キスから始まる異世界百合色冒険譚 (楠富 つかさ)
しおりを挟む

第一話 プロローグ/目覚め

 夢を見ているのだろうか。もしそうだとしたら、これは圧倒的にふざけた夢に思える。目の前にいるのは純白の衣を身に纏った美女。女神を名乗り、俺に異世界へ行かないかと誘っている。テンプレと言ってしまえばそれまでだが、俺に特殊な能力を授けるとも言っている。だが……その能力は『同性とキスをすることで、対象の知識や能力を得る』というもの。男とキスなんて真っ平ごめんだと撥ね付けた俺に与えられた選択肢というのが、

 

A ガチホモに転生。

B ガチレズに転生。

 

という二択だ。ちなみに、前者の場合22歳のイケメンになり、後者の場合は16歳の美少女になれるそうだ。どうせ夢だ。いっそのこと、美少女になってみるのも悪くない。そんな思いで、女神を名乗る彼女にBを選ぶと告げた。俺の夢は、そこで終わった。

 

 

 19歳の大学一年生かつ一人暮らし一年生である俺、見原(みはら)優留(ゆうる)が目を覚ましたのはまだまだ日の昇る前だと思っていた。自分の部屋で眠ったはずの自分が、どこか違う場所にいると感じたのは、背中に当たる感触がベッドのそれと大きく異なるから、というのが1つだ。そしてもう一つ、誰かの寝息が聞えるということだ。しかも、かなり近くから。目だけを動かして辺りを見てみると、窓のないこの部屋は四隅に有る蝋燭の火だけが光源のようだ。俺がいる場所は祭壇のように一段高い場所らしく、寝息は俺がいる場所より低い位置から聞えてくる。体を起こして探索を続けようとした俺だが、ある違和感に気付いた。背中をくすぐる髪のような何か。いや、髪の毛だと断定しよう。背中を見ようと首を動かすと、俺は衝撃的な事実を目の当たりにした。まず、全裸であること。真下を向くと視線を妨害する肌色の塊があること。視認は出来ないが、19年間もの時間を共に生きて、生殖活動に使ってやれず終いだった相棒は失われているだろう。

 

「夢じゃなかったああああ!!!!」

 

夢での選択肢を悔いているわけではない。ではないんだが……。両手を地面について現状を理解しようと努力する。……あ、指きれい。って、そうじゃなくて!

 

「Ejrmupieslriq?」

 

落ち込んだ俺……もはや俺とか言っちゃいけないか。まぁいい。俺の叫び声が収束した部屋で、誰かの声が聞えた。ただ、何を言っていたかは分からなかったが。どうやら、先ほどまで寝ていた何者かがおきたらしい。

 

「Movrypzrryupi」

 

おいおい、異世界に転生したのに言語が通じないってどういうこと? ただ、その容姿が少しだけ見えた。どうやら、少女のようだ。日本人とは根本的な顔のつくりが違うため、正確さは不明だが年齢は10代前半といったところか。若いというより、幼いと言ったほうが適切だろう。髪色や瞳の色は炎に照らされているせいか、何色かは正直ピンと来ない色をしている。身にまとうは炎に照らされてオレンジに見えるローブ。

 

「こ、こんにちは。見原優留です。君は?」

 

叫んだ時は気にしなかったというか、気にする余裕がなかったけど……すごく可愛い声してるなぁ、自分。

 

「Osztrtor.Qardloddzr!」

 

うん、何を言っているのかサッパリわからん。でも、目の前にいる少女は瞳を閉じてキス待ちのような顔をしている。そうか、能力を発揮する時なのか!

 

「す、するよ……」

 

自分の言葉が通じないのは分かっている。でも、何か言わないと自分の踏ん切りがつかないのだ。瑞々しそうな唇に自分のそれを重ねる。ただ、体格の変わった自分の体を上手くコントロールできず、押し倒すような形になってしまった。

 

「んちゅ……!!」

 

唇が触れ合う。ただそれだけの行為。なのに、今の自分は今までにないくらい興奮している。押し倒したせいで目の前の少女のローブは肌蹴ていた。なんと、彼女はローブの下に何も着ていなかったのだ。膨らみの始まっていない胸には、桜色の突起だけが影を落としている。それを指で弾きながら、少女の唇をひたすらに貪る。それはもう、キスというより性行為に近いように思えた。それから、どれだけの時間が経ったかは分からない。一瞬のようで永遠のような時間は、少女の絶頂で幕を閉じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 能力発揮

「えと……気持ちよかった、ですか……?」

 

事後同然のまったりとした心持ちで暫らくの間、天井を眺めていると隣から鈴を転がしたような愛らしい声が聞えてきた。

 

「うん。すごく良かった。あんなに興奮したのは初めてだったよ……って、え!?」

 

彼女の言葉が理解できる。どことなく英語っぽい部分があるが、それもまとめて日本語同様に理解が出来ている。

 

「やっとお話できました。改めてお願いします。世界を救ってください、勇者様!」

 

少女は寝転がった私の上に覆いかぶさり、じっと見つめて言い放った。

 

「私の名前はレリエと言います」

 

肌蹴ていたローブを正し、改めて俺の目の前に座った少女はそう名乗った。

 

「俺は優留。そうだなぁ、ユールって呼んでくれてもいいよ」

「じゃあ、ユールさんで……」

 

少し控えめに呼んでくれるレリエはすごく可愛い。

 

「えっとさ、俺がレリエの言葉を理解できるのって――」

「そのぉ……さっき、私と……したから、ユールさんにはこの世界の言葉に関する知識が備わったんです」

 

俺の言葉の先を読み、レリエが顔を真っ赤にして説明してくれる。

 

「ユールさんの能力はご自分で理解なさっているようですし……説明はいいですよね? その力で魔王を倒し、世界を救って欲しいのです」

 

顔を紅潮させつつも真剣な表情で訴えるレリエ。キスで頬を染める時点ですごく初心で可愛い。まぁ、さっき俺がしたのはキスというより……。あぁ、幼い少女になんてことを……今更すぎるが少しだけ罪悪感が募ってきた。

 

「ユールさん?」

「ん!? 大丈夫だ。魔王を倒すんだろ?」

 

俺がそう返事をすると、レリエはそれもなのですがと前置いて、

 

「その口調は……」

 

言いたいことは分かった。確かに、俺……俺も禁止しよう。私の口調は男のまま残ってしまっている。レリエに悪影響を及ぼしてしまうかもしれない。なんとか矯正しないとな。

 

「えっと……直すわ。大丈夫、私なら出来る! あ、そういえば――」

 

おr――私は一つ聞きたいことを閃き、それをレリエに尋ねる。

 

「この能力は、純粋に知識や経験だけを得るんじゃなくて、言語の場合はこうして使えている。それって、かなり凄いことだって思うんだ。……思うの。で、何か欠点とかデメリットがあるんじゃないかって思うんだけど、どう?」

 

私の問いにレリエはすぐに答えてくれた。

 

「あります。まず一つ目は、先天的に備わっている力は貰えないということです。腕力とか魔力は勇者の能力ではどうしようもないです」

 

