TOA~Another Story (カルカロフ)
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消えた焔の光

 そこは死の世界だった。そこは崩壊の跡地。故に跡形もなく消え去った大地の残り香。

 

 無数の瓦礫と人だったものが散乱し、まさに死に塗れた世界。だが生命の息吹も感じられない場所で、声が響いていた。美しいソプラノの声も今では、すっかり枯れてしまっている。

 

 彼女はそれほどまでに一生懸命に叫ぶ。救えなかった彼の名前を。

 

 「ルークお願い返事をして!!」

 

 瓦礫の間を歩きながら少女は、ひたすら名前を呼ぶ。

 

 だが返ってくる返事などある訳もなく、少女は胸の内を締め上げられる。後悔と、懺悔。その二つが今の彼女を支配していた。

 

 柴色に彩られた世界で、少女は力尽きたように座り込む。

 

 活力を失った彼女の肩に、誰かの手が添えられた。

 

 「ティアしっかりして。こんな所で休んでも良くはなりませんわ。どうせならタルタロスの中に戻ってゆっくりしてください」

 

 「駄目よナタリア。だってルークが、ルークが見つからないのよ! 私が、私が」

 

 いやいやと首を横に振るティアにナタリアは、なんと声をかければいいのか分からない。それほどまでのティアが負った心の傷は大きいのだ。

 

 アクゼリュスが崩壊した時、ティアだけが崩落しても助かる術を持っていた。

 

 ティアは事の重大性に気付くと、近くに居た仲間たちを救うべく第三譜歌を謡い何とか生き残った。だが、その時ルークを救うには、時間がなかった。

 

 彼女は、選んだのだ。仲間を守るか、小さな希望に掛けてルークも救うか。前者を取ったのはティアだが、選ばなければならない状況に追い込んだのは、彼女の実の兄。様々な要因がティアを傷つけ、締め付け壊していく。

 

 心の何処かで信じていた者に裏切られ、仲間を一人見殺しに、一体なんと声をかければいいのか。

 

 だからナタリアは、何も言わず後ろから抱きしめた。これ以上壊れてしまわないように。

 

 「ティア休んでください。でないと貴女が壊れてしまいますわ。お願いです休んで」

 

 「でも、早くルークを見つけないと」

 

 頑としてティアは、ルークの捜索を諦めない。だが既に彼女には再び立ち上がる気力は残されていないのが現状で、痛みに鈍感になってしまったティアにこれ以上捜索をさせるのは、酷である。

 

 「いいえ。何が何でも休んでいただきますわ。立ち上がる事も出来ないで強がりを言わないで下さいませ」

 

 ティアの腕を肩に回しナタリアは立ち上がると、タルタロスへ連れて行く。

 

 ほとんどティアを引きずる様にして運ぶ。それはティアが連れて行かれるのを拒絶しているのではなく、もう体力が残されていないのだ。心身ともに疲れ切っているのだから仕方ないが、こうなるまで気が付かなかった自分が情けないと、ナタリアは自嘲する。

 

 戦艦の中に入るとイオンが慌てて近寄ってきた。

 

 「どうしたんですか!?」

 

 「イオン済みません。ティアをどこか休める部屋へお願いします。私もまだやる事が残っているので」

 

 ぐったりとしたティアを見てイオンも神妙に頷く。元からティアが長時間動けるとは見込んでいなかったのだろう。一番近くの船室を直ぐ休めるようにしていたらしく、そこにティアを運んでいく。

 

 ナタリアは、疲労した体に鞭を打つためにヒールを唱えた。精神的な疲弊まで回復してくれなくともこれで体は使う事ができる。しかし諸刃の剣でもある。ヒールで回復してもその後に、倍の疲労を背負うことは確実だ。だが人命には変えられない。

 

 敵国の者であってもこの絶望的な状況でも見捨てる事など出来ない。

 

 何よりも、大切な人を見つけるまで倒れる事も、諦める事もしたくないのだ。

 

 ナタリアは頬を叩くと、タルタロスの外に出る。

 

 「あら、大佐休憩ですか?」

 

 「おや、そんなナタリアこそ休憩をしていたのでは?」

 

 出入り口付近で腰を下ろして休憩するジェイド。その横に立ってナタリアは囁く。

 

 「えぇ、ティアがちょっと」

 

 「そうですか」

 

 あまり声を張って言う事ではないのを二人は理解して押し黙る。

 

 限界が一番先に来るのは誰かを見越していたからだろう。ジェイドは特に驚くこともなく、柴色に染まった世界を眺めながら、メガネの位置をもとに戻す。

 

 「貴女は大丈夫なんですか。疲れているみたいですが?」

 

 「私は大丈夫です。それよりもルークを探さなければ、ティアも良くなりませんわ」

 

 疲れなど感じていないと言わんばかりにナタリアは、張り切って見せた。しかしそれが疲れている証拠でもある。ジェイドもそれを指摘するほど野暮ではない。

 

 だから質問を試みた。

 

 「ルークは、生きていると思いますか?」

 

 「生きてますわ。そう信じているからこうして探しているのです」

 

 「ですが状況は絶望的。最悪なにも見つからないまま全てが終わる可能性もありますよ」

 

 まるで預言(スコア)のように確信をもっている声の響きにナタリアも心が揺らいだ。

 

 ルークの死が決められていると、彼は暗に語っているのだ。もちろんナタリアはそんな事を信じたくない故に反論する。

 

 「諦めません! ルークはきっと生きていますわ。……でも貴方は信じていないのでしょう?」

 

 「さっきからの発言でしたらそう思うでしょうね」

 

 「いいえ。それだけじゃなくて、貴方はルークを探す事よりも自分の頭の中を整理したいように見えてなりません。何について悩んでいるか知りませんが、それほどまでに大事なことですの?」

 

 ナタリアの発言にあのジェイドが言葉を忘れ、硬い表情のまま俯く。

 

 その姿は、何から話そうか迷っている風にも見え、どこか言い訳を探す子供の姿にも見える。

 

 自分の事を極端に語らないジェイドの事だ。きっと教えてくれないのだろう。諦めに近い気持ちで最後にナタリアは一押しをする。

 

 「大佐も少し休んでください。これからの方針を決めるときは、きっと貴方を中心にして会議をするのですから」

 

 「そう、ですね。分かりました少し休息を貰います。いやぁ、困ったものですね。老いると体が言う事を聞かない」

 

 ジェイドがおどけて見せるとナタリアも仕方がない、と言う風に笑う。

 

 そこへ二つの声が割って入った。

 

 「ジェイド!」

 

 「大佐ぁー!」

 

 一つは、爽やかな青年の声。もう一つは、可愛らしい女の子の声だった。

 

 二つの声は切羽詰まっており、思わずジェイドとナタリアはそちらに視線を向ける。

 

 ジェイドとナタリアの視界に入ってきたのは、一本の剣を持ったガイとその後ろから付いてくるアニス。

 

 ナタリアもジェイドも目を細めてガイが持っている剣を見た。遠くでよく見えないが、それは普段ガイが使う細身の剣の類ではない。早さよりも一撃一撃に威力を込めるように作られた剣だ。

 

 独特な刃の反りに、少し短い剣。あれはカトラスだ。

 

 軍属のジェイドならいざ知らず、剣にさして興味のないナタリアもその剣の名前が分かった。

 

 何故ならばその剣は、崩落に巻き込まれたルークがよく使っていた武器だからだ。

 

 二人は弾かれたように、ガイたちに走って近づいた。

 

 「ガイ! それはもしかして」

 

 「あぁ、ナタリア。これはルークのだ」

 

 「それで本人はどこですか?」

 

 急かすように訪ねてくる二人にガイもアニスも気まずそうに顔を逸らし、ぽつぽつと語り始める。

 

 「ルークは、見つからなかった。アニスの人形で大きな瓦礫とかどけてたら、大きな岩の下からそれだけが出てきた。周りも一生懸命探したんだ、でも」

 

 「他には何も見つからなかったの。結構広い範囲探したんだけど。もしかしたらルーク、この瘴気の泥に沈んだんじゃ」

 

 「アニス」

 

 今にも泣きそうな声で、最悪の予想を言おうとしたアニスをジェイドが止める。

 

 ジェイドは、数秒何かを考える仕草をすると、思いつめた表情で言った。

 

 「取り敢えず、詳しくはタルタロスで話しましょう」

 

 「でもジェイド、ルークが見つかってないんだぞ!」

 

 「それを含めて、話し合います。きっと彼はこの世に居ないのでしょうから」

 

 時間が経つにつれ濃厚になってきたルークの死。

 

 それをついに突き付けられ、ガイは反論することも忘れ、立ち尽くした。

 

 ジェイドは先にタルタロスの中に戻る。ナタリアとアニスはガイを促しながら、タルタロスに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでは、どこから話しましょうか。ガイ、何から聞きたいですか?」

 

 「いきなり俺の疑問でいいのか?」

 

 「誰から聞いても最初の質問は変わらないでしょう。ユリアシティに着くまでにある程度、疑問を消費しましょう」

 

 タルタロスの運航をしながらジェイドは、集まった皆に言う。

 

 そこにはティアを除いた全員がいた。

 

 ティアは、今のところ疲労が抜けていなのでまだ船室で休んでいる。

 

 「それじゃ、本当にルークは死んだのか?」

 

 ガイが恐る恐るジェイドに問う。

 

 「えぇ、そう見ていいでしょう。最も彼に話を聞きたいところですが」

 

 「彼って誰ですか大佐?」

 

 また出てきた疑問をアニスが素直に口にする。

 

 「彼とは、アッシュです。ルークが本当に死んだならば、アッシュには直ぐに分かるでしょう」

 

 「六神将の彼が? 接点など、無いように見えますけど」

 

 「……生体レプリカ」

 

 ナタリアの更なる疑問に、ガイが小さく声を漏らす。

 

 自然とそれは、空間全体に広がり、一部の者は疑問符を浮かべ、更に一部の者は表情を硬くした。

 

 「あってますよガイ。そしてルークは、アッシュの完全同位体のレプリカです。オリジナルかレプリカが死ぬとビックバン現象が起き、レプリカの記憶全てがオリジナルに引き継がれます」

 

 「っ!?」

 

 その瞬間、誰もが言葉を失った。

 

 一人も声を発さない中、ナタリアが魘されるように呻く。

 

 「うそ。ルークがアッシュのレプリカだったなら、アッシュは。それでしたら、七年間一緒に居たルークは!!」

 

 おそらくここで一番ショックが大きいのは、ナタリアだろう。

 

 今まで一緒にいた婚約者が偽物で、敵として会い(まみ)えた鮮血のアッシュが、本来の婚約者となる。

 

 何がどうしたら、そんな複雑な関係になるのか。誰もが疑問に思うなか、ナタリアは、思い出したようにつぶやく。

 

 「七年前の誘拐。あの誘拐は、グランツ謡将が起こしたもので、でも『ルーク』を攫った理由はいったい」

 

 「おそらく、超振動の力が欲しかったのではないのでしょうか?」

 

 「超振動?」

 

 イオンの問いにジェイドが辞書を読み上げるように答えた。

 

 「超振動とは、同一の音素振動数を持つ音素同士が干渉し合うことで起こる、ありとあらゆる物質を分解し再構築する現象の事です。ルークは第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体、ローレライと同じ振動数を持つため単独で超振動が撃てます。もしルークが超振動を自在に操る事ができたなら、国の一つや二つ落ちますね」

 

 つまりそれは、キムラスカもマルクトも滅ぼせるということ。

 

 あまりに飛躍した発言に今度こそ、誰もが閉口する。

 

 自然と沈黙が続くなか、アニスがおずおずと手を上げて質問する。

 

 「ねぇ、大佐。どうして総長は、そんな力が欲しいの?」

 

 「分かりません。ですがイオン様から状況を聞くとヴァン謡将がルークを騙してアクゼリュスを落としたことは、間違いありません。瘴気を超振動で消す、というのは可能かもしれませんがあの場には、第七音素(セブンスフォニム)が圧倒的に足りない。しかもアクゼリュスを落とす為になぜ、レプリカなどを。そのあとオリジナルを攫えばいいものを」

 

 「もういい……」

 

 さらに思考を深めようとしたジェイドを遮るようにして、ガイが声を絞り出した。

 

 腕も震え、今にも怒りが吹き上がろうとしている。

 

 「必要なのはレプリカとかオリジナルとかじゃないだろ。結局、ヴァンがルークを騙して、アクゼリュスを落としたんだろ。誰もなにも気が付かないで、終わってみればこれかよ! くそ、何が友人だ。友人失格じゃないか!?」

 

 「ガイ。休む事をお勧めしますよ」

 

 「……そうさせて貰う。俺も疲れてるみたいだ」

 

 ガイが出ていくのを見送ってから、皆が吐息を零した。

 

 確かにオリジナルだとかレプリカだとか。そんな議論は無意味だ。

 

 もう、彼は死んでしまったのだから。

 

 レプリカは死ぬと体は残らず、音素(フォニム)に還る。彼が見つからなかったといことは、死んだも等しい。

 

 今、おそらく考えなければならないのは、国がどうなっているかだ。

 

 キムラスカの王族がマルクト領土で亡くなった。

 

 親善大使としてルークが公式に出ているのだ。国を挙げて開戦準備に明け暮れているだろう。

 

 「この先が思いやられますね」

 

 「えぇ、ルークが亡くなったのなら、戦争を回避しようがありません。寧ろダアト含めた三つ巴の可能性だってありえますわ」

 

 国の中枢近くに居るジェイドとナタリアが揃ってため息を零す。

 

 深刻を通り越して戦争は絶対に始まるだろう。

 

 止められる材料がないのだ。自国に戻り最良を振るうならば、必然的にこの二人最大の敵となる。

 

 この旅で二人は相手の力量を確認してしまっている。

 

 ジェイドはナタリアの勇猛さといざとなれば責任を負える気高さを評価していた。

 

 ナタリアに至っては、ジェイドの機転と咄嗟の事態に対応できる能力。そして軍の指揮力に一目置いている。

 

 「貴方と敵同士になるだなんて、死んでも嫌なんですけれども」

 

 「奇遇ですね。私もナタリアを敵に回したくありません。最後は自分の首を差し出してまで民を守ろうとするでしょうし」

 

 「それが国を背負う者の使命ですわ。戦をするのが兵士なら、終結する場所を我々王族が指し示す。例え命を差し出すことになっても」

 

 声は落ち着いていて、いつでも覚悟が出来ていると語っていた。無理に背伸びをしている訳でなく、ありのまま全てを曝け出して王女ナタリアは言ったのだ。

 

 「それに今回、マルクトの方を見て侮れない相手だと再認識させてもらいました。正直に言って、易々と勝てる気がしません」

 

 「それはこちらも一緒です。二大国家が共倒れ、といった可能性しか見えない。故にダアトが何を企んでいるか知る必要があります」

 

 「我々が戦争をしている隙を突いてくる可能性ですか?」

 

 ジェイドは小さく頷く。

 

 「えぇ、今回のヴァン揺将の動きには、国を争わせたいという思惑しか見えない。ですがそれで終わるはずがない。一体何が彼を動かしているのか」

 

 「分からない事ばかりですわね」

 

 「人生、意外と行き当たりばったりなんですよ。考え通りに行く事は、滅多にありません。それに見えてきましたよ」

 

 タルタロスの中から、島影のようなものを二人は視界に捉えた。

 

 おそらくあれが、ユリアシティ。

 

 あれが、ティアの育った所なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日の光とは程遠い世界は、街全体を飲み込み、それはそれは気味の悪いところだった。

 

 さらに気味の悪いことに、街は音機関や譜業で固められ景観など無機質で冷たいものばかり。誰もが異様な街に唖然としていると、広場には緋色の長い髪を靡させた男が立っていた。

 

 神託の盾(オラクル)騎士団の教団服を身に纏う後ろ姿に、誰もが見覚えがあった。

 

 「鮮血のアッシュ……」

 

 「やっと来やがったか。おい、レプリカの奴はどうした?」

 

 見覚えのある容貌に誰もが戦闘態勢を取る。

 

 アクゼリュスの崩落時に助けてくれたが、味方である保証はない。

 

 だが、ジェイドはアッシュの発言に食いつく。

 

 「アッシュ、貴方に彼の記憶は無いのですか?」

 

 「レプリカの事か?」

 

 「そうです。完全同位体のレプリカは、死ぬとビックバン現象を起こし、オリジナルに記憶だけが引き継がれます。貴方に、その記憶はあるんですか?」

 

 その問いに、アッシュの表情は硬直した。

 

 「なんだと? ならアイツは本当に死んだのか!?」

 

 頭に手を当て、混乱の極みに立たされたアッシュ。その驚愕の顔にジェイドは嫌な予感を覚える。

 

 「貴方に、彼の記憶は?」

 

 なんども同じ問いを繰り返すジェイドに苛立ちアッシュは舌打ちすると、苦い表情で語り始めた。

 

 「全部の記憶は無いが、あのレプリカ野郎がたぶん死んだ瞬間の記憶みたいのならある」

 

 「……宜しければ、聞かせてください」

 

 「ジェイド、今ここで聞く事じゃ」

 

 ガイが慌ててジェイドの前に立って止めに入る。

 

 しかしガイの視線は、時々ジェイドの後ろに注がれていた。そこには、きっと顔色の悪いティアがいるのだろう。

 

 ティアを想うのであれば、ここで早急に聞く事はしてはならない。だが時間を惜しめるほど、状況に余裕がないのも事実。故にジェイドは引かなかった。

 

 「ガイ、でしたらティアをどこか休める場所にお願いします。私は聞かなければなりません」

 

 「ティア、無理しないでほら、休もう?」

 

 ジェイドの提案にアニスがすぐさまティアの手を取る。イオンもそうすべきだと便乗したが、彼女は彼が残した剣を強く抱きしめ、首を横に振った。

 

 

 「私も聞かなきゃいけないわ。だってルークが本当に死んだなら私の、私のせいだもの」

 

 覇気のない声。感情が抜け落ちた瞳。

 

 死人のような今の彼女に、いったいどれだけの言葉が通じるだろう。

 

 アニスとイオンが強く手を引こうとしてもティアは動かなかった。

 

 「時間も押しています。アッシュ、教えて下さい」

 

 「……後悔するなよ。俺が見たのは、ヴァンが導師に封呪を解かせ、パッセージリングの前に着いた辺りからだ。おそらくこの辺は、導師に聞いてるんだろ?」

 

 イオンはその問いに頷く。

 

 「はい。ルークがヴァンから超振動で瘴気を消せると聞いていたらしいです。それで戦争を回避して英雄になるんだと」

 

 「はっ! お笑い草だな。回避するどころか開戦を加速させやがって。あのレプリカの最期は、自分の超振動を暴走させ、自分を消し飛ばしたみたいだ。詳しくは分からねぇが力の制御ができてなかったのは確かだ」

 

 「でしたらアッシュ。貴方になにかが入ってくるような感じはしましたか?」

 

 ジェイドはアッシュの話を聞いて、ルークが死んだものだと断定した。

 

 超振動を制御出来ていなかったのだ。おそらく暴走させて自身まで分解したのだろう。もし、本当にそうなのであれば、ルークを救おうとしなくてある意味正解だった。

 

 もし助けていれば、崩落に飲み込まれたか、超振動で消し飛ばされたに違いない。あの瞬間、すでにルークを救うなど到底無理な話だったのだ。

 

 「そうだな。確かになにか、温かいものが入ってきたような気はした」

 

 「それが出ていく感じは?」

 

 「ない」

 

 ジェイドの矢継ぎ早の質問にもアッシュは簡潔に答えた。

 

 その表情からして偽りがないと見たジェイドは、一度紫色に染められた空を仰ぐ。

 

 彼の口から初めて、大きなため息が零れる。

 

 「そうですか。ありがとうございます。どうやら本当に死んでしまったようです」

 

 「うそ、そんな」

 

 誰もがそんな事を口にする。誰もが自責の念に駆られる。

 

 どうして傍に居ながら彼の異変に気が付かなかったのか。どうしてもっと話し合おうとしなかったのか。

 

 彼は、我儘で勝手であったが街を救おうと少なからず思っていた筈だ。だがこの世で一番信頼し、憧れていた人物から英雄になれるのだと唆されたのだ。

 

 誰もが自分が彼の立場であったならと、想像してしまう。

 

 そして誰もが彼から信頼を勝ち得なかったと、絶望した。自分たちは、彼を一度も一人の人としておそらく認識していなかったからだ。

 

 誰にも非がある。もちろんルークにも自分たちにも。

 

 「私たちが、殺してしまったのですね」

 

 「あぁ、ルークだけが殺したんじゃない。俺たち皆もアクゼリュスの人を殺したんだ」

 

 片手で顔を覆いガイも、ナタリアの意見に賛同する。

 

 親友の最期を婚約者として一緒に育った七年間を想いながら二人は、唇を噛み締めた。

 

 一番、ルークと長くいた二人が、この罪を早くに受け入れる。自分たちも同罪なのだと。

 

 「そうであっても時間は戻りません。戦争を回避しなければ、そしてアッシュもう一つ聞いていいですか?」

 

 陰鬱とした空気に飲まれたのかアッシュも覇気のない声でジェイドに応じる。

 

 「なんだ? ヴァンの目的か?」

 

 「そうです。あの男は何を企んでいるんですか? 国を戦わせようとして、それで終わる筈がないでしょう」

 

 これで終わらないと断言するジェイドに、アッシュではない別の人物が答える。

 

 「ヴァンはただユリアの預言(スコア)通り、事を起こしただけじゃ」

 

 皆が声の方向に視線を走らせる。

 

 そこには、一人の老人が立っていた。少々猫背ぎみの老人は、ティアを見つけると髭を撫でながら言った。

 

 「おぉ、お帰りティア。戻っていたのか」

 

 「お爺様。さっきの言葉の意味は、どう言う意味ですか?」

 

 生気の抜け落ちた抑揚のない声に老人は疑問を感じることなく、朗々と語った。

 

 「ふむ、全ては人類の繁栄を迎えるためだ。ユリアが記した預言(スコア)には、アクゼリュスの崩落は詠まれておった。そして戦争でキムラスカが勝利し、人類は未曽有の大繁栄を迎える。見つかった預言はここまでだが、分かるだろう? ヴァンの行動は全てユリアの預言通り事を運ぶためのものだ」

 

 「…………兄が預言通りに事を運んだという事は、ルークの死もアクゼリュスの崩落も詠まれていたのですね?」

 

 「うむ。そうだ」

 

 大きく頷いてみせる老人にティアは最後の質問をする。

 

 「どうしてそれを公表しなかったのですか?」

 

 「そんな事をすれば、人は平常ではいられない。暴徒化してしまう可能性もある。それに人の死を詠んだ預言は秘匿する義務がある。全てはユリアの預言通り事を運ぶためだ。そうすれば、人類は未だかつて経験したことのない繁栄を手に入れるのだ」

 

 「そう、ですか。お話、ありがとうございました」

 

 「ふむ。もう話がないなら、儂は街に戻るよ」

 

 ティアは小さく頷く。老人もまた、街に帰って行った。

 

 今にも倒れそうなほど、ティアの顔は青白くなり、ルークの剣を抱えながら小刻みに震えだした。

 

 「ティア! しっかりして下さい。気を確かに!」

 

 「ふ、ふふふ。どうしようナタリア。私、自分の事が嫌いになりそう」

 

 手を取って覗き込んでくるナタリアにティアは静かに言う。

 

 イオンもティアが倒れないように背後に手をまわしながら声を掛ける。

 

 「ティア、先ずは落ち着いて。貴女は悪くありません!」

 

 「導師イオン。私が、悪いんです」

 

 「そんなこと無いよ! だって……ぁ」

 

 彼女の罪悪感を少しでも薄めようとアニスは励まそうとしたが、とある事を思い出した。

 

 もともと、ルークを使ってアクゼリュスを落としたのは、誰だ?

 

 彼女の兄じゃないか。

 

 ティアが自分を責めるのも頷ける。言葉を失ったその場の者に聞こえる声でティアは、そのソプラノの声を響かせた。

 

 

 「だって私は、ユリアの子孫だもの」

 

 「……え?」

 

 さらに衝撃的な一言に、アッシュ以外の人物は目を見開いた。

 

 「私の本当の名前は、メシュティアリカ・アウラ・フェンデ。ホドの人間よ。ユリアがルークの死を詠んだなら、私が殺したも同然じゃない」

 

 「それは違いますわ! たとえ先祖が罪を犯したとして、どうしてその罪を貴女が背負わなければならないのです? ティアはティアでしょう。貴女は、あんな事を望んでいた訳ではないでしょう?」

 

 それでも、ティアはルークの剣を持ったまま震え続けた。

 

 罪悪感と絶望。その二つに苛まれ、崩壊しそうに見える。

 

 「ティア……」

 

 「皆さんは、ティアを頼みます。私は、さっきの老人に上に戻れないかを聞いてきます」

 

 「俺も行こう。聞きたいことがある」

 

 ジェイドの隣にアッシュが立つ。どうやら彼も何か気になる事があるらしい。

 

 広場には、ガイとイオン、ティアとナタリア、アニスが待機することとなった。

 

 ナタリア達は、いったんティアを座らせると、アニスが背中を擦る。

 

 「ありがとう。みんな」

 

 その時、ティアが初めて落ち着いた声で言った。

 

 それに、誰もがほっと息を吐き、囲むように集まる。

 

 「辛き時はお互い様だって」

 

 「そうです。僕たちは仲間じゃないですか。ティアの為ならこのくらい」

 

 「そうだよティア! これからだってずっと仲間なんだから。ね、なんだったら今日の夜トクナガ貸すよ?」

 

 アニスが背中にくっついていた人形をティアの目の前に持ってくる。どこか憎めない笑みを浮かべた人形を見てティアも微笑を浮かべ、人形を撫でた。

 

 「いいの? これはアニスの大切なものでしょう?」

 

 「いいんだよ。てゆーか、この期を逃せばトクナガ抱けないよ? いいの?」

 

 人形の隣で意地の悪い笑みを浮かべるアニスに、その場にいた者たちが笑う。

 

 「じゃあ、今夜貸してもらっていい?」

 

 「うん。私が言うのもなんだけど、結構抱き心地いいから」

 

 気丈に振る舞っているティアに気が付いていたが、誰も触れなかった。

 

 今、彼女が何を思ってそう振る舞っているか分からない。

 

 でも、それでも必死に絶望を乗り越えようとする姿に、仲間は応援した。

 

 そして時間は過ぎ、ジェイドとアッシュが戻ってきた。

 

 「みさなん、私は一度上に戻りますが、ここに残る人は居ますか?」

 

 「私は、キムラスカに戻り戦争を止めねばなりません。連れて行ってください」

 

 ジェイドの言葉に一番早く反応したナタリア。

 

 「ですが預言ではキムラスカの勝利が詠まれているそうじゃないですか? いいんですか止めて?」

 

 「もちろんです。これは策謀で起きた戦争ですわ。戦争に正当など無いのかもしれませんが、このような始まり方には納得がいきません。それに、父に言わなければいけない事があります」

 

 強い意志を秘めたナタリアの瞳に、ジェイドは頷くと、周りを見渡す。

 

 「他はどうします?」

 

 「僕も上に戻ろうと思います。戦争をする為には、導師の許可が必要になってきますから。少しでも時間を稼ぐか止めなければ」

 

 「そうなったら私も上に戻ります! 導師守護役(フォンマスター・ガーディアン)なんだからイオン様の行く所、どこにだって付いて来ますよ」

 

 アニスも高らかに宣言する。その姿が頼もしいのかイオンも微笑んだ。

 

 「俺も上に戻る。個人的に戦争を回避したいし、ナタリアには護衛が必要だろう?」

 

 「まぁ、頼もしいですわ。期待していますわよ?」

 

 ガイの申し出にナタリアも嬉しそうにする。付き合いが長い分、気が楽なのだろう。

 

 「私も、上に行くわ。兄の行動を止めないと」

 

 ティアの言葉に仲間達は力強く頷いた。

 

 「それでは、タルタロスに乗って下さい。アッシュ、中でヴァンの思惑を教えてもらいますよ?」

 

 「分かっている。俺もヴァンの行動を止めたいからな。一時、行動を共にするがいいか?」

 

 「戦力は多い方が良いですからね。歓迎しますよ」

 

 ジェイドがアッシュの同伴を許し、誰も口には出さないが戸惑う雰囲気は伝わった。

 

 死んでしまった彼に酷似しているアッシュを、間違えて『ルーク』と呼んでしまう可能性がある事とオリジナルとレプリカという複雑な関係にどう接したらいいのか分からない。

 

 七年間も会っていなかったナタリアとガイは、一番複雑な表情で彼を見つめていた。

 

 アッシュはその視線に答える事無く、黙ってタルタロスに乗り込む。

 

 ジェイドは涼しい表情で乗り込むのを催促した。

 

 「それでは乗って下さい。時間は待ってはくれませんからね」

 

 全員が乗ったタルタロスは、ゆっくりと行動を開始した。

 

 ユリアシティの港が遠くなる。

 

 そして完全に見えなくなったとき、タルタロスは止まった。

 

 誰もがこれからどうするのかと、思ったとき、急激な浮遊感に襲われた。

 

 見れば、光の枝が戦艦を押し上げているではないか。タルタロスよりも大きな枝。

 

 それに押し上げられた先は、青い空と海が広がった世界。

 

 ようやく帰ってきた自分たちの世界。

 

 だが誰も歓喜の声を上げなかった。そして戦艦は進む。各々の使命を果たすために。





テオドール市長の口調を見事に忘れたが、まぁいいや。
得に思い入れのあるキャラクターでもないし、これから先絶対に出ないし。




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朱色の記憶

 草原が続く長閑な景色の真ん中で、一人の男が目を覚ました。

 

 腰まである長い朱色の髪だ。

 

 白を基調とした服に黒いマフラーを巻いた男は、起き上がると辺りを見渡す。

 

 どこまでも、緑が続く景色に目を細め、納得したように声を上げた。

 

 「あぁ、なるほど。俺、死んだんだ」

 

 彼は覚えていた。自分が最期に何をしてどうやって死んだかを。

 

 だから彼は、儚く笑う。もう自分はこの世界に存在しな者なのだと。

 

 「レプリカでも人間でもない、か。難儀なもんだな。それにここ、ダアトの近くか」

 

 草原の彼方に、灰色の塔らしきものが見える。おそらくローレライ教団の建物の一部だろう。

 

 彼は、長い髪を揺らしながら、ダアトを目指して歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっと、まだ間に合うはずだけど」

 

 石畳に煉瓦の家。行きかう人々にあちらこちらにある石造や石版。預言(スコア)とユリア、そしてローレライを信仰する教団の街・ダアト。

 

 街の入り口で青年は、聳え立つ教団兼神託の盾(オラクル)騎士団の総本山の建物を見上げた。キムラスカ、マルクトとはまた違う街の雰囲気は独特で、どこか皆の意志が一纏めになった印象を受ける。

 

 預言。預言。預言。寝ても覚めても預言。

 

 世界最大宗教の街であるのだから無理もないのかも知れないが、聞こえてくる会話からも、ユリアや預言という単語が出てくる。

 

 彼は人の間を歩きながら目的地の目の前に着くと、いきなり複数の騎士団の人間に囲まれた。

 

 「アッシュ師団長! 探しましたよ。ヴァン主席総長が待っておられます。こちらへ」

 

 「分かった……」

 

 アッシュと言うのは彼の名前ではない。どうやら人違いなのだか、仕方ない。彼の顔はアッシュと同じなのだから。

 

 彼は反抗もせず、騎士団の後ろについていく。だが、黙っていると状況が分からないので、彼は目の前の騎士に質問してみた。

 

 「どうしてヴァンが俺を探してるんだ?」

 

 「貴方がアクゼリュスで独断行動を取ったからでしょう? 大切な時期なのです。もう少し自重してして下さい」

 

 「そうか。だが、間違ったことをしたとは思ってない」

 

 強気な発言に騎士も思わずため息をついた。

 

 もともとアッシュという人物は独善的で一人で勝手に走っている人物らしい。そんな事を考えながら彼は会談を下っていく。

 

 下に下に。それにつれて暗がりが増す。

 

 薄暗く、開けた場所に着く。そこは訓練場でかなりの広さがあった。

 

 コロシアムのように訓練、つまり戦う場所が大きく下がっていて、周りの客席に当たる部分からその様子を観察するのだろう。

 

 そこからまた歩き、訓練場の横にある扉を開ける。騎士は一歩下がって彼の入室を促した。

 

 「総長は一番奥の部屋です。私はまだ任務がありますので」

 

 「……」

 

 彼は無言で頷く。扉の先は廊下になっていた。そこには幾つかの扉があり、個室にでもなっているのだろう。

 

 アッシュという人物を探しているヴァンは、この廊下の奥の部屋にいるらしい。

 

 彼は、迷わず一番奥の部屋を目指す。

 

 等間隔に置かれた扉。そしてその一番最後の扉に手を掛ける。

 

 一瞬緊張の表情を見せたが、一気に引き締め、扉を開け放つ。

 

 「お前は? なるほどレプリカの方か」

 

 「いいえ。レプリカルークは預言通り死にましたよ。俺はそれとは違う存在です」

 

 扉を開けた先に居た人物は、朱色の青年を見るとレプリカと言い、朱色の青年はそれを否定した。

 

 目の前の男、ヴァン・グランツが言ったレプリカルークは死んだのだと宣言する。そして自分はそれとは、また違った者だと。

 

 「なら貴様は、何者だ?」

 

 「そうですね。敢えて言うならばルークの意識集合体とか全てのルークの記憶を引き継いだ新しいルークですかね? 俺はレプリカでも何でもないルークですよ」

 

 ヴァンは青年を認識してからずっと握っていた剣を引き抜く。金属が天井の明かりを反射してぬらりと光る。

 

 一振りで命を刈り取るであろう剣の先を突き付けられてもルークは眉一つ動かさず、口を開いた。

 

 「俺を殺しますか?」

 

 「いや、ある程度しゃべらせてから殺そう。そうだな先ずは、全てのルークの記憶。それについてだ」

 

 「実力行使ですか。確かに一対一なら、勝ち目はなさそうですね」

 

 あくまで穏やかな口調を貫くルーク。そんな落ち着き払った彼を鋭く睨むヴァン。

 

 「簡単に言うならパラレルワールドです。その各世界の中で生きていたルークの生前の記憶全てを俺は貰い受けました。でも、たくさんあるんでまだ自分のでも整理できてないんですよ。因みに今の所、俺の最高齢は八十歳です」

 

 「道理で気味の悪いほど落ち着いている訳か」

 

 警戒を弱めるどころかヴァンは更に警戒を強める。

 

 いつでもアルバート流奥義を放てるヴァンにルークは苦く笑う。

 

 「気味が悪いとか言わないで下さい。そもそも俺だっていきなり記憶が溢れて混乱しているんですよ。なにせ、俺の中で預言から本当の意味で脱却できた記憶はないんですから。例え貴方の理想が実現しても預言から逃げられなかった」

 

 「なに?」

 

 僅かに目を見開き、ヴァンの矛先は震えた。

 

 理論や仮設の限りを尽くして漸く預言からの脱却できるシステムを見つけ既に動き出したヴァンにとって、それはとても容認できる発言ではなかった。

 

 怒りと困惑を押し殺した表情のかつての師にルークは気色ばむ。

 

 「レプリカ計画くらいじゃ、預言はもろともせず人類は死にました。最後に生き残った記憶はそう告げてます。どうやら世界の行く末を決めているのは預言ではないようですね」

 

 「……戯言を。貴様の言う記憶が本当である証拠などどこにもないではないか」

 

 「それなら貴方がこれから行う計画を一から十までいいましょうか? 貴方しか知らない事も俺は知ってますそれで判断しても遅くはないはずでしょう?」

 

 無言で了承するヴァンにルークは頷くと、語りだす。

 

 意識的に声を低くし、朗々と物語の一部を語り聞かせた。

 

 それは、目の前の男の野望であり、人類延命の希望を望んだ計画の全て。

 

 まさしく、ヴァンが手掛けた計画のであり、彼しか知らないものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どう言うことだ。まさか、本当に貴様は未来から来たのか?」

 

 「未来の記憶は継いでます。でも記憶だけです。でもこの世界では、半分くらいしか俺の知識は通用しないでしょう」

 

 剣を下げ、ヴァンの表情は驚愕に彩られていた。絶望というよりも、漠然とした世界の広さを改めて知った彼の心は一時的にぽっかりと穴を開けた。

 

 

 そこに漬け込むようにルークはユリアが残した預言の一遍を諳んじる。

 

 

 ――ND2020

 要塞の町はうずたかく死体が積まれ

 死臭と疫病に包まれる

 ここで発生する病は新たな毒を生み

 人々はことごとく死に至るだろう

 これこそがマルクトの最後なり

 以後数十年に渡り

 栄光に包まれるキムラスカであるが

 マルクトの病は勢いを増し

 やがて、一人の男によって

 国内に持ち込まれるであろう

 

 

 かくしてオールドラントは

 障気によって破壊され

 塵と化すであろう

 これがオールドラントの最期である――

 

 

 失われた筈の第七預言の内容にヴァンは唇を噛み締め、それを語るルークを睨みつけた。

 

 様々なルークの記憶を継いでる彼ならば、知っていても可笑しくは無い。もう彼がどんな秘密を持ち出してもヴァンは驚かないように心がけ、張り詰めていた空気を一旦解くために剣を鞘に戻した。

 

 「あぁ、そうだ。世界は滅ぶ。それを回避しようとして何が悪い!」

 

 「星の滅亡は何があっても回避できない。ユリアの預言が絶対であり未来における可能性の一つである由縁ですね。星は必ず滅ぶが、滅ぶ過程までは確約された訳じゃない」

 

 「星の滅亡を回避するためには、預言に記されていないレプリカでの人類代用が必須だ。私はそう考え、理論を構築してきた。これでも人類は預言の最後に書かれてある死から逃れられないと言うか!」

 

 「レプリカを使っても星の滅亡は回避できませんよ。実際そうだったんですから。どれも栄光を極めた最中に滅びが待っていました。レプリカで栄華を極めようが、キムラスカが繁栄しようが、マルクトが栄光を手にしてもやっぱり滅ぶしかない。預言は未来の可能性の一つ。ですが、滅びという未来だけは絶対です。つまり貴方のしている事は無駄なんですよヴァン・グランツ」

 

 未来に希望などありはしない。多くの未来を内包したルークの言葉に、ヴァンは今までしてきた事が一気に水泡となったのを実感した。

 

