魔法少女育成計画airspace (皇緋那)
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プロローグ

2作目です。よろしくおねがいしますね。


★津久葉路伊

 

あの日、わたしはどれだけ彼女に謝っただろうか。数えてはいない。いくら謝ったって彼女に届くわけはないから、意味はなかったけれど、わたしにはそうすることしかできなかった。彼女に会いに行くこともできなくって、仲間たちを止める力もわたしにはなくって。無力な自分を何度も悔いたし、何度も嫌って、何度も吐いた。

わたしがいることでは、世界は変わらなかった。

 

わたしの名前は津久葉(つくば)路伊(ろい)だ。あのとき、わたしは高校に入ったばかりというか、合格発表の時期だった。あの子達は小学3年生くらい。

なのに、いっつも振り回されてばっかりで、お姉さんらしく振る舞うということはきっとできていなかった。

 

もともとは近所に住んでいた女の子と、そのお友達だ。最初に声をかけたのは、近所の子が外で遊ぶようになる時期だろうか。彼女は両親の元を離れて兄夫婦の家で暮らしていると聞き、自分がやさしくしてあげないとと思ってのことだった。

はじめは慣れない年上の相手、慣れない外出で緊張していたのか、あまり自分を見せてはくれなかった。けど路伊なんかよりずっとすごい子で、とっても才能があって、小学校ではすぐに友達ができたみたいで、そのときは嬉しそうにしていた。

路伊はというと、家がちょっと遠くても会うだなんて仲の子は小学生のときにもいなくて、うらやましかった。

 

お友達の子は唐木(からき)帆火(ほのか)。明るさで生きているみたいないつでもテンションの高い女の子で、彼女が勝負をふっかけ、わたしも巻き込まれては、ふたりしてあの子に敵わなくて笑っていた。

彼女がいなかったら、わたしは年下への嫉妬に押し潰されていたかもしれない。

 

そうしてやっていけたのは、わたしたちを変えてくれるきっかけが訪れたから、というのもあったかもしれない。変えてくれるきっかけ、それは《魔法少女》だ。

帆火といっしょに、ふたりで魔法少女にスカウトされたのだ。

それから、あの子抜きで帆火と会うことは多くなった。それ以上に3人でいる時間も増やした。

魔法少女のことを教えてはいけない、とわたしたちをスカウトした先輩魔法少女は言っていたし、もらった端末に入っていた魔法のマスコットにも釘を刺されていたけれど、帆火はかんたんにあの子へ教えてしまった。わたしも隠し事は苦手だったから、魔法少女のままであの子と遊ぼうということになっていた。

 

あの子だけおいてけぼりだったのはかわいそうだったけれど、わたしたちが唯一彼女に勝てるところだったから、このままでいたかった。

残念なことにわたしの身体能力も魔法も魔法少女の中では下位で、役に立てそうにはなかったけれど、わたしが魔法少女で、あの子はそうじゃないだけで価値があった。

あのころは、そんなの抜きで楽しかっただけだった。あの日までは。

 

 

それは、終わりかけの冬のことだった。

路伊はその日の午後、帆火の変身する唐辛子の魔法少女『スコヴィル・スケイル』といっしょに、町の上空を移動していた。

 

屋根伝いの移動は、なるべく見つからないように、となるべく早く魔法少女の先輩たちのところへ急がなければならない、を同時に達成できる手段だ。

先輩たちからいきなり呼び出しをくらい、3人で遊んでいたところを別れたのである。スコヴィルはずっと不服そうだ。

 

「いきなりなんなのさ。路伊もそう思うよね」

 

年上でも同級生の友達みたいな感覚なのか、帆火はいつもわたしを呼び捨てで呼んだ。わたしもすぐに慣れて気にしなくなったことだ。それよりも叱るべきことがあって、呼び捨てには何も言わなかった。

 

「こら、今は魔法少女なんだから。ちゃんとサキって呼んで」

「あぁそうだった。ごめんね、サキ」

 

いまの路伊は路伊ではなく、古着の魔法少女『裂織サキ』なのだ。変身前の名前で呼ばれては困る。

サキとスコヴィル――あるいは路伊と帆火は、すでにひとりには明かしているからか、正体が露見することに対する注意が薄い気がする。

変身前が知られてしまえば、日常生活が生きづらくなってしまうのだ。マスコットに教えてもらった。それは魔法少女のあいだでもいっしょで、例えばこれから会う魔法少女の仲間たちの中に、同じ中学校だったり、同じ進学先を選んでいる人もいるかもしれなくて、そういう相手には知られたくなかった。

 

「別にあっちも楽しいんだけどさ。私は3人でいる方が好きかな」

 

それは路伊も同意したいところだった。魔法少女の仲間たちとは、そこまで打ち解けられていない。

サキと同じく用途のわからない「ものを激辛にする」魔法のスコヴィルは、持ち前のコミュ力で輪に入っていたものの、「ダメージを服に肩代わりさせる」サキはもとから引っ込み思案で消極的だった。魔法を話題に出してみることもできない。

よくしてくれる魔法少女もいるけれど、かえって緊張してしゃべれなくなる。スコヴィルとは逆にコミュニケーションがひたすら苦手だった。

 

「ん、もう着くね」

 

スコヴィルの合図で、サキは速度を落とす。すこし向こうに魔法少女たちが集まっているのが見えた。ただ集まっているだけならもっと明るくざわめいているはずなのに、空気が重い。

 

「どうもー!」

 

サキはどう入ろう、と悩みかけた瞬間にはすでにスコヴィルがお構いなしに入っていっていた。引っ張られるようにして続くしかなく、しかもみんないつものように茶化してはくれない。まわりを見てみると、ひとり足りない気がした。

 

「全員揃ったな」

 

リーダー格の魔法少女がそう言い出した。用事でもあったか、いま来ていないひとりはリーダーと特に仲がよかったから、きっと聞かされているんだろう。

それで納得できたのに、スコヴィルはやっぱり口に出してしまった。

 

「いない人はどうしたの?」

 

周囲がざわめきはじめる。数名はスコヴィルを呆れた目で見ているし、またほかの数名は驚きの目で見ている。リーダーは答えない。ただ、地面の残雪に視線を落とすばかりだ。

スコヴィルがもう一度、来ていない魔法少女の名を出して問おうとして、それはリーダーに遮られた。

 

「……やめてくれ」

 

その目には涙が浮かんでいて、それを見たとたん、帆火がとんでもないことを聞いていたのだと気がついた。

 

「ちょっと、スコヴィル!」

「どういうこと?なにかあったの?」

 

彼女は純粋にわかってないんだろう。さがらせようとサキがしても、スコヴィルには勝てなくて、振り払われた。

涙を溢しながら、リーダーはこちらへ叫ぶ。

 

「あいつは死んだ、殺されたんだ!私にこう言わせれば満足か!?」

 

突然の大声に、周囲の魔法少女の中にも驚いた者がいたようで、視線がリーダーとスコヴィルのふたりだけに集まった。

雰囲気は最悪だ。いままでは基本わきあいあいとしていたのに、一人が殺されたことによって平穏は崩れた。

 

サキには、殺されたと言う彼女の死に心当たりはなかった。リーダーと一番仲がよくて、彼女を支えてやっているほんわかした雰囲気の少女であって、しななければいけない訳はまったく見当たらない。誰かと喧嘩だとかの話も聞いたことがない。逆に止める側だ。仲間内で変わったこともなかった。

強いて言うのなら、もう何ヵ月も前になるが、新入りが入ったことだろうか。名前は……たしか、『のっこちゃん』だとかいう。それこそ、殺された彼女が連れてきた魔法少女だった。彼女の魔法は知らない。それどころか全員が互いに魔法を知らないだろう。

こんな状況では、誰もが殺人者である可能性を持っている。のっこちゃんも例外ではない。ただ、彼女はサキと同じようにあまり馴染めていないというか積極的に人に話しかけていくのが苦手に思える。サキには親近感があり、とても疑いたくはなかった。

 

沈んだ空気には、リーダーの吠えたあとでは沈黙だけが漂い、ほかは冬の白い吐息を宙に浮かばせるだけだった。

沈黙を破ったのもまたリーダーだった。まだ落ち着ききってはいなかった。

 

「さっき、言った通りだ。仲間がひとり殺された、魔法少女を殺せるのは魔法少女くらいだ。誰がやったか、私ははっきりさせたい」

 

このグループの中に殺人者がいる。一番考えたくない、同時に一番可能性のあることだった。ここにいない者で魔法少女とはあまり聞かないし、リーダーの言うとおり魔法少女にしか魔法少女は傷つけられないのだ。

 

とたんに周囲がさわがしくなり、スコヴィルは動じていなかったが、のっこちゃんはざわめきに控えめながら参加している様子だった。一方のサキは、スコヴィルがリーダーを見つめているためひとりでおどおどしているしかない。

ざわめく魔法少女たちの中には声の大きい者もいて、リーダーに向かって自らの見解を堂々と述べるなど秩序は消えかけていた。

 

「お前が殺して自演しているんじゃないのか」

 

その言葉は、かすかに残った秩序をかき消すきっかけとなってしまった。魔法少女たちは抗議や疑いの声を強くして、やがて強く責める声に反抗して掴みかかり、挙げ句の果てには殴ってしまう者までいた。

 

全員の気が立っている。スコヴィルと顔を見合せ、始まってしまった喧嘩を止めようと相談した。もちろん彼女は頷いたけれど、止められる側は黙ってはいない。

魔法少女がひとり、弓矢をもってサキを攻撃した。サキは自身の魔法を発動させて片袖だけの犠牲ですんだものの、あの攻撃は頭を狙っていた。殺気が微塵も隠せていない。剥き出しだ。

矢を射る魔法少女は叫ぶ。

 

「お前らなんか仲間なもんか、人殺しが!」

 

一歩間違えれば自分がそうなるところだったのに、とサキは考え、自分も苛立っていると気がつくと首を振った。しかし、自分でどうすればいいかもわからず、周りを見るしかない。

 

のっこちゃんの姿はなかった。辛うじて逃げたのだろうか。だとしたら、ちょっぴり嬉しかった。

 

スコヴィルはというと、互いに殴りあっていたふたりの間に入ろうとして、後ろからリーダーに攻撃されていた。リーダーまでもがこの騒ぎに乗ってしまったら、止められる者はいない。

 

サキは戦闘が始まってしまった中へと手をのばし、上着の布地を奪われながらもスコヴィルを助け出そうとした。スコヴィルもまたこちらへ近づけるようにリーダー、いや、元リーダーを押し留める。ふたりでかつての魔法少女仲間たちから逃げようと、手をつなごうとした。

 

のばした腕をとる前に。希望は断たれたけれど。

 

サキが掴むことができたのは、すでに切り離された部分だった。押し寄せてくる魔法少女たちに流されて、片腕を無くして血を流すスコヴィルの姿すら見えなくなっていく。彼女に追いすがろうとしても、サキの身体能力ではほかの魔法少女には勝てず、離れていくばかりだった。

 

「路伊っ!生きて!あの子を……織姫ちゃんを、ひとりにしないであげて」

 

サキは逃げ出すしかなかった。このままふたりして殺されてしまうなら、彼女の想いを胸に織姫とふたりで生きていくほうがいい。スコヴィルの飲み込まれた魔法少女の群れで炎の柱があがるのに背を向け、サキは必死に走った。

 

走って、走って、やっと止まったのは、遠く離れた森の中。もう追われてもいないのに走り続けて、ひとりでは来たことのない場所にまで来てしまっていた。

帰り道もわからない森の中だ。来た道を引き返せば、逃げてきたはずなのに逆戻りだ。

 

最初にサキは深く後悔した。友達だった帆火を見捨てた自分を自分で罵り、何度も胃の中身を戻した。

 

自己嫌悪と後悔の螺旋を経てやっと、あてもなく、森をさまよいはじめる。

 

「おや。ここで何をしているんですか?」

 

あてもなく歩いて、はじめて出会ったのは、熊でもなく、鹿でもなく、綺麗な女性だった。茨が絡みつき、薔薇が咲いている、魔法少女だった。

 

「命からがら逃げ延びた、ということでしょうが。なぜ参加しなかったのです?」

「わ、わたしは、頼まれたから」

 

彼女は、サキとはちがう魔法少女だ。妖しい雰囲気の中に隠しきれない血と死の匂いが色濃く染み付いている。サキが立ち向かったって勝ち目はないことはかんたんにわかった。

 

「頼まれた、ですか。では、私からも逃げますか?」

 

サキは身構える。今すぐにでも逃げたい気持ちを抑え、薔薇の魔法少女をじっと睨む。

今すぐにでも織姫のところへ戻って、自分を安心させたかった。でも、この魔法少女はそんなことはさせてくれないだろう。サキが逃げたいと足をすこしでも動かせば、それだけで首をもっていかれてしまいそうだった。

 

そのまま状況は進まないかと思われたが、突如、なんの前触れもなく腹部に衝撃が走った。何が起きたかわからぬまま、コスチュームがちぎれて弾け飛んだ。

 

「何も言わないものですから、先攻は譲っていただけるのでしょう?ありがとうございます」

 

サキが対応できないスピードで殴られ、蹴られ、まるで都合のいいサンドバッグだった。布地が減って肌に近づくたび、しだいに魔法が弱まって、痛みだけは伝えられるようになる。このときほど、自分の魔法を恨んだことはない。

 

やがて、直に肢体をなぶられるようになり、サキはもはや織姫への「ごめんなさい」しか考えられなくなっていた。

意識を失い、命を落とすまで、謝り続けるしかできなかった。





【16人の魔法少女たち】
☆オルタナティヴ……『誰かを助けられるよ』
☆C/M境界……『遠くのものを落とせるよ』
☆ツインウォーズ……『なんでも二刀流で使うよ』
☆熱砂の防人ルピィ・クリーパー……『尻尾の針でお注射するよ』

★パルへ……『人の痛みを知ってるよ』
★ヘッドレス・ボロウ……『どこにでも首を出すよ』
★バルルーナ……『魔法の風船をふくらませるよ』
★タトル・クイーンズ・レオ……『気分や温度で身体が変わるよ』
★フォーロスト・シー……『みんなみんな忘れさせちゃうよ』
★解凍どろり……『ゼリーをいっぱいつくるよ』
★パラサイトリリム……『虫を意のままに操るよ』
★アイサ・スチームエイジ……『蒸気でテンションを調節するよ』
★スコヴィル・スケイル……『なんでも激辛にしちゃうよ』
★裂織サキ……『服が代わりに攻撃を受けるよ』
★ねむりん……『他人の夢の中に入ることができるよ』

★森の音楽家クラムベリー……『音を自由自在に操ることができるよ』



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第1章 おはよう世界
1.


☆オルタナティヴ

 

誰かが言っている。これは歴史を変える大実験だと。誰かが言っている。成功してしまったら、もはやなんでもできるに等しいと。

 

それは違う。誰かが泣いている。誰かが悲しんでいる。それらすべてを救うことすらできないのに、なんでもだなんて思い上がりにも過ぎる。

今から行おうとしていることは、大きな一歩などではない。スタートラインに立つための準備だ。本当の目的は始まってすらいない。この実験を行うことは、通過点だ。

 

魔法少女『オルタナティヴ』は、研究部門は副部門長であるペンの魔法少女に目をつけられたことでこの機会を得た。ひとつ条件をつけ、それを呑んでもらった。

条件とは、オルタナティヴの目的である『あらゆる人死にを排除できる』世界のために装置を開発することであった。目的のため、自分を実験動物にしてくれと願い出たのである。

 

無論、個人の魔法の機能を持った機械などを作るのは容易なわけがない。人造魔法少女よりも難しいに決まっている。研究部門側はオルタナティヴをお客様として優遇したいようだったが、オルタナティヴ自身がそんなことを望んでいなかった。自分が苦しむことになってでも目的に近づきたかった。

結果、異例の早さで装置の製作が進んだ。オルタナティヴの血と数多の魔法少女の汗、そして時間を費やし、オルタナティヴの魔法を増幅し拡張する機構を試作したのである。

 

噂では、大罪人が関係しているとか、魔王を喪って行き場がなくなった荒くれものたちが期待しているとか、いろいろ言われていたらしい。が、オルタナティヴには関係がない。大罪人の被害者も、魔王パムも、いずれ助けることになるだけだ。

何があろうと、オルタナティヴは過去のやり直しだけを目指す。そのことに変わりはない。

 

「だから……待っててね」

 

思わず声を漏らすと、隣に座っていた少女が突然のことに顔をあげた。

 

「いきなりどうした?っと間違えた、どうしたのじゃ?」

 

おかげでオルタナティヴの意識が考え事から現実に向いた。とってつけたような語尾の彼女の細い指につつかれて、オルタナティヴの頬はほんのりと染まる。

 

「なに照れてるのじゃ。もうすぐテストだっていうのに、のんきなもんじゃ」

 

彼女は姿こそ幼き少女であるが、オルタナティヴよりもちろん先輩だし、研究部門は最近できたばかりらしいが古参なほうだという。ちんちくりんな見た目のせいで説得力はない。120cm台しかない身長で、しかも華奢なのだ。筋肉で引き締まっていて健康的な身体だが、第一印象では威圧感もなにもなかった。それは今でも変わらない。

着ているのは動きにくそうな和装ベースで、さすがに着物そのままは不都合が多かったのか袖はなく、腕にはかわりに花や鳥の和風なデザインのされたアームガードをつけていた。同じことが、裾の丈とニーソックスにも言える。

戦うときはこの小柄な体躯を生かし、相手の死角を縫うように戦う。らしいが、オルタナティヴはまだ見たことがない。専ら画面とにらめっこしているイメージしかない。たぶん、オルタナティヴの出した条件のせいだろうが。

 

彼女の名前はツインウォーズ。研究部門に来てからオルタナティヴの面倒を見てくれている魔法少女だ。なんでも、少し前に来た人造魔法少女とやらの表情にオルタナティヴを重ねてしまったからだとかなんとか。

 

「ほれ、わらわは先に行っとるぞ?オルタも早く来るようにな、のじゃ」

 

それじゃあ、のかわりにのじゃ、と言うのはどうかと思った。

オルタナティヴは自室で、これから始まる装置のテスト運用へ向けて精神を整えていたところだった。ツインは時間を教えに来てくれたのかもしれない。オルタナティヴはまたひとりきりになったが、開始の予定時間までの余裕はほとんどなく、ツインに続いて実験場へ急ごうと考えた。

施設で貸してもらっている部屋から出て、長い廊下を歩く。魔法の国なのだから走っても壊れはしないだろうが、人とぶつかったら無事ではすまない。猛スピードで走るアイテムでの走行・飛行を禁止するとも注意書があった。事故が起きた過去があったのだろう。

 

オルタナティヴが逆に注意深く歩いていると、目的の実験場近くで声をかけられて身構えた。声をかけてきた相手は困っていて、警戒から申し訳なさになる。

 

「悪かったよ、いきなりでさ」

 

久しぶりに見る顔だった。雲に顔がついたマスコットでまとめたクリーム色のおさげが大きく伸び、先がやさしく紫に変わっていて、やさしい雰囲気だが、目付きがキツくて表情でいえば怖い人に見える。隕石の魔法少女、C/M境界がそこにいた。

彼女はオルタナティヴと同じくネクロノーム事件の生き残りだ。今はミルキーシューティングの家に住んでいると聞いていたのだが、なぜここにいるのだろうか。

 

「お前がなにかしようとしてるっていうから、様子を見に来たんだ」

 

わざわざ会いに来てくれたという。この数週間、C/M境界やミルキーとはまともに連絡をとれていなかったのだ。だから、彼女が来てくれたことが嬉しかった。C/M境界、三条煙はオルタナティヴと同じく、クラムベリーの試験によって親しい者を亡くしている。C/M境界になら、わかってもらえるはずだ。

 

オルタナティヴは装置について話すことにし、歩みは止めずにふたりで並んだ。何をもって機械を頼ったか。オルタナティヴが今からしようとしていること。C/M境界はやっぱりそうか、という具合に頷いてくれる。

 

「それで。誰から始めるんだ」

「……森の音楽家クラムベリー」

 

C/M境界の表情が驚きに塗り替えられた。オルタナティヴの魔法が誰かを助ける魔法だと知っていての質問だったのに、意外どころか大罪人の名前が出てきてしまった。起点にした人物の生死が影響する、と言われても、クラムベリーの死を覆してどうなるか。またあの惨劇が繰り返されるだけだ。しかも、クラムベリーはC/M境界の姉やオルタナティヴ自身の友人も殺した相手だ。反対するに決まっている。

 

「何を考えてるんだ!?」

「クラムベリーは多くの人を殺した。だから、彼女を死因に据えたなら」

「……試験で死んだ魔法少女たちを助けられる、って言うのか」

「かもしれない。まだ、可能性だから」

 

装置にそこまでのことをやらせて成功する確率は極めて低い。本当はC/M境界に話してもいいほどの希望がある話じゃないのだ。オルタナティヴの願望ばかりが混じっている。もしかしたら、これは自己暗示なのかもしれない。

 

実験場へと続く大きな扉の前に来た。オルタナティヴはパスコードを入力し、扉を開かせる。見送るだけのつもりでいたC/M境界を引き留め、むしろひっぱり、彼女と並んで実験場に入り、数名の魔法少女たちに迎えられた。

研究部門所属の、装置を扱う担当の魔法少女がほとんどだ。だが、それ以外にもいる。例えば、監査部門からオルタナティヴの監視に遣わされた者、だとか。

 

「遅いぞオルタ!しかも誰だそやつ!?」

「私の友達だよ。だから大丈夫」

「ばかもん!爆発でも起きたらどうするつもりじゃ!ケガしてもごめんで済んだら監査部門はいらんのじゃ!」

 

ツインには怒られたが、C/M境界を追い出すようなことはしなかった。C/M境界かオルタナティヴを信じてくれたのか、と好意的に解釈する。

 

カプセル状の装置の扉を開いてもらい、中に入った。扉が閉まるととても窮屈だけれど、助けるためだ。なんともない。

ツインの指示とスイッチが入れられる音が聞こえてきて、自分の魔法の起動をイメージする。動き始めるなかでオルタナティヴは精神を集中させる。

 

この装置にはクラムベリーの髪の毛が置かれているはずだ。彼女が行わせ、そして自らも行った殺し合い。何人の魔法少女が犠牲になり、何人の人々が悲しんだだろう。オルタナティヴと装置の間を、想いのエネルギーが回り、加速していく。

 

「ダメです!制御できません!」

「ええい、こうなりゃお前たちだけでも離れろ!爆発しても耐えられる自信のある奴だけが残れ!」

 

扉が割れて、その隙間からツインの声がする。装置側の耐久に問題が起きているのか。

 

「皆さん、早くこっちへ!C/M境界さんもツインさんもはやく!」

「いいや、わらわは残る!ここまで来たのに中断はできんからな、のじゃ!」

 

オルタナティヴも後には退けなかった。自分の魔法に集中しなければならない。扉の割れが瞬間を重ねるごとに大きくなり、ついには砕け散ろうとする。だがまだ止められない。

 

すぐにエネルギーは最高潮へ達し、世界を飛ぶ光が実験場全域に放たれた。

 

呑み込まれた魔法少女は四人。彼女らの身体はいま生み出される世界へと移され、実験場には装置の他はなにも残らなかった。



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2.

