窮天に輝くウルトラの星 【Ultraman×IS×The"C"】 (朽葉周)
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00 出会いと始まり。

「……なんだ?」

その日、いつものように自宅のデスクトップにデータを打ち込んでいた俺は、不意に脳に響く『何か』に、ふと作業を続ける手を止めて、視線を宙に向けた。

「………………」

脳裏に響くソレ。聞き覚えの無い、けれども馴染みのある感覚。俺がこの世界に生れ落ちたとき、何時の頃からか目覚めていた異能。脳量子波と呼ばれるソレ。

人類進化の可能性の一つ。生まれたときからその能力に目覚めていた俺は、直感に優れていたり、稀にこうして何かの『声』のようなものを聞き取ってしまう事があった。

けれども、何かおかしい。いつも聞こえてくるのは、例えば人間の『恐怖』だったりする強い感情、または動物的、本能的な『感情』を感じる事が多い。

けれども今感じているコレは、何故だろうか、『感情』よりも『理性』……違う、これは『意志』だ。人が漏らす『感情』ではなく、『意志』が伝わってきている。

そう考えて、思わず馬鹿なとその結論を斬る。

俺には前世の記憶がある。

ぶっ飛んだファンタジーな世界だとか、SFな世界から転生した、とかではなく、極々普通の日本人として過ごした前世の記憶だ。その前世の比較して、俺の生まれた世界を評するなら『現代』。

嘗ての世界との類似性はきわめて高く、少なくとも俺が『脳量子波である』と仮定しているこの能力は、決して一般的な能力ではない。

脳量子波を用いて『意志』を『発信』する? 少なくとも、脳量子波を扱いなれた俺ならできるが、それを受信できる『相手』の存在しないこの世界では無意味な行為だ。

……そう、存在しない筈なのだ。少なくとも、今までは。

ガラリ、と音を立てて窓を開ける。これほど強烈な脳量子波だ。あるいは近くから発信されたものかもしれない。そう考えて、感覚の伝わる方向へと視線を向けて。

「……あ?」

そうして、思わずそんな間抜けな声を上げる。

そらから降り注ぐ白い光。尾を引いて流れ落ちたそれは、そのまま近所の山へと墜ちていったように見えたのだ。そう、墜ちて。

如何いうことだと思わず首を傾げる。落ちたのが仮に隕石であったのだとすれば、余りにも静か過ぎる。隕石なんてものは、握り拳程度の石ころが落ちてきても大惨事なのだ。

だというのにあの光は、確かにあの山に落ちたように見えた。だというのに、爆音が聞こえるでもなく、ただ光が溶け込むように消えただけなのだ。余りにも不自然。むしろあれは着陸した、のか?

「……行ってみる、か?」

落着した光、脳量子波。この二つをあわせて考えれば、可能性としてありえるのは……ジョークとしても三流なのだが、『宇宙人』という事に成る。

脳量子波とはそもそも、宇宙に出た人類が人とより良く解り合う為、そして宇宙と言う広い世界に出るための最初の進化であるとされている。そんな脳量子波は、宇宙人とのコンタクトなどに使われたりもするらしい。

少なくとも宇宙進出など夢もまた夢の現状、地球人に俺以外のイノベイター……脳量子波を扱う存在が居るとは思わない。いや、俺と言う存在が居る以上、絶対にありえないとは言えないのだけれども。

仮に宇宙人であった場合。まぁ、俺に伝わる脳量子波からは敵対的なイメージは存在しない。多分、行ったとしても問題は有るまい。

内心で出た結論に小さく頷き、それでもちょっと恐かったので、自作のヘッドマウントディスプレイやレーザーガンを持っていくことに。

……この世界に生まれて以降、脳量子波だとかにくわえ、妙に頭がよくなってしまっていた。このレーザーガンやHMDもその成果で有ったりするのだが。

因みにレーザーガンは単純な集光砲で、出力は300mW程度。手に当てれば火傷する程度の威力だったりする。

「さて」

一通り服装を整えて、そのままこっそりと玄関を出て、自転車に乗り込む。

自転車に乗ってそのまま近所の山へと自転車を走らせる。山とは言っても所詮ご近所。自転車を少し飛ばせば、あっという間に目的の山、その中腹に存在する公園へとたどり着くことが出来た。

 

 

 

頭にピリピリくる脳量子波の感覚は、この山の公園からさらに少し登った辺りから感じられる。自転車ではこれ以上いけないだろう。そう判断して、自転車を公園に止めて、感覚に従って山を昇り始める。

この山は昼間は近所のガキンチョの遊び場になっているような、危険性の低い人の手の入った山なのだが、現在のこの山は何処か不思議な気配に包まれていて、とてもではないが普段と同じ場所であるとは思えない。

「この雰囲気だと、宇宙人っていうよりも幽霊でも出てきそうな雰囲気なんだけど……」

完全に真っ暗な闇の中。HMDの暗視機能で視界の確保は出来ているが、それでもこの周囲に漂う妙な気配についつい緊張してしまって。

「ねぇ」

「うわっ!?」

そうして、不意に背後から掛けられた声に、思わずそんな声を上げて驚く。

慌てて背後を振り向けば、其処には年の頃で言うと、今の俺よりも幾つか年上に見える女性が一人。その背中には巨大なドラム缶のようなものを背負っていた。

「な、だ、誰?」

「私は篠ノ之束。自称発明家だよ。そういう君は? なんでこんなところに?」

「お、俺は柊真幸。此処にはその、落ちた光を探しに……」

HMDを取り、その背後に立つ女性――篠ノ之束と名乗った女性に顔を向ける。手に懐中電灯を持って此方を照らしている、紫がかった長髪にたれ目の、結構美人な女性。

――って、篠ノ之束? 何か何処かで聞いた事のあるような名前に、内心で小さく首を傾げる。何処で聞いたのだったか思い出せないという事は、大したことではなかったのかもしれないけど。

「ふーん、星を探しに?」

「そういう風に言うと、何かロマンチックな響きだけど」

「にゃはは、ってそうじゃなくて、此処は危ないから帰った方がいいと思うよ?」

女性――篠ノ之さんはそう言って、俺を此処から遠ざけようとする。という事は少なくとも、彼女は俺と同じかは別として、ここに何かがあると判断して此処に居る、という事なのだろう。

「えーと、篠ノ之さん? はなんで此処に?」

「束でいいよ。私は……ちょっと調査に来たんだけどね。この空間粒子運動計測装置が妙な信号をキャッチしたから」

そう言って背中のドラム缶――どうやら計測器の類だったらしい――を指し示す篠ノ之……束さん。自称発明家、というのは胡散臭いが、仮に機械で俺と同じものを感知したのだとすれば、それは結構凄い事かもしれない。

そんな束さんと向かい合いつつ、さて如何したものか、なんて考えていたら。不意に脳裏に強烈な刺激を受けた。何事かと視線を向ければ、その方向からうすぼんやりと白い光が零れているのが見えた。

「こんなところに光? ……って君、ちょっと待って!!」

舗装されていない山道。けれども脳量子波で大体の空間が把握で切る俺は、HMDを手に持ったままひょいひょいと木の根を飛び移り、光の方向へと向かって行く。背後から束さんが俺を止めようとしているが、悪いけど無視して先へと進む。

そうしてたどり着いた先。本来なら滅多に近寄る事はないだろうその山の中。隕石らしき光の落着点だろう其処。其処にあるものを見て、思わずぽかんと口をだらしなく開いてしまった。

「はぁ、ひぃ、ふぅ、束さん一応運動もできる筈なんだけど、君束さんよりも早……え……?」

そうして背後から聞こえてきた声が、途中で途切れる。彼女もまた、目の前の「コレ」を見て呆然としているのだろう。その様が容易に想像できた。

「う、ウルトラマン?」

なだらかな山の割れ目。唯一土肌の露出したその谷間に横たわる、光の巨人。俺の知る限りでは、多分ウルトラマンと呼ばれる存在、らしきものが、其処に力なく横たわっていた。

「う、ウルトラマンって、あの特撮の? え、なんで実在してるの?!」

背後で束さんがそう声を上げる。そう、前世、嘗ての世界だけではなく、この世界にもウルトラマンと呼ばれる特撮番組は存在している。時期的に平成シリーズの放送はまだなのだが、それでもウルトラマンといえば誰でも知っている程度の認知度はあるのだ。

そんな架空の存在である筈の光の巨人、ウルトラマンが、事実として目の前に存在しているのだ。そりゃ、誰だって驚きで硬直するだろう。

そうして少し硬直している最中、不意にその光の巨人に視線を向けると、身体の所々から金色の光を零れさせ、脳量子波からは力の無い声のようなものが聞こえていた。

「……もしかして、死掛けてる?」

おぼろげな前世の記憶を漁るに、確かあの金色の輝きと言うのは、ウルトラマンの命の光であったような気がする。つまりこのウルトラマンは、血を流して倒れ伏している、という事に成るのか。

「死掛けって……て、手当てしないと?」

「如何やってするのよ。人間ならまだしも、宇宙人の、それもこんな巨人の手当の方法なんて存在しないよっ!!」

「え、えーと」

そりゃそうだ。相手は山よりも大きな巨人であり、宇宙人なのだ。手当ての方法もなければ手段もないのだ。

だが、だからといって目の前で死にそうなその巨人を見捨てる事も出来ない。何か方法は無い物かと思考をめぐらせていると、不意に脳量子波から何かの声が聞こえていた。

「……光?」

「え?」

「光が要るんだな!!」

「え、ウルトラマンが何を言ってるかが分るの?」

束さんの言葉に頷きを返しつつ、聞こえてきたウルトラマンの声になるほどと内心で頷く。確かにウルトラマンは光であり、彼らに力を届けるのは何時だって光だった。

「えーと、何か光、光を与えられるものは……コレしかないか……」

腰に存在するソレ。護身用にと持ってきたレーザー。収束率を少し触り、熱量を抑えれば……でも如何考えてもウルトラマンを回復させるほどの光量を得るには電池が持たない。

「なになに、あのウルトラマンに光を当てたら助けられるってことかな?」

「そう見たいですよ。でも、俺が持ってるのって、このレーザーくらいで……」

「ちょっと見せてね。ふんふん、へぇ、結構確りした造りで……あー、こりゃバッテリーがたんないねー。よし、此処はこの束さんに任せなさい!」

そういって束さんんは、フンフン♪と鼻歌を歌いながら、俺のレーザーガンを解体し、背中に背負ったドラム缶から線を延ばし、ゴチャゴチャと改造していく。こんな所でいきなり改造しだす辺り、発明家と言う言葉の信頼性は意外と高いのかもしれない。

で、その内容なのだが、多分レーザーの出力調整と、バッテリーを電池からあのドラム缶へと繋ぎ変えているのではないかと思う。でも、それだけにしては妙にゴチャゴチャと弄ってるような?

「出来たー! 簡易型の光照射装置!」

「マジでっ!? じゃなくて、なら早速!」

「はいはーい、それじゃ早速、ポチッとな!!」

途端、「ビィィィィ!!」 という音と共に、束さんの背負うドラム缶に取り付けられたレーザーガンから白い光が放たれる。因みに「ビィィィ!!」という音はドラム缶から鳴っている。後付けかい。

そうして放たれた白い光は、ウルトラマンの胸部にあるカラータイマーらしきものへと当てられて。

「お、おぉ」

途端、ウルトラマンの胸部から全身へ向けて、光の波のようなものが伝わっていくのが見て取れた。光が当てられて行くに連れ、徐々にその存在感のようなものを増していく光の巨人。ちゃんと回復できているようだ。

このまま行けばこの光の巨人も回復しきるだろうと考えて、不意に何か肝心の事を忘れているような感覚に囚われた。

――なんだ、何が抜けているんだ?

俺の今回の目的は、『近所の山に墜落した光の調査』であり、その結果は『負傷したウルトラマンの発見』であった。

……負傷したウルトラマン?

「なぁ、そこの……ウルトラマン、でいいのか」

『…………』

おぉぅ。突然脳裏に響く声に驚きつつも、どうやらちゃんと言葉を交わす事はできるらしい。

「えっと……アンタ、なんで傷ついてるんだ? もしかして、『誰かと戦っていたのか?』」

――敵の存在。

ウルトラマンと言う存在は、仮にそれがあの特撮番組の通りであるのだとすれば、星の守護者とでも呼ぶべき存在だ。

『宇宙からの侵略者の撃退』『人類の外敵への対応』などを行なうウルトラマンと言う存在だが、それは『侵略者』の存在を逆説的に証明してしまっていないだろうか。

『………………』

「……おいおいマジか」

「何々、如何したの? って、顔真っ青だよ!?」

この光の巨人、名前はディラクというらしいのだが、彼は嘗てこの地球を旅立った光の巨人であるらしい。

彼は光の巨人として幾星霜もの星々を渡り旅を続けていたのだが、そんな最中、とある邪悪な宇宙人と戦う事になってしまったのだという。

彼らは自らをツトゥルヴィチと名乗り、彼らが神とあがめる存在と共に、その邪悪な魔術を以って宇宙の星星を滅ぼし、次にこの青い惑星、地球にその魔の手を伸ばそうと企んでいたのだとか。

嘗ての母星たる地球。仮に彼らの手に地球が渡ってしまえば、間違いなく地球は『青い星』ではなくなってしまう。ソレを危惧したディラク達は、ツトゥルヴィチに戦いを挑んだのだという。

その結果、彼らは大半のツトゥルヴィチを殲滅することに成功したのだが、数体のストゥルヴィチが魔術を用いて『門』を形成、そのまま地球の傍へと転移してしまったらしい。

咄嗟にその門に飛び込んだティラクはそのツトゥルヴィチ残党と共に地球の近くへ転移。その後ツトゥルヴィチを殲滅したのだが、その直前に彼らは母星から神の一部を召還する事に成功してしまったらしい。

その名は『イブ=ツトゥル』。『溺者』とも呼ばれる邪神なのだとか。

……それって、俺の記憶違いでなければ、クトゥルフ神話に登場する神性――外なる神でしたよね? それと戦っていた? しかも、この状況を見るに、とても勝ったようには見えないのですが。

そんな話を束さんに話した所で、不意に凄まじい悪寒に思わず膝を付く。

背骨を氷の手で握り締められたかのようなおぞましい不快感。例えるなら死そのものへの恐怖。その感覚が、間違いなくすぐ傍に存在しているという狂気の如き違和感。

「ど、どうしたの!?」

突然しゃがみ込んだ俺を心配する束さん。どうやら束さんはこの違和感を感じていないようで、俺の背中をゆっくりと摩ってくれた。

が、その少し後、突如として束さんの背負うドラム缶がピーピーという音を鳴らし始め、ソレを聞いた途端束さんの表情が難しそうに引き締められる。

「この反応は、まさか……」

「き、来たっ!!」

束さんの声を遮り、そう叫びながら宙を見上げる。そうして、月明かりの振る暗闇の中、開けた森の空に佇む、その存在を目撃してしまう。

それは歪なヒト型をした怪物であった。テラテラと月明かりに光る粘液に覆われた頭部では、幾つもの紅い目玉がせわしなく動き回り、身体を覆う暗緑色の外套の下には、無数の乳房のようなものが見て取れた。

余りにもおぞましいその姿に、隣で束さんがひっ、と声を漏らすのが聞こえた。正気を削る狂気の力。まさか、本気でクトゥルフの邪神か。

今にも恐怖の悲鳴を上げて暴れだそうとする身体を律し、どうにかその場から逃げ出そうとしたところで、不意にその黒い異形、イブ=ツトゥルが黒い雪片のようなものを此方へ向けて放った。

「ひっ!?」「まずっ!?」

ぞっと背筋を這うその感覚。正に死そのものの気配に、悲鳴を上げて凍りついてしまった俺達の身体。

そんな俺達の前に、最早瀕死であろうディラクが膝を付いて立ち上がり、その手の先から黄金の光を迸らせた。黄金の輝きは黒い雪片を消し飛ばすと、そのままイブ=ツトゥルへと直撃し、その巨体を宙から地面へと叩き落した。

「や、やった、の?」

「ちょっ、ディラク、お前っ!?」

そんなイブ=ツトゥルの姿を見て、どうにか金縛りから開放された束さん。けれども俺はそんな束さんに声を掛けるでもなく、ふと視界に入ったディラクの姿に思わず声を上げてしまっていた。

四十メートルを超える光の巨人ディラク。その腕が、徐々にではあるが灰色の石へと変化して幾のが見て取れて閉まったのだ。

『………………』

「どちらにしろ最期って……お前、それは……」

「ちょ、如何いうこと!? 最期って何!?」

「ディラクはどっちにしろ致命傷を受けてて助からなくて、だから今の、最期の一撃を撃ったって……」

「それって、まさか……」

そう、最後ではなく『最期』。つまり、ディラクはもう、助からないと、自ら宣言したのだ。

「でも、だったら、なんで……」

『…………』

「継ぐ、って、何を……」

ゴキリ、と言う音と共に、ディラクの右腕が中ほどから折れて地面へと落ちた。けれどもディラクはその様子には目もくれず、此方に向けて静かに言葉を続けていて。

『……………』

「なっ、まだ来るって……なら、尚更!!」

『……………』

「だから、俺はただアンタの声を聞いて来ただけの一般人だって言ってるだろ!?」

『……』

ソレもまた運命。そんな言葉が伝わってきたかと思うと同時に、ディラクのカラータイマーの部分から、黄金の光が飛び出してきた。

それはクルクルと俺の周囲を飛び回ったかと思うと、そのまま俺の胸の中心に飛び込んできた。

光が胸に飛び込んできた途端、その光は俺の中に溶け込み、俺の内側からは凄まじいほどの何か、『生命』とか『強烈な感情』とか、嘗て無いほどのそんな心が身の内から溢れ出してくる。

そんな湧き上がる感覚に身を焦がしていると、隣では同様にディラクが束さんにも光を託したらしく、束さんからも強烈な『輝き』を感じ取る事ができる。

ディラクは言う。それは切欠なのだと。

ヒトは誰しも光と闇を持っている。

故にヒトは闇に落ちることもあるが、だからこそ光にもなれる。だからこそ命は輝くのだと。

『だから、諦めるな。諦めをも踏破して進め』

そのディラクの言葉を噛み締める最中、不意に何かが割れる音が響き渡る。咄嗟に振り返ろうとして、視界の中でソレを目撃してしまう。

――ディラクを貫く、黒い闇を。

「でぃ、ディラク!?」

見れば其処には、既に全身をボロボロに焦がし、その暗緑色の外套をボロボロにしながらも宙に浮き、その腕の先から黒い闇のようなものを放つイブ=ツトゥルの姿があった。

黒い闇に撃ち抜かれたディラクは、今度こそそれを致命傷としたのだろう。ピキピキと音を立てながら急速に席かしていき、その姿を見たイブ=ツトゥルは名伏し難き叫び声を上げた。

けれどもイブ=ツトゥルは、それだけでは満足できないといわんばかりに再びその腕のような器官の先から黒い闇を放とうとして。

「や、やめろおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

放たれた黒い闇はボコリとディラクの石像を叩き砕く。そうして砕かれたディラクの石像は、ソレを切欠にしたかのように全身からバラバラと砂になっていった。

「なんて、事を……」

砕かれたディラクの姿は最早原形を留めず、其処にあるのは只灰色の砂の山だけで。

愕然と呟き膝を付く束さんの姿を視界に入れながら、けれども俺は拳を握り締めて黒い怪物の姿を睨み付けた。

恐怖はある。絶望もある。人類には手の及ばない怪物、故に邪神。相対する俺と言う存在にしてみれば、相対した時点でゲームオーバーと言うような相手なのだ。

……けれども、それでもなお沸きあがる感情があった。

「……巫山戯るなよ手前」

胸の内側からあふれ出す熱いもの。全身を震わせて、背骨を鷲掴みにしていた氷の手を薙ぎ払い、それは全身を巡って血を滾らせる。

それは怒りだ。初めてであった宇宙の友達との別れ。その時何も出来なかった自分に対して。それを行なった『敵』に対して。

それは憤怒だ。ディラクの亡骸を叩き壊した黒い闇への。今にも此方に向けて黒い闇を放ち、俺達の命を消し飛ばそうとするイブ=ツトゥルへの。

何かに突き動かされるようにして、一歩前へと踏み出す。

身体の内側からあふれ出す滾り。それは黄金の輝きとなって、俺の躯を薄明るく輝かせ始めて。

そしてそれに呼応するかのように、大地が黄金に輝き始める。いや違う、ソレは大地ではなく、大地に砕け散ったディラクの石像の破片が輝いているのだ。

『戦え。生きる事が戦いだ』

何処からか響いたそんな声。それに答えるように、大地から黄金の光が立ち昇り、俺の視界は輝きに染まったのだった。

 

 

 

 

目の前に広がる光景に、彼女、篠ノ之束は思わず呆然としていた。

事の始まりは、いつものように自分の作ったPCに自分のアイディアや作りたいものの設計図を打ち込んでいる最中、不意に彼女の作った機械装置の一つが奇妙な信号をキャッチした事から始まる。

それは彼女が何時か作ろうとした量子コンピューターの設計から派生した量子通信装置、その設計の為の下地として開発した空間量子計測装置から響き渡っていた。

簡単に言えば一定空間における量子や、その運動を観測する為の装置なのだが、量子通信を想定し、量子の動きを信号にした場合の伝達具合などを計測する為に起動させたまま置いてあったものだ。

ドラム缶のような姿のソレがキャッチしたもの。それは、量子を用いた何等かの法則性を持った信号であった。

有線通信が主流の現代において、量子を用いた信号。それは研究者である彼女の好奇心を大いに煽った。

即座にドラム缶のようなその計測器を背負った彼女は、最低限の装備を纏め、その信号の発信源へと向かったのだ。

――そうしてであった一人の少年と一人の巨人。

少年は極普通の、けれども何処か不思議な雰囲気を放つ、束よりも少し年下の少年だった。

束からしてみれば、量子の揺らぎを言葉にする宇宙人の言葉を聞き取っている時点で、少年はただの少年ではなかったのだが、けれどもその時束の興味は少年ではなく、大地に横たわる巨人に惹かれてしまった。

それはテレビの中に登場する、特撮の巨人。ウルトラマンなんて呼ばれるそれにとても類似していた。

案外実際に有った出来事をドラマ化したのかもしれないな、なんて束は思いつつ、少年の通訳を経てその傷ついた巨人を復活させようとした。

それは決して善意だけではない。人類を超えた存在、其処から齎される知識への好奇心。そんなものが多分に混ざっていた事は、彼女本人も否定しないだろう。

目の前にある可能性。ソレを求めて力を貸した束であったが、けれども続いて起こった出来事に、束は思わず悲鳴を上げてしまった。

其処にあったのは、奇妙なバケモノ。見ただけで正気を削るおぞましい姿のその怪物。光の巨人、ディラクの攻撃により一度は押し返されたそのバケモノだったが、その対価は巨人の命そのものだったのだという。

そんな瀕死の光の巨人。彼は石になり行く自らの腕を見て尚怯む事は無く、少年へ自らの胸から光を渡し、ついで篠ノ之束へも光を渡した。

けれども束は、ソレを受け取った途端、自分が受け取ったものは少年、真幸が受け取ったものとは別の物であったのだと理解した。

それは知識だ。外宇宙から来る悪意の脅威。そしてソレと戦う為、ディラクと名乗った光の巨人、彼が幾星霜の星を旅する中で蓄え続けたあらゆる知識だった。

そしてその知識を得てしまったが故に束はその場に立ち竦んでしまう。この光の巨人を打ち破った暗黒。イブ=ツトゥルは、如何足掻いても間違っても、決して人間の敵う相手ではない。

知識を持ってしまったが故の絶望に膝を付く束であった。

……けれどもそんな束の横に立って、尚闘志を消さず、それどころか一層滾らせる者がいた。

無知故の闘志。束は彼の姿を見て、若干の鬱陶しさと、ほんの少しだけ凍りついた心に灯る熱を感じた。

そんな束の前で、尚少年は前へと歩き出す。

気のせいか束には少年が黄金に輝いているように見えて、腕で目を擦る。けれどもその輝きは消える処か、その輝きを一層まして行き。

それに呼応するかのように輝きだす光。それは砕け散り大地に散乱したディラクの石像、その砕け散った砂。その砂が、夜の闇を鮮烈に照らし出すほどに輝いているのだ。

ソレを束は知らなかった。束の知識には勿論、ディラクの知識にだって記されていない。

けれども束は理解した。コレこそがヒトの、誰もが成れる光なのだと。それこそがディラクが彼に託し、彼が芽吹かせた希望であったのだと。

少年――真幸は黄金の輝きを纏うと、そのままゆっくりと宙へと舞い上がり、そのままその黄金の輝きはイブ=ツトゥルへと直撃し、そのままその胴体の中心に大穴を空けて見せた。

あの光の巨人を葬った暗黒のものを、余りにも容易く葬った黄金の輝きに呆然としながら、けれども目の前に下りてきた黄金の輝きに慌てて駆け寄る。

目の前に下りてきた黄金の光。それは地面に触れた途端解ける様に消え去り、光のあった場所には真幸が地面に横たわっていて。

『この少年を頼む。私と合わせたとはいえ、初めてで力を使いすぎた』

「……私も身勝手な方だって自覚はあるけどさ、貴方も大概だよね。私その子と初対面の他人だよ?」

そんな私に、赤の他人であるその少年を押し付けるのか? 問い掛ける束に、その光、ディラクの『残滓』は申し訳無さそうに頷いた。

「ま、いいよ。対価はちゃんと貰ったしね」

『よければ私の残骸も使ってくれ。きっと役に立つだろう』

そういい残すと、その光――ディラクは、風に溶けるようにして消えてしまった。今度こそ一切の気配を残さず、その場に彼が居たという証拠も無く。

後に残されたのは、荒れた山肌と、ディラクの折れた右腕。そして束と真幸の二人だけだ。

「……さて、それじゃ如何しようかな」

束は少しだけ悩む。何せ束は真幸とは初対面の赤の他人だ。真幸が何処にすんでいるのかなんて一切知らない。近くの交番にでも連れて行くのが安全なのだろうが、その場合束のほうが面倒な事になりかねない。

「よし、連れて帰ろう」

少し悩んだ束は結局そう結論付け、背中に背負ったドラム缶――もとい、ドラム缶のような空間粒子計測装置を地面に置くと、空いた背中に倒れた正樹を背負い上げた。

その外見には見合わないほど、束は真幸を背に担ぎながら、自宅へ向かって確りとした足取りで帰っていったのだった。

 

 




妄想を抑え切れなかった結果がコレだよ。

■柊 真幸 Masaki Hiiragi
本作主人公。本文中には明確に表記されていないが、作者がたまにやる「三つの特質」系主人公。極普通の、けれども同時に利益も求める極普通の凡人。
真幸の能力は「天才的頭脳」「イノベイター」「奇運」の三つ。
春先の夜、落ちた星を追いかけて行った結果、光の巨人と暗黒の邪神を目撃する。その結果、彼から『力』を託され、邪神を撃退した。

■篠ノ之 束 Tabane Shinonono
本作の改変キャラにして重要人物。立ち位置的にはドクターウェストか香月夕呼先生辺り。但しコレでもかと言うくらいいい人になってしまっている。
自分が周囲と比較してかなり違うという事を理解して、諦め半ば独自路線を進み、何時か名を残すことを目指していた。
彼女の研究品のひとつが1420Mhzっぽい何等かの信号をキャッチ。その信号を追って行った結果、光の巨人と暗黒の邪神を目撃し、光の巨人から邪悪と戦う為の『知識』を与えられた。

■光の巨人/ディラク
嘗て地球を旅立った光の巨人。人類の選択から地球を旅立ったが、その後も地球を愛したまま幾人かの仲間と宇宙を旅していた。
その果てにとある惑星の邪悪な種族『ツトゥルヴィチ』の地球侵攻作戦を察知し、その仲間達と共に地球侵攻を阻止すべく活動。然しツトゥルヴィチ数体が逃亡、ヨグ=ソトースの門を通り地球へ。ソレを追い単独地球へ戻るが、その結果ツトゥルヴィチを撃破。しかしその間際でイブ=ツトゥルを召還されてしまう。
一度はイブ=ツトゥルを撃退するも、連戦に次ぐ連戦で消耗し、運の悪いことに地球の夜の側に落ちてしまったため回復しきれず、辛うじて束と真幸により一息ついたものの、イブ=ツトゥルの追撃により光に還る。
モチーフは平成ウルトラマン色々で、主にネオフロンティア世界系列から。

■イブ=ツトゥル
本来はディームドラの北方に住まう民族の神に崇拝される邪神。『ツトゥルムの仔』を自称する邪悪な存在により、本来は地球上にて多数の人類を人質に、完全な姿で顕現する筈であった。
が、光の巨人達の活躍により本星を強襲され計画は失敗。辛うじて地球衛星軌道上に転移したツトゥルヴィチが自らを犠牲に召還。ディラクと壮絶な戦いを繰広げ、墜落地点が『夜であった』為、多少有利に戦い、ディラクを撃破。然しその直後ディラクの残滓と共に輝く真幸の体当たりで射抜かれ、闇に還った。
元ネタはクトゥルフ神話の邪神イブ=ツトゥルから。


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01 Ultra Innovator

 

 

 

目が覚めて一番最初に俺が行った事は、目の前に眠る女性の顔を見て思わず飛び出しそうになった悲鳴を飲み込むことだった。

何かのどの変な筋肉に負担をかけたらしく、飲み込んだ悲鳴そのまま喉を押さえて悶絶する羽目に成り、ベッドから起き上がって床の上で悶絶するハメになってしまった。

「……っっ、ここ、は……」

暫くして、漸く喉を押さえながら周囲を見回す。なんというか、極普通の木造建築の住宅に見えるが、少なくとも俺にはこんな建造物に見覚えは無い。ましてこの女性にも……あ。

そう、その女性――確か篠ノ之束とか名乗っていた女性だ。確か彼女とは、墜落した光を追いかけて行った左記でであって、それで――。

其処まで考えたところで、不意にフラッシュバックするように記憶が蘇る。

濁流のように流れ込んでくる記憶。それは、光の巨人との出会い。現れた暗黒の怪物。助けられなかった彼。託された光。

……なるほど。末尾の記憶が跳んでしまっている所為で今一つ判別できないのだが、俺が光を纏ったような記憶までは存在している。その後なんとか生還できた俺達を、多分束さんが回収してくれたのではないだろうか。

幾ら力を託されたとはいえ、俺は結局ヒトなのだ。けれども俺は確かに託された、彼から、光を。

物は試しとばかりに、床に座り込みながら軽く握り拳に意識を移す。途端、握りこんだ手の平が薄ぼんやりと金色の光を纏ったように見える。

「ふーん、いきなりそこまで制御できるんだ。彼が君を選んだのも、やっぱり意味があったんだろうね」

「び、びっくりした……おはようございます束さん。それと、拾ってくれて有難うございます」

「如何いたしまして。まぁ、彼に頼まれちゃったしね。それに、君が進むにしろ引くにしろ、託された者同士、少し話し合っておかないといけないからね」

その言葉に小さく頷く。そう、俺と同じようにまた、彼女も同じく彼から何かを託された存在なのだ。

彼に託されたもの――この先現れるであろう、地球を狙う外敵、内側に潜む怪物、魔に魅入られた人間達。そんな存在と戦う為に与えられた力。

「予想は出来てたけど、真幸くんが貰ったのは、戦う為の『力』みたいだね」

「予想は出来てた? それに、『俺』が貰ったのは、ってことは、束さんは違うものを?」

「うん。私は『知識』を。予想がついてたって言うのは、君があのイブ=ツトゥルを倒したところを見てたからね」

「……あんまり記憶に無いんですけど」

「あの時は彼の残滓が力を貸してたみたいだし、殆どトランス状態に入ってたんじゃないかな?」

そう言う束さん。まぁ、確かに。いきなり力を渡されただけの俺が、あんな邪神相手に如何にかできる筈も無く。ならディラクが何らかの形で介入してくれたのだと考えたほうがよっぽど理解できる。

「で、とりあえず最初に一つ聞いておきたいんだけど」

「なんですか?」

「君は、如何する? 此処で諦める? それとも……」

束さんに問われて、一度目を閉じて考えてみる。

昨日の戦い、ともよべない、神話のような出来事。光の巨人と暗黒の怪物の戦い。現実には到底ありえるはずの無かった非日常、非現実的な世界。

恐かった。何よりもそう思う。そして同時に、今生き残れた事がいかに奇跡であるか、ソレを俺は理解できている。

故にわかる。これは彼女の『情』なのだろう。確かに此処で引き返せば、俺は今までと同じ、何一つ変わらない日常に戻る事ができるだろう。

――けれども、俺は既に知ってしまったのだ。この平穏な日常がいかに薄っぺらで、何時何処から破綻するかも分らないほどに曖昧なものであるという事を。

「そういう束さんは如何するんです? 今ならまだ引き返せますよ」

「束さん? 束さんは寧ろこんな変化を望んでたようなところがあるからね。寧ろウェルカムかな。報酬も貰っちゃったしね」

そういってニコリと微笑む束さん。けれどもその巫山戯た様な表情の中、瞳に灯る光は紛れも無く澄んだ光で。決してそれだけで判断をしたような、半端な感情は感じなかった。

――それで? 問い掛けてくる束さんに、俺は彼女の目を見てはっきりと頷いて見せた。

「勿論、俺も前に進みますよ。託されたものもあるし、何より俺は、今が結構好きだし」

「そっか……うん、そっか。まぁ、束さんは天才だからね! その内君の力に頼らなくても大丈夫な発明だってして見せるんだよ! それまでは宜しくね!!」

そういって少し淋しそうに、けれども何処か嬉しそうに。そんな矛盾した二つの感情を載せた笑顔を浮かべて、束さんはそういった。

そんな束さん。これからの協力者との挨拶もかねて、ガッチリと握手を交わしていると、不意に束さんが「そういえば」と首を傾げるような仕草をして見せた。

何事かと首を傾げる俺に、束さんは何処からとも無く一つの四角い物体を俺の眼前に突き出してきた。

チクタクと音を立てるソレ。所謂時計と呼ばれる代物で。

「そういえば今日平日なんだけど、真幸くん……うん、親愛を込めてまーくんと呼ぼう!……まーくんは学校とか大丈夫なのかな?」

目の前でチクタクと音を鳴らす時計。其処に表示されている時刻を見て、顔から血の気が音を立てて引いていくような感覚に襲われた。

「……拙い」

「やっぱり?」

「昨日の晩、こっそり家を抜け出してきたんだ」

「ありゃりゃ、無断外泊で、しかも女の子と同衾!」

オトナだー! なんて言ってコロコロと笑っている束さんだが、俺にしてみればこれは結構拙い事態だ。時刻は朝の7時。最初に親が起こしに来るのが7時で、タイムリミットが7時半と考えると……。

拙い! 7時半までに自宅のベッドの上に帰らないと、下手すりゃ行方不明で通報される!! ウチの親ならやりかねない!!

「スイマセン束さん! 俺すぐに帰らないと!!」

「あー、うんうん。おっけーだよっ! でも色々やっておきたい事とか、話しておきたいこととかあるから、また後でウチに来てくれる?」

「ソレはもう。……因みに、此処、束さんの家ってどこら辺ですかね?」

「あれ、知らない? ウチ、篠ノ之神社って言うんだけど」

そういえばウチの隣の学区に、そんな名前の神社が有ったような気がする。確か、夏祭りだか何だかで来た事があったはずだ。

記憶を手繰れば後は問題ない。数少ない経験ではあるが、確かにこの辺りに来た事は有るのだ。なら家への最短ルートもある程度予想できる。

「それじゃ束さん、また後ほど!」

「うん、それじゃまた後でまーくん」

手を振る束さんに、とりあえず部屋から出ようとして、ふと気付く。そういや俺が束さんの家の中を歩き回るのは拙くないだろうか?

少し考えた結果、幸い何故か自分の靴が束さんの室内に放置されていることを確認して、そのまま束さんの部屋の窓から室外へジャンプ。部屋の外で靴を履いて、そのまま一気に自宅へ向けて走り出したのだった。

「って俺の自転車!? あとで回収しとかないと……」

 

 

 

 

 

 

慌てて自宅に帰り、まどからこっそりと自室へ侵入。靴を部屋の中に入れてしまったが、まぁうちの家族だ。靴の有無なんぞ気にはしないだろうと判断して、とりあえず自室から顔を出しておく。

そうして何時も通りの朝を装う為、いつものように顔を洗って身支度を整えて。多少「いつも遅いアンタが珍しいわね」なんて言われはしたが、たまにはあることだ、なんて言って誤魔化しておいた。

朝食を食べて、身を整えて、さっさと学校に行く準備を始める。現在の俺は、中学一年生。本来なら小学生が制服に着られているような印象を受ける程度の年齢である筈が、何故か成長速度の速い俺は、既にそこそこ良いガタイの少年へと成長している。

とはいえ前世あわせても中身がオッサンを軽く超えている所為や、生まれ変わってから妙に頭が良くなってしまった所為で、どうにも周囲と馴染みきれずに要たりする。

さて、そんな俺だが、いつものように学校に通い生活を送る最中で、いつもと違う妙な感覚を覚えていた。

例えば朝から感じていた違和感。篠ノ之神社から自宅までの距離は結構ある。例えイノベイターであって肉体が常人を上回っていたとしても、それでも走れば疲れる距離。だというのに今日の俺は妙に体力が有り余っていた。

そして昼間。確かに生まれ変わってからの俺は妙に頭が良かったが、ソレに加え今の俺は妙に思考速度が上昇している。

今までの俺の思考は、『他人の斜め右の思考』を持っていたのだが、ソレに加えて『頭の回転』が凄まじいレベルで向上しているのだ。

更に更に未だ違和感は続く。俺の持つイノベイターの能力、脳量子波。これは脳の発する素粒子信号の領域拡大によるテレパシーのようなもので、これを応用する事でパッシブソナーのような使い方も出来、身の回りの危機管理なんかに便利だったりする。

この通信能力の感度が、今朝から妙に良くなっているのだ。今までなら、例えば周辺を飛ぶ動物の気配だとか、知人の気配を朧気に判別できる程度だったのだが、現在の俺は意識する事でその対象の気配をはっきりと識別できる。

まとめてしまえば、俺の持っていた能力が、全体的に底上げされているような気がするのだ。

まぁ原因は明らかだ。先ず間違いなく、ディラクからもらった『光』が原因だろう。

ただでさえイノベイターという存在は、『人類が覚醒して生まれる新たな種』であるのだ。それが更に『光』という要素を受けて変質したのではないか、と言うのが俺の考えだ。

つまり、『イノベイター』+『ELS』=『ハイブリッドイノベイター』が存在するのであれば、

『イノベイター』+『光の巨人』=『俺と言う存在』が生まれるという可能性は、無きにしも非ず、なのではないだろうか?

なんだか若干気分が高揚してしまっていて、今なら空も飛べそうな気がする。そう思って昼休み、屋上のヒトが来ない場所で少し試してみたところ、マジで空を飛ぶことに成功してしまった。

コレはヤベェと即座に判断して飛行を中止。手からビームを撃てそうな気もするのだけれども、このノリだと間違いなく撃ててしまうのだろう。仮に撃ててしまえば、大惨事になる予感もある。

使わないのが一番なのだろうが、俺の役目として考えれば、使える手段は多いに越した事は無い。後で束さんと合流したときにでも何か方法を考えなければなるまい。

でもこの事を相談するのであれば、先ず最初に『イノベイター』という存在に関して、束さんに情報を渡す必要がある。

一応イノベイターという存在に関するレポートやら、俺が内包していた所謂『イノベイター因子』に関してはレポートをまとめてある。

これでも男の子。宇宙には何時までも憧れを持っている。俺と言うイノベイターを解析することで、其処から逆説的にGN粒子なりミノフスキー粒子の思念伝播粒子の存在を定義できれば、それは宇宙進出の大きな足掛りになることだろう。……なんて事を考えて。

人体実験の範疇にガッツリ食い込んでいたりするが、どうせ被検体は自分なのだしと手加減無しに調べた――嘘ですめっちゃビビリながら調べました――結果、イノベイター因子らしき物を発見する事に成功。

GN粒子に関しては、ソレらしきものを発見こそしたものの、生成方法に関してはまだ確立していない。自分の身体を調べればいいだけの因子に比べ、GN粒子の発見はやはりそう簡単ではなかった。イオリアさんマジ天才というのを再び認識しました。まる。

なんだっけ、設定資料では、「重粒子を蒸発させることなく質量崩壊させ、陽電子と光子を発生させることにより、莫大なエネルギーを半永久的に得る」だとかなんとかだったような。と歩ロジカルディフェクトだとかそういう単語は覚えてるんだけどにゃぁ?

そんな事を考えて丸一日を過ごした俺は、持ちうる限りの情報を全てノートパソコンに詰め込んで、再び篠ノ之神社へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。面白いねコレ」

そうして訪れた篠ノ之神社。今度は正面から神社を訪問してみたのだが、インターホンで名乗った後、「束さんの友達」と名乗ったら物凄い反応された。

宅内から束さんの両親が飛び出してきて、見開いた目で此方を凝視した後、涙ながらに俺の両手を握ってぶんぶんと大げさに握手をした後、妙に歓迎されながら束さんの部屋へと送り込まれたのだ。

……なんだあれ?

そんな事もありつつ訪れた束さんの部屋。本日二度目になるのだが、こう改めて女性の部屋にお邪魔するというのは多少違和感があるのは、前世含めて俺の人生が女性とは縁の薄い人生だったからだろうか。皆無ではなかったと述べておく。

で、訪れた束さんの部屋。そこで束さんは、ゴチャゴチャと複数つなげられたPCと、そのPCから伸びた線につなげられた白い箱を弄っていた。

「や、まーくん。早速来てくれたんだね」

「ええ、早速お邪魔します束さん。で、早速なんですけど、なんですかソレ」

「これ? これはね、ディラクの石像の粉を回収したものだよ」

何となく感覚に触れるものを感じながら束さんに問い掛けると、束さんはそんな返答を返してきて。

あーもう把握したぞコレ。石像の巨人、ヒトは誰でも光になれる。つまり彼、ディラクは、分類的にはティガ系列のウルトラマン、という事に成るのだろう。

「アーク、か」

「アーク? 契約の箱、聖櫃だっけ? なるほど確かにそんな感じだね。うん、じゃ以降この箱はアークと呼ぶよ」

ぼそりと呟いた言葉に、束さんはそうに頷いた。なんだろう、そう考えるとあの近所の山での出会いってコスモスっぽいのだろうか。でもいきなりクトゥルフの邪神ってどんな無理ゲーだよ、なんて考えつつ。

とりあえず束さんの前に、俺の持てる情報を全て束さんに公開することにした。多分ディラクが束さんに『知識』を与えた事には意味があるはず。そう考えて、俺の持てる情報――イノベイターに関する情報を、先ず公開してみたのだ。

そうして最初に束さんが呟いたのが、先程の面白いという発言だった。

「人類の革新、外に向かう進化、ね。束さんはこういう生物方面からのアプローチじゃなくて、機械・物理方面からのアプローチばっかり考えてたからなぁ。でも漸く理解できたよ。なんで君がディラクの言葉を聞き取る事ができたのか。この脳量子波で交信してたわけだ」

「交信って言われると、なんだか電波をやり取りしてるみたいな言われよう……」

「実際似たような代物でしょ? まぁ、束さんがやろうとしてた量子コンピュータって、実際人間の脳味噌こそが量子コンピュータに一番近いものだ、なんて話もあるくらいだし、分らないでも無いんだけど」

なんだかなぁ、なんていいつつ落ち込む束さん。なんでも束さんは、量子コンピュータや量子通信の技術的確立を目論んでいたのだとか。ぶっちゃけそれ、人類をイノベイター化させれば大分話が進んじゃうよね?

「因みに、イノベイター因子は保存して有るんで、やろうと思えば束さんもイノベイター化できますよ?」

「マジデっ!?」

「ただ問題点として、太陽炉の製造が出来てない所為で、強制的にイノベイター覚醒を促すのが出来ないんですよね」

イノベイター因子を注入すればイノベイターに覚醒できる、と言うわけでもない。イノベイター因子を持つものが、脳量子波などの刺激を受けたり、GN粒子の刺激を受けることでイノベイターとして覚醒する。コレだけは如何足掻いてもひっくり返す事は出来なかった。

「まぁ、俺の脳量子波で地道に覚醒を促す、なんて方法もありますけど」

「やるよ是非っ! そのかわり太陽炉の開発は束さんもてつだってあげちゃうから!!」

つれたくまー。じゃなくて。

とりあえず束さんをイノベイター化させることは決定したらしい。あれ? なにか嫌な予感を感じたんだけど?

そんなこんなで、束さんにイノベイターと言う存在を知らせた後、次に俺の身に起こった変化について、束さんに少し話してみた。

「ふむふむ、身体能力、思考速度、脳量子波の性能が向上した、と」

「多分あの『光』の影響だと思うんですけど、他にも空を飛べるようになったり、多分ビームも撃てると思うんですよね」

「……まーくん割と人間やめちゃってるね」

「言わないでください自覚してますから」

イノベイドでさえ人類からは大分離れてしまっているというのに、光を得て更になんだか良く分らないものになってしまった現在。まぁソレでも俺は人間を名乗り続けるのだけれども。

「因みに、ウルトラマンといえば変身なんだけど、まーくんは変身って出来る?」

「――そういえばソレは考えてなかった。ちょっと試してみますね」

いいつつ、『自分の内側』に意識を集中する。先程の空を飛んだときと同じ、自分の内側の『輝き』の感覚。それを表に引っ張り出そうとするのだが、結果は自分の身体が薄ぼんやりと金色の輝きを帯びただけ。

「変身は……ダメみたいだね」

「確かに今までと違う、って感覚はあるんだけど、その総量は人よりもちょっと大きいくらい、かな?」

「でもあの時まーくんは、イブ=ツトゥルを倒したんだよ。あの時の光はこんなものじゃなかったんだけどなぁ?」

俺にしてみれば、例え光を託されたとしても、戦場に出たことも無い平和な国の人間である俺が、いきなり邪神と戦って勝利した、何て話のほうがトンデモ話にしか聞こえないのだが、俺の生存自体がそのトンデモ話を裏付ける証拠に成っている辺り頭がいたい。

「とは言われても。俺だけじゃ足りないっていうなら……ディラクの力とか?」

「それだっ!」

突如として声を上げた束さん。何事かと感じていると、束さんはいきなり立ち上がり、机の上に安置された白い箱――アークを手に持つと、それを床に座る俺の膝の上にドスンと置いた。結構重いぞこれ。

「あの時まーくんは、そのアーク、っていうかディラクの石像の粉に共鳴してた様に見えたんだよ。だから試しに……」

「なるほど、アークが補助になるかも」

いいつつ、膝の上に置かれたアークに手を載せ、再び意識を集中させてみる。と、今度は脳裏に過ぎる光のイメージが、先程よりも明確に感じ取れる。

……と、いうか、なんだろうか。星間宇宙、惑星の輝きを眺めるように、次々と光があふれ出すイメージが……。

「わっ、ちょ、まーくんストップ!!」

不意に聞こえてきた束さんの声に、集中する為に閉じていた瞼を開く。と、そこには真っ白に染まる束さんの部屋が見えて。……ってこれ俺が光ってるのか!?

慌ててあふれ出した光を内側に仕舞うイメージで力を抑える。と、光はあっさりと俺の意思に従って沈静化してしまう。

「これは……成功、でいいんだろうか」

「成功だと思うよ? で、変身できそうな感覚はあった?」

「いえ。俺はあくまで人間で、光になれるかもしれないけど、光の巨人じゃないですから」

そう。確かにあふれ出る輝きを感じ取る事はできたが、だからといって俺の真の姿は『コレ』なのだ。まぁ、成ろうと思えば成れない事も無いような気はしないでも無いような。

「ふーん……何となく分ってきたよ」

「というと?」

「多分今まーくんは光に……ディラクに似た存在に変質しつつある最中なんじゃないかな? で、だからその完成形であるディラクの肉体がその変質を促進する形でまーくんを補助した、と」

そんなところじゃないかな? なんて呟く束さん。俺がヒトを止めつつある事は理解してたけどね。うん。

「まぁ、アークがまーくんの補助になるっていうのは理解できたよ。何か有ったときには、アークを補助に使えばいいわけだ」

「いやでも、その箱は邪魔ですよ?」

「そりゃ分ってるよ。要は邪魔にならない形でアークを持ち運べればいいわけでしょ? 大丈夫大丈夫、束さんに任せておきなさい!」

この短時間で分った事が幾つか。この人、篠ノ之束さんは間違いなく本物の天才だ。しかも多分、マッドとか付くタイプの。間違いなくいい人ではあるんだろうけどなぁ。

とりあえず俺に関する情報はこんなところだろう。イノベイター、光の力、更にアークによる輝きの増幅。相手にも寄るだろうが、準備さえ整えれば侵略者と戦う事も不可能ではないだろう。

「俺に関してはこんなところか。じゃ、次は束さん」

「あいあい。束さんが調べた情報は、主に石像の砂……『アーク』に関してかな」

そういって束さんは俺にデスクトップPCのモニターを押し付けてくる。其処に表示されているのは……これは、成分表?

「アークに関して分った事は、先ず『石像の砂』が、物質でありながら同時に光と同じような性質を持っていた、という事」

これは正にウルトラマンって感じだねー、なんていう束さん。まぁ、光の巨人と言うくらいだし、そういうモノなんだろう。

「で、次。この石像の砂、構成素材の差こそあるものの、信号の配置と座標の99.89%までは、人類の遺伝子とおんなじだったんだよ」

「……突っ込んでいいのかな、コレ?」

「アハハ、まぁ、ウルトラマンが元ネタらしいし? 案外円谷監督も庵野監督ももしかしたら過去に宇宙人に関わってたのかもしれないよ?」

そういわれてふと思い出したのは、ウルトラマンティガ第49話『ウルトラの星』。あれ見たときは、思わずチャリジャとハモって懐かしい!って呟いちゃったし、画面が歪んで見えなくなりそうだったなぁ。……じゃなくて。

「で、さっきのまーくんの光に共鳴するっていうのが新しく分った事に加えて、もう一つ、この『アーク』が面白い性質を持つみたいでね、このアーク、如何いう仕組みかヒトが近寄ると、微妙にエネルギーを放出するみたいなんだよね」

「アークが、エネルギーを?」

「そそ。しかも未発見、新種のエネルギー。いやぁ、このアークに関して論文書くだけで、多分現在の学会がひっくり返るんじゃないかな?」

なんて事を気軽に言う束さん。このエネルギーに関して研究していけば、例えば宇宙船のバリアだとかビームだとか、そんな感じの防衛兵器の基礎エネルギー研究につなげられるかもしれない、と。

ただまだ発表は控えてほしい。流石に現在の状況で、下手に侵略者に身を狙われては如何する事もできない。

「でも、これで取り敢えずの目標は決まったね」

その束さんの言葉に頷いてみせる。

「とりあえずの俺の目標は、この託された力を、ある程度使いこなす事」

「束さんの目標は、まーくんの装備の開発と、アークの研究、イノベイター化、あと太陽炉とかマキシマの開発とかかな? イノベイター化はゆっくりやってけばいいし、太陽炉も後回し。最優先はやっぱりアークの研究だね」

「よし、それじゃ、一緒に頑張るぞ!」

「おー!」

とりあえずの課題目標を設定して、二人で和やかに声を上げあう。来るだろう辛い戦いの前の一時。

けれどもその時は確かに俺達の胸には希望があって。それこそが『光』何だという事を心で感じながら、束さんと一緒に空高く腕を掲げたのだった。

 

 

 

 

 

「ね、姉さんにおとこどもだち……(震え声」

「あの子にも友達が……」

「よかったわね、良かったわね束……」

そんな俺達の姿を、何処からとも無く覗いていた姿が有ったりしたらしいのだが、そのときの俺達が気付く事は終ぞ無かった。

 

 





■ここで諦める? それとも……
変える為に動く? というキャッチフレーズで思わず買ってしまった思い出。ブランドが変わったけど続編っぽいものが出てて、そっちもかなり面白かった。
もう結構古いけど、それでも印象に残ってるソフト。

■アーク
元ネタはウルトラマンティガ。ティガと共に有った、砕かれた巨人の石像。その砕かれた粉を納めた箱を指す。これを盗まれたりF計画に用いられたりで、イーヴルティガを生み出したりテラノイドを生み出したり。キーアイテムではあるが悪用しかされてない。
本作においては『ウルトラの光』が変身ではなく超能力扱いなので、それを補助する為の重要アイテムとしてや、後のキーアイテムの素材としてなど用いられる。

■イノベイター化
イノベイター化すると、人類の基礎スペックがぐっと跳ね上がる。寿命も130くらい(脳の限界寿命?)まで延びるらしい。
束さんはただでさえ篠ノ之流の娘で身体能力が高く(原作基準)、頭脳も天災級であるが、この処置によりどうなる事か。

■ウルトラの光
ディラクから真幸が託された力。『ウルトラマンに変身する光』ではなく、『人が光になるための切欠』。つまり濃縮ディファレーター光線みたいなもの。ウルトラマンになったわけではない。ただし『光』を『器』に注ぎ込めば……。

■太陽炉、マキシマドライブ
GNドライブとマキシマ・オーバードライブの事。
真幸が趣味で開発していた宇宙開発の未来にいたるためのキーアイテム。
ぶっちゃけ太陽炉は便利ではあるが戦い前提である為、真幸はマキシマの開発を優先していた。理論は殆ど完成しているが、開発施設・設備が存在しない為、データ上だけの存在。

■しののの!
両親は友達が織斑家しか存在しないと思っていたところに別の友達が存在していた事を知り一安心。
某妹は、自分と同類(コミュ障)と思っていた姉に友達がいてガクブル。


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02 窮天『アークプリズム』

 

 

ソレからの俺の生活は、劇的に変わった――と言うわけでもない。

何時も通りの日常を送る中で、空いた時間にディラクから受け継いだ力――ウルトラの力、束さんはこれを『変じる/オルタ』と呼んでるのだが、その力を扱う訓練を行なっている。

それ以外は何時も通り学校で授業を受けるフリをしながら新装備の構想だったり太陽炉の設計案だったり、再びウルトラマンに出会ったときに備えて研究しているあるモノの開発データだったりをノートに纏める、そんな生活。

放課後になれば束さんと合流して情報交換したり、新型機構の開発に関して意見を出し合ったり、もしくは『オルタ』を制御する訓練だったり、アークを介してブーストした力を扱う訓練だったり。

ただ、ある時期とつぜん束さんに貰ったデバイス。メガネのように見えるそれは、実は網膜投影型ディスプレイで。ソレを使って学校にいながら謎回線で束さんと連絡を取ったり、設計データのやり取りを出来るようになっていた。

そうして、そんなある日の事。いつものように力の扱いに関して訓練をしていると、不意にメガネのモダン……耳に引っ掛ける部分から骨伝導スピーカーで呼び出し音が伝わってきた。

如何したのかと通信を受けると、どうやらメールだったらしく、至急研究室まで来て欲しいという一文が記されていた。

研究室――つまり束さんの資質とは別に与えられた、束さん専用の研究スペース(と言う名のプレハブ小屋(の地下に建設された秘密基地))だ。

大分力の扱いに慣れていた俺は、即座に指示に従って篠ノ之神社、その生活スペースの更に端に存在しているプレハブ小屋へと足を運んだ。

「束さん、居る?」

『しただよー!』

聞こえてくる声に、プレハブ小屋の一角に視線を向ける。其処には光学迷彩で巧妙に擬装された地下スペースへの入り口がある。因みに俺には脳量子波だとかメガネHMDの機能だとかで余り意味は無かったりする。

声に導かれるまま早速地下の研究スペースへと足を運ぶ。たどり着いた其処は、いつもと変わらない地下秘密基地スペースで。薄暗い室内に、所々に設置されたモニターの薄暗い光がぼんやりと光って……って、薄暗い?

この秘密基地、束さんのお手製の地下スペースではあるが、その完成度は下手な研究施設よりも高い。旋盤を初めとした多数の工作機械もあれば、束サンお手製のスパコンがあったり、生活用の電源・水道設備まで整っている辺りこの人何者だというレベルである。

そう、この地下、ちゃんと電源も通っているし、ちゃんと室内を明るく照らす事は出来る筈なのだ。

「あははー、さすがまーくん、すぐに気付いちゃうか」

「……来ましたよ束さん」

そうして振り向いた先に立つ束さん。その瞳はキラキラと金色に輝いていて。……そう、この人、イノベイター因子を植えつけたら、あっという間にイノベイター化してしまったのだ。

太陽炉の刺激云々は如何したのだといいたかったのだが、どうやら最前線でアークを研究していた際に、アークの発する何某かの影響を受けて覚醒したのではないか、とうのが束さん自身の考察だ。

まぁ近くに俺が存在していたし、俺とアークの共鳴実験にも何度も立ち会っていたのだ。刺激と言うなら束さんは存分に味わっていたのだろう。

「で、何を隠してるんです束さん?」

「せっかちは損で演出は大事なんだよっ♪ まぁ、まーくんも我慢できないだろうし、早速お披露目しようかなっ!」

妙にテンションの高い束さんの姿に少し首を傾げつつも、機嫌の良さそうな束さんの姿に少しだけほっこりした気持ちになったり。

「それじゃ、いっつしょ~たぁ~いむ!」

パチン、と鳴らされる指の音。それにあわせて照らされる秘密基地の中。付けられたスポットライトは、その中心に鎮座する一つの機械の塊を照らし出していた。

「……これは? パワードスーツ?」

其処に鎮座していた鉄の塊。中央部分に人の乗り込めそうな場所のあるその機械の塊は、けれどもパワードスーツと呼ぶには少し、いやかなり奇妙な姿をしていた。

なぜならそのパワードスーツには脚が無く、同時にパワードスーツと言うには着込む外装が余りにも少なく人肌が多々露出しそうなほどだ。

更に言うならばパワードスーツであるはずのその機体は足が無く、更にスラスターのような機械が本体部分らしき場所からにょきにょきと多数生えているのだ。

「ふっふっふ、これこそが、長年の束さんの研究成果に加え、アークから得られたフィードバックデータを元に組み上げた新世代地球防衛装備、インフィニット・ストラトスなのだーっ!!」

「…………え?」

インフィニット・ストラトス。その単語を聞いた途端、不意に前世の記憶があふれ出した。そういえば、そんな名前のライトノベルを、大昔に読んだような記憶が……。

……え? 大天災、篠ノ之束? え? インフィニット・ストラトス、 ISぅぅぅ!!???

「ささ、早速乗ってみて欲しいんだ!」

「え、ちょ、ええっ!?」

思い出したその記憶の内容。流石に作品タイトルを呼ばれれば、ウルトラの光持ちのイノベイターである俺の頭脳は、見事記憶に埋もれた前世の知識をサルベージして見せた。

そんな記憶の内容に内心でパニックを起す俺だったのだが、束さんはそんな俺の内心のパニックなど知ったことではないとばかりに、俺をそのISの前へと誘導していった。

「……うわー」

「ふふふ、この子の名前はIS試製零号『アークプリズム』っていうんだよ!」

「『アーク』プリズム?」

「そうっ! この子にはアークを搭載してるんだよ。つまりこの子は、ずっと待たせてたまーくんの地球防衛装備なのだーっ!!」

ドーン!!、と研究室内のスピーカーに態々効果音を流させながら、格好をつけてそんな事を言い放つ束さん。

正確にはこのアークプリズムと言う機体は、アークを詰んでいるのではなく、アークを精製した『コア』を動力源として起動するパワードスーツなのだとか。

コアに適合する搭乗者が登場することでコアからエネルギーを引き出し、そのエネルギーを以って完成制御システムにより宙を自在に舞い、そのエネルギーシールドによって地上は勿論宇宙での活動すら可能なのだとか。

「普通の人が使ったらそこが限界なんだけど、殊まーくんが使うに限っては事情が変わってくるわけなんだよ」

そう、このコアはアークを精製したものなのだ。つまり、俺のウルトラの光と共鳴することが出来る、らしい。

そんな説明を続ける束さんは、饒舌に舌を動かしながら、俺を機体へといざなって、そのまま着々と装着準備を進めていく。

で、そんな束さんの説明を聞いているうちに、俺の精神も漸く落ち着き始めてきた。

よくよく考えてみれば、この世界ウルトラマンだとかイノベイターである俺が存在していたりする世界なのだ。俺の知識の中にあるラノベ、もしくはアニメであるインフィニット・ストラトスの世界とは別物と考えたほうが良いだろう。というか、アニメ世界にトリップとか。大昔の俺なら大喜びだったんだろうけどさ……。

もし仮に、この世界がアニメ通りの進展……つまり、女性上位の社会構造の到来が果たされるのであれば、男である俺にとっては間違いなく生活し辛い未来を迎えることになる。

だがしかし、同時に現在こうして開発されているISは、間違いなくオルタの増幅装置、つまり『俺の専用装備』として開発されているのだ。

――要するに男である俺が動かすこと前提なのだ。

「と、出来た。まーくん、動かしてみてくれる?」

不意に意識が現実に引き戻される。見れば、いつの間にか俺の躯はISの内側へと収まっていた。顔面にはフルフェイス型のバイザーが装着されて、視界は網膜に投影される間接視界型のようだ。

「動かすって、どうやれば?」

「えっとね、難しいことは考えなくて良いよ。基本パワードスーツ。思ったとおりに動いてくれるから」

言われて、とりあえず右手を動かしてみる。と、大仰な金属の手をはめた腕は、予想に反してあっさり動かすことが出来た。……パワーアシストが入っているにしても、違和感が無さ過ぎる。流石束さん、いい仕事をしている。

「あれ? でも、この機体、足がない……ってもしかしなくても、飛べるの?」

「むふふー! 勿論だよんっ! さー、れっついまじん!」

テンション高いなーなんて思いつつ、いつもオルタを使って空を飛んでいるときの感覚をイメージする。と、不意にISは地面から浮き上がる。

いつもの重力から開放される感覚。それを、オルタを使わずとも得られたことに驚き、思わず眼を丸くする。

「おぉぉぉ!! すっごい! マジで飛んだよー!!」

「……っておい!?」

「いやぁ、私は開発者であって、テストパイロットじゃないからね」

「俺だってテストパイロットに成った覚えは無いんですがっ!!」

「まぁいーじゃんいーじゃん! ってキタキタキタキター!! うひゃー! やっぱり実機を動かせば得られるデータは桁違いだね!!」

本当はもう少し苦情を申し立てようかと考えていたのだが、既に束さんは得られる計測データに夢中なようで、既にこちらを見ていない。

まぁいいか、なんて思いながら、少しだけ思考を飛ばす。

このIS……確かアークプリズムと言う名前の機体。束さんはこの機体をIS試製零号と称した。つまりコレは、実働機の前、データ取りのための試験機、もしくは試作機に相当する代物なのだろう。

そして試作機である以上、正式機を開発する意思はあるという事。つまり、やはり、このISは量産されるのだろう。束さんも言っていた。地球防衛装備なのだと。

ということは、だ。矢張り流れとして、女尊男卑になる可能性が消えずに残っているわけだ。男性である俺としては、男女平等とは言わないが、無闇矢鱈に男性が卑下される社会なんて迎えたくない。

……これは、試験段階のアレの開発を、少し急ぐべきかもしれない。

「うひょー!! ってちがうっ!! まーくん、その状態で力を使ってみてくれる?」

「了解、やってみます」

そんな事を考えていると、漸く正気に戻った束さんが、奇声を上げるのを切り上げて、再び此方に行動を支持してくる。

漸く本命である、ウルトラの力の増幅・制御装置としての機能。ソレを試すべく、束さんに言われたとおり、集中して内側から力を溢れさせる。

途端、頭に響くコアの波長。自らの力の波長を、コアの放つ波長にあわせるようなイメージで……。

「ま、またキター!!!」

あふれ出す黄金の輝き。それは俺の躯から、そして俺の纏うISからあふれ出す。

俺の力をISのコア、いや違う、ISそのものが増幅させているかのように、強烈な光を撒き散らしているのだ。

「す、凄い、基礎駆動モードの理論エネルギー値の数十倍!? もう意味わかんないレベルですっごいよぉぉお!!!」

「束さん、あんまりそんな声上げないで、はしたないから」

はしたないというよりも、寧ろちょっとエロい。

とりあえず悶絶している束さんは放っておいて、機体の感覚を調べるべく、軽く機体を動かしてみる。

先ず軽く体を動かして、問題が無い事を確認。同時に体を動かしながらでも、普段に比べて格段に容易くオルタを扱うことが出来ているのも確認した。

なるほど確かに。まだ空中で実際に活動したわけではないのだが、それでも少なくとも、俺の力の補助装置と言う役割は、十分以上に果たしてくれるだろう。

「おぉぉぉ!! 凄い、コレだけのデータが有れば、もっとちゃんとした機体に改良できるよ! そうすればこのISも汎用機に出来るかも!!」

「とりあえず、束さん。もう少し広い空間でコレを動かしてみたいんだけど」

「おぉ、そっか! データ取りするにしても、ちゃんと空間機動の実データも欲しいもんね! それじゃ早速海でも行こうか!」

「え、いや外でやるの!?」

「大丈夫! こんなことも有ろうかと、とりあえずそのアークプリズムには不可視化光学迷彩を実装してるんだよ! ソレがダメでも、まーくんは転移できるでしょ!」

何かサラッと現行科学を上回るものを搭載したとか束さんが言っていたがスルーして。

そうして束さんに引っ張られるまま、謎のニンジン型ロケットに乗り込んで、そのまま海(太平洋某所)へと移動した俺は、束さん指導の下延々とISの実動データ取りに付き合わされることになったのだった。

 

 

 

 

そうして束さんと一緒になんどもアークプリズムでのデータ取りを続けていったある日のこと。再び呼び出された俺は、ついにISが汎用機として完成した、という報告を束さんから受け取った。

いつものように到着した束さんちの秘密基地。其処に鎮座しているIS試製零号『アークプリズム』。その姿は、最初期に比べて大分改造が進んでおり、何処か試作品くさかった嘗ての姿に比べ、現在のソレは何処か芸術品にも似た美しさを備えている。

「おっ、来たねまーくん! それじゃ、とりあえずいつもみたいに装着してくれる?」

「りょーかい」

言われるまま、俺はいつものようにアークプリズムを身に纏う。既に何度もこの手順はこなしている為、既に有る程度は為れたものだ。

背中を預けるように身を任せ、後はシステムが自動的にフィッティングを行なってくれる。これ、開発当初は全部手動で調整しなきゃならなかったんだから、その頃の手間に比べて完成した今と比べると。

パパッと装備を身に纏い、最後にバイザー型のHMDを装備して、と。

「出来たよ束さん」

「よぉーし、それじゃ次は、正式版に進化したアークプリズムの最初の機能、パーソナライズ、一次移行を始めるよー!! そーれぽちっとな♪」

「え、うおっ、まぶしっ!!」

ピッと端末のスイッチを押した束さん。途端俺の装着していたアークプリズムが白い光を撒き散らし、瞬間その姿は先程までのニビ色から大きく姿を変えていた。

赤と白。何処かで見たツートンカラーに仕上がったその姿。角を持ちながらもシンプルなそのデザインは、芸術品でありながら同時に兵器としての屈強さをも備えたように見えて。

顔を覆うバイザーも、目を覆う部分がクリアグリーンに輝いていて、なんだか鋭角で格好良くなっている。

「どうどう、凄いでしょ! 驚いたでしょ!! これがISの正式版に搭載される機能、パーソナライズ!!」

「お、おぉ、ちょっと、いや結構、ううんかなり驚いた」

どうなってるんだコレ? と束さんに問い掛けると、束さんは「良くぞ聞いてくれた!」と嬉しそうにニコニコ語りだした。

「このコア、アークの精製品なのは知ってるでしょ?」

「うん。だからこそ俺の装備に成ったんだよね」

「そうそう。でもこのコアって、私が当初予測してた以上にスペックの高い代物だったんだ」

曰く、このコアが精製できなければ、このISと言うシステムは、其々バラバラの、イナーシャルコントロールシステムや、イメージフィードバックシステムなんかの、其々独立した装置として完結してしまっていたかもしれない。

けれどもこのコア、コレが登場したことにより、それらをコンパクトに纏めつつも、十二分に動力を得られるコンパクトなエネルギー源を手に入れられたのだ。このコアが無ければ、間違いなくISは完成しなかったと断言できる。束さんはそういいきった。

けれども、けれどもだ。このISのコア、元がウルトラマンの肉体であったというだけあって、そこからエネルギーを引き出せる人間との相性と言うのが途轍もなくピーキーだったのだとか。

現時点で純精製されたコアを扱えるのは、俺と束さん、それに束さんの親友である『ちーちゃん』さんだけだったそうだ。

現時点ではそれでいい。けれども、何時かは人類は自らの手で地球を守る必要がある。そのためには、この高すぎるハードルを何とかしてある程度まで引き下げる必要があったのだとか。

まぁ、兵器というのは誰でも使えてこそ一流なのだ。使い手を選ぶなんていうのは『兵器』としては失格だ。まぁ、本当は兵器として扱われないほうが良いんだろうけどさ。

「其処で私は考えたんだよっ! 人間の精神だけじゃコアからエネルギーを引き出しきれない。なら、コア自身にエネルギーを引き出させたら如何かな、ってね!」

そうして束さんが行なったのが、コアに対して自意識を芽生えさせる、と言う処理。

元々束さんが開発していたプログラムの一つ、学習型のAI。コアはそもそもそれだけで一つの完結した量子コンピュータのような代物だ。そこにAIの種を解き放てば、何時か人間を上回る精神を持つ存在が誕生するかもしれない、なんて考えながら。

その結果は見事に成功。束さんの企みどおり、コアに芽生えた自意識は、虚ろながらもその搭乗者から感情を学び、その搭乗者にコア自ら力を貸すことで、その制限を大幅に引き下げることに成功したのだ。

「でもね、問題点が無いわけじゃないんだ」

コアとの適性条件は、コアの自意識の発生により大きくそのハードルが下げられた。けれどもそれは、同時に一つの問題点を生み出してしまう。

それが、ISコアが男性に反応しないという点。

束さんが意識したわけではなく、何故か、そう何故かISコアに自意識が芽生えたにも拘らず、男性で反応するのは依然俺だけなのだ。

まぁ比較例が少ないというのも有るし、俺の場合は俺に反応しているというよりも、ウルトラの力に対して共鳴しているのかもしれないのだが。

――やはり危惧したとおり、女尊男卑の切欠が出来てしまったか。

内心で小さく危惧を募らせつつも、とりあえず束さんの言葉に頷いておく。束さん自身は、いずれはこの問題点を解決して、ISを本当の汎用機に仕上る心算らしい。出来れば本当にそうなって欲しいものだ。

「まぁ、少なくとも現時点では、俺が戦う為の補助装備としては使えるんだよね?」

「ソレはもう。何度も何度もテストしてたわけだし、そのアークプリズムだけじゃなくて、その子の兄妹たちだって使えると思うよ」

「なら何も問題は無いね」

少なくとも、俺が戦える内は。

束さんがISを開発する中で、俺は延々と戦う為の準備を続けてきた。空中機動、格闘技能、遠距離戦闘演習。他にも色々開発したりして、そうして今、漸く準備が整ったのだから。

そんな事を考えながら、軽くアークプリズムの挙動テストを続ける。一次移行を終えて、赤と白のツートンカラーに姿を変えたアークプリズム。形状が微妙に変化したことで、慣性モーメントも変異したのかと思ったのだが、どうやらその辺りはISのほうが自動的に調整してくれたらしく、たいした違和感もない。

見事なものだ、何て思いつつ、取り敢えずのテストが完了したことを以って、一度アークプリズムから降りようと思ったところで、不意に束さんから待ったが掛かった。

「何か問題があったの?」

「そうじゃないよ。アークプリズムじゃなくてね、いつもの降車手順じゃなくて、正式版になったことで『待機状態』の使用が可能になってるんだよ!」

折角だから使ってみてくれという束さん。具体的にどうやるのだろうかと思っていると、アークプリズムの方が勝手に待機状態に成ろうと判断したらしく、突如ISは白い光の粒子になって、そのまま圧縮。小さな光の塊になって、俺の目の前へと集まった。

そうして集まった白い光は、赤と白、アークプリズムと同じ、ツートンカラーの腕輪へと姿を変えていた。中々おしゃれだな、なんて考えながら、ふわりと宙を舞うその腕輪を受け取り、そのまま自らの左手首へと装着した。

「うんうん、ちゃんと待機状態に成ったみたいだね!」

「これは、何時でもアークプリズムを呼び出せるの?」

「うんうん。待機状態の間に最低限の事故修復とかエネルギーの再充填とかをしてくれるんだけど、事故修復はともかく、エネルギーに関しては何時でも呼び出せるよ」

何せISのエネルギーとはつまり、俺のウルトラの力、オルタとほぼ同質の物なのだ。俺とコアのエネルギーは、互いに共鳴しあうことで無限にその力を増幅させることが出来る。つまり実質的に疲労や負傷以外の原因で俺が戦闘不能に陥ることは先ず無いと考えてもいい。

若干チートアイテム臭くなってしまっているが、まぁそれはおれが光の力をディラクから受け継いだ時点空の話で。それに戦闘力を除けば、俺よりも束さんのが余程チートだ。何せ、束さんディラクと出会ってからISを完成させるまでに一年もかけていないのだ。

いくら事前からの技術蓄積があったとはいえ、これがどれだけチートなことか。スペースシャトルの概観を見て、そこからいきなりソユーズを開発するくらい無茶な仕事をして見せたのだ。……話が逸れた。

改めて俺の腕に収まったアークプリズムを軽く撫でながら、ふと何かを感じて視線を腕から持ち上げる。

と、其処には俺の見たことの無いISが一機、主を持たないままその場に鎮座していた。

「……これは?」

「ふふふ、気になる? その子はIS正式版第一号、『白騎士』だよ」

その言葉に思わず目を細める。なるほどコレが白騎士。世界最初にして最強とされた、原初の存在。……まぁ、この世界における原初の存在は、アークプリズムだったりするのだが。

「実はね、このISを汎用機として開発するに当って、ちーちゃんにも色々協力してもらってたんだ。その子は一般人が使うための機体。私がそもそも目指してた、宇宙活動用のパワードスーツとして開発した機体なんだよ」

そう言って楽しそうに笑う束さん。なるほど、まぁたしかに機体開発に関して、データ収集源を俺一人に固定してしまうと、どうしてもデータの偏りが発生するのは目に見えている。サンプルの分母を増やすのは決して間違った選択ではないだろう。

まぁ、俺達の活動目的の前提上、事が起こるそのときまでは慎重に情報漏れを防ぐ必要があるのだけれども、束さんは意外にその辺り確りと処置してくれているので大丈夫だろう。

「ちーちゃん、というと、例の」

「そ、織斑千冬でちーちゃん。私の親友だよ」

実は俺、この束さんと接触を持つようになって一年近く過ごしているが、未だに束さんの家族以外の、束さんの友人枠との接触は行なっていない。それどころか、束さんの家族とすらも、最低限の接触意外は行なっていないのだ。

と言うのも、後に俺の情報が表へ出ることを防ぐ為。俺と言う存在の痕跡を可能な限り消しているのだ。いずれ起こるであろう戦い。その最中に俺の存在が露見しないとも限らない。そんな時の為にも、できるだけアキレス腱は少ないほうがいい。

……もしそんなときが来れば、間違いなく俺はアキレス腱に釣られて転ぶだろう事は目に見えているのだから。

「私はまーくんの事、普通に友達だってしょうかいしたいんだけどねー」

「何時かはそうなれると思うよ。でも、今はまだ……」

「うん、仕方ないね」

俺の言葉に束さんは苦笑しながら頷いてくれる。束さんは理解してくれているのだ、俺が途轍もなく臆病者であるという事を。自分が傷つくことも、自分の友人が傷つくのも、どちらも俺はいやなのだ。

だからこそ俺は、自分から積極的に友達を作らない。どこぞのヒーローの如く『人間強度』云々と語る心算はないけれども、よわっちい俺には両手で足りる程度の友達が居れば十分だと思う。……まぁ、現時点で両手の数ほども居ないんだけど。……自分で言ってて、落ち込む。

「ま、それならそれで、アークプリズムの完成祝いに、何処か一緒に遊びに行こうか! パーッと!!」

「お、おぅ、パーッと!」

言うや否や、束さんは俺の手を取って強引に地下の秘密基地から連れ出した。

この強引だけど、人の心を確りと気遣ってくれる格好いいお姉さん。原作のソレと違って、俺の友達の束さんはとてもいい人なのだ。

そんな束さんと二人並んで連れ立って、結局その日は二人並んで遊びまわったのだった。




■オルタ
ウルトラの光、もしくはその力を指す。光を受けて『変わり行く』真幸を称して転じる(オルタ)と束が命名。ひいては束の悪ふざけで真幸の暗号名に。

■メガネ型HMD
通信機になったり傾向ディスプレイになったりする便利アイテム。レンズに映像を投影するわけではなく、レンズから網膜に情報を投影したりする。

■インフィニット・ストラトス
コレを見るまで真幸は二次元とリップだと気付かなかった。
機能的には原作のソレと大体同じ。但し機嫌は宇宙活動用のパワードスーツではなく、宇宙人や怪獣を想定した、地球防衛用装備。
ISコアはアークを精製したものであり、IS適性は光に慣れる可能性の高さを指す。
女性しか使えないのではなく、本来『真幸専用』であったものを解析し、その制限の幅を広げた結果、『何故か女性に』のみ間口が広がった。

■IS試製零号機『アークプリズム』
真幸専用に開発された、ISの原型機。ISというカテゴリが出来る前に開発された機体。
基本的に真幸とコアが共鳴する事で無限にエネルギーを増幅させることが出来る為、真幸のスタミナ切れ以外にエネルギーがきれることはない。
後のISに比較し、搭乗者が人間を辞めている事情を鑑みて、かなり搭乗者保護機能が緩い。その為、もし仮に万が一他人がアークプリズムを起動させることが出来たとしても、起動させた瞬間に即死するという鬼畜使用の機体である。

■篠ノ之束(イノベイター)
イノベイター化した束さん。普通に人の心を何となく読んでくる。
コミュ障が対話能力で直るかと思ったら、先読みのし過ぎで引かれて逆に悪化したでござる。げせぬ。但しそれでも以前に比べれば気遣いも出来る様になったため、付き合いのある人物は増えたらしい。

■秘密基地
=ロマン

■織斑家
篠ノ之家の友人兄妹。束さんの友達。
但し真幸は織斑家と直接的に接触があるわけではない。

■パーッと遊びに行った二人
そんな二人を目撃した箒ちゃんは、何か得体の知れないものを見る目で自分の姉を見ていたのだった。


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03 霧が来る

 

 

「はぁ、はぁ……」

太陽の光の差さない、深い深い森の中。そんな森の中を、一人の少女が走り抜けていた。

服の上から青いパーカーを被った、黒い長髪の少女。彼女はまるで何かを恐れるかのように、山の中を真直ぐ走っていく。

そうして、そんな彼女の後ろから、彼女を追う存在が一つ。……いや、それを『一つ』と形容するのが本当に正しいのか。

それは霧だった。いや、それが本当に霧であるのか、それから逃げる少女には判別が付かなかった。なぜならその霧は、まるで意志があるかのようにして少女を付けねらっていたのだから。

「はぁっ、っはぁ、誰か、助けて……っ!!」

そうして少女が必死に逃げる最中、森の中と言う地形が禍し、地面から露出した木の根に躓き、ごろんと地面へ転がり倒れてしまう。

「きゃっ!?」

――ビュッ!!