 いや、ユリアの子孫である彼は薄々気がついていたのだ。この星はどうあっても滅ぶ。しかしそれを容認など出来やしない。だからレプリカで代用するという荒唐無稽にも近い計画を打ち出し、それの成功と人類延命に賭けてきたのだ。

 

 備え付けの椅子に深々と座り込むヴァンは、片手で大きく顔を覆った。

 

 「だが私は、この計画を投げ出すわけにはいかない。信じて付いてきてくれた同士のこともある」

 

 「ふむ。レプリカ計画は続行ですか? 未来を掴むための破壊となれば百歩譲って理解しますけど、結果駄目になると承知の上で人類抹殺するのであれば、俺が止めます。いや、寧ろ星自体の滅亡回避のために協力して下さい」

 

 青年の言葉に、ヴァンは初めて彼の瞳をまじまじと見た。希望を忘れず、邁進するものの瞳にヴァンは覚えがあった。

 

 おそらくまだ幼い頃の自身である。

 

 「俺は、人類滅亡もレプリカ計画も星の死も受け入れません。俺は、沢山のルークが望んだ未来を生み出す為にここに居るんです。人の意思で生きていける世界を。そんな我侭やりたい放題の願いの為に、星の寿命だとか覆す計画を持ってきました」

 

 「問題は山積み所の話では無いぞ?」

 

 「だから手伝ってくれと言ってるんです。貴方だって人類の死は避けたいでしょう? 預言なんてぶち壊したいんでしょう? それともホドを見捨てた世界の為に尽くすのは嫌ですか?」

 

 心の奥底に仕舞っていた憎悪が、ヴァンの中でふとこみ上げる。

 

 「当たり前だ……」

 

 「どう言った意味で当たり前なんですか?」

 

 「全部に決まっているだろう!? この腐りきった世界を、見殺した奴らを救えと? ふざけるな、私がこの世界の為に行動を起こすなど、断じてあり得ない!」

 

 力任せに拳をテーブルに振り下ろす。固い木で出来たテーブルの一部を砕いたヴァンの拳からは、血が流れ出てた。

 

 「預言により滅ぶと知っていながら見捨てたユリアシティとダアトの奴らの元で育つ屈辱と、捨て駒にしたマルクトへの恨み、理不尽に攻め込んできたキムラスカに対する正当な憤怒、私は忘れた覚えは無いぞ!!」

 

 怨嗟と怒りに蝕まれた怒号。聞けば心を震わせ、同情や悲しみを齎す。

 

 だがルークは、静かにそれを聞いたあと、苦笑しながら指摘する。

 

 「そしたら俺も復讐する権利くらいは、あるんですかね? 見捨てた世界を貴方が見捨て、捨て駒にした貴方を俺が捨て駒にする権利が」

 

 「お前の人形になるほど、私は愚かではない」

 

 「耳が痛い台詞ですね。そうですよまんまと騙された俺が言っても説得力に欠ける」

 

 でも、と彼は語り続ける。

 

 「それじゃ結局誰も救われない。滅ぼすにしても後に何も残らな事に意味は無い。アンタは、忌み嫌った奴らと同じ事をするためだけに生きてきた奴じゃないはずだ」

 

 「私に変われと言うのか? この世界を延命させるために?」

 

 自嘲的にヴァンは笑う。

 

 おかしくてたまらないのだ。この世界を滅ぼす人間に世界を救う手伝いをしろという彼の言葉が。

 

 その言葉に、唯一の肉親を思い浮かべ、あの子がこの世界で平和に暮らしていけたらと願ってしまう。自身が捨て切れなかった人の心に引っ張られそうになる。

 

 「俺だけにいい条件だと靡いてくれないのでしたら、貴方の計画を同時進行しましょう。この世界はやっぱり駄目だ滅びろ、と理由があって思ったなら俺も人類皆殺しに協力します。それまでは、俺の計画を主体でお願いします」

 

 「そこまでして私を引き込む理由はなんだ?」

 

 「人類を救いたい。世界を滅亡させない。それだけです」

 

 偽りない青年の答えにヴァンはさらに問いを重ねる。

 

 「アクゼリュスを崩落させる駒としたことを恨んではないのか?」

 

 「確かに恨んでいます。でも、復讐はしません。もし、俺の計画が成功したらティアが貴方の帰りを待つし、家族はなにがあっても家族なんだ。仲違いしたまま終わらせたくない」

 

 「なるほどティアのためか。いいだろう、我々の計画を第二計画として、先ずはルークの計画を主にする」

 

 平行作業を破棄してヴァンはルークの作戦で行くと断言した。その顔には先ほどまでの悲観した自虐的笑みは無く、不敵な面構えを見せた。多くのルークが見たことのある自信に満ち溢れた師の姿に、ルークも笑んだ。

 

 「ありがとうございます」

 

 「これからの計画の全てを一任するのだからな。私に畏まる必要は無い。そろそろ元の口調に戻ったらどうだ?」

 

 「それじゃ、遠慮なく。あー、堅苦しかった」

 

 長く続いた緊張から解き放たれたルークは、穏やかだった雰囲気を消し飛ばし、荒く雑なそれに早変わりする。

 

 ヴァンにとってみれば、いつもの見慣れたルークに戻ったくらいである。

 

 彼の変わらない事への安堵か、椅子に深く座り直し、先ほど聞いた話を頭の中で反芻し、理解を深めた。

 

 「人類の死は逃れられぬ運命と言うが、それを覆す方法はなんだ?」

 

 「あん? そうだな、端的に言うならローレライの死と記憶粒子(セルパーティクル)の元である地核を一度、超振動で分解して星の記憶を取り除いて再構成。ローレライの死については、アンタと一緒だ」

 

 口頭で軽く説明するルークだが、内容はとんでもなく無理難題である。

 

 ルークはローレライがどこに居るのか知っているのかもしれないが、意識集合体をどうやって死に追いやるのか。そもそも、ローレライが死んだとしても、ルークかアッシュの間でビックバン現象が起こる。そうなれば、ローレライが内包している星の記憶がどちらかに引き継がれ、結局絶対的な運命から逃れられ無い。

 

 考えればどう転んでも詰んでいると分かる居の局面で、彼は一体どんな奇跡を繰り出すのか。

 

 「言い忘れてたけど、ローレライを殺して俺が新しいローレライになるんだよ。つーか、俺はもうレプリカでも人間でもないからおあつらえ向きな適材ってやつだな。超振動で星の記憶を消し飛ばして、新しく記憶なんて無い地核の製造が俺の仕事で、ヴァンたちの仕事は世界が妄信してる預言(スコア)が人類滅亡を詠んだ物だって事を認識させる役割だ」

 

 「待て、色々と待て。なんだそれは、計画とも言えんぞ。先ず理論自体ないではないか。超振動で地核を、そこに含まれている星の記憶だけ消して絶対的な運命を失くす? どうやって地核にたどり着こうと言うのだ。結果だけ考えては足を掬われるに決まっている」

 

 ルークのとんでも発言の連発で頭痛のする頭を抱えるヴァンは、理解に苦しむと語る。

 

 結果だけを聞くと、頷ける部分も多い。ローレライの成り代わりになる意味がよく分からないが、星の記憶の消去というのは理解できた。決定された運命を破棄する。つまりそう言うことだろう。

 

 だが、どうやって星の記憶にたどり着く。どうやって再構築させるというのだ。

 

 超振動で未だに再構築をしたという事例は無い。圧倒的な破壊として使われているのは身をもって知っているが、製造に関して、誰も見向きもしなかった。理論上、再構築が可能であっても。

 

 こう見れば、ルークの語る計画には欠点が多い。早々と泥舟に乗ってしまったかと後悔するヴァンにルークは、どうやって納得させるか悩んだ。

 

 受け継いだ記憶の中には、ヴァンを納得させる材料は在るものの、どう言葉にするか答えが出ない。

 

 悩んで考え、考察した結果、ルークは言葉に出来ないなら見て理解してもらおうと結論付ける。

 

 つまり、百聞は一見にしかず。

 

 「地核に到達する手段は見せられねぇけど、構築とかなら俺でも出来るからな。よーし、よく見とけよヴァン。これが超振動でする構成って奴だ」

 

 ヴァンの信頼を勝ち取る為に、ルークは一つの譜陣を展開させる。

 

 朱色の光を発しながら、それは第七音素(セブンスフォニム)で構築させる。

 

 第七音素同士が反応し合い、さらに激しく光を発する譜陣。おそらくその譜陣を見たことあるのは、世界でたった一人、ユリア・ジュエその人だろう。ローレライとの契約の時、契約者の証として鍵の製造を間近で見た彼女ならこの光景を、懐かしいと、言ったかもしれない。

 

 第七音素が物質化し、超振動でそれが組み合わさる。その誰もが見たことの無い光景をローレライの完全同位体であるルークが造りだし、ユリアの末裔であるヴァンが見届ける。

 

 まさしく二千年前の光景を二人は再現してみせた。

 

 無意識に、無自覚に。

 

 そう、ユリアはローレライと契約して世界を救った。その契約時、ローレライはユリアに鍵を造り贈った。

 

 この神秘の世界に身を委ねながらヴァンは、心の底から思った。もしかしたら世界は救われるのかもしれないと。

 

 「出来た」

 

 静かにルークは宣言した。

 

 見たことも無い金属で出来た剣の刃。黒い音響の形をした柄に埋め込まれた珠玉。

 

 そしてヴァンは、唐突に理解した。これが伝承の中に出てくる『ローレライの鍵』なのだということを。

 

 「受け取れよ。その為に造ったんだぜ?」

 

 「……私が使っていいのか?」

 

 「そもそもローレライの鍵は、第七音素の収束拡散、パッセージリングの操作、プラネットストームの稼動と停止、そして譜歌の為に造られてるんだ。むしろこれはユリアの血族のために造られたもんで、武器としては欠陥した代物だ。ヴァンが使わねぇと扱えないってのが本音なんだよな」

 

 アルバート流の剣にも使えて一石二鳥じゃん、と言ってルークはヴァンに鍵を強引に押し付ける。

 

 反射的に受け取ってしまった鍵を見ながらヴァンも感嘆の一言を漏らす。

 

 「これは……」

 

 それ以上の言葉も無い。最上の物を例えるにしろ、言葉が浮かばないのだ。

 

 まさしくユリアの血を受け継ぐ彼だからこそ分かる。まるで自分の為だけに造られた剣であり譜術の媒介であり譜歌の威力を増大させるそれは、始祖ユリアに連なる者しか完全に扱えない。

 

 ルークの言うとおり、普遍的で誰にでも扱えて武器としても優れた一般の武器にもこれは劣るであろう。

 

 伝承で価値が上乗せされていてもごく少数の人間しか扱えないものに武器としての価値はない。

 

 「これがローレライの鍵か……」

 

 手にしっくり来る感覚に不思議なものを感じながらヴァンは呟いた。

 

 そこにルークの否定の言葉が割り込む。

 

 「いや、それ正確に言うなら『ローレライの合鍵』な。ローレライが造ったのは、別にあるし」

 

 「おい、威厳が激減レベルではないぞ。なんだその締りの無い名前は?」

 

 「いや、だってそれ後で造った複製品だし。二つ目の鍵は『合鍵』だろ? 別に本物に劣ってねーし大丈夫だって威厳はなくとも確かなんだから」

 

 そう言って親指を立てて力説するルークはヴァンの腰に差してある剣を鞘ごと奪い取る。

 

 「それじゃこいつを貰おうかな。新しく新調するの面倒だったけど、ヴァンが使ってた剣だからいいやつ間違いなしだろうし」

 

 「勝手に持っていくな! それにそれはフェンデ家に伝わる宝剣だ。くれてやる訳にはいかん!」

 

 「それなら返す。でも今、俺武器がなくて手ぶらなんだけどいいのある?」

 

 「……自分で造らんのか?」

 

 ルークから剣を返してもらいながらヴァンは疑問をぶつける。伝説にもなっているローレライの鍵を製造できるなら何でも造れるはずだ。その力で自身にあった武器の製造など造作も無いはずである。

 

 「いや、造るにしても構成とか素材とか音素を効率よく術にできる譜陣とか刻んだり設計図がどうしても必要になるんだよ。鍵はどっかのルークの記憶にあった設計図を基にして造ったし、超つえーかっこいい武器ってだけの空想じゃ物とか造れねぇんだっつーの。器用貧乏とか言うなよ?」

 

 話が進むたびにヴァンが渋い顔をしたので先に釘を差しておく。

 

 現にヴァンは空気を飲み込んで軽く頷いた。この男は絶対にルークの超振動を器用貧乏で使いどころに困る代物だと思っていたに違いない。

 

 「時間をくれれば支給するが、どうする一時的だがローレライ教団に入って素性を隠すか?」

 

 「あー戸籍とかってやっぱ無いと大変だもんな。念のために作っとくか。あれ? これリアル亡命してね?」

 

 ふと思い出したバチカルでの会話。

 

 無事にアクゼリュスを救ったらその期に乗じてダアトに亡命する、と言うもの。しかしアクゼリュスは救えなかった。

 

 「そうだな。だが、あの時とは状況は全く違う。分かるだろう。もう後戻りはできん」

 

 「別にしょぼくれてねぇよ。ただちょっとな。それより早く六神将に俺を紹介してくれ。あと計画が根本から違ってくるんだからそっちも説明しないとな」

 

 本来なら滅ぼす筈であった今の人類での延命。

 

 おそらく計画の中で一番の変更点。

 

 それをよく思わない人物が居るとすれば、筆頭でシンクだろう。彼は自身を生み出す原因となった預言や技術、そして自分を見放した世界を酷く憎んでいる。みんな死ねばいいと平然と思えるくらいに。

 

 故にルークとしては、彼の意識改革が計画の第一段階最大の難所である事を理解している。

 

 後は、ディストとアリエッタも問題だ。

 

 ディストは、レプリカ研究が大胆に行える為、ヴァンの元に居るだけ。ヴァンがレプリカ計画の半ば破棄に近い措置に彼が黙っているとは考えがたい。

 

 大詠師であるモースを抱き込んで行方でもくらましそうだ。

 

 アリエッタに至っては、母の仇として問答無用で襲われる。間違いなく殺し合いになる。

 

 そうならない為にどうすべきか考えたが、最終手段としたい手しか思いつかなかった。

 

 六神将の半分以上と諍いが起こる事を覚悟して、ルークはヴァンの後を追った。きっと彼が言った先に件の彼らがいるのだろう。

 






前書きとかでルーク死んだとか書いてあったけど、生きてるじゃん!!
という人々へ言い訳、もとい説明

ルークは死んでたくさんのルークとビックバン現象を起こしました。
現在のルークは、パーティーメンバー知っているそれではないのです。
つまり、ただのルーク誕生。聖なる焔死去。


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世界を敵に回せ。敵を味方にして

 ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団の師団長などが使う会議室。円卓の机には合計七人の人間がそれぞれの席に座って五人の神将は沈黙をしていた。

 

 場には猜疑心と疑惑と怒りと不信感に包まれてる。その中でルークは胃に穴が開くんじゃないと気が気ではない。それほど渦巻く様々な感情がルークに降り注ぐのだ。

 

 アリエッタらかの殺気が痛い。とても痛い。食い殺すぞと言わんばかりのその視線から逃れる為にルークは視界をスライドさせる。だが、その先にあったのは、第四師詠団師団長《魔弾のリグレット》による不信感とゴミを見る冷たい眼差し。厳冬期のロニール雪山にも劣らない冷厳の顕現である蒼氷色(アイスブルー)の瞳と目が合ったが、気まずさにまた視線を逸らした。

 

 だが逃げた先にあったのは、又もや地獄。

 

 ルークの視線が向いた先に居たのは、険しい表情の《黒獅子ラルゴ》であった。疑惑の眼差しでルークと上司であるヴァンを交合に見る。そして視線がルークに固定され、ルークは恐怖に震えそうになる体を必死に抑える。まさしくライオンに睨まれて動けないウサギの心境だ。目を合わせたらザオ遺跡の続きをここで開始する羽目になるだろう。

 

 ラルゴの目を見ないようにしながらルークは何度目かの視界を移動させた。

 

 先に居たのはシンク。彼が仮面をしているので、どんな顔をしているか分からない。普段なら顔が見えないことは不安材料になるのだが、今だけは安心してしまう。そういえば、緑という色は人の心を落ち着かせる色でもあるらしい。自然に満ち溢れている色なので自然体でいられるのかもしれない。この重い空気の中だけ、シンクだけを見ていようかと思っていると。

 

 「なに見てんの? 殺すよ」

 

 「ごめんなさい」

 

 怒られた。むしろ殺されそうになった。

 

 隠すことない殺気からまた逃げるように視線を変える。先に居るのは猜疑心を秘めた瞳でみつめてくるディスト。

 

 彼は、別段なにを言うわけでなくただルークの発言について考えているのかもしれない。ルークが六神将とまではいかずとも、この人類皆殺し同盟に加わる本当の意思。それを探るかのような雰囲気。普段からの粘着質ぶりからルークはディストの事を爬虫類に似ていると思っていたが、その慎重な動きに加え鋭い目にディストは蛇だと確信した。そう勝手に決め付けたとたん、なにやら蛇に睨まれた気分に陥り、ついにはディストからもルーク視線を逸らし、アリエッタに帰ってきた。

 

 未だに食い殺すと目が言っている。

 

 なぜ態々円卓なのかとルークは心の中で絶叫する。これではどこに視線を移しても人の顔が入ってくるではないか。

 

 「ふむ、なにやら空気が重いが、計画の重要な変更があるからな話しておこう」

 

 ルークの参入を簡潔に語ったあと、ヴァンが何年も試行錯誤して練ってきた計画の変更と聞いて、五人の六神将はすぐさま意識をヴァンに切り替える。

 

 「今まで預言(スコア)を覆すためには、レプリカで第七音素を大量に消費して止めにローレライを消す予定だったが、預言はその程度では、覆らんらしい」

 

 ヴァンの発言にアリエッタ以外の六神将たちは目を見開いたり、驚愕の表情を浮かべていたが誰も声を荒げすに静かにヴァンの次の言葉を待つ。

 

 なんと統制の取れた組織だろうか。ルークが感心しているうちにもヴァンは話を進める。

 

 「星の記憶について話していると思うが、世界の過去と未来を記したものだ。第七音素は記憶粒子(セルパーティクル)を含んでおり、一部であるが星の記憶である。その意識集合体であるローレライが星の記憶と同等である存在であるのもここに公表しよう」

 

 「……へぇ、だからローレライを消す事を目標にしてたのか。で、そいつを消したら預言も消えるんじゃないの?」

 

 「そうだ。総長の言葉を借りるなら星の記憶が人の未来を決定し、逃れられぬ運命に縛り付ける。その根源であるローレライを消せば終わるのではないのか?」

 

 シンクとラルゴの質問にヴァンも頷いてみせた。

 

 「そうだ。だが、ルークの経験則上、それでも人類に死は訪れた。ローレライと地核を一度消し去らなければ星は滅びの運命を人に押し付ける」

 

 ヴァンの発した言葉にまたルークに視線が集中した。

 

 鋭さも相まって緊張で下が縺れそうになるなか、ルークは出来る限り、知りうる事を話す。

 

 「あー、結構簡単に言うと俺は様々な世界のルークの記憶を継承してるんだ。パラレルワールドの世界の記憶だ。夢や妄想だって言われればそこまでの物だけど、この記憶は確かなんだ。だから俺は、ここに居る大体の人の秘密を知ってる。内緒にしておきたい事、知られたくない事、忘れたい事、無かった事にしたい事。背負ってきたものを知ってる」

 

 「だがやはり与太話と思えるな。そんな話が通用すると思うのか?」

 

 「そうですね。証拠が無い分、どうしても信じれません。なんだったらここにいる人物の過去について一つ語ってください。それと本人の証言の元、貴方のパラレルワールドの記憶に真実みが検証できますしね」

 

 リグレットのばっさりと切り捨てる発言に便乗してディストも畳み掛ける。

 

 しかしディストの思惑としては、本当にパラレルワールドなるものが存在しているのか知りたいらしい。

 

 「おいディストいいのかお前の知られたくない過去が暴かれるんだぞ? それに中で過去を語るとしたらラルゴにリグレット、ディストくらいしかいねぇし」

 

 「なんだ。たった三人分しか知ないのか? どこで調べてきたか知らんが、早くもボロが出ているぞ」

 

 「うっせぇ、二歳児じゃ歴史薄すぎて何言えばいいんだよ! 後は本人の前じゃ言えない部類の秘密だっての。実際、アリエッタ自身の秘密って言えばフェレス島出身ってくらいだし」

 

 リグレットの侮蔑の意に反射的に声を荒げて返す。

 

 だが、効果は抜群でアリエッタは、自分の生まれた場所を知っていた事に驚いていた。

 

 その他の奴にとっては、効果は爆発的と言ってもいいくらいである。

 

 シンクの殺気の質が明らかに変わったが、先ほどのように目を逸らさず、黙って迎え撃つ。ラルゴは驚いた表情で固まっていた。それから気遣うようにシンクに目配りするとシンクも無意味な殺気を沈め、気だるそうに椅子に座りなおし、リグレットとディストは眼光の鋭さが上がった。

 

 この程度調べようと思えば調べられる。そう二人の瞳は語る。だが、同時に二人の瞳は不安げに揺れていた。なぜなら、調べようということは、ある程度シンクが導師のレプリカであると予想を付けなければならない。

 

 そうだ、二人は分かっているのだ。そう簡単に調べられないということも、彼の旅のスケジュールではそんな機会も無い事を。可能性としては、導師イオンがルークに暴露したということ。二人はその可能性にかけていた。

 

 「後は、本当になんて言えば良いんだ。まぁ、バダック・オークランド、サフィール・ワイヨン・ネイス、ジゼル・オスローの歴史を語る事にもなるからな。個別で話し合って俺の記憶が本物だって認めさせる手段しかない」

 

 ルークの口から零れ出た名前にラルゴとリグレットは体を強張らせ、ディストは別段驚いた節はない。フォミクリーの権威の一人として名前ならば普く轟かせているのだから彼の名前が知れていた所で特に驚く要素はないのだろう。

 

 他二人はほとんど一般人であったから本名が漏れ出る可能性はほとんど無いが。

 

 「意外ですね。きっと貴方の事だらプライバシーなんて気にせずマシンガンみたいに言うものとばかり」

 

 「よっしゃー、ディストの恥ずかしい過去暴露すんぞー。先ずはピオニー陛下から受けた悪戯偏な」

 

 「ちょっ! 止めなさい!!」

 

 「いいよ目に見てるし」

 

 ディストの過去話をしようとするルークにディストが声を上げて止めに入る。だがシンクは別段興味がないのか話を流す。

 

 正直、六神将の皆もなんとなく想像がつくのだろう。幼少期の彼の扱いなんて。

 

 「僕らはアンタが言った事を全然信用してない。でもアンタの事を信用するに足りるとヴァンは判断した。一体、ヴァンになにを言ったのさ?」

 

 核心だけを突くシンクの問い。仮面に隠れて顔は見えないが、怒りと疑惑の感情だけは伝わった。

 

 シンクはこの世の全てを憎んでいる。生まれてすぐに火山に捨てられそうになったのだから、当たり前か。だからシンクはヴァンに協力しているのだ。ヴァンの計画は全てを滅ぼすもの。全てを憎むシンクにとってこれほど都合のいい復讐機会だ。

 

 その復讐を阻む存在として現れたルークを快く歓迎する理由など無い。

 

 「六神将でも知らない前の計画を知ってる範囲で言っただけだし。特に何を言ったわけじゃねえよ。ただ今までの記憶からすると星の滅亡はどうあっても回避不可能。数十年先に必ず滅ぶ。俺は今の人類でそれを回避したい」

 

 「この星の人間は、ほとんど預言の奴隷だぞ小僧。あいつ等が改心して預言を捨てるとは思えんな。聞く限り未曾有の繁栄は確かに来るのだろう? 足元しか見ない大詠師のような奴らはお前の話など聞きはしない」

 

 腕を組んでラルゴは低い声で事の難しさを指摘する。確かにそうだと、ルークも頷いてみせた。

 

 なにせ、預言どおり戦争をする為にキムラスカはルークを送り出したのだ。多くの人が無意味に死ぬと分かっていながら、それでも栄光を掴みたくて。

 

 そんな連中が預言廃絶など考えるはずも無い。人命よりも預言遵守である彼らとは見ている景色が全く違い、お互いが理解し合えないだろう。

 

 だからこそルークは六神将を味方にすると決めたのだ。

 

 「あぁ、別に預言は人類の死を詠っているんですよ。だから預言を捨てましょう、とか言いながら世界を回るためにお前らに会いに来たんじゃないんだって。はっきり言うなら六神将並びにヴァンにも人類の敵になってもらう」

 

 「意図が分かりませんね。人類の敵になったとして、預言廃絶に繋がる分けじゃないでしょう?」

 

 「アリエッタあまり難しい話は、分からない、です」

 

 一生懸命、ルークの記憶が本物である検証や人類延命措置の議題についてこよう頑張っていたアリエッタがついに音を上げた。

 

 そこで一旦、会話が途切れ誰もがこの気まずい空気をどうするかと考えていたが、リグレットが小さくため息を付きながらアリエッタを指差した。

 

 「後で分かりやすくアリエッタに伝えておくから、貴様はとっとと用件を言え。真偽を決めるにしても、情報がないと話しにならないからな」

 

 ルークを全く信用していないリグレットは、アリエッタにこの場で分かりやすく教えるよりも場の進行を優先した。その事でアリエッタは何がなんだか分からないままになるが効率を考えると、確かに後でリグレットからアリエッタに伝えてもらった方が良いのだろう。

 

 「演目は、大魔王ローレライとそのお供って所かな。預言の大元であるローレライが人類の死を望んでいるけど、各国のお偉方が停戦し、人類が死なない可能性も出てきたので今からローレライが自ら人類皆殺し決定。荒いけど大まかな流れがこれ」

 

 「無茶振りもいい加減にしろと言いたい内容だな。そもそもこの世界のために礎になる気は私は無いぞ」

 

 「僕もリグレットの意見に賛成さ。なんで死んでやんないといけないわけ? アンタ一人で死んでよ」

 

 「別にお前らに死ねって言ってる訳じゃねぇよ。大魔王ローレライが、そうだな六神将を操って人類に宣戦布告って感じで。大罪人になるのは、結局俺一人だし。命がけってのは変わらないけど」

 

 二人はそれでも納得できないのか冷たい表情と挑発的な態度を崩さない。

 

 「計画と言うにはかなりお粗末だな。ローレライ、仮にお前がその役になって世界を預言どおり人類を滅亡させようとする。これで人類は、預言を捨て、自分たちの意思を持たせる方向に持っていきたいのだろう? なんだそのふざけた信頼勝負は? 不確実な上に今まで国やダアト、個人に至るまで預言の言いなりの連中がお前を大魔王と認識するよりもローレライの名を語る馬鹿が現れたと思うのが関の山だ」

 

 「そうかな? 俺は実際ローレライとそこまで差はないし、超振動だって使いたい放題だ。それに信頼勝負とか言っておきながら、リグレットお前が今の人たちを信用しようともしてねえじゃねーか」

 

 「当たり前だ。改心するなどありえない。国の上層部が仮に預言を廃止する決定を出しても民衆までもその決定を受け入れる可能性は低すぎる」

 

 今の人類が預言を捨てるとは微塵も思っていない彼女に、今の人類を信じて行動を起こす事はないだろう。

 

 確固たる意思と言えば聞こえはいいのかもしれないが、固定された偏見とも取れるそれにルークは賛同しなかった。

 

 「だからつって人を無意味に殺すことしなくてもいいだろ? なにもレプリカじゃねーと人類は死滅するってなら話はもっと違ってくるが、少なくとも今の人類でもやり方しだいじゃ生き残れるんだよ! なんで頑固になって信用しないんだ!?」

 

 感情が高ぶって椅子を蹴飛ばすようにルークは立ち上がり、それに続いてリグレットも静かに立ち上がった。怒りを抑えているのか唇と握り締めた拳が僅かに戦慄いていた。

 

 「……殺されたのに、未だに人に期待しているのか? 国はお前を捨てたんだぞ。それが答えだ。生き易くするために預言に縋り付き、悪い預言には蓋をして無かった事、不幸な事故にしてきたこの世界を救って、なんになる。信用以前に今の人類は無価値だ!」

 

 「お前の答えだと、自分にも価値がないって言ってるようなもんだろ。そもそも誰かを生かす価値の有る無しを決められるくらいお前は偉いのかよ! 自分の匙加減で簡単に人類の生を捨てるなら預言と変わらねーよ!!」

 

 「なっ!?」

 

 「そうだろ! 勝手に決め付けて押し付けて、一番大事なものを奪っていく。リグレットは、ユリアの預言みたいになりたくてヴァンの計画に賛同したのか!? 他の選択肢なんて許さずにただ人類に死を押し付けるなら、本当に預言と一緒だ!!」

 

 「違う! 私は、私は…………」

 

 何かを言おうとして、何も言えなくなったリグレットは、小さく呻くと怒りやその他の感情がない交ぜになって震える身体を押さえつけ静かに着席をした。顔を伏せて表情が見えないが、感情を押し殺そうと必死になっているのがルークにも分かる。

 

 アリエッタが発した言葉以上にどうしようもない雰囲気が辺りに漂う。

 

 次の一手を封じられたルークにラルゴが助け舟を出した。

 

 「小僧、貴様が知っている俺の知っている事について教えてくれるか? もちろん個室でだ」

 

 「うん? おう。俺はいいけどこの会議が……」

 

 「それくらいの時間は有る。それに一時間も語る訳ではないのだろう?」

 

 今まで進行役をルークに任せ、彼の計画に全面的に協力する事を明確に言っていたヴァンであったが六神将の面々は、彼の言葉に従った。特に保護者的立ち位置いるリグレットが話し合いを半ば放棄する形であったり保護者その二であるラルゴからの個人会談の要望だ。誰も止められる者もいない。

 

 ルークはラルゴを伴って近くの個室へに移動する。

 

 何かの資料室なのだろうか、書類関連のものが多く本棚に入れられている。中には埃まで被っていて頻繁に人が入る部屋ではないのだろう。

 

 密談するにはもってこいなのかもしれない。

 

 「立ちっぱなしでいいか?」

 

 「あぁ、総長も言っていたがそこまで長話はするわけじゃない。簡潔でいい、俺が辿って来た歴史を言ってくれ」

 

 黒獅子の名に相応しい厳かな声でラルゴは言う。

 

 ルークも黙って頷くと、たどたどしいが自分の知りえる範囲で、彼が辿ってきた様々な歴史を語り始める。ルークにとってもあまり口にするのは気分のいい話ではない。

 

 当事者ではなくとも胸を痛める事実。それを当事者どころか被害者であるラルゴが聞く。一体ラルゴの心境はいかほどなのだろうとルークは思う。きっと辛いに違いない。きっと悲しいに違いない。

 

 だがこの獅子は優しいのだ。現に傷ついた同僚であり仲間であるリグレットのために敢えて自らの傷をもう一度開こうと言うのだ。

 

 だからこそルークは密かに決意した。

 

 何が何でも彼には人並みの、彼にもあった幸せをもう一度享受させるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルークとラルゴが居なくなった会議室でシンクは自身の苛立ちを隠すことなくヴァンに詰め寄った。

 

 「なんでアンタ計画を途中で止めたのさ! あんな確証もない話を信じるなんて僕には理解できないね!?」

 

 胸倉を掴み、今にも拳の一つでもヴァンの顔にぶち込もうとしているシンク。その様子に驚いて涙を浮かべるアリエッタと、興味関心のないディストはルークの言ったパラレルワールドについて頭の中で考察する。

 

 リグレットだけは、シンクの暴走とも取れる行動に叱責した。

 

 「シンク! 閣下に対して失礼だ。今すぐその手を離せ」

 

 「ならコイツが勝手に計画を取り止めた事は失礼じゃないの? ま、それ以上に裏切りって言っても差し支えないけどね」

 

 煮えたぎる怒りに身を震わせ、シンクはその見た目の細い腕からは想像も出来ない力でヴァンの首を締め上げる。

 

 咄嗟に譜銃を引き抜いて構えるリグレットをヴァンが片手で制すると、彼は当然と言わんばかりの態度で言う。

 

 「預言(スコア)からの脱却が私の目的である事を忘れたかシンク? レプリカでは預言から逃げられないのであれば、計画など元から意味のないものとなる。お前がやりたいのは、預言からの脱却ではなく、自分を生み出した要因全てへの復讐だ。利害の一致で結ばれた関係だったのをお前こそ忘れたか?」

 

 「この、老け顔がっ!?」

 

 「……。一人では達成出来ない復讐劇だからこそ、私はシンクを利用し、シンクも私を利用した。分かっているのだろう? もう決定的に進む道が違っているのが」

 

 シンクの苦し紛れの一言にヴァンも僅かに頬を引き攣らせたが、直ぐに上司としての顔を見せる。

 

 そして自分たちの蜘蛛の糸よりも細い繋がりは、ここで途切れたのだと断言した。この淡い関係を修復する為にはおそらくシンク自身が考えを改めて、自分を変えなければならない。

 

 「どうするシンクここで袂を分かつか?」

 

 「本当に、止めるのか?」

 

 「ルークの計画が本当に預言を脱却できる物ならだ。出来ないという確信が持てたとき、もう一度レプリカ計画を再発させる。それがルークとの約束だ」

 

 ふと、シンクはヴァンの襟から手を離した。

 

 まだシンクが望む計画が無くなった訳ではない。安堵と歪んだ喜び。それが今、シンクの中にある感情だった。

 

 「だが忘れるな。ルークの計画が上手くいくようなら、レプリカ計画は廃止する事を」

 

 「それでは、もうレプリカの研究をしないのですか?」

 

 ヴァンの言葉に食いついて来たのはディストだった。彼にとってレプリカ研究とは、かつて恩師と友と過ごした時代を取り戻すと信じて疑わない最後の手段。死んだ恩師を生き返らせる最後の道標。

 

 その道標を研究するためヴァンの部下になったディストにしてみれば、溜まったものじゃない。研究ができるから部下になったのに、出来ないのであればヴァンの部下である事に価値など無い。

 

 ここで一番、離別の可能性が強いのはディストだろう。

 

 既に彼の眼は、ヴァンを冷たく見放している。

 

 「いや、ディストには今まで通りレプリカ研究をしてもらう。ただ上辺だけでいい我々を見限ったふりをしてくれ。場所は提供しよう」

 

 「それは、貴方の部下ではなくなるという事でしょう? それにあの青年を裏切るのでは?」

 

 「保険は欲しいからな。ルークの計画が上手く場合でも貴様は、困らんだろう? そしてルークの計画が失敗しても困らん。もちろん私もな」

 

 ヴァンが何を言いたいのか理解したディストは、そっとほくそ笑んだ。

 

 上辺だけでもディストを見放す事によってルークに裏切りが露見する危険性を減らせ、いざという時にレプリカ計画に直ぐに実行できる。

 

 ディストはヴァンがあっさりと計画を廃止する事に疑問を持っていたが、それは言わばパフォーマンス。

 

 本気でルークに加担するヴァンと、ヴァンが掲げていた理想に準ずる六神将との対立を引き立たせるための。そうする事でルークは、反対勢力である六神将に視線が集中する。

 

 ヴァンの狡猾さを潜めさせる舞台はこうして完成した。

 

 時には見方を裏切ったように見せかけ、敵になるであろう人物からの信頼を獲得する豪胆さ。今の仲間にそれこそ見限られる可能性があっても決行できる決断力は確かに上の立つ人物に必要なものだろう。

 

 冷静さを取り戻し、皮肉に歪んだ笑みがシンクから零れだす。

 

 「じゃあ演目としてルークの味方になったヴァンに嫌々ついていく六神将でいいの?」

 

 「そうだ。私としては、ルークの計画である地核とローレライの消滅までは共感できる。しかし今の人類が素直に預言を捨てるとは、信じられん。もし人類が頑なに預言に縋りつく場合、ルークを裏切ってレプリカ計画に移行する。移行するタイミングは、奴の言った通り地核とローレライ消滅後だ」

 

 「いいんじゃない。僕としては、そっちでも構わないから」

 

 ヴァンは確かに、この世界でティアが幸せになるならそれでも良いと思った。

 

 だが、ルークの言う通り世界が預言を完全に捨てる可能性は半分。そうなれば、預言からいくら脱却できても同じ過ちを繰り返す。ホドの崩落をしても何も変わらない世界を憎んできたヴァンにとってルークの与太話以上に世界の人間の方が信用できないでいた。

 

 つまりこれは、賭けなのだ。ルークが世界を変えたなら彼の勝ち。変えられなければ、負けである。負けた場合ヴァンと六神将たちはレプリカ計画を再度発足させ、もう一度敵対する。

 

 そんな事など知らないルーク。いや、数多の世界を渡り歩いてる彼ならこの程度のこと、視野に入れて行動しているのかもしれない。

 

 見えない所で始まった駆け引き。それを愉しく思いながらヴァンは、視界の端で深刻な表情で俯いてるリグレットを捉えた。

 

 リグレットはヴァンがルークを、もしもの場合は裏切る事に罪悪感を覚えているのではい。

 

 彼女は、ルークから言われた言葉に頭を悩ませていた。

 

 この世で最も嫌う預言と同じだと言われ、反論できる素材がない事。預言を嫌うあまり誰よりも預言に縛られた生き様に絶望していた。

 

 追い詰められた表情の彼女を見てヴァンは、目を伏せる。

 

 彼女の過去を知る者として、これ以上リグレットを預言を結び付けてしまえば壊れる事を看破していた。

 

 リグレットを半ば死の淵から救い上げたときからの不安感が、今になって再び胸の内を締め上げる。

 

 「戻ったぞ。んで、まだ個人面談とかするか?」

 

 「俺は……納得した。確かにこいつは、未来の記憶と俺たちの過去を知っている」

 

 会議室に静寂が訪れたと思っていたら、ルークがラルゴと帰ってきた。

 

 ラルゴの顔色は、あまり良くない。やはり預言の悲劇を思い起こすのは精神面にかなりの負担を掛けたようだ。

 

 誰もが個人の面談を申し込まない。予想していたのだろうルークは、椅子に座りこれからについて更に詳しく説明する。

 

 「それじゃ、話そうかな。世界を敵にする前の下準備だ」

 

 






うん。ヴァン師匠が簡単にレプリカ計画とか諦めるはずないよね



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きっと願ってもいい幸せ

 物語の一遍を語るような口調。

 

 朗々としながら感情が籠った熱のある声。

 

