感情を抱く者などいる筈がない。

 今のところは、初めてあった頃から変わらない、真っ直ぐな態度で接してくれている。むしろその時よりも―――勘違いかやも知れない、と思うが―――にこやかな、また嬉しそうな笑顔を向けてくれている。

 もし、自分がこう想っていることが、知られたのならば。

 彼の笑顔も、態度も、一変するだろう。

 彼と逢って感じている細やかな幸福感も、一瞬で霧散し、水泡に帰すだろう。

 残るは、おのれに向けられる侮蔑と拒絶の態度に違いない。

 であれば。

 生涯、想いを告げることなく過ごせば良い。

 デスの中で、それは決定事項だった。

 ただ。

 逢いたかった。

 自分の裡に浮かぶ映像としてではなく、直接声を聞き、姿を見たかった。

 恐らく、この感情を殺してなら、彼も嫌悪感は見せまい。ハイエロファントはそういう人物だ。だから多くの人々が彼を慕う。何しろ、死神の自分に対してですら、常人と変わらぬ態度で接してくれるのだから。

 ちら、とデスは洞窟の入り口方面に目をやる。かなり明るい。未だに陽は傾いている様子はない。

 すかさず、彼女は腰掛けていた岩から立ち上がり、フード付きのマントを羽織る。バサッ、と裾が翻り、身体の前面に降りてくる前に、立て掛けていた大鎌を左手に握る。いつもの身支度を整えながら、陽が射し込む方向に歩みを進め始めていた。

 逢う約束は、していない。しかしハイエロファントは、いつ来てもらっても構わない、と言ってくれた。何用かあって逢うことが出来なくとも、彼の近くまで行くことで、今の自分は満足する。

 デスは、昂る気持ちを抑えつつ、森の道へと歩み出した。

 

 



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アイネクライネ ― Episode 0 to ∞ ―【第2話】

 神殿外壁の日陰は、思ったよりも冷える。

 背を大理石の壁に凭れさせ、デスはそう感じていた。

 今、ハイエロファントが住居としている神殿に来ている。彼に逢うべく、正門とは反対側の裏手の垣根を抜け、中庭を通り抜けて正面に行こうとしていたところ、前方から話し声が耳に届く。反射的に身を隠し、神殿外壁を慎重に近付いていき、建屋の角まで達してから、目線だけを前庭に投げてみた。

 ハイエロファントが、いた。こちら側には背を向けている。

 ドキン、と心臓が跳ねる。

 しかし、周囲の状況を確認すると、デスは急速に冷静さを取り戻す。

 彼に対して、数名の女性がいる。そして全員で、何事か話し込んでいた。

 入り混じって聞こえる、楽し気な調子の声色と笑い声。

 視線を引っ込め、デスが静かに態勢を戻し、そのまま地面に座り込む。音を殺し、大鎌を傍らに寝せ、緩やかな動作で彼女の身体が壁に体重を預ける。

 ふう、という短い溜め息をつき、両の瞼を閉じる。

 そして、複数の発声の中から、ハイエロファントの声だけに意識を集中した。

 (・・・よく通る、声だな・・・)