☆オルタナティヴ

 

自らの放った光が晴れたあと、オルタナティヴはどうしてか屋外に立っていた。

周囲は更地ではなく、立派な森だ。エネルギー波によってすべてが粉微塵に吹き飛んだというわけではなさそうだった。オルタナティヴにも、ここがどこかはわからない。少なくとも、本来の使い方で起きる出来事の範疇ではないらしい。

この時間において魔法少女オルタナティヴは存在しなかった、ではなく、時空側がどこにも存在していないのだろう。魔法の端末を確認すると、時間のデータは表示されても時間は13月だとか32日だとか狂っている。単純に世界を飛んだ影響で不安定になっているとも考えられるが、それよりも明白におかしなことが周囲にはあった。

 

森が広がっている。桜が見事に咲いており、綺麗に佇んでいる。それだけではなく、その根本付近では西瓜が実っているのが見える。また隣の楓の葉は紅葉真っ只中のように赤く染まっており、地面はうっすらと雪で覆われていて白かった。

それこそ魔法でも使わなければできない光景だった。

 

まず、この世界に誰がいるのかだ。もし同じように漂着していれば、その誰かと合流しなければ。オルタナティヴは雪化粧をした満開の桜に飛び乗ると、まず一周見渡して状況を探った。まず、ここはどうやらN市であるらしい。クラムベリーが命を落としたのがN市であるから、きっとその関係だろう。そのせいか、N市よりも外の領域にはすべて濃い霧がかかっているらしくまったく見えず、どうやら出ることは叶わないらしい。

オルタナティヴ以外の人々は、こんなところで何を思って毎日を過ごしているのだろう。魔法で作られた偽りの世界ではそんな都合は無視されるとわかっていても、ふと想いを馳せたくなった。

 

季節がごった煮になった森を離れ、オルタナティヴは街の方向へ向かって歩き出した。このルートで行けば、はじめに住宅街へ入る。

しかし、住宅街まで来てみても誰かが住んでいる気配はなく、閑静どころか不穏なまでに物音が排除されていた。声を張り上げれば誰かしらに聞こえるかもしれないが、何せ雑音がない。クラムベリーの存在が確定している以上、音を出すのは得策ではないと判断してひたすら歩き続けた。

 

人影はいっこうに見えなかった。住宅街は諦めようかと思ったのだが、ふと遠くの鉄塔を見たとき、なにかが動いたようだった。目を凝らすと、たしかにこの世界では初めて見る人影があるように思えた。

遠くのことなので断定はできないが、作業服ではないだろう。そんな者が鉄塔の上に立っているなら、魔法少女であるかもしれない。

 

オルタナティヴは脚に力をこめ、鉄塔めがけて飛び出した。勢いをつけすぎたかもしれない、オルタナティヴはきれいに着地する予定が、人影のある上部よりも下に掴まることになり、鉄塔は大きく揺れた。上から悲鳴が聞こえる。

オルタナティヴの身体能力があれば、上るの程度は簡単だ。ただ、いきなり揺らされた方はたまったものではないだろう。案の定、何ですか、非常識な、という声が聞こえた。

 

ひといきで一番上まで上がり、鉄塔よりも高い空にまで自身を飛ばし、当初の予定を取り戻すように着地した。魔法少女たちの前に姿を現すのはいいのだが、そのやり方が全然普通にならなかった。全員の驚きの視線が痛い。

 

「おぉ!おぬしも生きておったか!よかった、よかった。あ、のじゃ」

 

このわざとつけている語尾はツインウォーズだ。ちんちくりんな体躯と黒髪ツインテールからしても、彼女で間違いない。

ツインも巻き込まれてしまっていた、ということは、あの光に飲み込まれた魔法少女は皆こっちへ飛ばされているということだろうか。起こってしまったことはもう仕方がないが、申し訳なくなる。

 

まずはツインに時間が狂っていることを話し、一緒に行動しようと持ちかけた。すると、ツインではない魔法少女が反応してくる。

 

「ちょっと待ちなさい。彼女はあなたの知り合いで、そいつを仲間に加えるということでいいんですのね?」

「そうなるな」

「そうですか。えぇ、わたくしたちにも何が起こっているかはわかっていませんし、鉄塔を揺らせるくらいの元気が有り余っているなら働いてくれるでしょう」

 

黄色い魔法少女には皮肉まじりに言われてしまった。

ツインのほかには3人の魔法少女がいて、それぞれ赤、青、黄色と信号機みたいだった。うち一人はよく知る顔だ。

 

「では、まず自己紹介から。名前も知らない相手を連れていくのは危険すぎますわ」

 

それもそうだ。相手にとってはいきなり出てきた奴でしかない。オルタナティヴは自分の名前を言い、ひとまず黄色の彼女はそれで満足のようだった。

 

「ありがとうございますわ。ツインウォーズさんはわたくしたちとすでに話しておりますし、ではこちらにいたしますわね」

 

オルタナティヴも、ひとりを除いて知らない魔法少女が相手だった。是非ともお願いしたいところだ。ここにいる魔法少女たちが、助ける相手になるかもしれないのだから。

最初に信号機の中央、さっきから仕切っている黄色の魔法少女が一歩前に出た。

 

「わたくしの名はタトル・クイーンズ・レオ。好きな飲み物は緑茶、お茶菓子はやはりおまんじゅう派ですわ。よろしくお願いいたします」

 

クイーンズというだけあり、高貴な雰囲気を漂わせている。金髪縦ロールとは古風だが、欧州のお嬢様というイメージにはぴったりだ。ただし、好みはおばあちゃんみたいだった。

コスチュームはまるで舞踏会のようだが、は虫類の柄が生きているように動く不思議なデザインだった。魔法少女なら、と納得できるのが困ったところだ。

 

「次は?スコヴィルにします?」

「お、私?おっけー」

 

信号のとおり、黄色からは赤へと交代した。今度前に出てきたのはいかにも炎、といったふうの赤い魔法少女だ。オルタナティヴは彼女のことを知っていた。

 

「私の名前はね!スコヴィル――」

「スコヴィル・スケイル。だよね」

「あれ?知られてた?」

「もちろん。だって、友達だもん」

 

それまで気づけていなかったスコヴィルだったが、笑顔を向けたとたんに目を丸くした。

 

「えっ、もしかして、織姫ちゃん!?」

「うん。私だよ、帆火ちゃん」

 

この魔法少女は唐木帆火だ。織姫の小学生の頃の親友で……クラムベリーの試験によって命を落とした。その帆火が、スコヴィルがここにいるのだから、実験は成功していると言えるだろう。

織姫が助けたくても後の祭りだった彼女に会えた。それだけでも、嬉しかった。

 

「あれ、でも、なんで織姫ちゃんが」

「はい、感動の再会はあとにしてくださる?アイサがおいてけぼりで、かわいそうですわ」

 

タトルに遮られ、スコヴィルは一歩下がった。またあとで、と笑っている。こういうところで切り替えが速くて、帆火のいいところだと思う。

 

次に前に出てきたのは青い魔法少女だった。ここまで一言もしゃべっていないし、表情にも変化がみられなかったが、どうやら人見知りではないように思えた。

その身体にはいくつかの管が備わっており、スカート代わりに腰部分についた何かのパーツのこともあって機械みたいだ、という印象だ。衣装そのものは競泳水着をもとにしていて、肌にぴっちりとくっついて身体のラインをくっきりと見せている。そして、くっきりと見せていても恥ずかしくないようなしっかり発育している女性の身体であった。

 

「ほら、アイサ。自己紹介しなよ」

 

促された青い魔法少女は頷くと、深く息を吸い込んだ。同時に身体に備わった管から空気が取り入れられ、間の抜けた音を立てた。

 

「わたしは……アイサ・スチームエイジ。よろしく」

 

まぶたをすべては開けきっていないのからもわかるけれど、彼女は物静かで感情の起伏が少ないタイプのようだ。よろしくね、と答えて握手を求める手を出すと、すかさずがっちり掴んできて、上下にぶんぶん振られた。

 

「同志魔法少女よ。名はなんと言ったか」

「あ、えっと、オルタナティヴだけど」

「オルタナティヴ!覚えたぞ同志!これより運命を共にする我ら、ぜひ良い関係を築いてゆこうではないかッ」

 

名前を教えたとたんにテンションが上がった。さっきよりも目を大きく開けていて、しかし口角が上がったりはしていなかった。感情表現が苦手、と一概に片付けられるものでもなくて、オルタナティヴは苦笑いで固まっていた。

 

「まぁ、そうなりますわね。彼女、蒸気でテンションが上がるっていう魔法で、こんな感じのことにたまになるのですわ」

「ご説明ありがとう、女王タトルッ!わたし自身でもこれは……説明しにくい」

 

ぷしゅう、と音をたてて、アイサから蒸気が抜けていった。それに伴ってテンションももとに戻っていく。

初対面の人相手で張り切っちゃったみたい、とスコヴィルが茶化し、3人ともの自己紹介はこれで終わったらしかった。

 

「さて、オルタナティヴさん。それにツインウォーズさん。ひとまず立ち話はここまでにして、わたくしたちの使っている拠点にいらしてはどうですか?スコヴィルとも話したいのでしょうし」

 

オルタナティヴとツインで顔を見合わせた。ツインの方は、こちらへ判断を任せてくれる方針だという。オルタナティヴはせっかくのスコヴィルとの再会で、彼女と話したいことはたくさんあった。それに、彼女を信用したい気持ちが強い。

 

ここは一緒に行動しよう、ということで話がまとまり、タトルからも心地よい返事が帰ってくる。これで、オルタナティヴの仲間たちは一気に四人も増えることとなった。



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3.

☆C/M境界

 

光に呑み込まれ、オルタナティヴの魔法に巻き込まれたのだと知って、C/M境界はまずため息をついた。ここまで深く首を突っ込むつもりではなかったのに、おもいっきり巻き込まれてしまっていたのだ。

時間も場所もわからずにひとり放り出されて、これで困らないわけがない。幸い魔法少女は餓える心配がなかったが、地の利も人の助けもないのは怖かった。

 

上空から見下ろして、やっとここがN市であることに気がついた。しかも、数年前……自分が姉を失ったころの光景だった。自宅へ行ってみる、という選択肢もあったが、仮にここが過去だとすれば姉に会ってしまう。外面だけを借り、殺人を犯した自分には合歓に合わせる顔がない。

 

だから、住宅街へは近づかないようにし、市内で二番目に大きな船賀山を目的地に選んだ。森の音楽家が居着いていた場所が、たしかその山だったような覚えがある。オルタナティヴの魔法の起点になっている以上、その存在は確実だろう。

C/M境界はひとりで底知れぬ闇となった森へと足を踏み入れた。そこで出会ったのは、音楽家ではなかったが。

 

聴こえてきたのは歌だった。歌っているのは誰か、もしやクラムベリー、とも思ったが、音がはずれている。音を操る魔法を持っている魔法少女ながらに歌は下手、ということはあり得るのだろうか。仮にあり得たとしても、幼児が口ずさむ童謡、といったほうが正しいふうに思える。

歌詞も「くろい看護婦」について歌ったものであり、最初に抱いた感情はほほえましいという気持ちだった。声がするほうへ釣られていくと、無邪気に遊ぶ女の子の姿があって、この気持ちは当然のことだったのかもしれなかった。

 

女の子の髪や衣装の色は薄く、木漏れ日に消えてしまいそうだった。しかし唯一瞳の赤が自分はここにいるのだと主張しており、若葉が散りばめられた身体は木漏れ日でも消えずに暖かそうに受け入れている。手元には鳥が留まっていて、女の子は森林浴の最中に小鳥を眺めながら童謡を口ずさんでいるようだった。

魔法少女、というイメージからは違うものの、神秘的な雰囲気を纏っており、同じ木漏れ日の中に割って入れというのは無理な話だ。C/M境界にできるのは近くの木の影まで行って、こっそりと眺めることまでだった。

 

「くろい看護婦、見ちゃった。あくまとしゃべる患者さん、いのちのばいばいひとしにばいばい!またまた誰かけしちゃうの……ふふ、お姉さん。出てきたっていいんだよ」

 

その言葉が自分へ向けられた言葉だとすぐには気づけなかった。少女の視線がこちらへ向いていなかったからだ。C/M境界がなかなか出てこないからか、少女は手招きもはじめ、それにいざなわれるようにして木の影から日の下へと出ていった。

女の子は飛び立つ小鳥を見送り、C/M境界が座れるように、隣を空けてくれた。

 

「ようこそ、わたしの森へ。時間も用事もわすれてゆっくりしていっちゃってくださいね」

 

隣に座ると木漏れ日が心地よく照らしてくれ、なにかを口ずさむのも自然と出ることになりそうだ。また、この女の子がすぐそばにいるという事実がどうしてか落ち着くような気がする。

 

「えっと、何者なんだ、君は」

「なにもの?わたしはね、わたしは……忘れちゃった」

 

自分の名前すら忘れてしまった、という少女。ひらりと深緑の葉が一枚だけ、彼女の手に舞い落ちてきて、それでやっと思い出したらしくあらためて名前を告げてくれた。

 

「そうだった、フォーロスト・シーっていうんだった。まぁ、そんなカンジで」

 

このほんわかとした笑顔にC/M境界は既視感を覚えずにはいられなかった。合歓にどうしても重ねてしまう笑顔だ。

 

「お姉さんはなんていうの?」

「C/M境界、だ」

「しーえむ、きょーか……むぅ、なんだっけ?いいや、お姉さんはお姉さんで」

 

人の名前を覚えるのが苦手な子みたいだった。C/M境界は覚えられていなくても、お姉さんでいいか、と諦める。フォーロストの隣にいると、なんだかこのままじっとしていてもばちは当たらないような気がする。自分が何をしようとしていたか、と考えてみても、思い出せないのだから変わらない。せっかくだから、彼女と森林浴を続けたいと思った。

 

フォーロストの手のあたりをそれとなく眺め、あたたかさを存分に感じていると、彼女の視線がこっちに注がれているのがわかった。赤い瞳に視線が吸い込まれる。

 

「お姉さんってば、わたしの手が好きなの?あれなんだね、えーっと、こういうときなんていうんだっけ」

 

首をかしげるフォーロストにつられて、C/M境界も首をかしげた。

 

「あ、そうだ。手ふぇち」

 

違うよ、と笑って返すと、彼女は認識がこんがらがったのかさらに首をひねっていた。

会話が途切れてからもフォーロストからの視線はC/M境界の顔に注がれ、しばしば目が合う。何かついてでもいるのか、とも言いたかったけれど、それより先に自分の頬をさりげなく確認し、フォーロストが先に言い出すのを待った。

 

「お姉さん、そういえばあのお姉ちゃんに似てるのかも。顔はもうちょっとこわいけど」

 

彼女は誰かを知っているらしい。C/M境界のこの容姿によく似た者といえば、髪を似せ、髪飾りを似せた姉しかありえない。フォーロストへ向け、やさしく問いかける。

 

「ねぇ、そのお姉ちゃんってどんな人?」

「えーっと、なまえは、覚えてないや。でも、髪の毛がおんなじカンジで、あとは……んー、今は寝てるから、わたしはここで待ってるんだけど」

「そのお姉ちゃんと一緒にいるの?」

 

フォーロストは頷いた。C/M境界は『お姉ちゃん』のことを聞き、うれしくなった。ここに来てからの自分がどう考えていたかは覚えていないものの、図らずして合歓に会えるようになるのだから、こんなにうれしいことはない。また姉に話ができると思うと、心の重荷がぜんぶ取り払われていくような気がした。

フォーロストにもう一度お姉ちゃんの所在を問うと、今は寝てると言われ引き下がった。

 

合歓はそんな人だった、かもしれない。少なくとも自分から外に出ようとはしなかったはずだ。眠っているのなら起こすのは忍びないし、C/M境界はひとまずがまんをして、フォーロストと一緒にいようと決めた。

 

「お姉さん、お姉ちゃんが来るまで一緒に遊ぼっか?」

「いいの?ありがとう」

 

フォーロストの提案にはよろこんで乗った。三条煙は昔から子供が好きだった。だから、合歓は憧れの的だった。あんなふうに子供たちと接していやしてあげられたらいいな、なんて。結局、姉のように寛大な人物にはなれなくて、こんなことになってしまったけれど。

 

……こんなことになってしまった、とはどういうことだろう?自分は何かしてしまったのだろうか。思い出せないのだから、きっとなにも起きていないのだろう。今は、この子と遊ぶことだけを考えよう。

 

しかし、今時の子供はなにをして遊んでいるのだろう。

高校生のころの時点ですでについていけていなかった気がする。煙の従姉妹には娯楽を必要としないというとんでもない同年代の子がいたはずだが、数年前に亡くなってしまったし、煙にとっての娯楽は合歓と話すことひとすじだった。

言い過ぎと思われるかもしれないが、何をするにも姉にこんなことがあったんだと聞いてもらえることばかり考えていたのは事実だ。うれしいこともかなしいことも、合歓に話してこそ成立する。世界はそうして回っているのだと信じていた。

 

つまり、ゲームもなにもやった覚えがなかった。フォーロストが唄っていたあの童謡だって聞き覚えのないものだったし、そういうのには疎いのだ。

 

「そうだ、さっきのお歌はなんていうの?」

「さっきの?」

「くろい看護婦……ってやつ」

「なにそれ」

 

フォーロストは忘れるのがとても早かった。なにも考えずに口ずさんでいた歌を覚えていられないといった方が正しいかもしれないが、こうも話が通じなくなるのは面倒なところもある。仕方ないか、と納得もできる。

 

「覚えてないや。ごめんね」

 

赤い瞳を伏せるフォーロストの淡い金色の髪を、そっと撫でた。清流に手を浸すように指が髪のあいだを通っていく。

彼女のいまにも消えてしまいそうな容姿に悲しそうな表情をしてほしくなかった。C/M境界の目には、似合いすぎて怖いほどきれいに映ってしまうから。

 

撫でるのをやめた時、C/M境界の腕は掴まれた。もっとやってほしい、らしい。

彼女が甘えてくれるのはとても心地よくて、再びその淡いブロンドに触れた。



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4.

☆オルタナティヴ

 

タトルたちに連れられて、オルタナティヴとツインウォーズは住宅街を歩いていた。本当に誰もいないらしく、家があるという以上の情報がない。中に入っても誰もなにも言わないくせして、冷蔵庫にも棚にもなにも入っていない、というのはツインのユーモアだろうが、生活の気配が欠片もないのは本当だ。住宅街だというのに、足音だけが響く。

過去に戻ること自体は何度もやっていることだったが、ここまで誰もいないというのははじめてだった。

 

「同志たちよ、あの家だ」

 

アイサが示したのは一般住宅だった。アイサいわく、もともとこの家は知り合いの魔法少女の家だったのだという。この住宅街であればなんでもない家にしか見えず、なにかを敵に回しても隠れ家の特定には時間がかかってくれそうだった。

タトルは特別な施設ではありませんが、という。それはつまりアジトの移動は魔法少女たちの認識を変えるだけですむということだった。睡眠が必要ないといっても、休憩中を襲われては困る。逃げ回るには好都合だ。

なにかしらと戦わなくてはならないことを前提としていることは、すこし悲しいことだったけれど。

 

玄関を開けてもらい、5人で上がり込む。それぞれブーツや草履を脱いで並べていた。意外にも心遣いが残っているなぁと、全員が日本文化によくなじんでいる魔法少女なのだろうということに妙な感動を覚え、オルタナティヴもまたニーソックスと一体になっているブーツをちょっと苦戦しながら脱ごうとした。スノーホワイトに似せたぶん、彼女の不便もそのままもらっているのだが、気にしてはいない。まず魔法少女の姿で脱ぐなんてたいていしないことだ。

脱ぎづらくて玄関にすわっていると、隣に誰かがひとり残って眺めているらしかった。てっきりツインだと思って黙っていたが、ふと見るとそこには真っ赤なコスチュームがあった。スコヴィルだ。

 

「隣、ちょっと失礼!」

 

こうしてオルタナティヴになってからは、スコヴィルには会えなかった。彼女は故人だったのだから、そうに決まっている。もう二度とこんな光景はないと思っていた。

なのに、その二度目が訪れた。それだけでも嬉しいことだったけれど、オルタナティヴにはそれだけでは満足できないことでもあった。ブーツを脱いだら、すぐにでも話したいことがたくさんあって、全部をこらえた。

 

「しかしね。まさか、織姫ちゃんも魔法少女になってたなんてさ」

 

彼女の言葉で、手を動かしながらオルタナティヴは思い出す。

スコヴィル――帆火がいたころは、織姫はひとり魔法少女ではないのを嘆いていた。今までほとんどのことを才能でやり遂げてきた織姫がはじめてあきらめたことで、それでも不快に思えないことでもあった。ネクロノームによって選ばれたのは奇跡だといまでも思っているし、自分が魔法少女になったときは信じられなかった。

帆火や路伊にお願いすれば、魔法少女の仲間に取り計らってもらえるかもしれなかったが、ふたりは魔法少女のことに織姫を巻き込みたくないようすだったから、なにも言えなかった。言っていれば、何らかの異常を見つけ、あの死別はなかったかもしれない。

 

でも、もうそれらは関係ない。魔法少女同士だ。対等に話ができるし、これから帆火のことを助けられるだけの力を持っている。

ブーツを脱ぎ終わって隣に並べ、スコヴィルのことを見た。

 

「そういや、魔法少女やってるのはいつから?私知らなかったよ」

 

帆火の疑問は当然だった。ずっと隠してきたというわけじゃない。スコヴィルも、サキもいなくなってからの話だ。オルタナティヴからしてみれば1年ほど前の話だったが、スコヴィルの時間は彼女が死んだ時で止まっている。

自分が死んだと告げられてもすんなりと理解できるものではないし、と考えを巡らせ、オルタナティヴはちょっと前だとだけ言って濁らせた。帆火は不満そうに頬を膨らませる。

 

「詳しく言えない事情があるのね。ふぅん。隠し事だなんて、織姫ちゃんらしくないのに」

 

自分らしい、とはいったいどういうものなのだろう。帆火や路伊の目に、織姫はどんなふうに映っていたのだろうか。

 

「ごめんね。織姫ちゃんらしさ、忘れちゃった」

 

ふたりがいたころは、誰かを助けようと必死になっていなかった。毎日が楽しければいいと思っていた。それが、自分らしいということなのだろうか。だとしたら、楽しければよかった毎日が奪われた今、オルタナティヴが見失っているものだった。

 

帆火の不満は解けず、むしろ怒っているようにも見える。オルタナティヴは気まずくなって、ツインやアイサが茶化してくれるだろうリビングへ行きたくなったけれど、スコヴィルの目からは逃れられない。その場にいるしかなかった。

 

「あのさ、織姫ちゃん」

 

名前を呼ばれてどきりとした。今度は何と返せば、友達でいられるのだろう。

 

「……私たちってさ。元の世界に、みんながいる所に、戻れるのかな」

「戻れるよ。私が連れ戻してみせる」

 

そのことについてだけは、すぐに答えたかった。すぐに答えが返ってくるとは思っていなかったらしいスコヴィルの瞳は丸くなる。それから、表情がやさしくほころんだ。さっきまでの不安の色はなく、代わりに何年も前に見た笑顔の面影があった。

 

「やっぱり、根っこは変わってないみたい。安心したよ」

 

いっしょに立ち上がって、みんなが待つリビングへ並んで歩く。形は違えど、帆火と歩いている事実は織姫の心に触れるには十分すぎる事象であった。

 

「遅かったな。おぬしがいなくてとっても暇だったのじゃが」

「ごめんねツイン。何かお話があった?」

「いいや、何も。タトルもアイサもわらわも情報は持っていないみたいなのじゃ」

 

ツインのため息はもっともだ。状況もわかっていない、ほぼ確実にクラムベリーが敵として存在する、しかしN市の外は存在せず、生命も魔法少女のほかにはいまだ出会っていない。それに同じくこの世界に来ていると思われるC/M境界と監査の魔法少女のことも心配だった。普段とあまりに違う環境にやすやすと適応できるほどの柔軟な心を持つ者は限られる。まず、ここにはいないだろう。

 

「あぁ、もうようかんの味が恋しすぎますわ。甘味もなにもないって、どうなってるんですの」

 

タトルが嘆く。ツインに聞くと、タトルたちは数日前からこの世界にいて、どこにも食べ物も何もないということを知っていたらしい。それと、タトルの趣味が和菓子だということも言われたが、それはさっき聞いておばあちゃんみたいだという感想を抱いたことだった。

 

「情報を集めるにしても、休憩するにしても、必要なものが足りていません。やはり、まだ捜索が必要かもしれませんわ」

 

N市は大きな街だ。本来は小さな町があったところを強引に合併している。つまり、外には行けないといっても捜索しなければならない場所は多かった。

魔法少女なのだから、体力の心配もない。なら、好きに動いてもいいはずだ。オルタナティヴはそう言ってひとりででも外へ出ようとしたが、ツインに引き留められる。

 

「帰って来なかったら困るのじゃよ、おぬしは特にな」

 

オルタナティヴを未知の領域であるこの場所でひとりで行動させるのは危険だという判断のようだ。クラムベリーと遭遇すれば、戦闘以外の道はないだろう。せめて複数人で相手をしたいというのは本音だ。

だが、タトルもスコヴィルもテーブルについたあとは頬杖をついたりテーブルの上に身体を預けたりと動いてくれそうにはなかった。

 

「……わたしからもお願いがある、同志オルタナティヴ。今はどうしても出たくたって我慢して欲しい」

 

窓際で外を見ていたアイサが口を開く。何かの気配でもあったのだろうか。言われて彼女の視線の方向に目を向けると、ちょうど大きな音がして、全員が外を見た。さっきまでただの住宅街の一部だった家屋が目立つ瓦礫へと変えられていく瞬間で、柱の下方がなにかに抉りとられてしまったせいのようだった。

 

「何が起きてるの?」

「わたしにはわからない。だが、警戒が要る」

 

この家も狙われたっておかしくない。さすがに座っていたふたりも椅子から立って、窓際に寄った。窓なら壁より楽に打ち抜いて脱出できるからだ。

それから数十秒間。警戒心だけが取り残され、沈黙が漂う。この中でもっとも我慢強くないらしいスコヴィルが口を開こうとして、アイサに塞がれた。

 

「同志っ、伏せろ!」

 

全員へ向けた言葉だった。戦える魔法少女の反射神経があったおかげで、あるいはスコヴィルの場合アイサに口を塞がれて押し倒されることで、全員が直前に対処できた。

 

次の瞬間、頭上を一条の光が駆け抜けていった。それも、触れてはいけないタイプの光だ。まともに浴びた壁やその内部までもにぽっかりと穴が開き、本来その部分にあるはずの物質はさらさらと砂のように風に流されて、土煙のようになっている。そのせいで外の風景はよく見えない。が、人影は確実にある。

 

「なんなの今のビーム!?あの子、敵なの?魔法少女なの!?」

 

アイサが手を離したからか、スコヴィルが叫ぶのがよく聞こえるようになった。

土煙が晴れ、視界が明瞭になる。足音が聞こえ、自分達ではない誰かがこの家に踏み込んできたということがわかった。

 

ドレス風の衣装ながらミニスカートで、腰には大きなリボンがついている。身体の各所につけられた花が目立つが、あれはたしか菊だったか。

その容姿には見覚えがあった。ただ、本当に小さい頃に見たから、かすかな記憶だけが頼りだった。記憶を深くまで探らなければならなかったオルタナティヴよりも早く、アイサが声を出す。

 

「知ってる、その姿……その魔法。わたしはそれを知っているんだ」

 

彼女が一番に立ち上がり、菊をつけた魔法少女を睨み付けた。ただの顔見知りではない。仇敵、あるいは宿敵か。

 

「久しぶり、になるのか?マジカルデイジー」

 

マジカルデイジー。その名前にも聞き覚えがあった。かすかな記憶が掘り起こされて、容姿と結び付く。そうだ。小さい頃に、アニメで見たから覚えがあったのだ。そんな魔法少女がアイサと知り合いだったのか。驚きの事実にオルタナティヴたちが置いてきぼりになっている。

 

だが、アイサもデイジーもそんなことには構ってくれないらしい。ふたりの魔法少女は互いに向けて飛びかかり、片方は音を立てて空気を取り入れ、片方は相手を指差してその魔法である光線を再び放った。



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5.