 そして、希望を失わない瞳の輝きを六人は黙って見て、聞いて、感じる。

 

 世界を敵にする前準備。それに必要な事一式と、途中の目標の全てを話し終えた時、会議室には不思議な沈黙が降ってきた。

 

 「それじゃ、なんか質問がある人いるか?」

 

 一先ず、これからの行動を説明したルークは、不可解な点がないか彼らに聞く。

 

 すると、いち早くシンクが手を上げた。

 

 「作戦とは関係ないんだけどさ、アンタって今十七歳だよね?」

 

 「いや、今までのルークと混同して平均年齢になってるから二十三か二十二歳くらいだな」

 

 あっさりと暴露された新事実に誰もが押し黙る。

 

 いきなりのルークの訪問や計画の路線変更、果ては人類救済ときて六神将ならびヴァンの思考はルークの外見年齢など気にも留めていなかったが、余裕が出てきたのかシンクは、さっきから気になっていたことを尋ねてみたのだ。

 

 「いや、平均年齢と言ったが何を基準にしての平均なのだ?」

 

 「そりゃ、没年齢に決まってんだろ」

 

 ラルゴの問いにもルークはあっさり答えた。

 

 だが、今まで生きた年齢の平均と考えると彼の寿命というか生きた年数は、かなり短い事になる。

 

 「どれだけ貴様は短命なんだ」

 

 ルークの歳を超えている四人は、そんな彼に憐れみとも励ましとも判別できない眼差しでルークを見つめた。

 

 「なんだよその目! 俺だって八十まで生きて子供も孫も出来た時代があったんだぞ。全体的に考えるとお前らに同情される筋合いはねーよ!!」

 

 「しかし、八十まで生きて平均年齢が二十代という事は相当短命なのだろう? 殆ど十七・八で死んだのではないのか?」

 

 「うん。そうだけど、あんまり言わないでくれ。怒涛の一年間を文字通り命かけて生きてきたんだから」

 

 ヴァンの容赦ない指摘に返す言葉も見つからない。

 

 そう、殆ど彼の運命は死に繋がっていた。片手で数えられるくらいしか、彼は長生きしていない。

 

 あとの全ては、十七歳か十八歳の時に死んでいるのだ。不幸と言う運命に縛り付けられたルークに幸福と言うのは、ほど遠い存在である。

 

 そんな少年とも言うべき時代、彼が必死に願ったのは、人々が自分の意志で生きる事。星の記憶に踊らされることのない不確定な未来。

 

 数多のルークが望んだこと、彼は成し遂げたいのだ。

 

 ルークの一人として。

 

 「そんな話は置いといて、俺としては魔王ローレライとその部下としては、お前らには火力と言うか力が足りないんだよな。ついでに人数も。だから、六神将の面々には力量を高めて貰う」

 

 そのためにはどう足掻いても力が必要になる。故に彼は、世界を敵に回す前準備として六神将各自に戦力としての力を高めることを決定した。

 

 そこで次の質問をしてきたのは、ディストだった。

 

 「それでは、私はどうすればいいんです?」

 

 「ぶっちゃけお前いらないから好きにしていいぜ」

 

 「な、なんですかその態度! この天才ディスト様を蔑ろにして戦力増強などありえません!」

 

 「確かにディストの譜業は、強いし、かっこいいし、すっげーし使いたいけどよ兵器が出しゃばると魔王の威厳とか半減して胡散臭さ倍増だからな。有能なディストが封じられるのは、かなりの痛手だがきっと後から見せ場あるって真打は最後だしな」

 

 力を籠めて有能とか真打だとかディストを褒め殺しす。

 

 「分かってるじゃありませんか! そうですこの天才にしてあのジェイドよりも有能な私の役は、真打!! ふふふ、どのようにして私を輝かせるのか期待していますよ」

 

 「おー、任しとけー」

 

 ルークに褒められたことで有頂天になったディストは胸を張る。そうして彼は、気を良くして座り心地のよさそうな空飛ぶ椅子に座りなおした。

 

 どうやらあの椅子は、普通の使い方も出来るらしい。

 

 「それで天才・薔薇のディストが抜けた大穴を埋める人材が必要になって来る訳だが」

 

 「このディスト様に取って代わる人材がいるのですか?」

 

 「あーうん。戦力としては、ここに居る誰よりも強い奴を一人知ってるんだ」

 

 褒めて褒めた結果、ディストがうざい。

 

 そんな弊害を生んでしまったが、この男のヒステッリクを放って置くと後が面倒になりそうなので敢えてそうしない。

 

 六神将達は、鼻を高くしているディストを視界から排除し、ルークの次の言葉を待つ。

 

 彼の言った、この場に居る誰よりも強い人物。それを警戒しているのか各々の表情は真剣身を帯びている。

 

 「そう身構えんなよ。俺としては、レプリカネビリムを採用したいんだ」

 

 「なんですって!?」

 

 「なんだと!?」

 

 三人の声が重なり、同じように腰を浮かせ椅子から立ち上がる。

 

 その三人は、ディストとヴァン、それにリグレットだった。

 

 ディストとヴァンが過剰に反応するのは理解できるが、まさか意気消沈としていたリグレットまでも反応してくるとは思っておらず、ルークは内心びくびくしながら頷いた。

 

 「お、おう。戦力としてならあそこまで優れた個人なんて早々居ないしな。仲間に出来る内にしときたいってのが本音だ」

 

 「まさかネビリム先生の復活を」

 

 「意味が分かっているのか!? あれは目覚めさせてはいけないモノなのだぞ!」

 

 「別に悪いもんじゃないんだし、大丈夫だって」

 

 ディストの狂喜の声を遮ってヴァンが恐ろしい剣幕で問い詰める。

 

 ここまで猛反対するからには、ヴァンはネビリムの状態について何かしら知っているのだろう。

 

 正直いくら力を求めるからと言って、手を出してはいけない部類だとルークも分かっているのだが、ルーク個人として彼女、レプリカネビリムにしてやりたいことがあるのだ。

 

 シンク同様にネビリムもレプリカらしいレプリカなのだから。

 

 「《魔将ネビリム》だっけ? ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団時代の二つ名。譜術や第七音素の扱いに長けた超人って聞いてる。あと創世暦時代の惑星譜術復活を前導師と進めてたらしいな」

 

 オリジナルネビリムの歴史の一端。それに触れて語るルークにリグレットは、苦い表情をする。

 

 「どこまで知っているんだ?」

 

 「あとは、ロニール雪山で惑星譜術の実験の際、事故が起きてネビリムは教団を辞退。それからは、故郷のケテルブルクに戻っての私塾を開いて、まぁご存じの通りってわけだ」

 

 「なるほど。……正直に言ってあまり勧めないぞ。下手をすると惑星譜術の構築を頭の中に秘めている。それだけでも危険因子だと言うのに、それを解き放っては、二千年前の歴史をなぞるだけだ」

 

 ルークの説明に納得したリグレット。

 

 そしてその反論にまたルークも納得した。

 

 二千年前に起きた譜術戦争(フォニック・ウォー)

 

 始まりが一つの音素(フォニム)の発見からだった巨大な戦争だ。世界大戦といっても差し支えはないだろう。

 

 新種の音素である第七音素と今のアブソーブゲートを巡って各国々が戦ったかつてない規模の戦争は、開戦たった一カ月で人類の半分を死滅させたと言われてる。

 

 その際、他国を滅ぼそうと考案された譜術が惑星譜術。創世暦時代、今より遥かに進んだ譜術と譜業の結晶である術を今の世の中に復活させてしまえばどうなるか。

 

 マルクトとキムラスカが戦争間近な今、そんな技術を内包している可能性のある化け物を復活させてはいけない。こんな事だれにだって分かることだ。もし復活して、技術が漏れ出すようならば二千年前と同じく人類の半数を失うことになる筈だ。

 

 なにせ、国の殲滅を視野に入れた譜術なのだから。

 

 「戦力増強であっても、今からと言うのは短絡的だ。せめて終戦まで待て」

 

 「アイツは誰それ構わず暴れる奴じゃねえよ。話し合いくらいは出来るし、ネビリムにとっても悪い商談にはならないしな」

 

 ルークの不敵な発言にヴァンが眉を寄せた。

 

 「彼女を知っている口ぶりだな」

 

 「まーな。記憶の中で何回か戦ったことあるし。それに、生体レプリカ第一号なだけあってネビリムは、どんなレプリカよりもレプリカらしい奴だったよ本当に」

 

 憂いを帯びた声音に誰もが閉口する。

 

 それはディストも同じだった。

 

 大胆に不敵にそして、誰よりも希望を宿した彼の瞳が一瞬でも翳ったのだ。思わず言葉を失うくらいの衝撃があった。

 

 「おっと、なんかしみったれた空気になったな。取り敢えず、ネビリムの所に行くのは三日後だ。封印を解くために『鍵』を造らないといけないし」

 

 「それでは私はレプリカ施設でもあるベルケンドに行って荷物の整理でもしてこよう。長く放置するには危険な書類が多いからな」

 

 「そっか。それじゃ仕方ないな。ならヴァン抜きでネビリム訪問団を選抜するか。取り敢えずシンク決定だからよろしく」

 

 最大戦力となるヴァンを今手放すのは色々と心配になるが、ルークは了承する。

 

 そして勝手にネビリムと対峙するであろうメンバーを決めた。もちろん黙っているシンクではない。

 

 「はぁ!? 何勝手に決めてんの? なにレプリカ同士で傷のなめ合いでもさせたいわけ?」

 

 「いや、純粋に近距離戦が欲しいだけなんだけどなぁ。もしかしたらラルゴは、キムラスカに近々行く可能性もあるし、記憶にある確率だと今の時期シンク暇そうだし」

 

 「ニートみたいに言うのやめてよ。それに僕は絶対に行かないからね」

 

 勝手に決められた怒りか、シンクは椅子を蹴って立ち上がると、もう用は無いと言わんばかりに荒々しく扉を閉めて退室した。

 

 ただ見送った後でルークは、あとで謝っておくか、と呟くとリグレットに向き直る。

 

 「と言う訳で、リグレットも訪問団に入れとくから」

 

 「どんな訳だ。別に構わんが戦闘になる可能性などはあるのか?」

 

 「あぁ、はっきり言うと無傷で説得できる可能性は少ないぞ。それなりの覚悟はしておけよ」

 

 楽天的な見方を最初からしていなかったのかリグレットは特に驚く素振りを見せなかった。

 

 「殺されないよう努力しよう。別にお前は死んでくれても構わないが?」

 

 「ひでー。滅茶苦茶だぞ」

 

 「私も失礼する。それでは閣下、気を付けて下さい」

 

 ヴァンに事務的でありながら、それでいて柔らかい声を掛けてからリグレットは会議室から出て行った。三日後の訪問に向けて彼女も何かしら準備するのだろうか。

 

 そんな事を考えていると、視界の端に桃色がちらつく。気になってその方を見てみるとアリエッタが人形で口元を隠しながら近づいてきた。殺気を放ちながら。

 

 「よ、ようアリエッタ?」

 

 「貴方はルーク、じゃないの?」

 

 アリエッタが何を言おうとしているか理解したルークは、愛想笑いを引っ込めて無表情になる。

 

 「俺はルークだ。ただ一概にアリエッタの母親を殺したルークだとは、断言できない。断言できるのは、そのルークは確かにアクゼリュスと共に死んで俺の記憶の一部だって事だ」

 

 「なら、貴方はアリエッタのママを殺したルークです! アリエッタは、貴方を殺します!!」

 

 必死に下から睨み付けてくるアリエッタの宣言に、その場にいた誰もが予想通りという表情でいた。

 

 ラルゴは、そのやり取りを不安げに見ているだけだった。

 

 「俺は死んでやれない。だから復讐は諦めろアリエッタ」

 

 「いや、です。ママの仇を取るんだもん!」

 

 「なら、明日の朝まで待ってくれ。殺し合いをするにしても武器を調達しないと」

 

 ルークの提案にアリエッタは疑惑の眼差しを向ける。

 

 「逃げたりしたら、アリエッタは貴方を探し出して、殺します!」

 

 「逃げたりしねーよ。まだ俺の計画は始まってもいないんだからな」

 

 気怠い声で言いながらルークの表情は真剣そのもので、アリエッタも一応信用したのか小さく頷く。

 

 だがその小さい体からにじみ出る殺気は変わらない。例え親を殺したルークだと断言できなくとも、その因子を持った彼は仇に相当する相手なのだ。寧ろ今まで襲い掛からなかったアリエッタは我慢強い子なのではないだろうか。

 

 「それじゃ、ダアトの平原で殺し合いだ。分かってんだろ? 負けたらどうなるかって」

 

 「はい。でも、それはルークも一緒です」

 

 「それもそうか。じゃ明日の朝な」

 

 アリエッタは不気味なぬいぐるみを抱きかかえたまま、ドアの近くまで行くとヴァンやラルゴに一礼して出て行った。また一人、会議室から人が出ていき静かになる。

 

 「小僧、いいのか?」

 

 「他にどうしろって? 俺は殺す気はねーからアリエッタの心配はしなくてもいいだろ」

 

 「それは見ていれば分かる。だが、アリエッタは本気だぞ」

 

 厳しい視線をぶつけてくるラルゴは、同時に心配そうにルークを見つめていた。

 

 殺意のない殺し合いを演じなければならない彼の心境を想っているからなのか、まだ小さなアリエッタに殺し合いをさせる罪悪感か。ルークにはどちらか分からないが、彼がお人好しの部類に入るのは良く分かった。

 

 「本気を出しても敵わない相手がいる。それを教えてやるだけだよ。復讐なんて、終われば下らないものでしかない。それよりも怨める対象がいる事に意味がある。そうだろ? 六神将の奴なんて大抵そうじゃねーか。預言破壊したら自害しか待ってない運命を選んだくせに」

 

 どこか責めるような口調の彼に圧されラルゴは、小さく唸ると黙って腕を組んだ。

 

 もとよりルークの言う通り、預言を破壊しレプリカで人類を代用した後、六神将たちは自害する道を決めていた。復讐のあとに待つのは、死だけ。

 

 例え人類をレプリカにした所で、それは何かを生み出した結果とは言い辛い。元あった者を崩して新しく組み立てたにすぎないのだから。

 

 殺した数と、生み出した数が均衡するのだ。結局はゼロ。それでもいいから、若しくはその現実から目を背けてただ預言廃絶のためと動いてきた。人類を救う手前に行われる人類の滅亡。結局それでは、預言に従っているのではないだろうかと、ラルゴは思ってしまった。

 

 「小僧、この世界は本当に預言に縛られているのだな」

 

 「なんだよ藪から棒に。ま、そうだよ。悔しいけど、星の記憶って強いんだよな」

 

 誰が言うよりもルークの言葉には、重みがあった。

 

 誰よりも多く戦ってきたのだ。例え記録でしかなくとも、ルークは多くの運命的な死を目の当たりにし、それでいて精神面を病まず希望に満ちている。

 

 「だが、相手が星であっても負ける訳にはいかんのだろう? お前の野望のために」

 

 「もちろんだ。その為にはヴァンにも働いて貰うからな」

 

 ルークの不敵な笑みにヴァンも同じ顔で返す。

 

 「忙しさに目を回すなよ?」

 

 「気を付けますよ。それじゃ、俺はどっか空き部屋に間借でもしようかな。どっか良い部屋あるか?」

 

 「アッシュの部屋が丁度開いているぞ」

 

 ヴァンの返答にルークが露骨に嫌そうな顔をする。

 

 「お前わざとだろ? なんの嫌がらせだよ。本当に他に部屋ないのか?」

 

 「無い。容姿を考慮してアッシュの部屋なのだからな」

 

 ヴァンの指摘にルークも大きくため息をついた。ここではファブレ家の御曹司ではなく、六神将の《鮮血のアッシュ》として認識される。下手にどこかの部屋をかりるよりは、素直にアッシュの部屋に泊まった方が変に思われる心配も無いという事だ。

 

 諦めの境地に立ったルークは、重たい足取りでアッシュの部屋に向かう。

 

 こうして会議は無事に終了した。誰もが己の胸の内に野望を抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、一人の青年がダアトの平原の真ん中でアクアマリンと見間違う輝きを放つ剣を振っていた。向こう側が透けて見える剣からは第四音素が滲み出ていた。冷気の白い靄が下に流れ落ちる。それは流水にも見え、彼が剣技を放つ度に美しく弧を描く。

 

 赤く染まった紅葉色の世界に氷冷色の光が、不思議な景観をもたらした。青い光がまるで蒼い炎のようである。

 

 平原の真ん中で、世界と同じ色の長い髪を揺らし、青年が座り込む。

 

 持参した水筒の中身を枯渇させる勢いで水を飲む。豪快に喉を鳴らし、彼は水を飲み干すと漸く一息つく。

 

 「明日か……」

 

 無意識に吐き出された呟きを耳にする者は誰も居ない。

 

 ただ、少し離れた所には、小さな正方形の石柱が地面から突き出していた。青年ルークは、その墓標にも見える石柱に向かって話しかける。

 

 「なぁ、アンタのアリエッタを明日ここに連れて来るけどいいよな?」

 

 もちろんそれに応える声などない。ただ草原に吹く風がルークの髪を舞い上げる。

 

 「俺は沢山のイオンに世話になったからな。この世界では出来るだけ恩返しをするって決めてんだ。世話になった中にお前も居るんだよ。だからさ、どうやって今からお前に恩返しをするかって考えたんだけど、お前が大好きなアリエッタを幸せにするってしか思いつかなかったんだ。なぁ、いいだろ? そろそろ真実ってやつを教えても」

 

 最後まで墓標に一瞥する事無く、ルークは話す。その背中は、土の下に埋まったとある少年と会えなかったことを悲しんでいるようにも見えた。

 

 「それじゃ、また明日な」

 

 紅く染まった草原から腰を上げたルークは、持ってきた水筒と剣を担いで、記憶の中だけに存在する親友とも悪友とも他人とも取れる少年に黙祷する。

 

 どうか安らかに。ただそれだけを願ってルークは、静かに目を開けると遠くに見えるダアトの街に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、なんだ今から飯か?」

 

 「人の事を言えるのか? というより髪をちゃんと乾かせ」

 

 夜の教団の食堂に一人の女性がトレーを持っていた。

 

 既に出来上がっているおかずなどを乗せていくセルフ式なので時間帯を気にせず好きに利用できる手軽さがあるのが魅力が売りだそうだ。

 

 すっかり人気のない時間にばったり出くわしたリグレットとルークは、適当にメニューを決めるとそれを乗せて、同じテーブルに座る。

 

 「タオルを貸してやるから、早く頭を拭きなさい」

 

 「別にその内乾くって。リグレットも風呂上がりなのか?」

 

 タオルを持って来ていた彼女の髪を見れば、少し濡れているのが分かる。ほんのりと桃色に色づいた白い肌がなんとも魅惑的で、ルークは視線を逸らす。

 

 だが、ルークの濡れている髪が気になるリグレットは、ルークがタオルを受け取らないので半ば強行策に出た。

 

 椅子から立ち上がり、持っていたタオルを頭に被せると、丁重に拭きはじめる。

 

 「お、おい!」

 

 もちろん抵抗しようと身動ぎをしたのだが、その拍子にリグレットからシャンプーの香りが漂い、思わず動きが制限された。

 

 大人しくなったのをいいことにリグレットはルークの髪を軽く叩くようにしながら拭いていく。その感覚は彼女にしてみれば大型の犬を拭いているみたいで、ちょっと楽しいものだった。

 

 ルークは項を擽るリグレットの指と、時折耳元を掠める吐息に体が硬直してそれどころではない。この心臓の音が後ろに居る彼女に聞こえてしまうのではないだろうかと心配で堪らなかった。

 

 早く終わってくれとルークが願っていると、不意にリグレットが離れる。

 

 「こんなものだろう。部屋に帰ったら念入りに拭いておけ。タオルは貸してやる」

 

 「俺を犬扱いしてないか?」

 

 最後に頭を撫でて席に着いたリグレットに恨みがましい視線を送るが、彼女はどこ吹く風と言う顔をしていた。

 

 「手のかかる子供程度だ。それに明日、体調を崩して死んだら笑えんぞ。今日くらい乾かしてから寝なさい」

 

 聞き分けのない子供を叱る口調で釘を刺され、ルークも小さく頷いた。二十歳を過ぎたというのに、なんだか情けない。

 

 「分かったよ。リグレットは明日のこと知ってるのか?」

 

 「あぁ、アリエッタから聞いた。それで近距離戦での対応の仕方を教えて食事の時間がこれだけ遅くなったのだがな」

 

 「アリエッタに師事した後、自分の仕事やって風呂入ってたら遅くもなるわな。そんでアリエッタは、どうだった?」

 

 唐揚げを口に放り込みながら尋ねると、リグレットは箸を動かす手を止めて語りだす。

 

 「家族を殺されたせいかしら、鬼気迫るものがあの子にはあったわ。昔見た野獣のような目をしてたわね」

 

 「すげぇ怨まれてるな俺って。これから上手くやれるのかなぁ……」

 

 「どうだろうな。……ただ言えるのは、上手くやるならお前は生きなければならない。死んでしまえば、もう何も残らないのだから」

 

 達観して語るリグレットにルークは思わず失笑が漏れた。

 

 「よく言うぜ。全部殺して、結局は自分まで死ぬ運命を選んだくせに」

 

 「そうだな。私は何も残さない道を選んだ。お前と違って」

 

 それ以降、お互いが口を開くことなく、ただ黙々と食事をする。

 

 認識の大きな差を感じて、これ以上の話し合いは不可能と理解したのだ。今ここで話し合ったとして変えられるものなど無い。無理に考えを押し付け合ったとしても待っている結末は、すれ違いだ。

 

 円滑な関係を望むルークは、それを良しとしない。

 

 「それじゃ、これ借りるな」

 

 「後で返してくれればそれでいい。おやすみなさい」

 

 「え? あ、うん。おやすみ」

 

 最後の最後で会話を挟んできたリグレットに驚きながらルークは返事をする。

 

 頷くだけの返事でもくれば御の字だと思っていたが、意外なことにリグレットの口から返事以上のことが返って来て、どこか嬉しさが勝った。

 

 食器とトレーを返却口に返し、ルークは一足先に食堂を後にした。

 

 リグレットから借りたチーグル柄のタオルを見ながらルークは、また一つ決意する。

 

 彼女の未来に幸せを、そして生きる希望を。本当は心優しい彼女の為に。





 アビス再プレイなう。

それにあたり、ネットでアビスの年代表みたり細かい公式設定を探したり。
そんな時に見逃せない一文を発見しました。

 北米版では、リグレット教官の没カットインで水着バージョンがあったそうな。

……ガイとなっちゃんの没カットインは、しっかりガイドブックに載っているのになんで教官のはないんですか?そこは載せるべきでしょう!



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誰にも理解できない痛みを背負って

 小鳥が囀るよりも早い時間にルークは宛がわれた部屋のベッドで目が覚めた。

 

 まだ太陽が地平線から顔を出していないので、世界は薄ぐら闇に包まれている。ぼんやりと光る窓から見える遥か彼方の空を眺め、彼は今日が来たのだと実感した。

 

 大きく伸びをして、体を解し、肺一杯に空気を吸い込んだ。少し冷たい空気に身を震わせて、ルークはベッドからのろのろと起き上がる。

 

 ブーツを履いて椅子の背もたれに掛けてあった蒼い剣を取る。ひんやりと冷たい冷気が伝わってきた。

 

 「さてと、早いとこ準備運動でも済ませるか」

 

 時計は六時を指していた。今から軽く三十分くらい素振りをしてシャワーでも浴びて適当に軽食を取って、決闘の地に行けばいい時間になるだろう。

 

 ルークは、アッシュの部屋を出て階段を下る。普通なら起床時間である騎士団も、もうすぐ戦争が近いのを気にして少しだけゆとりのある朝を迎えているらしい。戦争になれば誰もがストレスを抱えて、直ぐに不満が募る。それを緩和する意味合いで、過酷な任務と時間ギリギリまでの辛い訓練を控えているらしい。

 

 今、この時間で忙しく動いているのは食堂の人達くらいだろう。

 

 その証拠に、一回に下った途端、リズミカルな音が聞こえた。きっと包丁がまな板を叩いている音だ。

 

 ほんのりと空腹を刺激する食事の匂いに釣られそうになるのを我慢しながら、ルークは外に続く門を押し開ける。

 

 その先に広がる光景にルークは、息を呑んだ。

 

 灰色の硬い石畳。それと同じ材料で出来た街の外壁。昼間は、なんと味気ない景観なのだろうと思っていたが、朝焼けが照らす石畳は、薄っすらと朱色に染まり、外壁は昼間と違う顔を覗かせていた。決して一つの色で染められていない柔らかな街の色。この街は、こんなにも美しかったのかと驚嘆する。

 

 だが残念なことに、この感動を共有してくれる者がいない。街も未だに静けさの中にあった。

 

 世界が停滞したような不思議な感覚を味わいながら、ルークは沈黙した世界で唯一、開店準備に明け暮れる店を見つけた。季節の花を取り揃えた花屋だ。

 

 花屋の女性は、水を入れたバケツの中に生花を入れていく。見栄えを良くするために角度を調整して、また次の花を飾る。

 

 その白い花弁の花を見て、思い立ったルークは開店していない店を覗く。

 

 「あ、すいません」

 

 「あら、開店はまだですけど、何をお探しで?」

 

 営業時間外に来たルークに対して花屋の女性は、笑顔で対応する。

 

 「えっと、墓参り用の花って売ってある?」

 

 「それでしたら、こちらをどうぞ」

 

 墓参りと聞いて彼女は一瞬物悲しげな表情を浮かべたが、次の瞬間には優しげな微笑みを浮かべ、ルークが見惚れた白い花を一輪手に取る。

 

 華々しくない、素朴な花。それでありながら優美な形をした花。それを間近で見て、ルークも気に入った。

 

 「それ下さい。いくらですか?」

 

 「六百ガルドですよ。それでは、包装するので少々お待ちください」

 

 店の中にある包装をする場所で、手際よく花の茎を切り落とし、位置を整えると、目立たない色合いの紙を選んで丁寧に巻く。白い花が良く見える様にして包装した花束を、彼女は両手で抱いてルークに渡した。

 

 「ケセドニア北部の戦いで、誰か亡くしたんですか?」

 

 「いや、ただ久しぶりに友人に花でも添えようかなって。……ケセドニア北部の戦いって」

 

 首を振って否定するルークに女性は、小さく苦笑する。

 

 「御免なさい。この一週間、お墓参り用のお花を買う人は、その戦いで大切な人を亡くした人が多くて、つい貴方もかしらって思ったの」

 

 微笑みの裏に見え隠れする悲しみの色に、ルークは唇を噛み締める。

 

 漂う雰囲気から察するに、彼女も戦争で大切な人を亡くしたのだろう。

 

 どうやら、ケセドニア北部の戦いは、三年前のこの時期に勃発したらしい。預言(スコア)の力は絶対だが、時に預言には戦争の事が記してあっても、開戦時期を記していないものもある。ケセドニア北部の戦いは、それに当たり、故にこの戦争だけは開戦時期が一定ではない。

 

 世界の記憶が多い故にルークは、この戦争の日を知らなかった。

 

 「俺の知り合いは、家族をケセドニア北部の戦いで亡くしました。……今でも、苦しんでると思います」

 

 ルークは、両手で花束を優しく抱きかかえながら、ぽつりと語る。

 

 その内容は、女性の気を引き、瞳はルークの話を催促していた。

 

 「そいつは、強がりで優しくて、家族の事を一番に思っていました。だから戦争で亡くなったって聞いたときアイツは、目も当てられないくらい絶望して後悔して。今でもその時の事を忘れないで、生きてるんだと思います。そんな素振り見せないけど」

 

 促されるまま、ルークは誰と言わず打ち明けた。

 

 女性は、耳で聞いて、心で感じ、そっと瞳に涙を浮かべる。

 

 「そうでしたか。辛い話をさせましたね。私は、将来夫となる人をあの戦いで失いました。優しい人で、花が大好きでした」

 

 「だから、花屋をしてるんですか?」

 

 「えぇ、忘れたくないから」

 

 痛みは一人で背負うには、重すぎるものが多い。

 

 だから人は、この女性のように同じような経験を持つ人を無意識で求め共感し、痛みを共有し、孤独と辛さから脱却をはかる。別にそれが悪い事ではない。仕方がない事なのだ。誰しも、絶望が付きまとい不幸が襲う。生きるためにそれを和らげる行為は、生存本能なのだ。

 

 だからルークは、辛い話を振ってきた女性をとがめる事など出来ない。それに、ルークが語ったのは知人の話である。心を痛めるものであるが、比較的心身の傷は少ない。

 

 

 「それじゃ、またいつか」

 

 「有難うございました」

 

 白い花束を持ってルークは、小ぢんまりとした花屋を後にする。

 

 そして女性は、作業の続きを始めた。彼女は最後まで気が付かなかった。ルークが語ったとある人の絶望。それは一人の人間の事を語ったのではなく、二人の人間の悲しみと苦悩を語ったことを。

 

 気が付かなかった事は、仕方のない事だ。

 

 何故ならば、普通に考えて人が複数の世界の記憶を受け継いでいるなど、思いつくはずもない。

 

 故に、誰もルークの真の苦悩など、理解出来ない。誰にも彼の痛みも傷も見えない。共感も共有もない。

 

 そう、ルークは一人、誰にも見えない傷を背負って生きるしかないのだ。

 

 孤独な彼は、鎮魂歌を口ずさみながら友人であり悪友であり他人である『オリジナルイオン』の墓に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後ルークは、予定になかった墓参りをして剣を振る気にも、食事をする気分にもなれない。それだけ意気消沈してしまったのだ。

 

 ただ何をするわけでもなく、灰色の石柱の隣で仰向けになって空とそこに流れる白い雲。そしてその彼方にある譜石帯を眺める。

 

 その空に漂う預言(スコア)は、いったいどんな未来を詠んだのだろうか。

 

 無慈悲な未来確定の石の事だ。碌でもない未来を詠んだに違いない。そんな事を考えながらルークは大きくため息をついた。

 

 「なんで俺こんな所にいるんだろ?」

 

 こんな下らない行動も預言に詠まれていると思うと、それはそれで笑える話だが。

 

 「それは、アリエッタとの決闘のためだろう」

 

 「おう、ラルゴ。どうしてお前がここにいるんだ?」

 

 寝転がって居るルークの緊張感の無さにやって来たラルゴも嘆息する。

 

 「アリエッタに立会人をしていいかと聞いたら、了承を貰ってな。お前にも言っておかねばと思いアリエッタより早く来たのだ」

 

 「立会人か。やっぱお前ってそんな奴だよな。あれか、ナタリアと歳が近いから贔屓目になるのか?」

 

 「……別に贔屓している訳ではない。ただ、まだ若い子供の未来に少しでも幸があればいいと思っているのは、確かだがな」

 

 ルークの指摘に険しい表情でラルゴは答えた。

 

 確かに贔屓になっていると言うのは過激な発言だが、少々アリエッタに甘いのは自覚していたのだろう。そこを認めた上で彼は、立会人の役を止めなかった。

 

 「あと、なんでこんな辺鄙な所で決闘など。それに、なんだその石は?」

 

 「ん? あぁ、それイオンの墓だよ」

 

 ラルゴの二つの問いにルークは一つの答えで返す。

 

 たった一つの答えが、ラルゴの中にあった全ての疑問に終止符を打った。

 

 なぜ、ルークが人気のない平原を選んだのか。なぜ、ルークは今もこうして覇気のない声で態度でただ時間が過ぎるのを待っているのか。

 

 イオンの墓。

 

 彼はイオンにアリエッタを会わせるため、真実を話すためにこの平原を選び、彼が泣きそうな目で供えられた花束を見ている全ての理由だ。

 

 「ラルゴ。俺は、この世界で知っているイオンは、今のイオンだ。オリジナルのイオンは、赤の他人なのにアイツの死がどうしても悲しいんだ。なぁ、俺ってルークだけど、『どのルーク』か何時も不安になる。可笑しいよな。気持ち悪いよな。色んな人を愛しているのに、すっげえ憎いんだ。それこそ殺してやりたいほどに」

 

 「…………小僧、それは……」

 

 ラルゴの息の詰まった声にルークは苦笑した。

 

 なぜこんな事を語ってしまったのだろう。もしかすれば、ラルゴから僅かにでも勝ち得た信頼を崩してしまうような感情を。

 

 ルークはラルゴの持つ父性、それこそ雄大な自然に負けない大らかさに期待したのかもしれない。きっと彼なら自分の不気味な想いを経験を受け止めてくれるのでは、と。だがルークの口から聞かされた時、ラルゴの見せた困惑とも驚愕とも付かない表情に全てを悟った。

 

 自然とは、それを構成している物は至って普通で普遍的な物だ。規模があまりに大きすぎて小さな人間の尺度では捉えられないから、人の眼には摩訶不思議に映り、全てを受け入れる存在に見えてしまう。ルークもそんな目の錯覚が起き、ラルゴが受け入れるという幻想を幻視したに過ぎない。

 

 自然が受け入れるのは、数多に流布する普通。

 

 ルークのような異物で異常なモノを受け入れるなど、あり得ないのだ。

 

 だが一般に存在している人間は、自然のような大きな心を持ち合わせていない。精々、自分が理解できる人間だけを理解する個人に見合った小さな心だ。そんな奴らなら、ラルゴ以上に嫌悪した態度をルークに示しただろう。

 

 それこそルークを、気持ち悪いと口汚く罵って。

 

 「……俺は、きっとお前の全てを理解し、気持ちを共有することは出来ない。だが、ルークお前の味方に付く事は出来る」

 

 「……ッは。なんだよそれ。でも、ありがとな」

 

 それでも、ラルゴの言葉にルークの胸の内が少しだけ軽くなった。

 

 なにより、名前を呼んでもらえたことがルークには嬉しかった。

 

 隣に腰を下ろしたラルゴと一緒に雲の流れを目で追いながら、二人はアリエッタが来るのを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラルゴと語らいが終わって、程なくライガを二体、フレスベルグを一体引き連れてアリエッタがダアトの辺鄙な平原にやって来た。

 

 「それじゃ、さっそく始めますか」

 

 「アリエッタたちは準備出来てます。絶対に負けません!」

 

 三者三様の立ち位置に付く。

 

 ラルゴは両者の間に立ち静かに静観する。立会人は事の成り行きを見守るのみ。

 

 ルークは、イオンの墓から離れアリエッタをそこから離す。

 

 うっかり壊してしまっては、意味がない。

 

 「ラルゴ。掛け声よろしくな」

 

 「あぁ、それでは二人とも位置につけ」

 

 ラルゴの指示にルークはアクアマリン色の冷たい剣を引き抜き、アリエッタはルークから十分距離を取る。

 

 アリエッタとルークの間にはライガが、そして空にはフレスベルグが油断なく威嚇していた。

 

 殺気が鋭く切り裂く刃となり、その場を支配した。

 

 瞬きすら許されない空間に、ラルゴの低くだが良く響く声が木霊す。

 

 「始めッ!!」

 

 ラルゴの裂帛した声にいち早く反応したのは、空を飛ぶフレスベルグ。

 

 怪鳥は、ルークに向かって急降下し、それは青い一本の矢の如くルークに襲い掛かる。風を超えた速度でフレスベルグはルークに決死の体当たりをしたが、ルークはそれを軽くいなし、文字通り体を張った攻撃の被害を最小限に留める。

 

 だが、フレスベルグだけがルークの敵ではない。

 

 その後ろに居たライガたちは、溜め込んだ第三音素(サードフォニム)の雷撃を一斉に放出する。轟音を轟かせ土塊を巻き上げる威力に流石のルークも驚く。

 

 「なんだそりゃ!?」

 

 「これが、アリエッタたちの力、です!!」

 

 ライガの放電を防ぎ、潜り抜けたルークは、いつの間にか背後をフレスベルグに取られ左右はライガに囲まれていた。

 

 エンジン音にも似た威嚇音を鳴らしながらライガが距離を詰める。

 

 ルークも剣を構え迎え撃つ準備をした瞬間、足元から禍々しい猛獣の雄叫びが刃に具現した。

 

 「ブラッディハウリング!」

 

 気付かれないよう詠唱していた第一音素(ファーストフォニム)の上級譜術、ブラッディハウリングが放たれる。

 

 血を求める魔獣の咆哮。それに続くようにしてライガ二体とフレスベルグが同時にルークに殺到した。

 

 アリエッタ含めて四つの獣の攻撃は、未だ吹き荒れる闇の咆哮の中に居るルークに的確に迫る。

 

 「惜しかったな。アリエッタ」

 

 だが、重複攻撃の真ん中に居るはずのルークが涼しげな声が、嫌に響く。

 

 「凍っちまえ、守護氷槍陣!」

 

 第一音素を利用し、凍てつく氷の山をルークは創り上げた。

 

 理不尽とも言える氷山の登場に、誰もが開いた口を塞ぐことが出来なくなった。氷の中にはライガとフレスベルグが囚われ、身動きも満足に出来ない。

 

 第四音素と第一音素。時にはこの二つの音素は密接な関係を見せる。FOF変化でもこの二つは同じ効果なのだ。第四音素と第一音素をもし同時に使用出来たとすれば、通常の倍の効果を齎す。

 

 もとよりルークが持っていた剣は、第四音素を多分に含んだヴォ―パールソードである。

 

 通常では氷の槍程度の威力も、小さな氷山になる高威力に変わった。

 

 「そ、そんな!」

 

 詠唱をする間、どうしても無防備になってしまうアリエッタは絶望の声を上げた。まさか一瞬にして魔物たちを無力化するなど、一体誰が思いつくだろうか。

 

 だが、そんな離れ業をやってのけたルークも無傷ではなかった。

 

 全身に薄っすらと切り傷を負って、一見すると酷く血塗れである。

 

 「う、光の鉄槌……」

 

 「待つと思ってんのかぁ!?」

 

 アリエッタ最速の譜術は、ルークが放った光の柱を避けるために中断を余儀なくされる。

 

 そして顔の横を迸った凶悪な光にアリエッタは、尻餅をつく。そして、鬼神のごときルークの覇気にアリエッタは恐怖で全身が小さく震え、顔色も青褪めた。

 

 泣き出したアリエッタに、一切の情を掛けずルークを剣を抜いたまま距離を詰め、そして距離が無くなった瞬間、大きく剣を振り上げる。

 

 「……」

 

 「あ、いや!?」

 

 死の恐怖から思わず目をきつく閉じたアリエッタの横を大きな衝撃が走る。

 

 それは、ルークが振り上げた剣が土を抉った衝撃だった。

 