 芯が一本据わっているような、安定して振れない声質。

 そして何より、甘美。

 現在、彼の声が届く場所にいることを実感し、デスは軽い陶酔を覚えた。

 耳に入ってくるハイエロファントの言葉が、即座に自分の脳幹に到達し、まるで飲酒をしているかのような高揚感と昂ぶりを感じさせてくれる。

 ずっと、このまま聞いてきたい。例えおのれに話し掛けられたものでなくとも、ただ聞いていたい。

 いつの間にか、デスは柔らかい微笑みを浮かべていた。目を閉じて頭を背後の壁に凭れ、両膝を立てて腕で抱え込むような態勢で鎮座し始める。

 どれくらいの時間が、経ったか。

 デスは、表側の話し声が治まっていることにも気が付かず、数名の別れの挨拶が交わされて静寂が訪れていることにも気が付かず、意識を内側に向け続けていた。

 そこに、ひとりの姿が、接近する。

 「デス?」

 「うわぁっ!」

 驚愕。

 思わず、彼女の身体が小さく跳ね上がる。

 流れるように、がばっ、と身体を壁から引き離し、デスが声の方向に視線を向ける。

 自分の斜め前方に、少し目を見開いてこちらを凝視するハイエロファントがいた。どうやら、自分の反応に反って驚いた雰囲気だ。

 「ご、ごめん。びっくりさせちゃった?」

 申し訳なさそうに、且つ様子を窺うように、彼が問いを投げる。

 頬が紅色に染まっていくのを自覚しながら、デスがすぐに、答えを返した。

 「い・・・いや、その・・・驚いたというか・・・思わず声が出た・・・」

 声質が、鈍る。

 彼の前で意図せず大声を上げてしまったことに、羞恥心を覚える。

 デスは、ふい、と目線を外した。真面にハイエロファントの顔が見られない。

 対して彼が、和やかさを包括した言葉を発する。

 「よく来てくれたね。良かったら、お茶でも飲んでいってよ」

 あくまで自然な、誘い。

 何故ここに、などという、至極当然な問い掛けもなく、ハイエロファントはデスを見詰めている。

 顔を上げた彼女と、宙で眼差しが絡む。

 「あ・・・あたしは・・・その・・・」

 もう、目を反らすことも出来ず、デスは言葉を選んでいた。

 断る理由などない。逢う為に来たのだから。ただ、即答する勇気もない。

 暫くの、間。

 ハイエロファントが、にこ、と満面の笑みを浮かべる。そして、すっ、と右手を正面の入口の方向に流すように差し出し、言葉を発した。

 「どうぞ」

 「・・・じゃあ・・・」

 一瞬で、踏ん切りがつく。デスは大鎌を携えて立ち上がり、先に歩み出しているハイエロファントの背に続いて、神殿の前庭に進んでいった。

 

 



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アイネクライネ ― Episode 0 to ∞ ―【第3話】

 陽は、かなり傾いていた。夕暮れには早いが、八つ時はとうに回っていよう。

 デスが、ハイエロファントの居室の椅子に腰掛けている。眼前の執務机の横、小さな卓の上で、彼が手際よく茶葉をポットに投入し、耐熱性と思しき湯筒から熱湯を注いでいる。

 自分の位置まで、芳醇且つ涼やかな香りが漂ってきた。

 彼女は、住処では茶を嗜むどころか、淹れることすらしない。そういう生活様式ではないし、また時間もない。故に、自己の日常とは隔絶された今のひと時は、彼と共に居るという実感を認知する重要な時間であった。

 ハイエロファントが、ハーブティーを満たした器を、受け皿に乗せてデスの目の前に置く。

 カチャリ、という音に我に返ったように、彼女が手を伸ばす。

 「今日は“仕事”あったの?」

 柔らかい笑みを湛え、執務机の椅子に腰を下ろし、もうひとつのソーサーを引き寄せながら彼が問う。

 デスはカップの取っ手を持ち、口元に寄せたところで一瞬停止する。

 自分の“仕事”―――死神の役目である首刈りがどういったものか、彼は良く認識している筈だ。全身を返り血で真っ赤に染め、刎ねた首を持ち帰る。それをさも、日々の買い物でもしているかのような、極々当たり前の事柄のように、ハイエロファントは尋ねてくる。

