異世界共有チャット (ペンタブ)
しおりを挟む

凡険者A Ⅰ

「参ったな……」

 

 俺は今、窮地に立たされていた。

 目の前には推奨レベル10の初級モンスターであるコドラが三匹。一匹一匹はさして強力でもないが、三匹もいればその危険度はかなり跳ね上がる。

 それに対して俺は一人。装備は最近買った銀のナイフ(108ゴールド)が一本と、ライフポーション(540ゴールド)が四つ。そして冒険者レベルは15だ。

 とてもではないが、俺一人では相手にならない。このままでは殺されてしまう。

 

『ギャオッ! ギャオッ!』

 

 コドラたちはすでに勝った気でいるのか、軽快なステップで俺の周りを無意味に回っていた。

 モンスターに舐められる屈辱ときたら半端なものではないが、激情しても殺されるだけなので冷静を貫く。

 

 しかし冷静になったとして、ここで奇策が浮かぶ訳でもなく。

 

「くっ……。誰か俺に知恵をくれ!!」

 

 まさに八方ふさがりに陥った俺は、切り札を使うことにした。

 それは俺が産まれたときから持っている固有のスキル。俺はそのスキルによって数々の窮地を免れてきた。今回だってきっと『あいつら』なら助けてくれるはずだ。

 

「スキル【共有】、発動!」

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 凡険者A:『コドラに囲まれた。誰か知恵をくれ』

 

 これが俺の固有スキル【共有】だ。あらゆる世界の同じスキルを持つ者と、意思を共有することができる。

 能力を発動すると頭の中に二つ名が表示され、脳内で言葉を交わせる。

 

 しばらく待つと、ポンッという簡素な音と共に見知った二つ名が表示された。

 

 境界の大賢者:『またか。今度は何匹に絡まれたのだ?』

 

 凡険者A:『三匹。俺のことをバカにして小躍りしてる。殺したい』

 

 稼ぎ続ける者:『またやってるのか。うらやましーな、異世界。潔く死ねばいい』

 

 凡険者A:『そう言わずに知恵をくれ』

 

 境界の大賢者は俺が幼い頃から助言をくれる心強い助っ人だ。女性らしく、普段は世界を裏から管理しているらしい。その気になればこちらの世界に来ることもできるみたいだけど、他にも大賢者がいてその人たちに止められているようだ。

 幼い頃からの関係のため、彼女とは互いに気遣いなく話せる。なので幼馴染みのような感覚で付き合っている。

 次いで稼ぎ続ける者は、ここ最近知り合った人だ。かつては『サラリーマン』という仕事をしていたらしく、毎日巨大な悪に立ち向かっていたそうだ。今は世界を旅しているとかなんとか。彼もまた心強い味方だ。

 

 境界の大賢者:『三匹であれば、この間の策でどうにかなるだろう。なにがいけないのだ?』

 

 凡険者A:『それが行き止まりで……完全に道を塞がれた状態なんだ』

 

 稼ぎ続ける者:『それもうアウトだろ。最強素敵ヒロインが颯爽と現れて救ってくれるのを期待して震えて眠れ』

 

 相変わらず稼ぎ続ける者は所々よくわからないことを言う。

 【共有】のおかげである程度言葉は翻訳されるみたいだけど、それでも理解できない時がある。

 

 境界の大賢者:『おいアレス、そいつの戯言は聞くな。安心しろ、我が助けてやるからな』

 

 凡険者A:『ありがとう境界の大賢者! でも、本名は伏せてくれ……』

 

 稼ぎ続ける者:『え、なに? あんたらそんなに親しい関係なの? やっば! 友達とチャットしてるときに突然友達の彼女が割り込んできて、めっちゃ居たたまれない気持ちになるやつじゃん!』

 

 やっぱり境界の大賢者は頼りになる。俺が困ったときは大体助けてくれるし、さすが大賢者だな。

 ……稼ぎ続ける者は無視だ。この流れに巻き込まれると大変なことになるのを知ってるからな。

 

 稼ぎ続ける者:『でもどうやって助けるつもりだよ。逃げ道無しで囲まれてるんだろ?』

 

 境界の大賢者:『ふんっ、凡人の尺度で計るでない。我は境界の大賢者だぞ。世界線の一つや二つ、越えられないわけがなかろう!』

 

 稼ぎ続ける者:『うおおお! 自力で世界を渡るとか化け物かよ! 俺も連れてけ!』

 

 境界の大賢者:『凡険者Aは旧知の仲ゆえ世界を特定することも容易だが、お前は知り合ってまだ日が浅い。あと10年ほど待て』

 

 稼ぎ続ける者:『その頃には童心も干からびたオッサンになってるよ!』

 

 どうやら境界の大賢者が直々に助けてくれるらしい。彼女がこちらの世界に干渉するのは今までになかったことなので、正直モンスターとか関係なく嬉しかった。

 

 凡険者A:『じゃあ直接会えるってことか? やったぜ!』

 

 境界の大賢者:『あー、喜んでくれているところで悪いのだがな。お前も知っている通り、世界を渡ることは他の大賢者に止められている。だからな……我の魔法をそっちに飛ばすことにした』

 

 凡険者A:『え?』

 

 魔法を飛ばす? それって……。

 

 境界の大賢者:『流石の我も正確に狙い撃つのは難しい。だからなるべく身を屈めろ』

 

 凡険者A『そ、そんな! 下手したら俺も死んじゃうじゃないか!』

 

 境界の大賢者:『確実に死ぬ未来よりも可能性はある!』

 

 やばい。やばいぞ、これは。境界の大賢者は本気だ。本気で魔法を放つつもりだ。

 大賢者の魔法を身を屈めた程度で回避できるとは到底思えない。このままでは今日が俺の命日になってしまう。

 

 境界の大賢者:『いくぞアレス! 伏せろ!』

 

 凡険者A:『あー! 待って待って待ってくれー!』

 

 稼ぎ続ける者:『御愁傷様(笑)』

 

