仮面ライダー ミッシングリンクス (Tomato.nit)
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第一話 グロンギと石板と新たなコア

仮面ライダーミッシングリンク
第一話です。

 
今回の話はタイトルからもお分かりいただけると思いますが、オーズ・火野映司のお話です。
敵はグロンギ。
本編で名前は出てきませんが、狼のグロンギなので、
ズ・ミオガ・ダ
今のところ階級はズですが昇格するかもですね。



中米 コスタリカ

 

 野生動物の宝庫と言われる熱帯雨林。未だ手付かずの木々が生い茂るこの地に似つかわしくない姿が樹木の間を縫うように走り抜ける。

 木の上では様々な鳥が鳴き声を響かせ、森に彩を加えている。

 駆け抜ける影はおおよそ人型をしているものの、その姿は人間からはひどくかけ離れている。

 人間と狼を合わせたような外見はまさしく人狼と呼ぶに相応しいだろう。

 その腰には銀色の光沢をもつバックルが装備されている。

 かつて日本で未確認生命体と呼ばれた異形の怪人たち。

 ゲゲルと呼ばれる殺戮ゲームを繰り返す彼らの蛮行は、同じく未確認生命体と認定され4号と呼ばれた赤い戦士と警察の協力により収束するに至った。

 未確認生命体。またの名をグロンギ。

 人狼の姿はまさしくグロンギのそれである。

 

 その足が突如止まる。足を止めたその場所には小川が流れている。一見すれば、何の変哲もない水の流れだが、彼の眼には確かに目当てのものが見て取れている。

「ジョグジャブリヅベダ」

 その呟きが何を意味するのか。

 その答えを示すかのように、水中に腕をゆっくりと差し入れる。

 その腕には筋肉の唸りが聞こえる程の力が籠められ、徐々に水面には波紋が広がる。

 次々と生み出される振動は川の流れを遡り、数メートル離れた滝壺に至る。

 人の背丈ほどしかない小さな滝。

 その滝には波紋が押し寄せ、流れが遮れれて行く。そうして拓かれた水流は一本の道を生み出す。

 川の真ん中と滝の中心をつなぐ一本の道筋。

 その先、滝の裏側には洞窟の入り口が顔を覗かせている。

 一歩、また一歩。

 人狼は迷いなくその洞窟を目指す。

 太陽の光の届かないはずの空間。しかし、その内部は淡い光に照らされている。

 紫色の淡い光は洞窟の奥から、漏れ出しており、銀色のバックルはその光を反射し、怪しく輝いている。

 最奥に近付くにつれ、光は強さを増す。

 人狼が遂に最奥にたどり着く。

 そこには一枚の石板が鎮座しているだけだ。光の源はその石板。正確にはその石板に掘られた文字の一つ一つが紫に光り輝いている。

 その文字は人類の歴史の中では僅かに使用されただけの文字。

 リント文字と呼ばれるそれは日本の各地で発見例が相次いでいるものだが、近年同じものと思われる文字が世界の各地で発見されている。

 ここ南米もその地域の一つである。

 

 人狼がその石板を手に取る。その瞬間、紫の光は激しく明滅を繰り返す。

 瞬きの間隔が短くなるにつれて、強さを増し、その輝きが頂点に達した瞬間に、石板は砕け散った。

 後に残ったのはその石板の中から弾き出された一枚のメダル。

「ラズザギヂラギ」

 メダルを握り占めた人狼はその場を後にする。

 その姿が洞窟の中から現れた瞬間、背後の洞窟は凄まじい音を立て、崩れてゆく。まるでその役目はすべて終えたと言うかの様に。

 周囲では響き渡る爆音を受け、動物たちが騒ぎ立てる。

 空に逃げる鳥たちは羽音を鳴らし、地を走る者は声を大にして鳴く、その様子はまるでジャングルそのものが邪魔者を排除するという意思を持っているかのように感じられる。

 

 同時刻

 その小川から数キロ離れたベースキャンプ

 このベースキャンプは鴻上ファウンデーション出資の研究機関“KFMR”のもである。

 MRとはMedal Reserchersの意味であり、その名の通りメダルの研究を行う専門機関である。KFは言わずもがな鴻上ファウンデーションの頭文字だ。

 白衣の研究員の中に混じって一人、浮いた服装の男が作業に参加している。

 暖色を基調にしたエスニックな衣服に身を包む彼は火野映司。自らをグリードとし、世界に終末をもたらせようとした真木清人の野望を止める為、鳥のグリードであるアンクと共闘。その結果、彼の野望を食い止めることができたが、アンクの意識を宿したコアメダルは二つに砕けてしまった。

 彼は現在そのコアメダルを復活させる方法を探している。

 同時に希望もある。かつて、時を超えた者がいた。仮面ライダーポセイドン。彼は未来のメダルシステムにより生まれた仮面ライダーであり、強者を求めて過去である現代に現れた。圧倒的な戦闘力を誇るポセイドンに対抗するため、同じく未来から来た仮面ライダーアクアと共闘する。その最中、メダルが砕けたはずのアンクが戦場に舞い戻ったのである。

 事件の収束の折り、アンクから伝えられたこと。

 それは今、ここにいるアンクは未来の存在であるということ。

 つまり、コアメダルを復活させることは必ず出来るのである。

 それが、彼を支える原動力であり、希望だ。

 どこまでも届く腕の中には、戦友であるアンクも含まれているのだから。

 

「今日は森が騒がしいな」

 つい、今しがたベースキャンプから少し離れた場所では木々が騒めき、鳥が一斉に飛び出した。

「この辺りには人間なんて俺たちしかいないはずだよな。それに地震ってわけでもなさそうだし」

 何か、妙な胸騒ぎがする。

 ただの勘に過ぎないのだが、数々の修羅場を経験してきた彼にとってその直感は十分に信頼するに値するものだ。

「ちょっと様子見てきます!」

 他の研究員たちの静止もどこ吹く風、颯爽と飛び出した映司は手近なベンダーにメダルを挿入した。

 ボタンを押すと同時に自動販売機はバイクへと形を変える。ライドベンダー、セルメダルを動力源とすることで走行するマシンである。

 エンジンが唸りを上げ、ジャングルの中を疾走する。

 木々の根が至る所に這いまわるこの地は完全に悪路の類であるが、ライドベンダーはまるで更地を進むかのような走破性を見せる。

 乗りなれたマシンのスロットルを上げ、更に加速してゆく映司。

 いつしかその眼前には、不自然に破壊された滝が飛び込んでくる。

「これ、どういうことなんだろう。自然に崩れたにしては変な状態だしなぁ」

 崩壊した滝は、何者の侵入も許さないと言うかの如く不自然にその滝壺の奥をふさいでいる。まるで、その奥には洞窟でも広がっていたかのような様子だが、彼には確認する術が無い。

 不思議な光景に目を奪われていた映司だが、その目にまたしても奇妙なものが映る。

 足跡だ。

 それも、二足歩行の動物のもの。

 そしてその大きさはちょうど人間のものと同じような大きさである。

 この地に於いて、二足歩行を行う動物の種類はそう多くは無い。加えて彼の知識の中に、そのような大きさの生物は該当しなかった。

 仮に人間であるとすると、その足跡は不自然な点が多い、足の先端には爪のようなもので抉った跡がハッキリと残っており、素足や靴の人間が歩いたものでは到底有り得ない。加えて、その足跡の深さも人間のそれと比較すると、深い。深すぎる。

 人間の体格であるとするなら、その体重はせいぜい70kgであると仮定すれば十分でああろうが、その足跡から推定される重さは200kgを超えてもおかしくはない。

 しかし、映司にとってそのような存在は全く覚えの無いものではない。

 例えばグリード。

 死闘を繰り広げたその存在はであれば、多少の非現実が起きても何ら不思議ではない。

「何はともあれ、確認しておきますか」

 ライドベンダーに跨り、再びエンジンに吸気を開始させる。

 足跡は川の上流に向かう様に川岸を進んでいる。手掛かりはこの足跡のみ。映司の選択肢はそれを追いかけること以外には存在しないのだ。

 

