魔法先生ネギま!悪の英雄章 (超高校級の警備員)
しおりを挟む

第一話 胎動する悪

 メインの方がかなり行き詰まったので投稿してみました。
 いずれ投稿しようと考えていましたが、書き溜めはあまりありません。かなり気まぐれな投稿ペースになると思いますが、よければお楽しみいただければ幸いです。


 東京行きの飛行機がまもなく羽田空港に着陸しようとする。

 着陸までもう少しとのとこでトラブルは起きた。

 

「お客様、もうすぐ着陸となりますのでシートベルトを締めてください」

「…………」

 

 キャビンアテンダントが老人に言うが、老人は反応を見せない。

 実はこの老人、裏社会の大物である。目立たないようにあからさまなボディーガードは着けず、一般人に偽装させた部下を何人も自分の周りに配置している。怪しい動きをする者がいればさりげなく邪魔をし、いざとなれば持ち込んだ拳銃も使う。そのガード体制は大統領のボディーガードをも上回る安全性。それほど敵が多い人物でもある。このキャビンアテンダントも実は彼の息がかかっている。

 

 例えこちらの手の者だとしても警戒は怠らない。怪しい動きが無いか目を光らせる。例え仲間であろうと警戒を緩めない。簡単にスパイや裏切り者が入れるほど軟な裏組織ではない。裏切ったりすれば酷い罰が待っている。それでも裏切りやスパイがないとは限らないため、全員が全員を監視しあう。

 キャビンアテンダントの女性が老人に触れ、揺さぶってみる。

 

「お客様……?」

 

 ボトリ

 

 すると、老人の頭部が床に落ちた。

 

「キャ―――――――――――――!!」

 

 キャビンアテンダントよりも先に近くの席の一般人女性が悲鳴を上げた。その声を聞いてなんだなんだと周りの乗客も現場を見る。遠くの席の人はシートベルトをしてる状態なので見えないが、近くの席の人は不幸にもその生首をみてしまった。

 

「く、く、く、首が、首が切断されてる!」

「一体どうして!?」

「おい! 一体どうなってるんだ!?」

 

 着陸直前だと言うのに機内はパニック状態。プロのキャビンアテンダントたちはこの事態を収拾するため、一度乗客を落ち着かせとりあえず着陸できるようにした。

 着陸した空港に警察が駆けつける。そして、被害者および乗客の手荷物検査を再度行った。が、誰一人として凶器になりそうなものは所持しておらず、乗客はひとまず解放された。

 その事件が起きた飛行機の乗客のうちの一人、中学生くらいの男性は空港を出ると、乗客の出待ちをしているタクシーを一台つかまえ乗り込んだ。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 俺の始まりはごくごく普通の一般家庭だった。

 ただ一つ違うのは、生まれた時から不思議な能力を持っていたこと。この能力は可能な限り俺に危険が迫ると自動で守ってくれる。頭で動きを命令して手動でも動かすことができる。むしろそっちがメイン。

 とても便利なものを神様は授けてくださったようだと思った。だが、この能力は俺に幸福ばかりをくれるものではない。

 

 さっき言った通り、この能力は生まれつき。能力は俺の一部と言っても過言ではないため、俺であれば赤ん坊でも扱える。つまり、赤ん坊の俺が危険や嫌と感じるものすべてに反応してしまうのだ。

 例えば、怖い顔の人に会った時、親にダメと言われた時、同じ赤ん坊と玩具の取り合いをする時などちょっとのストレスで動いてしまう。

 果てには俺の命令に従うものだから、ほしいと思ったものを無理やりとってきてしまう。小さな子供はそういう加減を知らないから。

 赤ん坊にとって嫌と思うような事は多々ある。それこそ王様の子供でもない限りすべてを取り除くなんて不可能。そのためこの能力は多くの人を傷つけ怖がらせた。

 そしてついに、俺は親に捨てられ施設に入れられる事に。子供だてらこの事実を知ったのは幼稚園に入るか入らないくらいの年だったっけ。

 

 俺の預けられた施設は最悪の場所。表向きは普通の孤児施設を装っているが、実際は悪徳親父が国、民間から金を巻き上げるだけの隠れ蓑。子供たちは園長にコキ使われ、ストレス解消のためにいじめられた。俺も同じくな。

 物心ついたころには俺は園長に逆らうのも嫌になるくらいの恐怖心を抱いていた。きっと、赤ん坊の頃から恐怖を刷り込まれていたんだろう。赤ん坊は嫌と言う感情は強くとも、これが危険と言う事はイマイチわかりにくい。そのため能力で傷つける事もなかったのだろう。運の悪いことに、園長は顔だけは善人に見える。反撃するより前に恐怖を埋め込まれてしまったんだろうな。

 この環境から逃げ出すこともできず、ひたすら耐え続ける日々が何年も続いた。

 

 そんな劣悪な環境を飛び出したのは七歳の時だった。

 あの日は特に園長の機嫌が悪く、酒をがぶがぶ飲んでいた。警察か民間が怪しんでその隠ぺいに苦労させられたりしたんだろう。

 その日の、運悪く園長に目をつけられたのが俺。個室で園長から執拗なまで殴られたりして痛めつけられた。

 その時俺の怒りが限界を迎え、初めて園長にこの能力を使った。園長の皮膚を切り刻み舌を引きちぎる。園長は痛みで狂いもだえる。そして最後には体内に侵入して死ぬまでグチャグチャにかき混ぜたのを覚えてる。こうして園長を殺し施設を飛び出した。

 

 施設を飛び出したのはいいが、俺にはまともな金がない。七歳の子供に自力で金を得る手段なんて無きにひとしい。これが俺の能力の悪用の始まり。

 俺は金を持ってなかったが、周りの人たちは持っている。だから能力が他人から見えない事をいいことにスリを働いた。小さな子供が一人で大金を持っていれば悪い兄ちゃんが寄ってくる。俺はそれを容赦なく半殺し。柄の悪い大人も病院送り。俺の金を奪おうと本気で殺しに来た大人は逆に殺してやった。誰も俺が殺したなんて思わない。俺は既に殺しすら平気になる程狂っていた。

 

 そんな俺の前に現れたのが俺の師匠でありお父さん。お父さんと言っても血のつながりもない赤の他人だけど、俺にとっては本当の父親。

 初めて会った時、父さんは俺をじっと見つめ続けた。俺の心の内を見通すかのようにじっくりと。その目が何となく頭に来たから、俺は能力で殺そうとした。殺気が強すぎて傷を負わせる程度で済んでしまったが。

 その後は殺すか殺されるかの大バトルに発展。勝負の結果は、傷の具合では俺の負け。でも相手の殺傷権利を勝ち取ったのは俺。なんせ喉を掻っ切る事が出来る位置まで近づけたからな。父さんも喉元に当たる刃を感じ取り攻撃を止めた。俺はボロボロで、父さんは数カ所の深めの傷だけ。

 すぐに殺せる。でも、俺は殺せなかった。かなり長い時間躊躇してしまい、先に体の限界が来てしまったから。

 

 倒れた俺を安全な所に運び、治療してくれたのは父さん。それが俺が父さんの息子、弟子になったきっかけ。父さんからはたくさんの事を教えてもらい、学校にも行かせてもらえた。本当に感謝してる。

 主に父さんから教えてもらったことは能力の使い方。これは正直なんの参考にもならなかった。他にも魔法に関する知識と技術、日本の呪術や札術など普通では触れる事もない事ばかり。

 父さんは昔、関西呪術協会という所の幹部をしていたらしい。関西呪術協会とは、京都に総本山を置く古くから日本を守ってきた陰陽師や剣士などの退魔師の組織。言ってみれば日本の魔法使いの組織。

 その関西呪術協会は昔、魔法使いが現れて居場所を奪われた。そして父さんは、その魔法使いの魔術を熱心に学んでいたため追放されてしまったと。

 

「お客さん、どこまで?」

「麻帆良学園までお願いします」

 

 そんな父も、数年前に亡くなった。亡くなったって言い方は穏やか過ぎるかもしれない。そんなまるで“寿命で死んだような言い方は”

 

『魔法使いは敵だ。だが……敵から身を守るには『敵』の文化をよく知らなくちゃあならないって考え方もあるんだ』

 

 お父さんがそう俺に言ったことは今でも覚えてる。今での毎日俺の耳元でささやくかのように、俺の脳内に響いてる。

 

「残念ながら父さん、俺の敵は魔法使いじゃないんだ」

「え? 何かおっしゃいました?」

「いや、なんでもない。明日の授業に間に合うかなと思っただけです。まあ、元々明日は休む予定だったので安全運転でお願いします」

 

 独り言が運転手のお兄さんにも聞こえてしまったか。一仕事終えた後はどうも油断してしまう。俺の悪い癖だ。早急に治さないと。

 だけど、陽気になってしまうのも無理はない。なんせ、久々の大きな依頼。入る金額もドデカイ。今頃俺の口座に8桁の数字が更新されているだろう。確認が楽しみだ。

 もう誰もがわかる通り、飛行機内であの裏社会の老人を殺したのは俺。だけど、俺が殺したなんて誰がわかるか。いや、想像すらつくまい。

 

(フフフ、誰も気づきやしない。俺に辿り着くことなど決してありえない。大抵は事故、もしくは今回のように未解決事件として処理される。

 どんなに厳重な警備を敷こうが無駄だ。俺だけが持つこの力、『灰の塔(タワーオブグレー)』の前ではな!)

 

 俺以外には誰にも見えぬそのクワガタは、おぞましい口を開いて俺の傍に控える。




灰の塔
主人公 攻撃力C スピードA 射程距離A 持続力B 精密動作性D 成長性C
原作 攻撃力E スピードA 射程距離A 持続力C 精密動作性E 成長性C


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 目覚める悪魔

 その日、麻帆良に住む一人の少年は教室の窓から雲一ない空に浮かぶ太陽を見ていた。 

 その男の名前は『日鳥止(ひとりとまる)』。麻帆良学園の2-C組に所属する男子学生。平均以上身長にやや痩せすぎな印象を与える体系。不健康な生活を送ってるわけでもなく、いたって健康的な日々を送っているにも関わらず若干の不健康体が見られる。それは幼少の頃の後遺症のようなもの。

 

「……ふぁ~あ」

 

 太陽に向かって大きな欠伸をした。

 もうすぐ六限目も終わりの時間。授業のまとめを言ってる先生の言葉も真面目に聞かずに、太陽を見て終わりの時間を待つ。

 

 キーン コーン カーン コーン!

 

「それじゃ今日の授業はここまで」

「起立、礼」

 

 起立、礼の挨拶も終わり放課後へとなった。掃除当番はこの後ももうしばらく学校にいるが、止は当番じゃないため既に帰り支度を済ませ帰ろうとしていた。そんな止を呼び止める学友が二人。

 

「なあ止。後で(ダン)の家に押しかけないか? 初日で休んだお見舞いも兼ねてな」

「今日あいつが言ってたゲームの発売日だろ? あいつ絶対学校サボってゲームしてるぜ。お見舞いついでにゲームやらせてもらおうぜ」

「そいつは魅力的な提案だ。だけどワリィ、今日はちょっと用事があるんだわ。

 

 二人の友人の誘いに行きたそうな表情をしたが、用事があるためそれを断念。

 そのまま鞄を持って教室を出ていく。

 

「じゃあなガイル、デーボ。また今度誘ってくれや」

「おう、わかった」

「じゃあな」

 

 そして止は真っすぐ自宅へと帰った。一人暮らしの止の家には誰もいない。止は制服から着替えずに自分の部屋に一直線に向かう。

 止以外誰もいないハズの家の中。止の部屋には既に誰かが止の帰りを待っていた。

 

「やあ、お帰り」

「ただいま」

「そしてお疲れ様。それじゃ、さようなら」

 

 止の部屋で先に待っていたのは止。止は能力を出現させ、やってきた方の止の首を刎ねた。首を刎ねられた止の体はボンという音と共に消え去り、後に残されたのは首を斬られた人型の紙。その中心には『日鳥止』と書かれている。

 

「ふむ、やっぱり身代わりの紙型は便利だな」

 

 今日麻帆良学園で日常を送っていたのは止が作った身代わり人形。自身が仕事の依頼で短期であろうが長期であろうが不在を作るのを嫌う。何か会った時のアリバイや魔法使いに気取られるのを防ぐため。

 

「関東の魔法使いも関西の呪術師もアホばっかやな。こんな便利なもん作っといて見破る手段を考えてへんのやから」

 

 止は破れた身代わりの紙型を拾い上げ、手でちぎった上に念入りにシュレッターにかけた。身代わりの紙型を麻帆良内で使われたのを万が一でもばれないために。この紙屑はこの後自宅で焼却予定である。

 とりあえず一安心した止はすっかり安心して地元のしゃべり方に切り替えた。

 

「んで、こっちが今日までのノートやな。う~ん、綺麗にまとめられて実にすばらしい。だけど、この量はちょっとめんどくさいな」

 

 身代わりの紙型は身代わりはしてくれるが、記憶の譲渡はできない。だから身代わりの止が描いたノートでその日の予習をしなくてはならない。学校で起こった覚えておかなくちゃいけない事もメモ帳に描かれている。帰ってきた止はそれらに目を通さなくてはいけないため、少々めんどくさいと思っている。

 

「だけど、ん~! 約一週間ぶりの我が家。やっぱり落ち着くな~。金もたんまり入るし。グフフフフフ」

 

 すっかりご機嫌な止はノートをその辺にほっぽり出してベットの上に寝転ぶ。後でどうせしなくてはいけないのはわかっているが、今は全力でこの幸せをかみしめたいと思っている。

 目を閉じ大きく深呼吸しそのまま夢の中に落ちていきそうな様子。久しぶりに本場のソースたっぷりのお好み焼きが食べたいなと思っていると、止の携帯が鳴りだす。

 

「この着メロは……表か」

 

 止はいくつかの着メロを使い分けて使用している。裏関係で人には利かせられない話をうっかり人前でしないようにするためである。

 

「標準語標準語」

 

 しゃべり方を標準語に戻すと携帯の通話ボタンを押す。

 

「なに?」

『またあのストーカーが女子エリアに行った。すまんが行って連れ戻してくれないか』

「はあ? また? 先週見つかって目玉くらったところだろう! 何考えてんだあの馬鹿」

『わからん。ただ馬鹿ってことだけははっきりしてる』

「あ~も~わかった! 俺が引き受けるからそっちはそっちで何とかしてくれ」

『了解』

 

 話を終えた止は先に電話を切った。

 こうしてしぶしぶ行きたくない女子エリアへと足を運ぶのであった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 俺は探すのがうまく、隠れるのがうまい。まあ、灰の塔(タワーオブグレー)で先に偵察させてるから見つけるのが早いだけなんだけどな。隠れるのも人がいないルートを先に見れるから。

 女子エリアのギリギリラインまで辿りついた俺は、中には入らずに手前で立ち止まる。

 

「さてと。始めるか」

 

 俺は自慢の能力、『灰の塔(タワーオブグレー)』を飛ばして内部を探る。男子生徒が女子エリアにいてはいけないルールはない。が、あまりいていい場所ではない。今回は仕方ない理由があったとしても、俺は長居したくない。もっと言うなら目撃もされたくない。まあそれは無理だけどな。

 

「今までは月に一、二回程度だったのに。今月はもう四度目だぞ」

 

 俺はそのストーカーに対する文句を垂れ流しながら、たばこでも吸いたい気持ちになって探し続ける。

 

「見つけた! って、あいつもうこんなところまでいるのかよ」

 

 そのストーカーの居場所を探し当てた俺は、次にその場所までできるだけ最短でなおかつ人に見つからないように進んでいく。多少遠回りになって人に見つからないのが最重要。

 ルールがないとはいえ男子生徒は基本女子エリアに入ることは暗黙のルールでご法度。めんどくさい女子生徒に見つかれば俺が何かしらの小さくい被害を被る。

 そうならないためには、スタンド能力をフルに使って最短安全ルートを進むしかない。最短こそ最も安全な道なのだ!

