牙狼-幻ノ理想郷- (私だ)
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幻想秘心編
第壱話「博麗」前編


「牙狼-GARO- -VANISHING LINE-」放送おめでとうございます!
アメリカのような近未来都市、意外と武闘派なソフィちゃん、色々謎なザルバイク、速すぎて何してるのか分からない戦闘シーン、そして何より…

 女吹っ掛ける黄金騎士ソードさん

まさかかの全裸騎士と同じ系列が黄金騎士で出てくるとは…予想外でした
「牙狼-GARO- -VANISHING LINE-」が良い作品となるよう願って、私もここらで一つ小説でも、と思い書きました

願わくば、ゆっくりしていってね

《11/29》ちょっと修正


 豪華蹂躙な貴族文化が花開く都…“平安京”。

 貴族が政治を担い、民を導いているその都は国の中心部となり、輝かしい栄光と繁栄を築いていた。

 しかし光が強ければ、闇もその濃さを増す。

 日が沈み夜が訪れると、都には“火羅(ホラー)”なる物の怪が出現し、人間を襲う。

  火羅の力はまさに人外であり、都中の人間が何人で掛かろうとも太刀打ち出来ず、人々は夜な夜な火羅の恐怖に怯えていた。

 そんな人々を救うべく、火羅を討滅する者たちが現れた。

 己の知恵と力、勇気を振り絞り、日夜闘い続ける彼等は、人々からこう呼ばれている…

 

 

 

 

 

  “守りし者”と。

 

 

 

 

 

 しかし今回の物語の舞台は、その平安京ではない。

 都から何百里も離れた山の中、そこから物語は始まる…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「お~い、まだ山から出られないのか~?」

 

 いかにも気だるそうに声を発する女性がいた。

 薄い銀色の髪に端正な顔立ちをしているその女性は、恐らく里や都を歩けば誰もが彼女を美人と認識して振り返るであろう。

 彼女の名は“星明(せいめい)”。

 人知れず火羅と闘う守りし者の一人だ。

 そんな彼女が都を離れ、山中を歩いているのには訳がある。

 いや、正確には歩いてはいない。

 現在彼女は他の人物の背の上、いわゆるおんぶの状態で運ばれているのだ。

 もっとも、運ばせていると言うのが一番正しい答えであるが。

 

「無茶言うなって、この山を抜けるにはあと三日程かかるって言ったのはお前だろ?」

 

 そう文句を垂れるのは、今しがた星明を運んでいる人物。

 驚く事にその人物はどこからどう見ても幼き童子であった。

 女性とはいえ大の大人を軽々と背負う彼の名は“金時(きんとき)”。

 小さい身形とはいえ、彼もまた守りし者の一人である。

 

「そうは言っても私は疲れた!どこかに休める場所は無いのか~!!」

「疲れたって…もうかれこれ一時間は運んでいるこっちの身にもなってくれよ…」

 

 金時は星明とは違うある人物の従者であるが、昔ながらのよしみでこうして彼女の(理不尽な)命令を聞いている。

 

「…どうやら、丁度良く休めそうな場所を見つけたぞ。」

 

 二人がそんな茶番劇をしていると、二人の前を歩いていた男が振り返り、二人に言葉をかける。

 伝説の龍の髭を模したような髪型の、炎の柄が入った白い和服を着ているこの男こそ、金時が仕えている主、“雷吼(らいこう)”である。

 彼も守りし者の一人、それも今は明かせないが、その守りし者の頂点に立つ男だ。

 彼が指差す方向を見ると、そこには古びた建造物がぽつんと建っていた。

 

「お寺…いや、神社ですかね?」

「みたいだな、それも棄てられてから大分時が経っているみたいだ。」

 

 近付いてみると、その古さがよく目立つ。

 一言で言ってしまえば、倒壊寸前だ。

 神社の名前を確認しようにも、風化が進み文字が読めない。

 

「金時、ちょっと下ろせ。」

 

 と、突然星明が真剣な口調で金時に命令する。

 普段の彼女は、時にどうしようもないくらいに手が付けられない事をやらかしたりするのだが、一度真剣になれば、二人が気付かないような細かな変化も見逃さない程頼りになる存在である。

 長年彼女と共に過ごし、それが分かっている金時は直ぐに彼女を背から降ろす。

 金時の背から降りた星明はしばらくの間神社の周りを歩き回ると、ふむ、と一旦考え込んでから言葉を発した。

 

「妙だな…この神社からは微弱だが”霊力”が流れている。」

 

 二人が霊力?と首を傾げると突然三人とは違う声が上がる。

 

「陰陽師の奴等がたまに使っている力だな、俺様も感じた。」

 

 雷吼が左手を持ち上げると、彼の左中指に髑髏を模したような指輪が嵌められていた。

 実は先程の声はこの指輪が発したものであり、この指輪の名は“ザルバ”という。

 この指輪の正体についてはまた後程説明するとして、雷吼は星明が感じた疑問について問い掛ける。

 

「陰陽師が使うって事は星明にも使える力という事か、だがそれのどこが妙なんだ?」

 

 陰陽師とは、平安京の中心部である光宮(こうぐう)に使える呪術師であり、本来は自然界に溢れる風水の力を使用しているが、流派によってはそれとは違う力、霊力を使用することもある。

 陰陽師の家系である星明もまた、霊力を使用した陰陽術を使用することが出来る。

 

「いや、別に霊力自体が問題という訳では無い。」

「じゃあ何が…?」

 

 霊力を使用するのは特段珍しい事ではないので、雷吼の質問も尤もだ。

 だが今回は話の論点が違う。

 

「この神社から流れている霊力はさっきも言った通り微弱なものだ。だが、その霊力の質が異常に高い。」

 

 そこまで言うと星明は辺りを見回しながら言葉を続ける。

 

「私が不思議に思ったのは、これほどの質の霊力が、何故ここまで近付かなければ感知出来なかったのかだ。」

 

 これでも星明は優秀な術師だ。いくら流れていた霊力が微弱なものとはいえ、これほど質の高いものを見逃すという事はまず有り得ない。

 故に星明が出した答えは…

 

「人が去りし今も、何かの力が働いているのか…?」

 

 職業柄そう言われると、嫌でも三人は身構えてしまう。

 ここは自分達にとって未知の領域、仮に星明の言うその力が働いていたとして、それは自分達にとって害のあるものか、はたまたそうでないのか、油断が出来ない。

 最早辺りをさざめくそよ風すら何かの前触れなのではと疑心暗鬼に駆られていると、星明がふぅ、と溜息を吐いた。

 

「やめだやめ!考え込んでもしょーもない、昼だ昼!」

「え~そこまで言っておいて~!?」

 

 話の発端となった星明からまさかの思考放棄と昼飯の催促をされ、思わず落胆の声を上げる金時。

 だが星明の言う事も尤もだ。

 考え込んで無駄に体力を消耗するよりかは、いっそ開き直って何も無いと気を楽にするのも時には有効だ。

 特に今は山中を歩き回り、元々体力を消耗している。

 ならば、これ以上無駄に体力を消耗する必要は無い。

 

「星明の言う通りだ。俺もそろそろ腹が減った、飯にしよう。」

「雷吼様がそう言うなら…分かりました、お昼にしましょう!」

 

 そう言って金時は持っていた風呂敷を開き、昼飯を取り出す。

 今日の昼飯はおかかの握り飯…のみ。

 

「くっ…今日も握り飯のみか…」

「仕方ないだろ、里に出られないから買い物出来ないんだよ…」

「そろそろ食糧が無くなってきたな、早いところ山を降りよう。」

 

 日々下降していく食糧事情に頭を悩ませながらも、三人は握り飯に手を付ける。

 

「「いっただっきま~…」」

 

 とりあえず悩みは一旦置いておいて、三人が仲良く昼飯にありつこうとした、その時だった。

 

「!?」

「待てお前等!!妙な気配がする!!」

 

 いち早く星明が異変に気付き、ザルバの声で遅れて二人が身構える。

 一体何があったのか問いただそうとすると、星明が一人呟いているのが聞こえてきた。

 

「霊力の流れが変わった…質もどんどん増してきている…」

 

 どうやら事態は悪い方向に進んでいるようだ。

 とにかくこれ以上の不足の事態が無いように、三人とも警戒を怠らないように気を配る。

 

「この流れ…まさか!?」

 

 どこから来る?どのように来る?

 

「この気配…まさか…!?」

 

 霊力が感知出来ない二人が気を緩めず警戒していると、星明とザルバの焦りの声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「まずい!!下だ!!」」

 

 下!?、とほぼ条件反射で下を見ると、なんと三人の足下に奇妙な裂け目が出来ていた。

 裂け目からは不気味な無数の眼が存在し、品定めするようにこちらを見つめている。

 

「しまっ…!?」

 

 雷吼が油断の声を漏らす。

 だが既に時は遅く…

 

「「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」

 

 足下に出現したその裂け目に、三人は為す術無く落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《では、頂いていきます…》

 

 幻聴のような声が辺りに響き渡ると共に裂け目は閉じ、辺りは再び静寂に包まれた…

 




まだ牙狼のターン
次でかの有名な紅白の人が登場します


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第壱話「博麗」後編

紅白の素敵なあの人登場

願わくば、ゆっくりしていってね

《11/30》ちょっと修正


「ここは…」

「目が覚めたか?」

「ザルバ…ここは?」

「さてな…俺様にも分からん。」

 

 どれほどの時が経ったのだろう、謎の裂け目に落ちた雷吼は、ようやく手放していた意識を取り戻した。

 未だ怠惰な感覚が残る体を動かし辺りを見回すと、そこはあの裂け目の中とは思えない、どこにでも存在するような和室であった。

 よく見ると、どうやら自分は布団に寝かされていたようで、何だか随分と扱いが良いように感じる。

 ふと横を見ると、そこには自分と同じように布団に寝かされている金時の姿が。

 存外気持ち良さそうに寝ているが、事情が事情故にのんびり等していられない。

 雷吼は直ぐ様金時を起こす。

 

「金時、起きろ金時!」

「んぁ…?雷吼様…ここは?」

「分からん…だが用心しろ、ここは恐らくあの裂け目の中…」

 

 そこまで言うと、部屋の外から誰かが歩く音が聞こえてきた。

 どうやらこちらに向かってきているようだ。

 じっと襖を見据え、警戒を強くする。

 一体何者か、今この場にいない星明だろうか、あるいは…

 こちらに向かっている人物について思考していると、その人物が部屋に到着し、部屋の襖が開かれる。

 

 

 

 

 

「あら、もう起きてたのね。」

 

 

 

 

 

 そこには、紅と白の服を着た不思議な少女が立っていた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

「はい、どうぞ。」

「「ど、どうも…」」

 

 眠りから覚めた二人は部屋にやって来た少女に連れられ、居間とおぼしき場所に連れてこられた。

 今は部屋の中央に置いてあるちゃぶ台の前に座らされ、少女から茶を出された所だ。

 

「(あの、雷吼様…)」

「(分かっている、だが…)」

 

 あの裂け目に落ちて、目覚めた場所がここであったが為、二人はこの少女があの裂け目を生み出した張本人ではないかと踏んでいたが、それにしては何だか先程から妙に丁重に扱われている気がする。

 そう二人が警戒を怠らずに考え込んでいると…

 

「別に何も盛ってないわよ。早く飲まないと冷めるわよ?」

 

 目の前で茶を啜っていた少女から論されてしまった。

 どうやら不信感が思っていた以上に顔や態度に出てしまっていたようだ。

 

「あぁ、すまない。」

「いただきます。」

 

 実際二人ともあの裂け目のせいで昼から何も口にしていない。

 腹が減っているのはもちろんだが、喉が乾いているのもまた事実。

 ここは少女の言う事を信じて、飢えた喉を潤すことにしよう。

 そう決めた二人は少女から出された茶を啜り、しっかりとその味を堪能する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「(薄い…)」」

 

 感想である。

 まぁこの際味はどうでも良い事だ。

 

「それで、あんた達は一体どこの誰?何でうちの神社の境内で倒れてたの?」

 

 と、ここで二人が喉を潤した事を確認した少女が問い掛ける。

 だがここで一つ気になる事があったため、質問を質問で返す事になってしまうが、雷吼が少女に問い掛ける。

 

「ちょっと待ってくれ、何でそんな事を聞くんだ?君が俺達をここに連れてきたんじゃないのか?」

 

 先程から二人がずっと気になっていた事だ。

 今の質問から察すると、この少女は自分達の事を知らないという事になる。

 雷吼が質問すると、少女ははい?と怪訝な態度で、

 

「…悪いけどあんた達の事は何も知らないわ。何で知ってるみたいな事になってるのよ?」

 

 と、雷吼達の考えを否定した。

 あの裂け目が少女の起こしたものでないとするならば、あれは一体何だったのか?

 自分達を飲み込んだと思ったら、そのまま知らない人の庭先に放り出したとでも言うのか?

 ともあれ、自分達は少女に対して要らぬ警戒していたようだ。

 

「すまない、変な裂け目に飲まれた後、目覚めたらこの場所だったからつい疑ってしまった…」

「申し訳ありませんでした…ついうっかり…」

 

 二人は自分達の非礼に対して、少女に深く謝罪をした。

 

「別にいいわよ、気にしてないわ。」

 

 少女はというと、言葉通り別段気にした様子は無く、今ものんびり茶を啜っている。

 しかし少女はそれよりも、と持っていた茶をちゃぶ台に置き、再び二人に問い掛ける。

 

「あんた達今裂け目がどうとか言ってたわね、詳しく話してもらえないかしら?」

 

 頬杖を付きながら、改めて少女は二人が倒れていた理由を問う。

 どうやら少女は裂け目自体には何か心当たりがありそうだ。

 

「分かった。実は…」

 

 雷吼は少女にこれまでに起こった事を説明しだした。

 

 

 

 

 

 少女清聴中…

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「なるほどね…大体分かったわ。」

 

 数分後、大体のいきさつを聞いた少女は、雷吼達の身に起きた事情を理解し、情報の整理を始めた。

 どう事情を説明すべきか少女が考え込んでいると、金時が少女に声を掛ける。

 

「あの…すいません、そういえばまだ名前を聞いていなかったなと…」

 

 その言葉に雷吼も少女も思わず目が点になる。

 確かに金時の言う通りだ、自分達はまだお互い自己紹介もしていない。

 挨拶と自己紹介は対話の基本。

 事のいきさつまで話しておきながら、お互いなんたる失態か。

 

「そういえば忘れてたわ…悪いわね、うっかりしてたわ。」

 

 自らの失態に少し項垂れた少女だが、こほん、と咳払いをすると、二人に自身の名を名乗る。

 

「私の名前は“博麗 霊夢(はくれい れいむ)”、楽園の素敵な巫女さんよ。」

 

 博麗 霊夢と名乗った少女はどうやら神社の巫女だったらしい。

 巫女にしては珍しい…というかあまりそうは見えない格好をしているが。

 

「(楽園…?どういう意味だ?)そうか…俺の名は雷吼。こっちに居るのが…」

「金時です、よろしくお願い致します。(自分で素敵って言うのかよ…)」

 

 霊夢の自己紹介にそれぞれ思うところはあるが、二人も霊夢に対して名前を名乗る。

 

「雷吼と金時ね、分かったわ。それでさっきの話なんだけど…」

 

 二人の名前を確認した霊夢は、早速本題へと切り出す。

 

「まずあんた達が巻き込まれた裂け目はただの裂け目じゃない、正確に言えばそれは隙間…“八雲 紫(やくも ゆかり)”の仕業ね。」

 

 八雲 紫、そして隙間。

 聞き慣れない二つの名前である。

 霊夢は続けて説明する。

 

「あんた達外の世界の神社に居たんでしょ?実は向こうとこっちを分ける結界は定期的に綻びを作らなくちゃならないのよ。恐らくだけど、あんた達はその綻びから出来た隙間に巻き込まれたんじゃないかしら?」

 

 要はガス抜きよ、と説明を終える霊夢だったが、二人には先程以上に疑問点が増えてしまった。

 正直に言うと、霊夢の言っている事が分からない。

 何かこちらが重要な事を知らず、それをすっ飛ばして説明を聞いたかのような感覚。

 

「す、すまない霊夢、一ついいか…?」

 

 どんな質問をすれば効率的に問題が解決するか、必死に情報を整理しながら霊夢に質問する雷吼。

 何?とこちらの質問を待っている霊夢に、とりあえず一番最初に感じた疑問から質問をぶつける。

 

 

 

 

 

「外の世界って…どういう意味だ?」

 

 

 

 

 

 雷吼の質問が予想外だったのか、再び目が点となる霊夢。

 しばらく目をしばたたかせていたが、そっか、と手をポンと叩く。

 

「そうよね、たまたま巻き込まれただけなんだから、知らないのも無理ないわね。」

 

 説明不足だったわ、と謝罪してから、霊夢は雷吼達の問いに答える。

 

「ここはあんた達が隙間に巻き込まれる前に居た世界とは違う場所、あんた達が居た外の世界から結界によって隔てられたこの世界を、人々はこう呼ぶわ。忘れ去られしもの達が集う最後の楽園…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “幻想郷(げんそうきょう)”とね。」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

「むー…どこだここは…?」

 

 時は少し遡り、雷吼達が裂け目に落ちた後、星明は二人とは別の場所で目覚めた。

 見回してみると、そこは広い空間であったが、至る所に幾つもの不気味な眼が存在し、こちらを見つめている。

 どうやらあの裂け目から見えた空間の中で間違い無いようだ。

 しばらく警戒していたが、特に変化が見られない事を判断し、星明は大きな声で雷吼と金時の名を呼ぶ。

 

「雷吼ー!!金時ー!!居ないのかー!?…おい豆助ー!!!」

 

 ダメ元で普段金時が嫌がるあだ名も呼んでみるが、やはり近くにはいないようだ。

 仕方無いと呼ぶのを諦めた星明は、この空間からの脱出を試みる。

 どのような仕掛けか分からないが、自分の持てる限りの力を使えば何かしら…と考えていると、

 

 《そんなに警戒なさらないでほしいわ。》

 

 空間全体に響き渡る声。

 すると星明の前に人一人が通れるくらいの裂け目が出現し、そこから一人の女性が出てきた。

 

「こんな気味の悪い場所に私を閉じ込めるなんて、随分といい趣味してるじゃないか。…どちら様だ?」

 

 長い金色の髪の上に、赤いリボンがついた帽子を被り、紫と白の服に身を包んだその女性は、星明の問いに対し…

 

「初めまして、稀代の術師、星明さん。私は妖怪の賢者…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲 紫と申します。」

 

 そう、答えた。

 




第壱話終了です
次回はどこぞの白黒の女の子+α登場…かな?


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第弐話「異変」前編

2話の時点で今までの牙狼の中で一番ぶっ飛んでるかもしれないと思ったVANISHING LINE
期待大な展開に胸を踊らせつつこちらも次のお話を
願わくば、ゆっくりしていってね

《12/2》ちょっと修正


「幻想郷、か…」

 

 あれから一日が過ぎた。

 結局あの後は霊夢から幻想郷について説明を受け、そのまま彼女の下で世話になった。

 雷吼は寝室として割り当てられた部屋から見える景色を眺めながら、昨日霊夢から説明された事を思い返し、頭を悩ませる。

 幻想郷…それは雷吼達が暮らしていた外の世界とは結界によって隔てられており、外の世界とは違う時間、文化が流れている。

 この幻想郷は主に外の世界において人々から忘れ去られたものが集う場所であり、様々なものがこの幻想郷に存在している。

 そう、人ならざるものでさえも…

 幻想郷が外の世界と明確に違う点、それは幻想郷に妖怪…物の怪の類いが存在している事だ。

 外の世界にとって物の怪とは、人々の恐れの心が生み出す幻とされている。

 光が当たらず、先の見えない未知なる闇の中に対する恐れの心が、ただのそよ風や小動物の動きなどに過剰に反応し、それらを物の怪の仕業と解釈しているに過ぎない。

 しかし幻想郷にはその物の怪が実体を持って存在している。

 霊夢によると、元々外の世界にもちゃんと妖怪は存在していたらしいが、人々が無理矢理妖怪や物の怪の存在を幻と認識しだしたが為に、本当にそういう存在になってしまったのだとか。

 そしてそんな霊夢だが、彼女はここ博麗神社で幻想郷と結界を管理する役割を与えられているらしく、幻想郷の内外問わず、これまでにも様々な問題を解決してきたそうだ。

 未だ十代半ばの年頃だというのに、意外としっかりしている子だと、雷吼は素直に感心している。

 だが今問題となっているのはそれらの事ではない。

 元々自分達は目的があって外の世界の山中を歩いていたのだ。

 偶然巻き込まれただけとはいえ、自分達はこの世界に用事はない。

 本来ならば早めに外の世界に帰らなければならないのだが…

 

―――――――――――――――――――――

 

「「帰れない!?」」

「そう、残念だけどね。」

 

 話は昨日の夕方、幻想郷に関して説明されていた所まで遡る。

 目的を果たさなければならないので外の世界へ戻りたいと伝えたが、それは不可能だと告げられてしまう。

 一体何故なのか理由を問うと…

 

「外の世界に戻るには結界を弄らなければならないの。別にそれ自体は何でも無いんだけど、今は幻想郷自体が少し不安定な状態でね、紫から結界を弄るなって言われてるのよ。どんな影響が出るか分かったもんじゃないってね。」

 

 そう返された。

 こちらは未だ目的の最中だというのに偶然出来た隙間に巻き込まれ、そのまま帰れないとはとんだ災難である。

 

「まぁ、早い所幻想郷が安定するのを待つしかないわね。」

 

 霊夢のその言葉が、やけに遠い未来の話のように聞こえた。

 

―――――――――――――――――――――

 

 結局しばらくは幻想郷で暮らすしかないという結論のまま今に至る。

 さらに外の世界に帰るにしても、まだ一つ問題点がある。

 そう、星明が居ないのだ。

 あの時確かに共に隙間に落ちた筈なのだが、霊夢によると神社の境内で倒れていたのは自分と金時の二人だけだったらしい。

 恐らくこの幻想郷のどこかにはいるはずなのだが…

 

「あんた達、準備出来た?」

 

 部屋の外から霊夢の声が聞こえてきた。

 いずれにしろ星明を置いて幻想郷を去る訳にはいかない。

 星明を探す為にも、今日は霊夢に幻想郷に存在する人里を案内してもらう事になっているのだ。

 

「あぁ、俺は大丈夫だ。金時は?」

「はい、大丈夫ですよ。」

 

 自分達の目的の為にも、あと星明の性格を考えて余計な騒ぎを起こさない為にも、あまり時間は無駄にしたくない。

 

「じゃあ、行きましょうか。」

 

 霊夢の言葉に従い部屋を出た二人は、霊夢を先導として人里へと歩き始めた。

 

―――――――――――――――――――――

 

「ここが人里か…」

「案外普通ですね。」

 

 博麗神社から歩いて一時間程、三人は人里に到着していた。

 辺りを見回して里の様子を観察してみるが、特にこれといって変わっている所は見当たらない。

 若干家の作りが違ったり、知らない店が出回っていたりするが、それ以外は概ねかつて自分達が住んでいた平安京と変わらない。

 

「当たり前でしょう?いくら幻想郷が外から見て非常識な世界だとしても、それくらいは変わらないわよ。」

 

 この幻想郷には先に説明した事以外にもまだ特徴がある。

 その一つが、常識と非常識の違いである。

 幻想郷と外の世界とを隔てる結界は全部で二つ存在しており、一つは八雲 紫が最初に張った“幻と実体の境界”であり、この結界の効果によって、外の世界で忘れ去られたもの達が幻想郷に来られるようになっている。

 そしてもう一つが、霊夢達博麗の巫女が代々結界を維持している“博麗大結界”である。

 ざっくばらんに説明すると、外の世界の常識が非常識となり、逆に外の世界では非常識とされているものがこちらの世界では常識となるよう設定された結界であり、この結界の効果によって幻想郷に来た妖怪達が実体を保てるようになっているのだ。

 博麗大結界は上記の事以外の事情にも影響を与えるので、人妖問わず生活に支障が無い程度には線引きはされているのだが、その境はかなり曖昧なものらしく、結果として幻想郷には外の世界には無い面白可笑しい事情が絶えないのだとか。

 そんな他愛無い話をしながら里を歩いていると、突然霊夢がぴたりと歩みを止める。

 

「霊夢?どうかしたのか?」

 

 急に歩みを止めた霊夢が気になり、金時が問い掛けると、

 

「あぁ気にしないで、知り合いを見つけただけだから。何話してるのかしら…?」

 

 そう言って霊夢はある方向へと歩き始めた。

 雷吼達もはぐれないよう彼女に付いて行く。

 彼女が歩いて行く先を見ると、そこには二人の女性の姿が。

 見た所一人は霊夢と同じ位の年頃の少女で、白と黒の服装に黒いとんがり帽子を被っている。

 もう一人は霊夢よりも歳上に見える女性。

 白髪に青色を基調とした服を着ている。

 

「…よし分かった!その依頼は私が引き受けるぜ!」

「何を引き受けるのよ?」

「何ってそりゃ妖怪退治…って霊夢!?何でこんな所に居るんだよ!?」

「何よ、なんかやましい事でもあるわけ?」

 

 白黒の少女が突然の霊夢の登場に驚く。

 どうやらあまり彼女に会話の内容を聞かれたくないようだ。

 

「おや、博麗の巫女じゃないか。丁度良い、君にも頼んでおこうか。」

「あ~ダメだって慧音!それは私一人でやるから!」

 

 慧音と呼ばれた女性が霊夢に何か話そうとするのを、白黒の少女が必死に止めようとするが…

 

「あんたは黙ってなさい!で、頼みたい事って?」

 

 残念ながら霊夢に一喝されて無駄に終わってしまった。

 白黒の少女を窘めた霊夢は、改めて女性に事情を聞く。

 

「あぁ、実は…と、その前にそちらの二人は?」

「お、そういえば…何だ霊夢珍しいな、お前が二人も男捕まえるなんて。」

「そんなんじゃないわよ、二人は外来人で、昨日こっちに来たばっかりなのよ。」

 

 白黒の少女が霊夢を茶化すが、霊夢は慣れた様子でその言葉を交わす。

 

「外来人か…興味深いな。私は“上白沢 慧音(かみしらさわ けいね)”だ。よろしく。」

「私は“霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)”、普通の魔法使いだ!よろしくな!」

 

 慧音と魔理沙が自己紹介をする。

 魔法使いという聞き慣れない単語があったが、今は気にせず雷吼達も自己紹介をする。

 

「俺は雷吼、こちらこそよろしく。」

「金時です。どうぞよろしく。」

「それで慧音、話の続きは?」

 

 お互い自己紹介を済ませると、霊夢が先程の話の続きを催促する。

 

「あぁ、…構わないな?」

 

 慧音が魔理沙に向かって念を押すように問う。

 

「はぁ…まぁしょうがないか。どうやら一週間程前から里の人間が行方不明になってるみたいなんだ。慧音の話だと、もう既に何人もの人間が被害にあっているらしい。」

「行方不明?また紫の奴が何かしてんじゃないの?」

 

 行方不明と聞いて霊夢の脳裏に浮かんだのは、かの隙間妖怪。

 雷吼達の件もある為、霊夢は彼女の仕業ではないかと踏んだが…

 

「いや、恐らく違うだろう。霧雨、さっき渡したやつを。」

「はいはいっと…こいつだな。」

 

 慧音は霊夢の考えを否定し、魔理沙にあるものを出すよう指示する。

 魔理沙が帽子から取り出したもの、それは薄い何かの板のような物であった。

 霊夢が何これ?と聞くと、慧音が今回の行方不明事件について詳細を話した。

 

「そちらの二人は知らないだろうが、私は里の自警団に参加していてな、これは今回の事件の現場の一つに落ちていた物なんだ。事件現場は決まって辺り一面が水浸しになっていてな、そしてこれ…よく見てみろ、何かに似てないか?」

 

 慧音にそう言われてじっと見つめる三人。

 しばらく見つめてから、金時がぽつりと呟く。

 

「…鱗?」

「そう、鱗だ。大きさや形こそ魚のそれとは違うが、これは間違いなく何かの鱗だ。」

 

 普段から雷吼達の為に料理を振る舞っているからか、見事謎の物体の正体を言い当てた。

 

「なるほど、じゃあ今回の犯人は普段水に住んでる妖怪って事ね。」

 

 そうと決まればさっそく、と霊夢は踵を返すが、慧音はそれに待ったをかける。

 

「いや、恐らくそれも違う。」

「は?どういう事よ?」

 

 霊夢が怪訝な顔で慧音に問う。

 この幻想郷において魚の鱗でないのならば妖怪の鱗であると概ね相場は決まっている。

 だというのににそれも違うとなると、一体何なのか?

 

「状況証拠から見ても、確かに霊夢の言う通り今回の犯人は水性の妖怪である可能性が高い。」

 

 じゃあ決まりじゃない、と霊夢は言うが、慧音は考え込みながら言葉を続ける。

 

「しかし現場の近くには妖怪が住めそうな川や池の類いは一切無かったんだ。それも全ての現場にな。」

 

 果たして水性の妖怪がわざわざ自分の持ち場を離れてまで人を襲うだろうか?

 そもそも離れたとして、長時間水の恩恵を得られない状況で、果たして水性の妖怪がどれだけの時間生きていけるのだろうか?

 慧音の言葉は、霊夢達の頭を悩ませるには十分であった。

 

「雷吼、聞こえるか?」

 

 と、雷吼の左手に嵌められているザルバから小さな声で呼ばれる。

 

「どうした、ザルバ?」

 

 ザルバの正体を明かしていないため、余計な混乱を避ける為にもザルバに合わせて小声で会話する。

 

「いや、あの鱗から…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “火羅”の気配がしてな…」

「何!?」

「えぇ!?」

 

 ザルバからの衝撃的な一言。

 雷吼達にとっては耳を疑いたくなるほどの話だ。

 

「どういうことだよ、まさか火羅の仕業とでも言うのかよ?」

 

 金時がザルバに詰め寄る。

 夜中の間にザルバに幻想郷において火羅達の糧となる陰我(いんが)について調べてもらったが、その時にはそんな反応は一切無かった。その時は幻想郷と外の世界とを隔てる結界が火羅や陰我の侵入を防いでいるのだろうと解釈していたのだが…

 

「分からん。だがいずれにしろ、用心した方が良い。」

 

 ザルバの言葉に頷く二人。

 この幻想郷(楽園)に不穏な影が射し込もうとしていた…

 




慧音先生を始めとした東方のキャラクター達は基本的に二次創作でよく見かける設定を使用していこうと思っています。


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第弐話「異変」中編

前後編にしたかった

無理でした

今回は初の戦闘回
願わくば、ゆっくりしていってね

《12/5》ちょっと修正


 時刻は深夜、多くの人々が一日の疲れを癒す為に体を休めているこの時間に、里の周辺を散策する人影があった。

 その内の二人は霊夢と魔理沙。

 彼女達が出歩いている理由は勿論、昼間に話題となった事件の調査の為だ。

 本来事件の調査を行っている慧音は里の安全の為にあまり内部から離れる事が出来ない為、彼女に代わり霊夢達が里の周辺を調べる事となったのだ。

 

「ふぁ~…な~んにも出てこないな…」

 

 今の所特に異常はなく、退屈してきたのか魔理沙が欠伸を漏らす。

 

「あんだけ騒ぎ起こしてるのにそうポンポン出てこられても驚きなんだけど…」

 

 て言うか…と霊夢はちらりと後ろを見る。

 そこには彼女達以外にも二人の人影が。

 

「何であんた達まで付いて来たのよ、あんた達妖怪退治なんて出来無いでしょ?」

 

 そう、その二人とは現在霊夢の所で世話になっている雷吼と金時である。

 霊夢が調査のために神社から出掛けようとすると、自分達も付いていくと言い出したのだ。

 勿論その時にも霊夢は同行を拒否したのだが、どれだけ言っても聞かなかったので仕方無くここまで連れてきてしまったのだ。

 二人の格好は昼間のそれとは違い、雷吼は上に新たに一枚丈の長い上着を羽織り、金時は背に二振りの金棒を背負っている。

 二人とも幾分かは重装備となっているが、それでも危険な事に変わりはない。

 

「すまない、だが今回の事件はどうにも気掛りでな。」

「それに、夜中に二人だけで出歩かせるのはどうも心配で…」

 

 雷吼と金時が二人に対して軽く謝罪する。

 いや、金時に関してはただのお節介か。

 

「おいおい、心配するなら自分達の心配をしな、豆助。」

「な!?誰が豆助だ!!」

 

 そんな二人の心配を他所に魔理沙は金時を茶化す。

 偶然にもあまり好ましくない呼ばれ方をされた為、金時は見事に魔理沙の挑発に乗ってしまう。

 

「…ここまで付いてきちゃったからそれに関してはもう何も言わないけど、これだけは言っておくわ。自分達の身は自分達で守りなさい。そこまで気を回すほど、私達は優しくないわよ。」

 

 そんな二人とは対照的に、霊夢は雷吼達に冷たく言い放つ。

 だが雷吼はそれに動じず、

 

「あぁ、承知している。」

 

 と返した。

 それからしばらく歩き回ったが、やはり何も変化は訪れない。

 今夜はここまでかと思っていたが、魔理沙が何かを見つけて歩みを止める。

 

「ん?あいつは…」

 

 見ると、少し先の方によろよろと歩く人の姿が。

 小太りな男だが、それよりも皆が注目した事、それは彼の体が全身水浸しになっていたのだ。

 

「ちょっとあんた、大丈夫!?」

「おい大丈夫か!?怪我とかしてないか!?」

 

 事件の犯人に襲われた被害者だろうと、霊夢と魔理沙が駆け寄る。

 男は振り向くと、安堵の表情を見せて、

 

「あぁ…助かった…」

 

 と言い、体力の限界故かその場に座り込んでしまった。

 雷吼達も男に駆け寄ろうとするが、

 

「待て雷吼!」

 

 とザルバに引き留められてしまう。

 何だとザルバに問うと、ザルバが警戒心を強めた口調で雷吼に話す。

 

「あの男から邪気を感じる、陰我で間違い無い。」

「何!?」

「じゃああの男は…!?」

 

 ザルバの言葉にまさかと雷吼は男の方を見る。

 代わって霊夢達は男に話し掛けるが、男は喋る体力も無いのか俯いたまま動きを見せない。

 とにかく里まで運ぼうと決めた二人だったが、ここでようやく男がぼそりと一言呟く。

 

「腹が減った…」

 

 男の言葉に目をしばたたかせる二人。

 見た目からして何となく想像はしていたが、殺されるかもしれない被害にあったにも関わらず空腹を訴えるとは、ある意味肝の座った奴だ。

 

「参ったなぁ…食い物って言っても私はキノコぐらいしか持ってないぜ…」

「あんたには最初から期待してないわよ…」

 

 この男の見た目からして、当然ながらキノコ程度では腹ごなしにもならないだろう。

 残念ながらこの場では食糧を提供することは出来ないため、やはりここは人里まで運ぼうとした二人だが、

 

「あぁいや、心配しなくていい。食べ物ナらこコにいルカら…」

 

 と二人に満面の笑みを浮かべる男。

 ふとここで霊夢は男から何か妙な気配が出ている事を察知する。

 だんだんと強まってくるその気配に警戒を示したその時だった。

 

 

 

 

 

「逃げろ二人共!!」

 

 背後から叫び声が。

 その意味を理解する前に霊夢の体は動いていた。

 

「っ!?」

「おわっ!?」

 

 魔理沙の服を無理矢理引っ張り素早く後退する。

 距離を取ってから男の方を見ると、男は両手を先程二人がいた所に突きだしていた。

 その手の位置は…恐らく彼女達の、心臓の部分に。

 

「あっぶね…サンキュー霊夢、助かったぜ…」

「どうも…それより…」

 

 魔理沙が自分の身に起こった危機を知り、霊夢に礼を言う。

 霊夢はその言葉を軽く受けると、妖怪退治必須の武器の一つ、お祓い棒を男に向かって突きだす。

 

「あんたね?最近里の人間にちょっかい出してるのは。」

 

 男はゆらりと立ち上がると霊夢達を見据える。

 その顔は笑顔であったが、先程の人間らしい笑みとは違い、狂気に満ち溢れたものであった。

 

「残念だなァ…そのマまじっトしてイレば…痛イ思イヲシナクテスンダノニ…」

 

 男の声が段々と人のそれとは異なる声となっていく。

 もはやこの男が犯人であることは明確だ。

 ならばと霊夢はもう一つ妖怪退治必須の武器を取り出して、その場から飛び上がる。

 

「あ、おい霊夢!?」

 

 魔理沙の制止を振り切り、文字通り空を飛んだ霊夢はある程度上空で静止し、男に向かって言い放つ。

 

「これ以上里に迷惑掛けられるとこっちも困るの、だから…とっとと倒させてもらうわよ!!」

 

 そう言うと霊夢は手に持つ札…“スペルカード”を上空に放り投げる。

 するとカードから七色の光が発せられ、七つの光球となった。

 

「行くわよ!スペル発動!“霊符《夢想封印》”!!」

 

 霊夢が叫ぶと、七つの光球が一斉に男に向かって飛んでいく。

 男は笑みを崩さずその光球を全て受け、爆発した。

 

「す、すげぇ…!」

「これが…幻想郷の妖怪退治…!」

 

 雷吼と金時は霊夢の放った技に驚愕していた。

 自由自在に空を飛び、強大な技をもって相手を倒す。

 自分達の知る戦いとはまるで違うその様子に、二人はただ驚きを隠せなかった。

 

「ちぇっ、これじゃ今回も霊夢の手柄か…」

 

 一方魔理沙は普段から見慣れている光景の為、素直に状況を分析する。

 爆発の影響で辺りが砂埃で溢れ爆心地は見えないが、霊夢の夢想封印の威力は魔理沙もよく知っている。

 恐らく男はもう跡形も無くこの世から消え去っているであろうと、魔理沙は手柄を取られた事に悔しさを露にした。

 霊夢は技を放った後地上に戻ってきていたが、その表情はどこか晴れない。

 夢想封印は博麗の巫女に代々受け継がれている伝統的な技だ。

 故に、当然ながらその力は自分自身がよく知っている。

 だからこそ、霊夢は未だにその顔を晴れやかにする事が出来なかった。

 自身の大技を男が全く動じず全て受け止めた事が、どうにも霊夢の中に悪い予感を漂わせていたのだ。

 

「フゥ…マァ、コンナモノカ。」

「…!」

「げ!?マジかよ…!?」

 

 果たしてそれは現実となった。

 未だ漂う砂埃の中から男が出てくる。

 服は技の影響で所々破けているが、本人に関しては全くの無傷であった。

 見知った大技が破られた事に動揺する霊夢と魔理沙だったが、まだ彼女達から闘志は消えていない。

 

「へぇ…そこそこやるみたいじゃない。」

「へへっ、そうこなくっちゃ面白くないぜ。次は私が…!」

 

 そう言って魔理沙が前に出ようとすると、それを遮るように二人の人影が躍り出る。

 

「なっ!?あんた達!?」

「おい何してんだよ!?危ないぞ!?」

 

 それは雷吼と金時であった。

 戦う力の無い二人が出た所で返り討ちに会うだけ。

 霊夢達は二人に下がるように言うが、雷吼達はそれを拒否する。

 

「いや、ここから先は俺達に任せてくれ。金時!」

「はい!」

 

 雷吼の言葉に従い、金時は背に背負っていた二振りの金棒を抜くと、それらを思いっきり打ち合わせる。

 すると打ち合わせた金棒から火花が散り、男のすぐ目の前を通過する。

 それを見た男の目は…異様に紅く染まっていた。

 

「何だ…?」

 

 その現象に首を傾げる魔理沙だったが、雷吼達は気にせず男に向かって言い放つ。

 その男の正体を。

 

「やはりそうか、闇夜に紛れて罪無き人々を襲っていたのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“火羅”!!」

 

 そう、男の正体は火羅。

 外の世界において人々から恐れられている魔獣だ。

 

「“魔戒騎士(まかいきし)”ダト!?ナゼコンナトコロニ!?」

 

 火羅が雷吼達の存在に驚愕し、今まで余裕を見せていた態度が崩れる。

 

「それはこちらの台詞だ!陰我の無いこの地に貴様一人で来られる筈が無い!誰に手引きされた!」

 

 そう言うと雷吼は上着の内から勢いよく何かを引き抜く。

 それは刀、柄の部分が赤い日本刀だ。

 雷吼は刀を両手でしっかりと握り、火羅に切っ先を向けて構える。

 

「貴様等ニソレヲ教エルト思ッテイルノカ!!」

 

 火羅も雷吼達を見据え、その身を構える。

 霊夢達も火羅に対して身構えるが、

 

「いや、お嬢ちゃん達はそこに居な。」

 

 と、ザルバに止められてしまう。

 

「ん?…今の声、もしかしてその指輪か!?」

 

 魔理沙がザルバの存在に気づき、物珍しそうに見つめる。

 

「話は後だ、ここから先は俺達の仕事だ。お嬢ちゃん達の出る幕じゃない。」

 

 そう言ってザルバは霊夢達を下がらせようとするが、それで引き下がる二人では無い。

 

「そうはいかないな!これは元々私達が引き受けた依頼だ、私達が解決する!」

「悪いけど博麗の巫女としてこっちも引き下がる訳にはいかないの、異変解決は私の仕事だから。」

 

 二人は雷吼達の隣に並ぶ。

 神社を出る時の自分達と同じだ、こうなるともう何を言っても聞かないだろう。

 

「分かった…だが、絶対に無理はするなよ。」

 

 雷吼の言葉に二人が頷く。

 準備は整った。

 

「行くぞ!!」

 

 雷吼の掛け声で一斉に飛び出す。

 

「喰ライ尽クシテヤル!!」

 

 火羅は一度前屈みになって力を溜めると、一気にその力を解放する。

 するとその背から大量の魚が飛び出し、雷吼達に向かって襲い掛かる。

 

「私達に弾幕で挑むなんざ…!」

「言い度胸してるじゃない!」

 

 霊夢と魔理沙は先行して魚の群れの中に臆せず飛び込む。

 火羅から放たれた魚は牙を剥き出して二人を襲うが、二人は慣れた様子で交わし、群れの中を突き進んでいく。

 

「嘘だろ!?」

「すごいな…あの子達…!」

 

 雷吼達は襲ってくる魚を打ち払いながら進んでおり、群れの中をひらりひらりと進んでいく霊夢達に驚きを隠せない。

 

「じゃあ今度は私から行くぜ!スペル発動!“星符《サテライトイリュージョン》”!!」

 

 魔理沙がスペルカードと取り出し、発動。

 カードから色とりどりの六つの球体が出現する。

 

「こいつで弾幕強化だ!」

 

 スペルを発動した魔理沙は自身も魔法を発動、星形の光弾を発射する。

 すると球体からもそれぞれの色に対応した光弾が発射され、火羅の放った魚の群れにも負けないくらいの弾幕が完成する。

 火羅は一度舌打ちをすると後ろに大きく跳躍し、魔理沙の弾幕を回避しようとするが、それを霊夢が許さない。

 

「“《陰陽飛鳥井》”!!」

 

 火羅の背後に回った霊夢は目の前に巨大な陰陽玉を生成、それを豪快に蹴り飛ばす。

 

「ヌッ!?ウオォォォォォ!!」

 

 魔理沙の弾幕に気を取られていた火羅だったが、一瞬遅れて霊夢の存在に気づき迫り来る陰陽玉を凄まじい力で上空に蹴り上げた。

 

「金時!」

「はい!失礼致します!」

 

 それを見た雷吼は金時に声を掛ける。

 金時は襲い掛かる魚達を無視して、雷吼の背を借り大きく跳躍する。

 魔理沙の弾幕を回避していた火羅が気付くも、もう遅い。

 

「だあぁぁぁぁぁ!!」

 

 金時は打ち上げられた陰陽玉を金棒で思いっきり打ち下ろす。

 陰陽玉は金時の力を借りて真下に向かい再び火羅に襲い掛かる。

 予想外の攻撃に為す術が無く、火羅は陰陽玉に押し潰された。

 

「へぇ…やるじゃない、あんた。」

「へへっ、まぁな。」

 

 霊夢が降りてきた金時を称賛する。

 金時は少し照れくさそうに鼻を擦るが、すぐに表情を引き締め構え直す。

 まだ戦いは終わっていないのだ。

 

「貴様等…絶対ニ殺ス…!!」

 

 地面に衝突し、消滅した陰陽玉の下から火羅が出てくる。

 だがその姿は先程とはまるで変わっていた。

 人の形をしているが、その体は魚の鱗のようなもので覆われ、左手は魚の頭部を、右手は魚の尾びれのようになっている。

 顔に関しては人とも、妖怪とも取れぬような見た目となっており、火羅という存在が幻想郷に居る妖怪達とは明らかに違う、異質な存在だと強調している。

 

「…!」

「うわ…何だよあいつ…」

 

 その見た目に霊夢は目付きをさらに鋭くし、魔理沙は明らかに嫌悪感を露にしている。

 

「ザルバ、奴は…?」

 

 雷吼がザルバに火羅の正体を聞く。

 正体を曝したのならば、ザルバの助言で奴がどんな特徴を持っているのか知る事が出来る。

 

「恐らくあいつは火羅・ 阿頭墮無(アズダブ)、本来なら幻覚を見せる能力を持っている筈だが…どうにも左手の方に力を持っていかれたらしいな。」

 

 ザルバの言葉通りに火羅を見ると、火羅の左手…魚の頭部がまるで別の意思を持っているかの如く不規則に動いている。

 

「どんな事をしてくるか分からん、用心しろ。」

 

 と、ザルバの言葉を皮切りに火羅が動き出す。

 左手を突き出し、真っ直ぐこちらに向かってくる火羅は予想以上に素早く、対応が遅れた三人に代わり雷吼が動く。

 

「はぁっ!!」

 

 雷吼の刀が火羅の左手の攻撃を遮る。

 刀さえも喰らおうとしているのか、刃をギリギリと齧る火羅の左手に負けず、雷吼は勢いをつけて火羅を引き剥がす。

 獲物を喰らい尽くさんと迫る火羅の左手、まるで刀のように相手を切り刻まんとする火羅の右手。

 そんな火羅の攻撃を刀で受け、弾き、かわしながら刀を振るう雷吼。

 だがこの勝負は、二つの攻撃手段を持つ火羅に分があるようだ。

 

「雷吼様…!」

「まずいな…あんだけ近いとこっちも手が出せないぜ…!」

 

 雷吼と火羅の戦いは熾烈なものになってきた。

 火羅の猛攻に少しずつ押され始めている雷吼を見て焦る金時。

 だがあれほどの戦いだと、下手に加勢すれば逆に危険となる。

 その事実を分かっている為、金時は歯痒い気持ちを隠せなかった。

 一方で霊夢達も雷吼の加勢に行けない事に募りを感じていた。

 自分達の特権は何と言っても弾幕だ。

 だがあそこまで近いとその弾幕に雷吼が巻き込まれてしまう。

 何より先程から戦って分かったが、どうにも自分達の攻撃が火羅に通用していない。

 これでは加勢所の問題ではない。

 かと言って雷吼に離れろと言った所で、ただひたすら獲物を喰らう為に一つの意思さえ持ってしまった火羅の左手がそれを許さない。

 

「くっ…うわっ!?」

 

 遂に雷吼が火羅の攻撃で大きくよろける。

 そしてその隙を逃さず火羅が左手を突き出し、雷吼を喰らわんと迫る。

 

「やべぇっ!!」

「雷吼様!!」

「っ!!」

 

 雷吼の危機に叫ぶ魔理沙と金時。

 咄嗟に動いたのは霊夢だった。

 だがこのままでは間に合うかどうか…

 一か八か、弾幕を放つしかないと判断した霊夢は、少しでも弾幕の範囲を狭くする為に、新たに妖怪退治の武器の一つ、封魔針(ふうましん)を取り出す。

 だがここで火羅に変化があった。

 雷吼に止めを差さんと踏み出した足下が急に光りだす。

 それは光で作られた五芒星であった。

 

「ムゥ…動ケン…!!」

 

 どうやら五芒星が火羅の動きを抑えているようだ。

 一体何が…と誰もが思っていたその時、大きな音を立てて周囲の景色が変わっていく。

 

「これは…結界?」

 

 霊夢がその現象を見て呟く。

 音の正体、それは自分達を取り囲むように展開されていく、桜が描かれた壁画の結界であった。

 

「雷吼様、これ…!」

「あぁ、まさか…!」

 

 結界を見た雷吼と金時が周囲を見渡す。

 二人はこの結界を知っているのだ、この結界を張った人物を。

 ならばこの近くに居る筈だ、自分達の探している人物が。

 

「全く、火羅の気配がいつまでも消えないと思って来てみれば…何こんな奴に苦戦してるんだい、雷吼?」

 

 上空から女性の声。

 その方向を見ると、そこには上空に展開された光の五芒星に乗り、空に留まる女性の姿が。

 そう、その女性は…

 

 

 

 

 

「「星明!!」」

 

 稀代の術師、星明であった。

 

「星明…無事だったのか!」

 

 雷吼が探していた人物の無事な姿を見て安堵する。

 

「今は私の事はどうだって良い、それよりも…」

 

 星明はそんな雷吼の心配を軽く流すと、火羅へと目を向ける。

 火羅は未だ星明の術に捕らわれているが、少しずつ術に抗い始めている。

 

「おーおー元気な奴だ、さて…」

 

 それでも星明は余裕を崩さず、今度は雷吼に目を向ける。

 

「奴の手は止めた、“鎧”を使ってさっさと片付けなさい、雷吼!」

「承知!」

 

 雷吼に向かって奮起の言葉を掛ける星明。

 先程の戦いから、向こうの方が手数があり有利なのは明白だ。

 だが雷吼はそんな不利な状況を覆す必殺の力がある。

 先程は火羅の猛攻の前にそれが発揮出来ず手が出せなかったが、今度は…

 

「ザルバ!」

 

 雷吼が左手を突き出すと、彼の足下にまたも五芒星が出現し、光を放つ。

 その光は雷吼の全身を余す所無く照らし、雷吼を神々しく輝かせていた。

 そして雷吼は刀を天に掲げ、円を描く。

 描いた軌跡が光を発し、雷吼の頭上に光の輪を作る。

 すると光の輪が突然ひび割れ、そこから何かが出現し、雷吼の身体を包み込む。

 

「何だありゃ…」

 

 眩い光が晴れたその先に居たのは、大鎧を纏い、狼を模した兜を被った雷吼の姿。

 光輝き、闇夜を照らすその鎧の名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黄金…騎士…」

 

 “黄金騎士(おうごんきし) 牙狼(ガロ)

 

 幻想の夜に、黄金の光が灯される。

 

「オ、黄金騎士!?バカナ…黄金騎士 牙狼ダト!?」

 

 余程目の前の存在が信じられないのだろう、火羅が何度もその目を擦る。

 牙狼となった雷吼は再び構え直すと、火羅に向かって跳躍する。

 その速度は先程とは比べ物にならないほど速くなっており、一気に火羅の傍まで接近する。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 雷吼が鎧と共に変化した剣、“牙狼剣”を振るう。

 一太刀一太刀、徐々にだが正確に火羅の身体を切り刻んでいく。

 火羅も負けじと応戦するが、その攻撃は黄金の鎧に阻まれ通用しない。

 

「すげぇな…さっきまでのが嘘みたいに強いじゃねえか…」

 

 魔理沙が雷吼の活躍に目を見開く。

 このまま行けば彼の圧勝で終わるのではないのだろうか?

 

「グゥ…オノレェ!」

 

 だがここで火羅が雷吼から距離を取り、身体から無数の魚を放出する。

 魚は鎧に触れると消滅するため、雷吼の体力を削る事は出来ない。

 だが魚の量が尋常ではない程に増え、さながら一枚の壁のように雷吼に襲い掛かる。

 その圧倒的な質量はいくら黄金の鎧と言えど、雷吼の足を止める事までは防げなかった。

 

「あ~あ…仕方無い、こうなったら…」

 

 その様子を見ていた星明は地上に降り立ち、霊夢の下へ歩いていく。

 

「ちょっとそこの紅白の、あんたが博麗の巫女さんかい?」

「そうだけど、何?」

 

 霊夢に話し掛ける星明。

 一体何用かと問う霊夢に、笑みを浮かべながら星明が答える。

 

「何、ちょいとあんたのお友達に頼まれ事をね。」

 

 そう言うと星明は一本の筆を取り出し、霊夢の前で小さな円を描く。

 内にまた五芒星の描かれた円は、星明が筆を一振りすると霊夢へと向かっていき、霊夢の身体に吸い込まれた。

 

「ちょっと、何したのよ!?」

「なぁに心配するな、ちょっとしたおまじないさ。それよりも、まさか見てるだけで終わりじゃないだろう?」

 

 いきなり術を施された霊夢は慌てるが、星明は笑みを崩さず雷吼を見る。

 雷吼は未だ火羅の攻撃に足を止めている。

 星明の掛けた術が気になるが、確かに今の事態は博麗の巫女として黙って見ている訳にはいかない。

 霊夢は火羅目掛けて飛び出し、再び大技を放つ。

 

「《夢想封印》!!」

 

 七つの光球が火羅に向かっていく。

 先程からどうにも自分と魔理沙の攻撃は効いていないので、少しでも隙を作れればと思って放ったが、それは良い意味で裏切られる。

 

「ギャアァァァァァァァァァァ!!!」

「えっ!?」

「何!?」

「今のは…!?」

 

 何と光球を食らった火羅がとてつもない悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。

 その様子を見て驚きを隠せない一同。

 

「霊夢の攻撃が…効いたのか…!?」

 

 その様子は正に、霊夢の攻撃が通用したかのようで…

 

「呆けるな雷吼!!止めだ!!」

「っ!承知!!」

 

 星明からの叱咤。

 雷吼は直ぐ様火羅に向かって走り出す。

 

「火羅 阿頭墮無!貪欲な闇に呑まれた貴様の陰我…」

 

 

 

 

 

 俺が断ち斬る!!

 

 

 

 

 

 雷吼は跳躍し、牙狼剣を上段に構える。

 狙いは一刀両断。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 雷吼は火羅に向けて一気に剣を振り下ろす。

 振り下ろされた剣は見事、火羅の身体を両断した。

 

「グ…ゥ…ハラガ…ハラガヘッテ…」

 

 火羅は最期まで己の欲望を満たそうとしながら、消滅した…

 




折角なんで火羅の紹介でも

火羅・阿頭墮無(アズダブ)

 幻想郷において雷吼達が初めて対峙した火羅
 里にいた大食漢の男に憑依し、魚人のような見た目をしている。
 本来であれは幻覚を見せる能力を持っているのだが、憑依した人間の陰我に反応し、左手が獰猛な魚の頭部を模したものとなっている。
 この左手はそれ自体が独自の意思を持っており、火羅の意思とは関係無く動く事が出来る
 その為対峙した相手は不規則に動く左手に翻弄されながらも火羅と戦わなくてはならない
 さらにこの左手の咬合力は凄まじく、例え魔戒騎士であっても一般の騎士の鎧(ハガネ)程度であれば容易に噛み砕く事が出来るため、一瞬の油断も許されない相手である
 幻想郷において夜な夜な里の人間を襲っていたが、雷吼達に目をつけられ、最後は己の欲を満たそうとしながら討滅された
 余談だが、ある世界では強大な火羅を封印する為に利用される程、内包している陰我の強い火羅でもある

次回は再び説明回(いつもか)
雷吼達が外の世界で目的としていた事とは…?


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第弐話「異変」後編

どうしよう、どこまで説明を書いたか、どこまで漢字変換したか、文章が定まらない…
こんなに早くこの問題に突き当たるとは…予想外デス
改めて文章がおかしいと思われる所がありますでしょうが、何卒ご承知お願いします。
いずれ修正かけよ…

こんなへっぽこ作品ですが、願わくば、ゆっくりしていってね

《12/6》ちょっと修正


 火羅 阿頭墮無は討滅された。

 結界が解除される中、雷吼は鎧を返還し、再び刀へと戻ったそれを鞘へと仕舞う。

 

「ん、上出来だ。」

「星明のおかげだ、それよりも今まで一体何処に…」

 

 星明が雷吼の傍へと寄る。

 雷吼は星明にこれまでの事を聞こうとするが、それを遮るように霊夢が口を挟む。

 

「あんた、私に一体何をしたのよ?さっきまではあんな風にはならなかった。」

 

 霊夢が言っているのは、先程自分が放った攻撃についてだ。

 それまではどれだけ攻撃しようとも効いた様子が無かったのに、星明が術を掛けた瞬間あれ程の効果が発揮された。

 一体星明は霊夢に何をしたのだろうか?

 星明はそんな霊夢に対し、一体何を言っているのかというような顔で問いに答える。

 

「そりゃあ決まっているだろう、お前の技が奴に効くよう私が術を施したのさ。」

「術って…お前そんな事出来たのかよ…!」

「と言っても、私一人の力では無いんだけどな。」

 

 いとも簡単に偉業を成し遂げた星明だったが、どうやら一人でそれが出来る程化け物術師では無いらしい。

 

「そう言えば言ってたわね、私の知り合いに頼まれたって…誰の事よ?」

 

 心当たりの無い霊夢が、星明に術を促した人物について問う。

 

「ほらあいつだよ、あの胡散臭~い隙間妖怪の…」

「紫が?何でまた…」

「そ、あいつに頼まれてな。全く、こっちに来て早々人使いの荒い奴だこと…」

 

 どうやら彼女に依頼したのはかの隙間妖怪、八雲 紫らしい。

 という事は星明はこれまで紫と共に居たという事だろうか?

 

「とにかく、お互いに聞きたい事もある。今日はもう遅いから、明日博麗神社に集まって…」

 

 雷吼が一旦お互いの状況を整理する為に、翌日博麗神社に集まるよう促す雷吼だったが…

 

「あー、私は遠慮する。」

「え?何でだよ?」

 

 星明はそんな雷吼の申し出を断る。

 その真意が読めず、星明に問い掛ける金時。

 

「実は(あいつ)に頼まれた事があってな、暫くは別行動になるだろう。」

「「別行動!?」」

 

 何とここで別行動を宣言する星明。

 目的の為、早い所元の世界に戻らなくてはならないのに、別行動を取られるとまた振り出しに戻ってしまう。

 

「待ってくれ星明、紫に何を頼まれたんだ?俺達も力に…」

「いや、これは私に頼まれた事だ。お前達はそいつ等と一緒に居ろ、それじゃあな。」

 

 雷吼が星明に力を貸そうと提案するが、星明はそれを遮って雷吼達の助力を断る。

 用事が済んだ星明はその場から立ち去ろうとするが、そうそう、と思い出したように足を止め、雷吼達の方に振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫の話だと、“奴”はこの幻想郷の何処かに居るらしい。」

「何!?」

「えぇ!?どう言う事だよ星明!?」

 

 星明のその言葉に、雷吼と金時の身体に衝撃が走る。

 

「何処に居るかまでは分からんが…そういう事だ、お前達はお前達で奴を探せ。」

 

 伝える事は全て伝えたと、星明は再び背を向け今度こそその場から立ち去っていった。

 

「奴が…幻想郷に…!?」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「成程ね。魔戒騎士、そして火羅か…」

「こりゃまたヤバそうな奴等が現れたな~。」

 

 翌日、博麗神社に集まった面々は、改めてお互いの情報を交換しあった。

 その中で昨日の敵や雷吼達の正体にも触れられた。

 昨日戦った相手は“火羅(ホラー)”と呼ばれる外の世界の怪物であり、人の妬みや怨み等負の感情から生まれる“陰我(いんが)”が外の世界の物に集まり、それが火羅達が住まう魔界との“迎門(ゲート)”となり、火羅は人間界へと出現する。

 火羅はそのままの姿では人間界に留まる事が出来ない為、迎門の近くにいる強い陰我を持つ人間を喰らい、その人間に成り済まして自分達の糧となる人間を喰らい続ける。

 それを阻止する為に火羅と戦い続ける存在が、雷吼達“魔戒騎士(まかいきし)”や“魔戒法師(まかいほうし)”といった、“守りし者”だ。

 魔戒騎士は人外の力を持つ火羅と戦う為に過酷な修練を積んでおり、陰我を断ち切る事が出来る唯一の金属、“魂鋼(ソウルメタル)”を扱う事が出来る。

 その魂鋼で作り上げた魔戒剣や鎧を駆使して、火羅と戦っているのだ。

 対して昨日の女性、星明のような魔戒法師は騎士と違い、法術を駆使して火羅と戦っている。

 そして雷吼はそんな守りし者達の頂点に立つ存在…“黄金騎士(おうごんきし) 牙狼(ガロ)”の称号を継ぐ者である。

 

「お前意外と偉い奴だったんだな。」

「別にそうでもないさ、どんな力を持っていようが、俺達のやる事は変わらない。」

 

 魔理沙が意外そうに雷吼を見るが、雷吼は魔理沙の言葉を否定する。

 確かに当時は国の首都を守ってはいたが、立場的には称号が無い騎士や法師達と何ら変わらない扱いであった。

 

「まぁその辺りの事情は大体分かったわ。で、昨日最後に言ってた奴っていうのは?」

 

 霊夢がこれまでの話を一旦切り上げ、星明と話していた人物について問う。

 

「あぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “藤原 道長(ふじわらの みちなが)”、かつて平安京を統治していた男だ。」

 

 藤原道長…かつて平安京の貴族の頂点に君臨していた男で、一族全員を追い落として栄華を欲しいままにしていた。

 目的の為ならば手段を選ばない野心家であり、火羅や魔戒騎士の事にも精通していた危険な人物。

 雷吼達が平安京で討滅した火羅・“ルドラ”が起こした騒動の最中、都を捨てて行方知れずとなっていたのだ。

 

「俺達は、その道長の捜索を命じられていたんだ。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「道長の捜索、ですか…」

「さよう、その為にお前達にはこの管轄から外れてもらう。」

 

 それは今から一週間程前、雷吼達がまだ平安京に居た頃まで遡る。

 雷吼、金時、星明の三人は薄暗い洞窟のような空間に居た。

 雷吼達の目の前には洞窟の中いっぱいにそびえ立つ鳥居があり、その前に三本の赤い柱が立っている。

 その上には狐を模した服を着た三人の人の姿が。

 ここは“番犬所(ばんけんじょ)”と呼ばれる場所で、三人の名前は“稲荷(いなり)”という。

 番犬所は魔戒騎士や魔戒法師達を束ねる存在であり、稲荷達“神官(しんかん)”は騎士達に直接火羅討滅等の指令を与える存在だ。

 ちなみに今雷吼達に話していた稲荷は稲荷(天)という。

 

「おいおい、どうしてそんな面倒な仕事を私達がしなくちゃならないんだ?そこらの騎士達に任せればいいだろう。」

 

 稲荷の指令に星明が不満を口にする。

 少し前まで平安京は騎士や法師達がほぼいない過疎地となっていたのだ。

 火羅・ルドラの件で鍵となる存在を探す為に平安京を出ていたのだが、今は散らばっていた騎士達が再び都に集まっている。

 あの時自分達は少ない人数で都を守ったのだから、たかが人探し等そいつ等に任せれば良いという考えのようだ。

 だがそんな思惑は稲荷達が許さない。

 

「そうもいきません、あの時道長を逃したのはあなた達の不備です。責任は果たしてもらいます。」

「えぇ~あれ俺達の責任ですか!?」

 

 落ち着いた大人の女性のような口調で、稲荷(白)が雷吼達を咎める。

 道長は危険な思想を持っている男、稲荷達の言う事も確かかもしれないが、あの時自分達はルドラで手一杯だったのだ。

 金時が嘆く通り、少しは自分達の状況も考慮してもらいたいものだ。

 

「とにかく、おまえたちはそうきゅうにみちながをさがし、やつをとらえるのだ。」

「そうしなければ“元老院(げんろういん)”がうるさくて敵わん。」

 

 相変わらず抑揚の無い言葉で稲荷(空)が話を切り上げ、稲荷(天)がそれを後押しする。

 元老院とは、簡単に言ってしまえば数ある番犬所を統治する存在であり、全ての守りし者が属する場所だ。

 どうやら稲荷達はその元老院からのお小言が面倒になっているらしい。

 

「ふん、相も変わらず雑用を押し付ける訳か。全く…」

「わかっているのならばそうきゅうにしれいにしたがってもらおうか。」

「情報は後程送ります、あなた達は急ぎ準備を進めてください。」

 

 星明が稲荷達にも聞こえる位の声で愚痴る。

 まぁこのような指令は今に始まった事では無い、稲荷達も星明の愚痴には耳を貸さず、三人に指令の遂行を施す。

 

「愚痴を言っても仕方ない、行くぞ二人とも。」

「はい。」

「ふん。」

 

 雷吼が話を切り上げ、残りの二人に声をかける。

 未だ星明が不満げであるが、いくら言っても仕方ないことは彼女も理解しているのだろう。

 渋々と雷吼の言葉に従った。

 

「「頼んだぞ。」」

 

 道長の行方は自分達も気になっていた所だ。

 去り際に稲荷達が念を押すように言ったのが少し気になるが、与えられた指令はこなして見せよう。

 こうして雷吼達はこれまで守ってきた都を離れ、道長を探す旅に出たのだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…という訳なんだ。」

「へぇー、成程な。」

「藤原 道長ねぇ…」

 

 一頻り説明し終えた雷吼は置かれていた茶で喉を潤す。

 話を聞いていた霊夢と魔理沙はお互い何か思う所があるのか、口を開かず考え込んでいる。

 

「…これからどうしましょうか?」

 

 その空気に耐えかねたのか、金時が口を開く。

 自分達はもちろん道長を探す事に変わりは無いが、本来関係の無い二人は今の話を聞いてどうするのか?

 

「…その道長って奴が、幻想郷に火羅を招き入れたって可能性は?」

 

 ここで霊夢が雷吼達に質問する。

 この幻想郷には元々火羅が出現する要因である陰我や迎門の存在は確認されなかった。

 それなのに火羅が表れたという事は、誰かが何かしらの方法で幻想郷に火羅を呼び寄せた可能性が高い。

 そして星明の言う通りであれば、ここ最近確認された外の世界から来た人間は雷吼達を除けば、道長ただ一人。

 

「断定は出来んが、可能性は高いな。」

 

 ザルバがその可能性を肯定する。

 ザルバに関しては既に二人には説明してある。

 魔導輪ザルバ…雷吼の左中指に嵌められている意思を持つ指輪。

 その正体は人間に友好的な火羅の魂を魔戒法師特製の指環に封じ込めたものである。

 彼は常に牙狼と共に在る存在として、歴代の黄金騎士と時代を駆け抜けている。

 ザルバの言葉を聞いた魔理沙は真剣な顔付きで雷吼達に向けて自身の決意を宣言する。

 

「だったら私も一緒に探すぜ、幻想郷の異変を解決するのは私の役目だからな。」

「それは私の役目、あんたのじゃない。」

 

 魔理沙の宣言を速攻で否定する霊夢。

 すると…

 

「失礼するぞ。」

「うぉっ、びっくりした…!」

 

 突然誰かによって外の廊下に繋がる襖が開けられる。

 いきなり襖が開けられたことに軽く驚いた金時だったが、他の人達は大して驚きもせずやって来た客人に目を向ける。

 

「あれ、お前は…」

 

 魔理沙がその人物を意外そうに見る。

 雷吼もその人物を見ると、それは何とも不思議な人物であった。

 白の着物に青い前垂れを掛けた女性、しかし何よりも目を引くのは彼女の背後。

 黄色いふさふさとした、まるで狐の尻尾のような物が九つ付いている彼女は、雷吼達を見ると深く会釈をし、自身の名前を言う。

 

「お初にお目に掛かる。私の名は“八雲 藍(やくも らん)”、お二人に用があってここに来た。」

 




実際道長ってあの後どこ行ったんでしょうね?
あの身なりでよくまぁ逃げられたものだと今でも思いますw


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第参話「魔紅」前編

むぅ…良いサブタイが思い付かなかった…

願わくば、ゆっくりしていってね



「あら、紫ん所の式が来るなんて珍しいわね。」

 

 式?と霊夢の言葉に雷吼達は首を傾げる。

 いや、別に式という存在を知らない訳では無いのだ。

 星明もかつて式を使役していた頃があり、彼女と違って色々と気が利く奴だったので当時は大いに助かっていた。

 しかしその式の姿は法術によって人間の等身大にまで巨大化した、ただの紙切れであった。

 それ故に目の前にいる藍が紫の式だと言われても今一納得出来ていないのだ。

 

「紫様から言伝を承っていてな、それを伝えに来たまでだ。」

 

 そんな藍は、どうやら紫から自分達に向けて何か伝言を授かっているらしい。

 藍は一度小さく咳払いをすると、雷吼達に向けて紫からの伝言を伝えた。

 

 

 

 

 

「“吸血の館に吉報の兆し有り、さらなる光明を見出だす為に、魔の力を操る者と館へ赴き、その英知を授けよ。”だそうだ。」

 

 

 

 

 

 …どこかで聞いた事のあるような物言いだ。

 そうだ、番犬所からの指令の内容によく似ている気がするが、ただの偶然だと思っておこう。

 そんな事はさておき、吸血の館とは一体何であろうか?

 心当たりの無い二人は吸血の館について考えようとするが、いち早く魔理沙がその答えに辿り着く。

 

「吸血の館って…もしかして“紅魔館(こうまかん)”の事か?何でまた…?」

「さぁな、私は紫様から言伝を授かっただけだ。後は自分達で考えるといい。」

 

 どうやら吸血の館とはその紅魔館なるものらしい。

 やはり幻想郷の事は彼女達に聞くのが一番だ。

 

「では、魔の者とは一体誰の事なんでしょう?」

 

 ならばと金時が次の疑問を出すが、これは霊夢が速攻で答えを返す。

 

「あんたの事じゃないの、魔理沙?」

「へ?私か?」

「勘だけど、だってこの中で魔力を使うのはあんただけじゃない?」

 

 魔力は確か魔理沙の説明だと、魔法を行使するために必要な力で、霊力等とはまた違うものらしい。

 そんなもんか?と魔理沙は今一腑に落ちないようだが、現状それしか情報が無いので、ここは霊夢の勘を信じるとしよう。

 

「とりあえず、皆でその紅魔館に行くとしよう。ありがとう藍。紫や星明によろしく伝えといてくれ。」

「礼は無用だ。では、失礼する。」

 

 藍はそう言うと踵を返し、博麗神社を後にする。

 藍が神社から出たのを確認し、改めて雷吼は紫からの指令を遂行しようとする。

 

「よし、じゃあ皆で紅魔館に…」

「あ、悪いけど私はパス。」

「え、何でだよ?」

 

 だがここで霊夢が紅魔館へ行くのを拒否する。

 何か事情でもあるのかと魔理沙が聞くと…

 

「少し調べたい事があってね、今回はあんた達だけで行って頂戴。」

「お、何だ霊夢、私に手柄取られちまうぞ?」

「別に。元々伝言にはあんたが行くみたいな事になってるんだから、そもそも手柄云々の問題じゃ無いでしょ?」

「ちぇっ、つれねぇな~」

 

 どうやら霊夢にはどうしても調べたい事があるそうだ。

 ならば無理強いは出来無い。

 

「なら、紅魔館まで道案内を頼めるか、魔理沙?」

「おぅ!この霧雨 魔理沙様に任せておけ!」

 

 雷吼が魔理沙に道案内を頼むと、魔理沙はどんと胸を張る。

 どうやら相当やる気のようだ。

 こうして三人は紅魔館へ向かう準備を始めた。

 そんな三人の傍で、霊夢は一人思考に耽っていた。

 

 

 

 

 

「藤原、か…」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 霊夢と別れ、博麗神社から出た三人は真っ直ぐ北の方角へと歩いていた。

 魔理沙の話だと、博麗神社から紅魔館まではそれなりに距離があるらしく、本来ならば空を飛んでいくのだが、残念ながら雷吼達には飛ぶ手段が無い為、こうして歩いている訳だ。

 

「そうそう、ちょっと寄っていきたい所があるんだが、良いか?」

 

 歩いている途中、先頭を歩く魔理沙が二人に問いかける。

 

「あぁ、構わない。」

「どこに寄るんですか?」

 

 別に拒む理由は無い為、雷吼は二つ返事で了承するが、やはり気になるのか金時が行き先を訪ねる。

 

「なに、この先の森の前にある古道具屋さ。実を言うとここから先は歩くのにはあんまり向いてないんだ。」

 

 そう言うと魔理沙はこの先の森について説明し始めた。

 

「この先の森は“魔法の森”って言われてな、森全体に魔力が蔓延してるんだ。それだけなら良いんだが、この魔力がちょいと厄介でな、慣れてない奴が長時間居ると体に害を及ぼしかねないんだ。私は平気だが、お前等がどうか分からないからな。」

 

 だからその古道具屋に行く、もしかしたら何か役に立つものがあるかもしれないからな、と言って魔理沙の説明は終了した。

 成程、それならば寄らなくてはならないだろう。

 ついでに言えば、この幻想郷では人里から離れると妖怪が襲ってくる可能性が高いと既に霊夢から教わっている。

 妖怪達に遅れをとるつもりはないが、やはり何か役に立つ物があると心強い。

 

「着いたぜ、あそこが“香林堂(こうりんどう)”だ。」

 

 そう思っていると三人の向かう先に一軒の店が建っていた。

 どうやらあそこが魔理沙の言う古道具屋らしい。

 魔理沙は馴れた様子で店の扉に手を掛け、元気良く扉を開ける。

 

「おーい香林!邪魔する「おぉ~!!これもまた珍しい物だ!!」…ぜ?」

 

 魔理沙がまた元気良く店の中に声を掛けるが、それよりも大きな声によって妨げられる。

 というよりも今の声、どこかで聞いた事のあるような…

 そう思い店の中を覗くと…

 

 

 

 

 

「「星明!」」

「ん?おぉ、お前達か!ちょうど良い所に来た!」

 

 やはりそこには稀代の術師、星明の姿が。

 星明は雷吼達の存在を確認すると、何かを手に持ちながら近寄ってくる。

 

「おいお前達見ろ!世にも珍しい大王烏賊の木彫だ!しかも脚が折れかけ!こっちはたま○っちと書かれてるよく分からん何か!くぅ~ここは宝の宝庫だ~!!」

 

 そう言って興奮しながら雷吼達に物を見せる星明。

 そう、これが星明の悪い所の一つ、よく分からないものに美的感覚を見出だしてしまう所だ。

 これのせいで迷惑を掛けられたのも一度や二度じゃない。

 

「あー君達、その女性と知り合いかい?良かったらその人にお引き取り願うよう言ってくれないかな?もうかれこれ一時間以上その調子でね…」

 

 そんな彼女の被害者がまた一人増えたらしい、店の奥から男性の声が聞こえてきた。

 青と黒を基調とした和服を着た銀髪の男だ。

 

「よぉ香林、邪魔するぜ。」

「いらっしゃい魔理沙、その三人は君の知り合いかい?」

「まぁな。紹介するぜ、こいつは“森近 霖ノ助(もりちか りんのすけ)”、ここ香林堂の店主だ。」

 

 霖ノ助がよろしくと挨拶する。

 どうやら魔理沙とはあだ名で呼ばれる程親密な関係らしい。

 

「初めまして、雷吼です。すいません、星明(こいつ)が迷惑を掛けまして…」

「金時です。本当に申し訳ありません…」

「おいお前達、私は別に迷惑など掛けていないぞ!」

 

 雷吼達は自己紹介がてら星明に代わり霖ノ助に謝罪する。

 外の世界ではいつもこんな感じだったので、もはや慣れたものである。

 

「あ、そうだおばさん!あんたにも用事があったんだ!」

「おい誰がおばさんだって!?星明“お姉さん”だろうが!」

「どっちでもいいだろ!おばさんあの時霊夢に火羅を倒せる術掛けただろ!?どういう原理なのかちょっと私にも教えてくれよ!」

「どっちでもいいだと!?しかもまたおばさん呼ばわりとはお前な…!!」

 

 魔理沙が星明に火羅を倒せる術を教えてほしいと頼むが、頼み方が悪く無駄に星明を怒らせてしまう。

 このままではいかんと魔理沙に詰め寄ろうとする星明を二人係りで羽交い締めにする。

 

「離せお前等!!私は今からこいつに正当なる教育をだな…!!」

「その教育に問題があるんだよ!」

「頼むから落ち着いてくれ星明!」

「なぁおばさん!頼むぜ!」

「店の中では静かにしてほしいんだが…」

 

 阿鼻叫喚の声が轟く店の中、また喧しい客が増えてしまったと霖ノ助は頭を抱えて嘆いた…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「あー、まぁさっきの頼みなんだがな、それは無理だ。」

 

 数分後、どうにか星明を抑え込んだ雷吼と金時。

 とりあえず教育は置いておいて、星明は先程の魔理沙の頼みを否定した。

 

「えー何でだよ?そんな難しいもんなのか?」

 

 当然魔理沙は星明の答えに反発する。

 魔理沙を納得させるために、星明は詳細を説明する。

 

「いいか?そもそもあれは私とあのお嬢ちゃんの使っている力が同じ霊力だったから出来たんだ。お前が使っているのは魔力だろう?教えた所で違う系統の力で再現出来るものじゃないのさ。」

 

 それに、あれには紫の力も必要だしな、と星明は説明した。

 残念ながら魔理沙の願いは叶う事は無さそうだ。

 

「ちぇっ…そいつは残念だな…」

 

 魔理沙が悔しそうに俯く。

 まだ魔理沙と少ししか時間を共にしていないが、彼女が負けず嫌いで、霊夢に対しては特にそれが謙虚な事は雷吼達にも分かっていた。

 それに魔理沙は今回の一連の事件…霊夢達に言わせれば“異変”と呼ぶべき事態に率先して参加しようとしている節がある。

 それなのに火羅に対抗できる力が無いのは、彼女で無くとも歯痒い気持ちであろう。

 

「仕方が無いさ、それよりも今は目の前の状況に集中しろ。」

 

 星明は無理に慰めの言葉は掛けなかった。

 下手に気を使えば、かえって彼女の為にならないだろうと理解しているのだろう。

 

「そうだな…しょーがねぇ、今は森を抜ける方法を考えるとするか!」

 

 魔理沙もいつまでもすがっていては仕方が無いと気持ちを切り替え、まずは目の前の問題を解決することにした。

 魔法の森をいかにして安全に歩いて通るか、魔理沙は解決策を見出だすために、霖ノ助に事情を説明し始めた。

 

 

 

 

 

 少女説明中…

 

 

 

 

 

「成程、魔法の森を徒歩でか…」

「そうなんだよ、何とかなんないか?」

 

 説明が終わり、事情を理解した霖ノ助だが、その表情はあまり良いものではない。

 

「妖怪に関しては君もいるし、話を聞く限りじゃ彼等も妖怪に対抗できるだろうから問題はないが、森の瘴気に関してはね…」

「ダメかぁ…ここは二人を信じて突っ切るしかねぇかな…?」

 

 解決策が見出だせず、頭を悩ます一行。

 一方未だ店から離れない星明は、雷吼達の話を尻目に店内を物色していたが、ふとあるものを目にして立ち止まる。

 

「おい店主、その後ろにあるのは何だ?」

 

 星明が指差す方向、それは霖ノ助の座る席の後ろの棚に向けられていた。

 

「ん?あぁ、残念だがこれは非売品だよ。」

 

 どうやら売っているものでは無いらしいのだが、星明はその中の一つに注目し続ける。

 

「その棚の端にあるやつ、そいつをちょっと見せてくれないか?心配するな、壊しはしない。」

 

 星明の壊さない発言を少し怪しみながらも霖ノ助は言われた物を取る。

 霖ノ助が取った物、それはまるで筆先をそのまま小物にしたような物であった。

 星明はそれを手に取り、色々な角度から観察していく。

 すると星明はこれは意外だ、と口にする。

 

「驚いた、こいつは“魔導具(まどうぐ)”じゃないか。」

 

 魔導具?と雷吼達もその小物を見る。

 魔導具とは、魔戒騎士や魔戒法師達が使う道具の総称であり、ザルバのような“魔導輪(まどうりん)”もこの対象である。

 そんな魔導具が何故こんな所に?と疑問に思っていると、霖ノ助がその意思を汲み、入手した経緯を説明する。

 

「それは“無縁塚(むえいづか)”と呼ばれる場所に落ちていたんだ。あそこは外から入ってきた物が沢山あるからね。」

「成程、大方外の世界で忘れ去られた物なんだろうな。」

 

 そう言うと星明は霊夢に術を掛けた時にも用いた筆、“魔導筆(まどうひつ)”を取り出し、その魔導具に術を掛ける。

 すると気のせいか、先程より魔導具の色に艶が出たような気がした。

 

「うん、まだ使えるみたいだな。試しに使ってみるか…おい金時!」

「へ?うわっ!?」

 

 星明は魔導具が起動した事 を確認すると、近くにいた金時に投げ渡した。

 金時は慌てながらもしっかりと魔導具を手に取る。

 

「あぁびっくりした…おい星明!いきなり投げるなよ!」

 

 金時がいきなり魔導具を投げ渡した星明に抗議しようと魔導具を叩いた、その時だった。

 

「うわぁっ!?」

「金時!?」

 

 なんといきなり金時が天上に向かって飛び上がった。

 よく見ると、魔導具を握った手が天上に付いており、金時はそれにぶら下がっている状態だった。

 

「おいおい、大丈夫か!?」

「いだだだだだだだだだだ!?手が!!手が!!」

「成程…そいつは叩くと起動するのか。おい金時!そいつをもう一度叩け!」

 

 星明に言われた通りに金時は魔導具をもう一度叩く。

 すると魔導具の効果が切れ、金時はその場に崩れ落ちた。

 

「あでっ!!痛って~…指が…!」

「大丈夫か金時!?」

 

 不時着し、手を痛めた金時を介抱する雷吼。

 それを見ていた霖ノ助は対称的に成程、と関心を示していた。

 

「浮力を生み出す、という事は分かっていたが、意外と力があるじゃないか。」

「ほぅ、使い方が分かっていたのか?」

 

 意外にも霖ノ助はあの魔導具の使い方が分かっていたようだ。

 どうやって知ったのか星明が聞くと、

 

「僕にはそういう能力があってね、一応物の名前と使用目的は見ただけで分かるんだ。もっとも、使い方までは今一だけど。」

 

 霖ノ助はそう答えた。

 霖ノ助自身はもっと完璧な能力を求めているようだが、それだけ分かれば十分便利な能力だろうと星明は思った。

 ここで一部始終を見ていた魔理沙がピンと思いつく。

 

「そうだ、こいつを使えば森の上を飛んで行けるじゃん!なぁ香林!」

 

 そう思いついた魔理沙は霖ノ助の方を向く。

 霖ノ助も魔理沙の言いたい事はもう理解している。

 

「そうだね、幸い同じものがあと三つある。売る事は出来ないが、今回は使い方を教えてくれたし特別だ、貸すという事にしよう、後で返しに来てくれ。」

「ありがとうございます。良かったな金時、お前のその手の犠牲は無駄にはならなかったぞ!」

「なんか釈然としません…」

 

 何はともあれ、これで無事に魔法の森を通過することが出来る。

 後は吸血の館、紅魔館に行くだけだ。

 

「何とか解決出来たみたいだな。それじゃあ最後に…おい金時!」

「何だよ?まだ何かあるのか?」

 

 星明に呼ばれて近付く金時だが、先程の魔導具の件を根に持っているのか、警戒を露にしている。

 金時が近付くと、星明はちょいと失礼と言い彼の背負う金棒を抜き、地面に置く。

 そして魔導筆を取り出すと、先程魔導具に掛けた時とは違い、何やら筆を複雑に動かしながら術を構築していく。

 いきなり真剣な表情で始まった一連の出来事に雷吼達は怪訝な表情を見せるが、星明はそれを意に介さず術を完成させていく。

 やがて星明は腕を大きく振り、完成した術を金時の金棒へと施す。

 術は成功したらしく、星明は金時に金棒を返す。

 金時は術が施された金棒を見てみるが、これと言って変わった所は見当たらない。

 

「特に変わって無いように見えるけど…何したんだよ星明?」

「そんな警戒しなくてもいい、まぁさっきのお詫びとでも思っておけ。」

 

 そう言うと星明は改めて金時に近付き、言葉を発する。

 

 

 

 

 

「お前が守りし者として本当に力を欲した時、“それ”はお前の意思を汲み、お前の力となるだろう。」

 

 

 

 

 

 星明のその言葉は、今の金時にはどのような意味か理解する事が出来なかった。

 

「それじゃあ私はそろそろお暇するとしよう。店主、また来るぞ~!」

 

 星明は当面の問題が解決したのを確認すると、店を後にした。

 

「次来るときは静かに頼むよ。」

 

 霖ノ助が店を去る星明にそう告げる。

 色々あって聞きそびれてしまったが、星明はきっと紫からの頼まれ事をこなしに行ったのだろう。

 自分達もそろそろ目的を果たしに行こうと、香林堂を後にした。

 




星明が興味持つものがさっぱり分からん…
途中で出てきた魔導具は流牙狼を見ている人なら分かるとは思いますが、映画等で活躍したあの空を飛べる魔導具です
空飛べるって羨ましい


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第参話「魔紅」中編

紅魔館って働いたら給金いくらだろう…?

願わくば、ゆっくりしていってね



「火羅に関する情報は無しか…幻想郷縁起なら何か載っているんじゃないかと思って来たけれど…」

「ごめんなさいね、力になれなくて…」

「あぁ良いのよ、別にあなたが悪い訳じゃ無いんだから。」

 

 雷吼達が紅魔館に向かっている一方、霊夢は人里にある稗田家の屋敷に来ていた。

 そしてその家の主である“稗田(ひえだの) 阿求(あきゅう)”と共に、火羅に関する情報を探していた。

 稗田家には幻想郷に住まう妖怪達の詳細が執筆されてある“幻想郷縁起”があり、それならば何か情報があるのではと霊夢は考えていたが、残念ながらそれらしい情報は載っていなかった。

 そんな霊夢の様子を見て阿求が期待に添えなかったと謝罪をするが、元々火羅は幻想郷には存在していなかった為、霊夢自身も初めから大した情報は無いだろうと考えており、それほど気にしている様子は無い。

 

「しかし火羅ですか…先日の行方不明事件の事も考えると、相当厄介な妖怪ですね。」

「実際戦ってみて分かったけど、あれは妖怪なんて枠で括って良いもんじゃ無いわ。下手したら幻想郷が簡単に滅ぶ事になるかもしれないんだから…」

 

 火羅…魔界から迎門を通り人間界に現れ、適当な人間に成り済まし、そのまま人を喰らい続ける。

 迎門となる物には大きさや種類等の制限は無く、あらゆる物が迎門となる可能性がある。

 下手をしたら今自分達が手に持っている資料でさえ突然迎門となる可能性があり、正に神出鬼没なのだ。

 さらに火羅が成り済ますのも、人間だけに限らない。

 時には人では無く、別のものに憑依する事もあるらしい。

 ここで危惧すべきは、幻想郷特有の存在となっている妖怪や妖精等も対象となるのかどうか。

 もし可能であるのならば、幻想郷のバランスは大きく崩れ、相当な被害を受ける事になるのは間違いない。

 また、火羅は森羅万象あらゆるものに存在する陰我を糧とし肉体を構成している為、生半可な攻撃は通用せず、例え身体が欠損してもすぐに再生する事も出来る。

 今そんな火羅に対抗出来るのは、実質雷吼と霊夢の二人だけ。

 雷吼からごくごく稀ではあるが、何かしらの事情で火羅が数十体以上も同時に出現する事も過去にあったと聞かされている。

 もし今仮に火羅が大量発生したら、二人だけでは確実に対処しきれないだろう。

 そんな危険極まりない存在を、幻想郷の秩序を守る博麗の巫女が放っておく訳が無かった。

 しばらく二人で火羅の情報を探していると、稗田家に仕える従者の一人がやって来た。

 

「お嬢様、客人がお見えになっております。」

「え、客人?誰かしら…?」

 

 霊夢もそうだが、今日は特に誰かと会う約束はしていない。

 次々と来る覚えの無い客人に首を傾げていると、霊夢があぁ、と言った。

 

「そいつ等は多分私が呼んでおいた奴等よ、通してあげて。」

「はぁ…分かりました、通してください。」

 

 阿求の言葉に従った従者はすぐさま客人の下へと向かった。

 

「お邪魔するよ。」

「よぅ。」

 

 やがて二人の下にやって来たのは、上白沢 慧音ともう一人の女性だった。

 

「あら慧音先生、先日はどうもありがとうございました。」

「いや何、大した事は成し遂げていないさ。礼ならそこにいる博麗の巫女に。」

 

 二人が話しているのは、先の火羅による事件の事だ。

 阿求は幻想郷縁起の執筆の為に妖怪達について自ら調査に赴く事もある。

 さらに幻想郷縁起以外にも様々な本を執筆しており、その中には寺子屋で使われる教本も含まれている。

 その為里の自警団に参加し、寺子屋で教師も行っている慧音とは、何かと縁があるのだ。

 

「意外と早かったわね、あんた達。」

「慧音に言われてやって来たが…一体何の用だ?」

 

 そう霊夢に問い掛けるのは、先程慧音と共にやって来た女性。

 白の上着に赤いもんぺを着用している。

 

「ちょっとあんた達に聞きたい事があってね…」

 

 霊夢が稗田家にやって来た理由は火羅に関する情報を探す為だけでは無かった。

 慧音は里の寺子屋において歴史を担当している教師だ。

 そんな歴史に詳しい慧音と、もう一人の女性が居るからこそ霊夢が聞きたい事、それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた達、藤原 道長って奴知ってる?」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 香林堂を出発し、雷吼達は順調に魔法の森の上空を通過していた。

 道中急に肌寒くなったと思ったら、「あたいと勝負しろー!」と言って女の子がこちらに突撃してきたが、魔理沙が魔法で文字通り撃ち落とした事以外は概ね予定通りだ。

 かなりの高さから落とされた為心配していたが、魔理沙曰く日常的な事らしいのでこれ以上は考えないでおこう。

 幻想郷の女の子が強いのは既に承知済みだ。

 しばらく飛んでいると、森を抜けたのか大きな湖に出る。

 すると魔理沙が二人に向かって声を掛ける。

 

「見えてきたぜ、あれが紅魔館だ!」

 

 霧で隠れて見え辛いが、三人の前方に巨大な建物が見えてきた。

 さらに近付いてみると、その館が異様な存在だと思い知らされる。

 紅い、紅いのだ。

 建物の外壁や屋根等、館全体が全て紅色に染められていたのだ。

 まるで館全体がくまなく血で塗れているのではと錯覚する程の異様な佇まいは、成程吸血の館と呼ばれるのも納得だ。

 

「いつもならその辺から入るんだが…まぁ今回は正面から入ってやるか。」

 

 魔理沙がさらりと犯罪じみた発言をしたが、一応今のは聞かなかった事にしておこう。

 館の正門とおぼしき場所に降り立つと、門のすぐ横に女性の姿が。

 これだけ大きな館だ、門番にも見えなくはないが…

 

 

 

 

 

「寝てるな。」

「寝てますね。」

「まぁいつも通りだな。」

 

 寝ていた。

 壁を背にして立ちながら寝ているのだ。

 それはもう立派な鼻ちょうちんを出しながら。

 魔理沙は女性に近付くと、その鼻ちょうちんを自慢の箒でつついて割る。

 

「ぬぁっ!?ね、寝てませんよ咲夜さ…ってなんだ、魔理沙さんじゃないですか。」

「よぅ美鈴。ちょいと中に用事があってな、門開けてくれねーか?」

 

 良い音を出して割れた鼻ちょうちんを目覚ましに、美鈴と呼ばれた女性は起きた。

 

「あれ、珍しいですね。いつもならその辺から入ってるのに。」

「私もそうしたいんだが、今日は私以外にも客人がいてな。」

 

 どうやら魔理沙の不法侵入は公認となっているらしい。

 いや、公認となっているのならば不法侵入では無いのか?

 

「成程、私はここ紅魔館の門番を担当している“(ほん) 美鈴(めいりん)”と申します。話はおぜう様から聞いておりますよ、では、三名様ご案内で~す!」

 

 そう美鈴が言うと、閉ざされていた門の扉がひとりでに開く。

 美鈴によって中へと案内される三人。

 ふと辺りを見回してみると、外から見た雰囲気とは違い、門の中はかなり綺麗に彩られていた。

 館の前には大きな庭があり、そこには色とりどりの花が咲いている。

 その庭園の造りは、平安京や人里では見かけないものであった。

 

「綺麗でしょう?管理するの結構大変なんですよ?」

 

 どうやらこの庭園は彼女が管理をしているらしい。

 かなりの広さだが、これを門番の仕事と並行してこなす美鈴は、先程の印象とは違い案外仕事上手なのかもしれない。

 庭園を通り抜け、いよいよ館内部に通じる扉に辿り着く。

 四人が近付くと、正門と同様扉が勝手に開く。

 その扉の先にはまた一人の女性が立っていた。

 

「お待ちしておりました、お二方。紅魔館のメイド長を務める“十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)”と申します。ここより先は私がご案内致します。美鈴、貴方は門番の仕事に戻って。」

 

 その女性、咲夜は雷吼達に会釈をし、軽い自己紹介を済ませる。

 ここから先は美鈴に代わって彼女が館を案内するようだ。

 

「は~い。それじゃあ私はこれで、では!」

 

 美鈴はビシッ!とポーズを決めると、咲夜の言葉に従い門番の仕事に戻っていった。

 

「んじゃ、私もいつもの場所に行くとするか。良いよな咲夜?」

「構わないけど、あまり迷惑を掛けないように。そろそろ借りた本を返した方がいいわよ?」

「そうはいかないな、私はいつも言ってるはずだぜ?死ぬまで借りていくってな。」

 

 そう言うと魔理沙は館の中に入り、一人別行動を開始した。

 

「死ぬまで借りていくって…」

「それ返す気ありませんよね…?」

「彼女はああいう子なの、あなた達も気を付けた方が良いわ。さぁこちらへ、地下の図書館までご案内致します。」

 

 また少し魔理沙の性格が見えてきたような気がする。

 そんな事を思いながら二人は咲夜に連れられ、館の中へと入っていった。

 中に入って様子を見ても、やはりこの館は異様な存在だと思い知らされる。

 外側はまだしも、廊下や階段、扉の色等、館の内部まで紅に染めるのは果たしてどういった感性をしているのか?

