ジータちゃんの次は…… (もうまめだ)
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帝国兵との出会い

 初めての方は初めまして、久しぶりの方はお久しぶりです。『ジータちゃんが闇落ちしたら……』を書いていたもうまめだです。


 前作の続編を書きたいと思い、それも完全な自己満足なのですが、いろいろと考えてたらなんとか構想が固まったので書き始めました。


 前回の反省は生かしていこうと思ったのですが、書き溜めはなく、投稿は定期的にはおこなえそうにありません(すみません)。

 一話書き終えるとすぐ投稿したくなっちゃうので……。

とりあえず、一話目、どうぞ。





 

 

~~~

 

 空高く昇る太陽は、もともとその色であったように佇む、辺り一面の色鮮やかな紅い草花を暖かく照らす。鉄の混じる海風は、漂う死の臭いを掃うこともできず、限界まで血を吸った重い衣服を弱々しく揺らす。

 

 少年は折れた剣を紅く染まった大地に突き刺し、両手をつき、首を垂れている。その虚ろで吸い込まれるような瞳には、崖際に生える草の不自然に破られた葉しか映っていない。そしてさらにその先、ずっと遠く先には、広大な空と四つの蒼い海が地平線の彼方で混ざり合う、幻想的な美しい風景が広がっていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 空は快晴なのに、そこには影しかなかった。鬱蒼とした森は地に光を通さず、昼でも辺りは薄暗い。そんな場所に俺たちはいた。多数の俺たちに対して、多数の敵。ちょうど一人に一人がいる戦場で、俺たちは命のやり取りをしていた。未だ目の慣れぬ薄暗さは死角を増やし、時にそれは攻撃のチャンスと化し、また命の危険となった。

 

 鬱蒼とした森だが、そこだけ注目を浴びるように日の光の差す場所があった。俺は互角ともいえる敵と戦いながら常にその場所、正確にはそこで戦っている俺たちの隊長、いや、俺が世界で最も尊敬している人を見ていた。何かあればこの身をもって助ける。そんな意志の下、俺は常に注意を払っていた。

 

 だが、敵がいる戦場で俺のそんな我儘が通るはずはなかった。敵の鋭い牙、頑強な爪は俺をゆっくりと後退させ、段々と俺は彼から離されていった。そして、その時はやってきた。俺はその光景を、瞬きもせずに記憶に焼き付けていた。

 

 筋骨隆々の腕が握る二対の大剣が、二回りも大きい体躯をした敵の一撃を受け止める。鉤爪と金属がぶつかり合い、一種の衝撃波を放つ。力比べは両者ともに勝負つかず、ただ手持ちの武器の多さのみが勝敗を分けた。敵の、蛇の頭をした尾がしなり、彼の腹部へと一直線に飛び込んでいく。

 

 逃げられたはずだった。持っていた剣を放し、俊敏な身体をひねれば避けられたはずだった。それなのに彼は逃げようとせず、ただ片手のみを剣から放し、そのまま口元へ輪を作った指を持っていき……

 

 

 

ーーー

 

 フリーシア宰相の失脚より約XX日前、ルーマシー諸島にて

 

 

ーーー

 

 甲高い笛の音に目が覚める。エルステ帝国艇の中、周りでももぞもぞと起き始める音がする。遠くからは絶え間ない砲撃の音がしていた。

 

 

 嫌な夢だ。

 本当に嫌な。

 

 

 この夢を見た日は大概嫌なことが起きる。思い出したくない記憶を夢に見て身体が委縮するのか、それとも自身が負う罪ゆえか。罰か、呪いか。

 

 

「おい、支度が遅いぞアクセル。お前のそのあだなは名ばかりなのか?」

 

 

 上官の怒鳴り声に周りが笑う。この場にいる全員は味方だが、仲間じゃない。仲間なんて思える人は、あの日を最後にいなくなった。

 

 

 

 

 慌ただしい朝食の後、俺たちは外にでた。朝礼のためだ。外に見えるのは鬱蒼とした森に蠢く茨、そしてその島に砲撃される無数の灰色の弾。

 

