ノーゲーム・ノーライフ I am a loser (飯落ち剣士)
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プロローグ:最下位ゲーマーは最上位ゲーマーを追いかけるようです
底辺からのゲームスタート


ノゲノラの2次創作が少ないなら自分で書けばいいじゃない。


唐突だがみなさんは、『勝利』についてどの様な感情をお持ちだろうか。

勝利したくない人はおそらくいないだろう。「別に勝たなくていいし」とか言ってる奴はただの負け惜しみである。かっこ悪い。

そう、勝利が嬉しく無い人間などいない。であるならば、勝利することの出来ない人間()は、何に嬉しさを感じるべきなのだろうか。

勝利の瞬間の妄想?他人の勝利の目撃?勝利以外に楽しさを見いだす?否、愚かな1人の人間の選んだ選択は–––。

敗北によって勝利することだった。

 

 

ディスプレイの向こう側、1人の人間が吹き飛ばされた。

 

「ふぅ……また『負け』たな」

 

暗い部屋の中、格闘ゲームに興じる男。黒髪は鳥の巣の如きボッサボサ具合、部屋の中はゴミだらけ。青い眼にはディスプレイの光が写っている。

格闘ゲーム以外にも大量のゲームが部屋には転がっている。

 

「まあ、相手の垢は凍結だろうが」

 

相手をチートの挙動になる様誘導したからと、その男は何でも無いことかの様に言う。

彼は海。ネットでのユーザーネームは『____』(アンダーバー)。ゲーマー界隈において『 』(空白)に迫る知名度を持つ、『一度も勝利したことがない』常勝無敗ならぬ常敗無勝ゲーマーである。ここまで聞けばただのゲームが下手なやつである。

にもかかわらず、彼はゲーマー会の頂点、都市伝説にもなった『 』と並ぶほどの知名度を持つ。

曰く、彼に勝つと不幸が起こる。

曰く、勝ったは勝ったが損失はこちらの方が多い。

曰く、勝利を放棄している。

戦略ストラテジーなら敵は攻め落とせたが得られた資源等が少なく、戦闘ゲームなら勝った瞬間アカウントは凍結の末路を辿り、FPSなら撃った瞬間自らも死、ボードゲームなら必ず引き分けに持ち込まれる。

彼は敗北や引き分けによって勝利する、常敗無勝のゲーマーであった。

 

「あーあっづい。北極に暮らしたい」

 

……加えて言うと、彼は究極のダメ人間である。

部屋の散らかり様からみても分かる通り、彼はこの2年間外に出ていない。必要なものは全て取り寄せである。部屋唯一の窓はカーテンを閉める閉めない以前に、ダンボールの山で見えない。

そんなダメ人間の彼が唯一認めた人物こそが、先ほど述べた常勝無敗のゲーマー、『 』なのだが、

 

「はぁ……つまんねぇな、今のゲーマー達は、もうちょい骨のある奴はいないのかね」

 

その『 』、絶賛失踪中である。およそ半日という短い時間ではあるが、空白がそこまで長い間ゲームをしなかった事はないと言っていい。

そして『 』のいない今、ゲーマー界隈は『____』が一人負け(勝ち)である。

しかし、そんな状況は、

 

『from:新着メールが届きました』

 

一件のメールにより終わりを迎えた。

 

「……メール?」

 

彼は今まさにやろうとしていたゲーム、それが入ったPCを起動するのを止め、着信音のしたパソコンに目をやる。

そのメールアドレスには新作ゲームの情報等しか入ってこないはずであった。しかし開いてみるとそれに書いてあるのは1つのURLと文章

だった。

「『 』と、もっと広い場所で戦いたく無いかい?」

クリックしようとして、彼の頭にウイルスの可能性がよぎる、が。

好奇心に負け、彼はURLをクリックした。

 

URLの先は、なんて事はないただのチェスゲームだった。なんだそれならさっさと終わらせようと思い、彼はコマを動かす。

が、

 

「何だコイツ……」

 

その対戦相手は『 』を思い出させるほどには強かった。

 

「空白……か?」

 

しかしその考えを即座に打ち消す。空白の打ち方ではなかった。おそらく空白の方が……。

 

「上手い」

 

そう呟き、彼はコマを進めていった。

何者かのコマが機敏に動く。

海の一手がコマを奪い、奪われる。

ポーン、ビショップ、クイーン、キング。駒が行き交う盤上。

そして、ついにその時は訪れた。

 

「……ふぅ」

 

海はおもむろに手元のペットボトルに手を出す。

パーペチュアル・チェック。盤面は千日手になっていた。

5時間に及んだ死闘が終わり息をついた彼に、またしてもメールが届く。

 

『なるほど、君は確かに強い。勝たないのにも関わらず、君は『勝って』いる。あの『 』さんが認めたわけだ。きっと君は思っただろう、生まれてくる世界を間違えたと。

−−–全てがゲームで決まる世界においでよ』

 

と。

彼は答える、そんな世界があるなら是非お邪魔したいと。

そしてその返答をメールで打ち、送った。

 

次の瞬間、空間は歪曲された。

 

「……は?」

 

間抜けな声を出したが、時すでに遅く。

周りの風景は見慣れた自分の部屋でなく、あたり一面の青空と、

目の前に浮かぶ少年だった。

そして少年は叫ぶ。

「ようこそ!全てがゲームで決まる世界、盤上の世界(ディスボード)へ!」

そして彼は答える。

「うるせぇここどこだよ!」

そしてその少年は答える。

「僕は、この世界の神さ」

……ともあれ、役者は出揃った。

 

さあ、ゲームを始めよう。



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第1章:敗北ゲーマーはエルキアでひと暴れするようです
開幕戦(スタートダッシュ)


「……って事で、『 』さんは既にこの世界にいる。多分半日くらい前からだね」

 

神のやつから説明を受けた結果、この世界はディスボードという、全てがゲームで決まる世界だということがわかった。

十の盟約に従えば、全てがゲームで解決する。それはまさに、『____』が望んだ『現実から逃げられる』世界だった。

そしてこの世界には、既に『 』が来ている。

 

「『 』より半日出遅らせちゃったお詫びとして、人類種(イマニティ)の国エルキアまでは送ってあげるよ」

 

「……そうか。ここに俺がいるのは『 』からのスカウトだと、そういうことだな?」

 

「正解。彼らが言ったのさ、『____』も入れてやれとね」

 

そう言って神は笑う。

(彼ら……?『 』は集団だったのか?)

神の言葉に違和感を感じつつ、彼はエルキアに到着した。

 

「じゃ、僕はここで。また会えることを祈るよ」

 

そう含みを持たせて言った少年神は目の前から唐突に消えた。

海は特に探すこともせず、エルキアの大門へと足を向けた。日は既に落ちかけ、斜陽が無駄に眩しかった。

「おい待て、そこの者」

が、その足は門番によって止められることとなる。

「あ?なんだよ」

海は苛立ちの演技をし(・・・・)、門番へと振り返った。

「ここを通る許可は貰っているのか」

「いいや?」

俺は否定し、門を通ろうとする。

「……どうしても通るというのなら、私にも考えがある」

そう言って彼は一箱のトランプを取り出した。

「私が賭けるのはここを通る権利」

 

十の盟約【4つ】三に反しない限り、ゲーム内容、賭けるものは一切を問わない。

 

……本当にゲームで全て決まるんだなと、戸惑いつつも海は答える。

「ああ、俺が賭けるのはお前とのゲームで敗北時にここを1人で立ち去り、二度とエルキアには来ないという約束だ。ゲームはオセロな」

 

十の盟約【5つ】ゲーム内容は、挑まれた方が決定権を有する。

 

トランプを持っていた門番を出し抜いて、自らの部屋にあった8×8のマス目が入った板と黒白コイン、要するにオセロを取り出す。彼の持ち物は他にはチェス盤、将棋盤、そしてタブレットとソーラー充電器、スマートフォン。

「では、盟約に誓って(アッシェンテ)

 

盟約に誓って(アッシェンテ)

 

『____』の、異世界における開幕戦が幕を開けた。

 

 

「……双方の約束をお互いに飲むことにしよう」

 

開幕戦は黒白半々の丁度引き分け。双方の約束が履行される。

 

「ここには二度と来ないで貰おう。正門を通る許可はやるがな」

 

そうやってしたり顔で笑う門番に、しかし海は平然と返す。

 

「なに言ってんの?俺ここ通るけど」

 

そう言ってすたすたと正門を通る海。当然門番は止めようとする。

 

「なっ!何故だ!盟約に誓った筈だ!」

 

喚く門番に、しかし海は一言。

 

「俺、敗北時って言ったんだけど。負けてないから俺の約束は履行されないな」

 

ザマーミロ、と。そう言って正門を突破した海。そして門番は気付く。

 

「あの時点で、既に引き分け狙い……?」

 

オセロで引き分けの狙う難しさ。それを想像して呆然とし、門番はただ立ち尽くした。

 

 

「……すごいなこれは」

 

人類種最後の地、首都エルキア。その中心部に位置する場所のカジノで、大々的にギャンブルが行われていた。

そしてそのスペースの一角、青い眼の青年がディーラーの青年相手にポーカーを行なっていた。

 

「前任の王の遺言で、次の代の王は最強のギャンブラーを、って。それでこういうわけです。あ、一敗でもしたら即アウトですけどね」

 

青い眼の青年……『____』海は困ったように笑う。

 

「じゃあ俺には無理か」

 

ディーラーは笑った。

 

「え、ギャンブルに自信無いんですか?自分の全権賭けたポーカーしてるのに?」

 

そう、彼等はまさに賭けポーカー中である。

 

十の盟約【三つ】 ゲームには、相互が対等と判断したものを賭けて行われる。

 

海は自らの全権を、ディーラーは自らの財布の全額を賭けている。双方合意の上なら勝負が終わった後でも賭けるものは変更できるという追加ルールはあるが。

 

「いーや、そんなことはないよ?ただ勝てないだけ(・・・・・・)

 

その言葉に疑問を感じつつも、ディーラーは自らの手札を明かす。

 

「はい、フルハウス」

 

「……ワンペア」

 

賭けコインが全て無くなり、海の敗北が決定した。

その瞬間、ディーラーは『____』の独壇場、『敗北』に足を踏み入れた。

 

「……シャッフルトラッキングと捨て札保持。安っすいイカサマだな」

 

ぼそり、と。そんなことを言う海。

ディーラーは冷や汗をかきながらも、笑みを浮かべ答えた。

---そしてその冷や汗は、人心掌握を極めた『____』の前では致命的だ。

 

「証拠は「あるよ」っ⁉」

 

海はその『証拠』を立証するため、彼の袖口を軽く触った。その袖口は微かに黒く染まっている。

 

「イカサマしてると思って、黒いインクをちょっとだけカードに塗ってたんだなぁ」

 

十の盟約【八つ】ゲーム中の不正発覚は、敗北とみなす。

 

「……これ、カジノ主にバラしたらどうなるだろうな」

 

「……」

 

にっこり笑う海に、ダラダラと冷や汗の量が増えるディーラー。

 

「可哀想だから俺の負けでいいけど……俺の賭けてたもの全権からこの糸くずに変更、あと財布の中身半分よこせ」

 

「……」

 

ディーラーの青年は頷くしかなかった。

 

 

「金ゲット」

 

ディーラーから奪った金でこの街の服を買い着た海。そのローブのお陰でジーンズなどを着ていた時の違和感は消えている。

「ディーラーのやつ、実はそのまま勝てたのにな」

 

十の盟約【八つ】ゲーム中の(・・・・・)不正発覚は、敗北とみなす。

 

ゲーム中はディーラーは袖口が見えないように細心の注意を払っていた。そしてゲームが既に終わったあの時では、海の勝利にはならない。よって海は賭けた物自体を捻じ曲げるような面倒な事をしなくてはならなかった。インクもカジノに置いてあったものを袖口を触った時につけただけだ。

「まっ、あそこで負けててもカジノ主にバラしたらいいんだけど」

そう言って彼はエルキアの郊外へと足を運ぶ。そちらに宿が集まっていると、ディーラーから聞いた。

海はエルキア郊外へと足を進め、やがて人がそれなりに集まる一件の宿を見つける。どうやら酒場も兼ねているらしく、いかにもファンタジーである。その酒場では賭け事に興じている人も多くいた。そのざわめきを見るに、どうやらここでも国取りギャンブルは行われているらしい。

が、海はすぐにはその酒場に向かわず、近くの人に呼びかける。

「なあ、ちょっといいか?」

海が声をかけたのは、大柄でいかにも職人と言った感じの男だった。

「……なんだ」

海はその男に、取引を持ちかける。

「なんか困ってるみたいだな、よければ力になれると思うが。そのかわり少し俺の手伝いをしてくれると嬉しい」

男は自分が困っている事を当てられ戸惑いつつも、目の前の男の話に乗った。

「ああ。明日俺は仕事なんだが、母親に届ける物があってな。それを誰かに代わりに届けてくれないか探していた所だ」

「だったら話が速い。明日この宿屋の前に来てくれればその荷物は俺が届けよう」

そう海が言うが、あくまで男は冷静に問う。

「で?お前の手伝いって?」

海は笑って言う。

「ここの宿屋のチェックイン頼むわ」

 

 

海の頼みに最初こそ不信がった男だったが、それだけでいいならと結局は引き受けた。

そして海はやっと宿にありつく事が出来た。ベットと申し訳程度の家具のみの宿ではあるが。

その間、この世界に来てから5時間。引きこもりには5時間の外出、歩きっぱなしは応えたのだろう。無言でベットに突っ伏す。

彼がわざわざ男に頼んだ理由は単純、ものを知らなさそうな青年は舐められそうだからだ。男が困っていると分かったのは、表情、行動。彼の表情を読み取る力は常人には真似できないところであり、それが彼のプレイスタイルの大きな支えである。

そして、海は荷物を放り投げ、布団を被る。

「結局『 』見つからなかったし、隣がうるさい……」

そう呟きながら、海は眠りにつく。

 

……彼の隣の部屋に『 』がいたことに気付かないまま。

また、『 』達も隣に『____』がいることに気付かないまま、宿を去る。

そして夜は、ゆっくりと更けていった。



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心理戦(ノットバトル)

「……朝か」

西日が当たる眩しさに、海は目を覚ました。立ち上がると安宿らしくベットが軋む。

「今日は……そうだなんか届けんだったな」

先日の男との約束を思い出した。宿の部屋を見回すと、木製の小さな机の上に、布に包まれた何かがあった。昨日宿に来て海が起きてなかったら男に部屋に置いて行くよう言っていた。男はしっかりと置いていったようだ。

それと太陽光により充電していたタブレットを購入したバックに入れ、宿を後にする。といっても3泊取ってあるので、また来ることにはなるだろう。

男から教わった場所の住所を入力したタブレットを操作しながら、大通りを歩く。その途中、人々の話していることに耳を澄ませる。

どうやら今日が国取りギャンブルの最終日らしい。その舞台となるのは王城のようで、そちらへの人の流れが出来ている。

「ここか」

タブレットに書いてある住所の場所には、いかにもファンタジーな中世ヨーロッパ風の住宅街、その通りの角となる場所だった。

その角にある家のドアをノックする。そのノックに、足音が近づく。

ドアが開いた。

「はーい。……どちら様?」

「ある男に頼まれてこの荷物を届けに来た」

そう言って出てきた女に海は荷物を渡す。そして用は終わったとばかりにその場から立ち去る。海はすでにその女への興味を失っていた。

「ありがとうねー」

その後ろ姿に、荷物を渡された女は一応礼を言った。

荷物を届けたその足で、今度は王城へと向かう海。

(今は国取りギャンブルに参加するつもりはないけど、次期国王は見ておかないとな、最悪俺が参加することになる)