 少しここの主の感性を疑いたい。

 

「そういえば、ここの主ってどんな人なんですか?」

 

 金時もここの主の事が気になったらしく、咲夜に問う。

 

「“レミリア・スカーレット”。それが、この紅魔館の主であり、夜の支配者の異名で呼ばれているわ。」

「夜の、支配者…」

 

 それは大層な呼び名だと思った雷吼も、一つ気になっている事があるので、続けて咲夜に問いかける。

 

「その主なんだが、吸血鬼だという話も聞いたが?」

「えぇ、事実よ。レミリアお嬢様は正真正銘の吸血鬼、とても高貴なお方なの。」

 

 事実というその言葉に、自然と雷吼は顔をしかめる。

 吸血鬼に関しては、道中魔理沙から話を聞いていた。

 人間の生き血を好み、人を惑わすその趣向は火羅に通ずるものがある。

 故に雷吼達は吸血鬼であるという館の主に警戒心を持っていたが、どうやら正解となりそうだ。

 

「その主は、これから行く地下にいるのか?」

「いいえ、お嬢様は現在お休みになられています。あなた方に用事があるのはお嬢様のご友人です。」

 

 昼を過ぎた頃だというのに就寝中とは、少々意外だ。

 そうこうしている内に地下へと続く階段を降り、図書館へと通ずる扉へ辿り着く。

 

「うわぁ…!」

「広いな…!」

 

 咲夜が扉を開けると、目の前に広大な空間が広がった。

 その空間を埋め尽くす程の本棚の数たるや、遥か地平線まで続いているのではと錯覚させる程であった。

 

「…やはりおかしいな。」

「ザルバ?」

 

 咲夜の案内でさらに奥へと歩いていく一行。

 本棚に並べられている本の背表紙が変わるくらいで、いつまでも続いている景色に飽き始めてきた時、ザルバがぼそりと呟いた。

 

「どうにもこの先から火羅の気配がしてな、俺達はそこに近づいているみたいだ。」

「何だって!?どうしてこんな場所に…!?」

「分からん、だが用心しておけ。」

 

 ザルバの警告に耳を傾けていると、ようやっと目の前に件の人物が居るのであろう部屋に辿り着く。

 

「失礼致します、彼等をご案内致しました。」

 

 咲夜が声をかけると、入っていいわよと女性の声が返ってくる。

 それを合図に扉を開け、部屋の中に入る三人。

 部屋の中は何故か夜中のように真っ暗となっており、先程の声の主がどこにいるのか全く分からない。

 

「よぅお前等、待ちくたびれたぜ。」

「うぉびっくりした!!魔理沙か!」

 

 突然目の前からぬっと現れた魔理沙。

 金時が驚く様が余程面白かったのか、魔理沙はケラケラと笑っている。

 

「魔理沙、この部屋はいったい…?」

「ここは私の実験室よ。」

 

 気を取り直して魔理沙に部屋の詳細を聞こうとすると、魔理沙とも、咲夜とも違う声が聞こえた。

 そして魔理沙の時以上に怪しく暗闇から姿を現す声の主。

 正直心臓に悪い。

 

「初めまして、私は“パチュリー・ノーレッジ”。早速だけど、あなた達に聞きたい事があるの。」

 

 紫の服に身を包んだ少女、パチュリーが早速二人に質問がしたいと言い出す。

 出会って早々何をと思っていると、パチュリーがその質問の内容について説明しだす。

 

「あなた達に聞きたいのは“こいつ”の正体。三日程前に捕まえたんだけど、色々分からない事も多くてね。」

 

 そこまで言うとパチュリーは軽く指を打ち鳴らす。

 すると部屋に配置された蝋燭に火が灯り、部屋の中を薄く照らす。

 

「なっ!?」

「いぃっ!?」

 

 明るくなった所で辺りを見回すと、雷吼と金時が驚愕の声をあげる。

 何故なら部屋の中心には大きな机が置かれており、その上には…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「火羅!?」」

 

 人類の天敵である火羅が、抵抗出来ないよう机の上に縛り付けてあったからだ。

 

「そう、火羅と言うのね。早速の情報提供ありがとう。」

「どうして火羅がここに!?」

 

 雷吼達からしてみれば、人外の力を持つ火羅が捕らわれているという事実は、目の前にして見ても些か信じがたいものだ。

 淡々と作業をしているパチュリーに代わり咲夜が答える。

 

「たまたま館内を徘徊していた所を、お嬢様やパチュリー様が興味をお持ちになられましたので。」

「私も驚いたぜ、香林が言ってた爆発ってコイツ捕まえた時の事みたいだぜ?」

 

 実は香林堂から出る際、霖ノ助から紅魔館についてある事を言われていた。

 三日前に館の方向からまた爆発音がしたから気を付けたまえ、と。

 

「苦労したわよ、何せ魔法も何も効かないし、どういう原理か身体はすぐに再生するし…」

「だからって火羅を捕まえるなんて…一体何するつもりなんですか?」

「決まっているじゃない、実験よ実験。こいつはそこらの妖怪なんかよりも遥かに知的欲求をそそられるからね。」

 

 なんと火羅を実験材料として見ているようだ。

 いくら今の火羅が人間界に現れたばかりの脆弱な姿、“素体火羅”の姿であっても、それは危険すぎる。

 いつ火羅の魔の手に掛かるか分かったものではない。

 彼女達の身を案じ、雷吼は魔戒剣を取り出そうとするが、

 

「いけません、その怪物はお嬢様も興味をお持ちになられていますので。」

「っ!?」

「雷吼様!?」

 

 いつの間にか背後に回っていた咲夜に行動を押さえられる。

 雷吼の首筋には咲夜が手にした短刀…ナイフが突きつけられており、金時も迂闊に動けない。

 

「そういう事よ、それにこの実験はあの妖怪賢者に頼まれた事なのよ?」

 

 そう言うとパチュリーは部屋の奥へと声をかける。

 すると奥の暗闇からまた一人女性が現れる。

 彼女の名は“小悪魔(こあくま)”、パチュリーによって召喚された悪魔だ。

 

「小悪魔、二人に事情を説明してあげて。私は実験に戻るわ。」

「はい、パチュリー様。では、部屋の外でお話ししましょう。」

 

 小悪魔は持っていた大量の資料をパチュリーのすぐ傍、火羅が拘束されている机の近くに置き、雷吼達に外へ出るよう促す。

 どうやらパチュリーは本格的に火羅に対して実験を始めるようだ。

 

「では、私は紅茶を淹れてきます。御無礼を働き申し訳ありませんでした。では、失礼致します。」

 

 咲夜は雷吼から離れると、文字通り一瞬でその場から消えた。

 

「今のは…?」

「ありゃ咲夜の能力だ。あいつ時間を操れるんだよ。」

「へぇ~…って時間を操る!?」

 

 にわかには信じがたいが、この幻想郷では大した事ではないと魔理沙は言い、先に部屋を出ていった。

 それでは私達もと小悪魔が促したので、とりあえず部屋を出る二人。

 この幻想郷はやはり自分達の知っている世界とはまるで違うと改めて感じた二人であった。

 

「さてと、話は後で小悪魔から聞くとして、実験を再開しましょうか。」

 

 実験という言葉を聞いて暴れだす火羅。

 今までに一体何をされたのかは分からないが、察するに相当な内容なのだろう。

 だが火羅はあるのものを見てピタリと行動を止める。

 それは先程小悪魔が置いていった資料の山。

 それを見た火羅の顔が不気味に歪んだ…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「火羅に対抗する為の力、か…」

「はい、それを紫さんから言われて実験をしているという事なのです。」

 

 パチュリーの実験室から出た一行は、咲夜が淹れた紅茶を片手に小悪魔から実験の内容について聞いていた。

 小悪魔が言うには、火羅を捕まえて間も無く紫が紅魔館に現れ、万人が火羅に対抗出来る術式を作り出してほしいと頼んできたそうだ。

 前回の火羅と同様に、彼女達の使う力では火羅を倒す事は不可能であり、特に異論め無かった為話に乗ったらしい。

 

「成程な…その術式が完成すれば、あの火羅ともまともに戦えるって訳か…そりゃ楽しみだな!」

「魔理沙さんにあげるとは言っていないんですけど…」

 

 とにかく実験の目的は分かった。

 少々危険ではあるが、そういう目的であるのであれば止める訳にもいかないだろう。

 ならばこれからの実験のやり方についてパチュリーと話し合わなければと雷吼が思っていたその時、背後から耳をつんざくような爆発音が聞こえてきた。

 

「何だ!?」

「パチュリー様!?」

 

 見ると、実験室から黒い煙が立ち込めており、その中から僅かながら炎が上がっているのが見える。

 一体何があったのか、パチュリーは無事なのか、急いで実験室に駆け寄ると、中に入るより前に煙のせいで咳き込みながらパチュリーが姿を表した。

 

「パチュリー!無事だったか!」

「一体何が?」

 

 よく見ると彼女の実験室は扉どころか壁さえも吹き飛んでおり、相当な爆発が起きたようだ。

 普段から膨大な知識をもって研究及び実験を行う彼女が些細なミスを犯したとは思えない咲夜がパチュリーに事情を聞くと、

 

「やられたわ…あいつまだあんな力があったなんて…」

 

 あいつ、と言われて即座に部屋の中を確認する雷吼。

 当たってほしくなかったが、残念ながら雷吼の予感は的中してしまった。

 

「ザルバ!」

 

 雷吼が左手を突きだし、ザルバに目標を探させる。

 

「見つけた、来るぞ!」

 

 予想より早く見つけてくれたザルバに感謝しつつ、臨戦態勢を取る雷吼。

 程無くして彼等の前に大きな影が現れる。

 

「こいつは…!」

「でかっ…!」

「ザルバ、奴は…?」

 

 予想以上の大きさに圧倒される。

 そう、今彼等の目の前にいるのが、パチュリーの実験室を荒らした張本人…

 

 

 

 

 

「奴は“火羅・伊瀬久斗(イゼクト)”、今回は中々の大きさになったな。」

 

 

 

 

 

 素体から受肉を果たし、異形となった火羅が、館全体に響き渡るほどの奇声を上げた…

 




かりちゅまは火羅が現れてもお休みの様です
火羅についてはまた次回


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第参話「魔紅」後編

詰 め 込 み す ぎ た

今までに無い長文ですが、願わくば、ゆっくりしていってね

《12/8》ちょっと修正


「こりゃまた随分と気色わりぃ奴だな…」

 

 現れた火羅・伊瀬久斗の身体は大量の本で出来ていた。

 上半身は素体火羅を思わせる姿となっているが、腕の数が六本に増えており、それぞれが奇っ怪な動きをしている。

 そして下半身は巨大な本が連なって形成されており、そこに脚という概念は無く、本を開いたり、閉じたりといった動作で重たい身体を引きずって移動している姿は、正に芋虫と呼ぶに相応しいだろう。

 魔理沙とて一人の少女、目の前の火羅の姿は彼女にとって嫌悪感を抱かずにはいられない。

 すると火羅が六本の腕を使い、本棚に置いてある本を乱雑に掴む。

 何をするのか注視していると、火羅は掴んだ本をあろうことか自身の口の中に放り込んだ。

 

「た、大変ですパチュリー様!あいつ魔導書喰ってますよ!?」

「へぇ…雑食性なのかしら?」

「そんな暢気にしている場合ですか!早くしないと図書館の本全部食べられちゃいますよ!」

 

 そうこうしている間にも火羅は魔導書を貪り尽くしている。

 一体何を企んでいるのかは分からないが、これ以上やらせる訳にはいかない。

 雷吼達が武器を構え、火羅に立ち向かおうとしたその時、雷吼達の足下に魔力によって生じた魔方陣が形成される。

 

「そうね、小悪魔の言う通りだわ。ここは私の知識の宝庫、それを汚すあなたの行為…」

 

 魔方陣がどんどん光を増していき、魔力が高まっていく。

 その魔力は魔方陣を中心として、結界を作り出していく。

 

「度し難いわね。」

 

 パチュリーの言葉を合図に魔方陣が一層輝き、図書館を照らす。

 光が晴れた後その場に居たのは、パチュリーと小悪魔、そして魔理沙の三人だけだった。

 

「お、おいパチュリー!あいつ等はどこ行ったんだ!?」

「結界の中よ、これ以上ここを荒らされたら困るから。」

「って事は火羅も結界の中…おいパチュリー!私も中に入れてくれよ!」

「無茶言わないで、今のあなたじゃあいつには勝てない。」

「だとしてもだ!ここで置いてけぼり食らうのは嫌なんだよ!」

 

 普段から異変解決に奔走する魔理沙にとって、火羅と一戦交えられないのは我慢ならないのだろう。

 例え自身の弾幕が通用しないとしても、ここで待てを食らわされるのは非常にもどかしい思いだ。

 

「そう自棄にならないの。小悪魔、あれ持ってきて。」

「はい!よかった~、別の場所で保管しておいて…」

 

 そんな魔理沙を嗜めながら、パチュリーは小悪魔にあるものを持ってくるよう指示する。

 少しして小悪魔が持ってきたのは、何の変哲も無い一冊の本であった。

 

「おい、何を…?」

 

 見た所魔導書でも無さそうなその本で、彼女は一体何をするというのか?

 

「言ったでしょう?“今の”あなたじゃ火羅に勝てないって。」

 

 そう言うとパチュリーは不敵に笑いながら答えを出した。

 

 

 

 

 

「なら、勝てるようにしましょう?」

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「くっ!こいつ…!」

 

 一方雷吼は金時と咲夜と共に結界の中で火羅と対峙していた。

 金時が火羅の注意を引き付け、咲夜が持ち前の時間操作能力とナイフ捌きで足止めをし、雷吼が的確に攻撃を与えていく。

 至ってシンプルだが、その分安定した作戦である為、戦いは雷吼達に有利になっていた…筈だった。

 

「こいつ滅茶苦茶すぎますよ!!何ですかあの攻撃!?」

 

 金時が叫ぶ通り、今回の火羅は攻撃方法が滅茶苦茶すぎる。

 何せ口から炎を吐いたかと思えば、その炎が急に凍りだし、砕けて氷の塊となって襲い掛かってくる。

 かと思えば手から雷を出したり突風を出したりと、もう何でも有りと言わんばかりに攻撃を仕掛けてくるのだ。

 縦横無尽に放たれるその攻撃は、雷吼達の作戦を根底から狂わせるには十分であった。

 

「恐らくあの時飲み込んだ本が関係しているんだろうな。」

「なるほど、魔導書ですか…それならば納得できますね。」

 

 恐らく今回の火羅はパチュリーの実験室にあった魔導書に憑依して力を得た。

 憑依した事で魔導書の特性を身に付けた火羅は、取り込んだ複数の魔導書の力を自在に使いこなせるようになったのではとザルバは推測した。

 となれば今回の戦いは相当厳しいものになるだろう。

 言ってしまえば今回はこの図書館の膨大な知識の一部と戦っているようなものだ。

 対してこちらは圧倒的に手数が足りない。

 火羅の放つ攻撃に、決め手となる雷吼が近付けないのだ。

 

「せめてもう一人火羅と戦える人がいたら…!」

 

 金時がそう嘆くが、無い物ねだりをしても仕方が無い。

 今この場で火羅と対等に戦えるのは雷吼しかいないのだから。

 とにかく何とかして隙を作り出さなければと思考を巡らせていると、視界の端から一つの流れ星が落ちてきた。

 

 

 

 

 

「《ノンディレクショナルレーザー》!!」

 

 

 

 

 

 いや、流れ星ではなかった。

 雷吼達の危機に颯爽と駆け付けたのは、極めて普通の魔法使い…霧雨魔理沙だった。

 彼女の周囲から放たれた四つの光線は、火羅の身体を見事に貫く。

 

「へへっ、待たせちまったな!」

「魔理沙!来てくれたのか!」

「当たり前だろ?異変解決は私の専売特許だからな!」

 

 自前の箒に跨がり雷吼達の傍まで降りてきた魔理沙は、ここに来る前よりも何処かはつらつとした印象を受けた。

 ふと火羅に注意を向けると、苦しさ故かその大きな身体をうねらせながら悶えていた。

 

「魔理沙の攻撃が効いているのか?」

 

 そうは言ったが、魔理沙は霊夢のように星明から火羅に対抗する為の術を受けていない。

 故に魔理沙の攻撃は火羅に通用しない筈だが…

 

「全く、パチュリーの奴には敵わないぜ…」

 

 そう言うと魔理沙は結界に入るまでの経緯を雷吼達に教えた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「はい、出来上がり。」

「いやちょっと待て、何だこの見るからに怪しい魔方陣は。」

 

 魔理沙の視線の先には紫色に妖しく光り、描かれている術式が目まぐるしく変わる奇っ怪な魔方陣があった。

 雷吼達が結界の中で火羅と戦っている最中、魔理沙達は小悪魔が持ってきた本に書かれていた内容に従い、魔方陣を作り上げていた。

 パチュリーの話によると、この魔方陣の力を得た者は魔力によって火羅を倒す事が出来るようになると言うらしい。

 途中自分の魔力が必要だと言われたので沢山の星形の魔法を注ぎ込んだ。

 完成すればそれはさぞ美しい魔方陣が完成するだろうと期待していたらこの有様だ。

 

「えっと、一応成功…の筈ですよね、パチュリー様?」

「そうね、成功した筈よ…多分。」

「待て待て待て、まさかお前等今初めてこの魔方陣組んだのか!?」

 

 しかも当の本人達がまだ作った事の無い魔方陣だったようだ。

 完成したのは何とも奇っ怪な魔方陣、いやそもそも完成しているのかも怪しい、そんな不確定要素の塊のようなもので火羅に勝てるとは魔理沙には到底思えなかった。

 故に今魔理沙が心の中で思っている事、それはただ一つ…

 

 

 

 

 

「(この中に入りたくねぇ…)」

 

 

 

 

 

「つべこべ言わずにさっさと入る。」

「ちょ、バカ!押すなって…!」

 

 だがパチュリーが無慈悲にも魔理沙の背中を押し、彼女を魔方陣の中に入れる。

 魔理沙が中に入った事により、魔方陣は起動する。

 

「あぁ~動いちまったぁ…頼むから変な事にはならないでくれよぉ…」

 

 誰に対してかは分からないが、魔理沙は祈るように手を合わせる。

 その間にも魔方陣は作動しており、徐々にその輝きを増していく。

 やがて一際眩しく輝くと、魔方陣は機能を停止し、消滅した。

 

「どう?」

「いやどうって言われても…特に変わった所は無さそうだが…?」

 

 改めて自身の身体を見回してみるが、やはり変わった所は見られない。

 するとパチュリーが虫眼鏡のような物を取り出し、レンズ越しに魔理沙を見る。

 あれは自分も知っている、簡単にではあるが他人の魔力の質を計る事が出来る道具だ。

 

「…魔力の質が変わっている、成功ね。」

「おぉ、やりましたねパチュリー様!」

「えぇ?変わった…のか?」

 

 試しに小さな星を作ってみるが、どうにも普段と大差が無いような気がする。

 やはり失敗したのではと思ったが…

 

「じゃ、行ってらっしゃい。」

「は?」

 

 ふと足下を見ると、そこには転移用の魔方陣が。

 

「いやちょっとまt…!」

 

 無情にも魔理沙の言葉は続く事無く、結界の中へと転移していった。

 

「さてと、私達は結界の維持に努めましょうか。“誰かさん”が起きてくる前に終わると良いんだけど…」

「そうですね…皆さんを信じましょう。」

 

 そして、各々の戦いが始まった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…で、今に至るって訳だ。」

「成程、すごいなあの子も…」

 

 魔理沙からの説明を受け、雷吼はパチュリーの実力に驚愕するが…

 

「あら、パチュリー様は御歳百歳を越えるお方ですわ。あの子という言い方は少々間違いであるかと。」

「へぇー百歳ですかぁ、そりゃまた長生きな…え、百歳?」

 

 それよりも驚きの事実が咲夜の口から語られた。

 流石に冗談だろうと金時は思ったが、

 

「その話は後程致しましょう、今は…」

 

 そう言うと咲夜は視線を別の方向に向ける。

 そう、まだ戦いは終わっていない。

 見ると、既に火羅は戦闘体制を整えている。

 

「皆は奴の足止めを、その隙に俺が斬る!!」

 

 雷吼はいよいよ魔戒剣を天に掲げ円を描き、牙狼の鎧を召喚する。

 雷吼が鎧を纏うと同時に、火羅が一行目掛け飛び掛かる。

 それを各々別方向へ交わし、火羅を取り囲むように散り散りになる。

 

「さぁて、まずは私からだ!スペル発動!“彗星《ブレイジングスター》”!!」

 

 魔理沙がスペルを使用すると、魔理沙の箒が青白く光る。

 瞬間、箒から膨大な魔力が放出され、魔理沙は目にも止まらぬ速さで火羅の周囲を飛び回る。

 

「へへっ、鬼さんこちらってな!」

 

 高速で飛び回る魔理沙を捉えようと火羅があらゆる攻撃を仕掛けるが、魔理沙はそれらの攻撃を軽々と抜き去っていく。

 

「そんでもってこいつをばらまいてっと…!」

 

 その最中に魔理沙は帽子からある物をありったけ取り出し、それをばらまく。

 それは魔理沙が作ったマジックアイテム、その効果は…

 

「今だぜ、咲夜!!」

 

 魔理沙の合図が発せられた瞬間には、既にそのマジックアイテムを狙った無数のナイフが。

 

「そして時は動き出す。」

 

 時符《プライベートスクウェア》

 

 ナイフの群れは寸分違わず同時にマジックアイテムに突き刺さり、爆発した。

 

「たーまやー!」

 

 スペルの効果が切れ、星形の残像を残しながら飛ぶ魔理沙。

 マジックアイテムが爆発し、ダメージを与えると同時に黒い煙が火羅の視界を遮る。

 それこそが魔理沙の狙いだった。

 如何に広範囲を攻撃できたとしても、相手を捉える視界が無ければ意味が無い。

 魔理沙個人のただの思い付きであったが、そこは長い事付き合っている仲、咲夜の機転で見事即席の作戦を成功させた。

 そしてそんな二人が作り出した隙を見逃す魔戒の者達ではない。

 

「はあぁぁぁぁぁ!!」

 

 黒煙の中から火羅の頭上に躍り出たのは金時。

 手にした金棒で火羅の頭部を強打し、火羅を地に伏せさせる。

 

「雷吼様!!」

「承知!!」

 

 金時の合図を受け、火羅に向けて走りだす雷吼。

 牙狼剣を煌めかせ、火羅を断ち斬らんと迫る。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 顔を、腕を、身体を。

 火羅の全身をくまなく切り裂きながら駆ける雷吼は、頃合いを見て大きく跳躍、落下の勢いに乗せ剣を振るい、火羅の胴体を両断する。

 真っ二つに切り裂かれた火羅は相当の苦痛故か、それこそ虫のように悶え苦しんでいた。

 

「よし、これで…!」

 

 雷吼が決定的な一撃を与えた事を確認し声を上げるが、切り裂かれた火羅の下半身を形成していた本が突如バラけ、さながら蝶のようにひらひらと宙を舞い、火羅の上半身に再度集まっていく。

 

「な…!?」

「再生したのか!?」

 

 火羅は元通りとなった身体を起こし、再び雷吼達に迫らんとする。

 恐らく先程の再生も魔導書の力によるものだろう。

 多種多様な攻撃に加え再生能力まで持ち合わせているとは、本当に隙の無い相手である。

 だが雷吼は既にこの火羅に勝つ為の光明を見出だしていた。

 

「ただ斬っても無駄なら、焼き斬るだけだ!!」

 

 雷吼は牙狼剣に手を当てると、ゆっくりと手を剣に這わせたかと思いきや、一気に剣を引き大きく振りかぶる。

 すると牙狼剣や鎧に緑色の炎が纏われる。

 魔戒の事情に精通していない魔理沙達でも強大な力を感じるこの炎こそ、万物の闇を滅する魔戒騎士の必殺奥技…“烈火炎装(れっかえんそう)”である。

 

「火羅・伊瀬久斗!数多の知識を闇へと変える貴様の陰我、俺が断ち斬る!!」

 

 雷吼は牙狼剣を構えると、横一線に剣を振る。

 する剣から烈火炎装の炎が斬撃となって火羅の身体を断ち斬る。

 切り口から炎が燃え広がり、火羅の身体が烈火炎装の炎に包まれる。

 断末魔の声を上げながらのたうち回る火羅を見て、誰もが自分達の勝利を確信した。

 だが…

 

「ん?雨…?」

 

 不意に腕に落ちてきた雫を見て金時が呟く。

 だがここはパチュリーが作り出した結界の中、天気が崩れるという事は有り得ない。

 

「まさか…!?」

 

 雷吼が火羅を見ると、なんと火羅は最後の悪足掻きと言わんばかりに手から水を吹き出していた。

 

「これは…回復魔法を織り混ぜた水!?」

「不味いぞ雷吼!烈火炎装の炎が負けている!!」

 

 咲夜とザルバの言葉通りなら、火羅が吹き出している水はただ炎を鎮める為だけでなく、自らの身体を再び再生させる為にも出しているのだ。

 なんという執念と知識の塊か。

 このままでは火羅は再び完全な姿で自分達に牙を剥くだろう。

 

「んな事させるかよ!!」

 

 それを阻止するために魔理沙が動く。

 彼女は帽子からマジックアイテム、“ミニ八卦炉”を取り出すと、火羅に向けて構える

 

「焼いてもダメなら、ぶっ飛ばすまでだ!!」

 

 八卦炉に想いを込める。

 それに応えて魔力が集まり、周辺の空気が震える。

 

「喰らいやがれ…!」

 

 その光は霊夢の夢想封印と同じく、彼女の代名詞。

 魔法使いを目指す者達が到達せし、至高にして始まりの魔法…

 

 

 

 

 

「《マスタースパーク》!!」

 

 

 

 

 

 恋符《マスタースパーク》

 

 彼女の想いを乗せた閃光は、火羅の身体を丸ごと呑み込む。

 その閃光が晴れた時、目の前に火羅の姿は無かった。

 

「火羅の気配は無し、どうやら何とかなったようだ。」

「おっしゃー!!」

 

 ザルバが火羅の気配を探り、討滅成功と言葉を発すると、魔理沙はその嬉しさに飛び上がって喜ぶ。

 

「やったな、魔理沙。」

「へへっ、おう!」

 

 今回の戦いの最大の貢献者を賞賛する雷吼。

 魔理沙は歓喜の気持ちを隠す事無く返事をする。

 

「えぇそうね、やってくれたわね…」

「うわびっくりした!パチュリーか!」

 

 だが突然背後に現れたパチュリーに、歓喜の気持ちが驚愕に塗り替えられた。

 

「ご苦労様、私達の不手際でとんだ迷惑を掛けてしまったわね。」

「気にしないでくれ、火羅を討滅するのが魔戒騎士の使命だ。」

「そう、なら良いけど。さて魔理沙、あなた自分が何をしたか分かってる?」

「へ?何って…火羅倒したに決まってんだろ?得意のマスパでな。」

「そう、ならあれは何かしら?」

「ん?」

 

 魔理沙は言われるがままパチュリーの指差す方向を見ると…

 

「あ…」

 

 そこには壁や部屋を突き破り、天まで届く大きな穴が。

 そう、ちょうど先程魔理沙が放ったマスタースパークと同じくらいの幅の…

 

「いや~びっくりしましたよ、まさか結界突き破っちゃうなんて…」

「本当によくもやってくれたわね…!」

「い、いやほら、何て言うか、その…あれだよ!ここ地下にあるからジメジメしてるだろ?だからちょいと日の光を提供って事で…」

 

 自らが犯してしまった思いもよらない所業に、その心は驚愕から焦りへと変わる。

 

「…良い訳無いでしょ~~~~~!!!」

「わ、悪かったって!てかそんなやわい結界作ったお前が悪いんだろ~!?」

 

 むきゅ~!!と怒るパチュリーに追いかけ回される魔理沙。

 皮肉にも新たに現れた敵には逃げ回る選択肢しか彼女には無かった。

 

「はぁ…また紅魔館が爆発したなんて言われる…」

「パチュリー様も魔理沙さんも頑張れ~!」

 

 収拾に時間がかかるであろう惨状に頭を悩ませる咲夜に、ただ純粋に目の前の弾幕ごっこに夢中になる小悪魔。

 

「爆発って…」

「あはは…」

 

 そんな光景を見て、雷吼と金時はただ呆然と明け暮れるのみであった…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「どうもお世話になりました。」

「いいえこちらこそ、またのご来館を~。」

 

 魔理沙とパチュリーの弾幕ごっこが終わった後、雷吼達は美鈴と挨拶を交わし、紅魔館を後にした。

 

「結局、吉報っていうのは火羅を倒せる術の事だったんですね。」

「あぁ、だがな…」

 

 そう言って魔理沙を見ると、そこには明らかに肩を落とし落胆している魔理沙の姿が。

 彼女がそうなっているのは、なにもパチュリーに追いかけ回されたからだけではない。

 パチュリーからある事実を告げられたからである。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…今何て言った?」

「だから、今のあなたはまた火羅を倒す魔力が無いから変に首を突っ込まない事。」

 

 話は図書館で繰り広げられた弾幕勝負が終了した時、パチュリーから唐突に告げられた。

 

「ちょっと待て、何で魔力が消えてんだよ!?あれずっと続くもんじゃないのかよ!?」

「誰がいつ永続的だって言ったのよ、あれはまだ試作段階の魔法陣、そんな完璧なものなんてそう簡単に作れるものじゃないわ。」

 

 魔法使いの端くれとして分からない訳じゃないでしょう?と言われて、魔理沙は口を紡ぐ事しか出来なかった。

 

「勿論研究は続けるけど、被検体はもういないし、ちゃんとしたものを作るのにはさらに時間が掛かるわね。」

 

 パチュリーの言葉は未だ高潮していた魔理沙の気持ちを落とすには十分過ぎた…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「まぁそう気を落とすな魔理沙。」

「…気持ちだけは貰っておくぜ。」

 

 先の長い話ではあるが、火羅を倒す術は確かに発見された。

 いつかは魔理沙の願う通り火羅と対等に戦える日も来るだろう。

 まぁ火羅が幻想郷に居る内に研究が進まなければ意味無いが。

 

「まぁいつまでもヘこんでるのは私らしくないな、よーし、私も少しパチュリーみたいに研究でもしてみるか!」

「その意気だ。」

「頑張ってください!」

 

 気持ちを新たにした魔理沙と共に、雷吼達は帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれが噂の黄金騎士?」

「はい、紫様の仰る通りの人物でした。」

 

 雷吼達が紅魔館から去った後、二階のテラスから彼等を見届ける二人の人物の姿が。

 一人は咲夜、そしてもう一人。

 水色の髪を揺らし、優雅に紅茶を啜る少女の名は、“レミリア・スカーレット”。

 見た目に反して五百年以上を優に生きる、紅魔館の主だ。

 

「そう…パチェ達が世話になったみたいね?」

「申し訳ありません、私達の不手際で紅魔館が…」

「良いわよ、特にそれ以外の被害は出なかった訳だし。」

 

 そう会話をしていると、二人の背後から新たに一人の少女が現れる。

 

「お姉様、あの人達は?」

「あらフラン、起きていたのね。」

「何だかドカドカ音がしていたから気になっちゃって。」

 

 少女はレミリアの向かい側の椅子に座ると、咲夜の淹れた紅茶を啜る。

 彼女の名は“フランドール・スカーレット”、レミリアの実の妹だ。

 

「あれは外の世界から来た人間よ、あなたが捕まえたあの妖怪…火羅を倒す使命を帯びた、黄金騎士よ。」

「ふうん…」

 

 フランの質問にレミリアが答える。

 自分が捕まえた侵入者に関わるという事でますます興味が湧いたフランは雷吼達を遠目からじっと見ると…

 

「何だか楽しそうな人達ね?」

 

 そう言って笑みを浮かべた。

 その笑みは見た目相応の無邪気なものであったが、そこには確かに狂気という想いが潜んでいた。

 

「えぇ、また会える日を楽しみにしましょう?」

 

 レミリアもフランの言葉に笑みを溢す。

 二人はその背から、夜を支配する者の証…吸血鬼を象徴する翼を伸ばしながら、彼等との再開を待ち望んだ…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「すっかり遅くなってしまいましたね。」

「そうだな、ただいま霊夢。」

 

 魔法の森を抜け、魔理沙と別れた雷吼達は博麗神社へと帰ってきていた。

 既に日は落ち、辺りは夜の暗闇に覆われている。

 火羅との戦いもあって、予想以上に時間が経過してしまった。

 もしかしたら、今頃霊夢が作っておいた飯が冷めたと怒っているかもしれない。

 そんな軽い冗談を言い合いながら、二人は居間に繋がる襖を開ける。

 

「お帰り、意外と遅かったわね?」

「すまない、向こうで一悶着あってな。」

 

 そこにはいつも通りに茶を啜る霊夢の姿が。

 遅れた事を軽く謝罪しながら部屋に入ると、霊夢が机の向かい側をチョイチョイと指差す。

 その行動の意図が読めなく首を傾げていると、霊夢はムッと表情を強張らせ、さらに机の向かい側を指差す。

 

「座れって事なんじゃないか?」

 

 ザルバの助言でようやっと行動の意図が理解出来た二人は納得すると同時に、少しバツが悪そうに霊夢の向かい側に座る。

 実は自分達の想像以上に怒っているのではと思ったからだ。

 とは言え、火羅と戦っていたという事実を伝えれば彼女も納得するだろうと思い二人が話そうとすると、それより先に霊夢が口を開く。

 

「あんた達確か藤原 道長を追っているって言ってたわよね?」

「え?あぁ、そうだが…?」

「その道長が火羅を幻想郷に放った、そう言ってたわよね?」

「おいおいお嬢ちゃん、今朝も言っただろう?断定は出来んが、可能性は高いってな。」

 

 霊夢が口にしたのは意外にも道長の事であった。

 何故いきなり道長の事を聞くのか分からないが、別にそこに嘘偽りは無い為正直に答える。

 その答えを聞いた霊夢は一度茶を啜ると、真剣な表情で二人に問い掛けた。

 

 

 

 

 

「それ、本当の話?」

 

 

 

 

 

「え…!?」

「な…どうしてそんな事聞くんだよ!?」

 

 まさかの疑いを懸けられた事に驚きを隠せない二人。

 何か自分達の話に怪しまれる要素があったのだろうか?

 そう思っていると、霊夢がそこに至るまでの経緯を説明する。

 

「藤原って名前を聞いた時、一人の知り合いを思い出してね。“藤原 妹紅(ふじわらの もこう)”って言うんだけど、今日はそいつと話をしに行ってきたのよ。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「藤原 道長…平安時代、都を手中に治めていた左大臣の名前だな。それがどうしたんだ?」

「今ちょっとそいつを探していてね、あんたは何か知らない?」

「いや…知らないな。」

 

 稗田家。

 慧音ともう一人の女性、藤原 妹紅がやって来た事で、霊夢はいよいよ本題へと踏み込む。

 藤原という名前を聞いた時、霊夢の頭の中に真っ先に思い浮かんだのは妹紅の事。

 そして藤原 道長という名前が、外の世界において過去に活躍していた偉人の名だという事を思い出したのだ。

 そこで何か情報が得られるかもしれないと単刀直入に聞いてみたのだが、残念ながら妹紅からは情報を得る事は出来なかった。

 だが歴史に詳しい慧音なら、まだ何か分かるかもしれない。

 

「藤原 道長が活躍していた平安時代は今から約千年程前の話、妹紅が外の世界に居たのはそれ以上前の話だ。前に調べた事があってな、恐らく藤原 道長は妹紅の子孫という立場になる。妹紅が知らないのも無理無いさ。」

「へぇーそうなのか。」

 

 妹紅は知らなかったらしいが、やはり道長は彼女と関係があった。

 しかも道長は今から約千年程前の人物だという事も霊夢は聞き逃さなかった。

 

「だがどうしてそんな過去の人物を探していると?」

「今回の事件…火羅との一件に絡んでいる可能性があってね、そいつが今幻想郷に居るらしいのよ。」

「まさか、そんな過去の時代の人が生きてここに…?」

「いや、それは無いな。」

 

 阿求が放った疑惑に即座に反応したのは妹紅だった。

 

「偉人と言っても所詮は何の力も持って無いただの人間なんだろう?そんな奴が千年も生きられる筈が無い。それこそ、私みたいに“蓬莱の薬”を飲んで、不死の体に成らない限りはな。」

 

 だがそれは有り得ない、地上にあった蓬莱の薬は自分が飲んだ物しか無かったからなと妹紅は話した。

 確かに雷吼からは、道長は魔戒の事情に精通はしていたものの特殊な術を使用していたという事実は無かったと聞かされている。

 

「ならば、その道長はどうやってこの幻想郷に…?」

「…いえ、もう大体の検討はついたわ。」

 

 しかし霊夢の頭の中では既に答えが導き出されていた。

 

 

 

 

 

 何故なら千年前、そこには幻想郷はまだ()()()()()()()のだから。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「霊夢…!?」

「もちろん、実に穴の空いた結論だとは理解してるわ。むしろ結論にさえもなっていない…」

 

 そんな世界で幻想郷の知識を得る事等不可能。

 

「でも正直に言うと、私は“藤原 道長”という存在がこの事件の元凶であろうが無かろうが、あまり関係無いと思っているわ。元凶であるのなら退治して、そうでないならどうでもいい。」

 

 ならば道長や火羅という存在は、この幻想郷に“来た”のでは無く、“来てしまった”可能性が高い。

 

「大事なのは火羅、そして火羅を幻想郷に解き放ったであろう“首謀者”。それが藤原 道長であろうが無かろうが関係無い。」

 

 千年の時を越え、過去から未来へと時間を繋げる。

 そんな荒唐無稽な話を実現する事が出来るのは、霊夢の知る限りではただ一人…

 

「だからこそ、私はあなた達に聞いておかなくちゃならない…」

 

 そう言うと霊夢は立ちあがり、雷吼達を見据えながらお祓い棒を雷吼達に突き出して問い掛ける。

 

 

 

 

 

「幻想郷に火羅を放ったのは、“紫”と“あんた達”なの?」

 

 

 

 

 

「…!!」

「霊夢…!!」

 

「紫の境界を操る能力に制限なんてものは無いに等しいわ。例えどれだけ時代が離れていようが、あなた達をこの時代に送り込む事は出来る。火羅という存在を知っているあなた達を。」

 

 霊夢の言葉を否定しようとする二人だが、彼女の話しはは終わらない。

 

「勿論さっきも言ったけど、これは結論にも達していないただの考察。本当に道長が幻想郷に火羅を放った、あなた達が紫に脅されてやった、あるいはその逆、むしろ火羅が現れた事自体あなた達や道長とは何の関係も無い、いろんな可能性があるわ。でもその可能性の中に必ず答えがある、そしてもしその答えが私のすぐ目の前にあって、それがこの世界を危険に晒す事になるのだとしたら…」

 

 

 

 

 

 私は容赦しない。

 

 

 

 

 

「っ…いい加減にしろよ霊夢!!俺達が火羅を使ってそんな事…!!」

「待て金時。」

 

 その言葉にとうとう我慢の限界が来た金時が霊夢に詰め寄ろうとするが、雷吼がそれを遮る。

 

「雷吼様!今の霊夢の発言は私達守りし者の思想を踏み躙るものですよ!?今回ばかりはもう…!」

「待てと言っている。」

 

 大切な主が掲げる思想を踏み躙られたと金時は憤慨するが、雷吼の射殺すような目付きを前にして、金時は大人しく引き下がる。

 

「霊夢、君の言う事も最もだ。確かに俺達が火羅を放ち、幻想郷を危機に陥らせているという可能性もあるだろうし、それを否定できる要素も今は持ち合わせていない…だがこれだけは言わせてくれ。」

 

 そう言うと雷吼は立ちあがり、しっかりと霊夢の目を見据えて言う。

 

 

 

 

 

「俺達は守りし者だ。全ての人々を…いや、この幻想郷に生きる全ての命を火羅の手から救ってみせる。それが俺達の“想い”だ。」

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、しかしはっきり霊夢に自分達の“理想”を語った雷吼。

 それを聞いた霊夢はしばらく二人を見据えていたが、やがて二人に背を向け、

 

「…そういう事にしておくわ。」

 

 と言い、夕飯を持ってくると言って居間から出て行った。

 

「ふぅ~…」

「雷吼様、ご無事ですか?」

「あぁ、そう言う金時は大丈夫か?」

「もちろん大丈夫…とはいかないかもしれません…」

 

 霊夢が去って一息付く二人。

 先程の霊夢、あれは間違い無く本気の姿であった。

 彼女から放たれていた殺気にも捉えられるであろう決意は、およそ十代半ばの少女のものとはとても思えない程の代物であった。

 数々の火羅を相手にしてきた雷吼でさえ背筋に寒気が走り、金時に至っては若干震えているのが分かる。

 しかしそれは彼女の想いが本物であるという事、それほど彼女は“この幻想郷を愛している”という事だ。

 

「さて、道長を捜す以外にやる事が出来てしまったな…」

「どうにかして霊夢の疑いを晴らさないとですね…」

 

 二人は新たに現れた難題を如何にして解決するか、思考を巡らせるのであった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(幻想郷に生きる全ての命を救う、か…)」

 

 居間から出て雷吼達の夕食の支度をしている霊夢は、先程雷吼が言っていた決意を思い返していた。

 あれは紛れも無く本気の言葉、彼等が信じて疑わない思想だ。

 

「(そんなの、無理に決まっている…)」

 

 しかしそれは理想、夢物語でしかない。

 一人の人間が出来る事など、たかが知れている。

 それが二人、三人と増えようが、結果は変わりはしない。

 しかし…いや、だからこそ人はその理想を追い求めてしまう。

 いつかその想いが叶うと夢見、その想いが目の前で否定されるのをただ見詰めている。

 そしてまた同じ過ちを繰り返す。

 そんな永遠に廻り続ける業等、愚かな事でしかない。

 ましてや彼等が掲げる理想等、如何なる手を尽くそうが叶う訳が無い。

 全ての命を救う、それがどれだけ手の届かない無謀な事か、彼等とて分からない訳では無いだろうに…

 

「(でもあの眼は…)」

 

 だが雷吼の眼は確かに訴えていた、自分達なら必ず出来る、為し遂げられると。

 一切の混じり気の無い確信の眼、それを自分に向けていたのだ。

 まるで自分達の言っている事は一分も間違っていないと。

 ならば彼等の…人々の理想()を否定的に捉えてしまう自分は、果たして間違っているのだろうか?

 

「(あなた達の想いをそこまで支えているのは、一体…)」

 

 純粋に理想を願う彼の瞳は、霊夢の心に小さな影を落としていた…




火羅・伊瀬久斗(イゼクト)

紅魔館の地下の図書館で雷吼達が対峙した火羅
迎門となった物は不明であり、紅魔館を徘徊していた所をレミリアの命令で咲夜や美鈴、パチュリーが捕獲しようとし、最終的にフランの手によって捕獲された
現界する際の迎門、憑依する人や物に制約や特徴は無いが、受肉を果たし成体となった際の姿は、決まって虫のような印象を受ける姿となる
今回は魔導書に憑依し、その性質を取得
魔導書を体内に取り込む事であらゆる魔法を行使出来るようになった。
さらにとても執念深い性格をしており、一度危機に陥れば何とかしてでも生き延びようと悪足掻きをする
多彩な攻撃方法と、その執念深さで雷吼達を苦戦させるが、最後は魔理沙のマスタースパークを受け、跡形も無く消滅した

シリアスって難しい…
次回は第肆話、紅蓮ノ月の肆話と言えば…?


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第肆話「輝夜」前編

-紅蓮の月-劇場版製作決定!
予想もしていなかった事態に文字を打つ手が震える今日この頃です…
しかしこの発表はいち牙狼ファンとしては嬉しい限りです
心よりお祝い致します!
私も作品作りにより一層尽力したいと思います!

願わくば、ゆっくりしていってね

《12/8》ちょっと修正


 紅魔館での一件から一日が過ぎ、また朝を向かえた。

 昨日の夜の事で霊夢との関係がこじれてしまったかと思ったが、意外にも彼女は普段と変わらない態度で接してきた。

 雷吼、金時、霊夢の三人はいつも通りあまり味気の無い朝食にありつく。

 本来なら今日は特に予定は無かったのだが、雷吼達はどうしても昨日の一件が気になり、霊夢に問い掛ける。

 

「霊夢、昨日言っていた事なんだが…」

「聞きたいんでしょ?話を。」

「あぁ、出来れば直接会って話を聞きたいんだ。また案内を頼めるか?」

「構わないわ。けど…」

 

 そこまで言うと霊夢は言葉を閉ざす。

 一体どうしたのか気になっていると…

 

「事情があるとはいえ、最近神社を空けている事が多いじゃない?ここに何か相談事を持ち掛けてくる人もいるから、どっちかに留守番を頼みたいのよ。」

 

 確かに霊夢は幻想郷に数少ない神社の巫女としての仕事もあるし、妖怪退治や異変解決等の仕事も普段からこなしている。

 彼女に何か依頼を頼む人も多い事だろう。

 昨日のように霊夢以外に案内が出来る人物がいれば話は別だが、生憎魔理沙はまだ神社に来ていない。

 ならば後は二人の内どちらが残るのかという事なのだが、正直に言ってしまえばどちらでも構わない。

 

「…どうする?」

「…どうしましょうか?」

「何でそこですぐ決まんないのよあんた達…」

 

 お互いに譲り合う状況を作り出してしまった以上、このままではいつまでたっても決まらないだろう。

 ならばここは速攻かつ公平に決めよう。

 二人は立ち上がりお互いに向かい合う。

 右手を握り締め、左手でそれを包むように添えると、そのまま手を腰に持っていきながら深く腰を落とし、上半身を捻る。

 

「準備は良いな金時?」

「もちろんです。では勝った方が…」

「霊夢と行く事にしよう。負けた方が…」

「ここで待機、ですね?」

 

 まるで火羅と相対しているかのような気迫を見せる二人。

 それは古今東西、誰もが知る伝統。

 勝負は一瞬、しかしその一瞬で全てが決まる、正に決闘。

 これまでも、これからも、未来永劫語り継がれるであろうその勝負の名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「じゃーんけーん…!!」」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 結局雷吼が霊夢と共に件の人物達に会いに、金時が神社で留守番をする事になった。

 霊夢の案内の下、雷吼は人里からさほど離れていない場所、“迷いの竹林”へとやって来ていた。

 その名の通り、昔は竹林内部に細工が施されていたらしく、迂闊に入ると抜け出せないなんて事がザラにあったらしい。

 今は道案内の看板が立て掛けられている為、比較的安全な場所となったが、それでも時折入ってきた者を迷わせる事があるそうだ。

 それも、竹林内部に近付かせないように。

 今日はたまたまその日だったらしく、霊夢の勘を頼りに先程からあっちこっちと道を外れながら進んでいる。

 内部に近付かせないようになっている理由に関しては、行けば分かると霊夢は言っていた。

 そのまま霊夢の案内で竹林内部へと入って行くと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~らどうしたの?あなたの力はそんな程度だったかしら?」

「うるさいニート!!そんなに丸焦げになりたかったらもっと近くまで来たらどうだ!!」

「ふふん、毎度毎度そんな安っぽい挑発に引っ掛かると思ってるの?それこそあなたが近くに来ればいいじゃない?それとも何?まさか近付けないとか?」

「んな訳有るかこのニート!!いい加減死ねこのニート野郎!!」

「そうそうその意気…ってさっきからニートニートうるさいわね!!私はニートじゃなーい!!」

 

 

 

 

 

「…なぁ霊夢。」

「何?」

「…あれは何だ?」

「日常よ。」

「頼むから嘘だと言ってくれ。」

 

 そこはあまりにも異常な光景であった。

 水が唸り、風が吹き荒れ、炎が舞い、弾幕が飛び交う。

 紅魔館で対峙した火羅もかくやと思わせる一連の現象により、辺り一面はおよそ竹林の奥深くとは思えない程の焼け野原となっていた。

 それがたった二人の少女の仕業によるものというのだから、これを日常とは認められない、認めたくない。

 

「さてと…ちょっとあんた達、聞こえる!?」

「「何!?」」

「あんた達に話があるから、悪いけど一旦そこまでに…」

「「無理!!今大事な取り込み中!!」」

 

 そんな非日常の中に勇敢にも霊夢は声を掛ける。

 未だ取っ組み合いを続けている二人は、敵対していながらも息ぴったりに口を揃えて答える。

 

「どうするんだ?」

「まぁここで待っていてもいつまでも終わんないし…仕方無い、ここは一つ…」

 

 そう意気込むと、霊夢は袖からお祓い棒とスペルカードを手に取る。

 

「いや待て霊夢!?それ以外に方法は…!」

「飛び入りで失礼するわよ!スペル発動!《明珠暗殺》!!」

 

 雷吼の制止も空しく、霊夢は二人の間へと割って入って行った。

 残された雷吼が一人茫然としていると、空気を察したのかザルバが話しかけてくる。

 

「雷吼。」

「ザルバ…俺はどうすればいい?」

 

 実は魔戒騎士等守りし者には人間に手を出してはいけないという決まりがある。

 彼女達がただの人間かと言われればそれは怪しい所だが、少なくとも下手に手を出して傷つける訳にはいかないというのが雷吼の心境だ。

 ここまで来たら頼れるのは己の相棒。

 その相棒の助言に期待する雷吼だが…

 

「雷吼、どうやらあの二人は普通の人間では無さそうだ。」

「うん。」

「雷吼、幻想郷の女共は主に物理的に強い事はもう理解しているな?」

「うん、…うん?」

「雷吼、お前は黄金騎士だ、そこらの人間より遥かに強い。それこそあいつ等と渡り合えるくらいにはな。」

「ザルバ…何が言いたい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…()ってこい、雷吼。」

「ちょっと待てザルバ!?俺にあの意味不明な非日常の中に飛び込めって言うのか!?」

 

 とうとう相棒からも見放された雷吼。

 ちらりと三人の方へ目線をやると、好々と弾幕勝負に興じる少女達の姿が。

 その様子を見るに、まだこのお遊びは終わらなさそうだ。

 

「…あ~もぅ!!どうにでもなれー!!」

 

 このままでは本当に埒が明かないと、雷吼も意を決して弾幕勝負の中に飛び込んでいった…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「それで、うちの姫様がご迷惑をお掛けしたと…」

「そういう事…痛っ!あんたもう少し優しく手当てしなさいよ…」

「ちょっとした当て付けだと思ってください。まったく、何で勘だけで私の能力破れるのかな…?」

 

 霊夢の看病をしている兎耳の少女…“鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ”が若干不貞腐れながら霊夢に治療を施す。

 先の弾幕勝負は全員痛み分けという結果となり、今は竹林の奥深くにある診療所、“永遠亭”で傷の手当てを受けていた。

 

「申し訳無い事をしたわね、うちの姫様には後でゆっくりと話しておきますから。」

「こちらも申し訳無い、付き添いで来たにも関わらず、このような事態に…」

「何よ~、あいつ等が勝手に入ってきただけじゃない?」

「…ふん。」

 

 雷吼達に謝罪したのは、この永遠亭の主な担当医、“八意 永林(やごころ えいりん)”と、先日雷吼も顔を会わせた事もある慧音だ。

 そんな永林の言葉に永遠亭のお姫様、“蓬来山 輝夜(ほうらいさん かぐや)”と妹紅は反感を抱くが、残念ながら聞き入れては貰えなかった。

 

「…で、さっきから何であなたは私をじろじろ見てるのかしら?」

 

 そう言う輝夜の前には雷吼の姿が。

 輝夜の言う通り、雷吼は何故か輝夜の事を凝視している。

 

「いやすまない、実は同じ名前の子が知り合いに居てな。」

「へぇ…私と同じ名前ねぇ…良ければ聞かせて貰えない?その私と同じ名前を持つ不届き者のお話を?」

「不届き者かはともかく…構わない。」

 

 自分と同じ名前という事で興味が沸いた輝夜に対して、雷吼は自身が知っている輝夜と同じ名の少女、“赫夜(かぐや)”の話をする。

 赫夜…平安京に住まう竹取の翁と嫗の下で暮らしており、その類稀なる美貌故に多くの貴族から求婚を求められていた。

 しかしその求婚者の内五人が火羅に襲われてしまい、雷吼達に助けを求めたのが彼女との出逢いであった。

 彼女の正体は、強大な力を持つ火羅・ルドラを封じる為に作られた人型の魔導具であった。

 最終的にルドラを封印した彼女は自らの役目を果たしたと同時に、ルドラを封じる器である偽りの月へと帰っていった。

 簡単にではあるが説明を終え、輝夜達を見る雷吼。

 するとどうした事か、輝夜や永林達が怪訝な表情をしている。

 どうかしたのかと雷吼が問うと、

 

「…何それ?私達のパクり?」

「興味深い話ね、私達が歩んできた歴史ととてもよく似ている話だわ。」

 

 どうやら赫夜との一連の話は、彼女達が体験してきた歴史と似た話らしい。

 では彼女達が歩んできた歴史とはどのようなものなのか?

 

「しょうがないわね、折角だからこの私が直々に話してあげるわ!」

 

 そう意気込む輝夜の下、彼女達が外の世界に居た頃のお話…“竹取物語”の話が始まった…

 




先に言うとこの肆話、あまり進展が無かったりする…


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第肆話「輝夜」後編

とりあえず修正を一段落として、新しいお話を投稿

願わくば、ゆっくりしていってね



 今は昔竹取の翁といふものありけり…そう始まった彼女の物語は、実に一時間以上にも及んだ。

 纏めると、輝夜や永林は元々月に住まう月人であり、輝夜は地上での暮らしに憧れを抱いていた。

 しかし普通の方法では地上には行けない為、月における大罪である“蓬来の薬”を飲む事で地上へ流刑となり、そこで竹取の翁と嫗に出会った。

 翁と嫗の下で世話となった輝夜は、その美貌に魅了され言い寄ってくる男達を無理難題で突き放しながら地上での生活を満喫していた。

 しかし彼女が地上に居られるのは次の満月の時まで。

 その夜には罪の償いが終わったとされ、月へ帰らなければならなかったのだ。

 そしてその満月の夜、月からの使者が来訪し、彼女は涙ながらもその申し出を受け、世話になった翁と嫗に感謝の意を込めて蓬来の薬を送り、月へと帰っていった。

 …というのが表向きの話であり、実際は月へと帰らず地上に留まったというのが真実。

 実は彼女に蓬来の薬を飲むという大罪を教え、手解きしたのは永林であり、輝夜を慕っていた彼女は使者としてやって来た際、輝夜の願いを聞き入れ他の使者達を殺め、そのまま地上で逃走の日々を送っていたと言う。

 最終的にこの竹林に辿り着き、今はこうして幻想郷で暮らしている。

 人が殺される等あまり清々しくは終わらなかったが、こうして聞いてみると二人の“かぐや”の物語は永林の言う通り似て非なるものであると分かる。

 

「竹取の翁と嫗に世話になった、五人の貴族による求婚、さらに二人とも月に関係した人物…確かに要所だけ見ると、随分似たようなお話ね。」

「それは、いつ頃の話なんだ?」

「竹取物語の舞台は外の世界で言うと奈良時代辺りの話、今からおよそ千三百年程前だな。」

 

 千三百年前…気が遠くなるような年数である。

 彼女達がそれほど長い時間を過ごしていた事実に驚愕すると共に、雷吼の頭の中では一つの疑問が浮かんでいた。

 

「だが俺の知っている限りでは、竹取物語なんて話は世に広まっていなかった。」

 

 そう、雷吼の知っている範囲では竹取物語という話は世に出回っていなかった。

 平安京に居た頃に、そういった書物や歴史に詳しい人物が知り合いにいたが、そのような話は上がって来なかった。

 勿論その知り合いは魔戒の事情に精通していた。

 仮に当時竹取物語が実在していたとしていたら、赫夜の話をした時点で、参考として話をされていた筈だ。

 

「あんたが世間知らずなだけだったんじゃない?」

「そんな馬鹿な…」

「いや、案外そうかも知れないぞ?こいつはいつも人助けの事しか考えて無いからな。」

「ザルバ!」

 

 確かに人助けに関してはいつも念頭に置いているが、それ以外の事柄もちゃんと考えている。

 霊夢とザルバから妙に茶化されてしまったが、今は竹取物語についてだ。

 

「でも実際不思議ですよね、竹取物語…つまり姫様達のお話が今から千三百年前、雷吼さん達が居た時代がおよそ千年前。奈良時代と平安時代…いくら何でも三百年の月日があれば、姫様達のお話はもう有名になっていてもおかしくない筈ですよね?」

「そうだな、ましてや平安京は当時の国の中心部だ。広まっていない筈が無い。」

 

 鈴仙や慧音も思考を巡らせてみるが、納得できるような良い答えが見つからない。

 何故輝夜達の話が平安京で広まっていなかったのか、それと似た道を歩んできた赫夜の物語とは一体何の関係があるのか、考えてみるが一向に答えが出ず、錯誤していた時だった。

 

「お~い、誰か~?」

「あ、てゐ?」

 

 部屋の外から永遠亭に住まう者の一人である“因幡 てゐ(いなば てい)”が声を掛ける。

 何用かと思い鈴仙が部屋の襖を開けると、何か中身の入った籠を頭に乗せたてゐの姿が。

 

「どうしたの、その籠?」

「それはこっちの台詞、玄関に置いてあったんだけど、どうしたのこれ?」

 

 籠の中身は沢山の干し柿と筍だった。

 それを見た霊夢の目が獲物を狙う猛禽類のような目付きになっていたが、とりあえず気にしないでおこう。

 

「あぁ、それは私と妹紅からの差し入れだ、貰っておくれ。」

「あら、随分と愁傷な心掛けね?ありがたく頂戴するわ。」

「別にお前個人にやる訳じゃないからな、あくまでここに差し入れってだけだ。」

「とか言って、実は意外と…こういうの外の世界だと何て言うんだっけ?」

「ツンデレ、というものでは?」

「そうそう、それそれ!」

「もっかい焼かれたいらしいな…!」

 

 てゐの登場により、先程の重苦しい空気が幾らか解消された。

 やはり何かしら行き詰まった時はちょっとした事でも息抜きは必要だ。

 ちなみにそろそろ霊夢の手が動いてきた、さらなる修羅場にならぬよう注意しておかなければならないだろう。

 

「あ~…このままじゃ夕飯前に筍料理が出来ちゃいそうだから、その籠何処か“別の場所”に置いておいて。」

「ほ~い、台所に置いとくよ~。」

 

 そう思っていたが、彼女達の何気無いやり取りが、霊夢の頭の中に一つの仮説を導き出し、彼女の動きを止める。

 

「“別の場所”…?」

「どうした?」

 

 突然動きを止めた霊夢が気になる雷吼だが、霊夢はこちらに待ったと手を伸ばしながら一人考えに耽っている。

 それが数分続き、霊夢はようやく落ち着いたのか手を下す。

 

「成程ね…もしかしたらこれ結構スケールの大きい話になるかもしれないわね…」

「…どういう事だ?」

 

 何故霊夢が顔をしかめているのか雷吼には分からなかったが、どうやら簡単には説明出来ないような話になるらしい。

 そう思っていると、いよいよ霊夢が自分の仮説を話しだす。

 

「仮によ?もしあんた達が平安時代とか、そういう“時間”だけで無く…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “世界”さえも越えて来たのだとしたら…?」

 

 

 

 

「世界…!?」

 

 いきなり世界という単語が出てきた事に困惑する雷吼。

 世界、と言われてもいまいち想像が付かないが、一体どういう事なのか?

 

「何て説明すれば良いのかしらね…“次元”を越えた、って言っても難しいだろうし…」

 

 霊夢も思い付いたは良いものの、どう説明すれば良いのか分からず、頭を悩ませている。

 

「…話の途中で失礼するが、時に雷吼殿、あなたの本名はもしや“(みなもとの)頼光(よりみつ)”と言うのでは?」

「え?…確かにそうですが、話してもいないのによく分かりましたね?」

「平安時代に物の怪を退治していたとされる人物が居まして…名を源 頼光、その別名を雷吼とする文献が多数あります。初めてあなたの名を聞いた時はまさかと思いましたが…」

 

 ここで突然慧音が雷吼の本名について問う。

 慧音の言う通り、雷吼の本名は源 頼光だが、本名など幻想郷に来てからは掠りもしない程話題になっていない。

 だというのによく慧音は本名を当てられたものだと疑問に思った雷吼だったが、慧音の答えを聞いて納得すると同時に多少の驚きもあった。

 雷吼達守りし者はあくまで世の影に紛れて闇を払う存在だ。

 いくら黄金騎士として活躍していたとしても、彼女が言うような文献として表の舞台にその存在が明かされるような事は無い筈だからだ。

 

「分かっています、あなた達のような存在は表舞台に立つ事は本来有り得ない。しかし後の世に残された文献には確かにあなたの名が残されている…おかしいとは思いませんか?」

 

 慧音もそれを承知のようで、だからこそこの話題を上げたのだ。

 

「ナイスフォローよ慧音。そう、つまり今この世界には二人の雷吼が居る。一人はあんた、そしてもう一人は歴史として語り継がれる雷吼という存在。普通に考えれば、同じ世界に二人も同じ人物が居るという事は有り得ない。」

 

 霊夢も慧音の意図を汲み、感謝を示すと共に雷吼を真相へと導いていく。

 

「それはつまり…影武者、という事か?」

「それも違うわね、もう面倒だから答えを言っちゃうけど、元々この世界に存在している雷吼はただ一人、それは歴史として語り継がれている方の雷吼。じゃあ今ここに居るあんたは何処から来たのか?」

 

 霊夢の説明でどんどん真相へと近づいていく。

 雷吼も未だ混乱している頭の中で、少しずつピースを嵌めていく。

 

「まぁさっきあんたが言ってたみたいに影武者という可能性もあるわね、でもそうじゃないとすると可能性は自然と絞られる。あんた達からすれば荒唐無稽な話になるでしょうけど、“あんた達はこの世界とは違う、全く別の世界からやって来た。”そう考えるのが自然なのよ。」

 

 つまりは次元を越えた異世界からの来訪者。

 この幻想郷も多くの人妖が様々な場所からやって来ているが、どれもこの世界から地繋がりにある場所であり、次元を越えてまでやって来た者はいない。

 雷吼達は今、幻想郷の中でも最も特異な存在であるのだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「次元を越えた、か…」

「まぁだからと言ってあまり気にしなくても良いわよ、ただ単にスケールが大きくなったってだけの話だし。」

 

 話の結論が付いた後、少ししてから雷吼と霊夢は永遠亭を出て帰路に着いていた。

 帰る頃には夕飯の時間だろう。

 一人で留守番をしている金時の事も気になるが、雷吼としてはやはり先程の話が頭から離れない。

 今日は色々な情報が頭に入りすぎて、未だ整理出来ていないのだ。

 そんな様子の雷吼を見かねて、気にするなと霊夢は言ったが、今雷吼にはそれ等を踏まえてどうしても口に出してはっきりとさせなければならない問題があった。

 

「霊夢、次元を越えるっていうのは幻想郷ではよくある事なのか?」

「いいえ、次元を越えてまでここにやって来た奴は今の所いないわね。どうしたの?」

「いや…だとしたら、道長はどうやって次元を越えたのかとな…」

 

 まず一つ目は道長がどんな方法で次元を越えたのか。

 次元を越えるなどという荒業は当然ながら特別な力を持たない道長には出来ない所業だ。

 となれば道長以外の誰かが手引きしたと考えるのが自然なのだが…

 

「紫…だとしても、理由が無いわね。」

 

 そう、紫の能力ならばそれも可能かもしれないが、彼女にはわざわざ道長を幻想郷に連れてくる理由も無いし、自分達や星明に捜させる理由も無い。

 

「それに、恐らく道長なら例え誰かから誘われたとしても幻想郷(ここ)には絶対に来ないだろうしな。」

「どうして?」

 

 確信めいた雷吼の発言に首を傾げる霊夢。

 絶対に道長は幻想郷に来ないと、何故そこまで自信を持って言う事が出来るのか?

 

「幻想郷は様々な種族の者達が居る、それらは俺達の世界では物の怪と呼ばれる存在だ。」

 

 多種多様な者達が集い、共に暮らしているのが幻想郷の特徴だ。

 だからこそ本来なら道長は絶対にこの世界とは縁が無い人物なのだ。

 何故なら…

 

「道長はそういった物の怪の類いを嫌っているんだ。」

 

 そう、道長は自分達の居た世界で物の怪として扱われていた火羅を汚れた存在として敵視していた。

 その拒絶具合は、毎夜自身の住まう平安京の中心部、“光宮(こうぐう)”に陰陽師を集結させ、日夜問わず火羅が光宮に入ってこれないよう結界を張らせていた程だ。

 都に住まう民達を見捨ててまで。

 

「もし奴が幻想郷に来たのだとしたら、外の世界に出る為に一目散に霊夢の所に駆け付けていただろうな。」

「…それなら、道長は火羅を使役する事は有り得ないって事になるわよね?」

「…そういう事になるな。」

 

 霊夢の言う通り、物の怪を嫌う道長には火羅を使役する、という考えはまず無いだろう。

 だが紫の話では道長はこの幻想郷の何処かに居て、それと同時期に本来出現する筈の無い火羅が現れ始めた。

 この一連の出来事を、今更無関係だとは思えない。

 雷吼は立ち止まり、その身にそよ風を受けながら、竹林の隙間から見える夕陽を見て呟く。

 

「道長…奴の目的は一体何だ…?」

 

 今はまだ噛み合わない歯車が、なるべく早くに噛み合うよう願う雷吼。

 何か恐ろしい事が、この幻想郷に起きる前に…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「成程、こちらの様子は相変わらずという事か…」

「えぇ、相変わらずよ。妖夢も目を光らせているんだけどね…」

 

 天までそびえる桜の木、“西行妖(さいぎょうあやかし)”が立つこの地…“冥界”の屋敷、“白玉楼(はくぎょくろう)”に星明が顔を出していた。

 今縁側で彼女と話をしているのは“西行寺(さいぎょうじ)幽々子(ゆゆこ)”、この冥界の主である。

 星明がこの地まで出向いたのは、紫から頼まれたある事を確認する為であるからだ。

 

「冥界にいる幽霊達が忽然と姿を消した…その行方は未だ知れず、か…」

「今では数える位しか居ないわね~。」

 

 冥界は閻魔によって判決が下される前の幽霊達が集う場所であり、幽々子はその幽霊達の管理を任されているのだが、ここ最近その幽霊達が冥界から次々と姿を消していると言うのだ。

 彼女の従者である“魂魄 妖夢(こんぱく ようむ)”もその原因を探ってはいるが、今の所これといった成果は出ていないらしい。

 

「で、あなた達はこれをどう見てるの?」

「まぁ確実に道長の仕業だろうな。まったくあいつは面倒事ばかり起こす…」

「でも幽霊を使って出来る事なんて限られてるわよ?」

 

 幽霊は彼岸において天国行きか地獄行きか判決を下される存在…言わばこの世に未練が無くなり、他の存在にその身を委ねなければならない程力の弱い存在。

 仮に今回の件が誰かの手によるものだとしても、怨霊や地縛霊であればいざ知らず、ただの幽霊如きを集めた所で使い道等無い筈。

 

「確かにな。だが幽霊になったとて、そこには少なからず“魂”がある。それは生前から衰える事等無い。」

「つまり幽霊を、と言うよりはその魂を集めて何かをしようとしてると?」

「そうだろうな。」

 

 そう言って星明は出されている茶菓子をつまむ。

 

「うん、うまい。」

「妖夢の手作りだからね。」

 

 そう言いながら幽々子も両手に沢山の茶菓子を持ちながら食べ進めている。

 庭師に警護、剣術指南に料理人と多忙である。

 しかしこれらを一手に担うなど、そう簡単に出来る事では無い。

 半人前と侮るなかれ、と言った所か。

 

「そう言えば、紫はどうしてるの?最近顔を見せないから気になっちゃって。」

「さぁな、私もあいつがどこで何をしてるのかはさっぱりだ。それに、それが持ち味の奴なんだろう?」

 

 それを聞いた幽々子は、それもそうねと笑顔を見せる。

 

「さて、それじゃあそろそろお暇するとしよう、まだ行かないといけない所が山ほどあるからな。」

「えぇ、気を付けて。紫に会ったらよろしく言っておいてね。」

 

 あぁ、と返事を返した星明は、紫から頼まれた次なる場所へと向かう為、白玉楼を後にした。

 

「さて、今回の異変はどれ位の規模になるかしらね…?」

 

 星明が去った後、幽々子は縁側から見える西行妖を見ながら、何処か楽しそうに一人呟いた…

 



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第肆話 裏「萃想」

さ、流石に一週間と待たずに書くのは辛い…
申し訳無いですが、今週はちょっといつもみたいに金、土での投稿は勘弁で…

願わくば、ゆっくりしていってね



「はぁ~…参ったなぁ…」

 

 博麗神社、その縁側から一つの溜息が漏れた。

 溜息を吐いたのは最強の魔戒騎士、雷吼の従者である金時。

 彼は一人茶を啜りながら今置かれている状況に少しばかり頭を悩ませていた。

 昨日の夜霊夢から掛けられた疑いを晴らすべく、主人である雷吼は彼女と共に今朝この神社を発った。

 主との壮絶なる決闘(じゃんけん)の末敗北した金時は、神社の留守を任された。

 そこまでは良いのだが…

 

「暇だなぁ…」

 

 そう、やる事が無いのだ。

 思えば一人で神社に居る事など今まで無かった事だ。

 仕える主も、神社の主もいない今、ここはゆっくり羽を伸ばすが一番だと思ってはいるのだが、仕事柄…いや従者柄と言うべきか、どうにも何かをしていないと気が済まない。

 なので霊夢には申し訳無いが、何か暇を潰せるものは無いかと神社の中を軽く散策してみたが、この神社本当に何も無い。

 平安京に居た頃は内職を行っていたのでそれを暇潰し替わりとしていたのだが、道具も何も平安京(向こう)で売り払ってしまったので、ここではそれも出来ない。

 

「何か暇潰しになりそうな事無いかなー…」

 

 そしてこういう時に限って来客も来ない。

 魔理沙辺りでも来てくれれば何か話の一つでもというのに…

 そうやって何もせず、ただぼーっと空を眺めていたその時、

 

 

 

 

 

「おぅ、じゃあ酒のつまみでも作っておくれ。」

「あー…つまみですか、分かりましたよっと…」

 

 そう命じられた金時は腰を上げ、台所を目指…

 

「…ん!?」

 

 …す前に違和感に気付いた。

 待て、今この神社には自分しか居ない筈だ。

 ならば今自分に命令したのは一体誰だ?

 曲者、そう感じた金時は声のした場所…居間に続く襖を勢いよく開ける。

 そこに居たのは、茶色の髪に紫のスカートの、白い袖無しの服を着た少女だった。

 手に持つ瓢箪から酒を飲みながら、居間に置かれているちゃぶ台にぐでーっと身体を預けている。

 

「だ、誰ですかあなた!?」

「んー?何してるんだよー、早くつまみ持って来ーい!」

 

 いつの間にか居座っている少女に驚愕する金時。

 そんな事なぞ意も介せず、少女は酒のつまみを催促する。

 

「いや持って来いって…知りもしない人に料理は振るえませんよ!誰なんですかあなたは!?」

 

 名乗りもしない少女の態度が癪に触り、少しばかりの怒気を含め少女に名を問い掛ける。

 そんな金時の声を聞き、少女はしょうがないなぁ、とダルそうに自身の名前を口にする。

 

「私の名前は“伊吹(いぶき) 萃香(すいか)”、一応ここの常連さ。」

「常連って…」

「そんな事はどうでもいいから早くしてくれないかねぇ?客人を待たせるのは良くないぞ~?」

 

 常連など本当の事か怪しい所だが、早くつまみを出せ~!とそろそろうるさくなってきた。

 まぁ暇だったのは事実なので、暇潰しがてら彼女の機嫌取りをする事にしよう。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「あのさぁ、茹でた豆持って来るのは分かるんだけどさ…饅頭ってどうなの…?」

「すいませんねこれしかなかったんですよ…!」

 

 取り敢えず酒のつまみになるであろうものを用意した金時は、萃香の向かいに座る。

 何だかんだ言ってはいるが、彼女はうまいうまいとつまみに手を出している。

 

「…で?こちらにはどのような用件で?霊夢に会いに来たのならあいにくですが…」

「ん~?あぁ、今日は霊夢に会いに来たんじゃ無いんだよ。」

 

 霊夢の知り合いだと言うので、彼女に何か用事でもあるのかと思ったが、外れのようだ。

 

「とりあえずお前さんも一杯どうだい?味は保証するよ?」

 

 そう言って萃香は瓢箪をズイッと金時に差し出す。

 

「いやいや、私は今ここの留守を預かっている身、そんなお酒など…」

「お~何だ何だ~?鬼の酒が飲めないって言うのかい?」

 

 流石に昼間から酒は飲めないと、金時は萃香の誘いを断る。

 それと同時に彼女の鬼と言う発言が耳に止まる。

 確かに彼女の頭部からは二本の大きな角のようなものが付いているが…

 

「あぁ…それ本物だったんですか。」

「そうだよ~。私は鬼、誇り高き鬼の一族さ。」

 

 かつて幻想郷からも忘れ去られかけていた小さな百鬼夜行、それが伊吹 萃香だ。

 その後はしばらく彼女の酒に付き合っていたが、ふと彼女が酒を飲む手も、つまみに出す手も止め言葉を紡ぐ。

 

「さて…それなりに飲み食いしたし、そろそろ本題に移るとしようかい。」

「ただ駄弁りに来たんじゃ無いんだ…」

 

 何時までも世間話をしていただけなので、魔理沙のようにただ遊びに来ただけなのかと思っていたが、ようやく彼女がここに来た理由が分かる。

 さて彼女は一体何用で…と金時がそう思ったその時、

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 明確な殺気。

 それを感じ取るのと、身体を動かすのは同時だった。

 思いっきり身体を仰け反らせ、その場から距離を取り、殺気の正体を探る。

 

「まぁ、これくらいは避けて貰わないと面白く無いね。」

 

 何とその正体は今自分の前方に居座っている少女、萃香からであった。

 どうやらその腕に付いている分銅を金時目掛けて薙いだらしい。

 

「な、何するんですか!?怪我する所でしたよ!?」

「暢気だねぇ、怪我所じゃ済まさないって言うのに。」

 

 そう言うと萃香はゆっくりと立ち上がり、金時と向かい合う。

 萃香からは未だに殺気が満ち溢れており、緊迫した空気が室内を満たす。

 

「ただ潰すって言うのも面白く無いねぇ。準備してきな、待っててあげるからさ。」

「いや待ってください!どうしてこのような事をしなくちゃならないんですか!?私はあなたと面識など…!」

 

 萃香が襲ってくる理由を問おうとするが、萃香は再び分銅を振るってその言葉を断ち切る。

 

「理由?そんなの私がお前を殺したいからに決まってるだろう?」

「いやだからそこに至るまでの経緯を…っ!」

 

 ただ単純に殺す、そんな理由があってたまるかと言いたいが、萃香はこちらに言葉を紡がせないよう攻撃を加えてくる。

 仮にも常連と称するにも関わらず、室内を一切の容赦無く荒らす程に。

 

「ほら、早く武器でも何でも持って来な。じゃないと、神社(ここ)全体を荒らし回る事になるだろうね。」

「そんな理不尽な…!」

 

 明確に暴れ回り、金時を殺すと宣言した萃香。

 一体何が彼女をそこまで駆り立てるのか、それが分からない事と、理由も話さずこちらを殺そうとしてくる彼女の横暴に、金時は多大な口惜しさを感じていた。

 

「ふーん、戦う気は無いと…じゃあ、潔く死んでもらおうか!!」

「っ!?」

 

 その時人里からは、博麗神社から里まで届く程の大きな爆発音が響いたと言う。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「くそっ…!」

 

 神社から跳躍して外へと出た金時。

 その手には何時もの金棒が。

 結局あの後も萃香から追いかけ回され、仕方無く金棒だけを取り外へと出た所だ。

 

「おっ、ようやくやる気になったかい?」

 

 振り返ると、そこには既に神社から外へ出た萃香の姿が。

 

「それにしてもこいつは酷いね~、まぁ外の世界の神社よりかはましだろうけど。」

「誰がやったと…!」

 

 見ると、神社には至る所に大きな穴が。

 幸い何処も倒壊はしていないが、外から見てこれなら中は相当な事態になっているだろう。

 

「誰って…そりゃ私と、お前さんだろう?駄目じゃないか、ご主人様が帰ってくる場所を荒らしちゃ。」

「っ!…お前なぁ!!」

 

 萃香の言葉にとうとう堪忍袋の尾が切れた金時。

 当然ながらこんな被害は出したくなかった

 今日一日を暇だ暇だと言ってのんびり過ごし、帰ってきた主達と共に夕食を嗜み、そして何事も無く明日を迎える。

 そんな一日を望んでいたと言うのに、それをこの鬼が壊した。

 もう許せない、金時は萃香に向かって金棒を振るう。

 幾らかはかわされてしまったが、やがて萃香が分銅で金時の金棒を防ぎ、そのまま鍔迫合いとなる。

 

「答えろ!!お前は何故私の命を狙う!!もしただ一時の衝動に駆られただけだと言うのであれば…!!」

「どうするって言うんだか…まぁ良いさ、お前さんの命を狙う理由はただ一つ…」

 

 萃香がそこまで言うと、金時は急に体制を崩した。

 消えたのだ、目の前に居た彼女が突然。

 まるで霧のように消えてしまった彼女の姿を見つけようと、金時は辺りを見回す。

 

 ―お前さん達、あの火羅とか言う奴等を幻想郷(ここ)に連れ込んで来たんだろう?―

「な、何を…うわっ!?」

 

 突然木霊のように聞こえてきた彼女の声に驚きながらも、彼女の言葉を否定しようとする金時。

 だがその言葉は背後からの衝撃で紡がれる事は無かった。

 

「くっ、何処から…?」

 

 改めて周囲を見回してみるが、やはり彼女の姿は無い。

 

 ―ここだよ、ここ。―

「え…って小さっ!」

 

 足下から声がしたので見下ろしてみると、そこには何と手の平サイズの萃香が。

 一体如何なる術かは不明だが、金時が捕まえようとすると、萃香はまた忽然と姿を消す。

 

 ―霊夢は取り敢えず保留って事にしたみたいだけど、私はそんな事しないよ?―

 

「うぐっ!?くそっ…!」

 

 またも攻撃、今度は右脚だ。

 その攻撃によって右脚の力が抜け、金時はその場で膝を付く。

 今の金時の姿は普段着、火羅と相対する時の重装備では無い。

 そんな姿で鬼の一撃を喰らわされようものなら、常人ならば既にその身体はとっくに壊れているもの。

 

 ―私は宴会が大好きでねぇ、火羅なんて不躾な奴等にそれを邪魔されるのは我慢ならないんだよ。―

 

「がっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 それでも萃香は容赦をしない。

 腕を、脚を、顔を、身体を。

 前から、後ろから、左から、右から。

 あらゆる場所を殴り、蹴り、蹂躙していく。

 

 ―そしてその原因がお前さん達である可能性もある。だったら…―

 

 一方的な暴行が終わり、一瞬の静寂が訪れる。

 だが、蹂躙はまだ終わっていない。

 

 

 

 

 

「潰した方が良いよね?」

 

 萃符《戸陰山投げ》

 

 巨大な岩石が、金時の身体を押し潰した。

 

「お前さんは確かに戦い慣れてはいるんだろうけど、流石にこんな力を持っている相手とは戦った事は無いかな?」

 

 まぁその前に人が鬼に敵う筈無いけどー!と萃香は言った。

 そう、彼女の能力は“密と疎を操る程度の能力”。

 あらゆるものを散らし、萃める能力だ。

 瑞からの身体を霧と散らし、手を加える時のみ身体を萃めるのは造作も無い事だ。

 

「…あれ、もしかして本当に伸びちゃった?参ったなぁ~、一応手加減した筈なんだけど…もしも~し?」

 

 崩れた岩石から見える横たわった金時に声を掛けるが、彼から反応は無い。

 

「あちゃ~、どうしよっかな…これじゃああいつとの約束が台無しに…そうだ!こいつもう伸びちゃったから、こいつの主の所にでも行こうかねぇ!外の世界最強の騎士…人間風情がどこまで戦えるか楽しみだなぁ!」

 

 息絶えた金時から彼の主へと目標を変えた萃香は意気揚々と金時の横を通り過ぎようと足を動かした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かせ、ない…!」

 

 だがその足を掴み、離さない手があった。

 金時だ。

 

「へぇ…まだ動けたんだ。だったらさっきの私の話にも乗ってほしかったな」

 

 そう言って萃香は金時の手を振り払う為に足を振るう。

 思っていたよりかは力があったが、鬼である彼女の脚力には敵わず、金時の手は振り払われる。

 

「さっきまで完全に伸びていたのに、主の話になると動き出す…忠犬だねぇ。」

 

 でも…と萃香は瓢箪の酒を一口飲む。

 

「その身体じゃあもう無理だろう?諦めな、これ以上は意味無いよ。」

 

 萃香の言う通り、身体の至る箇所に痣ができ、血を流している彼の身体は、もう限界であった。

 

「意味は…ある…!」

 

 それでも金時は立ち上がる。

 力を振り絞り、いつも命を預けてきた金棒を手にして。

 

「あの方を支え…お守りする事こそ…私の務め…!」

 

 全ての命を守る…そんな荒唐無稽な夢を追い続ける、優しくて、ちょっと不器用で、でもとても強い。

 そんな彼に金時は惹かれたのだ。

 

「だから、お前が…雷吼様の下へ…行くと言うのなら…私は、それを止める…!」

 

 敬愛なる主の為にこの命を捧げる。

 例え、刺し違えたとしても。

 

「それは、一体何故…?」

「決まっているさ…!」

 

 きっとその主ならば、そんな彼の行いを止めるであろう。

 例え、刺し違えてでも。

 そう、彼等は主従の関係であり、またそうでも無い。

 彼等はお互いを対等な立場として認めあう“友”でもあるのだ。

 

「何故なら…何故なら私は…あの方の!!」

 

 だから守り通す。

 主として、友として、これ以上無い“最高の絆”を守る為。

 そのひたむきな想いが…

 

 

 

 

 

 「たった一人の従者(真友)だからだ!!」

 

 彼の内に眠りし“力”を呼び覚ます!

 

 

 

 

 

「あれは…!?」

 

 萃香が驚愕したもの、それは金時の持つ金棒…それが翡翠色に光輝いていたのだ。

 

「これは…」

 

 金時もこの現象に驚いているが、不思議とこれをどう扱うのかが分かる。

 使う前からでも分かる、強大な力…だが使いこなしてみせる。

 意を決した金時は一度金棒を頭上で交差させると、それを振り下ろし地に叩き付ける。

 左の金棒を前に、右の金棒を後ろに。

 しゃがみこんで金棒を構えた金時は、そのまま腰を捻る。

 左手が後ろへ、右手が前へ。

 お互いの金棒が半円を描き、金時の周りに翡翠色の円を作り出す。

 

「はぁっ!!」

 

 そして金時は金棒を思いっきり円に向けて打ち下ろした。

 するとその円はそれに呼応して強く光輝いた。

 その光は萃香でさえ思わず目を瞑ってしまう程のもの。

 やがてその光が晴れ、そこに居たのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…雷獣?」

 

 金時や萃香の何倍もの巨体を持つ戦車を象った獣であった。

 その獣の上に立つ金時は、この獣の正体が星明が使役している魔導具、雷獣であると言い当てた。

 だが金時が疑問系で答えたように、この雷獣は金時の知っている雷獣では無かった。

 本来なら黄金色を放つその姿は所々翡翠色がかかっており、戦車部分も見るからに大砲が追加されていたりと強化されている。

 そして戦車部分から出ている獅子を模した獣の頭部や脚は、雷吼における牙狼のように同じく翡翠色の鎧が装着されていた。

 元々金時には雷獣を召喚する力など無い。

 恐らく香林堂で星明と会った時に掛けられた術によるものだと思うが、いつの間にこのような強化が為されていたのだろうか?

 そう疑問に思っている金時と雷獣の目線が合う。

 その時金時の脳裏にある光景が流れた。

 黄金色の蝶が舞う中、一人の騎士がこちらに背を向け佇んでいる。

 鎧が翡翠色に光り輝いている故に詳細な輪郭こそ見えないが、何故かその鎧の名を金時は知っていた。

 そう、あの鎧は…

 

 

 

 

 

「ほう、これがあいつの言っていた…大したもんじゃないか、それで主に仇為す私を倒すと?」

 

 しかしここで萃香の声が耳に届く。

 そう、まだ終わっていない。

 今為すべきは、目の前の彼女を…

 

「いいや、倒すんじゃない。」

「ほう…?」

「我が主、雷吼様は全ての命を守ると決めたお方。ならば、従者である私も思いは同じ…

 

 

 

 

 

 あなたをただ、止めてみせます。」

 

 そう言いきった金時の眼に、迷いも恐れも無かった。

 その決意の眼を向けてくれるのが、萃香は少し嬉しかった。

 

「良いね、そういうの嫌いじゃ無いよ。さぁ来な!お前達の想いを守ってみせな!!」

「行くぞ雷獣…いや、“轟雷獣(ごうらいじゅう)”!!」

 

 轟雷獣の雄叫び(金時の想い)

 萃香のスペル宣言(萃香の想い)

 二つの想いが萃まり、再び激突する。

 その胸に秘めたる“願い”を解き放ちながら。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ふっふ~ん、今日の夕飯は豪勢ね♪」

「結局貰ってきちゃったな…何だか申し訳無い…」

 

 そうしない内に夕日が地平線へと落ちる頃、雷吼と霊夢は神社へ繋がる石段を上がっていた。

 永遠亭に差し入れられていた干し柿と筍をちゃっかり頂いた霊夢は見ての通りご機嫌だ。

 とはいえこの時間だ、もしかしたら金時が気を利かせて先に料理を作っているかもしれない。

 彼は何かと気が利く奴なのだ。

 そう思いながら石段を上がりきると…

 

「な…!?」

「ちょっ、何よこれ!?」

 

 至る所の地が抉れ、神社の境内が凄惨な光景となっていた。

 よく見ると神社も穴だらけになっている。

 まるで何かがここで暴れ回ったかのような…

 

「っ…金時!?」

 

 そこまで思考して、雷吼は急いで神社へと走っていく。

 この惨状はただ何かが暴れ回っただけでは無い、それに抵抗した者が居たからこそ出来たもの。

 そして昼間自分達が居ない間にそれが出来たのは唯一人…

 

「金時!!」

 

 これ程の被害…果たして彼は無事なのか?

 一抹の願いを胸に明かりが付いている居間の襖を開けると…

 

 

 

 

「あぇ~??あぁ雷吼様ぁ~おかぇりなさぁ~~~い!」

「…金時?」

 

 そこには一応五体満足な姿の金時が。

 身体中痣だらけなのが痛々しく目に映るが、それ以上に気になるのが金時の態度。

 顔が真っ赤に染まり、何故か呂律も回っていない。

 

「き、金時…大丈夫か?」

「うぇ~?だぁいじょぶですよ、わたしゃぜぇんぜん大丈…ぶ…」

 

 金時は雷吼の姿を見るとよたよたと傍に行くが、その足取りはとてもよろしく無く、あえなく雷吼にもたれ掛かるように倒れてしまう。

 

「お、おい金時本当に大丈…って酒くさっ!?お前やっぱり酔って…!?」

「酔ってませんよぉ!!あいつに負けて酒飲まされたからって酔ってませぇんよ!!酔ってませ…zzZ」

「…潰れたな。」

「あぁ…しかし、一体何が…?」

 

 室内を見回してみると、居間の中も外と同様に荒れ果てていた。

 

 ―ちょっと、家の中も凄い事になってるじゃない!?ギャ~~~私の部屋が~~~!!??―

 

 遠くから霊夢の声が聞こえてくる。

 恐らくここ以外の場所も相当な毎になっているのだろう。

 加えて普段は酒を飲まない金時も酔い潰れ、そして金時が言った“あいつ”…謎は深まるばかりだ。

 

「まぁ、何はともあれ…」

 

 夕飯前にやる事が増えそうだと感じながら金時を見る雷吼。

 

「お勤めご苦労だったな、金時。」

 

 そんな二人の顔は、笑顔で溢れていた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ぷははははは!何だそのたんこぶは!?くふふ…!」

「笑ったね…鬼である私を笑ったね…!?」

 

 幻想郷のどこか…そこに星明と萃香が顔を会わせていた。

 だが顔を会わせるやいなや、星明は大きく笑い出す。

 無理もない、何せ萃香の頭部には、それはそれは大きなたんこぶが出来ていたからだ。

 まるで丸い形の第三の鬼の角が出てきたかのように。

 

「いやすまない、そこまででかいのは初めて見てな…」

「やられたよ全く…あんな隠し玉があるなんて聞いてないんだけどねぇ?」

「まさかあいつの中に眠っていた“力”がそんな形で出てくるとは…いや予想外だよ、急かした甲斐があったというものだ。改めて礼を言う、お前さんは私の想像以上に奴の力を引き出してくれた。」

「鬼は嘘を付くのが嫌いでね…中々苦労したよ、嘘付きながらやり合うっていうのはさ…鬼の矜恃を汚したんだ、どう落し前付けてくれるんだい…?」

 

 萃香はそう言って星明を睨み付けるが、星明はひらりとその念をかわし、

 

「そうだな…今宵、お前さんと酒を酌み交わすというのは?」

 

 そう言いきった。

 

「ほぅ…良いのかい?あいつも潰れた酒だぞ?」

「稀代の術師を舐めるな、という話さ。」

「術を掛けて耐性付けるのは無しだぞ?」

「ちっ、ばれたか…」

 

 まぁ一杯で勘弁してやる、と言って萃香は星明に酒を出す。

 そんな彼女の表情は、何処か嬉しそうであった。

 何だかんだ言って、金時とは楽しめたらしい。

 

「そう言えば、()()はどうしたんだい?もう調べたのかい?」

 

 萃香がそう聞くと、星明はあぁ、と呟いてから答える。

 

「一応調べたさ。ただ()()は結界の類じゃ無い、もっと別の何かさ。一つだけ無理矢理こじ開けて中を見てみたが、中には何も無かったよ。」

 

 二人が言っているのは、ここ最近幻想郷のあちこちに設置されている結界によく似た何か。

 時期的にちょうど道長や雷吼達が幻想郷に来た時と重なる為、道長の仕業と仮定して調査していたのだ。

 萃香の能力でさえ中に入れない事から、何か危険なものでもと思っていたが、結果は今星明が話した通りである。

 

「あれだけの結界…では無いのか、それに似たもので蓋をしていたのに、いざ開けてみたら中身はすっからかん?どういう事だい?」

「分からん。だが、あれには必ず何か意味がある。それはこれから探っていかないとな…」

 

 幻想郷に次々と出現する火羅、謎の結界、そして道長の行方…

 全ての真相は、今はかの月のみぞ知る…




 轟雷獣(ごうらいじゅう)

 金時が発現した新たな力。
 元々は星明が使役していた魔導具であったが、別行動となり戦闘が雷吼達に回るのを考慮し、金時に受理した。
 その時はまだ元の雷獣の姿のままであったが、萃香との死闘の末に覚悟を決めた金時の想いに応え、彼の中に眠っていた“ある力”が形を変えて雷獣に新たな力を与えた。
 戦車部分は全体的に翡翠色の装飾が施され、新たに車輪部分に巨大な大砲、“魔導大筒”が追加され、強力な魔導火による砲撃を発射する。
 戦車部分も内部に多数の武器を内蔵しており、展開する事で文字通り動く要塞と化す。
 戦車部分から出ている獅子のような頭部と前脚も魂鋼性で出来た翡翠色の鎧が纏われている。その口からは強力な烈火炎装の炎を放射し、振るう脚にも烈火炎装の炎が纏われる。
 そして原点の雷獣と同様その咆哮は牙狼剣を更なる破邪の剣、“牙狼斬馬剣”へと昇華させる。
 金時の新たな力として、今後の活躍に期待が寄せられる。

1.雷獣出したいなぁ…
2.金時のあの鎧も出したいなぁ…
3.…よし、混ぜこぜするか。
っていうノリで作った雷獣強化計画でした。


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第伍話「常夜」前編

今回は東方の最新作からも一人登場

願わくば、ゆっくりしていってね



 幻想郷に来てから、一週間が経過した。

 その日も変わらず味気の無い朝食を食べ終え、暇を持て余していた時だった。

 

「「虫ぃ?」」

「はい…」

 

 朝早くから神社にやって来たのは、里に住む一人の男性。

 まさか参拝客かと霊夢は飛び出ていったが、残念ながらただの参拝では無く、異変解決を求めて来訪したそうだ。

 その異変の内容なのだが、何でも二日前から夜な夜な大量の虫達が里を襲撃し、人々を困らせていると言うのだ。

 その被害が尋常なものでは無い為、今回こうして博麗の巫女である霊夢の下へ駆け付けたという事らしい。

 

「いや虫って言われても…要はは作物が食い荒らされたって話でしょう?そういうのは豊穣の神様にお願いするものであって、私に頼まれてもねぇ…?」

 

 いやまぁ、頼まれたら祈祷ぐらいはするけど、と霊夢は言う。

 確かに霊夢の言う通り、農作物に関する事は豊穣の加護がある神様に頼むのが普通である。

 霊夢の話を聞く限り博麗神社には豊穣の加護は無いようなので霊夢の言う事も最もなのだが、幻想郷の守り人である博麗の巫女がそんな事言って良いのか少し不安だ。

 

「確かに巫女様の言う通り、本来ならそうするのですが、今回はちっとばっかし事情が違いまして…」

 

 だが今回はただの飢饉という訳では無いそうだ。

 豊穣の神に頼めず、博麗の巫女に頼る事となる事情とは一体何なのか?

 

「実はその虫達が食い荒らすのは作物だけで無く…民家や人にまで牙を向けるんですよ…」

 

 何とその虫達は人里そのものに被害を被らせているようだ。

 民家であれば白蟻程度と思えるが、人まで被害が出ているとなると話は違ってくる。

 

「…分かりました、この件は私達の方で調べてみます。」

「ありがとうございやす!お頼み申します!」

 

 男の話だと、虫達がやって来るのは決まって“彼岸”の方角かららしい。

 その情報を頼りに、“三人”は新たな異変解決へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぅほぅ、新しい異変か…こりゃ乗るしかないな!」

 

 …訂正しよう、“四人”は新たな異変解決へと赴いた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「何だか、暑くなってきましたね…」

「あぁ…霊夢、これは一体…?」

 

 博麗神社から彼岸へ向かう三人。

 その彼岸へと近付いていくにつれ、心無しか気温が上がっていっている気がする。

 

「“太陽の畑”に近付いているからね、あそこは年がら年中夏みたいな場所なのよ。」

 

 太陽の畑…彼岸の手前にある場所であり、一年中向日葵の花が咲いている。

 向日葵は夏を象徴する花、それが一年中咲いているという事は、自然と太陽の畑も一年中夏と同じ位の気温であると言えるのだ。

 太陽の畑を管理している者が花に携わる妖怪である為、向日葵以外の花もたくさん咲いており、季節によって様々な顔を見せる。

 しかし…

 

「うわ…」

「酷いな、これは…」

「彼岸の手前にあるから確実に被害はあるだろうとは思っていたけれど、これは酷いわね…」

 

 今その景色は凄惨な事態となっていた。

 土が荒れ、茎は食い破られ、花は枯れ…

 その有様はおよそ太陽の名を関する場とはとても思えない事態となっていた。

 

「…とりあえず、ここに居る奴等に話を聞きに行くわよ、何か知ってるかもしれない。」

 

 霊夢の言葉に従い、一行は畑の中を進んでいく。

 畑の中に入ると、嫌でも辺り一面が荒廃としている現状を突き付けられてしまい、正直見るに耐えない。

 しばらく歩いていると、正面に一軒の家が建っていた。

 霊夢がその家の扉に手を掛けると、扉に付けられている小さな鈴が心地良く鳴り、三人を家の中へと誘う。

 家の中にはカウンタータイプの長机があり、それに向かい合うように沢山の椅子が並べられている。

 部屋の各所に生けられた様々な花も相まって、中々洒落た作りをしている。

 そんな外の惨状とは真逆の部屋の中には、一際目立つ可憐な存在が。

 

「げっ!?お前等もうこっちに来たのかよ…」

 

 そう、普通の魔法使い、霧雨 魔理沙だ。

 

「あら魔理沙、こんな所で何してんのよ?」

「え?え~っと…キノコ!そう、キノコ狩りに来てたんだよ!それでたまたまここに寄って…」

「ここの主に会うのが嫌な癖によく言うわね…」

「あー…えっと…」

 

 魔理沙は普段から実験の材料となるキノコを取りに幻想郷の各地に出掛けているが、彼女は行く先々で必ず良くも悪くも何かしら影響を及ぼす少女だ。

 それを面白がる者も居れば、嫌う者もまた然り。

 ここの主はどうやら後者の方らしく、あまり彼女がこちらに来ないようにキノコに関しては特に目を光らせているらしい。

 だと言うのに彼女がキノコ狩りの名義でここに居るのはおかしな事。

 彼女自身ここの主を嫌っているのならなおさらだ。

 

「そうか、朝方誰かが話を盗み聞きしていたと思っていたが、お前さんだったのか。」

 

 するとザルバが今朝里の人間と会話していた時の事を口にする。

 

「え、それ聞いていないんだが…?」

「あぁすまん、そいつからは特に敵意が無かったものでな。」

 

 一応共に居る雷吼が話をそんな話は聞いていないとザルバに抗議すると、ザルバは素直に謝罪した。

 誰かが自分達の話を盗み聞きしてはいるが、火羅や妖怪の類では無く人間の気配、それも敵意等邪な感情は全く無かったので特に伝える必要は無いだろうとザルバは判断していたらしい。

 

「ん?待ってください、朝方って事は…」

 

 すると金時がザルバが口にした朝方という単語を気に掛ける。

 今朝里の人間と話していた内容は虫による異変について。

 それを盗み聞きしていたのは魔理沙。

 そして今この場に魔理沙が居る事を察するに、彼女がここに居る理由は…

 

「全く、何であんたはいつもそうやってコソコソと…」

「う、うるせ~!良いじゃねぇかよ少しぐらい…!」

 

 そう、彼女も今朝の話を聞いて、この異変解決に勤しんでいたという事だ。

 霊夢が異変の度に毎度関わってくる魔理沙の態度に溜息を吐き、魔理沙がそれに軽く反感を示す。

 そんないつも通りのじゃれあいをしていた時だった。

 

「ちょっと、人の家の玄関先で騒がしくしないで欲しいのだけれど。」

 

 家の外から少しばかりの怒気を含んだ女性の声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには赤色の上着とスカートが目を引く、麦わら帽子を被った女性の姿が。

 

「あぁ、悪いわね幽香。」

「よぅ、邪魔してるぜ。」

「…色々言いたい事はあるけれど、まぁいいわ。上がりなさい、紅茶ぐらいは出すわ。」

 

 そう言った彼女の言葉に従い、一行は部屋の中の椅子に座る。

 各々に違った風味の紅茶を淹れ、彼女…“風見(かざみ) 幽香(ゆうか)”は一行がこの地に訪れた理由を問う。

 

「それで、あなた達はどうしてここに?」

「最近里の方で虫の被害が出ていてね、人を襲うもんだからとりあえず調べてみる事にしたの。」

「その虫達がやって来るのは彼岸かららしく、俺達はそこへ向かっていたんだが…」

「ここの景色を見て、立ち寄ったと?」

「そういう事。」

 

 ざっと事の経緯を聞いた幽香は成程と呟くと、今度は魔理沙の方を向く。

 

「で、あなたは?」

「いや、私も異変解決に来たんだぜ?そんな睨まなくても…」

「あら、折角あの子の一件以来ここに寄り付かなくなった荒し者がまたやって来たんですもの、当然でしょう?」

「いやまぁ、私も好きで荒らしてる訳じゃ無くてだな、そこにキノコとか不思議なものがあるから…」

「そんな話は後にして。幽香、率直に聞くけど、ここの被害はどれ位なの?」

 

 二人の話を遮り、幽香に現在の状況を問う霊夢。

 太陽の畑には民家は見当たらない為、人間に対する被害は出ていないだろうが、この惨状を見ると、もしかしたら人里よりも被害が出ているかもしれない。

 

「見ての通りよ、どこもかしこも虫食いだらけ。無事な場所なんてどこにも無いわ。」

「そう…やっぱり深刻なのね。」

「あなた達が異変解決に動くのなら助かったわ、今はここの管理で手いっぱいなのよ。」

「だろうな、他には何か情報は無いのか?」

「無いわね。そうね、他に何か情報があるとしたら…」

 

 そう言うと幽香は部屋の窓をじっと見つめる。

 つられて一行も窓を見てみるが、特に変わった様子等は見当たらない。

 だがザルバと霊夢は幽香が見ているものの正体を探り当てていた。

 

「雷吼、外に誰かいるな。」

 

 ザルバがそう言った瞬間、霊夢は封魔針を取り出し、それを窓のすぐ下の壁に向けて投げる。

 

「ぅぎゃっ!!」

 

 すると封魔針は部屋の壁を突き抜け、外にいた者に刺さった。

 

「ちょっと、勝手に人の家に穴開けないでちょうだい。」

「別にあんたならすぐ直せるでしょう?」

 

 一同が外に出て確認してみると、そこには一人の少女が。

 それもただの少女では無く、その頭部や背中からは、まるで虫の触覚や羽のようなものが付いている。

 

「痛てて…いきなり退治されるかと思った…!」

「誰かと思ったらリグルか、こんな所で何してるんだ?」

 

 その少女の名は“リグル・ナイトバグ”、普段は迷いの竹林を中心として活動している妖怪だ。

 そんな彼女がわざわざ持ち場を離れ太陽の畑まで来るとは珍しい。

 すると幽香がリグルを見て不敵に笑うと、

 

「そうね…今回の異変、彼女に話を聞いてみたら?」

 

 と言い出した。

 これに一番に飛び付いたのは霊夢だ。

 霊夢は袖からお祓い棒を取り出し、それをリグルに向かって突き出す。

 

「そうね、コイツだったら絶対何か知ってるだろうし。」

「ひぃっ!!」

 

 いきなり死刑宣告染みた行為をされ、リグルは思わず悲鳴を上げる。

 一見すると横暴な行為だが、霊夢や幽香がそう言うのにはちゃんとした理由がある。

 何故なら彼女の能力は“蟲を操る程度の能力”、虫による異変が起きている中、彼女は正に最重要人物なのだ。

 

「さ、洗いざらい話してもらうわよ。今回の異変はあんたが起こしたの?それとも別の誰か?」

「ま、待って…話を聞いて…!」

 

 いよいよ眼前まで近付いたお祓い棒を見て、リグルは既に怯えきっている。

 

「おい霊夢、彼女が怯えているだろ?あまり手荒な事は…」

「邪魔しないで、異変は早く解決するに越した事は無いんだから。」

 

 そんな彼女の様子を見て、雷吼がリグルを庇うよう霊夢の行動を止めようとする。

 だが霊夢は雷吼の制止を聞かず、お祓い棒を下ろす事は無い。

 

「まぁ落ち着けよ霊夢、とりあえず中で話を聞こうぜ。こいつも何か喋りたそうだし、立ち話も何だろ?」

「…まぁ、それもそうね。良いわよね幽香?」

 

 すると魔理沙が機転を効かせ、霊夢を言いくるめる。

 霊夢も流石に魔理沙の言う事を聞き、幽香の許可を貰うべく彼女に問う。

 

「構わないわ、あなたにも紅茶を淹れてあげる。」

「は、はい!」

 

 幽香の承諾も得られた事で、一同は幽香の家で最重要人物であるリグルから話を聞く事となった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「それで、ぶっちゃけあんたは今回の異変の犯人なの?」

「ち、違うよ!私じゃ無い!」

 

 部屋の中に移動し、幽香から紅茶を出された所で、霊夢は半ば無理矢理リグルから事情を聞き出そうとする。

 と言ってもほぼ決め付けに近いものであった為、当然ながらリグルはそれを否定する。

 じゃあ誰なのよと問い掛けると、リグルは思い詰めた表情で声を発した。

 

「その…その事で、霊夢さんにお願いしたい事があるんです。」

「お願い?」

 

 お願いと聞いて少々困惑する霊夢。

 ここにきて彼女は一体どんなお願いをするのか?