 そしてスキルの効果が切れた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

『ギャオッ! ギャオッ!』

 

「あー……」

 

 時間にして一分程度。それが【共有】の時間制限だ。

 俺は未だにふざけた舞を晒しているコドラたちを見つめて、内心で息を吐いた。

 

「お前ら終わったぜ。これから大賢者様の鉄槌が降ってくるからな」

 

『ギャオッ! ギャオッ!』

 

 先ほどのやり取りを知らないコドラたちは、哀しいことに俺の言葉に耳を傾けることはしなかった。

 これが知らぬ者の末路なのか。俺は知ってるぶんマシなのかもしれない。

 

 そして、異変は徐々に現れ始めた。

 

「っ! これ、は……!」

 

 俺とコドラの間にある空間が、少しずつ歪み始めていた。

 コドラたちもその異常な気配に気づいたようで、小躍りをやめて歪みを凝視する。

 

 その歪みは次第に大きくなり、遂には輝かしい光を放ち始める。

 来る。直感的にそう思った。

 

『原初の魔法をしかと見るがいい! これが大賢者の一柱の力だ!』

 

 少女の高い声が響くと、その光は俺とコドラを飲み込むように広がり、

 

「うわぁあああ!!」

 

『グギャアオア!?』

 

 大爆発を起こした。

 

 その後の記憶は、俺にはない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凡険者A Ⅱ

 煌めきの勇者:『今さら気づいたんだけど、僕のパーティー女の子しかいねぇ(笑)』

 

 稼ぎ続ける者:『なに笑ってんだ殺すぞ』

 

 凡険者A:『本当に今さらだな』

 

 境界の大賢者の魔法によって意識を失った俺は、気がつくと自室で療養されていた。

 どうやら通りがかった冒険者が、満身創痍の俺を担いで街まで運んでくれたらしい。本当に、感謝してもしきれない。

 

 煌めきの勇者:『別に下心があったわけじゃないよ? みんな自分から仲間にしてほしいって言ってきたんだからね』

 

 稼ぎ続ける者:『腹黒イケメン死ね』

 

 凡険者A:『確かに死んでほしいな。人が苦労している時に惚気話なんて、品格が疑われるぞ』

 

 煌めきの勇者:『嫉妬かい? 見苦しいなぁああ……。そっちこそ品格を疑うよ』

 

 稼ぎ続ける者:『うぜえ。自慢するためだけにスキル使うなよハゲ』

 

 煌めきの勇者は俺と同じ世界のスキル持ちだ。俺も何度か遠目で彼の姿を見たことがある。

 風になびく金髪、力強く輝く赤い瞳、端正な容貌と、まさに勝ち組な容姿をしている。加えてパーティーの女の子たちも超絶美少女。それに普通に強いし、神に愛されまくったセコい奴だ。

 

 稼ぎ続ける者:『おい凡険者A、こいつボコボコにしてくれ』

 

 凡険者A:『無理だ、実力が違いすぎる。パーティーの女の子たちにも勝てない自信があるぞ』

 

 煌めきの勇者が率いるパーティーは、冒険者レベルに換算すると平均で70前後だろう。職業はそれぞれ違うが、ここまでレベルの差があると戦闘向きでない僧侶にも一撃でやられかねない。

 

 稼ぎ続ける者:『マジかよイケメン許せねえな。なんでイケメンって強いんだ? 冴えない不良とか見たことないんだが』

 

 煌めきの勇者:『人体の構造から違うのさ。僕は成功するために生まれたエリートだからね』

 

 彼のムカつく笑顔が頭に浮かぶ。

 俺は包帯の塊みたいな状態の腕を持ち上げて、ベッドに叩きつけた。痛すぎて泣いた。

 

 煌めきの勇者:『このまま華麗に魔王を始末して、僕は歴史に名を残す大英雄になるんだ!』

 

 稼ぎ続ける者:『フラグ乙』

 

 別に煌めきの勇者の自慢話は今に始まったことではない。時々現れてはこうして自分語りを始めるのだ。嫌なら無視すればいいだけなのだが、俺も暇だからな。

 煌めきの勇者と稼ぎ続ける者があれこれと言い合いをしていると、不意にポンッと音が響いた。どうやら誰か来たようだ。

 

 終焉の大魔王:『華麗に始末してくれるのか、それは楽しみだな』

 

 煌めきの勇者:『え?』

 

 稼ぎ続ける者:『フラグ回収早すぎぃ!』

 

 そしてスキルの効果が切れた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 最後に不穏な二つ名が頭の中に浮かんだような気がしたが、今日も世界は平和です。

 しかし暇だ。境界の大賢者の魔法で大怪我を負ってしまった俺は、現在ベッドに寝転がることしかできない。俺は新米冒険者だから、長く休んでいると生活が不安になるのだが。

 

 体を動かすこともできないし、さっき腕を痛めたし、最悪だなと考えていると、不意に家の扉がノックされた。

 

『アレスー! 居るー?』

 

 扉の向こうから知り合いの声が聞こえた。体を動かせない俺は、せめて声だけでもと腹に力を入れて、

 

「いるぞー!! いま動けないから勝手に入ってこい!!」

 

『うわ、うっさいなー!』

 

 せめてもの誠意に対して『うっさい』なんて非情な奴だ。今ので俺の体力は無くなってしまったというのに。

 我が家ながら不用心に鍵がかけられていない扉が開くと、綺麗な青い髪が目に入った。

 

「よっす、アレス。謎の大爆発に巻き込まれたって聞いて、急いで北から飛んできたよ」

 

「エルファか、久しぶりだな」

 

 エルファは我がヴングル王国でもかなり名の知れた聖女様だ。現在は煌めきの勇者のパーティーに所属していて、魔王打倒の旅をしている。

 

「それにしても、酷い怪我ね。どうなったら全身包帯巻きになるのかしら?」

 

「大賢者の魔法をくらうとなるみたいだぞ」

 