☆オルタナティヴ

 

家屋を消し飛ばし、現れた魔法少女はアニメでも見た覚えのあるマジカルデイジーであった。この状況で襲いかかってくる魔法少女としては、大物すぎるだろう。

ただ、それでも構わずにアイサは飛び出していった。自分がこの相手と戦わなければならないと刻み込まれているように。

 

デイジーの放つ光線が地面を抉り、アイサの足場が数センチメートル低くなった。それだけでもバランスを崩すにはじゅうぶんだろう。そのうえで今度こそ本当に土煙があがり、戦況は見えなくなった。視覚ではふたりを捉えられない。かわりに、アイサの掛け声が響くのみだ。

 

彼女はマジカルデイジーを知っていた。アニメとしてではなく、突如現れた彼女に狙われているし、襲われる理由もきっとアイサはわかっている。ふたりの魔法少女が組み合い、至近距離で光線が迸る。

アイサの着ている水着すれすれに光が通っていき、途切れたとたんに腕を狙いにいった。叩き折ってしまえば、撃てるものも封じられる。ただ、その選択は棘の道だろう。壁も地面もたやすく分解してしまうのをアイサも目の前で見ているはずだ。大きな賭けになる。

 

アイサが腰に着けているパーツを外して構えると、機銃としての機能を起動させた。火薬代わりに蒸気を吹き、弾丸を放つ。ビームよりも広範囲で、何度も当てるチャンスがあった。デイジーの衣装がすこし破れて、その下に覗く肌にもかすって傷を作った。流れ出るのは赤……と思いきや、黒い液体だった。

オルタナティヴたちが疑問を覚えるより早くにまた反撃の光線が撃たれた。アイサには当たらず、家がまた削られる。

魔法に頼りきっているデイジーに対し、アイサは胸に蹴りを入れて吹っ飛ばし、その反動で飛ぶとオルタナティヴたちのいる場所へ戻ってきた。

 

「あの魔法少女、動きが悪いじゃないか!しかも血も涙もありやしない、デイジー本人たぁ思えないな」

「どういうこと?」

「わたしの知ってるデイジーより弱いし、おそらくだが中身がない。あんなもの、外見と魔法だけを持ってきた紛い物だ」

 

吹っ飛ばされていた贋作のデイジーが起き上がろうとしているのを眺めながら、アイサはそういう。

オルタナティヴには手が差し伸べられた。伏せたっきり呆気にとられてしまって立ち上がる機会を見失っていたけれど、オルタナティヴはその手をとって立ち上がった。

 

「あれを倒さなければ、デイジービームに怯えて暮らすことになる。しかも、どうしてかわたしが狙われてるらしい。なら、ここで倒すべき」

 

はっきりとわかっていない状況下で、何も言わずに襲いかかってくるのなら、敵として排除するしかない。あれは幼少のころに見たマジカルデイジーではなく、それを象った砲台のようなものだ。そう割りきって、オルタナティヴはニセモノを見た。

 

「ツイン、タトルとスコヴィルを連れて逃げて」

「了解じゃ、この相手じゃわらわたちがいても変わらんもんのう。ほれ、退くぞ」

 

ツインに手をひかれ、心配そうに出ていくタトルとスコヴィルを尻目にアイサとオルタナティヴで並んで立つ。2対1だ。ビームを撃つような相手と戦ったことはあることにはあるけれど、今回は本気で避けにかからなければアウトだ。気を引き締めるため、自分の頬をはたいた。

 

アイサが蒸気を吐くのを合図に、三人の魔法少女はほぼ同時に動き出した。アイサの出した白煙でニセモノの視界を奪い、オルタナティヴはその中へと飛び込んだ。

オルタナティヴにはよく見えずとも、アイサには蒸気の中でも見える眼があるようで、的確にニセモノを狙っている。向こうだって何も考えていないわけもなく攻撃が来た方向へ反撃のビームを撃っている。こちらは二人いるのだから、その隙が突けた。

アイサの弾丸が過たずにニセモノの腹部を撃ち抜こうとし、迎撃で分解される。その瞬間にオルタナティヴは迎撃の光を便りにして腕を狙った。手応えはある。拳と拳がぶつかり合い、オルタナティヴが競り勝った。骨がへし折れる嫌な感触、こんなものに慣れたくはないと思うようなヤツがあって、ニセモノの左腕は使い物にならなくなったはずだ。

すでに十分な結果はある。オルタナティヴがニセモノから離れ、交代でアイサがビームも恐れず突っ込んでいく。

 

蒸気は薄くなり始めている。先程よりも周囲が見渡せる。アイサがニセモノのデイジーの懐へ潜り込む瞬間もだ。拳が彼女の腹部へと突き刺さり、口から黒く生暖かい液体が漏れ、そして一瞬置いて折れた指ではなく掌から光線が走った。先程までよりも大きい。

アイサの背にある排気管がのうち右上にある一本が直撃を受けてしまい、壁や砂のようにさらさらと分解されていく。肩の表皮にもかすったらしく、生々しく組織が露出しているのが見えた。

たったそれだけで済んだからよかったものの、もう少しずれていれば腕が片方ちぎれていたことだろう。ただでは起きないようアイサは懐から抜けずに腰パーツからの銃撃でヘッドショットを考えたようだったが、ニセモノが繰り出した蹴りによって衝撃を受け狙いが逸れた。まだ脅威は残っているのだ。

 

視界が晴れて、互いに視覚の有利不利はなくなった。二本同時に撃たれれば、こちらだってそれぞれで対処を考えるしかない。

今度はまずオルタナティヴ目掛けてデイジービームが放たれて、必死で回避するあいだにニセモノはアイサのもとへと向かっていってしまった。オルタナティヴが後を追おうとしたが、ニセモノは掌でのビームの逆噴射によって加速、および背面への牽制を行い、オルタナティヴは勢いを殺して射線上から逃げるしかなかった。

 

アイサとニセモノの身体がぶつかりあい、脚と脚、腕と腕が交差する戦闘が続く。オルタナティヴが着くよりも前に、いちど負傷させたアイサを潰すつもりでいるのだろう。止めなければならない相手だった。

フローリングが割れるのにもかまわずオルタナティヴはイスをいくつも投げつけ、無論片手間でビームで消されるが、それだけの間があるならば十分だった。頭部を揺らしにかかったハイキックを繰り出し、指の折れてしまった腕で止められて、ビームによって脚が消し飛ばされる前に離脱する。

 

ニセモノは支えを失い、ふらついた。彼女の背には、さっきまではなかった深い深い傷跡がある。アイサの弾丸だ。銃撃がニセモノの外装を剥がし、内部の黒を覗かせた。石油のように黒い泥が流れだし、血よりも貝の砂を抜いているみたいに見える。

デイジーの形を保つのも難しくなってくるのか姿があやふやになり、その場に倒れた。アイサがそんなニセモノを無理に起こし、腹部を蹴り飛ばそうとすると腹が破裂するように弾けて、口にあたる部分から黒い液体を吐き出させた。

 

「お前じゃあ、マジカルデイジーには及ばないよ」

 

アイサは崩れゆくニセモノに向かって一言声をかけると、オルタナティヴの方へ顔を向けた。

 

「ありがとう、同志オルタナティヴ。おかげで生き残れた。それと、今の戦いでいくつか思い出したこともある」

 

皆を呼んできてくれないか、と頼まれた。オルタナティヴが頷くと、アイサからはぷしゅうと蒸気が抜けていき、戦闘で気を張っていたぶんの緊張が抜けていったみたいだった。

 

オルタナティヴは頼まれたとおりにツインたちを呼び戻し、戦闘の痕を見て思わず声を漏らしているようすのタトルと分解されてしまったアイサの排気管を見て大声で心配するスコヴィルもふくめて、みんなでフローリングに座った。砂をかぶっているのは申し訳なかった。イスたちはもう、オルタナティヴが囮に使ったせいでなくなってしまっていた。

 

「アイサ。それで、思い出したこととはなんでしょう?この状況を打開する何か、ですか?」

「かも、しれない。わたしがここにいる理由にはなると思う」

 

タトルとスコヴィルが顔を見合わせた。オルタナティヴとツインも同じく、だ。アイサはただ魔法ではなく普通に息を吸い込み、冷静に告げる。

 

「あの魔法少女、マジカルデイジーはわたしのよく知る魔法少女だった。理由は簡単、あの子に、わたしは殺されたことがある」

 

オルタナティヴはあのニセモノこそが、この世界における克服すべき死因であるのだと気がついた。魔法のデイジービームにばかり頼っていたのは、アイサの死因を再現するためだったのかもしれない。

そして、あの相手を倒したことによってアイサも自分の生前のことを思い出せたのだ。この世界ですべきことは、皆を死因から守りきることだろう。

 

「待ってよ、アイサちゃんが殺されたって?じゃあここにいるのは?」

「死人返りのようなもの、だろうか。同志スコヴィル、これは好機だ。死因との対決、人生のやり直しだ。そうだろう、同志オルタナティヴよ」

 

オルタナティヴは頷く。これは二度目のチャンス、後悔のやり直しだ。

アイサの言っていることはそのままで正しく、他の魔法少女には伝わっていなくてもこのように理解してくれる相手ができるのは嬉しいことだった。



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幕間

★パラサイトリリム

 

いまのところ、パラサイトリリムが確認している魔法少女にはいくつかの共通点がある。まず確実なのは、このN市らしい土地でいきなり目覚めさせられて3日ほどさ迷わなければならなかったこと。それぞれがいきなり放り出され、それはリリムだっていっしょだった。全員が何者かにワープさせられたのだろうか。

このN市の中で何をすればいいのかはわからなかった。今だって明確には理解していない。

 

ただ、リリムは幸運なことに、恐らく最も事情を知っている相手に接触することができた。森の音楽家と、そのマスコットである。特に、マスコット『ファヴ』には自分でも覚えのない項目が増やされていたのだと嘆いていた。

なんでも、残り10日から始まり、まだ2時間ほどしか経っていないカウントダウンがひとつめだという。これは何かのタイムリミットだとしよう。

もうひとつ、12個の『死因』なるものの存在が示されたリストがあった。中身が何かはわからないものの、何かしら脅威的なものが存在しているということは可能性として高かった。

 

10日間のうちに、この12体を潰さなければならない。そうだとすれば、また命を賭けなければならない戦いが待ち受けているのだろう。

そうなってしまえば、リリムは戦わない魔法少女であり、クラムベリーのように闘い抜くということは難しい。誰かしら、都合よく行動を共にできる戦う魔法少女の駒が欲しかった。

 

ただ、リリムに選択の余地は残されていなかったわけだが。

 

「パラサイトリリム、さっきのでなにかわかったぽん?」

 

甲高い電子音声には構わずに、リリムは質問を返した。

 

「魔法少女はこのN市に何人いるのかしら?」

「質問を質問で返しちゃうぽん?えーと、16ぽん」

「16?12ではなく?」

「間違いないぽん」

 

このつぶれたキンギョみたいな奴が嘘をついているとか、単純にぽんこつだとか、そういう訳ではないらしい。きっと、その『死因』が魔法少女たちに対応したものだという考えを持っていたのだが、あまりが4人もいたなら事情はまた違っていそうだ。

 

リリムは残念そうにため息をついた。クラムベリーは今頃、どこで何をしているのやら、とも思えるのだが、リリムなんかじゃあの女は制御できないと気づいてもう一度ため息をついた。

 

「リリム!ただいまっ!」

 

顔をあげると、怪盗風の黒くも裏地は赤い帽子にマントという格好の魔法少女がいた。インナーは脇腹や肩を露出しているものだが、女の泥棒はセクシーというイメージがあるのなら許容できるだろう。

彼女は戦える魔法少女ではないが、自由に使えて有能だ。彼女の名は解凍どろり、という。ただいまというのは、さっきまで彼女に追ってもらわなければならない者がおり、尾行のため外出していたからだった。

こうして平気で帰ってきた。だったら、うまくやったんだろう。

 

「ご苦労様。で、どうだったの?」

「あのビームは強かったけど、他の魔法少女に消されたかな」

「なるほど……」

 

ファヴのいる端末を操作して、死因のリストを呼び出した。さっきよりひとつぶん少なくなっている。この消えてしまった死因は、恐らくそのなんでも消し飛ばすビームを撃てる魔法少女ではないだろうか。誰かが討伐すればリストから削除されるということは、やはりこのやり方で正解なのかもしれない。

 

「傷つけられても血じゃなくて石油みたいなの出てきてたけど、なんなんだろ」

「んー、私たちが知ったことじゃないわね」

「うーん、ほんとに魔法少女の仕業なのかな」

 

現状まだまだ謎にまみれている。ここは下手に動かず、情報を集めさせながら自分の身を守ろう。

リリムは慎重に動くことを選んだ。どろりには、これからも働いてもらうことになる。実のところ、リリムにだってあのマジカルデイジーを模した『死因』がどうしてここにいるのかさえまるでわかっていない。リリムはただの戦えない魔法少女で、探偵まがいのことしかできない。

 

どろりにわかっていないことと今後わかりたい事象をいくつか挙げて話すと、彼女は興味なさそうに視線を逸らした。

いつもこうだ、どろりはリリムの話に興味がなくなるとリリムの唇や身体を視姦しはじめる癖があった。魔法少女となっても、リリムの身体は人間のときと変わらず成長期よりも前の幼児体型だ。それを眺めているというのは、きっと中身の趣味か。男を弄ぶ悪女の気分とはこういうものなのだろうか。

 

「あのさ、リリム。今日はさ、ご褒美とかあったりしないのかな?」

 

恥ずかしそうながら、ついに口に出してきた。うわあ、面倒くさいと思っても顔に出してはいけない。どろりがリリムから離れていってしまうほうが問題だ。

唇にひとさし指をあてて、何がほしいの?と訊ねてみる。なるべく、心を惑わす笑みを意識しながらだ。

 

「いやさ、自分で言うのもなんだけど、これって命賭けてる話じゃない?だからさ、生きてる喜びを分かち合いたいっていうか、リリムとつながっていたいっていうかさ」

 

黒のマントにシルクハットを着けて、といった格好で紳士風にびしっと決めていて、しかも顔立ちの整っている少女にこんなことを言わせていると思うと、リリムは思わず高笑いが出そうになった。こうして誰かを下に置き、支配してしまうのも悪くない。いや、悪くないどころかたいへん気分がいいものだ。

どろりが働いてくれているのは本当だし、重要な駒の役を担ってくれているのに何もなしで彼女のモチベーションがなくなっても困る。

だから、ひとつ提案をしてやるのだ。

 

「じゃあ唇でどうかしら。少しだけれど、好きにさせてあげるわ」

 

どろりの瞳に光が宿る。とってもわかりやすい魔法少女だ。尻尾を振って喜ぶ犬みたいだ、との感想を持った。

 

彼女とのキスははじめてではない。一度リリムから誘ったことがある。あれは体内に盗聴用、およびいざというときのための虫を仕掛けるためであって、別にそういう意図があって誘ったわけじゃないのだが、どろりはすっかりその気でいたらしかった。

たったこれだけの対価で動いてもらえるのなら、金での関係よりもずっと楽だろう。ただ、かわりに爛れた関係ではあったが。

 

身をどろりの腕にそっと委ねて、彼女の対応を待った。衣装にぴったりの紳士的な受け止め方はしてくれているが、激しい心音が感じられる。緊張か高揚か、どろりの表情からは後者に見えた。

 

そっと唇が重ねられ、そこで時が止まった。ずっと止まっていて、ではなくとも、いつもより時間の進みが遅いように思う。魔法少女だけあってやわらかさとほんのりと甘い香りが感覚をくすぐり、必死でリリムに振り向いてもらおうとしていた。

好きにしていいと言ったのに、それだけだ。味わい尽くそうとしたり、もっと深く踏み込もうとはして来ない。がっつかないぶんどろりはかなり抑えているんだろう。

気づいたとたんに笑いをこらえなければならないくらいには面白かったが、なんとか抑えて平常心でいようとする。

 

幼い少女の姿のリリムと、その唇を塞ぐどろりの姿は、きっと端から見れば滑稽か、あるいは通報ものだろう。容姿の年齢差はだいたい7、8歳くらいだ。これをどろりの趣味ととらえるかリリムに恋しているととらえるかは、行為の目撃者しだいだろう。

そして、その端から見る人物が増えるのが視界の隅に映った。ちょうど、帰ってきた者がいたのだ。

この光景を目の当たりにしたその者、森の音楽家クラムベリーは同情の目を向けてきた。この状況になって、ちょうどクラムベリーが帰ってくるとは。ひたすらに間が悪かった。

 

しかも、新たにひとり魔法少女を連れてきているらしい。新顔に見られる初対面の姿がこれか。

どろりはリリムのことしか見えていないから気づいていないらしい。気づいたら、どんな顔をするだろうか。

 



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第2章 先行きダークサイド
1.


★パルへ

 

魔法少女、パルへは知らない土地で目覚めた。右も左も知らない建物でいっぱいで、不安に押し潰されそうになったのを鮮明に覚えている。なにしろ、まだ一人ぼっちの脱出からは1日しか経っていないのだから。

 

パルへは介護士の魔法少女だ。確かに神話的なモチーフもあるし、武器として鎌も持っているけれど、名前の由来はヘルパーだ。できるのは他人を労ることだけで、戦いも治療も、そして目覚めた当時のような誰もいない状況からの他人の捜索なんかも得意分野ではない。

住宅街だからって人がいる訳ではないらしく、さまようしか選択肢がなく、そうしてかれこれ2日は誰にも出会えず過ごしたはずだ。ふらりと適当な住宅にお邪魔しては玄関で眠るくらいしかやれることがない日々はこのままずっとそうだったら気が狂いそうだった。

 

そんな日々はやっと終わった。誰かに見つけてもらえたのだ。来訪者は空からやってきた。自らの意思で空から降りてくる女の子、なんて常人が目にすることはない。魔法少女をやっていても、少なくともパルへにとってははじめての経験だった。

 

「はじめまして!私はバルルーナ!あなたも魔法少女だよね、事情を知ってそうな顔してるけどなにか知ってる?」

 

かなり失礼なことを言う奴だな、と思ったのがこの初対面だった。背に風船をつけて、ふわふわと浮いている姿は楽しそうでコミュニケーションの決して得意ではないパルへでも話しかけやすい雰囲気をもっていた。

 

「残念ながら、事情通じゃない。私は魔法少女パルへだよ、はじめましてバルルーナ」

 

はじめて会う人に声をかけた瞬間で、こんなに喋ったのはたぶんしたことがない。

 

「おぉ、パルへちゃん!じゃあぱるぱるって呼ぶね!よかったら一緒に仲間探ししない?」

「構わないけど、何だいそのぱるぱるって」

「あだ名。私のことも好きに呼んでいいよ!」

「じゃあ、ルーナって呼ぼう」

 

初対面であることを忘れるくらいには気安くて、踏み込んでくる性格みたいだ。パルへがルーナと呼ぶことにした彼女は、だいたいこちらと同じような経歴でここにやって来たようだった。捜索が苦手なパルへではなく、風船を使って空から探せた場合はこうなんだろう。誰かに出会ったのはこれが最初で、見つけたときについテンションが上がってしまったという。

 

地に降りた彼女は意外と背が高く、パルへよりもけっこう大きかった。カラフルばみずたまの衣装はよく見ると膨らむ前の風船がくっついているらしく、ルーナ自身が指示を下すとふくらんでとれるらしい。彼女は魔法の風船をふくらませるという魔法をもっていた。

パルへのように決して根の明るい性格ではない魔法少女にとっては空色の髪がまぶしく、ルーナはすごい奴に思われた。人の領域に土足で踏み入れるメンタルは、パルへからはほど遠いものだ。

 

「ぱるぱるはどんな魔法なの?」

 

ルーナにはこう聞かれたが、パルへは答えたくなかった。風船ほどメルヘンチックでも、実用的でもないのだから。いまは伏せたいとして、ルーナにはわかってもらった。

 

「手の内は見せないって、カッコいいなぁ。武器も鎌だし、コスチュームもクールだよね」

 

そういって誉められたことでなにかを思い出しかける。記憶の中の鍵のかかった部分がゆさぶられた、ような。鍵は破れなかったが、どこかでそう言われた気がするなんて感覚は残った。パルへは何かを忘れているし、忘れようとしている。

 

「どうかしたの?」

「あ、いや、なんでもないさ」

「うー、ミステリアスすぎない?もうちょっとオープンになってくれてもいいと思うけどなぁ」

 

初対面なんだからしょうがないとは思うが、魔法のことはこっちの都合だ。それに、ルーナにとっては最初からさらけ出すのが普通のなのかもしれない。自分を見せると言うのは、正直苦手だった。

 

「じゃあ、ぱるぱるがオープンになれるようにいくつか質問をしまーす!」

「いや、仲間さがしはどうなったんだい」

 

こんな状況下なのだ。早めに合流したいし、身に危険が迫る可能性はある。ルーナは大丈夫だというし、風船を頼んでも渋ったが、空の旅の途中で質問に答えることを条件にして背中に乗せてもらった。体格的に乗っても平気だったのだ。

ふわりとルーナの身体が浮き、空に上がっていく。ちょっと怖いけれど、それよりもどこか空気が爽やかで清々しい気分になれる。

ゆっくりと高度をあげていき、ルーナは住宅街から山々のほうへ向けて進みはじめた。山奥にはなるべく近寄りたくないが、そっちに誰かがいるなら助けてやりたいとも思う。

 