そんな時を思いつつ王城の門をくぐり、ギャンブル中の人々に目を向ける。

しばらく見物人に混じってギャンブルをしている人々を見回す海。

海の青い眼は、ある一点で止まった。

その視線の先でポーカーをしていたのは、死体を思わせる白色の肌を持つ少女。彼女は先程からスリーカード、フルハウス、ストレートと高得点の手を揃え続け、連勝を重ねる。そしてその近くには、フードを被った何者かがいた。

「……そうだよな、ファンタジー、魔法はあって当然か」

一瞬でその少女の勝因を魔法と看過した海は、その場の喧騒に紛れて王城へと忍び込む。幸い警備が手薄だった。

そして王城のある一室へと入る。

----図書館である。ここに忍びこんだ海の目的は情報収集だった。本がやけに少ないなと訝しむ海であったが、まあいいと割り切って本を手に取る。

そしていざ読もうと一冊の本を開いて、そこで手が止まる。

「文だけ別言語って、なんだよそれ」

本に書いてあるのは日本語ではなかった。5か国語を読み書きできる海だが、流石に異世界の言語は読めない。当たり前だが。

そもそもこの世界の住人に言葉が通じるのもおかしいのだが、今それを言っていても仕方がない。仕方がないのでタブレットを取り出して解読を始める。

 

 

海の異世界語解読と情報収集が終わり、海が王城から出る頃には、クラミー・ツェルと男の一騎打ちになっていた。2人を囲む人の群れをかき分け、その2人の言動を見て、2人とも他国の間者だと察する。

片方はおそらく魔法を使う森精種(エルフ)、もう片方は不明だか何処かのだと、先程読んだ書物の知識と表情から判断する。

そして勝者はおそらくクラミーだ。そう予想する海。事実クラミーが押していて、協力者のフードからも余裕が垣間見える。

そしてついに勝負はクラミーの勝利で決着した。

「……ではクラミー・ツェルを女王とする。反対するものは名乗り上げ、勝負を挑め」

そう大臣が言うが、答える人はいない。それもそうだ、ここまで圧倒的強さで勝ち上がってきたクラミーに、今更挑む筈がない。そして海は流石に間者に人類の国を渡すわけにはいかないと、一歩前に足を踏み出そうとして、

「はいはーい!反対反対、超反対でーす!」

「そんなのに……王様、むり」

その足を、ある2つの声が止めた。

ざわめく城内、そしてその声を上げた男女はクラミーの方へと向かう。

「……あいつら、強いな」

そしてその勝負の行方を、海はそっと感じ取り、足を引っ込めた。

 

 

「……『 』だったのか。道理で強いわけだ」

魔法のチェスに勝利した兄妹、空と白の正体を『 』(空白)だと会話などで気づいた『____』()は呟く。そして大臣の宣告に反対を申し出て『 』に勝負を持ち込もうとして、辞めた。

もし空白が引き分けのないゲームを持ち出した場合、空に人身掌握術が通用しない可能性が大きいため、海の『本来の意味での』敗北はほぼ確定する。

ならばここは、王は『 』に任せて次の手を打つべき。そう結論付けて王城を出る海。空と白はお互いのどちらが王になる決めるゲームをしている。あの感じならしばらく時間がかかるだろうと思い、海は次の目標を決める。しばらく酒場などで情報収集した後、ある人物に会うためあるカジノへと向かう。

「また会ったな、ディーラーくん」

「……またあなたですか」

昨日金を巻き上げたディーラーのいるカジノである。

「……何の用ですか」

昨日のことを根に持っているのだろう、賭けはもうあなたとはしませんよと言うディーラー。

それに海は答える。

「違う違う。今日は賭けのためじゃない。うまい話を持ってきただけ」

「……何ですか」

昨日のアレもあってか、警戒しつつ聞いて来るディーラー。だが、興味を持ったことを海は悟った。そしてその時点でディーラーは海の人身掌握術に嵌っている。

「簡単な話だ。お前、ディーラー辞めて経済大臣やらないか?」

「……は?」

唐突に何を言い出すのかと、目を細めるディーラー。

「今返事する必要はない。明日お前が経済大臣になれるようにしておくから、その時決めてくれ」

「そんなこと言われても……荒唐無稽な作り話しとしか思えないですよ」

困惑するディーラー、しかし海は一方的にまくし立てる。

「明日また来る。名前を聞いとく。俺は海」

「……僕はファルです。もしそんなことができたなら大臣にはなります。期待しないで待ってます」

そして、海はカジノを後にした。

その後海は、経済大臣の家の前に現れ、出てきた経済大臣の小太りした男と話す。やがてその男と、自らの宿がある酒場へ向かう。

……『____』の十八番、人身掌握の本領が発揮されようとしていた。

 

 

「でさー、仕事面倒なんだわー」

「分かります……たまにどうしようもなく行きたくなくなりますよね(職場行くようなまともな仕事はしたことないけど)」

酒場で経済大臣の男の愚痴をひたすら聞く海。男はすでにジョッキの6杯目を空にしている。対して海は茶しか飲んでいない。

……一応言っておくが、彼と海は今日が初対面である。

(こんな無能が今まで大臣やってたことに驚きだな)

あっさり海の信用させるための言動に引っかかり、馴れ馴れしくなった男。

この男、銀行の金の横領を始めとし、権力を手にやりたい放題である。海が酒場で収集した情報によると、部下の信頼も無く仕事も出来ない。王城の資料庫にあった報告書も杜撰の極み。

 

こいつなら、引き摺り下ろせる。

 

「そんなに仕事嫌なら変わってあげましょうか?そうだ!お互いの仕事を賭けましょうよ!」

「いいねいいね!やろう!」

「ゲームはポーカー、負けた方は勝った方の仕事を『少なくとも』3日間変わる。勝った方はその人が行動している間、職場に行くの禁止で」

「オッケー、よーし、勝っちゃうよー!盟約に誓って(アッシェンテ)

盟約に誓って(アッシェンテ)

……気づいただろうか。この賭け、負けた方が勝った方の職を奪い、元の大臣を無職に出来る権限を持ち、なおかつ勝者は敗者が『行動している間』職場に行けず、期間が『少なくとも』、つまり無期限なことに。

そして『____』は、ワザとであると悟られないように敗北する、敗北のプロである……。

海はすでに、自らの勝利(敗北)を確信していた。

 

「よっし!スリーカード!」

「……ツーペアです!負けちゃったか……」

「じゃあ明日から仕事変わってもらうね!」

「はい、じゃあ僕はそれに備えて早く寝ます」

信頼を得るために口調まで変えている海は、そのまま酒場の階段を上がっていく。

「はいよー!」

小太りの経済大臣(カモ)は、そのまま帰っていった。

それを確認した海は部屋に戻り、タブレットを開く。

酒場や大臣との会話、書庫で手に入れた情報を全てタブレットに入力、それに全ての力を使い切って海は眠りについた。

 

 

「というわけで今日から経済大臣代理の海だ。早速だが前任の経済大臣を解雇する」

唐突にこんなことを言ったら普通は驚く、が。何人か海の雇ったサクラが歓声を上げる。集団心理を利用した海の策略だが、これは前任の経済大臣が嫌われている前提だ。

が、その点においては心配要らなかったようだ。大臣の部下達は歓声を上げる。そしてそれは、多少なりとも部下からの信頼につながる。

「そして新しい経済大臣は王と同じくギャンブルで決めたいと思う」

そう言うと部下はどよめくが、そこまでの忌避感はないようだと、海は判断。その後定時まで雑務をこなし、部下の経済省的な建物を後にする。足を向けるのはカジノ。

「って事で、今日の午後ギャンブルで決まるから来い」

今までやってきた事をファルに話した。

「本当にやったんだ……でもギャンブルって僕勝てないかもですよね」

ファルが不安を口にするが、そこは安心しろと海が言う。

「経済省の奴らはそんなにギャンブル強くない。お前のイカサマスキルなら余裕だ」

「それを見破った人が何言ってるんだか」

それはそれ、これはこれと言って海は立ち上がる。カジノ出口に数歩歩いて、

「あ、この前のギャンブルの不正、ここのオーナーに話しといた。お前多分そろそろクビ」

「あんた本当何してんだよ⁉︎」

振り向いて爆弾を放ってカジノを去っていった。

「本当に経済大臣になれるならいいけど……」

ため息をつき、やってきたオーナーに引き攣った笑みを浮かべるファルだった。



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情報戦(スパイ)

「ストレートフラッシュです」

「スリーカード……です」

手札を開示した2人、片方は笑みを浮かべ、片方はその顔を沈めていく。

「では、経済大臣はファルとする」

国取りギャンブルの1日後に行われた、大臣決めギャンブル。もっともこちらは職員とその推薦のみだが。

「……よろしくお願いします」

そして経済大臣代理直々の推薦によって参加した青年、ファルが大臣の座を勝ち取った。

「じゃあ俺は今から経済大臣補佐だ。ギャンブル上位だったものの地位は少しは上げてやる」

そう言って上位だった人の一人一人を呼び、地位をあげていく海。全てが終わったところで今日の仕事は終了となった。

 

「ファルくん」

帰路を歩いていたファルに、海が話しかける。ファルは思う。

---またか、また悪魔の取り引きか、と。

「今度はなんですか」

そしてこの取り引きの悪いところ(唯一の救い)は、ファルに得があるという事だ。事実ファルは今大臣というポストに就いている。

「前大臣の家、取っちまおう」

ほら、無理そうだけど得はある。

「……はい」

有無を言わさないその取り引きに、ファルは今回も頷くしかなかった。

 

 

夜道を1人の小太りした男が歩いていた。その男は、ひたすら呪詛を唱えていて、周りの人に怯えられていた。

「あいつ殺すあいつ殺すあいつ殺す……!」

海に大臣を辞めさせられ無職になった男である。彼は今家にあるもののみで生計を立てるべく、家財を質屋に持っていく途中だ。

そしてその男の前に、カジノのディーラーが着るような長袖を着て、鞄を持った青年が立つ。男は足を止めた。

「こんにちは、『元』大臣さん」

「……何の用だ、僕は忙しいんだ」

明らかに自分を煽っているその青年を睨みつけ、また質屋に足を進めようとして、

「現大臣のファルと言います」

その青年----ファルの自己紹介に振り向いた。

「現大臣……⁉︎貴様ぁ……!」

ファルは激昂する元大臣に笑いかけ、

「大臣の座を賭けて、勝負しましょう」

 

そしてそれを、その近くから見る男が1人。

「かかったな……元大臣さん」

『____』(敗北ゲーマー)はこの時、純粋に勝利するつもりでいた。いや、させるつもりというべきか。

 

「ゲームは基本的にはハイ&ロー。1枚目より二枚目の数字が低いか高いかを当ててください。交互にやって三回先に当てた方の勝ちです。僕は大臣の座を、あなたは今持っている財産すべてを賭けてください」

大臣の担ぐ家財を指差して、そう言ってのけたファル。元大臣は考える。どうせ負けてもこの家財しか取られない。しかもゲームはイカサマしにくいハイ&ロー。このチャンスに賭けるしか無い、と。

その考えを読んだ海は、近くで笑っていたが。

そして元大臣は答えた。

「いいだろう」

と。そして賭けが始まった。ファルは言う。

「では、ディーラーは交互にやりましょう。最初は私が」

そう言ってファルはトランプを取り出す。バララララと、元ディーラーらしい華麗なシャッフルを始めるファル。

シャッフルを止めて山札の一番上をめくる。5。

「ハイ&ロー?」

山札の一番上を隠すように抑えるファル。

「ローだ」

「正解」

めくったトランプは4。元大臣の勝ちである。

「次は私のシャッフルだ」

そう言ってトランプをファルから受け取り、元大臣はシャッフルを始める。しばらく切ってから辞めてトランプの一番上をめくる。4。

「ハイ」

「……正解だ」

めくられたトランプは12。ファルのあたりである。

トランプを受け取ったファル。そしてここで、海が右手を振った。それに元大臣にバレないよう軽く頷き、シャッフルを始める。

止めてめくったトランプは、ジョーカー(・・・・・)

「なっ……⁉︎ジョーカーは抜いてやるものだろう!」

「抜いたなんて言ってませんが。ハイ&ロー?」.

「ハイ」

「数字じゃないのでハイでもローでも関係ないですけどね。はい残念」

「この野郎……!」

明らかなペテン。考案者はもちろんファルではなく、海である。

そしてその海はといえば、ファルから見える場所から姿を消している。その姿を一瞬探すが、目の前でシャッフルを始めた元大臣に、慌てて前を向くファル。

「ハイ&ロー」

2がめくられる。

「ハイです」

「残念だな。ローだ」

1がめくられた。そしてファルのシャッフル。

「ハイ&ロー?」

またしてもジョーカー。

「こんのぉ……⁉︎ローでいい!」

「はい残念」

2枚目は4だったが、そんなことはジョーカーなので関係ない。

続いて大臣のシャッフル。

「……ハイ&ロー」

「不正ですね。ハイ&ローは山札の1枚目と2枚目を把握しなきゃイカサマは出来ないんですよ?素人がそんなことしたらバレるのは当然です」

トランプの1枚目からめくられた11を見もせずに、元大臣の手をひっくり返すファル。その手の平にはトランプの13が握られている。

「ゲーム中の不正発覚。貴方の負けです」

「クソが……」

トランプを地面に叩きつけ、家財を置いて去ろうとする元大臣。それをファルが止める。

「なんでこれだけだと思ってるんですか?財産全部って言いましたよね」

「な……だって、これを指差して……」

「あれは決めポーズです」

そう平然と嘘を吐き、彼は持っていた鞄から何枚かの書類を取り出す。

「小切手としてあなたの銀行に預けてある全額を書いてください。あと住居委託、サインよろしくお願いします」

真っ赤だった顔が真っ青になっていく元大臣に、ファルはペンと書類を突きつけた。

 

ファルが勝利したその時海は、人気のない路地裏にいた。

彼はそこの道の脇で嘔吐していた。手は震え、顔は青く、足に力は入っていない。

こうなったのは、彼の持病のせいである。海は自分の病気の病名を思い自嘲の笑みを浮かべ、また吐いた。

彼は『勝利恐怖症』。勝利に対する過度なトラウマが、彼にこれらの症状を強制する。勝利目前と勝利後に症状が出るため、彼は勝利目前になるとゲームを続けることができなくなる。これこそが海が『____』(敗北ゲーマー)である理由であり、人類最底辺を自称する理由だ。

彼に恐怖症を植え付けるほどの勝利へのトラウマ。それを思いだし、自分の着ているパーカーの胸元、そこにプリントされた大きな下矢印を、ゆっくり見つめる。

大きく深呼吸。ため息1つ、小さく吐く。そしてよろよろと、ファルの方へと向かう。

「ファル……終わったか?」

「はい、無事に……ってどうしました?顔色悪いですが」

「なんでもない。で?家はいつ手に入る?」

「明日です」

強がって笑う海。それに気付かないふりをするファル。

「じゃあ、明日までは宿屋に泊まるか」

「え?海さんも元大臣の家に住むんですか」

「当たり前だろ。俺家ないし、何よりあの豪邸に1人は無いよ」

そう言って宿屋への道を歩く海に追従していくファル。そしてファルは反論する。

「僕が家族いるかもしれないじゃ無いですか」

「お前指輪してないし、妻子持ちはディーラーでイカサマなんてしない。黙れ童貞」

しかし海は一蹴。うぐっ、と変な声を漏らしたファルは童貞かどうかはわかんないじゃないですかとブツブツ呟いてから黙る。その後しばらくは無言で歩き、宿屋に着く。

「じゃあ僕はここで」

「ああ、またな」

そしてファルは去っていった。彼は酒場に入り、一杯水を頼む。

ゆっくりと水を飲み干したあと、自分の部屋へと戻る。

そして、彼は万感の思いでこう呟いた。

「やっぱ勝ちたくねぇ……。気持ち悪い……」

他人に任せれば勝てることは分かったが、恐怖症は発症する。もう二度とやらないと、海は決心した。

それに、ファルには勝てない相手とゲームをすることの方が今後は多いだろう。それを考えるとこの手が使えるのは今回のみだと、海は結論付けた。

「やっと家と収入源も手に入れたし……まじ疲れたぁ……」

硬めの口調で話していた海だが、彼の普段の口調はこんな感じである。あれはゲーム中集中するための口調だ。

つまり彼はこの世界に来てからずっと集中力を保っていたわけで。その反動で今は----。

「あーやだやだ。一歩も動きたくない」

ベットに寝転がり、ひたすら愚痴を言っている。

「とりあえずこれで地盤は固まったろ。王になった『 』には見劣りするけど」

ちょっとくらいスタートダッシュしくじるくらいが『____』()らしいや。そう呟き、彼の意識は消えていった。

 