「大賢者? なにそれ」

 

 訝しげな視線を向けてくるエルファ。どうやら信じていないみたいだ。

 まあ、俺の世界の【賢者】はお伽噺の空想という認識だからな。俺も初めて境界の大賢者と【共有】した時は疑ったし、仕方がないだろう。

 

「ちゃっちゃと治してあげるけど、あまり無理はしちゃだめよ。アレスは冒険者としてはまだまだなんだから」

 

「……善処するよ」

 

「ちゃんと肯定しろ」

 

 「まったく……」と言いつつも、あまり強くは言ってこないのがエルファ良いところだ。彼女の優しさには昔から助けられている。

 

「アレスは昔っから無茶するんだから、こっちも気が気じゃないのよ。あなたが死んだら悲しむ人が大勢いるのに、わかってるの?」

 

「んー、わかってるつもりだけど……」

 

「わかってないでしょ、もう」

 

 エルファは呆れた様子で眉を下げて、俺の胸元に片手をそっと添えた。すると全身を青い光が覆い、たちまち体の傷が癒えていく。

 見慣れた光景ではあるのだが、みるみるうちに痛みと疲労が癒えていく感覚は何度経験しても慣れない。なにも悪い意味ではなく、単に気持ちよくて癖になるのだ。

 

「さすが聖女様。これで冒険ができる」

 

「冒険はするな」

 

 釘を刺されてしまった。しかし冒険者とは冒険をするものだし、冒険をしないとお金が入らない。お金が入らないと、明日を生きるのも厳しい。

 俺は包帯でぐるぐる巻きにされた丸い手を合わせて、頭を下げた。

 

「そこをなんとかっ!」

 

「ダメよ。絶対にダメ。知ってるのよアレス。あなた、別にお金に困ってるわけじゃないでしょ?」

 

「うぐっ」

 

 なぜそれを……。

 

「勇者も冒険者も変わらないわ。今代の勇者を見てみなさい。あれでも勇者なんだから、そこまで意味なんてないのよ」

 

「それは煌めきの勇者に失礼だろ」

 

「煌めき? なにそのふざけた二つ名。あなたがつけたの?」

 

 しまった。これは【共有】してるときの二つ名だった。でもさすがにふざけてはいないのだが……アイツ煌めいてるだろ? 顔とか。

 

「とにかく、無駄なことはしないで隠居生活を楽しんでなさい。あとは私がやったげるんだから」

 

「でもそれは――」

 

「はいはい聞こえません。……本当に救われるべき人間を履き違えないでよ。誰も責めたりしないんだから」

 

「…………」

 

 言葉を返すことができない。言いたいことは沢山あるけど、口にはできなかった。

 俺が観念したのがわかったのか、エルファは微笑むと部屋の中をを見渡して、

 

「それにこの家。ちっちゃいしボロボロだし、もう少しマシな所に住みなさいよ」

 

「そ、それは関係ないだろ」

 

「大有りよ。こんなボロ屋じゃ伸ばせる羽も伸ばせないでしょ」

 

 俺の生活環境をことごとく否定されていく。聖女様の言葉だから聞き流すこともできないし、かなり辛い。

 納得はできないが渋々頷いてやると、エルファは満足したのか一つ伸びをして踵を返した。

 

「ま、いいわ。私も忙しいから、そろそろ行くわよ」

 

「……そうか」

 

 今度はいつ会えるのか聞きたいが、俺とは違って多忙なエルファだ。心労を増やしたくはないので黙っておく。

 扉の前まで歩くと、彼女は振り返って胸に手を当てた。

 

「それでは! アレス・アンバー率いる伝説の一行が一人、エルファ・リーフィア! 次代の勇者を支える大柱として馳せ参じます!」

 

「伝説って……」

 

 まあ、良くも悪くも伝説なのかなぁ……。

 エルファが居れば、煌めきの勇者も大丈夫だろうか。

 

 取り敢えず、いま俺が言えることは一つだ。

 

「おう、いってらっしゃい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

煌めきの勇者 Ⅰ

 煌めきの勇者:『昨日、魔王のことを聖女様に相談しようと思って部屋に行ったら留守だった。下心がバレたのかなぁ』

 

 凡険者A:『それは残念だったなあ。聖女様に汚れた心を向けるからだゾ』

 

 終焉の大魔王:『あやつはアレスを好いている。無駄な努力は感心せんな』

 

 煌めきの勇者:『アレスって、あの伝説の勇――っ! ゃば魔ouijju!?!!?』

 

 そしてスキルの効果が切れた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「うぅわあああ!!」

 

 スキルの効果が切れたことによって現実に意識を引き戻された僕は、だらしなくも悲鳴を上げてしまった。

 

 魔王だ。最近、僕のスキルに魔王が干渉してくる。

 最初は他の世界の魔王かと思って無視をしていたけれど、奴が時折語る“こちらの世界の事情”によって認識を改めさせられた。

 過酷な勇者業の中で唯一ありのままの自分を曝け出せる場所だったのに、魔王のせいで最近は満足に自慢もできない。時間も一分程度しかないし、次の発動まで五分はかかるからストレスも溜まる。

 

「くそっ! 魔王め、精神から堕とすつもりか……!」

 

 なんたる非道か。絶対に許さないぞ魔王。

 

 僕は勇者になってからずっと、魔王を倒すことを夢見てきた。あの人――伝説の勇者アレス・アンバーですら一歩届かなかった化け物を、僕の手で葬るのだ。

 

 アレス・アンバーは僕の憧れだ。

 彼は誰よりも輝いていて、そして強かった。あの人の煌めきの前では、僕なんかはまだまだランプの灯火程度だろう。

 そんな偉大な人が魔王と相討ちで倒れたと知ったときは、驚きで煌めきを忘れてしまった。相討ちといっても互いに意識を失っただけで、それぞれ護衛が回収して事なきを得たのだが。