 今までこういった反応を示した者は、誰もいない。

 だからこそデスは、彼を特別に感じていた。

 香り立つ薄琥珀色の茶を、ず、と一口啜った後、彼女は言葉を紡ぐ。

 「・・・いや、今日は、ない」

 机を挟んで向かい合っているハイエロファントが、静かな口調で話した。

 「君の“仕事”は本当に大変だからね、休める時にちゃんと休んだ方がいいよ」

 「死神に休みなどない。朝だろうが真夜中だろうが、魂に呼ばれれば行く」

 「眠ってる時に呼ばれることもあるの?」

 自分と同様に一口茶を飲み込んだ後、彼が言葉を返してくる。

 その瞳に興味津々という煌きを醸し出し、更にこちらに一歩踏み込んでくるように。

 反らさないその眼差しと雰囲気に、デスは更に自分の箍が緩んでいくのを感じ取っていた。

 「無論だ。ざらにある」

 「そう・・・しっかり眠れないときついよね」

 「あたしは数分の睡眠でも、深く眠れればどうということはない。逆に長い時間は眠れないしな」

 カチ、と持っていたカップを皿に戻し、ハイエロファントが真っ直ぐに見詰めてくる。

 少しの、間。

 会話の隙間に、デスは顔を上げて彼と視線を絡める。

 そこには穏やかな表情で、ただ黙ってこちらを見てる姿があった。

 同様に、カチャ、と器をソーサーに乗せた後、訝し気に、また微かな不安を隠した声色で彼女は問う。

 「・・・どうかしたか?」

 ふっ、と温かい笑みが、ハイエロファントの口元に宿る。

 「凄いなぁ、って思ってね」

 清廉で、透明な言葉。

 デスの胸が、とくん、と脈打つ。

 褒められることなど、ない。死神である自分の存在が忌まわしく思われたり、また拒絶されるものであるのは百も承知で、それが普通である、と。

 彼女は目線を外し、卓上に下げる。どう反応を返していいものか、まったく判らない。

 それが、おのれが恋い焦がれている相手からなら、尚更だ。

 「本当に、君は凄いな。想像以上だよ」

 ハイエロファントはそれでも、まったく退く気配がない。

 褒め過ぎだ。

 デスは心底、そう感じた。

 そして、漸く言葉を絞り出す。

 「・・・な・・・何も大したこと・・・ないだろ?」

 「ううん、心底感心しているよ。話を聞かせてもらう度に、そう感じる」

 しかし尚も、追撃は治まる様子がなかった。

 視線を戻してみると、先程と同じ、彼のぶれない眼差しがそこにあった。

 深い響きを持つ声で、ハイエロファントは続ける。

 「君の話を聞かせてもらうと、僕はまだ知らないことが多いな、と思うよ。物事の感じ方も捉え方も、そういう見方もあるなぁ、って思えるんだ。本当に、君は新しい感覚を教えてくれているんだよ。だから・・・」

 一瞬、言葉が途切れる。

 意識が僅かの間、自分から剥離したような感覚を覚え、デスが真っ直ぐに見詰め返す。

 まるで彼の瞳に魂が吸い込まれていくような、浮揚感。

 直後。

 ハイエロファントが微かに、極めて微かに頬を紅に染め、呟く。

 「僕は・・・まだまだ君を知っておきたい・・・」

 蕩けるような、甘い声質。

 デスは、停止する。

 何を言われたのか、暫く解らなかった。

 聞き間違いか、幻聴かとも思える。

 それが確実に彼の口が発した言葉であることを、今の眼前の表情と雰囲気、そして向けられる揺るがない視線から彼女が確定させるまで、暫しの時を要した。

 ぼふっ、と瞬間的にデスが顔を真っ赤に染める。唇の端を、きゅっ、と引き締め、完全に絶句した。

 それでも尚、ハイエロファントはこちらを、じっ、と見詰めたまま動かない。

 そのまま、どれくらい固まっていたか。

 凝り固まった肩から一気に力を抜き、はああ、と彼女が溜め息を漏らす。そして諦めたような口調と共に、言葉が転がり落ちる。

 「・・・死神だから・・・知っていいようなことは、ないぞ?・・・」

 「逆だよ、デス。死神だからこそ、僕が知らないことをいっぱい知っている」

 先程よりは落ち着いた表情で、ハイエロファントが返答した。

 デスは、思う。自分から距離を取ることはない。むしろ逢いたくてここまで来ているのだから。しかし、まさか彼の方から間を詰めてくるのは、予想だにしていなかった。人を突き放すような性分ではないとは言え、こうも死神である自分の領域に踏み込んで来る言動は、考えられなかった。