 そして何とか誰にも会わずにストーカーの場所までたどり着いた。

 

「やっとここまで来たぞ。待ってろよのどか~!」

 

 女子中等部に思いっきり侵入し気持ち悪いことを言ってるのが俺が連れ戻しに来たストーカー。国民的アニメのタラちゃんをリスペクトしたような後頭部の男。こいつの名前は東方院常秀(とうほういんじょうしゅう)(じょう)の前か後ろにジョと呼べる漢字が入ってればジョジョと呼べるのに。惜しい名前だ。だが、その行動は主人公たちとは似ても似つかわしくないがな。

 

「何が待ってろだストーカー常秀犯!」

「へぶっ!」

 

 俺は気配を消してストーカー常秀の後ろに立ち、後頭部を思いっきり前へ踏みつける。そのせいで常秀は木に頭を打ち付けた。

 隠れてるんだからあまり物音は立てたくないが、この一発は仕方ない。

 こいつの言ってるのどかとは、麻帆良学園本校女子中等学校2年A組の宮崎のどか。こいつとそののどかって奴は幼馴染。常秀の話によるの初キッスは彼女らしい。

 しかし、何が原因か常秀は彼女に執着しストーカー状態となっている。その気持ち悪さから本人からは着信拒否されてるって話だ。自業自得だな。

 そんな常秀に執着されてる宮崎のどかって女子生徒は男が苦手らしい。その原因はこいつ(常秀)が一枚噛んでるか、そもそもこいつが原因じゃないかと俺は思ってる。だって気持ち悪いもん。

 こいつの行動は学校に報告しなくてはいけないレベル。だが、こんな奴でも俺たちの仲間だ。普段の常秀はちょっと気持ち悪いけど気の合ういい奴なんだよ。だから、こうやって俺たちで止めてやり職員と親には内緒にしてやってる。

 割と軽く蹴ったため常秀は打ち付けた部分をさすりながらふらふらと立ち上がる。

 

「なんだよ止。なんでおまえがここにいるんだよ」

「おまえがとんでもないことをする前に止めにきてやったんだよ。さあ、帰るぞ」

「嫌だ! 俺はのどかに会いに行くんだ。彼氏が彼女に会うことに何の問題があるんだよ~」

 

 こいつ……。いつもみたいに悟られずに気絶させればよかった。今日は長旅の疲れがあるから、気絶した常秀を運びたくなかったからしなかったけど。クソッ! 失敗だった。

 

「いい加減にしろ。おまえが好きなのどかちゃんの男性恐怖症を悪化させる気か?」

「のどかは俺以外の男を寄せ付けないだけだ! 全寮制になってきっと寂しい思いをさせてる。俺が行ってあげなくちゃいけないんだ!」

 

 ダメだこいつ、早く何とかしないと。言葉が通じない。

 そうだな、まずは常識を教えるところから始めよう。それが終わったら日本語の勉強だな。と、そんなこと考えてる場合じゃない。説得でも暴力でもいい、早くこいつをここから連れ出さないと。

 

「!」

「ん? どうし…」

「シッ!」

 

 さっきまで人がいなかったこの場所だが、ついに誰かが来てしまった。怪しまれないために俺は常秀の口をふさぐ。このままやり過ごせたらいいんだけど。

 なんで口をふさがれたのかわかってない常秀のために茂みの奥を指さす。ゆっくり、慎重に見つからないように外をのぞかせる。

 外にいるのは二人。ツインテールの女子生徒と10歳くらいのガキの後ろ姿。それと、大量の本を持って階段を下りる短髪の女子生徒の姿。女性の力でその量の本を持つのはいささか不適切だと思う。それに、そんなに端っこを手すりもない高い階段を歩くのは危ない。落ちたら大変じゃ済まない。ほら、そうやって足を踏み外して……って、ええ!?

 

「のどか――――――――――――――――ッ!」

 

 今階段を踏み外したのがのどかちゃんだったらしく、常秀は猛ダッシュで茂みから出てのどかちゃんのところへ走り出す。

 

「あのスピードならもしかしたら……いや、ダメだ。間に合わない」

 

 運動音痴とまではいかないが運動が苦手な常秀だが、運動音痴とは思えない速度で走っていく。だが、距離がありすぎてとても間に合う気がしない。あの高さから落ちたら本当に危ない。

 あまりにも急なことのためすぐには灰の塔(タワーオブグレー)を出せなかった。

 距離は約15……いや、17メートル。灰の塔(タワーオブグレー)の射程距離であり、今から出しても間に合う。だが、それでは人一人浮かせるパワーが出ない。事実上不可能である。

 

〈だけど、常秀が間に合うまで数秒遅らせるくらいなら〉

 

 一か八かで灰の塔(タワーオブグレー)を全速力で飛ばす。少しの思考のラグのせいで状況はさっきより悪い。だが、間に合ってくれ!

 必死に走る常秀。それを追い抜かして俺の灰の塔(タワーオブグレー)が前を行く。

 予定通り俺の灰の塔(タワーオブグレー)は間に合ったが、思った以上にパワーが出ない。くそっ、リスクが低すぎるか! だが、今更リスクを高める時間はない。このギリギリの時間、常秀が間に合うかどうかにかかっている。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 キャッチは不可能と機転を利かせた常秀は自身がクッションになろうと前方に思いっきり飛び込んだ。

 しかしこのとき、10歳くらいのガキ背負っていた荷物から布に包まれた杖を掴み、何かを発動させた。

 すると、のどかちゃんは地面からおよそ1mのところでふわりと体を浮かせゆっくりと落ちていく。そのせいで勢いついた常秀は見事階段の側面に顔面を強打させた。これはひどい。てか、あのガキ魔法使いだったのかよ。

 しかし常秀、今のおまえは猛烈に輝いていたぞ。その雄姿、しっかりと俺が皆に伝えよう。だが、常秀には悪いが俺はここで撤退させてもらう。女子中等部はなぜか魔法使い関係者の巣窟なんだ。その後のフォローはしっかりとしてやるから安心しろ。

 灰の塔(タワーオブグレー)を戻してこの場を去ろうとするが、スタンドの視線でそのガキを真正面から見た。

 一目顔を見た瞬間理解できる。こいつは、俺の敵だ。

 

 今までの人生の中、勝ちたいと思った同年代は多々いた。おれはあらゆる努力をして勝とうとした。卑怯と呼ばれるような事もしたことがある。だけど、一度として勝ったことはない。いや、勝利事態はしても、相手に完全敗北を与えたことがないと言った方が正しい。なぜならそいつらは俺の卑怯を乗り越えて普通の勝利以上の称賛を浴びるからだ。そして俺は勝ったにも関わらず負けてしまう。

 時には土俵にすら上がらせないとびっきり卑劣な作戦も考えたりしたが、まるで自分の本能がそれだけはしてはならないと警告するように否定する。したこともないのに、したって意味はない、損をするだけだと思い込んでいる。

 俺はそれでもその卑劣な作戦を実行に移した事が二度だけある。その二度共が失敗に終わり、俺がとんでもない割をくう羽目になった。そして俺は身を持って学んだ、こういう主人公のような奴に卑劣な行為をすれば絶対に失敗すると。

 その時から俺は正々堂々な努力と卑怯な努力を続けてきた。しかし、未だかつてそういう奴から自他ともに認められる勝利は収めて事がない。戦術的敗北か完全敗北の二択のみ。それでも俺の心は何かに突き動かされるかのようにそういう奴らに対して勝利を渇望している。前世でなんかあったんだろうな。

 

 このガキはまさしくそれだ。俺の本能がこいつに勝ちたいと叫んでる。

 なぜだか知らないがこの世には勝利の女神がほほ笑むどころか見惚れさせる者が極まれにいる。大小あるがそういうほかの人から勝利を奪える奴らは顔を見た時のオーラでわかる。

 そしてこのガキは見惚れさせるどこじゃない。勝利の女神に惚れられている。輝きが今まで見てきた奴らとは段違いだ!

 俺は今激しく思う。俺がこの世に生を受けた理由は、このガキに勝つためだ! そう思えて仕方ない!

 

〈……今なら簡単に殺せる〉

 

 俺は灰の塔(タワーオブグレー)の顎をそのガキに向ける。が、すぐにそれをやめた。そんなことをしても勝利の証明になんてならない。ただの無意味な殺人だ。

 俺は黙ってその場を後にする。

 

 放課後で人が少ないとはいえ女子中東部内に人はまだまだいる。特定の場所以外には普通は誰もいないが、放課後だから普段人が来ないところにひょっこり誰か現れたりする。細心の注意を払って。だが、あのガキを見てから俺は動揺していたらしい。動揺でもしていなければこんなミスを犯すはずがない。

 それはほんの些細な奇跡的な事故。突如後ろ上空から当たったらケガでは済みそうにない大きめの石が飛んできた。突然の事だったが、俺は何とか当たる前に灰の塔(タワーオブグレー)でキャッチ。そして石を砕く。

 そこまではまあいい。問題はあんなに近くに人がいることに気づかずにスタンドを使用してしまった普段ではありえないうかつさ。

 

「あ、あんた……一体何をしたの……?」

「……」

 

 俺を奇怪な目で見る女子学生。おそらく同年代だろう。

 目つきが悪い彼女は、一定の距離を保ったまま俺をにらみつける。にらみつけられると反射的に本気でにらみ返してしまうのは俺の悪い癖だ。俺は今までに何十人と殺し、幼少の頃から悪童。当然、女子中学生が敵うようなにらみではない。

 

「ヒッ!」

 

 彼女はその場から逃げ出してしまった。俺にとって不利益な情報を持ったまま。

 ここでまたしても俺の悪い癖が発動してしまう。

 

「待て!」

「ああッ!!」

 

 なんと灰の塔(タワーオブグレー)の顎で彼女の足を攻撃してしまった。

 俺はまずいところを見られたり、俺にとって不利益な情報を得てしまった人物を殺して口封じしようとしてしまう。秘密主義の俺にとって普段の仕事ではプラスに働く反射的行動だが、麻帆良内でこれはまずい。

 俺が行ったことくらい異常が正常に変わる麻帆良内ではいくらでも言い訳などできる。なのに少しばかり力の鱗片を見られたくらいで過剰反応するところなんて俺らしくもない。

 

「イタイ。なんで……? なんでいつも私だけがこんな目に? なにこれ……わかんない……」

「だ、大丈夫かい!?」

 

 傷ついた彼女を治療しようと駆け寄るが。

 

「来ないで!」

「!!」

 

 彼女が強く否定すると、彼女の体から微弱ながら邪な魔力が放たれ俺を軽く押した。

 この邪な魔力、知ってるぞ。これは悪魔の魔力だ。

 昔、父と魔法使いについて勉強していた時に聞いたことがある。悪魔は強大な魔物だがすべてがそうではない。中には魔界以外では長く生きられない弱いものもいる。そういう悪魔は運悪く人間界に来てしまうと人間に寄生し生き延びる。自身が生き延びるために人間に目立った害はなく、宿主が死ぬと一緒に死んでしまう。

 今はおそらくその悪魔が何らかの理由で彼女の精神と結びついているのだろう。一時的かもしれないが、なぜそんなことに。一番可能性が赤いのはやはり麻帆良の結界か。

 

「ひぃぃ!」

「うっ」

 

 今度は押すだけでなく鋭くなり俺の体をわずかに切った。

 瞬間的にここまで殺傷力を持つものなのか?

 彼女は俺を傷を見てなんだか自分が行ったことだと自覚しているようにうかがえる。

 

「あれ? 前にもこんなことがあったような……。あれ? あったっけ? どうしてかな。知らない。知らないけど……知ってる? いや、知らない。知らない知らない知らない知らない知らない。だってそんなのおかしいよ。普通じゃ考えられないよ。私は正常私は正常私は正常私は正常私は正常」

 

 突如意味不明なことを言い出す。この混乱の仕方。おそらく記憶消去か記憶操作の類を何度か、下手すりゃ何度も受けてるな。そのせいで精神が不安定になってる。

 記憶消去や記憶操作は言ってみれば精密機械である脳みそを勝手に書き換えること。そのため魔法使いの間でも多用は控えられている。だが、明らかに彼女の記憶には不具合が生じている。まず間違いなく魔法使いの記憶の干渉に間違いないだろう。

 

「見たところ生粋の一般人。魔法使いの被害者を見捨てるのは寝覚めがよくねえな」

 

 かと言って麻帆良内で不用意に符術を使うわけにはいかない。しかし学んでるわずかな魔法では加減ができない。一般人程度なら下手すれば殺してしまいかねない。下手しなくても大怪我だろう。

 この状況で唯一使えるものは、俺が最も頼りにしているこの力だな。

 

灰の塔(タワーオブグレー)!」

 

 俺は自身のスタンドの名を叫ぶ。すると、俺の中から大きなクワガタの形をした生命エネルギーのビジョンが現れる。

 多少の切り傷はできるだろうが、魔法ぶっ放したりするよりははるかにマシだ。せいぜいごまかせる程度の傷に抑えられるよう速やかにおとなしくしてくれ。

 

「どうなってるのよ―――――!」

 

 魔力で出来た透明な礫が俺に向かって飛んでくる。俺の目には透明ながら礫の輪郭がしっかりと見えてるため問題ない。でも……数が多いな。

 それに、攻撃を取りこぼして周りに攻撃痕を残すのもよろしくない。この場で自分たちのあずかり知らない出来事が起こったと魔法使い共に思われたくない。そうなれば奴らは粘着質に俺のもとまでたどりついてしまうかもしれない。

 

「しかし、俺の灰の塔(タワーオブグレー)なら問題ない!」

 

 至近距離で10丁の銃から弾丸を撃たれても難なく避けれる素早さを誇る俺の灰の塔(タワーオブグレー)。あんな眠っちまいそうなトロイ弾速などすべて撃ち落とすなんて造作もない。

 

「すべて撃ち落とす!」

 

 すべての礫を撃ち落とすべく灰の塔(タワーオブグレー)を飛ばす。一つ二つと撃ち落とすのではなく、あまりのスピードに一気に五、六ずつ撃ち落としてるように見える。

 精密性はそんなに高くないが、針に糸を通すわけでもないから大丈夫。それに、もしも針に糸を通すとしても今は本体である俺が目の前にいる。きっとできると思う。

 百近くある礫があっという間に50を切った。

 

「ざっとこんなもんよ。だが」

「あ、あう、あぐぐぐぐ……。あ~~~!」

 

 事態が収拾しても彼女本体が危ない。

 極度の混乱状態に精神がかなり危険な状態だ。これは長年の記憶操作や記憶消去によるものだけではない。おそらく、麻帆良大結界に含まれる認識阻害魔法が悪い意味で発動している。

 異常を正常に、異常を当たり前と固定させ、正常な認識力を都合のいいように作り変え、自分たちの害になるものの行動を著しく制限させる。まさに魔法使いにとって便利この上ない結界。

 だが、結界を知らぬ一般人には利点より難点が多い。非常識を常識化されれば、外での常識に馴染みにくい。異常を、危険を危険と感じにくくなる。そして、彼女のようにもともと持つ特異なものの力をいたずらに乱してしまう。

 俺のスタンドは生命エネルギーの具現化。魔法使いのチャチな結界の影響なんて受けない。

 

「まずは、一時的といえど結界の支配から解放させねば」

 

 俺は常備してるわずかな符を懐から取り出す。

 この符は幻覚状態を解いたり、軽い呪い程度なら体内から霧散させ正常に戻すことができる。これを使えば一時的とはいえ麻帆良大結界の支配から逃れられる。使用後は再び徐々に結界の影響を受けるが今はこれしかない。

 符を片手に透明な礫を撃ち落としつつ近づいていく。

 

「こ、来ないで―――――ッ!」

「ぐっ」

 

 さっきまで漠然と俺の方に向かっていた礫が、突如鋭く俺に向かって飛んできた。全然余裕のスピードだがさっきより数段パワーも上がっている。何より、数が多すぎる。50を切っていた礫の数が80近くまで戻ってしまっている。

 

「うぐっ!」

 

 礫を処理しきれず、礫の一つが灰の塔(タワーオブグレー)に当たってしまった。俺の左腕にネズミに噛まれた程度の血が流れる。こいつら、俺だけではなく灰の塔(タワーオブグレー)も狙ってる? てか、礫一つ一つに意思があるだと!

 

「仕方ねえな。ワンランクリスクを積み上げるか」

 

 俺は灰の塔(タワーオブグレー)の仕様を少しだけ変える。すると灰の塔(タワーオブグレー)のスピードがワンランク上がり余裕をもってすべての礫を撃ち落とす。その数は30にも満たないほどに減った。

 

「なに? 何が起こってるの? 怖い……どっか行ってよ――――――!」

 

 彼女が大声で叫ぶと、バラバラに動いていた礫が一か所に塊って俺を攻撃してきた。一点集中か、面白い。ならば俺も灰の塔(タワーオブグレー)の武器を出そう!

 

塔針(タワーニードル)

 

 灰の塔(タワーオブグレー)の顎の間にある醜い口から伸びる口針、塔針(タワーニードル)

 俺の精神パワーを多めに込めた塔針(タワーニードル)と礫の一点集中攻撃がぶつかり合う。相手は一点集中といっても見た目だけでバラバラのパワー。力比べは俺の圧勝。

 

「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああッ!」

 

 しかし、力を使うたびにより一層混乱を増す。しかも足取りがふらつきはじめ、なんだか急速にやつれ始めている。まずい、無意識の攻撃にパワーを使いすぎている。

 

「こうなったら仕方ない。命があるだけありがたいと思ってくれよ。灰の塔(タワーオブグレー)! そいつを切り付けろ!」

 

 灰の塔(タワーオブグレー)を礫の処理と防御にあてるのを止め、彼女を攻撃させた。こうやって攻撃に使うパワーを防御に回させ、消費を少なくしある程度守勢に回ったところで符を張り付ける。

 灰の塔(タワーオブグレー)が彼女を何度も浅く切り付ける。

 

「う、うぐぐ……」

「ここだッ!」

 

 チャンスを見つけ、俺は一気に彼女との距離を詰めて目の前まで移動する。そして、おでこに符を張り付け、その上からデコピンをした。これがこの符の発動条件。

 彼女の中から結界の悪影響が一時的だが体の外へ弾き飛ばされる。

 結界の影響から解放された彼女がその場に崩れるのを優しくキャッチ。

 

「はあはあ。うぐ、うううう」

 

 結界の影響からは既に解放されたはず。なのになぜかまだ様子がおかしい。

 混乱や衰弱とも違う。まるで今にも食べたものをリバースするような、食べた餅がのどに詰まらせたようなそんな苦しみ方。

 

「うううううううううう、がぁぁぁぁッ!」

「!!?」

 

 その女の体から大量の、さまざまな種類の虫が湧き出てきた。そしてそれは二秒ほど彼女の体にまとわりつくと、すぐさま女の体の中へと幽霊のように戻っていった。まるで俺の灰の塔(タワーオブグレー)のように。

 

「な、なに!? なにこれ!? なんなのこれ……!?」

 

 彼女の意思が未知への恐怖から自分自身への変化に移り変わった。そのおかげでさっきよりは事態はマシに。

 ついさっきまで確かに自分の体にまとわりついていた気持ち悪いほど大量の蟲たちを探す。気持ち悪いという気持ちと同時に、その蟲たちがどこに消えたのか、しかも自分の体の中に吸い込まれれば当然の反応。

 いまだに少し混乱している様子。今はさっきよりは落ち着いているが、これじゃまたいつ暴走されてもおかしくない。かといって放して逃げられでもすれば困る。俺が呪術師だとまではバレなくても、何かしらの力を持っていると魔法使い側にマークされかねない。

 

「安心しろ」

 

 気休めかもしれないが、俺は一言だけ声をかけた。本当に安心してもらうため、敵意は捨て灰の塔(タワーオブグレー)も俺の中に戻す。すると、それが功をそうしたのか落ち着きを取り戻したよう。

 俺の手の中でやっと暴走を止めた同年代くらいの女性。彼女との出会いはおそらくお互い今までの人生の中でも五本の指に入る俺の奇妙な体験だっただろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 内に秘めたる悪魔、その名はスタンド!