 リグルは意を決して霊夢にお願いを…助けを求める。

 

 

 

 

 

「はい!私の友達を…“ラルバ”を助けてください!!」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 今から三日程前、リグルは迷いの竹林で虫達と楽しく戯れていた。

 その中にはリグルと親しい関係であり、今回リグルが霊夢に助けて欲しいと頼んだ虫の妖精、“エタニティラルバ”の姿もあった。

 

「ねぇリグル。」

「ん、どうしたの?」

 

 そんないつも通りの時間を過ごす中、ふとラルバがリグルに問い掛けたのだ。

 

「私達ってすっごい人から嫌われる事、あるよね?」

「うん…そうだね。」

 

 ラルバの言う通り、彼女達は虫の妖精、妖怪だ。

 時期によっては農作物に被害をもたらすとして嫌われ、そもそも虫という存在そのものに嫌悪を示す人もいる。

 無論彼女達がそれらの被害を及ぼすという事は無いのだが、その見た目や持ち得る能力によって、彼女達は“虫達の象徴”として見られてしまい、結果として人々から忌み嫌われてしまうのだ。

 

「私ね、そんなのすっごい嫌だって思うんだ。」

 

 こう言うの、理不尽って言うんだっけ?と首を傾げる彼女は、過去に人々から受けた風評被害を笑い飛ばしたり、頬を膨らませたりとコロコロと表情を変えながら話続ける。

 そんな彼女の姿は、リグルから見ても人々から嫌われる必要の無い、とても愛らしい存在だと言える。

 妖精は今を生きる事に全力だ。

 常に何か面白い事、楽しい事を求めてこの世界を飛び回っている。

 故に過去に起きた事は基本的に覚えていないようになっている。

 悪い言い方となるが、ようは忘れっぽいのだ。

 それは彼女とて例外では無い。

 そんな彼女が過去に起きた事を思い起こしながら話をするのは珍しい事だ。

 一通り話終えたのか、ラルバは一度大きく伸びをすると、リグルに向かって本題を持ち掛ける。

 

「だから、見返してやろうって思ってるんだ。」

 

 そんな彼女の発言に、リグルは面食らった。

 確かに自分達は妖精や妖怪、やろうとすれば人を傷つけたり、最悪殺す事だって出来る。

 しかしそんな事をすれば、それこそ人々から益々嫌われる事となり、何より博麗の巫女が黙っていない。

 いずれにしろ、彼女の考えを変えなければいけないと焦るリグルを見て、ラルバは面白そうに笑うと、

 

「あはは!大丈夫だよ、リグルが思ってるような事はしないって。」

 

 とリグルの予想を否定した。

 ひとまず大事にはならなさそうだと一安心するリグルだが、ならば彼女が言う見返すというのはどういう事なのだろう?

 そうラルバに問い掛けると、ラルバはそれを言うのが待ち遠しかったのか、今日一番の元気の良さでその理由を話す。

 

「あのね、実は私達の中には自分達も知らないすっごい大きな力があるんだって!その力を使えるようになれば、今よりもっといろんな事が出来るようになるって!それこそ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神様にだって、なれちゃうんだって

 

 

 

 

 

「神…様…!?」

「そう!神様になれば、皆私達を良い奴等だーとか偉いんだーって思うでしょ?だから私、神様になるって決めたんだ!神様になって、偉くなって皆を見返してやるの!」

 

 妖精から神という存在へ昇華する。

 それは恐らくこれまでの幻想郷の歴史の中で、およそ普通の妖精が考える事の無いであろう、前代未聞の話であった。

 

「だからリグルも、私と一緒に神様になろ!」

「ラルバ…」

 

 それを意気揚々と喋る彼女の様子は、もはや珍しいを通り越して、どこかおかしいとさえ感じてきた。

 

「…本当に、神様になんかなれるの?」

「あー、その顔信じて無いでしょ?」

 

 じゃあ分かったと言い、彼女は背中の羽を羽ばたかせ宙に浮くと、

 

「私が先に神様になってるから、リグルも後からおいで!神様になって、もっといろんな事一緒にやろう!」

 

 そう言って彼女は何処かへと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 それからリグルは彼女の姿を見ていない。

 そして今回の異変が起きたのだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…それで、あんたはその子を探していた。」

「たまたま霊夢さん達がここに来たのを見て、それで、霊夢さん達ならって思って…!」

 

 リグルはそこまで言うと、とうとう胸に秘めていた思いを堪えきれなかったのか、ポロポロと涙を溢した。

 ラルバがいなくなってから間も無く起きた今回の異変、リグルの話では彼女は普段この太陽の畑に居るらしい。

 彼岸の方角からやって来るという情報と照らし合わせれば、今回の異変の元凶は恐らくラルバである可能性が高い。

 だからこそ友達の危険な思いを止められず、その友達を探す事の出来ない自分自身の弱さに、リグルは涙を流さずにはいられなかったのだ。

 

「大丈夫だ。」

 

 雷吼はそんな彼女の側に近寄り、彼女の頭を優しく撫でる。

 

「その子は必ず俺達が助け出す、黄金騎士として、守りし者として。」

「はい…お願いします…!」

 

 雷吼の決意と彼女をあやすその手に、リグルはその身を委ねた。

 

「…幽香。」

「…分かったわ、彼女は預かっておくわよ、だから早めに解決しなさい。いつまでも置いておく程、私は優しくないわよ。」

 

 今も彼女を放っておく事は出来ない。

 魔理沙は幽香にリグルの世話を頼み、幽香もそれに応えた。

 

「任せるぜ幽香…霊夢。」

「分かってるわよ、さっさと片を付けに行くわよ、もうあまり時間も残って無いからね。」

 

 外を見ると、既に日が傾きかけている。

 虫達が出没するのは夜中。

 各地への被害を抑える為にも、それまでに元凶を見つけ出さなければならない。

 一行は幽香の家を後にし、再び異変の発生場所を探し始めた…

 




書いといて何だけどリグルとラルバって仲良いんですかね?
同じ虫同士だから良さそうだけども…


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第伍話「常夜」後編

ようやく第伍話後編です
調度キリも良いので勝手ですが今年の小説投稿はこれで終了にしようかなと思います

願わくば、ゆっくりしていってね



「…植物(みなさん)が言うには、この先の森の中みたいですね。」

「そうか…悪いな、わざわざ手伝ってくれて、感謝してるぜ。」

「いいえ、魔理沙さんや霊夢さんのお力になれるなら、いくらでも。」

 

 夕方、太陽の畑の外れにある深い森の手前に、雷吼達一同は集まっていた。

 その中には昼間には居なかった一人の少女の姿が。

 

「それにしても、昼間からずっとこんな所に居て大丈夫なの?確か前植物の声聞いたら頭クラクラする~とか言ってなかったっけ?」

「大丈夫です。こう見えても私、あれからまた結構頑張っているんですよ?」

 

 植物が感じている意思を言葉として汲み取り、それを聞く事が出来る。

 そんな能力を持つ彼女の名は“瀬笈 葉(せおい は)”。

 話によると、以前幻想郷で起きた異変の一つを解決した中心人物であり、何と魔理沙の弟子なのだとか。

 雷吼達が今回の異変の元凶を探している最中、偶然にも彼女と出くわした為、彼女の能力を応用して被害にあった植物から情報を聞き出したのだ。

 

「この先から強力な邪気を感じる、陰我で間違い無いだろうな。」

 

 火羅が出現するようになったこの幻想郷で夜中に行動する虫が出現したとなると、火羅や陰我に関わっている可能性が高い。

 ザルバの発言はここに来る前から予想していた事だ。

 

「私も行きます、またお手伝いさせてください。」

 

 葉が霊夢達に異変解決に協力したいと言うが、霊夢と魔理沙は首を横に振る。

 

「あなたは昼間からずっと頑張ってくれてた、だから今日はもう帰って、ゆっくり休んだ方が良いわ。」

「心配すんな、場所が分かったらもうこっちのもんだ、ちゃちゃっと解決してくるさ。」

 

 葉はそれでもと言おうとするが、結局二人の意思を汲み、その場を引いた。

 

「…分かりました。霊夢さん、魔理沙さん、そしてお二方、どうかお気を付けて。」

「えぇ。」

「任せとけ!」

「承知した。」

「ありがとうございます。」

 

 葉の声援を受けた一行は、強力な邪気が潜む森の中へと入っていった…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「良かったんですかね?彼女結構やる気みたいでしたけど…」

「あいつはもう十分自分の役割を果たしてくれたさ、これ以上巻き込む訳にはいかねぇよ。」

 

 森の中へと入った一行は奥へと進んでいく。

 進めば進む程辺りの空気は淀み、邪悪な気配が漂ってくる。

 

「近いぞ、もうすぐだ。」

 

 ザルバがそう言うなり、一行は改めてお互いの表情を伺い、意を決して進む。

 すると一行は森の中の開けた空間へと出た。

 本来ならばそこは森の中の秘境として、そこに住むもの達の憩いの場ともなっているのかもしれない。

 だが今はその影は存在しない。

 

「あれは…」

「間違い無い、邪気はあれから漂ってきている。」

 

 何故ならその広場の中央に、黒く禍禍しい巨大な繭があるからだ。

 時折脈打つその繭は、今まさに中に居る存在が成長している最中だという事を示している。

 

「ようやっとって感じね。」

「んじゃ、ちゃっちゃっと終わらせて…」

「いや待て、邪気が強くなっている。」

 

 霊夢と魔理沙が動こうとすると、ザルバが邪気の高まりを感知する。

 

(誰…?そこに居るのは誰…?)

 

 すると一行の頭の中に声が響く。

 まだ若い少女の声だ。

 

「今のは…?」

「恐らくあの中から話しかけてきたんだろうな。」

 

 突然聞こえてきた声に警戒の色を見せる雷吼達。

 その出所は、どうやらあの繭の中からのようだ。

 

「ならもしかして今の声が…?」

「リグルの言ってたラルバって奴なんだろうな。」

 

 魔理紗がそう言うと、霊夢は声の主であるラルバに話し掛ける。

 

「あんたがラルバって妖精なんでしょ?妖精が神様になろうだなんて、随分大それた事言うじゃない?」

(…邪魔をするの?私が神様になるのはいけない事なの?)

「そうね、駄目よ。そんな事したら幻想郷の色んなバランスが崩れるからね。第一妖精が神になるだなんて…そんな馬鹿げた話があってたまるもんですか。」

 

 彼女の行いを真っ向から否定する霊夢。

 そんな霊夢を、ラルバは今まで自分達を貶してきた人間達と同じ存在と捉えた。

 

(そう…人間はそうやって大した理由も無く私達を傷付ける…悪い事なんてしてない、皆必死に生きているのに…)

 

 彼女の声が雷吼の胸に響く。

 そう、虫という存在はとても脆く、そして儚い。

 人や妖怪よりも遥かに短命で、無力で。

 虫達からすれば今この瞬間を生きるだけでも文字通り命を賭けているというのに、それをただの気紛れで貶され、嫌われ、そして無惨にも刈り取られてしまう。

 虫達の象徴たる彼女の悲しき言葉を聞くと、人間達の持つ心の側面を…陰我を垣間見ずにはいられない。

 それを思うと、虫達の為に人々が格上の存在と崇める神へと変わろうとする彼女の切なる願いにも賛同したくなる。

 しかし…

 

「でもそれで他人に迷惑掛けて良いってもんじゃないわ。あんたの我儘で色んな所が迷惑してんのよ、今すぐにやめなさい!」

 

 哀しき事に、この世界は生半可な気持ちでは動きはしない。

 ラルバの願いは霊夢には、人々にはまさに虐げられる事実なのだ。

 

(…分かった。)

 

 すると意外にも彼女は肯定の意を示す。

 いや、むしろ素直すぎて警戒に値する。

 

(だったら…あんた達を懲らしめてあげる。いつも私達にそうしてるように!)

 

 予想通り彼女はこちらに敵対をしてきた。

 すると繭の真下から真円を描くように邪気の淀みが発生し、そこから無数の存在が姿を表す。

 それは虫、陰我で形成された虫の大群であった。

 

「うへぇ…分かってはいたが、気色わりぃ…」

「だが、ここで退く訳にはいかない!」

 

 大小様々な虫達の姿を見て魔理沙は嫌悪を露にするが、今ここで退けば、また里や人間達に被害が及んでしまう。

 それは絶対に阻止しなければならないと、一行はそれぞれ戦闘体勢を取る。

 

「来るぞ!」

 

 ザルバが警戒を呼び掛けると同時に、虫達は一行目掛けて襲い掛かる。

 それぞれ虫達の襲撃を受け流しながら、本丸である繭を目指そうとするが…

 

「くっ!何て数だ…!」

「これじゃあまともに近付く事も出来ませんよ!」

 

 いかんせん虫の数が多すぎる。

 いくら打ち払ってもその数は一向に減る様子は無い。

 

「だったら…《夢想亜空穴》!!」

 

 現状を打開する為に、霊夢はスペルを発動。

 先程居た場所の反対側…繭の後ろ側へと瞬間移動した。

 

「貰ったわ!《夢想封印》!!」

 

 続いて霊夢は得意技の夢想封印を放つ。

 七つの光球は何物にも阻まれず繭へと直撃するが、繭にダメージを与えた様子は無い。

 

「ダメだ、あの繭が纏っている陰我が強すぎる!生半可な攻撃は通用しないぞ!」

「面倒ね…!」

 

 どうやら繭が纏う陰我が強すぎて、霊夢の攻撃が負けてしまったらしい。

 そうこうしていると霊夢にも虫達が群がり、彼女の奇襲作戦は失敗に終わってしまった。

 

「《ドラゴンメテオ》!!…してもキリがねぇ!!」

「ならば…!」

 

 早期決着の為雷吼は鎧を召喚し牙狼の鎧を纏うと、剣の刀身に烈火炎装を纏わせる。

 

「これで一気に!!」

 

 牙狼剣を大きく振りかぶり、烈火炎装による衝撃波を放つ。

 虫達はその炎によって焼かれ、一瞬ではあるが辺りに虫がいない隙を作る事が出来た。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 その隙を逃さず、雷吼は繭に向かってさらに烈火炎装の斬撃を放つ。

 斬撃は繭に直撃し、纏う陰我を浄化するが、やはりその陰我が強すぎる為に、本体である白い繭の姿を少しばかり確認出来る程度まで晒すとともに鎮火してしまった。

 そして炎が鎮まると、先程の斬撃によって繭の表面に切れ目が出来ているのが確認出来た。

 そしてそこから中を確認すると…

 

「雷吼様、あれは…!?」

「あの子がラルバか…!?」

 

 そこには一人の少女の姿が。

 しかしただの少女では無い、その頭部に蝶の幼虫が持つ触角が生えているのを見るに、やはり彼女がリグルの言っていたエタニティラルバで間違いない。

 彼女が言う神へと昇華する為か、その瞳は閉じられ、まるで眠っているように繭の中で蹲っている。

 

「ラルバ!今の君は陰我に囚われているだけだ!これ以上その陰我に囚われ続けると、君の命が持たない!」

(そんな事無い!私は神様になるの…私は死なない!)

「今ならまだ間に合う!すぐにその欲を捨てるんだ!リグルも俺達もこんな事は望んでいない!」

(私が望んでるの!皆の為に私が!邪魔しないで!!)

 

 繭の中にラルバが居る事を確認した雷吼は彼女に説得を試みるも、彼女は攻撃を止める気配は無い。

 それどころかラルバの激情に応え、さらに大量の虫達が淀みから出現する。

 もう四方八方どこを見ても虫達の黒い影に覆われてしまっている。

 

「雷吼!もう一回さっきのをやって終わりにしようぜ!これ以上はこっちが持たねぇ!」

 

 魔理沙はこれ以上の増援による被害を鑑みて、雷吼に迅速な対応を催促するが…

 

「…それは出来ない。」

「な、何でだよ!?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ!あんた今の状況分かってんの!?」

「だがあの中には彼女が居る!迂闊に攻撃は出来ない!」

 

 あの繭を破壊するとなると、先程以上の烈火炎装を解き放つ必要がある。

 それ自体は可能なのだが、それほどの炎となると中に居るラルバにも炎が移る可能性が極めて高い。

 神を目指しているだけの妖精が、烈火炎装の炎に耐えられる訳が無い。

 

「ですが雷吼様、これ以上は…!」

「分かっている!だが…!」

 

 雷吼とて、これ以上はこちらが危険になると承知している。

 だが雷吼は今、彼女の帰りを待つ者の為に戦っている。

 雷吼は守りし者として、彼女を救いたいのだ。

 その思いが、彼の行動を抑制する。

 

「雷吼お前…くっ!?」

「じゃああんたっ!このままやられるまで待つつもりなの!?」

「そうじゃない!!そうではないが…!!」

 

 そうしている間にも、一行の損耗は激しくなっていく。

 弾幕勝負の達人である霊夢と魔理沙も、さすがにこれ程の数の虫達を捌ききるのは難しく、徐々にその身体に傷を作っていく。

 

「っ!…いい加減にして!!あいつを救いたいって思ってるなら諦めなさい!!もう手遅れよ!!」

「手遅れ…!?」

 

 とうとう我慢の限界に達した霊夢は、雷吼が抱える思いを否定するように言い放つ。

 

「あいつの声を聞いたでしょ!?あいつは本気よ!!もうあんたの声なんて届かない!!やるしかないのよ!!」

 

 繭の中に居るラルバを見ると、彼女は変わらずその瞳を閉じてはいるものの、その表情を怒りに歪めているのが分かる。

 彼女は自分の願いを叶えるのに迷いなど無いのだろう。

 例えそこにある命を殺めても、自らの命が尽きようとも、その胸に抱く願いを叶える為に…

 

 

 

 

 

「あんたが守る命ってのは()()()()()()()()()()なの!?」

 

 その言葉が、雷吼の心に突き刺さる。

 

「(ちっぽけ…!?)」

 

 今彼女は確かにそう言った。

 そこにある命をちっぽけな存在だと。

 幻想郷の守り人である存在が、目の前の命を否定したのだ。

 

「霊夢お前っ、何言って…!?」

 

 霊夢の言葉に金時が抗議する。

 その口調は守りし者としての想いを否定された怒りよりも、幻想郷の守り人である筈の霊夢自身の存在を、自分自身で否定したという驚きに染まっていた。

 

「当たり前でしょ!?今ここであいつを放っておいたら、また他の奴等が被害に逢うだけじゃない!!あんた達はそれでいいの!?」

 

 だが霊夢の言う事も事実だ。

 雷吼達は守りし者として、これからも多くの命を救わなくてはならない。

 それなのにこの場で命を落とすという事は、守りし者としての使命に反する行為でもある。

 霊夢もまた幻想郷の守りし者。

 彼女は幻想郷を守る為に、ラルバの命を棄てる事を選んだのだ。

 だが…

 

 

 

 

 

「ちっぽけなんかじゃ、無い…!」

 

 それで目の前の命を見棄てる事など言語道断。

 手を伸ばせば届くかもしれない…いや、届かなくても手を伸ばす。

 それさえも放棄するようなら、自分はここに立つ事すら許されないだろう。

 

「命は皆、光輝いている…!その輝きは必ず…誰かの心を照らしてくれる…!」

 

 かつて平安京で守れなかった命があった。

 己の未熟さ故、多くの命を散らしてしまった…

 もう、あの時のような悲劇は繰り返さない。

 

「あんた…あんたはまだっ…!」

「誰かの光を待っている者が居る、俺は…その為に戦っているんだ!」

 

 散らしてしまった命に対する懺悔、後悔…

 その負の感情は廻り廻って陰我となる。

 本来ならば断ち斬られる運命にあるその想い。

 だがその想いを、牙狼の鎧は力に変える。

 虫の大群に翻弄され、満身創痍となっていた一行。

 だがその虫達は徐々に一点に集中していく。

 その行き先は牙狼、牙狼の鎧に虫達が群がる。

 …いや違う、牙狼の鎧に溶け込んでいるのだ。

 

「雷吼、様…!?」

 

 陰我が溶け込んだ牙狼の鎧は黒く淀み、禍禍しい漆黒の炎をその身に宿している。

 

「俺は救ってみせる。皆も、彼女も…」

 

 その姿はさながら闇に堕ちた騎士、されどその心は堕ちる事無く光輝く。

 

 

 

 

 

「誰一人、死なせやしない!!」

 

 “想陰(そういん)・牙狼”

 その闇は悪しきに非ず、光と共に有るものである。

 

 

 

 

 

 雷吼は黒く変貌した牙狼剣を天へと突き出す。

 すると周囲一帯の陰我が、牙狼の鎧に集まっていく。

 淀みから出現する虫達はもちろん、繭に纏わる陰我さえも。

 

「今だ!今の内に彼女を!」

 

 雷吼が陰我を吸収した事で、繭は通常のものへと変わっている。

 決着を付けるのならば、今。

 

「オッケー、やってやるよ!!」

 

 魔理沙は繭に向けてミニ八卦炉を構える。

 

(やめて…壊さないで…私達の夢を壊さないで!!)

「悪いなラルバ、ちょっと我慢しろよ…!」

 

 ミニ八卦炉に魔力が集まる。

 今再び、魔法使いの至高の産声が炸裂する。

 

「スペル発動…!」

(やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)

「《マスタースパーク》!!」

 

 恋符《マスタースパーク》

 

 それは一瞬の出来事。

 繭を覆い尽くす程の閃光が放たれ、その光が終息すると、そこには繭は無く、代わりに地に横たわっている少女の姿が。

 ラルバだ、その身体に…傷は無い。

 念の為近くまで寄って確認するが、彼女はただ気を失っているだけのようだ。

 

「ふぃー、何とかなったか…」

 

 結果としては成功したが、元々火力の高いマスタースパークを彼女を傷付けないように低威力で放出するのは意外と至難の技だ。

 それを果たした魔理沙はこれまでの戦闘の疲労等も相まって、その場にへたり込んでしまった。

 しかし、まだ終わってはいない。

 

「ぐっ…くぅ…!!」

「雷吼様!」

 

 雷吼の方を見ると、苦痛故に膝を付いているのが分かる。

 無理もない、今の雷吼は多くの陰我をその身に宿している状態だ。

 いくら黄金騎士と言えど、それ程の陰我を一手に担うのは危険な行為なのだ。

 

「今度はこっちかよ…!」

 

 魔理沙は雷吼を救う為に立ち上がろうとするが、もう足に力が入らずまともに立つ事が出来ない。

 金時も身体のダメージが大きく、雷吼の傍に行くさえ出来ない状態だ。

 だが、まだここには雷吼を救える人物が一人居る。

 

「霊夢っ…早く、俺に向かって夢想封印を…!」

「なっ!?馬鹿言わないで!いくら鎧があっても夢想封印をモロに喰らったら…!」

 

 しかし霊夢は雷吼の提案に対して、首を縦には振れなかった。

 牙狼の鎧が纏っている陰我を消すには霊夢の力を使うしかない。

 しかし今雷吼の身体を蝕んでいる陰我は相当な量となっている。

 この陰我を消滅させるには、通常の夢想封印では浄化しきれない。

 夢想封印の上位互換の技を行使するしかない。

 だがその技を使ってしまえば、鎧に守られているとは言え、雷吼自身も無傷では済まないであろう。

 最悪威力の調整が全く合わず、彼の命に関わるやもしれない。

 そんな危険な綱渡りは出来ないと、霊夢は雷吼の提案を聞き入れる事が出来なかったが…

 

「心配するな…俺は黄金騎士・牙狼、皆の“希望”は、守ってみせる…!」

「…分かったわ、だったらこれ以上の問答は無しね。」

 

 雷吼の決意を信じ、霊夢はスペルカードを取り出す。

 それは夢想封印の扱いやすさ故に派生された技。

 七つの退魔の力を一つに束ねた、博麗霊夢の奥技が一つ。

 

「行くわよ…スペル発動!!“《夢想封印・集》”!!」

 

 霊符《夢想封印・集》

 

 通常の夢想封印を凌ぐ力が、雷吼目掛けて放たれる。

 その力が雷吼に命中すると同時に、辺りは目を開ける事すら出来ない程の眩き光で包まれる。

 その光が晴れ目を開けると、目の前にいる牙狼の鎧は先程の漆黒のもので無く、元の黄金色へと戻っていた。

 再び黄金騎士へと戻った牙狼の姿を見て安堵する三人であったが、鎧が返還されると共に雷吼はその場で倒れてしまう。

 

「っ!!」

「雷吼様!!」

「おい!大丈夫か!?」

 

 急いで雷吼の傍へ寄る三人。

 一番早く辿り着いた霊夢が彼を抱き抱えると同時に、彼の生存を確認する。

 

「雷吼様!!雷吼様!!」

「霊夢、こいつは…!?」

「…大丈夫、気を失ってるだけよ。」

 

 幸い命に別状は無く、彼はその命をしっかりと保っていた。

 

「雷吼様…良かった…!!」

「ったく、心配掛けさせやがって…」

「えぇ…」

 

 雷吼の無事に安堵する三人。

 ふと空を見ると、いつのまにやら朝日が昇り始めていた。

 

「戻りましょうか、早い所この異変を終わらせましょ。」

「そうだな。つー事で金時、そいつ等頼んだぜ。」

「はいはい…ってちょっと待てよ!二人いっぺんに運べって言うのかよ!?」

 

 彼女達の帰りを待つ者達が居る。

 一行は異変解決の祝杯を挙げる為に、幽香達の下へと帰っていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ラルバ!良かった…本当に良かった…!」

「え~と…ごめんねリグル、私…」

「良いの、ラルバが無事ならそれで…」

 

 幽香の家に戻ると、ラルバが無事な事を確認したリグルが彼女に抱き着く。

 ラルバは心配をかけた事でリグルとの関係に亀裂が入るかもと思ったが、その心配は無さそうだ。

 

「良かったですね、彼女達。」

「あぁ、そうだな。」

 

 既に目を覚ましていた雷吼は金時とお互いに顔を見合せ微笑みあい、自分達が為し得た功績を噛み締める。

 あと気掛かりな事と言えば…

 

「痛ででででで!?おい幽香!もう少し優しく、労りを以てだな…!」

「あら、それはごめんなさい。」

「ったく、頼むぜ…「あら手が滑った。」痛ってーーーっ!!」

 

 幽香の気まぐれに魔理沙がどこまで持つか、であろうか?

 

「おい葉!頼むからこいつと替われ!マジでこいつ容赦無i「あらこんな所にも傷が。」ギャーーーーーッ!!」

「えっと…」

「駄目よ、まだ私の手当てが終わってないでしょ?ほら続けて。」

「は、はい…魔理沙さん、頑張ってください…」

 

 その後もしばらく魔理沙の悲鳴は止む事は無く、異変解決の後の小さな宴に相応しい始まりとなった。

 そんな楽しげな雰囲気とは裏腹に、霊夢の心の中にはある思いが如来していた。

 

「(気が狂いかねない程の大量の邪気をその身に纏い、己の身に纏われた闇を払う為に退魔の力を真っ向から受け止める…)」

 

 それはラルバを救う為に取った雷吼の行動。

 結果として今回の異変は、彼の活躍によってこの場に居る誰も命を落とす事無く解決した。

 しかし…

 

「(まるで自分の命を顧みない行為…全ては、そこにある命を守る為に…)」

 

 誰かを救う為に、その命を投げ出す。

 端から聞けば、それは美談として讃えられる事なのかもしれない。

 

「(…私には、出来ない事。)」

 

 だが霊夢はそうは思えない。

 見ず知らずの誰か…いや、例え知っている者であろうとも、自らの命を投げ出してまで助けようとはどうしても思えない。

 この手で守るべき命が数多くあるのだ。

 霊夢はちらりと雷吼を見る。

 宴に興じる彼の表情は、相変わらずの笑顔だ。

 

「(雷吼、あんたは確かに強い、それは認める。でもあんたの掲げる理想は、やっぱり理解出来ない。)」

 

 別に自分の意見を押し付けようとは思わない。

 理想を掲げるのは個人の自由だ。

 だから霊夢は納得出来ないのだ、その理想の下で戦っている雷吼の“強さ”が。

 

「(なら、私の掲げる理想は…一体…)」

 

 心の中に酷く渦巻く想いを、今の霊夢は止める事は出来なかった…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「「頼んだぞ。」」

 

 稲荷達が雷吼達に声を掛ける。

 時は雷吼達が稲荷達から最後の指令を受け取った所まで遡る。

 彼等が去り、番犬所は静寂に包まれる。

 しばらくすると、彼女達の前の空間に裂け目が生じる。

 

「よろしいかしら?」

「既に顔を出しておきながらよく言う。」

 

 その正体は八雲 紫、彼女の作り出した隙間だ。

 紫は隙間から出ると、稲荷達の前に姿を現す。

 

「何用だ?」

「お礼に、と思いまして。」

 

 そう言うと紫は稲荷達に軽く頭を下げる。

 

「この度は私共の身勝手にお付き合い頂き、誠にありがとうございます。この御恩は生涯忘れは致しません。」

「構わん、たまたまこちらの案件と時が重なっただけの事だ。」

「それに、おまえがそんなことをいうとこちらのせすじがこごえる。」

「あら、それは心外ですわね。」

 

 それよりも、と後ろを振り返る紫。

 その方向は番犬所の入口、先程雷吼達が番犬所から去っていった方向だ。

 

「わざわざ一度都から発たせた後に引き渡す、などという面倒な事をしなくとも良いのでは?」

「この指令は元老院から最優先事項として出されたものです。確実な指令遂行を確認する為、現在都に元老院からの使いが送られているのです。」

「その使いに気取られぬようにと…成程、理解致しました。」

 

 紫からすればどのタイミングで引き渡されても問題は無いのだが、稲荷達からすれば都に元老院の使いが居る中で、雷吼達が忽然と姿を消すのは望ましく無いのだ。

 ただでさえ現在ある事情によって目をつけられているのに、これ以上の面倒事は御免なのだ。

 まぁ紫からしても、今はそうやって時間を掛けてくれるのは都合が良い。

 

「私としても少しやるべき事があるので構わないのですが、それにしてもあなた方も中々どうして強かな事…」

「貴様がそれを言うか…?」

 

 と、仰いますと?と紫が聞くと、稲荷達は目付きを鋭くし、紫を睨み付ける。

 

「戯言を…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。貴様の仕業であろう…?」

 

 そう高圧的に紫に聞くが、紫はどこ吹く風とばかりに頬に指を当てながら考えている。

 

「さて、存じ上げませんわね?」

 

 では、と再び隙間を作り、紫はその場から姿を消した。

 稲荷達はその姿を見届ける形となり、ようやく肩の荷が下りたと溜息を吐いたのであった…

 




想陰《そういん》・牙狼

 誰一人として死なせないという雷吼の強い意思に牙狼の鎧が応えた姿
 周囲一帯の陰我を鎧に吸収した姿であり、黄金色の鎧は漆黒に染まり、烈火炎装の炎も同様に黒色となっている(イメージとしては紅蓮ノ月第九話の光滅牙狼や魔戒閃騎のジャアクの牙狼・陣verといった感じ)
 この形態最大の特徴は、「陰我を意のままに使用出来る」事である
 本来なら陰我を断ち斬る鎧の性質を、まるで正反対の「闇を操る性質」へと変化させている
 その為本来なら使用する事の出来ない闇の力を行使する事が出来、作中では周辺の陰我を根こそぎ奪い取り、異変解決への切口となった
 しかし本来の性質をねじ曲げてまで多量の陰我を背負うというのは生半可な事ではなく、雷吼もそれほどの時を経ずに膝を付いていた
 強い意思と力を持つ雷吼だからこそ成し得た事であり、他の者がこの荒行をやろうとすれば、一瞬でその精神は崩壊し、程無く死に至るだろう
 なおこの形態はあくまで牙狼の鎧が雷吼の意思に一時的に応えただけの姿である為、今後自由にこの形態を発現出来るという事は無く、そもそももう一度発現出来るかも怪しい所である

唐突にオリジナル要素をぶっこんでいくスタイル
それでは皆様、良いお年を~


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第陸話「風刃」前編

皆様あけましておめでとうございます(遅い)
本当は先週辺りからから始めたかったんですけどね~
何かと私生活の方が忙しかったりして…
まぁ…そんなこんなで最新話です

願わくば、ゆっくりしていってね



 太陽の畑での一件から数日後、雷吼、金時、霊夢の三人は人里へ来ていた。

 何という事は無い、普通の散歩だ。

 もちろん異変に関する事や道長の捜索も兼ねてだが、特にこれと言った気兼ねも無く里を歩くというのは、やはり心にゆとりが持てる。

 

「あんた達少し気を緩めすぎなんじゃない?いくらそんなに用事が無いからって腑抜けオーラ出まくりよ?」

「腑抜けてるって言われても、ここ最近はいろいろありましたからね~。」

「あぁ、やはりたまにはこうやって気晴らしの散歩が必要だな。」

 

 守りし者は基本的に休息の時は無い。

 常に人手不足の状況の中、昼間は火羅の情報収集、夜は火羅討滅に勤しむとなると、自然と遊んでいる時間は作れない。

 故にこうした何気無い散歩でも彼等にとっては十分心の癒しとなる。

 道長捜索という重大な指令を受け持ってはいるが、それを考えるとついつい普段の激務から逃れようと気を緩めたくなる。

 だが霊夢の言う通り腑抜ける程に気を緩める事は許されない。

 何せラルバ救出の際に、彼女から新たな情報を得ていたからだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「で?神様になろうとか言ってたけど、それってあんた個人の思い付きじゃ無いわよね?誰に言われたのよ?」

 

 幽香の家で傷の手当てをしてもらっている最中、一同はラルバから異変に関する情報を聞き出していた。

 リグルの話を聞くに、神になるという彼女の発言は自身で思い付いたものではなく、誰かからそのようにそそのかされた可能性がある。

 そう思い彼女に聞いてみると、彼女は霊夢の言葉に肯定するようにその人物について話した。

 

「うーんと…何だか凄く偉そうな人と…他にも女の人が二人…?ごめんなさい、あんまり覚えてないや。」

 

 だが悲しい事に妖精は刹那を生きる者。

 余程記憶に残らない出来事でもない限り、つい先程行った行動さえもすっかり忘れてしまう程だ。

 残念ながら彼女にとって話を持ち掛けた人物達は、記憶の対象外だったようだ…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「彼女の話が真実なら、恐らく黒幕は三人…」

「凄く偉そうな、と言っていたからな、内一人は恐らく道長…」

「あとは残り二人の女ね、一体誰なんだか…」

 

 そうやって僅かな休息の時を過ごしていると、雷吼達の行く先に人だかりが出来ていた。

 正確には徐々に人だかりは散っていっているのだが、一体そこに何があるのか、三人は気になり近付いてみると…

 

「え~っと、今日の分のチラシ配りは終わったから次はお買い物を…ここから一番近いお店はどこでしたっけ…あ~早くしないとお豆腐が売り切れちゃいます~!」

 

 そこには何と色違いの霊夢が居た。

 雷吼達は思わず横に居る霊夢と見比べるが、似ていたのはパッと見だけであった。

 

「あんたまたこんな所で布教活動?ご苦労様ね。」

「あ、霊夢さん!申し訳無いんですけど、今は霊夢さんの相手をしている暇は無いんですよ!参拝客といいお買い物といい、もうてんやわんやなんですよ~!」

 

 あたふたと忙しなく荷物の整理をする少女。

 二人の発言から察するに、彼女もまた神職に付く者なのだろう。

 それにしても霊夢と服装がよく似ている。

 もちろん二人とも着ている服は違うのだが、大まかな服の構成は二人して共通している。

 幻想郷において神職に付く者は皆大体この服の構成で固定なのであろうか?

 

「霊夢、彼女は?」

「こいつは妖怪の山にある“守矢神社(もりやじんじゃ)”の巫女、“東風谷(こちや) 早苗(さなえ)”よ。いっつも里で布教活動してるのよ。」

「巫女では無く風祝(かぜはふり)と呼んでください!」

「どっちでも良いでしょ。それにしても参拝客が何とか…って言ってたけど、何かあったの?もしかして参拝客が減ったとか?」

「失礼な、例えどんな状況になろうとも霊夢さんの所よりかは確実に居ますよ!」

「あんたね…」

 

 どうやら守矢神社は博麗神社とは違い参拝客には困っていないらしい。

 では彼女は一体参拝客の何に困っているのだろうか?

 二人がそこまで話していると…

 

「おい早苗、米は買ってきたぞ。」

 

 少し離れた場所から、彼女の連れと思われし男性の声が聞こえた。

 その男性の姿を確認しようと振り返る前に、早苗が手を振りながらその男性に言葉を返した。

 

 

 

 

 

「あ、“保輔”さん!ありがとうございます!」

 

 

 

 

「「(…!?)」」

 

 早苗が返した男性の名が、雷吼と金時の思考を停止させる。

 それもその筈、二人は知っているのだ、“保輔”という名の男を。

 

「後は何を買えば…ん、知り合いか?」

「はい、こちらは前にお話しした霊夢さんです。で、そちらのお二人は…あれ?そう言えばお二人はどちら様で?」

 

 しかしその男は本来この幻想郷には居ない筈だ。

 たまたま同じ名前なだけだろうと考えるが、今の声自体にも聞き覚えが。

 いやまさかそんな筈は無い、あの男がここにいる筈など…

 そう思いながらゆっくりと振り返ると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「保輔(さん)!?」」

「なっ!?お前等、何でこんな所に…!?」

 

 やはりそこには自分達の知る保輔の姿が。

 

「それはこっちの台詞ですよ!保輔さんこそどうしてここに…?」

「まさか、お前も紫に呼ばれて…?」

「呼ばれた…のかは正直分からん。」

「だが其奴が一枚噛んでおるのは間違い無いじゃろうな。」

「ほう…その様子だと、爺さんも相変わらずみたいだな。」

「ふんっ、お主も変わらずの減らず口じゃな。」

 

 保輔とは別の老人のような声の主は“ゴルバ”、保輔が持つ魔導輪だ。

 久々の再会であるが、お互いまさか幻想郷(ここ)に来ているとは思いもせず、ただただ驚愕するばかりである。

 

「保輔さん、お知り合いですか?」

「ん…まぁ、腐れ縁というやつだ。」

「…誰なのこいつ?」

「あぁすまない、彼は“袴垂(はかまだれ) 保輔(やすすけ)”、俺と同じ魔戒騎士だ。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「そうか…道長を追って…」

「あぁ、奴は今幻想郷のどこかに居るらしい。」

 

 雷吼達は保輔達の買い物に付き合いながら、互いの情報を交換しあっていた。

 袴垂 保輔…本名は“藤原(ふじわらの) 保輔(やすすけ)”と言い、元は平安京の警備を務める検非違使(けびいし)であったが、貴族達の自分勝手な政治に嫌気が差しており、さらには放免として己が犯した罪を償う為に、保輔の仕事を手助けしていた“小袖(こそで)”との悲恋もあって、貴族の位を捨てた経緯を持つ。

 その後は都に居る貴族達から金品を奪い、それを貧民達に分け与える義賊行為を行っており、それらの過程の中で紆余曲折の末ある鎧を受け継ぎ、魔戒騎士として日夜戦いに赴く事となったのだ。

 

「魔戒騎士がもう一人、ね…」

「すごい偶然ですね…!」

 

 保輔の話だと、都でいつものように貴族から盗みを働いていた所、足下に謎の裂け目が表れそのまま幻想郷にやって来たと言う。

 そして妖怪の山に放り出された保輔は、そのままの成り行きで守矢神社に世話になっているらしい。

 幻想郷に来た二人の魔戒騎士、それもお互い見知った間柄となると、偶然と言うよりかはやはり人為的な行為…恐らく紫の仕業によるものであろう。

 

「となると、まさか“あれ”も道長が関係しているのか…?」

「「“あれ”?」」

「保輔さんダメですよ!無闇に言い触らしたりしたら余計な手が掛かってしまいます、特に霊夢さんとか。」

「何よ、私に知られちゃまずい事なの?だったら尚更聞いてみたいわね?」

 

 早苗には止められてしまったが、個人的には保輔が言った“あれ”の正体が何なのか気になる所だ。

 

「保輔、何があったんだ?」

「あぁ、実は…」

「ダ~メ~で~すってば!“神奈子”様や“諏訪子”様からも口止めされているじゃないですか!」

「だが俺達の手に余る事態になってきているのも事実だ、どうせもう長くは持たない。」

 

 保輔の言葉が痛い所を突いたのか、言葉を渋る早苗。

 

「…分かりました、お二人に相談致しましょう。」

「そういう事だ、神社までは距離があるが、知りたければ付いて来い。」

 

 仕方無しといった具合で溜息を吐いた早苗と保輔はそう言うと先を歩いていく。

 

「どうする、霊夢?」

「決まってるでしょ?異変は解決してなんぼよ。」

 

 三人も新たな異変と思われし事柄を見聞しに、二人の後を付いていった。

 

 

 

 

 

「そう言えばお主等、豆腐はどうした?」

「「あ。」」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 妖怪の山、その名の通り数多の妖怪が住み着く場所。

 そんな山の頂上に、外の世界から移住してきた者達が居る。

 それが幻想郷にある数少ない神社の一つ、守矢神社の面々である。

 

「ほう…よもや保輔と同じ場から来た者が二人か…」

「それで私達に話を聞きに来たんだ。良いよ、話してあげる。」

 

 神社に到着して中に案内されると、そこには守矢神社に住まう二人の人物が。

 “八坂(やさか) 神奈子(かなこ)”と“洩矢(もりや) 諏訪子(すわこ)”の二人だ。

 

「あの、保輔さん…」

「何だ?」

「確か、このお二人って…」

「ここの祭神だ。」

「どう見ても普通の人にしか見えないんですが…」

「俺もそう思ってた時期があった。」

 

 紅魔館には吸血鬼、永遠亭には月人が居たように、この二人も例に漏れず人ならざる存在、それも人々が崇め奉る神そのものだと言うのだ。

 神奈子が山と風雨の神、諏訪子が土着神らしいのだが、彼女達の見た目は至って普通の人間そのものだ。

 ザルバによると、彼女達から火羅をも超越する程の何かを感じると言うのだが、正直とてもそうは見えない。

 

「ふふっ、我等を神の紛い物と見るか。まぁ無理も無いか、ならばいずれ神という事を示す事にしよう。」

「今は天狗達の事を話さないとね~。」

 

 天狗はこの妖怪の山の最大の勢力であり、天狗独自の社会を持って生活している妖怪達である。

 今回その天狗達に何かがあったらしい。

 

「実は少し前から、天狗さん達の里で病が広まっているみたいなんですよ。」

「症状はその者による。高熱、腹痛、その他あらゆるものだ。」

「竹林の薬売りの所にも世話になってるらしいけど、人によって症状が違うから向こうもちょっと困ってるんだって。」

 

 竹林の薬売りとは、恐らく永遠亭の事であろう。

 そう言えば前に永遠亭に赴いた際の帰り際、永林が少しばかり忙しそうにしていたのだが、その原因は天狗達の事だったようだ。

 

「でもそれがどうしてあんた達と関わる事になるのよ?まさかあんた達もその病に掛かったとか!?」

「いえ、私達は特に何の問題も無いんですよ。」

 

 僅かばかりの抵抗のつもりなのか霊夢が口元を押さえるが、早苗はその可能性を否定する。

 彼女達に問題が無いのは幸いだが、ならばどうしてそれがこの神社の参拝客と関係するのか?

 神奈子と諏訪子の二人がさらなる詳細を話す。

 

「早苗が気にしているのは、その天狗達が利益を求めてここに顔を出しに来ている事だ。」

「何よ、それなら別に何の問題も無いじゃない?むしろうちに招きたい位だわ。」

「それが出来れば苦労しません!天狗さん達ったら普段はまったく来ない癖にいざ大変な事になったら皆手の平返してここに来るんですよ!?信仰が増えるのはもちろん良い事なんですが、このままだと霊夢さんの所みたいに妖怪神社なんて言われちゃいますよ~!」

「そこまで言うかあんたは!」

 

 早苗の言う悩みの種というのは、妖怪の参拝客ばかり増えて人間の参拝客が遠ざかっていくかもしれないという懸念らしい。

 普段から博麗神社を見ているので彼女の嘆きも分からなくは無いが、人と妖が交わりしこの地においては、そこまで気にする程の事では無いような…?

 

「…まぁ、話を戻そう。確かに早苗の言う事も問題ではあるのだが、今最も問題となっているのはそこでは無い、真の問題は天狗達の掛かっている病そのものだ。」

「さっきも言ったけど、人によって症状が違う病…それも人間より遥かに頑丈な身体を持つ天狗達が一斉に病に掛かったとなると、これは明らかにきな臭いよね。」

「それに天狗達は己が信念を強く掲げる種族だ、それこそ普段なら早苗の言う通り我等を信仰する者等一人か二人程度だ。その天狗達がこぞって我等を崇めるようになった…それは偏に、その身に強く抱く信念を投げ捨て、他の文明に頼るしか無い程に彼等が消耗しきっているという事だ。」

 

 そこまで言うと、彼女達は一旦話終えたのか一息付いた。

 実際に話を聞いてみると、予想以上に深刻な事態になっていた。

 

「これは…火羅の仕業なのでしょうか?」

「恐らくはな、少し調べてみたが、確かに天狗の里に陰我の気配があった。」

「じゃが妙な事に火羅の気配は無かった。陰我のみでそのような被害は出る筈は無いのじゃが…」

 

 ここ最近の異変から察するに、今回もまた火羅が絡んでいる可能性が高い。

 しかしゴルバの言う事が正しければ、天狗の里やその周辺には火羅は存在しない。

 しかし天狗の里に蔓延する病と陰我…関係が無い訳が無い。

 

「事情は分かったわ。天狗達は私が何とかするから、あんた達はここでゆっくりくつろいでいなさい。」

「そうは行きませんよ!毎度毎度霊夢さんに先を越されるのは我慢なりませんから!」

「そう言う事だ博麗の巫女。今回は我々も少しばかり関わっている事だ…ここは一つ、共同戦線と行こうじゃないか。」

「皆で仲良くね?」

 

 守矢神社の面々との共同戦線…霊夢は少し不満のようだが、雷吼達は特に異論は無い。

 

「分かりました、よろしくお願い致します。」

「保輔、お前はどうするんだ?」

「まぁ、他に調べる事も無いしな…今回はお前達の近くに居るとしよう。」

 

 同じ守りし者とは言え、立場や思考等の違いから都では何かと別行動が多かった。

 だが今回は守矢神社の面々の言葉も相まって、共に来てくれるようだ。

 

「ならさっさと天狗達の所へ行くわよ、ちんたらやっててもしょうがないわ。」

「もちろんです!さぁ、いざ天狗の里へ…レッツゴー!」

 

 早苗の合図と共に、一同は妖怪の山最大の勢力、天狗の里へと歩みを進めた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「見えてきましたよ、天狗の里です!」

 

 守矢神社を出発して二十分程、山を少し下った先に集落が見えた。

 どうやら天狗の里に到着したようだ。

 一同はそのまま里へと向かうと、里の入口の所に三人の人の姿が。

 いや、正確には人では無い。

 三人の内二人の男性はその背から鴉のような羽根を生やしており、物語でよく見る天狗の姿と酷似している。

 そして中央に居る女性は羽根では無く、その白髪と同じく白い獣の耳と尻尾を生やしていた。

 

「あれ、椛さん?今日は哨戒任務じゃないんですか?」

「人手が足りないんですよ、動ける人材がもう居なくて…ゲホッ、ゲホッ!」

 

 彼女の名は“犬走(いぬばしり) (もみじ)”、普段なら山の警備を担当している筈なのだが、人手が足りないからと里の門番に回されたようだ。

 

「大丈夫か?何だか辛そうだが…」

「えぇ、ご心配無く…それで、皆様こちらには何用で?」

 

 そう言ってなお咳き込む彼女が心配であるが、とりあえずこちらの用件を伝える。

 

「成程…生憎ですが、現在天狗の里への立ち入りは許可されていません。ですが…」

 

 やはり今の天狗の里への立ち入りは無理のようだ。

 だが椛は空を見上げ、ある一点を見詰めている。

 

「話ならば、彼女がしてくれると思いますよ。」

 

 そう彼女が言うと同時に、雷吼達の前に突風が吹き荒れた。

 思わず顔を伏せてしまう程の風が収まると、門番である二人の男の天狗と同じく、背に黒い羽根を生やした少女が居た。

 

「どうも~、清く正しい“射命丸(しゃめいまる) (あや)”で~す!風の便りの下、皆様に取材をしに来ました~!」

 




やっぱり紅蓮ノ月なら保輔を、東方なら守矢出さないと駄目ですよね


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第陸話「風刃」後編

やっと“あれ”が出せるよ…長かった…

願わくば、ゆっくりしていってね


 

「…まぁ、残念ながらあまりこちらで目新しい情報は無いですよ。」

 

 天狗の里へ行き、文と出会ってからまた数十分。

 一行は一度守矢神社へと戻り、文から天狗達の置かれている状況を聞いていた。

 

「進展はあるのだろう?悪い方向ではあるが。」

「その通りです。皆相も変わらず病に倒れ、動ける人材はもう残り僅か…はっきり言ってしまえば天狗の勢力は今壊滅状態です。かく言う私も、実は少々熱がありまして…」

 

 やはり状況は最悪な方向へ向かっている。

 このままでは全ての天狗は病に伏し、この妖怪の山…ひいては幻想郷のバランスが崩れかねない。

 

「そこでなんですがね、ちょっと守矢の皆様に一つ情報提供をと思いまして…」

「へぇ…何の見返りも無く情報提供なんて、珍しい事もあるもんだね?」

「あいにくこんな状況ですからね~、上からの命令で私も自由に動けないんですよ。天狗の勢力が動けない今、幻想郷の為にも誰かがこの原因を突き止めなくてはなりません。私は他の天狗連中とは違って清く正しく、誰にでも公平に分け隔てな~く接する事を信条としておりますから!」

 

 最後の言葉はどこまで正しいのか分からないが、文は守矢の面々を信頼して情報を提供するようだ。

 

「これははたてと一緒に調べあげた事なんですがね…」

 

 そうして文が守矢の二柱に事を説明している間、他の面々は今一度事の次第を整理していた。

 

「妖怪よりも免疫力の低い人里では発生せず、さらには外部への感染は一切無し…」

「症状は人によって様々、そのせいで幻想郷一の医師でも手を焼く始末…」

「人為的…と言うよりも火羅の仕業と見て間違い無いんでしょうけど、今の時点じゃ情報が少ないですね…」

 

 雷吼、保輔、金時の三人が現状把握出来ている事を口にするが、金時の言う通り手懸かりと言えるものが未だに見つかっていない。

 

「手詰まりね…こういう時あんたの能力で何とかならないの?」

「残念ですけど、私の扱う奇跡の力はそういった類のものではありません。」

 

 出来るならもうとっくにやってますよ、と早苗は言う。

 彼女は“奇跡を起こす程度の能力”を持っているらしく、神奈子や諏訪子の力を借りて様々な奇跡を起こす事が出来る。

 ちなみに保輔は過去に食べ物の味を変えてもらった事があったらしいが…

 

「何だか微妙な能力ですね…」

「微妙って酷いですね金時さん、もっと凄い事だって出来ますから!」

「そんな話はどうだっていいでしょ?今は目の前の異変解決が先決よ。」

 

 と言っても、と霊夢は空を見上げる。

 釣られて見ると、空は茜色に染まっており、うっすらと夜の暗さも現れ始めていた。

 

「もう夜も近いし、今日の所はここまでね。」

「そうだな…残念だが今日はこれで、また明日にでも。」

 

 文達の方を見ると、彼女達の方も話が終わったようだ。

 博麗神社へ帰る事を決めた雷吼達はそれぞれに一旦の別れを告げる。

 

「うむ、気を付けると良い。」

「坂道転ばないようにね~」

「保輔、彼女達を頼む。」

「分かっている。」

 

 保輔に守矢神社の事を任せ、三人はその場を後にしようとしたその時、

 

「あやや、それにしてももうこんな時間ですか。私も早く帰って寝ないといけませんね~…」

 

 そう上を見上げた文の視線の先に、

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

 

 

 月の模様に化けるが如く、天を漂う“異形”が居た。

 

「スクープ見つけたぁぁぁぁぁ!!」

「うぉびっくりした!」

「は?何?ちょっとあんたどこに…!?」

 

 いきなり叫んだ文に驚く金時。

 一体何があったのか霊夢が聞こうとするが、文は既に飛んでいってしまった後。

 かろうじて上空に向かったのは見えたので、一同は上を見上げてみる。

 

「…何かある?」

「いえ、特には何も…」

 

 霊夢と早苗は特に何も見つけられなかったが、守矢の二神はそれを見逃さなかった。

 

「あれは…!」

「見つけた、あいつだね…!」

「何も見えないが…ザルバ。」

「ゴルバ、何か分かるか?」

 

 神奈子と諏訪子の二人が見つめる方向を見るが、やはり何も見えない。

 文と二人の神が見たものの正体を探る為、雷吼と保輔はザルバとゴルバに気配を辿ってもらった。

 すると…

 

「まさか…間違い無い、火羅だ!」

「何!?火羅だと!?」

「この気配、天狗の里で感じたものと同じ…彼奴め、まさかあのような場所に居ったとは…!」

 

 ザルバ達の話だと、火羅は遥か彼方の空の上、外の世界で言えば成層圏ギリギリの所に居るらしい。

 何故そのような場所に居るのかは不明だが、相手が火羅ならその陰我を断ち斬るのみ。

 だが今回は状況がまた異例すぎる。

 

「だがあれほどの高さまではそう簡単には行けないぞ!」

 

 そう、ザルバの言う通り雷吼達は空を飛ぶ事が出来ない。

 一騎当千の力を持つ黄金騎士でも、出来ない事はある。

 そして今その弱点を見事に突かれてしまっている。

 どうやってこの刃を火羅に届かせるか思考錯誤していると、先駆けて守矢の面々が火羅目掛けて空へ飛び立つ。

 

「良くは分かりませんが、あのお空の上の妖怪を退治すれば異変解決という事ですよね?」

「そうだな、では行くとしようか!」

「久々に思いっきり遊んじゃおうか!」

「あんた達はとりあえずここに居なさい、今回は私だけでやるわ。」

 

 彼女達が火羅に向かうと同時に、霊夢もその後に続く。

 これで残ったのは雷吼、金時、保輔の三人。

 

「これは少々意外でしたね…」

「あぁ、まさかあんな空の上に居るなんてな…」

 

 これは霊夢の言う通り、今回は彼女達に任せるしかない。

 そう二人が思った時だった。

 

「悪いが、俺は行くぞ。」

「行くって…まさか火羅の所にか!?」

「そんな、どうやって空の彼方まで行くつもりですか!? 」

 

 保輔の言葉に面食らう二人。

 確かに保輔は腕の立つ魔戒騎士ではあるが、決して星明のように法術を使える訳でも、ましてや霊夢達のように元から空を飛べるといった事は無い。

 成層圏を飛ぶ火羅の下へは絶対に行けない筈なのだ。

 

「いや、案外どうとでもなる。」

「どうとでもって…え?」

 

 そう言うと保輔は地を蹴り、()()()()()()()()()()()

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」

 

 そのまま空を駆け上がっていった。

 

「「…」」

 

 まさか空中を走るとは思っていなかった二人はあまりの衝撃に言葉を失い、その場でポカンと口を開けながら放心していた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「やはりまだあいつ等の速度に並ぶ事は出来無いか…」

「仕方無かろう、今は少しでも彼奴等に合流する事が先決じゃ。」

 

 一方保輔は先に飛び出した霊夢達に追い付く為に足を速めていた。

 ちなみに今平然と空を駆けている保輔だが、元々彼自身にそのような能力は無い。

 この能力は本来彼が継承した鎧の力なのだが、どういう訳か幻想郷に来てから生身の状態でも能力を使えるようになったのだ。

 幻想郷風に言えば、さながら“空間を自在に駆ける程度の能力”といった所か。

 

「おぉ~大きいですねぇ、凄く大きいですねぇ!何処をどう撮ろうか迷ってしまいますよ!」

 

 変わって火羅周辺。

 持ち前のスピードを生かしながら火羅の周囲を飛び回る文。

 今回の火羅は、言うなれば龍のような見た目をしており、その大きさは霊夢達の何倍もの大きさがある。

 その巨体をうねらせながら空を飛んでいる姿は、どこか不思議な雄々しささえも感じられる。

 

「あいつはいつも通りね…」

「そうですね。それにしても、あれが火羅ですか…」

「随分大きいね~」

「これだけの巨体で、よくもまぁ今まで隠れられたものだ。」

 

 火羅の近くまで到達した彼女達、特に文と守矢の面々は初めて相対する火羅の姿を見て驚きを隠せない。

 

「追い付いたか…ゴルバ、奴は?」

「天狗の里の病から考えるに…もしや彼奴は伝説の火羅・《以津真天(イツマデン)》やもしれん。」

「だとしたら、大層な奴が現れたものだ。」

 

 やがて少し遅れて保輔も到着した。

 ゴルバの言う通りなら、相手はその巨体に見合うであろう相応の力を持っている筈。

 少しの油断も出来ないだろう。

 

「まぁ相手が何であろうが、さっさと片付ければ良い話…!」

 

 そんな中、霊夢は先行して早速火羅に攻撃を仕掛ける。

 

「上手な鉄砲は数打ちゃ必殺!夢符《退魔符乱舞》!!」

 

 相手の図体を見て、霊夢は範囲の広い技を選択。

 妖怪退治用の札を大量に展開し、火羅目掛けて放つ。

 札は全て火羅の身体に命中するが、そこまで効いている様子は無く、火羅は変わらず悠々と空を飛んでいる。

 

「早いですよ霊夢さん!私も…「ごめん早苗、お先!」あっ!諏訪子様待ってくださ~い!」

 

 早苗も霊夢に続こうとしたが、残念ながら諏訪子に先を越されてしまう。

 諏訪子は真っ直ぐ火羅の眼前目掛けて飛んでいく。

 火羅が如何なる存在かは、保輔から軽くしか聞いていない。

 とりあえず分かっている事は、この場で火羅に対抗出来るのは、対応した術と力を持つ霊夢と保輔のみだという事。

 ならば自分達がやる事は、二人が火羅に対して優位に立てるよう支援する事。

 しかしただ支援するだけでは、折角飛び出していったにも係わらず面子が立たないし、何より面白くない。

 

「要はそれさえこなせれば…」

 

 ようやく火羅の眼前へ到達した諏訪子は火羅と真正面から向き合い、両手を横いっぱいに広げる。

 

「好きにしちゃっても良いよね!」

 

 広げた両手を今度は正面で合わせ、諏訪子の攻撃が始まる。

 

「《二拝二拍一拝》!」

 

 その言葉と共に諏訪子の周囲から数多の弾幕が火羅に降り注ぐ。

 その弾幕は火羅の身体に当たってもまるで意味を成さない。

 火羅に対しての術を施されていないのももちろんなのだが、諏訪子はあえて遊びである弾幕ごっこで使用する非殺傷の弾幕を放っていたのだ。

 いくら火羅が倒せないとは言え、術を施されていなくとも多少のダメージは与えられる筈だというのに…

 

「はい、挨拶完了。ほんとはそっちも返して欲しいけど、まぁ許してあげる。」

 

 弾幕を放ち終えると、火羅が諏訪子に対して注意を向けた。

 火羅からすれば、先程の弾幕は目の前で無数のハエがたかるのと同じようなもの。

 それを放ったのが目の前にいる少女によるものならば気にならない方がおかしいというものだ。

 

「さて、気を引く事は出来たみたいだし、ここからは…」

 

 そう、元から攻撃が効かないのならわざわざまともな攻撃を撃つ必要は無い。

 目的さえ果たせれば後は自分の好きに出来る。

 

「さぁ、楽しい神遊びの時間だよ!」

 

 

 

 

 

 まぁ、要するに彼女は“遊びたい”のだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…結構時間経ちましたね。」

「あぁ…」

 

 霊夢達が火羅の下へ向かってしばらく、雷吼達は地上から彼女達の戦いを見守っていた。

 と言っても直に彼女達の姿が見える訳が無く、地上から見えるのは彼女達が放っているであろう弾幕の光のみだ。

 ちなみにその間に二人も保輔のように空を駆けようと試みたが、結果はもちろん失敗であった。

 

「雷吼、力を抜け。そんなしょうもない事で手を血で染めるんじゃない。」

 

 ザルバに言われ自らの手を見ると、拳を強く握り締め過ぎたのか、掌から僅かに血が出ていた。

 分かっている、自分達は火羅から人々を守る守りし者だ。

 しかし火羅は今、自分達の手の届かない場所に居る。

 目の前に果たすべき使命があるというのに、この場からただ見守る事しか出来ない自分が悔しくて、歯痒くて、もどかしいのだ。

 きっと、以前の魔理沙や霊夢もこんな気持ちだったのだろう。

 

「心を乱すな、あいつ等を信じてるんだろう?」

「当たり前だ、だが…」

 

 保輔も火羅の下へ向かったので、彼女達の身の心配はしていない、していない筈なのだが…

 

「それでもお前はあいつ等が気になって仕方がないと…過保護な奴だな。」

「言ってろ。」

 

 今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑えながら葛藤していると、金時が“何か”に気付き、雷吼達に声を掛ける。

 

「ならば、彼女達の下へと行きましょう!」

「金時…行くって、どうやって…?」

 

 その言葉を聞いた金時は自信満々といった表情で背中の金棒を引き抜く。

 見ると、その金棒は何故か翡翠色に淡く光輝いていた。

 

 

 

 

 

「この力で…()()()から託された力で、です。」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「秘術《グレイソーマタージ》!!」

「《エクスパンデット・オンバシラ》!!」

 

 早苗と神奈子の二人が火羅に攻撃するが、大した傷を負わせる事は出来ていない。

 

「ふむ…本当に効かないのだな。残念だが、今回は博麗の巫女と保輔が頼りか。」

「うぅ~悔しい…!」

「分かったのなら、援護を頼む。」

 

 改めて火羅の脅威を目の当たりにした二人。

 次いで保輔が攻め手を強める為に、刀を天に掲げ八の字を描く。

 そして刀を振り下ろすと、保輔の身体に光を帯びた鎧が装着される。

 白銀に煌めく鎧に、それを妨げる事無く配色された絢爛豪華な装飾。

 牙狼のような牙の無い、妖狐を思わせる顔付き。

 鍔が蓮の花を模した片手の魔戒剣、“白蓮刀”を振るいしこの鎧こそ、魔戒に花咲く穢れ無き蓮花…“白蓮騎士(びゃくれんきし) 斬牙(ザンガ)”の鎧である。

 斬牙の鎧を纏った保輔はそのまま火羅の目元まで接近、その眼に白蓮刀を突き刺す。

 

「ふっ!!」

 

 力に任せた一撃は火羅の眼を貫いた。

 いくら火羅とは言え、一応はこちらの常識が通じる存在。

 殆どの生物共通の弱点である眼を貫かれ、火羅は痛みにのたうつ。

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

 白蓮刀を突き刺したまま、火羅の身体を半ば無理矢理斬り進んでいく。

 ある程度斬り裂いた所で一気に斬り抜け、火羅の身体に大きな切り傷を作る。

 

「よし今だ!《ディバイニングクロップ》!!」

「《一子相伝の弾幕》!!」

「《夢想封印・散》!!」

「《洩矢の鉄の輪》!いっぱいあーげる!!」

 

 それを好機と見た霊夢達は一斉に弾幕を展開、その切り傷を中心として火羅へと弾幕を放つ。

 

「おぉすごい!博麗の巫女と二人の神、そして現人神(あらひとがみ)が放つルール無用の一斉弾幕!これは是非とも写真に納めなければ…って痛ぁ!?」

「あいつ等…少しはこっちの事も考えろ…!」

 

 普段は絶対に見られない四人同時に放つ弾幕は文からすればちょっとしたネタだ。

 撮影を試みるも、哀れその弾幕に巻き込まれるハメとなった。

 保輔も弾幕に巻き込まれないよう細心の注意を払いながら、火羅の身体を斬り刻んでいく。

 だがこれだけの攻撃を仕掛けているにも関わらず、火羅の力は一向に衰える気配が無い。

 

「ったく、何て身体してんのよあいつ…」

「あの図体じゃ、一つ一つの攻撃が彼奴の再生力を越えられんのじゃろう。」

「つまり奴を倒すには、それを上回る十の力か…」

「一の力を以て制す、って所だね。」

 

 今以上の弾幕を以て制するか、一つに力を束ね一気に押し通すか、道は二つに一つ。

 

「でもこれ以上の弾幕って、結構無茶ありますよ…?」

「かと言って、俺の鎧では一の力にはならないだろうな。」

 

 しかしどちらの方法も現在は実現が難しい。

 それを可能と出来るのは…

 

「やっぱり雷吼達(あいつ等)の力が必要って訳ね…!」

 

 そう言っていると、火羅は胸部にある器官を光らせ、口から広範囲に及ぶ熱線を放射した。

 五人を追撃する為にあらゆる方向へ放射するが、直線的かつ捻りの無い攻撃であった為、体調万全な五人はそれを難なく避ける。

 そう、()()()()()()

 

「あ痛たた…危うくこんなしょうもない事でピチュる所でしたよ…さて、写真はそれなりに撮れたし、私もそろそろズババー!っと参戦して…」

 

 先程の四人の弾幕からようやく解放された文は、火羅の姿を写真に納めた事を確認して、いよいよ戦闘に参加しようとするが…

 

「文さん危ない!!」

 

 ふと前を見ると、先程五人を狙っていた熱線が自分へと向かってきていた。

 不意を突かれる形となったが、文は幻想郷一の速さを持つ少女。

 それに伴う反射神経もまた然りだ。

 故に目の前まで熱線が接近してきたとしても、()()なら目視してからでも避ける事が出来る。

 そうやっていつも通り避けようとするが…

 

「っ…!?(ヤバッ!?熱でふらついて…!?)」

 

 今の文は万全な状態では無い。

 その身を蝕む熱が、彼女の反応を遅らせてしまったのだ。

 

「あやややややややややや!?」

「文さん!!」

 

 辛うじて直撃は避けたものの、熱線は彼女の身体を掠り、文はそのまま落下していってしまった。

 その隙を逃さんと火羅は標的を文へと見定め、彼女へと大きく口を開けながら迫る。

 

「ちぃっ!!」

「文さん!!今助けに…!!」

「やめなさい!あんたまで巻き込まれるわよ!」

「でも文さんが!文さん!!」

 

 このままでは彼女は火羅の餌食。

 彼女を助けようと保輔が彼女の下へと走るが、この距離では追い付くかどうか怪しい。

 

「くっ…《雨の源泉》!!」

「《厭い川の翡翠》!!」

 

 神奈子と諏訪子が妨害の為に弾幕を放つが、火羅の動きは止まらない。

 やがて火羅の口内に再び熱を帯び始める。

 どうやら文から一人ずつ確実に殺していくようだ。

 

「あちゃー、これはマズイですねぇ…熱のせいで身体動かないですよ…油断大敵、最後の最後でドジを踏むとは…」

 

 文は乾いた笑いを挙げながら、ただ迫る火羅を見つめる。

 反撃も逃走も出来ず、救援も望めない。

 流石の文も覚悟を決めるしかなかった。

 

「不味いぞ!このままではあの女子は…!」

「クソッ!!間に合わん…!!」

「文さん!!」

 

 保輔達の思いも空しく、火羅の口から再び熱線が放射され、文の身体を強い衝撃が襲った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうやら、間に合ったみたいだな。」

 

 そんな優しい声を聞き、文は目を開く。

 彼女の視線の先には、本来ここには来れない筈の雷吼の姿が。

 

「あやや、これは失礼致しました…ありがとうございます。」

「間一髪でしたね。」

 

 次いで金時の声。

 文は彼の姿を見つけると同時に、彼等がこの上空まで来られた理由を知る。

 

「おぉ!これは何という重戦車!いや、獅子のような顔と足も付いてますね…これは一体?」

「雷獣だな…随分と様変わりしているが。」

 

 そこへ文を助ける為に追いかけてきた保輔が到着する。

 保輔の言う通り、二人は魔導具である“雷獣”の力を使ってここまでやって来た。

 だがその雷獣の姿は普段見るものと違い、全体に翡翠色の鎧を纏った姿となっていた。

 

「いつの間にこんな改造していたんだ?」

 

 覚えの無い改造に興味が湧き、保輔は雷吼達に聞いてみるが…

 

「何でだろうな?」

「何でですかね?」

「何だそりゃ…」

 

 惚けているのか、本当に知らないのか…

 いずれにしろ、その辺りの問答は後にしよう。

 

「遅かったわね、って言うか来れたんだ。」

「文さん!ご無事でしたか!?」

「何とか大丈夫ですよ、いやー私とした事が珍しく焦ってしまいましたよ。」

「良かった…本当に無事で何よりです。」

 

 遅れて他の四人が雷吼達の傍へと寄る。

 

「ほう、良い物を持っているじゃないか。うむ…これならば先に言った一の力と成り得るだろうな。」

「もうあんまり時間も掛けていらんないだろうから、次で終わりにしようか。」

 

 雷吼達が来る前から戦い続けていた霊夢達。

 彼女達の持つ霊力は、そう長くない内に底を尽きるだろう。

 ならば次の一撃に全てを賭けよう。

 

「こいつ等が足止めをしている間に仕掛ける、一回で決めるぞ!」

「承知!」

 

 雷吼の声を合図に、各々一斉に飛び立つ。

 

「天狗さん!少しばかり揺れますが、我慢してください!」

「あ、安全運転でお願いしま~す!」

 

 まず金時が強化された雷獣…“轟雷獣(ごうらいじゅう)

 の手綱を引き、火羅の側面へと移動する。

 

「金時!」

「はいっ!全砲門展開!!」

 

 金時の合図で轟雷獣の戦車部分から多数の砲台が展開され、一斉に火羅へと照準を向ける。

 

「よーし…発s「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」何であなたが言うんですか!?」

 

 何故か文の命令により、轟雷獣の砲台が一斉に火を吹く。

 

「このまま注意を引き付けながら、くまなく当ててやりますよ!!」

「弾幕薄いぞー!何やってんですかー!!」

「病人は静かにしてろ…」

 

 火羅討滅用に仕込まれた烈火炎装の砲弾は、火羅に着々とダメージを与えていく。

 しかし彼等の目的は、ただ火羅にダメージを与えるだけでは無い。

 火羅の進む先には、あらかじめ先回りしていた霊夢の姿が。

 

「さてと…派手にやるとしますか。」

 

 そう言って霊夢は新たなスペルを発動する。

 

「神技《八方龍殺陣》!!」

 

 八方龍殺陣…本来なら霊夢を囲むように円柱状に陣を展開する技だが、今回は応用として火羅を包むように展開した。

 金時が陣に入りやすいよう火羅の身体を真っ直ぐにしながら誘導した為、火羅は滞りなく陣の中に収まる

 そしてその中に神奈子と諏訪子が滑り込む。

 

「うむ、広すぎず、狭すぎず、調度良い陣だ。」

「これなら思いっきり出来るね。」

 

 一方展開した陣の端、火羅の尾の方には早苗が。

 

「こちらも準備完了、いつでもいけます!」

 

 そして霊夢と火羅の間に滑り込んだ轟雷獣。

 

「よし…行くぞ皆!」

 

 雷吼は魔戒剣で円を描き、牙狼の鎧を召喚。

 保輔も雷吼に合わせて再度鎧を召喚、斬牙の鎧を身に纏う。

 

「金時!」

「はい!!」

 

 合図を送ると、金時は手綱ともなっている金棒同士を打ち鳴らし、それに呼応するように轟雷獣が吼える。

 すると一瞬の閃光と共に、牙狼剣がその形を変える。

 “牙狼斬馬剣”…如何なる闇でさえ断ち斬る至高の刃だ。

 

「火羅・以津真天!次元を越えてなお命を弄ぶ貴様の陰我、俺達が断ち斬る!!」

 

 轟雷獣が火羅に向かって走り出す。

 火羅は雷吼達を迎え撃とうとまた口内に熱線を溜め込もうとするが…

 

「させません!大奇跡《客星の明るすぎる夜》!!」

 

 早苗のスペルにより、龍殺陣の内部が光に照らされる。

 しかしこれはただの光では無い。

 浄化の力が込められたその光は、例え火羅に傷を負わす事が出来なくとも、火羅の気を散らすには十分であった。

 そして早苗が作り出した隙を、二柱の神が更に補強する。

 

「それじゃあ行くよ、神奈子!」

「ふっ…良いだろう!短い時間だが、楽しませてもらう!」

 

 龍殺陣を舞台として、早苗が背景を作り、諏訪子と神奈子が役を演じる。

 守矢の三人により開かれたその演劇の名は…

 

「「《諏訪大戦 ~ 土着神話VS中央神話》!!」」

 

 かつて諏訪の地で行われた神話の物語。

 本来ならば諏訪子一人で放つスペルであるが、龍殺陣の強度を信じた二人はこの狭き空間を用いて、かの神話大戦を思い起こしながら()()()()()

 

「くっ…意外と派手にやるじゃない…!」

 

 二柱の神が争う力は例え小規模なものでも強大。

 周囲に被害が及ばないよう霊夢は全力で陣を保つ。

 そして轟雷獣が火羅の目前まで迫った時、保輔は火羅目掛けて跳躍、火羅の体表に着地する。

 

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」

 

 そして轟雷獣は開け放たれた火羅の口内から内部へ猛進、保輔も轟雷獣の動きに合わせて火羅の身体をとぐろを巻くように斬り進む。

 

「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 最後は一気に斬り抜け、雷吼達は火羅の内部から脱出する。

 内と外、あらゆる場所を斬り刻まれた火羅の身体は、魔戒剣の浄化の力に耐えられず、爆散した…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「え~と…大丈夫ですか?」

「び、病人が居たというのになんという運転を…」

「一番騒いでたのはお前だろうが…」

 

 火羅を討滅した一行は守矢神社へと戻っていた。

 轟雷獣に乗っていた文が不調を訴えるが、今は彼女の他にも介抱しなければならない者がいる。

 

「“鍵山(かぎやま) (ひな)”…何故彼女が?」

「分からない、だがこの子はあの火羅の内部に居たんだ。」

 

 雷吼の腕の中には雛と呼ばれた少女が眠りについていた。

 雷吼曰く火羅の内部を斬り進んでいた際に彼女を見つけ、そのまま保護したらしい。

 幸い彼女に目立った外傷は無く、今はただ気を失っているいるだけのようだ。

 

「つまり火羅の内部に囚われていた、という事でしょうか…?」

「この子には“厄を溜め込む程度の能力”があるからね、天狗の里の病にも一役買ってたって所なんじゃない?」

 

 とにかくまずは彼女を安静にしなければ、と神奈子と諏訪子は雷吼から雛を預り、神社の中へと入っていった。(ついでに文も連れていった。)

 

「雷吼様…彼女は…」

「あぁ、恐らくラルバの時と同じだ…」

 

 二人は先日エタニティラルバが起こした異変を思い起こす。

 仮に雛が火羅に囚われていたと仮定した場合、恐らく彼女は道長によって無理矢理火羅の内部に閉じ込められた可能性がある。

 さらにラルバの言っていた事も考えると、ただ力任せで彼女を動かしたのではなく、なにかしら上手く言いくるめて

 彼女を利用したのではないのか?

 そのあたりは彼女に聞いてみないと分からないが…

 

「とにかく今日はこれでお開きね。まったく、結局朝方まで掛かっちゃったじゃない。」

 

 霊夢の言う通り、もうそろそろ地平線から日の光が差し込んでくる時間だ。

 早い所疲れた身体を癒す為に一度横になって眠りたい所だ。

 今から寝ると確実に昼を過ぎるだろうが、まぁ仕方無いだろう。

 

「なら、今日はぜひうちに泊まっていってください。今から帰るのも面倒でしょうし、明日は異変解決のお祝いも行う事ですから、それまで皆さんでゆっくり休みましょう。」

「そうね、それじゃあ肖らせてもらおうかしら。」

 

 確かに今から博麗神社に戻るとなると、大層な時間が掛かってしまう。

 文や雛の事もある為、早苗の提案は大変ありがたい。

 早速その案に乗ろうとした、その時だった。

 

「お、いたいた…おーい霊夢ー!」

 

 守矢神社に向かってきた彼女が到着したのは。

 魔理沙だ。

 

「魔理沙さん!おはようございます。」

「げっ、あんた何しにきたのよ?もう火羅は倒したわよ?」

「よぅ、おはようさん。ってか火羅と戦ってたのか?ちぇっ、また出遅れちまったか…って、今はそれ所じゃ無いんだった…」

 

 彼女は火羅と戦っていた事実を伝えると分かりやすく悔しがるが、すぐに自分の用件を思いだし、それを伝える。

 

「ちょいと霊夢に手を貸してほしい事があるんだ、あと一応雷吼達にも。」

「え~…私今超疲れてんだけど…」

 

 何やら魔理沙は霊夢に助力を求めてきたらしい。

 だが自分達は先程火羅と一戦交えた後。

 当然ながら霊夢は疲れているとごねる。

 

「んな事言われてもなぁ…アリスん家が大変な事になってんだよ、なぁ頼む!」

 

 魔理沙は手を合わせて頼み込んでくる。

 それでも霊力が無い以上、霊夢からすれば今は療養が優先だ。

 適当に言いくるめて誤魔化そうとするが…

 

「…誰かが危険な目に遭っているなら、見過ごせないな。」

「お、さっすが雷吼!話が分かる奴だぜ!」

「雷吼様がそう言うのなら仕方ありませんね…という訳で、霊夢。」

「は?」

 

 さも当然と言わんばかりに霊夢を見る三人。

 まさかとは思うが、三人が当然と思っている事というのは…

 

「え、何?私も行くの?」

「当たり前だろ?元々お前に頼んでるんだからな。」

「いや、その二人だけで十分でしょ?私は疲れて…」

「同じように疲れている雷吼様が行くんですよ?それに私達はあくまで保険、そうだろ魔理沙?」

「そういう事だ。」

 

 いやそれでも…と駄々をこねる霊夢を見かねた雷吼は、金時にある指示を出す。

 

「…金時。」

「はい。霊夢、ちょっと失礼。」

「は?何…って、ちょっと!何してんのよ!?」

 

 雷吼の指示を受けた金時は、持ち前の怪力で霊夢を軽々と抱える。

 

「よし行こう。魔理沙、道案内頼む。」

「おう、見失うなよ!」

「ちょっと!下ろしなさいよ!ちょっ、そこの二人!こいつらに何か言って…!」

 

 無理矢理にでも連れていこうとする雷吼達を止めるべく、霊夢はまだそこに居た保輔と早苗に助けを求めるが…

 

「神奈子様と諏訪子様には伝えておきますので、ご安心下さい。」

「まぁ、気を付けろよ。」

「あんた達~~~!!」

 

 無情にも見放され、雷吼達は霊夢を連れ、新たな異変解決へと赴いた…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「以津真天が墜ちたか…」

「伝説と呼ばれていた割には、あまりそうは思えない活躍だったわね?」

 

 幻想郷か、あるいは別か…

 火羅・以津真天が討滅された事に感付いた二人の人物が居た。

 一人は男性、もう一人は女性だ。

 悠然と椅子に座っている女性が、以津真天の事を軽く一瞥する。

 思っていたよりも活躍しなかったと。

 

「なに、天狗の連中を抑え込んだのだ、十分であろう。」

 

 だが男はそれを意に反さない。

 元々男もあの火羅には大して期待などしていなかったのだ。

 予定通りの事を済ませられただけでも十分だと考えていた。

 

「それよりも貴様の部下の失態を収集する事が先決だ。あと一息という所で…」

「すまないわね、それについては彼女達自ら解決するよう言ってあるわ。そうそう、ちょうど博麗の巫女達がそこに合流するみたいよ?」

 

 女の言葉に男はなに…?と眉間に皺を寄せる。

 

「それでは我が計画に支障が出る。遊びでやっている訳では無いのだぞ…?」

「それがどうなるかは彼女達次第ね。それに…あなたの計画は未だ誰にも悟られてなどいない、()()にもね。ならば、まだ時間の猶予はあるという事よ。」

 

 あなたの計画以前に、私の“理想”がある事を忘れないでほしいわね?と言い、男を見やる。

 軽い意趣返しと仕掛けた口論であったが、どうやら男の負けのようだ。

 男は論破された悔しさからかふんっ、と鼻を鳴らすが、すぐにその表情は平常のものとなる。

 

「…まぁ良い。いざとなれば、我が“理想”の力を使うまよ。」

 

 …いや、表面こそは平常と偽っており、その内側は確かな狂気や業が渦巻いていた。

 女はそんな男の様子をつまらなさそうに見ている。

 

「我が理想の成就は、近い…!」

 

 その胸に秘める“理想”を心に思い描き、男は不適に笑った…




 火羅・以津真天(イツマデン)
 妖怪の山上空、成層圏付近に出現した火羅。
 疫病等で苦しむ者の陰我を好む火羅であり、今回は病に伏した天狗達の陰我を喰らっていた。
 かつて雷吼達が平安京で対峙した時よりもさらに巨大な姿となっており、熱線を放射する機能も新たに備えている。
 その巨大な身体で霊夢達の攻撃をものともせず、文を追い詰める所まで行ったが、雷吼と金時の新たな力に再び敗北を喫した。

第陸話終了!
…え?雷獣の出番が唐突すぎる?
心配御無用、補完話を制作中なのでしばしお待ちを。


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第漆話「還火」

このお話の製作秘話

「やべぇアリス出してねぇ!!東方ファンにこ○される!!」以上

前話を書いていた時点で思いだし、急遽追加して急ピッチで書いたお話なので、今まで以上にダメなお話になってるかも…

願わくば、ゆっくりしていってね



「よーし、到着!」

「結局連れてこられた…」

 

 守矢神社を出発して一刻、無事朝を迎えた頃に雷吼達は魔法の森のとある場所に到着した。

 魔法の森内部という事で、一時は森の瘴気による雷吼達の身体の不調を気にしていたが、いざ入ってみると少し気だるくなる程度で、その他にはこれといった不調は訴えなかった。

 これなら今後森の中で異変が起きても問題無いだろう。

 ちなみに霊夢はここに来るまでずっと金時に担ぎ上げられながら駄々をこねていた。

 何だかんだで彼女も元気そうだ。

 

「諦めなお嬢ちゃん。それよりも何だこの家は?亡霊の気配がわんさか湧いてるぞ?」

 

 未だ乗り気でない霊夢を嗜めながらも、ザルバは目の前に建つ家の異常性を感知する。

 見た目は華やかで素晴らしく綺麗な家だが…

 

「そこなんだよ問題は、とりあえず中に入ろうぜ。」

 

 そう言うと魔理沙はその家の玄関扉を叩く。

 するとあの吸血鬼の館を彷彿とさせるかのように扉がひとりでに開く。

 

「「…え?」」

 

 …いや違う。

 扉を開けたのは、何と人形だった。

 当然ながら、普通人形という物は誰かの手によって動かされるもの。

 ならば人形の背後に誰かいるのかと思いきや、そこには誰もいない。

 つまり、どういう事か直接誰かに動かされている訳でもなく、人形がひとりでに動いているのだ。

 

「お、アリスの人形か。アリスは居ないのか?」

 

 一体どういう事なのか、そう疑問に思っている雷吼と金時を気に留めず、魔理沙はその人形に問い掛ける。

 その質問に人形は首を横に振って答え、そのまま一行を家の中へと案内する。

 やがて家のリビングにたどり着くと、そこには三人の少女の姿が。

 

「案内ありがとう上海、待っていたわよ。」

「待たせたな、アリス。」

「話は魔理沙から聞いているわ。私の名前はアリス、よろしくね、外界の騎士さん?」

 

 まず一人目、金色の髪を優雅に揺らし、まるで人形のように整った見た目の彼女の名は、“アリス・マーガトロイド”。

 この家の主だ。

 

「雷吼だ、こちらこそよろしく。」

「金時です、どうぞよろしく。」

「…さてアリス、話を聞かせてもらおうかしら?それと、そこの二人は誰?」

 

 軽く挨拶を済ませると、霊夢が椅子に座っている二人の少女について問う。

 その二人はお互い似通った服装をしているが、片方は緑色、もう一人は紅色の服となっている。

 

「そう、この二人が重用参考人という訳よ。こっちの子が舞で、こっちの子が里乃。」

 

 紹介された二人は少し申し訳なさそうにどうも~、と挨拶する。

 ちなみに緑色の服装の方が“丁礼田(ていれいだ) (まい)”で、紅色の服装の方が“爾子田(にしだ) 里乃(さとの)”だ。

 二人の名前も判明した所で早速本題へと入る。

 

「その前にまず実物を見てもらった方が早いわね、付いて来て。」

 

 そう言うとアリス達はある場所へと向かっていく。

 雷吼達も後を追いかけていくと、家の外へ出て裏庭へと向かう事となった。

 

「っ!?」

「うわっ…何ですかこの人達は!?」

 

 雷吼達の前には、異常なまでに肌白く、生気を失っている無数の人間が無造作に一ヶ所に集められている。

 その回りには先程家の中へ案内した“上海人形”と同じような人形達が、ハサミやらカミソリやらで武装して宙に浮いている。

 

「…全員死人ね。何?こいつ等使って新しい人形でも作る気?」

「違うわよ、私は被害者の方よ。犯人はこっち。」

 

 恐らくザルバが感知していた亡霊の気配とはこの死人達の事であろう。

 アリスによると、犯人は舞と里乃であると言うが…

 

「いや~実は私達、とある人から命じられて死人の管理をしていまして…」

「それでいつも通りに仕事していたんですが、ついうっかり目を離した隙に逃げられちゃいまして…」

「まさか、それでこいつ等が逃げた先がここだったって事?」

 

 事情を察した霊夢がそう聞くと、アリスはそういう事、と肯定した。

 彼女は夜中の間に死人の大群が家に押し寄せてきたので応戦し、結果として雷吼達と同様夜通し掛けて死人達を押さえ込んでいたのだ。

 ちなみに魔理沙は夜中に自宅に帰る際に現場に遭遇し、アリスに加勢する形でこの事件に関わる事となったらしい。

 ならば舞と里乃がさっさと片付ければいいと霊夢は言うが、二人は首を横に振った。

 

「確かに私達は死人の管理を任されたんですが、死人を操る力は持っていないんですよ…」

「死人を連れ戻す為の扉はここから少し離れた所にあるんですけど、そこまで連れていけないから困っていて…」

「めんどくさいわねあんた達…」

 

 つまり本来管理をする筈の二人が死人を扱えないという事態に困り果てた結果、霊やら呪術的な事柄を扱う機会のある霊夢に頼るという結論に至ったという事らしい。

 

「要は死人をあんた達の管理する檻に戻したいんでしょ?まぁ出来なくは無いわよ。」

「おぉ!さすが博麗の巫女さん!」

「それで、どうやって!?」

 

 特に造作も無いというように言った霊夢に寄る舞と里乃。

 さて、霊夢は一体どのようにこの問題を解決するのだろうか?

 

「そうねぇ、とりあえず…」

 

 と言うと霊夢は何故かアリスの家の中へと戻っていく。

 何をする気なのか、気になって後を追いかけてみると…

 

「ちょっと霊夢、何勝手に人の家のベッドで横になっているのよ?」

 

 何故か霊夢はアリスの部屋の布団に横になっていた。

 

「いや、ね?私もあんたと同じように夜通し戦って今疲れてるし、霊力も無いの。だからとりあえず寝かせて…」

 

 夕方になったら起こして~…と言うが早く、彼女はベッドに突っ伏してしまった。

 

「ちょっと霊夢…って、もう寝てる…」

 

 その間、僅か一秒にも満たない。

 驚きの寝付きの良さである。

 まぁ確かに自分達や火羅、保輔、守矢の面々の力をたった一人で抑え込んでいたのだ。

 相当疲れているのは間違いない。

 

「まぁ仕方無いか、そうと決まれば…アリス、夕方まで暇だからとりあえず何かお菓子作ってくれ!」

「何でそうなるのよ、お断りよ。」

「とか言いながらちゃっかり台所に行くのが流石だぜ。」

「うるさい。」

 

 霊夢が起きるまでまだ時間がある。

 雷吼達も戦いの疲れを癒す為に、申し訳ないがアリスの世話になる事となった。

 

 

 

 

 

 少女就寝中…

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 夕方。

 日が落ち始め、周囲が暗くなっていくと、裏庭に集められていた死人達が動き出す。

 腐乱臭を発しながら辺りを彷徨うその姿は、何処かこの世のものではない、それこそ火羅を目の当たりにしているような錯覚に陥る。

 

「さて、始めるわよ。」

 

 そんな死人達の前に雷吼達は姿を現し、彷徨える魂を導く儀式が始まった。

 

 

 

 

 

 ―で、どうするの?何か策があるんでしょう?―

 

 時は夕方、宣告通り目を覚ました霊夢は、寝過ぎて乱れた髪を何故かアリスに整えさせていた。

 

 ―策って程のもんじゃないわよ、ただ博麗(うち)なりの方法をやるってだけ。これからやろうとしてる儀式は、死人が本格的に活動する夕方、夜に差し掛かる段階の時間から開始するわ。博麗の術を以て死人達を誘導する…あんた達全員の協力が必要よ。―

 

 全員での共同作業…それを前降りとし、それぞれの役割が説明された。

 

 ―まずアリスがこの二人の言う扉までの道を作る。出来るだけ最短距離で頼むわ。―

 

「お願い、皆。」

 

 夕方に霊夢から説明された事を思い返しながら、アリスは人形達を操作する。

 アリスの家にある人形達総動員で作った道は、見ると中々に壮観だ。

 

 ―次に私がアリスの人形を支柱にして、道に沿って結界を張る。一応寝て少しは霊力も回復したけど、まだ本調子とはいかないわ。そこんところはよろしく。―

 

「…はっ!」

 

 人形達が配置に着くと、霊夢は手で印を結び結界を張る。

 元々夜中という事で辺りは暗かったが、霊夢の結界によってその道は漆黒の空間となった。

 この時点で死人達が周囲の異常に気付くが、儀式はまだ続く。

 

「んじゃ、次は私だな。」

 ―結界を張り終えたら今度は魔理沙の番、結界の中に沢山の星を作って。それが死人達の道標の一つになるわ。―

 

 魔理沙は大量の星形の弾幕を精製し、扉へ向けて放つ。

 弾幕は結界内部に多くの星を残し、扉までの道を彩る。

 まさに、星色夜空と言った所だ。

 

 ―ここまできたら後は誘導、あんた達二人は死人の群れを後ろから追い立てて。金時、あんたは先頭で何でも良いから音を立てなさい。死人が先頭を目で見失った時に見つける手掛りになるわ。―

 

「普段からバックダンサーをやってる私達には…」

「お手の物ね!」

 

 舞と里乃は死人達の後ろに回り、何故か踊り始める。

 

「では、雷吼様。」

「あぁ、行くとしよう。」

 

 ―そして殿、死人達を導く灯火の光は…雷吼、あんたよ。―

 

 雷吼は牙狼の鎧を召喚し、死人達の先頭に立つ。

 

「これで良し…じゃあ行くわよ!」

 

 霊夢の合図で雷吼は目を閉じ、牙狼剣を掲げながら祈りを込めて歩き始める。

 迷える魂よ、安らかに…と。

 しかし…

 

「雷吼様!雷吼様!」

「雷吼ちょっとストップ!」

「な、何だ!?」

 

 何故か急に呼び止められてしまった。

 何事かと後ろを振り返ると…

 

「お、おいちょっと待て!どこ行くんだよ!」

「ちょっと待って!家の中に勝手に入らないで!」

 

 驚く事に死人達は進行方向とはまるで逆の方向へ逃げていっていたのだ。

 

「ど、どうしたんだ!?」

「分かんない分かんない!」

「なんかあなたが歩き始めたあたりからどんどん後ろに下がって来て…」

 

 予想もしていなかった緊急事態が起こり、辺りは騒然とする。

 

「っ…一旦中止!とにかくあいつ等をまた一ヶ所に集めるわよ!」

「あ、あぁ!」

 

 原因が何であれ、今はこの事態の収束に努めなければならない。

 霊夢の一喝に従い、各々は散り散りになった死人達を再び一ヶ所へと集め始めた…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「おかしい…失敗する要素なんてあったかしら?」

「見た感じ雷吼が鎧を使ったら死人が逃げた…みたいな感じだったな。」

 

 一旦作戦を中止し、(力尽くで)死人達を連れ戻した一行は、改めてアリスの家の中で作戦会議を行った。

 現在死人達は霊夢の作った簡易的な陣の中で大人しくしている。

 原因を探ってみると、やはり牙狼の鎧が怪しいが…

 

「確かお嬢ちゃんは牙狼の鎧の光を先導にしようとしていたな?」

「えぇ、そうよ。」

「やはりな…牙狼の光は陰我を断ち斬る光、恐らく死人達はその光の性質を本能的に理解して逃げたんじゃないか?」

 

 死人のような魂を物理的に誘導するには、霊力、もしくはそれに近い物による光が必要となる。

 そもそも死人と言うのは、何らかの要因で魂と呼ばれる概念が死体に取り憑いたものである。

 生涯という役目を終え、活力を失った魂が無理矢理入っている事と、そもそも死人の身体が死して機能が停止している死体である為に、視覚や聴覚、思考等の感覚が著しく低下している。

 場合によっては己の活力を満たす為に生ける者を襲う事もあるのだ。

 そんな死人を比較的安全に導くとしたら、死人に憑いている魂に直接呼び掛けるような術を用いるしかない。

 そこで霊夢は牙狼の鎧から発せられる光に目を付けたらしいが、魔戒騎士の鎧は火羅という人間に害を成す存在を断ち斬る為の存在。

 故にその身に宿る力は闇を断ち斬る力であり、霊夢の求める魂を導く力では無く、彼女の目論見は外れてしまった。

 

「となると、先導の役割がいなくなるわね…先導がいないとあいつ等を連れていく事なんて出来ないわ。」

「それは代わりがいないから、という事か?」

「そう、私は結界の維持で手が回らないし、魔理沙とアリスもそんな魔法なんて持ってない。この三人に関しては論外ね。」

「お、俺もかよ!?」

「そうでしょう?あんたあのでっかいよく分かんない乗り物呼ぶ以外に何か出来るの?」

 

 確かに轟雷獣は武装も追加され、より強大な戦力となったが、轟雷獣もまた闇を滅する為の力…そこまで手が回る程万能にはなっていない。

 戦力外通告された事に声を荒らげた金時だが、霊夢の言葉にぐうの音も出せなくなる。

 魔理沙とアリスは魔法使いだが、彼女達は魂を導く魔法は習得していないらしい。

 舞と里乃に関しては今朝話を聞いている通りだ。

 

「という訳で、手っ取り早く解決しましょうか。」

「手っ取り早く?」

 

 はて、一体どんな方法かと思いきや、霊夢は一人裏庭へ行こうとする。

 お祓い棒と妖怪退治用の札を手にしながら。

 

「待つんだ霊夢、まさか彼等を退治しようとしてるんじゃないだろうな?」

「当たり前でしょ?導けないのならさっさと退治して問題解決が一番よ。」

 

 やはり彼女は力ずくで解決しようとしていたらしい。

 ちょっと厄介な事になるとそうやって解決しようとする彼女の姿勢に、当然ながら舞と里乃は抗議する。

 

「ダメですよ!あの死人達はちゃんと生きて連れ戻さないといけないんです!」

「死なせたら私達ご主人様に怒られちゃいますよ~!」

「悪いけどあんた達のご主人の事なんて知らないわよ。大体死人は既に死んでる存在なんだから生きてるも何も無いわよ。」

 

 なおも霊夢は二人の制止を振り切って外に出ようとするが、さすがに見兼ねて雷吼もその間に入る。

 

「待つんだ霊夢、いくらなんでもそれは早急すぎる。もう少し別の方法を…」

「それが無いから苦労してるんでしょうが…それとも、何か良い方法でも思い付いたの?」

「それは…」

 

 いくらなんでも横暴が過ぎると彼女の行動を止めようと摩るが、逆に彼女の言葉でこちらの動きが止まってしまう。

 

「無いんでしょう?だったら一々私の行動を止めないで。それとも、あの死人達もあんたの言う“守るべき者”なの?」

 

 霊夢は厳しい表情で雷吼達に問う。

 結論から言ってしまえば、“そうだ”と答えよう。

 一度は死したる魂といえど、今は確かにこの世に存在している。

 それも、望まぬ復活にその身を苦しめながら。

 その魂を救ってやりたい、そう思う事自体は何ら間違っていない筈だ。

 だがその方法が無いのもまた事実。

 それにこれ以上彼等を放っておけば、最悪森を抜け出し人を襲う事もありえる。

 彼女の行いも、決して間違えてなどいないのだ。

 

「…まぁ、もう少し粘ってみましょう?もしかしたら案外上手くいくかもしれないわよ?」

「そうだな、最悪あいつ等のケツひっぱたいて追い立てりゃ良いだろ。」

「そう上手くはいかないだろうけどね…とにかく、あんた達はここで待っていなさい。」

 

 アリスの言葉に従い、霊夢達は再び死人達の誘導へと戻る。

 残念ながら雷吼達はそういった法術に関しては何も出来ない。

 持てる力の性質上、自分達がこれ以上関わっても邪魔になるだけ。

 せっかく来たというのに悔しいが、今回ばかりは彼女達に任せるしかないだろうと二人は彼女達を見送った。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…やはり上手くはいっていないみたいですね。」

「あぁ…」

 

 少女達を見送った雷吼と金時は家の窓から裏庭の様子を見ていた。

 外では霊夢達の声が聞こえてくる。

 彼女達も色々な方法を試しているが、結果は今二人が目にしている通りだ。

 

「やはり、霊夢の言う通りにした方が良いのでしょうか…?」

「いや、やはり彼等はちゃんとした方法で弔うべきだ。その為にも、今ここで彼等の命を断つ訳にはいかない。」

 

 このままではいつまで経っても終わらない。

 ならば霊夢の言う通りに一思いに終わらせてしまった方が彼等の為なのではと金時が心に思うが、雷吼は対照的にそれを否定する。

 先程は雷吼も同じ様に考えた事も数秒あったが、やはり彼等の命は生きている。

 そう信じた雷吼は、彼等を安らかに眠らせる為に今しばらく生かす道を選んだ。

 

「しかし彼等を導く方法など、今の我々では…」

「…方法はある。」

「えっ!?雷吼様、それは…」

 

 方法があると言った雷吼の表情はしかし、あまり自信の無い顔であった。

 

「…可能性に賭けるしかない。」

「可能性…ですか?」

 

 一体何の可能性なのか、金時が聞こうとするが、ちょうど少女達が作業を中断して家の中に戻ってくる。

 

「「ただいま~…」」

「おかえり皆…やはり成果はよろしくないみたいだな。」

「ったく、あんたさっきのは何よ?誰が箒でフルスイングしろって言ったのよ?」

「しょ、しょうがねぇだろ?言ったじゃねぇかよ、最悪ケツひっぱたいてでもって。」

 

 そう言う彼女達の表情にも、そろそろ疲労の色が強く出てきている。

 

「やっぱり先導の光が無いと無理ね、それにこれ以上は私の霊力も底を尽きるわ。全く、何で二日連続でこんな疲れなきゃならないんだか…」

「となるともうお手上げって事か…?」

「そういう事。という訳で二人には悪いけど、あの死人達はぶっ潰すしかないわね。」

「そんなぁ…」

「せっかくあと少しなのに…」

 

 ここまで来ると、誰も反論はしなかった。

 無言の静寂を肯定と捉えた霊夢は早速裏庭へ向かおうとするが…

 

「待ってくれ霊夢、もう一度本来の儀式をやろう。」

「あんた…さっき失敗したのにもう一度やるって言うの?あんたが先頭の役割が出来ないんだから儀式は成立しないわよ。」

 

 雷吼が再び儀式を行おうと提案する。

 だが先頭がいない以上、儀式は成功などしない。

 

「いや、俺がもう一度やる。」

「…あんたそんなに馬鹿だったっけ?