 

「じゃーファル、いってらー」

「人ごとみたいに……行ってきます」

元大臣の家、現海達の豪邸の玄関を開けて出ていくファル。

この家に入ってから2日目、ファルが大臣になってから3日目だ。ファルは王----要するに『 』----の元に収集された。なんでも全大臣を集めるらしい。

「あらかた現代知識を教えて財政難と食糧難をなんとかしようってとこだな」

そう想像し、海はよろよろとベットへ向かい、眠りに着いた。

 

 

盟約に誓って(アッシェンテ)

「「「「「盟約に誓って(アッシェンテ)」」」」」

 

そして、会議開始。大臣とジャンケンをし、勝利するエルキア国王、空。

八百長によって盟約で大臣を縛り、自分に嘘をつけなくした。

「それでは、各自報告を」

そして大臣一人一人の報告に的確で画期的な解決策を提示、報告が全て終了する頃には大臣の皆は空のことを歴代最高の賢王だと信じて疑わなくなっていた。

ファルを除いては。

(よし……情報漏洩は盟約で縛られてないですね……これなら報告可能です)

すでに海のスパイとしての活動をすることを確定しているファルだけは、『 』の事を敵と認識していた。しかし海から余計な事をするとバレるということは聞いているので、特に反抗等はせず、ふつうに空の解決策を実行するつもりでいた。

大臣への報告が終わり、解散しようとしたその時、コツ、コツと。

「あははは、なかなか楽しいことになってるみたいだね」

少年が、階段から現れた。

その顔に見覚えのないファルは不審に思い、一歩下がったが、

「よう、()()神様じゃん、どったの?」

「やだなぁ、自称じゃなくて本当に神様なんだけど」

 

「テト、それが僕の名前だよ。よろしく、『 』さん」

 

そう少年----テトが口にした瞬間、神の真名の力か、ファルの全身に悪寒が走る。

しかし国王と王女----空と白は全く気にせず普通に会話を続け、軽口すら叩く。しかもその会話は一つ一つが驚かされるもので。

例えば、王たちは神に勝ったとか。

例えば、王たちは異世界の人間だとか。

内容を覚えることは不可能……というか混乱してよくわからない。ファルは内容暗記を諦めて、自らの右ポケットの膨らみを見つめた。

 

 

『ところでさー、『____』ってきてるの?』

『……来てるよ、エルキアに、ね。これ以上はフェアじゃないから言わないでおくよ』

 

「テトのせいでエルキアにいるってことはバレたじゃねえか」

そうぼやく海の前に置かれているのは、ファルに持たせたスマートフォン。

そう、録音機能を利用し、大臣との会議を盗み聞きするつもりだったのである。流石に神が来ることは予想外だったが。

「でも、収穫も多かったな」

「一応聞きますけど、あなたも異世界人なんですか?」

「もちろん」

そう言って、海は録音が流れるスマートフォンの電源を落とし、ソーラー充電器に差し込む。

「なあファル、目標が決まった」

「----なんです?」

すでに嫌な予感がしているファルに、海。

「目標----打倒神様にしよう」

手伝えよ?ファル。

と。あっさりと国王を倒すどころか神を倒すと言ってのけた海に、

「はぁ……言うと思ってましたよ。やればいいんでしょうやれば」

嫌そうな表情を浮かべつつもギャンブラーとして、やる気はあるファル。

「『 』も大陸も神も……最底辺ゲーマーが足元すくってやるよ」

 

 

同時刻、『 』。タブPC、そのメール履歴、『___より』と書かれたメールを開き、見つめる。

そして『 』初の()()()()()()()()()

3人は同時に、こう呟く。

 

「「「次は、完全勝利(敗北)を」」」




第1章、完結。第2章、『敗北ゲーマーは天空都市へ向かうようです』が次回からです。


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第2章:敗北ゲーマーは天空都市へ向かうようです
game start are you ready?


----雨が、降っていた。

 

銃声が聞こえた。『◼️◼️』が倒れた。

倒れる『◼️◼️』を、俺は見つめることしかできなかった。

 

震える足で、ゆっくりと、倒れた『◼️◼️』の方へ向かう。彼女の来ている上矢印のプリントされたTシャツは血に塗れている。

 

血に濡れたシャツを触れる、しかし俺の手に付いた血はすぐに洗い流される。

 

俺は、彼女に言う。

 

「……ごめん」

 

「私こそ。ミスっちゃった」

 

そして彼女は、ゆっくりと口を開いた。

 

「××××××××」

 

そのまま眠るように、目を閉じた。

 

俺は立ち尽くす。遠くサイレンの音が聞こえる。

濡れた顔を拭いて、俺は呟く。

 

()()()()()()()()()()()()

異世界のベッドの上で。

 

 

「ファル、料理出来たのな」

「そりゃ一人暮らしでしたし。あなたができることの方が意外でしたよ」

「できるけど面倒だから今度からファルが作ってな」

「安定の理不尽」

 

そんなことを言いながらの朝食。炒め物とパン。合うのか不安だったが杞憂だった。

そうだ伝えとかなきゃと海、

 

「あ、今日俺仕事しないから」

 

唐突の仕事サボる宣言。

 

「えっ」

 

こんなに堂々と仕事サボると宣言するやつがいるだろうか。ファルは呆れを通り越して尊敬の念すら覚えた。

 

「ファル。俺らに今足りない物って何だと思う」

 

突然そんな問いを投げかける海。ファルは少し迷って答える。

 

「人手ですか?」

「いや、情報だ」

 

しかし海の答えは違うものだった。

 

「ここしばらく、この家の蔵書とか王宮の図書とか漁ったんだが」

「王宮どうやって入った」

それはサラッと流すなとファル。

「いや、経済大臣補佐の職権濫用。話を戻すとな。

----人類種(イマニティ)、あまりにも持ってる情報が少なさすぎる」

情報は弱者である人類の唯一の武器である。それが少ないと言うことはつまり、

「他国に攻め込めない」

「攻め込むつもりだったんですか」

こちらから仕掛ける事が出来ないことを意味する。

「俺は勝てないって話はしたよな」

「ええ、勝利恐怖症でしたよね。あと異世界出身でしたね」

「そう。異世界出身なのは別にどうでもいいけど。

----で、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なんでですか?」

その問いにパンを口に放り込んでから答える海。

「簡単な話、相手はわざと負けようとすれば良いから」

そう、そうすれば海の勝利恐怖症は発症し、ゲームどころではなくなって敗北する。

「だから俺らの作戦はこうだ。

----いろんな国に内通者を作って、『 』がそれらの国家を全て獲ったタイミングで()()()()()()。そうすれば----」

「たった一回でバレる事なく全て手に入ると。なるほど」

海の言わんとしていることを理解し、続きを取るファル。

「そゆこと。だから内通者を仕込むために、多種族に攻め込まなきゃいけないわけ」

そしてそれにはさっき海が言った通り、情報が足りない。

だからこそ彼は自らの足で情報収集することにしたのだ。

「そういうことならまあいいですよ、仕事は僕がしときます」

「サンキュー。とりあえず酒場とかまわっとくから。夜には帰るよ」

そう言って炒め物を平らげ、ドアから出て行った。

「……よく考えたらなんで僕あの人に協力してんだろ」

一瞬ふと疑問に思ったファルだったが、すぐにその思考を消し去り出勤準備を始める。

 

 

「西の森にエルフ?」

「ああ、そのせいで木こり達が木を取れねぇんだ。遭遇するとその森に近づかないことを賭けたゲームを申し込まれるからな」

酒場のマスターはそう答える。

これは当たりの店かもな、そう思い海はチップを積む。

「ふーん。他には?」

「東部連合の大使館付近でデモが起こったらしい」

「……大使館?」

「しらねぇのか?元王宮跡地にあるでっかい金属製建物だよ」

「……ああ、あれか」

そういえばそんなものあったなと、海は宿泊まりの時に見たビルを思い出す。金属製ならあれだろうと。

「そそ、理由は不明だけどな」

「りょーかい、さんきゅ」

「またどうぞー」

金貨を置いて酒場を後にする海。もう情報収集は終わったと、家に帰る。

その途中、大通りがざわついているのに気づいたが、

「……まあいいか、めんどくさい」

特に気にせず帰宅した。

 

 

「帰りました……」

「おかえりー。結構収穫あったぞ」

「もう帰ってたんですね」

意外そうにそう言ったファルに、海。

「3時間くらい前からいたぞ」

「じゃあ仕事くればよかったじゃないですか」

そうファルが突っ込むが、しかし忘れるな。

この男、()()()()()()()()人類最底辺である。

「で?何するんですかその情報で」

もう何かすることはお見通しだ、聞かせろと言外に告げるファル。

「ああ、俺らの今後の目標は2つ。

1、エルフを仲間にする。

2、アヴァント・ヘイムへ行く」

この2つな。と、さらっと言ってのけた海。

「正気ですか?最大国家を作り上げた種族を手に入れて、上空20,000メートルの天空都市へ向かうって……人類に出来ることですかね」

そう、いつものように反論するファルだが、彼は同時に思う。

(きっと、もう策はあるんでしょうけど)

「ま、その辺は任せろ。差し当たっては俺はエルフを仲間にする。明日、な」

「で、僕は仕事と」

「そーゆーこと。よろしく頼むぜ?」

相変わらず理解の速いファルにウインクし、海は眠りにつく。

ファルはそんな彼に溜め息をつきながらも、明日の報告を楽しみにしている。

『____』が、動く。




今後4ヶ月の間忙しいため、書き溜めていたものを予約投稿する形となります。


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end(先行3手)

今回は割と軽めです。


エルキアの一銀行にて。金髪の青年、ファルは今日もぼやく、相手はもちろん海。

 

「大量の火薬とバッグ2つを経費で落とそうとするなよって、突っ込んじゃダメですよね……はぁ」

 

せめてバッグくらいは自費で払えよ。

森林へと持っていった荷物を経費で落とそうとした海に怒りつつ、彼は今日も仕事に励む。

 

 

人類最後の都市エルキア、その西部の領土に位置する森林。

なかなかの広さを誇り、エルキアの発展に貢献したことを感じられるその場所へ向かった敗北の天才、『____』海。

ここに大きなバッグ2つを背負って持った海が、何をしているかというと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああくっそ!また倒れた!」

 

水中棒倒しをしていた。

 

……どんな策略を立てているのかという期待を煽っておいて申し訳ないが、棒倒しをしているのだから仕方ない。

浅い湖に何本か木の棒をそっと立て、水をそっと波立たせて倒さないようにするというクソみたいな遊びだ。

「……飽きた」

そしてそのクソみたいな遊びは、当然続かない。棒は何本立たせたまま、海は湖から上がる。

そして海は、湖の上の崖を見上げ、

「今度はあんたも遊ぼー?」

そこに立っていた耳長の女に声をかけた。

「……そうだな」

冷静に応答する女----エルフだが、内心はいつから気付かれていたと驚いている。眉がピクリと動いた。そして、それに気付かない『____』ではない。

「そんな驚かないでよ、今からそっち行くからー」

そう言って彼は、持っていた2つのバッグの大きい方を湖のほとりに置いたまま崖を登っていった。

「いでっ」

……途中こけたが。

 

 

「って事で、僕に勝負を挑んで」

 

崖をなんとか登った海。最初は引きこもりらしからぬ動きでサクサク登っていたが、途中スタミナが切れヘロヘロになりながら登っていた。

海はローブは水遊びをしていたからか右袖が湿っていて、いたるところが裂けているみすぼらしい格好だった。エルフはそんな男を見下しながら言う。

 

「……なぜ私が挑まないといけない?」

 

十の盟約 【五つ】ゲーム内容は、挑まれた方が決定権を有する。挑んだ方が圧倒的不利なこの世界で、わざわざ自分から仕掛ける奴はいない。エルフのその問いかけは当然のものだった。

 

「ゲームは石合戦ね」

 

だがその問いかけをまるで聞いていなかったかのように、海は手に持っていたバックについている紐を弄りながら話を続けた。

 

「魔法で投げるのは禁止、石を相手に1発当てたら勝ちのシンプルルールって感じね」

 

そんなことをドヤ顔で言う目の前の馬鹿っぽい男に、エルフは笑いを堪えた。

 

(……まさか魔法で投げるのを封じただけで、勝てると思ってるのか?)

 

このルールでは相手の石は止め放題、エルフの負けなどない。そして海のバッグの中に大量の石が詰まっていて、左袖に火薬が仕込んであることも透視魔法で知っている。

だから彼女は----その勝負に乗る。

 

「いいだろう」

 

「わかった。あ!このままだと俺が有利過ぎるからハンデあげるよ。俺が遊んでた棒、全部倒しても要求一つ出来る事にしてあげる」

 

どこまで頭が能天気なのか。そう思い、エルフは当然肯定。そして言う。

 

「私の要求はお前がこの森に二度と来ないこと。盟約に誓って(アッシェンテ)

 

「僕の要求はこの森にくる権利。盟約に誓って(アッシェンテ)

 

海の薄笑いに、エルフが気づかないまま------。

お互い、向かいあって立つ。

 

「将棋って、先行3手目と後攻4手目が有利なんだ。それこそ3手目で勝敗が決まるくらい」

 

突然、そんなことを言い出す海。

 

「……それが?」

 

「3手で、あんたを詰めてあげるよ」

 

エルフは鼻で笑う。

 

「やってみな、そのバッグの石で」

 

「えっ嘘!なんで中身知ってんの?」

 

そんなことを言いながら、ゲームを始める海。

 

「この石が地面着いたらゲームスタートね」

 

そう言って海が石を思いっきり高く投げる。石が地面についた瞬間、

 

 

「2手目」

 

 

海がつぶやく。

さっきまでの馬鹿っぽい男はそこにおらず、意味もわからずエルフは冷や汗をかいた。

 

「よっと」

 

左袖の火薬の導火線にマッチで火をつけ投げつけ、バッグを開けて中の石を思いっきりぶちまける。エルフの方に数十の石と火薬が向かうが、

 

「……これだけか?」

 

土壁で石と爆発を防ぎきったエルフ。海は知らないことだが、彼女は四重術師(クアッド・キャスター)。充分過ぎるほど一流の術師である。

 

「3手目はもう終わったんだけど」

 

そう言って、右袖の千切れた(・・・・・・・)ローブを脱ぎ捨てた海。石を手に持ってエルフの方向にゆっくり歩き、エルフが投げた石に当たった。

エルフはその言葉の意味を理解出来ない。ただ勝ったということを理解する。

 

「3手で詰ませる?ふっ、夢のまた夢だったな」

 

勝ち誇るエルフに、しかし海は言う。

 

「いや?」

 

チェックメイト。そう言った海の声は、エルフにも海自身にも聞こえなかった。

突然湖から聞こえた爆音によって、その声がかき消されたため。

 