……ということは、ヨガの先生にキスをしても、上達するやり方は分かっても、実際に身体が柔らかくなるわけではない、ということだな。……ということなのね。

 

「二つ目は、相手の同意が必要という事です。相手がユールさんに“知識を与える”ということを意識してないとダメなんです。与えた知識や経験がなくなる訳ではなんですけどね。もう一つは、能力は一人に対して一日一回しか発動しないというデメリットもあります」

 

無理やり奪うのも不可能だし、キスしまくって即日強化というわけにもいかないらしい。まぁ、人数が制限されていないのが救いだろうか。

 

「じゃあさ、勇者様の為なら何でもします! っていう女性はいるの?」

「殆どいないでしょう。勇者様の存在を知っている人が少ないですし……」

「まぁ、レリエが可愛いからレリエだけでもいいかな」

 

私としてはハーレムというのも捨てがたいけど、こんな美少女をずっと独占というのも悪くない。でも、顔を真赤にしながらレリエは頭を横に振った。

 

「ユールさんには色んな人とキスしてもらわないと困ります。私の持つ知識だけでは、人間としても太刀打ちできません」

 

まだ私の中のレリエから貰った知識は言語に関するものだけだ。彼女の言いようからすると、レリエの持っている知識は、かなり偏りがあるようだ。

 

「えっとまぁ、勇者について大体はわかった。……で、その魔王って言うのは?」

「まず魔族の説明をしますね。魔族というのは、我々人間より数が少ない代わりに個々が非常に強い種族です。魔族にもいろいろあるんですけど、口頭での説明は省きます。彼らは単純な腕力も、魔力総量も、生命力も強いんです。そんな強力な魔族の中で最強であるのが魔王なのです」

 

レリエが説明してくれた内容のほとんどは、私の知識の中にもあった“魔王”という言葉から理解していたが、改めて聞くとその強大さを再認識する。

 

「魔王という存在は人知を超えています。ですから、我々人類も人類でありながら人類を超える必要があるんです。だからこそ、勇者であるユールさんをお呼びたんです」

「あ。やっぱりレリエが私を呼び出したんだ。いや、それはいい。ただ……私、人間を超えられるの?」

「と、言いますと?」

 

今いる祭壇のような空間がやはり儀式場であることに納得し、レリエに違う質問をぶつける。質問の意図を理解しきれていない彼女に、私が思ったことを素直に告げる。

 

「私の力で他人の知識や経験を得たとしても、腕力とか魔力は無理なんだから……私が行き着くのは凄く器用な最強の“人間”なんじゃないかな?」

 

私の疑問の声に、レリエはかなり困惑している。

 

「えっと、えぇと……た、確かに……」

 

表情がみるみる曇っていき、上手く言葉を発せなくなっている。流石にそんなこと言うべきじゃなかったかなぁ。

 

「ごめんねレリエ。私、できる限りのことはするから、そんな悲しそうにしないで」

「ありがとう、ございます……うぅ……」

 

泣きそうなレリエを慰めるつもりだったのに、逆に泣き出してしまった。私はどうしたらいいか分からなくて、結局レリエが泣き止むまで頭を撫で続けるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 下着事情

 レリエと出逢い、一週間くらいが経った。この一週間はレリエに知識を口移ししてもらうことと、そうして得た魔術の知識を自ら実践すること、そして旅支度を整えることに使われた。その中で分かったことがいくつかある。まず、レリエの持つ知識は魔術と歴史に偏っていて、一般常識がかなり抜けている。特に、人里離れた山奥で今は亡き師との二人暮らしが長かったからか、男性というものを全然理解していない。当然、性的な知識なんて皆無だ。あの時の絶頂も、レリエからすれば何が起きたか全く分からなかったのだろう。次に、彼女のすごさだ。13歳という若さにして世界屈指の空術使いということだ。魔術の細やかな属性については後でレポートにまとめるとして、空術というのは空間を司る属性であり、大きな特徴は二つ。使用者専用の空間を生み出せるということ。これを、支配領域テリトリーというらしい。いわゆる四次元ポケットだ。私にも作れるようになったが、小さなリュックほどの空間もなさそうだ。もう一つの特徴が、物体の移動だ。私がここにいるのも、巨大な魔法陣を描いた祭壇で、空術の秘伝を行使したものによる。その知識を知ったとき、私はレリエに神様のような存在に出会ったと言ったのだが、半信半疑という表情をされてしまった。何故なのだろうか。

 

「お姉ちゃん! これでどうでしょうか?」

 

この一週間における最大の変化はレリエの私に対する呼び方がお姉ちゃんになったことだろうか。それで、

 

「ちょっとだけ大きいかなぁ」

 

今、何をしているかというと、私の身につける下着をレリエが作っているのだ。謎技術なのだが、この世界―名前はないらしい。まぁ、他の世界が認識されていないのだから当然か―にはブラジャーがあるのだ。レリエはまだ幼いから着けていないのだが、私には必要なのだ。そのため、レリエの師匠のものをベースにレリエが作っているのだ。ちなみに、レリエの師匠は享年33だったらしい。魔法を教えるような女性というのは、老齢な魔女だという固定概念をブレイクされた。母親のような存在だと言っていた。のような、という部分にどうしても引っ掛かったが、詮索はしないことにした。

 

「今度はどうでしょうか?」

 

そう言いながら手渡された赤い下着。ブラジャーというよりビキニタイプの水着に近いかもしれない。後ろの紐を結んでみる。

 

「うん、いい感じ」

「じゃあ、このサイズでいくつか作っておきますね」

 

ちなみに、この試着をスムーズに行うために今の私は上半身裸。なんというか……いろいろアウトな気がするのは気にしない。ただ半裸で佇んでいるわけではないからね。生活魔術と呼ばれる各属性の基礎中の基礎に取り組んでいる。火属性ならライターとかマッチくらいの火を指先から出したり、水属性なら水道のように水をだしたり、風属性は扇風機のやさしい風くらいの風を吹かせたり、土属性は土を生み出したりと……戦闘では絶対に使えない魔術を行使している。じゃなきゃ、各属性の魔力が成長しないのだ。取り敢えず、能力が貰える勇者の力で、レリエから空属性―水と風の複合属性―の魔力を少しだけ貰っているとはいえ、筋肉と一緒で使わないと成長できないのだ。……キスで少ししか貰えないのは、私の魔力容量が全然追いついていないからだ。あぁ、勇者なのに弱すぎる。確かに持っている力はずるい気がする。とはいえ、初期ステータスが低すぎやしないだろうか。……頑張って成長しよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 出立

 結局、私たちが旅に出発したのは、私がこの世界に来てから10日が経った日になった。下着も完成し、私の魔術も少しだけ成長した。ちなみに、一昨日や昨日もレリエに知識を口移ししてもらった。最初はすごくぎこちなかったレリエのキスも、今では舌の使い方を把握したようで、私の歯と歯茎の境を執拗に舐めてくる時がある。

 