「霊夢…雷吼様に馬鹿だなんてそんな事…」

「良い、金時。心配するな、今度は成功させる。」

「そこまで言うんなら、何か良い方法があるのか?」

 

 もう一度先頭をやると言う雷吼。

 だが牙狼の鎧の使用は先程の件で不可能と分かっている。

 ならば雷吼は如何にして先頭の役割を果たすのか?

 魔理沙が問い掛けるが…

 

 

 

 

 

「もちろん、牙狼の鎧を使う。」

 

 その答えは変わらなかった。

 

…こいつどっかで頭のネジ落としたのかしら?

だから雷吼様を馬鹿にするなって…でもこれは私も少し心外です…

「聞こえてるからな二人共。」

 

 雷吼の発言に耳を疑うも、彼は至極真面目に答えたようだ。

 

「まぁそこまで言うんだから、彼にも何か考えがあるんじゃないかしら?」

「…じゃあ聞くけど、さっき失敗した鎧の力でどう成功させるっていうの?」

 

 アリスに論され、霊夢は呆れた顔で雷吼に問う。

 その問いに雷吼は一度全員の顔を見渡してから答えた。

 

 

 

 

 

「牙狼の鎧の可能性に賭ける、皆の協力が必要だ。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「さて、こっからどうするの?」

「あぁ、まずはさっきと同じように儀式の準備をしてくれ。」

 

 話が一段落し、一同はまた裏庭にいる死人達の所へ来ていた。

 死人達は先程と変わらず霊夢の作った結界の中で、外に出ようと暴れている。

 一同は雷吼の指示に従い、先程と同じように儀式の準備を行った。

 

「人形の配置、結界の維持、内装、全部完了ね。」

「んで?どうするんだ雷吼?」

 

 全ての準備が整った。

 後は雷吼が先頭を担えば儀式は成立する。

 雷吼は改めて一同を見渡すと、解決策を口にする。

 

「祈るんだ。彼等の魂が安らかに眠るように。」

「…は?どういう事?」

 

 ただ祈る、その言葉に真っ先に疑問を露にしたのは霊夢だった。

 理屈抜きに一体何を…と思っていると、雷吼が詳細を話す。

 

「牙狼の鎧は魂鋼で出来ている。この魂鋼は所有者の精神状態や思いに応えて姿形を変える特徴を持っている。」

「そういやそんな話もしてたような…で、それがどうしたんだ?」

 

 突然魂鋼について話始めた雷吼の意図が読めず、皆首を傾げるが、雷吼はさらに話を続ける。

 

「この前ラルバを助けた時に牙狼の鎧が黒く染まっただろう?あれも魂鋼の性質によるものだ。」

「あぁ、あの時の…」

 

 ラルバを助ける為に想陰 牙狼となった時の事を話す雷吼。

 ここでザルバが雷吼の意図に気付き、驚愕の声をあげる。

 

「まさか雷吼、あの時みたいな鎧の変化に期待しているのか!?」

「あぁ、その通りだ。」

「馬鹿を言うな、あれは偶然の産物にしか過ぎない。あんな奇跡みたいな事はそうそう起こせるものじゃないぞ!」

 

 確かに歴代の黄金騎士がそういった奇跡を具現化した事も少なからずある。

 だがそれは決まって最大級の窮地に立たされ、それでもなお諦めなかった強い心に魂鋼が応えたからこその奇跡の産物。

 そう簡単に為し得られるものではない。

 長年牙狼の鎧と共に在ったザルバだからこそ言える台詞だ。

 

「確かにザルバの言う通りだ、だがここには俺以外にも同じ想いを抱く子達がいる。別に大層な奇跡を起こそうとしている訳じゃない、ただほんの少しの可能性を掴むだけだ。」

「だけってあんたね、そんなの成功する訳…」

 

 自分の力で成し遂げられる実力よりも、極めて低い確率で体現する可能性に賭ける雷吼の無謀さに反発しようとする霊夢だが…

 

「って、あんた何してんのよ?」

「決まってるだろ?祈ってるんだよ。雷吼様が彼等を導いて、いつか彼等の魂が安らかになるように。」

「早っ!?」

 

 もう既に祈りを捧げている金時に驚愕する。

 すると今度はアリスが前へと出る。

 

「まぁ可能性は低くても、やれる事はやりましょう?」

 

 人形達もお願い、と言い、アリスも祈りを捧げる。

 アリスの命に従い、人形達も同様に手を合わせている。

 

「え、マジでやるのこれ?嘘でしょ?」

「ま、ここまできたら神頼みも方法の一つか…」

「私達も!」

「精一杯祈ります!」

 

 魔理沙、舞、里乃も流れに合わせて祈る。

 次々と雷吼の言う通りに祈りを捧げている中、残ったのは霊夢のみ。

 

「…分かったわよ、祈れば良いんでしょ祈れば。」

 

 その流れに逆らえず、渋々霊夢も参加する。

 心のどこかでは、成功する筈など無いと思いながら…

 全員が祈りを捧げている事を確認した雷吼は、神妙な面持ちで魔戒剣を見つめる。

 

「(確かにザルバの言う通り、これは凄まじく可能性の低い話だ。だが…)」

 

 雷吼は顔を上げ、死人達を見る。

 

「(望んでいない、望まれない命だとしても、彼等は今確かに俺の目の前で生きている。ならば、俺のする事はただ一つ…!)」

 

 雷吼はゆっくりと剣を掲げ、そのまま円を描く。

 

「(牙狼の鎧よ、もう一度あの時のような奇跡を…俺達の想いに応えてくれ!)」

 

 一人だけの想いなら叶わずとも、誰かが同じ想いを抱けば、それは確かな力となる。

 霊夢が、魔理沙が、アリスが、舞が、里乃が、金時が、そして雷吼が…

 皆の想いが一つとなり、牙狼の鎧は新たな可能性を見出だす。

 

 

 

 

 

「うわ…マジかよ…!?」

 

 現れた牙狼の鎧、

 

「「すごーい…!」」

 

 それは金色の光ではなく、

 

「あら、本当に出来たのね。」

 

 何色にも染め上げられる事の無い、

 

「やりましたね、雷吼様…!」

 

 純白の輝きを放っていた。

 

「奇跡さえも、か…」

 

 

 

 

 

 “幻陽(げんよう)・牙狼”

 

 その光は闇を導き、安らぎへと還す光の使者。

 

「まさか本当にやっちまうとはな…」

「まぁな…霊夢、結界を。」

 

 ザルバの賞賛を受けながら、雷吼は霊夢に呼び掛ける。

 霊夢は何やら少し思い詰めたような顔をしていたが、すぐに気を取り直し死人達を囲う結界を解く。

 死人達は結界が解かれた事により一斉に散らばるが、雷吼が牙狼剣を掲げると、皆そちらの方向へと向かっていった。

 

「すげぇ…一匹も逃さず連れてるぜ…!」

「これなら儀式も順調に行きそうね。」

 

 そのまま扉までの道のりを進んでいく一行。

 星が並ぶこの空間を、金棒の音を響かせながら死人達を連れただ歩くというのはとても不思議で、幻想的な光景であった。

 やがて舞と里乃が言っていた扉までたどり着く。

 雷吼が先頭を外れ、牙狼剣で扉を指すと、死人達はそれに従い扉の中へと入っていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「いや~、皆さん本当にありがとうございました!」

「おかげ様で問題無く仕事が完了出来ます!」

「家を襲われた身としては問題が無いとは言えないけど…まぁ良いわ。」

 

 死人達を扉へと還してから数十分後、儀式成功を祝して小さなお祝いをしていたが、どうやら舞と里乃はお帰りのようだ。

 

「何はともあれ、一件落着だな。サンキューお前等、助かったぜ。」

「本当に感謝するわ、ありがとう三人共。」

「私達からも…」

「ありがとうございました!」

「構わないさ、当然の事をしたまでだ。」

「まぁ、これも私達の使命の一つという事で。」

 

 各々の感謝を受ける雷吼と金時。

 だが霊夢はそれよりも気になっている事があり、舞と里乃に問い掛ける。

 

「それにしても死人の管理なんて珍しい事してるのね?魂だけなら冥界か彼岸の連中の仕事だし、死体なら地底の奴等の仕事なんだけど、死人って聞いた事無いわね…あんた達どこの所属なの?」

 

 それはただ単純に霊夢が気になった事であり、決して疑い等の類による質問ではない。

 だが…

 

「えっ!?え~っと、その…どうしよう里乃何て言って誤魔化そう…?

な、何で私に聞くの!?分かんないわよ!?えーっと、ほら!あそこですよあそこ!」

「あそこってどこよ?」

「え、えっと…ですから、あそこはあそこでして…」

「…何か怪しいわね?何か隠し事でも…」

 

 何故か冷や汗をたっぷりと流す彼女達。

 あまりにも何か焦っているその様子を見て自分達に何か隠している事があるのではと疑う霊夢だが…

 

「あ、あの!よ、用事も済んだ事ですし、ね!?」

「そ、そうね!それじゃあ、私達はこれで…!」

「「さよなら~!!」」

「あ、ちょっと!待ちなさい!」

 

 霊夢の制止を降りきって、舞と里乃は扉へと帰っていった。

 

「何だったんですかね、彼女達?」

「さぁな…?」

 

 何故彼女達が急にあそこまで焦りだしたのか、結局の所分からずじまいになってしまったが、目先の問題は解決した。

 二人も帰った事だし、とりあえず自分達も神社へと戻ると別れを切り出そうとしたその時、

 

「おいお前等!ここに死霊とか、そんなの操った奴が居なかったか!?」

「「星明!?」」

 

 隙間を開いて星明が現れた。

 こんな時間に一体どうしたのだろうか?

 

「質問に答えろ!ここに死霊使いが来なかったかと聞いているんだ!」

「死霊使いって…まさか舞と里乃の事か?」

「彼女達ならさっき帰っていったわよ?向こうの扉の方に。」

 

 何故かこちらも焦っている様子。

 星明の言う死霊使いを舞と里乃だと仮定して、アリスが二人が帰っていった方向を指差す。

 

「何!?今から追えば間に合うか…?えぇいすまん、失礼する!」

「あ、ちょっ、待て星明!」

 

 すると星明は聞くが早く、雷吼の制止を振りきって扉の方向へと向かっていった。

 

「…どうしたのよあいつ?」

「さ、さぁ…?」

 

 何故星明があそこまで焦っていたのか、結局分からずじまいで、この異変は解決したのだった…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ご苦労様、無事に死人達を連れ戻せたようね。」

「はい!」

「頑張りました!」

 

 とある場所、舞と里乃は死人達を連れ戻した事を、彼女達の主に報告していた。

 すると主とは別にその報告を聞いていた男が口を開く。

 

「ご苦労だったな、これで我が理想も成就出来るというもの。」

「と言うと、始めるのか?」

「あぁ。必要なものは全て揃った、後は向こうが動くよう誘うだけだ。」

 

 そう言うとその男は振り返り、そこにいる少女達二人に声を掛ける。

 

「貴様等にも働いてもらうぞ…?」

「や~っと私達の出番ね?まったく、この私をここまで待たせるなんて、人間の癖に良い度胸してるじゃない?」

「でもこの人の言う事聞かないと私達の目的も…」

「姉さんは黙ってて!…でもまぁ、ここで派手にやっちゃえば良いんでしょ?」

「そういう事だ、期待しているぞ。」

 

 男がそう言うと、二人の少女の内の一人はりょうかーい!と元気良く答える。

 対してもう一人の少女はそんな事は無く、ただじっと大人しくしている。

 男は二人の様子をしばらく見ていたが、やがて目線を外し、今度は“自分自身”に話し掛ける。

 

「貴様にも働いてもらわなければな…」

 

 そう言った彼の心の奥底で、不気味な鼓動が静かに鳴り響いた…

 




幻陽《げんよう》・牙狼

 雷吼の想いに牙狼の鎧が応えた新たな姿。
 先の想陰・牙狼とは対照的に全身が純白色となっており、纏う烈火炎装の色も白色となっている。
 通常の牙狼の鎧の性質とは違い、「闇を導く力」を持っている。
 作中では死人達の大群を、舞や里乃の管理する扉まで導いた。
 ただ闇を断ち斬るだけでなく、迷える魂を救うその姿は、牙狼をまた違った印象で神聖な存在だと思わせる。
 この姿もまた、雷吼の想いに牙狼の鎧が応えた一時的なものであり、これから先自由に変化出来るものでは無く、もう一度体現出来るかも不明である。

新しい姿を出してダメな要素を誤魔化そうとするスタイル(馬鹿野郎である)
次回からいよいよ大詰めに入ります!
…その筈だ(焦)


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第捌話「天障」前編

今まで放っぽらかしてたゆかりん側のお話

願わくば、ゆっくりしていってね



 一夜明け、博霊神社へと戻った雷吼達は朝食を済ませ、食後のお茶を啜っていた。

 ちなみに霊夢は一日ぶりの我が家が余程嬉しいのか満足気な顔でごろごろと横になっている。

 

「しかし、昨日の星明は一体何だったんですかね?」

「さぁな?あの二人を探していたみたいだが…」

 

 二人は昨日の夜の事を思い返す。

 星明の言っていた事から、やはり舞と里乃の事を探していたのだろうと推測出来るが、その理由とまでとなると分からない。

 

「あいつ等は死人の管理をしていて、それが失敗したからお咎めにでも来たんじゃねぇのか?」

「うぉっ、魔理沙いつの間に…!」

「よう、邪魔するぜ。」

 

 突然現れた魔理沙に驚く二人。

 彼女が神社に顔を出すのは毎度の事だが、一日と経たずにやって来るとは、もはやここは彼女にとって自分の庭のようなものなのだろう。

 霊夢も魔理沙の来訪が目に留まったのか、寝転ばせていた身体を起こす。

 

「いらっしゃい、あんたに出す茶は無いわよ。」

「おいおいそんな固い事言うなって、とまぁここまでがテンプレってやつだな。」

「天ぷら…?」

「雷吼様、それは多分違います。」

 

 あの時血相を変えてやって来た星明の事が気になるが、いずれにしろ今の自分達では計り知れない事だ。

 今はその考えは一旦置いて、新たに火羅や道長に関する情報収集に努めなければと考えたその時だった。

 

 

 

 

 

「あー、じゃあついでに私の分の茶も出しておくれ。」

 

 件の人物が姿を表したのは。

 

「「星明!」」

「よっお前等、昨日ぶりだな。」

 

 星明は軽く挨拶を済ませると、縁側にゆったりと腰を掛ける。

 

「へぇー、おばさんの方から来るなんて珍しいもんだな?」

「だから誰がおばさんだと…!」

 

 いつかの時以来にまた始まりそうになる不毛な争いだったが、今はそれどころでは無いのか、星明が軽く咳払いをする事によって終了する。

 

「こんな事をしている場合じゃないって感じね?」

「あぁそうだ、そろそろ話しておかなくてはなと思ってな…

 

 

 

 

 

道長の事、紫の事、今分かっている事を全て説明しよう。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 時は一ヶ月程前、妖怪の山にある“迷い家(マヨヒガ)”。

 ここは普段八雲 紫の式の式、“(ちぇん)”が野良猫達と共に住んでいる場所であり、その日は紫と彼女の式、八雲 藍が顔を出していた。

 

「あなたはいつ会っても本当に変わってないわね~、こうやって猫じゃらしで遊べる所とか特に。」

「え~ん藍しゃま~!助けてくださ~い!身体が勝手に動いちゃうんですよ~!」

「紫様、程々になさってください…」

 

 集まった三人はこうしていつも通りの時間を過ごしていたが、藍が真剣な口調で紫に話し掛ける。

 

「しかし、妖怪達の反旗…一時はどうなる事かと思いましたが…」

 

 藍の言う反旗…それは数日前にこの幻想郷で起きた異変の事だ。

 とある妖怪にそそのかされた小人が振るった小槌の能力によって、幻想郷中の妖怪達の本能が異常なまでに高まり、各地で暴動を起こした。

 それだけに留まらず、小槌の能力によって物に自我が宿り付喪神として妖怪達と共に反旗を翻したのだ。

 幸いにも異変の気配を感じた霊夢と魔理沙、咲夜の三人が中心となって活躍した事で被害は最小限に収まった。

 ちなみに今霊夢達は異変解決を祝して神社で宴会を開いている最中だ。

 最も、開催してから大分時が経っている。

 時間的に考えて、恐らく彼女達はもう酔い潰れているだろうが。

 

「そうね…でも今回の反乱は小槌の能力によるもの、小槌はもう回収済みだし、後は問題無いでしょう。」

 

 そう言う紫の表情は飄々としていて、どこまでが本心なのかは、常に彼女の近くに居る藍でも計り知れないものだ。

 夜空に浮かぶ月を見上げながら、紫共々それぞれの思いを馳せていた、その時だった。

 

 

 

 

 

 月とは違う、空に白き物体が現れたのは。

 

「藍様、紫様!」

「紫様、あれは…!?」

「空間の裂け目ね、それもかなり強力な…」

 

 突如空に出現した裂け目、それを確認した紫は自身の横に小さな隙間を作る。

 

「霊夢達は…うん、予想通りね。行くわよ二人共。」

 

 予想通り霊夢達は酔い潰れており、彼女達を当てにする事は出来ない。

 霊夢達の代わりに、紫達三人は原因不明の裂け目の調査へと向かった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「えー!?私達が寝ちゃってた間にそんな事があったんですか!?」

「むぅ…よもやそのような大事に気付く事が出来なかったとは…」

「まぁあの時は皆かなり大騒ぎしてたし、しょうがないよ。」

 

 同じ頃、守矢神社でも藍と橙によって事の経緯が説明されていた。

 神としての威厳に関わるのか、神奈子が少しへこんでいたが、過ぎた事は仕方が無い。

 

「…話を続けてくれ。」

「あぁ、私達は紫様と共に、その裂け目の調査へと向かったのだが…」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「閉じましたね、あの裂け目…」

「しかしあれほどの裂け目…いえ、亀裂とでも言えばよろしいのでしょうか?あれが自然に消滅するなど…」

 

 裂け目が出現した魔法の森深部。

 紫達が現場に到着すると同時に、その裂け目は閉じてしまった。

 

「普通はあり得ないわね、恐らく誰かが閉じたのでしょうね。さて、何か変わった所は…?」

 

 紫でさえ警戒する程の裂け目…それほど強力な裂け目が自然に消滅する事はまずあり得ない。

 誰かが意図的に閉じたのであれば、何か痕跡が見つかる可能性がある。

 そう思い周囲を見渡すと…

 

「…っ!!…の…は…!!」

 

 耳に届いたのは誰かの声。

 その声の元を注意深く探してみると、ちょうど先程の裂け目の真下辺りに人影が。

 

「先程の亀裂に巻き込まれたのでしょうか…?」

「可能性は高いわね、とりあえずご挨拶でもしましょうか。」

 

 遠目から見た限り、その人影は普通の人間のようだ。

 ならば妖怪である自分達が恐れる必要は無い。

 そう気楽に接しようとしたが…

 

 

 

 

 

「我は“藤原 道長”!貴様等“火羅”の手に掛かるなど有り得ん!!」

「っ…“ホラー”…!?」

 

 火羅(ホラー)という言葉を聞いた紫は先程までの余裕を消し、隙間を使って男の近くに姿を現す。

 

「こんばんは、今宵は良い月ですわね。」

「っ!?何だ貴様等は…!?」

 

 突然現れた紫達に驚く男だったが、藍の九つある尾や、橙の猫耳を見てその表情を険しくする。

 

「貴様等…火羅か?貴様等も我を狙ってきたのか?」

「そうですわね…あなたがただの外来人なら良かったのですけれども…訳有りみたいなので、その表現が正しいかと。」

 

 そう言うと紫はゆっくりと男に向かって歩き出す。

 

「くっ…我は貴様等なんぞの手には落ちんぞ…このような所で…!」

「悪いようには致しませんので、お話を聞かせてもらいましょうか…」

 

 紫が男のすぐ傍まで近付いた、その時、

 

「我の理想は潰えん!!」

「っ!?」

 

 男から想像を絶する程の邪気の波動が放たれる。

 不意を突かれたせいでその波動に耐えられず、紫はその身を大きく吹き飛ばされる。

 

「「紫様!」」

 

 式達の声を受けた紫は隙間から普段愛用している日傘を開き、体制を立て直す。

 見ると、男も何が起きたのか理解できていないようだ。

 やがてふわりと地面に着地した紫は、主を守る為に飛び出した二人の式の姿を見て、スペルカードを一枚使用する。

 

「あなたの言う、ホラーについて。」

 

 式神《藍&橙》

 

 スペルを発動する事で二人の霊力が飛躍的に上昇する。

 いくら相手が妙な力を使っているとしても、こうなればこの二人を止めるのは至難の技だ。

 しかし…

 

「我に近寄るな!穢れし者共よ!」

 

 男は再び激昂すると、さらに男から邪気が溢れ出る。

 

「くっ!?」

「藍様!?」

 

 その邪気の影響か、突然藍が大きく撥ね飛ばされる。

 主人達が易々と攻撃を受けた事に焦燥する橙だが、今は男を止めるが先決と判断し、接近して爪を立てようとする。

 

「えぇい、失せろ!」

「うにゃあっ!?」

 

 だが男から発せられる邪気が橙の身体を吹き飛ばす。

 かつて博霊の巫女のお祓い棒の直撃を受けたかの如き衝撃。

 橙は耐えられず、まともな受け身も取れずに地面に転がる。

 

「橙っ!無事か!?」

「はい…藍様…!」

 

 すぐさま藍が駆け寄り橙の安否を確認する。

 先の一撃が効いたのか、身体は動かせないようだが、幸いにも意識ははっきりとしているようだ。

 

「あらあら、随分と荒っぽいですわね。」

「黙れ!貴様等…一体私に何をした!?」

 

 凄まじい邪気を扱っている男だが、やはり自分自身でもよく分かっていない様子だ。

 これ以上正体不明の力を行使させる訳にはいかない。

 少し手荒となるが、能力を使って無理矢理にでも拘束するしかないと判断したが…

 

「っ!あれは…!?」

 

 突如男の背後に“扉”が出現し、強烈な引力で男を吸い込もうとする。

 

「やめろっ!!私はまだ死ねんのだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 抵抗も空しく、男は扉の中に吸い込まれてしまった。

 扉は男を呑み込むと、扉が軋む音と共に閉まり、そのまま姿を消した。

 

「今のは一体…」

 

 橙が一連の現象に困惑するが、紫は何かを知っているのか表情が固い。

 

「申し訳ありません、取り逃してしまい…」

「良いわよ。私の予想通りなら、この結果は必然ね。」

 

 むしろ…と紫はある方向を見つめる。

 

「お手柄だったわよ、橙。」

 

 そこに落ちていたのは、男が着ていた服の袖、その切れ端であった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「次元の裂け目?」

「恐らくね。二人も感じたでしょ?あの裂け目から発せられた強力な力を。」

 

 八雲 紫の隙間の中。

 橙が引っ掻いた事により男の着ていた服の切れ端を入手した紫は、彼の正体を探るべく一旦自身の領域へと移動していた。

 ここならば誰にも邪魔はされない。

 あの時開いていた裂け目は恐らく空間や時間という概念まで手を伸ばし、下手をすれば別次元に干渉する程の力を放っていた。

 

「あの男、藤原 道長と言っていましたね。確か平安時代の…」

「左大臣の名前よ、圧倒的な権力とカリスマを持って都を手中に収めていた人間…そう、人間よ。」

「しかしただの人間にあのような力は備わっている筈がありません。」

「そうね、少なくともただの人間があんな邪気を纏う事など有り得ない。でも一つだけ方法がある。」

「ホラー、ですか…?」

 

 そう、彼はホラーという言葉を言っていた。

 ホラーを知っている紫と藍は事の重大さを理解していたが、橙はホラーが何を指している言葉なのか分からず二人に問い掛ける。

 

「藍様、ホラーって何ですか?」

「ホラーは魔界及び真魔界に住まう者達の総称だ。人間の邪心に呼び寄せられ、この世界に現界し、人を喰らう…実際には私も見た事は無いんだがな。」

「当然よ、ホラーは人間はもちろん、妖怪にとっても驚異でしかない存在だからね。橙、妖怪がこの世に存在していられる一番の要素って何?」

「え?えっと…人間の恐れ。人間が恐怖心によってあらぬ空想を抱く、それが妖怪達の糧となる。」

 

 突然の問い掛けに橙は多少驚くも、特段難しい問題ではない為、素直に答えを言う。

 

「正解。妖怪は人間が妖怪に対して恐れを認識しなければ存在する事が出来ない。対してホラーは陰我と呼ばれるものを糧としているわ。陰我は森羅万象、あらゆるものに存在する邪念を差す。つまり…」

「陰我が蔓延している現世…ホラーは妖怪よりも容易く存在していられる…」

「そう、そしてホラーは陰我ある限りその命は潰える事は無い。出来たとしても魔界に魂を還り返すだけ。ここまで言えば分かるわね?」

 

 ホラーは陰我がある限り死ぬ事は無い、たとえ魔界に魂を還り返したとしても、この世界は人や妖怪達の邪念に満ちている。

 つまり…

 

「ホラーはこの世界に存在している限り不死の存在、たとえ倒したとしても魂は健在だからまたこの世界にやって来る…」

「えぇ。ついでに言うと、ホラーの強さは総じて妖怪と同等、もしくはそれ以上。不死の怪物が自分達以上の強さを持っていると分かれば、妖怪とて恐怖を…陰我を隠せない。だからホラーなんていう名前が付いているのよ。この世界の恐怖(ホラー)の根元に最も近き存在、それが奴等なのよ。そんな奴等をこの楽園(幻想郷)に置いておけるものですか。」

 

 そう言う紫の表情は、普段の遊び心など一切無かった。

 

「全てを受け入れる幻想郷においてただ一つだけ許されない存在、それがホラーなのよ。以上、紫さんの豆知識コーナーでした。」

 

 そうしてまたいつも通りに飄々と態度を変える。

 見慣れた光景だが、先程の紫の表情は何だかいつもの真面目さとは少し違っていた気がする。

 いつも以上に本気になっていたような…

 先程のホラーの話も相まって、橙はますますホラーに対しての認識を強めた。

 

「それで、今は一体何を?」

「あなたの功績を無駄にはしないって事よ。」

 

 そう言うと紫は橙が今まで見た事も無いような印を結んでいく。

 紫が何をしているのか、藍が補足として説明する。

 

「あの男は先の裂け目からやって来た、恐らく別の世界からな。となると普通に調べても彼の出自は把握出来ない。紫様はあの服の切れ端を媒介としてこの世界の境界を操作し、男の居た世界を割り出そうとしているのだ。」

 

 さらりと言って退けているが、世界の境界に干渉する等普通では考えられない事だ。

 この主は一体いくつもの“本当”を隠し持っているのだろうか?

 

「まぁ、こんなものかしらね、さてと、それじゃあ開くわよ。」

 

 紫が開け、ゴマ!と言って空に指を這わせると、紫の能力によって隙間が開く。

 空から見下ろす形となっているのか、その隙間の先には大きな都があり、一面見渡せるようになっていた。

 

「ふむふむ…あら、中々に荒廃しているじゃない。何かあったのかしら?とりあえず世界の割り出しとこじ開けは完r「紫様、紫様。」え、何?どうしたの?」

 

 そう時間も経たず、端から見れば割りと簡単にやっていたように見えたが、世界の境界を変えるのはいくら紫と言えども大した所業だ。

 その偉業を成し遂げた紫は良い達成感に満ち溢れていたが、橙の呼び声で水を刺されてしまう。

 一体何事かと後ろを見てみると…

 

「なんか…いろんな所に隙間出来ちゃってますよ…?」

「え?あ…」

 

 橙に言われ周囲を見回してみると、確かに空間内に多数の隙間が開いている。

 覗いてみると、見える景色は総じて先程紫が開いた世界のものと、幻想郷の各地と見られる。

 

「紫様、これは…」

「あー、っと…」

 

 恐らく境界弄りの調整が上手くいかずに起きた結果。

 つまりは紫の単純な失態なのだろうが、紫はしばらくあらぬ方向を見ていると…

 

 

 

 

 

 指をすっと下ろし、空間内の開いている隙間を全て閉めた。

 

「(閉めた…)」

「(無かった事にしようとしてる…)」

「い、いや~やっぱり境界弄るのって大変だわ~!あは、あははははは!はは…」

 

 明らかに不信感を露にしている二人を尻目に、紫は新たに隙間を(安全に)開くように努めた…




ゆかりんはポンコツなババa…おっとこんな時間に誰だろう


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第捌話「天障」後編

なんかもう何でも混ぜたい…何でも…

願わくば、ゆっくりしていってね



「えっと…保輔さん…?」

「…」

 

 引き続き藍と橙から話を聞いている保輔達だが、ここに来て保輔の眉間に皺が寄る。

 そう、保輔は今までずっと気になっていた事があった。

 話を聞いた限りでは、雷吼達は紫が意図的に幻想郷に呼び出したと報告を受けている。

 ところが自分に関してはそのような報告は届いていない。

 仮に雷吼達と同様に呼び出されたのだとしたら、既に藍や橙辺りから何か話があってもおかしくない筈。

 その報告が無いという事は、呼び出されたという可能性は薄い。

 その代わりに耳に届いた言葉は、平安京と幻想郷が無作為に隙間で繋がれていたという事実。

 そこから察するに、自分が幻想郷に来た原因というのは…

 

「恐らく君が思っている事で合っているだろう…すまなかった、主の分も併せて謝罪しよう。」

「やはりか…」

 

 藍と橙は保輔に対して深々と頭を下げる。

 予想通り、保輔はその時出来た隙間に()()()()()()()巻き込まれただけのようだ。

 

「それはまぁ…何と言いますか…」

「災難だったね…」

「まぁ…今更気にはしていないが…」

 

 偶然とはいえ、道長の動向は保輔も気になっていた事。

 結果的にその行方を知る事が出来たのだから、まぁ良しとしよう。

 

「では二人共、話を続きを。」

「あぁ。」

「はい。」

 

 話が一段落した所で神奈子の催促の下、再び二人の話が始まった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ただいま~。」

「お帰りなさいませ、紫様。」

 

 紫の失態から少しして、再び隙間を作った彼女は一旦式の二人と別れて調査をする事にした。

 幾日か掛けて紫は一先ず調査を終了し、隙間へと帰還した。

 そこには既に藍と橙の姿が。

 程良く情報を集めて帰ろうとしていたのだが、どうやら予定していたよりも時間が掛かってしまったらしい。

 

「どうだった二人共?」

「…紫様の仰る通り、幻想郷で少しばかり異変が。」

「やっぱりねぇ…行動が早いこと。」

 

 紫は万一に備えて式の二人に幻想郷各地の監視を命じていた。

 予測はしていたが、やはりあのまま終わるという事には成らなかった。

 

「じゃあまず…橙、霊夢には結界の事は伝えた?」

「はい、言われた通り詳細は伏せて。」

「ん、ありがとう、助かるわ。」

 

 あの裂け目の影響によって、幻想郷内の空間は不安定なものとなってしまった。

 そんな時に空間と密接な関係である博麗大結界や幻と実体の境界を弄られたら、どんな影響が出るか分かったものではない。

 事の全容も見えない今は、たとえ霊夢でも迂闊に動いて欲しくはない所だ。

 よく詳細を話さずに彼女を説得出来たと橙の活躍を褒め称え頭を撫でると、彼女は嬉しそうに喉を鳴らす。

 

「藍はどう?何かあったみたいだけれど?」

「はい。詳細は不明ですが、冥界から幽霊が、地底から人妖問わず死体が消失しているようです。」

「死者の魂と身体がねぇ…」

「彼岸の方にも影響が出ている様子です。」

 

 幽霊、そして死体。

 既に生涯を閉じ、何の力も無いものを使うとして、その目的は何か?

 今は何とも言えない。

 

「…分かったわ。他には何かある?」

「いえ、それ以外には特に。」

「そう…ご苦労様二人共。次は私ね。」

 

 二人の報告を受けた紫は、いよいよ自身が集めてきた情報を公開する。

 

「まずあの男の名前だけど、やはりあの時自分で言っていたように藤原 道長で間違い無いわね。彼のこれまでの経緯も、私達の世界で文献として描かれているものと一致しているわ。」

「成程…しかしお言葉ですが、それだけで彼を藤原 道長と断定するのはいささか軽率かと…」

 

 確かにあの時男は自身を藤原 道長と言ってはいたが、もしかしたら普段体験しない事が一度に襲い掛かり、混乱して何か狂言めいた発言をした可能性がある。

 ここはもっと確実な情報が欲しい所だ。

 しかしそんな事は既に折り込み済み、紫はしっかりと裏付けを取っていた。

 

「そうね。実は一つだけ、史実とは異なる部分があったの。」

「それは一体?」

「これは都の中心である()()()()()()()()()()()使()()に聞いたのだけどね、実は少し前にこの都はとある大災害にあったようで、藤原 道長はその災害時に行方不明となっているのよ。」

「行方不明ですか…」

「ただ残念な事に災害時の詳細は話してはくれなかったけれど…」

 

 と言って紫は一旦口を閉じる。

 あの都が荒廃していたのは大災害が起きてからまだ間も無い頃だったから。

 それも本来復旧を指示する人物が行方不明となるとあの光景も当然か。

 しかしまだそれでは断定したとは言えない。

 紫もそれは当然理解しており、再び話を進める。

 

「だからちょっと思いきってホラーの方面から調べてみたわ。まずホラーそのものに関してなんだけど、やはりあの世界にはホラーが存在しているわ。」

 

 紫はそう言うと一冊の本を取り出し、二人に手渡す。

 中を見てみると、それはホラーに関する詳細な情報が書かれていた。

 

「火羅…こうやって書くんですね…」

「これは一体どちらで?」

「都にそっち系の情報をたくさん持っている人が居てね、その人に協力を求めたのよ。」

 

 二人がある程度本の中身を見た事を確認した紫は、さらに一冊の本を取り出す。

 今度の本は先程のものとは違い、表紙や内のページ等が所々破れており、かなり年期の入ったものだと伺える。

 

「彼女が言うには、この本は火羅という存在が世に知れ渡って間も無い時期に執筆されたもの…彼女の持つ蔵書の中でも最高機密のものよ。」

 

 そして紫はあるページを開き、二人に見せる。

 

「これは…火羅・“嶐鑼(ルドラ)”?」

「そいつがさっき言った大災害の元凶よ。」

 

 火羅・嶐鑼…紅蓮ノ月に封印されし伝説の火羅。

 闇に堕ちた法師、“蘆屋(あしや) 道満 (どうまん)”の手によって復活し、世界を闇に陥れようとした。

 

「この火羅が暴れ回ったお陰で都は大損害、結果あの有り様っていう話よ。」

「そしてその時に藤原 道長が…」

「そう言う事。」

 

 都が廃墟のように荒れ果てていたのは、嶐鑼が都を侵略してからまだそれほど時が立っていないから。

 恐らく藤原 道長は嶐鑼によって崩壊していく都を見て、もはや自分の手に負える事では無いと判断して逃走したのでは、というのが紫の推測だ。

 

「紫様。三つ、よろしいでしょうか?」

 

 ここで藍から質問が。

 三つもあるとは珍しく、紫は素直にそれを許可する。

 

「何かしら?」

「では一つ目。偶発的か、それとも必然の事情かは分かりかねますが、都から逃亡した藤原 道長は次元の裂け目に巻き込まれた。それが事実だとして、結局の所あの裂け目は何なのでしょうか?」

 

 中々に直球な質問だ。

 確かにあの裂け目に関しては二人共気になっている所だろう。

 

「そうね、あれは今回の胆の一つでもあるから、ちょっと勿体ぶりたかったけど…まぁ良いわ。」

 

 紫は古びた方の本を手に取り、求めるページまで本をめくる。

 

「やはり火羅が起こしたものでしたか。」

「そうね、それもかなりヤバい奴…伝説として語り継がれる程の火羅よ…あ、あったあった。」

 

 目的のページを見付けた紫は、二人が今一度話を聞く体勢を取った事を確認すると、いよいよ本の内容について口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“人界の業と罪が影ならば、影を光として咲く花あり。その花の咲く時、光は影となり、永遠に影の下僕となろう。”…魔界詩編第九十九章より。」

 

「…今のは?」

「ここに描かれている火羅に纏わる言い伝えよ。あらゆる次元を超え、魔界の根を張り、全てを火羅という闇へと包み込む…火羅の始祖メシアの涙とも謂われる魔戒ノ花…

 

 

 

 

 

 その名は“エイリス”。」

 

「エイリス…」

「そんな火羅が…」

 

 恐らくどこかの次元でエイリスが復活し、その影響であの裂け目が生まれた…というのが紫とその彼女の推測だ。

 

「しかし、それほど危険な火羅を利用しようとする輩など…」

 

 次元を越え、全ての世界を闇に陥れる。

 そんな途方もない力を持つ火羅を、人間が野放しにしておく訳が無い。

 現に紫が復活と言っていたように、エイリスは既に封印されていた。

 もし紫の言葉通りエイリスが復活したのだとしたら、それは人為的なものに他ならない。

 しかし相手が相手であるが故に、何の考えも無しに使役する者などいない筈だ。

 いや、むしろ何らかの対策を持っていたとしても、それはあまりにもリスクが高すぎる。

 故に藍は紫達の推論に対し反対の声を上げるが…

 

「全ての世界が同じ基準の考えを持っているとは限らないわ。エイリスが危険、そう思っているのは私達だけかも知れない。世界によってはこいつ以上にもっとヤバい奴だっている可能性がある。あらゆる常識が覆され、幻想と消える事がある…次元を越えるってそういう事よ。」

 

 そう言った紫の言葉に藍は反論が出来なかった。

 住む場所が、国が、世界が違えば、当然そこに居る者の思考は変わってくる。

 それこそ次元という壁を越えれば、どれ程の思考の差が出てくるのか…

 

「まぁエイリスに関しては裂け目も閉じた事だし、そんなに心配しなくてもいいと思うわよ。さて、二つ目を聞いても良いかしら?」

 

 確かに裂け目は閉じたし、何より今までのはあくまで仮説。

 もしかしたらエイリスなど端から関係無いのかもしれないのだ。

 不安要素は拭えないが、今は目の前の分かっている状況にのみ目を向けよう。

 

「…では二つ目、幻想郷であの男が発揮した力は?」

「それに関しては現在も調査中。予想だと火羅、もしくはそれに代わる何らかである可能性があるけど…現時点では何とも。」

 

 二つ目に関してはあまり収穫無しの模様。

 ならばと藍はすかさず三つ目の質問に切り出す。

 

「では最後に、あの男を連れ去った扉とおぼしきあれは…?」

 

 藍がそう聞くと、紫は何故か珍しくその表情を曇らせる。

 

「あー、それはね…ごめん、それはまた後でね。」

「は…はぁ…?」

「紫様…?」

 

 いつもよりも明らかに分かりやすく答えを濁した紫が気になるが、後程と言うのだから今は素直にそれに従おう。

 

「(そうなのよね…あれは間違いなく()()のもの…彼女は一体どんな理由であの男を…?)」

「あのー、紫様?」

「え?あ、あぁごめんなさい、少し考え事が過ぎたわね。何かしら?」

「いえ、この後はどうしますか?」

 

 とりあえずの情報交換は終わった。

 再び都で情報を集めるか、それとも別に調査を始めるか。

 二人は紫の判断を待っていた。

 

「そうね…二人はまた幻想郷に戻って全体を監視していて。私はもう少しこちらであの人と一緒に情報収集を行うわ。」

「分かりました。」

 

 紫の命に素直に従った藍。

 橙も特に依存は無い様子。

 だが…

 

「あの~、すみません紫様、一つよろしいですか?」

「あら、何かしら?」

 

 橙が紫に何か聞きたい事があるようだ。

 紫がそれを施すと…

 

「いえ、大した事じゃ無いんですけれど…この本とかを紫様に貸した“あの人”って一体誰かなーって…」

 

 確かにこれほど火羅に関する蔵書を所持しているなど並の人間ではないだろう。

 藍も気になっていた所だが、やはり橙も好奇心が湧いたのか直接紫に聞いてみたのだ。

 それを聞いた紫は不敵に笑うと、その人物の名前を口にする。

 

「あぁそうね、いつまでも彼女とかあの人って呼び方じゃ失礼よね。彼女にもちゃんとした呼び方で呼んでほしいって言われてたから、ちゃんと名前で呼ばなくちゃ…

 

 

 

 

 

 ()()()()()ってね。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「「泉ちゃん…」」

「いや私も初めて話を聞いた時には驚いたぞ、あいつ等いつの間に知り合いになってたんだか…」

 

 “和泉(わいずみ) 式部(しきぶ)”。

 平安京の情報屋であり、火羅に関する情報も多数所持している。

 雷吼達も都に居た時には大変世話になったものだ。

 ただ彼女は誰かに呼ばれる際に何故か自身の事をちゃん付けで呼ばせている。

 まさか紫にも同じ事を言わせていたとは…

 

「その後の事は、まぁ予想はしているだろうが、紫は番犬所に話を通した。」

「そして俺達を幻想郷(ここ)へと…」

「そういう事だ。」

 

 これで昔話はおしまいだ、星明は言った。

 道長が持つ謎の力、そして目的。

 それらは未だ謎に包まれているが、今まで把握出来なかった事が次々と明らかになった事は事実。

 今はそれだけでも良しとしよう。

 

「で、他には?まさかそれを話す為だけにここに来た訳じゃないでしょうね?」

「お、さすが博麗のお嬢ちゃん、話が早いな。そう、ここからが本題だ。」

 

 星明がここに来たのは何もそれだけでは無いようだ。

 星明は今一度一同を見据えると、本題へと入る。

 

「これまで何かと後手に回っていたが、ここで動くぞ。あわよくば先手を打つ。」

 

星明の言葉が場の空気を変える。

それが善となるか、悪となるか、今はまだ知れない。

しかしその時が確実に近付いているのを、この場に居る誰もが肌で感じていた…

 




エイリスとかいう素敵設定ホラー
使わない手は無い!


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第玖話「秘心」前編

ここまで来てやっと書ける時系列

牙狼サイド→「紅蓮ノ月」終了後
東方サイド→「輝針城」後、すっとばして…

願わくば、ゆっくりしていってね



「先手を…?」

「あぁ、とりあえずこいつを見てくれ。」

 

 そう言って星明は懐からある物を取り出す。

 

「あら?これって確かもう一人の新聞やってる天狗の…」

「あぁ、あの売れてねぇ新聞の…確か、コケシ新聞だったか?」

「そうそう、そいつからパクっ…拝借してきたんだ。」

「あんた今パクったって言いかけたわよね?」

「失礼な、そんな事する訳無いだろう?そこの生意気な白黒のガキんちょじゃあるまいし。」

「誰がガキんちょだよ!?それに私は借りてるだけで盗んでるんじゃない!」

 

 星明が取り出したのは、外の世界で携帯電話と呼ばれる物だ。

 パクったという言葉の意味が雷吼達にはいまいち分からなかったが、魔理沙の所業を話に持ち上げるあたり、盗みに近いものなのであろう。

 まったく困った天才法師である。

 まぁ今は状況が状況なので、あまり強くは言わないでおこう。

 

「それで、話の続きは?」

「おっとそうだな、…っと、これだ。こいつを見てみろ。」

 

 星明は携帯電話を操作して一同にある画像を見せる。

 それは遠巻きに風景を写した画像であったが、その中央に何やら光の壁のようなものが見える。

 

「星明、これは一体…?」

 

 その正体が分からず雷吼が星明に問い掛けるが…

 

「分からん。」

「「はぁ?」」

 

 まさかの解答に思わず皆すっとんきょうな声を上げる。

 

「いや、分からないってどういう事だよ?」

「落ち着け、まぁこいつは結界のようなものだ。ただ結界とかそういった類とは構成が異なるものでな、私も初めて見たからこいつが何なのか見当が付かないんだ。」

「ふーん。で、こいつが一体どうしたのよ?」

「こいつは今幻想郷のあちこちに点在していてな、試しに一つ無理矢理こじ開けてみたんだが、中には特に何も無かった。」

 

 結界とは異なる未知なる存在…それが幻想郷の各地に点在しており、中を見ても特に何も無し。

 一見すると、ただ謎の存在というだけのように思えるが…

 

「だがこの結界が出始めたのは私達が幻想郷に来る少し前…ちょうど道長が幻想郷にやって来たあたりからだそうだ。」

「まさか…この結界のようなものも道長が?」

「恐らくな。この結界が一体何の為に存在しているのかは不明だが、ここから先手を打つ事は出来る。」

「どうやって?」

「奴の目的はともかく、これが道長の仕組んだものだとすれば、こいつは確実に奴の目的に関する何かに使う筈だ。ならばその何かが起きる前にこの結界を破壊して、あわよくばこちらで利用させてもらおうという話だ。」

 

 つまり星明は道長がこの結界を使う前に結界を破壊して計画を阻止し、余力があればそこから道長の計画の詳細、及び計画阻止の為の足掛かりにしようと考えているらしい。

 

「成程、確かに何か起きる前に手は打っておくべきだな。」

「そういう事だ。特に異論は無いな?」

 

 そう言った星明に反発する者はいない。

 全員肯定のようだ。

 

「ならば善は急げというものだ。場所はこれから伝える、各自散開して結界の破壊に努めるぞ。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「死者の魂、そして死体…道長さんは一体何を企んでいるんでしょうか?」

「分からんな、今は目の前の状況に集中するしかない。」

 

 同じ頃、保輔と早苗は幻想郷の地底にある施設、“地霊殿”へとやって来ていた。

 藍達から与えられた指令で、地霊殿の地下の“灼熱地獄跡”にある結界を破壊する為だ。

 現在は地底のある妖怪三人に道案内を頼み、灼熱地獄跡を進んでいる所だ。

 

「でもおかげでセンターは商売上がったりでさ、こっちとしては早い所解決してくれるとありがたいんだけどね~。」

「うにゅ~…」

 

 そう言う少女達の名は“火焔猫(かえんびょう) (りん)”と“霊鳥路(れいうじ) (うつほ)”。

 彼女達の言うセンターとは“間欠泉センター”の事で、幻想郷一の温泉地帯となっている。

 人間の死体を燃料としており、燐が死体を運び、空がこの灼熱地獄跡で死体を燃焼する事で機能している。

 しかしここ最近道長が引き起こしているであろう死体及び幽霊消失騒動によって燃料である死体の確保が出来ず、現在センターは機能していないようだ。

 

「そう言えば守矢の神様二人はどうしたんだい?センター絡みならあの二人が来てもおかしくない筈だけど…」

「そうなんですが、お二人共今は「成程、別件ですか…そちらも大変な様子で。」…言われちゃいましたね。」

 

 早苗の言葉を遮った少女の名は“古明地(こめいじ) さとり”。

 この地底の主で、相手の心を詠む“覚り妖怪”だ。

 間欠泉センターは元々山の産業革命として守矢の二柱が計画したもの。

 燐の言う通りセンターに問題が出たらまず諏訪子か神奈子が動く筈なのだが、今は二人共天狗の件の後始末に向かっている。

 しかしそれは地底の妖怪達には関係無い話。

 さとりもそんな早苗の思考を詠んだのか詳細までは話さなかった。

 

「保輔、そろそろじゃ。」

「ん…あれか?」

 

 やがて一同の目の前に不思議な光を放つ壁のようなものが現れた。

 恐らくこれが藍達の言っていた結界もどきなのだろう。

 

「では早速壊しちゃいましょう!奇跡《ミラクルフルーツ》!」

 

 そう言うや早苗は早速スペルを発動、星形の弾幕を放ちながら自身もえいえいと星を投げている。

 

「…あまり効果は無いみたいですね。」

「つ、疲れました…」

「馬鹿かお前は…」

 

 だが残念な事にあまり効果は無い様子。

 早苗は無駄に体力を使ってしまったようだ。

 

「無理矢理こじ開けるなら空の出番!いっくよ~、《サブタレイニa「駄目です空、皆まとめて燃料になってしまいます。」うにゅ~…」

 

 待ってましたと言わんばかりに今度は空が出張るが、主のさとりの指示であえなく抑えられる。

 しかしこれは結界では無いので、普段早苗が扱っている守矢の術は対応しておらず、結界の解体は出来ず破壊しか選択する事が出来ない。

 となるとやはりこの場で一番の高火力が出せる空の出番なのだが、迂闊に力を使うとさとりの言う通り皆がセンターの燃料になりかねない。

 ならば空をその場に残して一旦退避すれば良いだろうと思われるが、何と空は極度の鳥頭。

 その場に残って他の者達が退避してから結界を破壊しろと

 命令しても、何かしらやらかすのがさとり達には目に見えているらしい。

 

「どうしましょうか…これは地味に手詰まりなんじゃ…」

 

 諏訪子と神奈子の二人ならば何とか出来たかもしれないが、残念ながら彼女達は今この場にいない。

 折角来たもののこれでどうしたものかと早苗は悩むが、

 

「いや、そうでも無さそうだ。」

「え?どうしてですか?」

 

 保輔はそうは思っていない様子。

 一体何故か聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

 

「こじ開けるのが難しいのなら…」

 

 保輔は懐からナイフを一本取り出すと、何故かあらぬ方向へと投げる。

 

()()()()()()()()()話だ。」

 

 ナイフが岩壁へと刺さると、保輔はその方向に視線を向け、そこに向かって話し掛けた。

 

「そうだろう?そこでコソコソと話を聞いている奴。」

「へぇ…よく気付いたね?身なりからしてただ者じゃないとは思っていたが…」

 

 保輔がそう言うと、岩壁の向かいから一人の女性が姿を表す。

 灰色の長い髪とは裏腹に、色彩豊かな服を来た謎の女性…

 

「お前がこの結界もどきを作った奴か?」

「だとしたら、どうすんだべさ?」

「もちろん、洗いざらい話してもらおうか…!」

「ふん、何を言うか。うち等山姥(やまんば)は外とはあまり関わらないようにしているが…うち等の住む土地荒らす気なら容赦はせん!」

 

 “坂田(さかた) ネムノ”、妖怪の山に住む山姥だ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「雷吼、あれがそうだ。」

「あれか…」

 

 星明から結界の場所を知らされた一同はそれぞれ散開し、結界のある場所へとやって来ていた。

 神社から一番近い場所でも徒歩では時間が掛かる為、雷吼は金時と共に轟雷獣に乗って移動している。

 彼等の眼下には星明が見せたものと同じ結界が存在している。

 

「ここは俺がやる、金時は別の場所を。」

「はい、雷吼様。」

 

 雷吼は結界目掛けて轟雷獣から飛び降りる。

 

「一気に断ち斬る!」

 

 自由落下の最中に雷吼は牙狼の鎧を召喚。

 牙狼剣を構え、一気に振り下ろす。

 

「はぁっ!!」

 

 勢いを乗せた一撃は結界を両断、綺麗な縱一文字の軌跡が失せると、結界はガラスが割れるように砕け散った。

 

「よし…次だ。」

 

 次の場所はそう遠くはない所にある。

 雷吼はそのままの勢いで次なる場所へと向かっていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「奴等が動き始めたか…」

 

 幻想郷か、あるいは別か…

 ある男が呟いた。

 

 ―あれね…《夢想封印》!―

 

 彼の視線の先、その空間には結界を破壊している雷吼達の姿が映っている。

 

 ―さぁて、一気に行くぜ!《マスタースパーク》!!―

 

「なら、そろそろ動き始めると?」

 

 男のすぐ傍に居る女性が男に尋ねた。

 男はそれに答えず、ただじっと空間に映し出されている光景を見ている。

 

 ―頼む、轟雷獣!―

 

「…まぁいいわ、私は私の好きにさせてもらうわよ?」

 

 女はそう言い残すと目の前に扉を作り出し、その中へと入っていった。

 女が去った後、男は今まで堪えていたのかくつくつと笑い出す。

 

「ようやくだ…ようやくこれで…」

 

 ―これで…最後だ!!―

 

「私の理想が叶う…!」

 

 そう言った男の身体の内から、一際大きな鼓動が脈を打った…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 キィンという音が鳴り響き、地に突き立つのは鉈。

 ネムノが愛用する鉈であった。

 保輔との剣劇の末、見事に弾き飛ばされたという事だ。

 

「勝負あったな。」

「…そうさね、うちの負けだ。強いねあんた。」

 

 潔く負けを認めたネムノはその場にドカッと座り、降参の証拠として両手を上げている。

 

「別にどうこうしようとは思っていない。ただあの結界の事について話を聞きたいだけだ。」

 

 保輔は結界を指差しながらネムノに問う。

 彼女はこの結界の設置者、もし道長に加担していたのなら何か有益な情報を持っているかもしれない。

 しかしネムノは押し黙って口を開かない。

 勝負による負けは認めたが、心はまだ負けてないというつもりなのか。

 そんな彼女からどうやって情報を聞き出そうか考えようとするが、それは杞憂の事となる。

 

「あれは彼女の能力で作り出したものですね、聖域と呼ばれるものらしいです。」

 

 そう、ここには相手の心を読める覚り妖怪のさとりが居る。

 彼女の前では隠し事など出来ないのだ。

 

「…人の心を覗くなんて、随分良い趣味してるじゃないか。」

「不快に思ってしまったのなら申し訳ありません。これ以上は私共々望んではいないので、よろしければあなたの口から直接お話ししていただけないでしょうか?」

 

 さとりがなるべく穏便に事を済ませようとネムノを諭す。

 ネムノも押し黙った所で心を覗かれるのならば意味など無いと考えを変えたようだ。

 彼女は未だに疑いの眼差しを向けながら保輔達に説明をする。

 

「その通り、あれはうちが作った“聖域”だよ、あんた達のような邪な考えの奴等を近付けさせない為のね。」

 

 ネムノの能力は“聖域を作る程度の能力”。

 霊夢や早苗の結界とはまた違う力で構成された、神聖な場を作り出す能力だ。

 その能力を使い、これまで幻想郷に多くの不可侵の領域を作り出していたのだが、彼女が自分達を邪な考えを持つ者と言うのは一体どういう事なのか?

 

「えっと…邪な考えというのは一体どういう事なのですか?」

「しらを切るねぇ…うち等の住む山や他の土地を荒らそうと考えているのはあんた達だろう?奴等がそう言ってたんだよ。」

 

 ネムノはそう言っているが、当然ながら保輔達はそのような考えは持っていない。

 これはやはり彼女もその“奴等”に騙されているだけの可能性が高い。

 

「俺達はそんな事は考えていない、むしろその逆だ。」

「あなたは誰かにそれを吹き込まれただけなのでしょう?その人こそ、あなたの言う邪な考えの人なのです!」

 

 保輔と早苗がネムノを説得しようとする。

 完全に信用されなくとも良い、ほんの少しでも信じてもらえれば良いのだ。

 それからしばらく説得を続けた二人の功が制したのか、ネムノは未だ疑いの眼差しを向けてはいるが、多少それが緩んできた。

 今なら核心に一歩近付けるであろう。

 

「あの聖域の中には何がある?」

「…“扉”だよ、そんな考えを持っている奴等をしばく為にって言われてね、死体とかを運んでた。」

 

 ネムノの最後の言葉が耳に留まる。

 これまでの話と照らし合わせると、その扉の先は敵の拠点へと繋がっている筈だ。

 

「…今幻想郷では、巨大な陰謀が渦巻いています。あなた以外にもたくさんの人達がそいつ等に騙されてきました。私達はそれを阻止する為に動いているのです。」

 

 さらに真相へと踏み込む為、早苗がネムノの説得を続ける。

 

「もちろんこの言葉を方便と捉えるのもあなた自身…ですが、このままではあなた達の住む場所はもちろん、その場所がある幻想郷そのものが危険に晒されてしまいます。ですがご安心を、あなた達の住処は私達が必ずや守り通すと宣誓します。ですのでネムノさん、今は私達を信じて、ここを開けてくれませんか?」

 

 そう言って早苗はネムノに手を差し伸べる。

 ネムノはしばらく早苗の瞳を見ていたが、やがて彼女の手を握り、そのまま起き上がる。

 

「…少なくとも、今の言葉に嘘は無いと見た。良いだろう。」

「ありがとうございます!」

 

 ネムノは聖域に近付き、手を触れる。

 すると展開されていた聖域は瞬時にその姿を消した。

 聖域の壁が無くなった事により、壁が囲っていた内部を見る事が出来る。

 そこには彼女の言う通り敵の下へと繋がるであろう扉が…

 

 

 

 

 

「…何もありませんね?」

 

 無かった。

 聖域の中には星明が確認したものと同様、何も無い状態だった。

 

「おかしい…確かにここには扉があった筈なんじゃが…?」

 

 ネムノは扉があったのであろう場所に近付いてみるが、やはりそこには何も無い。

 念の為保輔はさとりの方に目を向けるが、さとりは首を横に振る。

 どうやら彼女は嘘は付いていないようだが、ならばその扉は一体どこに消えてしまったのだろうか?

 

「扉はどんな感じでした?形とか色とか…何か特長的なものは?」

「いや、特長という特長は無い至って普通の扉じゃったな。強いて言えば少し豪華な作りだったように見えたが…」

「その扉の先はどこに繋がっていたんだい?」

「分からん、死体の受け渡しは扉の前で行われていたからな…中は知らん。」

 

 ネムノから少しでも扉に関する情報を聞こうとするが、残念ながらこれ以上の情報は無さそうだ。

 

「一体扉はどこに消えたんだ…?」

「せめてその扉がどこに繋がっていたのかが分かれば良かったのですが…」

「すまんな、力になれなくて。」

「いいえ、ネムノさんのせいではありません。」

 

 新たな情報が得られないとなれば、再び振り出しに戻されたという事になる。

 

「えっとね、とっても静かな場所だったよ?」

「そうか…静かな場所か…」

「でもそれだけじゃ場所の特定は出来ませんね…」

「とにかく、今は戻って残りの者共に報告をしなければな。」

 

 とはいえ、結界もどきとその実行人の正体は判明した。

 僅かだが、これは情報としては一歩前進した。

 今はゴルバの言う通り神社に戻って神奈子や諏訪子、雷吼達に報告をしなければと思ったその時…

 

「…ん?」

「どうした保輔?」

 

 保輔が違和感に気付いた。

 

「待てゴルバ、今扉の先がどうなってるって聞いた?」

「む?確か、とても静かな場所じゃと…」

()()()()()()?」

 

 保輔に言われて全員気付いた。

 早苗も、燐も、空も、ネムノも。

 ここにいる誰もが扉の先を知らない筈。

 では一体()()その光景について口にしたのか?

 心当たりがあるのはただ一人。

 

「…こいし。」

「はーい!」

 

 さとりがその者の名を呼ぶと、可愛らしい元気な声が返ってきた。

 “古明地(こめいじ) こいし”、さとりの実の妹だ。

 

「な~んだこいし様でしたか。びっくりしたにゃ…」

「一体いつからそこに…?」

 

 まるで今この瞬間に降って沸いたように登場した彼女。

 早苗の言う通り一体いつから側に居たのだろうか?

 

「え?ずっと一緒に居たよ?やっぱり気付いてなかったんだ~。」

「なんと…まるで気配を感じなかったわ…」

 

 ゴルバでさえも全く気配を感知出来なかったとは驚きだ。

 だがそれよりも今は彼女に聞かなくてはならない事がある。

 

「こいし、ここにあった扉の中に入ったの?」

「うん。散歩してたら見つけてね、気になったからそのまま入ってみたの。」

 

 さとりはまた勝手にフラフラと…とこいしの行動に口を挟む。

 そんな彼女の行動に疑問を持った人物が一人。

 

「まさか…うちの聖域を素通りしたと言うのかい?」

 

 ネムノだ。

 確かにこの聖域はこれまで星明が無理にこじ開けた以外に開かれたという報告は聞いていない。

 一体如何なる方法で聖域を抜けたのか、さとりは心当たりがあるようだ。

 

「こいしは“無意識を操る程度の能力”を持っています。恐らくその能力によって聖域に拒まれる事無く、扉までたどり着けたのでしょう。」

 

 今回ネムノが作り上げた聖域の効果は、簡単に言えば侵入者を拒む壁となる事であった。

 そのプロセスは、“内部への侵入を認めていない人物を判別して拒む”ように設定されている。

 壁という無機物とはいえ、その選択は“意識的”に行わなくてはならない。

 しかしこいしは無意識を操り、存在を認知されずに行動する事が出来る。

 聖域の人物を分ける判断力を混濁させたのか、そもそもの存在が認知されなかったのかは分からないが、聖域の意識的な部分と拮抗し、結果こいしの無意識が勝利したというのが事の顛末だ。

 

「それで、扉の先はどうなっていたの?」

 

 事の顛末が判明した所で、いよいよ本題へと切り出す。

 何か有力な情報があれば良いが…

 

「うーんとね…さっきも言ったけど、とっても静かな場所だったよ。他に人は居なさそうだった。後は…向こうは夜中だったのかな?お昼頃に行ったのにお空が真っ暗だったよ、お星さまがとっても綺麗だったな~。」

 

 昼に行ったというのに扉の先は夜。

 それが事実ならば扉の先…ひいては道長達は時間の概念があまり通用しないような場所に居るという事になる。

 これだけでも大変な事態であるが、話はもっと壮大であると次のこいしの発言で判明してしまう。

 

「あ!そういえばと~ってもおっきなお星さまが見えたよ!青かったり、緑だったり、とっても面白いお星さまだったな~。」

「星、と言われてもな…そんな星あるか?」

 

 こいしの言う星に心当たりが無い一同は首を傾げるが、一人だけその星の正体に気付いた者がいた。

 

「青かったり、緑だったり…まさか、そんな…!?」

「どうした早苗、心当たりがあるのか?」

 

 早苗はまさかと驚愕の表情を浮かべている。

 見るとさとりも早苗の心を詠んだのか、その顔がやはり驚愕に染まっている。

 

「私の推測が正しければ、恐らく扉の先は…!」

 

 早苗がその答えを口にしようとした、その時だった。

 

「保輔!火羅の気配じゃ!」

「何!?どこからだ!?」

「な、何じゃこれは…陰我の、壁…!?」

 

 ゴルバでさえ困惑する程の陰我、それは保輔達も肌で感じていた。

 冷たく、身体の芯から凍えるような強烈な悪寒。

 

「来るぞ!!」

 

 背後、そう確信した一同は振り返ると、その比喩表現の意味を知る事になる。

 

「これは…!?」

 

 そして、彼等はその陰我に呑まれた…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ただいまっと…って、私が一番早かったのね。」

 

 博麗神社。

 ネムノが作った聖域をそれぞれ破壊している中、霊夢は一足早く神社へと戻ってきた。

 元々結界絡みに関してはお手の物、他の者よりも要領良くこなせたのだろう。

 

「さてそれじゃあ、あいつ等が帰ってくるまで待ちますか。」

 

 霊夢は他の者が戻ってくるまで暇を持て余そうと、神社の中へと入ろうとする。

 しかし、ふとその足を止めた。

 

「よく考えたら、何か出来過ぎな気がするわね…」

 

 そう、今破壊し回っている聖域。

 あれがもし敵にとって重要なものだとしたら、それはあまりにも野放しにしすぎでは?

 あれではそれこそ好き勝手にしてくださいと言っているようなものだ。

 

「(仮に何かの罠だとしたら、私達はずっと敵の掌の上で踊らされている事になる。でもそれだといくらなんでも事が上手く進みすぎてる…)」

 

 こちらとてこれまでも細心の注意は払ってきているつもりだ。

 であるのに一向に先手を取れないのは、よほど相手の知恵が働いているのか、それとも…

 

「“そうなるように仕向けられている”…?」

 

 霊夢がそう口にした時、背後から何か強烈な気配を感じた。

 少なくとも雷吼達では無い。

 

「誰!?」

 

 振り返り、その気配の正体を確認する。

 

「あら、そう身構えなくて良いわよ。」

 

 その気配の正体は、一人の女性だった。

 

「…見ない顔ね、どちら様?」

「そうね、顔を合わせるのはこれが初めてよね。初めまして、現代の博麗の巫女。私は今回の異変の首謀者の一人…」

「なっ…!?」

 

 自らを異変の首謀者と豪語する、悠然とした態度を取る女性…

 

「名を、摩多羅(またら) 隠岐奈(おきな)と言いますわ。」

 

 今、幻想を守る者(博麗 霊夢)幻想を壊さんとする者(摩多羅 隠岐奈)が邂逅を果たした…

 




「輝針城」後すっとばして…「天空障」(ただしオリジナル)

方言なんて知るかぁ!!(泣)


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第玖話「秘心」後編

早くも花粉症がヤべーイです…
みなさんも対策をしっかりと行ってくださいね

願わくば、ゆっくりしていってね



 妖怪の山。

 保輔と早苗が神社を経ってからしばらく。

 守矢の神である神奈子はとある場所を目指していた。

 山から流れている川沿いを進んでいくと、やがて巨大な建物が見えてきた。

 外の世界の工場に似たその建物は、幻想郷からしてみれば中々に異質な存在だ。

 ここは山に住む妖怪の種族の一つ、“河童”達の工房だ。

 

「まったく…あなた達は一体何を考えているのですか!?」

 

 怒声が聞こえ中に失礼すると、そこには先客が一人。

 

「おや、誰かと思えば山の仙人かい。ご苦労様だね。」

「あなたは守矢神社の…ご無沙汰しております。」

 

 先客の名は“茨木(いばらき) 華扇(かせん)”、妖怪の山に住む仙人だ。

 見ると彼女の前には河童達がズラリと並んで正座させられている。

 

「この様子だと、君も天狗の病を調べていたみたいだね?」

「はい、個人で調査していましたが…まさかここに辿り着くだなんて、思っていませんでした。」

「そうだな、私も少し意外だったよ。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「「河童達が?」」

「そうなんですよ。私個人の見解では、今回の天狗騒動には河童さん達が絡んでいると思っておりまして…」

 

 昨日の夜、文からもたらされた情報。

 それは今回の騒動は妖怪の山に所属する勢力の内の一つ、河童達の仕業だという文の推測であった。

 

「そりゃまた何で?」

「実は天狗の里で病が広がり始める前に、河童さん達が川の上流で何か作業をしていたんですよ。なんでも効率良く川から水を汲み上げる為に必要な装置を造っていると…」

 

 文曰くかなりの大人数で作業しており、中々規模の大きな計画だと予想出来たが、それほど大規模な計画を行うのであれば、当然山に住む妖怪達にもある程度事前情報が流れている筈。

 ましてや山最大の勢力である天狗には確実に情報が行き渡っていなければならないのに、それが無いとなると怪しいと思うのも仕方がない。

 それ以上聞いても山の産業革命だー、と言って詳しい事は話してくれなかったそうだ。

 

「上の連中も早くに調べたかったようですが、そうする前に病が発生しましてね…」

 

 他の妖怪達に報せずに始まった河童達の計画…

 確かにこれは調べなくてはならないだろう。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「やはり君達河童がその装置を使って天狗達を?」

「…そう、なるね。」

 

 河童達の列の前、華扇のちょうど真正面に正座させられている少女、“河城(かわしろ) にとり”が答える。

 言葉にまったく覇気が感じられない所から、神奈子が来る前からそうとうこってり絞られて反省しているらしい。

 

「成程、そいつと結託してか。」

 

 神奈子がにとりの隣に視線を移す。

 華扇の前にはにとりだけでなく、もう一人少女の姿があった。

 “鬼人(きじん) 正邪(せいじゃ)”、天邪鬼の妖怪だ。

 彼女は河童達とは違い反省していないのか、胡座をかいて口笛を吹きながらあらぬ方向を向いている。

 

「君も懲りない奴だな、ついこの前にあれだけ追いかけ回されたばかりだというのに…」

「ふんっ、私はあんな事でめげる妖怪じゃないんだよ!それに今回のはこいつ等も望んでた事なんだから良いじゃないか!」

「んな事言った覚えはないよ…」

 

 そう言って正邪は河童達を指差す。

 肝心の河童達は否定しているが。

 

「河童に厄神、そして天邪鬼…成程、大体の経緯は分かったよ。」

「厄神と言いますと…鍵山 雛さんの事ですか。彼女もこの事件に?」

「あぁ、ここに来る前に話を聞けてね。」

 

 今回の事件の発端、それは珍しく河童達の工房に来客があった所から始まる。

 その客人は、川の上流に水を汲み上げるポンプを設置し、それを天狗達が使う水路に繋げてほしいと言った。

 場所によっては水の出が悪い場所もあるので、これを成し遂げられれば天狗達にも一目置かれるだろうと言った。

 確かに自分達の技術力を以てすれば決して不可能な事ではないが、労力が馬鹿にならないし、何よりそこまでしてやる理由が無い。

 その客人自体天狗の者とは思えない見た目をしていたし、そんな天狗全体に関わりそうな事を一個人だけで話を通しに来るのはおかしな話だ。

 そんなハイリスクローリターンかつ怪しい事は出来ないと普通なら断る筈なのだが…

 

「君達はそれを断らなかったと?」

「何でかその時はそれが一番だと思っていたんだよ、不思議と断れない感じでさ。何でかねぇ…?」

 

 そしてそのまま客人の出した計画に乗って、河童達は上流に装置を造り上げたというらしい。

 

「まぁ、そこまでが私達河童のやった事だね。ただ…」

「その装置に手を加えられた。」

「常日頃の点検整備を怠ったつもりは無いが…面目無いとしか言えないね…」

 

 そう、天狗の里への水路にも繋げ、完成したは良いものの、誰かによってその装置に細工を施され、天狗の里に有害な水が送られるようになってしまっていたのだ。

 その結果、天狗の里では瞬く間に病が蔓延してしまったなのだ。

 

「そして、それを止める為に彼女が動いた。」

 

 そんな異変を解決するべく動いていたのが、鍵山 雛だ。

 厄神である彼女は自身の能力である“厄を溜め込む程度の能力”を使って天狗達の瘴気を取り込み、少しでも天狗達が動けるように尽力していたが、いかんせん数が数なので、彼女一人では限界に達していた。

 そんな時彼女に助け舟を出した人物がいた。

 自身の持つ力と雛の力を合わせれば、必ずや天狗達の病は鎮まるだろうと。

 そして彼女はその人物に言われるがまま、火羅・以津真天に取り込まれた。

 それが一番の方法だと信じて疑わないまま。

 

「成程、彼女もでしたか…」

「事実彼女は火羅に取り込まれながらもその役目は果たしていた。しかし…」

「そこで彼女が手を加えたと…」

 

 そして最後に動いたのは正邪。

 彼女は前回の異変から懲りておらず、ひっそりとまた逆襲の機会を伺っていた。

 そんな時、彼女の下にまたある人物が姿を表したのだ。

 山の厄神と河童達が前回の異変に触発され、行動を起こそうとしている。

 共謀すれば、今度こそ己の野望を成就出来るぞと。

 再び下剋上を狙う彼女からすれば願ってもない話。

 彼女はその人物の言う通りにすぐさま自身の能力である“何でもひっくり返す程度の能力”を以津真天…ひいては内部に居る雛に使い、“厄を溜め込む能力”の一部を“厄を放つ能力”へと性質をひっくり返したのだ。

 河童達の装置が病を運び、雛が病にかかった天狗達の瘴気を吸うと同時に、正邪の能力で一部の瘴気を天狗達に返す。

 こうして天狗達が永遠に苦しみ続ける舞台が出来上がった。

 これが今回の事件の真相だ。

 全員共通して物事を言いくるめたその謎の人物…その巧みな口頭術と、そんな恐ろしい計画を企てたその思想に、華扇は歯噛みする。

 

「何と惨い…そういえばそちらのもう一人の神は?」

「諏訪子はその装置の停止と山の見回りに行っている。諏訪子の事だ、装置の中の有害成分の浄化をやっていだろう。いずれにしろ、もうじき終わる頃合の筈だ。」

 

 そう神奈子が口にしたその時、ふいに地面全体が紅く光を発した。

 

「っ!?これは…!?」

「な、なんだいこれは!?」

「慌てないで!皆その場で落ち着いて、周囲の者と確認を取り合って!」

 

 突然の現象に皆困惑するが、華扇の的確な指示によって次第に騒ぎは収まる。

 

「ほっ…助かったよ仙人、あんたのおかげで皆落ち着いてきた。」

「いいえ…って、正邪(あの子)は!?」

 

 正邪がいない事に気付いた華扇は周囲を見回してみるが、彼女の姿はどこにもない。

 大方このままでは事件の首謀者として博麗の巫女やらなんやらやに突き出されてしまうと、隙を見て脱走したのだろう。

 

「あの子は…外がどうなっているのか分からないというのに…!」

「今は放っておけ。それよりも、外がどうなっているのかの確認が先だ。」

 

 地面は未だに紅い光を発しており、まるで空間そのものが紅く染まっているかのように見える。

 恐らくこの現象はこの場所だけに留まらず、幻想郷全体に広がっていると考えられる。

 それを暗示させるかのように、先程から妙に寒気がしてくる。

 何か想像を絶するような事態が起きているような…

 そう考えていた時、工房から外に繋がる扉が勢いよく開かれた。

 

「神奈子!!」

「諏訪子!外はどうなってる!?」

「まずいよ、大変な事になったよ!!外見て外!!」

 

 まさに鬼気迫るといった諏訪子に施され、神奈子達は外に出る。

 まず目に付いたのは、紅。

 やはり外の景色…幻想郷全体が地面からの光で紅く染まり、不気味な印象を抱かせる。

 そして次に目に付いたのは、黒。

 ちょうど真正面、かなり距離はあるが、そこだけ何故か紅の光に染まっておらず、漆黒の闇となっている。

 

「あれは…もしや宵闇の妖怪の…?」

「そんな生易しいものじゃ無いって!!よく見て!!あと河童達は外に出てきちゃ駄目!!」

 

 華扇はその黒い何かを“闇を操る程度の能力”を持つ妖怪、“ルーミア”だと思ったようだが、諏訪子はそれを強く否定する。

 そう、諏訪子の言う通り、“それ”はルーミアのような一介の妖怪如きの問題では無い。

 現に神奈子は既にその正体を理解していたが、声が出せなかったのだ。

 全てが想定外だった。

 いずれはこのような時が来るとは思ってはいた。

 それこそ諏訪子とは何度かその時に備える為に話し合った事だってある。

 だが早すぎる、あまりにも早すぎるのだ。

 まだこちらは何の準備も整っていないというのに。

 

「っ…河童達は建物の中に避難しろ!!華扇、君は天狗の里に行って、この事を伝えるんだ!!動ける奴は戦闘…いや、防衛の準備をしろと!!」

「えっ!?…分かりました。しかし、あれは一体!?」

 

 華扇は神奈子に“あれ”の正体を聞こうとするが、再度それを目にし、その正体を知る事となる。

 神奈子達が想定していなかったのは、何も時間だけではない。

 “それ”は一個の物体では無かった。

 数えきれない程多くの“それ”が纏まっているからこそ、最初は一つの物体として捉えてしまったのだ。

 

「時間が無い…諏訪子、私達もここで奴等を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火羅の大群を迎え撃つぞ!!」

 

 その数、見えるだけでも五百は超えるだろう。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「えぇい、まさかこうも向こうの動きが早いとはな…!」

 

 幻想郷が紅く染まっている中、星明は博麗神社へと戻って来ていた。

 完全に後手に回ってしまった。

 仮にも幻想郷の賢者と手を組んでいるというのに、なんたる失態。

 相手の手腕に舌を巻きながらも己の不甲斐なさを痛感しながら神社の境内へ到達すると…

 

「おや、あれは…」

 

 星明の視線の先には一人の少女の姿が。

 紅と白の目立つ色合いの服を着たその少女…霊夢だ。

 

「なんだお嬢ちゃん、先に戻って来ていたのか。だがお前さんはここで休んでいる場合じゃ…」

 

 博麗の巫女としての使命を受け持つ彼女は、今はここに居るべきではない。

 そう思って霊夢に声をかける星明だが、ふと違和感に気付く。

 彼女はこちらに背を向けたまま動かない。

 勘の良い彼女なら、星明が後ろにいる事ぐらい既に承知済みだろうが、ここまで素っ気ないのも珍しい。

 

「おい、聞いてるのか?おーい!」

 

 少しばかり声を上げると、彼女はゆっくりと星明に向かって振り返る。

 

 その表情は何故か悲しくも、確かな決意を表していた。

 




真に申し訳ないのですが私情により来週は再新話の投稿が出来ません
何卒ご了承を


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第拾話「星命」前編

鼻水ヤベェーイ!!
くしゃみがブルァァァァァ!!
…な、今日この頃です。
花粉症に対して怒りの陰我がオーバーフローしそう…

願わくば、ゆっくりしていってね



「火羅の大群だと!?どういう事だ!?」

「分からん!とにかく幻想郷全体から火羅が溢れかえっている!」

 

 最後の聖域を破壊したと同時に紅く光り出した幻想郷。

 そして次にザルバから聞いた事態が今の会話だ。

 雷吼はこの異常事態に対処する為に、博麗神社へと駆けていた。

 

「雷吼様ー!!」

「雷吼ー!!」

「金時!魔理沙!」

 

 ちょうど金時が轟雷獣を駆り、雷吼の傍まで寄る。

 途中で合流したのか魔理沙も一緒だ。

 雷吼がタイミングを合わせ轟雷獣に飛び乗ると同時に上空へ上がり、最高速で神社へと向かう。

 

「雷吼様、これは一体…!?」

「分からん、どうやら火羅が大量に出現したらしいが…!」

「火羅が!?なんでまた…まさか、さっきの結界みたいなやつが原因か!?」

 

 確かに魔理沙の言う通り、あの結界を全て破壊したと確認した直後にこの事態だ。

 その可能性は十分に有り得る。

 

「とにかく一度神社に戻ろう。何が起きているのか星明や霊夢と確認しなければ…!」

 

 まずは現状を把握する事が先決だと、博麗神社へと急ぐ三人だったが…

 

 ―おいお前等!聞こえるか!?―

「な、何だ今の!?」

 

 突如頭の中に声が響いてきた。

 全員驚いた表情をしているあたり、この中の誰がやったという訳ではなさそうだ。

 

 ―おい、返事しろ!くそっ、やっぱ駄目か…!?―

「この声…まさか、星明か!?」

 ―おぉ、何だちゃんと聞こえてるんじゃないか!全く、それならそうと返事をだな…!―

「すまない、だがこれは一体…?」

 ―毎度お馴染み隙間妖怪の仕業さ。ちょちょ~っとお前等の頭の中を弄くり回してな、外の世界で言うテレパシーとやらを使えるようにしたらしい。―

「そいつはあんまり気持ちの良い話じゃねぇな…」

 

 よく聞くと、その声の主は星明であった。

 テレパシーとやらはよく分からないが、要は離れた場所でも会話が出来るようになったという事だろう。

 魔理沙の言う通り、勝手に頭の中を弄られるのはよろしくないが、今はそれについて言及している場合ではない。

 とにかく今は現状を把握したいと星明と会話を続ける。

 

「星明、今何が起きているのか分かるか?ザルバの話では火羅が大量に出現したと…」

 ―その通りさ、今幻想郷全体が魔界と限りなく隣接している。ちょっとの拍子ですぐ迎門が開く、そんな状態だ。さっきの結界もどきを破壊した事が裏目に出てしまったようだ。―

「マジかよ…!」

 ―完全にしてやられたよ全く…結局私達は全部後手に回ってたって事だ。―

 

 一度もその計画の真髄に近付く事無く、ここまでの横暴を許してしまった。

 その現実に心を痛める四人だったが…

 

 ―…っと!こら!話してる最中に仕掛けてくるな!えぇい聞き分けの無い奴だなお前は!―

「どうした星明!?何があった!?」

 

 声から判断して、彼女は今何者かと対峙している状態であろう。

 そしてこの状況で対峙する相手などたった一つ、恐らく火羅だ。

 

「待ってろ星明、今助けに…!」

 ―いや、来るな!―

「何…?どういう事だ!?」

 

 火羅と相対しているのならば助太刀にと思ったが、それは他ならぬ星明によって止められる。

 

 ―今幻想郷で火羅と戦えるのはお前達だけだ!お前達はそのまま火羅の所に向かえ!―

「星明…」

 

 確かに星明の言う通り、現状火羅と戦えるのは自分達しかいない。

 ならば戻って一人の為に手助けするよりも、その時間を使って少しでも多くの火羅を討滅し、人々を救う事が何よりも先決。

 

 ―今幻想郷で機能している場所は主に二つ…雷吼、お前は里に行って人々を守れ!金時、お前は地底に行け!白黒はとにかく各地を飛び回って逃げ遅れた奴等を救出しろ!―

「承知!」

「あぁ!」

「白黒って何だよ!?でもまぁ…分かったぜ!」

 

 星明の指示に従い、雷吼達は散開して、各々に与えられた使命を果たしに行った。

 

 

 

 

 

「そういや、霊夢は…?」

 

 一つだけ、僅かな疑問を残しながら…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ふぅ…さて、改めて話を聞こうじゃないか。一体どういうつもりなんだ、博麗のお嬢ちゃん?」

 

 雷吼達に指示を飛ばし終えた星明は軽く一息吐くと、改めて向かいにいる人物と相対する。

 その相手は霊夢…博麗 霊夢だ。

 霊夢は星明の問いには答えず、ただ険しい表情で星明を見つめている。

 

「答える気は無しか、操られているという訳でも無さそうだし…全く、面倒な事になったな。」

 

 その言葉が火蓋を切った。

 霊夢は速攻で封魔針を取り出し、星明に向かって投げつける。

 

「おっと、早速かい。めんどくさい上にせっかちときたか。」

 

 しかし星明はそれを予測していたのか、危なげなく回避する。

 それにしてもスペルカード宣言も無い攻撃。

 やはり彼女は本気で星明を倒すつもりのようだ。

 

「やれやれ、困ったもんだな。ならば仕方無い…」

 

 向こうがその気なら、こちらも応じよう。

 星明は着ていた装束を脱ぎ捨て、レオタード調の魔法衣を露にする。

 

「遊んでやるとしよう…来な、お嬢ちゃん。」

 

 星明は魔導筆を取り出し、挑発するように筆先を霊夢に向ける。

 それに乗ってか乗らずか、霊夢は一気に星明に向かって飛翔する。

 先に攻撃を仕掛けたのは星明。

 彼女は筆で細かく陣を描くと、そこから大量の光弾を射出する。

 幻想郷に広まる遊び、弾幕ごっこを真似た攻撃だ。

 だが相手はその道の天才。

 生半可な弾幕などものともせず、星明に接近する。

 

「はっ!」

「っ!」

 

 至近距離まで近付いた事で、激しい接近戦が繰り広げられる。

 霊夢はお祓い棒を、星明は新たに巨大な魔導筆を取り出し、お互いの得物を打ち合わせる。

 あらゆる妖怪を討ち倒してきた霊夢の体術は、がむしゃらなようで一つ一つの攻撃に目を見張るものがある。

 そんな彼女の天賦の才能に、星明はこれまで培ってきた技で対抗する。

 時に手を、時に脚を、そして時には弾幕を。

 あらゆる手段を用いるこの戦いは、文字通り熾烈を極めていた。

 

「全く恐ろしいね、それで修行を怠けているとは到底思えないな。」

「…」

 

 時折軽口を挟みながら相対しているが、霊夢は相変わらず口を開かない。

 

「(本当に何も言わないな…参ったな、どうしたものか…)」

 

 彼女には幻想郷を守る使命がある。

 火羅から人を、妖怪を守るという使命が。

 そんな彼女が今ここで自分と戦っているなど有ってはならぬ事態だ。

 どうすれば彼女の本心を口に出させる事が出来るか、その一瞬の思考が勝負の流れを変えた。

 

「っ!!」

「っ!?しまった!?」

 

 その一瞬を霊夢は見極め、お祓い棒を大きく振り上げ、星明の魔導筆を弾き飛ばす。

 星明もすぐさま普段扱う魔導筆を取り出し継戦しようとするが、それよりも早く霊夢が動き、封魔針を星明の脚目掛け放つ。

 星明はそれをかわそうとするも、かなりの至近距離であった為、直撃は避けたものの針は脚を掠め、彼女の脚の力を一時的に奪う。

 その隙に乗じて霊夢はその脚を蹴り込み、星明に膝を付かせると同時にお祓い棒を眼前へと突き出す。

 

「…詰みか。全く、本当に恐ろしい奴だよ、お前さんは。」

 

 その動作は迷いの無い、実に素晴らしい動きであった。

 そんな彼女は今その心に何を想っているのか。

 彼女をこうも迷わせる事無く動かすその要因とは。

 

「(いや、違うか…?)」

 

 それとも、ただ迷いを振り切る為に迷いの無いよう振る舞っているのか。

 自身が抱く迷いそのものを無かった事にしたいが為に。

 

「…分からないわね。」

 

 そう星明が考えていると、ようやく霊夢がその口を開く。

 

「分からない?」

「…あんたは一体何の為に戦っているの?」

 

 それはありきたりな問い掛け。

 もちろんそこには一般の考えとは違う思考の者によるという前提が付くが。

 

「何の為に、か…そりゃ私は“守りし者”だからだな。」

「なら、あんたが守るべき者って一体誰?あんたが…あんた達が守ってる命は、本当に意味があるものなの?」

 

 そして語られる。

 博麗 霊夢が、幻想を守りし者がその胸に秘めし想いを…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「摩多羅…隠岐奈…?」

「そう、あの隙間妖怪と同じ幻想郷の賢者ね。彼女が世話になっているわね。」

 

 博麗神社にやって来た摩多羅 隠岐奈という人物。

 紫の知り合いらしいが、成程それらしくただならぬ気配を放っている。

 

「そう…で?そんな異変の首謀者がわざわざ出向いてくるなんて…潔く私に退治されに来たのかしら?」

 

 そう言うと霊夢は隠岐奈に向けてお祓い棒を突き出す。

 どんな理由であれ、彼女がこの異変の首謀者ならば、幻想郷を守る為に退治するだけだ。

 

「ふふっ、まぁそう逸らない。少しあなたと話をしに来たまで…」

「話す事なんて無いわ、さっさと倒されてもらうわよ。」

 

 霊夢は彼女の意など知った事では無いとスペルカードを構える。

 

「…迷いが無いわね、私を倒すという事に対して全く躊躇が無い。だけど…人はそれを虚勢と言うわ。己の心に巣ぐう闇を無理に払わんとするその姿をね。」

「っ!!」

 

 隠岐奈のその言葉に触発され、霊夢は夢想封印を放つ。

 が、それらは突如隠岐奈の前に現れた扉の中に吸い込まれてしまった。

 

「な…!?」

「図星、と言った所かしら?」

 

 夢想封印を取り込み閉じた扉が再び開かれる。

 すると扉の中から夢想封印が霊夢に向かって返される。

 咄嗟に後方へ飛び、それを回避した霊夢だが…

 

「流石の反応ね、仮にもこれまで幻想郷の異変を解決してきただけの事はあるわ。」

「っ!?」

 

 背中に何かが当たる。

 それは、いつの間にか霊夢の背後に回り込んでいた隠岐奈の背であった。

 まるで気配を感じなかった。

 まさかあの吸血鬼の所のメイドのように時間でも操ったのか?

 霊夢は即座にお祓い棒を背後に向けて振るうが…

 

「残念、こっちよ。」

「っ!!《八方龍殺陣》!!」

 

 隠岐奈はまるで背中に張り付いているかのように霊夢の背後から離れない。

 霊夢はスペルを発動し、自身を中心として範囲攻撃をするが、背後からは未だに不敵な笑みを浮かべている隠岐奈の気配が。

 これではいたちごっこ…それもこの状態では、隠岐奈はいつでもこちらに手を掛ける事が出来る。

 他にも隠岐奈を引き剥がす方法を頭の中で探るが、やがて霊夢は体勢を崩し、隠岐奈にただ一言告げた。

 

「…話って何よ?」

 

 敗北の一言を。

 

「あら、もう少し粘るかと思ったけど…偉いわね、自分の実力をよく理解している。」

 

 隠岐奈は霊夢に背中を合わせ、そのままの体勢で話を続ける。

 

「博麗 霊夢…幻想郷の守人である現代の博麗の巫女。かつての異変では吸血鬼や冥界の亡霊、月人や外の世界の神、天人や地獄の妖怪、果ては封印されていた大僧正や神霊達を降す大活躍をしていたわね。そうそう、最近は小槌が引き起こした妖怪達の反逆も治めたそうじゃない?」

 

 素晴らしい活躍だわ、と隠岐奈は素直に称賛した。

 だがいきなり自分の経緯を褒められても、霊夢は別に何とも思わない。

 むしろ警戒が増すだけだ。

 

「博麗の巫女があなたで何代目かは知らないけど、あなたは間違いなくその中でも最強の実力者よ。でも、あなたは他の博麗の巫女が抱かなかった、たった一つの想い(弱点)がある。」

 

 たった一つの想い、その言葉が霊夢の胸に突き刺さる。

 それは今まで雷吼達の側に居て、その中で芽生えてしまったもの。

 人に言えば何を今更と笑われるかもしれないが、それはこれまでの彼女の有り様を根底から覆しかねない想い。

 

「それは、“自分が本当に守るべきものとは何か”。それが今のあなたの心を蝕んでいる。」

「…」

「もっと核心を突いて言いましょうか?あなたはね、“誰かに求められる事を求めている”の。でもそれ自体は別に現状でも充実していると言えるわ。それでも心に迷いが残るという事は、それだけでは満たされていないという事。本筋は間違えていないけれど、足りないものがある…」

 

 まるで地底の悟り妖怪の如く霊夢の心を見透かしているように語り続ける。

 今までもやがかかっていた霊夢の心に、一筋の道が見え始める。

 今まで辿り着けなかった、その答えに。

 

「あなたが足りないと感じているもの、それは“見返り”。それは称賛の声でも良いし、賽銭が満たされる事でも良い。しかしあなたがどれだけ人や妖怪に尽くそうと、彼等はあなたの不足を満たしてくれない。決して彼等にその心が無い訳では無いわ。ただ何かあってもあなたが居る、そう慣れてしまったが故…」

 

 思い返してみる。

 例えば、里の人間から頼まれた小さな依頼。

 暴れている妖怪がいるから退治してほしいと。

 それを為す事など造作も無く、すぐに解決する。

 すると彼等は口を揃えて言う、「ありがとう」と。

 …それだけだ。

 お礼に何かを施す事など無く、参拝客も賽銭も増える事は無い。

 かけられる言葉は誰の口からも声に出せる、上辺だけの感謝の言葉。

 そこに“特別”な事など存在しない。

 

「気付いたかしら?あなたの本当の心を。」

 

 知ってしまった自分の心。

 それに気付けなかった自分の心。

 それ等を全て見透かしているかのような隠岐奈の言葉が無性に釈に触り、霊夢は再び背後に向かってお祓い棒を振るうが、結果は変わらず。

 それが更に霊夢の心を乱していく。

 

「そう、あなたは“特別”を求めているの。誰か一人でも良い、特別な存在になりたいとね。それはこの幻想郷全てを守るべき博麗の巫女には不要な心、しかしあなたはそれを求めてしまった。心に想ってしまった。それを認めたくないと心に蓋をし、ただがむしゃらに生きてきた。それがこれまでのあなたよ。」

 

 全てを知ってしまった気分はどう?と隠岐奈は楽しそうに問い掛けるが、霊夢はただ俯き口を開かない。

 全て彼女の言う通りだった。

 霊夢は自分が博麗の巫女である事に何ら不満など無かった。

 だがいつしか心の奥に芽生えたその想いは、本人が制御出来ない程にひっそりと、しかし確実にその根を張り巡らせていた。

 

「その心を抱いた時点で、あなたは博麗の巫女としては失格ね。それはきっとあなた自身もそう思っている事でしょうし、もしかしたら“そもそも何故自分が博麗の巫女として選ばれたのか”とも思っているのかもしれないわね。」

 

 博麗の巫女として生きる。

 それは霊夢にとって一つの生き甲斐であり、彼女そのものを為すと言っても過言ではなかった。

 それが崩れてしまうのを、霊夢は恐れていたのだ。

 いつからこの想いが心に巣ぐっていたかは分からないが、そんな自分の中で巻き起こる異変に恐怖した霊夢は、無意識にそれから目を合わせず、存在を認知せず、あたかも最初から無かったかのように振る舞っていた。

 それを今認めてしまった。

 先の隠岐奈の問いに答えられなかった事がその証拠だ。

 霊夢はただ、己の心の中の何かが壊れ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚に必死に耐えるしかなかった。

 

「悩んで、思い詰めて…でも、私はそれで良いと思っているわ。そうやって己を見つめ直す、それは人間はもちろん、この世に生きる全ての命が経験していく事だもの。何も咎められる要素なんて無いわ。」

 

 先程の人の心を弄ぶような物言いから一転、隠岐奈は霊夢に優しく、諭すように話し掛ける。

 隠岐奈はそうねぇ…と少し考え込むと、話を別の話題へと切り替える。

 

「先の妖怪達の反乱、あれは特殊な小槌が放つ魔力によって妖怪達の反逆心を掻き立て、騒動を起こした事による異変。その原因はもちろんその小槌で間違いないのだけれど、こうは考えた事は無いかしら?“あれが妖怪達が本来望んでいた事”なのだと。」

 

 この幻想郷は人妖問わず共存という形を取っているが、そこに広まる法や裁きは基本的に人間側に有利になるようになっている。

 それもそうだろう、何せ人間は妖怪より非力な存在だから。

 法や裁きの無い真っ向からの対決となれば、妖怪側が有利になるのは誰の目からも必然だ。

 特に幻想郷は結界の影響により、妖怪の存在定義をほぼ気にする事なく行動する事が出来る。

 その気になれば幻想郷の人間を一夜にして絶滅させる事だって容易な話。

 しかし妖怪達がそれをしないのは、この幻想郷が人妖の共存を常なる目的としてるから。

 そして一度過ちを犯せば、基本的に人間側に立ち、幻想郷に於いて最強の存在である博麗の巫女がたちまち制裁を降す。

 妖怪とて死は恐ろしいもの、故に妖怪達は常に人間と同等、時には人間以下の存在として扱われる。

 その心にどれだけの不服を抱えようとも、従うしかないのだ。

 その不服を妖怪達全員が持っていたとしたら、その心を刺激されたら。

 その結果は先の異変が示している。

 

「妖怪達とて悩み、苦しみ、もがいているの。そんな彼等を圧迫しているもの、私はそれを…

 

 

 

 

 

 “幻想郷そのもの”と捉えているわ。」

 

「幻想郷が…?」

「もっと正確に言えば“この世界そのもの”と、“迷いし者達が人や妖怪という枠に囚われている事”の二つと踏んでいるわ。幻想郷は例えの一つよ。」

 

 仮にも隠岐奈は自身の事を幻想郷の賢者と名乗った。

 だと言うのに幻想郷そのものを否定する言い方をするなど…

 霊夢には隠岐奈の考えが読めなかった。

 

「私はね、そんな迷える者達を解放したいの。この世界を、全ての命を完全に平等な存在へと昇華させる。」

「まさか、その為に火羅を…!?」

「火羅はあくまで土台よ。彼等はこの世界の命の中でも完全に近い存在…ならば人の、妖怪の、ありとあらゆる心を、彼等の心に植え付ける事が出来たとしたら…」

 

 火羅の身体に人や妖怪の心を入れる。

 火羅は憑依する対象が居なければ素体と呼ばれる姿のまま行動する事になる。

 そこに力の差など存在しない、素体の火羅は全て平等な力なのだ。

 もし隠岐奈の言う事が実現したならば…

 

「全ての命が同じ力を持ち、心はそれぞれ違うが故に、個性が失われる事は無い。全てが平等な世界…正しく“理想郷”だとは思わなくて?」

 

 “世界を創り変える”。

 それが隠岐奈の“理想”なのだ。

 それを目の当たりにした霊夢の心に去来したもの…それは戦慄の一言だった。

 

「全ての命を火羅に…そんな事が許されるとでも…!?」

「ならあなたは自分の心にもう一度嘘を付けるのかしら?再び泥濘の中に埋もれると?」

 

 否定したかった。

 しかし霊夢にはもうそんな言葉は紡げなかった。

 知ってしまった、そこから逃れたいと思ってしまったが故に…

 もう、あんな果てなき泥沼には浸かりたくなかった。

 

「霊夢、あなたは博麗の巫女である前に一人の人間なの。このまま博麗の巫女を続けるとしたら、それはあなたにとって生きながらの死に等しいわ。」

 

 隠岐奈の言葉が心に入り込んでくる。

 今の霊夢には拒む理由など、もう無い。

 

 

 

 

 

「新たな自分、確かめてみる気は無いかしら?」

 

 そしてこの日、この時、博麗の巫女(博麗 霊夢)は死んだのだ。

 




はくれい れいむが しょうぶを しかけてきた!