 素直に感じれば、嬉しい。

 しかし、答えに窮する。

 やがて。

 彼女は、目線を落として、慎重に言葉を捻出した。

 「き・・・聞かれれば、判る範囲で答えられるが・・・」

 「それで充分だよ。多分、一回二回じゃ収まらないと思うから・・・」

 ふと、台詞の間が再度空く。

 それに従って、デスの視線が再び彼の両目に注がれる。

 その動きを待っていたかのように、ハイエロファントは柔らかい笑顔を浮かべ、言う。

 「何度も逢うことになっても、いいかな?」

 デスは、瞬時に目を丸く開く。

 彼から続けられる言葉は、軽々と自分の期待の遥か上を行く。

 手が届く存在でないことは解り切っている。ハイエロファントが陽の当たる場所にいるなら、自分は漆黒の闇にいる。彼が多くの人に寵愛される存在なら、自分は忌み嫌われる存在。年齢が同い年だという以外、立場や世に有る理由も、何もかもが真逆。

 その格段の差ですら、彼はいとも簡単に乗り越え、こちらに踏み込んでくる。

 恐らくはそれ故に、猛烈に惹かれたのだろう。今は、そう思える。

 返事が、出て来ない。デスは数回唇を動かし掛けるが、言語の形成にまで至らなかった。

 とうとう、彼女は言葉を発することが出来ず、こくん、とただの一度だけ頷くにとどまった。

 それに対して、にこ、と満足げな笑みを湛え、ハイエロファントが再び口を開く。

 「差し支えなければ、僕が君の住むところにお邪魔してもいいけど」

 デスが、眉間に皺を寄せて顔を上げる。

 「・・・血の臭いがするぞ。持ち帰った首を、住処の一室に置いてあるからな」

 「そうだね」

 間髪を入れない、事実認識。

 彼の答えからは、微塵も懸念が感じ取れない。

 「随分あっさりと肯定するんだな」

 「君が死神である以上、当たり前のことだよね?」

 矢継ぎ早に返される言葉に、デスは息を潜める。

 まるで呼吸をするような当然さの、彼の返答。

 「それに僕は、血も、血の匂いも嫌いじゃないよ。だって血は、僕たちが生きる上で大切な物だし、僕たちの身体に流れてるお陰で、生きることが出来るのだもの」

 最早、何を言っても、彼は距離を置く気配がまったくない。一歩、また一歩と間合いを詰めてくる。

 それらの言動すべてが、死神の自分をありのままに受容しようというもの。最も想っている人物にここまで発言してもらえるとは夢にも思わず、デスはおのれの裡の芯が震えるのを感じていた。

 しかし表情に出さずに、彼女は言葉を漏らす。

 「ハイエロファント・・・お前、変わってると言われたことはないのか?」

 「うーん・・・覚えはないし、僕は普通の考えだと思うけど・・・」

 にこやかに微笑みを浮かべ、彼が器を手に取り、茶を啜る。

 デスが続いて、カップを持って同様に喉を湿らせる。

 血塗れの運命を負った自分を―――死神の自分を、ハイエロファントは認めてくれている。

 その事実に、彼女は感嘆を、深く心の奥に刻み込んでいた。

 

 



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アイネクライネ ― Episode 0 to ∞ ―【第4話】