 足後を追い、ジャングルをひた走る。

 森の中では異質な轟音と振動を察知した動物たちは一目散にその場を離れてゆく。

 驚かせてごめん。心の中でそう謝りながら、映司はさらにスロットルを回す。

 ここに来て、足跡の歩幅が変化する。足跡同士の間隔が徐々に広がって行き、一定の間隔まで広がりを見せる。つまり足跡の主は走り出したのだ。

 ドクン。

 鼓動が速くなる。足跡から伺うことのできる走り方は肉食動物が獲物を見つけた時に行あうそれと同じだ。楽観視をしないのであれば、足跡の主は何かを見つけ、襲い掛かったということになる。

 それを証明するかのように、もう一つの足跡が現われる。

 片方は逃げるように。もう片方は追う様に。

 そして、遂に、足跡には血の雫が混じる。

 まだ水気を帯びた血液はそれが新しいことを意味する。進むにつれ、大きく、数の多くなる血雫。

 

 映司には焦りだけが募る。

 ある光景がフラッシュバックする。届かなかった腕とその先に居る少女。

 自分の弱さを呪った光景。

 それを振り払うように先を急ぐ。

 

「グああああああああああ!!」

 森に絶叫が響く。映司がその場所に到着したのはまさにその瞬間だった。

 だが、その光景は映司にとって予想外の光景であり、とても奇妙なものだった。

 彼の眼前には二体の怪人がいる。

 一つは狼のような頭部を持ち、手足には鋭い爪が生え、その全身を毛が覆い、鈍い銀色の体表にはシンプルな装飾の青銅鎧を纏っている。

 もう一つはワニのような特徴をした怪人だ。

 そして、先ほどの絶叫はワニのもの。見れば、左腕は引きちぎられ、腹部には人狼の腕が深々と突き刺さっており、致命傷であることは疑いようがない。

 この状況に於いて、映司は動くことができないでいた。

 どちらかが人間であれば、助けに入る準備は出来ていたし、そのつもりであった。しかし、この状況では果たして自分が動くべきなのか。さしたる確証が得られなかったのである。

「リントグボンバドボソビバビンジョグザ」

 人狼から発せられた言語は全く理解できなかった。

 自慢ではないが映司はかなりの言語に精通している自負がある。そんな彼にとっても目の前の存在が発した言語には全く馴染みが感じられなかった。

「今、なんて?」

 完全に思考が寸断される。敵意こそ感じられないが確実に言えることはこちらに友好的ではないということ。

 言葉のニュアンスから判断できることはこちらを歯牙にもかけていないということ。

「ギラパラザゲゲルンドビゼパバギ。リントビジョグパバギ。」

 そして、再び発せられた言葉の中に先ほどと同じ単語が混ざっている。

 リント。

 それが正確には何を意味するのかは分からなかったが、少なくとも、映司自身のことを指しているらしいことはぼんやりと理解できる。

「ジババギバ。ギバダバギ」

 そして、遂に人狼が映司に対して明確な敵意を向ける。

「黙ってやられる訳にはいかないよ!変身!」

 懐から取り出したのは3枚のメダル。

 赤いタカ、黄色のトラ、緑のバッタ。装填された三枚のメダル。

 手にしたスキャナーで順番にそれらをスキャンする。

 

 

 タカ!トラ!バッタ!

 

 タ・ト・バ・タトバ!タ・ト・バ!

 

 ベルトに装填された三枚のコアメダルがスキャナーに読み取られその力を開放する。

 映司の体をコアメダルの力が覆い、その姿はオーズとなる。

「クウガ!?」

 その変容を目にした人狼の表情には明確な驚きが現われる。

「クウガ?何のことかは分からないけど、来るなら来い!」

 そして、人ならざる者たちの戦いが再び幕を開ける。

 最初に動いたのは人狼。

 人のそれとはまったく異なる強靭な脚は莫大な筋力を有し、数メートルの距離を一瞬で詰める。目にも止まらぬ俊足は疾風と形容するに何ら不足は無い。つまり、それだけの距離は人狼にとっては十分な間合いである。

 しかし、それに対するオーズとて、常人ではない。

 タカの眼。

 その眼力は風をも超える圧倒的なスピードを完全に捉え、その攻撃を完全に見切っている。

 ガキン

 狼とトラ、二匹の獣の爪が交錯する。

 初撃を防いだオーズの腕には確かな衝撃が伝わる。人狼の攻撃力はそのスピードもさることながら、その体重も大きな要因となっている。

 一撃が今までのグリードやヤミーと比べても圧倒的に重い。

 今の状態では防戦一方になるのは想像に難くはない。

 しかし、オーズの戦いの真骨頂はその多彩な戦闘スタイル。つまり、メダルチェンジを駆使した変幻自在の攻撃にある。

「だったらこいつで」

 

 タカ!カマキリ!チーター!

 

 オーズの腕と足のメダルが交換される。

 腕には緑のカマキリのメダルが、足には黄色のチーターのメダルがそれぞれ装填されている。本人曰く使いやすいカマキリの腕と高速戦闘を可能とするチーターの足。

 動きの速い相手にはこの上ない組み合わせである。

「ゴロギソギ。メンヂバサゾリゲデジャソグ。ヌアアアアアア!」

 叫びと共に人狼の毛が逆立つ。

 そして、更にスピードが上昇する。

 チーターの足をもってようやくたい対等に渡り合える程のスピード。メダルの交換が功を奏した形になる。本気を出させたことを考えると必ずしも成功であったとは言い難いが。

 そして、高速の打ち合いが繰り広げられる。

 疾走する二つの影。

 刃と爪がぶつかり合う音が幾つも森に木霊する。一つの音が響き、次の瞬間には数メートル先で、同じ音が響き渡る。

 互いにスピードを活かした戦闘は、相手の死角に回り込むための高速での駆け引きが常に行われ、その結果巻き起こる目にも止まらぬ高速戦闘。

「こいつ強い!」

 心の中で映司がつぶやく。かつて戦ったグリードは己のコアメダルの枚数を増すごとにその強さを取り戻していたが、この人狼の強さはメダルを半分以上取り戻したグリードに匹敵している。

 何度目の打ち合いだろうか。

 互角に思えた二人の攻防は唐突に終わりを告げる。

 オーズのオーラングサークルが光を放ち、腕のブレードにエネルギーを供給する。

 カマキリブレードによる必殺の一撃。

「セイヤアアアアアアア!!」

 研ぎ澄まされた一撃は人狼の腕をによって直撃を阻まれるが、その腕の装甲を完全に打ち砕き、その腕にも決して浅くはない傷を与える。

 その衝撃に耐えきれず、大きく吹き飛ばされる人狼、次々と木々をなぎ倒し、遂にその勢いが失われる。

「ギランララゼパバデバギバ」

 口惜しそうな呟きと共に人狼は密林の中へと走り去る。

 撃破自体が目的ではない映司は一瞬反応が遅れるが、今回は見逃すことに。

「今のところは人間を襲っていたって訳じゃないし、さっき襲われていた方のことも気になるしね」

 変身を解除し、先ほどの襲撃地点に向かう。そこには既に息絶えた怪人の姿が。

 装備の雰囲気などから先ほどの人狼と同じ種族であると考えられるが、異なる点も多い。例えばベルトのバックルの色。先ほどの人狼のものは鈍い銀色であったのに対して、こちらのものは赤銅色のものになっている。

 未確認生命体。その存在はかつて日本で大量の殺人事件を起こしたことで一般に知られるものとなったが、一連の事件が収束したことでその記憶は既に人々の記憶からは薄れてしまっていた。また、この事件の当時、映司は日本に住んでおらず、間接的にしかこの事件に触れていない為、その存在には思い至らなかった。

「とりあえず鴻上さんに報告して、調査員の皆に危険が無いように手配してもらおう」

 