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第拾話「星命」中編

書いといて何だけど今回あの姉妹の扱いが雑すぎた…
二人のファンには申し訳がない…

願わくば、ゆっくりしていってね



「あ~忙しい忙しい~!」

 

 彼岸。

 あの世とこの世を隔てる境目である“三途の川”を、猛烈な速度で船が渡っていた。

 その船の船頭の名は“小野塚(おのづか) 小町(こまち)”。

 死者の魂を閻魔の下へ届ける死神だ。

 

「全く、何なんだい急に…こんだけ死人が出るとか普通あり得ないって…!」

 

 そう愚痴る彼女の背後、彼岸の川岸には数えきれない程の死者の魂が。

 普段公務をサボりがちな彼女を以てしても、これには流石にそうはいかないようだ。

 

「それに…」

 

 その瞬間、小町は船の舵として扱っていた鎌を横薙ぎに一閃する。

 その標的…火羅達の身体は見事に両断されており、やがてその姿を消した。

 

「こいつ等も一体何なんだか…悪いね、いつもなら世間話の一つや二つ、語ってあげるんだけど…」

 

 迫り来る火羅達を切り裂きながら、忙しい忙しい!と彼女は再び船の舵を切った。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 彼岸から三途の川を渡った先にある施設、“是非曲直庁”。

 ここでも普段以上に忙しなく働く者達が居た。

 

「あなたは白!あなたは黒!あなたも黒!罪状は後で説明致します!次!」

 

 その中の一人、死者の魂を一切の迷い無く選別しているのは、“四季(しき) 映姫(えいき)・ヤマザナドゥ”。

 俗に言う閻魔様である。

 彼女もまた、次々とやって来る魂達の判決に奔走していたが、

 

「ま、また来た!奴等だー!!」

 

 誰の声か、それさえ分からない状況で部屋に入ってきた火羅(ならず者)は映姫を見るや否や、彼女に向かって突進してくる。

 

「あなたは真っ黒!!即刻消え失せなさい!!」

 

 審判《浄玻璃審判-火羅-》

 

 しかし映姫がそう宣言すると、火羅の身体はたちまち穴が空くように消滅してしまった。

 尤も本当に消滅した訳では無く、あくまで倒しただけに過ぎない為、その陰我からまた別の火羅が現界する。

 

「やれやれ、ゆっくり判決を下す暇もありませんか…」

 

 映姫は次々と降り掛かる災いに重い腰を上げると、横に備え付けてある“浄玻璃の鏡”を見て呟く。

 

「そちらは頼みましたよ、幻想郷…!」

 

 鏡に写る幻想郷は、未だ地獄絵図のままであった…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「博麗の巫女をやめる、か…成程、そいつは面白い考えだな。」

「…」

 

 博麗神社。

 霊夢の話を聞き終えた星明は呆れたような、納得したような、そんな表情を浮かべていた。

 

「で?それを実際にやってみた感想は?何か見つける事は出来たか?」

「…質問に答えて。あんた達が守るものに、意味はあるの?」

「無ければ、どうすると言うんだ?」

「…」

 

 星明の問いに霊夢は答えない。

 いや、答えられないのだろう。

 彼女はその答えの為に己を捨てたようなものだからだ。

 そんな霊夢の姿を見た星明は…

 

「ふふっ…ははははは!」

 

 ただ素直に笑った。

 

「何がおかしいのよ…!」

 

 突然笑い出した星明の態度が自らを馬鹿にしていると、霊夢は怒りを含め問いただす。

 

「当たり前だろう?思い、悩み、そして出した結論が己を捨て、目を背ける事だったと言うのに、背けた先でまた路頭に迷う…これを滑稽と笑わずして何とするか!」

「っ…!」

 

 星明の言葉が霊夢の心を抉る。

 彼女の言う事、隠岐奈の言う事、全てが己の中の真実を突く。

 自分はこんなにも単純であったか。

 もはや誰からも心の全てを見透かされているような気がして、霊夢は怒りの反面それが気持ち悪いと心が苦しくなる。

 

「全く、その隠岐奈とやらの言う通りだ。お前さんは確かに博麗の巫女である前に一人の人間だ。だがな、お前さんがどれだけ寄り道をしようが、きっとお前さんは博麗の巫女である事をやめないだろうな。」

「何でそう言い切れるの…私自身がそれを否定しているっていうのに?」

 

 確かに今の自分は寄り道の最中だ。

 今まで通ってきた道から外れ、新たな道があるかもしれないと寄り道をしている。

 しかし星明はそんな新たな道さえも否定した。

 どれだけの時間を費やしても、必ず元の道に戻ってくると。

 

「そうやって新しい可能性に目を背けるのがあんた達なの?全ての人間を守るって古い言い伝えだけを守るのが、あんた達の理想なの?」

 

 全ての人を守るなど、単なる夢物語でしかない。

 それはどれだけ自分の生き方に迷おうが、決して変わらなかった想いだ。

 もし彼等がそんな古から伝えられてきたただの妄言に囚われているのならば、それこそ滑稽な話というもの。

 それを一点の曇り無く理想として語る彼等の想いが、霊夢には分からない。

 そんな霊夢の問いに星明は心底呆れたように溜息を吐くと…

 

「やれやれ…本っ当に分かってないんだな。仕方無い、少しだけ教えてやるとするか…」

 

 口元に添えた指先に軽く口付けをし、天高く手を掲げる。

 

「お前の“本当の想い”をな!」

 

 突如して舞い上がる桜吹雪。

 反撃を許したと悟った霊夢は思わずその場から下がる。

 しかしそれこそが星明の狙い。

 

「はっ!!」

 

 霊夢が見上げた視線の先には、袖口が翼のように伸びた星明の姿。

 その姿はまるで鳥、いや…

 

「教えてやろう!私達は古くからの言い伝えに縛られている訳では無い!新しき時代に呑まれているつもりも無い!」

 

 舞い上がった桜吹雪をその身に纏い、それを蒼き炎で燃やしながら向かってくる彼女の姿は…

 

「その想いはただ一つ!」

「っ!《夢想封印》!!」

 

 

 

 

「お前と同じ“想い”だぁぁぁぁぁ!!」

 

 霊夢には、天を舞う“蝶”のように見えた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 人里。

 普段は人間が闊歩するこの場所が火羅で溢れかえる様は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

 そんな中を駆け抜けるのは、黄金の刃を閃かせる牙狼(雷吼)

 無尽蔵に沸き出る火羅に屈せず、彼は逃げ遅れた人々の救出に回っていた。

 

「くっ…キリが無い!」

「魔界を幻想郷に近付けるとは、相手方も考えたものだな。」

 

 空は大量の火羅で覆われ漆黒となり、地は大規模な迎門となった影響で紅く染まっている。

 その光が空を覆う火羅の姿を照らし、嫌でも所狭しと蠢く様を見せつけられる。

 さしもの雷吼も嫌悪感を隠しきれない。

 

「後ろだ雷吼!」

「っ!?」

 

 その隙を突くように無数の火羅が襲い掛かってくる。

 反撃しようにも背後からの奇襲、反応が遅れた雷吼には対処が出来なかった。

 何とか防ぐしかないと判断したその瞬間、

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 火羅を斬り裂く白銀の刃が割って入る。

 もちろんその刃の主は白蓮騎士 斬牙、保輔だ。

 

「保輔!無事だったか!」

「里の防衛に回るよう言われてな、お前の従者に助けられたよ。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「《ギガフレア》!!」

 

 爆符《ギガフレア》

 

 陰我の壁、それは一面に広がる火羅の大群であった。

 一度はそれに呑まれてしまった保輔達だが、空の核融合を生かした技により、何とか突破する事が出来た。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、一体どうなってるんだいこれは!?」

「知らん!火羅の大群としか言いようが無い!」

 

 鎧を召喚した保輔を中心として、一同は地霊殿へと戻る。

 そして戻った先も、やはり火羅によって埋め尽くされていた。

 

「これは…何という…!」

 

 普段から地獄と形容される地底であるが、今の状況は普段の非では無い。

 この光景こそ、正しく地獄と呼べるであろう。

 地底の主であるさとりが絶句している様を見れば明白だ。

 

「あ、何か飛んでるよ!」

 

 こいしが空を見上げ、何かを指差す。

 見るとそこには旋回しながら火羅と戦う魔戒の戦車、轟雷獣の姿が。

 

「あれは…金時さんですか?」

「だろうな。この状況だ、地上も同じ様な事になっているんだろうな。」

「地上も…まさか、うち等の住処も…!」

 

 轟雷獣が旋回している場所へ向かうと、既に地霊殿を中心として防衛戦が始まっていた。

 殿を担っているのは金時と、二人の女性。

 一人は二本の角を頭部から生やした少女、伊吹 萃香。

 かつての住処が荒らされていると知り、駆け付けたようだ。

 そしてもう一人は、額から一本の角を生やした女性…

 

「勇儀さん!こちらの状況は!?」

「お、やっと来たね地底の主。見ての通り魑魅魍魎跋扈する地獄の宴さ!」

 

 “星熊(ほしぐま) 勇儀(ゆうぎ)”。

 この三人が中心となって火羅に対抗しているようだ。

 

「心配しなくても妖怪達の避難も進んでいるよ。完了はしてないけどね…」

 

 萃香の言う通り、遠くで地底の橋姫、“水橋(みずはし) パルスィ”や土蜘蛛の妖怪、“黒谷(くろだに) ヤマメ”等が他の妖怪達を地霊殿へと誘導している。

 

「悪いね、勝手だけど入れさせてもらってるよ。」

「構いません。この状況ではそれが最善だと私も思いますから。」

 

 そう話していると保輔達の姿を見付けたのか、轟雷獣が空から降りてくる。

 

「皆さん戻りましたか!」

「金時、地上はどうなってる?」

「ここと変わらずです。むしろ範囲が広いぶん地上の方が状況は悪いかと…」

「そんな…神奈子様…諏訪子様…」

 

 地上も状況は変わらず、それを聞いた早苗の表情が曇る。

 すると金時がある事を二人に告げる。

 

「お二人にお頼みしたい事があります、お二人共地上に上がって火羅と応戦してください。」

「地上に…?」

「えぇ。本当は私が行きたい所ですが、あいにく紫に地底の方を任せると言われてしまいまして。なので、お二人にお願いしたいのですが…」

 

 今早苗が第一に考えている事は、やはり諏訪子と神奈子(家族)の事。

 あの二人に限って大事は無いだろうが、相手は火羅だ、一抹の不安は拭いきれない。

 そんな早苗の心情を察してかは分からないが、金時は早苗と保輔に地上に上がれと、そう言ったのだ。

 

「分かりました、行きましょう保輔さん!」

「あぁ、ここは任せるぞ。」

 

 当然彼女は拒む事など無い。

 金時に施され、二人は地上を目指そうとする。

 真に火羅と対抗出来る者がこの場に一人しか残らない為、多少心残りがあったが…

 

「任せな、自分達の住処は自分達で守るさ。なぁ主さんよ?」

「えぇ、もちろんです。」

 

 勇儀の言葉、そしてそれに同調して頷く地底の妖怪達の姿を見て、その心残りも無くなった。

 

「保輔さん、最後に一つ!地上に出たら里に行って雷吼様と合流をと紫が言っていました!」

「分かった!」

 

 最後の伝言を聞いた保輔は、早苗と共に地上への道を進んでいった。

 

「…さて、こりゃいつしかの時よりも骨が折れそうだね、おちびさんや。」

「誰がちびだよ、自分だってちびのくせに…「何か言ったかい?」い、いや何も!」

 

 見回してみると、相も変わらず火羅の大群のみが目に写る。

 この状況を打開するのは正直目眩がするほど過酷であろう。

 だからといって諦めるという選択肢は存在しない。

 

「お空、あなたは勇儀さん達と一緒に火羅と戦って!お燐、あなたは救護や避難誘導の方に!」

「「はい!」」

 

 一通りの指示を終えたさとりは後ろを向いて、ネムノの方を見る。

 そして彼女に問い掛けた。

 

「…あなたはどうしますか?」

 

 その問いにネムノは少し申し訳無さそうな、しかし強い覚悟を決めた表情で答える。

 

「やるさ。元々はうちの思い違いから始まった事だ、この身一つじゃ足りないだろうが…償いはさせておくれ。」

 

 そう言った彼女の心に、嘘という感情は一つも無かった。

 

「決してあなた一人だけの責任ではありません。ですので、あまり思い詰めないようにしてください。」

 

 さとりの言葉に素直に頷くネムノ。

 それを確認したさとりは、今度はこいしの方へ目を向ける。

 

「こいし、あなたは中に…」

「お先行ってきまーす!」

 

 こいしは地霊殿の中へ避難を。

 そう告げようとしたのだが、こいしは既に火羅の大群目掛けて飛んでいってしまった後だった。

 

「ちょっとこいし!!待ちなさい!!」

「無駄だよ、あの様子じゃ。お前さんが一番分かっている事だろう?」

 

 そんなこいしを引き止めようとさとりは声を荒らげるが、萃香にそう言われたさとりはそれもそうかと思い止まる。

 今だって先んじて飛び出していった事は心配だが、彼女の能力を考えれば避難誘導は出来ないし、何より目につく所に居てもらった方がこちらとしても良い事だ。

 心配掛けるような事が多いけれど、実は周りの事をよく見ているのがこいしなのだ。

 彼女はそういう子だったなと、さとりも改めて思い返したのだ。

 そんなさとりは今一度一同を見据えると、力強く宣言する。

 

「幻想郷は必ず、この異変に打ち勝つでしょう。今は私達の出来る事をやり遂げましょう!」

 

 こうして地底での戦いは再び始まった。

 この手で必ず、また平穏な世界を取り戻す為に…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…という事だ。」

「そうだったのか…とにかく、無事で良かった。」

 

 お互いの無事を確認した二人は再び火羅討滅の為に里を駆けようとする。

 そんな時だった、彼等の傍に隙間が現れたのは。

 

「ここに居ましたか、二人共!」

「あなたは…もしや、八雲 紫か?」

「如何にも。こうして顔を合わせるのは初めてでしたね、ですが今はゆっくりと挨拶を交わしている暇はありません。」

「あぁ、この火羅達をどうするか…」

「それもありますが、今はそれ所ではありません。」

「何?どういう事だ?」

 

 現れたのは紫。

 その様子からして現状とは別に何か急いでいるようだが…

 

「黄金騎士、あなたは博麗神社に行きなさい、彼女達を…霊夢と星明を止めてほしいの。」

「霊夢と星明を?どういう意味だ!?」

 

 先の星明の話では博麗神社には戻るなと言われた。

 火羅の討滅が最優先と判断しそこまで気にしていなかったが、一体彼女達に何があったのだろうか?

 

「見つけた!雷吼ー!」

 

 そう思っていると、空の彼方からこちらへと向かってくる魔理沙の姿が。

 

「雷吼、紫から霊夢達の事聞いて…って本人居たのか!」

 

 どうやら彼女の用件もこちらと同じの様子。

 紫は雷吼と魔理沙の二人を見据えて言葉を発す。

 

「理由を話している暇はありません。里は白蓮騎士に任せて、二人は博麗神社へ!」

「オーライ!雷吼、乗れ!」

「あぁ!」

 

 理由は行けば分かるという事なのだろう。

 ならばこれ以上の問答は不要。

 

「飛ばすぜ、振り落とされるなよ!」

 

 紫に施されるまま、二人は博麗神社へと向かっていった。

 

「さて…白蓮騎士、あなたは続けて火羅の討滅をお願い致します。」

「あぁ、だがお前はどうするんだ?」

「この日の為にと用意しておいた物がありまして、それを各地に配りに行きます。」

 

 そう言うと紫はある物を取り出す。

 それは星明等魔戒法師がよく扱う“魔戒八卦札(まかいはっけふだ)”であった。

 

「成程、八卦札か。」

「正確には八卦札を幻想郷の者達が扱えるよう調整して貰ったものですわ。本当は直接火羅に対抗できる物が欲しかったのですが…」

 

 恐らく製作者は吸血鬼の館に住む魔女なのだろう。

 保輔も雷吼から伝え聞いてはいたのだ。

 紫はこれ以上のものを期待していたようだが、無いものねだりをしても仕方が無い。

 むしろそこまで出来たのならば上々であろう。

 それは当然紫も理解しており、別にそれらの言葉には棘は無かった。

 そして、里は任せましたよ?と聞いてきた紫に保輔は相槌を打つ。

 保輔が相槌を打ったのを確認した紫は再び隙間の中へと入っていった。

 さて自分も、と保輔が動こうとしたその時、彼の前にまた火羅の大群が現れる。

 しかし今回の火羅はむやみに襲う事は無く、こちらの様子を伺っているように見える。

 統率が執れている、これはもしやと保輔が思っていると、火羅の群れを掻き分けて二人の少女が姿を現す。

 

「見つけた見つけたっと!あんたが火羅達(こいつ等)を倒して回ってる奴ね?」

 

 一人はいかにも高そうな指輪や服を身に付けており、金銀財宝が歩いていると思わせるような少女。

 もう一人は対照的に質素な服の、深い青色の髪の少女。

 

「誰だお前等は?」

「ふふん、聞いて驚きなさい。私は泣く子も黙る疫病神、“依神(よりがみ) 女苑(じょおん)”よ!」

「…そっちは?」

「悲しい事に姉の“紫苑(しおん)”よ。」

「悪かったわね、どうせ泣く子も黙る貧乏神ですよ…」

 

 火羅の真っ只中で襲われる事無く堂々としている女苑。

 そしてブツブツと何かを唱えている紫苑。

 それを見るに、この二人がこの火羅達を統率している存在だろう。

 

「何の為にこんな事を?」

 

 取り合えず保輔は二人にこの騒動を起こした理由を問う。

 

「決まってるでしょ?私達の為よ。疫病神に貧乏神となると毎日懐が寂しくってね~、そうなると手っ取り早い解決方法なんて限られるでしょ?」

 

 そこまで聞けば何とはなしに理由は分かる。

 要はこの騒動に便乗して人間達から金目の物を奪ってしまおうという事だろう。

 成程、聞いてみれば実に()()()理由だ。

 仮にも神とて突き詰めてみれば、理由なんて案外人間と変わらないものだ。

 

「それにしても金ピカの鎧着た奴が居るって聞いてたけど、あんたじゃなさそうね?どこに居るか教えて頂戴。」

「それを聞いて素直に話すとでも?」

「知ってた、だから無理にでも吐いてもらうわよ。姉さん、やっちゃって!」

 

 女苑の号令がその場に広がる。

 来るかと身構えた保輔だったが、何故か火羅は一匹たりとも動く気配が無い。

 

「…ちょっと姉さん何してんの!?早くこいつ等襲わせなさいよ!」

「無茶言わないで、こいつ等全員に憑依して制御するだけでも手いっぱいなんだから一匹一匹動かすのは時間掛かるの。」

「はぁ!?何それ私聞いてないわよ!?」

「聞かれなかったからね。」

「ふ・ざ・け・な・い・で・よ~、も~!!」

 

 そんな突然のトラブルに焦っている女苑の耳に金属音が響く。

 振り向いて見ると、保輔は白蓮刀に手を這わせ、一気に刀を引き抜いた所であった。

 その身体には蒼く澄み渡る炎が。

 

「「あ…」」

「悪いが…」

 

 保輔はその場でくるりと身体を捻ると、

 

「一々貴様等に構っている暇は無い!!」

 

 その捻りを活かして刀を大きく振りかぶる。

 刀からは列火炎装の斬撃が放たれ、それが火羅達に直撃。

 盛大な爆発が起きた。

 

「ちょっと~まだ全然金目の物盗ってないんだけど~!!」

「あぁ…やっぱり、今回も駄目だったよ…」

「何悲観してんのよ!元はと言えば姉さんのせいなんだからね~!!」

 

 ちくしょー!!という悲鳴が木霊しながら、哀れ紫苑と女苑の二人は星となって消えていった…

 

「…結局何だったんだ奴等は?」

「欲に目が眩んだ哀れな奴等よ。」

 

 神と言えど、立場が違えばこうも…良く言えば人間臭いと言うべきか、神格が違うものか。

 見知った二柱の神の姿を思い浮かべ、暫し茫然としていた保輔であったが、気を取り直しまた火羅討滅の為に奔走を始めた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「っ…あんた、あんだけ弾幕喰らってたのに突っ込んでくるとか、ルール違反も良い所よ…!」

「先にそれを破ったのはどっちだ…!」

 

 博麗神社。

 神社の境内には激しい戦闘の後が色濃く残っていた。

 その中心で倒れているのは、その傷痕を残した張本人達、星明と霊夢だ。

 起死回生の一撃を放った星明の猛攻を、霊夢は防ぎきる事が出来なかった。

 しかし霊夢が星明に対し決定的な傷を負わせたのも事実。

 結果として、引き分けという形となったのだ。

 

「…どうだ、答えは何か見えたか?」

「…」

 

 返事が無い、という事はやはり答えは見付からなかったようだ。

 それもそうだろう、彼女はこれまで博麗の巫女としてしか生きていないのだから。

 それ以外の道を歩み始めたら、遅かれ早かれ必ず路頭に迷う時が来る。

 

「自分が何の為に戦うのか、守ってきた命は本当に価値があるものなのか、それらを否定したら、果たして自分には何が残るのか…ほんっと、キリが無いな。」

「まさか、ここまで来て悩むなとでも言いたいわけ?」

 

 そうなった時に必要なものは、やはり引き留めてくれる誰かしかない。

 誰かが手を引いて、元居た道に引き返す。

 問題はどこまで引き返すか。

 すぐ近くの道までか、元々居た大通りか…

 

「まさか、悩むといいさ。その方が楽しい。」

「ふざけないでよ…」

 

 それを決めるのは手を引く者では無い、手を引かれている者だ。

 

「…むかーし昔ある所に、一人の馬鹿な女が居ました。」

 

 だから星明は話す。

 かつて大きな過ちを犯した一人の女性の事を。

 

「…?」

「恵まれた才と美貌を持っていた女は、ある日一人の男の子を拾いました。」

 

 寝転び、お互いの顔は見えないながらも、何故か霊夢は星明に見つめられているような、そんな感覚がした。

 

「女はその子供に沢山の愛情を注ぎました。それは“母親”というよりも、“一人の愛人”としての、な。“この子は必ず私の理想そのものになる”、そう想いながらな。」

 

 拾った子供に母親としてでは無く、愛人として育てる…

 霊夢にとってはあまり馴染みの無い話だが、確かに端から恋心を持って育てるなど、あまり聞く事の無い話だ。

 

「その期待に応えるように子供は逞しく成長し、その余りある優しさを以て色んな人達を救ってきた。そう、その子はまさに女の理想通りに成長したんだ。」

 

 余りある優しさ、その言葉が霊夢の耳に留まる。

 ふと思い浮かべたのは、あの真っ直ぐな瞳で理想を語る一人の男の姿。

 

「ところがだ、そんな二人に悪い考えを持つ馬鹿野郎が手を出してきた。そいつは愛しの子を罠に嵌め、女に問い掛けたんだ。“たった一人の命か、大勢の見知らぬ命か、好きな方を選べ”ってな。さて、女はどっちを選んだと思う?」

「…子供の命。」

「正解だ。女は愛しの子の命を選び、その他大勢の命を棄てたんだ。」

 

 突然の問いだが、霊夢は何となくその答えが分かっていた。

 何故かと問われればそれは不明だが、頭の中にちらついたのは、やはりかの黄金騎士の姿。

 

「当然その子は反発してな、その女の下から離れていった。女はわんわん泣いたさ、己の理想の為に選んだ筈なのに、残ったのは後悔だけだとな。」

 

 そう話す星明の声色はとても重く、悲しかった。

 

「そしてそのまますれ違いが続いてな。そんな時だ、今度は女の命が危険に晒されたんだ。それを救ったのは、あれからさらに強く逞しく成長した子だった。女を助けた子…その時子の方は何て言ったと思う?」

 

 先程と同じく霊夢に問い掛ける星明。

 だが今回はその問いに答える事は出来なかった。

 やがて星明はその答えを口にする。

 嬉しいような、虚しいような、そんな微笑を浮かべながら。

 

「心配ない、今度は俺がお前を守る。そして願わくば…ってな。驚いただろう?女は育てる子に母親ではなく、愛人としての愛情を注いでいた。それは、子供の方も同じだったんだ。」

「…良かったじゃない、そりゃさぞかし幸せな余生を過ごしたんでしょうね。」

 

 平たく言えば、相思相愛。

 しかし何処の誰とも知らぬ惚気話、霊夢からすればどうでもいい話。

 それをわざわざ聞かせるとは一体どういうつもりなのか、星明の意図が読めない。

 

「そうだろうな。だがな、女はそれを心から喜ぶ反面、こうも思ったんだ。“私ではこの子の隣には居られない”とな。この子の優しさは、理想は、自分の下に留めておくものでは無いと、束縛するものでは無いと、ようやく気付いたのさ。」

「じゃあ…別れたの?」

「いいや、進展も後退も無い、なあなあのままさ。今もな…」

 

 星明は上半身だけ身体を起こすと、ある一点を見詰める。

 人里の方向へと。

 

「後悔して、立ち直ったと思ったらまた後悔して…悩んで出した結論は、“諦めてそのままを続ける”だったんだ。皮肉な話だろう?理想を追い求めて辿り着いた先は、ただの虚無だったんだからな。」

「…そうね。皮肉で、悲しいわね。あんたの人生。」

「おいおい、何も私とは言っていないさ。」

「じゃああんた以外だれがいるのよ?」

 

 霊夢にそう言われた星明は、確かにいないなと呆れた表情を浮かべた。

 

「理想を追い求めた結果、待っていたのは空虚な想いだけ…」

「そう。そしてそれは、これからお前さんが歩む事になるであろう道だ。」

「じゃあ何?諦めろと?理想を求めるだけ無駄だから、諦めて元の位置に収まれと?」

 

 あんた達みたいに。

 そう言う霊夢の心に思い起こされるのは、魔戒騎士(彼等)魔戒法師(彼女達)と、その理想。

 全ての命を守るという、だれから見ても叶わぬと言い切れる理想。

 それを何時までも掲げ続ける彼等の理想の正体…

 それは諦めの体言。

 叶わぬと知りながら、しかしその生き方しか知らぬ彼等は新たな理想を語る事が出来ず、結果としてかつての理想を掲げるしかない。

 それが彼等の本性、彼等の陰我、彼等の真理。

 そんな事認めない、全てを諦める生き方など、今の…いや、何時の頃の霊夢にも出来ない。

 そんな奴等の説得にはもう惑わされない、そう思っていた。

 

「馬鹿言え、誰が諦めろと言った。それにまだ私の話は終わってない。なぁ、そもそもどうしてその女…私は後悔する事になったと思う?」

「…理想を高く持ちすぎた。」

「かもな。それもあるだろうが…その答えは案外早く見つかったんだ。」

 

 星明は今度こそその足で立ち上がり、なお人里を見据えながら言葉を紡ぐ。

 

「“本当はすぐ近くに答えがあったのに気付かなかった”、それだけだったんだよ。灯台もと暗しってやつだな、まさに今のお前さんの事だよ。」

「…答えになってない。」

「少しだけと言っただろう。」

 

 すぐ近くに答えがある。

 それが星明が伝えたかった事。

 それ以上の言葉を紡がない所を見ると、後は自分で考えろということだろうか。

 

「あんたって意外とケチね。」

「自分で答えを見つけてこそさ、こういうのは。」

 

 星明は霊夢の傍までより、手を伸ばす。

 霊夢も合わせて手を伸ばして彼女の手を取り、そのまま起こしてもらった。

 二人はそのまま向かい合い、お互いの瞳を見る。

 もうどちらも争う気は無く、ただ分かりあおうとする意志のみがあった。

 

「難しいわね、人って。」

「なに、お前さんならそうしない内に見つけられるだろうよ。」

 

 ふと霊夢の背後を見る星明。

 何せお前さんも…そう言いかけた彼女はその表情を一瞬驚愕に染めると、霊夢を横に突き飛ばした。

 

「痛っ!?ちょっと、急に何…!?」

 

 折角重たい身体を起こしたと思ったらまた倒される。

 当然霊夢は彼女に抗議しようと口を開くが、その言葉は途中で途切れる事となる。

 

 

 

 

 

「全く…それは、反則ってやつだよ…くっ…!」

 

 

 

 

 

 何故なら星明の胸元に、黒く鋭い槍のような物が刺さっていたからだ。

 




しょうたいふめいの こうげき!
せいめいは ???のダメージを うけた!


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第拾話「星命」後編

来ましたね~「薄墨桜-GARO-」!
秋が待ち遠しいです

願わくば、ゆっくりしていってね



「ぐっ…っ…!!」

「なっ…!?」

 

 星明に突き刺さっている黒く禍禍しい槍のようなもの。

 よく見るとそれは先程自分が立っていた場所のさらに奥から伸びていた。

 その先…神社の鳥居の方へと視線を移すと、そこには星明に向かって腕を伸ばしている男の姿が。

 その男の手からは星明を貫いている長大な槍が握られている。

 霊夢と同時に男の姿を確認した星明は、身体を貫かれている苦しみに耐えながらも男の名を口にする。

 

「ったく…お前はいつでも、最後にしか動かんな…“道長”!!」

 

 名を呼ばれた男…藤原 道長はそんな星明の言葉を聞いて鼻で笑うと、一気に槍を引き抜く。

 消耗していた身体に突かれた槍、自然と支えとしていた物を引き抜かれ、星明はその場に力無く倒れ込む。

 

「ちょっとあんた、しっかりしなさい!!」

 

 それを霊夢が支え彼女に声を掛けるも、星明は身体を貫かれた苦しみに呻く事しか出来ない。

 

「ふむ、博麗の巫女を狙っていたのだが…惜しいな、これは。」

 

 道長は再び手を伸ばし、今度こそ霊夢を仕留めようとするが…

 

「道長!?」

「…黄金騎士か、少し遅かったな。お陰で要らぬ命を散らしてしまった所だ。」

 

 神社に続く階段に雷吼と魔理沙の姿が。

 雷吼は道長の奥に広がる光景を見て事の次第を察し、その心に怒りの感情を宿す。

 

「貴様、星明に何をした!!」

 

 雷吼は魔戒剣を抜き、道長へと迫る。

 何も斬るつもりは無い、即座に刀背打ちで黙らせて星明の安否を確かめる。

 そのつもりだった。

 

「ふん…」

「なっ…うわっ!?」

 

 仮にもこちらは黄金騎士、常人では反応出来ない速度で行動したにも関わらず、道長は雷吼の一撃を軽くかわし、目には見えない衝撃波で雷吼を吹き飛ばした。

 

「雷吼!!くそっ、《グラビティ…!」

「動くな。」

 

 雷吼に続き魔理沙が仕掛けようとするも、道長が魔理沙を一睨みすると、何故か魔理沙の身体は催眠術にでも掛かったかのように動かなくなってしまった。

 道長はそのまま魔理沙に手を掛けようとしたのか、彼女に近付いていくが…

 

「道長ぁぁぁぁぁ!!」

「むっ!?」

 

 星明が痛みを堪え、魔導筆から放った光弾がそれを阻止する。

 しかし行動を阻止する事は出来たものの、道長自身は何故か傷一つ付いていない。

 いや…当たった箇所である顔面は確かに赤く腫れていたのだが、一瞬の内に腫れが引いてしまったのだ。

 

「…まぁ良い、貴様等の相手をするのはここまでだ。」

 

 すると道長の背後に突如謎の扉が出現し、その扉が開かれる。

 

「待て道長!!お前の目的は一体…!?」

「知りたければ追うが良い。尤も、それが出来ればの話だがな…」

 

 そう言うと道長は扉の中へと進んでいき、道長を中へと入れた扉は閉まると同時に消えてしまった。

 

「うぉっと!あぁビックリした…何だったんだ今のは…?」

 

 道長が去った事により、魔理沙の拘束は解けたようだ。

 今の道長の力は一体何なのか謎が残るが、背後から苦し気に咳き込む声を聞いて我に返る。

 

「星明!!」

 

 駆け寄ってみると、貫かれた場所は最悪な事に左胸部…つまり心臓がある部位だった。

 貫かれた場所からは大量の血が流れ出ており、彼女の身体はもちろん、彼女を抱き抱えている霊夢の服も紅色に染めている。

 

「ゲホッ!ゲホッ!ふふっ…完全に、してやられたよ…」

「無理に喋るな!!霊夢、替わるから何か治療出来るものを…!!」

「待て…!必要無い…!」

 

 星明を救う為に何か応急手当をしようとするが、それは星明自身によって止められる。

 

「何を言ってるんだ!!そんな身体で…!!」

「私に構うよりも…やる事がある筈だ…!」

 

 星明はそう言うと、震える手先で魔導筆を操る。

 すると雷吼の少し後ろに隙間が現れる。

 

「奴に印を付けておいた…だがそこを潜れるのはせいぜい一人が限界…お前が行け、雷吼…」

「なっ…俺が…!?」

 

 確かに道長は元々こちらで追っていた事件、雷吼に追いに行かせるのは道理であろう。

 だが雷吼は目の前で今にも消えてしまうかもしれない大切な命を放っておく事など出来ないと、つい躊躇ってしまう。

 そんな雷吼を見て、星明は強く、はっきりと彼に渇を入れる。

 

「何を呆けている!思い出せ…お前が守るのは、私一人の命だけか!?」

「っ!星明…!」

「お前の剣で、守れる命がある!お前の手でしか守れない命が沢山ある!ならばお前の剣は、一体何の為にある!?」

 

 合わさる視線。

 彼女から見た雷吼の瞳に、迷いはもう無かった。

 

「…行け、雷吼!!」

「…あぁ!!」

 

 星明を頼んだ。

 最後に雷吼は二人にそう言い残し、隙間の中へと入っていった。

 

「ふぅ…無駄に叫んでしまったな…ほら、お前さん達もやる事があるだろう?私に構わず、行きな…」

「馬鹿言うなって!今のあんたをほっとけるかよ!霊夢、悪いが勝手に漁らせてもらうぜ!」

 

 尚も治療はいらないという星明の言葉を無視し、魔理沙は神社の中へと入っていった。

 そして霊夢は…

 

 

 

 

 

「何でよ…」

「うん…?」

「何で、私を助けたのよ…」

 

 泣いていた。

 

「何であんたは生きようとしないの…?何で最後に…あいつに看取られてやらないのよ…!?」

 

 ただ純粋に泣いて、彼女に問い掛けていた。

 

「質問の多い奴だな…しつこい女は嫌われるぞ?」

「ふざけてないで答えなさいよ!!」

 

 もしこの場に普段の霊夢を知っている者が居たら、きっと目を疑う事であろう。

 博麗 霊夢は人妖関わらず平等に接する。

 平等に接するが故に、決してその心の内を曝け出す事は無い。

 それはこれまで彼女に関わってきた者達の誰もが理解している事だろう。

 そんな彼女が泣いているのだ。

 まるで星明という存在が、霊夢にとって特別な存在であるかのように。

 

「全く…そりゃあ、私の最後を看取るとしたら…お前が一番相応しい、そう思ったからさ…」

 

 星明が微笑みながら霊夢に答える。

 一言一言声に出す度に、彼女の身体から温かさが消えていく。

 分かっているのだ、星明も、霊夢も。

 この命は、もう長くはないと。

 

「だから…お前に頼みたい事がある…」

「頼みたい事…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あいつの事を、頼む。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ…!?」

「あいつは今でも無茶ばかりするからな…誰かが側に居てやらんと…あのちびだけじゃ荷が重たい…」

 

 星明が言うあいつ…それは間違いなく雷吼の事だろう。

 そんな彼女の頼みに霊夢は首を縦には振れなかった。

 

「馬鹿言わないで…無理よ…私じゃ無理…!」

 

 霊夢はそう言うと、顔を伏せてしまう。

 決して星明と過ごした時間は長くない。

 何か特別に思い入れがあった訳でもない。

 それなのにこうして涙を流す理由が、霊夢自身にも分からなかった。

 

「お前は私と同じだ…すぐ傍に答えがあるというのに、無駄にあれこれ彷徨って…」

 

 もしかしたら、求める答えが遠のくからかもしれない。

 隠岐奈に問われ、己を失った霊夢にとって、答えを仄めかす今の星明は、まさに一筋の光明だ。

 それが今目の前から消える。

 消えてしまえば、自分はまた答えの見えない闇の中を彷徨う事になる。

 

「だが、お前なら失敗しない。必ずその答えに気付く事が出来る。何故なら、私という失敗作を見て、聞いたのだからな。」

 

 それが嫌だから、彼女にすがっているのだろう。

 だとすれば、こんな時でも自分の事しか考えていない自分自身に辟易する。

 その事実がまた、霊夢の心に重くのしかかる。

 

「いいか、お前は一人じゃない。躓いたら、誰かを頼れ。心配しなくても、お前を支えたいと思う奴はごまんといるさ…」

 

 思えば私はいつも一人だったな、と言った星明の身体は、こちらの心にさえも染み渡るほど冷たくなっていた。

 星明は霊夢から視線を外し、紅い空を見上げる。

 星明の身体が、徐々に淡い光となって消えていく。

 

 

 

 

 

 ―きよめ、最後にもう一度、笑ってくれぬか…?―

 

「すまないな、爺様…あなたから貰ったこの命、そう長くは持たなかったよ…」

 

 今の星明には、何が見えているのか。

 

 ―心配無い、今度は俺がお前を救う。黄金騎士として…そして願わくば、お前の魔戒騎士として…―

 

「…そうだな。私も、お前と共に歩んで行きたかったよ。」

 

 今の星明は、何を想っているのか。

 

「後悔ばかりの生き様だったが…」

 

 そして最後に、一体何を託したかったのか。

 

「満足、だったかな…?」

 

 託された者(博麗 霊夢)にはその心は理解出来ず、

 

「やっとそれっぽいもん見つけたぜ…霊夢!おばさんは…っ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥か彼方、一つの星が幻となって消えた。

 

 

 

 

 




「牙狼-幻ノ理想郷-」完!!

…嘘ですちゃんと最後まで終わらせます


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第拾壱話「理想」前編

議題
幻想郷が火羅に襲われたとして、その時幻想郷はどうなるか?

願わくば、ゆっくりしていってね



 星明の命が幻想の地に堕ちて間も無く、博麗神社に紫が現れた。

 

「星明…そうですか…本当に短い時間でしたが、あなたの事は生涯忘れは致しません…ありがとう。」

 

 紫は目の前に広がる光景に一度息を呑むが、やがて愁いを込めて星明に感謝の言葉を告げる。

 

「紫…その…霊夢が…」

 

 魔理沙がそう口を濁すように、霊夢は力無く項垂れており、一体今彼女がどんな表情をしているのか、どんな事を考えているのか、察する事すら出来ない。

 紫はそんな霊夢の前まで歩いていき、彼女に合わせて膝を付く。

 

「霊夢。」

 

 名前を呼び掛けてみるが、霊夢は反応を示さない。

 

「…状況を、説明するわね。」

 

 そんな霊夢を見て紫は暗い表情を浮かべるも、やがてゆっくりと言葉を発する。

 

「今、幻想郷は火羅達の住処である魔界に限り無く隣接しているわ。ほんの少しの陰我で迎門が開いてしまう…そんな状態。しかも最悪な事にあなた達がこれまでに倒してきた火羅…具体的にはこの前成層圏で倒した火羅とかね、あいつなんかは天狗から取った陰我が浄化しきれず、こぼれた陰我が幻想郷に蔓延した。」

「まさか、それ以外の火羅なんかも…」

「この状況に一役も二役も買ってるって話よ。」

 

 紫は少し間を置いて、言葉を繋げる。

 

「さらにさっきあなた達が破壊した聖域、あれはこの現象をあえて抑える為の抑制装置としての機能を持っていたと推測出来るわ。あれを破壊した事によって、奴等の計画は本格的に動き出してしまった。」

 

 そこまで聞いた魔理沙は露骨に舌打ちをする。

 今までやってきた事がほぼ全て裏目に出た、それが証明されてしまったからだ。

 

「…今更だけどよ、それを前もって予測する事は出来なかったのか?」

「問題はそこ。ごく普通に考えればいずれも看破できるものがほとんどだったのに、私達はそれが出来なかった。一体何故なのかと問われれば、それは相手が“そういう力を持っていたから”としか今も思えないわね。」

「そういう力…?」

「何らかの方法で私達の思考能力無いし物事に対する認識能力を低下させた、と私は踏んでいるわ。」

 

 紫はちらりと霊夢を見るが、彼女は相も変わらず項垂れたまま。

 まるで糸の切れた人形のようだ。

 

「幻想郷は火羅に侵されてしまった、立ち向かえるのはごく僅かの人物のみ…はっきり言えばこれまでにない程に規模の大きく、危険な異変と言えるわ。でもね…

 

 

 

 

 

 皆諦めてないわよ。」

 

 紫が空に指を這わせると、周囲一帯にいくつもの隙間が現れる。

 その先に広がっていたのは、各地で火羅と戦い続けている者達の姿であった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ―地底―

 

「いやぁ、さっきから数が全く減らないねぇ…っと!」

 

 鬼符《怪力乱神》

 

 星熊 勇義の怪力が火羅を打ちのめし、

 

「それでこそ力の振るいがいがあるってもんでしょ!」

 

 鬼符《ミッシングパワー》

 

 伊吹 萃香の呪術が火羅を圧する。

 

「いつまで経っても終わんないよ~!?」

 

 焔星《十凶星》

 

 空の核が火羅で覆われている地底を照らし、

 

「もしもーし!こっちですよー!」

 

 《サブタレイニアンローズ》

 

 古明地 こいしの無意識が火羅の隙を突く。

 

「諦めないで!私達なら必ずこの苦境を乗り越えられるわ!」

「うち等の住まいが賭かっとる…乗される訳にはいかんなぁ!」

 

 彼女達だけではない、古明地 さとりの号令によって、地底の者達は皆一層奮起しているのだ。

 そしてその中には坂田 ネムノの姿も。

 

「そうだ、諦めたりしない。だから…もう少しだけ頼むぞ、轟雷獣!」

 

 だから金時も、諦めたりなどしない。

 皆の想いを乗せ、轟雷獣の咆哮が地底に轟く。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ―妖怪の山―

 

 天狗の里…その正門に火羅が押し寄せる中、一陣の風が吹き荒れる。

 

「あやや…これはまた随分と大勢でお越しいただきましたこと…」

 

 その風の正体である射命丸 文は、眼前に広がる光景に呆れた表情を浮かべながら、携えた刀に手を掛ける。

 その手に握るものがカメラではなく刀である事から分かる通り、非常事態という事で天狗の勢力は動ける者は皆例外無く戦場に駆り出されている。

 文もその例に漏れず、今は普段着ではなく天狗の正式な装束に身を包んでいる。

 

「やはりあの時天狗の勢力(私達)が狙われたのは…」

「恐らくこの事態を踏まえての事でしょうね。」

 

 遅れてやって来たのは犬走 椛。

 彼女も普段の軽装から一転して装束を着ており、その手には普段愛用しているものよりも一回り大きな刀が握られている。

 天狗はこの幻想郷随一の空戦能力と戦時の統率力を誇っている。

 それは特殊な方法でしか対処する事が出来ない火羅からしても脅威となる。

 火羅・以津真天によって天狗の勢力が狙われたのは、相手方の計画にとって邪魔な存在を排除するためである事は明白だ。

 二人でそう考えていると、痺れを切らしたのか火羅が二人目掛けて襲い掛かる。

 多勢に無勢は目に見えているのだが…

 

「遅いですよ!」

 

 先んじて襲い掛かってきた火羅の首筋に一瞬の煌めきが。

 その煌めきが消えると同時に、火羅の首が身体からぼとりと落ちた。

 それを見た火羅達は一瞬何が起こったのか分からず、勢いが僅かに引いた。

 その隙を逃さず、文は火羅へと接近していき、一体、また一体と火羅の首を跳ねていく。

 刀で首を斬り落としているのは分かるのだが、その太刀筋が見えない。

 火羅達が感じているのは、刀が振られる度に閃く光と、肌に感じる強烈な風。

 そう、文は風を操る自身の能力を利用して、刀を振るう速度を飛躍的に上げているのだ。

 人間を遥かに陵駕する妖怪の筋力と瞬発力、そして能力を合わせた文の斬撃は…まさに神速。

 

「はあぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして妖怪の持つ筋力を最大限に利用し、人間では扱いきれない重量の刀を軽々と振るい、火羅を断ち斬る椛。

 二人という最小限の人数ながら、火羅達は里の正門を突破出来ずにいた。

 そして追い討ちをかけるように、さらなる援軍がやって来る。

 

「お待たせしました!加勢します!」

 

 包符《義腕プロテウス》

 

 腕の包帯で火羅を絡めとり、蹴散らして来たのは茨木 華扇。

 そしてもう一人。

 

「文ー!椛ー!」

「あや、誰かと思えばまんまと携帯を盗まれたはたてじゃありませんか!」

「盗まれてない!あれは貸しただけよ!」

 

 “姫海堂(ひめかいどう) はたて”。

 あまり売れてない“案山子念報”という新聞を書いている鴉天狗だ。

 彼女は文や椛とは違いあまり戦闘は得意ではなく、今は各戦闘場所への伝令係として動いている。

 そんな彼女が来たという事は、自分達に何か伝令があるという事だ。

 

「それよりも大天狗様からの伝令よ!裏手にこいつ等が集中してきたから二人はそっちに回って!」

「え、じゃあ正門を守るのは華扇さんだけですか!?」

 

 加勢に行く事自体は全く問題無いが、いくら強力な力を持つ華扇とは言え、正門を彼女一人に任せるのは危険極まりないと椛は言う。

 しかし華扇がその心配はいらないと言った。

 

「ここを守るのは私一人ではありません。」

 

 そう華扇が言うと同時に、火羅の群れを白い濁流が襲い掛かる。

 

「成程…あの神様達も、ですか。」

 

 いや…濁流ではない。

 その正体は、蛇。

 常軌を逸した大きさの白い蛇が、火羅を喰らっているのだ。

 

「ここは私達に任せて、あなた達は裏手に!」

「りょーかいです!それではお先に!」

「あ、ちょっと!相変わらずあの人は他人を置いていく…!」

 

 御射軍神(ミシャグジ)さま。

 守矢神社が真に祀る祟り神だ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ―守矢神社―

 

 守矢神社の本殿。

 その中ではある祈祷が行われていた。

 そう、ミシャグジさま権現の祈祷だ。

 

「はぁ…はぁ…っ…!」

「早苗!大丈夫!?」

 

 だが祈祷を行う者の一人、東風谷 早苗が祈祷の途中でぐらりと倒れ込んでしまう。

 それを洩矢 諏訪子が支えるも、早苗の表情は疲労の一色に染まっており、額からは汗が絶えない。

 無理もない、普段から風祝として奇術を行使する早苗でも、山一つ飲み込める大きさのミシャグジさまを呼ぶ儀式は今回が初めてだ。

 儀式の大部分を諏訪子が担っているとはいえ、その身に掛かる負担はこれまで早苗が体験してきたものの比ではない。

 万一の事を考えて、諏訪子は一旦早苗を休ませようとするが…

 

「大丈夫です…まだやれます…!」

「早苗、無理しちゃ駄目だって!一旦休んで…」

「諏訪子様や神奈子様が頑張っていらっしゃるのに、私だけ休むなんて事は出来ません!」

 

 早苗は諏訪子の制止を振りきって今一度立ち上がると、優しさの溢れる口調で諏訪子に告げる。

 

「だって私達は守矢一家、家族ですから…家族の為に、頑張らせてください。」

「早苗…」

 

 東風谷 早苗は現人神、人でありながら神でもある。

 良く言えば両方の特性を持つ特別な存在。

 悪く言えば人とも神とも違う中途半端な存在。

 それはこの儀式において、普段と何一つ変わらぬ様子の諏訪子と、目の前の早苗の様子を見れば一目瞭然。

 それでも早苗は家族の力になりたいと言っているのだ。

 たとえその力が、二人を支えるのには遠く及ばないとしても。

 

「(いつの間にか、ちょっぴり大人になったのかね…)」

 

 決して慢心せず、己の力量を計っての早苗の発言に、諏訪子は自然と笑みを溢した。

 

「しょうがないねぇ…だそうだよ、神奈子?」

 

 ―守矢神社 境内―

 

「あぁ。早苗、お前の言葉…しかと拝聴させてもらったよ。では二人共、引き続き頼むぞ!ただし…あまり無茶はしないようにな?」

 ―はい!―

 ―任されて!―

 

 神通力による念話を終えた神奈子は、改めて眼前の光景を見る。

 いつもは幻想的な風景や参拝客が映るその場所は、今や火羅という邪悪な存在で埋め尽くされている。

 

「さて…聞け!我等が聖地に蔓延る邪なる者共よ!」

 

 神奈子が高らかに叫ぶと、天から数多の柱が降り注いできた。

 それは彼女…八坂 神奈子を象徴する物の一つ、御柱。

 

「今一度問うとしよう!諸君らが望むは金色の光放つ裁きの雷か?それとも天より降りし銀の凶星か?はたまた天地を揺るがす我が真髄か?」

 

 金、銀、銅の三色の御柱が、守矢神社を彼女の想い描く戦場へと変えていく。

 

「好きに選ぶと良い。軍神・建御名方神(タケミナカタ)…八坂 神奈子がそれに応えよう!!」

 

 御柱《ライジングオンバシラ》

 御柱《メテオリックオンバシラ》

 御柱《エクスパンデッド・オンバシラ》

 

 家族、仲間、それらを繋ぐ絆。

 その絆を守る為、混沌渦巻く妖山に、“あいの風”が吹き荒れる。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 幻想郷の空に、一筋の閃光が走る。

 それは空を廻る火羅達を一瞬の内に焼き尽くす。

 その閃光が放たれているのは、幻想郷最果て…より一歩手前の地、“無縁塚”。

 本来ならば墓が並ぶだけの寂れた場所なのだが、今は違う。

 あまり広くはないこの地の中心、そこにはなんと五メートルは優に越えるであろう巨大な花が咲いていた。

 その花の真下に居るのは風見 幽香。

 彼女は幻想郷の空の一点を見つめると、愛用の日傘をその方向へと向ける。

 すると日傘の指す方向へと巨大な花が向き直り、花の中心から徐々に光が溢れだしてくる。

 そして次の瞬間、凄まじい爆音と共にその花から巨大な閃光が発射された。

 光が消えた先を見ると、火羅という黒で覆われていた空が、心なしかその方向だけ黒色では無くなっていた。

 そう、この巨大な花は幽香の花を操る能力によって生み出された新たな命なのだ。

 

「幽香さん、今の砲撃で彼岸花さん達がもう限界だと…」

 

 幽香に話し掛けたのは瀬笈 葉。

 葉の言う通り、巨大花の下…自身の足元に広がる彼岸花の花は、まるで水や養分が切れて弱ってしまったかのように萎れている。

 

「なら太陽の畑や、他に近い所から養分を回して。話し合いは任せるわ。」

「はい!」

 

 火羅は人間や弱小妖怪に目を付けているのか、ここ無縁塚は里や地底と比べると比較的火羅による襲撃が少ない。

 そこで少しでも幻想郷を火羅の手から守る手助けになればと葉が言い出したのが事のきっかけだ。

 そして生み出されたのがこの花。

 植物や根を通じて取り込んだ養分を妖力に変換し、それを巨大な光線として放つ一連の行為。

 あえていつもの通りに名前をつけるとしたら、それは植物そのものを体現した閃光…

 

 植符《プラントスパーク》

 

 そう名付けるが良いだろう。

 創造と制御を幽香が行い、葉が各地の植物から養分を提供するよう促す。

 そう、ここは要塞なのだ。

 植物が、大地が、この地を覆いし闇に反旗を翻し、無縁の塚に築き上げた命溢れる要塞…

 

 その名は、“花映塚”。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ―紅魔館―

 

「キャハハハハハ!!面白い面白~い!!」

 

 禁忌《禁じられた遊び》

 

 紅魔館の最高機密、フランドール・スカーレットの笑い声が響く。

 吸血鬼が住まうこの館も、各地と例外無く火羅の襲撃を受けていた。

 里や地底と比べれば力有る者の数が少ないこの場所ではあるが、意外にも戦況は悪くはない。

 そう言えるのは、やはりフランの存在が大きい。

 彼女のありとあらゆるものを破壊する程度の能力と、彼女自身の好奇心、そしてもはや内に隠しきれない…いや、隠そうともしない狂気。

 これらが合わさる事で、紅魔館は驚異的な防衛力を誇っているのだ。

 もちろん、活躍しているのはフランだけでは無い。

 

「はぁぁぁ…はっ!」

 

 彩華《虹色太極拳》

 

 地上では紅 美鈴が門番としての実力を遺憾無く発揮しており、

 

「《サイレントセレnゲホッ!ちょ、ちょっと待って、ゼー、ハー…喘息がっ…!」

「大丈夫ですかパチュリー様!?」

「あんたの呪文がサイレントしてどうするのよ…」

 

 パチュリー・ノーレッジの七曜の魔法が、小悪魔のアシストの下に解き放たれる。(ただし喘息持ち)

 そんな優秀な部下達を束ねる存在、レミリア・スカーレットはパチュリーに視線を向け、話し掛けた。

 

「それにしても良かったわね、被検体自らうじゃうじゃ寄ってきて。研究し放題じゃない?」

「それはもう良いのよ…この状況になった時点でこいつ等の研究はおしまいって元から話にもなってたし…ゲホゲホッ!!あ゛~苦しい…息が出来ない…」

「…じゃあ次は喘息を治す研究でもしてみなさいな。」

 

 数少ない親しい友人の相変わらずのもやしっぷりに呆れていると、何故かフランがこちらに向かって飛んできた。

 もしや火羅退治に飽きてしまったのだろうか?

 

「お姉様、そんな所に居ないでお姉様も一緒に遊びましょ!すっごく楽しいよ~!」

 

 いや…どうやらさらなる遊びの発展をご所望のようだ。

 ちょうど良い、レミリアもそろそろ身体を思いっきり動かしたいと思っていた所だ。

 

「そうねぇ…それじゃあまずは、どっちが多く奴等の命を狩れるか競争といきましょうか?」

「うん!負けないよ~!」

「行ってらー…」

 

 神槍《スピア・ザ・グングニル》

 禁忌《レーヴァテイン》

 

 吸血鬼の姉妹は獲物を携え、嬉々として火羅の群れへと向かっていく。

 かの者達に、朱き洗礼を与える為に。

 

「さて、里の方はどうなっているのかしらね…」

 

 そんな吸血鬼姉妹を横目に、パチュリーは里へと()使()()に行った従者の事を頭に思い浮かべていた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ―人里 郊外―

 

 一人の女性の周りを火羅が囲っている。

 輪の中心に居る女性はぶつぶつと何かを呟いているようだが、やがて思わしくない事でも起きたのか顔をしかめる。

 それを合図に火羅は女性へと向かっていったが…

 

「六根…清浄斬!!」

「やれやれね。」

 

 空観剣《六根清浄斬》

 幻葬《夜霧の幻影殺人鬼》

 

 ある二人の少女の手によって、その全てが刀で斬られ、ナイフで穿たれた。

 

「幽々子様、ご無事ですか?」

「ありがとう妖夢、助かったわ。」

 

 中心に居た女性、西行寺 幽々子の傍に跪き、彼女の安否を確かめるのは魂魄 妖夢。

 

「あなたもありがとう、吸血鬼の従者さん。」

「あなたこいつ等に能力を確かめるのはこれで何度目かしら?そろそろこちらの事情も考えてくれると嬉しいのだけれど。」

 

 そして紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜。

 レミリアの命で人里の方へ赴き、その道中で紫に頼まれ里の防衛へと向かう二人と合流したのだ。

 

「だって自分の能力が効かないなんて、ちょっぴり悔しいじゃない?」

「そこは否定しないけれど…」

 

 幽々子の能力は対象を死へと誘う能力。

 人間や弱小妖怪であれば問答無用で殺す事も可能な恐ろしい能力だが、あいにく火羅は不死の存在。

 ようするに彼女は本当に能力が通じないのかと駄々をこねて、咲夜はそれに付き合わされている状態なのだ。

 完全に時間の無駄である。

 咲夜からすればレミリアの命で早い所里へと向かい、火羅と戦う者達へ加勢に行かなければならないのだが…

 

「まぁ、次は成功すると信じましょうか。さぁ、里の中へと行きましょう。」

 

 幽々子はそんな事なぞ知らずに、一人で歩き始めてしまう。

 

「…あなたの主人なんだから、あなたの方で面倒見てちょうだい。」

「当たり前ですよ。さぁ、遅れないよう行きましょう!」

 

 東洋の従者、魂魄 妖夢。

 西洋の従者、十六夜 咲夜。

 そして冥土の姫君、西行寺 幽々子。

 三人が織り成す奇妙な珍道中は、まだ始まったばかりである。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 ―人里 診療所―

 

「大丈夫ですよ、気をしっかり持って…!」

「うどんげ!こっち手伝って!」

「はい!」

 

 実際に火羅に襲われた者、火羅が蔓延る外の光景が強く心に残ってしまった者、目の前で火羅に命を奪われる瞬間を見てしまった者…

 人里の診療所、そこは今火羅によって傷を負った患者で溢れかえっていた。

 鈴仙・優曇華院・イナバはそんな患者達の心のケアを担当していた。

 狂気を操る能力を持つ彼女はまさに適役なのだ。

 

「はい兎。そいつモフッて元気出しな。なぁに、明日にはまた良い事あるさ。」

 

 さらに鈴仙が八意 永林の治療に回っている間は、因幡 てゐが癒しとして兎を貸して回っているおかげで、この異常事態の中でも気が触れて狂気に走る者はいなかった。

 

「この地に蔓延る陰我の影、これぞまさしく地上の穢れ。救いようも無き人の業…」

 

 そんな中、元月の姫である蓬莱山 輝夜は窓から見える景色を眺め、

 

「けれどもそれこそが人たる証。それが何よりも醜く、そして同時に惹かれてしまう…やっぱり地上は、飽きないわねぇ。」

 

 ただ一人、微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「姫様かっこつけてないでこっち手伝ってくださいよ!」

「え~嫌よめんどくさ~い。私がそういうの苦手って知ってるでしょ~?」

「えぇいこのニート姫がぁぁぁぁぁ!!」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 突然だが、幻想郷には海が無い。

 舟を漕げるような川や湖は、三途の川だったり霧の湖だったりと、人からすれば何かと物騒な場所だけだ。

 故に幻想郷では舟の需要というのは必然的に少ないものだ。

 もしそんな舟という存在を有効に活用するのだとしたら…

 

「ほれほれー!火を放つぞ~火を放つぞ~!」

 

 《大火の改新》

 

 もっぱら争い(こういう)事にしか通用しないであろう。

 そう、ちょうど今“物部(もののべの) 布都(ふと)”が火を放ちながら舟で空を駆けているように。

 ただしいくら活用できると言っても用量は弁えなくてはならない。

 

「ちょっと!皿やら火やらで邪魔くさいったらありゃしないんだけど!向こう行きなさいよ向こう!」

 

 彼女…“雲居(くもい) 一輪(いちりん)”や入道雲の“雲山(うんざん)”のように他人に迷惑が掛かるのだから。

 

「うるさいのぅ、そこまで言うのならそなたが向こうに行けば良いではないか。ほれ、あそこなんか今手薄だぞ?」

「雲山の体格を考えなさいよ。あんなスカスカの所に拳打ち込んでもしょうがないでしょ?あんたの皿で適当にあしらっといてよ。」

「断る。我は太子の為に一匹でも多くの邪教徒を…」

「それは私も同じよ。全く、絶対あんたの方が攻撃範囲狭いんだから…そんなんだから無駄に肝っ玉がだけが太ましいなんて言われんのよ!」

「なっ!?ふ、太くない!!我は太くなんてないぞ!!」

「お前ら喧嘩してる場合か!!」

 

 放っておけばいつまでも続きそうな喧嘩を仲裁するのは“蘇我(そがの) 屠自古(とじこ)”。

 しかし顔を合わせれば口喧嘩が絶えないのがこの二人。

 屠自古一人では到底止めきれるものではない。

 さらに問題なのはこの二人以外にも困った者が居る事だ。

 

「いやしかしホラーか…間近で見るのは儂も初めて、見れば見るほど興味深い奴等よのぅ。」

「頼みますからちゃんと戦ってくださいよ…?」

「それはもちろん、善処しよう。」

「善処って、確実じゃないんだ…」

 

 外の世界からやってきた狸の妖怪、“二ッ岩(ふたついわ) マミゾウ”が火羅に興味を惹かれ、それを鼠の妖怪“ナズーリン”が引き留める。

 まぁマミゾウに関しては良いとして、問題なのは…

 

「大変ですナズーリン!!毎度の事ながら私の宝塔がありません!!」

「あんたはその癖何とかならんのか!!」

 

 やはり今回もやらかしたのは毘沙門天代理人の“寅丸(とらまる) (しょう)”。

 事あるごとに無くしている宝塔であるが、さて今回は一体どこに落としてしまったのか。

 残念ながら今はそれを探している暇など無いのだが…

 

「ふむ、思えば儂の能力を使ったらどんな姿になるんじゃろうか…どれ、ちと試して…」

「詮索は後にしてくださいよマミゾウさん!」

「ナズーリン大変です!!気付いたら槍もありません!!あぁどこに落としてしまったのでしょうか…!!」

「一体あんたはどうやってここまで来られたんだ!?」

 

 マミゾウが余計な手を加えようとしたり、星は星でいつも通りだったり、とにかくまともに行動する事が出来ない。

 

「だいたいあんたは前から図々しいったらありゃしないんだから…!!」

「だから我は太くなんてないやい!!このヤンキー僧侶!!」

「太いなんて言ってないわよ!!それよりもだぁ~れがヤンキーですって~!?」

「おいお前ら前見ろ前!!」

 

 目の前に火羅が迫っていようがお構い無しに続く布都と一輪の喧嘩。

 屠自古が焦るように、火羅はもう目と鼻の先に居る。

 

「「あぁ~もう駄目だ~!!」」

 

 こんな状況でも相変わらず繰り広げられる無駄な喧騒に屠自古とナズーリンが嘆いた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、何をしているんですかあなた達は。」

 

 《アーンギラサヴェーダ》

 仙符《日出ずる処の道士》

 

 目前まで迫っていた火羅が光に呑まれて瞬く間に消えてしまった。

 これには流石に喧騒を起こしていた者達も静まりかえり、光の出所である背後を見る。

 そこに居たのはいずれも超常的な雰囲気を漂わせる二人の女性。

 

「姐さん!」

「おぉ、太子様!」

 

 幻想郷に仏教を広める大僧正、“(ひじり) 白蓮(びゃくれん)”。

 そして同じく幻想郷に道教を広めし神聖人、“豊聡耳(とよさとみみの) 神子(みこ)”だ。

 

「姐さん、“命蓮寺(みょうれんじ)”の方は?」

「心配せずともムラサとぬえの二人が頑張ってくれていますよ。はい星、これを。寺に置き忘れていましたよ?」

「おぉ、これはまさしく私の宝塔と槍!感謝します聖!」

「本っ当に何とかなんないかなこの人は…」

 

 白蓮の言うムラサとぬえは、“村紗(むらさ) 水蜜(みなみつ)”と“封獣(ほうじょう) ぬえ”の事。

 一輪や星、ナズーリンやマミゾウと同じく、二人とも白蓮を慕う妖怪達だ。

 

「太子、廟の方は?」

「廟は命蓮寺の地下に置いてあります。もちろん一時的にですよ?留守は青蛾殿に任せてあります。」

「げっ、あの邪仙にですか?大丈夫なんですか太子様?」

「大丈夫ですよ、彼女はああ見えて一度交わした契りは必ず守る義理堅い人なのですよ?」

 

 神子や布都、屠自古が普段住まう“神霊廟(しんれいびょう)”は今、かつての時と同じく命蓮寺の地下に鎮座している。

 目的はもちろん逃げ延びた人や妖怪達を匿う広場を増やす為だ。

 そんな廟の守りを邪仙である“(かく) 青蛾(せいが)”が担当していると聞いて布都の眉間に皺が寄るが、太子様がそう言うのならばと納得してくれたようだ。

 

「良いですか?今は幻想郷全体の危機です。それこそ、人も妖怪も、神も仏も関係ありません。」

「我等常時は違う道を歩めども、今この場に於いては皆が同じ道を辿る事となる。ならば道行く者を導くは、私達の役目でしょう?」

 

 二人の言葉を静かに聞く一同。

 その姿は、先程無駄な争いをしていた者達と同じ人物とは思えない。

 

「では、皆も納得したようですし…」

「えぇ、改めて始めるとしましょう。」

 

 道は必ず何処かで繋がっている、故に道というのはたった一本だけなのだ。

 そう言っていたのは、果たして何時、何処の人物の言葉だっただろうか。

 曖昧な記憶となってしまってはいるが、今確実に言える事はただ一つ。

 

「「我等の道を。」」

 

 その道が交わるべきは、今なのだと。

 そして…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「鳳翼…天翔ぉぉぉぉぉ!!」

 

 不死《火の鳥 -鳳翼天翔-》

 

 火羅がこぞって何かに群がっていたが、それは一瞬して灰となった。

 中心に居たのは藤原 妹紅。

 老いる事も死ぬ事も無い能力を持つ彼女は文字通り身体を張って火羅の注意を引いていた。

 

「急げ!!建物の中に入るんだ!!」

 

 その近くでは、上白沢 慧音が里の人間達を誘導している。

 つまりそこは火羅達にとっては格好の餌場、妹紅の放つ炎を何とか避け、人間達に手を出そうとするも…

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

 それを阻む白銀の刃が一振り。

 白蓮騎士 斬牙、袴垂 保輔だ。

 

「すまない、助かったよ。」

「礼はいらん。それよりもお前、まだ行けるか?」

「当たり前だ、私を甘く見るなよ。」

 

 視線を前に向ければ、再び火羅の大群が迫ってきている。

 

「慧音、そっちは任せたよ…行くよ銀ピカ!!」

「袴垂だ!!」

「頼んだぞ、二人共!!」

 

 保輔は蒼き烈火炎装を纏い、妹紅はその身に紅き炎を滾らせ、迫り来る闇へ敢然と立ち向かっていった。

 




結論 
案外どうとでもなる


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第拾壱話「理想」中編

「牙狼〈GARO〉 -VANISHING LINE-」が終了して牙狼成分が足りなくってしょうがない私だ…

願わくば、ゆっくりしていってね



「あいつ等…全く…」

 

 隙間の先の光景を見て、魔理沙は呆れたような、安心したような、そんな溜息を吐いた。

 幻想郷最大級の異変、そんな中でもそこに住む者達は何一つ変わっていなかった。

 皆がそれぞれに出来る事をやり遂げている。

 しかし…

 

「…」

「霊夢…」

「おい霊夢…!!」

 

 この状況の中で一番に動くべき存在である霊夢は、未だに動く気配が無い。

 そんな霊夢の様子を見て、流石に魔理沙は声を荒らげるが…

 

「ごめんなさい、霊夢…」

「なっ、紫…?」

 

 紫は魔理沙とは対照的に謝罪の言葉を告げた。

 何故紫が謝る必要があるのか分からず魔理沙は困惑するが、紫は構わず霊夢に語り続ける。

 

「私はあなたに博麗の巫女としての使命を与えてしまった。それ以外の生き方を、私が無くしてしまった。教える事もしなかった。あなたは博麗の巫女である前に、普通の人間だというのに…」

 

 紫は霊夢の手を取り、今一度彼女を論する。

 

「もしかしたら、あなたには博麗の巫女以外の生き方があったかもしれない。それを閉ざしてしまったのは、他ならぬ私。そんな私が今更あなたに何かを言う資格なんて無いわ。だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見つけてきなさい。あなたの歩むべき未来を、あなた自身で。」

 

 そう言うと紫は霊夢の前から離れ、彼女に道を開ける。

 霊夢はそれでもしばらくは俯いたままであったが、やがてゆっくりと立ち上がり、幻想郷の空へ飛び立っていった。

 

「霊夢…」

「大丈夫よ、霊夢ならきっと答えを見つけて帰ってくるわ。」

 

 飛び立った際の霊夢の表情は、普段の強い意思を秘めていたとは言えず、魔理沙は先程と一転して不安の声を上げる。

 だが今は紫の言うように霊夢を信じるしかない、そう思った時だった。

 

 

 

 

 

「そうね、見つけてくれると良いわね。あなた達との決別の答えを。」

 

 背後から女性の声が聞こえた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 星明が開いた隙間を抜けた雷吼。

 まず感じたの、少しの肌寒さだった。

 その感覚と共に顔を上げると、そこはどうやらどこかの町中のようだ。

 建物の造り等はかつて住んでいた平安京とは違うものの、雷吼の中で一番近しいと思った光景がそれだった為、町中と判断したのだ。

 

「道長は…?」

「少なくとも近くには居ないな。」

 

 星明の術が正常に機能していれば、ここは道長が姿を消した先。

 必ずここら一帯のどこかには居る筈だが…

 

「それにしても、静かだな…」

「静かどころか人一人の気配すら無いな。」

 

 町中である筈のそこは、あまりにも不気味に静まり返っていた。

 ザルバによると、ただの一人の反応も探知出来ないというが、ここに住んでいたであろう住人達は一体どこに行ってしまったのだろうか?

 雷吼がそう考えていると、ザルバが何かを探知したのか口を開く。

 

「雷吼、気配を感じた。恐らく道長だ。」

「場所は!?」

「あそこだな。」

 

 ザルバの視線の先を見ると、ちょうど彼等の視線の先には一際大きな建物が。

 他の建物よりも高く、豪華に作られているそれは、恐らく平安京における光宮に相当する存在なのだろう。

 道長はあの建物の中に居る。

 そう確信した雷吼はその建物に向かう為、静けさ漂う町中を駆けていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「そうね、見つけてくれると良いわね。あなた達との決別の答えを。」

 

 背後から女性の声が聞こえた。

 振り向くと、そこには今まさに空間に出来た扉から現れた女性の姿が。

 

「お前は…!?」

「やはり、あなたが全ての元凶でしたか…摩多羅 隠岐奈。」

「えぇ。久しぶりね、八雲 紫。」

 

 隠岐奈が再び博麗神社へと来訪した。

 異変の元凶が現れたという事で、魔理沙は素早く紫と目配せをし、やがて身構えながら一歩引いた。

 話し合いは紫に任せる、という事だ。

 

「色々と、聞かなくてはならない事がありますね。」

「えぇ、私も色々と話さなければならない事があるわね。」

 

 幻想郷の賢者同士の対立。

 お互いただ立っているだけだというのに、場の空気は非常に張り詰めたものとなっていた。

 そんな中、紫はゆっくりと隠岐奈に問い掛ける。

 

「念の為、もう一度確認しておきましょうか。今回の異変はあなたが起こしたもので合っていますね?」

「そうね。正確には私と、外からの来訪者の()()で起こした異変よ。」

「三人?」

 

 紫達の予測では、隠岐奈と道長の二人が中心となっているとは考えていたが、ここに来て三人目が現れるとは予想しておらず、紫も思わず疑問の声がそのまま出てしまう。

 

「えぇ、三人。私達は互いの理想を尊重しながら、一つの理想の為にこの異変を起こしたのよ。」

 

 互いの理想を尊重しながら、という事は三人の理想自体はそれぞれが違う形となっているという事だ。

 

「成程…では、それぞれの理想とは一体?」

「いきなり核心に触れる気?せっかちなのね。それよりも他に聞く事があるんじゃないかしら?」

 

 隠岐奈はそう言って話をはぐらかす。

 本来ならこうして時間を掛けている場合ではないのだが、今は慎重に、紫は別の疑問を口にする。

 

「…一ヶ月程前から多数の死者の魂や死体が各地から消失しました。それは、あなたの仕業ですね?」

「えぇ、今回の為にどうしても彼等の存在が必要だったのよ。」

「…何の為に?」

「この状況を作る為よ。一度離れた魂をもう一度身体に戻す、それも別の人のね。そうすると魂と身体の相性が合わずに、魂が苦痛を味わう…大量の陰我を集めるには、それが一番手っ取り早いと思わない?」

「…悪趣味な奴だぜ。」

 

 冥界や地底から消えていた死者の魂と死体。

 奪った理由は陰我を得る為。

 その非道なやり方に魔理沙は隠す事無く悪態を吐く。

 

「では今回の異変、幻想郷中の住人達が多いに悪事に荷担していていましたわ。それをけしかけたのも、あなたですね?」

「そうね。道長(あいつ)は妖怪達には近付きたくないと言って聞かなくてね、一人で幻想郷中を歩き回るのは大変だったわよ。」

 

 エタニティラルバから始まり、河城 にとり、鬼人 正邪、鍵山 雛等…

 彼女達に接触していた人物というのは、彼女…摩多羅 隠岐奈の事だ。

 

「利用したと、あなたのお付き人のように。」

「あら、あまり彼女達を悪く言わないでちょうだい。意外と痒い所に手が届く子達なのよ。」

 

 そう言った隠岐奈の背後に、新たに二つの扉が出現した。

 その中から出てきたのは…

 

「舞…それに里乃か…」

「ごめんなさい魔理沙さ~ん!」

「悪気があった訳じゃないの~!」

 

 丁礼田 舞と爾子田 里乃 。

 つい先日、死人達の件で関わった二人だ。

 二人共口では謝罪の言葉を言ってはいるが、そこには謝罪や反省といった感情は一切籠っていない。

 二人の態度に静かに怒りを燃やす魔理沙を横目に、紫はさらに話を続けていく。

 

「それで、幻想郷に直接火羅を放ったのはあなたなの?それとも道長?」

「そうねぇ…道長と言えば道長ではあるけれど、どちらかと言えば三人目の力、と言った方が正しいわね。」

 

 再び現れた三人目。

 一体何者なのかと魔理沙は疑うが、紫はすぐに答えに辿り着いた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ザルバ、気配は?」

「もうすぐだ、この階段を越えた先に居る。」

 

 建物へと到着した雷吼はザルバの助言を頼りに中を進んでいく。

 ここまで何の妨害も無しに来られた事に警戒心が強まるが、構わず先に進んでいく。

 やがて階段を上がりきると、広々とした空間に出た。

 雷吼の少し先には豪華な装飾が為された椅子があり、そこに悠然と座っている人物が。

 

「道長!!」

「…来たか、黄金騎士。」

 

 椅子に座っていた人物…道長は閉じていた瞼を開き、ゆっくりと立ち上がる。

 

「待っていたぞ、お前が来るのを。」

「道長、お前の野望はここまでだ!」

「野望、か…私は私の理想を叶えようとしているまでだというのに…」

 

 魔戒剣を抜き、道長に向けて突き出す雷吼。

 そんな雷吼の様子を見て、道長はまたゆっくりと右腕を上げると、手を開いて雷吼に向けて突き出した。

 すると雷吼が足を着いているその周辺の地面から幾多もの黒い触手が生え、雷吼に襲いかかる。

 雷吼は動じずその触手を切り裂いていくが…

 

「むんっ!」

「ぐぁっ!?」

 

 道長が再度手を突き出すと、そこから衝撃波が発生し、雷吼を大きく吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた雷吼は天井付近の壁に激突したかと思うと、壁からまた触手が現れ、雷吼の両手首と両足首を拘束し、雷吼を大の字の状態で壁に固定する。

 

「ぐっ…くそ…!」

「どれもこれも陰我を纏った攻撃だ…奴はいつの間にこんな力を持っていたんだ!?」

 

 身体を拘束する触手はどれだけ力を込めても千切れる気配は無い。

 そして一連の攻撃全てが陰我によるもの。

 何の力も持っていなかった道長が、一体いつどこでこんな力を手に入れたのか?

 その疑問に道長は否定と共に答える。

 

「違うな、この力は私がこの世に生を受けたその時から既にこの身に宿っていたものだ。」

「何だと…!?」

「ただの人間が陰我を形にして操るだと?そんな事は火羅に憑依されでもしない限り出来る筈が無いな。」

 

 確かにザルバの言う通りただの人間が陰我を操れる筈が無い。

 道長は外の世界では都を治めていた左大臣。

 多忙な身であったであろう彼が、密かに鍛練を重ねていたとは思えない。

 故にザルバは彼の言葉を虚言と否定するが…

 

「そうだな…貴様の言う通りだ、魔導輪。この力は我がものであって我がものにあらず、私がこの世に生を受けたその時から我が心根に巣喰いしもう一人の私。我がこの世で最も憎むべき相手であり、この世で最も尊き存在なのだ。」

「憎むべきであり、尊き存在でもある…?」

 

 道長の言葉の真意を思考する雷吼。

 自身であって自身であらず、憎むべきであって尊き存在でもある。

 まるで正反対の言葉に困惑するが、やがて一つの結論に達し、雷吼はまさかとその表情を驚愕に染める。

 道長は雷吼が真相に気付いたのを待っていたかのようにその答えを言う。

 

 

 

 

 

「そうだ。この身に宿りし力の根元、それは火羅だ。」

 

 

 

 

 

「何だと…!?」

「有り得んな。火羅に憑依されたのならば人としての自我は完全に消え去る、だが貴様からは火羅の気配を感じない。貴様から感じられるのはただの人間の気配だけだ。」

 

 その答えは雷吼が気付いた通りの内容であったが、またもザルバがそれを否定した。

 しかし道長は不適に笑いながら逆にザルバに問い返す。

 

「ほぅ…だが、何故有り得んと言える?」

「なっ…まさか、憑依されてなお人としての人格を保っていると言うのか!?」

「そうだ。こいつはそういう火羅らしい。そしてこいつは我が理想の為に尽くす事で生を繋ぐ奴でもある。」

 

 人間としての人格を残したまま人に憑依する。

 そして人間を喰らう事無く、憑依した人間の理想が叶う事で陰我を喰らう。

 その性質は、あまりにも特異すぎる。

 

「馬鹿な、そんな火羅が存在する訳が…!」

「存在するのだよ。人間に友好的な火羅ならお前もそうであろう、魔導輪よ?」

 

 その言葉にはさすがのザルバも口を紡ぐしかなかった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「成程、火羅ですか。」

「正解。そう、三人目は火羅。そしてそんな火羅の依代となったのは…」

「道長だったと。」

「えぇ、正解よ。」

 

 これではっきりした。

 初めて道長と相対した時に彼から発せられた謎の力。

 やはりあれは火羅の仕業だったのだ。

 

「しかし、彼は火羅に憑依されているようには見えなかったけれど?」

  「それはもちろん、憑依している火羅が特別な存在だからよ。そうねぇ…“理想”という言葉の意味を知っているかしら?」

 

 急に隠岐奈から問い掛けられたのは、理想という言葉の意味。

 藪から棒に一体何をと思いながらも、紫はその答えを口にする。

 

「その人物にとって最も都合の良い状態の事を指すわね。」

「そう、それが理想よ。…ここまで言えば、あなたならもう色々と察しが付くんじゃないかしら?」

 

 理想。

 たったそれだけの言葉で察しが付くとは一体どういう事なのか、それこそ魔理沙には分からなかったが、紫はしばらく考え込むと、突然何かを思い付いたのかその表情を驚愕に染める。

 まるで、“そんな事はありえはしない”とでも言いたげに。

 

「不思議に思わなかったかしら?例えばさっきあなた達が破壊した聖域…何故あなた達はあそこまで野晒しにしてあるものを重要な物であると思ったのか?それを破壊した時のリスクを全くと言って良い程思い付かなかったのか?普段ならきっとすぐに気付く筈。そう、()()ならね…」

「普段ならって…どういう意味だよ!?」

 

 ――――――――――――――――――――

 

「お前達は聖域を我等にとって重要な存在であると見て破壊した。破壊すれば我等の計画が狂うと…しかし結果は我等の計画をより進める事となった…これぞ正しく、我等にとって“理想的”な事…」

「「まさか…!?」」

 

 奇しくも雷吼と魔理沙の二人の声が重なる。

 そして同じように道長と隠岐奈の二人の言葉が合わさり、幻想郷を脅かす全ての元凶の名が明かされる。

 

 

 

 

 

「そうだ!かの火羅こそ、正しく我が理想そのもの!」

「“憑依した人物の想い描く理想を現実に変える、世界の理から外れし究極の火羅”…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「その名は火羅(ホラー)・“イディアクト”!」」

 

 

 

 

 

 魔想火羅(ホラー) ・イディアクト。

 理想を現実へと変える幻の火羅だ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「火羅・イディアクト、だと…!?」

「そうだ。其奴こそ我が心根に宿りし、我が理想の根源の名だ。」

 

 火羅・イディアクト。

 人の理想を現実に変えし火羅。

 成り立ちから内包する力まで、何一つ前例の無い火羅に戦慄さえ覚えるが、その前に道長に問わなくてはならない事がある。

 

「しかし、お前は火羅や物の怪の類を憎んでいた筈!理想を叶える為とは言え、何故火羅の力を利用しようとしている!何がお前の心を変えたんだ!?」

 

 そう、道長は火羅や物の怪の類を憎んでいた。

 そんな彼が火羅を体内に宿すなど、余程の心境の変化が無い限りありえない。

 道長は一度目を閉じると、一言一言噛み締めるように答えを話し出す。

 

「そうだ、本来であればこの身に火羅を宿すなど言語道断。だが、世界の理が我をそうさせたのだ…」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 あれは都が嶐鑼によって崩壊し、都から逃走を図った時まで遡ろう…

 

「はぁ…はぁ…くっ、何故だ…何故私がこのような屈辱を…!!」

 

 嶐鑼によって崩壊した我の理想。

 歯痒い思いをこの身で感じながら、都外まで辿り着いたその時であった。

 

「な、何だあれは!?」

 

 我が頭上に奇妙な白き歪みが生じ、我を呑み込もうとしたのだ。

 

「ま、待て!!私はまだ、こんな所ではぁぁぁぁぁ!!」

 

 何の力も持たぬ我はそのまま歪みへと呑まれ、気付いた時には何処か知らぬ森の中であった。

 

「な、何だここは…都の姿が…無い、だと…!?」

 

 見知らぬ場、見知らぬ現象にさしもの我も混乱を極めていた。

 そんな時であった、奴が我に語り掛けてきたのは。

 

 ―焦るな、道長よ…―

「だ、誰だ!?我に語り掛ける貴様は!?」

 ―焦るなと言っている。我が宿主よ…―

「宿主だと…?まさか…!?」

 ―そうだ、我は貴様の中に居る者だ…―

「私の中に、だと…貴様は一体…!?」

 ―お前に相応しき言葉で我の名を明かすとしたら…火羅という言葉が最もか…―

「な…!?火羅だと…!?」

 

 その言葉を耳にした時の我は、まさに絶句という言葉が当て嵌まったであろう。

 己が最も憎むべき相手が自信の肉体に居座っているのであれば、当然であろう。

 

「ふざけるな!!今すぐ我の身体から往ね!!」

 ―良いのか?ここは貴様が居た世界とは違うようだぞ?―

「何?どういう事だ…?」

 ―そこかしこから物の怪の気配がする…今我が離れれば、貴様は奴等の餌食になる事は明白だな…ククク…―

 

 お前も感じるだろう?

 そう呼び掛けられた私は奴の言葉など信ずる事は無かった。

 だが奴の言う通り、この身に伝う寒気は間違いなく先程までは感じなかったもの。

 私は気が触れてしまったのか、故に奴が姿を現したのかと、そう思い必死に抵抗をした。

 

「ば、馬鹿を言うな!!私は貴様の虚言になぞ騙されはしない!!我は藤原 道長!貴様等火羅の手に掛かるなど有り得ん!!」

 

 己の気を奮い立たせる為の鼓舞、それがさらに混迷を極める事となった。

 

「こんばんは、今宵は良い月ですわね。」

「っ!?何だ貴様等は…!?」

 

 現れたのは…貴様も知っているであろう?

 あの穢れきった世界の創設者が一人、八雲 紫とその式共だ。

 我は当然奴等を火羅や物の怪と見定め、敵対の意思を見せた。

 

「貴様等…火羅か?貴様等も我を狙ってきたのか?」

「そうですわね…あなたがただの外来人なら良かったのですけれども…訳有りみたいなので、その表現が正しいかと。」

 

 そう言い、奴等はこちらに歩み寄ってきた。

 相手は火羅やそれに並ぶ物の怪の類、人間である我が到底敵う相手ではないと、我は逃げる術を模索していた。

 

「くっ…我は貴様等なんぞの手には落ちんぞ…このような所で…!」

「悪いようには致しませんので、お話を聞かせてもらいましょうか…」

 

 いよいよもって奴等の手が届こうとしたその時、ふと我の脳裏に奴の声が響いたのだ。

 

 ―宿主の危機だ、手を貸すとしよう…―

 

 その言葉を聞いた途端、我の中で何かが弾けた。

 

「我の理想は潰えん!!」

「っ!?」

 

 私が吼えると同時に不可思議な力が発動した。

 それは妖怪である八雲 紫を吹き飛ばす程のな。

 

「「紫様!」」

「あなたの言う、ホラーについて。」

 

 式神《藍&橙》

 

 それを見た奴の式が動いた。

 スペルカードと言ったか?それを用いた奴等の動きは確かに早かったのだろうが、その時の我には酷く遅いものに見えた。

 

「我に近寄るな!穢れし者共よ!」

「くっ!?」

「藍様!?」

 

 我が再び吼えれば、予想通りそれは我の力となって式の一人を弾き飛ばした。

 

「えぇい、失せろ!」

「うにゃあっ!?」

 

 猫又の式が飛び掛かろうとも、構わず吹き飛ばすこの力。

 私も初めは混乱したものだ。

 

「あらあら、随分と荒っぽいですわね。」

「黙れ!貴様等…一体私に何をした!?」

 

 我は目の前に居る其奴等の仕業と思い込み、奴等に牙を向いたが、状況はさらに変化を促した。

 我の背後に扉が出現したのだ。

 

「やめろっ!!私はまだ死ねんのだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 扉の引力の前には我の抵抗も空しく、我はその扉の先へと呑まれていったのだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「妖怪達の反逆、ねぇ…何とも空しき世界になった事…」

 

 彼を見つけたのは偶然だったわ。

 久々に顔を出した幻想郷、その有り様に心を痛めていた時だった。

 何気なく各地に開いていた扉の向こうに見えたのは、幻想郷の管理を任せていたあなた…八雲 紫に、あなたと対峙するように身構える一人の男。

 その男が力を使った時、私は彼の力の正体に気付いた。

 あれは火羅の力だと。

 それもかなり強力で、特殊な火羅だと。

 そう気付いた時には、咄嗟に彼を私の空間に引きずり込んでいたわ。

 彼はしばらく辺りを不思議そうに見回していたけれど、やがて私達の存在に気付いたのか、再び身構えたわ。

 

「き、貴様等か、我を弄んだ邪なる者は!!」

「弄んだ覚えは無いのだけれど…まぁ良いわ、私は摩多羅 隠岐奈。こっちの二人は舞と里乃よ。」

「よろしくですー。」

「で、隠岐奈様、何でこいつをここに呼んだんですか?」

「んー、ちょっと気になってね。」

 

 まぁあわよくば火羅に関するあれやこれやを知る事が出来ればと思って彼を呼び寄せたのよ。

 彼もそれに気付いたのか警戒心を最大限にしたわ。

 

「えぇい、誰が貴様等になんぞ…!」

 

 彼は否定の言葉を唱えるけれど、彼の内に眠る力はそうではなかった。

 

 ―知りたいか?我の事を…―

「な、貴様っ…!?」

「あら、中に居るあなたは乗り気みたいね。じゃあいろいろお話をしましょうか。」

 

 それから情報交換が始まったわ。

 私はこの世界や幻想郷の事、奴…イディアクトは道長や自身の事についてね。

 道長は度々口を挟んではきたけれど、それも話が進むにつれて無くなって、最後には膝を付いてしまった。

 

「馬鹿な…遠き異界、我が生きた何千も先の世界であっても、物の怪共が世に蔓延っていると言うのか…!?」

 ―異世界だと関係ないとは言わせないぞ?異世界とは可能性そのものでもある。この世界で妖怪達が蔓延るように、貴様が統治していた世界もまた…―

「何だと…全て、何れは全てが蘆屋 道満()の狂言通りになると言うのか!?」

 

 彼の挫折自体に興味なんて無かった。

 でも彼の欲望は、理想は利用出来る。

 私はそう思ったわ。

 

「そんなに嫌なら変えれば良いじゃない?あなたの思うがままに。」

「何だと…!?」

「今のあなたにならそれが出来る。そいつの理想の力を使えばね。」

 ―そうだ道長、我は火羅であれど人間の理想の為に尽くす者だ。我が選んだのはお前だ、道長。我はお前に尽くそう…―

「貴様が、私に…?だが、火羅などという穢れた存在となど…」

 

 彼は未だに火羅と共にある事を否定した。

 でもそんな理想(プライド)は、私には必要無い。

 

「私も手を貸すわよ、道長。正直今の幻想郷の在り方には不満があってね。」

 ―神と理想、絶対なる二つの力がお前に手を貸すと言っているのだぞ?お前は掲げる誇り一つで、その機会を逃すつもりか?―

 

 私とイディアクトのやりとりに、彼は酷く混乱していた。

 心が不安定な人間を掌握する事など、この絶対なる秘神にとって…

 

「新たな世界、」

 ―共に創り出そうではないか…―

 

 

 

 

 

 藤原 道長(創造主)よ。

 

 

 

 

 

 造作も無い事だわ。

 

 

 

 

 




 魔想火羅・イディアクト

 雷吼達の前に立ちはだかった異変の元凶の一体。
 通常の火羅とはあまりにも性質が違い、陰我を持つ人間の心の奥底に潜み、憑依している人物の願う理想を感知し、自身の力で世界の理に干渉、その理想を叶える。
 そして理想が叶った事によって生じる感情や欲を陰我に変えて喰らっている。
 しかし理想を叶えるにはそれ相応の陰我を必要とし、その陰我は基本的に自身の身体からすり減らしてまで消費しなければ力を発揮出来ない。
 その為消費する陰我の量と喰らっている陰我の量が釣り合わない事がほとんどであり、憑依されている人物でさえ気付かない内に勝手に消滅している事が多いので、かつての騎士や法師達も対処に困り果て、封印される事も無かった。
 今回は藤原 道長に憑依、彼の傲慢過ぎる支配欲によって勝手に消滅するという事は無くなり、これまでの道長の野望に力を貸し与えいた。
 次元の裂け目に飲まれ幻想郷にやって来た際に二つの大結界の干渉を受け、道長に直接語りかけられるようになり、新たな地に戸惑う彼の力となっていたが…
 
平安時代の火羅なのにカタカナだけなのかとか言ってはいけない
当て字が思い付かなかったんだ…


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第拾壱話「理想」後編

活動報告にも書きましたが、今更ながら質問を募集します!
興味があれば是非お願いします

願わくば、ゆっくりしていってね


 人里上空。

 博麗神社から飛び出した霊夢が火羅達と激しい戦闘を繰り広げていた。

 しかしその戦いの状勢は霊夢の防戦一方となっていた。

 それもその筈、星明が亡き者となってしまった為、霊夢に掛けられていた術が効力を失い、火羅を討滅する事が出来なくなってしまっていたのだ。

 故に霊夢は火羅を相手に事実上逃げ回る事しか出来なくなっていたが、里の裏路地の一点に妙な気配を感じた。

 

「この気配…」

 

 御守《妖怪足止めお守り》

 

 霊夢は火羅達にお守りを投げ付け隙を作ると里に降下、火羅に気取られぬようその気配のある場へと向かって声を掛ける。

 

「そこに居るのは誰?」

「「わあぁ!!出たぁぁぁぁぁ!!」」

「いやあんた達の方が出てきたんでしょうが!」

 

 ちょうど霊夢が背後に表れる形となった為、気配を消していた者達が驚き、今まで目に見えなかったその正体が判明した。

 それはよく神社にもイタズラしに来ている三妖精、“サニーミルク”、“ルナチャイルド”、“スターサファイア”だった。

 

「な、何だ霊夢さんか…」

「びっくりした…」

「何だって何よ?全く、人をお化けみたいに…って言うか何であんた達わざわざ里の方まで?いつもの住処に向かった方が良かったんじゃないの?」

「実は、この人が…」

 

 スターが指差す方を見ると、三妖精以外にも霊夢の見知った人物が。

 人里の貸本屋、“鈴奈庵(すずなあん)”の看板娘、“本居(もとおり) 小鈴(こすず)”だ。

 

「小鈴ちゃん!無事だったのね!」

「はい!よかった、霊夢さんと会えて…一時はどうなるかと…」

「本当に無事で何よりだけど…あんた達その背中に背負ってるでかい風呂敷は何?」

 

 よく見ると四人は大きな風呂敷で何かを包んで背負っている。

 包みの中は一体何だと霊夢が訝しんでいると、小鈴が笑顔で風呂敷の中身を答える。

 

「決まってるじゃないですか、私の家の本ですよ。一度は阿求の所に行ったんですけど、どうにも気掛りで…ほんと無事でよかった~!」

「え…小鈴ちゃん、あなたもしかしてわざわざ家まで取りに戻ったって言うの!?」

 

 霊夢のその問いにも、小鈴は変わらず笑顔ではい!と頷いた。

 そんな彼女の話を聞いて霊夢は若干顔をひくつかせながらも、今度は三妖精達に問い掛ける。

 

「…で、あんた達は?」

「私達は今日里まで遊びに来てたんです。」

「それでこんな状況になって、危ないから適当な家に隠れようとしたんです。そしたらこの人が居て…」

「ここももう危なくなるから本を纏めるのを手伝ってって言われて、そのまま一緒にという感じです。」

「そう…」

 

 話を聞く限り大方三妖精が隠れようとした家は鈴奈庵で、そこで本を回収しにきた小鈴と鉢合わせしたといった所だろう。

 妖精達の話を聞き終えると、霊夢は何故か顔を俯かせる。

 突然の様子に皆が困惑していると、霊夢はいきなり顔を上げ、そして叫んだ。

 

 

 

 

 

 「馬っっっっっ鹿じゃないのあんた達!?」

 

 

 

 

 

 いきなりの霊夢の怒号に皆がたじろいでいると、霊夢はズカズカと四人に歩み寄って行く。

 

「小鈴ちゃん!あなた何でわざわざ家まで戻るなんて事したのよ!?普通に考えて無理無茶無謀って分かるでしょ!?」

「で、でも私にとっては本も大事で…!」

「優先順位を考えなさいよ!!あなた自身の命とその本は本当に釣り合うものなの!?何事も命あっての物種でしょう!?あんた達もあんた達で人に構うよりも自分達の事を考えなさいよ!!」

「えぇ!?私達も怒られる側!?」

「でも私達は能力があるから大丈夫ですよ!」

「あんた達の能力が本当に大丈夫だなんて、どこにそんな保証があるのよ!?相手は火羅なの!!あんた達の常識が通用する相手じゃ無い!!さっきまでだって、もしかしたらただ相手にされなかっただけかもしれないのよ!?分かってる!?」

 

 

 ひとしきり怒鳴り終えた霊夢は肩で息をしながら彼女達を見る。

 いきなりの霊夢の怒声に、皆一様に困惑しながらも思い詰めた表情をしていた。

 さすがに怒鳴り過ぎたかとも思ったが、今更どうしようもない。

 何せ霊夢自身も何故ここまで怒鳴ってしまったのか分からないからだ。

 確かに彼女達(主に小鈴)がした事はちゃんと叱るべき事情ではあるが、こと彼女達にとっては今回のような事はよくある話。

 なので今ここでこれ程までに怒鳴る必要は無かったのかもしれないが、今の霊夢は何故か無償に苛立っていたのだ。

 隠岐奈の言葉に惑わされ、星明の死に嘆いていたかと思えば、今度は彼女達の犯した所業に対して心を乱している。

 次々と変わり行く心の有り様に、霊夢は本当に今の自分に答えが見つけられるのかと内心不安を覚える。

 霊夢は深い溜息を吐き、彼女達に背を向けながら声を掛ける。

 

「安全な場所まで案内するわ、絶体に私から離れないで。」

「あ…待ってください霊夢さん!」

 

 足早にその場を後にする霊夢に四人は慌てて付いていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「それで火羅の力を利用してという事か、案外お前さんの誇りもちっぽけなものだったんだな。」

「黙れ、それもすぐに済む話よ。」

 

 あれほど嫌っていた火羅の力を利用する彼の姿は、かつて彼自身の理想を壊した張本人である彼の弟、蘆屋 道満を思わせる。

 故に彼の語る理想は、確実に止めなければならない。

 雷吼はどうにかして拘束を解こうとするも、彼が抗う度に拘束は力を増していく。

 

「無駄だ、黄金騎士。そこで我が理想が成就するその時を待っていろ。それとも、我が理想に準ずるというのならば、その拘束を外してやるが?」

「何だと…!?」

「我が理想はこの世から穢れし者共を排除する事、そして貴様の理想は火羅の存在しない世界だ。我等の理想は奇しくも同じ、ならば我等が争う理由などないという事だ。」

 

 どうだ?と道長が聞いてくるが、雷吼の答えは初めから決まっている。

 二人の理想には、決定的に違う事がある。

 

「断る!確かに彼女達は人とは違う、だが彼女達とてこの世界に生きる命の一つだ!彼女達の存在を、心を、穢れているなどと言わせはしない!」

 

 雷吼にとっては、幻想郷に生きる妖怪達も守るべき者達なのだ。

 道長もそういう答えが返ってくる事は想定済み、やはりなと溜息を吐き、雷吼に冷たい視線を向ける。

 

「ならばそこで大人しくしているが良い。さて、頃合か…」

「何をするつもりだ!」

「決まっているであろう、最後の仕上げよ。」

 

 そう言って道長は両手を広げる。

 すると二人の居る空間が、幻想郷とは違い蒼く光出す。

 

「これは…!?」

「魔戒騎士である貴様ならば知っていよう、魔界や火羅における月という存在が。」

 

 魔界や火羅にとっての月、それは人間界で言う太陽に相当するもの。

 人々に活力を与えるものが太陽であり、火羅においては月がそれに該当する。

 そこまで考えて、雷吼は気付いた。

 今道長がやろうとしている事を、道長の理想成就の為の方法を。

 

「まさか、月を…!?」

「そうだ!魔界における月は火羅共の生ける源!それは陰我に他ならない!