「……は?」

 

突然の事に困惑気味のエルフ。そして全てを知っている海は馬鹿の演技を完全に辞め、言う。

 

「チェックメイトだ」

 

「意味がわからないのだが」

 

なお困惑したエルフに、海は要求する。

 

「棒全部倒した。俺の要求一個聞いてもらう」

 

つまり、最初からゲームに勝つつもりはなく、棒を倒す事による要求狙い。

湿っていた袖は油に浸していて、それを火薬に火をつけるついでに火をつけ、裂け目で破る。バッグの紐飾りで巻いて投げやすくして下にあった火薬入りのバッグに投げ、引火。

これが事の全貌だった。

 

「って事でー」

 

俺の所有物になれ♪頭の悪いエルフさん♪

 

……ブチ切れたエルフと煽り続ける男が帰ってきて、ファルがため息をついたのは言うまでもない。



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Runaway(鬼ごっこ) 前編

「はい、フルハウスです」

 

「……何故劣等種にこうも負け続けるのだ!?貴様、イカサマしてるだろう!」

 

海とファルの家にて、ポーカーをする二人。一人は先日海がゲームで引き入れたエルフ、テテフ。もう一人は海に毎回仕事を押し付けられている不幸なツッコミ役、ファル。

海は流石にキレたファルによって仕事に行かされた。その代わりにファルが休みということで、家にいる。

 

「失礼ですね、イカサマなんて」

 

---()()()()()()()()()()()()()()()()()

そんな当たり前のこともわからないから負けるんだと、ファルは笑う。

 

「だいたいそっちも魔法使ったじゃないですか」

 

「なぜわかる、精霊を感知できない人類種(イマニティ)が」

 

……カードの揃え方がおもいっきり作為的であるからなのだが、ここでファルに答える義務はない。しかもファルはそのイカサマを使って勝った。それをバラす必要もない。

 

「ただいまー」

 

と、そこに海が帰ってくる。そのままノーパソまで向かうと、あるアプリを立ち上げキーボードを叩き始めた。

 

「……何してるんですか?」

 

ファルがテテフとのゲームを切り上げ聞く。

 

「エ○セルで今後の予定の確認」

 

そう言いながらキーボードを叩き続け、3分ほどでノーパソを閉じた。

 

「あれ?この前アヴァント・ヘイムに行くとか言ってませんでした?」

 

そう聞いたファルの言葉にテテフが唖然としているが、無視。

 

「それがなー。国王ーーー『 』 が東部連合攻め始めてさ。天翼種も手に入れてるし、考えてた方法だと確実にバレるのよ。だから」

 

あいつらが東部連合とゲームしてる間に、東部連合の技術使って行くわ。

 

……。

 

「……一個いいですか?」

 

「なに?」

 

「難易度上がってません!?」

 

「そりゃ想定外だからなあ!?」

 

そんなやり取りに、テテフは半ば放心状態だった……。

 

*

 

「ファルっち、知ってる?」

 

東部連合、領土内の工業地帯。

 

「何をですか。あとファルっちはやめてください」

 

ファル、海、テテフの3人はテテフの魔法で飛翔、そこに降りたっていた。

 

「俺、これ予想外なんだ」

 

「これが想定内だったら困りますけどね」

 

約100人の獣人種(ワービースト)に囲まれて。

 

「なぜわたしもここにいるのだ……」

 

耳の隠れるローブを来た不満げなテテフは放置、海はそいつらに話しかける。

 

「お出迎えご苦労様です」

 

「言っておくが、俺らは今すぐお前らをここからつまみ出すこともできるんだからな?」

 

【一つ】この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる

 

この世界では領土の侵害はできない。よって、彼ら獣人種は海たちに出ていけと言うだけでいい。それをしていないのはーーー

 

「俺らのここに来た目的、聞きたくないの?」

 

今ちょうど獣人種(ワービースト)人類種(イマニティ)ーーー東部連合とエルキアのゲームが行われているからに他ならない。

(そんな時に唐突に人類種がやって来た。まあ、理由も聞かずに追い出さないよな)

……そしてそれを聞いてくるのは、海たちの想定の範囲内。ただひとつの想定外は、

 

「にしても多すぎませんか……?」

 

獣人種(ワービースト)たちの『数』だった。

 

「気にすんなって。それより獣人種(ワービースト)のみなさん、ゲームをしましょう」

 

急にあらたまった口調になった『____』、海は賭けるチップとゲーム内容を提示する。

 

「俺らが勝ったらあんたらの俺らの記憶を消去、負けたら俺らがここに来た目的とエルキアの王の正体教えてやるよ」

 

海はまずこれで、主導権を握る。どう考えても海達の利益が少ない勝負を受けない意味がない。特に王の正体などという超重要情報は、喉から手が出るほどほしいはずだ。

つまり、獣人種(ワービースト)たちはこのゲーム、相手にゲーム内容を提示されてでも受ける。はず。きっと。

 

「で、ゲームはこの地区全体使って鬼ごっこな。お前ら全員が鬼、後遺症が残らない程度なら相手に危害を与えるのもあり。手で触れないと捕まえたことにはならないってことで」

 

そしてこれで、退路を断つ。

(まさか自分たちに有利なゲーム提示されて断るわけないよなぁ?)

海は薄く笑い、獣人種(ワービースト)たちはどよめく。そして、

 

「……わかった。そのゲーム、受けよう」

 

ゲームを受けた。

さて、ここまでは予定通り。問題はここからだと考えて海、このゲームの作戦が成功する確率を考える。

 

「成功確率……50%くらいか?」

 

「低いですね」

 

「確率が低い方が燃えるだろ?ゲーマーとしても、ギャンブラーとしても」

 

そうファルに言い返す。

 

「まあ、否定はしません」

 

「やはり貴様ら頭がおかしいだろう」

 

そんなやり取りをテテフに突っ込まれるが気にしない。海は楽しそうな笑みを浮かべ、思う。

 

 

 

 

 

ああ、やっぱりゲームは、始めてみなくちゃわからない。

 

 

 

 

 

そしてそれが、たまらない。

 

「さあ、ゲームを始めよう」

 

「「「「「【盟約に誓って(アッシェンテ)】」」」」」

 

かくして、ゲームは始まった。

 

そしてその初手ーーー

 

テテフとファルは空を飛び、獣人種たちは一斉に飛びかかり。

 

 

海は、飛びかかってきた獣人種の一人を鉄パイプで殴り飛ばした。




冒頭でテテフがファルに負けてますが、これはファルが強いのも少しはありますが基本的にはテテフが弱いからです。多分ステフにも負けます。
今回前後半に別れました。


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Runaway(鬼ごっこ)後編

「……もうちょい僕を考慮した飛行はできなかったんですか」

 

髪はボサボサ、服は乱れに乱れ、靴が片方脱げかけという格好で地上への帰還を果たしたファル。その格好の原因(テテフ)に文句を吐く。

 

「……すまん、正直忘れていた」

 

「おい」

 

本当に大丈夫かこの森精種(エルフ)。そう思うファルだが、すでにテテフは目的の倉庫に入っていった。

 

「材料はこれらで合っているか?」

 

「あ、合ってるみたいです」

 

持参した資料を見ながら、倉庫内にある金属や燃料などを確認するファルとテテフ。

 

「では、始めるか」

 

「……本当に仕事やってなかったんですね。知ってたけど」

 

それらの金属を前に人類には見えない何かを動かし始めたテテフに目を向け、ファルがため息をつき、ここに来る前に海に言われたことを思い出した。

 

 

「じゃ、今から東部連合に向かう訳だが」

 

ローブをテテフに投げつけながら、海が言う。

 

「はい」

 

ファルがローブに袖を通しながら言う。

 

「俺の仕込み(・・・)、伝えとかなきゃな」

 

「仕込み……ですか?どこにあるんですか」

 

そうフードで金髪を隠して問うファルに、海はとびっきりの笑みで答える。

 

東部連合(行き先)♪」

 

……。

 

え?

 

「ファル、俺に仕事任した日あったろ?」

 

「ありましたね、ほとんど仕事片付いてて凄いなと思いました」

 

「あの日さ、俺。()()()3()0()()()()()()()()()()()()

 

……わっつ?

 

「え?えっ⁉︎じゃああの仕事は誰が」

 

「経済省の職員一同、全力で働かした。全員の空いてる時間に俺の仕事やらせといたの」

 

「え、いや嘘だ。そんな人数に言うこと聞かせるなんてカリスママイナスの海さんに出来る訳ないじゃないですか」

 

「……酷くね?事実だとしても」

 

素直に驚きを口にしたらしいファルだが、その言葉は海への口撃となった。

いやまあ話を戻すとな?

と、海が涙目で無理矢理話を軌道修正する。

 

「みんなのやりたいことをやらせればいいの。あの人数ならそれだけで大半は終わるし、残ったのは俺がやればいい」

 

その暴論にファルは正論で反論する。

 

「それじゃあみんなが好きな仕事しかしないじゃないですか」

 

その言葉にニヤッと、反吐がでる笑みを返した海。

 

「そいつらの好きなことは、こっちで決めちゃえばいいのさ」

 

思考誘導(ミスリード)。『____』のマインド・リーディングが、そう暴論を可能にすると。そう言い放った。

 

「……」

 

ファルは思う。この男は気付いているのだろうかと。

そのレベルのことができるのはもはや心理学(マインド・リーディング)ではない。

……洗脳(マインド・コントロール)だと。

 

「で、その時間俺が何してたかというと」

 

しかし深刻な顔をしだしたファルをガン無視、シリアスなぞ知るかと海は続ける。

 

「東部連合のある場所に、『材料』を集めてた」

 

【一つ】この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる

そこに『所有物の移動』は含まれない。それを利用し、一か所に必要な物品を集め、

 

 

「材料……ですか?」

 

「ああ、アヴァント・ヘイムへ行くための材料をな。これ設計図」

 

そう言って海はファルに紙束を渡し、テテフに飛行魔法を使うように指示した.。

 

 

「……上手くやれてるかなぁ、ファルとテテフ」

 

海はコンテナに身を潜めながら呟く。それだけで数体の獣人種(ワービースト)がこちらを振り向き、一歩でコンテナの周りを包囲する。

かれこれ30分。触れようとする手は自分の致命傷になる部位に触れさせようとし《十の盟約》で止め、裏路地やら建物群やらでパルクールしつつ、マインド・リーディングを駆使して相手を誘導、()()()()()()()()()()()()、それもそろそろ限界のようだ。これ以上は自分1人では誘導しきれないと結論付ける。

 

「……30分ありゃ出来てるだろ」

 

よって海はざっくりとした結論を出し、冷や汗をかきつつも次の手を切ることにした。

 

「包囲網を構築、焦らずゆっくり前進」

 

対する獣人種(ワービースト)はいたって冷静に包囲網を組み、海を追い詰めていく。それもそうだろう。人類種(イマニティ)がこの状態から反撃に出る手などありはしない。それをわかっているからこそ、彼らは冷静に包囲網を縮めていく。

そして、一体の獣人種(ワービースト)がコンテナ内に入ろうととした瞬間。

パンッという軽い爆発音とともに、コンテナから上空へと何かが打ち上げられた。

そしてその打ち上げられた物体は、赤い煙を出しながら上昇した。

した、だけ。海は逃げようとして至って普通に、当然に獣人種(ワービースト)達に捕まった。

 

「やっと……捕まえたぞ」

 

「そだね、あと2人頑張ってね」

 

そしてその海の言葉に、獣人種(ワービースト)たちは海を置き去りに散り散りになった。

海はその場に突っ立って、上空を見つめる。

 

「……まだかなー」

 

 

「よし、できたぞ」

 

「ギリギリでしたね、合図の煙もう出てますよ」

 

「分かっている、あとはここに奴を連れてくるだけだ、行ってくる」

 

「え、僕その間に捕まったらどうするんですか」

 

「なんとかしろ、お前を乗せていてはスピードが出ない。間に合うか微妙だ」

 

「分かりましたよ……先に乗っときます」

 

 

「よし、来た」

 

海が見つめる先には、物理法則を鼻で笑いこちらに飛んでくるテテフ。

 

「行くぞ」

 

着陸と同時、乱雑に海を抱えて飛び立とうとするテテフに、

 

「……なるべく安全運転で頼む」

 

海は聞かないと分かっているが一応配慮をお願いした。

 

「善処する」

 

その言葉を地面に置き去りに、テテフは高速飛翔する。

 

——ほら、やっぱりな?

 

その言葉を口に出すことは、残念ながら速度によってできなかった。

そしてわずか数分で、テテフとファルが潜んでいた建物へ到着する。

その外にはすでに数体の獣人種(ワービースト)が集まり始めている。このままだと下手すれば全員捕まる。そう判断した海は、完成した乗物に既に載っているファルに叫ぶ。

 

「ファル!

——()()()()、しとけ!」

 

「了解です!」

 

それに応えたコックピット内のファルが、書類を見ながらかなりシンプルな操作盤を苦戦しつつも操作し始める。

その操作が終わって、テテフと海が乗り込んだその時丁度、獣人種(ワービースト)が集まり始めた。

海はニヤリと下衆の象徴のような笑みを浮かべて、言った。

 

「それでは皆さん、ご唱和ください」

 

この乗物が何のためのものか知らない2人が言う。

 

「了解です?」

 

「?承知した」

 

操作盤のボタンを押して、海は万感の想いを込めて『言ってみたいセリフ』第5位を言った。

 

点火(イグニッション)!」

 

「「点火(イグニッション)」」

 

そしてその唱和と同時、人類の英知の結晶、多段式化学()()()()の燃料に火が付き、コックピット内にも衝撃が走る。

 

「行くぞ、『アヴァント・ヘイム』!舌噛むなよ?」

 

「この乗物大丈夫ですかほんとにぃ⁉︎さっきから衝撃すごい来てますけど!」

 

「ああ、大丈夫だ!……最悪壊れかけてもテテフがいる!」

 

「不安しかねぇーーー⁉︎」

 

そして三人を乗せたロケットは、音の速さで空へと飛び去っていった。

 

 




10000UAを突破しました。ご愛読ありがとうございますっっっ!
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Insufficient funds

ルーシア大陸上空を高速で飛翔するロケットに乗る海は、死にかけていた。

 

「あ、だめだ。これ……壊れる」

 

システムオールレッド。テテフの四重術式(クアッド・キャスト)による修復と大気圧縮魔法ももう限界。海御一行は割とマジで死にかけていた。

 

「ふふ。もうだめだ……カイよ。死のう」

 

悟りの境地に至った目と濁りきった魂石(ジェム)で、テテフはゆっくりと術式を手放す。

 

「こんなとこで死ねるかボケェ!しょうがねぇ、目的地までは後50キロくらいだろ、俺らにだけ防護術式展開しろ!エンジン暴発させる!」

 

システム修復を諦めることを即断、海は次の手を考えた。が。

 

「暴発ってことは……僕たちを上に吹き飛ばすって事ですかぁ⁉︎そんなのうまくいくわけないでしょお⁉︎」

 

超暴論だった。

 

「その通り、だよっ……!」

 

冷や汗をかきつつもコントロールパネルを弄る海。必死で防護術式を展開するテテフ。

 

「——行くぞ!機体爆破まで多分大体5秒」

 

「ちょっとは制御できてる感出してください!不安しかない言い方しないでくださいよ!」

 

「俺も不安しかねぇよ!」

 

なにせ人類には精霊が見えない。テテフの防護術式がどの程度なのか全くわからないのだ。

———そう、人類なんて、そんなもんなのだ。

精霊も未来も見えない。なんなら過去も現在も見えてるか微妙。実験は失敗する、ロケットは暴発する。必ずと言っていいほど間違える。

ならば。誰より間違えてきた男は、海は。

正しく人類であり、愛すべき——。

 

「なんとかなるさ!多分!」

 

アホだ。

 

 

暗闇で『彼女』の輪郭がおぼろげだが、見えている。横には『青年』が立っている。等間隔で鳴る音は心電図か。どうやら『あの時』のようだ。

……?