そうして地面に転がり倒れた少女の上を、何かの影が飛び去っていく。もし地面に倒れていなければ、ソレは間違いなく少女の頭に直撃していたであろう。

不幸中の幸い。けれども少女にしてみれば不幸は不幸でしかなく、再び立ち上がって逃げ出そうとして。

「――ひっ!?」

そうして、少女はソレを目撃してしまう。霧の中から現れた、奇妙な物体。

肉色に泡立つ奇妙な物体。泡立つ肉の隙間からは多数の触手を伸ばした、粘液質の奇妙な存在。

少女はその名伏し難き存在が何であるのかわからなかった。見るもおぞましいソレが、生物であるのかさえ、少女には理解する事すらできなかった。

「あ、ああ……っ!?」

思わず、後ずさりする少女。その視線は、恐怖からかその名伏し難き存在から外す事もできず。

そして、深い森の中で後ずさりをしてしまった少女は、当然のように地に脚を取られ、そのまま地面へと転がり倒れてしまう。

しかも運の悪いことに、今度倒れたのは先程のような平地ではなく、急な斜面の続く崖であった。

「きゃあああああああああああ!!!!!!」

ゴロゴロと転がる少女。その少女が最後に感じたのは、ドボンという音と、肌に張り付く冷たい感触だった。

 

 

 

 

Side Other End

 

 

 

 

 

 

 

アークプリズムが完成してからも、更に開発は次々と進む。

地球圏惑星防衛網『コスモネット』

特殊粒子生成永久機関『太陽炉』

光推進エンジン『マキシマドライブ』

正式版地球防衛装備『インフィニット・ストラトス』

量子演算型コンピュータ『ラプラス』

色々な技術やモノが開発・生産されていく中で、同時に俺はどんどんと力を溜めていく。

初期の頃には、アークを使って増幅しなければ使い物にもならなかった『オルタ』の輝き。けれども今やその輝きは、アークの補助なしにも十分な力を得ている。

嘗て束さんが言っていた、俺が光の影響を受けて変質し行く最中である、と言う言葉は真実であったらしく、今となっては嘗てと比較しても明確に力の容量が変化していることを感じ取れていた。

そうして俺が変化して行く最中、束さんは束さんでなにやら独自に行動を開始しているらしい。どうやらISに関する論文を纏めなおして、その内学会にでも発表する心算らしい。

まぁここまで準備が出来てしまえば、情報の秘匿は一極化――技術の進歩を阻む有害化してしまうかもしれない。そろそろ頃合なのだろう。そう判断して、けれどもただそのままそれを提出されるのは面白くない。女尊男卑的な意味で。

そこで俺は束さんに先行してマキシマドライブに関する論文を書上げ、ついでに実機を作り上げながらその論文を表に出す準備を進めたり、試作品で出来たマキシマドライブを、束さんの新型移動秘密基地に搭載してみたりと、そんな事をやっていた。そんなある日のことだ。

「……コスモネットに反応?」

『そうなんだよ。この時期国際宇宙ステーションとの往来があるなんて話も聞いてないし、しかも妙に大きな生命反応を検出したんだ』

コスモネット。それは俺と束さんの共同開発により、密かに地球を覆うようにして展開された光の網。実体の伴わないバリアであり、情報探査網だ。

直接的な防衛火力の配備は、現状の俺と束さんの二人だけでは絶対的に不可能。けれども、せめて情報収集のためのネットワークくらいは構築しておきたい。そんな考えから密かに構築されたのがコスモネットだ。機能としては……ネットを通過した存在に対する情報収集。

そんなコスモネットに、妙な反応が有ったという。

「生命反応、ってことは、宇宙人か……」

『あるいは怪獣か。……はぁ、束さんがまさかこんな台詞を言うはめになるとはね……』

苦笑しながら呟く束さん。まぁ、科学者なんていうのは夢見るリアリストなのだ。怪獣、なんて特撮の専門用語をまさか本気で使うなんていうのは、ある意味常識を根底からひっくり返すのと同じなのだ。

「とりあえず、調査に行ってみましょうか。場所は分るんですよね?」

『モチのロン! それじゃソッチのメガネに送るからねー』

そんな言葉と共に送られてくる地図データ。そこに記されていたのは、意外にも日本国内の地図であった。

とはいっても、此処からだと多少距離がある。鉄道機関を使って四時間くらい、かな? まぁ、研究開発とかに資金の大半をつぎ込んでいる貧乏人な俺に、新幹線やらを使う資金はないのだけれども。

「というわけで、何処か良さそうなポイントを」

『りょ~か~い。ふむふむ、此処なんか良さそうだね』

そういってめがねに表示される地図データ。それは、件の隕石が落ちたといわれる山の、その隣の山の麓。その道中に設置されたコンビニの駐車場が、人目から付きにくそうでいいコンディションであった。

「……というか、何でこんな山の麓の、それも人口が少ないような場所の道路が整備されてるんだ?」

『あー、それはね、この辺りに天文台が有るんだよ』

束さん曰く、この近くにある天文台は、国立ながら他の天文台に比べて頻繁に内部公開をしており、よくよく小中高生が見学に訪れているのだという。

そんな場所だ。地元の県知事のプッシュもあって、其処へ続く道は中々綺麗に整備されていたのだとか。

「なるほど。それじゃ場合によっては一般人がいるかも、と。そりゃ急いだほうがいいかも」

いいながら、データをまとめていたPCにロックを掛け、衣服を整えて玄関へと歩き出す。

「あら、真幸何処行くの?」

「ちょっと友達のところに。遅くなるかもしれないけど大丈夫だから」

母さんに軽く声を掛けつつ、玄関の外に駐輪してある自転車の鍵を外す。

実はこの自転車も、束さんと手を組んでから色々魔改造してあるのだ。見た目はただの自転車。然しその実は、超高効率人力発電機と低コスト伝導バイクを組み合わせた便利アイテムになっていたりする。

一分確りとこぎ続ければ、30分は走り続けられる優れもの。しかも走っている最中にゆっくり漕いでいれば更にバッテリーが充電できるのだからもう。話が逸れた。

自転車に跨り、人目の無い場所でサラッと転移する。金色の光に包まれた俺は、そのまま自転車ごと目的地の座標へと転移していた。

『……相変らず、まーくんの転移はチートだよね』

「束さんならロケットで数十分じゃないですか……」

しかも俺の超能力じみた転移は見られたらアウトだが、束さんのロケットは光学迷彩標準装備。一応俺も光学迷彩を展開する装備は貰っているのだが、あれ物凄く暑いのだ。

束さんのキャロットロケットって、冷暖房完備、テレビもあればドリンクサーバーなんかも搭載していて、物凄く居住性が高いのだ。寧ろアレが欲しいくらいなんだけど。

「さて、それじゃちゃっちゃと調べますかね」

いいながら、メガネを操作してレンズを不可視化。つまりサングラスにして、その内側にナビを表示しながら、自転車を漕いで目標地点へ向けてと移動を開始したのだった。

 

 

 

 

 

そんなこんなで、魔改造自転車に乗って目的地へ向かって向かう最中、周辺を探査装置でスキャニングしながら移動して、暫く行ったところでふと休憩がてら自転車を止めた。

「そうだ、昼にしよう」

此方に転移してきたとき、コンビニで購入したおにぎり。川沿いの橋の傍に自転車を止めて、石段に腰を下ろしながらおにぎりをぱくつく。

因みに俺はカリカリ梅お握りとかも好きだが、炒飯お握りも好きだ。

「しっかし、見つからんなぁ」

メガネ――今はサングラスにしているのだが、其処に表示された地図。その地図は、所々緑色で塗りつぶされている。

このメガネや、束さんから預かっている調査端末。それで調べクリアリングを行なった地点を緑(グリーン)で表示しているのだ。だが、だというのに、ある筈の隕石が一向に見つからない。

「……まさか隕石が移動してるわけでもあるまいに……ないよな?」

油断できないんだよなー、プルトンみたいな隕石怪獣……まぁ、流石にウルトラマンが放映されているこの世界で、プルトンそのものが登場する可能性は……超ウルトラ8兄妹。寧ろ俺がウルトラ発狂しそうだい。……ごほん。

他にも宇宙人の円盤が墜落した可能性だって否定できない。束さん曰く生命反応が強すぎる云々言ってたけど、『地球人類』基準での話である以上、例外なんて幾らでも考えられるのだ。俺だって一般的な人類の生命力に比較すれば飛びぬけているわけだし。

「次は自転車置いて、山の中にでも入ってみるかな……ん?」

橋の手すりにもたれ掛りながら森の風景を見ていると、ふと視界に何か妙なものが映った気がした。

視界に映るのは、青々と茂る木々、それを茂らせた山と、その谷間を流れる川、その川に敷き詰められた砂利、そしてそんな砂利川原に転がるどざえもん……どざえもん!?

「え、ええっ!?」

川原に転がる青い人影。おにぎりをコンビニの袋に仕舞って、慌ててそのどざえもん、もとい、打ち上げられている人影に走りよる。

もしかしたら死んでるかも、なんて考えつつ、駆け寄ると、それはどうやらほんの10にも満たない子供のようで。多分だけれども、束さんとこの箒ちゃんと同年代くらいだろう女の子であった。

うつぶせの状態を仰向けにして、首に手を当てて脈を図る。体温はかなり低いが、幸いまだ脈は有るみたいだ。呼吸も浅いがちゃんととある。

「い、生きてる! ええと、ええと……如何しよう!」

とりあえず、……119番……ダメだ、電波が入らないっ!! 山奥かっ!!

「たたた束さん!」

『…………もしもし束さんだよっ! まーくんから連絡なんて珍しい。目的の物は見つかったの?』

「目的の物前に、死掛けの女の子(幼女)一人拾っちまった!! HELP!!」

『……わーぉ』

パニックを起す俺。そんな俺をとりあえず言葉で宥めた束さんは、先ず少女の体温を取り戻す必要があるとか何とか。

方法としては、先ず少女の濡れた服を脱がせて身体を拭く、後は火を起すなり人肌なりで身体を温めてやる、とか。

流石にこんな幼女の裸で戸惑いはしない。手からビームを出して薪木の形にして、『高熱』を与える事で水分を一気に飛ばす。

そうしていい具合に乾いた薪木に再びビームで着火。ソレを見ながら少女の身体をテキパキと拭いて、最後に俺の着ていた上着に少女を包み込む。

と、そこでふと思いついた。そういえばウルトラマンって、生命力を分け与える、みたいなスキルを持ってなかったっけか。試しに自分の光の力を意識して、それを少しだけ少女に送り込むようなイメージをしてみる。

途端に少女を抱えていた両腕、いや俺の全身から金色の輝きが立ち上る。それに包まれた少女は、徐々に、けれども確かにその青白い顔色に赤みが差しはじめて。

「よっし! ……でも、あれ?」

光で回復させられるなら、火をおこしたりした意味って……。あんまり考えるのは止めて置こう。

『どうだいまーくん、ちゃんと助けられた?』

「あ、束さん。はい、っていうか、よく考えたら生命エネルギーの移譲で助けられました」

『……う、ウルトラマンってのはホントにチートだね……』

そういって頬を引き攣らせる束さん。でも、ウルトラマンの力でも出来ない事は出来ないのだし、寧ろ機械依存とはいえ誰にでも凄い事が出来るようにする束さんのほうが余程チートだと思うのだ、俺は。

……天才的な頭脳、なんて自分の事を自称した事もあるけれども、結局俺の発明ってピーキーすぎて万人が扱うには難しすぎた。束さんの研究していたシステムと組み合わせて、漸く使い物になるか、と言うレベルだったし。

束さんのチートっぷりを見せ付けられて以来、自分の頭が天才的とか言うのは自粛しました。ちょっと頭がいい程度です、はい。

『で、まーくんその子如何するの?』

「如何する、って言われても……警察に通報する?」

こんな所でどざえもんになりかけていたのだ。考えてみれば、何等かの事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。だとすれば、もしかすると警察に捜索依頼が届けられているかもしれない。

『一応まーくんは隠密行動しなきゃいけないんだけど』

「あっ……まぁ、匿名の通報ってことで」

『それにねまーくん。私達が調査に来たところで、都合よく事件が起こってる。これ、もしかしたら関連性あるかもだよ?』

「いやいや、そう都合よく結びつくかな?」

まさか、と軽く否定してみる。偶々休憩していた川原に流れ着いた女の子が、偶々俺の追っている謎の存在に関連してる?

『その子は流されてたんだよね? 川上から』

「……あ゛っ」

川上、つまり上流。山奥の方向。これから俺が調査に向かおうと考えていた方向じゃないか、完全に。

もし万が一、この少女が川に流されてしまった原因が、侵略者なり怪獣なりが原因であったとするならば。通報して警官を呼び込むのは、先ず間違いなく無駄に犠牲者を増やすだけで終わってしまう。

ならばいっそのこと、少女は何処かの病院の前にでも置き去りにして、此方は此方で調査を進めてしまったほうがいいだろうか。

如何したものかと頭を悩ませていると、不意に何かの感覚が過ぎって、寝ているはずの少女に視線を向ける。どうやら目が覚めたらしく、ゆっくりとその瞼を開いていくのが見えた。

「や、目が覚めた?」

「……ここ、どこ?」

「此処? 何処って言うか……何処かの川原、としか」

この川ちゃんとした名前とかあるのだろうか。メガネの地図機能で現在地を出してみたのだが、どれがこの川の名前なのか今一つ分らない。いや、今はそんな話は如何でもいい。

「えっと、君は川で溺れてたんだけど、名前は?」

「わたし……さゆか」

「そっか、それじゃ、さゆかちゃん。俺はマサキって言うんだ。

「まさき……おにーちゃん?」

「そそ。それでねさゆかちゃん、その、なんでああなったのか、覚えてる?」

どういったものか、少し悩んでそんな言い方に落ち着く。なんで自分が溺れてたのか覚えているか、なんて、下手したらトラウマ突っつきかねない暴挙であったのだが。俺も気が回らない。

「――あ、ああっ!?」

「ど、どうし「お、おばけ!! お化けが出たのっ!!??」お、オバケ?」

突如何かを思い出したのだろう、ガクガクと震えだして真っ青になるさゆかちゃん。こりゃもしかすると本当に何か見たのかもしれない。

そう考えて、とりあえずさゆかちゃんを落ち着かせる。本当はもう何も聞かずに病院なり交番なりに叩き込んだほうがいいのだろう。が、申し訳ないがもう少しだけ情報収集に付き合ってもらう。

「あのね、わたしね、がっこうのみんなとお星様見に来てたの。そしたらね、このぐらいの、ピンク色の、ぶくぶくしたのが飛んできて……」

そう言って、両手で少女の頭ほどの大きさを作ってみせるさゆかちゃん。ソレくらいの大きさで、ピンク色のぶくぶくで、空を飛ぶ??

「それが、霧の中から飛び出してきて、みんなそいつにくっ付かれちゃって、そしたらみんなヴォーヴォーいいながら変な顔になっちゃって……」

左手で口元を押さえながら考え込む。霧の中から? で、くっ付かれたらヴォーヴォーって……寄生された、ってことなんだろうか?

……あれぇ? それって少なくとも宇宙人じゃないよな? 人間に寄生するタイプの怪獣……。あれぇ? なんだか聞き覚えがあるんだけど。

「それでね、恐くなって逃げたんだけど、そしたら霧が追っかけてきて、それで、転んじゃって……」

「そのまま川に落ちた、と」

「うん、多分そうだとおもうの。あんまり覚えてないけど」

これは……もしかして、マグニアか? あの孔雀王に出てきそうなデザインの、寄生怪獣。

だとすればこの子は凄まじく運が良かったという事に成る。もし仮にあの怪獣であるのだとすれば、確かあの怪獣は水を嫌っていた筈なのだ。……まぁ、怪獣に襲われた時点でアンラッキー確定ではあるのだが。

で、もし敵があのイボイボ怪獣だったとすると、隕石は……隠した、という事なのだろうか。

……ふと思ったんだけど。まさか天文台が宇宙観測センターってことなのか? これティガかよっ!! げふん。

「なるほどね。ありがとさゆかちゃん。……と、なると、とりあえずさゆかちゃんを病院か警察に連れてかなきゃなんだけど」

「やだっ!」

「やだって……」

「望遠鏡のところに戻る! それでみんな助ける!!」

「いやいやあのね、戻ったところで如何やって助ける気よ」

そう言うと、さゆかちゃんは川原に落ちていた流木……丁度さゆかちゃんの太ももくらいまでの長さのソレを持って、此方に向いてドヤ顔。

「ん!」

「……………………………えっと、それで如何やって天文台に戻る心算?」

「ん!」

眉間を指でほぐしながら改めて問うと、そう元気良く此方に向けて両腕を開いてみせるさゆかちゃん。……まさか、抱っこして行けと? 俺に?

子供のバイタリティは凄いというけれども、これはどちらかと言うとあつかましいと言うべきなのではないだろうか。

「……どうしよう、束さん」

『束さんとしては、その子を此処に放置して、さっさと事件だかを解決しちゃうのを推奨するかな』

「まぁ、それは正しい解答なんだろうけど、余りにも情が無い」

『そうだね。でも、なら如何する? その子を連れて天文台まで行ってみる? 話を聞いてた限りなら、先ず間違いなく戦闘になると思うんだけど』

如何したものか。少なくともこの川原においておけば安全だとは思うのだが、確たる証拠があるわけでも無いし。

というか、こういうホラーっぽい展開の場合、単独行動を取るのは間違いなく死亡フラグにつながる。しかも、この場合死亡フラグが立つのは俺のほうだと思うし。

「……さゆかちゃん、連れてってあげてもいいけど、幾つか約束して欲しい」

「ん?」

「一つ目が、俺のいう事をちゃんと守ること」

「うん!」

『連れて行くの?』

「まぁ、この近隣に居る以上、何処に居ても同じだと思うし……二つ目。これから見るものを内緒にして欲しい。出来る?」

「出来るよ!」

そういって手を上げてみせるさゆかちゃん。まぁ、別に何が何でも隠しておきたい、と言うわけでもない。

左手首を胸元に持ち上げてイメージ。途端に赤と白のツートンカラーの腕輪は光の粒子になり、次いでそれは俺の身体の回りでその姿を形作る。

「へ、変身したー!」

「ウルトラオルタ、参上!」

はしゃいでくれるさゆかちゃんに機嫌よく、ちょっと名乗を入れてみたり。因みにオルタの名称は束さん命名だ。コードネームみたいなものだから覚えておけ、とのこと。

つまり現在の俺は、アークプリズムの搭乗者、コードネーム『オルタ』という扱いになる。……って、さっきさゆかちゃんに本名名乗っちゃったような……。ま、いいか。

「ウルトラマン?」

「のんのん、ウルトラ・オルタ。ウルトラマンみたいに変身はしないからね」

出来るけど。いや、正確にはアークプリズムと力を共鳴・増幅させて発生させたエネルギーで巨人の姿を形成、それを操って戦う、とかいうのなら可能なのだ。

まぁ、そんな事する前に、増幅したエネルギーをビームなりなんなりで叩きつけたほうが余程効果的なんだけど。

「でも変身したよ?」

「これはISって言ってね。天才科学者のおねーさんが開発した、まーロボットみたいなもんだね」

「わかった、仮面ライダーだ!」

「……まぁ、比較的近いのはソッチかな?」

まだこの時代、機械系ライダーって存在してない筈なんだけど。555とかG3とか。ただ、答えとしては一番近いかも。

「さて、それじゃ話を戻して、目的地は……先ずは天文台かな」

まぁ、天文台に行ったところで成果を得られるかは怪しい。もし本当にあのイボイボ怪獣が相手だとすれば、最優先すべきは隕石の破壊なのだから。

「さて……束さん、一つお願いが」

『うん? 何かな』

「………(ごにょごにょ」

『何だそんな事か、お安い御用だよん♪』

「それじゃお願いします。……さて、それじゃ行こうか」

束さんにこっそりと通信を入れつつ、今度は片腕でさゆかちゃんを抱き上げる。ふわり、という感覚と共に浮かび上がる身体。

「わっ、空飛んでるよ!?」

「そうだ、コレがISの力だ!」

「凄い! IS凄い!」

そんなふうにはしゃぐさゆかちゃんを抱えながら、かなりの『低高度』を飛行して天文台へ向けて移動を開始した。

……これが仮に、もし本当にあのイボイボ怪獣、もといマグニアであるのなら。確かあの怪獣、強烈な電磁波でガッツウィングを落としたりもしていた記憶があるのだ。

ティガにおけるガッツウィングって、元来超常現象を捜査することを目的とした非武装集団のライドメカなのだ。つまり、当然ながら耐電磁防御なんかはこれでもかと施されているのだ。そんなメカを落とすほどの電磁波。

無論俺の使っているアークプリズムもかなり気を使ったメンテナンスをやってはいるが、それでも機械製品。万が一が絶対にありえないとはいいきれない。

ならば発見されにくい地上を、発見されてもすぐに着陸できる程度の距離で。本来なら戦闘機並の速度を出せるものの、あえてそこを自動車程度の速度で。

「わー!!」

まぁ、さゆかちゃんは喜んでくれているみたいなので、コレも十分アリかもしれない。

 

 

 




■魔改造自転車
自転車の姿をした電動バイク。超高効率の小型発電機を搭載しており、1rpm辺りの発電量が凄まじい。
■さゆかちゃん
姓名不詳の5~6歳くらいの幼女。幼稚園だか小学校だかの遠足で天文台に来ていたらしい。その年齢で課外学習が天文台って如何よ、と思わなくも無いが、どうやら秀才向けの学校だという事で一つ。
聡い人なら既に察しているかもしれないけど、あえて御口に封をば。


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04 寄生怪獣

 

 

 

 

そうしてアークプリズムで飛行すること数十分。本来なら車で蛇行して一時間ほど掛かる道程を、一直線に来たほどで驚くほどの短時間で移動した。

道中で、なにやら妙に磁場の強そうなトチを感知しているので、多分その辺りに隕石が隠されているのだろう。ある程度の目星は立てておいた。

とりあえずさゆかちゃんの学校の友達とやらを探しにこうして天文台へ訪れたのだが……。

「まぁ、ある意味で予想通りではあるんだけど」

訪れた天文台観測所。其処には人っ子一人居らず、けれども所々に散乱した子供用リュックサックや、黒い何かがレンズにこびりついたメガネが無造作に転がっていて。

これで辺りが血塗れだったり、謎の爪痕でも残っていれば間違いなく正気を削られたのかもしれないが、幸い「まだ」この辺りの空気は「不気味なだけ」でしかない。

妙な……それこそあの『邪神』と相対した時のような、背骨を握り締められるような悪寒。それがないのだ。

ただ一月になることがある。それは、少し離れた場所から『欲望』のような、大きな感覚が近付いてきているのだ。

……これって、敵だよな?

「さゆかちゃん、此処に敵が来てるみたいだからそろそろ……って、さゆかちゃん!?」

「みんなー! どこー!?」

声を上げて走り出すさゆかちゃん。事情を予測出来ている俺からすれば、先ず間違いなく無駄な行為。けれどもそんな事を知らないさゆかちゃんにしてみれば、自分の友達を助ける為の重要な行為なのだろう。

ただ、こんな状況で大声を上げるのは間違いなく死亡フラグ! 声を聞き届けるのは味方だけとは限らないのだから。

慌ててさゆかちゃんを追いかけるが、こういう室内での子供の機動力と言うのは中々侮れない。体力の上限は低いが、俊敏性は凄いのだ。

……って、そういや今の俺も子供だっけ?

「こら、勝手に行動しちゃだめだって」

「ごめんなさい……」

慌てて少女を追いかけて、漸く捕まえたときには既に、天文台のかなり奥深い場所まで脚を踏み入れてしまっていた。

スタッフルームっぽいところ。やはり此処にまで人が居ないというのは完全な異常事態だ。分ってた事だけどさ。

ションボリと誤るさゆかちゃんの頭を撫でながら、ふと視線をその室内に飛ばす。と、比較的整理されているその室内の一角、ホワイトボードに貼り付けられた紙と、何か地図のようなものが目に付いた。

何故かソレが気になって、近付いて手にとって見る。と、それは一枚のメモと、赤いバツの書かれた地図で。メモを読んでみると、この赤い印の付けられた地点に、隕石が落ちたのを確認した、というスタッフの走り書きのようなものが残されていた。

……うーん、なんだろうか。天文台のスタッフだけあって、隕石に興味がわいてそれを見に行ってみたところ、イボイボに襲撃された、とかそんなところかな?

とりあえず地図の映像をメガネで取り込み、それを束さんに送信。ついでにその位置をメガネのナビに組み込んで、と。

「うーん、此処、かな。よし、さゆかちゃん、次は此処に行くよ」

「みんなは?」

「皆は多分其処に居ると思う。でも、もしかしたらみんなオバケに操られてるかもしれないから、ちゃんと注意すること。いいね?」

「はい!」

よし、と頷いて、さゆかちゃんの手を引いて再び天文台から出るべく、廊下へと足を向ける。そんな最中、ふと何かの感覚を感じて、視線を窓の外に向けて。そして、思わず口元が引き攣った。

「あ、でた! でたよお化け霧!!」

さゆかちゃんがそう声を上げる。窓の外には、生い茂る木々を完全に覆いつくす真っ白な霧が、まどの景色を真っ白に染め上げていた。

「……まずい、入ってきた!!」

学校なんかの建造物にもよくある構造で、窓のすぐ上に小さな換気口が設置されている。その白い霧は、換気口から室内へと逆流して入ってきているのだ。

「……っ、アークプリズム!」

声を掛けると共に光が溢れ、次の瞬間俺の姿は再びアークプリズムを纏った紅白ツートンカラーの装甲を纏った姿となる。

若干慌てながら左腕でさゆかちゃんを抱え上げ、右手から霧に対して牽制のビームを放つ。それがただの霧であればビームは霧を晴らす筈。ところが右腕から放たれたビームは、霧に直撃すると、まるで雲が雷鳴するかのようにその力を拡散させてしまった。

「ちっ、力も使わざるを得ないか」

左腕でさゆかちゃんを抱きかかえ、床をホバーで滑る様に飛びながら、慌てて建造物の中を出口に向かって飛行する。

先程のビーム。あれは俺の能力としてのビームではなく、このISアークプリズムに装備されているビーム兵装、共振粒子砲(リフェーザー砲)だ。

対侵略者迎撃装備として開発されたこのアークプリズム。その兵器の威力がどれほど馬鹿げているのか。こんなもん実用化した束さんスゲーと感動したのも事実だが、この白い霧はそのビーム砲を散らして見せたのだ。

……いや、室内でリフェーザー砲撃つとか、どんな狂気だといわれてしまえば確かにそうなのだが。

で、そんなリフェーザー砲だが、実は更にその威力を強化する方法がある。ソレがつまり、ウルトラの光……オルタの力で強化するというモノだ。

元々俺がISに求めていたのはオルタの強化。正直装備として求めたのは、『武器』ではなく『オルタ増幅器』。しかし結果として完成したこのアークプリズムは、兵器としても完成しており、オルタと合わせることでプラスアルファを得られるほどの完成度の高い仕上がりとなっていた。

今回その強化リフェーザー砲を放たなかったのは、それが室内であったから。オルタの力を注ぎ込んだリフェーザー砲? 計算上の結果が正しければ、山が2~3個消し飛びます。

いや、調整すれば協力な兵器になるはずだ。調整すれば! ……そう気軽に実射できるはずも無いんで、今一つ力加減が分らないので、ああしてフェザー砲単体を低威力に調整して発射したのだ。

「きゃー! きたよおにーちゃん!!」

「ぬおっ、出たなイボイボ!!」

そうしてハイパーセンサーが捉えるその存在の姿。それは見ただけで正気を抉るような、沸騰した肉のような奇妙な存在。感じられるのは敵意ではなく欲望。そう、それはまるで空腹にあえぐ餓鬼のような。

ある意味で純粋なその感情に怖気を感じつつ、右手のリフェーザー砲で迎撃する。建物が消し飛んでは拙いと、やはりオルタの力を使わないままの射撃であったのだが、霧を狙ったときとは違い、その奇妙な空飛ぶコブを撃つと、それはビームに焼かれて消し飛んでしまう。

どうやら霧の状態では無理でも、ある程度形を持った空飛ぶコブの状態なら攻撃が通用するらしい。なるほど、防御時は無敵だけど、攻撃するときは無敵状態が解除されると。

お約束だなんて考えつつ、後にばかり注意していた所為か、真正面を白い霧に覆われてしまっていることに気付く。此処から逃げ出すにしても、取り敢えずはこの真正面……玄関の吹き抜けロビーに出たかったのだが。

「うわわ、きちゃったよおにいちゃん!」

「むぅ」

拙い、完全に両側を囲まれた。前後をふさがれて、両手には壁。壁貫き? 馬鹿言っちゃいけない、この状況での壁とは障害物ではなく防御の為の障壁。穴なんか開けたら外から敵の増援が沸いて、即座にアウトだろう。

何か、何かないか。ふと考える。そういえばこいつら、弱点が有った筈、と。

……そう、水だ。コイツは水を嫌う筈。

周囲を見回す。幸い此処は国の建築物だ。建築基準法なんかはちゃんとしているはず。そう考えて周囲を見回せば、確かにあるスプリンクラー。この型は火災報知機との連動型っ!!

即座に周囲を確認。赤いランプをつけた火災報知機。そのスイッチをアークプリズムで殴りつける。途端陥没しながらも甲高い警報音をかき鳴らす警報機を確認しつつ、即座にスプリンクラーの『傍』に向かって最低出力のリフェーザー砲を放つ。

最低出力のリフェーザー砲はヘビーボクサーのパンチ程度の威力はある。天井に穴を開けながら、最低限の威力に絞られたビームはその余波で天井周辺に高熱を撒き散らす。威力・速度を絞ったが故に、熱量が拡散したが故の現象だ。

そうしてその熱量に反応したらしい消火栓。警報が鳴り響く中、突如その消火栓から雨のように水を撒き散らし始めた。

――ピギャアアアアアアアアアアア!!!!――

空飛ぶコブたちは、そんな奇妙な、悲鳴、といっていいのか解らないが、そんな音を立てながら地面へ墜落。そのままぶくぶくとあわだって、地面の上で跡形も無く解けてしまう。

「うっぷ。よし、それじゃこのまま地図の場所に行くよ。さゆかちゃん、確り捕まる事!」

「うん!」

正面玄関の吹き抜けロビー。そこはこの建物の入り口と言うだけ有って、屋上まで突き抜けた吹き抜けとなっている。

現在一階部分は殆ど囲まれ、出入り口の外側は白い靄に覆いつくされてしまっている。

本来なら此処でアウト。中で水を降らせても、貯水槽の水が切れた時点で襲われて……というのが筋なのだろう。然し今、此処にいるのは俺だ。ISを装備し、空を飛ぶことの出来る俺だ!

「舌噛むなよ!」

「ん!」

いいながら真上へ向かって加速する。幸い此処は「吹き抜け」なのだ。最上階まで一気に飛び上がると、その近隣の窓を叩き割って外へと飛び出す。……緊急避難が適応されるよな? されてくれ。

そうしてそのまま勢い良く外に飛び出ると、その瞬間アークプリズムのシステムデータに乱れが発生する。即座にシステムが強力な電磁波の干渉を訴えかけてきた。

「ワンオフ、『グリッター』発動っ!!」

そうして、即座にアークプリズムのワンオフアビリティーを発動させる。アークプリズムのワンオフアビリティ『グリッター』。

外見的には機体が黄金に輝くだけなのだが、その効果はありとあらゆる現象の否定。強化版のご都合主義幻想殺しのようなものだろうか。

コレを発動中のアークプリズムは、常に俺と高効率の共振状態にある。そのため常にウルトラの力を放出……いや、どちらかと言うとあふれ出てしまっているような状態なのが。

本来はこの増幅した力で基礎ステータス向上、というのがグリッターの機能なのだろう。が、こうしてあふれ出たエネルギーの余波が、内外あらゆる攻撃・魔術・現象の一切を否定するというとんでもない能力になってしまったのだ。

まぁ、流石に核弾頭とかコロニーレーザーの直撃を食らえば耐え切れない……筈……だと思う……うん。あれ? なんだろう、既に人間やめてる俺だし、なんとなく大丈夫のような気も……まぁ、そんな事が無い様に気をつけよう。

思考を切り替える。一気に加速したアークプリズムは、そのまま一気に地図に記された印の場所まで飛行する。最早遠慮はせず、一気に空を飛びながらたどり着いたその場所。

大型の隕石の落着の所為か、大きく地面が抉られたその場所。そこに一つ、谷間にめり込むように隠れた隕石を見つけた。

「……うへぁ、酷い電磁場障害」

「ああっ、みんな居たっ!!」

と、不意に腕の中の少女が声を上げた。少女の指差す方向を見れば、なるほど確かに其処には何人もの人間の人影が存在していた。

即座にハイパーセンサーで光学映像を拡大。其処に映し出されていたのは、首筋に大きなコブを乗せた、顔色の悪い大人子供の姿。

そしてその老若男女の首に取り付いたコブの先から、青白い光が飛び出しては、奇妙な形の隕石の中へと吸い込まれていく様子だった。

『何アレ何アレ!? 魔力? エクトプラズム!? プラーナ!? 生命力が抜かれてる、っていうのは解るんだけど、そもそも生命力ってなんなんだろうね、カロリーでも引っこ抜かれてるのかなっ!!』

「束さんブレイクブレイク」

そのおぞましい光景。しかしメガネのカメラを中継してその様子を覗いていた束さんからすれば、ソレは彼女の好奇心をあおる光景以上の存在では無い様子だ。

ええと、先ず最初に水を何処かから運んできて、あの寄生獣を始末するか? でも仮にあの場の全員を助け出したとして、それを確保保護しておくほどの戦力は無い。

寧ろあの隕石をさっさと砕いてしまったほうがいいだろう。そう考えて、即座に右腕を隕石に向ける。

「さゆかちゃん、多分あの隕石が元凶だから、でっかいビームで吹っ飛ばすよ。ちょっと我慢してね」

「うん!」

そんなさゆかちゃんを確りと左腕で抱きかかえ、右腕のリフェーザー砲を向ける。今現在の、グリッターを発動した状態――強制的にオルタを引き出している状態であれば、あの隕石も吹き飛ばせる筈。

そう考えて、ケリをつけようとした俺だったのだが、不意に横から飛んできた悪意に身を翻す。と、つい先程まで居た場所に帯電する霧のようなものが吹き付けられていた。

「ちっ、出やがったか」

そうして其処に現れたもの。白い霧がまるで飲み込まれるようにして一箇所に集まり、そしてそれは次第に有無の有耶無耶な白い霧から、確かな実体を持った肌色のコブを寄せ集めて出来たような、名伏し難き怪獣へと姿を変えた。

――寄生怪獣マグニア。無から湧き上がるようにして姿をあらわしたその怪物。俺の記憶に照らし合わせるのであれば、たしかそんな名前の怪獣であったはずだ。……ただ、想像していた以上に正気を削るグロい姿をしているが。

「わわわわわっ!? オバケじゃなくて怪獣!? 気持ち悪い!」

「みたいだ。さゆかちゃん、口閉じてっ!!」

いいながら急旋回。即座に直前まで俺達が居た場所に向かって凄まじい勢いで稲光を纏った霧が吹きつけられる。

それを回避しながら、今度は意識的にオルタの力を増幅させて、それを調節しながらリフェーザー砲へと力を流し込む。

本来両腕で構えて反動を堪えるところを、左腕が塞がっているという理由から片手で構える。とたん凄まじいまでの振動が腕を襲うが、それを力尽くで押さえ込みながら、その砲身をマグニアに向ける。

「邪魔だ消し飛べ!!」

瞬間、ゴウッ、という轟音と共に視界が金色に染まる。右腕の先から放たれた共振粒子砲の一撃はオルタの力を乗せて、空を切裂きながらマグニアに向かっていく。

「―――キュゴギュゴギュ!!??」

「……げっ」

オルタリフェーザー砲の直撃を正面から食らったマグニア。さすがの怪獣も、その空間毎ねじ切るほどの超高圧エネルギー砲を喰らっては一溜りもなかったのだろう。その上半身、全体の三割ほどの肉を綺麗にごそっり抉るように消し飛ばしていた。

普通のイキモノなら、身体の3割も失えば死に至る確率は高い。まして今回消し飛んだのは怪獣の上半身の三割だ。だというのに、何故か俺の超感覚は、真正面のあわ立つ肉の塊から感じる脅威を薄れさせては居なくて。

そうしてその気色の悪い肉塊を睨みつける視線の先。不気味に泡立つ抉れたマグニアに向けて、隕石から無数の青白い輝きが飛来し、マグニアの背中からその内側へと溶け込むように消えていく。

途端マグニアの抉れた身体の部分に、内側から湧き上がるようにしてボコボコと新しい肉が現れだす。

き、キモッ。じゃなくて。幾らエネルギーの外部供給を受けられるからといって、あそこまで非常識な怪獣だったかアレ!?

『なるほど、どうやらあの隕石からエネルギーを供給されてるみたいだね。まさかリフェーザー砲を凌ぐでなくて、受けた後に回復するとは』

「束さん、頼んでたアレの用意は出来てます?」

『モチのロン! 後は攻撃目標にレーザーを当てれば其処に向かって誘導するよっ! でも、如何やって誘導する心算? 流石にアレを使うには、現地からのアシストが居るんだけど』

怪獣と戦いながら、此方のアシストをするのは流石に不可能だろう。言外にそう言う束さんの言葉に、思わず口をつぐんでしまう。

如何した物か。俺の案を実行するには、あの隕石に対してレーダー誘導を行なう必要がある。が、レーザー誘導と言うのはある程度安定した場所から連続して対象にレーザーを当て続ける必要がある。

然し現在の俺はあのマグニアとの戦闘中。あれが出てきてしまった以上、あれの相手をしたり、寄生体に寄生されている人間が巻き込まれないように、あれの注意をひきつけたりする必要がある。

で、そうなれば当然戦闘機動を取っている俺では、連続して隕石にレーザー照準を当てるなどと言う作業は不可能。しかしかといってこのままマグニアの相手をし続けるのは……。

エネルギーは無限に近いが、消耗はする俺と、消耗すら隕石で帳消しに成るマグニア。ジリ貧なのは目に見えている。

「おにいちゃん、大丈夫?」

「大丈夫、おにいさんに任せなさい!」

……一度この子を何処か安全な場所まで運んで、その後俺が単独でこの場所に戻り、マグニアのスキを突いて隕石を破壊……。

殊は一刻を争う可能性がある。原作『ティガ』では、このマグニアに関して死傷者が出たというような表現は無い。が、ソレはあくまで架空の話の場合の事だ。

実際、俺が特撮ドラマとしてみた『ウルトラマンティガ』に登場したマグニアは、此処までグロテスクかつ名伏し難い感じの怪物ではなかった。場合によっては生命力だかエネルギーだかを吸い尽くされて……なんて可能性も十分に有るのだ。

「……うん、わかった!」

「……え? 如何かしたか?」

「ううん、なんでもないよ!」

不意に声を上げた少女。そんな少女に少し疑問が浮かぶが、ソレよりも今はやるべきことがある。

そう考えて、少女を連れて少しだけ離れた、現在マグニアが存在する場所からは一つ山を越えた場所の裾に機体を隠す。

「さゆかちゃん、暫く此処に隠れててくれるか?」

「此処に、一人で?」

少し不安そうな少女の姿に、周囲を見回して少し逡巡する。確かに隠れる為とはいえ、此処は深い森の中だ。森の中を散々あの白い霧に追い回された少女を隠すには、少し気がつかなかったか。

『まーくん、なら束さんが相手してあげるよ』

「束さんが?」

『メガネを貸してあげれば束さんが相手できるし、まーくんとの連絡はコアネットワークですればいいでしょ?』

なるほど、確かにそれはそうだ。普段日常からメガネHMDを使って連絡している所為で、どうしてもメガネを使いがちに成っているが、別にメガネの機能はISで代用すればいい。というか後発機であるISの回線のほうが高性能だろうし。

そう考えて、ISに格納していたメガネを取り出し、それをさゆかちゃんに手渡す。

「なにこれ?」

「これは凄いメガネで、これを掛ければ友達と通信が出来たりするんだ」

「けーたいでんわ?」

「見たいな物かな」

いいつつ、メガネを少女の顔に掛けてやる。因みに無駄に高性能なこのメガネ型HMD、ISのオートフィッティング機能がフィードバックされていて、常に装着者の顔に合わせてその形を最適な状態に保ってくれる優れものだ。

『やほー、はじめまして少女、私は束さんだよー!』

「さ、さゆかです!!」

と、どうやら早速束さんがさゆかちゃんの相手をしだしてくれているらしい。俺はこの間にさっさとあの怪獣を何とかしに掛かりますか。

「それじゃ、此処に隠れててね?」

いいながら、アークプリズムを空に向けて上昇させる。目的地は、再びあのグロいコブの怪獣マグニアの元。

マグニアと隕石、その双方をどうやって叩き潰すか。その事を頭に考えながらその場を飛び立った俺は、背後でさゆかちゃんが何か妙にメガネHMDの相手と話し込んでいるその様子に気付かなかったのだった。

「さて、これで両手が開いたわけだが……」

いいつつ、右腕のリフェーザー砲に並び、左腕のビームガトリングを展開する。

このビームガトリング、威力は現行兵器の30ミリガトリング砲を遼に上回る威力を持ちながら、実弾ではなくエネルギー弾であるためコストは基本に俺の体力のみ。

一応方針の加熱でメンテナンスが重要な装備ではあるが、戦闘機くらいは軽く叩き落せるほどの威力を持つ。対怪獣戦においては牽制打程度西かならないだろうが、それでも使えないのと使えるのでは大きく違う。

「―――キュゴギュゴギュ!!」

「ええい、くたばれ神話生物モドキ!!」

ビームガトリングで牽制しつつ、リフェーザー砲で隕石を狙う。が、孤を描くように旋回する俺に対して、じりじりと動いて隕石への射線上に陣取るマグニア。くそぅ、いいディフェンスじゃないか。怪獣なんかやめてバスケでもやってれば良いんだっ!!

「消し飛べっ!」

「―――キュゴギュゴギュ!!」

一か八か、最大出力の一点突破を狙い、リフェーザー砲を高圧縮貫通砲撃で発射する。コレならばマグニアを貫通する事ができるかもしれないし、もし貫通したのであれば隕石に届くかもしれない。

まぁ、隕石まで貫通してしまう可能性もあるのだが、ノーダメージよりはいいだろう。そう考えて。

――フシュゥゥゥゥウゥウウウウ!!!!

けれども俺のそんな思惑とは別に、目の前のイボイボ怪獣はその奇妙なイソギンチャクのような口から、件の帯電した霧を吐出した。

それはビームに直撃すると、そのエネルギーを四方に拡散させ、なんと直撃を凌いでしまったのだ。

「んなっ!? ちょ、全力射撃だぞ!?」

理論値上、計算上なら惑星を真っ二つにすることすら出来るほどの一撃。地球上で使うのは凶器の沙汰とまで表現された一撃が、容易く防がれた……。

――もう、なんなのこの世界。

余りの事態に圧倒されながら、けれどもそんな最中でも怪獣が此方を襲うのを止めてくれる訳ではない。

続けてマグニアの吐出した霧を回避しつつ、再びガトリングで牽制を掛け、その最中にふと気付く。どうやら先程の最大出力リフェーザー砲は完全に防がれたわけでは無い様で、マグニアの身体は所々焦げ付き、その所為か隕石からは青白いエネルギーが次々とマグニアに送られている。

……これはもう、泥沼試合に持ち込むしかないか?

隕石が蓄えているエネルギーとて、膨大でこそあれ無尽蔵と言うわけでは無い筈。リフェーザー砲でチマチマ隕石のストックを消費させる、くらいしか案が思い浮かばない。

「束さん、何かいい案ないかな?」

『具体的には如何したいの?』

「あの怪獣を倒す。でも、あの怪獣はあっちの隕石からエネルギーを供給されてて、先ず隕石を砕かなきゃ怪獣を倒せない」

『つまり、なんとかして隕石を砕いてしまいたい、ってことでいいのかな?』

頷く。隕石さえ砕いてしまえば、アイツは別にたいした敵ではない。確かに凶悪な性質の怪獣かもしれないが、エネルギーのコストパフォーマンスが悪すぎる。

『なら、もう終わるよ』

「えっ?」

不意に頭に何かが近付いてくるイメージが写り、ふと真上を見上げる。

それは星だ。いや、ただの星は昼間には輝かない。それは天、直上から一直線に、大地に向かって加速してきている。

「まさか、あれが!?」

『そう、まーくんのオーダー、遠隔攻撃支援システム、誘導ミサイル『トータスOR』だよっ!』

そう、俺が束さんに依頼していたもの。それは、戦場における数の絶対的不利を補う為の、戦術的支援装備。その中でも今回は、一番攻撃力のあるミサイルをオーダーしていた。

ミサイルといってもただのミサイルではない。それは光をまとうことで亜光速で飛行する、本来は宇宙戦においての運用を想定していたミサイル。

――その名を、光子魚雷と言う。

「―――キュゴギュゴギュ!!??」

天から降り注いだ光の柱は、そのまま地面へ直撃。直後爆音が広がるが、次いで爆音は飲み込まれるようにして一瞬で静まり返る。いや、音だけではない空間まるごと根こそぎ。

まるでアイスをすくうディッシャーで抉ったかのように、それまで其処にあったはずの隕石、その周囲の空間が、まるごと綺麗に抉り取られてしまっていた。

これが宇宙戦闘用に開発された秘密兵器、光子魚雷。亜光速で敵までぶっ飛び、着弾後その場でマイクロブラックホールを発生させる事で敵を消滅させる。

人類同士の戦争に使われてしまえば洒落にならないレベルで拙いので公開する予定は皆無だが、それでもいざという時の備えの一つとして秘密裏に開発されていた秘密兵器の一つ。

今回はソレを半自立誘導型に調整し、地上からの遠隔レーザー誘導で誘導できるように調整してもらっていたのだが。

「でも、なら一体如何やって誘導を……まさか!?」

『んふふ、後でほめてあげなよっ♪』

ハイパーセンサーに映る視界。其処には、此方に向けて手を振る、めがねを掛けた長髪の少女の姿が映っていた。

「……束さんは後でオシオキ」

『えーっ!?』

ガビーン、とコミカルに驚いて見せる束さん。確かにありがたいのはありがたいが、どうせそそのかしたのも束さんだろうに。

「……まぁ、いい。そういう話は全部後で。とりあえず、あれを片付ける」

『もう障害物はないし、一対一のガチバトル! コレで負けたら恥ずかしいよっ!』

「勝つ! 一歩目から躓いて溜まるかっ!!」

いいつつ、怪獣――マグニアに向けて急加速する。隕石が破壊されてうろたえていたマグニアは、けれども即座に俺が近付いてきている事に反応した。

即座に帯電ミストを噴出してくるが、それを回避しクルクル宙を回りながら、少しずつマグニアに接近していく。

「喰らえっ!!」

チュィィィィィィィッィィッィィィィィ!!!!

幾筋もの光が左腕から飛び出し、次々とマグニアに直撃していく。

既に隕石を失い、回復手段の存在しないマグニアは、それを危機と感じたか帯電ミストを吐出す事でそのビームガトリングを無効化していく。

けれども個体のスペックなら此方が上! ビームガトリングは帯電ミストに散らされてしまうが、しかし徐々に数を増やす光弾は、徐々に帯電ミストの壁を押し返していく。

そうしていつしか堪えきれなくなったマグニアの帯電ミストは、ビームガトリングの弾幕に耐えかね、はじけるようにして拡散。そのままマグニアに何発もの光弾が直撃した。

「―――キュゴギュゴギュゲゲエゲゲゲゲゲゲ!!??」

その奇妙な顔の無い口にも光弾は直撃する。それはマグニアの顔の無い口で爆発し、結果マグニアは顔を抱えて悲鳴を上げる。

「今っ!」

即座にイグニッション・ブーストで最大速度に加速し、瞬間的にマグニアの身の内にもぐりこみ、その軟な腹部に向けて右手を大きく振りかぶる。

――ドゴンッ!!

「―――キュゴギュゴギュオゴギョゴギョゴ!!??」

速度そのままに殴られたマグニアは、地面に足を引きずりながら後へと後ずさり――いや違う。そのまま後へと押しやられていく。

「―――キュゴギュゴギュオゴギョゴゴゴゴゴ!!??」

「そのまま、くたばれえっ!!」

右腕に光が集う。全力のオルタを右腕、リフェーザー砲へと流し込み――光がはじけた。

ゼロ距離、接触状態から放たれたリフェーザー砲は、ミストの防御幕だとかそういうモノを一切無視してマグニアに直撃。そのままマグニアの全身に超高熱を巡らせていく。

「――スラァァッシュ!!」

そんな状態で、更に右手を振り上げる。エネルギー砲を放ったまま振り上げた右腕。それに釣られて天へと向きを変える金色の砲撃は、一文字にマグニアを切り払って。

即座に背後へ向けてイグニッションブースト。その途端マグニアの残骸は、白い閃光を撒き散らし、轟音を立てて爆散したのだった。

 

 

 

「はい!」

「ん。……これもだけど、助けてくれてありがとうさゆかちゃん」

「どういたしまして!」

危ないことしたらだめだろう!云々で少し怒っておいたほうがいいか、なんてことも考えたのだが、もう既に終わった事。後は理性ある大人に対応を任せたい。

返されたメガネ型HMDを格納領域に仕舞いこみ、改めて周囲の光景に目を向ける。

怪獣によって踏み荒らされた山間と、マイクロブラックホールによってクリッと抉られた場所、そして隕石に生命力を吸われてぐったりとしている何人もの大人子供。

……正直、後始末を投げ捨てて今すぐ逃げ出したい。

ただ、このままさゆかちゃんたちを放置して帰ってしまうのも、それはそれで後味が悪いような。

如何した物かとうんうんと唸っていると、何処からとも無く警察と消防のサイレンのような物が聞こえてきた。

『そりゃ、怪獣と兵器があれだけドンパチしてれば、地元の誰かが通報するだろうねー』

そりゃそうだ。特に光子魚雷の直撃とか、拡散リフェーザー砲が大気を割る音とか、かなり凄まじかったし。

因みに光子魚雷は飛行自体で発生する音波は大したことが無い。なぜなら飛行時点での光子魚雷はあくまでも『亜光速』で飛ぶ半分光みたいな状態なのだから。

『寧ろまーくんのリフェーザー砲がメインじゃないかな』

リフェーザー砲は共振粒子砲。要するに物凄く小さな粒を加熱して一方向に射出しているわけだ。それは当然熱で大気をかき乱すわ、質量で空気をかき混ぜるわ。

……俺の所為かっ!?

そんな事を話しているうちに、徐々にピーポーピーポという音は近付いてきている。

「……さゆかちゃん」

「うん? 如何したのおにいちゃん?」

「俺はそろそろ帰るよ」

「えっ!?」

俺の言葉に驚いたようなさゆかちゃんは、何故かぎゅっと俺の服の裾を握り締めて。……うーん、困った。

「ほら、ヒーローは正体不明にしとかなきゃならないから」

「……うぅ」

『ぷ………うぷぷ………ヒーローは……正体不明…………うぷぷぷぷ…………』

――束にゃんうるさい。

げふん、と小さく咳をして、改めてさゆかちゃんと向き合う。

「ほら、もう恐い怪獣はおにーさんがやっつけたよ。後はもう警察の人たちが助けてくれるから」

「ほんとう?」

「本当本当。指きりしたっていいさ。やる?」

「やる」

さゆかちゃんと小指を結んで、指きりげんまん。ワザと大げさに指切りを歌ってやると、少しだけさゆかちゃんは元気になったみたいで。

……うん、大丈夫そうだな。

「それじゃ、俺は帰るよ。ばいばいさゆかちゃん!」

「うん、またねおにーさん!!」

そういって手を振るさゆかちゃんに背を向けて、一気に上空へと飛び去る。

『またね、だって。いいの?』

「いいの。どうせちびっ子の記憶なんてすぐに忘れちゃうさ」

またね、とさゆかちゃんは言った。けれども、俺と彼女が再び出会うことは先ずありえない。世界は広い。全体でも70億近く。日本の人口だけでも1億2千万人以上の人間が生きているのだ。

そんな中で、偶々この事件を呼び水に此処に訪れた俺と、天文観測に訪れていたさゆかちゃんが再び出会う確率。果たしてソレはどれ程の物か。

第一、あんな怪物に襲われた悪夢みたいな出来事、暫くすれば彼女も『夢だったのだろう』と自分を納得させて、その内綺麗さっぱり忘れるというモノだ。

『ははぁ、まーくんは解ってるようで解ってないなぁ』

「何がだよ束さん」

『んふふ、女の子は男の子よりもフクザツなんだよっ♪』

ワケが解らん。

その後も、束さんと喋りながら、ゆっくりと移動を続けるのだった。

 

 

 

 

「……っと、また自転車忘れるところだった……」

 

 

 

 

 





■寄生怪獣マグニア
原典:ウルトラマンティガ
怪隕石と共に地球に飛来した宇宙生物。通常は霧になって存在し、無数の小型マグニアをその霧の中に忍ばせながら獲物を探す。隕石が墜落した近隣の天文観測所の所員や、その見学者を襲い、のど元に食いついて自らの支配下に置くと共に、その生命エネルギーを怪隕石にリザーブさせていた。
戦闘時には隕石に蓄積したエネルギーを供給する事で驚異的な回復力を得ることができる。口から帯電ミストを吐いて攻撃する。水を浴びると体が溶けてしまうため、川などを嫌って近寄ろうとしない。
本作においては神話生物モドキのグロ肉。

■グリッター
アークプリズムのワンオフアビリティー。
その効果はありとあらゆる現象の否定。強化版のご都合主義幻想殺しのようなもの。
ほぼ暴走に近い莫大なエネルギーを以って、本体に干渉する、時間や因果を含めた全ての干渉を否定する。また溢れるエネルギーで当然本体も強化されている。
当然ながらコレはコアとダイレクトに共鳴できる真幸のみに出来る荒業。

■トータスOR
篠ノ之束謹製の高射ミサイル。カタパルトにより高速で軌道上にまで打ち上げられたミサイルは、その後天空から標的に向かって一直線にたたきつけられる。
今回はこのトータスに光子魚雷(亜光速で飛来する小型ブラックホールミサイル)が搭載されていた為、球形に空間が消滅した。

■スラァァッシュ!!
硬い砲身にはこんな使い方も有るんだ! からの スラァァッシュ!!
もしリフェーザー砲が両刀であった場合、地球が『アーッ!』していたかも。


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05 インフィニット・ストラトス

 

 

 

 

 

 

「ISを発表する?」

 

それはある日の昼下がり。いつものように学校に行った後、いつものように地下研究所に足を運んでいた俺に、不意に束さんがそんな事を言い出したのだ。

「そだよ。怪獣が出始めた以上、もう時間に一刻の猶予も残されてないみたいだし」

そういって少し落ち込んだような表情を浮かべる束さん。束さんは俺と違い彼――ディラクから戦う為の『知識』を与えられている。そんな束さんが言うのだ。『宇宙人や怪獣が頻発する時期が訪れるのだ』と。

俺の知識で言えば怪獣頻出期と呼ばれるものに相当するのだろうか。何等かの黒幕が暗躍している、とはあまり考えたくないのだが、大まかに言えばそうした脅威が頻発する『時期』に入ってしまったのだとか。

「こうなっちゃった以上、ISの発表を渋っても、百害有って一理無し、だからね!」

「まぁ、それはそうかも知れないけれども……」

だけれども、本当に今コレを公開してしまっていいのだろうか。俺はこのISを見て、この世界がおれの知るISという世界にとても近い世界だという事を理解している。

まぁ、根本的な部分でウルトラマンだとかクトゥルフ神話の邪神だとかが関わってきてる臭いが、それでもこの先の未来はある程度までは『原作』に近い物となる可能性は高い。

「例えばだけど、束さん」

「うん?」

「例えば、ISが世界に受け入れられなかったら。宇宙人の侵略、って言うのが受け入れられなかったら如何する?」

「そのときは仕方ないね。私達だけで出来る限り頑張って、信用が得られるまで頑張るしかないよ」

まーくんには申し訳ないけど、という束さん。いや、それは問題ないんだ。確かに地球防衛軍なり地球平和機構なりが成立すれば、俺の仕事は減って楽に成るだろう。

けれども問題は、白騎士事件のような出来事……束さんの暴走が起こらないか、という事で。

「例えば、ISを危険視した世界が、束さんを確保しようとしたら如何する?」

「そのときは、悪いけど逃げさせてもらうよ。束さんはまだまだやらなきゃならないことがたくさんあるからね」

そう言う束さんに少し安心する。うん、あの『篠ノ之束』とこの『束さん』は別人だ。そう、今改めて納得した。

……なら、大丈夫かな。

「如何かしたの?」

「ううん、なんでも」

そういって言葉を切る。

原作の白騎士事件……インフィニット・ストラトスが学会で受け入れられず、その直後起こった世界各国から放たれたミサイル。それを単騎迎撃して見せた『白騎士』。

そしてその性能に興味を持った各国の軍がこれを捕縛しようとしたが、そのすべてがたった一機のISにより全滅させられた。これが原作における『白騎士事件』だ。

ただこの白騎士事件、ネットなんかの考察では、当然のように黒幕が篠ノ之束であり、ISを実戦照明する為、世界各国の軍事基地に不正アクセスを行い、そのミサイルを発射、それを迎撃する事でISの有用性を世界に見せ付けたのだ、といわれている。

だが然し、この世界においてのISは、認められる云々ではなく、必要性に応じて開発されたものだ。

しかもこの束さんはかなり理性的な……所謂『きれいな束さん』だ。流石に原作と同じ、白騎士事件なんて出来事が起こるとは思えないのだけれども。

「それで、ISの発表は何時に?」

「それ何だけどね……」

そうしてそんな不安を振り払って、束さんと話を進める。きっと、多分大丈夫だなんて考えて。

後々考えれば、もしかしたらコレが一種のフラグだったのかもしれない、何て思い返すことになるのだが、このときの俺はそんな事を知る由もなかった。

 

 

 

 

 

「ダメでした」

「ありゃりゃ」

そうして後日。学会から帰って来た束さんは、唐突にそんな事を言い出した。

学会で発表されたインフィニット・ストラトスに関する束さんのお話。それは、見事なまでに全体から場かにされて終わってしまった。

如何考えてもSFなイメージインターフェイスや、完成制御機構――パッシヴイナーシャルコントロール(PIC)。

戦闘機や戦車、戦艦なんかが戦争の主力を担うこの時代、いきなり『人がパワードスーツで空を飛ぶ』、なんてSFじみた物が登場する、なんていわれれば、そりゃ信用も出来まい。

ましてそれが、どこぞの研究者なり企業なりの研究グループが発表していたならまだしも、何処から潜り込んだのかもわからないような小娘によって発表されたのだ。

「まっ、予想通りって所だねー」

更に、だ。ISの存在だけでも胡散臭がられているというのに、この束さん、何を思ったかISの開発経緯、開発思想についてまで学会で語って見せたのだ。

つまりは、『地球防衛装備』として開発されたISの経緯を。

ただでさえ胡散臭いISだというのに、此処に『宇宙人』だとか『怪獣』だとか、そんな胡散臭いを飛び越えて電波を感じる単語がずらずらと羅列されたのだ。此処までいくと多分平時の俺でも信じない。

――と言うか、寧ろ救急車を呼ぶ。黄色い奴。

「つまり目的は、ISを認めさせることではなくて、ISと言う存在に関するあれこれを世界に認識させる物であった、と?」

「そゆことー♪」

要するに、「侵略者に備えてISなんて超兵器を開発した、なんて嘯くトンデモ小娘が存在していた」という事実さえ認識されてしまえば十分だ、と。

なんというか、回りくどい事してるなぁ。

「あ、一応ホントのことだってアピールする為にこの間の怪獣の戦闘データも提出しておいたんだよ?」

「……提出って、アレを?」

思い返すのはこの前のアレ、イボイボ怪獣、じゃなくて、寄生怪獣マグニア。但し原作のソレよりもクトゥルフっぽくグロい肉になってる奴。

「映像見て発狂しだす奴とかいなかったろうな?」

「グロ動画見て顔色悪くしてた人はいっぱい居たよ。でも映像越しだし、プライド高い人も一杯だったから、皆気丈に振舞ってたよ」

それはまた。俺や束さんはディラクの光、『力』と『知識』を持っている上、いきなり神格クラスを目撃したりしている所為か、かなり高い狂気耐性を持っている。

けれども、学会に居るのは普通の人間。幾らビデオに写された映像であるとはいえ、その正気を削る姿を見てしまえば、多少なりとも精神にダメージを受けるのは間違いない。

……っていうか、寧ろ狂気に犯されて錯乱していたから、束さんも滅茶苦茶に虚仮にされたのではないだろうか?