 こんなのおかしい。

 そう思わない日は一日たりともなかった。

 小さい頃から私の身近では不思議なことが多々起きる。それが私の日常風景だった。

 

「こんなの、おかしいよ」

 

 その日常が普通ではないと気づいたんだ。そう思った私はまず初めに親に言ったら、笑われた。それでもしつこく言うと、今度は怒られた。それもとびきり厳しく。

 親を頼れなかった私は次に友達を頼ることに。私は必死にこの麻帆良のおかしさを主張した。だけど、その反応は親よりも酷かった。

 

「変人」

 

 周りから変人のように扱われ、イジメのターゲットに。

 テレビで新発売とか新技術だとか言われている技術を凄いと言うのに、それを平然と超えるようなこの町の科学を普通と言う。

 テレビで二足歩行のロボットがやっと自力で立ち上がるようになったと言えば、この町では本物のように動く動物型のロボットがいる。

 私はそれが普通だと必死に思い込もうとしたけどダメ。テレビのニュースの日常とこの町の日常は違いすぎている。幼い私でもどちらが真の普通なのかわかってしまうほどに。

 

「……私はおかしくない。おかしいのは皆の方だ」

 

 認めてくれないことに腹が立った。それ以上に誰も味方してくれないことにムカついた。だけど私は怒らない。いや、怒らなくなったというのが正しい。

 私には周りを異常と思えるのとは他に、自分自身に異常を感じている。それは、私が認めてくれないことに怒りを爆発させた時の事。

 私の話を理由もなく頭ごなしにされて本気で怒ったとき、その相手が傷つく。心象的なことではない。物理的な話だ。

 親に否定されて怒った時は、ものすごい力で吹き飛ばしてしまった。友達に否定され馬鹿にされた時は、相手をかまいたちのように切り刻んでしまった。すべて事故と判断されたが、私は私がやったことを自覚している。

 町が異常なのと同時に私自身も異常だと知り私はいつしか自分の意見を主張するのをやめた。私が何もしなければ誰も傷つかない。だけど。

 

「こんな世界、なくなっちゃえばいいんだ」

 

 同時にこの力がもっと明瞭なものであればいいと思った。コントロールできないこの力がもっと明瞭でコントロールできる力なら、きっと私はもっと真実に近づける。

 人を傷つけるのが怖いんじゃない。人を傷つけることによって自分が傷つけられるのが怖い。

 確かに私は異常な力を持ってる。だけど使いこなすことができない。これでは到底武器にはならない。こんな考え方、きっと私は狂っているのだろう。狂っていなければ、生まれついての悪か。いまとなってはどうでもいい。所詮私には力もなければ頼れる人なんていない。

 そんな私は今日も麻帆良学園女子中等部でおとなしく女子中学生を演じ続けていた。誰とも深くかかわらず、ただ作業的に毎日を過ごす。だれも私の世界を理解できないのだから。

 

「……今日も麻帆良はいつも通りか」

 

 学園内でもめったに人が来ない場所で一人空を見上げつぶやく。他の生徒と登校時間が被らないためと、一人でいられる空間がほしかった。この孤独の空間だけが唯一私を理解してくれる。

 だけど、そんな空間に異物が混入した。

 この女子エリアにはいるはずのない男子生徒が一人。おそらく同学年くらいだろう。なぜこんな場所にいるかは知らないが妙にコソコソとして怪しい。だけど、向こうは私の存在に気づいてないらしく害もなさそうだからどうでもいいか。

 もう一度ボーっと空を見上げているとなぜが石が飛んできた。私のところまで届きそうはない。だけどあの男子生徒には当たりそう。

 

(まあ、別にいいか)

 

 目の前の男子生徒がけがをしてもどうでもいい。私は痛くない。そう思って無視しようとしたけど、無視できない出来事が起こった。

 石の存在に気づいた男子生徒が石を見ると石が空中で静止したのだ。さらにそれだけでなくその石が砕け散る。

 

「あ、あんた……一体何をしたの……?」

「……」

 

 あまりにも奇怪な出来事に思わず声が出てしまう。何が起こったのか。いくら異常があふれる麻帆良内でもあんな超常現象的出来事は見たことがない。……見たことがない? あれ?

 私が探るようににらみつけると、その男子生徒も私をにらみつけてきた。その睨みは私のなんかよりずっと強くまるで人殺しも平気でしそうなほど怖い。

 

「ヒッ!」

 

 殺意のこもったその睨みに負けてしまった私はもっと知りたいという好奇心がありながらも逃走を選んだ。とても気になるけど、命には代えられない。 

 といっても別に殺されることなんてないだろう。そう思ったがあの睨みは恐ろしい。本当に一人二人くらい殺ったことあるんじゃないのか?

 

「待て!」

「ああッ!!」

 

 そんな軽いことを考えていると足に激痛が。足を見てみると転んだ程度では絶対にできないような傷跡が足首に。まるでナイフで斬られたかのように血がにじんでる。

 全く関係ないけど、この痛みがまるで今まですべての不幸と重なってるように感じてしまう。とんだ被害妄想だけど、理不尽な世の中で理不尽な痛みを負うことがどうしても結びついてくる。

 

「イタイ。なんで……? なんでいつも私だけがこんな目に? なにこれ……わかんない……」

「だ、大丈夫かい!?」

 

 男子生徒が私を心配するかのように近づいてくる。人殺しのように私を睨みつけていた男子生徒が私に近づいてくる。もしかして、私を殺すために私の足を攻撃したの!? そうよ、そうとしか考えられない。だからあんなに恐ろしい目で私を睨んだのよ!

 

「来ないで!」

「!!」

 

 男性生徒の動きが止まった。それと同時に久しぶりにあの感覚が蘇ってくる。幼少の頃周りを傷つけた時に内から湧き上がってきたあの力が。

 何年ぶりに使ったのだろうか。久しぶりに使ったからか力はあの時とは比べ物にならないくらい弱い。大人を吹き飛ばすくらいあったパワーが中学生男子一人飛ばせないなんて。

 一瞬動きを止めた男性生徒が再び私を見る。

 

「ひぃぃ!」

「うっ」

 

 今度は相手を切った。だけど、やっぱりパワーが全然低い。こんなのじゃ相手を怒らせるだけだ。また反撃を受けてしまう。

 ……また? なんで私はまたなんて思ってしまったのだろう? 私がこの力を使ったのは二回だけ。あれ? 二回? なんであろう、なんだかわからないけど前にも同じようなことがあった気がする。その時もおびえて今と同じような……あれ? そんな記憶ないのに、なんで覚えてる?

 

「あれ? 前にもこんなことがあったような……。あれ? あったっけ? どうしてかな。知らない。知らないけど……知ってる? いや、知らない。知らない知らない知らない知らない知らない。だってそんなのおかしいよ。普通じゃ考えられないよ。私は正常私は正常私は正常私は正常私は正常」

 

 なんで知らないはずのことを覚えてるの!? そんな記憶はない。なのに、なんでこうも似たような場面を思い出すの? 深く考えれば考えるほどわからない。頭が、記憶が、自分がわからない。わからない、わからない、わからないよ―――――――ッ!!

 

「どうなってるのよ―――――ッ!!」

 

 あの男性生徒が怖い。自分の記憶が怖い。麻帆良の異常が怖い。力なく人の輪から外されるのが怖い。人の輪の中で自分を失うのが怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 

「あ、あう、あぐぐぐぐ……。あ~~~!」

 

 頭が、体が、心が苦しい。すごくつらい。何が正しくて何が異常なのかわからない。私は正常だったの? それとも私一人がおかしいの? 何もわからない。唯一今わかるのは怖いということだけ。

 私の不思議な力が現在何かをしてることは何となくわかる。だけどあの男性生徒は平然と私に近づいてくる。その手には何か持ってる。何を持ってるかはもうわからない。だけど、もしもあれが私を殺すためのナイフとかだったら。きっとそうに違いない。

 

「こ、来ないで―――――ッ!」

「ぐっ」

 

 私がより一層拒絶すると男子生徒が苦い顔をした。なんだかわからないけどこれはチャンス。この不思議な力を漠然とした感覚だけどあの男子生徒に向けてみる。もしかしたらなんかなるかもしれない。

 

「うぐっ!」

 

 すると、さっきまで余裕な表情をしていた男性生徒の腕から血が流れる。やった! やったわ! 私の力が通じた! このまま私を恐怖させる対象を撃退。……いや、殺す。殺してしまえば、もう怖がる必要はなくなる!

 

「仕方ねえな。ワンランクリスクを積み上げるか」

 

 何かわけのわからないことを言い出したと思うと、男性生徒はまた平然とした様子で私の方へ近づいてくる。

 どうして? ついさっきまでうまくいってたのに、またうまくいかなくなった。

 

「なに? 何が起こってるの? 怖い……どっか行ってよ――――――!」

 

 もうダメだ。殺される。私が生き残るためには、この恐怖から逃れるためには殺すしかない。私のこの力であいつを殺すしかない! 

 私は明確な殺意を持ってこの力をコントロールしようとしてみた。目には見えないけど感じる、私の全力をもってあの男の心臓を貫く!

 

塔針(タワーニードル))

 

 私の力と何かがぶつかるのを感じる。そして私の力が負けたのも。

 頭と体の痛みがより一層増していく。ダメ、もう立っていられない。息をするのも苦しい。助けて、だれか助けて。

 

「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああッ!」

 

 苦しみ、痛み、恐怖、困惑、あらゆるのもが一気に増幅され私を苦しめる。もうやだ、怖い、苦しい、もう殺して。こんなにつらくて苦しい世界でもう生きたくない。死んで楽になれるなら殺して。

 気絶できたらどれだけ楽だろう。だけど、気絶することも許されない。このまま倒れられたらどんなに楽だろう。だけど、倒れることも許されない。

 わかっている。この能力を止めれば少しは楽になる。だけど、自分の意思ではコントロールできない。私の中の何かが急速に減り代わりに痛みや苦痛が増えていく。

 

「こうなったら仕方ない。命があるだけありがたいと思ってくれよ。灰の塔(タワーオブグレー)! そいつを切り付けろ!」

 

 私の体が何かによって切り付けられていく。痛い。だけどこの苦しみよりはるかにマシ。それに、切り付けられるたびになんだか楽になっていく。体の中に何かが満たされていく。もうすぐ死ねるのかな? 私を苦しめてきたこの町と世界から解放される。短い人生だったけど、この瞬間は幸福に感じる。

 

「う、うぐぐ……」

「ここだッ!」

 

 もう視界が歪んでハッキリ見えないけど、男子生徒が一気に近づいてきた。手に持ってるのはナイフじゃない……紙? もう、なんでもいいや。

 男子生徒はその紙を私の額に張り付けるとその上からデコピン。すると、私の頭の中を悩ませていたものが一気に吹き飛んだ感覚がした。ああ、なんていい気分なの。倒れる私を受け止めてくれた彼の腕の体温を感じる。

 

「はあはあ。うぐ、うううう」

 

 頭はスッキリ。痛みや苦しみもさっきよりだいぶ楽になった。だけどその代わりなんだか胸が苦しい。さっきまでの苦しみと比べるとものすごく軽いけど、この息苦しさはなに?

 その息苦しさがついに頂点までたどり着くと。

 

「うううううううううう、がぁぁぁぁッ!」

「!!?」

 

 何かが一気に解放されたかのようにきれいさっぱり消えてしまった。頭の中の苦しみは消え、体中の痛みも軽くなり、息苦しさもなくなり万々歳。

 そのはずだけど、私の息苦しさに解放されると同時に私の中から何かが飛び出す。その正体は蟲。それも一匹や二匹ではなく100匹以上いる蟲。そんな大量の蟲が私の体中に纏わりついてる。アリ・蚊・ムカデ・カブトムシ・ハチ・蛾・ゴキブリまでさまざまな種類の蟲が。気持ち悪い!

 その蟲は私が掃うよりも前に私の体の中に溶け込んでいった。

 

「な、なに!? なにこれ!? なんなのこれ……!?」

 

 

 さっきまでの苦しみはもうない。その代わり新たな疑問が浮かぶ。あの大量の蟲はなに? なんで私の体の中に溶けたの!? 

 さっきまでよりは遥かに落ち着きを取り戻してはいるが、やっぱり私の頭から疑問が消えることはない。

 

「安心しろ」

 

 男子生徒が私に声をかけた。その声で視線を声のする上へと移す。その時、大きなクワガタが男子生徒の体の中に溶けていったように見えた。

 そんなことはどうでもいい。それより重要なことは今の私の気持ち。この男子生徒に抱かれ目線を合わせることで私は落ち着きを取り戻した。

 敵意に満ち溢れていた目からは敵意が失われ頼もしさを感じる。私の力をはねのけたその腕からは安心感を感じる。私の暴走を止めてくれたその行動からは人生初めての信頼を感じた。

 

「いろいろ疑問に思ってることがあると思うがまずは落ち着いて話を聞いてほしい」

 

 私はその言葉に黙ってうなずく。今はこの人の全てを信頼している。

 

「まずはいくつか確かめたいことがある。君の体に纏わりついていた蟲だが、俺の予想が正しければ君はそれを使役できるハズ。一度出してみてはもらえないか? やり方は簡単だ。予想が正しければそれは君の体の一部のようなもの。軽くイメージするだけで出現させられる。手を動かして物を掴んだり、足を動かして歩くようにできて当たり前と思うんだ」

 

 正直意味がわからなかったけど言われた通りにしてみる。私の体に纏わりついていたのは大量の蟲。それをもう一度体の外に出すように。すると彼の言った通り蟲は簡単に私の体の中から出てきた。

 

「そうだ、よくできた。いいぞ。フムフムなるほど」

 

 私の蟲をよく観察している。軽く触ってみたり、フーっと息を吹きかけてみたり、手で軽く撫でてみたり。気持ち悪い蟲だけどこれが私の一部と思うとなんだかちょっと恥ずかしい。

 

「あの、何かわかりましたか……?」

「ああ、だいたい予想通りってとこだ」

 

 彼は私から離れ真剣な眼差しで私を見る。

 決して私のタイプというわけではない。だけど、もっと近くにいてほしかった。ドキドキして心苦しかったけど、離れてしまったことに残念と感じる私がいる。

 

「今から俺が言うことは到底信じられないような現実離れしたことだがすべて真実。受け入れる覚悟はあるか?」

「今まで私の周りでは異常ばかり起こってきた。私自身が異常というのも小さい頃から知っていた。今更何も変わらない」

「いい度胸だ」

 

 彼は大きくうなずくと笑顔を見せてくれた。その笑顔が堪らなくうれしい。なんだろう、この気持ち。もっと笑いかけてほしい。そんな理解不能な感情が私自身を襲う。

 

「まずは君の身に起こったことから話そう。君が長年悩まされてきた事の原因は君の中に潜み寄生していた悪魔によるものだ」

「私に寄生していた……悪魔?」

「そうだ。本来その手の悪魔は人間に寄生しなくては生きていけない程弱い。だけど君の中に寄生していた悪魔はその中でも少し強い部類だったのだろう。もしくは君の素質が高くて強化されたのかもしれない」

 

 そう説明すると彼はおもむろに空を見上げる。とても忌々しそうに空に流れる雲を見上げてるように見える。が、私にはもっと別のものを見てる気がする。

 

「この麻帆良にはあるクソッたれな連中の都合のいいように巨大な結界が張られている。その結界は異常を正常と無理矢理認識させる。麻帆良内の一般人はそのせいで外の世界の人間と常識が大きく異なる。君レベルにもなればそれに気づいてたんじゃないか?」

 

 異常を正常と認識する。思い当たることは両手で数えきれないほどある。親に学友に周りの一般人に至るまですべてが異常を異常と感じていない。

 テレビの向こう側ではちょっとした喧噪で大事件。なのに麻帆良では毎日格闘サークル同士の喧嘩。それを暴力的に止める教師に止めた教師に感謝する警官。警察が笑ってられるものではない。

 図書館島なんて危険なアトラクション紛いのものもそうだ。既に迷子や危険な目にあったなんて話はザラにあるのに対策は何もされていない。みんなそれを嬉々としている。それもすべてその連中が原因だったんだ。犯人がわかったら無性に腹がたってきた。