 

 

 

 

 

 月より溢れし無限の陰我!それを用いて、我の理想は成就する!」

 

 

 

 

 その言葉を発したと同時に、辺りの空気が一層冷たくなった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「物の怪の消滅…ですが、それがあなたの目的では無いでしょう?」

 

 高説高らかに説明している隠岐奈の言葉に紫が割って入る。

 隠岐奈は今回の異変を起こした理由として、それぞれの理想が都合良く重なったから共謀したと言っていた。

 ならば彼女には彼女の理想がある筈だと。

 

「えぇその通り、私の目的はあくまで別よ。確かに彼の言う通り火羅が一匹残らず消滅すれば、それはさぞ平和な世になるでしょうね。でも彼は火羅と共に妖怪達も消そうと考えているわ。それは幻想郷の賢者の一人として見過ごす事は出来ない。」

 

 意外にも彼女は妖怪達を守りたいという意思を示した。

 確かに幻想郷の賢者であるならば別段おかしい話では無いが、異変を起こした彼女のその言葉はいささか信用ならない。

 それを見兼ねてか、隠岐奈は紫達にある問いを投げ掛ける。

 

「ねぇ、あなた達は“個性”について考えた事はないかしら?あぁ、そんな深く考えなくてもいいわよ。人はそれぞれ違うと言うけれど、それは妖怪とて同じ事。ましてや人と妖怪を同じ天秤で計るとしたなら尚更ね。」

 

 投げ掛けた問いの内容は、個性について。

 いきなり飛び出した内容に少々困惑するが、隠岐奈は構わず続ける。

 

「人と妖怪、それぞれの良い所って何かしら?例えば妖怪なら人間よりも確実に長生きで、強靭な身体と生命力を持ってはいるけども、その存在を確立する為には面倒な法則に従わなくてはならない。反対に人なら妖怪よりも身体は脆弱であるけども、存在するのに妖怪のような条件は必要ない。どちらも一長一短、個々の違いがあるわ。しかし違いがあるが故に意見の相違による対立も起きる。」

 

 確かに人も妖怪もそれぞれ考え方ややりたい事は一人一人違う。

 それによっていざこざが起こるのも何ら珍しい事では無い。

 

「あぁ、勘違いはしないでちょうだい。私は何も対立そのものを否定する気は無いわ。それぞれの個性の主張を押し止めるなんて無粋な事は。でもその対立によって起こる争い…そこに平等なんて言葉はあるのかしら?妖怪は人間よりも強靭な身体を持っていて、人間は存在を忘れ去るという知恵があって、でもそれは同じ土俵で対立しているとは言えないでしょう?」

 

 要は不毛な争いだと言いたいのだろうが、それで彼女は一体何を伝えようとしているのか。

 今一つはっきりしないまま彼女は再び話を進める。

 

「ならば火羅はどうかしら?妖怪をも凌ぐ力を持ち、肉体も頑強。存在の維持は陰我に偏ってはいるけれど、それは些細な話。陰我ある限り不滅の彼等は、生物としては間違いなく完成形の一つだと言えるわ。でも彼等には個性が無い。もちろん各々多少の性格の違いはあれど、根は同じよ。人間以上に強欲なくせに、根は浅い場所にしか這っていないのよ。」

 

 確かに隠岐奈の言う通り、火羅は陰我がある限り不滅の存在。

 大げさな言い方をすれば、究極の生命体とも言えなくもない。

 そして人間を喰らう事を第一に考えている火羅を個性の無い短慮な存在だと言うのもまた事実であろう。

 人間、妖怪、そして火羅。

 三つの議題を掲げた隠岐奈はさらに話を進める。

 

「私はね、人間も妖怪も平等であるべきと考えているわ。それこそ前に起きた妖怪達の反逆なんて事が起きないように。」

「あら、火羅は入っていないのかしら?」

「当たり前でしょう?あんな奴等、本来なら存在すら許されないわよ。でも…私の理想の為には必要な存在でもある。」

 

 幻想郷の賢者達が揃って存在さえも認めない火羅。

 そんな火羅を使って彼女は一体何を企んでいるのか。

 魔理沙は背筋に何か冷たいものを感じながらも、二人の会話に耳を傾け続ける。

 

「そもそも私は人も妖怪も平等に生きていけるよう願って、幻想郷の創設に手を貸した。あれから千年…私の理想は未だ成されていない。むしろ悪化しているのではなくて?」

 

 妖怪達の反逆は人妖の平等を願う彼女にとって最も起きてほしくなかった事。

 普段幻想郷を管理している紫に対して募る思いがあるのだろう、隠岐奈は紫を冷めた目で見つめる。

 

「そこで私は考えてみたわ。何が彼等を不平等という言葉に縛り付けているのかと…私はその答えを、“幻想郷そのもの”だと捉えた。」

「何…?どういう事だよ!?」

 

 思わず魔理沙が声を上げる。

 隠岐奈が出した答え、それはかつて彼女自身が願った思いと矛盾する事となるからだ。

 しかしそれは隠岐奈自身も承知の上で、さらに話を進める。

 

「かつて私達が願った想いこそが彼等を縛り付けている、そう結論を出した後の答えは早かったわ。私の一つ目の願いは、“幻想郷を破壊する事”よ。まぁ、それは道長と同じね。」

 

 幻想郷の賢者が幻想郷を破壊する。

 それだけでも前代未聞だが、彼女は一つ目の願いと言った。

 つまり彼女の願いはまだあるという事だ。

 

「でもただ幻想郷を破壊するだけでは私の理想は成し遂げられないわ。妖怪達は存在を維持する事が出来ず消滅するし、人間も人間で外の社会に馴染めず衰退の道を辿るのは明白ね。ではどうすれば彼等を生かす事が出来るでしょうか?」

 

 隠岐奈がそう問い掛けるも、魔理沙はその答えを出す事は出来なかった。

 そもそも妖怪達の存在が危うくなったのを見越して幻想郷が創られたのだ。

 今更外の世界で妖怪の存在を確立しようとしても、それは無理な話だ。

 反対に人間の存在を確立するのは妖怪と比べれば比較的簡単であろう。

 しかしそれでは妖怪達を蔑ろにしてしまい、彼女の願いは果たされない。

 方法など無いのではとも思えるが、隠岐奈は一つだけ見つけていたのだ。

 そして紫もその答えを見つけたのか、表情が一層険しくなる。

 およそ人の身では考えつかないであろう、恐ろしき答えを。

 

「火羅…」

「そう、火羅。彼等なら全てを成し遂げる事が出来るわ。人も妖怪も、彼等の抱えている問題を、火羅ならば解決できる。」

「じゃあつまり、世界を火羅で満たす事がお前の二つ目の願いって事か?」

 

 それならば道長の理想とは対になり、違う理想を持っていると説明できる。

 が、隠岐奈は首を横に振って魔理沙の答えを否定した。

 

「いいえ、言ったでしょう?火羅はこの世に存在する事さえ許さないと。それに彼等には人や妖怪にあるような個性が無いって。分からないかしら?私の言いたい事が。」

「はぁ?んな事言われたってそう簡単に答えなんざ…!」

 

 そこまで言って魔理沙は動きを止めた。

 火羅は究極の生命体であるが、個性は無い。

 対して人や妖怪は生命体としては不足しがちな存在であるが、火羅には無い個性がある。

 ならばもし、その二つが合わさるという事が起きたとしたら…

 

「お前、まさか…!?」

「そうよ、それが私の二つ目の願い。それは“火羅という強靭な肉体を持ちながら、人や妖怪の持つ個性を失っていない、新たな生命体の誕生”よ。」

 

 そしてそれを成せるのが…と言って隠岐奈は空に浮かぶ月を見つめる。

 人や妖怪はおろか、火羅の定義さえも越えた新たな存在。

 そう、彼女は道長でさえも利用していたのだ。

 彼女の理想の全貌に言葉を失った魔理沙の横で、紫は顔を伏せながら、その身体を震わせている。

 

「…その為に幻想郷を利用したと?」

「いずれ来る理想の為よ。」

「幻想郷に生きる者達を利用したと…?」

「彼等も理解してくれるわ。」

「霊夢を、惑わせたと…!」

「…彼女に関しては惑わしたなんて言わせないわ。彼女には頼みたい事があるのよ。」

 

 紫の言葉に淡々と答えていた隠岐奈であったが、霊夢の事を聞かれると、少し強めの口調で紫の言葉を否定した。

 

「頼み事だって?一体何を?」

「新たな世界、新たな生命…それが実現した際には、必ず多少なりともいざこざは起きるわ。それを統率するのはもちろん私ではあるのだけれども…それを引き継げる“後継者”は、早めに探しておいた方が良いでしょう?」

「まさかお前…!」

「えぇ。誰か一人に固執する事無く、全ての存在に平等に接する彼女はまさに適任なのよ。今彼女がそういう答えを見つけてくれると、私は嬉しいわね。」

 

 隠岐奈の三つ目の理想、それは“新たな世界を統治する後継者を探す事”。

 そして彼女が目を付けたのが、霊夢だったのだ。

 その言葉を聞いた紫は伏せていた顔を上げ、隠岐奈を睨み付ける。

 もはや隠しきれない程の怒りをその眼に写して。

 

「それでもあなたは、幻想郷の賢者ですか…!!」

「変わる時がきたのよ。時代が流れていくように、人も、妖怪も、幻想郷も…」

 

 お互いの言葉が途切れる。

 どうやら話し合いはここまでのようだ。

 

「時代と共に変わりゆくもの…それもまた美なるもの。しかし、変わらず時代に残していかなくてはならないものもある…!」

 

 紫が腕を横に振ると、彼女の左右に隙間が出現し、そこから藍と橙が姿を現す。

 

「それを忘れさせない為にも、変わる必要があるのよ…」

 

 紫達に合わせて、隠岐奈や舞、里乃も身構える。

 両者が体勢を整えたのを見計らって、魔理沙が紫に耳打ちする。

 

「後ろの二人は任せろ、秒で片付ける。」

「頼んだわ。」

 

 二人の会話が終了すると、辺りは再び静寂に包まれる。

 それから何秒か、何分か、不意にその瞬間は訪れた。

 

「行くぜ!!」

 

 魔理沙の掛け声を合図に、全員が動き出した。

 魔理沙が向かう先には、舞と里乃の二人が。

 

「ごめんなさいだけど…!」

「ここから先には行かせません!」

 

 狂舞《クレイジーバックダンス》

 

 二人がスペルを発動すると、魔理沙の背後から弾幕が乱れ舞う。

 二人なりに意表を突いた作戦なのだろうが、相手は弾幕勝負の歴戦の猛者、軽々と避けながら二人に近づいていく。

 

「大人しくしてろよ…スペル発動!《マスタースパーク…」

「来た!魔理沙さんの十八番スペル!」

「残念だけどそれは予習済み!」

 

 どうやら前以て魔理沙を相手にするのは想定済みだったようで、二人は魔理沙のマスタースパークを回避しようと身構えるが、やはり二人は今一理解できていないようだ。

 魔理沙が弾幕勝負の歴戦の猛者だという事を。

 

「…のような懐中電灯》!」

 

 恋符《マスタースパークのような懐中電灯》

 

 十八番の技ならば複数バリエーションがあってもおかしくはないのだ。

 それを見落としていた二人はそんな子供騙しみたいな技にも簡単に引っ掛かってしまった。

 

「わぁ!眩しい…!」

「ま、魔理沙さんは…!?」

 

 目眩ましを喰らってしまった二人に生じた隙を見逃さず、魔理沙は一気に距離を詰め、止めの一撃をお見舞いする。

 

「我慢しろよ!全力フルスイングだ!!」

 

 恋振《マジカルスイング》(仮題)

 

 コマのように回転した魔理沙はその勢いのまま箒で二人を吹き飛ばす。

 直撃を受けた二人はそのまま神社に破壊音と共に激突した。

 よく見ると威力が強すぎたのか、天井を突き破って部屋で目を回して気絶している二人の姿が見えた。

 

「わりぃ霊夢、ちょっとばかし荒らしちまった。さて…」

 

 宣言通り秒で二人を片付けた魔理沙は紫達の方を見る。

 紫達は三人で隠岐奈に挑んでいるようだが、どうにも攻めきれていないようだ。

 

「待たせたな紫、今行くぜ!」

 

 箒に乗って紫達の援護に回る魔理沙。

 博麗神社で繰り広げられる一つの決戦。

 終息の手を打つであろう少女の姿は、まだ見えない…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 小鈴と三妖精の四人と合流してから少しして、霊夢達は稗田邸に到着していた。

 門番の許可を貰って、霊夢達は稗田邸の門をくぐる。

 見ると、稗田邸の広々とした庭は既に人や妖怪で溢れ返っており、その中央…何か物で小高い丘を作っているのか、そこで阿求が方々に指示を飛ばしているのが見える。

 

「ここまで来れば大丈夫よ。三人はここの人達の言う事をよく聞いて、私は阿求に話があるから。小鈴ちゃんも、一回阿求に怒られに行くわよ。」

「ちょ、霊夢さん、引っ張らないで!」

 

 そう言って三妖精とと別れた霊夢は小鈴を捕まえたまま人混みの間をすり抜けるように阿求の下へと向かっていく。

 

「阿求!こっちはどうなってるの!?」

「霊夢さん!見ての通り紫さんが結界を張ってくれたお陰で、何とか機能していますよ…って小鈴!?あんた一体どこに行ってたのよ!?」

「えっと、ちょっと家の方まで…」

「家の方…って、あんたその風呂敷…まさか家まで本を取りに行ってたとか…!?」

「正解よ、この子は本当にいつでも変わらないのね。」

「小鈴、あんたね…どうしてそんな馬鹿な事出来るのよ!?ご家族の方も心配なさっていたのよ!?」

 

 そこから阿求の説教が始まった。

 状況が状況なので早めに切り上げて欲しい所だが、霊夢は何故かそれを止めようとは思わなかった。

 周囲の者の視線など気にせずに繰り広げられるその光景は、これまでの日常そのままだ。

 どんな時でも変わらないものがある、今の二人を見ていると、そう思わせてくれる。

 そんな当たり前の出来事が、自分にはとても“ () () () ()”思えて…

 

「(待って、今私…何て…?)」

 

 何気無く思い浮かんだその言葉。

 ほんの一瞬だけだったが、その言葉が自分の心の中の空いた隙間にすとんと収まった気がする。

 今思い浮かんだ言葉は一体何だったか、霊夢はまた何気無く辺りを見回してみる。

 普段はお互い通りすがるだけの里の人間が、隣に居る人に手を差し伸べている。

 普段なら人間達といざこざが絶えない妖怪が、不安に押し潰されそうな人達を励ましている。

 先程まで迷惑を掛けていた三妖精が子供達と共に遊び、場の空気を柔らかくしている。

 よく見れば、人混みの中ではアリス・マーガトロイドが人形劇をしていたり、面妖怪の“(はたの) こころ”が能を舞っていたりしている。

 霊夢は一度目を閉じてみる、試してみたくなったのだ。

 もし本当に彼女(星明)の言う通り答えがすぐ傍にあるというのならば、それはきっとごちゃごちゃした心の奥底に埋もれてしまっているのではないのかと。

 あえて自分の殻に閉じ籠り、心の整理を始めてみる。

 疑問、悩み、心の中のモヤモヤした事全てに一つ一つ蓋を閉めていく。

 すると頭の中に、徐々に何かが聞こえてきた。

 

 ―命は皆、光輝いている…!その輝きは必ず…誰かの心を照らしてくれる…!―

 

 それは“声”だった。

 どこかも知らない世界からやって来た雷吼という名の男(しょうもない馬鹿)の声。

 

 ―誰かの光を待っている者が居る、俺は…その為に戦っているんだ!―

 ―俺は救ってみせる。皆も、彼女も…誰一人、死なせやしない!!―

 

 彼だけではない。

 心の中に響くのは、これまでにこの地で関わってきた者達の声だった。

 

 ―決まってるじゃないですか、私の家の本ですよ。一度は阿求の所に行ったんですけど、どうにも気掛りで…ほんと無事でよかった~!―

 ―あんたね…どうしてそんな馬鹿な事出来るのよ!?ご家族の方も心配なさっていたのよ!?―

 ―幻想郷は必ず、この異変に打ち勝つでしょう。今は私達の出来る事をやり遂げましょう!―

 ―そうだ、諦めたりしない。だから…もう少しだけ頼むぞ!轟雷獣!―

 ―だって私達は守矢一家、家族ですから…家族の為に、頑張らせてください。―

 ―大丈夫ですよ、気をしっかり持って…!―

 ―はい兎。そいつモフッて元気出しな。なぁに、明日にはまた良い事あるさ。―

 ―今は幻想郷全体の危機です。それこそ、人も妖怪も、神も仏も関係ありません。―

 ―我等常時は違う道を歩めども、今この場に於いては皆が同じ道を辿る事となる。ならば道行く者を導くは、私達の役目でしょう?―

 ―慧音、そっちは任せたよ…行くよ銀ピカ!!―

 ―袴垂だ!!―

 ―頼んだぞ、二人共!!―

 ―お前の剣で、守れる命がある!お前の手でしか守れない命が沢山ある!ならばお前の剣は、一体何の為にある!?―

 

 皆、何かの為に戦っている。

 その何かとは、きっとその者にとっての“守るべきもの”。

 その為に今、皆が自分に出来る事をして、輝いている。

 そして最後に心に届いた声は…

 

 ―俺達は守りし者だ。全ての人々を…いや、この幻想郷に生きる全ての命を火羅の手から救ってみせる。それが俺達の“想い”だ。―

 

「(そっか…そういう事、なのかな…)」

 

 霊夢の中で、ある一つの言葉が思い浮かぶ。

 その瞬間、遠くからはっきりと何か大きな音が響いた。

 音の正体が何なのか、集まっている人達から声が上がる。

 

「な、なんだ今の…!?」

「今の、神社の方じゃないか?博麗神社から…」

 

 博麗神社から。

 それを聞いた霊夢は閉じていた目を開き、視線を神社の方へと向ける。

 阿求も爆発音によって現状を思い出したのか、慌てて霊夢に謝罪する。

 

「あぁすいません!私ったらつい熱が入ってしまって…ここは大丈夫ですから。霊夢さん、あなたは…!」

「えぇ、ここは任せるわ。小鈴ちゃんも阿求の言う事をよく聞いてね。」

「は、はい!」

「よろしい。それと…」

 

 霊夢は神社へ向かおうとした足を止め、背中越しに彼女達にある言葉を告げる。

 

「後で皆にも伝えておいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ありがとう”って。」

 

「…はい、確かに。」

 

 阿求にそう告げた霊夢は再び人混みの中を掻き分け、門の外を目指す。

 見つけたような気がする。

 自身が求めていた答えが、思い浮かんだその言葉にあるような気がする。

 

「(だったら、私がやる事はただ一つ…)」

 

 外へと出た霊夢は、真っ直ぐに博麗神社を目指す。

 己の中に秘めたる想いを、形にする為に。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 文字通り背筋が凍る感触が、雷吼を襲う。

 よく見ると、道長の背後に黒いもやのようなものが溢れている。

 それはやがて一つの形となる、大きな人のような姿に。

 

「あれは…!?」

「間違いない、あれがイディアクトだ!」

 

 道長も背後に現れた存在に気付き、ゆっくりと振り返る。

 

「ふんっ。やはり醜き姿だったな、イディアクト。」

 ―何を言う、貴様の陰我の写し身よ…―

「戯れ言を…まぁ良い、いよいよだ。貴様には最後の役目を果たしてもらうぞ。さぁ、邪なる月の力を以て、我が理想を為せ!この世界を、我が理想郷へと変えるのだ!!」

「やめろ道長!!」

 

 雷吼の制止も空しく、道長はイディアクトへと命令する。

 イディアクトは道長の言葉を聞くと、含み笑いを浮かべながら答える。

 

 ―そうだな、貴様の言う通りに理想を為そう。理想郷を築き上げよう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴様を贄としてなぁ!!―

 

「何っ!?」

 

 驚きも束の間、イディアクトは口と思わしき部分を開くと、道長の存在を陰我として喰らっていく。

 そう、まるで普通の火羅のように。

 

「道長!?」

「ガァァアァァァァ!!き、貴様!!一体何を!?」

 ―何、我もまた火羅であったという話だ…!―

 

 道長喰らう事に集中しているためか、雷吼の拘束が外れ、彼は地に投げ出される。

 雷吼は道長を救出しようと試みるも、先程まで拘束されていた身体は思うように動かず、ただ見ているだけしか出来ない。

 

「くっ…逃げろ道長!!」

 ―頂くぞ…貴様の陰我!!―

「やめろ、やめろ!!私は…私ノ理ソウガァァァァァァァァァァ!!

 

 道長の身体が徐々に消え去っていく。

 己の運命を受け入れられず、道長は悲痛な叫びと共にイディアクトに喰われてしまった。

 道長が喰われてしまったという衝撃を受けた雷吼の前で、イディアクトはその身体に変化をもたらす。

 今までもやがかかっていた身体が鮮明になっていくのだ。

 火羅として受肉を果たしたイディアクトが、成体となって姿を現す。

 人間の何倍もの大きさの身体は漆黒のローブのような物に覆われており、そこから全長にも匹敵するであろう細長く鋭い爪を持つ腕が伸びている。

 そして灰色の体表が目に付く頭部は、後頭部が異様に突き出ており、獣の如き剥き出しの牙が、それの存在を人では無いと主張としている。

 そしてこちらを見据える両の目は、まるで底無しの闇へと誘うかのようにどこまでも黒く染まっていた。

 

 ―我が名はイディアクト…我が理想を成し、世界を我等が理想郷に…―

 

 そうイディアクトが声を発すると、イディアクトの身体から衝撃波が放たれ、周辺もろとも雷吼を吹き飛ばす。

 建物の外へと投げ出された雷吼はイディアクトの居る方向へと目を向けると、先程よりも明らかに巨大な姿となったイディアクトが、建物の天井を突き破って外へと出てきた。

 

「一体どういう事なんだ!?話している限りでは、奴は人の心を喰わない火羅の筈だ!」

 

 先程のイディアクトの行動に異議を示す雷吼。

 もちろん全ての情報を鵜呑みにする訳ではないが、それでも人の理想を為す事で陰我を喰らうと言っていたイディアクトが、何故宿主であった道長を通常の火羅と同様に喰らったのか。

 目の前の状況も相まって理解が追い付かない雷吼だが、その真相にはザルバが辿り着けた。

 

「…そうか、博麗大結界だ!次元を越える程の歪みが生じたんだ、それが奴の存在そのものを変えてしまったんだ!」

 

 次元を越える程の歪みが生じた事で空間が不安定になり、幻想郷を囲う二つの結界に影響が出る恐れがあると紫は言っていた。

 しかし実際には既に影響が出てしまっていたのだ。

 平安京に居た頃から道長の心に巣食っていた火羅・イディアクト。

 外の世界では妖怪達と同義な存在として捉えられているそれは、幻想郷という存在に強く影響された。

 空間が歪み、不安定となってしまった博麗大結界は、“憑依した人間の理想を叶える事で陰我を喰らう”イディアクトの性質(常識)を、“憑依した人間を喰らう事で理想を為す”性質(非常識)へと変えてしまったのだ。

 

「だとしたら、奴は一体何をするつもりだ…!?」

 

 決して実現してはならなかった現象が起き、イディアクトは新たな存在として生まれ変わった。

 ならばイディアクトは火羅として一体どんな行動に出るのか。

 

「恐らく奴は理想の為に動くだろう、己の理想の為にな。そして奴の理想というのは…」

「世界を、火羅の世界に…!」

 

 答えは分かりきっていた。

 イディアクトの目的はただ一つ、“この世界を火羅の支配する世界へと変える事”。

 道長が抱いていた支配欲と、火羅の本能が合わさった最悪の結果だ。

 

「雷吼、よく聞け。奴は陰我を吸収する事で、自らの中で理想と定義される事柄を現実に起こす力を持っている。分かりやすく言えば、奴の思い通りに事情を操る事が出来るって訳だ。」

「陰我を吸収…まさか、奴の身体が巨大になっているのはその影響か?」

「あぁ。不幸中の幸いというべきか、奴は通常の火羅としての自立は初めてらしい。今の所月から発せられている陰我を全て身体の構築に回しているようだ。もっとも、そうしない内に他の事情に手を回せるようになるだろうがな。」

 

 つまり、他の事情に考えを回せない今が好機。

 改めてイディアクトを見ると、既に先程居た建物から上空に見える一つの巨大な星へと向かっていっている。

 

「あれは…まさか、あの星に幻想郷が?」

「状況が状況だから軽く流していたが…思い返してみれば、今は月に居るんだったな。全く、不思議な気分だぜ…」

 

 確かにザルバの言う通り何とも言えない気持ちになるが、

 今はやらなければならない事がある。

 

「イディアクト…お前をあの星に行かせる訳にはいかない!!」

 

 雷吼は魔戒剣で円を描き、その身に牙狼の鎧を纏う。

 その瞬間、牙狼の背から光が放たれる。

 

「雷吼、その姿は…!」

 

 翼人(つばさびと)・牙狼

 悪しき理想を断ち斬るため、光の翼が再び羽開く。

 

 かつて嶐鑼との戦いにおいて発現したその姿。

 当時は星明の術によって為し得た姿を、今は一人で発現した。

 その事実に驚愕したザルバだったが、かつて霊夢がふとした拍子に呟いた言葉を思い出す。

 

 ―奇跡さえも、か…―

「(成程、そういう事か…)」

 

 それを思い出したザルバは一人納得した様子で、雷吼に行動を委ねる。

 

「貴様の陰我は、俺が断ち斬る!!」

 

 再びその背に光の翼を拡げた雷吼は、全てを終わらせる為にイディアクトへと立ち向かっていった…

 




“月を迎門に火羅を出現させる”というのは始めから決めていたので、「牙狼-神の牙-」を観に行った時は心底焦りましたw
ジンガが黄金騎士マニアで本当に助かった…


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第拾弐話「幻想」前編

結局誰からもなーんにも質問とかがこない現実に軽く絶望している私だ…
これじゃ後書きなんて書けないよ…
なんか複雑な気持ちですが、願わくば、ゆっくりしていってね…



「どうだ、何か分かるか?」

「あぁ。妙な結界で隠してはいるが…間違いない、あれはホラーだ。」

 

 外の世界、その何処かで一人の男が空を見上げていた。

 屈強な肉体を持つその男は嵌められている指輪に声を掛ける。

 すると不思議な事にその指輪…まるで骸骨を模したような指輪がひとりでに喋りだしたのだ。

 

「それと…魔戒騎士が一人。」

「おいおい、もう既に出張ってる奴が居るたぁ驚きだな。一体どんな奴なんだか…」

「黄金騎士だと言ったらどうする?」

「んなバカな話があるか、ここに“俺”が居るっていうのに。」

 

 やがてその男は顔を上げ、月を…正確にはその先に居る者達を見据えながら一人呟く。

 

「ったく…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “エルドラド”の一件が終わったと思ったら、今度は宇宙からの侵略者ってか?全く、休まる暇が無いな。」

 

 そう男が愚痴っていると、車のクラクションの音が響く。

 振り返ると、そこには派手な装飾が施された一台の車と、一人の妖艶な女性の姿が。

 

「戻るわよ、番犬所が準備を進めろって。」

 

 女性の言葉に頷いた男はまた一度空を見上げると、停めてあった大型のバイクに乗り、その場を後にした…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 翼人となった牙狼はイディアクトの仕業か不可思議な空間となった宙を翔び、幻想郷を目指すイディアクトに追いつかんと迫る。

 やがて雷吼は牙狼剣に魔導火を纏わせると、背後から烈火炎装の斬撃を浴びせる。

 その斬撃を受けたイディアクトは大きく体勢を崩し、身体を雷吼の方へと向き直した。

 なおも続けてイディアクトに斬り掛かろうとする雷吼だったが、イディアクトは掌から無数の陰我の槍を射出し、雷吼の行動を阻害する。

 それを剣で弾きながら隙を窺っていると、今度は鎖のような物が次々と向かってくる。

 

「くそっ…!」

 

 雷吼は新たに腰に着けられた赤い襷に念を送る。

 するとその襷は雷吼の念に応え二匹の赤き龍となってイディアクトの放つ槍や鎖を喰らっていく。

 

「早いな…もう他の事に気を回せるようになったか…!」

「となれば奴はそろそろ…!?」

「あぁ、もうあまり時間は無いな。」

 

 このままではイディアクトはこちらに対して勝利する為の理想を描き、それを現実に呼び起こしてしまう。

 そうはさせまいと雷吼は翼をはためかせ、再度イディアクトへと向かっていく。

 襲い掛かる攻撃を赤き龍に任せ、ただ真っ直ぐにイディアクトの下へ。

 やがて雷吼は牙狼剣を大きく振りかぶると、刀身に赤き龍が纏わり、炎となって牙狼剣に宿る。

 

「これで!!」

 

 そのまま雷吼はイディアクトの胸部目掛けて突進、勢いは殺されずにイディアクトの身体に大きな風穴を開けた。

 続け様に雷吼はイディアクトの身体を連続で斬り続ける。

 まだ雷吼の攻撃は通る、このままいけば最悪の事態を起こす事無く陰我を削りきる事が出来るかもしれないと、雷吼はその手を休める事無く斬り続ける。

 しかしイディアクトは雷吼の怒濤の斬撃をただじっとその身に受け止めていたかと思えば、突如その身を大きく開き陰我の波動を周囲に放つ。

 それを直に喰らった雷吼は大きく吹き飛ばされるも、直ぐ様体勢を立て直し、再度イディアクトへ向かう…筈だった。

 

「何…!?」

「おいおい、冗談も大概にしろよ…!」

 

 動きを止めてしまった理由、それはイディアクトが一瞬にして先程よりも何十倍もの大きさへと巨大化していたからだ。

 よもや背後に見える月と同じ大きさではあるまいかと疑う程となったイディアクトの身体には、先程斬りつけた斬撃の後も、胸部に開いた風穴も無くなっていた。

 

「遅かったのか…!?」

「下だな、幻想郷に現れた火羅を糧にしてるんだろう。それが奴の成長を早めているんだ。」

 

 新たに力を蓄えたであろうイディアクトに焦りを隠せない雷吼に、ザルバが一つ声を掛ける。

 

「…だが、奴そのものが巨大になっている訳では無さそうだ。」

「どういう事だ?」

「少し探りを入れてみたが、奴の身体は見て分かる通り大層なものになった。だがどうやら中身はただ陰我を溜め込んだだけのすっからかんのようだ。言ってしまえば今のあいつは信じられない程の馬鹿でかい服を着ている状態だ。」

「…つまり本体がどこかにあるという事か?」

「そういう事だ、と言ってもこの巨体に内包している陰我の量も凄まじい。探すのは相当骨が折れるな…」

 

 それまでにやられるんじゃないぞ?とザルバが言ってきた。

 きっと今のイディアクトはもちろん、これから時間を掛ける程に奴はこちらの力を越えてくるだろう。

 だが退く事はしない。

 ここで自分達が諦めてしまったら、誰が幻想郷を、あの星を守ると言うのか。

 今更言われずとも、分かりきっている事。

 

「承知!」

 

 雷吼は力強く言葉を返し、再び翼を翻してイディアクトへと向かっていく。

 相棒からの起死回生の言葉を、ただ必死に待ち続けながら…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「行くわよ二人共!」

「「はい!!」」

 

 鬼符《青鬼赤鬼》

 式神《前鬼後鬼の守護》

 

 藍と橙、二人の左右に青、赤、黄、緑の光球が隠岐奈を包み込むように現れ、紫もそれに合わせて弾幕を放つ。

 避けるのが非常に困難な三人の共同技だが、隠岐奈は慌てる事無く対応する。

 

 後符《秘神の後光》

 

 隠岐奈の背の扉からまさに後光と呼ぶべき弾幕が放たれ、それが三人の放った弾幕に当たると、そこから反射をして別の弾幕に着弾。

 瞬く間に三人の弾幕は消え去ってしまった。

 しかし間髪入れずに紫は次の手を打つ。

 

 式神《藍&橙》

 

 紫のスペルで飛躍的に能力が上昇した二人は隠岐奈の周囲を高速で回り始める。

 

 鬼神《飛翔毘沙門天》

 式神《憑依荼吉尼天》

 

 そこから放たれる弾幕は中心に居る隠岐奈に向かって放たれるも、隠岐奈は自身の周囲に扉を生成、弾幕を全て扉の中に収める。

 

 秘儀《後戸の狂言》

 

 そして扉から乱雑な軌道を描く弾幕が放たれた。

 紫のスペルで能力は上がっているので、避ける事自体は問題無いものの、正式な決闘としての勝負で無い以上妨害されるか力が底を尽きるまでは弾幕は止まない。

 そして隠岐奈は曲がりなりにも神という存在。

 その力は決して止む事無く…

 

「っ…きゃあぁぁぁぁぁ!!」

「橙!!くそっ…!!」

 

 やがて回避が間に合わず橙が弾幕に当たってしまう。

 その小さな身体が弾幕に弾かれまた別の弾幕に当たり…という事が続いており、自力では抜け出せない状況となっている。

 紫も藍も橙を助けようと試みるも、隠岐奈の弾幕に阻まれ思うように動けない。

 このままでは彼女の命にも関わりかねない、そう藍が焦りを見せたその時、

 

 星符《エスケープベロシティ》

 

 地上から星の光が上がり、その余波で紫達の間に隙が出来た。

 その間に二人は隠岐奈の弾幕から抜け出し、体勢を整える。

 星の正体は舞と里乃を倒し終え、紫達の加勢に来た魔理沙であった。

 

「おい!しっかりしろ!」

「…大丈夫、気を失っているだけよ。藍、橙をお願い。」

「…はい、紫様。どうかご武運を。」

 

 救出した橙を地上に降ろした魔理沙達は改めて空に居る隠岐奈を見る。

 

「あら、あの二人もうやられちゃったのね。まったくしょうがない子達…」

 

 隠岐奈は相も変わらず余裕の態度を崩さず、それがこちらの神経を妙に逆撫でてくる。

 

「…上等!!」

「待ちなさい魔理沙!!」

 

 紫の制止を振り切り、魔理沙は隠岐奈目掛けて飛翔する。

 そんか魔理沙の様子を見て隠岐奈は呆れたような、関心したような表情を浮かべた。

 

「あらあら、勇ましいと言うか、猪と言うか…まぁ、あなたみたいな子は嫌いじゃないわよ?」

 

 秘儀《穢那の火》

 

「ちょっ…それは反則…!!」

 

 そして放たれる無数の火球。

 魔理沙はいつもの感覚で避けようとするものの、普段の勝負(遊び)では使われない本物の火球はギリギリで避けようとしても熱によって肌が焼かれる。

 擦っただけでもこの熱さなら、直撃すればどうなるか想像に難くない。

 その想像が魔理沙の精神をも少しずつ削っていき、回避を乱雑なものとさせる。

 しかし綿密に組み立てられた火球の弾幕はそんな回避では抜けきれる訳も無く、やがて魔理沙は球も避ける隙間も無い場へと誘導されてしまう。

 このまま火球が魔理沙に当たる…そんな時、

 

「下がりなさい魔理沙!!」

 

 魔理沙の背後から紫の声が聞こえると同時に、視界の上から何かが落ちてきた。

 魔理沙はその正体を確認する事無く一気にその場から距離を離す。

 

 《無人廃線車両爆弾》

 

 そして魔理沙を庇うかのように落ちてきたそれは、隠岐奈の弾幕を余す所無く受け、盛大な爆発が起きた。

 

「ちょっ…わぁぁぁぁぁ!?」

 

 爆発の余波で魔理沙は体勢を崩しそのまま地上まで落下してしまう。

 各所を擦り剥いてしまい、痛みに堪えながらも魔理沙は上空を見る。

 そこでは紫と隠岐奈の二人が改めて正面から対峙していた。

 

「随分お冠ね、紫?」

「えぇ、あなたの愚かな行いに腸が煮えくり返って仕方がなくてね。」

 

 隠岐奈の言う通り、今の紫は普段の飄飄とした態度ではなく、激しい怒りの表情を浮かべている。

 

「何が世界の破壊よ、何が新たな命の創造よ、たかが火羅が…()()()がそんな大それた事…許されると思って?」

「なら、たかが()()()()がそれを止められると思って?」

「…この幻想郷では人も妖怪も神も、全てが等しき存在よ。」

 

 二人の周囲に弾幕が張られる。

 お互いの弾幕が相手を囲うように、一つ一つゆっくりと展開されていく。

 やがて全ての弾幕を張り終えた二人は、それぞれの奥義を同時に発動する。

 

 紫奥義《弾幕結界》

 秘儀《マターラドゥッカ》

 

 弾幕の包囲網がそれぞれを目掛けて収縮する。

 その全てが紫と隠岐奈(中心地)に到達した瞬間、再び盛大な爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幻想郷の賢者とは言え、所詮はあなたも一人の妖怪に過ぎない…」

 

 そしてしばらくして爆発の煙が去り、勝負の行方が判明した。

 変わらぬ様子の隠岐奈とは対照的に紫の身体は傷に溢れ、弱々しく震えている。

 

「驕らない事ね、この絶対なる秘神を前にして。」

 

 その言葉と共に紫は力尽き意識を失いかけるも、魔理沙が傍まで寄り、その身体を支える。

 

「…後は私に任せろ。」

「…無理は、しないように。」

 

 そのまま魔理沙は地上へゆっくりと降り、藍に紫を預けた後、隠岐奈の正面へ再び向かう。

 

「…随分余裕たっぷりだな。」

「そうでも無いわよ、四人同時抜きはやっぱり骨が折れるわね。」

「四人…既に私も入ってるってか?」

「当たり前でしょう?でも、あなたの相手はさほど苦労しないだろうけど。」

「へぇ…そりゃ何でだ?」

()()が居るからよ、私の望む後継者。そろそろ帰ってくる頃じゃないかしら?」

 

 彼女の言う後継者は、やはり霊夢の事だろう。

 大方隠岐奈は自分の思うように霊夢は動いてくれるであろうと思っているのだろう。

 

「霊夢が味方してくれるってか?その可能性は絶対に無いな。」

「へぇ…どうしてかしら?」

 

 だからこそ魔理沙はその考えを真っ向から否定した。

 彼女は霊夢の事をまったく分かっていないと。

 

「あいつはお前の思い通りにはならない、お前の側には行かない…あいつは人に縛られるのが嫌いな奴だからな。」

「どうかしら?あの子の本心はそうは言っていないかもしれないわよ?」

「舐めるなよ、私が一体どれだけ霊夢と一緒に過ごしてきたと思ってるんだ?」

 

 絶対とも言える自信を表した魔理沙に、隠岐奈は弾幕で以てその意志を返す。

 

 《サングレイザー》

 

 魔理沙は新たにスペルを発動し、高速で隠岐奈の弾幕を抜けていく。

 対して隠岐奈は向かってくる魔理沙の前に扉を生成し、魔理沙との衝突を止めた。

 

「ちっ…!」

「虚像の彼女と過ごした時間が、何だと言うの?」

 

 そのまま扉が開かれ、その反動で魔理沙は大きく弾き飛ばされる。

 魔理沙は何とか体勢を立て直すも、視線を向けた先には既に自分に向かって飛んでくる弾幕が。

 

「そんな程度で彼女の…私の理想を止められると思わないでちょうだい。」

 

 目前まで迫った弾幕を回避する手段も、防ぐ手段も魔理沙には無い。

 そのまま魔理沙に直撃するかと思われたが、一つの光球が隠岐奈の弾幕を打ち消した。

 それが見覚えのある弾幕だと魔理沙は気付き、空を見上げる。

 それと同時にゆっくりと上から降りてきたのは、この楽園においてただ一人の巫女…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…待たせたわね。」

 

 博麗 霊夢であった。

 

「霊夢…!」

「おかえりなさい。待っていたわよ。」

 

 ようやく帰ってきた。

 霊夢の姿を見た魔理沙はそう笑みを浮かべ、隠岐奈もまた同じように笑みを溢す。

 

「さて…ここに帰ってきたという事は、ちゃんと答えは見つかったのかしら?」

「心配しなくても見つけてきたわよ、そしてそれを今ここで証明する。とりあえず…」

 

 霊夢はちらりと背後に居る魔理沙や紫達を見る。

 霊夢は一体どんな答えを見つけてきたのか、ここに居る誰もが霊夢を見つめる。

 そして霊夢が彼女達に返した答えは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちの神社をここまで派手に荒らしてくれたツケ、払ってもらうわよ!」

 

 魔理沙達に向けた優しい笑みと、隠岐奈に向かって突き出されたお祓い棒であった。

 

「…そう、それがあなたの答えなのね。」

 

 そんな霊夢の姿を見た隠岐奈は一度目を閉じ、そして酷く冷めた目を霊夢に向ける。

 

「不合格よ、博麗 霊夢。それは私の望んだ答えでは無い。」

「それは残念だったわね。だったら大人しく、さっさとお賽銭(修理代)を寄越しなさいな。」

 

 あえて隠岐奈を挑発するかのような振舞いをする霊夢。

 すると何故か隠岐奈はその場でくつくつと笑いだした。

 

「良いわ、あえて抗おうとするならば…」

 

 ひとしきり笑い終えた隠岐奈はゆっくりとその身を構え、布告する。

 

「矯正しましょうか、私自身の手で。」

 

 絶対秘神の真髄。

 背後の大きな扉から溢れ出る凄まじい気を感じ取った霊夢は、それでも笑みを浮かべながら同様に宣言する。

 

「えぇ、聞いてもらうわよ。私の出した答え…余す事無く全て!」

 

 《夢想天生》

 秘儀《リバースインヴォーカー》

 

 そして始まる弾幕勝負。

 決戦の火蓋が、切って落とされた。



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第拾弐話「幻想」中編

今年もGWは人がいっぱいじゃ~
皆様は今年のGWは楽しめましたか?またはまだまだ楽しんでいますか?
私?私は…あえて語るまい…

願わくば、ゆっくりしていってね



「何だありゃ…」

 

 魔理沙の口からそんな声が漏れたのは、目の前で繰り広げられている弾幕勝負がとても異質なものであったからだ。

 何せ博麗神社を舞台に行われているその決闘…霊夢と隠岐奈の勝負は、“どちらも一歩も動かずに弾幕を放つ”ものであったからだ。

 相手の弾幕を避けつつ、自身の弾幕を相手に当てるのが普段の弾幕勝負なのだが、霊夢の弾幕は隠岐奈の能力によって扉の中へと吸い込まれてしまい、逆に隠岐奈の弾幕は霊夢の弾幕によって相殺されていく。

 二人の勝負はまさに弾幕同士のぶつけ合いなのだ。

 そんな異質な弾幕勝負の行方を不安げに見守っているのは、紫であった。

 

「…霊夢の夢想天生はあらゆるものから宙に浮き、無敵の存在となる能力。対して隠岐奈の能力はあらゆる存在の背に扉を作る能力。二人の能力は総じてあらゆる存在に対して絶対の地位に君臨する力を持つわ。」

 

 紫がそう言うように、二人して“あらゆる存在”を対象に出来る力を持つ。

 それはお互いの能力も範囲の内。

 そして絶対の地位(一番)というものは、世界の理に従う限りたった一つしか存在しない。

 そこから出される結論は、お互いの能力の絶対性、その道理が合わない矛盾を巻き起こす。

 二人が全く動かずに弾幕を放っているのも、その矛盾によるものだ。

 

「でも…その均衡はもうすぐ崩される。」

「…どういう事だよ?」

「気付かない?霊夢の弾幕はどうなってる?」

「どうって…」

 

 魔理沙は霊夢の弾幕の行方を見るも、それは先程と変わらず隠岐奈の扉の中に吸い込まれていくだけだ。

 だが魔理沙はそこで気付いた、紫の言わんとしている事が。

 

「そう、彼女(隠岐奈)の能力で定義される背というのは、彼女の認識によって定められる。つまり…彼女が背と認識したのならば、そこは誰が何と言おうと背となる。例えそこが迫り来る弾幕の真正面であろうがね。」

 

 二人の能力によって異質なものとなったこの勝負、実は最初から対等な対決では無かったのだ。

 そして霊夢の弾幕は彼女の扉の中へと吸い込まれていく。それはつまり、隠岐奈の能力が霊夢の能力を上回っている事実となる。

 だから霊夢は隠岐奈の弾幕を()()()()()()()()のだ。

 あらゆる存在から宙に浮かぶこの能力は、目の前の神には通用しないと分かっていたのだ。

 

「中々といった所だけど…そろそろこの状況も飽きてきたし、終わりにしましょうか。」

 

 秘儀《裏切りの後方射撃》

 

 霊夢の背後に無数の扉が開かれ、弾幕が放たれる。

 その弾幕は、先程から霊夢が放っていた夢想天生の弾幕に他ならない。

 

「霊夢!!」

 

 魔理沙の叫びも空しく弾幕は霊夢に向かっていき、爆発する。

 しかし爆発の影響で煙が立ち込める中、隠岐奈に向かって勢いよく飛び出して行ったのは、無事弾幕を掻い潜った霊夢であった。

 霊夢は最速で隠岐奈に接近し、お祓い棒を振り下ろすも…

 

 秘儀《七星の剣》

 

 それは七つの閃光…もとい七つの剣によって防がれる。

 その後も霊夢は接近戦を仕掛けるも、七つの剣によって全て防がれてしまう。

 

「無理よ、あなたじゃ私には勝てない。」

 

 秘儀《弾幕の玉繭》

 

 霊夢の行動を阻むように展開される緑色の弾幕によって霊夢は後退を余儀なくされる。

 一旦距離を置いて改めて対峙する二人。

 しかし未だに余裕を崩さない隠岐奈に対して、霊夢は既に肩で息をする程に疲労していた。

 そんな霊夢の姿を見た隠岐奈は悲しいわねぇ、と溜息を吐く。

 

「選んだ答えが私に楯突く事だったのに、気付けばそれももう終焉…どう?我儘は済んだかしら?」

「我儘、ねぇ…」

 

 隠岐奈に我儘と言われた霊夢は、何故か不適に笑って口を開く。

 

「まだ私の答えを聞いてないでしょう?」

「そうね…確かに聞いていないけれど、今更何か言いたい事があるのかしら?」

「当たり前よ、有りすぎて何から話せば良いか分からないくらいね。」

 

 霊夢は一度深呼吸をすると、改めてお祓い棒を隠岐奈に向かって突き出す。

 

「吹っ掛けた側として、全部聞き届けなさいよ?」

「良いでしょう。その想い、全て曝け出しなさい。」

 

 そして再び、二人は激突した。

 

「まず…あんたに聞きたい事がある。あんたはどうして今回の異変を起こしたの?」

 

 夢符《封魔陣》

 

 霊夢は魔を封じる弾幕の陣を形成し、隠岐奈に向けて放つ。

 

「…それはさっきも言った筈だけれども?」

 

 それに対し隠岐奈はその全てを扉の中に納め、霊夢へと返す。

 

「そうね。幻想郷を破壊して、新しい命を生み出して、新たな世界の統治者となる…本当にそれだけ?」

 

 夢符《二重結界》

 

 霊夢は結界を張り、返された弾幕を防ぐ。

 

「…どういう事かしら?」

「他にも理由があるんじゃないかって話よ、それこそとっても個人的なね。」

 

 真っ直ぐこちらを見据える霊夢の目には、確かな自信があった。

 これは見透かされたかと感じた隠岐奈は、彼女には話していなかった第三の目的を口にする。

 

「…そうね。隠していたけれど、新たな世界の統治にはあなたが必要なのよ。私の後を継げる存在が。」

「そうじゃない、私が聞きたいのはそんな建前じゃない。」

 

 そう言い切った霊夢に隠岐奈は睨みを効かせる。

 霊夢を後継者とするというのは決して建前などでは無いからだ。

 しかし霊夢は構わず話を続けていく。

 

「隠岐奈、あんたの言う通りだったわ。私は確かに特別というものを求めていた。誰かの特別になりたかった…でも私が望んでいた特別っていうのは、あんたの言うそれとは違った。」

「今まで関わってきた人や妖怪、神様…どいつもこいつも一癖二癖ある奴等ばっかだけど、私の中の皆は必ず誰かと一緒に居て、笑いあっている。時には喧嘩もしたりして、そして一緒に生きている…」

 

 そして霊夢は呆れたように笑みを溢す。

 他でも無い、自分自身に向けて。

 

「羨ましかったのよ。そんな風に誰かと一緒に居られるっていうのが。でも私は博麗の巫女として幻想郷を守護していかなくてはならない…人にも、妖怪にも、神様にも、誰にも肩入れ出来ない私は…孤独だった。」

 

 “主に空を飛ぶ程度の能力”。

 あらゆる存在から宙に浮くその能力は、霊夢をたった一人の孤独な存在とする。

 どれだけ誰かと一緒に居ようと願っても、必ず孤独への道を選ばされてしまう。

 どれだけ願っても否定されるのならば、理想なんて言葉は信じない。

 突きつけられる現実を受け入れ、生きていくしかない。

 理想の為に抗う努力に裏切られ続け、疲れ果てた霊夢が選んだ道、それが今の霊夢なのだ。

 

「その孤独を埋めたかったのは、紛れもなく事実よ。私も誰かと一緒に居たい、一緒に色んな事がしたい。それが許されない博麗の巫女という立場を、幻想郷という存在を、私は心のどこかで憎んですらいたのかもしれないわね。」

 

 しかし霊夢は博麗の巫女である前に、そのような能力を持つ前に、一人の幼い少女なのだ。

 残酷な現実をどれだけ素直に受け入れたとしても、その現実を否定し、抗って生きていきたいと願う心は捨てきれなかったのだ。

 

「でも私は勘違いしてた。私はね、始めから孤独なんかじゃ無かったのよ。」

 

 霊符《夢想妙珠》

 

「まさか今の彼女達との関係が真実だとでも言うの?誰もあなたの本心を理解していない、今の関係が?」

「じゃああんたなら理解できるって言うの?」

「えぇ。私ならあなたの心を全て受け入れる事が出来る、理解する事が出来る、そしてあなたを…」

「操る事が出来る、って?」

 

 霊符《陰陽印》

 

 霊夢は陰陽印が記された弾幕を放ち、隠岐奈の言葉を遮る。

 

「操るなんて、私は…」

「そうでしょう?人の心を掻き乱して、そこに漬け込んで…そんなんで私の心を理解できると本気で思っているのかしら?」

 

 怒り…とは違うものの、今の霊夢にはそれに似た何かをその身に秘めている。

 

「そうよ、私の本心なんて誰も気付いてなんかいないわ。だって、私自身が気付いていなかったんだから。」

 

 霊夢から発せられている威圧感に、隠岐奈でさえも声を発する事が出来ない。

 

「あんた言ってたわよね、私が見返りを求めているって。誰かの為に尽くして、尽くしたその分の見返りを求めている。でもそれが果たされないから、誰かにとっての特別な存在になりたかったって。そうすればその誰かは私を見てくれて、きっと私の心を満たしてくれるって。」

 

 多分その通りだと思うわ、と言った霊夢の意図が掴めず、内心は疑問ばかりの隠岐奈。

 誰でさえ掌の上で踊らせていた筈なのに、何故だか今は自分が掌の上で踊らされているような感覚を覚える。

 

「でもね、私が今まで博麗の巫女として幻想郷で生きていけたのは、何もその思いに蓋をしていたからだけじゃないの。私のその思いが、自分自身でも気付いていない内に満たされていたからやっていけてたのよ。」

「満たされていた…?」

 

 思わず反芻してしまった隠岐奈の言葉にそう、と答えた霊夢は人里の方へと顔を向ける。

 

「今、幻想郷は一つになっている。この世界を脅かす脅威に対して、皆が手を取り合って乗り越えようとしている。私はそんな皆の姿を見て、心が満たされていくのを感じた。」

 

 目を閉じ、胸に手を当てて語った霊夢。

 今度は目を開き、隠岐奈の瞳をしっかりと見据えて話始める。

 

「そして私もその一人なんだと感じた。私も皆と思いは同じ、博麗の巫女としてでは無く、博麗 霊夢というこの世界で生きる一人の人間として戦っているんだって。これまでも、これからも。そんな私の、私達の想いは…決して忘れ去られるものじゃ無い。」

 

 霊符《夢想封印》

 

 放たれた弾幕を、隠岐奈は身の丈を越える扉でもって無効化する。

 そして扉を消去して改めて霊夢の姿を捉えたその時、隠岐奈の瞳に映ったもの。

 それは霊夢の周囲に次々と展開される、黄金色の弾幕であった。

 

あいつ(星明)の言った通りだった。私の周りには、こんなにも特別な事が一杯に溢れていた。そのどれもが暖かくて、光輝いていて…それを失いたくなかったから、私は今まで博麗の巫女をやってきていたのよ。」

 

 人と、妖怪と、神との絆。

 種族を超えた繋がりを語る霊夢の声が、姿が、隠岐奈の心に強く残る。

 

「人だろうが妖怪だろうが、誰かの為に笑って、泣いて、生きて…私が心から望んでいるのは、そんな当たり前の事だったのよ!そしてそれは、あんたも同じ…だからこそあんたはこの幻想郷を創った!」

 

 思い起こされるはかつての情景。

 夢を語らい、この世界を創り上げた。

 紫のような妖怪や、自分のような神が、何の分け隔ても無く共に在った。

 その思いはただ一つ、誰もが心に秘めていた幻の想い。

 人も、妖怪も、神様も…

 

「誰もがいつも通りの日々を過ごす。そんな当たり前の(特別な)毎日が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は“大好き”だから!!」

 

 ただ、“()()()()”と思ったから。

 

「思い出させてあげる…受け取りなさい!!摩多羅 隠岐奈!!」

 

 陰我討滅符《博霊夢想》

 

 そして放たれる、黄金色の弾幕。

 

「これは…!!」

 

 《アナーキーバレットヘル》

 

 隠岐奈は自身の弾幕と能力を最大限に発揮し、霊夢の弾幕を相殺しようとするも、霊夢の弾幕はそれを一瞬の内に打ち破り…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして隠岐奈は黄金の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「愛しているから、か…」

「じっとしていなさい、体に障るわよ?」

 

 博麗神社。

 長い戦いが終息を迎えた。

 霊夢との戦いに敗れた隠岐奈はまともに立つ力をも失っているようで、今は紫にその身を預けている。

 じっとしていろと言われたが、どうにも隠岐奈はそれが出来る性分では無いらしく、弱々しく口を開く。

 

「全ての者が平等な想いを築けるものか…彼女のそれは虚言よ。」

「ですが、あの子は…この世界に生きる者達は、そうやってこの地で生きてきた。それは誰が何と言おうとも確かな事です。」

「だから人は不便なのよ。妖怪も、そして神も…」

「完璧な者なんてどこにも居ません。皆が違い、共に歩む。そんな矛盾が堪らなく愛おしいから、あなたは幻想郷に携わった。違うかしら?」

 

 かつて心に願っていたであろう想い、いや…今でもどこかで想い続けている願い。

 忘れてしまっていたこの想いを、あの子が思い出させてくれた。

 絶対なる秘神がただの人間に教えられる事がある、そんな理解不能な道理が、時に何よりも正しくなる事がある。

 それこそがこの世の不条理な所であり、深秘であり、単純明快に面白い所である。

 

「…私はね、本当は理想とか、後継者とか、そんなものはどうでもいいと思ってた。私はきっと、思い出したかっただけなのよ。皆の前に現れて、私を見る者達の目を見て、自分の存在を思い出したかった。思い出してほしかった。きっと、ただそれだけだったのよ…」

 

 思っていた以上に素直になった隠岐奈の反応に少し面食らう紫であったが、やがてそれは呆れたような微笑みへと変わっていった。

 

「それはそれは、神様の癖に随分我儘だこと。」

「そう言うお前は、妖怪の癖に人間染み過ぎている。」

「誉め言葉として、受け取っておきましょう。」

 

 軽く言葉を交わした二人は、どちらともなく空を見上げる。

 幻想郷を覆い尽くしていた火羅達はいつしか揃って塵のように消えてしまい、陰我となって宙に…イディアクトの下へ向かっていた。

 

「…あれを止める方法は?」

 

 イディアクトを止める方法を藍が聞くも、隠岐奈は首を横に振った。

 

「無理ね。奴は誰でもない、自分自身の理想の為に動き出した。月を迎門に現界した奴の陰我は正しく無限大、そうしない内に世界は奴の理想を叶える事でしょうね。」

「そんな…」

 

 もはや人はおろか、妖怪や神、世界さえも超越した存在となった火羅・イディアクト。

 告げられた言葉は、不可能。

 それを聞いた橙は力なくその場にへたりこんでしまう。

 勝てる可能性は無に等しいと告げられてしまった以上、まだ幼い彼女には少々堪えたかもしれない。

 

「成程な。相手は文字通り不死身の魔獣って訳か…さぁ~て、どうしたもんかねぇ…いっその事尻尾巻いて逃げ出すとかどうだ?」

「馬鹿言うんじゃないわよ。あぁ、あんただけで逃げるんならどうぞご勝手に。」

「冗談。ったく、そういう所は素直にならないんだな。」

 

 だが、それでも彼女達は諦めていなかった。

 霊夢は隠岐奈の方へ振り返り、彼女に対して言葉を掛ける。

 

「不可能だなんて…そんなの、私達が覆してみせる。私達を…幻想郷を舐めんじゃないわよ。」

 

 そう告げた霊夢は改めてイディアクトの方へと身体を向けると、今度は魔理沙に声を掛ける。

 

「さて…行くわよ魔理沙!!」

「おう!ラストスパートと行くか!!」

 

 そう言って二人は空へと飛び立つ。

 火羅・イディアクトの…雷吼の待つあの宙へと。

 二人が幻想郷から飛び立ち、その軌跡は赤と黄の光となって空に描かれている。

 二人が飛び立ってしばらく後、隠岐奈が見た光景。

 それは二人に続くかのように次々と空に描かれていく光の軌跡であった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 火羅・イディアクトとの死闘を繰り広げる雷吼。

 しかしイディアクトは既に大量の陰我をその身に蓄え、彼の攻撃を一切受け付けていない状態であった。

 それでも諦めずイディアクトに立ち向かう雷吼であったが、最早結果は目に見えている。

 絶え間無く無尽蔵に放たれるイディアクトの攻撃は如何に翼人であっても避けきれず、やがて直撃を受けた雷吼は軽く吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐっ…うあぁぁぁぁぁ!!」

 

 雷吼は幻想郷の在る星へと吹き飛ばされ、落ちていく。

 今の一撃で鎧も解除されてしまい、未だ受け身も取れない。

 このままでは地上に…と思っていたが、突如彼の身体は柔らかな浮遊感に包まれた。

 減速していく中で体勢を立て直した雷吼は一体何が起きたのかと困惑していると、背後から二人の少女の声が掛かる。

 

「おいおい、派手に吹っ飛ばされてきたなぁ。」

「全く、天下の黄金騎士様が一体どうしたって言うのよ?」

「その声…霊夢、それに魔理沙か!」

 

 声の主は霊夢と魔理沙であった。

 彼女達がここに居るという事は幻想郷の方は無事なのだろう。

 それと同時に雷吼の心に去来した思いが一つ。

 

「二人共、星明は…!?」

 

 そう、星明だ。

 あの時星明の作り出した裂け目へと飛び入ってから、彼女の姿を確認していない。

 彼女の安否を知る為に二人に問い掛けるが、二人から答えは返ってこない。

 それだけでも事情は察する事が出来るが、やがて霊夢が口を開き、そして告げる。

 

「…あんたの事を頼むって。」

「…そうか。」

 

 星明の死。

 その事実を知らされた雷吼は少しの間俯いていたが、やがて顔を上げ、イディアクトをその眼に捉える。

 そんな時、霊夢が雷吼に対して一言語りかけた。

 

「雷吼、あんたにはお礼を言わなくちゃね。」

「礼?何のだ?」

「…私ね、やっと気付けた事があったの。それを話していると長くなるから言わないけど…その気持ちに最初に気付かせてくれたのは雷吼、あんたよ。」

「気持ち…?」

「あんたと一緒に居て、あんたの姿を見て、あんたの理想を見て…そこから気付けた私の想い。だから、あんたには感謝してるわ。」

 

 ありがとう。

 その言葉をあの霊夢から告げられるとは思っておらず、雷吼は少々面食らってしまう。

 魔理沙もそんな霊夢の姿が珍しくもどこか納得しているのか、小さな微笑みを溢している。

 

「あんただけじゃない。幻想郷や、そこに住む皆…私はそれ等全部に助けられて生きてきた。だから私はその恩を返したい、気付けなかった分も、気付けた分も、これから気付いていくであろう分も。でもその為にはあいつを倒さないといけない。でも私達の力じゃどこまでいっても付け焼き刃。だから…あんたに賭けてみるわ。」

 

 そう言うと霊夢は雷吼に向かって左手を差し伸べる。

 

「きっと、あんたなら聞こえる筈よ。皆の想いが。」

 

 手を握れ、という事なのだろう。

 雷吼も同じく左手を伸ばし、霊夢の手を握る。

 すると頭の中に声が響いてきた。

 それは霊夢が聞いたものと同じ、幻想郷に生きる者達の諦めない心の叫び、祈りであった。

 それを聞き届けた雷吼はやがてゆっくりとその目を開く。

 

「…あぁ。皆の想い、確かに受け取った。」

 

 手を離した雷吼の左手は、白く淡い光に包まれている。

 そのまま雷吼がゆっくりと刀身に手を這わせるとその光は刀へと移り、刀身が光に包まれる。

 雷吼はその刀を天へと掲げ、そして円を描く。

 

「俺はこの想いを、決して幻として終わらせはしない…!」

 

 生きとし生ける者達の想いを受け止め、繋ぎ、そして形と為す…

 それがかの鎧が持つ真の力、かの称号を継ぐ者達が成せる奇跡。

 奇跡という名の力をその身に宿す彼等だからこそ、呼ばれる名があるのだ。

 全ての命に奇跡と、理想と、“希望”を与える彼等の名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名は牙狼!黄金騎士だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “幻想秘身(げんそうひしん) 牙狼”

 

 幻の想いを胸に秘め、金色の光が世界を照らす。

 

 雷吼はゆっくりと目の前を見据える。

 その先に居るのは、世界を闇へと還さんとする悪魔の姿。

 その姿を今一度捉え、そして吼える。

 

「終わらせるぞ!!」

 

 希望に溢れる想いを束ね、彼等は最後の戦いへと向かっていった…

 

 

 

 

 

 




 陰我討滅符《博霊夢想》

 隠岐奈との決戦の最中霊夢が最後に編み出した技
 即興で作り上げた事もあって形も定まっていない未完成な弾幕であるものの、隠岐奈の弾幕や能力を一瞬で打ち破る程の力を秘めた霊夢最大の技でもある
 ちなみに未完成とは言ったが一つだけ決まっている事がある
 放たれる弾幕は揃ってかの騎士を思わせる黄金色となっている事だ


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第拾弐話「幻想」後編

 幻想秘身 牙狼

 幻想郷に生きる者達の想いを受け取った雷吼が起こした新たな奇跡の力
 背中には幻想郷の最高神である龍神を模したオブジェが存在しており、広げた両腕に二つの金輪が浮いているのが特徴
 イディアクトに対抗する為の絶対なる力が備わっている
その力とは…

ざっくり言えば鷹麟牙狼と竜陣牙狼が合わさったものと考えていただければ
ちなみに裏モチーフはデゴルだったり

願わくば、ゆっくりしていってね



 幻想秘身となった牙狼(雷吼)が、火羅・イディアクトへと向かっていく。

 対してイディアクトは雷吼に向けて掌から陰我の波動を放つ。

 雷吼は新たに変化した牙狼剣…“幻想牙狼剣”を構えると、波動に向けて一閃、その波動を断ち斬った。

 それを見たイディアクトは僅かながらも驚いた。

 牽制とはいえ遥かなる理想の力を扱う自らの攻撃を、ただの一振りで消し去ったのだ。

 イディアクトは次の手として身体から無数の槍を雷吼に向けて放つも、それらはいずれも幻想牙狼剣によって断ち斬られてしまう。

 そして雷吼は一瞬の隙を突いて懐に接近、牙狼剣を金色に光らせ、それをイディアクトの身体に突き立てようとする。

 しかしイディアクトは既に大量の陰我をその身に内包し、不死身とも言える存在と化している。

 故に傷を付けるなど不可能だと、イディアクトは思っていたが…

 

「はぁっ!!」

 

 イディアクトの予想は外れた。

 突き立てられた牙狼剣はイディアクトの身体に深々と刺さり、雷吼はそのままイディアクトの身体を斬り進めていく。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 一つ、また一つと付けられていく傷痕を見て、イディアクトは今度こそ雷吼に対して焦燥を覚える。

 全てを超越している筈の力は容易にかき消され、完全なる不死身の身体にはいとも容易く傷を付けられている。

 間違いない、今の牙狼は危険すぎる。

 そう判断したイディアクトはさらに陰我を溜め込み、新たな力を手にしようとするが、それは顔面に直撃した閃光によって遮られた。

 

「《マスタースパーク》!!」

 

 恋符《マスタースパーク》

 

 普通の魔法使い、霧雨 魔理沙だ。

 

「魔理沙!」

「分かってる!派手にぶちかましてやるぜ!」

 

 魔理沙は続けざまに弾幕を撃ち込んでいくが、彼女の力だけでは火羅を倒す事は出来ない。

 イディアクトからしても、魔理沙の存在は人間で言うそこらを賢しく飛び回る蚊蜻蛉と同じ存在。

 イディアクトは一旦狙いを魔理沙へと変え、彼女に向けて陰我の槍を放つ。

 魔理沙は懸命に避け続けていくも、やがてイディアクトに逃げた先を読まれ、槍を打ち込まれてしまう。

 

「やっべ…!!」

 

 回避も防御も間に合わない。

 あわや彼女に槍が突き刺さろうとしたその瞬間、

 

「《八方鬼縛陣》!!」

 

 神伎《八方鬼縛陣》

 

 楽園の素敵な巫女、博麗 霊夢の手によって、彼女を狙っていた槍が四方八方から降り注ぐ御札の嵐にかき消された。

 

「霊夢…!」

「無茶しないの、戦っているのは私達だけじゃない。」

 

 霊夢の言葉に釣られて後ろを振り返る魔理沙。

 彼女の目に写ったのは、幻想郷からこちらへと向かってきている多くの人妖達の姿。

 幻想郷から火羅が消えたからこちらに来たのだろう。

 霊夢の言う通りだ。

 戦っているのは、一人じゃない。

 

「…あぁ!分かってるよ!行くぜ二人共!」

「えぇ!」

「承知!」

 

 二人の言葉を合図に、幻想の少女達から一斉に弾幕が放たれる。

 その中を掻い潜りながら、雷吼は背部のオブジェクトを起動。

 背後にある二つの金輪を分解し、新たに一つの巨大な金輪を造る。

 その金輪が高速で回転すると、内部から無数の光の球体を生成した。

 

「行けっ!」

 

 雷吼の合図で、その球体は少女達に向けて飛んでいく。

 この球体は幻想秘身の力の一つ。

 幻想秘身の持つ能力が雷吼の想いを受け、形となった物。

 まず最初にそれを受け取ったのは…

 

「素敵な贈り物をありがとう、黄金騎士。フラン、折角よ、派手にいきましょう。」

「分かってるよ、お姉様!」

 

 レミリアとフランの二人であった。

 光の球体が身体の中に入っていくのを確認した二人はスペルカードを手に取る。

 

「さぁ、ワルツの時間よ。」

「コンティニューなんて許さないんだからね!」

 

 究極《ファイブオブアカインド》

 

 分身した四人のフランの中心にレミリアが座し、紅き十字架の下に集う。

 そして放たれる悪魔の弾幕。

 相手をただ滅する事しか考えていないその弾幕は、イディアクトの身体に着実に傷を付けていく。

 そう、イディアクトに、火羅に攻撃が通じているのだ。

 これこそが幻想秘身の力。

 雷吼がかの地で陰と陽の力を発現したように、牙狼には特別な力が宿っている。

 それは、“想い(希望)を形にする程度の能力”。

 その力が世界より忘れ去られし者達と触れ合い、心を通わせた事によって起きた新たな奇跡。

 理想(イディアクト)と対を為す、世界の理より外れし力…

 

 

 

 

 

 “幻想を現実へ叶える程度の能力”。

 

 

 

 

 

 それが幻想秘身の持つ力だ。

 しかしイディアクトも弾幕の瓦礫に埋もれまいと新たな理想を実現する。

 

「っ…お姉様!」

「これは、日の光と同じ…!?」

 

 そう、イディアクトが全身から日の光を放出したのだ。

 その光量は雷吼達でさえ眼と身体が一瞬で焼かれるのではと錯覚する程強く、吸血鬼である二人にとっては致命的な事だが…

 

「ご無事ですか、お嬢様方。」

「うん、さっすが咲夜!」

 

 吸血鬼の忠実なメイドである咲夜が日傘を広げて二人を光から守った。

 とは言え対策を練られてしまった以上、レミリア達に出来る事はもうほとんど無い。

 

「仕方がないわね、後は任せたわよ。」

 

 そう言ってレミリア達は幻想郷へと帰っていく。

 そして新たに幻想秘身の力を手にしたのは、冥界の姫君とその従者。

 

「あらあら…妖夢、私達もあの子達のようにはっちゃけるべきかしら?」

「幽々子様の思うままに。」

 

 幽々子は妖夢の生真面目な返事を笑って受けると、妖力を最大まで高め、しばらく小さな声で何かを呟いて、また笑った。

 

「それじゃあ妖夢、後はよろしくね?」

 

 桜符《完全なる墨染の桜-満開-》

 

 漆黒の宙に、桜の花弁を模した弾幕が舞い落ちる。

 そしてその中で佇むは、半霊半人の剣士と瀟洒なメイド。

 

「お任せを、幽々子様。」

 

 剣伎《桜花閃々》

 

 桜の花弁が、散っていく。

 剣で斬られる度に花弁は別れ、数えきれぬ弾幕となって宙を満たす。

 桜吹雪となって舞う弾幕、その中を剣が閃くその光景はとても美しく、見る者全てを魅了する。

 だがイディアクトとてやられてばかりではいまいと天に向かって怒りを訴えるが如く吼え、弾幕を吹き飛ばす。

 それだけで凄まじい衝撃と吹き飛ばされた雷吼達を襲い、皆が思うように動けぬ中、勇ましく火羅に向かっていく者が一人居た。

 

「一対一の勝負がご所望と名乗りを上げたかい?良いよ、乗ってあげようじゃないか!」

 

 萃香はスペルを発動すると、一度身体をぎゅっと縮こませ、そして一気に身体を広げる。

 すると彼女の身体はみるみるうちに大きくなっていく。

 それこそ、イディアクトと同じ位の大きさに。

 

 鬼神《ミッシングパープルパワー》

 

 目には目を、歯には歯を。

 幻想秘身の力によってまさにそれを体現した萃香は、驚愕しているイディアクトの顔面に向けて思いっきり拳を振るう。

 イディアクトも即座に腕部を巨大化させ、萃香に殴りかかる。

 俗に言うクロスカウンターの形で相対した勝負の行方は…

 

「ちっくしょ~~~!!後は任せた~~~!!」

 

 引き分けであった。

 イディアクトの拳を受けて幻想郷へと吹っ飛んでいく萃香だったが、それはイディアクトも同じ。

 萃香の拳を受けたイディアクトはそのまま月へと吹っ飛んでいく。

 ダメージを与えると同時に幻想郷からも遠ざける事が出来た。

 雷吼達はそのままイディアクトを追撃する。

 

「追い打ちを掛けます!私にもあれを分けてください!」

「承知!」

 

 鈴仙の願いを聞き届けた雷吼は彼女に幻想秘身の力を渡す。

 それを受け取った鈴仙は皆よりも先に飛び出していき、イディアクトの正面まで近付く。

 

「能力を使います!!みなさん、私の視界に入らないように!!」

 

 そしてイディアクトと視線が合ったその瞬間、彼女はスペルを発動する。

 

 《幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)

 

 狂気を操る彼女の能力が本領を発揮する。

 幻想秘身の力で高められた能力は、瞬く間にイディアクトを狂気へと陥れる筈だったのだが、イディアクトは既に対策を施していた。

 

「嘘!?私の能力と張り合って…!?」 

 

 イディアクトが狂気に陥らない。

 それどころか鈴仙と同じように波動を発し、逆に彼女を狂気に陥れようとしている。

 極限まで高められた狂気の波動、まともに受ければどうなるか分かったものではない。

 お互いの能力が拮抗し合い、辺りに緊張が走る中、探りを入れたザルバが遂にイディアクトの本体を見つけ出す。

 

「…見つけたぞ雷吼!頭だ、あそこが奴の中枢だ!」

「あそこか!」

「だが直接中枢を叩く事は不可能だ!周りの陰我がすぐに蓋をする!」

 

 中枢を叩く事は嶐鑼の時と同じだ。

 だが今回は以前のように内部に直接入り込む事は出来ない。

 イディアクトの身体を構成している陰我を全て消し去らなくてはならないのだ。

 

「つまりはちゃちゃっとガワをひっぺがして本体を叩けと、成程分かりやすいですね。そうと決まれば行きますよ、椛!はたて!」

「文!ちょっと待ちなさいよ!」

「だから二人共置いてかないでくださいよ!」

 

 文、椛、はたての三人が躍り出る。

 鈴仙と対峙しているイディアクトが三人の気配を捉えるも、天狗である彼女達相手ではもう遅い。

 

「鈴仙さん、ご苦労様です!後は我々にお任せあれ!」

「頼みました…!」

 

 文が神速が如き飛翔で鈴仙をイディアクトの波動から解放する。

 一瞬の内に消えた鈴仙に驚愕しているイディアクトに対して、文達は続けざまにスペルを発動する。

 

「天狗の恐ろしさはそのチームワークにあり、いざ、とくとご覧あれい!」

 

 《幻想風靡》-三天狗ver.-

 

 文の刀、椛の太刀、はたての薙刀。

 三つの剣が神速の風となって火羅の身体に穴を空ける。

 

「合わせるわ!お願い、皆!」

 

 《グランギニョル座の怪人》

 

 それに合わせてアリスも多くの人形達を送り出す。

 数多の人形が目まぐるしく移り変わり、色とりどりの弾幕を放つ様はそれだけでも美しく、幻想風靡を一層引き立たせる。

 しかしイディアクトが再び怒りの声を上げると、背部から次々と文達を追尾する陰我の攻撃を放つ。

 

「ちょっ、何これ邪魔なんだけど!?」

「先回りもされて、完全に動きが読まれている…!?」

「おぉっと!?これが理想の体現というやつですか!これでは私達はもう役には立たないですね…皆様後はお願いしまーす!」

 

 文達もイディアクトの理想に組み込まれてしまった。

 見るとアリスの方も人形達がバラバラに砕かれており、彼女も首を横に振っている。

 次々とイディアクトの理想の力に戦力を削られる中、イディアクトが吼えると同時に身体が少し小さくなり、代わりに両腕がさらに巨大な砲身へと変わった。

 どうやら碗部に陰我を集中させたらしく、それでこちらを一息に滅しようとしているのだろう。

 イディアクトの両手に暗い光が宿る。

 今までに感じた事の無い程の陰我、下手をすれば自分達どころか背後の星にまで直接影響を与えかねない。

 だが、それを黙って見ている彼女達では無い。

 

「世界を手中に治めようなどと、随分と大それた事を言うものだ。」

「その邪心、私達が正しましょう。」

 

 白蓮と神子の二人がそれぞれ手を、剣を掲げる。

 そして今まさにイディアクトから世界を滅ぼしかねない一撃が放たれるその瞬間、二人の力が発揮される。

 

 天符《釈迦牟尼の五行山》

 《詔を承けては必ず慎め》

 

 白蓮の手刀、神子の剣。

 二人の手から放たれた一撃は、イディアクトの両腕を身体から斬り裂いた。

 両腕が失われた事により悶えるイディアクトに、一台の戦車が突っ込んでいく。

 

「金時!保輔!」

「分かっている!」

「お任せを!行くぞ轟雷獣!!」

 

 金時の声に応えた轟雷獣は、怒りに呑まれるイディアクトの槍や弾幕による攻撃を砲撃で相殺していく。

 目指すはイディアクトの腹部。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 烈火炎装を纏い最高速度でイディアクトに突っ込んでいった轟雷獣は、見事イディアクトの腹部を貫いていった。

 そして保輔はイディアクトの腹部に大きく空いた穴、未だ上半身と下半身を繋ぐ残りの胴体に狙いを定め、神速の斬撃を見舞う。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 保輔に斬り裂かれた事によって、遂にイディアクトの身体が分断された。

 臨界点に達したイディアクトは、もはや何も考えず、ただ暴れまわるように周囲一帯に陰我の弾幕を放つ。

 

「魔理沙、受け取れ!!」

「あぁ!!」

 

 それを避けながら、雷吼は魔理沙とすれ違い様に牙狼剣とミニ八卦炉を接触(グレイズ)させ、彼女に幻想秘身の力を託す。

 

「逃がしはしない、確実に仕留めるぞ!」

「オッケー!早苗、準備は良い?」

「はい!いつでも行けます!」

 

 次いで動いたのは守矢の三人。

 まず諏訪子が手を合わせ、守矢の真の祭神へ祈りを捧げる。

 

「お願い、ミシャグジ!!」

 

 諏訪子がそう叫ぶと、イディアクトを包み込むように蛙の幻影が浮かび上がる。

 さながらイディアクトを腹の中に収めているかのようだ。

 次に神奈子が御柱を出現させたかと思うと、その御柱を砕いてしまう。

 代わりに神奈子の手に収まっていた物、それは御柱の中で生成された、蛇が絡み付いた一本の光の矢だった。

 

「早苗、受け取れ!!」

 

 神奈子はそれを早苗に向けて投げ渡す。

 矢を受け取った早苗は大幤で自身の正面に青い五芒星を描くと、大幤を弓の代わりとして矢を構える。

 そして五芒星の中心で狙いを定め、火羅に向けて矢を放つ。

 

「狙いは…外しません!!」

 

 《Triangle(トライアングル) Guardiarrow(ガーディアロー)

 

 放たれた矢は寸分違わずイディアクトの頭部に命中し、それと同時にイディアクトは大きくのたうち回る。

 そして魔理沙は雷吼とすれ違った後、イディアクトから離れた場所へと飛んでいく。

 やがて十分な距離を確保したと確信した魔理沙はイディアクトの方へと向き直り、光輝くミニ八卦炉を構える。

 未だかつて無い程の魔力がミニ八卦炉に集まり始め、それを支える手が徐々に震えてくる。

 

「弾幕はパワーだって事…見せてやるよ!!」

 

 魔力の収束は、完了した。

 魔理沙はイディアクトに向けて、特大の魔法を放つ。

 

「ファイナル…!!」

 

 それは彼女の代名詞。

 魔法使いを目指す者達が到達せし、至高にして始まりの魔法。

 

「マスター…!!」

 

 それを究極にまで高め、極めた、彼女だけが放てる“極めて普通の魔法”。

 その名も…

 

「スパァァァァァァァァァァク!!」

 

 魔砲《ファイナルマスタースパーク》

 

 満を持して解き放たれた閃光は、かの火羅の身体を軽く包み込む程の代物であった。

 その閃光が晴れた先に居たのは、雷吼が初めて月で見た時と同じサイズのイディアクトが。

 その胸部には先程早苗が放った矢が突き刺さっており、その効力か、どうやらその場から動けないようだ。

 

「行けぇ二人共!!」

 

 魔理沙の声に押され、雷吼と霊夢はイディアクトの下へと飛び立っていく。

 

「行くわよ!スペル…発動!!」

 

 霊符《夢想封印》

 

 スペルを発動し放たれた夢想封印は、雷吼の持つ幻想牙狼剣へと向かっていく。

 

「後は任せたわよ、雷吼!!」

「承知!!」

 

 夢想封印が牙狼剣に触れ、牙狼剣が七色の光に包まれる。

 全ての準備は整った。

 

「(感じる…この鎧が紡いできた数々の想いが…)」

 

 目を閉じれば、見えてくる。

 かつて牙狼の称号を受け継ぎ、人々を守り抜いてきた歴戦の勇士達の姿が。

 いや…それだけではない。

 

 “己の闇さえも受け入れ、世界を光で照らした黄金騎士”。

 

 “父の強さを、母の優しさを受け継ぎ、歴代最強とさえ謳われた黄金騎士”。

 

 “その身に課せられた運命に翻弄されながらも、やがて真の守りし者となった黄金騎士”。

 

 “残された想いをただひたすらに繋ぎ、世界を終焉の先へ導いた黄金騎士”。

 

 そして、“真に守るべき者の為、今なお次元を駆け続ける黄金騎士”…

 

 過去を、未来を、そして世界を越え、守りし者達の想いは一つとなる。

 

「(俺は、多くの命を見捨ててきてしまった。都、幻想郷、そこで生きる人々を…そして、星明を…)」

 

 己の未熟さ故に犠牲となってしまった平安京の人々…

 この地を覆いし野望に気付けず、手の届かなかった幻想郷の住人…

 一人の少女の想いを守る為、命を賭けて守りし者としての使命を全うした星明…

 

「(いや…それでも…!)」

 

 だが牙狼の鎧を通じて繋がるこの想いは、彼にまだ諦めるなと訴えかけている。

 その想いを、幻想として終わらせるなと。

 

「(それでも俺はこの鎧を継ぎ、誓ったんだ…全ての生命を守ると…その生命が求める願いを叶えると…!)」

 

 目を開けると、彼の周囲には沢山の透明な球体が浮かんでおり、その中には様々な光景が流れていた。

 それは未来。

 守りし者達が繋いできた、一つ一つが光輝いている物語。

 そして雷吼の目の前には、何も写し出されていない一つの未来が。

 

「(皆が…“俺”が求める“理想”を…叶えてみせる!!)」

 

 雷吼はその白紙の未来に手を伸ばし、その手に掴み取る。

 

「(俺はもう、誰の命も見捨てはしない…!)」

 

 雷吼が掴み取ったそれは、やがて一つの未来を形作る。

 誰もが笑いあっている理想の未来を。

 

 

 

 

 

「火羅 イディアクト!!」

 

 

 

 

 

「次元を超えてなお、数多の命を弄び…」

 

 幻想が希望の下に舞い上がり、

 

「あまつさえ世界を闇へと変えさんとする…」

 

 現となって咲き誇る。

 

「貴様の陰我…!!」

 

 無限に広がる数多の想いを一つに束ね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで断ち斬る!!!」

 

 契りの華が今開く!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉ…!!」

 

 雷吼はイディアクトのすぐ傍まで接近すると、上空へ向かって大きく飛翔する。

 狙いは、一刀両断。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そして七色に光輝く牙狼剣を一気に振り下ろす。

 振り下された剣先は、イディアクトの身体を見事両断した。

 イディアクトは己の消滅という現実にしばらく抵抗していたが、やがてその身体から徐々に光が漏れだし、そしてその光に呑まれながら、火羅・イディアクトは消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イディアクトが消滅した際に内包していた陰我は光輝く金色の粒子となって世界に降り注いだ。

 幻想郷においてもそれは変わらず、地上から戦いを見守っていた紫は、光の粒子が降り注ぐ中幻想の地に降り立つ雷吼と霊夢の姿を見て、不思議と二人がとても幸せなように見えたと後に語る…

 

 

 

 

 

 

 

 

 




究極《ファイブオブアカインド》

 レミリアとフランの二人が放つ合同スペル
 フランのスペル、禁忌《フォーオブアカインド》にレミリアが加わった技であるが、フォーオブアカインドで存在していた隙間をレミリアが埋めるように弾幕を放つ為、攻略難易度が非常に高いスペルである
 スペル名はもちろんあの曲から
 歌えないよあの曲は

《完全なる墨染の桜-満開-》

 幽々子のスペル、《完全なる墨染の桜》の最上位技
 と言うよりも開花まであって何故にそれ以降が無いのか

《幻想風靡》-三天狗ver-

 文のスペル、《幻想風靡》に椛とはたてが加わった合同スペル
 強力なスペルではあるが、文のスピードに合わせるのが非常に難しいと二人からはあまり好評では無い

《Triangle Guardiarrow》

 早苗、神奈子、諏訪子の三人で放つ合同スペル
 まず諏訪子がミシャグジ様の力を借りて相手に必中の呪いを掛ける(その際まるで蛙の腹の中に居るような幻影が相手の周囲に浮かび上がる)
 次に神奈子が御柱を砕き、中から白い蛇が巻き付いた光の矢を掴み、それを早苗に託す
 最後に矢を受け取った早苗が大幣で五芒星を描き、それ等を合わせて弓とし、光の矢を放つ
 完全に相手を倒す事を年頭に作られた技なので弾幕としての機能は一切無い技である
 元ネタは諏訪大社で実際に行われている神事、蛙狩りから
 スペル名の「Guardiarrow」は「Guardian」+「Arrow」の造語
 ようは「守矢」です


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終結「幻ノ理想郷」

はい、サブタイ通り今回で理想郷終わりです

どうか最後まで、ゆっくりしていってね



 火羅・イディアクト討滅から二日目を迎えた幻想郷。

 博麗神社の縁側ではいつも通り博麗 霊夢が味の薄い茶を啜っている。

 少し違う点を上げるとすれば、彼女の膝を枕替わりとして気怠るそうに寝転がる“高麗野(こまの) あうん”という少女が居る位だ。

 そんな彼女達の前に一つのそよ風が吹く。

 

「よっと…よう霊夢、遊びに来たぜ。」

「いらっしゃい、素敵なお賽銭箱はあそこよ。」

「はいはいそれは置いといて…で、あれから調子はどうなんだ?」

「別に、何も変わらないわよ。ちなみに素敵なお賽銭箱はあそこだから。」

「うん、何も変わってないな。安心したぜ。」

 

 霧雨 魔理沙、いつも通りの客人だ。

 今日は珍しくそっと降りてきたらしい。

 と言うのも、今日はもう一人別の客人を乗せて来たからだ。

 

「えっと、その子があうんちゃん?」

「えぇ。早速だけど、お願いしてもいいかしら?」

「もちろん、お任せあれ。」

 

 “矢田寺(やたでら) 成美(なるみ)”。

 魔法の森に鎮座する地蔵が森の瘴気に当てられ自我を持った魔法地蔵だ。

 霊夢が彼女を呼んだ理由、それは今ちょうど膝の上で寝転がっているあうんが関係している。

 そもそもあうんは神社の狛犬に宿りし神霊を隠岐奈が命を吹き込んで体を為した存在。

 故にあうんは当初生みの親である隠岐奈の命に従い、霊夢達の行動を監視する役割を与えられていた。

 ところが今回の異変で火羅が幻想郷に溢れ返った際、どういう訳か幻想郷に蔓延した陰我から各神社を守っていたらしいのだ。

 神霊時代の本性が疼いたのか何なのか、とにかく彼女のおかげで守矢神社はミシャグジ様の儀式を滞りなく行う事が出来たし、霊夢達も博麗神社であんな大立ち回りが出来たという事だ。

 しかし代償として大量の陰我をその身に浴びたあうんの気力…正確には生命力がかなり低下してしまっていたのだ。

 昨夜異変解決を祝して行われた宴会の場でいきなり現れ、そしていきなり倒れた姿を見た時は、流石に霊夢や魔理沙も焦りを覚えたものだ。

 

「はい、じゃああうんちゃん、頭をこっちに向けて~…」

「あう~ん…」

 

 外傷等による案件では無いので、永遠亭では対処が出来ない。

 そこで声が掛かったのが、生命操作の魔法を操る術に長けている成美だったのだ。

 霊夢が彼女にあうんを預けた様子を見届けた魔理沙はいつも通りに霊夢の隣に座る。

 

「しっかし、あれから二日か…いっつも思うが、やっぱり異変って解決すると案外早く終わったもんだと感じるぜ。」

「それだけ楽しんでたって事でしょ?よく言うじゃない、楽しい時は早く過ぎるって。」

「失礼な。私は幻想郷の平和の為に奔走してるんであって、決して私個人の楽しみの為に動いてる訳じゃ…」

「毎回嬉しそうに笑いながら出しゃばってたお前さんがそれを言うのか?」

 

 そう言って二人の会話に割って入ったのは、黄金色の希望、雷吼とその相棒、ザルバだ。

 

「よう雷吼、ザルバ。相変わらず霊夢のお守り、ご苦労さん。」

「誰がお守りなんてされてんのよ、誰が。」

「あぁ、むしろこっちの方が世話になってばかりさ。なぁ金時?」

「そうですね、そこは霊夢に感謝してもしきれないですね。」

 

 はいどうぞ、と怪力従者の金時が雷吼達に差し出したのはいつも通りの薄いお茶と、妙に凝った造形の饅頭であった。

 

「うわ何だよこれ、まさか私達か?」

「何で首から上だけなのよ…あんたには私達が生首妖怪にでも見えてるの?」

「じゃあ身体も付けてあげましょうか?」

「「慎んで遠慮しておきます。」」

「あ、可愛いお饅頭!食べても良いですか?」

「可愛いって…」

「成美お前、マジで言ってんのかよ…」

 

 饅頭はそれぞれ雷吼、金時、霊夢、魔理沙の顔を模した造形となっており、本人にとてもよく似ている。

 暇を持て余した従者の本気を垣間見る事が出来るが、霊夢達からすれば自分自身を食すみたいで食べ辛い事この上無い。

 胴体が付けばなおの事だ。

 しかしそんな珍妙な代物にも興味を示す誰かは居る訳で。

 饅頭の上から垂れてきた手に対して霊夢はぺしっ、と小気味良く叩く。

 叩かれた手はいかにも痛そうに手をプラプラと振ると、再度饅頭に手を伸ばそうとする。

 それに対して霊夢はその手の甲を思いっきり強くつねる。

 

「痛い痛い痛い!霊夢痛い!それは痛い!かなり痛い!」

「あぁごめんなさいねー、どうにも手癖の悪い奴が居ると思ったら紫だったのねー、ごめんごめん。」

 

 饅頭の上に出現している隙間から顔を出したのは紫。

 霊夢がいかにもな棒読みで気持ちの籠っていない謝罪の言葉を述べているように、これもまたいつも通りの日常の光景だ。

 しかし日々を過ごしていれば、いつも通りといかない事も稀にあったりするもので。

 

「あら、可愛らしいお饅頭じゃない。一つ頂いてよろしいかしら?」

「お、誰かと思えばおっきーなと愉快なバックダンサーズか。」

「「お邪魔しまーす!」」

 

 霊夢達の前に扉が現れ、中から隠岐奈と舞、里乃の三人が出てくる。

 

「いらっしゃい、昨日今日とご苦労様ね。」

「今日は一体何用なんだ?」

「単純に遊びに来た、じゃあ駄目かしら?」

「いや、十分だな。」

 

 イディアクト討滅の翌日、今回も無事異変を解決した事を祝して宴会が開かれた。

 毎度異変解決に奔走している霊夢や魔理沙はもちろんの事、雷吼や金時、保輔も大いに祝福され、その日はいつもよりも派手な宴会となった。

 そして異変を起こした主犯である隠岐奈達だが、全員お咎め無しという結果となった。

 普通に考えれば何らかの罰でもと思う所だが、この幻想郷は異変を解決してしまえばそこまで。

 後は仲良く酒を酌み交わして、一緒に酔い潰れる。

 それが幻想郷のルールなのだ。

 

「ところで紫、結界の方は結局どうなってるんだ?」

「全然、まだまだよ。果たしていつになったら終わるのかと気が遠くなる位には。」

「情けないわねぇ、そんなんで幻想郷の賢者が務まりますか。」

「ならあなたも手伝ってくださいな。元々あなたが起こした問題なんですし。」

 

 魔理沙が紫に問い掛けたのは、幻想郷の結界、及び空間の状況についてであった。

 そもそも今回の異変の発端は、幻想郷に次元の裂け目が現れた事から始まった。

 その裂け目の影響で幻想郷の空間と結界は不安定なものとなってしまった。

 今回の異変の最中も紫は式達と共に空間と結界の安定に努めていたのだが、イディアクトの力によって幻想郷と魔界は隣接した状態となり、さらに幻想郷に大量の火羅が出現した。

 それらの影響でせっかく直りかけていた幻想郷がまた不安定なものとなってしまったのだ。

 それも、最初の時よりもさらに酷くなって。

 つまり何が言いたいかと言うと、雷吼達は未だ元の世界には帰れないという事なのだ。

 楽しい宴会の場でその事実を告げられた時は、さしもの雷吼も金時や保輔と共に大きく肩を落としたものだ。

 

「気の長い話って事か。まぁ…つくづく災難だったなお前等は。」

 

 その魔理沙の言葉には、雷吼も金時も苦笑いでしか返せない。

 そんな中ふと雷吼は昨日の晩の事に思いを馳せていた…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 博麗神社の宴会も深夜帯に突入し、皆衰えるどころか一層盛り上がりを見せる中、雷吼は一人神社の裏山である事をしていた。

 その裏山の中腹にはぽっかりと開けた空間があり、そこから幻想郷を見渡す事ができる。

 雷吼は簡素な木組みで作られたそれを地面に優しく突き立て、眼下に広がる光景を前にしながら呟くように語り掛ける。

 

「終わったよ、星明。お前の守りたかったものは、ちゃんと守れた。」

 

 幻想郷に散った稀代の術師、星明。

 自分にとっては母のような存在であり、また何よりも守りたかった存在である彼女の墓は、どうしても自分の手で作りたかったのだ。

 雷吼は目を閉じて、星明と過ごした日々を思い返す。

 彼女のあの性格には、よく振り回されていた。

 時には無理矢理面倒事や後始末を押し付けられて、心底困り果てた時もあった。

 それでも彼女と過ごした日々はかけがえのないものであった。

 自分を黄金騎士として、守りし者として、そして何より一人の男として、育ててくれたのは星明だった。

 彼女が居なければ、今ここに自分という存在は無かったであろう。

 彼女が育ててくれたから、守れた命があった。

 彼女が支えてくれたから、立ち上がってこられた。

 彼女が居てくれたから、生きてこられた。

 そんな彼女に何か出来る事はないか、いつも探していた。

 

「結局、何もしてやれなかったな…」

 

 思えば彼女は色々隠していた事が多かった。

 例えば、何故あの時自分を育てようと思ったのかとか、何故その命を掛けた対象が霊夢なのかとか。

 

「細かい所を言えば、何故蝶を嫌っていたのか、とかな。」

 

 蝶に関してはどうやら憎んですらいたらしいが、それは一体何故なのか。

 そんな些細な事でも聞こうにも、既に彼女の口から何かを聞く事は出来ない。

 彼女の事を知らぬまま、永遠の別れとなってしまった事が、雷吼には悔しくて仕方がなかった。

 せめて彼女の事を少しでも理解できていたのならと雷吼が唇を噛み締めていた時であった。

 

「きっと、羨ましかったんじゃないの?」

 

 背後から声が聞こえた。

 振り向くとそこには紅と白の巫女装束を着た少女の姿が。

 

「霊夢…どうしてここに…?」

「きっとあんたの事だから、途中で抜け出してこういう事やってるに違いないって思ったのよ。」

 

 ま、勘だけど、と言って霊夢は墓標の前まで歩いていき、そこに酒の瓶と杯を置いた。

 

「あいつは酒飲む方?」

「あぁ、酔うと煩かったな。」

「へぇ、意外…いや、案外想像つくかも。」

 

 杯に酒を注いで自分の杯と小さく打ち合わせた霊夢は、雷吼にも杯を渡して再び杯同士を合わせる。

 

「だったら、他の連中も呼んだ方が良かったかしら?」

「いや、あいつは何だかんだ最後はいつも一人で飲んでいたからな。」

「…それは本当に意外な話ね。」

 

 注がれた酒を飲み干し、二人はしばらく何も言わないままであったが、やがて雷吼の方から霊夢に話し掛ける。

 

「…羨ましかった、のか?」

「多分ね、勘だけど。」

 

 羨ましかったから、憎んでいた。

 しかし蝶の何が羨ましかったのか、何を憎んでいたのか、雷吼には想像が出来なかったが、霊夢はそのまま話を続ける。

 

「蝶の寿命なんて、たかが知れてるでしょ?でもとっても綺麗な存在で、皆から持て囃されて…少ししか無い時間でも、蝶は皆の人気者で、特別な存在なのよ。虫は嫌いでも蝶は綺麗だから別、なんて人も居るでしょう?」

 

 あいつもきっと同じだったのよ、と言って霊夢は墓標へと視線を落とす。

 

「あいつもきっと、そんな特別な存在になりたかったんじゃない?魔戒法師としてか、女としてかは分からないけど…だからあいつは私を助けたし、あんたと共に生きてきた。」

「特別な存在…」

「あいつ言ってたわ、あんたに必要だって言われて嬉しかった反面、自分じゃあんたの傍には居られないって。自分じゃあんたの特別にはなれないって。」

「そんな事は…!」

「でもあいつはそう思ってた。誰かの、何かの特別になりたいのに、それが叶わない。だからあいつは憎んでいたんだと思う。こんな身近に居る存在でも、特別な存在になれるというのにって。」

 

 霊夢は墓標の下に眠っている星明の姿を思い浮かべながら、馬鹿よあいつは、と口にする。

 

「そんな事しなくても、あんたは既に特別な存在だったっていうのに…それを、分かっていた筈なのに…」

 

 それでも彼女は憎まずにはいられなかった。

 もう、後戻りなど出来ないと思っていたから。

 ならば今自分に出来る事は、残せる事は何であろうか。

 その結果が、今ここに居る博麗 霊夢という少女の存在なのだ。

 彼女が口にした事はあくまで考察にしか過ぎない。

 しかし不思議と雷吼にはその考えが当たっているような、そんな感覚を覚えたのだ。

 

「…なら、俺達が今出来る事は何だろうな?」

「そうねぇ…」

 

 霊夢は雷吼の問いには答えず、後ろを向く。

 そのまま動かない霊夢の姿に疑問を抱いた雷吼は彼女の視線の先へと目を移す。

 

「よ、邪魔するぜ。」

「二人だけで宴会だなんて寂しいわね?」

「私達も混ぜてくださいよ。おつまみも持ってきましたから。」

「こいつ等から話は聞いた。まぁ…一応世話にはなったからな。」

 

 するとそこには魔理沙、紫、金時、保輔の四人の姿が。

 宴会の場に居なかったから探しに来たのだろうか。

 いや…酒やつまみを持ってきているのだ、きっと最初から分かっていたのだろう。

 

「どうするの?」

 

 集まった面々を見てから霊夢が問い掛けてくる。

  皆に気を使わせてしまったのだろう、それはきっと、星明にも。

 

「…あいつは最後は一人で飲んでいたが、それまでは騒ぎ立てる奴だったからな。」

 

 そう言って雷吼はくしゃっと笑い、杯を掲げる。

 

 

 

 

 

「あいつの気が済むまで、騒ぐとするか。」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…吼?…雷吼?」

「え?あ、あぁすまない、つい呆けてしまった。」

「全く、異変を解決したからって気が抜けすぎじゃない?黄金騎士なんだからシャキッとしなさいよ。」

「ぷはははははっ!成程な、確かにこれじゃあお守りしてるのは霊夢の方だな!」

「そうなんですよ、霊夢のそれはまるでオカンのような感じでして…」

「誰がオカンよ誰が!!」

 

 そうしてまた始まったいつも通りの喧騒。

 そんな彼女達の様子を見て微笑みを浮かべる雷吼に、紫は一つ耳打ちする。

 

「結界が無作為に解れてしまった以上、幻想郷にはこれまで以上に外の世界の情報が流れてくるでしょう。その中には火羅も含まれるやもしれません。その時は、頼みますよ?」

「それはもちろん、承知している。」

「幻想郷は全てを受け入れる…来たるべきその時にあなたがどのような決断をするか、楽しみにしているわ。」

 

 見透かされていたのか、紫はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

 そんな紫の姿は成程、あの星明と一緒に居られる訳だと何故か納得してしまえる。

 改めて喧騒の方へ顔を向けると、ふいに霊夢と視線が合う。

 お互いそのまましばらく見つめあっていたが、やがてどちらからともなく微笑みあう。

 

「お、何だお前等?まさか…霊夢、お前にも春ってやつが!?」

「はぁ!?何言ってんのよあんたは!?」

「いや、別にそういうつもりじゃ…!」

 

 それを何かと勘違いしたのか、…いや、魔理沙の事だから悪乗りか、魔理沙が二人を茶化してくる。

 当然二人は否定をするが…

 

「雷吼様…今日はお赤飯ですね!」

星明(あいつ)に次いで今度は霊夢(こいつ)か?お前さんやっぱり尻に敷かれるのが好きなんだな。」

「待て!お前等まで悪乗りするのはやめてくれ!事態が収拾付かなくなる!」

「何て事…あなた達いつの間にそんな関係に…そんな事紫さんは許したつもりはありませんよ!」

「あんたは私のオカンか!!」

「あらあら、めでたい話じゃない?舞、里乃、二人を祝いましょうか?」

「はーい!」

「では二人の為に祝福のダンスを…!」

「「しないでいい!!」」

 

 何だかどんどん変な方向へ話が進んでいってしまっている。

 でもそんな中でもどこか笑っていられる思いがある。

 そうやって辺りが騒がしくなっていたその時、()()()()()()爆音が響いた。

 皆が何事かと顔を合わせていると、居間の襖が勢いよく開いた。

 

 

 

 

 

「待たせたわね…幻想郷!」

 

 そこに居たのは青い髪と桃の付いた帽子が特徴的な一人の少女。

 

幻想郷(ここ)が物騒な事になってるって衣玖から聞いたわ!ちょっと“緋想の剣”持ってくるのに苦労したけれど…この“比那名居(ひなない) 天子(てんし)”様が来たからにはもう安心よ!」

 

 さぁ、異変の首謀者はどこ!?と辺りを見回す天界の姫君に、魔理沙が話し掛ける。

 

「あーっと…おい天子(てんこ)。」

「ん?あぁ、あんたは…って言うかあんた達何こんな所でのんびりしてんのよ?さっさと異変を…」

「解決したからのんびりしてるんだよ。」

「そうそう、解決して…え?」

 

 それを聞いた天子の表情が固まる。

 それと同時に何やら凄まじい気配が二つ。

 

「あら~、誰かと思ったら天界の娘さんじゃない?よく来たわねぇ?」

「いらっしゃい。それで、あなたはわざわざウチの天井ぶち破ってまで一体何しに来たのかしら?」

 

 紫と霊夢だ。

 天子はまるでギギギ…と音がなりそうな首の動きで二人に視線を向ける。

 二人共笑顔だ、ただし取って張り付けたかのような笑顔だ。

 

「…異変を解決しに来た。」

「それはもう終わった。」

「…お賽銭入れに来た。」

「じゃあ今すぐ頂戴。」

「…あなた達に会いに来た。」

「「正面から来い。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お邪魔しましたー!!」

「「逃がすかこのクソ天人がぁぁぁぁぁ!!」」

 

 全力で逃げる天子に、それを全力を通り越してもはや鬼か悪魔かと思わせる程に追いかける霊夢と紫。

 そんな三人を見ていると、また一人女性の姿が。

 “永江(ながえ) 衣玖(いく)”、天界に住まう竜宮の遣いだ。

 ちなみに彼女はちゃんと正面から来た。

 

「もう始まっていましたか…申し訳ありません、総領娘様がまたもご迷惑をお掛けしてしまい…」

「いつもの事だろ?私は構わないぜ、見てて面白いしな。」

「ほ、放っておいて良いのかあれは…大分危機迫っている感じなんだが…?」

「良いんじゃないですか?あ、どうぞ良かったらお饅頭でも。」

「はい、ありがとうございます。可愛らしいお饅頭ですね。」

「可愛らしいって、だからお前等マジで言ってんのかよ…」

 

 金時に薦められて、衣玖は縁側に腰を掛ける。

 今日の博麗神社は、いつも以上に賑やかだ。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

―外の世界、その何処か…―

 

「ふふん、変な結界が張られていたみたいだけど、生憎私の目は誤魔化せないわよ。やはりこの世の神秘はかの地にあり…待ってなさいよ、まだ見ぬ秘封の地!!」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

―幻想郷の何処か…―

 

「結局あの時巻き上げたお金も無くなったし…また貧乏生活の始まりね…」

「蒼い炎…身体に纏って…蒼…姉さん…?」

「しかも女苑はさっきっからブツブツうるさいし…「決めたー!!」だからうるさいよ。何?」

「こうなったら私達二人の能力を完璧にモノにするわよ!あいつ等私をここまでケチョンケチョンにして…絶対後悔させてやるんだから!!そうと決まれば早速特訓よ姉さん!!」

「え、ちょっと待って意味分かんなi「早くしろ~!!」ちょっ、引っ張んないで、どこ行くのよ~、も~…」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

―月の何処か…―

 

「“あれ”は地上の者が倒しましたか…」

「あらどうも、月のお姫様。何かご用で?」

「いえ、感謝をと思いまして。“夢と現の境界”…あなたが張ったものですね?おかげで、月は穢れずにすんだ…」

「ホラーというらしいですよ、あれは。それにしても、穢れずに、ですか…」

「…何か?」

「いいえ、何も。それよりも、今は別の問題があるでしょう?」

「ええ、早い所こちらの問題も片を付けなければ…」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

―世界の何処か…―

 

「…月と地球の間で一悶着あったみたいよ?ホラーの仕業で。」

「へぇ…ホラーがねぇ…」

「興味無さげね?ホラーはあなたの管轄外?」

「管轄外という訳じゃないけれど…興味が無いのは事実ね。だって面白くないのよ、あんな奴等は。」

「興味だけの問題なのね。まぁ良いわ、今はそんなのに構ってる場合じゃ無いし…」

「そうよ、私達は私達でやる事がある。いちいちそんな事に構ってる暇は無いって事なのよん♡」

「意外と乗り気で助かるわ。さて…それじゃあ行きましょうか、私達は私達の理想を成し遂げに。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―そして、博麗神社…―

 

「なあぁぁぁぁぁ!!衣玖助けて!!捕まっちゃったぁ!!」

「あ、捕まったみたいですよ彼女。」

「放っておきましょう、異変はもう解決したと言いましたのに…人の話を聞かなかったお仕置きです。」

「今の二人じゃただのお仕置きで済むかどうか…まぁ、面白いから良しとしましょうか。」

「「さんせ~い!」」

 

 空の上では喧騒が続き、地上ではそれを眺めながら事の次第を見守っている。

 良くも悪くも、これが幻想郷の日常、幻想郷の平和の証なのだ。

 そんないつも通りの、当たり前の事が何よりも大切で愛おしいと、忘れてしまっていたのは一体いつからだったのだろう?