 薄暮となった空からの落ち着いた陽の光が、窓から差し込んでいる。

 ガチャリ、と神殿居室の扉が開き、デスが廊下に足を踏み出す。

 背後に立つハイエロファントを振り向き、彼女は大鎌を左肩に掛けた。

 「長々と、邪魔したな」

 「ううん、とっても有意義な時間だったよ。来てくれてありがとう」

 屈託のない笑顔、そして柔和な言葉。揺るぎのない目線。

 離れていた時にただひたすら脳裏に描いていた姿が、今そこにある。

 デスの頬が、綺麗な紅色に染まった。

 「帰り、気を付けて。またね、デス」

 「あ・・・ああ、また、な、ハイエロファント」

 再会を期待させる挨拶が交わされる。恐らくそれは実現するだろう。ここを立ち去った後、間違いなくまた逢いたくなるであろうことは、火を見るよりも明らかだから。

 反動を付けるように踵を返し、デスは歩を進めた。そのまま廊下を行き、先の曲がり角で、ちら、と彼に視線を放る。

 両手を後ろに組み、先程の笑みを変えずに、ハイエロファントがこちらを見詰めている。

 その一瞬で、彼女の脳髄は融解しそうなほどに温度を高めた。絡み合った眼差しが、否応なしに熱い想いを一気に沸点まで急上昇させる。

 逆上せそうな感覚のまま、デスが思い切ったように歩みを再開させる。

 再び冷静さを取り戻した頃、既に彼女は森の道を帰宅の途に着いているところだった。

 立ち止まって振り返ると、もう神殿の外観は見えない。まるで夢遊病であるかのように、すべての感覚を浮つかせたまま、ここまで歩いたらしい。

 ざぁ、と夕暮れの涼やかな風が、頬を撫でる。

 同時に、ハイエロファントの言動、一挙手一投足を思い出して心に投影する。

 暫く足を停めて、彼女は思慮を巡らす。

 やがて。

 デスは、ある意志を自分の裡に克明化する。

 (明日・・・行くか)

 決断後の彼女の行動は、早い。

 

 

 翌日の、昼。

 マジカルランド中央に聳え建つ巨大な城の一室で、闘いが繰り広げられていた。

 巨大な大広間、非常に高い蒲鉾型の天井。太い円柱が等間隔で並ぶ。深紅の長いカーペットが中央に敷かれ、伸びる先にはしっかりとした作りの玉座が設置してある。

 広大な部屋のほぼ真ん中付近で、フォーチュンが魔術攻撃を幾度も繰り出している。その技が放たれる先、目にも留まらぬ速度で動き回る影があった。通常の動体視力では捉えることが出来ないその姿に、女神は歯噛みをし、次の魔術を生み出すべく、左手を背後から振り抜こうとする。身体の動きに続いて、ツインテールの長い赤髪が、振り子のように前方に揺れ、流れる。