 

「そのクソッたれな連中の話は長くなるから今は省略する。話を戻そう。ついさっきまで俺を攻撃したのは君の感情に呼応して君の悪魔が暴れて起こったこと。推測だが、君は今までに何度かそのクソッたれな連中と出会い記憶を消されている。それがさっきの暴走の根本の原因となっていたのだろう」

 

 何度も記憶を消されている? 私自身その連中の被害を受けていた? まったく想像がつかない。だけど、思い当たる節はある。この人を傷つけた時私の頭に浮かんだ私の知らない記憶の断片。それが消された本来の記憶。

 腹が立ったどころではない。私の日常を間接的に壊した上に私自身をも害したその連中に殺意が湧いてきた。憎い、殺してやりたいほど憎い。

 怒りで何も考えられなくなった私は彼に片をゆすられて正気を取り戻す。ああ、そうだ。まだ話の途中だ。

 

「腹が立つのはわかるがそれは後にしてほしい。次はいよいよ君の身に起こった新たな出来事についてだ。君の中に潜む悪魔は所詮力を垂れ流す程度しか能の無い最下級悪魔。だが、その悪魔が俺の力に触れて全く異なるものへと変化したんだ」

 

 全く異なるものへの変化? 私は次の言葉を今か今かと待つ。

 

「君が使役するその蟲はもはや悪魔ではない。それは生命エネルギーが作り出すパワーのヴィジョン。傍に立つ者という意味から名付けて、『スタンド』」

 

 スタンド、それが私が新たに得た、彼によって授かった新たな力。私は左腕に集中してきている蟲を見た。これが私の生命エネルギーのパワー。

 

「スタンドは本体の精神力そのものであり、闘おうとする本能や身を守ろうとする気持ちに反応して動かされる。そしてスタンドはスタンドでしか触れることができない。が、君のスタンドは少し違うようだ。後者のルールが適用されていない。さしずめ悪魔と生命エネルギーの融合『疑似スタンド』と言ったところかな」

 

 彼は私にスタンドというものの説明を詳しく教えてくれた。正直に言うとすんなりと理解できない。異常と言える出来事は数多く見てきたし自分の身に降りかかったこともある。しかしそれらすべてと比較しても今起きてることは異常すぎる。

 受け入れはするが理解しがたい。とりあえずゆっくりと頭の中で消化させるしかない。幸いなことに全く理解不能と思うことはない。

 

「スタンドにもいくつか種類がある。君のは形状は間違いなく群体型。スタンドは一人一体だが、群体型はすべて合わせて一体。君が出現させてるのもほんの一部だろう」

 

 これでまだ一部? 私の中からあふれ出す蟲は今も出続けて余裕で100匹は超えてる。肌に触れてるのは左腕部分のみで他は服のうえか地面に降りている。いくら自分の一部でも蟲の形をしたものが服に入るのは嫌。その意思が通じてるのか蟲は服の中に入ろうとしない。

 その後も彼は説明を続ける。話を聞いていく中で私の驚きも少しづつ覚めていき冷静な考え方ができるようになっていった。

 この人は私を認めてくれた。今まで誰も認めてくれなかった私を。私が異常を正常と言ったり悪魔の力を見せるとみんな私から遠ざかる。私の存在はそれも含めてすべてなのに。だから私も他を拒絶した。どうせ私を正しく受け入れる人などいないのだから。もう拒絶されるのも怖くない。

 

「似た力を持つ俺は真に君を理解できる」

「私は……この力が忌々しいものだとずっと思ってました」

「忌々しい? 確かに特別は時として多くの呪いを生み出す。だが内なる特別の正体を知った時、呪いはいずれ祝福に変わる」

 

 だけど、この人にだけは拒絶されたくない。私の中で初めて拒絶された時。いや、それよりずっと大きな恐怖を感じた。もしくは、この人に人生初の安堵を感じたのか。私にもわからない。

 私は彼に何を求めているのか。恋? 愛情? 何か違う。愛したい? 愛してもらいたい? これも何か違う。そんな簡単に崩れさってしまうようなものではない。私はずっと求められたい。……主従。うん、なんだかすごくしっくりくる。

 

「私のすべてをあなたに捧げます」

 

 跪き神に祈るように彼に祈った。彼は、私にとっての救世主。彼のためなら何も怖くない。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 今起こった出来事を話す前に言っておく。

 俺の中には俺が知りえるはずもない知識がいつからか詰め込まれている。いや、もしかしたら生まれた時からこれだけは知っていたのかもしれない。

 いつからか俺の頭の中には、見たことも読んだこともない漫画の知識が詰め込まれていたんだ。その漫画の名前は『ジョジョの奇妙な冒険』全63巻分しっかり頭に入っている。

 その中で出てきた一つ設定、スタンドと俺の能力が見た目も能力もかなり酷似していたからそこからとったんだ。

 何を言ってるのかわからないと思うが、安心してくれ、俺もわからん。こればっかりは頭がどうにかなりそうだ。

 

 そしてここからが今起こったことだ。

 今俺の目の前で発現したヴィジョン。もしかしたらと思いいろいろ調べてみると、予想の範囲ではあるがスタンドである可能性が高い。

 俺のスタンドパワーが体内に入り込み、寄生していた悪魔と本人の生命エネルギーを融合させてしまったのではないかと。そして活性剤となったスタンドパワーの影響を受けて疑似スタンドとして生まれ変わった。そう俺は予想を立てている。

 本当に奇妙な出来事だが今のところ一番納得できる答えではなかろうか。

 

 このまま放置しようかとも考えたが彼女も魔法使いの被害者。初めて出会ったスタンド使い同士として少しばかり手助けしてやることに決めた。

 俺は彼女の身に起こったことの大まかな予想を教える。所詮予想だが自分のせいではないとわかるだけで精神的にかなり楽になれるだろう。そう思って安心するまで声をかけ続けたら。

 

「私のすべてをあなたに捧げます」

 

 頭大丈夫かこの女。なに初対面の人に対してすべてをを捧げますとか言っちゃってんの? わけがわからん。

 これも麻帆良の結界のせいか? もう一度符を使った方がいいのか? ……クソ、もうない!

 

「……そうだ、まだ名乗ってなかったな。俺は日鳥止。麻帆良学園男子中等部二年だ」

「女子中等部二年、水埜晴花(みずのはるか)です。(とまる)様」

 

 相変わらず跪いた姿勢のまま動かない。その瞳には無駄に強い意志がうかがえる。なんでそんなに強い意志を宿してるんだよこいつは!?

 しかし、俺にすべてを捧げるか。言われて悪い気はしない。むしろ優越感で気持ちいい……。どうせそのうち戻るだろうし、今はこのままでいいか。

 

水埜晴花(みずのはるか)。この力についてはだいたいはわかってもらえたか?」

「はい」

「それはよかった。スタンドは素晴らしい力であると同時だが、世界の常識から大きく外れる。世間一般で言うところの超能力。無駄に敵を増やすのは俺も君も好ましくないだろ? わかるか?」

「はい、わかります。この力は今まで通り隠します」

「よろしい。もちろん必要ならば使えばいい。だが、時と場合だけは考えてくれ。スタンドは本来スタンド使いにしか見えぬものなのだが、君のは疑似スタンドゆえに見えてしまう。まあ、公衆の面前で堂々と使ったりしなければそれでいい」

 

 どうせ俺とコイツ以外のスタンド使いなど存在しない。もしもこいつのスタンドの存在がバレても情報さえ漏らさなければ俺のスタンドの優位性はなくならない。危なければ殺して口封じすればいい。どちらにせよ俺がスタンド使いということ以外は俺について何も教えてはいない。

 

「さて、水埜晴花(みずのはるか)。この俺が君のスタンドの名前をつけてやろう」

「止様が私のスタンドの名前を」

 

 俺はポケットからあるものを取り出し水埜晴花(みずのはるか)に見せた。

 

「運命のカード、タロットだ」

 

 なんでタロットカードを持ってるかって? 女子エリアで見つかった時に占い師ですよごまかすためさ。女子は占いが大好きだからな。

 今までもこれで数回逃げ切ってる。絶対的中する稀に現れる占い師として密かに噂になったこともある。占いが当たったかは知らんが。

 

「絵を見ずに無造作に一枚引いて決める。これは君の運命の暗示でもあり、スタンドの能力の暗示でもある」

 

 水埜晴花(みずのはるか)はタロットの束の一番下を取った。

 

「ペンタクルスのクイーン」

 

 56枚の小アルカナの金貨(ペンタクルス)を現す14枚の一枚。主に金銭と利益を象徴する。クイーンの意味は『寛大』『自由』『繁栄』。確か『良い母親』などの意味もあったな。

 

「名付けよう! 君のスタンドは『ペンタクルス・アントクイーン』!」

 

 この世でたった一人のスタンド使いが、この世で初めて生まれた偽りのスタンドの誕生を祝福しよう。

 下等な悪魔は我が偉大な力に触れ、人の生命に触れ、形を成し名を与えられた。それが呪いのまま終わるか、祝福へと変わるかは俺にはわからん。ただ一つ確かなのは、彼女はもう運命に対して無関係は決め込むことはできなくなったことだけ。

 少し前、彼女というスタンド使いの誕生を祝福するかのようにどこかの教室でクラッカーの音が聞こえた気がした。




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 はみ出し者

 あんまりウケが良くなかったので消そうかと思いましたが、もうちょっとだけ様子見してみます。


 新たなスタンド使い、水埜晴花の発見。これはとんでもない発見だ。まさか一般人にスタンドが発現するなんて、それも俺のスタンドによって。

 ジョジョの奇妙な冒険ではスタンドを発現するには遺伝か矢による発現が必須のはず。この世界に俺以外のスタンド使いがいないことを前提とすると、当然スタンドの矢もあるはずがない。ならば俺自身が生きたスタンドの矢のような役割もあるのか。

 

「それじゃこの問題、茶夏(チャカ)答えて見ろ」

「はい」

 

 理科の先生とは思えない筋肉をした先生。一応白衣を着ているが全く似合わない。てかこの人の見た目としゃべり方、誰かに似てるんだよな。

 

「かかったなアホが! 小腸で吸収された栄養分は肝臓から、血液で全身の細胞に送られる。また、肺で吸収された酸素も血液によって全身の細胞に送られる。細胞では、栄養分を酸素で水と二酸化炭素に分解してエネルギーを取り出す。このとき出た二酸化炭素は不要なので血液によって肺に運ばれ体外へ放出される。これが呼吸である」

 

 無駄にひっかけが大好きなめんどくさい先生の授業。確かにひっかけられた部分は記憶に残りやすいけど、俺授業出る日が少ないから頭に入りにくい。分身のノートにはその日出たひっかけとかも書かれてるけど、あんまり読んでない。

 

「それじゃ呼吸に関してはこのあたりにしておこう。次は血液と排出についてだ」

 

 三学期になって理科も復習の段階に入っている。普段授業を聞けてない俺にはありがたいが、別のことが気になって全く頭に入ってこない。

 ノートに軽く落書きする手を止めて窓の外を見る。いい感じに雲がかかっていい天気だ。

 ここから女子エリアまでの距離だと……うん、戦闘能力はなくなるけど可能だな。

 

灰の塔(タワーオブグレー)

 

 心の中で俺の生命のビジョンを出現させ、窓を透過して外に飛ばす。この教室内でスタンドが見える奴がいないのは確認済みだ。初日にしつこいぐらいに『灰の塔(タワーオブグレー)』を教室内に飛ばしたからな。見える奴がいたら絶対にうっとおしく感じて嫌な顔しただろうし。

 遠距離操作型の『灰の塔(タワーオブグレー)』なら本体の目が届かない場所でもスタンドの目で見ることができる。余計な寄り道はせずにまっすぐ目的地へ向かう。確か2年A組とか言ってたよな。まあ間違ってたら他を探せばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男子エリアから女子エリアまでの距離、正直ちょっと舐めてたわ。昆虫が飛ぶには距離が長すぎて二度も休憩をはさんでしまった。遠距離になるとスタンドパワーも弱くなってしまうしな。さらに2年A組とわかっても、内部を知らないから探すのにも一苦労したぜ。

 やっと二年A組の水埜春花が座っている窓側まで辿り着いた。教室で内部から外に出たのとは逆に今度は外から壁を透過して水埜の前に姿を現す。

 

「え!」

『黙ってろ』

「どうしたんですか水埜さん?」

「いえ、なんでもありません」

 

 なんか今妙に若い男の声がしたのが気になるが、今はそれよりも優先することがある。

 

『質問は一切なしで黙って聞け。俺は長距離飛行で疲れてんだ、だからここで休ませてもらうぜ。後、スタンドを一匹だけ出せ。小さいの一匹程度なら誰にもバレないだろ。出せばスタンド同士で会話ができるはずだ』

 

 水埜は俺の言葉に従いカブトムシの雌を自分の服の袖の中に出現させた。俺以外のスタンド使いに会った事ないからわかんないけど、たぶんこれで念話ができるはず。

 

『止様、なぜここに?』

『昨日の今日だからな、ちょっと心配になってよ。何かスタンド関連で何か問題とかないか? 誰かにバレそうになったとか、時々暴走するとか』

『いいえ、今のところ暴走などなくコントロールできております。あれから一度もスタンドを出してないので誰にもバレていません』

『そうか、それならいい。だがスタンドのコントロール訓練はしておいた方がいい。特に群体型は慣れておかないと問題がある。とりあえず今日の夜にでも少しだけ見てやるよ』

『はっ、ありがとうございます!』

 

 ふぃ~要件も終わったし休憩休憩。もう少しして体力が回復したら本体の所に戻るか。ああ、来た道戻るの怠いな~。

 羽を休ませて水埜の机の上でだらける。持続力はまあまあ高い方だからもうしばらく本体から離れても大丈夫だろう。それにしてもさっきから英文を読み上げてる先公の声が気になる。無性に気になる。しかもちょっとムカつく。

 

『おい、水埜。頭の上乗るけどじっとしとけよ』

『え? あ、はい』

 

 机の上でだらけるのをやめにして水埜の頭の上へ飛んでいく。この位置なら先公の顔も見える。さて、ガキみたいな声した先公の顔は……。

 

『おい』

『はい!』

『なんでガキがここに居るんだ?』

『私もよくわからないのですが、昨日からこのクラスの担任になったんです』

 

 妙に若い声の先公だと思ったら、なんと昨日見た魔法使いのガキじゃねえか。なんでこんな場所に、と言うかなんで先生なんてやってんだよ。ガキに先生やらせるとか何考えてんだ。法律的にアウトだろ。

 

『まったく理解できん。年下のガキが中学生に何を教えんだよ』

『そうですよね! おかしいですよね!』

『当たり前だ』

 

 とは言ったものの、ガキの授業を聞いてる限りは一応教師の真似事はできてるようだ。まあどんなボンボンのガキか知らねえが人様の人生の一端を担うんだからそれくらいは当然だよな。

 それでもこのガキに教師が務まるなんてこれっぽっちも思わんがな。魔法使いってのは俺が見た限りどいつもこいつも責任ってもんを知らない。正義を名乗っておきながら都合が悪くなれば魔法で人の頭を平気でいじくる。人の頭をいじくるのがどれだけ危険な行為かわかってない。

 そして最も厄介なのは、自分たちを立派な魔法使いと言って他を見下している。魔法を知らない俺たちを陰から支えて助けていると勘違いしている。本当は悪質なマフィア並みの劣悪な支配以外の何物でもない。まあ全員がそういうわけじゃないのは知ってるがな。

 

『それじゃそろそろ帰るわ。くれぐれもバレるんじゃねえぞ』

『はい!』

 

 壁を透過して来た道を戻る。あの距離を再び飛ぶと思うとめんどくさいけど仕方ない。もう暇つぶし感覚では絶対に行かない。

 しかし、水埜のあの俺に対する忠誠心は一体何なのだろうか。出会って一日程度の相手に向ける好意ではない。

 だが、あの忠誠心は使える。少々不気味ではあるがこの運命を利用しないのはあまりにももったいない。天からの贈り物、ありがたく受け取らせてもらおう。

 

『次の授業は……ゲゲッ! 英語だと!? 眠れないやないか!』

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 そして夜。

 あらかじめ女子エリアに侵入して手ごろな場所に結界を張っておいた。あまり強い結界ではないが、そこがミソ。監視カメラの如き魔法使いたちに怪しまれず目を掻い潜るには逆に強すぎると危険だからな。そこに水埜を呼び出した。

 約束の時間よりだいぶ早く来た水埜はおびえる顔でやって来るや否や。

 

「申し訳ございませんでしたー!」

 

 いきなり俺に土下座をした。

 ちなみに俺は当然本体は来ずにスタンドだけ。危険は最小限に抑えるためだ。

 

『……おい、一体どうしたんだよ。いきなり土下座されても理由が見えてこないんだが』

「……グス、実は……」

 

 水埜の話を一言でまとめると、スタンドがあのガキにバレた。

 詳しく話を訊くと、ガキがくしゃみをした瞬間隣の女子生徒の服がはじけ飛び自分はペンタクスル・アントクイーンが防御したとか。

 

『それはおそらくスタンドの自動防御が発動したのだろう。スタンドは可能な限り本体を自動で守る。おそらくそのガキが何か魔法を暴発させたのが原因だろうな。その隣の生徒の服がはじけ飛んだのがその証拠だ』

 