…………夢か。どうやらロケットの爆破の衝撃で気を失ったらしい。

そう海は結論を出して、『彼女』と『青年』を見つめる。

 

ごめんな。

 

———君のせいじゃないよ。

 

だって、俺が勝とうとしなければ。

 

———なんで、そんなに自分を責めるの?

 

だって、俺のせいで。

 

———まだ、私は死んでない。

 

そう、だけどさ。

 

……。

 

……。

 

頑張って、治すから。

 

……ああ。

 

……。

 

 

 

 

 

 

——この話の結末を、俺は知っている。

『彼女』はこの後、目を閉じたまま開かない。一応死んではいないようだが、目を覚まさないならそれは死んでるようなものだ。

そして、『青年』は———。

滑稽な、無意味な——。

 

混濁していく意識が、海の思考を止めた。

 

「カイさんっ!」

 

 

「カイさんっ!」

 

叫びながら肩を揺するファルに、無言で腹パンを寸止めする海。

 

「うるせえ」

 

「めっちゃ悪夢見てきたって顔に書いてありますよ。そんな人に凄まれても」

 

そう涼しい顔で返すファルの言葉に返す言葉が見つからずただ睨む海。そんな仲睦まじい(?)2人にテテフが呟く。

 

「……着いたようだな」

 

「そういえば、地面あるな」

 

気づいた海とファルは足元を見る。自分たちはルービックキューブの集合体に立っていた。

 

「いろいろあったけど、着いたな」

 

まずは一仕事と、ほっと胸を撫で下ろして、

 

「にゃ?飛んで来た猿を受け止めた命の恩人に、感謝の言葉もないのかにゃ?」

 

続いて隣にいきなり現れた天使の殺気に、心臓の鼓動が一瞬止まった。

 

「とりあえず、言っておくにゃ。

ようこそ、アヴァント・ヘイムへ。ただで返すと思わない方がいいにゃ」

 

溌剌とした、完璧な笑顔で、天使は笑った。

——まるで、人形のように。

 

海も笑う。自然に、ゆっくりと。

——透き通り透明な海のように。

 

「ただで帰るつもりはねーよ。安心しろ

むしり取ってやるよ。アヴァント・ヘイム」

 




次話から新章です。


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第3章:敗北ゲーマーは布石を手に入れるようです
アップロードスタート


いつも通りの暮らしを過ごす。

それがどれだけ恵まれているかわかっている人間が少なすぎる。

海はパソコンを弄りながらため息をつく。

画面の向こうにはいつも通りの暮らしを過ごしているであろう廃人たちがいる。自分はどうだ。今やっていることは俺の望んだいつも通りか。否。ただの現実逃避だ。

 

パソコンを弄りながら、漠然と。

死のうと、何度も思った。

 

病院に通っていた日々を思い出す。

死ねないと、何度も思った。

 

この部屋で、

 

——もう死なせてくれと、何度も叫んだ。

 

 

 

1人きりで、

 

——まだ死ねないと、何度も呟いた。

 

……そんな日々を繰り返し、いつも通りになった時には、

俺は最底辺(『____』)になっていた。

 

 

……さて。状況の整理(アップロード)を始めよう。

目の前にいるのは天翼種(フリューゲル)、『全翼代理』アズリール。天翼種(フリューゲル)の全権代理、十八翼議会の議長である。

当初の計画は、たしかに彼女『全翼代理』にゲームを申し込み、天翼種手に入れすたこらさっさだった。

しかし、たった今彼女が浮かべた人形のような笑み。

あれが素だとすれば、人心掌握を主軸に戦う『____ 』が彼女に負ける(勝つ)のは不可能に近い。

——感情がない強者に、『_____』が為す術はない。

いきなり、計画が破綻したわけだ。

……が、()()()()()()()

 

「で、何の用で不法侵入したにゃ?」

 

「あんたらの為になる『知識』をわざわざ出張配達しに来てやったんだよ」

 

話すたびに圧をかけてくるアズリールをいなす海。さっさと『異世界の記憶』というカードを切ってゲームを始めたいところなのだが、なかなかそこまで進まない。

 

「知識?下等な人類種(イマニティ)が私たちが知らない知識を?

—-内容を言うにゃ」

 

やっと、乗ってきたか。海はまず1つハードルを越えたとホッとしつつ、チップの内容を言う。

 

「異世界の知識。具体的に言うと異世界の書物2万冊。これが俺の保有するチップだ。賭けな、天翼種」

 

「に、にまんさつ……!?」

 

——乗ってこい。

——-()()()()()()()()()

 

「2万冊の異世界の書ですかー。ぜひ欲しい」

 

「アズリールせんぱーい。私たちに隠してなに楽しそうなことしてるんですかー」

 

「……だって話したら独り占めできないにゃ。人間がここまで来たら誰だって気になるにゃ?」

 

そして、唐突に横から数人?体?

天翼種(フリューゲル)はどう数えるんだ?とりあえず、天翼種が、突然現れた。

つまり。

アズリール以外の天翼種が、この話に乗ってきたことを意味する。

よっしゃ第2関門突破、ここからは自分のターンと内心笑った海は、アズリールの次の出方に注目を向けた。

 

「それより、その話は本当かにゃ」

 

言外に『証拠の提示』を求めるアズリールだが、

 

「あー嘘だと思う?思ってないよな。ここまで来れて、来た人類種(イマニティ)ってだけで、証拠は十分だろ?

——証拠をよこせって言ってフライングで知識得ようってのは感心しないな」

 

……あいにく、その真意などわかりきっている。海は余裕を保ちつつ笑う。

 

「で、だ。この人数とゲームするのも面倒だ。1人代表を決めて欲しいんだが……」

 

比較的静かだった天翼種(フリューゲル)がざわつき始める。

 

「……相手は俺が選んでいいよな。ゲームするのは俺だし。不満があるならあれだ。俺に勝った奴にもう一回勝負挑んでくれ」

 

異論は?と海が天翼種(フリューゲル)たちに問いかける。

 

「ないにゃ」

 

「ないです」

 

「なら良かった。じゃー俺が今から決める」

 

そう言って海は集まっている天翼種(フリューゲル)を見渡し、ゲームしやすそうな奴を探す。

……そこの人にするか。そう思って俺が選んだ天翼種(フリューゲル)を指名する。

 

「そこの人。名前は?」

 

「……十八翼議会が1翼、ミハイールです」

 

おっと。まさかの十八翼議会だったか。これは運がいい。

 

「じゃあミハイールさん。あなたにゲームを申し込もう。

俺が賭けるのはもちろんこの異世界の知識本二万冊」

 

あんたはどうする?

 

「私が賭けるのは——」

 

さあ、どう出る。海とファルは彼女の言葉に耳を傾けて集中する。

 

「——私1人の全権です」

 

……マジで?



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基準値(10000m)

「……え?」

 

いいの?

 

「構いませんよ、どうせ私が勝ちますし」

 

全権賭けるってまじかよおい。油断してることは分かってるし、だからこそ相手に賭けるものを提示させた海だが、流石にこれは予想外。

 

(人類種(イマニティ)……舐められすぎじゃねえ?)

 

——まあ、油断してくれていた方がこちらも好都合だ。さっさとゲームを始めてしまおうか。

そう思って海は特に反論もせず、話を進める。

 

「じゃあそういうことでいい。詳しいゲームのルールを教えてくれ」

 

まあ、ゲーム内容は分かってるんだけども。

 

「ゲーム内容は、『具象化しりとり』私たち天翼種(フリューゲル)の間で用いられているゲームです」

 

そう、しりとりである。ただし具象化する。

 

「しりとりをして、使った言葉でこの場にあるものは消え、無い物は現れます。なお、

・既出の言葉を口にする

・30秒以上回答しない

・続行不能

——このいずれかで負けになります。なおプレイヤーに直接続行不能になるような影響は与えられません。例えば私が『血』といってもあなたの血は消えません」

 

……よく出来たゲームだな。ルールに穴がない。しかも絶対面白い。

まあ、穴なんていくらでも()()()()

海は質問を重ねていく。

 

「創作物の具象化ってあり?」

 

「もちろん、なしです」

 

「十の盟約違反してない?」

 

「ご心配なく。ゲーム中は一時的に仮想空間に移動します。終われば全て元どおりなので、一切の違反はございません」

 

「じゃあ続行不能ってのはさ、

——死んだら負けってことでいい?」

 

「その解釈で構いません」

 

じゃあもう聞くことはない。ゲームを始めよう。そう言って海は腕をパキパキと鳴らす。

 

「プレイヤーは俺1人。後の2人はおまけで」

 

「え」

 

「おかしいだろう」

 

ファルとテテフ(おまけ)が抗議の声を上げるが、海は些細なことと流す。

 

「では、初めてよろしいですか?」

 

「ああ、大丈夫だ。テテフ、用意してたやつちょうだい」

 

「……」

 

テテフは仏頂面で海に数枚の金属板を渡す。海はテテフと対照的に笑って受け取る。

 

「じゃあ、ゲームを始めようか?」

 

「はい。それでは」

 

「「『盟約に誓って』(アッシェンテ)」」

 

数十人の天翼種が見守る中、今。

 

——『盟約に誓って』(アッシェンテ)のゲームが始まった。

 

 

「先手はそちらからどうぞ」

 

「じゃーお言葉に甘えますかね」

 

そう言って海は、テテフに指示を出す。

 

「テテフ、何があっても大気保存以外の魔法は使うなよ」

 

「は?それってどういうこと——」

 

テテフが訝しんで発した言葉はしかし、言い切る前に海の言葉にかき消された。

 

「アヴァント・ヘイ()

 

海が発したその言葉とともに、アヴァント・ヘイム(幻想種)とそれに属する天翼種(フリューゲル)がミハイールを除いて全て消える。

そしてそれに従い、足場が消え、海・ファル・テテフは落下が始まる。

 

「これはまた……初手から飛ばしてきますね。ムカ()

 

ミハイールは涼しい顔で羽を広げながら気持ち悪い虫を具象化する。

 

「ちょっと海さん⁉︎」

 

天翼種(フリューゲル)は、飛べる。よって足場が無くても落下することはない。

つまり初手での足場消しは悪手以外の何者でもない。

ファルはそう思ったが——。

 

「そうか?電()

 

足場を消した当の本人はいたって涼しい顔で、いつも持ち歩いているスマートフォンを消す。

そしてそれを見たファルも、冷静さを取り戻す。

 

「まさか初手で足場が消えるなんて思いませんでしたよ。()

 

「まあほかのやつらにしりとり見られたくないしさ。ナイ()

 

「その配慮はありがたいですけどね。()

 

「でしょ?てかお麩はあるんだ。ファンタズ()

 

その言葉で、やっと足場、アヴァント・ヘイムが再び現れる。ただし天翼種(フリューゲル)たちは消えたままだ。

 

「戻すのなら最初から消さないでくださいよ。マス()

 

「別に消そうがどうしようが俺の勝手でしょうに。クラスルー()

 

海の言葉と同時に、机が、椅子が、床が、壁が、黒板が。

……いわゆる小学校の教室が姿を現わす。

 

「立ってやるのも疲れるじゃん?」

 

そう言って海は机に座る。

 

「ああ、私の知らない知識……たまりません」

 

そう言いながら海と同じように、ミハイールも机に座る。

ファルとテテフは近くでそっと椅子に座った。

 

「ところでこれどれくらい続くの?」

 

「長いと1ヶ月以上は余裕でかかりますが……人類種(イマニティ)にそれは無理でしょう。後1日くらいは付き合ってもらいますよ?」

 

……まあ、だろうなぁ。てか。

 

「俺もそのくらい続けるつもりだし」

 

さてと、まずは純粋にゲームを楽しみますか。




評価感想お待ちしてます


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遊撃値(1420字)

「アイスクリー()

 

その言葉とともに海はアイスをファルの頭上に具象化する。ベチャッという音とともにファルの頭にアイスクリームが落ちる。

 

「……」

 

こんな感じのことをさっきからずっとされているファルは、もう反応すらしない。仏のような顔をしている。

 

「また『ム』ですか……。()

 

そう、『クラスルーム』から40手、海はずっと『ム』で返している。

 

「ム返しは結構強いんだけどなぁ。人外の記憶力・知識量には通用しないか。通用するとも思ってなかったけど。ちま()

 

「通用しないと思ってるならやる必要も無いのでは?()

 

サクッと進んだ二回のあと、海がヘラヘラと言う。

 

「……もう打つ手もないし、遊ぶか!」

 

海はパチンと指を鳴らし、次の一手を放つ。指を鳴らす意味は全くない。

 

「機関()

 

そして、具象化する。現代兵器、異世界ファンタジーには場違いな科学の結晶を。

 

「撃って撃って撃ってぇ!」

 

轟音とともに放たれる鉄の雨。おそらくこんな至近距離で使う武器でもないだろうと苦い笑いを浮かべるのは()()()()()

 

「……この程度でどうにかなるとお思いで?()

 

銃弾の雨を全て受けて、無傷。無難に白黒の牛を具象化して、好奇心に満ちた目で海を見る。

 

「え?一ミリも思ってないけど?小()

 

ミハイールの言葉に表面上不思議そうな顔をして、またしても銃弾をミハイールに叩き込む。

 

「ではどうしてこんなことをしているのでしょう。()

 

「言ったじゃん。遊ぶって。マスケット()

 

3度目も火器を具象化、乾いた破裂音とともに銃弾がミハイールの眉間に飛ぶ。

 

「あとさー。

——その取ってつけたような敬語、いいよ?別に。それ素じゃないでしょ」

 

マスケット銃をぽいと投げ捨てて、海が言う。そんなことは分かっていると笑いながら。

 

「あ、そう?なら普通に喋るわ。植木()

 

そしてその言葉をあっさりと認め、仮面を外すミハイール。

 

「うん、そっちの方が好感が持てるな。地下()

 

「好感持ってもらう必要はねーけどな。ツ()

 

「太()

 

間髪入れずに海が発した言葉で、太陽が、消えた。あたりはそっと暗闇に包まれる。

 

「ふーん?意味わかんなぁ。うさ()

 

その意図を汲めず、不思議そうな顔をするミハイール。

 

「読めないか。そうだよなぁ。お前らみたいな雑魚には読めないよなぁ。ギ()

 

「……雑魚ぉ?自分のことを棚に上げて?天翼種(フリューゲル)を雑魚呼ばわり……。

殺してほしいならそう言え。叶えてやるよ。ア()

 

海の言葉に返したミハイールの目には、明確な殺意があった。

 

「へぇ?事実に何を怒ってんの?これからお前は俺に一方的にやられるよ?ラ()

 

しかしそんな殺意をそよ風と受け流し、さらに煽る海に、ミハイールは。

 

「そうか。死にたいか。丸呑()

 

具象化されたのは、大きな口を持つ異形の怪物。

そして、言葉から導き出される答えは——。

 

「っ!ミー()!」

 

その意味を理解した海は、肉の塊を具象化する。

そしてそれを振りかぶって勢いよく。怪物の口に放り込む。

スッ、と。

一瞬で肉塊を呑み込み、怪物は消えた。

 

「へぇ。やるじゃん。トンカ()

 

ニヤッと笑って、ミハイールは拍手した。

しかしあくまで海は冷静に返す。

 

「そりゃどーも。じゃ、もういいかな。ファルっち、テテフ」

 

そして、反撃を始める。

 

「——とりあえず頑張って、生きて♪

()




次回、決着です。一応伏線は貼り終わってるので、展開予測ガチ勢さんはどうぞ海の仕掛けた罠を読んでみてください。

矛盾があったので修正しました。


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終焉値(6000℃)