 この怪人の正体についても何かしら手掛かりが得られれば行幸。そんな打算も含めた映司の計画だが、その目論見は見事に成功することとなる。

「火野君、君の送ってくれた資料はしっかり確認させて貰ったよ。早速結果を伝えよう。この怪人はまさしく未確認生命体と言われるもので間違いない」

「未確認生命体ってあの?」

「その通り!未確認生命体、またの名をグロンギ。君はあの時丁度、日本に居なかったようで馴染みは薄いかもしれないが危険な存在だ。十分に注意してくれたまえ」

 鴻上会長は相変わらず、ケーキ作りには余念がないようで、タブレット越しの映像通信の向こうではシャカシャカと生クリームをかき混ぜながら話が進んでゆく。

「研究員の安全は私が保証するのでそれについては心配しないでくれたまえ。変わりと言ってはなんだが、君にはそのグロンギの調査をお願いしたい」

「それは構わないんですけど、何を調べればいいんですか?」

「それなんだがね。君が発見した崩れた洞窟、実はそこに我々の探していたものがあったらしいのだよ」

「それって例のコアメダルですよね。あったらしいってことは・・・」

「そう、大体は君の予想通りだろう。君が戦闘したグロンギ、彼が例のコアメダルを持っていると考えるのが妥当だろう。目的は不明だが、我々の目的がコアメダルである以上、戦闘は避けられない」

「そういうことなら任せてください。未確認生命体ってことは人を襲うことも十分考えられますし」

「それではそちらは任せたよ。追加の情報があれば連絡をくれたまえ」

 通信が終了し、タブレットの黒い液晶には映司の姿が写り込む。

 そこに映る表情は普段の温和な映司のものと比べると幾分か険しい。未確認生命体、その凄惨な事件は噂のレベルではあるが海外に居た映司の耳にも届いていた。

 そして、その未確認生命体がコアメダルを集めているという事実。

 嫌な予感が増してゆくばかりだった。

 

 そして、物語は更なる混沌へと突き進んで行く。

 



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第二話 邂逅と出会い

今回は仮面ライダーウィザードこと
操真晴人のメイン回です。
また、ちょっとだけ剣崎さんも登場致します。

今回の怪人さんはグリードです。
折角なので、甲殻類の王としてダリというキャラクターを設定しました。
モチーフは勿論のことエビやらカニやらサソリやらです。
名前の由来は「ダルイ」
怠惰から頂きました。
エビカソリコンボが出来るかもしれませんね。
 


「コネクト プリーズ」

 魔法の発動を告げる呪文が唱えられ、空間を繋ぐ魔法陣が展開される。

 魔法の主、操真晴人の腕は空間という縛りを飛び越え、遥か頭上のバナナの木、その葉に絡めとられている竹とんぼを摘み上げる。

「ほら、取れたぞ」

 晴人の差し出した竹とんぼを受け取った少年は、先ほど目の前で起きた現象が信じられず目を白黒させている。

 無理も無いだろう。

 晴人が先ほど使ったのは魔法。この世の理を捻じ曲げ、不可能を可能にする奇跡の具現化。

「今のは何?マジック?兄ちゃんはマジシャンなの?」

 一つ疑問を口にすれば次々と質問が湧いて来る。しかし、それに対する晴人の答えはシンプルなもの。

「通りすがりの魔法使いだ」

 そして、バイクにまたがり颯爽と去っていく彼の背中を少年は見守るしかなかった。

 肌の色の違う大人を見るのはこれが初めてじゃない。

 このオモチャ。

 手で回せば空高く飛んでいく不思議な木の玩具。作り方を教えてくれたのも同じ肌の色をした大人だった。

 優しい笑顔で、いろんなことを教えてくれたあの人は元気にしているのだろうか。

 きっと今も、自分と同じように色んな子供に面白可笑しいことを教えてくれているのだと思う。

 全然似ていない二人にどこか同じ雰囲気を感じ取った少年は、もう遠くなってしまったバイクの背中に向って右手を伸ばす。

 握り込まれたその拳の親指をグッと空へ突き出す。

 サムズアップ。

 あの人が教えてくれた合図。ちゃんとした意味は理解できなかったけど、彼にとってはすごく特別な意味があるみたいだった。

 少なくとも、さっきの魔法使いの幸運を祈るくらいの使い方は出来ると思う。

 少年はその背中が見えなくなるまでずっと見守っていた。青く広がる空と海岸線が繋がる先。その先に背中が吸い込まれて行くまで。

 

 海岸線をひた走る。

 マシンウィンガーに跨る晴人の肌を海岸の潮風が包みこむ。

 かつてコヨミの願いをかなえる為、安息の地を探して世界中を旅していたが、自分の心に整理がつかず長い間指輪を封印することができないでいた。

 そして自分の弱さ、コヨミへの想いを利用されたが最終的には指輪を自身のアンダーワールドへと安置した。

 そんな彼は今、気ままに世界を旅している。

 目的が無い訳ではないが、行きたいところに行くというのが当面の行動指標である。

 目的の一つは世界に存在するファントムの脅威から人々の希望を守ること。

 絶望から生まれるファントム。

 かつてのサバトで誕生したファントムは多くが殲滅されたが、それでも日本の国外に逃亡したものも少なからず存在しており、それらを無力化することも晴人の目的の一つである。

 そして、世界地図を適当に眺めていた時、ふとここが気になり訪れたのだ。

 気ままな旅にはそれくらいの大雑さが必要だ。その点においてはかつての戦友である仁藤功介を見習うべきなのかもしれない。

「仁藤を見習うか。自分で言ってておかしな話だ」

 彼にとっては妙な思い付きを振り払うように、マシンの速度が一際上がる。

 吹き付ける風は強くなり、磯の香りはどんどん風に運ばれて行く。

 海岸には熱帯植物の木が無造作に植えられている。何処も同じ風景ではないはずなのに、どこも同じように見えてしまう。そんな不思議な風景は終わりを告げ、目の前には同じ樹木がびっしりと並ぶプランテーションが広がっている。

