アーロニーロでBLEACH (カナリヤ)
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選刃編
移ろい


独自解釈などは後書きに書きます。


 現世と尸魂界(ソウルソサエティ)の狭間にあるという虚圏(ウェコムンド)。そこには現世や尸魂界の基準で言えば夜しかなく、常に闇と月明かりが存在する場所である。

 

 虚圏は悪霊に分類される虚の楽園であった。ただし、その楽園と言う意味は闊歩する存在が虚だけと言う意味である。

 

 どんな場所であろうとも、弱肉強食の自然の摂理は存在し、虚圏もまた例外ではない。

 

 だとしても、天敵と言って差し支えない死神や滅却師が滅多に足を踏み入れないという点では楽園だ。同じ虚であれば―――これもまた滅多に無い事ではあるが―――腹が満たされていれば出会った瞬間に殺し合いなども起きない。

 

 見渡す限りの砂漠に、石でできたような枝しかない木。それらを照らすのは月。そんな虚園に、三人の死神がいた。

 

「何度来ても、虚圏(ここ)は静かでいいね」

 

 優しげに見える顔立ちと眼鏡が印象的な男、藍染惣右介。

 

「そうですか? ボク、静かすぎて耳が()とうなりそうや」

 

 狐のお面を彷彿させる顔立ちに、飄々した雰囲気を常に纏う男、市丸ギン。

 

「……」

 

 盲目でありながら、常人となんら変わらない立ち振る舞いの男、東仙要。

 

 死覇装。そう呼ばれている死神の正装である服装で、自分達が死神というのも隠そうともせずに堂々とその三人は虚園を闊歩していた。

 

 通常であればありえない事だ。死神が虚圏に来ていることもそうだが、なによりその三人の纏っている空気はまるで家の近くを散歩しているかのように穏やかである事だ。

 

 死神にとって虚圏は敵地に相当する。そんな場所で、気楽でいられるなど通常ではありえない事だ。下手をすれば、餌に群がるアリの如く虚を相手にしなければならなくなる。

 

 尤も、三人にとってそれこそありえない事であったが。

 

 一般の隊士であれば、犬死するだけであったであろう。だが、この三人は一般という枠から簡単にはみ出る存在である。少なくとも、霊圧を閉じていないだけで並大抵の虚が尻尾を巻いて逃げ出すか、息を潜めて身を隠す程に強かった。

 

 雑魚と呼ばれるような虚は、通常であれば霊圧差など微塵も気に掛けない。気に掛ける知能さえ有していない。そんな虚が、本能的に逃げ隠れするのだから三人の実力が解ると言うモノだ。

 

 

「これでよしとしようか」

 

 目的の物を霊圧知覚した藍染惣右介はほくそ笑む。何も暇潰しに虚園まで来たのではない。散歩のように気軽に歩いていたが、しっかりとした目的があって虚圏までわざわざ足を運んだのだ。

 

「この程度の霊圧でええんですか?」

 

「ああ、あくまで実験だ。手始めとしては、大虚(メノスグランデ)を使うだけでも十分に破格だよ」

 

 藍染惣右介がやろうとしているは、虚の死神化。本来であれば、完全に区別されている二つの存在の壁を取り払って新たな存在に押し上げようという実験だ。

 

 その実験自体は既に何度も行われている。しかし、そのほとんどは出来損ない(・・・・・)としか言いようの無い虚でも死神でもない存在も力も中途半端な存在を生み出すだけだった。

 

 だが今度は違う。理論を根本より見直し、過去の実験とのデータと照らし合わせてより効率的かつ強力になるようにした。今回は、今迄とは違う結果が出るはずである。

 

「では私が…」

 

 実験体を捕らえようと、東仙が自らの斬魄刀を抜こうとする。この三人の中で、東仙の斬魄刀が最も生け捕りに適している。

 

 尤も、そういった理由が無くとも藍染を盲信している東仙は自分の役目として、同じように動いたであろう。

 その動きを、藍染は手で制する。

 

「要、その必要はないよ」

 

 笑みを更に深くして、愛染は少し手前で盛り上がり始めた地面を注視する。その場所から、砂を巻き上げながらタコのような触手が飛び出る。

 

 飛び出したそのままの勢いで、触手は藍染を弾き飛ばさんと薙ぎ払われる。

 

「その程度かい?」

 

 触手に打たれたというのに、藍染は先程となんら変わらずにそこに立っていた。変化があったのは、むしろ打った触手の方であった。

 

 骨の無い軟体であるが、明らかに藍染を打ち据えたであろう場所は変形して赤く腫れている。どちらにダメージがあったかなど、火を見るより明らかであった。

 

「えらい気色悪い大虚やね」

 

 砂を巻き上げて姿を現した虚は、まるで触手を束ねたかのようであった。虚を構成するパーツは触手だけではなく、臼歯がずらりと並んだその巨躯に吊り合う口もある。

 

 しかし、逆に言えば判り易い構成するパーツは触手と口ぐらいだ。捕まえ、喰らう。必要最低限なその二つの要素だけを持っている。

 そんな虚を見て、三人とも悠然と構えるだけであった。

 

――――――

 

 虚、アーロニーロ・アルルエリは恐怖していた。

 

 彼は、元々は転生者と呼ばれる前世の記憶を持って生まれたイレギュラー。しかし、前世の記憶があるなど誰にも気づかれずに二度目の生をそこそこ楽しんだ。霊力を一般人程度にしか持たなかった彼は、虚や死神どころか幽霊すら見ずに二度目の生を終えた。

 

 死んで初めて知ったのだ。自分が生きていた世界がBLEACHの世界であると。

 

 地縛霊となり、死神に魂葬されることも虚に喰われる事も無く、彼は虚となった。

 

 前世を憶えているといったところから自我を強く持てた彼は、それから同族になる虚を襲い喰らって行った。そうしていれば、行き着く先は一つ。大虚(メノス・グランデ)へと進化するだけだ。

 

 満たされぬ渇きによって、お互いを食らい合う為に自然と惹かれあった虚の中でも、彼の自我は他を圧倒していた。

 そうして大虚の中の最下級大虚(ギリアン)になれば、今度は同じ最下級大虚を喰らう日々であった。

 

 渇きはいつの日からか明確な飢えになり、それを消さんと満たされたいと喰い続けると同時に、より高みに行かんと欲した。いつの日か、最上級大虚(ヴァストローデ)へと至らんと。

 

 その通過点にあたる中級大虚(アジューカス)へと進化して、彼は気付いた。自身のその身が、帰刃(

レスレクシオン)したアーロニーロ・アルルエリのモノと同一であると。

 

 それから、彼はアーロニーロ・アルルエリと名乗る事にした。名乗る相手などいなかったが、それはそれでよかった。そのうち、向こうから現れるのは判り切っていたのだから……

 

「ギイャアアアアアアアアアアア!!!」

 

 その出会うべくして出会った相手、藍染惣右介にアーロニーロは恐怖していた。

 桁違いに強いと言う事は知っていた。ヴァストローデにでもならなければ、手傷を負わせるのすら不可能とすら予想していた。だが、アーロニーロには実物を見てその想像が甘っちょろいものだったと恐怖と共に理解した。

 

 感じる霊圧は次元が違うと錯覚するほどに離れ、その挙動は圧倒的な力と研磨された技術によって鋭さと柔軟さを持つ。

 

 今の自分には決して勝てないと悟り、それから恐怖で錯乱状態となった。

 

 その様子を、藍染惣右介は不敵な笑みで眺めるだけであった。

 

――――――

 

 触手の先に霊圧を固めて、それを虚閃として放つ。

 

 触手による直接攻撃が効かないとなって、アーロニーロは錯乱状態であっても最善の手を選択した。鍛練によって、アーロニーロはその赤黒い閃光を全ての触手から放つことを可能としていた。

 触手全てから放たれる虚閃は、たとえ同じアジューカスであってもまとめてくらえばひとたまりも無い。正に死の閃光。

 

 多方向より放たれるそれを避けるのは困難であり、ある程度の硬度を持つモノに当たれば爆発するように拡散する虚閃はお互いにぶつかり合って近距離では絶対に回避は不可能。

 

 そんな攻撃を藍染は見てから斬魄刀を悠々と抜き、傍目からは軽く振っただけで(わか)った。

 

 避ける場所が無ければ自ら作ればいいと、まるで王の前に道を開けるかの如く幾つもの虚閃は藍染に道を譲った。

 

「ゴアァアアアアアアアアア!!!」

 

 アーロニーロは叫ぶ。道を譲ったのが虚閃だけではない現実に向けて。

 偶々、切っ先の延長線上にあった触手の幾本かまでもが、持ち主の意志に反して離れて道を譲ったのだ。

 

 あまりの切れ味に、アーロニーロが痛みを知覚したのは数秒遅れた。血が滴り、足元の砂漠に落ちるまで斬られたのすら気付かなかった。

 だが、その程度は大した痛手ではなかった。

 

「やはり、持っているようだね」

 

 血を撒き散らす傷口は、沸騰した液体の如く泡立ったかと思えばその下から新しい触手が生えて万全へと戻った。

 

 超速再生。アジューカス以上の虚がよく保持しているその能力は、その名の通りに超速で体を再生させる能力。

 この能力の前では、下手な攻撃など無意味であり、霊力が続く限り不死身を思わさせるその再生力でもって体よりも先に心を折る能力。

 

 頭のような重要な器官以外は、たかがで済ませられる犠牲にできるこの能力は、敵に回せば厄介極まりない能力であった。

 

「だが少し、騒がしいよ」

 

 しかし、だがしかし、藍染惣右介の前では無用の長物であった。即刻再生した触手を含めて、愛染はアーロニーロの全ての触手を一瞬で斬りおとした。

 

 いくら再生できようとも、その再生能力を上回る速度で攻撃できれば打ち破れる。馬鹿正直な正攻法、それで藍染はアーロニーロの超速再生に勝った。

 

「苦しいかね」

 

 全ての触手を切り落としたが、生存な重要な器官は一切傷付けていない。その証拠に、アーロニーロは再び超速再生を開始する。

 

「痛いようだね」

 

 欠落した触手は再生したが、見るからにアーロニーロには覇気が無かった。身体は万全でも、既に意志が完全に圧し折られてしまったのだ。

 

「ならば、私についてくるといい。そうすれば、“あらゆる苦痛から解放してあげよう”

 弱さから、孤独から、痛みから、辛さから、虚ろさから。君が感じている、その“あらゆる苦痛から解放してあげよう”」

 

 強者の余裕が笑みとなって顔に張り付いている藍染の言葉には自信が満ちていた。自身の歩むべき道を必ず走破できるとの自信が。

 

 故に眩しい。魂魄と心に決して埋められない穴があき、恐怖と隣り合わせで心が休まる事を知らない虚には、その歩みは月光のように輝いていた。

 

 それを見て、アーロニーロは落ち着きを取り戻すと、静かに(こうべ)を垂れた。

 藍染惣右介は、ただ優雅に微笑を浮かべるだけであった。

 

――――――

 

「それでは、始めようか」

 

 場所を変え、準備を終えた藍染は懐から一つのモノを取り出す。

 名を崩玉。意思を持つ物質であるそれは、崩玉の周囲にいる者の心を崩玉の意思によって具現化する力を持っている。

 

 しかし、具現化できるモノには制限も存在する。

 具現化するものが人物や物に影響を及ぼす場合は、単独でそこに至れる可能性がなければらない。

 言い方を変えれば、崩玉は可能性を現実にする力を持っているのだ。正に、有限にして無限の可能性を引き出せる物質。

 

 そんなモノを持ち出してまで藍染は虚の死神化を成し得たかった。てっとり早く、強力な手駒を得る為に。

 

「覚悟はいいかね」

 

 問われたアーロニーロは沈黙で返す。覚悟などとうに決めてあり、怖くなっても逃げ出すのも不可能な実力差である。選択肢など最初から存在などしない

 

 沈黙の返事もそれでまた良しとし、藍染は崩玉との融合を開始する。

 これは、今回が初めての試みであった。

 

 崩玉はまだ未完成であった。満足(かんせい)させる為だけに幾人もの魂の死神の才を削り取って与えたが、崩玉は一向に満足はしなかった。それでも、力は発揮できたので原因を捜す毎日であった。

 そうして、未完成であってもより強力に力を発揮する瞬間を藍染は見つけた。

 それは、死神の才を与えられた直後であった。

 

 その結果と、霊力の高い人物であればあるほどに効果が高いのを知った藍染が下した結論が融合であった。

 融合と言っても、永久的なモノではない。ほんの一時的なものではあったが、多くの死神の才を食い潰した崩玉と自身を喰わせるかのように融合するのはかなり危険な賭けではあった。

 

 意志を持つ物質故に、もし融合によって内側から支配しようとされれば無事では済まないかもしれない。そういった危険もあったが、藍染は実験を重ねてついには安全に融合する術を手に入れた。

 

 一瞬、ほんの一瞬だけの現在における最大の力を発揮した崩玉は、アーロニーロの虚と死神の壁を取り払って新たな存在へと昇華させる。

 

「それでは、自己紹介といこうか」

 

 一瞬で蛸から人のような物になったアーロニーロを見て、藍染は目を細める。

 

「僕ラハ、アーロニーロ・アルルエリ」

 

 カプセル状の頭部に、その中に浮かぶ二つの球体。そこ以外は人型かと疑って視線を下げれば左大腿部に虚の孔があり、左手は虚の時の姿を思い出させる触手。

 全体的に見れば、これまでよりもずっと死神らしくはなった。しかし、人型を離れすぎているその姿(けっか)に、藍染はやや失望した視線を送るのだった。




アーロニーロがアジューカスに進化。
独自です。原作ではアーロニーロはギリアン級と自分で言っています。
しかし、その前にアジューカスだったグリムジョーの従属官を藍染がギリアン級と言っているので、もしかしたら破面化した際の実力による格付けかもしれない。

アーロニーロが超速再生持ち
独自です。意外と作中では持ってる奴が少ないけど、ウルキオラの台詞で「超速再生能力の大半を失う~」とあるので、アジューカス以上ならポピュラーな能力のよう。

それは、死神の才を与えられた直後~以降の崩玉の説明
独自解釈。
でも、「封印状態から目覚めた崩玉は隊長格の~」との藍染の台詞からこういったのがあるのではないかと想像しました。


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変わりて

 実験の結果に藍染は静かに思考する。

 

 今までの結果からすれば、まだ中途半端ではあるが前進したのは間違いない。しかし、同時に成功とも言い辛い結果でもある。

 

 アーロニーロの身体の大部分は死神と同等のソレであるが、虚らしさが頭部と左手に存在している。

 

 死神と虚。その二つの存在が決して混じり合わないと言うかのように、見事に違いが見えた。特に、その二面性を表したかのように、カプセル状の容器内に浮かぶ二つの頭が印象的であった。

 何かが足りないのは明白。しかし、理論や方法にはこれといった穴などはない。

 

 ならば問題は実験体なのかと考えを巡らすが、それはないと断じた。虚も死神も人の魂から成り得る存在。壁さえ取り払ってしまえば双方の力を持つ存在へと成れるはずである。そこに間違いはない。

 

 死神の要素をより入れなければならない。そう考えた矢先に、藍染は死神が持っていて虚が持っていないモノに思い至った。

 

 斬魄刀。死神なら己の半身も同然に所持しているそれは、虚が持ち得ぬものだ。だが、斬魄刀は死神ならまず所持しているが、支給品でもあった。死神の特徴でもあるが、上から与えられる物でもある。

 

 藍染はそれも是とした。自分も虚に与えてやればいい。死神が象徴とする斬魄刀のように、虚から死神化した者の象徴になる斬魄刀を。

 

 そこまで考え、再び藍染はアーロニーロを見る。新たな存在にこそ成れなかったが、間違いなくアーロニーロは次への礎となった。なにか、見落としている事は無いかと注視する。

 

 見れば見るほどにアーロニーロはアンバランスな存在であった。死神の体に無理矢理に虚の身体を移植したかのように、頭部と左手は異彩を放っている。これなら、切り落としてしまった方が見栄えが良い。

 その思考が、先程の斬魄刀と結びついた。

 

 斬魄刀は自身の霊力を馴染ませることで、ようやく自身のモノとなる。霊力に眠る力を、斬魄刀として表面化させるのがその主たる機能であり、いくら支給品でも発現したその能力自体は間違い無く自分自身のものである。

 

 これまでは、虚に死神の力と完全に同居させようとしてきた。崩玉ならば、それすらも可能であると考えからそうして来たが、それが間違いであったのだ。

 崩玉はまだ未完成。まだ妥協する必要があるのだ。

 

 無理に一つの器に押し込むのではなく、必要に応じて分けてしまえばいいのだ。

 

 例えば、死神が全力を出すために斬魄刀を解放するように、必要になるまで一種の封印状態にしておけばいい。

 

 虚と死神の境界にある壁を取り払うことばかりに意識を持っていかれてはいたが、壁を一度取り払ってから、自分に都合の良い壁をもう一度作ればいいのだ。

 

 平時の形は死神のようにし、有事の際には虚としての力を解放できるように。

 

 この実験は成功の元であった。そう己の中で結論付けると、新たな駒であるアーロニーロに羽織る物を渡して、居城へと向かうのであった。

 

――――――

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)虚圏(ウェコムンド)にある唯一の人工の建物であるそれは、虚圏の神であり王であると自称していたヴァストローデであるバラガン・ルイゼンバーンがいた場所に建っている。

 

 現在は、円柱形の高層マンションのような物が幾つか建っており、現在進行形で新たな住居がバラガンの指揮の元で建てられている。

 

 既に完成している宮の一つの最上階。そこにアーロニーロは連れてこられた。

 

「ようこそ、私の虚夜宮に」

 

 部屋の中央に設置された玉座に座り、両脇に市丸ギンと東仙要を控えさせて、藍染はアーロニーロに改めて歓迎の意を表す。

 

「勿体無いお言葉」

 

 主従関係は明白。アーロニーロは服従の意を頭を垂れて示す。

 

「さて、まずは着る物を作る為に採寸を。もし、服のデザインに要望があるのなら先に聞いておくよ」

 

「それでは……」

 

 聞かれたので、アーロニーロは素直に要望を出した。原作でアーロニーロが着ていたのと同じ服と、仮面に手袋。全てを着れば肌の露出はゼロになる予定である。

 

 その要望を聞いた藍染は東仙に目配せをして、一人の部下を入れさせる。

 

「失礼します」

 

 入って来たのは、見た目だけな被り物をした人間であった。だが、その実は藍染による実験から生まれたある種の成功作である。

 

「紹介をしよう。彼は、この虚夜宮の雑用を引き受けている者達の一人だ。

 私が行った虚の死神化、破面(アランカル)化の模索の最中に生まれた副産物でね。人型にする事だけを考え、それ以外は全てを削ぎ落とした結果だよ」

 

 大人しく採寸されながら、アーロニーロは気付く。採寸している者の手が震えていることに…

 

「どんな虚も人型に成れるが、力は巨大虚(ヒュージ・ホロウ)にすら劣る有様でね。戦闘要員には絶対に成りえない存在だよ。

 だが、人型は色々と便利でね。彼等には人の手でなければ不都合な事の多くをやって貰っている」

 

 巨大虚にも劣る。その言葉を聞いて、手が震えていた事に得心がいった。

 

 巨大虚は大虚の様に幾百の虚が寄り集まった存在ではなく、単独で既に巨大な虚を指す。その実力は、メノスにすら劣る場合が普通である。虚圏では、砂漠の下にあるメノスの森と呼ばれる場所でメノスの捕食対象にされる事が多い。

 

 そのメノスより上のアジューカスでもどきであろうが破面化したアーロニーロに脅えない訳が無い。名前も知らないそいつは、藍染を初めて見たアーロニーロの心境に近いであろう。

 

「もし、必要な物があったら彼等を頼るといい。それが彼等の仕事の一つだからね」

 

 雑用の説明を藍染が終えると同時に、採寸を終えた雑用が逃げるように部屋を後にする。

 

「次はここでのルールだが、それは要に説明させよう」

 

「はい」

 

 藍染の命令によって話し始めたルールを、アーロニーロは長ったらしい説教を聞くようなうんざりとした心地で聞くのだった。

 

 無断で虚夜宮から出るな。建物を壊すな。無暗にアジューカス以上の虚を殺すな。

 

 ルールは、要約してしまえばそのくらいしか重要なモノはなかった。勿論これだけではなく、もっと細々したものが数あるが、重要そうなのはこれだけである。

 

「さて、アーロニーロ、これからある命令をこなしてもらう」

 

 ルール説明を終え、再び聞いた藍染の言葉でアーロニーロの体に緊張が奔る。

 いきなりの命令、それが何なのか予想が出来ず、碌でもない物のような気がしたからだ。

 

「そう身構える事はないよアーロニーロ。私はできない事を押し付けるつもりは無い。

 やってもらいたい事は、自分自身を知ってもらうことだ。

 アジューカスであったのなら、能力の一つや二つは持っていただろう? 破面となり、その能力がどうなったのか、新しく能力が発現したりしているか。その確認を、他ならぬ自分の手でやってもらいたいだけだよ」

 

「ハイ、了解シマシタ」

 

 そんな事なら願ってもないことだと迷い無くアーロニーロは頷く。自分でも知っておきたい事であったし、渡りに船と言うやつだ。

 

「それと、もしも他の虚や破面の力を借りたい場合は、私からの命令と言えば快く受けてくれる。

 報告はそうだね、私か二人に口頭で説明するか、実演をしてくれれば構わないよ」

 

 それで説明は終わりとし、また呼ばれた雑用に、与えられる部屋へとアーロニーロは案内されるのであった。

 

――――――

 

「ふん」

 

 与えられた部屋で、アーロニーロは腰を捻る。普通であれば90度回るか回らないであろうが、アーロニーロの身体は90度を通り越して上半身が完全に後ろを向くところまで回った。

 

「ヤッパリ、人型ナノハ見テクレダケダネ」

 

 複数の関節をおかしな方向に曲げながら、アーロニーロは身体の調子を確かめる。そうして、ある一つの可能性に達する。

 

「肌の下はもしかして触手か?」

 

 柔軟過ぎる身体と、アジューカスでの身体を鑑みれば、それが一番自然であった。おそらく、化けの皮を剥がせばかなりスマートになった触手がアーロニーロの体を構成しているであろう。

 

「僕ハ切リ開イテマデ確認ニハシタクナイネ」

 

「安心しろ、俺もだ。ところで、俺達の思考とかはどうなっているんだ?」

 

「……サア?」

 

 頭になっているカプセルの中、アーロニーロは他ならぬ自分自身と見つめ合う。

 目の前にいるのは間違い無く自分自身。しかし、目の前の球体が何を考えているかまでは解らない。

 

「お前は俺か?」

 

「僕ハ僕。ソシテ、アーロニーロ・アルルエリ」

 

「俺も俺だ。そして、アーロニーロ・アルルエリだ」

 

 自問自答し、互いが互いをアーロニーロ・アルルエリと思っているのは間違いが無かった。

 それは間違い無い。確かに、アーロニーロ・アルルエリは自分自身であり、その肉体と共にいるもう一人もアーロニーロ・アルルエリであるべきはずだ。

 

 それに何も問題は無い。思考の共有こそはしていないが、身体を動かすといった事に不便は無い。

 考えが解らないのは怖い面もあるが、もう片方への攻撃は自傷に他ならない。それで悦に浸る特殊性癖ではないので、もう一人の自分に攻撃される事への心配はないも同然。

 

 深く考えた事ところで、答えが見つかるはずもない類いの事柄と判断すると同時に、部屋の戸が叩かれた。

 

「入ッテイイヨ」

 

「ご要望の物をお届けに上がりました」

 

 訪問者は雑用。その用事は、手に持っている物を見れば一目瞭然であった。

 恭しく差し出された服を手に取ると、アーロニーロは雑用に見られているのも気にせずにそのまま服を着る。

 

「仕事が速く、そして丁重だな」

 

 袖を通した服が要望通りであったのと、すぐに届けられたのに気を良くしてアーロニーロは思ったそのままの事を口にした。

 

「それでは、何かありましたらお申し付けください」

 

 アーロニーロ的には褒めたつもりだったが、雑用はその言葉に何の反応もせずにすぐさま部屋から出て行った。

 仕事が溜まっていて忙しいのか、それとも一緒に居たくないのかはアーロニーロには測りかねる事であった。

 

――――――

 

 自身の能力の把握。それは思いのほか難しいものであった。

 アーロニーロの能力と言えば、死した虚を喰らう事でその霊圧と能力を我がものとする『喰虚(グロトネリア)』。それと自分の戦った敵のあらゆる情報を瞬時に全ての同胞に伝えることができる『認識同期』。

 

 どちらも他者がいて初めて効果を発揮できるものであり、その能力の把握には協力が必要不可欠。だが、アーロニーロはそこらへんにいる虚に易々とこの能力を披露するつもりは無い。

 

 しかし、かといって何もしないのも暇であり、能力をお披露目しなくても身体能力を調べる必要はあった。

 

「ソコノ破面、藍染様カラノ命令ダヨ。僕ニ着イテ来イ」

 

 それなら、やはり手合せが一番だと頭がシュモクザメ似の破面に声を掛けるのであった。




虚夜宮建造中
独自です。アーロニーロは第1期“刃”の生き残りなので、かなり初期から藍染側にいた事になります。なので、アーロニーロの加入は建造中にしました。
虚夜宮は1から作られたからという理由もあります。

アーロニーロの肌の下は触手?
独自です。この作品の中では、まだ破面の完成形へと至っていません。なので、アーロニーロは原作よりも虚っぽくという事で軟体生物みたいになっています。

服は支給品
独自です。死神と違って破面は服はそれぞれ違います。なので、支給されているだろうと考えました。

雑用
独自です。食事を運んだり藍染に報告してた奴です。
原作では名前不明でなんか雑用をやっているだけというキャラでしたので、雑用をやらされている非戦闘員としました。


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出会いて

 アーロニーロが声を掛けた頭がシュモクザメ似と評した破面だが、破面と言うよりはまるでヴァストローデのようであった。

 

 人型ではあるのだが、その見た目が完全に虚であるからであろう。ヴァストローデは人間と同程度の大きさの虚であるので、欠けた仮面と―――人のことは言えないが―――濁った霊圧がなければ間違えていたであろう。

 

「なんだてめぇは?」

 

 その声を掛けられた破面は見るからに不機嫌そうであった。

 

「聞こえなかったか? 藍染様の命令だから着いて来いと言った」

 

「ッチ…」

 

 あからさまな舌打ちをして、声を掛けた破面は近くの仲間に行ってくると伝えて自分の作業を中断した。

 建造現場で手合せをする訳にもいかないので、アーロニーロは着いてくるのを確認したら虚夜宮からほんの少し距離を取る。

 

「急ナ話デ悪イケド、コレカラ手合セヲシテモラウヨ」

 

「解っていると思うが、俺達は新入りでな。力試しをするようにと言われている」

 

「そうかよ」

 

 言い方はぶっきらぼうであったが、破面はどこか嬉しそうであった。その嬉しさは、決して同類(アランカル)が新しく仲間に入ったからではない。

 

 破面化して力を手に入れたのに、全力を出せる機会が今日まで無かったからだ。自分の仲間と比べても頭一つは確実に飛び抜けている力を思う存分振るいたいのだ。

 そして、新入りに力の差を見せつけて自分の下につけさせれればどれだけ気持ちの良い事だろうか。

 

 そんな暴力的欲求が満たせそうだと、巡ってきた機会に舌なめずりをしていたのだ。

 

「ソレジャア、始メヨウカ」

 

 開始の合図と共にアーロニーロは駆ける。

 

 現在のアーロニーロの攻撃手段は2つ。格闘と虚閃。大虚時代から変わらぬ、この2つしかアーロニーロには無い。

 

 いきなり虚閃をぶっ放して中るなど楽観思考のできないアーロニーロは、まずは距離を詰めなければ次へと進めないのだ。そしてそれは、破面も同じであった。

 

 ただし、破面のその右手には青い光の剣が握られていた。『剣装霊圧(ボウルディ・エイキポ)』それが破面が手に入れた新たな力であった。

 その内容は、自身の霊圧を虚閃のように放つのではなく、手元で集束させて剣のようにするというモノだ。

 

 出し入れ自由な武器としての利便性に、元が自身の霊圧とあって霊力が尽きない限りは無限に再生が可能。極め付きは、その威力は自身の霊圧の強さに比例する成長性であろう。

 格闘と虚閃しか持ち得ぬアーロニーロにとっては、間合いを離させるやり辛い技であった。

 

 だが、それだけで諦めるような惰弱な精神なアーロニーロではない。尤も、大虚の成り立ちからしてそんな精神を持っているような輩など存在しないであろうが。

 

 拳と剣では間合いに差があるが、弓矢や銃と比べればその間合いの差など少ないものである。共に近接戦闘に分類される枠組みで、一歩で詰めれる程度の間合いの差。

 

「それだけか!」

 

 嗤いながら、アーロニーロは突進する。『剣装霊圧』だけではやり辛くなるだけで、それだけで難敵になるのには押しが弱すぎる。短期決戦でいけばそれほど気になるモノではない。

 アーロニーロの判断は、押し切ってそのまま破面を潰すと言うモノであった。

 

 まず一撃、右手でなんの変哲もないストレート。

 単純な攻撃だった御蔭で、破面はなんとか直撃を免れて肩に僅かに掠る程度に被害を抑えた。

 

(こいつ、速ぇッ!?)

 

 体が柔らかかろうが、その身体能力が並外れていることには変わりない。ましてや、同じ破面もどきであろうと完成度の差が能力の差として出ていた。

 

「アア、弱イネ。君」

 

 その差を、一瞬の交差でアーロニーロは感じ取った。雑魚と罵るほどに差があった訳ではないが、藍染惣右介と相対し、その差を感じた後では目の前の破面がなんとちっぽけな事か……

 

「弱い…だと? 後から破面化したからって調子乗ってんじゃねぇぞ、新入り!!」

 

 アーロニーロが思わず零した一言を破面は拾い上げ、激高した。

 元はアジューカス、されども破面化したことでその実力はヴァストローデに匹敵しうるくらいにはあるはずと破面は自負していた。

 それなのに、一秒にも満たない交差で弱いと決めつけられたのだ。アーロニーロと会う前から傷が入っていたプライドに更に罅を入れられたのだ。その怒りは並のモノではない。

 

 『剣装霊圧』を右手だけではなく、左手にも発現する。両手に剣、二刀流のつもりであろう。

 その姿は、アーロニーロには滑稽に見えて仕方が無かった。

 

 振り上げられる剣、下手糞。動き、遅い。霊圧、乱れまくり。

 

 武器を扱うとは、少なからず修練が必要になる。剣のような棒状の物は比較的に扱いやすいが、誰でもすぐに使いこなせるものではない。

 その例に使えるくらいに、目の前の破面は下手糞だった。

 

 勢いをつける為に右手を振り上げたのだろうが、その動きが遅すぎて隙のでかい予備動作になっている。折角両手に剣があるのに、左手の方は完全に遊ばしておいて無駄。

 これが下手糞と言わないのなら、手に入れた能力にはしゃいでる幼稚な愚図と言ったところか。

 

 迫りくる剣には左手で手首を裏拳で打ち据え、間合いを詰めてようやく動き出した左手の剣は右手に霊圧を纏わせて打ち払わせる。 

 剣の形をしていようが元は霊圧。ならば、同じ霊圧で相殺も不可能ではない。より大きな霊圧で対応すれば、なまくらも同然。

 

 攻撃をいなし、間合いも完全に詰めて終わりではない。双方共にまだ無傷であり、どちらも止まるつもりは無い。

 攻撃の直後で両手共に今すぐには動かせない。ならば、残っている選択肢は虚閃のみ。

 

 裏拳を繰り出した左手は丁度良い位置にある。向きは破面の頭の方であり、タイミング的にも避けづらい。この機を逃す手は無い。

 

「虚閃」

 

 左手より放たれるは灰色の閃光。近距離の目標に当てるのだから、拡散性を抑えて、目標に当たってから爆ぜるのではなく貫くように調整をする。

 この一手で殺す。そう決意をして実行しようと瞬間、死の影と言いたくなる怖気がアーロニーロの左腕を包み込む。

 

「ッ!」

 

 虚閃が、砂漠を穿つ。

 

 破面の頭に向けていた左を無理に捻じって下に向け、虚閃を撃った反動をそこから飛び退く勢いに足す。

 

「ホォ…今のを避けるか」

 

 怖気の正体、それは身の丈ほどある斧を先程までアーロニーロの左腕があった場所に下ろしていた。

 髑髏の顔に、黒い衣装。西洋においての死神のイメージと一致する虚をアーロニーロは知っている。

 

「バ、バラガン様……」

 

「“大帝”…バラガン・ルイゼンバーン」

 

 藍染惣右介によって虚圏の神と王の座から引きずり降ろされたヴァストローデ、それがアーロニーロと破面の戦いに割って入って来たのだ。

 

「儂の名前を知っているのなら話は早い。この勝負、儂に預けよ」

 

「いいだろう」

 

 不遜なその態度がしっくりとくるバラガンの言葉に、アーロニーロは頷くしかなかった。

 バラガンが神と王の座を退いても、その配下が消滅した訳ではない。おびただしい数の大虚を纏め上げ、王との自称をなんら違和感の無いモノにしたカリスマは健在だ。

 おそらく、今虚夜宮にいる虚のほとんどは、バラガンの配下であろう。敵に回して喰い放題になるのは構わないが、そうなると流石に藍染も動く。

 

 そうなってしまえば、死ぬのは目に見えている。死という最悪を逃れるためには、絶対にそんな事はさけなければない。

 だから、とても旨そうな餌が目の前にあっても我慢をしなければならない。

 

「1ツ、聞イテモイイカイ?」

 

「言いたい事があるなら、前置きなどせずに話せ。儂は忙しい身の上なのでな」

 

「なに、はいかいいえで済むような話だ。

 お前の部下は、敵わないと思った相手に徒党を組むような腰抜けか?」

 

「儂の配下に、そんな腰抜けなどおらぬ。いたとしても、儂自ら叩き切ってくれるわ」

 

 アーロニーロが言わんとしている事が判ったバラガンは、破面を睨みつける。

 破面化して力を付けてから、部下の中でも威張り散らしたりなど目に余る行動を何度もしている。釘を刺しておかなければ、恥知らずな事をしてもおかしくは無いと思うのには十分であった。

 

「ソレナライイヨ、手間ヲ掛ケサセタネ」

 

 流石に徒党を組まれて襲われたら面倒なので、それさえ避けれたのならもうここには用は無いとアーロニーロはその場を離れるのであった。

 

――――――

 

 虚夜宮の1日はアーロニーロにとって退屈極まりないモノであった。

 まだ未完成の虚夜宮の為に、ずっと建築工事を続けるだけの毎日でモチベーションを保てというのが土台無理な話なのだろう。

 仮に、虚夜宮の工事が無ければ、アーロニーロは真っ先に虚夜宮の外に出る許可を得て、適当に虚の食べ歩きをしていただろう。

 

 特に、ここ数日はその願望が強くなっていた。

 

 その理由は自分がよく解っていた。飢えているのだ。

 別に虚夜宮で食糧事情が切迫している訳ではなく、アーロニーロの一種の病気のようなものであった。

 

 虚として体に穴が開き、その虚しさと空腹を埋める為に積極的に喰らってきたアーロニーロは、慢性的な飢えを抱えていた。

 飢えを抱えるなど虚の中では然して珍しいモノでは無かったが、アーロニーロの飢えは大虚になる際に他と隔絶するほどのものであった。

 

 だというのに、大量の餌を目の前におあずけを喰らっていなければならないのだ。出される食事の質はいいが、やはり虚を直接喰わなければその飢えは収まらない。

 アーロニーロにとって、虚夜宮の食事はどうしようもなく軽いモノであった。

 

 そんなアーロニーロの内心を見透かしたように、シュモクザメ似の破面が声を掛けてきた。

 

 一緒に抜け出しても、土産にヴァストローデを連れ帰ってくれば藍染様も咎めないだろうと。

 その話にアーロニーロはすぐに喰い付いた。このままでは見境無く喰ってしまいそうだったのと、こんな旨い話はないと思ったからだ。

 

――――――

 

 大虚が群れるのは、おおよそ3パターンに別けられる。

 群れのリーダーが実力によって複数の大虚を従える。共通意識でもって、自然と群れる。もしくはその両方。

 

 弱肉強食である虚圏は、当然力が無ければ喰われるだけ。

 それを避ける為に力を身に着けるのは当然だが、それよりも手っ取り早く安全を手にする為に群れるというのはよくある事だ。

 

 強力なリーダーがいれば、それだけで自分が襲われる可能性は減る。群れていれば、数だけでも怯む奴は怯む。

 打算に本能。時には心酔や盲信といった形で付き従う者がいるが、どれも根底は同じ。力の為に群れているのだ。

 

 力こそ正義。単純で乱雑なソレが、理の1つとして存在するのが世界というものである。

 

 そんな中で、誰かを殺して得た力で強くなろうとは思わず、協力して生きて行く4体の大虚がいた。

 アーロニーロと破面の狙いはその内の1体であるヴァストローデ。他はアジューカスで、一応そちらも捕獲対象である。

 ヴァストローデは虚圏でも数体しかいないとされる。現に、虚夜宮にもヴァストローデはバラガンともう1人しかいない。その希少さは、ちょっとの命令違反を帳消しにするのには十分すぎる。

 

「取り決め通りにいくぞ」

 

「ヴァストローデを逃がすなよ」

 

 破面がヴァストローデを相手にし、アーロニーロはその他のアジューカスを捕獲すると先に決めていた。

 破面にはそのヴァストローデと因縁があるらしいが、アーロニーロからすれば絶対に喰えないヴァストローデの相手よりも、喰っても問題無いアジューカスの方が魅力的であったのでどうでもいい話だ。

 

「そっちこそ逃すんじゃねえぞ」

 

 互いに憎まれ口を叩いて、アーロニーロと破面は獲物がいる巣へと足を進める。

 巣の入り口までにまだ十分距離がある時点で、獲物が巣から出てくる。

 

 人間と同様に見える金髪、僅かに見える顔に褐色の肌、右腕は剣のようになっており、その他は人型。

 その容姿から、一番前に立つのが目標であるヴァストローデであるのは一目瞭然。そして、その後ろに控える鹿、獅子、蛇がアーロニーロの獲物であるのも一目瞭然であった。




破面
アニメのハリベルの回想で出てきた破面もどき。アニメでのこの後の展開を知っていれば、なぜ本文で破面もしくは破面もどきとしか書かれないか判る奴。

『剣装霊圧《ボウルディ・エイキポ》』
独自です。破面が持っている能力に適当に名前をつけた。
剣だと本来の訳だとエスパーダになるので、まさか名前を被せる訳にもいかずにエキサイト翻訳で刃(ボウルディ)と装備(エイキポ)にした。
だが、再翻訳すると刃は刺繍しますになり、装備はチームになる。
Borde equipoを日本語訳にするとチームに刺繍しますという狙った意味とはまったく違う明後日の方向の意味になる。

バラガンに出会ってハリベルに出会う
アニメでは藍染はバラガン、ハリベルの順に配下に加えた描写がある。原作では加入順のほとんどが不明。


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喰らいて

 破面と大虚の間には、大きな越えられない壁が存在する。尤も、それは藍染が破面化させた場合と限定させる必要がある。

 藍染が兵士として破面化するのは大虚以上と限定されており、ギリアンでもなければその実力はヴァストローデに比肩しうる。

 

 そして、大虚と大別されるギリアン、アジューカス、ヴァストローデは位が一つ違うだけでその実力は何倍の差というくらいに離れている。

 つまりは、アジューカスが三体同時に襲いかかってこようと、アーロニーロにはなんら問題がないのだ。

 

「気分はどうだ、アジューカスども?」

 

 虚閃を使うまでもなく、あっさりと膝から崩れ落ちた三体の内の鹿に似た虚を踏みつけながらアーロニーロは嗤う。

 

「ッテ、メェ」

 

 悔しそうに睨みつけられたが、アーロニーロはそれを受け流してヴァストローデの方を見る。破面は、アーロニーロと同じようにヴァストローデを圧倒していた。

 元がアジューカスなのにこの実力差。破面化によってヴァストローデにも苦戦しなくなるのは、破面化がどれ程のメリットがあるのかを端的に解らせるのには十分。

 

 そして同時に、そうなった連中を纏め上げる藍染の凄さまでも判る。

 

「ット、流石ニアレハヤリ過ギダネ」

 

 踏み付けていた鹿の虚を他の二体の近くまで蹴り飛ばす。本来ならどれか一体は胃袋に収めたいところであるが、先に用事を済ませようと考える理性はまだ残っている。

 本当に飢えきる前に(・・・・・・・・・)用事を済まさなければ、色々と危ないという自覚があるのだ。

 

「その辺にしておけ。逃げれないように片足を折るくらいは必要だろうが、それ以上は問題だ」

 

 因縁があるとか聞いていたが、腹の足しにもならないそんな事はアーロニーロには心底どうでもいい。

 問題は生け捕りでヴァストローデを連れ帰れるか否かの話だ。

 

 圧倒的なまでの実力の差を思い知らされても、ヴァストローデの意志は屈服していない。力の差だけで手折れるような信念ではないのだろう。

 しかし、ヴァストローデの瞳がまだ諦めていないそれであっても関係は無い。

 

「ッチ…」

 

 あからさまな舌打ちをして、破面は『剣装霊圧』をしまう。確かに圧倒していたが、四肢を落としたりと致命的な傷はまだ負わせていない。もう少し、不満をぶつけたいところであった。

 

 アーロニーロと破面の意識が互いに向いた瞬間、ヴァストローデは仲間のアジューカスに目配せをした。実力差は痛いほどに判っている。なのに、まだ殺されていないのだから生かしておく理由が何かしらあるのは明白。

 それを利用するから、自分達だけでも逃げろと想いを込めて目配せをした。

 

 その想いを受け取った三体は、それぞれを見て考えが同じだと頷く。

 

「「「虚閃!!!」」」

 

 フラフラの体で立ち上がった三体は、残りの霊力を振り絞って虚閃を撃った。そんな事をすれば、逃げる力など残る筈も無い。再び地に伏せる。

 決死の覚悟の三体の虚閃。流石に、それは無視できる威力ではない。弾き飛ばそうと、そちらにアーロニーロは向く。

 

 その瞬間を待っていた奴がいた。アーロニーロが間合いを詰める必要も無い距離で、自分から意識を逸らして無防備に背中を見せる瞬間を……

 

(くたばりやがれ!!)

 

 『剣装霊圧』を出し、斜めに肩から腰を切り離すように振る。身体が真っ二つになれば、即死はしなくとも治療しなければ死ぬのは必至。この間の借りを返すべく、破面は殺す気でアーロニーロを斬った。

 

――――――

 

 霊力を用いた戦いとは、結局のところは霊圧同士のぶつかり合いに終始する。しかし、必ずしも霊圧の大きい方が勝つ訳ではない。

 戦いにおいて霊圧がかなり大きな割合を占めるのが事実ではあるが、そこに膂力(りょりょく)や―――大別すれば霊圧の範囲だが、必ずしも比例するわけではない―――霊圧硬度といった幾つもの要因が絡んでくる。

 

「ソノ剣ガ効カナイ事ハ、コノ前解ラセタツモリダッタケド…?」

 

 背中からの攻撃を、本来なら曲がらない方向に曲がった右腕で受け止め、左手は虚閃を弾き飛ばしたアーロニーロの声音は嘲笑うソレであった。

 

「っな、なんで今のを受けて無傷なんだ……」

 

 無傷のアーロニーロを前にして、破面はたじろぐ。例え殺せなくとも、アーロニーロを手負いにできる算段だった。

 だが、現実はどうだ? アーロニーロは攻撃を受けはしたが、その体に傷一つ付けずに受け切ったのだ。

 

「相手の攻撃の霊圧よりも、デカい霊圧を身に纏って防御する。そんな事も判らん愚図だったか」

 

 破面の手に握られていた『剣装霊圧』は、集束が解けて崩れていく。まるで、破面の意志のように。

 

「ソモソモ、コンナ状況デ気ヲ抜クト思ッテイタノカイ?」

 

 左手の手袋を取り、アーロニーロはその下に隠されていた触手と口の様な器官を露出させる。

 

「だとしたら心外だ。誘われた時点で、お前を喰らう腹積もりだったからな」

 

 言い終るや否や、アーロニーロは破面に跳びかかる。

 破面はそれを退けようとしたが、遅かった。右手で喉元を掴まれ、そのまま押し倒される。ガッチリと喉元を押さえられているのと、倒れた姿勢から破面は動くに動けない。

 その破面の頭を、アーロニーロは左手で殴りつける。霊圧も霊圧硬度も上のアーロニーロの攻撃が防がれる理由など何処にもなく、残っていた仮面と頭蓋を砕いて破面を絶命させる。

 

 ヴァストローデとアジューカスに見られているのを気にせずに、アーロニーロは食事を始めた。

 左手の口の様な器官は見てくれだけではなく、実際の役割も同じである。そこから、アーロニーロは破面の肉の一片も残さずに飲み込んでいく。

 

「そうだ、この感じだ……」

 

 霊圧(ちから)の増幅と新しく手に入った能力に魂が漲るのを感じたアーロニーロは笑う。

 魂が穴開きになり、その頃から在りし幸福が年月と回数を重ねるごとに洗練された喜び。相手の全てを無駄なく己に内包する。それが『喰虚(グロトネリア)』にしてアーロニーロという存在。

 闘争という種の根底よりも原初に刻まれし、アーロニーロの本能。

 

「アァ、マダ喰得(くえ)ル物ガアルジャナイカ……」

 

 改めて、アーロニーロはヴァストローデを見た。喰らった破面と比べれば、破面と言われても違和感の無いまでに人型であり、転がっているアジューカスよりもずっと力はある。餌としては、十分旨そうであった。

 

 目の前で起きた仲間割れに茫然自失となっていたヴァストローデが、さっきまでとは違うアーロニーロの様子にたじろぐ。

 

 

「止すんだ、アーロニーロ」

 

 たった一言。突如として姿を現した藍染の一言でアーロニーロは恐怖によって本能を抑え込まれて暴走状態から一気に冷静になる。

 服が汚れるのも気にせずに、アーロニーロは片膝をついて頭を垂れて服従の意を表す。

 

「済まなかったね、私の部下が迷惑を掛けたようだ」

 

「なんだ、貴様……?」

 

 突如現れた事といいアーロニーロを従えている事といい、疑問しか湧いてこない相手にヴァストローデは問う。

 

「犠牲を生みたくないのであれば力を持つ事だ。君が追い求める力が君の理想であるならば、私はそれを与える事が出来る」

 

 問いに答えるより先に、藍染はヴァストローデに説く。

 

「私の理想?」

 

「もっと強い力欲しいだろう?君の仲間達の為に。力を得れば、犠牲を作る事は無くなる。

 それが君の理想の筈だよ」

 

 力こそ理。藍染の言う事は何一つ間違っていない。

 破面化によって得る力は既に目の当たりにしている。

 なにより、下手をしたら仲間が殺されていたかもしれないのだ。

 

「理想の姿を目にしたいとは思わないか?

 我々と共に来ると良い、君を理想の下へと導こう。君達に、今の様な犠牲を強いたりはしない」

 

 昨日までは見ず知らずの相手へに傾きかけるのには十分であった。その意を現すべく、ヴァストローデもアーロニーロのように片膝をついて頭を垂れた。

 

「フッ…」

 

 その姿に藍染は満足そうに笑うと、今度はアーロニーロに向き直る。

 

「アーロニーロ、今回の処罰は追って通達する。

 しかし、君の飢えはどうにも抑えがたいモノのようだ。その飢えを二、三日で癒して来るといい」

 

「はい」

 

 許可を受けたアーロニーロは、意気揚々と虚圏の闇へと呑み込まれるのであった。

 

――――――

 

 虚圏食べ歩きの三日間はアーロニーロにとって至福の時であった。

 『喰虚』で破面化した事によって失った『超速再生』を保管し、新たに手に入った『剣装霊圧』もついでに多少の訓練をした。

 尤も、アジューカスすら歯牙にも掛けなかった実力からして、動く的程度であったが。

 

「………おい、どうなっている」

 

 三日間も虚夜宮を開けていたアーロニーロは、思わず誰もいないのにツッコミを入れた。

 アーロニーロの記憶が確かなら、三日前は高層ビルのようなものが離れて五本建っているのが虚夜宮であった。しかし、今はその見る影もなく、一つの途方も無く巨大な宮殿に変貌していた。

 

「完成シタンジャナイノカイ?」

 

 半身の言った可能性も考えられたが、建築工程はまだまだあった筈である。それが三日で完成するなど、どれでだけの突貫工事をしたというのだ。

 

《問おう、ぬしは何者だ?》

 

「そう言うお前は誰だ」

 

 おそらく虚夜宮付近に配置された大虚だろうとあたりをつけて、アーロニーロは声のした方を睨みつける。そこは、砂が寄り集まって山を形造り上げたかと思えば、巨人へと変貌した。

 

《わしは藍染様よりこの辺り一帯の守りを任されし、白砂の番人ルヌガンガ。

 ヌゥ…? その姿、おぬしはもしやアーロニーロ・アルルエリか?》

 

「ソウ、僕ラガアーロニーロ・アルルエリダヨ」

 

 話が通っているようなので、アーロニーロは仮面を外す。まだこの顔を知っている者は極少数。番人なら顔の特徴くらいは伝えられているだろうと、通行証代わりの気持ちで仕方なく曝したのだ。

 

《聞いた通りの顔! では、正面入り口まで案内しますゆえ、ついて来てくだされ》

 

――――――

 

「戻りました藍染様」

 

 玉座にて、アーロニーロは藍染と対面していた。帰還の挨拶といったところである。

 

「よく戻って来たねアーロニーロ。報告は、しっかりと届いていたよ(・・・・・・・・・・・)

 『認識同期』に『喰虚』、どちらも非常に有用な能力だよ」

 

 事前に『認識同期』によって情報の通達は済ませてあった。アーロニーロがこの場にいるのは、帰還の挨拶と下されるであろう処罰を聞くためだ。

 

「さて、アーロニーロ。君が受ける処罰は、ティア・ハリベルとその仲間の護衛だ。

 なに、護衛といっても、彼女らはバラガンと過去に軋轢があってね、もしもの際の保険として動いてもらいたいだけだよ」

 

 内容自体には不満が無い。既に藍染の配下では派閥という枠組みが出来上がっている。その中で、派閥同士争う懸念も尤もである。だが、アーロニーロは腑に落ちない点が一つだけあった。

 

「失礼デスガ、ティア・ハリベルトハ……?」

 

「ああ、君は彼女らの名は知らなかったね。判り易く言うなら、君が襲った大虚達だよ」

 

「(よりにもよってあいつ等か)…了解しました」

 

 一礼をして、アーロニーロは玉座の間より出て行くのであった。

 

(さて、どうしたものか…)

 

 考えるのは護衛対象の事だ。ヴァストローデ一体にアジューカス三体。直接危害を加えたのはアジューカスだけであるが、ヴァストローデも悪感情を持っていないはずがない。

 正直な話、これから護衛とは気まずいものがあった。それでも、命令である以上は完遂するしかない。期限は言われなかったが、おそらく全員かヴァストローデが破面化するまでであろう。

 他人と打ち解けるのに良い手段など知らないアーロニーロは、悩むしかなかった。

 

「おいミラ・ローズ、てめぇ図体がデカくて邪魔なんだよ!ちっとは考えて動きやがれ!!」

 

「アパッチ、人の事を言える立場かい!角をあっちこっち引っ掻けてんじゃないか!!」

 

「おやめなさいな二人とも。片づける前より散らかしてどうするんです」

 

「「てめぇ、スンスン!体が長くて面積一番とってるのはお前だろうが!!」」

 

 自分の部屋から聞き覚えのある声が騒がしく聞こえる。それだけでアーロニーロは頭痛がしそうであったが、更に悪い事に、イスなどが倒れるような音まで聞こえる。

 自分の部屋で遠慮などする必要も無いだろうと、ノックもせずにアーロニーロは部屋の扉を開ける。

 

 幸いにも、部屋には服以外の私物など一切置いていない。だから、目の前で三匹の獣がテーブルにイスを倒していても、被害は部屋と家具が傷つくだけであった。

 それでも、部屋を荒らされたのは気分の良い物ではない。

 

「随分と、楽しそうだな……」

 

 恨みがましいアーロニーロの声を聞き、関節の固くなった人形のような動きで振り返った。当然そこには、アーロニーロがいる。

 

「オ仕置キガ必要ソウダネ…」

 

 「自分の部屋で何をやっているのか」そう問う前に、アーロニーロは仕置きをするのであった。



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貰いて

「済まないアーロニーロ。お前が今日にも帰ってくると藍染様から聞いて、これから世話になるだろうから部屋の片付けをしていたのだが……」

 

 お仕置きをした後できたハリベルが部屋の惨状を見て、本当に済まなそうに頭を下げる。

 

「こいつらに手伝わせた時点で失敗だ。雑用にやらせればいいだろうが」

 

 のびている三体の頭を小突きながら、文句を垂れるアーロニーロにハリベルは険しい顔をする。

 

「それでは意味が無い。本当なら、私自らやりたかったのだが……」

 

ヤリタカッタ(・・・・・・)?」

 

「三人にやらせてもらえなくてな。それで仕方なく、藍染様の所にお前が帰って来てないか確認に行っていた。入れ違いになってしまったようだ」

 

 部屋の整理など雑用のやる仕事。そんな事を自分たちのリーダーたるハリベルにやらせるなど、三体には許容ができなかったのだ。なので、自分達が部屋の整理をするからと、自分達では面会すら恐ろしい藍染の所にアーロニーロが帰って来たかどうかを聞きに行ったらどうかと提案したのだ。

 なのだが、人型が住むのを前提に設計された部屋の整理は、獣型である三体には荷が重すぎたのだ。

 

「まあいい。最悪、家具類は新しいのに換えさせればいい。それより、こいつらの部屋はどこだ?俺達は、自分の部屋に邪魔になる奴を置いておくつもりない」

 

「それなら、扉から出て左手側の隣の部屋がこの三人の部屋だ。私の部屋は、反対側の隣の部屋になる」

 

(両隣かよ……)

 

 護衛対象から離れずにいれるのは命令上は喜ばしい事だ。しかし、その護衛対象の三体の方は騒がしいが仲が良いという、はたから見てれば喧嘩もコミニケーションという部類であった。

 偶に見る程度なら、相変わらず仲が良いとしか思わないだろうが、アーロニーロは騒がしいのがあまり好きではない。

 

(ハリベルがとっとと第3十刃(トレス・エスパーダ)になれば、おさらばになるんだろうがな)

 

 多少の原作知識からアーロニーロは、ハリベルがまだ結成もされていない“十刃(エスパーダ)”の一員になるのは判っている。それでも、それがどれだけ後であるかなどまったくもって不明であるので、気の長い話になってしまうのだが……

 

――――――

 

「よく来てくれたね、アーロニーロ」

 

 護衛任務から早数か月、アーロニーロは藍染に呼び出されていた。何度か外に出たが、何も問題は起こしてはいない。ならば新たなる命令であろうと当たりをつけていた。

 テーブルが用意されており、そこには何かが白い布で隠されて置かれている。

 

「さて、君はよく命令をこなしてくれている。今回の呼び出しは特別に、恩賞を与えようと思ってね。

 メタスタシア。『霊体融合』能力を持ち、現在は志波(しば)海燕(かいえん)という名の死神と一体化したまま死んでいる(・・・・・)

 

 藍染が手を上げて、傍らに佇む東仙に合図を送る。東仙は藍染の言葉に合わせて白い布を取り払って中身を晒す。

 横たえられた死神とも虚とも言える存在にして、逆にどちらとも言えない物体。それが現状の死体である物体である。

 

 特別、そこだけを聞けば心地好い。だが、藍染の思惑はそこにない。

 死神の虚化、もしくは虚の死神化のどちらとも取れる実験体たるメタスタシアを再利用した実験だ。でなければ、わざわざ貴重なサンプルであるソレを引っ張り出してなどこない。

 

 アーロニーロはまだ破面もどき。そこに死神と霊体融合したメタスタシアを『喰虚』にて取り込む。

 メタスタシアの『霊体融合』は、正確には内側から喰らうのに近い。一時的には融合した相手と同じ容姿で同じ能力を使えるのだが、最終的には相手を構成していた霊子を食い尽くして元の姿に戻ってしまう。

 相手の霊体の内側に潜り、内側から喰らうのは現存する生物の生態であれば寄生捕食に近い。違いは一旦は自分を霊子レベルで分解し、完全に混ざり合ったと言っても過言ではない融合状態になるぐらいである。

 

 そして、藍染の都合の良い事に、メタスタシアは海燕と融合した初期段階で死んだのだ。死神の霊体に、虚の霊体が完全に混じり合った状態でだ。

 ある意味では、死神と虚の壁を完全に取り払った状態である。このサンプルから、藍染は多くの事を学び、破面への先駆けともなった。

 

「ソレデハ」

 

 アーロニーロは喰らう。メタスタシアであり志波海燕であるその物体を。

 虚を喰らった時とはまた違う力の漲り方にアーロニーロはほくそ笑む。これで、欲しい物への足掛かりは手に入ったのだ。

 ソレを確認すべく、左手の手袋を外して『口』に右手を入れる。触手ではない固い感覚を得て、ゆっくりと引き抜く。

 アーロニーロが自身の体より引き抜いた物は、死神の斬魄刀であった。

 

「ほぉ…」

 

 アーロニーロが斬魄刀を手にしたのを見て、藍染は笑みを深くした。

 メタスタシアの能力は『霊体融合』ともう一つ、『斬魄刀消滅』がある。『斬魄刀消滅』は、一日に一度だけ仮面から生えている触手に最初に触れた死神の斬魄刀を消滅させるという能力。

 

 死神にとっては脅威極まりない能力であるが、その本質は『霊体融合』と根本を同じとしたものである。確かに、この能力を行使された死神にとって斬魄刀は消滅する。だが、メタスタシアにとってはそうではない。斬魄刀は形こそ失いはしたが無に帰すのではなく、自身が取り込むのだ。

 斬魄刀を霊子レベルで分解し、それを取り込むのがこの能力の全貌である。

 

 これは、虚が死神の代名詞たる斬魄刀を取り込むことで死神の力を得るかどうかの実験の為に付与された能力であった。

 結果は『霊体融合』も『斬魄刀消滅』のどちらも失敗であった。『霊体融合』は結局は虚に戻り、『斬魄刀消滅』は取り込みはできたが、肝心の能力を使えなかったのだ。

 メタスタシアが死んだ事と、想定以下の結果しか出せなかったので、斬魄刀は虚の死神化には不要であろうと予測を立たせてこの実験は終わりを告げたのであった。

 

「水天逆巻け『捩花』」

 

 始解。死神の斬魄刀の二段階ある内の一段階目の解放をしたことで、藍染の中で失敗作であったメタスタシアの価値が僅かながらに上がる。

 

「破道の三十一 赤火砲(しゃっかほう)

 

 続けて左手に現れた球状の炎を見て、僅かながらに藍染は驚愕した。そしてすぐに、その驚愕は問題無いモノとして片づけられた。

 志波海燕は護廷十三隊の十三番隊の副隊長を務めた男であり、斬魄刀を主に使う死神であったが、鬼道も達人とまでは行かなくとも実戦で十分に通用するまでに使える万能型であった。

 その男の斬魄刀を体から抜き、完全にメタスタシアの能力を我が物としているアーロニーロが鬼道を使えてもなんら不思議はない。

 

「それでは最後に、その仮面をとってくれるかなアーロニーロ」

 

「はい、藍染様」

 

 八つの小さな穴が開いた縦長の仮面を外したそこには、カプセル状の容器内に浮かぶ二つの頭ではなく、海燕の顔があった。

 

「元の顔に戻るのも、またこの顔になるのも自由自在」

 

 説明しながら、アーロニーロは二つの顔を入れ替える。人の皮を被ったり、それを逆に呑み込んでいくその光景は、見ていて気持ちの良いモノではないかったが、藍染はピクリとも表情を変えない。

 メタスタシアは、今のアーロニーロのように自在に姿は変えられなかった。『喰虚』を介して発動するが故に付いた能力であろう。

 

 既にアーロニーロの実験体としての価値は計り知れない。破面もどきであり、死神と虚の融合体。これであとは滅却師(クインシー)も混ぜれば、混沌極まりない存在の誕生である。

 だが、そんな事をしなくともアーロニーロは解剖する価値が生まれた。死神と虚の双方をその身に留めて安定している。崩玉による破面化も影響しているであろうが、破面化もしくは虚化の先である相反する二つの存在の完全なる融合にアーロニーロは最も近い存在に成っている。

 

 しかし、今のアーロニーロの霊子がどの様に結合しているのかといった知的好奇心が刺激される一方で、どこか藍染の心は冷めていた。

 現状では確かにアーロニーロは完全なる融合に最も近い。破面すらの藍染にとっては最終形への通過点でしかないのを鑑みれば、これ以上は望めないサンプルなのも間違いない。

 

 だが、アーロニーロは変化しただけで進化はしていない。虚から破面へ進化すると個体差はあるものの爆発的に能力を増す。その点、アーロニーロの『喰虚』は死体を喰うだけで能力を増しはするが、進化と比べるまでもなく劣っている。

 他者の魂魄をそのまま内包し、自らの力とするその能力は素晴らしく思えた。だが、思う止まりで、藍染が心から欲する物ではない。高みへと臨む物ではない。

 

 藍染が求める物は、上位存在への進化。あくまで目的達成の為の手段ではあるが、全力で追い求めなければ至れないモノでもある。

 進化ではなく変化であるが、足掛かりにはなるだろうと藍染はアーロニーロを下がらせた後で、精密に調べられる機械の準備をするのであった。

 

――――――

 

「なんつーか、暇だな」

 

 鹿型のアジューカスもとい、エミルー・アパッチは他の仲間と共同ではあるが与えられた部屋でボソリと呟いた。

 

「だったら寝てりゃあいいだろう」

 

 ため息をつきながら、今度は獅子型のアジューカスもとい、フランチェスカ・ミラ・ローズはめんどくさそうにアパッチの発言に答える。こちらも、やる気が感じられない。

 

「寝るか食うの二択しか考えられないなんて、二人とも自堕落で豚か牛の虚になってしまいそうですわね」

 

 そんな二人を見かねてか、蛇型のアジューカスもといシィアン・スンスンが二人に向けて毒を吐く。しかし、スンスンも二人同様にやる気が感じられない。

 

「…いや、私ら同じ生活スタイルだよな?誰かが成りはじめたら、全員が成りはじめているじゃないか?」

 

「…アパッチ、怖い事言うんじゃないよ」

 

 弛緩してだらけ切った状態でなければ食って掛かったであろうが、それをするやる気もなくしたアパッチは思った事をそのまま口にし、ミラ・ローズも似たように反応した。

 他にやる事も無いので、アパッチとミラ・ローズは本気でスンスンが言った通りになったらどうかを考えてしまった。いくらありえない事でも、考えてしまえるのだから暇とは恐ろしい。

 

 三人がこうなってしまったのは生活のマンネリ化が原因であった。

 虚夜宮は天蓋が完成して完成率が既に五割を超えた。もう半分できたのか、まだ半分しかできていないのかは意見が別れるところであろう。

 そんな訳で仕事として三人も虚夜宮の建築工事に駆り出された。当初は暇な時間は強くなれるように修行をしていたが、ある時から全く以て力が身に付くのを感じなくなってしまったのだ。

 

 限界。そんな言葉が三人の頭を掠めたのは当然の結果であった。

 ハリベルに助けられ、その考えに賛同してアジューカスであるのにも関わらず、必要以上に虚を喰わなかったツケがここにきて出てきたのだ。

 例えそれが、遅いか速いかの差でなかったとしても、日常を変わり映えの無いモノにする一因には十分であった。

 尤も、一番のマンネリ化の原因は獣型のアジューカスであるので、建築工事では荷物運びしかできないからであろうが……

 

「まったく、本当に豚になっても知りませんわよ」

 

 スンスンだけはこの空気から逃げようと、廊下に続く扉に這い寄る。ちょうどその時、扉がノックされた。

 

「私だ、今は暇か?」

 

 聞こえた声でノックしたのが敬愛するハリベルだと判れば、丁度良いとスンスンはそのまま扉を開けた。そして、ハリベルの隣にいたアーロニーロを見てあからさまに嫌な顔をする。

 スンスンからすれば、アーロニーロは忌まわしい敵以外の何物でもない。護衛任務があるとか言っていたが、ハリベルに付きまとっているのだから一応は恩人であろうとも敵でいいのだ。

 

「虚夜宮の外に出るぞ」

 

 その敵の言葉で、やる気なくグッタリとしていた二人と一緒に怪訝そうに睨みつけるのであった。




『霊体融合』『斬魄刀消滅』
独自です。あまりハッキリと明言されていない能力なので、幾つか加えられています。
『霊体融合』はメタスタシアが使った場合だと顔が変わったりと結構変化がありましたので、海燕の姿でいられるのはそこで止まっている尚且つ、『喰虚』による能力の発現による影響だと考えました。
『斬魄刀消滅』はあくまでも死神と斬魄刀は運命共同体ではなく、死神が死んだりしても斬魄刀までも消滅したりしません。ですが、アーロニーロが捩花を使うのには捩花を取り込んでおかなければ不自然なので、『斬魄刀消滅』は実は『斬魄刀吸収』だったとしました。
原作での日光に当たったら捩花は消えており、その後で自分の体から捩花を取り出したりしているので、あながち間違いではないと思います。


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進みて

 丸く食い破られたような三日月から降り注ぐ月光。それに照らされるのは無限に続くのではないかと錯覚するほどの広さの砂漠に、石のような木。

 実際には砂だけでなく、アジューカスがねぐらにできる広さの洞窟がある岩石地帯も存在はする。しかし、そういった場所は少ない方であり、虚圏に満ちているのは砂ぐらいのものである。

 その中を駆ける四つの影は、『ピクニック』をしていた。

 

「なぁ、ミラ・ローズ」

 

「なんだい、アパッチ」

 

「あたしら、ピクニックに来たんだよな?」

 

「こんなのをピクニックと言うんならね」

 

 ピクニック。一般的に言わせれば、どこか景観の良い場所に食事の用意をして行くのが相当するであろう。しかし、アーロニーロは『ピクニック』と言ったが、行き先未定、食事(虚)は現地調達、移動は基本駆け足。という、ピクニックよりもサバイバル訓練と言った方が良さそうな代物であった。

 

 

 それでも三人が全員参加なのは、アーロニーロとハリベルがそれとは関係無く虚夜宮の外へと出るからである。

 二人の間に恋愛感情など微塵も見られないが、万が一も考えられなくは無い。尤も、人間だった頃のちょっとした名残で、三人の誰も本気では考えていない。虚の雌雄の差など、容姿と声くらいのものなのだから当然と言えば当然なのだが。

 

「つーかどこまで走るんだよ」

 

「なんだい、もう疲れてきたのかい」

 

「ンなわけねぇだろ。てめの方こそ遅れてんじゃねぇか?」

 

 久々に外に出たからか、アッパチとミラ・ローズは何時もの元気を取り戻しつつあった。

 

「2人とも、口より足を動かさないと遅れてしまいますわよ」

 

「「てめェスンスン、なに前を走ってやがる!!」

 

 2人が何時もの調子を取り戻している隙に、さり気なく前に出ていたスンスンに2人は食って掛かった。

 

 その様子を見て、ハリベルは安堵の息を吐いていた。ここ最近三人はいつも気怠げな空気を纏い、動きにもキレのない無気力状態であった。

 なんとかその状態を脱させたいとは考えてはいたが、虚夜宮でできる事などかなり限られていた。

 

 それなら外出でもするしかないが、流石にヴァストローデであるとはいえ一介の虚でしかない自分が―――基本は不在である―――主にいきなり面会するのは如何なものかと思った。

 そこでよく外出するアーロニーロに相談したら、そのまま外出の許可を取って来てくれて現在に至っている。

 

「ところでアーロニーロ、私達は今どこに向かっている?」

 

 とりあえずは三人は大丈夫だろうと、ハリベルは全てを任せてしまったアーロニーロに目的地を聞くことにした。

 

「この前外出した時に見つけたアジューカスのコロニーだ」

 

「…」

 

 目的地を聞いて、ハリベルは判り易いぐらいに表情を歪める。目的地がそこなら、アーロニーロがやろうとしている事も想像がついたからだ。

 

「マダ抵抗ガアルノカイ? 虚ガ強クナルノナラ、同ジ虚ヲ喰ラウノガ一番ダロウ?」

 

 虚としての壁にぶち当たった三人にも、その行為が必要なのはハリベルも解っていた。しかし、その行為を止めさせたのは自分である。

 理想を実現させるのには力が必要。そうは解っていても、自分だけが強くなって三人を守れれば良いのではないかとどうしても考えてしまう。

 

「ヴァストローデのお前なら、その事は俺達よりも解っているだろう」

 

「解った時には、その力の分だけ犠牲を強いたのを悔いた…」

 

 苦々しげにハリベルは呟いた。

 なにもハリベルは、最初から他人に犠牲を強いるのを避けていたのではない。ヴァストローデに上り詰めるにあたって、必要以上に虚を喰わないなどありえない。

 ギリアンとアジューカス時代が必ずあるのだ。そして、ハリベルはその時代を暴虐の限りを尽くして過ごした。

 

 砂ばかりの虚圏でありながら、現世であれば海に生きる(サメ)の姿をしたアジューカス時代は、虚と見れば見境無く喰いに掛かる狩人であった。

 砂漠を泳ぐ鮫型の虚は、アジューカスが集まるコロニーでは一種の畏怖の対象とされていた事もあった。

 

 鮫の虚に気をつけろ。背ビレが見えたら岩場に逃げろ、運が良ければ逃げ切れる。運が無ければ足から喰われていく。

 

 そう言われるくらいには、ハリベルはアジューカス時代に暴れに暴れていたのだ。

 

 だが、そのアジューカス時代が終わりを告げ、ヴァストローデになった途端に、ハリベルの手元には虚しさと力しか残らなかった。

 虚を喰らうたびに得ていた力の増幅と幸福感は消え去り、代わりに人の姿に近付いたからかこれまでよりもずっと冷静に思考ができた。それが当時は不幸であった。

 

 かつてのように虚を喰らっても、虚しさを埋める幸福感は得られない。それどころか、力の増幅も微々たるものとなって無駄な行為をしたかのような錯覚すら覚えた。

 冴えた思考はそんな現状を自業自得と捉え、孤独である事も加わって後ろ向きな事ばかりを考えてしまっていた。

 

 きっとこれが罰なのだ。他者に犠牲を強いて、ただただ強くなった自分に対する。

 

 必要最低限の虚を喰らうだけにして、虚圏を彷徨い歩くだけだったハリベルを変えたのは、偶々助けた同じ雌であったアジューカスであった。

 助けるつもりなど無かった。結果的にそうなっただけであったが、ハリベルはようやく自分の力の使い道を見つけられたのだ。

 

 この強大な力は、守る為に使おう。犠牲にさせず、犠牲を強いさせない為に。

 

 力に意義を見出すと同時に孤独を脱したハリベルは、雌の虚に自分を重ねて助けるようになった。雌の虚は雄の虚よりも弱かったので、助けられて仲間になったのは三人だけだったが、それでもハリベルは満足していた。

 

 その状況を一変させたのが藍染だ。今の力で十分と思っていたが、それを足りないと感じた。だから、今度は自分の明確な意志で欲するのだ。力を、自分の仲間を確実に守れるだけ。

 その為には、禁じていた虚を必要以上に喰らうという選択も考えられた。確かに力の増幅は微々たるものにはなったが、頭打ちになった訳ではない。力の差があり過ぎて、上昇量が相対的に少なく感じるだけである。

 

 尤も、最早必要以上に喰わないのは習慣になっており、いきなり食べるようになるのは拒食症の患者の如く無理であったのだが……

 それでも、アーロニーロに頼み込んで虚の肉を分けて貰って食べるなどの努力はしている。

 

 しかし、ハリベルが一番可能性を見出しているのはやはり破面化である。藍染に着いて行くのは諭されたのもあるが、誰に犠牲も強いることなく強くなれる方法があるのだ。ソレを求めずにはやはりいられない。

 

「マア、今回ハ見テイルダケデイイヨ。別ニ反藍染様ノグループヲ潰シニ来タ訳ジャナイカラネ」

 

 ハリベルが遠い目をしているので、アーロニーロは過去に色々とあったんだろうと適当にあたりをつけてそのまま流す。

 傍から見ればハリベル達を気遣った提案であるが、アーロニーロからすればそんな訳はない。既に能力持ちのアジューカスを何体も喰らっており、その能力の試し撃ちが目的だ。

 大量にいればそんな余裕もないだろうが、数として五体しかいないのは既に前回で確認は済ませている。

 