 俺たちの役目はフリーシア宰相の乗る艇の護衛だった。これからあの島に潜入するらしいのだが、近づくものすべてを弾き、妨げる茨に苦戦を強いられているようだった。つまりしばらくは、というかいつまでなのかは分からないのだが、俺たちに与えられた命は待機だった。

 

 朝礼が終わり、俺たちは艇の中に戻る。一人一部屋とはいかないが、寝る場所くらいは与えられている。そこに寝転がり、すぐに出られるようにしておきながら目を閉じる。脳裏にはまだ朝見た夢が消えず、これから起こるだろう不運に思いを馳せる。できることならば何もしたくない、寝ていたい。

 

 

 

 そうして一時間は経っただろうか、突然艇が動き出した。周りの奴らが一瞬沈黙し、また騒ぎ出す。急な発進の後に船内は何度も揺れ、無理な航行をしているのが外を見なくても分かる。すぐにこの艇からも砲撃を行う音が聞こえ始める。

 

 

 上官は現れず、新たな命令もなく。ただ揺れる船内で、俺は目を閉じていた。いやな感じだ、起こそうとしなくてもいいことを起こし、起こらなくてもいいことが起こる。いっそもう全部やめて故郷で警護兵でもやろうか、そんなことを思っていると、今までで一番の衝撃が床から体に伝わった。船内がきしむ音がし、地面を擦っていくような音も続けて起こり、それが数秒間、艇が壊れるのではないかとも思えたが、すぐに静かになった。

 

 

 

「全員外に出ろ!」

 

 上官の叫び声が聞こえた。

 

 

 

 外は騒がしかった。何人もの帝国兵があちらこちらを走り回っている。向こうにはもう一隻の艇が同じように地に痕をつけて着陸していた。あちらの艇にフリーシア宰相が乗っているのか。そんな思いは上官の罵声にかき消される。

 

 

「これから本作戦に入る。内容は事前に伝えた通りだ。フリーシア宰相の護衛隊はこのまま私について来い。残りは命令があるまでこの艇の周りの警備だ。魔物が出て来たら殺せ。今、この島に人がいるはずはないが、いたら拘束して上官に伝えろ。以上だ。」

 

 

 

 もちろん俺は待機組、与えられた役目は警備だった。夢にまで見た帝国兵を勤めることができるのは名誉だが、これ以上の昇進も役目も与えられたい人生に、すでに生きがいなんてなかった。

 

 帝国の所有する艇の中では中型で、周りを警備するのには十数人で足りる。ずっと鳴り響いていた砲撃音はいつの間にか止んでいた。もともと宰相の乗った艇をこの島に入れるための作戦だったから、砲撃をやめるのは当然なのだろう。

 

 無理矢理の着陸で倒された木を片付け、運んでいく兵たちの音を除けば、森は静かだった。魔物の出る気配もなく、このまま何事もなく今日が終わればいい、そう思う俺の願いが叶うこともなく。

 

 

 音沙汰もなく数時間、それは突然始まった。

 

 

 

 

 不意に聞こえた銃声。随分と近いそれは、俺と同じ警備兵のものだろう。辺りをみると全員が音のした方向を見ている。

 

 魔物か、すぐ始末されるだろう。

 

 

 

 けれども銃声は止まない。度重なり森に響き渡る銃声に、応援しに行った方がいいのか不安になる。だが、持ち場を離れるのは嫌だし、その前に面倒ごとに巻き込まれたくない。

 

 

 

 そう思い立ち止まっていた俺の目の前で、がさがさと音がして。目の前の草原が揺れて。咄嗟に銃口を向けたその先に、魔物がゆっくりと現れた。

 

 魔物は即始末。そういう命令だったはずだ。

 

 

 すべての生物の弱点である頭に狙いを定め、引き金を引く。血しぶきが上がる。けれどその魔物は倒れなかった。頭から血を流し、普通なら動かないはずなのに、ゆっくりと歩を進めてくる。その後ろからもさらに何匹もの魔物が現れ、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

 「な、なんだ、こいつらは!」

 

 

 パニックに陥り、銃をがむしゃらに撃つ。弾は地に穴をあけ、空に血を飛ばし、それでも魔物は倒れない。

 

 