「行ってみるか」

 なぜか無性にそのプランテーションの中が気になる。

 別に何か変わった点があるわけではなかった。ただ少し、空気に違和感を感じたのだ。

 その違和感の正体は直ぐに明らかとなる。

 プランテーションに乗り込んだ晴人の目の前には奇妙なものが存在していた。

 メダルの塊。

 そう形容するのが正しいのかは定かではないが、少なくとも晴人の記憶にはメダルで体が構成された生物など心当たりは無い。

「なんだこいつ」

 晴人の疑問に呼応するかのようにメダルの塊は徐々に姿を変化させていく。

 そうして一分も満たないうちにその姿は人型の姿となり、その体はエビの特徴が随所にみられる。

 後頭部から伸びる海老の尻尾のようなパーツに、右腕には巨大なハサミが装備されている。

 腹部にはワシャワシャと蠢く複数の足があり、全身は赤い甲殻に覆われている。

「キシャアアアアアアアアアアアアア!」

 奇声を発する怪人。そして、その巨大なハサミが晴人に襲いかかる。

「おいおい、いきなりとは挨拶じゃないか!」

 迫りくるハサミを蹴り飛ばし、迎撃する。訳も分からず、このまま大人しくやられる晴人ではない。

 ドライバーオン プリーズ

 晴人がベルトのバックルに指輪をかざすことで、ドライバーが起動する。

 シャバドゥビタッチヘンシーン

 左手に嵌められた赤いウィザードリング。そのフェイスカバーを下ろすことで、指輪に魔力が満ちる。

 フレイムプリーズ

 そして伸ばした左腕の先から魔法陣が展開しその体を魔力の法衣が包みこむ。

 ヒーヒーヒーヒーヒー

 そして、晴人の体は魔法使いとしての姿。ウィザードとなる。

「さあ、ショータイムだ」

 ウィザードとエビの怪人との死闘が幕を開ける。

 最初に仕掛けたのは怪人。

 目の前で姿の変わった晴人に多少の驚きを見せつつも、攻撃を仕掛ける。

 怪人の最大の武器は一目瞭然そのハサミである。

 その一撃を回避したウィザードの背後では、挟まれたバナナの木が、音もなく真っ二つに引き千切られる。

「ひゅー、流石にアレに掴まったら不味いな」

 カチカチとハサミを鳴らし、威嚇する怪人。

 しかし、上手く獲物を捕らえられないことへの苛立ちが同時に滲みだす。

 その憂さを晴らすかのように、攻撃に鋭さが増し、ウィザードへと襲い掛かる。

 迫りくるハサミの猛攻をウィザーソードガンで払いのけ、蹴りによる反撃を織り交ぜる。

 この戦闘において軍配は完全にウィザードに上がっている。

 敵の攻撃は直撃することなく、反撃は的確に体力を奪っている。

 しかし、奇妙な現象は続く。

 メダルの集合体であった敵であるから、当然と言えば当然なのだが、攻撃が命中する度にその体からは銀色のメダルが転がり落ち、その度に怪人は苦痛に満ちた呻きを漏らす。

「こいつもしかして本当にメダルで、できてるのか」

 後に晴人も知ることになるが、敵の体はヤミー。グリードによって生み出され、人間の欲望を糧として成長するメダルの怪人である。

 そして、晴人の指摘は全くその通りなのである。

 加えて、ヤミーはその性質上宿主となる人間が存在する。

 このヤミーも例に漏れず、親が存在している。

 

 晴人がここに到着する数刻前、このプランテーションを任される青年の元に黒のコートを纏った大男が訪れた。

「貴様、良い欲望を持っているな」

 突然のことに訳が分からず、混乱する青年の額に手をかざす大男。

 その青年の額にダルの投入口が現われる。

「その欲望頂こう」

 大男の手には銀色のセルメダルが握られている。その図柄はサソリ。

 チャリンと音を立て、青年の額にメダルが挿入される。

 その瞬間、青年の体に変化が生じる。

 投入されたメダルが青年の体の中で増殖を始め、あふれ出したメダルがその体を覆う。

 そして生成された蠢くメダルの塊ともいえる存在。

 その中では白いヤミーが胎動を始め、目覚めの時を待つのだった。

 

 そうして誕生したヤミーが突如現れた得体のしれない男に攻撃を受けている。

 せっかく生み出したセルメダルが無駄に失われてしまう。その光景は大男にとってはこの上なく腹立たしいもの立った。

「めんどくせえ」

 怒りをはらんだ呟きと共に大男は動き出す。

 

 度重なる攻撃を受け、ヤミーの動きは当初とは比べ物にならない程、鈍くなっている。

 ここが勝機。

 戦いに決着をつけるべく、ウィザードはその指にリングを装着する。

 「フィナーレだ!」

 ルパッチ・マジック・タッチゴー

 ドライバーから発せられる声。それに応じるようにリングをかざす。

 チョーイイネ

 キックストライク

 足元に展開される深紅の魔法陣、魔力を破壊の権化たる炎へと変え、その足に纏う。

「はあああああああ」

 ロンダート

 遠心力を乗せ、威力を増した蹴りを叩き込む!

 

「させねえよ」

 空中で捻りを加えた渾身の蹴りがヤミーに直撃する瞬間、その足首が何者かに掴まれ、必殺の一撃が阻まれる。

「何?!」

 その眼前には、燃え盛る蹴りを平然と受け止め、悠々と立つ男の姿がある。

「フン」

 軽い気合だけで、ウィザードを弾き飛ばした男はそのままヤミーを連れ去り、姿を消す。

「なんだったんだ今の」

 さっきの男の目的はあの怪人を助けること。それは分かるがその目的が分からない。

 周囲には太陽の輝を受け、燦然と光る幾つものセルメダル。

 

「ファントムじゃないにしろ、流石にアイツを見逃すわけにはいかないか」

 メダルを一枚拾い上げた晴人は、男の消えた方角を目指して、再びバイクに跨った。

 

「まったく、折角のセルメダル無駄になっちまった」

 薄暗い空間で、ヤミーと大男はゆっくりと先ほどの傷を癒す。

 男の方は大したダメージではないのだが、流石に人間の姿を維持したまま、あの攻撃を受け止めるのは無理があったようで少しばかりメダルを消費してしまった。

 それに対して、ヤミー側のダメージは深い。グリードと異なり、その存在をセルメダルの身に依存するヤミーはセルが減少することはすなわち存在の消滅なのである。

 そして、先ほどの戦闘は想定外であることに加えて、敵の戦力が強大、おかげで半分近くのセルが失われてしまった。

 ヤミーは生み出す親のグリードによってその性質が異なる。

 甲殻類を司る黒の王、その手によって生み出されてヤミーの性質は怠惰。自身の宿主の欲望そのものを食らうことで、セルメダルを生み出すことができる。

 そして、その存在の根本を食らわれた人間はまさしく抜け殻となる。そうして生まれた抜け殻をかぶり、ヤミーは人間の生活を模倣する。そうして、宿主の代わりに欲望を満たすことで新たなセルを生み出すのである。

「さっさとセルを生み出してくれよ。でないと、俺がまともに活動できん。まあ、活動する気もあんまりないんだがな。だりい」

 足を投げ出し、体の力を抜く大男。黒いコートその身を包み込み、さながら闇の様である。

 この場所がさっきの奴にバレる心配は無いだろう。

 ただ、セルメダルが圧倒的に足りない。

 もう少し、せめて今の二倍程度のメダルがあれば、満足な戦闘が行えるだろうが今のままでは精々人間を凌駕する程度の力を発揮するのが関の山。先ほどの無茶な出力は威嚇の意味合いも込めて、セルメダルを消費しながら行った無理の産物だ。

 めんどくさいことを極端に嫌う性格は突き詰めれば、究極の効率主義であるともいえる。

 一の行動に対して、一の成果では割に合わない。

 一の行動に対して、十や二十の成果を出す。それがこのダリと呼ばれるグリードの本質なのだ。

 

「完全に見失ったな」

 同じ頃、ダリ達を追った晴人だったがその姿を完全に見失っていた。

 マシンウィンガーのエンジン音の身が辺りに木霊する。

 そんな風に晴人の心が軽く、折れかけていた時、もう一つエンジン音が響く。

「ん?こんな所でバイクなんて物好きだな。俺も人のこと言えないけどさ」

 その物好きの姿を確認するために振り返る。

 そこには、銀色の車体をベースに青いパーツが目を引く変わったバイクにまたがる男がいた。

 青いバイクの名はブルースペイダー。そのバイクを駆る男の名は剣崎一真。

 かつてアンデッドがその繁栄を賭けて戦うゲーム、バトルロワイヤルに仮面ライダーとして参加、その戦いの最中、自らをジョーカーとすることで、バトルロワイヤルの決着を先延ばしにすることで、友である相川始と世界を救った。

 しかし、この場に於いて、互いの素性を知らぬ二人は奇妙な邂逅を果たすことになったのだ。

「こんな所に日本人とは珍しいな」

 最初に口火を切ったのは晴人の方だった。

「そう言うあんたもな。こんな森やら海やらだらけの場所でバイクなんて変わってるな」

「それは盛大にブーメランじゃないか。あんたは観光って訳じゃなさそうだな」

 頬を掻いた後少し照れくさそうに剣崎は答える。

「まあ、仕事っていえば仕事かな。少し昔の仕事だけどな。そういうあんたも何か用事があってきたのか?」

「こっちに来るときには用事なんて無かったんだけどな。ついさっき出来たってところかな。そういえばあんた、この辺りで変なもの見なかったか?」

「変なもの?最近俺が見た一番変わってるものは・・・」

 そう言って少し、思案した後剣崎は晴人を指さす。

「あんただ」

 にこやかに笑う剣崎。何処か人懐っこいようなそんな笑顔を浮かべて。

「勘弁してくれよ」

 それにつられて笑う晴人。

「ごめんな役に立たなくて。俺の名前は剣崎一真、あんたとはこの先また会いそうな気がするからさ、名乗っておくよ」

「奇遇だな、俺もそんな気がしてたんだ。俺は操真晴人」

「晴人か。いい名前だな。それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」

「ああ、またな」

 すれ違う二台のバイク。二つの道が再び交わる時はそう遠くはない。

 