「じゃあ、質問するね。ずばり!好きなタイプは……」

 

こんなくだらない質問をされ、パルへがこれをはぐらかすという空の旅が続き、しばらくは空から知らない街を眺めていた。ルーナがいるから、不安はない。このままずっと飛んでいたって、かまわないかもしれない。

 

と、思っていたのはせいぜい2時間が限界だった。この付近で一番大きな山も二番目も上空からでは木に隠れて誰も見つけられなかった。だからといって徒歩では不安が大きすぎる。ルーナと相談して別の方向へ向かうことになり、港付近のエリア、人里離れた村のエリアといろいろ回っていいき、そのうちに一日が経ってしまっていた。ルーナの質問も途中でネタ切れになったようで開始数十分で終わり、途中から寝てまでいる。

鳥もなにも見えないから撃墜されるのを気を付ける必要もないと気付き、ルーナが眠ったあとの夜の間は眠り、起きたら空で朝を迎えていた。飛行機の中でもなく、女の子の背中でだ。背負われて空中で目が覚めたことのある人は歴史上に何人いるだろう。

ルーナといると、パルへの世界はどんどん広げられていくみたいだった。

 

ルーナの頬をつっついて起こし、空の旅を再開する。と、山の中にあっさりと魔法少女らしい姿がひとりぶん見えて、ルーナにはゆっくりと降りてもらう。彼女は乗り気ではなかったが、パルへはルーナと一緒なら大丈夫だとちょっと調子に乗っていた。だから、降りた先にいる魔法少女が恐そうな人でも恐れの心はなかった。

これで相手が人の堕落や絶望を見たがる外道だったり、強者を圧倒することを悦びとする戦闘狂みたいな人物だったら、増長したパルへは一貫の終わりだったろう。

 

「あの人ちょっと怖くない?ほんとに声かけるの?」

 

確かに、今見つけた彼女は威圧感のある容姿だし、目付きも鋭く警戒心が強そうだ。

細くも長いサソリのしっぽの先には鋭利な針があり、コルセットの脇からは節足動物の脚が何対も生えている。そのコルセットや上着の袖には太陽を転がすスカラベなど壁画に描かれた虫たちのような模様があった。さらには尾の出ている尾てい骨のあたりを中心として、黄金の円盤を背負っている。派手で近寄りがたいと思うのは普通だろう。

 

それでもきっと、不安なものは不安なのだ。

パルへはルーナの手を引いて進み、ひとりでいるサソリの魔法少女に声をかけた。

 

「あ、あのっ」

「っ!誰だっ!?」

 

彼女は気を張っていたらしく、肩に触れようとしていたパルへの手を掴み、首に尻尾を絡め、戦闘態勢に入った。触れられるよりも行動が速く、訓練されている。

ルーナがパルへを握る力が強くなって、彼女の不安が伝わってくる。空気が張り詰めて沈黙が生まれて、その間ずっとパルへとサソリの魔法少女は見つめあっていた。

 

「……おっと、これは失礼しました。あなたの目は優しい目だ、申し訳ないことをした」

 

そういって、彼女は表情をやわらかくした。敵が来る可能性を考慮して行動していたから、つい出てしまったのだという。用心深いというか、戦場での油断の危険を知っているというべきみたいで、本人は物腰やわらかな人物らしかった。

 

「私は、熱砂の防人ルピィ・クリーパーと申します。あなたは?」

「パルへ、です」

「パルへさん。よろしくお願いしますね、私のことはルピィとでも」

 

たった3音のパルへに対して、16音とやたら長かった。ルピィだけでいいのか、と思っていると、彼女は照れくさそうにして説明してくれた。

 

「元の名乗りはルピィが名前でクリーパーが名字、という構成だったのですが。魔王塾で熱砂の防人という二つ名をいただきまして」

 

最初の部分はルピィ本人が考えたものではないという。確かに、自分で二つ名を考えて名乗るのはパルへだったら恥ずかしくてできないし、平然とできるのは変な人だと思う。

しかし魔王塾とは、とても強そうな名前をしているが、どんな団体なのだろうか。少なくともパルへに合う団体ではないだろうが、気になったので聞いてみる。

 

「魔王塾をお知りでないと……あぁ、まだ候補生の方でしたっけ。ええと、スポーツジムみたいなものですかね、魔法少女の」

 

それであんなに素早い動きができるのか、と納得するが、ルピィはこうも付け加えた。

 

「いえ、彼女たちはたいてい血気盛んな、例えば魔法少女同士の格闘で身体を動かしたいとか、そんな人たちが多くて。私は監査、魔法少女界のおまわりさんになろうと思って鍛えていたんですけど」

 

ルピィはただ単純に強い人、というわけではないらしい。

今は夢を叶え、魔法少女のおまわりさんの仕事をやっているそうだ。魔法少女としての仕事があるなんて初めて聞いた。ルピィは見た目通りのすごい人なのかもしれない。

 

「ところで。私のことよりも、そちらの隠れている方は?」

 

ふと言われて後ろを見ると、パルへの影にルーナが隠れて覗いていた。ルピィに言及されたとたんにそれもやめて引っ込んでしまった。

パルへに話しかけてきたときの積極性はどこへ行ってしまったのだろう。もしかして、パルへが吸収してしまったのかもしれない。



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2.

★パルへ

 

ルーナはルピィのことで怖がっていて、パルへの後ろに隠れてしまった。なら、ルピィが話しかけても逆効果だ。求められているのはたぶんパルへからの説得なのだ。出てきてもらえなかったら、せっかく出会えた仲間なのに関係がぎすぎすしてしまうし、ルーナの問題は大きい。はずだ。

 

「ルーナ。ルピィは怖い人じゃないよ」

「いや。おまわりさんに逮捕されちゃうもん!」

「あはは、逮捕は令状がないとできませんし、今はありませんよ」

「ほんとに……?」

 

ルーナはパルへよりも見た目だけは年上らしいのに子供っぽい。中身が幼い女の子なのだろうか、早く大きくなりたいという願望の表れだとかそんなふうにも思える。パルへはもう一度、今度はなるべく小さな女の子に接するように、ルーナと目線を合わせて微笑もうとした。

 

「大丈夫だよ、ルーナ」

 

表情筋を自分の意思で動かすのは得意だ。顔を注視する一般人たちのご機嫌をとるにはそうしてやるのが一番いい。

すると、ルーナの表情が明るくなった。ちょっと面白いことがあって、くすっと思わず笑ったときの感じだ。

 

「くすっ、ぱるぱるってば、私のお姉さんみたい」

 

狙ってやったのだ。そう感じ取ってもらえたなら、パルへの作戦は成功になる。

 

「うん。気を取り直して、私はバルルーナ。よろしくね、るぴたん」

「るぴ……たん、ですか」

「ルピィだけじゃちょっと味気ないし、だめ?」

「いえ、素敵なあだ名をありがとうございます」

 

ルピィの笑顔も明らかに営業向けのものだった。魔法少女だと、おまわりさんにもそういうスマイルが必要になってくるのだろうか。

 

こうしてバルルーナに続き、パルへは熱砂の防人ルピィ・クリーパーと出会い、三人パーティーとなった。ルピィの合流は心強い。彼女は一瞬見せた動きだけでも戦える魔法少女であるということがわかる。おかげで、仮にルーナを守らなくてはいけなくなったときのための安心感が増していた。

 

ルピィも加えて、3人で一緒にルーナの風船で空を飛んで、空からの眺めをぼんやりと見ていた。魔法少女の目立つ姿はざっと見ても見当たらない。そこで、ルピィがひとつ提案をしてくれた。

 

「あの、このままでも成果はなさそうですし、飽きてしまいそうですから、1度歩いてみるのもどうでしょう。魔法少女のまま通りを歩くのも貴重な体験ですし」

 

ふだんは人に姿をなるべく見せないように、と言いつけられている。だから堂々と街を歩いたり飛んだりはできないのだ。

だがそれはあくまでもふだんの話である。今は人がいない。いても魔法少女だけだ。なら、見つかってもかまわない。せっかくの機会だから街を歩いてみよう、との提案だった。

ひとりでさまよったことはあっても、今はルーナやルピィがいる。だったらきっと勝手が違う。パルへは別にどちらでもよいとしようと思ったが、ルーナがすっかりのせられていて、うきうき気分で降りていく。パルへは自分の意見を言うまでもなく決められてしまったが異論はなかった。

 

ゆっくりと高度を下げて、ふだんなら人通りも車通りも多くて賑わっていそうな通りに着いた。

誰かがいたわけでもなく、何かの商品が並んですらいない。それでも、ルーナは楽しそうに走り始めた。

 

「ほら、ぱるぱるも行こうよ!」

 

今度はパルへがルーナに手をひかれて、がらがらの街へと繰り出した。振り返るとルピィが見守っている。デートする娘と彼女を眺める母親のみたいで、パルへが見ているのに気づくと彼女は手を振って返してくれた。あとは二人だけで楽しんでください、だとか、いまのルピィのイメージだと言いそうだった。

 

「ほらほらぱるぱる!ケーキ屋さんがあるよー!」

 

ルーナが指した店舗のなかには、ショーケースだけが寂しげにたたずんでいる。ケーキ屋だけでなく、周囲にはいくつかお店はあってもすべてが打ち捨てられた寂しさだけを放っている。

 

「……ごめんね。なにもないし、つまんないよね」

 

パルへは自分がそんな考えをしていたことに驚き、ルーナにはそんなことないと繕った。

 

「私は、ルーナといるだけで楽しい」

 

それは嘘ではない。とっさに出てしまった恥ずかしい本音だと思う。

 

「ありがとね、お世辞でもそう言ってくれてうれしい」

 

無理に楽しそうにしていたのか、何もないのに疲れたのか、ルーナはちょっと弱っている。歩調が落ち着き、ただ通りを歩いて抜けるだけになった。もうルーナは楽しそうな少女を作ってはいない、ただ前に進むだけだ。

 

もうすぐ、店の多い地帯を抜けてしまいそうだった。ずっとこのきまずい、さみしい雰囲気でいるのが嫌になって、パルへは口を開いた。

 

「ねえ、ルーナ。ルーナはさ、私といてどう思ってる?」

「……どう、って」

「無理させちゃってたみたいだったからさ。本当のルーナを知りたいんだ」

 

実のところ、ルーナは明るくいようと努力していたみたいだった。なのにきゅうにパルへが何も言わなくなって、無を実感してしまって、崩れてしまった。素のルーナが出てしまったのだ。

きっと、本来の彼女は臆病者で、ひとりでルピィを見つけても話しかけられなかっただろうし、こんなに積極的に動かなかったかもしれない。

だから、パルへは彼女の心の痛みをわかってやれるようになりたかった。

 

「ごめんね、ぱるぱる……こうでもしないと、誰かと一緒にいるのがね、怖いの」

 

ルーナはそうして、『ここに来るまで』の話をはじめてくれるらしくて、パルへは安心の吐息を漏らした。彼女が自分を見せてくれるとは、大きな一歩だ。

 

「あのね。わたし、もともといっしょに魔法少女に……」

 

ルーナが話をはじめようとしたとき、遮るように遠くから大きな音がした。ガラスかなにかが割れる音だった。窓が割れたか、それともショーケースが割れたか。自然に割れるなんてあり得ないし、ルピィかほかの魔法少女がいて、なにかが起きているに違いない。

さっき立ち止まったケーキ屋のあたりから聞こえてきたのは確かで、ふたりは並んで走っていった。

 

自動ドアが半開きになっていて、隙間から店内を覗く。ちょうどその時、パルへとルーナの方へごろんと転がってくるものがあった。思わず視線を向け、そしてふたりともすぐに後悔することになる。

 

「ひぃ……っ!?」

 

ルーナが恐怖の声を出した。そう、転がってきたのは知らない者の「首」だった。可憐なはずの少女の顔立ちだったが、目を見開いているほかに表情がないのが恐怖を煽り、空間を異様な雰囲気で満たしていた。

パルへはルーナを後ろに隠すようにして店内へ入っていき、ガラス片が散らばる床を慎重に歩いて進む。いままで誰もいなかったし、血痕も見たことがなかった。ただ直接首が転がってくるということは、首の持ち主がいたということであり、また自分でここまで綺麗に首は切り取れないため犯人もいると考えられた。

 

割れたショーケースの裏側に人影を見つけ、パルへは声を張り上げた。

 

「何者だ、そこで何をしている!」

 

人影がびくんと反応し、こちらに前面を向けた。顔を向けた、という表現は使えない。なにせ、その人影には首から上がなかったのだから。

こんな相手を警戒するなというほうが無理だ。鎌をいつでも防衛に移れるよう手元に置き、ルーナを一歩下がらせる。

首なしの人影は首もないのにパルへとルーナの存在に気付いたようで、手を本来首がある位置にやると、マジシャンがハンカチから鳩を出すように少女の顔が出てきた。さっき転がってきたものではないが、魔法少女らしい整えられた顔立ちだ。

 

「いったいどうなってるんだい、その魔法は」

「首の出し入れ、みたいなものだわ。驚かせてしまったならごめんなさいな」

 

魔法少女っぽい彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。今度はちゃんと頭があるため、この表現が使える。

 

「にしても、びっくりだわ。自分のほかにも魔法少女がいたなんて」

「こっちだってびっくりだよ。首のない魔法少女が出てきたら驚くに決まってる」

「あら、案外饒舌なのね。後ろの子を庇ってるあたり、あなた男前だわ」

「嬉しいお言葉だね、敵意はある?ない?」

 

首なしだった魔法少女は吹き出して、笑顔を見せる。緊張した空気がゆるむが、パルへはまだ鎌を降ろしはしない。

 

「映画みたいなやりとりだわ!いえ、魔法少女自体すでに映画のようなものですけれど」

「敵意はない、という解釈でいいかな」

「もちろん。せっかく誰かと出会えたのに、それを無下にするなんてありえないもの」

 

パルへは自分の武器を降ろし、胸を撫で下ろした。

彼女の手元には武器らしい武器はない。服装は中世風の甲冑を連想させる暗色のドレスで、馬や剣を携えていてもいいような魔法少女だと思うのだが、攻撃してくるとしてもさっきみたいに人間の頭部を投げつけてくるのか。敵に回したくないな、と思う。好き好んで首を投げられたいと思うといえば、相当な変態だ。

 

「私たちは状況を把握したいし、何が起きてもいいように人手も欲しいんだ」

 

明確な目標こそないけれど、魔法少女がまとまって行動していれば不測の事態でも誰かの魔法が使えるかもしれない。

 

「喜んで。あなたたちの行動に首を突っ込ませていただきたいのだわ」

「あぁ。こちらからもお願いしたい」

 

彼女の答えは幸いにも好意的だった。仲間が増えたことにパルへは安堵の息をつく。

誰だって一人で、自分以外に街の住人がいない状況に放り出されたら他人が恋しくもなる。きっと彼女も同じだろう。それに、自分で言うことではないが、パルへはルーナを守ろうと立っている。これで悪い奴だとは判断されないと思う。

 

「名前と魔法を教えて欲しい」

「名乗るときは自分からが主流だわ」

「あぁすまない、私はパルへ。魔法は……『他人の痛みがわかる』だ」

 

ルーナには明かしていないし、明かしたくもなかったが、ここでこの魔法少女に信用されなかったら大きなマイナスだ。説明文だけ告げて、相手の答えを待った。

 

「私はヘッドレス・ボロウ。『どこにでも首を出す』の魔法だわ。よろしく、パルへ」

 

ボロウに握手を求められ、パルへは簡単に応じた。先程から見せている首の出現は説明文通りの魔法の使い方なんだろう。

パルへがボロウを仲間に加え、もう一人協力者がいる、とルピィのもとへ連れていこうと考えると、パルへの後ろから声がした。ルーナが自分から自己紹介をしようとしているらしい。

 

「私はバルルーナ!使えるのは、魔法の風船だよ。えっと、ヘッドレスちゃんだから、ドレちゃんで」

「間をとったのかしら、いいあだ名だわ!ありがとうバルルーナ!」

 

ボロウの爽やかな笑顔で、ルーナもちょっと心を開いたみたいだった。さっきまでよりちょっと顔を出せている。ボロウは、第一印象があれだとは思えない明るい性格をしているのだった。

 

「それで、今はこの3人だけ?」

「いや、もうひとり外で待ってるはずだよ。合流しようか」

 

ルピィのもとへ行こうと思ってケーキ屋の自動ドアを抜けようとしたとき、駆け込んでくる誰かとぶつかった。慌てて誰かを確認すると、噂をすればなんとやらというやつで、ルピィだった。ただボロウを紹介する間もなく彼女は緊急の話を始め、パルへたちを驚かせることとなる。

 

「……落ち着いて聞いてくださいね。巨大怪獣の出現です」

 

ボロウが首をかしげ、ルーナは頭上に疑問符を浮かべ、パルへは外を見た。

ルピィの言葉に嘘はない。怪獣と言うには着ぐるみを着ているような容姿でふわふわふかふかだが、その大きさは光の巨人案件だ。ゆうに30メートルはあるだろう。あの大きさで踏まれれば、魔法少女でもぺったんこになってしまう。あれも、魔法少女なのか。

巨大怪獣がこちらを見た。あれは普通の魔法少女がしていい目じゃない。あの目をしていいのは、狩りをする猛獣だ。

 

「不味いことになったかもしれないね、これは」

 

パルへの頬を冷や汗が伝った。



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3.

★パルへ

 

突如現れたのはハムスターの着ぐるみの怪獣だった。ふわふわなそれを着た女の子が街のど真ん中にそびえ立っており、ビルに対してでも倍以上の体長がある。そいつが敵意、どころか明確な殺意を宿した目を向けてくる。すぐにでもあの巨大怪獣が襲ってくるかもしれなかった。

その目を見てしまったパルへは、まわりの3人に向かって叫ぼうとして、すんでのところで抑えた。ここでパルへが取り乱したら、ルーナだってパニックになってしまう。一呼吸おいて、落ち着いて話した。

 

「みんな、まずは逃げよう」

 

あんなのに狙われればひとたまりもない。上空から見たところこの街は狭くなかったが、それでもあの体躯の者からしてみれば庭ほどの大きさにしかならないのだ。まず安全な場所、あの怪獣の目から逃れ、準備ができる場所へと逃げ込みたかった。

 

「そうだわ。あんなのの攻撃受けたら、魔法少女のひき肉どころか肉シートになってしまいますもの」

「はい、ここは逃げるにしかずの場面でしょう」

 

ボロウは頷いた。続いてルピィも賛成の意を示す。ルーナはぱるぱるの言う通りにする、と言ってくれて、方針は決まった。

 

全員でケーキの奥へと引っ込み、ルピィが素手で壁を壊し、逆側に脱出口をつくった。ルーナの手をひいて、彼女を連れて外へと走る。

 

外に出たとたんはっきりとわかった。空気が震えていて、巨体が動こうとしているのが直接見るまでもなく肌に直に伝わってくる。すでに怪獣側はこっちを追いかけるつもりでいるらしい。本当に運が悪いみたいだった。

ルーナよりもパルへが速く、そしてふたりよりもルピィとボロウは速かった。

 

巨大怪獣はたった一歩でも恐ろしいまでの距離を進んでくる。そのせいで、ルーナを連れているパルへではスピードが足りなくなる。このままでは追いつかれてしまう、とところで、気づいたルピィが遅い方に合わせて手を伸ばし、ひきあげてくれようとする。

 

「掴まってください!共倒れが理想ではないでしょう!」

 

パルへは必死に応え、手を伸ばそうとした。が、足元のなにかに躓いた。道路の側溝のふたが外れ、落とし穴のようになっていたらしい。内側の壁を蹴り、態勢を直そうとするものの、届きかけた手は離れてしまう。パルへは思わず目をつむってしまった。

 

「だめ、前を見なきゃ」

 

パルへの身体は止まっていなかった。辛うじてルピィの尻尾を掴めたルーナに引っ張られていたらしい。

 

「全力で行きますッ!」

 

釣り上げられるようにしてルーナとパルへがルピィの両脇に抱えられる。ルピィはふたりを抱えていても速度を落とさず、ボロウにも追いつこうという勢いで駆けていった。

 

山中の森へ潜り込み怪獣の目から逃れると、やっと狙いから外してくれたらしい、逃亡劇は終わった。巨体が起こす足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

これでひとまずは安心かとパルへが胸を撫で下ろし、ルピィにも小脇から降ろしてもらった。

 

「助かったのかな」

「まだです。あの怪獣をどうにかしなければ、街には戻れませんから」

 

ルピィの言う通りではある。ボロウは仲間に加わったけれど、あいつを越えなければほかの魔法少女に出会えない。といっても、無策で戦おうとすればそれこそ肉シートになってしまう。まず、この森の中までは追ってきていない。ならば落ち着いて話ができるはずだ。

 

「そういえば、ですが」

 

思い出したように、ルピィは緊張そっちのけで明るい表情に変わった。

 

「デートはどうでしたか?」

 

みんなの緊張をほぐすための言葉だったのだろうか。ルーナが大きく頷いて答えて、場の空気が軽くなった気がする。

 

「デートって、あらもしかして!パルへにバルルーナってば、中身でカップルだったり」

「そういうワケじゃないさ。ただ、ルーナのことは好きだよ」

 

茶化してくるボロウに向けて恥ずかしい台詞を口走ってしまったということは、ルーナが頬を風船みたいに真っ赤にしているのを見てやっと気づいた。パルへも頬が熱くなるのを感じる。

 

「やるわね。平然と言ってのけるなんて、並大抵の男前じゃないわよ」

 

首をつっこんでくるうえぐいぐい寄ってくる。するとルーナが間に割って入って、今度はほっぺの赤ふうせんをふくらませて自分を主張する。近すぎるボロウを引き剥がすためかなにかか。

 

「私だって、ぱるぱるのこと好きだもん。一緒にいると落ち着くんだもん」

 

ルーナがパルへのことをひとりじめするように立ったため、髪がパルへの顔にかかってくる。水色の明るい印象と同じように、爽やかでとってもいいにおいがする。さらさらだったので手ですくようにしてみると、ルーナが振り返って、首をかしげた。

パルへは笑みをこぼす。勿論意識していないうちに、だ。いままで機嫌をとったりするのに使っていた笑顔を、ルーナは本物にしてくれる。それが嬉しくって、パルへはルーナの首もとにそっと口づけをした。彼女の肌が桜色に染まり、身体もまた跳ねる。

 

「ぱ、ぱぱぱるへ!?な、なにをっ!?」

「ルーナのことが好きだって、言ったじゃないか」

 

あわてるルーナはよりいっそう可愛らしい。彼女といればパルへの世界は広がるし、なにもできなかった自分(・・・・・・・・・・・)でも変われる。もっと、一緒にいたいと思う。

 

「……うん。だから、頑張らなきゃ。ありがとうルピィ、もう大丈夫」

「え?何のことですか、っていうかもう作戦会議ですか?私は告白を待ってたんですが」

 

ルピィは何を考えていたのやら、今までのイメージとは違うちょっと抜けたことを言い出した。いや、たぶん特に何も考えていなかったのか。

彼女がルーナに声をかけ、ちゃんと話せるくらい落ち着いているのを確認してから話に移った。

 

「では。あの敵ですが、あれは殴り合いに持ち込める相手ではないのはわかるでしょう。無理です」

 

きっぱりそう言った。また、作戦は一撃必殺でいこうとも話す。

 

「私の魔法はこの尾を使って相手に毒を注ぐものです。本来の用途はちょっとした強化だとか病気の治療に使う感じですが、他人の動きを止めたりもできます。あと息の根も」

 

それをあの怪獣に届けると言う。それはつまり、あの怪獣に対してたった2メートルほどの尾の間合いまで接近しなければならないということだ。しかも相手はふわふわの衣装で、刺せて顔面だろう。あんな上空まで行くには、跳躍だけでは足りない部分もありそうだ。

 

「そこで、バルルーナさんの風船を使いたいのですが」

「ふえ、私?」

 

たしかにルーナの風船だったら一日中ふたりで飛んでいても平気だったし、自由に空中を行動もできる。だが、速度はもっていない。悠長にしていれば、ただ撃墜されるだけだ。囮があれば時間を稼げるが、ルピィと同様に風船で動くには速度が足りない役割だった。

 