 なんで、なんで、なんで?

 

 

 気づくと銃から弾はなくなっていて。弾倉ならまだいくつも持っているはずなのにそれを取り換えるという思考も働かず。いつの間にか聞こえてきた辺り一面の銃声に驚きながらゆっくりと後ずさりをする。

 

 

 上の方から怒鳴り声が聞こえた。

 

「全員艇の中に戻れ、上から銃撃する!」

 

 

 指示だ。簡単だ、それに従えばいい。いつのまにか染みついてしまった命令には従えばいいという体の反応は、目の前の魔物によって遮られる。弾がないのに、この場からどう逃げればいい?

 

 

 

 幸い目の前の魔物たちは威嚇したまま、なぜか俺を襲うことはなかった。それは本当に幸運だった、俺が思っていた以上に。 

 

 

 しばらくのにらみ合いの後。周りから聞こえていた銃声は上からの銃声に変わっていた。目の前の魔物は動かず、だから俺も動けずにまだ避難ができていない。このままだと味方の銃の犠牲になるかもしれない。焦る俺だが、通せんぼをするように俺を動かさなかった。

 

 

 地響きが聞こえたのは少し前からだった。どこからと言われれば上以外の辺り一面から。前からも後ろからも横からも下からも。揺れているわけじゃない、ただ重々しい何かを切り裂いていくような地響きがずっと聞こえていた。そして、それは不意に地上に、現れた。

 

 

 後ろからの急な衝撃に、俺は赤子のように前に吹っ飛ばされた。空中で前転しながら飛ばされた俺の視界に映ったのは、艇を真っ二つにする巨大な木の根だった。

 

 受け身を取れず思いっきり頭を打つ。脳が揺れ、目がくらくらする。何とか上体を起こすと、目の前にはあちらこちらから木の根が、まるで意志をもった触手のように艇を破壊する光景が広がっていた。艇に乗っていた他の帝国兵がどうなったのか考えたくもないほどの、それは一方的な破壊だった。

 

 

 自分には太刀打ちできないほどの強大な力。森が、島が敵になったような。動けない、今この場を動いたら即座に吹き飛ばされてしまうような、そんな恐怖がある。

 

 

 銃声、悲鳴、破壊。さまざまな騒音の中、無意識に俺は耳を澄ませていた。その音はトラウマでもあり、今の自分を救済できる唯一の音色。俺はそれをずっと待っていた。

 

 

「撤退だ!、撤退しろ!」

 

 

 上官が叫んだ声が微かに聞こえた。そして、その直後に甲高い口笛が響き渡った。

 

 心臓がどくんとなる。今まで動かなかった動きたくもなかった体が自らの意志と関係なく動き始める。立ち上がった俺はすでに全壊に近くなった艇に、その上にいた味方に背を向け走り始める。

 

 

 

 戦闘時、緊急時の上官の口笛は撤退、退避を意味する。それは、帝国兵自身が自らが安全だと思える場所まで逃げていいという規則で、兵に与えられた最後の自由。

 

 

 

 無我夢中で走った。ただ一つのことをしているとなぜか逆に冷静になり、替えの弾倉があったことを思い出し、それを取り換える。周りを見れば木ばかり、その光景が過去の記憶と重なる。……だって、あの時はそれが俺のやるべきことだったじゃないか。

 

 

 どこまで逃げればいいか分からなかった。いずれ人のいる、開けた、安全な場所にたどり着けると勝手に思っていた。それは過去の記憶と重なったことによる誤解。

 

 突然目の前に広がった空に俺は立ち止まった。断崖絶壁のそこからははるか遠くまで青空しか見えない。朝までこの島には無数の砲撃が降り注いでいたはずなのに、それがまるで嘘だったかのような静かな空だった。

 

「そうだ、この島は……」

 

 人の住んでいない、未開の島だ。どこに行っても街すら、安全な場所さえあるかも分からない。逃げたら安全になれる、それが保証されていなかったことを知ってまた混乱する。後ろからがさっという音が聞こえた。

 

 

 振り向けば魔物。だから嫌なんだ、あの夢を見た後にいいことなんて起こりやしない。

 

 