「この辺で待っていろ」

 

 嗤いながら、アーロニーロはアジューカスを喰いに行った。ハリベルは、ただただソレを見送るだけであった。

 

――――――

 

「っま、こんなものか……」

 

 ただの一方的な虐殺は、さほど時間は掛からなかった。しかし、アーロニーロは不満であった。折角手に入れた能力のほとんどが、使えない程度のものばかりであったからだ。

 仮にもアジューカスが持っていたというのに、使えそうなのは爆発性の粘液を出すくらいであった。もう一つ使えそうな能力として、光を屈折させる能力があった。だが、能力の範囲が自分の肌の付近とかなり限定され、更には全ての光を屈折させる事ができないという―――アーロニーロの弱点である日光を遮れない―――弱小とも言えるものであった。

 

 尤も、これは仕方が無い事であった。ギリアン以上の虚のそのほとんどが、基礎的な身体能力に重きを置いている。なぜそうなるかと言えば、霊圧の上昇で真っ先に恩恵を受けるのが身体能力であるからだ。

 最初から持つ能力が喰うのに役に立たなければ、それをわざわざ鍛える虚など稀である。身体能力が高ければ能力など無用であり、かなり強力な能力でもなければ、大抵はその能力は弱いままのが当然であった。

 もし能力だけを見るなら、普通の虚や巨大虚の方が数が多い上に多彩である。

 

「アタリガイタラ良インダケド……」

 

 期待するだけ無駄かと先程の虐殺を思い出す。

 あいさつ代わりの虚閃を放ち、攻撃してくるのを待っていれば五体とも能力を使う素振りも見せずに直接攻撃をしてきた。

 力の差は薄々感じていたのだろう。その一撃は紛れも無く本気を感じ取れた。

 

 しかし、いくら覚悟があろうとそんなモノだけで覆る筈も無い。一通り能力の試し撃ちをしてから、『剣装霊圧』で両断してやったのだ。

 

 必ず初手では殺さない。これはアーロニーロが狩りで決めたルールである。

 どのような能力を持っているか、そしてどんな使い方をするのかを見る為に決めた事である。しかし、今の所は役には立っていない。

 

 三体を喰らって、残りの二体を引きずってハリベル達が待っている場所まで戻る。

 

「ピクニックの食事だ」

 

 冗談めかして言いながら、アーロニーロはアジューカスの死体をそれぞれに分ける。

 しかし、ハリベル以外は明らかに手を出すのを躊躇っていた。分けられた量が、多すぎるのだ。

 

「これは私の我が儘だ。私は更に強くなりたいと思っている。だから、これからは機会があればこうして必要以上でも虚を喰らう。

 強制はしない。なんなら、私の元を離れても構わない。これはかつてお前たちに説いた事への、裏切りなのだから……」

 

 ハリベルはそう言うと、進んでアジューカスを喰らい始める。

 それを見て、三人はそれでも付いて行くと言わんばかりに、自分達もアジューカスを喰らい始めるのだった。




ハリベルのアジューカス時代
独自です。ヴァストローデになるのは数が少ない事からかなりの時間などが掛かると想像できます。アニメオリジナルでのヴァストローデ時代でのハリベルの性格がアジューカスからだったと考えると無理があるので、アジューカス時代はヤンチャだったという事にしました。

大虚は能力が弱い者が多い
独自です。原作では大虚以上の出番が少ないからか、能力持ちがほとんどいません。
能力で言ったら、初期の虚とかの方が出番の数だけあったりしますしね。
霊圧を上げて、物理で殴ればいいような気がします。能力を使って強くないけど巧いというキャラなんていないようですし……


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選ばれ

 虚の一斉破面化。それは誰もが力を得る機会であり、今後の運命を決定付けられる重要な儀式であった。

 そしてそれは、既に破面化しているアーロニーロでも―――実験なのか―――例外ではなかった。

 アーロニーロの場合は再破面化ではあるが、やる事はほとんど破面化と変わりはない。

 

 しかし、今度の破面化はこれまでの破面化とはだいぶ違っていた。これまでの破面化であれば、いくら異形の体を持つ虚でも、その身から刀を作りだすという事はなかった。

 死神に合わせてその刀は斬魄刀とされたが、その中身はまったくもって違うモノである。破面の斬魄刀は、虚としての姿や攻撃能力たる力の核を刀に封印したものとなっている。

 人型になるのにはそこまでしなければならないのは、元が人であるといえ、大きく変質してしまったからであろう。

 

 しかし、アーロニーロはその再破面化を失敗した(・・・・)。完全に失敗した訳ではないが、表面上は前とは大差無かった。

 霊圧の濁りが取れ、関節の可動領域が人外から人のレベルになった。それでも顔と左手は変わらず、斬魄刀もアーロニーロから作りだされる事が無かった。

 

 しかし、アーロニーロは他の失敗作と違って帰刃(レスレクシオン)を可能としていた。斬魄刀として体から切り離されることは無かったが、左手は斬魄刀となんら遜色の無い働きが可能であった。

 更に、再破面化でアーロニーロが危惧していた破面化以降に得た能力の喪失も起きなかった。

 身体が若干だが人に近付き、霊圧が強くなって帰刃ができるようになった。再破面化でのアーロニーロの変化は纏めればそんなものであった。

 

――――――

 

「ではこれより、“(エスパーダ)”の発表をする」

 

 “刃”。それはバラガンが選び抜いた部下に対して贈った一種の称号であった。贈られた者の力をバラガンが認めたという証であり、バラガンの下での力関係に多大な影響を及ぼした。

 藍染はそれを元にして、十人の強者にかなりの支配力を与える事にした。虚夜宮内部の宮一つを“刃”の所有物とするのを許し、更には十一以下の数字を持つ者―――通称、『数字持ち(ヌメロス)』―――を正式に部下とする事すら許した。

 

 別に部下云々は禁止されてはいなかったが、普通は支配者からすれば自分以外の者を中心にして集うなど反乱の兆しになるのではないかと危惧する事態だ。ましてや、力によって支配しているのなら尚更である。

 だがしかし、それを許したとなれば反乱など起きないと見越しているか、起きようともどうとでもできる自信があってのものだ。

 

 懐が深いとも取れるが、そう受け取るのは藍染を盲信する中の極一部にすぎない。いくら尊敬や憧れがあっても、誰もが藍染の力に従うのが根底に鎮座しているのだ。

 

第1刃(プリメーラ・エスパーダ)、バラガン・ルイゼンバーン」

 

 名を呼ばれて、バラガンが無言で前に進み出る。その姿は髑髏大帝と言いたくなる骸骨から、老人のものと化していた。顔にある傷は歴戦の将軍を思わせ、仮面の名残りは王者の風格を損なっていないことを表すように王冠の形をしている。

 

 バラガンの名を知らぬ者などここにはおらず、栄えある第1刃の座に就くのは当然だと誰もが納得した。

 

「司る死は、傲慢」

 

 “刃”には藍染の戯れなのか、それぞれが相応しいであろう人が死に至る要因が称号のように贈られる事となっている。

 バラガンが受け取ったのは傲慢。それは、藍染に元来の座より引き摺り下ろされても態度を一切改めずにいることを指すのか。それとも、老い限定とはいえ時間と言う絶対なるモノを能力として使うことに対することなのか。

 藍染が戯れであろうとも与えた称号の意味は誰にも解らない。

 

 

第2刃(セグンダ・エスパーダ)、ザエルアポロ・グランツ」

 

 ピンク色の髪に、仮面の名残りが眼鏡に酷似した破面が前に進み出る。その雰囲気は知的なもので、強者が成る“刃”にはやや場違いなような気がしなくもない。

 しかし、多くの者は知っていた。バラガンの部下に、ザエルアポロというヴァストローデがいると……。

 一度戦いだせばバラガンでも止められず、敵は必ず塵芥にするという噂程度なら誰もが耳にした事がある有名な話である。他にも、殴り合いならバラガンより上であるとか、小指だけでアジューカス10体を塵芥にしたなどの真偽の怪しい話も囁かれている。

 

 噂の真偽はともかく、ヴァストローデであったという事実があれば、“刃”の第2の座に就くのに異議を申し立てる者などこの場にはいなかった。

 

「司る死は、怠惰」

 

 続けて告げられた司る死には、首を傾げる者と納得の顔をする者に綺麗に別れた。

 

 ザエルアポロ・グランツは戦わない。バラガンの部下であったのなら、これは知っている事であった。

 あまりにもザエルアポロが強すぎるせいで、本人がそうと望んでなくても敵を塵芥にしてしまう。そんな力とは裏腹に科学者であるザエルアポロは、実験体として敵を捕らえたがる為に必ず部下に戦わせた。

 

 戦う力はあっても戦わない。そうやってきた事と、戦いを求められる“刃”においてもそうであれば、それは間違い無く怠惰である。

 このくらいは、バラガンの部下であった大半の者には理解ができた。

 

第3刃(トレス・エスパーダ)、ミッチェル・ミラルール。司る死は、色欲」

 

「は~い!」

 

 無言で前に進み出た二人と違い、三人目は元気に返事をして進み出る。

 その声の主を見ると同時に、ほとんどの者がなんでこいつがと怒りにも似た感情を持った。

 

 第3刃ミッチェル・ミラルールが女破面であったからだ。くせ毛なのか短いのにクルクルと渦を巻いている白髪、破面の基本服装の上は半袖でへそ出し、下は袴ではなくヒラヒラのミニスカート。

 仮面の名残りは右耳を保護するように覆っている。そこから視線をズラせばパッチリと目は開いており、大きな瞳は鮮血のような紅い色をしており、目鼻立ちもすっきりとしていて女よりの中性的綺麗さを持っていた。

 

 女より男の方が強いというのは虚の中では常識である。数少ないヴァストローデでバラガンと対立していたハリベルのような存在は例外だ。

 仮に、選ばれたのがハリベルであったのなら、バラガンとザエルアポロと同様に皆が皆受け入れたであろう。

 

 “刃”入りが確実な有名どころなどバラガン、ザエルアポロ、ハリベルくらいである。「もしかしたら自分が選ばれるかもしれない」と淡いというのには薄すぎる希望を持っていたのもあって、無名の破面からの嫉妬や怒りはより強かった。

 

 しかし、そんな視線などミッチェルは意に介さずに前に進み出て、進行役である東仙も破面の様子など気にせずに己の今の仕事を淡々と進める。

 

 

第4刃(クアトロ・エスパーダ)、ヴァスティダ・ボママス。司る死は、暴食」

 

 次の破面はバラガンとザエルアポロに倣って無言で進み出る。

 大男と言われるような図体の大きさのヴァスティダであったが、バラガンのように鍛え抜かれた大きさではなく、人型の風船を膨らませたような大きさであった。そして、仮面のほとんどが残っており、その形状は亀のように見えなくも無く、顔は眉毛の少し上から上唇までしか露出していない。

 

 明らかに、前の三名と比べるとヴァスティダは虚に近かった。人型から大きく外れている訳ではないが、第4の数字で外れ始めたのなら下に行けば自分にも可能性があるのではないかとどの破面も錯覚する。

 

第8刃(オクターバ・エスパーダ)、ロエロハ・ハロエロ。司る死は、嫉妬」

 

 事前に、将来的には10体の破面を選出する“刃”だが、今回はその権力の象徴たる宮が7つまでしか完成してないとの理由で7体しか選出しないと通達されていたので数字が跳んだことには誰も何の反応も示さなかった。だが、前に進み出た破面を見て目を見開いた者は大勢いた。

 

 人型であるのはなんとか判る。ロエロハという破面について初見で判るのはそれだけであった。

 その姿は陽炎のように揺らめき、誰の目にもハッキリとその細部を見る事は出来ない。常に不安定に揺れるその姿は幻かナニカのように思えるが、肌で感じる霊圧から確かにそこに存在するのは確実。

 だというのに、そこにはロエロハという個人がいるようには感じられない。

 

 個性的な無個性とでも言い表そうか。誰とも間違えなさそうであるが、ほんの少しでも変われば誰かと勘違いしてしまいそうな存在感を、ロエロハは持っていた。

 

第9刃(ヌベーノ・エスパーダ)、アーロニーロ・アルルエリ。司る死は、強欲」

 

 呼ばれたアーロニーロも無言で前に出る。ヴァスティダとロエロハよりは人に近く見えるが、それは仮面と手袋があってのものだ。

 虚らしさを残す二人が続いた後とあって、肌を一切露出しない格好であるアーロニーロに好奇の視線が仮面に集中する。

 

 仮面がそのまま残っている破面など存在しない。それならば、アーロニーロが身に付けている仮面は自前の物ではなく、衣類の一つとして着けているのは誰の目にも明らか。

 ならばその仮面の下がどうなっているかを邪推するのも当然だ。ロエロハが霞を纏った人型とあって、それの一つ下のアーロニーロはもっと人から外れていると誰もが考える。

 

 しかし、その仮面を剥がして面を拝みたくとも、“刃”に選ばれてしまった以上は下手な事をすれば自分の首を絞める結果になる。どんな風貌であろうとも、“刃”に選ばれなかったその身では、邪推するのが限度であった。

 

第10刃(ディエス・エスパーダ)、ヤミー・リヤルゴ。司る死は、憤怒」

 

 前に進み出たのはヴァスティダのように大男であった。しかし、ヴァスティダと違ってその肉体は筋肉で覆われた鍛えられたものであった。

 他にも仮面の名残りが下顎が露出しているかのようにあり、頭には人間には見られない―――そこに何かを埋め込んでいるのではないかと思える―――突起がある。

 虚らしさはあると言えばあるが、ロエロハと比べると言うほどではないと片づけられる範囲にすぎない。数が下がればそれだけ人から離れる、という可能性を薄めるのには十分であった。

 

 自分が“刃”に入れるかどうかを気にしていた破面は途端に興味を無くす。最後の“刃”が呼ばれた以上、もう自分がこの場で呼ばれることが無くなったからだ。

 ともなれば、今この場でしておくのは“刃”の顔を憶えておくくらいだ。うっかり無礼な態度を取ってしまえば、その力で潰されるのは目に見えている。

 

 幸いにも破面は顔、仮面の名残り、体格、霊圧と見分ける要因はかなり多い。今の所は二つ以上の要因が重なる破面はおらず、その多種多様性は虚の頃より変わっていない。

 ここで、多くの破面がヤミーの頭に視線が注がれた。それは、“刃”の中でヤミーが一番特徴的な頭をしていたからだ。

 髪型で一番近いのはスキンヘッドであろう。しかし、もみあげから顎の仮面の名残りまで―――髭とも言えそうではあるが―――髪は生えており、後頭部にも500円玉くらいの円形から長髪が生えている。

 おそらくは生まれ持ってその髪型であろうが、どうしてそんな髪型なのかと疑問符を浮かべる。もみあげはいい、しかし後頭部の長髪はなんだ。無くてもさして変わりそうにない長髪を見て、ほとんどの破面がそう思ったのであった。




ミッチェル・ミラルール、ヴァスティダ・ボママス、ロエロハ・ハロエロ
オリ破面。第一期“刃”が7つの大罪ということで第一期とされている四人加えてオリ破面をいれました。
それぞれ解放もする予定。

バラガンが傲慢
独自。合う7つの大罪がこれ一択でした。嫉妬や暴食なんて柄ではありませんし、怠惰や色欲なんて以ての外。

ザエルアポロが怠惰
独自。3を女破面にしたく、それに色欲を当て嵌めて残ったのが怠惰だったからこうなった。
しかし、本文に書いてあるように自分で戦わないその姿勢を怠惰としました。原作設定ではなく小説設定ですが、ザエルアポロはそういうこともやってましたから。まあ、原作でも飽きたら従属官に戦わせるなどしてましたけど。


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己の中

 アーロニーロ宮。本来なら第9刃(ヌベーノ)宮と呼ぶべきであろうが、その第9刃が不変である以上はアーロニーロ宮と呼称してもなんら問題無い。

 尤も、アーロニーロとヤミーがまず外されないと知っているのは原作知識を持っているアーロニーロと、外すつもりが無い藍染だけである。

 

 アーロニーロはデザイン性ばかり考えられたような外装を一瞥すると、扉を開けて中に入る。入ってすぐは侵入者をそこで迎撃する為の大広間である。柱と壁が無いそこは、アーロニーロが解放しても戦える十分な広さがある。

 窓すらないその大広間は、虚夜宮の天蓋の中で能力をフルに使える貴重な場所の1つとなる。しかし、壁は宮として中腹に当たる関係上分厚いが、虚閃といった攻撃で容易に破壊できてしまう。

 アーロニーロが全力で戦う為には日光を遮る壁が必要だというのに、その壁を守るために気を回して戦わなければならないというジレンマを生み出してしまう環境なのだ。

流石にそれは不味いので、壁を更に分厚くするといった補強はする予定である。

 

「なんだ、あたしらの新しい家には窓がないのか?」

 

「持ち主みたいに閉鎖的だね」

 

「お止しなさい二人とも、思っていても言うのは本人がいない時にしておきなさい。どれだけ思っていてもですわよ」

 

(つまりお前もそう思っていると…)

 

 騒々しく入って来た三人の従属官(フラシオン)が自分を軽く貶す言葉を吐いているのを見聞きする事となった。閉鎖的というのは頑なに素顔を晒そうとしないからだろうと心当たりがあるので、アーロニーロは取りあえず黙っていた。

 

「つーかハリベル様も心配性だよな。いくらハリベル様の破面化が先送りにされているからって、それまでアーロニーロの従属官をやっていろとか」

 

 破面化したアパッチは、オッドアイで左目の周りに隈模様があり、額に鹿のではない鋭い角と頭頂部を守るように後頭部まで仮面の名残りが存在している。服装は胸元を開けた半袖と標準仕様の袴である。

 

「悔しいけど、ハリベル様のお考えは正しいよ。あたしらレベルがゴロゴロいるのが普通なんじゃ、虚の頃とあんまし状況が変わらないよ」

 

 ミラ・ローズは、首輪に帽子の骨とでも言えばいいような飾りとして仮面の名残りがある。服装は痴女にしか思えない重要な部分とその周りしか隠さない上半身に、スカートに切れ込みをいれて布を束ねただけのような下半身。ハッキリ言って、露出が変態と言えるレべルであった。

 

「…そうですわね。力で女破面を屈服させようという野蛮人がいないとも限りませんものね」

 

 スンスンは、額の右目の上辺りに髪飾りのように仮面の名残りがある。服装はアーロニーロと似通っていて、端的に説明すればヒラヒラの上着を着ていないだけである。他の違いとしては、手が隠れてもなおかなりの余裕があるくらいに袖が長いのと、腰にバツ印になるように布の飾りがあるだけである。

 

 三人がアーロニーロの従属官になっているのは、ハリベルにそうするように言われたからであった。

 従属官になるということは、その“刃”の従僕になるということである。だが同時に、“刃”の庇護下に入ると言うこと。“刃”が許す限りは宮で何をしようが自由であり、“刃”が後ろ盾になるのだからただの『数字持ち』よりかは一目置かれる。

 しかし決定権は“刃”にあり、『数字持ち』がどうこう言ってどうにかなるモノではない。未だに虚のままのハリベルが言ってどうこうなるモノではないのは言わずもがな。

 

 だが、アーロニーロはその言を聞き入れた。藍染からハリベル達の護衛任務完了を言い渡されない以上は、続行しか意味を持たない。

 『数字持ち』は虚の頃と同じで集合住宅のような宮にいれられるので、護衛するなら従属官にして自分の宮に招き入れてしまった方が都合が良い。

 なので、アパッチ達だけではなくハリベルもアーロニーロ宮に来る予定である。ただし、『数字持ち』ではないので従属官としてではなく、客人としてだが。

 

 虚の一斉破面化。その一大イベントから漏れた虚は数こそ少ないがヴァストローデのハリベルのように確かに存在した。

 ハリベルの場合は、藍染への高い忠誠心とヴァストローデである事を買われて、敢えて破面化を先送りにされたのだ。藍染がやった破面化は、確かにこれまでの破面化よりも完成度が高いが完璧ではない。

 実践したデータを集めればより完成度を高められる可能性がある。故により高い完成度での破面化をハリベルに施すために、ハリベルの破面化は先送りにされているのだ。

 

「藍染様が居ようが居まいが、結局は虚圏(ここ)を支配するのが力なのに変わりない。俺達にできるのは、どれだけ力を付けて上に座れるかということだけだ」

 

 力こそ理。その真理は不変の事実としてそこにある。その事は虚であるなら重々承知であったが、藍染に膝を屈した多くの虚は平穏を手に入れて、いざこざで殴り合いに発展しても喰い合いにまでは行かない事がほとんどになった。

 それはアパッチ達もそうである。アーロニーロとハリベルに連れられて虚夜宮の外に出て他の虚を喰うなどしているが、護られているのには変わりない。

 

 故に忘れている。相手を叩き潰し、そして上へと伸し上がる感覚を。虚夜宮での上なら“刃”しかないが、それはあくまでも形式上はというものだ。

 明確でなければ、数字持ちの中で誰が強いなどは噂という形で語られてはいる。

 

「破面化デ虚ノ限界ハ突破シタ筈ダカラ、後ハドレダケ鍛エラレルカガ今後ノ分カレ目ダロウネ」

 

 嗤いながら、アーロニーロは続ける。

 

「現状を生かすも殺すもお前たち次第だ。従属官なら、ただの『数字持ち』より勝手が効くからな。喧嘩も売り放題だ」

 

 アーロニーロの言葉に、3人は言わんとしている事をようやく理解した。

 自分達と同じレベルがゴロゴロしているという事は、ようは相手に事欠かない。そして、従属官という立場上はただの『数字持ち』を襲おうが報復など起きにくい。

 “刃”は部下の処罰用に『反膜の匪(カハ・ネガシオン)』という閉次元に入れる道具を渡されている。部下の処罰は自分でしろとの藍染の意思表示であると同時に、それは干渉しないとの意思も垣間見える。

 

 従属官が何か悪さをしても、それを罰するのが従えている“刃”では行為自体を黙認している場合がある。そうなればただの『数字持ち』は泣き寝入りするしかない。

 ただ、東仙要なら、秩序の為とでも言えば動く可能性が無くも無い。尤も、女破面を見下している破面がただでさえ傷ついたプライドを、更にズタズタにする気概があればの話になるが。

 

「強ク、ナリタインダロウ?」

 

 アーロニーロの問いに、三人は頷く。強くなると決めたのだ、敬愛する主の力に成れるように。

 その為に闘争に身を置くのを躊躇うような覚悟ではない。例え片腕を犠牲にするようになっても、片腕くらいなら喜んで差し出してしまえる覚悟が三人にあった。

 

 三人への誘導が完了すると同時に、再び宮の扉が開かれた。入って来たのは、もちろんハリベルだ。

 破面化を先送りにされたので、ハリベルはヴァストローデのままである。だが、その恰好は着衣することで変わっていた。胸の下部分が出るのに、目元近くまで襟がある長袖に、標準仕様の袴がハリベルの服であった。それと、右腕と一体化している剣の鞘替わりにと布が巻かれている。

 

「話の途中だったか?」

 

「いや、終わったところだ。ああ、これから部屋に籠るが、藍染様が呼んでいる以外では絶対に邪魔をするな。何があってもだからな」

 

 ハリベルに言っておけば大丈夫だろうと、アーロニーロはさっさと自室に向かう。部屋に入れば、せいぜい寝るだけの部屋であろうに無駄に広く、物がほとんどないので殺風景という有様であった。

 ベッドに胡坐をかいて座ると、アーロニーロは『捩花』を取り出して膝の上に乗せる。

 

 これからしようとしているは“刃禅”。斬魄刀との対話の為に編み出された技術であり形。教育を受けた死神であるなら、必ず学んである事であるソレをアーロニーロは細部まで志波海燕の記憶から引き出した。

 そして埋没する。己の精神世界へと……

 

――――――

 

 見渡す限りの平坦な地面。そこには積み上げられた死体(チカラ)はアリ塚のようにそびえ立ち、無数にあるソレを月が優しく照らし出している。

 アーロニーロの精神世界(ウチガワ)はそうなっていた。

 

 死体を観察すれば、それらがかつて喰らった虚だとアーロニーロはすぐに気付けた。月があるから今が夜なのか、それとも夜しかないのかは判断ができなかったが、アーロニーロはおそらく後者だとあたりをつけた。

 闇が無ければ能力を使えない身で、精神世界は太陽に照らされているなど、馬鹿馬鹿しい。精神世界を見るのは鏡を見るのと変わりない。

 

 そこにあるのは自分自身であり、それ以外は何も映し出さない。だというのに、異物がそこにあった。『喰虚』で他の虚を取り込みまくっているアーロニーロにすれば、異物など今更なのかもしれないが異質ではあった。

 見た目は巻貝で、それ以外に何かを上げるとすれば異常に大きい事だけだ。

 

「『捩花』だな……」

 

 確認するように、アーロニーロはソレに問う。精神世界で虚以外の異物など、志波海燕か『捩花』しかない。志波海燕の方はメタスタシアと一体化しているので死体塚の一部になっているであろう。

 

〈そうであり、そうではない〉

 

 煮え切らない答えをした『捩花』にアーロニーロはやはりかと思う。

 死神の斬魄刀内に存在する中の人。写し取った死神その者と性質を同じにしながら、決して同一の存在ではない。刀としての本質(ホネ)の上に、死神の性質(ニク)で色々と付加した存在が斬魄刀だ。

 斬魄刀と死神の絆は固く、本来では何者の直接侵入を拒む精神世界に土足で上がりこめるほどだ。

 

 しかし、目の前の『捩花』を斬魄刀とその前に『捩花』とすら呼べるかは謎だ。

 確かに元は志波海燕の斬魄刀『捩花』であろう。なのだが、メタスタシアの能力によって『捩花』は一度分解されてから取り込まれた。

 能力の方はなんら遜色無く使えるのだから問題はないであろう。そうであっても、使えること自体が問題なのだ。

 

 死神の斬魄刀は持っていれば使える便利な道具などではなく、その能力を使えるのは魂を写し取らせた死神だけだ。斬魄刀を体の一部にする事で、アーロニーロはその前提を覆した。

 しかし、しかしだ。尚も『捩花』の意識は残っている。死神と斬魄刀なら互いを高め合うことで実力を伸ばせるが、虚と斬魄刀ではそれはない。

 

 虚にとっては斬魄刀は、己を刻み魂を浄化する事で虚と言う存在そのものを消す大敵。斬魄刀にとっては、己が最も守りたい主人を傷付ける大敵。

 死神に属する斬魄刀と、浄化される虚。相性が良い訳が無い。

 

「全部ヲ寄越シナヨ。1カラ10マデ、全部ノ力ヲ」

 

〈断る〉

 

 『捩花』はアーロニーロの一部になっており、『捩花』の力を使えるのはそこに起因する。始解が使えるだけでも十分に凄いが、アーロニーロはそこで満足などできない。上があると判っているのだから、そこを目指さない理由はない。

 

「だろうな。だから、お前を死神のやり方で屈服させる」

 

 宣戦布告をすると、アーロニーロは踵を返す。『捩花』とここで戦う事もできるが、卍解の習得はできない。卍解はアーロニーロが欲するものの1つだ。

 始解が使えるのだから、正規の手順をこなせば卍解までも手に入れられる可能性は非常に高い。故に手を伸ばす。己が可能性へと……

 

 『捩花』は、そんなアーロニーロを黙って見送るだけだった。自分という意識が残っているだけでも奇跡であり、正規の手順を踏まれては『捩花』にはどうしようもない。

 なにより、自分からは絶対に逃げられないのだから……




ハリベルがまだ虚
独自です。3の数字にはネリエルが来るのが確定しているので、3に座らせると一旦十刃落ちにしなくちゃならないのと、3以外に座らしたくなくてこうなりました。

アーロニーロの従属官
独自です。原作ではいなかったもよう。
ですが、ハリベル達の保護との名目で一時的に従属官にしました。

『捩花』の中の人健在
独自です。始解をそのまま使えるのだから、中の人が健在でもおかしくはないと思います。


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関わりて

 “刃”の結成によって、一応は虚夜宮内の各破面同士の関係などが変化はした。

 尤も、“刃”に選ばれるからには元々実力があるのが当然であり、交流があった者は一目置いていたというのが多い。

 元より部下を引き連れていたバラガンとザエルアポロは、その部下がそのまま従属官になって既に大所帯となっている。

 その二人とアーロニーロ以外は、とりあえず気に入った奴や自分に従う奴といった連中を従属官にしている。

 

 部下を自分が納得する規模にした“刃”は、ようやく自分の思った事をしだす。

 部下を鍛えるとの名目で、己が力を振るって研磨する者。

 自身の夢であり、目的である完璧なる生命への研究を再開する者。

 欲望を優先し、淫靡な日々を繰り返す者。

 何も考えずに、ただただ暴食を繰り返す者。

 己がナニカを、多種多様な部下と比べて見出そうとする者。

 飢えを癒し、その時までに必要な力を手に入れようとする者。

 やる事も無く、とりあえず霊圧を貯める者。

 

 それぞれが思い思いに日々を過ごすのは、虚夜宮にとって平和であった。同時に、自分の宮からまったく出てこないので、なにも知らない『数字持ち』からは引き篭もり集団のように見えただとか。

 されども、自宮でできる事など限られている。ザエルアポロのように研究でもしていれば別であっただろうが、研究者は彼だけだ。

 

 となれば関心が行くのが他の“刃”だ。『数字持ち』は“刃”にとって有象無象に過ぎず、藍染などは恐れ多いなどの理由から近付き難い。そんな理由でもって、“刃”が他の“刃”に興味を持ったのだった。

 

 そうなれば誰がとっつきやすいかになるのだが、これは難問であった。“刃”は個性派揃いの上に強い。

 数字の序列は殺戮能力の高い順であって、一対一の強さではないのだが、そうであっても相応には強い。

 特に、バラガンとザエルアポロはその数字に見合う実力を持っている。これは“刃”しか知らない事であるが、ザエルアポロは帰刃すればその身の数字は2から0に切り替わる。

 それはそれだけ平時と帰刃での力の差があるということであるが、無敵に近いバラガンの老いを操る力よりも殺戮に向いていると評価されている事である。

 

 とにかく、数字と強さの関係は大体等しい程度になる。ならば安全そうなのは自分よりも下の数字の奴になる。ならば、10の数字を持つヤミーが一番安全そうかというとそうでもない。

 “刃”が決められる以前でのいざこざで、よく耳にされた名前にはヤミーもあった。短絡的で喧嘩っ早いので、他の破面をボロボロにするのよくある事であった。

 それに、霊圧でほとんどが決まると言っても、体格の良さは決して無視できるものではない。背が高くて筋肉質なその体に匹敵するのは、ヴァスティダくらいである。

 そういった事情から、9の数字を持つアーロニーロに行くのが当然の成り行きであった。

 

――――――

 

 虚夜宮の外壁から続く通路から直接入れる大広間改め『迎撃の間』にて、アーロニーロは客人の相手をしていた。 目上の者を歓迎する場所としては不適当かもしれないが、“刃”の数字の序列がそのまま上下関係に直結する訳ではないのと、そこを抜かすと個室しか残らない為に仕方なくそこを選んだのだ。

 

「こうやって顔を合わせるのは二度目になるな、アーロニーロ」

 

「必要も無かったからな」

 

 椅子を従属官に持たせて持参するといった常識外れな事をして、アーロニーロ宮にやってきたのはバラガンであった。

 

「必要が無かっただと? 少なくとも、貴様は儂に一言くらいは言うことがあろうに…」

 

 問い詰めるかのような物言いであるが、バラガンのその態度は小さい事の確認をするといったものである。

 

「アア、アノ破面モドキハ旨カッタヨ」

 

 そういえばと、かつて喰った破面もどきはバラガンの部下であり、それとの諍いはバラガンが預かっていたのをアーロニーロは思い出した。その上で、旨かったと言った。

 

「やはり喰ったか。その事になにか弁明があるなら、聞いてやろう」

 

 まるで部下に処罰を与える上司といったバラガンの態度にアーロニーロは腹が立ったが、それは表に出さずに顔と同じように隠す。

 

「力こそ理。あいつが弱かったから喰われただけだ。

 弁明もなければ、不意打ちで勝てると驕った奴に言う事もない」

 

 負けた方が悪い。勝った側が須らく正義であるのは虚圏でも変わりがない。例え上に立つ者がいても、それは過去から現在まで不変であった。

 その事を一番よく知っているのはバラガンだ。彼を神たらしめていたのはその力であり、常に勝っていたからの地位になる。

 

「……まあよい。あの小童(こわっぱ)は、こちらから捨てていた」

 

 大帝たるバラガンにとって部下は己の所有物。その所有物に手を出されて沈黙しているようでは、王足りえないとして一言だけ文句を言ったのだ。

 例えバラガンの所有物だとしても、(くだん)の破面もどきがどうなったかなど瑣事であった。力に溺れ、唯一と言っていい「バラガンに従う」という所有物の条件すら半ば放棄していた存在だ。

 そんな存在など、口実にでも利用しなければそのまま埋もれさせていた。

 

「ソレデ、ナンノ話をシニ来タンダイ?」

 

 アーロニーロもその辺は判っている。過ちを犯した部下だった物に関してバラガンはまず動かない。大帝たるバラガンを侮辱でもしなければ、バラガン自身が動くことなどまずない。

 傲岸不遜な生まれ持っての王は、顎で他人を使うのが普通であり多くの場合は部下に全てをやらせる。

 そんな王が自ら動いたのだ。何かあると思って間違いなど無いだろう。

 

「貴様は、この虚夜宮で何をするつもりだ?」

 

 あえて場所で現在の立ち位置を言ったのは、バラガンが藍染を自分の上と認めていないからであろう。しかし、もう一つ理由があった。

 アーロニーロが自分やザエルアポロのように、何かしら利点があるからこの場所にいる。その利点がなくなれば、地位など軽く捨てて去ると感じられたからだ。

 

 これは破面としては異常な事なのだ。藍染にカリスマが無いとは言わないが、どの破面も力の底が見えないまでの実力差があるから藍染に従っている。バラガンでも、其処は変わらない。

 それでも、目的が何もなく唯々諾々と従う他の破面と違って、バラガンは藍染を倒す事を目的でこの場にいる。

 そしてそれは藍染も言いこそしないが解っている。てっとり早くアジューカスの軍勢とヴァストローデ二体を確保すべく表面上だけで屈服させたのだ。己という目標で以て、駒が自ら研磨するようにと……

 

 そもそも、藍染はバラガンの心を圧し折ったつもりは無い。バラガンの性格は正に征する側であり、服する側ではない。

 藍染にとっては唯々諾々と従うだけの駒よりも、目的さえ与えてしまえば後は勝手に動いてくれる駒の方が都合が良かった。つまりは、命が狙われているのさえも藍染にとっては予定通りなのだ。

 

「……喰らう為だ」

 

 言うべきか言わざるべきか?その一瞬の逡巡で、アーロニーロが出した答えは言うであった。

 原作知識という未来予知に近い反則技を持つ身として言動に気を付けているが、この程度なら別に問題は無い範囲の筈であると思ったからだ。

 今であれ未来であれ、虚圏でも指折りの実力たる虚と破面が集う虚夜宮はアーロニーロにとっては宝の山。ついこの間までは手を出せない絵に描いた餅であったが、“刃”に無事に成れた事で“刃”とその従属官以外は大量に喰わなければ問題は無い。

 

「……」

 

 嘘ではない言葉であるが、全てではない。王として生きてきたバラガンの観察眼はそれなりのものだ。ただし、力に関しては自分への評価が高すぎる為に、そこだけ曇っているのが珠に傷である。

 

 短期間の内に見違えるように霊圧が強くなって行くアーロニーロを見ているだけに、バラガンはアーロニーロを警戒している。

 自分には届かない。例え届きそうになろうとも、自分が持つ老いの力は絶対だ。

 そうは解っていても、その老いは絶対過ぎるのだ(・・・・・・・)。老いに沈める最高速度は決まっており、大量に出そうとも少量に絞ろうとも絶対に変わらない。鈍い訳ではないが、触れられる範囲と速度が決まっている以上は限界が存在する。

 その限界を超えられれば、老いの力を突破する事も可能となっている。老いの速度に勝る攻撃をするか、老いでも弱らせきれない威力の攻撃を繰り出せれば突破されてしまうのだ。

 

 現時点ではどちらもアーロニーロには不可能であろう。しかし、将来は不可能とは言い切れない。『喰虚』を知らないバラガンは、アーロニーロの脅威は異常な成長速度と捉えていた。

 

「…まあよい。儂の邪魔さえしなければな」

 

 成長するのは目の前のアーロニーロだけではないと自分に言い聞かせて、バラガンは椅子から立ち上がる。

 

「帰るぞ」

 

「ハッ!」

 

 虚時代からの部下に骨のような物で組まれた椅子を分解させて持たせると、バラガンはもうここには用は無いと自分の宮へと帰るのだった。

 

「バラガンのヤローは帰ったのか?」

 

「みたいですわね」

 

「ったく、なんであんな奴が来るってだけで隠れなきゃいけないんだか……」

 

「迷惑をかけるな、アーロニーロ」

 

 『迎撃の間』より上の居住空間からひょっこり顔を出したのはハリベル達だ。かつて軋轢があった彼女達は、余計な問題を起こさないようにと『迎撃の間』を通らなければ行けない上の居住空間に引っ込んでいたのだ。

 

「迷惑ト言ウホドジャナイヨ」

 

 どの道、バラガンの相手はしなければならなかったのはアーロニーロだ。予想でしかないが、霊圧を完全に隠せないのでおそらく存在くらいは察知されていたであろう。

 それで何も言わなかったのは、既にハリベルなど眼中に無かったからであろう。

 バラガンにとっての敵は藍染のみ。“大帝”に刃を向け、神の座より力尽くで引き摺り下ろした不届き者。ハリベルが刃向かっていたのがかわいく見える程に、藍染は大罪人なのだ。

 

「……ッチ、また来たか」

 

 バラガンではない別の“刃”が近付いて来るのを感じると、アーロニーロは不機嫌そうなのを隠さずに舌打ちをした。

 

「やっほー!遊びに来たよー!」

 

 本来なら侵入者が使う外壁からの出入り口が勢いよく開けられる。そこに立っているのは、“刃”の紅一点ミッチェル・ミラルールであった。

 その姿を見たハリベル達は、「またこいつか…」という風に遠い目をしていた。その反応は、どれだけの頻度でミッチェルがアーロニーロ宮に来ているのかを物語っている。

 

「帰リナヨ、淫乱」

 

「やだな~、これからどっちでも(・・・・・)仲良くなろうよアーロニーロ」

 

 甘えるような声を出して、人差し指でアーロニーロの胸に何か文字らしきものを書く。

 一瞬、たった一瞬でミッチェルは、出入り口からアーロニーロの懐まで―――破面の高速歩法である響転(ソニード)で―――間合いを詰めた。

 

(やはり、速いな…)

 

 色欲を冠するミッチェルは、バラガンとザエルアポロのように思想や性格が司る死となっている。色欲に相応しい爛れた生活を送っているので、アーロニーロは淫乱と言ったのだ。

 そのミッチェルの戦闘での売りは、“刃”中最速の響転の使い手だ。流石に能力はそれだけでは無いだろうが、最速ということは誰も簡単に捕まえられないということになる。例えバラガンでも、逃げに徹されたら面倒であろう。

 

「嫌ぁ?」

 

 身長差から見上げる体勢にならざるを得ないミッチェルは自然と上目遣いとなっている。更に潤んだ瞳は男としての欲望を刺激させるのには十分。

 

「お前とはお断りだ」

 

 従属官で逆ハーレムを形成しているのを知っている身からすれば、そういう関係になるのは気が引けるどころの話ではない。食欲が並外れている分だけ他の欲が薄くなっている上に、まともな貞操観念を持つアーロニーロは尚更であった。

 

「従属官ダケデ満足スルンダネ」

 

 それで満足できていないから、同じ“刃”で一番マシに思えるアーロニーロに声を掛けているのだが、アーロニーロからすれば知った事ではない。わざわざ他人の欲に付き合う必要などアーロニーロにはないのだから。

 

「物足りないんだよー。それに、皆なんか痩せてきてるし」

 

(近い内に死人が出そうだ……)

 

 死因としては情けないモノとなりそうであるが、アーロニーロには死の気配を感じ取った。死因からして喰いたくはないが……。司る死に関する死者がでるのだから、色欲はミッチェルに相応しいという証拠になりそうな事件になりそうではある。

 

「そ・れ・に~、アーロニーロだってまったく興味が無い訳じゃないでしょう?

 4人も女を侍らせてさー」

 

 ハリベル達を見てミッチェルは言うが、ソレが合っていようが間違っていようがどっちでもいい。寝取るもいいし、知らなければ自分が色欲たる所以を魂魄の芯まで淫事な快楽に漬してやるのもいい。

 僅かに朱を差した顔で舌なめずりし、ミッチェルは上目遣いで微笑む。アーロニーロのつっけんどんとした態度も好ましい。自ら飛び込んでくる獲物も楽ではあるが、ちょっとした苦労をして食べるのも悪くは無い。

 

「そんな理由で従属官にした訳ではない」

 

 頭が丁度良い位置にあるので、撫でてからアーロニーロはミッチェルを突き放す。

 

(良い感じかな~?)

 

 頭を撫でるという馴れ馴れしい行為を好意的に受け止めるなら、少なくとも完全な拒絶ではない。徐々ではあるが、アーロニーロが気を許している兆候と取れる。

 気を良くしたミッチェルは、アーロニーロの服のフリフリ部分を掴んで前屈みに力尽くで以って仮面にキスをする。

 

「ふふ、今日はこのくらいにしとくね」

 

 成果としては十分だろうと、ミッチェルは来た時と同じ出入り口を使ってアーロニーロ宮から姿を消したのだった。

 

「…この服と仮面は虚閃で消し飛ばすか」

 

「いや、どんだけ嫌ってんだよ」




アーロニーロが一番マシ
バラガンは御爺ちゃん、ザエルアポロは研究者でなんかヤバそう、ヴァスティダは体が大きすぎる、ロハロハはよく解んなすぎ、ヤミーもヴァスティダと同じで体が大きすぎ更に粗暴。
アーロニーロも謎が結構ありますが、この面子ではまだマシとの理由からミッチェルは選びました。
ちなみにミッチェルの身長は160くらい。アーロニーロは公式と同じで205。


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踏み出し

 バラガンとミッチェルに続くように、ヴァスティダとロエロハはアーロニーロ宮に訪れた。ただし、ヴァスティダは開口一番に何か食い物がないか聞いてきたので、アーロニーロに即刻叩き出された。何処で聞いたのかは知らないが、アーロニーロが虚の肉を保存しているのを知っている様子であった。

 

「……」

 

 迎撃の間にて対面している二人は沈黙を貫いていた。

 

(こいつは何しに来たんだ?)

 

 不躾なまでに入念に観察する視線がアーロニーロに突き刺しているが、それ以外にロエロハに動きは無い。

 観察自体が目的のようだが、アーロニーロにはなぜそうするかが判らない。

 

 ロエロハが自分の一つ上になる第8刃である事と、司る死が嫉妬である事しかアーロニーロは知らない。

 ロエロハが観察するなら、自分もとするがロエロハは一言で言えば不安定であった。

 霊圧の振れ幅が大きくはないが、その質がどうにも捉えられない。ロエロハ個人の確固たる物を感じられず、複数の破面の霊圧をてきとうに混ぜたかのように感じるのだ。しかも、刻一刻とその質が変化するのだから余計に不安定にしか思えない。

 

「失礼した」

 

 電子音さながらの無機質な声で短い別れの言葉を言うと、ロエロハは踵を返してそのまま帰ってしまった。

 

「……」

 

 本当になんだったのだろうか?ロエロハは観察だけして帰るという行動に、ロエロハにとってどんな意味があるか判らないアーロニーロは、ただただ困惑してその背中を見つめたのであった。

 

――――――

 

 ザエルアポロにヤミー以外と、一対一で顔合わせして早くも数ヶ月。アーロニーロはこれまでとあまり変わらない日々を過ごした。と、言っても、アーロニーロは新しい役職を兼任する事となった。

 葬討部隊(エクセキアス)。本来なら、ルドボーン・チェルートが能力からその役職に就くはずであったが、ルドボーンをアーロニーロが喰らったのでアーロニーロが兼任する事となった。

 

 葬討部隊の主な仕事は二つ。虚夜宮への侵入者を排除する事と、“刃”と従属官以外の破面の処分である。

 なぜ“刃”と従属官が処分対象から除かれるかというと、“刃”は同じ“刃”、もしくは藍染、ギン、東仙でなければ抵抗された際に対処できず、従属官は全ての裁量がその主に任されているからである。

 その為、実力的に不可能ではなく、直属の上司に当たるのが藍染しかいない―――藍染などの死神が処刑人を務めると役不足である―――ただの『数字持ち』が処罰対象になった際の処刑人が葬討部隊となるのだ。

 

 もう一つの仕事である侵入者の排除は、たまたまルドボーンが向いていたから与えられた仕事だ。

 極一部の破面を除けば虚など歯牙にも掛けないのが破面であるが、虚夜宮はそうではない。

 外壁どころかほとんどがありふれた材料によって作られており、殺気石(せっきせき)のような特殊な材料は一切使われていない。

 

 その為、虚圏を跋扈しているアジューカスなら外壁を虚閃なり単純な身体能力でぶち抜いて侵入ができてしまう。その侵入してきた虚の処分なら、破面なら簡単にできる。

 しかし、虚夜宮になにも損害を与えずにとなると、途端に完遂できる破面は激減する。これは、一部でも喰われたら進化が止まるという虚の特性上、防御などという消極的手段を取らなかった者が多かったからであろう。

 

 その点、ルドボーンは解放状態なら兵士を生み出す『髑髏兵団(カラベラス)』という能力によって、無限に等しい兵力による肉の盾という手段さえ取れる。尤も、それは本当に最終手段であり、実際には兵士が協力することで張る結界のような霊圧の壁によって虚夜宮を守っていた。

 無限の兵力によって人手には困らず、破面では珍しい防御技を持っていたので、ルドボーンは葬討部隊隊長に任命されたのだ。任期は三日で終わったが。

 

 『髑髏兵団』は頭数を揃えるという点においては、これ以上にない能力である。ただし、この能力においてアーロニーロはある一つの懸念があった。

 『喰虚』は、自分が直射日光に当たっていると使えないとの欠点が存在する。その欠点は喰虚を介して使う様々な能力の欠点でもあり、『髑髏兵団』にも当然適用される。

 その欠点によって引き起こされる結果としたアーロニーロの懸念は、『髑髏兵団』が日光を浴びたら消えてしまうのではないかとのものだ。

 しかし、その懸念は杞憂であった。解放名である『髑髏樹(アルボラ)』が示すように、本体と兵士の関係性は樹とソレに成る物であった。一度切り離されればもう直接の関係はなく、それぞれが別の物として扱われるのだ。

 流石に、繋がった状態で日光を浴びると枝ごと消えてしまうが、敵の目の前で量産など余程切羽詰まって無ければやる必要は無い。

 

 ともかく、『髑髏兵団』は日光に当たっても健在であるというのはアーロニーロにはありがたかった。そして、思わぬ誤算であったが、『髑髏兵団』がもう一つ能力を持っていた。

 『認識同期』。アーロニーロの二つしかない自身の能力を『髑髏兵団』が使えたのだ。これによって、アーロニーロの知覚範囲が格段に広げられた。数さえ揃えれば、虚夜宮の全てを監視するのも不可能ではない。

 ただし、アーロニーロにソレを活かせるかというと微妙ではあったが……

 戦略的価値が高い能力であるが、戦略家でないアーロニーロでは十全には使いこなせない代物であった。戦略など無くとも、力だけで色々とどうにかなるのは別にしてもである。

 

 新たな能力を身に付け、ある程度は使えるようになったアーロニーロの元に、藍染より“刃”召集の一報が届いた。そのタイミングに、アーロニーロは意図的なものを感じざるを得なかった。

 

――――――

 

「ミッチェル・ミラルールを第3刃より解任する」

 

 藍染の口から出たのは、突然の第3刃への解任の知らせであった。

 

「どーゆー事ですか!?藍染様!!」

 

 あまりにも不服な知らせに、言い渡されたミッチェルは抗議の声を上げた。

 

第10刃(ヤミー)第9刃(アーロニーロ)なら兎も角、どうして第3刃(わたし)が“刃”から落とされなきゃいけないのよ!」

 

 当然と言えば当然の疑問に、藍染は軽く微笑んで返す。

 

「これからは、君では力不足だと私が判断したからだよ」

 

 柔和な笑みを浮かべておきながら、藍染は冷徹なまでにバッサリと切り捨てた。藍染の言葉は虚夜宮のルールに等しい。こうもバッサリ切られれば、その決定を覆すのは不可能というものだ。

 

「…つまり、私に力があると証明できればいいのね?」

 

 いくら主人たる藍染の言葉でも承諾出来ないミッチェルは、藍染の言葉の揚げ足をとる。“刃”より外される理由が力不足ならば、その力がまだあると証明できればいいのかと。

 

「決定が不満なら、そうするといい」

 

 問いに是と返すと、一旦区切ってから藍染はまた口を開く。

 

「新しい第3刃からその座を守るか、現“刃”の誰かと戦いその座を奪うか。

 それとも、戦いを放棄して座を諦めるか」

 

 示された道は三つ。しかし、ミッチェルにとっては道はただ一つしかない。

 新しい第3刃は藍染が自分よりも上と認めた破面。そんなのを相手にして、勝てると思い込めるほどに楽天的ではない。戦うとしたら格下だ。

 幸いにも、自分より下の“刃”は四人もいる。その中から一番弱そうなのを選べばいいだけの話。

 

「それじゃあ…」

 

 色欲が選んだのは、強欲であった。

 

――――――

 

 ミッチェルがアーロニーロを指名した為に、他人事だとして闇討ちの算段を立てていたアーロニーロは内心ほくそ笑んだ。闇討ちしようとしていたのは、これから『刃落ち(プリバロン・エスパーダ)』となるミッチェルだ。

 その獲物を、誰も文句が言えない状況で喰えるのだ。正に願ったり叶ったりである。

 

(っま、アーロニーロなら楽勝ね)

 

 まさかアーロニーロが腹の内で自分を闇討ちをする計画を立てていたと知らないミッチェルは、アーロニーロを軽く見ていた。

 アーロニーロは第9刃という現状では(・・・・)下から2番目という“刃”においては弱い部類に入れられる。更に、第10刃のヤミーと違って“刃”最高硬度の鋼皮のような特別が知られていない。

 鋼皮が特別硬くはなく、響転は自身が“刃”最速であるから速さ負けなどない。そんなアーロニーロが“刃”に居れるのは、基礎能力がどれも高い水準を持つ物理型か、珍しい上に強力な能力を持っている能力型かのどちらかしかない。

 

 ミッチェルはその2つの後者と踏んでいた。知られてしまえば対策を取られてしまう能力型よりも、物理型の方が優位になる。故に、第9刃のアーロニーロは能力型の可能性が高いと判断したのだ。

 考えこそは合っていた。しかし、ミッチェルは最弱の獲物を選んだつもりであったが、その実は最悪の獲物であった。

 

 表層こそ平時と変わらない二人は、目の前の敵をどう潰そうかと腹の中で考えを練り上げていた。

 そんな二人の片方であるアーロニーロを、ハリベル達は心配そうに見ていた。

 

(なぁ、アーロニーロの奴勝てると思うか?)

 

(正直、厳しいだろうね)

 

(“刃”に入れたのが謎の霊圧ですものね)

 

 ハリベルはただ静かにアーロニーロを見つめるだけだったが、アパッチ達は小声でこそこそと話しをしていた。

 もしアーロニーロが負ければ、彼女たちはただの『数字持ち』になってしまう。アーロニーロは葬討部隊隊長という肩書は残るだろうが、彼女たちには何も残らないのだ。アーロニーロ自身ではなく、アーロニーロの勝敗が心配なのだ。

 

(にしても、集まりすぎだろ)

 

 アーロニーロとミッチェルを見ているのは、ハリベル達だけではない。“刃”同士の戦いとあって、話を聞いて来た破面が集まっていた。

 ほとんどが物珍しさから、野次馬根性丸出しでいるのだろう。円を描くようにして集まっているハリベル達の反対側には、ミッチェルの従属官達が立っている。やつれている集団なので、言われなくともなんとなく判ったであろう。

 

「……もう少し下がるぞ」

 

「「「はい」」」

 

 アーロニーロを見ていたハリベルの不意の言葉であったが、三人はすぐに反応して返事をする。しかし、そんな事が必要かと一抹の疑問があった。

 アーロニーロの戦闘は、素手による体術が基本だ。虚閃や虚弾(バラ)も織り交ぜたその戦い方は、破面の基本戦術である。

 それを主に扱うアーロニーロの戦闘は周りへの被害が少なく、地味といえてしまうものだ。だから近くても注意をしていれば巻き込まれる心配はない。

 

 その考えが間違っているのが、すぐに証明された。

 

 灰色の虚閃が、野次馬の一部を吹き飛ばした。

 

――――――

 

 開幕虚閃。とりあえずアーロニーロは、ミッチェルの出方を見る為に虚閃をぶっ放したのだ。

 野次馬が何人か巻き添えをくらっているが、死ぬような威力は出していない。速さが売りのミッチェルに必ず当たるようにと面制圧を意識して広がる虚閃を撃ったのだ。

 

「遅い」

 

 だが、遅かった。不意を打ったであろう開幕虚閃を余裕で避け、自らの間合いにアーロニーロを入れていた。

 響転は破面の探査神経(ぺスキス)をすり抜けれる特性を持っている。“刃”最速たるミッチェルは、その特性を十二分に引き出せており、アーロニーロによる探査神経での発見を遅らせた。

 

「これで終わり」

 

 アーロニーロの腰にミッチェルは回し蹴りを叩きこむ。その一撃による衝撃は鋼皮を通過し、背骨へと伝わる。背骨は急な圧力に軋みを上げ、悲鳴を上げて砕ける。

 まだ致命傷ではない。悲鳴を上げたのは背骨だけではなかったが、肉体の欠落は無い。

 だが、致命的ではあった。背骨が砕けたのなら、中に通っている神経も無事では済まない。下半身不随コースはほぼ確実である。

 

 あまりの痛みに、アーロニーロは悲鳴すら上げられずに蹴られたままに転がる。

 それを見て、ミッチェルは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「私の勝っち~」

 

 これで自分の“刃”残留は決定だろうと、ミッチェルは藍染の方を見る。しかし、一向に藍染は勝者の名を呼ばない。

 アーロニーロの首を掲げなければダメかと、ミッチェルはアーロニーロに向き直る。

 

「っえ…」

 

 すぐ目の前(・・・・・)にいたアーロニーロに驚いて、ミッチェルは次の行動に移るのが遅れる。

 その隙を見逃すアーロニーロではない。『剣装霊圧』を突き立てる。

 

「外したか……」

 

 『剣装霊圧』から滴る血を見ながら、アーロニーロはぼやいた。殺すつもりで突き立てのだが、即死には至らなかった。脇腹に穴を開けただけだ。

 

「あんた、霊圧を消せたの…」

 

 穴を開けられた脇腹を押さえながら、ミッチェルは唸る。

 

「ソウダヨ。ダカラ、今ノデ殺セルト思ッタンダケドネ」

 

 霊圧を隠してからの不意打ち。速さに能力の偏りがあるミッチェルなら、『剣装霊圧』で切り裂けば致命傷を与えられる筈であった。

 しかし、偏ったその能力でミッチェルは助かった。動体視力に反応速度が高く無ければ、自身の速さに付いて行けずに十全に扱えない。その優れた動体視力と反応速度で、致命傷をなんとか避けたのだ。

 

「どうして、私に蹴られて無事なのよ」

 

「超速再生を持っていてな。再生能力なら、“刃”一だろうな」

 

 嗤いながら、アーロニーロは能力の一つを言う。

 アーロニーロの言葉にミッチェルは顔を歪める。背骨と内臓を滅茶苦茶にした蹴りを受けて、もう平然としているその再生能力は間違い無く最高クラス。

 連続攻撃で再生する前に殺すのは実質不可能であろう。ならば、即死させるしか道は無い。

 

「それがあんたの“特別”? 嘗めてんじゃないわよ!」

 

 胸の谷間より、ミッチェルはようやく己が斬魄刀を抜く。収まっていた場所から判るように、その大きさは小さい。ペーパーナイフのように頼りなく、武器には見えない頼りなさだ。

 しかし、それでいいのだ。ミッチェルにとって斬魄刀は帰刃する為の鍵でしかない。

 

「そんな受け身な能力なんか、弾け飛ばしてあげるわよ!!」

 

 斬魄刀を腕に突き刺す。

 

「跳ねろ…『乱夢兎(スウェネイ)』!!」

 

 ミッチェルが帰刃した。




本作品はオサレポイントバトルシステムを採用!
霊圧や膂力の差はオサレさでカバーが可能!!

アーロニーロ+分
能力を小出しにする
余裕の態度

アーロニーロ-分
開幕虚閃
無様に蹴られた
不意打ち

ミッチェル+分
先に攻撃を中てた
能力を中てる

ミッチェル-分
激高
先に解放した


ちなみに、
冗談です。


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戦えよ強欲

残念ながら、エロる触手はございません。


 帰刃の副産物である煙が晴れると、ミッチェルはアーロニーロを睨みつけて立っていた。

 帰刃したミッチェルの姿は殆ど変わりが無かった。しかし、印象はかなり変わった。

 短いながらクルクルと渦を巻いていたくせ毛が真っ直ぐと伸び、右耳を覆っていた仮面の名残りはウサギの耳を連想させる形に変化していた。

 その二つよりも目を引く変化は足にあった。帰刃する前にはない物が装着されているのだ。鎧の一部に見える防具が、膝下からつま先までガッチリと覆っている。

 

「弾けなさい!」

 

 まだアーロニーロと距離があるのに蹴りが出される。一見意味の無い行動だが、アーロニーロは蹴りの直線上から飛び退く。

 アーロニーロが飛び退いたそこを、見えない何かが炸裂する。

 

「不可視の攻撃か!」

 

 これは厄介だと、アーロニーロは嗤う。

 不可視には二タイプある。元々不可視の物を使うのと、能力によって隠す二つだ。

 アーロニーロは、ミッチェルの攻撃を前者だと直ぐに判断する。帰刃は千差万別で、名前から能力を判断するのは難しい。しかし、その姿から物理型か能力型かは大体判る。

 経験則であるが、見た目からして攻撃的であれば物理型で、姿から何をしてくるか判らないと能力型の割合が高かった。

 

 足の鎧など蹴りをしますと言わんばかりに主張しており、事実として蹴りをしてきた。ただ、意外と数が少ない純粋な物理型ではなく能力持ちで何かを炸裂させてきたのだが。

 

 炸裂した何かを具体的に考えれば、真っ先に思い付くのは霊圧だ。自身の霊圧を他の物に変換するのは珍しい能力ではない。アーロニーロが喰らって手に入れた、爆発性の粘液を出す『爆液(プロピオ)』もまたその類の能力になる。

 

「だから、遅いって言ってるでしょ!!」

 

 再び、ミッチェルは響転によって自分の間合いにアーロニーロを収める。最初の焼き直しのような光景であった。ミッチェルが蹴り、アーロニーロが受けるというのが。

 しかし、先程と違ってミッチェルが何もない空中に立っており、狙っているのは頭部であった。

 いくら超速再生があろうとも、明確な弱点が頭部だというのは虚だろうとも破面だろうとも変わりは無い。その誰にでも弱点である場所を、ミッチェルは蹴り砕こうとした。

 

 仮面ごとアーロニーロの頭部を蹴り砕こうとしたその瞬間、アーロニーロの仮面の穴から剣が生えた。

 

「ッ!」

 

 慌てて蹴りを逸らして剣を避け、ミッチェルは安全圏である空中高くに逃げる。

 

「!」

 

 虚圏で空中に立った。その行動に今度はアーロニーロは息を呑んだ。

 空中に立つのは特別珍しい事ではない。空気中に漂う霊子を固める事によって足場とする能力は、死神の基本能力の一つであり、破面も有している能力でもある。得手不得手こそあるが、死神か破面であれば誰でもできることである。

 ただし、現世ではとの制約が付けばの話だ。

 

 理由は定かではないが、現世と勝手が違って尸魂界と虚圏では霊子を足場にする事が出来ない。だから、ミッチェルが空中に立ったのを見てアーロニーロは息を呑んだのだ。

 

「遅インジャナカッタノ?」

 

 その動揺を隠しながら、挑発をした。空中に行かれれば手出しが難しく、近付いて貰わねば都合が悪いからだ。

 嘲笑う声音は、ミッチェルの神経を逆撫でするのに十分であった。

 

「遅いから、アンタの攻撃は失敗したんでしょ!」

 

 物理的にも心情的にも見下しながらミッチェルは続ける。

 

「考えが見え透いてんのよ。カウンターのつもりだったんでしょうけど、ご生憎様。そんな速さじゃ絶対に当たらない」

 

 自分は速い。その事実をアーロニーロと自分自身に突き付けて、負けは無いと言い聞かせる。

 

(あの剣は厄介だけど、あたしの優位は揺るがない)

 

 自然と、ミッチェルは『剣装霊圧』を警戒していた。ミッチェルの鋼皮の硬度は低い。それは防御力が低いということで、その代わりに“刃”最速という速さがあるのだ。

 帰刃した事で全体的に能力は上昇したが、帰刃前に易々と鋼皮を貫いた『剣装霊圧』を完全に防ぐことまでは出来そうにも無い。

 故に腰が引けてしまう。足はミッチェルにとって生命線。移動と攻撃の両方に必要不可欠な為に、動けなくなる事は攻撃できなくなる事と同義になる。

 足を守る方法が無い訳ではないが、それでも一撃で決めなければならないアーロニーロは警戒しなければならなかった。

 

(さて、どうしたものか…)

 

 相手が帰刃したのだから、自分もという訳にはアーロニーロはいかなかった。

 アーロニーロの帰刃の『喰虚』は限りなく虚の姿に戻る。触手を束ねたようなタコのようなあの姿だ。

 的がデカくなるという欠点こそ存在するが、帰刃すれば能力の同時使用可能個数―――現在は二つ―――の制限が取り払われて全ての能力を同時に使用できるようになる。これによってアーロニーロは、帰刃によって数倍に跳ね上がるという戦闘能力は数倍では済まない。下手をすれば帰刃前の数十倍にまで跳ね上がる。

 ただし、日光が当たっていると能力は使えずにそこまでの効果は見込めない。

 

 そして今戦っている場所は虚夜宮の天蓋の下。帰刃したら能力が全て使えなくなってしまうのだ。

 帰刃するなら、ミッチェルを叩き潰せる状況でなければ逆に自分の首を絞める結果になってしまう。

 

「仕方が無い。大剣(ボウルディグラン)

 

「なァ…!」

 

 それは灰色の巨大な剣であった。さっきまで精々刃渡り30cmくらいであったのに、一瞬で巨大化したのだ。『剣装霊圧』は自身の霊圧を剣状に集束させる能力。だから剣はアーロニーロの霊圧色である灰色になり、その大きさと形状は使用者たるアーロニーロの思うがまま。

 空中に逃げられるのなら、そこに届く得物があれば良い。それがアーロニーロの答えであった。

 

 自身に届きうる牙、それを見てミッチェルは笑った。

 

これは(・・・)脆いわね!」

 

 アーロニーロの『大剣』をミッチェルが轟音を立てながら蹴り付ける。アーロニーロが避けた謎の炸裂が今度は『大剣』を炸裂させる。アーロニーロが振動を手元に感じた時には、『大剣』は半ばから折れていた。

 

「チェ…ヤッパリカ」

 

 つまらなそうにアーロニーロは折れた『大剣』の先を見る。『剣装霊圧』の硬度と切れ味は霊圧に依存するのだが、集束の度合でも変化する。形状が大きければ大きいほど霊圧の集束が緩く、小さければ逆に固くなるといった具合だ。

 奇しくも、これは死神の斬魄刀と同様の性質でもある。もしかすれば、『剣装霊圧』自体が破面もどきにとっての斬魄刀だったのかもしれない。

 アーロニーロの『大剣』はその名の通りに大きかった。その集束の度合は緩く、結果としてウドの大木を振り回したにすぎない。

 

 アーロニーロが出来損ない同然の『大剣』を無防備に見つめていたその隙を逃すまいと、ミッチェルは響転をする。縦に一回転して更に勢いをつけて威力を上げ、アーロニーロに避けられない速さへも押し上げられる。

 

「貰ったァ!!」

 

 頭蓋を蹴り砕かんとする。しかし、今度は交差したアーロニーロの腕が蹴りを受ける。

 

「ぐゥゥ…」

 

 右腕の腕の骨が折れ、アーロニーロの体を通った衝撃が僅かに足を沈めて砂を打ち上げる。

 

「もう忘れた? 二段攻撃よ!」

 

 拳を握った状態で親指を下に向ける。意味は地獄に堕ちろ。死んだら本当に地獄に堕ちるのが半分以上確定しているアーロニーロにとっては、冗談にならないサインである。

 

 ソレはともかく、今度は零距離での炸裂。避けられる筈の無いその攻撃を、アーロニーロはそのまま受けるしかない。

 

「流石に、今のだけじゃ死なないようね」

 

 ミッチェルの視線の先、炸裂によって巻き上げられた砂が完全に落ちたそこにアーロニーロは満身創痍で膝を突いていた。

 

「あんた…ナニよその腕……」

 

 炸裂をモロに受けた右腕は吹き飛んで、肘より先は酷い状態であった。しかし、ミッチェルの言ったのはそちらではない。炸裂に耐え切れなかった袖と手袋が引き千切れた事によって、その姿を現した左腕だ。

 前腕の途中までは人間と同じモノ。その先から触手となっており、『口』が付いていた。

 

 その『口』を持つアーロニーロや食事に使うのを見ているハリベル達からすれば今更だが、他の破面達からすれば異様であった。破面の成体になり損ねて、虚と人間の中間のような異形な者達は数多くいるが、左手の代わりに『口』と触手は殊更異彩を放っていた。なまじ、目に見える部分が人間と同様であるのが更に際立たせていた。

 

「僕等ハ、“刃”ノ中デ一番虚二近イ」

 

「この腕は斬魄刀でもあってな」

 

「ダイブ判リ易イダロウ?」

 

 そう言って、アーロニーロは体の傷を気遣う素振りを一切見せずに左腕を突き出す。

 

「つまり、あんたは出来損ないってことじゃない」

 

 治らない傷を見て、ミッチェルは笑った。そして、気付いた。

 

(なんで、傷が治ってないの?)