「案外自業自得だったりして」

「たはー」

たはーっておい。

この人、頭は良いくせに、人の事を考えるのが苦手らしい。頭が良いくせに抜けている。その程度では萌えキャラには成れんぞ。じゃなくて。

「それよりも束さん、束さんが留守の間にコスモネットに反応があったんだけど」

「何? どれどれ」

いいつつ、キーボードを叩いて端末の情報を参照する。コスモネット……地球を覆う特殊な光のセンサーだ。

主に宇宙人の地球圏侵入を察知したりする為のものではあるが、このセンサー別に外側にのみ向いているわけではない。当然というか、内側を探査する事もできるのだ。

で、そんな地球側を探査していたセンサーが、この数日の間に何等かの反応をキャッチしていたのだとか。

「場所は……うわ、また日本だよ」

そうして表示された地図をみて、思わずそんな声を漏らしてしまう。

なんでこう、日本にばっかり怪獣やら宇宙人が上陸してくるのだろうか。いや、微弱では有るものの、アメリカとかロシアからも妙な信号は出てるらしいけど。

こうもはっきりと地球外生命体の存在を感知できるのは、何故か日本が多い。矢張り怪獣大国なんだろうか、日本は。

「とりあえず行ってみようか」

「場所は……日本最先端技術研究所? 国営の技術研究施設みたいだね」

「国営……役に立つ技術とか開発してるのかな?」

「ううん、研究してるだけみたいだよ。発表された技術を研究して、それをわかりやすくまとめてる、って解釈でいいのかなこれ?」

言う束さん。その視線の先に目を向けると、どうやら国の公式ホームページを見ているらしい。お役所独特の難解な言い回しで書かれたその紹介文は、束さんの頭脳を以ってしても理解し難い文章だったらしい。

日本のお役所って、本当如何でもいいところばっかり力入れるよなぁ……。

「フンフン、場所の座標データはアークプリズム経由でメガネに送っておくよ」

「了解……って、へぇ、郊外の山奥。これなら近所まで転移しても大丈夫そうだな」

いいつつ、ディスプレイのデータを弄り回して地形を確認する。此処も前回の天文台と同じく、ひと気の無い場所にゾン際しているらしい。とはいえ、前の天文台に比べれば、市街地からかなり近い場所なのだけれども。

「それじゃ、パパッといってきます」

「うん……っとちょーっとまったー!」

と、アークプリズムを使い、力を増幅させながら転移しようとしたところで、不意に束さんから待ったが掛かった。

突然掛けられた声に少しビックリしつつ、如何したのかと束さんに向き直る。

「ほら、前回まーくん怪獣を見つけるまで手間取ったでしょ」

「あぁ、まぁ。このメガネ、情報端末としては優秀だけど、操作端末としてはそこそこだからなぁ」

いいつつめがねを指でコンコンと突く。このメガネ型HMDの主な機能は情報端末。探査機能なんかはあくまでオマケ機能でしかないのだ。まぁ、そもそもこの時代メガネ型HMDが存在しているというだけでもとんでもない話ではあるのだけれども。

「其処で束さんは急遽新アイテムを開発したのだよ! じゃじゃーん!!」

言いつつ束さんが取り出したのは、なんだろうか、拳銃のグリップのような物。ただしそのグリップの先に拳銃の銃身らしき物は無く、その代わりに小さなモニターのような物が接続されていた。

……これって、もしかして、アレか?

「じゃじゃーん! これが束さんが学会との移動中に吶喊で作っておいた、最新式の情報探査端末、ラウンドグリップだよっ!!」

そういって束さんが持ち出すそれ。……アレか。またコスモスネタか。ってかなんで束さんがそんなネタを……これも世界の意志かっ!! ……じゃなくて。

ありがたくそのラウンダー……じゃなくて、ラウンドグリップを受け取り、軽くソレを触ってみる。

「あ、一応ソレメガネとの連携もできるようにしておいたから、活用してね?」

「了解。と、それじゃそろそろ行って来ます」

「うん、大丈夫だとは思うけど、気をつけてね」

そんな束さんの言葉を耳朶に、今度こそ待機状態の赤と白の腕輪――アークプリズムに意識を移す。

俺のオルタと、アークプリズムのコア。その二つが共鳴し、大きくなった金色の光。それは俺の躯を瞬時に覆うと、次の瞬間光の玉になって、此処ではない何処かへと転移したのだった。

 

 

 

 

 

「で、到着したわけ何だけど……何だ此処?」

そう呟いて、思わず首を傾げる。視線の先に存在する建物。ソレは何と言うか、まるで遊園地のような前衛的なデザインの建物。

緑深い山の中に、ポツンと一件だけ存在するその建物は、静かで自然豊かな情景の中にあって一際イロモノ感を際立たせていた。

「何処のゴミ処理場だ……」

余りの違和感に一種のおぞましさのような物を感じつつ、改めて周囲を警戒する。話の通りであるのなら、この辺りに何等かの怪獣なり宇宙人なりが存在している筈なのだが。

そう考えてメガネに手を掛けようとして、直前に渡されたグリップの事を思い出す。

乱雑にポケットに突っ込んだソレ。試しに手にとってスイッチを入れると、途端その小さなディスプレイに色鮮やかな色彩が浮かび上がる。

そうしてそれと同時に、メガネに『端末認識』の文字が浮かび上がる。自動で同期するのか。さすがは束さん製品、何て思いつつ、改めてグリップを四方に振り向ける。

「……やっぱり建物から何かの反応が有る」

ラウンドグリップから表示される情報。ソレが正しいのであれば、あの極彩色の建物の方向から、微弱では有るが重力偏重や一種の磁場のような物が感知されていた。

とりあえず近付いてみるかと、歩きで少しずつ極彩色の建物へと近付いていく。

建物は山の中に有るという事も有り、他にこんな場所に住んでいる人間も、用事のある人間も居ないのだろう。道路に自分以外の人影は見当たらない。

そんな光景に、何かでそうな雰囲気を感じつつ、漸く到着した建物の正門。其処に記されているのは、『日本最先端技術研究所』の名前で。

目的地に到着した事を確認しながら、改めてラウンドグリップで周囲を探査する。と、その途端ラウンドグリップが警報音を響かせた。何事かとチェックを入れると、周囲に強烈なエネルギー反応があるという結果が示されていて。

「……ん?」

『Ibn-Ghaziの粉末の使用を推奨』

不意にメガネHMDに表示されたその一文。何のことかは理解できなかったが、とりあえずラウンドグリップに搭載されている機能の一種らしい。

試しにその使用を承認し、真正面に向かってグリップの引金を引いてみる。

カチッという音と共に引かれた引金。途端グリップの一部が変形し、その部分から何かの粉末のような物が真正面へと吹き付けられた。

――バチッ!!

その途端。ラウンドグリップから噴出された何かは、真直ぐ正面方向へと飛んでいくと、途端何かにぶつかったか激しく電光を迸らせた。

突然の事に驚きながら、改めて正面に向けて向いなおす。と、目の前には何時の間にそんなものが出来上がったのか、極彩色の建物を覆うように、薄青色で半透明のドームのような構造体が出来上がっていた。

「……もしもし束さん」

『もすもすひねもす! さっそく連絡来たね! どうしたのかなまーくん?』

「えっと、ラウンドグリップの機能を使ったら目の前に何かでてきたんだけど……日本って、バリアなんてまだ実用化で来てなかったよね?」

『はい?』

言葉足らずな俺の言葉に、束さんも思わず首を傾げてしまう。少し首を振って意識を改め、改めて束さんに俺の行動履歴と、目の前の薄青色で半透明の構造体の映像データを送信して助言を求める。

『はぁはぁ、「イブン=グハジの粉」を使ったんだね~』

「イブン……イブン=ガズイ!?」

『他にもイブン=ガジなんても呼ばれるね。効果は不可視の存在を目視可能な状態に引き摺り下ろす事ができる物だね』

その名称は聞いた事がある。それはクトゥルフ神話におけるマジックアイテム。なんだったか、素材は結構おどろおどろしい物を使った代物だったような……。

『勿論そんなオカルト染みたものじゃなくて、ウルトラ科学的に合成した物が、ソレと同じ効果を持ってるってだけだから安心していいよ』

「ほっ……いや、ウルトラ科学ってなんだ……」

そんな事を話しながら、改めて視線を目の前の半透明の構造体へと向けなおす。

『うん、まーくんの言う通り、コレは地球人の建造した物じゃないね。今ちょっとログを漁ってみたけど、此処の研究所、最近はバクテリアの研究してたみたいだし』

「なるほど。……いや待て、ログを漁った? 何処にそんなログが……」

『テヒッ☆』

この人本当に如何した物か、なんて考えつつ、気を取り直して三度正面へと向き直る。つまり、このバリアっぽい半透明の構造物は、少なくとも地球人の技術ではない、と言うこと。

ひいては、この日本最先端技術研究所とかいう建物は、間違いなく宇宙人なりに制圧されてしまっている、と言うことだろうか。

となれば今回の作戦目標は、この研究所所属の研究員の救出と、この研究所を制圧した異星人だか何かの撃退、といったところか。

『めんどくさいなー。いっその事研究所ごと束さんの衛星重力砲で蒸発させちゃう?』

「ダメだって。いや、最終手段としてはアリかもしれないけど、それは最後の手段にしておかないと」

流石に、ISのような個人装備ならまだしも、衛星砲なんてものの存在を公にしてしまうのは拙い。国際宇宙条約云々やら、色々拙すぎる。

それに人命救助だってそうだ。俺だって自分の命最優先なのは確かだが、拾える命は拾っておいたほうが良い。後々の事を考えておくと。

『理由が倫理的な偽善からじゃなくて、利害で考えてる辺りが流石まーくんだよねー』

「束さんはもう少し『先の利益』に関する事を考えようよ……」

単発的な「目先の感情」に突っ走りやすい束さんにそう言葉を返しつつ、目の前のバリア、これを如何やって突破するかを考える。

とりあえずの現状としては、『イブン=ガズイの粉』によりバリアが可視化しているだけなのだとか。

例えばこの状況でバリアを破るとする。その場合、先ず高確率で内部の存在に此方の存在を気取られてしまう。

人質を取られるのも面倒だし、出来れば強襲よりも潜入の方が良いと思うのだが。

「とりあえずこのバリアを外周回りに調べてみるよ」

『バリアの大きさは大体敷地をギリギリ納め切れてない、くらいみたいだね』

束さんの助言を受けつつ、早速ラウンドグリップ片手に周囲を散策しだす。森の中と言うことも有って、敷地の外側を歩くだけでもそこそこ大変なのだが、基礎身体能力が既にバケモノクラスに達している俺としては、予想外にスラスラと動く事ができた。

オルタ様様というやつだ。

「……っと、此処はバリアが薄そうだな」

そんな事を考えながら周囲を探索していると、一箇所バリアの厚みが他に比べて薄くなっている場所を発見した。

此処ならいけるだろうと考えて、オルタを顕現させる。オルタの輝きを見に纏ったままバリアに接触すると、バリアは激しく電光を迸らせる。けれどもその電光は俺の未を貫くほどの物ではない。

そんな事を考えている間にも、薄いバリアはあっという間に通り抜け終わってしまう。この短時間、あの程度の負荷であれば、バレはしないだろう。そう考えつつ、そそくさと敷地内の建物の中へと足を踏み入れる。

「束さん、敷地内への侵入に成功。通信は繋がってる?」

『……ちら、皆大好き束さんだよーん! ちょっ……ながり難いみたいだよ、試しにコア・ネット……』

定期的に入るノイズ。束さん謹製のHMDの通信が阻害される事に若干驚きつつ、めがねを外してアークプリズムを部分展開させる。

今回展開させるのは、ISとしての機能ではなく、戦闘服としての機能と、ISのハイパーセンサーシステムの部分だ。

見た目としては、全身に赤と白の鎧を着込み、頭部にフルフェイス型のバイザーを展開した、と言うような感じだろうか。

脚部は装甲こそ纏っているが、本来の膝から下を完全に覆い隠す長靴のようなスラスターを履いた形ではなく、ちゃんと二足歩行で移動する為に、脚を靴の上から装甲で覆ったような形となっている。

目元のV字バイザーがクリアグリーンに輝いて、今度はコア・ネットワークを用いた通信を束さんに接続させる。

「もしもし束さん?」

『もすもすまーくん、やー、やっぱコアネットワークの量子通信は違うね! こうもはっきりまーくんの声が聞こえるんだもん!!』

「宇宙人同士の共通言語にも使われるような原始的信号通信ですからね……で、束さん、改めて、通信状態をチェックします」

『はいはーいっと! 通信状態は良好。光学望遠での確認に若干の問題があるけど、それは補正でなんとでも成るレベルだよっ』

「軍事衛星のハッキン……げふん、それじゃ束さん、まずこの施設の内部地図を」

『はいはーい!』

送られてきたMAPデータがバイザーの内側に表示される。ふむ、前回の国立天文台に比べれば古めの建物なのか。

主に地下と一階が実験室、上階が事務室だったり各研究員の個室だったり、という感じの配置になっているらしい。

「それじゃ、とりあえず地下から見て回ります」

言いながら、素早く地下室への階段を駆け下りる。地下室は薄暗く、妙にジメジメしている部屋や、逆にさっぱりカラカラに乾燥した部屋があったり。

環境実験室と言う奴だろうか、などと考えながら、特に地下にめぼしい物が無かった事を確認して階段を上る。

一回の実験室は、主に機械部品なんかを置いているのであろう。粒子観測装置まで設置してある事に、そこそこ良いものを使っているんだな、なんて妙な関心をして。

そうして今度は階段を使って二階へとのぼる最中、不意に何等かの気配を感じ、咄嗟に階段脇の防火扉、その影へと飛び込んだ。

………ジジジジ……。

放射線反応? ISが感知したその反応。放射線は『俺』という個体には特に効果を及ぼす事はないが、それでも人類にはどんな影響があるかもわからない危険な存在だ。

幾ら此処が国営の研究所であるからとはいえ、放射性物質まで扱っているのだろうか。そんな事を考えつつも、会談の向こうの廊下から感じる気配に意識を向ける。

ハイパーセンサーが感知したその廊下の先。明りの消え、薄暗く不気味なその廊下の先。其処に見えたのは、奇妙な白と黒、その二色の斑模様を纏った、奇妙なヒト型の姿だった。

「なんだあれ……」

『所謂一つの『宇宙人』って奴じゃないかな!! まーくん、GO!』

なんだか嬉しそうな束さんの声を聞きつつ、溜息をひとつ吐いて、こっそりとその宇宙人の後を追うことにしたのだった。

 

 

 

 





■インフィニット・ストラトス
原作においてマルチフォームパワードスーツとして開発され、本作において地球防衛用の特殊装備として開発されたパワードスーツ。
コアに光の巨人『ティラク』の遺骸を加工した『コア』を使用する事で、適合者の強い精神と共鳴する事により莫大なエネルギーを生み出す事ができる。
また本作におけるISは、『女性にしか乗れない』のではなく、『辛うじて女性の適合率を高める事ができている』というもの。


■ラウンドグリップ
束さん謹製の探査装置。かなり大雑把な仕掛けでアバウトなシステムと成っており、然しそれ故に複雑な妨害装置などに引っかかりにくい。
更に束さんの受け継いだ知識から疑似魔術的なシステムも組み込まれており、これによって対応力は高い。
元ネタはウルトラマンコスモスの旧式ラウンダーグリップ。

■今回の宇宙人
今回ヒントは多いので、知ってる人なら既に気付いたと思う。


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06 三つの面

 

 

 

日本最先端技術研究所の二階。其処を訪れた俺は、不穏な気配を察知して、咄嗟に防火扉の影に飛び込んだ。

そうしている内に、ひと気の無い薄暗い廊下の奥を通る奇妙な白と黒、その二色で描かれた、幾何学模様を纏う奇妙なヒト型をハイパーセンサーの視界で捕らえた。

人類ではない。高い可能性で、地球外生命体であろう。

そう判断して、忍び足でコソコソとその宇宙人らしき存在の背後を追って行く。と、その白と黒のヒト型は、二階の奥、資材室という表札の出ている部屋へと姿を消した。

即座にISのハイパーセンサーを調節する。ISのハイパーセンサーと言うのは凄まじく高性能で、ちょっと調節してやれば、薄壁一枚くらい簡単に透視してしまう。

「……っておいおい」

そうして覗き見た室内の光景。ソレを見て、思わずそんな呆れた声が口から零れ落ちる。

黒と白のツートンカラー。幾何学模様の描かれた身体を持ち、白い顔に黒いオカッパのような頭を持った宇宙人。

『宇宙生物ダダ』、と言う奴ではないだろうか、コレ。

……アルェー? なんでダダが登場してるわけ? 昭和シリーズってこの世界でも放映されてるんだけど、え、マジで!?

俺てっきりこのノリなら『コスモス』の『ギギ』辺りが登場すると思ってたんだけど……元ネタの方かっ!!

『まーくんまーくん!! ダダだ!! ダダだよダダ!!』

「束さん何言ってるか解んなくなりそうだからちょっとまって」

だだだだだだだと何を言ってるんだかわからない束さんを宥めつつ、室内に居るモノクロの宇宙人……ええい面倒だ、「ダダ」の様子を観察する。

ダダは室内に設置された何かの機械にスイッチを入れると、その前でピシリと背筋を伸ばした。

『《……ダダ1207号、任務を忠実に遂行せよ》』

「《は、当研究所所員全所員をテスト、内5体が標本として適切で有った為採取しました》」

『《指示した標本は六体だ。我々の星では標本を急いでいる。ダダ時間623までに標本六体を完成せよ》』

うっわー、マジでダダだよ。人間標本とかまた懐かしい。

『《幸い貴様の訪れた世界にはウルトラマンは存在しない。1207号の任務が妨害される可能性は極めて低いだろう》』

「《いえ、それが急遽問題が発生しました》」

『《何だと? 如何いうことか説明せよ、ダダ1207号》』

そうしている内に、ダダは地球製のコンピュータらしき物をカチカチと弄りだした。PCを操作する宇宙人……シュールだ。

そんな事を考えながらダダの様子を観察していると、ダダは某有名動画投降サイトの一ページを表示して見せた。

「《先日地球へとある隕石が飛来し、それと同時に一体の怪獣が地球へ飛来しました。》」

『《これは……寄生怪獣マグニア!?》』

「《は、我が星でも有害怪獣に指定されている、極めて危険度の高い宇宙怪獣です。が、このマグニアは、出現から数日内に、地球の戦力によって殲滅されてしまいました》

『《なんだと!?》』

通信機らしき装置が凄まじいノイズを響かせる。むこうの司令官……ダダ指令が通信機に大きな衝撃でも与えたのだろう。

『《馬鹿な、ウルトラマンも存在せず、宇宙文明レベルD程度の地球人に、あのマグニアが撃退できるワケが無い!》』

「《然し事実としてマグニアは殲滅されてしまいました。そして、もう一つ、これは新たに本日手に入れた情報です》」

そういって再びダダはキーボードをカチカチと操作しだした。そうして表示されたのは……あれ? なんだか見覚えがあるぞ?

「束さん、アレって……」

『あ、あれー? あれって今日あった学会のホームページ?』

バイザーの内側、視界に投影される束さんの顔は、何処か引き攣ったような物で。

「《地球人が開発したISという兵器です。このデータが事実であれば、そしてこの開発者の思想が事実であるならば、地球は侵略者に対する強力な武器を手に入れようとしています》」

『《なんという事だ、漸く見つけた我々の安全な採取場所が……!!》』

何か若干ムカつく発言だが、今理解できる部分だけを纏めれば、このダダは次元を超えてこの世界に人間標本を採取しにやって来た、という事なんだろうか。

しかもウルトラマンを知っている辺り、ウルトラマンにヤられた連中が、ならばとウルトラマンの居ないこの世界で標本採取を続けていた、と。まぁ『パワード』のヤツはどちらかと言うとデータ生命体だったし。

……光の国のウルトラ戦士、ダダの本星を滅ぼしてくれないかな……。こう、ウルトラキーでドカンと。

「《然し幸いな事に、未だ我々の脅威となるこの技術は人類に広く拡散していません。既に処置の準備は終えています》」

『《ほぅ、それは?》』

「《は、我等の演算装置を使い、人類のネットワークに介入。人類の兵器を乗っ取り、コレを以って件の脅威が潜在している地域を、技術が拡散する前に周囲まるごと殲滅します》」

……っておい!? 周囲まるごと殲滅!?

『《なるほど、我等の存在を隠しつつ、人類同士の抗争に見せかける、と言うわけだな。良い作戦だ》』

「《ハッ、有難うございます》」

『《然し同時に標本の期日が迫っている事も事実。急ぎ標本を採取し完成させよ!!》』

そうしてダダ指令の通信機がゆっくりとブラックアウトする。

ダダ指令の言葉を受けたダダ1207号は、近くに置かれていた注射器のような奇妙な銃器らしきものを手に取ると、そのまま部屋の外に向かって……って、拙い!

慌て、けれども静かにその場を離れ、資材室のすぐ傍、資材管理室という表札の出ている部屋へと駆け込んだ。

「DA・DA……」

あの特徴的な声を上げるダダ1207号は、そのまま銃器のようなものを手に持ったまま、ゆっくりと何処かへと歩き去っていった。

「……束さん」

『あ、あは、なんだろう。学会で認められなかったのに、敵の侵略者に認められちゃったよ』

「言ってる場合じゃねー」

なんだったか、ダダの演算装置を使って人類の兵器を奪い、ソレを持って該当地域をまるごと殲滅……?

演算装置、つまりコンピューターを使って兵器の奪取……この場合の兵器っていうのは、電子制御されたもの……つまり戦闘機とか戦車ではなく、ミサイルみたいな無人兵器のことだろう。

ソレを奪って、該当地域……俺達の住んでいる地域……いや、人類の兵器ってことは、世界各国のミサイル……まさかとは思うが、殲滅地域は日本全域……?

これってまさか“白騎士事件”かっ!? この世界では束さんが起すんじゃなくて、束さんのISに脅威を抱いた宇宙人が起すってか!?

「束さん、とりあえず俺はダダが留守の間に捕獲された人たちを救助、次いでダダの装置の破壊をやっていきます」

『おっけー、なら束さんは、現在進行形で行なわれてるであろう世界各国の軍事基地に対するハッキングを阻害してくるよ』

「おねがいします。……あと、もしもの時に備えて――」

『……束さんとしては、嫌だ、って言いたいんだけど、この場合放置した方が問題になるんだろうなぁ……』

「すいません」

画面の向こうの束さんに、そう頭を下げる。

俺としてはそんな展開に持ち込むつもりは一切ないのだが、けれども世界の修正力というか、ご都合主義に進める力というか、そんなものを実感として感じ取ってしまった俺としては、もし“そう”成るのであれば、できるだけ被害を少なく“そう”済ませてしまいたい。

「出来るだけ手早く済ませて、この手は使わずに済む様にします」

『うん、お願いね』

それじゃ、と言葉を切って、此方の作業に集中する事にする。束さんにはこれから、地球全土を襲う電脳上の魔の手を蹴散らしてもらわなければならないのだ。雑談で意識を逸らしても拙い。

そうと決めれば即座に行動を開始する。

外の気配を探り、其処に誰も居ない事を確認して、次いで廊下を通り抜けて資材室へと足を運ぶ。

最近常に最低限の力を維持できるようになってきたオルタを戦闘出力まで引き上げ、更にハイパーセンサーで周囲を探りながらゆっくりと室内へ入室。

そうして室内を探り、視線の先に一つソレらしき物を見つけることが出来た。

其処にあったのは、研究資材の乗せられるはずの机の上にドンと置かれた、奇妙なシリンダーの繋がれた一つの装置。

シリンダーには其々数字らしき物が刻印され、中には白衣を来た子の研究所の職員らしき人物等が、まるで人形のように固まったまま小さなシリンダーの中に納められていた。

「うわ、マジであったよ……」

人間標本。一体何の目的で集めているのかは知らないが、昔みたウルトラマンのビデオに登場した、縮小した人間を標本として補完しておく装置。

一応ざっと装置を確認して、この補完装置が独立稼動している物である、と言うのを大雑把に確認する。もし何かの装置と連動していて、これを止めた途端警報が鳴り響いた、なんて展開は勘弁願いたいし。

「よし、それじゃ……在るべき姿に還れ」

言いながら、手の平の上に集めた光をその装置へと……その装置に繋がれている人間達に向かって浴びせてやる。

途端光を浴びた五本のシリンダーが弾けとび、中から一般人程度のサイズに膨れ上がった五人の人間が姿を現した。

その五人は俺のオルタを浴びた影響か、辛そうに顔をしかめてはいるものの、膝を付いて何とか立ち上がろうともがいていた。

「おい、大丈夫か?」

「あ、ああ、私は大丈夫です」

とりあえず変声機を通して、その後人のうちの一人、比較的元気そうなスーツ姿の男性に声を掛けると、男性はそう言って、驚いた事に辛そうながらも見事両足で立ち上がって見せたのだ。

「あなたは……警察の方では無さそうですが……」

言いながら不審そうな表情で此方を見てくる男性。そりゃ警察がこんな鎧みたいな物をまとっていたら引くだろう。

「残念ながら警察じゃない。まぁ、通りすがりのウルトラマン、だとでも考えておいてくれ」

「と、通りすがりのウルトラマン……?」

咄嗟に放った俺の言葉に絶句するその男性。……あれ、ダメかな?やっぱりこの台詞は仮面ライダーにしか合わないんだろうか。

「信じられません? ですよねぇ……」

「い、いや、事実としてダダ……なんだろうね、あんな宇宙人が存在しているんだ、ウルトラマンだって……存在していても……」

「無理に信じなくても良い。とりあえず、篠ノ之博士率いる組織の人間、って覚えておいてくれれば良い」

「篠ノ之博士……何処かで聞いたような。それに、貴方は人間なんですか?」

なんだか失礼な事を聞かれているような気もするけれど、確かに殆ど人間を辞めてしまっている俺だ。怒らずに一応頷いておく。

「あっ、思い出した!!」

とそんな事を考えていると、背後でぐったりとしている研究者の一人が声を上げた。

「如何したのかね」

「轡木さん、ISですよ! 篠ノ之束、先日の学会でインフィニット・ストラトスを発表した!」

「……あぁ、なるほど。あの宇宙人の侵略だとか、怪獣だとか……まさか、キミは」

「彼女の協力者の一人で、名前は内緒です。で、コレはアークプリズム」

言いつつ右手に薄らとリフェーザー砲を展開し、即座にソレを格納する。

そんな様子を見てか、色々葛藤があるのだろう。研究者の五人はなんともいえない歪んだ表情で此方を見つめていた。

「とりあえず、あの宇宙人……本人も言ってたし、ストレートにダダって呼ぶが、あのダダが留守にしている間に幾つかやってしまいたいことがあるんだが……」

「そ、そうだ! 他の皆を、他の皆を助けてください!!」

そう言って男性は言葉を続ける。この研究所には、この場に居る五人のほかに、あと四人ほどの人間が常駐しているらしい。

此処に居る五人はサンプルとして標本装置に捉えられたが、残りの四人はサンプル対象外として別室に捉えられているのだとか。

案外既に何等かの実験に使われていたりして、なんて不謹慎なことを考えつつ、その男性の指示に従って残りの研究員の救出に向かう事にする。

「それじゃ、とりあえず此処の四人は先に車なりを用意して脱出準備を。俺は他の四人とやらを助けに行きます」

「私も行きましょう。偶々私は最初の瞬間にその場を離れていたので、奴等が他の連中を何処に閉じ込めているかも確認しています」

「すいません轡木さん、それと、ウルトラマンの人……」

「ウルトラマンの人……あー、アークプリズムってのは面倒かな、コードネームのオルタって呼んでくれれば良いですよ」

「ええ、わかりました。ではオルタさん、轡木さん、他の連中を宜しくお願いします」

頭を下げて、急ぎ車をとりに行った四人を見送る。

「それでは、我々も行きましょうか」

「道案内、宜しくお願いします」

言いつつ、轡木さんの先導の下、俺達は残りの人員が監禁されているという場所へ向かって移動を開始したのだった。

 

 

 

 

 

轡木さんに導かれてたどり着いたのは、この研究所の本館の奥に建てられていた、研究員達の生活スペースとなる別館、その一階にあるロビーであった。

集団生活を送る際の、レクリエーションの為の場所なのだろうそのロビー。綺麗なソファーやテレビの置かれたその空間は、けれども同時に異様な空気を醸し出している。

というのは、その綺麗なロビーの中央。四人の男女が、まるでゴルゴンに睨まれ石にされたかのように、日常の一風景をそのまま固めたかのように、その場の時間が凍り付いてしまっていた。

オルタの感覚、ISのハイパーセンサー、それら全てを用いて調査すると、どうやらこの四人は其々の空間をガッチリと固定されてしまっているらしい。

即座に先程標本装置を解除したときと同じく、手の平の上に力を集め、それを彼ら四人に向けて放つ。

途端空間固定を解かれた四人は、まるで崩れ落ちるかのようにしてその場に倒れこんでしまった。

「うう……」

「こ、此処は」

「私達、確か、あの白黒の……」

「………ぅ……」

「みんな、無事か!?」

動き出した四人に、轡木さんがそう声を掛ける。途端轡木さんの姿を確認した四人が笑顔を浮かべ……その隣に立つ俺の姿を見て、その笑顔を引き攣らせた。

……いや、うん。俺の姿が怪しいって言うのは自分でも理解してるけどね。助けに来た人間をそう邪険にしなくてもいいじゃないか。

「轡木さん、彼は……?」

「あぁ、彼は……その、なんだ、我々を助けてくれたらしい」

何で其処で引っかかるんだ。怪しいのは自覚しているけどさ。

「これで全員ですね?」

「あ、ああ。これでこの研究所の人間は全員確認した」

よし、それじゃ後はこの轡木さん含めた五人を、先に逃がした四人と合流させて逃がすだけだ。

問題はこの研究所の敷地を覆うバリアを解除しなくてはいけない、という事なのだが。相手がダダなら判りやすい。連中、何処かに小型ジェネレーターを持ち込んでいるはずだ。

一番高い可能性としては、この研究所の発電施設なりに外付けして、回線を利用していると考えるのが簡単なのだが。

「轡木さん、この研究所に発電施設とか、エネルギーを扱う場所はありますか?」

「発電施設? あぁ、研究用の電力施設ならこの別館と本館を挟んだ向こう側の電力室にあるが……」

言われて、束さんに貰った地図を確認してみる。見れば確かに其処に何等かの建造物が存在している事を確認できた。

やはり、連中の発電機は此処にあるのだろう。

「では轡木さん、貴方はその四人を連れて脱出を」

「君はどうするんだい?」

「俺は連中の発電装置を探します。それを止めない限り、この施設を覆うバリアは解除されません」

――故に、バリアが消えるまでは動かず、消えたことを確認してから逃げ出してほしい。

そう轡木さんに伝えると、彼は少し戸惑ったようで。

「君は、如何するんだい?」

「忘れましたか? 俺は通りすがりのウルトラマンです」

そんな俺の言葉を如何解釈したのか。轡木さんは一つ頷くと、四人を先導して先の四人が向かったであろう駐車場へ向けて移動を開始した。

「くれぐれも、バリアが消えるまでは移動しないでください。あれは下手に触れると消し炭になりますよ」

「ああ解った。そういう君も、くれぐれも無事で!」

そういって歩き去っていく轡木さんを見送りつつ、示された地図の電力室に向けて移動を開始した。

急ぐ現在、ISを完全展開して電力室に急行しても良いのだが、ダダに此方の存在を勘付かれるのは出来るだけ最後がいい。

そう考えて、建物の外ではなく中を一直線に爆走する。扉を蹴破り窓を叩き割り、壁すらも打ち砕いて文字通り一直線に。

そうしてたどり着いた電力室。外見はなんともない普通の建造物だが、なるほど確かに。至近距離に近付けば、その建造物が異常なほどのエネルギーを発生させている事が感知できた。

周囲を警戒しつつその電力室に足を踏み入れる。入り口入って右手の電灯のスイッチをカチリと入れると、その薄暗い室内が一気に明るく照らし出された。

「……これか」

其処に設置されている奇妙な装置。小さな機械が元々あった発電装置に繋がれ、その元々あった発電機を圧倒する莫大な電力を施設内へと送電しているのが確認できた。

そしてその横。発電機とは少し離れた場所に、ポツンと置かれた巨大な四角い箱。たまにチラチラと走る光は、何処か電子的な輝きを放っていて。

……もしかして、コレがダダの演算装置、って奴だろうか。

とりあえず、この発電機か演算装置、そのどちらかを壊してしまえば、ダダの任務継続は完全に不可能になる。そう考えて、右手にリフェーザー砲を顕現させる。

試しに低出力収束砲で発射してみるが、放たれたビームは演算装置に直撃するその瞬間、突如として現れた光の壁に遮られ、力なくその場で霧散してしまう。

同じくダダの発電装置にもリフェーザー砲を放ってみるが、やはり同様のシールドによって保護されており、リフェーザー砲による直接破壊は難しそうだ。

ならばどこかにこの演算装置、もしくは発電装置の制御装置が存在しているのではないか。周囲を見回すと、予想通りと言うべきか、あからさまなブレイカーが一つ。

他に良さそうな物も見当たらないので、仕方なくソレを上に上げ、電源をカットした。

――ヴゥンッ!

と、その時不意にそんな音が聞こえた気がして、即座に意識を切り替え。臨戦態勢で周囲に意識を向ける。

そんなふうにして周囲に気を配っている俺の前で、静かに発電装置が稼動を停止し――そして再び稼動を再開し始めた。

「なっ!?」

慌て、再び電源を停止させようとするが、今度は何の反応も示さない。

仕方無しに、一度外に出て、建物ごと綺麗に消滅させてしまおうと考えたのだが、今度は出入り口に強固かつ分厚いシールドが展開されており、この場から逃げ出すことは難しそうであった。

「これは……しまった、罠か!?」

慌てコア・ネットワークを使って周囲一体を走査する。と、どうやら施設全域を覆うバリアは既に解除されているらしく、施設から逃げていく大型バンの姿を捉える事ができた。

なるほど、施設全域を覆っていたバリアをこの建物に限定させる事で、圧倒的な強度を誇るシールドを形成したのか。

完全にハメられた。これは如何考えても襲撃を想定して設定された捕獲トラップだ。俺でなければ此処で詰んでいたほどに見事な。

だが、俺でも今すぐ如何こうできるというわけではない。

俺の全力攻撃をもってすれば、このシールドバリアを破壊することは十分に可能だ。収束リフェーザー砲の最大出力にオルタを載せれば間違いなく破壊は可能。

但しそれは一定以上の環境条件を満たしていればの話。こんな密閉空間で、超高出力であるリフェーザー砲を放ってしまえば、間違いなく大爆発が起こり、俺も巻き込まれ大ダメージを受けてしまうだろう。

最終手段としてはやらざるを得ないだろうが、できることならばそんな自爆行為は控えたい。

如何した物か。考え込んている俺の脳裏に、不意にコア・ネットワークを通したプライベートチャネルからの連絡を感知した。

「束さん、如何した」

『如何したじゃないよ、まーくん今何処にいる!?』

「それがダダのトラップにハマッて閉じ込められた」

『んなっ!? 拙い、まずいよ~!!』

「如何した、って聞くまでも無いか」

チラリと視線を背後に向ける。其処には、先程まで薄らと光を走らせ幾何学模様に発行していた四角い物体が存在している。けれども今それは、トラップが起動した直後から、激しくも奇妙に明滅を繰り返していた。

もしコレが仮に俺の想定したとおり、ダダの持ち込んだ演算装置であったとするのであれば。ダダの発言から、その演算装置が激しく活動するようなもので想定される事柄は一つ。

『世界各国のミサイル基地から、日本に向けてミサイルが発射されちゃったよ!!』

半ば想定していたとはいえ……。

「拙い、束さん、ミサイルの初弾が日本に来るまで後どのくらい時間が……」

『とりあえずアジア圏のハッキングは阻害したから、第一波のユーラシア圏、第二派のアメリカ大陸、第三派がヨーロッパ圏からってかんじで、最初のユーラシア圏のが残り5分!!』

「全然余裕が無いな」

とりあえず最初に、テレポーテーションでこの場から離脱できないかを試してみる。オルタを溢れさせ、外側への転移を……。

……ダメだ。この密閉された室内、念入りにバリアを仕込んでいるのだろう、外部との11次元的な連続性まで遮断されてしまっている。

束さんとの連絡が繋がっている状況から、ある程度の穴はあるのだろうが、それも本来は外部から遠隔で内部の演算装置に対して情報入力を行なう為の物だろう。

「束さん、ゴメン。あと10分以内の脱出は無理かもしれない」

『……そっか。仕方ないね。うん、まぁ二人っきりで地球を守る、って言うのがそもそも厳しい話なんだし』

「本当に申し訳ない。……で、束さん、アッチの準備は……」

『うん、予めテストの名目で装備してもらってるから、すぐにでも出撃してもらえるよ』

「それじゃ……」

『うん。ちーちゃん、ちーちゃん!!』

出来ればこうなる事は阻止したかったのだけれども。

俺が動けない場合に備えて、予め用意していた策。いや、策と呼べるほどの物ではない。

何せ俺が目論んだのは、単純に『俺がダメなら人を増やす』と言うだけの物。

現在、まともに稼動するISと、その搭乗者は、俺を含めて二組が存在している。

一つは俺の運用しているIS試製零号機『アーク・プリズム』。そしてもう一つが、IS試験一号機『白騎士』。搭乗者は、開発者の篠ノ之束の友人である……織斑千冬。

俺も束さんも、出来れば彼女を巻き込みたくは無かった。俺は一般人を巻き込むことを、束さんは友人を、其々巻き込みたくは無かったのだ。

けれども彼女の能力は凄まじい。何せISの登場時間100時間未満でありながら、その戦闘機動は場合によっては、オルタ無しの俺ならば十分に匹敵するほどの力を持っている。

というか、本気で何だろうかあれ。なんで生身でIS用兵装を振れるんだ? 本気で意味が解らない。

もしかしたら束さんがこっそりイノベイター因子を打ち込んだのかな? なんて考えたのだが、束さん曰くそういう肉体改造処置は行なっていないのだとか。

で、俺も肉眼で彼女の存在を確認した折、若干ではあるが彼女の脳量子波らしきものを感知してしまった。

……あの人、ISに乗っていたとはいえ、単独で脳量子波に目覚めたらしい。チートを多分に利用して、順調に人間離れして言っている俺に比べて、ある意味とんでもない存在だ。

『……よし、ちーちゃんに出撃してもらったよ!!』

「それじゃ束さんはソッチのオペレートを。俺は何とか此処から脱出し次第、其方の支援に……って、この感覚は!?」

『まーくん! コスモネットに重力偏重をキャッチ! 多分ダダにばれた!!』

「システムの異変を察知されたか。急いで逃げないと……。束さんは其方に集中してください。俺は何とかします」

『ゴメン、任せる!』

言いつつ、再び思考を加速させて、如何やってこの場から撤退するかを思考する。

 

現在の状況は、この電力室に閉じ込められたというモノだ。

先ず電力室の外側を覆う凄まじく分厚いバリア。転移での脱出も不可能で、力尽くで破ろうと思えば出来なくは無いが、その後暫く行動不能に成る可能性が高い。

次に内側。此処にはダダの発電装置と演算装置が設置されており、コレを破壊もしくは停止させる事ができれば、外側のバリアを停止させる事ができるかもしれない。

が、その演算装置と発電装置は、外側に比べれば低強度ながら、そこそこ硬いバリアに覆われている。

この内側のバリアは、ある程度空間に余裕がある状況であれば、まるごと吹き飛ばす事は十分に可能。但しこうしてバリアに囚われてしまっている場合、下手に吹き飛ばしてしまえばその爆発でやはり行動不能に成る可能性が高い。

外側に向けての攻撃も、内側に向けての攻撃もダメ。だからといって俺にとりうる手段は他に無い。

如何した物かと考えながら、周囲を見回しているうちにふと一つ思いついた。

このダダの発電装置、確か元々此処にあった電力装置に外付けして、回線はもともとの物を利用しているんだよ、な?

だとすれば、発電装置本体の破壊は不可能でも、回線を破壊することは出来るのではないか……?

――えっと確か電気回線は……。

思いついたら早速実行。即座に周囲を調べ、建物内の電気配線を調べ始める。

元々発電装置を納めているだけあって、確りとしたつくりの配電設備が備え付けられたその室内。

一応そうした設備にもシールドは施されているみたいだが、発電装置や演算装置のソレに比べるととてもではないが比較できるほどの強度は無い。

「よし、これを潰せば……」

即座に右手リフェーザー砲を展開し、エネルギー充填。砲身は……発電装置から伸びる配線に。ハイパーセンサーも用いて調べた結果、この配電盤と発電装置。その境界部分が最もバリアが薄くなっている事がわかったのだ。

そうして狙いをつけた上で、リフェーザー砲の出力を調整する。あまり高出力にしすぎるとこのシールド内が蒸し焼きになるし、低出力過ぎてもシールドを破る事はできない。

リフェーザー砲から静かに収束ビームの照射を開始する。最低限の出力で放たれたビームは、配線に設置されたシールドに弾かれ、空中でパチパチと電光を迸らせる。

ソレを確認して、少しずつ、ほんの少しずつ、けれども可能な限り急いで出力を調整していく。

じりじりとした緊張感を感じながら、視線の先で徐々にバリアに食い込んでいくビーム。それは次第にバリアを貫くと、続いて配電盤に繋がる太い配線に到達する。然しバリアで減衰しているビームでは、即座にその太い配線を焼ききるほどの出力は存在しておらず。

咄嗟に出力を更に上げようとする自らを意志の力で押さえつける。現時点で既にビームの出力は相当なものだ。どれくらい強力かというと、宇宙人のバリア付き円盤戦闘機を撃墜できる程度の出力は既に出している。

そしてそれほどの出力を出していれば当然、既に周囲はジワジワと高熱が溜まりだしている。室内気温既に45度。普通の人間なら立っている事すら辛い環境だ。

此処は電気関連の施設。これ以上の発熱は拙い。別に機械が壊れるのは問題ないが、ソレが原因で爆発でも起こってしまうと、そのダメージが後に響く可能性がある。

俺はこれから、最低限ダダの殲滅、ひいては日本を狙うミサイル群の迎撃を手伝いにいったりとしなければならないのだ。

「あせるなよ俺……」

呟きながらゆっくりと太い電線を焼ききっていく。と、不意に室内を照らす照明が不規則に明滅しだした。

それに気を取られないように集中しつつ、更に時間を掛けて配電を焼ききり……。

どれ程の時間が経ったか。ある瞬間、ブツリと音を立てて途切れる照明。次いで背後から常に奇妙な幾何学模様を発光させていた四角いオブジェがその輝きを停止させた。

「よしっ!」

ソレを確認して、即座に部屋の外へと足を運ぶ。バリアは……消えている!

最後に演算装置に低出力のリフェーザー砲を一発ぶち当てて、電力室から飛び出す。

……よし、コレでとりあえず、あのダダ1207号を孤立させる事には成功した。後は1207号本人を殲滅するだけだ。

そう考えながら、地球全土を覆うコスモネットにアクセスする。先程の映像ログから逆算した、宇宙生物ダダ固有の生物波形を計算。それをコスモネットを用いて位置情報を走査する。

……見つけたっ!

現在地から東の方向3000メートル。西、つまり此方へ向かって高速で飛行してきている。

ソレを確認して、ISを完全展開させる。ゆっくりと身体が浮かび上がり、あふれ出した金色の粒子光は、即座に全身を覆い隠すと、未展開であったアンロックユニットが展開され、この機体の最も特徴的なレッグブースターが脚部を確りと覆う。

即座にフル稼働を開始したレッグブースター。低い唸り声のような駆動音を響かせたソレは、金色の輝きを爆発させるようにして大空へと急加速する。

瞬時加速。後にそう呼称される技術。けれども俺のソレは桁が違う。

本来はISのエネルギーを用いて発生するその急加速現象は、けれども俺の場合は俺とコアの共振から生まれる無尽蔵のエネルギーをつぎ込むことで、本来の限界以上の出力での瞬時加速を可能とする。

欠点として、マニュアルでの確りとした制御を怠ってしまうと、瞬時加速時に使用されるエネルギーが暴発したりして、機体に甚大な被害を受ける可能性がある。が、その点に関しては、俺の人並みをちょっと上回る頭脳があればたいした問題にはならないだろう。

そうして急加速した俺の視界。コスモネットと照らし合わせ、解析された情報網。システムがナビゲートする視線の先に映し出されるたのは、殲滅対象である宇宙生物『ダダ』。

両腕で胸の中央にあの奇妙な銃器……人間採取装置を抱いて空を飛ぶダダ。地上は日本最先端技術研究所に向けて降下しつつあるダダ。そのダダにYマイナス方向からの強襲を仕掛ける。

『ダーダー!?』

ガツン、という衝撃が右腕に伝わる。残念ながら対怪獣戦を想定しているこのアークプリズムには、接近戦において運用可能な格闘装備というのは搭載されていない。

あえて格闘戦を行なおうというのであれば、前回のようにリフェーザー砲を至近距離でぶん回しながら撃つ、と言うのがあるが。あれは下手をすると山とか川とかをごっそり真っ二つにしかねないので、そうそう使用できるものでもない。

「ち、今度本格的にビームサーベルの研究もしなけりゃ……」

思わずそう愚痴を呟きながら、急反転。即座に降下し行くダダを追いかける。

ビームサーベルがあれば、あの電力室のバリアを破るのももう少し楽だったかな、なんて事を考えつつ、墜落し行くダダの後を追い、その途中ダダが取り落としたのであろう人間採取装置を空中で回収する。

万が一中に採取された人間がいると厄介だ、何て思いながら中身を確認するが、幸いダダが人間を採取する前に此方に引き返してきたのだろう、装置の中に人間の気配やそういったものの存在は感じられなかった。

「よし!」

右手を一閃。人間採取装置を思い切り殴りつけると、装置は途端にボスンと小さく爆発した。

そのまま破壊した採取装置をアークプリズムの格納領域に仕舞い込み、再びダダの追跡に入る。ダダは此方を敵と認識したのか、それまで採取装置を抱えていた両腕を広げ、まるで鳥の翼のように両手を広げた独特のポーズで此方へと飛んできた。

『ダー・ダー』

「墜ちろ人攫い!!」

左腕にビームガトリングを顕現させ、そのままダダに向かって連射を開始。ダダはソレを即座に回避しようと旋回するが、どうやらISの飛行性能に比べてダダの飛行能力は大分劣るように見える。

簡単に取れたダダの背後。ビームガトリングでダダの回避方向を制限しつつ、リフェーザー砲を広域拡散モードで撃ち放つ。

『ダ・ダーーーダーーーー!!!??』

オルタを含んだ金色のビーム砲。まるで壁のようにダダへと迫った金色の輝きは、宙を飛ぶダダを濁流の如く飲み込んでしまったのだった。

「やったか?」

『まーくんそれフラグ!!』

不純物の一切が消し飛ばされた澄んだ大気の中で、有視界範囲から姿を消したダダ。その姿が見えなくなって、思わず呟いてしまったそんな言葉。突っ込みは予想外にもコア・ネットワークから響いてきた。

「束さん?」

『おっと、突っ込み入れてる場合じゃ無かったよ! まーくん、急いでちーちゃんの援護に行って!』

束さんはそう言いながら此方にコアネットワークを使って地図データを送信してくる。

……なるほど、確かにこれは無理だ。幾ら白騎士が束さんお手製のワンオフ機……高級品の一品物で馬鹿げた性能を誇っていたとしても、例え織斑千冬程の人間離れした人間が扱っていたとしても、それでもISにだって限界はある。

幾らある程度ミサイルの来る方向が限定されるとは言っても、地球全土から日本に向かって放たれたミサイル、その全てを立った一機のISで防ぎきるのは如何考えても不可能だ。

むしろ、今の今まですべてのミサイルを迎撃できた事こそ驚くべき事実だろう。

「……白騎士の装備って何だっけ?」

『基礎汎用モデルの試作品だから、ブレードと、試作品の荷電粒子砲を積んでるだけだよ』

本当、なんでそんな極端な装備でミサイルを迎撃できてたんだろう。戦術的に考えるなら、弾幕を張るなりして防衛するのが常套手段じゃないんだろうか。

呆れた物だ、何て思いつつ、とりあえず地図に視線を向ける。

東側から来るアメリカの弾道ミサイル。次いで若干のラグを空けて飛来するのが、西側から飛んでくる東回りのヨーロッパの弾道ミサイル。

飛来する弾頭の数としては、アメリカの物よりもヨーロッパから飛んでくる弾頭のほうが若干数が多い。

「それじゃ束さん、俺が西のミサイルを落とすから、白騎士には東側を任せても良い?」

『うん、それでお願いするよ。ちーちゃんちーちゃん! ちーちゃんは東の太平洋側でミサイル迎撃に集中してねっ!』

『くっ、束か、でもそれじゃ、西側の守りが……っ!!』

『それは大丈夫だよ、そっちはm……アークプリズムがやってくれるって。漸く手が開いたらしいんだよっ!!』

『アークプリズム……? まさか私のほかにも束に手を貸している人間が……?』

なんだろう、回線が混線しているらしい。織斑千冬と思しき女性の声が、此方の耳にまで聞こえている。

まぁ、そもそも織斑千冬に大して交友関係を持たない俺には、余り関係のない話だ。今俺がやるべきことは、あくまで日本に降り注ぐミサイルの迎撃なのだから。

ガチャリ、と音を立てて左腕にビームガトリングを顕現させる。こういう防衛線なら、弾幕を張れるビームガトリングはとても有用性が高かった。

「さて、それじゃ仕上に、パパッと日本を護って見せますか」

空の彼方から迫る幾つもの煌く光。空を覆うミサイルの噴炎をハイパーセンサーに捉えながら、ブームガトリングを構え、ミサイルへ向かってイグニッション・ブーストを発動させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、そんな激戦が繰広げられている場所から少し所変わって。

つい先ほどまで宇宙人に占領されていた、山奥某所に存在する日本最先端技術研究所。そこを一つの人影がフラフラと歩いていた。

いや、それを人影と呼んで良いのかはわからない。なぜならそれは、白と黒の幾何学模様に身を彩られた、地球外生命体、『ダダ』と自らを称する人外であった。

「ダ……ダ……」

そのダダ、1207号は激しく傷ついていた。直前の戦闘、真幸によって放たれた拡散オルタ・リフェーザー砲の一撃。空間を消し飛ばすその超高出力砲撃は、確かにダダに甚大な被害を与えていた。

けれどもダダとて伊達に人類を超える技術力を持った種族ではない。真幸の砲撃が直撃したその瞬間、ダダ1207号は咄嗟に自らを短距離転移で砲撃の危険地帯から退避させることに成功したのだ。

しかし、だからといってダダ1207号が無傷と言うわけではない。辛うじて一命こそ取り留めたものの、ダダ1207号の姿は、文字通りのボロボロ、それ以外の言葉では表現のし様も無いほどに所々焦げ付き、欠損し、本来あるべき姿からは大きくかけ離れてしまっていた。

「《……う、ぐ……拙い、この惑星は拙い……!!》」

ダダ1207号は脅威を感じていた。ただ自分が大きなダメージを与えられたから、と言うだけではない。

ダダ1207号は知っているのだ。あの人間が纏っていた輝き。その輝きに見覚えがあったのだ。

――そう、あれは間違いない。ダダの任務を幾度も妨害してきた、光の国の連中と同じ輝き……!!

「《急ぎ、本国へ連絡し……そして、この惑星を危険敵対惑星として、全力を持って滅ぼす!!》」

「悪いけど、それはさせられないんだなぁ♪」

憎悪交じりに呟くダダ1207号。そんな彼の言葉に、不意に地球の言語で割り込まれる。

独り言に言葉を返されたダダ1207号は思わず身を強張らせ、慌ててそのボロボロの身体を動かし、視線を声の方向へと向けなおす。

そんな彼の視線の先にいたのは、この惑星の原住民、雌に分類される人間の姿であった。

「《なっ、ち、地球人》」

「キミが君の祖国に連絡することは無いよ。だってキミは此処で私に滅ぼされるんだもんっ♪」

彼、ダダ1207号の前に立った人間の雌は、そういうと手に持った武器、拳銃と呼ばれるそれをダダ1207号に向けた。

けれどもダダ1207号は焦らない。なぜなら彼の知識が正しければ、その人間が持つ武器は、火薬の燃焼ガスの圧力を持って、金属の弾体を当てることで対象に攻撃を与えるという武器だ。

あの地球人の光を受けてボロボロに成っているダダ1207号だが、それでもただの科学燃焼式の銃火器程度の攻撃を防ぐ事は容易い。

……そう、判断してしまったのだ。

――Bang!!

轟音と共に放たれた弾丸。それは深紅の炎を纏い、獣の唸り声のような轟音を響かせながらダダ1207号へと襲い掛かる。ダダ1207号は咄嗟にシールドを張り巡らせるが、その弾丸……いや、『無慈悲な灼熱』は、容易くダダ1207号の張ったシールドを焼き尽してしまった。

「ダ・ダーーーーーーダーーーーー!!!???《う、うわあああああああああああ!!!!???》」

人間……篠ノ之束の放った炎の弾丸は、ダダ1207号をまるごと飲み込んだ。飲み込まれたダダ1207号は、シールドごと炎にまるごと飲み込まれ、そんな断末魔を残して、跡形も無くこの世から焼滅したのだった。

「全く。まーくんが変なフラグ立てるから、もしかしてと思って着てみたら案の定なんだもんねー」

良いながらその女性、篠ノ之束は、その炎を撃ち放った拳銃を軽く振り払って銃身を冷す。

彼女が振り払った銃。銃身をくまなく奇妙な呪紋のような物で埋め尽くされたその赤い銃。それは暫く風に冷された後、光の粒になって何処へとも無く姿を消してしまった。

「さて、後はミサイルを迎撃し切るだけ何だけど……その前にダダの遺品も始末しとかないとねっ」

言いつつ、束は自らの移動ラボ「うたかたの」を起動。再び前線で活躍している二人をナビゲーションで援護し始める。

「でも、どうせだったらダダの遺産、全部貰って研究資料にしてもいいか。うん、束さんナイスアイディア!」

そんな事を呟きながら、それでも束は支援の手を一時も絶やす事は無く。

ニコニコと笑いながら凄まじい速度でタイピングを続ける篠ノ之束。そんな彼女の目の前のモニターでは、刻一刻と日本に降り注ごうとするミサイルの数が急速に数を減らしていく様が映し出されていて。

そんな光景に、束は人知れず小さく安堵の吐息を漏らしたのだった。

 




■宇宙生物ダダ
出展はウルトラマン。別名三面怪人。コンピュータ生命体じゃないほう。
本作に登場するのは人間標本回収員1207号。原作271号がウルトラマンに倒された後、色々あって多次元宇宙に進出した。
ウルトラマンが居ないはずの世界でまさかの敗北を晒し、更に持ち込んだる全ての技術を篠ノ之博士に回収された。
今作における白騎士事件の主犯。
■オルタ
真幸の力にしてコードネーム。光の巨人ディラクから受け継ぎ目覚めた力。
空を飛んだりテレポートしたり、割と無茶苦茶な力。
■通りすがりのウルトラマン
やっぱりライダーじゃないと駄目か……。
■白騎士
汎用量産型ISコア搭載の試作機。ディラクの遺骸『アーク』を加工することで汎用性を高めた『ISコア』を搭載した、量産のための研究機。
コア自体やワンオフアビリティーの研究の為に開発された機体で、織斑千冬によりデータ収集が行なわれていた。
篠ノ之束も友人を戦場に放り込む心算は無く、実戦投入されたのは想定外の事態であった。
■うたかたの
移動式ラボ『我輩は猫である~名前はまだない~』の前身に当るマルチサポートシステム。
名前の元ネタは森鴎外「うたかたの記」

※正解はダダ(ウルトラマン)でした。
ラウンダーグリップでギギって答えるかな? ギギの元ネタがダダだし、と思ってたのに、大半がストレートにダダって……。コスモスって人気ないのかな?


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07 国際指名手配されました。

 

 

束さんが国際指名手配を受けてしまいました。

 

おいおい、なんて戸惑っている俺を他所に、束さんは先ず最初に、俺に対する彼女への接触を禁じた。

そもそも俺が表社会で目立つ事を厭っていた事、そしてこの先の事を考えると、悪目立ちしすぎた束さんを別方向からバックアップする人間を残しておく必要があるとか。

本当ならば国際指名手配を要求した各国に攻め入り地球上を光に還してやろうかとも思っていたのだが、流石にソレは拙いと束さんに止められてしまった。

もういっその事、宇宙的悪意に魂まで貪られる前に、全部光に還してしまった方が良いような気もするんだけどなぁ。

そんな事を考えながら、束さんがニンジンロケットで地球を離脱する様を、アークプリズムで護衛しながら見送る。

アークプリズムの後付装備、ミラージュコロイドシステム。某ガンダムの光学迷彩機能なのだが、電磁波の類までシャットアウトする優れものの迷彩だ。

ニンジンロケットも地球圏を離脱する際にはコレを展開し、某国の衛星・天体観測の網をすり抜けて地球圏を離脱していった。欠点はコロイドの滞留時間と消費電力、後は他のエネルギー装備と相性が悪い事くらいか。

そうして地球を離れた束さん。一体何処へ行ったのかと言うと、どうやら天に輝く銀盤、遼天空のお月様へと逃亡したらしい。

いったい如何やって、と考えて、よくよく考えてみればISもあれば、研究の結果何とか完成した疑似太陽炉や、まだ小型化に成功しては居ないものの、開発自体には成功してしまったマキシマドライブやら。

宇宙航行技術は自分達の手で多々考えていたわけで、考え直してみればそれほど不思議でもないのか、な?

他にも量子化技術なんかで生活物資を運べば、月面にプラントを建設するまでの間は十分に生活できるのかもしれない。

うーん、束さんめ。俺より先に宇宙に上るとは。うらやましい。

今度俺も束さんの秘密基地の建設を手伝いに行こう、なんて考えつつ、此方は此方で独自行動を再開する。

 

世間は、日本に向けられた幾千ものミサイル、それを迎撃した白騎士を攻撃し、あまつさえ撃退されたその結果。それらの重要参考人として世界は束さんを指名手配した。

そうして押し入られた篠ノ之宅。其処に残されていたのは、467個のISコア。コレを日本は愚かにも、世界に向けて等分に配分する事を良しとした。

まぁ元々の目的――地球防衛――を考えれば好都合な選択ではあるのだが、それにしても脅しに屈して世界に貪られたというのは本当に情け無い。

因みに原作におけるこの事件は如何だったか知らないが、この世界における白騎士事件はダダによる事件である為、間違っても束さんの自作自演によるものではないと明記しておく。

 

世界、阿呆だなぁ。そんな感想を抱きながら、徐々に女尊男卑の世界へと変革を始めた世界を眺めながら、俺は俺でやるべきことを次々と勧めていた。

アークプリズムを扱うに当って習得した柔術の習熟の為の訓練は勿論、現在完成しているアークプリズムとマキシマドライブの改良、及びマキシマドライブ搭載機の開発など。

アークプリズムに関しては実に簡単で、第一世代型というか試製零号機であるこのアークプリズムを、第二世代型にヴァージョンアップする、と言うもの。システム面を改良し、装備の汎用性を高めるだけなので割と簡単な処置で済んだ。現在の正式名称は『アークプリズム改』となっている。

特に俺が重要視しているのは、このマキシマドライブの改良と搭載機である『ガッツウィング』の建造だ。

 

今現在この『ガッツウィング』……正確には『ガッツウィング一号機改良型ガッツシャドー』。ネオマキシマを搭載し、偏向マキシマ砲を持って単騎で怪獣を迎撃する事も可能なとんでもない機体だ。

本当ならエクストラジェット辺りを作りたかったのだが、俺の現在の製作環境を鑑みるに、あそこまで巨大な航空機の建造は不可能と判断したのだ。

現在開発中のこのガッツシャドー。建造場所は、束さんの退避シェルターの一つとして建設された、太平洋側の海底シェルターにて行なっている。

ピラミッド型のこのシェルター、案外施設は充実しており、更に外観は岩石により擬装を施す事で、外部からの発見はほぼ不可能と言う使用になっている。

更にこの基地の稼動エネルギーは、先の事件でダダ1207号から強奪したダダの発電機……解析結果パラジウムリアクターと判明したソレを利用することで、驚異的な独立性を実現している。ぶっちゃけTPC極東本部基地っぽいこの海底シェルター。

設備は十分なのだが、問題はガッツシャドーを建造するに当って必要な資材の入手が呆れるほどに困難である、と言う点だろう。

何せガッツウィングというモチーフは、現代の通常航空戦力を圧倒する航続能力、戦闘能力、探査能力を持ち、自由自在に空を駆るスペシャルなメカニックなのだ!

現在開発に用いている資材は、何時ぞやの白騎士が迎撃して海底を漂流していた戦闘機の残骸を回収して使っていたりする。

まぁそのまま資材を流用するのではなく、束さん謹製のマテリアル精製装置を使って、良い具合に調整した素材を使っているのだが。

このマテリアル精製装置がまたコストと時間を食う装置で、一機分の素材を精製するのにかなりの時間を喰う。コレを更に加工する時間も必要と成るのだから、遅々として進まないのは仕方のないことだろう。

これが日本の正規の工業ルートを使って生産された金属なりを使えば、大幅な時間短縮も可能なのだろう。現状非正規に兵器開発している俺はどう見てもテロリストの類だし、表から協力を依頼するのは現時点では不可能なので、ありえない仮定ではあるのだが。

そういった理由で、ガッツウィング一号機部分が完成した頃には、既にネオマキシマドライブは大幅な改良を終えてしまった後となっていた。

ネオマキシマドライブ。元ネタはウルトラマンダイナの、ネオマキシマ・オーバードライブ。

ヤオ・ナバン博士の開発したマキシマ・オーバードライブを、キサラギ・ルイ博士が改造し完成させた最新型のエンジンであり、そのエンジンを用いたワープ航法でもある。

これを搭載したフネは、火星までの往復を二時間でこなせるという、宇宙開発時代に進むならば必須ともいえるほどにとんでもない技術だ。

ただ反面、兵器利用なんかに転用する事が可能で、マキシマ砲、ネオマキシマ砲などといったそれらは、ウルトラマンすら滅ぼすほどの強力な一撃となってしまう。

俺は現在、こうしてネオマキシマドライブ搭載型の戦闘機、ガッツシャドーを建造してはいるが、もしこれを表に出す事があるとすれば、マキシマ関連技術やその他の技術は撤廃し、『対怪獣用戦闘機』として表に出す心算だ。

今の人類にマキシマの力を託す事は、さすがの俺でも無理だ。そこまで人類を信じられない。出すとしても、精々マキシマドライブを大型艦向けの、攻撃転用の難しい形でが精々だろう。

 

そんな状況で進むガッツシャドー系技術に比較し、予想外に簡単に事が進んでしまったのが、疑似太陽炉、元ネタは機動戦士ガンダム00から来たトンデモ装置だ。

GNドライブなどと呼ばれるこのシステム。いってしまえばGN粒子という不思議粒子を放出する発電機と言う代物だ。

このGN粒子が実弾・ビーム無効やらパイロットに掛かる重力負荷軽減だとか、脳量子波の拡大だとかイノベイター覚醒だとか、割ととんでもない多様性を持つ、正にチート粒子だったりする。

本来は高重力条件下で製造されるとある装置を組み込むことにより、永久機関として稼動させることが可能なのだが、ぶっちゃけその永久機関……太陽炉を作ったところで、あまり意味が無かったりする。

何せネオマキシマが存在している以上エネルギーは十分に存在するし、そもそもGNドライブの発電量はMS一機分。俺の目指す宇宙航行艦には若干どころかエネルギーが足りていない。

が、太陽炉の精製するGN粒子と言うものには魅力を感じる。何せコレは、人類の革新を促す装置足りえるのだから。

其処で俺が考えたのは、太陽炉を完全にGN粒子生成機として開発してしまう、と言うものだった。

このアイディアを元に開発を進めてみたところ、見事に成功。従来の疑似太陽炉に比較して、粒子生成量が1.3倍にも膨れ上がったのだ。

これによって、流石にISへの搭載は不可能だが、例えばガッツウィングの搭乗者に対する重力負荷軽減であったり、怪獣なり宇宙船からの攻撃であったりに対する強固な防御装置(GNバリア)を獲得するに至ったのだ。

 

まさに『俺の考えた最強の戦闘機』である。

 

ISが一定数世界に散布された現状、あとは世界でIS操縦者が育ってしまえば、もう俺が表に出て戦う必要は無くなる。そうなれば、あとは暢気に宇宙旅行とでもしゃれ込んでみようか。

なんて事を考えながら、ニヤニヤとガッツシャドーの建造風景を眺めながら、次は何を使用か考える。

 

 

 

そんな風に割りと日々を愉しんでいた俺だったのだが、ある日不意に海底シェルターに警報が鳴り響いた。

「これは……大型の生命反応……ってことは、怪獣か?」

表示されたデータを読み取って呟く。モンゴル平原に現れた巨大な生命反応。間違いなく怪獣が出現したのだろう。

「あーあ、こんな場所に出ちゃったんじゃ、隠匿は先ず不可能だろうなぁ」

マグニアの時は、場所が山奥で、怪獣の証言を出来る人間も少数。

ダダの場合は直接的な被害者が研究員数名。その数名が「宇宙人の仕業」と騒いだところで、信じる人間は少ないだろう。

まぁ社会がパニックに包まれるよりは良いか、などと考えて放置していたのだが。此処に来てついに、表社会に怪獣の存在が明かされるときが来たのかもしれない。

……なんて事を考えながらモニターを眺めていると、再びシェルター内に警報が鳴り響く。

今度は何だとシステムに情報を表示させると、今度はイースター島に巨大な生命反応が現れたという。

連続して怪獣が出現するなんていう事態は珍しいな、なんて考えつつ、MAP上に表示された二つの光点を眺めて、ふと何かが頭に引っかかった。

なんだろうかと考えながら地図を睨む。別に何か特別な事が有るわけでもなく。二つの光点は其々の地点に出現した後、其々がゆっくりと移動を開始する様が映し出されていて。

「……光学映像を表示」

システムにそう命じた途端映し出される映像。先ほどの世界地図上に光点で大体の位置を表示しているだけではない、現地の定点カメラの映像を盗んで表示した映像。ナマの映像だ。

「……げっ」

そうして其処に映し出された映像を見て、思わず呻き声を漏らす。なぜなら俺は、その画面に表示されている二体の怪獣を知っているからだ。

二つに分割され、其々の光点を近隣のライブカメラから撮影したであろう画像。

一つは、石のようにも見える材質の兜を被ったような姿の、ゴジラのような恐竜型怪獣。

一つは、同じく石のような材質の装甲を身に纏い、鋭い刃の両手を持つ、翼を持った怪獣。

方や、『大地を揺らす怪獣』ゴルザ。

方や、『空を切裂く怪獣』メルバ。

共にカテゴリCと呼ばれる、超古代に大地を焼いた怪獣の一種。と、ティガで語られた怪獣達であった。

因みにこのカテゴリCとは、クトゥルフ神話系の怪獣ということになるらしい。

またSAN値を削る怪獣かよと、思わず胸の中で愚痴を零しつつ、如何した物かと思考を進める。

先ずゴルザとメルバ。この二体は、原作『ウルトラマンティガ』において、目覚めと共にティガの巨人を滅ぼすために日本へ向かって移動を開始するという怪獣だ。

つまり連中には、ウルトラマンを敵と認識できる程度の知能は有ると考えて良い。

そんなゴルザとメルバ。共に驚異的な怪獣であり、二体同時に攻略するのは先ず不可能と考えて良いだろう。

であれば、二体の怪獣は確固撃破して行くことが望ましい。幸いこの世界にはティガの巨人なんて物は存在していない。ならばあの怪獣が日本を目指してくる事も……。

そんな事を考えながらデータ上のMAPを見て、思わず思考が凍りつく。地図上に表示された二つの光点。それは、徐々にだが、然し確かに日本の方角を目指して移動しているように見える。

「……は? 如何いうことだ??」

なんであの二体が日本に向かって移動してるんだ? 何が日本にひきつけている? ……まさか俺か? けれども普段は力を封じている俺を、如何やって感知していると?

ぐるぐる回る思考。けれども情報が足りていない現状、答えが出るはずも無く。

考えても仕方ないのならば、とりあえず確固撃破のために出撃しよう。

そう考えて、とりあえず向かう先をどちらにするかで思考する。

ゴルザとメルバ、その脅威の対比は、俺の中では間違いなくゴルザに重きをいている。

なぜなら物語始まってすぐに始末されたメルバに比べ、ゴルザは物語中に二度、続編を入れれば三度、再出現する度に力を増して再戦を挑んできたのだ。

ならば大きい脅威から排除する事を優先すべきだろう。そう考えた俺は、とりあえずゴルザを撃破すべく、アークプリズムを展開し、モンゴル平原へ向けて転移を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

海底シェルターからの情報支援を受けつつ転移した俺は、そうしてたどり着いた先で見た光景に思わず口元を引き攣らせる。

視線の先に広がる海。其処に消え行く尻尾のような物。転移した場所は既にモンゴル平原から遠く離れ、現在既に東シナ海へとその身を沈めた直後のようだった。

「おいおいおい!? 移動速度が速すぎないか!?」

言いながら、システムを使って海底シェルターのメインコンピューターにアクセス。ゴルザの行動ログを参照する。

そうして表示されたのは、北京、天津を盛大に破壊しながら突き進むゴルザの姿。どうやら現地メディアではっきりとその姿が放映されてしまっているらしい。

別に怪獣情報の秘匿とかいう事に対する興味は無い。ただ問題は、既に結構な被害がでてしまっているという事だろう。

人類同士で戦争をしている余裕など既に無いという事を世界が理解してくれるならば良いのだが、ソレを理解しない愚物にとっては、他国の被害は格好の隙に見えている。

その『隙』に釣られて戦争を起そうとする馬鹿は何処にだって居るのだ。

「じゃなくて、だな」

思考を一度切り替える。今やるべきことはゴルザの撃破だ。

海底に潜ってしまったゴルザ。現状の兵装で海の中に居る怪獣に対して有効打を与えられる装備は……ISの装備としてではなく、オルタのハンドスラッシュでの攻撃なんかの、オルタ系技能のみか。

それにしても俺もアークプリズムも水中戦闘の経験は皆無に等しい。此処で追いかけて水中に飛び込むのは、流石に自殺行為だろう。

しかし、だからといって放置することも出来ない。……格なる上は、水上から機雷でもばら撒くか? いやいや、そんな事をすれば後々がとんでもない事になる。俺はいやだぞ、謎の機雷、運輸船と接触! とかいう見出しの新聞が出るの。

如何した物か考えて、結局光学迷彩を展開したままゴルザの行動目標をトレースする事に。水上からでもある程度は察知する事のできる生体反応。特に怪獣の巨大な生体反応を見失う事はまず無い。

ネットワークを探り、コレまでのゴルザの移動過程を検索、それを地図上に当てはめて、大体の進行方向を予測。更に精度の高い情報を当てはめる事で、ゴルザの目的地を予想しようと言うのだが。

「……これは、また」

そうして割り出された目的地。いや、目的地かはわからないが、その進行方向。

「……モロに家のある方向じゃねーか」

このままゴルザが直進した場合、もう一度陸地を蹂躙しながら水中に沈み、そしてついには日本にたどり着くことになるだろう。そうしてたどり着いた日本。このままの予想コース通りに進むのであれば、ゴルザは間違いなく、俺の自宅ご近所を蹂躙する事に成る。

そこで、漸く一つ脳裏に過ぎる物があった。

「……もしかして、ディラクの石像、か?」

ゴルザとメルバが標的にするのは、先ず間違いなくかつて地球を守護していた光の巨人、もしくはそれに関連した物だろう。

そして現在地球上に存在している、俺の知る光の巨人に関連したものと言うと、先のイブ=ツトゥルと戦い、そして俺に光を託して還っていったあの巨人、ディラクの姿だ。

ディラクそのものは既に石像になり、その石像も風に溶けるようにしてこの世界から姿を消した。残っている石像の破片は、先に石像と化し切り落とされていたディラクの片腕のみ。その片腕も、既に研究用のアークを残して後はISコアへと加工されてしまっている。……って、ISコアに反応した可能性もあるのか!