「囮に使うなら、いろいろ出せるのだわ。首だけですけれども」

 

ボロウの魔法は首を出すというものだ。人の首が突然現れれば混乱してくれるかもしれないし、狙いを分散させることに成功したならルピィが突ける隙も生まれるだろう。

 

ルピィ。ルーナ。ボロウ。3人それぞれに役割があって、全員が表情に覚悟を表している。唯一、パルへだけが取り残されていた。

 

「……ぱるぱるは、さ」

 

パルへの様子に真っ先に気づいたルーナ。こう、言ってくれた。

 

「私のそばにいてほしいな。戦うとき、なんだから、ぱるぱるが隣にいたら私はもっとがんばれるかなって」

「名案ね。あなたはここに残って、バルルーナや私に指示を出す役がいいのだわ!これで行きましょう!」

 

ボロウの声で、4人の魔法少女は動き出した。

まずは怪獣の姿が見える位置から、ボロウが自らの魔法の効果を試す。目の前に首を出現させると、驚いた怪獣が手で振り払った。あの動きだと、ルピィも巻き添えを食らってしまう。別の場所を狙えないか、と思い肌を探して凝視していると、都合よく飛び出してくる流星があった。

 

ロケット噴射のように蒸気の力を使っており、怪獣に向かって飛んでいく。青いその影が撒いた白煙で周囲は隠されていき、通りすぎると同時に怪獣の首の部分の布を奪い去っていこうとする。だが、まだ力が足りないらしい。

ボロウによって怪獣の気が逸れたのを好機とみて、仕留めにいったのか。パルへたちの他にも、魔法少女がいることは確実のようだ。

青い影が火薬の音を響かせ、無理矢理にコスチュームを引きちぎった。よって、うなじ部分が露出する。だめ押しに、彼女は露出した肌へど弾丸を撃ち、ほんのすこし黒い液体を流させた。赤ではない。

 

怪獣が振り返りながら腕で薙ぎ払い、空気の波で蒸気の彼女のバランスを崩させ、住宅街へと帰らせていく。怪獣はそこを狙おうとするだけの知能をもっているようで、追い討ちをかけ踏み潰そうとしていた。

 

「ボロウ、やって!」

 

パルへが叫び、ボロウはすぐに魔法を実行して追い討ちを止めさせた。蒸気の白煙が遠ざかっていくのを見るに、逃げ延びてくれている。

あの蒸気の少女によって、ルピィが狙える目標ができた。ルーナが魔法の風船をふくらませ、ルピィに渡す。宙に浮くのはルピィにとってまだ2回目だろうが、操作はひととおり覚えたという。

心配だったが現状彼女に任せるほかの手段はない。ルピィを送り出し、ルーナとボロウのすぐ近くにいて、森の中から経過を見守るだけだ。

 

ルピィの姿が小さくなっていく。それだけ怪獣に近いのだ。緊張感が強くなり、ボロウもルーナもまっすぐ集中している。

怪獣がルピィのいる方向へ視線を向けようとした瞬間、人の首がいくつもその視界を遮り、索敵を妨害した。目標から逃れられたルピィは今のうちにと大きく前進し、振り払う腕が起こす風に煽られて後退させられてしまうのにも負けず、ひたすら前進によって破れた着ぐるみの裂け目に辿り着いた。

尾をゆっくりと伸ばし、弾痕にそっと突き刺す。森の中からでは小さくにしか見えないが、その瞬間に怪獣が大きく動き出したことでルピィが毒を注入したのだとわかった。

 

しかし、毒は効いてはくれていなかった。振り払われるのが早すぎたか、怪獣の動きは変わらずの速さで魔法の風船ごとルピィを空から叩き落としてしまった。風船が割れたため、重力に負けてルピィはすさまじい勢いで地面に衝突する。

 

作戦が失敗した、ということがすぐには頭に入ってこなかった。ルーナが叩き落とされた彼女の名を呼んだのを聞き、あだ名を忘れるほどの衝撃があったのだと認識するのに数秒間かかった。ボロウは何も言わない、パルへだって立ち尽くしているしかない数秒間だった。

現実に理解が追い付いて、鮮明になると同時に声を張り上げる。

 

「ボロウ、ルピィの回収を!一番速いのは私でもルーナでもない!」

「りょ、了解だわ!」

「すぐに戻ってきてくれ、だけど無理はしないように。死んじゃダメだからね」

 

無茶ぶりかもしれないが、ふたりとも生きて帰ってきてほしいという思いから出た言葉だった。

パルへだって、今すぐにでもルピィの生存を確認しに行きたかった。だがパルへにはルーナを置いていくことはできないし、誰かが共に行けばボロウの足を引っ張ってしまう。そのせいでルピィが助からなかったらだなんて、考えたくもない。

 

「ぱるぱる、これからどうすればいいの」

 

ルーナはルーナで不安を抑えきれなくなっている。パルへに安心を求めて、くっついてくる。ボロウが帰ってくるまでは待つしかできない。祈るしかできない。

心音は速いまま、どくどくと脈打つのだけが聞こえる中をじっと待った。

 

 

「楽しそうですね」

 

ふと、声が聞こえた。

 

ボロウが帰ってきたかもと思って振り返り、その目には違うモノが映る。本能的な恐怖である。

いまこの視界にあるあの花、バラの花は、パルへが二度と見たくないモノのひとつだった。

 

「私も混ぜていただけませんか?」

 

「森の音楽家、クラムベリー……ッ!」



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4.

★パルへ

 

ルピィが撃墜され、ボロウを向かわせた。ルーナとふたり、無事を祈ってただ待っていた。次に見るのは、ルピィの平気そうな姿か、ボロウの軽い表情だと思っていた。

 

現実は違った。そこへ現れたのは、そのどちらでもない。しかし、パルへはその魔法少女を知っているし、ルーナだって反応を見せた。

 

「私も混ぜていただけませんか?」

 

「森の音楽家、クラムベリー……ッ!」

 

身体には蕀を纏い、大輪の薔薇を咲かせ、長い耳と整いすぎた容姿がファンタジーのエルフを思わせる。その清廉なイメージからはかけ離れた血なまぐささが感じ取れたパルへとルーナには蕀も薔薇も長い耳も凶兆でしかない。

森の音楽家クラムベリー。パルへを魔法少女として選んだ者であり、忌々しい名であった。

 

「覚えていてくれたのですね、光栄です」

「嫌でも覚えるさ、特にお前みたいな外道のことは」

 

ルーナにはまた後ろに隠れてもらったが、パルへ程度では壁になれない。クラムベリーがその気になれば一瞬で弾け飛ばされてしまう。それは避けるべき未来だ。

好きな人のために死ぬなら、それはそれで理想的だろう。が、ここでパルへが間に入れなくなれば、ルーナがなすすべもなく殺される。

クラムベリーが戦闘を仕掛けようとしてくるのを先伸ばしにし、ルピィを待つこと。今のパルへに求められる立ち回りがそれだ。

 

パルへが一歩後退し、クラムベリーが一歩前進した。

 

「せっかくの機会ですし、もっと歯応えのある相手がいると思っていたのですが。残念ながら、貴方がたのような魔法少女も混じっているらしい」

 

どういう意味かはわからない。ただ、パルへもルーナもクラムベリーのお眼鏡にはかなっていないんだろう。下手に刺激すればすぐに殺される。あの時のような光景は、もう見たくない。

 

「何をしに来たんだい?お前なら私たちが戦えない魔法少女であることくらい知っているはずだよ」

「いえ。あの巨大魔法少女、チェルナー・マウスについてです」

 

巨大怪獣としてきたが、あれは魔法少女で、チェルナー・マウスというらしい。先程ルピィが撃墜されるのを見ていたことだろうに、なぜわざわざパルへたちにチェルナーのことでやって来るのだろう。

 

「あれを消す方法を知っています。ただ倒そうとしても、ああなった獣は御しがたいものです」

「……その方法は?」

 

クラムベリーの口元に当てられた指先の赤いネイルが鈍く光る。彼女の言う方法に対して思い浮かぶイメージはすべて最悪の可能性だ。誰かが犠牲になれば自分が生きられる、と囁く自分の中の何かを押し込めて、いまだけはクラムベリーの言葉を聞こうとする。

 

「貴方のご想像のとおりですよ。そこにいる彼女が死ねばそれで済むのですから」

 

クラムベリーがルーナを指した。ルーナが犠牲になれば、チェルナーを消せると言いたいらしい。

 

「ふざけるな」

 

ルーナを殺せ、見殺しにしろ、と言われているような言葉に、パルへは後先を考える前に反抗する。クラムベリーの戯言に付き合っているのは時間稼ぎのためだ。こんなことを言い出してパルへを煽ろうとしているのはわかるけれど、今はそれに乗るしかない。鎌を拾いクラムベリーに突きつけ、ひと欠片の脅しにもならない敵意を露にした。

 

「では、試してみましょうか」

 

鎌を突きつけていた先にいるはずのクラムベリーが一瞬にして視界から消えて、背中側で魔法少女どうしが激突する音が聞こえた。急いで振り向くと、ルーナは変わらず怪我もなく、パルへにくっついて怖がっている。ルーナを守っていたのは、血を流しながらも頼もしく見える魔法少女だった。

 

「ルピィ!怪我は!?」

「間に合ったのだわ!とにかくこっちへ!」

 

ボロウは引っ張られて、抱き合うふたりは組み合うふたりから引き離された。クラムベリーとルピィは目線を逸らすこともなく、そこがすでにひとつの戦場となっている。

 

「久しぶり、森の音楽家。魔王塾以来ね」

「同輩でしたか、しかし今の目的は貴方ではない」

「つれないものですね、せっかくだから1回くらいやらせてほしいものなのに!」

 

ルピィもクラムベリーも目が同じ色で、眼光が交差している。戦うことを何らかの形で楽しむ目だ。ここは、ルピィがクラムベリーと命を賭けてじゃれあっているうちに逃げてしまうしかない。

ボロウがパルへを、パルへがルーナを抱えて、森の中をひたすらに走った。木々の間を駆け、奥へ奥へと進んで行く。

 

途中で轟音が響き空気が震えたかと思った瞬間、ボロウが頭部を撃ち抜かれ破裂して倒れた。まだ動けるらしいが、投げ出されたパルへは倒れたボロウを待っている暇はない。クラムベリーの魔の手が迫っている。そう理解したパルへはルーナを背負ってまた駆け出した。速度は失われても、止まるより足掻くべきだ。

ルピィを振り切って追ってきたのだろうか。幸い被弾した箇所が頭部だったボロウは平気かもしれないが、頭部を撃たれればパルへもルーナも平気じゃない。ルーナはルピィやボロウのことを心配していて最後まで後ろを向いていたけれど、いま狙われているのはルーナ自身なのだ。

 

最も危険な身であるのに他人の心配をしているのは優しすぎるのかただ実感がないだけなのか、走るなかで考えた。ルーナだったら、きっと後者だ。彼女は、きっと普通の女の子だ。だからこそパルへは彼女を守りたい。

 

「ぱるぱる。私さ、思ったんだ」

「喋ったら舌、噛むよ」

「私だけがいなくなれば、みんながまた楽しくいられるんなら。私はそこにいなくてもいいのかもって」

「ルーナ。もう二度とそんなことは言わないで」

 

パルへは悲しくなった。パルへがルーナをこんなに好きで、死なせたくないと思っているからこんなことをしているのに、ルーナには伝わっていない。

だったら、パルへはどうして走っているんだろう。ルーナのためにすることがルーナのためにならない。だったら、意味なんてないんじゃないのか。

 

足が止まった。

 

「おや。もうリタイアですか?では、折角ですし獣の消える瞬間もご覧いただきましょうか」

 

パルへの首元にはクラムベリーの腕が添えられていた。隙を見る、なんてことができるとは思わない。ルーナを逃がそうとすれば、パルへごとまとめてやってしまうんだろう。クラムベリーに従って、来た道を戻る。ボロウの姿もルピィの姿もなくなっていて、ただ血の痕だけがいくつも残されていた。

 

誰も何も言わないまま、怖くてなんにも言えないまま、チェルナーのことが見える位置まで移動させられ、やっとパルへが離された。かわりにルーナが奪い取られ、引き離されてしまう。

 

「……クラムベリー。ひとつ聞いて」

「何でしょう」

「言い残したことがあるの。いい?」

「かまいませんよ」

 

ルーナは震える身体でめいっぱいの息を吸って、パルへに目を合わせてくる。こっちが見ていたくなくても、彼女に吸い込まれてしまって視線を動かせなかった。

 

「えっと、パルへ、でいいよね。短い間だったし、話せなかったこともあるけど。その、ありがとう。大好きだよ」

 

最期に笑顔を見せ、そして笑顔はクラムベリーによって壊された。たった1度の踵落としで、魔法少女でも潰れてしまうことがあるんだな、と思った。

 

ルーナがルーナではなく彼女だった死体となり、そしてただのヒトの姿になっていく。ひどく遠くで、そしてゆっくり起きているように感じられて、パルへは泣きも叫びもできなかった。

 

視界の端ではチェルナーの巨大な身体を形成していたモノが崩れて、黒い液体となってはすべて蒸発してゆく。やがて、怪獣は跡形もなく消えてしまって、残した被害だけがその存在を覚えている。

クラムベリーの言っていたことは本当だった。あの怪獣は消え、代償として死んだ者がいる。クラムベリーの足元で、女子大生くらいだろうか、頭が潰されてしまっていて肉と脳の色くらいしか情報のないルーナだったモノが落ちている。

 

「チェルナー・マウスはバルルーナの死因でした。あれはバルルーナを殺すという役割しか持っていない。ゆえに、対象が消えれば死因もまた消えるのでしょう」

 

クラムベリーはパルへに向けて言ったのか、そうとだけ呟き、ルーナには一瞥もくれずに去っていった。

 

パルへが友人の死を目の当たりにするのはこれで何度目だったか。自らの抱いた好意を踏みにじられ、パルへは胃液だけの吐瀉物を地面に向かってぶちまけた。



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5.

☆熱砂の防人ルピィ・クリーパー

 

傷ついたルピィとボロウは合流し、ともにパルへとルーナとクラムベリーの行方を探した。クラムベリーに食らった音波のダメージはあるし、巨大魔法少女に叩きつけられた痛みも少しは残っている。が、それよりもふたりの命が優先だった。ボロウは首回りに血や脳の跡をべったりとつけているが、頭部はなぜか無事だ。新しいのに変えたのだろう。

よって、ルピィもボロウもまだ生きている。パルへたちを探して森の奥へと進み、成果は得られず、1度ルピィは対巨大魔法少女戦の出発地点に戻った。

 

そこにいたのはパルへと、もうひとり知らない少女だった。個人は特定できない。頭が原型を留めていないからだ。パルへがその遺体に寄り添っているところを見るに、きっとあれはバルルーナだった。彼女は殺されている。誰に、は明確だ。クラムベリーしかいない。

同時に街ではそこにいたはずの巨大魔法少女も消えていた。これで、ルピィには何も成し遂げられていない事実が突き付けられる。

 

ルピィはクラムベリーと交戦した。魔法少女どうしの異常な速度で送られる戦闘だった。あの短時間で肉弾戦だけでなく、音波による範囲攻撃で吹き飛ばすという方法をとらせただけ、きっとルピィはやったほうだ。

ただ、その隙を突かれ戦いを投げ出されてしまっては何の意味もないし、今回はパルへたちを守るための戦闘だったはずだ。食い止めてやると意気込んでいたくせに、相手の狙いはルピィではなくバルルーナだということを忘れてしまっていた。

 

だったら。この状況は、ルピィのせいではないだろうか。

 

クラムベリーは悪名高い。ルピィが魔王パムのもとで鍛え、監査部門を目指していた頃、クラムベリーは期待の新星とされていた。にも関わらず、人事部門へと進んだ彼女が行っていたのは例の所業だ。人を殺すため、才能を摘み取るため、地獄を作り上げるためだけに試験を開き、そして自らの手で無辜の少女たち――中には動物や少年もいただろう――を虐殺した。

 

到底許されるようなことではないのは全員が知っている。クラムベリーは大罪人だと。魔法少女を取り締まる監査部門の職員を目指していたルピィだってそう思った。同じ塾生だった身として恥ずかしいという気持ちをあった。

けれど、一番強かったのは、悔しいという気持ちだった。

クラムベリーほどの大物がなにかをやらかせば、きっと大捕物になる。それを相手取って、正義のお巡りさんとして戦いたい。そんな欲望があったのだ。ずっと、あいつが悪人だったら、将来戦えるだなんて思っていた。それなのにクラムベリーは勝手に死んでしまった。正しく善と悪の立場でルピィと決戦を演じる前の、突然の退場だった。

 

やがてルピィは監査部門に所属したが、そこまでの出番はめったになかった。出ていってもルピィが一瞬で制圧してしまうような相手だ。塾に残っていたほうが、戦いを楽しむことはできたかもしれない。聞くのはスノーホワイトの話ばかりだった。彼女によって捕らえられた炎の湖フレイム・フレイミィ。彼女の相手もきっと楽しかったのだろう。

時が経つうちにそういった思いは消え、ただ作業のように制圧し、鍛練をするだけの日々だ。強大な悪に立ち向かう憧れなんて、とうに忘れたはずだった。

 

少しでも残っていたその気持ちが、クラムベリーへ向かって煮詰められた恋心が、ルピィの思考を目先の彼女のほかには向かなくしてしまった。そのせいで、人死にが出てしまった。取り返しをつけることはできないし、ルピィには毒の除去まではできても心の傷には成す術がない。

今のパルへにだったら、襲われ、引き裂かれたって文句は言えない。あれだけ仲のよかった相手が死んだ、という事実を突き付けられ、簡単に受け入れられる者は魔法少女の中でも特に血も涙も残っていない奴だ。

 

――そして、クラムベリーはその『血も涙も残っていない奴』だった。

 

「……私のせいです。私がクラムベリーを取り逃したせいです」

 

ルピィがのしかかる重みに耐えかねてこぼしたが、誰も何も言わなかった。

 

「私があのとき、クラムベリーを止められていたなら」

「後からなら何だって言えるのだわ。私にだっていくらでも言えるし、パルへだって」

 

ただ死した少女の隣に座っている彼女を見た。ルピィ程度の後悔で、彼女の傷を代わってあげられない。ルピィが責任をとったところで、パルへは2度とバルルーナには会えない。彼女の横顔にはそれだけのものが見えた。

沈黙が周囲を満たし、流れるのは時とそよ風だけだ。風が流れるたび、魔法少女たちの髪が悲しく揺れる。

 

「これからどうするのかしら。ずっとこうしてたって、クラムベリーがいる、だなんて最悪の状況は変わらないのだわ」

 

ボロウの言葉にルピィは答えない。答えるべきは、きっとパルへだ。状況はボロウの言う通り最悪で、ただ他にやることにヒントがないわけではない。が、ルピィが言えることではなく、彼女が決めることなのだ。ルピィとボロウに視線を注がれてパルへは周囲を見回してから小さく声に出した。

 

「……ルーナのお葬式がしたい。このままだったら、かわいそうだから。せめて、見送ってあげたい」

 

彼女は血が自らの手に触れるのも構わず、乾きかけの肉塊を撫で、さらには壊された首筋にもういちどだけ口づけをした。もう、肌は桜の色には染まらない。代わりにパルへの唇が赤く染められるだけだ。お別れの覚悟は、決まったようだった。

 

「そうと決まれば、と言っても。焼き場の場所なんてわからないわね。ルピィ、都合よく火起こせる?」

「いえ、火葬に使えるような炎は無理ですね」

「じゃあ土葬になるよ。パルへはそれでいい?」

 

問われたパルへは黙って頷き、自分の鎌を持ち出した。

 

「準備は私にやらせてほしい。ルーナが眠る場所なんだ」

「えぇ、行きましょ。私も手伝うのだわ」

 

パルへはバルルーナだった少女を抱き上げ、ボロウとともに彼女を見送る場所を探しに行った。ルピィはそれに着いていく。万が一、というのもある。敵意は空気を読んではくれない。2度もこんな後悔は経験したくなかった。

 

埋葬の場所を定めてからパルへは、鎌で地面を傷つけつづけた。自分への憎悪、抑えきっていたはずの感情をぶつけるように抉り、女子大生がひとり入るほどの大きさの穴を作るのには1時間程度ですんだ。ボロウは土を運びだし、落ち葉や花びらを集めて故人を見送る準備をしていた。

ルピィが呆然と事が進むのを見ていると、やがてバルルーナはそっと抱えられて、花びらのベッドの上に寝かされた。バルルーナの手を組ませるパルへの頬に、はじめて涙が伝っているのを見た。

 

森の木々に遮られて光の少ない空間は、魔法少女たちの行く末を示しているようだ。土が戻されて、埋められていくバルルーナは何にも照らされず、暗い地中に消えていく。それは彼女が愛され、守られていたときの空色の髪とはかけ離れた、闇の色だった。

 

「……クラムベリーが言っていたんだ。ルーナが死ねば、あの巨大な魔法少女を戦わずしても消せるんだ、って」

「バルルーナさんは、何と?」

「自分がいなくなってみんなが楽しくいられるなら、自分はいなくなってもいいって」

 

パルへの歯がぎり、と鳴って、握り拳は血が滲みそうなほど強く握られ、涙が頬を伝って滴り落ちる。やっと、感情が追い付いたんだろう。

バルルーナは自分のことよりも、パルへたちのことを考えていたのだという。バルルーナが生きていたらパルへはもっとずうっと幸せだったことも知らないで、自分の身をなげうったという。

 

ふと、魔王のことを思い出した。彼女は桁が違い目標に値しないうえ、悪になりえない人物だと知っていたからクラムベリーのような感慨は抱かなかったが、代わりに彼女の死ななければならなかった訳を求めた。魔王は強かった、誰よりもだ。だからこそ優しかったのだろう。

けれど、バルルーナは強くなかった。なのに、最期まで誰かのことを想って死んだ。

 

ルピィにはわからなかった。命のやり取りは時に理不尽だということは知ってはいたのに、そこで人が何を思うかまでは知らない。ただ、強い悪に立ち向かう自分を夢見てしかいなかった。

パルへに寄り添うことはできない。バルルーナ代わりになることもできない。だったら、ルピィに出来るのは……彼女を生き延びさせること、だろうか。



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幕間

☆C/M境界

 

偶然出会った少女、フォーロスト・シーと遊んで時間を潰し、すでに数時間が経っていた。何をしていたかはぼんやりしているが、まぁまぁ楽しかったのだろう。時間を無駄にしたという認識はない。もしかすると、どこかの地点から夢の中にいるのかもしれない。そんなふうに思うくらいほんわかした気分に浸っていた。

 

ちょっと前、地震があったのは覚えている。原因はわからない。どうせ自然現象だ。

一緒に遊んでいたフォーロストはどうやらちょっと気になるらしく、そわそわしていた。C/M境界が抱き寄せて撫でてやって落ち着いたけれど、何か嫌な予感があったのかもしれない。ただ、そのちょっと前、の時点から今の今まで直接なにかあったわけではなかった。フォーロストもC/M境界も無事そのものだ。だから、フォーロストとの楽しい時間を優先した。

 

次になにをしようか、と互いに案を捻りだそうとしていると、森のさらに奥から声がした。うめくような、かわいらしい声だ。聞き覚えはある。フォーロストの言っていたお姉ちゃんの声だろう。

 

「そろそろ起きたかな」

 

C/M境界のひざの上から立ち上がり、ぱたぱたと走っていく。それにつられてC/M境界もまた立ち上がった。お姉ちゃんの正体がやっとわかる。本当にC/M境界の予想通りであったなら、と考えるだけで胸がうれしさでいっぱいになる。

幾重にも張り巡らされている木々のカーテンをくぐり、またくぐり、もっと奥へと行き、いつの間にか周囲の景色が木々の緑から黄色っぽいものに変わっていた。ほんわかした気分にさせられる、ここはきっとこの世界からちょっと遠い場所なんだろう。

 

たどり着いた先はいつの間にか黄色から白に変わっていた地面があって、ふわふわの雲でできているみたいだ。興味津々でちょっとちぎって口に入れてみると、ほんのりと甘い。ほんとうにわたあめみたいだ。

中央には同じ材質でできた天蓋があって、その下にはソファーとクッション。それ以外は雲が広がっているだけで、ソファーに女の子がひとり寝ているあたり、ここが彼女の拠点なのだろう。