 

 先程「再生能力なら、“刃”一」と自慢したのと裏腹に、アーロニーロの傷は一向に超速再生の兆しを見せないのに引っ掛かりを覚えた。

 

 露出を零にする事で、日の下でも能力をアーロニーロは使えるようにしていたのだが、袖と手袋が吹き飛んだことで露出してしまった。今のアーロニーロには、破面としての基礎能力と『認識同期』ぐらいしか使える能力が無い。

 

「なんにしても、あんたはもう終わりよ!」

 

 なぜ超速再生しないのかミッチェルは気になったが、自分に不利になる事ではないとして意識から外して自分から開けておいた距離を詰める。

 

「虚閃」

 

 『口』を下に向けて、アーロニーロは脆弱な虚閃を撃つ。威力など大してなかったが、砂を巻き上げるには十分であった。

 

「今更目暗まし? そんな小細工、効かないわよ!!」

 

 距離を詰め切る前に足を振り、先に炸裂を先行させて砂埃を払わせる。そこに、アーロニーロの姿は既になかった。

 

(何処に逃げた!? 隠れられる場所なんてどこにも無い筈…)

 

縛道の(バクドウノ)六十三(ロクジュウサン) 鎖条鎖縛(サジョウサバク)

 

 微かに聞こえた声に反応に反応してミッチェルは跳び上がったが、それは既に遅かった。二重螺旋を描くように、二本の光の鎖(・・・・・・)がミッチェルを拘束する。

 いきなりの拘束でミッチェルはふらつき、砂の地面へと落ちる。

 

 そんなミッチェルを待ち構えた手と触手が砂の中から出たかと思えば、足を掴んで砂の中に引き摺り込む。

 入れ替わるように、傷が完治したアーロニーロが砂の中より飛び出して、『口』を先程ミッチェルを引き摺り込んだ場所に向ける。

 

「虚閃」

 

 放たれた虚閃は着弾し、派手に爆発する。だが、その爆発はこれまで出されたどの虚閃よりも派手であった。

 その理由は、アーロニーロが砂にある仕掛けを施しておいたからだ。

 

 虚閃による目暗ましは、虚時代に培った能力というより特技である『砂潜り』―――砂中から奇襲する為に身に付けた特技―――によって隠れる為の時間稼ぎ。

 砂に潜った後は、超速再生で傷を治してから使用能力を超速再生から『爆液』に切り替えて爆発性の粘液を出来るだけ生成した。

 そして、二つある頭でそれぞれ「縛道の六十三 鎖条鎖縛」を詠唱破棄で発動し、『爆液』を生成した場所に引き摺り込んで虚閃を放ったのだ。

 

 その結果、見事に砂の地面にクレーターを作る爆発が起きたのだ。

 

(やはり、威力は低いな…)

 

 クレーターの中心にはしっかりと原型を残したミッチェルが仰向けで倒れており、急いで生成した為に量が少なかったとはいえ『爆液』の威力の低さを物語っていた。

 

(尤も、すぐには動けない威力ではあったようだがな)

 

 嗤うと、アーロニーロは最後の札を切った。

 

「喰い尽くせ、『喰虚(グロトネリア)』」

 

 アーロニーロから噴出する霊圧がアーロニーロを隠し、その変貌の様子を誰の目にも触れさせなくする。

 霊圧の噴出が終わり、その中から現した姿は醜悪の一言に尽きるモノであった。

 

 骨を持たないタコのような触手。

 触手の間にある人なら一飲みできる臼歯の並んだ口。

 口の上にある目にも見える謎の穴。

 小山のような巨体から、不自然に生えるアーロニーロの帰刃前となんら変わらない上半身。

 その下には、これまでアーロニーロの餌食となった者達の苦しみに満ちた顔が現れては、儚い泡のように弾けて消えていく。

 

 その醜悪な巨体は、空中で解放したので落下する。その先は、ミッチェルが倒れているクレーターの中心だ。

 

「はははははははは!!!」

 

 高笑いをしながら、アーロニーロは落下に合わせて二本の触手を振り下ろす。その先端はミッチェルの足を的確に捉えている。そうなれば、起きる必然は……

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」

 

 砂と触手に挟まれて、ミッチェルの脚は中身を均一に広げて表面積を増大させる。一度に両足をすり潰されたその痛みは、切り傷の何十倍もの痛みをミッチェルに与える。それだけで、ミッチェルは気絶してしまいそうであったが、なんとか意識は繋ぎ止められた。

 どの道外されるとはいえ、元第3刃。それで意識を断絶させられる実力ではない。

 

 そうであっても、最早ミッチェルにできる事など一つも残されていない。

 

「モウ少シ、抵抗シテモイインダヨ?」

 

 嗤う、アーロニーロは嗤う。触手の一つで動けないミッチェルに巻き付けるように持ち上げる。

 

「レディの…扱い…な…てないのよ…このタコ」

 

 これが最後だと、ミッチェルは悪態をついた。

 

(火事場の馬鹿力を期待していたんだがな)

 

 命の危機に瀕した時、火事場の馬鹿力として霊圧が跳ね上がる場合があるのでアーロニーロには最後に挑発したのだ。

 

「さあ、俺達の糧になってもらうぞ」

 

「ミッチェル・ミラルール」

 

 触手がミッチェルを締め上げ、暴れるのを抑え込んであっさりと命を摘み取った。そのまま、左手の『口』で死んだミッチェルを飲み込んだ。

 その光景を見て、大半の破面は唖然とした。同族喰いは虚の頃ならよくやった事であるが、破面化してからはやった者はほとんどいない。死神の要素を組み込んだことで、忌避感を持ったのがほとんどだ。

 

 今日というこの日、破面達は思い出した。虚の頃に抱いていた恐怖を、喰われるという恐怖を……

 恐怖を感じなかった者や霊圧知覚に秀でたものは、アーロニーロの変化に気付き、その能力に当たりを付けるのに十分であった。

 

「さて、決着はついた」

 

 静かに、恐怖の次に染み渡らせるように藍染が口を開く。

 

「それでは、新たな第3刃を紹介しよう」

 

 藍染の言葉に合わせて進み出たのは、またしても女破面であった。

 

「リネ・ホーネンス 司る死は、魅惑」

 

 足元近くまで伸ばされた三つ編みにされた深緑の髪。

 男を魅惑するプックリと膨れた唇に、右目に掛けられたモノクルに酷似した形状の仮面の名残りが目を引く女性的な顔。

 アオザイ―――チャイナドレスにズボンを履いたような服―――が強調するボディラインはボンッ、キュッ、ボンという男の欲望を体現したかのようなわがままボディ。

 腰には、鍔が絡み合う蔦を模したレイピアが斬魄刀として下げられていた。

 

 そんな彼女が、新たな第3刃であった。




ミッチェル・ミラルール
第一期刃の第3刃。霊子を足付近限定で圧縮させる能力を持っており、普段はそれを爆弾代わりにした炸裂する蹴りを主体とした戦闘を行う。
圧縮した霊子は虚圏や尸魂界でも足場にでき、相手が飛べなければ一方的な戦闘が可能。ただし、ミッチェルの射撃は虚閃か虚弾しかないので、それで倒せる相手は普通に戦っても殺戮可能という爆弾代わり以外では微妙だったりする。

『喰虚』のルール
喰虚は日の光が当たっていると使えない。
なんでもいいので、日光さえ遮れればどこでも使える。
何かを生み出す能力を使っても、霊的もしくは物理的に繋がっていなければ日光に当たっても消滅はしない

同時詠唱
一度に二つ以上の鬼道を使うアーロニーロ専用技
二つある頭でそれぞれ鬼道を発動させるので、アーロニーロ以外には不可能


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波立ちて

 第9刃によって元第3刃が破られたのは、どの破面にも少なからず衝撃を与えた。

 数字が近ければそういう事もあると片付けられたが、最弱ではないかと疑われていたアーロニーロでは大金星である。

 その波を、藍染は事細かに観察していた。

 

「いや〜大どんでん返しやったですね。ボクてっきり、あのまま第9刃が変わるかと思うてはりましたのに」

 

 飄々と笑っているのに、それが上っ面だけと感じ取れてしまう市丸ギンは気さくに先程の戦いの感想を自分の隊長に話す。

 

「そうでもないよ、ギン。速さだけが取り柄の下級(ギリアン)が、中級(アジューカス)相手に奮戦した方だよ」

 

 ギリアンにアジューカスは大虚を区別する為の物であるが、藍染達は破面の実力分けにも同様に使用していた。

 ミッチェルの事をギリアンと言い、アーロニーロをアジューカスと言ったということは、少なくとも藍染にとってはこの度の勝敗は順当であったという事だ。

 

 

「あの子やっぱしギリアンでした?霊圧低い低いと感じてましたけど、ボクてっきり抑えてるだけかと思うてました」

 

 ギンは、第3刃に選ばれているのだから、それくらいやっていても不思議ではないと思っていた。だが、実際にはそんな事もなく、ミッチェルの霊圧は終始隊長格に届かない程度であった。

 更に、霊圧を消すという死神なら鬼道か特殊な道具を使用しなければならない事をアーロニーロの方がやったのだ。純粋な身体能力にしろ技術力にしろアーロニーロが格上と判断するのには十分すぎた。

 

「彼女の能力の希少性と汎用性は、あの座(トレス・エスパーダ)が相応しいと判断したまでだよ」

 

 能力だけは褒めた藍染の言葉に、ギンは笑みを深くする。

 

「藍染隊長、その言い方やと能力だけ(・・・・)が相応しかったみたいに聞こえますよ」

 

「ここまで直接言わなければ伝わらないかい? 彼女には言った筈だ『これからは、君では力不足』だと」

 

 藍染の言った「これからは、君では力不足」の意味は、第3刃としてではなく“刃”として力不足と意味であったのだ。

 しかし、その意味を正確に捉えた者はどうやら少なかったようだと藍染は笑う。

 

「しかし、彼女は役目を全うした。緩んでいた虚夜宮の空気を引き締める、その役割を」

 

 組織は腐敗するもの。その例に何が適しているかと藍染が問われれば、尸魂界の中央四十六室と答えたであろう。

 中央四十六室は、尸魂界全土から集められた四十人の賢人と六人の裁判官によって構成される尸魂界における最高司法機関だ。

 されども、藍染は本当にそうなのかという疑問しか湧かない。まず、尸魂界全土から集められたというのが疑わしい。中央四十六室の選別は秘密裏に行われるのは、誰であろうとも現行の中央四六室との対面が板を挟んでのモノから想像は難しくない。

 しかし、声だけ確認した限り四十六室の面々は老成している。賢人と言うのだから別に不自然ではないが、時として天才というのは生まれる。そういった者がこれまでいなかったのを罪人から話を聞いたことがあるが、誰一人もそれらしき声を聞いた者がいなかった。

 

 そこから、「中央四十六室は尸魂界の貴族だけで構成されているのではなのか?」と疑うのは当然であった。

 そもそも、賢人という判断基準などどう測るというのか。何かしら基準があるにしても、その調査は隠密機動・鬼道衆・護挺十三隊の実行部隊を総動員でもすれば不可能ではないだろうが、どれか一つにしてもそんな大勢を動員すれば何かしら痕跡はあってしかるべきだ。

 

 だというのにそういった物は一切無い。それに、決めるのは交代する者以外の中央四十六室であろう。

 

 昔は知らないが、少なくとも今は貴族の慣れ合いと化しているのであろう。傲慢で、そのくせ権力しかないからそれに縋り付く老骨ども。そう表現すれば、一番亡者に相応しい集団であろう。

 だいたい、実行部隊の力が上がり過ぎないように細心の注意を払ったり、個人が多大の戦力を得られそうになったら投獄が当然といった具合で、力を恐れるのだから賢人が聞いて呆れる。

 腐敗しても、護挺十三隊にでも反逆されれば容易く蹂躙されるのを解っているのだから、賢しいと言えば賢しいのだが……

 

 無能ではないのであろうが、自分が率いる破面がそうなるのは避けるべきである。安定しているが故に、中央四十六室とまた違った腐り方を、本来の役目を忘れそうなどこか弛緩した空気が虚夜宮内には漂っていた。

 そろそろ起爆剤が必要だろうとして、ミッチェルを第3刃から外したのだ。そして、その結果は予想通りとなった。

 第9刃(アーロニーロ)元第3刃(ミッチェル)を破るという結果に。

 

 これによって破面達に広がった波は二つ。喰われるという虚なら持ち得ていた根源的な恐怖を呼び覚ます。もう一つは、下剋上という気風。

 数字と戦闘能力がだいたい合っている“刃”において、1の違いでも壁があると感じている破面は多い。だというのに、アーロニーロその壁を同時に何枚もぶち抜いたのだ。

 

 “刃”で最も虚に近いと公言したアーロニーロがだ。

 

 自分でも、“刃”に成れるのではないのだろうか?その考えを諦めていた者達には、アーロニーロの下剋上は心を揺さぶられる物であった。

 消えかけていた闘争心を再び燃え上がらせるには、十分な起爆剤であったのだ。

 

 弛緩していた空気は嘘のように張り詰められ、それぞれが殺気立っているのが肌で感じる霊圧だけでもよく解る。

 戦闘における駒でしかない破面が、護挺十三隊の1つ―――戦闘専門部隊の異名を持つ―――十一番隊よりも殺気立つのは藍染にとって喜ばしい事であった。

 笑みを深くし、藍染は自分が意図的に作った流れを観察するのであった。

 

――――――

 

 アーロニーロ宮にて、アーロニーロは名目上だけの従属官に距離を置かれていた。

 理由は言わずもがな。アーロニーロが自分達、引いては敬愛する主たるハリベルを喰らおうとするのではないかという疑念からだ。

 

 されども、ハリベルはアーロニーロをまったく警戒せずにこれまで通りであった。

 ハリベルはよくアーロニーロの外出に付き合っていた関係上、アーロニーロの能力がどのようなものかは察していた。それでも、始めて会った時のような餓えた獣そのものになる事はあれ以来一度も無かった。

 だから、特には喰われるとの疑念は微塵も持ち合わせず、藍染から護衛を任されているのもあってアーロニーロを信頼しきっていた。

 その信頼は、ミッチェルを喰らった事に小言を漏らしても揺らぐまではいかない強固なものである。

 

 だが、アパッチ達はそうもいかなかった。割と軽く見ていたアーロニーロの実力がミッチェルを倒せるものの上に、名目上だけだろうとも仲間だろうが平気で喰らう奴だったのだ。

 何度か会えないようにとやったが、流石に無理と判るとハリベルを一人にしないようにするようにした。

 

「…済まないな、アーロニーロ」

 

 小さ目のテーブルを挟んで椅子に腰かけたハリベルは、まず三人の事を詫びた。この部屋に来るまでに、三人をなんとか押し切っての行動だ。その表情は多少影が差している。

 

「気にするな、気持ちは判る」

 

 下手に機嫌を損なえば、それが死に直結する問題ならアーロニーロも解らなくもない。自分に置き換えるなら、藍染の世話係にでもなったものだろうと想像し、背筋が凍る。

 

(確実に寿命が縮むな…)

 

 藍染は出した命令さえやれば特に問題なさそうであるが、東仙は嫁をいびる姑の如く口うるさそうである。藍染と正義を盲信するあの盲目が、アーロニーロはどうにも苦手であった。

 

「そう言ってくれると助かる」

 

 そう言いながら、チラリと扉を見てみると、しっかりと閉めた筈なのに僅かに隙間が開いている。三人が覗いているのが丸判りである。

 

「ハァ……」

 

 アーロニーロへの最初の印象が悪いのは判る。用事などないからか、まるで空気のような扱いでもあるようなきらいもある。一つ屋根の下にいるのに、まったくもって会話をしないのは不自然にすら感じるが、人の領域に自分からは入らないのが―――興味が無いとも考えられるが―――アーロニーロの姿勢なのだろう。

 それでも、自分を嫌っているのを一切隠さない三人にアーロニーロは良くしている方だ。それが当然だとしても、本当に空気として扱わないのだからマシなのだろう。少なくとも、受け答えをしているのは何度か見た。

 

「仲良く、するつもりはないのか?」

 

 歩み寄る気の無いアーロニーロに、警戒心バリバリの三人。その両方に思わずハリベルは零した。

 

「仲良ク? アレジャア無理デショ」

 

「そーゆーとこだけは気が合うじゃねぇかアーロニーロ! 今すぐハリベル様から離れやがれ!!」

 

 覗いていたのを隠す気がないのか、アパッチが勢いよく扉を開けて部屋に乗り込む。それに続いて、ミラ・ローズにスンスンも部屋に入ってくる。三対の目は、警戒心を隠す事無くアーロニーロを見ている。

 

「お前達、いいかげ…」

 

「いい加減にしろ!」 そう怒鳴りきる前に、アーロニーロがハリベルを手で制してやめさせる。

 

「お前等の言いたい事は判る。大方、ハリベルが心配なんだろ」

 

 ゆっくりと立ち上がると、アーロニーロは手袋を外す。

 

「ダケド、勘違イシテイナイカイ? 三人デ掛カレバ、時間稼ギクライナラ出来ルトカ」

 

 瞬間、アーロニーロの霊圧と姿が消えた。

 

「ッ! どこ行きやがった!」

 

 例え響転で高速移動しようとも捉えるようにと、三人の誰も瞬きなどしていない。だがしかし、アーロニーロはソレをあざ笑うかのように消えたのだ。

 

「ほぉら、首を刎ねられて今死んだ」

 

 後ろから聞こえた声に三人は思わず振り返る。同時に、皮を引っ張られて僅かであるが鋭い痛みが首から発せられるのを知覚した。

 触ってみれば、傷こそ浅いが五本の線になるように切られており、手で撫でるようにして切られたのが判った。

 

「ってめぇ…!」

 

 アーロニーロの指を見れば、見えにくいが指の腹の部分に『剣装霊圧』が棘の形で展開されており、それで切られたのが判る。

 

「コレガ実力ノ差ダヨ。何モサセズニ殺セル、ネ」

 

 勝負すらならない。それがアーロニーロと三人の実力差だと結果が物語る。

 その『結果』に、三人とも顔を歪める。一度はアーロニーロに完敗こそしたが、それは中級大虚と破面との差だと考えていた。ソレは、自らが破面化した事で、生まれ変わったと言っても過言でない力の上昇でより確かなモノとなっていた。

 

 だというのに、この体たらく。まるで変わっていないのではないか。

 

 完敗した時の事を思い出させる『結果』が、ソレを生み出した自身に胸からは怒りしか湧かない。

 

「クソッ…!」

 

 そのままアーロニーロに悪態なり罵倒でも浴びせ掛ければ、多少はその胸の内のうねりも静まったであろう。

 しかし、それは『負け犬の遠吠え』だ。負けたのに吠えるしかない憐れな犬に成り下がるつもりは三人には無い。そんな事よりも優先すべき事があるからだ。

 それでもアーロニーロを睨みつけ、その脇を通り抜けて3人は足早にアーロニーロ宮から出て行った。2度と、惨めな結果を出さなくて済むようになるべく。

 

「……」

 

「どういうつもりだ」という意味を込めて、ハリベルはアーロニーロを睨みつけた。

 

「名目上だけだろうと、あいつ等は俺の従属官だ。そこいらの破面と同じなのは許さん」

 

「だから発破を掛けたのか?」

 

「ソウダヨ」

 

 強くなるように促しているのはハリベルにも判った。三人とも自分の為に強くなろうともしているのも知っているのと、それが三人の自らの意志だから特に何かを言うつもりは無い。それを更に加速させるのに、アーロニーロが憎まれ役をやっているのも口出しすべきではないのだろう。

 しかし、それは形こそ違えどアーロニーロが犠牲になっているのではとハリベルは考えてしまう。

 

 別段アーロニーロは―――虚にしてはなどの前提が幾つか必要になるが―――悪人などではない。和気藹々としたのは想像が―――とてもではないが―――できないが、軽口を叩ける友人くらいにはなれてもおかしくは無い。

 だが、アーロニーロはそうなる可能性を捨てている。食事に修行と一人でできる事を一人でし、一応は従属官である三人の憎まれ役をやっている。

 

(寂しくは、ないのだろうか…)

 

 ふと、なんでも独りでこなしている姿にかつての自分が重なった。あの頃の自分のような虚しさは懐いてないだろうが、どうしようもなくアーロニーロは独りに見えた。

 

「そういえば、何か用事があったんじゃないのか?」

 

 ようやく席に着いたアーロニーロの言葉に、見えないであろうがハリベルは微笑んだ。

 

「ああ、次はいつ外に出るかを聞きたい」

 

「ソレナラ…」

 

(私が、近くに居てやれば良いだけだ)

 

 アーロニーロの話を聞きながら、ハリベルは一人で固く誓った。孤独を癒せるのは他人だけなのだから……



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泡たちて

 『数字持ち(ヌメロス)宮』。その名が示す通りに、『数字持ち』達が寝食をする宮である。狭いながらも個室が用意されているそこは、まるっきりアパートであった。

 アーロニーロ宮を飛び出した3人は、そこに足を運んでいた。わざわざそんな場所にまで足を運んだのは、修行の為だ。

 その修行は実戦あるのみで、適当な数字持ちを選んで喧嘩をふっかけるという傍迷惑なものである。しかし、それで大概の奴は食い付くのだから、全体的に破面が喧嘩っ早いのがよく判る。

 

「何か、何時もよりもピリピリしてないかい?」

 

「そうですわね。まるで…」

 

 ケダモノが殺し合っているみたいに。スンスンがそう言い切る前に、アパッチが警戒している2人の態度を笑い飛ばす。

 

「ハッ、何だよビビッてのんか!?ミラ・ローズにスンスン!!」

 

 2人の警戒を怯えと一笑し、睨みつける。

 

「それであたしらがやる事の何が変わるんだよ!!

 適当な奴を見つけて、叩き潰す!それだけだろうが!」

 

 殺気立ってるだけで、スゴスゴとアーロニーロ宮に戻るなどする気は無い。環境が多少違うだけで止めるつもりは無いだろうと、確認と叱咤でアパッチは振り返りながら怒鳴る。

 

「まるで、私達がサンドバックの様な物言いだな。アーロニーロ様の従属官」

 

「あぁ?」

 

 アパッチが前に向き直れば、1人の破面が立っていた。

 鳥の嘴を彷彿とさせる仮面。左目元におそらくは仮面の名残りである棘が生えている。仮面が剥がれているのはそこから上だけで、他は背中にまで伸びている。そちらはステゴサウルスのように板状の突起まである。

 足の方は標準仕様の袴でどうやら人型だが、腕の方はそうではないらしく腰辺りまでマント状の上着を羽織っている。腕を組んでなければ、腕が短くても手首あたりくらいは見えそうである。

 しかし、それらしい膨らみも見えないのところを見ると、腕自体が無いか人間とは違った形なのは間違いない。

 

「NO.17、アイスリンガー・ウェルナール。相手を探しているなら、我々が相手をしてやろう」

 

 人を小馬鹿にしているのが声音で判った為に、3人は目元を吊り上げる。

 

「17って事は、最初期組じゃねーか。相手にならねぇだろ」

 

 最初期組。まだ藍染が破面の斬魄刀を確立してない状態で破面化を行われた者達を指す言葉だ。

 最初期組の多くは、虚の姿を色濃く残しているのと、斬魄刀を持っていないのが特徴で、その実力は軒並み低くなっている。

 その常識を知っているアパッチは、ッシッシと野良犬でも追い払うように手を振る。

 

「貴様等、我々最初期組を嘗めているな…」

 

 その態度がいたく気に入らなかったようで、アイスリンガーは露出しているコメカミに青筋を浮きだたせて痙攣させている。

 

「貴様の主たるアーロニーロ様も最初期組だろう」

 

 最初期組でありながら“刃”に上り詰めたアーロニーロは出世株。その従属官の3人なら、殊更よく解っているだろうと引き合いに出す。

 

「で?」

 

「…は?」

 

 それがどうしたと言わんばかりの態度に、思わずアイスリンガーは呆けた声で聞き返した。

 

「アーロニーロの奴が強いの知ってる。それが、オマエと何が関係あんだよ」

 

 アーロニーロが最初期組であるのは3人とも重々承知している。だが、目の前のアイスリンガーの共通点などそれだけである。偶々1つだけの共通点を言っただけで、どこか偉そうなのは滑稽ですらあった。

 

「ついでに言っておくと、アーロニーロの所は私等にとって仮宿にすぎないよ」

 

「虚に近いと知能が低いと聞きますけど、どうやら事実のようですわね」

 

 ミラ・ローズは主を主と思わない従属官としては失格な補足をし、スンスンはアイスリンガーに毒を吐きかける。

 

「ッき、貴様等ぁ…!!」

 

 事実を突きつけられ、ついでと言わんばかり毒を吐きかけられたアイスリンガーの震えは青筋だけでなくなり、今度は肩まで震えて怒り心頭であった。

 

「アーロニーロ様に温情を向けられておきながら、その物言い!やはり貴様等は、アーロニーロ様の従属官は相応しくない!」

 

「だったら掛かって来るか!?だったら丁度良い!! さっきから何度も何度もムカつく奴の事を様付けで呼びやがって、ボコボコにしないと気が収まらないからなァ!!」

 

 中指を立てて挑発するアパッチに、とうとうアイスリンガーはマントに隠されていた手を日の下に晒す。

 現れたのは2つの腕にコウモリの羽の骨に見える2つの腕っぽいモノ。どれも痩せこけたように細く、簡単に折れてしまいそうに感じる頼りない腕。だが、その腕に付いている手は普通ではなかった。どちらの腕も指に当たる部分が異常に長く、腕と同じかそれ以上の長さがあった。

 

「さあ、躱し切れるか!? この『翼状爪弾(ウニャ・ティロテアル)』を!!」

 

 異様な指先から放たれたのは虚閃でも虚弾でもない、アイスリンガーの霊圧より生成された弾丸。

 前腕の指の数、左右合わせて10本。後腕の指の数、左右合わせて20本。計30の発射口による一斉射撃。怒涛の勢いで撃たれるソレは、反撃させる暇さえ与えずに殺す本気が見て取れた。

 

「連射段数108発の『翼状爪弾』を避ける事さえできないか!ならば、そのまま『爪弾(ティロテアル)』に食い破られて息絶えるがいい!!」

 

 避ける事すらできないアパッチに気を良くして、アイスリンガーは途端に饒舌になる。

 

「最初期組とみて侮ったな!だが、我々はこの『数字持ち』宮で下剋上に成功し、実質ここの支配者にまで上り詰めた!

 それがどういう事か判るか?貴様等がサンドバックにしていた連中よりも、強いという事だ!!」

 

 自らの攻撃が砂埃を巻き上げて視界を悪くしようとも、高笑いしだしそうなくらいに気分が高揚しているアイスリンガーは気にも留めない。

 そんなアイスリンガーを、ミラ・ローズとスンスンは冷ややかな目で見ていた。

 

「大体、雌が従属官などやっているのがおかしいのだ!弱い雌など、慰み者にでもなっていればいい!我々のような者こそ、アーロニーロ様の従属官に相応しいのだ!」

 

 言いたい事を言い終えたのと、流石に連射し過ぎたアイスリンガーはようやく爪弾を撃つのをやめた。

 

「さて、ミンチにでもなったか?」

 

 自身が撃ち出した爪弾の数を考えればそうなっていてもおかしくないだろうと、徐々に晴れていく視界に期待を胸に抱いて見つめ…

 

「なん……だと……?」

 

 言葉を失った。

 

「ギャーギャーウルせぇ上に、嫉妬にまみれてるてっか?

 何驚いてんだよ。最初に言っただろ、『相手にならねぇ』ってな」

 

 無傷のアパッチが、撃たれる前とまったく同じ姿勢のままで立っていたからだ。

 ソレを見て、漸くアイスリンガーは理解した。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かったのだと。そして、防御姿勢を取るまでもない、簡単にやり過ごせる程度であったことも……

 

(気に入らねえけど、やっぱり霊圧の鎧は便利だな)

 

 無傷で『翼状爪弾』をやり過ごしたアパッチであったが、何もしないでやり過ごした訳ではなかった。アイスリンガーが放つ『爪弾』よりも高い霊圧でもって、その全てを弾いて弾丸の暴風を凌いだのだった。

 響転で避ける事もできたが、敢えてその手段を取った理由は、圧倒的な強さを見せつける為だ。下剋上がどうとか知らないが、そんな事に度々巻き込まれたら堪ったものではない。だから、自分ではどうやっても勝てないと本能に刻み込む為に敢えての手段を選んだのだ。

 ただ、この防御方法を自分に教えたのがアーロニーロという一点だけは、どうにも気に入らないのだが。

 

(このまま戦っても得るモンは無さそうだし、とっととケリつけるか)

 

「っや、止めろ…こっちに来るな……」

 

 一歩。たった一歩の距離を詰めただけで、先程までの威勢が無くなったアイスリンガーの怯えようは笑えるくらいであったが、そんな事はお構いなしにアパッチは距離を詰める。

 

「来るなぁ!来るなと言っている!!」

 

 後ろに下がりながら疎ら撃たれる『爪弾』は、アイスリンガーの心境を表していた。最早退くしかなく、どうしようもないと。

 

「聞こえないのかぁ!」

 

 ついにはアイスリンガーは『数字持ち宮』の壁にまで追い詰められ、尻餅をついて退くことすらできなくなった。

 

「ゴチャゴチャ、ウルせーんだよ!」

 

 腕を振りかぶり、鳥のような仮面を殴り砕こうとしたその瞬間、影が差した。

 虚夜宮の天蓋の下で急に影が差すことなどほとんどない。そして、急に影が差したほとんどの場合が、上から何かが降ってきた時だ(・・・・・・・・・・・・・)

 思わず、アパッチは空を見上げた。このタイミングで上から降ってくるなど、乱入者以外はまずありない。

 そして見つけた。隠れる場所など何処にも無い空中で、口元以外がカミキリムシに酷似した仮面を身に付け、左腕がチェーンソーとなっている破面を。

 

「掛かったな、アホが!!」

 

 見上げた事で丸見えとなった人体の弱点の1つである喉に、アイスリンガーの『翼状爪弾』が零距離一斉射撃がされる。霊圧の鎧を纏ってその攻撃を防いだアパッチであったが、その視線は尚も新手の破面から離されていない。

 アイスリンガーよりも、そちらの方が危険と感じたからだ。

 

「シャララララララ!バレちまったか、お嬢さん」

 

 笑ながら、新手の破面は左腕を振り下ろす。

 

「NO.19 シャークス・クルルス。すぐ死ぬだろうけど、よろしくぅ!」

 

 シャークスのチェーンソーがアパッチの腕とぶつかる。途端に、獰猛な唸り声を上げてその牙が回転を始める。回転を始めた牙は容赦なくアパッチの霊圧の鎧を削りに掛かり、すぐに突破してしまう。

 霊圧の鎧を突破すれば次は鋼皮。そして、その次でようやくお待ちかねの肉となる。

 

「このままぶった切ってやらぁ!!」

 

「させるか!」

 

 このままでは本当にぶった切られてしまうと焦り、咄嗟に虚閃を角の先端より放つ。それを避ける為に、シャークスは一旦離れるが、すぐに間合いを詰め直す。

 襲い掛かるチェーンソーを、アパッチは素手でいなす。本当なら、斬魄刀で応戦したいのだが、アパッチの斬魄刀は円の一部が欠けた形状のチャクラムで、普段はブレスレットのように両手首に着けているものだ。

 受けようと思えば受けられるが、武器としては非常に扱い辛いのだ。チマチマとした戦い方を好まないアパッチは、もっぱらこの斬魄刀を距離を詰め切る前の第一撃などにしか使っていない。

 

 敵が強力な剣を持っている場合に最も適しているのは、3人の中であったらミラ・ローズであった。自分が始めた戦いで、分が悪くなった途端に助けを求めるなどみっともないのでやらないが、アパッチは悪態をつきたくなった。

 

 尤も、アパッチが助けを求めても、ミラ・ローズとスンスンの2人は助けに入れる状況ではなかった。同じように、乱入者に襲われていたのだから。

 

――――――

 

「ぷーくるるぷ」

 

 気の抜けそうな声が、足元より聞こえてミラ・ローズは怪訝な表情でそれを見た。

 

「なんだい、こいつは…」

 

 そこには、破面が生えていた。仮面は首から上を完全に覆う球体で、首に当たる部分から胸を守るように2枚の板状となって伸びている。

 砂より頭を出しているとこを見ると、隠れていのだろう。

 

「ぎーこるるぽ?」

 

 不可思議な鳴き声をまた上げたそれに、更にミラ・ローズの顔は険しくなる。

 

「まぁ、正に虚その物みたいで…」

 

 知性をまったく感じさせず、更には破面かさえも疑わしいその姿に容赦無くスンスンは毒を吐く。

 それが聞こえてないのか、それとも理解するだけの知能が無いのか2人を気にせずにそいつの全身は砂の中から這い出す。

 

(小さい…)

 

(小さい、ですわねぇ…)

 

 砂から這い出したのは大体1メートルくらいの身長で、その身長にしても短すぎる足を持っていた。そして、身長と足の長さに反比例するように、腕は伸びまくっていた。

 

「ぎょらりりら?」

 

 またしても鳴き声。今度こそ、2人はこの破面に大した知能はないと確信した。次の行動までは…

 

「*;xjc=%t@b:お」qp2cp3!!!!!!!!!!」

 

 言い表せない狂音を、突如として発したのだ。いくら力の差があろうとも、五月蠅いモノは五月蠅い。それが耳を劈いたのだから、ミラ・ローズとスンスンは耳を塞ぐ。

 そして、砂中より現れた、人を握り潰せそうな手によって叩き挟まれた。

 

 狂音によって動きを止められ、そこに不意打ち。明らかな連携に、一撃受けてようやくミラ・ローズとスンスンは理解した。襲われているのはアパッチだけでなく、自分達全員であると……




数字持ち宮
独自です。描写こそされなかったけど、おそらくあるであろう宮。
でなければ従属官は虚夜宮内で野宿という変な待遇に……

最初期組
独自です。ぶっちゃけ破面もどきな連中。


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鬼来たりて

 砂中から奇襲には驚いたが、ミラ・ローズとスンスンは無事であった。

 2人を叩き挟んだ手はその大きさから力強く感じるが、霊圧までもそうではない。なので、一撃で戦闘不能にまでは追い詰められはしなかった。

 それでも、意表を突かれた事でダメージを与えられたのには変わりない。

 

「ダラァッ!!」

 

「まったく、服が汚れてしまいましたわ」

 

 いつまでも自分達を挟んでいた手から力尽くで脱出し、体制を整える。その間に手の主は砂から全身を出す。

 

「やはり、こちらも最初期組のようですわね」

 

 這い出した手の主は、地面に着きそうなくらいに長い腕に、巨体といういかにも虚っぽい外見であった。仮面は鼻の下から額まで隠す仮面らしい仮面で、どことなくピエロを彷彿とさせる形であった。

 その巨体に、足止めとして狂音を撒き散らした小さい破面が服のシワを掴んで登る。

 

「小さい方は任せたよ」

 

「では、ウドの大木は任せましたわよ」

 

 目の前の敵は2人、こちらも2人とあってそれぞれに相応しい相手を任せると、ミラ・ローズとスンスンは自身の斬魄刀を抜く。

 ミラ・ローズの斬魄刀は、斬魄『刀』というのが名ばかり―――と言っても、斬魄刀という名称自体が死神に合わせた結果である。破面としては普通―――の剣であった。何の変哲も無く、特殊な仕掛けもない普通の剣。逆に言えば、大体の場面である程度は使えるという普通の利点を持ったのがミラ・ローズの斬魄刀。

 スンスンの斬魄刀は、釵と呼ばれる武器と同じような形であった。形状的には十手と似ているが、少なくともスンスンの釵は突き殺す為の武器である。普段は袖の中に隠し持っているので、さながら暗器のように扱われている。

 相性があってないようなミラ・ローズと、鍔が前に伸びているせいで鍔で挟める大きさしか刺せないスンスン。どちらがどっちを相手にするかなど、話し合うまでもない。

 

 響転でもって一息で距離を詰める。斬魄刀を水平に構えていたミラ・ローズは脛に斬り付け、スンスンは小さい破面を追って斬魄刀の外側に向かって反って尖っている鍔をピッケル―――積雪期の登山に使うつるはしのような形の道具―――のように使って上る。

 どちらも響転でもって勢いをつけており、巨体の破面はどちらにも反応できていないようであった。

 

(浅い…)

 

 鋼皮を切り裂いたミラ・ローズの一撃であったが、その傷は浅かった。

 いくら見た目が鈍重そうに見えても、それはそう見えるだけ(・・・・・・・)だけなどよくある話であり、反撃を警戒して踏み込みが浅かったのだ。

 手に挟まれても大したダメージにはならなかったが、殴るよりも蹴る方が強いのが普通だ。いくら手での攻撃で大したダメージにならなかったと言えども、一説では腕の4~5倍の筋力はあるという脚による蹴りをくらえばただでは済まない。

 

(どうにもやり辛いねぇ…)

 

 あるラインを越えれば身体の大きさは的の大小程度になるが、ミラ・ローズはそこまで至っていない。直接は触れていないのに切り裂くといった巨体相手に五分で戦える要素がないだけに、一撃がどうしても小さい傷になってしまう。

 頭のような弱点ならその小さい傷で致命傷になるが、攻撃して下さいと言わんばかりに降ろすなど期待するだけ無駄であろう。

 

「ごんのやろう!!」

 

 脛を切ったミラ・ローズと、チクチクとダメージらしいダメージを与えないスンスンとでどちらを先に攻撃するか破面は迷う。

 一秒にも満たない硬直をしてから、野生的思考でもってミラ・ローズを危険として平手打ちを繰り出す。

 

「ッハ、当たんないよ!そんなノロい攻撃なんて…ッ!」

 

 繰り出された平手打ちは遅く、ミラ・ローズなら警戒していたこともあって避けるのにはなんら問題はなかった。しかし、平手打ちはなんら問題なくとも、ソレに付属している能力がミラ・ローズを襲った。

 掌に周囲の霊子を巻き込める。そんな能力を破面は持っていたのだ。

 平手打ちに巻き込まれた霊子は僅かばかりに圧縮される。その度合は掌の状態に左右され、掌の動きが止まった時、すなわち平手打ちが何かに中った際に圧縮された霊子が解放されて爆発が起きるのだ。

 

 中りさえしなければ特に気にするような能力ではない。威力が上乗せされ、打ち込まれる瞬間まで霊子によって掌が保護されるが、場所が掌と限定されているのだから気を付けるだけでいい。

 今の足場が、砂場でなかったのなら……

 

(クソッ、砂が…)

 

 僅かばかりの圧縮からの爆発でも、砂を飛ばすのには十分すぎる。一気に撒き散らされた砂から目を守るためにミラ・ローズは剣を持たない左腕を眼前に持ってくる。

 

「マヌケがァ!!!」

 

 動きを止めたミラ・ローズに追撃を仕掛けようと、再び破面は腕を振り上げる。

 しかし、振り下ろすより先に鳩尾に突然の衝撃に思わず破面は「ハゥッ!?」と声を上げてそこを手で押さえる。

 

「まったく、見ていられませんわ」

 

「余計な事をすんじゃないよ」

 

 破面の手の少し上を見れば、そこにはスンスンがぶら下がっていた。

 攻撃を止めさせたのはスンスンであった。無防備な鳩尾に虚弾を撃ち込んで、行動を中断させたのだ。

 

「小さい方はケリつけたのかい?」

 

「それを中断しなければならないほどに、あなたが追い込まれていたのではなくて?」

 

 これだから脳筋は…。そう言っていないのに、呆れたような顔はそう言っているように見えた。少なくとも、ミラ・ローズはそう感じた。

 

「誰が追い込まれていたって!!」

 

「追い込まれていたでしょうに。迂闊に攻撃をくらえば、どんな能力が発動するか判らのないですわよ?

 くらっても大丈夫とか考えてるのでしたら、目に余る短慮ですわ」

 

 スンスンが煽り、ミラ・ローズが怒る。アパッチが抜けているだけでいつも通りのやりとりをした事から、2人からは余裕が見て取れる。

 それが気にくわないのが1人だけいた。

 

「ざげてんじゃねぇぞッ!!おまえ゛ら!!」

 

 もうスンスンが無視できないのか、漸く破面はスンスンに手を伸ばす。

 

「御免あそばせ」

 

 しかし、そんな簡単に捕まるスンスンではない。器用に自分の斬魄刀を使って手から逃げながら、自分の獲物を探す。

 

「ホーロス!!お前も戦え!!!」

 

「きゅるぽぽぽ…」

 

 いつの間にか肩に乗っていた小さい破面改めホーロスは、申し訳無さそうに鳴くと渋々といった様子でスンスンに向かって行く。

 

「虚弾」

 

 向かってくるなら対処は簡単だと、スンスンは近付かれるより先に手を向けて虚弾を撃つ。

 近付かれれば狂音による足止めが必ず来る。それを阻止するべく、虚弾を撃ったのだ。

 

「ぎゃぱ~」

 

「あら?」

 

 牽制程度に撃ったつもりなのに、頭に大命中した上に良いところに入ったのか情けない鳴き声を上げながら落ちていった。

 良い意味で意外な展開に、流石のスンスンも驚きで目を見開いた。そして、その顔はそのまま硬直した。

 

「なん…ですって……」

 

「背中ががら空きだ。女破面」

 

 スンスンが振り返ったその先には、アパッチと戦っている筈のアイスリンガーがいた。そして、スンスンの背中には無数の『爪弾』が爪を立てていた。

 斬魄刀が破面から外れて、そのままスンスンが落ちる。

 

「スンスン!」

 

 背中に『爪弾』をモロにくらったスンスンを見て、ミラ・ローズがその名を呼ぶ。

 

「ぷーくるるぷ」

 

(こいつ、何時の間にこんな距離に……!)

 

 気の抜けるような鳴き声。そんな声を発するのは、先程スンスンに虚弾を撃たれて落ちたホーロスしかいない。そして、そいつのやる事は1つしか知らない。

 

「*;xjc=%t@b:お」qp2cp3!!!!!!!!!!」

 

 再び狂音。来ると判っていても、耳を塞ぐこともできないミラ・ローズはまたその音に鼓膜が劈かれる。

 

(霊圧の鎧が効かない!?)

 

 音とは振動。振動とは運動。

 相手の攻撃を和らげられる霊圧の鎧であっても、同種の力でもって相殺しているにすぎない。霊圧の鎧で和らげられるのは霊圧のみ。すなわち、物理―――霊体で物理云々ではややどうかとも思うが―――運動は霊圧の鎧では和らげられないのだ。

 

「死ねぇ!!!」

 

 無情にも平手打ちが動けないミラ・ローズに叩きつけられる。

 

「オラ!!!」

 

 その体を打ち砕かんと

 

「オラ!!!」

 

 何度も

 

「オラ!!!」

 

 何度も

 

「オラ!!!」

 

 執拗に

 

「オラ!!!」

 

 打ち続けられる。

 殺さんと、その魂魄の一片までも捻り潰して塵芥と変じさせようと、明確な悪意の元で攻撃は続けられる。

 

「スンスン!ミラ・ローズ!っち、突き上げろ、『碧鹿闘女(シエルバ)』!!」

 

 シャークス1人に抑え込まれていたアパッチが、2人がやられているのを見てついに解放する。

 虚の力が回帰し、その頭に鹿の角が戻る。更に爪が鋭いモノになり、服は毛皮へと変じる。

 

「絞め殺せ、『白蛇姫(アナコンダ)』」

 

「食い散らせ、『金獅子将(レオーナ)』!!」

 

 呼応するかのように、スンスンとミラ・ローズも解放する。

 スンスンは下半身が蛇となって、ラミアを彷彿させる。ミラ・ローズは頭髪が雄のライオンの鬣のように見えるまで増え、服がビキニアーマーのようになった。更に、手に持つ剣は大剣に変わった。

 どちらも先程までの傷は解放によって癒え、万全の状態に戻った。

 

「ついに解放したか。デモウラにホーロス、あの獅子女の動きを止めろ」

 

 アイスリンガーより指示を受けたデモウラとホーロスが、解放して更に力の差ができたのに恐れずにミラ・ローズへと向かっていく。

 

「まぁ、3人の殿方から狙われるなんてモテモテですわね」

 

「ったく、あんな連中に言い寄られても嬉しくないよ」

 

 解放した事で落ち着いたミラ・ローズはため息を付くと、変わった斬魄刀を両手で握る。

 

「来た奴から、上半身と下半身が泣き別れだよ。それでもいいなら…来な」

 

 斬魄刀を肩に掛けるような構えをし、ミラ・ローズは宣告した。先に来た方は、確実に死ぬと……

 間合いに入ればすぐさま両断できる構えに、デモウラがたじろぐ。なのに、ホーロスの方は気にせずに直進する。

 2人の行動を分けたのは、知能の差だ。ホーロスは最初期組の中でも特に虚に近い破面だ。言葉を話せない時点で判り切ったことかもしれないが、その知能は愚鈍なギリアンより多少上という程度の物。

 力の差というのが理解できず、欲望に忠実で浅ましい。そんな存在がホーロスだ。

 恐怖を懐きにくいという点もあるが、この状況では死に急いでいるだけである。

 

(アイツが攻撃範囲に入ったと思う前に、響転で近付いて斬る!)

 

 狂音を発せられる前に斬る。響転込みでの間合いに入ろうとした瞬間に踏み込む。

 

「さて、こちらもう・ご…」

 

「ッ!?」

 

 とっととケリをつけようと、スンスンも動こうとしたら突如倒れてしまった。明らかな異常事態。

 スンスンをどうするか。その思考の逡巡によって、ミラ・ローズの動きが数拍遅れた。それによって一手遅れた。

 

「*;xjc=%t@b:お」qp2cp3!!!!!!!!!!」

 

 ホーロスによる3度目の狂音。ホーロスの首から生えている板がガタガタと傍目から判るほどに揺れ、それが音の発生源であったと見ただけでも判る。そして、ミラ・ローズの脳が揺らされた。

 『点狂音(ポントソイド)』音を集束させ、通常よりも遠距離に居る狙った相手のみに聞かせる技。物理的な破壊力は相変わらず皆無であるが、仲間を巻き込まずにいられる点は大きい。

 

「まったく、手間を掛けさせてくれる」

 

 動きが止まったの見て、アイスリンガーは『爪弾』を撃つ。僅かにだがミラ・ローズの鋼皮を傷付けたのを見て、アイスリンガーが笑う。

 

「不思議そうにしているな。何、相応の準備として仕込みをさせてもらっただけだ。

 こいつを使ってな」

 

 アイスリンガーが自慢げに出したのは小瓶。中には無色透明な液体が入っている。

 

「破面にも効く神経毒だそうだ」

 

「そういう…事かい…」

 

 神経毒。そう聞いて、ミラ・ローズは合点がいった。スンスンが真っ先に倒れた事から、『爪弾』に仕込まれていたのだとすぐに思い当たる。

 

「使っているのは、私だけではないがな」

 

「シャハハハ、俺のこの牙にも塗ってあるぜ」

 

 漸く毒が回り切って動けなくなったアパッチを引き摺りながら、シャークスは左腕のチェーンソーを見せつけてアイスリンガー達と合流した。

 

「これで全員か。フフ、本当に恐ろしいなこの毒は」

 

 毒が回った事でついに立っていられなくなったミラ・ローズが膝を付くのを見て、アイスリンガーは嗤った。

 

「さて、毒が回り切れば喋る事もできん。何かいう事はあるか?」

 

「くた…ばれ…腰抜け……どもが」

 

 どこから毒を調達したか知らないが、そんなモノに頼った4人をミラ・ローズは罵った。そういう能力なら納得したであろう。

 しかし、そんな能力を持っているのなら、持っている奴が直接撃ち込みそうなものである。

 

「フンッ、口の減らん女だ」

 

 勝って気分の良いアイスリンガーそんな言葉も寛容に受け流す。

 

「シャークス、腕を切り落とせ」

 

「あれ?首じゃないのか?」

 

 最初の取り決めとは違う指示に、シャークスは首を傾げる。虫の被り物を付けているようにしか見えないので、正直に言って気色悪いだけである。

 

「名ばかりでもアーロニーロ様の従属官、生死はアーロニーロ様が決めるべきだ。

 尤も、無様に負けて隻腕となった従属官は処分されそうだがな」

 

 その未来を思い描き、アイスリンガーは更に嗤う。

 

「利き腕では流石に可哀想だ。全員左腕にしておけ」

 

「人がワリィな。そんじゃ、ホイ」

 

 喉も麻痺して悲鳴も上げられないのに良い事に、シャークスは軽く3人の左腕を切り落とす。

 

「さて、アーロニーロ様の宮に行くぞ」

 

 左腕(ゴミ)を纏めて捨て置くと、アイスリンガー達は意気揚々とアーロニーロ宮に足を向けた。

 

 突如、悪寒が4人の背筋を撫でた。

 ゆっくり、ゆっくりと4人は恐る恐るその正体を見ようと振り返った。

 

「……」

 

 左腕(ゴミ)を捨て置いた場所に、ソイツは立っていた。

 鹿のような角に足。筋肉質な体と長髪は怪物を思わせ、蛇が尻尾となっているのは継ぎはぎな全体と相まって合成獣(キメラ)を連想させる。

 

 バケモノが、そこに立っていた。



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鬼去りて

 バケモノ。そう評した相手は、ただただ佇んていた。

 

(なん…だ、あいつは……)

 

 見た目は中級大虚(アジューカス)。一応は人型であるので破面にも見えなくもない。

 とりあえずは同族というのは判るが、なぜそこに居るのか、何か目的があるのかといったソレ以外が何も解らない。

 

「……」

 

 首を動かして付近を見回している様子は、戸惑っているように見えなくもない。だが、なぜだか4人にはソレが戸惑っているなどとは到底思えなかった。

 ゆっくりと辺りを見回し、ついには仮面が4人を捉えた。

 

「おまえ、言葉がわか…」

 

 侵入者との単語が頭を掠めたが、アイスリンガーはまず意思の疎通が可能かを試みようとした。だが、口を開いたら待っていたのは視界を占領する拳。

 殴られた。アイスリンガーがそう気付けたのは、地面に伏せてからだ。

 

「でめぇ!!!」

 

「ぶっ飛んでなぁ、オイ!!」

 

「キギャラララ!!」

 

 謎の存在による暴挙にデモウラ達は臨戦態勢に入った。だが、それは遅すぎた。

 わざわざ離れて歩くなどしていなかったデモウラ達は、既にバケモノの攻撃圏内に入ってしまっていた。バケモノがその腕を振るうだけで、デモウラ達はアイスリンガーと同じように地に伏せる。

 自力の差を数と連携で覆してきたとうのに、それをさせない速さと力。圧倒的なまでの理不尽な暴力によって、4人とも訳も解らずにやられる事となった。

 

 そして、状況に追い付けていないのがもう3人。4人に負けてしまったアパッチ、スンスン、ミラ・ローズの3人だ。

 斬られた自分達の腕が、互いに飲み込みあったかと思えばバケモノが出てきたのだ。あり得ないと否定したい出来事だが、目の前で起きた現実だ。

 そして、知性を持つが故に産まれた恐怖が3人を襲う。背筋に氷柱を突き立てられて、熱を帯びる傷口に凍える凶刃。相反する熱がそれぞれ主張して決して纏まらない。どうすべきか悩んで明け暮れてしまう程に頭の中はグチャグチャだ。

 

 それは、未知への恐怖。ナニカ判らず、理解できないモノへの恐怖。

 マトモであるなら、まず考えてしまう。科学者といったモノでなければ物理法則や理論といった堅苦しい真理の解明などしないが、理解しようとする。

 しかしながら、それができないという事態が多々ある。直面したのがまだ未成熟であったのなら、柔軟な発想で受け入れるなりできてしまう。逆に言えば、成熟してしまうと大概の人物は己が常識などが強固になり、柔軟に取り込むといった事が出来なくなってしまう。

 

 そしてソレは恐怖へと変じる。考えれる知性を持った代償に、その考えが及ばぬモノがどの様な物であろうと恐ろしいナニカのように感じてしまう。

 

 腕から生まれたバケモノが、アイスリンガー等にトドメを刺そうとしているところを3人はどこか遠くの風景を見ているかのように思えた。しかし、それは逃避であった。

 バケモノが出てくるまでは4人を倒したいと3人とも思っていたが、それがバケモノによって呆気無く行われた。自身の力によって行われたのなら、それでめでたしめでたしで終わりだ。

 だが、ソレは違う。確かに元は自分の腕。だけどもバケモノを自分の腕と思うのは無理であった。ならばあのバケモノは独立する1つの生き物と考えるのが自明の理。その自分の頭(・・・・・)で考えて行動する生き物だと…

 ならば次の獲物は自分でもなんら不思議ではないのだ。虚を喰うかは知らないが、いきなり目の前にいた4人を倒したのだ。特に理由も無く襲ってくると考える方が現実的であろう。

 だというのに、神経毒で声すら出せない現状ではやれることなど1つもない。

 

 ここが終わりなのかもしれないと思えば、思い出すの主たるハリベルと他の2人の暖かさだ。口に出して言うなど絶対にしないであろうが、守りたい関係であり、変えたくないモノだ。

 走馬灯と言うモノであろう。過去から現在に至る記憶の縮図が駆け巡る。そして、最後になぜか髑髏が浮かび上がった。死を暗示させる物に思えるが、どうにも違う。と言うか、つい最近見た憶えのある髑髏にしか見えない。

 

 時間にして3秒。ほぼピッタリなタイミングで、3人は見えている髑髏が頭の中を駆け巡っていた走馬灯の一部ではないのに気付いた。見えているのが葬討部隊の隊員とされる髑髏兵団ではないか。

 なぜキスができるまで近付かれているのか謎すぎるが、髑髏兵団がいるという事は3人の嫌いな人物も居るか直ぐに来るのであろう。

 

「死んではいないようだな」

 

 その予想は正しく、アーロニーロ・アルルエリが髑髏兵団を引き連れて『葬討部隊隊長』としてそこに立っていた。

 

――――――

 

―報告。

―突如出現した侵入者と遭遇、これより排除に移る。

―増援は不要。

 

 認識同期によって情報を伝えたアーロニーロは次の行動に移る。

 

「行ケ」

 

 一言の命令。それによってアーロニーロに付き従う髑髏兵団はバケモノに襲い掛かる。

 髑髏兵団は多少の自我と破面としての基本能力しか持たない雑兵だ。基礎能力は大本たるアーロニーロよりもちろん劣っており、優れているのはその数だけだ。

 アーロニーロより劣ると言っても、並の破面と同等の戦闘能力は持っている。一対一なら帰刃されると確実に負けるが、そんな運用をアーロニーロはするつもりはない。人海戦術しかできないが、それが出来れば“刃”や尸魂界の隊長以外なら大体行ける。

 

(やはり、アレはこの程度では無理か……)

 

 30体もの髑髏兵団は近接、中距離、遠距離でそれぞれ斬魄刀、虚閃、虚弾に別れて攻撃しているが、その数は瞬く間に数を減らしていた。素での攻撃力と防御力に差があり過ぎるのだ。こちらは一撃で行動不能になるのに対し、相手は集中砲火をくらっても歯牙にも掛けないといった様子だ。

 これでは、全滅も時間の問題であった。

 

「仕方ない」

 

 自ら赴くしかないだろうと、アーロニーロは予め用意していた―――全身が隠れても余裕のある―――マントを羽織る。

 

「跳ねろ、乱夢兎」

 

 アーロニーロがした帰刃はつい先日手に入れたミッチェル・ミラルールの物。ただし、『喰虚』を介する事で調整をし、元々変化が少ないのを足に鎧が装備されるだけにしたものだ。髪質の変化など元より生えていないアーロニーロにはいらぬ……

 これによって、マントで日光を遮ってしまえば能力を使えるようにしたのだ。

 

「ハァ…」

 

 急激な霊圧の上昇に、バケモノはアーロニーロの方を向く。そして、その瞬間にはアーロニーロの蹴りはバケモノの後頭部に突き刺さっていた。

 

 ミッチェル・ミラルールの響転は“刃”最速。そのミッチェルの全てを手に入れたアーロニーロは、その最速の座まで手にしている。何よりも、ミッチェルが最速であったのはその能力による所が大きい。

 ミッチェルの能力である『霊子圧縮(シャティオン)』は、足付近限定で霊子を圧縮するというもので、場所に関係無く擬似的な足場を作ったり爆発を起こさせたりとできるものだ。

 響転や死神の高速歩法たる瞬歩は、言ってしまえば足場を蹴って高速で跳んでいるだけだ。なので人物によって「疲れる」といった事も言う。

 重要なのは足場がなければできないという事で、好きに足場を用意できれば好きな時に使えるという事。『霊子圧縮』によってミッチェルは、爆発の衝撃を初速の底上げにしたり、足場を用意して方向転換や加速といった具合に使っていた。だから、ミッチェルは最速であったのだ。

 

「虚閃」

 

 反応の出来ていないバケモノに追い打ちとして虚閃を放つと、すぐにアーロニーロは響転で迫ってくる腕のすぐ横を通り抜けると分厚い胸板に蹴りを叩き込む。また捕まえようと腕が伸びるが、最速となったアーロニーロを掴まえるのには遅すぎる。繰り返すように、また腕の横を通り抜けて別の場所に蹴りを叩き込む。

 それを何度か繰り返した後に、アーロニーロは安全圏たる空中に避難した。

 

(ッチ、まったくもって効いてないようだな)

 

 まったくもって堪えたように見えないバケモノに、アーロニーロは心の中だけで舌打ちをする。

 

(斬ったところで動けるだろうし、下手な縛道も力尽くで打ち破られるだろうな…)

 

 高速戦闘で一方的に攻撃できたが、それが効いていないようでは意味が無い。

 

(クソッ。威力のある蹴りも出せるが危険すぎる)

 

 アーロニーロは『霊子圧縮』をまだ移動にしか使っていなかった。攻撃に使えば自分の腕を吹き飛ばせる程の威力は保障されているのだが、攻撃後の硬直と爆風でマントがはためくなどしてその役目を果たせなくなる危険も孕んでいる。

 能力に頼った戦法では、アーロニーロは神経質にならねばその状態を維持できないのだ。こういう時は、虚夜宮の天蓋の仕掛けを特に恨めしく思っている。

 

(あんまり俺自身の帰刃は安売りみたいに使いたくないが、抑え込むのにはそれしか無さそうだな)

 

 アーロニーロはバケモノの正体を知っているので、流石に消し飛ばすのは不味かろうと捕縛したいのだ。しかし、肩から両断しても動き出す生命力を持つ相手が痛めつけたところで動けなくなるなど無さそうである。縛道では力尽くで破られそうとあっては、単純に力で抑えつけるしかない。

 虚夜宮に被害を出さないで侵入者をどうにかするのも、葬討部隊部隊長としての仕事の内。早く決めてしまおうと、左手の手袋を取る。

 

「喰い尽く――」

 

 解号を口にし、己が斬魄刀の名を呼ぼうした時、視界の隅に動く者を捉えた。右手が大剣と一体化している者など、アーロニーロは1人しか知らない。

 こちらに向かって来ていたのはハリベル。安全とは言えないので宮に居るように言っておいたのだが、それでもいても立っていられずに来たのだろう。

 アーロニーロのただならぬ雰囲気を察して、心配からした行動は上手くいけばちょっとした美談にはなっただろう。だが、最悪の間であった。

 

「ええい!馬鹿野郎が!」

 

 アーロニーロが空中に逃げた事により、バケモノは届くようにするよりも新たな獲物を探そうとしていた。そこに、ハリベルを見つけたバケモノが獲物を定めるのは当然であった。

 

 今のハリベルでは絶対に勝てない。その確信があったアーロニーロはハリベルを守るために帰刃を中断して駆ける。バケモノを追い越すのは問題無い。最速となればそのくらいは出来なければ名折れとなる。

 問題はその後。ハリベルをどうやって護るか。響転でそのまま連れ去れば良いと思うだろうが、高速で動くのはそれだけで負荷が掛かる。破面であればそれは在って無いような物なのだが、ハリベルはまだ最上級大虚。その負荷に耐えられる保証はない。

 多少の傷なら問題無いだろうが、高速移動による負荷は言わば打撃。内臓といった方のダメージが大きい。海燕がそれなりに鬼道を修めていたので回道による治療もアーロニーロは出来るが、その出来る範囲は応急処置程度。本格的な回道の使い手専門の部隊があるのだから、副隊長でもそのくらい使えれば良かったのだろう。

 

 バケモノを追い抜き、ハリベルに手が届くとこまで近付いたら左腕を腰に回して抱き上げる。この時点でアーロニーロの速度は零。そして後ろには駆けるバケモノ。

 駆ける勢いを追加されたその拳は、急加速すれば避けれる速度ではあった。だが、アーロニーロはそうはせずに空いている右腕を盾にして受ける。ミシリと骨に罅が入ったような嫌な音を出し始めた腕を『剣装霊圧』で斬り捨てた。

 

「お前ッ!?」

 

「超速再生ガアルカラ問題無イヨ」

 

 迷い無く自傷行為をしたアーロニーロにハリベルは声を上げるが、そのアーロニーロは淡々と事実を言うだけだ。

 斬り捨てられた右腕は、響転に迫ろうかという速度で遠くに飛んで行った。超速再生を持っているから軽々しくできたのもあるが、何よりも次の行動を遅らせる衝撃ごと斬り捨てられたと思えば高が右腕の一本と言ったところになる。

 

「抑え込むまで、離れるなよ。喰い尽くせ、喰虚」

 

 超速再生で右腕を生やしてから、今度こそアーロニーロは帰刃した。そこからは一方的であった。

 バケモノの一撃一撃は確かに重かったが、アーロニーロの触手は柔軟性に優れ、打撃で壊そうとするのなら千切れる威力を中てなければならない。そこまでの威力を出せないバケモノでは迫り来る触手をどうする事も出来ず、ならばと放った虚閃も同じ虚閃に相殺された。

 全身に触手を撒きつけられ、更に持ち上げられて態勢を不安定にされれば十全の力も発揮できずにバケモノは抑え込まれた。

 

「回収」

 

 抱えていたハリベルを自分の上に降ろすと、生き残っていた髑髏兵団に3人の回収を命じる。程なくして3人ともアーロニーロの上に集められたが、誰もピクリとも動かない。

 

「さて、声は聞こえているだろ、とっととあいつを元の腕に戻せ」

 

 出来て当然だろとアーロニーロは3人に向かって言うが、バケモノはそのままバケモノとして存在している。

 

「ハァ、ドウセ出来無イトカ考エテイルンダロウネ」

 

 腕がバケモノに成って、更に元に戻るなど普通は思いつかない。知識の氾濫で中二病とか言われてしまっているファンタジーな思考回路を持っていれば別であろうが、少なくとも普通ではない。

 

「だとしたらお前等は馬鹿だ」

 

 だがしかし、それは普通の人間の話。人間などとっくの昔に辞めている破面なら、突拍子の無い能力の1つや2つ不思議ではない。寧ろ普通では考えられない能力を持っているのが大多数になる。

 

「アレハ君等ノ一部、言ッテシマエバ能力」

 

 そして、練度があるだろうが一度その能力を意識出来ればその後も使えるのも大多数。

 

「どうにも一個体(いちこたい)として存在しているようだが、根底は能力でできている」

 

「ナラ、君等ノ意志一ツデ戻セル」

 

 そう、能力の条件にでも引っ掛からなければ意志1つで動かせるのが能力というものであった。

 

「まぁ、できなければ隻腕で一生ハリベルのお荷物決定だろうがな」

 

 最後に発破を掛けて、アーロニーロの話しは終了であった。そして、そこにはもうバケモノはおらず、全員が五体満足で生きていた。

 

「負傷者は全員回収、そして撤収だ」

 

 手を叩きながら髑髏兵団に命令し、その命令がこなされてからアーロニーロ達は宮へと帰って行った。

 アーロニーロ達が去った後、1人の男が戦闘のあったその場所に立っていた。

 

「気晴らしに作った毒だったが、従属官風情には十分すぎる効果だったようだね」

 

 ピンクの髪に眼鏡型の仮面の名残り。その特徴だけで、彼が誰なのか多くの破面が答えられたであろう。

 

「まぁ、この僕が作ったのだから当然か」

 

 機械越しとはいえ最初から(・・・・)見ていたザエルアポロ・グランツは、肩を竦めて笑う。そして少し屈んで、わざわざこの場所に来た目的の物を拾い上げる。

 

「アーロニーロの腕、か」

 

 アーロニーロが衝撃から逃げる為だけに斬り落としたその腕を拾い上げると、砂を軽く叩き落とした。

 

(喰ってしまえば他人の帰刃まで可能とするその能力、僕の研究に少しは役に立ちそうじゃないか……)

 

 まったくの偶然とはいえ手に入ったサンプルに満足そうに嗤うと、ザエルアポロはゆっくりと自らの宮に足を向けるのだった。




アヨン誕生秘話
独自です。ですが、アヨンを出す条件が帰刃して片腕犠牲にするなので、似たような話は語られてないだけであると思います。
でないと、片腕犠牲にするハイリスクな技なんてまず見つけられないかと。

アヨンが戻れば腕も元通り
独自です。ですが、アヨンの強さを把握していたりしたので、何回かはアヨンを出している筈。そして破面の大部分は超速再生のほとんどを失っているので、こうしました。
ただ、もしかしたら3人娘は時間を掛ければ腕が生えてくるくらいには超速再生が残っている可能性もあります。

髑髏兵団
僅かな自我を持っているは独自です。ルドボーンが髑髏兵団に「取り乱すな」と言っているシーンがあるので、少なくとも感情といったものは備わっている模様。


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揃いし刃

 “刃”の招集。滅多な事で行われないソレは、虚夜宮に新しい風が吹き込む合図と同様であった。

 十刃(エスパーダ)が完成する。事前に知らせれた召集理由は、ほとんどの十刃が興味を引かれるモノではなかったが、それが命令であるのだから逆らわずに集合した。

 

「全員揃ったようだね」

 

 全員揃ったという言葉に、アーロニーロは疑問を覚えた。

 おそらくは十刃が顔を合わせる為だけに設えた部屋にいるのだが、十席の内埋められている席は六席。後1人、姿を現さないザエルアポロ・グランツが座るべき席が空いている。

 その疑問に答えるように、藍染はただ簡潔に言った。「ザエルアポロ・グランツは、自ら第2十刃の座から退き、十刃(エスパーダ)()ちとなった」すなわち、初の“十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)No.100(シエン)が生まれたと。

 それと、ついでのように十刃最強である第0十刃は帰刃したヤミーが成るようにと告げられた。

 

「それでは、空いている席に着く彼等と彼女等を紹介しよう。

 第2十刃、ピカロ。司る死の形は、好奇心」

 

 「彼等と彼女等」との藍染の言葉は事実であった。藍染の十刃としての紹介と共に現れたのは、百を超える子供の破面であった。その登場に、半数の“刃”は目を丸くした。

 悪戯小僧(ピカロ)。一斉破面化にてハリベルと同様に破面化が先送りにされた彼等と彼女等は、元はバラガンの部下であった。ただし、姿はともかく当時から子供とあまり変わりのない性格であったので、本人等には上下関係の意識があったのか疑わしい事この上ない。

 そういう意識の低さも先送りの一因であるが、先送りの主因は2つある。『群であり個である』という虚でも極めて珍しい特性と、急速に霊圧を回復する手段を持っていた事だ。

 

 この2つは、ピカロの子供の同然の精神と相まって非常に厄介な物となっている。

 『群でも個でもある』とされているは、特殊な音波によって命、具体例を挙げるなら霊圧を共有するという『命の共有』があるからだ。

 これだけならばさして脅威ではない。数こそいるが―――個々の能力は特別高いという訳ではないので―――逆に言えばそれだけだ。

 所詮数だけと言えないのは、急速に霊圧を回復する手段を持っているからだ。ピカロは一カ所に留まるなど基本的にせず、必ずある程度散らばっているのだ。いくら離れた位置に居ようとも『命の共有』は遺憾無く発揮できるので、やろうと思えば永遠と回復ができる。

 数と共有に回復。この3つで、ピカロは見た目からは想像もできないタフネスさを持っている。

 

 簡単にその脅威を言うなら、ピカロは実質不死身である。一体一体はそこまで強くはないが、それが多少の事と言えない数と不死性を持っている。それがピカロが第2十刃であれる理由だ。

 

 そんなピカロに与えられた死の形は好奇心。猫すら殺す感情であるが、ピカロへの好奇心ではなく―――尤も、下手に近付けば死ぬ事には変わりないのだが―――ピカロの好奇心によって殺される事となる。

 子供の精神にソレに不釣り合いな力。そこに数も加わって、ピカロは他者を好奇心で殺すのだ。

 そういった意味では、どの十刃よりも残虐で危険極まりない破面である。

 

「ねーねー、遊ぼうよー」

 

 ピカロの誰かがそう言えば、それに追従する形で他のピカロも遊ぼうコールをする。今この場にいるのは同じ破面であろうと「強さの次元が違う」と恐れられる十刃であるが、ピカロにそういった恐怖は無い。

 ピカロにとって、相手が強かろうが弱かろうが遊べる時間に差があるだけだ。

 

「静かにせんか餓鬼ども!!」

 

 その自由気ままなピカロをバラガンが一喝する。老人と子供というその構図は、孫を叱る祖父といった様子であるが、声と共に発せられた霊圧は並の破面なら膝を着くものだ。

 その声と怒気に驚いて泣くピカロもいるが、大半は「怒られたー」と軽く笑っていた。

 

「はぁ…」

 

 そろそろ藍染が場の鎮圧に動こうとしているのを感じて、アーロニーロは葬討部隊を部屋に突入させてピカロの口を塞がせる。今の所、数で数を潰せるのはアーロニーロぐらいである。

 

「すまないね、アーロニーロ」

 

「勿体無イ御言葉」

 

 口でこそ礼を言った藍染であるが、その態度は「やって当然」という支配者側の物。

 

(霊圧に潰されるのはこちらとしても嫌だしな)

 

 言って聞かない相手に藍染がやる事は霊圧をぶつけて押し潰すという力技。十刃であろうとも膝を着くソレは恐怖すら覚える重圧となる。

 いくら無邪気で自由奔放なピカロでも、それを受ければ顔を青ざめて怯える。尤も、3日もあれば簡単に持ち直してまた藍染を怒らせるような事を仕出かしたりもするので、本当に一時的な措置にしかならない。

 そしてそれは、部屋に散らばるピカロを押さえつける為に無差別にかけられるのが目に見えていた。

 まだまだ弱いアーロニーロからすれば堪ったものではない。だからわざわざ葬討部隊を使ってまでもピカロを押さえつけたのだ。

 

「第5十刃、シジェニエ・ピエロム。司る死の形は(やまい)

 

 漸く場が落ち着いたところで、第5の席に座る厳格そうな初老に見える男が紹介された。服装は長袖の基本服装に普通のズボンと取り立てて変わった所の無い恰好であった。

 まず目を引くのは顔を縦断する仮面の名残り。逆十字のそれは額から顎までしっかりと伸びており、どことなくピエロの化粧の一部を思わせる。

 バラガンと同じように生やされた髭は厳格さを助長すると同時にやや老練さを醸し出している。かと思えば、金色のその髭とオールバックしたその髪の艶はどこか若々しさが見て取れる。

 仮面の名残りと青白い死人のような―――悪霊に分類されるであろう破面は死人その物の気がしなくもないが―――その肌を除けば、どこかの理想的な貴族のような出で立ちだ。

 藍染に礼をした後、先任者たる十刃の面々に目礼をして席に着く。その動作だけで、まるで貴族の出ではないかと考えてしまう礼儀正しい所作であった。

 

「第6十刃、チルッチ・サンダーウィッチ。司る死の形は恐怖」

 

 続けて告げられた名は女性の物であった。仮面の名残りは額の左側に髪飾りのようについている。ドーナツ状の楕円に棘とチェーンのような物が生えているその形状は、元は目元にあった仮面の一部と見て取れる。

 服装はドレス。俗にいうゴスロリ調に見える膝上の丈が短いスカートに、胸に沿うように作られているそのドレスは男に挑発的である。

 紫がかった黒に近い髪は顔の横で縦ロールと女性にしては鋭い目つきは「女王様」との単語を想起させる。パッと見で高飛車そうと思えてならないのはやはり髪型に対する印象か。

 

「第7十刃、ガンテンバイン・モスケーダ。司る死の形は信仰」

 

 空いている最後の席に座る男は、一言で言えばアフロであった。

 仮面の名残りに星のマークがあり、更にソレが額にある。これも十分に印象的だ。

 大体ヘソの辺りから開き、その鍛えられた腹筋と胸板を露出させ、襟がなぜかモコモコと言いたくなるように丸く膨らんで似たようなのが太腿部分にもある。この服装も十分に印象的である。

 だがしかし、その印象が焼き付くよりも先にアフロという非常に珍しい髪型が印象として焼き付けられる。自分の顔が縦に2つは入るご立派なそのアフロは、彼を見た人ならアフロの人で通じそうであった。

 

――――――

 

 

 

 第1十刃  『傲慢』  バラガン・ルイゼンバーン

 第2十刃  『好奇心』 ピカロ

 第3十刃  『魅惑』  リネ・ホーネンス

 第4十刃  『暴食』  ヴァスティダ・ボママス

 第5十刃  『病』   シジェニエ・ピエロム

 第6十刃  『恐怖』  チルッチ・サンダーウィッチ

 第7十刃  『信仰』  ガンテンバイン・モスケーダ

 第8十刃  『嫉妬』  ロエロハ・ハロエロ

 第9十刃  『強欲』  アーロニーロ・アルルエリ

 第10十刃 『憤怒』  ヤミー・リヤルゴ

 

 

 ようやく揃った十刃に藍染は笑みを浮かべる。しかし、まだ十刃は未完成であった。

 十刃に求めるのは護挺十三隊の隊長を無力化する戦力なのだが、現状では隊長の相手はまだ荷が重いと藍染は考えていた。

 バラガンやピカロは実力だけ(・・・・)なら問題は無い。3以下の数字でも隊長格に喰い付いて行けるだろうが、やはり一対一では負ける線が濃厚という有様だ。

 約半数が直接的な戦闘能力でなく、特殊な能力で護挺十三隊を引っ掻き回せる能力型を選んだのもあるのだろう。

 

「さて、これで私の十刃は揃った(・・・)事になる」

 

 されども、未完成。もし、十刃を完成したと言える時が来るとすれば、藍染の要求する露払いを誰も欠けずに遂行できた時だ。

 そのような未来が来るかは藍染にもわからないが、選んだ十の刃にはまだ研磨の余地が残されている。

 

「早速で悪いが、挑戦者が1人来ている」

 

 『数字持ち』の中から自分の方がその座に相応しいと、自らの命を賭した者がいるとの藍染の言葉に、ピカロ以外の十刃の面々は「そんな事か」とどこか無関心であった。

 過去に何人も挑戦者はいたが、全員が全員実力を見誤った馬鹿者として葬られてきたのだから当然と言えば当然の流れだ。

 第4十刃に挑むと聞かされれば、もはや他人事だと十刃の面々は完全に興味を無くした

 

 十刃相当の霊圧を感じるその瞬間までは……

 既に10の霊圧を知覚した面々は11個目の十刃相当の霊圧に失くしていた興味を取り戻す。

 

 ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。

 自らの座を脅かさんとする男の名を聞きヴァスティダは笑うと、久々に戦いができると喜び勇む。

 まだ座を脅かされない他の十刃は一様に、どちらが勝とうが荒れると予感めいたものを感じていた。

 

――――――

 

 十刃の反応の良さに藍染は微笑む。

 これは新たな出来事であるが、中身こそはアーロニーロとミッチェルの戦いの焼き直しだ。前回は『数字持ち』が奮起し多くの破面が本能を呼び覚まされた。

 しかし、“刃”は冷めたままだった。いくら有象無象が騒ぎ立てようとも、それでブレる面々ではないと思っていたがそれにしては冷淡過ぎた。

 既に“刃”が安定しきっていた為にそうであったが、藍染にとっては都合が悪い。横の関係が希薄というかほぼ断絶状態なのも相まって、“刃”同士での潰し合いもインパクトに欠けていたのだろう。

 

 ならば藍染はより強い波を起こさせるだけだ。その為の男がドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。

 そう、全ては藍染の手の上で踊らせられる人形劇。




十刃
順番は独自。

ただ、ザエルアポロの十刃落ちはもう少し後だったかもしれません。
過回想で、ノイトラがザエルアポロに「もう十刃でも無え」と言っているので、ノイトラが十刃入りした後に十刃落ちになって顔見知り程度にはなっていたかもしれない。
でなきゃ接点が皆無。
実験をしたくてイラついていたノイトラに話しを持ちかけたとかも普通にありそうですけど。


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吹き荒ぶ風

 場所を移して対峙する暴食を司るヴァスティダと挑戦者たるドルドーニ。戦う前からその身体から発せられる霊圧はぶつかり合い、空気を震わせて場を緊張させる。

 

「小さい奴だなぁ」

 

 ヴァスティダは漸く対面した敵に率直な感想をこぼす。

 別にドルドーニが小さい訳ではない。ヴァスティダが色濃く虚の面影を残して風船を膨らませたかのような巨体であるのに対して、ドルドーニは成人男性にしか見えない完全な人型である。

 その人間と穴と仮面の名残り以外は人間や死神と遜色無い身体で、ラテン系のダンサーのように着飾っている

 ヴァスティダの(げん)にピクリとも反応しないドルドーニには、真摯にヴァスティダの挙動を観察してその時に備えていた。

 

―――始め

 

 待ちわびた開始の合図に、ドルドーニは響転による一歩を踏み出す。響転によって得た勢いをそのままに、ドルドーニは突き刺さるような鋭い蹴りをヴァスティダの鳩尾目掛けて繰り出す。

 

「なかなか速いねぇ」

 

 しかし、その初撃はしっかりと腕で鳩尾を隠すことで防御され、ヴァスティダは微動だにせずに受け止めていた。

 しっかりと切られない言葉尻とは裏腹に、ヴァスティダはきっちりと動いていたのだ。

 

「だがまだまだ――」

 

 「甘いねぇ」と続けようとしてヴァスティダは言葉を中断させられた。無駄に御喋りをして無防備だった顎を蹴り上げられたのだ。

 

「警告は痛み入るが、吾輩は挑戦者(リタドーレス)前任(・・)がどうであれ、容赦も油断もするつもりはないぞ」

 

 さながら指導をするようなヴァスティダの言葉。それを力尽くで中断させてドルドーニが言い放ったのは、ヴァスティダへの侮辱が入り混じった挑発であった。

 ヴァスティダを指す言葉を前任とした事で勝利宣言と同等の事を言い、更にお前は隙だらけだとも取れる言も続かせたのだ。

 

「調子乗ってんじゃねェぞ!小さいくえになぁ!!」

 

 その挑発に乗せられてヴァスティダの凶暴性が顔を出した。怒りの感情の赴くままに、戦いが始まる前より右手に握られていたモーニングスターに酷似した―――形を簡単に言うのなら、ドリアンに長い棒を突き刺したような―――斬魄刀を振り下ろす。