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第三話 邂逅と再会

今回はブレイドの物語です。
 
折角なので新しい敵を登場させたいなということで、新しいライダーに登場していただきました。 

仮面ライダーシールド

盾のスートのライダーで、その名の通り盾を武器に使用するライダー出会う。

盾とカミキリムシがモチーフです。


第三話

 

「ここだ」

 青いバイクを駆り、森の奥、とある石造りの小さな遺跡の前に一人の男がたどり着いた。

 指に嵌められたスペードの指輪。

 彼の名は剣崎一真。又の名を仮面ライダーブレイド。

 バトルファイトを終わらせないために自らの体をアンデッドへと変質させた彼は常に闘争という本能と戦い続けることとなった。

 アンデットを求め、終わらせてはならない戦いを求め続ける本能。

 長い年月をその本能を抑え込みながら放浪を続けた彼の心は既に擦り切れそうになっていた。

 しかし、その中でこの地に引かれた。どうしようもなく、心が魂が本能が、この地に行けと彼を突き動かした。

 抗えないほどの欲求に従い歩を進めた。

 そして、遂に、本能の示す場所にたどり着いたのだ。

 人の手が加わらない森の奥地、そこに場違いな石造りの遺跡が聳え立つ。

 台形を伸ばしたような形状のその遺跡は中央に階段が備えられており、まるで剣崎を導くかのように静かに佇んでいる。

 引き寄せられるように階段に足をかける。その刹那、剣崎の身に言いようのない感覚が襲う。

「うっ!?」

 胸を引き裂くような感覚。体の内側から、何かが這い出して来るようなそんな感覚。

 いや、正確には、抑え込んでいたものが溢れ出してくる。

「ジョーカーの力が抑えられない!?」

 その力を必死に抑え込む。

 強く噛みしめた唇からは、緑の血液が滴り落ちる。

「やめろおおおおおおおおおおおおお!俺の外に出るなああああああ!!」

 腰には緑色のバックルが現われる。

 剣崎の意思に反して、そのベルトは脈動を起こし、少し、また少し、その体をアンデッドのものへと置換しようとする。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 気合。

 意思の力の身で、その衝動を抑え込む。

 本能を抑え込む理性の力。幾多の激戦を潜り抜けた彼にはそれだけの力が備わっている。

 ドス。

 鈍い音が響く。

 自らの鳩尾に拳を叩き込む。

「ごはっ」

 痛みで一瞬意識が飛びそうになるが、その一瞬を乗り越えることで、意識がハッキリとする。

 自らの内でなおも暴れるジョーカーだが、その力を抑え込むことには何とか成功した。

 

 しかし、ジョーカーの意思は尚もその体を進めようとする。

 前へ前へ。階段を上れと剣崎をはやし立てる。

 もはや、その衝動に逆らうことは不可能。

 一歩、また一歩。歩みを進める度に、体の内側から、燃えるように闘争心が湧きだしてくる。。残り三段。

 「いったい、何があるって言うんだ」

 残り二段。

 もはやまともに立つことすらままならない。

 残り一段。

 砕けそうになる体に最後の鞭を打つ。

 

  頂上。

 そこには、深紅の石板が鎮座していた。

「これが俺を呼んでたいたのか」

 不思議と、先ほどまで感じていた自分の中のジョーカーの力が鳴りを潜めている。

「どうなってるんだ」

 その問いに答えるかのように脳に直接声がかかる。

「ようこそ、剣崎一真。いや、今はジョーカーと呼んだ方がいいか」

「誰だ!?」

「誰だ、か。君だって分かっているだろう。私の声は直接君に届いているのだから。君の前には私がいるのだから」

 脳裏に響くのは無機質な、男とも女ともつかない声。

 拳を構える。

「答えろ」

「その行動は無意味だな。それは確かに私だが、私ではない。壊したければ壊すがいい。しかし、その結果は君にとって何の意味も無いだろう」

 大人しく話を聞くのも癪だが、でなければ話は進まない。ジレンマの中、拳を収める。

「物分かりが良くて助かるよ。では自己紹介をしようか。私は破壊者。バトルファイトを惑わす者。更なる混沌が種の進化を促す。それを証明するためにのみ私は存在する」

「その破壊者が俺に何の用だ。バトルファイトは俺のせいでいつまでたっても終わらないんだ。お前の思い通りじゃないのか」

 語気を強める剣崎、しかし、破壊者は剣崎をあざ笑うかの様に言葉を紡ぐ。

「甘いな。それは混沌ではない。ただの停滞だ。私が望むのは純粋な混沌。バトルファイトはその時代、最も繁栄するべき種を決める戦い。しかし、ジョーカーが勝利することは生命のリセットを意味する。それは本来の目的ではない」

「質問の答えをまだ聞いてないぞ。もう一度だけ聞く。お前は一体俺に何の用がある」

「せっかちな男だ。用があるのは貴様のその体だ」

 破壊者が答えた瞬間、石板からは13本の触手が剣崎の体を貫く。

「何!?」

「ジョーカーの細胞。確かに頂いたぞ」

 ズシュ

 緑の鮮血を噴き上げながら、すべての触手が引き抜かれる。そして、すべての触手はその根元から千切れ落ちる。

 不意打ちの傷は深く、目の前の光景をただ、見守ることしかできない剣崎の目の前で、触手は徐々に形を変える。

 緑の血液その身に取り込むかのように、丸い球体を形作ると、ドクン。と拍動を始める。

 ドクン。胎動。丸い球体の中では何かが目を覚まそうとしている。

「い、いったい何をするつもりだ」

 言葉を発することですら、今の状態では大きな負担である。

「すぐに分かる。君はそこで待っているがいい」

 その言葉を肯定するかのように一つの球体が形を変える。

 人。

 四肢と頭部を備え、二本の足で立つ姿は人型と形容する他はない。

「まさか、新しいアンデッドだって言うのか!?」

「その通り。彼らは君の細胞から生成したアンデッドだ。そして、バトルファイトを再開させる者達なのだよ!」

 その中でも最も初めにアンデットの形となった者が今、ジョーカーの前に立つ。

 その姿は、頭部に鋭い大顎と長い触角を備えている。背中に生える翅が、その種を暗示する。カミキリムシの祖たるアンデッド。ロングホーンビートルアンデッド。

「バトルファイト再会カ。ソシテ目ノ前ニハ弱ッタジョーカー。最高ダ」

 その腕には巨大な斧が握られている。

 陽光を反射し、その白刃が煌めく。

「貴様ヲ封印シ、ジョーカーノ力ヲイタダク!」

 振り上げられる斧。

 その刃が、剣崎の身に迫る。直撃する瞬間、体を捻り、階段を転がり落ちる。

 体の傷は深いが、このままの状態では、目の前の敵に黙って封印されることになる。自らが封印されるということが何を意味するのか。

 

 覚悟を決めるしかない。

 ジョーカーの力。

 今は、それしか頼るものが無い。

「変身」

 腰に現れた緑にベルト。そのベルトを起点に、剣崎の体はジョーカーへと塗り替えられる。

 何者の祖先でもないジョーカー。しかし、仮面ライダーブレイドとしてアンデッドの力を使役し、その姿へと至った剣崎一真。

 ジョーカーの姿は、紫を基調とし、各所には金色の装甲が走る。巨大な角を備えた頭部の意匠はヘラクレスオオカブトのようにも感じられる。

 手に握られるのは、先端に行く程、幅広の刀身となりその先端が二又に分かれる、超重量の大剣、オールオーバー。かつて、カテゴリーキングであるコーカサスビートルアンデッドが用いたものと同型であるが、その刀身はまばゆい黄金色に輝いている。