 しかし悲劇はその後だった。誰もがアレス・アンバーの復活を望んでいた中で、何故か彼は勇者業を引退してしまったのだ。その時の国のざわめきときたら、国王交代よりも大きいものだっただろう。

 アレス・アンバーの事情を知るものは、聖女であるエルファ・リーフィア様と、国家最大の冒険者ギルドのギルドマスターであるガリア・バードル様だけだ。

 僕たちはアレス・アンバーの住んでいる家すら知らない。まるで初めから居なかったかのように、情報が出てこないのだ。

 

「僕が必ず魔王を倒してやる……」

 

 アレス・アンバーが引退するほどの手傷となれば、魔王も相当なダメージを負っているに違いない。最近【共有】でチョッカイをかけてくるのがいい証拠だ。どうせボロボロの包帯巻きで、それしかやることがないのだろう。

 今しかないのだ。魔王を仕留めることができるのは、このレオン・クラウロスをおいて他にない。

 

 そして決意を新たにしたとことで、部屋の扉がノックされた。

 

「誰だい?」

 

『ミリアです、勇者様』

 

「ミリアか。鍵は開いているよ」

 

『はい。失礼します』

 

 扉が開くと、小柄な少女が顔を覗かせた。

 

 ミリア・カナエル。

 少し大きめのハット帽が特徴の魔法使いだ。僕のパーティーの中でも聖女様に次ぐ古参で、それなりに長い付き合いだったりする。

 

 ミリアはどこか不安そうな表情をしていて、そわそわ落ち着きがなかった。

 

「どうかしたのかい?」

 

「先程、大きな声が聞こえたもので……心配になって」

 

 ああ、あのときの絶叫か。あんなに大声を出せば、それは心配もされるだろう。悪いことをしてしまったな。

 

「ああ、ごめん。少し驚いたことがあってね。別に何か危険なことがあったとかではないから、心配しなくてもいいよ」

 

「……そうですか」

 

 心なしか表情を曇らせたミリアは、どうにも納得のいかない様子で僕を見つめていた。

 最近はずっとこんな調子だ。それは単に、僕がそうさせているのだろう。

 勇者という職業は世界にたった一つしかなく、孤独を強いられる。もちろん共に歩んでくれる仲間もいるけど、それだって結局は部外者でしかないんだ。ピンチに陥った時、本当に信じられる関係とは言い切れない。

 

 アレス・アンバーが失位した後、次代の勇者として選定された僕には確かに勇者足る力がある。

 しかしそれでも、自分の心に巣食う恐怖は拭えないのだ。

 例えどれだけ強くても、次の瞬間に呼吸をしているかは分からない。それが戦いだ。崇拝して止まなかったアレス・アンバーが姿を消したように、僕だってそうなる可能性はある。

 

 毎日が緊張の連続。

 そんな中で、僕が唯一癒しを得られるのが【共有】というスキルだった。

 こことは違う別の世界には、別の魔王がいて、別の勇者がいる。そんな彼らの武勇談を聞いていると、僕もまだまだ大したことはないのだと思わされる。もっと努力しなくてはと己を奮い立たせることができる。

 この世界には勇者は一人しかいない。けれど、勇者という存在は一人じゃないんだ。

 

 僕は幸運だった。このスキルのおかげで日々の重圧に耐えることができたのだから。

 アレス・アンバーはきっと、僕以上に怯えて、緊張して、不安で苦しかったはずだ。

 それでも彼は魔王を追い詰めた。その喉元に食らいついた。

 彼は僕の英雄だ。勇者とはどうあるべきか、それを先人となって示してくれた。

 

 絶望の暗闇で輝く希望の光。

 太陽のように煌めくその人の見えざる後ろ姿は、今でも僕の進むべき道を照らしてくれている。

 だからこそ、僕もまた輝かなくてはいけない。例え僕が死んだとしても、次なる勇者が希望を見出だせるように、僕は煌めき続けるのだ。

 

「大丈夫さ、ミリア」

 

「は、はい……」

 

 彼女を不安にさせているのが僕なのだとしたら。

 それはきっと、僕が暗闇に沈んでいるからだ。

 彼女の中で輝き続ける僕でなければ、きっと勇者は勤まらない。

 

「ミリア」

 

「……はい」

 

「魔王との決戦は近い。僕は君を信用して、君に命を預けるよ。きっと生きて帰って、共に伝説になろう」

 

 優しく微笑む。

 今の僕にはこれが精一杯だ。見栄を張るつもりはない。

 

「……はい!」

 

 そして彼女もまた、悲しい笑顔で答えてくれた。

 それが彼女の精一杯なのだろう。

 

 僕はまだまだ半人前だ。だからこそ、僕は成長しなくてはいけない。彼女たちと共に、今日を生き抜くために。

 

「さて、支度をしよう。エルファ様は戻ってきた?」

 

「はい。聖女様は食堂で朝食をとられていますよ」

 

「なら僕たちも朝食を食べようか。なんだかとてもお腹が空いているんだ」

 

 心機一転。

 胃袋を満たして、今日も冒険だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

稼ぎ続ける者 Ⅰ

 稼ぎ続ける者:『フラグ回収早すぎぃ!』

 

 文字通り華麗にフラグを回収した哀れな勇者。

 毎度毎度ムカつく自慢話を飽きても語り続けていたイケメン野郎には相応しい【共有】の幕切れだった。

 まあ凡険者A曰く実力は確かだそうだから簡単に死にはしないだろうが、やつもこれに懲りて自分語りを控えることだろう。

 

 それに……。

 

 静寂の魔法師:『君の知り合いは騒がしいことだな』

 

 俺の【共有】の制限時間ギリギリで【特定共有】に来客が訪れた。

 

 稼ぎ続ける者:『騒がしいくらいがちょうどいいだろ。そうじゃなかったらこのスキルは……』

 

 静寂の魔法師:『“導く意志”が心を繋ぐ。どうしても似たり寄ったりだよ、私たちは』

 