遅れました。理由は活動報告にて。


「地殻」

 

海のその言葉で——地面が、消える。

 

「へぇ?」

 

「えっ!?」

 

「わぁぁぁ?!」

 

地殻が消えたことにより、落下する4人。

(……地面の下は、マグマ)

溶けた岩石が煮え立っている足元。到達すれば人類種(イマニティ)であるファルと海は間違いなく死ぬ。一方、天翼種(フリューゲル)であるミハイールと森精種(エルフ)は無傷。

なんの意味もない、悪手。ミハイールはそう判断した。

——と、()()()()して心の底で笑う。

確信して、海は続いて言葉を紡ぐ。

 

「さて、これからお前に要求することはたった1つ。

——地獄の業火に焼かれて消えろ!」

 

意味不明なその言葉、海の『言ってみたいセリフ第九位』を、ミハイールは鼻で笑った。

 

「クリ()

 

……そして、海の言葉に続けてミハイールが放ったその言葉。言外に意味するのは、しりとりの続行。とある言葉の要求だ。

流石に馬鹿な劣等種でも……これを分からないはずあるまい。そう、ミハイールは目で海に問いかけていた。

 

「チッ……足()

 

舌打ち1つ、海はミハイールに応じ、自分たちの足元の地面を戻す一言を返す。心底不愉快そうに、しかし心の底では嗤いながら。

 

「……これでもうわかったろ?私を殺すなんてのは『不可能』だ。馬鹿()

 

罵倒と同時に、しりとりも返すミハイール。会心の一言だったのだろ

う、薄く笑みを浮かべている。

まあ、笑みを浮かべているのは、ミハイールだけでは無いのだが。

 

「篝()

 

笑みを浮かべていた海の雰囲気が、変わる。そして笑みを浮かべたまま海が——『____』が、続ける言葉に、ミハイールの足元から広がる炎は、消えた太陽の代わりに辺りを照らした。

 

初めてミハイールの顔から笑みが、そして心から余裕が消える。

ミハイールは知っている。基本的に具象化されるものは、『イメージ依存』である。

 

例えばだ。先程ミハイールが具象化させた牛。ミハイールがイメージした品種は『ホルスタイン』。そのため出てきた品種もホルスタインである。この時にアンガスなどの別品種は出てこない。

特に炎と言った不確かなものはイメージに引っ張られやすい。例えば——。

 

「温度とか、な」

 

()()()()()()、そう呟く。

500度、完全燃焼の青い炎がミハイールの全身を飲み込み、

篝火が、消える。

 

「そりゃあそうだよなぁ?俺を殺す程の温度にすりゃ……。

()()()()()()()()()()()()()

 

神に作られた神殺しの兵器、天翼種(フリューゲル)。たかだか500度の温度で死ぬような兵器——『大戦』で生き残れるはずがないだろう?

そして何より、と。ミハイールは先程と同じく、そしてその時よりも濃い殺気を露わにした。

 

「この程度で、主様(アルトシュ様)に作られたこの体が負けると思われた事。それが何より癪に触る。

……もういい、十分楽しんだ。終わらせてもらう。

 

 

倍返しだ。()

 

ミハイールが呟くように言ったその一言で、お返しとばかりに。

海の足元に、先程の倍、『1000度』の炎が広がる。

 

「っ!()!」

 

先程『丸呑み』を防いだように、自身の膝を消して炎を躱す予定だったのだろうか。しかしその目論見は外れる。そう分かっているミハイールはその刹那の時間、海から視線を外した。

 

次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()。プレイヤーには直接危害を加えられないが……プレイヤーでない2人は別だからだ。

そして、具象化しりとりは『無いものは現れ、ある物は消える』。

そのまま、海は炎に飲み込まれる。1000度にもなる炎はそのままあたりにも影響を及ぼすが、ミハイールは無傷、テテフとファルもテテフの魔法で無傷。ミハイールはその姿を見て、最後になるであろうしりとりを返す。

 

「雑()

 

天翼種(フリューゲル)人類種(イマニティ)が勝つなど、不可能だと。この世界のルールを告げるように。

……さて、『続行不能で敗北』改め、海の質問により、『死亡は敗北』がこのしりとりのルールである以上、これで、海の負け。ミハイールはしりとり盤がまだ術式を保っていることに不思議がりながらも、しりとり盤を解除しようとして、ふと視界の端に光るものを見つけた。

 

——それは、テテフの魔法で照らされた、二枚の小さな金属板だった。

金属の名は、『アルマタイト』。融点3000度の、エルキアの『 』(空白)の前の王が東部連合とゲームした時に、初めて賭けた土地で取れる鉱物であり、その土地は現在は工業地帯になっている。その工業地帯こそは、先程海達が訪れた工業地帯。

二枚のアルマタイト板には、それぞれにこう書かれていた。

 

『ようこそ、『____』(最底辺)へ』

 

『恒()

 

ミハイールがそれを見た、瞬間。表面温度およそ6000度。

太陽が、現れた。

その光景を理解出来ずに、ミハイールは焼かれていく。数秒も持たないであろう。

 

その数秒で、ミハイールは理解出来なかった光景を理解する。

『馬鹿』から『雑魚』まで。全て、動かされたのだと。

『イメージ依存』を利用するというのは正しかったが、まさか。

初手のアヴァント・ヘイムで、『大まかな位置』を決められることを確認していたとは。

 

……最初の一手で、ゲームが決まっていたとは。ミハイールはそう理解。いっそ清々しい、ここまでする人類種(イマニティ)になら、引き分けでもいいと笑おうとして。

 

 

 

 

 

 

……いや、待て。

 

最初の一手ではない。

 

そもそも——あの金属板を、いつ作った?まさか、

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

それを理解すると笑いは消え、地獄の業火の中で。

ミハイールは生まれて初めて、寒気を感じた。そして、消える意識の中思う。

それだけのことができるなら何故、

——引き分けた?

 

答えは出ないまま、意識が消えた。




次回、三章最終回。


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ダウングレードエンド

お待たせしました。


具象化しりとりが終わり、仮想空間から帰って来たミハイール、海、ファル、テテフの4人。

即座に海は行動を起こす。まあ、もうあとは細かな調整だけ。余裕余裕、なんなら鼻歌歌えるなと舐め腐っているが。

 

「……で、結果はどうなったにゃ?うち達も見たかったんだけどにゃー」

 

ふてくされた顔で、胡座をかいて座っている全翼代理、アズリールがそう問う。

海はにこにこ笑ってさらっと答える。

 

「ああ、俺が負けた。知識はやるよ」

 

……嘘は、ついていない。海は死んだ、つまり負けた。

が、本当のことも言っていない。ミハイールも『恒星』に焼き尽くされ死に負けた、つまりは『引き分け』なのだから。

しかし、海はそれをバラさない。アズリールに警戒されるからではない。

直感に近い強引な推測だが、おそらくいずれここ、アヴァント・ヘイムを征服するだろう——『空白』に、警戒されないためだ。

 

「ってことで、ミハイールさん?」

 

「はい」

 

そして海は、仮想空間から帰ってきたから黙りこくっていたミハイールを呼ぶ。ミハイールはそれに短く返す。

 

「知識の引き出し方……電子書籍の使い方教えるから、エルキアまで俺らを連れていってくれ。ここでやるのは1人に渡すっていう約束が違うからな」

 

「了解しました、では。アズリールもそれで構いませんか?」

 

「ミハちゃんのうちへの敬語レアだにゃ……。いいにゃ、あとで奪い取るから覚悟するにゃ?」

 

そんな小さなやり取りを最後に、ミハイールはエルキアまで『転移』した。

 

「にゃぁ……にゃはは」

 

そうして海がいなくなったアヴァント・ヘイムで。アズリールは笑っていた。いや——。

 

「あの程度で、うちを騙せとでも思ったのかにゃ?最底辺(人類種)。全く片腹痛いにゃあ。にゃはははは……」

 

明確な殺意を持って、『嘲笑っていた』と言った方が正しいか。

 

「次は無いにゃ。全天翼種(フリューゲル)

———総員で、気取られぬように『海』を監視するにゃ」

 

「「「「了解」」」」

 

 

転移した先は、エルキア近郊の森。テテフがいたところだ。

 

「……バレたな、今すぐ会話を聞こえなくしてくれミハイール」

 

「了解」

 

転移直後にこちらに来るほど相手も馬鹿ではないはず、よって今は天翼種(フリューゲル)に聞かれていない。素早く海はミハイールに命令する。

直後ミハイールは、海と自身とファル、その周辺の空間を『断絶』する。

……かなり力を消費したのか、ドサッとその場に倒れこんだが。

 

「……えっと、バレたってどういうことです?」

 

きょろきょろと辺りを見回しながら、ファルがそう聞く。

 

「アズリールの態度見りゃわかる。あれは気づいてる」

 

海は悔しそうにそうぼやく。

 

「まーバレちまったもんは仕方ない、それは今度なんとかするとして。とりあえずはよろしく頼むわミハイール」

 

「ああ、よろしく頼むぜ。早速で悪いが……。1つ質問だ。

()()()()()()()()?」

 

そう、それはミハイールがしりとり終了から思った謎。勝てる勝負を敢えて引き分ける、その理由を彼女は欲していた。それは天翼種(フリューゲル)としての知的好奇心か、それとも——。

 

「あー、まあ、それは聞くよなぁ」

 

……まあ、今は関係ないことだと、海はそんな思考を取り消す。

 

「まあ単純な話、俺は勝てないのよ。そういう精神疾患」

 

サクッとバラして。

 

「まあ今はそんなことはどうでもいい」

 

サクッと流した。

 

「……その状態で、私をアヴァント・ヘイムから奪って、何する気だ?」

 

が、そう簡単に流れるわけもなく。ミハイールから問われるその真意。

——精神疾患が嘘の可能性もあるだろうと、空間断絶の代償でちらつく目を細めて。

 

「別に?ふつーに世界制覇狙ってるだけだけど。今はどうでもいいって言ったろ。

……それより大事な話があるんだ」

 

「……はぁ。まあいい、聞く」

 

()()()()()()()。その言葉が真実かどうかは——ここで聞いても意味がない。無益な話をこれ以上続ける必要もないと、ミハイールは自身の問いを捨てる。

 

「えっとだな——」

 

 

「なあ、1つ聞いていいか?

——それ、成功確率幾つだよ」

 

海の『話』を聞いた後の第一声。ミハイールはそんな言葉を口にした。

 

「しらね。まあなんとかなると思うよ?っーことで聞こえるように戻してくれ」

 

「……分かった。そして分かってるな?

——それ、失敗したら全員死ぬぞ?」

 

「知ってるよそんなの。ほら早く」

 

海に急かされ、ミハイールは断絶空間を解除して立ち上がる。そしてそれに伴って、()()()()()()()()声やその他諸々聞こえるようになる。

 

「テテフ、置いてけぼりにしてごめんな?」

 

「……ああ」

 

軽くそうテテフに笑いかける海。微妙な表情のテテフ。

 

「ミハイール」

 

その表情を見て、一息、ため息をつく。そして海はミハイールに合図を送る。

ミハイールは了解、と一言、精霊であたりを包む。

 

「なぁ、テテフ。

——騙せてるとでも思った?」

 

「……」

 

その一言と共に、海は尋問を始めた。

 

「だいたい不自然なのがお前がいた場所だ。この森にずっといる理由があるはずなんだよ。俺が真っ先に考えたのは……木材不足にして、エルキアの政治を低迷させるため。だけど、それはありえない」

 

……なぜなら、森精種(エルフ)、エルヴン・ガルドは、クラミー・ツェルを傀儡として、エルキアを手中に収める予定だった。低迷させることに意味はない。

 

「で、お前と数日過ごしてほかに色々考えて、おれの出した結論はこうだ。

——エルヴン・ガルドは一枚岩じゃなく、クラミー・ツェルを傀儡にした手柄を横取りするつもりだった、ってことだろ?

この森は単なる潜伏場所。目立ったのはお前が単にポカしただけだったとはな」

 

「……」

 

「当たりか」

 

無言を貫く、テテフ。しかしそれは、『____』()の前では悪手でしかない。

 

「で、だ。そしたら当然、今もお前は仲間と連絡を取ってる筈だ。横取り、なんてのはお前の知恵じゃないだろ?」

 

「……私にどうしろと?」

 

ひたすらに、今までの行動を並べられたテテフが、苛立ち混じりにそう呟く。

海は笑う。これを利用しない手はない。なにせ、これは世界最大の大国の綻び。

 

「お前を使って、エルヴン・ガルドを()()()()()()()()

行こうか、『エルヴン・ガルド』」




次回更新は1ヶ月後になるかと。


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整理章
登場人物紹介


『____』(アンダーバー)陣営が出揃ったので、登場人物をまとめました。
あとがきに発表があります。


(かい) 22歳 男

 

地球で『 』(空白)と同等の知名度を誇った、常敗無勝のゲーマー、『____』(アンダーバー)。負けを利用して勝つ、無敗のゲーマー『 』(空白)の対極のようなプレースタイル。

ボサボサの黒髪、深く濁った黒目、身長170の中肉中背。常に『↓』と書かれたパーカーと言う服装。成年済みだが、タバコや酒はしない。

『勝利恐怖症』であり、勝利しようとすると吐き気や手の震え、頭痛が起こる。精神疾患の一種と思われる。

ゲームにおいて心理学を駆使し、相手の心を読むことにおいて彼の右に出るものはいない。

『 』(空白)に誘われて、ディスボードでのゲームに参戦する。

 

「……さあ、ゲームを続けよう。この程度の窮地、いくらでも超えてきた」

 

 

ファル 18歳 男

 

海が行ったカジノにいたディーラー。頭が切れるいかさま師。なぜか常に敬語。金髪黒目、痩せ気味、身長165。

海のことは仕事仲間以上にゲーム仲間だと思っているが、相手はこちらのその気持ちを知っている上で利用しているのだろう、と察している。意外と今の状況を楽しんでいる。

海の心理学でも腹の底を見通せない裏のある男。仕事ができる上ゲームも強い、こんな奴が一介のディーラー?まさか。

苗字はまだわかっていない。

経済省の書類まとめや雑務すべてと、家の家事をほとんど一人でこなしている。彼がいないと『____』(アンダーバー)陣営は回らないだろう。

 

「僕はゲーマーである前にギャンブラーです。

——分の悪い賭けなんて、日常茶飯事ですよっ……!」

 

 

テテフ ??歳 女

 

森にいた森精種(エルフ)。エルキアの乗っ取りをしようとしていたクラミーたちの手柄の乗っ取りを目論んだ一団の一人。

森精種(エルフ)において一流の術者である四重術者(クアッドキャスター)。そこそこいい家柄の出。

魔法の腕と対照的にゲームは弱い上、自分より下の種族を見下す。

過去に色々あり、自身の意見をあまり口にしない。

『____』(アンダーバー)陣営最弱。

 

「私は……道具ではない。それをこのゲームで、証明してみせる」

 

ミハイール ?????歳 女

 

天翼種(フリューゲル)天翼種(フリューゲル)の全権代理の集団、『十八翼議会』の一人。長身。男っぽい言葉遣い。

海に負けたため一応は海のことを尊敬している。

大戦中期に作られた。天翼種(フリューゲル)のなかでは上から数えた方が速い年齢と実力を持つ。

天翼種(フリューゲル)らしく知識量は多く、頭もいい。

『____』(アンダーバー)陣営で一番裏がない。

 

「さて……一矢報いるとするか。もっとも、私にできるのがそれぐらいなだけだけどさぁ」




さて、次回更新は10月上旬となるのですが、その前に1つお知らせが。
この度、この作品『ノーゲーム・ノーライフ I am a loser』が、20000UAを突破しました。本当にありがとうございます。
この前……といっても結構前ですが、企画した10000UA記念コラボ企画は、相手側がハーメルンから追放されたので……色々整ってから再度お知らせします。
そして、今回20000UAでも記念企画を行います。それは、