 問題なのはその後の話なのだ。スタンドがバレたショックでペンタクルス・アントクイーンを出現させたままそのガキを追いかけたと。結局逃げられてしまったがそのせいで蟲と自分が密接な関係ということがハッキリとバレてしまった。不幸中の幸いはそのガキと一人の女子生徒にしか見られてないということだな。

 

「本当に申し訳ございませんでした!」

『バレたことはもう仕方ない。だがその力の正体はバレてない、今後もしっかりと隠せ。あとはそのガキから何か訊かれても何も話すな』

 

 疑似スタンドはスタンドと違って悪魔と言う実態を持っている。いつかはバレると思ってはいたが思った以上に早かったな。

 

『だが他の魔法使いにバレては少々面倒だ、その先公への口止めだけはしっかりしておけ』

「はい、了解いたしました!」

 

 今日の事とはいえ既に時間が経っている、もしかしたらもう報告されてしまってるかもしれない。しばらくは水埜に監視の目が付いていないか灰の塔(タワーオブグレー)で確かめる必要があるな。しばらく働かなくていい収入があって本当によかった。

 

『それじゃ、スタンドの訓練を始めるか』

「はい!」

 

 涙をぬぐってやる気十分な顔になる水埜。スタンドは精神の力が非常に重要だから落ち込んだままじゃ困ると思っていたが、何とか持ち直したようだな。

 

『まずは水埜のスタンドの特徴を調べる。手始めになるべく多くの種類の蟲を出せ』

「はい」

 

 水埜の手のひらから多種多様の蟲が出現する。

 蝶やホタルなどの綺麗な昆虫、カブトムシやクワガタムシなどのカッコイイ甲虫、蚊やハエなどのうっとおしい虫、ムカデやスズメバチなどの危険な害虫などそれはもう様々。それも一匹ずつじゃないからかなり多い。

 

『数の微調整はできないようだな』

「す、すいません」

『気にする必要はない。そんなのは特に問題にしていない。それより他の蟲は出せないか? 例えば、空想の蟲とか』

「……ダメです、出せそうにありません」

 

 できればいいなと思って訊いてみたがやっぱりだめか。となると、水埜のスタンドは大量の蟲の形をした群体型。特殊能力はなさそうだ。

 

『では次にどの程度操作性があるかを調べてみよう。そこの木の葉っぱだけをスタンドで攻撃してみろ』

「はい、わかりました」

 

 水埜は自分のスタンドに木の葉っぱを攻撃するように指示を出す。しかし、大量の蟲たちは木の葉っぱを攻撃せずに俺に攻撃を仕掛けてきた。

 

「え!? な、なにをしてるの! そっちじゃない!」

 

 水埜が静止させようにも素早い蟲は既に攻撃を開始している。だが、俺の灰の塔(タワーオブグレー)の素早さはスタープラチナでも捉え切れない。ただの蟲に後れを取る理由がどこにあろうか。全部返り討ちにしてやったわ。

 

『どうやらペンタクルス・アントクイーンは近くにいる生物を優先的に無差別に襲い掛かるようだな』

 

 再び地面に頭を擦り付けて深々と土下座をかます水埜。話が進まないからさっさと立ち上がらせる。

 

『今後どうなるかはわからんが、とりあえず現段階で水埜がコントロールできるのは攻撃のオンオフくらいのようだな』

「そ、そうですか……」

『しかしそれも考えようによっちゃ利点にもなる。群体型の最大の利点はその名の通り数にある。自動型なのならば射程距離も相当長いだろうし、水埜が倒れない限り蟲は敵を攻撃し続けるだろう。それも蟲の知能となれば大抵の相手には臆せず向かっていくだろうしな』

 

 それからいくつか調べていくうちに他にもいろいろわかった。

 まずは蟲の攻撃性は蟲の種類にもよる。ゴキブリやスズメバチなど攻撃性の高い蟲はすぐに俺に襲い掛かる。しかし、芋虫や蝶などの危険のない蟲はちゃんと葉っぱや花の方へ向かった。つまり、こいつらは蟲としてものを喰らうことに執着してるに過ぎない。スタンドでも所詮ただの蟲と言うことか。

 その攻撃力もスタンドパワーで多少上がってるとはいえ蟲の域を出ない。

 同じ群体型のハーヴェストやバッド・カンパニーには攻撃力は劣るだろう。間違いなく破壊力はEだろうな。しかしこうも単純な形を成しているならその数は圧倒的に勝るだろう。おそらくハーヴェストの倍の1000、もしかしたらもっと多いかもしれない。

 数と低い知性から生まれる凶暴性は相手を死に追いやるには間違いなく大きな脅威になるだろうな。

 

「私は、この力は、止様のお役に立てますでしょうか……?」

『ん?』

 

 不安そうな表情と声色で俺に問いかけてくる。こいつ、普段はツリ目で目つきが悪いがこうもしおらしくなると結構かわいいやないか……いや今そんな事思ってる場合ちゃうわ。

 

『本来のスタンドと違い一般人にも認識されてしまう疑似スタンドでは、汎用性の低い水埜のスタンドは使いにくいだろう』

「そう……ですか」

『しかし、役に立たないわけじゃない。そもそもスタンドとは誰かの役に立つための道具じゃない。自分の身を守る、運命に立ち向かうための力。それがたまたま誰かの役に立てるかもしれないということだけだ』

 

 こいつの心境はまるでわからんが、俺に対する忠誠心と今の言葉で推測はできる。ならば俺がする行動は一つ、それを利用することだ。

 

『水埜、俺にはどうしても成し遂げたいことがある。それは酷く困難な道で、辿り着いたところで意味があるかはわからない。ちっぽけな満足感を残して多くの人を不幸にするだけかもしれない』

「例えそうだとしても私は止様のお力になりたい。止様に出会えなければ、私は自分自身の価値をずっと見つけられないでいたでしょう。止様は、私の救世主なのです。止様の為なら自分の不幸も、他人の不幸も(いと)いません」

 

 水埜は灰の塔()に跪き忠誠の言葉を述べた。まさかこれほどの忠誠心とは、まさに妄信の極みと言えるだろう。しかし俺にとっては都合がいい。このままその妄信、利用させてもらおう!

 

「止様の望み、私にも教えてください。どんな願いであろうと必ずや力になりましょう」

『いいだろう、教えてやろう。俺の願いは勝利すること。この世の中には理不尽と言えるほど不公平な事柄があふれている。生まれの貧富の差、愛情の差、力の差。しかしそれらは不平不満を言っても始まらない事ばかり。完全な公平など世の中には訪れない。

 しかし、その中で俺が唯一許しがたい差がある。それは運命に愛された者だ。この世に神がいるのなら確実に神に愛された者、物語で主人公として勝利を約束された者。俺はそんな奴らに勝って証明したい、地を這いずる敗者も天上の勝者に勝てるということを。例えどんな手段を使ったとしてもッ!』

 

 長々と演説をかましたが別にそんな大層な理由で勝ちたいわけじゃない。ただ本当に本能的に勝ちたいと渇望してるだけだ。しかし、自分でもしゃべっているうちに納得してしまう。もしかしたらこの感情の理由はそこにあるのかもしれない。もっともらしい言葉を並べたが、それが俺の本心であるかは俺でもわからん。

 俺の演説に聞き入っていた水埜は突然大きな声をあげる。

 

「す、素晴らしいお考えです! 止様の望みにぜひ私の力もお使いください」

『地を這いずる敗者が天上の勝者に勝つには生半可なものではない。それこそ殺しなどさも当然のようにあるのだぞ? そもそも最低でも天上の勝者は負かして殺す』

「止様の栄光に必要であれば私は自分の親すら殺してみせます。先ほど申し上げた通り私は誰の不幸も厭いません。止様を除いて」

 

 自分の親すら殺すか、頼もしい覚悟だ。だがその覚悟が本物かどうかはまだまだわからんところだな。覚悟を示させるために本当に殺させるのも手ではあるが、それによって得られるメリットよりもデメリットの方が目立つ。そもそも一般人の水埜にそこまで求める必要もない。

 

『頼もしいじゃないか。それじゃおまえにも協力してもらおう。幸いなことに俺が最も勝ちたい天上の勝者はおまえのすぐ近くにいる』

「私の近くに止様の最大の敵が?」

『そうだ、おまえと俺の前に突如現れた若き天上の勝者、ネギ・スプリングフィールド!』

 

 昼間に頑張って職員室で調べた結果わかったガキの名前。なぜ10歳のガキが麻帆良学園で先生をしているのかはわからなかったがそれはまたゆっくりと調べればいい。

 それにしてもスプリングフィールドか。なんかどっかで聞いたことあるような名だな。

 

「ッ! ならば私が、一度スタンドを見られたからと言っても生徒になら油断します。私がネギ先生を殺してみせます!」

『ダメだ』

 

 強い忠誠と意思の籠った視線を俺に向ける。だがな、そうじゃないんだ。俺がおまえに求めるのはもっと安全で残酷な方法だ。

 

『俺の手、もしくは俺の采配で勝つことに意味がある。ネギ・スプリングフィールドには俺の手の上で敗北を与え死んでもらう。勝手な行動は起こすな』

 

 確かに現段階でネギ・スプリングフィールドを殺すのは麻帆良内だとしても簡単。水埜なら生徒という立場を利用して懐からの不意打ちをかませる。俺なら証拠も残さず始末できる。しかし、失敗のリスクが大きい。

 水埜は俺の素顔もスタンドについても知りすぎてしまっている。負けて捉えられてしまった場合漏れる情報が大きすぎる。しかも殆ど一般人と変わらないため直前で躊躇したりそもそも勝てるかも怪しい。

 俺の場合は躊躇こそしないが今までの経験上こういうことをすれば必ず負ける。俺が動くときは相当慎重にならなくてはならない。

 

『とりあえず水埜は情報を漏らさないようにだけ注意していろ。あとは適度にスタンドの訓練をしながら日常に戻れ』

「は、はい」

『水埜、確かに今はおまえの力を必要としていない。だが必ずおまえの協力を必要とする時が来るだろう。その時は力を貸してほしい』

「もちろんです!」

 

 水埜の機嫌が直ったのでスタンドの訓練を続きを行う。しかし精密性のない群体型のスタンドではできる訓練も限られるのであまりはかどりはしなかった。

 麻帆良学園は全寮制なのであまり怪しまれないように早めに水埜を寮に返した。さてと、これからどうするかな。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 ―――水埜とネギの出来事―――

 

 

 

 朝の授業後、水埜は夜の止とのスタンド訓練が待ち遠しくて珍しくウキウキした様子で帰ろうとしていた。

 

(止様とスタンド訓練。それも二人っきりで……うふふふ♪)

「どうしたアルか晴花珍しくご機嫌ネ」

「……超」

 

 ご機嫌だった水埜の顔が一瞬で不満顔へと変貌する。

 

「……なに?」

「いや、別に用があったというわけじゃないアルけど……えっと……ゴメン」

「……あっそ」

 

 目つきが歩く不愛想でクラスメイトと馴染もうとしない水埜によく話しかけてくるのが超鈴音。テンションが高い2ーAでも人を拒絶するオーラを発して孤立気味の水埜に用もなく話しかけるのは彼女くらいである。

 水埜からすれば馴染む気がサラサラないので好意的であろうとしつこく話しかけてくる超のことを少しうざく感じている。

 時計を3秒ほど見て水埜は席を立って教室を出る。

 

「……は~」

 

 教室を出てどこかに行こうというわけではない。ただ教室にいるのが苦痛になったから人気の少ない廊下をぶらぶらしようと思って出ただけ。

 行く当てもないので薄暗くて人のいない図書館で次の授業まで休むことにした。

 

(あ~あ、このまま次の授業さぼっちゃおうかな~……)

 

 再びご機嫌な様子で一人でのびのびしていると、突然図書館のドアが開く音が聞こえてくる。さらに鍵まで閉めた音まで。確実に面倒ごとが起きたと感づいた水埜は、

 

(……まあいっか)

 

 隠れるでもなくただただ何もせずのんびりすることに。幸い向こうもこちらの存在に気づいていない。予定通り静かにこの場所に残ることに。

 

「あ、ありがとうございます」

「いえ……鍵をかけたのでしばらくは大丈夫だと……」

(この声は、うわっあの子供先生かよ)

 

 面倒ごとが安息の時間に飛び込んできたと嫌そうな顔をする水埜。絶対にかかわるもんかと机に突っ伏して目を閉じる。

 

「わ―――――!」

「きゃあっ」

 

 バラバラバラ!

 

 本の山が崩れるような音が静かな図書館に鳴り響く。

 

(無視無視)

 

 ドサドサドサー!

 

 再び本が崩れる音が鳴り響く。それも水埜は無視して目を閉じる。

 

 バキィッ!!

 

「何をやっとるか――――ッ!!」

「わ―――――っ!」

「ギャ――——!?」

 

 今度はドアが強い力でブチ破られる音が。流石にこの音は無視できなかった水埜は飛び起きる。そして目を開けた先には扉の片方が自分に向かって飛んできていた。

 

「え? あっ! ええっ!!?」

 

 とっさにその場でしゃがんで両腕で頭を守る。逃げればよかったもののとっさのことで身を守ることを選択してしまう。手で防いだくらいでは怪我は免れない。だが、水埜が怪我を負うことはなかった。

 

「……ん? あっ」

 

 なぜなら大量の蟲が水埜の盾となって飛んできた扉の破片を防いでくれたから。

 自分の身が助かったと安堵すると同時にこれはまずいとすぐさまスタンドを自分の中に戻した。

 幸いなことに図書館内は薄暗く蟲は黒色だったためバレずに済んだ。

 

「あ、水埜まで! ゴ、ゴメン! 怪我はない!?」

「ないけどもうちょっとで大けがだったわ!」

 

 若干キレ気味で怒鳴る水埜。それに対して申し訳なさそうな表情をするアスナ。

 好きじゃないクラスメイトと先生が来たことで騒がしくなった図書館から出ようと二人のいる出入り口の方へ向かう。

 

「あの、水埜さん、これは……」

「説明はいらない。知りたくもないわ」

 

 ネギがあたふたとして何とかごまかそうとするのを一掃して図書館を出て行こうとする水埜。しかしネギの目の前あたりでピタッと足を止めた。

 

「スンスン、何この甘い匂い?」

「甘い匂い? そんなのしないけど……?」

 

 ネギの近くで水埜は何やら甘い匂いを感じ取るが、アスナは水埜の言う甘い匂いを感じていない。それがネギの息から漏れる惚れ薬の匂いと気づく者は誰もいない。

 水埜はこの長時間嗅いでいると気分が悪くなりそうな甘い匂いの出所が気になって立ち止まった。だがアスナとネギが暴れまわって舞った埃くらいしかわからない。

 

「ハ……ハ……ハックション!!」

 

 ズバアッ!

 

 ネギのくしゃみと共にあたりに強い風が吹きアスナの服が吹き飛んだ。

 

「ひゃぁっ」

「ご、ごめんなさ……い……」

「あ、あんたま……た……」

 

 ネギはアスナの服をまた弾き飛ばしてしまったこと、アスナはネギがまた自分の服を吹き飛ばしたことを言おうとしたが、それよりも異質なものに目を奪われた。

 

「あ、ああ……」

 

 水埜の体を守るように覆う大量の蟲。カブトムシやテントウムシコガネムシはまだしも、クモやゴキブリやムカデなど女性ならすぐさま大きな悲鳴を上げずにはいられないような昆虫まで多種多様で大量の蟲が水埜の体を覆う。そしてその蟲は数秒すると水埜の体の中にすっと溶け込んでいく。

 水埜自身何が起きたかよくわかっていない。しかしこれだけはハッキリしている。自分の主とも言える人物から与えられた力、隠して決して人に見られてはいけないと約束した力、それをこの子供先生が何かをしてばらしてしまった。

 驚きと困惑によって白紙になっていた水埜の感情が怒りに塗りつぶされていく。

 

「よくも……」

「え?」

「よくも私の力を―――――ッ!!」

 

 ペンタクルス・アントクイーンを発動させてネギへを襲わせる水埜。大量の蟲の恐怖にネギはその場から逃げ出した。水埜もペンタクルス・アントクイーンと共にネギをしばらく追いかけまわした。

 しかし魔法使いの身体能力を持つネギを相手にただの女子中学生が撒かれるのはそう時間はかからなかった。ネギを見失った水埜はやっと我に返り、誰にも目撃されてないことを確認すると止との約束を僅か一日で破ってしまった罪悪感を抱えながらトボトボと教室に戻る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 虫の抵抗

「いゃぁ凄まじいパワーでしたよ。まさかこれ程とは……。これならあの腰の重かった彼が自ら動くわけですよ」

「貴様……まだ立ち上がる力が残ってるとは……」

「私たちはあなたたちのような下等と違ってこの程度で死んでしまうほど軟な鍛え方をしていません。それゆえに、自害の掟は重いのです。それと同時に、これ以上誇り高く尊い責任の取り方もないでしょう」

「いや! 待て!」

「おっと、あなた達は我々の自害を認めないんでしたっけ?」

「ああ……その通りだ」

「わかりましたいいでしょう。いくらなめすぎたとはいえこの私を倒したのです。その最大の敬意を表して、私を殺害する権利を与えましょう!」

「!?」

「さあ、一思いにやりなさい。それがあの方の命令なんでしょ?」

「そんな挑発に乗るな!」

「!!」

「おまえが何を考えてるのか、なぜ悪に戻ったのかについては今は深く聞かない! なんでも一人で背負おうとするお前のことだ……きっと俺たちに言えない理由があるのだろう。しかし闘い終えた相手を殺すことだけはやめてくれ! それをやったらおまえがますます遠くへ行ってしまう気がして……」

「!?」

「おやおや、今さら正義を語る昔のお仲間さんの言葉に耳を貸すつもりですか?」

「………」

「唱えなさい。“すべてはあのお方のために”」

「………ッ!」

「やめろ―――――!」

「……何やってるんだい君たちは」

 

 俺とガイルとデーボで俺たちの考えた緊迫したシーンを模して遊んでいると、クラスメイトの一人が若干冷ややかな目で俺たちの寸劇にチャチャを入れた。まあもうすぐ終わることだったし別にいいけど。

 それに冷静に考えると俺たちはかなり恥ずかしいことをしていた。やってる時は熱中して気づかないが、あんまり親しくない人が見てたら終わった瞬間赤面するパターンだ。なのに俺たちはこの遊びをよくしている。馬鹿なとこしてるけど、馬鹿なことほど楽しいんだよな。

 

「よお、露伴は今日も麻帆良の取材旅か」

「ああ、この町にはネタになる事が山ほどある。今でもこの町に引っ越して来て幸運だったと思ってるよ。まったく、興味深い」

「別に普通な事だと思うけどな」

「普通か。別に君たちがそう思うならそれでもかまわない、その考え自体も僕にとってはいい題材になる。まったく、おかしな町だね。それでも僕自身が体験することにより、それは新たなリアリティとなり僕の漫画をより面白くさせる」

 

 俺と一緒に寸劇をしていたガイルとデーボは名前と見た目がジョジョの奇妙な冒険に出てくる悪役にそこそこ似ている。露伴に至っては苗字が岸田ということを除けばほぼほぼ四部の漫画家そっくりだ。

 だけど三人とも悪魔持ちではないため麻帆良の認識阻害の影響をモロに受けて異常を正常と思わされている。外から来た露伴はその影響が少ないせいかもしれないんだけど、なんか受けなさすぎ、というか数年は麻帆良にいるのにあまり影響を受けてる様子がない。悪魔もちじゃないかと何度もこっそりと調べてみたけど完全に白。魔法を受けにくい特異体質、もしくは認識阻害をも跳ね返す程の漫画への執着とか?