 斬魄刀なのに刃すら付いていないその鈍器。筋力にモノを言わせた粗雑なものでも、その速度は軽視できるものではない。

 

 だが、ドルドーニにとっては遅い。

 ヴァスティダが動きが緩慢の代わりにパワーとタフネスさを備えた重戦車なら、ドルドーニは装甲など有ってないような代わりに高機動で縦横無尽に戦場を駆ける戦闘機。

 そんな真逆な特徴の者同士が戦えば待っているのは千日手。片方は捕まえられず、もう片方は削り切れないという緩慢なる事態を引き起こす。

 

 それはどちらにとっても望まぬ事態。ならばどうするかなど破面なら考えるまでもない。

 

「固めろォ!!『口砕亀(トルトゥーガ)』!!」

 

「旋れ、『暴風男爵(ヒラルダ)』」

 

 己が方に流れを傾けさせようと、両者は帰刃して最大戦力で相手を迎え撃たんとする。

 ヴァスティダの背中と腕には刺々しい亀の甲羅が装備され、足は完全に陸亀と同じ円柱形となった。仮面の名残りは元の形へと戻ったのもあって、ヴァスティダは虚となんら遜色無い容姿へと変貌した。

 対するドルドーニは肩から前方を突き刺す角が生える。足を見れば、太腿から膝上までの鎧は螺旋状に包んで竜巻を模し、膝下からは足首あたりに突起物がある裾まで直線的な鎧といったところだ。

 

「くたばりゃああ!!!」

 

 ヴァスティダがもう(クチバシ)と言った方が正しそうな仮面に覆われた口を僅かに開き、そこに深緑に見える霊圧が集束され始める。

 それを見たドルドーニも手の平を相手に向け、両手の中指と薬指を曲げた状態で人差し指と小指を合わせてその間に霊圧を集束させる。

 

「虚閃」

 

 放たれた閃光は両者の間で交わり、爆発して砂煙を巻き上げる。その巻き上げれた砂煙を巻き連ねる風が突如発生する。

 その発生源はどこかと目を走らせれば、竜巻が2つの塔のようにそびえ立っているではないか。その間には、ドルドーニが立っている。

 

「ふん!」

 

 気合を込める声と共に蹴りを繰り出せば、竜巻より鳥の嘴を模した風が伸びてヴァスティダに体当たりをする。

 単鳥嘴脚(エル・ウノ・ピコテアル)。足首あたりの突起物より吐き出した竜巻を起点とし、実体当然の硬度を持った鳥の嘴を模した風を操るという技だ。

 亀を喰らう為にまずは弱らせんとした体当たりを、ヴァスティダは真正面から両手で掴んで停止させる。

 

「んなもんかよぉ!」

 

 掴んだソレを潰し砕き、ヴァスティダは駆け出す。しかしその速度は遅い。

 見た目通りの遅さだがドルドーニは油断はしない。油断すれば兎でも亀に負けるとある童話から言われている。そんなマヌケな兎と同じ道をドルドーニは辿るつもりは無い。

 単鳥嘴脚による攻撃の手を一切緩める事無く、連続で鈍い動きしかしないヴァスティダに攻撃を命中させていく。

 しかし、いくら叩き込もうともヴァスティダは揺るがない。元よりある巨体に防御力、それが帰刃によって更に増幅されたヴァスティダはさながら動く要塞。単純な頑丈さでは、おそらく十刃一であろう。

 

「手も足も出ねぇようだなドルドーニ!!」

 

 痛くも痒くもない攻撃にヴァスティダが豪快に笑い飛ばし、再び虚閃を放つ。

 

「舐めるなよ」

 

 双鳥脚(アベ・メジーソス)。竜巻から新たに風が紡がれて無数に増え、幾つかを盾にすると同時にその数を活かして攻撃も平行して行う。手数がさらに増え、その攻めは風の数だけ増す。

 

「わかんねぇ奴だなぁ!? テメエの風なんざ、そよ風と変わんねぇだよ!!!」

 

 しかし、いくら数が増そうと関係無いと、連続して虚閃が放たれる。

 

「ほぅ…では、先程から段々と減っていく霊圧はどういうことだね」

 

 霊圧の減少は力の減少と同義。今もドルドーニよりも格段に速く減っていく霊圧を指摘されたが、ヴァスティダは余裕の態度であった。

 破面の帰刃は死神の始解や卍解のように、霊圧がある一定まで減ってしまうと勝手に解除されてしまう。その為、自身の霊圧の管理は強者なら当然やっている。威力も範囲もある虚閃だが、霊圧を集束して使うので他の技よりも消耗が激しい傾向にある。だから、霊圧の管理上の理由から一回の戦闘では数える程か一度も撃たない者が多いのだ。

 それが見られないヴァスティダの連続での虚閃。何か裏があると考えるのが普通だ。

 

「確かにテメエの言うとおり、霊圧は減っている」

 

 いくら十刃であろうと消耗はする。そこはヴァスティダも否定するつもりは無いようだが、ソレがどうしたとも嗤っていた。

 

「だが、そんなのは関係無いんだよぉ!!俺様だけは!十刃で唯一、霊圧の急速回復できる俺様はなぁ!!!」

 

 虚閃を撃つ時よりも更にヴァスティダは口を開け放つ。舌に虚の穴が開いているのが確認できるまで開けられた口を、ドルドーニは思わず凝視した。

 しかし、目に見える変化(・・・・・・・)は何一つ無い。そう、目で見える物には変化は無かった。されども、ドルドーニは確かに感じていた不自然な大気中の霊子の動きを。

 

 能力が風を操るといった物であるが為に、ドルドーニはその変化に気付けた。他にも知覚能力に秀でた者達も気付いているようだが、今は関係ないであろう。

 

 霊子は虚圏や尸魂界といったいわゆる死後の世界を―――現在はと付ける必要があるかもしれないが―――構築している最小の物質だ。そんな大気中にも存在する物が、まるで意志を持っているかの如くヴァスティダの舌の穴に向かって移動をしているのだ。現在進行形で。

 『暴食(コォメル・アマティナ)』。司る死と同じ意味を冠するその技は、大気中の霊子を吸収して片端から自身の霊圧へと変換するものだ。

 

 前例が無い訳ではないが、確かにこの手の能力は珍しい物だ。しかし、ヴァスティダは「十刃で唯一」と言ったが、新たな第2十刃が似たような能力を持っているのでその発言は誤りである。知らなかったのだから、仕方が無いと言えば仕方のない発言であるのがほんの少しの救いか……

 

「食った食った~」

 

 満足そうにゲップをすると、軽く腹を叩きながらヴァスティダはドルドーニを嘲笑う。

 貫けぬ護りに補給可能な霊圧。消耗戦に持ち込まれつつある今、ヴァスティダの優位であるこの2つはギロチンの刃のようにゆっくりと上げられている。

 場は既に整えられている。これまでの経験上、ヴァスティダはドルドーニの消耗を待つだけで勝ててしまうのだ。焦る必要などどこにもなく、童話の亀のように自分のペースを守っていればいいのだ。

 

 されど、ドルドーニの猛攻は緩まない。短期決戦でなければ勝てないのは明白、ならばいくら相手が固かろうとも攻撃を続けなければならない。

 そしてその道は、彼の前の『挑戦者』達が通ったのとまったくもって同じ道であった。

 

 状況は既に詰み。戦いを真剣に見ている者達の誰の目にも明らかであった。

 

 ヴァスティダの詰みだと

 

――――――

 

 その瞬間を、ヴァスティダは信じられなかった。自らの目と痛みを疑った。

 自慢であった甲羅の鎧が砕かれ、風の嘴に体が抉られているなどありえない。いくらそう否定しても、流れる血は止まらずに砂に飲み込まれていく。

 

「甘いのだよ、チョコラテのように」

 

「って…メェ……!」

 

 頑なに詰めなかったその距離を漸く詰めたドルドーニに、噛み付くという最大の攻撃を出来ずにヴァスティダは睨みつける他無かった。

 

貴様(ウステッド)の敗因はただ一つ、甘さだ」

 

 実力は拮抗していた。だが結果はドルドーニは無傷で勝つという、実力差からはあり得ないものであった。

 

 ドルドーニに言わせれば、これは気構えの差であった。

 方や十刃として周りは格下ばかりと惰性にかまけた暮らしをして来た者。片や練磨を絶やさず、己こそが上に立つのが相応しいと勇んでいた者。

 同じ実力であるならば、どちらが上に成れるかなど論ずるまでもない。故に、この結果は当然の物。

 

「決着だ。ヴァスティダ・ボママスはNO.101に、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオは第4十刃の座へと就く」

 

 藍染の宣言により、戦いの終わりは告げられた。

 

「それでは御機嫌よう、敗者(ベルデェドル)

 

 おそらくもう顔も合わせる事も無いであろう相手に背を向け、ドルドーニは帰刃を解除しながら藍染の元に向かう。これから、第4の数字を刻まれる作業と自らの物になる宮の引き渡しが待っているので、無駄にする時間などないのだ。

 

(ッフ、決まった)

 

 紳士然とした立ち振る舞い。それをそつなくこせたと、戦い方がエレガントで無かった気がしたがドルドーニ本人はご満悦であった。

 もし、(ッフ、決まった)などとの心の声が誰かに聞こえていたら、ほとんどの破面がガラリと彼への印象を変えたであろう。

 ドルドーニの紳士然とした態度は演技ではないのだが、それは真面目な時はと限定される。つまりは、普段は紳士ではない、と言うと言い過ぎだがそれでも女性を尊重する以外は紳士らしさがない。どこかお調子者で、下心が見え隠れする男にしか普段は見えないといった具合である。

 

 晴れて十刃に成れたのだから、是非とも従属官に女破面が欲しいと異性を意識する男破面らしい思考をドルドーニはしていたが、意識と足をふと止めた。

 

「止め給え。強い気構えも万全の身体も無くして、敗者(ベルデェドル)に何ができるというのだ」

 

 振り返らずに、何とか立ち上がったヴァスティダに言った。

 

「ふざけんじゃ…ねぇ…殺しもせずに…勝っただと…コロス…価値も…ネぇとでもイイテェ…のか……」

 

 息も絶え絶えで言った言葉からは力をまったく感じられない。立つのもやっとなのに、それでも倒れ伏したままなのを赦さぬ矜持があったのだろ。

 

「そのようなつもりは毛頭無い」

 

 殺さなかったのではない、殺せなかったのだ。

 追撃を掛ければ殺せたであろうが、そんな事をせずとも勝負はついていた。仮にそんな事をしでかしていたら、ドルドーニには自分で自分を許せなかったであろう。そんなただただ勝つためだけの行動など、唾棄すべき行いだ。

 

 我を通す。

 

 それがドルドーニにとっての最優先の行動理念だ。損得の勘定などせず、己が思うがままに行動する。それこそ、風のようにありたいとすらドルドーニは考える。

 殺す気で戦っていたが、勝ちをもぎ取った後での敗者の生死はどうでも良いのだ。それが運命(さだめ)と口説き文句なら言ったであろう。

 

「ふざ…けんじゃ…ねぇ!!!」

 

 しかし、そんな考えは所詮ドルドーニの身勝手。ヴァスティダにとって情けを掛けられたと、敗者と言葉を掛けられた以上の屈辱だ。

 腹から流れる血と霊圧を混ぜ合わせ、ヴァスティダは虚閃の構えをする。

 『王虚の閃光(グレン・レイ・セロ)』。十刃のみが使える最強の虚閃。虚夜宮の天蓋の下では使用が禁じられているソレをヴァスティダは撃とうとした。

 

「その技は御法度だ」

 

 誰よりも速く、有事の際には直ぐに行動をできるようにと身構えていたアーロニーロと葬討部隊が動いた。まず、アーロニーロが溜め段階の『王虚の閃光』を抑え込んで潰す。次に、葬討部隊四名がヴァスティダの四肢に剣を突き立てて拘束する。最後に『剣装霊圧』にてアーロニーロがヴァスティダの首を刎ねようとした。

 

「なんのつもりだ、第4十刃」

 

 首を刎ねようとした『剣装霊圧』はドルドーニの斬魄刀によって止められた。

 

「いささか、性急ではないかね? それとも、これが予定通りとでも言うつもりかね」

 

「処断ハ葬討部隊隊長トシテノ当然ノ仕事ダヨ。禁ヲ破ッタンダ、ソノ位ノ覚悟ハシテ貰ワナクチャ」

 

 どちらも譲らぬ睨み合い。そのまま戦端が開かれそうな緊張が奔ったが、アーロニーロが先に剣を収めた。

 

「まあいい、機会なんぞこれからいくらでもある」

 

 負け惜しみにも聞こえる言葉。だが、容赦も慈悲もないその行動は揺るがぬ強欲さが見て取れた。




ドルドーニが第4十刃
独自です。ドルドーニの回想でアーロニーロ、ザエルポロ、ノイトラらしきシルエットが出て来たので、「自分より下の数字でありながら崩玉入手後も十刃であり続けた者達」ではないかとの思って登場時はノイトラが5だったので4にしました。
ちなみに、司る死は『甘さ』
甘さ(チョコラテ)は此処に置いて行けが印象的でしたので


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喰われる紡ぎ手に獣の王

 “3ケタ(トレス・シフラス)”の巣。いつかはそう呼ばれる場所は、虚夜宮の外壁を添うように作られた名目上は鍛練場である。ただ広いだけの部屋、円柱が幾つもあり見通しの悪い部屋、足場が網の目状になっている部屋。そんな一風変わった部屋から、何を考えて作ったのか判らない部屋まである鍛練場だ。

 しかし、その利用者は非常に少ない。喧嘩っ早い破面は、用意されていようともそんな鍛練場など利用せずにその場でおっぱじめるのが常であった。何より、修行や鍛練といった事より実戦あるのみといった脳筋と言えそうな思考な者が多いからであろう。

 

 そんな訳で鍛練場はまったくもって活用されていなかった。そこで、藍染は行く場所の無い『十刃落ち』にその場所を提供する事とした。『十刃落ち』は宮と部下を失いこそしたが、その待遇は並の破面よりやはり上であった。

 その『十刃落ち』に明け渡された一画に、アーロニーロは訪れていた。少し前までは何もないただ広いだけの空間であったそこは、今や倉庫のように物で溢れ返っていた。

 その全てが、1人の破面の私物である。自らの研究の為に集めた玉石混交なサンプルに実験機器。彼にとって必要不可欠にして最低限の物がそこに揃えられていた。

 

「何の用だいアーロニーロ、生憎と僕は忙しいんだ。そのまま帰ってくれると非常に助かる」

 

 破面の科学者にして最初の『十刃落ち』のザエルアポロ・グランツは、振り返りもせずにアーロニーロに言った。

 十刃であった頃と変わりない佇まい。だが、その身体より感じられる霊圧は激減し、かつて姿を知る者からすれば今の姿は弱々しくすら感じる。

 

「ああ、成る程。僕を喰らいに来たのか。だったら止めた方が賢明だよ」

 

 帰る様子の無いアーロニーロが何しに来たのか答えに行き着き、そこで漸くザエルアポロはアーロニーロに向き直った。その顔には、不敵な笑みが張り付いている。

 

「今のお前に後れを取るとでも?」

 

「…やれやれ、この僕がこういった時の備えをしてないとでも思っているのかい? だとしたら、滑稽だよ」

 

 備えがある。そう言ったのと変わらない答えに、アーロニーロは左手の手袋を外す手を止めた。

 何かしら備えがあるとは予想していた。それでも、弱体化し自慢の道具の数々も引っ越しですぐには使えない。ザエルアポロが使える手など高が知れている状態となっている。

 なのに、瞳に狂気を孕む科学者に気圧され、本能が警笛を鳴らす。喰らってはいけないと……

 

「僕の肉体は喰われると融解し、神経に侵入するように手を加えてある」

 

 その能力を聞いた瞬間に、アーロニーロは理解した。喰えない能力、正確には喰えば己が破滅する能力。まるで対『喰虚』用の能力にすら思えるが、虚の習性を利用した不滅の為の能力。

 個を持つギリアンにアジューカスにとっての死は、自身が喰われるのと同義。虚であるのなら、殺した同族は必ず喰らう。ザエルアポロは、もしも自分が負けて喰われようとも体を乗っ取る事で、自分という意識だけでも残そうと能力を付加したのだろう。

 

「君の身体が無傷で手に入るのもソソられるが、今はそんな事よりも優先する事があるんだ。

 ロカ!なにをグズグズしている、5番から10番をすぐに開けて来い!」

 

 もうアーロニーロを相手にする必要も無いだろうと、唯一手元に残った自動する道具(・・・・・・)に命令をする。

 

「はい…ザエルアポロ様」

 

 言われて動いたのは機械などではなく、女の破面であった。彼女は、右半分が髑髏状の仮面の名残りで覆われ、ショートカットされた黒髪と破面では珍しい落ち着いた雰囲気が印象的であった。

 

「コノ際、仕方ナイネ」

 

 いくら弱体化していようが元十刃。相応に旨いだろうとアーロニーロは腹を減らして来ていた。しかし実際に来てみれば、ザエルアポロは喰えないときたものだ。

 これではアーロニーロの腹の虫は収まらない。そこで、アーロニーロはザエルアポロは後回し(・・・)にして、もう1つの目的であるロカ・パラミアを喰らう事にした。

 

「…え?」

 

 自分の目で追いきれない速度で後ろに回られ、首を捩じ切らん勢いで廻されたロカは大事な神経と血管が切れて呆気無く死んだ。あまりの早業に、やられたロカは驚愕で目を僅かばかりに大きめに開くのが精々であった。

 

「何のつもりだ…!」

 

 その凶行にザエルアポロは怒りを露わにする。しかし、その怒りはロカを殺された事への怒りではなく、人手がなくなったせいで研究が遅れる事への怒りであった。

 

「腹が減っていてな。何、人手が欲しければくれてやる」

 

 葬討部隊10体をザエルアポロに跪かせ、ロカを丸呑みにする。

 

(やはり便利な能力のようだな、『反膜の糸』は)

 

 手に入れた能力を吟味しながら、アーロニーロはザエルアポロの返事を待つ。

 おそらく、ザエルアポロの中で葬討部隊を使う事でのメリットとデメリットの計算がされているのだろう。

 

(労働力としては文句はない。単純作業なら、下手に虚や破面を使うよりもよっぽど効率が良い。

 だが、アーロニーロに逐一情報が漏れる可能性がある……)

 

 科学者の考察は常に情報によってもたらされる。故にザエルアポロはあるとあらゆる情報を決して軽視しない。例え自分より頭脳が数段以上劣る相手だろうと、そう簡単に漏洩など避けるべき事態なのは変わりない。

 葬討部隊隊員を渡す理由に、詫びの気持ちなど現世の霊子濃度より薄くしか入っていないのは明白なのだ。もし、破面で本気で詫びの気持ちを示す奴がいたのならば、ザエルアポロはソイツの脳を解剖してみたいくらいである。

 

「…ッハ、まったくもって君は酷い奴だ。今すぐにでも、バラバラに刻んで解剖したいくらいにね」

 

 断る事は簡単だが、作業する人手を得るのは難しい。自らが完全になるのに必要なのは人手と時間だけなのだ。

 ならば、アーロニーロが何をするにしても、先に完全へと至っていれば何ら問題は無い。

 そう結論を下し、ザエルアポロは葬討部隊を受け入れた。

 

―――数か月後―――

 

 大虚を連れて来い。簡潔に言えばそう命令されたアーロニーロは、今日も虚圏の砂漠を駆けていた。

 なぜそんな命令を下されたのかの顛末を語るなら、始まりはアーロニーロがミッチェル・ミラルールを喰らった時にまで遡る。

 第9刃が第3刃を討ち破ったのは下剋上の気風を虚夜宮に(もたら)し、弛緩していた空気を引き締めた。その結果、多くの破面が殺し合いをした。

 言ってしまえば虚にとって陳腐な出来事なのだが、殺し合いをすればその数を減らすのは当然で、現在の『数字持ち』の序列は虫食いだらけという有様だ。特に最初期組と呼ばれていた面々は壊滅的で、アーロニーロを除いて4名しか存命していない。

 

 これからも破面の数は増やされる予定であったので、空いた数字は順次新しい破面に宛がう事にされたのだ。11以下の数字は生まれた序列となるのが有名無実になるのが決まった瞬間である。

 随分と対応が遅いが、破面化の方法は藍染によって行われるので、藍染の時間が取れなければ出来ないのだ。なので、時間が取れる目途が立ったから大虚を連れて来いとの命令が下されたのだ。

 尚、誰が生きていて誰が死んでいるかは葬討部隊によって把握されたので、11以下の数字を再配布するという案もあったのだが、それはそれで手間となるので実行はされなかった。

 

 そんな事情はアーロニーロは知った事かと吐き捨てたい所であったが、藍染の命令であるので唯々諾々と遂行するだけであった。

 

(しかし、虚夜宮近く(この辺)はすっかり虚が近付かなくなったな……)

 

 響転での高速移動をしながら、アーロニーロは手間が掛かるとため息をついた。

 虚夜宮は破面の根城である為に、虚からすれば死地と同等となっている。それでも、極一部の破面を除き虚夜宮の外に出る者は少ないので、完成してから少しの間は物見遊山で訪れる虚もいた。

 それなのになぜ虚が全くいない無人(虚)地帯になったかと言えば極一部、と言うよりため息をついたアーロニーロのせいである。

 虚夜宮を中心にして自分達よりも強い破面が襲撃を繰り返しているなどと知れば、普通はなるべく距離を取ろうとするものである。わざわざ危険を冒してまで近くにいる理由などないのだから。

 

(まあ、繋げる範囲は広いに越したことはないだろう)

 

 いつか必要になるかもしれない仕込みをしつつ、アーロニーロは駆け続けた。

 

――――――

 

「我等を喰って行け」

 

 その場面に出会ったのは、完全な偶然であった。

 己が限界を知り、王と認めた者へと供物として家臣が己が肉を差し出すその場面に。

 

(牡牛に岩っぽいの、蛇?に(ほっそ)いのとギリアン。そして豹…)

 

 なんとなくそういえば居たような気がする面子を前にして、アーロニーロは大漁大漁と嗤う。獲物の指定は大虚と大雑把であったが、言外の圧力でアジューカスを連れて来いと間違い無く思われていた。それを5体も連れ帰れば、とりあえずは任務達成である。

 

「運が良いな、お前らは」

 

 相手に逃げられないようにと霊圧を消していたが、もうその必要は無いと声を掛けると同時にアーロニーロは止めた。

 

「なんだてめえは……」

 

 まず口を開いたのは豹。王と崇められていたのはこの虚で、まずは一齧りをした事で口から鮮血が垂れている。そんな面で敵意を滾らせた言葉には威圧感が込められている。

 

「俺は第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリ。藍染様の御命令で強い虚を探していたところだ」

 

 必要最低限の自己紹介をし、何の脈絡も無しに6体の虚に霊圧を叩きつける。

 

「黙ッテ従イナヨ。力ノ差ガヨク判ルダロウ?」

 

 言ってしまえば藍染の真似であるが、身を持って知るのが一番理解が早い。恐怖を煽る様にとゆっくりと近付く。

 ギリアンは膝を付くどころか倒れ伏し、アジューカスはギリアンよりマシだが息も絶え絶えに膝を付いている。流石にやり過ぎかとアーロニーロは思ったが、豹の虚が必死になって立っているのを見て考えを改める。

 

「いきなり出て来て、偉そうに見下すんじゃねえ!!」

 

 これ以上受け続ければ動けなくなる。そう悟った豹は牙を突き立てんとアーロニーロに跳びかかる。

 だが、無意味だ。豹は強かったが、所詮はアジューカス。かつてのアーロニーロと同じ階級の存在で、2度の破面化と千を超える虚の捕食でその実力の底上げがされたアーロニーロに勝てる筈がない。

 額を掴まれ、憐れにも砂漠に小規模なクレーターが出来上がる力で叩きつけられた。

 

「クソッ…がァ!」

 

 まだ意識がある様子の豹にアーロニーロは首を傾げた。

 

(手加減し過ぎたか?)

 

 生け捕りが絶対条件だが、一方的に痛め付けて虚夜宮に行くまでの間だけでも従順にさせるつもりだった。なのに豹はまだ意識を保っていた。一撃で決めるつもりであったので、やや不満げにアーロニーロは豹の額を掴んだまま持ち上げる。

 

 叩きつけられるその直前、豹は怒号を聞きつつもその意識を手放した。

 

――――――

 

 グリムジョー・ジャガージャックは王だった。

 なぜ過去形になるかを問えば、彼が数少ない家臣を見限ったからだ。王とは真の孤独では決して成り得ない者、他者が認めなければ誰が王と上に据え置こうか。上に立つには、下となる者が必要不可欠。

 だが、グリムジョーは切り捨てた。上を目指すのを諦めた家臣を腰抜けと罵り、自分だけになろうとも上り詰めようとした。

 

 しかし、グリムジョーは忘れていた。その腰抜けが、自身を王へと押し上げたということを。

 

 グリムジョーがアジューカスになり、虚圏の地下に相当するメノスの森より這い出たのが出会いの切欠だ。そのメノスの森から出る手段は3つ。

 1つ目は一度現世か尸魂界を黒腔(ガルガンダ)で経由する空間移動。一番簡単な方法であるが、()った先と戻って来た場所がどこに繋がるかが(おこな)った者にも判らない為に一番選ばれない方法である。

 2つ目は、砂を突っ切っる。通り抜けれるならば確実に出れる方法だが、砂の圧力に負けない強靭な身体能力を必要とされるので行える者は限られる方法。

 3つ目は、外へと繋がっている道を見つける。わざわざ砂の中を突っ切らずとも、自然に出来た道を利用して外に出る方法。しかし、出入り口が決まっているので、待ち伏せに気を付けなければならない。

 

 グリムジョーが選んだ方法は2つ目の、自分の身体能力を頼みの綱にした方法であった。出た場所の運が良かったのか、グリムジョーは家臣であった者達と出会い、その力から王と崇められた。

 

 崇められるその直前まで、王になろうとはグリムジョーは思い付きもしなかった。本能のあるがままに、同族を喰らい、その力を増していった。強くなろうとの意志はあっても、崇められる王になろうとの意識は無かった。

 だから、グリムジョーにとって王の始まりは力を誇示する事であった。故郷を救いたい、王族であったが故といった英雄譚のようでなく、力でもって己を誇示するのがグリムジョーの王道。

 故に、グリムジョーが欲する家臣は、自分の後を追える者。それ以外は求めず、それ以下は切り捨てる。それを実行しようとして……

 

――――――

 

 豹もとい、グリムジョー・ジャガージャックはそこで目を覚ました。

 

「遅いお目覚めだな、グリムジョー」

 

 グリムジョーが声のした方を見れば、自分が切り捨てようとしていた家臣達が心配そうにこちらを見ていた。

 

「3日間。それだけの間を、お前は眠り続けていた。アイツは心配無いと言っていたが、気が気ではなかった」

 

 今度は指差した方に顔を向ければ、グリムジョーからすればもはや怨敵に成りつつある奴が少し離れた砂丘に立っていた。

 

「ッチ、おい、今はどういう状況だ」

 

 今すぐには殺される心配は無いようなので、グリムジョーはどうなっているのかを聞いた。少なくとも、悪い方向には転がっていないような気がするが、それは勘でしかない。

 

「その辺の話は、俺から言わせて貰おう」

 

 ついさっきまで砂丘に居た筈なのに、もう手が届く距離に立っているアーロニーロが『嗤っている』と、グリムジョーには感じられて仕方が無かった。




グリムジョーの王云々
独自です。グリムジョーの性格を考えると、シャウロン達に王と崇められなかったら豹なのにロンリーウルフやってそう。

メノスの森からの出方
1つ目はオリジナル。やろうと思えばできそうな方法
2つ目はグリムジョーの回想で砂の中から飛び出す描写がアニメであったので。
3つ目はアニメオリジナルのメノスの森編で一護達が脱出した方法。


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加えられる輪

 グリムジョー率いる群れをお供に、アーロニーロは何日も掛けて虚夜宮へと帰った。何日も掛かった理由は純粋に距離があったのと、行きと違って響転で帰れなかったからだ。

 虚夜宮を初めて見た面々はその大きさに圧倒されたようだが、1人だけ他と違う反応をしていた。

 

「どうした?イールフォルト」

 

「だ、大丈夫だ。なんでもない、何でもないんだ」

 

 アーロニーロに(ほっそ)い何かと思われているシャウロン・クーファンが様子のおかしい牡牛の虚であるイールフォルト・グランツに声を掛けるが、自分に言い聞かせるような言葉で無理矢理に会話を中断した。その目は、落ち着きなく辺りを見回して何かを警戒しているようである。

 

 グリムジョーの群れであるが実質的な取りまとめをやっているシャウロンはその様子が気掛かりであったが、本人が語らぬのなら無理に聞き出すのは酷であろうと詮索は止めた。

 

 アーロニーロに連れられて虚夜宮に入れば、人影こそ見えないが霊圧が自己主張し、そこかしこに破面がいるのが肌で感じとれる。

 アーロニーロから一度受けた圧に比べれば軽いが、虚の身ではやはりキツイのだろう。グリムジョー以外はどこか怯えているように身を振るわせている。

 

「さて、お前等はこれから藍染様と謁見する。粗相の無いようにな」

 

 粗相の無いようにと言っておきながら、これといった注意事項を話さないアーロニーロに一瞥をくれてグリムジョー達は案内された部屋に入った。

 部屋の中には男が1人悠然と椅子に腰かけているだけ。だというのに、グリムジョー達は気圧された。

 

 アーロニーロのように霊圧を叩きつけられたのなら、まだ理解の範疇であった。攻撃するという明確な意志で放たれた霊圧に屈するのなら、実力差があると思い知らされるだけだ。

 だが、藍染の霊圧はそんなモノではなかった。敵意が感じられないただ垂れ流しの霊圧であるというのに、上から抑え付ける重圧となってグリムジョー達に触れる。

 

「ようこそ、虚夜宮に」

 

 上座より掛けられるは上位者の言葉。歓迎するとの言葉を紡がれようとも、そこに心は一切感じられない。藍染が求めているのは仲間などではなく、強い駒なのだから当然と言えば当然の態度。しかし、なんの着色もされていない無色であるからこそ、藍染が多様に見えてしまう。

 ある者には不遜な大罪人、ある者には虚圏における太陽()、ある者には不実なる神。

 

 グリムジョーには、藍染は壁に見えた。藍染の風格は王者のモノ。上に立つ王は1人で良く、グリムジョーの思い描く王は強くなければならない。そして、その強さにおいては藍染が座るには十分と認めざるを得ない。

 故に壁なのだ。王としての自分を諦めない限り、己が前に立ち塞がるのが目に見えている壁。

 

「さて、単刀直入に言おう。

 君等に力を授けよう。その代わりに、私の下でその力を振るってくれるかい?」

 

 従うか否か。この場に立っている時点で答えは決まっているであろうが、あえて藍染は問う。命令を聞く気が無い連中も多いが、虚偽であろうと従うと言わせる事に意味があるのだ。

 虚というのは過酷な生存競争で生き残っている為に、粗暴な性格の者が大半を占める。粗暴でなくとも、罠に嵌めようとかチマチマと削ると言った陰湿かつ粘着質といった嫌な性格を持つか、合わせて持っている者すらいる。

 そういった虚を煮詰めたと言える大虚は、その強さからプライドまでも高い者が多い。他人の性格にとやかく言うほど藍染の器量は小さくないが、そうであっても命令を聞く者とそうで無い者の判別は必要となってくる。

 

 だから言わせるのだ。自らの口で従うと。

 

 言わずとも破面化はしてやるが、そうなると命令ではなく状況でその者を動かす事になる。

 

 言ったのなら、大概は問題は無い。

 いくらプライドが高くとも、一度折ってしまえば以降も折れる可能性の方が高い。

 取り入ろうとしているのなら、行動でも示さなければならないので問題は無い。

 心より言うのなら、論ずるまでも無い。

 

「その前に1つだけ聞かせろ。アーロニーロとか言うアイツより強くなれんだろうな?」

 

 第9十刃と名乗り、自分達をここまで導いた敵をグリムジョーは脳裏に描く。仮面で顔の表情は窺えなかったが、此方を格下だと見下しているのは解った。

 それが許せないのだ。力の差が種族の差だったというのなら、自分に舐めた態度で見下した事を後悔させるのだ。

 

「残念だが、それは確約できない。聞いているだろうが、アーロニーロは末席だが十刃に名を連ねる破面。

 大多数の破面が、彼に劣っているのが現状になる。君が破面化するだけでアーロニーロを超えられる資質を持つかは、私には測りかねる。

 それでも、これだけは確約しよう。私の与える力は、虚の限界を突破すると……」

 

「ッチ」

 

 自分を赤子の手を捻る感覚で倒したのが末席。その事実にグリムジョーは舌打ちをした。

 目の前の藍染もそうだが、ここには自分が生きてきた環境が生温く感じる程に強者が揃い踏みしている。

 こんなにも、自分を奮い立たせる―――群れを作ってから薄れていた、死と隣り合わせの空気が張り詰める―――場所に来るのが遅れたのが非常に腹立たしかった。

 

(上等じゃねぇか、どいつもこいつも喰ってやる)

 

 獣の王は、新天地でその牙を剥き出しにして堂々と研ぐのであった。

 

――――――

 

「………」

 

 心機一転と言わんばかりに、破面としてより強くなると決めたグリムジョーは青筋を立てて怒っていた。

 破面化した事で、グリムジョー達はディ・ロイ・リンカー以外は完全な人型になった。グリムジョーは水浅葱色のリーゼント風の―――あくまで風で、どちらかと言うとオールバックを途中で諦めて立たせたような―――髪をもつ、顔は整っているが不良(ヤンキー)と言われれば納得できる男となっていた。

 壁に背を預けて立っている様は、獲物が通るのを待っている不良そのものである。

 

「食うか? おそらくここでしか食えんぞ」

 

 表情を見れば怒っているのが分かり切っているグリムジョーに、アーロニーロは自身も食べているクッキーを勧める。

 そんなアーロニーロをグリムジョーは睨み付けるが、意に介さんと今度は無言でクッキーが盛られた皿を突き出す。

 

「ざけてんじゃねえぞ!!!」

 

 馬鹿にされているとしか思えない行動に、怒号と共に皿をハタキ落とそう腕を振り下ろす。だが、そうすると読んでいたアーロニーロは皿を横に移動させてクッキーを守る。

 ならばとグリムジョーは今度はアーロニーロに狙いを定めて、久しぶりに拳を握りしめて殴り掛かる。

 

「無駄ダヨ。随分ト久シ振リダロウ、二本足デ立ツノハ」

 

 僅かにできたグリムジョーと壁の間に滑り込み、アーロニーロは軽くグリムジョーの背中を押す。それだけで、バランスを崩すとグリムジョーは倒れてしまった。

 

「クソがァ!!」

 

 倒れたままを良しとせずに直ぐに起き上り、歯を剥き出しにして掴みかかろうとグリムジョーはするがまたも後ろに回り込まれて背中を押される。

 

「やはりまだ獣だな。折角の斬魄刀が泣いているぞ」

 

 派手に転ばしたアーロニーロの手にはグリムジョーの斬魄刀が抜き身で握られていた。なんてことは無い、後ろに回り込む為に横を通った際についでに抜いたのだ。なぜそんな事をしたかと言えば、更に挑発する為である。

 アーロニーロが挑発し、グリムジョーがそれに喰って掛かるやりとりは先程の初めてではなく、かれこれ数時間は続いている。

 

「……」

 

 そのやりとりをシャウロンは痛ましい表情で見ていた。グリムジョーがなるべく早く強くなるのに必要な特訓なのは解るのだが、やはり嬲られているようにしか見えない今は心が痛むのだ。

 他の面々も、グリムジョーを何とも言えない表情で見ている。ディ・ロイだけは、「今のグリムジョーなら傷の借りを返せそうな気がする」と思っていたが、行動に移したら傷が広がるか新たな傷ができるかの変わり映えのしない2択になっていた。

 

 そして、シャウロン達以外にも2人のやりとりを見ているグループが2つあった。ハリベルとその仲間の3人によるハリベル一派と、アイスリンガーを筆頭とした服に9の数字を刺繍した『第9刃従属官(ヌベーノ・フラシオン)』だ。

 そのハリベル一派の3人は、懐かしそうに見ていた。3人ともグリムジョーの動きの拙さには、よく憶えがある。なにせ3人ともグリムジョーと同じで獣型の虚であったので、人型になった際には似たような状態になっていた。

 体の慣らしとしての運動は、人型から離れていた虚なら誰しも通る道だ。ヴァストローデでもなければ、体のバランスが極端に変わってしまう例も少なくなく、新人イビリとして転ばしたりする風習が出来つつあるくらいに当たり前のことだ。

 それでも、3人は主に恵まれたのでそういった事は全く無かったが。

 

 そういった意味では、シャウロン達は―――ただしディ・ロイは除いて―――優秀であった。元々人型と言えなくもない体躯であったり、2本足で歩くのが普通であったので慣らしはほとんど必要無かった。ディ・ロイだけは下半身はアジューカスの頃のままで、別の意味で慣らしが必要無かった。

 ただ、グリムジョーは豹と同じ体躯であったので慣らしが難航している。

 

「さて、そろそろコイツを付けてやろうか」

 

 そう言ってアーロニーロが袖から取り出したのは9と言う数字。詳しく言うなら、アイロンで服に付けるシールのような物である。刺繍を施した服が完成するまでの繋ぎに使われているものだ。

 ちなみに、アイロンなど虚夜宮に無いので威力を抑えた破道の三十一赤火砲で付けられる。

 

「嘗めんじゃねェ!!」

 

 その数字を付けられるということは、アーロニーロの従属官になったという証。最初期組が実力の上回るこれからの世代に絡まれないようにと、従属官であると判り易くする為に作ったものである。なのだが、どうせだからとイールフォルト・グランツを確保する為に纏めて抱え込んだグリムジョー達にも付けているのだ。

 

 従属の証(そんなもの)を付けるなど、グリムジョーの言い方なら「気に喰わない」である。

 藍染の下に付くことは不服であろうと納得はした。しかし、よりにもよってアーロニーロの従属官などになるなどグリムジョーは許容できない。グリムジョーの選択は拒絶しかない。例え、拒否権など無かろうともその答えに変わりは無い。

 

「モウ遅イケドネ」

 

 火の着いたタバコを押し付けられるような痛みを背中に感じれば、それは手遅れを告げる痛みでしかない。

 どうなったかを確認もせずに、羽織っていた死覇装を叩きつける。

 

「せいぜい好きにするんだな」

 

 仮面越しでも嗤っていると判るアーロニーロは、グリムジョー弄りを切り上げて自室へと上がっていた。

 

「ッチ、あのクソ野郎が」

 

 漸く解放されたグリムジョーは恨みがましくアーロニーロの出て行った扉を睨みつけるが、それで怒りが収まる訳が無い。手当たり次第に目に付く物を破壊すれば少しは怒りが収まるだろうと、手始めに壁をぶち抜ぬくべく触れる。

 力を込め、いざ破壊しようとした途端に、膝からグリムジョーは崩れた。

 

「な……」

 

 なぜそうなったのか、それを考える余裕もなく意識を失うのであった。

 

――――――

 

 倒れたグリムジョーは部屋に運ばれ、真新しいベッドに寝かされていた。

 

「診察結果、疲労と空腹による気絶」

 

 嗤いながらアーロニーロは『反膜の糸』での診断結果を言い、雑用代わりに使っている葬討部隊隊員に食い物を持ってくるように命令を出す。

 破面化の副作用かと慌てたシャウロン達は、命に別状は無い結果に安堵の息を漏らす。なお、原因はどう考えても目の前のアーロニーロなのだが、そこまでは考えが回っていないようである。

 

「マア、破面化デ少ナカラズ消耗スルカラ、限界マデ動ケバソウナル二決マッテルヨ」

 

 消耗しているだけなら回復させるのは容易なので、アーロニーロは練習がてら回復用の鬼道である回道を行使する。元の適正が低いので全快させるのには時間が掛かるが、起きられる程度に回復させるのならすぐに可能であった。

 

「これでそのうち起きる筈だ。起きたら、飯を食わせて休ませろ」

 

 丁度使いにだした隊員が戻って来たので、もうやる事はないと出て行った。

 

(そろそろ、頃合いか……)

 

 1人なったアーロニーロは、グリムジョー達と最初に別れた時にした思考を再開した。

 

(思えば随分と先延ばしにしてきたからな)

 

 斬魄刀の屈服。『捩花』を手に入れてから考えていた事なのに、ズルズルと先延ばしにして事だ。具象化自体はもうできるようになっていたのに、何かと理由を付けて先延ばしにしてきたような気がしてならない。

 

―――怖インダヨ

 

(怖い? 俺が恐怖するのは格上と飢える事だけだ)

 

 頭に響くもう1つの声に、アーロニーロは普通に返す。その声は、間違い無く自分の声なのだから。

 

―――ソックリダカラネ。模写サレタヨウニネ

 

(斬魄刀と虚がそっくり? そんなのは特別な物だけだ)

 

 もう1つの声の答えをあり得ないとバッサリと切り捨てて、アーロニーロは思考を中断する。そして、胸の(わだかま)りを晴らす意味も含めて、『捩花』を屈服させると決めたのだった。



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荒波

 斬魄刀の屈服は卍解に至る為の試練。斬魄刀の真の姿を現実に具象化させ、その上で斬魄刀の出す条件を満たすのが屈服となる。条件と言っても、アーロニーロが知るその条件は斬り伏せる事だけ。何も力でねじ伏せるだげが屈服させる手段ではないので、他にも様々な条件があるのかもしれない。

 

 屈服させるのには戦う線が濃厚であったので、アーロニーロは虚夜宮から出て特に何もない砂漠まで足を運んだ。

 

〈久しいな〉

 

 具象化された『捩花』は相変わらず巻貝であった。変わったら変わったで困るのだが、どういう訳か海燕の記憶での『捩花』の姿に関するものは靄が掛かってハッキリとしない。

 だから、今の姿が『捩花』本来の物か、それとも自分と一体化した事で変質した物かの判断がアーロニーロには不可能であった。

 

「お前を屈服させる」

 

〈ならば斬り伏せろ〉

 

 意識的に具象化させる理由などただ一つ。両者共にわかっており、気安く語り合う間がらでもないので事実のみを告げる。

 

〈水天逆巻け、『捩花』〉

 

 貝の中から斬魄刀とアーロニーロと同一の触手を出し、『捩花』は即座に解放した。ならばとアーロニーロは『剣装霊圧』で右手で武装する。

 

 どちらも戦闘スタイルは近接型。互いの間合いに踏み込むのは必然で、アーロニーロが踏み出す。対する『捩花』は待ちの姿勢で、触手を幾つも出して器用に解放した事で三叉槍となった斬魄刀を回転させる。

 

 アーロニーロにはその動きは見覚えがあった。海燕の『捩花』の使い方で、高い構えで槍を回転させて常に波濤を巻き上げ追従させるといった戦法。波濤は専ら攻撃に使われるが、タイミングを合わせれば盾にもできる。

 実力はほぼ同等と仮定すれば、荒れ狂う波濤を追従させる槍をどうこうするには骨が折れる。

 

「虚閃」

 

 だが、いくら嵐の海のように波濤が荒れ狂ったところで極小規模な海だ。アーロニーロの虚閃で飲み込むのは容易い。

 同格の相手には決定打にならないことがほとんどの虚閃であるが、隙を作らせるのには十分役立つ。

 

 迫る虚閃を前に回避が迎撃の選択を強いられても、『捩花』は廻すのを止めない。ただ、虚閃と槍がぶつかる様に調整をするだけであった。

 虚閃と衝突し、そのままダメージを与えるのをアーロニーロは幻視した。槍と虚閃がぶつかる瞬間、その直後に訪れる好機を逃さまいと駆けた。

 

〈無駄だ〉

 

 だが、『捩花』は虚閃を受け流した。虚閃を波濤で巻き取り、直進するだけの虚閃に別の流れを作り出して逸らす。本来であればそんな芸当は不可能だ。

 アーロニーロが撃った虚閃は当たれば爆発するタイプであり、防ぐか抑え込むかしか至近距離での対処法は無い。ならばなぜできたのか、その理由はアーロニーロと『捩花』の関係に起因する。

 アーロニーロは『捩花』と融合しており、普通の死神よりも深く繋がっている。その結果、霊圧の差は誤差程度で同一となっている。霊圧への干渉が難しかろうが、アーロニーロと『捩花』であれば互いの霊圧が互いの霊圧であり、自分と相手との霊圧の差は無いに等しい。

 故に『捩花』は外に放出された霊圧の塊たる虚閃を、自分の霊圧を操作するように干渉できたのだ。しかし、例え同一の霊圧であっても、一度離れた霊圧を自在に操るのは出来ずに、逸らす事しか出来なかったのだ。そうであっても、妙技なのは変わらないが。

 

〈死ぬべきなのだ。私も、お前も〉

 

 隙を突こうと近付いたはずなのに、予想外の結果に気を取られたアーロニーロの頭に突きが迫る。

 

「死ぬ? お断りだ」

 

 右手が傷付くのを厭わずに、アーロニーロは目前にまで迫った槍を掴んで止める。

 

「ソウ、駄目ナンダヨ。死ヌノハ、絶対二駄目ナンダヨ」

 

 迫る波濤を虚閃で吹き飛ばして、『捩花』の懐に入る。懐に入ってしまえば、槍のような長物は途端にその取り回しの悪さを露呈させる。

 

〈だが、死ぬべきなのだ〉

 

―――虚閃

 

 『捩花』の虚閃が、身を守る貝殻を打ち砕くべく殴り掛かろうとしていたアーロニーロを飲み込む。

 まさかの虚閃でダメージを受けて右手の力が緩む。そこを突いて槍を抜くと、そのまま振り下ろす。先程は虚閃で吹き飛ばされたが、波濤の威力は―――硬い鋼皮を持つ破面には、斬撃よりも打撃の方が通り易いとの相性もあるが―――槍での攻撃よりもある。

 

 だが、そのまま連続で攻撃を受けるアーロニーロではない。響転で距離を取り、割れた仮面を捨て去る。

 

〈生き続ける意味も意義も無かろう〉

 

 声に同情と憐れみを乗せながら『捩花』は続ける。

 

〈命を賭してまで護りたいモノなど、私と同じようにとうの昔に失っているであろうに……〉

 

「なんの…話しだ……」

 

 アーロニーロは『捩花』の言葉の意味が解らなかった。

 

〈憐れ。それとも、救いを求めた結果か〉

 

「ヤメロ……」

 

〈ならば思い出して、死ぬべきであろうな。それが、手向けになろう〉

 

「ヤメロ……」

 

〈お前は、虚となったその瞬間に……〉

 

「嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ!!!!

 アンナ思イハモウ嫌ダ! モウ苦シイノモ、辛イノモ嫌ダ!!!」

 

 アーロニーロには解らなかった。どうして(・・・・)自分がこうも取り乱しているのか(・・・・・・・・・・・・・・・)

 ジクリと、穴に切れ込みを入れられて広げられるような痛みが奔った。実際に切れた痛みではない。心を痛めるとか、そんな幻覚の類いの痛みであった。

 痛みと激情に身を任せ、アーロニーロは『捩花』を攻めたてる。『剣装霊圧』で槍を受け止め、虚弾や虚閃で波濤を相殺する。狂いそうなくらいに感情が動いているのに、もう一方のアーロニーロは冷静であり続けた。

 

(全ての技を共有しているに違いない。でなければ、斬魄刀が虚閃など撃てる筈が無い。

 なら、『捩花』と相性が良く、使われると厄介な能力は……)

 

〈卍解〉

 

 身体は激情で動き、思考は冷徹であったアーロニーロは信じられない言葉を聞いた。『捩花』が卍解と言ったのだ。アーロニーロの驚愕など後目に、槍が追従させていた波濤とは比べものにならない量を吐き出しながら形を崩していく。完全に槍が姿を消せば、其処には奇妙な海が生まれていた。

 

〈――――〉

 

 海がドーム状に広がって包み込み、その天蓋を支えるように柱がそびえ立っている。その柱とドームの中の辺り一帯には、『捩花』の名前の元となった植物のように花が螺旋を描くように咲いている。

 月光で照らされるその全てが、波濤で出来ているのも相まって幻想的な光景を作りだしていた。それでも、アーロニーロは見惚れはしなかった。そんな光景より、卍解の名が聞こえなかったのが気になったのだ。

 

 精神世界で斬魄刀と相対しても、相応しい時にがくるまではその名が聞こえないのと同じであろうか?解らない事ばかりであるが、今は気にしている場合ではないと切り替える。

 

 卍解を手に入れる屈服の為に、卍解に立ち向かうなど普通ではない。死神なら、まず突破が不可能な試練だ。卍解は始解の2倍から10倍の戦闘能力を有するとされている。それに始解で挑むなど、無謀であって勇敢だとかではない。

 だがしかし、アーロニーロは死神の力を有しているが死神ではなく、無謀とは言い難いのも事実であった。

 

「跳ねろ、『乱夢兎』」

 

 ならば、破面の帰刃を使うのが当然の帰結であった。基本的に外さない超速再生があるせいで、他人の帰刃は1つしか使えないが、それでも『乱夢兎』は便利であった。足場が実質どこにでもあるのは、小回りを利かすに必要不可欠であるし『霊子凝縮』を使った爆弾の威力も申し分ない。

 

 響転を繰り返し、瞬く間に距離を詰める。途中で柱が倒れるように襲ってくるが、『乱夢兎』を使っているアーロニーロに届くには遅すぎる。

 

〈無駄だ〉

 

 速さでいくら後れを取ろうとも、『捩花』は焦らなかった。『捩花』の卍解は東仙要の卍解である『清虫終式(すずむしついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』と朽木白哉の卍解『千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)』を足して2で割ったような代物である。

 始解では叶わなかった常に大量の波濤を控えさせ、攻撃と防御のどちらでも転用可能。

 攻撃すれば使い方次第で点から面まで自由自在に範囲を選べ、始解の頃より持ち得ていた圧砕、両断する力を発揮する。

 防御に使えば液体の盾はスピードがあればあるほど減速させ、パワーのある攻撃ならばその衝撃を飲み込んで飛び散る事で失わせる。

 虚閃、虚弾、『霊子凝縮』といったアーロニーロの攻撃はこの如く無効化された。攻撃が届かないのは『捩花』も同じであったが、場を支配しているのは『捩花』であった。

 

――――――

 

(どうすれば、届く……)

 

 千日手となっている現状に、いつも冷静なアーロニーロの心に焦りが出始めていた。

 

 生き物にとって最大の難敵は同族である。

 

 誰が言ったのか、そもそも著名人が言ったか怪しい言葉であるがアーロニーロはこの言葉が正しいと感じていた。あくまで難敵、難しい敵だ。戦えば勝ち辛く、かと言って逃げようとしても逃げきれない。そういったのが難敵とアーロニーロは思っている。

 無論、アーロニーロと『捩花』は同族でこそないが、その質はほぼ同一。霊圧で押し切ろうにも、同じだけの霊圧を放つのは訳ない。

 

 嫌でも消耗戦に持ち込まれるのは目に見えており、消耗しきるのはよろしくない。消耗戦ならアーロニーロが主であり、その付属品のような『捩花』なら確実に勝てる。しかし、勝てるだけでその消耗は限界ギリギリになるのもまた確実。

 今居る場所は虚圏の砂漠で、いくら破面のアーロニーロでも消耗すればアジューカスに劣ってしまう。葬討部隊を使えば避けられるであろうが、生憎と連れてきてはいない上に虚夜宮から遠く離れていて今からこちらに向かわせてもかなりの時間が掛かる。

 

 なぜそんな状況にアーロニーロは自分を追い込んだのかと言えば、(ひとえ)に誰にも弱いところを見せない為にある。例外はそこら辺に隠れて見ていそうな藍染を始めとした―――対策を講じても無駄な―――死神3人くらいで、付き合いが長くなってき始めてるハリベルは元より、『第9刃従属官』の面々にも弱い所を見せるつもりは無い。

 

 弱い所を見せればそこから喰われるのが虚という存在で、喰いやすいところを見つければまず喰らい付くのも虚という存在なのだ。故に、多くの破面より強かろうがアーロニーロは弱さを隠す。そうしなければ、嬲る様にその身体を喰い散らされ、そのまま全てを喰われるのが最後となる。

 

「まったく、嫌になる。喰い尽くせ、喰虚」

 

 短期決戦には全力を出すしかなく、その手段が自分の帰刃であるというのは当然であった。蛸に似たその巨体が海に降り立つ。

 そして、『捩花』が待っていたのはその瞬間であった。アーロニーロの帰刃の弱点はその巨体だ。膨大な量の波濤でも、一個人に攻撃できる総量は面積の都合上限られてしまう。

 だがしかし、帰刃したアーロニーロは巨体。全力での攻撃ができる。いくら超速再生を持っていようが、卍解での総量による攻撃の前には再生が追いつきはしない。

 

 『捩花』は運命共同体であるアーロニーロを本気で殺しに掛かっていた。アーロニーロと一体化した事で、詳しい過去を覗き見た『捩花』はこうなった(・・・・・)アーロニーロに同情した。ならばこそ、主を失った自身も死ぬべくアーロニーロも殺すのだ。

 

()け〉

 

 柱が、花が、海を形造るその全てがアーロニーロに殺到する。全方位から一斉攻撃。どこにも逃げ場など無く、巨体であるかなど瑣事と言わんばかりに削りに掛かっている。

 

「嘗めるな」

 

 迫り来る海の一部を左手と足にあたる触手の先端から撃つ虚閃の掃射で吹き飛ばし、『捩花』を正面に捉えて進む。

 

〈嘗めているのはどちらだ〉

 

 無謀な進撃をしだしたアーロニーロに語気を強める。『捩花』の攻撃はまだ始まったばかり、波のように何度も打ち寄せるものではない。アーロニーロが吹き飛ばしたのは、ほんの少しの濁流に過ぎない。

 

「破道の七十三 双蓮蒼火墜(ソウレンソウカツイ)!!」

 

〈なに!?〉

 

 巨大な蒼炎がアーロニーロの手のみならずに、虚閃のように触手からも放たれる。迫っていた傍から逆に蒼炎に飲み込まれ、卍解が蒸発していく。

 

「ふん、やはり弱点は炎か」

 

 何も無策でアーロニーロは突っ込んだ訳ではない。元が霊圧であろうとも、能力によって変換した物質は現世での物質と同質の特性を持つ。だから、いくら卍解であろうとも同格の霊圧を持つアーロニーロの双蓮蒼火墜によって蒸発させられたのだ。

 

〈ック…!〉

 

 明確な弱点を突かれた『捩花』は初めて苦しげな声を漏らした。

 

「では、こちらも効くだろうな。破道の十一綴雷電(つづりらいでん)!!」

 

〈その鬼道では、卍解を突破はできん!!〉

 

 水は電気を通し易い。そんなのは常識だが、綴雷電は物体を伝って移動する電撃。直接触れている物質さえなければ、当たる事はまずない。海を退かせて触れている物をなくせば、届く道理は無い。

 

「自分ノ身体ヲ見テ、モウ一度言ッテゴランヨ!」

 

 視認すら不可能に近いか細い糸、『反膜の糸』がしっかりと『捩花』の身体に巻き付いていた。それを確認すれば、既に手遅れであった。綴雷電は『反膜の糸』を伝い、減退することなくその電撃を叩き込む。

 されども、所詮は十番台という弱い部類の破道。大したダメージにはならない。

 

〈おのれ…!〉

 

 だがしかし、大したダメージにならずとも一撃は一撃で、『反膜の糸』をどうにかできなければ再度くらうのが確実。それでも、まだ『捩花』の優位は変わりない。卍解を幾らか蒸発させられたが、総量の5%にも満たない。全方位攻撃にまだ穴は無い。

 

「綴雷電!」

 

 再び来た綴雷電は卍解の中を何度も潜らせて、今度はその威力を静電気程度まで『捩花』は抑える。

 

「ヤッパリダ。ドウヤラ、卍解ヲ使イコナシテイナイヨウダネ」

 

〈……〉

 

 綴雷電に意識を割き過ぎて、アーロニーロへの攻撃が疎かになっていた。それで看破された『捩花』は歯噛みした。本来、卍解に限らず始解までも扱うのは死神だが斬魄刀自身も補佐をしている。だから、斬魄刀との対話と同調で斬魄刀の力をより引き出せるようになれる。そして、何かしら能力を持っていれば、本来ならば無い感覚でもいきなり使いだす事が可能となっている。

 死神と斬魄刀。その両者が揃って、初めて両者は本領を発揮できるのだ。

 

「隙だらけだ」

 

 左手の触手を切りつけて血を確保すれば、ソレを己が霊圧と混ぜ合わせる。その予備動作を見れば、何が来るかなど判り切っていた。

 触手を持ち上げて、左腕以外を包み込んで防御姿勢を取られて再度歯噛みした。

 

 『王虚の閃光』。一個人に向けるには範囲も威力も桁ハズレな攻撃は、十分に脅威となる。慌てて卍解を自身の前面に集中させてアーロニーロに殺到させる。

 範囲も威力もある『王虚の閃光』だが、予備動作が判り易い上に溜めが長い。しかも、溜めの最中は動けないという大きな弱点がある。

 足の遅い『捩花』は避けきれない為に、その溜めの最中にできる妨害して中断させる必要があった。

 

 撃たれるよりも先に、卍解がアーロニーロに届く。だが、既に遅すぎた。

 卍解がアーロニーロに触れると同時に、触れたカ所より爆発して極至近距離の卍解を吹き飛ばした。

 『爆液』を着火剤にみたて、『霊子凝縮』の爆弾を炸裂させる擬似爆発反応装甲(リアクティブアーマー)。ソレがアーロニーロの身体を護った。

 

「王虚の閃光!!!」

 

 灰色の極太の光線が『捩花』の視界を覆う。

 

〈終わる、訳が無かろう!!!〉

 

 念のためにと前面に集中させていた卍解を唸らせ、巨大な渦とする。

 渦と光線はぶつかり合って互いを散らす。回転によってより相手を削りやすくなっていた渦であるが、それでも破壊の為の光線と五分であった。

 互いをガリガリと削っていくが、『捩花』には()に備える余裕があった。卍解も散らされているが、『王虚の閃光』と違って再利用が可能であった。『王虚の閃光』を削り切るまで海を再形成はできないが、状況を巻き戻すのには十分である。

 『捩花』の勝ちは、最終的にアーロニーロが死ねばいいのだ。限界まで消耗させれば勝ったも同然となる。

 

 『王虚の閃光』の消えると同時に、再度海が形成される。

 

 『自分』が眼前で止まった。

 

〈ハ、ハハ……〉

 

 渇いた笑いが自然と漏れた。何もおかしい事は無い。アーロニーロが『捩花』を始解して、投擲しただけなのだから。それを寸でのところで卍解が受け止めたのだ。

 

「やはり、使いこなせていないな」

 

 あと2、3歩詰めれば手の届く距離に、帰刃を解除したアーロニーロがいた。慌てる事などなかった。そんな至近距離であろうとも、防ぎ切った実績があるのだ。恐れる攻撃などありはなしない。

 回し蹴り。一般的な蹴り技で、特に恐れるような技ではない。だというのに、その蹴りが狙った先を『捩花』は凝視して目が離せなかった。

 蹴りは自分を直接狙ったモノではなく、『自分』の石突きを捉えていた。負傷を恐れる事無く、鋭く尖っていて刺突にも使える石突きに蹴りを叩き込んだのだ。その反対側の穂先は、『捩花』を捉えたままで……



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屈辱

 斬魄刀に頭部を貫かれて死亡。原作においての自身の死に方を『捩花』におっかぶせる事となったアーロニーロは複雑な心境であった。

 実際に『捩花』は死んだわけではないが、それでも己が運命を暗示しているように思えてならない。自分の方が主体とはいえ、『捩花』とは運命共同体なのだから……

 

「ッチ、手間掛けさせやがって……」

 

 先程までの戦いの残滓は霊圧の欠片と、自分の血で汚れた服だけ。他にはアーロニーロの霊圧の残りが少ない事だろう。帰刃に虚閃と七〇番台の双蓮蒼火墜での掃射、更には『王虚の閃光』とバカスカと使ったのだから当然だが、9割方は吹き飛んでいる。

 今のアーロニーロは、下手すれば葬討部隊隊員にすら負けてしまう。そんな弱い状態など喰ってくれと言っているも同然。

 静かに、網を広げるように『反膜の糸』を展開する。あらゆる物質と繋がり、霊力や情報を共有するという特性を使えばそこら中から霊力、ひいては霊子を掻き集められる。霊子濃度の濃い虚圏ならば尚更だ。

 時間が掛かるのと―――手に入れた能力にもれなく付随される―――日光に当たると特性が失われるとの欠点があるが、今なら特に気にするものではない。

 

(問題はこれからか)

 

 『捩花』を屈服させると同時に、卍解の名と大まかな能力が解った。威力も範囲も卍解に相応しい物で、分かり易い弱点はアーロニーロも見破った水と同質といったところであった。

 アーロニーロとしては黒崎一護の卍解である天鎖斬月のような刀そのもので、相性が皆無といったものが望ましかった。尤も、『捩花』が流水系の斬魄刀であるのと、卍解の傾向が始解を強化したものであるので大して期待はしていなかったが。

 

 相変わらず日光の中では殺戮能力は下がるが、護廷十三隊隊長になるのにほぼ必須の卍解をした。その事実は非常に大きい。何せ十刃の上に立つ三人により近付いたのだ。

 霊圧からして厳しいが、卍解の相性が良い東仙なら殺せる目は十分にある。しかし、逆に言えば相性が良くない他二人にはまず負けるということでもある。他にも、理不尽じみた老いの能力を持つバラガンにも勝てない。後の十刃なら、最終的に殺せるだけの力はある。

 

 そこまで考え、アーロニーロは首を振った。万能とは言い難いが応用の効く卍解は手に入れこそしたが、使いこなすのには十年という―――卍解が習得可能な者なら、相応に長寿故に長いか短いか判断に困る―――時間が必要とされている。

 強大であるが扱いが難しいというのを、端的に判断するのにはこれだけでも判るというものだ。事実、その卍解そのものである筈の『捩花』も、卍解の全てで1つの渦を作り出す以外では、総量を扱えていなかった。

 自分はそこから幾つも後ろからのスタートとなるので、卍解を使えば勝てるなんて言い切れる程度の者など十刃には居ない。だが、アーロニーロなら卍解に回す霊圧を別の能力に回した方が良いであろう。なにせ、卍解よりも使い慣れているのがほとんどであるし、状況によっては卍解に退けを取らない能力もある。両方とも他人から奪った能力というのが締まらない話になってしまうのだが。

 

 兎も角、アーロニーロは更に力を得た。未だにバケモノと思える実力者がいるので生き残るには十分ではないが、幸いにも時間はまだある筈である。

 霊力が五割程回復したアーロニーロは、虚夜宮に帰るべく歩き出すのであった。

 

――――――

 

 突然だが、葬討部隊は忙しい。破面の中で―――実質一人なのだが―――組織だって行動するのは葬討部隊くらいなもので、その他の面々はかなり自由にしている。

 その自由で何をするかといえば、大半の破面は喧嘩に使う。アイツが気に入らない。ガンを飛ばした。嘗めた態度を取った。そんなヤンキーレベルのイチャモンでもって、殺し合いに発展する。

 弱いとの自覚のある破面は身を隠すようにしながら生きて行くが、十刃未満並の破面以上の実力を持つ連中は所構わずにおっぱじめる。

 しかし、そんな喧嘩でも虚夜宮では別に悪ではなく、建前では自己鍛錬として割って入ったりしないとの暗黙の了解が既に出来上がっている。

 

 ここまでは葬討部隊にとっては直接は関係無い。葬討部隊の処罰対象は従属官でない彼らのような破面だが、処罰条件は裏切り行為が主たるものなので喧嘩の仲裁は仕事ではない。

 問題は喧嘩の際に周りを全く気にしないせず、平気で建築物を破壊するということである。

 

 これもアーロニーロからすれば葬討部隊にはなんら関係のない事であった。あくまで建築物が壊れたのは不慮の事故であり、裏切り行為ではない。

 しかし、建築物を破壊されれば直すのに労力が必要となる。労力自体は大した問題ではないのだが、そういった風紀や規律が乱れるのを死神の一人である東仙は良しとしなかった。

 

 されども、いくら東仙が警告しようともちょっとした抑止力にしかならなかった。東仙は護廷十三隊隊長の座に着ける実力者ではあるが、血の気の多い破面を完全に抑え込むのには足りなかった。

 言葉だけで駄目ならば実力行使となるのだが、東仙の身体一つだけで到底広い虚夜宮をカバーする事は出来ない。だったら信頼が置け、尚且つ広域カバーをできる人物に声を掛ければ良いとしてアーロニーロに話が来たのだ。

 

 そんな話が来たのはアーロニーロからすれば意外であった。東仙との顔合わせなど藍染から命令を受ける時ぐらいなもので、個人的に話しをするといった交友など一切無かった。それでも信頼が置けるとの判断が下されたのは、アーロニーロがこれまで命令を忠実に遂行し続けたからだ。

 組織に属していれば当然の事なのだが、破面はその当然が普通ではない。だから、元第4十刃のヴァスティダに容赦無く斬りかかったりといった、職務に忠実な行動などを東仙は特に評価していた。

 

 頼まれた仕事をアーロニーロは断りたかったが、真面目な東仙を納得させられる言い訳(りゆう)を考えられなかったので仕方なく受けたのだ。

 

 基本的に働くのは隊員だけなので、取り分けアーロニーロが忙しくなる事は無かった。尤も、アーロニーロが治安維持をし始めたと聞いた多くの破面は自重をしたのが大きい。

 なにせアーロニーロの悪名は、虚夜宮内にザエルアポロに次ぐモノとして轟いていたからだ。平気で同族を人目を憚らずに喰ったり、時系列ではそれよりも前の事だがバラガンの部下も平気で喰うという暴挙までやっている。事実かの判断のしようの無い噂の中には、突然行方不明になった破面はアーロニーロに踊り食いにされたといった喰われる関係が多かった。

 なのだが、アーロニーロは実際は破面はほとんど食べていない。霊圧も能力も虚よりもずっと良いのが、ほとんどの破面が帰刃しないと能力が使えない者が多いからだ。これが意外とアーロニーロには重要だ。

 

 今の所戦う場所は虚夜宮内だけで、そのほとんどは日光があるときている。そんな状況で表面積が増える帰刃をすれば、それだけ日光に当たる危険が増す。しかも帰刃したことで消耗が激しくなるのに、大なり小なり消耗をする能力を使う為となれば馬鹿馬鹿しい。ならば、虚から能力を手に入れて帰刃の部分をなくした方が効率は良い。

 破面を喰う時は、それだけ有用な能力を持っているか、十刃のように他よりもずば抜けた実力を持っているかのどちらかの場合だけにしている。下手に喰い過ぎて、藍染から禁止令を出されないようにとの配慮でもある。

 

 ソレは兎も角、葬討部隊による治安維持活動は概ね成功であった。建築物を壊せばすぐさま飛んでくると判れば、それだけは回避するようにしたのだ。

 だがしかし、逆にあえて建築物を壊そうとする面倒な輩もいた。

 

「飽きないようだな、ノイトラ・ジルガ……」

 

 その面倒な輩によって大穴を開けられた壁を見て、アーロニーロは肩を竦めた。

 ノイトラ・ジルガは細身で吊り細目の眼帯をした男なのだが、破壊活動は今回が初めてではなかった。

 

「今日は時間が掛かったじゃねえか。よぉッ!!」

 

 槍の穂先を虚圏の月のような形状に変えた特徴的な斬魄刀を横に薙ぎ払って、ノイトラは嗤う。

 刃が三日月の内側にしかないので、突きをしなければまず斬撃を出せない謎形状の斬魄刀の横振りをアーロニーロは上に跳んで避けて『剣装霊圧』を握り締める。

 

「オラオラどうしたァ!? 今日は随分と逃げ腰じゃねえか!」

 

 空中に逃げたアーロニーロに追撃として、槍投げの要領で斬魄刀を投擲する。武器を手放す愚行に思えるが、ノイトラの斬魄刀の石突き部分には鎖がついており、そこさえ手元にあるのならばいつでも引いて戻せるのだ。

 アーロニーロもそこは何度も戦って了承している。斬魄刀を避け、鎖の部分を掴んで自分の方へと思いっきり引く。

 

「ッチ」

 

 舌打ちをし、ノイトラは鎖を左手に持ち替えて自分から跳ぶ。右手は何時でも突きを繰り出せるようにと、指を真っ直ぐに伸ばす。

 あともう少し互いの間合いに入るというところで、ノイトラが舌先から虚閃を放つ。

 

「ハァ…」

 

 めんどくさそうにため息をついて鎖から手を放す。このまま空中戦を続けるのも面倒なので、アーロニーロはそのまま地面へと降りる。

 虚閃を避けられ、空中に置いてけぼりにされたノイトラは斬魄刀を一旦手元に引き寄せ、ソレを地面に向けて投げてその勢いを利用して降りるという存外器用な真似をして地面に降りた。

 

「度重ナル建造物ノ破壊。流石二ソロソロ僕モ対応ヲ考エルヨ?」

 

「そりゃあ楽しみだ、第9十刃様よぉ」

 

 ()れるもんなら()ってみろとの態度に、アーロニーロは再度溜息をつく。言葉で素直に従うなどしないと幾度もの邂逅でわかっていたが、いくらなんでも嘗められ過ぎではなかろうか。

 

「嘗めるなよ…」

 

 いつも冷静なアーロニーロが珍しく怒気を露わにした。『捩花』との戦いで触れたくない部分が指先を掠め、全力を出して疲れたのにノイトラが懲りずに喧嘩を売って来た。流石のアーロニーロも、今日はうんざりしていた。

 本気を感じ取ったノイトラは口元を吊り上げて笑った。

 

「ッハ、ようやくやる気かよ!」

 

 幾度もの積み重ねた挑発がようやく実を結んでノイトラは嗤う。何度もアーロニーロとは戦っているのだが、これまで一度も命の危機と感じなかった。こちらが喧嘩を売っているのに、丁度良い練習相手のように軽く扱われていた。

 ノイトラは強くなりたいとと少なからず思ってはいたが、最終的には強さなどどうでもよかった。

 

 戦いの中で生き、戦いの中で死ぬ。

 

 ノイトラにとっての強さなど、そうなるための手段でしかなかった。だからこそ、そこに妥協はノイトラ自身が許さない。

 自分を殺す者が現れるのなら、ソイツは最強でなければならない。ソイツの最強を証明する為に、自分は最強でなければならない。

 いつか自分を殺すソイツが最強である保証など何処にも無いが、ノイトラにとってそう思えて逝けるのかが問題だ。結局のところ自己満足でしかないが、虚という存在に救いを見いだせないノイトラは其処に全てを注ぐのに疑問は無い。

 

 そして、アーロニーロは取りあえず一対一で戦える十刃として目をつけただけだ。自分がどれだけ強くなればいいのかを決める指針を見つける為に利用しているのだ。

 ただ漠然と自分より強いというのだけでは駄目なのだ。アーロニーロには力を測る定規として、示させなければ意味が無い。

 下から数えた方が早かろうと、十刃の力を知れる機会なのだ。

 

単純に力押しで来るか、それとも技巧を凝らして翻弄しにくるか。どう攻められようとも斬り捨てる心算でノイトラは構える。

 

「絶望ッテノヲ味ワウトイイヨ」

 

 来る。その直感は正しく、アーロニーロが真正面より細身の黒い剣を片手に響転でもって距離を詰めるのが目で追えた。

 

(黒い剣?)