『1週間連続投稿』

です。10月上旬の日曜から月曜まで7日間で、連続投稿をする予定です。
これで少しでも読者への感謝の意が伝わると嬉しいです。
今後ともこの作品をよろしくお願いします。


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第四章 敗北ゲーマーは布石を使い捨てたいようですが……?
クイックスタート


「……はぁ」

 

いつも通り、エルキア経済省にファルの溜息が零れる。

海とテテフの2人は、『エルヴン・ガンド』へ向かった。今頃策略を巡らせ暗躍していることだろう。それはまあいい、いつものことだ。

 

「……問題は僕ら2人、留守番組の方で」

 

ミハイール、ファルの2人はエルキアに残っている。要するに留守番なのだが。

ファルは『留守番』に考えを巡らせ、もう一度溜息。仕事机を離れる。

 

「じゃあ、朝言った通りよろしくお願いします」

 

「了解ですー」

 

そんな言葉を交わして、午前中だが経済省を後にする。そのまま近くの裏路地へ向かいながら、ファルは考える。

海から、留守番中の仕事を任された。それは決して簡単なものではない。なぜならそれは……。ファルは三度目の溜息をつく。溢れそうになる愚痴を抑え裏路地に入ると、そこにある木箱にミハイールが座っていた。

 

「手筈通りですか?」

 

「ああ、しっかし狂った作戦だよなぁ?」

 

「ほんとですよ……」

 

……エルキア国内、その全域に対『空白』用のゲームの仕込みをする。そんな過労死ものの難題を留守番として任されたファルは、足元に荷物を降ろす。

 

「今思えば……」

 

ボソッと、ファルがつぶやく。

 

「ん?」

 

「ああいや、なんでもないです、独り言」

 

海が仕事をすっぽかして遊びまくっていた、その遊び内容はこれだったんだろうなと、ファルはミハイールに応えながらそんなことを思う。なにせ、『 』(空白)が東部連合を手にしたいま、急がないと国政が安定してしまう。その前にしか仕込めないものもあったのだろう。

……さあ、溜息は一日三回まで。もういい。

ファルは口を笑顔の形に歪める。

 

まあ、楽しいからいいんですけど。

 

「お前()大概狂ってるな……」

 

嗤ったファルに、そんな言葉を漏らしたミハイール。

 

「まあ、狂ってないとゲームって面白くありませんから」

 

当然のことと、言葉を返したファル。

 

「それもそうだ」

 

2人は笑う。これからの暗躍へ向けて。

 

「「さあ、ゲームを始めよう」」

 

 

「例の男を連れてきました」

 

「でかしたテテフ、お前もたまには役に立つなぁ?」

 

所変わって、エルヴン・ガルド、ルーシア大陸領のとある屋敷にて。

……海は、テテフに捕縛されていた。

 

「できれば縄解いてくれると嬉しいなー、盟約の鎖があったら逆らえないでしょどーせ」

 

呑気にそんなことをのたまう海は、テテフの拘束魔法がかかった縄で両手を縛られて、テテフの主人の前に立たされていた。

 

「お前、自分の立場わかってんのかぁ?テテフに勝って、ちっと調子に乗ってるみたいだが。そいつに勝ったのはそいつが弱いのと、あとはたまたまだ。

……その証拠に、2回目のテテフとのゲームに負けて、拘束されたんだろ?」

 

「……」

 

海は、何も応えない。目を伏せて、ただヘラヘラと笑っている。

 

「まあいい。とりあえずゲームをしてもらおうか、経済大臣補佐様?」

 

テテフから、海の権利をテテフの主人に移すために。

 

「ああ、ただ十の盟約に従って、ゲーム内容はこちらが決める」

 

海は興味なさそうにそう答える。

 

「待て」

 

「ん?」

 

「……いや、なんでもない」

 

一度は反論しようとしたが、その気になればテテフにゲーム内容を変更させられる。それなら今後海の牙を折るために敢えてゲームを決めさせてやろうと、男は考えた。

……のだろうと、『____』()は考えた。

 

「さて、じゃあゲームを提示する。

……星取りポーカー、だ」

 

そして拘束を解除された海は、ヘラヘラとした笑みを消し、ゲームを提示する。

 

「ゲーム内容はこうだ。

・トランプは通常の52枚にジョーカー10枚を加えた合計62枚。

・通常のポーカーと同じく、5枚引いて役を揃える。一度まで好きな枚数捨てて同数を引ける。

・勝った側はその手を作った5枚を保持、次の戦いでそのトランプを使用してもよい、ただしおなじカードを二度使用することはできない。

・3回どちらかが勝った時点でゲームを終了、トランプを最後に一番多く持っていた者が勝利となる

——何か質問は?」

 

男は、黙って考える。

……どう考えても、魔法で持ち札を変更できる此方の必勝ゲーム。ジョーカー5枚を毎回イカサマして持ってくれば、こちらの勝利は確定。そして海が狙っているのもおそらくそれ。

……受けてよし。テテフの主人である男はそう判断する。

 

「いいや、ない」

 

「そうか。じゃあディーラーは俺が——」

 

「いいや、私がやる」

 

トランプの山を持ってディールを始めようとした海を、テテフが遮る。

……海のイカサマを危惧したのだろう。森精種(エルフ)である自分にそんなものは通用しないのだが、まあわざわざ断る理由もない。テテフに大人しくディーラーをやらせようと、テテフの主人は海に促す。

一悶着あって、渋々海はテテフにトランプを渡した。

 

「俺が賭けるのはもちろん全権、で、お前は?」

 

海はテテフの持つトランプを見つめていた目を男にずらして、自身をベット。

言外に、お前も何か賭けるよな?と挑発しつつ。

 

「……私らテテフの全権を賭けよう」

 

そして男は、やすやすとノッた。

そういうとこがつまんねぇんだよなぁプライド高いやつって、と、心の中で海に呆れられつつ。

 

「じゃあ、これよりゲームを始める。準備はいいか?」

 

「ああ、早くしろ」

 

そして、結果などわかりきった、つまらないゲームが始まる。

 

「「「『盟約に誓って(アッシェンテ)』」」」




次回更新は11月を予定してます


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誘導餌(ミスリード)

投稿遅れて申し訳ない


「……では、カードを配るぞ」

 

パラパラと、割と器用な手付きでトランプをシャッフルしていくテテフ。

 

「……」

 

海はそれを見もせずに、手を組んだり戻したり、手遊びをして待つ。

テテフの主人は、貼り付けられたような笑顔でテテフのトランプを見つめている。

……彼は、『三重術者(トライ・キャスター)』。四重以降から一流とされる森精種(エルフ)のなかでは、かなり優秀な方と言える。

だが、まあ。

……魔法の優劣など、この戦いにはもうなーんの意味もない。あとはお前が気付くかどうか。

テテフが魔法で飛ばしてきた手札、4のワンペアに『____』(アンダーバー)は怪しく笑う。

 

「3枚捨てる」

 

海は、揃わなかった3枚を捨て、引き直す。ごくごく自然なこと、手つきもいかさましているようには見えない。誰もなんの違和感も抱かないだろう。

……いや、その自然さが、逆に不自然か。

引き直した三枚は、揃わなかった。ワンペアのまま、海は勝負する。

 

「ワンペア」

 

「ハッ。ファイブオブアカインド」

 

そして、テテフの主人は当然、ジョーカーを5枚揃える。

……ああ、当然だ。『必ずイカサマがバレない状況』で、イカサマしない奴などいるか?

 

「こちらの1勝だな」

 

「……そうだな」

 

ファイブカードを左手にキープした男のドヤ顔に、若干の苛つきを顔に張り付ける。

 

そのまま2戦目。海は揃わなかった手札を全て捨て、対戦相手に話しかける。

 

「なあ、一つ、聞いていいか?

……おまえ、なんでそこに座ってられたの?」

 

「は?」

 

ロイヤルストレートフラッシュを揃えたテテフの主人は、その言葉に反応して顔を上げる。

 

「いや、ごめんごめん。

……さっさとオープンしようか」

 

海が手に持ったカードを振りながら、そう急かす。

不信感を募らせ、男は、透視魔法を使用した。

——ジョーカーのファイブカードが、そこにはあった。

 

「……私は前回のカードを使おう」

 

しかし男は慌てることなく、前回のカードをオープン。開かれた相手のジョーカーに対して引き分ける。

……これで、双方の持ち札は0となる。

 

「テテフ、裏切ったな?」

 

3枚目を配られながら、男は呟いた。

配られた……いや、()()()()()()()ロイヤルストレートフラッシュを見ながら。

テテフは答えない、淡々とカードを配り終える。

男は何も捨てず、海は3枚を変えた。

オープン。海はフラッシュ、男はロイヤルストレートフラッシュ。

 

「私の二勝目だ」

 

男は次の手札を催促する。海は不満そうな目でテテフを見る。

 

「何故四重術者(クアッド・キャスター)三重術者(トライ・キャスター)に負けるのか、って顔だな」

 

男はドヤ顔で、説明する。

 

「十の盟約で、俺の術式には干渉できないから、だ」

 

先に発動してあった、男の『ロイヤルストレートフラッシュを呼び寄せる』術式。それ自体に干渉するのは、十の盟約に違反する。

つまり、それは簡単な四文字で表せる。

即ち——先手必勝。

 

「さて、3戦目行こうか」

 

目を伏せた海に、男はその言葉を叩きつけた。

テテフは、カードを配る。海は目を伏せたまま、ノーチェンジ。

男もノーチェンジ。ロイヤルストレートフラッシュ。

海は自身の手を晒す前に、目を目の前の男に向けた。

その目は、暗く、濁って、しかし確かにある確信を持って、男を見据えていた。

海は、一言、呟く。このつまらないゲームを終わらせる一言を。

 

「テテフ、()()

 

「了解だ」

 

合図を受けたテテフは、魔法で窓を開け、自分の持っているカードを全て、開いた先に魔法で飛ばした。

 

「オープン。俺は役なし」

 

「……ロイヤルストレートフラッシュ」

 

窓に飛ばしたカードの意味がわからないまま、男は勝ち、海は3敗する。

 

「さて、俺の勝ち、だな」

 

……そして、『____』(アンダーバー)に勝った人間の、その後は。

 

唯一の例外(空白)を除き、例外なく、戦術的敗北だ。

 

「は?

……何言ってんの?」

 

海は立ち上がり、窓の外を見る。

 

「アイツの勝ちだろ?」

 

そこには、通りすがりの、不思議な顔でカードを持つ森精種(エルフ)がいた。

 

……は?

 

「ゲーム終了後にカードを一番多く持っていた者の勝ち。あの人の勝ちだろ」

 

誰だか知らないけど、そう付け足して、海はテテフにアイコンタクト。テテフはすぐに反応。窓に乗り出して、カードを持つ男に呼びかける。

 

「そこの方、そのカードは私たちの物だ。悪いが……。

そのカードに関する全ての権利を放棄しては頂けないか?」

 

もちろん礼はしよう、と、一枚のコインを取り出して。

カードを持つ男はこう考えることだろう。このトランプに価値はない、持っていても仕方がない。

 

「ああ、放棄するよ」

 

大人しく、カードを返すべきだと。

そしてテテフは、窓の外から飛んできたトランプを受け取り、コインを投げ返した。

男はようやく理解する。ゲーム内の全てはデコイ、ミスリード。

こいつらの目的は、ハナから。

 

「テテフの枷を外すこと、だったのか」

 

「んー?違う」

 

しかし即座に、海は否定する。

 

「別の目論見ももちろんあるさ。バラさないけど」

 

じゃあな、そう言って。テテフと海は去っていく。

男はやるせない溜息と人類種(イマニティ)に負けた怒りを飲み込んで、仕事を再開する。

 

その3日後のことだ。

男は、とある森精種(エルフ)人類種(イマニティ)のコンビにゲームに負け、その地位を底に堕とす。

四重術者のテテフがいれば、もう少しマシな結果になったであろうゲームに負けて。




次回更新は大晦日っす


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囮餌(ミスディレクション)

エルキア王国、もう日が暮れ辺りは暗くなり始めた、城などがある中心部からはやや少し離れた場所に建つ、廃屋の中。

椅子に座り、書類になにやらチェックを入れていた青年は、チェックを入れ終え、ペンを止める。漏れがないのを確認してからその書類を折り畳み、それをポケットに入れ、座っていた机を蹴飛ばした。

これで、青年の今日の仕事は終わり。

青年は建物を見回す。石造り二階建て、荒らされたように偽装した家具や床はぐちゃぐちゃと汚い。床には、人類種(イマニティ)には理解できない魔術刻印。それを踏まないように避けながら階段へと足を進める。

一階に降りると、階段の隣の部屋から物音がする。五分前には下に人はいなかった。なにかを引っ掻くようなその音に不信感を覚える——訳ではない。ないのだが、青年の用件はその物音にある。その部屋に繋がる扉を開き部屋に入る。青年の予想通り、ミハイール……協力関係にある天翼種(フリューゲル)が手帳に何かを書いていた。

 

「終わりましたよ。そちらは?」

 

「こっちも終わった。今はチェックリストに記入をしてるとこだ」

 

「なるほど」

 

すぐに筆を止め、天翼種(フリューゲル)は青年に向き直る。

 

「さて、じゃあ帰って経過報告済ませよう」

 

「ですね」

 

今日も不測の事態なく、危険な綱渡りを終えた安堵を覚えつつ。幸の薄い青年は玄関へ行こうと扉を開き、そして。

 

「あらぁ?どちらへ行かれるので?大臣さんと……

ミハイール先輩♡」

 

不測の事態(イレギュラー)と目が合い、青年——ファルは、今日人生最大の危険な綱渡りを確定させられた。

 

 

ほぼ同時刻のエルウン・ガルド、人類種領土があるルーシア大陸の領土。

とあるニュースが、街を駆け巡っていた。

 

人類種(イマニティ)との内通者が捕まったらしいぞ」

 

「序列最下位の劣等種だ、当然といえば当然か。むしろよく潜り込めたな」

 

森精種(エルフ)側に内通者がいたんだと。そいつの傀儡だろ」

 

「捕まえた奴はあの出来損ないらしいけどな」

 

「はぁ?」

 

そんな街をぼんやりと、木にもたれて眺める森精種(エルフ)

ローブのフードを目深に被った彼女の目線が何処に向いているのかはわからない。

彼女は、噂駆け巡る街から目線を逸らし風を捕まえて空へ、次の仕事に向かう。その全ては『____』(アンダーバー)のために。彼に与えられた仕事を、彼のためだけにこなす。そこに彼女のプライドも意思もなく、しかしそれは()()()()()()()森精種(エルフ)としてのプライドを持つことは……残念ながら、やはり自分にはできないらしい。

自嘲の笑みは、精霊に荒らされた風に消えた。

 

……そして、テテフがもたれていた木、そのすぐ近くの屋敷。

 

「……何度でも聞くのですよぉ。内通者の名前、立場、情報を吐くのですよぉ?」

 

「知らないって。『十の盟約』に背いてるとでも?」

 

『名家の面汚し』『出来損ない』『半人前』。

様々な不名誉な呼び方をされるニルヴァレン家の主である森精種(エルフ)……フィール・ニルヴァレン、在住の屋敷。

 

椅子に座らされ、建前上は客人扱いの海がただひたすらに質問を拒否し続ける。

 

5時間前のことだ。海は一人でこの屋敷を訪れ、フィール・ニルヴァレンにゲームを持ち掛けた。

 

ここ数日、海は森精種(エルフ)領土で暗躍、領主やら貴族やら有力な者たちをひたすらに掻き回し、『崩す』事に徹した。

そんなある日のことだ。順調に進んでいた亀裂入れ、土台崩しが。

()()()()()()()()()()()()

原因をすぐさま調査、海は修復者がフィール・ニルヴァレンということに容易く、あまりにも容易くたどり着いた。痕跡はわざと残されていたことを、『____』(アンダーバー)は察したが、この盤面では向かう以外の選択肢は潰されていて。

上手く嵌め技を使われたことを悟り、フィール・ニルヴァレンの屋敷に単身で向かう。

そして、ゲームを挑んだのだ。

 

「……俺が勝ったら、一日この屋敷を借り受ける」

 

「私が勝ったら、貴方の保有する情報全てを、私の気が済むまで吐いてもらうのですよぉ」

 

そう、そして屋敷内。絶対厳守の誓いは口にされた。

 

盟約に誓って(アッシェンテ)】と。

ゲームは一切の追加ルール無しのチェス。二人零和有限確定完全情報ゲームなら、『____』(アンダーバー)は。負けて勝つゲーマーは、幾らでも引き延ばせ、幾らでも引き分けられる。

しかし、結果は。僅か30と少しの手数。

15分で、相手のルークは海の逃げ道を塞いでいた。

 

「チェック・メイト、なのですよ」

 

……頓死、だった。二五手目、海が勝負手として放ったビショップ。駒の動きが見えなかったかのような、致命的ミス。守備の構築同時に攻撃の牽制を担っていたビショップのタダ捨てにより、盤面は急変。

結果、敗北。そして間者について、ここに来た方法、etc、etc、etc…情報を片っ端から質問され————。

結果、()()()()()()()()()()()()()()……彼女が欲しかった情報も、彼が何処から来たのかすらも。わかったのはここに勝ちに来たこと。

 

「もういいだろ。帰してくれ」

 

海のその一言に、フィールはやっと彼を解放し、彼は屋敷を離れた。離れた、が。

海はこの国に来る時はミハイールの転移を使った。いま、ミハイールは居らず、エルキアには帰れない。

 

……さて、彼は何処に帰るのだろうか?