 「俺の勝ちだアリエッタ。もう、いいだろう?」

 

 「ど、どうして? なんでアリエッタを殺さないの?」

 

 すでに背を向けたルークにアリエッタは問いかける。殺し合いなのに、相手を殺さないなど、あり得ない。

 

 「俺は、アリエッタを殺す理由がないからな。それに真実を教えようと思ってるんだ。なぁ、どうしてイオンがお前を導師守護役から外したと思う?」

 

 「え?」

 

 アリエッタの思考を白く染め上げるルークの問い。

 

 アリエッタ自身が最も知りたかった謎をなぜ、ルークが知っているのだろうか。イオンとの旅の道中で彼から真相を聞いたのか。

 

 二年間、想いが届かず寂しい思いをしていたアリエッタは、涙を拭かないままルークの服の裾を掴んだ。

 

 「待って! 教えて。どうして、どうしてイオン様が」

 

 「なら、こっちに来いよ」

 

 グミを食べて傷を癒したルークは、アリエッタの手を掴むと、人工的に削り出された正方形の石柱の前に座らせる。いったい今から何が始まるのか、予想もつかないアリエッタは数回目を瞬かせる。

 

 アリエッタの困惑など知らないと言わんばかりにルークは、質問していく。

 

 「アリエッタは、イオンが昔と随分違うと思わないか?」

 

 「えっと、アリエッタはあんまり会ってないから……」

 

 「よく分かんないか? まぁ、元から知られないようにしてるんだし、仕方ないか。そうだな、アリエッタの知ってる大好きなイオンは、もう死んでるんだよ。これがオリジナルイオンの墓だ」

 

 その言葉を聞いたとき、アリエッタは全てを理解する事が出来なかった。

 

 何一つ整理する事の出来ないアリエッタを放ってルークは、真実を伝えた。

 

 「お前が知ってるイオンは二年前死んだ。今のイオンはレプリカだ。導師派を抑える飾りみたいなもんさ」

 

 「嘘! ルークは、嘘をついてる!! だってイオン様、ちゃんと生きてるもん!」

 

 「だったらお前のイオンは、本当に見捨てたんだろうな? どっちにしたって地獄だよ。アリエッタの知っているイオンが生きてる場合でも、レプリカにすり替わっていても。前者ならイオンにとってアリエッタが要らなくなった。後者なら導師がレプリカである事実を漏洩させないための導師守護役一斉更迭」

 

 ルークの反論を許さない容赦ない言葉にアリエッタは、耳を塞ぎ、声を上げて抗議した。

 

 辛い現実から逃げるために、彼女はひたすら泣き叫ぶ。

 

 その様子に堪り兼ねたラルゴが痛みを堪えるような表情で、ルークの前に立つ。

 

 「そこまでにしてやってくれないか? アリエッタは、大切な人が亡くなった事実を受け入れるには、早いのだ」

 

 同じような経験をしているからこその発言であり共感であり、拭いきれない過去の傷を見せられている様でラルゴも耐えられなかった。

 

 妻を亡くし、子を無くした事実。

 

 大切で守りたい者が指の隙間から抜け落ちるそれは、己の無力さを恐ろしいほど痛感させる。大切であればあるほど、なくした痛みに残された者はただ泣くのみ。

 

 

 だがルークはそれを良しとしなかった。残されたとして泣くだけの未来を享受しようなど欠片も考えないからこそ叱責する。

 

 「ふざけんなッ!? 人が死んで、それを偽っていいと思ってんのかよ。アリエッタが可哀想? それじゃ想いなんて絶対に届かないまま生きていく事が可哀想じゃないのか? 妄執に縋って何も知らないまま天命まで生きろって? お前はそんな真っ暗な人生過ごしたいかよ? 都合のいい夢ばっかり見ていたい子供じゃないだろ!」

 

 「そ、それは、だが」

 

 「だがじゃねーんだよ。他にもっといい道があるのか? 残念だけどない。だって、イオンは死んでいるんだから!」

 

 その光景にアリエッタは、自身にとって最悪の答えを理解した。

 

 僅かに振り返ったラルゴの目が、アリエッタを憐れみに満ちた眼差しで見ていた。嘘を付けない性分の彼はルークの言葉に一切、返す言葉を持っていなかった。

 

 嘘でもよかった。ラルゴが、イオンがレプリカでないと言ってくれれば、アリエッタはルークの言葉を切り捨てる事が出来た。でも、そんな期待など朝露の如く消え去る。

 

 「……イオン様、どうして。どうしてなの?」

 

 大切な人の死に打ちひしがれる少女は、冷たい石柱に縋りつく。

 

 「どうして教えてくれなかったの? だってアリエッタは、イオン様の事が大好きで! ぅうあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 あまりの悲しさに言葉が続かなかった。

 

 あまりの無力さに慟哭が止められなかった。

 

 あまりの孤独さに心がとても耐えられない。

 

 アリエッタは、大声を上げて泣き叫ぶ。

 

 そんなアリエッタの背中をルークが軽く叩く。

 

 「この世界じゃないけど、別の世界のイオンがアリエッタに託した言葉だ」

 

 優しい口調で、懐かしい温もりをもってアリエッタの心に響く。

 

 『アリエッタ、僕が愛した最初で最後の人。だから生きてほしい。もっと、もっと自由にこの世界を――――』

 

 それは正しくイオンの言葉。

 

 なんの根拠もないがアリエッタは止められない涙を流しながらそう思えた。

 

 理由なんていらない。もしかしたらアリエッタにとって一番傷つかない答えを無意識にアリエッタ自身が選んだとしても、彼女にとってその言葉が生きる理由そのものになり得た。

 

 まだ悲しくて辛くて寂しいが、大好きなイオンがそう望んでくれた。自分に自由を託してくれた。

 

 それだけで嬉しかった。

 

 大好きなイオンが見捨てたのではないのだと知れてアリエッタの二年間の苦悩が消えていく。

 

 「ぅぅううう!! ら、ラルゴぉ!」

 

 「アリエッタ……。済まなかった。本当に」

 

 ラルゴは駆け寄ってきたアリエッタをそっと抱き上げ、小さな頭をかき抱く。

 

 何度も謝罪をし、ラルゴの目尻にも小さな水が零れる。

 

 それを見ないふりをするためにルークは大空を見上げた。

 

 どこまでも続く空の下、一人の少女の暗闇は、この悠久の蒼空と同じように晴れ晴れとしたのだった。







俺、この小説を完結させたら、新しい物語書くんだ…………


よし、一つフラグを建てたのでこれで安心だ。
もう何も怖くない!!


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何者にも成れない僕と……

 アリエッタとの殺し合いを終え、ルークは一度風呂に入り、朝食も食べなかった反動で少しだけ早い昼食を取る事にした。

 

 11時半の食堂には疎らに人がいる。そこには桃色が金色の後を雛鳥のように付いて回る光景があった。

 

 「なんだ。アリエッタも食べに来たのか?」

 

 「うん。お腹すいたから」

 

 確かにあれだけ大泣きすれば腹くらいは空くだろう。

 

 アリエッタはいつもの暗い雰囲気を感じさせない声で返答する。先ほどまで殺し合う仲だったようには見えない。

 

 「へぇ、今日はポークステーキか。おぉ! マーボカレーもある」

 

 「どれだけ食べる気なんだ……」

 

 ルークが後先考えないでトレーの上におかずを乗せていく。

 

 マーボカレーにポークステーキ。サラダにマフィン。デザートにクレープをチョイスしてた。その量を見ただけでリグレットは、眉を顰め小さな声で胸焼けがする。とコメントをした。

 

 食べ盛り伸び盛りのルークにしてみれば適量である。

 

 「いいだろ? 朝飯食ってないんだから。にしてもお前は随分、ヘルシーだな。それで筋肉が付くのか?」

 

 「食生活を管理しているだけだ。肉料理もたまに食べる。それに筋力などもう衰える一方ならば無理して付けるより、別の戦闘に切り替えるのも軍人の務めというものだ」

 

 「いや、まだ若いだろ?」

 

 「肉体の衰えは意外と早い。過信しては生き残れない事もある」

 

 諦観であり真理でもある。

 

 残念なことに男性に比べ女性の筋力低下は早く著しい。どんなに頑張って訓練しようとも、衰えは見えてくるものだ。

 

 それを熟知しているからこそリグレットは小さく項垂れるしかない。もとより兵士の寿命は短いのが定めである。彼女も受け入れた結果だ。だからこそ彼女は新たな武器として開発段階の代物である譜銃を使い、短命の命を長らえさせる方法を若くして取り入れているのだ。

 

 自身の力の象徴であり、弱者の証でもある譜銃。

 

 それを複雑に思いながらリグレットは、いつも座る席に腰を下ろし、隣にアリエッタも付いてくる。おまけでルークが何時ぞやの時のように目の前の席に座った。

 

 「色々考えてんだな。んで、今回のアリエッタに戦闘をレクチャーしたのはお前だよな?」

 

 「あぁ、視界を塞いだりライガで動揺を誘ったり。ただ闇雲に突っ込ませれば完敗が目に見えるからな」

 

 「ほぉ、なんでそう思ったんだ?」

 

 リグレットの見立てにルークも感心した。少なくともリグレットの作戦はルークに通用したのだ。なぜ彼女が作戦を立てる面倒まで見たのか個人的に気になる事も多い。

 

 「お前が言ったのだ。ネビリムの処遇に対して、幾らか戦った事があると。つまり、六神将と戦った回数など星の数だろうとな。手の内などもう曝け出している程度の話ではない。そうだろう? これがお前の最大のアドバンテージだ。預言に匹敵する未来予測。敵対する人物の情報など全て記憶から取り出し、周到な準備に作戦。むしろどう勝てと?」

 

 「ははは! それをたった一回の会話で予測出来たお前に言われたくもねぇよ。あんとき余裕がなさそうなのも演技か?」

 

 「あれが演技なら私は教団ではなく劇団にでも入っていたさ」

 

 探り合いカマを掛け、それでも両者は尻尾を掴ませない。

 

 他に何か隠し事は無いか、他に何か決め手は無いか。そんな事を思いながらの食事など美味しい筈もなく、二人は味のない昼食を続けながら話し合いも続ける。

 

 「俺としては仲良くしたいんだけどな。これから忙しくなるし、なによりアッシュ達との交戦は避けられない。俺は負けるつもりもない。そのためにも六神将を選んだんだ」

 

 「そうだな私も気になっていた。なぜ昔の仲間を捨てて六神将を選んだ? 世界を壊そうとしている連中の仲間になってどうしたい。世界を救うだの今の人類で未来を目指すだの、それこそティアたちと組んだ方が勝率効率とも良いはず」

 

 六神将、並びにヴァンを従える事にした理由にルークは、マーボカレーを食べる手を一旦止める。

 

 「それは、お前らと組まなきゃお前たちが罪人になるだろう? やり方はどうあれ、六神将も真剣に未来について考えてレプリカ計画を選んだ。今の人類に少しでも恨みつらみがあって、つい選んだとしても、それでも六神将やヴァンを罪人で終わらせたくない。俺は預言(スコア)を覆すんだ」

 

 「……罪人、か。確かにお前が思い描く未来になれば六神将は罪人でしかない。だが、本当にそれで覆せるのか? 星の記憶とはなんだ? 預言はどうして外れない? なぜお前がありもしない世界の記憶を見た? ラルゴはお前の記憶は狂言ではないと言った。私は、お前も一種の預言のようで恐ろしいよ」

 

 「だろうな。人の過去を暴く事なんて朝飯前だからな。預言に見えても文句も言えねぇし。残念だけど今はリグレットの問いに答えられない。それに俺でもなんでこんな記憶があるのか知らない。それだけだ」

 

 多く答えなかったルークだったがリグレットは特に訝しがる様子を見せない。味噌汁を一口飲み、少し間をあけた後、小さく尋ねる。

 

 「お前は、世界を怨んでいるらしいな?」

 

 「ラルゴから聞いたな。ッチ、あのおっさん後でしばくか」

 

 「話を逸らすな。それでも世界を救うのは、自分の為か? それとも何かに縋っているのか?」

 

 「……両方だ。俺は多くのルーク、どっかの世界の自分が描いた世界を見てみたい。だから世界を救いたい。そしてそのルークに俺は縋っている。でないと、そうでもしないと」

 

 言いよどみ始めるルークの言葉をリグレットが継ぐ。

 

 「世界を殺したいほど怨む自分に飲まれそうになる、からか。難儀な爆弾を抱えてるんだな。でもお前は世界の平和を望むルークだ。それは絶対に変わらない」

 

 「どうしてそんな事が言えるんだよ?」

 

 「……自分一人で罪を背負おうとしている馬鹿なんぞそんなモノだ。自己犠牲の精神など破壊者が抱くものか」

 

 ため息を付きそんな事を言ってリグレットは一足先に食事を終わらせる。特に楽しい食事でもなかったがルークは今日のメニューの事は忘れられそうにない。それは、単に彼女との会話がなぜか記憶に刻みつけられたからだ。

 

 リグレットはトレーを返すと、そのまま何事もなかったかのように食堂を出て行った。

 

 ルークも最後に残していたクレープを食べると、同じく食堂を出ていく。入れ替わるようにやって来たラルゴのわき腹を軽く殴る。もちろん巨漢のラルゴにはちっとも効果はないが、彼はなぜルークが突然そんな行為をしたのか理解して口を苦く歪めた。

 

 彼の申し訳なさそうな表情にルークも寛大な心で許し、そのまま与えられた部屋に行く。

 

 明日出発予定なので今日中に封印を解く鍵の製造をしなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やだー。もうやだー。疲れた意味不明、もうやりたくない」

 

 アッシュの部屋に引きこもって既に数時間。窓の外は夕焼けが綺麗染めていた。

 

 部屋の真ん中で大の字になって子供のように一人だだをこねているのは、朱色の髪を伸ばしたルークだった。既に彼の周りには六つの武器が転がっている。第七音素から造り出した武具たちだがそれぞれ第一音素や第六音素を秘めている。

 

 これを完成させるのにかなり時間を要したルークは、精魂尽き果て起きるのも億劫である。

 

 構造自体音素を多めにして後は、鉄に混ぜればいいかと考えてたが思ったより創世記の武具の構造は複雑で失敗の連続。特に彼にしてみたら杖など何を素材にしたのかさっぱりである。

 

 だらしなく床に転がっていると、少年の声が問いかける。

 

 「何やってんのさ引き籠り」

 

 「引き籠りじゃねーよ。俺はネビリムを復活させる鍵の製造に精を出してたんだよ。今やっと終わったけど」

 

 「不気味な音素や第七音素を感じたと思ったらやっぱりアンタか」

 

 床に無造作に転がっている武器を手に取ってシンクは興味深そうに眺める。

 

 「これも第七音素で出来てるの?」

 

 「まーな。第七音素は、記憶粒子(セルパーティクル)と他の音素が結びついて出来るんだ。だから第一音素に近い第七音素で構築するとそんなのとか普通に出来る。譜歌も第七音素とそれぞれの音素を主体にした術だからな。こうして物質製造とかするのは、結構神経使うけど」

 

 上半身を起こしてルークは、一本の剣を取った。第六音素の塊のような聖剣である。

 

 「俺はこんな風に第七音素を操れるようになって思ったんだけどさ、レプリカってなんにでもなれるんだな」

 

 「はぁ? なにさ突然。それになんでもなんてなれる訳ないだろ」

 

 シンクの否定する言葉など予測出来ていたのだろうかルークはその言葉では、意見をちっとも変えない。

 

 それでところか諭すような響きで語りだした。

 

 「そんなことはない。今のレプリカ技術では第七音素で造る。俺がこうして造った様にな。考えてみれば第七音素は、何にだってなれる。物質にも、術にも、レプリカにも。だからレプリカもありたい様にあれる。何かになりたいって思えば」

 

 「馬鹿馬鹿しい! それは曲がりにも必要とされていたレプリカの御託だ! だったら僕みたいな代替品にもなれなかったゴミみたいなレプリカはなんなんだ!」

 

 「あり方を決められるのは周りじゃない。自分自身だ。お前が代替品にも慣れないかった出来損ないだって思うんならきっとシンクは一生何者にも成れない。言い換えると何者にも成れるって言う事は、何者にも成れないことすら選べるんだよ。意固地になってゴミだって蔑んでいれば、本当にそうなる。シンクの生きている道は正にそれだ」

 

 「でもアンタのそれは絵空事って言う運だよ。事実、僕は捨てられた! 虫けら以下の命と愚かしい生を受けた!」

 

 シンクは激情のあまり付けていた仮面をもぎ取り、ルークにも見覚えのある顔を曝け出す。

 

 怒りや悲しみ、そして強い憎悪を宿した瞳。笑えば温厚そうな表情も今では、ほど遠い。

 

 導師イオンと瓜二つの顔で、声でシンクは怒りを吐き出す。

 

 「生きたままザレッホ火山の火口に投げ捨てられる! これが人間にする仕打ちなのか!? 違うだろう。なのに僕はそれをされたんだ。要らない、失敗作! 人形の出来損ないの末路だよこれが! これでも何者にも成れるなんて御託が言える?」

 

 「言えるさ。レプリカは自分が望んだように成れる。確かに世界がちょっと邪魔するけど、俺は俺になれた。他の誰でもない俺に。強く望んで行動するしかないんだ。シンクはイオンの代替品になりたかったのか?」

 

 「ふざけるな。そんなモノに成りたくなんてないね! 僕は、僕は……」

 

 「何に成りたいかも分からない、か。それだったなら確かに何者にも成れなくて当たり前だろ」

 

 ルークに問われ、シンクの口から答えが返ってこなかった。

 

 問われて初めて自分がどんな存在か、どんな風にありたいか全く想像できない事に、シンクは初めて涙を流す。悔し涙だ。

 

 今まで愚かしい生を受け、意味もなく生きて世界に復讐する道しか選べなかった彼に、自分のあり方など想像できるはずもない。それしかないと、それだけが生きる意味なのだと言い聞かせ今日を生きた。

 

 それ以外のあり方にシンクは戸惑い、可能性という恐怖にこうなりたいと声高に言う事すら出来ない。

 

 「僕は、……」

 

 「いいんじゃねーの? 分からなくても。それに分からない奴の方が多いのかもな。自分がどんな存在になりたいかなんて。それだけしか選べないようで他にもっと選べた選択肢もあった。それに気が付かないだけでさ。きっとお前にも来るってどんな風になりたいか決められる時がさ」

 

 「アンタはそうやって決めたの? こうなるんだって決められたの?」

 

 「あぁ、俺は世界を救うって思えた。だからそうするために俺になった。理由はそんなに必要じゃない。全く要らない訳じゃないけど」

 

 ルークの肯定の言葉に、シンクは少しだけ落ち着きを取り戻し、持っていた仮面を付け直す。

 

 なんと言っていいか分からない雰囲気の中、ルークが重たい腰を上げる。

 

 「取り敢えずもう夜だし飯食うか。頭使う作業だったから腹減ってんだよ」

 

 「はぁー。アンタを見てると自分の悩みが可笑しく思えるよ」

 

 「うるせー。ほら行くぞ」

 

 ルークはシンクを引っ張って食堂に向かう。

 

 途中で、ぬいぐるみを持ってトコトコ歩くアリエッタを発見し、アリエッタも誘って食堂へ。

 

 その時、アリエッタが、食事に誘われたの初めて、です。などちょっと寂しい事を言っていたので今度は食事以外にも誘う事をルークは心に決めた。

 

 そうしてちびっ子二人を連れて食堂に来るとリグレットと遭遇し、彼女はトレー三枚をルークに差し出しながら不思議そうに呟く。

 

 「おかしいな。お前とは食堂でしかエンカウントしたことがない。狙っているのか?」

 

 「いや、むしろこっちの台詞ですリグレットさん。お前こそ見計らったようにどうして同じ時間に居合わせてんだよ。不思議じゃなくて不気味だよ。なんなんだ、リグレットとは食堂でしか会えない呪いに掛かってんのか?」

 

 「だったら逆に嬉しいな。食堂に来ない限り特に会いたくもない奴と会う機会がないのだから」

 

 「おい、コラ。地味に俺のハートを傷つけてんじゃねーよ。さり気なく貶すな」

 

 おかずをトレーに乗せながら口喧嘩を始める二人にアリエッタは、シンクにそっと耳打ちする。

 

 「リグレットがあんなに喋ってる所初めて見た、かも?」

 

 「確かにあの女のプライベート会話なんて滅多に無いしね」

 

 シンクの言う通り、リグレットのプライベート会話をしているところを見るのは何気に初めてである。

 

 いつもは作戦立案や説明、業務的会話など公の場としての発言。話したとしても探り合いや心無い会話ばかりで、こうして無意味な会話をしているのは、奇跡に近い。

 

 「あ、リグレットその竜田揚げ寄越せ! 狙ってたんだぞ!」

 

 「ふん。早い者勝ちだ。最後の一個だろうがなんだろうが貴様に譲ってやる気はない。それにしても美味しそうな竜田揚げだな。きっと衣はサクサクで」

 

 「こいつ、精神攻撃しやがる!? い、いいじゃねーか。な? 一切れくらいくれよ」

 

 「三回まわってワンと言ったらくれてやる」

 

 「言ったな? 言質取ったぞ。俺は絶対にやるかなら」

 

 「そこまでして欲しいのか? というかプライドは無いのか?」

 

 「それより竜田揚げだ! 食欲の塊である俺に死角などない!!」

 

 それはむしろ隙だらけなのではないだろうか。そんな事を思いながらシンクは、

 

 「おばちゃん竜田揚げ追加でお願い。あ、一皿でいいよ」

 

 と注文する。すると厨房に居たおばちゃんが一皿ならと、すぐさま竜田揚げの準備をする。

 

 その光景を見てルークが追加できるのかと身を乗り出し、リグレットは舌打ちをした。これでルークを弄るネタが無くなったのでつまらないのだろう。

 

 「イヤッホー竜田揚げゲット!」

 

 「そんなに喜ぶことなの?」

 

 思いっきり感情を表すルークにシンクも引く。

 

 もしかしたら鍵である武具の作成でかなりエネルギーを消費したせいで空腹が限界を超えハイテンションにでもなっているのかもしれない。

 

 各々が好きな物を選んで、後は席に座ろうとするとラルゴが座っていたのでそのテーブルに六神将の面々が自動的に集まる。

 

 「どうしてお前ら同僚としか食わねぇんだよ」

 

 「部下が多いせいか食事時でも改まってしまう奴がいてな。こっちも気を使われながら食事しても美味しくないだろう? だから出来るだけ六神将と食べるんだ」

 

 ルークの問いにラルゴが答える。

 

 どうやら彼らの行動はそれなりに部下を想ってのことらしい。

 

 勝手に席についてルークも早速、竜田揚げに手を付ける。

 

 その横でシンクは既に竜田揚げを食べて、小さく、それはついうっかり零れ出た。

 

 「美味しい……」

 

 その瞬間、アリエッタ、リグレット、ラルゴは動きを止めた。

 

 「え? シンクが」

 

 「あの食べ物なんて食えればいいと言っていたシンクが」

 

 「美味しいだと?」

 

 あり得ない物を見るような目でシンクを見る。

 

 「なに? 僕にも好みくらいあるよ?」

 

 「あ、あぁそうだな。シンクにも好き嫌いは、あったんだな」

 

 ラルゴの嬉しそうな声にシンクは、小さく鼻を鳴らすと食べる作業を開始する。

 

 初めてシンクが食べ物を美味しいと言った事に動揺したが、思えばそれは良い方向への進歩ではないだろうか。ラルゴはそれが純粋に嬉しくてつい微笑んでしまった。

 

 シンクの一言から始まった雰囲気はけして悪いものではなく、どこか優しいものが包む空気であった。

 

 





ひっそりやって行こうと思ったら、知らない間にお気に入り数が100を超していた。
……いや、その、ね。うん。急にどうした。見れば昨日くらいからみたいじゃん。


アビス再プレイして何やらストーリーの再編が必要になってちょっと放置して、フロム脳爆発させている間になにが起こったの?


次はネビリム先生! ではないんだなー。それではまたいつか


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貴方が憎い

 そして翌日の昼。ルークとリグレット、アリエッタとシンクは既に空の旅に出ていた。

 

 悠久の蒼。太古から色褪せる事のない天幕の下、四羽の鳥型の魔物が飛ぶ。背中に人を乗せて。

 

 そしてその青の下、更に眼下に広がる藍の海。

 

 濃い色合いを見せる海の上には、戦艦が一隻。

 

 その中には、世界の主要人物が多く乗っていた。殆ど身分を隠しての旅であるので、その権力が使われるときはそれほど多くないが。

 

 機能的で内装など気を配った造りではないので、どこか慣れない者には閉塞感を感じさせた。

 

 その一人であるはずのガイは、譜業に目がなく少年のように目を輝かせながら戦艦内を自由に動き回っていた。

 

 「やっぱり凄いなタルタロスは」

 

 「殿方は、このような物がお好きなんですの?」

 

 「ナタリアだって人形好きだろう?」

 

 男の趣味は理解不能だというナタリアに、女の趣味は良く分からないというガイ。本来ならば主従の関係では無いが、ルークが居ない今、ガイの主は一時的にナタリアであり彼女の護衛を無事に成功させることが第一条件である。

 

 故にこの船に乗っている不安材料の気配を彼は鋭く感じ取る。

 

 「で、どうしたんだアッシュ。居るんだろ?」

 

 「え?」

 

 ガイが剣の柄に何気なく触れながら廊下の曲がり角に向かって語り掛ける。

 

 すると廊下の陰から一人の人物が無表情のまま出てきた。自分たちが知る七年前のルーク。そう彼本人から聞きそれでも素直に喜べない二人、特にナタリアはつい反射的に視線を逸らしてしまう。

 

 「……ネクロマンサーが呼んでいる。ベルケンドの港が見えたから探して来いと言われてな」

 

 「そうか。分かった。アッシュはどうするんだ? ベルケンドで用事が終わったら俺らに付いてくるのか?」

 

 「さあな。俺には俺のやり方がある。ヴァンのやろうとしていた事が気になるからな」

 

 首筋をピリッと感じる敵意のぶつかり合いに、ナタリアは一歩下がる。

 

 アッシュが、約束を交わしたルークが生きていてくれて嬉しいのに、殺してしまったルークへの罪悪感にアッシュの顔をまともに見れない。

 

 故にナタリアは、自分から声を掛ける事も出来ないでいた。だからこうしてガイと二人で船の中を歩いていたのだ。

 

 そんなナタリアの複雑な心情を知らないアッシュは、つい苛立ち、その攻撃的とも言える感情をガイが感じ取り警戒する悪循環が発生しているなど、ここに集う人物には理解できないでいた。

 

 「俺は先に行く。なるだけ早く来い」

 

 務めて冷たい声で言葉を置いていくアッシュに、ナタリアの心は一気に沈んだ。

 

 本当であれば、声を掛けて離れていた七年間の溝を少しでも埋めてしまいたいのに、触れるどころか見る事も出来ない。自分の不甲斐なさにため息を付いていると、ガイが操縦室に行こうと促した。

 

 どちらにしても、ただ悔いているよりは早く事態収束の為に動かなければならない。ナタリアは気持ちを切り替えてガイの後に続いた。

 

 そして一足先に操縦室に戻っていたアッシュは、苛立ちを飲み込んで席に座る。

 

 他の者たちは、あまりアッシュに関わろうとしない。六神将として動いていたせいでもあり、彼らはアッシュのレプリカと一緒に旅をしていた仲間たちだ。アッシュを見ていると『ルーク』を思い出して辛いのだろう。分かってはいたが歓迎はされないらしい。

 

 慢性的な緊張に包まれる中、ガイとナタリアが戻って来た事にジェイドはこれからの事は説明する。

 

 「それでは、アッシュの要望でベルケンドに行きます。ですがそこからは、ノープランです。アッシュはその後どうするんですか?」

 

 ジェイドの的確な質問に誰もがアッシュを見た。

 

 「俺は、ヴァンの企みを止める。レプリカ情報を大量に集めているみたいだが、何に使うか全く分からん。お前たちに付いていけば有益になるんだったら付いて行くだけだ」

 

 「そうですか。接近戦の人は重宝しますからね。私個人としては大歓迎です」

 

 「……だったら、ルークとしてキムラスカに帰るのか?」

 

 もしかすれば、付いてくると言うアッシュの発言にガイは苦しそうな表情で問う。

 

 ナタリアは、王女として一度バチカルに戻り停戦を国王である父に進言するのだ。その際、ファブレ公爵と会う事は絶対である。本物のルークは、彼だ。彼がもし、ファブレに戻る事があれば、七年間一緒に過ごしてきた『ルーク』の残滓が掻き消えてしまう。従者であり親友であるガイには、それはあまりにも耐えがたい。

 

 ナタリアも息を呑み、アッシュの答えを待つ。

 

 「俺は、聖なる焔の燃えカスだ。今更ルークだなんて言って戻るつもりもない」

 

 「アッシュはファブレに戻る気はないと、そう言う事か?」

 

 「被験者(オリジナル)がレプリカの代替品だなんて御免だ。俺は、極力戻る気はない」

 

 それ以上なにも言う事はないと言うように皆に背を向け、アッシュは窓から見えるベルケンドの港を睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アッシュの指示に従い、ベルケンドに来た面々は、アッシュから聞かされた事実にそれぞれの反応を見せた。

 

 彼がなぜ態々ここに来たかと言うと、ベルケンドはヴァンが密かにレプリカ研究をしている施設として使っているからだ。まさか自国の街でそんな事が行われているとは知らなかったナタリアは驚愕し、ジェイドはほんの僅かな時間、無表情になった。

 

 真実を確かめるためにベルケンドにある研究所の扉を潜る。

 

 そこにいた人物に誰もが、己の武器に手を掛けた。

 

 「てめぇ、ヴァン!!」

 

 「ほぉ、アッシュか。それにティア」

 

 「……兄さん!!」

 

 ヴァンは傍らに居た老人と何かを話していたようだが、老人が足早にその場を去って何を話していたのかは謎だ。だがそれ以上に渦中の人物、ヴァン・グランツとのまさかの会合により本来の目的など忘れ、アッシュは剣を抜き放つ。

 

 「まさかこんな所で会うとはな。話してもらうぜ、お前の本当の企みを!!」

 

 「企みだと? 忘れたか、私は監視者だ。もとより預言(スコア)通りに全てを進めるよう仕向けるのが務め。ルークの死もアクゼリュス崩落も全てユリアの預言によるものだ。企みと言ったら、アッシュお前に生きて貰うことくらいか」

 

 多くの人間から送られる敵意にもヴァンは冷静に対処し、教え子であるアッシュを煙に巻く。

 

 話し合いだけならばヴァンも柄に手を掛けなくともよかったのだが、実の肉親であるティアからの敵意以上の殺意にヴァンは口元を歪める。

 

 「忘れてしまったの兄さん! 言っていたじゃない。預言に縛られて人が憎いって! それを変えるためにローレライ教団に入って神託の盾(オラクル)の総長になったんじゃないの!?」

 

 「ティア、ユリアの預言は何のためにある? より繁栄を望み人々の安寧を享受するためには、必要な流血もあると私は学んだ。これによりルークが死んだのは事実、これで戦争が起きるのは決められたも同然。今更どうするつもりだ? 敵討ちか?」

 

 ヴァンがティアの問いに答えていくと同時に、彼女は憎悪を募らせ、静かにナイフを抜く。

 

 その行動にヴァンも、素早く『ローレライの鍵』を構えた。

 

 今まで見たことのない形状の剣らしきものにジェイドや剣をそれなりに扱うアッシュやガイは目を細めそれを警戒した。

 

 特に剣を扱う二人からすれば、ヴァンが持っているそれは、剣でもあるがどちらかと言うと杖にも見える。譜術の媒介らしきものが柄にもはめ込まれ、形式だけの剣。

 

 だがあのヴァンが扱う代物だ。見た目だけで判断すれば、痛い目をみるだろう。

 

 「兄さん! 貴方が憎い! どうして止めなかったの!? どうして貴方を信じていたルークを、殺したの!!」

 

 正しく魂の叫び。だがヴァンはそれを一蹴した。

 

 「だからなんだ? 元よりルークの本質を誤解し、奴の本心をこれと言って気にも止めなかったのは、貴様たちだろう? それにアッシュ延命のための捨て駒だ。死ぬために生まれてきたレプリカが、本懐を成就したに過ぎん。助けたかったのならば、お前が手を差し伸べるべきだったのだティア」

 

 「言うに事を欠いて、ルークを亡命させようと周りに口封じをさせる口実を作ったのは貴方でしょう! 本質を間違えたと言うのではなく、ヴァン貴方が覆い隠したのをお忘れですの!?」

 

 ヴァンの反論にティアは口を噤む。本当であれば百も言いたいことがあった。だが、激情と悔しさと、色々な想いが混じり合い、ついに何一つ、彼女は言う事が出来なかった。

 

 そこにナタリアの叱責が飛ぶが、それもまたヴァンを追い詰めるには足りない。現に彼は顔色一つ変えなかったのだから。

 

 「ルークの亡命を知っていて、私の罪も聞いていた貴女が私と言う存在を見逃した。これについては、私と同罪とだと思いますがナタリア殿下? いえ、もう殿下では御座いませんな。なにせ母国から死亡したと宣言されたのですから」

 

 今までナタリアが感じていた罪の証。それはルークの亡命を聞き、七年前の誘拐事件の犯人がヴァンだと、あの地下牢で聞いていながら、アクゼリュスに共に行きたくて交渉材料として使った一部の真実。どうして白日の下に晒さなかったのか、ずっと後悔していた。

 

 刺し違えてでも兄を止めると誓ったティアは、それを出来ずに悔い、悲劇を回避できるかもしれない可能性を秘めていたナタリアは、己の未熟さに懺悔していた。その心の隙間を見透かして、ヴァンは皮肉そうに笑って見せる。

 

 「止めようと思えばいつでも止められたのは、寧ろお前たちだ。それを怠ったのも、お前たちだ。今更私に罵倒を浴びせてもそれは、自らに返ってくるだろう」

 

 「ヴァン! お前の本当の目的は、預言の成就なのか!? ならどうして俺のレプリカを造り、他の多くのレプリカ情報を集めて暗躍していた。俺にはお前が嘘を言っているようにしか聞こえない!」

 

 罪悪感に苛まれる想い人を背に庇いアッシュはヴァンに剣先を向ける。共に七年間の時間を過ごしたのだ。少しばかり相手の思っていることが分かる。だが今まで預言脱退を宣言して六神将を集め、自分の知らない所で何かをしていたヴァンを知っているアッシュからすれば、今のヴァンの変わりようが不気味で仕方ない。

 

 まるで操られているのではないかと感じてしまう。

 

 「嘘を付いている、か。そうだな。お前にはそう見えるのだろうな。私は、この剣を授けた者と出会い、考えを変える事が出来た。昔言っていた預言への復讐など考えていない。それ故にお前が追い求める計画の真実はつい今しがた破棄した」

 

 「やっぱり何かしようとしてたんじゃねぇか!」

 

 「言っただろう。既にもう過去の事だ。アッシュが思うような事などない。ただ預言通り戦争が起こりキムラスカが勝ち未曽有の繁栄を得るのみ。私が憎く止めたければ、戦争を止めるのだな。無論、出来ればの話だが」

 

 的確に傷口の傷を抉り、戦意喪失をさせヴァンは剣を納め、脇を通って外に出ようとするのをジェイドが呼び止める。

 

 「貴方に、二つほど気になる事があります。その剣はなんですか? そしてそれを授けたのは、一体誰なんです?」

 

 「ふん。答えるとでも? まぁ剣の詳細くらい教えてやろう。ローレライの鍵だ。信じられんならそれまでだ」

 

 本当にそれだけを言い残し、ヴァンは去っていく。それを誰も止められないまま。

 

 そしてヴァンが言い残した、『ローレライの鍵』という伝説にまでなった武具に誰もが頭を真っ白にした。

 

 嵐が過ぎ去った様な感覚から一番最初に抜け出したガイが、小さく皆に問う。

 

 「なぁ、これからどうする?」

 

 「僕は、戦争を止めるために一度ダアトに戻ります。導師の許可なく戦争は起こせませんし、一番早い抑止力になると思うのですが」

 

 「で、でもダアトは総長のお膝元ですよ? もしかしたらまた誘拐とか……」

 

 イオンの案が最も効果が早く出るが、あそこには六神将並び大詠師、ヴァンがいる。行った所であっさりイオンが捕まってしまう可能性も捨てきれない。

 

 アニスも心配そうに声を上げるが、その場の空気としては戦争回避を最優先にしているため、彼女の抵抗の意も空しく散る。それ以上にイオンが引かない。

 

 「アニス、それでも僕は行きます。ヴァンの企みが本当に預言の成就であるのならば、何か行動を起こします。僕も今まで中立と言っていたあのヴァンがいきなり大詠師派の様な発言をしたことに疑問を禁じ得ません。ここは、大きく動いてみるのが手でしょう」

 

 自らを餌として、イオンはダアト行きを強く主張した。

 

 それにその場の者が深く同意し、次の目的地が決まる。その中でアッシュがこのパーティーの大体のリーダーであるジェイドに声を掛けた。

 

 「今のヴァンの行動は俺にも予測不可だ。もうしばらく一緒に行動していいか?」

 

 「えぇ、どうぞ。私としても異論はありません。ですが付いてくるなら覚悟してください。もしかすれば『ルーク』に戻る事を。遅かれ早かれ、一度はバチカルに行くのですから」

 

 おそらく戦争を本当に回避するのであれば、アッシュにはルークを演じて貰う他ない。ルークが死んでいないのであれば本格的に大義名分を失う。

 

 「……分かった覚悟はしておこう」

 

 静かにそう返事をしてアッシュは、一人先に外に出る。

 

 ジェイド達も新たに目的を決めて、ダアトに向かうべくタルタロスの元に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アッシュ達がダアトに向かっている頃、ルーク達ネビリム訪問隊は、観光地であるケテルブルクにて装備や道具の確認をする。

 

 特に心配がない事を確認して、シンクが最後にコートを買って来た。

 

 冬国特有の強烈な寒さから身を守るために必要なのだ。特になぜか教団服が露出度高い女性二名の為にも。

 

 「さて、これで必要な物も揃ったし、行くか!」

 

 「思ったより暖かいです」

 

 「譜銃をどこに装備させるか」

 

 コートを着込んで素直にはしゃぐアリエッタと、武器の装着部分が隠れて素早く取り出せない事に四苦八苦しているリグレット。何と言うか、全てにおいて先ず戦闘を優先させるリグレットは実は、戦闘民族出身なのではないだろうかシンクは考える。