 

 いつの間にか灰色から黒になり普段よりも細身となった『剣装霊圧』に引っ掛かりを憶えたが、ノイトラはそのまま斬りかかる。

 剣と斬魄刀がぶつかり、火花を散らす。その後は距離を空かせるために手刀による刺突で攻めたてる。

 これまでの大まかな流れであり、この瞬間も繰り返されるとノイトラは思い込んでいた。

 

「…嘘…だろ…」

 

 黒い刀身は空を斬る様に、抵抗らしい抵抗を受けずにノイトラの斬魄刀を切り裂いた。余程霊圧が離れていなければ起きない一方的な斬魄刀の破壊。それを目にして、ノイトラの思考は一瞬だけ麻痺した。

 時間さえ掛ければ勝手に治るが、斬魄刀の破損など滅多にある事ではない。そんな珍しい事を見ればそんな事もあるのかと軽く流したであろう。ソレが起こったのが自分の斬魄刀でなく、しかも斬られるという斬る側の斬魄刀にとって屈辱的なものでなければ……

 

 だがしかし、ノイトラの身体は本能で動いた。長い棒となってしまった斬魄刀を手放して、右手で手刀による刺突で仮面の下にあるであろう喉元を狙う。

 斬魄刀を潰せば手刀が来ると判っていたアーロニーロは、左手で手首を掴んで逸らさせる。そのまま体をノイトラに沿う形で回転して、勢いを乗せた肘鉄を側頭部に叩き込む。

 

 人体の弱点である頭部に強烈な打撃を加えられて、鋼皮の硬度に自信のあるノイトラもたたらを踏む。

 その好機を逃さず、アーロニーロは前宙からの踵落としでまたも頭部に打撃を加える。2度も連続で頭部を揺さぶられて、流石のノイトラも意志に反して足が震えてまともに立つことができなかった。

 だが、その震えに恐怖は微塵も入っていない。恐怖や怯えといった精神的な震えではなく、あくまでも脳を揺さぶられた事による生理的反応でしかなかった。

 

(ッチ……)

 

 無傷な自分とフラフラになっても立っているノイトラを比べて、アーロニーロのは心の中だけで舌打ちをした。この構図は、まるで弱い者いじめをしているようではないかと……

 ただ不機嫌なだけでなく、『捩花』と殺し合いで少なからず昂っていたアーロニーロは急速に冷めていくのを感じた。それが正しい姿だというのに、どうにももどかしい。

 

 元よりアーロニーロにとっての強さは生き残る為の物。今のノイトラなど、他の破面より頭1つ飛び抜けているだけの破面。特異な能力がある訳でないのに、今喰ってしまうのは惜しい部類になる。

 喧嘩を売られるのは不愉快ではあるが、今すぐ殺したくなるものではない。今すぐ殺す理由もなく、むしろ損するだけとの答えはアーロニーロの中で出た。

 

「これに懲りたら、無意味な破壊活動はやめるんだな」

 

 今回も見逃してやる。そう言ったも同然の言葉はノイトラの逆鱗に触れた。

 

「ふざけてんじゃねえぞ!アーロニーロ・アルルエリ!!

 何時もそうやって澄ましやがって!!情けでも掛けてるつもりか!!」

 

 嗤った。ノイトラが怒号をぶつけたというのに、それがどうしたと言わんばかりにアーロニーロが嗤った。

 

「掛ケテルツモリ? 掛ケテヤッテルンダヨ。数ヲ減ラスト、新シイノヲ連レテ来ナイトイケナイカラネ」

 

 破面の数を減らすと面倒だから殺さないとの理由は、ノイトラの怒りに新しい燃料を注ぎ込む。

 

「嘗めてんじゃねえぞ…殺すより新しいのを連れて来るのが面倒だと……」

 

 ぶつぶつと言われた事を反芻し、煮え滾る怒りは更に熱を増していく。それに伴って、ノイトラの霊圧までも高まる。無意識に、ノイトラはアーロニーロを殺せるまで高めようとする。

 

「くそがああああああああああああ!!!」

 

 全霊を掛けた虚閃がノイトラの舌先より放たれる。十刃に匹敵する虚閃を前に、またアーロニーロは嗤う。

 

「虚閃」

 

 後出しで明らかに溜めの足りない虚閃では押し負けるのは目に見えていた。小さい虚閃と衝突してノイトラの虚閃が弾ける。その威力は十刃にも傷を付けられる威力。下から数えた方が早いアーロニーロなら、手傷では済まないだろうとノイトラは笑う。

 

「な……」

 

 その笑みは、すぐに凍り付いた。煙が晴れたその場所には、虚閃を撃たれる前となんら変わらない無傷のアーロニーロが立っていたからだ。

 

「ソンナニ驚イテ、虚閃二ツイテゴ教授ガ必要カイ?」

 

 なんてことは無い。虚閃は霊圧の塊なのだから、同じ霊圧で防げない道理など何処にも無い。感情が剥き出しで虚閃の構成が甘くて爆散しやすいのを見破って、直接当たる前に弾けさせたのなら尚更だ。

 

「残念だったな」

 

 アーロニーロの弱者を嘲笑う言葉は、ノイトラを屈辱の海に突き落としたのだった。



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豹と蟷螂

 敵との距離は僅か2m。響転が使えれば特に意味をなさないその距離。

 グリムジョーはその距離を自分から詰めようとせず、待ちの姿勢で構える。敵の方が速いと判っているから、下手に突っ込めば簡単に虚を突かれてしまう。嫌と言いたくなるくらいに、グリムジョーは敵に思い知らされてきた。

 待ち構えようともフェイントでタイミングをズラされる可能性があったが、どの道タイミングのズラされるのなら咄嗟に動けるように待ち構えていた方がマシだった。

 響転による接敵からの後ろに周り込む縦三角跳び。跳べば自由落下しか選択肢はないが、生憎と敵には虚圏でも霊子の足場を作る事ができる。虚空が足場となり、飛べる訳ではないのに三次元戦闘を時と場所を選ばずに展開できる。素の実力差に選択肢の差までもが加えられると、そう簡単に覆せるものではない。

 

 それでも、グリムジョーは諦めるつもりは無い。諦めで何が残るというのだ。一度も諦めてしまえば、その事実が永遠と付き纏うようになってしまう。再び困難に立ち向かったとき、また(・・)駄目だったと思うようになる。

 行動は重ねれば重ねる程に軽くなってしまうのだ。どんな行為でも、1度やってしまえば2度目以降は1度目よりも簡単になってしまう。その良し悪しに関わらずに……

 

 王が、上に立つ者がそんなザマで勤まる筈が無い。同時に、目の前の敵1人倒せなくても勤まる筈が無い。

 

 後ろに回り込まれるより先に、振り向くフェイントをする。

 後ろは前を見るように出来ている生物では死角になるのは必須。同時に、もし回り込まれそうになったら反射的に振り向いてしまう。逃げるだけならそのまま走り去ればいいのだが、今は戦っているのだ。霊圧を消耗する技なら、使えなくなるまで逃げ続けるのも選択肢にはるだろうが、生憎と技なんてものではない動きなのでやるだけこちらが消耗するだけである。

 

 なにより、グリムジョーの性分には合わない。息を潜め、奇襲を仕掛けるのは良しとしても、敵に背を向けての逃走はグリムジョーのプライドが許さない。例え立ち向かった結果が敗北であろうとも、敵に背を向けて逃げるだけの獲物に成り下がるのは許容できないのだ。

 

 後ろに回り込んでいたのに、敵は向こうとした方向の後ろ、つまりは正面から斬りかかってくる。

 後ろに回られたらと思って慌てて振り返れば、後ろから斬られると言う間抜けを晒す事となる。臨機応変に背中を狙ってくる敵は、人の事をよく心得ている。

 どんな攻撃が嫌なのか、どういった対処をするのか、どんな切り札を持っているのか。力の差がなければ病的なまでに慎重になり、さながら詰将棋をやるように追い詰める。徹底的に運の要素を排除し、確実に命を取ろうとする姿勢は狩人の物。

 

 それがグリムジョーが敵の一番気に喰わない所だ。どいつもこいつも獲物であり、傍に置いているのは気まぐれしかない。そうしている癖に、自分より強いと判れば平気で尻尾を振る。その2点から強者の猟犬と言うのが一番その様を言い当てている。

 

 振られる剣を斬魄刀を鞘から抜いて受け止め、左手は虚閃を溜めながら掴みかかる。掴めばどれだけ速かろうが回避不能の『掴み虚閃(アガラール・セロ)』で掴んだ所を吹き飛ばさそうとするが、攻めきれないと見切りを付けた敵はすぐに退く。ならばとそのまま虚閃を撃つが、これも避けられる。

 続けざまに虚弾も撃つが、今度は同じ虚弾にて相殺される。距離を詰めなければ話にならないと踏み出せば、足を狙っての斬撃が走る。

 

 素手で剣を受け止める訳にはいかずに足と剣の間に斬魄刀を差し込んで防ぎ、返す力で逆に斬ろうとした。だが、それよりも速く敵の腕が伸びて強かに自身の肩を打つ。腕が痺れて物を掴むこともできなくなっていたが、グリムジョーはそんな事に構わずに拳を握り締めて前へと突き出す。

 結果的には肉を切らせて骨を断つになりそうな攻撃だったが、それさえも避けられた。

 

 そこまでいって、グリムジョーは目を開けた。

 

「クソがッ……」

 

 悪態をついてベッドから起き上がる。さっきまで実際に戦っていたのではなく、全てグリムジョーの想像であった。それなのに、グリムジョーは自分がアーロニーロに勝てる場面を想像できなかった。

 十刃は並の破面と次元が違う強さを持つ。他ならぬアーロニーロ自身から聞いた事実で、破面化した後で手合わせして肌でも感じている。

 

 自分の弱さにイラつきながら、グリムジョーは自室から出て『迎撃の間』へと足を運ぶ。そこには、既に自分以外の『第9刃従属官』が揃っていた。

 

「来いよ、てめぇら」

 

 一対九というどう贔屓目に見ても勝ち目の無い戦いにグリムジョーは身を置く。

 アイスリンガー、デモウラ、シャークス、ホーロスの4人の連携に、とりあえず攻撃といった様子のシャウロン、エドラド、ナキーム、イールフォルト、ディ・ロイの5人。

 相手は9人。それでも、グリムジョーは負ける気がしなかった。誰も、グリムジョーの霊圧を超えるどころか並ぶ者がいないからだ。

 力比べをすれば押し勝ち、響転をすれば出遅れてもすぐに追い越す。帰刃すれば、身体能力が爆発的に増大する。

 

 格下と一対九になろうとも、絶対に負けないだけの純粋な力がグリムジョーにはあった。

 

(足りねぇ、こんなもんじゃ全然足りやがらねえ……)

 

 1人1人手間を掛けて気絶させながらグリムジョーは飢える。

 この特訓方法で確かに強くなった。しかし、この特訓の底がもう見えてもいた。足りない質を数で補わせたが、同格の相手と一騎打ちしているのと比べるとやはり劣ってしまう。

 なにより、既に慣れてしまった。最早この訓練は作業に近くなっていて、とても強くなっているとは感じられない。

 グリムジョーは、壁にぶち当たってた。

 

――――――

 

「…で、俺のとこに相談に来たと?」

 

 シャウロンに「グリムジョーが伸び悩んでるのをどうにかできないか」と相談されたアーロニーロだが、物凄くどうでもいい事であった。だいたい、アーロニーロは君臨こそすれど支配せずという、従属官は放任主義であった。

 将来的には強くなっていた方が都合が良いだろうが、鍛えるとなるとその方法が無い。護挺十三隊式で良いのならできなくもないが、そもそもグリムジョーがアーロニーロの指導を受けるのを良しとしないであろう。

 

「あー、よく喰って永遠と腕立て伏せでもやってろ」

 

 明らかにやる気のない返答であるが、アーロニーロからすればただガムシャラに鍛えるよりかはマシな答えであった。霊圧を膂力の関係性は必ずしも比例する物ではないが、鍛えればだいたいは上がる。

 何より、グリムジョーは珍しい事に特殊な能力を一切持っておらず完全物理型と言っても過言でない破面であった。なので、グリムジョーはただ純粋な身体能力を鍛える他に道は無い。

 

「ソレカ、ライバルデモ居レバ良イカモネ」

 

 自分で適当に言ったが、これは妙案ではないかとアーロニーロは頭を捻る。

 グリムジョーは並の破面より頭一つは確実に飛び出ている。似たような実力で、最近は絡んで来ないがこの前まで鬱陶しい奴がいたではないか。

 砂中の『反膜の糸』と繋がって、虚夜宮に散りばめている葬討部隊隊員にノイトラを探せと命令を出す。これで1時間もしない内にノイトラを補足できるであろう。

 

――――――

 

 無言での睨み合い。目を逸らしたら負けという野生の掟か不良ルールのその戦いは、傍目からは雰囲気が悪くなる迷惑な戦いである。なお、不良ルールだと目を逸らしたら負けで、見つめ続けたら「何ガン飛ばしてんだ」といったようなイチャモンからのバトルに発展する。どっちにしろ碌な事にはならないので、近付いたら負け同然である。

 

 相手を敵認定するのは睨み合うだけで十分だったようで、斬魄刀を抜いて戦いを始めた。こうなる事になるのは承知の上で会わせたので、少し距離を開けて観戦を始めた。

 

(グリムジョーではノイトラには勝てんな)

 

 そして、その勝敗の行方も見据えていた。なんてことはない、相性の問題だ。

 グリムジョーとノイトラの霊圧はほぼ互角で、そうなると勝敗を別つのは膂力、特殊能力、戦闘スタイルの三要素辺りになる。膂力も霊圧と同様に開きはなく、特殊能力もノイトラにはあるが帰刃しなければ使えず、その特殊能力も腕限定の超速再生なので少々微妙といったところである。

 ならば最後の戦闘スタイルだが、グリムジョーは斬魄刀を片手で振るアーロニーロと似通ったスタイル。

 ノイトラもよく片手で斬魄刀を振り回すが、長物として数えられるその斬魄刀ではリーチが長い。更に、とりわけ硬い鋼皮を持っているので防御も高い水準である。

 

 グリムジョーは響転の速さならノイトラに勝っているが、その他は負けているという有様であった。勝ち目がまったくない訳ではないが、グリムジョーは敵を殺すよりも倒すのを主眼に置いている節があるので難しいであろう。それに対して、ノイトラは逆に殺すのを主眼に置いている。必要の有無を問わずに、敵なら殺すのが当然だ。

 

(そろそろ、か……)

 

 互いに致命傷は無いが、互いの実力が解る頃合いを見計らってアーロニーロは割って入る。

 

「どけぇ!」

 

「邪魔くせえ!」

 

 無論それだけで止まるような2人ではない。敵と見なしているアーロニーロが割って入って来たのなら、これ幸いとそのまま斬りかかるのに疑問を挟み込む余地は無い。

 

「やめろ」

 

 斬魄刀を掴み、簡潔にアーロニーロは要求を告げる。絡むなら似たような強さの奴に絡めという事で2人を引き合わせたが、このままでは殺し合いになりそうだったので止めたのだ。

 押しても引いても斬魄刀はビクともせず、力の差を知っているので大人しく2人とも斬魄刀を収めた。だが、その目は「いつか殺す」と隠さず物語っている。どちらも、自分より上が基本的に気に入らないのだ。

 

(ああ、良い目だ……)

 

 嗤う。アーロニーロはそんな2人を嘲嗤う。その不屈の心が、無くしたナニカをを強さで補おうとするその行為が力の原動力。無くした筈の中心(こころ)が能力となっている虚だからこそ、より顕著に色濃く出るのだ。

 中心(こころ)原材料(ギセイ)にして生まれた力に、中心(こころ)が反映されぬはずがない。かつて憧れていたような力を手にしながら、求める中心(こころ)を失くしてその事を自覚すらできない。

 されども生きようとする過程で宝石などように研磨され、その価値を高める。そしてアーロニーロは、その宝石を丸ごと奪う業突く張りの捕食者。

 

(強くなって生き残れよ。余さず喰いたくなるくらいにな……)

 

――――――

 

 アーロニーロが餌候補の態度に満足そうにしてる同時刻に、アーロニーロにとって迷惑千万な計画が考えられていた。

 

「アーロニーロの面を拝んでやろう」

 

「……」

 

「はぁ……」

 

 突拍子もないアパッチの提案にミラ・ローズとスンスンは気の無い返事を返した。それに腹を立てたのか、アパッチは声を荒げて主張を始める。

 

「考えた事ないのか、あの仮面の下にどんな愉快な顔があるかを!!」

 

 アパッチの言わんとしている事は解るが、それでも2人はやはり生返事であった。

 

「本人にとってコンプレックスなのは明白ですけれど、陰湿ではなくて?」

 

 秘密なのは解る。アーロニーロの仮面が外れている所など3人の誰も見た事は無い。3人はハリベルにそれとなく聞いた事もあるが、やはり一番長く一緒に居ても仮面を取ったところを見た事が無いそうだ。

 仮面を付け続ける最大の障害となる食事も、『口』が左手にあるのだから食事中も外す必要が無い。流石に自室では外していそうだが、3人にはアーロニーロの私室に突撃をかまして見ようとする気概はない。

 

「だからこそ、だろ。アイツを褒めたくはねぇけど、仕事には真面目で手回しも良い。ハリベル様が信頼を寄せるのも解る。…ハリベル様が自分から距離を取ろうとする材料はあと仮面に隠された素顔くらいだろ」

 

 アパッチの言葉に思うところが無い訳ではないので、2人はやらないとの二の句が咄嗟に出なかった。

 敬愛するハリベルが何かとアーロニーロの傍に居ようとするのも気に入らないのは、アパッチだけでなく2人も同じである。

 例え単独行動をアーロニーロが好んで実際に一緒に居る時間が短かろうとも、その思いは覆りはしない。寧ろ、ハリベル様を蔑ろにするなとさえ時折考えてしまう。しかし、思いと考えは矛盾するもので、やっぱりハリベル様に近付くなとも思うのだが。

 

 そんな事を考えている内にやる気が出てきて、2人もその気となった。推定不細工ヅラ、そうでなくとも声が2種類あるから口は2つあって人間の顔じゃないないツラを見てやろうと、3人は決意の揺るがない内にそれぞれの腹案の準備をし始めるのだった。



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仮面の下は?

 各々の準備が整い、3人はアパッチの部屋で額を突き合わせていた。

 

「準備はできたか?」

 

「当然でしょう。でなければ此処にはいませんわよ」

 

「で、誰から始めるんだい」

 

 そう言ったミラ・ローズは、意味有り気な視線をアパッチに向ける。その意味を察したスンスンも、アパッチを見る。

 言い出しっぺの法則。なにか決める際に言い出した奴が結局ソレをやる事になるという、偶然とも言える法則である。それでも、今この場においては、絶対の法則であった。

 

「ッチ、仕方ねえな。いいか、聞いて驚くなよ。男を釣るなら、手料理と相場が決まってんだよ!」

 

 そう言って取り出したのは、『特集!!男を落せる手料理集!!』と書かれた少し胡散臭い雑誌であった。こういった雑誌類は本来なら虚圏には存在しないが、アーロニーロが現世から調達した物である。藍染に許可を取って現世に行き、本をランダムに選んで『反膜の糸』で全ての情報をコピーし、その情報を元に霊子で再構築するという手間を持って作られている。アーロニーロが虚でなかったら普通に犯罪である。

 

「…それで?」

 

 手料理1つで男を、ひいてはアーロニーロを落とせるのかと軽く失望した目でスンスンはアパッチを見た。色々と単純だと思っていたが、ここまで酷かったのかと……。そう思っていると言われれば信じてしまいそうなくらいに、その目には憐みも込められていた。

 

「まさか、あたしが手料理を喰わせるだけとか思ってないか。違うんだよな~これが」

 

 自信満々にッチッチッチと指を振るが、その自信の程で逆に失敗しそうに見えるから不思議である。

 

「あのアーロニーロが唯一と言ってくらいに、解り易く楽しみにしてるのは食事だけだ。あたしが見た中で一番無防備なのも、食事の時だ。

 だから、手料理の味見をして欲しいとか言って近くで喰わせて、隙だらけの間にあの仮面を剥がす!!」

 

 結局は力押しだったので、他2人はため息混じりで笑う。

 

(そういえば、肝心の手料理の食材はどこから……?)

 

 破面の食えるモノは虚と霊蟲になる。人間の魂魄や死神でも問題無く食えるが、人間では食料として腹持ちも味も悪い劣悪なもので、死神だと尸魂界に侵攻するか現世で探しださなければならない手間が掛かる。

 破面が食糧として入手できるのは、現実的な観点から虚か霊蟲しかないのだ。なのだが、どんな虚や霊蟲も食用に適している訳ではない。配給されている物はそうでもないが、従属官の分は十刃が纏めて管理しているので手元に来るときは既に食べる直前である。

 

「アパッチ……」

 

「ど、どうした……?」

 

 いきなり真剣な顔に愁いを纏わせたミラ・ローズにアパッチは慌てる。どうしたものかとスンスンを見れば、そちらも似たような表情ではないか。

 

「手料理の材料、食糧庫から持ってきたのでなくて?」

 

 食糧庫。それだけ聞けば虚夜宮にある一室かと思うが、この場合指すのは『第9十刃宮』にある一室である。その部屋にはアーロニーロが外出した際に確保した、霊圧が低めで特殊な能力を持ち合わせていない虚の肉や骨といった食材になる物が収められている。その食材は、度々雑用の仕事のほとんどを奪った葬討部隊隊員によって―――実質はアーロニーロの手によって―――調理されてアパッチ等にも振る舞われている。

 だがしかし、その食糧庫の扉には『俺以外の出入りは禁ずる』との警告が刻まれている。勝手に入り、あまつさえ食材を持ち出したとなれば処罰は必須である。

 

「違うに決まってんだろ!誰があんな危険な橋を渡るかっつーの!」

 

 心外だとアパッチは否定する。確かに命と引き換えなら簡単にそれなりの食材は手に入る。アーロニーロから物を奪ってやったと言う黒い満足感も得られるであろう。だが、それ以上に全員から白い目で見られる屈辱と、理由が理由なので浅ましい盗みをやったという不名誉な事実が一生自分に付き纏う。そうでなかったら、アーロニーロに処分されるであろう。

 

「とりあえず、今晩の食事が鹿肉になる心配は無いみたいだね」

 

 アーロニーロなら食糧を奪ったから食糧に成れ、と冗談のような事を本気で言いかねない。そんな想像をしたから、2人は先程のような反応をしてしまったのだ。

 

「ハンッ、よーく見とけよ、あたしの手腕をな……」

 

 自信満々に言うアパッチに変な事にはならないだろうと2人は思ったが、ここに来てある当然の疑問が湧きあがった。「そもそも、アパッチは料理なんて出来たのか?」と……

 

――――――

 

 アパッチの手料理は失敗()しなかった。手料理の特集をしている雑誌だが、それに出てくる食材のほとんどが入手不可能という有様だが、アパッチは作り上げた。

 

 虚の丸焼きを……

 

 手料理と言ったら怒られそうな内容であるが、料理なんてやった事の無いアパッチが失敗をしないで確実に作れるのが丸焼きだったというだけの話である。だったら、丸焼きという芯までしっかり火が通っているか心配になるような物ではなく、一口ステーキのようにしろとなる。なのだが、虚夜宮にある刃物は斬魄刀だけで、それ以外となるとザエルアポロが検体を細かく切り刻むのに使う自作のメスくらいしかない。まさか料理の為に斬魄刀を貸せという訳にもいかず、火さえ使えれば良い丸焼きになったのだ。

 

「ほぉ……」

 

 その虚の丸焼きを見て、感心したアーロニーロは声を漏らす。感心したのは料理の出来ではなく、挑戦したという事実なのだが。

 そんなアーロニーロの心情を知らないアパッチは、思わぬ好感触に笑う。

 

「普段のお礼だ。遠慮せずに喰え」

 

 なんとも白々しい台詞であるが、他の破面では食えないクッキーといった菓子類の供給への感謝は少なからずある。その製造方法が食感の似た物に、『反膜の糸』で手に入れた味の情報を書き換えた遺伝子操作染みた方法と知らないからなのだが。更に安全性の確認の為に、まず死ななそうで簡単に口に入れるピカロに毒見をさせてるといった真っ黒な品だったりもする。

 

 そんな話は置いといて、喰っていいならとアーロニーロは左手の口で喰い始める。一見何の警戒も無しであったが、虚の丸焼きが視界に入った時点で『反膜の糸』を繋げて調べており、毒の類いはないとの判別済みである。恨まれている自覚はあるので、そこら辺の手抜かりはアーロニーロに無かった。

 

 食事を始めたアーロニーロを見て、アパッチはほくそ笑んでアーロニーロの左手側に回り込む。虚を取り込む際は一息で丸飲みにするが、楽しむ食事の時は普通に食べる。なので、口を使っている左手は封じられているも同然。

 アーロニーロが食事のマナーに厳しければ、丸焼きをナイフとフォークで切り分けて食べていたであろう。しかし、口は左手にあるのでわざわざ左手に持つ食器を離さなければ食べられないので基本は齧り付く。

 

 絶好のチャンスがそこだった。いくらアーロニーロでも、片腕が塞がった状態では対応に限界がある。致命傷を与えるのは流石に不可能であろうとも、仮面を取るぐらいならできそうである。

 

(貰ったぁ!!)

 

 いける。その確信と共にアーロニーロの斜め後ろからアパッチは仮面へと手を伸ばす。速度ではまず勝て無かろうとも、不意打ちに動きが制限されている現状ならば取れる。確信は絶対で、アーロニーロの仮面は自分の手の中か、床に落ちる。

 

六杖光牢(りくじょうこうろ)

 

 掴むべき手が、小さい六つの光の帯に手首を空中に縫い付けられた事で止まった。番台を飛ばし、詠唱破棄をした縛道によってアパッチの手は妨げられてしまった。

 

「ソンナ事ダロウト思ッテイタヨ」

 

 ヤレヤレと言わんばかりの呆れた態度で、アーロニーロは六杖光牢を追加で4つ出す。両手首に両足首、駄目押しに本来縫いとめる場所である胴にも付けられて、アパッチは行動不能にされた。

 

「こんちくしょーーー!!!」

 

 『第9十刃宮』に、アパッチの悔しさの叫びが響くのであった

 

――――――

 

 失敗してアーロニーロに虚の丸焼きを食わせただけの結果となった。尤も、スンスンとミラ・ローズは最後が力押しだったので何となく失敗しそうとは感じていたので、やっぱりかとの気持ちが強かった。

 

「それでは、次は私が行かせて貰いますわ」

 

 そう言って、今度はスンスンがアーロニーロの仮面を剥がしに掛かる。

 スンスンの作戦は、アーロニーロ自身に仮面を外させるというものであった。その方法が自分にキスを許して、頭にある口でして貰おうと穴だらけの作戦であった。

 アーロニーロに外させるのは良さそうであるが、その方法があまりにもアレであった。流石にアパッチとミラ・ローズは止めようとしたが、無理矢理されたとハリベルに言う事でアーロニーロの評価を落すと言う美人局の如き二段構えであったのでそのまま送り出したのだった。

 

(大丈夫と思うか?)

 

(流石に万が一の事態にはならないよ)

 

(でも、アーロニーロは童貞っぽくね? 最悪暴走して強制ベッドインになるだろ)

 

(仮になったとしても、それこそスンスンの思う壺だよ。最悪も覚悟の上、見守ってやる事しかできないよ)

 

 物陰に隠れてスンスンとアーロニーロがとある一室で待ち構えている2人は、小声でどうなるか話し合っていた。実は先程の食事の際にも、物陰から窺っていたが今はどうでもいいだろう。

 

(お、来た来た)

 

 スンスンに腕を引かれてアーロニーロが入って来たので、2人はばれない様に息を殺して様子を窺う。

 

「ここなら余計な邪魔は入りませんわ。何時でもよろしくてよ」

 

(おーおー、大胆)

 

(若干良い雰囲気なのが何とも言えないね…)

 

 スンスンはもうキスを受け入れる体勢になっており、後はアーロニーロが仮面を外すだけとなっている。位置関係上スンスンは背中しか見えないが、怖気が奔るほどに嫌と言う雰囲気ではない。

 

(中々外さないな…)

 

(やっぱり躊躇してるんだろ)

 

 迷っているのならまだ脈ありかと、そのまま見続けるがアーロニーロは動かない。

 

「するならする、しないならしないと速く決めませんと、優柔不断な方は嫌われますわよ?」

 

 急かされたからか、アーロニーロの右手が動く。ただし、その行き先は仮面ではなく、スンスンの頭であり、そのまま褒めるように撫でる。

 

「……どういうおつもりで?」

 

(とか言いって、スンスンの奴満更でもない雰囲気じゃねーか)

 

(アレは完全に女として見られてない。よくて娘辺りの扱いだろうね)

 

 そのまま5分程撫でて、アーロニーロが満足したのか結局仮面を外さぬまま出て行った。

 

「失敗、だな」

 

「まあ、唇を奪われるよりかは良かっただろ……あー、スンスン、顔赤いぞ」

 

 動かないスンスンの顔を覗き見れば、頬を紅潮させて立ち尽くしていた。

 

「ック」

 

 言われて初めて顔が赤いのに気付いたようで、スンスンは顔を隠して走り去った。

 

「…どーすんだよ」

 

「言うんじゃないよ……」

 

――――――

 

 スンスンが落ち着きを取り戻したので、再びアパッチの部屋に3人は集合していた。その空気は重いモノであった。アパッチの食事を狙った方法も、スンスンの精一杯の色仕掛け(?)も不発に終わった。3大欲求である食欲と性欲よる訴えかけは失敗した事になる。

 割と自信のあった2人は既に諦めの雰囲気をしかと纏っている。というか、これでミラ・ローズが成功したら立つ瀬が無いので、非常に癪だが内心アーロニーロを応援していた。

 

「……変態」

 

「下品ですわね」

 

 ミラ・ローズの作戦を聞いた2人の第一声がそれだった。

 

「スンスン、テメェは同じ穴のムジナだろうが……!」

 

 青筋を立てていわゆるガチギレをしているミラ・ローズの作戦は、風呂でアーロニーロの背中を流すというモノであった。

 

「確かにそうかもしれませんが、私は場所を選べば挨拶程度。ですが、貴女の作戦はタダでさえ露出が高いのに、完全に露出してアーロニーロと個室で2人っきりになるモノ。アーロニーロとよろしくない事でもするおつもりですか?」

 

「ミラ・ローズ、純潔を捨てでまでやり通すなんて、そこまで追い詰めてたのか……」

 

 スンスンは何時ものように毒を吐き、アパッチは「気付いてやれなくてごめん」と申し訳なさそうである。2人とも、座っていた位置から微妙に体をズラして離れている。おそらく、それが今の心の距離なのであろう。

 

「だいたい、いきなり行っても、今は亡きミッチェルのように脱衣所で悪戦苦闘するハメになりますわよ?」

 

「あーそいやそんな事もあったな。死神の技術で結界を張ってたんだよな?」

 

 積極的にアーロニーロにアプローチして、最後はそのアーロニーロに喰われるという悲劇の初代第3刃のミッチェル・ミラルールを思い出してそんな事もあったと懐かしむ。

 ミッチェルは(なび)かないアーロニーロをからかう目的か業を煮やしたのか、裸のお付き合いというのを何度か強行しようとした事があった。どれも未遂で終わったが、その際に大きな役割を果たしたのが結界であり、今現在も同様の物が張られている筈である。

 

「許可は…取ってある」

 

 非常に言いにくそうに絞り出した言葉を2人は聞き逃さなかった。

 

(なあ、止めた方が良くないか?)

 

(ミッチェルになびかなかったアーロニーロが、浴室に入るのを許可した。コレはよっぽどの事ですわよね?)

 

(ミラ・ローズ、マジでヤラレルんじゃね?)

 

(無い、とは言い切れませんわね。成人向け雑誌に、そういうプレイも有りましたし……)

 

 故意か手違いかは知らぬところだが、アーロニーロが現世からコピーしてきた書籍の中には成人向けの雑誌も混じっていた。なので、好奇心に負けて読み、そういった知識もついてしまった。

 どんな経緯があったかは知らないが、アーロニーロがそういった物を虚圏に持ち込んだのは事実で、その上での今回の事態である。結びつけるなと言う方が無理がある。

 流石に本当に貞操を賭けられると、後に雰囲気が悪くなるなるのは明白であった。

 

 あーでもないこーでもないと、本気でミラ・ローズを心配している2人は小声で考えを出し合うが、ミラ・ローズを止めるしか現実的な手段は無かった。その結論に行き着くまでに熱中し過ぎたために、そっと出ていったミラ・ローズに気付いたのは些かと言えない時間が過ぎた後であった。

 

――――――

 

「……入るか?」

 

「正直、中で何が起きてるのかを想像したら絶対に嫌ですわ」

 

 脱衣所にて、2人は入るか入らないかを考えあぐねていた。もし、中でミラ・ローズがヤラシイことをやられているなら、助けに入るべきである。だがしかし、2人の実力では助けに入ろうが返り討ちにされるのも目に見えていた。

 看過できないと感情論で動くか、被害を最小に抑える為に理論でいくか。2人はそのどちらかの選択を強いられていた。

 

「ミラ・ローズの痴態を見せられて、その後でこっちも同じ目に会わせられるとか、冗談じゃねえぞ……」

 

「きっと、左手の触手で小規模な触手プレイとかしだすますわよ、あの変態は」

 

 扉の向こうで起こりうる出来事の傾向と対策の為と言い訳をし、2人は足を踏み出さずに議論し、アーロニーロの性癖はこうだろうとまでいった。

 

「楽しそうだな、お前等」

 

 時が止まった。正確に言うのなら、2人の議論が強制中断せざるを得なかった。黒髪ロングの和服美人が好みだろうと予測を付けていたら、何の突拍子も無しに背後から「楽しそうだな、お前等」である。

 

「……?」

 

 何か弁明すべきか、それとも知らぬ存ぜぬを通すべきかとスンスンは考えていたが、重要なある事に気が付いた。立ち位置がおかしいのだ。自分達は浴室の扉を正面にしていた。それなのに背後から声がしたとなれば、その声の人物は反対側の廊下への扉側にいる事になる。

 それではおかしいではないか。声の主は今は浴室に居る筈で、いくら動きが速かろうと扉の真ん前に立っている自分達のどちらにも気付かれずに、扉の開け閉めをして背後に回り込むなど不可能である。

 

「貴男、浴室にいたんじゃありませんよね?」

 

「何ヲ言ッテイルンダイ、今ハハリベルトミラ・ローズガ入ッテイル筈ダロウ?」

 

「なん……だと……」

 

「なん……ですって……」

 

 おかしそうにアーロニーロは嗤い、アパッチとスンスンは予想外の事態に目を見開く。

 アーロニーロと入浴を共にするという罰ゲームに近い行いをミラ・ローズはしている筈だった。なのに、実際にはハリベルと入浴するというご褒美と入れ替わっているのだ。プラマイが完全に逆となっている。

 

「ところで、俺の仮面を取ろうとして楽しかったか?」

 

 十刃最速の響転。それによって呆気無く後ろを取られて肩に手を置かれた2人は、渇いた笑いを口から漏らすしかなかった。

 

「ボクノ好キナノガ触手プレイダソウダネ……?」

 

 どうやら最初から聞かれていたと判ると、笑いは渇きを通り越して風化した。この後の運命が、おぼろげながらも見えた気がしたからだ……

 

――――――

 

 肌を上気させ、息も絶え絶えなったスンスンとアパッチは、もう用は済んだとアーロニーロにアパッチの部屋に転がされる。2人の様子的に、事後っぽさがあるがそんな事は無い。

 

「笑い死にさせるつもりかよ……」

 

 左手の口に付属する触手によるくすぐりの刑。くすぐりの刑自体は古典的なもので、足の裏といった定番の場所をくすぐるだけであった。しかし、触手によって行われるソレは自分がやるよりも何倍も効率的に笑わせに来たのだ。

 10本の触手で(まさぐ)って弱いポイントを探り、判明した10ヶ所を的確に撫でるのは人間の手では不可能であった。更に触手の柔軟さを活かした滑らかな動きと相まって、呼吸が出来ないほどに笑って死さえ意識した。

 

「……なにがあったんだい?」

 

 満足そうな顔をして戻って来たミラ・ローズからすれば、なぜか2人が事後っぽい感じで床に倒れているのだ。2人にそういった趣味が無いと知っているミラ・ローズからすれば謎でしかない。

 頭に疑問符を浮かべているミラ・ローズに一矢報いるように、2人は「ざまあみろ」と言わんばかりにミラ・ローズの背後を指差す。

 

「端的に言うなら、罰だな」

 

 勢いよく両肩に手を置かれたミラ・ローズは、軋む音を立てそうな速度で振り返ってその手の主を見る。声と言葉の内容から誰かは判るが、奇跡が起きれば違う人物かもしれない。

 そんな色さえない希望は、現実によって塗り潰される。解っていたことだが、絶望するしかなかった。そもそも、奇跡という単語を持ち出した時点で、起きる可能性は1%未満と考えていた。

 

 仮面を付けているのに、嗤っているのがよく解るアーロニーロが左手を露出させて立っていた。

 

「安心シナヨ、死ニハシナイカラ」

 

 その日、3人目の大きな笑い声が『第9十刃宮』に響くのであった。




雑誌類というよりほとんどの物(データなども)の無断コピーは犯罪です。
いかなる理由であろうとも犯罪は犯罪であり、罪には罰が与えられます。


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特別訓練

「特別訓練だぁ?」

 

 グリムジョーはいきなりアーロニーロが言った内容に怪訝な顔をして、不機嫌だというのを隠そうとしない。元より直情なグリムジョーだが、気に喰わないアーロニーロ相手に感情をぶつけるのなど気にも留めない。尤も、グリムジョーが感情をぶつけない相手など、片手の指の数で数えられるくらいに少ないのだが。

 

「ノイトラ・ジルガとは随分と仲が良い(・・・・)ようだからな」

 

 仲が良いと言われてグリムジョーは怪訝な顔をする。グリムジョーが強くなろうとしている理由の中に、アーロニーロを倒すというのが含まれているなど先刻承知の筈だ。そしてソレはノイトラとて同じだ。

 

「心配シナクテ良イヨ。消スツモリナラトック二ヤッテルカラ」

 

「…ッチ」

 

 いつでも殺せるとの宣言にグリムジョーは反論ができなかった。ノイトラと会わせられ、ライバル関係のようなものとなって確かに強くなった。

 そう、強くなった。ただそれだけだ。十刃に、アーロニーロに牙を届かせるのには、強くなったとしか言えないくらいしか鍛えても意味がない。次元が違うと言わしめるその実力差は、純然たる事実なのだから。

 

「それは私達も参加していいのか?」

 

 いつものように『迎撃の間』にて(たむろ)していたところで話しかけたので、一緒にいたシャウロンが横槍を入れた。彼等も鍛錬を欠かしていないのだが、強くなっているという実感が無い。

 そこに怪しさ満点の特別訓練ときたので、何か掴めないかと藁にも縋る思いで参加したいのだ。それにアーロニーロは是と返す。

 

「ソレ、あたし等も参加していいか?」

 

 どこから聞いていたのか、アパッチ達3人娘も『迎撃の間』に入ってきて参加を表明した。それもアーロニーロは是と返す。

 

「…だってよ、ハリベル様ー!」

 

「何?」

 

 してやったりとニンマリと笑って言ったアパッチの言葉をアーロニーロは思わず聞き返した。どういった意味で言ったなど聞き返すまでも無かったのだが、聞き返せずにはいられなかった。

 

「済まない。騙すような事をしてしまって……」

 

 申し訳なさそうに、3人娘の影より呼ばれたハリベルが姿を現した。つまり、アパッチの言ったあたし等は3人娘だけでなく、ハリベルも含めた4人だったということだ。

 

「まさか、やっぱり今の無しとか言ったりしないだろう?」

 

「御自分で言いましたよねぇ?いい、と」

 

 すかさずミラ・ローズとスンスンが「断るなよ」との念押しする。

 

「ヘェ、ソウ来ルカイ」

 

 プライドの高い他の十刃なら、こう言われてしまえばそのまま連れて行くしかない。自分で言った事を曲げるなど、虚言を吐いたのと同じになってしまうからだ。

 尤も、アーロニーロにはプライドなどという邪魔くさいものはほとんど無い。なので断るというのも選択に入る。

 

「ハリベル、付いて来るのは構わん。ただし、それなりに危険だから俺の傍を離れるなよ」

 

 てっきり「残れ」との返答が来ると思っていたハリベルは嬉しそうに頷く。逆に、3人娘は暗くなった。一応はハリベルが喜ぶので望んだ返答ではあるが、アーロニーロが傍に居るのは不快である。

 どっちに転ぼうが3人娘の心中は複雑なモノになるので難儀なモノであった。

 

――――――

 

「あー!アーロニーロだ!」「ッえ!?お菓子が来たの!?」「チョコある~?」「ヲカシ~」

「クッキーは?あるよね?」「マッカロ~ン」「パフェが食べたいよ~」「肉もいいよね」

「肉は今はいいよ」「あれ~?他にも誰かいるよ~?」「ほんとだ」「誰だろ?」

「もしかして、遊んでくれる人?」「それならいいな」「普段はできない遊びができるね!」

 

 

「俺の名前より先にお菓子が出た奴はちょっとソコに並べ」

 

 全てのピカロがワラワラとアーロニーロを中心に集まっているその光景に、初めてその場面を見たグリムジョー等にハリベル達は言葉を失った。

 ピカロは群体の破面で、それぞれが根底でこそ繋がっているいるが個性があって非常に気紛れというのは周知の事実だ。そのため、ピカロだけで破面が面白半分で何体も遊び壊されるとの事件が何度も起きている。その為、今は自らの宮の付近に―――数体の物理攻撃が効果の無い虚によって―――軟禁状態にされている。

 

 そんなピカロが無邪気に集まるのはよくある事。

 逆に綺麗に列を作って並ぶなど想像すらしなかった。しかも、気紛れなピカロが全員で集まっているのだ。いくら軟禁状態で一定範囲にいても、バラけて行動するのが多いから更に異常さが際立つ。

 その異常の理由は、アーロニーロが作ったお菓子を本人に了解なしに毒味として配ったからだ。

 藍染でもくれなかった甘い菓子類をくれるおじさんと認識し、下手すれば藍染よりも言う事を聞くようになっている。しっかりと調教もとい餌付けされた結果が異常となっているのだ。

 

「どういうつもりだぁ!アーロニーロ!!!」

 

 ほとんどが子供の姿―――逆に言えば、一部は異形―――のピカロに、スリットの無いチャイナ服みたいなのに仮面と袖が広くてなぞのフリフリ要素のある上着を着た(アーロニーロ)が葬討部隊隊員に持ってこさせたお菓子を配っている光景に待ったを掛ける者がいた。

 光景が犯罪的とか、可笑しな光景過ぎるという理由ではない。特別訓練としてきたのに、アーロニーロがピカロにお菓子を配っているのを見ているだけであるからだ。

 

「マッタク、セッカチダネ」

 

 いくらピカロが第2十刃(セグンダ・エスパーダ)でも、見てくれは子供である。なのでハリベル達は微笑ましく見ていたが、グリムジョー等は我慢ができないようであった。尚、『第9従属官』たる最初期組はお留守番として宮に残らせている。

 

「さあ、ピカロ。おやつを食べたら、今度は遊びの時間だ。

 遊び相手は俺とハリベル以外の大きいお友達だ。俺の前に連れて来るだけでいい。

 ソレができたら、新しいお菓子を配ろう」

 

 新しい遊び相手に新しいお菓子と聞いてピカロは色めきたつ。逆にグリムジョーは益々怒りを増幅させる。特別訓練と聞いていたのに、餓鬼のお守りをさせられそうになっているからだ。

 

「アア、ソウソウ。帰刃ト殺シハ無シダヨ。皆死ンジャウカラネ(・・・・・・・・・)

 

 火に油どころか爆発物を投入する発言に、グリムジョーは開始の合図と共にこちらを捕まえれるように近づいていた1人の頭蓋を踏み砕く。

 

「馬鹿にすんじゃねぇぞ!!十刃と言ってもこんな餓鬼に俺が殺されるだと!!!」

 

 数こそいるが、まだ十刃でないグリムジョーでも「こんなものか」と思う霊圧しか発していないピカロは雑魚にしか見えなかった。だから、容赦無くピカロに手を掛けた。たかが一匹潰した所で、大した事ないだろうと。

 

「ああ゛ん?」

 

 踏み砕いた足がナニカに押し返される感触に、グリムジョーは視線を落とした。そこには、物言わぬ骸となったピカロがいる筈であった。

 

「アハハッ!」

 

 だがしかし、ソコには血飛沫で汚れているが、グリムジョーに潰された頭が治っているピカロが笑っていた。

 

「ッ!?」

 

 あまりの不気味さに思わず飛びのいて、しっかりとピカロを観察する。血によって汚れているから、踏み砕いたのは事実と確認できるが、その再生力は不自然極まりなかった。超速再生でも、脳や内臓といった器官は再生できない事がある。特に、脳はどれだけ優れた超速再生でも再生は不可能とされている。

 だから、頭蓋を踏み砕いてピカロの一匹を殺したと思ったのだ。頭を潰せば、単細胞生物でもなければ死ぬのは虚でも同様である。

 その例外の1つが、ピカロという破面であったのだ。

 

「スイッチが入ったな」

 

「スイッチ?」

 

 いったい何のスイッチが入ったかとハリベルはアーロニーロに聞こうとしたが、すぐにその必要は無くなった。目の前で、ピカロが発する霊圧が先ほどよりも強くなったからだ。

 ピカロは子供故に、あまり考えて学ぶといった事はしない。それでも、ピカロは霊圧を抑えるという事を自然と学び、お粗末なレベルだが自分のモノにしていた。その理由は簡単だ。遊ぶ為だ。

 

 何度か他の虚や破面と遊ぶ内に、普段よりも相手が捕まえやすい上に長く遊べる条件を見つけた。それが霊圧を抑えた状態であったという話だ。それからピカロは普段は霊圧を抑えるようになり、ソレが解放される

時とは霊圧を抑えるとの事も考えられなくなった時となる。

 

「アンナノデモ第2十刃。十刃二入レナイ奴ハ、敵二スラナラナイヨ」

 

 嗤い、アーロニーロは遊びの開始を宣言した。

 

――――――

 

 アーロニーロの開始の合図を待たずに、追われる者にされた者達は響転でもってその場を離れた。アーロニーロは遊びと言いい、ピカロに殺しは無しと言いつけていたが命が懸かっているのは明白であった。

 仮に殺されなかったとしても、十刃としての迫力の欠けるピカロだが、大人になるにつれて失う無邪気さを持っている。捕まえれば逃げられないようにと足をもがれて不思議ではない。

 

 逃げ続けるにしろ、隠れるにしろ一旦距離を取って考える時間が必要であった。しかし、1人だけその場に残っていた者がいた。

 

「ハ、ハハハ」

 

 ディ・ロイ・リンカーであった。別に勝つ自信があって残ったのではない。響転が下半身が蛇だからか、それとも単純に実行できる能力が無いからか、1人だけ取り残される格好になっただけである。

 

「やってやろうじゃねえかーーーー!!!」

 

 破れかぶれでピカロに先制攻撃をするのだった。

 

――――――

 

 哀れな獲物となった者達が狩られている時間。アーロニーロとハリベルは、テーブルとイスを並べて優雅に紅茶を飲んでいた。

 

(大丈夫だろうか……)

 

 ハリベルは心配そうに顔を曇らせて、最初に脱落して古雑巾のように捨て置かれているディ・ロイを見る。

 小さめの打撲痕が露出している肌に幾つも見え、砂を全身に浴びて薄汚れている。状況だけ見るなら、袋叩きにされた後である。と言うより、ピカロにそんなつもりは無かっただろうが、実際に袋叩きにされていた。

 無数の子供に無邪気に「やれ~!」との掛け声と共に殴られるのは、不吉な打撃音さえなければ可愛げのあるものだった。その後で、この前アーロニーロにやって貰ったという、相手を掴んだその場でグルグルと回る「大車輪」と名付けられた技を数人で協力してやられていた。最後にはそのままアーロニーロの前に投げ出されて今に至る。

 

「心配しなくとも、死にはしないだろう。斬魄刀を抜きさえしなかったからな」

 

 ディ・ロイを袋叩きにしたピカロの中には、破面なら必ず持っている凶器たる斬魄刀を抜いた者はいなかった。素手で簡単に他人を殺せるのが破面なので微妙になるが、明確に殺す意思はないとの現われと言われればそう思わずにはいられない。

 

「また、嫌われるぞ」

 

 死なぬようにとの配慮が見て取れる。だからと言って、無邪気に凄惨な結果を出すピカロに追いかけられるのは許容できる内容ではない。

 

「マダ嫌ワレル余地ガアルナラネ」

 

 特別訓練と言っておいて、死を感じさせる追いかけっこをやらされる。何かのイジメにすら思える所業だが、ハリベルはそれは仕方の無い事と考えていた。

 

「……はぁ、言うほど皆が皆お前を嫌っていない」

 

 手段がどうあれ、アーロニーロは確かに為になることをしている。嫌われようとも、誤解されようともだ。

 それが、ハリベルには悲しいことであった。解り合おうとせず、ただただ力を与える存在としての立ち方をアーロニーロは頑なに変えなかった。グリムジョー等を連れ帰った時には、解り合えそうな相手なのかと思った。3人へと同じ対応だったので、そんなことは無かったのだが。

 

「それに、少なくとも私はお前を好ましく思っている」

 

 そう言いながら、ハリベルはアーロニーロの右手に指を絡ませる。手袋越しでも、アーロニーロの体温は感じられ、血の通った生き物だと意識させる。

 

(この手を、私を助けるための犠牲にさせてしまった……)

 

 今触っている右手は、ハリベルが知っているだけで2度失われた物。

 1度目は、まだ十刃が“刃”とされていた時にミッチェルの攻撃を受けて肘より先を吹き飛ばされた時。

 2度目は、アヨンと名付けられた3人娘の片腕より生まれたバケモノから、ハリベルを無傷で助ける為に文字通り切り捨てられた時。

 超速再生によって永遠の喪失にこそなっていないが、傷付いた事実には変わりが無い。

 

 だから、ハリベルは手袋に隠れている手が傷だらけなのを幻視してしまう。手だけではない。全身を塗り潰すように傷があると思えて仕方が無い。

 アーロニーロが強いのは知っている。それでも、ハリベルは心配が勝る。肉体的に強かろうとも、その精神まで強いとは限らないからだ。

 

「独りは、寂しくないのか?」

 

 胸の内を明かさず、ただ己の一面だけしか見せないその姿勢。理解させるつもりはなく、誰にでも必ず一歩引いているのでは、孤独なのと何の変わりがあろうか。

 

「下らん。寂しいかなど、何の意味も無い。

 感情などと言う本能に従えば、無駄にするだけだ。色々とな……」

 

 ハリベルの知らない過去の後悔。ソレを滲ませた言葉に、ハリベルは初めてアーロニーロの心に触れたと実感できた。

 やっと心に触れたという牛歩よりも遅い歩みだが、何も語らず踏み込むのを許さなかったのでかなりの進歩でもあった。

 

(ああ…やはり、心を許せる相手が欲しいのだな……)

 

 ようやく、ハリベルは安心した。もし、アーロニーロが自分を煩わしく思っているのなら、その内心を吐露するなどしなかったであろう。まだ受け入れられた訳ではないが、明確な拒絶もされなかった。

 

「アァァァァァロニィィィィィィロォォォォ!!!」

 

 より語ろうとすれば、怨嗟の声で叫びながら帰刃して―――髪が先端が膝の裏近くまで伸び、腕に鉤爪のように鋭利な刃物が生え、肩甲骨辺りから尻尾が生えてどことなく豹らしさがある―――グリムジョーが此方に向かって突っ込んできたのだ。

 

「思ッタヨリ早カッタネ」

 

 なんの惜しげもなく絡んでいた右手を離し、アーロニーロは『剣装霊圧』で応戦を開始した。

 少し遠くを見れば、響転で戦略的撤退した全員が揃って帰刃しており、アヨンも出されて全力でピカロの足止めをしていた。

 この遊びで勝つのは不可能。と言うより、勝ちの条件が決められていないので、最後はピカロに嬲られる結果が決まっているのは確定であった。

 

 ならばと、この特別訓練を決行したアーロニーロに一矢報いようと団結したのだ。全員で挑みたかったのだが、ピカロを足止めをしなければ囲まれて袋叩きにされるのは目に見ていた。

 だから、百以上いるピカロを足止めする為にグリムジョー以外はアーロニーロへの攻撃には参加できなかったのだ。

 

「残念だが、あまり時間を掛けるつもりはない」

 

 アーロニーロの宣言で葬討部隊隊員が斬魄刀を抜く。刃を向ける相手は当然グリムジョーである。

 

「てめぇ!!」

 

 決着はすぐについたのだった。



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前触れ

「諸君!此度の我輩の招集に集ってくれた事にまず礼を述べよう!」

 

 虚夜宮のとある一室。そこに密かにほとんどの十刃が集っていた。

 召集を掛けたのは第4十刃のドルドーニ。数字としては本来の序列である0~9では真ん中に位置する彼だが、その召集にはほとんどの十刃が集結していた。

 

 『魅惑』の死の形を司る第3十刃、リネ・ホーネンス。

 『甘さ』の死の形を司る第4十刃、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソッカチオ。

 『病』の死の形を司る第5十刃、シジェニエ・ピエロム。

 『恐怖』の死の形を司る第6十刃、チルッチ・サンダーウィッチ。

 『信仰』の死の形を司る第7十刃、ガンテンバイン・モスケーダ。

 『嫉妬』の死の形を司る第8十刃、ロエロハ・ハロエロ。

 『強欲』の死の形を司る第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ。

 

 十刃が7名も藍染の命令でないのに集結する。その事実は傍から見れば、これから藍染に反旗を翻さんとしようとしているのではないかとさえ思えるものであった。

 仮にそうだとするなら、第1十刃のバラガン・ルイゼンバーンは彼らの側に着く。アーロニーロに餌付けされている第2十刃のピカロも同様であろう。唯一、第10十刃にして第0十刃のヤミー・リヤルゴだけがどちらに着くかは不明となる。

 この場に破面の戦力の8割が集結と言っても過言ではない。そこまで言ってしまえる異常な集会がコレなのだ。

 

「この集会の議題はただ1つ! 今日にでも破面化される雌の虚を誰が従属官にするかだ!!!」

 

 異様に高いテンションで言ったドルドーニの言葉に、リネとアーロニーロは「は?」と言いたげな雰囲気を醸し出した。実はこの集会、ドルドーニが雌の虚を雑用が見たと聞いたので、突発的に掛けたものであったのだ。

 雑用を通して「真面目な話がある」と伝えられた十刃達は、普段はどうにも軽さが目立つドルドーニの言動を知っていたが、真面目なときは本当に真面目なので集まったのだ。ただし、ドルドーニの聞いたのと同じ話を聞いていたバラガンは不参加を決め、ピカロは元々雑用を向かわせていない。ヤミーは特に理由もなく不参加である。

 

「……ハァ、阿呆か貴様は―――」

 

 ドルドーニがそういう男と知っていても、目の当たりするとリネは苦言を漏らす。

 

「―――この『魅惑』の私を前にして他の女の話をするなどとは」

 

 胸を張って言った内容に、アーロニーロは「此処には俺以外は馬鹿しかしないのか」と頭を抱えたくなった。尚、胸を張った事で上下に胸が揺れたので、アーロニーロ以外の男性陣は一瞬だろうとその動きに視線が釣られ、チルッチは自分よりも大きな胸を忌々しげに睨んだ。ちなみに、阿呆呼ばわりされたドルドーニは「正に、魅惑の双子果実…!」と何やら1人で盛り上がっていた。

 

「本当に申し訳ないが、女王(レイナ)は、高嶺の花。吾輩の手では掴めず、掴めたとしてもその美しさから手折るなどと出来ん。

 ついつい、手の届く花を掴みたくなってしまうのだよ……」

 

 「悲しき男の性だ…」とドルドーニは言うが、ぶっちゃけるとドルドーニが女に飢えているというだけの話である。

 そんなドルドーニの内情など勘繰りもしないリネは「それならば仕方ない」と余裕の笑みを浮かべて、取り分けられたクッキーを嬉しそうに頬張る。そのクッキーはアーロニーロがこういった集まりに参加する際は必ず持ってくる物である。

 

「…で、肝心の女破面はどうすんのよ。あたしは別に要らないわよ」

 

 参加者全員が暇だからとの理由もあって参加したが、グダグダとドルドーニの馬鹿に付き合うつもりの無いチルッチは問題の女破面をいらないと宣言する。女手を確保できているので、彼女には本当に必要無いのだ。

 

「私も必要ないな。まぁ、美しさ次第では愛でてやらんことも無いのだがな」

 

 リネは答えを保留とし、雑用が持ってきた紅茶をゆったりと飲む。帰りたいチルッチと違って、どうやら事の成り行きを観戦するつもりのようである。

 

「俺も必要ない」

 

 アーロニーロはチルッチと同じでいらないとした。しかし、男性陣は疑わしくアーロニーロを見る。

 

「ナンダイ、ソノ目ハ」

 

「第一期“刃”で、まず従属官に女破面を3人も入れた奴が言う台詞?」

 

 ロエロハの言葉に他の男性陣も「うんうん」と頷く。雌の虚が少ないので、虚より進化した破面も女破面は少ない。

 その少ない女破面を真っ先に従属官に加えたのはアーロニーロである。それ以降は女破面を従属官に加えるなどしていないが、初代第3刃ミッチェル・ミラルールがよく会いに行っていたとの事実がある。

 そんな―――他の男性陣からしたら―――前科のあるアーロニーロの女性関係の言葉をそのまま信じろというのは無理がある。

 

「まったくだ。誰の従属官でもなければ、スンスンは私の従属官(メイド)に加えていたのだがな」

 

 従属官をメイドや執事と呼んで本当に貴族のような物言いのシジェニエは、従属官にそれらしい服装を強要している。手が隠しても尚余裕のあるまで袖を長くしているスンスンからすれば、服装の強要はそれだけでストレスになるであろうから、彼の従属官にならなかったのは幸運であろう。

 ちなみに、シジェニエの宮にドルドーニが出向いた際には、メイドに奉仕されるシジェニエを見て悔し涙を流したという事があった。

 

「何やら話が本筋が外れているからついでに戻すが、私は女破面が金髪なら欲しい。まだ金髪長髪メイドがいないのでな」

 

 紅茶の香りを堪能しながら話を戻したシジェニエは、目線だけで次を促す。

 

「見てから決める」

 

「俺の宮には必要無い」

 

「意見は出揃ったようであるな」

 

 こんな召集をしたのドルドーニは当然欲しい一択である。

 欲しい1人。女破面次第で欲しいが3人。いらないが3人。この結果にドルドーニは心の中だけで狂喜乱舞する。このまま上手くいけば、念願の女破面の従属官が手に入るかもしれないからだ。

 

 ドルドーニは紳士である。軽いとこがあるが、紳士である。十刃になっても、紳士である事を辞めたりしなかった彼は、女破面を従属官にしようとした際にはまず話し合いをした。

 女性に無理矢理従わせるのは紳士ではないとして、話し合いをしたのだが、ソレが失敗の原因であった。

 本人からしたら緊張を解したり、自分がお堅いだけの堅苦しい人物ではないのを解らせる為に、お調子者な一面を曝け出したのだ。それによって、ドルドーニがヴァスティダと戦った時の印象である渋いおじ様的な印象は見事に打ち砕かれた。結果、幻滅された。

 まさか騙してまでも従属官にしようと考えなかったドルドーニは、一度失敗しようが挫けずに別の女破面でも話し合いをした。その結果がどうだったかなど、女破面のいない彼の宮を見れば解るものである。

 

「そういえば、肝心の女破面の名前は判っているのか?」

 

「ネリエル、との名前だった筈だが?」

 

――――――

 

 ネリエル。フルネームはネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクとの女破面はドルドーニの聞いたとおりに虚夜宮に招かれた。

 ただし、第3十刃の挑戦者としてだった。シジェニエ、ガンテンバイン、ロエロハは気の毒だったなとドルドーニの肩を叩いてやるが、それで癒される訳が無い。せめて、肩を叩くのが女破面でなければ無駄であろう。

 

「まだだ!! 紳士にあるまじき願いだが、負ける可能性もある!!」

 

「死亡率は極高」

 

 ロエロハの突っ込みに耳を塞いで聞きたくないと、まるで子供のような反応をするドルドーニに、まだ近くにいたシジェニエとガンテンバインは苦笑する。

 座を賭けての戦いにおいて、両者の生存率は限りなく0に近い。敗者に生きる価値は無しと、基本的に勝者が命を摘み取ってきた。唯一の例外は、ドルドーニがヴァスティダの命を助けた事だけである。その後で保護として従属官にもしており、そのお陰でアーロニーロに闇討ちされずに生きている。

 

「アーロニーロ、その膝のは何だ?」

 

 野次馬の如く集まっている1人であるアーロニーロは、イスを持ち出してしっかりとした観戦状態であった。ハリベルは、そんなアーロニーロの膝の上でのんびりとしている子供の破面を指摘した。

 

「ピカロの1人だが?」

 

 なぜそんな事を聞くと言ったアーロニーロだが、ハリベルの聞きたい事はそのピカロの1人がなぜ膝の上でアーロニーロにじゃれついているかであった。

 

「コレデモ第2十刃。一応コウイッタ席二参加スル義務ハ有ルンダヨ」

 

 十刃として威厳も何も無いが、ピカロもその座には着いている。そして、現十刃が敗れた際にわざわざ顔合わせをしなくても良い様にと、十刃には十刃と挑戦者の戦いを見るのを義務付けられている。

 尤も、ピカロの1人に見せた所で、同じピカロに正確に情報を伝えるのは絶望的である。そういった情報の伝達は、アーロニーロの『認識同期』で伝えれば齟齬も無い。あくまで、例外を作らない為と、ピカロ全員を解放しない為に1人だけ連れて来られているに過ぎない。

 

「オカシちょ~だ~い」

 

「よしよし、飴をやろう」

 

 そんなやり取りは親子のソレみたいであるが、ハリベルにはピカロの目がそれだけには見えなかった。

 物欲からくる純粋な好意。子供特有のちょっと優しくされたからといった理由で産まれる穢れ無きその感情は、よっぽどの捻くれ者でもなければ拒否しがたいものだ。

 現にアーロニーロも、抑えておくように藍染に言われていたとしても可愛がっていた。膝の上に乗せ、頭を撫で、お菓子を与えて抱きしめる。まるで愛娘(・・)に接するかのような溺愛っぷりである。アーロニーロの格好が格好なので、いたいけな子供にイタズラする不審者にしか見えないが、珍しく行動に感情が乗っていた(・・・・・・・・・・・)

 ピカロとは良好な関係を築いているのはハリベルは知っていたが、ここまでのものとは知らなかった。

 

「アーロニーロ、お前はどちらが勝つと思う?」

 

 そんな2人の邪魔をするように問いを投げて、ハリベルは自分の行動に驚いていた。目の前の光景は微笑ましいモノであった筈なのに、それを中断させるようにアーロニーロが答えてくれる質問をした。

 

「破面化シテ調子ニ乗ッタ新入リガ挑戦スル。ソウ見エルケド、イクラ何デモ早過ギル」

 

 雌の虚と見て判るということは、少なくともアジューカスだということ。ならば人型の慣らしの期間があった筈である。

 虚の姿が人型に近ければその慣らしの期間は短い。だがしかし、新入りの破面が調子に乗ったにしても早すぎる。

 十刃への挑戦は自由だが、誰に挑むかを一度藍染に申告しなければならない。なので、実際には藍染の許可が必要となっている。

 

「十中八九、挑戦者が勝つだろうな」

 

 今回の新入りは藍染の肝入りなのではないか?アーロニーロはそう疑っていた。

 例えそうでなくとも、リネは能力型の破面である。第3十刃の座にいるので、それだけ効率的に殺戮できる。つまり広範囲に能力が使える可能性が高い。

 そういった能力は、多くの場合で一対一には向かない。格下なら問題がなくとも、同格になると効き辛いなどよくあることでもある。自慢の能力が効かなければ、能力型の破面は存外脆いのは宿命か。

 

「マァ、ドッチガ勝トウト僕等ガヤル事ハ変ワラナイケドネ」

 

 尤も、アーロニーロにとってはそんな事はどうでもよかった。司る死が『魅惑』のリネの能力は大まかな予想ができるが、尸魂界にでも殴り込みに行かなければ使えない代物であろう。アーロニーロにとって価値がありそうなのは、十刃として認められた霊圧くらいであった。

 屍を晒せば喰らう。アーロニーロのその行動は、虚となった時から既に決まっていた。



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『魅惑』

 リネが斬魄刀を抜く。

 リネの斬魄刀は鍔が絡み合う蔦を模したレイピア。その形状は折れやすさなどから真っ向からの斬り合いに不向きな武器だ。レイピアは刃が細く軽量なので片手で使うのが前提であり、開いている手にはパリーイング・ダガーやソードブレイカーといった防御用の短剣との併用が普通である。しかし、リネの斬魄刀を握らない手は開いたままである。

 

「ゆくぞ……」

 

 短く攻撃の宣言をしてリネは疾駆する。前任であったミッチェルがそうだったように、リネは速さを主軸に置いた戦闘スタイルの使い手である。レイピアという剣として体裁を最低限残したその形状は、斬ると突くができるだけの機能以外を削ぎ落としたようにすら見える。

 リネが斬魄刀を振るえば、その軌道は完全な線であって通り過ぎたそのままを切り裂く。

 

 ネリエルがソレを許す筈も無く、自分も斬魄刀を抜いて剣戟を受け止める。

 

(軽い…)

 

 その速さから勢いには十分に乗っていそうであったが、重圧としての力は非常に軽いものであった。もとよりレイピアであれば当然の話である。細身であるので、折る折られるとの事が戦いで普通だったのだから。

 ただし、それは人間が作った鉄の武器としての話である。己が虚としての力の核を封じた斬魄刀なら、その強度は所有者に依存する。

 そして、リネは十刃。その強度は簡単に折れるような物であるはずが無い。

 

 澄んだ金属音を響かせながら、リネの斬魄刀がネリエルの斬魄刀の刃の上を滑る。どちらも傷付かずいる事から、強度の上では拮抗しているのが見て判る。

 手元の方へと滑っているので、鍔によってその動きが時期に止められる。筈だった。滑っていた刃は跳ねて鍔を避け、ネリエルの指へと迫る。

 大きな痛手となる指の欠損をそのまま受け入れずに、ネリエル下がると同時に再び刃と刃をぶつけ合わせる。今度は手元に迫れないようにと弾き飛ばす。

 

「…っふ、私に挑戦するだけはあるようだな」

 

 的確な対処を鼻で笑う余裕な態度に、ネリエルは顔を顰める。

 

「良い事を教えてやろう。私の剣は重さだけ(・・・・)を捨てたモノだ」

 

 弾かれて横に移動させられた斬魄刀が、その場所より脳天を貫こうと切っ先が狙いを定めていた。

 ネリエルが反撃に移ろうとしたその矢先に、リネは再び攻撃の姿勢に移っていた。

 まだ退く猶予は残っていたが、ネリエルはそのまま攻めを続行する。脳天を狙っていることから次に来るのは刺突と判断し、それなら避けられると踏んだからだ。何より、退いたら攻めに転じられないとの予感があったからだ。

 

 ネリエルの予想通りに脳天を、一撃必殺を狙った刺突が迫る。頭を傾けてギリギリで避け、そのままリネの斬魄刀ごと斬り上げる。またもやリネの斬魄刀は弾かれるが、斬り上げは避けられてダメージを与えられない。そのまま、上段からの斬り下げに繋げられる。

 

 斬り払えばそこより攻撃をされ、受け止めれば手元を狙った攻撃をされる。どう動こうとも即座に攻撃に移るその柔軟さは、特筆すべきリネの腕であろう。

 何度避けようとも、何度交わそうとも次に攻撃が来るのは変わらない。細身の剣であるが故に攻撃に重さを持たせられない事実でもって、速さと切れ味でもって相手を切り裂くこの剣術へと至らせたのだ。

 

 再び切っ先が脳天を捉える。それを体全体を傾けて避けると、大きく踏み込んで右から左へと一閃させてリネの腹を掻っ捌こうとする。流石にコレを避けるのに距離が必要とし、リネは後ろに跳び退いて凶刃より逃れる。

 

「虚閃」

 

 追撃への牽制として、跳び退きながら左手より虚閃を放つ。虚閃は決定打にこそ欠けるが、同格のものであるのなら決して無視のできる威力ではない。追撃を封じ、体制を整える隙を作るには十分。

 そんな虚閃を見て、ネリエルの頬が緩む。大虚や破面ならまず使えるその技は、ネリエルに対して使う技としては悪手に他ならないからだ。

 虚閃の直撃コースにいるのにそのまま突撃を強行するネリエルを見て、尚も余裕そうな表情に陰がさす。

 

 迫りくるセロをネリエルは片手で受け止める。そのまま逸らすなり握り潰せばまだ普通であった。だが、ネリエルは口を大きく開いて虚閃を飲み込んだ。

 これにはリネの余裕が崩れて驚愕に染まる。虚閃は霊圧の塊で、飲み込むのは爆弾を飲み込むのとほぼ同義。ソレをやったということは、飲み込む事で使える能力以外は考えられない。

 

 ちゅるり、とゼリーのように飲み込んで一拍置かれる。

 

「があっ!!!!」

 

 大よそ女性が出しちゃいけないような声と共に、虚閃が今度は吐き出される。飲み込まれる前よりも明らかに速度が上がった虚閃がリネへと反逆する。

 態勢を整える為に虚閃を撃ったのだから、リネが虚閃をまともに迎撃できる筈もない。腕をクロスさせて防御姿勢を取るだけで精一杯であった。

 

「…妙な虚閃だ。確かに私自身の虚閃を返されたというのに、なぜお前の霊圧が混じっている」

 

 手負いになろうとも、リネは余裕の態度を取り繕った。返された虚閃が牽制として撃ったモノであったのがリネを救ったのだ。もし、倒すつもりの虚閃であったのなら、取り繕う事さえリネはできなかったであろう。

 

「『重奏虚閃(セロ・ドープル)』。相手の虚閃を吸収して、自分の虚閃を上乗せして撃ち返す私の固有技よ」

 

 存在と内容がばれた伏せ札は切り札足りえないとして、あっさりとネリエルは技を教える。

 

「そうか、なら使わないようにしよう」

 

 撃とうとも無駄と判れば、早々撃てなくなる。決め手に欠ける虚閃だが、撃たれれば面倒に変わりはない。『重奏虚閃』の真価は、相手が虚閃を撃ちにくくするところであろう。

 

「乱れよ、『淫羊華(テンダシィロル)』」

 

 長引かせるのは得策ではないとして、リネはついに斬魄刀の解号を口にした。リネの霊圧が視認できるまで一瞬だけ凝縮し、すぐさまそんな事など無かったように飛散する。

 

「この姿は、あまり好きではないのだがな」

 

 帰刃したリネの一言で例えるのなら、花に取り込まれた女であった。腕は手首を縛られて吊るされているように持ち上げられ、手は1つの大輪の花となって元の使い方はできなくなっている。髪は途中から茨となって、消失した服の代わりとなって上半身の要所要所を絡まりながらも隠している。下半身は植物の茎と変わりない物となって、自力での移動は不可能とまでなっていた。

 

「思うように動けないから、かしら?」

 

 虚の姿を色濃く表した帰刃状態を見れば、なんとなくだがその理由が判った。多くのアジューカスは動物型で、リネのような植物型は非常に珍しい。単純に植物の姿に進化するギリアンが少ないからとの理由もあるが、自力での移動ができないとなれば食うに困ることも多く、何より逃げるとの事ができないからだ。

 ただでさえ生存競争が激しい虚圏では、移動できないとのデメリットはあるだけで死活問題に直結する。それでもなお生き残って破面化できたのだから、リネの能力が高いと伺える。

 

「そんな事ではない。折角の妖艶な姿というのに、こんな手足では愛でることができん」

 

 思うように触れ合えないのが不満だと言うリネの顔はその感情に染まっており、本心からの言葉なのであろう。しかし、そんな事はネリエルには関係が無い。

 

「そんな心配をするのは今日までよ。あなたは私が倒すもの…」

 

「さて、刀剣解放をしなくてもよくなるのはどちらかな……」

 

 勝つのは自分だとの宣言に、リネはこれまで通りに余裕の態度で受け流す。

 

「判っているでしょうけど……今のあなたはただの的よ」

 

 響転からの死角からの斬撃。破面の常套手段である攻撃で、ネリエルはリネの首を狙う。流石の破面でも首を刎ねられれば死ぬ。どう見ても致命傷でも、元気そうに動き回れる奴もいるにはいるが、今は蛇足であろう。

 

(取った!!)