 

女の子はC/M境界にそっくりの容姿だった。いや、彼女がC/M境界に似ているのではなく、C/M境界が彼女を目指したのだ。

クリーム色の身長より長い髪。先は淡い紫に変わっている。服装はパジャマだけで、下半身にスカートなどは着ていない。なまめかしく脚が露出している。おおきな枕を抱えて、幸せそうに眠っている。

こうして直接見るのははじめてだったが、間違いない。この魔法少女は三条合歓(ねむりん)だ。そう簡単に忘れるわけがない。目頭が熱くなり、涙が出そうになった。こんな姿、フォーロストには見せられない。ぐっとこらえて、じっとねむりんのことを見ていた。

 

「んー、お姉ちゃんやっぱりまだ寝てるかぁ」

 

フォーロストは残念そうだった。さっきのうめき声で起きてくれたと思っていたのだろうが、どう見てもまだまだぐっすりだ。寝顔は確かに可愛らしくて癒されるが、これではいくら話したいことがあっても話せない。

やむなく、C/M境界は最終手段に出ることにした。合歓相手にこれをするのは少なくとも6年ぶりだ。彼女の眉間に照準を合わせ、自らの指先を砲台とし、一気に解き放つ。走る衝撃は合歓でも飛び起きるのが煙の最終手段だった。

 

いわゆるでこぴんがねむりんの眉間に突き刺さり、ふぇ、などと気の抜ける悲鳴があがり、ねむりんはぼんやりと瞼をあげる。これだけでもかなり大きな戦果だ。合歓を起こすというのは、まず良心による分厚すぎる壁が立ちはだかる。幸せそうな睡眠を邪魔していいのか、という罪悪感があるのだ。心を鬼にしなければならない。

煙はまだその感覚に慣れないまま合歓と別れたから、いまもちょっと悪いことをしてしまった気がする。半開きな目をこするねむりんを前に、なにか言われたら素直に謝れるだけの心構えはしておく。

 

次に飛び出してきたのはこんな言葉だった。本来その発言は当然だが、自分の姿がいまは三条煙のものではないと忘れているC/M境界本人からしてみれば意外なものだ。

 

「あれ……ねむりんがもうひとり?」

 

こう言われてフォーロストがふたりのねぇの顔を交互に見て、感嘆の声を漏らした。本当に似ているらしい。

 

「でも目付きが悪いよお姉さん。お姉ちゃんが光のお姉ちゃんで、お姉さんが闇のお姉さん?あれれ?」

 

さんだかちゃんだか混乱していた。聞いているこっちも混乱しそうになる。ふと、自分の姿がいまは彼女に近づけたものであることを思い出して、C/M境界は思わず吹き出した。ずっと会いたかったはずの姉本人に自分がもうひとりだとか言われたら、それはもう笑い話だ。

 

「ふふっ、夢の中じゃないんだから。私は闇のねむ姉じゃないよ」

「んー、じゃあどちらさま?」

「煙だよ。私、けむりんだよ」

 

姉は驚きからか眠気でぼんやりしていた目をいつもよりちょっと大きめに開き、C/M境界のことを見た。それから、嬉しそうに笑った。

 

「けむりんもおおきくなったねえ。まるでわたしみたい」

 

大きくなった、成長した、とはたぶん違う。むしろ、合歓と別れる前の煙よりも縮んでいる。魔法少女になって、煙の理想はねむりんだった。だから、背丈は小さくできている。

それでも、そうやって言われたことがうれしかった。煙は甘やかされるのを拒否し続けていて、合歓の他にはそう言われたくなかったし。何よりも、今までやってきた煙とC/M境界のすべてが認められたみたいで、心が晴れるようだった。

 

「うん、ねむ姉。私も魔法少女になったんだよ、私も!」

 

そうだ。三条煙がここに至るまでのことを姉に話したら、どんな顔をしてくれるだろうか。それをずうっと楽しみにしていた、気がする。自分にとっての娯楽とは、すなわち合歓なのだ。ねむりんの手をとって、意気揚々と話そうとしたとき、その手はより小さな手に奪われた。

 

「お姉さん。熱くなっちゃだめだよ、お姉ちゃんにはわたしと遊ぶっていう先約があるの」

「えぇー……」

 

フォーロストはC/M境界がいきなりねむりんに夢中になったせいか、ちょっと不機嫌みたいだった。自分でもはしゃぎすぎたと反省するが、名残惜しさは強い。今すぐにでも話したいことはたくさんある。話し出せば止まらない自信もある。

ただ、せっかく数年ぶりの再会だというのに子供っぽいと思われるのも嫌だった。ここは素直に年下に譲り、見守っているべきだろう。煙はこれでも成人している。

 

「よぉし、これでわたしもお姉ちゃんと……あれ、何がしたいんだっけ」

「いっしょにおひるねとか?」

「お姉ちゃんまだ寝るの?猫?」

 

フォーロスト自身もどうやって遊びたかったの忘れた、という。ねむりんはまだ寝足りなさそうだが、このままだとほんとに猫のような17時間睡眠になる。それじゃあ、のこりの7時間でしか彼女の意識といっしょにいられない。会えなかったぶんを取り戻せない。

 

「じゃあ、私が先でいい?」

「うん。お姉さんとお姉ちゃんが並んでるの、わたしは見比べる遊びをしてるね」

 

フォーロストはそういって離れていった。彼女の言うところの、ふたりの姉がほんとうに姉妹であるということは理解しているのだろうか。いや、していないだろう。

気遣いであるというより、純粋な好奇心だ。じっと顔を見てくるフォーロストは目をこらして集中しており、彼女を悪くは言えなかった。

 

「ではけむりん!このねむりんがあなたの話をどーんと聞いてあげましょう!」

 

ちっちゃな胸を張ってみせるねむりん。C/M境界はくすっと笑って、彼女に甘えることにした。ソファーの隣に座らせてもらって、ねむりんと寄り添って話す。視界の端ではフォーロストが双方の顔の見える位置へと移動を試みていた。ほほえましさに頬がゆるみ、喜んで話そうという気になった。

 

どこから話そうか。魔法少女の友人ができたこと。魔法少女として試験に臨んだこと、魔法少女になったときのこと。どれだってキラキラした冒険譚だ。あの子のことでもいい。C/M境界は親交を深めたはずだ。でも、何も出てこない。何を話そうとしても、過去のことが曖昧模糊としてしか浮かばない。

 

「どうかしたの?」

 

ねむりんの心配にはなんでもない、と取り繕ったけれど、これがなんでもないわけがない。C/M境界は重大なことを忘れている。例えば、自分が犯した大罪、だとかのことを。

 

 



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第3章 女王機関
1.


★タトル・クイーンズ・レオ

 

タトルたちは突如襲撃してきたビームを乱射する難敵、マジカルデイジーと言ったらしいが、その魔法少女をなんとか倒した。倒したのはタトルではないが、これは部下が挙げた大きな功績だった。

しかし、相手方は一人倒した程度では止まってくれないようだった。

 

幸いデイジーに与えられた被害は大きくなく、拠点にする予定だった家を捨てざるを得ない状態にされた程度だった。家はいくらでもある。今度こそゆっくりと休める。そのはずだったのだが。第二の刺客である巨大魔法少女が出現してしまった。

 

タトルたちのことなど眼中にないというように、実際こちらのことなど目に入っていない状態で暴れる巨大魔法少女。その対処は大変どころか、すぐにほとんど策が尽きてしまう事態になった。傷ついたアイサを休ませたいと決めていたはずが、彼女は想像以上のやる気を見せ、そして撃墜された。迎えにいこうと飛び出していったが、追い討ちをかけようとする巨大魔法少女の注意を逸らしてくれた誰かのおかげで、自分だけで帰ってこられたという。

 

これは、明らかな女王のミスだった。

タトル・クイーンズ・レオは上に立つ者である。女王として生まれ、そのようにして育てられた。上に立つ者には、それ相応の責任があるのだ。

王族とは国家そのものであり、その一部として組み込まれるための歯車だ。故に、アイサでもスコヴィルでも、その失敗はタトルの失敗である。

決して謝罪だけで足りることではなく、タトルはどうしたらいいか頭を抱えることになった。

 

アイサの傷はそれほど重大ではなかったらしい。蒸気の噴出によって勢いを弱め、浅い傷で済むように尽力していたという。それでも、激しい動きは禁物だ。デイジーとの戦いで受けた傷も残っていて、アイサがどう言ったって無理をさせるわけにはいかなかった。

部下を無駄死にさせるほど無能な上司はいない。無茶な指示を下し、想定外を潰しておかなかった者の責任だ。

結果、ふたたび思考は償いへと帰結した。

 

巨大魔法少女の被害を免れた人家を避難地点に定め、そこのベッドにアイサを寝かせた。家の中にあったタオルを使って流していた血を拭い、なんとか通っていた水道でぬるま湯を汲んできて用意した。また、彼女にゆっくり休んでもらえるよう、周りから布団を選びかけてやった。

包帯は見当たらなかったので、タトル自身の魔法を使う。直接変身する魔法には及ばないものの、周囲の環境やタトルの意思に沿ったふうに、この身体とコスチュームは変化してくれる。袖がいくつかの細長い形に分かれたのをちぎり、アイサの身体に巻いたのだった。

他人の介抱とは、これでいいのだろうか。汗を拭き、隣に腰かける。

 

オルタナティヴたちはいま、別室で今後の方針について話し合っているのだろう。

残念ながら、タトルはいまこの状況に最も疎かった。オルタナティヴもツインウォーズも何かを知っている。スコヴィルはそのオルタナティヴと仲がよく、アイサもまたデイジーとの戦いで記憶を取り戻したという。タトルにはどれもなかった。

音楽家、というワードには言い知れぬ恐怖を感じるが、ただそれだけだ。アイサもオルタナティヴも正体を知っている様子で、その程度では置いてきぼりになってしまう。上に立つ者としてその状況はまずかった。

そのため、一度それらの決定はすべて任せてしまい、いまはタトル自身にできることをしようと思っているのだ。

 

と、いうわけで、タトルはアイサの隣で気を張っていた。容態は安定しているし、魔法少女は回復力が強いといっても、いつ何が起きたっておかしくないのだ。自分のプライドにかけて、ずっと警戒している。

 

「女王タトルよ。そんなに無理をしなくたって、このくらいの傷では突然死なないと思う。あの魔法少女たちには毒の魔法はないんだから」

「アイサ。ケガ人はおとなしく寝ていてくださいな」

 

アイサは目を丸くして、ベッドの中でその無表情な顔を綻ばせた。ように見えただけで、目を細めたのみだが、タトルはアイサなりの笑みだと受け取った。

 

「ありがとう。そこまで心配してくれる人がいるだなんて、今のわたしは幸せ者だな」

 

タトルは自分の頬が熱くなり、蒸気があがるように感じた。本当はアイサが蒸気をやりとりするべきなのに、自分が立ち上らせてどうする、と自分の頬をたたく。アイサの心配をしている、わけじゃなくもない。いや、アイサの身は心配しているが、それは部下を失った女王は女王ではなくなってしまうからのはずだ。素直に礼を言われたらちょっと恥ずかしいのは、どうしてだろう。

タトルは照れ隠しに用意しておいて濡れタオルで自分の顔を拭いた。

 

「わたしは黙って休んでいるから、皆のところへ戻ってくれないか。ずっとケガ人についているのも不安だろう」

 

わざわざ隙を作って脱走までする用事はないとするアイサ。彼女の気遣いに感謝し、お言葉に甘えて、タトルは部屋を出た。じっとしているのが性に合わないのは事実だ。自らもアクティブでいなければ、女王としての責務は果たせないのだ。

三人が話し合うなかに赴き、事情を聞くべく三人のうちツインとスコヴィルの間に入っていった。

 

「あ、タトル。アイサは大丈夫なの?」

「えぇ、安静にすれば大丈夫です。ただし、先程のような無茶はさせられません。ときにオルタナティヴさん、今後の方は?」

「ええっと、あの大きな魔法少女にアイサちゃんが落とされてから、かわりに攻撃してた子がいたでしょ。その子が、まず間違いなく私とツインの知り合いなの」

 

彼女もまた撃墜されてしまったが、その地点まで行けば合流できるかもしれない、という。アイサと同じくあの魔法少女に撃墜されてもなお、オルタナティヴもツインも口を揃えて生きていると断言できる人材だ。本当に生きていて合流できたなら、アイサとともに休養してもらって、治れば大きな戦力となるだろう。

仲間は多くたっていい。まとめられずして何が女王か。タトルは即決で賛同し、出立は早いほうがいい、と付け加えた。

 

「わたくしと、ツインウォーズさんとで行きましょう。オルタナティヴさんとスコヴィルにはアイサのことを頼みますわ」

 

誰を同行させても腕が立つとはわかっているつもりだ。ツインを選んだのは、オルタナティヴはデイジー戦をすでに戦っていたからだ。また、スコヴィルは迎えに行く相手と顔見知りではない。

つまり、いまだ実力を見せてはいないものの、オルタナティヴやスコヴィルのような少女性ではなくて紳士というべき立ち振舞いをとれるツインがいいだろう。

 

当の本人は一言、出番じゃな、とだけ言って、タトルの横に並んだ。玄関へ、頭ふたつぶんほどの差があるふたりで歩いてゆく。

ツインの靴は可愛らしさを前面に押し出した花のスニーカーだった。タトルのブーツよりずっと小さくて、並べると母子か姉妹のバランスだ。女王とそんな関係であれば、プリンセスと呼ぶべきだろう。

そんなふうに思っているとツインが首をかしげ、袖をひっぱってきた。女王がこんなところではいけない。

 

「どうしたのじゃ?」

「なんでもありません、なくてよっ」

 

つかつかと早足で歩いていく。外に出ると、四季を織り混ぜた過ごしやすい平均の気温だが、さっきまで屋内にいたよりも当たり前だが風を感じる。袖がなくなっているのも手伝っているのだろう。

 

あとからツインがついてきて、タトルを追い越していく。あの魔法少女が落ちていったところへ案内してくれているらしい。街並みは大いに壊されておりさまざまな建物が足跡の化石となっていた。自らの領土でこそないが、タトルは見ていて腹が立つ。自分のいる場所が荒れ地で喜べるのは、ミーアキャットかサソリくらいのものだ。

それに、あの巨大魔法少女によってアイサが傷つくのを見ているしかなかった自分にも腹が立つ。部下の危機にこそ上司が助けるべきだというのに、ああしているのは屈辱だった。デイジーのときもそうだ。今回は堪忍袋の緒が切れたと言っていい。

 

ツインに案内されてやってきた場所は大きく凹んでいた。血痕はすこしだけある。すこしだけで済んでいるのなら息絶えてはいないはずだ。逃げおおせているのだろう。ツインが友人の生存がわかった安堵と、また一から探さなければならないことへの心配が重なったため息をついた。

血痕はどこにも続いておらず、追うには手がかりが足りないと見える。これは素直にアイサたちのもとへと戻り、他の手がかりを探しに出たい。

 

「……ふッ!」

 

突然、ツインがタトルの背後に飛び出したかと思うと、腰に携えていた二振りの剣をほぼ同時に抜き、何かを叩き落とした。何が起きているのかと一拍遅れて振り返ると、金属で先の尖った銛が落ちている。

いったいどうすれば、なにもない上空からいきなり銛が飛んでくるのだろう。

 

罠を仕掛けるだけの余裕は、叩き落とされた魔法少女にはなかっただろう。これは、タトルたちを狙っている者がいる、ということだ。デイジーと巨大魔法少女に続く、三人目の刺客が早くも登場してしまったのか。

 

「ツインウォーズさん。敵は見えますか?」

「いいや。わらわの目にはなにも見えておらぬ、のじゃ」

「見えない相手ですか。ここは、逃げるが勝ちですわねッ!」

 

タトルの魔法によって両脚をバッタをモデルにした形状へと変えた。小柄なツインを簡単に抱えて大きく跳躍し、自分の足元を狙った銛もまたジャンプ台代わりにして距離を稼ぐ。

こうして大きく離れていくと、もう狙われている気配はなかった。今回はツインを選んだから察知してくれたものの、油断大敵の言葉を忘れてしまっていた少し前のタトルだけであったら仕留められていた。

 

見えない狙撃手。その正体になにかひっかかるようなものを感じ、それが何かは考えても判明はしなかった。デイジーのときのアイサのように、実物を見れば変わるのだろう。記憶のない部分が補われるかも。

淡い期待を胸に浮かべつつも、いつ来るかわからない奇襲を警戒して走り続け、アイサたちの待つ家へと逃げていった。



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2.

★タトル・クイーンズ・レオ

 

こちらを狙ってくる見えないハンターから逃げ続け、なんとか生きて拠点に到着した。またいきなり現れたらと思ってずっと気を引き締めてきたのだが、銛はあれ以上は飛んでこなかった。心配は杞憂に終わった。

ただ、万が一反応が遅れて殺されてしまったとなれば、笑うこともできなくなってしまう。これでいいと言えば、良かったのだろう。一番いいのは敵が姿を現し、それと戦って勝利することなのだが、こうして逃げきれたのなら存在を警戒した上で動ける。見えない相手への対策など、どうすればいいかはわからない。けれど、その存在を話しておけば皆も注意して動くだろう。

 

家に着いたころにはもう日が暮れていて、帰りつくなりツインは伸びをして、剣を腰に戻した。ずっと、いざというときのために身構えてくれていた。出会って一日も経っていないが、彼女の人柄がうかがえた。そして、その見た目相応になるよう心がけているらしいあざとさも、だ。

 

「ん~……にゅぅ」

 

ため息のはぁではなく、にゅぅであった。とってつけたようなのじゃロリ口調といい、まずこの小柄な姿からすでに彼女の趣味なんだろう。タトルだって趣味でこの高校生ほどの肉体年齢をデフォルトにしたのだから、彼女のその趣味にとやかく言うつもりもないし、正直賛同の心はある。女王として民を導くのは当然であるが、タトル自身としての思考だってもちろんあるのだ。それにひっかかった、ということだった。

 

「ツインウォーズさん」

「なんじゃ?」

「たいへんいい趣味でいらっしゃるようですわね」

「そうか?ありがとうな、のじゃ」

 

ふふん、とない胸を張ってみせるツイン。女王を目指すタトルと、のじゃロリを目指すツインとはすこし似ているかもしれない。ツインに握手を求め、がっちりと友情を結び、きょとんとする彼女とは対照的にタトルは満面の笑みで玄関へ入っていった。

 

「あ。おかえり、タトル」

 

玄関では、お迎えとばかりにふたりの魔法少女が待っていた。――待っていた?

 

「アイサ。なぜ安静にしていないのです」

「……安心してくれ。たしかに一本はデイジーにやられたが、そいつに時間がかかるだけでわたしの傷はもう平気だ」

 

そういって回ってみせるアイサの肩は大きくはがれて露出しており管の残骸があったが、肌はきれいに戻っていた。まだ無理はしないほうがいいけれど、その部分を見るだけなら平気そうでもある。

 

「でも、ケガしたんだよ。まだ治りかけだから、動かないほうがいいでしょ」

 

アイサはスコヴィルに引き止められているところだ、という。アイサは自分にこっそり抜け出すほどの用事はない、と言っていたはずどうしてそんな引き止めなければならないような状況になっていたのだろうか。女王として把握しなければならない。

 

「用事ができたんだ。女王タトル、あなたが外回りに行ってしまったから」

 

なんとアイサは、タトルを迎えに行こうと思ったらしかった。さっきまで心配していたのはタトルのほうだったのに、いつの間にかアイサのほうに心配されている。

それには及ばない、と言おうとしたけれど、彼女の気持ちを踏みにじることになる気がしてタトルは自らの気持ちとして答えた。

 

「あなたを遺して逝けるわけがありませんわ」

 

アイサと、すっかり置いていかれているツインとスコヴィルが驚きの反応を見せた。

 

「やべー、魔法少女ってレズばっかだっていうけどその噂本当だったんだ……あ、のじゃ……」

 

騒然とするツイン。スコヴィルはちょっとフリーズはしたものの、すぐにひゅうひゅうと言って賑やかし始めた。女王は気にすることでもない。

自分の顔が赤くなっているとも知らずに、真っ赤なままで部屋の中へ入っていった。中では、ソファでオルタナティヴが横になっていた。

 

「あ、タトルさん。おはようございます、とあとおかえりなさい」

「えぇ、ただいま戻りましたわ。それで、何事もなかったんでしょうね?」

「うん。アイサちゃんとスコヴィルが楽しそうにしてただけ」

「外に出ようとしていましたが」

「……もしいなくなっても、私が絶対に連れ戻す」

 

オルタナティヴは真剣な表情だ。が、そんな責任を持っての対処では行き届かない部分もある。失ったものは戻らず、死者は甦らない。だから、本来すべては未然に防がなければならないはずだ。

争乱を産み出した国としてのレッテルを貼られれば、いくら後処理をしたところで時間しかそれを剥がしてはくれないのだから。

 

「では、オルタナティヴ。明日はあなたも出ましょう」

「へ?」

「手がかりの捜索ですわ。わたくしと、いっしょに」

 

タトルはオルタナティヴとはあまり接点がない。一番後に出会った相手であり、向こうもスコヴィルに会えたことが最も嬉しいことで揺るがないだろう。これを機に、彼女のこともまた把握しようと考えていた。本人のことも知らずに、その働きは計れない。まずはためしに、洞察力、運、なんでもいい。なにか光るところを見つけられたなら、タトルがそれを活かせばいいのだから。

 

「それとひとつ、こちらへ戻るときですが。何者かに狙われましたわ」

「何者かに、ってわかってないの?」

「えぇ。姿を見せずに銛を放つ、なんて相手ですわ。覚えておいてくださいまし」

 

オルタナティヴに告げるべきことは告げた。

 

「では、わたくしもすこし休みますわ。また後で」

 

どこにも血痕がなかったのだから、止血できる程度の傷だったか、他人の力を借りたのだろう。見えないハンターのこともあり、無理をして女王自身が倒れれば元も子もない。夜間の活動は控え、なるべく休む時間を確保するべきだ。

誰かが動いているうちに誰かが休んでいられれば、息もつかせず出現したあの殺意の少女たちにも隙を見せずにいれるはずだ。息切れした瞬間を見せればこちらの命をすぐに刈り取ってしまう。

あしたも、タトルははたらく番だ。今のうちに休んでおこうと、アイサを寝かせていたベッドへ潜り込んだ。

 

 

――次に聞くことになったのは、小鳥の声でも母親の声でもなく、少女の声であった。

 

「おっきろぉー!!」

「おきるのじゃあ!」

 

どうやら、寝室にスコヴィルとツインで突撃してきたらしい。このモーニングコールののちに聞こえた小声のごめんなさい、はオルタナティヴのものだろう。目をこすりながら開くと、その予想は当たっていた。スコヴィルと、ツインと、オルタナティヴもいる。

ただ、予想と外れていた部分もあった。さっきの声の勢いはどこへやら、三人とも黙っている。

 

「なにかあったんですか?」

 

寝起きですこし動きの悪い身体を起こすと、すこし肌が冷たい。そして脚を動かそうとすると、あたたかくやわらかなものに当たった。

 

「えっと、こういうときはなんていうんだっけな。ゆうべはおたのしみでしたね、だっけ?」

 

スコヴィルは冷や汗を垂らしている。

ベッドの隣を見ると、アイサが排気管を邪魔そうに背負って眠っている。その身体には競泳水着のようなコスチュームはまとわれていない。あの成熟した身体が、そのまま布団に入っている。

そしてタトルもまた同じく、生まれたままの姿でいるらしかった。それで、ゆうべはおたのしみでしたね、なのか。タトルは納得した。

 

「……えっ?」

 

直後に身の覚えのない事実に混乱した。

タトルのコスチュームが無意識にゼロになる、ということはありえなくもない。だが隣にいる、寝ていても変わらぬ無表情のアイサに関しては説明できない。つまり何か、ぼかして言えば、女同士の裸の付き合いがあった、ということのように思われた。実感はない。

 

「やっぱりおぬしら、そういう関係だったんじゃな」

「やっぱりってなんです!?誤解ですわよ!……たぶん」

「不確定ってことは可能性はあるんじゃろう?ふっ。だったらシてるな、のじゃ」

 

タトルは知らないうちにロイヤルウェディング案件を発生させてしまっていたらしい。知らないうちに、というのも衝撃だし、一番残念だ。アイサが相手なのだったら、ちゃんと明瞭な意識のもとでしたかったのだが。

 

「女王タトル、なにごとだ」

 

事件の中心であるアイサがやっと目を覚ました。この騒動はあなたの貞操がどうとかだなんて言えないので、そこまでは言わないでアイサが寝ているときの格好については言及した。

 

「ん。ただあの格好だとぴっちりで寝づらいんだ」

「あ、だからこうなっているんですのね」

「でも、女王タトル。あなたがわたしをだきまくらにしてたのは事実」

 

タトルは耳を疑った。シロではあったが完璧な潔白ではなかったのだ。しかも無意識のうちにこちらまで脱いでいる。生まれたままの姿の魔法少女ふたりが寄り添って眠っているのは、なにもなくたって絵面が危ない。しかも完璧に目撃されてしまっている。

タトルはしばらく布団から出られず、身体はあたたかく頭はクールになるまでまくらをかぶっていた。

 

しばらくして、やっとコスチュームをゼロから元に戻し、リビングに出て朝日を浴びた。朝までずっと休んでいるつもりはなかったのに一晩中ぐっすりしていたのには焦ったし、アイサとの添い寝事件も大きく動揺したけれど、日差しは心を落ち着かせてくれる。

 

心ゆくまで日光浴をしたあとは、オルタナティヴと向かい合って椅子に座った。用事があるから起こしにきたはずが、あの騒ぎになってしまったという。謝るのは別にいいのだが、それよりもさっきまで恥ずかしそうだったオルタナティヴは今は話すのが待ちきれないというふうである。

 

「昨日タトルさんがお休みになってから、スコヴィルといっしょにちょっと外を見回って来たんです。そしたら、見つけたんですよ!手がかり!」

 

そういって、オルタナティヴは可愛らしいキャラクターが描かれた髪止めを取り出した。割れかけているが、これがなんの手がかりになるのだろう。

話を聞くと、オルタナティヴとスコヴィルの共通の友人に魔法少女がいて、彼女のコスチュームについていたものであるという。これは彼女が変身前から大切にしているもので、だから割れかけているのだとも話してくれた。

 

そんなに大切なものを落としてしまったのだから、拾いに戻ってくる。オルタナティヴはそう言って、タトルとの外回りをここで使おうと言い出した。もちろん、霧の中を手探りで進むより確実なその道をとるのに、タトルは異論を持たなかった。



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3.