「まず向かうのは、ここから西側にあるコーゼスという村です。思いの外家に長居してしまったので、新鮮な食料や薬草の調達が主な予定です。ワープ、しますか?」

「しなかったら、どれくらい歩く?」

「4日……でしょうか。一応、歩いていけるだけの備蓄はありますけど、どうします?」

 

小首を傾げて問いかけるレリエが可愛い。……能力が発揮されないだけであって、キスはいくらでもしていいんだよね。うん、しちゃえ。

 

「レリエ、可愛いよ」

 

柔らかな唇に触れ、血が滾るような感覚に襲われる。でも、今は我慢。

 

「歩いていこうよ。まだまだレリエに教えてほしいこと、沢山あるし」

 

私がにこりと笑みを浮かべながら言うと、レリエは少しだけ頬を染めた。赤面性は治っていない様子。そうそう、この数日間で、レリエが魔王を倒そうと決心した理由を教えてもらった。流石に、これは口頭でだ。幼い時から空間魔術の訓練ばかりをしてきたレリエにとって、人間社会で生きていくのは困難ともいえる。だからこそ、自身の持つ力で社会に対して貢献したい。ということで、術を使った物流事業に参加していたらしいが、それで満足することをよしとしなかったレリエは、空術最奥義である異世界からの勇者召喚を敢行。成功したからこそ、今のレリエの決心がある、というところか。何というか、年頃の少女にありがちな、特有の正義感とか冒険したい気持ちがありそうだけど、レリエの純粋な目に、そんな考えは捨てた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

必要なものを全て支配領域に仕舞いこんだレリエが、私の旅装束の裾を引っ張る。

 

「うん、行こうか」

 

見慣れた森の光景を心にとどめて、木製の大きな屋敷の外に踏み出す。革製のブーツが、地面に足跡を残す。

 

「お姉ちゃん、ここで出来る最後の練習です。家を……燃やしてください」

 

レリエにとって住み慣れた家を二人で眺めながら、彼女は私にそう言った。最初、何を言っているのか理解が追いつかなかった。

 

「大丈夫です。本や一部の家財道具は売ってお金にしましたし――」

「そうじゃなくて、ここはレリエが師匠と過ごした大切な――」

 

レリエの言葉を遮って発した私の言葉は、今までに聞いたことのない程に強い口調で封じられた。

 

「思い出に……縛られるのは嫌なんです!」

「分かった……。全力でやるよ」

 

両掌に意識を集中させ、火を発生させる。それを、家へと投げつける。未熟な私の火力では、大きな木造屋敷を焼くことは叶わず、風属性の術を織り交ぜて最終的には爆破した。魔力が空になりかけた私に代わってレリエが消火した。悲しそうな表情をしていたけれど、決して涙を浮かべることはなかった。黒焦げになった家に背を向けて、私とレリエは旅立つ。魔王を倒すための旅へと。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 コーゼスの村

「着きました、ここがコーゼス村です」

 

私たちが村に着いたのは、予定の4日を上回ること二日後だった。レリエのキスが上達著しくて、どうにも最後までしないと私が限界だったのだ。しかも、レリエがキスする時、私の胸を揉むようになったのだ。それがもう、お乳を飲む時に母親のおっぱいをふにふにする哺乳類の赤ちゃんみたいで可愛いことこの上ないのだ。お互いに能力はキスで発動すると分かっているのに、ついつい伽に発展してしまう。そのせいで、翌朝の起床が遅れ1日のリズムが崩れた結果が4日の道のりが6日に化けさせたのだ。まぁ、仕方ないよね。気持ちよさのあまりレリエが“知識を送る”ということが脳内から吹き飛んでいたとしても、仕方ないよね。ちなみに、この六日間。暮らしは家にいた頃と大差なかったように思う。なにせ、空術によって張られる結界、支配領域から取り出されるベッドと新鮮な食事……野宿という感じは一切しない。ちなみに、レリエ程の空術士からすれば、結界なんて寝たままでも保てる術らしい。しかも、この結界は人や魔物の侵入を防ぐだけでなく、防音・防臭効果があるらしい。人目につかない所に張れば、あんなこともこんなことも出来そうな気がする。

 

「さて、これからどうしましょうか?」

 

コーゼスの村で宿を取り、部屋に備え付けられているテーブルに世界地図を広げる。この世界の地図は三色に分けられる。一つは大陸東部。人族の領地。青く塗られている。大陸中部は紫色で塗られており、ここが人と魔族のどちらもが狙う土地となっている。そして、西側にある赤い地域。これが魔属領なのだ。

 

「この村に長居する理由はさほどありません。ですが、次に向かう街をトルキガにするかニシェクにするかが……」

 

知識として持っている地名への理解。歴史的観点から見ても二つの街の発展に大きな差はなく、どちらに行っても同じような気がするのだが。

 

「お姉ちゃんは、この先必要になるのは何だと思います?」

 

レリエにそう尋ねられて、考えてみる。必要なのは……情報とか? いや、協力してくれる女の子が先か。

 

「やっぱり、人かなぁ」

「だったら、トルキガですね」

「ん? 二つの街の人口って大差ないよね?」

 

……あ、でも。確かトルキガは商業都市。対してニシェクは工業都市だったような。

 

「そろそろお姉ちゃんも武器を持つべきかと……」

 

むむぅ、コーゼスに来るまでの六日間。確かに魔物との戦闘もあった。魔属領から遠い位置にあるため、強力な魔物はいないけど……素手である私には対処のしようがなかった。魔術に関しては未だに戦闘で行使できるレベルに達していないし。というわけで、ずっとレリエに頼りっぱなしだったのだ。いい加減、自分でも戦えるようにならないとね。

 

「扱いやすい武器の定番といえば……槍、かな?」

「そうですね。それに、商業都市トルキガの方が女性の数が多いと思いますし、槍についての知識を持っている女性を探しやすいはずです」

 

レリエ……そこまで考えて。お姉ちゃん、嬉しいよ。勿論、このあと滅茶苦茶××したのは言うまでもない。




再掲なのでややネタが古い部分もございますが、ご愛敬ということで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 市場

 翌日、私とレリエは当初の目的を果たすべく市場へと買い物へ来た。コーゼスの村は農業が盛んであり、多くの作物を購入することが出来る。村で人が一番多い道でもあり、店主の客引き声や客の値切りをしようとする声が聞えてくる。どの店もバザーのようなテントで作られていて、木製の大きな箱に色とりどりの野菜や果物が詰められている。この世界の野菜や果物は私がいた世界のものと大きな違いはなく、とても食べやすい。そんな市場を歩いていると、私の目に一人の少女が映った。年は15か16。私自身と同じくらいに見えた。ショートパンツにあれがチューブトップというのだろうか。胸部しか覆っていないトップスを身に着けた露出度の高い格好をしている。いや、だから目に映った訳ではなくて……買い物中なのか少し膨らんだトートバッグを肘にかけている。そんな彼女とレリエがすれ違うとき、どこか違和感を覚えた。

 

「レリエ、財布ある?」

 

買い物に出掛けるということで、レリエの支配領域から銀貨20枚くらいを財布に入れて持ち歩いているのだ。その財布の有無を確認する。

 