これは完全な予想だが、ISコアが世界中にばら撒かれた事で、大元の巨人に比べればとても弱い反応ではあるが、世界の何処かで眠っていたゴルザとメルバの感覚に、ISコアの放つ波長のような物が引っかかったのではないだろうか。

結果その波長に引き摺られて目覚めたゴルザとメルバは、その波長の最も強い場所――つまり、ディラクが還った場所、自宅近所の山の中を目指して行動を開始したのではないだろうか。

「嘘だろおい……」

言いつつ、ISを海面上空で滞空させ、投影ディスプレイとキーボードを展開させる。

本来はISの調整用なんかに用いられるこのディスプレイとキーボード。ソレを用いて海底シェルターと高速での情報通信を行なう。

思考制御だけでは曖昧な情報伝達でも、こうしてキーボードを使い文字に起すことで、より正確な情報へと変換することが出来るのだ。

そうして今度はメルバの行動情報をネットワーク上から引っ張り上げ、それをゴルザの時と同じ手順でデータ上の地図に起す。

表示されるメルバの移動ルート、そして行動予測ルート。青で示されたソレを、今度は赤で示されたゴルザの地図へと重ねて。

そうして二つの線が交差する場所。それは、半ば予想しながらも違って欲しいという俺の願いを完全に打ち砕いて、見事に俺の地元を指し示していた。

「……拙い」

流石に、現状で二体の怪獣を同時に相手取るのは拙い。倒せないわけではないが、先ず間違いなく周辺に大きな被害が出るのを防ぎきれないだろう。

なんとかして一匹ずつ仕留めないといけない。……そう考えていたところで、不意にアークプリズムのコア・ネットワークに通信が入った。

といっても現在まともにコア・ネットワークの運用が可能で、かつ俺のアークプリズムにつなげられる人間なんて一人しか存在していないのだけれども。

『はろはろ、やぁやぁ束さんだよ。まーくん元気?』

「勿論元気だよ。そっちは、月の生活は馴染んだ?」

『んー、今のところアーコロジーの稼動は万事問題なし。食料の方も最低限は手に入るんだけど、でもでもちょーっと地球のジャンクフードが懐かしいかなぁ~』

案の定通信を繋いできたのは束さん。しかも言ってることは割と現在の科学常識をぶっちぎっているのだからもう。

そして俺は知っている。束さん、料理面においても割りと普通に美味しい日本食を作るのだ。余談だが。

「で、このタイミングで通信を入れてきたのはまたなんで?」

『それなんだけどね、今まーくん怪獣の片方を追っかけてるんでしょ? それを中断して欲しいんだよ』

「中断って……なんでまた」

『怪獣の脅威を、世間――世界に認知させる為に』

その言葉に、少しだけ考え込む。

これがどこぞの主人公様ならば、「そんな事のために無関係な犠牲者を~」云々と怒るのだろうが、生憎俺はチートな転生者でこそあれ、気持ち的には一般人でしかない。

それに怪獣、ひいては外宇宙の脅威が認識されていないからこその束さんへのこの扱いなのだ。どちらかと言えば篠ノ之派である俺としては、最終的に自分の周囲の人間さえ守れれば、後はぶっちゃけ如何でもよかったり。

何せ邪神群だったり邪神崇拝教団、あるいは宇宙からの侵略者を放置してしまえば、結局地球規模で被害を受ける可能性が高い。地球を守るのは結局、俺の住んでるご近所の人間を守る為の一環でしかないのだ。

『結局、私達は今まで独自に行動してきたわけ何だけど、それが地球人の外宇宙に対する脅威の認識を遅らせる原因になってたわけなんだよね』

「あぁ、それは確かに」

『で、なら実際に脅威を体感してもらえば、嫌でもそれを認識するわけでしょ』

ある意味でとても合理的な、そして残酷な答え。

確かにこの二体の怪獣を放置すれば、世間は嫌と言うほど怪獣と言う脅威を認識してくれるだろう。然し、その過程においてどれ程の被害がでるのか。想像も出来ない。

「でも、如何収集をつける心算?」

『うん、最終的になんだけど、片方はまーくんに頼む心算だよ』

「片方、というともう片方は?」

『そっちには、日本の自衛隊に頑張ってもらおうかなって思ってるよ』

また無茶なと思いはしたものの、此方が何かを言う前に、束さんは一つのデータを此方に向けて送信してきた。

「……これは……」

『束さん基本的には月にいるんだけどね、偶に火星の調査なんかもしてるんだよ! で、その最中に見つけたのがこの物質』

――束さんも流れに乗って、スペシウムと名付けてみました。

『このスペシウムなんだけど、正確にはスペシウム鉱石から発生するエネルギー体が重要で、コレを封入したスペシウム弾頭とか、鉱石自体を封入したスペシウム砲とか色々作ってみたんだ」

ミ☆、とか付きそうなテンションで喋る束さんだけれども、改めて思う。何このチート。

既に火星に進出しているとか羨ましい、じゃなくて、そんな話聞いてないんですけどっ!?

「火星は今度俺も連れて行ってもらうとして、そのスペシウム砲を自衛隊に供与すると? んな事して、後から日本叩かれません?」

『スペシウム砲を渡しちゃうと鉱石まで持っていかれちゃうから、渡すのは弾頭の方だよ。で、後のことだけど、他の国が何か言い出す前に、束さんが声明を出すつもり』

「声明って……」

『ISと、その本来の目的、それからついでに束さんの活動に関してちょっとだけ』

つまり、外宇宙と地底に潜む脅威に関してを語る心算なのか。

……まだ人類には早すぎる知識、のような気もするのだけれど、既に怪獣が現れだした今、早すぎると言っていられるほどに余裕があるわけでもないのだろう。

「了解。なら、俺は姿を隠して、ゴルザを追跡しておくよ」

『うんうん。……因みにゴルザって言うのはあの怪獣の名前だよね?』

「ああ。大地を揺らす怪獣ゴルザ、空を切裂く怪獣メルバ。どちらも邪神の眷属に相当する怪獣だよ……」

『ってことは厄介な怪獣って事かぁ。うんうん、まぁ何とか成るよね! それじゃ――』

「ちょっと待った!」

そういって通信を切りそうな束さんに慌てて待ったをかける。現状一つだけ束さんに相談しておきたい事が有るのだ。

「あの怪獣、二体とも日本に向かって直進してるみたいなんだけど、束さんなんでか解る?」

『うーん……あの怪獣は邪神眷属系の怪獣、って言うのは確かなんだよね?』

「ん。それは間違いない。近付いたときに、アレに近い闇の気配を感じた」

『それじゃ、まーくんが近付いたとき、怪獣のほうはまーくんに反応した?』

「いや、俺が近付いたのは殆ど海に潜った後だったし、第一俺は普段はオルタを表に出さないようにしてるから……」

『ふむふむ。ならあの怪獣達が追ってるのは、ディラクの残骸の気配か、もしくはイブ=ツトゥルの残した瘴気を目指してるんじゃないかな?』

なるほど。確かにその可能性はあるか。

過去地球に訪れ、そして邪神との戦いの中に倒れた光の巨人・ディラク。彼の残した力は俺が、知識と遺骸は束さんが引き継ぎ、地球を守る為の刃としての研鑽を開始したわけだ。

が、然し、ディラクの身体の一部はイブ=ツトゥルとの戦いの最中に砕かれ、自宅近所の山の中に残されてしまっている。

そしてソレと同じく、地球に舞い降りた宇宙的邪悪であるイブ=ツトゥルの瘴気もご近所の山の中に残されてしまっているのだ。

ディラクの残骸とイブ=ツトゥルの残した瘴気。これらは現状、互いが互いの影響を相殺することで、幸いにもあの裏山は名伏し難い魔界に変貌する、という惨事に至っていない。

だがしかし、その光と闇の気配は両方とも、相殺しているとはいえ確りとその場に残っているわけで。

「それがあったか……」

『でも、っていう事はつまり、まーくんが気配全開にすれば、怪獣を誘引できる可能性がある、ってことかな』

それは確かに。でもオルタ全開にすると、目立つし疲れるしで出来ればやりたくない。

『うんうん。色々情報が集まってきたね。よし、それじゃまーくんは空を飛んでるほう……メルバの方に回ってくれるかな』

「ん? でもゴルザの追跡が……いや、了解」

言いかけて、その途中で思考が追いつく。自衛隊にスペシウム弾頭を供与するとして、仮にソレを供与された自衛隊が戦いやすい相手はどちらか、と。

んなもの、如何考えても大地をノシノシと歩いているゴルザだろう。空をビュンビュン飛び回っているメルバに対して、もしスペシウム弾頭を外してしまえば。

空中戦よりは地上戦のほうがやりやすいのは間違いない。

「それじゃ、後は束さんに任せる」

『うんうん。まーくんも、メルバ相手に油断しないように』

「りょーかい」

言いつつ、秘密基地のテレポーターを遠隔操作。情報支援からメルバの進行予想地点を算出し、その進行ルート上に向かって転移したのだった。

 

 

 




■ガッツシャドー
真幸の持てる技術を全てつぎ込んで試作された対未確認・宇宙生物災害対策用汎用飛行機械。
元ネタはウルトラマンダイナよりブラックバスター隊の特殊仕様機『ガッツシャドー』。
航空システムはネオマキシマドライブ及び疑似GNドライブ。通常航行時、疑似太陽炉をGN粒子生成装置、推進装置として設置した事で、搭乗者に対する高い対G耐性を与え、尚且つ安定した航続距離を獲得した。尚、この疑似太陽炉は機体の電源としては用いられていない。
技術蓄積及び戦場支援の為に手加減なしで開発されており、一部には地球上では生成不可能な物質まで使用されている。
兵装は汎用レーザー砲、偏向マキシマ・ビームカノン。マキシマオーバードライブ、また汎用マルチパーパスサイロ、光学・電磁迷彩なども使用可能。
ガッツウィングを飛ばして開発された為、問題も多いが、ネオマキシマドライブに関しては共同開発を行なった束側の実験により完成度は高い。
……ただしウルトラマン的にテレポートも出来るし、飛んで行くにしてもISが有る為、本格的な運用はネオなフロンティア開拓時代だろうと予想される。

■疑似太陽炉
ガッツシャドーに搭載された推進器。元ネタはガンダム00から。
発電機としての機能を斬り捨て、粒子生成装置、及び推進器としてのみ運用する。
これによって粒子生成量が若干上昇し、対G性能、が向上し、バリア機能などが実装された。
実はガッツシャドーに関して、純マキシマ系技術で統一してもカタログスペック上ではあまり差は無かったのだが、脳量子波系の技術蓄積の為ににあえて実装された装置。

■海底シェルター基地
通称“秘密基地”。性能的には移動要塞。水の其処に沈むピラミッド型のシェルター。元ネタはウルトラマンティガより、tpc極東本部基地ダイブハンガー。但しネタだけ。動力は縮退炉。
核シェルターとしての機能を持つ強固な外殻の中に、上から情報通信設備、データ処理設備、システム・デバイス開発設備、生活フロア、樹林・生物プラント、基地運搬動力炉などの設備が詰め込まれている。
規模に反し収容人数は100人程度。ただこれはアーコロジーとしての機能を廻す場合であり、詰め込めば数千人は収容可能。
基地内部に転移装置を持ち、これによって真幸を遠地へ転移させることも可能。あとある程度の移動・戦闘も可能。運用の大半はメインフレームの量子コンピュータ及びその端末であるオートマトンによる。
マテリアル精製装置なる胡散臭いトンデモシステムを実装しているが、莫大な消費電力に比べ、得られる成果は少なめ。

■『大地を揺らす怪獣』ゴルザ&『空を切裂く怪獣』メルバ。
元ネタはウルトラマンティガ。
裏設定とかそんな感じの話曰く、“カテゴリC”に属する怪獣。Cは勿論クトゥルフ神話。イボイボ甲殻を持ってるのはこれに属するらしい。

■スペシウム砲&スペシウムミサイル
篠ノ之束博士火星において発見した物質、スペシウム鉱石を用いて開発した兵器。莫大なエネルギー=スペシウム粒子を用いた武装。要するにウルトラマンのスペシウム光線を擬似的に再現した武装。
・スペシウム砲
内部にスペシウム鉱石を内蔵したエネルギー砲。一定のエネルギーを与えることで鉱石が生み出すスペシウム粒子を収束・加圧し、一方向に向かって開放する。
・スペシウム弾頭
スペシウム粒子を圧縮・封入した特殊弾頭を搭載したミサイル。スペシウム砲ほどの威力は無いが、数を打ち込むことで同等の威力を得る事が出来る。


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08 革新する世界

 

 

ウルトラ系の怪獣と言うのには、幾つか共通する弱点というモノが存在している。

例えば角。帰ってきたウルトラマンにおけるキングザウルス三世は角を折られる事でカーテンバリアを破られ、ウルトラマンセブンやタロウにおけるエレキングは角を折られる事で大幅に弱体化する。

他にもチャンドラーみたいな翼のある怪獣は、大抵翼を?ぎられると弱体化する。

そしてそれはこの、俺の目の前を亜音速で飛行する怪獣に関しても同じ。

背中に生えた翼、その付け根辺りを狙い打てば間違いなくあの怪獣は地面に墜落する。ましてあの怪獣は現在此方の存在に気付いていない。

ミラージュコロイドを使って背後に回り込み、そのまま追尾を続けているのだ。ミラージュコロイドに関しても、戦闘機動にでも移らない限りは十分に余裕がある。

さて、後は束さんの指示をまつだけなのだが。

『ハロハロまーくん』

「お、束さん。もういいの?」

『うん、自衛隊の方も準備できたし、コッチの準備も出来たから、後はまーくんがパパーっとかたしちゃってね!』

「おっけー」

それじゃ、ご注文の通りパパッと始末してしまおう。

先ず最初にするのは、リフェーザー砲を対怪獣出力で打ち込む。狙いは前述の通り怪獣の翼の根元だ。

リフェーザー砲の高温の粒子によって大爆発を起すメルバの背中。メルバは甲高い悲鳴を上げると、そのままの速度を維持しながら一気に高度を落とす。

そしてそのままの速度で山の壁面に突っ込んだメルバ。ほぼ亜音速のまま突っ込んだのだ、凄まじい振動が台地を襲ったのだろう。山の周囲の森から一斉に大量の鳥が飛び上がって言った。

「さて、人間ならあの速度で突っ込めば即お陀仏なんだけど……さすがカテゴリCというべきか」

――キキャアア!!!

視線の先。モクモクと立ち上る砂塵の中、両手の鋭い刃を振り上げながら叫び声を上げる怪獣の影が映る。

多少足取りはふらつき、背中の羽は片方が殆どもげてしまっていて。そんな状況にも拘らず、怪獣メルバは立ち上がり、地面を歩き出していた。

やはり怪獣の中でもカテゴリCは別格か。肉を持つ怪獣であるのは事実だが、残滓ほどとはいえ邪神に近い闇を持つ存在だ。物理攻撃だけで斃し切るのは難しいのだろう。

「――オオオオオッ!!!」

声を上げてオルタを高める。金色の輝きがあふれ出し、俺の躯を包むアークプリズムを金色に染め上げる。

―――キキャアアアアアアア!!!!

加速しながら近寄ろうとする俺に、甲高い鳴き声をあげたメルバが、その鋭い両腕の刃を振り回し、その身に近付くものを切裂こうと両腕を振るう。

けれども、だ。既に半ば以上人を外れている俺の知覚から見れば、メルバの豪腕は余りにも隙が大きい。例えるならそれは赤子が癇癪で腕を振り回すのと同じような動きなのだから。

余裕を持った瞬時加速でその両腕の振りを回避し、近付いたところで右手に意識をやる。アークプリズム改の右手に搭載された新装備、ビーム手刀。

何時ぞやにリフェーザー砲を振り回してビームサーベルの如く扱っていたのだが、ならばいっその事ビームサーベルを用意してしまおう、という考えの下装備されたのがコレだ。

因みにビームサーベルからビーム手刀になったのは、ビーム手刀ならばサーベルと違い武器を持ち帰る手間が省けて、いざという時の奥の手にもなるから、というものだ。

オリジナルISコア――アーク結晶と俺のオルタが共振し、只でさえ普通のISに比べ過剰な出力を誇るアークプリズムのエネルギーが増幅される。

そのエネルギーは右手のビーム手刀に注ぎ込まれると、そこに凄まじいエネルギーを持った黄金の剣を顕現させる。

「おりゃぁっ!!」

思い切り振り下ろす右手。当れば間違いなく相手を寸断できるであろうその一撃は、けれどもメルバの両腕の刃によって寸前で受け止められてしまう。

――キキィイイイイ!!!

両腕を交叉させ、その隙間で金色のビーム手刀を受け止めるメルバ。何処か嘲るようなその鳴き声に、けれども此方こそ鼻を鳴らしてメルバを哂う。

「馬鹿め!!」

オルタを更に高めアークプリズムへと送り込む。途端に右手から伸びる黄金の剣はその輝きを増し、その輝きと同じくエネルギー量を増大させていく。

途端に寸前までのエネルギーから膨れ上がっていく黄金の剣は、メルバの両腕の剣を徐々に焼き切っていく。

――キ、キキキイイイイイイイイイイイイイ!!!!!??????

一閃。

振り下ろされたその一撃。咄嗟に後に飛び退いたのであろう、メルバを正中から両断する事は出来なかった。然しそのメルバ最大の武器であろう両腕の刃は、黄金の剣によって根元から両断する事に成功した。

最早恐れる物は無し、とは言わないが、最大の武器が失われたのは事実。

飛び退き、そのまま距離をとろうとするメルバ。けれどもそれは此方が許さない。瞬時加速により即座に最高速度に乗ったアークプリズム改。その勢いのままメルバに一気に肉薄する。

「久遠の虚無へ還れ!!」

ざんっ!

そんな音を立てて、メルバの身体に笠懸に金色のラインが走る。膨大な破壊のエネルギーを含むその裂傷は、次第にメルバの全身に黄金の裂傷を広げていく。

――キギエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!

ゴッ、と大気が荒ぶる。叩き込まれたオルタのエネルギーにより崩壊したメルバ。内側から溢れたそのエネルギーが爆発となり、メルバの身体を跡形も無くこの世界から焼滅させたのだ。

少しして落ち着いた頃。見下ろせば其処には、先ほどまで森と山があったはずの場所、しかし今は、その山の中腹辺りにぽっかりと大きなクレーターが開き、更には其処を中心として周囲の木々が外側に向けてなぎ倒されている。

まるで隕石でも落ちたかのようなその惨状。……まぁ、リフェーザー砲で山ごと消し飛ばすよりは被害も抑えられたのだし、許容範囲ないだろう。

勝手に自分でそう結論付けつつ、改めて再び周囲をサーチ。周囲にメルバないし敵性体が存在しない事を確認して、右腕を一振り。ソレと共に消えうせる黄金の剣。

更にオルタの出力を止め、ミラージュコロイドを展開。そのまま一気にその場を離脱した。

「……さて、後は自衛隊と束さんのお手並みを拝見、と」

 

 

 

 

 

始まった自衛隊対ゴルザの戦いは、やはりゴルザによる圧倒的な破壊が優勢となった。

ゴルザの進行ルート上に並ぶ10式戦車の120mm滑腔砲がゴルザを撃つが、然しその反撃としてゴルザの放つ超音波光線により地上の戦車部隊は一気に半壊。然し壊滅を間逃れた戦車部隊が即座に後退、距離を置きつつ砲撃を続行する。

更にAH-1S対戦車ヘリコプターにより攻撃。当然対戦車ロケット砲では怪獣に対する効果など高が知れているが、それでも複数の対戦車ヘリによるロケット攻撃は十分にゴルザの意識を引く事に成功していた。

当然ゴルザは超音波光線により対戦車ヘリを狙うのだが、対戦車ヘリはひらりひらりとその怪光線を回避する。それでも中には被弾し爆散していく対戦車ヘリもあるが、全体の損耗率としては低目を保っている。

そうして戦車と対戦車ヘリによって注意を逸らされたゴルザ。進行ルートを捻じ曲げられ、ゆっくりとひと気の少ない山岳地帯へと誘導されていく。ゴルザの踏み込んだ先、其処に待ち構えていたのは、山の所々に待ち構えていた81式短距離地対空誘導弾による短SAM改の爆撃である。

雨霰の如く降り注ぐミサイルの雨にはさすがのゴルザも怯んだようで、その場で身をかがめて丸くなることでミサイルの雨を耐えようとしていた。

けれどもそんな最中、何処からとも無く飛来するのは航空自衛隊の主戦力であるF-15。編隊を組んで飛来したF-15は、その翼に備え付けたミサイルとロケット、さらにはバルカン砲までを無造作に撃ちまくる。

そんな中、狙ったのかそれともまぐれか、身を丸め込んで耐えるゴルザの足元に一発の砲弾が命中。これがゴルザを転倒させるにいたる。

続けてゴルザに攻撃を続けようとした自衛隊であったが、然しゴルザも然る者、倒れこみながらも額から超音波ビームを放ち、不用意に近付いた対戦車ヘリを攻撃。爆散し墜落したヘリは、一部が地上のミサイル車両を巻き込んで爆発を起した。

そうして火力が減少した一瞬の隙。ゴルザは即座に立ち上がり、周囲の山肌目掛けてメチャクチャに怪光線を放ち始めた。

途端燃え上がる山肌。幾ら森の中、山の中に姿を隠そうとも、山が燃えてしまってはどうすることも出来ない。慌てて撤退を開始する地上部隊。

航空部隊は攻撃能力こそ高いが、地上部隊のように戦線を維持する力が在るわけではなく、単発的に継続してゴルザを攻撃する物の、やはり火力にも限界があり、あっというまに形勢はゴルザへと傾いてしまう。

地上がゴルザに蹂躙され、ついに不味いか、という最中。はるか上空から舞い降りた三つの白い輝き。流星のような光の尾を引いて現れたのは、三機の濃緑色と青と橙色のISらしきもの。

それら三機のISは、其々実弾火砲搭載型、エネルギー兵装実装型、近距離戦闘装備型といった感じなのだろう、自衛隊の陸上部隊の撤退を支援していた。

……ふむふむ、国防省の最新技術研究所の実験部隊をそのまま派遣したわけか。それで濃緑(陸)と青(空)色なわけね。それじゃ橙色は本当の意味で実験機と。

青色のエネルギー兵装型が、その低重量を生かし高機動でゴルザを撹乱、橙色の近接戦闘型がその特殊装備でゴルザの分厚い肌に傷をつけ、濃緑色の実弾火砲搭載型がその傷に向けて、持てる限りの火力を一点集中で叩き込む。

其々三機のISは、総合的な火力で言えば自衛隊の師団のそれにはとてもではないが届かない。

然し自衛隊では運用していない特殊な兵装や、その圧倒的な空間戦闘能力により、ゴルザの攻撃を回避しながらも的確にゴルザに対してダメージを与えているのだ。

「うーん、見事。束さん所からコアを改修してまだ半年程度しかたって無い筈なのに、あれほどの操縦者が育つか」

何が凄いって、ISにおけるチームプレイをこなしていると言う点が凄いのだ。ISは従来兵器に比べて圧倒的な機動力を誇り、それこそが最大の武器だ。

そして機動力を生かすということは、どうしてもチームというモノが成立し辛い環境を生みやすい。何せ高機動戦闘における“時間”の価値と言うものは凄まじくたかい。一人が呼吸を乱せば、全体が躓く事になりかねないのだから。

然し実際あの三機のISは、総合的な操縦技術はまだ未熟ながらも、然し見事に三機での連携によって、見事ゴルザにダメージを与えているのだ。

――グギャアオオオオオオオオオアアアアアアア

日本も中々侮れないな、なんて考えつつ、視線を戦場に向ける。と、青色の機体がゴルザの周囲に光の輪のようなものを描き始めた。

何をする気だろうかとその様子を眺めていると、次は橙色の機体が青色の機体に変わってゴルザの注意を引き始め、その背後、少しは慣れた位置で濃緑色の機体が新たな装備を格納領域から展開していた。

その濃緑色の機体の両肩に展開されたのは、巨大な二つの箱。多分だが、ミサイルランチャーのコンテナだろう。もしかすると、アレこそが束さんから自衛隊に供与されたと言うスペシウム弾頭弾なのかもしれない。

そうして見守る視線の先で、濃緑色の機体はその肩から日本の極太ミサイルを射出する。それは橙色の機体の陰からゴルザに迫り、タイミングを合わせて離脱する橙色の機体と入れ替わるようにしてゴルザの顔面に着弾した。

ミサイルからあふれ出す白銀色の輝きは、ゴルザを飲み込むと凄まじい光を撒き散らし、また同時に周囲発砲に無作為に衝撃波を撒き散らした。

――ンギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!

正に悲鳴、という鳴き声を上げて倒れこむゴルザ。その瞬間、青色の機体が空に残した光の円がその輝きを増す。

その輝きはゴルザを包み込むように広がり、一定の空間を輝く幕のような物で完全に被ってしまった。

その幕の中。悲鳴を上げるゴルザは身体中に銀色の亀裂を浮かべていく。ソレはまるで、俺のオルタによって断たれたメルバが、その内側から弾け出したオルタによって爆散した時の様子にも似ていて。

なるほどアレの再現なのか、と納得しつつその姿を見ていると、ゴルザはその身を内側からあふれ出した白銀の光に焼かれて大爆発を起した。

「……は?」

そしてソレを見て、思わずそんな声を漏らしてしまう。俺がメルバを倒したときに発生した大爆発。けれども目の前で倒されたゴルザは、確かに大爆発をお越しはしたものの、その爆発の大半は真上、空に向けてその威力を逃がしてしまっていた。

……まさかあの青い機体が敷設していた光の円? あれが爆発の衝撃波を天壌方向に逃がした? でもそんなモノを如何やって……。

『ハロハロまーくん、見た見た見てた!? あれこそ束さんの新装備、ケアシールドカーテン! ISの絶対防御をちょろっと応用した“柔軟なバリア”だよっ!!』

「……って、アレも束さんの作品?」

『そだよー。まーくんもちーちゃんも周りの被害を考えろ、って言ってたからね。あんまり面白い作品じゃないけど、作ってみたんだー」

そう言う束さん。何でもあの光の幕は、一種の膜状のバリアで、軟らかいそのバリアは受け止めるための物ではなく『受け流す』為のバリアなのだとか。上手くすればオルタ全開のリフェーザー砲ですら防げる、と束さんは豪語する。

『いわば束さん式ひらり○ント!! 使ってる技術も基本的にISのシールドバリアの応用だし、流出しても痛くも痒くも無いもんねー』

「なるほどね。それで爆発の威力を上空に逃がした、と。予めその事を自衛隊にアドバイスしてた?」

『うんうん。折角の束さんの作品何だから、上手く使ってもらいたいしね』

それで理解した。如何考えてもあの光の幕……ケアシールドカーテンだっけ? は、自衛隊のというか日本の技術力を大きく逸脱した技術だったし。束さんの技術だと言うのならば十分納得できる。

「まぁ、疑問は解消したけど――それで? この後はどうする心算なの?」

『ふっふっふー! 実は今の戦闘、自衛隊のヤツね、それを電波ジャックしてお茶の間に放送中なぅ!』

「……そりゃまた……」

普通あんな怪獣の存在なんてものは混乱しか生み出さない。世界各国の常識的な政府であれば、時間の問題とはいえ報道管制くらい引いて、多少成り時間稼ぎをしようとするのではないだろうか。

其処にまさかの電波ジャックを用いての強制認識。そりゃ世界がパニックになるんじゃなかろうか。

『まぁ、早速株式市場は混乱し始めてるみたいだけど、でも今は、そんな事は如何でも良いんだ。重要な事じゃない』

「何だか霧が――じゃなくて、目的は脅威の認識として、その収拾を如何納める心算だよ」

『んひひひ。そのためにこれから演説するんだよ。それじゃ、まーくんも基地に戻って見ててね』

「了解」

いよいよ束さんの演説が始まるのか、なんて考えながら遠隔操作で秘密基地の転送装置を遠隔操作で起動。自分を基地へと再転送し、ISを待機状態へ。

「……さて、どうする心算なのかな」

呟きながら、ミーティングルームに移動し、映し出されるディスプレイへと視線を向けたのだった。

 

 

 

 

「始めまして皆さん。……いや すでに逢った事のある人もいるかな? 私が噂の大・天・災! 篠ノ之束だよっ!」

束さんの演説。地球の上空に存在する大半の人工衛星をハッキングすることで、ほぼ世界中全ての人間に、テレビ、ラジオ問わず、ありとあらゆる電子情報媒体を利用して届けられたその言葉。

静かに、けれどもはっきりと、世界の――地球に住む全ての人たちへと語り始めたのだった。



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09 全ての悪が集う場所

『篠ノ之束のネオフロンティア宣言』。

 

後にそう呼ばれる事となった、篠ノ之束による世界同時電波ジャックによる放送。それは、世界中、地球上に住む全人類にとって大きな衝撃を齎す物であった。

彼女の語る惑星の内側に眠る脅威と、惑星の外側から訪れるであろう脅威。

無論そんな言葉だけで人々の心を動かせる筈は無かったのだが、けれどもそんな事は篠ノ之束博士本人も理解していたのだろう。彼女が世界中に公開した映像。それは、過去に俺達が相対した邪神や宇宙怪獣、そして今回現れたゴルザやメルバとの戦いの様子であった。

作り物の映像だ、なんて意見も当然出た。けれども『脅威』を語る上で実際に映し出された『被災地』の様子には、否定の言葉すら飲み込ませるほどの何かがあった。

そして彼女は語る。とある宇宙人との出会いを。光の巨人との出会いの話を。

日本人にしてみれば、そして日本の娯楽を知っている人間にしてみれば、コレは性質の悪いジョークなのではないか、と言うような話。けれどもそれは実際に起こった話で、だからこそ篠ノ之束博士は途轍もない技術を手に入れてしまったのだから。

そう、そこで漸く、ISというモノの存在意義、地球防衛用の特殊兵器として開発された、ISというモノが、一部学会だけではなく、世界中の一般人に認知されるようになったのだ。

――無論、彼から受け取ったもの『技術の独占』だなんていう人も居るとは思う。けれども、正直私にだって全部が全部理解できているか、と言われるとそうでもない。

日本政府が押収した500個に満たないISコアと呼ばれるISの中枢装置。コレを用いる事で、適性のある人間は、コアからエネルギーを引き出す事ができるようになる。

ISコアはアークと名付けた宇宙人の遺骸を加工したもの。情報公開はしないのではなく出来ないのだということ。

――コアに関してはなんらブラックボックスは設けていない。寧ろ私に仕切れなかった解析を、できるならやり遂げて欲しい。

そして篠ノ之博士が最後に付け加えたのが、彼女の擁する地球を守る為の戦力について。

当然の話だが、こんな証拠が残るまでにも、篠ノ之束博士は何度も何度も地底から、宇宙から、異次元からの侵略者と戦い続けてきた。ならば当然彼女にはソレをなしえるための戦力が存在していた。

ソレこそが、彼女が『オルタ』と呼ぶ存在。『アークプリズム』と呼ばれるISを身に纏い、既に怪獣や侵略者と何度も鉾を交えた戦士。

――この『事実』が世間に出た以上、我々の活動は縮小されるとは思います。が、もしもの時は出撃すると思うので、そのときはヨロシク。

そして最後に、篠ノ之束博士は、自らの計画する『人類文明維持構想』と呼ばれるデータをネット上にばら撒いた事を告げ、その世界に対する放送を終わりとしたのだった。

 

 

 

篠ノ之束博士の宣言の後、世界は大いに揺らいだ。何しろ世界が根っこから揺らぐ事態だ。現在の人類は宇宙人との戦争なんてものは想定していないのだから。

世界経済は大いに乱れ、情報によるパニックだけで世界は大混乱を起してしまっていた。

そんな最中だと言うのに、混乱を招いた篠ノ之束博士当人ですら困惑するほどに冷静さを保っていた国が幾つか存在していた。

例えば西の大国東の大国、そして何処よりも冷静であったのが、驚く事に日本と言う国であった。

……いや、ある意味では冷静ではなかったのだろう。何せ日本は熱狂したのだ。光の巨人の存在に。怪獣の存在に。そして宇宙に広がる世界の存在に。

篠ノ之束博士の残した『人類文明維持構想』にいち早く賛同し、またそれに伴いISの訓練学校を設立。適性検査を無償で受けられるようにしたりなど、世界でもかなり早期にISに関する法律が制定されていった。

そんな中、当然ながらそんな流れに『否』を唱える勢力も存在する。全ては篠ノ之束博士による自作自演なのではないか? と。

けれども何故か、そうした否定的見解に傾きそうであった筈の大国らは篠ノ之束博士のプランを否定せず、静かにその動きに同調していた。

「まぁ、あの国らって、昔から政府が宇宙人と交渉しているとか言う噂も有ったし、案外事実だったりしたのかもな」

日本だって、『やんごとなき血筋と言うのは実は天=宇宙から来た血筋だったんだよ!!(ナ、ナンダッテー』なんて説があるくらいなのだ。円谷何某監督の一連の話だって、もしかしたら本当に宇宙人とであって、其処から着想を得た物語だったのかもしれないし。

で、大国が篠ノ之博士の用意した流れに乗った以上、それ以外の小さな集まりが幾ら否定的な意見を流そうが、所詮は大局における些事。否定的な意見は消えこそしないものの、だからと言って大きな変化を促すにも至らなかった。

 

そうした流れから進む、篠ノ之束博士の『人類文明維持構想』における国際連合の強化プラン。Terrestrial Peaceable Consortium、TPC地球平和連合の設立。

この設立には当然国家間の話し合いだけではなく、多くの人間が裏を暗躍したと言われている。

幾度にも渡る度重なる話し合いの結果、なんとこのTPCという組織は国際的に成立する事となった。ついでに設立が検討されていたIS委員会も此処に吸収されることに。

まぁ、成立までに各国の強力を引き出すため、ギガフロート技術だとかマスドライバー技術だとか食料プラント技術だとかを各国にばら撒く結果となったのだが、まぁどちらにせよ世界に広める必要のある技術であったのも事実である。

そうして成立したTPCであったが、今度はその組織において怪獣に対する戦力を如何するか、というのが問題となった。

何せISと言う兵器は数が限定されており、幾らTPCという組織が成立したとはいえ、各国は国の保有するISコアを手放そうとはしなかった。

辛うじて数機のISコアこそ渡っては来たものの、世界規模で戦う事を想定すれば、ありとあらゆる装備が足りなくなる事は明白であった。

 

……そこで、仕方がないので篠ノ之一派(俺)が手を出す事と成った。

TPCに直接関与するのは不味いので、俺が関与するのは日本政府。日本政府に対して幾つかのデータ譲渡や技術開発に協力する事を対価に、此方の思惑に協力するように持ちかけたのだ。

コレに日本政府は賛同。日本政府は秘密裏に篠ノ之一派、実質は俺と提携を結ぶ事と成ったのだ。

先ず最初に俺が表に出したのはガッツウィング。過去に開発したガッツシャドーからマキシマを外し、汎用性のある戦闘機に再設計したものだ。

かなりの量産性、汎用性、機動性を誇るこの機体、主砲にレーザービーム、また特殊弾頭を搭載する事で、高い対怪獣戦闘能力を誇る事となる。

コレを日本政府を経由し、TPCへと供与する事に成功。日本政府は『国産の戦闘機』を得る事が出来、また同時に世界から評価を受ける事ができたのでこれと言ってマイナスは無い。

で、この融通を利かせるために俺が日本政府へ供与する事になった技術が――『マキシマドライブ』に関する技術であった。

光を推進力にするこの技術。発展させればワープ航法に繋がる為、危険といえば危険では有るものの、何時かは必要と成る技術でもある。

まぁ、現在俺の持っているネオ・マキシマが戦闘機に搭載可能なサイズなのだが、日本政府に渡したマキシマは最低でも空母クラス、それこそ戦艦規模の宇宙船でも開発しない限りは実用も不可能な代物だ。

現状なら渡したところで研究開発くらいにしか使わないだろうし、問題あるまい。

 

……そう考えていたというのに。

日本政府はどうもテンション上りすぎて螺子が外れてしまったらしい。なんとマキシマ搭載型の航宇宙艦の建造計画をいきなり打ち出してきた。

その名も『ヤマト・ミレニアム』。二十世紀を代表し、尚且つ日本を代表する宇宙船ならばコレしかないだろう、という事でデザインや名前を公募することも無く、其処ありきで開発がスタートしてしまったのだ。

もうこの心意気には負けたね! 仕方がないので後々のマキシマ改良後のレストアを考えて、先を見据えて改良のしやすいブロックシステム構想を採用しておく。何せコレ、税金なんだよなぁ……。俺は宇宙開発肯定派だから無駄とは言わないが、無駄は良くない。

で、その設計図やら色々を秘密の研究施設に投げつつ、同時に某国から宇宙船に関する圧力が掛かった場合の事も考えておく事に。

ISと違いこのヤマトは技術公開義務に引っかからない。要するに、例えこのヤマトが公の場に現れたとしても、その技術を他国に公開する必要は一切無いのだ。

ただまぁ、だからと言って強固に情報開示を拒んでしまえば、社会的制裁を喰らってしまう。交易で経済をまわしている日本はあっという間にダウンするだろう。ならば予め此方で渡す用のデータを用意してしまえ、という話なのだ。

で、用意したコレ。『エンタ○プライズ号』の設計図。ヤマトみたいにブロックシステムは採用してないけど、あの国経済力あるし別に良いよね? それにちょっと外観を弄って別バージョンの開発もしやすい形になってるし、満足してもらえるだろう。

他にも圧力を掛けてくる可能性のある国は有るにはあるのだが、一番警戒するのはあの国。ご近所には適当にコロニー技術でも渡しておけば良いだろう。

 

TPCの運用が試験的に始まって以来、俺とアークプリズムが直接現場に出るような仕事は減ったかといえば一概にそうとはいえない。

現在での仕事は主に昔と同じく研究業が主となっているのだが、だからと言って全く戦場に出ないのか、といえばそうではなく。

例えば邪神崇拝組織や邪神奉仕種族の殲滅。これはTPCもやっているのだが、場合によってはISのSAN値フィルターなんぞ無視してSAN値直葬されるようなとんでもない狂気の現場というモノだって存在している。

幾らISのフィルターとはいえ、邪神の影なんて目の前にしては間違いなくSAN値直葬される。そういう場合は、オルタである俺が直接出向き、儀式を妨害するなり召喚された神性にお帰り願ったりとするわけだ。

で、他にもTPCが動かない程度の如何でも良い怪奇現象の調査だとか、TPCが他の作戦に携わっている際の別働隊としての活動だとか。特に対人殲滅戦があるお仕事の場合は俺に回ってくる事が多い。

まぁ俺は主に束さんの指示で行動しているのだが、ある日唐突に、いつものように束さんからそうした怪奇現象に関する調査依頼が届いたのだった。

 

 

「邪教崇拝教団?」

『そそ』

ある日突如として束さんから届いた知らせ。それは、某所に存在するとある邪教集団。その活動が近頃活発化してきているのだというもの。

『最近中華から南のアジア諸国で、若い娘が行方不明になるって事件が連続してるんだよ』

「若い娘って……生贄にでもされてるって?」

『その可能性が高いみたいだよ。束さんもこう、『邪神センサー』でスキャンしてみたんだけど、結構大きな字祷子(アザトース)反応が出たんだよ』

……邪神センサーって何だ。アホ毛でも使ったのだろうか。

「ふむ……場所は?」

『えっとね……此処だよ』

転送されてきたMAPデータ。表示された地図には、タイの辺りに赤い光点が示されていて。

「ふむ……路南浦? 何て読むんだこれ?」

『えっとねー……ロアナプラって読むんだって』

ロアナプラ……何処かで聞いた事のある地名なんだけど、何処で聞いたんだったか。

とりあえず胸元からメガネ型ディスプレイを取り出し、ネットワーク上から情報を引っ張ってみる。

さっと漁ってみてもネット上におけるロアナプラなる土地の情報は殆どなく、これは現地で実地調査するしかないかもしれない。

「細かい情報は掴んでないんだよね?」

『そだよ。まーくんには現地に入って、カチで情報を集めてもらいたいんだ』

「また面倒くさそうな仕事を……」

そういうのは俺じゃなくてTPCにまわしてもらいたい。折角立ち上がった組織なのだし、実績を積ませるという意味でも積極的に仕事をまわしてやれば良いのだ。

というか俺が働くとボランティアにしかならないのだし、給料貰ってるやつが積極的に働けば良いのだ。

『まーそれもそーなんだけどね、まだTPCは出来て一年くらいしか経ってないし、第一あそこは未だ対旧支配者装備なんて渡してないからさ』

そういえばそうだったかと頭をかく。

旧支配者、つまり邪神。コレに対処するには、狂気に蝕まれない強靭な精神や、邪悪と戦う強い意志が必要と成る。然し神格クラスの怪物となると、心持ちだけで正面から向かうのは自殺行為以外のなんでもない。出会う=死亡となんら変わりないのだ。

故にするべきなのは、神格クラスの怪物を召喚される前にそれを阻止する事。そして、それら邪神の眷属を殲滅する事だ。

然し眷属とはいえ属するのが邪神。やはりこれも人間の精神を蝕む狂気の産物だ。それらと相対し戦うには、やはりそれ相応の装備が必要と成る。

それがISであったり、俺達が開発している強化装備であったり。ISのシールドエネルギーは、そもそもディラク残骸を精製したコアから生成されるエネルギー。邪神の瘴気から身を守るにはうってつけなのだ。

が、残念ながら現状、TPCが保有するISは3~4機程度。その全てがアークプリズム級の戦力であるならば別だが、搭乗者がオルタを使えるわけでもなく、累計搭乗時間が100時間を越えているわけでもない。とてもではないが、対邪神戦力に採用する事は無理だろう。

「まぁ、これも選んだ事だし、仕方ないか」

『うんうん、それじゃ早速現地へ飛んでね!』

と、そんな事を話しながら、俺は転送装置で直接ロアナプラへと飛んだのだが……。

 

 

 

 

「アァン、上等な身形のガキがなんでこんな所にいやがるんだぁ?」

ロアナプラへ訪れて早速後悔した。何せ転移現場を見られないようにひと気の無い場所を選んで転送。その場にはなんと蜂の巣にされた男性と、両手に拳銃を構えた如何見てもカタギではない方々。

幸いと言うべきか、英語で会話しているようなので言葉を聞き取る事はできているのだが、伝わってくる脳量子波も言語も、共に間違っても好意的なものではない。

「おい如何する、見られるのは不味いんじゃないのか?」

「だなぁ。……ボウズ、残念だったな、テメェは見ちゃいけねぇモン見ちまった」

そう言いながら差し向けられる拳銃。うーん、ガバメント、いやコピー銃かな?

タァンッ、と音を立てて放たれる弾丸を、頭を逸らして回避し、即座にサバイバルナイフを抜いて脚を踏み出す。既に人間やめてる現在、弾丸程度当ったところで死にはしないのだが、痛い事は痛いし。

敵対対象は三人。先ず俺を撃った男性の肩をザックリと刺し、右腕を掴んで地面に引き摺り倒す。即座にその手から銃を奪い取り、その銃を残り二人の男性に射撃。

一人は上手く肩に当ったのだが、もう一人が距離がありすぎて上手く弾丸が当らなかった。

即座に刺しっぱなしのナイフを引き抜き、最後の一人の肩をバッサリ。

「うぎゃあああっっ!!」

悲鳴を上げて転がりまわる三人。その首を狙って蹴り飛ばし、其々の意識を刈り取っていく。

「……はぁ。最悪」

まさかこんなところでいきなり対人戦になるとは思ってもいなかった。

いや、別に殺人に嫌悪感云々ではない。そんなモノはとっくの昔に経験した。幾ら邪教崇拝の狂信者とはいえ、人間を如何こうするのはやっぱり後味が悪い。其処まで人間辞めるつもりはない。

ただまさかいきなり拳銃を向けられるような現場に遭遇する事になるとは、さすがの俺でも予想できなかった。……今度からは転送先の先行調査の為の装置でも作らねばなるまい。

「ロアナプラ、そう、ロアナプラか。世界の悪の闇鍋。ゴッサムすら超える坩堝」

思い出した。そう、あれは確かブラック・ラグーンだったかに登場する、その物語の中心となる都市だ。

タイに存在するその都市。三合会とホテル・モスクワの対立から一気に闇鍋化が進んだとされる世界の悪が最後に行きつく街。

人が死ぬのは当たり前。悪法により悪が律される街。

――正直な話、現時点で既に逃げ帰りたくて堪らない気分ではあるのだが、然しもし仮に邪教集団の目論見が邪神召喚だったりした日には。此処をスタート地点に世界が滅びる可能性だってあるのだ。

第一、此処があのロアナプラだとは限らない。似ただけの、治安の悪い同盟の街と言うだけかもしれない。

脳量子波にビンビン感じる悪意を無視しつつ、とりあえずこの三人の記憶処理だけやっておこうと、憂鬱な気分を振り払って、倒れこむ三人の男性へと近付くのだった。

 

 

そうして訪れた街中。街中で捕まえた、身形の確りした女性に少しのお金(米ドル)を渡して、そこそこでも信用できる探偵、ないし何でも屋は無いかと問い掛けてみた。

女性は此方の身形を見るなり、なにやら楽しそうに、いや愉しそうにニヤリと哂うと、こちらに向かってニパッと見事な作り笑いを向けてきた。

「よろし。私いい店知ってるですだよ。案内してあげル」

うわぁ、胡散臭せぇ……。

赤いチャイナドレスと、足元やら腰から除く投擲ナイフとククリ。あんまり近寄りたいタイプの女性じゃない。戦闘的な意味で。

「何ね、ボウヤ色事好きですか?」

「結構です(No,ThankYou)。それよりも案内宜しく」

「つまんないボウヤよ」

齷齪する純な反応でも見たかったのだろうか。生憎こちとら異形の怪物と戦う探索者なのだ、異形を孕む醜悪な儀式なんかに出くわす事も多々ある。触手プレイ真っ最中の狂信者を殲滅、何てこともやらねばならない事は多々あった。

今さらモロダシ程度に反応するほど純情じゃない。俺を興奮させたいのならチラリズムを初めとした属性、文化的なわびさびを持ってこなけりゃな。

そうして若干ズレた英語を話すチャイニーズに案内されて来たのは、これまたガラの悪そうな酒場。

なんとも妙な雰囲気のその酒場。

「よこそ、ロアナプラの混沌の溜り場、イエロー・フラッグですだよ」

あー、んー。オウケィ、大分昔、前世のことを思い出してきた。そう、ブラックラグーン。硝煙と悪意の香る街ロアナプラの物語。

あまり確りとは覚えてないが、確か日本人の、えーと……ロック? だか言うのがロアナプラで真っ黒なお仕事に手を染める話……だっけ?

とにかく、そんなとんでもなくブラックな物語。あと尻がエロい作品だったような。

そんなブラックラグーン。コレでもかと人がポクポク逝ってく作品で、正直なんで只でさえ光の巨人やら邪神やら怪獣やらがいる世界にクロスしてるんだとなきたくなる。

で、その中でもこのイエロー・フラッグ。この混沌の街の中でもイチオシの無法者の溜り場。

「おー、いたいた。レヴィ、アンタに客連れてきたよ」

「あ゛?」

そうしてたどり着いた店内。筋肉達磨やいかにもマフィアな人が居ると思えばカモッラっぽいのもいてもう正にカオス。

全員脇の下が盛り上がってる辺り、正直すぐにでも逃げ出したい。やっぱり人の敵は人なんだね……。

「あ゛ん? なんでぇシェンホアじゃねーか。アタシに客ぅ?」

「そですよ。正確にはオマエ違うくて、相方の方だけどね」

「ロックに? って、またガキかよ……アイツは何かこう言うのに憑かれてんのかねぇ?」

胡散臭い笑顔の中華系に声を掛けられて此方を向いたのは、これまたアジア系の顔立ちの薄着の美人。ワイルドに二丁拳銃を脇に刺した、鋭い目つきの美女だ。

……うわぁ、主人公の片割れキター……。

「んで、そこの坊主、手前ウチのロックにどんな用事だ」

「人探しと道案内、かな。探してるのは人と言うか組織というか……」

「ふーん、まぁ確かにそーゆーのはアイツが得意かもしんねーけど……問題はカネだな。坊主の小遣い程度じゃアタシらは雇えねーぜ」

「一応一万ドル程払う心算はあるけど?」

その瞬間、ざわざわと騒がしかった酒場が一瞬静かになったような気がした。

「へぇ……坊主、日本人か?」

「さぁ? 中国人かもしれないし、案外アメリカ人って可能性だって無きにしも非ずなわけで」

というか、そういう個人情報をこの街で喋りたくない。

「ハ――まぁカネ払えるなら何でも良いさ。ロックなら今ションベンの最中だよ」

ほらもう帰ってきた――そう言って酒場の一角を指差す女性。

其処には、白のワイシャツにネクタイを巻いた、このマフィアやギャングの溜り場なロアナプラにはかなり珍しい装いの人物が一人。

「ようロック、オマエに客だぜ」

「客? 俺に?」

彼女に声を掛けられた男性――ロックと呼ばれた彼は、俺を見る驚いたような表情をして。

「こんな町にキミみたいな身形の子が来てよく無事で……はじめまして、ロックだ」

「はじめまして、オルタだ。貴方が案内人をしてくれる人、でいいのかな?」

「案内?」

「シェンホアのヤツが持ってきた仕事、だとよ」

言いつつ、あの胡散臭い中国人、シェンホアと、ワイルドな二丁拳銃、レヴィと呼ばれた二人が、ロックと名乗った青年と情報交換を始めた。

俺が人探しをしていること、金払いの方はわりと確りしてる事をシェンホア女史が保障してくれた。

「……ふむ。仮に君の仕事を請け負うとして、君の探し人というのがどんな人か聞いても?」

「誰、と個人を指定して探してるわけじゃない。……この辺りでヒトが行方不明になってるのは知ってる?」

「……此処じゃ日常茶飯事だ」

「はは、なんてだ。……じゃなくて、特定の年代の女性、娼婦なんかもなんだけど、これが連続して姿を消すとかそういうのが有ったらしいんだけど」

「あー……町のヤツが言ってたな……特定の年代の娼婦が、所属問わず無差別に誘拐されてるとか」

此方の言葉にロックが即座に言葉を返してくる。……この情報、此処に来る前に束さんから貰った最新情報何だけどなぁ?

「俺が追ってるのは、その犯人、ないし犯人グループだ」

「おいおい坊主、手前ヒーローごっこでもしにここに来たのかよ」

「……まぁ、そんな所かな。但しこれは「やるべきこと」であって、「やりたくて」やってるわけじゃない」

別に此処を放置しても精々地球上の生物が滅ぶ程度で、束さんと用意したデータボックス「ミーム」があれば、人類が滅んでもゼロから人類を再生させることも不可能ではない。が、流石にそれは面倒くさいし、やりたくも無い。

仮に俺が動かなかった場合でも、本当にヤバくなる前には束さんからの情報提供で、某国あたりが世界平和のために核ミサイルをぶち込んで、一切合財綺麗に消し飛ばしてくれるだろう。

……が、流石にタイで核なんて使われると、日本にどんな影響があるか。一応程度には愛国心を持ってる俺だ、できるなら避けるに越した事は無い。

「……本気か?」

「ガキ一人で態々正体不明の変態追って、その結果が世界の果て(ここ)だ。コレで冗談ってなら俺は余程螺子が飛んでるんだろうな」

「ハッ!」

「……確認だが、キミの依頼は、その正体不明の『連中』と言うのを探して、どうする事なんだ?」

「依頼は『連中』を探し出すところまで。それ以降はコッチでやる。歩き回るだけで一万ドルなら良い方だと思うんだけど?」

「そういうのは探偵でも雇えよ」

「この街でまともに動ける探偵なんているのかよ」

ネーな!! と笑うレヴィ。そりゃ、警官だって銃声がしても目の前でドンパチ初めなけりゃ無視するような土地なのだ。最近見なくなった=死亡なこの土地。『疑わしきを罰する』な此処で、探偵なんて存在する意味も無い。

「でもよー、それ以降はコッチでってオマエは言うけど、お前みたいなナマッちょろいガキがどうする気なんだ?」

「あぁ、それは……」

「ようレヴィ、その話、俺達にもカませてくれネーか?」

不意に背中に掛かる重み。何かと視線を向ければ、其処にはいかにもチンピラといった様子のアジア系の男性が数人。

ニヤニヤと笑うその顔は、如何見ても此方を食い物にしようというヤツのソレだ。

「ちょ……」

「依頼主はソッチだぜ。雇う雇わないって話なら、アタシじゃなくてソッチにしなよ」

何か良い掛けたロックを遮り、そういって此方を指差すレヴィ。

「おー、そりゃそうだな! と言うわけだ、ボーイ。俺達も雇ってくれないか?」

ニヤニヤと笑うその男。如何でも良いが口が臭い。

「断る」

「あ?」

チャキリという音。抜いたのだろうと確認して、即座に左手にアークプリズムを部分展開。此方に突きつけようとしていた拳銃を手の平ごと握りつぶす。

「っぐぎゃああああああああああああああああ!!!???」

「聞こえてなかったか? 断る、と言った。アッチは金を払ってる間は問題ない人間に見えるが、お前らは如何見ても金を払っても背中から撃つ人間だ。んなヤツを雇う心算は無い」

言いながら、反対側の手に顕現させたアークプリズムの右手で、その男の顔面を思い切り殴り飛ばす。

只でさえ俺の筋力と言うのは人間を辞めてるトンデモだ。それがアークプリズムによって更に増幅され、結果その男は背後に並んでいた男の仲間を巻き込んで、酒場の外へと吹き飛んでいった。

「ヒュー、ソレが手前の獲物か。ISってヤツだったか?」

「え、な、ちょ、ええっ!? いや、仮にソレがISだとしても、あれって女性しか使えないんじゃ……」

「いろんな人間に何度も言ってるんだけど、ISは『女性にしか使えない』んじゃなくて、『女性の方が使える可能性が高い』って代物なんだよ」

良いながらアークプリズムを更に展開させる。いつもの脚がブースターになってる完全展開ではなく、全身を覆う鎧のような不完全状態での展開。ダダの時も思ったのだが、陸戦はこの姿のがやりやすい。

酒場『イエロー・フラッグ』の外へ吹き飛ばされていった連中が、キレた目つきで此方を睨みつけていて。――って、おいおい。

即座に右手にビームガトリングを展開し、照準を外の連中へ。

「ヘー、ISってヤツか。よくワカンネー玩具ありがたがって、世界中馬鹿みたいだとは思ってたけど、案外便利そーじゃねーか」

「言ってる場合じゃねーよ馬鹿ヤロウ!! おい馬鹿ヤメロ! 此処は俺の店だぞ!? 此処で銃をぶっ放すんじゃねぇ!!」

構えてぶっ放そうとしたところで、不意に背後から肩をつかまれた。

「……って言っても。いいの?」

「撃つなっつってんだよ俺は!!」

「じゃなくて、あれ」

言って顎で出入り口の向うを指す。其処には、血走った目でグレネードランチャーを構えるアジア系ギャングの姿が。

「先に撃たないと此処が吹っ飛ぶ……あー、駄目だ、ご愁傷様」

「んなっ、なにぃぃっ!?」

手近に有った椅子を掴んで正面へと投げ付ける。途端椅子にぶつかった小さな榴弾。轟音を立てて爆発を撒き散らすソレは、けれども肝心の俺に対してはシールドバリアを抜く程のダメージを与えることも出来ず。

「……あーあー」

改めて周囲を見回せば、他にも何発かグレネードが撃ち込まれていたのだろう。あたり一面燃えるか砕けるかした、既に酒場の面影は何処にも無く、ただただ無残な廃墟が其処にあるだけで。

「……よ、よくも俺の店を……」

「俺は別に『撃たなくても良い』。通常兵器に貫かれる程軟な装甲じゃないし。けど、アンタは『撃たなくて良い』んだな?」

問い掛ける。イエローフラッグの店主であるバオは、一体どんな答えを返してくれるのか。ちょっと面白く感じながら問い掛けると、そのオッサンは何処かキレた表情で此方を睨んで。

「――チクショウ! 知るかっ! 好きにしやがれっ!! あいつ等ぶっ飛ばすってんなら俺は此処で見ててやる。さっさとぶっ飛ばしちまえ!!」

「ヤー(了解」

右腕のビームガトリングが轟音を上げながら回転を開始し、その銃身から薄桃色のビームの弾丸を撒き散らし始める。

出力を絞っているとはいえ、対怪獣用のビーム兵器だ。途端ビーム砲が着弾した場所は、ビームの高エネルギーにまるで抉り取られるようにして消滅していく。宇宙人にだって通用するトンデモ兵器を対人戦で使えばこうもなる。

「ひひひ、ロックみたいな平和主義者かとも思ったが、中々どうして、派手じゃねーか」

「アイヤー、可愛い顔して危ないヤツだったか。というかあの武器何よ」

「ISの特殊兵器でビームガトリングガン。細かい説明を省けばSFの産物だよ」

「へー、じゃぁオマエは正義のジェダイの騎士ってか?」

「俺は正義の狂信者じゃねーよ」

いつの間にかカウンターの向こう側へと避難していたレヴィとシェンホアにそう返しつつ、ビームガトリングを格納する。

……うーん、この街に着てから悪意の脳量子波でイライラしてた所為か、どうもやりすぎた。オープンテラスどころか見事な廃墟に化けたイエロー・フラッグの店内を眺めつつ、さてどうした物かと考えて。まぁ別に良いかと考え直す。

「んで、ミスタ・ロック。俺に雇われてくれるかい?」

俺の問い掛けに、彼は頬を引き攣らせてこたえたのだった。

 

 

 

「ところで、さっき店を出るときになんかバオに渡してたけど、何渡したんだ?」

「んー、ちょっとばかし迷惑量を」

オープンカフェと言うか既に黒コゲのイエロー・フラッグを後にし、シェンホア女史に多少の謝礼を渡して分かれた後。彼女等の店舗であるラグーン商会へと足を運ぶ最中。不意にレヴィにそんな事を聞かれた。

何処からとも無く取り出した封筒。アークプリズムは他の量産型のISに比べると、エネルギー出力や格納領域が桁違いに高い性能を誇る。故に荷物を運ぶ際の格納庫としても利用したりすることが多々あるのだ。

今回彼に渡したのは、格納領域に仕舞っておいた米ドル現金の一部。大体米ドルで5,000ドル(大体五十万円)くらい置いて来たから、あれだけあれば店の再建も出来るだろう。……ロアナプラでは安全マージンが加算される、とか言われたら流石に知らないけど。

「……キミ、結構お金持ちなんだね」

「んー、まぁ、色々やってるから」

「やっぱヤクの密輸でもやってんのか? そのISってのを使えば割と簡単にできそうだもんな」

「……ISでクスリの密輸って、小銭の為に戦艦引っ張り出すようなモンだぞ? 色々あるんだよ」

「どんなんだ? 面白い仕事ならアタシを噛ませろよ」

「ちょ、レヴィ!」

その言葉に思わず目をむいて彼女の顔を見直す。

「え、IS着こんで怪獣退治するだけで数十万ドルって仕事なんだけど、やってくれるの? 依頼主はTPCで」

「あー、やっぱキャンセルで」

即座に拒否りやがった。……まぁ、俺の資金源はそっちじゃなくて、IS以外の国産機の共同開発報酬からなんだけどさ。

レヴィの追及を適当に話を逸らす事で回避して、今度こそロアナプラの街中へと足を踏み出したのだった。




・篠ノ之束のネオフロンティア宣言
要約すると『人類に逃げ場無し』。
・世界の反応
――ファッ?! エイリアン?! ナンデ!? エイリアンナンデ!?
・日本の反応
……テンション上がって来たァァアァアアアアアアアアアアア!!!!!
・Terrestrial Peaceable Consortium/TPC/地球平和連名
元ネタはウルトラマンティガ。名前そのまま。但し本作におけるTPCは地球統一政府的な存在ではなく、より力を持った国連っぽい存在。
・ミレニアム・ヤマト
ヤマト2000型。テンション上りすぎた日本人が勢いで開発を開始した航宇宙艦。
御国柄武装は積めない『ことになっている』が、『デブリ破砕用 主砲・副砲三連装ショックカノン』『デブリ破砕用宇宙魚雷』『デブリ破砕用VLS』そして『デブリ破砕用デラックスカノン(デラック砲』などを搭載している。
更に真幸が手を加えたことにより、マキシマ砲の発射は勿論、未発表ではあるがネオマキシマへの換装も可能になっている。
・エンタープライズ号
テンション上りすぎた日本に触発されて、テンション上りすぎたトラッカー達が政府を焚き付けて開発スタートした米製宇宙船。
量産前提機であり、全体的な性能はヤマトに劣るが、それでも優れた性能を持つ宇宙船。
・字祷子(アザトース)
元ネタはデモンベイン。妖気とか瘴気とかそんな感じ。
デモベというかクトゥルフ世界観では『忌まわしき知識(情報)=力』と解釈しているので、エネルギー値であると同時に情報量でもある。
・邪神センサー
元ネタは這い寄れ!ニャル子さんより、銀色のアホ毛。
あれ元々はヒューマノイド型がニャルラトホテプ星人くらいしか居ないから地球人のマヒローげふん真宥を誘拐する、とか原作一巻で言ってなかったっけ? え? 過去は踏み倒す物?
・ロアナプラ
元ネタはBLACK LAGOON。この世全ての悪が集う街。ゴッサムシティーがまともな街に見えてしまうレベルとか。詳細はニコニコ大百科辺りがオススメ。


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10 真理への扉教団の終焉

「怪しい連中? あぁ、此処最近この辺り(ロアナプラ)をうろつきだした黒ローブの連中か」

「どこぞから流れ着いたカルト教団の一派だろう? 怪しげな活動をしてるとは小耳に挟んでるけど」

そうしてたどり着いたラグーン商会で、案外あっさりと件の殲滅目標に関する情報を手に入れることが出来た。

レヴィとロックさんの上司と同僚であるダッチ氏とベニーの二人に挨拶を済ませ、早速依頼の話に入ったところ、どうやらこの二人は既に情報を掴んでいたらしく、ベニーが更に詳しい情報を見せてくれた。

目標組織の名前は真理の扉教団(T∴D)。最近ロアナプラに入植し、何処からとも無く信徒を呼び込んでおり、最近現地組織との摩擦が問題になってきているのだとか。

「そういやホーの奴が黒ローブの怪しい連中と揉めたって話をしてたな。なんでも馬鹿でかいナイフで撃たれても撃たれても斬りかかって来るゾンビ野郎で、良い年してちびりそうだったとか」

「ソレだ。その連中に関する情報を売ってほしい」

「まぁ、それ自体は幾つか電話をかけりゃ情報も集まるとは思うんだが、然し先に報酬に関して話を詰めておきたいんだが?」

遠まわしに支払い能力はあるのか? という視線を向けてくるダッチ氏。とりあえず二万ドルほど取り出し、それを机の上にドンと置いて見る。

「手付け二万、情報に二万、道案内に一万を順次支払いで如何かな?」

「ふむ。……件の怪しい連中を探すだけで、その後にはノータッチって条件で5万ドルってんなら確かに良い条件だな」

「おいおい、受けるのかよダッチ」

即座に反応するダッチに、レヴィがそう疑問の声を上げる。多分だが、ドンパチする機会の無いつまらない仕事、みたいに認識したのだろう。

「レヴィ、最近どっかの二丁拳銃がバカスカ無駄弾撃ちまくってくれた所為でラグーン商会の予算が赤字何だよ」

「オゥケーオゥケー、あたしゃ文句ねーぜ。ヘイロック、手前は如何なんだよ」

「俺も文句は無い。が、依頼を受けるなら、幾つか聞いておきたいことがある」

「……宜しいかな?」

「どうぞ」

ダッチ氏の問い掛けに頷き、ロックさんへと向き直る。

「先ず一つ。ISってのはトンデモナイ代物だ。今では数あるコアを自分達の国家こそが一つでも多く確保する為に政治が動いてる。『国家』とか『世界』に管理される兵器で、間違っても個人所有なんてありえない。……で、そんな『トンデモナイ代物』を持った、『男性操縦者』キミ、いったい『何処』の人間だ」

日本人にしては矢鱈と鋭い、濁ったような澄んだ様な、度し難い瞳を此方に向けてくるロックさん。レヴィは理解してないみたいなのだが、ダッチ氏とベニーが此方をじっと見つめてくる。

「その認識は正しいけど、一つだけ間違ってる。開発者の存在が抜けてる」

「……まさか、篠ノ之博士の私兵だとでもいうのかい?」

「さぁ? もしかしたらそうかも知れないし、違うかもしれない」

言って肩をすくめる。まぁ殆ど言ったも同然なのだが、それでも明言しているのとしていないのとでは多少は違う。

仮にこの会話が録音されていたとしても、こう言って置けば証拠能力としては不十分になるし。

「……次だ。キミが探している連中に関する情報だ。万が一の場合を考えて、ある程度此方にも事情を話して欲しい」

そう来たか。確かに、例えば、俺が狙うのがこの街の名立たる悪党組織だったとしよう。

俺がラグーン商会から情報を買ってその組織を叩き潰したとして、此方に加勢こそせずとも情報を売ったラグーン商会にどんな目が向けられるか。

確かに自己防衛を考えるのであれば、ある程度の情報を握っておくのは間違いではない。

……のだけれども。

「……かなり胡散臭い話に成るけど、いいか?」

「ああ」

まぁ、依頼を受けてもらう以上最低限の説明も必要かと、そう考えて、仕方無しに格納領域から円盤型のデバイスを取り出す。

これはいつもつけているメガネ型の端末とは別物で、他人に情報を開示する場合を考えて用意しておいたモノだ。

此方の操作に従って起動するその円盤型端末は、途端にその円盤の上面から立体映像を投影する。

「ワォ!? 立体映像!? え、マジかよ」

で、そのデバイスの立体映像に大興奮のベニー。其処まで喜ばれると此方もちょっと嬉しい。

因みにコレ、此方の言葉が法螺ではなく、少なくともこの程度の技術力を持つ存在であるという証明の、パフォーマンス用のデバイスでもあったりする。

「俺が此処に来た理由っていうのが、この邪神崇拝教団を追いかけてきた、っていうのがある」

「ハァ!? 邪神崇拝!?」

言った途端にレヴィがそんな声を上げる。まぁ、ガチの鉄火場に来ていきなり邪神崇拝なんてオカルトを持ち出されれば誰だってそうなる。

「オィオィ、デモニズムの連中を追いかけてきたって、ならアンタは教会の聖堂騎士(パラディン)だってか?」

「アーメンハレルヤピーナッツバターって? まさか。俺は正体不明の観光客だよ」

「……この悪徳の街に、観光ねぇ?」

一体何を観光しに来たのやら。言外にそんな空気をにじませるベニー。

「で、だ。話は変わるけど、この邪神崇拝組織、マジで危ない連中で、神に至るためって言って色々ヤバイ研究をしてたわけだ」

「ヤバイって――なんだ、トライオキシンでも研究して他のかい?」

「正にそんな感じでな」

ジョークのように軽く言うベニーの言葉を肯定する。因みにトライオキシンってのは正式名称トライオキシン245。古典ゾンビ映画に登場する死者をゾンビにする化学薬品だ。

「薬物強化、遺伝子改造、機械化手術、何でも有りで人を外れたミュータントを生産してる糞野郎どもだ」

言いながら、ホログラフィックで件の『改造人間』のデータを表示する。

正にゾンビといった腐乱死体の映像やら、不気味に盛り上がった筋肉で人の形をしていない怪物、下半身が機械の逆脚になって腕が鎌になった怪人。

此処ロアナプラに入る前に束さんから送られてきたデータの一つ。正直俺もあんまり見たくないし、ここまでぶっ飛んでいると逆に信用されにくいかもしれないのだが。

「……なんだこれ、何時からこの世界は特撮になったんだよ……」

「そりゃ……怪獣が出たときからじゃね?」

そんな俺の言葉にロックさんは顔に手を当てて溜息を吐いた。

「で、この糞野郎共、周囲の一般人をさらってバケモノにして戦力に加えてて、かなり危ない連中でさ。どこぞの正義の国も目の仇にしてるんだよね」

これも束さんから貰った情報なのだが、この邪神崇拝組織、なんでも元はアメリカ本土にその拠点をおいていたのだとか。

それを大学教授やら警官やら芸術家に学生という謎の混成パーティーが、組織をどうやってか壊滅させ、更にソレを追撃した某国の対テロ組織によって土地を追われたのだとか。

そんな連中の残党が逃げ込んだのが、このロアナプラ、悪徳の街だったのだとか。

「コイツラを放置しておくと、下手すりゃ明日にはロアナプラはラクーンシティーって有様になって、その日の内に核で綺麗さっぱり消毒されちゃうワケだ」

「……オイオイ、今サラッととんでもない事言わなかったか!?」

「そうならない様に今此処に俺が来てるんだって」

実際既にTPCを介して国家間同士の話し合いは既に終わっている。まぁ核になるかN2ミサイルになるかは知らないが、ロアナプラがまるごと消し飛ぶ事は間違いない。

もしそんな事に成ったら、間違いなく俺の住んでる日本にも影響が出る。それが困るから、今こうして俺は此処に着ているのであって、放置して何も影響が無いと言うなら今頃火星探検にでも出かけている。

「ま、オカルトSF云々って話はおいておいて、とりあえず俺の依頼はこの頭の螺子が二三本どころか全部抜けて良い感じにキまってる連中を探し出して欲しい、って事だ」

「見つけ出して、その後は?」

「言わせんな恥ずかしい」

言いつつ両手を上げ、一瞬だけリフェーザー砲とビームガトリングを展開させる。それで大体の事を察してくれたらしい

「オゥケィ、仕事内容は理解した。理解できない部分も、理解できないって事を理解した」

「それで十分だよ。それで、仕事は請けてくれる?」

「情報収集と道案内まで、だな?」

「勿論」

「なら受けよう。時間はどの程度ある?」

「ちょっとでも早い方が良いね」

「なら一時間だけコーヒーでも飲んで待ってるといい。その間に情報を纏めとく」

そう言うとダッチ氏は席を離れ、そのまま電話を手に何処かへと連絡を取り始めた。

ベニーもソレにあわせて奥の部屋へと姿を消し、その場に残ったのはロックさんとレヴィの二人だけと成った。

 

「なぁボーズ、さっき言ってた連中の生物兵器ってどんなのがあるんだ?」

と、何を思ったのか急にそんな事を問い掛けてくるレヴィ。何かと思って彼女の顔を見れば、その表情はキラキラと輝いていて。

もしかしてコイツ、改造人間とか生物兵器とヤりあってみたいとか考えてるのか?