 威嚇射撃を行い、俺は再び駆けていく。戻ろうと思った。あそこには俺たちの乗った艇のほかに、フリーシア宰相の乗ってきた艇があったはずだ。一隻破壊されても、もう一隻に全員が乗り込むことは可能だろう。さっきまで走ってきた方向は覚えていたから、また走り始める。そして、こんなことを考えたことをすぐに後悔する。

 

 

 走る方向の頭上はちょうど木々がなく開けていて。俺の走っていく方向は俺が最初にいた方向だったことがすぐに分かった。なぜか、それは見上げた先に島から離陸する艇が見えたからだ。

 

 あんなことを考えたから、その希望を打ち砕くようなことが起こる。だったらもう何も考えたくない。

 

 

 

 そのあとはもう、無茶苦茶に走った。俺はこの島に残された。俺だけなのか、他にもいるのかは分からないが、少なくとも帝国に捨てられたのは確かだった。いや、もしかしたら救援が来るのかもしれない。だったら、朝からそこら中にいたはずの艇が助けに来るだろう。

 

 意味のない自問自答で自我が保たれているのか、俺はぶつぶつと独り言を言い続ける。不意に現れた魔物に銃を撃ち、また走る。とどめさえ刺すことなく、何故撃ったのか、ただの挑発にしか過ぎないのに。そんなことを繰り返し、いつの間にか何匹もの狼に追われていた。一人が所持できる弾倉の数には限りがある。冷静に、冷静にならないと。

 

 

 走りながら、追われながら、今にも追い付きそうな一匹だけを振り返るとともに狙う。まるで走馬灯のように、声が蘇る。懐かしい声だ。

 

 

『生き物は急には止まれない。そんなことは誰でも知ってる。だが、生き物が急には曲がれないことは、みんな知っているようで意識できていない。いいか、目の前から魔物が来たら、走ってきたら、そいつの真横へと身体を滑りこませろ。もちろん爪や牙に気を付けながらだ。そうすれば奴らは、身体は慣性によってまっすぐ進んでいくから、顔だけをこちらに向ける。その時が、チャンスだ。頭、そして心臓のある腹が狙える最高の一瞬がある、それを逃すな』

 

 

 

 すぐ後ろに迫る魔物が爪を伸ばし俺の背中を傷つける寸前に、俺は斜め左後ろへと方向を変える。右から魔物が頭だけをこちらに向け、空を爪で切り裂きながら飛んでいく。その頭に狙いを定め、引き金を引く。

 

 

 あと、四匹か。すぐに走り出す俺の眼が、なぜか下を向いていく。

 

 

 そうだ、事がうまく進むはずなんてないんだ、だって……。

 

 

 単純な、だが致命的な。足元にあった木の節に気づかず、足を引っかけ上体が倒れていく。それだけなら良かったのだが、避けたはずの木の枝に銃が引っかかり、俺の手元から離れていく。地面に思いっきり身を投げられ、銃に引っ張られた腕でうまく受け身も取ることもできなかった。飛び散った砂が目に入り、視界がにじむ。肺の空気がすべて抜ける。

 

 

 不幸だ。視界が晴れれば、呼吸が戻れば、武器のない俺を囲むのは魔物。せめて、いややはり短剣でも装備しておくべきだった。思い出したくない記憶があったばかりに、仕舞ったままの短剣があったじゃないか。

 

 

 視界が戻る。呼吸も戻る。目の間には魔物。最後の抵抗の後ずさりも、転んだ時にひねったのか足の痛みを確認するに過ぎない。もう走れそうもない、万事休す。

 

 

 

 

 諦めかけた俺は、突然火を噴いて飛んでいく目の前の魔物を目を見開いてただただ見ていた。茫然とする俺は後ろから聞こえる人の声に気づき、後ろを振り向く。そこには俺よりも若い、少年と二人の少女が肩に小さな魔物を連れてこちらに走っていくところだった。

 

 

 

 




というわけで、またぼちぼち始めていく所存です。

今回はあまりメインストーリーとは関係ないかな、とは思っています。


では、次話もよろしくお願いします。


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