「……ないです!」

「やっぱりか!」

 

私とレリエは急いで方向転換し、スリと思しき先ほどの少女を追った。

 

「転移できる?」

 

見失わないように気を配りながら、レリエに問いかける。

 

「人が多くて厳しそうです……。でも!」

「風術で移動速度上昇でしょう?」

 

レリエに教わった知識で大体の取るべき行動は分かった。レリエが頷くと同時に身体が軽くなり、走りが速くなっている。じりじりと距離は詰めている。それに、細いわき道に入った関係もあり、周囲から人の数が減りつつある。ただ……向こうに土地の利があると厳しい。

 

「レリエ、そろそろ」

「はい、転移します!」

 

レリエがそう言うと私の足元が揺らぎ、件の少女の目の前にワープした。レリエは後方で土術を行使して道を塞いでいるだろう。

 

「きゃ!」

かなりの前傾姿勢で走っていた少女に私の存在は見えなかったようで、頭からぶつかって私を押し倒すように転んだ。

 

「おぉ~」

 

高い露出度のせいで顔にまで目が向いていなかったのだが、かなり整った顔立ちをしている。凛としたクールな感じで、ひょっとしたら年上かもしれない。角度的に覗ける浅い谷間もまた魅力的で、けっこう興奮する。しかも彼女、かなり目が泳いでいる。こういう状況に不慣れなのかもしれない。そっと腕を彼女の背中へ回し、抱きしめる。私のそれなりに大きい胸に埋めるように抱き、それはレリエの呆れたような声を聞くまで続いた。




魔力とか小ネタとか


ユール 魔力量
火:14 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0
水:26 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0
風:28 ?:0 空:13 ?:0 ?:0
土:10 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0

―能力習熟度―
一般常識:★★★★☆☆☆☆☆☆
魔術知識:★★★★☆☆☆☆☆☆
 裁縫 :★★☆☆☆☆☆☆☆☆

ユ「一般常識の★があまり増えないね」
レ「すみません、教えられることがもうなさそうです……」
ユ「あ、そっか……ごめん」
レ「でも、裁縫を教え始めたので……」
ユ「何を教わるべきか悩んじゃうねぇ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 盗賊少女

「じゃあ、君。住所氏名年齢を教えてくれるかい?」

 

レリエの空術でスリの彼女を含めた3人は、私たちが取った宿の一室へ転移していた。そこで私は目の前の少女に取調べを敢行している。

 

「あんた、非番のサツか?」

「質問に質問で返さないでよ……。私たちは単なる旅人だよ」

「あっそ。あたしの名前はステラ。住処なしの17歳」

 

一個上か。ステラと名乗った彼女は私の質問にきちんと答えてくれた。住処がないというのは気になるが。

 

「彼女のバッグからは私たちのもの以外の財布もありました。常習犯ですね」

 

荷物検査を終えたレリエが報告してくれる。とりあえず、銀貨20枚は無事だったようだ。

 

「君がスリをしているのは何故だい?」

「職のないあたしの生きる糧にするためさ」

「反省の色はないようだね」

「当たり前だろ。生きるためには仕方ないからな」

 

茶色の髪の隙間から覗く鳶色の瞳は、真っ直ぐに私を見ている。さっきまでの泳いでいた瞳の持ち主と同一人物とは思えない程の豪胆ぶりだ。

 

「一先ず、私はこの財布を警察へ届けてきます」

 

そう言ってレリエは転移していった。一般常識として記憶している、この世界の警察は騎士団と同意だった気がする。いわゆる治安維持組織というやつか。

 

「今までに捕まったことは?」

「……ない。むしろ、アンタは何であたしがスリだって分かった?」

 

むぅ、地球にいた頃にテレビで見た、なんて言えないしなぁ。買い物客を装った万引き犯に似ていたから怪しいって思ったのだが。なんて説明しようか。

 

「やっぱり、勘かな」

「勘でばれるんだったら、あたしも零落れたものだな」

 

盗賊少女から教えて欲しい技能。軽業かな?

 

「ねぇ、ステラ。今までどうやって逃げてきたの?」

「逃げるもなにも、今まで気付かれたことすら無かったかならなぁ」

「さ、流石プロ……」

 

むぅ、彼女を更生させるという意味でも私の欲求としても彼女を仲間にしたい。

 

「スリ以外に何か、得意なこととかないの?」

「アンタ、変わったこと聞くなぁ。ナイフの扱いなら得意だな」

「じゃあさ、それを教えるって頭に浮かべてみて」

「? よく分からないけど……教える、教えるね」

「ありがと……ちゅっ」

 

薄く開かれた唇に、自身のそれを押し当てて、舌まで入れようとしたのだが……

 

「な、なにしやがる!? あたし、は、初めてだ、だったんだぞ!?」

 

流石にディープはさせてくれなかったが、ナイフ捌きは少しだけ分かった気がする。

 

「ただいま。財布、持ち主が順次受け取りに――お姉ちゃん……」

 

壁際にまで退いたステラを満面の笑みで追い詰める私という光景を見て、帰ってきたレリエは大体を察したらしい。察しのいい妹にお姉ちゃん感謝だよ。

 

「レリエ、ステラを仲間に入れる、いい?」

「えぇ、しょうがないですね」

 

レリエは了承してくれた。あとは、ステラの方なのだが。

 

「勝手に決めんな! だぁもう! いいよ、何の目的を持った旅だか知らないけど、あたしの初めてを奪った責任は取ってもらうぞ!」

 

どうやら、彼女の中でも吹っ切れたようだ。まぁ、自分でスリはもう限界みたいなことも言ってたし。

 

「改めてよろしくね、ステラ。私はユール」

「ステラさん、私の名前はレリエです。よろしくお願いしますね」

「あぁ、ステラで構わん。世話になるぞ。ユール、レリエ」

 

二人目の仲間、ステラが加わった。




ユール 魔力量
火:17 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0
水:30 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0
風:30 ?:0 空:15 ?:0 ?:0
土:12 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0

―能力習熟度―
一般常識:★★★★☆☆☆☆☆☆
魔術知識:★★★★★☆☆☆☆☆
裁縫技術:★★★☆☆☆☆☆☆☆
歴史知識:★★★★☆☆☆☆☆☆

ユ「★の数、増えてきたね」
レ「私が教えられる知識、全種公開してしまいましたね」
ユ「ねぇ、歴史って一般常識に含まれないの?」
レ「私の持つ歴史知識はかなり専門性が高いので……」
ユ「まぁ、魔術史の割合が高かったもんね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 朝の習慣

「おはようございます……お姉ちゃん」

 

翌朝、ダブルベッドで目を覚ました私とレリエ。おはようのキスを交わす。

 

「んちゅ……じゅる」

「じゅぶ、んく……ぁあ」

 

目を開ければそこには蕩けた表情を浮かべるレリエと、私との間にかかる銀色の橋。どちらからとも言わずに再び唇を重ねる。じゅぶじゅぶと淫靡な水音が響く中、とうとう彼女の叫び声が木霊する。

 

「アンタらあたしのこと気にしなさすぎだろう!?」

 