「……基本的に遺伝子調整体も機械化兵士も『人間の範疇を超えた人間』らしい。つまり、頭をぶち抜けば死ぬ。ぶち抜ければだけど」

「そりゃ如何いう事だ?」

「銃弾を弾くスーパーマンになってる可能性が高い」

もしくは撃たれた途端に再生を始める怪物とか。ありえないと言い切れないのが恐ろしいのだ。

故に、殺し切るにはISの、それも出力的に通常のISを圧倒的に上回るこのアークプリズムを持って、完全に焼滅させる必要があるのだ。

「んなバケモンが実在……そういや知り合いにも一人いたな……」

「いや、彼女は未来から来た殺戮マシンじゃ……うーん……」

いや、ミスロベルタは特殊訓練を受けただけの兵士ですよね? 別に改造人間とかじゃないでしょ?

「本当、度し難いよ」

「アタシは結構楽しみなんだけどな」

「……度し難いよ」

この戦闘狂め。

 

 

 

 

 

 

件の相手側の改造生物について話したり、最近のIS登場による世界の情勢変化についてなんかをロックさんと話したりしているうちに、ダッチ氏に言われた一時間が過ぎたころ。

丁度タイミングよく現れたダッチ氏は、一時間丁度で見事に件の邪神崇拝組織に関する情報を集めて見せた。

その組織の名を『T∴D(真理への扉)教団』。厨二病クサい名前だが、既にロアナプラの連中ともめ始めていたらしい。

ダッチ氏曰く『黄金夜会』とかいうマフィアの組合と既に交戦し、その所属組織を一つ潰しているのだとか。

「今その連中は潰した組織の溜り場を接収して、其処に拠点を築いてるらしい」

なんでもT∴Dが現在立て篭もっている場所と言うのが、その昔日本軍が立てた拠点のひとつで、小さな砦のようになった建物なのだとか。

現在では黒ローブの歩哨が時代遅れな剣をかついで巡回する、物凄く怪しい場所に成り果てているのだとか。

喧嘩を売るにしても理由も利益も無く、黄金夜会にしても組合であって一つの組織ではないから、個人ならともかく喧嘩を売るメリットもないと判断したらしく、今のところ誰も手を出そうとはしていないらしい。

その話を聞き終えて、確りと目的地をデータ上に入力。いざ攻め込まんと椅子から立ち上がろうとした所で、不意にアークプリズムのコアネットワークに通信が入った。

「もしもし。如何かした?」

『もしもしまーくん!! 今日本政府の情報網から拾ったんだけど、なんか関係者の娘さんが件の連中に誘拐されたらしいんだよ!』

「? なんで日本人が……っていうか、なんでそれで束さんが焦る?」

『プライベートジェットをハイジャックしたらしいんだよ。そうじゃなくて、問題はあの国の大統領令嬢っていうのが一緒に捕まっちゃったんだよっ!!』

「……はぁ!?」

何でそんな話に成ったのか。送られてきたデータを参照しながら詳しく話を聞いてみたところ、要するに件の大統領令嬢と言うのが、今度新設される事になったIS学園に興味を示したとかで、お忍びで日本を訪れていたのだと言う。

日本に来ていた大統領令嬢は、日本と向こう側のエージェントに護衛されつつIS学園が建設される人工島、建設中の施設やISなんかを見学して、その後プライベートジェットで首都に向かう途中にハイジャックを喰らったのだとか。

『大統領令嬢云々は別に如何でも良いんだけどね! でももし彼女が死んじゃってみなよ! 絶対あの国報復で核打ち込むよ!?』

……もしそんな事に成れば。ご近所である日本は間違いなく何等かの影響を受ける。

近代の核なんて威力は原爆型のソレの何十倍もあるのだ。海流やら気候やらが大異変を起すのは確実。

それだけでも恐ろしいのに、それでもし邪神が召喚され、それを核で撃退仕切れなかった場合。……俺が放射能汚染地域に飛び込んで邪神と戦うのか? 宇宙活動前提な存在に変質しているし、放射線事態は別に問題ないのだが、流石に気分的な問題で嫌なんだけど……。

『束さん光って爆発するグールとかデスククロー先生が闊歩する地球なんてヤだよ!?』

「それは不味い。つまりそれまでに事を済ませるべきだと」

しょーゆーことー、と引き攣った表情で告げる束さん。いざとなればミサイルをジャックすれば良いとも考えられるが、然し『核ミサイルが発射された』という事実が生まれたその時点で不味いのだ。

「もう余裕は無いか。……ラグーン商会の皆さん、此処で契約満了としたいのですが、宜しいですか?」

「そりゃ此方としては宜しいんだが、道案内は良いのかい?」

「ええ。これだけデータが有ればあとは此方で何とかします。勿論、報酬は全額で」

ダッチ氏の言葉にそう返しながら、格納領域から更に札束を取り出して机の上に置く。

「ヘィヘィ、アタシのモンスターハントは無しかよ」

「言ってる間に始末をつけないと、ロアナプラが世界地図から焼滅しかねないんだよ」

怪訝そうな表情を浮かべるロアナプラ商会の面々。が、もう正直面倒なので説明する心算はない。……と、そうだ。

「ベニーさん、これ上げる」

「……まっ、マジかい!? いいの!?」

「どうせ半年後には日本でも発売するし、ソレまでは修理も出来ないから玩具にしか使えないけどね」

「有難う! この恩は忘れないよっ!!」

はしゃぐベニーを見遣り、次いで視線をダッチ氏に戻す。

「ダッチさん、お世話になりました」

「ま、正直電話を掛けただけで今一仕事をした気分じゃないんだが……またのご利用をオマチシテイマス、ってな」

「レヴィさんとロックさんも。お世話になりました」

「お~」

「事情はよく解らないんだけど、キミも気をつけて」

其々と軽く握手を交わして早々にラグーン商会の事務所を後にする。

目的地の位置情報を参照し、GPSでナビゲートを開始。その手続きを始めると同時に、周囲に点在する高強度字祷子反応を確認。

ハイパーセンサーを介して周囲を確認すると、黒いローブに身を包んだ巨大な人型が数体、事務所の入ったビルの出入り口、その周囲を囲うように配置されていた。

さすがはロアナプラと言うべきか、周囲一体はつい先程までの混沌とした賑わいは何処へやら、地震を予知するナマズの如く周囲からは人の気配というモノが綺麗さっぱり消えうせていた。

「探ってるのが勘付かれた? 根が広がってるか。 ――アークプリズム!」

声と共に光が溢れる。左腕に装着された赤と白のツートンカラーで彩られた腕輪、アークプリズムが待機状態から量子変換され、フォトンと共にその姿を顕現させる。

僅か0.05秒で蒸着、もとい変身でもなくて、装着を終えたアークプリズム。身体は自然と宙に浮き上がり、その姿は現在の身長140センチ強のソレから2メートル近い巨大な機械の物となって。

「…………ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

「う゛お゛お゛お゛お゛お゛――」

と、周囲の黒ローブが唸り声を上げて此方に襲い掛かってきた。

即座にレーザー手刀を一閃。黒ローブは笠懸に両断され、その未舗装の地面へと崩れ落ちる。

「ぅぇ、何かと思ったらゾンビか……」

そうして崩れ落ちたローブのしたから現れたのは、半ば腐乱し崩れ落ちた人体の姿。人に扮するならグールか寄生型、もしくは変装型かとおもったんだけど、よりにもよってゾンビか……。

そのグロい姿にかなり気分を悪くしつつ、更にこれが相手の兵力なら、間違いなくこれから乗り込む先にはもっとたくさんのコイツラがうようよしているのだろうな、と考えて尚更憂鬱に成る。

とりあえず、お前等は殲滅する。

ハイパーセンサーで敵対目標を視認。その射線を確認し、格納領域から呼び出したビームガトリングを即座に起動。

オルタ(対魔能力)を纏わせ、尚且つ最低出力(対人出力)。そうして唸りを上げるガトリングを振り回し、四方八方にビームを撃ちまわす。

そうして放たれたビームの弾幕は、其々が狙い違わず全ての黒ローブゾンビに直撃。その邪悪なのろいに縛られた器を、オルタを纏う苛烈な熱量に焼かれ、まるで元からその場に存在などしていなかったかのように綺麗さっぱり消え去っていった。

「焼毒完了、ってか」

「ヒュー、マジモンのゾンビだ!」

「……嘘だろ。此処は何時からロメロの映画の世界になったんだよ……」

綺麗にゾンビを消し飛ばしたガトリングの砲身を冷却していると、背後からそんな声が聞こえてきた。

どうやらお見送りに出てきてくれたらしいその二人の姿。けれどもその表情は、方や口元がニヤつき、方や顔色を真っ青に染めて何処か遠いところに視線が向いている。

「然し、綺麗に消し飛ばしちまったな」

「ああでもしないとな。ゾンビだし、頭吹き飛ばした程度じゃ普通に起き上がってくる」

「マジかよ……」

ニヤニヤが止まらないレヴィと、ガクブルが止まらないロック。そんな二人に今度こそ別れを告げて。

「それじゃ、また機会があれば」

「ひひひ、またのご利用を、ってな!」

「出来ればもうこんな所には来ないほうが良いと思うんだけどね……じゃあね」

笑う(といっても片方「嗤う」で片方「引き攣った笑み」)二人に軽く手を振って、アークプリズムの出力を上昇させて、そのまま目的地へ向かって空へと翔け出した。

 

 

 

 

 

 

 

目標地点近隣に到達したことを確認し、その時点から特殊光学霊子迷彩を起動する。

アークプリズムに新たに装備されたこの機能は、機械による光学迷彩に加え、言ってて胡散臭いのだが、生物の持つ霊的なエネルギー、ひいては字祷子反応を誤魔化す能力があるのだとか。

まぁ大丈夫だとは思うのだが、この霊子迷彩によって字祷子反応を抑える事で、字祷子を扱う魔導師の直感、第六感のセンサーをすり抜ける事ができるのだとか。

俺も気配を抑える訓練はしているのだが、この霊子迷彩と組み合わせてしまえば「目で見ているのに其処に居ると認識できない」というとんでもないレベルでの気配遮断が可能となる。

とまぁ、そんな状態で目的地の敵T∴D教団の拠点にたどり着いたわけなのだが。

「大きい……」

目の前に見えるのは、薄暗い霧に覆われた巨大な洋館。何でタイに洋館なんだ、とか思いつつ、霧の中をハイパーセンサーで探索。

……うわ、いっぱい居る。

熱反応は無いのに移動する人型の影――多分ゾンビだと思う。

熱反応はあるけど、異常な程の熱反応を見せる巨大な人型――何処のB.O.Wだ。

熱反応はあるが、頭が真っ二つに裂けた犬のような姿の何か――だから何処のB.O.Wだと。

もう既にいやな予感はビンビンなのだが、とりあえずさっさと目標を探し出して救助、然る後にこの場所を焦土に還すべく、迷彩を掛けたままISの展開状態を部分(陸戦)展開に変更し、こそこそとその洋館に忍び込んだ。

忍び込んだ洋館の中には、顔色の悪い(多分ゾンビ化はしてない)黒ローブが定期的に巡回しているらしい。あれはそのうちゾンビ化なり発狂なりしそうな顔色だ。

そんな事を考えながら、この洋館の中をハイパーセンサーで探査する。宇宙空間で生活する為に特殊素材を用いた構造体で出来ている、とかならまだしも、ただの西洋建築の建材程度でハイパーセンサーを如何にかできる筈も無い。

サラッと探索した結果、どうやら件の大統領令嬢とやらはこの建物の二階奥の部屋に幽閉されているらしい。

こういうのはテンプレなら地下牢だろうと思ったのだが、そっちのほうにはなにやら真っ黒な模様のついた牢獄やら蠢く巨大な何かが居るようで。ミナカッタコトニシヨウ。

とりあえず建物の中に侵入したはいいのだが、さて此処から如何やって二回の件の部屋に行くべきか。

通路は鍵の掛かったドアで遮られ、その奥には巡回の歩哨がウロウロしているし、見付かればあのゾンビなりを此方に嗾けてくるだろう。そうなったところで俺自身は大丈夫なのだが、問題は救助対象。荷物を抱えて乱戦なんて冗談ではない。

どうしたものかと考えて居る内に、今居る正面ロビーに巡回が来たらしい。とりあえず正面ロビーから見える小部屋に身を隠す。中に誰も居ない事はハイパーセンサーで確認済みだ。

さて如何しようか。巡回が居るし、ああいう広い部屋では余り目立つ事はできない。こういう洋館は多少の物音は問題ないのだが、見付かってしまうのは大問題。

どうしようかと考えて、ふと思いついた。そうだ、ドアの鍵とか無視できるなら、正面から突っ込んでは如何かと。

まぁ当然このプランは却下だ。俺がむこうにたどり着くまでの僅かな時間に、大統領令嬢とやらが人質に取られる可能性がゼロとは言い切れないのだから。

然しこの考えは一点において天啓のような物を齎した。それはつまり、『固定観念の破壊』と言うものだ。

『ドアに鍵が掛かっている→鍵を探す』ではなく、『ドアに鍵が掛かっている→ドアをぶっ壊す』という考え。

とんでもない考えではあるのだが、考えてみればある意味当然だ。緊急時で急いでいるときに、なんで態々鍵つきのドアの鍵を探すなんて面倒な真似をしなきゃいけないんだ。ぶち破れば良いだろう。

しかしそう考えると、これは考えるまでも無くヌルゲー、イージーモードと言うやつなのではないだろうか。何せ俺にはISが、アークプリズムがあるのだから。

――そうと決まれば行動だ。

先ず最初に、ハイパーセンサーで壁の向こうを探査。ひと気の無い隣室を探し、其処に向けて壁に穴を開ける。

低出力のリフェーザー砲で溶けた壁の穴を通り、次の小部屋へ。穴自体は本棚なりロッカーなりを移動させてカムフラージュさせておく。

そうして小部屋から小部屋への移動を更に何度か続け、偶に歩哨の目を盗んで廊下を渡り、そうしてたどり着いた目的地。

「よし、此処から上へ……」

真上へ向けてリフェーザー砲を低出力で打ち抜く。途端に消し飛ぶ天井を確認しつつ、PICでゆっくりと天井の穴へ向けて飛び上がる。

そうしてたどり着いたその部屋。つまり、『大統領令嬢の監禁されている部屋の中』というわけだ。

――廊下も糞も無く、目的地まで穴を開けて突き進めば良い。

まさにカミナ式、いやラガン式、ドリル思想でもいいか。とりあえずそんな感じで目的地へ到着したのだ。

「だ、誰……?」

と、そんな事を考えていると此方に声が掛けられる。視線を向ければ其処には、此方に向けて身構える金髪少女と青髪の少女が――ってあれ? 二人居る?

「篠ノ之博士配下の人間――で解るかな?」

「ならその鎧はIS……って、男? だ、男性操縦者!?」

と、青髪の少女のほうがそんな事に気付いたらしく、小さく声を上げた。もう説明は面倒くさいので省略するとして、とりあえず向こう側に尋ねておこう。

「此方の情報だと、捕らえられたのは大統領令嬢だって話なんだけど……」

「私は、更識刀奈……」

「カタナ? いや、更識って、日本政府の暗部の?」

「知ってるの?」

更識――日本政府における暗部を担う一族で、政府関係者の護衛や海外からのスパイの始末など、表沙汰に出来ない仕事を担う一族。一応ISの原作知識、殆ど使ってないヤツだけど、そこにも更識と言う言葉は出てくる。

あれは確か更識楯無と簪だっけ? カタナなんて名前は知らないし、多分本編には関係ないキャラなのだろう。

確か姉の楯無がお姉さん系キャラで、妹がオタ系ボッチ。年齢的には逆算すると姉のほうに近いのだが、このガクブル少女とあのお姉さん系キャラでは結構違うように感じるし……。別に一族が本家直系しか居ないなんて誰も言ってないし、多分血縁とか分家とかそんなところなのだろう。

二人の話を聞いてみたところ、彼女等はハイジャックを受けた後、護衛の面々は殺され、二人だけがこの場所へと連れ込まれたらしい。

因みにカタナ嬢は、更識の娘としてアシュリー嬢の護衛……という名目での顔合わせとして引き合わされたのだとか。

「まぁ、一応。俺は――オルタと名乗ってる。この機体はアークプリズム」

「私はアシュリー。アシュリー・グラハム」

そういって手を差し出してきた金髪の大統領令嬢。……アシュリー・グラハム? 何処かで聞いた覚えが……。

「それで、ミスター・オルタ、私達の脱出をコーディネートしてくれると考えて良いのかしら?」

「ああ。というかソレ目的で此処まで来たわけで――それで、キミ達の他に捕まってる奴は?」

「…………」

沈痛な表情で首を振る二人。目的の二人以外は皆殺しってか。――ん? だれか来た。

「お嬢さんがた、そろそろ儀式の祭壇に――何者だっ!?」

話の途中、不意に扉が開く音と共に割り込んできた人間が一人。即座に低出力・オルタ・リフェーザー砲で一撃。高熱とオルタの力に焼かれた男性は、そのまま一瞬で灰となって消えうせた。

「「「ど、導師様ぁぁぁあああああ!!????」」」

「……あれ? 何かいきなりボスっぽいヤツだったかな?」

「というか貴方、余りにも容赦無いわね」

アシュリー嬢からのそんな突っ込みを受けつつ、ついでに撃ちぬいた奴の傍に控えていた二人も撃っておく。

とたんに周囲から悲鳴が響くが、その声に反して此方に近付いてくる動体反応は無く、逆にこの部屋から遠退いていく気配が1~2つ。逃げたかな?

「それじゃ、さっさと此処から逃げましょうか」

「ど、如何やって逃げるの?」

「良くぞ聞いてくれました!」

リフェーザー砲の出力を調整。光り輝くリフェーザー砲の薄紅色の輝き。放たれた途端それは屋敷の壁を二枚、三枚と貫いて、その果てに見事屋敷の外壁を貫き、外の景色を遠目に見せていた。

「わぁ、見事な力技」

「う、うわぁ……」

アシュリー嬢とカタナ嬢が何か言ってるが、どうせこの建物は中の人間ごと消し飛ばすのだ。先に多少損壊させたところで問題は無いだろう。

次いで準備を整え、ISの展開状態を陸戦部分展開から完全な展開状態へと移行する。途端身体が浮き上がり、脚部に大型スラスターが展開される。

「お嬢さんがた、悪いけれども、何処か適当にしがみ付いてくれるかな?」

「え、ええ」「…………」

少しためらいがちなアシュリー嬢と、何も言わずに腰にしがみついてくるカタナ嬢。

PICを調整し、二人に負荷が掛からないように注意を払いながら、リフェーザー砲で空けた風穴を通って屋敷の外へ。

 

そうして飛び出した屋敷の外。そのままふわりと高度を上げて、上空から見下ろした屋敷は次第にざわめきを増していく最中、といったところ。けれども俺の目的としては、このざわめきが小さいうちこそが望ましい。

「よし、二人とも、確り掴まっておくように」

「ちょっ、何をする気!?」

「浄火する!!」

右腕リフェーザー砲の射撃モードを拡散に設定。出力最大、オルタをプラス!!

ヴヴヴという低い唸り声のような音。オルタの輝きが空間自体に強い圧力を掛け始めている。

「さぁ、消し飛べ!!」

ギュォォオオオ!! という、まるでアニメのSEのような響きと共に放たれる黄金色の野太い光線。放射状に放たれたそれは、次の瞬間件の屋敷を覆いつくすようにして着弾し、屋敷はその黄金の光に完全に飲み込まれてしまった。

数秒、黄金の光に中てられた屋敷。光が収まった頃には、つい先程まで屋敷と庭があった空間は、最早その跡形も無く。ただただブスブスと焼け焦げた土と灰が堆積しているだけだった。

……いや、屋敷(跡地)の中心に何かある?

屋敷をまるごとリフェーザー砲で消し飛ばしたのだ。幾ら拡散して威力が分散していたとはいえ、地上に存在する純マテリアルが形を残していると言うのは不自然。本来なら綺麗な竪穴になるはずなのだが……もしかして、始末しそこねた?

見ているうちに屋敷(跡地)の中心にあった黒い塊は、徐々にその表面をボロボロと崩していく。

次第に姿を現していくそれ。見知った物で例えるのであれば、それはミミズに似ていた。ピンク色で、土を食って畑を肥やすというあのミミズだ。

……ただし、全長が20メートルを超えていて、頭には物凄い数の触手がうようよと蠢いていたが。

「な、ナニアレ!?」

「また気持ち悪いのが出てきた……」

えーっと、なんだったか、確かあの怪物、C系モンスターだ。確か、クトゥーニアン……だっけ? 邪神そのものならともかく、怪生物とまでいくと……萌え系のクトゥルフ神話辞典とか買っておくべきだったかな?

少し強めにオルタを展開し、抱きついてくる二人をあふれ出す瘴気から守りつつ、その巨大なミミズを睨みつける。

「束さん束さん」

『もすもすひねもす、みんなのアイドル、大・天・災!! の、束さんだよんっ!! なになにどしたのまーくん!!』

「束さん、クトゥーニアンって知ってる?」

『モチのロン! タンピンドラドラ!! えっとアレだよね、触手モチのミミズみたいなの』

「弱点ってわかる?」

『……え゛っ、出たの?』

と、それまでの西博士ばりのハイテンションから一転、奇妙なまでに声を上擦らせた。

何事かと思って問い掛けて、返ってきた言葉を聞いて此方まで血の気が引いてきた。

『クトゥーニアンの弱点は水か放射線。幼生なら炎も効くらしいけど、あんまり期待できないよね。気をつけるべきは精神攻撃。直視のSAN値チェック以外に相手を混乱させる毒電波を出してくるみたいだよ!』

「放射線っておい……」

『要は体力値にプラス特殊装甲があるんだよ。その装甲を壊す手段が水か放射線、だと思うんだけど……』

束さんに礼を言って意識を戦場に引き戻す。道理で此方のリフェーザー砲が通用しなかったわけだ。が、弱点がわかってしまえば此方のもの。

さっさとあの巨大ミミズを駆逐してしまおうと考えたところで、不意に視線の先の巨大ミミズがピクリと動き始めた。何事かとミミズの触手が伸びる先を見てみると、其処にはガンベルトを身体に巻いて、呆然と巨大ミミズを見上げる金髪の男性が一人。

「レオン!?」

と、俺に抱きついていたアシュリーが不意に声を上げた。どうやら知り合いらしい。お迎えかな? とか思いつつ、ふと気付いた。

……そうか、バイオだ!

今回クロス多いな、なんて思いつつ、とりあえずレオン氏を回収すべく彼に向かって移動を開始する。二人も抱えての移動のため、慎重を期して少し遅めの飛行。けれどもそんな俺達の視線の先で、事態は更に進んでいく。

どうやらレオン氏をターゲットと定めたらしい巨大ミミズ。その触手をバチンバチンと唸らせ、レオン氏に襲い掛かったのだ。

唸る触手が瓦礫をぶっ飛ばし、そのままレオン氏を吹き飛ばそうとしたところで、レオン氏が華麗にその場を飛び退いて回避する。うーん、見事。

「きゃー!!! レオン!! ちょっとアナタもっと早く飛びなさいよっっ!!」

「んな無茶な!!」

今現在、俺は普通に飛行しているのに加え、二人の少女を抱え、更にPICを調整して二人を与圧、オルタを展開し彼女等を瘴気から守っているのだ。この状態でこれ以上機敏に動けと言うのは流石に無理が有る。

……と、そんな事を考えながらゆっくりとレオン氏に向かって飛行する最中。レオン氏は遅い来る触手をショットガンで迎撃し、なんとクトゥーニアンを怯ませる事に成功していた。さすが主人公、と変なところで関心を覚えつつ、けれども再び動き出したごんぶとミミズ。

――やはり弱点を突かない限り殺すのは不可能か。

視線の先で徐々に押されて行くレオン氏。このままでは間に合わないか……。

「よし、ちょっと急ぐ。二人とも確り掴まっておけよ!!」

「いいから早く! GO!GO!GO!!」

「へ、ちょ、きゃあああああああ!!!!」

はやし立てるアシュリーに、可愛らしい悲鳴を上げるカタナ。加速した事で二人を押さえつける力が若干弱まったが、けれども今度こそ触手につかまりそうなレオン氏を先に捕まえるにはこの速度でもギリギリなのだ。

「まにあえっ!!」

視線の先で打ち放たれるごんぶとミミズの触手攻撃。ソレを回避しながら、レオン氏の胴体をラリアット気味に回収!!

ドンッ、という音と共に右腕の中に納まったレオン氏。酷く咳き込んではいるが、どうやら無事ではあるようだ。

「失礼。肋骨に皹くらいイッたかもしれないけど、死ぬよりはましだろ?」

「キミは――「レオン!!」――アシュリー!?」

「ちょ、暴れるなっ!!」

アークプリズム、というか俺の身体の上を伝って、互いに無事を喜び合うレオンとアシュリー。けれども此方としては一人用のISに余分に三人も乗せて、結構気を使ってバランスを取っているのだ。

必死に制御を取りつつ、レオンを回収したまま一気にその場から距離をとる。

「ちょ、キミは――ISを男性が!?」

「もう説明はしないぞ!! 篠ノ之博士配下の人間だ! このままあんた等を離れたところまで運ぶから、一刻も早くこの町から撤退しろ!」

「ちょっと、アナタはどうするのよ!?」

「アレの始末をしなきゃならんでしょ」

言いつつ視線をクトゥーニアンに向ける。天壌へ向かって禍々しい咆哮を上げる極太ミミズの怪物。あれを放置した結果、ロアナプラがミミズに制圧されました、なんてことに成ったら洒落にならない。

故に、そして何より、俺の最大の目的は地上を侵す邪悪の駆逐。いや、正確には、遠縁成りとも俺の平穏な日常を壊す要因の排除。全ては俺が平穏な日常を謳歌する為に。

その為に、取り敢えずはこの三人を無事に其々の家(ホーム)へ還す必要がある。

とりあえずそこそこひと気のある地域に戻ってきたところで、レオン氏に1000ドルほど渡し、これをつかってロアナプラから脱出するように言っておく。因みにラグーン商会を推薦しておいた。

「よし、それじゃ俺は現場に戻る。ちゃんと家に帰れることを願ってるよ」

「ええ、有難う。貴方も無事で」

「オルタさん、ありがとうございました」

礼を言う二人に軽く手を振り、最後にレオン氏と頷きあって、再びその場から空へと飛び上がる。

「……不味いな、段々人口密集地区に近付いてきてる。急がないと」

先ず最初に、大急ぎで向かったのは、クトゥーニアンから真逆の方向。ロアナプラの街を飛び越えた先、其処にある海。

勢いをそのままに海へ突っ込み、海水を一気に格納領域へと取り込んだ。

突然周辺から水が無くなった所為か、かなり水流が乱れ、若干体制が乱れてしまう。が、なんとか体勢を立て直すと、再び海中から空中へと離水。そのまま今度こそクトゥーニアンの元へと飛び出して。

「さぁ、コレでも喰らえ、なんちゃってウルトラ水流!!」

言いつつ、アークプリズムの格納領域から、その中に取り込んでいた海水を思い切りぶちまけてやった。

――ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

甲高い悲鳴のような声をあげて悶えるクトゥーニアン。海水を浴びたその身体は、まるで焼け爛れたかのようにシュウシュウと煙を上げて。

先程までのその光沢を持ったピンク色の肉体は、然し最早ドロドロに焼け爛れ、あのリフェーザー砲を防いだ時ほどの強度は最早有り得ないだろう。

――今なら、奴を倒せる!

全開放し、共振し増幅されたオルタの輝き。それをリフェーザー砲へと収束させる。

通常砲撃モードで戦闘出力。下手に収束させる必要は最早無い。

ピンク色の粒子共振エネルギーが、オルタの輝きで黄金色に染まっていく。

「さぁ、今度こそ、久遠の虚無に還れ!!」

ゴッ、という音と共に噴出す黄金の輝き。解き放たれたその光は、有象無象の区別無く、その射線上の一切を飲み込んで。

その迸る輝きの奔流。先の一撃とは違い、威力が拡散しておらず、尚且つそれを受けるクトゥーニアンは水によって身体中を大きく傷つけていた。

そんな状態ではご自慢の特殊な防御能力も上手く動かない。クトゥーニアンのあげた奇妙な悲鳴のような鳴き声は、然し黄金の濁流に飲み込まれ、音すらも逃すことなく完全にこの世界から消滅したのだった。

 

 

『レオン・S・ケネディー含む三人はまーくんの指示通りラグーン商会と接触。そのまま陸地沿いにタイを脱出しようとしてたんだけど、その途中で米軍の部隊に回収されたみたい』

「つまり、無事に帰還できた、と考えても?」

『うん、良いとおもうよ。まぁ、米軍の空母が突如クトゥルーの餌場から伸びてきた触手に襲われて深き者共と一緒に海深く沈んじゃうなんて可能性も皆無じゃないけどっ!』

「んな飛行機の墜落事故並の確立の話されても……というかそういう話はやめてくれ。フラグが立ちかねない」

クトゥーニアンを完全に消し飛ばし、更に滅菌消毒。字祷子反応が完全に消滅した事を確認し、その時点で漸く追いついてきたTPCの部隊に現状を引きついた。

まぁ引き継いだとは言っても、纏めたデータをネットワーク経由でTPC本部と現場の作戦部隊に送信しただけなのだが。何せ此方は非公式の私設戦力なのだ。あまり堂々と顔見世するわけにも行かない。

「然し、邪神崇拝教団、本気で怪物を飼ってたとは……」

『解ってた事なんじゃないの?』

「知ってるって言うのと、実際見るのとじゃ、大分違う、かな」

何せ人間とあの手の怪物は絶対的に相容れない。何故なら連中は人間を知的生命体として認めていない。精々塵か埃くらいの現象の一部くらいにしか見ておらず、寧ろ人類を認識しているのなら、それはそれで凄い事だと思う。

……いや、人間を認識されてしまうと、それはそれでどこぞの這い寄る混沌みたいに嬉々として人間で遊び始めるかもしれないので、知られるという事も考え物なのだが。

「――束さん」

『どしたの?』

「少し、ペースを上げた方が良いかもしれない」

脳裏に過ぎる強い感覚。それは危機を知らせるアラート。クトゥーニアンを倒した辺りから、また少し強まったその感覚。

――そう遠くない内に始まる戦いの予感。

半ば以上ヒトをやめている俺の直感は、一種の超能力染みた物でもある。そんな俺の直感から来る言葉を聞いた束さん。言葉にならない危機感というモノを理解してくれたのだろう、小さく確り頷くと、いつものようにニコニコ笑って。

『おーけーおーけー、なら束さんは一層ハードにヒートしちゃいましょーか! ホーキちゃんやイッくん、ちーちゃんの平和を守る為に!!』

そんな束さんのさり気無い気遣いに内心で感謝を述べて。

最後に、クトゥーニアンの在った、リフェーザー砲の高熱により生み出されたそのクレーターを睨みつけて。

何時訪れるとも知れない“次”に備える為、海底基地へと転移するのだった。

 




■真理への扉教団T∴D
ロアナプラに逃げ込んだ厨二病クサい魔術結社。元々某国で活動をしていた物の、同国の探索者に教団本部を『焼き討ち』に逢い逃げ出した。
人の生き胆を喰うことで不老に成り、更に喰った人間はゾンビに。
究極的な目的は『クトゥーニアン』を触媒とした『門にして鍵たる神』の招来であったが、潰されて弱体化した直後に追い討ちを喰らい、文字通り問答無用で完全に消し飛んだ。
・導師
何の出番も無く一瞬で粒子共振砲によって影も残さず蒸発した人。他の魔術結社と情報交換をしたりと中々のやり手では有ったが、相手が悪過ぎ尚且つ時期を見誤った。
・狂信者
導師が消し飛ばされて混乱しているところをリフェーザー砲によって影も残さず消滅した。
・クトゥーニアン
目の無いイカ、もしくは触手を持つミミズ。繁殖能力は低めで、そのため卵を必死に守る習性を持つ。デカイ、グロイ、キモイの三拍子を併せ持つクトゥルフモンスターの中でもそこそこヤバめ。本来は門にして鍵たる神を召喚する為の触媒に用いられる筈であったが、教団が消し飛び事由の身に。その後完全な自由を得るために真幸に挑むも、相手が悪く、弱点の水で装甲をはがされた後、光に飲まれて巣ごと蒸発した。
■更識刀奈&アシュリー・グラハム
誘拐されていた少女達。日本にお忍びで訪れていた大統領令嬢と、その護衛として日本側から配置された少女。
真幸は原作の大雑把な流れ、それもアニメ一期くらいまでしか確りとは覚えていません。
・レオン
某国に属するエージェント。大統領になりそうな名前をしてるとか。


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11 二度目の入学

 

「織斑一夏をIS学園に入学させる?」

某日某所。既に俺の年齢も19歳。火星の研究所において新型光子力推進機関の小型発展型を開発していたところ、不意に同じく火星においてアーコロジーを建設していた束さんに呼び出された。

既に地球上にはTPCによる防衛網が建設されて久しい現在、俺がアークプリズムを纏って地上で戦うと言う機会は殆ど無い。

有ったとしても、それこそ邪神召喚やら宇宙人侵略、あるいは怪獣汚染による最終段階……つまり、手遅れになった場合、その一切合財を綺麗さっぱり浄火する、なんていう場合くらいにしか出番は無い。

幸い現在のところそんな事態に陥ったのは、宇宙から飛来したエボリュウ細胞によって生まれた『怪獣島』を消し飛ばしたその一度だけだ。あれはあまり思い出したくは無い。

まぁ、そんなわけで既に実働部隊を引退したに等しい現状の俺。そんな俺に束さんから声が掛かる機会といえば、共同研究の内容であったり、火星開発における相談であったりと、『人類の平和』なんて金看板よりはもう少し趣味的な方向が多い。

駄菓子菓子(だがしかし)。俺の予想とは違い、火星のアーコロジー『トネリコ』において俺と顔を合わせた束さんの依頼とは、前述の内容、つまりは織斑一夏をIS学園に送り込みたい、と言うものであった。

「なんでまた?」

「んーとね、最近、っていうほど最近の事でも無いんだけど、イッくんのまわり、色々キナ臭いでしょ?」

「キナ臭いどころか、何時大火事になるかもわからない焼け木杭だよね」

嘗ての第一回モンドグロッソ。TPC主催で行なわれたこの大会は、地上を守る為のISを用い、技術交流や競い合いによる切磋琢磨。一種のオリンピックのようなノリで、国と国の威信を掛けて開催された大会だ。

これには束さんの親友である織斑千冬も参戦したのだが、これが見事に優勝。総合部門においての優勝により、ブリュンヒルデの称号を受ける事と成った。

まぁそれはいい。問題はそのモンドグロッソにおいて、彼女が残した、残してしまった成績に関するものだ。

織斑千冬。束さんとつるむだけあって、彼女という人物も中々ぶっ飛んだ人物である。外見はキリッとした刃物のような女性、内面は脳筋ブラコン。ぱっと見一般人にしか見えないものだから、束さんとは違った方向で性質が悪い。

カタナ一本でモンドグロッソを制した彼女は、世界各国から注目を浴びた。そりゃそうだろう。各国がこぞってIS用装備を開発している中で、彼女一人「ンなモノ知るか」と言わんばかりに、ブレードでその悉くを斬り払ったのだ。

結果として織斑千冬は狙われ、その手段として彼女の弟、織斑一夏は常にその存在を狙われる事と成ってしまう。

幸い俺個人が持つ政府へのコネを利用する事で、織斑一夏に更識から護衛を廻してもらう事に成功した。

……のだが、これもある時点で失敗してしまう。というのも、第二回モンドグロッソ。この大会において、彼はついに何者かに誘拐されてしまったのだ。

幸い偶々その場に俺が居合わせた為、即座に織斑一夏を回収することには成功し、更に亡国機業の手に渡っていたISのコアを一つ回収することに成功した。

ある意味良い結果ではあるのだが、然し織斑一夏が誘拐されてしまったと言う事実は残る。外国で日本政府の手が回りきらなかったとか、影ながらの護衛が禍したとか、色々原因はあるのだが、事実は事実。

「うん、それでね、何か無いかなーと思っていっくんのIS適性を調べてみたら、これがなんと適性B! 十分ISを動かせるレベルだったんだよ! 流石はいっくん! ちーちゃんの弟は伊達じゃないね!」

「それで織斑一夏をIS学園に入れてしまおう、と。あそこはTPCの管理下にあるし、関係者以外はそう簡単に出入りできない。なるほど確かに身を守る為にあそこに入り込む、っていうのは良い考えか」

IS学園。TPC総本部監修の元設立された、IS操縦におけるエリートを育てる為の機関だ。

最先端の技術、高レベルのパイロット、その他多岐に渡る教育などと、各国の教育レベルから見てもかなり高い水準の教育機関であると言われている。

まぁあくまで『教育機関』である為、各国の軍人からの感想は今一つ。『アスリート』としてのレベルは高いのだが、『ソルジャー』としてのレベルは程ほど、即戦力としては辛うじて使えるが、無駄にプライドが高い連中も居て、軍人としては今一つ扱い辛いとか。

因みに出資の大半は真っ先にTPCに賛同した日本が大半を占めている。まぁ日本の出資金の内訳の大半は俺の裏金なんだけど。

「それで、束さんは俺に何をさせる心算で?」

「させるってもぅ、別に束さんは無理を言うつもりは無いよ、ただまーくんにIS学園に入学してほしいだけだよ」

「……いやぁ、そりゃ十分に無理って奴でしょうに」

俺の現在の年齢は18歳。高校を卒業後、大学に通いながら両親の協力の下設立した『柊電子工房』で研究開発したり、火星のテラフォーミングに手を出したり、色々と忙しい毎日を送っている。

特に現在、柊電子工房では次世代型光子推進機関搭載型の小型輸送機を開発している。燃料電池式のコレが完成した暁には、多分世界の航空事情が一変するのではないか、というような代物だ。これに注力している現在、俺のリソースはかなり削られている。

削るとすれば先ず真っ先に削る事ができるのは……火星開発か、逆に大学か。

「やるとするなら大学を休学に、って方向なんだろうか」

「うんうん。ねーねー、頼むよまーくん。勿論ちーちゃんもほーきちゃんも居るから大丈夫だとは思うんだけどね、それでも万が一って事もあるから……」

まーくんが行ってくれれば万全、という束さん。まぁ確かにそりゃ万全と言えば万全かもしれない。

でもなぁ。折角大学に入学して友達もそこそこ出来たのに。休学してボッチ大学生とか悲しすぎるぞ。束さんはその過去から経歴とかは余り気にしてないのだろうが、俺としては庶民的な感覚から大学を出てくらいはやっておくべきだと判断している。

いや、能力的には束さんに匹敵すると彼女自ら保障された俺だ。理性的に考えれば『大卒資格?なにそれ美味しいの』なのだが……うぅむ。

……あぁいや、そうか。通信制のところに移れば良いのか。今の時代ネットワークを介して講義を受ける、なんてのはざらに有るし、大学にも結構なコネがあるから何とか成るかもしれないし、それなら結構な時間を得る事ができるだろう。まぁ、俺の負担は跳ね上がるのだが。

「まぁ、いいか。OK束さん。IS学園、行ってやろうじゃないか」

「ぃやっほー!! ありがとまーくん!! よーしそうと成れば早速まーくんの戸籍偽造するぞ!!」

「え゛」

そんな事を行って飛び上がる束さん。現在の火星の重力環境は、俺達によって手を加えられた結果1.0006G。ほぼ地球の重力に等しい。そんな環境の中で一メートル以上ジャンプする束さん。やっぱり身体能力は高いんだなー、なんて何処か現実逃避をしつつ。

どうやらまた履歴書に書けない経歴が増えるらしい事に、首を落として小さく溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

そこから始めたのは、先ず最初に大学の受講学科の変更。現在の俺は工学部の機械工学科に所属している。そこで現状から、同大学内に設置されている通信制の方への移動を申請したのだ。

多少ゴチャゴチャとはしたものの、此方は大学に結構な出資をしている人間だ。更に大学自体も市立であるため、結構色々と優遇してもらう事ができた。流石に単位云々は無理だったが。

これで少なくとも二回生以降の単位は通信制で賄う事ができる。織斑一夏がIS学園に入るまでの一年間はまぁ、気合でなんとかするしかない。

取り敢えず俺に関する処置はこんな所で、次はIS学園に入るに際して。

まず俺が名乗る事になった偽名に関する情報。名前は『木原真幸』と名乗る事になった。俺はてっきり『マサキ・ケイゴ』になるのかと思ってたのだけれども、其方は姓名が引っくり返っているので、と言うことだそうだ。

この木原真幸という人物の細かいプロフィールは、すでに廃校になったド田舎の学校出身という事にしてある。経歴をあさっても何も出てこない、出て来なさ過ぎて逆に不審な設定にしてある。

というのもこれは他の織斑を狙う組織に対する牽制であって、IS学園の上位組織であるTPCや最大出資者である日本政府に対しては、俺は『篠ノ之一派から送り込まれた存在である』という事事態は通達されているのだ。

俺が隠したいのはあくまでも『柊真幸』という俺の本名およびそれを特定可能な情報であって、怪しい人間であるという事事態は別にばれても何の問題も無い。

で木原真幸のプロフィールを頭に叩き込んだ次は、木原真幸の容姿の設定だ。

特殊メイクとかではなく、現在ほぼ人間を辞めている俺と言う存在は、割と自由に容姿を擬装することが出来る。あくまで基本は現在の姿なのだが。

と言うわけで設定した姿が、外見年齢15~16歳程度。外見は年齢以外にも髪と目を薄茶色にして、更にアホ毛を一本生やしておいた。俺本来の姿が黒目黒髪伊達眼鏡と、超超平凡な日本人である点を鑑みれば、この逆に平凡且つ特徴を持った俺の姿は悪くない。

少なくとも本来の地味な俺とこの微妙にイロモノくさい俺がイコールで結ばれる事は無い。筈。……流石に骨格系を弄るのはやめておく。動きに支障が出るのは恐い。

これに更に顔を隠すバイザーを視覚障害のためとでも理由をつけて装備しておけば、例えば何かのきっかけでソレを外したときに顔を見られても、まさか二重に顔を隠しているとは思われないだろう。

「うーん、やっぱりまーくんのオルタはチート杉ワロス」

とは変身後の俺を見た後の束さんのコメントだ。まぁ確かに変装も自由自在とか、結構とんでもない能力では有る。……ただ、科学知識と魔術知識をミックスさせた魔導科学なんてものを生み出した人には言われたくないが。

で、とりあえず『木原真幸』というキャラクターを作り上げた後、次にやるべき事はIS学園に関する諸設定だ。

裏口入学というのも不可能ではないのだが、正直それをやる利点が無い。

IS学園は必要最低限の成績があり、尚且つ実戦模擬においてある程度の実力を示す事が出来れば。あるいは、国家なり企業なりのコネがあれば入学する事自体はなんとでも出来るのだそうだ。

俺が持つコネといえば、俺個人が政府研究機関に持つコネ、束さん、柊電子工房からのコネの三つが存在している。

が、偽名を名乗る以上多少なりとも柊真幸と木原真幸を繋ぐものは目立たせたくない。政府研究機関のコネも、あまりおおっぴらに出来るようなものではない。

となると使うのは束さんのコネなのだが、此方は束さん経由でTPCに情報を送る程度しか出来ない。何せ色々裏から出資しているとはいえ、基本的にTPCは国連に相当する組織だ。なんでもかんでも、と言うわけには行かない。

まぁ知識分野は問題ないし、実技に関してもそれこそ俺以上の累計IS登場時間を持つ人間(?)なんてそうは居ない。最悪は試験でなんとか出来るだろうと判断しておこう。

で、織斑一夏の護衛に関する戦力だが、流石にアークプリズムを使う事はできない。あれはいろいろな意味で目立ちすぎた機体だ。そもそも既にISではないし。

IS学園に入学した後、何らかの方法で公に柊電子工房と接触、後にIS学園での活動用のISを用意してもらう、もしくは『用意してもらった』と言う流れか、もしくはISを持たないことで俺を囮にするか――面倒だが、仕事としてみるなら此方の方が良いな。面倒だけど。

 

 

 

そうして更に時間は流れていく。俺が大学の手続きや何やらを済ませている間に、織斑一夏は見事束さんの誘導に引っかかり、IS学園と藍越学園を間違えると言う人生史上に残る大ポカをかまし、結果『世界で初めて公に確認された男性IS操縦者』としてIS学園に送り込まれる事と成った。

ただ此処で、此方の想定外の事態が発生する。織斑一夏という男性IS操縦者発見の報告から一時間も経たないうちに、次々と男性IS操縦者発見の報告が上げられたのだ。

男性IS操縦者が発見されたのは、『イスラエル』と『オーストラリア』。

イスラエルの男性IS操縦者『ギル・モーゼス』。両親がISの研究者であるとかで、研究所に遊びに来ていたところでISと接触。以後秘密裏にIS操縦者として訓練を続けていたのだそうだ。なんというテンプレェ……。

オーストラリアのIS操縦者『デイビット・コナー』。此方は余り情報が無く、現在政府直属の部隊で訓練中だとか。ただ此方の情報網には、テストパイロットが試験中に亡国機業と接触。これに落とされたところをデイビットくんと接触したのだとか。魔法少女かよ……。

この世界は原典であるIS世界とは根本の時点で大きく違っている為、織斑一夏以外の男性搭乗者が登場したところで可笑しな事は無い。

更に言えばこの世界のISコアは女性だけではなく、男性にも適合する可能性は若干ながら存在している。ありえないというわけではない。……のだが、妙に引っかかる。

特にこのイスラエルのギル・モーゼス。経歴を見ても何処のテンプレオリ主だというような見事なまでの経歴で。

……テンプレオリ主?

まてよ、俺みたいな転生者が現に此処に居るんだ。神様とかに会った覚えは無いが、俺意外にも俺みたいな転生者が居る可能性は皆無ではない。

いやいや、このタイミングで登場したからといって、其処まで疑う必要はあるのか? 考えすぎではないだろうか。

だが然し、万が一という事もある。この世界は根本から原典と大きく違う世界だ。怪獣の事は世界に知れ渡っているし、仮にオリ主さんであったとしてもこの世界が原典と大幅に違うことは一目でわかる。半端な知識で行動を起こす事は無いと思いたいが、万が一と言う可能性が無いわけではない。

下手に趣味的な奴だったり、英雄願望があったりして、それに織斑一夏が煽られたりしたら。モpp……篠ノ之箒曰く織斑一夏はヒーローなのだそうだ。煽られてそのまま特攻からの直葬なんてコンボは御免願いたい。

原典の流れとかは別に如何でも良いのだが、仮に転生者がテンプレオリ主思考な人間で、それに毒されたりする、何て可能性は無いほうがいい。

「……仕事が増えるな、これ」

只でさえ身一つには過剰な仕事を背負っているというのに、この上更に面倒くさそうな仕事が増えるのかと、思わず額に手を当てて。

せめてこの二人が常識的な人間である事を祈りつつ、日にちは更に進んでいく。

 

IS学園の入試。織斑一夏から続く第四の男性IS操縦者として表舞台に姿を現すことと成った俺柊真幸こと『木原真幸』。

一応日本出身のIS操縦者という事に成っている為、事の取り成しは日本政府主導で行なわれ、織斑一夏と並びIS学園に入学する事となる。

因みに日本政府は「柊真幸=木原真幸」とは知らないが、木原真幸が篠ノ之束博士の関係者であり、織斑一夏の護衛のために送り込まれた存在である事は知っている。そのため幾つかの目撃証言から男性である事がわかっているアークプリズムの操縦者『オルタ』の正体が俺なのではないか、と言う疑いは浮上しているらしい。

まぁ俺の日常生活こそ脅かされなければ、別に事がどうなろうと知った事ではない。日本政府から幾度かアプローチが来たが、護衛以上の仕事をする積もりも無いので適当にあしらっておく。

 

そんなわけで入学試験。座学ではそこそこ本気を出す。本来の俺なら目立つ事を避けるためにそこそこの点数にしておくのだが、今回、というか『木原真幸』ならば手加減をする必要は何処にも無い。

で、続いて受けたのが実技試験。此処で思わず引いた。

というのが、俺の実技試験の相手として割り当てられたのが、黒い髪に鋭い眼差しの女性――織斑千冬その人だったのだ。

「貴様が四人目の男性IS操縦者、木原真幸か。私が貴様の試験監督を担当することになった、織斑千冬だ」

「はい、宜しくお願いします」

さて、どうしよう。本気で困ったぞ、これ。

「貴様にはこれから、IS学園で用いられている量産型第二世代ISの『打鉄』、あるいは『ラファールリヴァイブ』を使い、私と模擬戦に挑んでもらう」

「一つ質問しても良いでしょうか」

「なんだ」

「織斑さん――いえ、先生の名は私でも知っているほどに有名です。然し、何故そんな有名人が私の試験監督を? 普通試験監督って、もう少し下っ端と言うか、若手というか、そういうのに任されませんか?」

というか、今からでも誰か別人に代わってほしい。と言うのも、俺と織斑千冬が戦った場合、下手に手加減する事が出来ないという問題点が浮上してしまう。

先ず手加減した場合彼女に勘付かれるのは確実で、だからといって全力を出してしまうと先ず間違いなく此方が勝ってしまう。……ブリュンヒルデに勝利する素人男性IS操縦者? 幾らなんでも無理がありすぎる。

ブリュンヒルデを舐めすぎているように見られるかもしれないが、『人類最強』では人知を超えた存在と戦い続け、果てに人を辞めた俺と戦う事は先ず不可能だ。いや、人のレベルに力を制限すれば良い勝負に成るか? そもそも良い勝負をするのも駄目なんだけどさ。

「ああ、本来ならこの試験は山田先生……私の後輩が受け持つ筈だったのだがな、お前に先んじて試験を受けた三人の男性IS操縦者の所為で事情が変わった」

「先に受けた三人……? 学園側の事情ではなくて?」

「ああ。というのも、貴様に先んじて受けた三人の男性操縦者――織斑一夏、ギル・モーゼス、デイビット・コナーの三人なのだが、これが全員試験監督を撃破していてな」

「ぜ、全員がですか?」

「ああ。……まぁ、内一人は教諭側の自爆みたいな物なのだが……」

あー、あれか。織斑一夏の試験監督を担当した麻耶ちゃんが織斑一夏相手にテンパって、フィールドバリアに突っ込んで自滅した、って話。嘗ての日本代表候補生がまさか、何かのジョークかと思ってたんだけど、ホントウダッタノカ。

「問題はモーゼスとコナーでな。奴等未だ素人という事に成っているにも拘らず、織斑の場合とは違って熟練の教師相手に圧倒的な戦闘能力を見せ付けてしまったんだ」

「それは……でもそれで何で織斑先生と俺が戦う事に?」

「うむ。教諭の中から、もしかして男性操縦者は全員強いのでは? と言う意見が出てな。おかげでプライドの高い連中がしり込みしてしまったわけだ」

「ははぁ……『男性IS操縦者に負ける筈が無い』『でももし負けたら……』となったわけか。強い女性の沽券に掛けて、って?」

「そういうことだな。そこで女性主権を好む一部の連中が私を祭り上げた、と言うわけだ。私なら万が一にも敗北は無い、と言ってな」

幾ら私でも、歴戦の戦士を相手に無茶を言ってくれる、と呟く織斑千冬に、思わず頬が小さく引き攣った。

「ん? あぁ、束と政府側の両方から聞いている。数年ぶりだな、『オルタ』」

「……束さんェ」

ボソッと呟いた織斑千冬。どうやら束さんからは既に情報が回っていたらしく、俺がアークプリズムの搭乗者――『白騎士事件』の際に共同戦線を張った相手だと、既に知っているらしかった。

「然しまさかあの時の奴が男で、しかも一夏と同世代とは……」

「あ、いえ。俺の実年齢は織斑一夏から数えて四つ程上です」

「何? ではその容姿は……まぁ、束なら何とかできるか」

「………」

自前って言ったらこの人どんな顔するんだろうか。変身能力も自前っちゃ自前だし、そもそも人間やめてる所為で老化も遅いみたいで、容姿は色以外そんなに弄ってないのに四つ年下に混ざっても違和感無い容姿というのも……。

「で、木原。この試験、貴様はどうする心算だったんだ?」

「えー、本来なら相手の試験官の技量に合わせて、適当に此方が実力者である、という事を学園関係者に知らせつつも、適当なところで負けておく、という心算でした」

一息空けて問い掛けてくる織斑千冬にそう返す。俺のIS学園での目的は、IS学園の守護ではなく、織斑一夏と、ついでに篠ノ之箒の護衛だ。

ならば下手に目立つのは宜しくない。よろしくは無いが、かといって全く目立たないというのも後々問題に成る。このあたりの匙加減がまた難しい。

「ふむ……では私とソレで行くか?」

「織斑先生と、ですか? ……五分くらい拮抗させられれば面目は立つ、かな?」

というかそれ以上やるのは目立ちすぎる。何処にでもいるような操縦者との拮抗、ならまぁ目立ちはしても其処まで記憶に残る事は無い。が、織斑千冬と五分以上拮抗していた、となるだけで、かなりインパクトが違ってくる。

本当なら是非とも別の人に担当を代わってもらいたいのだが、ソレはそれで別の問題を呼び込みそうな気がする。

「ふっ、まぁいい。ならば初めの五分で精々お前の実力を引き出すとしよう」

「うへぇ……」

「そろそろ時間だ。ではまた後でな」

そういって、フィールド反対側の待機室へと移動していった。ソレを確認して、俺もそろそろ準備に移ることにする。

俺の待機室に用意されていたのは、フランス製のIS『ラファールリヴァイブ』。第二世代型でバススロットの広さと様々な武装に対応できる汎用性が売りの第二世代傑作機と名高い機体だ。

まぁそもそもこれが公になったのが第三世代型の開発が始まる直前と言うことも有って、現在では既に型遅れ気味の機体ではある。が、教導機としては十分以上に有用な機体となる。

今日この実技試験を受けるに当って予め使用機体を選ばされていたのだが、日本製量産第二世代型IS『打鉄』とどちらを選ぶか、という選択肢で、その汎用性から此方の機体を選んだのだ。打鉄でも良かったのだが、あちらは銃火器の扱いに今一つ向いていないのだとか。

本来はこの機体を使って、相手の教導官を戦略的に絡め取って無難に茶を濁そう、と考えていたのだが……。くそぅ、織斑千冬相手なら打鉄を選んだというのにっ!! ラファールは弱点は無いが特徴も無い、損な機体なのだ。人類最強に挑むには灰汁が足りない。

「……まぁ、出来るだけやってみるか」

言いながら用意されていたラファールに近付き、システム画面が表示されたパネルに向かい合う。IS用の武装やセッティングなどを調節する為のメンテナンスモニター。本来なら織斑千冬がこの辺りにも助言をするはずなのだろうが、俺が相手と見てサボったな、あの女……。

「武装はレッドパレット二丁とボクサー、近接信管グレネードランチャーに弾薬……後は近接ブレードと近接ナイフでいいかな?」

武装のセッティングを整えて、更に機体そのもののコンディションを設定する。相手が織斑千冬である事を鑑みるならば、相手は確実に近接特化型。寄らば斬るを有限実行する相手に、同じ距離で戦うのは色々不味い。

ならばどうするか。基本的には距離をとっての中距離砲火。但し間違いなく瞬時加速で追いかけてくるだろうから――エネルギーの配分を推力重視に。どうせ長期戦は想定していないのだ、シールドエネルギーは少なめでいく。

そうやってセッティングを行い、とりあえずの試運転のためにカタパルトからフィールド内へと飛び出す。

観客席には少人数の関係者と思しき人影以外は存在していないらしい事を横目に確認しつつ、色々と動きを試していく事に。

純正のISに触れたのはかなり久々で、どの程度の動きまで追随してくれるのか解らない。現在のアークプリズムは最早ISの様相を呈していない、対侵略者兵器になってしまっているため、一般的なISというモノの感覚がわからないのだ。

試しに基本的なマニューバを繰り返し、武器の呼び出し、ターゲティング、実弾装備のリロードなど。オートリロード機能が無いとかちょっとビックリである。

一通りの挙動を試して、大体の感触を掴んだところでそろそろ時間になるらしい。管制室からの連絡を受けて、即座にピットへ。エネルギーチャージャー、ぶっちゃけ急速充電器を使ってコア・エネルギーの消耗分を回復させる。

俺のオルタとコアを共振させれば一瞬でエネルギーは回復させられるのだが、さすがにこんな場所でそんな不自然な記録は残したくない。

そもそも戦闘行動を行なったわけでも無いので、コア・エネルギーの消耗分は機動時のものだけ。即座に再充電を終えたことを確認して、再びフィールドの上空へ。

『それではコレより、貴方には織斑先生との模擬戦闘試験を受けていただきます。制限時間は30分。その間貴方は出来る事を可能な限りやって見せてください』

「了解しました」

管制室から入った通信にそう答えて、両腕にレッドバレットを展開する。アメリカ製の量産型51口径アサルトライフルであり、其の汎用性と信用性からベストセラーとなっている一品だそうだ。まぁ世間一般では未だエネルギー兵器の小型量産化は未だだしな。出来ていてもガッツウィングのレーザーくらいか。

ついでに言っておくと、試合前に装備を展開しておくことは違反でもなんでもないらしい。

『――さて、それでは試合なんだが、貴様その顔の物は外さなくても良いのか?』

「あぁ、コレですか? ええ、大丈夫です。コレって地味に高性能で、HMDとしての機能も有るんですよ」

言いつつ、織斑千冬に指摘されたソレ――俺の目元を覆うバイザーを撫でる。

木原真幸の持病に視覚過敏性の病気というのを追記しておいたので、このバイザーは視覚補助の為の器具として持込が認められている。

……本当は顔を隠す為の装置で、ついでに趣味でネットも見れる超高性能! 俺のメガネ型HMDの代用品だったりするのだが、まぁその辺りは一々話さなくとも良いだろう。

『よし、ではそろそろだな――準備は良いな?』

「ええ」

向こう側のピットから飛び出してきた影。鉛色の分厚い鎧のような姿のソレ。第一世代型IS暮桜の量産化を目指して開発された日本の国産量産型IS、『打鉄』。そしてそれに身を包むのは、世界最強の名を得た偉丈婦、織斑千冬。

……然し、こうして武装して正面から相対すると尚解る。彼女の内側から放たれる、言葉に言い表せない凄み――ッッ!!

人を辞めている俺にさえこうして警戒心を抱かされるほどの気迫。相対しているだけで身体を斬られたのではないかと感じるような剣気!!

『それではこれより、織斑千冬と木原真幸、両名による入試模擬戦闘を開始したいと思います』

互いに向き合い、あちらはカタナを、此方は銃を。其々が其々に構えたところで、二機のISが佇むアリーナに、機械音による戦闘開始の合図が鳴り響いたのだった。

 

 

 

先ず最初に動きを見せたのは、定石を破って織斑千冬の打鉄からだった。

試合開始の合図と同時に、何の前触れもなく即座に瞬時加速。一瞬で間合いをつめると、即座にそのまま一刀を振り下ろしてきたのだ。

こういう場合教師は試験対象の動きを見定める為に後手を選ぶのが普通だと思ってたんだけども……織斑千冬は端から本気で此方を潰しに来る心算らしい。

即座に両足を前に突き出し、真後ろに向って加速、と同時に右手を外側に振りかぶり、袈裟に振り下ろされたブレードの軌道を逸らす。

ISは背にスラスターを背負うという構造上、真後ろに瞬時加速するという事ができない。そのため真正面から開幕いきなりの瞬時加速と言うのはどうしても不意を突かれてしまうものなのだが、然しそれ故にコレに対する対処法は定石として幾つかが存在している。

因みに俺も過去円盤とドッグファイトを繰広げた際、アークプリズムでこの構造上の欠点に気付き、更に自由度の高い無軌道スラスタを加えることでその欠点を力技で補ったりしている。

然しここにある二機のISはそうした無秩序な改造が成された機体ではなく、スポーツ用に有る程度の規格で統一された物だ。アークプリズムのような無茶は出来ず、自ずと幾つかの定石の内側で、その中で如何に上手く戦うかと言うことが求められるのだ。

距離を話した所で即座に両手に持つレッドバレットを乱射する。これは麻耶ちゃんも愛用する米製IS用アサルトライフルで、その高い信頼性故に第二世代型の武装の中ではかなり広いシェアを誇っている。その精度はさすがの物で、織斑千冬の一撃を逸らしたというのにしっかりと照準通りに弾丸を飛ばしている。

「ふっ」

「くっ!!」

が、そうして放たれた弾丸を、まるで壁を蹴って跳ねたかのように宙を舞う織斑千冬。ソレを追って弾丸をばら撒くのだが、到底第二世代機とは思えない無茶苦茶な軌道を描いて飛翔する打鉄に弾丸が届く事はなかった。

――幾らなんでも無茶苦茶だろう、あれ本当に人類か?

ISのIFFを振り切るとか、そんな挙動に耐えられる人体を持ってるなんて、如何考えても人類じゃねー、なんて事を考えつつ、当らないなら削るべしと装備を換装。即座にボクサー散弾砲を取り出し照準を合わせる。

が、途端向うも此方が散弾銃を装備した事を察したか、ソレまでとは一転し積極的に近付こうとはしなくなった。

腹立たしい物を感じつつ、右手ボクサー、左手にレッドバレットを展開して更に銃撃を続ける。

途端に接近を開始する打鉄。ボクサーは信頼性の高い散弾砲ではあるが、その欠点としてリロードに時間が掛かる。本来ならレッドバレットで十分補えるのだが、彼女にとってはそれも十分なねらい目なのだろう。

即座に接近してきた彼女。カウンター気味に放たれた一発目の散弾砲を、最低限の被弾で抑えほぼノーダメージ。そのまま振りかぶられた一撃に再び受け流しをあわせようとしたのだが、今度はソレを察知した織斑千冬がフェイクをいてくる。

慌ててその虚動を回避したものの、本命の突きに咄嗟に隙間に差し込んだレッドバレットが大破してしまった。

「おのれ……人外め」

「貴様に言われたくは無いっ!!」

至近距離で再びリロードしたボクサーを発射。然しコレを織斑千冬は至近距離からの真横への瞬時加速で回避してしまう。

その場で棒立ちは不味いと即座に前へ。そのまま前転し、天地を入れ替えたまま真後ろに捉えた打鉄に、再び右手に展開したボクサー二丁で弾幕を張る。

まるで空に浮かぶ星のように放たれる鉛のカーテン。これはシールドエネルギーを削れる、そう確信した此方の心のうちを他所に、然し織斑千冬はその弾幕の一番薄い場所に突っ込むと、ブレードを一閃して散弾を振り払ってしまったのだ。

「効かんッッ!!」

即座に瞬時加速。打鉄の馬鹿げた動きに最早ラファールRのハイパーキャンセラーが追いついていない。

「ぬぐっ――!!」

ラファールのIFFをカット。自前の偏差予測と直感で打鉄の動きを予想。近付く気配に向けて、右手に新たに近接ブレードを展開する。

ガキンッ! という衝撃。やっぱりコイツ純粋な人間じゃなくて、強化人間か超人の類だと確信させる衝撃を右腕に感じつつ、即座に左腕のボクサーを発砲。

それを近接瞬時加速で回避した織斑千冬はそのまま此方の背後へ。発砲の反動で下がる左腕を背に指し込み、辛うじて直撃を回避するが、今度はボクサーが一丁オシャカになってしまう。

背後から叩かれた事で前方へ吹き飛びながら、スラスターを駆使して身体を回転。そのまま背後に向けて再び展開したレッドバレット(残りの一丁)を打ちまくる。が、やっぱり化物染みた機動で既に其処には居ない織斑千冬。

案外宇宙人由来のEOTで束さんに強化された強化人間だったりして、なんて事を考えつつ、直感にしたがって真下に瞬時加速。途端ソレまで居た空間を背後から薙ぐ近接ブレードと打鉄の影。あいつ吹き飛ぶ俺を瞬時加速で追い抜きやがった!!

出来るか出来ないかでいえば俺も出来るが、少なくともまともな身体の人間があんな挙動を取れば、間違いなくPICの許容限界を超えて内蔵にダメージを喰らう。絶対まともな人間じゃねー。

増したに瞬時加速した直後、地面を思い切り蹴り飛ばして再び上空へ。ラファールの脚部が損壊したが、ISの脚なんて飾りです!!

マニューバで言えばハイ・ヨーヨーを天地逆にしたような機動で織斑千冬の背後へ付く事に成功。けれども織斑千冬は瞬時加速で此方を振り払おうと急加速……したかと思うと即座に反転。此方に真正面から突っ込んできた。いやいやいや!! 可笑しいから! まともな人間の出来るマニューバじゃねーよそれ!!

「おおおおおっ!!!」

「くぅっ!!」

左手のレッドバレットを格納し、右手のブレードに手を添えて、織斑千冬の一撃を正面から受け止める。ゴバッ、という何か違う音が響き、凄まじい衝撃が身体を襲う。

――わかった。コレはIS同士の試合じゃない。対怪獣戦闘だ。

「貴様何か失礼な事を考えているな」

「アンタ本気で人間かよ!?」

鍔迫り合いからバランスを崩され、二撃目をロールして回避。そのまま迫る追撃にブレードをあわせるが、今度はそのまま押し込まれ、フィールドを覆うフィールドバリアに押し付けられてしまう。

「私と接近戦をするかっ!!」

「お、おおおおおお!!!???」

フィールドとシールド、二種類のバリアがバリバリと干渉し、此方のシールドエネルギーがガリガリと削られていく。

――コレは不味い、このままでは落とされる!! いや、落ち着け俺、寧ろそろそろ五分くらいは経ってるんじゃないか? なら落ちてもいい筈っ!!

時計を確認して一瞬血の気が引く。まだ試合が開始してから三分。後二分も持ちこたえろと。

「んなくそぉっ!!」

力尽くでブレードを振り払い、此方をバリアに押し付けていた打鉄を振り払う。俺の筋力による無茶な負荷を受けた所為だろう、ラファールのモーションアシストが逝ったみたいだ。普通の人間だとこの状態のISを動かす事は先ず不可能だろう。

……が、俺に関しては別だ。いや、あの織斑千冬でも出来そうだけど。アシストが無いなら力技で。それまでつけていた制限を一部緩め、一般人並に落としていた“力”を一部目算で算出した織斑千冬のレベルにまで引き上げる。

「今度はこっちから行く!!」

「――来いっ!!」

背部スラスタを使った瞬時加速。振り下ろす一撃にあわせて後の先を取ろうとする織斑千冬。けれども今の俺は先ほどまでの俺とは少し違う。その事に気付いたのだろう織斑千冬は、即座にブレードの軌道を修正。此方のブレードに刃を合わせてきた。

ゴッ、という音と共に吹き飛ぶ二機のIS。俺の力、この程度に制限してもラファールのPICでは受け止め切れなかったか。

即座に姿勢を整えた織斑千冬は、再び此方に向けて斬りかかって来る。それを確認しつつ此方もソレにあわせて瞬時加速。すれ違い様にぶつけ合わせた近接部レートが、然しその中腹部分から轟音を立てて粉々に砕け散ってしまった。

……おいおい、近接ブレードが粉砕って。

「貴様本当に人間かっ!!」

「そっくりそのままアンタに反す!」

「アンタではなく織斑先生と呼べッッ!!」

向う打鉄、その手には再展開された予備らしき近接ブレードが。生憎此方には予備のブレードは無く、有るのはナイフだけ。

仕方無しに近接用ナイフを展開し、それをレッドバレットに装着。簡易式のバヨネットとする。……でもこれだと、織斑千冬の斬撃は受け止められて二~三発って所か。

「さて――そろそろ五分になるわけだが……この試合、私が勝って終わらせてもらう」

「……くくく、何でだろうか。俺、久々に燃えてるよ……ただで負ける心算は、無いなぁ!!」

宣言する織斑千冬に、気付けばそう反していた俺。そう、ここまで燃えているのは久しぶり、いや嘗て無かったかもしれない。

俺にとってのISとは、対侵略者・怪獣用の兵器であって、こうしたスポーツ染みた対戦というのを経験したことは無い。あっても命を賭けた殺し合いでしかなかったのだ。

ところが、だ。その命がけで磨いてきた技術を以っても、この試合ではここまで追い詰められている。この事実のなんと口惜しくも甘美な事か。矢張り人類は、ニンゲンは素晴らしい!

とはいえ最早此方は死に体。両脚部は損壊し、背部メインスラスタにもダメージを受けている。シールドエネルギーには多少余裕があるが、然し織斑千冬のイグニッション・ブーストからの斬撃を受けてしまえば一発で蒸発する程度のエネルギーしかない。

子の状況で何か、何か勝つ手段は……ある。あるぞ、唯一残された勝機ッッ!!