 

「あ、霊夢足持って足。」

「オッケー、股裂きの刑ね。」

「股裂き!?純情で可憐なこの私に股裂きの刑をするっての!?」

「「だって面白そうだから。」」

「鬼!!悪魔!!」

 

 それを思い出す事が出来た。

 いつもの日常がちょっと特別になって、それが嬉しくて。

 そんな当たり前がいつまでも続いていくように。

 

「これで良し、と…もう大丈夫ですよ。」

「ん…ふぁ~…」

「おはようあうん、調子はどう?」

「うん!もう大丈夫!」

「そう、良かったわ。」

 

 それを気づかせてくれた幻想郷(この場所)は、きっと誰もが望む“理想郷”であるのだろう。

 

「平和だな…」

「お、この状況を平和と言うか。お前も大分慣れてきたんだな、喜ばしい事だぜ。」

「ふっ…そうかもな。」

 

 紫の言っていた、来るべき時。

 いずれ訪れるその時に、自分は一体どんな決断を下すのか、今は想像が出来ない。

 ならばその時が来るまでは、この胸に芽生えし理想の為に、この地で生きていこう。

 

「ただの股裂きじゃあ面白くないわね…そうだ、最近新しく“テケテケ”っていう力を手に入れたからそれ使ってみましょうか。」

「ちょっと待って!!何かすっごい嫌な予感しかしないんだけど!!え、待って何その本気(マジ)の構え!?やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇ!!!

 

 

 

 

 

 “この地で生きる者達を守り抜く”。

 新たに掲げし願いを胸に、今はただ笑いあう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その世界は、希望と幸せの光で溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      《牙狼-幻ノ理想郷-》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 何だかんだ続いた理想郷、ここまで続けてこられたのはひとえにこの小説を読んでくださった皆様のおかげです
 「牙狼-幻ノ理想郷-」は一応今回で最終回
 たとえ一瞬でもこの小説が皆様の暇を潰し、ゆっくりできたというであれば私は感謝を通り越して狂喜乱舞致します(こら)
 本当に、本当にありがとうございました


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生蓮摩天楼編
「白蓮」


何か話が思い付いたようなそうでないような感じだけどとりあえず投稿

久々に、ゆっくりしていってね



 人、妖怪、神…

 ありとあらゆる摩訶不思議が集まる深秘の地、幻想郷。

 その内多くの人間が住む人里から少し離れた山の中、生い茂る草むらに身を潜める三人の妖怪の姿があった。

 

「も、もう大丈夫ですかね…?」

 

 “ミスティア・ローレライ”。

 夜雀の妖怪で歌う事が大好きな妖怪だ。

 しかし今の彼女は自慢の歌声を披露する事なく、何かに怯えるように声を潜めている。

 

「って言われても分かんないよ~…!うぅ~、ただ迎えに来ただけなのにどうしてこんな目に…!」

 

 そんな彼女の側に居るのは、雨が降っていないにも関わらず派手な紫色の傘を差しているから傘妖怪の“多々良(たたら) 小傘(こがさ)”。

 小傘はただ、とある人物にミスティアともう一人の妖怪を迎えにいくように頼まれただけなのだが、気がついたらこんな状況に陥ってしまった。

 とはいえ嘆いてばかりではいられないとは理解しており、小傘は恐る恐る周囲の安全を確認する。

 

「とりあえず大丈夫かな…よし、今の内に逃げるよ二人とも…!」

「は、はい…!」

「はい!」

「ちょっ!声が大きいって…!」

 

 本来なら物音を立てずに退散するのが良かったのだが、三人の内最後の一人である“幽谷(かそだに) 響子(きょうこ)”の大きな声がそれを許さなかった。

 山彦妖怪の特性故仕方が無いのだが、今回ばかりは彼女の種族を怨まずにはいられないと苛立ちを覚えた小傘であったが、その思いはすぐにかき消される事となる。

 背後からがさりと藪を掻き分ける音が聞こえてきた。

 それに気がついた小傘達はゆっくりと背後を見て、そして後悔した。

 そこに居たのは、肌は所々腐って爛れており、白目を向いた死人であった。

 四方から複数の呻き声と共に藪を掻き分ける音が止まない事から、存在を気付かれてしまった事は明白だ。

 そう、先程から三人が草むらに隠れて理由がこれなのだ。

 ミスティアと響子は“鳥獣伎楽”というバンドを結成しており、今日はこの山中で練習に明け暮れる予定だったのだが、練習の声につられてしまったのか、突如として死人の群れが姿を現したのだ。

 ミスティアも響子も、そして二人を迎えに来た小傘も妖怪とはいえそこまで強い妖怪ではない。

 立ち向かうには力が足りず、出来る事と言えば目の前の恐怖に怯え、その場から後ずさる事だけだ。

 

「は、早く逃げないと…!」

「いや逃げるってどうやって…!?」

 

 誰だって一刻も早くこの状況から脱したい気持ちは同じだ。

 だがここは鬱蒼と木々や草が生い茂る山の中。

 走って逃げようとしても草むらが足を絡め取るし、飛ぼうものなら木々の枝がそれを阻害する。

 

「こうなったら…うらめしや~!!

 

 小傘は持っていた傘を勢いよく開き、死人を驚かせて隙を作ろうとしたものの、死人で無くともこの幻想郷でそんな程度の事で驚く筈も無く…

 

「って言って驚く訳無いよね…はは…」

「わーん誰かー!!助けてくださーい!!」

 

 いよいよ目の前まで迫ってきた死人を前に三人は為す術も無く、ただ何かの奇跡でも起きて相手が見逃してくれる事を祈るばかり。

 だがそんな都合の良い事は起こる筈も無く、死人は器用にも懐からナイフを取り出し、三人に向けて大きく腕を上げる。

 小傘はせめてもの抵抗とばかりに二人を庇うように傘を開き、間も無く来るであろう衝撃に目を瞑る。

 やがて大きく肉を裂く音が耳に届き、身体に凄絶な痛みと衝撃が…

 

 

 

 

 

「…あ、あれ?」

 

 襲ってこなかった。

 三人の耳には確かに何かを切り裂くような音が聞こえた筈なのだが、お互いの姿を確認しても特にそのような傷跡は見当たらない。

 では先程の音は一体…と三人が疑問に思ったその時、周囲の藪の中を何かが凄まじい速さで駆け抜ける音と共に、次々と肉が裂ける音が聞こえてきた。

 

「え、え!?」

「な、何!?何なの!?」

「何!?怖い怖い!!」

 

 小傘が三人を覆うように傘を開いている為、周囲の様子は伺えない。

 不気味に鳴り続ける音に怯えて縮こまっていると、何時しか音は鳴り止んで、辺りが静寂に包まれた。

 

「止まった…?」

 

 周囲が静かになったと同時に辺りから死人の気配が消えた。

 一体何が起こったのか、恐る恐る傘を退かして周囲を確認しようとするが、突如また後方から何かがこちらに向かってくる音が聞こえてきた。

 まだ死人が近くに居たのか、三人はまた傘の中に隠れて身を寄せあい、その死人とおぼしき何かが過ぎ去ってくれるのをただ祈るが、今度は良い意味でそれが裏切られた。

 

 

 

 

 

「辺りの奴等は片付けた、もう顔を上げて良いぞ。」

 

 

 

 

 

 聞こえてきたのは先程死人達の口から漏れていた呻き声ではなく、しっかりと言葉となっている男性の声。

 その声を聞いた三人はゆっくりと立ち上り、その場で振り返ると…

 

「あなたは確か、早苗の所の…!」

「死人の群れに襲われるとは…まぁ、運が無かったな。」

 

 そこに居たのは幻想郷第二の神社、守矢神社に花咲く白銀の蓮花、袴垂 保輔だった。

 

「助けてくれたの…?」

「…たまたま目に付いただけだ。」

 

 辺りを見ると、藪の隙間から死人達の腕や脚が飛び出している。

 中には胴を両断されたものも飛び出しており、正直に言えばあまり直視できたものではない。

 

「良かった…本当にありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「…でかい声だ。」

「頭に響くわい。」

 

 とはいえ保輔の腕に嵌められている腕輪のゴルバも合わせて、全員が無事だと小傘は胸を撫で下ろす。

 

「まぁとにかく、気を付ける事だ。今日はもう帰った方が良い、里までは送ってやる。」

「あ、ありがとう…ございます。」

 

 保輔等魔戒騎士の噂は小傘も耳にしている。

 先日幻想郷を襲った悪魔異変の解決に貢献し、以来幻想郷では彼等の噂で持ち切りだ。

 粗暴でぶっきらぼうな印象とは裏腹に思いやりのあるその言葉には小傘も少し面食らった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「いや、だから俺はここで…!」

「でも助けてくれたお礼がしたいので…」

「結構だと言っている、だからこの無駄に力強い手を離して…」

「すみませ~ん!遅くなりました~!」

「馬鹿っ!呼ばなくていい!」

 

 だがそれもまた色んな意味で裏切られてしまった。

 今小傘の目の前には二人の少女に手を引っ張られながらこの先へは行くまいと駄々をこねる守りし者の姿が。

 いい歳こいた大人が何をしているのか、小傘はただ目の前の寸劇を奇異の目で見るしかない。

 そうこうしている内に四人の前にある扉の先から誰かが駆け寄ってくる音が聞こえてきた。

 それを耳にした保輔は一度小さく舌打ちをすると無理矢理二人の手を振り切り、そのままそそくさとその場を後にしてしまった。

 

「え、あっ!ちょっと!」

 

 小傘の制止も空しく、既に保輔は遠くの方へ。

 それと同時に三人の前の扉が開き、中から一人の女性が現れる。

 

「三人共無事でしたか!良かった…帰りが遅いから心配しましたよ?」

「すみません、ただいまです!」

「すみません、その…色々あって…」

「と、言いますと…?」

「えっとね、実は…」

 

 小傘が先に起きた出来事を女性に話すと、女性は成程と理解を示し、三人へ申し訳無いと憂いの表情を見せる。

 

「それは恐い思いをした事でしょう。せめて誰かもう一人迎えに行かせていれば…私の不配慮です、ごめんなさい。」

「いやそんな!私達は大丈夫だから…」

「大事に至らなかった事がせめてもの救いです…さ、皆中へ。もうそろそろ遅い時間ですから、二人共今日はぜひここに泊まっていって。」

「ありがとうございます!」

 

 女性の提案を受けた小傘とミスティアは女性と響子の後に続いて扉の中へと入っていく。

 すると三人の内最後尾だった小傘が入った所で、そういえば、と女性から声をかけられる。

 

「あなた達を救ったのは魔戒騎士と言っていましたが…その方は?」

「あぁ…あの人ならここの前に来た途端にそそくさと帰っちゃったよ。何か嫌な事でもあったのかな…?」

「そうですか…」

 

 小傘の答えを聞いた女性は暫し彼が帰っていったであろう方向を見つめていたが、やがて開けていた扉を閉め、扉の先にある寺、“命蓮寺”へと戻っていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 翌日、守矢神社の縁側に保輔は居た。

 ただ胡座をかいてくつろいでいる筈の彼なのだが、その表情はどこか神妙な面持となっており、容易に話し掛けられない雰囲気を晒しだしている。

 しかしそんな保輔の背後から無謀にもそろりと近付く影が。

 

ケ・ロ・ちゃ・ん…アタ~~~ック!!」

 

 そう言って勢いよく飛び出した影であったが、それを予見していた保輔が身体を倒すと…

 

「えぇ~~~~~!?」

 

 見事その影は守矢神社の境内を突っ切って飛んでいってしまった。

 

「え、ちょっ…どこまで行くんですか諏訪子様~!!」

「ふはははっ!お見事、随分慣れたな保輔。」

「毎度毎度やられていたら嫌でもな…」

 

 地平線の彼方へと消えていった洩矢 諏訪子を東風谷 早苗が探しに行き、その様子を八坂 神奈子が見守る。

 守矢神社は今日も平和だ。

 

「…それで、昨日は何があったんだい?」

「何かあった事が前提なのか…」

「そんな仏頂面をされれば、誰だって気になるものさ。」

 

 昨日帰ってきてから保輔の表情は固いままだ。

 同居人として、気になるのは尤もだろう。

 

「…別に、大した事では無い。」

「そうかい…まぁ、何かあれば話すといい。酒でも合わせて、付き合うよ。」

 

 気を使わせないよう簡素に断ったつもりなのだが、やはり幻想郷(ここ)の者達は何かと世話焼きだ。

 慣れていないお節介にどう反応したものか保輔が迷っていると、ちょうど早苗が諏訪子を連れて帰ってきた。

 

「おかえり二人共、どこまで行ったんだい?」

「ちょうど山の中腹ぐらいまででしたね。」

「いや~楽しかった!今度はこれ日課にしようかな?」

「だから俺を巻き込むなと…」

 

 保輔がそこから先の言葉を言おうとしたものの、あるものを見て声が止まる。

 そんな保輔の視線に気づいた早苗があぁ、と事の詳細を説明する。

 

「帰り道の途中でお会いしたんですよ。何でも保輔さんに昨日のお礼がしたいとか…」

 

 何かあったんですかと聞いてきた早苗の背後から三人の姿が現れる。

 

「こんにちは!」

「また会ったね、魔戒騎士さん。」

「昨日は弟子達がお世話になりました、お陰で皆怪我もなく無事に日を越す事ができました。」

 

 幽谷 響子、多々良 小傘、そして…

 

「こうして顔を合わせるのは初めてでしたね。私は聖 白蓮、命蓮寺の住職です。」

 

 聖 白蓮。

 保輔が今この世界(幻想郷)で最も会いたくなかった人物だ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「しかし、遠路遥々ご苦労だったな聖殿。」

「いえいえ。弟子を救ってもらったのです、当然の事ですよ。」

 

 居間へと案内された白蓮は神奈子と共に出された茶を飲み、一息吐く。

 ちなみに早苗と小傘は縁側でがーるずとーくなる会話に花を咲かせており、諏訪子と響子は境内であーうーだかぎゃーてーだか騒いでいる。

 そして保輔はというと…

 

「…で、何でお前はそんな隅の方に居るんだい?」

「別に…勝手だろ。」

 

 何故か居間の隅の方に身を寄せていた。

 露骨に何かを避けているような様子ではあるが、聖は構わず彼の前まで近づき、深々と頭を下げた。

 

「袴垂殿、あなた方魔戒騎士の噂は常々耳にしております。あなたのお陰で三人の命は救われ、こうしてまた今日という一日を迎える事ができました。改めて感謝の言葉を述べさせてください、ありがとうございました。」

「分かった、分かったから早く顔を上げろ…」

 

 そう言って頭を下げる聖を前にして、保輔はどうにもいたたまれず、ややぶっきらぼうに顔を上げるよう促す。

 

「全く、わざわざ来る程の事でも無いだろうに…」

「それは出来ません。限りある命を助けてくださったのです、こうして礼を尽くす事は当たり前というものです。」

「別にあんたを助けた訳じゃない。俺が言いたいのは助けた訳でもないあんたがわざわざここに来る理由が無いという事だ。」

「命蓮寺の長として、また彼女達に教えを説いている者として、弟子に起きた事は自分に起きた事と同義だと思っておりますので。」

「…あんたの言う、“絶対平等主義”ってやつか?」

 

 “人も妖怪も神も仏も全てが等しい存在だ”という主義の下、白蓮はこの幻想郷で教えを説いている。

 弟子が命を狙われたのなら、それは自分の命も狙われたのと同義だと、白蓮は保輔の問いに笑顔で答えた。

 

「はい、それが私の教えですから。」

「そうか…」

 

 それを聞いた保輔はおもむろに立ち上がると、そのまま居間を後にしようとする。

 

「保輔?」

「…少し出掛ける。」

 

 そして保輔は外へ向かって歩いていってしまった。

 保輔が出ていった後、神奈子は突然の保輔の行動に対して白蓮に謝罪の言葉を述べる。

 

「…すまない、どうにも今日は虫の居所が悪いらしい。」

「いいえ、お気になさらず。彼は…」

「…ん?なんだい?」

「いえ、何でもありません。」

 

 そんな保輔に対して、白蓮はただ微笑みを浮かべていた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「聖、聞いても良い?」

「はい、何でしょう?」

 

 夕方、守矢神社から帰路へと着く聖達三人。

 その道中で小傘が聖にある質問をする。

 

「聖、もしかして保輔の事結構気に掛けてたりする?」

 

 根拠は無かった。

 だが昨日保輔の話をして、そして今日実際に保輔と会った時から、聖の保輔に対する感情というものが目に見えるような感覚に陥ったのだ。

 そんな小傘の質問に聖はあら、と多少驚いた仕草をしたものの、すぐにその表情を和らげ、小傘の問いに答えた。

 

「そうですね…その通りです。」

「やっぱり、わちきの目に狂いは無かったみたいね。でもどうして?」

 

 その問いに対して今度はどう説明したものかと聖は考え込むような仕草をしたが、またすぐにその表情を和らげて質問に答える。

 

「外と内との差、でしょうか?見た目は粗暴な印象を受けますが、その内に秘めたる思いは優しさに満ち溢れている…どんなに強く気高い存在でも、その内に等しく慈愛の心を宿せるものだと、改めて感じたのです。」

 

 それに…と言って聖は一旦口を噤んでしまう。

 何故口を閉ざしてしまったのか分からぬ二人は互いに聖の顔を覗き込むが、聖は先程以上に優しい笑みを浮かべながら言葉を発した。

 

「これは非常に私事なのですが…似ているのですよ、彼は。」

「似ているって…」

「誰とですか?」

「私の弟にです。」

 

 聖の弟、と聞いて初めはピンと来なかった小傘だが、やがてその存在を思い出す事が出来た。

 

「聖の弟さんって…でもその人も聖と同じ僧侶さんだったんだよね?似てるって…」

「あら、そういえば話した事がありませんでしたか。彼、僧侶になる前は意外とやんちゃしてたんですよ?」

「え、そうなの?」

「えぇ、でもその時から既に彼の中には法の心がありましたから…重ねてしまったんです。」

「知らなかった~…!」

 

 聖 白蓮の弟、その名は“命蓮(みょうれん)”。

 伝説の大僧正として語り継がれる存在のその人の意外な一面を知った小傘。

 

「しかし彼を弟と重ねて見てしまうとは…私もまだまだ修行が足りませんね、帰ったらまた夜通し読経をしましょうか。」

「しましょうかって…もしかして私達も!?」

 

 軽く伸びをしながら歩く白蓮の姿を見ながら、小傘は何故かとても不思議な気持ちとなり、帰り道は目の前の大僧正と妖怪の山の頂上が気になって仕方がなかった…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「今帰った…」

「お帰り、保輔。」

「お帰りー。」

 

 同時刻、守矢神社へと帰ってきた保輔を神奈子と諏訪子が出迎える。

 既に白蓮達は帰った後のようで、保輔は内心ほっと胸を撫で下ろす。

 

「それで?お前はどうして彼女の事を避けているんだい?」

「っ…何の話だ?」

「聖さ、何故彼女を避けているのかと聞いているんだよ。」

 

 そんな保輔の様子を見抜いていたのか、神奈子の質問が油断という形で保輔の心に突き刺さる。

 

「別に避けてなど…!」

「露骨すぎるよ保輔。話だけを聞いてそう思ったんだから実際はもっと分かりやすかったんだろうね。」

 

 神奈子から話を聞いたのだろう、諏訪子も保輔に詰め寄ってくる。

 ここまで来てしまえば、バレていないという方がおかしいというもの。

 保輔は溜息を吐きながら嫌々その事実を認める。

 

「ったく…別にお前達には関係ない。」

「いいや。守矢神社(ここ)の長として命じよう、全て話しなさい。」

「じゃないと祟っちゃうぞ~、ここから追い出しちゃうぞ~、このお礼品のミスティア屋台一回無料券破り捨てちゃうぞ~!

「面っっっ倒な奴等だなぁ…!!」

 

 かつては盗賊として生きていた保輔からすれば追い出されようが何だろうがそこらで暮らしていける自信はある。

 だが二人はあくまでこちらを心配してそう言っているだけで、本当に追い出したりなどという気は全く無い。

 無料券に関しては大分感情が籠っていたので知らないが。

 

「何、そう難しい話ではない。彼奴はな…」

「黙ってろゴルバ。」

 

 ゴルバも便乗してか二人に事の次第を話そうとする。

 今の自分は要らぬ雑念に縛られていると保輔自身も承知している。

 そしてそれを放っておかず、早々に切り捨ててしまった方が良いという事も理解している。

 では何故話す事が出来ないのかというと、それは所謂面子の問題なのだ。

 自分でも実に馬鹿な話だと思うが、“こんな程度の事”を割と真剣に悩んでいる自分が情けなく、誰にも相談する気が起きないのだ。

 ゴルバもそれが分かっているからこそ、二人に話そうとした。

 本当は有難い話なのだが、生憎そういう気遣いに慣れていない保輔はそのお節介の対処に困るのだ。

 それがまた内心を打ち明けられない要因にもなる。

 

「お夕飯出来ましたよ~…って保輔さん!いつ帰ってきてたんですか?」

「いつでも良いだろ。それより腹が減った、早く飯が食べたい。」

「わ、分かりました。すぐ持ってきますね!」

 

 幸いにも早苗が調度良く夕飯の支度を整えてくれた。

 早苗は素直且つ純粋で、何かしら影響を受けやすい性格だ。

 もし彼女がこの話を耳にしたら、きっと人一倍気遣ってあれこれと世話を焼いてくるに違いない。

 そうなるとそれはそれで確実に面倒になるだろう。

 諏訪子も良かったね~早苗に聞かれなくてと言ってケロケロと笑っている。

 神奈子はというと、そういえばとわざとらしく手を叩いて保輔にある事を伝える。

 

「彼女から伝言だ。困った事があったらいつでも来てくれ、力になる…だとさ。」

 

 そう言ってこちらを見てくる神奈子の表情は何ともいじらしいもので、保輔はいたたまれず運ばれてきた料理に視線を移した。

 

「(ったく…本当にここの奴等は…)」

 

 本当にお節介焼きが多すぎると、食事前の挨拶の為に手を合わせながら心に思う保輔。

 

「(言える訳無いだろ…

 

 

 

 

 

“全てが平等だなんてある筈が無いと思うがどう思う?”だなんて…)」

 

 何にしろ、この話はここで打ちきりだ。

 この問題は自分だけで解決すると、保輔は料理を口に掻き込みながらそう決めた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「っ…!」

 

 暗雲立ち込める深い夜。

 幻想郷の最東端に位置する博麗神社の付近で、火花による閃光が走っていた。

 金属音と共に散る火花の正体は、鍛えられた鉄と鉄がぶつかり合う音…つまりは刀と刀が切り結び合う事によって生まれるもの。

 刀の一つは白い法衣を着た男性…博麗神社の金狼、雷吼が握っている。

 しかしその手は若干震えを見せており、如何に長く熾烈な争いがあったのかが分かる。

 

「雷吼様…!」

 

 彼の側に従者の金時が寄り添い、対面している者に鋭い視線を向ける。

 雷吼と対照的に黒い法衣を身に纏うその男の手にもまた、同じように機械的な刀が握られている。

 

「貴様は一体…!?」

 

 雷吼の問いに男は邪悪な笑みを返すと、刀を天へと掲げ円を描いた。

 描いた円は夜の闇に溶け込むかのような黒い軌跡を描き、そこから騎士の鎧が召喚される。

 

「言ったでしょう?私の目的はただ一つ…」

「っ!?」

 

 その瞬間、雷鳴と共に辺りにカラスの鳴き声が木霊した…

 




ちなみに突発的に始めたも同然なのでこの先は本当に不定期更新になります
ご了承ください


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「黒蓮」

「薄墨桜 -GARO-」に道長さん登場ですって
果たしてウチの作品と違った決着が見られるのか、十月が楽しみです

願わくば、ゆっくりしていってね



 早朝、朝日が射し込む空から守矢神社に降り立つ一人の天狗の姿が。

 射命丸 文の新聞配達の時間だ。

 

「どうも~文々。新聞で…って危なっ!相変わらずキレの良い投げっぷりですね~…!」

「ちっ、また外したか…」

 

 そんな彼女目掛けて豪速球ならぬ豪速石を放ったのは袴垂 保輔。

 何故彼がこのような事をしたのかというと、それはまだ保輔が幻想郷に来たばかりの頃、居間でゆっくりと茶を飲もうと湯飲みに手をかけた瞬間、文が投げ入れた新聞が湯飲みに直撃し、朝から熱湯を被る羽目になったのだ。

 それ以来腹いせとばかりに始まったのがこの行動なのだ。

 

「おはようございます、文さん。保輔さん、危ないですからもうやめましょうよ…」

「新聞なら受け取ってやるからさっさと帰れ、お前を見ていると石を投げたくて仕方がなくなる。」

「はいはい分かってますよ…と言いたい所なのですが、今日はちょっとそうはいかないんですよね~。実は少し小耳に挟んでおいた方が良い情報がありましてですね…」

 

 挨拶ついでに早苗に新聞を渡した文が珍しくこの場に留まる。

 そういえばいつもなら上空から窓をぶち破ってまで新聞を投げ入れてくるのが文の配達スタイルなのだが、今日は律儀に手渡しだ。

 どこか勿体振った言い方といい、面と向かって伝えなければいけない位には重要な情報であるのだろうが…

 

「知りたいですか?」

「知りたいです!」

「結構だ。」

「「えぇ~…」」

「保輔お主…」

「っ…分かった、今のは軽い冗談だ。で、何なんだその情報というのは?」

 

 正直捏造たっぷりな新聞記者からもたらされる情報など面倒事しか想像できない。

 保輔は即効で断ろうとしたが、ゴルバを含めた三人のジト目には耐えられず、半ば強制的にその情報について聞く羽目となる。

 

「うんうん、そうこなくては。というかこれに関しては絶対耳に挟んでおいた方が良い内容なんですよね~。」

 

 ではここからはお惚け無しで、と軽く咳払いをした文は二人を…というよりかは保輔を見据えて真剣な面持で二人に告ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黄金騎士が、何者かによって敗れました。」

 

 

 

 

 

「何…?」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…で、何でお前まで付いてくるんだ?」

「だってこれは間違いなく新たな異変ですよ?雷吼さんが敗れたという事は普段一緒に居る金時さんや霊夢さんもまた然り…ならばこの異変を解決するは、守矢神社の東風谷 早苗と決まっています!」

「異変解決なら霧雨の奴も居るだろうに…」

 

 文からもたらされた情報、それは黄金騎士敗北の報であった。

 黄金騎士 牙狼は最強の魔戒騎士の証。

 その牙狼が敗れたなどにわかには信じ難く、その真相を確かめる為に保輔と早苗の二人は博麗神社まで来ていた。

 

「ごめんくださーい、東風谷 早苗でーす。」

 

 人里へ繋がる階段から境内を突っ切り、普段霊夢達がくつろいでいる居住地の縁側まで歩いていく。

 早苗が声を掛けると、中から誰かが向かってくる音が聞こえてきた。

 

「はーい…あぁ、いらっしゃいませお二人とも。」

「金時さん、おはようございます。」

「どうやらお前は無事みたいだな。」

「無事と言うと、やはりあの件ですか。とりあえず上がってください、お茶をお入れします。」

 

 襖を開け出てきたのは金時であった。

 見た限りでは大した怪我を負っているようには見えない彼は二人を居間に上がらせた後茶を入れたり菓子を用意したりと、いつも通りに客人をもてなす準備を進めている。

 

「…今朝、文の奴から話は聞いた。雷吼が敗れたというのは本当なのか?」

 

 一通り準備が整った所で保輔が話を切り出す。

 金時はその言葉を受け一度居住いを正すと、真剣な表情でその質問に答える。

 

「はい、雷吼様は現在療養の為に部屋でお休みになっております。」

「事実、か…」

 

 黄金騎士敗北の報は真実だと聞かされた保輔は思わず口から溜息を溢す。

 

「その、怪我は酷いんですか…?」

「いえ、そこまでではありません。ですが一応永遠亭の皆様に見てもらうまでは安静にという事で…」

 

 とりあえず大事には至っていないようだが、安静の処置を施される程度には手酷くやられたという事実に保輔は思わず唇を噛み締める。

 

「…何があった?」

「昨晩妙な気配がするとザルバが言って付近を調査しにいった所、死人の群れが居まして…」

 

 金時の言った死人という言葉が保輔の耳に留まる。

 そういえば先日自分も死人の群れを倒したばかりだ。

 死人は自然発生するものではないので、意図的に誰かが用意したのだろう。

 前回自分が倒した群れも、今回雷吼達が倒した死人達も。

 

「その群れを退治した後、“奴”が現れたんです…」

「奴?」

「はい。雷吼様を倒した…

 

 

 

 

 

 “暗黒騎士”が。」

 

 

 

 

 

「暗黒騎士だと…!?」

「あの禍禍しい気配や鎧からして、間違いないかと。」

 

 金時の口から語られたのは、新たに幻想郷に現れた第三の騎士の存在。

 それも暗黒騎士となると、単なる騒ぎでは済まない事態である。

 

「暗黒騎士…ですか?」

「魔戒騎士の中でも闇に魅入られ、闇に堕ちた奴等をそう呼んでいる。」

「彼奴等は魔戒騎士としての能力に加え、闇を操る力を持つ。これはまた厄介な奴が現れたものじゃ…」

 

 強大な闇の力を持つ暗黒騎士の存在は、間違いなく幻想郷を脅かす脅威となる。

 気になるのはその行動目的だ。

 まさか何の気も無しにこの地にやって来る訳はないだろうが、今聞いた話だけでは行動の意図が掴めない。

 

「奴の目的は一体…」

「それに関しては、既に奴自身が口にしていました。」

「何…?」

 

 

 

 

 

「“死を以て 全ての華は等しく咲き誇る”と。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「じゃあ、あんたもその死人達の気配を探って?」

「一応はな。何せ竹林の奥の方から沢山のうめき声が聞こえてきたんだ、確かめない訳にもいかないだろう?」

 

 迷いの竹林。

 文字通り訪れた者を迷わせるこの竹林を、三人の少女が歩いていた。

 

「神社の付近だけじゃない、他の所でも死人達が出現した…」

 

 博麗 霊夢。

 傷を負った黄金騎士の治療を依頼した者。

 

「でも永遠亭には来なかったから、無差別にって訳でもないし…計画的なものかしら?」

 

 鈴仙・優曇華院・イナバ。

 依頼を受け、博麗神社へと向かう者。

 

「さぁな、その辺は分からん。ただ、あてもなく何かを探しているような感じはあったな。」

 

 藤原 妹紅。

 黄金騎士同様異変に遭遇した者。

 永遠亭に往診を依頼した帰り道で妹紅と出会い、昨晩の事を軽く話した所、ニ、三日前に妹紅も同じように死人達と交戦したと言ったので、今こうして三人で竹林の中を歩いているのだ。

 

「死を以て 全ての華は等しく咲き誇る…」

「何それ?」

「奴等を操ってる親玉が残した言葉よ。そういえばその親玉はそこには居なかったの?」

「居なかったな。」

 

 雷吼も妹紅も死人達は気配を感じて見つけたもの。

 決して誰かを狙っていた訳ではなく、かといって暗黒騎士という統率者が居る以上無差別に放っているという事も無いだろう。

 暗黒騎士が残した言葉の真意は一体何なのか、模作する三人だったが…

 

「…っていうか、お前は無傷なんだな。」

「そういえばそうね、仮にも黄金騎士がやられたのによく平気ね?」

「え…いや当たり前でしょ!?私は博麗の巫女、そう簡単にやられたりはしないわよ!」

 

 ふと妹紅が疑問に思った事が話題を変える。

 話を振られた霊夢は何故か一瞬固まってから答えるも、その反応もどこか焦りが見えるような気がしてならない。

 

なんか…

怪しい…

「あ、怪しくなんかないわよ!別に寝てて遅れたとかそんなんじゃない…し…」

 

 二人の疑惑を晴らすべく何か言わなければと焦る霊夢だったが、残念な事に口が滑って思わぬ弁明をする事となってしまった。

 

「寝てたのかよ…」

「やっぱりあなたって呑気な人ね…」

「う、うるさい!さっさと行くわよ!もう…!」

 

 二人の呆れた視線が痛いと羞恥に顔を赤らめながら、霊夢は先頭に立って神社への帰路に着いた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「死を以て 全ての華は等しく咲き誇る…実際どういう意味なんでしょうかね?」

「知らんな、それを探るのが俺達の役目だろう?」

「しかしまず探る場所というのがかの寺とは…あそことは近々何かと縁があるのぅ?」

「うるさい。」

 

 死を以て 全ての華は等しく咲き誇る。

 その言葉を正直に受けとめた場合、生死と花に関する場所が関係しているのではないかと仮定した保輔と早苗は人里へと降り、とある場所を目指していた。

 その場所というのが命蓮寺であり、あまり白蓮と関りたくないと思っている保輔が何故と思うかもしれないが、本来目星を付けていた冥界の方には既に霧雨 魔理沙が向かっていったと金時から情報があったのだ。

 ならば行ったところで話の進展は無いだろうと判断し、在家の一人が襲われた事で何かしら調査に乗り出しているだろう命蓮寺へ行く事になったのだ。

 程なくして命蓮寺の門前へと到着するも、普段なら門前で元気一杯の挨拶を交わす響子の姿が無く、二人は首を傾げる。

 

「居ませんね…またライブの練習でしょうか?」

「だとしたら呑気な奴だ、襲われたばかりでそんな事をする奴などそうは居ない。」

「まぁ今は関係ありませんね、という事でお邪魔しまーす。」

「いや戸を叩くぐらいはしろ…」

 

 結局そのまま門を潜り中へと入るも、そこでも人の気配は感じられず、不穏な気配が漂ってくる。

 

「何だか、ここまで人が居ないと不気味ですね…」

「ゴルバ、何か分かるか?」

「むぅ…向こうに何人か居るようじゃぞ。」

「向こう…墓場の方ですね。」

 

 いつもなら在家の一人や二人ぐらいは外に居る筈なのだが、何故今日は人一人の姿も見えないのか。

 それを確かめるべく気配のあった墓場の方へと向かうと、

 そこには小傘と命蓮寺の僧侶の一人である雲居 一輪の姿が在った。

 

「一輪さん、茄子傘さん、こんにちは。」

「あ、早苗…って開口一番茄子傘は酷くない!?」

「ん?あんた達…って勝手に入ってくるんじゃないわよ、非常識な奴等ね。」

「常識に捕らわれないのがウチの売りなので。「ちょっと、無視しないでよ~!」それより白蓮さんは居らっしゃいますか?お話があるんですけど…「こらー!話を聞けー!」」

「残念、姐さんは今外出中よ。ついでに言うと私達も今暇じゃないから用事ならまた今度ね。」

「誰も反応してくれない…」

 

 二人に抗議の声が届かずその場で項垂れる小傘は一旦置いておくとして、何故今日は寺から人の気配がしないのか保輔が問おうとした所で墓場の奥からもう一人姿を現した人物がいた。

 

「お待たせお待たせ、戻ったよ~…あれ、なんか人増えてる。」

「お帰り村紗、そう、何か勝手に増えたの。」

 

 命蓮寺の在家の一人、村紗 水蜜だ。

 命蓮寺の有力者の内二人が揃っているとなると、少なくとも軽々しくこなせる用件では無いのだろう。

 

「何かあったのか?」

「調査よ、調査。姐さんから頼まれてね、そういう事だから帰った帰った。」

 

 しっしっと手を振ってこちらをあしらう様から分かるように、彼女は命蓮寺の宗派以外に属する者をあまり好ましく思っていない。

 白蓮が帰ってくるまで彼女達から話を聞いていようかと思っていたが、この様子では少々無理があるだろう。

 仕方無しと保輔達は寺の方で白蓮が帰ってくるまで待つ事にしようとしたが…

 

「あ…ねぇ一輪、折角だから二人にも手伝ってもらわない?人数居た方が何かあった時にも困らないし。」

「えー…却って邪魔になりそう…」

 

 意外にも小傘から手伝いの提案が出た。

 確かに白蓮が帰ってくるまでただ時間をもて余すよりかはマシだが、そもそも何の調査なのか分からないのに手を貸すのは保輔からすれば些か気が引ける。

 

「まぁまぁ一輪、そうへそを曲げずに小傘の言う通り手伝ってもらおうよ。二人とも実力派だし、悪い話じゃないと思うけどね?」

「…分かったわよ。その代わり、こっちの邪魔はしないでよ?」

「もちろんです、逆にそっちが足引っ張らないでくださいよ?」

 

 だがいつの間にやら話が進んでしまい、一輪達に協力する事となってしまった。

 勝手に決めるなと項垂れる保輔であったが、ある気配を察知したゴルバの声ですぐに顔を上げる事となる。

 

「保輔、奥から死人共の気配じゃ!」

「何!?」

「墓場の奥…ビンゴかな!?」

 

 現れた死人達を見つけるべく、五人は墓場の奥へと走っていく。

 やがて墓場の奥深い場所で無数の死人が墓地を徘徊している姿を捉えた。

 

「二十…三十…結構な数だね。」

「やっぱり、姐さんの言ってた事は当たりだったみたいね。」

「これが三人が集まってた理由ですか?」

「そう、もしかしたらって事で今朝聖がここを見張っとけって言ったの。」

「人が居ないのもこいつらが徘徊する可能性があるからか…成程な。」

 

 もし死人達が墓場から出て人を襲うのなら、一番近いのはもちろん命蓮寺の僧達。

 白蓮は寺の者達に危害が加わらないようあらかじめ避難させておいたのだ。

 事の次第が判明しすっきりした所で迎撃をと構える一行であったが、

 

「…おや、かなり近い所まで来たと思ったのですが…また外れでしたかね?」

 

 死人達の群れの中から一人の男が現れた。

 黒の法衣に身を包んだその男は一行を見て溜息を吐くも、気を取り直したのかこちらに声を掛けてきた。

 

「失礼、そこのご一行様。ここの場所を聞きたいのですが…」

「いや、あんた誰よ?」

「人にもの聞く時は自分の名前言ってからにしなさいよ。」

「おや手厳しい、では改めまして…」

 

 男は一輪達に指摘されてわざとらしい咳払いをした後、自身のの名を口にする。

 

「私の名は“アカネ”と申します。さて、それでは皆様にお聞きしたいのですが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命蓮寺というお寺はご存知でしょうか?」

 




「神ノ牙 -JINGA-」も心から楽しみにしています
とりあえず秋が待ち遠しすぎる…


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「罰蓮」

暑さのせいか全然話が思い浮かばない…
皆さんも暑さには十分に気を付けてくださいね

願わくば、ゆっくりしていってね



「命蓮寺だと…?」

「えぇ。」

 

 薄暗く、重たい空気が辺りを占める命蓮寺の墓場。

 保輔達の前に現れたアカネと名乗った男は、その命蓮寺の所在を聞いてきた。

 

「え、命蓮寺ならこk、ムググ…!?」

 

 危うく小傘が口を滑らしかけるも、入道雲の雲山がその口を塞ぎ、同時に一輪が前に出てアカネに問い掛ける。

 

「ふーん、命蓮寺に用事ねぇ…どんな用事?」

「実はそこの住職様にお話がありまして…教えていただく訳には…?」

「出来ないわね。絶対碌でもない事だっていうのが見て分かるから。」

 

 一輪はアカネの背後に居る死人達に目を向け、敵意を露にしている。

 目の前の男は間違いなく今回の異変の首謀者。

 相手にどんな意図があるかは分からないが、警戒心が強まるのは当然の事だ。

 

「あぁ、彼等が気になって仕方がないと。安心してください、彼等は何も致しませんよ。」

「何故そう言い切れる?」

「彼等は普通の死人とは違うのですよ。ここに居るのは仏様の声に従い、その道を歩む者ばかりですから。」

 

 死した身なれど、生きて仏の道を歩む僧と変わらぬ。

 アカネは自信ありありと答えるも、小傘や響子、ミスティアや雷吼達を襲った死人達にそのような心があるなど到底信じられるものでは無い。

 

「死を以て 全ての華は等しく咲き誇る…」

「おや、ご存知でしたか。」

「あぁ、よく知っているさ…暗黒騎士。」

 

 ましてや、暗黒騎士の言う事など。

 その言葉を聞いたアカネは一瞬身体の動きを止めたかと思えば、警戒しているのか先程よりも低い声で保輔に問い掛ける。

 

「…その名を知っているという事は、あなたも魔戒騎士ですか。」

「あぁ、あいつ(雷吼)が世話になったそうじゃないか?」

「…あぁ、黄金騎士ですか。驚きましたよ、今世の黄金騎士は国外に居ると聞いておりましたから。」

 

 実に真っ直ぐな方でしたよと言うアカネの表情は、黄金騎士を破ったという事実が裏打ちしているのか、嘲笑で満ち溢れていた。

 

「…気に入らないな。」

「気に入らない…何がでしょうか?」

 

 保輔にとって嘲笑自体は別に構わない。

 最強と語り継がれる騎士を破ったのは事実、それ自体は確かに誇れる事であるのは間違いない。

 だが彼の笑みにはそれ以上の欲が含まれている。

 

「お前のその態度が気に入らないと言っている…!」

 

 この場に居る誰もを見下し嘲笑うその姿は、保輔にとって剣を抜かせる十分な理由となった。

 

「困りましたね…とは言え、私も住職様には何としてでも会わなければならないので…」

 

 保輔達の様子を見たアカネはいかにも残念だと深い溜息を吐くと、右手をゆっくりと上げ…

 

「少々、荒れるかもしれませんね。」

 

 軽く下ろす。

 すると先程まで立ち尽くしていただけの死人達が一斉に保輔達に向かって襲い掛かってきた。

 

「村紗!小傘をお願い!」

「あいよ!行くよ小傘!」

「う、うん…!」

 

 戦闘に秀でていない小傘を水蜜に任せ、残った三人は向かってくる死人達を迎撃する。

 

「何もしないだなんてよくもまぁ言えた事!行くよ雲山!」

 

 嵐符《仏罰の野分雲》

 

 一輪の合図に合わせて雲山が背後に回り、共に拳の乱打を叩き込む。

 見た目は豪快なれども、その拳は死人達を一体一体着実に地に伏せていく。

 

「早苗!」

「はい!」

 

 早苗が大幣を振るうと墓場内に突風が吹き、一輪達に倒され地を埋めていた死人達が宙を舞う。

 そして開いた地を駆け、保輔はアカネに向けて躊躇なく剣を振り下ろす。

 

「ふっ!」

「おっと危ない。」

 

 振り下ろした剣を避けたアカネに対し保輔は続けざまに剣を振るうも、アカネの身のこなしは非常に軽く捉える事が難しい。

 

「駄目ですねぇ…焦らないでもっと正確に狙っては?そんなんじゃ魔戒騎士名乗れませんよ?」

「っ…!」

「保輔、挑発に乗るな。奴の思うつぼじゃぞ。」

 

 分かっていると言いそうになるのを堪える。

 その言葉を言うとしたら、それはきっと苛立ちにまみれた大声となってしまうだろう。

 ここまで攻撃を飄々と避けられている事が意外にも心に余裕を無くしているのか、それともアカネの掛ける言葉一つ一つが思っている以上に神経を逆撫でてくるのか。

 いずれにしろ、二十は振り続けている保輔の刃は未だにアカネを捉える事が出来ない。

 

「援護します、保輔さん!」

 

 その様子を見た早苗は保輔の援護に向かう為に再び大幣を振るう。

 風を起こすと同時に形成された弾幕の効果は覿面だったらしく、アカネは襲い掛かる風と弾幕に足を止める。

 

「うおぉぉぉ!」

 

 その隙を逃さず保輔は吹き荒れる風を追い風として利用しアカネに接近、魔戒剣を横一閃に振るう。

 

「危ない危ない…今のは驚きましたよ。」

 

 しかし保輔の剣はアカネの身体を捉える事なく、彼の握る短刀によって阻まれていた。

 そのままアカネは保輔を押し退けると、短刀を持つ手を軽く振るう。

 すると刀身が伸び、保輔が持つ剣と遜色無い一振りの刀へと変貌した。

 

「彼女達、魔戒法師ですか?とても優秀な方達ですねぇ。」

 

 アカネは保輔の隣にいる早苗と死人相手に奮戦している一輪へと目を向ける。

 その目はまるで彼女達の全身を舐めるかのように見ており、早苗は身の危険を感じて一歩後ずさる。

 

「…お前には関係のない話だ。」

「いやいや、今こうして相対しているというのに関係ないなんて事はないでしょう?もっと教えてくださいよ…この通りっ!」

 

 話をしながらゆっくりと歩いてきたアカネは保輔の前まで来ると、遊ばせていた剣を振り下ろす。

 予想よりも素早い動きに驚きながらも保輔は振り下ろされた剣を防ぎ、即座にアカネをはね除ける。

 墓場に並ぶ墓石を間に挟んで三人は相対する。

 

「早苗、あいつの方を頼む。」

「保輔さん…分かりました、すぐに片付けてきますから。」

 

 保輔に命じられた早苗は一輪の下へと向かっていく。

 早苗がその場から去ってしばらく膠着状態が続いたものの、やがて二人は揃って同じ方向へと駆け出す。

 墓石を間に挟んで駆ける二人。

 動いたのは、 またも同時であった。

 

「おぉぉぉ!」

「ふっ!」

 

 跳躍し、二人の刃が斬り結ばれる。

 そこから再び二人の剣戟が始まった。

 墓石の僅かな隙間に剣を滑らせ、時には墓石を飛び越え直接相手に斬りかかる。

 そんな剣劇の応酬の中、保輔はふとある三つの事に気が付く。

 

「(妙だ…さっきから斬り結んでいる感覚が変わっている…)」

 

 一つ目は斬り合いの感覚。

 それは本当に些細な違いなのだろうが、これまでに幾度も経験してきた剣での斬り合いだ、間違えようがない。

 少しずつであるが、打ち合った際の力加減に乱れが生じてきている。

 果たしてそれは自分か、相手か…

 

「(それに…)」

 

 二つ目はアカネの戦闘方法。

 彼のの戦い方には決まってある事が欠けている。

 それは鍔迫り合いだ。

 アカネと戦闘を始めてからもう五十は剣を振っているものの、その中で鍔迫り合いと呼べるようなものはアカネが初めて刀を取り出したあの一回のみだ。

 全力では無かったとはいえ自身をはね除けたのだ、不得手という訳では無いだろうが、こうも鍔迫り合いが起きないとなると、まるでそういう事態になるのを避けているようにも感じる。

 そして三つ目、斬り結んだ際に感じる相手の刃の感覚に違和感を感じるのだ。

 元々相手が機械の刀を使っている時点で自らのよく知る刀と同じように比べるのもおかしな話であろうが、それにしても伝わってくる感覚はこれまでのどの刀剣とも違う感覚であった。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような…

 

「っ…いかん保輔!!すぐに奴から離れろ!!」

 

 そんな時聞こえてきたのはゴルバ(相棒)の声。

 考えに集中しすぎたかと保輔はゴルバの声に従い、急いでアカネから離れる。

 

「あれ、どうかしましたか?まだ私に刃を届かせていませんよ?」

 

 ある程度距離を離した保輔は改めてアカネを見るも、アカネは特にこれといって何かをした様子はなく、急に間合いから離れた保輔を不審に見ている。

 軽く自身の身体を見てみるも、軽微な切傷以外それらしい怪我は見受けられない。

 ならば何故ゴルバはアカネから離れろと言ったのか、それを問おうとするも、アカネがこちらに向かって駆けだしてきた。

 そしてそれに対処する為に刀を振ろうとしたその瞬間、ゴルバから自身が求めていた答えが返ってきた。

 

「よせ!!奴と斬り結んではいかん!!」

「っ!?」

 

 反射的に剣を水平に構え、アカネの刀を受け止める。

 奇しくも二度目の鍔迫り合いとなったその時、保輔は真実を知る事となる。

 

「何…!?」

「おや、気付きましたか。案外遅かったですね?」

 

 刃こぼれだ。

 保輔の魔戒剣の至る所に刃こぼれが出来ていたのだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「あーもう!全然数減らないんだけど!どうすんのよ!?」

「どうすると言われましても…!」

 

 一方早苗達の方だが、こちらも少々劣勢に立たされていた。

 死人達は言ってしまえば現代で言うゾンビのようなもの。

 そんなゾンビは基本的に頭部を撃ち抜けば活動を停止するのがセオリーだ。

 この死人達も例外ではなく、頭部以外の攻撃はあまり通用せず、倒すには地道に弾幕で死人達の頭部を撃ち抜くか、雲山の拳で上から押し潰すかのほぼ二択のみ。

 一見すると早苗達の方が優位に立てそうな気もするが、そうはいかない理由がある。

 まず死人達そのものが普通の死人と違ってかなりの知性を持っている事。

 器用にナイフや鎌等を持ち、常に集団で襲い掛かって一人が狙われる危険性を減らしている。

 行動も統制が取れており、普通の人間の行動とあまり大差は無い。

 中には弓矢を使って遠くから狙ってくる集団もいる程だ。

 次に場所の問題。

 ここは命蓮寺の墓地、そして一輪は命蓮寺の僧侶である。

 一輪にとってこの墓地や命蓮寺は仏の道を歩む者として必要な場所であり、仲間達の集まる大切な場所なのだ。

 そんな場所を雲山の拳で穴だらけにする訳にも行かず、結果として彼女の能力に歯止めが掛かってしまっているのだ。

 雲山の殲滅能力が消えた今、早苗達には決定打となりえる攻撃方法が無いのだ。

 ちらりと保輔の方を見ると、向こうも状況は思わしくない様子である。

 この状況を打開する為にはどうすべきか思考を巡らせるが、早苗の脳裏には一つの策しか浮かび上がらなかった。

 

「…一輪さん、嵐の中を駆け抜ける自信はありますか?」

「え、何?ここで嵐を起こすっての?それ絶対墓場荒れるじゃん…」

 

 墓場は特別頑丈な造りをしていない為、嵐など起こせばどうなる事か分かったものではない。

 故に早苗の提案に渋い顔を見せる一輪だったが…

 

「他に何か良い方法あります?」

「…無い。」

「じゃあやりましょう。」

 

 他の方法など思い付かず、早苗の提案が実行される事となった。

 多少の犠牲は致し方無し、一輪が出来るのは墓場が荒れない事を祈るのみだ。

 

「私が死人の相手を引き受けます、その為の準備の時間…稼いでくれますか?」

「はぁ…分かったわよ、さっさと終わらせてよね!」

 

 確認が取れた早苗は袖からスペルカードを一枚取り出し、それを地面に強く叩き付ける。

 

「神奈子様、お力をお借りします…」

 

 準備《サモンタケミナカタ》

 

 叩き付けたカードは光と共に地面に緑色の陣を形成し、早苗は奇跡を起こす為の儀式を始める。

 当然ながら儀式を行っている間も死人達は容赦なく襲ってくるものの、一輪と雲山が応戦して彼女に近付かせはしない。

 そして地に走る緑の陣がより一層輝きを増したその時、準備は整った。

 

「一輪さん、私の傍に!」

 

 早苗の声を聞いた一輪と雲山は彼女の傍へと寄る。

 危険を察したのか死人達は間髪入れずに彼女達に襲い掛かるも、もう遅い。

 

「行きます!《八坂の神風》!!」

 大奇跡《八坂の神風》

 

 守矢神社の一柱、風雨の神である神奈子の力を借りたその技は、命蓮寺の墓場に天をも揺るがす嵐を巻き起こした。

 その嵐に逆らう事は許されず、死人達は次々と宙を舞っていく。

 それと共に墓標が宙を舞い、やはり墓場は予想通り荒れていく。

 

「あ~あ~墓場が荒れていく~…もう知らないからね、後で責任取ってもらうわよ!」

 

 積乱《見越し入道雲》

 

 墓場が荒れていく様を見ながら、一輪は半ばやけくそ気味にスペルを発動、雲山と共に独楽のように回転し、嵐の中を昇っていく。

 そのまま風に乗りながら嵐に呑まれている死人達の頭部目掛けて拳を当てていく。

 

「オラオラオラオラァァァァァ!!」

「…やっぱり彼女ただのヤンキーですね。」

 

 空で暴れる一輪を尻目に早苗は先程保輔達が居た方へと目を向けるも、そこには既に彼等の姿は無かった。

 恐らく嵐に乗って上へと飛んだのだろう、早苗は上空を見上げ彼等の姿を探す。

 やがて早苗は上空に火花を散らしながら激突する二人の騎士の姿を目に捉える。

 一人は自分のよく知る白銀の鎧を纏う騎士、保輔。

 そしてもう一人は黒く淀み、禍禍しい気を纏うアカネ…暗黒騎士の姿だった。

 



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「折蓮」

名字も名前もどっちも呼ばれていた筈なのに村沙って書くと様になって水蜜って書くとしっくりこない船長の不思議

願わくば、ゆっくりしていってね



 早苗が奇跡を起こす少し前、自身の剣に刃こぼれが生じている事実を知った保輔は半ば無理矢理身体を捻りアカネと距離を取る。

 当然ながら魔戒騎士として、一人の剣士として、命を預ける剣の手入れを怠った事など無い。

 

「どういう事だ…?」

「奴の刀をよく見るんじゃ。」

 

 何故このような事が起きたのか初めは理解できなかったが、ゴルバに施され相手の刀身を注意深く見ると、その理由が判明した。

 

「成程、姑息な手を使う…」

「姑息と言われましてもねぇ…まぁ、時代に合わせて改修はしていますが。」

 

 そう言って刀の刀身を指でなぞるアカネ。

 その刀身は、よく見なければ全く気付かない程に細かい鋸状となっていた。

 何故斬り合う度に感覚が変化していたのか、何故彼は鍔迫り合いを避けていたのか、全ては自身の刀の特性を相手に探らせず、相手の戦力を削る為の策だったのだ。

 刃こぼれは刃の切れ味を大幅に鈍らせる事はもちろん、下手をすれば欠けた部分から負荷が掛かり、剣が折れてしまう事もある。

 剣を持つ者にとって刃こぼれは決して見逃してはならない致命傷なのだ。

 それを悟らせる事無くここまで刀を削った彼の実力には、流石の保輔も息を呑む思いに陥った。

 

「さて、剣が使い物にならなくなったあなたはどうするんでしょうかねぇ?まぁ鎧を纏えば少しはマシになるでしょうけど。」

 

 アカネの言う通り鎧を纏い魔戒剣を変化させれば、魂鋼の特性により多少は修繕される。

 それは保輔も彼に言われる前から承知済みの事であり、アカネ自身も分かって言っているのだろう。

 それを敢えて語るという事は、安易に鎧を纏えと言っているようなものだ。

 

「…随分と余裕があるな。」

「まぁ、長い事魔戒騎士やってますからね。」

「それほどの力を持っていながら、何故闇に魂を売った?自らの力にでも溺れたか?」

「溺れた、ですか…」

 

 保輔が問う闇に墜ちし理由、それを聞いたアカネは何故か悲しげな笑みを浮かべてそれに答える。

 

「えぇ溺れましたとも。力にも、時代にも。」

「力と、時代…?」

「そうですとも、悪意という力に屈し、時代という波に呑まれた私の想い…引っ張りあげようと思うのは誰しも、でしょう?」

「誰しも、か…」

 

 問答を終えた二人の間に沈黙が訪れる。

 その時間を補うように辺りに吹く風が徐々に力を増していき…

 

「「っ!!」」

 

 刹那、嵐へと変わる。

 大の大人を軽く吹き飛ばす程の風の中、保輔は空に足を乗せ、アカネの姿をその目に捉える。

 彼もまた何の術かは分からないが自身と同様空間に足を乗せており、嵐の中こちらを見失う事無く笑みを浮かべている。

 保輔はその邪心に満ちる笑みを絶ち斬るべく、魔戒剣で頭上に八の字を描きながら空間を跳んでいく。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 斬牙の鎧を身に纏い、アカネ目掛けて刀を振るう。

 対してアカネはゆっくりと刀を頭上に掲げ、反時計回りに円を描く。

 黒い軌跡を残した円から騎士の鎧が現界すると同時に、お互いの剣がぶつかり合う。

 

「へぇ…綺麗ですね、あなたの鎧…」

「…そう言うお前のは、らしい姿をしているな。」

 

 お互いに力を込め、離れる二人。

 保輔は再び空間に足を乗せ、今一度アカネを見る。

 金の縁取りが目を引く漆黒の鎧、鎧の召喚と共に変化した刀は、もはや隠す必要など無いと言わんばかりに鋸状の刃を露にしていた。

 

 

 

 

 

 《暗黒騎士 蝙牙(コウガ)

 

 

 

 

 

「それがお前の墜ちた姿か。」

「墜ちたなど、酷い事を仰る。」

 

 その言葉を皮切りに、保輔は再びアカネへと迫る。

 向かってくる敵に対して何も行動を起こさないアカネの様子が気掛りだが、早期なる決着を付ける為に構わず彼へ刀を振るう保輔だが…

 

「足下がお留守ですよー。」

「っ!?」

 

 突如アカネが視界から消え、足元を掬われるように体勢を崩される。

 今の一瞬で何が起きたのか、すぐさま崩された体勢を立て直しアカネを見ると…

 

「何っ…!?」

「驚きました?一応この鎧の特性なのですが…いやこれが中々便利なものでして。」

 

 何と彼は先程と違い、蝙蝠のように逆さの状態となっていた。

 やり辛い相手だと思いながらも保輔は空間を最大限に活用し、あらゆる角度から攻め立てる。

 しかしアカネもまるで球体の上を滑るかのように身体の位置や向きを変え、保輔の斬撃を避けながら手を加えていく。

 

「どうしたんですかー?全然当たりませんけどー、もしかして今日は調子が悪かったりしますー?うぇっ…回りすぎて気持ち悪くなってきた…

「ちぃっ…!!」

「落ち着くんじゃ保輔、冷静に見極めて…!」

「分かっている!!」

 

 届かない、この刃が届かない。

驕る訳ではないが、これでも多くの死線は潜り抜けてきたつもりだ。

それがこうも掌で遊ばされているとなると、もどかしい思い募り、保輔の心を支配する。

 

「おぉ恐い恐い、そんなに興奮していると…

 

 

 

 

 

 猪だって言われますよ?」

 

 その心に囚われた保輔は背後に回り込んだアカネの姿を追う事が出来ず、その背に彼の凶刃を…

 

 

 

 

 

「保輔さん!!」

 

 秘宝《九字刺し》

 

 …受ける所だったが、早苗が間に割って入り、九つの光柱がアカネの行動を妨害する。

 

「…すまん、助かった。」

「いえ、お気になさらず。」

「っとと…あぁ~びっくりしたなぁもう…」

 

 窮地を切り抜けた保輔は早苗と共にアカネを攻め立てる。

 二人で間髪入れずに攻めるも、相手も保輔を軽くあしらう手練の騎士。

 二人の攻撃を防ぎながら徐々に体勢を立て直し、遂に早苗の振るった大幣を左手で掴み、同時に保輔の刀を自身の刀で受け止めた。

 

「良いコンビネーションですね、一人で戦ってる私からすれば羨ましい限りです。」

「でしたらあなたは一生独りでしょうね…あなたの理想に付いていく人なんていないでしょうから。」

「一生独り、ですか…」

 

 早苗の言葉を聞いたアカネが俯く。

 そのまま動かずじっとしているアカネに二人が不信感を抱いた、その時だった。

 

 

 

 

 

「そうですよ、私はずっと一人でしたよ。何年も、何十年も、何百年も。」

 

 彼の背から黒く淀んだ気が溢れてきたのは。

 

「誰も理解してくれない、誰も…()()()の思想を理解してくれない。全てを失った私を救ってくれたあの人の思想を、誰も…」

 

 溢れ出たそれはアカネの身体を少しずつ包み込んでいき、彼を人ならざる異形へと変えていく。

 

「私が一番嫌いな事を教えましょうか。私はね、あの人の想いを世に広める為に崇高な騎士になったのです。そんな私が暗黒騎士だなんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んな訳ねぇだろうがぁぁぁぁぁ!!」

 

 保輔と早苗の前に居たのは、文字通りの悪魔だった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ―命蓮寺―

 

「っとと…中々止まないねぇ、あの嵐。」

「…」

 

 一輪に施され寺へと避難した村沙と小傘。

 縁側にて村紗は未だ吹き荒れる嵐へと目を向けているも、小傘は暗い表情で下を向いている。

 

「…心配しなくても大丈夫だって、一輪もあの二人も、そんじょそこらの相手に負けるような奴等じゃないし。」

「今皆が戦ってるのはそんじょそこらの相手じゃ無いじゃん!」

 

 小傘の声には不安や焦りといった感情が込っている。

 一度命を狙われた身としては例えあの三人でも心配で、いてもたってもいられないのだろう。

 

「大丈夫、あの三人ならきっと今にでもあいつ等をぶっ飛ばして帰って…」

 

 不安に悩まされる小傘に自信を付けようと村紗が言葉を発したその時、寺の境内から凄まじい音が響いてきた。

 何事かとそちらに目を向けると、立ち込める煙の中で全身に深い傷を負った早苗が膝を付いていた。

 

「ちょっ…あんた大丈夫!?」

「村沙さん…私は大丈夫です、ですが…」

 

 そう言ってちらりと背後を見る早苗。

 それにつられて村紗も後ろを見ると…

 

「や、保輔…ねぇしっかりしてよ!!保輔!!」

 

 そこには早苗以上の深手を負って倒れ伏す保輔の姿があった。

 小傘が慌てて駆け寄り安否を確かめると、どうやら彼は気絶しているようで、弱々しいが呼吸はしっかりとしていた。

 

「全く…人の気も知らないでずけずけと物事言うからこうなるんですよ。」

 

 それと同時に聞こえてきたのは、保輔以外の男の声。

 声が聞こえてきた方向に顔を向けると、そこには既に鎧を返還し、こちらに向かって悠々と歩いてくるアカネの姿が。

 

「本当ならこのままぶっ殺してやりたい所ですが…無益な殺生はいけませんからね。」

「こんだけ暴れておきながらよく言うわ…!」

 

 未だ余裕綽々としているアカネの体力に驚愕しながらも、村紗と早苗はそれぞれの得物を構え、小傘もいざという時の為にいつでも動けるよう身構える。

 余裕からか三人が体勢を整えたのを敢えて見届けたアカネはさてどうするかと思考を始めようとするが…

 

 

 

 

 

「そこまでです。」

「っ!?」

 

 不意に横から何かが投げ付けられ、アカネはそれを刀で弾く。

 弾かれたそれはちょうどアカネと早苗達との間に落ち、皆がその正体を目で捉える。

 それは仏教等で使われる仏具の一つ、独鈷であった。

 

「これ以上の狼藉は、許しませんよ。」

 

 独鈷を投げ付けられた方向を見ると、そこに居たのは四人の女性。

 一人目は山彦妖怪の幽谷 響子。

 二人目は命蓮寺の信仰代理人、寅丸 星。

 三人目は星のお目付け役、鼠妖怪のナズーリン。

 そしてその三人の前で名乗りを上げた一人の女性…

 

 

 

 

 

「聖…皆!」

「お待たせしました。」

 

 命蓮寺の大僧正、聖 白蓮。

 

「わたたたたた…あぁ~目が回る~…はっ!姐さんお帰り!」

「はい、ただいま戻りました。」

 

 合わせて墓場の方角の一輪と雲山もやってきて、命蓮寺の有力者達がこの場に軒並み揃った。

 

「聖…?あなたはまさか、聖 白蓮様でいらっしゃいますか?」

「はい、あなたが今回の異変の首謀者ですね?」

 

 アカネは白蓮の姿を見ると、まるで仏にでも会ったかのようにその表情を明るく、やや恍惚染みたようなものへと変えた。

 

「あぁ…ようやくお会いできました。私はあなたをずっと探しておりました…!」

「えぇ、私もあなたを探していました。」

 

 そうやって軽い言葉を交わすとアカネははっと気づき、居住まいを正して名を明かす。

 

「申し遅れました、私の名はアカネ。今日は是非ともあなたにお願いしたい事があってここに来ました。」

「そうですか…では問いましょう、あなたの願いとは一体?」

「私の教えを広めてもらいたいのですよ、他ならぬあなたに。」

「…なぜ私に?」

 

 死を以て、全ての華は等しく咲き誇る。

 その教えを広めようとするのに、彼はわざわざ白蓮を指定した。

 何故彼女でなければならないのか、その答えは意外な人物の名と共に明かされる事となる。

 

「えぇ、あなたでなければダメなんですよ。私の教えは即ち…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命蓮様の教えでございますから。」

 

「命蓮…!?」

「えぇ。命蓮様の教えを世に広める、あなたも同じ想いの筈です。」

 

 今は亡き白蓮の弟、命蓮。

 アカネの教えはその命蓮が説いてきた教えに準ずるものだと彼は答えた。

 命蓮の名を聞いた白蓮は一度はその表情を驚愕に染めるも、すぐに鋭い目付きでアカネを見据える。

 

「全ての命は生有る間にも仏へと変わる事が出来る…命蓮が…彼がそれを軽んじる教えを説いていると、あなたはそう仰るのですか…!」

 

 即身成仏。

どんな命でもそのまま仏へと変わる事が出来、輪廻転生の苦から解脱出来るというのが白蓮の説く教えだ。

 しかしアカネの言う教えは死したる身体に無理矢理魂を閉じ込める、彼女の教義とは真逆のものである。

 彼から直に教えを説いてもらった身としては、そんな教えが弟の…命蓮が説いてきた教義であってたまるものかと、白蓮の胸中にはアカネに対する疑惑と怒りが渦巻いていた。

 

「とんでもありません!彼等は真の輪廻脱却の為に命蓮様の教えに従っているだけです!」

 

 白蓮の怒りに狼狽えたアカネであったが、やがてふむと考え込む。

 

「…どうやら、あなたは命蓮様の教えの全てを知らないようだ。どうでしょう、ここは一つ腹を割ってお互いを理解する所から始めませんか?」

 

 話し合いに応じるのであれば、今後彼等(死人達)を差し向けるような事はしないと付け足して、アカネは白蓮に向けて手を差し伸べる。

 

「お互いを理解し、命蓮様の教えを共に知り、学び、世に広めていこうではありませんか。」

 

 あくまで主導権は彼のもの、手を取れば何処へ連れられるか、何をされるか分かったものではない。

 申し出を断り、ここで彼を討つ事も白蓮ならば可能であるやもしれない。

 しかし…

 

「…分かりました。」

「ちょっ、姐さん…!?」

「大丈夫ですよ、少しだけ話しをするだけですから。」

 

 彼女はアカネの提案を呑んだ。

 危険を伴う行動に一輪が止めに入ろうとするも、白蓮は確固たる意思を以てそれを制する。

 

「流石白蓮様、話の分かるお方だ…では、行きましょうか。」

「待て!私達も…!」

「いいえ、話し合いには私一人で行きます。星、あなたには私の居ない間、皆さんの事を頼みたいのです。ナズーリン、あなたもどうか行動を起こさないように。」

 

 白蓮一人に行かせる訳にはいかないと星が引き止めようとするも、それも白蓮によって断られてしまう。

 そして白蓮から頼まれた願いを、星もナズーリンも断る事など出来ない。

 白蓮の傍には、誰も居られなかった。

 皆が押し黙った姿を見た白蓮はアカネへと向き直る。

 結局彼女は手を取る事はしなかったものの、保輔を倒し、白蓮を連れ、思うままに事が進んでいると上機嫌なアカネには些細な事であった。

 やがて命蓮寺の外へ向けてアカネと白蓮は歩き出すも、白蓮は一度その足を止め、もう一度皆へと向き直る。

 ちょうどその時保輔が朧気ながらも意識を取り戻し、少しではあるが重たい瞼を何とか開く。

 

「すぐに戻りますから…皆さん少しの間、命蓮寺(ここ)をお願いしますね。」

 

 強く、しかしどこか儚げな言葉が耳に届く。

 再び歩き始めた二人を引き留める力を、保輔は持ち合わせていない。

 遠く、遠くへと離れていく二人の姿を見届ける事しか出来ない彼の意識は、いつしか再び闇の奥底へと沈んでいった…




アカネ

 幻想郷に現れた闇に堕ちた騎士。
 全身黒色の服とコートが特徴。
 相手を嘲弄しがちな性格であり、自身もそれを自覚して相手の感情を揺さぶったりと狡骨な面も持ち合わせている。
 死人達を連れて幻想郷へとやって来た彼は聖 白蓮捜索の最中に雷吼や保輔達と遭遇、彼等を下して遂に白蓮と邂逅、相互理解の為に白蓮と共に何処かへと去っていった。
 その目的は白蓮の亡き弟の命蓮の教義を世に広める事。
 どうやら過去に命蓮と何らかの関わりがあったようだが…
 また、自身を暗黒騎士と呼ばれるのを嫌っている節がある。
 先に書いた通り黄金騎士をも下す程の高い戦闘能力を持っている。
 武器は非常に細かい鋸状の刃を持つ機械的な刀。
 靴の裏に特殊な術が仕込まれており、保輔と同様空間に足を乗せる事が出来る。
 また足を乗せているのは保輔のような平面ではなく球体の上に乗っているようなもので、蝙蝠のように逆さまの状態になったりする事も出来る。

暗黒騎士 蝙牙《コウガ》

 アカネが持つ騎士の鎧。
 金縁が特徴的な漆黒の鎧となっている。
 鎧の召還に合わせて刀も変化、見せつけるかのように鋸状の刃が浮き出る仕様となっている。
 靴の裏の術も健在で、こと空中戦に於いては文字通り変幻自在の戦法を取る事が出来る。
 またアカネが激昂すると内に秘めし闇の力が暴走、全身に闇を纏い保輔等を圧倒する程の力を持つ怪物へと変貌する。

鎧の形は某空を飛べる騎士と同じ
武器の形はその師匠の刀と類似している
ちなみに元々の称号名は罰刀《ばっとう》騎士 蝙牙である


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「心蓮」

イディアクトの時も思いましたけど強い敵を描くのって難しいですな
見返してみると正直アカネが黄金騎士を破れる程の強さを持ってるか怪しくなってきたけど…まぁ、いいか

願わくば、ゆっくりしていってね



「クソッ…!」

 

命蓮寺の柱に拳が打ち込まれる。

白蓮から寺を任された星の拳だ。

 

「落ち着けい虎よ、焦りだけで事は動かぬぞ?」

「ここでただ油を売っているだけではそれこそ事は動きません!」

 

白蓮が命蓮寺を去ってから一週間が経過した。

行方の知れぬ彼女の身を案じるあまり、星の胸中はとても冷静ではいられなくなっており、命蓮寺に在中している妖怪の一人、二ッ岩 マミゾウもそれは分かってはいる。

しかし命蓮寺在家の者は白蓮を慕って出家した者も多く、彼等もまた白蓮が居なくなった事で混乱を極めていた。

それこそ事情の説明を求める彼等を落ち着かせるのに一日だけでとはいかなかった程に。

 

「…この一週間、里周辺で二人の姿を見た者は居らぬ。何処か一ヶ所から動いていないと考えるのが妥当じゃろうな。」

「ではその何処かとは!?」

「それを皆で探しとるんじゃろうが、少し頭を冷さぬかい。」

 

たとえ少しばかり厳しい、冷たいと思われようが、白蓮が居ない以上代わりを任された星が指揮をしなくては今の命蓮寺は機能しない。

そう思いながら星を窘めるマミゾウ、そんな彼女達の下に来訪者が現れる。

 

「…その様子だと、こっちも進展は無いようだな。」

「銀の魔戒騎士か、こっぴどくやられたと聞いておったが?」

「一週間あればどうとでもなる。」

 

そう言って白銀の魔戒騎士、保輔は勝手ながらも縁側に座り込む。

あの後すぐに永遠亭へと運ばれた彼であったが、見た限りでは本当に問題は無さそうだ。

 

「他の奴等は?」

「今は寺総出で二人の行方を追っておる。そうそう、博麗の巫女共も動き始めたらしいのぅ。」

 

まだそこまでの年月は経っていないとはいえ、白蓮達の存在は今の幻想郷には欠かせないものとなっている。

暗黒騎士の件もあり表立って見せてはいないものの、皆二人の捜索に躍起になっているようだ。

事実守矢の三人も既に各地に足を運ばせている最中だ。

 

「…とまぁ、あの二人が見つかるのは時間の問題として…実際の所勝算はあるんか?」

 

残る問題は暗黒騎士をどう倒すか。

卓越した戦闘能力に場所を問わない鎧の特性、そして保輔や早苗が経験した闇の力。

今は幻想郷の有力者達が揃って動いているのでやりようは幾らでもあるだろうが、決して油断は出来ない。

 

「奴に小細工は通用しない、正攻法で叩くしかないだろう。」

「となるとやはり…」

白蓮(あいつ)の力が必要になる。」

 

下手に策を弄するよりも正面から挑む。

ならば幻想郷の中でも頭一つ抜きん出た身体能力を持つ白蓮を救出し、共に立ち向かうが最善だろう。

マミゾウからも特に異論は無く、概ねの方針が定まったのだが…

 

 

 

 

 

「敵わぬ相手でも無かったろうに…」

 

ぼそりと聞こえてきた声があった。

見ると星が何やら保輔をじっと見つめている。

 

「あなたに言っているんですよ、小細工は通用しないなど…盗賊袴垂が聞いて呆れる。」

「…誰から聞いた?」

「風の噂だ、“あなたは幻想郷(こちら)に来るまでは盗賊紛いの事をやっていた”とな。」

 

星から話を聞いた保輔は思わず顔をしかめる。

確かに星の言う通りの事を自分は過去に行ってきた。

しかし幻想郷に来てからはそのような事はしていないし、何より彼女は“幻想郷に来る前は”と言っていた。

自分が義賊行為を行っていた事は誰かに言ってはいないし、唯一事情を知っている雷吼達もそう易々と他人の事情を言い触らすような奴等ではない。

一体どこからその噂が流れてきたのか出所が気になる所だが、今はそこに考えを置く時間は無いと保輔は判断し、星の話に合わせる。

 

「奴の実力がそれほどまでだったという事だ。」

「だとしても、あなたの実力は黄金騎士に並ぶと聞く。決して遅れを取るような相手でもあるまい。ましてや盗賊としての知恵を回せばなおさらだ。聞けばあの時あなたは真正面から堂々と奴に向かっていったそうだな?」

「…何が言いたい?」

 

星の挑発的な物言いに保輔の目付きが鋭くなる。

それに対し彼女は何ら臆する事無く敢然とした態度で保輔に問いかける。

 

「何を迷う?」

 

短いながらも的確な問いかけに一瞬ではあるが、思わず固まってしまう。

それを見逃さず、星はそのまま話を続ける。

 

「これでも私は毘沙門天の代理人、人を見る目は確かだ。今のあなたの目は小さいながらも深い淀みが出来ている。その淀みがあなたの行動を阻害している。」

 

じっとこちらを見つめる星の目は普段のよく物を無くしておろおろしているような目ではなく、こちらの全てを見透かすような超然とした目をしており、保輔は無意識にも目を反らしまう。

 

「あなたは騎士、そして奴は倒すべき敵の筈。だというのに何を迷う必要がある?何を躊躇う必要がある?その迷いさえ無ければ、このような事にはならなかっただろうに…!」

 

そう言って星は保輔を睨み付ける。

星は星なりに保輔等魔戒騎士の事は評価していた。

しかし黄金騎士が敗れ、保輔も倒された。

それも何か迷いが、躊躇いが生じたお陰で剣先が鈍っていたとなれば、見る目も変わるというもの。

ましてや大切な存在である白蓮が連れていかれた事実も合わさればなおの事だ。

そんな感情を隠す事なくぶつけてくる星に対し、保輔はやっと相手しやすい状態になったと普段通りに振舞い、言葉を返す。

 

「…なら、すまなかった許してくれとでも言えば良いのか?」

「貴様っ…!!」

「よさぬか!…虎よ、聖が奴と共に行ったのは何も此奴のみのせいでは無い、少し頭を冷やせ。お主も先の言葉は売り言葉に買い言葉というものじゃ。ただでさえ今のこやつは何かしなくとも吼え立てる虎よ、あまり刺激しないでやっとくれい。」

 

マミゾウの制止の声でとりあえずは二人とも引き下がったが、険悪な空気となってしまった事には変わり無く、マミゾウが静かに溜息を吐いたその時。

 

「痛い痛い痛いっ!!ちょっ、チクチクしないで~!!」

 

外から何やら悲痛な叫び声が聞こえてきた。

この大きな声から察するに響子の声だろうが、何かあったのかと三人は外を見る。

 

「参ったかこらー!参ったのならさっさと城を返せー!」

「痛っ!痛い!え~ん誰か助けて~!!」

 

そこには何故か独りでに跳び跳ねる茶碗に追いかけられている響子の姿が。

何が起きているのか分からない保輔に代わり、マミゾウが響子の所へと向かう。

 

「これ、何をしちょるか。」

「ぷぎゃっ!?」

 

響子の傍へとやって来たマミゾウは跳び跳ねる茶碗を手で掴み蓋をしてこちらへと戻ってきた。

茶碗は放せ~!!と声を発しながら、未だにマミゾウの手の中で暴れている。

 

「何だそれは…?」

「此奴は小人族の“少名(すくな) 針妙丸(しんみょうまる)”じゃな。最近オカルトの力を手に入れたからとうるさい奴じゃ。」

 

マミゾウは寺の縁側に座ると、手にしていた茶碗の蓋を取る。

すると中から小さな女子…針妙丸が顔を出し、恨めしそうにこちらを睨んでくる。

 

「さて、一体どうしたんじゃちっこいの?」

「どうしたもこうしたもないよ、あんた達いつまで私の城に籠ってるつもりさ!?早く帰って新しい茶碗に乗り替えたいのに…」

「籠るなど…そのような事をした覚えはありませんが…?」

 

針妙丸は何処からか針(一応剣らしい)を取り出し、ぶんぶん振り回しながら抗議する。

しかし今は白蓮及び暗黒騎士捜索の最中、命蓮寺の者が何処か一ヶ所に立て籠るなどある筈が無い。

覚えの無い抗議にマミゾウも星も首を傾げるが…

 

「何言ってんのさ、あんた達の所のお偉いさんが城に入ってくのを見たんだからね。全く、ちょっと留守にしてただけなのに困っちゃうよ…!」

「お偉い…まさか、聖!?」

 

命蓮寺に於ける長と言えば、白蓮以外には存在しない。

ようやく手がかりらしき情報を目の前にした星は居ても立ってもいられず、針妙丸が入っている茶碗をマミゾウから引ったくる。

 

「教えてくれ!聖は…お前の城は今何処に在る!?」

「のおぉぉぉぉぉ!?揺らすなぁぁぁぁぁ!?」

 

星が茶碗をガチャガチャと揺らしているせいで針妙丸もまともに喋る事が出来ない。

止めようとした所で今の星は止められるものではないだろうと、保輔はそれとは別に気になった事をマミゾウに問う。

 

「こいつ城なんて持ってるのか?」

「“輝針城(きしんじょう)”言うてな、お主も山に住んでいるのなら何回か見とるんじゃないか?」

「輝針城…あぁ、あれか…」

 

そういえば神社から空に浮いている逆さの城を遠目で見かけた事がある。

それなりに大きな城に見えたが、その主がこんな小さな少女だったとは。

 

「…空間空きすぎだろ。」

「まぁ、此奴には少々過ぎたる城だとは儂も思う。」

 

ともあれ、白蓮の居る場所は判明した。

後は皆にこの事を伝え、策を練るだけなのだが…

 

「…で、結局お主はどうするんじゃ?まだ剣も返されていないんじゃろう?」

「あぁ、余計な事をしてくれたものだ…」

「まぁ、小傘の奴も何かしたくて堪らんかったんじゃろう。」

 

実は今、保輔は魔戒剣を所持していない。

というのも、あの小傘が彼の剣の修復に名乗りを挙げたのだ。

保輔が永遠亭で治療を受けていた際に話が進んでいたらしく、彼が目覚めた際には既に手元には無かった。

確かに小傘は霊夢のお払い道具の一つ、封魔針の製作を一手に担う程に幻想郷の中では知られた鍛冶屋だ。

彼女に任せれば魔戒剣はより精度を増した一品へと変わるであろう。

しかし保輔は彼女に研磨を任せるのは危険だと判断していた。

 

「話を聞いた時には無駄に冷や汗をかかされたぞ。」

「そうるめたるとやらの特性か、思えば随分と厄介な物を扱うものじゃな。」

 

魂鋼…火羅を討滅できる唯一の金属。

しかしそれを扱えるのは男性のみという制約がある。

人間の女性が魂鋼に軽く触れるだけでも、拒絶反応によって重度の火傷を負う羽目になるのだ。

妖怪ではあるが小傘もまた女性の身、触れようものならどうなるかは目に見えている。

それでも彼女に剣を預けているのは、ある理由があるからこそ。

 

「あのおちびも中々の苦労人じゃのう。」

「そういう星の下に生まれたような奴だからな。」

 

そう、実際に研磨するのは金時なのだ。

雷吼の従者として彼は時折剣の手入れを任される事があるらしい。

その上で小傘の指導を受ければ、期待以上の代物になるに違いない。

違いないのだが…

 

―――――――――――――――――――――

 

―小傘の工房―

 

「だーかーらー!!何でそこで剣先の方を研ごうとするの!?こっちの方から研いでって言ってるでしょうが~!!」

「私には私なりの研ぎ方というものがありましてですね!!それに魂鋼は繊細なんですから下手に研ぎ方を変えると…!!」

「あ~もぅ!!やっぱりわちきが研ぐ!!そこ退いて!!」

「馬鹿っ!!魂鋼に触れたら危険だって…「あっつ~~~~~~~~~~い!!!」ほら言わんこっちゃない!!」

 

―――――――――――――――――――――

 

「…本当にそういう星の下に生まれたような奴なんだ。」

「いや、それは単に二人して馬鹿やっとるだけじゃ。」

 

怪我が治ってすぐに小傘の工房に顔を出した際に聞こえてきたのが今の会話だ。

お互い職人として、従者としての意地があるのか互いの意見に全く耳を貸そうとせず、阿鼻叫喚の声が木霊するだけであった。

故に一週間経った今でも剣は完成していないのか、保輔の下に届けられていない。

 

「とにかく、俺は俺で奴の所に行く。」

「そうか…まぁ、こちらも準備の時間がある。気が向いたらまた寄るとええ。」

「あ!待ちなさい白蓮騎士!まだ話は終わって…!」

「ゔぇ~気持ち悪い…」

 

マミゾウの言葉を聞いた保輔は腰を上げ門へと向かっていく。

途中星の制止の声や針妙丸の苦悶の声が聞こえたが無視して外に出る。

 

「お気をつけて!またいらしてください!」

 

いつの間にやら定位置に着いていた響子の送りの声に対する返事もおざなりに、保輔は歩き出す。

 

「(完全に読まれていたな…)」

 

星との会話が思い起こされる。

彼女は確実にこちらの心を見透かしていた。

あれ以上あの場に居たら、また余計な節介を焼かれていたかもしれない。

この問題は一人で解決すると決めているのだ。

 

「(死を以て、か…)」

 

今度はアカネの掲げている思想が脳内を過る。

死を迎える事によって、全ての命は平等な存在となる。

確かに命は死んでしまえばそれまでだ、誰もかれもが“死んだもの”として扱われる。

そこに差別や位の差など無い、平等な存在だ。

果たしてアカネの理想はこの事を言っているのであろうか?

それとも…幻想郷には妖怪やら神やらが平気で歩き回っている非常識な世界であるように、彼もまた荒唐無稽でありながらも真実に近い“何か”を知り、伝えようとしているのか。

もしそうであるならば、この胸の内に淀む疑問の答えもその中にあるのであろうか?

そのように思いながら特に行くあてもなく歩いていると…

 

「お主が白蓮騎士か?」

 

彼を呼び止める声が聞こえてきた。

振り返ると、そこには少し小柄な少女の姿が。

 

「我は物部 布都と申す。太子がお主に話があると申されてな…そなた、これから暇はあるか?」




だからマミゾウさんみたいな古風な喋り方は分かんないと何度言えばry


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「想蓮」

そろそろ何か別の小説でも、なんて考えてる自分がいるけれどもネタが無い…
誰か私に想像力の塊をください(こら)

願わくば、ゆっくりしていってね



「太子様ー、彼を連れてきましたぞー。」

「ご苦労様です布都、疲れたでしょう?下がって良いですよ。」

 

 布都に連れられ、保輔は神霊廟へとやってきた。

 奥の部屋へと進むと、布都から太子と呼ばれた女性…豊聡耳 神子が机と椅子を用意して待っていた。

 

「さて…初めましてですね、白蓮騎士。」

「何の用だ?」

 

 保輔は神子に用件を聞くも、彼女はただ微笑みながら目の前の椅子に手を差し伸ばしている。

 座れという事なのだろう、一先ず保輔は彼女の施す通りに対面の席へと座る。

 すると施しに従ってくれた事に満足したのか、彼女は一層の微笑みを浮かべて保輔に語りかける。

 

「では、早速ですがお悩み相談室でも開きましょうか。」

「…何の話だ。」

「山の巫女から頼まれましてね、あなたが何か悩みを抱えていると。しかし相談に乗ろうとしても遠慮をしているのか話してくれない…ならば赤の他人だったら話せる事もあるのではないかとね。」

 

 山の巫女とは十中八九早苗の事だろう。

 神奈子に聞いたか諏訪子に聞いたか、あるいは元から気付いていたか。

 いずれにしろ、余計なお世話だと保輔は思わず項垂れてしまう。

 

「悪いが、頼んだ覚えは無い。」

 

 とにかくこれ以上の面倒事は御免だと保輔は席を立とうとするも…

 

「暗黒騎士…噂は耳にしていますよ。何でも、白蓮(彼女)が彼との相互理解の為に付いていったとか。」

 

 神子が今回の騒動について口にした。

 何を言うつもりか少々気になってしまった保輔は一度席へと座り直す。

 

「彼女も愚かな事をしたものです。心を闇に支配された者との対話など…机上の空論に等しい。」

 

 やけに辛辣に物を言っているが、そういえばと保輔は一つ思い出した事がある。

 命蓮寺と神霊廟はお互いよく対立しているという話を。

 

「そういやあんたはよくあいつ等と張り合ってると聞いたな。」

「表立ってはしていませんが…相容れぬと思っているのは事実ですね。そしてそれは、あなたも同じ…」

 

 神子は保輔を何かと同じと言った。

 だが一体何が同じなのか、保輔の目が細まる。

 

「あなたも暗黒騎士の事を理解しようとしていない筈。何故ならあなたは魔戒騎士だから、闇に墜ちた同族を斬るは己の運命と。しかしあなたは彼を斬れなかった。」

「…あいつの強さが予想以上だった、それだけだ。」

「それだけでしょうか?」

 

 それだけと言ったのに食い下がる神子の対応が気に入らず、保輔は睨みを利かせながら神子を見るも、一瞬にして彼の目は驚愕で見開かれる事となる。

 神子がじっと保輔の目を見つめていたのだ。

 それもいつの間に身を乗り出していたのか、かなり至近距離で。

 思わず音を立てその場から下がる保輔を見て、神子はまた微笑みを浮かべる。

 

「…成程、確かに今のあなたの目は淀んでいる。小さくも深い、落ちてしまえば抜け出すのが困難な沼だ。」

 

 保輔の目がさらに驚愕で見開かれる。

 あの虎女()と同じ事を言われたと。

 

「それが証拠だ、あなたは彼を理解しようとは思わなかった。しかし今、その考えが揺らぎはじめている。あなたは彼を理解しようとしている、彼の考えを理解しようとね…私の言った事は、図星でしたか?」

 

 笏で口元を隠しながら問い掛ける神子の姿は、先程の星と同じくこちらの心を全て見透かしているかのようで、保輔は居ても立ってもいられず席から立ち、そのまま出口へと向かおうとする。

 

「そして…」

 

 しかし神子が口を開くと彼の足は自然と止まってしまう。

 よもや妙な術でも施されたかと思ってしまうが、そのような事は無いだろうと感覚で分かってしまう。

 自分は今自分の意思で足を止めているのだと。

 そして足を止め、背を向けたままの保輔に神子はさらに語りかける。

 

「あなたは心の内を言い当てられてなお、その場に留まった。それは偏にこの問題に立ち向かおうとしているが故に…」

「…だったらそれは俺一人で解決する。」

「ならばそれこそあなたは足を止める事は無かったでしょう。今あなたはその場で足を止め、私の言葉を聞いている。それは即ちあなたが私の言葉を必要としているから。誰かの手を借りてまで答えを見出だそうとしているからです。」

 

 心の内を秘めし闇を払う。

 その為に保輔は踏み留まったと神子は言った。

 だがそれは保輔も初めからそうしようとしていた事、それも一人で解決すると決めているのだ。

 それならば話は早いと保輔は彼女の方へと振り返り、拒絶の言葉を放つ。

 しかし神子は先程とは打って変わって真剣な表情でそれを否定する。

 しばらくそのままの状態が続いたが、やがて保輔の口から盛大な溜息が漏れ、彼は神子の前へと座り直す。

 

「…手短に頼む。」

「それはあなた次第ですね。」

 

 ここまで手を焼かれてしまうと、もう逃げようが無い。

 ならばこれ以上避けるのではなく、一度面と向かってみるが賢明かと思ったのだ。

 向き合う姿勢を見せてくれた彼の姿に満足した神子は彼が再び席に着いたのを確認して、いよいよ話の本題を持ち出す。

 

「さて、それではお悩み相談室を開きましょう。そもそも人にとって死や生というものは様々な解釈があり「おいちょっと待て。」…何でしょう?」

 

 始まってすぐに保輔から制止の声が上がり、神子は一体何かと首を傾げる。

 

「俺は道教の勧誘に乗った覚えは無い。」

「もちろん承知していますよ?あなたの問題解決の為に人の死生観について軽い説明をと。」

 

 今度は保輔が首を傾げる事となる。

 まだ悩みの一つも言っていないのに、何故分かっているかのように説明を始めるのか。

 まさかそこまで見抜いてはいないだろうと思いながら、保輔は再び神子の言葉に耳を傾ける。

 

「生きる事、死ぬ事に関するあらゆる考えを総称して死生観と言います。命あるという事は、死もまた必ずあるという事。そして死後、一体どのような事が待っているのか、それは未知で溢れています。先にも言った通りそこに人それぞれの解釈があり、それぞれの死生観というものが生まれてくるのです。つまり、私には私の死や生に対する考え方があり、あなたにはあなたなりの考え方があるという事です。」

 

 命の解釈は人それぞれ、改めて聞いても特に代わり映えの無い当たり前の話。

 一々説明されても新しい発見は無いと保輔は若干話を聞く気が失せたが、神子は構わず話を続けていく。

 

「その解釈の違いも様々です。死は必ず訪れるからと素直に受け入れる者、死後という未知なる世界に不安を覚える者…また、宗教によっても死生観の解釈は異なります。故にその中にはこんな風に考える者も現れるのです。死そのものを利用出来ないだろうか、とね。そうですね、例えば…」

 

 神子はしばらく部屋の中を見回すと、やがて目的のものを見つけたのか笏を向ける。

 その方向を見ると、部屋を支える柱の一つ、その柱下に二人の女性が居た。

 かの隙間妖怪のように空間から半身だけ身を出している女性が、額に謎の札が貼り付けられている女性と戯れている。

 

宮古(みやこ) 芳香(よしか)殿。彼女は霍 青蛾殿の術によって、死した身でありながらもこの世に存在し続けている。基本は青蛾殿の指示が無ければ動く事はできませんが、ある程度の自我は持っています。」

 

 神子はあえてかは知らないが明言しなかった。

 それは平たく言えば操り人形のようなものだと。

 そう思うと芳香の姿はどこかアカネが率いていた死人達を想起させる。

 とりあえず一旦彼女の事は置いて神子の方へと向き直ると、机の上にはいつの間に彩飾の施された剣と皿と壺が一つずつ置かれていた。

 

「尸解仙というものをご存じで?」

 

 神子から突然の問いかけ。

 恐らくこの机の上に置いてある物が関係しているのだろうが、いくら考えてもさっぱり分からず眉間に皺が寄ってしまう。

 その姿を見て神子が面白いと笑うが、睨みを利かせて速攻で黙らせる。

 それでも笑みを隠せぬ神子だったが、やがて保輔の為に答え合せを始める。

 

「私や布都、屠自古の事ですよ。死した後生身の身体の代わりに別の物…ここにあるような腐らず物持ちの良い物に魂を移す事で、決して朽ちぬ不老不死の身体を得る…そうして仙人になった者を尸解仙というのです。」

 

 神子の説明に成程と納得する保輔だったが、ここで一つ素朴な疑問が浮かぶ。

 

「あんたは何の為に尸解仙に?」

「目的の為です。いつかの未来に於いてもこの世界を統治出来るのは私だけ、ならばその未来に向けて一度眠りにつき、目覚めと同時に神霊として更なる力を付ける。その為に行ったのですよ。」

「驚いた、随分と傲慢な奴だったんだなお前は。」

「これでも聖人と呼ばれた身なのですがね。」

 

 過去の彼女がどれだけの人物であったかは知らないが、後世であっても自分しか世界を統べる者は居ないと豪語するその姿は、かつての京に蔓延っていた貴族やその頂に位置していたあの男の思想に似た何かを感じると、保輔の心に不快感を覚えさせる。

 神子は彼の悪態を軽く流すも、これは失言だったかと話を仕切り直す。

 

「とまぁ、今話した通り死生観というのは人それぞれです。全うに死を受け入れる者も居れば、私達のように死を利用する者も居る。そして、死を恐れる者も…彼女のようにね。」

「彼女?」

「聖 白蓮、かの聖人ですよ。」

 

 神子の言った事が信じられず、彼女を凝視してしまう。

 あの白蓮が死を恐れるなど、にわかには信じがたいと。

 しかし神子はそれに構わず事の詳細を話し始めた。

 

「彼女は弟である命蓮から仏道について教わっていましたが、やがて命蓮は寿命によってこの世を去りました。それを目の当たりにした彼女が抱いた感情…それは死に対する恐怖でした。その恐怖から逃れる為に彼女は妖怪に加担し、彼等から妖力や魔力を貰う事で若返りと長寿の命を得たのです。まぁ…結果としてそれらの所業が露見し、人間から迫害と共に一度は魔界へ封じられる事となったのですが。」

「…随分と詳しいな?」

「敵を知り、己を知ればという事ですよ。」

 

 彼女の口から語られた白蓮の過去。

 普段から人や妖怪を分け隔てなく導く、正しく聖人のような彼女がただの常人のように死を恐れ、結果的には過ちとも呼べるような事をした。

 その一部を耳にした保輔は、何とも言えぬ思いが心に残ったのを感じた。

 

「おかしな話だと思いませんか?彼女が唱えるは絶対的な平等、しかし彼女は既に命ある者に必ず訪れる死という平等を拒んでいたのです。そして彼女が分かりあおうとしているのは、死を受け入れた先の平等を唱える者です。」

 

 神子はそこまで言うと深く席に座り、虚空を見つめる。

 

「さて、彼女は一体何を理解しようとしているのでしょうかね…」

 

 それは彼女(白蓮)を嘲笑っているのか、それとも…

 

 

 

 

 

「…どうでもいいな。」

 

 何れにしろ、保輔の中には一つの思いが固まっていた。

 

「そんな事はどうでもいい、俺はただ奴を斬るだけだ。」

「斬れるのですか?」

「あぁ、よく分かったよ。やはりこの問題は俺自身で解決しなくてはならないって事がな。」

 

 ここまで話して得られた事と言えば、人の死生観がどうたらこうたらという事と、白蓮の過去の一部だけだ。

 これ以上悩み相談のなの字も無い話し合いなど意味は無い。

 保輔は再び席を立ち、今度こそその場から立ち去ろうとする。

 

「言ったでしょう、同じだと。」

 

 背後から神子の声が聞こえるが、今度は足を止めない。

 彼はそのまま彼女の制止を振り切り廟を去る…

 

「同じなのですよ、あなたは彼女と同じだ。端から理解できないものを理解しようとして自滅している。」

 

 …筈だったのだが、再びその足は止まる事となる。

 

「自滅、か…」

「えぇ。少なくとも今のあなたが彼の前に立てば、迷わされて斬られるがオチでしょう。」

 

 自滅とは言ってくれるものである。

 だがアカネを前にするとどうにも調子が狂ってしまうのも事実だ。

 それを解決するには、やはり保輔の抱える迷いを断ち切る事だけだろう。

 

「死を以て 全ての命は等しく咲き誇る…それを理解しようとしているのなら、あなたの悩みはそこにある。故に問いましょう…」

 

 

 

 

 

 あなたは一体誰の死を悩む?