 刹那。

 冷たい空気が、鋭利な軌道を持ってフォーチュンに首に弧を描く。

 ぞく、と猛烈な寒気を覚え、女神が完全に動きを停止した。

 デスが、いつの間にか自分の真後ろで片膝を付いて、屈んでいる。大鎌を彼女の首筋に、ぴたり、と当てていた。刃と首の皮の隙間、僅か指一本分ほど。

 フォーチュンの全身から、どぅ、と冷や汗が湧く。瞬きひとつ、出来ない。

 死神の攻撃は、寸止めで動作する気配はない。

 長い、間。

 遂に、女神の口から弱々しい言葉が転がり落ちた。

 「・・・わらわの負け、じゃ・・・首を取るがよい・・・」

 途端、スッ、と大鎌が離れる。デスは立ち上がって、武器を戻して左肩に掛けていた。

 殺気が消えた後方に身体を正対させ、フォーチュンは一瞬で怪訝そうな顔になる。向き合った死神は平然としている様子で、それ以上の攻撃を仕掛けてこようとしない。

 「何じゃ? 首はいらんのか?」

 「今は・・・その時じゃない」

 「ほう・・・そなたの“仕事”ではなく、別件で挑んできた、と?」

 デスは眉根を寄せ、不快そうな表情を向けてくる。チッ、と短く舌打ちをしてから、呟くように言う。

 「理由など、どうでもいいだろう?」

 「・・・まあよい。負けは負けぞよ」

 諦念に満ちた顔で、女神が両掌を向かい合わせて翳す。ポウ、と掌が光った瞬間、何もない空間からひとつの物体が姿を現した。それを大事そうに、彼女が手で包み込んで掴む。

 虹色に輝く飴玉がぎっしりと詰まった、拳大の壜。

 フォーチュンが、すっ、とそれを死神に差し出した。

 「受け取れ。マジカルドロップじゃ」

 途端。

 デスの表情が、微かに緩む。

 そして静かな動作で、右手で壜を鷲掴みにして、胸元に寄せる。

 彼女の両の瞳孔に、この世の物とは思えない、七色の色彩が投影された。

 マジカルドロップ―――その一粒一粒が、『何でも願いを叶えられる』という魔力を持つ。この世界、マジカルランドの“天空の女神”ワールドが創り出し、“運命の輪”フォーチュンが管理する、想像を絶する代物。これを手に入れるには、フォーチュンに闘いを挑み、勝たねばならない。

 今まさに、デスが成し遂げたことである。

 暫しの間、彼女はドロップを見詰め続けた。

 言葉もなく凝視をしたままの死神の前で、フォーチュンが腕組みをして疑問を口にする。

 「叶えたい願いがあるのか?」

 直後。

 デスの頬が、熱を帯びて真っ赤に染まる。唇の端が、きゅっ、と一旦結ばれ、目を丸く見開く。

 「・・・別に答える必要はないだろ?」

 「何を赤くなっとる? ただあるのかないのか、尋ねただけじゃろ?」

 眉間に皺を寄せ、女神が連続して問い質す。

 対する死神は、口元をもごもごと動かすだけで、返答する気配がない。

 いや、返答出来ずにいる。

 少しの、間。

 フォーチュンが、ふうう、と長めの溜め息をつく。そして意味あり気な、何もかも見透かしたような不敵な笑みを湛え、言葉を放った。

 「これ以上は野暮というものか・・・構わん、答えんでよい。ドロップは好きに使え」

 その台詞に、漸くデスの緊張と強張りが解ける。

 はあ、と嘆息をつくと、肩の力を抜き、そのまま踵を返す。大鎌を左肩に掛けながら、壜をしっかりと胸に抱え、彼女は大広間の扉に向かって歩を進め始めた。

 立ち去っていこうとする後ろ姿に、女神の言葉が飛ぶ。

 「ああ、デスよ、ひとつ警告しておく」

 一旦立ち止まり、半身を傾けて後方を振り返る。

 「何だ?」

 「もし・・・『運命』を変えるのであれば、気を付けよ。わらわは『運命の輪』・・・そなたが変えた『運命』を戻してしまうかも知れんからのう・・・」

 死神の両目の端が、切れるように細くなる。

 それから、胸元のマジカルドロップに視線を下ろし、瞼を閉じる。

 噛み締めるような、デスの表情。

 「血塗られた、あたしの『運命』・・・」

 深い、声色。

 また、世界の悲嘆をすべて抱え込んだような、物憂げな響き。

 今の発言を耳にした者は、思い知るであろう。彼女が如何に重厚な『運命』を担い、そして安らかではない、荊の道を歩んできたことを。すべての悲しみを、ただ一身に負っていることを。

 デスは再び両目を開け、女神を鋭い眼光で睨み返す。

 「お前如きに変えられると思うか?」

 覇気すら覚えさせる、一言。

 女神が、にぃ、と楽しそうに笑う。

 フォーチュンは、彼女の事情も、余りにも過酷な使命をも認識している。

 故に、死神の一言一句に共鳴出来ていた。

 「咆えおる・・・流石はデス、わらわに勝っただけのことはあるのう。その意気や良し!」

 愉快そうに、女神は明るい声質で言う。こういった手合いは大変に好み、という雰囲気だ。腕組みを解き、両手の甲を腰に当てて胸を張る。そして何気に嬉しそうな表情で、死神に言葉を紡ぐ。