「おおおおおおお!!!」

「せあっ!」

咆哮と気合が、剣とナイフがぶつかり合う。案の定バヨネットは衝撃を受け止めきれず、一発受けただけで既に銃とナイフの接続部分にガタが来ている。

――けれども最早それほどの回数打ち合う心算も最早無い!!

すれ違い再び開いた間合い。即座に反転し、銃に付いたナイフの接合を解除。そのままナイフを振りかぶり、此方に真直ぐ近付いてきた織斑千冬の打鉄へと投げ付けた。

「チッ!」

ガチンッ、という音と共に撃ち払われるナイフ。けれどもその一瞬こそがほしかったッッ!!

織斑千冬の巫山戯た一撃を受けて尚バリバリと銃弾を放つレッドバレット。織斑千冬はそれを神繋った得るロンロールで回避し、そのまま一気に此方に接近し――そして俺と正面からぶつかり合った。

余りの衝撃にPICも慣性を殺しきれなかったのだろう、ボロボロのラファールRが悲鳴をあげる。それを気合でねじ伏せて、即座に距離を開こうとする織斑千冬を右手でガッチリと掴んだ。

「なっ?!」

「墜ちろおおおおお!!!!」

近接ブレードを掴む右手をガッチリホールドしつつ、新たに右手に呼び出したグレネードランチャー。それを打鉄、それに登場する織斑千冬本人に向けて連射した。

ズドドドッドドドオオオオオ!!!!!

轟音と共に、連射して放たれたグレネードが生み出した爆風で吹き飛ばされる。

本来のIS用榴弾には安全装置として発射地点から一定距離は爆発しない、と言う仕掛けが施されているのだが、俺は普段から爆破兵器の安全装置は外していた。そのため、今回は至近距離での自爆気味にグレネードの直撃を決める事ができたのだが。

――ビーーーーーーーッ!!!!

『其処まで! 両者シールドエネルギー値ゼロを確認! この試合は引き分けとなります!!』

「……なんとかなったか」

精神的な疲労を感じつつ、改めて自分の状態をチェックする。ラファールRは爆風に吹き飛ばされたまま地面に突っ込んだらしく、長々とグラウンドを抉りながら半ばまで地面に埋まってしまっていた。

試しに機体を起してみたものの、機体の下半身への信号が完全に途絶してしまっているらしく、下半身がうんともすんとも言わない。

こりゃ駄目だと判断し、一言ラファールRに感謝の言葉を述べてから、ラファールとのリンクを解除して降機した。

「あー、疲れた」

「それは此方の台詞だ。貴様、五分で負けるとか言っていたのはなんだったんだ」

「……さて。矢鱈と挑発的な戦い方をしてきたのは其方でしょう? つられちゃったんですよ、多分」

見れば其処には、同じく打鉄を脱ぎ捨てて仁王立ちする織斑千冬の姿があった。

「然し、相打ちとは……狙ってやったのか?」

「ええまぁ。此方は機体損傷が激しかった物の、シールドエネルギーに余裕はありましたし、逆に其方のシールドエネルギーはもう余り無かったでしょう?」

「見抜かれていたか」

ISにおけるシールドエネルギーとは、実のところシールドのみに使われているというわけではない。

コアが生成するエネルギー、シールド以外にもPIC、エネルギー兵装、スラスター噴射など、ISにおける様々なシステムに利用されているのだ。

で、織斑千冬の場合、その必殺の一撃を放つ際にイグニッション・ブーストとの組み合わせと成るわけなのだが、このイグニッション・ブーストにも結構なシールドエネルギーを消費するのだ。

確かにあの超高速機動には凄まじい物がある。搭乗者の肉体が到底耐え切れないはずの、けれども出来るならばISのハイパーセンサーでさえも振り切るほどの代物。けれどもそんな無茶をやるには、当然相応の対価……この場合は莫大なシールドエネルギーが必要と成ったわけだ。

結果、織斑千冬の打鉄は、打撃は僅かな散弾だけだというのに、最後の至近距離からの榴弾連射を受けた際にはシールドエネルギーもギリギリしか残っていなかった、というわけだ。

まぁ他にも打鉄の搭乗者を狙った事でシールドエネルギーの損耗率を大きくしたとか、そういう小技も有るのだが、最早これは余談だろう。

……然し良く気付いた、俺。普段オルタとアークの共鳴でエネルギーなんて殆ど気にした事は無かったけど、有限と成るとここまで枷に成るとは。いや、このシールドエネルギーの制限が有るからこそ、ISがスポーツになるんだが……。

「ちっ、まぁ今日のところは引き分けだ。何れこの決着はつけるがな」

「勘弁してくださいよ……」

そんな事を言いながら、差し出された手を握り、握手したのだった。

 

 

 

「……然しコレで貴様も、相当目立ってしまったな」

「……」

考えないようにしていたのに。あーあ、どうしよう。

 

 

 





■惑星改造アーコロジー艦『トネリコ』
量子変換によって運び込まれた資材や無人機によって建造された、コロニー型宇宙船。但し基本的に無補給で活動が可能な為、アーコロジーと呼称。
現在は火星においてナノマシンで大気組成を改造したり、地殻に刺激を与えて磁場を形成したりのお手伝いの最中。
■怪獣島
太平洋に存在する小さな島国。其処で密かに行われたエボリュウ細胞による進化実験。最終的には実験が暴走し、真幸によって島ごと消し飛ばされた。
……と、いうフラグを残しておく。
■TPC(Terrestrial Peaceable Consortium/地球平和連合)
各国政府の上位機関みたいな位置づけの組織。
束や真幸がガンガン技術・資金支援しているため、馬鹿みたいに強い発言力を持つ。が、真幸や束は公式に属しているわけではないので、この組織に対して強い権限を持つわけではない。
地球の平和と人類存続を第一に掲げた『地球政府』。
■柊真幸の年齢
織斑一夏が中学三年生(14歳)当時18歳、且つ束の年齢をプラス4くらいに考え……うわっ、なにをす、やめ
■柊電子工房
真幸がでっち上げた中小企業。主に研究開発・設計などを行なう。
■木原真幸
元ネタは木原マサキ。「泣け、喚け、そして……死ぬが良い!」の人。
茶髪にアホ毛を生やして顔面はバイザーで隠れているというかなり怪しい風体で、更に目の色を紅く染めるという厨二びょ……手の込んだ変装をしている。
変装と言うか変身なので、まずバレない。


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12 IS学園の前準備

 

 

「こんな事にまで貴女が来るとは」

「ああ、事務連絡のついでに、事の流れを伝えておこうと思ってな」

織斑千冬との模擬戦から一日。早々に学園内の新一学年用の学生寮。早速始業までの間その一室を借り受けることと成り、宛がわれた部屋を適当に弄っていた所に訪ねて来たのは、渦中の片割れである織斑千冬であった。

「やっぱり目立ち過ぎていましたか?」

「いや、不幸中の幸いと言うべきか、女権主義の連中が此方に都合よく動いてくれた」

「というと?」

「試合自体は相打ちだが、実質的には私の勝ちだ、というのを連中が触れ回ってな」

まず、織斑千冬は教員としての参加であり、全力を出したわけではない。また自機も専用機である暮桜ではなく、量産型である打鉄を使っていたため、機動にかなりの制限がかけられていたのだという主張。

その点に関しては此方も量産機であり、一種対等な戦場であったという事なのだが、彼女等にとってはそんな些細な事は如何でも良いことらしい。

次に、木原真幸の卑怯な戦術について。これは聞いていて失笑物なのだが、なんでも俺の戦い方、自爆技は泥臭く低俗な男らしい卑怯な戦い方で、あんな戦い方はありえないのだとか。

俺、実戦では何度か自爆染みた戦い語って経験してるんだけどな? 手段を選べない戦場が多かったから、こういう戦い方も手段の一つって認識なんだけど……。

で、最後。確かにシールドエネルギーは同時にゼロになったが、そもそも機体の損耗率から見れば大破したラファールRと小破の打鉄で、その勝敗は明らか、とか。

まぁ実際機体の損耗率で言えば確実に打鉄の勝利になるだろう。まぁ、ソレを言ってしまえば、シールドエネルギーがゼロに成るまで、という一種のゲームその前提からひっくり返す必要が出てきてしまう。ま、これがリーグ戦の一試合だとかなら、引き分けだろうが次は無理だったろうけれども。

「女権主義者の連中、私と引き分けた貴様の実力を余程認めたくないらしくてな。条件付きで実質の勝者は私である、というのを強調した上での引分け、という前提で話が広まってしまった」

「ふむ。まぁ此方にとっては好都合なんですがね。というか未だ居たんだ、女権主義者」

「束の宣言以降は過激派は減ったらしいがな。現在でもISをまとって怪獣・宇宙人との戦線に立つ女性こそが素晴らしく、優遇されるべき、何て思想の連中は存在しているらしい。というか、ISに触れる機会の多く、尚且つスポーツ向けの教育をしているIS学園だと尚更な」

「あぁ、なるほど」

束さんの宣言以来、ISにおける女尊男卑の風潮と言うのは一気に廃れた。いや、廃れたと言うよりも方向性が変わり、IS操縦者に対する敬意、と言うようなものになっていった。

そもそもの話、ISに乗れる人間に女性が多いからといって、なら女性は全て素晴らしい、なんてどれだけ極端な話だというのだ。確かにISは地球防衛の主軸の一本では有るが、他にもガッツウィングシリーズや各国のスペース・マザー・シップ(SMS)級など、人類の剣は幾らでも存在しているのだから。

確かにIS搭乗者は世界的なエリートとして羨望を集めはするが、それがイコール女性の権利向上に繋がるとされたのは、IS以外の防衛兵器が登場する以前の話だった。

「で、貴様はこれ以降新学期が始まるまではこの学生寮で暮らしてもらう事になるのだが……」

「当然護衛の類が付く、と? まぁ此方に無許可でやってる事なんだから、まかれても文句は受け付けませんよ?」

「ふむ。まぁ日本政府側も貴様の事は優遇するように通達が回っているらしいし、ISに登場できるという事もあって、貴様に対する制限は殆ど無いらしい。――が、それには当然条件がある。貴様が自衛手段を持っているのか、と言う点だ」

「……あー、つまり専用機を持ち込んでいるのか、って?」

日本政府に現在束さんルートで漏らした情報と言うのが、『木原真幸』=『アークプリズムの搭乗者』=『技術支援者』=『織斑一夏の護衛』という情報だ。日本政府側にしてみれば、俺は束さん並の技術を、然し束さんに比べてほぼ波風立てずに供与している、お得意さんのような相手なのだ。

これでもし万が一俺が不利益を被った場合、もしかすると俺が機嫌を損ねて日本政府に対する秘密裏の支援を打ち切ってしまうかもしれない。日本政府はソレを恐れているのではないだろうか。

「貴様が自衛手段を持つというのであれば問題は無い。最低限、それこそ女権主義者の駆るISに対抗できる程度の自衛力を持っているのであれば」

「無ければ政府側が用意してくれるって? 一応俺は一般公募から選ばれた事になっている、四人目の男性操縦者なんだけどな。持ってるなんて言えるわけ無いだろ?」

そう、幾ら話が通っているからといって、俺がISないし、それに抗する兵器を保有しているなどという事を公に宣言する事は出来ない。あくまでもここに居るのは、一般人として選出された『四人目の男性IS操縦者』なのだから。

知られ話が通っているとはいえ、物事を通す上で建前というのは重要なのだ。

「……ふむ、ソレはつまり特に問題は無い、と?」

「そうそう。だから専用機とかは要りません。……そうだな、例えば男性操縦者に関する量産機のデータ収集とか言って、情報収集用の装備を搭載したの打鉄でも専用に借りられるようにしておいてもらえれば」

「なるほど。貴様には『あれ』が有る以上専用機は要らんし、その建前が有れば専用機を押し付けられる事も無いか。……然し良いのか? それだと専用機を持たない貴様は真っ先に狙われる事になると思うが……」

「面倒なのは嫌いですけど、護衛って観点から見れば、其方のほうが楽でしょう?」

そう、織斑一夏の護衛が束さんから頼まれた任務ではあるが、だからといって俺が防衛戦が得意かといえばそうでもない。寧ろ俺は攻める戦いのほうが得意、というか気が楽だ。

ならば織斑一夏を守る戦いよりも、俺を狙ってきた連中と正面からぶつかり合うほうが気持ち的にも戦術的にも楽だろう。

……逆を言えば、確実に問題が近付いてくるともいえるのだが。

「そうか。では何か有ったら言え。出来る限りは対応する」

「そうですか。あ、なら一つ。この部屋、適当に弄っても良いですかね?」

「……一般常識の範囲内でなら、な」

「俺は束さん程じゃないですって」

苦笑しつつ、立ち去っていく織斑千冬を見送る。

まぁこれで、IS学園内に俺と言う存在を最低限見せ付ける事ができ、尚且つ外部に対しては最低限以上の情報が漏れる事は無い。成果で言えば上々だろう。

 

「後やるべき事は……っと」

先ず一つ、この部屋、IS学園における拠点の整備だ。

IS学園は日本列島太平洋側に建設された人口島に存在しており、其の施設は俺や束さんから提供された先進的過ぎる技術を多々試験的に実装した施設となっている。

海洋の流れ、移ろいやすい気象から島を守る為に設置された、島を覆う外宇宙航行艦用エネルギーバリア、海洋輸送に革命を齎した電磁流体制御システム。その他様々な機構を採用しているのがこのIS学園という土地だ。

で、その土地に設置された俺の部屋なのだが、これもまた宇宙技術を利用した連結式コア建造方式を擬似的に採用した物だ。

これは例えばスペースコロニーなどを小規模に運用する場合、『家』を『コロニーの骨格』に接続する事で、最低限の資材で『集落(コロニー)』を形成するというシステムを前提に開発されたものだ。

さすがに地上で機動性能を持つ自室なんていうモノは用意できないが、この思想からブロック式の個室を繋いで家を作るという技術が開発され、其の試験目的に運用されているのがこのIS学園における学生寮だった。

そのためこのIS学園の学生寮と言うのは増設が容易く、例えば居住ユニットが品切れ、とにでもならない限りは『部屋が足りずに男女が同室』なんて事には成らないのだ。……成らないよな? 束さんが手を回したりしないよな?

げふん。話を戻すが、俺に宛がわれたこの一室は、そうしたブロック構想から建築された男性用の一室だった。本来ならば二人一部屋になったのだろうが、このあたりも政府側の配慮と見るべきか。

そうして用意されたこの部屋。元々が宇宙空間でのブロック構想を骨格にしているだけあって、結構な拡張性が存在している。改造しきれば、宇宙は無理でも海底での居住が可能なくらいには上等な代物なのだ。

で、さすがに海底用の居住空間を作る心算は無いが、IS学園における最低限の、独自の防衛網くらいは創っておきたい。

試しに用意されていた端末に接続してみたところ、IS学園の表向きのネットワークに入る事はできた。さすがに機密サーバーなどには物理的に接続されていないのだろう。そのあたりは追々滞空回線でも仕込んでやれば良い。

防衛網に関しては、IS学園に存在しているレーダー網や、TPCの惑星監視衛星網で十分補える。後は此方で適当にオートマトンでも用意して、IS学園周辺に配置してやればいい。IS学園最大の弱点、『太平洋に孤立しているが故の情弱』はそれで補える。

では自室の改造プランは、それら情報を統合する司令室、ないしそれら情報を処理する為のシステム化を計る、と言う辺りだろう。

資材の持ち込みが制限されている以上、入手手段は島内部の購買部なりでの購入となるのだが……まぁ、いざとなれば海底基地から物資を転移輸送すればいいのだし。

 

そして二つ目。

俺と織斑一夏以外の、二人の男性IS操縦者、ギル・モーゼスとデイビッド・コナーに関して。

彼ら二人は、現在ネット上で情報を漁った限りでは、『転生者』であるか、と言う区別は付けられない。まぁ当然情報規制が敷かれている現状だ。得られる情報も限定されているのだから至極当然。

が、仮に転生者であると仮定した場合、彼らの行動次第では此方の仕事に影響が出る場合も考えられる。

貴重なディラクの遺骸を用いて生み出されたISコアを、無駄に損失されてしまうのは此方としても問題に成る。今現在アーク……光の巨人の遺骸の構成物、その人工精製が急ぎ火星の秘密基地にて実行されているが、それでも現有するコアが貴重品である事に変わりは無い。

この世界を『生きている』転生者であるのならば問題は無い。というか、今こうして生きている以上、現実と空想の区別は嫌が応にも受け入れざるを得ない。

然し、もし、もし『原作知識』を生かしてハーレムを目指す、なんていうテンプレオリ主なんてものが登場してしまったら。

その場合は早々に彼らに現実というモノを教える必要があるだろう。現実として来る脅威についてを。

因みに彼らは其々国産の新型ISを受領しているみたいではあるが、ぶっちゃけ彼ら自身に関しては脅威を感じてはいない。というか感じ様が無い。俺にISで脅威を感じさせたければせめて一個師団もってこい。

 

そして、最後の三つ目。

「飯を食いに行きたいんだけど……」

このIS学園が存在する島、基本的にはTPCの運営している土地ではあるのだが、日本の影響が強く、また同時にIS学園の性質上女性の割合がとても大きい。

男女で2:8ほどの比率と言うのだからどれ程男女が偏っているかは理解できるだろう。そんな中で、この土地に来てまだ浅い俺が一人で食事に出る?

この世界におけるIS学園は、『原作』におけるIS学園とは大幅に規模が違っている。学園とは言いつつも、同時に研究機関であり、選手育成機関であり、軍関係施設でもある。それほどの施設があってなお、男女比率は2:8なのだ。

もし不用意に外を出歩いてしまった場合、まず間違いなく目立つ。それはもう目立つ。

何せこのIS学園には入出に制限がかけられており、尚且つ島で行動する際には基本的に身分を明示するものを身につける必要がある。俺の場合であれば、身分を明示するものとはIS学園の制服になる。

そう、この世に4人しか存在し無い筈の、男性用IS操縦者であることを主張するかのような、男性用の制服を着なければならないのだ。

目立つ。確実に目立つ。

自慢ではないが俺はコミュニケーションは一般人程度のレベルでしかない。初対面の人間と面と向って話すくらいは普通に出来ても、不特定多数に注目されれば普通にプレッシャーも感じる。

そんな俺に、先ず間違いなく集まるであろう注目の視線に耐えて食事なんて出来るだろうか。まぁまず不可能だろう。

せめて擬装用に関連企業の身分証明証でもあれば、数少ない関連企業の関係者として紛れる事もできるというのに。

もしくはソレがあれば、学生寮の食堂ではなく、企業側なりTPC側なりの区画に存在しているお食事どころなりを利用できたかもしれないというのに。

「……自炊、するか……?」

どうにか成らないかと備え付けの冷蔵庫の中を見て、中に設置された水と某カロリーなメイトを発見する。これは喰ってもいいのだろうか?

いや仮にこれで今を凌いだとしても、何れはこの問題に立ち向かわなければ成らない日が来る。

「ええいままよっ!!」

胸の内で決意を決めて、制服の袖に腕を通し、一歩自室から足を踏み出す。

――と言うかこんな事に気合を必要とするなんてまるでヒッキーかコミュ障じゃねえか!!

内心のそんな憤りを奮起にかえて、食堂へ向けてIS学園の寮内を歩き出したのだった。

 

 

 

それから辛うじて利用者の少ない時間を見つけて訪れた食堂で食事を済ませ、早々にその場を立ち去った。

目的は単純で、出来る限り目立つ事を避ける――少なくとも織斑一夏が来るまで――為、それまでの約五日間、この部屋の台所を使い自炊で過ごそうというのだ。

そこで学園区画から出て、一番近いマーケットに足を運び、適当に肉と野菜と米調味料を買い込み、それらを纏めて鞄に詰めて背中に背負う。

道中周囲からジロジロと視線を向けられ、ついには巡回兵(ここは日本ではなくTPCの土地である為)に職質をされたりしてしまった。

幸い生徒手帳を見せれば即座に開放されたのだが……。

よくよく考えてみれば、未だ居ないはずの、IS学園の制服を着た男子、しかも顔面には顔を隠すバイザー、背には巨大なリュックサック。

……こんな物俺が兵士でも職質する。

 

そんな事を考えつつ、自室の扉を開いて、その瞬間思わず思考が停止した。

「お帰りなさいアナタ。ごはんにする? お風呂にする? それとも、ワ・タ・シ?」

――はっ、いかんいかんいかん。

目の前に居る人物をチェック。青髪短髪、筋肉のつき具合、骨格から見て戦闘力は甲、間違いなく一般的な人類の範疇では上位に値するだろう。

幾ら量産品のブロックシステムであるとはいえ、俺が手を加えた鍵を簡単に破った所を見るに間違いなく頭脳のほうも優秀なのだろう。もしくはバックアップスタッフが居るのかもしれない。

相手の現在の装備は――裸エプロン? は?

「……おーい、お姉さん反応されないのはちょっと寂しいんだけど?」

「――更識の人か?」

「あれ、知ってるの?」

言いつつ少し視線を尖らすその女性。年齢的にいえば16~17くらいだろうか、その特徴的な青髪は、このファンシーな頭髪色溢れる世界でもそこそこ珍しい。

そしてこのIS学園の中でその頭髪を持ち、尚且つ有る程度以上の実力を持つ人間と言うと……。

「IS学園の生徒会長、更識楯無、であってるんでしょうか?」

「え、ええ。そうよ。私がこのIS学園の生徒会長をやってる、更識楯無よ。親愛を籠めて楯無さんって呼んで頂戴。よろしくね、真幸くん」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします、更識生徒会長」

言いつつ手を差し出して握手する。一応差し出す手にも色々気を使って。

「それで、更識生徒会長は何故俺の部屋に?」

「んー、ほらお姉さん生徒会長でしょ? だからとりあえずこれからの学園生活で、困った事があれば何でも頼ってくれても良いわよって顔見せにね」

「はぁ、なるほど。……で、ならその格好は?」

思春期(という事に成っている)の男子の部屋に、そんな過激な格好をした少女が一人。襲ってくれと言ってるようなものではないか。

いやまぁ、日本の暗部を担う更識の、それも楯無の名を襲名している少女だ。大抵の危機など容易く乗り越えられるだけの実力は有しているのだろうが……。

「んふふ、どう、興奮した?」

「ええ、まぁ。魅惑的な格好だと思いますよ?」

「魅惑的だなんて。なら折角だしサービスしてあげましょう! 二の腕で楯無さんにバストタッチくらい……」

「やめい」

言いつつ如何した物かとクビをかしげる。

要っておくと今現在の俺の立ち位置は、開けっ放しの玄関を廊下から覗き込んでいるというものだ。さすがにこんな格好の女性が入り込んでいる部屋に足を踏み入れるのは不味い。風紀的な意味で。

いや他にも立ち位置的に逃げ場の無い空間に入ってしまうのは不味い。下手な攻撃など俺には意味を成さないが、だからといって相手を無傷にしていられるかと言うとそこまではほぼ無理だ。

「それじゃ、俺の部屋への不法侵入と、其の格好の意味は?」

「あれ? 何か怒っちゃってる? えっと、この格好でお出迎えしたらインパクトあるかなー、って……」

「まぁ、確かにインパクトはありましたけど。醜聞沙汰ですよ?」

IS学園生徒会長、裸エプロンにて男性IS操縦者と!! なんて報道部に知られたらいったいどうなる事か。

例え更識の力や生徒会長権限で圧力を掛けたとして、情報っていうのは必ず何時か洩れる。情報の完全な封印と言うのはとても大変で、それこそ情報源を一切合財掃除してしまう、位しなければならないのだから。

「第一そんな格好で男の部屋に来るなんて、挑発してると受け取られても知りませんよ?」

「あら、興奮してる? お姉さん押し倒したくなっちゃった?」

「ヤメロ」

んふふー、と笑う更識楯無だが、その瞳にはなにやら強い感情のようなものが見え隠れしている。はて、何か恨まれるような事ってした覚えは無いのだけれども。というか、俺がやったという証拠を残す事はまず無い。

「えっと、なんだっけ?」

「なんでそんな格好で、俺の部屋に?」

「あー、それそれ。えっと、表向きはアナタの腕がどの程度の物なのかを調べに。建前として私の独断専行って事に成ってるわね。で、本音としては一つ聞きたい事があって」

「それ、裏表逆じゃないですか?」

まぁ、そりゃ日本政府の暗部を担う更識だ。当然俺と言う存在の情報は把握しているのだろう。が、出回っている情報を盲目的に受け止める心算も無く、その裏を取りに来た、と。

「なるほど。で、本音の聞きたい事っていうのは?」

「……アナタ、本当にあのアークプリズムの搭乗者?」

問う更識の言葉。けれども俺が驚いたのは、想像以上に強い意志が籠められたその瞳だ。

然し、何故そんな事を態々? 彼女にとって必要な情報と言うのは、俺が束さん関連の人間であり、織斑一夏護衛の任を帯びている、そして戦闘能力をある程度保有している、と言うことくらいのはず。間違っても俺がアークプリズムの搭乗者であるとか、そういう事は動でも良い情報の筈だ。

「何の話か良く解りませんが、それはもしかしてISの名称でしょうか? もしそうならば、俺は他の男性IS操縦者と違って、専用機は持っていませんし、任される予定もありませんよ?」

「……そう」

俺に専用機は必要ない。だって、前提としてISをも上回る兵器となっているアークプリズムが手元にあるのだ。今さら専用機を持ったとして、俺の能力に追従できるとも思えない。ならば無駄にコアを使うよりも、その分を地球の戦力にしたほうが余程建設的だろう。

そんな俺の思考を察したのか、それとも言葉を文字通りに受け止めたのか。その強い光を秘めた瞳は、けれども途端何を考えているのかわからない笑顔の仮面に覆い隠されてしまう。

「おっけーおっけー、今日のところはお姉さん、これで退散させてもらうわ」

「何か良く解りませんでしたが、もう良いんですか?」

「ええ。必要な事は知れたし、今日はこれで十分。とりあえず今日はもう引き上げる事にするわ」

そういうと更識盾無しは何処からとも無くIS学園の制服を取り出すと、それを一瞬で装着。どうやらエプロンのしたは水着だったらしく、その上から服を着ていた。何処に仕舞ってたんだあれ、というか何、昔のアイドルみたいな早着替え。

「んー、何、お姉さん裸エプロンだと思った?」

「視覚的にはそれに近い物にも見えてましたから」

「……もー、もうちょっと反応してくれても良いと思うんだけどなー」

言いつつビシッと制服を着こなす更識楯無。うん、下手に露出するよりもこっちのほうが魅力的なんじゃないだろうか。カリスマ的な意味で。

「それじゃ、またね」

「ええ。不法侵入は出来ればやめてください」

「考えとくわ」

ニコニコ笑みを振りまきながら立ち去っていく更識楯無を見送って、改めて自室に足を踏み入れ、部屋の戸を閉める。

更に静かにオルタを使い、超感覚まで使って部屋の中をチェック。

新品のブロックルームとはいえ他人に手を付けられてしまった以上、特に更識の手が入った以上盗聴器が設置されている可能性は否定できない。

ものの動いた形跡、体温、その他諸々ありとあらゆる形跡を、人間の範疇を越えた超感覚でチェック。

一通り見て回ったところ、どうやら玄関から奥には足を踏み入れていないらしい。本気であの水着エプロンで挨拶に着ただけだったのだろう。

何となく愕然としながら、改めてブロックルームの認証鍵を弄り回し、少なくとも外部からの開錠を不可に設定したところで漸く小さく息をついた。

まさか学園が始まっても居ないのにいきなり接触してくるとか、予想外にも程がある。此方の予想としてはIS学園の中で自然な感じでの接触を図って来るだろうと思っていたのだが。……いや、俺は一般人と言うわけでもないのだし、多少粗くてもいいのか。

二度と同じことが無い様に、個室の制御システムをOSごと書き換えてしまう必要があるかもしれない。

背負いっぱなしの食料を床におろし、気分的に肩を回しながらそんな事を考えて。

「まぁ、何にしても」

実は俺が木原真幸を名乗るに当って装着しているこのHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)、カメラ機能も勿論の如く搭載している。

……手札ゲトー。

 

 




■ブロック式コロニー建造方式
メインの骨格となる『セントラル』と、公共施設の骨格『ターミナル』、そして各々の居住や工業ブロックである『パーソナル』などが組み合わされて建造される、拡張や引越しなどが簡単なコロニーの建造方式。但しバランスを考えると完全に自由自在に拡張する事ができるというわけでもない。
IS学園の寮はコレの地上適応型簡易版。言ってみれば『超高級なプレハブ』。
■ギル・モーゼス&デイビッド・コナー
第二、第三の男性IS操縦者。転生者であるかは現段階で不明。
ただしモーゼスの公開情報は完全にテンプレオリ主。
■IS学園島
IS学園を要する人口島。所属はTPC、出資はTPCと日本政府。
IS操縦者を育成する高等教育機関であるIS学園の他、スクランブル施設やTPCの最新技術の研究などが行なわれている。またIS学園の情報は一定期間の後、TPC経由で全国に公開される。
■更識楯無
密かに真幸に写真撮影されている。フラグ。
真幸の前世の原作知識は七巻辺りまであるが、あとがきを読んでないので……。
皆に(ネタ的な意味で)愛される、学園最強(笑)少女(……少女?)。


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13 IS学園

 

 

IS学園の上層部って、実は頭が悪いんじゃないだろうかと思う。というのも、この学園のクラス割り当て。先ずコレが如何考えても可笑しい。

俺が所属する事となった1年1組。なんとこのクラス、見付かったという男性IS操縦者4人が全員纏めて割り振られているのだ。

コレだけで既にバランス最悪だというのに、今年のIS学園正規ルートでの入学者の中で、専用機持ち二人のうち一人までが一組に入っているのだ。

いや、もう一人のほうが未完成であるというところを見るに、代表候補生で唯一専用機を持っている人間、という事に成る。

で、振り返って現在の1組に存在するのが、男性操縦者四人、専用機持ち3人というとんでもない割り振り、と言う点だ。

しかもこの後、織斑一夏には束さんが手を加えた白式が届く事になっているはずなので、更に専用機持ちが増えるという計算になっている。

ISに関する法知識は齧った程度でしかないが、如何考えても専用機持ちを一つのクラスに集めてしまうのは効率が悪いだろうJK。

現在このIS学園には、一学年に8つのクラスが三学年存在している。一組当りの人数が25~30人。一学年当り220人が三学年で660人ほどの生徒がこのIS学園に在籍している事となる。

その150分の1の男子を、よりにもよって全員同じクラスに集めるとか。いや、管理面を考えれば此方の方が纏めて扱えて楽は楽なのだろうけれども……。

「はい、織斑一夏です。趣味はゲーム、特技は家事全般、ISに関してはほぼ素人同然なので、良ければ相談など乗ってください」

拙いながらも普通に自己紹介を終えた織斑一夏を観察しながら考える。

原作では駄目駄目だったはずの自己紹介。その最中に織斑千冬が復帰する、という流れだった筈だ。が、どうやら織斑千冬は未だ遅れているらしく、教壇に立つ麻耶ちゃんが続けて自己紹介を進めていく。

「ふぅ、さんきゅーデイブ」

「どういたしまして、イチカ」

なるほど、男性IS操縦者のデイビッド・コナーが口を挟んだのか。

「それじゃ、次は……まs……木原くん、どうぞ」

今真幸くんって呼びかけたな……。

「はい。木原真幸だ。趣味は読書とゲーム、ついでに魔改造。コレといって特技は無い。顔のコレはちょっとしたビョーキのせいでつけてるHMDだ。女子の中に男子が混ざって迷惑をかけるかもしれないけど、一年間よろしく頼む」

言いつつ小さく頭を下げる。まぁ、可も無く不可もなく、といったところだろうか。

いや、一つ派手に自己紹介というのでも良かったのかもしれないが、さすがに15~6の少女達の前で実年齢4つ年上、精神年齢は倍ドンな俺がテンション高く自己紹介と言うのも何かこう……。

「デイビッド・コナー。オーストラリア出身の国家所属操縦者です。趣味はインターネットとサバイバル、特技は……サバイバルかな?」

そんな事を考えている内にもどんどん話は進んでいく。

サラッと自己紹介を済ませたデイビッド・コナー。第二の男性IS操縦者。国家所属操縦者とはまた聞かない名前だが。

代表候補とかではなく、文字通りオーストラリア所属のIS操縦者、とだけ覚えておけば良いのだろうか。

「ギル・モーゼスだ。IAMI(イスラエル・アドバンスド・ミリタリー・インダストリアル)所属。射撃とかが特技で、趣味は体を動かすことだ」

そしてもう一人。ギル・モーゼス。第三の男性IS操縦者。

いかにもな感じの細目美形。細身ではあるが筋力は有りそうに見える。何よりも偏見だが、細目の人間は警戒するべきだ。

しかもだ。こう、立ち上る雰囲気と言うか気配と言うか王気(オーラ)と言うか。デイビッド・コナーの方は割りと一般人と言うか、寧ろ白い気配を感じるのだが、ギル・モーゼスのそれは寧ろ黒に近い。横島な、いや邪な気配を感じるのだ。

気配だけで全てを判断する心算は無いが、判断基準のひとつとしてみる為、警戒するには値する。

「すまない、会議が長引いて少し遅れた。諸君、私がクラスの担任をすることになった織斑千冬だ」

プシュッと言う圧搾空気の開放音と共に開かれた教室の扉。其処から現れたのは、我等が担任となる織斑千冬。本当に会議で遅れたのか、それともこのIS学園で迷ったのか。

そんな事を考えながら耳に手を当てる。勿論原作知識を利用した防音対策なのだが……ふむ。

俺の視線の先。扉側一番後ろの席を宛がわれている俺なのだが、この位置からだと教室の中が良く見える。で、そんな俺の視界には、俺と同じく耳を両手で塞ぐギル・モーゼスとデイビッド・コナーの姿が映っていた。

――原作知識で予想した、と見るなら……こりゃ確定だな。

「キャーーーーーーー!!! 千冬様! 本物の千冬様よッッ!!!」

「ずっと、ずっとファンでした――ッッ!!!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に着たんです! 北九州から!!」

「あの千冬様にご指導いただけるなんてッッ!! 感 激 で す !!!」

「私、お姉様のためなら死ねます!!!」

因みに俺が耳を塞いでいる間に叫ばれたのはそんな内容の絶叫だ。正直完全に無視したいのだが、耳をふさいだ程度では完全に音を防ぐ事はできない。俺の身体スペック的な意味で。それこそ真空のバリアでも作らない限りは。

まぁ然し、世界最強の名を持つブリュンヒルデというのはそれほどに人気が有るのだろう。バルキリーって、一種の死神なんだけどなぁ。

「……毎年よくもコレだけバカ者が集まるものだ」

軍隊風なお叱りの言葉を投げ付ける織斑千冬に、更にボルテージの上っていく教室の空気。マジで住み辛い。

「さぁSHRは終わりだ。諸君等にはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。そして実習だが、基本動作は半月で身体に焼き付けろ。いいか、良いなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ。私の言葉には返事をしろ!」

「「「「はい、千冬お姉様!!」」」

「織斑先生と呼べ――ッッ!!!」

なんだこのノリ。

 

 

 

 

 

そうして一時間目の授業。ISの基礎理論云々なのだが、この当り俺は特に問題なくこなす事ができる。

というか俺は束さんのオリジナル超理論を一般人にもわかりやすく汎用化するために色々と手を出しているのだ。寧ろ俺の知らない理論と言うと束さんが現行で開発している最新技術くらいか。

さすがに最近になってくると俺のほうの独自開発で手一杯な為、束さんの技術をチェックするという時間も中々取れない。

因みに俺と束さんの技術特性の方向性なのだが、俺のほうが『ぶっ飛んで入るけれども入門には丁度良い』で、束さんのが『謎のオーバーテクノロジー』と言う感じ。

天才な束さんの独自理論は毒が強すぎて、一般人に広めるには多少の希釈、わかりやすく砕いた説明を入れる必要があるのだ。あー、なんだろう。まるで魔導書の忌まわしき知識みたいな扱いだな、束さんの発明。

頭の中でそんな事を考えていると、休憩時間のチャイムが響いた。その合図と共に一度教室から撤退していく教師陣を見送り、改めて視線を織斑一夏に戻す。

本来の『原作』に沿うのであれば、この後織斑一夏に篠ノ之箒が接触するのだが……。俺の任務の性質上、織斑一夏と早期に接触を取っておく必要がある。ここは一つ、いきなり原作ブレイクをかましてみるかな。

「よう、少年。顔色が悪いが大丈夫か?」

「ん、お、おお。ちょっと授業についていけなくてな。……えっと」

「あぁ、木原真幸だ。真幸でいいぞ」

「俺は織斑一夏。なら俺も一夏って呼んでくれ」

言いつつ握手を交わす。何か教室の外から黄色い悲鳴が響いた気がする。いきなり掛け算が飛び交っているような気もするが無視だ、無視。

「んで、解らないって言ってたけど、具体的には何が解らんのさ」

「あー、いや、このアクティブなんちゃらとか、広域うんたらとか。意味がさっぱり解らないんだよな」

お前は判るか? と言う問いに、一応とクビを縦に振る。

「すげぇな。でもあれ? 真幸って確かニュースを見た限りは一般人だったよな?」

「応、そういう事に成ってる」

「ならなんでISの基礎知識なんて?」

「そりゃ、入学前に参考書を読んだしな。第一、語感で解らないか? アクティブセンサーだとか、広域レーダーとか」

「いや、そもそも何がなにやら……俺は参考書、電話帳と間違って捨てちゃったから……」

頭を抱える織斑。その様は本当に理解の範疇に無いという事を示しているようで。

ふむ。普通、一般人でも多少なりミリタリな知識は持っているはず。そんなミリタリ知識と照らし合わせるなりすれば、ある程度の事は理解できると思うんだけれども……。

「参考書は俺のをやるよ。一通りは目を通したし」

「ま、マジか!? いや、でもお前は良いのかよ?」

「俺は問題ないよ。……で、だ。一夏、ゲームとかするなら、多少のミリタリ用語はわかるだろ?」

例えばセンサーだとか、アクティブ、パッシブ。その程度の英単語くらいはわかるだろう、と言う問いに一夏は首を縦に振った。

「なら、後は単語をつなげれば、アクティブなセンサー、能動的探査装置……って日本語訳すると余計解り辛いな。自動的じゃないセンサーってことに成るわけだけど」

「あ、成程……」

「……もしかしてさ、一夏って未だパニックになってるんじゃないか? 男女比率が1:9を越えてる環境にいきなり投げ出されて」

「あぁ、案外ソレはあるかも。さっきも頭回ってなかったよね」

と、そんな事を話していると、不意に割ってはいる声。

「や、デイビッド・コナーだ。デイブでいいよ。一夏にはさっき挨拶したんだけど、宜しく」

「ああ、木原真幸だ。んじゃ俺も真幸で」

言いつつ握手を交わす。んー、悪い気配はしないし、まぁ安全な奴なのではないだろうか。

何となくその目の奥に言いたい事、もしくは聞きたい事が有る気配を感じながら、とりあえずは話を進めることに。

「んで、一夏の話なんだが」

「ああ、うん。多分一夏って無意識に緊張しちゃってるんだと思うんだ」

――考えてもみなよ。今参考書を間違って捨てたって言うけど、そもそも自分が新しく入る学校の参考書だよ? 教科書に類するものなんだ。余程の間抜けでもそうそう無いことだよ。

まぁ、確かに。幾らなんでも自分がこれから入学する学校の参考書を、古い電話帳と間違って捨てるなんてありえない。

然し実際にやってしまった以上、何等かの要素があったはず。そして今回の場合なんて、語るまでも無くその因子は明らか。

「ま、今のIS学園には幸いにも四人も男子が居るんだ。緊張するにしてもいざとなれば誰かに助けを求めれば良い」

「だね。ボクも真幸も、それにあっちのモーゼスだって居るんだ。女子生徒だらけの中に男子一人、何て状況よりははるかにマシだろ」

だからとりあえず、一つ深呼吸して落ち着け、と。何よりここには、お前の姉さんだって居るんだろう、と。

そういう俺とデイブの言葉に、何処か少し落ち着いたような位置かは、小さく頷いて見せた。

「で、だ。一夏、参考書と、ついでにノートも貸してやるから、とりあえず目を通しておけ。

言いつつ、席に戻り取り出したノートと参考書。実はコレ事前に用意した小道具で、参考書には要点の書き込みが、ノートには素人にでもわかりやすく纏めた要点が記載されている。

因みにどちらも俺のお手製だったりする。

「おぉ、さんきゅー真幸」

「如何いたしまして。ま、席としては俺よりもデイブのが近いし、授業中はデイブを頼りにするべし、だ」

「ああ、本当、そのときは頼むよデイブ」

「ん、その程度ならお安い御用さ」

そういって微笑むデイブに、再び周囲から湧き上がる黄色い悲鳴。うん、無視無視。

「……と、そろそろ次の授業だね」

「ん、もうそんな時間か?」

「いけね、早く席に戻っておかないと、千冬姉ぇの出席簿でまた脳細胞が死んじまう」

そりゃいけないと笑いながら、また後で話そうと別れて其々の席に戻って、改めて教科書を用意したあたりで時限の鐘が鳴り響いた。

如何でも良いけど、教室のドアまで空気圧搾式のSFっぽい仕様なのに、チャイムの鐘は日本昔ながらのソレなんだな、と。そんな事を考えながら、次の授業の用意に取り掛かった。

 

 

 

 

 

「ちょっとよr「フンッ、こんな男が俺と同じ男性IS操縦者とはな。情けの無い男だ」……」

で、二時間目が終わって次の休み時間。机の上でグダっている織斑一夏に話しかけたのは、予想外にもギル・モーゼス。

「ちょっ、アナタ今ワタクシが「既に効いているとは思うが、俺の名はギル・モーゼス。イスラエルのIAMI所属の専属操縦者だ」!!」

「あ、ああ。俺は織斑一夏。一夏で良いぜ、よろしく」

「ふん、……然し貴様、見たところ本当に学業についていけてないみたいだが、それでよくこのIS学園に来る気に成ったな」

「あ、いや……俺は別に来たくてこのIS学園に来たわけじゃ……」

「ふん。貴様、ソレは二度と口に出すんじゃない」

「えっ?」

首を傾げる一夏に、フンと鼻を鳴らすギル・モーゼス。

……あれぇ? コイツ原作知ってる成り代わりオリ主かと思ってたんだけど、何か違う?? もしかしてこの邪な気配と感じたコレって……。

「あー、一夏、彼が言ってるのはさ、このIS学園って入りたくても入れない子も結構居るんだってことだよ」

「そんな中、言い方は悪いがコネで入ったお前が悪びれる事も無く「入りたくなかった」なんていってると、下手すりゃ女権主義者に刺されるぞ、って話だ」

「げっ」

そういって顔を青く染める一夏。自分の失言がどの程度のものであったのか理解したのだろう。

今現在SBF(スペース・バトル・ファイター)やSMS(スペース・マザー・シップ)級が世界各国で就航している中、怪獣対策は決してISだけの特権ではない。

確かにISは優れた兵器ではあるが、ソレ単体では限度がある。故のSBFやSMSなのだが、これらが存在している事で、一世代前の女尊男卑の風潮は大分弱くなっている。とはいえそれでも勘違いした人間と言うのは何処にでもいるのだ。

「貴様等は……デイビッド・コナーと木原真幸か」

「ああ、宜しく。デイブでいいよ」

「俺も真幸でいい」

「ふん。デイビッドはともかく、木原真幸ねぇ?……まぁいい。なら俺もギルと呼べ」

胡散臭げにそう呟いたギル・モーゼス。名前に反応したという事は、そういう事なのだろう。

「それについてはまた後ほど会話の時間を取る。デイブもな」

「あ、ああ?」

「なんだ、何の話だ?」

「一夏にゃあんまり関係ないことだよ。お前は先ず基礎を確り勉強しろ」

「うへぇ」

そういって再びノートに視線を落とした一夏を尻目に、再び視線をギル・モーゼスに向けなおす。

「で、ギル。君何か一夏に用事が有ったんじゃないのか?」

「大したことではない。数少ない同じ男性IS操縦者の顔を拝んでおこうかと思っただけだ……ついでに言えば、俺はIS操縦に関しては一日の長がある。似た境遇の誼として、少し教えるのもやぶさかではない」

「ああ、なるほど」

確かこのギルは、実は一夏よりも先にISに触れていたのだという情報がある。

秘匿されていたとはいえ、早期からISに触れて情報収集をしていた彼は、その分一夏よりも累計登場時間が長く、その分確かに優れているといえるのだろう。

「貴様もだ。頭を下げるのであれば、俺が教えてやらんでもない」

「あー、それじゃ、そのときは頼むよ」

これは、好意なのかそれとも悪意なのか。やっぱりコミュニケーション経験値が足りないのか判別が付かない。

「ちょっといい加減ワタクシのはなs――」

と、そんなところで休憩時間が終わるチャイムが鳴り響いた。

何か背後から聞こえてきた声に視線を向けると、其処には金髪巻き髪と、いかにもなお嬢様スタイルの少女が一人、口をあけてその場に仁王立ちしていて。

「……あれ? 君は……」

「確かイギリス代表候補のウォルコット、だったか」

「そりゃBFFだ。……オルコットさん、何か用事かって、もうチャイム鳴っちゃったけど」

思わず突っ込みを入れてから、改めて問い掛ける。然し肝心のセシリア・オルコット嬢はなにやら肩をプルプルと震わせていて。

「ッッッ!!!! ま、また後で来ますわっ!! お、覚えてらっしゃい!!」

と、声を上げるとそのまま肩を怒らせて自分の机へと戻っていったのだった。

「何だというのだ、アレは」

「さぁ?」

「と言うか、そろそろ俺達も席に戻ろう。織斑先生の一撃は受けたくない」

言って二人に席へ戻る事を促し、自分も自らの席へと戻る。と、丁度そのタイミングでプシュッっという音と共に扉が開き、織斑千冬がその姿を現した。

 

 

 

「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する……っと、あぁ、その前に再来週行なわれるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

教卓に立つのは、前の時間とは皮って織斑教諭。麻耶ちゃんはその脇でノートとペンを手に目をキラキラさせている。相変わらずの織斑千冬ファンだ。

「クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく生徒会の開く会議や委員会への出席……まぁ、クラス委員長だな」

……と言う割に、原作においてそれに選ばれた一夏は、夏休みが終わるまで生徒会長の顔も覚えてなかった様だけど。

「因みにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点では大した差は無いが、競争は向上心を産む。一度決まると一年間変更はいないからそのつもりで」

今の時点で……代表候補1、国家所属1、企業所属1、更に俺と言う存在まで居るのだ。結構差はあると思うのだが……まぁ、織斑千冬クラスから見れば大した差ではないのかもしれないが。

織斑教諭の言葉にざわめく教室。視線を一夏に向ければ、正に他人事といった様子でポケーっと織斑教諭を眺めていた。多分「なるやつはご苦労様だ」とか思ってるんだろうな。

「はいっ! 織斑君を推薦しますっ!!」

「私も織斑君を推薦します!」

「いえ、私はデイビッド君を推すわッッ!!」

「赤毛の美男子イイッ!!」

「ばっかアンタ、そんなのギル様に決まってるでしょっ!」

「フィールドを蹂躙する俺俺なギル様……ジュルリッ」

「其処で私はあえて真幸くんを推薦してみるわっ!!」

「敢てってなんだ敢えてって。……いや、まぁそのラインナップの中じゃ俺は地味だけどさ」

実際俺と言う存在はかなり地味に報道されている。織斑一夏のようにセンセーションに報道されたわけでもなく、デイブやギルのように専用機を持ち実績があるというわけでもない。

いわば一夏の二番煎じ。それ故に目立たず、然しだからこそそんな俺こそを狙う人間と言うのも現れる。

「では候補者は織斑、木原、コナー、モーゼスの四人……他には居ないか? 自薦推薦は問わんぞ?」

「ちょ、ちょっと待った! 俺はんな事やら無いぞ!!」

「自薦他薦は問わんと言った。然し、となると……」

――バンッ!!

「納得いきませんわっ!!」

と、織斑教諭が声を漏らす中、そう高く声を上げた少女が一人。金髪ロールの目立つお嬢様キャラ、セシリア・オルコットであった。

「そのような選出は認められません! 大体男がクラス代表だ何て良い恥さらしですわっ! 私に、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!!」

「なら何故立候補しなかったのだか」

「ぬっ――じっ、実力から行けば私がクラス代表になるのは必然! それをものめずらしいからと言う理由で選ばれては困りますわっ!」

「実力で言えば、ギルやデイブでも十分いけると思うんだが……」

「ぐぅっ――よ、宜しいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき! そしてッ!! それはこのワタクシ、セシリア・オルコットに違いありませんわ――ッッ!!」

途中のギルや俺の突っ込みにうめきつつも、それでも最後まで台詞を言い切ったオルコット。だったのだが……。

「なぁデイブ、代表候補ってのは……」

「読んで字の通り、ISの国家代表搭乗者、その候補生だね」

「つまり代表よりは下と……なら国家代表候補と企業代表、もしくは国家所属ってどっちが上なんだ?」

「…………あ、あはは。まぁ、そういうのは実際やってみないとね?」

因みに常識的な判断で言うならば、代表候補生はエリートではあっても、基本的に専用機を与えられるまではあくまでも候補生でしかない。まぁその点を鑑みれば、セシリア・オルコットは成程専用機も与えられたエリート様なのだろう。

対して企業所属はその高い技術力を求められて企業に所属する事が多く、また多くの実験をこなす為に下手なIS操縦者よりは余程登場時間が多くなりやすい傾向にある。

で、国家所属。言ってしまえば軍属のような物だが、その命令権は政府が保有し、所属は軍とは別、と言う扱いらしい。然し訓練は秘匿されていた――つまり軍と共同で行なわれていたと言うわけで、矢張り下手な代表候補などはるかに上回っているだろう。

実際この三者がどの程度の実力か、と言うのは全くの未知数。本等にやってみなければ解らない、のだ。

と、其処まで考えたところで再び机がバンッ! と叩かれた。

「さっきから人が話してる最中にグチグチグチグチと雄猿どもッッ!!このセシリア・オルコット、話の最中に茶々を入れられること、最高に腹が立ちますわッッ!!」

――あ、キレた。

「先ほどの休み時間もそうですわ! 折角私が話しかけて差し上げようとしたというのにこの私の言葉を無視して自分達だけ延々喋って!! 本当我慢の限界です!!」

そう言いながらバンバンババンとい机を叩きまくるセシリア・オルコット。その姿を見ていた周囲の視線は、険しい物から次第に可哀想な物を見る目になっていって。……いやぁ、なんだろうこの空気マジで。

「大体文化としても後進的な国で暮らさなければ成らないという事自体、私にとっては耐えがたい屈辱で――」

「ふん! そもそも文化的先進国とは何時の時代の話だ」

「因みに、発展具合で言えば、イギリスは先進国の中では中くらいのほうだ。近隣国ならドイツが最先端。イギリスは下手に文化を主張するから発展が遅れてる。IS技術だけは世界的にも上のほうなんだが、SBFやSMSが登場した時点で本等に『それだけ』に成っちまったし」

「ISの技術に関しても、何だかんだで裏でこっちの企業と技術提携してるしねぇ」

「文化的後進国って、少なくとも食べ物の味であの国に劣る所は無いぞ。あ、ローストビーフは美味いけど」

と、叫び続けるオルコットの言葉の最中。何時も通りにギル、俺、デイブ、トドメに一夏と来て、オルコットのその形相がすさまじいことに成っていた。

「け、けけ、けけけけけっ!!!」

「なんだ、壊れたか女」

「けっ、決っ闘! 決闘ですわぁあああああああ!!!!!!!」

と、ついに絶叫したセシリア・オルコット。……だったが、その瞬間まるで瞬間移動したかのように音も無く移動した織斑教諭の鋼の帳簿を頭部に喰らい、そのまま机の上に沈黙してしまった。

あれって歩法の縮地だよな? ツッコミ程度に何高等技術使ってるんだあの人……。

「……あ、マジで壊れたっぽい」

「ふん、軟弱な。口程にも無いでわないか」

「いやいやいや、三人ともオルコットさん弄りすぎだから」

「えっ、俺もか!?」

「一夏のは天然だと思うがなぁ……」

「貴様等もその口を閉じろ。オルコットと同じく沈みたくなければな」

その言葉に、即座に全員が黙り込んだ。いや言葉ではない。彼女の放つ圧倒的な迫力と言う名の凄味ッッ! それが四人を、いやその教室に居た全員を黙らせたっ!!

「ふむ。然し候補者がオルコット含めて五人と言うのは多すぎるな。決闘というのは良いアイディアかも知れん。よし、では総当たり戦……は、回数が多いか。此方で適当にリーグを組んでおく。勝負は来週月曜日、放課後第三アリーナで行なう。各自其々準備を整えておくように」

「「「「イエスマム!!」」」」

「宜しい。……オルコットォ! 貴様何時まで寝ている心算だ!!」

そうして響くゴバッっという、絶対に頭を叩く音ではない轟音が響き渡り、甲高い少女の悲鳴が教室に響いたのだった。

 





■織斑一夏
原作と大体同じ。
■デイビッド・コナー
オーストラリア出身の国家所属操縦者。代表ではない。愛称はデイブ。笑顔の貴公子。書いてたら何時の間にかそんなキャラに。
■ギル・モーゼス
IAMI(イスラエル・アドバンスド・ミリタリー・インダストリアル)所属のテストパイロット。野心家。
■ちょろこっとさん
ちょろい。あと苛めると面白い。
■ジョジョ成分
侵食されるよね。本作も侵食多目。



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14 クラス代表決定リーグ戦

 

 

 

 

「で、先ず最初に確認しておきたいんだが、二人とも、前世の記憶がある、という前提で勧めて良いな?」

放課後招き入れた俺の部屋。ギルとデイブの二人にお茶を出してそう問い掛けると、途端二人の挙動がピタリと止まった。

「て、てて、テンセイシャ? 何の事かボクにはさっぱり」

「喚くな三下、底が知れる。……で、それを問う貴様は俺達と同じ、という風に考えてもいいのだな?」

白々しく惚けようとするデイブを遮ってギルが話を進めた。まぁ、話がスムーズに進む事は此方にとってもありがたいのだが、暴言がなぁ。

「の、前に。確認だけど、この世界の『原作』を多少なりとも知っていて、尚且つ『神様転生じゃない』、っていう前提でオッケー?」

「相違ない」「……ボクも気付いたら、だから神様転生とかではないと思う」

「うん、なら俺達の条件は同じみたいだね」

「で、それを問う貴様の目的はなんだ」

そう言って問い掛けてくるギルの瞳には、此方に対する警戒心がアリアリと浮かんでいた。そりゃそうか、仮に俺がもしテンプレオリ主みたいな転生者であった場合、この場で彼らを始末する、と言う選択肢を取らないとも限らないのだ。

「目的は至極単純で、同郷の誼で少し情報確認でもしておかないかな、と」

そう、俺の目的は至極単純。情報交換とは言ったが、その実は彼らのこの世界に対する認識度を確認しておきたかった、と言うものだ。

その確認の対価として、ある程度此方の情報を開示する容易はある。

「要らんな。民間人の手前に開示できるほどの情報があるとは思わん」

「まぁ、表向きは民間人だけどね。俺は篠ノ之博士直轄の、一夏の護衛として派遣されてきたエージェントだ、って言ったら如何だ?」

「なんだと」

言った途端目をむくギル。同時にその背後で目をむくデイブを眺めつつ、HMDを弄って顔面から取り外す。

「貴様……いや、然しその言葉を証明するものが無い」

「『アークプリズム』」

しゅっと呼び出されたアークプリズムの腕部に、俺が持つはずの無いISを見た二人は更に驚き、ギルはその上で尚自分も何時でもISを呼び出せる体勢を整えていた。

「戦う心算は無いよ。まぁ、少なくとも俺が持つはずの無いISを持った存在だ、ってことは認識してくれただろう?」

「亡国機業のようなテロリストと言う可能性も……いや、待て。アークプリズムだと?」

「何、ギルはマサキのISを知ってるの?」

「IS黎明期から頻繁に世界各地でその活動が確認されていた、篠ノ之束直轄のIS、及びその操縦者が『アークプリズム』とその操縦者『オルタ』だ、というのを聞いた事がある」

まさか貴様か? というギルの問いに首を縦に振る。

「然し、年齢的に……」

「この容姿は作り物。まぁ、ガワは大体偽造だから。因みに日本政府とTPSは認知している」

「……まぁ、いい。貴様が価値ある情報を持ちうる人間であるという事はわかった。で、貴様は一体何を知りたいんだ?」

「俺が聞きたいのは、君等がこの世界に対してどの程度の認識を持っているのか、という事だ」

「この世界……って、如何いうこと?」

「この世界が純粋なISの世界ではない、って言うのは理解してる?」

俺の問いに首を縦に振る二人。

「じゃぁ、如何違うか説明は?」

「えっと、確か怪獣とか宇宙人とかがいて、TPCっていう地球防衛軍みたいな組織がある、んだよね?」

「戯けが。TPCはどちらかと言うと力を増した国連といった色合いが強い。確かに地球防衛軍染みた戦力を保有してはいるが、基本的には平和維持の方向で災害派遣なんぞを行なっている組織だ」

デイブの言葉に、口調は悪い物のフォローを入れるギル。まぁ大体あってるか。

「じゃぁ、その怪獣とか宇宙人が、ウルトラマンシリーズの奴だ、ってことは?」

「は?」「……え、マジ?」

これは知らなかったか……。怪獣の情報に関しては各国の軍にはリークされているのだが、さすがに民間にまでそう詳しい情報が出回る事は無い。

一応第一発見者が民間人である、と言うことは多いのだが、残念ながら実際に登場する怪獣と言うのはキグルミのように見やすいものではなかったり、また発見しても身体の一部だけだったり、更に現れた怪獣がこの世界では未放送の平成シリーズの物だったり、と言うことであまり知られた情報では無かったりする。

「更にもう一つ。この世界はクトゥルフ神話が混ざってる」

「……クトゥルフ? 何?」

「なん……だと……っ」

首を傾げるデイブと、愕然とした表情になるギル。どうやらギルは知っているらしいクトゥルフ神話世界観。

人間はただ宇宙的脅威に脅かされ、脅威の排除ではなく如何に生き残るかこそを至上とする世界観。そして何よりも何れ滅びるという絶望以外存在しない世界。

「まぁ、この世界のクトゥルフはウルトラマン世界観のおかげで大分弱体化してるんだけど……」

「……っ、ティガか!」

「その通り。まぁティガ自体は存在してなくて、あの世界観の、別のウルトラマンが存在したんだよ」

言いつつ、少しだけディラクという光の巨人についての話をする。嘗て大地を去り、そして星の彼方の戦いの最中、再びこの地球のために戦ってくれた光の巨人の事を。

「つまり、この世界はISとウルトラマン、ついでにクトゥルフっぽい何かが混ざってる、と」

「他にもタイにロアナプラが有ったり、米大統領がグラハム氏だったり、……あ、ヘリは落ちる」

「カプか。カプ製ヘリなら仕方ない」

「グラハムって乙女座の?」

「じゃなくてバイオだな。幸いアンブレラ社は無かったけど、その代り裏に魔術結社と繋がりのある製薬会社とかがゴロゴロと……」

科学的なゾンビ災害の危機は無いみたいなのだが、ご都合主義の如く背後に魔術結社だとか神話生物だとかを持つ製薬会社だのバイオ系企業だのがゴロゴロ存在している。

それでも『緑の三角』に『盾』、『探索者』そして『IS』、『光の巨人』程ではないが、それでもなんとか地上の平和を守る為の戦力が存在しているおかげで何とかなってはいるのだが。

で、顔を引き攣らせているギルを横に、クトゥルフ神話について知識の無いデイブに説明していると、気付いたときには正面に立つ二人の顔色は蒼を通り越して蒼白に染まっていた。

「あ、ISの世界に転生して、ISに乗れてラッキーとか思った過去のボクの馬鹿……」

「では、原作知識を生かして最強スタイルというのは、かなり厳しい……?」

厳しいなんて物ではない。この世界におけるISと言うのは、宇宙開発用のパワードスーツなどではなく、『対人類の脅威用戦闘兵器』なのだ。下手をしなくてもISを持つ限り、何時かは戦場に出る義務が課せられているのだから。

然しこの様子を見ると、やっぱり正しく認識してなかったか。

まぁ一応確認しておくか、程度の気持ちで声を掛けたのだけれども……無駄死にされる事が無くてよかった、と考えるべきだろう。

「……で、だ。ISコアに関してなんだけど……」

「未だ何か有るの?」

「コアの材料がアーク……ウルトラマンの石像の砂、って言って解るか?」

言った途端に再び黙り込む二人。

「……よくある二次創作ではさ、EOTだとかメタトロンだとか、珍しいところでCCが素材に使われてる、何てのも有ったけど……」

「……光の巨人の石像の砂……成程、それならばISコアが量産出来んというのも、まぁ納得できなくも無い」

納得してくれたらしい二人に頷き、再びHMDを顔に装着する。

「其方がハーレムであれ企業利益であれ、そういうのを邪魔する心算は一切無い。が、出来ればそれ以外の、俺の任務である織斑一夏の護衛に関するところでは多少融通を利かせてほしい」

コレが此方の要求だ、と二人に告げる。のだが、どうやら二人とも此方から渡した情報の多さに頭がオーバーヒートしているらしく、共に自分の内側に潜り込んでしまっているらしい。

返事の無い二人に小さく苦笑する。まぁ今日はこれ以上は無理か。

「んー、色々話したし、少し考える時間が必要かな? んじゃ、今日はこの辺で……」

「あ、ああ。また近い内にもう一度話そう」

首を縦に振るデイブとギル。フラフラと立ち上がる二人を見送り、小さくと息を吐く。

どうなる事かと一時はかなり緊張していたのだが、どうやら此方主導で話を進めることが出来た。まぁ普通この世界が救いの無い可能性がかなり高い世界だ、何て話をすれば、そりゃパニックにもなる。

クトゥルフ神話、と言う世界観。それは根源的恐怖、死すら救いと成らない『抗いようの無い絶望』が日常と薄壁一枚で隣り合っているような世界観なのだ。

幸いこの世界には、少なくとも一つ『希望』が存在している。そして一つ希望が有るなら、もっと多くの希望が生まれないとも限らないのだ。そのためのISであり、そのためのアークを素材としたコアなのだから。

そのあたりも迂遠に説明したのだけれども、彼らはその事にちゃんと気付いてくれたのだろうか。この伝聞だけでSAN値減少からの一時的発狂、なんてのは勘弁願いたいのだが。

「……まぁ。それはさておき」

二人が立ち去った事を確認して、改めて室内に目を向ける。幸いIS学園自体の高いセキュリティーのおかげか、前のように更識のような侵入者が入った痕跡と言うのは欠片も無い。

二人に出した湯飲みを盥に入れて、改めて室内の一角に設けられている勉強机へと腰を下ろす。

備え付けのデスクトップを起動、HMDと無線をつなぎ、早々にデータを送り込む。送り込んだデータは、逐次デスクトップ側で修正を入れて、その形を整えていく。

「まさか束さん、こんな事まで頼み込んでくるとは……」

本日の昼休み。食堂で食事をする俺のHMDに突如として入った通信。それは束さんの「いっくんとほーきちゃんに勉強教えてあげて!」と言うものだった。

自分で教えろよ、とか、いい加減妹さんと仲直りしろよ、とか。色々言いたい事を言いつつも、結局それを引き受けてしまったのが今日の昼。

俺の渡した小道具(参考書と自主学習ノート)だけでは絶対に足りない、と言う束さん。ノートを写すだけでも結構な勉強になるとは思うのだが。

まぁそれでも足りないというので、こうして一夏用の簡単な問題集を用意しているのだ。

因みに、文字だけだと一夏みたいな文系は絶対に途中で目が疲れたとか言って読むのをやめる為、要点の文字色を変えたり、所々にカラフルなイラストだとか参考になる写図だとかを入れたりして、対象にあきさせないような工夫も入れている。

こんなことしている暇が有ったら大学の課題とか進めた印だけどなー。いっその事教育課程も受けてみるか?

なんて事を考えつつ、結局その日は夜遅くまで一夏用の課題をまとめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでそんなにボロボロに成ってんのお前」

翌日、早朝に食事を済ませて教室で授業の用意を整えて、漸く教室にやって来た織斑一夏を見て思わずそんな声を漏らしてしまう。

「え、そんなボロく成ってるか、俺?」

「観察眼の賜物だが……ふむ、予想してみようか。ラッキースケベな展開でもあったのか?」

「ちょっ、なんで知って」

「えっ、マジで?」

原作知識から言ってみたのだが、一応この世界は原作から大分乖離している。いや、原作補正とでも言うような、セシリア・オルコット嬢のような存在も居るし、運命のうねりを感じる事はあるのだが。

セキュリティーの厳しいこのIS学園でラッキースケベと言うのは、中々……。

「いや、ちが……じゃなくて、そうだ、IS学園の部屋割りってどうなってるんだ!? 俺はてっきり男同士の相部屋だと思ってたんだけど……」

「ってことは女子と相部屋だったのか?」

「ああ。箒と……幼馴染なんだけど、そいつと一緒の部屋だったんだよ」

其処まで原作どおりなのか。いや、確かに俺は織斑一夏の護衛としてこのIS学園に入り込んでいるが、だからといって俺がTPCや政府側の正規の護衛に組み込まれているのかと言うとそうでもない。

多分篠ノ之箒と織斑一夏のペアは、監視もしくは護衛上の観点からの意味合いが強いのだと思うのだが……。

「ってそうじゃなくて! 俺が女子と相部屋ってことは、お前らも女子と相部屋なのか?」

「ギルとデイブは一緒の部屋じゃなかったか?」

確かあの二人は一緒の部屋とか言ってたような言ってなかったような。まぁあの二人は共に強力な自衛戦力を持っているのだ。今さら相部屋の相手が誰であろうが特に問題も無いのだろう。

「んじゃ、お前は……?」

「……個室」

「な、何でだ!」

「色々事情があるんだよ。それに、これでも基本的にはお前のほうが優遇されるんだから」

実際、俺が拝借したのはこの個室一室のみ。後の物は全て自前な俺に比べ、護衛から専用機まで用意されている織斑一夏は、その実至れり尽くせりだったりする。まぁ実利益を得ているかといわれると、実感しにくい物ではあるのだが。

然しその点に関しては他の二人よりも圧倒的に優遇されていると見ても間違いない。これもブリュンヒルデの弟という立場からか、または束さんの演者であるが故か……。

まぁ俺はあくまでも仮の姿。拠点さえ用意できて居れば、後は自前でなんとでも出来るのだが。

「……と、そうだ。一夏、これ」

「ん? なんだこれ、メモリ?」

「自習用の資料と問題集だよ。それを一週間でこなせれば、最低限の知識は付くはずだ」

結局一日で纏め上げた参考問題・資料集だ。ISに関する歴史・順序立てて記述してあるので、薄いISの歴史を確り解りやすく書き込めたと自負できる一品だ。参考資料のほうも後で麻耶ちゃんに送っておこう。

「授業中はノートと参考書で誤魔化して、放課後はそれで自習でもしてれば、一週間もあれば追いつけるとおもうぞ」

「お、おお! サンキュー真幸!」

「但し、一夏はそれに加えて模擬戦の訓練もしなきゃ成らんのだろう?」

「そういえばそうだったな……なぁ真幸」

「言っておくが実技は俺に頼るなよ? ISの訓練は最低実機が必要だし、出来れば機動の手本になる教導機もほしい。ならここは一つ専用機持ちに協力してもらったほうが良いだろう?」

「専用機、ってあれだよな、国家代表とか企業所属に割り振られる、個人用にカスタマイズされた機体のこと」

知識面は一日で多少マシに成ったらしい一夏。どうやら昨日一応程度には自習をしていたらしい。

「その通りだ。自習はちゃんとやってるらしいな」

「ま、自分の為だしな。……でも、俺って専用機持ちに喧嘩売っちまったんだよな……」

「なんだ、今さら怖気づいたか?」

少し苦笑気味に言葉を零す一夏に、此方もニヤリと笑いながら言葉を投げかける。

「大丈夫だって。お前は色々後ろ盾も多い。それに今回は色々チャンスもある。勝てる可能性はゼロじゃないだろうな」

「チャンスはあるって……」

「ま、その時になって力不足でした、ってのが一番不味い。一週間でIS操縦を習ったところで付け焼刃だし、せめて知識と体力くらいはつけておけ。一夏は何か運動とかやってるのか?」

「昔剣道をちょろっと齧ってたけど……中学時代は家事してて殆ど運動はしてないな」

白騎士と暮桜。そのどちらもが、刀一本で相手の間合いにもぐりこみ、そのまま相手を一刀両断するというとんでもなく脳き……抜きん出たテクニックを要求される戦闘スタイルをとっていた。

今現在開発されている一夏の専用機のことを知っている俺だが、まぁどちらにせよ素人がいきなり銃火器なんぞ使えるはずも無い。やはり出来てもチャンバラぐらいだろう。

然しそうか、家事で中学時代は忙しかったのか。……まぁ、過去を考えれば一人暮らしだった期間なんかも有る筈だし、そんな中で部活なんて確かにやっていられないな。

「ふーん……織斑先生の戦闘スタイルも確か剣一本だったよな?」

「ああ、千冬ねぇも俺も篠ノ之流古武術を齧ってるから……」

まぁ、千冬ねぇのはガチなんだけどな、とは一夏談。篠ノ之流古武術ってアレか。偶に束さんが前線に出るとき、神話生物を殴り殺したりするときに使う奴。ビームが効かないのに束さんの一撃で神話生物が沈ン堕時は、あの人とガチで戦うのはやめようと決意させられた。

で話を聞いていると、どうやら一夏が納めているのは、その篠ノ之流古武術の中でも、特に太刀を使う刀術を学んでいたのだとか。

んー、やっぱりこの一夏も、基本的には原作の情報と殆ど同じか。

「それじゃ一夏は自習と一緒に、毎日朝夕に走り込みと素振り、あとは剣道でもやっておくと良いんじゃないか?」

「自習は技術を知識で補う、ってことなんだろうけど、素振りとか剣道ってのは?」

「ISって意外と体力を使うらしいからな。何せ勝負事だ、どんな勝負だって体力は要る。一夏はハワ親なんてご都合主義も無いだろうし、銃器の扱い方なんて知らないだろう?」

「ハワ親? まぁ、確かに。出来て精々刀を振るくらいしかない、か」

特にISは、派手で便利な『機体』を利用している所為で今一そう言った印象が薄くなりがちなのだが、あれはあくまでも兵器として開発された代物だ。乗用車では有るまいし、兵器に快適性なんて有る筈が無い。

まして乗るのは素人の一夏だ。ISにもIFF(敵味方識別機構)だとかFCS(火器管制制御システム)は搭載されているが、それだけで相手を落とせるならIS搭乗者は誰しもが無敵で、訓練なんて必要なくなるのだから。

「とはいえ、あくまで俺のは素人の意見だと思っておけよ? 聞くなら専用機持ちのギルとかデイブに話を聞いておいたほうが良いと思うぞ」

「おう。でも、真幸もサンキューな!」

「ああ。ま、感謝してくれるって言うなら、何か美味い物を食わせてもらおうか」

「そのくらいなら任せとけ!」

そういって請け負う一夏に笑いながら手を振り、一夏の席――最前列から自席の最後列へと移動する。

種は撒いた。一夏にわ学習用の資料を。しかも渡した資料の中には、織斑千冬のモンドグロッソにおける戦闘の様子なんていうモノも含まれている。アレに気付ければ、対オルコット戦におけるイメージトレーニングくらいにはなるのではないだろうか。

戦闘に関するアドバイスも、ギルやデイブからもらえれば多少はマシに成る筈。そして何より、体を動かす、という動きにおいて剣道を進めておいた。コレで束さんの妹にも接触する機会が増えるだろう。

……いや、ほら。一番最初のイベントを潰しちゃったから。その分は、ね?