 

 「それでここからどこに向かう訳?」

 

 「取り敢えず、魔物で一度山を越える。そこから徒歩だ」

 

 ルークが地図を取り出し、赤ペンで地図の一部に丸を付ける。

 

 そこが目指す目的地なのだろう。ケテルブルクから行くとすれば大きな山を越えねばならない上に、思ったより遠い。

 

 四人は荷物をまとめて、街の外に出ると、アリエッタが新たに仲間にした寒さに強い鳥型の魔物の背に乗る。

 

 そして雪が降る中、四羽の鳥が大空に向かって羽ばたいた。

 

 冷たい冷気を頬に感じ、アリエッタは驚きの声を上げ、ルークは身を竦める。残り二人は無反応だった。

 

 眼下に広がる白銀の世界に、シンクも小さく感嘆の声を上げる。

 

 誰にも聞こえないが。

 

 視界が悪いなか大型の鳥モンスターは、アリエッタが指示する方向に飛ぶ、だが目的地があともう少しという所で、鳥たちが高度を下げ、不時着するように雪の上に降り立つ。

 

 アリエッタが慌てた様子で何とか言っているが、鳥たちは怯えたように悲鳴のような鳴き声を上げる。

 

 「どうしたアリエッタ? モンスターの様子がおかしいようだが」

 

 「え、えっとね、この子たちこの先にどうしても行きたくないんだって。怖いものが、いるみたいで、その」

 

 「仕方ない。アリエッタのせいではない。気にするな。こうなってしまったんだ徒歩で行くぞ」

 

 アリエッタが口元をぬいぐるみで隠しながら、戸惑っていたがリグレットが頭を撫で、落ち着かせる。

 

 これで空と言う移動手段を無くし、銀世界の真ん中を歩いて目的地に行くしかない。まだ太陽があるうちにたどり着きたいので、モンスターに約束の食べ物を与え、徒歩で出来るだけ早く移動する事にした。

 

 シンクは歩行のし難さに文句を言いながらコンパスと地図と周りの地形をリグレットと確認しながら目的地まで進んでいく。

 

 吹雪く様子は見受けられないが、山の気候は変わりやすい。ルークは心配していたが、特に荒れる事もなく無事に大きな洞窟に付いた。

 

 「はぁー。やっとだぜ」

 

 洞窟の奥には大きな譜陣と扉のような巨大な岩が鎮座していた。

 

 そして二つに裂けた岩の割れ目から感じる、恐ろしい気配にアリエッタは震え、咄嗟にリグレットの背後に隠れる。リグレットはコートを脱ぎ捨て、いつでも戦える状態にし、シンクも見れば同じようにコートを脱ぎ捨て拳を構えた。

 

 ルークは次々と武具たちを譜陣の対応するところに置き、最後の一つ、『魔剣ネビリム』を設置する前に後ろに問いかける。

 

 「準備出来てるか?」

 

 「戦闘準備は出来ているが、勝てる保証までは聞くな。正直自信がない」

 

 リグレットの吐き捨てるような物言いにシンクも頷いた。どうやら本当に勝てる自信がないのだろう。

 

 と言うか挑むこと自体、無謀なのをこの三人は快諾とまではいかないがそれでもついて来てくれた。ルークもその信頼に応えられるよう、ネビリムに対しての説得の言葉は用意してきた。

 

 選択肢として無いのは逃げるくらいか。

 

 ルークは、持っていた剣を譜陣に突き刺す。

 

 それと同時に、譜陣が輝き裂けた岩が内側から強引にこじ開けられる。その規格外の力にシンクは口角をひくつかせ、アリエッタは真っ青な顔で出てきた悪魔とも天使とも見える姿に固唾をのみ、リグレットは優雅な仕草で並べられた武具を一つ一つ手に取る化け物を唇を噛み締めて睨む。

 

 ルークは創世記時代に造られた武器を左手に持ったまま、警戒を怠らず、白髪に血の様な赤い瞳を持つ彼女の第一声を待った。

 

 そして、

 

 「あら、私を起こしたおバカさんは誰かと思えば、ローレライ教団の連中なのね」

 

 シンクやアリエッタ、リグレットの服の所々にある音響の様なマーク。それはローレライの騎士の証でもある。オリジナルネビリムの記憶を受け継ぐレプリカネビリムは、古い記憶の中にあるその紋様に所属を言い当てた。

 

 その反応にリグレットとシンクは、少し困惑した。

 

 最初の生体レプリカ・ネビリムは音素の偏りが酷く、理性を失いモンスターのようだと報告を受けていたが、今の彼女からは知性が窺える。

 

 言葉を使い。武具を手に取り、相手の思惑を探ろうとする姿は、人間だ。

 

 「私を復活させて、一体何が目的かしら? 古代の譜術知識? それとも生体レプリカ情報? 分からないわね。どこぞの馬鹿と違いローレライの連中なら理解できるでしょう? 私を復活させると言うのがどんな意味を持つのか?」

 

 「あぁ、分かってるよ。アンタ復活させたら大勢の人が死ぬかもしれないってくらい。でも長い間アンタは、何も出来ずただ記憶の中に引き籠るくらいだった。そこで知識を学び、知性を獲得し、理性と人格を手に入れる可能性に掛けてアンタに会いに来たんだ」

 

 「なるほど。ただのモンスターでは無くなった私に用があるのね。で、何かしら? 復活させてくれたお礼に特別に殺さないでおくわ。……あっちの二人の上質な第一音素と第六音素は欲しいけど」

 

 ルークの説明に納得して、ネビリムは優しく微笑む。

 

 どうやら戦う意志は無いようだ。だが、ネビリムは第一音素と第六音素を求め多くの譜術士を殺してきたのだ。極端に少ないそれを補うために。彼女が見てきた獲物の中でも今、目の前に居るアリエッタとリグレットは最上級の質を持った譜術士だ。食糧的な感覚で欲しいに違いない。

 

 ニタリと笑うネビリムにアリエッタとリグレットは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。激しく動いてもいないのに二人は、呼吸が乱れた。

 

 六神将に名を連ね、多くの戦場を掛けてきた彼女たちでも耐えられない殺気の量。流石人智を超越した存在だ。

 

 「残念だけど、あの二人は駄目だ。それにネビリムには、ちょっと相談がある。さっくり言うと仲間になんねーか?」

 

 「……本当にさっくりしてるわね。もちろん答えはノーよ。私に有益な事があるようには思えないのだけど?」

 

 「俺らはアンタの産みの親であるジェイドと敵対する。認めて貰いたいんだろ? 自分が偽物もだとか本物だとかそんなんじゃなくて、ネビリムっていう個人として。知性も理性も得たアンタだ。辛いんじゃないか被験者の影に縛られるのは?」

 

 まるで自身の苦悩を募らせた封印の間をずっと見られていたかのようなルークの不気味な発言に、ネビリムは口元を歪める。

 

 だがそれは確かにネビリムが望んだことなのだ。唯一の存在として認められたい。たった一人の存在として確立されたい。

 

 もし、その切望がかなうならば、自身の産みの親であるジェイドに認められること。そう答えを導き出したのは、ネビリムだ。赤毛の少年が言ったジェイドとの敵対。知力では恐らくオリジナルと同等でしかないネビリムがオリジナルを超える方法は暴力のみ。

 

 故になんの遠慮もなくぶつかり合える立場は魅力だ。

 

 それにネビリムの考えに賛同する節を見せるこの青年の案に乗るのもいいだろう。

 

 だがしかし、

 

 「ジェイドと敵対するにしても、それなりに力は必要よね? 貴方達が貧弱なら私はたった一人でジェイドを殺しに行く。腕試しをしてあげるわ」

 

 「え? 結局そうなるの?」

 

 現実は一筋縄でいかない。

 

 譜術に関して天才であるジェイド。その力は一人でも侮れない上に強敵。ネビリムは彼らがジェイドに敵対するに相応しいかをテストすると言っているのだ。

 

 全てが大団円で終わりそうだったのにあっと言う間に立ち込める敵意。格段にその濃度は下がっても重圧に感じてしまう。

 

 そして、ルーク達とネビリムの壮絶な戦いが始まった。





ネビリム先生は出ないとか言っていたがあれは嘘だ!
というネタは置いといて、どうもすいませんでした。

個人的にヴァン先生の無双回(仮)はもうちょっと長くなる予定だったのですが、急遽短くして一話が5000字程度だったのでネビリム先生に出演して頂きました。

ヴァン先生の出演もちょい長くしたかったな……。むしろあのボイスで譜歌が聞きたいです。是非とも歌って下さいお願いします。アニメで一番期待したのに……。きっと譜歌を詠じてあの声で歌ってくれるって。

意外とヴァン先生が大好き。でもこの二次作読んで、私の好きなキャラがばれていない事を願う。
というか、あまり差別したくないので、平等に扱いたい、が人間なので偏っちゃうんだよね。そしてたぶんバレテルンダロウネ……。

…………誰でもいいからアビスで語り合いたい!! 再プレイしながら時々そう思う。


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レプリカの存在意義

 何かを得るためには、何かを差し出さなければならない。知識を得るなら、勉学に費やす時間を。金を得るためには、様々な手段で何かを手放す。

 

 なら、最大戦力を得るためには、何を差し出すのか。それは、おそらく血だろう。

 

 彼女もそれを望んでいるのだから。

 

 「ふふふ。言った通り殺しはしないわ。精々足掻きなさい。そしてどこまで出来るか見せて貰うわ。六神将に名を連ねるのだから、楽しみにしてるわよ」

 

 「頑張れよ。期待されてるみたいだぜ?」

 

 ネビリムからの熱烈な期待に、六神将の誰もが閉口する。上司であるヴァンも人間の領域を飛び越えて自分たちの手の届かない所にいたと思っていた。それを遥かに凌駕する化け物に期待されても、応えられる自信がない。それ以前に、殺されないかが気がかりだ。

 

 彼女は殺さないと言っているけれど、力加減を誤ってうっかり殺されそうである。

 

 「初めて六神将である事を怨んだよ……」

 

 「うぅ、怖いです」

 

 泣き言を言いながらもシンクは拳を握り、前に出る。アリエッタは純粋な後衛なので下がって、いつでも譜術を撃てるように構える。

 

 横に並んできたシンクにルークは、そっと耳打ちした。

 

 「作戦としては、リグレットやアリエッタに譜術をバンバン撃ってもらう。俺たちは囮だ。なるだけ相手の攻撃を食らわないようにしろよ。一発がくそ重たいぞ」

 

 「……嫌になるね。接近戦がまるで通用しないってのは」

 

 「全くって訳じゃないけど、食らったら死ねるからな。出来れば安全に行きたい」

 

 中空を漂う無数の武器を従えたネビリムは、ルーク達の話し合いが終わると、背中の羽らしき物をふわりと広げる。

 

 それは、戦いの合図だった。ネビリムは高速とも言える速さで譜を紡ぎ、術として完成させる。

 

 「サンダーブレード!」

 

 「速いッ!?」

 

 彼我の距離を詰める間もなく放たれる風の上級譜術。第三音素に特化しているシンクでもこの短時間で高火力のサンダーブレードの構築は不可能。故にその異常性に仮面の下で瞠目する。

 

 辺りに紫電をまき散らす雷の剣を避け、ルークとシンクは己が磨いてきた技を放つ。

 

 シンクの両手から繰り出される掌底。それは重たい衝撃破を相手に叩き付け本来なら吹き飛ばす事も可能だが、化け物であるネビリムは、それを受けてもよろめくのみ。

 

 あまりの力の差に絶望すら感じられない。何もかもが可笑しくて笑い出してしまいそうになる。

 

 目の前の化け物が大勢を立て直す寸前、ルークの剣技が舞う。

 

 「雷神剣!」

 

 「くっ!」

 

 瞬迅剣にも似た動作で突き出された剣から迸ったのは、先ほどネビリムが放ったサンダーブレードよりも小さい電撃。小さながら第三音素のFOFを作り出し、ルークはアルバート流の奥義を放つ。

 

 「翔破裂光閃!」

 

 繰り出される連撃。そして強烈な光の本流にネビリムは大きく打ち上げられる。

 

 シンクは、目の前で起こった事に、心が震えた。

 

 自分の打撃など、苦にもしなかった化け物が吹き飛ばされた。本当なら悔しい筈なのに、ルークがやってのけたことに、もしかすればこの化け物に勝てるのではないかと微かな希望が見える。ルークは囮でいいと言った。だが、勝利をより確実にするためには、どうすべきか。シンクはそれを考える。

 

 ならば、する事など決まっている。

 

 誰にも負けないと自負するスピードで相手に反撃を与えない。よろめかせる事しか出来ないが、その拳で相手の隙を作る。

 

 その為にも、着地する地点に先に陣取って迎撃するほかない。

 

 そんなシンクと同じ考えをしていた人物は、既に手を打っていた。

 

 ネビリムが着地する地点。そこに青い輝きが爆発する。

 

 「セイントバブル!」

 

 リグレットの放った水の上級譜術は見事にネビリムを飲み込み、蹂躙する。それに追随する小さな影があった。

 

 「メイルシュトローム!」

 

 声を張り上げ、術を放つのはアリエッタ。

 

 セイントバブルから生まれたFOF変化を使い、ブラッディハウリングは全てを破壊する水塊の渦へと形を変える。

 

 膨大な水の渦が消える直前、緑色の雷光が奔る。

 

 「連撃、行くよ!」

 

 まだ碌に体制を立て直していないネビリムに容赦なく打撃を与えるのは、シンク。

 

 凄まじい速さで蹴り、重たい拳で殴り、それはまさに烈風の名に恥じない嵐のような技。

 

 「疾風雷閃舞! これで止めだ!」

 

 最後に全力を籠めた一撃で殴りつけ、ネビリムは今度こそ弾かれたように吹き飛ぶ。

 

 重ねられた攻撃。反撃を与えないチームプレイ。

 

 だが、時として、それが通用しない相手とは、存在するものである。

 

 ネビリムはまるで、あの嵐の一撃など食らっていないと言わんばかりに立ち上がった。服の埃を払い、受けたダメージを調べる様にして体を動かす。

 

 手を握り、体を伸ばし、時々ちょっと顔を顰め、それから優雅に微笑んで見せた。

 

 「なるほどね。六神将と言われるだけはあるわ。まだまだ伸びしろがある上に、ここまで出来上がってるのだから褒めるべきよね?」

 

 「それにしちゃ、随分元気そうじゃねーか?」

 

 あれだけ攻撃して元気そうにしているネビリムに褒められても何故だが達成感がない。流石のルークも苦笑交じりに尋ねれば、ネビリムはさも当然そうに答える。

 

 「元から力量に差があり過ぎるのよ。もっと強くなれるみたいだし、及第点ね。特に最後の一撃は痛かったわ」

 

 「それじゃ、もう終わりってわけ?」

 

 ネビリムからお墨付きを頂いて、ようやく戦う意味も無くなった。力試しは、これにて終了である。

 

 「えぇ、力量は計らせても貰ったわ。次は、本気で行くわよ」

 

 「……は?」

 

 ネビリムの言葉に誰もが間抜けな声を上げた。

 

 「これだけ好き勝手にして、ただで済むと思ったら大間違い。そうでしょう?」

 

 一方的に攻撃されたことが頭に来たのか、ネビリムは冷笑しながら一本の剣を取る。

 

 彼女の言う事は、尤もなのだが元の力量の差を考えれば、目を瞑ってほしい。戦いを避けるよりも先に、ネビリムから迸る殺気を身に浴びて、戦士であり戦いに身を投じてきたルーク達は、身構えた。

 

 説得よりも戦闘を取った彼らの行動に、ネビリムも嬉しそうに微笑む。

 

 「さぁ、どこまで耐えられるかしら!」

 

 一番近くに居たシンクに、ネビリムは聖剣の一撃を繰り出す。

 

 それは首を狙った軌道で、シンクは否応なく回避を迫られた。峻烈の刃を上半身を逸らして躱す。その時、緑色の髪が数本、宙を舞う。六神将最速の彼でも、完全に避けられなかった事に、誰よりもシンク自身も驚いた。

 

 体制も崩され、対応が取れないシンクをカバーする為ルークは、捨て身の覚悟でネビリムに剣を振る。

 

 ネビリムはシンクから狙いを外し、すぐさまルークの死角を突く剣に反応して見せた。

 

 己と同じ名を持つ剣で相手を弾き、そのまま息もつかせぬ速さでネビリムは舞う。斬撃と言うには華があり、剣舞と例えるには殺伐とした鋭いそれをルークは、時に躱し、時に受け流す。

 

 二人が同時に大きく踏み込み、相手の重い一撃を外側に逸らし、行き違いになる瞬間振り向きざま、ネビリムは槍の長さを生かし、ルークの攻撃範囲の外らか刺突する。ルークは、剣腹で防ぐと今度は弾き返した。

 

 ステップ一つ間違えば、血飛沫が踊る狂気のダンス。それを躊躇なく続けるネビリムとルークの表情は恍惚であった。人の限界に到達した化け物と、記憶を引き継ぎ技術を継承した人外の協奏に、シンクとアリエッタ、そしてリグレットは目を奪われた。

 

 神速の剣筋、人間ではあり得ない膂力。それをルークは、緻密な足運び、無駄のないしなやかな動き、圧倒的な経験と技術だけで対抗する。

 

 身体能力は人のそれでしかないルーク。彼が化け物に食らいつく姿は、恐怖と同時に、身体を震わせる希望を六神将の面々に与えた。

 

 だが、武器の手数で負けるルークは、段々と劣勢に回る。

 

 少し距離を置こうとすればすぐさま槍が薙ぎ、踏み込もうとすれば細腕からは想像も出来ない怪力で押し返され無理をして入り込もうとした瞬間、首を狙う一撃が襲う。

 

 仕切り直しにルークが大きく距離を取ったのを見計らい、ネビリムは狙いを定めるのと弓を引き絞る行為を同時に終了させ、人智では想像も出来ない正確さと速さで矢がルークに向かって飛翔した。

 

 あまりの非常識さに、あの洗練された動きを見せたルークの動きもワンテンポ遅れる。二秒にも満たない時間の中でルークは、血が全て凍るような絶対的な絶望が自身を貫くことが予想できた。それも容易に避けられない腹を。

 

 ルークには、矢が遅く感じられたがそれ以上に遅い自分の体に不思議と苛立ちを覚えなかった。本能が危ないと警鐘しながら、それでも穏やかな時間だった。一瞬にも永遠にも感じられた世界を動かしたのは、六本の聖なる槍。

 

 「そんな!?」

 

 ネビリムにとって最大の好機を阻んだのは、

 

 「アリエッタ! 私は前に出る。貴女は全力で譜術を!!」

 

 リグレットが放ったホーリーランスだった。ルークとネビリムの狂喜の宴に、見惚れ撃つ事を忘れていた故に起きた奇跡の賜物。戦士として褒められたものではないが、怪我の功名と言う訳だ。

 

 ネビリムの驚異的な身体能力をルークとシンクだけでは抑えるのは不可能だと判断し、譜銃を引き抜くとリグレットは危険を承知で距離を詰める。

 

 「シンク!」

 

 「分かってるよ!!」

 

 正気を取り戻したシンクは、ルークとは違う方向から攻める。

 

 敵味方入り混じる戦場で、リグレットの援護射撃は困難を極めるが、彼女は針の穴に糸を通すように敵だけを射ぬいてみせた。

 

 いや、正確に言うならシンクを狙って振るわれたネビリムの槍を撃ち抜き、軌道を逸らした。

 

 思わぬ横やりに防衛ラインを突破され、シンクの拳がネビリムの肩口を打つ。そこから深追いをせず、あっという間に戦線から離脱。リグレットはシンクを追撃させないよう、弾丸を撃ち込む。

 

 そして入れ替わるようにルークが積極的に攻める。

 

 何度もアルバート流の奥義を放ち、相手の牙城を切り崩す。

 

 「ブラッディハウリング!」

 

 アリエッタの上級譜術は、吹き上がる咆哮の如く、ネビリムを飲み込み、戦闘中最大のダメージを与える。

 

 そして発生したFOFを逃さず、ルークとシンクが拳を振り上げた。

 

 「烈震天衝ッ!」

 

 「昴龍礫破ッ!」

 

 両者、天を貫く勢いでネビリムを打ち上げる。

 

 地の属性を纏ったルークのアッパーカットで土塊が吹き飛び、シンクの周りの土を巻き上げ打ち上げる拳が更に強化された。空中で逃げ場のないネビリムは、聖杖を握り迎え撃つ。

 

 「バニシングソロゥ!」

 

 音素を纏った拳と衝撃破のぶつかり合いは、お互いを吹き飛ばす結果になった。

 

 シンクは、受け身を取る暇なく地面に叩き付けられ、ネビリムは飾りに見えた翼で空中でバランスを取ってから危なげなく地に降り立つ。

 

 その光景を見ながら、せき込みつつシンクは毒を吐く。

 

 「くっそ、ゲホッ! こっちはそんな便利なのもってないのに……」

 

 「一旦下がれ。呼吸を整えてから来なさい。それまでの時間稼ぎくらいなら私にも出来る」

 

 無理に起き上がるシンクの背を支えつつリグレットは、交代を勧める。

 

 確かに今のシンクが前に出ても際立つ働きは出来ないだろう。地面に叩き付けられた影響で、まだ足が震えているのがその証拠でもある。

 

 意地を張って勝てる相手でもないのは、十分承知しているシンクは大人しくリグレットの提案に従い後ろに下がった。

 

 純粋な前衛が居なくなったことにルークも一抹の不安を感じる。理由は、あれだけ連携してダメージを与えたネビリムは未だに元気そうであること。しかもそれが痩せ我慢の類ではなく、本当に何ともなさそうである。三人がかりで漸く足止めとして安定した物を見せていたが、ここから一気に流れが変わるだろう。

 

 自身の自慢の剣術でもネビリムの防御を完全に砕く事が出来ない事実に、ルークは勝機が遠のいていくように感じる。

 

 いい加減、ルークも息が上がってきた。長期戦になればなるほど、不利になるのは言うまでもない。

 

 決め手に欠ける状況に、終止符を打ったのはネビリムだった。

 

 「一人くらい、落とせると思ったのだけれどやるじゃない坊や。今日はこれまでにしましょう?」

 

 空中に浮かべていた武具を降ろし、戦闘態勢を崩す。

 

 重苦しい敵意も消え去り、誰もが息を大きく吐いて安堵の表情を浮かべた。

 

 そして、ネビリムはルークに手を差し出す。握手を求めて出された手に、ルークも握り返した。

 

 「よろしく、名前は何かしら?」

 

 「そういや、まだ名乗ってなかったけ? ルークだ」

 

 彼の名前にネビリムの記憶から知識が溢れだした。

 

 オリジナルがまだ教団に居た頃、その名を預言の一節で見た覚えがある。

 

 アクゼリュス崩落の原因であり、世界を変え得る不確定要素だと前導師エベノスと話し合い、会ってみたいものだとオリジナルは思った。それが目の前の人物だと理解するのに、時間は掛からなかった。

 

 「聖なる焔の光、ね。随分と素敵な名前じゃない」

 

 「あぁ、本物から奪った名前だけど気に入ってんだ」

 

 更に、ルークの返答で彼が一体どう言った生を受けたのか、分かった。

 

 同じ存在、レプリカなのだと。同じくオリジナルの名を奪ったに等しい彼女にしか通じない、堂々とした宣言。例え、名を奪ったとしても、オリジナルとは違うのだいう想いの現れ。

 

 自身の存在意義を見つけたレプリカ。ネビリムはつい、ルークが羨ましく思えた。中途半端な答えしか見つかっていない自分とは大きく違うのだから。

 

 「……どうして貴方が私を目覚めさせたのか、分かった気がしたわ」

 

 「なら、仲良くしてくれよ? これからそれなりの間、一緒に行動するんだからな」

 

 手を放して、ルークは不敵に笑う。

 

 「歓迎するぜ『ネビリム』。ようこそ大魔王ローレライとその一団に」

 

 「歓迎されるわ『ルーク』。それにしても売れないサーカス団みたいな名前ね?」

 

 ネビリムの意地の悪い発言に、ルークは正式名所が決まってないのだと簡潔に告げ、そして疲弊している六神将の所まで行くと、手を鳴らしながら立つのを催促させた。

 

 「よし! それじゃ本初の予定通り、フェレス島に行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー、疲れた……」

 

 シンクは、ベッドに倒れこむとそう言って仮面を取る。夕食も食べ、フェレス島に建てられた建物内の部屋を私室にしているので、ここでアリエッタに顔を見られる心配はない。それに既に夜も遅く、アリエッタは深い眠りについているだろう。それこそ夢もみないような深い眠りに違いない。

 

 ただ、シンクの疲労は戦闘だけではないのだ。

 

 元より六神将並びにヴァンは、予定より早く失踪する事がルークの作戦の一つにもなっていた。突然の失踪でローレライ教団を混乱させ、教団の能力を早期低下させる。すると導師イオンが教団のトップに立てる可能性を多く出来るのと、六神将たちの謎の失踪、そして魔王ローレライの部下として急に登場することで憶測を蔓延させるのだ。

 

 ローレライに操られているのだと。

 

 勿論、ディストも今日、このフェレス島に来ていたのだ。既に島を後にしたが。

 

 その理由としては、オリジナルの記憶を継ぐレプリカネビリムが、オリジナルの代替品になる事を拒否し、到底納得出来ないディストと、ネビリムの意志を蔑ろにしたことに怒ったルークと対立したのだ。

 

 元よりディストは、レプリカ研究の為に教団に入り六神将になったのだ。レプリカ関連の事を推し進めないルークの作戦にあのエリマキトカゲが付き合うはずがない。あの男が一番利己的で、尚且つこうして裏切るのも予定通り。

 

 だがディストの憤慨ぶりを思い出して、案外本気だったのではとシンクは思う。

 

 結果、事は荒れに大荒れしてシンクとリグレットは後処理や中間管理職などに神経を費やし心身ともに既にボロボロである。

 

 ただ、最後まで平行線を辿るルークとディストの言葉のぶつけ合いの光景を、あのネビリムがただ黙って静観していたことにシンクは今でも不思議だった。

 

 一番最初に怒りだして手が付けられないんじゃないかと内心、穏やかではなかったがネビリムは特別何もしなかった。ただ、悲しそうに寂しそうに目を伏せていた。

 

 彼女の表情が何度もフラッシュバックして、どうにも寝付けないシンクは、仮面を付けないでそのまま水を飲みに行く。

 

 一階にあるキッチンに向かうと、そこにはどっからか引っ張り出したアルコール度数の高い酒を煽るネビリムがいた。

 

 「なにやってんの?」

 

 「あら、小さい坊やじゃない。お酒を飲んでたのよ」

 

 真夜中に酒を飲む女は、少しばかり顔が赤い。程よく酔いが回ってるのだろうか、無言でシンクに相席を促す。

 

 シンクとしては、ちょっと水を飲む程度で済ませるつもりだったが、ネビリムが酒を割る為に冷えた水を取り出していたので、拒否権は無かった。

 

 向かいのソファにシンクは、腰を沈め空いていたグラスに水を注ぐ。

 

 「美味しいのそれ?」

 

 「うーん。アルコールは基本毒だから美味しい筈はないわね。でも人間、特に大人なんかは、逆にそう言ったものが好きになる傾向が強いの。何故かしらね?」

 

 「知らないよ。て言うか、用があったから座らせたんじゃないの?」

 

 案にしゃべる事がないならもう行くと言うシンクに、ネビリムは、若いのにせっかちね、と呟く。

 

 「そうね。聞けば貴方もレプリカらしいじゃない?」

 

 「そうだけど。言っとくけど傷のなめ合いは趣味じゃないから」

 

 「心配しなくても私も同じよ。ただ、レプリカなら誰もが通る疑問、そして答え。貴方はまだ、自分が何なのか分かっていなさそうだからちょっと気になって」

 

 「なに、アンタもレプリカは何者にでもなれるって妄言を信じているの?」

 

 シンクの馬鹿にしたような発言にネビリムは、笑顔で頷いた。

 

 「少なくとも、そう信じてる。だって貴方もオリジナルではないでしょう? 真似しようとも、必ずどこかで綻びが出る。だから同一人物になんてなれない。故に、私たちレプリカという存在はどうしても惑うのよ。自分は何者なのか、自分は何なのか、何のために生まれ、存在理由は何なのか。普通の人間が抱かない疑問と痛みを背負って私たちはここにいるわ」

 

 最後に、グラスの中にあった酒を煽り、ネビリムはため息をつく。

 

 喉を過ぎていく冷たい酒は、最終的に熱を体に孕ませる。そんな熱に浮かされたのか、ネビリムの表情はどこかぼんやりとして、小さく苦笑した。

 

 「でもね、こんなことを言っても、私はちゃんとした答えを得たわけじゃないわ。今日、サフィールが言っていたことを聞いて、そう実感した。彼は、私にオリジナルに成ってほしい。いいえ、成らなければ生きている意味がない。そんな風に言われて、揺らいだの。こんな形でも、私を必要としている。それが歪んでいようがちょっと嬉しかった」

 

 彼女の辛そうな微笑みを見て、シンクはなにも言えなかった。

 

 存在意義や生きる事について考える事を放棄し、全人類を滅ぼすことだけを考えてきたシンクには、ネビリムの葛藤や、複雑な感情が全く分からない。駒ではなく、人形ではなく、出来損ないでもなく、ただ『人』として必要とされたのに、なぜ受け入れないのか。例えそれが誰かの代替品でも、火山の火口から突き落とされる経験に比べれば、いいのではないだろうか。

 

 きっとそれが答えを見つけたレプリカの考え方のだろうとシンクは思い至る。

 

 なぜなら時々、ネビリムとルークは重なって見えるからだ。どちらも己の存在やあり方に苦悩し、例え自身がオリジナルの変わりではないと答えを見つけても、必ずレプリカという現実に傷つけられ、それでも進んでいく。痛みの伴わない人生などない。だが、死ぬまで付いてくる痛みをどう和らげるかを、二人はそれを必死になって探しているようにシンクには見えた。

 

 つい、尋ねてみたくなった。答えを全く持ち合わせていないシンクは、自分にないものが何なのか知りたくて。

 

 「それで、アンタはオリジナルの代替品になるの?」

 

 「ならないわよ。無理に決まってるじゃない」

 

 そこだけは、呆気にとられるほど明るい声でネビリムは言った。

 

 そして、でも、と続く声はどことなく沈んでいた。

 

 「一瞬でもそんな人生でもいいかなって逃げそうになったのは、認めるわ。自分が偽物である苦痛を無視できる場所に行けたらって思ったの。でもね、オリジナルの記憶をずっと見返してきて、欲が出ちゃった。私も認めて貰いたい。私も私といて生きたいって。だからジェイドに認めさせる。私は、レプリカでもオリジナルじゃない存在なんだって」

 

 「……僕には、まだ分からないや」

 

 「いいのよそれで。答えなんていっぱいあって、好きに選べるんだから。私は、誰でもない私だって答えも多くの選択肢の中から選んだのよ」

 

 そんな生き様があるのか、素直にシンクはそう思えた。

 

 そんな風に生きられたらいい。自分もそうありたい。身近にいる二人のレプリカの影響か分からないが、シンクの中に小さな欲が生まれたのは、確かな事だった。まだ芽吹かないが、漸く種が見つかった。それがどんな花を咲かせるかまだ誰も予想できない。不確定という名の可能性が今まで空虚だったシンクの中に出来上がったことを、本人よりもネビリムは察知して、今度は気色ばんだ。

 

 意外とコロコロ変わる彼女の表情にシンクも呆れたようにため息を付く。

 

 「絶対に酔っぱらってるでしょう?」

 

 「あら、バレた? 結構きてるのよね。でも、笑い出しそうなのを堪えてるんだからまだ意識はあるのよ」

 

 「どっちも一緒だよ。それじゃもう寝るからほどほどに」

 

 「はぁい。お休みなさい『シンク』」

 

 初めて呼ばれた名前に、心臓が跳ねたのをシンクは無視して逃げる様に自分の部屋に向かう。その後ろ姿を可愛いと思いながらネビリムは見送った。

 

 それからまた、少々酒を煽り、ふと表情が暗くなる。酔っているせいかい感情の振れ幅が異常なほど大きい。

 

 ネビリムが思案する原因は、自分をこの組織に勧誘したルークについてだ。

 

 彼女から見て、ルークの存在は、自分よりも奇妙である。数多の自分の記憶を伝承し、その全てが同じ道を辿らなかったルークの精神。恐らく自分自身であるからこそ、記憶と同時に感情も継承する彼が垣間見せる狂気は、現代の化け物からしても恐怖を禁じ得ない。

 

 彼は、自分を定義する際、どうしても他の自分の記憶が邪魔をする。何をしても誰かの記憶の足跡を踏みしめてしまう。そうなると、自分とはなんなんだろうかと思うのが恐らく感情ある者の定めだ。

 

 それに則るなら彼の苦痛は計り知れない。瞬間的にどこかのルークに偏ったり、成ってしまったり。そんな状態ではいつか精神が崩壊し、本当に狂人になってしまう事がネビリムには容易に想像できた。

 

 まるで今のルークは白いキャンパスだ。

 

 時にそこに落とされる様々な色を鮮やかに見せ、そして思い出したかのように白の絵の具で塗り潰す。だがいくら白で上塗りしても、元の白いキャンパスには戻らない。そして何より、白い絵の具がいったいどれくらいあるのか誰にも分からない。突然無くなってしまう事もあるだろう。

 

 その時がルークとしての最後だ。

 

 そうなってしまう前に、強固な自分と言う存在定義を見つけられたらとネビリムは願う。

 

 





タグにもあるようにちょっと晒し中です。

 晒した先で感想を書いてくださった皆様、有難うございます。
 中には大変、勉強になる感想や、私の至らない点など改善に向けて役立つ物も多くありました。
 今後の課題としては、文章自体に大きな変化を加えるのではなく、ちょっとした心情描写を取り入れたり場面変更を、もう少し自然流れにしていきます。

 それに加えて大変失礼かと思いますが、皆様にも何か気づきがあったら感想に気軽でいいので載せて下さい。出来れば、戦闘描写と恋愛面に関して、非常に自身が無いのです。正直、戦闘なんてマンガ見てアニメ見て小説読んで、たぶんという憶測でしか書いてないので。こんなことなら剣道か柔道でも習っておけばよかったと思いながら、某笑顔動画の戦闘シーン解説を5、6回見てたりしています。それでも納得できない出来です。

 恋愛面に関しても、どういった部分に人が惹かれるのか正直、分かりません。
 特にリグレット教官、なぜそうなった。これは、特別な例なのか、それとも何なのか。アッシュとナタリアもこれは、恋愛や愛、というよりも過去への妄執なのでは? と無粋な事を思ったりしてしまう感性なので、健全な愛を感知する能力が大きく欠落していると言っても過言ではないです。

 唯一まともに理解出来たのルークとティアだけだよ! あぁ、これは愛だって思えたのこの二人だけって。あ、あとはフリングスとセシルくらいかな。フリングスさんは、まぁ、途中退場して始まる前に終わったけど。アビスは恋愛フラグ建てたり建ってたら死亡フラグと直結している。主に男性陣。どうしてこうなった。




 ベヨネッタ映画化&長編アニメ化決定!!