 そうだな。その通りだ。

 誰かを助けたい。誰かに助けてほしい。そういった心が形作ったスキルこそ【共有】だ。普段は馬鹿騒ぎしている連中も、心の中では誰かに助けを求めている。あの煌めきの勇者だって、きっと。

 

 静寂の魔法師:『君は変わったな。昔はもっと冷徹……いや、“虚無”だった。時間いっぱいに【共有】を発動しているのは君くらいのものだろう』

 

 稼ぎ続ける者:『俺を変えたのはお前だろ』

 

 静寂の魔法師:『さてね。私はただ、ここでこうして語っているだけだよ。変わりたいと思ったのも、変わってしまったのも、君の決断だ』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「今月のナンバーワンは、篠崎君だ! おめでとう!」

 

 周囲から鳴り響く拍手喝采。

 セールスマンとして上々の成績を収めている俺は、毎月こうして乾いた祝福を浴びていた。

 月の成績上位者を発表することで競争意識を高めようと言う社長の思惑らしい。

 

 視界に映るのは、灰色だ。

 

 誰も本心から俺を讃えていない。

 わかってる。

 同僚先輩からすれば、俺はトップの席に胡座をかいている敵でしかないのだから。

 

 俺は昔から、他人より少しだけ優秀だった。

 学生の時は“クラスで”一番頭が良かったし、運動も毎回“トップ3”に入る成績を維持していた。

 少、中、高、とそんな生活を続けていて、大学に入る気にもなれなかったから就職してみれば、そこでもやはり俺は俺だった。

 少し違うのは、この会社で俺に勝る人間はいないこと。立場的に上司というものはあるが、どちらかといえば上手く扱っているのは俺の方だ。

 

 くだらない。面白くない。

 今月の給料も、きっと百万単位なんだろう。

 使う気も起きないからずっと貯めていたけど、そろそろ消費しないとヤバそうだ。まるで自分が無欲の人間みたいに思われる。

 一度、高い車を一括で買ってみるか。正直車種とかはよくわからないけど「一番高いのください」と言えば済む話だろう。

 

「篠崎君、何か一言あるかい?」

 

 社長が満面の笑みでそう言った。

 

 生きるための心得はある。誰を敵にしてはいけないのか、誰に媚を売ればいいのか、感覚で分かるんだ。

 

 社長は俺を高く評価している。それもそうだろう、自分の指示には絶対服従、加えて会社きっての稼ぎ頭ときている。これほどまでに都合のいい道具はないだろう。

 社長との付き合いは今ではプライベートにも及んでいて、この間なんか16になるという娘を紹介されたくらいだ。見た目は悪くなかったけど、一生をこの人に縛られるのは御免だったからそれとなく断っておいた。

 

「えー、そうですね。俺の功績は他でもない皆さんが居てのものなので、これからも一緒に頑張っていきましょう!」

 

「そうだな、会社は皆で回すものだ。これからも切磋琢磨して、売上を伸ばしてくれたまえよ!」

 

「はい! もちろんです!」

 

 元気よく挨拶を返してやれば、社長は満足そうに頷いた。

 これで来月は更なる収益アップが確定したわけだ。

 どんどん積み重なっていくプレッシャーは、どういうわけかそこまで重荷には感じなかった。

 いつでも辞められる仕事に、重荷もなにもない。俺はすでに一生を終えるだけの金を持っているのだから。

 セールスマンとしての仕事に加え、趣味でやっているブログに株取引。控えめに言って金持ちだ。ここにいる誰よりも、俺は金に愛されてると思う。

 

 いつものように早朝の挨拶を終えて、社員が散り散りになっていく。さっそく仕事の始まりだ。

 俺の功績云々なんて、本当に時間の無駄だと思う。そんなことをしている暇があるのなら、さっさと稼いでくればいいのに。

 

 俺も資料を整理するために、自分のデスクに足を運ぶ。

 この後に大手の企業との商談が控えているんだ。不備があっては困る。

 

『……け…………い……』

 

「?」

 

 ふと、足を止める。

 今、何か聞こえた気がしたが……。

 

 周囲を見渡しても、そこには仕事の準備をしている社員だけ。皆黙々と作業をしていて、言葉を発するような気配はなかった。

 

「……気のせいか」

 

 おおかた椅子を引く音か何かと聞き間違えたんだろう。

 最近は忙しくて1日三時間睡眠で働いたからな。流石に疲れているのだろう。頃合いを見て有給でもとるか。

 

 そうして一歩、足を踏み込んだ時――それは起きた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 幼気な吸血鬼:『助けてください!』

 

 なんだ、これは。

 まるで思考が圧縮されたような、一瞬が無限に引き延ばされたような言い様のない感覚。

 全てが止まって見える。自分の体でさえ制御不可能な状態の中で、思考だけが正常に働いている違和感。

 

 幼気な吸血鬼:『お願いします! 誰か、わたしに“知恵”をください!』

 

 息を飲む。

 “見える”んだ。いや、どちらかといえば“感じる”と言った方がいいのだろうか。脳内に直接その光景が描かれる。

 

 幼気な吸血鬼? なんだそれは。

 ふざけた名前だ。自分で幼気とか名乗る辺りに嫌らしさを感じる。それに吸血鬼とか。これは中二だな。

 

 幼気な吸血鬼:『“狩人”が、すぐそこまで来てるんです……!』

 

 狩人?

 それはヴァンパイアハンターというやつだろうか。

 知っている。吸血鬼を狩ることを生業としている者たちのことだ。

 所詮フィクションだろうが、昔は確かにそういった馬鹿らしい集団がいたという。

 

 一体どういう設定なのか気になるところだ。

 もしかするとこれは、積み重ねた疲労が作り出した幻なのかもしれない。それなら今頃俺は救急車にでも運ばれているのだろうか。

 まあ、見てしまったものは仕方ない。少しだけ付き合ってみるか。

 

 稼ぎ続ける者:『お前は一体なにと戦ってるんだ……って、』

 

 なんだこの名前。稼ぎ続ける者?