そう、ステラである。やんちゃな見た目とは裏腹に純情な彼女はどうにも私とレリエのキスをただの愛欲によるものと思っている節がある。まぁ、完全に否定できないのが痛いところだが。

 

「おはようステラ。ちゅうする?」

「しねぇよ!?」

 

一緒のベッドで寝ようと誘ったのだが、ステラは結局ソファで寝てしまった。曰く、いつ襲われるか分からないとのこと。やはり住処なく暮らしていた少女にとって、警戒を怠らないことは重要らしい。そんなことを寝る直前―おやすみのキスの前―にレリエに話したら、勘違いをしていませんかといわれてしまった。どういうことだろうか。

 

「ステラさ……ステラはキスしないのですか?」

 

私とのキスが最早日常的になっているレリエからすれば、ステラがキスを拒むのは不思議に思えるようだ。

 

「え……だって……」

 

あからさまに目を泳がせるステラ。年下であるレリエに真っ直ぐに見つめられて、返答に困っている様子。

 

「ほら、キスって大好きな人とするものだろう?」

 

……どこまでも純情なステラ。

 

「私、お姉ちゃんのこと大好きですから」

 

流石レリエ。お姉ちゃん嬉しくてキスしたくなっちゃうよ。

 

「ステラは私とするの、イヤ?」

 

ここで畳み掛ける私。ステラは小声でイヤじゃないとだけ言って、私の唇にそっと触れた。もちろん、唇で。

 

「嬉しいよ、ステラ。さぁ、今日も頑張っていきましょう!」

 

二人の美少女からキスを貰い、元気百倍になった私。ただ、今日の予定を知らない。レリエの方に視線を移すと、レリエは私の言わんとすることを察してくれた。

 

「さて、今日こそは買い物に行きましょう」

 

レリエがそう言い、寝巻きであるローブから旅装束であるローブに着替える。二着の違いは生地にあるらしいが、私にはまだ分からない。ステラは寝るときもあの高露出な服だ。布の多い服は好かないらしい。ちなみに、私は下着姿で寝る。いつだって臨戦態勢だよ。どういう意味かって? 言わせないでよ。

 

「行くよ、ステラ」

 

まだ顔を紅くしているステラの手を引っ張って宿の部屋を出る。今の時間なら朝市ということで店にならぶ商品はさらに安くなる。ついでに、朝ごはんも食べちゃおう。




ユール 魔力量
火:22 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0
水:38 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0
風:38 ?:0 空:19 ?:0 ?:0
土:16 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0

―能力習熟度―
一般常識:★★★★★☆☆☆☆☆
魔術知識:★★★★★★★☆☆☆
裁縫技術:★★★☆☆☆☆☆☆☆
歴史知識:★★★★★★☆☆☆☆
短剣技能:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
長槍技能:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ユ「魔術知識、★が多くなってきたね」
レ「そろそろ内容がトップクラスの難しさになりますよ?」
ユ「レリエの教え方が上手だから平気」
レ「お姉ちゃん……」
ス「アンタらそう言って長ったらしいキスするから見てて恥ずかしいんだよ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 商業都市

「ここが……商業都市トルキガ……」

 

コーゼスの村から転移してやってきたのは、石造りの家と道と橋による統一感が美しい商業都市。トルキガは水運も頻繁に使うため、水路が整備されており、その水路で売り買いをする者もいれば、渡し舟の船頭として生計を立てる者もいるらしい。

 

「まずは武具屋へ行きましょうか」

 

私たちが転移したのはトルキガの南部。ここは商人達の屋敷が多い地区だそうだ。目指すは西部。ニシェクとは街道一本で直通のため、工業製品を主に販売している地区となっている。

 

「短槍がいいかな? 両手槍がいいかな?」

 

隣を歩くレリエと少し後方にいるステラに問いかける。

 

「両手槍だと術の印を組むのが難しいと思います」

 

生活魔術ならまだしも、戦闘で行使するような術は印を組んだり詠唱をしたりしないと、発動することは出来ない。……まだ印を組むような術を習得していないのだが。

 

「いや、両手の方がいいな。バランスも取りやすく振り回しの威力もある。前衛はあたしが出る。ナイフくらい買ってくれるんだろう?」

「え? あ、はい。もちろんです!」

 

私が少し悩んでいる間に、ステラが意見をくれた。珍しく積極的な姿にレリエも少し驚きを隠せていない。その後、数件の武器屋を回り槍一振りとナイフ三本購入した。一本は私の接近戦用であり、ステラの予備を含めて三本購入だ。まぁ、少し安くなるというのもあったが。

 

「いやぁ……私もいよいよ武器持ちだね」

「あんたら、よくここまで旅してきたな」

「お姉ちゃんを護るのは妹の役目なのです」

 

そんな私たちは今、トルキガの東部へ移動している。東部には宿屋や商人向けの娯楽施設がある。レリエの知識にはその娯楽が何かはなかったが、ひょっとしたら私の欲しいものかもしれない。ちなみに、北部は農業製品が売っているのだが、需要と供給の関係上、コーゼスの村の方がかなり安い。

 

「部屋、ベッドは1つでいいですか?」

「……あたしはソファで寝るからな」

 

ということで、ダブルベッドの置かれた部屋を取った。お値段は3人で銀貨6枚。コーゼスでの宿泊費が二人で銀貨3枚だったことを考えると、割高な気がする。

 

「まぁ、部屋は広いけどさ」

 

コーゼスの宿屋のように質素という印象は受けないトルキガの宿。これでもスタンダードな部屋のはず。ランクを上げたらベッドに天蓋とかあったりして。

 

「二人とも、これからのことで相談があるの」

「なんでしょう?」

「んだ?」

 

部屋に設えてあるテーブルで向かい合う。少し口が渇く。

 

「私の力は、女の子にキスしてもらわないと発揮しない」

「そうですね」

「難儀だよな」

「そこで、だよ……」

 

後ろめたいからか、どうしても声にならない。

 

「そこで、だ」

 

ごほんと咳払いをし、覚悟を決める。

 

「手っ取り早く力をつけるための手段が一つだけある。……お金を払って、してもらう事だ」

「お金……ですか?」

 

頭に?を浮かべたレリエに鸚鵡返しをくらう。彼女が風俗の事を知らない事はわかっている。私の頭に風俗嬢という表現がないからだ。言葉を知らないなら、概念も同様に、だろう。

 

「職業として、お金を貰ってそういう事をする人達がいるはずなの。そういう人達なら、事情を話さなくてもお金でなんとかできると思うの」

「それって、キスで終わるのか?」

 

少し顔を赤らめたステラが問いかける。彼女なら裏事情も少し知っているのかもしれない。確かに、キスで終わる……終わらせるつもりはない。男だった頃から風俗には一度行ってみたいと思っていた、なんて絶対に言えない。

 

「お金を払えば、お姉ちゃんと私がしているようなことが出来るんですね。それはいいです!」

 

緊張した私を、レリエの言葉がほぐす。レリエはキスをすごく尊いものだと思っている節がある。だからこそ、抵抗はないのか? でもまぁ、何の抵抗も示さないのは逆に悲しいものがある。