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 と言う訳で、お金貯めよー


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世界の隅っこで

 ネビリムを無事に引き入れ、ヴァンがフェレス島に到着して三日。世界には小さな、しかし巨大な事件と言う波紋が広がり始めていた。

 

 神託の盾(オラクル)騎士団の主席総長とその部下である六神将が全員、行方知れずになった。

 

 この事件は、混乱を最小限に抑えるため、本当に耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな話題。この対応を見る限り、イオンが頑張って事の鎮静化に力を入れているようだ。

 

 ラルゴは大詠師モースをバチカルに送り届けた後、行方をくらます為に砂漠にいるそうだ。シンクとアリエッタで今日中に迎えに行ってもうらう。その間、ルーク達大人組は、具体的な行動を決めていく。

 

 故に、ルーク、ヴァンにネビリムとリグレットの四人がフェレス島に建てられた建物の談話室で膨大な資料と譜術の理論一式を片手に話し合っていた。

 

 「あら、懐かしい術ね。結構古い奴じゃない」

 

 「六神将の戦闘力強化の為にも記憶の中にある譜術一式書き出したんだよ。おかげで二日間有意義に使えたぜ」

 

 先ずは、六神将の戦闘力の強化について具体的な話し合いになったが、資料を三人に読んでもらっているとネビリムが紙に書かれた譜を見てどんな術か理解したらしい。流石あの天才・ジェイドの師。譜術に関して彼女の知識は海の如く広く深いようだ。

 

 禁譜と指定されている譜術を知っている所を見ると昔、ダアトに居た頃にでも学んだのだろう。

 

 「ふむ。全体的な強化の為に多様に術も習得させる算段か。私の強化は既にこのローレライの鍵で殆ど終わっているようにも思えるのだが?」

 

 ルークが提示した資料に目を通し、ヴァンは自身がすることの少なさに些か拍子抜けしていた。

 

 その事に関してはルークも同意し、何をさせるか思い悩む。

 

 「そうだな。元から半分くらい人間やめてるヴァンに特訓させるって言ったら、譜歌くらいだったけど鍵のお蔭でその心配も無いし、剣術を磨くか」

 

 「ほぉ、剣の師である私にそれを言うか。いいだろう。お前と手合せするのも一興だな」

 

 譜術もさることながら剣術にも秀でたヴァンに後は、何を求めるかと言えば、その剣術を更に高めることくらいか。

 

 剣で張り合える者が長らく近くに居なかったヴァンは、ルークの挑戦状を不敵な笑みで受け取る。だがそこに慢心は無い。ヴァンの中で既にルークと言う存在は、全力を出すに値する者として認識されていた。

 

 二人が異論はないと言う中で、リグレットだけが難色を示す。

 

 「済まないがルーク、私が回復用の譜術を習得する意味はあるのか? 正直アリエッタに任せておけば問題は無いと思うが」

 

 「アリエッタ一人で全員の面倒を見るのってのは無理だろ。ヴァンの第四譜歌よりも事と場合によっては、リグレットが習得した方が効率がいい時もきっとあるし、リグレットは中距離っていう微妙な場所でよくフォローしてるだろ? 戦場全体を一番見てる奴だし、状況判断もそれに対する対応もずば抜けてると思う。回復を習得してもらえば前衛の俺らも気兼ねなく戦えるしな。どうにか出来ないか?」

 

 回復譜術を習得するにしても特にデメリットがない事を指摘され、リグレットは私情を押し殺して頷いた。世界を預言(スコア)から脱却させる戦いである事を思い返し、彼女は自ら折れた。

 

 その小さな感情の揺れを感じ取ったルークだが、ここは無理に尋ねず、今はそっとしておくことを選ぶ。

 

 「で、リグレットには回復と新しい譜術を覚えて貰う。ヴァンとラルゴは接近戦を更に強化。シンクは体術を強化したり、ダアト式譜術なんかをもっと自由に使える様にしたいな。アリエッタは補助と譜術の習得だな。それで、世界に宣戦布告する前にセフィロトを安定させたいんだ。アクゼリュス崩落で更に不安定になったあれの様子も見ておきたいし」

 

 アルバート式封呪がアクゼリュスのセフィロト消滅により消え、もうセフィロトを操作出来るはず。故に今、少しずつ不調をきたしているであろうセフィロトを調整しなければならない。それが出来るとしたら、ローレライの鍵の効果でユリア式封呪を無視して操作できるルークか、正当な方法で操作できるヴァンのどちらかだ。

 

 まだアッシュ達が地盤沈下を知らないでいる今が事を静かに運べる。ラルゴたちが帰ってくる前にどうやら行動をしなければならないようだ。

 

 「あとは、ある程度セフィロトを落ち着かせたら世界の状況を見ながら宣戦開始だ。もちろんそん時は俺は、キムラスカに行く」

 

 「ローレライの忠実な僕としての配下が必要だろう? 私もその時は同行しよう」

 

 「そうだな。そっちの方が効果的だし、キムラスカ行は俺とヴァンで、六神将の面々とかはマルクトにでもお願いしようかな」

 

 世界を預言通り滅亡させる魔王の一団。それを印象付けるために、彼らの出る幕は平和になりそうな兆しが見え、預言から大きく離れた瞬間ではならない。

 

 盛大に登場するタイミングを間違えば、ただの阿保だとも思われかねないが、ルークが持つ超振動の力と預言に匹敵する未来予測。この二つが揃えば、おそらく人類の九割は騙されるだろう。ローレライが星の記憶が人を本当に滅ぼすと。そうなれば預言廃絶の為に世界はひっくり返したかのように激変する。

 

 世界を変化させるのは英雄だが、世界を混沌に導くのは魔王の務め。ルークはそれに準じるために英雄たちが世界をよりよく変えやすいように地均しをする。

 

 そのマリオネットとも言える彼の生き様を、誰も咎めず、誰も何も言わない。これは、自分が気づいて自分で道を修復しなければ意味がないのだから。多くのルークが夢見た星の記憶に勝つための贄として散るのは、間違いであると。

 

 そんな重たい空気に唯一気づき事無く、ルークは立ち上がる。

 

 「それじゃ、保険としてヴァン来てくれ。鍵だけじゃセフィロトが起動しない可能性もあるし」

 

 「私もセフィロトに行きたいわ。二千年前の譜業の集大成でしょう? 専門じゃなくてもすごく気になる訳だし。前導師エベノスはケチで封呪解いてくれなかったんだから」

 

 頬を小さく膨らませ誘ってくれなかったことを抗議するネビリムに謝りつつ、ルークは剣を腰に差す。

 

 「じゃ、行ってくる。留守番頼んだぞリグレット。あとちゃんと修行しとけよ。帰ってきたら俺かネビリムからの抜き打ち検査な」

 

 「宣言してしまえば抜き打ちではないと思うが、まぁいい。閣下、行ってらっしゃいませ」

 

 ヴァンに敬礼をして、ネビリムに頭を下げるリグレットは、ルークにだけ冷めた目でさっさと行けと言っていた。

 

 分かっている事だが、あまりの対応の違いにルークも唇を尖らせて文句の一つくらい言う。

 

 「なんだよ。俺だけなんか辛辣じゃねえの? 俺が何かしたのかよ?」

 

 「そうだな。お前が居なければ、元のレプリカ計画が進められる。疫病神とまでは言わんが、六神将に歓迎されていないのは、覚悟していたのではないのか?」

 

 尤もなリグレットの言葉にルークもぐうの音が出ない。

 

 リグレットが最近ちょっとルークに風当たりを弱くしていたのは、アリエッタの蟠りを消化した礼であって彼の作戦を受け入れた訳ではない。レプリカ計画の要であるヴァンもルークの作戦が狂えばレプリカ計画に移行すると公言しているし、リグレットにとってルークと言う存在は歓迎できないイレギュラーだ。

 

 だが、ルークのどこか捨てられた子犬のような目を見て、リグレットは最後にふっと笑って見せる。

 

 「お前が本当に世界を預言から脱却したいと思うなら、きちんと帰って来い。それが、責任と言う奴だ」

 

 「お、おう。時間が掛かっても半月くらいで帰って来るから、まぁ他の奴によろしく」

 

 突然の優しい言葉に戸惑いながらも、ルークは頷くとリグレットに手を振って別れを告げる。

 

 それにリグレットも応え小さく手を振る。ルーク達がそれぞれ鳥形の魔物の背に乗り、大空へ消えていく。後ろ姿が小さな点になるまで見送ると、リグレットは永遠の蒼に向かって大きくため息を付いた。

 

 「はぁ、全く大人げない事をしたものね」

 

 それは、ルークに辛辣な事を言った自分を罵る言葉であった。

 

 第七音素の行使という古傷を抉られて知らず知らずのうちに彼女は苛立っていた。その苛立ちは、リグレットに第七音素の行使を勧めてきたルークに、当然の如く向けられる。

 

 今思えば、なんと下らない事だろう。誰にも言わなかった苦悩をルークが知る筈もない。もし、数多の記憶の影響で知っていたとしても、責める理由にすらならない。心で理解しながら、感情がついていかなかった。

 

 最後まで謝罪が出来なかった事を苦に思いながら、リグレットはルークの帰りを待つことにした。そして彼が帰ってきたら謝ろうと決意する。

 

 長くとも半月。三十日などあっという間に過ぎて行くものだ。そう、言い聞かせながら彼女は建物に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海の藍と空の蒼が交わる境界線の中に三羽の大型の鳥がそれぞれの背中に人を乗せながら、飛んでいた。どこまで行っても青と申し訳程度の雲の白。遠近感が狂い視覚的には遅く感じるものの、体に叩き付けてくる強い風がそれなりの速度で飛行しているのを教えてくれた。

 

 どこまでも澄んだ美しい景観だが、ルークの表情は目の前のそれに奪われるのではなく、どこか心ここに在らずと言った感じでぼんやりと考え事をしていた。

 

 そんなルークに気が付いたのか、初めて見る光景に目を輝かせていたネビリムは、小首を傾げながら問う。

 

 「一体どうしたの? なんだか上の空って感じよ?」

 

 「あぁ、いや。ちょっと気になる事があって。なぁヴァン、どうしてリグレットは回復役になるのを嫌がったんだ? 効率を一番に重視するリグレットなら特に反対する理由なんて無かったはずだけど。それにあの後すげぇ不機嫌だったし……」

 

 いい加減一人で考え込んでも答えが出ないと思い、ルークはこの疑問を解決してくれそうなヴァンに尋ねると、ヴァンの方が不思議そうに聞き返してきた。

 

 「数多の世界の記憶があるお前ならば、知っているのではないのか?」

 

 鋭い指摘にルークは苦しそうに小さく呻く。

 

 そして、言い難そうに答えを吐き出した。

 

 「……俺の継承している記憶の中で、リグレットがこうして生きている確率ってのは、実は一割も無いくらいなんだ。アイツはさ、ほとんどの記憶の中では三年前のケセドニア北部戦に参加して、弟の代わりに死んでるんだよ」

 

 ルークの声は風の悲鳴に攫われる事無く、不思議とヴァンとネビリム両者の耳に届き、空気を凍結させた。今いる仲間が、もしかすれば全く別の人物だったかもしれない可能性の方が大きいと言われ、平常を崩されたのだ。

 

 何も言えなくなった二人の疑問を埋める様にして、ルークの声は続きを紡ぐ。

 

 「ほとんど弟のマルセルって奴の記憶の中にしかアイツは存在しなかった。ケセドニア北部戦が始まるちょっと前の頃、リグレットは、神託の盾(オラクル)騎士団の階級持ち兵士で、マルセルが新米兵士のパターンが一番多い。この辺は、幾らかバラつきがある。預言に詠まれた『オスロ―の名を継ぐ銃士』が貿易の街より北の戦いに向かって戦死するって内容があってリグレットに白羽の矢が立ったみたいだな。名前じゃなくて苗字で指名されたんだから上はどっちを戦争に出して捨て駒にするか相当迷ったってマルセルが言ってた」

 

 息が詰まりそうな中、ルークはヴァンに振り向く。

 

 「なぁ、この世界のリグレットってどうしてケセドニア北部戦を免れたんだ? 俺が知りうる限りリグレットが参戦してマルセルが六神将になる未来が圧倒的に多い。しかもリグレットが生きている世界は、ほとんど俺とリグレットは敵だった。俺は、アイツの事を間接的にしか知らないんだ」

 

 「なるほど。この世界はお前にとってもレアケースと言う訳か。……私が勝手に言っていいのか分からんが、今回リグレットの地雷を踏んだ理由については教えておこう。無意識に彼女の傷を抉られると、壊れかねんからな」

 

 ヴァンは不吉な事を言って、目を伏せて語りだす。

 

 思えばヴァンとリグレットの関係とは、一歩間違えば殺伐として血に濡れたそれなのだから、こうしてリグレットが部下として収まっているのも奇跡に近い確率なのかもしれない。

 

 「彼女は、神託の盾(オラクル)の騎士であったが、同時に第七音素の使い手で時にダアトが信仰者で溢れかえった時は、臨時として預言者(スコアラー)の役目も兼任していた。もちろん騎士の仕事を優先していたがな。そんな時、ダアトの上層部の人間が彼女の才能を見抜いたのだ。そこらの預言者の預言など曖昧で紐解くもの一苦労だと言うのに、彼女の預言は的確で詠み易く、ユリアとまでいかないが導師に匹敵するものだった」

 

 ヴァンの口から語られる新たな真実にルークは、目を見開く。ネビリムは、驚いてもいたが同時に興味深そうに目を細め、次の言葉を待つ。

 

 「そして勧誘が来たのだ。教団の預言者にならないか、と。噂では一蹴して断ったそうだ。まぁ、そんな逸材だ教団も中々諦めない上に、噂を聞きつけた彼女の知り合い友人は、彼女に預言を呼んでほしいと詰めかけ一部の人間には渋々詠んでいたそうだ」

 

 預言に盲目なダアトの住民だ。跳ね除けても執着に頼んでくる人に折れてしまったのだろう。ユリア以外の預言は、曖昧で読み解くのも難解であるなか、リグレットが詠む預言は遥かに優れているのだからより自分の未来を知りたい人間は、彼女を祭り上げたのだろう。

 

 その時、彼女がどうだったのか分からないが、心中を想像すると、さぞ地獄に近い状態だったのだろう。優先したい騎士の職を後回しにしなければならない状況は、周りからとても浮いていたと思う。きっとやっかみも嫉妬もあった。もっと酷ければ虐められていたのではないだろうか。

 

 リグレットの過去を想像しただけで、ルークは心が辛くなる。

 

 「その中、ついに晩御飯のメニューを決めるにしても彼女の預言に頼る人まで出てきた」

 

 「ぁ……」

 

 一番ルークの心に痛みを突き付けてきた言葉だった。

 

 ヴァンの言葉でルークの中にある記憶が溢れ出てきた。

 

 この言葉を最初に言ったのは、リグレットの憂うような、痛みを無視するような冷めた声だった。誰もが預言に頼りその通りに生きる。そのことに全く疑問に思わない人に、預言の通りに生きる方が良いと言う大衆に、絶望し見捨てた彼女の想いは、とても軽々しいものではなかった。

 

 実際に経験したものだったのだ。

 

 「だがその熱も、預言と弟が死ぬと分かっていながら送り出した私を怨むようになって、本気で預言を詠まなくなった彼女の周りからさざ波の如く引いていった。私の副官としての仕事が忙しいとは、分かっていたが休日の日ですら取り合わなくなり、人が変わったかのように冷たく接するリグレットを見限ったのだろう。元々彼女の詠む預言を目当てに寄って来た奴らだ。預言を詠まない彼女と接する必要もない」

 

 それからヴァンは少々視線を逸らしながら、締めくくる。

 

 「周りから信仰する人間が消えた彼女に残されたのは、人々の浅ましい嫉妬と侮蔑、負の念だけだった。預言のあり方に否定的な態度を取ったり、いきなり私の副官として抜擢されたり、一部の人間だけに預言を詠んできたのが災いを呼んだのだろう。彼女が孤立し、言われも無い誹謗中傷に晒されたのは直ぐの事だった。リグレットはそれに苦しんでいた。その心の隙に付け込んで、今の様な関係になった私が言えた義理ではないが彼女の人生が狂ったのは、預言ひいては第七音素が原因だ。彼女自身もそう思っているのだろう。あの時以来、彼女が第七音素を行使する事はなかった」

 

 ヴァンがリグレットの過去の一遍を語り終えると、声を発することも出来ない静寂に包まれた。

 

 これがリグレットが第七音素を行使するのに露骨な嫌そうな表情をした要因であり触れられたくない原因である。ルークは、何も知らないでリグレットに第七音素の行使を求めたのは、酷だったと思い、小さく後悔の念を口にする。

 

 「帰ってきたら回復役に付いて撤回しようかな……」

 

 「いや、止めておけ。お前が急に撤回したら、聡いリグレットの事だきっと私が話したと感づくだろう。そうするとリグレットは以外に意地っ張りだからな、お前の提案を突っぱねて意地でも回復役に回るだろうさ」

 

 容易にその姿が想像できてルークはどうやってリグレットに回復役の撤回を言い出すか思い悩んだ。

 

 様々な方法を仮想して想定して、推し進めて行けど、待っていたのは同じ答えだった。必ずリグレットは回復役としての役を果たす。責任感と意地っ張りが組み合わさると手が付けられなくなるいいお手本例だ。

 

 また一つルークには頭痛の種が出来た。嬉しくもない種だ。これが幸せの花を付けるとは、到底思えない。澄み切った青空の下、ルークの心は曇り空。大きくため息を付いて、気持ちを整理しようとすると、ネビリムがルークの見ている違う角度で提案をする。

 

 「別に彼女に第七音素を使わせてもいいんじゃないかしら?」

 

 「でも、使いたくもないのを使わせるのって酷じゃね?」

 

 あくまで端的に言うネビリムにルークは不安そうな声を上げる。だが、伊達に幼少の頃のジェイドの師をしていた訳ではない。彼女の問題児教育スキルは、恐らく世界最高だろう。

 

 その彼女が、リグレットの精神状況を分析しながら言う。

 

 「あの子が頑なに拒否しているなら致し方ない部分もあるけれど、妥協して第七音素を使うなら、光明はある筈よ。妥協でも第七音素を使うという事は、彼女も心の何処かで決着を付けたいと思ってるはず。確かに使うのは嫌でしょうけど、このままじゃいけないと考えてるなら、彼女が回復だけでも使ってもいいって思える様にするのよ。簡単に言えば、この力があって良かったと認識させること」

 

 「具体的には、どうするんだ?」

 

 「ふふふ、それはね」

 

 ここに来て意地の悪い笑みを浮かべるネビリムにヴァンとルークは、こっそりリグレットに心の中で合唱した。恐らく、彼女はこれから先なにかとんでもない事態に巻き込まれるだろう。

 

 「とっても恥ずかしがり屋でストレートな言葉に弱いと思うのよあの子。成熟する前に社会の闇を理解した子には、きっと純粋な言葉って効果的よ。特に根が優しいから心からの言葉なら響くでしょうね。だからあの子に『ありがとう』とか『頼りにしてる』とか言ってあげればいいの」

 

 「なんだかエグイ! とっても良い事のはずなのにネビリムさんが言っていることがエグイよ!?」

 

 「なにやら良心に訴えかけてくるものがあるな。救うはずなのに、なんだ、ちょっと苦しめている感が否めないのだが」

 

 ネビリムの提示した打開策に二人は、本当にそれでいいのかと悩み、リグレットの性格を考えその案が効果的であるからそこ如何するべきか思案する。ネビリムの言う事はちょっとした荒治療だ。リグレットには別の痛みが伴いだろう。

 

 主に羞恥とか。気恥ずかしさとか。

 

 プライド高いリグレットが耐えられるだろうか。彼女のメンタルが褒め殺しに耐え抜けるかどうか心配である。

 

 青い青い海と空に囲まれながらルークは、この冗談半分でかき消されたヴァンの不吉な言葉がずっとしこりとして残っていた。それは鉛のように重く苦しい苦悩となっていた。

 

 リグレットの精神的な傷を開いてしまうと壊れてしまう。

 

 彼女は一体、どれほどの傷を内に抱えているのだろうか。そしてヴァンは、そのリグレットを見たことがあるのだろうか。いや、きっと見たことがあるのだろう。

 

 あのヴァンが本当に苦虫を噛み潰したような表情をしたのだ。心情を顔に出さないヴァンが思わず本心を表す程に、リグレットが崩壊した様は酷かったのだ。

 

 絶対にそんな彼女を見たくないとルークは、反射的に想った。何が何でも笑っていてほしい。願望でも何でもない決意と誓い。ルークは、リグレットに涙を流させないと心から自分自身に誓った。

 

 不安よりも強い意志を宿したルークの瞳を見て、ヴァンは特に何も反応しなかったが、ネビリムは嬉しそうに含み笑いを零す。

 

 もしかすれば、この世界に誕生したルークの強固な地盤を獲得する手段になるだろうと。

 

 

 そして三羽の鳥は大空に飛んでいく。目指すはマルクト領にあるシュレーの丘。そこは既にダアト式封呪を解いて、セフィロトとコンタクトを取れる数少ない場所。恐らくイオンたちはダアトで足止めを食らっている筈だ。シュレーの丘のセフィロトでアッシュ達と出会う事は、まずないだろう。

 

 こうして、誰も知らないうちに世界の隅っこで世界を転覆させる計画が始動していたのだと、誰も予想だにしていなかったのだった。




約束通り、三日のうちに投稿出来て何よりでした。
それにしても、間をあけすぎたみたいで申し訳ないです。本当すみません。

そして、捏造パラダイスです。

教官の過去描写が遺書イベントしかない! アリエッタやラルゴはマンガ、小説などで補足されてるけど、教官だけ全くない!!
つまり、妄想OKって事だね! やったね! フロム脳万歳!!

~上記のSS内容、特に教官の過去描写は第七音素が使えるなどは、妄想の産物です。原作では、一切触れられていない領域なので誤解なさらないようお願いします。~


因みに、アニメアビスを見返して、思わず笑ってしまった事がある。
それは、

VSヴァン師匠(アブソーブゲート)で作画が一部コードギアスになっていた件。癖のある絵だったがすごく動くしキャラが綺麗だし、ルーク美化されてるし、ガイ様華麗に舞ってるし、ティアがどちら様って感じだった。その絵柄でその声だとC.Cじゃないですかぁ

ガイ様の技に至っては最終話まで使われるし、なんなんだろうね本当に。びっくりだよ。
一部と言わず、全話あの絵柄でも良かったけどな、個人的に


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二千年前の足跡

 空の長旅を終え、ルークたちは小高い丘の中腹にあるセフィロトの入り口を目指して歩いていた。

 

 セフィロトはダアト式封呪に完璧に守られているので、それぞれの国はセフィロトに態々衛兵など置かずこの辺鄙な地に人の気配など無い。それをいいことに三人は、フードも被らず顔を晒し悠々と歩いていた。

 

 「それにしても、アッシュたちまだダアトに居るのかよ」

 

 「風の噂だがな。六神将全員が消えたなか、唯一生存が確認されているのが幸いしたな。お陰でダアトの様子が噂でも分かる」

 

 六神将全員行方不明という大事件を抱えているダアト。今、大詠師モースはバチカルに行ってアクゼリュスが無事に崩落し、ルークとナタリアが死亡した旨を伝えに行ったのだろう。そしてここから戦争にするための手続きをするはずだが、イオンが一足先にダアトを陣取って導師の権限を最大限に使い戦争を回避していることなどまだ知らないはず。

 

 戦争をするための手続きに時間が掛かるよう細工しているのだから、アッシュたちがダアトで足止めを喰らっているのは仕方の無いことだが、ルークにとって見ればもう少し早く動いて欲しいものである。

 

 ルークの見たところ、アッシュとナタリアが国王に停戦を申し入れる時に乱入したほうが効率も良い。その方が魔王ローレライとして華々しく、そして激変を与える。

 

 だが、ルークの経験則上ダアトでの厄介ごとが終れば、マルクトに行ってピオニー陛下に現状を伝えに行く可能性が高い。今は外郭大地が崩壊していないので特に急用として行くというよりは、ジェイドが生きているという生存報告と可能であれば協力申請か。

 

 丁度、半月後くらいにはアッシュたちがバチカルに帰りインゴベルト陛下に停戦を申し入れるだろう。それに遅れないようにしてセフィロトの調整をしなければならないようだ。

 

 ルークが頭の中でぐるぐると複雑な計算をしているとネビリムが、ダアト式封咒が解かれ、ぽっかりと開いた不自然な穴を指差した。

 

 「あれよね? あの奥に二千年前の譜業と譜術の集大成があるのよね!」

 

 「ネビリムは譜業と譜術に目が無いのか?」

 

 子供のように目を輝かせるネビリムに、ルークは何が面白いのかと首を傾げる。

 

 ネビリムは、興奮を抑えきれないのかいつもより声高に言った。

 

 「元は譜術を研究してたんだけれども、もっと効率良く研究するなら譜業も必要でいつの間にか譜業にも目覚めてたのよ。貴方もこっちの世界に来ない?」

 

 「一人生贄にやるんで勘弁してください」

 

 押し売り販売のようにグイグイと譜業を押して来るネビリムの猛攻を回避するために、ルークは前の従者であったガイを思い浮かべながら打診する。ネビリムも譜業について語れるのならば同じく熱意を持った人がいいのでルークの提案に快く頷く。

 

 その後ろでヴァンが妙に渋い表情で二人の会話を聞いていたがルークは、敢えて触れない事にした。ヴァンにとってみれば主君であるガイに関わることなので、ちょっと心配なのであろう。

 

 何気ない会話をしているといつの間にかセフィロトの前に来ていた。

 

 ルークは、先ず試しにヴァンからローレライの鍵を借りそれを掲げる。鍵に反応したのか、セフィロトはその音響のような形をした譜業の上に一つの譜陣を展開する。どうやら無事にセフィロトは反応してくれたようだ。

 

 吹き上げてくる記憶粒子(セルパーティクル)や周りの譜業をネビリムは観察し、二千年前の足跡を知識として吸収していく。

 

 ネビリムは好き勝手に行動しているので、ルークはヴァンに相談する事にした。

 

 「やっぱりエラー出してるな。出力が全体的に低下してるって書いてある。それに耐久もそろそろ限界だってよ」

 

 「アクゼリュスが崩壊すれば外郭大地は数十年しか保てないからな。これが人類全滅の一つ目の要因というわけだ。瘴気のこともある。あまり過剰にパッセージリングを稼動してしまえば外郭大地が汚染されかねんぞ」

 

 「どうすっか。取り合えずツリーの出力は、問題が起きない程度強くしていいんだよな? まぁ、ヴァンがパッセージリングに細工して無いから切迫した状況じゃないみたいだしちょこちょこ調整すれば、問題なしか」

 

 記憶の中では、この時期になるとヴァンがセフィロトツリーの出力を閉じてしまったせいで色んなところが崩落の危機が差し迫り忙しかったが、今回はヴァンはパッセージリングに触れていないのでゆとりを持った計画が出来そうだ。

 

 外郭大地も後、十数年くらいは放置してもいいくらいか。だが既にセフィロト及びパッセージリングも耐久が限界近く放っておくのは心許ない。

 

 ルークは持てる知識を総動員してシナリオを組み上げていく。

 

 「ただ保たせるのは、惜しいな。時期を見計らってちょっと使うか」

 

 「何を悪巧みしているんだ貴様?」

 

 ルークの極悪人面に流石のヴァンもちょっと引く。

 

 全人類を相手取っての茶番劇をするのだ。もちろん舞台を動かす装置も、世界規模でなければ観客は満足しない。そこでルークは、このパッセージリングという大地を支える大きな枝に目をつけた。

 

 未来を想定し、人の心を惑わせる魔王の所業。それを可能にする一筋の希望をルークは発見したのだ。

 

 世界にルークがローレライであると認識させ、預言が人類の死を強く願っているという嘘を人類に思い込ませる舞台装置。この作戦が成功すれば、計画の進行など恐ろしいほど簡単である。

 

 「よし! そうと決まれば、小細工するぞ!」

 

 「規模を考えると『小』で済むのか? というかルーク、なぜそんなに生き生きとしている」

 

 「人を騙すのって愉快だと思わないかヴァン?」

 

 いい笑顔のままルークは、古代イスパニア語でパッセージリングにコマンドを打ち込んでいく。その文面を目で追っていくヴァンの表情は、どんどん凍っていく。

 

 「まさか本当に魔王にでもなるつもりか?」

 

 「決まってるだろ。俺は魔王ローレライでアッシュは救世主だ。この作戦は、人類が預言を捨てるための大事なもんだからな。俺が星の記憶を叩き壊すのとは、関係性がないけど」

 

 ヴァンは博打に近いルークの魔王としての登場劇が、本当に魔王として登場する舞台になってしまうことを悟った。

 

 そして最後にルークがパッセージリングのコマンドを非表示にする。そして全てが終るとルークが譜業を調べているネビリムを呼ぶ。

 

 「おーいネビリム! このパッセージリングの改造を手伝ってくれ!」

 

 「調べるだけじゃなくて弄らせてくれるの! 良く分からないけど乗った!」

 

 何をするか聞かずにネビリムは、改造に乗り出す。少々暴走気味のネビリムを落ち着かせながらルークは、手にしてあるローレライの鍵をネビリムに見せた。

 

 「それじゃ、先ずはこの鍵で無いとパッセージリングを操作できないようにして欲しいな。もちろんユリア式封咒でも操作できないように」

 

 「難しそうだけど、いいわよ。その為にはパッセージリングを隅々まで調べる必要性があるのだけど」

 

 ネビリムのおねだりにルークは、困ったように笑いながら頷いた。

 

 「分かったって。気が済むまで付き合うけど、半月までに終らせろよ?」

 

 「それだけ時間があれば余裕ね。それじゃ、調べたらユリア式封咒を解体するところから始めないと」

 

 ネビリムは譜術、譜業関連の膨大な知識を頼りに構想を練り上げていく。

 

 「ルーク、ローレライの鍵を貸して。こっちで調べるから適当に寛いでていいわよ」

 

 「へーい了解。それじゃ、持ってきた材料でなんか飯でも作るか」

 

 ルークは丁度昼時になってきたので昼食を準備する事にした。

 

 手際よくたまねぎの皮を剥いてみじん切りにしていくルークをヴァンは、不思議なものを見るような目で見る。

 

 「あのルークが料理を作るとは、世の中分からんものだな」

 

 そんなヴァンのぼやきを聞きながらルークはふと、考えた。

 

 ヴァンから見ればルークは、ついこの間まで我侭し放題やりたい放題の貴族の坊ちゃんだったのだ。しかし今では、成人してどこか成熟した大人の雰囲気をたまに漂わせる掴めない男として再び目の前に現れた。あまりの豹変に普通の人であれば、信じる事など出来ないはず。

 

 だがヴァンはそれを信じた。今のルークの中にある何かを見て、昔から接してきたルークの影を見たのだろう。

 

 しかし、昔の仲間は今のルークを『ルーク』として認識してくれるだろうか。この外見では判断するのではなく、自身が保有するルークとしての因子を彼らは見つけてくれるのだろうか。

 

 肉を切りながら想う考える。

 

 もしかしたら、自分はこの世界の『ルーク』として見なされない事を恐れているのではないだろうか。いや、絶対に恐れている。なぜならば、ルークは今のルークとして昔の仲間として会うことを考えると、無意識に手が震えているからだ。

 

 初めて対面した心の弱さを感じながらルークは、チャーハンを作り上げる。

 

 出来は良い。食欲をそそる香りに、ルークは暗い思考をシャットアウトする。

 

 「出来たぞー。ネビリムの作業中止して食べないか?」

 

 「あら、いいわね。頂こうかしら」

 

 ネビリムは、ルークのチャーハンを食べて美味しいという。

 

 しかし、この味を作り上げたのは、まったく別のルークだ。この世界のルークは料理にそこまで触れていない。チャーハンなどこの世界のルークは、作ったことさえない。

 

 

 一体、この世界のルークはどこに行ってしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過ぎていく時間。ざわめきだす世界。

 

 世界は、騒乱の予感に不安と恐怖を感じていた。帝国と王国の戦争は、一体世界をどこに導くのだろうか。

 

 だが心配する事はない。預言があるのだから。

 

 ユリアの預言がある限り、幸せが来るのだから。

 

 それが、世界の総意であった。

 

 その意を強く感じる場所があるとすれば、それはダアトだろう。どのよりも真摯にユリアを崇め預言を妄信し、未来に起こることを知り、未来の不安を払拭して未来の試練に向けて心を構える。そうすると、心にゆとりが生まれ穏やかに生きていけるというのがローレライ教団の教えであり、暴走しやすい人の弱さをコントロールする術である事を教団の上層部は知っていた。

 

 しかしダアトの最高権力者、導師イオンは違う。

 

 預言に縋り生きて行くことを否定し、預言とは人がより良く生きて行くための道具であるとする革命的な考え方を持っている。故に預言に読まれているからといって、戦争を起こさせるのではなくむしろ回避に専念する。

 

 導師が行使できる権力を総動員して、イオンは書状を書き上げそれを二つの国に送る事にした。

 

 キムラスカを牽制する書状に、マルクトへ協力を願う書状。特務師団師団長であり教団内で高位の階級をもっている詠師アッシュがいなければ権力はあれど立場の弱いイオンは大詠師派の人間に捕らえられていただろう。

 

 アッシュが付いてきてくれたことを感謝しながらイオンは最後の手紙を書き上げる。

 

 「これで、最後です。ようやく行動ができます。お待たせしてすみませんでした」

 

 「いいえ。この処置は、我々が行動する際にとても重要ですからね。特に私がグランコクマに行く時、スムーズに済むでしょうから」

 

 イオンの謝罪を聞きながらジェイドは、イオンが書いた手紙の最後に幼き時、ピオニーと決めた合言葉を綴る。ジェイドとピオニーしかしらない事柄ゆえ、信憑性は増す筈だ。

 

 あとは、この手紙をマルクト帝国に送ればいい。そしてキムラスカへの書状にはナタリアのサインと、ナタリアと父であるインゴベルト六世陛下との思い出の一端を語った出来事が綴られていた。これも、陛下とナタリアしかしらない話である。

 

 これで、時間は稼げる。娘が無事である可能性があるのだから、インゴベルトも不用意に戦争を起こそうとはしないだろう。期限ぎりぎりまで宣戦布告はないとまで楽観視して無いが、マルクトと協力関係を結べる時間は出来た。

 

 「モースが何か仕出かさないとは限りません。早く陸路でグランコクマに行きますよ皆さん」

 

 「しかし、モース不在でヴァンも六神将もいやしねぇ。これで権力が導師に一点集中だ。この期に停戦するぞ」

 

 不気味なくらい順調である。だがアッシュは、急かす。その意見に誰も反論しないどころかむしろ賛成のようだ。

 

 早くしなければ戦争が始まってしまうのは確かである。

 

 「でも、まさか兄さんまで居ないなんて。それに教官たちも。一体どうしたのかしら。アッシュ何か貴方は知らないの?」

 

 「……さぁな。俺が知るヴァンは、もっと狡猾でベルケンドに居たアイツは、まったくの別人だ。ローレライの鍵だとか言って見せびらかすような奴でもなければ、預言を妄信している奴でもない。不思議な気分だ。俺が見てきたヴァンは、消えたみたいで」

 

 「そうですね。ヴァン謡将について気になるのも仕方ないですが、アッシュにも行方が見当付かないのであればここは、グランコクマに行く事を優先します」

 

 実質、このパーティの中心であるジェイドの一声でその場の方針は決まり、一行はすぐさま行動を起こした。

 

 イオンは手紙を専用の伝書鳩を使い、それぞれの国に送る。

 

 「では、行きましょう。グランコクマに」

 

 





遅くなって申し訳ありません!

訳は、活動報告に書きます。


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歪んでいた涙の一滴

 水陸両用の軍艦タルタロスが復旧工事中のローテル橋に接岸すると、アッシュたちは軍艦から降りそのまま陸路でグランコクマを目指す。

 

 戦争間近な今、グランコクマは海上の要塞として機能し、自国の船以外停泊を許可しない。タルタロスはマルクトの軍艦だがアクゼリュスで没した筈の軍師ジェイド・カーティスの船という怪しさ満点と言う事で近づいたら問答無用で集中砲火を喰らう可能性が高い。

 

 そこで遠回りになってしまうが陸路で行く事を余儀なくされた。

 

 イオンの手紙の件もあり、少々遅くなっても問題は無いだろう。

 

 急いで走っていると近くを辻馬車が居るのを発見してアッシュは、馬の世話をしている業者を呼び止めた。

 

 「おい、今からグランコクマまで行けるか?」

 

 「あぁ、別に構いやしないがその人数だと馬車は二台になって料金は倍になるけど」

 

 「金なら払う。出来るんだったらグランコクマまで頼みたい」

 

 アッシュの切迫した声に業者もぎこちなく頷き、別の業者を呼んで事情を説明する。

 

 組み分けとしては、単純に男女に別れ辻馬車に乗る。

 

 だが導師イオンだけが女子の辻馬車に同席する事となった。別にイオンが女の子に見える訳ではなく、守護役のアニスがイオンが男子の辻馬車に乗るなら自分も乗ると言って聞かなかったからだ。

 

 その時ガイが、一人女の子に囲まれるイオンに同情の眼差しを向けていたが、辻馬車内で特に方の狭い思いをする事は無かったそうだ。誰が予想しただろう。女子に混じっても違和感の無い男子が居た事を。

 

 男共も辻馬車に乗り込み、ガイは他二人を見てそっと呟いた。

 

 「華がないな……」

 

 しかし狭い辻馬車。その囁きは、はっきりと二人に聞こえアッシュとジェイドは同時に断じる。

 

 「お前が居るからだろう」

 

 「貴方が女性嫌いだからでしょう」

 

 ジェイドのあまり関心の無い言葉よりも、アッシュのどこか不機嫌な声にガイは縮こまった。

 

 本当ならナタリアと同じ辻馬車に乗りたかったのだろうが、ガイという女性恐怖症が女性と狭い辻馬車内に一日近く共にするなど狂気沙汰だ。人数も考慮して、アッシュは個人的な思いを封じたに違いない。

 

 他人を気遣う事が出来るくせにどこか不器用なところが、なんとなくルークに似ていてガイは不意に泣きたくなった。

 

 もうどうやっても戻らない時を感じながらガイは、そっと瞳を閉じる。

 

 そうするといつも昔の事が思い出される。

 

 ホドから命辛々逃げ出し、ファブレ家に復讐を誓い、そこで出会った最初のルークは将来有望な貴族の子だった。いつかは王位を継ぐことを期待され、その期待に応え前だけ真っ直ぐ見詰めた少年は、誕生日に誘拐され発見された時は、全ての記憶を失い戻ってきた。

 

 思えばこれが二度目のルークとの出会いだったのだろう。

 

 そうして二人目のルークと一緒に暮らしているうちに、ルークの言葉が切っ掛けで自分がしようと強く望んでいた復讐意識が薄れていくのを感じた。あそこで救われたのだ。

 

 それからというと、ファブレ家の中に居てもそれほど息苦しいとは感じなくなった。ルークを心配して見舞いに来たナタリアと言葉を多く交わせるようになり、その会話が楽しかった。ペールが育てる花が純粋に美しいと思えるようにもなった。血で血を洗うしかなかった未来のビジョンが、不確定であったがでも光りある風景に変わったのをガイは今でもはっきりと覚えている。

 

 そしてなにより、懐いてきたルークを素直に受け止められる自分になった事にガイは心から救われた。いつかこの首を絞めて、殺してやりたいと願う自分から解放され、ささくれた心が漸くホドに居た頃のように戻っていたことに、嬉しくて密かに泣いた事もある。

 

 思えば長い七年だった。

 

 その長い七年間を共にした主であり親友のルークが、もういない。たった一つの過ちがやり直しの出来ない惨事になる事を預言だけが知っていた。

 

 悔しいと素直にガイは思う。

 

 預言を知っていれば、あの悲劇を回避できたのではないだろうか。家族が殺されたときも、ルークが死んでしまったときも。

 

 「なぁジェイド、預言(スコア)ってなんなんだ?」

 

 「……そうですね。私もそちらの専門ではないので、何とも言えませんが未来で起こることが記された石、と言うのが一般的会見でしょう」

 

ガイの突然の質問にジェイドは、ただ淡々と答えた。

 

 確かにそれは、世界に流布する普遍的な認識だ。

 

 預言(スコア)とは、未来に自分が起こす行動であり、自分に降りかかる事象が書かれた石や、第七音素から直接未来を読むことを示す。

 

 それに従わなければならないと、預言は言わないが人はなぜかそれに従う。そう、なんとも言えない不思議な強制力がそこにあるのだ。まるで目に見えない鎖が自分を雁字搦めにして、世界の流れに縛り付けているような妙な息苦しさ。この違和感に一体どれだけの人が気づいているのだろう。

 

 いや、ガイ自身もつい最近気になりだした違和感だ。そのことを思えば、世界の人間は今も違和感なく預言により健やかに過ごしているのかもしれない。自分の死が詠まれているとも考えずに。

 

 深まっていく思考に囚われそうになっているガイの精神を見抜いたのかジェイドは、咄嗟にアッシュに話題を振った。

 

 「まぁ、預言についてでしたら私よりもアッシュの方が詳しいのでは? 神託の盾(オラクル)騎士団でも高位の官僚ですし」

 

 「厄介ごとを勝手に押し付けるんじゃね! 預言を本格的に扱うのは教団側だ。それについてならあの導師守護役(フォンマスタ―ガーディアン)か導師にでも聞くんだな」

 

 「ふむ、貴方もお勉強嫌いですか。こうして騎士団の官僚も預言についてよく知らないみたいですしガイ、自分に無い力や知識について悩むと碌なことは無いですよ」

 