 

「ふ~ん、露伴がそう言うならそう言うもんなんだろうな。また新作描きあがったら見せてくれよ」

「ああいいとも。それよりも、もうすぐ学期末テストだ。そろそろ勉強に精を出すべきだと僕は思うけどね」

 

 露伴の言うとおりもうすぐ学期末だというのにこんなことをしてる場合じゃない。

 ガイルとデーボは見た目通りの不良。もちろん授業なんてノートを取るだけで真面目に勉強していない。そのため毎回欠点ギリギリを彷徨ってる。

 仕事で麻帆良を離れたりする俺ももちろん勉強時間は足りていない。まずノートから独自学習をしなくてはいけないし、そもそも授業についていける最低限しか復習はしていない。だけど俺のテスト成績は十位以内の超安全圏。なんでかって? そりゃ灰の塔でカンニングしてるからに決まってるだろ。

 

「「チッ」」

「図星のようだな。せいぜい馬鹿の烙印から逃れられるように努力することだね」

「ろ、露伴だってこんな時期に取材なんてしてる場合じゃないだろ!」

「僕にとって期末テストなんかより漫画を描くほうがよっぽど大事だ。それに僕は君たちと違って普段から馬鹿にはならない程度の勉強はしてるさ。それじゃ」

「「チッ!」」

 

 すごい形相で舌打ちするガイルとデーボを尻目にドヤ顔を残して取材に戻った。

 俺に関しては期末テストについては何の気がかりもない、安心してゆっくりと遊んでいられる。しかし俺以外のことについては少し気がかりもある。それは水埜のことだ。

 水埜は最近スタンド使いに目覚めたばかりでまだ不安定。案外カッとなりやすい性格で初日から重要人物にスタンドバレするドジも踏む。魔法使い共の結界から解放された反動で不安定なのもな。

 水埜のペンタクルス・アントクイーンの手数を増やすために水埜には世界中の、特に毒や攻撃性の高い蟲について調べておくように指示をだした。しかし俺の命令を忠実に守りすぎて最近では目の下に大きなクマを作ってクソ厚い蟲の本を持って徘徊同然に毎日を過ごす姿を目撃している。そのせいで馬鹿になられた上にいざって時使い物にならなくなるのは困る。さらにあの状態を長く続かせてスタンドバレが広まるのももっと困る。何とか丁度よくさせないとな。

 

「……非常に癪に障るけど、露伴の言うとおりそろそろやっといた方がいいかもな」

「だな、二年最後のテストなんだしちょっとは気合入れないとな」

「同意、それじゃ頑張れよ。俺もそろそろ集中コースにぼちぼち入るから」

 

 遊びの熱もすっかり冷めてしまったところで俺は二人と別れて自分の部屋に戻る。戻ると言っても全寮制だからデーボもガイルも同じところに住んではいるんだけどな。

 二人とも俺の本当の実力を知っているから俺に勉強を教えてもらおうなんて考えない。テストの成績がいいのは一夜漬けということにしている。

 先に部屋に戻るのは当然勉強をするためなんかじゃない。麻帆良内で得た情報を整理し新たに探る計画をゆっくりと練るためだ。

 ここ最近麻帆良の主に女子エリア部分のことを調べてずいぶんわかったことがある。

 まずスプリングフィールドという姓をどこかで聞いたことあるなと思ったら、やっぱりよく知ってる名前だったこと。まさかあの魔術業界の英雄様、その息子があの子供だったってわけか。

 さらに調べていくと英雄の息子にふさわしいVIP待遇の特別処置のオンパレード。受け持つクラスも殆どが一般人を軽く超える才能あふれる美人ばかり。将来英雄の息子の従者候補として見られてるならまさにより取り見取り。よくまあ偶然を装ってここまで特別扱いができる。きっとこれからも周りから適度な試練を与えられてゆくゆくは周りの期待通り父のような英雄になるでしょうね。ああうらやましい。

 頭の中で情報を整理しながら悪態をつきながら部屋にたどり着きドアの施錠を厳重に施錠し、それから椅子に座って巧妙に隠していた情報をまとめた資料を取り出して机の上に広げる。そこにはなぜ今まで見落としていたのか不思議なくらいの魔法使いの情報が盛りだくさん。

 

「さてさて、どこから手をつけたらいいことやら」

 

 至れり尽くせりの良い子の英雄の卵、それを支持する汚い大人な立派な魔法使い、それとも利用されてる何も知らない一般人、どこを探っても埃が巻き上がり点と点が線で繋がりそうなもんや。

 何を探してるか探してみるまでわからへんと言う探偵もおるけど、こうも証拠ばかりやとダミーちゃうかと疑ってまうわ。

 

「……あれ? 何か忘れてるような」

 

 ちょっと思考を巻き戻してみよう。

 俺は今さっきまで麻帆良の主に女子エリアを根城にする魔法使いたちの英雄育成計画についてどこから調べようか迷ってた。その前は俺の一番の標的である英雄の息子について記憶している情報を悪態をつきながら思い出した。それより前はガイルとデーボと期末テストの話をして水埜がやばい状態になって……あっ水埜。

 やっと思い出した、そうだよ水埜のことだった。すっかりわすれてたわ。

 口では大丈夫と言いながらも明らかに大丈夫ではない状態の水埜。どうにかしなきゃいけないと思っておきながら情報収集に夢中で放置してたけど、そろそろマジで手を打つ必要がある。あのバカ真面目が、忠誠度が高いのはいいがもうちょっとちょうどよくなれよ。

 

「やれやれ、まったくだぜ」

 

 机に広げた資料を元あった場所にきちんと戻し私服に着替えて部屋を出る。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 止との初めてのスタンド訓練の次の日、水埜は止の言いつけ通りネギとアスナにあの日のことを絶対にバラすなと脅しをかけた。

 人目のない場所でアスナには出会いがしらで胸ぐらを掴んで顔を近づけさせ、自分なりの目一杯の凄みを利かせて。所詮女子中学生の脅しなど大したことなく特にアスナをビビらせるなどの効果はなかったが、人に喋れるようなことでもないのでアスナは秘密にすると約束した。

 しかしネギは昨日怒りまくった水埜に大量の蟲を(けしか)けられた恐怖があるので少し凄んだだけで逃げ出してしまう。そのせいで約束させられなくて水埜も困った。だから仕方なく教室内で約束させたのだが。

 

「おい、昨日のことは絶対に誰にもしゃべんじゃねえぞ。わかったな?」

「は、はい……」

 

 ネギを壁際まで追い込み右手でネギの横の壁にドンと手を付く。そして逃げられなくなったところで約束をさせる。さらに水埜は目を合わせず恐怖でなかなか返事のできないネギに対して、顎を軽く持ち上げ顔を近づけて無理やり目を見させる。そこでネギもやっとはいと返事をする。

 しかしこの行為、第三者から見れば女子が一度はされてみたい壁ドンとあごクイそのものである。

 男女は逆であるが10歳のネギはまだまだ男らしさが欠けた可愛い男の子。一方水埜も愛想が悪く孤立気味ではあるがその容姿はイケメンに部類されるレベル。拒絶オーラを放ってるが故に超鈴音以外は声をかけられないのだが、実はそれさえなければ話したいと思う女子生徒は多い。そして本人の知らないところで同人ネタにされている。

 つまり強引に迫る水埜と怯えてしおらしく見えるネギは見る人が見れば最高のカップリングとなっている。そうでなくても傍から見れば変な色香を漂わせてるように見えてしまっているのだ。当事者たちは地獄だと言うのに。

 

「ふん」

 

 ネギが約束したところで水埜もネギを開放して自分の席に戻り、そして鞄の中から凶器になりそうな程分厚い本を取り出して熱心に読み始めた。

 

「ねえ、何の本読んでるアルか?」

「……」

 

 超の声に目だけ動かすが無視してすぐに本に目を戻す。無視されたことにプクーっと頬を膨らませるがそれでもあきらめず水埜の読んでる本の表紙を見る。

 

「む~、えっと何々……世界の危険な昆虫大全集?」

 

 ほかにも水埜の鞄の中から見える非常識な量の本も似たような題名の本や図鑑ばかり。しかもそれをものすごい集中して読むものだから流石の超もそれには若干引く。

 それから水埜は休み時間中ずっとその本を読み続けた。休み時間になる度にずっと、何日も何日も、目の下に大きなクマができても読むのを止めない。心配した超やネギの言葉も完全に無視して今日も読み続ける。

 

「うぅぅ……」

 

 まっすぐ歩けない程に憔悴しても本を持ったまま帰路につく。フラフラとした足取りでも水埜は助けの手を跳ね除けて一人の力で自室へと帰った。

 水埜の部屋のベットにはまだ手を付けていないであろう蟲について書かれた本とページの埋まった大学ノートが散乱している。そして机の上は書きかけの大学ノートと使い込まれた鉛筆とマーカーだけ。

 

『ぜんぜん女子っぽくない部屋だなおい。まるで男子部屋だぜこりゃ』

「止様!」

 

 止のスタンド、灰の塔(タワーオブグレー)が水埜の部屋の窓を透過すて入ってきた。水埜は今にも閉じてしまいそうなまぶたを精一杯開く。

 

『着替え中に入ってラッキーハプニングをちょっと期待してたんだけどな』

「も、申し訳ありません! すぐに脱いで…」

『あ~いらんいらん、それはまた次以降タイミングが合えばでええ。そもそもハプニングやからええね』

「は、はい……」

 

 少し残念そうな顔をしながら胸あたりまで脱ぎかけた服を直す。その間に水埜の机に降りてスタンドの目線で蟲についてまとめられたノートを流し読みし、本とノートが散乱するベットを見る。

 

「どうですか止様? 私、頑張りました! 止様に毒や攻撃性の高い蟲を調べるように指示されてから、危険度の高い蟲についての本をかき集めてノートにまとめました!」

 

 水埜は悪い顔色でニコニコしながら嬉しそうに報告する。まるで親に褒めてほしがる小さな子供のように。

 クワガタの姿をした灰の塔(タワーオブグレー)では普通わからないが、止のスタンドはハァーと小さくため息をつく。

 

『この短期間でよくこれだけの量を調べ上げたな』

「はい!」

『それじゃ次は実戦だな』

「え?」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 広大で異質な麻帆良内でもひと際異様な場所、麻帆良学園図書館島。その裏口に止のスタンド灰の塔(タワーオブグレー)と水埜晴花はやって来ていた。

 

『水埜、あの後ちゃんと寝てきただろうな?』

「はい、言われた通り時間いっぱいまでしっかりと睡眠をとってきました」

 

 あの後、止は水埜に睡眠をとっておくように命令し水埜は今の今まで熟睡していた。そのおかげで目の下のクマは改善されたわけではないが、それでも足取りはしっかりとしている。

 

「それで止様、私はここで何をすればいいのですか?」

『スタンドに目覚める前から気づいてると思うが、この図書館島はこの麻帆良内では世界樹に次いでおかしな場所だ。しかし、こうなった理由を聞けば案外そうも感じなくもある』

「そうですね。確か……戦争中に世界中の」

『第一・第二次世界大戦中に、戦火を避けるべく世界各地から大量の稀覯書が集められ、その蔵書の増加に伴い地下へと増改築が繰り返された末、迷宮化し、その全貌が把握できなくなるほどの広大さを得るに至った。と、表向きは言われている』

「表向きは?」

 

 水埜は止が言った表向きと言う言葉に不快な表情で訊いた。もうこの時点でどうせ魔法使いの良からぬ企みと言うことを予想している。

 

『表情から察するにおおかた予想は当たってると言える。戦火を避けるために集められたと言うのも一応本当なのかもしれないが、本当の狙いは疑わしい。実際に図書館島の建設には魔法使いの存在が大きく関わっているのは確かだ。探検部の一般人が入れないような場所には魔法書が存在する。他にも魔法のトラップなども多数あり、明らかに魔法使い共が何かを隠している』

 

 これは止が一般生徒として入り込み、図書館島の中から戦闘力を度外視した効果範囲内ギリギリまで灰の塔を飛ばした距離の結果。スタンドの物質を透過できるルールを使えば遠距離型のスタンドはかなり地下まで調べることができる。

 しかし、広大な図書館島の最深部にまでは流石に距離が全然足りなかった。それでもある程度危険を冒し危険ギリギリの地下で発動しても届かない。止は図書館島の調査を中断することを余儀なくされた。

 

『俺でもまだ全貌を明らかにするには至ってないが、俺が秘密裏に調べられる地点ですらこれだ。これより下にはあいつらが真に隠しておきたいものがあるだろう。もしかしたら、もっと重要な情報もそこにはあるかもしれない』

 

 止は草陰に隠していた地図を取り出し水埜に渡しす。

 

『そこで水埜、おまえには実践訓練を兼ねて図書館島の調査に向かってもらいたい』

「これは……?」

『図書館探検部とか言う物好き共の部室から見つけた地図のコピーだ。そこには俺が独自に調査したものよりも深く多くの情報が載っていた。一応隠されはしていたが一般人でもがんばれば手にできる程度の隠し方だったからな。正直この地図がどこまで信用に足りるものかわからないが、俺が見つけられなかった部分が半分でも正しいと確認できれば図書館島の秘密に前進することができる』

 

 図書館島の秘密、しいては魔法使い共の秘密に近づける。そう考えると地図を持つ水埜の手に力が入る。

 

『水埜にはこの部分、もしくはこの部分よりも階層の調査をしてもらいたい。できるか?』

「もちろんです! 必ずや止様のご期待に応えて見せます!」

 

 水埜の頭の中にははなから止の命令を拒否すると言う選択肢はない。命をかけても全力で止の期待に応えるだけ。それが水埜の本願であり喜び。

 その返事を聞いてスタンドの向こう側で止はニヤリと笑う。、

 

『期待してるぞ』

「はい!」

 

 身元が改ざんされたものだらけの止ではもし見つかって怪しまれでもすれば大きく行動を制限されてしまうだけでなく、そのまま麻帆良に住む不穏分子としてブラックリスト入りしてしまう恐れがある。そうなれば止は全ての優位を失ってしまう。

 その反面水埜はスタンドに目覚めてはいるが完全な一般人。身元を調査されても暗い部分は一つもない。動きを制限されてもネギの生徒と言う立場だけで止にとって重要な情報源になる。

 

『どっちにしろ俺も射程範囲内まではナビしてやる』

「ありがとうございます!」

『まあその後は一人だけどな』

 

 水埜の地図を片手に裏手から図書館島内部へ足を踏み入れた。

 二人と一体は地下への階段を降りていく。階段を降りて数十分、水埜は図書館島地下三階へと辿り着いた。

 

「うわー、すっごい量の本ですね」

『ここが地下三階だ。ちなみに、中学生は確かこの辺りまでしか許可されてなかったハズだ』

 

 水埜は初めて目にした膨大な量の本に驚きを隠せずにいた。普段から図書館島をなぜか忌避して立ち寄らず、来たとしても一階部分にしか行ったことはない。水埜はまるで勇者と魔王の出るゲームのダンジョンに足を踏み入れた気分だ。

 

『そこの本触ってみな』

「はい?」

 