6月から更新速度上げます


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餌付け(ギブ)

お久しぶりです。


男が歩いている。ただそれだけの光景に、殆ど全てのそこにいる彼等が反応する。

——ただそれだけ、なのは人の世に限った話で。例えば人以外が幅を効かせる盤上の世界の、森精種(エルフ)の国だったりしたら。

それはさぞかし目立つことだろう。

しかし、その視線に気づいていないのか、その男——海は歩く。

 

「さて……どこに向かうのか、見せてもらうのですよぉ♪」

 

はるか遠方から魔法で覗かれているのにも、気付いていない——魔法が感知できない以上気付きようがないのだが——のだろう、その足取りに揺れはない。

数分で、街の一角、小さな家にたどり着いた。そこの扉を開け、中に入る。

それを遠くで見ていたフィールは、すぐにその家に魔法妨害・到着妨害・視線遮断の術式が編まれていることに気付く。

……というか、まあ。陰謀策略政略戦争、不利な情報なぞ漏らした日には蹴落とされるこの国では、こういった防護術式が編まれていない時の方が少ない。

よって彼女にとってもそれは想定内。たかだか二重で組まれているその術式を確認、その額の宝石が光る。なるほど決して悪くはない。が——相手が悪かった。

フィール・ニルヴァレン(六重術者)にとっては、それを掻い潜るのはあまりにも容易で。内部での会話——人類種(イマニティ)海と、フィールの知らない森精種(エルフ)の会話——は、簡単に覗かれる。

 

「じゃんけん勝利による、盟約による記憶の封印を破棄する」

 

「——よし。思い出した」

 

そう、つまりフィールは全てを見た。

読み通り、海の記憶が消されていたことも、

 

「……さあ、ゲームを続けようぜ、フィール・ニルヴァレン」

 

——読み違え、彼が自分の名前を呼んだことも。

 

 

 

 

「ああ、ジブリール、久しぶりだな」

 

……さて、この場面とは全く関係ない話だが、ファルは死後の世界があるのなら、自身はきっと地獄に行くだろうと思っている。

あのカジノで働く前はギャンブラーとして暮らしてきた。イカサマはもちろん、詐欺まがいのこともしょっちゅうしていた。それのせいで、破滅した人もいるだろう。

そして、今海の元でも……決して、良いことはしていない。被害者として破滅した経済大臣。国中に仕掛けている工作により土地を失った人々。

三重スパイをし、隠蔽し、嘘をつき、虚構を与え、不正を働き、正規ルートから外れ。ひたすら、間違え続けた人生だ。地獄に落ちない理由がない。

……そう、ファルの普段の行いは悪い。しかしまあ、この場面とは全く関係ない。はずだ。

では状況を整理しよう。国王『 』(空白)の側近にして、『____』(アンダーバー)……海曰く、『計画の穴(イレギュラー)」。それがいま目の前にいる。理由は不明。殺意あり。

……普段の行い改めるべきかなぁと、ファルは現在逃避じみた感想を抱いた。

 

「で?ジブリールはこんな所で何をしてるんだ?」

 

そしてファルと対照的に、ミハイールは至って冷静だった。理由は簡単。海が『 』(空白)にバレたとしても。

——彼女は、何も困らない。ファルは経済大臣をクビになり路頭に迷う。だから焦る。しかし彼女は盟約で縛られているだけ、『最悪ジブリールに『____』(アンダーバー)の全てがバレても』、困らないのだ。

 

「ええ、私は先輩がいるのが分かったので少し挨拶を、と。

で、そちらの人間とは何をしていたんですか?

 

だが……ミハイールにとっても、まあ。誤魔化せるに越したことはない。海という人間の側で起こることは、彼女の好奇心を揺れ動かしていた。今離れるのは避けたい。それにはこの核心を突いてきた質問を、ミハイールが?いいや。

ミハイールは人類種(イマニティ)、ファルを見る。アイコンタクトですらない無言の圧に、ファルは現実逃避をやめる。

 

「経済大臣、ファルです。いま、ミハイールさんと——仕事を共にしています」

 

「仕事?」

 

そもそも——情報戦ではこちらが勝っているのだ。圧倒的優位、しかも目的は『____』(アンダーバー)含むこちらの陣営の存在を隠すことだけ。

だから「開示していい情報」のみを晒し、根本のところ、こちらの全体像は掴ませない。そのための会話を。

 

「ええ、……この国の土地をいくつか、天翼種(フリューゲル)が必要だというのでその下見の手伝いを」

 

現状、ジブリールは『十八翼議会』、ならびに天翼種(フリューゲル)から若干離れた立ち位置であると海は推測している。これはジブリールが人類種(イマニティ)の、というか『 』(空白)に付き添っていることから容易に考えられることである。

その場合まず間違いなく『 』(空白)はゲームで勝って彼女を味方につけており、『 』(空白)と十八翼議会が協力関係でないのはミハイールから既に聞いている。

よって、天翼種(フリューゲル)とジブリールの間での海に関する情報の共有は、ない。

なら、どうとでもなるのだ。土地の下見も天翼種(フリューゲル)、つまりミハイールが必要としていることも真実として話せる。そして、ファルは言葉を続ける。

 

「貴方も下見ですか?」

 

暗に、ジブリールが天翼種(フリューゲル)陣営として動いていないことを知らないことを匂わせる。

これだけ。これだけで、ファルはモブに成り下がる。

 

「……そうですか。お気をつけて」

 

そして、ジブリールはここで得られる情報を全て手に入れたと感じ、消える。こちらへの興味を無くして。

……『 』(空白)には報告されてしまうだろうが、それによる不利は少ない。

ファルは、ホッとしたため息もつかない。尾行を警戒して、ミハイールと拠点と関係ない場所へ向かっていく。




次の次でこの章のエピローグです


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餌食(プレイ)

去年はあまり投稿できずすみませんでした。
あけましておめでとうございます。


エルヴン・ガルドの端の街、その一角にある家。

テテフが、海の合図で森精種(エルフ)にとっては見慣れた術式……防護術式と、大アルカナを広げる術式を、構築する。

 

「ゲームは、オラクル・カード。

――いいな?」

 

「ゲームの説明は不要だろう?」という確認の意味の「いいな」ではない。

「ゲーム内容はこちらが決めるが、いいな?」という意味。

フィールへの挑発?いやいや、そんな簡単な話ではない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()フィールは、一瞬硬まった。相手の出鼻を挫く、主導権を握らせない。『____』(アンダーバー)は相手の胸中を見透かすように、フィールの大きな胸を見る。

 

「問題、ないのですよ」

 

先手を取られたことは自覚している。しかし、今からゲームを変更するのも、相手の思う壺だろう。そこまでフィールは考え、手早くオラクル・カードのために術式を展開した。

 

「俺とここの森精種(エルフ)……テテフが賭けるのは保持する森精種(エルフ)領地全て、お前も同じでどうだ?

……俺個人の情報は渡すつもりないから、そのつもりで」

 

間髪入れず畳み掛ける。今度は言外に言うのではなく、自分の譲歩できるラインを明言する。まるで友人に向けるような笑顔をフィールに向けながら、返答を待つ。

フィールの警戒心は高い。頭も切れる。だから単純な挑発や煽りなどしない。海は、会話の先手を取り畳み掛ける必要があった。

彼女が主導権を握り、冷静に考えられたら。フィールはこのゲームにノらない可能性は高い。そもそもここにゲームをしに来たわけではなく、立場上リスクを取る必要がないからだ。

 

……だが、少し立場を変えればどうだろう。「フィールを出し抜いた」海のことを危険と判断する。この短時間で十分過ぎるほどその材料はあるのだから。そして危険な男を野放しにしているより、自分の領地を失ってでも、目の前の男に勝って領地を奪うか、ゲームをして情報を掴むべき、と考える。わざわざ情報は渡さないと明言したのも、情報を重要視していると思わせるため。

ここまでは、予定通り。しかしここで乗るという確信はない。だがゲームに乗らなくても逃げるだけ、そして――

 

――誓わせてしまえばこちらの勝ち(負け)だ。

 

「その条件を呑む、のですよ……盟約に誓って(アッシェンテ)

 

(____)はその笑みを崩さない。崩さないまま、ゲームは始まる。

 

盟約に誓って(アッシェンテ)

 

人間には見えない精霊が、動く。

オラクル・カード。大アルカナ22枚を2枚ずつ出し、その組み合わせで役を決定するカードゲームである。22枚出し終わった後は続けるか、ギブアップかを双方が決めて、を繰り返す。

 

「「2カード、セット」」

 

お互い、2枚のカードを伏せた。

伏せた2枚に対応する役で、攻撃、防御・回避・反射・罠等々…相手を傷つけるための魔法が起動する。決闘の代用とされる危険なゲームだ。

その組み合わせは231通りにもなる、よって役の予想など不可能に近い。

が、それは常識的な、凡人の発想。

この世界でも上位に入るこの2人(ゲーマー)にとっては……初手からの心理戦など、当然。

考え尽くされた一手目が、開かれる。

 

「「オープン・ディール」」

 

フィールが出したのは「愚者」と「正義」。「独り善がりな正しさ(アローン・パーフェクション)」、現れた人形が小細工のない正しさを正面から叩きつける。

対して海が出したのは「魔術師」と「悪魔」。「召喚されし異形の者よ(アウトサイド・サモン)」。現れた異形がその歪な触手を正面から叩きつける。

お互いに純粋な攻撃役、結果は相殺。

 

フィールは初手(運ゲー)でリスクが低い「回避役・防御役」読みでそれらを貫通する役を……相手が選ぶと読んで、それを上回る威力の純粋な攻撃役を選択した。

が、相殺となると……相手も自分と同じ思考である可能性が高い。ならば次は――。

 

「「2カード、セット」」

 

伏せたのは「皇帝」と「運命の輪」。「私の道は私が決める(ディレイルメント・フォーチュン)」、攻撃防御の役。

2回連続で同じ役を選ぶ、裏の裏をかいてくると予想し、それを防ぐ役を選択。

 

「「オープン・ディール」」

 

開かれたカードに、フィールは内心で落胆する。

そこには「愚者」と「吊られた男」の「無気力な天才(シンキング・ジーニアス)」、攻撃防御の役。

また、被り。次のカードを伏せるために、次の手を通すために、フィールは思考を加速させる。

……それを、自身の胸を隠すように腕を組む、暗い目の『____』(最底辺)がただ嘲笑っていた。

 

 

 

 

オラクル・カード、15周目、ラストの2枚。

フィールの顔には焦りが浮かんでいた。

 

「「オープン・ディール」」

 

開かれたカードは双方同じ、よって相殺。その場にいる者にとっては見慣れた光景。

これまで、165回の攻防。()()()()()()()()()()()()

イカサマ?魔法?上位種族の干渉?だが、フィールは知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

この状況の原因は――。

 

「まだ、続けるか?」

 

目の前の、暗い眼で微笑む人類種(イマニティ)

 

「続ける、のですよ」

 

怒りを目の奥に燃やして、彼女は次の手を考える。これは明らかに……時間を稼がれている。この場に彼女を留めることで、フィールの予定していた策略、仕事を壊すのが狙い、と予想。

だとしたら。まだこちらにも、勝機がある。それは「今フィールの代わりに暗躍している人類種(イマニティ)」への信頼。この状況に余裕はないが……彼女の口元に、笑みが浮かんでいた。

 

そんな、相手を見て。海は口を開いた。

その口で、軽く、サラッと、この場をぶち壊すために。

 

「そっか。じゃあ……俺の負けだ」

 

 

 

……は?

 

 

 

テテフが、術式を止める。

 

「領地は、やるよ。

――俺の実力はよくわかったろ?」

 

時間稼ぎ?そんな訳が、ない。海のフィールへの評価は高い。そんな単純な手は、取らない。

――良い駒があるのに、使わないなんて勿体ないことするわけがない。

 

「どうぞご自由に使ってくれ。じゃ、俺はこれで――」

 

海が手にしている領地はほぼ州1つ。フィールは今後その手を他の州に伸ばしやすくなる。そして領地が増えれば……色々なことができる。

例えば、他国(エルキア)への侵略とか。

一貫して、『____』(アンダーバー)の目的は――ただ一戦(対空白戦)の布石を打つことのみ。

ここでフィールを墜とす意味は、皆無。

 

「待つの、ですよ?」

 

が、そこまでを。理解したフィールは。

キレていた。それはもう、ものすごい勢いでキレていた。

そりゃあそうだろう。綺麗に出し抜かれ、完全に上を行かれ、結局それをぶち壊され。挙げ句の果てには掌の上で大人しく踊れ?

巫山戯るな、と。

 

「ここはもう私の領地。あなた達の今立っている場所は返しますが――

――私の領地に許可なく立ち入るのは、辞めてもらうのですよ」

 

その言葉で、2人はそれ以上動けない。

十の盟約、【一つ】。「この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる」。領土侵犯も、略奪だ。

海は――振り返らず言う。

 

「テテフやるから、出してくれねぇ?」

 

めんどくさそうな、声色で。そう取引を持ちかける。

天翼種(フリューゲル)1人いれば、今後は充分だ。テテフをここでフィールへ引き渡せば、フィールが今後テテフを「使える」上、此方は動き易い。フィールに出会う前から、テテフはエルヴン・ガルドで切り捨てるつもりでいた。

そう、ここまで、ゲーム開始前から描いていた。

だが――。

 

「いや、その必要はありません」

 

ここからは、描いてはいないが、読んでいた未来。

 

「……このタイミング、か。まあいいけど――悪手じゃねぇか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ファル」

 

部屋に転移してきた天翼種(フリューゲル)に、荷物のように抱えられている人類種(イマニティ)に、苦笑いで海は呟いた。



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