 

 リネは響転を目で負えていたが、対応までは追いつけていない。ネリエルの斬魄刀がリネの柔肌を無残に切り裂いて、その首を切り落とすのを確信していた。

 だがしかし、リネの振り向きざまの横顔を見た途端に、心臓が普段より大きく脈打って体の調子を狂わせる。そのままであれば首を刎ねていた斬魄刀の動きは鈍り、動き出した茨によって弾かれて攻撃は失敗に終わった。

 このまま接近戦を続けるには危険だとし、一旦ネリエルは下がる。

 

「見惚れたな、この私に」

 

「……ッ!!」

 

 突き付けられた事実にネリエルの衝撃は並の物ではなかった。同性に体が変調をきたすほどに見惚れる事などまずないと考えていたからだ。

 確かにリネは傾国の美女と言えるだけの美しさを持っている。しかし、性癖的にノーマルであるネリエルが見惚れるような事は無いはずであった。

 

「恥じる事はない。私のこんな姿を見れば、誰もがそうなるのだからな」

 

「そう、コレがあなたの能力。『魅惑』たる力ということ」

 

「まだそう考えられるとは、同性かつ同格にはやはり効き辛い(・・・・)な。尤も、私の『魅惑(ファスシナシオン)』からは逃れられまい」

 

 能力と判れば、体の変調にもネリエルは納得ができた。そして、リネの能力が途轍もなく恐ろしく感じた。一瞬だったとはいえ、見惚れた(・・・・)で効き辛いとなると、しっかりと効いた場合はどうなってしまうのかの想像がつかないからだ。

 

(長引かせるのは危険ね…)

 

 どんな攻撃にもある事だが、1回耐えられたと言ってその後も無限に耐えれるなんてまずない。しかも、リネの『魅惑』は特別な攻撃を必要としないようなので、今この瞬間にも『魅惑』に蝕まられている可能性が高かった。

 自然と、ネリエルは短期決戦をするしかないと考えた。その思考が、既にリネの術中に嵌っているいると考えもせずに……

 

「謳え、『羚騎士(ガミューサ)』」

 

 最大戦力でもってリネを倒すべく、ネリエルも帰刃する。現れたその姿は、人間の上半身と馬の首からしたを持つ半人半獣、ケンタウロスに酷似したモノであった。ネリエルは馬の部分が(カモシカ)となっているので、厳密にはケンタウロスに似たナニカとなる。ちなみに、カモシカはウシ科の動物である。どうりで胸が大きいわけである。

 手に握られていた斬魄刀は、ランスを2つ石打の部分でくっ付けた槍のような物へと変貌して握られている。馬の部分がカモシカでも、見るからに突撃力がありそうで、しかもランスとして扱えそうな武器まで握られていれば次に何が起きるかなど自明の理であった。

 

 チャージ。騎兵の突撃戦術であるそれは、馬の機動力によって人間だけでは出せない破壊力を生み出す。ランスによって一点に力を集中させれば、強固な鎧すらも貫ける。小回りが利かないが、それを補って有り余る機動力と破壊力を持つその戦術をリネへと向ける。

 

 先程は振り向きざまの横顔にドキリとしたが、真正面からならそんな事は起きはしない。

 

「…近づいたな」

 

 避けようの無い死が迫っているというのに、リネは優雅に微笑んだ。

 

「…ぁ」

 

 その微笑みで、ネリエルは一瞬だけ溶かされた。見ているだけ肌は上気し、心臓が痛いほどに脈打つ。不治の病とまで言われる恋煩いと同じ状態にまで、ネリエルは近付いて見ただけで陥ってしまった。自我が希薄になり、意識が朦朧とする。

 

「グ!」

 

 唇を噛み切って、意識をリネから無理矢理に逸らす。視線まで逸らして突撃を中止して、距離を取る。

 

「あぁ…どうして離れてしまうのだ。それでは愛でられないではないか」

 

 甘い囁きに足を止めそうになったが、そのままネリエルは先程と同じだけの距離を取った。そこなら、まだ安全圏と考えての距離だ。

 リネの方を一瞬だけ見れば、斬魄刀での一撃を防いだように茨が手の代わりと言わんばかりに展開されて待ち構えていた。もし、あのまま向かっていれば全身を茨に抱き締められてじっくりと絞殺されていたであろう。

 

(本当に…厄介ね)

 

 能力型は嵌め殺すのが普通となる。当然、嵌められないのなら逆に殺される事になるが、十刃の能力型がそんな簡単に嵌め損なうなどしない。

 物理型になるネリエルは、力技でもって相手の能力を破る必要がある。なのだが、近付いて顔を見ただけで戦闘不能になり掛けたのだ。もし接近戦を仕掛けるのなら、一回上手く行くか行かないかの非常に怪しい線である。

 

「どうした? 私はここにいるぞ。早くここまでくれば、たっぷりと愛でてやれるぞ」

 

 嫌に耳に残る声で、無意識に足が動きそうになる。新しく唇に傷を付けて、ネリエルは自分を繋ぎ止める。

 共に傷が少なく、帰刃こそしているがまだ霊圧の消耗は多くない。全体的に見ればこの戦いは始まったばかりのようなものである。

 だというのに、ネリエルは追い詰められていた。自分の突破力なら、嵌められる前にケリを付けられると踏んでいたのに、既に嵌められつつあった。

 

(これが、第3十刃の実力というわけ)

 

 一旦、目を瞑ってネリエルは気持ちを落ち着かせる。

 近付くのが無理なら、遠距離からの攻撃で仕留めるしかない。しかし、ネリエルの技の遠距離攻撃は虚閃と虚弾しかない。どちらも決定打に欠ける上に、破面の基本能力なのでリネも警戒しているであろう。

 ならば、今この瞬間に新しい技を編み出すしかない。

 

(思い出すのよ、私自身の能力を…)

 

 虚として身体による能力は突撃力。特殊能力としては、相手の虚閃を一旦吸収してから、自分の虚閃を上乗せして返す『重奏虚閃』。ネリエルの能力と言えるのはこの2つだけであった。

 

(いける、かしら…?)

 

 咄嗟の思い付きの技は、遠距離から仕留められる可能性があった。だが、失敗すれば今以上に悪い状況となってしまう。百かゼロ、もしくはマイナスにまで落ちる賭けとなる。

 

「それでも、やるしかないわね」

 

 決意を固め、ネリエルは再びリネに向かって、なるべくリネを見ないように突撃を開始する。

 それを見たリネは笑う。リネの『魅惑』は、花となった手から放出されている花粉による影響だ。風の有無で効果範囲が左右されるのが珠に傷だが、その効果は強力である。

 リネを見れば特殊性癖者でもなければ美しいと好意的に見る。花粉はその感情を爆発的に増大させ、リネに魅了させる。精神を花粉に侵されれば、最後にはリネを心酔してやまない状態になって、リネに従う人形のごとき存在へと変貌せしめる凶悪な能力だ。

 だから、花粉の濃度が濃く、リネがしっかりと見える近距離は効果が非常に高くなっている。近接殺しとも言える能力なのだ。

 

「『翠の(ランサドール・)―――」

 

 槍を腰に据えてチャージの構えをしたネリエルが、肩に担いでいるように見える槍投げの恰好に持ち方を変える。

 それを見て、リネは慌てて茨による防御姿勢へと移行する。受け止めるのは最初から無理とし、飛んでくるであろう槍を逸らせるようにと角錐のような形を取る。

 

「―――射槍(ヴァルデ)』」

 

 回転して軸を安定させて命中率と貫通力を増させ、『重奏虚閃』の応用で霊圧を込めてソレ自体が霊圧を発せるようにした。

 ネリエルの『重奏虚閃』は突き詰めれば霊圧の吸収と放出でしかない。吸収と吸収した物の放出こそ場所に制限が存在するが、自分の霊圧を放出するのは場所に制限はない。しかし、それは体が繋がっている部分との制限が存在する。そのせいで、体から離れた部分が独自に霊圧を発することはない。

 そんな当然な事を覆したのが『翠の射槍』である。霊圧の吸収と放出によって、ランスに疑似的に霊圧を発せるようにして、自分が直接扱うよりやや威力が下がる程度なのに射程を持たせた。突撃は槍投げの助走であるのと、ギリギリまで投げると悟らせない為。

 

 放たれたランスは綺麗に直線を描いて飛ぶ。リネの茨がそれを体に届かせまいと進路を阻むが、そんな防御は焼け石に水だと言わんばかりに力尽くで突破される。

 防御も食い破ったランスはそのままリネの左肩に食らい付き、破壊力をリネへと注ぎ込む。根を張って鎮座していたリネはその破壊力をそのまま受け、耐え切れずに根が千切れてランスごと近くの宮まで吹き飛ばされた。

 

「新しい十刃の誕生だ」

 

 藍染のその一言で、勝者は確定した。

 

「ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。君を新たなる第3十刃として認める。司る死の形は『情け』」

 

「ありがたきお言葉」

 

 恭しくネリエルが一礼すれば、藍染はリネの方に行っていいと許可を出す。ネリエルのランスは、リネと一緒に飛んで行ってしまったのだから。

 

――――――

 

「無様だな、リネ・ホーネンス」

 

 敗者は死でもって退場する。その暗黙の了解に近い摂理を果たさせる為に、アーロニーロはリネのすぐ傍に来ていた。ピカロは葬討部隊隊員に、お菓子と一緒に預けて来ている。

 

「やはり、お前か…」

 

 瀕死の体であっても、リネは余裕そうにアーロニーロに顔を向けた。だが、それがリネの限界でもあった。帰刃が勝手に解除されていて、治療を施さなければこのまま死んでしまうのが目に見えている。

 

「要件ハ解ッテイルダロウ?」

 

「ああ、そうだな。喰らいに来たのだろう」

 

 屍になれば、元十刃でもただの駒である破面に価値などない。価値を出せるのは、今の所は目の前のアーロニーロだけだとリネは理解していた。好意的に見れば、アーロニーロはこれ以上の生き恥を曝さない様にと介錯しにきただけだ。

 

「殺るのなら、すぐに殺れ。全身が痛くて、とてもではないが耐え難い」

 

「そうか」

 

 言い残すことあるなら、それくらいは聞いてやろうと思っていたアーロニーロだが、リネが急かすので『剣装霊圧』を振り上げる。そのまま、後ろを切った。

 

「何ノツモリダイ? 十刃同士ノ私闘ハ禁止サレテイルノ二」

 

 アーロニーロが斬ったのは、後ろから放たれた虚弾であった。

 

「なんのつもり? ソレはこちらの台詞よ。敗者の生殺与奪は勝者にある。リネ・ホーネンスを好きにして良いのは、私であってあなたではない」

 

「確かにそうだな。だが、どうせ殺すだろうに」

 

「悪いけど、私は仲間を殺すつもりは無いわ。あなたと違ってね(・・・・・・・・)

 

 アーロニーロへの嫌悪感を隠そうともしないネリエルは、アーロニーロを睨み付ける。

 

退()きなさい。彼女には、適切な治療が直ぐにでも必要なの」

 

「オオ、怖イ怖イ」

 

 どうせすぐに無駄になる。そう不吉な事を言って、アーロニーロは退いた。

 

「…ふぅ」

 

 アーロニーロの霊圧が遠ざかるのを確認して、ようやくネリエルは帰刃を解除した。相手は古参の破面。いくら序列が低かろうと油断のできる相手ではなかった。

 

「追い返すのではなく、協力させれば良かったものを」

 

 気を抜いたネリエルに口だけは元気なリネが不満げに言う。

 

「彼が素直に協力なんてしないと思うわよ。それに、あなたを運ぶ以外に何を協力させるというのよ」

 

「新参だから知らんか。アーロニーロは、家事から治療まで色んな事ができる。協力してくれるかは、どうなるかは判らんがな」

 

「……仲間をなんだと思っているのよ」

 

 確実に助けられるのに、そうしようとしなかったアーロニーロにネリエルはますます嫌悪感を積もらせるのだった。

 

 そのアーロニーロが戻った場所では、第7十刃ガンテンバイン・モスケーダとノイトラ・ジルガが座を賭けて戦っているところであった。



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『信仰』

 信仰は人類史上でも有数の多くの人々を死へ追いやった要因である。自分より上位の存在として神を崇め、心の拠り所とした。その神へと献上する供物の為にと、時としては建前に使われて争いの火種となった。

 宗教戦争との言葉があるように、信仰は時として死の狂騒を巻き起こす要因であるのだ。

 

 その『信仰』の死の形を司る第7十刃、ガンテンバイン・モスケーダ。彼が『信仰』を冠する理由は、神への信仰が見られるからだ。何を思って神に祈るから本人以外は与り知らないが、これだけは確かである。

 彼もまた、何かに縋って生きる彷徨える子羊であると……

 

――――――

 

()せねぇ、確かにてめえは強い。

 鋼皮の硬度は、殴ってるこっちが壊れそうになるくらいに硬い。膂力も、そんな細腕に見合わない怪力だ。

 だが、てめえの速さだけは並みの破面と同程度だ。その程度の速さで、どうやって十刃を捉えるつもりだ?」

 

 何度か打ち合ったガンテンバインのノイトラへの評価は、速さだけが足りない重戦車であった、

 攻守が優れているが、どちらにも影響を及ぼす速さが欠けているのは時として致命傷になる。いくら威力があろうとも、当たらなければ意味が無い。いくら鋼皮が固くとも柔いところは存在し、ソコを守れる速さがなければそこから切り崩される。

 

「ッハ、俺に傷一つ付けれねえ奴が何を言おうが、負け惜しみにしか聞こえねえな。ええ、第7十刃様よぉ?」

 

「どうやら、戦士としての教育が必要なみたいだな。てめえに相手への敬意が感じられねえ」

 

「敬意だぁ? そんなもん殺し合いに必要かよ!」

 

 斬魄刀の中ほどを握って振りかぶったノイトラの懐はがら空きとなった。その隙を逃すガンテンバインではなかった。

 

「だから、そんな大振りの攻撃は当たらねえと言ってるだろうが」

 

 ノイトラはその強固な鋼皮に絶対の自信があるのか、ほとんどの攻撃が大振りであった。斬魄刀が槍の穂が三日月のような刃という変わった形というのも理由はあるだろう。

 

(ウーノ)

 

 初撃は鳩尾を狙ったボディブロー。腹部において痛覚が鋭敏なソコは、強打されれば呼吸困難を瞬間的に引き起こす人体上での弱点となる場所だ。

 硬ければそれだけ衝撃を吸収する余地がないということでもあり、打撃であるこの攻撃には流石のノイトラもくの字に体を曲げる。

 

(ドス)

 

 二撃目以降は完全な乱打となってノイトラの体を襲う。一撃必殺は不可能と断じて、内臓へダメージを負わせる強烈なパンチを連続で叩き込む。何も殺す手段は相手を斬るだけではない。破面でも内臓が損壊すれば命に関わるのだ。

 

100(シエントス)

 

 トドメとして、くの時に曲がって無防備に曝け出される後頭部に一際(ひときわ)霊圧を込めた一撃を叩き込んで100発にも及ぶガンテンバインの連撃は終わる。

 

(まったく、硬い野郎だ。どっちが攻撃している判らねえくらいに…)

 

 バグ・ナグのように握りとちょっとした刃しかない自身の斬魄刀を見て、絶句した。

 

「欠けて、やがる……だと……!?」

 

 ノイトラを硬い硬いと思っていたガンテンバインであったが、その硬さを見誤っていたのだ。

 傷が付かない時点でノイトラの鋼皮の強度を察するべきであった。その強度が斬魄刀にすら勝り、その負荷によって欠けてしまう可能性を。

 

 それは致命的な隙であった。斬魄刀の破損はそれだけ珍しく、初めての経験であったが故の隙。ソレを経験した事のあるノイトラには、ガンテンバインの心境が手に取るように解った。

 そこから更に不意を打つべく、ノイトラが選んだ攻撃手段は手刀。突きとして出されたソレは、―――頑なに斬魄刀だけで攻撃していたので―――ガンテンバインにとっては初めて使われる攻撃手段となった。

 

「っク……!」

 

 しかし、隙を突いたこれまでと違った攻撃でも、ガンテンバインは妥当な手段で回避する。ガンテンバインはインファイターだが、響転のある破面にとって間合いとは一瞬で変えられるもの。再び懐に潜り込むのが難しくなると躊躇わずに、ガンテンバインは退く。

 その退こうとしたガンテンバインの背中が強く押される。

 

「なに…!?」

 

 視界の隅で捉えたのは、自分が真っ直ぐ後ろに跳べばぶつかる様に配された斬魄刀。長物である斬魄刀とノイトラの怪力によって、ガンテンバインの退路は既に塞がれていたのだ。

 逃げられなければ手刀に襲われるだけ。完全な迎撃はもう間に合うはずもなく、心臓を貫かれる代わりに他の場所を穴あきにさせる。

 

「虚閃!!!」

 

 手刀が抜かれる先に、ガンテンバインは虚閃を零距離で撃ち込む。一度捕まってしまっては、怪力によって逃げたくとも逃げれなくなる。だから、あえて攻めたのだ。

 

「クソッ!」

 

 苦肉の策であったが、ノイトラは予想通り拘束する力を弱めた。その隙を逃さず手刀と斬魄刀の挟み撃ちから逃れる。

 だが、そうなる事もノイトラは予想していた。十刃が帰刃もせずに敗れ去るなど、有り得ないと頭から信じていたからだ。

 舌先より、仕返しと言わんばかりにノイトラも虚閃を放たれる。

 

「ッな!?」

 

 避ける術もなく、ガンテンバインは虚閃に飲み込まれる。爆発した虚閃は砂を巻き上げ、視界を遮る。

 

「これで終いな訳がねえよなぁ、第7十刃様よぉ!!?」

 

「ああ、そうだな」

 

 巻き上げられた砂は地に落ち、虚閃を受けてもなお健在たるガンテンバインを隠すのをやめる。

 

「なァ、『龍拳(ドラグラ)』」

 

 姿を現したガンテンバインは既に帰刃していた。

 腕と背中を覆う曲線を描く装甲と尻尾は、どことなくアルマジロを彷彿とさせる。だが、右手は上顎、左手は下顎となっていてその名から判るとおり龍を模したものとなっている。アルマジロのようで、実際は大きく開く顎を持った龍であった。

 その姿を見てノイトラは口角を大きく吊り上げて笑う。

 

「祈れ!!!『聖哭蟷蜋(サンタテレサ)』!!!!」

 

 振り上げられた斬魄刀を中心に霊圧が収縮し、濃い霧のようになってノイトラを覆い隠す。その霧を晴らす為に帰刃を終えたノイトラが得物を振るう。

 角が細長い三日月のように生え、腕は四つになって其々が昆虫の外骨格のような鎧に覆われていた。その手には、それぞれに巨大な鎌が握られていて凶悪さが見て取れる。

 

 それでも、ガンテンバインは気後れさえしない。たかが腕が増え、獲物がトリッキーな動きができる鎌になっただけなのだ。その見た目から物理型と判れば恐れは無い。

 まずは力試しにと真っ向勝負で殴り掛かる。1つの鎌がソレを防ぐべく動き、残りは命を刈り取らんと迫る。

 

(見切れねえわけじゃねぇ!)

 

 3つの命を刈り取る鎌でも、すぐにはガンテンバインの命には届かなかった。鎌の刃が付いているのは内側だけで、切り裂こうとすれば引く動作が必要とされる場合が多い。真正面の物を切ろうとすればそれは特に顕著で、有効打はかなり限られる。そんな扱いにくい得物なのに、ノイトラは4つの手で欲張って1つずつ持っている。

 鎌が大振りなせいで、1つ振るえば必ず他の3つの動きを制限する。そうなれば、いくら手数があっても死角が生まれてしまう。しっかりと並べれば邪魔しあう事はないが、今度は動きが単調になってしまう。

 

「“ディオス(主よ)”」

 

 額にある仮面の名残りを目元まで下し、口で紡ぐは神への祈り。

 

「“ㇽエゴ・ノス(我等を)”」

 

 今戦っているノイトラさえも一括りにして、言葉は続けられる。

 ナニカをやられると感づいたノイトラは攻撃の密度を高めるが、雑になった攻撃をガンテンバインは躱し続ける。

 

「“ペルドーネ(許し給え)”」

 

 両手が合わさり、ようやく口を開けた龍が姿を現す。神へと許しを求めてから撃たれたのは、虚閃のような閃光。だがしかし、似ているのは見てくれだけでより攻撃的な代物。

 虚閃と違って決定打になりうるその一撃は、ノイトラを命を貪らんとしたが、なんとか半身になって避けた。

 

「降参するか? ノイトラ・ジルガ」

 

 左上半身を包んでいたノイトラの死覇装は消え去っており、そこに先程の攻撃が当たったのがよく判る。なのだが、肝心のノイトラの体はほとんどが焦げ目が付いた程度で目立った外傷は見当たらない。

 

「それとも、左手無し(・・・・)で続けるか?」

 

 外傷があったのはノイトラの左手だった。上下どちらの左手とも、手首より先は間接ごとにバラバラになって砂の上を転がっている。

 なんてことはない。圧力を掛けられて、耐え切れなくなったその結果である。いくら鋼皮が硬かろうと、その下の筋肉なども硬い訳ではない。元々関節は外れる事があるのだから、より力を加えれば千切ることさえできる。

 だが同時に、ガンテンバインがノイトラの鋼皮に傷を付けられない事の裏返しでもあった。当たった個所は消し飛ばす心算だったというのにこの結果。

 

「てめえ程度を斬る手は、2つでも多いくらいだ」

 

 左手が無くなったというのに、ノイトラは目もくれずに再度構えを取る。まるで、取るに足らない事だと言わんばかりに……

 

「気にすんなよ。どうせ、てめえは俺に傷一つ残せやしねえ」

 

 その言葉と、手が生え変わるのはほぼ同時であった。

 

「超速…再生…だと……!?」

 

 超速再生。破面が失うとされるその能力を、ノイトラが持っていた事にガンテンバインは驚きを隠せないでいた。硬い上に再生能力も備わっているなど、相手にする側からすれば厄介極まりない。

 

(勝てるのか?この俺に……)

 

 ここに来て、ガンテンバインは初めて自身の勝利を疑った。帰刃する前もした後も火力不足は明白。それなのに、物理型であるのでコレといった能力は持ち合わせていない。状況は、既に詰みであった。

 能力型が能力を破られれば負けるように、物理型は自分より上の物理型とかち合えば負ける。当然で、抗い様のない結果しか見えなかった。

 

「どうしたァ!!恐怖で動けなくなったか!?」

 

 動きを止めようとノイトラは構わずガンテンバインを襲う。途中で左手の得物を拾い直し、竜巻のように連続で斬りかかる。

 ソレを回避するだけで、ガンテンバインは一切反撃しなかった。実力がハッキリとしてしまえば決着したも同然で、ガンテンバインは既に諦めたのだ。

 

「何をやっているのだ同胞(プロヒモ)!!!」

 

 それを良しとしなかったのは、ガンテンバインでもノイトラでもない外野(ドルドーニ)

 

「ソレが第7十刃を務めた男のザマか!? 嘆かわしい、実に嘆かわしいぞ!!」

 

 誰も止める者がいないので、独壇場と言わんばかりにドルドーニは己が主張を続ける。

 

同胞(プロヒモ)がどんな気持ちで、その座を護ってきたのかは吾輩は知らん。だが、そんな軽いモノ(・・・・)か!? 今日まで護ってきた第7十刃の座は、同胞(プロヒモ)にとってその程度だったというのか!?」

 

「……ッハ、好き勝手に言うんじゃねえ」

 

 ドルドーニの激昂を聞いて、俯き加減だった顔が上がる。その顔は、諦めの色が抜けた漢のものであった。

 好き勝手に攻撃してきていたノイトラを力尽くで下がらせ、深呼吸をする。

 

「おまえが勝ち、俺が負けるのはもう揺るがねえ」

 

 諦めは振り切った。しかし、心情の変化でどうにかなる状況でもない。詰みなのは変わりようのない事実となっている。

 

「こっから先は無駄な戦いだ」

 

 そう前置きをして、ガンテンバインはこれまでで一番強く霊圧を発する。

 

「だが、俺なりのケジメだ」

 

 言い切ると同時に、響転によって一息でインファイトにまで持ち込む。

 

(ウーノ)!!!」

 

 破壊力を何倍にも増大させた一撃が、ノイトラの鳩尾に突き刺さる。

 

(ドス)!!!」

 

 帰刃前にやってなんら効果を上げられなかった連続攻撃であったが、あえてガンテンバインはこの技を使うことにした。ただの乱打を、一か所だけを狙う物へと変えて。

 

100(シエントス)!!!」

 

 最後は無防備な後頭部を打ち据える攻撃でなく、別の技に繋ぐ。

 龍哮拳(リュヒル・デル・ドラゴン)。両手の前に発生させた霊子を融合させ、龍の頭を模した形にして相手に喰らい付かせる技。本来なら中距離技であるソレを、今回は零距離で叩き込む。

 龍哮拳が爆発し、砂がまた巻き上げられる。ソレが晴れれば立っているのはただ1人。

 

 勿論、ノイトラ・ジルガである。

 

 倒れているガンテンバインは、霊力のほとんどを消費した事によって帰刃が維持できずに勝手に解除されている有様であった。

 

「ノイトラ・ジルガ、君を新たなる第7十刃として認める。司る死の形は『絶望』」

 

 新たな第7十刃になったノイトラは、アフロを掴んでガンテンバインを無理矢理に起こす。

 

死体漁り(アーロニーロ)に餌をくれてやるのも癪だ。殺さねえでやるよ」

 

 それだけ言うと、もう興味は無いとガンテンバインを放してやった。後は雑用あたりの仕事である。

 

 

 十刃が2名も入れ替わり、加速が始まる。



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『好奇心』

 事の始まりはアーロニーロが藍染に呼び出され、新たな任務を出された。

 

「ピカロの十刃落ちですか?」

 

「ああ、そうだ。その不死性と殺戮範囲から第2十刃に任命してあるピカロは解任。後任の用意も既にしてある。

 後は、ピカロの処分をするだけになっている。それを、君に任せたい」

 

 ピカロをどうしようとアーロニーロの自由とされ、コレは喜ぶべき事であったはずだ。リネはネリエルの従属官に、ガンテンバインもドルドーニの従属官になったので、喰うに喰えなくなってしまっていた。

 

(殺す必要が有るのか?)

 

 だというのに、脳裏を過ったのはピカロの存命を望む言葉。これにはアーロニーロが訳が解らなかった。なぜなら、立て続けに十刃落ちを喰い逃しており、そろそろ旨い魂魄を口にしたかった筈だ。

 なのに、アーロニーロは直ぐにピカロを殺すと了承できなかった。

 

「引き受けてくれるかい?」

 

「……ハイ。藍染様ノ御命令通リ二……」

 

 藍染の命令に反対するなどアーロニーロにできる筈も無く、粛々と任務をこなすだけであった。

 

――――――

 

 ピカロの不死性は、個でありながら群体という特異性からくるものである。ならば、全ての個体を同時に殺せれば、そのままピカロという群体も死に至らしめる事が可能と予想できる。

 尤も、ピカロの総数は100を超える。そんな数を一度に殺すのは難しく、初撃で決めなければピカロの逆襲が待っている。ピカロを安全に確実に殺すには、ピカロと同数を揃えて一人一殺が望ましい。

 なのだが、100というその数は破面の総数より上である。その数を揃えるのは現在の破面では不可能である。

 

 その不可能を可能にする能力、従順な兵士を生み出す『髑髏兵団』がアーロ二ーロの手中に収まっていた。自身の劣化コピーを生み出すので、その強さはアーロニーロの強さに比例する。そして、ピカロを殺すのには十分な強さを既に持っていた。

 

――――――

 

 ズラリと並ぶ葬討部隊はピカロと同数とあって、中々に壮観な眺めであった。そんな光景を普通の破面が見れば、萎縮したり隠れたりするであろう。しかし、ピカロにとって葬討部隊はお菓子を持って来てくれる存在でしかない。恐れる理由など無かった。

 

「……」

 

「どーしたの?」

 

「少しな……」

 

 ピカロの姿が見納めとなる為、柄にもなくアーロニーロはしんみりとしていた。いつもと違う様子を敏感に感じ取った受け持ちにしたピカロが聞いてきたが、アーロニーロは言葉を濁してその頭を撫でてやる。

 

「えへへ~」

 

 嬉し恥ずかしと無邪気に笑うその姿が、アーロニーロの中で別の人間と重なった。同時に、ギチギチとナニカが壊れそうなくらいに軋む幻聴まで聞こえた。

 

「オイデ」

 

 そう言ってやれば、ピカロは駆け寄って何の疑いもせずに抱き上げられる。

 

(こいつ、この前の戦いを観戦させた奴だったな)

 

 お気に入りを自身の手で直接殺すという事に気付き、幻聴が金属同士を擦り合わせるような不快音に変化する。

 ゆっくりと、生前の自分と同じ黒髪を撫でる。そうするのは、殺すのを先伸ばしにする言い訳か。

 

「可笑しなものだな。虚である俺が愛しむなど……」

 

「ダケド、終ワリ二シナキャネ。アノ時ミタイニ、アッサリト……」

 

 アーロニーロは『剣装霊圧』を握り、葬討部隊もそれに倣って剣を抜く。そして、全てのピカロの心臓を貫いた。

 その程度の傷で死ぬなどありえないと経験から知っているピカロは、心臓に剣を突き立てられたのに笑ったままであった。だが、身体の穴を塞いでも突き立てられた剣はまだそこにあり、すぐにまた穴あきにされる。全部が同時にそうなったせいで、ピカロは急速にその霊力を失っていく。

 これが、ピカロの殺し方であった。ただの一人の逃亡を許さず、霊力の回復さえ許さなければピカロは簡単に殺せてしまう。だがしかし、この結果はアーロニーロの餌付けと『髑髏兵団』があってこそであった。

 

 ピカロは迫る死を空腹という形で実感するが、誰一人とて食事にありつくのをアーロニーロは許さない。

 子供が空腹を訴えるその姿は、常人であるなら胸を締め付けられるものであろう。だが、アーロニーロは常人ではない。ハリベルやドルドーニにネリエルといった良識のある破面とはアーロニーロは違うのだ。

 穴が空いた心に響くはずも無く、入った端から穴から外へと漏れ出ていく。

 

 数分としない内に、ピカロは息絶えた。心臓を貫かれてもそれだけ掛かったのだから、ピカロの不死性がどれだけだったか判るというものだ。死因も、外傷が主原因ではなく、治す為に霊力が枯渇したというのだから恐ろしい。

 ようやく死んだピカロを、アーロニーロは一度だけ強く抱きしめる。

 

 幻聴は、いつの間にか鳴り止んでいた……

 

――――――

 

 どれだけ破面として力を振るっていようが、屍となってアーロニーロの前に現れたらのなら結末はただ1つ。左手の『口』によって丸呑みにされ、アーロニーロを構成する霊子として丸ごと組み込まれるだけである。

 

 ピカロの能力は命の共有。正確には特殊な音波を出すことだ。通常ではその音波に霊圧を乗せて送受信することで、命の共有をするのが限度となる。だが、帰刃すれば攻撃に転用でき、その威力は卍解にも匹敵する。

尤も、これらの使い方はピカロが個にして群であったからだ。アーロニーロ一人では出来ない。

 

「いや~、お勤めご苦労さん」

 

 反射的に、アーロニーロはその声の主が誰か判っていたのに後ろを取ろうと響転をする。

 

「何か御用で?」

 

 驚愕を顔のように隠しながら、相対した(・・・・)市丸ギンの用向きは何かと聞こうとする。

 

「そうかしこまらんでええよ? 君がピカロを処分できたか、確認しに来ただけやから」

 

 アーロニーロが後ろを取ろうとしたのに即応して向き合ったギンは、あくまでもただの確認だと言う。

 

(なんの確認をしに来たのやら)

 

 確認しに来たのは本当だろうとアーロニーロは当たりを付けるが、その内容に疑念しかなかった。最初のピカロとのやり取りから、喰らうその瞬間まで見ていたのであろう。 

 自身の能力や人間性を見ていたとするのが妥当な線であるが、途方の無い化け物と言っていい藍染の考えることなどアーロニーロには解らないものであった。

 

「ナラ、行ッテモイイデスカ?」

 

「構わへんよ。君の役割はピカロの処分で、ボクの役割は報告することやし」

 

 後ろに回り込もうとしたのは不問にするらしく、いつもとなんら変わらないギンの態度にアーロニーロはやや脱力した。尤も、何を考えているかが判らないという事では、藍染に一歩も退かないのがギンなのだが……

 

「あぁ、そうそう。判っとると思うけど、近いうちに新しい十刃との顔合わせがある筈やから」

 

(新しい第2十刃が配属されるか、それとも……)

 

 あの大帝が荒れなければいいがと考えながら、アーロニーロは自らの宮に帰るのであった。

 

――――――

 

 女性と少女が笑っていた。黒くて長い髪は、女性にとって自慢になる艶やかな美しい髪だった。その娘たる少女もまた、女性譲りの髪を自慢にしていた。

自分に似なくて良かったと心底思えた。娘は父親似になりやすいだとか言われるが、男に似るのは女としてはごめん被るであろう。

 そんな二人を愛して止まない男が一人いる。伴侶と娘を愛するその姿は、誰から見ても理想の夫であった。何処にでもいる親子で、幸せな家庭がそこにはあった。

 だがしかし、その幸せは夫の死によって儚くも崩れ去った。ありふれた悲劇ではあるが、当人達にとっては一生ものの悲劇。

 されども悲劇は続く。死した男は地縛霊となって自宅に縋り付き、残してしまった2人を見守っていた。それで守護霊のでも昇華されれば救いはあった。

 だが、この世の理にそうなる循環など存在しなかった。霊となってこの現世に留まれば、一切の例外無く最後には悪霊(ホロウ)へと堕ちる。正しい理通りに男は虚になり、そしてその手で……

 

「……」

 

 男にとって最悪になる前にアーロニーロは目を覚ました。

 

「くだらん、実にくだらない」

 

 夢を見た原因がピカロの殺害にあるとすぐに思い至ったアーロニーロは、その感情に唾をはきかける。既に答えには至っている。躊躇し、行動を遅らせる感情など不要であり、捨て去ったモノだ。今になって取り戻そうなど、もう遅すぎるのだ。

 人間性など力の一部に変換され、残っているのは本能的な欲求に感情が混ざらない理性だけ。その精神と姿は、とっくにバケモノへと変貌を遂げてしまっている。

 

「大丈夫か、アーロニーロ?」

 

 そんな言葉と共に、羽毛が自然に落ちるかの様な優しさで手が重ねられる。

 

「ドウシテ…?」

 

 なぜ自分の部屋にハリベルが?そう思って辺りを見回せば、アーロニーロが寝ていた場所は自室のベッドではない。侵入者などまったく来ないばかりに、すっかり全員が屯できる場所としてソファーなどが置かれてしまっている『迎撃の間』であった。

 

「どうしてと言いたいの私の方だ。ここで寝てしまったと思ったら、うなされる。

 …なにか、あったのか?」

 

 自分を心配するその姿が、アーロニーロの中で別の女性と重なる。

 

(少しも似てないだろうがッ! 髪も顔も名前も! 何一つ重ねる理由などないだろうがッ!)

 

 違うと己自身を叱責してその幻覚を振り払い、今度こそハリベルを見る。アーロニーロがなんの返事もしないので、更に心配している顔がしっかりと見えた。

 

「疲れただけだ」

 

 ようやくアーロニーロが返事をしたので、僅かにハリベルの表情は和らぐ。しかし、すぐに疑いの目に切り替わる。

 

初めて(・・・)私に弱音を吐いたな。やはり、なにかあったんだな?」

 

 いつもと違うアーロニーロの行動を指摘して、辛いなら言ってくれと懇願する。

 

―――貴方は、頑張り過ぎますから

 

 今度はその姿に幻聴までも加味されて重なる。

 くだらない。そう心の中でまた吐き捨てると、自分の太ももに『剣装霊圧』を突き立てる。

 その一瞬だけ、痛みだけがアーロニーロの中を支配する。見たくも聞きたくもない幻覚に幻聴を隅に押しやり、意識がそこに集中する。

 

「何をして―――」

 

「静カニシテナヨ」

 

 突然の自傷行為に止めが入りそうになるが、アーロニーロはそれを先に止める。この程度の傷など、超速再生を持っているのだから傷に数えるまでもない。

 刺して、抜いて、再生する。その繰り返しを何度もしたら、突如して『剣装霊圧』とアーロニーロの間に何かが割り込む。それは、手だった。よく知っているハリベルの手が、アーロニーロを『剣装霊圧』の凶刃の盾になろうと伸ばされていた。だが、ハリベルの手では『剣装霊圧』を防ぐ事は出来ずに貫かれている。

 

「お前は―――」

 

 手が縫い付けられて動きにくそうだが、体を反らして攻撃の溜めの段階に移っている。

 

「―――何をやっている!!!」

 

 お怒りの言葉と一緒に弓なりになっていた体は、額をアーロニーロの仮面へと叩きつける。

 鈍い音を立てるが、ダメージを受けたハリベルだけである。額が微妙に赤くなっているが、アーロニーロがとっさに霊圧を抑えなければそれだけでは済まなかった。仮にアーロニーロが抑えなかったら、無数の刃物で全身が切り裂かれたようになっていたであろう。

 そんな危険を冒しても、ハリベルはアーロニーロの凶行を止めたかったのだ。何があったかはハリベルは全く知らないが、異常な行動からよくないことがあったのが明らかだ。

 

「…無茶をする」

 

「そうでもしなければ、私では止められないからな」

 

 ひとまずアーロニーロが落ち着いたようで安堵の息を漏らすと、ハリベルは穴あきになってしまった手の痛みを知覚した。手に穴があくなど日常生活の中で言えば重傷で、超速再生を持たないハリベルでは完治まで時間が掛るものだ。

 

「治療スルカラ、動カナイデヨ」

 

 『反膜の糸』による縫合と回道による治癒促進によって、ハリベルの手は表面上は何も無かったようにすぐに治療された。

 

「あまり動かすなよ。傷が開くかもしれないからな」

 

「凄いな。こんな治療ができるとは思ってもみなかった」

 

「切リ傷ダッタカラネ」

 

 接着の精度こそ高いアーロニーロの治療だが、欠落した部位の再生といった高度な回道は使っていない。と言うか使えない。ハリベルの傷が穴が開いたとは言え切り傷であったから、治療ができたのだ。もしその部位が消滅でもしていたら、アーロニーロの手に余る事態となっていた。

 

「迷惑を掛けたな」

 

「そう思うのなら、1つだけ約束してくれないか?」

 

「約束?」

 

「ああ、自分を傷つけないとな」

 

 そんな約束ならいいだろうと、深く考えずにその約束を交わした。その約束がいつの日か、呪縛になりかねないと考えもせずに……



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『情け』

 ピカロが第2十刃の座を退き、その後釜はバラガンにされた。空位となった第1十刃には、藍染が自ら連れて来た独自で破面化したコヨーテ・スタークがつく運びとなった。

 アーロニーロの予想通りに、バラガンは荒れた。藍染に忠誠など誓っていない身であるが、全力を出す為に霊圧を貯める必要があるヤミーは基本第10十刃扱い。バラガンが十刃の中での実質的なトップで有ったからだ。

 大帝であるバラガンが二番手に甘んじるのを良しするはずも無く、剛毅なことに藍染に直談判までした。

 その場で何があったかは当人達だけの秘密となり、結果としてバラガンが第2十刃なのが変わらず司る死の形が『老い』となったので、アーロニーロは相当な事があったと予想している。

 尤も、アーロニーロに序列など特に興味は無い。上であればそれだけ有利といった要素が無いので、十刃に入っていればそれだけで十分なのである。

 そんなアーロニーロの目下の問題は一つ。

 

「おいしいわね、コレ」

 

「そうであろう。コレの為だけ何度従属官にしたいと思ったことか」

 

 お菓子目当てに訪れているネリエルにリネであった。

 自らを女王と自負するリネはともかく、常識人であるネリエルがなぜそんな事をしているかと言うと、アーロニーロを説得する為である。

 アーロニーロが他の破面や虚を喰らうのは、破面であるなら誰もが知っている事実である。ネリエルはそういった行為を辞めるか、最小限に止めるように説得しに来ているのだ。

 無論、アーロニーロがそんな事に首を縦に振るなどないので、ネリエルは何度も訪れた。その際に、ピカロにあげるつもりで作っておいたお菓子を提供したからか、来る頻度が多くなっているのが現状である。

 あまりにも来過ぎるので、気がネリエルに行きつつあるノイトラでも呼んでやろうかとさえアーロニーロは考え始めていた。

 

「ところでアーロニーロ、ちょっといいかしら?」

 

「追加の菓子は出さんぞ」

 

 テーブルの上のお菓子を平らげられていたので、声を掛けられたアーロニーロは先んじて制す。

 

「違うわよ。貴方、ノイトラの世話を一時期してたそうね」

 

「向コウガ突ッ掛ッテキタダケドネ」

 

 不愉快そうな目で出された話題は、噂をすれば影が差すと言わんばかりにノイトラのもの。世話と言ってもライバルを用意してやっただけだが、なにかしらしてやるなど珍しい事なのでそう思われているのであろう。

 

「そうなの。でも、その突っ掛ってきたのをどうにかする方法があるのよね?」

 

「……今回は無理だろうな」

 

「どうして?」

 

「アイツハ女性ヲ見下シテイルカラネ。上ト戦場二居ルノガ気ニ入ラナインダヨ」

 

 アーロニーロがノイトラの気をそらした方法は、今の状態では勝てないと力の差を見せつけただけ。頭が足りないようなノイトラであるが、意外と考えて行動する。だから、力の差を見せつけられたら修行に明け暮れもする。

 すなわち、十分に力を付けさえすれば再度挑み掛かるのは目に見えている。つまるところ、ノイトラがネリエルを倒して満足するか、どちらかが消えるまで現状は変わらないのだ。

 

「女十刃ならチルッチもいるのに?」

 

「知るか」

 

 自分より数字が上の十刃に挑むのは度胸のある行為に見えるが、その相手が女では度胸があるのかないのか判らない行為をするノイトラはアーロニーロの理解の範疇にいない。

 尤も、他者とあまり関わろうとしないアーロニーロにとっては、死体が出るまでどうでもいい話でしかない。

 

 

「…はぁ、仲良くできればいいのに」

 

「無理ダネ」

 

「無理に決まっている」

 

 アーロニーロとリネの即答に、なぜそんな事を言うのかと批判的な目を向ける。

 

「俺達は虚。喰うか喰われるか、どちらが上でどちらが下でしか繋がりを作れない獣だからだ」

 

 アーロニーロの言い分の正しさはネリエルも知っている。自我があっても、虚に規律が産まれるのは支配された状況下しかない。現世での民主主義のような体制など望むべきではなく、仲好く手を取り合うなど夢にすら見れない。

 だがしかし、今の自分達は破面である。虚よりもずっと理性的かつ、アジューカスの時のように退化の恐怖に怯える必要も無い。

 少なくとも、これまでよりずっと心に余裕がある。これまでは上か下にしか誰かを置けなかったとしても、破面となった今なら横に置ける筈だ。

 お前も同じ考えなのかと問う視線をリネに向ければ、横に首を振る。

 

「私はそんな根本での否定ではない。ただ、誰しも相性があって、ネリエルとノイトラでは合わないというだけだ」

 

 ノイトラが完全拒否しているだけだがと付け加えて、リネはカップに残っている紅茶を飲み干した。

 

「ノイトラに歩み寄らせるしか無いという事?」

 

 自己主張が強いと言われる破面に、歩み寄らせるという時点で無理難題である。

 

「そうなるな」

 

 逆に言えば、それさえできれば万事解決に繋がるやもしれないとリネはネリエルの考えを肯定する。ノイトラが折れるなど考えられなかったが。

 

「お互いを知れば少しは良くなるかしら?」

 

 歩み寄らせる前段階として、知り合い程度の関係から前進させる為の案をネリエルは思いついたようであった。

 

「無駄ナ努力ニナルト思ウヨ」

 

 止めるつもりも代替案を出すつもりのないアーロニーロであったが、後で「なぜ何も言わなかった」と言わないように口を出しておく。どのような作戦でも、塩から砂糖を作ろうとするくらいに無駄な行為になるとしか思えなかったからだ。

 

 元よりアーロニーロの意見など聞く気が無いのか、発言を無視されそのまま声を潜めてネリエルはリネと自分の考えを煮詰める話し合いをし始めた。

 

(巻き込まれないのはいいが、そんな話し合いをするなら自分の宮に戻ればいいものを…)

 

 特に害は無いので放置を決めたアーロニーロは、とっとと自室に籠るべくネリエルとリネの2人に背を向けて歩き出す。途中、普段たむろしている『迎撃の間』が使えなくなって、「お前の宮なんだからあの2人を追い出せよ」と言いたげな連中とすれ違ったのは余談であろう。

 

――――――

 

「駄目だったわ…」

 

(それでなぜ俺の所に来る)

 

 割と深刻そうな顔で、自分の作戦を上手く行かなかったとの報告された。当事者でもなんでもないアーロニーロには困るしかない。

 

「…話くらいは聞いてやろう」

 

 面倒事に巻き込まれそうな気がしたが、追い返す理由が無いのでアーロニーロは仕方なくネリエルの話を聞くとの運びになったのだった。

 

「……逆効果ダッタネ」

 

 ノイトラとの蟠りを解消すべくした行動を聞き、アーロニーロはとりあえずそう言った。

 

「ええ…視線がきつくなったもの…」

 

 その結果が出てしまっているので、流石にネリエルも否定などできなかった。

 ネリエルがした事は、まずお互いを知るべく一緒に行動をするというものであった。その為に、藍染に掛け合ってヴァストローデを探す任務をノイトラと一緒に行うようにして貰いもした。

 行動をたしなめたり、下手をすれば死にかねない状況になったので助けたりした。ネリエルが一方的に。

 ソレをノイトラはいたく気に入って、敵認定を更に強固にして、今では射殺すような視線をネリエルに向けるようになってしまったのだ。

 

 どうしてこうなったとネリエルは嘆くが、アーロニーロは当然だろと思う。

 ノイトラには最初から拒絶しかない。そこから仲良くしようとするなら、根気良く他愛の無い常日頃から挨拶をしていくという小さな積み重ねが必要であろう。

 そういう意味では、一緒に行動するという選択は悪くなかった。しかし、ただ隣にいるだけでなく、たしなめるのは早過ぎであった。

 ノイトラからすればソレは上から目線の言葉でしかなく、しかもノイトラの在り方を否定するモノ。ハイそうですかと受け入れる筈が無い。

 助けたのもノイトラにとっては屈辱でしかなかっであろう。「仲良くしたいから助けた」などと(のたま)わなかっただけマシである。だが、弱いから助けたなどは傷に塩を塗り込む言葉でしかない。いくらノイトラが死にかけた理由が無謀な連戦であったとしても、そんな理由で納得しないから困りものである。

 

 アーロニーロからすれば、虚が仲良くするのが無理がある。ネリエルに言ったように、虚は獣でしかないとの持論の正しさは己が過去が証明している。その行動の正しさは、ネリエルよりもノイトラの方に分がある。

 

「そこで、何か良い案はないかしら?」

 

「自分で考えろ」

 

 あっさりとアーロニーロは拒絶の意思表示をする。その返答は予想していたようで、ネリエルはやっぱりかと言わんばかりにため息をつく。

 破面に献身を求めて答えてくれるのは従属官くらいのもの。その事はネリエルもよく知っている。それでも、話を聞いてくれるだけアーロニーロが優しい方というのも心得ている。

 

「それでよく、ハリベルと上手くやっていけるわね」

 

「オ互イ深ク干渉シナイ。ソレダケダヨ」

 

 互いの我が相手に不快なら、それぞれが触れない距離にいればそれでいい。衝突を避けるためだけのそのスタンスはアーロニーロなら問題はない。ネリエルの場合は、そのスタンスを取ろうにもノイトラが許さない。敵と見なされている現状で動きは無くとも、いつの日か必ずノイトラはぶつかって来る。

 数少ない虚夜宮の掟など知らないと、獣のように躊躇いなど持たずに襲い掛かってくる。ソレを未然に防ぐために、ネリエルは今こうして動いているのだ。

 

「どうにもならないのなら、殺してしまえ。代わりはすぐにでも見つかるだろうからな」

 

 アーロニーロの提案の幼稚さに、自然とネリエルの目に鋭い光が過ぎ去る。

 

「意味を、判ってるの?」

 

 いつもより低い声はまるでケダモノ。気に入らない提案など、食い破る腹積りなのが滲んでいる。

 ソレをしてしまえば、ノイトラをなぜたしなめられようか。意味などない理由で誰かを消し去るなど、正にノイトラがしようとしている事そのものだ。

 

 だがしかし、今この瞬間にアーロニーロを睨むネリエルの目と、ネリエルを睨むノイトラの目に大した違いは見受けられない。

 違うのは行動だけ。ネリエルはそこを自制できる人と、そうでない獣の違いと言うだろう。だから合わないのだ。その違う一点のせいで、不協和音のように(ねじ)くれてどうしようもなく噛み合わない。

 他人とは元よりそういうもので、隣に置くにはソレを許容しなければならない。生存競争が激しく、退化の恐怖が消えても争いの種を抱え続けている破面は、軒並みその許容範囲が狭い。

 

「下ハ蹴散ラシ、上ニハ従ウ。獣ナラ、ソウイウ物ダロ?」

 

「……そういえば、破面も獣というのが主張だったわね」

 

 破面は獣である虚から進化した人。破面は虚であり獣。

 ネリエルとアーロニーロの主張は決して交わらない別方向に伸びている。どちらかが折れるしか妥協点はなく、そのような事は未来永劫無いであろう。

 

 その事をようやく理解し、ネリエルはアーロニーロに冷めた目で見る。

 コレは、心を見ずに無いと言い張るモノだ。歩み寄る気がなければ離れるつもりもなく、ただただそこに在り続けるモノ。コレと心を通わせるなど、無機物と心を通わせようとするのと同じだと……

 

「話を聞いてくれた事には感謝するわ。だけど、もうこうして話す事もないでしょうね。

 さようなら」

 

 リネがこの前言っていた「誰しも相性がある」との意味を実感してネリエルは第9十刃宮を去った。アーロニーロとの相性は「浅ければ問題無く、深くなれば最悪になる」と思いながら。

 

「…で、藍染様との話はなんだったんだ。ハリベル?」

 

 ネリエルが去り、静かになった『迎撃の間』で隠れて話を盗み聞きしていたハリベルにアーロニーロは軽く問う。そこに咎めるような声音は一切含まれておらず、それにハリベルは少しだけホッとしていた。

 

「…私の破面化を、もう少ししたらするそうだ」

 

「前祝イデモシテオク?」

 

 楽しげな提案しつつも、また十刃が入れ替わると冷徹にアーロニーロは考えるのだった。



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『病』

 第3十刃『情け』の死の形を司るネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの失踪。その驚愕のニュースは瞬く間に虚夜宮を駆け巡り、十刃の召集が行われた。

 誰も彼も面倒そうにその召集を受ける中に、僅かに機嫌が良さそうにしているのが1人。ノイトラだ。

 

 ネリエルの失踪は、ノイトラとザエルアポロの2人によって行われた凶行であった。不測の事態もあったが、ネリエルにそう簡単に治らない傷を負わせて虚夜宮から放り出すノイトラの目的と、新しい装置の実験をするザエルアポロの目的のどちらも達成されている。

 目的が達成できていつも気を張っているように見えるノイトラでも、この時ばかりはほんの少しだけ機嫌が良かった。新たな第3十刃が紹介されるまでは……

 

「新たな第3十刃は、ティア・ハリベル。司る死の形は『犠牲』」

 

 含み笑いにすら見える微笑でもって告げられた名に、ノイトラは激情を掻き立てられる。今更自らの卑劣な行いを恥じ入るなどありはしない。ノイトラの頭を占めたのは怒り。

 ネリエルが失踪したと正式に通告されるだけの集会であったなら、怒りを滾らせるなどまず無かった。失踪と言うのだから、突然の出来事であった筈。他の十刃にとっても、藍染達死神にとってもだ。

 なのに、こんなにも早い。失踪したとの話が広まりきる同時期に、新たな第3十刃が紹介される。長く十刃の座に空位を作らない為と考えられなくも無い。

 

 だがしかし、自身とネリエルの関係の悪化を加速させた任務を出したのは誰だ?

 

 ハリベルは長らく破面化を先送りにされてきたヴァストローデ。

 

 予定調和だと言わんばかりに、物事がスムーズに進んでいた。何より、仮にノイトラが決行をずらしていても、直ぐにでも今と同じ状況に出来ていた。他ならぬ、藍染の手で……

 出来過ぎている状況に、神の見えざる手ならぬ藍染の見えざる手を幻視すら出来てしまう。真偽はともかく、ノイトラにとって自分で考えた行動が、実は藍染の筋書き通りに動かされたモノであったと思えるのだ。

 憤慨せずにはいられない。それさえ手のひらの上で踊る行為であろうとも、ノイトラはその感情を抑えようとはしない。

 その激情を糧に、更なる高みを目指さんと奮い立つ。彼は獣なのだから……

 

――――――

 

 ネリエルとその従属官が失踪した。アーロニーロにとってはどうでもいいことである。探し出そうとすれば探せるが、命令も無しにそんなことをするほどに仲間思いでもないのだ。せいぜい、面倒が無くなったくらいの認識である。

 そんな事よりも、ハリベルが第3十刃がなった事の方が余程影響があった。

 

 まず、ハリベルは勿論の事、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンと宮にいた女性陣が当初の予定通りに第3十刃宮に引越しをした。心なしか宮がむさ苦しくなったような気がしたが、アーロニーロはその事は放置した。無意味に従属官の数を変えるつもりはないからだ。

 

 男性比率が黒一色になりこそしても、それでなにかが変わる事もない。どちらかと言えば変わったのはハリベル達の方で、食事のランクが目に見えて下がっている。

 食事関連においてはアーロニーロが手を入れていたから、当然と言えば当然の話である。

 技の再現を出来る能力で味の再現をするという、他の破面からすれば能力の無駄使いをしてまで作った料理がアーロニーロの料理である。霊力が回復すればそれでいいという、料理という皮を被った点滴みたいな代物と比べるまでもない。

 料理人の派遣を頼みにきた4人をグリムジョー等が嗤うという一幕さえあったのだから、その差がよくわかるというものだ。尤も、その嗤ったグリムジョー等も、独立した暁には食事の価値をその舌で実感するであろう……

 

 どうでもいいことが流れるその時間は、平穏と言える時間であった。だがしかし、小休止としか言えない長さしかなく、確実に闘争へと時間は流れていた。

 

――――――

 

 十刃同士による座を賭けた戦い。ソレが今回の戦いであった。

 現役十刃同士の戦いは、この一戦が初であった。十刃の序列は殺戮能力順というのは周知の事実で、上に行けば行くほどに権力が上がる。などといった判りやすい特典などない。

 権力で言えば頂上にいるのが藍染で、その下に東仙にギン。十刃は一纏めでその下で、更に下には十刃以外の破面となっている。一応更に下というか底には雑用と虚がいるが、そんなどん底から抜け出せた者は未だいない。なので、居ても居なくても権力の構図に影響は無い。

 

 数字の数が少ないほうが十刃以外にはそれだけ強く見られるが、それ以外には無いので言ってしまえば自己満足の域である。その為、今まで十刃同士での座を賭けた戦いは無かった。なお、ミッチェルとアーロニーロの戦いは、ミッチェルが暫定十刃落ちとして戦った。という事にされている。

 

 第5十刃『病』の死の形を司るシジェニエ・ピエロム。その第5の座を奪わんとするは、第7十刃『絶望』の死の形を司るノイトラ・ジルガ。

 シジェニエが握る得物は杭。もしくは、先端を尖らせただけの原始的な槍とでも言おうか。大よそ戦いに不向きなそんな得物を握って、いつもと変わらない佇まいでシジェニエはいた。

 

 荒々しい空気を纏うノイトラに、山の如き不動の空気を纏うシジェニエ。相反する空気が、2人の対立をより際出せる。

 開始の合図と共にシジェニエが跳ぶ。繰り出すのは突き。足による跳躍の加速に、腕による突きの加速でもってシジェニエの最速と化す。

 

「ふむ、防がれたか」

 

 動きの遅いノイトラなら命中しても不思議ではない攻撃であったが、ギリギリで斬魄刀の腹で受け止めていた。

 

(こいつ、心臓を一直線で狙ってきやがった……!)

 

 シジェニエの突きは、正確無比に心臓を狙っていた。歴代全十刃最高硬度を誇る鋼皮そう簡単に貫かれるとは思ってこそいない。しかし、心臓は脳とほぼ同価値と言える重要な器官。鋼皮越しに伝わる衝撃で、まかり間違って止まってしまう可能性もゼロではない。

 様子見などせずに、この一撃で討ち取ると殺意に満ち溢れた攻撃であった。なのに、シジェニエは防がれてもどこ吹く風とまったく気にした様子は見受けられない。

 

「些か攻撃が素直すぎたようだな」

 

 左手で髭を弄くり、目を瞑って考えを纏める。一見隙だらけで、すぐにも攻撃で転じられるように周りからは見えていた。だが、右手は斬魄刀を握り締めたままで、ノイトラの斬魄刀を押さえ込んでいた。

 ノイトラが動けばその振動は斬魄刀を通して伝わり、すぐに次の行動を起こせるようにしていたのだ。

 

「では…次はこうだ」

 

 質がこれ以上高めようの無いのならばと、今度は数を出す。響転でノイトラを中心とした円を描くように動きながら、急所を狙った突きを連続で繰り出す。

 高速戦闘はノイトラが不得手とするモノで、一方的に攻撃するのには打って付けの戦法である。だがしかし、この戦法はノイトラへの必殺には決しては成りえない。

 

 ノイトラはその大振りな得物と、ソレを軽々と扱う膂力が武器として判りやすい。それでも、実際に戦った者からすればノイトラの最大の武器は鋼皮。

 いくら攻撃を当てられても、ソレが蚊に刺された程度はなんら意味が無い。ノイトラを倒すにあたって、最初に求められるのは攻撃力であって、一方的に攻撃できる速さではない。

 

 その証拠に、ノイトラに一方的に攻撃を当てられてこそいるが、精々が服を破くだけという大して意味が無い成果しか出されていない。

 

「ふむ、これも無駄か……」

 

 この状態ではもう打つ手は無いと、ようやくシジェニエは攻撃の手を休めた。ソレを見て、ノイトラは嗤う。打開策など、手段など始めから決まりきっているのだから。

 

「蝕め―――」

 

 杭状の斬魄刀を自らに突き立てられるように掴み直す。

 

「祈れ―――!!!」

 

 呼応するようにノイトラは同時に斬魄刀を振り上げる。

 

 

「―――『黒病鬼(メグフェルダー)』」

 

 心臓へと斬魄刀を突き立てる事によって、シジェニエの帰刃は成される。

 突き立てられた場所からは、血のように紅い霊圧が噴出する。その色は瞬く間に酸化する血液のように黒へと変色し、シジェニエを覆い隠す。

 

「―――『聖哭蟷蜋』!!!」

 

 振り上げられた斬魄刀を中心に霊圧が収縮し、濃い霧のようになってノイトラを覆い隠す。その霧を晴らす為に帰刃を終えたノイトラが得物を振るう。

 

 ノイトラは蟷螂のような姿。

 対するシジェニエは、擦り切れた黒のマントを羽織るしか目に見える変化は無かった。それだけで、シジェニエは能力型の破面だと予測ができる。

 

「解放してからで済まないが、私の能力は無差別に影響を及ぼす」

 

 シジェニエの言葉を聞いて真っ先に反応したのは『数字持ち』達だった。最前列に並んでいる十刃の自然と発している霊圧によって、霊圧同士のぶつかり合いの余波は大分緩和されている。透明な壁があるから安心して観戦できるのであって、何も無しには観戦すら難しい連中である。

 十刃の能力なら、同じ十刃にも効くのは当然。ならば、その後ろにいる自分にも届いてもなんら不思議は無い。命の惜しい『数字持ち』は蜘蛛の子を散らすように、シジェニエの能力の効果範囲から逃れようと走っていく。

 後に残るは、死神に十刃とその従属官だけである。その残った者達も、それぞれくるであろう無差別攻撃への防御を展開していた。

 

「これで心置きなく使えるというものだ」

 

「そうかよぉ!!!」

 

 油断無く構えていた姿勢が微妙に崩れる隙を見つけ、4つの鎌が煌く。首、両手、足の四箇所を同時に刈らんと迫る。

 刈られるか、鎌の囲いに入るか。そのどちらも選びたくなければ避けるしかなく、シジェニエは当然後ろに下がる。

 

「どうした!開放してマントを羽織っただけかよ!」

 

 一向に攻めに転じないシジェニエを挑発しつつも、ノイトラは苛烈に攻めていく。元よりノイトラにできるのはそれだけで、勝つのにはそれだけあれば十分であった。

 

「蛮勇が過ぎる。そういう者が、馬鹿な真似をして真っ先に蝕まれる。

 『病』とは、そういうものだ……」

 

 急いで攻める必要は無いと、シジェニエは笑う。『病』に潜伏期間は付き物で、持久戦においての有利に揺るぎは無いのだから。

 だがしかし、シジェニエは敢えて攻めに転じる事にした。能力が持久戦向きと言っても、シジェニエの性格も持久戦向きという訳ではなかった。

 

病棘(フェスピーナ)

 

 黒マントがソレ自体が意思を持つかのように、棘の様に鋭くなってノイトラへと襲い掛かる。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 帰刃してようやくした攻撃を容易く切り払う。数こそ多い棘であったが、ノイトラの怪力と鎌に太刀打ちできる力は無かった。

 この攻撃ちょっとした牽制で、本命がある筈だとノイトラは目を走らせる。その御蔭で、ノイトラは攻撃が終わっていないのにすぐに気がついた。

 切り離されたマントの棘であったが、素知らぬ顔でマントと繋がって再びノイトラに迫る。今度は一直線ではなく、しっかりと狙っているのかさえ疑問に思える出鱈目な軌道であった。それでも対応に変わりはない。

 再び向かって来るというのなら、再び切り伏せればいいと鎌が風切り音を鳴らす。その対応を嘲笑い、病棘の一本がノイトラの手に辿り着く。

 

「あ…?」

 

 刺さるかに見えた棘であったが、そもそも固体として存在していなかったのか指先に黒いナニカが付着した。そして、そこから焼けるような痛みと共に黒が広がっていく。

 黒いナニカがシジェニエの能力なのは明白で、このままでは全身に広がるのを防ぐべく手首から切り落とす。

 

 置いてけぼりをくらった鎌を掴んだ手は、黒が全体を包んだと思えばボロボロと崩れて落ちて原型を無くして行く。

 鋼皮の防御の上でも蝕む力。それが、シジェニエの持つ『病』の能力の一端であった。

 

「私の能力は、霊圧を糧に爆発的に増殖し、生き物の霊子構成を灰に酷似したモノに変える病原菌を生み出す事」

 

 触れれば崩れる脆い灰のようなモノに作り変える恐怖の病原菌。病原菌と言っていいのかすら正しいか疑わしいモノを生み出す能力。

 それが、『病』の死の形を司るシジェニエ・ピエロムの能力であった。

 

「ッハ、残念だったな。超速再生のある俺の腕をいくら駄目にしても、無駄だぜ」

 

 超速再生の前には、あまり意味の無い能力だとはき捨てる。

 

「そうであろうな。では、腕以外も切り落とせるか?」

 

 そう言うやいなや、シジェニエはノイトラの背後に響転で回りこむ。ソレに目もくれずにノイトラは生え変わった手で、落とした鎌を掴む。黒いのが手に付着していないのを確認し、また離さない様にとしっかりと得物を握る。これで、また先程と同じ状態になった。

 

「避けられると思うな」

 

 マントが最早マントの形状を放棄し、全てが棘となってノイトラへと殺到する。

 

「チィ…!!!」

 

 一々斬っていては追いつかないと早々に判断を下し、虚閃で吹き飛ばす。

 

「む、これも駄目ならばコレしかあるまい。病獣(フェルティア)

 

 淡々と、詰め将棋をするようにシジェニエは次の技を出す。棘となっていた黒マントは、今度は幾つかの塊となり、オオカミ、ネズミ、コウモリへと形状を変えていく。

 

「多方向からの一斉攻撃。コレならば、自慢の得物や虚閃でも対処が間に合うまい」

 

 ノイトラの体を蝕まんと、病獣は一斉に踊りかかる。腕以外に触れればその時点で詰みになる。だというのに、ノイトラは嗤っていた。

 

「馬鹿が!」

 

 自らの足元に虚閃を打ち込むことで、煙幕代わりに砂煙を発生させる。視界不良のまま、ノイトラはシジェニエへに突貫する。霊圧探知がそこまで上手くないノイトラであるが、至近距離ならばどの方向にいるのかぐらいは判る。

 病獣全てを無視し、狙うはシジェニエのみ。斬ろうが吹き飛ばそうが時間稼ぎしか出来ない相手など、まともに対応するだけジリ貧にしかならない。だったら本体だけ狙うのが手っ取り早い。

 

 砂煙を抜けた先、探査神経が示すとおりにシジェニエは立っていた。傍に数匹の病獣を控えさせて。

 オオカミが牙を剥き、ネズミがちょこまかと小回りを利かせ、コウモリは羽ばたいて空中から襲い掛かってくる。どれも触れれば、そこを切り落とさなければならない病原菌の塊。

 その厄介極まりない護衛には、鎌を2本投げて足を止めさせる。

 

「虚閃」

 

 鎌を投げ放った直後の硬直を狙う虚閃が放たれる。左手を前に突き出し、ボールを握っているかのようにしたシジェニエの手から放たれる虚閃は紺色であった。

 至近距離の虚閃を避ける速さのないノイトラは、ソレならばと手元にある鎌を重ねるように脇に構える。そして微妙にズラして斜めに切り上げ、虚閃の中に己が進める道を抉じ開ける。

 

 既にシジェニエとの距離は手が届くところまで詰められた。ようやく攻撃範囲に収められて、無手の右手が戦慄(わなな)く。狙いは即死させるべく、ちょっとした穴でも致命傷になる心臓。真っ直ぐと伸びた手刀が、胸の中央からやや左にズレた位置を貫く。

 

「掛かったな」

 

 その言葉は、胸を貫くべく伸ばした右手に、焼けるような痛みが奔るのとほぼ同時であった。右手の痛みがナニカなど、既に味わっているから知っている。シジェニエの、病原菌に蝕まれる痛みだ。

 そして、手には鋼皮を貫いた感触も、肉を掻き分ける感触もない。あったのは、液体に勢いよく手を突っ込んだ感触であった。

 

「私の心臓の部分に、モノがあるはずが無かろう。ソコは、開放の際に斬魄刀で貫いたのだぞ」

 

 虚なら誰もが持つ穴。破面化した際に胸以外の場所に移動する者が多く、シジェニエの穴は本来なら心臓があるべき場所に開いていた。ノイトラの手刀は、そこに入り込んだのだ。そしてソコは、ノイトラにとって運の悪いことに、シジェニエの能力たる病原菌の発生場所であった。

 

「これで終いだ」

 

 今度は、シジェニエが手刀でノイトラを貫かんと伸びる。狙うは取り返しのつかない部位である眼球。病原菌を注入して内側から蝕めるように指先で針のようにする。そして、ノイトラの眼帯の上から突き刺した。

 

「ははははははは!!!終わりはてめえだ!」

 

 だが、笑ったのはノイトラの方であった。なぜなら、シジェニエが心臓の位置に穴があるように、ノイトラには()()()()()()()()()()()()()()()()、左目の位置に虚の穴があった。

 万全を期すための攻撃が裏目に出た結果であった。もし、病原菌を付着させるだけだったら、もう少し結果は違ったはずだ。

 手が互いの体を貫ける近さとあって、綺麗に鎌を首にそわせるの物理的に無理だったが、シジェニエの首は鎌で挟まれた。

 

「まっ―――」

 

 静止の言葉より先に鎌が動く。その形状による役割を果たし、シジェニエの首を刈る。

 

「ノイトラ・ジルガ、君を新たなる第5十刃として認める」

 

 判り易い敗者の死と、藍染の言葉によって勝者が確定した。




ノイトラ「見ろよこの形。命を刈り奪る、形をしているだろう?」


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『嫉妬』

 個性的な無個性。そう評するしかない第8十刃ロエロハ・ハロエロ。

 体表を漂う霧のようなモノによって、絶えず輪郭が乱れている。更に声は無機質で、感じ取れる霊圧は一個人のモノとは思えないほどに多様に質を変化させる。

 本人も含め、本当の姿というのを誰も見も感じもしない。それが、『嫉妬』の死の形を司るロエロハ・ハロエロと言う破面である。

 

 そんな十刃に相対する破面が1人。狂気を宿し、破面で唯一の科学者にして最初の『十刃落ち』ザエルアポロ・グランツ。

 元十刃が現役十刃に挑む。字面だけで判断するならば、過去の栄光を取り戻そうと足掻いてるように感じられる。しかし、ソレが違うのはザエルアポロを見た者には明白であった。

 

 悠然と歩き、もう既に勝っていると言わんばかりの薄気味悪い笑み。良い噂など一切無い彼のそんな姿は、周りの不安を掻き立てる。

 他を圧倒する強大な力こそ失っているが、それでも嘗ては第二刃を勤めた破面だった事実には変わりが無い。

 第8の座なら手中に収めても不思議ではないナニカがあって然るべきだ。何より、わざわざ負ける戦いに身を投じるような輩ではないと誰もが知っている。

 

 誰も彼も思っていた。この場は戦場ではなく、結末の決まりきった劇場であると……

 

――――――

 

「一つ、提案があるんだが。聞いてくれるかい?」

 

 開始の合図がされる前に、さも良いことがあるとの言葉。それをそのまま受け止める訳も無く、無言でロエロハは続きを促す。

 

「無駄な時間は過ごしたくはないだろう?

 だから、君が降参してくれないか?」

 

 まさかの傲岸不遜な提案に、誰も押し黙って場は静寂に包まれる。

 

「駄目なら、最初から帰刃状態で戦おうか。お互い、小手調べなんてするだけ無駄だろう?」

 

 かつては“刃”として最初に選ばれた7人。いくら横の繋がりが希薄であっても、誰にも挑戦者はいた。戦いと呼べるモノの数が少なかろうと、力を振るうのは幾度も目にしている。

 互いの戦い方などある程度は知っている。その力が、当時と変わっていようとも。

 

「啜れ『邪淫妃(フォルニカラス)』」

 

 最初から全力で戦う。ソレは決定事項であったようで、躊躇い無く自らの斬魄刀を自身が鞘のように口から刺し込む。

 

「写せ『鏡面雌雄(エルナスペイゴ)』」

 

 ザエルアポロにだけ帰刃をさせると不利になると考え、ロエロハもやや遅れてだが解号を口にする。

 ザエルアポロは胴体が風船のようにいったん膨らみ、その膨らみの中身が外へと這い出るようにしてザエルアポロを新生させる。

 下半身は触手のような物に覆われてロングスカート見える。上半身は背中から枝のようなものが生えて、肘までぴっちりとした服になっている。肘より先は袖が広くなっていて、全体的にドレスのように見える。

 ロエロハの方は、霧がより濃くなったかと思えば、()()()()()()()()()()()()()姿()となって現れた。

 

「何度見ても、面白い帰刃だ」

 

 相手の姿と能力を写し取り、自身に付加する。ソレがロエロハの帰刃にして能力。

 必ず相手と同じになり、決して劣ることのない力でもって叩き潰す。搦め手にして正面突破という、相対する位置の事を平然とこなす、ロエロハの個性的な無個性のような戦法をロエロハは好んでやってきた。

 流石のザエルアポロも、自分とまったく同じ能力持つ者が相手なら、多少とは言え手間が掛かってしまう。

 そして、ロエロハの能力にはまだ続きがある。

 

「自分に殺されるがいい」

 

 不吉な宣言と同時に、ザエルアポロが増えていく。『鏡体(エスペホアオーラ)』写し取った相手の姿と力を実体化させる分身能力に近い技。

 本体である自分の姿と力を写し取ったロエロハに分身。そのどちらも相手にしなければ勝てないという、劣勢極まりない戦いをロエロハに挑んだ者達は強いられた。

 ほとんどの能力は本体が死ねば解除されるので、本体だけを狙えば多少は負担が減る。だがしかし、『鏡体』はソレを許さない。数の暴力で圧殺するだけが役目ではなく、どれが本体か判らなくする撹乱も兼ねている。

 

「どんな相手にも有効で、面白い能力だ。だが…」

 

 完璧じゃない。ザエルアポロは『鏡体』の弱点をとっくに見切っていた。その対策と突破法までも用意して戦いに臨んでいた。

 

「本体の君は兎も角、ただ単に僕の力と姿を写している『鏡体』は、実体のある鏡像に過ぎない。僕の力と動きをそのままトレースしているだけで、生かす頭脳を持っていない哀れな人形」

 

 ザエルアポロが頭を掻けば、『鏡体』も同時に頭を掻く。動きが同じなら、自身が動かなければただの案山子も同然。尤も、自分までも案山子になるのに、ロエロハは自由に動けるので、ずっとそのままとは行かないのだが。

 

「そして、同じ動きをすると解っているなら、自分にだけ利するように動けば良いだけだよ」

 

 風向きを確認し、ザエルアポロは笑う。条件は揃っていると…

 背中より得体の知れない黒い液体を、噴水のように噴き出す。空に上がった物がいつか落ちてくるのは道理で、『鏡体』も同時に噴き出したことにより、黒い雨のようになって一度に降り注ぐ。その中で、唯一ザエルアポロのところだけ一滴も落ちていなかった。

 

「さて、そちらが鏡像なら、こちらは差し詰めクローンと言ったところか。ご覧の通り、まだ出来損ないだけどね」

 

 風向きに位置関係。そして噴き出す圧力を調節して自分にだけ当たらないようにしていたのは、ザエルアポロ製のクローンの素であった。

 当たった端から人型に変容し、のっぺりとしたザエルアポロの様に見えなくもないシルエットの白い者が何体も立っていた。

 

「動きはまだぎこちないし、顔などの細かい造形と着色がまだまだ上手くいかなくてね…」

 

 なぜ出来損ないかの説明をザエルアポロがしている間にも、クローンは予めされていた命令通りに行動する。与えられている命令は、出現地点から半径2m内に存在する者の殲滅。

 『鏡体』の3倍はいるクローンは、同じクローンだろうが『鏡体』だろうが関係無しに殺し合う。さながら地獄絵図で、ソレを簡単引き起こしたザエルアポロの精神の具現にさえ見えるものであった。

 

「…と、言う訳で、ぜひ君にこの能力を完成に役立って貰いたい訳だ。

 おや?まだ立っているとは、予想より君はしぶといようだね。よくできました」

 

 馬鹿にするように手を叩いて褒めると、口端を吊り上げる。

 

「それじゃあ、もう一つの実験も手伝ってもらおうか」

 

「ふざ…けるなァ!!!」

 

 激昂したロエロハは、指を突き出して虚閃の構えをする。ザエルアポロの帰刃の機動力は低く、近接戦闘の能力も決して高くは無かった。だから、コレが最善手だと信じて疑わなかった。

 

「残念だが、参加は強制だよ」

 

 嗤い、砂に潜ませておいた背中の触手がロエロハを飲み込む。

 

「ごちそうさま」

 

 飲み込んだだけで、特に傷付けもせずにロエロハは開放される。そして、今のやり取りで作られた人形を触手から取り出して、ロエロハに見えるように手の平に乗せる。

 

「さて、この人形がなんなのか気になるだろう?なに、すぐに何か解るから安心するといい。

 紛い物でも、僕と同じ能力を持っているならね」

 

 人形の腹の辺りから2つに分け、その中身を1つを摘み出す。

 

「右足の腱か…知って貰うにはこの辺りが丁度いいか」

 

 大した興味も無さそうに、無造作に取り出したパーツを砕く。それと同時に、ロエロハの右足の腱が切れた。

 

(コイツ、よりにもよって自分と同じ見た目の奴にこの能力を使ったのか!?)