 言われた通り水埜が本棚の本を触ると、本の間から矢が飛び出してきた。至近距離でのとっさの出来事で水埜のスタンドも反応しきれない。

 矢が水埜に当たる前に灰の塔(タワーオブグレー)灰の針(タワーニードル)が矢を横から受け止めた。

 

「な、なんですかこれ!?」

『地下の図書館は貴重書狙いの盗掘者を避けるためにとかで罠が大量に仕掛けられてるんだ』

「ほ、本物ですか……?」

『ああ本物だ。まともなのは地上部分だけな。そんなところにサークルと称して学生の立ち入りを許可している。馬鹿げてると思わないか』

「同感です」

 

 図書館島と麻帆良の異常性を改めて実感しつつ、水埜と止のスタンドは歩いていく。

 止の言う通り道中で水埜はいくつものトラップに遭遇した。しかし、水埜はそれをペンタクルス・アントクイーンを使い対処していく。

 落とし穴では飛行できる蟲の大群で一瞬だけの足場で何とか踏みとどまったり、上から崩れ落ちる本棚には力の強い昆虫の大群で押し込んだりとして攻略する。

 途中休憩所のようなところで軽く休憩しながらも順調に進んでいく。

 

「これ作った人完全に頭おかしいですね」

『どうせ図書館なんてただの建前だ、魔法使いだけが利用できればいいんだからむしろ一般人が来ようと思わない作りにしたんだろう。それでもここにある貴重書は一応本物だからな。魔法使い共の悪質な努力にはため息が出るぜ』

 

 貴重書が本物だけに無暗に破壊するわけにはいかない。そうやって自分たちにはダメージになり難く、一般人が損をする堤防を魔法使いたちは築いたと解釈する止。

 奥へと進むたびに明らかに図書館としての用途を果たしておらず、倉庫としても微妙すぎる、明らかに侵入者を拒むだけのような作りになっていく図書館島に愚痴口と文句を言いながらも二人は進む。

 地下10階まで降り11階へと降りようとする最中、止のスタンドがその場で止まって動かない。

 

「止様?」

『どうやら俺はここまでが限界距離のようだ。最大出力で最弱パワーにしてもこれ以上は進めない。あとはおまえ一人で進んでもらうことになる』

 

 元々スピードと射程距離はA(最高ランク)灰の塔(タワーオブグレー)。そこから止のスタンドパワーで持続力をも上げ射程距離を水増しさせた。本来の射程距離ならばほぼAまで上がっているのだが、限界射程距離まで伸ばしたためE(最低ランク)にまで落ちてしまっている。

 

『もうわかってるだろうが、この図書館島は魔法使い共の伏魔殿だ。魔法の力も地下に進むほど強く感じる。ここから先はおまえがいける範囲でいい』

「はい、了解しました!」

 

 そうして止のスタンドとはここで別れ水埜は先に進み、灰の塔(タワーオブグレー)は本体のもとへと戻っていく。

 

『何か掴んで戻ってくれば上々。もし死んで戻ってこなくてもそれはそれで麻帆良の魔法使い共に打撃を与える理由になる。どっちに転んでもそれなりに役に立てるぜ、水埜』

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 灰の塔(タワーオブグレー)と別れた水埜は地図を頼りに地下へ地下へとドンドン進んでいく。

 道中で持ってきた水や食料で腹を満たし、懐中電灯では見通しが暗すぎる場所はペンタクルス・アントクイーンで(ほたる)を大量に生み出し灯りとした。

 

「えっと……だいたいこの辺り……か?」

 

 水埜は手持ちの地図で現在地下何階かを確認する。もともと一般人の学生が作った地図、あまり深くは調べきれていない。麻帆良の魔法使いが一般人には知られないようにしているためそれは当然。もしも調べられてしまっていたとしても魔法使いにとって不都合がないように削除されてるか都合のいいように捏造されているだろう。

 止の役に立つ情報を持ち帰ろうとグイグイ進んで行ってしまったためすでに手持ちの地図では把握しきれない所まで来てしまっていたのだ。今せいぜいわかるのは何階層であるかと大体の間取りのみ。

 

「まったく、地下への道を探すだけでも一苦労ね」

 

 水埜は大量の蛍で図書室内を照らし、さらに大量の明るい色の蟲を放って図書室内をくまなく探る。

 ペンタクルス・アントクイーンにはとにかく下へ進むように命令してある。簡単な命令しか出せないがこのくらいのことはできる。

 そうして地下へ続く通路や空気を見つけた蟲は降りようと集まっていく。それを見て水埜は下層への道を探しながら進んで行った。

 

「よし、あそこか」

 

 下の方に下層への扉を発見すると、また大量の蟲で空中に足場を作りそれをクッションにしながら勢いを殺し本棚の上から落ちる。

 大量のただの蟲が集まっただけのスタンドのペンタクルス・アントクイーンだが、それをたった一つの強みである数でカバーする。現在水埜が出してる蟲の総数は数百匹に及ぶ。

 

「必ずや止様にこの図書館の秘密を……」

 

 もはや地下図書館の秘密を見つけ出すことばかり頭にあり帰り道のことなど頭から完全になくなっていた。がむしゃらに進んでいるため帰りの順路、帰り道までの時間、もってきた水食糧のことを一切考慮していない。

 何時間経とうが日を跨ごうがお構いないにひたすら進む。疲弊したところで手頃な場所があればそこで軽く休憩をとったり睡眠をとったりしながらもどんどん深く降りていく。

 水埜が図書館島の地下へ降りて二十時間を超えた頃、水埜は地下とは思えない広大な空間へたどり着いた。―――図書館島最深部へと。

 

「おおぉ……」

 

 そこから少しばかり進んで行くと宮殿のような多くて立派な建物に巨大な樹木の根。まるで薄暗い図書館で魔法の扉を潜り異世界に迷い込んでしまったかのような感覚に支配された。

 

「……はっ! つ、ついに見つけた! 図書館島の秘密を!」

 

 圧倒される感覚から目覚めた水埜は今度は喜びから興奮した。

 胸を張って持ち帰れるような秘密を、止が望んだ魔法使いの秘密に関係するであろう情報を発見したことの喜びで疲れも吹き飛ぶ。

 

「おっとこうしちゃいられない、早く戻って報告しないと」

 

 これ以上調べようにも素人の自分では調べようがない。なら早くこの情報を止へ持ち帰って喜んでもらいたい。そう思い後ろに向き帰ろうとしたが。

 

「おやおや、もうお帰りですか? お嬢さん」

「ッ!?」

 

 後ろから声をかけられ驚き振り返ると、そこには白いローブ姿の男がこちらを見ていた。ついさっきまでそこにいなかった男の存在に水埜は攻撃しようとした。

 もともと攻撃的な性格をしていた水埜は、疲労と興奮で思考能力が低下し凶暴性を増していた。だが、寸でのところで理性がブレーキをかける。

 こんな重要そうな場所を任されているのだからきっとかなり強い魔法使いだろう。それに、自分の使命は情報を持ち帰ることで殺すことではない。

 

「こんなところまで、いったい何の御用ですか?」

「チッ」

 

 水埜は男の話を聞こうともせず憎々し気に舌打ちした。そして蟲を煙幕のようにばら撒き男に背を向け走った。蟲たちは男に襲い掛かることはしないが、チッチッとスズメバチなどに見られる警告音を鳴らす。

 

「これほど大量の蟲を一度に召喚するとは。それも……ただの蟲ではなさそうで」

 

 魔法を反発するスタンドの特性が、スタンドパワーで構成された大量の蟲が図らずも対魔法ジャミングとなり、視覚と魔法に対する煙幕となった。

 魔力探知による追跡で既に水埜を見失ってしまったことでローブの男も目の前の蟲がただの蟲ではないことに気づく。

 

「フフフ……これは興味深い。見たところ一般人側の彼女がなぜこんな力を持っているのか。ここへ来た理由と一緒にぜひ訊きたいところですね」

 

 ズゥゥンンッ!

 

 ローブの男はスタンドの蟲に魔法攻撃を仕掛けた。しかし、目の前の蟲たちはローブの男の想像通りにはならない。

 

「まさか、私の重力魔法を受けて無事とは……クフフフ……思った以上に強い力をお持ちのようだ」

 

 ローブの男は重力魔法で目の前の蟲を一気に潰してしま算段だった。しかし、蟲たちは少し隊列を崩しただけで一匹たりとも殺すことは叶わない。

 これまたスタンドの性質を帯びた蟲には極端に効力が薄い。さらには小さな蟲の群集ということもあり反発した重力魔法を受け止めずに受け流してしまったのだ。

 攻撃された蟲たちはローブの男を完全に敵とみなし大群で攻撃を始めた。その大群を重力魔法で前に弾く。が、視界を覆いつくす程の大群にはあまり効果を為さない。

 

「重力魔法がと言うよりも魔法そのものが効きづらいみたいですね」

 

 ローブの男は二度の攻撃でペンタクルス・アントクイーンの性質の一つを見極めた。

 

「強力な魔力妨害……いえ、それすらも疑わしい未知。魔法陣の転移すらままなりませんか」

 

 魔法陣による転移で蟲の大群を飛び越えようとするが、ペンタクルス・アントクイーンの強力なジャミングにより蟲の壁を飛び越えることができない。

 大量の蟲たちを魔法でいなしながら機を伺う。が、突破口を見つけ出す前に大量の蟲に全方位を囲まれてしまった。

 ローブの男は決して油断していたわけではなかったが、視界の奥の蟲の数が想像を遥かに超えていたのだ。それが誤った回避行動へ繋がってしまった。

 

「流石にこの数は予想外……少々マズイことになりましたね」

 

 この状況に先ほどまでの余裕も曇り始めて来た。そしてついに、一匹の蟲がローブの男に噛みついた。

 ローブの男の攻撃の隙間を縫って一匹また一匹と噛みつき……男の肉体を食い始めた。男の体は微々ながらゆっくりと確実に削られていく。

 

「まさか蟲相手に退かざる得なくなるとは……たかが蟲だと甘く見ましたか。クフフフ……ますます興味がわいてきましたよ、名も知らぬ少女よ」

 

 ローブの男は広範囲の魔法で蟲たちを振りほどき宮殿のような建物へと撤退した。蟲たちも追いかけるが、隙間のない硬度の高い物質に対しては膨大な数をもってしても蟲たちでは突破は不可能。

 蟲たちはローブの男への攻撃をやめ再び通路を塞ぐ壁となった。そうしていつの間にか本体(水埜)が射程範囲外にまで到達し消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 最深部から水埜は脇目も振らずがむしゃらに地上の出口を目指して走った。その間ローブの男の追撃から逃れるため常に蟲の煙幕を張り続けた。

 過度な疲労も強力な使命感と脳内麻薬(ドーパミン)の過剰分泌によりハイスピードで上がって行ったが、それでもとうとう限界が来てしまい動けなくなる。

 

「ま……まだ……こんなところで……届けなくちゃ……止様に……!」

 

 立ち上がることさえできない体を這いずりながら動かす。スタンドに目覚めたからと言ってもほんの数日前まで彼女は一般の女子中学生。むしろ殆ど知りもしない男への忠誠心だけでここまで来れたことだけでも奇跡……いや、異常。

 

(こんなところで……死ねない……ッ!)

 

 倒れて楽な姿勢になったことで今度は眠気までもが襲い掛かる。うつらうつらしだした水埜は目の前に求めて止まない人物の幻覚を見た。

 

(止……様……!?)

 

 水埜はその幻覚を本物と思い込み話しかける。

 

「止様……ついに見つけました。この島の秘密……深部に……屋外のような神秘的な空間……宮殿のような建物が……」

 

 それを伝え安心した水埜は意識を手放し眠りについた。

 水埜が止と思い込み話しかけていたそれは眠りについた水埜をじっと見降ろす。―――止のスタンド、タワーオブグレーが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 悪の従者

 水埜を地下図書館に向かわせて二日が経った。一応分身を通わせて不在を誤魔化してはいるがいつまでも続けられるものではない。なので俺はスタンドでショートカットをしつつ地下図書館へと侵入した。

 水埜が地下に潜る前に食料などは持たせたが二日も想定はしていない。戻ってこないとなると侵入者用のトラップなどで死んだか。そう考えながら水埜の遺体を探す。流石に遺体なしで自然な死に方の偽装はできないし、かと言って行方不明も地下に遺体が残ってはまずい。一番楽なのは魔法使い共に殺されてあいつらが処理をしてくれることなんだけどな。

 俺自身がある程度地下に降りる必要があるところで水埜を発見。虫の息だがまだ生きていた。しかし散らばってる蟲は水埜のスタンドだろう。と言うことは戦闘か何かがあった証拠。ここはいっそ見捨ててあいつらに処理を任せた方が楽か? 

 そう考えていると、俺に気づいた水埜が俺に向かって言った。

 

「止様……ついに見つけました。この島の秘密……深部に……屋外のような神秘的な空間……宮殿のような建物が……」

 

 その報告を聞いて思わず「マジかよ……」とつぶやいてしまった。こいつそんな深部まで降りたのかよ。俺でも到達したことないぞ。

 この精神状態からもしかしたら妄想って可能性も考えられるが、詳しい話を聞くために回収し俺の別宅に寝かせた。

 一日分の食料と水で二日間潜り続けたことで憔悴(しょうすい)していたので目が覚めてから一日は俺が看病してやることに。めんどくさかったがかなり有益な情報を得ることができた。

 図書館島の地下にそれだけ広大な空間があると言うことは間違いなく重要拠点。

 

「はぅぅっ。止様に看病してもらえるなんて……感激です!」

 

 目が覚めてからはずっとこの調子だ。それだけの働きはしてくれたからこのくらいのことはしてやっても良いんだけど……。ものごっついやりにくいわ。こいつの俺への高すぎる忠誠心ホンマ何なん?

 まあええわ。考えたところで今更や。それなりに都合はええんやし。

 ゴホン……これから水埜への監視の目が厳しくなるだろうことを差し引いても十二分にプラスと言えるだろう。

 

「不在中の出来事は分身がノートにまとめてあるから時間がある時に読んどけ」

 

 水埜の分身が書いたノートを手渡す。ま、この様子じゃもう一日は休んでた方が良さそうだな。今の様子では分身との体調的な差が大きすぎる。風邪にする手もあるが、水野のクラスの雰囲気から察するにお見舞いに来るだろう。その方が水埜にとっても面倒だろう。

 

「とりあえずもうもう一日ゆっくりしとけ」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 水埜のおかげで多大な情報は手に入ったが、決定打になりえる程のものではない。むしろ瓦解させた後に重要になって来るレベルの情報だ。

 そもそも漠然とした情報でしかなく、詳細な情報にする為にはどうしても知識と技術のある人物が情報の真偽を確かめなくてなならない。そしてそれができる手駒は自分自身しかない。だが決定打も持たない現状ではリスクとリターンが合わない。

 ならば今は信憑性のある重要な情報として頭に入れておくに留めるのが得策か。まったく、水埜が入手した情報も案外役に立たなかったな。ま、頑張りは認めるがな。

 

「ちょっと外出て来る。誰か来ても居留守を使え」

「はい!」

 

 俺は自室を出ていく。水埜がいない間のアリバイ作りをより完璧な状態にしておく。こういった小さな痕跡を消すことが犯行の秘訣だ。細部を完璧に埋めればいかなる状況でも安全に逃げられる。。

 もちろん失敗などするハズはないが、イレギュラーというものはどうしても起こり得る。その時にいかに完璧に痕跡を消し逃走できるかがプロというものだ。失敗などいくらでもやり直せばいい。最終的に勝てばよかろうなのだ。

 ふと窓から外を見ると外で騒いでる人がいつもよりかなり少ない。というか学生が少ない。

 

「そういやもう来週か、学期末テスト」

 

 学期末テストとなれば真剣に勉強に取り組む熱心な学生が増える。エスカレーター式のうちの学校じゃあんまり関係ないがな。

 そのため能天気な奴らが多いがそれでも点数が良いに越したことはないので真面目な優等生はもちろん、普段真面目じゃない奴もこの時期だけは勉強に集中する。まあ能天気を貫く馬鹿もかなり見受けられるがな。

 

「あいつ、大丈夫か?」

 

 水埜がどちらかは知らねえが、今のコンディションだと勉強は全く捗らねえだろう。少し前から調べものをさせたりスタンドの訓練などさせてまともな時間を取ってないだろう。

 

「しょおおがねーなあああ~~~」

 

 答案用紙でも盗んできてやるか。仕事の報酬ぐらいにはなるだろう。

 そういうことで水埜のアリバイ作りのついでに窃盗の為に女子中等部に侵入する。こちらも学期末テストで出歩く学生はピリピリしている。

 授業中の朝っぱらに侵入するのは普通は愚行だが、麻帆良においては夜中の方が魔法使いの目が厳しい。そのため人目が多いが一般人が混在し魔法使いの動きが幾ばくか制限される昼間の方が好ましい。

 

「この辺でいいか」

 

 身を潜め『灰の塔(タワーオブグレー)』を飛ばし学園内部へと侵入する。内部構造の下調べをせずに来てしまったので職員室を探すところから始めなくてはならないのは失敗だった。

 

「はい、学園長先生。生徒とも打ち解けていますし、授業内容も頑張っていますわ。とても10歳とは思えませんわ」

 

 とある扉の前を通りかかったところで女の話し声が聞こえてた。話の内容から察するにあの英雄の息子についてのことみたいだ。

 気になった俺はその扉、学園長室の中へ入って行った。

 

「この分なら指導教員の私としても一応合格点を出してもいいと思っていますが……」

「フォフォ、そうか。けっこうけっこう。では4月からは正式な教員として採用できるかのう」

 

 このぬらりひょんみたいな爺が女教師と話していた。

 

「ご苦労じゃった、しずな君。おや? どこじゃ?」

「上ですわ学園長」

 

 握手と見せかけて女教師の胸に顔を埋めるエロボケかます妖怪爺。

 ハッ、あんなガキを正式な教員として採用とはな。くらだらねぇ話を聞いちまった。時間の無駄だったな。そう思い部屋から出ていこうとすしたが―――。

 

「―――ただしもう一つ」

「―――は?」

「彼にはもう一つ課題をクリアしてもらおうかの。才能ある立派な魔法使いの候補生として」

 

 何やら興味深いことを話し出したので少し羽を止める。

 

『ふ~ん……』

 

 この短い期間でその課題をどうやってクリアするつもりなのか。その課題とやらを訊いてちょっとだけ興味が湧いた。

 だがそんなことに付き合ってやるつもりは一切ない。失敗して俺の前から消えてくれるならそれでもいい。俺が超えるべき壁は英雄の息子じゃなかったってだけの話だ。

 学園内を飛び回りやっと職員室を見つけ侵入する。が、やっぱり日があるうちの職員室には魔法使いの教師共が多い。

 

『この状況で盗みは厳しいか』

 

 仕方ない、作戦変更だ。今のうちに安全圏を用意して夜に再び盗みに入る。

 そうなるとかなり時間が余るな。魔法使い共の朝から重要な魔法関係の話はしないし、放課後では流石に人が多くて見つかるリスクが高い。

 授業は分身に任せてあるし今日はサボるか。部屋には水埜を寝かせてあるから外で時間を潰すか。

 

『分身と本物はどこで入れ替えようかな~』

 

 

 

 

 夜、再び侵入し『灰の塔(タワーオブグレー)』を飛ばす。職員室の場所は昼間に

ばっちり把握済みだ。

 

『答案用紙答案用紙……あった』

 

 『灰の塔(タワーオブグレー)』で職員室に侵入し塔針(タワーニードル)を器用に動かし答案用紙を探し当てた。

 目当ての物を盗み出したことだしさっさと退散するか。その帰り際、英雄の息子と水埜のクラス数名がどこかに行くのを目撃した。こんな夜中にどこに行く気だ?