 

「えっと、お金はどのくらい必要なのでしょうか? 金貨を持つべきなのでしょうか」

 

……相場が分からない。目線でステラに訴えかけるが。

 

「金貨を持ったほうがいいんじゃないかな?」

 

と、ひどく適当な答えをくれた。まぁ、純情な彼女がいくら盗賊稼業に手を染めていたからとはいえ、そこまで裏な世界を知っているわけではないか。

 

「えっと、金貨10枚入れておきました。どうぞ」

 

そう言って財布を渡すレリエ。

 

「レリエは……抵抗がないのか? お金で女の子をどうこうしようっていうのに」

「違法……なんですか?」

「そうでもないさ。コーゼスみたいな村ならまだしも、この規模の街ならあって当然さ」

 

レリエの問いに答えたのはステラだった。コーゼスに居つく前はあちこちの街を回っていたらしい彼女。風俗に身を落す少女を見てきたのかもしれない。

 

「じゃ、じゃあ。ちょっといってくるね」

「はい、お気をつけて」

「はしゃぎすぎんなよ」

 

二人に見送られて部屋を出る私。そういえば、レリエとステラを二人きりにするのは初めて? ちょっと心配だけど……しょうがないよね。連れて行くわけにもいかないし。ドアが閉める音を聞きながら、私は道を尋ねるべく宿の一階へ移動するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 勘違い

「女の子が欲しいんだけど、どこに行けばいい?」

 

宿のいわゆるフロントにいた主人は、そう尋ねた私を見て一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに営業スマイルを浮かべて手をだした。紹介料を要求しているのだろうか。相場が分からないけど、素直に尋ねたら足元を見られてしまうと判断し、銀貨一枚を手渡した。一人当たりの宿代が銀貨二枚。だったら、銀貨一枚というのは少ないという可能性はないだろう。……まぁ、貨幣価値への理解に欠ける部分があるのだが。

 

「予算はどれ程あるのですかい?」

 

顎鬚をさすりながら、上機嫌な声で尋ねる主人。銀貨一枚は多かったようだ。まぁ、渡してしまったものはしょうがない。レリエからは金貨10枚を預かっているが、あまり乱用するべきではないだろう。

 

「金貨4枚が限界かなぁ。出来れば、大手の店がいい」

「4枚ですか……もう少し出していただければ私の知る最高の店を紹介できるのですが……」

 

主人は顎に手を当てたまま唸った。むぅ、複数回行くことを前提に4枚と言ったけれど足りないのか。レリエが持つ金貨は50枚近いらしい。ならば、

 

「7枚。これ以上は無理です」

「承知しました。では、この地図どおりに店へ向かうとよろしいかと。後悔はさせませんぞ?」

 

ニヤリと笑みを浮かべる主人。どうやら彼も、そうとう通っているらしい。その地図を見ながら辿り着いたのが……。

 

「ここ、なんだよなぁ」

 

地球で言うギリシャのような白い石造りと建物。立派な門を構え、いかにも高級そうな佇まいに庶民魂が足を踏み出すことを躊躇させる。かれこれ10分程、ここで建物を眺めているのだが……。

 

「……ふぅ。行こうか」

 

決心して足を踏み出す。重厚な木製の扉を開けると、

 

「いらっしゃいませ、ユール様。宿より連絡を承っております」

 

私を出迎えた店主の男。長身でスーツを着込んだ姿は、ホストにも見えた。どうやら宿から連絡があったらしく、奥には数人の女性――何人かは少女がセクシーな衣装を身に纏って待機していた。……どうやら、18歳未満の風俗嬢もいるらしい。

 

「本日はどのような娘をご所望ですか?」

 

狐のような顔をした店主に尋ねられる。並んでいる女の子達を見ると、本当に粒揃いで悩む。……って、勇者の能力のためにきているのに、つい楽しむつもりでいたや。反省しなきゃ。

 

「そうだね……私に年が近くて賢い女の子がいいかなぁ」

 

私がそう言うと、店主が何か閃いたらしい。

 

「本当は明日から出すつもりだった彼女をご覧頂きましょう。少々お待ちください」

 

店の奥に引っ込む店主。どうやら、デビュー前の女の子を特別に紹介してくれるらしい。

 

「クレア、です」

「彼女は旅商人の娘。見識の広さなら当店随一かと。これも何かの縁、金貨5枚でいかがでしょうか?」

 

クレアと名乗ったのは15歳くらいの少女。緑みがかった髪はセミロングでストレート。瞳は翡翠のように美しい。目鼻立ちも整っており、いかにも快活そうで愛らしい。健康的な色をした肌にはシミ一つなく、一切日焼けしていない部分とのコントラストが美しい。胸元は控えめだが、その分引き締まった肢体に魅力を感じる。まぁ……レリエもステラも胸は大きくない。本当なら自分以外の大きなおっぱいを貪りたいのだが、彼女には将来性を感じる。

 

「うん。彼女にするよ。前払いかな?」

「あぁ、ではお預かりします。書類をお持ちしますので、そちらの部屋で少しお楽しみください」

 

金貨5枚を受け取ると再び店の奥へ引っ込む店主。書類? 就業前の女の子を相手するのだから、諸々手続きがあるのだろうか。にしても、お楽しみください、ね。この世界では同性愛が偏見の対象になっていないのだろうか。どうにも話が早すぎる。

 

「まぁいいか。クレア、よろしくね」

 

通された部屋には大きなベッドと最低限の家具しかなかった。ベッドに女の子座りで向かい合う。ここはさっそく……。

 

「ねぇくれア。君の知っている知識を教えるって思い浮かべてみて?」

「???」

 

僅かな声を上げて疑問の表情を浮かべるクレア。まぁ、それもそうか。ステラの時もそうだったし。

 

「取り敢えず、思い浮かべてみて?」

 

もう一度お願いしてから、こくんと頷いたクレア。そんな彼女の瑞々しそうな唇に自分のそれを重ねる。

 

「「ちゅぅ……ん」」

 

舌は挿れずに優しくキスを交わす。その時、私に流れ込んできた知識はあまりに衝撃的なものだった。

 

「ここ、風俗店じゃないだとぉ!?」

 

……思わず男性口調になる程には衝撃的だったのだ。クレアの「何を今更?」といった表情がそれを加速させたのは言うまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 顔合わせ

後から知ったことだが、風俗にかかるお金は一回で銀貨数枚。金貨1枚に銀貨100枚の価値があるそうなので、私が宿の主人に言った予算は銀貨700枚分ということになる。だから彼は思ったのだろう。私は奴隷を買おうとしていると。そう、私が訪れた店は風俗店ではなく奴隷販売の店だったのだ。どうにも私の顔にニヤつきがあったのか、ばっちり性奴隷専門店に通されてしまった。この世界では、権力者の男性に囲われている女性が、他の妾と肌を重ねることが多々あるらしく、女性同士で性行為が行われることは一般的らしい。

 

「と、いうことです」

 