 

「どの能力を使ったかご理解いただけた所で、最終通告だ。

 これから、君の内臓を1つ1つ壊していく。できれば、サンプルは生きたままが望ましい。

 だから、僕の治療が間に合う段階で降参してくれ」

 

 嗜虐的な笑みを浮べ、ザエルアポロは新しいパーツを摘むのだった……

 

――――――

 

「やれやれ、強情だね。そろそろ、死んでしまうのは判っているだろう」

 

 最早ロエロハの負けは確定していた。だが、ロエロハは降参の一言を口にしない。

 諦めないという不屈の意思ではない。ロエロハとて、自分が今日ここまでなのは明確に理解している。だから、コレはただの意地だ。

 第一期“刃”に選ばれ、司る死の形に『嫉妬』を戴いた事を誇っていた。その胸に抱く誇りに傷を付けて逝くなど、最後だからこそ出来ようはずがない。

 その無駄な抵抗に、ザエルアポロのフラストレーションは溜まり続けている。

 

「君がいくら苦しもうと僕の知ったことではない。だが、僕の姿でそんな無様な姿は、甚だ不愉快だ。

 これで、終劇だ」

 

 死なないようにと、敢えて残しておいた重要器官のパーツを人形に納めて元の通りにする。その人形を足元に落とし―――

 

――――――

 

 自分の姿。それにロエロハは憧れを持っていた。虚であった頃は、自身の姿に何一つ疑問も不満も無かった。二足歩行に虫のような六足もいれば、植物のように根を張る千差万別の姿で、他人とまったく持って違うのが普通であった。そんな多種多様の中で、身体から漂う霧のようなモノを当然とすら思っていた。

 その当然は、破面になると同時に疑問に変わってしまった。外見は同じ人型であるのに、破面には確かに個性があった。獣型や植物型の虚では考えられなく、顔だけも見分けがつくほどだ。

 

 なのに、ロエロハにはソレが無かった。目も口も耳も鼻も。人型であるなら顔にある在るべき器官が何一つとて無かった。そして、それは顔だけに留まらなかった。触れたことがあるのがロエロハだけなので本人以外は知り得なかったが、爪や指紋に体毛すらロエロハには無かった。霧によって誤魔化されていたが、ロエロハの姿はツルリと何も無い人型であった。

 

 まるでバルーンで作られた人形。そんな姿はロエロハは嫌いであった。個性の無いその姿は、他に類を見ないとの点ではとても個性的であった。だが、唯一の能力たる『鏡面雌雄』は、他人に成る能力。触れて感じ取ったその姿でさえ、自分の物と断言できない。成り代わりやすいからと、何も無い素体として無意識に使っている可能性があった。

 

 他人を見るたびに、自分がロエロハ・ハロエロであるかという疑問が強くなる。誰もが断言できないのだ。この姿が、紛れも無くロエロハ・ハロエロだけの物であると。

 だから、ロエロハは他人が羨ましかった。美醜など関係無く、誰にでもコレが自分だと断言できる姿を持っている事が。その羨望が、『嫉妬』に成り代わるのは短い時間で済んだ。

 

―――なぜ、俺だけが俺と言えないんだ!

 

―――なんで、他人の皮を被れても、ソイツに成れないんだ!

 

―――誰でもいいから教えてくれ…俺は、一体何なんだ!?

 

『君は鏡だ』

 

―――カ、ガミ……?

 

 ロエロハの慟哭に答えたのは藍染であった。そして、その答えはすんなりとロエロハの中に浸透した。

 

『相対すれば何者でも映すが、そのものには決して成りえない。正に、君のその状態と同じだ』

 

 言われてようやくロエロハは気付いた。確かに自分の能力は誰かを映し取る代物。『鏡体』など、何でも鏡写しの分身を作る能力で、ソレを作れる己が鏡以外のナニカな訳が無かった。

 

 

――――――

 

―――まとめて踏み砕く。

 

「勝者、ザエルアポロ・グランツ。これより第8十刃とし、司る死の形は『狂気』」

 

 決まりきった勝者の宣言。出された結果は誰もが納得するしかないもの。だと言うのに、誰もが信じられないと目を開く。

 

「ほぉ…」

 

「と、言われると思ったかい? ザエルアポロ・グランツ」

 

 同じ声がまったく別の言葉を喋る。片方は観戦用の玉座で目を細めて2人の戦いを楽しみ、もう片方は悠然とザエルアポロの前に立っていた。

 藍染惣右介が2人。在り得てはならない恐怖がその場を包む。ロエロハが何をしたかなど火を見るよりも明らか。

 事もあろうに、自身の能力で藍染を写し取ったのだ。不敬になるであろうその行為など瑣事であると言わんばかりに、ロエロハはゆっくりとザエルアポロに向かって歩き出す。

 

「ッ!」

 

 この状況が不味いと動き出したのはザエルアポロ。

 

(僕の姿を写し取っていた時の身体的能力は僕とまったく同じだった…)

 

 能力は霊圧差が確然としていれば、効かない場合がある。自身を変える場合でもソレは起こりうる出来事だ。

 だがしかし、寿命を削るといった高い代償を払うことで、短時間だけでも己の限界以上の結果を出せる者もいる。ザエルアポロが警戒するのは、ロエロハの『鏡面雌雄』がソレである場合だ。

 万全の備えがあるならまだしも、藍染と同じだけの力を持った存在と戦うのは避けるべきであった。されども、今は十刃の座を賭けた戦い。勝敗が決するか降参しなければ戦いは終わらない。

 

「クソが!」

 

 悪態をつきながらも、ザエルアポロは攻撃のために虚閃の構えをする。しかし、撃つのは虚閃でも『王虚の閃光』でもない。『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』と呼ばれる黒い虚閃だ。

 この『黒虚閃』は霊圧色が黒にしか見えない程に圧縮、収束された虚閃だ。説明すれば簡単だが、通常の虚閃より遥かに消費が激しい上に、霊圧の圧縮と収束が十刃クラスでなければ使えない技だ。その為、威力こそ保障されるが使われる事が少ない。

 

 黒い死の閃光。十刃でもまず避けようとするその一撃を、ロエロハは腰に差していた斬魄刀で軽く払った。それだけで、『黒虚閃』は無力化された。

 

(間違い無い!何かを犠牲に限界以上の力を出している!)

 

 明らかに唯の十刃では不可能な芸当をやられてしまえば、ザエルアポロは嫌な予想が当たっていると認めるしかなかった。尤も、それで諦めるザエルアポロではない。

 何を犠牲にしてその力を出しているかは予想しかできない。だが、ソレが軽い物ではなく、一生涯付き纏うような物なのは確実だ。時間稼ぎさえできれば、後は勝手に自滅してしまうだけ。そう考えをまとめ、ザエルアポロは次の一手を打とうとした。

 

「この私を前にして、随分と悠長な考え事だ」

 

 その時既に、首に斬魄刀を添えられていた。横に滑らせれば、命が1つ刈り取られるのは想像するまでもない。

 1秒も経たない内に、ザエルアポロは絶体絶命に立たされていた。

 

「終わりだ」

 

 死刑宣告にしか聞こえない言葉に、ザエルアポロは死を覚悟した。復活の為の能力もあるが、ソレには下準備が必要で、とてもではないが間に合わない。

 終わりが足音を立てて、自分のすぐ傍にまで歩いてきた錯覚さえあった。だが、終わりが肩を叩いたのはザエルアポロではなく、ロエロハの方であった。

 

 石で出来た人形の風化を、早送りにしたかのようにロエロハの藍染部分が崩れ始めたのだ。手に握っていた斬魄刀は真っ先に崩れて無くなり、全体が崩れれば帰刃前のロエロハが姿を現す。そして、糸を切られた操り人形のように前のめりに倒れこんだ。

 

「―――ッハ、ハーーッハ、ハーー」

 

 緊張から開放され、無意識に止めていた呼吸をザエルアポロは慌しく再開した。

 ザエルアポロの考えは間違ってはいなかった。ロエロハは時間が来れば自滅してしまうしかない。そして、ザエルアポロに内臓や筋肉を好き勝手にされていたロエロハに残された時間など、長い筈もなかった。

 むしろ、動けたこと自体がおかしい事だったのだ。命さえ差し出した能力の行使にしても、ロエロハの最後の行動は理不尽に感じられるほどである。

 

「勝者、ザエルアポロ・グランツ。これより第8十刃とし、司る死の形は『狂気』」

 

 今度こそは、本物の藍染によって勝者の名を告げられた。呼吸を整えたザエルアポロは、手に入った戦利品を抱えながらも藍染に恭しく礼をし、足早にその場を去るのであった。



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『恐怖』

 十刃の入れ替え。既に何度か行われているソレに新たなる転換期が訪れた。

 崩玉の完成。浦原(うらはら)喜助(きすけ)の作った崩玉を藍染の作った崩玉が喰らう事によって成されたソレは、十刃達に更なる力を与えた。

 だが、それは今の十刃に安息を約束するモノではなかった。完成した崩玉による強化は、十刃への挑戦者にもされる事となったからだ。

 ある意味、この処置は当然であった。崩玉が完成こそしたが、常にその力を発揮出来る訳ではない。藍染との融合状態でしか最大の力を発揮できないのは前と同じであるが、発揮出来る時間が一瞬となってしまった。これでは流石の藍染であっても、1人の破面にしか力を行使できなくなってしまったのだ。

 

 破面の数が100人に届かなくとも、崩玉で全員を強化すれば時間も掛かる。かといって、自身と崩玉を酷使してまでも短期間に強化する価値が破面には無い。

 藍染にとって破面は、護廷十三隊の隊長格を殺せればいいだけの存在でしかない。どの破面でも、その後に控える零番隊との戦いに着いて行けるなど思ってすらいない。

 そんな破面の十刃で無かったり、挑戦しようとすらしないような輩に、完成した崩玉の力を使うなどまったくの無駄でしかない。

 

 挑戦すると意気込みを持つ者は、新たなる力によって新たな風を虚夜宮に呼び込むのだった。

 

――――――

 

「…両方死ねばいいのにな」

 

「物騒な事を言うのはよせ…」

 

 こういった場で隣に座るのが定位置になったハリベルは、物騒でしかないアーロニーロの一言にすかさず釘を刺す。

 

「育テテタ肉ガ逃ゲ出シタ気分ダヨ」

 

 これから第6十刃を賭けて戦わんとしているのはグリムジョーである。従属官(グリムジョー)を肉と言い表すあたりに、どういった目で見ていたのかが如実に判るというものである。

 

「まったく、お前という奴は……」

 

 口に出さなければ良いような事を言うものだから、シャウロン達は明らかに引いている。それに比べれば、最初期組の面々は平然としている。その差は信用の差で、最初期組は死ななければ食われる事は無いと信じている。

 

「しかし、意外だな。その言い方だと、グリムジョーが勝つと信じて疑っていないようだぞ?」

 

「……公平な判断だ」

 

 腕を組んで顔を横に逸らすその仕草は、ハリベルには恥ずかしがっているようにしか見えず、思わず朗らかに笑ってしまうのだった。

 

――――――

 

 局地的にほんわかとした空気が流れる一方で、これから戦うグリムジョーは当然ピリピリとした空気を纏っていた。

 対峙するは『恐怖』の死の形を司る第6十刃チルッチ・サンダーウィッチ。その能力は高速振動。それによって切れ味を増させた斬撃は、鋼皮を豆腐のように切る。近距離戦はやや苦手で、もっぱら中距離戦を好む女である。

 それが、グリムジョーがこれまで見て知り得た情報であった。

 

「あんた、アーロニーロの従属官で、こっちの手の内を知ってんでしょ?」

 

「それがどうした」

 

 チャクラムを肉厚にして巨大化。穴の部分に抜け落ちないようにする棒と、操作を柔軟にさせる縄で一般的な斬魄刀の柄へと繋がっている。剣とはとても言えない特異な斬魄刀を弄りながら、チルッチは溜め息を付いた。

 別に手の内を知られているからと言って、負けるなど危機感は無い。ただ、面倒が増すだけだ。

 

「だったら、丁度良いわね! あたしがどれだけ強くなったか、ソレを知らしめるのにねぇ!!!」

 

 尤も、面倒が増すのすらも好都合だとチルッチは笑う。開始の合図で斬魄刀を走らせる。自転するその刃は、通常よりも切れ味があり、素手で触れようなものなら切り裂かれるのが必須となる。

 グリムジョーはその凶刃を避け、チルッチに近付く事だけに専念する。ソレを見てチルッチは同じだけ下がる。

 斬魄刀の名の通りに形状が刀であるグリムジョーと、縄付き巨大チャクラムのようなチルッチでは戦う間合いがまるで違う。

 近付いて斬るしかないグリムジョー。柄と繋がってこそいるが、直接持って斬りかかると切れ味が激減する縄付きチャクラム。両者が戦うのなら、間合いの取り合いが発生する。

 

「無理無理!そんな速さじゃ、あたしを捕まえられないっての!」

 

「抜かせ!」

 

 側面に虚弾を撃ち込んで逸らしてから、響転で跳ぶ。グリムジョーとて判っている。()()()()の速さでは間合いを詰めきれない事など。だから、過去の強さなど置き去りにした速さで跳ぶのだ。

 崩玉の力、は周囲にいる者の心を崩玉の意思によって具現化する。崩玉の意思が不確定要素になるが、望んだ強さに見合う素質があるなら崩玉はソレを具現化できる。

 そして、グリムジョーは強さを渇望し、素質も十分あった。

 

 より強く踏み込んだ響転は、これまでの速さを凌駕するものだった。その速さに「十刃は次元が違う」そう言わしめていた実力を、グリムジョーは自分自身から感じた。

 

「ッチ!」

 

 十刃に届く速さを目にしても、チルッチは軽く舌打をして下がるだけ。別にこれまで速いだけの挑戦者がいなかった訳ではない。そういった場合の対処法など何度か実践している。

 もう少しでグリムジョーの間合いに入るというとこで、チャクラム部分を引き寄せる。それと同時に、左手より虚閃を撃つ。

 後ろの斬魄刀に前の虚閃。虚閃だけならまだ受けるとの選択肢も取れるが、斬魄刀の方は鋼皮を切り裂くのだからそうもいかない。唯一残っている逃げ道たる横へとグリムジョーは跳ぶ。

 

「避けたって、ムーーーダムダァ!!!」

 

 チルッチの斬魄刀の最大の武器は切れ味だが、最高の武器は自在に動き回るチャクラム部分だ。攻撃圏内に入っていれば、猟犬の如くその牙を剥く。手綱代わりの柄と縄を操り、牙を突き立てんと進路をグリムジョーに合わせて調整する。

 尚も後ろを追ってくる斬魄刀をもう放置はできないと、グリムジョーはようやく自身の斬魄刀を抜き放つ。

 

「てめぇの斬魄刀だ、しっかり受け止めろよ」

 

 一旦間合いを詰めるのを中断し、斬魄刀の側面に響転で回りこんで空洞の中心に自身の斬魄刀を差し込む。甲高い金属同士の摩擦音こそするが、刃のない内側は斬魄刀が触れるのには問題は無いようであった。

 そのまま力任せにチルッチへと飛ばす。ほんの短い間になるだろうが、これでグリムジョーは斬魄刀とチルッチの挟撃に悩まされなくなった。

 

 しかし、チルッチは焦りなど無かった。挑戦者が斬魄刀を飛ばすなど何度もあった出来事であり、その程度で操作を誤るなどあり得ない。

 笑いながら斬魄刀を急旋回させ、再びグリムジョーを襲う焼き直しとなった。

 それでも、グリムジョーには余裕があった。つい先程、刃が無い部分になら斬魄刀をぶつけても問題無いと判ったのだから。既にチルッチの斬魄刀による攻撃は、絶対に避けなければならないモノではなく、斬魄刀で防げるモノとなっている。

 横合いから襲ってくる斬魄刀を、グリムジョーは寝かした斬魄刀によって逸らす。

 

「甘えんだよ!」

 

 空いている左手で虚閃を撃ち、その影に隠れて響転をする。

 

「ムダだって言ってるでしょーが!!」

 

 またもや急旋回させ、今度は自身に迫る虚閃を裂く。笑いながら響転で移動しているグリムジョーを虚弾で牽制し、立て続けに斬魄刀による追撃を行う。

 自分は猟犬をけしかける狩人で、相手は逃げ惑う獲物でしかない。その現実に高笑いをし、実力がここまで上がったと他に見せ付ける。

 それはチルッチにとって、酷く興奮するものであった。

 

「ッチ…」

 

 チルッチにとって興奮する現実など、グリムジョーにとっては怒りを溜め込むしかないものだ。

 間合いが根本的に違う相手が、ここまでやり辛いとの事。それだけで、まるで自分が苦戦しているかのような事。グリムジョーが、そのどちらも良しとする筈も無い。

 だが、奇策といった類を良しとしないグリムジョーが取れる手段は、非常に少ない。特殊能力を持たないのが更に選択を狭める。一気に流れを変えれる手段は実質1つだけであった。

 

「軋れ―――」

 

 ならばその1つを使うのに躊躇いなど無い。斬魄刀の刃に引っ掻いて、その名を口にする。

 

「―――『豹王(パンテラ)』!」

 

 開放された霊圧は旋風となり、グリムジョーの姿を本来のモノへとする。一言で言えば獣人となったグリムジョーは、より速く、より遠くまで駆ける響転をする為に踏み込む。

 

「ッナ…!」

 

 グリムジョーの最高速度の響転に何とか反応し、ギリギリで斬魄刀の致命的な一撃をチルッチは免れた。だが、無傷といかずに、頬にグリムジョーの爪による傷が刻み込まれてしまった。

 

「掻っ斬れ『車輪鉄燕(ゴロンドリーナ)』!!!!」

 

 その傷がチルッチをキレさせた。燃費が悪いと自分ですら思う帰刃を出し惜しみ無しに、全力でもって開放したのだ。

 巨大な翼に、勇猛さを現すかのような羽飾りのようなもの。腕は鳥の足に近くなっており、四肢と翼を持つことから、伝説の生物であるグリフォンをどことなく彷彿させる。それが、チルッチ・サンダーウィッチの帰刃であった。

 

「潰す!あたしの顔に傷付けて、無事に終わるなんて思わないことね!!」

 

 狩るべき獲物の反逆を許したことは、間違い無くチルッチの汚点であった。その汚点を消すには、目の前の獲物の血で彩る他には有りはしない。

 その為に切り刻まなければ話にならないと、翼の一部となっている刃を片翼分だけ射出する。

 帰刃前の斬魄刀のと微妙に違い、自転ではなく振動によって切れ味を増している(ハネ)。5枚の羽根より翼を形成するソレは、それぞれが違う軌道によってグリムジョーに迫る。

 数こそ増した攻撃であったが、そんなのに当たるグリムジョーではない。難無く避けると肘をチルッチに向ける。

 

(のれ)ェ!」

 

 豹鉤(ガラ・デ・ラ・パンテラ)。肘の装甲の隙間から棘状の弾を打ち出すソレは、並の破面なら簡単に絶命させるだけの威力はある。

 その三発打たれた死の弾丸を、残しておいた片翼で難無く切り裂いてチルッチは笑みを浮べる。

 グリムジョーの速力や破壊力が帰刃によって上がっているように、チルッチもまた能力が軒並み上がっている。

 だがしかし、チルッチには悠長に構えている余裕は無い。燃費が悪いということは、戦闘可能時間が短いということ。帰刃を使えば短期決戦以外は自殺も同然。

 

(あんなに速いんじゃ、とっ捕まえでもしなきゃスライスといかなそうね)

 

(遠距離攻撃は羽がある限り無駄か…)

 

 ここにきて、初めてグリムジョーとチルッチの考えが噛み合った。

 帰刃しても、しなくとも近接戦闘が主体になるグリムジョー。帰刃して近接戦闘もこなせるようになったチルッチ。

 近付かなければ当たらないとなれば、噛み合うべくして噛み合ったのだ。

 距離を取るどころか詰めてきたチルッチに、グリムジョーは後ろに回り込んで答える。翼を振り上げて直接斬りかかろうとしているその背後は、隙だらけで簡単に殺せそうであった。

 

(取ったァ!)

 

 一瞬の攻勢。先程は決め損ねたが、今度は確実に決めると勇む。

 

「バ~カ」

 

 そんな勇み足などお見通しだと、チルッチは嗤う。グリムジョーが嘲笑われたのに気付いたのは、斬られた後であった。

 翼をよく見てみれば、振り上げていたのは既に羽根を射出してあった方である。

 直接斬りつけられるの見せた後で、これ見よがしに振り上げて斬りかかるふりをする。そうすれば、相手が取る手段は前方以外からの攻撃がほとんど。移動する場所を目視で追い、突っ込んでくるならば残しておいた羽根を射出して切り刻む。

 

「ホンット、避けるのだけは上手いのね」

 

嗤うチルッチの目線の先、そこにいるグリムジョーはスパッリと綺麗な切り傷を負っていた。それでも出血自体は少なく、戦闘続行には支障はなさそうである。

 

「ッチ」

 

 自らの不甲斐無さにグリムジョーは舌打をした。先程の一連の動きはもう何度も見ていていた。だから、不意打ちに近くとも、致命傷には程遠い傷で済むように避けられた。

 だがしかし、今の自分なら完璧に避けれた筈だったのだ。攻撃よりも自分の方が速く、直接受けるのは初めてでも何度も見ていた。この2点さえあれば、避けるのには十分過ぎる条件であったのだ。

 

「…いくぜ」

 

 霊圧を刃のように研ぎ澄ませ、指先より実体を持たせて新たな爪として形成していく。

 

「なによ…それ…」

 

 顕著するは天に届けと言わんばかりに巨大な爪。グリムジョーの相手を殺すとの意思と力の具現たるその技の名は―――

 

「『豹王の爪(デスガロン)』」

 

 その壮大さにチルッチは思わず後ずさってしまう。

 

「俺の最強の技だ」

 

 振り上げられた手に連動して『豹王の爪』も起き上がる。振り上げられれば、その次はギロチンの如く降ろされるだけ。そこからは一方的な蹂躙であった。

 10の爪から逃げ切ることのできないチルッチは、その攻撃を受け流さすなりしなければならない。だが、グリムジョーの手と連動して動く『豹王の爪』は、巨体の割りに俊敏かつ緻密な動きができた。

 無論それだけで追い詰められるチルッチではない。チルッチが司る死である『恐怖』は、あらゆる防御を無造作に切り刻む攻撃に相手が懐く感情として存在する。実際に、グリムジョーの『豹王の爪』さえも切り刻んだ。

 しかし、それでは事態は好転しなかった。切断は多くの生物にとっては致命傷になりうる負傷になる。だが、無機物同然の『豹王の爪』にとっては、その形状をあまり損わせる攻撃ではない。ほんの少しの修復で元に戻せるのだから、打ち破ろうとするなら直せなくるほどに砕くのが最良になる。

 

「こんのッ!クソ猫がァ!!!」

 

 ギリギリで致命傷から逃れていたチルッチが、10枚全ての羽根を軌道もタイミングもバラバラに射出する。どれか1つでもグリムジョーを殺せる攻撃だ。全てが囮で本命。届かせる攻撃など、どれか1つでも問題は無い。

 

「ッハ…」

 

 そんな決死の覚悟をグリムジョーは鼻で笑った。チルッチの攻撃が脅威なのは変わりが無い。そうであっても、もう対応できてしまう場が整えられている。

 『豹王の爪』は無慈悲に羽根を払い落としていく。それだけで、どちらが上かなど明白であった。

 狩人はグリムジョーで、獲物はチルッチ。最早決まってしまったその事実に、チルッチは納得などする筈も無い。生きている限りは、負けなど許されないからだ。

 自分など戦争における1つの駒でしかない。破面は兵士で、十刃はその頭領。その事実を自覚し、受け入れているから諦めなどできよう筈が無い。

 

「こんちきしょうがァッ!!!」

 

 羽根では届かないと確信すらしていたチルッチの最後の手段(こうげき)は、捨て身の特攻であった。

 道は羽根で切り開いてある。後ろには何もなく、残っているの最後の隠し玉だけ。残る霊圧全てを尾に注ぎ込んで刃を形成する。

 正真正銘の最後の一撃。羽根による攻撃を1つに纏めたも同然のその攻撃は、グリムジョーに届く事無くチルッチは力尽きるのだった。



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『甘さ』

 勝てない。その挑戦者を見て、ドルドーニにはそう確信した。

 角の生えている後頭部左側を護るようにある仮面の名残。病的なほどに白い肌に反発するような黒髪。両目から泣いているかのように伸びている直線の仮面紋。その仮面紋に反して表情は徹頭徹尾何も感じさせない無表情。

 女性であればクールビューティーだったに違いないと、結局女破面を従属官にできなかったドルドーニは思う。

 

(判っていた筈なのだがな…)

 

 現実逃避の思考を打ち切って、ドルドーニにはこれからに思いを馳せる。おそらく、自分の命は今日ここまでであろうと…

 

(崩玉が完成すれば、私ですら十刃落ちになり得ると…)

 

 不完全な崩玉で破面化した時から、覚悟していた事であった。そうでなくとも、第4十刃という上から数えた方が早い数字である為に、ヴァストローデが恭順すればすぐに危なくなる地位でもあった。

 事実、第1から第3までというドルドーニの1つ上まで、既に破面の元となった虚はヴァストローデであった。

 ハリベルの破面化を先延ばしにしていたように、秘蔵っ子のような存在がいきなり現れる可能性すらもあった。

 

 だから、自身の交代劇など予定調和もいいとこであろう。

 そうだとしても、ドルドーニに大人しく第4十刃の座を明け渡すつもりはなかった。この戦いが、己が人生の最後の舞台になるのだ。それを舞台に上がることもせず、おめおめと逃げ延びてどうするというのか。

 残るのは、後悔に尻尾を巻いて逃げ出した臆病者との不名誉な事実。ならばその舞台に上がるしかドルドーニにはない。その舞台を彩るのが、己の血であろうとも……

 

 

 斬魄刀を抜き、打ち合う。ソレだけでもドルドーニは格差を思い知る。

 別に一方的に押し負ける訳ではない。だが、斬魄刀を通して伝わる力と霊圧は、地力の差を遺憾なく訴えてくる。勝っているのは破面としての戦闘経験だけ。その僅かな優位で小細工を弄し、勝利の為の道を抉じ開けようとドルドーニは奮戦した。

 だが、その奮闘など塵芥同然だと思い知らされる。刀剣開放によって、相手が悪魔じみた翼と尻尾を生やしたかと思えば、展開していた双鳥脚と根本たる2つの竜巻が切り伏せられていた。

 

 圧倒的であった。僅かな優位などまったくないと、断言するようにあっさりと押し潰す。

 

 霹靂の鐘を打ち鳴らし、ウルキオラ・シファーは第4十刃の席に座った。

 

 第1十刃  『孤独』  コヨーテ・スターク

 第2十刃  『老い』  バラガン・ルイゼンバーン

 第3十刃  『犠牲』  ティア・ハリベル

 第4十刃  『虚無』  ウルキオラ・シファー

 第5十刃  『絶望』  ノイトラ・ジルガ

 第6十刃  『破壊』  グリムジョー・ジャガージャック

 第7十刃  『陶酔』  ゾマリ・ルルー

 第8十刃  『狂気』  ザエルアポロ・グランツ

 第9十刃  『強欲』  アーロニーロ・アルルエリ

 第10十刃 『憤怒』  ヤミー・リヤルゴ

 

 かくして10の凶刃はそろい踏み、来るべき戦争の役者が配置に付いたのだった。

 

――――――

 

 完成した崩玉は、ある実験によってその能力の検証が十刃に使われる前に行われていた。その内容は、巨大虚への破面化によってどれだけの能力を得るかであった。

 その実験の被験体は、言ってしまえば捨て駒であった。幾百の虚が折り重なって生まれるとされる大虚を従え、破面化している藍染が、今更単一で無駄に肥大化した巨大虚に見向きする筈も無い。

 建前では、どれだけの能力を得るかが注視されているが、実際には崩玉が正しくその力を発揮できるのか見る為であった。だから、成功すれば―――今更必要でもないが―――データが手に入る。失敗すれば、手駒を無意味に弱体化させる失敗をせずに済む。どちらに転ぼうと、巨大虚1体の損失など在って無い物。気軽に藍染はこの実験が出来た。

 

(ん~、感度良好といったところか)

 

 そしてアーロニーロは、その実験結果を人知れずに自室から観測していた。観測方法は『反膜の糸』を被験体たるグランドフィッシャーにくっ付け、それから絶えず流れてくる情報を読み取るという方法であった。隠密性と確実性の高い方法なのだが、リアルタイムで情報習得をしようとすると、日光に当たった瞬間に特性が消失してただの極細糸になるのが珠に傷であった。幸いにも現世は夜なので、グランドフィッシャーが朝まで粘りでもしなければ問題は無い。

 

(流石に改造魂魄に遅れを取ることはないか)

 

 嘗て傷を付けられた恨みを晴らすべく、黒埼一護の元にグランドフィッシャーは向かった。だが、巡り合わせ悪く、一護は肉体を改造魂魄のコンに預けていて、夜遊びをしようとしていたコンをグランドフィッシャーが見つけるといった具合になっていた。

 ちなみに、改造魂魄は戦闘用に作られた擬似魂魄である。現世に日常的に現れるようなただの虚なら戦えるが、流石に破面化した巨大虚には手も足も出ない様子であった。

 破面化しているのに、それなりの霊圧を持つであろう一護を目視で探したり、霊圧を探れば別人と判るコンを追い回したりと、見てられない事をしでかしていたがアーロニーロはただ成り行きを見続ける。

 

(早く死ね。…じゃなくて撤退しろ)

 

 思いっきり死ねと念じたアーロニーロだが、すぐに訂正した。グランドフィッシャーが死ぬとすれば斬魂刀による攻撃の可能性が高く、それが主原因だと虚としての存在は分解されてしまう。つまりはアーロニーロが喰らう死体が残らない。しかも、何かの間違いで残っても回収する手間がある。

 だから、撤退してくるのがアーロニーロにとって都合が良かった。

 

――――――

 

 グランドフィッシャーは驕り高ぶっていた。元々の実力は決して高くはなく、死神基準で言えば席官クラスに数えられるかくらい。それが今や霊圧だけなら副隊長はあろうかと言う程はある。

 霊圧の成長は潜在能力が無ければ、飛躍的に成長するなどない。だから、崩玉を使用しての急激な上昇にグランドフィッシャーは高ぶっていた。黒崎一護を確実に殺せると。

 

 そしてグランドフィッシャーは黒崎一護の身体を使っているコンと対峙し、何も苦労する事無く追い詰めた。そしてトドメを刺そうとしたが、思わぬ増援によって止められた。

 

「…何だ。…お前は…?」

 

 手のひらで磨り潰そうとした一撃を、巨大になった手の爪ほどしかないお守りで防がせた人物に問う。

 

「あァ、悪い悪い。自己紹介がまだだったか。

 …俺は黒崎―――」

 

 死神の死覇装を纏い、マントを片方の肩に巻き付けるようにしている独特なファッションをした男は決定的な言葉を口にした。

 

「黒崎一心(いっしん)だ」

 

「黒崎……そうか…。

 お前、黒崎一護の…」

 

「親父だよ」

 

 苗字から関係性を察し、引き継がれた言葉でもってようやくグランドフィッシャーは目の前の男が何かを理解した。身体的特徴に類似する点こそ少ないが、父親が死神であったのなら納得できる事があったからだ。

 だが、その事はさしたる意味は無かった。一心に興味などなく、黒崎一護を殺すとの目的に変更などないのだから。

 

「親ならば居所を知っておろう。黒崎一護を出せ」

 

 見逃してやるから、子を差し出せ。そういうつもりで言ったが、一心はにべもなくその提案を拒絶する。

 親であるなら怒り心頭になる提案であったが、一心には怒りなど湧いていない。仮に一護と目の前のウドの大木が戦ったとしても、簡単に返り討ちに出来ると判っていた。

 そして何より、ここで自分で討ち取るつもりであった。

 

 斬魄刀の大きさは霊圧の大きさとグランドフィッシャーは嗤う。自慢げにみせびらかすビルと見紛う斬魄刀の大きさは、グランドフィッシャーの霊圧と自信の現れ。

 ソレを見ても、一心の表情は変わらない。精々その巨躯相応の巨大な斬魄刀ぐらいにしか思わない。

 

 退きもしなければ、恐怖で表情が強張らない一心を馬鹿呼ばわりして斬魄刀を振り上げる。

 勝負は一瞬。振り下ろされる巨大な斬魄刀を避け、一心は一撃でグランドフィッシャーを肩から股まで両断する。

 虚や破面でも致命傷の一撃。始解すらもしないでの一撃は、一心とグランドフィッシャーの実力の差を如実に表していた。()()()油断した。もうその存在は通常の魂魄へと分解され、尸魂界に送られるしかないと。

 だがしかし、グランドフィッシャーは切り離された左半身を引っ張り、右側に黒腔を開けて倒れ込むように逃げた。

 

「あ…」

 

「…って、あ、じゃねーよ!何ヤバそうの逃してんだよ!」

 

 一心と違ってグランドフィッシャーに気圧されていたコンは、緊急事態と言わんばかりに捲くし立てる。実際に追い詰められた身と考えれば当然だが、そうならないようにと一心は対策は既にしてある。

 

「オメーにはお守りがあんだろ。しっかし、俺も鈍ったもんだな。あの程度の奴を仕留め損ねるなんてな」

 

 グランドフィッシャーの一撃を防いだお守りを握り締めて震えるコンを余所に、一心は20年振りに握った斬魄刀を見つめる。特に霊圧が目減りしたとは感じこそしていなかったが、仕留め損ねたところから腕の衰えを感じずにはいられなかった。

 

「―――逃がしちゃいましたね、仇」

 

「来てたのか、浦原」

 

 旧知の仲と言えるか微妙な恩人に、一心は胡乱げに目を向ける。色々と恩こそあるが、共に尸魂界に追われる立場であった為に積極的な接触は無かった。

 

「別に逃がしても良かったさ。言うほどにあの虚を恨んでた訳じゃねえ」

 

「…そうっスか。なら、20年前のように戦えますか?」

 

「ちと錆びついちまったようだが、その錆びを落とす時間くらいはあんだろ?

 てか、えらくマトモなことを聞くじゃねぇか」

 

 軽く茶化されると思っていたのに、よく胡散臭いなどと言われる浦原らしくない質問に、一心は目を細める。

 

「あの虚は前は巨大虚でした。…その意味が判るでしょう…」

 

「…確かに、未完成で巨大虚であの霊圧なら、のんびりとしていられる理由はないな…」

 

 一心はグランドフィッシャーを一刀の元に切り捨てたが、ほぼ人型でマトモな戦闘経験をしていなかったからできた芸当だ。そして、それが敵の強さの最低ラインでもある事を指している。

 つまり、これからの戦いは最低でも副隊長レベルでなければ碌に戦えないと言うこと。敵の主力を倒すとなれば、隊長レベルでないと不可能であろう。

 来るであろう戦いを思う2人の表情は、自然と引き締まるのだった。

 

――――――

 

 黒腔の内部に逃げ込めたグランドフィッシャーは、痛みに呻いていた。身体が縦に真っ二つになっているから当然と言えば当然だが、グランドフィッシャーの考えはソコに至らない。

 あるのは新たな怒り。自分を斬った一心への怒りだけであった。親子共々殺してくれると、その孔の開いた胸に誓っていた。

 

―――お前の実力では、一生賭けても無理だろ

 

 冷徹な声が、グランドフィッシャーの脳を揺さぶった。

 

「誰だ!このわしを愚弄する奴は!」

 

 怒りのままに怒鳴り散らして見回せば、異様な一団はすぐに見つかった。人の頭蓋骨がそのまま頭となっている、姿が統一された異様な一団が。

 10人はいるその一団は、同時に抜刀して駆け出す。

 

「おのれ!」

 

 どう見ても敵であるそれらに斬魄刀を振るうが、余裕を持って避けていく。そこには一心より差こそ無いが、明確な実力差があった。

 やすやすとその凶刃はグランドフィッシャーに入り込む。既に動ける身体では無かったが、念入りな解体はグランドフィッシャーを食材としてしか見ていないのが明白であった。

 

(完了か)

 

 遠く離れた自宮から観察していたアーロニーロは、ようやく一息ついた。グランドフィッシャーの酷い体たらくには眩暈がしそうであったが、屍になればどうでも良い事だ。わざわざ『反膜の糸』で延命し、更に少し身体を動かして逃げさせたのだ。

 生死を分ける刻限は、もう見据えられる時間にまで差し迫っている。後は不備が無いようにと、詰めていくだけであった。



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選命編
伏魔殿


 ある晴れた日。その日は誰にとっても普通の日となる筈であった。たがありふれた日常を無造作に踏み躙る、3つの刃が天より振り下ろされ、どうしようもない非日常へと変質したのだった。

 

「ぶはァ~~~~!

 面付いていた頃に何度か来たが、相変わらず現世(コッチ)はつまんねえ処だなァ。オイ!」

 

「文句を垂れるな。来たがったのはお前だぞ、ヤミー」

 

「藍染様より指令を出されたのは、俺とウルキオラ・シファーだけだったろうに…」

 

 ヤミー・リヤルゴ、ウルキオラ・シファー、アーロニーロ・アルルエリ。その3名が何に憚られる事もなく現世に降り立った。これだけで、観測機器によって成体の破面と断定した護廷十三隊は警戒態勢となった。それだけ藍染惣介が率いるであろう破面を警戒しているという事である。

 だがそんな事などお構い無しに、ヤミーは本能のままに動きだす。見えていないと判っておきながら、自分らが降り立った場所を興味深げに見つめる人間と、たまたま範囲内にいた人間の魂魄を『魂吸(ゴンズイ)』で飲み込む。

 

「生キテイルノガイルネ」

 

 無差別攻撃によって外傷無しの死屍累々となっている惨状より、アーロニーロは目敏く生き残りを見つける。尤も、死んでいないだけで既に死に体といった有様であった。

 

「オレの『魂吸』で魂が抜けねえってことは、出るにしろ隠れるにしろ、ちったあ魂魄の力が有るってこった!

 なァ!?」

 

 そんな様子に目もくれずに傍による。ヤミーとしてはしっかり確認しようとしての行為であったが、虚が見える程度の力しか持たない者にとってはそれだけで致命的であった。

 

「ウルキオラ!!こいつか!?」

 

「よく見ろバカ。お前が近付いただけで魂が潰れかけているだろう。

 ゴミの方だ。それと、次からはアーロニーロに聞け」

 

 勝手に判断役にされたアーロニーロが何か言いたげにウルキオラを方を見るが、本人は素知らぬ顔である。

 

「…っち、んじゃ『魂吸』で生き残ったのはたまたまかよ。くだらねえ」

 

 なら殺しても良いだろうと、無造作に蹴ろうとする。だが、3人が今いる空座町(からくらちょう)には、人を虫の様に殺す蛮行を許さぬ者達が居た。ただの人間がくらえば、物言わぬ肉片になる蹴りを止められる人達が。

 

「…あァ!?何だお前ら?」

 

 よもや止められると思っていなかったヤミーは驚きと疑問の声を出す。

 

「アーロニーロ!!こいつかー!?」

 

 自分の蹴りを止められたので探している人物かとアーロニーロに聞くが、アーロニーロは溜め息を付きながら事実を言う。

 

「ザコだ」

 

 蹴りこそ止められたが、茶渡(さど)泰虎(やすとら)にヤミーと戦えるまでの力は無かった。その後ろで、殺されかけていた親友を逃がそうとしている井上(いのうえ)織姫(おりひめ)もまた同様。護廷十三隊換算で言えば、強さは副隊長から3席の間に収まるくらいである。

 

「そうかい!」

 

 だから、殺すとの悪意の元で手を出されれば、あっけなく倒されて当然であった。だが希望は潰えない。

 真っ先に現場に駆けつけた2人には失礼になるだろうが、空座町にいる面々の中では弱い部類になる。そして、その2人が最も信頼する仲間が寸でのところで間に合うのだった。

 

――――――

 

 黒崎(くろさき)一護(いちご)。アーロニーロ達がわざわざ調査に来た人物であり、今のヤミーと互角以上に戦っている男である。

 

「手が早いな」

 

「ソウデモナイヨ」

 

 手が早いと言われた原因の保全をしながら、ぞんざいにアーロニーロは答えた。大事そうに扱っているのは、先程切り落とされたばかりのヤミーの右腕である。

 戦いは一方的で、最初から卍解をして全力の一護がヤミーの右腕を切り落とし、その後は持ち前の速さでもって翻弄しながらヤミーに切り傷を負わせている。

 

「…浦原喜助と四楓院(しほういん)夜一(よるいち)が近付いているな。今のヤミー・リヤルゴでは確実に負けるがどうする?」

 

 他にすることもないアーロニーロは、探査回路(ペスキス)でもって警戒網を敷いており、ソレに引っかかった者達の対応を仰ぐ。

 

「そうか…もう目的は果たしている。好きに遊んで来い」

 

「片方シカ止メレナイケド?」

 

「構わん」

 

 ならばとアーロニーロはヤミーの右腕を預けて、響転で迎撃に向かうのだった。

 

――――――

 

「喜助!なにをモタモタしておる!!」

 

「いやいや夜一さん、アタシじゃこれ以上の速さじゃバテちゃうッスよ」

 

 アーロニーロに感知された2人は、疲れないギリギリの速度で遅ればせながらも、現場に急行していた。本当ならば全速力で駆けつけたいところであるのだが、これから相手にする連中が何であるか考えれば、ほんの少しの疲労でもなるべく無い状態で対峙したかったのだ。

 

「喜助」

 

「ええ、お願いします」

 

 短く、それだけで近付いてくる敵への対応は決まった。互いにできる事などとっくに知り尽くし、どうすれば最善かなども判りきっている。正に阿吽の呼吸。

 敵が視界に入ると同時に夜一は挑みかかり、浦原はその脇を悠々と抜けて一護の加勢へと向かう。

 

「初めましてになるな、四楓院夜一」

 

 人間であれば顎があるであろう場所を狙った一撃。それを手で捕まえたアーロニーロは嗤う。

 

「邪魔をするな。と、言っても聞かぬであろうな」

 

「マア、ソウダネ」

 

 先程とは違う甲高い奇妙な声に夜一は顔を顰めるが、意識をすぐに切り替える。敵が現れた時点でここは戦場。一瞬の油断が命取りとなる。

 

「手合わせ願おうか」

 

 有言実行と、アーロニーロは捕まえている手を握り潰さんと力を込めながら引っ張る。後は剣装霊圧で無数の刃を生やして抱擁すればたちどころに夜一を絶命させられる。

 しかし、そう易々と事を運ばせる夜一ではない。引っ張られるのに逆らわずに流れにのり、手を掴んで離さないアーロニーロの右腕に組み付こうする。

 例え腕を折ろうが千切ろうが、超速再生を持つアーロニーロにとっては大した痛手ではない。そこで夜一が止まるのならば。

 

(止まる訳がないか…)

 

 夜一は死神の中でも素手での戦闘―――白打―――に秀でた人物。まだ様子見の段階であろうが、今後の為に殺せるのなら殺しに掛かるに決まっている。

 下手に攻撃を受けるのは下策とし、アーロニーロは手を離す。迫る拘束から逃れながらも、左手から打ち上げるように霊圧を溜める。

 

「虚閃」

 

 放たれた灰色の閃光は夜一を飲み込まんとしたが、ギリギリでかわされる。ならばとサマーソルトキックを繰り出すが、ソレは距離を離されて避けられる。

 

(強い)

 

 その事実にアーロニーロは笑う。今の遣り取りは何とか自分が押し勝って仕切り直しにまで持って行ったが、下手をすれば完全に抑え込まれていた。

 そんな緊張感は虚夜宮では得がたい経験だ。なぜなら、そうなる同格たる十刃との私闘は禁じられており、座を奪わんとする挑戦者は大体が格下であったからだ。

 だからついつい楽しく感じてしまうのだ。一方的に終わればなんでもつまらなく、ある程度のやり応えが無ければ楽しめない。

 

(コイツは不味いのう…)

 

 どう戦おうかとアーロニーロが思案するのを余所に、夜一は危機感を懐いていた。詳細は不明だが、空座町に現れた3人の破面の内1人は万全の一護に翻弄される程度。その程度で終わるならば、なんとでもなる相手だ。

 しかし、残る2人はそうは行かないようであった。少なくとも、目の前にいる相手はただ力を振り回すだけでなく、きちんとある程度の修練を積んだ者の動きである。

 

(反応も動きも悪くは無い。喜助が言っていた通りに、隊長格に匹敵する連中を藍染は揃えておる証拠じゃな…)

 

 無策で事に及ぶ男ではないとは思い知らされている。だから今回の襲撃は、挑発や無言の降服勧告にすら感じられる。

 

「…ッチ、もう完了か」

 

「なんじゃと…?」

 

 戦いはまだ軽く手合わせをした程度。アーロニーロとしては、純粋な身体能力のみでどこまで行けるか確かめたいところであった。それでも一応は今回の任務でのリーダーに当たるウルキオラが帰還するなら―――殿を務めろでも命令されなければ―――その後ろに従って帰還する義務がある。

 

「…逃げる気か?」

 

「コッチニモ上下関係ガアルンダヨ」

 

 あくまで自分の意思ではないと前置きしつつも、アーロニーロは黒腔を開く。

 

「ああ、追って来たいのなら好きにするといい。ほんの少しだけ開けといてやる」

 

 逃がす気がないなら追って来いと挑発を返された夜一は眉を顰めたが、そのままアーロニーロを見送る。見え透いた罠であるし、追ったところで勝てる保障もなければ帰るまで道が残っている保障もない。なにより、今開けられた道は敵の一存で閉じれるのだ。そこに飛び込んで閉じ込められたら、それだけで終わりである。

 

「敵は手強かった。では済まぬ戦いになりそうじゃの……」

 

 藍染からすればまだ軽く刺した程度。ならば殺すとの悪意の元に振り下ろされれば、その凶刃は隊長の命すら切り落としかねない。そんな凄惨な戦いの気配は、然程遠くない場所から感じるのであった。

 

――――――

 

 太陽の光は、アーロニーロにとって甚だ不愉快な代物だ。嘗てはソレを浴びて生を実感すらしてたが、今となっては能力を使えなくなる要因でしかない。明確な弱さを発露させるものなど、好きになれる筈がない。

 弱ければ護りたいモノをあっさりと失う。ソレを体験して、強くあろうとしている……?

 

―――違ウ

 

 傷入りの記憶媒体のように思考が乱れる。強さは確かに必要な物。だが、アーロニーロにとっての強さなど、生き残る為だけの物であった筈だ。そう、二の次であった筈だ。

 なのに、どうしようもなく強い魂魄を求めている。喰らい取り込み、その力を内包したいと……

 コレは虚としての本能的欲求だと、直ぐにアーロニーロは理解する。穴を埋めたいと、人間に戻りたいとさえ願うような欲求。永遠に己に付き纏う呪いも同然な代物。

 

 虫唾が走り、憎悪を募らせる忌むべき欲求。

 

 アーロニーロとて解っている。欲求など完全に抑えきれる訳がない。そして、幾多の憎悪と和らげる為に屍を積み重ねようとも、見出した意味は価値の無いものでしかない。

 何より―――

 

―――怖イ

 

「違う」

 

―――怖イ

 

恐怖(そんなモノ)は、捨て去っただろうが!」

 

 心を失くしたのだから、()()()()()()()()()()()()と己を叱責する。

 取り戻せば破綻するとの警笛が頭の中で鳴り、その存在を否定するより他はない。

 だがしかし、アーロニーロ自身がよく知っている。自分は心を失っていない事など……

 恐怖したから藍染に従っている。失くしたくないから生きようとしている。感情の葛藤があるから()()()()()()()

 解っていながら見ない振りをし、そうまでしながら護りたいモノの記憶は薄れつつある。捨てるのを恐れ、手放すのを良しとしなかった強欲の末路。

 

 澱み穢れて腐っていく。どうなっていくかなど、当に知っている。それでもアーロニーロは続ける他に道を選べない。

 

 さあ、始めよう。戦争を



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偽攻

 ア-ロニーロ宮の地下。そこに隠された一室には、死体置き場があった。当然、普通の死体置き場ではない。

 そこに置かれているのは、『反膜の糸』に繋がれた肉袋だ。この肉袋は、斬魄刀などの攻撃によって分解される筈の者の受け皿である。通常はそのまま尸魂界に送られる魂魄を、破面の死体として保管しようというものだ。

 無論、そう簡単にできるものではない。まず分解されるのを防ぎ、尚且つ肉袋にその者を詰め込む必要がある。分解は『反膜の糸』で再結合ができるので問題は無かった。だが、肉袋に詰め込むのは別の能力が必要であった。

 その為のグランドフィッシャーである。疑似餌に潜り込む『移胴(ミグレイション)』の応用で、肉袋に詰め込んでしまうのだ。予め肉袋を用意して『反膜の糸』で繋げておく必要こそあるが、これによってアーロニーロはほとんどの破面を回収できる。

 そして、5つの肉袋には既に破面が詰め込まれていた。

 

――――――

 

 偽りの侵攻。戦争の準備自体は既に整っており、この戦いは状況を有利にする為の前準備に過ぎない。

 そう藍染に直々に説明をなされたアーロニーロの心境は複雑だ。なにせ侵攻するメンバーはアーロニーロを除き、作戦完了までに尸魂界から派遣されている死神を殺せないと言われたも同然だからだ。

 なぜなら、井上織姫を攫い、芋づる式に隊長を虚圏に誘い出すとなると、護廷十三隊に警戒をさせる必要がある。しかし、現状において派遣されているメンバーが殺されたら警戒させすぎてしまう。その結果によって王鍵を作れても、その後に尸魂界で待ち構える護廷十三隊と決戦は御免こうむる。

 戦場に最も有利になるのは虚圏であり、次点で空座町、最悪は尸魂界である。なぜそうなるかと言えば、単に敵の増援の来易さである。最悪の尸魂界なら、いきなり目の前に零番隊の5人が降って来る可能性すらある。

 そうならない様に、元第6十刃―――独断侵攻して従属官5名を死亡させた為に降ろされた―――グリムジョー。第6十刃後任のルピ・アンテノール。藍染の命令で仕方なく、腕を繋げてやった第10十刃のヤミー。十刃と同等の霊圧を持つ改造破面ワンダーワイス・マルジェラ。

 その4名と共に、空座町に滞在する―――十番隊隊長日番谷(ひつがや)冬獅郎(とうしろう)。十番隊副隊長松本(まつもと)乱菊(らんぎく)。十一番隊三席斑目(まだらめ)一角(いっかく)。十一番隊五席綾瀬川(あやせがわ)弓親(ゆみちか)―――4名の死神との戦闘に突入している。

 

(だからと言って、副隊長程度に接待とは……)

 

 人数的にはこちらが1名空く筈だったが、グリムジョーは来て早々に一護を探してこの場を離脱。これで人数に釣り合いがとれ、一対一が尋常に開始されるかと思えば、一定以上の霊圧を持つ相手以外には反応しないのかワンダーワイスが戦おうとしない。

 5名で侵攻したのに、あっという間にこの場で戦うのが3名になり、数的には死神が1名休憩と可笑しな事になっていた。

 

 色々と考えていたアーロニーロだが、松本乱菊が瞬歩をしたので意識をそちらに向ける。

 だが、思わず溜め息が出る。瞬歩が遅いからだ。

 副隊長の中で別段遅いと言う訳ではないだろうが、―――最速の座をゾマリに譲りこそしたが―――響転が速い部類であるアーロニーロにとっては遅すぎる。

 

「そんなので、勝てると思っているのか……?」

 

 

「ッ…」

 

 乱菊とて、かつて二番隊隊長を勤めた夜一と互角に戦った相手に、マトモに遣り合えるとは思っていない。負けることすら重々承知である。それでも逃げる訳にはいかないのだ。護るために今この場に立っているのだ。

 こういった不測の事態など、前線であればあって当たり前とも知っている。それで逃げるような人物が副隊長にいる筈が無い。だからと言って、何だと言うのがアーロニーロなのだが…

 

(いっそ両手をもいで、斬魄刀を使えなくしてやるか?)

 

 妙案に思えたが、いくら現物が残っていても捻じ切られた間接を繋げるのは至難の業であろうと思い直す。筋肉、血管、神経なら『反膜の糸』で繋げてアーロニーロでも治療は可能。だが、骨が変形でもしていれば、アーロニーロの回道と『反膜の糸』では完全な修復は不可能となる。なお、アーロニーロ自身の損傷は超速再生でなんとでもなるで、割とどうでもよかったりする。

 

「イクヨ」

 

 宣言との同時の響転。三角跳びの要領で『灰猫』を避けて右肩に手刀による突きを入れる。そのまま乱菊の横を通り抜け、反転して今度は左肩を突く。

 

(……)

 

 何度か繰り返せば、出血こそないが乱菊は打撲でボロボロであった。それに反して、アーロニーロのやる気はだだ下がりであった。

 

「ヤミー!アーロニーロ!ボクにそいつらもゆずってよ!」

 

 喰らいもせずにただただ弱い物イジメになっていたので、アーロニーロはルピの提案に頷く。

 

「こいつら、ウダウダめんどくさいからさ、一気に4対1でやろーよ。

 ボクが解放して、まとめて相手してあげるからさ」

 

 見下しながら、脇に挟むように保持している斬魄刀を抜こうとする。

 

「させるか!!!

 卍解、『大紅蓮氷輪丸』」

 

 それを瀬戸際で止めようと、未完成であるが故に制限時間が相手にも見えてしまう卍解を選択させる。未完成と言えども斬魄刀における奥義であり、冬獅郎の斬魄刀は氷雪系最強たる氷輪丸。

 蒼く見える氷で成形された翼で空を打ち、ルピの元へ飛翔する。

 

「縊れ、『蔦嬢(トレパドーラ)』」

 

 だが、遠すぎた。互いの戦いの邪魔にならないようにと開けていた距離を詰められずに、冬獅郎は解放の前に斬りつけられずに帰刃を許してしまう。

 噴出した霊圧が霧のように立ち込める中、油断無く冬獅郎は目を走らせる。霧状の霊圧で目と霊圧知覚を潰されている今は、相手にとって不意打ちをする絶好の条件。

 その予想通りに迫ってきた霧を突き抜けてくる白いナニカに即応し、翼を盾にして初撃を防ぎきる。

 

「…どうした。こんなもんか?

 解放状態のてめえの攻撃ってのは」

 

 6という十刃でも中間くらいの実力を持つと予想される割に軽い攻撃に、挑発を混ぜて冬獅郎は問いかけた。

 

「でもさ、もし、今の攻撃が―――

 

 その問いに口では残念がるが、見下した笑いを含む声音に変化は無い。まだまだ余裕とルピが嗤う間に霧は晴れ、帰刃した姿を現す。

 

 ―――8倍になったらどうかなァ?」

 

 冬獅郎を襲った白いナニカは、ルビの背中に付加された甲羅のような物から生える触手の1本であった。そして触手は、全部で8本生えていた。

 

「何……だと…」

 

 驚愕の隙を突くように、8本の触手は冬獅郎を打ち据えるのだった。

 

――――――

 

 鎧袖一触だと言わんばかりに、ルピは残った乱菊、一角、弓親で遊んでいた。

 ソレは慢心でしかない。その証拠に、本人は仕留めたと思っている冬獅郎は、霊圧を抑えて小細工をしている。部下を囮にした非情にも思える行動だが、真っ向から舞い戻って戦って勝っても、この場にはまだ3名の破面がいる。今は静観しているが、仲間がやられればそうも行かないのは明白。連戦は避けられる筈も無いので、消耗は可能な限り抑えるべき場面なのだ。

 

(とか、考えてるのか?)

 

 冬獅郎の思考を予想しながら、アーロニーロは探査回路と『反膜の糸』による警戒網を敷いている。その警戒網に冬獅郎がしっかりと引っ掛かっているが、ルピに教えてやるつもりは毛頭無い。

 今のアーロニーロの関心は、この場に夜一が来るかどうかだ。前回の戦いは不完全燃焼であり、今回は1つなら帰刃しても良いとの許可も取ってある。霊圧を研ぎ澄まし、アーロニーロは嗤う。

 探査回路による霊圧捕捉はかなわなかったが、『反膜の糸』による物理捕捉には成功した。元隠密機動と考えれば、当然とも思える結果。

 右足を軸に半回転し、左手による突きを放つ。霊圧を消しての踵落としを敢行した夜一は、上半身を捻って顔面を捉えていた突きをかすり傷で済ました。

 

「随分な挨拶だな」

 

 僅かにだが付着した血を見て、アーロニーロは嗤う。割と本気の攻撃であったが、ソレを夜一は回避して見せたのだ。食欲と闘争本能を刺激され、アーロニーロの精神は高ぶっていく。

 そんなアーロニーロに相反するように、夜一は冷静であった。

 

「…ジャア、コッチカラダ」

 

 来ないのなら行くしかないと、力強く踏み込む。力無き者であれば、それだけでアーロニーロを見失ったであろう。アーロニーロの響転はそれだけの速度があり、ソレを十全に使いこなせる技量をこれまでで培ってきたのだから。

 されども相対する夜一は、隠密機動総司令官及び同第一分隊『刑軍』総括軍団長であったと同時に、護廷十三隊二番隊隊長を兼任していた猛者だ。更には、瞬歩で追いつける者は無しと『瞬神』とさえ呼ばれていたのだ。

 そんな速さにおいて折り紙付きの者が、先手を譲る代わりに待ちの姿勢であって反応できない筈が無い。

 再び迫ったアーロニーロの手刀を、今度は倒れる様にして完全に避ける。伸ばされた右腕に足を絡めて捻ってやれば、頑丈かつ人型であるが故に体勢が崩れる。体全体を使って捻った為に、残っている勢いに更に速度を上乗せした蹴りを放つ。ソレを防ごうと、アーロニーロは自由な左手で咄嗟に頭を守る。だが、夜一の蹴りはそうすると先読みして脇腹を打ち据える。

 

(入った!)

 

 決定打には程遠くも、軽くはない一撃を入れた。これ以上欲張るの拙いと、また距離を取ろうとする。

 

「捕まえた」

 

 しかし、アーロニーロはソレを許さなかった。頭に攻撃が来ないと理解し、直ぐに左腕は夜一の足を脇腹の位置に固定しに掛かっていた。

 相手の放ってきた拳や蹴りに手足をかけてカウンター気味に放つ『吊柿』で、そうなる事はこれまでで一度たりとも無かった訳ではない。しかし、攻撃を入れられれば少なからず体は硬直し、その隙に追撃するなり距離を開けられた。そう出来る技量が夜一にはあったが、アーロニーロは夜一の予想より大分タフであった。

 

「虚閃」

 

 逆襲に使われるは破壊の閃光。胸の前で収束されたソレは逃げようの無い夜一を灰色で色を奪う。

 

「瞬閧!」

 

 回避は不可能。防御はしても貫かれる。だったら攻撃でこの窮地を脱する他は無い。咄嗟であったが為にやや制御の甘い高濃度に圧縮した鬼道が手に纏われる。一撃だけ打てればいいと、そのまま虚閃を抉ってアーロニーロまで殴りつける。

 胸を打ち据えられたアーロニーロは派手に吹き飛ばされて、地面に吸い込まれるように激突した。

 

(浅い…)

 

 しかし、夜一は大したダメージは無いと確信していた。いくら瞬閧状態での不意打ちに近い一撃であっても、アーロニーロが吹き飛んでいく速度は不自然な程に速かった。仕切り直しの為に、攻撃に合わせたと考えるのが自然だ。

 一撃で解けてしまった瞬閧を再度展開し、アーロニーロが落ちた場所を凝視する。

 

「跳ねろ」

 

「しまっ…」

 

 かすかに、されども力強い声を聞き、夜一は追撃するべきであったと己の失敗を悟った。

 

「『乱夢兎』」

 

 その事実を認識した瞬間には、既にアーロニーロが眼前に立っていた。白い厚手のマントに身を包み、僅かに見える足元には堅そうな鎧の一部が顔を覗かせている。

 無言での回し蹴り。肉を抉り、骨を砕かんとするその蹴りは、これまでで一番鋭い蹴りであった。それでも、夜一には対応できる速さでもあった。

 

「縛道の三十、嘴突三閃(しとつさんせん)

 

 回し蹴りを避けるべく下がりながら、右の手は空に逆三角形を描いて縛道を発動させる。発動した縛道は、両手首と胴体を壁や地面といった地形に縛り付ける物だ。三十番台とあって隊長と同格と目される相手に使うには心もとないが、3箇所を同時に縛り付けるので対処するには手が限られるので選んだのだ。

 

霊縮爆破(エプジョン)

 

 両腕と胴体を縫い付ける筈だった3つの嘴は、足から放たれた爆発によって破砕される。

 

爆跳(エクスタール)

 

 響転を爆発の勢いで底上げし、嘗ては最速の響転とまで呼ばれた技。予備動作無しでの加速は変則的で読みにくく、更に速いとあってアーロニーロも苦戦した覚えがある。

 出鱈目な軌道で夜一へと迫り、上を取って踵落としを決行する。『霊縮爆破』と『瞬閧』がぶつかり合い、轟音と共に霊圧の残滓が風となって辺りに飛び散っていく。それに合わせて、アーロニーロは跳び退る。

 

(押し負けたか…)

 

 ぶつかり合った右足の鎧―――ほとんどの破面がそうであるが、鋼皮が変化した正真正銘の体の一部―――が罅割れていた。原因は『霊縮爆破』が単発の爆発で一瞬だけ押し遣りこそしたが、すぐに流動させて維持され続ける『瞬閧』に持続力の差で負けてしまったのだ。

 

(尤も、こんな傷は怪我ですらないがな)

 

 夜一に見られるよりも速くに、超速再生でもって傷を治して嗤う。四楓院夜一が強いのは間違いない。だがしかし、夜間に全身全霊で殺しに掛かれば殺せるのも間違いがなかった。

 

「デカイノ、行クヨ…」

 

 左手を前に突き出すその姿勢は虚閃の体勢。ただし、その手の平で収束、圧縮されていくのは黒く染まった霊圧だ。

 『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』解放状態の十刃の霊圧によって打ち出されるその虚閃は、通常の虚閃より遥かに高い威力を誇る。ギリアンの虚閃でさえそのまま放たれれば、街の一画は吹き飛ばす威力はある。であれば、今アーロニーロが放とうとしている『黒虚閃』は未曾有の被害を出しかねない。

 故に、夜一の取れる行動は一つ。『黒虚閃』を相殺するだけだ。

 

「…ッチ。時間切れか」

 

 思っていたよりも時間が過ぎていたと、自分を包んだ『反膜』を見てアーロニーロは零す。閉鎖空間になってしまったので放つ訳にもいかずに、躊躇無く『黒虚閃』は握り潰される。

 

「おぬし、名と番号は?」

 

 もう如何する事もできないと、夜一は最低限の情報を手にしようと口を開く。

 

「ソウイエバ、自己紹介トカシテナカッタネ」

 

 前回も今回も問答無用で戦っていたので、そういった事はしてないとようやくアーロニーロは気付いた。

 

「俺は第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ」

 

「なん…じゃと…!?」

 

 予想より遥かに下の数字に、夜一の目は大きく開かれる。少なくとも、今回の襲撃で一番小さな数字と思っていたのだ。それなのに、慢心から氷漬けにされた者より下だというから当然ではある。

 その様を見て嗤いながら、アーロニーロは空座町を去るのだった。



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家臣として

 アイスリンガーにとって、主とは藍染でありアーロニーロだ。

 どちらも寡黙で、その胸の内を詳らかにする事はない。それが意味するのは、自分達に使い道がないからというのを重々承知していた。

 藍染にとって使える駒に成れるのは十刃くらいで、アーロニーロは元々部下など必要としない質なのだ。いくら忠誠や隷属を誓おうとも、無価値なモノとされているのはアイスリンガーも知っている。そのことは、他の3人も感じているであろう。

 そう断じれるのは、自分達が何一つとて命令をされた事がないからだ。動く必要が出れば自力か髑髏兵団で事を成し、それをただ見ているだけの日々しか過ごしてきていない。

 だから、22号地底路の警備増強に派遣されると聞き、事実上の放逐だと悟った。理由が「護廷十三隊、もしくは黒埼一護が率いる一団による侵攻が予想される為」と至極当然であったとしてもだ。

 侵攻を予想して警備を増強するのは理解できた。その為に、黒腔が開きやすい場所などに繋げている地底路の人員を増やすのも理解できた。個々の戦闘能力が低く従属官であった自分達を使う理由も、使い捨てと考えれば理解できてしまった。

 間違い無く、侵入者が来る来ないが運命の別れ目であり、今の自分達を終わらせる事象であった。

 

――――――

 

「ふむ……」

 

 もし、自分達が侵入者を捕縛できれば、使えると判断されるだろうかと画面を見ながらアイスリンガーは熟考する。でた答えは、ありえないであった。

 画面に映されている侵入者は、事前に情報を渡されている黒崎一護、石田雨竜、茶渡泰虎の3名。だがしかし、その3名が束になろうと無数の虚に元とは言え十刃さえも束ねたアーロニーロに勝てるとは思えなかった。つまりは、仮にそのまま通しても討たれるのは時間の問題でしかない。

 その程度の相手。だが、アーロニーロにとってその程度であろうとも、自分達にはどうしようもない強者であるのも間違いは無かった。

 かつては神経毒によって相手を戦闘不能にしていたが、もうその毒は手元に無い。更に付け加えるなら、まともにダメージを与える手段も無いのだ。

 それでも、負けるのが確定的だとしても番人なのだから立ち塞がるしかない。最初で最後の従属官の仕事だと、気を引き締めてアイスリンガーは他の3人に連絡をするのだった。

 

――――――

 

 初手にホーロスの狂音で侵入者を襲わせる。その奇襲は成功した。その大きさからして威圧感のあるデモウラで追い立てて誘導したのだ、成功しない方がおかしい。

 取り決め通りに、一護にシャークス、泰虎にアイスリンガー、雨竜にデモウラが襲い掛かる。必勝の為には一撃で決める必要があった。シャークスが一護を斬り捨て、アイスリンガーが泰虎の喉笛を打ち抜き、デモウラが雨竜を叩き潰すとの結果が……

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 だが、一護は耳を塞ぎ、雄叫びを上げながら無理矢理に動いた。ホーロスを蹴り飛ばして狂音から仲間を解放した。その時点で、アイスリンガー達の目論見は失敗した。

 

「ホーロス!黒埼一護を中心に牽制しろ!」

 

 指示を飛ばしたアイスリンガーは自分の相手に向き合う。右腕が変異する特異な人間。動きは遅く、右腕以外は普通の人間と考えれば勝てない相手ではない。

 故に警戒すべきは、一護か雨竜と交代される事だけであった。

 手数と速さしか能が無いアイスリンガーでは、そのどちらか片方だけでも相手より劣れば負ける可能性が高くなる。

 無論、泰虎の一撃を受けでもしたらアイスリンガーは戦闘不能になる可能性も十分にある。尤も、泰虎の速さでは、響転で動いている限りは捕捉されないとの確信をしていた。

 しかし、千日手に持ち込んだだけだ。アイスリンガーでは変異した右腕を傷を付けることができず、その護りを突破したければシャークスでなければ不可能であった。そのシャークスは、一護の相手で手一杯であった。

 

「クソッ!」

 

 繰り返し放たれる狂音に辟易しながら、一護はシャークスの猛攻を凌いでいた。シャークスが別段強い訳ではない。攻撃力こそ鋼皮をも削り取る左手の斬魄刀で高いが、所詮は最初期組。他の能力は高くは無い。

 そんなシャークスが一護に猛攻が出来ているのは、的確にホーロスが一護の動きを阻害しているからだ。いかに強くとも、脳を揺さぶられる狂音は対応できる能力がなければどうしようもない。

 だがしかし、黒崎一護という男を止めきるにはそれだけは足りなかった。家族が危機に陥っていると判れば、低級と言えども縛道を無理矢理に破り、初めて見聞きするバケモノに立ち向かえる男だ。

 そもそも、一回でも狂音の中で動いたのだ。また動くなど、できない筈がなかった。

 

月牙天衝(げつがてんしょう)!」

 

 本来より威力も速度もない月牙天衝であった。予備動作が斬魄刀を振り上げるという判り易いのもあって、シャークスとホーロスは事前に察知して避けられた。

 

「チャド!」

 

 狙いが初めから目の前の2人でなかった一護は、信頼する仲間の名を呼ぶ。月牙天衝は泰虎に迫っていた爪弾を飲み込み、その発射元さえも食い破ろうとする。アイスリンガーは、ソレをギリギリでなんとかかわした。

 ほんの僅かな時間。数秒も無い時間だけだが泰虎は完全にフリーとなった。その時間を無駄にしまいと、泰虎は一護が見ていた方に右腕から砲弾如き拳撃を放つ。

 狙うは雨竜を追い回しているデモウラだ。霊子が安定しない為に霊子兵装を構築できず雨竜は逃げ回っていた。泰虎の援護攻撃が来ると判ると、当たるであろう場所で立ち止まった。

 狙い通りにデモウラが泰虎の拳撃で倒れれば、ようやく戦えると新調した霊弓『銀嶺弧雀(ぎんれいこじゃく)』を構築し、矢を放つ。

 正式名称『神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)』は、狙い通りにシャークスとホーロスを牽制する。

 

「さあ、反撃開始だ」

 

 停滞していた流れは、一護の一撃により傾き低きへと落ちていく。

 狙いをそのままアイスリンガーに切り替えた一護は一刀の元に斬り伏せ、泰虎はデモウラを真正面から叩き伏せ、千二百まで可能な連射力よって雨竜はシャークスとホーロスを滅却した。

 

「フフ…」

 

 あまりの実力差に、アイスリンガーは笑うしかなかった。自分も含めて番人は虫の息。

 ならば、()()()()()()()()()()。そうなればやる事は一つであった。

 

「申し訳ありません、アーロニーロ様!我ら第9従属官は任務を果たせませんでした!」

 

 何かしらの手段で見聞きしているであろう主へと謝罪し、霊圧を収束させる。

 

「これが我ら4人の()()です!」

 

「ッ!?」

 

 残り滓のような霊圧で作られた虚閃は、酷く弱々しいものであった。下手をすれば巨大虚すらも殺せないものでは、一護等3人には脅威すら感じられなかった。

 それでも驚いたのは、敵である自分に向けられたのではなく、仲間であった筈の者に向けて放たれたからだ。致命傷を負い、残った力の全てを虚閃に注ぎ込んでしまえば、流石の破面でも死ぬ一歩手前であった。放たれた虚閃が着弾すれば、全員が絶命していた。

 

「なんだ、ここ崩れるぞ!?」

 

 番人が死ねば運命を共にする。そんな仕掛けが施されていた地底路は、正しく仕掛けが作動して崩れていく。

 問答すらしている余裕は無いと3人は駆けて行くが、一護だけはチラリと死んだ4人を見てから駆け出すのだった。

 

――――――

 

「ほんとーーにっ、申ス分けあるまスんですたっ!!」

 

「悪かったな」

 

「……」

 

 フードを目深に被っていた為に、人間と間違えた相手からの謝罪に一護は何とも言えない表情をしていた。

 人間が虚に追われているようにしか見えなかったので、3人はソレを助けたのだった。なのだが、娯楽が無いので無限追跡ごっこと名付けられた遊びで暇を潰しているだけだったのだ。

 

「まぁ、こっちこそ悪かったな。遊びの邪魔しちまって……」

 

 事情を聞く限り、邪魔をした自分達も謝るべきだろうと一護も謝罪を口にした。そこからとりあえず自己紹介となり、長女リネ・ホーネンス、次女ネル・トゥ、長男ドンドチャッカ、次男ペッシュ、ペットのバワバワと破面の家族?構成を把握する事になった。

 

「待て待て待て待て」

 

「何スか?」

 

「破面に、姉弟とかペットとかあんのかよ!?」

 

 破面が大虚より生まれるのを知っている身として、姉弟などはほぼ在りえない存在なので思わずのツッコミである。

 

「失礼な!あるスよ、そんくらい!」

 

「バッタリ合って、あんまりかわいらしかったもんで、兄キになっちまったでヤンス」

 

「同じく!」

 

「姉になってやった」

 

「えへへ☆」

 

 恥ずかしげにネル、ドンドチャッカ、ペッシュは頭を掻き、リネは偉そうに腕を組んで踏ん反り返る。

 

「だから姉弟っていわねえだろ、そういうの」

 

 姉弟といったのは血の繋がりがあるべきとの常識を持つ一護は、その場のノリで決められたっぽい感じがする姉弟を否定してしまった。

 

「………………………!!