 ジェイドの嫌味の効いた忠告にガイも苦笑いしながら了解の意を示す。

 

 その訳は、ジェイドの挑発とも取れる発言にアッシュの低い怒りの沸点が振り切れてしまったからだ。ジェイドとアッシュのやり取りを一歩離れた所から、ガイはそっと見守る。

 

 まだアッシュと距離を測りかねているガイとナタリアは、積極的に彼と話すことが出来なかった。

 

 あまりにも、その声がルークであるから。話すだけで、心が痛くなってしまう。

 

 どこか疲れ切ったガイの表情を、ジェイドはアッシュの怒号を受け流しながら盗み見る。

 

 誰もが大きな傷を抱え、誰もが誰にも言えない悩みを抱え、複雑で触れると壊れてしまいそうな心の闇を見透かすジェイドは、ため息を付きたくなった。

 

 世界の情勢よりも肉親への復讐を誓ったティアの精神の不安定さ。

 

 大切な親友を亡くし、その顔と瓜二つであるアッシュに戸惑うガイ。

 

 過去の過ちでルークを殺してしまったと何処か塞ぎ込んでしまったナタリア。

 

 大きく上げるならこの三人が重傷だろう。

 

 アッシュの猛攻をようやく押し留めたジェイドは、座り心地の良くないソファに全身を預け、瞳を閉じる。

 

 目が覚めたらグランコクマの近くである事を願いながら、浅い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝息が聞こえ始めた馬車の中、ナタリアは備え付けられている毛布を取り出し、お互いに寄りかかるようにして眠っているアニスとイオンに、そっと掛けた。

 

 イオンの目の下には、薄っすらと隈が出来ている。ここ数日、自身がダアトから抜けても問題ないようにトリトハイムにある程度、仕事を引き継がせ、二国に書を送ったり彼は、きっと生まれて初めて目が回るような忙しさに追われたのではないだろうか。

 

 政治の一部を請け負ったことのあるナタリアは、イオンの疲労が自身の事の様にも思え、少し苦く笑った。

 

 ナタリアの微笑みに何が面白いのか分からないティアは、小首を傾げる。

 

 「どうしたのナタリア?」

 

 「えぇ、ちょっと昔を思い出しまして。国務を終えて疲れてソファで寝てしまったとき、こうしてお父様が毛布を掛けて下さいましたの」

 

 昔の温かい思いでを、本当に宝物のように語るナタリアは、その後痛みを堪える様に眉を顰めた。

 

 理由は、考えるよりも明らかだ。

 

 そんな大好きな父が、預言に詠まれていたからとルークを見殺しにし、戦争に踏み切る冷徹さを見せたのだ。きっとインゴベルトも苦悩しただろうが、犠牲やむなしと切り捨てられる精神は、確かに一国の主として必要な物だろう。

 

 だからこそ、一層理不尽であり、人でなしという印象を強く与える。

 

 愛している父であるからこそ、ナタリアは二重に苦しんでいた。

 

 ルークが死んだ苦しみと父である国王の無慈悲な判断。

 

 しかしナタリアは、胸が苦しくなる悲しみを飲み込み、一切弱さを見せなかった。

 

 まるで、弱さを見せる事は、死んでも許されない罰と言わんばかりの後ろ姿が、ティアにとって、とても印象的だった。

 

 「ナタリア、貴女も休んだら?」

 

 「いいえ、眠れそうにないので……」

 

 実はあまり顔色の良くないナタリアは、化粧で誤魔化しているが目敏いジェイドは気付き、それをそっと教えて貰ったティアは、ナタリアの事が心配だった。

 

 不安定だったティアを一番近くで支えてくれたのが、ナタリアだ。

 

 その恩を返したいと思っていたティアは、ここで一つ目の恩を返せるだろうかと悩みながら声を掛けた。

 

 「なら、私に悩みでも言ってもいいのよ? 最近ナタリア眠れてないじゃない」

 

 「……そうですわね。でも、もう少し待ってください。この感情をどう表現するか、私には分からないのです」

 

 様々な苦悩がせめぎ合う心情を言葉として伝える事さへ今のナタリアには、出来なかった。

 

 ルーク対する自責の念と父親の無慈悲な判断。

 

 そして何より、アッシュと言う七年前の、大切な約束を交わしたルークの存在がどうしてもナタリアの心に重く蓋をする。

 

 一体、自分はどうアッシュと接すればいいのか。七年前と同じようにすべきではないと言う事しか分からない。今のアッシュは、昔のルークとして扱われるのを極端に嫌っている。

 

 その理由は、レプリカに存在もその意義も奪われ七年前のルークは死んだと彼の中で決定付けられているからだろう。

 

 アッシュの七年間を思うと心苦しく、ルークの七年間を思うと後悔の念に駆られナタリアは、呼吸が止まりそうになった。

 

 「ねぇティア、どうして貴方は前を見ていられるのです? 私は、時間が経つにつれて息苦しくなって考えも纏まっていかなくなります。でも、貴女は立ち直れましたわ。何が貴女を奮い立たせるのですか?」

 

 今まで支えてくれたナタリアが、自分を頼ってくれた事が嬉しくてティアは、つい微笑んでこう答えた。

 

 「それは、私には明確な目的があるからよ。私は、絶対に兄をこの手で殺すまで止まるつもりもない。ルークを殺したことを正当であると言ったあの人を、許すつもりも生かすつもりもない。兄の目的が預言を順守することなら私の第二の目的は、預言を徹底的に覆すこと」

 

 背筋を駆け抜ける悪寒を与える話の内容と、優しく微笑む温かいティアの表情は、どこまでも合致する事無く歪で恐怖でしかなかった。

 

 身体からありったけの血を抜かれたように顔色がさらに悪くなったナタリアに驚いたティアは、そっと頬に手を当てる。その手に温度を感じなかったのは、きっとナタリアの気のせいではないのだろう。

 

 「本当に大丈夫? 身体に影響が出るほど無理をしていたのね。ほら、ちょっとでいいからナタリアは休んで」

 

 「……は、はい。それでは、グランコクマに付いたら教えて下さい」

 

 見え隠れするティアの危うさに恐怖したナタリアは、大人しく言う事に従い毛布を掛けて目を閉じる。

 

 しかし、身体の芯を凍えさせる狂気に彼女が眠れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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蒼の帝国

 馬車が緩やかに止まるのを感じ、ジェイドは目を開ける。すると隣のアッシュは、窓から身を乗り出して外の状況を窺う。

 

 見れば、青い軍服を身に纏った兵士が検問の様な事をしていた。アッシュ達が乗っている馬車に兵士が近づき、何を運んでいるのか尋ねていた。

 

 御者は素直に人だと答え、兵士は中を確認する旨を伝える。

 

 その様子を見てアッシュは、窓から顔を引っ込め座りなおすと、程なく二人のマルクト兵士が扉を開け、ジェイドを見るなり揃って硬直する。

 

 「お、お前は将軍を呼んで来い!」

 

 ジェイドの視線で咄嗟に我に返った兵士の一人が相方に人を呼んでくるように命令する。

 

 慌てて走っていく兵士を見送り、残った兵士は緊張した面持ちで、ジェイドをまっすぐ見据えた。

 

 「すみません。貴方には少々外に出て会ってほしい方がいるのです。よろしいでしょうか?」

 

 「ふむ、私ですか? いいでしょう。それでは、ガイとアッシュは少し待ってて下さい」

 

 兵士に促されてジェイドは一人で馬車を降りる。

 

 どうやら検問されている馬車は、自分らの他に三台もいる。もうすぐ戦争が始めるのだから、入国してくるものは、全て詳しく調べるのは当然という事だ。

 

 だが、ジェイドを見て血相を変えた兵士を見るに、この検問は死んだと思われた国の大佐を探している事も容易に想像できる。イオンの書状が効果を成したようだ。

 

 検問担当である人物が小走りでやって来るのを見て、ジェイドは大きくため息を付いた。

 

 「人探し程度で貴方を動かすとは、陛下はなにを考えていらっしゃるのでしょうねフリングス将軍?」

 

 日焼けした肌に銀箔の髪を併せ持つマルクトの将軍、アスラン・フリングスは、ほっとした笑みを浮かべた。

 

 「陛下も考えは、ありますよカーティス大佐。陛下は、貴方が生きていると信じていましたし、導師イオンの書状を見て確信したそうです。アイツは死なない、と」

 

 「嫌な信頼を貰ったものですね。それに、死んでいないなら話は分かりますが『死なない』と断言されてはどう反応したらいいか分かりませんね」

 

 「元老院達は不死の死霊使い(ネクロマンサー)と恐れていましたよ」

 

 「私をなんだと思ってるんでしょうね。まぁ、それは置いておくとして、フリングス将軍、ピオニー陛下のお考えは?」

 

 無意味な会話を切り上げジェイドは、核心を突く。

 

 フリングスは、ジェイドの纏う張り詰めた空気を感じ取り、無意識のうちに背筋を伸ばした。

 

 「陛下は、キムラスカとの戦争は出来るなら回避したいと私には仰っていました。表上は兵を国境付近に派遣してグランコクマを要塞化し、備えている姿勢を見せてますが」

 

 「そうですか。我々は、現状を報告した次第、すぐにキムラスカに向かう予定です。無理なら仕方ないですが、ピオニー陛下に取り急ぎ謁見をお願いできますか?」

 

 「はい。大丈夫です。すでに準備は出来ています。お連れ様もご一緒に城まで」

 

 イオンの書状が功を奏した結果なのだろう。二人の話は特に衝突する事無く終わり、ジェイドは初めて安堵の息を吐いた。

 

 妨害などなくここまですんなり来れたことが不思議であり不気味でもある。戦争を回避しようと動いているのだから神託の盾(オラクル)騎士団なりローレライ教団の者が邪魔をするものと予想していたが、そんな気配すらない。主席総長および六神将が行方不明になったことが原因と考えられる。

 

 だが、おそらくヴァンを最後に見た自分たちからすると、彼が本当にヴァン・グランツだったのか疑わしい。主義主張を逆転させ、あまつさえ、この期に失踪など。

 

 ジェイドにはヴァンが何か特別なことを隠していると推察したが、肝心な部分が何一つ分かっていない今、下手に周りを不安にさせるのは得策ではない。

 

 胸の内に蔓延る疑問と不安に蓋をしてジェイドは、第二の故郷と呼べる場所に向けて辻馬車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした森を抜け、続く平野の先にあったのは、巨大な壁に囲まれた風貌をした水の都であった。中心の巨大で優美な噴水。白亜の統一された街並みは、空の蒼と水の藍と上手い具合に調和し、さながらお伽噺に登場する世界のようでもあった。それを辻馬車の窓からアニスとイオンは目を輝かせながら覗く。

 

 「うっわぁ! 綺麗ですねイオン様」

 

 「本当です。グランコクマも観光地として有名だとガイが言っていたのも頷けます。白い建物が綺麗ですね」

 

 子供二人は、景観にはしゃぎ残り二人も微笑ましく見守る。そんな中でティアが思い出したように語った。

 

 「そういえば、ガイは卓上旅行が趣味みたいだから、今度お勧めの観光スポット教えて貰おうかしら」

 

 「あら、ガイはそんな趣味がありましたの? 譜業いじりくらいしかわたくし知りませんでしたわ」

 

 会えば雑談に花を咲かせるくらい、気の置けるガイの趣味にナタリアも驚いた。彼女の知るガイは、ルークに世話を焼いたりメイドに可愛がられたり譜業の事になれば、それこそ子供のように笑顔で話し始める青年であった。

 

 確かに使用人には、纏まった休みなど無い。もし、屋敷での生活で不自由していたのなら、言ってくれればいいのにと、ナタリアはため息を付く。

 

 その間にも辻馬車は、どんどん奥へ進んで行って、気が付けば宮殿のような建物が見え始めた。あれがマルクトの王が住まう城なのだろう。

 

 ちょっとした広場に停止し、御者に促され四人は辻馬車から降りる。アニスは目の前に広がる光景に、口を開けて驚いた。

 

 「きれい……」

 

 開けた空間の真ん中には、白亜の宮殿。その無限に広がる蒼空を背景に、世界はすでに完成したような美しさがあったが、出迎えたのは、なにも建物だけではない。彩り豊かな庭園が、その場に居た者を楽しませる。

 

 庭園の花々に歓迎され、先に進むと、ジェイド達が門の前で待っていた。

 

 「観光は、もっと別の機会にしてくださいねアニス。さて、謁見の間に行きますよ」

 

 「私以外も見とれてましたよ!」

 

 自分だけに釘を刺すジェイドに文句を言いつつ、アニスはそれきり黙ると、静かにイオンの斜め後ろに付いた。守護役である彼女の無意識な習慣なのだろう。すでに護衛準備は万端である。

 

 騎士の一人が、重厚な扉を開け、一行は迷うことなく入る。

 

 小さな階段の上に設けられた玉座に座っている人物を確認するとジェイドは、片膝をついて恭しく首を垂れる。

 

 「ピオニー陛下。ただいま戻りました」

 

 「おいおい、よせよジェイド。お前が礼儀正しいと背中が痒くて仕方ないだろ。つーか、どんだけ長くほっつき歩いてんだ?」

 

 「理由を述べれば、そこそこ長くなります。ですが、状況は緊迫しています。あまり長話は出来ませんので、単刀直入に尋ねます。キムラスカの動きはどうですか?」

 

 未だに頭を上げようとしないジェイドに、何かを感じ取ったのかピオニーは茶化す事を止め、自身が見聞きしたことをただ述べる。

 

 「戦争は、まだ起こっていない。ここ最近、キムラスカ側の動きが急に遅くなった。開戦準備はしているんだが、攻めてこようとも、積極的に武器を設置している訳でもない。導師、キムラスカにも私と同じように書簡でも送りましたか?」

 

 「はい、導師の許可なく戦争が始められません。なので私が生きている旨とナタリア王女が存命である証拠を送りました。一時的ですが、効果があるものでしょう。ピオニー陛下には、カーティス大佐が生きている事を伝えるために来ました」

 

 ピオニーは一つ頷く。

 

 「なるほど。では、最後に聞かせて貰えるか。どうして、アクゼリュスが消えたのか?」

 

 抑揚のない声は、その場に居る者全ての心のうちに木霊した。

 

 どうして、アクゼリュスが消えたのか。事実を伝えるのは、とても簡単だ。ただルークが超振動を暴走させ支えを消したと言えばいい。

 

 しかし、それが真相の全てではないのも事実である。あまりにも因果が複雑に絡み合いすぎて、説明するには、当人たちも頭の中を整理しなければならない。

 

 ジェイドは、こめかみに指を当てながら、事の発端を語る。

 

 「陛下が聞きしに及んでいるルークは、ヴァンが七年前に誘拐したルーク・フォン・ファブレのレプリカです。その彼が、超振動を暴走させパッセージリングと言う支えを壊しました。もし、この戦争の引き金がどこにあるか、と言うのであれば私でしょう」

 

 「ほぉ、その理由は?」

 

 「フォミクリーの技術。レプリカの製造。全て私が手掛け、作り出した禁忌です。そして幼少のヴァン・グランツをフォミクリーの機会に繋ぎ疑似超振動の研究指揮を執ったのも私です。事の発端と言う点では、私は罪人と変わりないでしょう」

 

 苦しげな表情で、吐き気を堪えるように歯を食いしばりながら、ピオニーの問いに応え終わったジェイドは、項垂れた。

 

 ティアがホドのフェンデ家の出身だと聞かされた瞬間から気付いていた。彼女の兄が、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデであることを。当時、ホドに訪れることなく非道な実験を目の当たりにせず、少年の悲痛な叫びなど知らず、ジェイドは数値と結果だけを見て淡々と命令を下していた。

 

 そんな非道な実験を受けた彼が、預言と言う狂ったシステムを知り、全人類をレプリカに挿げ替える計画を企てる知識を与えたのは、間接的に己の存在なのだから。

 

 どんな処罰も覚悟している。だから項垂れて仰ぐべき主の言葉を、ただ待つジェイドの姿は裁判官が言い放つ刑を予測して諦観した罪人そのものだ。

 

 そんな彼の耳に、小さい頃から一緒に遊んだ幼馴染の声が重く届く。

 

 「……ジェイド」

 

 誰もが身を硬直させ、皇帝の言葉に耳を傾ける。怒りの叱責が飛ぶか、もはや救いようのない罪人に呆れの言葉が来るか。最悪の想定が頭の中を駆け巡っていると、ピオニーが毅然と言い放った。

 

 「お前、絶対疲れてるだろ」

 

 「……はぁ?」

 

 ジェイドだけではなく、他何人かの口から呆けた声がうっかり飛び出た。

 

 なにを間違えたら、そんな言葉が出て来るのか理解の範疇を超えている。

 

 「いやいや、俺の知ってるジェイドは、例えフォミクリー開発して悪用されたからって自責の念に駆られても弱音を吐く奴じゃないな。むしろ悪用した奴を生きている事すら嫌になるレベルの拷問かますか、犯人の人生にチェックメイト打つね。それにヴァンがレプリカで悪さしたってお前の直接的責任じゃないだろ? 包丁発明した奴は歴史に名を残す大罪人になったか? 違うだろう。所詮道具は道具だ。扱い方次第で毒にも薬にもなるもんだ。それに、ホドの消滅と疑似超振動の研究支持は俺のクソ親父が命令したじゃねーか。ジェイドの理論が通るなら俺も立派な罪人の息子さ。手足縛られて引きずり回され、最後に無残に死ぬような刑になるだろうが」

 

 最後の最後に、俺そんな死に方したくないんだよ、なんて言い捨てて玉座にふんぞり返るピオニーの姿に誰もが口を馬鹿みたいに開けて、思考が石化する。誰もなにも言わないのを良い事にピオニーのマシンガンをフルオートで撃ったような傲慢な話は止まらない。

 

 「それになんだ、お前の連れは。どいつもコイツも死んだ様な面して。生きてんのか信じられないくらいだぜ? 導師は、まぁなんだお疲れって表情だけど他は本当に駄目だな。そんなに今が辛いなら、良かったな。それ以上悪くならないんだし。だからもうちょい嬉しそうにしろよ。ったく、辛気臭い話ばっかり持って来て。少しは、停戦の策とか、明るい話題とかないのか? こんな時だから暗いのより希望の持てる実のなる話しようぜ? 懺悔は教会に行ってやってろ。神父が適当に相槌打って、心の中で早く終われとか思いながら聞いてくれるだろーよ。そもそも罪を断じて貰う前に、悪いって自覚してるなら自分なりの償いしてから裁かれろや。だからとっとと停戦の策を練るぞ。明日の十時くらいにここ集合な。遅刻すんなよ」

 

 「ピ、ピオニー!? 待てまだ話は」

 

 「うるせぇジェイド!! 皇帝からの命令だ。今日はもう飯食って歯を磨いて寝ろ!! 少しは落ち着いてから出直して来い」

 

 思わず語調を荒げるジェイドの声など聞こえないとばかりにピオニーは、謁見の間から退場する。

 

 その際、フリングス将軍に何か言伝すると最後に、呆けている全員に言う。

 

 「俺が責任を持つ。お前らは、行動してくれ。本当なら俺が現場に出ていきたいが、皇帝ってのはそんな役回りじゃねぇーんだよ。国を背負って、国を救えそうなやつを人選して、背中を押すのが俺の仕事だ。そんで最後に責任を取るのが、俺のやり方だ。期待して待ってんぞジェイド」

 

 重い音を立てて閉まる扉。その脇に立っていたフリングスが一歩前に出る。

 

 「部屋の準備は出来ています。こちらにどうぞ、皆様」

 

 何も問わない彼の優しさが、ちょっと身に染みたジェイドだった。

 

 そして、落胆されても致し方ないと諦めていた彼の心に火が付いた。何を弱気になっていたのだ。こけた程度で泣きわめく子供ではあるまい。むしろ、こけた原因を粉砕して、後悔させてやるのが自分のやり方だろう。

 

 不敵に、低く嗤うジェイドの声に皆が視線を逸らし、そんなジェイドの姿にフリングスは安堵の表情を浮かべるのだった。



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発案は計画的に

 光る粒子が音もなく、上へ上へと吹き上がる。とても神秘的な光景でありながら、どこか機械的である。

 それもそうだろう。この光は、人工的に吹き上がっているのだから。

 この光景を生み出す装置に、ルークは一本の剣の様な杖の様な、どっちつかずの物を掲げる。

 すると、音響の形をした装置の上に、文字盤が浮かぶ。こうなれば、本格的に人工的だ。

 

 

 目の前の結果にルークは満足すると、剣を降ろす。

 すると、文字盤は綺麗に消え去った。

 

 「よし、完璧だ。ヴァンどうだ、ユリア式は?」

 

 「ふむ、もう反応しないな。私であれティアでも動く事もあるまい」

 

 「思ったより早くに終わったな。どうする? どっかで時間でも潰すか?」

 

 ローレライの鍵をくるくると回しながらルークはカレンダーと睨めっこする。

 このセフィロト改造計画の終了は、あと十五日くらい掛かるものだと踏んでいたが、ネビリムの貪欲の知識の吸収と理解の速さが功をそうし、たった十日で全てが終わった。その間、世界情勢を見て、マルクトが戦争の準備をし、逆にキムラスカが戦争の準備を遅らせる不思議な構図が出来上がっていた。

 

 導師の入れ知恵か何かだろうというのが、三人の意見である。

 

 さらに時間の余裕が出来たのは、僥倖だ。

 

 「そこは、個々の戦力増幅のために修行ではないのか?」

 

 「頭が固いなぁ。もっとゆとりを持とうぜ? つってもどこに行っても顔を隠さなきゃいけないから、実質フェレス島に戻るのがベストだけど」

 

 「世界セフィロトツアーなんてどうかしら?」

 

 「却下」

 

 余った時間の行方を話し合っていると個人の性格が見え隠れした。

 ヴァンは堅実に修行を提案し、ルークは楽しく過ごそうと言い出し、ネビリムは趣味に走ると言うものだった。

 協調性のない集団を烏合の衆と言うが、個々の存在が卓越もしくは、超越しているので、このくらいで彼らが乱れる事は無い。

 

 「さて、マジでどうする? 俺的には、こっそりアッシュ達の行動を覗き見したいんだけど?」

 

 「それは別に構わんが、もっと工夫することはないのか? セフィロトの改造は必要不可欠だと理解したがもっと世界にインパクトを与える為の作戦を練るべきだ」

 

 「と言っても、私達少数だからこそこそする事の方が絶対向いてるわよね? それに、世界の奴らに預言のあり方を疑問視して貰うなら、モースを捕まえて洗いざらい吐かせるのがベストでしょう」

 

 結局は、これからについて真剣に話し合う。

 

 「モースねぇ。あいつあんまり好きじゃなんだよな」

 

 「あれに好感を持てたら貴方、人を止めてるわよ?」

 

 「ひっでーな。あれに好感持たなくても人止めてるぞ。そうだな、ならキムラスカ襲撃と同時にマルクトも襲撃するか。演技が得意そうな奴にグランコクマを担当させたいんだけど」

 

 メモ帳を取り出し、小さな作戦会議を開く。そこにヴァンが疑問の声を挟んだ。

 

 「なぜグランコクマを襲撃させるのだ? それも個人で」

 

 「ちょっと危険度上げるけど、そっちの方がインパクトでかいだろ? 防御を固めた筈の街に一人でで潜入し一人で壊滅寸前まで追い込む。すると、俺たちの存在をマルクトは、どうしても無視できなくなる。ついでに預言についてちょっぴり暴露演説して貰いたいから、実力者兼演劇者がいい」

 

 「うーん。私は駄目ね。オリジナルの方がピオニーと面識あるし。なんかバレちゃいそう」

 

 個人能力最強のネビリムであるが、ピオニーは彼女の可愛い生徒だ。うっかり、情が湧く可能性が捨てきれない。それに、ルークの経験上、ピオニーは外交面での頭の回転数はピカイチだ。つまり人と話す事において彼の目を欺くのは、至難の業である。

 故に、ボロの出やすい人物は論外。アリエッタには、無理だろう。

 

 「…………ラルゴも嘘は付けない性分だしな」

 

 「ラルゴは、根が良心的だからな。話術には、向かんだろう。カウンセリング的な意味合いならば話は別だが」

 

 ルークとヴァンの意見が一致する。

 彼らが思い浮かべる人物は、心優しき獅子なのだ。壮大な嘘など彼の口から出る事は無い。

 となると、残りは二名。

 この二人は、こと人を騙すことなら得な方だ。

 

 あの二人はどこか皮肉屋で素直じゃなくて、心の隠し方を熟知している。真っ赤なウソを吐くのではなく、本当を交えた事を言う。

 どちらかにグランコクマを襲撃させようかと、思い悩んでいるとネビリムが一つの案を出した。

 

 「どうせなら、ダアトも襲撃しない?」

 

 「え? なんでだよ?」

 

 ルークの声音には、やる意味がないだろうという響きが含まれている。

 それを見越してか、ネビリムは一冊のノートを取り出した。

 

 「リグレットから今のダアトとか、世界の事とか聞いたのだけど『導師派』なんて言う派閥があるのでしょう? 預言は絶対では無く、人がより良く生きるための道具であるって主旨の。やっぱり預言通りを謡う魔王ローレライが見逃す筈ないわよね?」

 

 「確かにそうだけど、別に一々相手にするほど大きなもんでもないだろ?」

 

 ルークは、教団内の派閥割合をそこそこ熟知しているが導師派は大詠師派に及ばないお飾り勢力だ。

 あれが、今後の作戦に異常をきたす力を秘めているとは、どうにも思えない。

 

 首を捻って他になにか重要な事でもあったかと悩んでいると、ネビリムが目的のページを見つけたのか、そこを広げて指さした。

 

 「今回の導師の国をやんわりと押さえつける手腕を考えるに、六神将と主席総長がいなくなった教団を放置するはずないわ。私なら、この人物を呼び戻すわよ」

 

 指し示された名前にルークは、そんな奴もいたなぁ、と呟きを零した。ヴァンは、苦虫を噛み潰したような表情でその名を読む。

 

 「カンタビレか。確かにその可能性も無きにしも非ず、だな。一応奴は導師派だ。招集されていると考えてもいいだろう」

 

 「……マジか。あっちも、もしかしたら戦力増強されんのか」

 

 「その場合、一番考慮すべきはリグレットの精神状態だろう。なにかとぶつかり合っていたからな」

 

 ヴァンの疲れたような表情から察するに割と本気でカンタビレとリグレットの仲は最悪だったのだろう。

 犬猿の仲の二人の関係は、一人の弟子で繋がっているのだから運命とは悪戯好きもいいところである。

 

 ネビリムは、ノートを閉じてルークのメモ帳に作戦の概要を書いていく。

 

 「ダアトの襲撃は、カンタビレ帰還の有無とそれに関する情報ってところかしら。カンタビレが居たのなら戦力としてどうなのか偵察含めた方がいいでしょう」

 

 「んー、だったら毎度ぶつかり合っていたリグレットよりシンクの方が適任かな?」

 

 「ならば、ダアトにはシンクを向かわせるとして、アリエッタとラルゴはどうする?」

 

 作戦を具体的にしていく三人は、着実に世界を震撼させる過程を形にして行った。

 どうやって相手の戦力の力量を図るか。どうやって存在を誇示するか。

 案を出し、話し合い、ようやく一つの物として固まったので、ルーク達は腰を上げた。

 

 「そんじゃ、帰って作戦を伝えるか。知らせるにしても早い方がいいだろ」

 

 それを聞いてヴァンとネビリムは立ち上がる。

 自然と後ろに続く形になったが、二人は特に疑問に思う事は無い。

 それは、二人がルークの事をリーダーであると認めているからなのだろう。

 

 そして背後を任せるルークの凛然とした態度は、そんな二人を守るべき部下であると無言で認めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海を漂うレプリカで複製されたフェレス島。そこの広場でシンクは、大の字で寝転がっていた。

 別に昼寝をしている訳ではない。

 その証拠に、広場には硝煙の臭いに、砕けた石壁、削れた石造りの道路、つまりは破壊痕で満ちていた。

 

 そしてなにより、

 

 「……あの女狐」

 

 決して浅くない傷がシンクの肩から腹に掛けて走っている。

 その殆どが既に治療済みで、蚯蚓腫れのように薄い桃色の肉が傷を塞いでいた。

 下手に動くと、痛みがぶり返すだろう。それに血を失いすぎて起き上がる気力は既にない。

 

 空を眺めながらシンクは、つい三十分ほど前の殺し合いを思い出そうとして、三つの影が降りて来るのを見て思考を別の方へ流す。

 よく見れば、それは見慣れた移動用の魔物で、その背に乗っていたのは、ここ最近見ていなかった人物たちだった。

 

 「あぁ、お帰り。随分早い帰還じゃないか。セフィロトの安定化は上手く行ったの?」

 

 「まあな。だから帰って来たんだろ。それは置いといて、お前何してんだ?」

 

 「女狐にやられた」

 

ルークは、シンクの傷が剣の類である事が分かり、不思議そうに首を捻る。

 

 「たぶんリグレットの事だよな? しかもそれ、剣の切り傷だろ。接近戦でお前が負けるだなんて俄に信じられないんだけど」

 

 だが、思い返せば、リグレットは封印術(アンチフォンスロット)が掛かっていたとしてもジェイドを蹴り飛ばしたり、アッシュとルークのコンビネーション双牙斬を涼しい顔で避けたり、ガイと張り合えるくらい高所から飛び降りても元気に戦闘する奴だ。

 その気になれば接近戦の方が強いのではないだろうか。

 

 思い返しながらルークは身震いした。

 

 「うん。シンク、お前は悪くない。きっと相手が悪かったんだ」

 

 「いや、正攻法で負けた訳じゃないから。言っておくけど、六神将でこと接近戦ならラルゴにだって負けないよ」

 

 呻きながら、シンクは起き上がるとルークの後ろに控えていたヴァンをじろりと睨む。

 

 「ていうか知らなかったんだけど。なんであの女、アルバート流の剣術使えるのさ」

 

 「なるほど、意表を突かれたか」

 

 シンクの苦言に何か納得したヴァンは、首の後ろを撫でる。

 なんと言えばいいのか迷っていた。

 

 「そもそも、初代導師はフレイル・アルバートだからな。教団の基本武術の殆どがアルバート流やシグムント流の流れを組んでいる。おそらくリグレットもそこから学んだのだろう。譜銃もつい最近ようやく実戦投入された武器だ。五年ほど前だったら剣を使っていたと記憶してある」

 

 「随分多才な奴だな。それとも器用貧乏なのか?」

 

 「器用なのは認めるが、使いどころが難しい人材ではない。弱点や短所を補う工夫を自分で講じているからな。むしろ用件など頼んでおけば全て終わっている時の方が多い」

 

 話を聞く限り、随分リグレットは重宝しているらしい。

 思えば、シンクが六神将になって二年あるかないかだ。リグレットは二年くらい前にヴァンの片腕として迎えられた。この二人は、ラルゴやディストよりも遥かに新参者だが、その実力は折り紙つきである。

 方や参謀長官。方や主席総長の右腕。

 そんな者たちが、そこらの凡人と同等であるはずがない。

 

 素直にルークはリグレットとシンクの評価を改めた。

 こうして大怪我までして、特訓をしているのだから感謝もしなくてはならない。

 

 「その傷、随分中途半端だな。治してやろうか?」

 

 「いいよ別に。リグレットに治療してもらったし。それより、リグレットの方を治療したら?」

 

 既にこの場に居ない人物を心配しているのかシンクは辺りを見渡す。

 近くに居ないと分かると、忌々しそうに舌打ちをした。

 

 「あのバカ。僕の治療を優先したな」

 

 「勝手に話を進めんなよ。で、どうしたんだ?」

 

 「リグレットに斬られた時、最後に苦し紛れに一発お見舞いしたんだよ。たぶん当たった」

 

 そう言って突き出した右手には、色のくすんだ赤がべっとりと張り付いていた。

 

 「脇腹抉ったんじゃないかな?」

 

 特に気にしていない様子で語るシンクにヴァンとルークは、それぞれこめかみと目頭を押さえる。

 なんと言えばいいのか、どう言えばいいのか。

 修行をしていろと言ったが、命を削り合うようなやり方をしろと言った覚えはない。

 どこか命を張った真剣勝負を繰り広げる馬鹿さに、ルークも言葉を詰まらせた。

 

 一体シンクとリグレットは、何をするつもりなのか。

 

 「馬鹿だろ。つーか命投げ出せって言った覚え無いぞ」

 

 「それなら、僕に言うんじゃなくてリグレットに言ってよ。疾風雷閃舞を決めて勝ったと思ったら、リヴァイブ使っててギリギリ生き残って斬りつけて来たんだからあの女」

 

 「発想がこえ―な。死なないなら大丈夫って、相手じゃなくて自分に使う言葉だったっけ?」

 

 捨て身どころか命を捨てている。

 そんな強い印象を抱くような戦い方だ。自分の命を駒として扱うその冷徹さは、ルークでも悪寒が走る。

 

 「……どうしてアイツは生き急ぐかな」

 

 「ふむ、それは私が当の昔に死んでいるからだろうな」

 

 呆れたルークの声に、抑揚のない冷たい声が返答する。

 女性にしては、少々低めの、だがよく響く声は、彼女しかいないだろう。

 

 「おい、ちょっとは身を案じろよ。これからなんだぞ」

 

 「それは、ツッコミ待ちか? 私から見れば、お前の方がよっぽど命を投げ出しているがな」

 

 「あ、生きてた。思ったよりは平気そうじゃん」

 

 彼女は細くしなやか金糸の髪を高い位置で纏め、それは風の前でふわりと舞う。

 厳冬の冬の色を注ぎ込んだ冷厳の靑色の瞳は、ルークを一瞥しヴァンに向き直ると、既に癖づいた敬礼をする。

 

 「お疲れ様です閣下。予定より随分、早い帰還ですが、何か問題が発生しましたか?」

 

 「いや、逆に予定よりも状況がいい。なにも問題は無い」

 

 「こちらも、予定通り進行しております。ラルゴとシンクの接近戦強化と、アリエッタへの譜術の指南はつつがなく終了しました」

 

 「お前の方はどうだリグレット?」

 

 ヴァンの重い声に、リグレットは一瞬呼吸を止めた。

 

 「第七音素を使った回復の譜術は、習得完了しました。リヴァイブの発動も確認済みです。禁譜指定された譜術の習得はこれからです」

 

 その為の死合だったか、と誰もが心の中で呟いた。

 もし、それで術が失敗していれば、リグレットは大怪我では済まなかっただろう。恐らくは致命傷か。

 

 どこかしら非難の響きを含んだヴァンの声音に、リグレットの顔色は悪くなる。

 変化を感じ取ったヴァンは、大きめのため息を付くと鋭く睨んだ。

 

 「私が何を言いたいか分かるな?」

 

 「はい。今後は、慎重に事を進めます」

 

 「強くは言わん。それは、お前が分別と理解を重要視しているからだ」

 

 「申し訳ございません……」

 

 いつもの毅然とした姿が嘘のように、リグレットは畏縮していた。ヴァンからの咎めと言うのはそれ程重い意味合いをもつものなのだろうか。

 それとも、短い言葉の中に、彼女たちだけが理解できる意味がふくまれていたのだろうか。

 

 心からへし折れてしまいそうな、不安に駆られるその姿に思わずルークの目が彷徨う。

 直視していると、こっちまで悲しくなってしまいそうだったからだ。

 

 「閣下、最後に一つここを暫く離れる許可を下さい」

 

 「それは、ルークに決定権があるな。どうする?」

 

 「ん、おう。まずはどこに行くかと用件だ。それで考える」

 

 それを言うと、リグレットは懐から一枚のメモ帳を取り出し、ルークに見せる。

 書かれていたのは、主に医療品とちょっとした日用雑貨や調味料と食料品だった。

 

 「物資が足りない。そこまで長いしないかも知れないが、拠点がカツカツであるよりは多めがいいだろう。出来れば、買い出しに行きたいのだが。三日くらい」

 

 「随分、医療品が多いな。ここってそんなに設備悪いのか?」

 

 「元よりそこまで重要視していた拠点ではないからな。整備不良だ。直せる奴も雲隠れ。新調するしかあるまい」

 

 言い終わるとリグレットは、暇そうに座っているシンクの前に腰を下ろし、詠唱する。

 その言葉だけで彼女が何をしようとしているのか、ルークは分かった。

 

 単体に掛ける癒しの譜術としては上級譜術だ。

 

 「(みこと)を育む女神の抱擁――――」

 

 ――――キュア

 優しい光に包まれたシンクが、傷口に手を当てると、そこには傷の痕も無かった。

 

 「治療が遅くなった済まない」

 

 「目が覚めると隣で死んでる、だなんて嫌だからね。どちらかと言えば、さっさと自分の回復を優先して貰いたいんだけど」

 

 「私より血を吹き出していた奴が何を言う」

 

 そう言ってリグレットは立ち上がり、ルークの前に立つとメモを受け取った。

 

 「で、どうなんだ?」

 

 「あぁ、先ずはこれからの方針について話したい。その後、買い物だな」

 

 リグレットはルークの指示に頷き、建物の中へと歩を進める。

 既に中ではネビリムが皆を呼び集めているだろう。

 

 シンクも緩慢な動作で起き上がると、大きくため息をつく。

 

 「作戦会議ねぇ。アンタが考える作戦は、なんか嫌な予感しかしないんだけど」

 

 「なんでだよ?」

 

 「世界に喧嘩を売る作戦でしょう? きっと無茶ぶりするんだ」

 

 もう決められた事を嘆くようにシンクは、また大きなため息を一つ。

 反論できないルークは、眉根を寄せ、渋い顔をした。

 それを見てシンクは、嫌な感は変によく当たるもんだ、と嘆く。

 

 「全く、どうしてそう無茶をしたがるんだ」

 

 「勝算があるからだ」

 

 自信満々に胸を張るルークは、大空の彼方に散りばめられた預言の石を指さした。

 

 「あれをただの石ころに出来る勝算がな」

 

 「それで失敗したら散々馬鹿にして笑ってやる。覚悟しといてよね」

 

 軽く肘鉄を脇腹に食らわせて、シンクも建物の中へ入る。

 

 何故かしら、ルークの言葉が世迷言に聞こえないのが悲しかった。

 それはきっと、彼が本当に真剣に取り組んでいるからだろう。

 ちょっとの無茶くらい答えてやらなければと、思わせる程に愚直な彼を少しでも手伝えればと思いながら、シンクは会議室の椅子に座った。

 