 

 ジョーカーとカテゴリーA。今、ここにバトルファイトが再開されたのだ。

 

 ジョーカーの構える大剣に対して、斧を構えるロングホーンビートルアンデッド。

 間合いはジョーカーの方が幾分広くなる。しかし、その重量故、振りのスピードでは後者に軍配が上がる。

 激しい打ち合いが展開され、周囲には金属のぶつかる鈍い音が響き渡る。

「ヤルナ。シカシ、ソノ傷デドレダケ戦エル?」

「うるさい!こんなところで封印なんてされてたまるか!」

 怒りを露わにするジョーカーは勢いに任せて大剣を振るう。

「甘イナ」

 しかし、大振りになった攻撃は容易に見切られ、大きな隙を晒してしまう。

 その隙に斧の一撃が叩き込まれる。

「ぐはあっ」

 重量の乗った、重い一撃が肺の中の空気をすべて奪い去る。空気を求め、乱れる呼吸は更なる隙を生む。

「終ワリダ!」

 もがくジョーカーの首元に斧が振り下ろされる。

 

 

 ザシュ

 

 骨を断ち切る鈍い音が響く。

 

「ヌアアアアアアアアアア!」

 そして、宙に舞う、斧とそれを握る腕。

 絶叫を上げたのはロングホーンビートルアンデッドだ。

 振り下ろされた斧は、刃が届くことなく、その腕ごとジョーカーに切り飛ばされたのだ。

「言ったろ。封印される気は無いって」

 再び立ち上がったジョーカーは剣を体の正面で回転させ、構え直す。

 お互いに深手を負った状態となったが、最初の時点で実力は互角。しかし、それがジョーカーの力ではない。スペードのスートのアンデッドの能力を継承したともいえる剣崎には莫大な回復能力が備わっている。例え、腕が引き千切られてもものの数時間で完全に再生する。

 カテゴリーA単体ではいくら手負いの状態と言えども、到底勝てる相手ではない。

「こいつはさっきの礼だ。取っておけ!」

 下段に構えた大剣で袈裟懸けにカテゴリーAを切り裂く。

 その胸部を覆う装甲に深々と傷が付けられ、鮮血が噴き出す。

 そして、カテゴリーエースのバックルがカチリと音を立て、その中央から二つに分かれる。

 その中心には、Aの文字とハート、スペード、ダイヤ、クローバーどれにも属さない白いマークが二つ刻まれている。そのマークは禍々しい盾のようにも見て取れる。

 シュッ

 ジョーカーの手から一枚のカードが放たれる。

 ラウズカード。

 アンデッドを封印し、その力を我が物として使役できる。バトルファイト有利に進める上では決して欠かすことのできない存在。

 ロングホーンビートルアンデッドに突き刺さったカードは、アンデッドを封印し、ジョーカーの手に舞い戻る。

 そこに描かれているのはカテゴリーA。CHANGE LONGHORN

「流石に俺のスートには対応してないか」

 正体不明のアンデッド相手に使ったのはコモンブランクのラウズカード。もちろん生成されたのはワイルドベスタのカードである。

 そうして、戦いが終わり、遺跡を見上げた瞬間。

 ジョーカーの体は大きく吹き飛ばされ、カードは手から零れ落ちる。

 油断した!?

 一瞬の虚を突かれたジョーカー。その眼前には一人の男が立っている。

「誰だ!」

 太陽を背に立つその男の顔をジョーカーは認識することができないでいた。

「私は盾野。盾野十蔵。バトルファイトの再開を望む者。そして新たな仮面ライダーとなる者だ」

 その盾野の手にはバックルが握られている。ディフォルメされた盾、その紋章が表すのは先ほど封印したカテゴリーAと同じものだ。それが何を意味するのか。

 ジョーカーの手から離れたカード。そのカードは今、盾野の足元に佇んでいる。

 おもむろに拾い上げたカードをバックルに挿入する。

 無機質な音が辺りに響き渡り、不気味な気配が充満する。それに呼応するかのように太陽は陰り、露わになった盾野の口元には明確に邪悪な笑みが浮かぶ。

「変身」

 OPEN UP

 腰に装備されたバックルからは白く輝く光が放たれ、盾野の体を包み込み、仮面ライダーへと変身させる。

 仮面ライダーシールド。

 それが、この仮面の戦士の名だ。なぜライダーシステムが彼の手にあるのか。なぜ、新しいアンデッドに対応したシステムが存在するのか。盾野とはいったい何者なのか。様々な疑問がジョーカーの中を駆け巡るが、そんなことはお構いなしにシールドが動く。

 その装備は盾。

 縦に長い五角形の上部にはカードホルダーを、底角には小型ながら、鋭利な刃を備えている。

 迫りくるシールドに対して、剣を振るうジョーカー。斬撃は乾いた音と共に盾に阻まれ、軌道が巻き戻される。

 ドンッ

 低い衝撃音を放ち、ジョーカーが吹き飛ばされる。シールドバッシュ。盾による体当たりとでも言おうか、単純な一撃だが、その威力はすさまじく、ジョーカーの体はいくつもの木々を薙ぎ倒しながら、森へと吹き飛ばされる。

「他愛無いなジョーカー。封印してやろう」

 絶望を告げる足音が一歩ずつ近づく。

 戦闘力という点では両者に圧倒的な差は無い。しかし、この地に踏み込んでから常に付きまとう圧倒的な破壊衝動を抑えながら戦うジョーカーは本来の力の半分も出すことができない。

 更に、ライダーシステムを相手にするのは分が悪い。言うなれば対アンデッド用の決戦兵器である装備に対して、アンデッドの体で挑むということは自殺行為に等しい。

「せめてベルトがあれば戦えるのに・・・」

 恨み節が漏れる。

 しかし、この場で無いものねだりは何の意味も持たない。

「冥土の土産に面白い物を見せてやろう」

 そう言ってシールドが取り出したのは一つのバックル。

 スペードのマークが描かれたそれは、かつて剣崎一真が使用したもの。アンデッドの力を融合し、仮面ライダーとなるシステムの根幹をなす装置。

「なんでお前がそれを!」

「フン。少し考えれば分かるだろう。私のライダーシステムを作るのに旧型を研究したまでのこと。流石にターンアップは採用しなかったが」

 この状況で渡せと言ったところで、盾野が渡す理由もないが、この状況でバックルを取り出した意図は未だに読めない。

「それをどうするつもりだ」

「知れたこと。貴様にはたっぷりの絶望を味わっていただきたいだけだ。この状況だ起死回生のこいつを破壊されれば多少は堪えるだろう?」

 やはり、破壊が目的。

 しかし、絶望を与える意味が分からない。今の状態で既にジョーカーは詰んでいる。

更に追いつめる必要などないのだ。

「剣崎一真、いや、ジョーカー!」

 声高にその名を呼び、吠える盾野

「絶望し、最強のファントムを生み出すがいい!」

 ファントム。剣崎一真にとっては未知の存在。その名を叫びながら、盾の底部の刃が無慈悲に振り下ろされる。

「やめろおおおおおお!」

「無駄だ!!!」

 切っ先がバックルに触れる瞬間。

 キン

 刃をすり抜けるようにバックルが弾む。

「何!?」

 驚きの声を上げる盾野。何が起きたのかは分からないが、形勢は動いた。弾き飛んだバックルは吸い込まれるようにジョーカーの足元に転がる。

 何だか分からないけど、やるしかない!