 もしかしなくても俺か?

 舐めてやがるな。俺の深層心理には自虐趣味でもあるのか?

 

 幼気な吸血鬼:『ああ! 答えてくれてありがとうございます! 狩人に追われてるんです、“知恵”をください!』

 

 稼ぎ続ける者:『そう言われてもな……狩人の特徴は? あとお前の現在地と持ち物、時間帯も教えろ』

 

 幼気な吸血鬼:『えっと、狩人は銀のナイフと聖水、それに十字架を持っています! わたしは、その、炎の魔結晶が二つとペンダントを持っています! 場所は森の中、時間は夜です!』

 

 なるほど、狩人は典型的なヴァンパイアハンターで間違いなさそうだな。まあ、俺の妄想が作り出した虚構である以上、俺の知り得ない情報は出ないか。

 吸血鬼の方も伝承と一致している。炎の魔結晶とやらはわからないが、おおかた、お手軽マジックアイテムみたいなものだろう。ペンダントはゴミだな。

 

 時間は夜。これは都合がいい。

 吸血鬼は太陽の光を浴びると灰になってしまうらしいからな。

 取り敢えず天敵は狩人に絞られたわけだ。

 

 狩人の持ち物は銀のナイフ、聖水、十字架。

 銀のナイフは“銀であることに意味がある”ものだろう。十字架も同様だ。ならば、問題になるのは聖水か。

 聖水とはなんだ? 聖なる水とは言うが、何を基準として“聖”という名を冠している。

 吸血鬼にとって毒になる水。人には害にならない、もしくは扱い方を心得ていれば問題ないとされるもの。それは――

 

 稼ぎ続ける者:『おい、狩人は何人いる』

 

 幼気な吸血鬼:『三人です!』

 

 稼ぎ続ける者:『なら簡単だ。その炎の魔結晶とやらを使えばいい』

 

 幼気な吸血鬼:『それってどういう……』

 

 稼ぎ続ける者:『必勝策だ。いいか、狩人が聖水を使うまで耐えろ。挑発でもなんでもいい、相手に聖水を使わせろ』

 

 幼気な吸血鬼:『どうしてですかっ?』

 

 説明もなく実行に移せと言われても不安だろうが、どうにも俺の説明を理解できるとも思えない。

 どうせこの吸血鬼には手段がないんだ。俺の案を飲まざるをえない。ならば、多少ゴリ押しても問題ないだろう。

 

 稼ぎ続ける者:『いいから言うことを聞け。聖水を手に持ったら、すぐに炎の魔結晶とやらを使うんだ。できれば三人同時がいい。一気に葬れるしな』

 

 幼気な吸血鬼:『わ、わかりました! ありがとうございます! わたし、やってみま――』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「っ!?」

 

 瞬間、世界が動き始めた。

 救急車で運ばれていない。それどころか、今やっとあの時の一歩を踏み込んだところだった。

 どうやら今までの出来事は、一瞬の中で行われたものだったらしい。

 

 ……一瞬。本当に一瞬だったのか?

 あの濃密なまでの出来事が、本当に俺の脳内で完結していたのだろうか。

 死ぬ間際には体感時間が圧縮されて世界がとても緩やかに感じるというが……俺は生きているし、あれは緩やかというか停止していた。

 どうにも不思議な感じだな。まるで一瞬だけ別の世界にいたような、非現実的な体験だった。

 

「…………」

 

 そして、もしもさっきの出来事が虚構でないとしたら、今頃あの吸血鬼はどうなっているだろうか。

 俺の指示通りに動いたとしても、行き当たりで上手くいく可能性は極めて低い。正直、もう……。

 

「どうしたんだね? 篠崎君。そんなところで立ち止まって」

 

「っ! ああ、いえ、少し立ち眩みが……」

 

「それは大変だ! しばらく休憩するといい。君が倒れたら、一大事だからね」

 

 本当にな。

 この会社は俺に依存している。別に俺が売上の大半を担っているとかそんなわけではないのだが、やはり優秀な人材は腐らせておけないんだ。

 

 かといって、さっきの出来事を整理する気力も沸かないのも事実だった。

 

 時計を見る。

 現実では一秒も経っていないだろうが、体感では一分といったところか。

 あの咄嗟の状況でよくも思考を巡らせたものだ。俺の頭脳には、我ながら恐怖を覚える。

 

 ……出かける時間まで寝ていよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

境界の大賢者 Ⅰ

 凡険者A:『やばい詰んだ!』

 

 境界の大賢者:『またか……今度はなんだ』

 

 凡険者A:『キングドラに挑んだんだけど、今日買ったばかりの銅の剣が折れちまった! これ1080ゴールドもしたのに!』

 

 また“いつもの”緊急事態かと聞いてみれば、自業自得なことだ。

 アレスは昔、聖剣なんていう大層なものを携えて旅をしていたから武器の耐久力に対する認識がとにかく甘い。毎回武器を買い替えては壊して、そして我に泣きつくのだ。

 

 境界の大賢者:『ええい! 潔く撤退しろ!』

 

 凡険者A:『えー、でも……』

 

 まるで玩具をねだる童子のような反応だ。

 それなりの付き合いとはいえ、さしもの我も呆れてしまう。

 

 境界の大賢者:『お前はもう勇者ではないはずだ。なにを焦っている。今のお前は“昔”よりも生き急いでいるように思えるぞ』

 

 しばらくの沈黙。

 

 凡険者A:『……勇者じゃないから、急いでるんだ。人を待たせてる』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ……随分と思わせぶりな捨て台詞を残しおったな。

 我としては奴がどのような人生を歩もうが知ったことではない……と、言いたいところだが、それが果たして奴にとって幸福なことなのか、幼少の頃から知った間柄ゆえ気にかけてしまう。

 奴がいったい何をしでかそうとしているのか、少なくとも頼られれば助けるつもりではある。それは昔から変わらないことだ。

 

「ふむ」

 

 魔導書を綴る筆の手が止まる。

 