まぁ、一番の理由は面倒だから、と言うのがあることは否定しない。

 

 

 

 

そうして一週間が経ち、クラス代表決定戦当日となった。

この一週間でやったことと言うと、大学に提出する為のレポート数十枚を仕上げ、ついでにちょくちょくと一夏の知識面のサポートをしていたくらいか。

基本的には『原作介入』と呼ばれる行為をする心算が一切無い俺だ。いや、既に原作ブレイクしまくっている俺が言えた台詞ではないのかもしれないが、少なくとも意図的に悪意を持ってそれを起す、と言う心算は無い。

結果として一夏は朝夕の走りこみに加え、篠ノ之との剣術、ギルやデイブの戦闘経験を聞き、渡した教材でのイメージトレーニングを行い、そうして今日に至る。

「で、最大の問題は、肝心のISが届いてない事なんだな、これが」

――織斑一夏には専用機が用意される。

原作知識を生かすのであれば、ここは倉持研開発の試験型第三世代IS『白式』だというのだが、残念ながら今回一夏に供与されるISはソレではない。

そもそも原作及びこの世界における白式とは、意図的に暮桜をワンオフアビリティーごと再現した第三世代型ISと言うものだ。故に白式の第三世代兵装とは、『単一仕様:零落白夜』ではなく、それを再現する為に拡張領域を占領していた『雪片弐式』含むシステム全般を指すのだ。

まぁ当然の話だが、この世界におけるISコアとは地球圏防衛の為の貴重品だ。幾らなんでもそんな欠陥機にコアを預けっぱなしにするのは無駄に過ぎる。

だがしかし、この倉持研が開発していた『白式』という機体のコンセプト、コレ自体は束さんもそこそこ気に入ってしまったらしい。曰く「ちーちゃんみたいなぶっ飛んだ」機体なのだとか。で、結局一夏用の機体は、この機体のデータを下地に使う事が決定したのだ。

その後基本的なコンセプトはそのままに、色々と技術を投入して形に纏め上げたりという事をしたのがIS学園に入学する直前。事前に一夏に専用機を供与する事は通達しておいたから混乱こそ起こらなかったが、色々とゴタゴタしたのは事実だ。

で、その俺達が設計し、現在開発されているはずのその機体。これも原作補正と言う奴なのだろうか、案の定その到着は試合当日の今日になっても、今尚このIS学園に到着していなかった。

「仕方あるまい。ならば先にコナーとモーゼスの試合から始めよう」

そんな織斑教諭の鶴の一声により、先にギルとデイブの試合がアリーナで行なわれる事となった。

 

「ギルは広範囲型、デイブは戦術型……両方とも第三世代ならでは、な機体だな」

「第三世代ならでは……ってのは?」

アリーナ、その内の一つのピットの中。専用機の到着を今か今かと待ちわびる一夏と箒を宥めつつ、織斑教諭と並びモニターに移るフィールドの様子を眺める。

映し出される二つの機体、ギルとデイブの双方が纏う特徴的な機体、そしてその戦い方を見て、思わず零れたそんな言葉に、焦りから落ち着くために深呼吸をしていた一夏が問い掛けてきた。

「ISには世代がある、って言うのは知っているだろう?」

「ああ。第一世代型から始まって、現在最も普及しているのが第二世代型、現在世界中で研究されているのが、イメージ・インターフェイスを利用した第三世代兵装を装備した第三世代型、だっけ?」

良く勉強している。概ねのところはそんな感じで、そもそも第三世代兵装とは、運任せのワンオフを待つよりも、技術的にソレに近い装備を、という事で開発されたもので、その威力はワンオフアビリティに匹敵する、いやそれを上回る程の物がある。

「ああ。で、あいつ等の装備は、ギルが高威力高精度砲撃型、デイブが何等かのシステムでの撹乱をしてるだろ」

視界の先、フィールドを映すモニターに移るのは、金ピカのフリーダムみたいな機体が翼から『銀の福音』みたいな範囲攻撃を仕掛けている姿と、何故か無数に分身して其々バラバラに動き回っている、黒と蒼のツートンカラーの機体。

ギルのフルバースト撃ちまくっている機体が、『銀の福音』と同系統の改造機らしき『ソルグレイブ』、デイブの機体が『アルストロメリア』、多分ナノマシンか何かを散布して、スーパーゴーストカミカゼアタックでもやってるのだろう。まぁ、あの機体はソレだけでは無さそうなのだが。

一時期の第三世代型ISと言うと、対IS戦を想定した試合用の機体が多かったのだが、現在では対怪獣戦を想定した高火力機や、対侵略者戦闘にも利用できる文字通りの特殊兵装としての第三世代兵装搭載機というのも増えてきた。

あれらの特殊兵装を扱う戦いと言うのは、通常兵器を扱う第二世代型には到底不可能な、第三世代型ならではの戦いといっても相違は無い。

ちなみに今回ギルとデイブが操縦しているあの二機のISは、共に後者……試合用ではなく防衛兵器としての側面の強い第三世代型ISなのだろう。

「なるほど。より実戦を意識して開発された機体、と言うことか」

「え、千冬ねぇも知らなかったのか?」

「織斑先生だ。私も知識としては知っているが、基本的に私は相手がどんなであろうとも寄って斬るだけだったからな」

言いつつ軽く出席簿を振り下ろす織斑教諭。あの轟音が響かないあたり、流石にこのピットインの中でまで厳しい姿勢を貫くという心算は無いらしい。

「幾ら教師といえど、私は最前線から退いて久しい。扱うのも第二世代型が主だ。どうしても第三世代型となると、な」

「俺が知ってたのはあくまでも概要としてだ、――だから、「でも真幸は知ってたのに?」とか織斑先生に言うなよ」

そう小さく言葉を付け足すと、ピクリと肩を小さく反応させる一夏。言うつもりだったんかい。

そんな事を考えつつ、再び視線をモニターに。ギルの『ソルグレイブ』はその言動に似合った大火力高精度範囲殲滅機で、銀の福音に似た範囲攻撃と、鋭い精密射撃で『空間において相手の逃げ場を削る』というなんとも凄まじい戦い方をする機体だ。

対するデイブの機体『アルストロメリア』は、ISのハイパーセンサーすらも誤魔化す幻影を無数に浮かべ、更にそれら幻影をそれぞればらばらに動かす事ができるというぶっ飛んだ能力を持っている。更にあの分身、其々が機雷にも成っているあたりがいやらしい。

双方のISは、出力リミッタさえ解除してしまえば、直ぐにでも最前線で戦えるほどにハイスペックな代物だ。

まぁ当然弱点はある。ギルの機体は高火力で精密製も高いが、反面装甲が薄く耐久力が怪しい。デイブの機体は装甲も推力もあるのだが、機動力が低めに設定されているように感じる。

リミッタ解除やチーム戦、で補えるこれら弱点を、今回の試合では二人とも自らの技術によってこれら弱点を見事にカバーして見せていた。

「流石は国家所属と企業代表。卒が無い」

「だが双方実力が拮抗している。これでは千日手になってしまうな」

幸いと言うべきか不幸と言うべきか、今回の試合は時間制限が有る。時間制限一杯で決着が付かなかった場合、試合はドローで引き分けという事に成るのだ。

まぁ此方としては一夏のISを待つ時間が増えて嬉しい限りなのだが。……と。

「織斑先生」

「ん……よし、織斑、木原、付いて来い」

「え、なんだよ千ふ……織斑先生?」

「付いてくれば解る。あぁ、篠ノ之はここで待っていろ。なに、直ぐ終わる」

言いつつ踵を返し歩く織斑教諭の後を付いていく。少し不満そうに、後髪引かれる一夏を引っ張って織斑教諭の後を追っていくと、闘技場裏にある小さな広場へとたどり着いた。

チラリと織斑教諭に視線を送ると、確認の意味合いを籠めた視線が送られてきた。それに首を縦に振って答えると、彼女はそのまま目を閉じ手仁王立ちの姿勢に戻った。

「え、ここで何が……うぉっ!?」

不意に一夏が言葉を途切らせる。ソレを合図に少し視線を上に向けると、其処にはまるで滲み出るようにその姿を現す、巨大な宙に浮くニンジンが……っっ!!

……またニンジン型ロケットかよ。

「な、ナンダコレ!?」

「束め、相変わらずファンシーな」

呟く織斑姉弟の視線の先、ゆっくりと地面に着陸したニンジン型ロケット。ロケットは地面に着地した途端、パカリと音を立ててその中身を晒した。

「一夏、コレが貴様に預けられる事と成った機体だ」

「これが、俺の……」

ニンジンロケットの内部から、静かにベルトコンベアによって台車ごと下ろされるそのISは、日光の光に晒される事でより一層とその姿を二人の前に見せつけた。

全身を覆う白銀の装甲と、その継ぎ目から見える光の流れ。

「ピットで調整……は、時間が惜しい。一夏、今すぐこの場でコイツを装着しろ」

「え、セッティングとか……」

「コイツは万全の状態で送られてきている筈だ。手を加えるとするならば、パーソナライズとファーストシフト辺りだが、そのあたりはIS側が自動でやってくれる」

良いからさっさと装着しろ、という織斑教諭に背を押され、そのISに手を伸ばす一夏。ガチャンガチャンとまるで大事なモノを仕舞いこむかのように一夏を取り込む……いや、一夏に装備されたそのISは、まるで脈打つように静かに身体中に光を走らせた。

「如何だ織斑。問題は無いか?」

「……大丈夫だ、千冬ねぇ。コイツなら、俺とこの『白桜』なら、十分――いや、万全にいける」

少し上の空のような様子の一夏に、心無し心配そうに声を掛けた織斑教諭。その姿に若干びびってしまったのだが、どうやら一夏はそんな織斑教諭の変化に気付いていないらしい。

アレだろう。IS初心者によくある、ISから流れ込む大量の情報を得てのIS酔い。まるで自分が別の存在に変化したかのような妙な万能感。ISに慣れてしまえば胴という事は無いのだが、アレはアレで油断や慢心に繋がりやすいので危なかったりするのだが……。

「そうか。なら一夏、お前はそのままソレを操縦してピットにまで移動しろ。言っておくが、くれぐれも慎重に動けよ?」

「お、おぅ。そのくらいなら任せとけ」

「そのくらいにも慎重になれといっている、初心者」

「うぐっ」

唸る一夏だったが、正直ソレ男がやっても可愛くない。

良いからさっさと移動しろと一夏の尻を蹴り飛ばす織斑教諭に、一夏も恐る恐る白桜を操り、あっという間にスムーズに動けるようになった一夏はそのまま音も無くピットの中へと消えていったのだった。

 

「貴様、束からどの程度の話を聞いている」

「それは何に関して? あの白桜に関してなら、全部と応えよう」

そうして一夏がピットに入っていく様を見送った後、ふと隣からそんな声を掛けられた。

白桜――びゃくおう、と呼ぶ――あの機体に関しては、寧ろ束さんよりも俺が専門だ。

「あの機体は問題ないのだろうな?」

「問題も何も、信頼性は抜群ですよ。まぁある意味では不味い技術が使われてるんですが……」

「なんだと? 如何いうことだ」

さて、如何説明した物か、と小さく吐息を吐く。

「……簡単に言うと、TPCに供与予定の特殊な技術を用いた防衛兵器としてのIS、その試作品、もしくはそれに近い属性を持つ、といってわかりますか?」

「それは、あの機体が第三世代型だ、と言うことか?」

「それ以上です」

「は?」

一夏に預けたあの白桜という機体。あれは倉持研で開発されていた、『暮桜の再現機』である『白式』を下敷きに再設計した機体だ。

その攻撃的なシステムの主となるのは、ISの基幹エネルギーを利用したエネルギー属性貫通攻撃『零落白夜』であり、此方に関しては精々実体剣にエネルギーを纏う様改良した程度で、システム自体には殆ど手を入れていない。

問題は、その機体制御システム――マキシマ理論を用いた光エネルギー推進理論と、その動力として組み込まれた太陽炉。総じて『M型』と呼ばれるシステムを搭載していると言う点だ。

「そもそもISコアは光エネルギーに反応するという性質がある。……未公開情報だけど。で、マキシマドライブそのものは大型過ぎてISに組み込むことは出来ないが、太陽炉は出力を犠牲にすれば小型は可能だった」

結果、太陽炉から送られるフォトン――ガンダムの中枢機関(GNドライブ)と言うわけでも無いので、便宜上『エーテル粒子』の名が与えられている――によってISコアが活性化し、更にマキシマ理論で育った光制御技術を機体自体の制御システムに組み込むことで、従来機に比べ大幅にスムーズな動きが可能となったというわけだ。

どの程度の物かと言うと、リミッターを解除したM型ISは、連続瞬時加速を連発しても、殆どエネルギー損失が無い、ほぼゼロに近いというので解るだろうか。

「そ、そんなモノを一夏の機体に仕込んだというのか!?」

「そんなモノ、といいますけど、どうせこのシステムはTPC経由で世界に広まります。偶々一夏が最初に選ばれた、ってだけで」

そう、この技術は秘匿技術と言うわけではない。これらM型と呼ばれる新式IS技術は既に、新型IS『アーマードガッツ』の設計図とセットでTPCに送られている筈だ。

この後TPCがM型ISを採用すれば、自然とTPCからその技術は世界に広がっていく筈だ。

「だが、然し、聞いていただけでも画期的な技術だという事はわかるが、安全性は確保されているのだろうな!?」

「ソレは勿論。確りと蓄積されたデータを下地に開発された機体だし、試験機と言っても量産において掛かるコストの計算なんかの為のテストに使われただけで、そのシステムは確りしてるよ」

「データ収集なんて何時何処で……」

「だからソレはほら、ね?」

「……!」

それで織斑教諭も漸く気付いたらしい。そう、実はこの白桜と言う機体に搭載されたM型と言う技術は、実のところ俺のアークプリズムからフィードバックされた技術であったりする。

現在のアークプリズムは、改造に改造を加えられ、その結果常人には到底扱いようの無い、またとてもではないがISと言う区分に含める事もできる様な代物では無くなってしまっている。

然しこのアークプリズムがISの祖に値する事も事実で、コレに組み込まれ実証された技術をISにフィードバックする事もまた可能であったのだ。

そこでその技術――束さん命名『Masaki型』技術。俺命名『highManeuver型』――を、競技用ではなく実戦用ISに広める事はできないか、としてスタートした開発計画、その初号機が白桜なのだ。

「無論、幾らエネルギー効率が良いからって、競技用リミッタを掛けてる現状なら、精々瞬時加速を使ってもエネルギーが減らない、程度のシステムでしかないんですけどね」

「それでも十分技術革命になるだろうが……いや、まぁいい。別にルール自体に違反しているわけではないのだな?」

「ええ、そりゃもう」

ISの戦闘機動時のエネルギー損耗率がほぼ0に等しいとか、零落白夜にもリミッターが掛けられていて、もし無ければISだろうと一刀両断しちゃうとか、零落白夜発動時間もかなりの時間を保てるとか。

色々と地味にぶっ飛んで入るのだが、別に何一つとしてルールに違反した物は無い。

「ならば……今はいい」

「少なくとも一夏の身に危険が及ぶ事はまずありえませんよ。何せ一夏は色々なところからセキュリティが掛けられてますし」

俺、束さん、織斑教諭、TPCや日本政府、さらにはSMS関連の伝手からまで力を借りているのだ。

大丈夫だと笑う俺を見て、なぜか織斑教諭は小さく吐息を吐いたのだった。

 





■ギル・モーゼス
イスラエルの企業、IAMI(イスラエル・アドバンスド・ミリタリー・インダストリアル)所属の企業代表。
前世は割りと色々なオタ知識に手を出しつつも頭の良い人。ただし肝心なところでよくポカをする。イメージはあかいあくまに呪われた金ピカ。
今生がIS世界であることにいち早く気付き、世界を楽しむべく行動していた。
怪獣に対しては「何かとクロスしてるのかな?」程度に考えていたが、クトゥルフ交じりとかマジ絶望状態。ただしウルトラマンありなので救いは在るかな?と考えている。
■ソルグレイブ
ギルの専用機。シルヴァリオゴスペルの『銀の鐘』を汎用化した『銀翼の鐘』に加え、腰部レールガン、肩部展開式重粒子砲、胸部拡散粒子砲などを搭載した中距離砲撃機。
外見はフリーダムとストフリのニコイチ。機動力もそれなりに高い。
開発は当然IAMI。但しデザインだけギルだったりする。

■デイビッド・コナー
オーストラリアの国家所属。軍属ではなく政府直轄。でもエージェントと言うわけでもない。ぶっちゃけ保護されてるに近い。
割とライトなオタク。流行ものはある程度知っているが、コアな所はあまり知らない。ISはアニメ知識のみ。
■アルストロメリア
アルストロメリア
モデルは劇ナデのあれ。実像の有る幻影を操る第三世代型粒子兵装『ミラージュ』の搭載機。転移は出来ません。
格闘戦を基本とした近距離型機体主体の、様々な汎用装備を運用可能な汎用機。
主武装は腕部クローから超高圧電流を流すコレダーアタック。実は有線ロケットパンチ。
実は『ミラージュ』は見せ札で、もう一つの第三世代兵装が搭載されており、密かに運用されている。

■白桜 Byaku-Ou
白騎士と暮桜のコンパチモデルに、真幸の超理論を組み込んだ次世代型試験IS。
束の想定していた第四世代とは別方向の発展を遂げている為、既存の第四世代型とは違った分類「M型IS」に属する。
マキシマドライブで培われた光制御理論が組み込まれており、コレによってコアどころか機体丸ごとが一種の量子コンピュータ化している。更に小型太陽炉(エーテルドライブ)が搭載され、動作の機敏性、ISコアのエーテルによる活性化、実質上のエネルギーの無制限化などの恩恵を得ている。
実はアークプリズムに搭載された技術を廉価量産するための試験機。それを束が倉持研で開発されていた白式のデータを下地に組みなおした代物。
主兵装はお約束なアレだが、実はそれ以外にも色々搭載されている。
色々と(技術的にも搭乗者に掛かる負担的にも)ヤバ過ぎる為、何種類ものリミッタが掛けられている。

■アーマードガッツ
白桜の開発から得られたデータを元に、これの汎用性を向上させたTPC正式採用の量産M型IS。基礎設計は「これでもかと言うぐらい頑丈で汎用性がある」機体。様々な怪獣・侵略者に対応する為、第二世代型に近い思想で様々な武装を取り扱うことを前提として設計された。
カスタムモデルに、ガッツウィングと同じく火力重視のCD、機動性重視のBT等が設計段階で存在している。
■アークプリズム
コアにISコアではなく、未精製のアークを使っているため、厳密にはISではない。当初は真幸のオルタを安定して使うための補助装置であったが、技術が進むにつれて改造され、解体され、再設計して再建されてと徐々に姿が変わり、現在では何か良く解らない機動兵器へと変貌している。
待機状態は赤と白の腕輪だが、展開すると6メートル近い機械の塊。更に変形し、搭乗者が乗っていなくとも自立行動する事もできる。
最早何を目指しているのか意味不明。しかもTPCの戦力が整ってきた後に完成した機体で有る為、現状出番はほぼ無し。真幸の不遇の傑作機。

■カプ製ヘリなら仕方ない。
「安心と信頼のカプコン製ヘリ」
絶対に落ちることに定評のあるカプコン製ヘリコプター。ヘリが登場したと単に「あっ(察し)」となるのは定番。
■緑の三角
邪神の脅威から人類を守る為にその末端を根絶やしにする軍人さん。恐い。
別に宇宙に撃ち上げられてお星様になったり、地面に叩きつけられて爆発する緑とは関係ない。


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15 VSオルコット戦

 

 

 

馴染む、と、IS白桜に搭乗した彼――織斑一夏は、そう表現するしかない感覚を覚えていた。

白桜から流れ込むISのデータ。これまでマニュアルで覚えこもうとしていたISに関する基礎操縦方法に関するあれこれ。それらが全て白桜のイメージ・インターフェイスを介して、いやISというシステムその物を通して一夏の脳裏に送り込まれていた。

右手を上げて、その掌を動かす。と、それに追従するように――ではなく、まるで腕そのものを操っているかのような感覚で、この白桜のマニュピレーターを操作することができるのだ。

思考から機体への意志伝達に、タイムラグなどというモノは最早存在し居ていない。それどころか、一夏自身の身体を動かすよりも自在に身体を動かせているかもしれない、と一夏自身が思ってしまうほどだった。

「えーっと、先ずは機体と武装の把握だっけ?」

ISに触れて、一種の躁状態に成っていた一夏だが、そんな一夏の精神はこの一週間の修練、そしてその中で散々と言われ、脳裏に焼きついた『常に頭は冷静に』と言う言葉で何とか沈静化する。

思い出したのはデイブに言われた、先ず最初に機体のチェックを行なうという事。

白桜から一夏に流れ込むデータ。ソレを信じるのであるならば、この白桜という機体は白式と呼ばれる実験機を下地に、更に新機軸のシステムを搭載した、かなり実験的な側面を持つ機体と言うことになる。

機体自体の特徴は、反応速度と、従来機に比べた場合の凄まじいまでのエネルギー効率、更に太陽炉の放つエーテル粒子による抗重力・反応速度・防御力向上などなど。第三世代型を下地にしたと言うだけ有って、機動力と攻撃力も素晴らしいものがある。

武装に関して。織斑千冬の暮桜のワンオフアビリティー『雪片』を再現した『光雪片』。実体剣にエネルギーブレードを纏わせる隙の少ないブレードなのだが、問題は武装がソレ一つしか存在していないと言う点だ。正確には、空き容量にそれ以外の武装がインストールされていない、とも言うのだが。

簡単に言ってしまえば、エネルギー効率重視の機動型で尚且つ一発屋。なんて博打な機体だろう。要するに攻撃は回避して、全ての敵を寄って斬れというのだ。間違っても素人に宛がう機体ではない。

だがまぁ、と一夏は考える。逆に言えば、扱う武器は刀一本で良いのだ。少しデイブに銃火器に付いてのレクチャーを受けた一夏だったが、レティクルが如何だとかリロードのタイミングが云々、未来予測で如何こう、と言う話をされた時点で火器を扱う事は諦めている。少なくとも、今現在においては。

コレは寧ろ、余分が一切カットされた自分向けの機体なのだ。織斑一夏はそう思うことにした。

 

「ん、決着が付いたみたいだぞ」

不意にピット内に響く声に、ソレまで内側に向けていた意識を外側に、閉じていた瞼を見開く。

「勝者はモーゼスか。然しSE残量を見ると接戦だったようだな」

「はい。モーゼス君の機体はエネルギー消費の激しい機体ですから、もう少しコナー君が粘れていればあるいは……」

「ま、最大の問題は、仮にオルコットに勝てた場合、一夏がアレを如何攻略するか、って話に成るんだけどね」

「げっ、そっか、アレの相手することも有るのか」

真幸の言葉に思わず声を上げる一夏。そう、仮に、負ける心算は無いが、仮に一夏がオルコットを下した場合、その次に当るのは……。

「気が早いわ馬鹿者。第一、アレに当る前に、Aリーグの勝者は木原と戦うだろうが」

言う織斑千冬に、胡乱気な目を向ける真幸。そんな二人に首を傾げつつも、とりあえず目を向けるのは今これから始まる試合だと自らに気合を入れる。

「はぁ。そろそろ時間だな。一夏、最後に一言だけアドバイスがある」

と、そんな胡乱な視線を放っていた真幸が、小さく息を吐いて一夏に向き直った。

「おう」

「正直、お前じゃオルコットに勝つのはほぼ不可能だ。絶対とは言わないが、相手は国の顔である国家代表目指して、厳しい訓練を詰んできた相手。早々楽に勝たせてくれるような相手じゃない」

「…………」

「だがな。コレはISバトルだ。お前とオルコットの戦いじゃない。お前と白桜、オルコットとブルー・ティアーズの戦いだ」

言いながら一夏に近寄った真幸は、ペチンとその白銀のISの装甲を叩いた。

「白桜を信じろ。それはお前のためのISだ」

――それだけか? 思わずそう問いかけようとした一夏だったが、然し眼前に佇む真幸を見てやめた。

顔こそその大きなHMDに覆われて見えはしないが、けれども彼の醸し出す雰囲気は諧謔などではなく、間違いなく心の底からの言葉なのだと一夏に感じさせていた。

「……む、フィールドの設定が完了したらしい。織斑、いけるな?」

「ああ、万全だ」

織斑千冬にそう返した一夏は、次いでその視線を傍に立ち鋭い視線を向ける幼馴染へと向けた。

「箒」

「な、なんだ?」

「いって来る」

「あ……ああ。勝って来い」

そう幼馴染に告げた一夏は、そのまま白桜を制御し、ゲートからゆっくりと機体を飛ばす。

(……凄い、本当に身体を動かしてるみたいだ)

一夏が思い出すのは、この一週間の間に学んだISの基礎知識。ISは搭乗者から生体データを読み取り、ソレにあわせて機体を動かせる事ができる。

特に専用機と呼ばれる分類の機体は、コレに加えて操縦者の生体パターンを学ぶ事で、操縦者と一体化するかのごとく『同じもの』に成ろうとするのだ。

一夏の操る白桜は、現在進行形で初期化、そして最適化処理を行なっている。未だ一次移行すら終えていないというのに、既に自分の肉体並、いやもしかするとそれ以上かもしれないほどに動くのだ。

ゲートの開放を確認。同時に響く試合開始の合図。ソレを確認した一夏は、フィールドに向って白桜を一気に加速させたのだった。

 

 

    ◇

 

 

 

先ず機体を把握する為、軽く試す気持ちで白桜を動かし、HMD上に目標地点を設定。その場に向けて加速し、ピタリとその場で静止する。

ISならではの特異なマニューバなど何一つ知らない一夏は、然しもうその時点で基礎的な動きに関してはある程度の時間ISに登場した経験者にも並ぶほどの能力を得ていた。

「あら、逃げずに来ましたのね」

ふと意識に響いた声にハイパー・センサーを向けると、其処には青いISに身を包む金髪の少女が一人。

即座にHMD上に表示されるデータ。其処に表示されるのは、搭乗者:セシリアオルコット、そして機体名称であるブルー・ティアーズの文字。

本来コア・ネットワークは、対侵略者・怪獣戦において、全く所属が違う搭乗者同士が、即座にある程度の協調性を取れるよう、そのサポートの為に開発されたシステムだ。

これによって互いの情報を有る程度確認しあう事で、互いに特異な戦場を判断し、其々に割り振る、と言うのがこのシステムの本来の目的だった。

「逃げる必要性を感じなかったんでな」

「ふんっ。まぁいいですわ、ワタクシ、アナタに最後のチャンスをさし『恋愛原子核』でも装備しテイルの可と上げようかと思いまして」

「最後のチャンス?」

言葉を返しながら、一夏はその手に光雪片を展開する。パーソナライズ及び一次移行が完了していない現状では、未だ零落白夜を使用する事はできない。けれども白桜の基礎スペックはそれでも尚現行のISの中でも最上位に位置するほどの能力を持つのだ。

仮にオルコットが不意打ち気味に、その手に持つレーザーライフルを撃ってきたとして、それを回避する事など白桜には容易い事でしかない。

「ええ、ええ。ワタクシが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今此処で私に謝るというのであれば、許してあげない事も無くてよ」

――警戒。敵機FCS・当機をロック、セーフティー解除を確認。

白桜から流れ込んでくる膨大な情報量。今にも知恵熱を出してしまいそうなほどの情報量。何が言いたいのか良く解らないので三行で説明してほしい。

 

 ロックオンされました。

 敵機レーザーライフルの安全装置が解除されました。

 何時撃ってきてもおかしくありません

 舐められてます。とっとと片付けましょう

 

そうして表示されたデータを見て、一夏は思わず笑った。

「そういうのは、チャンスとは言わないな」

「そう? それは残念ですわ。それならば――」

オルコットの戯言に、此方も戯言を返しながら一夏は思う。嗚呼、俺は当りを引いた。良い相棒を引き当てたんだな、と。

――警告。 敵機初動を確認。レーザーライフル、来ます。

(オッケー相棒!)

「お別れですわね!」

ギュインッ! という耳朶に残る独特な砲声。予測どおりに放たれたその光を、一夏は何の問題も無く回避してみせた。

「なっ?!」

「動けエエエエええ!!!」

咆える一夏。その叫びに呼応するかのように、全身のエネルギーラインが発光しだす白桜。

イメージ・インターフェイスによって太陽炉が活性化する。あふれ出すエーテル粒子がまるで脈打つ様に白桜を巡り、言い表しようの無い凄味を醸し出す。

「光雪片!」

――抜刀

バシリと音を立てて顕現する光雪片。それは一本の、無骨にして野太い、反りを持つ大太刀だ。

一息でオルコットの懐までもぐりこんだ一夏は、そのままオルコットに向いその野立ちを振り下ろしたのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「いや、一夏も中々の物じゃないか」

「ふん。あれは如何見ても機体性能に助けられているだけではないか」

ポツリと呟いた真幸の呟きに、そう返すのは隣に並び立つ織斑千冬。

「いやいや、確かに白桜の機体性能はぴか一だとは思うよ。けど、ソレを一夏が使えているってのも事実だ」

確かに一夏は、ISのマニューバの類は使えていな。然し、ソレは至極当然だ。何せ彼はまだIS搭乗回数が二~三回の、文字通りの素人なのだから。

ソレを鑑みれば、オルコットのレーザーライフルの射線を回避しつつ、尚且つ相手の間合いに踏み込もうと試みる姿は十分に及第点だろう、と。

「あくまで素人にしては、ならな。……然しそれにしても、一夏の動きが良すぎるような……。まさかハイパーセンサーの感度を上げているのか?」

ISに搭載されているハイパーセンサー。コレは宇宙空間での活動を想定して開発されたセンサーで、装着者に対して全天周囲の情報を脳に直接送り込む事が出来るというものだ。

このハイパーセンサーには幾つか設定が存在し、単純に人外の視界を得るものもあれば、キャノンボールのような高速での機動を想定した、人の認識速度を引き上げるようなシステムも存在している。

「まさか。幾らなんでも素人にそんな無茶はさせませんよ。あれは太陽炉の効果ですよ」

然し、このハイパーセンサーと言うのは優れた情報収集端末であるが、同時に『優れすぎた』情報収集端末である。普段真正面にしか視界を持たない人間が、いきなり三百六十度の視界を得て、ソレを理解しきれる筈が無く、幾ら情報を圧縮しても、ソレを脳が受け止め切れはしないのだ。

故にこれらハイパーセンサーの特殊運用というのは、センサーに有る程度慣れた中級者以上からのものとなるわけで、真幸はまさか一夏みたいな素人に、いきなりそんな拷問みたいな真似をするわけが無いと織斑千冬に否定の言葉を返したのだ。

「その、太陽炉と言うのはなんなんだ?」

「一言で言うなら、永久機関、かな?」

「なっ」

そうして続いた彼の言葉に、千冬は思わず息を飲み込んだ。永久機関。少なくとも現段階、地球人が得られては居ないとされるシステムだ。

近代に至って世界各地でエネルギー問題が沙汰に上る中、なんとかISやSMSによる宇宙開発が進行してきたためにエネルギー紛争は落ち着きを見せてはいるが、それでも火種と言う意味では未だに世界でくすぶる問題だ。

仮に永久機関などというモノが存在するのだとすれば、ソレは世界のエネルギー事情を一変させうる可能性がある。

「まぁ、太陽炉はあくまでエーテル粒子精製装置として設置されてるだけで、産出エネルギー量は大した物ではないんですよ。重要なのはエーテル粒子のほうで」

「エーテル粒子……あの機体の放つ光か。束が真っ当な代物を作るとは思っていないが、矢張りあの光には何か意味が有るのか?」

「というか、あの光こそが重要なシステムでして」

言いつつ、真幸はピット内で会場を映すモニターに注視する箒に気取られぬように少しだけ声を潜める。

「あのあのエーテル粒子、色々な性質がありまして、例えば機体を循環させる事で、機体そのものを一つの量子コンピューターのような物に仕立ててるんですよ」

「…………?」

「は、はは。まぁ織斑先生はあくまで操縦者ですからね」

首を傾げる千冬に、「要するに白桜は単体で凄いコンピューターにもなってるんです」と付け加える真幸。

実はコレとんでもなく凄い事で、確かに技術的に進歩しているこの世界では量子コンピュータも若干数ながら存在している。然しソレは、SMS級のようなマキシマドライブを扱い、尚且つ高度な制御能力の求められるシステムに、大型の代物として配置されるなど、現代においても限定的にしか運用されていない。

そんな量子コンピューターを、ISサイズにまでダウンサイジングできたというのがどれ程の偉業か。とはいえこのISを量子コンピューター化する技術は、あくまでもISコア依存である為、あまり汎用性も無かったりする。

それでもIS自体が量子コンピュータ化したことで、基本的な反応速度から通信速度、さらにはハイパーセンサーの搭乗者に対する負荷軽減にまで貢献しているのだ。

「で、更にこのエーテル粒子、搭乗者に色々なメリットがありまして、例えば重力軽減であったり、反射神経の強化であったり」

「……人体に負荷は無いのだろうな?」

「勿論(寧ろ進化を促すかもですけど)」

「何か言ったか?」

「いえ」

要するに従来のISとは一線を隔した凄いシステムで、その補助と言う側面も確かにあるのだ、と真幸はそう締めくくった。勿論小声の囁きを織斑千冬に気取られるようなヘマはせずに。

「いけえええええええ!!!!!! 其処だ一夏ぁぁぁ!!! たたっ斬れェェェェェ!!!!」

(――如何でも良いけど、えらくヒートアップしてるなぁ、篠ノ之さん)

「まぁ永久機関に関してはそのうち束さんが核融合炉を発表するから問題ないとして」

「おいちょっと待て……いや、待つな。聞かなかった。私は何も聞かなかった、いいな?」

「解ってますよ。んで、その白桜は確かに凄まじい機体なんですけど、現状のアレにはかなりリミッターがかかってます。軍事リミッタ、競技用リミッタ、TRANZAMリミッタ、その他諸々。素人には到底扱いきれないシステムなんだから仕方ないのは仕方ないんですけど」

けれども、そんなリミッタでガチガチに固められた状態で尚、ああしてオルコットと戦えているのは、間違いなく一夏自身の、技術以外の覚悟や想いみたいな部分があるのだ、とそう告げる真幸。

そんな真幸の言葉に、モニターに視線を向ける織斑千冬は、何処かほんの少しだけ嬉しそうに表情を緩めたのだった。

「おのれオルコット! そうではない一夏、グインではなくギュンッ! だギュンッ! っといけっ!! 違うそうじゃない危ない一夏ぁぁぁああああ!!!」

「や か ま し い !」

「ギャンッ!!!」

そうしてしんみりする織斑千冬の横。モニターに向けて親父の野次の如き声援を撒き散らしていた篠ノ之箒は、当然の帰結として織斑千冬の帳簿による脳天割りを喰らったのだった。

 

 

    ◇

 

 

 

そんな真幸たちのいるピットから少し離れた、選手向けの休憩室として用意された一室。其処には現在、先の組み合わせとして戦った二人の男性IS操縦者が並びベンチからモニターを凝視していた。

「すっご……」

思わず、といった様子で口からそんな言葉を零したのは一体どちらだったのだろうか。

「確か、一夏は未だISに触れて数度の素人、といっていたよな?」

「う、うん。そのはずだよ」

この一週間で一夏を名前で呼ぶようになったギルは、然し同時にそのあまりの凄まじさに目を丸く見開いてそう呟いた。

目の前で繰広げられる光景。それは、セシリア・オルコットのレーザーライフルをかいくぐり、乱れ舞うオールレンジ兵器『BT(ブルー・ティアーズ)』の光の雨を踊るようにかいくぐる一夏の白桜の姿だ。

ギルもデイビッドも、共に転生者、それも『原作知識もち』に分類される人間だ。そんな彼らだからこそ、織斑一夏という『主人公』は、素人ながらに有る程度前線で斬るだろう事は、原作知識を鑑みれば十分に予想できていた。

然しソレと同時に彼らは、今現在のこの世界を生きて、それなりの実力を持つIS操縦者なのだ。

オルコットは候補とはいえ代表。BTの適性値込みで選ばれたような物であるとはいえ、それでもその名を背負う重みと言うのは十分に理解し、故にオルコットの実力を下に見ているという事は無かった。

そして事実、セシリア・オルコットの実力は、彼ら二人に勝るとも劣らないほどの物を供えているようにも見えていた。

「……BTを扱いながらだと自分が動けないんじゃ無かったのか?」

「如何見ても、同時に両方を操ってるよね……?」

そう、彼らの視線の先、戦場が映し出されたモニターには、オールレンジ兵器を操りながら、その隙間を狙うように光の矢を次々撃ち放つオルコットの姿が映し出されている。

本来の『原作』であれば、セシリア・オルコットは『BT兵器』と『ブルー・ティアーズ』を同時に操作することができず、その隙を突かれたが故に織斑一夏に五分五分の戦いを挑まれる事と成ってしまった。

然し現在、この戦場に立つ彼女はそんな弱点など見せず、その姿は間違いなく一級品。BT兵器の歪曲レーザーこそ発動しては居ないが、それでもあれは間違いなく彼ら二人に匹敵する。

けれども、だがしかし。そんな事は問題ではない。候補といえども国家代表。脅威となるのは当たり前なのだ。

問題は、そんなセシリア・オルコットに、ドの付く素人である織斑一夏が拮抗できているという点なのだ。

「……これ、真幸が何かしたのかな?」

「奴は勉強面以外にはあまり口出しをしていなかった。一夏が善戦できているのは一概に機体のスペック差だろう、……と言い切りたいのだが」

「ソレだけには、見えないよね……」

二人が視線を向けるのは、戦場の俯瞰図。フィールド上空から望遠で戦場全体を見下ろしている映像だ。

その中でも二人が注目しているのは、織斑一夏が辿る軌道。地面ギリギリを飛んだかと思えば、今度はフィールド壁際ギリギリを飛ぶ。

円を書くようにじりじりと距離をつめつつ、アクセルワークによりその速度を一定に『保たない』事で、その照準を微妙に狂わせる。

一直線に突っ込んだかと思えば、じりじりと距離を詰めて、相手に精神的なプレッシャーを掛ける。

「如何見ても素人の操縦じゃないよね」

「……案外俺らの同類だったり……は、無いか。アレが演戯だというなら俺は人を見る目がなさ過ぎる」

可能性の一つとしてギルが提唱した物。織斑一夏が転生者なのではないか、というもの。けれどもソレは即座に、他ならぬギル自身によって否定される。

織斑一夏は鈍感大帝だ。その不思議な、それこそかの『恋愛原子核』でも装備しているのか、と言う程にモテ、尚且つそれら全てに一切気付かず華麗にスルーするという、全国の兄弟が血涙を流して呪詛を放ちたくなる特殊能力もちのイケメンだ。

前提として転生者は『元一般人』である可能性が高い。つまりは、『兄弟』の一人なのだ。そんな兄弟が織斑一夏を装う? 無理無理、何処かで必ずほころびが出る。

そして織斑一夏の装いは、紛れも無くド天然ッ!! そう、それは見間違いようの無いほどにッッ!!!

「……でも、だとしたら何なんだろうね」

「技術的には未熟。けれども判断としては上々。機体スペックは特上。解らん」

二人の目に映る映像。ブレードを振るう一夏の姿は、足場の無い空中戦に慣れていない人間の物で、ブレード一本振るうにしても無駄が多い。

然し同時に、一夏は常に地面かフィールド壁面の傍を移動している。コレは間違いなくBT対策だろう。BTは空間兵器。その脅威は死角から複数の攻撃が来るという点だ。然しソレは逆に言ってしまえば、死角が無ければ問題に成らないという事だ。

常に地面や壁で死角を削れば、警戒するべきは少なくとも一面は削られるのだ。そして恐ろしい事に、この織斑一夏はBT兵器の動きを有る程度制限する事で、見事にその攻撃を回避し続けている。

技術的には未熟。然し戦術的にはまるで誰かに情報支援を得ているかのごとく考えさせられる物がある。

「確かに一夏が頑張ってたのは知ってるけど、それだけであそこまでいけるものなのかな?」

「……いや、案外ソレかも知れんな」

「え? 如何いうこと?」

「誰かが一夏をオペレートしているのかもしれん」

「え、でも原則IS戦は一対一、セコンドは無しじゃ……」

「無論。仮にオペレーターなりセコンドなりが居たとしても、あの動きを指示するには少なくとも前線を経験した一流どころが要る。が、ソレができるのは今この場には、織斑先生と山田先生しかいない」

――然し、とギルは言葉を区切る。話に出た山田麻耶副担任は、現在オルコット側のピットに居り、織斑側のピットに要る織斑千冬教諭はそういった点で身内を贔屓する事の無い人だ。

「なら、誰が……」

「案外、あのISが一夏を教導しているのかもしれんな」

「ISが……教導?」

ポツリとギルが零した言葉に、デイビッドは改めてその視線をモニターに向ける。

其処には、ついにオルコットとの距離を詰め、今にも彼女に斬りかからんとする一夏の姿が映し出されていた。

 

 

 

    ◇

 

 

 

――敵ISのオールレンジ兵器を確認。現状のランナーでは対処不可能と判断します。

(対策は!)

――地表、及び壁面を背に行動してください。其方からの攻撃は来ません

(それ以外の攻撃は)

――回避してください

セシリア・オルコットの駆るブルー・ティアーズの放つオールレンジ兵器BT。その攻撃は、間違いなく素人でしかない一夏には厳しいものであった。

一夏とてアニメくらいは見る。今も昔もやっているリアルロボット系の太祖であるアニメにもこの手の兵器は登場し、大抵の場合これら遠隔多角攻撃は敵の切り札的な扱いにされる事が多い。

アニメの主人公達は、ソレまでの経験や積み重ねた技術でこれら超兵器を攻略していくわけなのだが、生憎ISに触れて未だ二度三度目でしかない一夏には、この攻撃を回避する事は到底無理に等しい。

確かにこの白桜のスペックは従来機のそれを圧倒するのだろう。然し、だからといって全てがなんとでもなるかと言うとそうではない。

一夏が思い出したのは、プラスチック製の車のフレームに、モーターと電池を突っ込んで実際に走らせる有名なホビー。友人である五反田弾と共に、一夏も少し遊んだ事がある。

あの玩具にしたって、単純に早ければ、軽ければ、パワーがあれば良いというわけではない。速過ぎれば暴走し、軽ければ飛び上がり、力があれば重くなる。重要なのはバランスと、戦場(コース)に最適な戦術(セッティング)なのだ。

その点で言うと、一夏は完全に機体のスペックを持て余していた。所詮素人でしかない一夏だ。幾ら相手の攻撃を捉えていたとしても、其処から如何対応するべきかと言う『判断力』が養われていないのだ。

それでも、なら無理だと両手を上げて降伏するか、と問われると、一夏は否と応えただろう。

確かにIS学園に来る前の一夏であれば、例え敗北したとしても、その結果を淡々と受け止められて居ただろう。けれどもソレは一夏が強いからと言うわけではなく、彼がISと言うものに何のこだわりも無かったからだ。

けれども一夏はこの一週間IS学園で多くを学び、今此処に立っている。此処に立つまでに、幾人もの人たちに支えられて、この場に立ったのだ。

覚悟なんて無い。でも、負けられない想いはある――ッッ!!

「ッオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」

そんな時だ。迫るBTに向けて唯一の武装である光雪片を振るおうとしたところで、何故か一夏の脳裏には、出撃前に真幸にいわれた言葉が浮かび上がっていた。

『白桜を信じろ。それはお前のためのISだ』

(ッ、白桜!)

――左腕を盾に、地面に向けて逃げてください。

即座に、白桜からの指示通り、左腕を盾にしつつ、そのまま真直ぐ地面に向けて飛び降りる。途端背後からレーザーが雨霰と降り注ぐが、一夏はそれを小さく動いて回避していく。

――激しく動く必要はありません。敵機の照準は直線的です。小さな動きで十分回避が可能です。

その言葉の通り、一夏が軽く爪先で蹴る程度の感覚でスラスターを吹かせると、つい先ほどまでその場に一夏が居た空間をレーザーが素通りしていく。

(如何いうことだ、代表候補生の照準がそんなに粗いのか?)

――敵ISは当機とは違い、操縦者による単独制御型(ワンマン・オペレーションタイプ)です。故に全てを同時に、かつ精密に制御するには限界が有るのでしょう。

なるほど、と内心頷く一夏。確かにあれらオールレンジ兵器の全てを意志一つで制御しているのだとするならば、其々の照準が多少甘くなるのは理解できる。寧ろそれで此方に当てて来ているのが恐ろしいくらいでは有るが。

「あら、今ので墜ちたかと思いましたのに、回避しきるとは驚きですわ」

「は、未だ未だこれから驚かしてやるよ!」

即座に回避行動を取り、オルコットの放ったレーザーライフルの光線を回避仕切った一夏。なんとか危機を脱したところで、改めて盾にした左腕の損害状況をそっと確認する。と、何発か直撃を食らったというのに、白桜の左腕には小さな焦げ目が一つ有るだけだ。

(どうなってるんだ?)

――白桜は元々接近戦を想定された機体です。特に相手との接近が想定されるであろう腕部は、特に強度が高く設定されています。

(へぇ、殴り合いもできそうだな)

――可能です。が、攻撃力は現時点でも光雪片にも劣る為、利点はないかと。

確かに、唯一の武器である光雪片を振るうにしても、肝心の腕が壊れやすくちゃ意味が無いよな、と納得した一夏は、改めて正面に佇むオルコットへと視線を向けた。

負けられない。けど、俺には勝てない。でも、俺達ならあるいは――。

(白桜、どうすればアイツをぶっ飛ばせる!?)

――まず、焦らないでください。

そうして一夏は、白桜の指示に従いながら、どうにかBTの雨霰のようなレーザーを掻い潜り、じわりじわりと円を描くようにゆっくりと距離を詰め始めた。

白桜も指摘する通り、操縦者としての技量は圧倒的にオルコットが上回っている。幸い搭乗者が狙撃型である為、距離をつめれば何とか成る可能性があり、更に機体スペック的には此方が圧倒している。然しそれでも勝つにはかなり厳しい戦いなのだ。

故にオルコットを落とすには、此方の利点を生かし、相手の利点を殺す必要が在る。

じわりじわりと遠回りに、ゆっくりと距離を詰める事でオルコットの精神を削り苛立たせ、その攻撃を大雑把にさせていく。

同時に一夏は回避に専念する事で、ISに関する基本的な挙動を白桜から学び取っていった。

コレは相手が狙撃型という事も幸いした。相手が近接型であれば、こんな事を考えている間にも重い一撃を受けて沈んでいたかもしれないのだから。

「チィッ! 素人がちょこまかとっ!!」

「折角誘われたからな、精々踊り回ってやるさ!!」

クルクルと回りながら、まるで踊るように宙を舞う一夏。実のところは顔のすぐ傍を通ったりするレーザーの光で一杯一杯だったりするのだが、ソレは男の意地で歯を食いしばって堪える。

(恐怖を我が物とすることが勇気と言うものだ、だっけ)

――理解不能。

(なら行動で示すさ!)

――了解しました。

旨の内での白桜とのやり取り。そんな他愛の無いやり取りで、緊張に凍りつきそうな頭をほぐしつつ、オルコットの銃撃を見極める。

既に十数分。未だ未だじっくり行きたいというのが一夏の本音だが、身体スペック的にも訓練生としての訓練を詰むオルコットに比べ、一夏は大分劣ってしまう。

オルコットの銃撃も、此方の挑発で大分乱れてきた。体力の余裕も考えれば、そろそろ勝負を仕掛ける頃合だろう。

「っ、其処だあっ!!」

そうして巡り巡って訪れた勝機。それは、一夏が地表ギリギリを移動していたことで、不用意に近付いたBTの一機が地面に激突したのだ。オルコットは自らの失敗に驚いたか、一瞬BTの制御を手放してしまう。その瞬間一夏のブレードによって、もう一機のBTが爆散した。

「なっ、ワタクシのBTをっ!?」

「ぅオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」

咆える。一夏の気合と共に噴出される、四機のスラスターから放たれる光の粒子。はじけるような光に推されて進む一夏。

「おおおおおっ!!!」

「くっ、BT!!」

一気に間合いをつめた一夏は、そのまま更に距離をつめる。

即座にオルコットもBTで迎撃を仕掛けるが、焦りからか制御が甘くなったBTは、今の一夏には良い獲物であった。

残る二機のうち一機を光雪片で切裂いた後、背後から迫る最後のBTに後蹴りを叩き込む。途端に爆散するBTの、その爆発を更に足場に、再び加速。そうしてついに一夏は、ついにオルコットを刃の間合いに捉えた――ッッ!!

「オルコットォォオ!!!」

「――かかりましたわね」

その瞬間! 一夏の背筋にひんやりとした物が走った! まるで燃え滾るココロに、冷たい冬場の水をぶっ掛けられたような、言い様の無い不快感ッッ!!

(不味い、何かわからないが、圧倒的に不味いッッ!! オルコットの顔は追い詰められた顔ではない、あれは獲物を仕留める狩人の顔だッッ!!)

「お生憎様、ワタクシのBTは六機ありましてよ!!」

途端、BTの腰部から広がるスカート状のアーマー、そのタンクのような突起が動き、ふわりと動いた。

(回避――駄目だ、加速が付き過ぎている!! 今からではかわし切れないッッ!! そして更に、あれは今までのBTとは違う。俺の認識が正しいのなら、あれは間違いなく――ミサイルッッ!!)

一夏は知っている。ミサイルと言う兵器の恐ろしさを。嘗て日本を襲った、世界各国から放たれた幾百ものミサイル。白騎士によって迎撃こそされたものの、その威力は現代の怪獣戦においても現役で活躍できるほどの物。

余波だけでも甚大な被害を齎すであろうソレ。ソレが今一夏の真正面から向ってくるのだ。このままでは直撃することは間違いなかった。

 

「白桜ッッ!!」

――搭乗者のデータ収集が完了。これより一次移行(ファーストシフト)を開始します。

 

ミサイルが直撃する瞬間。叫ぶ――いや、咆える一夏は、白く染まる視界の中で、そんな声を聞いた。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「一夏っ!!」

篠ノ之箒の叫びがピット内に響く。

「大丈夫だよ。直前でギリギリ回避行動を取ってた。それに――」

叫ぶ箒を宥めようとしたのは、その近くでモニターを見ていた真幸だ。が、肝心の箒は真幸の声など聞こえておらず、真幸は小さく苦笑して言葉を切る。

その場に居合わせる人間の視界は、試合が行なわれているフィールドを映すモニター。その中でも、フィールド中央に漂う黒煙に当てられている。

「――ふん」

そんな中。徐々に引いていく黒煙を眺めていた織斑千冬が、不意にそう鼻を鳴らした。

その皮肉気な表情の中に、何処か安堵したような色が混ざっていた事に気づいたのは真幸ただ一人だったが、真幸もソレを口にする程空気が読めないわけではない。

「機体にすくわれたな、馬鹿者め」

「ま、運も実力の内、ってね」

そうして。ゆっくりと引いていく黒雲が、突如として八方に弾け飛んだ。

黒雲の中から現れ出たるは、純白の装甲(ヨロイ)を身を纏い、桜色の光帯を全身に走らせた、輝くような一機のISがあった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「おほほほ!! 褒めて差し上げますわ! このセシリア・オルコット相手に20分ジャスト! 素人にしては持ったほうですわよ!!」

嘲笑。何処かから聞こえてくるその声に、けれども一夏の精神は小石ほどの波紋も起きない。

――キィィィン!!!!

なぜならば一夏の精神波、その何処からとも無く聞こえてきた美しい音色に心を奪われていたのだから。

それは産声だったのだと、一夏は知らず心の中で理解していた。

そう、産声だ。鋼の産声、闘争の叫び。

この戦いに限った事ではない。これから、この先。ISというモノに関わった一夏は、既に自分が後に引けないのだと、このIS学園に来た一週間で理解している。

伝説的なニブチンではあるが、頭の出来自体はそれほど悪くも無い一夏は、その事をこの一週間で散々頭の中に叩き込まれている。

故に、覚悟こそ無くても、進む意志だけは持っていた。

そう、これはこの先、ISに関わる事になった一夏の戦いの始まり。ソレを告げる白桜の産声だと、一夏は確信していたッッ!!!

ブンッ、と振るわれる白桜の右腕。その手に握られた光雪片の放つ剣気によって、一夏を覆う黒煙が弾け飛んだ。

「なっ、ま、まさか一次移行(ファーストシフト)?!」

そうして雲の中から現れた機体を見て、距離をとっていたオルコットが叫ぶ。

一次移行によって白桜の姿は変化した。銀に近い白の装甲は、雪のような純白に。そして身体中を走っていた光のエネルギーラインは、その色をほんのりと桜色に染めて。

機体全体が、それまで何処か『ISに着られていた』ような姿から、まるで一夏のために誂えたかのような鎧へと変化していた。

「あ、アナタ、今まで初期設定だけの機体で戦っていたと言うんですの!?」

「――どうやら、そういう事らしい」

そうして一夏は告げる。この場、この時を以って、漸くこの白桜は一夏の専用機になったのだ、と。

右手に握る光雪片を両手で握り、正眼に構える。

今や光雪片はその名に劣らず、うっすらとその刀身に桜色の光を宿していた。

「……あぁ、全く。つくづく思い知らされる」

雪片。それは嘗て織斑千冬が世界で戦った折に振るった武装。彼女は嘗て、その一本の剣で世界の頂点に立ったのだ。

そうして漸く一夏は知る。一次移行が完了した事により開示された情報。其処に記されていたのだ。光雪片とはつまり、雪片から受け継がれた『力』なのだと。

「俺は世界で最高の姉さんを持ったんだな」

三年前、六年前――そして、自らの人生を振り返って。そうして一夏が感じたのは“愛”ッッ!! 唯一の家族であり、不器用な姉から受けた無限の愛情――ッッ!!

一夏は知っている。知っているが尚その場に至って思い知らされたのだッ! 自分が如何に愛されているのかを。言葉にしない彼女がどれ程に自らを想ってくれているのかをッッ!!!

故に、この時に至って、一夏はついに覚悟を決めたッッ!! 戦う覚悟を、守る為に剣を取る事をッッッ!!!!!!!!!

「俺も、俺の家族を守る」

「は? アナタ、何をおっしゃって……」

「行くぜオルコット、此処から先は最高速度だッッ!!」

「ッ、ブルー・ティアーズ!!」

「咆えろ白桜ッッ!!」

互いに叫ぶのは自らの愛機の名。主の声に応えるかのように、二機のISは其々に動き出す。

ブルー・ティアーズは即座にミサイルを再装填、直後それを白桜に向けて打ち出した。

対する白桜は、静かにその刀身に送るエネルギーを溜める。

(ああ、使い方は解ってるさ)

そう、一夏は知っている。嘗て姉に隠れて忍び見て、そして今また自らの動きを学び取るべく、データディスクが擦り切れるほどに繰り返し見た映像。

それは自らの姉の戦う姿。一夏にとってソレこそが理想であり、自らが学び取り、何時か越えるべき最強の姿。

今未熟な一夏は、その未熟を補う為に姉の影をココロにに宿すッッ!!

 

――斬ッ!!――

 

圧倒ッ!! 小さく回転した一夏は、最低限の機動でミサイルを回避し、更にすれ違い様にその弾頭を本体から切り離すッッ!!

嘗て織斑千冬が使った螺旋機動ッ! ソレを一夏は見よう見真似で、勝つ実戦においてぶっつけ本番で実践して見せたのだッ!!

「くっ!?」

「ハッ!!」

キンッッ!!!

響くのは澄んだ氷の弾けるような音。振り下ろされた一夏の光雪片は、まるでバターのように何の抵抗も無く、オルコットの構えるレーザーライフル、スターライトMk.Ⅱを真っ二つに両断した。

「くっ、インターセプターッッ!!」

「行くぜ白桜ッッ!!」

――零落白夜、セット。

レーザーライフルを切り落とされたオルコットは即座に近距離用ナイフを呼び出す。然し一夏はソレを気にもかけず、ただ白桜を呼ぶ。

即座に変化は現れる。薄らと光雪片を覆う桜色の輝きが光を増し、目にもまぶしいほどの輝きを放つ。

「これで終わりだッ、オルコットぉッ!!!」

 

ザンッ!!!

 

ナイフごと問答無用で叩き斬るその一撃は、そのままブルー・ティアーズ本体にまで直撃した。

途端白桜の零落白夜によってエネルギーを根こそぎ削りとられたブルー・ティアーズは、その直後に絶対防御を発動。そのすべてのエネルギーを使い果たし、吹き飛ばされるまま緩やかに曲線を描き、地面へと軟着陸していった。

 

『試合終了!! ――勝者、織斑一夏っ!!』

 

そうして響く試合終了の声に、漸く一夏は構えた腕を下ろした。

――戦闘終了。我々の勝利です。

「ああ、お疲れ様白桜。それと、サポート有難うな」

――コレが私の役目です。

そんな素っ気無い白桜の返答に、けれども一夏は小さく苦笑して感謝の念を伝える。戦いの中で、白桜が必死に素人である一夏をサポートしていたのは、他ならぬ彼自身が知っているのだから。

『あー、もしもし一夏』

「ん、真幸か? どうした?」

『どうした、っていうかさ。折角勝ったんだ。勝者なら手を上げてやれ』

不意に一夏の耳に響く声。どうやら白桜の通信機に話しかけてきたのだろうと、声から真幸と判断して問い掛ける一夏に、真幸はそう言葉を続ける。

言われて少し考えた一夏は、けれども確かに、いま少しこの時ばかりは勝利を誇っても良いだろうと、光雪片を握る右腕を高く空に掲げて。

その途端、会場に割れんばかりの歓声が響き渡ったのだった。

 

 

 

 




■白桜
独立戦闘支援ユニット搭載。
■『白桜を信じろ。それはお前のためのISだ』
アズラッドォォォオ!!!
■オルコットさん
くせぇぇぇ!! コイツはクセェ!! かませ犬の臭いがプンプンしやがるッ!!
■エーテル粒子
GN粒子の事。本作においては別にガンダムの中枢システムではない為、別名が与えられた。因みにある程度オルタとの互換性もある。
喜べ、お前も人類革新計画の一翼を担っているのだ!


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16 真幸vsギル

 

 

(さて、本当に一夏が勝っちまったわけなんだけど……)

まさか原作ブレイクに成功してしまうとは、と小さく胸の内で呟いた真幸。

確かにこの世界は既に原作など表面的な部分でしか残っていない。そもそも本来のISにおける原作世界には、当然怪獣も宇宙人も存在せず、インフィニット・ストラトスとは宇宙活動用のパワードスーツなのだ。

ところがこの世界には、怪獣がいれば宇宙人もいて、ISはそもそもからしてそういった人類の脅威に対する切り札、『兵器』として開発されている。

根本的なところが大きく違うこの世界。形骸しか残らない原作だが、逆に言えば形骸は残っているのだ。

実際セシリア・オルコットとのクラス代表決定戦は開催されたわけだし、形骸的には『原作』がこの世界にも適用されるのだろう。

だというのに、一夏はこの『原作』を見事に破って見せたのだ。無論俺達の干渉による物もあるのだろうが、それでもソレをやってのけるには一夏自身の努力が大切なのだ。

居や此処は原作が如何こうと言うよりは、男を見せた一夏こそを称えるべきだろう。

と、そんな事を考えている真幸の視線の先。競技場からピットに向けて帰還する白の機体。白桜はそのままカタパルトデッキに着陸すると、淡い光を残してその姿を消し、後に残るのは一夏一人。

「おう、勝って来たぞ、千冬姉ぇ、箒」

「良くやった一夏っ!」

「まぁ素人にしては及第点だが……良くやった」

いつものムッツリした表情をどこかに放り投げた篠ノ之箒の賛辞と、逆にツンデレ丸出しでそう告げる織斑千冬。

そんな二人に苦笑を返し、一夏はその視線を真幸へと向けた。

「おぅ、ちゃんと勝ってきたぞ」

「ん、初戦にしては上出来だ。白桜のこともちゃんと信じられたみたいだしな」

言いつつ真幸の視線は一夏の左腕に向けられる。其処には、手の甲から腕を覆う白く流麗なデザインのガントレットが取り付けられていた。

「ああ。お前の言う通り、俺一人じゃなくて、白桜との二人三脚だったから何とか成った、って感じだよ」

言いつつ、白桜の待機形態である白のガントレットを撫でる一夏。と、途端に白いガントレットに桜色の光のラインが奔る。それはまるで撫でられた事を喜ぶ犬の尻尾のようにも見えた。

「んで、だ。次はお前の番だぜ、真幸」

「ん、あぁ、そう言えばそうだったな……」

「そう言えばっておま」

一夏にそう返された真幸は、如何した物かという風に頭をポリポリと掻いてみせる。

「なんだ木原、こうして一夏が勝って見せたのだ、それに続かんとするのが漢と言うものだろう!」

「いやぁ、そうは言われてもなぁ」

一夏の勝利に燃え滾る篠ノ之箒のそんな言葉に、けれどもさすがに無理が有ると返す真幸。それも当然の意見で、真幸には専用機が無く、この試合においても宛がわれるのは多少カスタマイズされた量産型の打鉄なのだ。

本来真幸にはアークプリズムという愛機が存在している。最早ISとは言い難いその機体は、然し篠ノ之束直下で動く特機として一部界隈では有名になりすぎてしまっている。『木原』真幸としてIS学園に潜入行動を行なっている以上、一部に公開している情報であるとはいえ、出来る限り隠密に動くべきなのだ。

ならばアークプリズムではなく、別の専用機を改めて用意すれば良いのではないか、と言うことなのだが、それに関しては真幸の側が拒否してしまっていた。本人曰く「浮気イクナイ」である。

そうした経緯から、結局真幸は新たな専用機を用意せず、こうして学園の量産機を使う事になっているのだが……。

「打鉄で第三世代型の、それもイスラエルの最新鋭機と戦えってのはねぇ?」

「えぇい軟弱なっ!」

「うーん、そんなもんなのか?」

「…………」

憤慨する箒、唸る一夏、そしてなんとも表現し難い胡乱な視線を此方に向けてくる織斑教諭。そんな三人に苦笑を返しつつ、真幸はチラリと視線を時計に向ける。

「試合間の休憩時間も決まってるし、そろそろ俺は準備に移るよ」

「おぅ、頑張って来いよ!」

「ああ、怪我しない程度に頑張ってくるよ」

鼓舞する一夏に手を上げ見せた真幸は、そのままカツカツと足音を立てて、一夏たちのピットインから自らの機体が用意された場所へ向けて歩き出したのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「あ、真幸くん!」

そうしてたどり着いた場所。予め用意されていた真幸用の打鉄が設置されたその場所で真幸を出迎えたのは、真幸の副担任でもある山田麻耶であった。

「麻耶ちゃん、打鉄は問題なく?」

「はい、頼まれていた通りの反応速度重視のセッティングで、システム側はアレを入れておきました。それと学校では山田先生ですよ!」

「そだね麻耶ちゃん、アリガト」

「もうっ!」

プンプンと膨れて見せる麻耶に、クスクスと笑う真幸だったが、その視線を改めて室内に設置された台車、その上に鎮座する一機のISを見る。

濃緑色にカラーリングされた、日本の国産第二世代量産型IS『打鉄』。織斑千冬の搭乗機である暮桜を量産化を前提に第二世代機で構成された、防御重視の機体だ。

「アークプリズムが使えれば、態々こんな手間を取らなくても圧勝なんですけどねー」

「だから此処には潜入で来てるんだって。無理を言わない」

「でもですよ? 真幸君が篠ノ之博士直轄で、アークプリズムの搭乗者だって言うのは、最早暗黙の了解として知れ渡ってるじゃないですか」

「暗黙の了解はあくまでも暗黙の、なんだよ」

そういって麻耶を宥める真幸は、静かに用意された打鉄へと近づいていく。

山田麻耶と真幸。この二人、実のところを言うとIS学園で出会う前からの知り合いだったりする。それも、真幸やアークプリズムの能力に関しても一定の知識を得ているほどの。

素早く打鉄に乗り込んだ真幸は、手早く機体を起動させ、そのままシステム面をチェックしていく。投影される幾つ物ステータスメニューは、流れるようにその内容を次々と映し出していく。

「……ん、流石麻耶ちゃん。問題なく整ってるよ」

「えへへ、まぁそれくらいは普段から使いますから……ただ、モーションコマンドの方は本等に手付かずですよ?」

「それは問題ないよ。こっちは俺のお手製だしね」

言いながら真幸は更にシステム画面をスクロールさせる。そうして一分も経たないうちに全てのデータを確認し終えたらしい真幸は、そのモニターをプツリと閉ざしたのだった。

「よし、コマンドログの同期を確認。問題なくいけそうだね」

「ええっ、もう終わったんですか!? って、真幸君ですもんね」

言いつつ麻耶は真幸を誘導し、フィールドへ続くカタパルトへと打鉄を固定する。

後は麻耶が中央管制室へ連絡する事で、次の試合……第一試合勝者、ギル・モーゼスと、シード選手である木原真幸との戦いが始まるのだ。

「では真幸君、何か問題が無ければ準備完了の合図を送りたいと思いますが、まだ何か有りますか?」

「全てよし。何時でもいける」

「それでは――ンンッ、此方第五ピット、山田です。ま、木原君の準備が整いましたので確認お願いします」

『此方中央管制、はい、確認しました。モーゼス君も準備は出来ている様なので、それではコレより試合を開始します。選手の方にお伝えください』

そんな通信が有って、会場では第三試合の開始が放送で宣言される。

「真幸君、頑張ってくださいね!」

「まぁ、負けない程度には」

「またまた、“MCP”まで持ち込んで、勝つ気は有りますよね!」

「……ま、無様は晒さないさ」

そうして会話が途切れたところで、フィールドから響く試合開始の合図。

「んじゃ、行ってきます」

フィールドを睨むように見据えた真幸。誰に言うでもなく零れたような呟きを残して、瞬時に機体は加速する。

そうしてカタパルトによって打ち出された真幸の打鉄は空高く舞い、フィールドの中央へ向けて飛びあがる。

 

「来たか真幸」

フィールドの中央。腕を汲み真幸を待ち構えていたのは、一回戦勝者であるIAMI所属のギル・モーゼス。搭乗機は、白を基調に蒼と黒でペイントされた機体『ソルグレイブ』。

けれどもその機体を知る者が見れば、きっと誰もがこういうだろう。あれはフリーダムだ、と。

「ああ。ソッチは解りやすい機体だな」

「だがそれ故に脅威も伝わるだろう? シンプルな火力と機動性! そこに俺が加われば、このソルグレイブは無敵に成る! お前こそ、見たところそれは量産機の打鉄みたいだが、それで戦えるのか?」

ギルに問われた真幸はニヤリと笑うと、その手の中に一本の武装を顕現させる。

それは巨大な大剣だ。全長三メートル、大型のIS程も有ろうかと言う片刃の大剣だ。その巨大な大剣をみたギルは、虚を突かれたかのように目を丸くして、呆然とそれを見つめる。

「確かに、量産機で専用機に抗するのは難しい。でも、不可能ってわけじゃないんだぜ?」

――第二世代特殊兵装、イグニッションバスター(偽)。

第二世代型IS用に開発された汎用装備。その最大の特徴は、大剣の背に設置されたエネルギースラスターだ。

IS本体から微量のSEを供給する事で、この大剣はただ振るうだけでは実現し得ない強烈な斬撃を与える事ができるのだ。

本来は対怪獣戦において、第二世代型の火力不足を補う為に開発された装備で、剣のスラスターを利用した加速斬りに加え、ブレード部分にエネルギー刃を展開することで更に火力を上げる事ができるのだが、さすがに試合では過剰戦力という事で、(偽)……つまりエネルギーブレード部分に制限を掛けているのだ。

「まぁ貴様の事だ。只々闘うわけが無いとは思っていたが……」

「フフン! さぁ、言葉は一先ず此処までに。あとは闘いで語れば良い!」

そう言って大剣を構える真幸。既に準備は万端とばかりに武器を構えるその姿は、言い表しようの無いすごみを放っていた。

けれども、だが然し! そんな真幸に相対するのは十把一絡げの雑魚ではない。彼に相対するのは、自らを鍛え、自身と誇りを持って剣を駆る事を選んだ男なのだから。

「良かろう、成らば篤と見せよう! オレと、我がソルグレイブの力をっ!」

それはまるで舞台劇場で舞い、スポットライトを浴びて王を演じる役者のようで。真幸のスゴ味に圧されるどころかそれを圧し返さんとするかのように、威風堂々と武器を構えるのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

そうして最初に動いたのは、ギルの駆るソルグレイブだ。抜き撃つようにして顕現するビームライフル。その顕現を感知した真幸は、即座にその場から真横に飛び退いた。

バシューン! という独特の発射音が観衆に届く中、真幸はそのままスラスターを点火。瞬時加速(イグニッションブースト)によって一気にその距離をつめる。

「ちっ!」

そうして振り下ろされる必殺の一撃。巨大な質量の塊が、更に刀身の背に設置されたスラスターの推力に押されて加速する。

まるでその質量を感じさせないかのように圧倒的な速度で振り下ろされるその一撃。然しそんな一撃を、ギルはソルグレイブの背のウィング・スラスターをまるで羽ばたかせるようにして回避する。

「墜ちろっ!」

そうしてAMBAC(能動的質量移動)によって離れた間合い。その時間を利用したギルは、即座に腰部ジョイントからビームサーベルを引き抜く。

イグニッションバスターを振り下ろしたばかりの真幸はギルから見て隙だらけ。威力はあっても隙は大きいのだと即断した真幸は、開いた間合いを即座に詰め、そのビームサーベルを振りぬいた。

――バシィッ!!