★タトル・クイーンズ・レオ

 

オルタナティヴが見つけた魔法少女の手がかり。それを追って、タトルは発見者である連れられて拾得地点に赴いた。拠点からは遠くない。これだけ活動地域も近く、まさしく幸運だったといえるだろう。

その場所は確かに山道への入り口であり急いでいればひっかかったことに気づかないか、と納得もできる地点だった。オルタナティヴが見つけた希望も現実味を帯び始めている。自分達は戦う魔法少女ではあるものの、今後あの巨大な相手や特殊な敵、それこそこの前の透明なハンターでも現れたらと不安要素はたくさんある。加えて負傷者もいる以上、戦力の問題は常についてまわるし、タトルは何度もその問題について考えなければならない。

 

ふと、何かを見つけたらしいオルタナティヴが声をあげる。魔法少女の驚異的な視力があれば、山道の中でも見通せるのだ。オルタナティヴが指すほうには、小柄な女の子の姿が見えた。

 

「持ち主、彼女ですか?」

「間違いないよ。間違えるわけないもん。いますぐ行こう!」

 

オルタナティヴが駆けていくのに、タトルはいきなりのことで一瞬追い付かなかったが、幸運続きで気分は悪くない。少女のもとへ急行すると、オルタナティヴの方が一方的に知っているだけなのか困った顔をした。オルタナティヴは「困った人を助けるのは魔法少女の基本」と言っているが、そういった困った顔ではないふうに見える。事実、手渡された髪飾りをもらってもあまり嬉しそうではなかった。

それでもありがとうございます、という彼女。オルタナティヴはというとたいへん満足そうだ。

 

「ねえ、わかる?私だよ、路伊ねえ」

「え!その呼び方、もしかして」

「私だよ。織姫だよ!」

 

スコヴィルとオルタナティヴの再開のときと同じような、感動の瞬間を見せつけられる。実際嬉しいところなんだとは思うが、だったらタトルにことわりをいれてスコヴィルを代わりに連れていってほしかったと思う部分もあった。部外者は退屈だ。

 

「えと、この人は……?」

「タトル・クイーンズ・レオさん。私がいまお世話になってる、魔法少女チームのお姉さんだよ」

 

タトルは頭を下げた。女王らしい気品を意識し、少女の反応をみる。彼女はすこし苦い顔をしていた。それから、よろしくです、と頭を下げる。特にチームと言ったときからはっとして怯え顔になっていたのを、タトルは見逃してはいない。チームを組むということになにかしらのトラウマでもあるというのだろうか。

 

たしかに、少女は見るからに着込んでおり内向的な性格も立ち姿からわかる。オルタナティヴと話しているときは少しだけ柔らかくなっているものの、こちらを見るときは心の内に何かを抱えていて、隠し事をしているような気がする。オルタナティヴの知り合いだというなら信用してやりたいが、世の中には成り済ますのが得意な魔法少女だっているし、本人だとしても利用されているかもしれない。知り合いではないタトルあたりが疑っているくらいがちょうどいいだろう。

 

タトルはそう判断し、オルタナティヴには彼女を連れて帰るかどうかの話だけをした。返答はもちろんイエスだった。予想通りだ。素直に迎え入れても、女王が気を抜かなければいい。

帰りには飛んでくる銛、そして背後の少女の動向に気を張りながら、再び心配をして杞憂に終わらせた。

 

 

拠点で待っていた三人のうち、特にスコヴィルが反応し、タトルとアイサとツインはおいてけぼりにされる。数年会えていなかった友人同士の再会となれば、周りが見えなくなるのも仕方がない。

スコヴィルとオルタナティヴと少女は喜びを分かち合ったのち、あらためてその少女の紹介をはじめた。

 

「えっと、わたし、裂織サキっていいます。よろしくっ、おねがいします!」

「サキはね、私とオルタちゃんの友達なんだよ。三人のなかで一番先輩なの」

 

先輩とは言っているが、スコヴィルたちの態度とサキの体躯などからして、お姉さんとはたぶん呼べない。背丈はツインといい勝負だ。服装は魔法少女らしいコスチュームではなく防寒着のボロを何枚もつなぎあわせて着ているものでありシルエットではふくらんで見えるし、茶髪のポニーテールもまた魔法少女の派手さにはそぐわない地に足のついた可愛らしさを感じさせる。威圧感というものはなく、また本人も縮こまってしまうタイプだ。

女王としては扱いやすいかもしれないが、隠し事をしているなら、警戒すべきだと思った。

 

「……ここで生活させるのじゃ?」

「えっ?」

「いや、悪い癖でな。つい瞳を見てしまうのじゃ。サキといったか、おぬしの瞳はこの場にいる誰とも違う。罪悪感の目じゃ。普通はそんな目、久方ぶりに友達と会っておいてせんわ」

「ちょっと。何様のつもり?サキにオルタちゃんをとられたくないってこと?」

「そんなことが言いたいわけではない。ただな、よからぬことを考えている輩、よからぬことをさせられている輩、なんかとは何度も出会っておるからの。見過ごせないと言えば、それが本音になる。のじゃ」

 

ツインはサキに対して否定的で、タトルと同じく疑っているがスコヴィルの神経を逆撫でしてしまっている。何かしらの策があるのか、それともスコヴィルの言っているとおりの嫉妬だろうか。ツインに限ってそれはないだろう。

タトルにはツインの言いたいことのすべてはわからない。恐らくはタトルよりずうっと場数を踏んでいるツインを頭ごなしに否定するのは悪手だ。

 

かといって、サキを追い出すようなことを言い出せば、オルタナティヴやスコヴィルの気持ちを尊重しているとは言えない。民から強い不満を買えば、王政は崩壊する。タトルはツインとスコヴィル、双方のことを考え、結論を出さなければならない。

 

「……焦るなよ、女王タトル。私は馬鹿だ、だからまともな案は出せない。だが、ここでは皆が他人のことを想っているんだ。未然に防ぐのが一番いいのは確かだが、ひとりを切り捨て危険を排除するのが女王の務めではないだろう」

 

アイサの言うことは確かだった。タトルは、落ち着かなければならない。

サキを疑っているのは、不確かな証拠しかないツインとタトル。信用しているのもまた証拠を持たないオルタナティヴとスコヴィルだ。まずは確実になるまで様子をみるしかない。タトルは考えた末、こう決めた。

 

「オルタナティヴとスコヴィルとサキは共に行動するように。何かあれば報告すること。お二人とも、信じていますわ」

「そうじゃな。わらわもそれでよい」

 

ツインも納得してくれたらしい。タトルは胸を撫で下ろし、サキも自分を取り囲む火花に困っている様子だったが知り合いふたりが一緒と聞いてその色は薄くなった。

女王は時に決断を求められる。上に立つ者には、そういった責務がついてくるのだ。

 

サキのことは旧知の友人であるふたりに任せ、三人で一緒にいてもらうために隣の家に移ってもらった。ツインとアイサもそれぞれ一室を使い、タトルがやっと今日の責務を終えた。

 

タトルの心と身体をいたわってくれる緑茶も和菓子もなく、娯楽も睡眠くらいしかない。最低限の家具の他には何も残っていないあたり、ひたすらにつまらない街だと思う。N市の外に出ることもできない。

タトルはアイサやスコヴィルと出会えたからよかったものの、彼女らがいなかったと思うと。ひっそりと、自死を選んでいたかもしれない。

 

タトルは机に突っ伏して吐息をこぼした。考えることしかなくて、あんこが足りず頭がいたくなる。気分転換に外の空気を吸いに行こうと思ったが、ひとりで出歩くのは危険だ。アイサとツインはいまなにをしているのだろう。

ぼんやりと外を眺め、空想で瓦礫の森に一羽の鳥を飛ばし、その心境を思う。我ながらさみしく、悲しい暇潰しだが。女王は孤独でいい。それこそ、あの瓦礫の森を飛ぶ鳥のように。

 

やがて、その鳥は狩猟者によって撃ち落とされてしまう。

 

タトルは背に鋭い痛みを感じた。刃の感触だ。覚えがある。これは骨に阻まれまだ浅く一命を取り留めているが、もっと的確に狙われていたら即死だった。

刃を持った魔法少女はこの家にはツインしかいない。彼女がやったのか。混乱する頭で振り返り、どの視界には誰もいなくて、無から放たれた刃をふたたび受けた。

今度は片腕を犠牲にして逸らすことができた。これは銛だ。あのとき襲ってきた見えないハンターに、ついに拠点が割れてしまったらしい。タトルに流れる女王の血が垂れ、床が赤くなる。

 

自分が死ねば、このチームはどうなるんだ。指揮はサキを疑いスコヴィルと食い違うツインではまとまらない。タトルは生きていなければならない。

 

魔法を使って自らの目を変化させる。あまりに美しくなく、女王にそぐわないため使おうとは思えなかったが、不必要なまでに見える甲殻類の目を借り、なにもないかと思われた空間を見る。

 

目の前に、バラの花を纏った魔法少女がいる。彼女は今度こそタトルの息の根を止めるべく銛をつがえている。間に合うか。間に合わせるしかない。尾を形成させその足元へ振るい、相手の反応は一拍遅れたというのに当たることはなかった。狙いがずれた銛が壁に突き刺さるだけだ。次の銛を装填するまで一瞬の隙がある、そのうちに叫ぶしかない。

 

「……メルヴィルッ!再び女王を狙うのですね、不届きものがッ!」

 

その魔法少女――『メルヴィル』はタトルのよく知る敵だ。理由は単純、アイサにとってのデイジーのように、メルヴィルはタトルを殺した張本人であるのだから。



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4.

★タトル・クイーンズ・レオ

 

「……メルヴィルッ!再び女王を狙うのですね、不届きものがッ!」

 

そうだ。思い出した。この相手をタトルは知っていた。生前に戦い、そして殺されている。見えないハンターの正体は、色を自在に操る魔法少女だったのだ。

タトルの今の眼には捉えられているが、すでに受けてしまった数発の傷のせいでまともに動くことができない。アイサかツインに先の叫びが届けばいいのだが、運が悪いことにメルヴィルは怯んだようすもなく再び殺しに来る。突き刺さった凶器が動きを邪魔し、生物の範疇を越える変化は起こせないタトルの魔法では傷ついた状態では何もできない。この狭い空間では翼は使えないし、片腕と背中の刺し傷は大きすぎるハンデである。

タトルの言葉に耳を傾けることもなく、敵には恐らく中身が伴っていない。命乞いは無意味だ。つがえられた銛の切っ先が今度こそとまっすぐ心の臓を指している。それが放たれたとき、タトルは致命傷を負うことだろう。タトルは目を伏せ、放たれた凶器に身を任せようかとも一瞬考えてしまった。

 

「簡単に諦めちゃダメだろ、のじゃッ!」

 

しかし銛は弾き返され、普通の視点では何もない場所に刺さってしまい空中で静止した。そこがメルヴィルの居場所である。タトルはすぐに瞼を上げ、なんとか間に合わせてくれたツインに敵のことを告げた。

 

「こいつは色を変えられる魔法の持ち主ですわ。ですが、消えてはいません。あの刺さっている銛を目印に!」

「オーケー、あのへんじゃな!」

 

ツインの突撃で見えていないはずの自分の場所がわかられているのに戸惑いがあるのかメルヴィルの動きはよくなかった。銛を出しても止められ、へし折られていく。いくら無尽とは言っても、すべてを防いでしまえば尽きない意味はない。ツインは気配だけで動き、タトルの死因に対し互角以上に立ち回っていた。

アイサの気持ちがわかった気がする。メルヴィルはこんなに弱くはなかった。この死因は、乗り越えるためにある試練といえるのかもしれなかった。

 

偽のメルヴィルとの戦いではツインが圧倒しており、防御が間に合わず、もうすぐで一太刀浴びせることができるだろう。そんなときであった。

きゅうにツインの刀が空を斬ることが増え始めていた。メルヴィル自身に変化はないはずなのに、何かに惑わされているらしい。

魔法を使って片目を魔法少女のものへと戻し、ツインが惑わされているメルヴィルたちの虚像を見た。

 

色を変えられるだけあり、ないものをあるように見せかけることもできる。ほとんどを元から視覚に頼っていたためか、ツインは攻撃の素振りを見せる幻影には反応せざるを得ない。そのなかには時に本物が混じっており、幻影しかいないと否定した結果は切り裂かれた死人だ。ツインには難しい戦いになるだろう。

 

ツインと同じ目線から、見通せる側の目へと戻した。脳が違和感を訴え、視界はぼんやりとするが、それでも本物が見えれば及第点だ。そう思って周囲を見ると、メルヴィルはどこにもいない。何が起きたかと考えた一瞬で、タトルが流した血の溜まった池が小さく音を立てた。

 

「そこですわッ!」

 

残っている使える腕の爪を大きく、武器とする。届かなくてもと振り向き様に攻撃をしかけ、当たりはしなかったものの追い払うことはできた。背後に回られていたことに戦慄し、あと一歩遅ければと嫌でも考えてしまう。

再び振り返ると、ツインはしっかりとメルヴィルを捕捉している。2度同じ手で突破されるほどツインは柔な魔法少女ではないだろう。

 

血が足りずよろめく足で部屋から出ようとし、メルヴィルの追ってくるのを見た。あくまでも、標的はツインよりもこちらであるらしい。

民衆からの人気は女王としても重要なことだが、こんな形で好かれたくはなかった。急いで部屋を移り、扉を閉める。そこだ、と差せばツインはそこへ行ってくれる。足止めはこれでできる。

 

逃げた先の部屋には、たしかアイサがいるはずだ。叫びを聴きつけて来たのはツインだったが、アイサの姿は見ていない。オルタナティヴのほうへ行っているのかもしれない。

扉の向こうで金属同士がぶつかる音が聞こえ、タトルは扉を押さえる手を離して部屋の奥へと急いだ。

 

「アイサ!敵襲が……」

 

しかし、タトルは目を疑うこととなった。アイサがなぜ来なかったのか。その理由がそこにあったのだ。メルヴィルはすでに手を打っていた。アイサの手のひらには深々と銛が刺さっており、両手ともに床に彼女を磔にしている。流れている赤い体液の量はタトルよりも生命の危険が迫っていることを示している。

 

「申し訳、ない。さっさと気づいたくせして、このザマだ」

「しゃべってはダメですわ。無理をすれば、アイサが……!」

 

杭のように打たれた銛を抜かなければ、アイサを連れては逃げられない。だが、置いていけばメルヴィルに「ついで」で殺される。タトルは頭で考えて飲み込みきるよりも先に身体を動かして、杭を抜き、噴き出す血を浴び、アイサの端正な眉が歪みのを見て心を痛め、やっと彼女を助けた。

いまはツインがメルヴィルを止めていてくれるが、万が一彼女が振り切られたらタトルの方へ来るのは確実なことだ。タトルは身体に鞭打ってアイサを背負い、部屋の窓を叩き割って外へ出ようとする。

 

「そっちへ行きやがった!避けろ!」

 

風を切る音がふたつした。最初のものはタトルを狙い、もうひとつがそれを追っている。それぞれメルヴィルとツインの放った刃だろう。すんでのところでツインの刃が追い付き打ち落とされたことで、タトルはそのまま走っていられた。

 

オルタナティヴを頼るべきか。あれをどう攻略すればいいのか。視界を奪われているも同然の相手だ、まともに戦える魔法少女は少ない。せめて、この傷がどうにかなれば。

 

「女王タトル。わたしを下ろせ」

「な、どうしてですか?」

「わたしが捨て身で行けば、倒せる。かもしれない」

「そんな不確かな可能性で、あなたを捨てられるものですか!」

 

確かに今すぐにメルヴィルを倒せる作戦があるなら賭けたい。だが、賭けが成功してもアイサを失いたくはない。部下を死なせるような者はリーダー失格であるとタトルは何度だって自分に言い聞かせてきた。それに。タトルは女王が守られるだけのお姫様ではないと知っている。

 

タトルは覚悟を決め、ブレーキをかけた。言っていたとおり背からアイサを下ろす。だが、次にする行動はアイサに任せることではなく、自らに刺さっている凶器を引き抜き、地を強く踏みしめることだった。

 

「あなたを失うのなら。わたくしが戦って死にましょう。そうしたら次の女王はあなたですからね、アイサ・スチームエイジ」

 

追ってくるメルヴィルの目的はタトルの命だ。タトルが敗けて死んでも、アイサは助かってくれる。アイサにあのツインとスコヴィルのあいだにできた亀裂を治められるかは未知数だ。それでも、先程の険悪な空気であったときも冷静にタトルを宥めてくれたことは大きく評価している。任せるなら、アイサになる。

 

今まで逃げるために辿ってきた道へと振り向いて、一歩進んだ。すこしひっかかっているのはアイサが穴を空けられた手でタトルのコスチュームの端を掴んでいるからだ。その掴まれている端の部分を魔法で変化させ、切り離した。カメレオンを模したエンブレムだ。アイサだけが生き残ったときのための、女王の証というつもりでしたことで、これでアイサとの一時のお別れは済ませた。

 

視界にはもう、メルヴィルを見つけることができる。タトルが飛び出していき、その背後には涙の代わりに蒸気が立ち込めた。

 

周囲が白煙に染められ、そんな蒸気の中から飛び出していくことで不意を突く。メルヴィルの腿の銛はさらに深くまで肉を抉る。苦し紛れに再び放たれた銛は今一度傷ついた腕で弾き飛ばした。痛みを堪えれば、もうこれ以上は損害にはならない。

 

「ふっ、メルヴィル!もしや手加減ですか、らしくもない!」

 

相変わらずこちらの言葉には反応がない。が、立派に攻撃だけはしてくる。そのぶん、タトルには狙える瞬間がある。尾の先に骨の塊を作り、後頭部を狙う。気配を察しきれなかったメルヴィルは地面へ叩きつけられ、タトルに馬乗りになられた。

奪った銛で首を断とうとするがかわされ、胸を射られた。幸いなことに、胸は胸でもまだ脂肪の層で止まっていたが、断頭での一撃必殺を狙うのは難しい。

 

標的を変え、その弓を持つ腕を引きちぎる。噴出する黒い血でメルヴィルが纏う薔薇は汚れて、片腕がなくなったことで弓は扱えなくなった。

しかし手投げのものは止められない。直接刺されかけてしまい、脇腹の表皮が浅く裂けた。次の一撃では本当に腹部をやられる。だが、痛いからこそタトルの意識はまだある。

 

「……腕が落ちましたね」

 

腕はタトルが引きちぎったのだが。女王たるもの、こんなときでも余裕をもって冗談を吐けるほどでなければ。

 

爪になっている右腕を振り下ろし、爪でだめなら鋏、鋏でだめなら牙、牙でだめなら尾で。

その首を狩れるまで身体を変え続け、タトルの腹が剣山のようになるころにはすでにメルヴィルは黒い液体が体内になくなって崩れて消えていた。

タトルは死因に打ち勝ったのだ。胸を撫で下ろす、安堵のため息をつく、なんて体力すらもはや残っていない。タトルはただ、その場にへたりこんでいるだけでいるしかない。

 

「ひょえぇすごいね、何が起きてるのかわかんなかったよ。でも、逆ハリネズミになっちゃってるじゃん。どう、苦しい?」

 

覚えのない、やけに饒舌な声が聞こえる。ぼんやりした頭でも、魔法少女であるということはわかる。それと、軽々しく人を殺められるであろう態度であることもだ。

いずれにせよ、この腹部に無数の傷があふれているタトルはもう生きられないことは確かだ。抵抗の意味も、するだけの力もない。タトルは声を無視した。

 

「あ。答えてくれないんだ。じゃあいいよ、ほいっと」

 

魔法少女がぱちんと指を鳴らしたとたん、頭を異常なまでの痛みが襲った。痛い。痛い。何も考えさせてくれない。血がまともに通えていない。

 

「よぅし、これでリリムにご褒美もらえるよねっ」

 

彼女の楽しそうな声でさえも、いまのタトルの脳には苦痛となって突き刺さる。

やがて意識を保っていることができなくなって、そのまま永久の眠りに落ちた。



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5.