 魔を志し、魔を学び、賢者と称えられ、ついには大賢者にまで至った我は、寿命を捨て、永遠の時を魔法の研鑽に費やしている。当然そんな境地にありながら、現世に縛られるわけはない。

 

【境界の塔】

 

 それが我のいる場所だ。

 次元と次元の狭間に位置し、全ての事象から乖離した我だけの世界。しかし、完全に隔絶してしまうと我ですら把握できていない【無限の世界】に放り出されるはめになるため、ほんの少しだけ現世に【糸】を繋いでいる。

 

 そしてその【糸】こそが我にとって最も忌々しいものだった。

 

 現世に繋いだ【糸】を通って我の城に踏み入ってくる愚か者がいるのだ。迷い込んだという話なら可愛いものだが、そいつらは我を打倒の対象として、確固たる殺意を持ってやってくる。

 手が止まったのもそれが原因だ。

 

 我の城に侵入してくる輩は、鬱陶しいとは言っても百年に一度現れるかどうか。今回は大凡二百年振りの侵入者だった。

 【糸】を通ることができる時点でそこそこの有力者であることは確かだが、世界に名だたる大賢者である我に比べれば路傍の石と変わりない。

 

「ふん、どれ?」

 

 侵入者の姿を魔法陣に映し出す。

 

「数は……三……五……って五!?」

 

 おかしい。多すぎる。

 侵入者は百年に一度現れるかどうか。それは逆にいえばそれほど困難であるということだ。本来であれば二人程度だろうに、五人なんて数は初めてだった。

 

「なんだどうなっている。術式に綻びでもあるのか?」

 

 侵入者の同行を確認しつつ、我は【糸】を形成している術式を確かめる。

 定期的に点検を行っているのだ、当然術式に綻びは見られなかった。

 

「ということは、こいつらは自力で侵入してきたということか?」

 

 可能性がないわけではない。

 本当にたまたま、天文学的な確立でこの時代に五人の有力者が揃った。それだけなのかもしれない。

 しかしどういうわけか、我の大賢者としての直感が何やら信号を発していた。

 

――こいつらは危険だ。

 

 それは生命の危機とでも言おうか。

 こいつらを我の下まで辿りつかせたら、タダでは済まな気がした。

 

「なんだ、こいつらの姿は……」

 

 それは奇妙な姿からも感じることができる。

 全身を覆うおかしな柄の服。顔には見たこともない仮面を被っていた。

 数百年も現世に降りていないため見慣れない服装なのはわかる。しかし、

 

「手に持っている、これは……」

 

 五人の侵入者は何やら奇怪な形状をした鉱物を手にしていた。

 何かの魔道具か。あるいは新しい武器か。一体どんな役割を果たすのか、その形状からは全く想像できなかった。

 

 物々しい雰囲気を纏っている。

 何かがおかしいのだ。これまで見てきた強者たちとは何かが違う。

 

 気になる。

 大賢者として、この目の前にある【未知】が気になる。

 

「……いいだろう」

 

 我を望むというのなら、我自ら招待してやろうじゃないか。

 こんな輩にこの大賢者が後れをとるはずもない。せいぜい現世の新しい道具を観察させてもらおうじゃないか。

 

 【境界の塔】の頂上に位置する我が玉座。そこから巨大な魔法陣を展開する。

 転移魔法。境界の大賢者たる我が生みだした、次元をも超越する神の魔法だ。

 同時に侵入者たちの姿は消え失せ、魔法陣から光の粒子が散る。それは徐々に形を成し、ついには人型へと形を変えた。

 

「これは!?」

 

「転移魔法だ!」

 

「うろたえるな! 我々には“これ”がある!」

 

 ただの人間らしく動揺の色を露わにした侵入者たちは、手に持つ“何か”を構えてそれを我に向けた。

 “何か”の先端は筒のようになっていて、見た限り何かを飛ばすもののようだ。

 

「ふん、わざわざ我の玉座に招いてやったんだ感謝し――」

 

「撃てー!!」

 

「な、貴様らっ! ――ッ」

 

 人の話も聞かずに戦闘態勢に入った侵入者たちは、我に向かって一斉に“何か”を放った。

 凄まじい雑音。まるで幾千にも及ぶ剣戟を瞬く間に凝縮したような金属音。そして――

 

「ぐ、お、お」

 

 反射的に防御壁を展開したが、それでも我の身体は凄まじい暴風に見舞われていた。

 防御壁を貫かんと激突してくる細かい金属たち。一撃一撃が我が身を容易く穿つだろう勢力で、雨のように向かって来る。

 当然防御壁は保たない。一瞬の内に崩壊しては修復して、その隙間を通って金属が我の肉体を掠めていく。大賢者という地位に至ってから、一度も感じたことのない鋭い痛みが全身を走った。

 

「休めるな! 壁を砕け! “ロケットランチャー”を使用する!」

 

「――――」

 

 死期を悟る。

 このままでは、我は確実に命を落とすだろう。

 

「……けるな」

 

 思い起こすのは我が友たち。

 互いに高め合い、目的は違えど同じ学び舎で夢を語り合った大賢者たち。

 時間と空間。真実と虚偽。そして境界……。我らは五柱。五柱なのだ。我は――

 

「ふざけるなぁあああ! 舐めるなよッ!!」

 

 防御壁を解除する。

 瞬間、雪崩のように襲い来る金属の雨。

 

 腹を貫く。顔が歪む。

 

 肩を貫く。後ずさる。

 

 脚を貫く。跪く。

 

 肺を貫く。呼吸が止まる。

 

 それでも“敵を”睨む。

 絶対に許すものか。絶対に死んでなるものか。

 

「あ゛え゛わ゛だイ゛け゛ん゛じゃだ――!」

 

 血反吐を吐く。

 そして、辛うじて動く片腕で【境界の塔】にある全ての術式を“千切った”。

 