 少しばかりストーキングしてみると、どうやら図書館島に向かっているようだった。それも裏手の出入り口から。

 

『何をする気だ~~?」

 

 英雄の息子が教員に正式採用される為の条件、期末で学年最下位を脱出させること。

 水埜のクラスの成績をのぞき見した感じ全体的に中の下。学年トップクラスが3人に100位以内も少数いるが、学年最下位クラスも5人いる。ちょっとばかしカリキュラムを作って下を上げればブービーとの点数差から考えて最下位脱出はそこまで難しくないかもな。

 ガキらしい短絡的な発想で頭が良くなる禁断の魔法でも使うかと思ったりもしたけどな。

 

『だが、碌でのないことをしようとしてるのは間違いないな』

 

 こんな大切な時期に、最下位組を連れて図書館島なんかに忍び込む時点でお察しだ。

 大方、何かしらのズルをしようとしてることには違いないな。どっちかと言うと生徒が自主的でガキが連れてこられたって感じだが、それを止められないならどの道教育者失格だ。

 

『どうせならそのまま死んでくれりゃいいんだけどな』

 

 まっどうせ全員無事に帰ってくるんだろうけどな。

 

 案の定3日程行方不明になったが、試験当日にはしっかりとテストを受けに現れたらしい。水埜の報告では遅刻し別室でテストを受けたらしい。

 そしてクラス成績発表日、合計ミスのハプニングもあったが、水埜のクラスである2-A組がトップに躍り出た。一体どんなズルを……いや、水埜の話ではクラスの士気が異様に高くなっていたと訊いた。これも勝者ゆえの寵愛だろう。実際は何もしていない神輿になるだけでもな。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 学期末テストも終わり終了式に差し掛かった。あれから止様から指示なく寂しい日々が続く。終了式が終わったら何か命令してくださるかな~。

 

「おはようございます、水埜さん!」

 

 元気に走る子供先生に挨拶され朝から気分を害される。止様が嫌いな人は私も嫌いだ。そもそも私はこの町全般がどうしようもなく嫌いだがな。

 朝礼で子供先生が正式に麻帆良学園の英語科教員となったことと、3月から「3ーA」の担任になる予定が発表される。つまり今後も麻帆良に残り、私の担任になるということだ。本当に朝っぱらから気分は最悪だ。

 

「というわけで2ーAの皆さん、3年になってからもよろしくお願いしま――――す!!」

 

 教壇で笑顔で頭を下げる子供先生。

 

「よろしくネギ先生――――っ!」

「先生こっち向いて、こっち――――っ!」

 

 それに騒ぎ立てるクラスメイト。

 

「ほら見て~~~っ、学年トップのトロフィ~!」

「おお~~~っ! みんなネギ先生おかげだね―――っ!!」

「ネギ先生がいれば中間テストもトップ確実だ―――っ」

 

 学年トップのトロフィを掲げて子供先生を賞賛する声々。完全に神輿に担ぎ上げられていな。そいういう意味ではクラスの団結力は高まったからおかげってのもあながち間違いじゃないかもな。

 10歳のガキが教師とか労働基準法とかはもうツッコむ気も起きない。

 

「ハイ、先生ちょっと意見が――」

「はい鳴滝さん」

 

 双子のちびっ子の片割れが手を上げ言う。

 

「先生は10歳なのに先生だなんて普通じゃないと思います」

 

 おっ、そこにツッコむか!? 止様の話では認識阻害の結界の影響を受けているハズ。なのにそこを指摘できるというのはもしや―――。

 もう片割れのちびっ子も立ち上がる。

 

「えーと」

「それで史伽と考えて案ですけど―――今日、これから全員で『学年トップおめでとうパーティー』やりませんか!?」

 

 前言撤回。揃いも揃って認識阻害で頭パーだ。もしかしたら元々頭パーな奴らの集まりなのかもな、このクラス。前振りと脈略が全くない。

 

「おー! そりゃいいねえ!」

「やろーやろー。じゃ暇な人、寮の芝生に集合ー」

 

 大喜びするクラスメイトを尻目に冷ややかに見る。このクラスの空気は全くついていけない。今ではついていこうとも思わないが。

 

「どーしたんですか、長谷川さん。寒気でも……?」

 

 様子のおかしい長谷川に声をかける子供先生。

 

「いえ、別に……。―――ちょっとお腹が痛いので帰宅します」

「え……あ、ちょっ……」

 

 見るからに仮病で席を立つ。長谷川のそういうところは少―――しだけ評価している。 私と同じ麻帆良の常識と普通がかけ離れていることに気づいてる側だ。かと言って別に仲良くなりたい相手でもない。うっとおしくないというだけで好ましく感じてるだけだ。

 

「ああ、千雨さんですか。いつもああですから放っといていいですから、ネギ先生」

「それより寮行ってパーティ始めよ、ネギ君」

 

 去った長谷川を心配そうに眺める子供先生。私にとっちゃどうでもいいことだらけだ。

 

 ――私も帰るか。

 

 そう思って席を立つと、クラスの中でも一番うっとおしい奴が声をかけてきた。

 

「水埜さんは来るネ?」

 

 超鈴音。なぜか入学当初から時々わざわざ声をかけてくるうっとおしい奴。どれだけ無視しても冷たい対応をしても突っかかって来るのをやめない。成績はダントツに良いが、なぜ私にしつこく声をかけて来るのかは謎だ。

 

「―――いかない」

「そんなこと言わないで来てアルネ」

 

 いちいち手を引っ張るな。なんで私に関わろうとするんだ? 他のクラスの奴は仲良くする気ないとわかったら離れたぞ。

 

「私はできれば水埜さんにも来てほしいネ。気に入らなければそのまま帰ってくれてもかまわないアル。だからネ?」

「―――ハ~~~。わかったよ。義理で行ってやる」

 

 可愛い子ぶって小首を傾け言う。本当になんだコイツは。

 

「私の店の新作料理も披露するから楽しみにして欲しいネ!」

 

 私が了承するとやっと視界から消えてくれた。顔さえ出せば文句はないだろ。ちょっと顔出したら即帰ろう。

 

 ノロノロと遅れて行くと、ちょうど子供先生がウサギのコスプレした変態を連れてやって来た。誰だあれ?

 

「遅いよ先生――」

「あれ―――? 誰そのカワイイ子は」

 

 コスプレ女の登場に視線はそっちに集まって私には気づいていないようだ。下手に絡まれたくなかったからちょうどよかった。偉いぞコスプレ女。

 

「ちょっとネギ、この子もしかして」

 

 神楽坂がコスプレ女について何か気づいたようだ。知り合いか?

 

「ちょっと先生! や、やっぱり返してよメガネ!」

「あっ……」

 

 コスプレ女が子供先生からメガネを取り返すと、タイミング悪く子供先生がくしゃみをし、コスプレ女のバニー服が一瞬で花びらへとはじけ飛んだ。またやりやがったなエロガキ教師。つかあのコスプレ痴女、長谷川じゃね?

 

「……ってアレ? あんんた長谷川じゃ……?」

「ち、ちがっ」

「ホントだ! 千雨ちゃんだ―――っ」

「違うっ!! 長谷川なんて女は知らね――っ。一切関係ないってば―――――」

「千雨ちゃんヘンタイ―――」

 

 長谷川のコスプレ趣味のおかげで一騒ぎ起きて好都合だ。

 とりあえず義理は果たした。ここで帰っても文句を言われる筋合いはない。

 

「あ―――っ、水埜さんも来てくれたんだ!!」

「ゲッっ!!」

 

 長谷川の変態露出が思いのほか早く鎮静化したため私の方へ注目が向いてしまった。

 落ち着け、逆に考えるんだ。騒ぎが収まって私の方へ注目が向いたのなら、逆にもう一波乱起こればいい。その原因をちょいと用意してやればいい。

 『ペンタクルス・アントクイーン』のゴキブリを数匹クラスの輪の中に飛ばしてやった。突然の最も不快な害虫の乱入に阿鼻叫喚。このどさくさに紛れて去らせてもらう。

 

「べーだ」

 

 去り際に混乱するクラスメイトにあっかんべーしてやった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 春休みに入ってやっとしばらくはクラスの馬鹿共と顔を合わせなくてもよくなった。あの不快な喧騒を耳にしなくてよいと安堵するが、日のあるうちに外を歩けばクラスメイトと子供先生の騒ぎが耳に入る。

 寮に籠って耳を閉ざしていればいいのだが、『ペンタクルス・アントクイーン』の能力向上の一環として図書室で蟲について調べなくてはならないため、どうしても数日に一度は図書館まで足を運ばなければならない。その時にはどうしても耳に入るし、なぜかクラスの誰かと顔を合わせてしまう。運が悪いと子供先生や神楽坂辺りとバッタリしてしまうことすら。

 

 日が落ちると外に出てスタンド操作の訓練に入る。この春休みの間に『ペンタクルス・アントクイーン』を完璧に制御できるようにするのが宿題。

 あの日から能力を磨けと言われたきり止様からの連絡がない。それがたまらなく寂しい。ああ、願わくば一言お声をお聞かせください。

 満月の光に照らされた桜通りを歩き愛しのあの御方を考えていると、何かの気配を感じた。

 感じた視線の先。そこには真っ黒なボロ布に包まれた小さな女が一人。

 

「27番、水埜晴花か……。悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ」

 

 そいつは私に襲い掛かって来る。が、奴が私に今にも噛みつこうとする必殺の距離に近づいた瞬間、罠に飛び込んだ奴に大量の攻撃性の高い蟲で反撃してやった。

 自分が絶対的優位と勘違いし罠に飛び込んだ。最も無防備になる瞬間への『ペンタクルス・アントクイーン』はガードすらできまい。

 おっと逃がすかよ。離れようとする奴の腕を掴み、腕伝いに多種な毒蟲を送り付けてやる。その中でとっておきは火蟻というアルカロイド系の毒と強力な針を持つ凶暴なアリだ。

 

「うぐっ!!?」

 

 残念ながら刺されても死ぬことは稀だが激しい痛みや痒みを伴う。数分もすれば呼吸困難や動悸、意識障害を引き起こせる。スタンド能力で生み出した蟲だから本物とはいかないが、勉強によってかなり本物に近い毒性を再現できてるはずだ。

 他の毒蟲もそこそこ効果はあるだろう。火蟻に一番集中したから他の毒蟲の毒性再現は甘いだろうけど。

 

「あまり手荒な真似はするつもりはなかったのだがな……!」

 

 女は止様には遠く及ばない殺気を感じ取り手を離す。

 薬品のような小瓶を投げ短い詠唱と共に氷が襲い掛かる。初めて見るがおそらく今のは魔法。こいつ……やっぱり魔法使いか……!!

 だが! その程度の魔法なんて『ペンタクルス・アントクイーン』で簡単に防げるんだよ!

 

「くっ――驚いたぞ。ただの蟲ではないな?」

 

 魔女のとんがり帽子が取れて女の素顔が良く見える。どっかで見たことある顔だ。誰だっけ? まあ麻帆良は魔法使いの巣窟らしいし、見知った顔が実は魔法使いだったとかあるだろう。

 それよりもスタンドを見られたこいつを見逃していいのか? 私の『ペンタクルス・アントクイーン』の姿は蟲の集合体。ぶっちゃけ蟲を操る魔法とでも言ってもバレない。だからといってスタンドを魔法使いのクソ野郎に見られたのには違いない。―――殺しておくか?

 

「何者だ、貴様?」

 

 答える代わりに親指だけ下に向けるジェスチャーで返す。それと同時に毒性の羽虫を大量に飛ばす。

 その中で半分以上を占めるのはオオスズメバチ。日本で最も強力な毒を持つ蜂で二度刺されればアナフィラキシーショックを引き起こしショック死させることもある。

 集まり大音量となった危険な羽音が女と私を取り囲む。ここで殺す、絶対に逃がさない。

 女は薬品を使った氷の魔法で蟲を散らそうとするが、止様に与えられたスタンドという力の性質は魔法と相性がいい。その程度じゃ蟲一匹も殺せないぜ。

 

「これは流石に多すぎるな。さらに魔法を弾くか……。少々まずいか」

 

 大量の蟲に阻まれて逃走できず、魔法で蟲を潰すこともできない。ならば打開策は私を直接狙うしかないだろう。いくら魔法で殺せなくても所詮は蟲。力業で突破するのは簡単だ。それこそが私の狙い―――。

 そうなれば何としても捕まえてさっきと同じように毒蟲を仕掛ける。だが今度は火蟻のような生易しいものじゃない。ギネスに認定される程の強力な毒を持つ蜘蛛、クロドクシボクモを噛ませる。一匹で80人を殺せる毒は成人男性をも25分で死に至らしめる。

 

 ――私の勝利は出来上がってる。後は得物が罠に飛び込むだけ。

 

 もっとも、もっと派手な魔法が来ると警戒していたがどうやらそういうタイプじゃなさそうだ。このまま息の根を止められれば簡単に済むんだけどな。

 

「さあ、どうする?」

 

 ――さあ、来い……!!

 

「ふふ……これで勝ったつもりなのか?」

 

 だがそこへ何かが女魔法使いの隣に降り立ち、蟲の包囲網から女魔法使いを脱出させてしまった! クソッ、仲間か!? 仕方ない、二人纏めて殺すか。

 

「茶々丸……」

 

 ロボット……? 確かあいつはクラスにいたロボ。あいつも魔法使い……ってのは流石に違うか。現代の魔法使いはロボットがついてるってわけか。

 そのロボットが素早く私の眼前に降りて来た!

 

「申し訳ありません、水埜さん」

 

 大量の蟲で攻撃するがやっぱりロボットには蟲は効かない。

 ロボットは軽めに強く私を小突いてきた。ロボなりに手加減してるっぽいが普通に痛い。ロボに蟲は効かない。だがそれで大人しく負けを認めるかよ―――!!

 

「『ペンタクルス・アントクイーン』ッッ!!」

 

 一点集中で大量の甲虫の噴出で物量の力業でロボを弾き飛ばしてやった! だがロボットは平然とした様子で女魔法使いのもとへ戻って行った。ダメージはいかチクショウ。

 

「ハァ……ハァ……よくもやってくれたな、水埜晴花。お、覚えておけ……」

 

 だが女魔法使いには毒蟲の毒がしっかり体に廻っているようだ。顔色も悪く息も荒い。意識も正常ではなさそうだな。

 二人は高台から飛び降り姿を消してしまった。スタンドを使ったのに逃がしてしまった。追いかけてトドメを刺したいが追い付けないだろう。そもそもロボットを殺す手段が私にはない。黙って見逃す以外の選択肢を取れない。

 だが今考えれば殺すのは少し悪手だったようにも思える。こんな道中で殺せば死体の処理に困る。

 断片的とはいえ私のスタンドの情報を与え逃がしてしまったが結果的にこれでよかったかも。

 しかしこうなると私は魔法使い共から目を付けられることになる。そうなればますます止様と会える時間がなくなる。そう考えるとかなりムカついてきた。せめて『ペンタクルス・アントクイーン』の毒の痛みだけでもたっぷり味わえクソが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。