 

 誰の死を嘆く?

 

 誰の死を想う?

 

 

 

 

 

「つまりはこうだ。“もし死の先というものがあるのならば、自分が想い嘆く者の魂は等しく咲き誇っているのであろうか?”」

 

 保輔の手に力が籠る。

 まさかとは思ったが完璧だ、完璧に言い当ててきた。

 今彼女が言ったそれこそが、保輔が心の内に秘めし闇。

 死んでいった者達は、今どうしているのか。

 殺されていった者達は、今幸せなのか。

 彼岸…死した者の魂を閻魔が裁く場所。

 天界…死後成仏し、天人として認められた者だけが存在を許される、輪廻転生の輪から外れし理想郷。

 地獄…罪を犯した者の魂を罰する為に、幾多もの苦痛が入り交じる暗黒郷。

 そして冥界…死者の魂が転生するか成仏するかまでを過ごす安息の地。

 死後の世界など、夢物語でしかなかった。

 精々が死者の魂が安らかに眠れるようにと、何の力も持たない祈りと共にただ目を閉じる事ぐらいしか出来なかった。

 

「認めたくない死を見てきたのでしょう、悔やみきれぬ死を今も嘆いているのでしょう、もしかしたら、理不尽にもその者の死を目の当たりにしてしまったのかもしれませんね。だからこそあなたは、もしその者の魂が死後等しく扱われているというのであれば、果たしてそれは許せるものなのではないのか…そう考えているのでは?」

 

 それがこの世界(幻想郷)に来て変わった。

 死後の世界というものが本当にあるのだと教えられた。

 かの隙間妖怪によれば、自分は別の世界からやって来た来訪者だという。

 ならば元の世界ではどうなのか?

 自身が元居たあの世界…平安京で死んでいった魂はどうなっているのか。

 死後の世界、死の先という概念が元の世界には存在しているのか。

 知りたい。

 その概念が存在しているのか、そして存在しているのであれば、せめて安らかにと願った者達の魂はどうなっているのか。

 それを知る為には、死後の平等を提唱している(アカネ)の存在が必要であろう。

 ならば彼がたとえ闇に墜ちた騎士であっても…

 その考えを彼女は完璧に言い当ててきた。

 まるでいつしかの覚り妖怪のように心を読んだ彼女の洞察力に完敗を喫した保輔は、せめて意趣返しと言わんばかりに嫌みを込めて彼女へ言葉を返す。

 

「…お前は地底の覚り妖怪か何かか?」

「飛鳥の時代を生きた神聖人ですよ。尤も…

 

 

 

 

 

 私の耳は人一倍良いですから、些細な音や声も聞こてしまうのですよ。」

 

 妙にニッコリと微笑んでいる神子を訝しんでいると、僅かながらもカチカチといった音が聞こえてきた。

 何か金属のような物が触れ合うようなその音は、どうやら自身のすぐ傍から聞こえてくるようで。

 そう認識するやいなや保輔はその音の正体に気付き、左腕を見る。

 

「ゴルバ!!」

「ぬははははは!すまんのぅ保輔、まぁこれもお主の為を思ってこそじゃ。」

 

 そう、ゴルバが小さな声でずーっと喋っていたのだ。

 してやられた、完全にしてやられた。

 元々神子自身の洞察力も人並み外れたものであるのは間違いないが、まさか一番のお節介焼きがこんな身近に居たとは。

 

「良い相棒に巡り会えましたね、白蓮騎士?」

 

 そんな神子の言葉に保輔はもう誰にも勝てないなと、ただ天を仰ぐ事しか出来ない。

 

「さて…どうじゃ保輔よ、気分の方は。」

「最悪だ…聞かなくても分かるだろ。」

「ぬはは!じゃがの保輔、お主の心の闇は今回の異変を前にするとなると、そのままにしてはおけんのじゃ。何せ奴の相手は黄金騎士には任せてはおけんからのぅ。」

「分かってるよ。」

 

 ゴルバの言う通り雷吼の真っ直ぐな想いでは、アカネの偏屈な性格相手には少々荷が重い。

 かといって幻想郷の者では魔械騎士の近接術に追い付ける者は自身の知る限りでは少なく、弾幕勝負に持ち込んだとしてもアカネは相当の手練、恐らくもう弾幕そのものに慣れてしまっているであろうし、鎧相手にはどうしても彼女達では劣るものがある。

 決め手となる人物は、保輔しか居ないのだ。

 

「お主が誰を想うか、その為ならば奴の存在を許すという考えも、まぁ分からなくもない。だからこそ問おう保輔よ、お主がその鎧を引き継いだのは一体何故じゃ?何の為に血反吐を吐くような想いで剣を抜いた?」

 

 何の為に鎧を継いだか、問われた保輔は今一度目を閉じ、思い返してみる。

 鎧を継いで、一体どれほどの火羅を討滅してきたか。

 その最初の相手は誰であったか。

 その相手を前に、誰を守ろうとして鎧を纏ったか。

 何故死ぬような目に逢いながらも鎧を受け継いだのか。

 どんな想いで、この道を選んだのか。

 

「…少なくとも、お前達のような奴等に世話にならない為ではあるな。」

 

 全てを想い返した保輔は溜息を溢す。

 まだ割り切った訳ではない、しかし思い出した事がただ一つ。

 守らなければならないものがある、自分でなければ守れないものがある。

 それを再認識した保輔の目は、少なくとも泥沼のような濁りは無かった。

 彼の再起を見て安堵の表情を浮かべる神子、そんな彼女の背後から近付いてくる者が一人。

 

「お話し中失礼致します。」

「おや屠自古、一体どうなされたので?」

 

 蘇我 屠自古だ。

 彼女は神子の傍まで寄ると、神子にある事を告げる。

 

「追加情報です。命蓮寺の奴等、聖 白蓮の救出に人を集め始めました。急募となっていましたから、恐らくそうしない内に動き始めるかと。」

「成程…わざわざありがとうございます。」

 

 屠自古もあえてかは知らないが、その会話は保輔にも聞こえてきた。

 随分と早い行動である。

 大方星や一輪辺りが急かしたのだろうが、彼女達だけで行動させる訳にはいかない。

 

「さて、どうしますか白蓮騎士?」

「決まっている…世話になったな。」

「いいえ、もし宜しければ、今後とも私達をよろしくお願いしますね。」

 

 最後の最後に勧誘とは恐れ入ると彼女達に見えないよう笑みを浮かべた保輔は、そのままの足で来た道を戻っていった…




太子の話を成程と素直に聞いてしまうあたり、保輔はもう道教の仲間入りです(嘘)


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「戦蓮」

はぁ~やっと描けた…すっごい難産でしたわ~この話…
やっぱりちゃんと構想練ってからやらないと手が止まっちゃいますね

願わくば、ゆっくりしていってね



 方角にして妖怪の山。

 その遥か上空、夕暮れの空を七人の人妖が飛んでいた。

 袴垂 保輔、東風谷 早苗、雲居 一輪、二ッ岩 マミゾウ、少名 針妙丸、犬走 椛、姫海棠 はたての七人である。

 急募された聖 白蓮救出作戦の参加者。

 僅かな時間ながらも集まったその中から幾人かを抜粋し、実際に白蓮が捕らわれている輝針城へと突入、彼女を救出する。

 その役目を受け持ったのがこの七人なのだが、白蓮が捕らわれている場所が判明してからまだ数時間しか経っていない。

 逸る気持ちも良く分かるが、あまりに早急ではないかとはたてや椛の心境は穏やかではない。

 

「しかし急な行動ね、そう転じるだけの作戦でもあるの?」

「もちろん。バーンと行ってガツーンと倒してパッパと終わらせる、以上。」

「うん、不安しかないわね。」

「心配しなくても今回は数居るし、大丈夫よ。」

「そういう問題じゃなくてね…」

 

 確かに作戦会議らしき事をしていたのははたても見てはいたが、あまりにも擬音ばかりの内容に彼女の心境は既に荒波を立ていた。

 

「…お二人とも、お話はここまでです。もうじき皆さんの目にも視えてくるでしょう。」

 

 ここで椛からの報告。

 彼女の言う通り目を凝らすと、雲海の中にうっすらと逆さにそびえる城の姿が。

 

「姐さんが居る場所は?」

「ちょっと待ちなさいよ…ん、出た。」

 

 一輪に催促されたはたてが自前の携帯を操作し、画像が出た所で針妙丸に見せる。

 

「…うん、間違いない。この部屋は天守閣だね。」

 

 ゆっくりと画像を吟味した針妙丸は間違いないと首を縦に振る。

 輝針城において天守閣といえば真下、今見えている城の場所から察するにもう少し下といった所か。

 

「まともな策無しの電撃作戦…本当に上手くいくの?」

「ここまで来たからにはやるしかないだろうな。」

「…まぁ、どっちにしろ私達はここまでだから。」

「すみません、もう少しお力になれれば…」

「いや、お主等にはお主等の事情がある。むしろここまで付き合ってくれた事、感謝するぞ。」

 

 椛とはたては今回の作戦の参加者ではあるが、確実性の少ない情報の下行われる早急な作戦に大人数を参加させるのは不可能だとし、上位の天狗達が条件を付けた。

 内容は参加者は勢力の中でも特に外との交流が深い射命丸 文、犬走 椛、姫海棠 はたての三人のみ、最前線に立ち戦闘に参加するのは禁ずるというものだ。

 つまり二人はこれ以上保輔達に付いていく事が出来ないのだ。

 

「じゃあ、私達はこれで。」

「御武運を…」

 

 役目を終えた二人は不服ながらもその場から立ち去っていく。

 二人の背を見届けた保輔達は改めて城の方へと向き直り、これから先の行動について話し始める。

 

「…で、どうやって中に入るつもりだ?」

「決まってるでしょ?ドカンと一発穴でもぶち開けて「んな事したら利子付けて弁償してもらうからな。」…こんな時にケチな奴ねぇあんたは。」

「…っていうよりも、普通に窓から入れば良いんじゃないですか?見た感じがらんどうですし。」

「無理だよ、近付いたら何かよく分かんない奴等が飛んできて近付いた奴を追っ払うようになってる。私もそれで城の中に入れなかったんだよ。」

「よく分かんない奴等って?」

「死んだ人間って言えば良いのかな?虫みたいな羽根生えてたりしてたけど。」

「うわぁ…どこぞのホラゲじゃないんですから…」

 

 保輔達からすれば早苗の例えはよく分からないが、とにかく開いている場所からの侵入は困難な事が伺える。

 

「ならば予定通り儂が何とかしてみせよう、お主等ちょい近う寄れ。」

 

 しかし今回こちらには有能な者が何人も居る。

 その中でマミゾウは持っていた煙管を吸い、口から大量の煙を皆に向かって吹き出した。

 

 変化《二ッ岩家の裁き》

 

「うむ、これで良いじゃろう。これならば多少天守閣に近い所の窓から入ってもそこまで疑われはしない筈じゃ。」

「…いやこんな小さな死人が居てたまるか。」

 

 マミゾウのスペルによって保輔達の外見が死人と遜色無い見た目となる。

 だが針妙丸自身が言う通り彼女程の大きさの死人など居る筈もなく、一人妙に浮いてしまっている感じが否めない。

 

「んな事言ったら雲山見てみなさいよ、割ととんでもない事になってるわよ。」

 

 言われて雲山の方を見てみると、成程彼は当然ながら服を着ていない為全体が死人の腐った肌のような色をしており中々に気持ち悪く、何より目立つ。

 浮いてしまっている所の問題じゃない。

 

「おい、本当にこれで大丈夫なのか?」

「…まぁ、あくまで保険じゃからのう。」

 

 こっちにぬえの奴を連れてくれば良かったかとマミゾウがぼやくが、今更何を言っても仕方がない。

 スペルの効果が死人相手に通じている事を祈りつつ、保輔達は城へと近付いていく。

 そのままはっきりと城の姿が見える距離まで近付いたその時、窓から二体死人が現れた。

 昆虫の羽根を模したような機械を背に付けこちらへと向かってくるその姿は、針妙丸の言っていた死人に間違いないだろう。

 二体の死人は保輔達に視線を向けながら周りをゆっくりと飛んでいる。

 恐らく自分達の事を疑っているのだろう、保輔達は固唾を呑んで事が過ぎるのを待つ。

 やがて数分の後、周囲を飛び回っていた二体の死人は踵を返し、城へと戻っていった。

 

「ふぅ~~~…焦ったぁ…」

「危機一髪でしたね…」

「よくこいつ(雲山)気付かれなかったな…」

 

 どうやらマミゾウのスペルはちゃんと死人相手に通用している様子。

 当面の危機を乗り越えた保輔達は改めて城へ接近、天守閣にほど近い窓から内部へと侵入する。

 

「奴はこの下か…」

「あっちに階段があるからそこを下っていけばすぐだよ。」

 

 針妙丸の案内に従い階段前まで移動する。

 目的は下の階、天守閣。

 そこに討つべき相手と、救うべき者が居る。

 今一度気を確かにし、保輔が一歩踏み出そうとしたその時、背後から多くの唸り声が聞こえてきた。

 振り返ると、こちらへ敵意を露にしている何十体もの死人が。

 

「…効いているんじゃなかったのか?」

「あー…すまん、時間切れじゃ。」

「おい。」

 

 残念ながら時間切れによって効果が切れてしまったようだ。

 かといって仕切り直しをするには正体もばれてしまっているし、逃げ道も無い。

 

「相手をするしかないじゃろうな。」

「仕方無いわね…って事で予定通りあんた達は先に行きなさい。」

「はい…しかし、本当によろしいのですか?」

「そりゃ私だって一番に姐さんの所に駆け付けたいわよ。でも言ったでしょ?私は暗黒騎士(あいつ)を見たらきっと頭に血が上って何かヘマしちゃうだろうから…それにこの中じゃ何だかんだあんた達が一番まともだと思ってるのよ?この二人に任せるのはちょっと気が引けるし。」

「ちょい待ち、このちんちくりんはともかく儂はまともじゃろ。」

「おいこら!誰がちんちくりんだって!?」

 

 一輪やマミゾウにとって白蓮の救出を他人に任せるのは断腸の想いである事は間違いない。

 それでも彼女達は託したのだ、自分達の命とも言える者の存在を。

 

「…分かりました、必ず白蓮さんを助けてみせます!」

「…ここは頼んだ。」

「しょうがないから、任されてやるわよ。」

 

 改めて彼女達の想いを受け持った保輔と早苗はこの場を一輪達に任せて階段を下っていく。

 

「さぁ~て、派手に暴れるとしますか!」

「ちょっ、ここでやる気なのかい!?外に誘い出すって話じゃ…!?」

「んな事一々やってらんないわよ!行くわよ二人共!」

「八つ当たりの気が入った彼奴は止められんからのぅ、諦める事じゃな。」

「酷い~~~!!私のお城が~~~!!」

 

 そして一輪達は死人達をこの先へは行かせぬと奮起し、闘争へと身を投じていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 階段を駆け降り、広々とした空間へと出た。

 輝針城の天守閣だ。

 

「…あぁ、やはり来ましたかお二方。」

 

 保輔達の視線の先には、此方に背を向けているアカネと…

 

「白蓮さん!!」

 

 天井から両手を縄で吊るされている白蓮の姿が。

 

「ご安心を、今はただお休みになられているだけです。」

「白々しい事を…!」

 

 布で猿轡をされ力無く身体を項垂れている彼女の姿は、とても安らかにその身を休めているようには見えない。

 一体彼女に何をしたのかと怒りを募らせる早苗に代わり、保輔は努めて冷静に話を進める。

 

「互いの理解を深めるんじゃなかったのか?」

「そうしたいのは山々なんですがね、どうにも彼女は命蓮様の思想を理解してくれないようでして…」

 

 聡明な方だと思っていたのですがねぇと言いながらアカネは魔戒剣を取り出し、刀身を白蓮の腕に当てようとする。

 暗黒騎士となったアカネの刀は性質上死鋼(デスメタル)へと変貌しているが、元である魂鋼の性質もそのまま引き継がれている。

 そんな刀を女性である白蓮の肌に触れさせれば、どうなるかは火を見るよりも明らか。

 二人して思わず半歩前に出てしまうが、アカネはそんな二人の様子を見て口角を上げると、白蓮に近付けていた刀をゆっくりと離す。

 

「触れると思いましたか?しませんよぉそんな事は、彼女は大事な大事なお方ですから。しかし…」

 

 まるでこちらをからかうように刀を遊ばせていたアカネだったがふとその行為を止め、蔑むような目付きで二人を見る。

 

「彼女は私達の事を探さないようにと仰っていましたよね?だというのに何故あなた達はここに居るんですかねぇ?おかしいですねぇ、いけませんねぇ。あなた方がそのような意思を示されるというのでしたら…こちらも相応の対応が必要みたいですね。」

 

 そう言うとアカネはゆっくりと腕を上げ、パチンと指を鳴らす。

 何かの合図と読んだ二人はすぐに動けるよう身構えるが、十秒程経っても変化が訪れない。

 どういう事かと訝しむ二人に対し、アカネはこれでもかと言わんばかりに口角を上げ、先の行動の意図を伝える。

 

「待機させておいた僧達を里に送りました、少なくともあの日の数十倍の数と言っておきましょうか。」

 

 彼の言う僧とは間違いなく死人の事。

 そしてあの日というのは、アカネが命蓮寺へ来襲したかの日の事であろう。

 あの日の死人の数は三十は優に超えていた。

 それの数十倍という事は、少なく見積もっても三百体以上の数は存在するという事だ。

 

「恨むのなら浅はかに行動を起こした自分達を恨みなさい、因果応報という事です。あぁご安心を、命は死を以て等しくなる…死は決して不幸な事ではありません。」

 

 普通に考えれば三百以上もの数の死人を捌ける者など居る筈がない。

 仮に目の前の二人が今すぐ踵を返し里に向かったとしても、辿り着く頃には里に住む人間は既にこちらの仲間。

 この状況を覆す事は不可能だと、アカネの眼に勝利の二文字が浮かび上がる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なら問題ないな。」

「はい?」

 

 …筈だった。

 

()()()()なら問題ないと言ったんだ。」

「あなたは知らないでしょうから、教えてあげましょう…」

 

 そう、アカネの確信は()()に考えればの話だ。

 しかしここは幻想郷…

 

「あなたの常識で測れる程、この地(幻想郷)は甘くありません!」

 

 常識だけでは語れない世界なのだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ~人里~

 

「…来ましたか。」

「予想通りだね。」

 

 日暮れの空の下、殉教者達が蠢く。

 彼等の前に立ちはだかるは、生を守護せんとする人妖達。

 寅丸 星、ナズーリン、村紗 水蜜、多々良 小傘、金時の五人だ。

 白蓮救出に向かっていった七人に代わり、彼女達は里に残った。

 アカネが命蓮寺ないし里に向けて死人を送り込むであろうと読んでいたからだ。

 その読みに従い、里に住む人間達は既に避難済み。

 予想が的中した事を確認した村紗は遠慮なく迎撃の為に指示を飛ばす。

 

「よーし…第一作戦実行!マーカー設置要員、行動開始!」

「もう終わってますよ~」

「流石ブン屋、仕事が早い!」

 

 村紗が指示した作戦、それは星が持つ宝塔から発せられる閃光による一斉掃討。

 その為の下準備として星が狙いやすいよう目印を付ける必要があると村紗は担当要員に指示を出すが、その相手は幻想郷一の速さを自称する射命丸 文。

 指示を出した時点で既に事を終えており、死人達の頭部には銀色の貼り紙が貼られていた。

 

「ならば第二段階!ナズーリン、宝塔を星に!」

「了解。主、宝塔を。」

「えぇ、確かに承りました。」

 

 次に村紗は星とナズーリンに指示を出す。

 それを受けたナズーリンは星に作戦の要となる宝塔を手渡し、受け取った星は空へと上がっていった。

 後は目印目掛け攻撃するのみ、皆上空へ上がった星を見守るも、その中で不安な面持を浮かべている者が居た。

 

「彼女、大丈夫ですかね?何かやらかしそうで落ち着かないんですが…」

「心配ないさ。宝塔だって今渡したばっかりだし、流石にこの短時間で無くすなんて事はない筈さ。」

 

 金時だ。

 彼が心配しているのは星に関する噂に纏わる事。

 何でも彼女は威厳ある姿を見せる一方、よく物を無くしたりドジを踏んだりする事があるらしい。

 宝塔もその例に漏れず、よく無くしていると聞く。

 ナズーリンの言う通り宝塔に関しては今渡したばかりなので無くす心配は無いだろうが、彼女ならば他に何かやらかしてしまうのではないかと心配で仕方無いのだ。

 

「よし、第一作戦開始!星、準備が出来次第個人のタイミングで宝塔レーザー発射!!」

 

 村紗の声が上空に居る星へ向けて上がる。

 そのまま星を見守るが、一向に攻撃が放たれる様子はなく何かあったのかと皆が思っていると、星が何故かかなり急いで地上へと降りてきて、こう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナズーリン!!私の宝塔がありません!!」

「今渡したばっかでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 …やはりだ、やはり彼女はやらかしてしまった。

 つい先程まで星の手元にあった宝塔はどういう訳か忽然とその姿を消していたのだ。

 

「ねぇ何あんた馬鹿なの?馬鹿なのあんた?私今渡したばっかだよね?渡してからまだ一分も経ってないよね?それでなんで無くすなんて事出来るの?何?一周回って天才とでも言ってほしい訳?あぁそうだね周り見渡してみても本当に無いんだからある意味天才だよ誉めてあげるよで結局何処に落としたんだあんたはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

「あわわ…ナズーリンが壊れてしまったぁ…」

「いや壊したのはあんたでしょうが…」

「それよりも前!前!どうするのこの状況~!?」

 

 もはやお約束とも言えるやり取りが人無き里にて虚しく繰り広げられる。

 そんな事をしている間にも死人達は里へと侵入してきている。

 

「あー…まぁ知ってた、こうなるって。とりあえずナズーリンと星は宝塔の捜索、小傘も手伝ってあげて。チビ助はいつでも動けるように準備!」

「誰がちび助だよ!!」

 

 しかしこのような事態は既に予想済みだと、村紗はすぐ傍にある民家の屋根へと視線を向ける。

 

「第二作戦決行!ぬえ、合図を!」

「りょーかい…っと!」

 

 村紗の指示を受け、民家の屋根に寝転がっていた封獣 ぬえはその身体を起こし、外の世界で言うUFOの形をした弾幕を赤、青、緑と三つ作りだし、それを死人達の居る空へと打ち出した。

 

「さて、上手くいくかねぇ?」

「それはあんたの能力の出来次第でしょうが。さて、それじゃあ時間稼ぎ頼んだよ…皆!!」

 

 その瞬間、死人の群れは次々と弾けていった。

 死人達からすれば全く訳が分からなかった。

 敵はまだ遠く離れた場所におり、彼女達から攻撃を受けている訳ではない。

 だというのに目の前では仲間が次々と攻撃を受け、吹き飛ばされていく。

 このような事態が起きているのは、ぬえの“正体を分からなくする程度の能力”があるからだ。

 彼女から正体不明の種を送られた対象は、その対象をきちんと理解している者でなければ全く別の何かだと認識してしまう。

 つまり…

 

「《夢想封印・散》!!」

「《パゼストバイフェニックス》!!」

「《月面跳弾(ルナティックダブル)》!!」

 

 霊符《夢想封印・散》

 《パゼストバイフェニックス》

 《月面跳弾(ルナティックダブル)

 

 死人達は彼女達(霊夢達)の姿を捉える事が出来ないのだ。

 第二作戦、それはぬえの能力によって正体を分からなくさせた霊夢達による奇襲戦法なのだ。

 

「それにしても滅茶苦茶な数ね!まぁあの時(イディアクト)と比べれば遥かにマシだけど!」

「だからといって気にせず相手にできる数でもないだろう?」

「弾だって一応有限なんだし…何とかなんない?」

「…だそうよ、ブン屋!あんたもこっちに加わんなさい!」

 

 しかし奇襲作戦とはいえ、相手は先日の火羅騒動を彷彿とさせる数、まともに相手をすればいずれこちらの体力が尽きてしまう。

 それを防ぐ為にも文に加勢を頼むが、彼女はとんでもないと許否を示す。

 

「いえいえそんな、私は上からの命令でこれ以上は関わるなと命じられています。ですので私は明日の新聞の為に写真撮影に専念するとします!という事ですので、皆さんファイトー!!」

 

 確かにはたてと椛の二人もそんな事を言っていたので上からの命令というのは間違いではないのだろうが、普段その上からの命令に従っているのか分からないような彼女にそう言われたと思うと、霊夢の中で何かがぷつりと切れた。

 

「人手はあるに越した事ないでしょうが!とりあえずあんたも戦いなさい!」

「え、ちょっ、霊夢さん足持たないでくださいよ!わぁぁぁ振り回さないでぇぇぇパンツ見えちゃいますからぁ!!…ってあ~~~や~~~!??」

 

 何かの琴線に触れてしまった文は足を掴まれ振り回されたかと思えば、哀れそのまま死人の群れの中へと投げ飛ばされてしまった。

 

「あーあ…知らないぞ、後で何言われても。」

「そんなもん逆に知らないわよ、なんぼでも言ってれば良いわ。」

「それより問題が解決していない事について何か言う事は?」

「さてどうしましょうか?」

「駄目だこの巫女…」

 

 変わった事といえば自棄になった文が一人群れの中央で暴れているだけ。

 もっと効率の良い方法はないかと模索する三人だが、中々良い案が浮かばない。

 

「全員で真正面から相手をするから面倒なのですよ。」

 

 そんな時三人に声を掛ける者が。

 声のした方を向くと、そこには自分達と同じように三人組の影が。

 豊聡耳 神子、物部 布都、蘇我 屠自古の三人だ。

 

「木菟頭か…」

「こら!!太子様に向かって何たる物言いを…!!」

「良いのですよ、布都。屠自古もそんなに睨まないように。」

 

 妹紅の木菟発言に声を荒らげ、眉間に皺を寄せる布都と屠自古であったが、神子自身が気にしていないと仲裁に入った為、一先ず二人共引き下がる。

 それから神子は一度目の前の死人の集団をゆっくりと見渡した後、この状況を打開する為の策を口にする。

 

「先にも言いましたが、全員で真正面から相手をするから滞るのですよ。彼等は数こそ居れど無限ではない、こちらもこれだけの人数が居るならば、外と内から攻め立てれば効率も良いというもの…」

「つまり奴等を囲うように私達がばらけて…」

「別動隊が正面より中央目掛けて一点突破、後内部から崩していき、挟み撃ちといきましょう。」

 

 集団の外と内からの挟撃作戦。

 一人一人がばらける事で技の巻き込みを意識する必要もない。

 神子の掲示した作戦に、異論は無かった。

 

「そうと決まれば話は早いわ。中央突破の一番槍は任せたわよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷吼!!」

 

「承知!」

 

 死人の群れへ風穴を開ける為に霊夢が指示した人物は、幻想郷の黄金狼、雷吼。

 怪我も完治し万全となった彼は魔戒剣を天に掲げ円を描き、その身に牙狼の鎧を纏わせる。

 

「金時!」

「はい!頼むぞ轟雷獣!」

 

 続いて金時が二振りの金棒でもって正面に翡翠色の円を描き、円の内側を力強く叩き割る。

 すると円から翡翠の鎧を纏いし魔獣…轟雷獣が飛び出し、雷吼と金時はその背に飛び移る。

 

「行くぞ!!」

「はい、雷吼様!!」

 

 手綱となった金棒を振り下ろすと、轟雷獣は雄叫びと共に死人の集団目掛けて駆け出す。

 雄叫びを受けた牙狼剣は牙狼斬馬剣へと変わり、雷吼達に烈火炎装の炎を纏わせ…

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」

 

 そのまま集団へと突撃していった。

 その間にも霊夢達はそれぞれ散開したり、雷吼達の後に続いたりと、追撃の手は緩めない。

 

「さて、それでは私達も始めましょう。」

「あー屠自古!もう少し離れよ!皿を通して我や太子様に雷が来たら堪らん!」

「そっちこそ、そうなりたくなかったら変な所に皿置いとくなよ!」

 

 光符《救世観音の光後光》

 雷矢《ガゴウジサイクロン》

 風符《三輪の皿嵐》

 

 幻想に生きる者達は、魑魅魍魎と相対する。

 神なる霊をも交え、この地は戦火に包まれる。

 幻想防衛録の一幕が再び描かれるのだ…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…成程。この地は私の予想以上に人外魔境であると、そういう事ですか。」

 

 輝針城天守閣。

 二人から下界の様子を聞いたアカネは珍しくその表情を固くするも、すぐに笑みを溢す。

 

「まぁだからといって、今この状況が変わる訳ではないので、あまり関係はありませんが。」

 

 そう、アカネの言う通り下の様子がどう変わろうが、今この場の状況は何一つ変わっていない。

 相変わらず白蓮は彼に捕らわれたままであり、アカネも体力を削られたなんて事はない。

 そんな事は分かりきっていると、保輔はアカネ目掛けて駆け出す。

 それと同時に保輔は懐からある物を大量に取り出し、それを全力で前方へと投げる。

 直線的な投げであった為、アカネは苦も無くひらりと避け、投げられた物は彼の背後にあった窓の外へと飛んでいってしまう。

 アカネは飛んでいった物を気にせず保輔に視線を向けるが、突然窓の外から何かの破裂音が盛大に鳴り響き、思わず一瞬そちらへと視線を向けてしまう。

 保輔が投げた物は、里でもよく悪ガキが悪戯で火を付ける爆竹だ。

 何も保輔は最初からアカネに当てる為に投げた訳ではないのだ。

 アカネの注意を逸らした保輔は魔戒剣の代わりに市販の物を改造したナイフを手に取りアカネへ振るう。

 とはいえアカネがその程度の事で大きな隙を晒す事は無く、彼は気だるそうに刀を遊ばせ保輔のナイフを使い物にならなくさせる。

 それでも保輔はナイフを取り替え果敢に立ち向かい、やがて全てのナイフが折れたその時、懐から丸い小袋を地面に叩き付けた。

 すると小袋が破裂し、中から大量の煙が辺りに立ち込める。

 盗賊必須の道具、煙玉だ。

 煙幕で視界を遮った所でナイフを大きく振るうも、その刃は空を切る事となった。

 何故ならアカネは既に靴裏に仕込まれている術で天井へと張り付き、範囲から逃れていたからだ。

 そして白蓮の方を見ると、予想通り早苗が彼女の下へと走り寄っていた。

 

「おっといけない、駄目ですよ!」

 

 アカネは天井から早苗の目の前へと跳躍、水平に刀を振るう。

 遊んでいたであろう先程までとは違う振りの速い攻撃だったが、早苗は何とか上半身を反らし、犠牲を髪の毛先数本だけに留める。

 すぐさま早苗は弾幕を放ちながら後ろへ跳躍、アカネとの距離を離し体勢を立て直す。

 アカネは早苗の弾幕を軽く避け、そのまま追撃をするかと思いきや、彼は何故か再び指を鳴らした。

 今度は何をと思っていると、白蓮の手を縛っている縄が巻き上げられ、彼女を天井へ持ち上げていく。

 それと同時に彼女の真下の床板が反転し、無数の針が連なる床へと変わる。

 

「いやね、あなた達も私を気にしたり彼女を気にしたりと忙しいでしょう?お互い疲れない為にもこうすれば気が楽になるでしょう?」

 

 天井付近に吊るされてしまった彼女を助ける為には弾幕などで縄を切って床に降ろすしかない。

 しかしそんな隙をわざわざ晒す程アカネは馬鹿でもないし、仮に隙を突いて縄を切る事が出来たとしても、彼女の真下は針山地獄。

 意識を失い、魔法による身体能力の向上はされていないであろう彼女がもし足下の床に落ちようものなら…

 

「さて、それでは続けましょうか。私達の奏でるワルツはまだ終わりませんよ?」

 

 彼女を助けるには、実質的に彼を倒さなくてはならなくなってしまった。

 魔戒剣が無く鎧を纏えない保輔と、大出力の技を出す為には膨大な時間を有する儀式を行わなければならない早苗。

 互いに全力を出せないこの状況で彼を倒せというのは、不本意ながら不可能という言葉を使わざるを得ない…

 

 

 

 

 

「…悪いが、」

 

 しかし、だからこそ…

 

「お前言うワルツとやらは一時中断だ。」

 

 あらゆる手は打っておくものである。

 保輔がそう言った瞬間、アカネの背後の壁の一部が爆発音と共に崩れ去った。

 

「何っ!?」

 

 一体何があったのかアカネが振り返ると、煙の中から一人の少女が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よぅ!霧雨魔法店出張サービス、合図を受けて只今到着だぜ!」

 

 自称普通の魔法使い、霧雨魔理沙だ。

 保輔が投げた爆竹の破裂音を聞いて、手筈通りに駆け付けたのだ。

 

「宅配だと聞いてるが、お品物は?」

「変更があってな、こいつだ。」

 

 魔理沙に問われた保輔はアカネを指差す。

 

「ほうほう…お届け先は事前に連絡してある通りで?」

「はい、お願いします!」

 

 早苗の返事を受けた魔理沙はニヤリと笑うとアカネに向かって駆け出す。

 何をするつもりかは分からないがこのままやらせる訳にはいかないとアカネは刀を振るうものの、魔理沙が被っていた帽子をアカネの顔面目掛けて投げ付けてきた為、彼は仕方なく魔理沙自身ではなく帽子を切り裂く。

 その隙に魔理沙はアカネの背後へと回り込み、箒の先端をアカネの背中へと付ける。

 

「オッケー!霧雨魔法店出張サービス、お届け先は…

 

 

 

 

 

地上だぜ!」

「貴様っ…!?」

 

 《サングレイザー》

 

 そのまま膨大な魔力が放出され、魔理沙はアカネを連れて再び流星となって去っていった。

 二人が城から去っていくのを見届けた保輔は白蓮の居る方を向く。

 保輔が視線を向けた時には既に早苗が彼女を拘束から解放しており、今は部屋の端の方で口元の猿轡を取り、壁にもたれかけさせている最中であった。

 彼女の安否を確認する為に近付いていくと、早苗が不穏な表情を浮かべながらこちらを見てくる。

 まさか手遅れだったかと思い、保輔は急いで白蓮の首元に手を当てる。

 幸い脈はあるしちゃんと息もしているようなので最悪の事態だという事ではないのだと、彼は一息吐きながら改めて彼女の姿を見る。

 よく見ると彼女の服装はいつもの格好ではなく、左前の白い着物を着ており、戦闘の余波を受けたのか若干着崩れを起こしていた。

 太股や胸元など、きちんと着付けをした状態では晒されないその箇所は…異様な火傷の後に見舞われていた。

 

「っ…!?」

「保輔さん、これって…!?」

 

 この一週間、彼女は常にアカネと共に居たであろう。

 そしてアカネは、彼女が命蓮の教えを理解してくれないと言っていた。

 そんな彼女と理解し(従わせ)ようとアカネが取る行動…

 予感は、していた。

 間違いであってほしいと表情で語る早苗を見て、保輔は早苗に一度頷くと二人に背を向ける。

 早苗は白蓮に失礼しますと頭を下げ、彼女の着物に手を掛けた。

 保輔の耳に衣の擦れる音が小さく届き、やがて早苗であろう…息を呑む声が聞こえた。

 

「既に、じゃな…」

 

 言われなくても分かっていると保輔は舌打ちをし、着ている上着を脱いで後ろに居る早苗へと渡す。

 

「一々着付けてやるのも面倒だろう、掛けてやれ。」

 

 猿轡をさせられていたとはいえ、身体強化の術を持つ彼女にあそこまでの火傷を負わせられる物は、ただ一つ。

 

 女性に対する魂鋼の拒絶反応。

 

 アカネは既に彼女を自分にとって都合の良いよう(拷問)をしていたのだ。

 

っ…

「白蓮さん…!!」

 

 微かに聞こえた声に反応し、保輔は振り返る。

 既に自身の上着が掛けられていた白蓮が目を覚ましたのだ。

 

あなたは、守矢の…

「駄目です!!じっとしていないと…!!」

 

 一週間前に聞いた時とは明らかに違う、酷く掠れて弱々しい声。

 ずっと縛られていたのだろう、色濃く残った痣が目に痛い程映る腕も、身体も、まともに動かせないようだ。

 そして何よりも、この一週間でどれだけの(拷問)を受け続けたのだろうか。

 もしかしたら目に見えて移らないような事もされたのかもしれない。

 そんな彼女の瞳は、既に光を失いかけていた。

 これがあの聖 白蓮なのか?

 封印されし大魔法使い、妖怪寺の魔住職、霊長類を越えた阿闍梨とも呼ばれるかの大僧正であるというのか?

 全ての者は等しくあると説くその姿に嫌気が差し、同時に心に葛藤をもたらし、しかし会えば要らぬ事まで見透かされるのではと怖れさえもした彼女が、今目の前に居る者なのか?

 最後に見た彼女の姿とはあまりにも遠く離れた今の姿と、彼女をこうなるまでに消耗させたアカネの非情さに、保輔は何も声に出す事が出来なかった。

 

皆、は…?

「お寺の皆さんは全員無事ですよ、勿論他の皆さんも。さぁ、お水を…でもこれ以上喋ってはいけません、その…お身体に障りますから…」

 

 早苗が遠慮がちに言うも、白蓮は気にせず早苗の手を借りて水を飲み始める。

 彼女自身はそうとは見えないようにしているものの、明らかにがっついた様子で水を飲んでいる。

 まさかとは思うが、水さえもろくに与えられなかったのではないかとも考えてしまう程だ。

 ひとしきり喉を潤した白蓮は改めて二人を見据える。

 多少は満たされたからであろうか、瞳には光が戻りつつあった。

 

「ありがとうございます。それと…申し訳ありません。このような危険に踏み込んでまで、私の下へ来てくださいまして。それに…お見苦しいものも、見せてしまったようで…」

「そんな…そんな事ありません。あなたが生きていて、本当に良かったです。」

「とにかく怪我の治療が最優先だ。さっさと地上まで運ぶぞ。」

 

 白蓮の怪我は深刻だ、これ以上放ってはおけない。

 保輔は彼女を地上へ連れていく為に抱えあげようとするが…

 

「待ってください、彼は…是茂(これしげ)殿はどちらに…?」

「是茂さん…?」

「誰の事だ?」

 

 突然彼女が今まで聞いた事のない名前を口にし、早苗と二人して首を傾げてしまう。

 二人の様子を見た白蓮は何故か躊躇いを見せるが、やがてその名前の正体を二人に話す。

 

「彼…アカネ殿の真名です。」

「あいつの事を聞けたのか!?」

 

 是茂、それはアカネの真の名。

 それを知っているという事は彼から他にも何か話を聞けたのではないかと保輔は彼女に詰め寄る。

 

「えぇ、ですが一つだけ私の方から確かめたい事が…袴垂殿、あなたは幻想郷に来る前、盗賊に身を委ねていた事はありますか…?」

 

 白蓮からの質問に思わず言葉が詰まる保輔。

 星の時と同じだ、何故それを聞いてくる?

 確かにここの住人には誰にも話してはいない筈なのだが…

 保輔がそう狼狽えている姿を見て、白蓮はやはり…と一度目を閉じ、再び目を開いた。

 

「分かりました。私が彼から聞いた全ての話を、ここで伝えましょう。」

 

 光を取り戻し、決意を秘めたその瞳で以て、彼女は二人に語り始めた。

 是茂(アカネ)という、千年にも続く狂気の物語を…




 もしかしたら目に見えて移らないような事もされたのかもしれない。

これ見て変な事考えた人、先生怒らないから手挙げなさい


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「命蓮」

十月までに終わりにしたいんじゃぁぁぁぁぁ
でも筆が進まないんじゃぁぁぁぁぁ
誰か助けてぇぇぇぇぇ…
…コホン、失礼お見苦しい所を

願わくば、ゆっくりしていってね



 彼の真名は(あかねの) 是茂(これしげ)、魔戒騎士の家系の者です。

 当時はまだ称号も持たず、鋼の鎧を身に纏い火羅と戦っていたそうですが、ある日番犬所から一つの指令が下りました。

 “いずれ来る災厄に備える為、その鍵となる存在を見つけよ”と。

 都に在する全ての騎士に命じられた指令…許否する事は許されませんでした。

 彼は当時身籠っていた奥方を残し、生まれてから一度も出た事のない故郷…平安京を離れ、放浪の旅へ出る事となりました。

 彼が都へと戻ってきたのは、旅に出てからおよそ一年余り。

 外の世界を知り、過酷な戦いを乗り越えてきた彼は、既に新たな称号持ちの騎士となっていました

 …彼から聞きました、魔戒騎士にも称号の有無や所属によって格差があると。

 称号持ちの騎士や元老院に所属している者は危険な指令を与えられる代わりに私生活における相応の扶助がある。

 しかしそうでない者は危険な指令を与えられない代わりにその扶助が無い。

 彼の家は決して目に見えて貧しい思いはしていなかったそうですが、それでも他の家より幾らかは少ない思いを抱いていたそうです。

 しかし彼は称号持ちの騎士となった。

 指令を遂行する事は叶いませんでしたが、これからは番犬所からの扶助も合わさり裕福に家族を養える。

 そうして揚々と帰ってきた彼を待っていたのは、無惨にも荒れ果てた故郷の姿、そして…

 

「な…今、何と…!?」

「だから…奪われてしまったのよ!!お金も、私の着物も、この子の為にと用意していた物だって…全部盗まれたのよ!!あんたが都から離れている間に!!」

「何、だと…!?」

 

 奪われてしまった財産でした。

 そしてその財産を奪っていったのは…

 

「何故だ…何故私なのだ…何故私から全てを奪っていったのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盗賊袴垂ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「盗賊袴垂って…!?」

 

 白蓮の話を聞いた早苗は目の前の保輔を見る。

 とはいえ早苗が居る場所は保輔の背後、彼女の位置からでは彼の表情は伺えない。

 

「期待していた扶助も大した額ではなく、家を立て直す事は叶わず、奥方も離れ…全てを失ってしまった彼は自棄になり都を離れ、ただ死に場所を探し求めるだけとなっていました。そんな彼が彷徨いの末に出会ったのが…」

「…あんたの弟の命蓮か。」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 命蓮は彼に仏の道を説き始めました。

 最初は全く聞き入れる様子の無かった彼でしたが、長い時を掛けた命蓮の説得に、次第に起きてしまった事に対する達観(諦め)が付き、同時に命蓮の説く言葉に興味を持つようになったと言っていました。

 それから彼は在家として命蓮の教えを忠実に守っていました。

 しかし…

 

「あぁ…何故ですか…何故逝ってしまわれたのですか、命蓮様…あなたが居なければ、私は…!!」

 

 噂を聞いた、と彼は言っていました。

 命蓮の死…それは彼にとって再び自身の全てを失ってしまった事と同義でした。

 命蓮の死は覆らない事実、しかし己の心はその事実を受け入れられず、彼の心は再び荒れ狂いました。

 

「…あなたは仰いました、人とは誰しもが平等であると。そんなあなたが死を受け入れた…それはつまり、死こそが平等であるという事なのですか…?」

 

 しかし彼の心は現実を認めたくないが故に、間違った方向へと向かっていったのです。

 人として一番犯してはならない罪と共に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あぁ、やはりそうだったんですね。」

 

 彼は都へ戻るとかつての奥方と子を探しだし、その命に手を掛けたのです。

 

「彼女は子を育てる事に疲れ果てていた…子もまた彼女からの虐げに身を痛めていた…二人の心は私が二人を死へと導く事によって解放された…そう、彼女達は生きる事の苦しみから解放されたのです!やはりあなたは正しかった!あなたは自らが先駆けとなる事で私に新たな道を示してくれた!あぁしかし、私があなたのお側に行ってしまえば、一体誰がこの道を示すというのか!?」

 

 命蓮を失った彼の心は、命蓮でしか埋められなかった。

 その結果、彼は命蓮が伝えたかった事とは真逆の行いでさえ、彼と繋ぎ合わせなければ身が持たなかったのです。

 

「私が、私が伝えていくしかない!!死こそが平等、死こそガ不変、シこそが全てだと、わタしが!!ワタシガ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …それから彼は禁術に手を染め、不老長寿の身となりました。

 全ては、亡き命蓮(歪んだ自身)の教えを世に伝える為に…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「茜、是茂…」

 

 それから千年の時を経て、彼は自分達の前に姿を表した。

 その間に一体どれだけの人に教えを説いて(死を与えて)きたのだろう?

 彼に従う死人達がそれを物語っているのだとしたら、彼は一体どれ程の死者の怨念(陰我)を抱えているのであろうか?

 

「あんたは当時奴とは会わなかったのか?」

「私もその時彼と同様に命蓮から仏道を教わっていた最中でしたので、寺の中で修行をしている事が多かったのです。反面命蓮はよく外へ出て道行く人に声を掛けていましたから…気付くべきだったのです。私があの時、彼という存在を知っていれば…」

 

 白蓮はその場から立ち上がろうとするも、慌てて早苗が彼女を抑える。

 

「駄目ですよ白蓮さん!その身体じゃ…!」

「これしきの傷は何とも…私が彼の歪みを正さなければ…」

 

 早苗の制止を振り切り、なおも立ち上がろうとする白蓮。

 しかし…

 

「…肩代わりのつもりなら、やめておけ。」

 

 保輔の冷淡な声に動きを止める。

 見ると保輔は彼女に対して冷ややかな視線を向けていた。

 

「前に言ってたな、弟子に起きた事は自分に起きた事と同じだと。そのくせお前は今その弟子達に会おうともせず自分一人で奴の下に行こうとしている。本当に同じ事だと言うのなら、まずはあいつ等に会って話の一つでもするべきなんじゃないのか?」

 

 今も上に居るぞと保輔は顎で上の階層を示すも、白蓮は思い詰めた表情で視線を反らす。

 

「それに…あんたは奴に会って何をするつもりだ?今でも死を恐れているあんたが、奴の何を変えられるっていうんだ?」

 

 先程水を欲していた様から分かる、彼女は人一倍生に執着していると。

 それ自体は別におかしな事ではないが、僧正として大衆よりも死について理解を深めなければならない彼女の立場からすれば話は別だ。

 生を遠ざけ、死しか目を向けていないアカネに、死を遠ざけ、生に目を向けている白蓮。

 水と油は、決して混ざらない。

 

「どれだけ着飾ろうと、あんたは命蓮じゃない。あいつの心には命蓮の言葉しか届かないんだ、あんたには任せておけん。」

 

 そう言って保輔は二人を残し、部屋から外の回廊へと出る。

 

だから俺がケリをつける…

 

 始まりは時の盗賊、袴垂による窃盗からだった。

 無論今ここに居る袴垂 保輔は偶然紫によって連れてこられた異世界の者、アカネの人生を狂わせた袴垂とは何の関係もない。

 しかし二人はこの地で出会った。

 それはある意味運命めいた…いや、宿命じみたものを保輔に感じさせた。

 同じ袴垂を名乗る者として、ケジメを着けなければならない、たとえそこに至るまでの理由が何も無かったとしても…

 ようはただの意地なのだと、彼女の言っている事と何ら変わらぬと言ってから気付いた保輔は一人嘲笑を浮かべ、回廊の縁に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうですね。私では、彼を変える事は出来ないでしょう。」

 

 その時だった、背後から声が掛かったのは。

 振り返り視線に入ったのは、救いたいという理想、救えないという現実に悩み、深い悲しみを見せる白蓮の姿。

 

「それでも…命蓮が彼に伝えたかった事を、彼に示したい…いえ、思い出させたいのです。」

「…とんだお節介だな。」

「たとえそうだとしても、そうやって想いを伝えていく事は、いけない事でしょうか?」

 

 それでも伝えなければならない。

 彼を信じ、彼に手を差し伸べていた者の想いを。

 

 

 

 

 

「…全く、頑固な女だなあんたも。」

 

 これには保輔も、折れるしかなかった。

 

「行けるのか?」

 

 保輔が問うと白蓮は目を閉じ、小さな声で呪文を唱える。

 すると彼女の身体が一瞬淡い光に包まれ、先程までの弱々しさが嘘のようにしっかりとその場に立ち上がった。

 流石だと感心その時、上階から震動と共に轟音が響いてきた。

 

「上の連中が片付いていないようじゃな。」

「…早苗、行ってやれ。」

 

 アカネはもちろんだが、城を占領している死人もどうにかしなくてはいけない。

 これから保輔と白蓮の二人はアカネを追う。

 増援に行けるのはこの場では早苗だけだ。

 

「分かりました。お二人とも…御武運を!」

 

 保輔の案に従い、早苗は上階へと向かっていく。

 それを見送った二人は一度お互いを見て頷き合い、回廊から外へと飛び出していった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 人里。

 未だ戦火の鎮まらぬその中心地に、一つの流れ星が落ちる。

 落下の衝撃で発生し、徐々に消えていく煙の中に佇んでいたのは…

 

「ふぅ…パラシュート無しのスカイダイビングなんて予定に無かったんですけどねぇ…全く、とんだお転婆娘だこと。」

「痛って…!!離せっておい…!!」

 

 アカネであった。

 彼が左腕を伸ばして掴んでいるのは、本来先程の流星を作り上げていた少女、霧雨 魔理沙。

 

「本当なら揃って()()()話し合いでもと思っていたというのに…どうしてくれるんですか?あなたのせいで予定が狂っちゃったじゃないですか。」

 

 思わぬ事態へ発展した事に募りを覚えたアカネはそう言って鎧を召喚する。

 

「熱っつ!?熱っっっちぃ!!」

「落し前を着けてもらわないと、ですねぇ…?」

 

 鎧の性質によって掴んでいる魔理沙の髪がちりちりと焼け始める。

 焼け落ちる前に確実に仕留めようとアカネは刀を彼女の心臓目掛け突き立てようとする。

 

「魔理沙!!」

 

 が、そこへ牙狼の鎧を纏った雷吼が割って入る。

 アカネは魔理沙に向けていた刀を雷吼へと向け、牙狼剣の一撃を受け止める。

 と同時にアカネの左手首に強い衝撃が襲い掛かり、思わず左手の力が緩んでしまう。

 手先から掴んでいた少女の感覚が無くなったと感じたアカネは一旦体勢を立て直すべくその場から一歩引き、再び雷吼に刀を向けようとするも、空から追撃の弾幕が放たれた事によって大きな回避を要求され、彼等から距離を離す事となる。

 

「大丈夫か魔理沙!?」

「あぁサンキュー…ったくあいつ、乙女の髪を何だと思ってやがる…!」

 

 魔理沙は一人の童子と少女の側に居た。

 先の左手首の衝撃はその童子…金時が背に携える金棒を打ち付けたから。

 そして空から放たれた弾幕は、悠然としていながらも鋭い視線をこちらへ向ける少女…博麗 霊夢によるものであろう。

 何時ぞや対峙した面々が揃い、アカネは飄飄とした態度で雷吼に語り掛ける。

 

「あぁ黄金騎士…その後お変わりなく?」

「そうだな、お前を倒すという思いは全く変わっていない。」

「何よりと言っておきましょう。しかし…成程、確かに予想以上だ。これ程の者達がこの地に居たとは…」

 

 辺りを見回すと、既に自身を取り囲んでいる少女達の姿が見える。

 一通り少女達の姿を確認したアカネは続けて自身の遥か後方を見る。

 その先で蠢いているのは、自らが長い時を掛けて説いて(従えて)きた信徒達だ。

 

「見た所三分…いや、四分の一ですかね?信徒達を相手にするのは大変でしょう?」

「あら、わざわざ数を教えてくれるなんて優しいじゃない?」

「そうでしょう?何せざっと計算してみましたが…仮にこれから私達を相手にするとして、あなた方の体力が持つかどうか少々不安で、ね…」

 

 死人達の数はまだ半分も切っていない。

 その事実を伝え、さらにこちらへ心配の言葉を掛ける。

 遠回しの降伏勧告のつもりだろうか、もちろんそんなものに雷吼達は乗る筈もなく、再び戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 

「心配するな、お前を倒してそれで終わりだ。」

 

 その時だった、この幻想の地には似つかわしくない機械音、そして一筋の光と共に彼等の後方から声が上がったのは。

 

「聖…それに保輔…!」

 

 聖 白蓮、そして袴垂 保輔。

 白蓮は自身の持つオカルトによって現れたバイクに乗り、彼等を…アカネを照らし、保輔はバイクの後部座席に立ち、彼を見据えていた。

 

「おや、白蓮様(あなた)がこちらに来られるとは少々意外でしたね。」

「我儘を言って聞かないんでな。」

 

 チラリと彼女の方を見てみると、彼女もまた保輔と同様に強く、しかしどこか哀れみも垣間見えるような目でアカネを見詰めている。

 

「…何ですかその目は?何ですかその人を哀れむような目は…!」

「是茂殿…もう、終わりにしましょう。」

「終わり…?終わりなど無い、この想いは永遠に繋げていかなくてはならない!」

「いいや…終わらせるさ、俺が…俺達が…!」

 

 保輔が決意を露にしたその瞬間白蓮がバイクのハンドルを捻り、一層の爆音と共に車体が走り始める。

 それと同時に金時がある物を保輔目掛けて投げ渡す。

 

「保輔様、これを!!」

 

 彼から受け取る物は、もう知っている。

 保輔は迷う事無く投げ渡された物の柄を掴み、一気に引き抜く。

 歪み無き黒曜の剣が、再び保輔の手の中に収まる。

 加速を続けるバイクは星や小傘の前を横切ろうとする。

 何もかも時間が掛かってしまった事への謝罪、振るう本人の目から見て剣はどうであるか。

 何か言わなくてはと二人は口を開くも、この一瞬で一体どんな言葉を掛ければ良いのか。

 言葉が詰まってしまった二人の前をいよいよバイクが横切る。

 その時二人は見たのだ。

 白蓮が、保輔が、二人がこちらを見て一言呟いたのを。

 

 

 

 

 

 ―ありがとう。―

 ―礼を言う。―

 

 

 

 

 

 声は聞こえなかったが、二人は確かにそう言っていた。

 それは二人にとって何よりもかけがえのない言葉であった。

 あの時共に行っていれば、もっと早く見付けられればと、後悔ばかりが募っていたが故に。

 本当はすぐにでも手元に置いておきたかったである筈なのに、自身の我儘でいつまでも渡せなかった情けなさ故に。

 そして何より、守られし者である自分達が確かに守りし者達の力になれたが故に。

 短いながらも、確かに届いた心からの声。

 ならば自分達も、言うべき言葉は決まった。

 

「頑張って!!」

「御武運を!!」

 

 その声はバイクの走行音で聞こえはしなかった。

 しかしその言葉は白蓮の、保輔の心に、確かに届いていた。

 ならば自分達もやるべき事は一つ。

 

「あなたの邪心…!!」

「俺達が断ち斬る…!!」

 

 止まりはしない、そして止めてみせる。

 二輪の華が、一陣の風となって幻想の地を駆け抜ける。

 枯れてしまったかの華に、再び彩りをもたらす為に…




補足というか何というか

白蓮や星は“噂or話で聞いた盗賊袴垂=目の前の保輔”と認識していますが、保輔達が異世界からの来訪者だと知っているのは現在霊夢、魔理沙、守矢or八雲一家、永遠亭(てゐ除く)、慧音、妹紅、隠岐奈or二童子あたりです(あとは幽々子や萃香など紫から話を聞いた者や可能性として心を読めるさとりとか)
なので幻想郷に広まっている彼等の噂は精々“最近外からやって来た、妖怪と同じくらい力を持つ者達”程度です

決して“保輔が盗賊やってた”なんて個人情報が“幻想郷内”から噂になるなんて事は無いんです


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「聖蓮」

「さぁ始まりました、深夜の幻想郷爆走レース対決!舞台はここ人里!里の中を所狭しと群がる死人達を躊躇なく踏み台にしながらレースに挑むは暗黒騎士アカネ選手!対するは群がる死人達をこれまた躊躇なくバイクで蹴散らしていく聖 白蓮&袴垂 保輔選手!互いに手も足も出る破壊妨害何でもありのこの勝負を制するのは一体どちらなのか!?実況は私清く正しい射命丸 文、解説はいつでもどこでもムラムラ発情、村紗船長にお越しいただいて…」
「誰がいつでもムラムラしてるだ!!真面目に追いかけろこの馬鹿!!」
「痛い痛い痛い!!()()狂ってそれ振り回すのは危ないですって!!()だけに…ってわぁぁぁごめんなさいごめんなさい!!えっと、それでは皆様チャンネルはそのままで願わくばゆっくりしていって…ってギャァァァァァお助けぇぇぇぇぇ!?」



「是茂殿、もう終わりです!人との繋がりを断ち切ったあなたに明日は無い!」

 

 今宵の幻想郷は多様な音で満ちていた。

 

「どの口が言う!私という存在を拒んだあなたが言えた事か!!」

 

 この地では異端の技術である発動機の音。

 

「それは貴様も同じだろうが!」

 

 それを発する機械に、または従ってきた主に、この地に生きる少女達に、為す術無く散らされる死者の声。

 

「いいや、私は違う!私は繋がりを断ち切ってなどいない!!」

 

 己が信念を剣に乗せ、激しくぶつかり合う音。

 

「…だ~もう!!あいつ等速すぎよ!!全っ然追い付けないじゃない!!」

「金時もっと速度を上げろ!」

「無理です!これ以上は上がりません!」

「あのバイクいつも以上に飛ばしてんな~。」

 

 そして少女達の喚き声。

 雷吼、金時、霊夢、魔理沙の四人は現在人里の中を必死に飛び回っていた。

 彼等の視線の先には里を埋め尽くす死人の群れを蹴散らし、熾烈な争いを繰り広げている保輔、白蓮、アカネの三人が。

 四人は保輔達の援護を行う為に彼等に追い付こうとするも、如何せん彼等が速い。

 全力で飛んでいるにも関わらず、目に見えて距離が離されていっている。

 

「文は!?文の奴はどうしてんのよ!?」

「さっきどこぞの船乗りに吹っ飛ばされてたな。」

「あいつ等~何二人して漫才やってんのよ~!!」

 

 自称幻想郷最速の手を借りようとするも、何があったのか既に船妖怪と仲良しこよししていたようで、その行方は何処へやら。

 前方の激戦から溢れた死人の相手をしている事もあって、霊夢の怒り(スコア)は貯まる一方だ。

 

「まともに追いかけても追い付けん、先回りして待ち伏せるしかないな。」

「だろうな…金時!」

「はい!」

「うーし、じゃあ私はこっちだ!」

「あーもう!面倒くさいわね~!!」

 

 ザルバの助言に従い、各々違った方向へ飛び出していく。

 一番最初にその激戦に当たったのは、霊夢だった。

 

「この辺かな、まずは目下の敵をお掃除っと!」

 

 眼下の群れの前方に着地した霊夢はすかさず掃討の為のスペルを発動する。

 

「さぁて、久々にでかいの行きますか…《夢想封印・瞬》!!」

 

 神霊《夢想封印・瞬》

 

 目にも止まらぬ速さで位置取りを変えながら、札と光弾を目まぐるしく放つ。

 一連の動作を終えた先には誰一人として居らず、周辺の掃討は完了した。

 

「ま、こんなもんでしょ。さて、後はあいつ等が来るのをどーんと待ち構えているだけ…」

 

 そう言っていると、背後からバイクの走行音が聞こえてきた。

 どんどんと近づいてきている、恐らく今振り返れば調度良い射程距離に居るだろうと当たりを付けた霊夢は振り返ると同時に弾幕を放つ為の用意をする。

 

「あれ…居ない…?」

 

 しかし実際に振り返ってみても、彼等の姿は何処にも見当たらない。

 バイクの走行音も途絶え、はて彼等は一体何処にと首を傾げていると、一層の爆音が上空から聞こえてきた。

 見上げてみると、そこには視界いっぱいに機械の塊が。

 

「…ちょぉぉぉぉぉ!?」

 

 目と鼻の先を飛び越え通過するバイクに驚いた霊夢は思わず尻もちをついてしまう。

 臀部を強打した痛みを擦りながら堪えている間にバイクは走り去っていき、辺りは静寂に包まれる。

 

「あ、ちょっ…こら!待ちなさぁぁぁぁぁい!!」

 

 暫し呆然としていた霊夢であったが、やがてはっと気付くと、急いでその後を追いかけていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「あなたも無茶をする!その身体はもはや限界に達しているだろうに!」

「あなたに傷つけられた者達の痛みに比べれば、この程度!」

 

 人里内部を猛進するバイク。

 アカネは時に民家の屋根を伝い、時に死人を蹴り飛ばしながらバイクに乗る白蓮と保輔に迫る。

 二人はそれを剣や脚で払い退け、反撃の隙を窺う。

 特に目覚ましいのは白蓮だ。

 バイクの操縦をしながらもアカネとの交戦に率先して参加している。

 術で強化しているとはいえ、その身に耐え難い傷を負っているにも関わらず。

 

「しかし彼奴、生身でこの速さとは…!」

「伊達に千年は生きていないって事か…!」

 

 バイクのメーターは既に100㎞を越えている。

 そんな中アカネは轟雷獣でも追い付けない程の速度を生身の脚力で追い付いている。

 しかも絶え間なくこちらに攻撃を加える余裕を見せる程に。

 二人して一体どんな修練を積めばこんな芸当をこなせるようになるのか、保輔とゴルバは舌を巻く事しか出来ない。

 

「しかしこのままではこちらの分が悪い、然らば…仕切り直しが必要ですね。」

 

 そう言うとアカネは突如保輔達から離れ、真横の通りへと向かっていってしまった。

 

「おい!!」

「捕まって!!」

 

 アカネを追う為にスライドターンを行い、来た道を引き返す。

 とはいえ100㎞を超える速度で走行していた反動は大きく、アカネが抜けた道へと出た時には、彼の姿はかなり遠くのものとなっていた。

 

「 まずい…!!」

 

 このままではアカネの姿を見失ってしまう。

 追い付けぬ歯痒さに思わず保輔が苦言を漏らしたその時、幾つもの落雷と炎が放たれ、アカネの進路を妨害する。

 

「概ね、予想は出来ていたという事です。」

 

 召喚《豪族乱舞》

 

 遥か前方、そこには神子を初めとした幾人もの妖怪達が。

 その内布都と屠自古が共に腕を下ろすと、さらに激しい炎雷がアカネを襲う。

 

「用意周到…ですが、押し切るまで!」

 

 放たれる攻撃を巧みに避けながら、アカネはなおも神子達の方へと向かっていく。

 

「…っ!保輔殿、耳を塞いで!」

 

 それを追う白蓮と保輔だが、ふと白蓮が何かに気付き、保輔に耳を塞ぐよう促す。

 

「は!?何でそんな事…!?」

「いいから早く!」

「あ、あぁ…」

 

 何故そうしなければならないのかよく分からなかったが、とりあえず保輔は指示に従い大人しく耳を塞ぐ。

 その間にもアカネは猛進を続けているが、彼の前に鈴仙が立ちはだかり、懐からスペルカードを取り出す。

 

「それじゃあ行くわよ…スペル発動!」

 

 《地上跳弾(ルナティックエコー)

 

 鈴仙はスペルを発動しそのまま攻撃するかと思いきや、持っていたメガホンを一人の妖怪少女に渡し、神子達と共に耳を塞ぐ。

 メガホンを渡された少女は精一杯の強い眼差しでアカネを見据えると、大きく息を吸って全力の大声を出す。

 

「こっちに…来ないでくださぁぁぁぁぁい!!」

「うぅぅぅるっさ!?何だよあのバカでかい声は!?」

 

 山彦妖怪幽谷 響子、一世一代の大仕事。

 メガホンによって音量を増したその声は、まさに殺人級。

 さしものアカネも急ブレーキを掛け、文句を垂れながら横路への逃亡を余儀なくされた。

 

「ふぅ…スッキリしました!」

「そ、そう…良かったわね…」

「この声量…流石山彦妖怪って所か…」

「太子様から直々に授けられたこのへっどほんが無ければどうなっていた事か…」

 

 神子特製のヘッドホンによって難を逃れた四人。

 布都はその場で振り返って神子に感謝の意を示そうとするが…

 

「…って、ぎゃぁぁぁぁぁ太子様ぁぁぁぁぁ!?」

 

 当の神子はぐるんぐるんと目を回しながら気絶していた。

 彼女の耳は人一倍良い。

 常時ヘッドホンを着用している彼女ではあるが、先程の山彦シャウトを間近で聞けば流石に堪えるようだ。

 布都に揺さぶられても起きなかった彼女であったが、近付いてくるバイクの音を聞くとはっと目覚め、瞬時に身嗜みを整える。

 

「わ、私とした事が何たる醜態を…そ、それよりも布都!」

「はっ!日頃の怨み辛みを載せ…いざ!!」

「怨み辛みがあったのか!?」

 

 神子に命じられた布都は一歩前へ出ると、普段の振るまいからは想像できない言葉を発しながら意識を集中させる。

 するとどういう訳か道の真中に井戸が出現し、中から両手に皿を持った女性の霊が現れる。

 

「おいぶつかるぞ!?」

「少し強引に行きます!捕まって!」

 

 白蓮はブレーキを掛けながら車体を大きく横倒す。

 車体が地面と擦れて激しい土煙を上げながら霊の前で一瞬停止する。

 霊の前で停止したバイクはブレーキを利かせながらハンドルを捻る事によって猛り狂う暴れ馬と化し、ブレーキという名の枷が外れる瞬間を今か今かと待ち望む。

 それに応えるべく白蓮は一層ハンドルを捻り、同時にブレーキを放す。

 そしてそれに合わせて背後の女性の霊が手に持つ皿ごと車体後部を思いきり殴り飛ばす。

 

 怪ラストワード《死んでも一枚足りない!》

 

 布都の持つオカルト、“お菊さん”の力を借りた発進は通常では考えられない初速で走り出し、再びアカネの下へと駆けていった。

 

「…どうやら、二人して向き合う覚悟が出来たみたいですね。」

「まぁ、太子様の手に掛かればこの結果は必然よ。」

 

 アカネを追うあの視線から分かる、二人の眼に迷いは無かった。

 その瞳はアカネを倒さんとする鋭いものでありながら、同時に彼の心を救わんとする優しき瞳であった。

 死したその先を知りたいと思いながらも、それを知る事を恐れていた保輔。

 過去の記憶を拭いきれず、死すらも拒んでいた白蓮。

 共に死を遠ざけていた、そんな二人はもうこの場には居なかった。

 

 「まぁ…死を恐れていたのは、かつての私も同じでしたけれど…」

「太子様?今何か…?」

「いいえ何も。さぁ、二人を追いかけましょうか。」

 

 神子がそう言うと、布都は屈託の無い笑顔で頷く。

 それを見た屠自古の表情が何とも言えないものへと変わるが、神子はちらりと目配せをして布都にその表情を見られないようにと促す。

 布都は知らないのだ、かつて神子が尸解仙となる時、先に布都に尸解仙となるよう命じたその真意を。

 聖徳王と呼ばれし彼女も、元はただの人間なのだ。

 そんな自分が他人の死生観に物言うのは、果たして間違っているのであろうか。

 自分を信じて疑わない彼女の無垢な想いに感謝しながら、三人も保輔等の後を追いかけていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「全く、どいつもこいつも無茶をする…!」

「幻想郷では常識に囚われてはいかんと、あの娘もよく言っとるじゃろう?」

 

 響子の殺人ボイスや白蓮の行った方向転換に不満を垂らす保輔。

 とはいえ大勢の力を借りたお陰で彼との距離は大分縮まり、今もその差を縮めている。

 しかしその速さは徐々にといった具合で、目に見えて追い付けている訳ではない。

 このままの速度ではいずれまた別の通りへの分かれ道で差を広げられてしまうだろう。

 これ以上戦火を広げない為にも、もう一つ決定的な加速力が欲しいと思っていた。

 そんな時だった。

 

「保輔ちょい頼む!」

 

 とある少女の声が聞こえると同時に視界の端に何かが写ったのは。

 ふわりと風に靡く、金色の髪が。

 保輔は反射的に手を伸ばすと、その手を握り返す感触が返ってくる。

 

「霧雨…!」

「よっ!ちょっとだけ手借りるぜ!」

 

 その正体は、魔法使いの霧雨 魔理沙。

 保輔の手を握り振り落とされないようにした彼女は、それよりもと白蓮に声を掛ける。

 

「こっから先はしばらく一直線だ!ケリつけんなら…!」

「えぇ、お願いします!」

「オッケー!悪い保輔、そのまま動かないでくれ!」

 

 白蓮からの返事を聞いた魔理沙は何とかバイクの方にしがみつくと、空いた手でミニ八卦炉を取り出し後方へと向ける。

 

「新しい幻想郷最速…刻んでやるよ!マスター…スパァァァァァク!!」

 

 恋符《マスタースパーク》

 

 八卦炉から放たれた閃光、それは加速を続けるバイクの新たな推進力となり、地を走る彗星へと変える。

 突如背後から聞こえてきた轟音にまさかとアカネが振り返った時には、既に彼女達は自身の真横に居た。

 そして…

 

「はぁっ!!」

 

 保輔の猛り声が響く。

 それと同時に白蓮は車体の後輪を上げ前輪だけを地に付ける、いわゆるジャックナイフの技術でバイクの方向を変え車体を地に付ける。

 未だ放たれていたマスタースパークを地面と垂直に立たせる事で、そのままブレーキ代わりとしたのだ。

 

「ちょっ…お前等無茶すんな…こっちは普段乗り慣れてないんだぞ…」

「ありがとうございます、後は私達に任せて。」

 

 かくして停止したバイクから降りた保輔達は、大きく吹き飛ばされ鎧が解除されているアカネの姿を目に捉える。

 見ると、彼の脇腹が血で赤く染まっている。

 彼は単純に吹き飛ばされた訳ではない、彼の横を通りすぎる瞬間、保輔が剣を振るったのだ。

 その時のバイクの加速力と衝撃が強すぎた為、彼はあたかも吹き飛ばされたようになっていたのだ。

 彼は口から血を吹き出し、恨めしそうに保輔達を見る。

 

「そうですか…そうまでして否定しますか、この私を…!!」

 

 彼の身体に再び暗黒の鎧が纏わる。

 そして鎧の隙間から、あるいは里全体から、黒い障気が身を包む。

 

「…堕ちたものだな。」

 

 障気は彼の手となり、足となり、アカネを異形の怪物へと変えていく。

 

「相も変ワラず、ワたしヲ闇にオちた騎士と蔑ムか…!!」

 

 またも自身を暗黒騎士と呼ぶ事に怒りを見せるアカネに対し、保輔はいいやとそれを否定した。

 

「人の心を闇に変え、その苦しみを纏うお前はもはや騎士とも呼べん。お前はもう…ただの火羅だ。」

 

 人を殺め、命を弄び、死を利用した彼の姿はまさしく火羅。

 そう告げられたアカネは一瞬何を言われたのか分からないと言いたげにしていたが、やがて諦めがついたのか不敵に笑い始める。

 

「火羅…フフフ…ソウでスか…挙ゲ句のハテにワタシを…ワタシノ思ソウヲ…ホラートマデイウカァァァァァ!!

 

 怒号が衝撃となり、辺りを揺らす。

 アカネは怒りに身を任せながら巨拳を振るい、保輔達へ迫る。

 保輔達は後方へと立ち退き拳を回避するも、沸き上がる憤怒を抑える事なく振るわれる拳は、周囲の民家を平気で破壊していく。

 

「ソウヤッテ私ヲ否定シテ…ソレガ貴様等ノ掲ゲル平和カ!?等シサカ!?ダッタラソンナノハ…タダノマヤカシダァァァァァ!!」

 

 空から大きく拳が振るわれる。

 理性を失った彼をこのまま放っておけば里の被害は深刻、しかし止めようにも形を為した多量の陰我を浄化するのは、保輔達には困難だ。

 だが…

 

「…そうやって自分の考えだけを押し通して、それこそがお前の理想を遠ざけていると何故分からない!!」

 

 保輔達に代わり、振り下ろされる拳を防ぐ者が。

 雷鳴轟く獣に乗り、破邪なる剣を掲げし黄金の騎士…雷吼だ。

 

「人の命を弄ぶ事が…等しき平和であってたまるか!!」

 

 轟雷獣の力を借り、アカネの巨拳を押し退ける。

 大きく仰け反るアカネの隙を突き、雷吼達は逆転の一手を打つ。

 

「金時!妹紅!」

「はい!」

「あぁ、お前等が焼かれんなよ!」

 

 怪ラストワード《こんな世は燃え尽きてしまえ!》

 

 妹紅の身体が青き炎に染まり、雷吼達をも包み込む。

 その炎に応えるように轟雷獣が吼えると、牙狼剣が変化し牙狼斬馬剣となる。

 妹紅のオカルト、“自然発火現象”の力を借り巨大な火球と化した雷吼達は狙いを定めアカネへと突進する。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 火球が勢いを増し、巨像を貫く。

 纏われていた炎が晴れ、突き出された斬馬剣の先には、その剣を受け止めしアカネの姿が。

 そして宿主を無くした巨像は貫かれた痛みと核を失った空虚に悶え苦しみ、その身が四散する。

 

「白蓮!!」

「えぇ!!」

 

 再び鳴り響く機械音。

 そして魔界から呼び出され、保輔の身体を纏う白銀の鎧。

 保輔はアカネを倒すべく彼の下へ、白蓮は未だ残りし陰我を払うべく空へ。

 今が好機と共に駆け出した二人は、それぞれの役目を果たすべく道を違える。

 

「貴様は!!貴様は何故私を否定する!?誰もが分け隔ての無い平等な世界を望むのは、貴様も同じだろうが!!」

 

 再び剣を交える二人。

 保輔の強い眼差しに気圧されたアカネはそれを隠さんと大声で保輔に問い掛ける。

 誰もが平等な世界を求めている、ならばそれを共に実現するのが道理ではないのかと。

 

 

 

 

 

「…全てが平等な世界など、ある筈が無い。」

 

 しかし彼は既に知っていた。

 誰もが望みながらも、それは絶対に叶わぬという悲しき現実を。

 

「本当に平等という言葉があるのだとしたら、藤原 保昌(兄貴)はあそこで死ぬ事は無かっただろう…」

 

 どんなに立場が変わっても、変わらぬ絆があった。

 

藤原 成通(あいつ)が火羅になる事も無かっただろう…!」

 

 野心に溢れ闇に墜ちたが、それでもかけがえのない仲間がいた。

 そして何より…

 

小袖(彼女)がいなくなる事も無かっただろうに…!!」

 

 この手で守りたかった者がいた。

 皆傍から離れていった。

 残っているのは彼等と、彼女と過ごした思い出だけ。

 

「だからこそ私がそれを成し遂げようとしているんだ!誰もが等しく平和でいられる、そんな理想郷を!」

「いいえ!あなたのそれはいずれ暗黒郷となる!」

 

 彼の理想を否定し空へ駆け上がった白蓮は、彼等を囲うように大きくサイドターンを始める。

 

「あなた方の言う通りです!この世界は理不尽に見舞われ、平等などという言葉とは無縁の世界なのかもしれません…!」

「何ですか、今更私を受け入れると!?都合が良すぎるんだよお前等ぁ!!」

 

 先程と打って変わってこちらの意見を肯定してきた白蓮に対し、アカネは何を今更と吼え立てる。

 

「しかしあなたは大切な事を忘れている!命蓮があなたに伝えたかった事はそんな事ではない!」

「何だと…!?」

「あの時命蓮があなたに手を差し伸べたのは、あなたに亡くなってほしくなかったから!守りし者であるあなたは死の先に光を見出だすような人ではなかったからだと!今を生きて、いつかその理想を成し遂げてほしいと願ったからです!」

「ならばそれは今成し遂げてられている!私は生きて、命蓮様の教えを忠実に守っている!」

「いいえ違う!!命蓮が願った理想は死の先の世界ではない…“今この世界を平和へと導く事”だった!!それがどれだけ難しい事だと分かっていても、彼は最後までそう願い、そして託した!託した相手は…あなたです!茜 是茂殿!」

 

 アカネの目が見開かれる。

 自分は命蓮に願いを託された、それは決して間違ってはいなかった。

 しかし託された想いは全く別だと、彼女はそう言った。

 

「命蓮はあなたに託したのです!全てを奪われ、失意の底に落ちたからこそ、それがどれだけ辛く悲しい事かを理解しているあなたに!」

「…あぁそうだ!だから私がその苦しみから人々を解放してやろうと…!」

「だったらこの空を覆う陰我は何だ!苦しみにのたうち回るこいつ等の想いは何だ!!」

 

 見上げれば、怨嗟の声と共に陰我の濁流が空を埋め尽くしている。

 保輔達からすれば、それは阿鼻叫喚の地獄絵図に他ならない。

 だがアカネからすればそれはもはや見馴れ、聞き慣れたもの。

 

「こいつ等はまだ理解していないだけだ!私の理想に従えば、必ずその苦しみから解放されるとまだ理解していないだけ…!?」

 

 それを自分の理想を信じていないからだと喚くアカネであったが、それ以降の言葉は続かなかった。

 声が聞こえたのだ。

 それは地獄の底から漏れるような怨嗟の声ではなく、一人一人が笑いあっている声。

 ふと空を見上げると、陰我の濁流はいつしか白く光り輝く清流へと変わっていき、自分達を中心にあるものを形成していく。

 それはアカネもよく知る蓮の花だった。

 自分達を中心に、里を呑み込む勢いで巨大な白き蓮の花が咲き誇る。

 

「な、何故だ…何故そんなにも笑っている…!?私が手を施した時には、そんな笑みは浮かべていなかったというのに!!」

 

 何故このような事が起きているのか。

 自分の理想を理解した?

 いいや、千年もの間変わらなかった想いがそんな簡単に変わる訳が無い。

 では一体何が彼等を変えたのか。

 答えを出せずアカネが戸惑っていると…

 

「ぅごっ…!?」

 

 突然頭部に何かが直撃、彼はそのまま仰向けに倒れてしまった。

 

「な、何が…!?」

 

 暗黒の鎧が解除され、生身の姿を晒したアカネは一体何があったのかと身体を起こすが、そこから手足を動かす事が出来なかった。

 見ると手足に何かが巻き付いている。

 それは白い身体に紅い瞳をした蛇だった。

 無数の蛇がアカネの身体を拘束していたのだ。

 

「何だこの蛇、いつの間に…!?」

 

 どれだけもがこうとも蛇が離れる事は無く、いよいよ彼の表情が焦燥に溢れかえる。

 誰がこのような仕掛けをしたのか自棄になりながらも辺りを見回すと…

 

「やぁ、ウチの若いのが世話になったみたいだね?」

 

 自身の背後、先程頭部に直撃したものであろう御柱。

 そびえ立つ柱のその上に彼女達は居た。

 蛙を模したような帽子が特徴的な地の神、洩矢 諏訪子がまるで品定めをするかのようにアカネを見据えている。

 

「残念だがそいつは解けないよ。お前がどれだけの闇を抱えていようと、神話に語り継がれる呪いに叶う訳がない。」

 

 そして背後に浮かぶ大きな注連縄が目を引く天の神、八坂 神奈子が彼を嘲笑う。

 

「彼等の笑顔が分からぬと…ならば答えましょう!彼等もまた、あなたと同じように想いを託されていたからです!」

 

 続いてアカネの耳に届く声、空を駆ける白蓮の声だ。

 見上げると、彼女はバイクを操縦しながら何かを口ずさんでいる。

 そして左手には彼女を象徴する物の一つ、エア巻物が煌々と光を放ちながら展開されている。

 

「(まさか、読経…!?)」

 

 死者に対する想いと共に読まれる経文、それが彼等を変えた。

 千年もの時間を掛けても変わらなかった心が、何故たかが一つの読経だけで。

 

「馬鹿を言うな!!奴等は命蓮様とは何の関係もない、ただそこらに居ただけの連中だ!!」

 

 いやそれよりも、命蓮から想いを託されたのは他ならぬ自分だと白蓮は言った。

 だというのに彼等もまた想いを託されたというのは一体どういう事なのか。

 未だ答えを見出だせぬアカネに白蓮が叫ぶ。

 

「たとえ命蓮の教えの下で無くとも、その人にはその人が想いを馳せる者達がいる!彼等はその人達から想いを託されていたのです!」

 

 そう、人には忘れられない者が居る。

 忘れられない思い出がある。

 それは例え死という壁があったとしても、断ち切れる事のない確かな記憶。

 

「託された想いは今を生きる者達へ受け継がれ、また誰かに託される…その身が朽ち果てようとも、永遠に受け継がれる人の想い、それこそが命蓮が伝えたかった真の理想!!」

 

 人から人へと受け継がれる記憶、思い出。

 それは死した後も誰かに託され、託された誰かがまた別の者へと伝えていく。

 そう、たとえこの世界がどれだけの理不尽に覆われていようとも、その想いだけはこれまでも受け継がれてきた。

 移り行く時代の中でも褪せる事なく、そして誰でも気付き、伝えていけるこの想いこそが、“真の平等”なのではないか?

 

「だからこそ、それを願うこの想いだけは…!!」

 

 

 

 

 

 この想いだけは、等しくあれ!!

 

 

 

 

 

「何なんだ…何なんだよお前等は!?」

 

 千年の時を経てもなお見出だせなかった答えを、彼等は見つけた。

 何故見つけられたのか、何故自分は見つけられなかったのか。

 それを見つけた彼等は一体何者なのか。

 最後の足掻きとばかりに叫ぶ彼との因縁を終わらせるべく、保輔はその場から空高く跳躍。

 身を翻し白銀の刃の切先を彼に向け、保輔は彼の問いに高らかに答える。

 

「我が名は斬牙、貴様等火羅を討滅する…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔戒騎士だ!!」

 

 儚命《聖蓮摩天楼》

 

 振り下ろされた刀が白蓮の華を、アカネを斬り裂く。

 斬り咲かれた白蓮の華は、人々の笑声と共に天へと舞い上がる。

 

「受け継がれていく人の想いこそが、平等…」

 

 その中心に倒れるアカネ。

 保輔は鎧を解除し、ただアカネを見下ろす。

 そのアカネを、静かに抱き抱える者が現れる。

 

「あなたにも受け継がれていたのです、命蓮の想いが。こうして今手を取り合っている事が、何よりの証です。」

 

 彼を抱き抱えた白蓮はアカネの手を取る。

 彼の手は既に黒き障気となって徐々に消えていっている。

 

「あぁ…温かい…温かいですね…」

 

 人を殺し、その陰我にしか触れてこなかった彼からすれば、白蓮の手の温もりは耐え難い程優しく、彼の瞳から一筋の涙が流れる。

 

「私は…あなた方のようにはなれなかった…」

「いいえ。命蓮を慕う純粋な気持ち…道は外れど人々の平和と等しさを求めたその心…確かに私達の胸に届きました。誰が何と言おうとも、私はあなたをこう呼びましょう。あなたもまた、“守りし者”だと。」

 

 守りし者。

 遠き昔に忘れ去ったその言葉を再びこの耳に留める日が来るとは。

 アカネはその身体が消え行く中、その瞳から大粒の涙を流す。

 

「是茂殿、もう良いのです。きっとあの人達も、命蓮も、あなたを許してくれますよ。」

 

 白蓮に施されるアカネの身体から力が抜けていく。

 そして最後に彼は思わず見惚れてしまう程晴れやかな笑みを浮かべながら、彼女の手から消えていった。

 

「さようなら、茜 是茂殿…」

「…安らかに、な。」

 

 彼の陰我は、白蓮の手の中で消えた時には黒き粒子状であったが、それは天へと上っていくごとに白く変わっていった。

 それはまるで天の先で待つ者達が、彼の事を赦していっているかのようだった…

 

 

 

 

 




「薄墨桜-GARO-」…ドラマCD…「神ノ牙-JINGA-」…
全く、十月は忙しいなぁもう!!


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「生蓮摩天楼」

いや~魔戒門矢士(もやし)かっけぇなぁ…
「神ノ牙-JINGA-」も謎が多く期待が高まる作品です

願わくば、ゆっくりしていってね



「…思えば、()()が全ての始まりじゃったか。」

「あぁ…」

 

 暗黒騎士アカネが討伐されてから、一日が過ぎた。

 彼を討伐した白蓮騎士 斬牙、袴垂 保輔は現在輝針城の天守閣の回路から外の景色を眺めていた。

 

「何故それがあの女の所に、とは思わんのか?」

「…分かっているからさ。」

 

 その手にはある物が握られている。

 雷吼達と共に今は亡き稀術師の遺品を整理していた時に見つけた物だ。

 何故これが彼女の手元にあったのか、理由は何となく察している。

 だからこそだろう、自分があんな想いを抱いてしまったのは。

 もしかしたら、今頃は都でその名を馳せていたかもしれない兄…

 もしかしたら、変わらず互いの実力を高め合う仲のままでいられたかもしれない友…

 もしかしたら、今も自分の傍に寄り添ってくれていたかもしれない彼女…

 その()()()は、死という理の前に崩れ去った。

 兄は闇に取り付かれた稀術師の手によって。

 友は悪魔に己の闇を唆されて。

 そしてきっと、彼女も…。

 彼等は、彼女達は、まだ生きていられた者達ばかりであった。

 生きていなければならない者達ばかりだった。

 それが理不尽にも命半ばでこの世を去った。

 望まぬ死、悔やみきれぬ想い。

 ならばせめて死の先に生きる世界があるならば、この心に想う者達には幸せでいてほしい。

 それを確かめたかった、だからアカネ()の存在が自分の中で大きくなっていた。

 

「こちらに居らっしゃいましたか。」

 

 呼ばれた声に振り返ると、そこには彼と共に暗黒騎士を打ち破った者の一人、聖 白蓮の姿が。

 

「怪我の具合はどうじゃ?」

「えぇ、おかげさまで。」

 

 昨日とは違う、普段から見かけるあの姿で保輔の隣に立つ彼女。

 そう、アカネへの想いが深まる一方、彼女の存在もまた大きくなっていた。

 

「この度は本当にありがとうございました。あなたが居てくれて、本当に良かった…」

「よせ、俺はそういうガラじゃない。」

 

 彼女の掲げる理想があまりにも夢物語が過ぎていて、大人気無く露骨に遠ざけていた。

 

「…あんた、本当は最初からそのつもりだったんだろ?」

「と、仰いますと?」

「何と言えばいいか…自分では奴を変えられない、それでもかつての想いだけは思い出させたい。最初からそのつもりであいつに付いていったんだろ?」

 

 しかし彼女はあまりにも普通の人間であった。

 彼女は決して人に無理難題を強いる神のような人物ではなく、ただ理想の為に試行錯誤を繰り返す凡人の一人だった。

 そんな平凡な者でも、何かの答えを見出だす事は出来る。

 その答えを、問いを、誰かに伝える事が出来る。

 見て、聞いて、伝えて…そうして誰もが繋がっていく、いつか必ず。

 

「…かもしれません。ですが、彼の心を真に理解しようとしたのも間違いではない。」

 

 保輔の問いに彼女は少しだけ悩んだ様子を見せたが、すぐに答えを返す。

 

「聖人と呼ばれはしますが、私も一人の人間という事です。」

 

 その人間らしい仕草が、何よりの証拠だった。

 保輔は軽く口角を上げると、白蓮と共に眼下に見える人里を眺め始める。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…本当にこれ手伝ったら報酬貰えるんでしょうね?」

「知らないよそんなの…ってこらぬえ!サボってないで降りてこい!」

「や~だよ~、何で大妖怪たる私が里の復興作業なんてやらされるんだか…」

「…一輪、引きずり下ろして。」

「はいはい。雲山行くよー、せーの…!」

「だ~~~分かった分かった!やるからぶん殴るのは勘弁!」

「それにしても報酬って何かしら?やっぱりお金?それとも食べ物?もしかして両方!?やだもぉ~~~だったら張りきるしかないじゃな~い!!☆」

 

 その頃人里では昨夜の戦いの被害を修復する復興作業が行われていた。

 

「あのさぁ主…本当に宝塔どこに落としたのよ?全然見つからないんだけど…」

「そうなんですよ、おかしいんですよね…何故か急に手元から無くなったというか、何というか…?」

「お掃除お掃除~♪」

「うぅ~重たい…面倒じゃのう、いっその事全部焼き払うか?」

「阿呆、お前の場合その言葉は洒落にならん。」

 

 あの戦いに関わった者は大方参加しているものの、真面目にやっている者も居れば、そうでない者もちらほら。

 

「…これ、今日中に終わりますかね?」

「さぁな…」

 

 そんな彼女達の様子には、流石に雷吼と金時も溜息を吐くしかない。

 魔理沙?早々にとんずらしてるよ。

 

「まぁ、何とか終わるでしょう。人手は足りていますからね。」

「人海戦術は偉大なりって事ですか?」

「優秀な人材による、を前に付けるとなおよろしいかと。」

 

 さぁ、行きましょうという神子の促しに二人は従い、再び復興作業へと戻っていった。

 

「死を以て命は等しくなる、か…」

 

 そんな中、路地裏でひっそりと彼等の様子を見ながら思いを馳せている者が。

 

「…だったら、私には一生訪れない平和だね。」

 

 そう言って彼女…妹紅は自嘲気味に笑みを浮かべると、一人どこかへと姿を消した…

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…しかし、分からないな。」

「分からない?」

 

 そして輝針城。

 回路から外の景色を眺めていた保輔が唐突に疑問を投げ掛けた。

 

「あいつは何故殺した奴等の魂をずっと抱え込んでいたんだ?」

 

 それはアカネが纏っていた陰我について。

 彼は何度かその身に陰我を纏い、巨大な怪物へと姿を変えていた。

 その纏っていた陰我というのは、これまでにアカネが手を掛けた者達の陰我に他ならない。

 

「死の先に求めるものがあるのなら、別にあいつが人の魂を抱え込む必要は無い。閻魔にでも任せればいい話だ。」

 

 それを何故一身に受けていたのか。

 閻魔の判決は信用ならないと感じていたのか。

 それとも別に何か理由でもあったのか。

 アカネが居ない今では答えを知る事は出来ない。

 

「きっと、夢に餓えていたんだと思います。」

 

 そんな時またも背後から声が掛かる。

 振り返って見てみると、そこには早苗と小傘の二人が居た。

 

「信頼していた人達に裏切られ、崇めていた人を亡くし、愛した人を自ら手に掛けた。人としての夢を無くしたあの人は、それでも人という存在から離れる事は出来なかった。」

 

 二人は保輔達と同様回路の手すりに手を掛け、早苗は思いを馳せるように言葉を続ける。

 

「人は夢を、心に想うものがなければ生きてはいけない…だからこそあの人は殺めた人の魂をその身に留めていたのでしょう。たとえどれだけの怨嗟を向けられようとも、自らが人として叶えたかった夢を叶える為に…」

 

 その言葉を聞いた保輔はふと考えてみる、千年とはどれ程の時なのだろうかと。

 命蓮を亡くし、家族を殺し、全てを失ったアカネ。

 千年の時の中で彼は一人となり、闇へと堕ちた。

 自分はどうだろう。

 兄を、友を、想い人を亡くした自分は、今も守りし者として生きている。

 しかし、それが千年も続けば?

 千年も変わらず今の状況のままであったら?

 その時自分の精神は守りし者のままで居られるのか?

 

「夢に敗れ、夢を無くし、夢に焦がれる、か…」

 

 暗黒騎士、それは守りし者である魔戒騎士が闇へと堕ちた姿。

 彼等の存在は、守りし者という強い意思を持つ魔戒騎士であっても所詮は人間だと知らしめる。

 保輔は隣に居る白蓮や早苗、小傘を見つめる。

 

「ん?何、保輔?」

 

 小傘は妖怪だ。

 人を驚かせる事で心を満たし、人間である自分よりも長い時を生きてきた。

 その中で人間達に疎まれてきた事もあったろうに、今も無垢な表情をこちらに向けている。

 長い時を生きてきたその中で、心変わりをした事は無かったのだろうか?

 自らの心を満たすものを人々の驚愕ではなく、恐怖へと変えたいと、夢にでも思わなかったのだろうか?

 

「保輔さん…どうかしましたか?」

 

 早苗は自分と同じ人間だ、それに自分よりも年下の。

 彼女の言った夢が本当にアカネに当てはまるものなのかは分からない。

 しかし合っているかはともかく、その答えを導き出せた彼女は一体何故その答えに辿り着く事が出来たのか?

 彼女の過去に何かあったのか、何となくそう考えてしまう。

 

「袴垂殿…?」

 

 そして白蓮。

 彼女も元は人間であった。

 最愛の弟を亡くし、死を恐れた彼女は妖怪達から禁術を教わり、その中で妖怪達の弱さを知り、彼等にも手を差し伸べた。

 その結果人間達から迫害を受け、千年以上もの間魔界に封印されていた。

 そして現代に蘇った彼女はその信念を変える事なく、今も人間と妖怪両方に教えを説いている。

 彼女は人でありながら人に裏切られた。

 アカネと同じ千年の時の中で何故彼女の夢は変わらなかったのか?

 あれほどの仕打ちを受けながら、最後にアカネを守りし者だと言い切った彼女は一体あの時何を想ってあの言葉を言ったのか?

 

「…別に、何でもない。」

 

 彼女達の強さとは、彼女達が心に秘める守るべきものとは。

 彼女達を前にすると自分がいかに脆く、しかしこれから強くなっていけるものだと感じさせてくれる、そんな気がした。

 

「お節介は俺の方だったかと、そう思っただけだ。」

「え~何何?それってどういう事~?」

「うるさい、寄ってくるな。」

「痛っ!?何!?何で急にデコピンされなきゃならないのよ~!?」

「それは小傘さんが空気を読まないからですよ。」

「意味分かんないわよ~!!このさですとども~!!」

 

 彼女達の強さに感心を示した矢先に隣で行われる喧騒に溜息を吐く保輔。

 それを温かく見守る白蓮。

 その構図を客観的に捉え、自然と保輔の頬が緩む。

 所詮は同じ人間、自分もいつ何かの拍子で闇に堕ちてしまうかもしれない。

 だが少なくとも今この時だけはそんな事は無いだろうと、何となくそう感じたからだ。

 

「見~つけ~たぞ~…」

 

 そんな彼等の背後から再三の声が。

 振り返らずとも分かる不機嫌全開の声。

 こんな声を出す人物など、ここ最近の人付き合いの中では一人しかいない。

 

「お前等揃いも揃ってサボりやがって~…まだ全っ然直ってないんだからな!?」

 

 この城の主、針妙丸に他ならない。

 実は保輔達、単に勝利の喜びを噛み締める為にこの城に来た訳ではない。

 人里がそうであるように、この城もまた内装が滅茶滅茶になってしまったのだ。

 大抵の要因はどこぞの二人(早苗と一輪)の仕業なのだが、連帯責任という事で自分達も修繕に駆り出されたという訳なのだ。

 

「全く、勝手に異変の現場にされて、一週間も城の主たる私を放り出して…挙げ句の果てには城の中もぶっ壊されt「ほいほいお主はちと大人しくしておれ。」ぷぎゃっ!?」

 

 針妙丸の話をマミゾウが彼女の茶碗に蓋をして遮る。

 まだ何か言いたげな針妙丸は放せ~!!と彼女の手の中でガチャガチャと暴れるが、マミゾウは気にせず四人に話し掛ける。

 

「お主等そんな所で黄昏てなぞおらんでこっちに来い、昼時の時間じゃ。」

「お昼は八目鰻ですよー!」

 

 さらにマミゾウの背後からミスティアの声が上がる。

 昼から彼女の焼いた八目鰻とは中々豪勢なものだ。

 

「え!?良いの八目鰻なんて!?」

「はい、お代はしっかりと頂きましたので。」

 

 そう言ってミスティアは一枚の紙を見せる。

 その紙には“屋台一回無料券”と書かれており…

 

「…あ!?おい早苗!?」

「わ、私じゃありませんよ!神奈子様や諏訪子様の仕業かと~…!」

「あの馬鹿神共…!!」

「むぅ…これは不覚じゃったな保輔。」

 

 それがかつてミスティアから渡された券だと理解するのに時間は掛からず、保輔は一人膝を付いて項垂れる。

 実はそれとはなしに楽しみにしていたのだが、まさか昼飯として使われる事になるとは。

 

「あらあら…袴垂殿、落ち込まないで下さい。一人で晩酌を挙げるのもそれは一向というものなのでしょうが、皆で囲む食卓は、暖かいものですよ?」

 

 項垂れていた顔を上げると、こちらへと手を差し伸べている白蓮の姿が。

 

「全く…」

 

 保輔はそんな彼女の手を掴み再び立ち上がると、彼女達と共に城の中へと戻っていく。

 

 

 

 

 

「…仕方がないな。」

 

 そんな彼の手の中には、沢山の()が込められた“簪”が握られていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…暗黒騎士は無事に討滅されましたか。」

「はい。」

 

 幻想郷、その何処かに彼女は居た。

 八雲 紫、幻想郷を束ねる妖怪賢者だ。

 彼女は式の八雲 藍から報告を受けると、それは良かったと肩を下ろす。

 

「それよりも紫様…」

「えぇ、分かっているわ。」

 

 しかし彼女達にはそれよりも重要視しなくてはならない事がある。

 

「“袴垂 保輔は盗賊である”、か…」

「例の噂の件ね?」

 

 紫の背後に扉が現れ、絶対秘神たる摩多羅 隠岐奈が現れる。

 隠岐奈は紫と背中合わせとなり、挑発的な笑みを浮かべながら彼女に問いかける。

 

「急いだ方が良いんじゃないかしら?」

「えぇ、ですからあなたにはこれから大いに手伝って貰わなくては。元々あなたが巻いた種でもあるんだし。」

「おいおい、種を巻いたのはもっと別の奴だろうに。」

 

 まぁ一番に利用したのは私だが、と隠岐奈は悪びれる事も無く言う。

 そんな彼女の態度に若干の嫌悪を覚えた紫は彼女から離れ、幻想の空を見上げる。

 やはり彼女の事は好きになれない。

 

「幻の想いを秘めし心、か…」

 

 思わず口に出てしまったその言葉は、今ここで溢す言葉ではない。

 その言葉を伝えるべき相手はもっと他に居る。

 例えばそう、あの黄金の輝き放つ若き人間に。

 

「決断の時は近いわよ、黄金騎士。」

 

 さぁ、あなたは一体何を守る?

 

 

 

 

 




生蓮摩天楼編おしまいです
なんかすぐにでも続きそうな終わり方になっていますが、また暫くはお休み期間という事で
そしていよいよ明日十月六日から「薄墨桜-GARO-」が各劇場で公開!
二年ぶりの彼等の活躍を皆も見に行こう!


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