 答えを出す前に体は動いていた。掴み上げたバックルを装着する。迷いは無い。

「変身!」

 TURN UP

 ジョーカーの体を青い光が包み込み、カテゴリーA、ビートルアンデッドの力が鎧となる。

 仮面ライダーブレイド。数多のアンデッドを封印した最強のライダーがここに再び現れる。

「チっ!一体何が起きたんだ!」

 毒づく盾野の背後から新たな声が放たれる。

「ここに来たのはお前だけではなかったということだ!」

 思わず振り返るシールドとブレイド。

 その方角には朱色の鎧を纏った、戦士の姿が。

「橘さん!?」

「久しぶりだな剣崎。再開の挨拶は後にしよう。今は盾野を止めるぞ!」

「はい!」

 赤と青、二人のライダーが白銀のライダーと対峙する。

「二対一では分が悪い。使いたくは無かったが仕方ない」

 パチンと指を鳴らす盾野。その音を合図に盾野の影がうごめき始める。地面に存在するはずの影は瞬く間にその存在を空間へと移し、二次元の存在から三次元の存在へとその在り様を変容させた。

「おう、やっと俺の出番って訳か。待ちくたびれたぜ」

 そして、影だったモノは人型の怪人へと姿を変じていた。

 その姿は頭部は鳥であり、腰には二本の剣がぶら下がっている。

「カイム、事前の打ち合わせ通りにやってもらうぞ。これ以上の失敗は許されん」

「へいへい、分かったよ。その代わりこれが片付いたら俺の手伝いもしっかりしてもらうかんな」

「無論だ」

 盾野が短く会話を終わらせる。カイムと呼ばれたその怪人は腰の剣を一本抜き放つ。その切っ先は真っすぐにギャレンに向けられている。

「おい、そこの赤いの。お前の相手は俺ちゃんがしてやるからよ。動くんじゃねーぞ。一発で仕留めてやるからよ!」

「お前が何者かは知らないが、俺たちの邪魔をするというのなら容赦はしない!」

 迫りくるカイムに銃撃で応戦するギャレン。助太刀に入ろうとするブレイドの眼前にはシールドが立ちふさがる。

「貴様の相手は私だ」

 斬撃と銃撃。剣戟が銃弾を切り裂き、銃撃が剣線を強引に捻じ曲げる。繰り出される無数の手数が激しく交錯し、一瞬の命の駆け引きが怒涛の如く繰り返されている。

 対照的にブレイドとシールドの戦闘は全くの静寂。

 盾とはつまり、相手の攻撃を受け止めることで初めてその意味を成す武具である。その堅牢な守りに自ら飛び込むことは愚策に他ならない。

 突破口を開く。

 そのための糸口がつかめずにブレイドの攻め手は完全な静寂に包まれている。

 

 真っ先に戦局が傾いたのカイム。

 銃弾の軌道を完全に見切り、自らの間合へと踏み込むと同時。

「貰った!!」

 目にも止まらぬ高速の一振りがギャレンの腕に迫る。

 完全な虚を突かれたが、勘のみでその斬撃を交すギャレン。しかし、完全に躱し切ることはできず、腕に装着されたラウズアブソーバーは天高く弾き飛ばされる。

「チ、腕ごと貰うつもりだったんだけどなぁ」

 ストン。

 放物線を描き、カイムの腕にアブゾーバーが収まる。

「貴様の狙いは最初からそれか」

「半分当たりだけどな。もう半分はしっかりお前の命が目的だぜ?」

「そう簡単にくれてやるつもりはない」

 再び銃口を向け対峙するギャレン。しかし、カイムの興味は既にギャレンには無い。

「今日の所はこれで勘弁しといてやるよ。あっちの方も目的は達しみたいだしな」

 

 その言葉を裏付けるかのように、ギャレンの背後では金属のぶつかり合う音が一つ響く。

 

 睨み合いが続いたブレイドとシールドの両者だが、追いつめられるギャレンの姿を捉えたブレイドの動きに一瞬の動揺が走った。

 その隙を完全に読んだシールドは一気に攻勢に出る。

 否応なくそれに応じるブレイドの剣戟はしかし、いとも容易く弾かれ、隙を晒してしまう。

「貰った」

 そのブレイドから掠めとるように一枚のカードを奪い去るシールド。

 カテゴリークイーン

 そのカードが確かに手に握られている。

「どういうつもりだ。そのカードはお前にとって大した価値は無いはずだ!」

「それを決めるのはお前ではない。私だ」

 

 奪われたのはアブゾーバーとカテゴリークイーンの二つ。

 それがシールドにとってどのような効果をもたらすかは想像に難くない。

 

「今回の目的は十分に達した。やれ、カイム」

 シールドの言葉を合図に特大の一撃を地面に放つ。

 斬撃の衝撃を受けた地面は瞬く間に砕けちり、辺りに噴煙をまき散らす。

 完全に視界を奪われたギャレンとブレイド。両者の耳に届くのはただ、遠ざかる足音のみ。

「待て!」

「へへ、待てって言われて待ってやる程俺ちゃんはお人好しじゃないぜ?」

 その言葉を最後に、敵の気配は完全に消え去る。

 

「すまない剣崎。加勢に来たつもりがアブゾーバーを奪われてしまった」

「いえ、俺の方こそクイーンのカードを奪われてしまいました。あいつらの目的はやっぱり・・・」

「ああ、上級アンデッドのカードを使った強化変身とみて間違いないだろうな。新型のシステムに対応したアブゾーバーか、それと同等のシステムを作るための材料と言ったところか」

 表情を曇らせる橘。

 既に二人の変身は解かれており、互いに懐かしい素顔を晒す。

「それはそうと、橘さんはどうしてこんな所に?」

「それはこっちの台詞だ。俺たちの目の前から姿を消して10年以上、連絡すら寄越さなかったのはどこのどいつだ」

「それは・・・」

 思わず言葉を積もらせる剣崎。確かに葛藤はあった。しかし、軽率な行動を一つでも起こせば、それがどれ程の災害をもたらすかは剣崎自身にも予想がつかない。それほどまでにジョーカーとしての力と本能は抑えがたく抗えないものとなっていた。

「ほんの冗談だ。気にするな。お前が一番辛い思いをしていることくらい俺にだって分かる。だから」

 そこで言葉を区切り、正面から剣崎を見据える。

「久しぶりだな剣崎」

 

 腕を伸ばす。

 

 そこには何のわだかまりもない、純粋に友を迎える一人の男の姿があった。

 



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第4話 再始

第四話  

 

 どこまでも続く青い海。

 波打ち際をゆっくりと歩く一人の男がいる。

 バックパックを背負うだけのシンプルな装備は、いかに彼が旅慣れているのかを語っているようでもある。

 小気味の良い足跡のリズムがただ海岸に響く。

 旅。

 彼の目的はただそれだけ。しかし、その旅路は決して平坦なものではなかった。

 

 未確認生命体。かつて日本を震撼させた連続殺人事件の元凶である。

 その虐殺を食い止める為に警察は対策本部を設置し、事件の解決に当たった。そして、この事件の解決には決して欠かすことのできない一人の男の存在があった。

 五代雄介。

 またの名を未確認生命体4号。

 その名が物語るようにその姿は当初は未確認生命体と同じものとして扱われていた。しかし、人々を脅かす未確認生命体に対して警察と協力し、真っ向から立ち向かって行く姿は次第に人々に認知され、4号の名は希望の象徴となったのだ。

 しかし、最後の未確認生命体であり、現代に最初に蘇った存在、ン・ダグバ・ゼバとの決戦を終えた彼の体と心には共に深い傷が刻み込まれた。

 

 その傷は、彼の在り様そのものを侵す。

 

 暴力の記憶。

 

 最も嫌悪する存在に対し、同じ力で対抗する。

 長い戦いは彼の心を確実に蝕んでいた。

 それでも彼は最後まで戦い抜いた。「笑顔」を守るために。

 

「日本には随分長いこと帰ってないな」

 一人呟く。

 逃げたと言えばそうだったのかもしれない。戦いの記憶はそれだけ彼には重圧だったのだ。

 そんな彼を余所に海は同じリズムで波を送る。寄せては返す波の音は思考を取り去るかのようにただただ、砂を運ぶ。

 