★アイサ・スチームエイジ

 

タトルが行ってしまってから、戻ってくることはなかった。先に来たのはツインウォーズで、彼女はタトルのことよりも、ぎりぎりで意識をつないでいたアイサの治療を優先した。

ツインウォーズの魔法は「片手にしか持っていないものを、もう片手でも持っていることにする」という魔法だったらしい。ほどいた包帯を片手にだけ持ってふたつに増やすことを繰り返し、アイサの身体をぐるぐると巻いて止血する。手から離れれば数時間後には消えてしまうというから、早く治さなければならない。

 

ただし今はそれよりもずっと大事なことがある。すぐにでも、タトルのことを追わなければ。アイサの身体はいきなり立ち上がることを許してくれず、ツインの肩を借りてなんとか立ち上がり、また彼女の背に乗せてもらって来た道を戻った。

すでにツインの表情が悲しいものになっているのにはアイサはとうに気づいていたが、ツインがなにも言わないのなら、アイサもそれ以上は詮索しなかった。

 

見つかったのは、全身に銛を突き刺して息絶えている少女の遺骸だった。これは、タトル本人とみていい。血飛沫で周囲に描かれた紋様が凄惨で激しい戦闘だったことを示しており、アイサはそんなことを彼女にさせてしまったのか、と深く後悔に襲われ、また後悔とは関係なく目頭が熱くなった。

 

ツインが顔色ひとつ変えずに近寄っていき、手を合わせている。

これでタトルはいなくなってしまった。アイサが次の女王だと渡された血まみれのエンブレムと、タトルの死を交互に見つめる。これからどうしていいかなんてわかるわけがない。アイサはまだ従者の気持ちでしかいない。女王の心をわかったつもりになっていて、自分がその立場に立たされてみれば何もできない。

いきなりであっても、真に素質のある者はまとめあげてみせるのだろう。もっとうまくやってみせるだなんて、今のアイサには到底抱けない気持ちだった。

 

この事実をスコヴィルに伝えなければいけないという事実だけで胸が苦しくなる。

タトルは、スコヴィルやアイサと出会ったときから、民を愛する者の慈しみの目で接してくれた。アイサが思う理想の女王とは彼女だった。しかし彼女はアイサに託してこの世を去ってしまった。

 

タトルの言いつけを守るのなら、つまり自分が女王になるということを受け入れるのならば、こんなところでぐずぐずしている暇はないはずだ。

アイサは考えて、考えて、自分の頭では知性が足りていないことをあらためて自覚した。アイサは馬鹿だ、他の魔法少女と比べれば明らかに劣っているはずだ。考えても、出てくるのはやり場のない悲しみだけ。アイサはもう堪えきれず、ツインに向けて心の内をこぼす。

 

「……同志、ツインウォーズ」

「どうかしたか、のじゃ?」

「仮に、わたしなんかがリーダーでも。ツインは着いてきてくれるか?オルタナティヴは、スコヴィル・スケイルは、裂織サキは、わたしのことを信じてくれるだろうか」

 

一瞬の沈黙の後に、ツインのため息が地面に転がり、アイサは血まみれのエンブレムを持った手を握られた。

 

「わらわは……いや。ボクは。皆に生きていてほしい。だから、そのためのことをしたいと思ってる。アイサ、君がそのためになる魔法少女なら、ボクは君に着いていくよ。きっと、オルタナティヴだって同じだと思う。スコヴィルだって、友達と離れたくないだけだと思うんだ。君は、誰かを守りたいと思える?」

 

自分の手にあるこのエンブレムはアイサが守ろうとして守れなかった人の形見だった。もう、失いたいものなんてない。守り通したいものばかりだ。

アイサはぼろぼろの身体で心を決め、涙を一粒だけ足元の遺骸に落とした。

 

 

★パラサイトリリム

 

ファヴの死因リストの中から、項目がまたひとつ消えた。マジカルデイジー、チェルナー・マウスに続き、メルヴィルもまた消滅したという。

リリムの知る魔法少女はその中にはいなかった。幼少期に魔法少女のアニメを見ていた覚えはないし、いや、今でも十分に幼少期なのだが、恐らくリリムの死因はほかにいる。

うまくクラムベリーにぶつけられればいいが、そううまくいくとも限らない。向こうからすれば、リリムたちは有象無象に過ぎないのだろうから。

 

死因の処理、および魔法少女そのものの数を減らすために使わせていたどろりが帰ってくる。ファヴにも確認し、魔法少女反応が減っていると知った。とどめを刺し損ねてはいない。よく働くものだ。

どろりが大きな成果を挙げるたびに、リリムはご褒美を求められるのか、とも思うが、今はまだ過激な要求でもないのでほうっておいてやろうともまた決める。

案の定帰ってきたどろりにはキスを求められ、それよりも遣わせた際に何をしてきたのかを聞きたいリリムはご褒美を後回しにする。

 

「それで。今日はどうだったのかしら?もう一日経ってしまったわけだけど」

「うん、魔法少女の一団を見つけてさ。そこのリーダーっぽいのに死因をけしかけて、一緒に処理したよ」

 

どろりの働きは想像以上のものだった。せめて、魔法少女グループの存在と動向を報告するとか、死因の発見くらいだと思っていた。のだが、その将を撃ち抜き、死因を一匹減らした。しかも、その魔法少女グループにはスパイも潜り込ませた、とまでいう。

 

リリムは新しい駒を与えられていた。この前クラムベリーが連れてきた少女。裂織サキだ。その魔法少女の一団とやらに、彼女を紛れ込ませているという。

試しに、リリムは彼女の体内に仕掛けた虫に接続し、何を話しているのか盗聴してみる。一番よく聞こえるのはサキの心音で若干普通よりも速いリズムを刻んでいる。外からの声で聞こえるのは、他愛のないガールズトークらしい。他の魔法少女と一緒にいることがわかる。いざというときにでも利用できるし、すでに手は打ってある。常に情報を抜き出せるよう、接続は切らないでおく。

 

サキの前で無防備に話していれば、リリムによって情報を抜かれてしまう。それをはたして見抜くことができるだろうか。

見抜けないようならば、リリムの駒としてもきっと役に立たない代物なんだろう。即ち捨てても構わないものだ。

 

また、今回の件でどろりの魔法についてもわかった。データにある「ゼリーをいっぱい作れる」では何がしたいのかわからないが、彼女は今回流れ出ている血を通じて体内の血液でさえもかためてしまったのだ。脳に行き渡るはずの血を止めてしまう、意図的に脳梗塞を起こせるという恐ろしい魔法だといえる。

彼女を敵に回さなくてよかったかもしれない。この魔法を身体の対価だけで使えるのなら安すぎる。

 

リリムは、どろりに喜んでご褒美を与えることにした。どろりがリリムのことを好きにしたいと思っているのは奥底にずっとある欲望のようで、ためらいながらでも誘えば乗ってくる。

今度は熱心なキスの途中で音楽家が帰ってこないことを祈り、どろりがリードしようとするのに身を委ねる。向こうは自分のことだけでなく、リリムのこともその気にさせようと思って動いてくれる。

確かに心地はいい。相手が自分に夢中なのを眺めるのは楽しい遊びである。悪女になるのも、娯楽としては悪くはないのだ。

 

「ねえ、リリム、もうしていいよね」

「えぇ、ですがファヴ。録画モードはオフにしてちょうだい」

「バレちゃったぽん」

 

万が一、いや、十分の一くらいの確率でどろりの本気にリリムはとかされるまで行くだろう。そんなふうになったリリムのことをばっちり撮影しているファイルなんて、恥ずかしいどころか脅しの材料にされてしまうやつだ。

端末の電源を落としてやろうか、とも思ったが、非常事態になったらリリムは弱い。ファヴの警告は腹は立つが役にも立つのだ。

 

横目でファヴのほうを見ていると、予想していなかった場所に突然どろりの手が触れた。吐息が漏れてしまい、思わず彼女を睨む。

 

「あ、ごっ、ごめん。リリムがかわいくて、つい」

「言い訳はいいわ……今のでもういいの?」

「ううん。もっと触りたい」

「……いきなりじゃなきゃ。なんでも、いいわ」

 

悪女のふりでもしてやろうと思っていたのに、もうどろりに負けている気がする。

演技は失敗であるけども、きっとどろりに任せれば最後までいけてしまうのだろう。

はじめての展開にどきどきしながら、リリムは全身を撫でて回る手を受け入れた。



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第4章 届かない手
1.


☆オルタナティヴ

 

タトルたちと別れて三人で過ごすようになって、駄弁っているうちに夜は深まり、いつの間にか三人とも眠り込んでしまって気づけば一夜が明けていた。起きているのはオルタナティヴだけだ。

 

数年前にはよくあることだった。織姫と、帆火と、路伊のいつものメンバーで、一番ゲーム類の充実している路伊の自宅に押し掛け、みんなで夜までお菓子を食べながらゲームを楽しみ、いつの間にかお泊まり会になっているやつだ。あの時間が帰ってきたみたいで、お菓子もゲームもなくったって楽しかった。

今は、オルタナティヴとスコヴィル・スケイルと裂織サキだ。でも心は変わっていない。

 

織姫のことだって、きっと人が変わってしまったとは思われていないんだろう。自分ではただ必死に救いを追い求めているはずなのに、オルタナティヴはお人好しとみられてしまう。ツインウォーズがその例だ。

ツインは面倒見がいい。自分の妹の危険を放っておけないお姉ちゃん、あるいはお兄ちゃんか。上の兄弟がいたことはないけれど、そんな感じがする。

 

オルタナティヴは彼女とは違う。甘えたい願望ばかりだ。オルタナティヴの心はふたりと死に別れたときに止まってしまった。無力なのも一緒だ。スコヴィルも、サキも……想い人も、トランホルンも。皆、手の届かないところへ行ってしまった。

いくらそれを取り戻そうと足掻く魔法の持ち主であっても、心の傷は癒えてくれない。それを癒すのに必要なのは、こういう友達のぬくもりなのだ。

 

――ぴんぽん。呼び鈴が鳴って、誰かがオルタナティヴに用があるのだと思った。タトルだろうか。ツインだろうか。ツインだったら、今はスコヴィルもサキも眠っているから、あんなことを言い出した本当の理由を聞かせてくれるかもしれない。そうだったら嬉しい。自分の友達同士の喧嘩に挟まれたらとっても窮屈だし、気分もよくない。

 

しかし、扉の向こうに立っていたのは予想に反し、タトルでもツインでもなくて、アイサ・スチームエイジであった。

 

「アイサ?どうしたの?」

「……他のふたりはどうした」

「え?今は眠ってるけど、ねえ、傷だらけだよ、何かあったの?教えてよ、ねえってば!」

 

アイサの身体は包帯まみれだったし、血の跡も色濃く残っている。胸にも、手にも、血を吸ったあとの包帯がぐるぐると巻かれている。ツインのやったことだろうか、いったい何があればそんなに包帯を巻かなくてはいけないケガをするのだろう。まさか、一昨日のデイジーのような敵が襲ってきた、とか。

 

「みんなを連れてきてくれ」

 

アイサに言われて、オルタナティヴは他のふたりを起こしに行った。

スコヴィルとサキは変身すると体格がほぼ逆転するので、いつもとは抱き枕にされる側が逆で微笑ましいツーショットになっていてもったいなかったけれど、ふたりをゆさぶる。

 

「んぅ、なに?」

「アイサが、みんなを連れてきてって」

「アイサが?なんで?」

 

どうしてわざわざあれだけケガをしているアイサなのかがわからなかった。タトルは人使いが荒いわけじゃないだろう。こんなちょっとした伝達に部下を使うほどのめんどくさがりでもない。寝起きでぼんやりするサキと、いきなり起こしてなんのことだと思っているのが全部顔に出ているスコヴィルを連れ、アイサたちが寝泊まりしている隣の家へと赴いた。すでにツインとアイサがいたけれど、タトルの姿が見当たらない。

 

オルタナティヴは聞こうと思うと、アイサとツインが移動をはじめ、それについていくしかなくなった。ふたりが止まったのでさっきの続きと息を吸い、そこでふと地面を視界に入れた。足元には、出そうとしていた言葉が吹き飛んでしまうほど衝撃的な光景が広がっていた。

 

姿の見えていなかった彼女が、そこで息絶えていた。

 

正確には、タトル本人ではない。女王にふさわしい綺麗な衣装を大量の血液と突き立つ銛でめちゃくちゃにされて亡くなっている、女子高生くらいの年頃の女の子が打ち捨てられているだけだ。この魔法少女しかいない場所であるなら、彼女がそうであるとしか思えない。

 

「獅子目華凜。彼女の持っていたバッグに学生証が入っていた。それと、女王の心得と題された小冊子もだ。彼女がタトル・クイーンズ・レオだろう」

 

彼女のことが記されている学生証は、有名なお嬢様高校のものだ。女王としてのプライドをもってここまでやってきたのだから、相応の実力がある人物だったのだろう。

一番悲しいのはアイサだろうに、平静を装っている。オルタナティヴの目には、アイサがいつもよりずっと強く口を結んでいるように見えた。

 

この世界でも魔法が使えるかも、と思いつき、オルタナティヴは遺骸に二度キスをした。新たな世界は展開されず、魔法は機能していない。今までも二重には使えなかったのだから当然かもしれない。ともかく、オルタナティヴはきつい縛りを受けていることになるのだった。

 

「……どうして、サキが来たとたんにこんな……!」

 

スコヴィルはやっと状況を呑み込んだのか、まだ混乱しているのか、頭を抱えている。オルタナティヴはスコヴィルの言葉を聞き、まるでサキのせいだと疑っているように聞こえるな、と思った。無関係だと信じているはずだった。けれど、その信じているのが揺らいでしまう。

狙われたのは、サキを疑いながらも中立でいようとしたリーダーのタトルだった。これで、ツインの主張とスコヴィルの主張は正面から衝突する。そうしたら、もうチームではいられない。タトルが死因に襲われ、そして散ったのは本当に偶然だろうか。それとも、サキの背後にいるかもしれない何者かの仕業なのだろうか。

 

「ねぇ、サキ。聞いてもいいよね」

「あ、な、なに?」

「サキはさ。私たちの知ってるサキなんだよね?」

 

聞かれた少女の素肌を冷や汗が伝い、その表情の奥に潜んでいる恐怖がその顔を覗かせている。

 

「う、うん。わたし(・・・)は、帆火ちゃんの知ってる津久葉路伊だよ」

 

サキの心音が聞こえてくるような静けさがあたりに立ち込めた。今の言葉にはきっと、サキが必死に絞り出したヒントが含まれている。自分自身は紛れもなく本人であるが、背後に何者かがいて、助けて欲しい。あるいは、逃げて欲しいというのがサキの言いたいところだろう。

スコヴィルには気づく様子はなく、ただ自己暗示にそうだよねと繰り返している。

 

もはやあたりには昨日の過去が帰ってきてくれたような感覚はどこにもなかった。怯えながら従わされているサキと、それを信じたくないスコヴィル。雰囲気は最悪で、爽やかな朝とはほど遠い。

そんななかで、今日は一言も発していなかったツインがこう言い出した。

 

「裂織サキ。おぬしを助けるために必要なのはものはなんなのじゃ」

 

サキの答えは、躊躇いを間に挟みつつ、衝撃を走らせた。

 

「……わたしを殺せばいい」

 

その言葉を聞いた瞬間、オルタナティヴの脳内にはがつんと殴られたような幻覚の痛みが走る。

 

「わたしは、もうあやつり人形なの。一晩もわたしのままでいさせてくれたパラサイトリリムの恩情に感謝しなきゃならないくらい!だから、もう、わたしは殺されるべきなの」

 

サキの瞳は罪悪感ではなく、恐怖と涙で潤んでいた。

事実としてそんな言葉を吐けば、その場で始末されてしまったっておかしくないし、サキだって死にたいはずがない。こんなことを伝えてくれたのは、本当に勇気を振り絞っているのだろう。

その場の全員が、予想だにしていなかった叫びを理解するのに時間を要し、まっさきにスコヴィルが動いた。

 

「行こう、路伊!私がなんとかしなきゃいけないから。待っててね、織姫ちゃん」

 

サキの手をとってすぐ、スコヴィルは走っていってしまう。サキのことを助けたいと、何かをしたがっているのだ。

まだ混乱は残っているのかふだんよりも遅く、オルタナティヴなら追い付けるだろう。しかし。オルタナティヴにはサキを救えない。ツインも、アイサも同様にだ。スコヴィルを引き止める理由も、資格もない。ただ、オルタナティヴは自らの無力さを強く噛み締めているしかなかった。

 

「……彼女のことは、任せるしかあるまい。スコヴィルが考えなしだったとしても、何も浮かばぬわらわどもよりは手を尽くせるじゃろ」

「わたしたちは、華凜……女王タトルのお墓を作ろう。ここには葬儀屋も、警察も、遺族もなにもいない」

 

ツインにもオルタナティヴにも異論はない。

せめて、立派に戦って散っただろう女王の最期を、はなやかに飾ってやろうと。誰もが暗い表情をしたまま、葬儀に必要なものをかき集め始めた。



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2.

★裂織サキ

 

スコヴィルに連れられて、森のなかに入った。行く宛があるとはとうてい思えないし、スコヴィルが何をしたいのかよくわからなかった。彼女の魔法である「物質に刺激物の特性を与える」によって、サキの体内のどこにいるかさえわからい虫を狙う?それはきっと不可能だ。しかも体内のものを刺激物にすれば、粘膜に触れたときどころではないダメージが起きる。優しい彼女がそんなことをしたがるとは思えなかった。

スコヴィルは、サキを失うことを怖がってくれている。嬉しいけれど、胸が痛くなる。怖がっているから、こうしてサキを連れ出してあてもなく駆け回っているのだ。

でも、いくら駆けずり回ったって何も解決策になるものは見当たらなくて、サキは半ばどころかすべてをあきらめていた。自分のために努力してくれるのはもちろん嬉しいのだが、それが無駄に終わってしまうのは悲しい。サキには言い出せないことだけれど、できればもうスコヴィルにはがんばってほしくはなかった。これ以上いくらやったって虚しいだけだ。

 

ずうっとそう思いながら彼女に付き合っていると、ある時、突如として自分の胸のあたりから声が聞こえてきた。骨を通して、サキにだけ伝えてくる。

 

「楽しそうなことをしてるのね、サキちゃん?」

 

もう二度と聞きたくないと思っていた声だった。パラサイトリリムだ。奪われた唇と、送り込まれる虫の感触を思いだし、サキはなにもない胃の中身をぶちまけてしまいそうになる。しかしリリムは話を続けてくる。それも、面白がっているような声色でだ。

 

「吐いたって、私はもう消化管の外にいるのよ?意味がないわ。それに、いまからわたしがいいこと教えてあげるのになあ」

 

まさしく悪魔のささやきだった。だが、リリムにはクラムベリーと結託している。サキは実際にクラムベリーからリリムのもとへ引き渡された。恐らくは、いや、ほぼ確実に、リリムのほうが状況を理解している。

 

「あのね。その近くに、魔法少女のグループがもうひとつあるのよ。そこから東へ行けば合流できるの。そう、こっちね」

 

サキの首が勝手にぐりんと曲げられた。自分の意思ではない。リリムによって操作されている。藁にもすがりたいという思いではあったが、仮に合流して何かあったら、まだ平穏だったはずの別の魔法少女たちまで危険に晒すことになる。サキはリリムの言葉をきかず、自分の舌を噛みきってしまおうと歯をたてたが、それは叶わず、かわりにコスチュームの最も内側で下着の紐がちぎれた。

 

「……サキ。大丈夫だからね」

「わたしに考えがあるの」

 

サキは思わず自分の口を押さえた。自分の身体と自分の意思が合致していない。この身体はすでに、サキのものではないらしい。

 

「考えって?」

「あっちの方に、人影が見えたの。その人たちがなんとかできたりしないかなって」

「それもそうだよね……うん、行ってみよう」

 

主導権を完全に奪われてしまい、心のなかに閉じ込められたサキはただただ「やめて」と叫ぼうとするしかなかった。なんとしてでもリリムから自分を取り返し、どうにかしてこれ以上スコヴィルたちに迷惑をかけないために死にたかった。

だが、パラサイトリリムは人の心を理解してくれるような魔法少女ではない。スコヴィルについていくように身体は動き、スコヴィルもまたサキの言う通りに進んでいく。これが罠であるとなど少しも疑っていない。

 

やがて本当に少女たちの姿が見えはじめ、それがクラムベリーではないということにほんのすこしだけ安心した。

 

「ほんとにいた!すごいねサキ、こんな特技隠してたんだ」

 

無理をしているのがひと目でわかる。それに、それはサキではない。もはや津久葉路伊じゃない。気づいてほしかった。

 

「あら、あなたがたも魔法少女ね?」

 

するといきなり、さっきまで草むらしかなかったところから声がした。クラムベリーの魔法か、それとも小さくなれる魔法少女だったりするのだろうか。奇襲の可能性も考慮してスコヴィルは注意深く振り返り、そこには単純に生首が落ちているだけだった。

 

……生首が落ちている?

 

「えっ、ちょっ、首だけでしゃべった!?」

「そういう魔法なのだわ」

 

しゃべる生首をもうひとつ小脇に抱え、逆に本来あるべき場所に頭部がない人影が近づいてきていた。衣装の華やかさ、小脇に抱えた顔の整いようからして恐らくは魔法少女だった。衣装自体はきれいだし、普通に出会えば綺麗な印象を抱いただろうに、いかんせん首が繋がっていないのだから怖い以外ない。

 

生首の彼女を含めた三人が、スコヴィルとサキがたどりついた場所にいた魔法少女たちであった。

まず一人目の「パルへ」は優しげな印象であるのに持っている獲物は恐ろしい鎌であり、サキが抱いたイメージは未練があったら見逃してくれる死神。

彼女よりも本職の死神っぽいのは、二人目の首が離れている「ヘッドレス・ボロウ」だ。改めて見ると高貴なドレスであるのがよけいに恐怖を煽られる。首なしといえば騎士の話をよく聞くけれど、そういえば首をはねてしまう形の処刑台、つまりギロチンを使われた人物で有名なのはどれも貴族や王族だ。そういった者の亡霊とも思える。

最後のひとり、二つ名をもっており長い名の「熱砂の防人ルピィ・クリーパー」はいままでふたりのイメージとは別の方向で怖かった。エジプト系の神話を感じさせるデザインで、背負った謎の金ぴか円盤に沿ってサソリのしっぽが巻かれている。目立ちすぎやしないだろうか。近寄りがたい。

 

ただ、全員が物腰柔らかく、いきなり現れたスコヴィルとサキを拒絶はしなかった。ただ、それはまだリリムのことを話していないからかもしれないが、特に生首の彼女、ボロウが場をほどよく茶化してくれて、積極的には話さないサキふくむ三人と、悩んでいるためあまり心から笑えていないだろうスコヴィルの気をやわらげてくれていた。こういった明るくない雰囲気には、彼女のような明るいムードを作れる人物が必要なんだろう。

スコヴィルとサキは、彼女たちと一緒にいたいと思った。幸いリリムは合流してからサキから身体を奪おうとはしていない。自分が死のうとしていたことも忘れて、恥ずかしがりながらも三人へ向けて自己紹介をした。

 

 

「それじゃあ、せっかく新しく仲間も増えましたし、何かしましょう!えぇ、それがいいのだわ!」

「大丈夫ですか?食べ物もなにもありませんし、あなたも首のプレゼントくらいしかできないでしょ」

「うん、困りましたわね!こんな状況じゃあデートもなにもないし」

「人がいなければ、街はがらくたしかありませんしね」

「ならエキシビションマッチとかどうかしら?ルピィも暴れ足りなさそうですし」

「あ、まぁ、はい」

「おふたりは?どう?」

 

ルピィとボロウがすらすらと話していくのを、パルへといっしょにぼうっと聞き流していたせいで反応が遅れ、いきなり話を振られたことでスコヴィルと顔を合わせた。

スコヴィルは今すぐにでも、リリムのことを相談したいだろう。そのサキの推測通り、ボロウの提案そっちのけで相談をはじめた。

 

「あ、あの。とっても、言いにくいんだけど」

「どうかしましたか?」

「サキのことで、相談があって」

 

そう切り出して、スコヴィルは今までのことを話した。ほかに魔法少女がいたこと、そのリーダーが殺されてしまったこと、サキの身体にはわるい魔法少女の魔法が仕掛けられてしまっていること。

ボロウは表情にわかりやすく心情が出て、ルピィも黙って聞いてくれていた。今までの雰囲気とはうってかわって真剣になっている。最後にふたりで頼み込むと、ルピィが答えてくれた。

 

「……私の魔法でどうにかなる範囲であれば手は尽くします。ですが、成功するかはわかりません。もともと医療専門ではなく、荒療治専門なもので。それでもいいなら」

「お願いします」

 

スコヴィルがサキよりも早く答えた。その勢いに押されて、頷くしかない。

それを聞いて、ルピィは今までの近寄りがたい雰囲気ではなく、親しみやすい笑顔を見せてくれた。例えるなら、注射を控える子供に語りかけてくれているような。

 

「えぇ、頑張りましょうね」

 

もしかして、荒療治専門とはそのサソリのしっぽで注射を行うつもりだろうか。どう考えても痛い。サキは覚悟を決めなければならないらしかった。

 

「さて、スコヴィルちゃんはどうするのかしら。よければ、私といっしょに暇を潰しましょう。付き添いで見ていても、つらいだけでしょうし」

 

見ていてもつらいだけ、とは。サキがそこまで取り乱すほどの治療方法なのだろうか。いや、あのサソリのしっぽでやられると考えると確実に痛い。サキはひとりで勝手に納得し、スコヴィルの背中を押した。

 

「……わたしは大丈夫だから。大丈夫じゃないけど、きっとまた、三人で遊べるんだから」

 

彼女はなかなか頷いてくれなかった。けれどボロウの後押しもあり、サキが彼女の瞳を見つめたことが決め手になって折れてくれた。

 

そうだ、忘れていた。織姫よりも帆火よりも、路伊はお姉さんなのだ。お注射だってがまんしなければ。

サキはルピィに連れられて場所を移し、ここでスコヴィルと別れた。



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