 「そなたがドロップをどう使うか・・・手並み拝見、と参ろうぞ」

 「・・・好きにしろ」

 デスが、身体を翻らせる。マントの裾が、その動きに合わせて綺麗に流れる。

 彼女のブーツの踵が発する音が残響となり、フォーチュンが目線を送り続ける部屋中に漂っていた。

 

 



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アイネクライネ ― Episode 0 to ∞ ―【第5話】

 薄暗い洞窟の、奥。

 デスが住居している開けた空間に、ランタンのオレンジ色の光が満ちる。

 寝台としている、平たく小振りな岩に腰を掛け、彼女は左手にマジカルドロップが詰まった壜を持っていた。それを暫く感慨深げに見詰め、手首を少し返してみる。飴玉同志が当たる、軽やかで明るい調子の音が鳴る。

 深遠な感覚すらある虹色の煌きを瞳に映し、デスは思う。

 先日、ハイエロファントと逢った後に決意した、事柄。

 マジカルドロップで、願いを叶える。

 彼女の願うことは、たったひとつ。

 今の自分の―――彼への恋心を生涯貫きたい、ということ。

 それは、魔術で実現しなければならないことなのか、と考えもした。しかし、死神であるおのれの宿命を負い続ける限り、いつかまた精神が崩壊し、心身共に闇に蝕まれる日が来ないとも限らない。今の自分はハイエロファントを想い続けるだけで何もかもが救われている、と感じていた。

 そして、彼を想う度に到達する、感慨の極み。

 この世で最も悦楽へと導いてくれる、慕情。

 それを。

 身が朽ち果てようとも、いや、朽ち果てても尚、抱き続けたい。

 死神の役目故、いずれは彼の命に終わりを告げ、首に刃を立てる日が来るだろう。その時を超えてもこの身体が存在するのであれば、創造神により自分のすべてが滅するまで―――ハイエロファントをずっと、ずっと思い続けていられれば、我が人生は救済されるであろう、と。

 もう、この気持ちは偽ることが出来ない。

 ならば、彼への気持ちを永遠にしたい。

 誰に何と言われようと。

 揺るがない恋、に。

 だからデスは、絶対であるマジカルドロップの力を借りたかった。

 何でも願いを叶えるこのアイテムなら、想いを遂げる以上の出来事も具体化するに違いない。だが、無理に自分の欲を押し通すことをしたくはないし、彼の意に反するであろうことは明白だ。

 自分は、ただただ想うだけで、いい。

 死神如きが、それ以上の高望みはしてはいけない。

 デスの眼が、一瞬据わる。決意が改めて漲ってくる。

 それから右手で、キュッ、と蓋を外す。一粒だけ取り出し、再度閉め、壜を横に置く。

 じっ、とドロップを凝視する、眼差し。

 (あたしの願い・・・あたしは・・・あたしの運命を変える!)

 彼女が、瞳を閉じる。

 ハイエロファントの姿が、濃く、明瞭に脳裏に浮かぶ。

 瞼を開け、右手で虹色の飴玉を高々と掲げる。

 真っ直ぐな、微塵も揺らがない視線を繫げ、デスはその願いを唱えた。

 「あたしは・・・恋に生きたい!」

 途端。

 ドロップが、大きな白色の光を発した。

 それは更に膨れ上がり、彼女を飲み込んで空間全体に広がる。

 僅かの間に、洞窟の空間はそれで満たされ、すべてを清廉な色に染め上げる。圧すら感じる猛烈な光量の中で、死神は目を細め、摘まみ掲げたマジカルドロップを見詰めていた。

 自分の意志の深層奥にまで到達する、純白。

 今、この瞬間の彼女は、まだ知らない。

 それは。

 デスとハイエロファントが繋がる物語の道行きを照らし出す、一条の光となることを。

 悠久の遥か彼方まで共に歩む人生の、導きとなったことを。

 

 

 

【 To be continued... Episode 01『恋せよ死神 ―コイセヨヲトメ―』 】

 



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