今、私はことの顛末をレリエとステラに話し終えたところだ。勿論、傍らにはクレアもいる。書類への記名がまだとは言え、お金は払ったし個人的に気に入ったというのもあって、大声に驚いて現れた狐顔といくつか話をし、正式にクレアを買い取ったのだ。

 

「分かりました。では、クレアさん。宜しくお願いします」

「……クレア」

「ん?」

「クレアで……いい」

 

人見知りなのだろうか、レリエとステラに対して緊張している様子のクレア。ちなみに、あの店で一度だけ“楽しんで”きているので私に対しては、たどたどしさこそ残るが、心を開いてくれているように思える。まぁ、ご主人様という呼び方は治らなかったが。……それはそれで興奮するので構わないが。

 

「じゃあクレア、あたしはステラ。よろしくね」

「はい」

 

クレアは決して無愛想ではない。無表情でもない。やはり緊張が大きいのだろうか。それとも、何かしら心に傷を抱えているのだろうか。

 

「そういえば、結局ステラにもこの旅の目的を話していないんだよね。レリエ、話してあげて」

「分かりました」

 

私がレリエに頼むと、レリエは自分が魔王討伐を目的に旅をしていることを告げた。ステラもクレアも驚きを隠しきれていない。それもそうか。二人には悪いことをしたなぁ。一般人を巻き込むには、危険な旅すぎるもの。レリエが話し終えると、

 

「へぇ。アンタら、そんな大それたこと考えてたのか。面白い。やってやろうじゃん!」

「わたしはご主人様に従います」

 

今度は私が驚いた。ステラの反応は予想と真逆と言える。面白そう、そんな風に言われるなんて。クレアは……まぁ、予想の範疇だろう。言いそうだったし。

 

「では、クレアにも戦闘の経験をしてもらいます」

「ハンドメイスの経験なら……」

「明日の予定も決まりですね」

 

三人になった旅の仲間。これから、どんな毎日になるんだろう。




ユール 魔力量
火:26 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0
水:44 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0
風:44 ?:0 空:22 ?:0 ?:0
土:18 ?:0 ?:0 ?:0 ?:0

―能力習熟度―
一般常識:★★★★★★☆☆☆☆
魔術知識:★★★★★★★☆☆☆
裁縫技術:★★★★☆☆☆☆☆☆
歴史知識:★★★★★★★☆☆☆
短剣技能:★★★★☆☆☆☆☆☆
長槍技能:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
金銭感覚:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ユ「★はないけど、新しい技能が追加されたね」
レ「はい。クレアさんから教えてもらう技能になります」
ス「金銭感覚かぁ。値切りスキルみたいなものか?」
ク「そう……です」
ユ「賑やかになってきたねぇ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 ニシェクへ

 朝から三人の美少女たちの唇を貪り、昼間から風俗店へ足を向ける。超生きていて良かったって思う。風俗のお姉さま方の話を聞くだけで楽しいし、一般常識とはまた違った知恵を能力なしで手に入れられる。そう、花唇へのキスではなく陰唇にするキスの技術。プロをもぐったりさせる情熱的な交わりを済ませて宿に戻ると、今度はステラとクレアを相手に戦闘訓練。回復魔法を使える仲間がいない私たちなので、使うのはそれぞれの武器を模した木の棒。レリエの提案で相手の唇を奪ったら勝ちという私得な訓練内容になっている。確かに、常にやる気MAXで挑めるから効率が素晴らしくいい。それが終わると皆でお風呂に入ったり宿のご飯を食べたりして過ごして、夜は夜でお楽しみ。訓練で疲れた二人を先に寝かせて、レリエと二人っきりですごす。あ、そうそう。この寝かすという行為は深読みしてください。なにせ、夜ですから。クレアを迎えてから二部屋取るようにして、レリエと二人だけの時間を過ごす夜。

 

「お姉ちゃん、明日は次の町に出発しようと思うんです」

「そう……だね。そろそろ進まないとね」

 

ここに来て5日ほど経った。今も魔王が人々を苦しめているかもしれない。そう思うと……自分の欲に溺れた日々を恥ずかしく思う。自分の欲求くらい律せないとね。

 

「次はどこに行くの?」

「聖都アリジャスへ行こうかと」

 

聖都アリジャスはこの世界で信仰されている女神ハートロードを祀る宗教の総本山だ。場所はトルキガの北門から街道を進み、聖なる森と言われているホーランセ大森林を抜けた先だ。

 

「でもね、その前にそのぉ……」

 

宗教都市ともなれば、シスター姿の女の子たちが沢山いそうだけど。

 

「私、ニシェクにも行ってみたい」

「なんでです?」

 

ベッドで横になっているから、首を傾げるということはしないが、目に疑問の色を浮かべるレリエ。

 

「私、ギルドを作りたいの!」

「ギルド、ですか?」

 

ギルドという仕組みを私は、風俗のお姉さま方から聞いた。レリエはその存在をきちんと理解していない。

 

「ほら、レリエが参加していた物流もきっとギルドと関係あると思うんだ」

「あ、なるほど」

 

現代世界でいう会社のシステムをギルドは持っている。それに、ギルドを作れば異世界人である私の身分証明ができるはず。

 

「それにね、自分のお金は自分で稼いでみたいんだ」

 

クレアを買ったのも、風俗に通ったのも、全てレリエのお金でだ。これ以上迷惑かけたくないし、それに向こうでもバイトをしてみたいと思っていたから……。

 

「わがまま、かな?」

「そんなことないです! 元々は私がお姉ちゃんを召喚したのが最大のわがままです。お姉ちゃんの行動は全然わがままなんかじゃないです!」

 

枕に乗った頭を小刻みに横に振るレリエ。月明かりに照らされた銀髪が一房、顔にかかる。それを優しく戻しながら、レリエを撫でる。

 

「じゃあ、ニシェクに行こうか」

「はい!」

 

トルキガとニシェクは近い位置にある。だから、ギルドの支部はニシェクに置かれている。トルキガはその分、商業施設が充実しているのだ。

 

「おやすみなさい」

 

就寝直前のキスを交わして、私たちは眠りについた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 狩り

トルキガとニシェクを繋ぐニシェルキガ街道を私たち四人は歩いている。この街道、いくら整備されているとはいえ、魔物もでる。私もいよいよ、槍を構えて魔物と対峙している。

 

「ご主人様、お気をつけて」

 

同じく中衛であるクレアが声をかけてくれた。クレアもこのメンバーに少しずつ馴染んでくれて……とか言っている場合じゃないか。前衛を務めるステラが討ち漏らした狼っぽい魔物に槍を突き出す。喉元に槍の穂先が刺さった魔物はそのまま動かなくなり、霧散した。この世界の魔物は魔王の魔力によって形成されている為、すぐに消失してしまうのだ。だがしかし、

 

「コイツ、どうすんだ?」

「犬歯を剥ぎ取ってください」

 

それは純粋な魔王の魔力のまま絶命した時だけ。人間側の攻撃によって魔力に不純物が混じると霧散しなくなるのだ。これを活用して魔物の素材を剥ぎ取っているのだ。この辺は旅商人であったクレアの知識から引用している。

 

「さぁ、進もうか」

 