「なにぃっ?!」

「甘い、イグニッションバスターは偏向スラスタなんだよ!」

まるで地面に突き刺した大剣を引き抜くようにして、振り下ろした大剣の腹でビームサーベルを受け止めた真幸。バチバチと音を立てる刃の接触は、然し次の瞬間真幸が大剣ごとギルを蹴り飛ばした事で中断された。

そのまま若干開いた距離。その隙間を縫うようにして大剣――イグニッションバスターを振り回す。轟々と風を斬り散らしながら振るわれるその刃を、ギルのソルグレイブは左腕に顕現させたシールドで受け流しながら、何とか距離をとって見せた。

「馬鹿な、偏向スラスタを武器に搭載した!? そんなモノ、第二世代機で如何やって操っているというのだ!?」

「その辺りは、企業秘密……まぁ、間をおいて公開されるまでのお楽しみだ」

ISにおける第二世代機と第三世代機の差異とは、イメージインターフェイスを利用した第三世代型兵装の有無に存在している。

このイメージインターフェイスによる第三世代兵装というのは、要するに思考コントロール……トリガーを引けば銃弾が放たれる、のようなロジカルなものではなく、例えばオールレンジ兵器のような、あるいは静止結界のような、人の認識を利用した多様性の高い兵器を指す。

イグニッションバスターと呼ばれる真幸の駆る大剣。単にスラスターが付いた武器だというのであれば、コレはトリガーを引けば良いだけの汎用兵器で、火力が大きいだけのパイルバンカー等の同類だ。

だが然し、此処に偏向スラスタと言うものが入ってくると話は変わる。偏向スラスタとは、要するに方向を変えられる推力器の事だ。

そんなモノを制御しようと思えば、ある程度の電子端末によって制御する必要があり、更にそれを実戦投入しようとすれば間違っても簡単なモノでは済まない。

――有るとすれば、イメージインターフェイスを利用した第三世代兵装なんだが……。

内心でそう考えるギルだが、同時にそれは有り得ないと断じる。

確かに打鉄のような第二世代ISにもイメージインターフェイスは搭載されている。が、それはあくまで搭乗者とISを繋ぐ『神経』のような存在として、だ。第三世代型はその神経を武装にまで伸ばす事ができるからこそ、なのだ。第二世代型に第三世代兵装が扱えないというのは此処が原因となる。

悩み躊躇するギルを眺め、ニヤリとほくそ笑む真幸だが、内心ではかなり冷や汗をかいていた。

実際のところ今の動きはかなりギリギリだった。ビーム兵器なんて、打鉄で喰らえば間違いなく一気にSEを削られて落とされてしまう。

そしてガードに関しても、ギルは特殊なイメージインターフェイスの利用法なんかを疑っていたのだが、実のところそんな複雑なものではない。

単純に、イグニッションバスターには幾つかの機動パターンが登録されており、真幸はそれらのモーショントリガーを適宜選んで動作させているだけなのだ。

ぶっちゃけこの『モーションパターンを使う』というもの、かなり自由度が低い。今のモーションで言えば、剣を引き戻す挙動を予め登録していたからこそ盾にすることが間に合ったが、仮に真幸が攻撃ばかりを考えて、『納刀』を考えて居なかった場合、間違いなく今のカウンターを喰らっていただろう。

――まぁコマンドを用意さえしていれば、『反応速度において劣る』という汎用機の弱点をある程度補う事もできるんだけども……。

ただ、使いすぎれば『読まれ』る。格闘ゲームでコンボパターンを読まれてしまうのと同じだ。故に多用は出来ない。

――やっぱり第二世代型汎用機と第三世代型専用機の差は大きいねぇ

技術者側としてある程度の知識は持っている真幸ではあったが、常に最新鋭機というか実験機なアークプリズムを駆っていた彼だ。改めて自らの身を以ってその差異を実感して、思わずそんな感想を浮かべていた。

「……ち、ええい! オマエが手強いと言うのは解っているのだ! ならば敢てその懐に飛び込み、内側から食い破ってくれるわっ!!」

と、互いに牽制しあいにらみ合う状況に、ついに我慢の限界が着たのかギルがそう咆えた。

ボッ、という音と共に瞬時加速で真幸との距離をつめたギル。

「なっ!?」

真幸にしてみればそれは不意打ちも良い所だ。第一試合、デイビッドとの戦いにおいてのギルの闘いは、その余りある火砲による空間砲撃――いや、寧ろ空爆といっても良い程の過剰火砲による殲滅戦だ。

明らかに対怪獣戦を想定したあまりの過剰火力。そしてそれを扱うギルは大げさに動くことなく、一箇所に陣取っての砲撃戦――セシリア・オルコットに近い、最低限の挙動で回避する、というタイプだと睨んでいたのだ。

ところがだ。瞬時加速などという近距離戦闘職の技能を使い、一気に真幸との距離をつめたギル。イグニッションバスターで近距離戦を牽制していた真幸にとっては意外性に溢れる選択肢だったのだ。

「ハァッ!!」

「ぬぐっ!!」

そしてギルのその選択は、真幸に対してベストとはいかずともベターな選択肢となった。

巨大な大剣を操る真幸。確かにそれは強力な武器では有るのだが、同時にかなりの面積を取ってしまうという弱点がある。

本来の使い道である対怪獣戦であれば、面積といっても対比としてたいしたものではなく、寧ろ小さなものと成ってしまう。が、殊IS同士による戦闘においては、至近距離に近付かれてしまうとイグニッションバスターはかなり振るい辛い武装となってしまうのだ。

振りかぶられたビームサーベルを辛うじて回避することに成功するが、然しギルはそのままの加速で距離を取り、振り向き様にビームサーベルを収納した。

「さぁ、砕け散れ!」

ガコンっ、という音と共にソルグレイブの姿が大きく変わる。デイビッドとの戦いで魅せたものではない。然し真幸はその姿に付いて別口での知識があった。

「フルバーストかっ!?」

レールガン、重粒子砲、ビームライフル。其々に一撃必殺レベルの威力を持つ高火力砲撃が、同時に真幸の打鉄を狙って放たれた。

真幸はそれを即座に回避。然し真幸単体ではなく一定の範囲を殲滅する心算で放たれたのだろうフルバーストは、ギリギリで回避し切れなかった真幸の打鉄、その片方のスラスターに直撃していた。

「グガッ!!」

ボッッ!! という轟音と共に爆発した背部メインスラスター。左側は直撃を喰らい、完全に大破していた。幸いと言うべきだろうか、右側のスラスターは誘爆することなく、その形を確りと残している。

(この辺り、流石防御力に優れたタイプ、なんて自称するだけはある)

スラスター同士が誘爆しなかった事に、内心でそう倉持研を称賛しつつ、真幸は改めてイグニッションバスターを構えなおす。

「諦めんか。それでこそ、ではあるが……」

「一夏相手にえらそうな事言った手前、そう簡単に諦められないんだよな、これが」

「まぁいい。ならばISの世代差が齎す圧倒的な差異、その身で知るが良い」

真幸の呟きに反応してか、ギルは高らかに歌う様に告げ、ソルグレイブを変形させる。その姿はまるで翼を広げた天使のようにも見えるが、然し同時にその姿の意味を知る者には脅威でしかない。

ギルの扱うソルグレイブ。当機建造に当って技術が共有された姉妹機に、米国との共同開発で生み出された『銀の福音』、そしてその第三世代型兵装『銀の鐘』。ギルの駆る『太陽の薙刀(ソルグレイブ)』には、コレと同系統の殲滅兵器である『銀翼の鐘』が搭載されているのだ。

イグニッションバスターを構える真幸。その視線の先では、翼に莫大なエネルギーを溜めつつあるギルの姿があった。

本来ならばこの『溜め』の隙こそを突きたい真幸ではあったのだが、ギルと真幸、ソルグレイブと打鉄の間にはかなりの距離が存在している。

打鉄には今回いくらかの豆鉄砲を搭載してきてはいるが、第二世代型の豆鉄砲など、少々SEを削る程度で、あの広範囲殲滅攻撃を阻止することは出来ないだろう。

(暫らく前線に出てなかったから鈍った……いや、言い訳だ。間違いなく、これは俺の油断だな)

仮にギルの攻撃を阻止できるとすれば、手持ちの武器の中では、矢張り唯一イグニッションバスターしかない。然し、イグニッションバスターを振るう距離まで移動しようにも肝心のメインスラスターが片方脱落。PICだけでは移動している間に撃ち落されてしまうだろう。

――詰んだ。真幸の理性がそう告げた。

(元々勝つ気は無かった。第二世代と第三世代の差もある。格闘型の打鉄じゃ汎用型のソルグレイブに相性が悪かった、エトセトラ……)

淡々と敗因を脳裏に羅列していく。一つ一つは決定的ではない。けれども、それら全てが揃えば、それは大きな敗因である。

故に、この敗北は仕方ない。しょうがないのだ――。

 

 

 

    ◇

 

 

 

――ほんとうに?

諦めようとした理性に、誰かがそう問い掛けた。

――本当に、それでいいのか?

問われれば是と答えよう。そもそも機体性能に差が有りすぎた。

世代の差もある。第二世代型と第三世代型では、兵装の汎用性、そして機体そのものの性能差も大きい。

――それを覆すのが操縦者の腕と言うものだろう。

第一、俺は勝つつもりなんて最初から――

 

……ああもう、ゴチャゴチャと五月蝿い!!

俺は何時からそんなに行儀よくなったっ!! 何時からそんなにメンドくさくなったっ!!

俺は今何を感じている! ココロは何を叫んでいる!!

簡単だ。『負けたくない』だ! 俺は、ギルに負けたくない!!

いや、もっとはっきり言ってやるっ!!

 

『俺は勝ちたいッ!!』

 

グダグダと理由をつけて、賢く負けるなんてのは俺じゃないだろうがっ!!

――けれども、今此処で下手に目立つのは……

んな事は知ったことじゃないっ!! フォローは後で考えろ!! ココロに嘘をつくなっ!!

 

何時の間にか硬く凍り付いていた理性に、『勝ちたい』なんて稚気に溢れる炎が吹きかかる。

そうだ。確かに世界には覆しようの無い、諦めるしか出来ないようなことだってある。けれども、今ココでの出来事は、諦める事しか出来ないような事態だろうか。いいや違う。ここでの諦めは、只の理由だ。

 

――理性は諦める為じゃなく、一歩前へ進む為に。

 

諦観なんてものは蹴って捨てろ、必要なのは背負う覚悟と、何かをやりたい言う意志だ。

理性(アタマ)は冷静(クール)に、感情(ココロ)は熱血(ヒート)に。

 

考えろ、考えろ真幸。どうすれば此処から巻き返せる。どうすればギルに勝てる!?

――答えはシンプルだ。今持てる最大火力であるイグニッションバスター。これを叩き込んでやれば良い。

ギルの駆るソルグレイブ。あの機体は、高機動高火力ではあるが、元ネタのPS装甲は再現できなかったのか、唯一の弱点としてその装甲に難があるのだろう。

よくよく見れば、先の第一試合でデイブに受けたダメージが、自己修復機能で完全に回復していない、装甲の所々に刻まれたダメージが未だにその各部に残されているのだ。

受けて守るではなく、避けて躱す、と言うタイプなのだろう。つまり、当てさえすれば一発逆転できる可能性は十分にあるのだ。

 

では次に、如何やって攻撃を当てるか。

現状、打鉄は片方のスラスターが脱落している。幸い機体強度そのものは第二世代中でも随一と言われる打鉄だけあって、基本的な可動自体には何の問題も無いところが凄いが。

仮にこの状態でギルに攻撃を当てようと思うのならば、先ず何よりもこの距離をつめる必要がある。

然し、距離をつめるにはスラスター推力が必須であり、PICの推力だけでは絶対に間に合わないだろう。

ならばどうするか。あの『銀翼の鐘』の殲滅砲撃を回避するか防御するかして、術後の隙を狙うか?

無理だろう。微誘導性のあるあの『銀翼の鐘』は、現状の打鉄では到底回避しきれない。そして防御するにしても、攻撃の要であるイグニッションバスターを使ってしまっては下手をするとイグニッションバスターそのものが砕かれかねない。

 

……いや、要点は見えてきた。

要するに、重要なのは三点。

・如何にかして砲撃を凌ぎきる。

・如何にかしてギルに接近する。

・如何にかしてギルをぶった斬る。

実にシンプルだ。そうだ、実にシンプル、これでいい。

 

そうだ、もっとシンプルに考えろ。理性で足りないなら野性で補えばいい。

 

 

 

 

 

――見えた。

 

 

 

    ◇

 

 

 

――獲った、とそのときギル・モーゼスは確信していた。

IS学園において、織斑一夏に成り代わり、自らの名を世界に知らしめる。そんな野望を抱いていた彼は、然しIS学園に訪れたことでそれが不可能に近いという事を知る。

いや、不可能なのは『織斑一夏に成り代わる』と言う点であって、『世界に名を知らしめる』というのは未だ可能性があった。

故に彼は自らの為に武器を取り、槍を掲げて前へと踏み出したのだ。

このクラス代表決定戦にしてもそうだ。此処で勝つことは、いやクラス代表になることは、間違いなく彼の望む覇道を進む為の一歩目になる。

故にギルは万全の準備でこの闘いに挑み、一切の油断なく、一切の慢心なく、全ての障害を叩き伏せる心算でこの場に立っていた。

第一回戦の敵であるデイビッド。彼は善人であり、それ故に未だにこの世界に対する負い目のようなものを捨て切れえていない。言い換えるなら、原作知識を持つが故に、原作知識に縛られてしまっている。それ故に、クラス代表に成る心算が最初から無いのだ。

そんなデイビッド相手だ。ギルは間違っても負ける心算はなく、そして彼にとっては順当な結果として見事に勝利を収めて見せた。

そして最大の障害として睨んでいた、篠ノ之束直属のエージェントだという木原真幸。彼との戦いを警戒していたギルにとって、この闘いは拍子抜けのようなものだった。

確かにイグニッションバスターという武器、第二世代型にしては強力な兵器ではあるが、矢張り操るのが第二世代型である以上第三世代型には全体的に劣るし、距離さえとってしまえばどうと言うことも無い。

実際第二世代型、そして汎用機の反応速度を越えた攻撃に対しては回避しきれず、その左メインスラスターを破壊することに成功しているのだ。

このまま広域殲滅兵装『銀翼の鐘』を使えば、機動力を失ったあの打鉄は間違いなく落とせる。

「さぁ、銀幕の底に沈めッ!!」

ギルの宣言と共にソルグレイブの翼から放たれる銀色の光弾。その一発一発が強力な破壊力を持つ、ソルグレイブ最強にして最大の切り札だ。

ソルグレイブを中心に、華の様に宙に広がる銀の弾丸。それらは緩い曲線を描き、その矛先を次第に真幸の打鉄へと向けて――

 

―――ドドドドドドドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

轟音と共に無数の光弾はフィールドの半分を粉々にする勢いで着弾。バリアシールドによって閉ざされた広大な戦闘フィールドを、奮迅で覆いつくすほどのものだった。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

そうして放たれた光の光弾。けれども真幸はこの時に至って諦めを完全に放棄していた。

「やーってやるぜ!」

顔に浮かぶのは不敵な笑顔。そこには諦めも絶望もない。有るのは負けたくないという意地。

即座にイグニッションバスターを格納した真幸は、高速切り替えにより両手に二丁のアサルトライフルを展開する。

59口径重機関銃『デザート・フォックス』。それを瞬時に取り出した真幸は、おもむろにその引金を引きながら、銃身をまるで我武者羅に振りまわした。

ゴッ――!!!!!!!

途端に響く爆音。何の事は無い。真幸はデザート・フォックスの弾幕によって、ソルグレイブの『銀翼の鐘』によって放たれたエネルギー砲弾を“撃ち落している”のだ。

然し、銀翼の鐘の弾幕も然る者で、徐々にではあるがその銀色の幕は真幸の駆る打鉄へと近付いてきていた。

「弾幕薄いぜ!」

デザート・フォックスの掃射を終え不敵に笑う真幸は、即座にデザート・フォックスを破棄、次いで先の織斑千冬戦でも活躍したレッド・バレットを高速展開する。

両手に広げられたレッドパレットは、再び掃射によって放たれる。弾丸はまるで闇雲に飛んで行くように見えて、然し確実に真幸の打鉄、そしてその周囲へと飛来するエネルギー弾を撃ち抜いていく。

然し、ついに銀幕の砲弾は真幸の弾幕を貫き、打鉄近隣の地面で爆発、その大地を大きく穿った。

「未だ未だぁ!」

けれども、それでも。爆風に煽られる機体を御しながら、真幸は即座に弾切れに陥ったレッド・パレットを投げ捨て、今度は一丁の機関銃を取り出した。

62口径・対空機関散弾砲『アースラ』。対空砲といいつつ、IS戦闘に用いることを想定した、馬鹿げた速度で散弾を撒き散らす機関銃だ。

ブイイイイイイイイイイイ!!!!!!!と言う独特の駆動音を響かせて撒き散らされる鉛の散弾。それらはISのシールドエネルギーに反応するように加工されており、同様に近いエネルギーで構成された銀翼の鐘の砲弾にも反応し、それらを誘爆させていく。

「………!!!!」

散弾砲の射程は、実際のところそれほど広くない。ましてやエネルギー砲弾を誘爆させようと言うのなら、更に射程は狭くなる。

そうなれば当然、例え誘爆させられたとしても、それが爆発する距離はかなり近い。

すぐ傍で次々起こる爆発。それらを堪え、爆風に煽られる機体を立て直し、それでも続く砲撃を更に迎撃し続ける。

そうしているうちに砲撃は次々と機体にダメージを与えていく。爆風で、そして爆風によって飛ばされる飛来物によって削られる装甲。SEこそ持っているが、打鉄の装甲は既にボロボロになっていた。

けれども。それでも打鉄本体の基本動作、骨格自体に至るダメージはほぼ皆無。

(打鉄にして良かったよっ!!)

コレがラファールRであったのならば、きっと爆風を食らった時点で何処かの機能に障害が出ていたのだろう。打鉄の強靭性に感謝しつつ、真正面を見据える。

そうして、漸く、ついに、その時が訪れた。ギルのソルグレイブ、その切り札である銀翼の鐘がついに止まったのだ。

「さぁ、いくぞ。あと少し付き合ってもらうぞ、打鉄っ!!」

小さく、けれども曲げる事の無い決意を口にする。そんな真幸に、彼の専用機でもない打鉄が、まるで答えるようにスラスターを唸らせた。

そんな打鉄にクスリと笑った真幸は、自らの切り札であるイグニッションバスターを左肩に背負い、地面と水平に構える。――そう、丁度壊れたスラスターの位置に、翼のように。

そのままマニュピレーターの間接をロックし、更に残る右スラスターとイグニッションバスターのスラスター推力比を調節する。

「イグニッション!!」

 

――瞬間、炎が爆ぜる。

最早満身創痍の打鉄は、然し最も堅牢な第二世代の名に恥じることなく、それでも尚真直ぐに動作する。

失われた左メインスラスターは、イグニッションバスターの高出力スラスターの推力を調節し、腕で固定化して代用。

最早滅茶苦茶。打ち出された砲弾の如く、まるで滅茶苦茶に、吹き飛ぶようにして加速する打鉄。

そのままソルグレイブの生み出した粉塵に突っ込み、問答無用とばかりに突き抜けた。

 

「――なっ!?」

 

そうして粉塵を突き抜けた先に現れるのは、勝利を確信し、完全に油断していたギル・モーゼスと、銀翼の鐘の事後硬直で動きを止めたソルグレイブ。

 

「腕部ロック解除! 砕けて爆ぜろ、イグニッション!」

 

瞬間、真幸の腕の中で龍が咆えた。

轟音と爆炎を撒き散らすイグニッションブレード。最早コレが最後といわんばかりに炎を吹き上げるその大剣は、然し自らの炎に自身すらも燃え砕けながら驀進する。

そうして水平一文字に振り切られたその大剣は、最後の瞬間、ギルの駆るソルグレイブを吹き飛ばし、それと同時に自らの炎に焼かれるようにして崩れ落ちた。

(…………)

そんな、最後まで自らに尽くした武器、イグニッションバスターに感謝の気持ちを籠めて黙祷した真幸。そんな彼の耳朶には、少し送れて、何処か驚いたようなナレーターの声が聞こえてきた。

 

『試合終了! 勝者、木原真幸っ!!!』

 

途端響き渡る、『歓声』と言う名の爆音。次いで打鉄に小さく感謝を述べた真幸は、力強く右手を空に掲げて。

 

――ボフンッ!

 

「……あれ?」

 

不意に響いた爆音。それを真幸が耳にすると同時に、その視界はクルクルと回転し、最後にドスッ、という音と共に視界は完全に黒く閉ざされたのだった。

 

 

 

 




■木原(柊) 真幸
一夏に中てられて、ついつい手加減して負ける筈が、本気でギルにぶつかる。
結果辛うじて勝利、と思ったところで打鉄が過負荷から大破。試合に勝って勝負に負けた状態。
因みに試合後気絶したのではなく、打鉄が墜落して頭から地中に埋まった。
■打鉄(真幸機)
イグニッションバスターなるネタ兵装をガチで運用されたうえ、機体固定用のロック機構を戦闘に使うなんて無茶をしたり、つぶれたスラスターをイグニッションバスターで代用して瞬時加速をするなんて無茶苦茶をした結果過負荷でブッ潰れる。
全損大破、コア以外は壊滅状態。
■イグニッションバスター
偏向ノズルを搭載し、刀身が瞬時加速を使うことが出来るというネタ兵器。または、本来イメージインターフェイスを必要とするような兵装を自動化し第二世代兵装に落とし込むことを目的に研究開発された装備。
元々はスラスターの付いた鉄骨だったが、改良されてスラスター付きの剣になった。
戦闘で酷使された結果全損。粉々に砕け散って跡形も無い。但し良質なデータは大量に取れたため、柊電子工房は大満足。
■ギル・モーゼス
油断も無く、全力で勝ちに行くも、やはり世代差から若干の油断があったらしく、無駄に接近戦を挑んだ結果、トリッキーな動きに翻弄されて敗北。
操縦技術自体は高く、その技量の高さをIS学園の全生徒に見せ付けた。
但しフィールドを穴ボコにした為織斑教諭の雷が落ちた。
■ソルグレイブ
対怪獣戦闘用に高機動大火力を搭載した後期第三世代型IS。
スラスターと兵装を一体化した第三世代兵装「銀翼の鐘」や、重粒子砲、レールガン、連結ビーム砲、ビームサーベルなど、凄まじく高威力かつ面制圧能力の高い機動砲撃戦型の機体。
運用には単純な操縦技量の他に、フルバーストの隙やエネルギー消費の計算などを含めた戦術的な構想が必要と成る。
試合用リミッタを外すとかなりエネルギー効率がよくなる。
敗北はしたものの、機体損壊自体は装甲などの一部破損だけで、被害は少なめだったり。


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17 セカンド・コンタクト

 

 

 

「この馬鹿者共が……!」

 

そうして、そんな激しい激戦が繰広げられた翌日。逆巻く角、燃え滾る怒気を撒き散らす織斑千冬は、目に見えて怒っていた。激怒プンプン丸である。

然しそれを受けて項垂れる二人は、互いにバツの悪そうな表情で。

と言うのも先日のクラス代表決定戦、結局総合優勝者は織斑一夏で決定となった。

本来であれば、第三試合の後、クラス代表決定決勝戦が行なわれる筈だったのだが、然しその最終試合は結局行われる事無く終わってしまった。

何故か、と言うと実に簡単で、その時点で一夏の白桜以外にまともに動けるISが一機も存在していなかったのだ。

「特にモーゼス! 貴様はやりすぎだ! あれだけ派手に撃ちまくって穴だらけになったアリーナ、直すのは一体誰だと思っているんだ!」

「はっ、申し訳ありませんっ!!」

「申し訳ないと思うのならば放課後にアリーナの穴埋めをやってこい!」

「はっ、了解しました、s……織斑先生!」

思わず『サー』と敬称を付けかけ、途端ギロリと睨む千冬の視線に怯んだギル。

彼の機体、ソルグレイブによって損傷を受けた第三アリーナは、現在のところ前述の理由からグラウンドが穴ぼこになっており、現在使用禁止となってしまっている。

全力で戦った、といえば聞こえは良いが、如何見てもやりすぎであり、別口で本社の技術員にも怒られていたギルは、完全に萎縮してしまっていた。

(プークスクス、怒られてやんの)

(グギギギギ)

「貴様もだ木原ぁっ!!」

と、そんなギルを突っ突きおちょくる真幸だったが、千冬の猛火は真幸にも牙を向いた。

「貴様も貴様だっ! 貴様が使った打鉄、どうなったか知っているのか!?」

「えっと、中破、おまけして小破かな?」

「負けるな馬鹿者! 大破だ大破! コア以外は完全損壊! 寧ろ試合中に良く最後まで持ったなというような有様だ!!」

真幸の使用した打鉄。IS学園で利用されている教導用の第二世代量産型ISであるそれは、然しその強度自体においては下手な第三世代機に勝るとも劣らぬほどのものだ。まぁそもそもIS戦は受け止めて守るよりも回避が尊ばれるのだが。

問題は、守備力に定評があるとされる打鉄が、完全に大破してしまった、と言う点だ。

「仮に貴様の安全に関してはまぁ良しとしておいたとして、あそこまでぶっ壊れた打鉄、どれ程の金額になるか……」

そんな千冬の言葉に真幸の表情が引き攣る。ISと言うのは高価だ。それこそ乗用車など目ではなく、軍用戦闘機数機分。

TPCIS委員会によってコア自体の取引は制限されているが、逆にそれ以外の各種ジェネレーターや武装などは割と自由に流通が行なわれている。勿論武器である以上有る程度の制限は掛かるのだが。

TPCのSBFやSMSなどの宇宙開発技術が向上した事で、ISのパーツ単価あたりの価格は、IS登場期に比べ大幅に減額された。それでも、IS一機で家一軒は軽く建つほどの代物なのだ。

真幸としては、ISというのは割りと身近な物で、壊れたのであれば直せば良いや、位にしか考えて居なかったため、それほど深く考えて居なかったのだ。実際真幸であれば一からISを作るのも不可能ではないわけで、それ故に気軽に考えてしまっていたのだ。

「す、すいません」

「悪いと思うのであれば、整備科に手伝いに言って来い!」

「あい、まむ」

引き攣った表情の真幸。そんな真幸の脇を肘でツンツンと突くギル。如何でも良いがこいつ等仲良いな、とそんな二人をデイビッドは苦笑つつ後から眺めていた。

「……っと、そういえば、オルコットはどうしたんですか?」

そうして一区切り付いたあたりを見計らった真幸が、現状唯一昨日のクラス代表決定戦に参戦していて、尚且つこの場に居ない少女の名を上げた。

「オルコットは本日病欠だ。まぁ昨日の戦闘で身体的にもダメージを受けていたようだったのでな、私が許可した」

「なるほど、それじゃ俺達も……」

「貴様等のは自業自得だっ!!」

バシーン、という帳簿の一撃が鳴り響き、真幸のそんな意見は封殺されたのだった。

 

 

 

「……あれ、俺がクラス代表? え、なんで!?」

そして一夏のそんな呟きは、誰に届く事も無く風に流されていったのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「ワタクシが……敗北た……」

ザァザァと温水が床を打ち付ける音が響き渡る。タイル張りのシャワー室の中、温水の雨を浴びる少女、セシリア・オルコットは、ポツリとそう小さく呟いた。

「……ワタクシが……負けないと、誓ったというのに……」

そう呟くオルコットの瞳にはまるで光が無く、それは幽鬼の様にも見えるほどだった。

彼女の胸の内を占めるもの。それは、言い様の無い虚無感だった。

敗因は幾つかある。自らの慢心、機体性能、そして相手の覚悟。

特に覚悟に関しては目を見張る物がある。織斑一夏。教室で最初に見た彼は腑抜けそのものだったのだが、どうなったのかたったの一週間で彼は大きく化けた。そう、正に化けたと表現する他無いほどの変化だったのだ。

シャワーを止めて身体を拭い、バスローブに身を包んだセシリアは、そのままフラフラと前後もおぼつかないような足取りで、漸くたどり着いたベッドの中に身体を横たえる。

「織斑……一夏……」

自らが囁いた名前に、途端に胸のうちから湧き上がるものがある。それは激情だ。自らを下した敵に対する――いや、違う。強敵を侮り、そして無様を晒したおのれ自身に対する……。

「えぇ、ええ、確かに今回はワタクシの敗北ですわ」

認めよう、己が驕っていたことを。認めよう、彼が脅威に値する敵であったことを。

そして、戒めよう。此度は試合であったからこそ生き残れた。けれどもこんな事では己の本懐を遂げるには未だ遠い。

(お父様、お母様……)

思い出すのは幸せだった日々。そしてそんな幸せを壊したあの怪物。空の上でオルコット家を襲った、金色の瞳。

嘗てオルコット家のプライベートジェットでEUを移動していた際、不意に日常を破壊したあの出来事。

それまでは母に媚びるだけの情け無い姿ばかりを見ていた父、そしてそんな父の隣に並び立って幸せそうにしていた母。

セシリアは今でも覚えている。情け無い父をしょうがない、と母と共に三人で笑っていたあの日。

飛行機を覆うおぞましい光。徐々に解けていく飛行機という恐ろしい光景に、幼い日のセシリアは恐怖に泣いたのだ。

けれどもそんなセシリアが今こうして生きているのは、全てあの両親の愛が故。

情け無いだけだと思っていた父は、セシリアとその母をあのおぞましい光から庇い、そのまま光の中に溶けた。

泣き叫ぶセシリアを、涙を堪えた母が抱えて走り、そうしてセシリアは一人脱出ポッドに押し込められたのだ。

「セシリア、幸せになりなさい」

片腕を光に犯され、徐々にその姿がぼやけていく母。そんな母は自らの死期を悟っていたのだろう。泣き叫ぶセシリアをポッドに押し込めると、そのまま彼女を一人機から脱出させたのだ。

(……ええ、えぇ、お母様。セシリアは必ず幸せになります。けれども、それは未だなのですわ……)

それからだ。セシリアは幼い身でオルコット家を一身に背負い、こうして今日この場所にまで生き抜いてきた。

オルコット家の為に、ISの国家代表を目指した――これがセシリアの公的なプロフィールだ。けれども彼女自身がそんな公式記録を目にすれば、失笑と共にその情報を投げ捨てるだろう。

彼女がこの場に――国家代表候補の座を得、ISを纏い、IS学園にこうして立ったことには、全てを通した一つ、たった一つの理由がある。

「……そう、今日ワタクシは敗北を一つ糧として、明日一つ強くなります。だから、今日くらいは許してくださいまし、お父様、お母様……」

――セシリア・オルコットには目的がある。

彼女の胸の内に残る、ジリジリと何時までも燃え続ける暗い炎。その炎の名は『復讐』。

何時の日かあの禍々しい光の怪物を討ち滅ぼす事を胸に誓ったセシリアは、一先ず身体に残る疲れを癒すべく、ベッドの中で心を安息に沈めたのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

さてそれから数日の事。教室の雰囲気は少し軟らかくなり、一夏が健闘した事でクラス全体の雰囲気は、男子と言う異物に対してある程度和らぎを見せていた。

「……うーん」

ただ少し、真幸には気に成る事が有った。というのも、セシリア・オルコット。彼女の行動が今一つ読めずに居たのだ。

本来の歴史……ISにおける原作であれば、今回の闘いにおける敗北を切欠に、セシリア・オルコットは織斑一夏に対して好意的態度に切り替わる筈なのだ。

一回戦って負けて、ソレを切欠に織斑一夏に惚れる――これが彼女の愛称「ちょろこっとさん」の由来なのだ。

ところがこの世界において、セシリアが一夏に懸想するという様子は未だ見て取れない。

コレが創作と事実の誤差かとも考えたが、然しコレまでの経緯を鑑みるに、この世界は基本ISの原作に忠実だ。ウルトラマンとクトゥルフという異物が混ざってはいるが、根っこの部分は基本同一に進もうとする。

故に考えられる原因としては、想定外因子の干渉によるもの(別フラグの発生)、あるいはイベントに至るフラグが不足している、という可能性が考えられる。

この世界における転生者らしき存在は、今のところ真幸以外にはギルとデイブの二人以外には確認されていない。とはいえコレはあくまで男性操縦者という特異性を観測しての話であって、案外TS転生者とかが紛れ込んでいる可能性も否定できない。別に転生者が全員専用機持ちとは限らないのだ。

話を戻して、セシリアが一夏に懸想していない以上、何等かの想定外なイベントが過去にあったか、あるいはフラグが不足しているという過程が成り立つのだが、だとするとこの後にその何等かのフラグを立てるイベントが起こる可能性、と言うのが出てくるのだ。

「嫌な予感がする……」

オルタを得てから鋭くなった第六感。それがビンビンと『事件が起こる』と真幸の脳裏に告げているのだ。しかも、割と近くに。

「っていうか、この予感を感じる事自体がフラグな気が……」

――ビーッ!! ビーッ!! 緊急事態発生! 緊急事態発生! 

「……だから予感が来るのが遅いんだよ!!」

直前に嫌な予感を感じ取っても仕方ないだろうにと、自らの能力に突っ込みを入れつつ、部屋の端末に向き直る真幸。

地球平和連合IS特殊条約の一つ。緊急時における専用機所持者の緊急災害対応義務、というものがある。コレは要するに、ISと言う強い力を持つ責任として、怪獣に限らず、人命の危機がある場合はその対処に協力する事を義務とする、というものだ。

国家所属のIS操縦者は勿論、緊急時にはIS学園から戦力を出す事も義務として定められていたりする。

――例えソレが、訓練を始めたばかりの素人だとしても。

「くそっ、TPCは何してるんだ!」

そう、コレこそが真幸――篠ノ之束が最も警戒する事態。織斑一夏の身の安全を守る為に預けられた最新型のM型IS。ただしソレを保有する事で生じる義務、というものがある。ソレがつまり災害出動であり、特殊災害――怪獣迎撃行動などに当る。

本来ならば素人に専用機が供与されることなど先ずありえないため、素人が怪獣迎撃に出撃するなどと言う事態はまずありえない。

然し織斑一夏はその出自と縁故の特殊性故に、素人でありながら最新型のISを所持するという特異な現状にある。つまり素人である一夏に対しても緊急時の出撃義務が課せられてしまうのだ。

まぁ風向き的にも男性IS操縦者には向かい風な部分がある。此処で出撃しておくのは世間体的にも利用できるのだが、幾らなんでも模擬戦闘一回経験しただけの素人を出撃させるのは不味い。とはいえIS学園の戦力にも幅はある。

IS学園で操縦技術を学んだ上級生や、地球平和連合TeamGUTS・IS学園支部も存在している為、一夏が出たとしても後衛で見学、あるいは直接戦闘は避けて、戦闘補助に廻る可能性が高い。

とはいえ万が一の場合を考えると、真幸としても行動しておく必要が有った。

「えーっと、織斑先生のコードはっと……」

『……そうだ! 二年生の整備科は汎用機を全機出撃可能な状態にしておけ! 現状出撃可能な専用機持ちはペリカン輸送艇へ! ブリーフィングは機内で行なう! 誰だこの忙しいときにっ!!』

「織斑先生、木原です」

室内の通信装置を織斑千冬個人に対する通信コードに繋ぐ。途端画面の向うから響いてくる怒号に若干眉をひそめつつ名を名乗る真幸。

『貴様か、如何やってこの回線に……いや、言うだけ無駄か。何の用だ』

「質問は一つです。織斑一夏の処遇はどうなりますか」

『……っ、その件か。織斑並び一学年の専用機持ちは後援部隊として出撃する事になっている』

「やっぱりそうなりましたか……」

予想通りの展開に、思わずそう声を漏らす真幸。然し織斑千冬はそんな真幸の言葉が気に入らなかったのか、少し眉を顰める。

『貴様らが無闇に高性能機を一夏に渡した所為で、周囲が一夏の出撃を強く求めた。私では抑え切れなかった』

「ま、まぁ、一夏は如何足掻いても結局こっちには来ざるを得ないんですから、その時期が早まった、くらいの認識ですよ」

如何してくれるんだワレ、と言わんばかりに殺気の篭った視線に、そう返す真幸。そもそも目立ちすぎたアンタが悪いんじゃねーかとか、色々言い返したい事はあるモノの、確かに一夏の現状に責任があるのも事実。

「因みに織斑先生、専用機を持たない一学年の扱いはどうなります?」

『もう直ぐ校内連絡が入ると思うが、基本シェルターで待機だ。素人にうろつかれても邪魔だ』

「それは一年の専用機持ちも同じだと思うんだけどね。……っと、確か出席確認はネットワーク管理ですよね?」

『ああ。……っ、そうだな』

「ええ。では、お忙しいところを失礼しました」

『すまん、頼む』

そういって真幸と千冬の通信は途切れた。ソレを確認して、さてと腕を上に伸ばす真幸。

「織斑先生も解ってるみたいだし、さっさとやっておくか」

そう呟いた真幸は、とりあえずとばかりに取り付いた端末からIS学園島のメインフレーム、中央ホストコンピューターにアクセスする。

このホストコンピュータ、IS学園島という島一つを丸ごと覆うネットワークのルートに当り、この島でやり取りされる情報は全て此処に集まることになる、いわばこの島の心臓部分であった。

当然の話だが、木原真幸のような一介の学生にこのホストにアクセスする権限は無く、無論其処から情報を引き出せるのは現地のTPC、それも最低で佐官レベルの権限が求められるほどの物だ。

では何故真幸がそんな代物に接続できているのかと言うと、事は実に簡単で――ハッキングである。

「ルートを中継して島の保安システム、名簿っと……有った有った。で、これに細工を……っておい、ナンダコレ」

そうしてたどり着いた保安システムの名簿。島に在籍する人間の戸籍と、シェルターの入出履歴を照らし合わせてチェックする保安システムだ。

この保安システムに接続する事で、入出チェックシステムを通さず、木原真幸と言う人間が既にシェルターに避難した、というデータをでっち上げる、と言うのが真幸の目的であったのだが。

「なんで俺の名前が無いんだ?」

島の戸籍リストには確かに木原真幸の名前は登録されている。ところが、シェルターの入出リストには何故か真幸の名前が最初から記入されていないのだ。

確かに、例えば軍属であるとか、TPCの職員であるとかの、民間人以外であるならばこの避難者用リストには名前が乗る事は無い。然し、『木原真幸』は間違いなく民間人として此処に居る筈なのだが……。

「……あっ」

もしかして、と真幸は早速データベースを洗っていく。そうして見つけたデータを見て、真幸は思わず眉間を顰めてしまった。

どうやらこの島の戸籍、というかメインフレームの中では、真幸は単純な学生としてではなく、特殊な条件を持つ人間として登録されているらしく、本来「学生」や「軍属」などの区分が記入されるデータ欄が空白になっていた。

多分コレは、真幸に対する配慮と言う奴なのだろう。一応真幸は一般の学生という事に成っているが、TPC上層部では同時に篠ノ之束博士直下の人間という事も知られている。

この島のメインフレームのデータを改竄できるのは間違いなくTPC本部クラスの人間しか居らず、成らばこれは間違いなくこの島で行動するであろう真幸に対する配慮と捕らえるべきだろう。

「……ただなぁ、これ、間違いなくログが残っちゃうだろうに」

例えばの話、この島の全てのデータを閲覧できる人間が居たとして、真幸のデータがなんらかの切欠で目に付いたとする。その場合、その人物は間違いなく俺と言う存在が怪しいと感じるだろう。

コレがTPC内部の人間であれば問題は無いのだが、例えばコレがいまだにTPCに反抗する裏社会の尖兵、亡国機業などに漏れた場合、間違いなく織斑一夏の護衛に際して相手を警戒させることになるだろう。

とりあえず自分のデータの所属を学生に変更し、入出チェックシステムに、木原真幸の入出チェックが警報発生から乱数の一定分後に自動的にチェックが入るようにプログラムを組み、それをチェックシステムに紛れ込ませ、更に今回の分に関しては主導で既に避難済みという事にしておく。

問題は監視カメラなんかをチェックされると、俺が本当に避難したかという物質的な証拠が欠けている事がばれてしまうという点なのだが、まぁこの島の住人はそこそこ数が居る。多少ならばばれる事は無いだろう。

第一緊急事態である現状、悠長にダミープログラムを組んでいる暇もない。とりあえずででっち上げたプログラムが実行された事をチェックし終えた真幸は、一息ついてソレまでのブラウザを一端全て閉じ、新たなウィンドウを開いていく。

次いでアクセスしたのは、メインフレームを経由した軍管制システムだ。

TPCのネットワークは割と開放的で、各支部同士はかなり積極的にデータ交換を行なっている。そのため、一度内部に潜り込む事ができれば、そのやり取りしているデータを横から観測するくらいはとても簡単に出来てしまうのだ。

勿論データの改竄なんかにはかなり厳しいプロテクトが施されている為、案外見せ付けている部分もあるのではないか? と真幸は思ったりしているのだが。

「……これか、大気圏電離層の黒雲」

言った途端、即座に嫌な予感が沸き上がってくる。というか、真幸は幾つかこの手の怪獣に心当たりが有るのだ。

一つ目に、過去何度か交戦経験のあるガゾート。クリッターと呼ばれる電離層に住むプラズマ生命体の集合体で、これが人間を餌にすることもある。

もう一つが姑獲鳥(こかくちょう)で、クリッターやガゾートと似たようなプラズマ生命体。但し此方は人間に対して悪意を持っているとか居ないとかで、しかも物理攻撃が効かなかったりする厄介な性質を持っていた、と記憶していた。

「どっちか知らないけど、厄介な怪獣が……」

思わずそう呟く真幸。何せこのプラズマ生命体、共にウルトラマンという作品内において、ウルトラマンが倒しきる事が出来なかった存在でもある。

ガゾートは倒したところでクリッターに分離するだけであり、最終的には地球から旅立って行っただけであり、姑獲鳥は異次元追放する事で何とか被害を遠ざけただけ。共に討つには至っていないのだ。

「どっちか知らんが、一夏め、初戦の相手がコレとは……ついてない。……いや、逆に運が良いのか?」

ガゾートにしろ姑獲鳥にしろ、共に馬鹿げた再生力を持つエネルギー生命体だ。……そう、両者共にエネルギー生命体なのだ。

一般的なISであれば、先ず間違いなくジリ貧に落ちるのは目に見えているのだが、出撃するのは一夏、単一技能『零落白夜』を扱える『雪片』、その発展形である『光雪片』を持つ『白桜』のドライバーである一夏は、エネルギー体に対して相性が良い。

問題は、プラズマ球をガンガン連射してくる怪獣相手に、何処まで接近できるか、かつどれだけ効果的なダメージを与えられるか、と言う話なのだが。

幸い出現地点は海上で、ゆっくりとIS学園島に向うコースを進んでいる。TPCジャパンが出撃していない理由は、現在最も近隣の部隊が既に出撃中である為というもの。

「……出る準備はしておくか」

TPCが出来、軍備が整って以降、アークプリズム……オルタの出撃回数というのは極端に減った。

というのも、ISと言う兵器は現段階において対怪獣・侵略者迎撃装備としてはかなりの代物で、第二世代型でも一個中隊――12機もあれば怪獣を倒す事は容易い。

これほどの代物が有る程度配備された現状、指揮系統に組み込まれていないオルタが自在に暴れまわるのは、逆にTPCの権威を傷つけ、悪戯に戦場を混乱させる原因になりかねない。

故に、現段階におけるアークプリズムの出撃というのは、それこそ既存のシステムでは対応しきれない、時間・空間を操るだとか、重力を操るだとか、かなり特殊な性質を持ち、尚且つTPCが対応し切れなかった場合にのみ限定されている。

今回は万が一の場合に備えて出撃準備を整えはするが、然し此処でもしアークプリズムを出してしまった場合、それはかなり不公平なのではないか、という気持ちもある。俺はIS学園の護衛としてではなく、織斑一夏と言う個人の護衛として動くのだから。

「ま、縛られても仕方ないか」

そう、俺が大切なのはあくまでも自分とその周りの人間。地球を守る為、ではなく、地球に生きる周囲の人間の環境を守る為なのだ。

小さく頷いた真幸は、次に新しいウィンドを開き、何処かの風景を映し出す。それは現在太平洋上空を飛行する、ペリカン輸送機の正面カメラ映像で。

「さて、お手並み拝見といこうか」

そう呟く真幸の視線には、ペリカン輸送機から次々に出撃していく、幾つものISが残す光の軌跡が映されていたのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

『今回の任務は、IS学園島に接近しつつある黒雲、この調査と迎撃だ』

太平洋上を飛行する飛行編隊。そのうち周囲を飛行するガッツウィングとは少し形状の違う飛行機――ペリカン輸送機の中。

両脇に展開された簡易椅子に並ぶ幾人もの専用機持ちたちが、コックピット背部に設置されたモニターから響く織斑千冬の声に耳を傾けていた。

「然し、不運だな一夏」

V-TOL機であるペリカンの中。初めての出撃にガチガチに緊張していた一夏に、不意にそんな声が掛けられた。

「ぎ、ギル……」

「貴様の境遇には同情する。が、逃げ腰になると逆に危ない。……そうだな、何時でも逃げられるようにするために、と考えて身体を解しておけ」

本来は自らの力を示して、ソレを持って自らに有利な世界を構築しよう、と言う考えを持っていたギルだが、だからといって完全に不義理な男である、と言うわけではない。

彼は彼なりに自分の過ごしやすい世界を構築しようと考えていた。ソレは確かに彼以外の誰かにとってデメリットを与える社会かもしれない。――が、社会と言うのは結局何処かで利益と不利益が生まれ続けるものなのだ。

一般人程度には情もあるギルだ。改めて考えてみれば、この織斑一夏の境遇と言うのは、同情こそすれど、羨むような点というのは殆ど無い。

ギルやデイブのように背後に社会的権力があるわけでもなく、有るのは姉・織斑千冬の社会的影響力と、姉を通じて繋がりのある篠ノ之束博士との縁か。

然しこの二つ、ともに社会的な影響力こそあれ、直接的な権力には結びついていないのだ。これで織斑千冬がTPCの上層部に属してでも居れば別なのだが、織斑千冬は完全な体育会系だった。

織斑一夏がISに乗れる理由として、IS開発途上期における織斑千冬の生体データがコアネットワーク間で流用されたのが理由ではないか、という仮説がある。

これは木原真幸を名乗る篠ノ之博士のエージェントから齎された情報では有るが、理屈としては矛盾点が見当たら無い物だった。

だとすれば彼は、ギルのように自らの利益の為でもなく、何の覚悟も無く、ただ織斑千冬という存在の弟であった、というだけで、こんな命がけの世界に飛び込む羽目に成ってしまったのだ。

コレを同情せずして何とすれば良いのか。

「で、でも……」

「大丈夫だ。今回一年生は基本バックアップ。一夏は近接装備しかないが――まぁ、最悪避難誘導なり流れ弾の処理なりをやっていれば終わる」

「……でもさ、俺、ISは持ってても素人だし、望んでこんな場所に立ったわけじゃないんだぜ?」

「ああ、それは理解している。哀れにも思う。が、これはな一夏よ、お前が織斑一夏である以上、避けては通れん事だ」

「……それは、俺が千冬姉の弟だからか?」

「そうだ。例えお前がISを棄てても、お前は常に姉の波紋に流され煽られ続ける事になるだろうよ」

「………」

実際、此処で織斑一夏が逃げて、ISを没収になったとして。それでも彼はきっとISから、そして織斑千冬の影響下から逃げ出す事は出来ないだろう。

「なら、どうすれば……」

「相手の波紋を打ち消せるほど、自らが波紋を生み出せば良い」

「俺の波紋……」

「織斑千冬という大きな船は、世界最強と言う名の下に世界に大きな波紋を生み出した。今のお前はソレに煽られるだけの小船でしかない」

故に貴様はそれに煽られる事の無い、大きな船に成る必要があるのだ、とギルは告げる。

「第一、貴様は家族を守るのだろう? 貴様の家族も最終的には戦場に立つ事になるのだぞ」

「……そう、だな。千冬ねえを守るって誓ったんだ。なら、そのために力をつけるのは必要なことだよな」

「まぁ、気張りすぎても仕方が無い。今日はデビュー戦で半分は見学みたいな物だ。気を抜きすぎてもいかんが、気張りすぎるなよ」

「ああ。ギル、ありがとう」

「ふん、すぐ傍で陰気になられていては鬱陶しかっただけだ」

もし此処に真幸が居れば小さく「ツンデレ乙」と呟いた事だろう。これこそが正しいツンデレと言うものだ、と。暴力を振るうのはツンデレではなくツンギレだ。

『……織斑先生、その言い様では、今回の黒雲は怪獣だ、と断定しているように聞こえますが』

『ああ。建前上調査とは言っているが、実質TPCジャパン、及びTPCIS学園島支部はこの黒雲を怪獣と判定している。どうやらこの黒雲に類似したデータが本部のデータベースに存在しているらしい』

『どのような怪獣がお伺いしても?』

『先入観を避けるために、判断は現場に任されている。が、まぁ問題は無かろう』

画面から聞こえてくる会話は、IS学園の指揮所につめている織斑千冬と、他のペリカンに乗った上級生の物だろう。

その会話にあわせて表示されたデータ。逆三角形の身体に羽のような腕、二本の脚と尻尾を持つ、奇妙な姿の怪獣。

『地球の原住生物、クリッターが電磁波を浴びて変質した怪物、で――』

「……ガゾート」

不意に、小さな声がすぐ傍から響いた。それに気付いたのは、同じペリカンに腰を下ろしている一年生の専用機持ちだけで。

「オルコット?」

「……なんでもありませんわ」

一夏の問い掛けに、然しセシリアは表情を変えることなく、それだけ返してそっぽを向いてしまう。そんな態度のセシリアに首をかしげた一夏だったが、過去に出たと織斑千冬も言っていた為、セシリアも偶々知っていたのだろうと自己完結してしまう。

故に、そっぽを向いたセシリアの表情が青褪め、しかし同時に妙な気配を纏っていた事に気づいたのは、彼女の傍に座っていた四組の代表である、青い髪の少女一人だけだった。

 

 

 

    ◇

 

 

『それでは部隊展開後、GW隊の先制攻撃を持って攻撃開始の合図とする。三年・二年がオフェンス、一年はバックアップ。教員各位は前線指揮と支援を』

『『『「『「「了解』』』」』」」

『では各自、出撃!』

モニターを通じて重なる声。織斑千冬の声を合図に、開いたペリカンの後部ハッチから次々に生徒達が飛び降りていく。

「ふん、先陣を切ってこそ我が覇道を示せるというモノだ!」

「それじゃ一夏、お先に」

「……」

真っ先に飛び出したギル、ソレに続くデイブ、そして黙って飛び出して行ったセシリア。

三人はISスーツのままペリカンから飛び降り、空中でISを展開してはそのまま陣を組む指定位置まで飛んでいってしまう。

「え、ええっ!?」

然し、残された一夏はと言うととてもではないがそんな真似はできない。何せ一夏は素人。着艦・離艦訓練もやった事の無い正真正銘の素人なのだ。離艦後に空中展開のような、何気にプレッシャーの掛かる技術は修得できていない。

「……どうしたの?」

と、そんな一夏に問い掛けたのは、最後にペリカンに残ったもう一人の少女。

「あ、いや……皆空中でISを展開してたけど、俺素人だから……」

そんな一夏の言葉にコクコク頷いた少女は、一夏の手を掴むと、そのまま開いたペリカンの後部ハッチへと移動していった。

「えっ、ちょ」

「大丈夫、補助する」

「っ――!!??」

言うと少女は、そのまま一夏に何の問答をも許すことなく、空中に向けて体重をかけ、そのまま一夏ごと空中へと飛び出した。

声にならない声で悲鳴を上げる一夏だったが、然し青い髪の少女は何の予備動作も無く、瞬間的に自らの水色のISを呼び出してしまう。

少女はそのままペリカンとの距離を少し開けると、相対速度を一定に保つ。

「ほら、展開して」

「っ、無茶苦茶しやがる! 白桜っ!」

きらきらと派手に光を撒き散らし、少女に抱えられていた一夏がその身に白桜を纏う。輝くエネルギーライン、脳に送り込まれる情報量、共に通常と同じ、何も問題は無い。

少女に抱えられていた一夏は、白桜を展開したことで自ら自立飛行を開始した。ソレを確認した少女は一夏から手を放す。

「コースはわかる?」

「あ、ああ。白桜が教えてくれてる」

少女の問い掛けにそう答えた一夏。一夏の視界――補助バイザーには、白桜がガイドラインを表示している。三次元における想定コースを表示するというシステム。機体丸ごと量子コンピューター並という無駄に演算能力を持つ白桜ならではの機能である。

そんな一夏の言葉に頷いた少女は、ペリカンの機体下部を通り抜け、あっという間に予定ポイントへと飛んで行く。

『織斑っ!何時までかかっている!!』

「うわっ、ゴメン千冬姉!」

『織斑先生だ馬鹿者っ!』

と、そんな少女の見事な飛行技能に見とれていた一夏だったが、突如として通信機から響いた自らの姉の声に、慌てて少女の後を追って加速した。

途端光を撒き散らして加速する白桜。今回の出撃において、競技用リミッタを解除している白桜は、その出力が桁違いに上っている。それこそ零落白夜をオーバーロードさせて巨大化させられるほどのエネルギーをその身に持て余しているのだ。

それほどのエネルギーを持ってすれば、イナーシャルキャンセラーを併用し、人知を超える加速を搭乗者に負担無く掛ける事も可能となる。

瞬間加速した一夏は、あっという間に先行する水色の髪の少女に追いつき、その横を並走し始めた。

『……さすが最新機。凄い加速』

「ああ、白桜は凄い機体だよ。俺には勿体無いくらいのな。でも、その内ちゃんと使いこなして見せるさ」

そういってニヤリと笑う一夏に、並走する少女はクスリと微笑んだ。

「そうだ、自己紹介が未だだったな。俺は織斑一夏。コイツは白桜だ」

『……一年四組、日本国家代表候補、更識簪。この子は打鉄二式改』

「そっか、宜しくな、更識」

『簪でいい。苗字は嫌いだから。その代り……』

「おう、一夏でいいぜ。宜しくな、簪」

『うん、よろしく、一夏』

そうして遅まきながら自己紹介を済ませた二人は、互いに指示された指定ポイントへ向って飛行する。その最中、日本の国家代表候補と名乗った簪と、TPC系列の最新型を操る一夏という事で、自然と話題はISの事が中心となった。

打鉄二式改は、日本の国産量産型第三世代機『打鉄二式』を改造し、新式システムを組み込むためのテストベッドなのだとか、噂ではそれがTPCのISに用いられている物と同種の技術なのだとか。

一夏とそのIS『白桜』の所属は、仮にTPC所属という事に成っている。それ故にデータを多く扱う為、学園内のISに関してデータを調べていた簪は、ふとした切欠から一夏のISを知り、もしかして白桜は何か最新技術に関係のある機体なのではないかと睨んでいたのだ。

「なんだったか、エーテルコンピュータだっけ? エーテル粒子を機体に通す事で、機体自体を量子コンピューター化して、反応速度を上げるどころか、限定的な未来演算すら理論上可能とする超技術、とか」

『……何か胡散臭いね』

「まぁ、言葉にするとな。でも、後から聞いた話なんだけど、白桜は凄いお喋りで、俺を色々サポートしてくれるんだよ」

これってエーテルコンピュータが有ってこそなんだろう? という一夏の言葉に、簪は内心で驚き、同時に大いに好奇心を刺激された。

ISは心を持っている。これはIS搭乗者の間では、常識として語られる『知識』だ。だが、それを実際に感じられるのは、IS搭乗者の中でも、専用機を持ち、尚且つ専用機と深く絆を紡いだ操縦者のみとなる。

というのは、ISの『声』というのはとても小さく、それを聞き取ろうと思うと、かなりのIS適性か、機体との相性が必要と成る。そんな条件は、とてもではないが量産機で達成できる物ではない。

ところが一夏は専用機を得て未だ数日しか経っていないにも拘らず、既にISの心と交流しているのだという。

普通ではありえないが、これが仮にありえたのだとするならば、考えられるのは機体そのものの演算力によって、ISの声が強化されているのだ、というのが考えやすい。

『……それ、凄い技術』

ISにAIを搭載しよう、という実験は過去に何度か有ったらしいことを簪は知っている。何せ結局の所ISは戦闘兵器だ。ならば人命を重んじれば無人兵器という選択肢に行き着くのは、現代の戦場においては至極当然の事といえる。

然し現代において、ISの無人化というのは未だに達成されていない。何故か、という疑問に対する回答は、定説として『ISの意志とAIが反発を起す』と言うものだ。ISはISで完結しているというのに、そこに余分な物が割り込もうというのだ。ISはソレを嫌ったのではないか、と言うのだ。

ふと簪は考える。そこまでISの意志が強化されているのならば、AI無しにISが自立行動する事も可能なのではないだろうか、と。

でも同時に簪は、もう一つ情報を持っていた。ISが力を発揮するのは、人の心の輝きを映し出すからこそなのだ、と。その事を簪は知っていたから、自らのISである打鉄二式改との絆を深めて今日まで歩んできたのだ。

何れ一夏の言う最新技術が打鉄二式改に組み込まれるとして、その日になれば打鉄二式改の声がより良く聞こえるようになるのだろうかと、簪は胸の奥でワクワクしている自分に気付き、小さく苦笑したのだった。

「どうした?」

『ううん。……っと、そろそろみたいだよ』

と、そうして会話していた一夏と簪の視点の先。黒い雲に対して陣形を組む先輩達のIS。そろそろ攻撃を始めるらしいその様子に、二人の視線、いやハイパーセンサーがその方角へと向けられた。

『ねぇ、一夏』

「ん、なんだ?」

と、そうして視線が黒い雲へと向きなおされたところで、簪が顔を向けずに一夏に声を掛けた。

『一夏は、オルコットさんと仲はいいの?』

「ん、まぁクラスメイトとしての付き合いは普通にある。ちょっと揉めたんだけど、戦った後からは普通に会話する程度には和解したからな」

一夏のクラス代表就任パーティー。その場にてセシリアは一夏に対する行き過ぎた態度を詫び、一夏も少し態度が悪かったとしてセシリアと和解していた。

まだ苗字で呼び合う程度の間柄ではあるが、それでも普通のクラスメイト程度の付き合いはある。

『そっか。……一夏、オルコットさん、様子が変だった』

「オルコットの?」

『うん。思いつめたみたいな顔してた。多分、あの怪獣と何か有ったんだと思う』

簪は思う。偶に姉が見せる不安げな表情を。完璧超人な姉の、偶に思い出したように歪む恐怖の顔。

怪獣、怪異、宇宙人。この世界の裏に蔓延るという邪悪。その闘いに姉は巻き込まれてしまったのだという。

――彼女は強い娘だから、きっとこの先も強く生きていくと思う。でも、きっと傷は残る。それはふとしたときに彼女を苛むんだろう。

彼はそんな事を言っていた。戦いと言うのは、戦場が終われば全てが終わりではない。その後始末と延々と付き合っていかなければ成らないのだ、と。

そんな彼の言葉で簪は理解していた。簪の姉が稀に見せるあの弱々しい表情。姉はきっと未だ心の中に傷を残していて、それが癒し切れて居ないのだと。

そしてそんな姉を見ていたからこそ、簪は何となく察していた。あのセシリアの顔は、きっと姉と同じ、過去の戦いで心に傷を残した人のものなのだと。

『他の二人にも伝えたほうが良い』

私は面識が無いから、一夏に中継して欲しい、と言う言葉に一夏は素直に頷いていた。幾ら過去に敵対していたからといって、ハイそうですかと本調子ではない仲間を見捨てられるほど一夏は擦れてはいない。

即座にコアネットワークを介してギルとデイビッドに連絡を取った一夏。簪から聞いた話を伝えると、ギルとデイブは目を細めて了解と合図をして。

『……っ、全員、来るぞ』

と、そんな会話の途中、不意にギルが声を上げた。コアネットワークを介して伝わる声に反応し、全員の瞳がその瞬間黒い雲に集中する。

途端雲は全員の視線が揃った事を合図にしたかのように、急激に縮小・一点に集中する。

――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!

そうして其処に現れた怪獣。それはペリカンの中で事前に確認された怪獣、『変型怪獣ガゾート』そのもので。

チラリと一夏が視線をセシリアに向ける。簪の忠告からセシリアの動向に意識を向けたのだが、然しセシリアの様子は特に変わったところも無く。セシリアも代表候補。まだ大丈夫なのだろうと、一夏はその時少し油断してしまっていた。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「部隊編成をチェック、三年、二年は特に問題ないな」

織斑千冬は、IS学園島本当作戦司令部にて、今回の作戦に参加することとなった生徒達のデータを確認していた。

今回の作戦は緊急事態ゆえのものであり、本来ならばこれはTPC極東支部なりが対処する筈の仕事だった。出撃義務があるとはいえ、IS学園に属するのは基本学生。彼女等の出撃はあくまでもイレギュラーなものでしかない。

そんな彼女等の出撃。緊急時の出撃故に、本来は幾つも行なわなければ成らない手続きを大幅にカットしての出撃だ。

それ故に千冬は彼女等を送り出し、具体的な作戦立案を済ませ、ソレを彼女等に伝えた時点で本来必要と成るはずの出撃手続きや、作戦参加者のプロフィールチェックを行なっていたのだ。

とはいえ、作戦に参加している主力である二年と三年。彼女等は既にIS学園に一定期間属しており、実力者でもある彼女等の事は千冬もある程度知っていたため、チェックはザックリとで済ませてしまう。

問題は一年生だ。国家代表候補や企業・国家所属などが多数居るとはいえ、実戦経験などあるかどうかも怪しい、素人に毛が生えた程度の小娘とガキが五人。

然し男性操縦者、国家代表候補と相まって、其々のプロフィール情報は膨大。ソレを全て読み込むのは、脳きn……体育会系の千冬にとってはかなりの労力を要する仕事となってしまう。

かといってこの案件における臨時司令官として任命されたのは、最もIS搭乗経験の豊富な千冬であり、コレを読み込むのは彼女の義務だ。面倒だからと後輩の麻耶に押し付けることも出来ない。

故に一つ一つメンバーの履歴をチェックしていたのだが……。

「これは……案外一年を前に出したほうが早くカタが着くか?」

イスラエルのギル・モーゼス、オーストラリアのデイビッド・コナー。

其々最新型と言っても良い第三世代機を駆る二人。彼らの能力は訓練生としては高いほうだが、突出しているというわけではない。問題は彼らの駆る機体性能だ。

ともに第三世代後期型――怪獣出現頻度が上昇し始めた時期に作られた、対人戦よりも対怪獣・侵略者戦を想定した、高い攻撃力を有する機体だ。

これらの火力が万全に運用されたのであれば、事はもっと早くに済ますことが出来るかもしれない。

「我が弟はなぁ」

機体性能は最新鋭。しかしそれを補って、と言うと言葉が可笑しいが、その補正を振り切って操縦者がド素人。寄って斬るしか出来ない一夏では、鉄砲玉以外に使い道が無い。

本音を言えば戦場に出す事すらしたくないのが千冬の心情ではある。だがIS学園の教師として、TPCの職員としての職業倫理が、弟に対する贔屓というモノを彼女に許す事は無い。

「逆にコイツラは……」

更識簪と、セシリア・オルコット。ともに国家代表候補生であり、前期生産型の――対人戦を想定しているとはいえ、第三世代機を駆り、更に怪獣との戦闘経験も有するという傑物だ。

何故入学したての一年生が怪獣との交戦経験が有るのかと言うと、其々二人とも過去に闘いに巻き込まれたりした経験があるのだとか。

更識簪に関しては、過去巻き込まれた際、スペシウム弾頭ミサイルを運用し、中学生ながら単独で怪獣を撃破したというとんでもない経歴を持つのだとか。

そんな簪の経歴に舌を巻きつつ、セシリアの経歴を眼で追っていた千冬。そんな千冬の視線がとある文字を通り越し、一瞬固まった。

「……なに?」

そうしてもう一度その文字を見直して、千冬の顔から一気に血の気が引いていく。

――両親を怪獣災害で亡くし、幼年にてオルコット家の当主となる。尚当人の報告から後年、オルコット家を襲った特殊(怪獣)災害の対象は、クリッター変型体ガゾートである事が判明している。

――セシリア・オルコットのIS操縦者への立候補の理由として、当人はお家復興の為としているが、その実、対怪獣訓練における異様な集中振りから、その目的が復讐なのではないかと代表候補内では専ら噂となっていた。

「……不味い」

怪獣を憎む、と言うのであれば未だ良い。怒り、憎しみは時として人に生きる力を与える。

けれども深すぎる憎しみは憎悪となり、それは時に人の目と判断を曇らせてしまう。特にセシリアのような、生まれて未だ二十年も経っていない小娘では。

「いかん、麻耶、オルコットを引き返させろ!!」

「駄目です、オルコットさん、戻ってください!!」

と、彼女の声に重なるようにして、通信機に向かい合っていた麻耶が悲鳴を上げて。

遅かったかと歯軋りしながら千冬が向けた管制モニターには、三年生達が対処しているガゾートとは別に、一年生の陣に向って襲い掛かるもう一体のガゾートの姿があった。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

戦いが始まった直後、不意に感じた違和感に視線を向けると、その視線の先にはガゾートが居た。

「……え?」

改めて視線を変えれば、其処には現在進行形で三年・二年のグループと空戦を交えるガゾートの姿が。首を動かせば、然し其処にも宙を泳ぐガゾートの姿が。

「……っ、もう一体居るぞ!!」

「「「「ッッ!!??」」」」

一夏の叫びが即座にコア・ネットワークを介して周囲に伝播する。

その途端、その場に居た一年生の行動は二手に分かれた。その場で武器を構え直すものと、武器を手にもう一体のガゾートへ向けて飛び出した者とに。

「オルコットさん駄目!!」

簪の声がコアネットワークに響くが、然しオルコットはそんな声で止まる事は無かった。

スラスターから粉塵を撒き散らしながら二匹目のガゾートに接近したセシリア。一匹目のガゾートへと近付いていた二匹目は、突如として攻撃を開始してきたセシリアに気付き、その矛先を彼女へと振り向けた。

「なんてことを!」

言いつつ、続いて飛び出す簪と、ソレを追う一夏、ギル、デイブ。

もうあの二匹目のガゾートは完全にセシリアを標的として捕らえている。

「何を考えているんだ!」

「……あのまま二匹目を見送れば、一匹目と合流されてしまいますわ。それでは先輩方が持ちませんわ」

「だからって俺達でひきつけるのは無理だろうがっ!!」

「ワタクシ一人で結構です!!」

「ばっ!?」

そうして、その時点で一夏は漸く気付く。様子が可笑しいどころではない。通信画面に映るセシリアの表情は、目は、何処かの螺子が外れてしまったかのように濁っていて。

「ガゾートは、我がオルコット家の怨敵! ワタクシ一人でも討ち滅ぼして見せましょう!!」

その言葉とともに放たれるBT、そして放たれる七本のレーザー。それらは見事にガゾートを直撃し、ガゾートを怯ませ……。

「コレでも喰らいなさいまし!!」

そうして、腰部にマウントされた弾道型BT。スペシウム弾頭に変更されたそれが、ガゾートに向って飛翔、直撃し、大爆発を起した。

「すごっ、即殺だよ……」

「ばっ、フラグを立てるでないわっ愚か者がっ!!」

と、そんな爆炎をみて呟くデイブに、ギルが怒鳴り声を上げて。

「オルコット避けろおおおおおおおおおお!!!!!!」

「――えっ」

その瞬間だった。爆炎の中から、紫電を纏う球体が飛び出し、セシリアへ向けて飛び出してきたのは。

然しセシリアはといえば、BTに加えスターライトで牽制をかけ、更にトドメのスペシウム弾頭という即殺コンボをきめた直後の硬直で動く事ができない。

一夏の咄嗟の叫びも空しく、紫電の光はセシリアの視界を覆いつくしたのだった。

 

 

 

 




■アリーナ
広域殲滅砲撃でボロボロ。
■打鉄(真幸機)
旧式化感の否めない第二世代型で無茶した為、コア以外ボロボロ。
但し某所からの横入りでコアは新型機に入れ替える事に。
■織斑一夏
しらなかったのか だいまおうからは にげられない !
■オルコットさん
未だだ、未だオちんよッ!!
■ペリカン輸送機
ISをより効率的に戦場へ送り込むために開発された輸送降下艇。
武装は20ミリ機関砲とレーザー。機内には汎用機用の格納庫や、簡易ブリーフィングルームなどが設置されている。元ネタはマスターチーフのアレ。
■更識簪
原作と違い、過去にいろいろ有って姉の弱いところとかも見ている為、コンプレックスは弱め。勿論姉に劣等感はあるものの、自分と姉を切り離して考えられている。実は過去のアレコレで真幸とは知り合い。
■打鉄二式(改)
真幸の影響で技術開発の速度が跳ね上がっていたため、既に完成していた打鉄二式。改と付いてはいるが、基本は現状の打鉄二式と同じで、今後最新技術を組み込むための、打鉄算式を開発するためのテストベッド機のための素体。
因みに八連装ミサイルポッド《山嵐》に搭載されているのはスペシウム弾頭弾。
■織斑一夏
・初めての実戦。
・素人に毛が生え始めた程度の操縦技術
・いきなりガゾート二匹。
・友軍に妙に感情的になってる奴がいる。
=ヤバイ。
■ギル
そりゃ、生存フラグって奴でしょォォォォオオオオッッ!!!!!

※きたッッ!! 麒麟ッッ――サクヤッッ!!! 勝ったッ、降臨系完ッッッ!!


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