 どれ程の時間が経ったのだろうか。

 ふと気付けば、彼の横には一人の少年の姿があった。

 ただ、波間を眺めていた彼の横で少年も同じようにただただ波を見ていた。

「いつから居たの?全然気づかなかった」

「うーん、5分くらいかな。兄ちゃんは海見るのが好きなんだね。ずっと見てたじゃん」

「海が特別好きって訳じゃないけどさ、なんか落ち着くんだよね。ここの海って」

「そうなの?僕はここの海しか知らないけど、この海は大好きだよ」

 そうして、二人は何をするでもなく、ただ海に向かう。

 初めて会う二人だが、緊張感というものは一切感じられない。この海がそうさせるのか、彼の雰囲気がそうさせるのか。しかし、少年にとっては単純に居心地の良い時間が流れていた。

 しかし、居心地が良いとは言え相手は少年。

 飽きが来るのも早い。

「兄ちゃんってどっから来たの?僕とは肌の色も違うし」

 少年の黒い肌とは対照的に、彼の肌は日に焼けてはいるものの東洋人のそれだ。

「俺は日本っていう国から来たんだ。ここから飛行機でも一日くらいはかかっちゃうかな」

「僕は飛行機って乗ったこと無いから知らないけど、早いんでしょ?そんなに遠いところから来たんだ」

 感心するような表情を浮かべる少年。いつの世も男子にとっては未知の世界とは憧れの対象なのだろう。

「そうだ、面白い物見せてあげるよ」

 そう言って、彼はバックパックをガサゴソ漁り始める。そうして取り出したのは、竹とんぼ。日本人にとっては馴染み深いオモチャだろうが、少年には初めてのシロモノだ。

「それ、何?」

「これは竹とんぼっていうオモチャだよ。俺の居た国では、子供は皆これで遊んでたんだよ」

 そうは言われても、使い方がピンとこない。しげしげと眺めてはみるが、それ以上の解決策は見つからない。

「ねえ、これどうすればいいの?」

 好奇心だけが刺激され、お預け状態は少年には辛かったようだ。

「貸してみて。こうやって、飛ばすんだよっ」

 そう言って、軽やかな動作で宙に舞った竹とんぼは高く高く空へと昇る。

 抜けるような青空を切り裂いて舞う。

 天高く輝く太陽を背に、竹とんぼは二人の元へ舞い戻る。

「すっごい!僕にもやらせて!!」

 輝く太陽にも劣らない眩しい笑顔。

 

「この笑顔を守ることができたのなら、俺の戦いはちゃんと意味があったのかな」

 竹とんぼを追い、浜を駆ける少年の姿は彼にとって何よりかけがえのないものだ。

 

 その後、同じ村の少年たちに囲まれたおかげで手持ちの竹とんぼは底をついてしまった。仲間外れ、というのもかわいそうなので竹とんぼの作り方から教えることになる。

 そんなことをしていれば、すっかり日も暮れ

「子供たちも喜んでいるから是非、今日は一泊してくれ」

 そんな長老の言葉に甘えて村で夜を明かすことにした。

 来客など滅多にない村だ。

 子供たちの熱気は留まることを知らず、あふれ出る冒険の話のお陰もあり、皆が寝静まった頃には辺りは夜行性の動物が闊歩するような時間になっていた。

 

 静けさに満ちる森。

 しかし、その静寂はどこか異様な雰囲気を纏っていた。

 狩りを行う為に息をひそめる大型の肉食獣。

 彼らが狩られる側に。

 圧倒的な存在が森を支配する。

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ジャングルの中を幾重にも重なる薄い緊張のベールを纏めて引き裂く咆哮。

 主ともいえるそれが動き出した。

 

 

 漆黒の身体が木々の間を駆ける。

 人間の目では捉えることすらままならない速度。

 

「腹減ったな。」

 

 獣の如きそれは言葉を発する。

 

「獣は食い飽きた。そろそろ狩りをさせてもらおうか」

 

 深紅の瞳は月明りを受け怪しく光を放つ。光の先には村がある。

 

 

「ゲゲルを始める」

 

 カチリ。何処からともなく音が鳴る。骨のような金属のような、鈍く重く、澄んだ音色が響く。

 漆黒の獣を大木の上から望む者が一人いる。

 全身には薄汚れた包帯が巻きつけられ、その上をボロボロの布が覆っている。

 カチリとなった音はその者の手に握られた石板から発せられていた。

 

 条件はシンプルだ。

 目撃されずにリントを26人殺す。

 何のことはない簡単なものだ。

 

「まずは一人」

 狙ったのは他のリントと異なり、一人で一つの家を使う者。

 おそらく他の物よりも偉いのだろう。

 そんなことは知ったことではないが。

 

 最初の標的、それはこの村の村長であった。

 このジャングルで長く生きて来た彼は、人一倍危機察知能力が高かった。そうでなければ、この大自然のなかで誰よりも長く生き、皆を導くことはできなかったのだ。

 しかし、そんな彼の野生の勘をもってしても、漆黒の獣を捉えることはできなかった。

 いや、正確には一瞬捉えた。

 自身の喉を切り裂く鈍色の爪。

 それを目撃した次の瞬間、彼の目に映ったのは、頭部を失い鮮血を吹き出す自身の体であった。

 

 誰の目に映らない惨殺。

 一人また一人、何の罪もない村人の命が次々と失われて逝く。

 

「25」

 大木の上ではカチンという音が響き続ける。

 あと一人でこのゲゲルは終了する。犠牲者が残り一人で終わることを喜ぶべきなのか、既に失われた数多の命を偲ぶべきか。それを知る者はいない。

 

「貴様で最後だ」

 鈍色の爪が、男の喉を引き裂く。

その刹那。

 

男の眼は見開かれ、その爪をかわす。

 

「貴様、何者だ」

 

「何者って言われても、困るんだけどさ」

 

「強いて言うならクウガかな」

 

クウガ。

 

その言葉を聞いた瞬間、怪物の口元が醜くゆがむ。

 

「面白い。俺のゲゲルの最後の標的がクウガとはな。これも定めか」

 

「ゲゲルって、最後の標的って、お前まさか・・・」

 

暗闇のせいもある。目の前の怪人の姿をはっきりと見ることはできない。

しかし、微かに煌めく炎の光が、確かにその爪を照らす。

 

幾人もの人間を切り裂き、その返り血で染まった銀色の爪を。

 

「そのまさかだ」

 

「そして貴様が、26番目だ」

 

26番目、その言葉が意味することは、既に多くの命が無残に散ったということ。

何の罪も無い村人。

 

一宿一飯の恩。

 

雄介にとってそれは何事にも代えがたい絆だ。

 

共に囲んだ夕食の火は、今も微かに火の粉を散らし、弱弱しく燃えている。

 

その火の向こうには、騒ぎを聞きつけた子供の姿がある。

目の前の異形のものに恐怖し、立ちすくむその姿が雄介の眼に焼き付く。

 

人々の笑顔を守る。

 

 あの戦いは苦痛だった。

 周囲の人々に心配をかけまいと元気に振舞っていた。元から明るい性格だから明るくすることは苦痛ではなかった。

 しかし、戦う度に心の中に見えない闇が溜まっていた。

 

 今もその闇と戦っている。

 

 しかし、今、目の前にいる敵は少年から笑顔を奪った。

 

 再び拳を握る。

 

 その身に秘めた超常の力を今一度解き放つ。

 

 再び、笑顔を守るために。

 

「変身!」

 

 霊石アマダム。雄介の腰に再び出現したベルトには微かな傷ある。

 

 未だに癒えぬ傷は、心だけではない。その身に宿した霊石も、未だ傷付いている。

 

 傷だらけの心と体が赤い鎧を纏う。

 

 弱弱しい炎に照らされたその鎧はどこまでも紅い。決して折れないその心のように。

 

「来い、クウガ!」

 

 掛け声と共に、駆ける。

 




ようやく続きがかけた。

雄介登場ですが、戦闘シーンはまた今度・・・


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