 次元の狭間に位置する我が城は、無限の奔流に抗う術を失い急速に崩壊を始める。それは我の眉間に迫りくる【鉄の塊】よりも速く。

 

 

 

――全てが砕かれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

稼ぎ続ける者 Ⅱ

 幼気な吸血鬼:『やりました! わたし、生きてます!』

 

 まただ、また同じ感覚に襲われた。

 現れたのも同じ人物。

 

 稼ぎ続ける者:『生きてたのか、おまえ』

 

 幼気な吸血鬼:『はい! 言われた通りに聖水を手に持った瞬間に炎の魔結晶を投げつけたら、“ボンッ”って爆発してしまいました!』

 

 そりゃそうだ。

 というか実際、殺されそうになっていたとはいえかなりエグいことをしたよな。

 この吸血鬼が生きているしということは、恐らく狩人の三人は死んだのだろう。俺としてはどっちがどうなろうと知ったことではないのだが……。

 

 幼気な吸血鬼:『でもあれはどういう仕組みで発生したんですか?』

 

 稼ぎ続ける者:『ちょっとした化学反応だ』

 

 幼気な吸血鬼:『かがくはんのう?』 

 

 小首を傾げる間抜けな姿が文字だけでも想像できる。

 聖水の正体、それは“アルコール”だ。

 吸血鬼を仕留める術は数多くあるが、その中でも聖水とは異質の存在感がある。

 杭で心臓を打ちつけたり、首を切ったり、銃弾で撃ち抜いたりする中で、聖水だけは何故かその物理性が謎に包まれているのだ。

 

 俺は考えた。吸血鬼は太陽の光を浴びると灰になる。加えて、身を焼かれても死んでしまう。だから俺の中で、太陽の光と焼身はイコールだった。

 虫眼鏡で光を一点に集めると紙があっという間に燃えてしまうように、吸血鬼は太陽の光を吸収する体質なのではないか。

 もちろんその理屈もまた、吸血鬼の特性なのかもしれない。しかし俺が注目したのはそこではない。

 

 吸血鬼は普通に燃えても死ぬのだ。

 つまり、わざわざ太陽の光なんて浴びせなくても、それなりの手順を踏めば一瞬で片がつく。

 そこで採用された可能性が“アルコール”。一度付着してしまえば、後は火花でも散らしてやれば大炎上だ。

 

 ではどこから火花を生み出すのか、そんなもの簡単だ。

 

 狩人の武器には聖水と同様にその効力が曖昧とされているものがある。それは十字架だ。

 俺は初め、銀のナイフと同じに十字架も銀でできていて、それそのものに殺傷力があるのではと考えた。しかし改めて思うと、銀のナイフというより扱いやすくコンパクトな武器がありながら、明らかに劣化でしかない十字架を持つ必要はないのだ。

 

 そこで浮上したのが“十字架火打石説”だった。

 アルコールを吸血鬼に浴びせ、十字架を銀のナイフで勢いよく叩くことで火花を散らせる。それに当たった吸血鬼は、“ボンッ”というわけだ。

 

 果たして俺の推理がどこまで正解だったのか、今となっては知り得ないことだが、少なくとも聖水のくだりは当たりだろう。

 

 幼気な吸血鬼:『本当にありがとうございます。稼ぎ続ける者さん』

 

 稼ぎ続ける者:『その名前、不本意だから呼ばないでくれ』

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 意識が覚醒する。いや、“覚醒”というよりかは“正常に戻った”といった方がいいか。

 体感にして一分程度。その間は思考が相対性理論も真っ青なレベルで加速していて、周囲の人からすれば瞬きの内の出来事でしかない。

 

 これで二度目だけど、俺はそれなりにこの“加速思考”を理解してきたと思う。

 “加速思考”に陥るタイミングはまだ不明。だが、二回共に幼気な吸血鬼なる者が現れていることを考えると、もしかすると奴がキーになっているのかもしれない。

 自分で言っていて馬鹿げていると思うが、この世界とは別の世界の誰かが、思考を共有できる力を使って俺に語りかけているという線だ。

 正直生唾でしかない。今でも俺の頭がイカれたのではないかと疑っている。だからしばらく、俺はこの現象について考える必要がある。

 

 時計を見る。

 時間はもう11時を回っていた。

 そろそろ支度をしなければ、商談に間に合わない。

 

 俺は怠くて仕方がない体を無理矢理動かして、椅子から立ち上がった。

 

「あれ、篠崎先輩今からですか?」

 

「ん? ああ、まあな」

 

「いやーそれにしても、今月も断トツでしたね! やっぱり“俺流のコツ”みたいのがあるんですか?」

 

「……別にねえよ。こんなもん、適当に話して、共感した気になって、なんとなく勧めてやれば一発だ」

 

「へー、そうなんですか」

 

 後輩はこれだから腹が立つ。

 俺の功績を妬んで、積み重ねた努力を横から取って逃げようという姿勢が見え見えだ。

 自分で何も考えない奴ら。そんなだからいつまでたっても成績が伸びないというのに、馬鹿だからそれすらも気づかない。

 俺は一人でできた。なら、誰にだって一人でできるはずだ。それが無理という奴は、脳ミソじゃなくて根性が腐っているだけだろう。

 

「スフェア社に行くんですよね? 羨ましいなー。自分も一度は、そんな大企業と取引してみたいですよ」

 

「すればいいじゃん。今度連れてってやろうか?」

 

「まじすか! 言質とりましたからね!」

 

 後輩の、何て言ったか……“田中”は嬉しそうに跳び跳ねると、そのままデスクに向かってしまった。

 軽率だったか。これも“加速思考”のせいだな。

 俺についてきたところで、何もできないだろうに。身の丈に合った仕事を選べない奴は、近い将来破滅するぞ。

 ……と言っても、嫌味にしか聞こえないか。まあ、少し遅めの職業体験と思えばこれもいいのかもしれない。現実を教えてやるいい機会だろう。

 

 俺は必要な書類を束ねて鞄に入れ、そのまま出入口に向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。