 「よーし、集まったな。それじゃ、今後の方針を言うぞ。メモの用意はいいか?」

 

 久しぶりに帰って来たルークにアリエッタが笑顔でお帰り、と言って来た。

 その頭を撫でまわしている間に、生真面目なリグレットがメモを取る用意をする。

 帰って来たばかりで、疲れているだろうからと気を利かせたラルゴが紅茶を各々に配り終え、そしてルークが口を開く。

 

 「お前たちには、ダアトとマルクトを強襲してもらう!」

 

 一瞬の静寂。

 

 「ふざけんなぁぁぁぁッ!!」

 

 シンクの怒号と、リグレットが持っていたペンをルークに投げつけた。

 

 「ちょ、おま、待て!? 落ち着け、先ずは話をしよう!!」

 

 思っていた以上の反撃にルークも逃げ回る。

 そして、シンクが拳を握るのと、リグレットが譜銃に手を掛けるのは、同時だった。

 

 過激すぎる反撃の裏には、信頼をちょっぴり裏切られたような切なさと、この馬鹿を信頼しようと思った自分の馬鹿さ加減を呪った想いが詰まっているとは誰も知らない。

 それは、ルーク然り、シンクとリグレットもそうだ。

 

 「アンタを信じるのを止めるよ! ちょっとくらい無茶して応えようと思ったけど、国を相手にしろとか。死ねッ!!」

 

 「全く持って同感だ。消えなさいッ!」

 

 「おいぃぃ!? 弁明の余地も無いのかよッ!!?」

 

 割と元気な面々を見ながら、ラルゴは微笑み、ネビリムはニヤニヤと笑っていた。

 アリエッタは、三人が仲良く鬼ごっこをしているのだと思い、ヴァンは、普段ならあり得ない二人の様子に少しばかり驚き、微かな寂しさを漂わせる。

 

 「誰か助けてぇぇぇぇえええっ!!」



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自己への破壊衝動

「えーっと、これとそれと、あとこれも貰おうかな」

「へい、お待ち。結構買い込むな、にーちゃん。旅支度かい?」

「あー、そんな感じかな。ここからダアトに行かなきゃならないし」

 

砂塵の舞う貿易の街、ケセドニア。

肌が褐色に焼けた雑貨屋のおじさんは、脳内の地図で現在地と目的地までの距離をざっと計算して少し驚きの声を上げる。

 

「はぁー、ここからダアトねぇ……。随分遠いじゃねぇか」

「まぁな。だから食料とか必要なわけだし。回復用のグミもあって困らないしな」

 

丈夫な皮袋に道具を詰て貰いながらフードを深めに被った男は財布の中身を確かめた。

フードから零れ落ちた黒い髪を鬱陶しそうにしながら、吹く風に巻き上げられる砂に嫌そうな顔をする。

顔に砂が掛からない様にフードをもっと深く被りながら照り付ける陽光に辟易した。

そして大量の人が行き交い、風が無くても砂塵は常にうっすらと幕を張っている。馴れないと目が痛くなるしくしゃみも頻繁にすることだろう。現に彼はここに来てから鼻がむずむずしてたまらないのだ。

 

ここはキムラスカ王国とマルクト帝国が取引をする貿易と交易の中心点。

取り仕切るのはこの両国に属さない第三の国とも取れる独立組織、ローレライ教団である。

高い関税を敷きそれで利益を得ているという構造らしく、何もしなくても設けられる教団にとってみればありがたい、両国にとってみれば仕入れの価値が増す商人や国にとってみれば一概に言えないが嫌な場所である。しかしこう言った第三者が担当することによって両国が平等な立場で取引が出来るという交渉が成り立つのだ。キムラスカは得意の譜業を、マルクトはその豊かな食料や資源を。平和取引の報酬をダアトが。

こう考えれば世界は上手く作っているのだと感心させられるところもある。

 

「ほれ、詰めたやったよ。5360ガルドだ」

「ありがと。5500出すからおつりよろしく」

「まいど。ダアトまでの長旅、気を付けな」

 

お釣りを受け取り男は砂除けの天幕の掛かった店から出る。

今まで陰に入っていたが、一歩外に出ると思わず目を極限まで細める様な強い光が降り注いだ。

口の中で熱さに文句の一つでも言いながら、男は待ち合わせの酒場に急いぐ。人込みをかき分けながら、まだ人の集まらない酒場に入ると、一人の女性が待っていた。

フードを外し、黒く長い髪が背中に掛かっている。男が気軽に片手を上げ声を掛けると、女は小さく頷いた。

 

「メモに書いてあった奴をちゃんと買って来たか?」

「あぁ、買ってきたぜ。言われた通りちゃんと値切って来た」

「重畳。買い物の仕方を教える羽目になるとは思わなかった」

「俺はむしろ値切りの仕方を教わるなんてこれっぽちも思わなかったんだけどな……」

 

安くで買ってきた品を女が確認しながらリストと照らし合わせる。漏れが無いかをきちんと把握すると満足げに頷いた。

 

「よし、揃っているな」

「流石に買い物もできない子供ってわけじゃないぞ」

「金銭感覚が良くないんだ。少し不安にもなるし、ヒューマンエラーは起きてしまうのもだから、二重チェックが必要になる」

 

小さいことでも完璧を貫く彼女の性格が良く分かる一面だと男は感じた。

レシートの方を受け取って女が帳簿に手早く書き込むのを飲み物と軽食を頼んで男は横目で見る。癖のない字が次々と書き込まれしっかりと計算された出費を覗き見ながら男はコップの氷を噛み砕く。

 

「そんなに金が厳しいのか?」

「もう大量の資金が湯水のように湧いて出て来る訳じゃないから、こうしてしっかり書いておかないと前のままの感覚であれこれしていたら財源難に陥るわ。もう私たちは切り崩すという手段しか取れないのだから」

 

そう言うもんなのか、と男は納得したようなそうでもないようなはっきりしない顔をしながら頷いた。

女は一か月の間に使った食料やその他の物品、薬などを算出し終えると帳簿を閉じる。その表情はやはり晴れ晴れとしたものより不安げであった。

 

「カツカツではないけど、緊急時の急な出費に対応する時には頭を抱えるわね……」

「無料で直してくれる奴も居ないしな。今度、行方を探してみるか?」

「止めて置け。あれが本気で雲隠れをすると見つけられん」

 

困ったものだと二人でため息をつきながらも、比較的切迫していないのでまだまだ顔色や内情は余裕だった。

女も軽食を頼んで軽い食事にしながら今後について話し合う。

 

「で、ここからダアトに行くんだよな? どの経路で行く?」

「素直にここケセドニアから海路の方が安定するでしょう。と言いたいけど、公的機関の方で身分証をチェックされると流石に拙い。いつも通り空路で」

「船を雇って、って出来ないんだもんな。さっき言ってた金の問題で」

 

二人は自分たちの脳内世界地図であれこれとダアトまでの道のりを考えたが、公的機関に提示できる身分証が無い二人は空の旅を選ぶしかなかった。

 

「荷物をアリエッタの友達に預けたらそのまま別の奴に乗っていくって感じでいいよな」

「その方がいい。生ものも含まれてるから、先に届けて貰いましょう」

 

軽食のサンドイッチを早々に食べ終わると二人は料金を払って店から出る。

 

「あ、それならラルゴと一緒にこの荷物届けて貰うんだった」

「確かに少し効率を間違えたな。先にラルゴに機械修理品を持って行かせたのわ」

「まぁいいか、そんな大した問題でもないし。それにラルゴはアリエッタと一緒に買い物してたら息抜きもあったわけで」

 

人込みに埋もれてしまう小さなアリエッタ。逆に人込みの中でも目立ってしまう巨漢のラルゴ。

手を繋ぐにしてもその身長の差がありすぎて手が届かない。結局ラルゴはアリエッタを肩車してこの大きな貿易の街をフラフラ遊びと買い物に行くことになったのだ。

言葉ではしぶしぶアリエッタの相手を受け入れたように見えるが、二人から見たラルゴは面倒見のいいお父さん、もしくは初孫を喜ぶおじいちゃんにも見えたわけで、その空間を壊すのは憚られたのだ。

 

「あの二人、ホント親子だよなぁ」

「アリエッタもラルゴには懐いていたからな。ラルゴも満更では無かった様子だった」

 

ラルゴに肩車してもらって楽し気に笑うアリエッタに嬉しそうに微笑むラルゴを思い出しながら男は、だが、と首をひねった。

 

「でも、普通ならあの顔子供が泣いて逃げ出すだろうに」

「アリエッタは成長過程が特殊だからな。人間の強面など、魔物のそれと同じなのだろう」

「それって暗にラルゴの顔がライガとか魔物じみてるって話になるんだけど?」

「気にするな」

 

何気に失礼な会話をしながら二人は街の外に出る。

まだまだ灼熱の日差しが照り付けるこの頃。南に位置する砂漠から砂が舞い上げられるのを遠目からでも確認できた。黄色い靄が街すら覆うように見えるのは、きっと砂漠の細かい砂が下に落ちることなく空気中を漂っていたからだろう。それを認めると、フードや外套で隠した衣服に砂が降りかかっているのが分かる。

それなりの距離を歩いて、砂の道が土の道に変わり草がぽつぽつと生えてきたころ、二人は外套を脱いで外套を叩いで砂を落とす。

 

「あー、体がざりざりする」

「服の中まで砂が入ってきてるな……。水浴びがしたい」

「……………」

 

切望からか、彼女が無意識につぶやいた言葉に男は少し苦虫を噛み潰したような、でも懐かしいような、少し期待を込めたかのような顔をしていて女もどう指摘していいか困った表情をする。

男から見て疑いの視線に感じたのか咄嗟に釈明をした。

 

「待て! 俺はなにもやましいことは考えてないぞ!?」

「いや、待て。私は何もまだ行ってない。そんな事を言うから疑われるのだ」

 

宥める様に女が言葉を紡いだが男にはさらに火が付いたのだった。

 

「嘘だ! 俺何も言ってないのに相手が急に水浴びしたいとか言い出してたまたま近くに居たら『鼻の下伸びてる』なんて言われていわれなき罪を擦り付けられたんだ! 自分から冤罪を晴らさないと誰も信じてくれないんだぞ!!」

「お前は他の歴史で何をしていたんだ?」

 

あまりに必死に言ってくるものだから色んな気迫に押されて女も少し押し黙る。

 

「ま、まぁあれだ。近くでそんな事を言われて言われない罪を擦り付けられたなら、お前を女として意識しているんだと言ってやればそんな発言も慎むだろう」

「それはツッコミ待ちか?」

「何のことだ?」

 

男の苦渋の表情に女がはて、と首を傾げる。

 

「お前はつい数分前、俺の前で水浴びしたいと言ったのにそんなこと言うのかってことだよ!」

「私は女の前に軍人だ」

「全世界お前みたいな女ばかりじゃないんだぞリグレット。最初から女子はいる」

「最初から私が女じゃないみたいな言い草だなルーク」

 

思わずはいそうです、と言ってしまいたくなるのを我慢してルークは黙って首を横に振った。

その時、黒い髪から砂漠の砂が舞う。銃に手を掛けていたが、煙たくてリグレットは手を離し舞った砂煙を払う。

 

「けほ、……全く、砂汚れが酷い」

 

気管を刺激してくる砂にリグレットと呼ばれた黒い髪の女性はため息をついた。

毛先を撮んで視界の前にぶら下げてみる。真っ黒の髪は埃や砂と言った汚れが目立つ色だった。ゆえに今、見てみると煤けた様子である。あまり清潔感があるとは言えない。こう言った事は軍人として経験はあるから嫌悪の感情はそう抱かないが、良い感情は決して抱かないのだ。

だから今日は早く宿に出も行きたいとため息を零す。

 

「この様子だと早く宿に泊まってしまいたいな」

「だな。今日はベッドで寝たい」

 

同じようにうっすら汚れたルークは黒い髪をかき上げる。

彼の髪もまたリグレットと同じで真っ黒だ。二人とも本来の頭髪の色ではないが変装のためにこうして髪の色を変えているのだ。服も一般市民のそれと大して差はないが、互いにお互いを見て、その顔立ちの良さからやっぱり一般人よりかは目立つものだと再確認していた。

二人とも立ち居振る舞いが一般人よりも軍人や戦士のそれであるため、先ず顔立ち以上に雰囲気から違うのもだ。

 

「ここに来るまで散々話し合ったが、私たちの関係は姉弟ということだ。分かったな。接し方はいつも通りでいいから」

「……分かってるけど、なんだそのここに来るまで散々聞いたけど、なんで姉弟なんだよ?」

「結局最後まで、自分で答えを出さなかったか……。それ以外、男女が共に行動する理由を思い浮かべてみろ」

 

そう言われてルークが瞬間思いついたワードは『夫婦』や『恋人』なのだ。

男と女が連れ添って旅をするなど、家族以外だったらこれしか当てはまらない。言われてやっと思い至ったという顔をしたルークにリグレットも少し呆れ気味だった。

 

「意外と、下世話とは程遠い性格のようだな」

「貴族が下世話社会だって言うのは認めるけど俺には関係ない世界だったからなぁ。……でも」

 

納得したという表情だったルークがそれでもなお、姉弟という関係に渋り口籠る。

 

「なんだ、お前はそれでいいのか?」

「………お前が何を言いたいのか大よそ見当がついたが、気にするな。それにルークは一時的と言え私との関係を夫婦や恋人として偽るのは嫌だろう」

「確かにいい気はしないけど、その姉弟って言う設定でリグレットが苦しむなら俺は別に、こ、恋人でも……」

 

頭を掻きながらルークが気まずそうに視線を彷徨わせる。

そんな姿にリグレット少しだけ場違いな事に考えを巡らせていた。このルークという人物は、悩む時や困った時など頭を掻く癖がある。そして相手を素直に気遣えないからそう言った時は絶対に視線を合わせないという事だ。最初は、視線をあせないことが度々あればなんだ此奴は話をしているのに真っ直ぐこちらを見ないなんて、と内心少し怒っても居たが、ルークのことを知ればそんな行動も逆に気遣ってくれているのか、と嬉しく思う。

自分がそうやって気遣われていることに喜びを感じているのを隠してリグレットはルークに諭した。

 

「これもダアトに行くまでのただの言い訳だ。それに変に意識されても困る。丁度いいことに歳も近いのだから姉弟でいいだろう」

「あんまし似てねぇって俺たち」

「人はそこまで気にしない」

 

確かによく見れば顔つきは似ていないが、相手もそこまで深く観察などしないモノだと切り捨てる。いよいよ拒否する理由が無くなって来たルークは、ぽつぽつと本音を語り始めた。

 

「俺はお前に一人で辛い思いをさせたくないんだ。気にしなくていいって言っても、お前は気にするんだろう」

「かもしれないが、一番穏便に済むならそのくらい」

 

そんな事かと、リグレットが言い切る前に、今まで視線を合わせても居なかったルークが急に視線を合わせ、言葉を遮る。

 

「そのくらいじゃねぇんだよ。いつまで自分をそんな蔑ろにするんだ。誰にだって抱えたトラウマがある。俺はそれを分かってて掘り返したくない。リグレットが辛そうにする姿見たことないけど、俺は見たくない」

 

真っ直ぐに見つめられて、そんな事を言われてリグレットは面食らってしまう。彼は本気で自分を気遣っているのだと分かったからだ。最初は姉弟という家族設定が気恥ずかしいのだと思っていた。話していくうちに自分を気遣っているのだと分かったのだが、こんなに本気だとは露ほども思わなかった。

自分たちの生存が誰にも知られないようにするためなら、例え自分のトラウマも抉る覚悟は出来ていた。

ルークはそれをあっさり打ちこわし、自分が逃げている問題に真っ直ぐ向き合ってきた。碧眼が真っ直ぐに自分を捉えて離さないことに気付いた瞬間今度はリグレットが視線を逸らした。

 

「分かった。あと、……すまなかった」

「なんで謝るんだよ」

「……今思えば、まるで代わりをさせているようだと思ったから。そんなつもりは無かったがきっと無意識だったんだ。……死んだ弟に重ねていたのかもしれないな」

 

呟くようなか細い声でリグレットはそう応えた。彼らの存在は常に誰かの代替品である。レプリカというのはそう言う物だ。自分だって今でもレプリカは誰かの何かの代替品だと思っている。そして自我を持った彼らはそんな代替品であるという立場から抜け出し自立を求めている。今しがた自分がやった行いはそんな彼らを侮辱するものだということに気付くのが遅かった。

既に彼ら自我を持った存在は代替品などではないというのに。

 

「そう言う意味で、私はお前に辛い思いをさせたと思う。謝るのは普通だ」

「そう思うんだったら、その言葉は受け取る。でも、俺が言った辛い思いをさせたくないって言うのは嘘じゃないから」

 

それから会話が無くなり恥ずかしさからかルークが後ろを向く。

 

「そんじゃ、とっとと行くぞダアトに」

 

そう言ってルークが懐から笛を取り出すと一定の間隔で吹いた。

すると大空から大きな鳥型のモンスターが数匹降りて来る。そのうちの一羽にさっき買った物資を渡してフェレス島に持って行くことを頼むと、残り二匹に二人はそれぞれ乗った。

力強い羽ばたきで大空まで舞い上がる。

 

大空を進みながらリグレットはそっと胸部に手を置いた。そして思い浮かべる。

もし、もしも。

あのままルークが自分の事を「姉さん」と呼んでいたのなら。少しでも姉扱いしたのなら。

 

自分の中で何かが音を立てて崩れたのかもしれない、と。

それは本名を捨ててリグレットと本格的に名乗る時捨てた、ジゼルの心がきっと、騒ぎ立てていたに違いない。

そうなってしまえばきっと『リグレット』という個が修復できないほどに壊れたのだろうと想像することは難しくなかったのに、自らその破滅に脚を踏み入れた。その行為がどう言った心理から来るものなのか。分かっている。なんの意味も無い自分がただ楽になりたい、もしくは

 

「罰が欲しかったのだろう。責めたててくれる罪を感じてくれる自分の良心が」

 

第七音素の秘術《リヴァイブ》の習得の時、命すら顧みなかったのもきっと同じ心理だったのだ。

自分たちはこの世界を壊すために動いていたというのに今になってこの世界を守るために動いている。このままルークの筋書き通りに行けば自分は大罪人だ。それが怖いわけではない、だが。今までの事を誰かに罰して欲しかった。世界を救ったから今までの罪が清算されますよという都合のいい夢を抱けるほど、自分が子供ではないから。

だから、きっと自分から傷つくような行為ばかりをしているのだ。この罪を抱いたまま壊れてしまえたら。そうやって逃げていたのだ。本当の罪の重さに押しつぶされてる前に。

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

ルークたちがダアトに向かう頃、フェレス島に残ったヴァンとシンクは届けられた新聞や世界情勢についての情報を片っ端から調べていた。机の上には新聞の山が出来上がっており、通りがかったネビリムが怪訝そうな表情をして去っていく。

ぺらり、と薄い紙が捲られていく音がする。

細かい字を追う二人の目は真剣そのもので、誰も声を掛けようとは思わなかった。しばらくして、目の疲労が無視できなくなったころ、ヴァンがおもむろに立ち上がりキッチンで湯を沸かしコーヒーを淹れて戻ってくるとシンクも新聞を放り投げる。

 

「少し休憩にしよう。流石に目が疲れるな」

「まったくだ。それにしても、まさか戦争開始が遅れるとは思わなかったよ」

「他のセフィロトを閉じていないから大陸が魔界(クリフォト)に落ちることはないだろうが、このまま両国が睨み合うだけと言う訳ではない筈だ」

 

ヴァンは少しだけ焦燥を感じながら新聞の一面に目を止める。

 

「戦争が起きれば、預言通りになる。出来れば、避けたいのだが……」

「そこはルーク次第になるんじゃないの? と言っても僕はどれだけ死んでもどうでもいいんだけどさ」

 

熱いコーヒーを飲みながら二人はソファに深くもたれ掛かる。

シンクは仮面を外し、目頭を押さえた。相当目に疲れが溜まっているらしい。シンクが本格的に休憩に入りつつヴァンがゆっくりとしたスピードでダアトの新聞に目を通した。

 

そこに書かれてあったのは、大詠師モースが実権を握ろうとした時に、導師イオンが帰還し神託の盾(オラクル)騎士団の首席総長や六神将不在という異常事態を取り纏め、その手腕を発揮し立て直したという記事だった。どうやらダアトの地盤は応急処置ながらも安定していることが窺える。現在大詠師モースはキムラスカへ渡航しているそうだ。どうやらキムラスカから呼ばれたようである。

この分なら一週間後にはたどり着くか、と頭の中で考えた。

 

ヴァンはどうせ預言通りルークが死に勝つことが記されているキムラスカへの御機嫌伺だろうとその行動を予測しつつ、アッシュたちが現在マルクト帝国の首都、グランコクマに居ることは把握済みである。

明日くらいには出立するだろうと計算しながらヴァンは新聞を置いた。

 

「シンク。私と限りなく同じ想いを抱いていたお前に聞きたい」

「なに、藪から棒に」

「私はこの世界は滅びるべきだと思っていた。自分の故郷が瘴気の泥に沈んで、私の目的は預言からの脱却という名の全世界への報復、根源を破壊することなのだと。その純粋な、言い換えれば破壊衝動はお前と変わらない」

 

語り始めたのは、彼がどうしてレプリカ計画を始めたのか。

その理由だった。

 

「この世界に復讐を。そして、預言のない世界を。私は常にそう思って来た。だが、この世界で預言のない世界にし尚且つこの世界に間接的にも大きな復讐を遂げられるなら、私はルークの策もいいと思った。………この世界の破壊その物が目的のシンクは、この世界が救われた後、生き残るつもりはあるのか?」

「……あるわけないだろう。僕は、この世界が完全に生き残るなら死ぬ。まぁ、アイツの策で世界が滅茶苦茶になって混乱するって言うならその様子を見てるのも楽しそうだし、協力はするけどね」

 

読み終えた新聞紙でシンクは紙飛行機を作る。

そしてこの狭い空間でそれを飛ばしたが、この紙飛行機ではこんなちっぽけな世界の端にすら到達できなかった。

机を飛び越えて崩れ落ちた紙飛行機。柔らかい紙は墜落の衝撃で歪んでいた。

 

「僕は、この世界で生きて行くにはあまりに不都合な存在さ。成り損ないのレプリカってみんなそんなもんだよ」

 

脳裏によぎったのは、ルークの言葉。

自分たちレプリカは何にだって成れる。自分が思い描くような存在に。

だが、彼はもう一個語っていた。成ろうとするのを世界が邪魔するのだと。

自分は、この紙飛行機だとシンクは思う。満足に世界を満喫するより先に世界が飛ばせない様に羽を折ってくる。そうされないように足掻けば足掻くほど、息苦しさを感じる。

自分が自分になることにシンクは憧れた。そうありたいと強く思った。だが同時に世界に既に負けていたのだ。そもそも勝てないから、全てを壊すと決めたのだ。

仮面を深く被り、この世界に勝つ姿を夢想する。

 

「勝ちたかったさ。でも負けたんだ。僕ら六神将はみんなそうだよ」

「……それならば私もだろう。そして私の感情や考えに最も近いシンクを最終戦力としただろうな」

「あれ、リグレットじゃないの? 随分とアンタに心酔してるじゃないか」

 

それを聞いてヴァンは、喉で笑う。その笑みは暗いものだった。

 

「シンクが見誤るとはな」

「なんでさ? 誰から見てもリグレットはアンタに想いを寄せてるでしょ」

「馬鹿を言え。あれはそんな単純な感情ではない。あれは優越感と孤独だ」

 

仮面の奥でシンクの瞳が怪訝に細められる。

深く座ったソファから体制を直し、胡坐をかいて頬杖をついた。

 

「なんでそう言い切れるのさ」

「リグレットと私の出会いは殺し合いから始まった。それからは、お前も知っている通りティアの教官になるように勧め、そしてティアへの師事が終わった時、リグレットは私に忠誠を誓った」

 

ヴァンはコーヒーを見ながら語り続ける。

 

「私の過去を知って、彼女は私に気を許したのだ。そこにあったのは、自分以上の悲惨な人生を辿った私に対する一種の優越感だったのだよ。自分より酷い道を歩んできた者を見て安堵するのは誰にだってある事だ。そして、当時の彼女は―――――」

 



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状況打開の案

「では、作戦会議を始めましょう」

 

真ん中がくり抜かれた円形のテーブルを皆で囲みジェイドは全員が揃ったところでそう言った。

集まった皆はこの間よりは顔色は良い。雰囲気までいいかと問われれば微妙であるが。だがジェイド・カーティスという男はそう言った部分を特に気にしないので、ずれたメガネの位置を元に戻すと淡々と議題を進める。

 

「私たちの最大の目的は戦争の回避、その為にはキムラスカ王国に行くことです。ですが現在はそれこそ戦争が始まる手前、私たちが気軽に行ける場所ではありません」

「陸路、海路で行くことは出来ないでしょうね……」

 

ナタリアの悩む声にジェイドは頷く。

 

「現状、国境を超えることは不可能です。不可能ですが……皆さん、とんでもない賭けに出てみませんか?」

 

白く輝く鏡面のようなジェイドのメガネ。全員が少しだけ身を引く。

その全身から溢れ出るただならぬ気配。彼の背後から後光、もしくは漆黒の闇が広がっているかのようだった。

誰もが表情で、その賭けを辞退しているのに彼は全員の反応を楽しむと笑顔でこう言った。

 

「アッシュの超振動でバチカルへ行きましょう」

 

たっぷり一分。会議の時が止まった。

そしてきっかり一分。その場が割れんばかりの声が響く。

 

「な、なに言い出してるんですか大佐ぁ!!?」

「ジェイド流石にそれは無理だろ!!」

「考え直してくださいませ大佐! もしもがあれば私たちは死んでしまいますわ!」

「ふざけてんじゃねぇぞクズ! そんな危ないことが出来るか!!」

 

アニスとガイとナタリアとアッシュが立ち上がって抗議する。

イオンはその大胆な案に唖然とし、ティアは僅かに考え込む。

ジェイドは四人の声に涼やかな笑みを浮かべるだけだった。

 

「えぇ、あなた方の意見と反応は最もです。私も重々理解していますよ」

「してるならもっとまともな案を出せ!」

「これが一番だと私は思っています。なにせ成功したら直通ですからね」

「大佐! 流石にお城行きのフリーパスでもそれは不味いでしょ!」

「アニス、考えてみてください。では徒歩でえっちらほっちら行って無事にたどり着ける確立と超振動の確率、本当はどっちも変わらないんですよ?」

 

ジェイドの冷静な声にアニスは、きょとんとした。

 

「で、でもこの少人数ですよ? 隠密鼓動を取ったらそっちの方が……」

「見つかる確率は低くそしてこっそりキムラスカへ行ける。そうですね、私もそう思う部分はありますがあまりに不特定要素を含みます。ですが超振動の方は既に前例がある。でしょう、ティア?」

「は、はい。……私とルークで一度そんな事が……」

 

急に話を振られてティアの肩が跳ねる。

 

「でも大佐、私がルークと起こした超振動の移動はまぐれです。また起きるという保証はありませんし、それに無事にバチカルに収束する保証も……」

「それはルークが第七音素を扱うという事が出来なかったからでしょう。それを制御し人為的な物にする、というのが今回の目的です」

「……自分で言うのもなんだが、俺は超振動のコントロールは上手い訳じゃねぇ。失敗することもあり得る」

 

アッシュの苦い声にジェイドは瞳の奥を細める。

 

「安心してくださいアッシュ。そこはここに居る全第七音素を使える人たちがコントロールします」

「え?」

 

衝撃的な言葉にその場にいたティアとナタリアが驚きの声を上げた。

 

「大佐、待ってください! 私たちは第七音素を使えるだけで超振動のコントロールは出来ませんよ」

「そうですわ! 一体どうやってそんな事を」

「まぁ、待ってください。超振動というのは完全同位体の音素二つが干渉し合い起きる物です。これを疑似的に起こします。これは通常の超振動ではありません。詳しい説明は省きますが、その音素の量などを調整して目的の結果が出る様にするという事です」

 

そして彼は、少しだけ重たい息をついた。

 

「これでも昔、私は疑似超振動について研究をしていたんです。それにルークとティアが起こした超振動のデータはタルタロスから抜いてきました。これを元に昔の研究データと照らし合わせて大よそ、必要な量の音素とどう言った風にすればいいかを割り出しましょう」

「それならそうと早く言ってくださいよ!」

「私だって忘れたい過去があるんです。これはそれなんですよ」

 

アニスの不満にジェイドは少し苦い笑みを浮かべる。だが彼は意を決したようにガイを見た。

 

「ガイ、アナタは私を恨むでしょう。それこそ殺したいほどに」

「どう言う事だよ、旦那」

 

彼がのらりくらりと躱さず、真っ直ぐにガイを見る。もう逃げることをしないと彼の中で決めたのだ。

ジェイドは思い起こすように語り始めた。

 

「まぁ、理由としてはホドが滅んだのは私のせいだからですよ。ホド戦争が始まる前、私はとある少年、そう当時11歳の彼を機械に繋ぎ疑似超振動やレプリカの研究をしていました。そう言う意味で、ホドは私の技術とマルクトの最深部の技術の研究所でもあったんです。そしてキムラスカと戦争がはじまり、情勢が危なくなるや否やその少年を使って、疑似超振動を起こしホドを沈めたのです」

 

淡々と彼は言う。

 

「ガイ、この事実を知ってもアナタは私を恨まないと言えますか?」

 

ジェイドの視線の先のガイは、唇を噛みしめ手を握り締めていた。激情を押し留めようとして、唇の端から血がにじむ。彼の震える肩にナタリアが触れようとして、彼の体質を思い出しそっと引いた。気づかわし気なナタリアにも気づかずガイは小さく言う。

 

「なんで今になってそれを?」

「……アナタの剣術を見て察していました。それはホド特有の盾を持たない流派、シグムント流のモノでしょう。ユリアの譜歌についても良く知っていた所を見ると、どこの出身かは想像は尽きます」

 

ジェイドが珍しく緊張の息を吐く。そして、手を打ち鳴らした。

 

「と、言う訳で今日はここまでです。各自解散。後で全員どうするか教えてください。陸路にしろ海路にしろ超振動で行くにしろ、私に意見を持ってくるなり他の人と相談をどうぞ」

 

会議の終わりに全員が僅かに力みを抜く。ジェイドは一足先に会議室から出て行った。その後姿を見送ったガイは、長く息を吐く。

 

「はぁー…………。俺たちって意外と因縁で結ばれてるのかもしれないなぁ」

 

それは何気ない感想であり、故に嘘偽りのない本心だった。疲れ切ったガイにナタリアは声をかける。

 

「ガイ、無理をしないでくださいませ」

「ははは、有難うナタリア。でもここでぐっと我慢して、無理しないとたぶん俺はもう忘れようとしたことを思い出しちまうんだ」

 

イスに深く座ってガイは手を額に当てた。どっと疲れたかのような疲労感が襲う。

自分は、もう復讐はどうでもいいと思っていた。果たして本当にそうだったのか。いや、きっと違ったんだ。

ルークに対しての憎しみが消えただけで、まだあの理不尽な唐突な戦争を故郷を滅ぼした者を許せたわけではなかった。でもだからこそ、自分がぐっと飲みこんで我慢しないといけないのだ。

今ここで憎しに駆られている場合ではないというのも大きな理由だが、一番は。

 

「こんな情けない顔してたら、ルークに笑われちまう。……俺はあいつの分まで生きてるんだ。そんな俺が誰かに復讐とかやってられないってことだ。……だからアッシュ、後で話し合おう。今はちょっと無理だけどお前とも分かりあわなきゃいけないんだ。辛かったろう」

「……ッ、別にそんな事は」

「その変な所で意地張るのは、昔から変わらないなぁ」

「ふん!」

 

腕を組んでそっぽを向く。そのアッシュの横顔が少しだけ綻んだのにガイもほっと息をついた。

ずっと恐れていた。アッシュがルークの居場所を食ってしまうんじゃないかと。大切な親友が居た残り香までも消されてしまうのではないかと。でもそれは勝手な妄想だというのも分かっていた。彼にはそのつもりはない。ルークになれと言われてもきっと頷かない。しかし世界はきっと彼をルークにしてしまう。それを恐れていたのだ。

自分を変えてくれた掛け替えのない親友の為にも、立ち止まる事だけは出来ない。ガイは脚に力を入れると立ち上がった。

 

「俺も休ませてもらうよ。気持ちを整理したらまた話し合おう」

 

そう言って手を振ってガイは会議室から出て行った。

残ったのは、アッシュとティア、ナタリアとアニスとイオンだった。

この場に居るものはアニスを除いて第七音素を扱える存在であり、ジェイドが出した提案に関係ある者たち。今からは彼の提案に伸るか反るかを決めなければならない。アッシュは難しい表情だった。

なぜなら彼は自分の力の制御というのに少し不安がある。ルークと違いオリジナルであるが故にその力が強大で制御面では心もとないのだ。

元より人智を超越した領域の力。そう簡単に扱える訳ではない。その不安からアッシュは無意識に問う。

 

「お前たちはこの賭けに乗るのか?」

「……どうでしょう。安全面では不安がありますわ。でもそれは陸路海路でバチカルに向かうのとあまり意味は変わらないですし」

「悩みどころですね。僕もどちらの方法でバチカルを目指しても大して差は無いと思います。でも第七音素の、それも疑似と言えど超振動のコントロールとなれば不安にもなります」

 

イオンも神妙に頷く。

 

「うーん、結局どっちも一緒ってことなんでしょ? なら確率高い方にした方が良くない? 確かその疑似超振動での移動ってある意味一回は成功してるんだよね」

「そうね。ある意味一回成功してるわ。収束点を制御できれば、本当に言う事は無いのだけど」

 

アニスの前向きな発言にティアも少しだけ肯定する。だがティアの返答にアニスも、やっぱりそこか、とため息をついた。どう考えても結局「本当に成功できるのか?」という不安の前に勝てない堂々巡りであった。

 

「戦争が始まるかもしれないルグニカ平原を横断するという行動とどっちがいいかと問われても、本当にどっちもどっちね」

「困りましたわ……。時間はないというのに」

「私はそんなに難しいことを考えられないから、もうこの際、アッシュが超振動扱うの下手くそだからその修正のついでバチカル行くって言う事でいいんじゃないかな?」

「なんだとてめぇ!!」

「事実じゃん怒んないでよ!」

「アニス、流石にアッシュも怒りますよ」

 

ストレートな言い方に怒ったアッシュにアニスが言い返し、そんな二人をイオンが苦笑しながら収める。

アニスなりに空気を軽くしようと思ったのかもしれないがアッシュが一部素直な性格でそのままとして受け取ったようだ。もしかしたらアッシュは難しく物事を考えるのが苦手なのかもしれない。

 

「どっちにしたって、アッシュがもうちょっと上手く超振動を扱えるって言うのは便利になるんでしょ? だったら今ここで修正しちゃおうよ。一石二鳥じゃん」

「確かにそっちは効率良いわね。戦力にもなって便利になって……」

「てめぇら、俺を何だと!」

 

今にも噴火しそうなアッシュを見てアニスがすかさずナタリアに振り向く。

 

「ね、ナタリアはどう思う?」

「そうですわね。確かにアッシュがさらに強くなって色々出来る様になったら素晴らしいですわ」

「…………ッチ。少しくらいなら付き合ってもいい」

「さっすがアッシュ、話が分かるぅ~」

 

既にアッシュの扱い方を理解し始めたアニスは心の中でにやりと笑う。

アッシュはナタリアの言葉に矛を収めて、だが少し苛立たし気に腕を組んだ。ティアとイオンはその様子を困ったような苦笑いのような、そんな表情を浮かべる。

 

「アニスもそんなにアッシュを弄らないで提案してあげてください」

「はーいイオン様」

 

子供っぽく返事をしてアニスは、イスから飛び降りた。

 

「それじゃ、やること決まったみたいだし私は大佐に報告しにいくね」

「えぇお願いするわアニス。私も部屋でちょっと休もうかしら」

「僕も部屋で少し休みつつ資料を読んでおきますので、用事があれば来てください」

 

ティアとイオンも席を立つ。三人は手を振って部屋から出た。

自然と残されたアッシュとナタリア。こうして向かい合うのは、初めてでどちらも少しきまづかった。ナタリアの本心としては誰でもいいから一人くらいは残ってほしかったのだが止める暇と理由が無く、タイミングを逃してしまった。

こうして二人だけになると、ナタリアもまじまじとアッシュを見る。彼は気難しそうに眉間に皺を寄せて少し視線を逸らしていた。彼の心情を推し量れないからその態度が何を意味するのかなんて分からないが、アッシュがここから出て行かないことを邪険にしていないと受け取り、小さく深呼吸をして意を決する。

 

「あの、……アッシュ。私、アナタに言いたい事があるのです」

「なんだ」

「…………昔の約束、覚えていらっしゃるでしょうか?」

 

その問いにアッシュの表情が一瞬、柔らかくなる。

 

「さぁな。もう覚えてない」

「……有難う御座います。その答えが聞けただけでも、良かったですわ」

 

ナタリアは少しだけ晴ればれとした表情でこう言った。

 

「初めましてアッシュ。これからよろしくお願いします」

「意外だな。納得するなんて」

「私、気付かされたんです。ただ約束に縛られていたのだと。そしてそれは貴方も。でもこの約束が支えにもなっていたのでしたら私は幸いです。貴方はこの約束があったから、自分が『ルーク・フォン・ファブレ』でなければならないと思っていて、そしてそのルークの場所に……私のもう一人の幼馴染が居た。それが言葉にできない感情を産んでいたのでしょう。もちろん、それだけではなく貴方という存在居場所全てが他の人の手にあったから寛容できなくて。でも貴方は貴方ですわ。だから私はアッシュを受け入れます」

 

全てを言い切るとナタリアは微笑んだ。

 

「だから貴方として、もしよろしければファブレ家へ顔を出してくださいませ。叔母様も喜びますわ」

「そうか。……ありがとう」

 

アッシュはその言葉に、どこかで肩の荷が下りた。そんな気がした。




あとがきから失礼します
再発を願ってくださった皆様ありがとうございます。
この度からちまちままた投稿していこうと思っております
時間が開いたときや筆が乗った時は出していこうかと

声援があったおかげでまた始めようと思ったのは事実です
キャラに対してはかなり自己解釈を含みます。主に六神将
彼らの内面情報が少ないのでかなりあれこれ手を入れていますので「こんなのこのキャラじゃない」と思われるかもしれませんが、生暖かい目で見守って下さい


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