街道沿いに進み数時間でニシェクに着いた。ニシェクは工業都市ということもあり、工場が軒を連ね煙突も何本か見られる。この世界でも石炭が採れるらしくって、それらを使って製鉄をしたり、まだ実用化はされていないけれど蒸気機関みたいなものもあるらしい。いつか鉄道で旅が出来る日もくるかもしれない。暇そうにしていたおじさんにギルドの場所を聞き出し、向かってみると。

 

「酒場、みたいだね」

 

外観はウェスタンなバーに近く、木製のゲートを構えている。意を決して中に入ると、酒場みたいという印象は強まった。いくつかのカウンターと丸テーブル。大きな樽。受付と書かれたカウンターでお姉さんに意気揚々と話しかける。

 

「すみません、ギルドを作りたいのですが……」

 

私がそう言うと、告げられたのは残酷な事実。

 

「ギルド結成は奴隷を除く五人のメンバーが必要。見たところ、人数足りてないし、帰りな」

 

ギルドは簡単に作れると思っていた。なのに……。私が中途半端な知識を得て思い付いたせいで皆に無駄足をさせちゃって……。

 

「ごめんね、レリエ。ステラもクレアも……戻ろう」

 

クレアは奴隷だからメンバーは2人足りない。本当に不甲斐ない。私のわがままで無駄足をさせてしまった。

 

「大丈夫ですよ、また来ましょう? 一度来た場所じゃないと転移出来ないんですから、来た意味はあったんですよ。ほら、お姉ちゃん、泣かないでください」

 

レリエの転移術で私たちはトルキガまで移動するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 森へ向けて

トルキガに戻った私は、クレアを買った奴隷商人から奴隷所有の証明書を貰いにいった。奴隷を持っているということは、奴隷でないことを証明できる。異世界人である私には身分を証明できる物がないため、一先ずはこれを貰うことにしたのだ。ギルド結成が出来れば、会員証で身分を証明できる。

 

「じゃあ、アリジャスに行こうか」

 

北門から街道に出ると、遠くに大きな森が見えた。あれがホーランセ大森林らしい。ホーランセが聖なる森と呼ばれるにはいくつかの理由があるらしいが、最大の理由は大気中の魔力濃度らしい。人が持つ魔力以外にも、大気中にも存在する魔力。それが濃くなると、光を反射して様々な色を持つらしい。森ということもあって、回復関係の木属性魔力が主に存在しているらしい。だから聖職者のいるアリジャスにとって重要な森になっているということだ。

 

「せりゃあ!」

 

とはいえ、長い街道を魔物と戦いながら進むとなると、それなりに時間はかかる。

 

「えい!」

 

クレアも意外に戦闘慣れしていて、狼型の魔物の弱点である鼻先にハンドメイスを的確に当てている。槍を風属性で加速させることを覚えた私も、素早い一撃で魔物を突き刺している。

 

「よっと、それ!」

 

そして、見惚れるくらい美しい戦い方をするのはステラだ。優雅にターンを繰り返し、返り血を最小限に抑える彼女の戦い方はまるで舞踏のよう。普段のがさつな感じとは正反対だ。とはいえ、それを本人に直接言うと怒られるのだが。没落貴族のお嬢様だったりして、ステラ。

 

「今日はここで野営にしましょう、お姉ちゃん」

 

整備されているとはいえ、それはあくまで道だけ。岩や大木で死角が多いため、レリエは専ら索敵に従事してもらっている。陽もそろそろ傾き始め、危険が増すため今日はもう進まない。レリエが張った結界の中で夕食を済ませる。食材はトルキガで買い込んであり、肉類や香辛料なんかも入手できた。この世界には魔物以外にも普通の獣や家畜が存在し、魔物による被害なんかもあるらしいが、肉や魚、乳製品なんかも手に入れることができる。レリエ程ではないが、ある程度空術が使える人によって物流も発展しており、世界中で商品のやり取りがあるようだ。

 

「そろそろ寝ましょう」

 

レリエの転移術は多大なる魔力量を消費するため、使える回数もかなり少ない。本当なら入浴の為に街にいたいという気持ちもあるが、最終的に目指す魔属領でそんなことは言ってはいられない。だから、というのもあるが、夜営時は簡単な水浴びしかしない。それが終わってしまうとすることはほとんどないのだ。おやすみのキスを交わして、私たち四人は眠りにつくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 森の中で

 その後、狩りをしながらもゆっくりと二日という時間をかけて森へ進み、とうとう森の目の前にまでやってきた。

 

「聖なる森……確かに、雰囲気あるよね」

「はい、神秘的です」

 

思わず口をついた私の呟きにレリエも同意する。樹齢数百年の樹が無数に生えていると言われる森、纏う雰囲気は他の森――レリエの家があった森など――とは大違いだ。

 

「つっても、この森にすら魔物がいるから嫌になるけど」

 

どうやら、ステラは森を通った経験があるらしく、森にも魔物がいることを教えてくれた。戦いでの身体の使い方だけじゃなくて、テーブルマナーとか歴史とか、けっこう色んな知識を持っているステラはいったい何者なんだろうか。知識は覗けるけれど記憶は一切覗けないからますます気になる。訊いてもうやむやにされるし。

 

「え、いるんですか!?」

 

これは流石にレリエも知らなかった。私はステラ経由で知っていたけど。

 

「この森が持つ特有の魔力に適応した種族が蔓延っているのよ」

 

だから、私から説明してあげる。すると、クレアは腰に吊っていたハンドメイスを手に持った。森から魔物が出てくるのを警戒しているのかも。

 

「じゃあ、慎重に進もうか」

 

そう言って森へ足を踏み入れたのだが……まさしく空気が変わった。日光は森の繁った葉によって塞がれている。冷たい風が吹く真っ暗でじめじめした空間……だが、それ以上に妙な濃さの魔力が肌をつく。

 

「……前と違うな」

 

ステラの声が一段と低くなる。それだけ警戒しているということか。右手でナイフを持ち、左手も柄に触れている。それから数歩歩くと、ステラは左手を柄から離し私たちを制した。思わず私も槍を両手に構える。

 

「どうしたの?」

「せい!」

 

私が声をかけると、ステラは数メートル先の樹目掛けてナイフを投擲した。いや、それ投げナイフじゃないし……と、つっこむ前に、

 

「樹に擬態した魔物!?」

 

いわゆるトレントと呼ばれる魔物。ナイフで刺されいきりたつ。暴れているがその分隙だらけで、ステラが左手に持ったナイフで斬りつけた部位を狙って私も槍を突き立てる。その一撃でトレントは霧散した。そういえば、ステラのナイフ……あ、もう回収してあったんだ。早いなぁ、斬りつけた時かな。みんな、怪我は……。

 

「クレア! 後ろ!」

 

トレントとは違う、人と同じサイズの魔物の触手がクレアを狙って伸びていき――

 

「伏せて!」

 

その瞬間、爆音と共にその魔物は吹き飛んだ。

 

「大丈夫?」

 

煙が晴れると現れたのは、朱色の髪を高く結った豊満な女性だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。