 じゃっ…

 じゃあネルたつは、一体何者…!?」

 

 姉弟の否定から自身の存在への懐疑に、絶望の表情をして至った4人。大げさかと思うが、ネルにとっては当然であったソレを否定されてしまったのだ。精神的に追い詰められるのも仕方ない。

 

「…イヤ、いい…

 俺が悪かったよ。姉弟でいいよオマエら…」

 

 よもや其処まで行くとは思っていなかったので、罪悪感に駆られて一護は早々に前言撤回をするのであった。

 

――――――

 

(想定通りか…)

 

 もう住人が1人だけとなった宮で、アーロニーロは『反膜の糸』を通して一護達の様子を伺っていた。

 アーロニーロは虚夜宮を中心として、『反膜の糸』を砂中に張り巡らせている。ある種のテリトリーとなっており、一歩でも立ち入ればまずアーロニーロは捕捉できる。できないのは、藍染などの一部の例外くらいであろう。

 

(ようやく、ようやく此処まで来たか)

 

 前回の襲撃の裏で井上織姫を攫い、護廷十三隊の隊長格などを虚圏に誘い込む藍染の作は半分は達成されたも同然であった。

 仮面と手袋を外し、アーロニーロは珍しく誰に見せるでもなく自らを曝し出す。

 此れからが、危ない橋を渡るしかないのだ。

 

―――軋む、音がする

 

 避けようとも思えば避けられるが、そうしてしまえば後で足らなくなってしまうのだ。

 

―――目を向けろと主張する

 

 力が、経験が、自信が。

 

―――壊れきるその前に

 

 より強く在る為に必要なモノが。

 

―――取り戻せと叫んでいた



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虚ろの灯火

 虚化。死神が虚へと魂魄を近付け、爆発的に戦闘能力を高める方法。破面とは逆のアプローチであるソレは、一護が―――切っ掛けこそ望んだものではなかったが―――身に付けた新たなる力だ。

 無論、爆発的に戦闘能力を高めるのに代償が無い訳ではない。一度は内なる虚を屈服こそさせたが、そのまま永遠に大人しくしている筈も無く、修行中に一護自身がヤバイと感じる事さえあった。これまでと比べればその可能性は圧倒的に低いが、虚に飲まれてしまう事すらありえる。

 尤も、放置していれば虚に飲まれるのは確実であったので、虚化の習得は必須であった。そんな習得によって寧ろ激減したリスクよりも、使用後のリスクの方がよっぽど危険であった。支払う代償は単純に、体力などの消耗である。

 現状において、虚化維持時間が十数秒しか無い一護にとって、短期決戦にするか、使わなければ負ける戦いにのみ使うべき代物である。

 だがしかし、その虚化を『十刃落ち』として、行く手を遮ったドルドーニを相手に使った。倒すだけなら、卍解だけで済む相手であったのにだ。その理由は、ドルドーニからすれば『甘さ』だ。

 別れるのが嫌だと勝手に一護に着いて来たネルを狙うといった、卑怯な手段もドルドーニは使った。全力の一護と戦うその為だけに。

 そうまでして全力を出させようとする覚悟への返答は、一護は答えてくれた。負けると頭のどこかで判っていたドルドーニは、とても清々しい気分ですらあった。

 

「チョコラテの様に甘い。だが、そこが素晴らしく良いぼうや(ニーニョ)とは思わんかね?アーロニーロ」

 

 傷を癒して貰ったのに襲い掛かる振りをして、一護を先に向かせたドルドーニは到着した葬討部隊に目を向けた。そこに隊長たるアーロニーロはいなかったが、認識同期で事態の把握に務めてるのは想像に難しくはなかった。

 

ぼうや(ニーニョ)は吾輩を助けたつもりなのだろう。

 だが、それは無理なのだ。『十刃落ち』になるという任された座を守れなかったという失態を犯し、更には侵入者の排除にも失敗した。

 藍染様が、二度目の失敗はお許しにはならんだろう…)

 

 ドルドーニは理解していた。一護に負けた時点で、自らの命には無いものだと。

 だから、恥は無いものとして戦えた。だから、全身全霊を戦いに注ぎ込めた。だから、一護を送り出せた。だから、葬討部隊相手に全力で戦える。

 

「さて、ここで少しばかり足止めをさせてもらうぞ、友人(アミーゴ)よ」

 

 まかり間違って折られたりしないようにと、襲い掛かる振りの時には温存しておいた斬魄刀を抜く。ソレに合わせて、葬討部隊も斬魄刀を抜く。

 20人の葬討部隊隊員は、まず半数の10人が前に出る。その更に半分の5名が直接斬りかかりにいけば、残りの5人は距離をあけての虚弾を撃つ体勢になる。

 しかし、ドルドーニの目は攻撃してきた10人を見ていなかった。交代要員かと前に出なかった10人が、ドルドーニが死守せんとする通路に殺到していたからだ。

 

「させんよ!旋れ、『暴風男爵』!」

 

 通路があるから出し抜こうとさるのだからと、双鳥脚の1つで通路を塞ぎ、続いて回りの壁に嘴を突き立てて崩落させる。これで、自分が倒れるまでマトモに進めないだろうと笑う。斬魄刀によって斬られながらでも……

 

(嘗て吾輩は、『甘さ』などどあやふやな死の形を司って十刃の座にいた。

 そんな(オンブレ)がだ、敵の『甘さ』で命を救われる。なんとも滑稽で、皮肉な話じゃないかね)

 

 脇腹に斬魄刀を突き刺して、抜くのに手間取っていた隊員の頭蓋を蹴り砕く。まずは1人と笑みを深くし、双鳥脚を隊員に向ける。

 

(しかし、同時に考えてしまうのだよ。藍染様は、()()()()()()()()()()()()()()と、『甘さ』のある判断をすると予期していたのではないかと)

 

 一度に複数の相手に攻撃できる双鳥脚は、こういった場合においてとても有効であった。それでも、葬討部隊とその後ろに控えるアーロニーロは馬鹿ではない。いくら複数攻撃できると言っても、所詮は1人の認識で動かしてるのだから、必ずどこかに穴が開く。そこに攻撃や自身を捻じ込んで、当てたり回避と時間が過ぎていけば行くほどに頻度が高くなっていく。

 まるで機械のようだと思いつつ、常に全力で攻撃をする。葬討部隊は決して弱い訳ではない。後の事を考えず、命すらも削っての猛攻で何とか倒しているのだ。

 そうするだけの恩と義理があると、ドルドーニは感じていた。それでも、藍染にも破面にして貰った恩と義理がある。その板挟みで、一護に利する己が許容するギリギリの行動が、葬討部隊の足止めであった。

 

「ハァッ!!!」

 

 強烈な蹴りに耐えられなかったのか、20人目の葬討部隊隊員の体が曲がらぬ筈の横方向にくの字になる。

 

「フフフ…さすが吾輩だ。20人、全員…倒してしまったぞ」

 

 今にも倒れそうにフラフラと揺れながらも笑う。なんとか勝ちこそしたが、元より一護との戦いで満身創痍であったドルドーニは更にボロボロであった。衣服は布切れになり、体中から流れている血で付着しているようなもの。双鳥脚の根本たる竜巻すら出せなくなって、肉弾戦を余儀なくされていた。

 目は霞み、帰刃状態で立っていられるのは気力だけは充実しているからだ。

 

(だが、ここまでだろう……)

 

 新たな足音がする方を見れば、そこに立っているのは追加の葬討部隊隊員20人。その者達の凶刃を、ドルドーニは受け入れるしかなかった。

 

――――――

 

 アーロニーロ(アイツ)は危険な奴。チルッチは、アーロニーロを見た時からそう感じていた。個別の集まりで振舞われるお菓子の数々によって、着ている服がキツクなるといった女としての危機感ではない。

 感じていたのは、命の危機。上位の十刃ならそんな危機感は懐かないであろうが、虚夜宮のほとんどの破面がソレを感じていた。

 共食いは虚の宿命と言えばそうなのだが、あそこまで色濃く残している者は他にはいない。故に恐ろしい。

 いったいどれだけの心が削り取られて、穴になっていると言うのだろうか。失った瞬間などとうの昔に忘却の彼方であるチルッチには、どれだけのモノかなど判らない。

 ただただ恐ろしいのは、基準にできる物がなくとも、大きく深いと漠然と解ってしまうのだ。気付けば、足元が穴の一部になっていても可笑しくは無い。

 だから、葬討部隊隊員が必殺の一撃を我が身を盾にしたのを見て、感じたのは恐怖であった。

 

 アーロニーロが、アーロニーロの手駒が『十刃落ち』を助けるなど有り得ない。

 組織上での仲間でも誰1人とて死なせはしない。などと、戦争をやる上で到底不可能な事を言い出し、実行しようとするような奴ではない。逆に、裏で居なくとも問題無い連中を闇から闇へ葬る方がよっぽどらしい。

 そう考え、いつの間にか到着していた葬討部隊隊員20人の次の行動には納得できた。

 侵入者などに目もくれず、チルッチに斬魄刀を突き立ててその命を摘み取ったのだ。

 

「ッ!?…仲間を庇ったんじゃないのか……?」

 

 矛盾する2つの行動に、チルッチと相対していた雨竜はうろたえる。

 

「いかん!逃げるぞ、一護!」

 

 ネルを追いかけるつもりが道を間違えて雨竜と合流してしまったペッシュは、一護と勘違いしている雨竜に逃げるように促す。

 

「そこまで脅威に感じる相手じゃ……」

 

 矢として放った無断で拝借した『魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)』を回収する必要があり、どこにあるか確認しようとした矢先に、信じられないものを目にする事になった。

 ゼーレシュナイダーに貫かれた者は、致命傷であったのか倒れてそのまま動かない。そのすぐ傍に落ちていたゼーレシュナイダーを、無傷な者がさも当然のように懐に仕舞い込んだのだ。雨竜の気のせいでなければ、満足げである。

 

「…って、返せー!」

 

「盗人猛々しいぞ一護!あんな、なんかの紛い物みたいな棒切れなどくれてやれ!」

 

 刃が溢れ出る霊子によって形成される斬魄刀『究極(ウルティマ)』を持っているペッシュからすれば、ゼーレシュナイダーはパチモン臭い一品であった。決して、ゼーレシュナイダーとの名前から格好良く、なんか強そうな感じがして紛い物みたいなどと嫉妬から言ったのではない。

 

「それよりも、早く逃げるぞ一護!」

 

「さっきから一護一護って、僕は雨竜だ!」

 

 盗んだのは否定しようがなく、ツッコミ待ちかと思うような間違いにようやくツッコム。どこか弛緩した空気であったが、そんなものは一時的なものでしかなかった。

 

「って、キター!!?」

 

 抜刀して迫ってくる2人に気付き、ペッシュはすかさず雨竜の後ろに回って盾にする。完全に小物である。

 そんな無様な行動に怒りとやる気がゴリゴリと削られるが、雨竜は溜め息をついて弓を葬討部隊に向ける。悠長に1人1人仕留めていては対処しきれなくると、弦を引いたままにして連射する。

 一本では大した殺傷力はないが、流石の破面と言えどもハリネズミみたいに矢が刺されば息絶えるというものだ。

 

「…退いてく?」

 

 迫ってきた2人以外は、チルッチとゼーレシュナイダーを回収して退いていく。その行動に腑が落ちなかったが、追撃する訳にも行かずに雨竜は先に進むのだった。

 

――――――

 

「あばばばばばばー!!!葬討部隊でヤンスー!!!怖いでヤンス!!!」

 

「アイツらがえくせきあすってのは判ったから、いい加減降ろしやがれ!」

 

 朽木ルキアと虚圏で一護達と合流した阿散井恋次。死地だと思って突入した虚夜宮で、道を間違えたドンドチャッカに担がれていた。担がれてといっても、体の割りに大きな手で胴体部分を掴まれるという、恐怖を感じそうな持ち方である。

 そして、抜刀した葬討部隊に追われて焦っているのか、ガクンガクンと揺らされている。恋次の魔物(ゲロ)が解放されるのは時間の問題であろう。

 

「あばッ!」

 

 必死に逃げるのが長続きする筈も無く、魔物が解放される寸でのところでドンドチャッカは止まった。ただし、転ぶという形で……

 頭で床を砕いた恋次であったが、案外平気そうであった。

 

「吼えろ、蛇尾丸!」

 

 そこまで脅威に感じる連中ではなかったが、恋次は躊躇無く始解をする。蛇腹剣になった斬魄刀は、その切っ先にいた者を押し飛ばしながら伸びる。

 

「ほおら、もういっちょう!」

 

 伸びたまま左右に振るえば、一撃目に当たらなかった連中をも弾き飛ばす。

 

「どうだ!」

 

 一気に倒せたと、満足げに恋次は胸を張る。

 

「…ッチ、流石に一撃でやられるような雑魚じゃねえか」

 

 吹き飛ばせはしたが、斬魄刀での防御が間に合ったのか、服が汚れただけの葬討部隊が再び姿を現す。

 

(挟撃されたら、たまったもんじゃねえな。しゃあねえ、ここで全滅させてくか…)

 

 敵の本拠地の真っ只中にいる今、時間も体力も無駄にする余裕は無い。そうであっても、避けようの無い敵がいるならば倒すより他には無い。

 まだまだ始まったばかりの進撃に、撤退の2文字など無かった。




チャドの霊圧が消えた…


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虚勢の進撃

 ルキアは虚夜宮の通路を駆けていた。一旦は尸魂界に強制送還されるなどと色々とあったが、彼女は虚圏で一護と合流し、壁に穴を開けて突入した虚夜宮で散開して織姫の救出を試みている最中である。

 敵地での戦力の分散は悪手ではあるが、一塊になっていれば複数の十刃と遭遇でもすれば生存は絶望的である。尤も、分散していれば各個撃破される可能性も高いので、生存率はさして変わらないであろう。

 それでも分散させたのは、織姫が何処に監禁されているか判らなかったからであろう。突入前に虚夜宮の全貌は目にして、並外れて広いとしか判っていない。特に手掛かりもなく、徒歩で捜し回るしか無い為に、生存率が変わらないのであれば分散させた方が総合的にはマシであった。

 

(ッ!?茶渡の霊圧が消えかけている…!

 ここからならそう遠くない!

 急いで―――…)

 

 戦い抜いて全員で帰る。そう約束して此処にいるのだ。瀕死の重体とあれば、当然助けに行くつもりであった。

 敵さえ、現れなければ。

 

(あやつは、現世に侵攻してきた十刃の一体!)

 

 通路を抜けた先に空があったと驚くよりも先に、まっすぐと進む先にアーロニーロが立っているのに気付いた。

 ルキアにとって最悪の展開であった。数字こそ9と低いが、副隊長の乱菊を一方的に嬲り、元隊長の夜一と良い勝負をしたアーロニーロにはまず勝てないと判っている。

 そんな相手と、真正面から出会ってしまうなど狩られるだけだ。そもそも、ルキアの認識からして、十刃と真っ向勝負で戦いになりそうなのは一護と恋次くらいである。自身も含めた3人は、立ち回りを考えなければならない立場とも判っている。

 逃げるのは不可能だろうと、斬魄刀に手を掛ける。

 

(投げ、られた…だと…!)

 

 斬魄刀を抜こうとしたその一瞬、胸元で交差する衿の部分を掴まれて投げられた。突然の浮遊感に斬魄刀を抜くのを一時中断し、両足で着地できるように身を翻す。

 

(宮の中に放り込まれたのか!)

 

 予め開けられていた宮へと続く扉に投げ入れられ、油断無く目を走らせる。逃がす気など更々ないのだろう、扉は既に閉じられている。

 

「手荒だったが、ようこそ俺の宮に。俺は第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ」

 

「なッ……」

 

 扉とは反対方向からした声に振り向き、ルキアは絶句した。ルキアにとって、あってはならない顔がそこにあったからだ。縦長の8つの穴が開いた仮面、ソレが手に握られて服装も先程から変わりが無い。

 だから、その顔があってはならないのだ。かつて、虚に体を乗っ取られてしまい、自らの手で刺し殺してしまった志波海燕の顔が、十刃のものなどとは。

 

「…海燕殿…!」

 

 在りえぬと思いつつも、そうであって欲しいと願わずにはいられなかった。手を掛けたその日から、罪悪感がその心に沈み込み、今もなおその重みが苦しいのだ。

 別れの際に海燕に礼を述べられていようとも、その遺族に許されようとも、ルキアは自分自身を許せなかった。

 だから、もしも、何かの間違いであったとしても贖罪の機会があれば、縋らずにはいられなかった。

 

「…ソレが、最初に言いたい事か…?」

 

 自身が海燕であると否定も肯定せずに出た言葉は、どこかルキアを責めるような口調であった。

 言葉が出なかった。言いたかった筈の言葉も、目の前の者が偽者だと断ずる言葉も。人ごみの中に放置された幼子の様に、ルキアは如何するべき判らなかった。

 

「あるんじゃないのか?言いたいことが…」

 

 斬魄刀に手を掛けておきながら、鞘から抜けないのは信じたいからだ。目の前の男が、敬愛した十三番隊副隊長たる志波海燕だと。

 そう感情は傾いても、敵として立っている事に心当たりがあった。だから、斬魄刀から手を離す事もできない。

 

「なるほど、仮に本物だとしても、恨まれてると思っているのか…」

 

「ッ…」

 

 その心中を当てられて、斬魄刀に触れる手が力む。

 

「だったら、てめえは言わなきゃならない事があるな」

 

 油断は無かった。もし斬りかかれるようなら、なんとか対処できる筈であった。だが、気がつけば、頭に手が乗せられていた。

 

「みんな大好き海燕副隊長が、今日まで恨みを募らせる器のちっちぇえ男と思っていてごめんなさいだ」

 

「…は?」

 

 呆けた声での返事が気に入らなかったのか、手はルキアの頭を掴んで締め付ける。

 

「復唱!」

 

「み、みんな大好き海燕副隊長を、今日まで恨みを募らせる器の小さな男と思っていて、すみませんでしたー!」

 

「おう、許す!」

 

 快活な笑顔。それはかつて何度も見たものであった。頭を締め付けていた手は、いまは髪型を乱すような手付きであったが、労わる様に撫でている。その手から伝わる温もりは紛れも無い本物であった。

 

「海燕殿…」

 

 そこに、確かに志波海燕がいた。人望が厚く、陽だまりのような暖かさを持つ志波海燕が……

 

「じゃあ、死ね」

 

 熱を失った声が躊躇無くルキアを射抜く。いつの間にか左手に握られた斬魄刀もまた、ルキアの頭を貫かんと突き出される。

 頭を撫でていた右手は髪の毛を掴んで動けなくされ、回避は不可能。鬼道は詠唱破棄をしようと間に合わず、鞘に納まったままの斬魄刀も攻撃には間に合わない。

 ルキアにできたのは、なんとか斬魄刀を抜き、攻撃を横に逸らす事だけであった。

 

(腕が…!)

 

 逸らした衝撃で腕が痺れ、次は逸らすのは不可能であった。髪は相変わらず掴まれたままで、横に振れば首を刎ねれる位置に斬魄刀がある。避けられない死がすぐ其処まで迫っていた。

 

「やれやれ、手が掛かるな」

 

 どこか偉そうで、面倒臭げな声が響いた。続いて、金属音が短く鳴り、カランカランと硬めな何かが落ちる音まで響いた。

 

「おまえは…リネ・ホーネンス!」

 

 虚夜宮に突入して、すぐに別れた筈の相手の後姿に息を呑む。

 

「無事なようだな」

 

 僅かに後ろを確認した顔に、今日何度目かの驚愕に思わず言葉がでる。

 

「やはり、破面だったのか…!」

 

 一護は虚と言っていたが、ネル達はバワバワ以外は人に近すぎると感じていた。ネルは破面と自己申告していたので、その通りで問題無いと思っていた。では、残りの3人はどうかといえば、その辺は言葉を濁すばかりであった。

 当然だ。仮に虚とすれば、隊長に匹敵するヴァストローデでなければ、その姿と理性的な事に説明がつかない。そうでないとすれば、残る可能性は破面しかない。付けていた仮面が床に落ち、その素顔を見た事でルキアは確信したのだ。

 

「そう睨むな。少なくとも、今は味方だ」

 

「……そうであろうな」

 

 もし、リネが助けに入らねば、ルキアの首は繋がったままではなかったであろう。リネがルキアの敵であるなら、助ける意味などない。

 

「まったく、台無しじゃねえか。懐かしい霊圧が迫ってるから、侵入者を手早く始末しようとしてたのによぉ」

 

「ほぉ、それなりのお持て成しをしてくれる筈だったのか?」

 

「俺が何をするか、判らない訳じゃないだろ」

 

「そうだな、お前はそういう奴だったな」

 

 旧友との語らいのような2人に、ルキアは困惑するばかりである。

 

「ホーネンス、アレとは知り合いなのか?」

 

「元同僚だ。尤も、仮面の下など初めて見るがな」

 

 そうかと短く返事をし、ルキアは斬魄刀を構えなおす。何はともあれ、状況はマシになったのだ。1人では手傷を負わせるのが精々であっただろうが、2人なら勝利への光明も見えてくるというものだ。

 

「笑わせるなよ。高々席官クラスに、特殊能力だけで十刃の座にいた奴に何ができる」

 

 斬魄刀を右手に持ち替えながらアーロニーロは嗤う。ルキアもリネも敵ではない。

 アーロニーロの見立てでは、リネは護廷十三隊換算で副隊長程度。ルキアはそれよりやや下といったところである。それに対する自分は隊長と同等以上と自負している。

 ならば、実力としては負ける要素は無い。破面としての基本能力だけで勝つのには十分過ぎる程だ。

 

「なら、3人でどうだ?」

 

 ヴァスティダ・ボママス。『十刃落ち』となっても、アーロニーロに成長の余地があるかもしれないとの理由で見逃されていた負け犬。

 それが、濁った目でアーロニーロの宮の扉を開けて入ってきた。その目をアーロニーロは知っている。リネの魅惑によって堕ちた哀れな犠牲者の目だ。

 

「舐めるなよ…」

 

 おそらく、リネがなんとか調達した戦力なのであろう。それでも、アーロニーロは馬鹿にされていると感じた。

 質を上げられないのなら、数を揃えるしか他にはないのだろう。そうであろうが、それで持ってきたのが『十刃落ち』1人とは御粗末である。

 

「水天逆巻け、捩花」

 

 解号を口にして、捩花を始解させる。

 三叉に別れた穂先、そのすぐ下には灰色の飾りが付き、石突きは巻貝を鋭くしたような形状。飾りの色以外は、海燕が使っていた捩花と変わらないその形状に、ルキアはまた息を呑む。

 

「…気をつけろ!あの槍は波濤を追従させて圧砕、両断してくる!受けてはならんぞ!

 舞え!!袖白雪!!!」

 

 リネの言から味方であろうヴァスティダにも聞こえるように言ってから、駆け出す。もし、捩花の運用すらも海燕と同じであれば、真っ先に隙を突けるのは自分に間違いはないのだから。

 独特の高い構え。片手首を軸とした回転を主体とする、舞を思わせる槍術。その動きに追従する波濤もまた、ルキアがよく知る海燕の技。だと言うのに……

 

(強い…!私の知っている海燕殿よりも確実に…!)

 

 3人よる包囲からの攻めを、アーロニーロは余裕で捌いていた。どの方向から攻撃しようとも、捩花と波濤が攻撃を遮る。

 

「っく、次の舞・白漣!!」

 

 捩花を止めねばどうにもならないと、雪崩のような凍気を放出する。ほんの短い時間とはいえ、第6十刃であるグリムジョーを止めたこの技なら足止めにはなる筈であった。

 

「破道の五十八、闐嵐(てんらん)。縛道の三十九、円閘扇(えんこうせん)

 

 回転する斬魄刀を触媒に2つの鬼道が発動する。

 闐嵐は向かってきた凍気のど真ん中を通って穴を開ける。その空白を埋めんと、凍気は雪崩れ込んで前へと直進する勢いを自ら減衰させてしまう。そうなってしまえば、捩花と同じ大きさで展開された円閘扇が盾として十全に機能して防ぎきる。

 

「今だ!」

 

 だが、それでよかった。最初から自分の攻撃でどうにかできるとは思っていない。だから、他の2人に繋げればいいのだ。

 

「虚閃」

 

 朱色と深緑の閃光がアーロニーロを押し潰さんと迫る。唯一の逃げ場たる空中から迫るソレを回避するのは不可能。アーロニーロには当たるとの結果しかない。

 

「跳ねろ―――

 

 なのに、アーロニーロは落ち着き払って帰刃の解号を口にする。この程度、問題ないと。

 

 ―――『乱夢兎』」

 

「なん…だと…!」

 

 帰刃による霊圧の解放でもって、迫る虚閃を飛散させる。その芸当は、如実に実力差を現していた。

 

「終わりだ」

 

 龍波濤。爆跳によって速度の底上げをされ、捩花の回転よりも速くなった。その結果、波濤は長々と尾を引くようになり、龍を彷彿とさせる形状になった。

 ソレをまず受けることになったのは、ヴァスティダであった。その大きな腹に槍撃を受け、後続の龍波濤が喰らい付く。当たれば飛沫となるが、その威力は馬鹿にできない。巨体と言っていいヴァスティダの体を押し、勢いよく壁へと叩き付けた。

 リネとルキアでは、無事ではすまない威力であるのは明白であった。そして、アーロニーロが獲物を逃す道理などない。

 

「破道の三十三!蒼火墜(そうかつい)!!!」

 

 響転を目で追いかけるより先に、破道が放たれた。その時点で、リネに龍波濤が喰らい付いていた。

 気が付けば、ルキア自身も槍撃で弾き飛ばされていた。予め構えていた袖白雪で致命傷は逃れたが、まだ後続の龍波濤が残っている。蒼火墜でいくらか威力は和らいでいるであろうが、大きなダメージは逃れようが無い。

 

「安心しろよ、殺しはしない。お前には、生餌として役立ってもらうからな」

 

 倒れたルキアにそう嗤い、アーロニーロはまだ息のある他の2人に向き直る。

 

「まったく、一番弱そうなのをフォローしに来たのは失敗だったかもしれんな」

 

 そう自嘲気味に笑いながらも、リネは立ち上がってアーロニーロを見据える。そうそう勝てる相手ではないと、覚悟こそしていた。それでここまで実力差を見せ付けられれば嫌にもなろう。

 

(あまりやりたくはなかったが、仕方あるまい)

 

 ヴァスティダに来いと命令し、その背中に飛び乗る。

 

「固めろ、『口砕亀』」

 

「乱れよ、『淫羊華』」

 

 そして帰刃すれば、ヴァスティダの体に根を這わせたリネが姿を現すのであった。

 

「……なるほど、自力で移動できないのなら、移動できるものに乗ればいいという訳か」

 

 少々マヌケな絵面であったので、反応が遅れたが合理的ではあるのでアーロニーロも納得した。

 もう少しだけ、戦いは続きそうであった。




リネ「フシ○バナ(二足歩行)だ!」


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光明の増援

みんなチャドの心配し過ぎ
一護なんて葬討部隊20人に後を追われてるのに、ウルキオラに穴あきにされて放置される未来が確定してるんだよ?
グリムジョーが織姫連れて向かってなかったら、その場で首をもがれてお持ち帰りされる展開なんだよ


 リネとヴァスティダ。本来であれば、この組み合わせは非常に強力である。2人とも帰刃すると機動力が落ちるが、下手な遠距離攻撃でそう簡単には倒れないヴァスティダが盾となって時間を稼ぎ、その間にリネが『魅惑』で相手を堕ちさせる。例え近付かれようとも、そうなればより強力にリネの『魅惑』が作用するだけである。

 ただし、これらは相手がヴァスティダの防御力を上回る攻撃を出来ないか、リネの『魅惑』に堕ちる事が前提である。

 

「蝕め、『黒病鬼』」

 

 故に、アーロニーロにとっては必殺にはなりえない。

 『乱夢兎』に『黒病鬼』と、2種の帰刃をしたアーロニーロの姿は足に鎧を付けて黒いマントを纏っただけで、大きな変化はない。だが、『黒病鬼』は2人にとって天敵と言っていい帰刃であった。

 視認することの出来ない極小の世界、そこでは一方的な蹂躙が行われていた。『魅惑』の根源たる花粉に『黒病鬼』の病原菌が取り付き、垂れ流しのアーロニーロの霊圧を糧に増殖して、花粉を灰のようなものに作り変える。

 

「タネが解っていれば、こんなもんだ」

 

 防御力が意味を成さず、病原菌が花粉を駆逐する。この組み合わせを、殺す為だけに存在するかの様な凶悪さであった。

 

「尤も、俺とお前の霊圧差なら、タネなんぞ解らなくとも無意味だったかもな」

 

 口の両端を吊り上げた邪悪な笑みを浮かべ、アーロニーロは駆け出す。迫る虚閃は捩花と龍波濤で潰し、わざわざ反応できる速度で追い詰める。

 状況は既に詰みの段階。ここで火事場の馬鹿力で、まだ眠っていた力を呼び覚ませばよし、そうでなければそのまま殺すだけ。

 

(おっと、流石に死神の斬魄刀でトドメを刺すのは不味いか)

 

 わざわざ肉袋にする必要も無いだろうと、捩花を手放す。踵落としでヴァスティダの頭蓋を砕き、そのままの勢いで背中のリネに右手を伸ばす。その軟らかい喉を貫き、頚椎を握り潰す。

 

 

(…つい手袋をしたままやってしまったが、この汚れは落ちるか……?)

 

 手袋に付いてしまった血を一舐めし、アーロニーロは今はそんな事はいいかと思い直して、左手の『口』を開くのだった。

 

――――――

 

 今日この日、茶渡泰虎は非常に運が良かった。肩から脇腹辺りまでバッサリと斜めに斬られて、運の良し悪しどころか今日が命日になりそうに見えるが運が良かった。このまま放置されていれば、そのまま死んでしまうがソレは運が良かったからだ。

 当然の話になるが、死にそうと死んでいるでは大分違う。泰虎が死にそうで済んでいるのは、2つの幸運があったからだ。

 まず1つ目は、対峙した『十刃落ち』がガンテンバインであったことだ。ガンテンバインが泰虎の力に気付き、それを引き出させようとしたから、まだ軽症と言える状態で泰虎は勝てたのだ。

 仮に、ドルドーニであれば勝てたとしてもより手酷いダメージを受け、チルッチであれば裂傷を幾つも作る事になっていたであろう。

 更に、ガンテンバインの死体の確保は、アーロニーロの中では優先度が低かった。その為、本来ならばガンテンバインの確保に動く葬討部隊は予定を変更し、ドルドーニの確保の為の増援にされていた。だから、葬討部隊がたどり着くのが大幅に遅れた。

 2つ目は、対峙した十刃がノイトラであったことだ。戦闘狂であるが、自分からして雑魚相手の生死に頓着しない。だから、泰虎の息があると承知の上で放置などしたのだ。他の十刃であれば、トドメを確実に刺していたであろう。

 どちらかが違っていれば、泰虎の命は今日此処までであったであろう。だが、泰虎の命を繋ぐにはまだ足りない。まだ、死にそうであって、このままでは死んでいるになってしまう。

 しかし、そんな事にはならない。なぜなら、今日の泰虎は非常に運が良いからだ。葬討部隊よりも先に、護廷十三隊からの増援として、救護に秀でた四番隊の隊長と副隊長がたどり着いたのだから、どうなるかなど語るまでもないだろう。

 

――――――

 

(予定通りに、隊長が数名虚夜宮で乗り込んできたか。此処までは藍染様の計略通り……)

 

 自宮にて、アーロニーロは、『反膜の糸』と探査回路に葬討部隊で虚夜宮で起きている戦いを把握していた。

 十刃での脱落はグリムジョーと閉次元に幽閉されたウルキオラだけであり、戦況としては優勢であろう。まだ戦力として1~3の十刃に、藍染達死神が残っていると考えれば、虚圏での戦闘に勝つのはそう難しくは無い。

 

(まぁ、そうはならないか…)

 

 今後の予定まで聞かされているアーロニーロは大きく溜め息をつく。虚圏での戦闘で隊長が死ぬのは、藍染にとっても都合が悪い。なぜかと言えば、藍染には護廷十三隊を滅ぼすつもりなどないからだ。まかり間違って滅ぼせば、そう遠くない日に現世と尸魂界の魂魄のバランスが崩れて世界が崩壊してしまう。

 隊長の1人2人いなくとも、護廷十三隊は正常に稼動し続けるのだが、既に3人も抜けている状態である。これ以上抜けるようなことがあれば、まだ小さな問題であることが、大きくなるのも眼に見えている。具体例を挙げるとすれば、隊長を失った隊の副隊長が書類に殺されるであろう。

 そういった事態にならないように、状況は変化しつつある。

 

「そこな破面、()()と戦ったのは、(けい)か」

 

 あれ呼ばわりされたルキアは、血こそ止まっているが、四肢を棒状のモノで床に縫い付けられて気絶している。他の侵入者をおびき寄せる生餌としての処置である。

 

「ああ、そうだ」

 

「そうか」

 

 増援として現れた護廷十三隊六番隊隊長、朽木白哉の眉がピクリと動く。苗字から解るように、倒れているルキアの義兄である。

 表面上はいつもどおりであろうが、その心中は激しい怒りが滾っているであろう。今は亡き妻の妹を、本当の妹とそう変わらないように愛しているのだから、そうなっているのだ。

 

「コナイノ?」

 

 始解を解いておいた捩花を抜きながら、アーロニーロは白哉に問う。怨敵を前にしているのに、何も感じていないかのような静けさであった。

 

「そいつを助けたいのなら、回道の使い手が必要になるぞ」

 

 貫通している傷は、どんなに小さくとも重症である。何かが刺さっている場合は、それが傷口を塞いで出血が抑えられて多少の猶予はある。しかし、治療するとなれば刺さっている異物を取り除き、すぐに傷口を塞ぐほかない。そうしなければ、失血死しかねないのがルキアの現状だ。

 つまり、回道が熟達していない白哉では助けられないのだ。

 

「そうであろうな」

 

 瞬歩で、白哉はアーロニーロの後ろを取る。

 そしてソレが判らぬ白哉ではない。直接助けるのが無理ならば、遅れてやってくる四番隊第7席、山田(やまだ)花太郎(はなたろう)が治療に専念できるように場を整えるだけである。即ち、アーロニーロを倒すだけである。

 

「助けようなどと、無駄な事です」

 

 アーロニーロの後ろを取った白哉の更に後ろを、新たな人物が取る。肌は黒人寄りな褐色、頭部に髪は無く、代わりに仮面の名残である棘のようなものと、ピアスとネックレス。第7十刃(セプティマ・エスパーダ)、ゾマリ・ルルーその人である。

 アーロニーロの振り向きざまの攻撃と、ゾマリの斬魄刀による攻撃が白哉を挟み撃ちにする。ゾマリの攻撃を斬魄刀で逸らし、アーロニーロの攻撃は体を捻ってギリギリでかわすと、瞬歩でその場から離れる。

 

「解せない、そう言いたそうですね」

 

 伏兵の警戒は白哉もしていた。最初から真っ先にアーロニーロに斬りかからなかったのは、近くに霊圧を抑えて潜んでいる者がいないか探ったからだ。

 

「なに、羞ずべき事ではありません。

 アーロニーロ()は実に多芸でしてね。彼の能力(ちから)で霊圧と姿を隠していただけの事です」

 

 聞かれてもいない事を、ペラペラと喋るゾマリに白哉は眉を顰める。護廷十三隊が手に入れている情報では、アーロニーロの能力は『乱夢兎』だけである。蹴りに関する能力であるなら、まだ不自然ではないのだが、能力を複数持っていても方向性がある虚では、まったくの別方向の能力は不自然である。

 

「喋リ過ギダヨ」

 

「…失礼」

 

 少々浮かれている自覚のあるゾマリはアーロニーロに謝罪すると、白哉に向き直る。

 

「さて、ご覧の通りに2対1です。降参でもしますか?」

 

「痴れた事を抜かす。2人でなら、この私と並べると?」

 

 再び瞬歩。また後ろに回り込もうとするフェイントから、今度はゾマリを真正面から斬る。返す刀でアーロニーロも斬ろうとするが、コレは避けられる。

 

「縛道の六十一、六杖光牢(りくじょうこうろう)

 

 ならばと縛道ですかさず拘束に掛かる。あの夜一と戦える者を早々に捕らえきれるとは、白哉とて思ってはいなかった。六つの光の帯が、アーロニーロをその場に縫い止めんと胴体を狙って突き進む。

 

「水天逆巻け、捩花!」

 

 されどもアーロニーロは、それを良しとはしない。石突きを床に叩き付け、自分を取り囲むように渦巻く波濤でもって六杖光牢を押し流す。

 

「縛道の三十、嘴突三閃!」

 

 続けて縛道でもってアーロニーロは白哉に逆襲する。

 

「散れ、千本桜」

 

 このままでは拘束されてしまうと、近接戦闘をする為にしていなかった始解をする。千本桜は、刀身が無数に分裂して対象を切り裂く斬魄刀だ。その能力でもって、迫る3つの嘴を切り裂いて無力化する。

 

「始解をしましたね…」

 

 その直後、嗤っている2人目のゾマリが白哉の目に入る。

 刀身が単独での飛行能力を得るので離れた相手も切り裂けるのだが、刀身が無くなるのだから刀としては使えなくなってしまう。つまり、縛道を発動し始解もした今この瞬間、白哉を守る物はその身と刀身の無い斬魄刀だけという、非常に無防備な状態であった。

 双児響転(ヘメロス・ソニード)。響転に少しステップを加える事で、擬似的な分身を発生させる技だ。白哉が斬ったゾマリはソレであり、実際にはゾマリは無傷であった。

 まず一刀。その命を刈り取らんと繰り出された一撃を、白哉は左手で横に逸らす。

 ならば二刀。双児響転により3人目のゾマリが白哉の右手側に現れる。その攻撃は、千本桜の鍔をゾマリの斬魄刀の鍔にぶつけて凌ぐ。

 トドメの三刀。両手が塞がり、これ以上の防御は不可能な無防備な白哉の背中に、4人目のゾマリが斬魄刀を突き立てる。

 

「さようなら、六番隊隊長、朽木白哉」

 

 予めアーロニーロから聞いていた隊長の特徴と一致する人物の名を口にし、ゾマリは戦いの幕を引いた

 

「隠密歩法"四楓"の三、『空蝉』」

 

 つもりだった。白哉を貫いた筈であったのに、斬魄刀が貫いているのは隊長羽織のみ。

 

「奴に習った術など、使いたくなかったのだがな。

 それよりも……」

 

 ゾマリなぞ意に介さないと、白哉が視線を注ぐのは捩花とアーロニーロの仮面。

 

「ッチ、弱点を教えた上で隙を作ってやったのに、仕留め損ねるなよ」

 

 顔が見たいだろうと、海燕の顔にしてから仮面を取る。白哉の目の色が変わった。

 

「申し訳ありません、アーロニーロ。少し甘く見ていたようです」

 

「少し…だと…?」

 

 驚愕を一瞬で治めた白哉は、ゾマリの言葉に反応する。

 

「とんだ驕りだな十刃。

 だが、案ずるな。貴様等が敗北するのは、その驕りの為ではない。

 ただ純粋に、格の差だ」

 

「挑発に乗る…」

 

「やっと追いついた!!

 置いていくなんて、ひどいですよ、朽木隊長!!

 僕あやうく、迷子になるところ…」

 

 緊張感が漂う戦場に、人畜無害そうな者が飛び込んできた。白哉と一緒に乗り込んできた山田花太郎である。

 

「わあ!!!あの格好は現世に侵攻した十刃!

 わあっ!!こっちにはルキアさんが大変な状態に!?」

 

 1人で大盛り上がりしている花太郎に3つの冷たい目線が突き刺さっているが、本人は気付いていないようである。

 

「ふむ、これで2対2ですか。本気を出すとしましょう…」

 

(え…?僕も戦闘員に数えられてる……)

 

 条件さえ揃えば大虚に傷を負わせられる花太郎であるが、瞬歩が出来なかったりと破面相手の戦闘は到底不可能である。

 

「鎮まれ『呪眼僧伽(ブルへリア)』」

 

 胸の前に斬魄刀を浮かせてゾマリは解号を口にする。無理に折り畳もうとしたかの様に、斬魄刀は渦巻状に刀身が曲がっていく。曲がった箇所から粘着質な煙が出て、ゾマリの姿を覆い尽くす。

 煙が粘液となって完全に落ちれば、下半身が蜜柑のような形状になり、体の至るところに目がある姿になったゾマリが、床から僅かに浮いていた。




リネ「ん?この退き、前の話みたいだな」


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騒乱の宮

 帰刃したゾマリは、合わせていた右手を花太郎に向けた。白哉は咄嗟に、花太郎を左腕で抱えて瞬歩で来るであろう攻撃を避ける。しかし、避けたその場所には何も変化が無かった。

 

「…どうしました?

 攻撃を放つと直感したのに、何も起こっていない。それが解せないと言いた気だ。

 残念、起こってますよ。既に」

 

 ニタリと、粘着質な笑みを浮べるゾマリ。

 

「朽木…隊…長…」

 

 その視線の先で、太陽を彷彿とさせる模様がいつの間にか付けられた左手が、花太郎の首を絞めていた。躊躇無く、身勝手な左手を斬る。左手が使えなくなり、花太郎を抱えているのが難しくなったが、ルキアの治療をすぐにできる者がいなくなるよりは安い代償であった。

 『(アモール)』。体の各所にある目で見つめた物を支配できる能力。それによって、ゾマリは白哉の左手を支配下に置き、花太郎の首を絞めさせていたのだ。

 

「忘れていませんか?貴方達の敵は、私だけではありませんよ」

 

 その言葉に合わせるように、回り込んでいたアーロニーロが捩花を真正面から振り下ろす。白哉なら槍撃を受け流し、破道で波濤を散らすことも出来たであろう。だが、今はルキアの生命線である花太郎を抱えている。ルキアの為にも出来るだけ傷つける訳にはいかずに、回避を選択する。

 

「縛道の四、這縄!」

 

 それを見てアーロニーロは嗤うと、低級の縛道を放つ。拘束力の弱いそんな縛道では、僅かな時間稼ぎが関の山だ。だが、本来であれば上半身を拘束する這縄が目指す先は、白哉の足であった。

 少しでも触れればすぐに拘束し、瞬歩が鈍るであろう。そうなれば白哉の命は無い。

 

「縛道の六十二、百歩欄干(ひゃっぽらんかん)!」

 

 続いて放たれるのは、対象を地形に縫い付ける光の棒たる百歩欄干。基本的に対象の輪郭に沿う事で、衣服を縫い付けて動きを阻害する変わったタイプだ。ある程度は追尾し、下手に動いて避ければ光の棒が突き刺さるのもあって、下手をすれば動かないほうが良い結果を招くこともある。

 それでも白哉は動き続けるしかない。なぜなら、ゾマリが『愛』を当てられる隙を窺っている。止まった途端に、白哉はその能力の脅威に曝される事になる。

 

「散れ、千本桜」

 

 ゾマリが近接戦闘を放棄したのならばと、再び始解をする。這縄と百歩欄干は切り刻まれて、その用を成さなくなる。

 

「破道の三十三、蒼火墜」

 

 アーロニーロに千本桜を差し向け、ゾマリには破道でもって牽制をする。このまま続けてはジリ貧でしかないのは見えてる。なればこそ、使える札を切るしかない。

 

「卍解、千本桜景厳」

 

 白哉が斬魄刀を手放せば、そのまま床に没する。代わりに、巨人が使いそうな巨大な刀身が幾つも白哉の後方から現れる。その全てが形を崩し、桜の花びらのようになって飛散する。そのまま桜色の濁流となり、アーロニーロとゾマリに襲い掛かる。

 

「虚閃!」

 

 アーロニーロは咄嗟に虚閃で迎撃するが、濁流を押し返すには力不足であった。そのまま閃光は散り散りにされ、アーロニーロは飲み込まれた。ゾマリは濁流からなんとか逃げるが、徐々に追い詰められていく。いくら十刃最速の響転を誇ろうとも、室内で億の刃から逃れるのは不可能であった。

 

「くぅ……!!」

 

 『愛』は1つの目によって支配できるのは1つだけであり、数で攻められてしまうと途端に不利となってしまう。そうならないようにと、白哉が相手となったら卍解をする前に片付ける必要があると、アーロニーロにゾマリは言われていた。

 

「我が全霊の『愛』で支配してくれる!!」

 

 この状況を覆すには、白哉を『愛』で支配下に置くことだけ。可能な限りの目で白哉の頭部を見つめるしかなかった。

 

「無駄だ。貴様のその能力は軌道こそ見えぬが、放てば最初に触れた物を支配するのであろう。

 ならば、こうして遮ればその能力は届きはしない」

 

 千本桜景厳がゾマリから白哉を隠してしまえば、ゾマリの希望は潰えてしまう。

 

「卍解―――」

 

「ッ!!」

 

 有り得ない言葉を聞き、白哉は思わず振り返る。アーロニーロがいるであろうその場所から、灰色の霊圧が湧き出している。

 

「―――陰捩花(いんれいか)

 

 その名を口にした瞬間に、湧き出していた霊圧は波濤となって付近の桜を押し流す。

 

「…山田花太郎、ルキアを治療して退がれ」

 

「っは、はい!」

 

 ようやく解放された花太郎は、急いでルキアの元に急ぐ。そうしているうちにも波濤はその総量を増やしていく。その溢れ出る波濤の中から、悠々とアーロニーロが歩いて姿を現す。

 無言で白哉は卍解でゾマリを殺そうと動かす。だが、波濤が桜を押し流して道を作り、アーロニーロの意図を読み取ったゾマリはその道を辿ってアーロニーロの元へと行く。

 

「助かりました、アーロニーロ」

 

「気にするな。お前じゃ相性が悪すぎる」

 

 仕切り直しだと、アーロニーロは嗤う。

 

「だから死んどけ」

 

 『剣装霊圧』が無防備なゾマリの首を刎ねる。ゾマリと白哉が相性が悪いなど、アーロニーロは最初から知っていたから、白哉が卍解したのならこうすることも最初から決めていた事であった。

 

「……」

 

 突然の裏切りを見ても白哉の表情は変わらない。今一番重要なのは、後ろに庇っているルキアを守りきれるかであり、敵の数が減るのは望むところであった。

 それでも、共食いを見て思わず言葉が漏れた。

 

「醜悪な事だ……」

 

「…まあ、そう思うだろうな」

 

 同族にすらそう思われてるだろうと、アーロニーロは苦笑する。故に、獣でなければならないのだ。人にそんな行為ができるはずも無く、許される訳もないのだから……

 

「だが、醜悪と言うのは少し早かったな」

 

 そう嗤い、アーロニーロは顎から指を食い込ませる。ブチブチと無理矢理に繊維を引き千切るような音を立てて、血の滴る海燕の面の皮が引き剥がされていく。

 

「改めて自己紹介をしよう」

 

 久しぶりに曝す素顔でアーロニーロは嗤う。

 

「僕等ハ第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ」

 

 此処からが本当の戦いだと、アーロニーロは笑っていた。

 

――――――

 

 陰捩花と千本桜景厳は似た卍解である。陰捩花は波濤がドーム状に広がるといった特徴があるが、攻撃は結局は千本桜景厳と同じでその量で相手を押し潰すといったものである。故に、ぶつかり合えば互いが消耗する千日手。

 

(流石に距離を詰めさせて貰えないか…)

 

 中・遠距離攻撃では決め手に欠け、更に流れ弾で宮を破壊しかねない為にアーロニーロは近接戦闘に持ち込みたかった。白哉は逆に、後ろにルキアがいるのもあって対処可能な中・遠距離戦を維持したかった。

 

(余所が片付く前に決めに行くか)

 

 虚夜宮で戦っているのは5以下の下位十刃とあって、決着までそう時間が無いのが見えていた。長々と戦っていれば、四番隊隊長卯ノ花(うのはな)(れつ)、十一番隊隊長更木(ざらき)剣八(けんぱち)、十二番隊隊長(くろつち)マユリといった、錚々たる顔ぶれが揃う可能性もある。対峙するなら白哉一択とアーロニーロが思う程である。

 

「掻っ切れ、『車輪鉄燕』」

 

 嗤いながら、アーロニーロは白哉の天敵であろう帰刃をする。一瞬だけ波濤がアーロニーロを隠したと思えば、5枚の鉄の刃を束ねた翼と尻尾が生えていた。

 

「コレハ抑エラレルカイ?」

 

 片翼分だけ射出された羽は白哉を切り刻まんと飛翔する。そんな判りやすい攻撃を見逃す白哉ではないが、この攻撃を完全に防ぐのは千本桜では不可能であった。

 千本桜は無数の刃で切り裂く斬魄刀だ。卍解である千本桜景厳では、攻防一体の万能さを持つまでに昇華される。その数の暴力が苦手とするのは、突出した個だ。

 嘗て天鎖斬月に対して遅れを取ったのは、数の有利を覆す速さを天鎖斬月が持っていたからだ。やろうと思えば、アーロニーロは天鎖斬月の速さを再現できるたであろうが、今回はあえてソレは見送った。なぜなら、一度突かれた弱点を、白哉がそのままにしているとは考えにくかったからだ。

 だから『車輪鉄燕』なのだ。高速振動によって切れ味を増させると同時に、攻撃を弾き易くしている羽は千本桜が苦手とする突出した個に相応しかった。

 

破道の六十三(ハドウノロクジュウサン)雷吼炮(ライコウホウ)

 

 更に雷吼炮を追加する。両手より放たれるは雷を帯びた霊圧の塊。威力も範囲も虚閃に劣るが、陰捩花で流れ弾となっても簡単に処理できるからの選択だ。

 陰捩花で千本桜景厳を押さえ込み、『車輪鉄燕』と雷吼炮で直接白哉を攻撃する。

 

「縛道の八十一、断空(だんくう)

 

 八十九番以下の破道を完全に防げる断空ならば、雷吼炮は防げる。だが羽の方はそうもいかない。断空の防御壁など無いかのように切り裂いて、そのまま白哉と後ろの2人に襲い掛かるであろう。

 

「済まぬ、ルキア」

 

 謝り、無造作に転がされていた抜き身のルキアの袖白雪を拾い上げる。迫る羽をそのままの勢いに任せて斬りつける。

 

(やはり、ルキアの袖白雪では逸らすのが限界か……)

 

 元より席官クラスの霊圧なのだから、扱う斬魄刀もそれに見合う強さしかない。ましてや、本来の使い手でない白哉が始解すらしていない状態では、ルキアが普通に使うよりも弱いと見るべきであろう。

 

鉄砂(てっさ)の壁、僧形(そうぎょう)の塔、雷鳴の馬車、糸車の間隙」

 

 袖白雪にあまり頼る訳にはいかないと、普段はしない完全詠唱による縛道を発動しようとする。

 

(二重詠唱か…!)

 

 連続で違う鬼道を発動できるその技法を、白哉が使えるとは知らなかったアーロニーロは慌てて羽を再装填する。羽は独自に飛行能力を持っているのだが、大きいだけあって小回りは利かない。なので、わざわざ翼に再装填してからでないと命中率が著しく低下してしまうとの弱点があった。

 

「光もて(これ)(むつ)に別つ。灼鉄熒熒(しゃくてつけいけい)湛然(たんぜん)として終に音無し」

 

 白哉の詠唱が完了した時には、既に片翼の第二射が迫っていた。

 

「縛道の六十一、六杖光牢。縛道の七十五、五柱鉄貫(ごちゅうてっかん)

 

 六杖光牢はアーロニーロを拘束しにかかる。迫る縛道をアーロニーロは両手の剣装霊圧で無力化する。残る五柱鉄貫はアーロニーロではなく、白哉に迫る羽に当てられる。拘束こそ出来なかったが、上から降ってきた柱が命中しては進路を維持出来ずに白哉から逸れる。

 一瞬だけ、アーロニーロの注意が白哉から逸れた。その一瞬に、白哉は頑なに詰めさせなかった距離を縮める。

 それに気付いたアーロニーロは嗤う。近接戦闘は望んでいたモノだ。どちらの間合いにも入る直前、白哉は中指と人差し指を真っ直ぐに伸ばす。

 

「破道の四、白雷」

 

 一条の光線がアーロニーロを貫く。だが、貫かれたアーロニーロはすぐに掻き消える。

 

「双児響転・(ロタシオン)

 

 1人目のアーロニーロが羽を射出していない翼を横に薙ぐ。

 2人目のアーロニーロは跳んで逃げた白哉と剣装霊圧で切り結ぶ。

 3人目のアーロニーロの虚弾が白哉の肩を打ち据えて体勢を崩させる。

 4人目と5人目のアーロニーロが鎖条鎖縛で白哉を縛り上げる。

 そして、5人が白哉を囲むように移動して虚閃を放つ。5方向からの虚閃を喰らって、流石の白哉も倒れ伏す。

 

「俺の勝ち、な訳がないか…」

 

 未だに千本桜景厳が維持されており、少なくないダメージを負わせこそしたが死ぬほどでないと物語っていた。

 

「マア、ソレデモ後一歩カ…」

 

「縛道の六十一、六杖光牢!!!」

 

 白哉のと比べれば弱弱しいとすら感じる縛道を引き千切り、声がした方を見れば上半身を起こしたルキアがいた。

 

「破道の七十三、双蓮蒼火墜!!!」

 

「縛道の八十一、断空」

 

 二重詠唱でもしていたであろう破道を、断空が軽く遮る。

 

「…てめえ程度の70番台の破道を防げないとでも思ったのか?」

 

「まさか…」

 

 満身創痍の体でありながら、その目と口はしてやったりと笑っていた。

 

「では、私の完全詠唱の破道ではどうだ?」

 

 手を伸ばせば届く至近距離、そこに白哉が立っていた。

 

「シマッ…」

 

「破道の七十三、双蓮蒼火墜」

 

 広がる蒼炎がアーロニーロを飲み込んで燃え滾る。あまりの勢いでルキアと花太郎をも飲み込みそうになるが、それは千本桜景厳が散らす。

 荒れ狂っていた波濤は蒸発するように消えていき、使い手の状態を表しているようであった。

 それを確認してから、ルキアに袖白雪を返して卍解を解除する。

 

「あら、来るのが少々遅かったようですね?」

 

「う、卯ノ花隊長~!」

 

 一息付く丁度のタイミングでの卯ノ花の登場に、花太郎が歓喜の声を上げる。自分1人ではルキアを完全に回復させ、白哉は傷こそ完治させられても霊圧まではそうはいかなかった筈であった。

 だが、卯の花であれば2人とも万全の状態にするのも短い時間で出来る。

 

「どうやら大変だったようですね、山田七席」

 

「そうなんですよ!なぜだか、破面が2人も此処にいたんですよ!」

 

「そうですか。だから、十刃を取り逃がしてしまったのですか」

 

「なに?」

 

 そう言われて、白哉は黒焦げになっているはずのアーロニーロを探すが、その姿はどこにも無く、代わりに戦っている最中は空いていなかった窓を見つける。慌ててその窓から身を乗り出して下を見れば、そこには何かが落下したかのような真新しいクレーターがあるだけであった。




アーロニーロ「初代剣八の相手とかマジ勘弁」


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侵攻

 宮から脱出したアーロニーロは、密かに宮の下層に戻っていた。

 

(卯ノ花烈と目が合った気がしたが、気のせいだよな……?)

 

 アーロニーロが窓から飛び降りた際、卯ノ花と目が合った気がしていた。そのまま探査回路を全開にしながら砂中を泳ぎ、宮の窓から見えない位置に出てから宮に入った。わざわざそんな事をしたのは、卯ノ花から逃げる為と着替える為である。

 空座町への侵攻に汚い格好かつ、消耗した状態で行くなどアーロニーロはしたくなかったのだ。なので、適当なとこで戦いを抜け出し、替えの服が仕舞ってある宮の下層に赴いているのだ。

 霊圧と姿を消してこそいるが、相手は百戦錬磨の獣である。勘と理不尽な第六感でこちらを察知しかねない嫌な相手である。

 

(まあ、流石に治療が終わり次第移動するだろ)

 

 まだぶつかり合っている十刃と隊長がいるのだから、こんなところで無意味にゆっくりとしている理由などない筈だ。安心するのはそれまで出来ないであろうが、アーロニーロは呼ばれるその時まで休むのだった。

 

――――――

 

「スターク、バラガン、ハリベル、アーロニーロ、来るんだ」

 

 届いた藍染の呼び声に応え、アーロニーロは単身で黒腔をくぐり抜けて馳せ参じる。

 とりわけヤバイ隊長達は虚圏に幽閉できたが、往々にして扱い難い者達でもあった。隊長である時点で、主力と据えることの出来る実力者であり、単独行動も問題無いとの判断がされている。それが祟って、独断先行などもやらかしやすい連中であった。

 そんな護廷十三隊が残している隊長は、組織立って行動できる者ばかりである。そういった意味では、虚圏に幽閉した隊長達よりも厄介と言えるだろう。

 それでもアーロニーロには負けるつもりは無い。自らが命を賭す戦場などないのだから。

 

―――ナラ、逃ゲレバ良イノニ…

 

 怯える声を封殺する。感情(そんなもの)など捨てたのだ。強く強く、何度も言い聞かせる。揺れぬように、崩れてしまわぬようにじっくりと深く。

 

「アーロニーロ、葬討部隊を出せ」

 

 色々とアーロニーロが聞き流している間に、藍染等死神は元柳斎の『城郭炎上(じょうかくえんじょう)』によって動けなくされ、バラガンが代理で指揮を執る運びとなっていた。しかも、眼下の空座町は偽物だとの事だ。

 

「…まあ、最初に雑兵をぶつけるのは定石か」

 

 特に反論する理由もなく、アーロニーロは後ろの空間を指で軽く叩く。そうすれば、そこを基点として黒腔が口を大きく開ける。そこには、ズラリと葬討部隊が横一列に綺麗に並び、斬魄刀に手を掛けて待機していた。

 

「行け」

 

 短い言葉での命令に忠実に葬討部隊は動き出す。眼前の敵を皆殺しにせんと。

 

「うおおおい!ヤベェよ、なんて数だよ!!」

 

 二番隊副隊長、大前田(おおまえだ)日光太郎右衛門(にっこうたろうえもん)美菖蒲介(よしあやめのすけ)希千代(まれちよ)は予想外の敵の軍勢に叫ぶ。敵も此方も少数精鋭での決戦になると思っていたのに、敵は大量の雑兵による人海戦術で打って出たのだ。

 あまりの数に、隊長と副隊長だけで構成された護廷十三隊の防御網を突破する者が幾人も出る。

 

「抜かれちまった!このままじゃ柱が壊されて、本物の空座町が戦場になっちまう!」

 

 本物の空座町は尸魂界にあり、転界結柱によって入れ替えられた状態。もしも、柱を壊されれば戻ってきてしまう。それを危惧した大前田は慌てるが、他の面々は特に焦った様子が見受けられなかった。

 

「莫迦者めが」

 

 四方の柱を壊さんとした葬討部隊が足止めをくらう。

 

「そんな大事な場所に、誰も配備せん訳があると思うか。

 ちゃんと、腕利き共を置いてあるわい」

 

 十一番隊三席、斑目一角。十一番隊五席、綾瀬川弓親。三番隊副隊長、吉良(きら)イヅル。九番隊副隊長、檜佐木(ひさぎ)修兵(しゅうへい)。その4名がそれぞれ四方の柱の守護に就いていた。なお、護廷十三隊で知らなかったのは、大前田だけであった。

 

「なるほどのォ、これでは虚を送っても時間の無駄じゃな。

 ポウ、クールホーン、アビラマ、フィンドール、潰せ」

 

 自らの従属官に命令を下し、バラガンはどっしりと構えるのだった。

 

――――――

 

 バラガンが送った従属官は、4人とも死神に負けてしまった。ポウは柱を壊しこそしたが、すぐに応急処置をされてさして意味など無かったようである。

 

(十刃が4人いるのだから、それぞれ柱の位置まで行って戦えば、それで破壊できそうなもんだが……)

 

 戦闘が始まり次第、まだ残している葬討部隊を使えば破壊は容易いであろう。そこまで考え、アーロニーロはその案を却下した。

 

(山本元柳斎重國が動き出しかねないか)

 

 上から数えたほうが早い実力者と相対などまだしたくはないのだ。その為に、わざわざ一番弱そうな者と戦えるような位置取りをしているのだから。

 残り2人となったバラガンの従属官が行動を開始するのを牽制する為に、二番隊隊長砕蜂(ソイフォン)と大前田が動く。それに合わせて他の護廷十三隊も動き、十刃とその従属官もまた動く事となった。

 アーロニーロが相対するは冬獅郎と乱菊。

 

「いけるか、松本」

 

「大丈夫です、隊長」

 

 アーロニーロからすれば軽い事であるが、乱菊は一度アーロニーロに一方的に嬲られている。だから冬獅郎は乱菊を気遣ったが、乱菊は気丈に振舞った。

 

(…まぁ、問題は無いか。相手は解放まで判明している分、どいつよりも与し易い)

 

 1から3の上位陣に第9十刃の身で行動を共にしていることが疑問であったが、話し合う時間などもない。

 

「霜天に坐せ、氷輪丸!!!」

 

「唸れ、灰猫!!!」

 

 手の内が判っていようとも、決して油断の出来る相手ではないと早々に始解を出す。それに対してアーロニーロは剣装霊圧を出す。

 いきなりの新たな能力に冬獅郎は眉を顰めるが、やることは変わらない。ただ斬りかかるのみ。

 右の剣装霊圧で受け、左の剣装霊圧が日番谷の眉間を狙う。それを日番谷は横に跳んで避けた。その隙を埋めるように、今度は灰猫がアーロニーロに襲い掛かる。

 

「虚弾」

 

 灰猫は刀身を灰とし、残った柄を振ることで灰に触れた物を切る能力を持っている。つまり、柄さえ振らせなければ灰は無害。アーロニーロは虚弾で乱菊の手元を狙い撃った。それで振るのが遅れ、アーロニーロは灰から距離を置く。

 そこへ、今度は水と氷の竜が喰らい付かんと襲ってくる。左右の剣装霊圧を1つに纏めて大太刀サイズにし、両断する。

 

「貰ったぁ!」

 

 竜を両断した隙を突き、日番谷は再びアーロニーロに肉薄する。

 

「嘗メナイデヨネ」

 

 高々一動作の硬直など、アーロニーロにとっては無いようなもの。何より、既にアーロニーロの鋼皮は、冬獅郎と乱菊の始解では傷付かない硬度になっている。攻撃を避けるのは、服が破れないようにしているからだ。

 大太刀となっていた剣装霊圧の刀身がひん曲がり、迫る氷輪丸を受け止める。

 

「ッ!?」

 

 よもや形状を変えて受け止められるとまでは予想していなかったようで、冬獅郎の表情が強張る。だが、それでも冬獅郎は己の作戦通りに事を進める。

 

「卍解、大紅蓮氷輪丸!!!」

 

 至近距離での卍解に、アーロニーロは冷気の奔流に曝される。そのまま凍らされる訳にもいかず、一旦距離を置こうと下がる。

 

「…?」

 

 いつまでも常温に戻らぬ右腕を見てみれば、氷で作られた手枷がガッチリと填められ、鎖は冬獅郎の左腕へと伸びている。

 

「悪いな、コイツで速さは封じさせてもらう」

 

「封じただと?」

 

 手枷1つで封じられる程にやすくはないと、アーロニーロは手枷を内側から破壊するべく剣装霊圧を腕から出す。

 

「その剣みたいな霊圧、どうやら手以外でも出せるみたいだな。

 だが、言った筈だぜ。封じさせてもらうってな」

 

 手枷は切った端から再生して、一撃で砕かなければ攻撃するだけ無駄なようであった。

 

「俺の氷輪丸は氷雪系最強の斬魄刀だ。空気中に水分があって、こうして直接繋がっている氷なら再生は容易だ。

 流石に腕を消し飛ばす攻撃をされれば、完全に砕かれちまうが……そんな隙も時間も与えねえぞ!」

 

 蒼い氷の翼を羽ばたかせ、アーロニーロが開けた距離を冬獅郎は一息で詰める。

 

「何度モ言ワセナイデヨネ、嘗メルナッテ」

 

 左の剣装霊圧で一撃を受け止めながら、うんざりしたようにアーロニーロは口にする。

 

「跳ねろ―――()テ、『五鋏蟲(ティヘレタ)』―――『乱夢兎』」

 

「なん…だと…!?」

 

 アーロニーロ自身から放出された霧状の霊圧が晴れるよりも先に、冬獅郎は飛び退きながら驚愕の声を零した。

 『乱夢兎』は前回の侵攻で既に判明していた帰刃。それをされるのは予想の範疇で、夜一に迫るであろう速さを出させない為の手枷であった。

 だが、『五鋏蟲』はそれより以前から冬獅郎は知っていた。そして、もう対策も必要が無いはずの帰刃であった。

 霧が晴れたアーロニーロは、前回と同じような白いマントに身を包んでいた。チラリと見えた手は、冬獅郎が知る虫のような鋭利さのある爪へと変貌していた。

 

「どうして、てめえがその解放を使える!?そいつの使い手は―――」

 

「俺が殺した、か?」

 

「……ッ!」

 

 破面の現世侵攻は今回で4度目になる。その中で、アーロニーロが唯一参加していない2度目の侵攻で、『五鋏蟲』の使い手たる破面―――シャウロン・クーファン―――は冬獅郎によって討たれていた。

 

「知ッテルヨ、ダッテ見テタカラ」

 

「見てた、だと…?」

 

「俺は幾つも能力を持っていてな」

 

「…能力の模倣か、能力を取り込む能力がてめえ本来の能力か」

 

 アーロニーロの言葉から、その能力を読み当てた冬獅郎の顔は曇るばかりであった。あるかどうか判らない能力にも警戒しなければ、すぐにでも足元を掬われるだろう。神経をすり減らさなければならない事が増え、溜め息をつきたいとこであったが、冬獅郎は備えをする。

 

「マア、ソンナトコダネ」

 

 能力を取り込む能力(グロトネリア)で、能力を模倣できる『反膜の糸』を手にしてるといったところまで、考えが及んでいない冬獅郎を嗤う。無限に等しい選択肢を作り出せるのだから、相手にとってそこまで考えたくはないのだろう。尤も、器用貧乏になりそうな広く浅くな習得をアーロニーロは好まず、そこまで器用に出来ないので、無限には実際には程遠いのだが。

 無駄に喋り過ぎたかと思い、アーロニーロは軽く手を振った。

 

「なッ……!?」

 

 それだけで、少し離れた位置にいた冬獅郎と鎖が切り刻まれる。特に名前も付いていない能力だが、『五鋏蟲』は直接触れずとも斬る事ができる。射程がそこまである訳ではないが、燃費が良くて連発がし易いとあって、アーロニーロが使えば強力と言って差し支えない能力となる。

 

「外したか」

 

 切り刻まれた場所から亀裂が走り、すぐに氷が砕け散る。本物の冬獅郎は、もう少し離れた位置からアーロニーロを観察していた。

 

「松本!今すぐ此処から出来る限り離れろ!」

 

 声を張り上げての命令に、乱菊は事態がそこまで深刻なのだと理解してすぐに行動に移す。

 

「副官ノ心配ナンテ、随分ト悠長ダネ」

 

 響転で距離を詰めれば、少し離れた距離などないも同然。刹那の移動を可能とする『乱夢兎』と、触れずの切断をする『五鋏蟲』が合わされば、カマイタチが通り過ぎたかの様な惨状となる。ただし、妖怪や怪異のカマイタチと違って、出血もすれば痛みも伴う代物だが。

 バラバラに切り刻まれるのを防ごうと、冬獅郎は下がりながら氷の障壁を幾つも展開するが、防ぎきれずに浅くとも切り傷を作っていく。

 

「…もう、十分だ」

 

「なに?」

 

 ハッタリや虚勢と思えぬ言葉の力強さに、アーロニーロは思わず疑問符を浮べる。

 

「"天相従臨(てんそうじゅうりん)"氷輪世界」

 

 その瞬間、世界が凍り始めた。

 

「何…だと…!」

 

 無秩序に空気中の水分が集まって氷を作って落ちてきたかと思えば、アスファルトやコンクリートが冷気に悲鳴を上げて罅割れる。冬獅郎を中心に、計り知れない冷気が伝播して何もかも凍らせていく。

 上空から見れば、円形に世界が白く変えられていき、まるで月面のようであった。

 

「氷輪世界。見ての通り、大紅蓮氷輪丸の力を全開にして範囲内の全てを凍らせる力技だ。

 普通なら、冷気を喰らってそのまま死ぬんだがな……」

 

 無差別攻撃な上に、未熟な腕のせいで範囲を制御できないとあって冬獅郎はこの技を使いたくはなかった。基本能力にして最も強大な天相従臨を、制御を考えずに全力で使うとあって、技と言うのもおこがましいが、使うより他にアーロニーロを倒す手段を思いつかなかった。

 そして、そのアーロニーロは、至近距離で冷気を直接浴びたというのに、動きが鈍くなっただけであった。

 

「まあ、好都合だ」

 

 冬獅郎が背中に浮かぶ氷華を見れば、まだ数がある。

 

「このままじゃ、誰かを巻き込んで殺さねえ自信はねえ」

 

 今もなお影響範囲の限界を目指して氷輪世界は広がりつつあった。

 

「念には念を入れて、全力をキッチリ叩き込んでやるよ。

 千年氷牢!」

 

 氷輪世界で作られた氷が寄り集まって柱となり、アーロニーロを取り囲む。冬獅郎が合図を出せば、アーロニーロを押し潰さんと寄り集まって巨大な氷塊となる。

 

氷天百華葬(ひょうてんひゃっかそう)!」

 

 続けて、余波で発生していた雨雲に手を加えて大量の雪を作り出す。無論、ただの雪ではない。触れたものを瞬時に華のように凍りつかせる雪であり、本来なら相手に直接当てるべきものだ。だが、最早アーロニーロは氷漬けであり、最後のダメ押しに過ぎない。

 雪を降らしきり、卍解が強制解除されれば、後に残るは氷の華を大量に咲かせた氷塊が静かに佇むだけであった。

 空はまだ、晴れない……




原作だと一角だけ柱の防衛としての登場シーンで始解してるんだよな……


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波間の進退

(なるほど、強い)

 

 白い長髪が特徴的な十三番隊隊長浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)へのハリベルの純粋な感想がソレであった。

 二刀流は流派によって様々な違いがあるが、総じて得物を1つだけ振るうより技量と筋力が必要とされる。ただ一撃を極めるのであるならば、更木剣八が納得したように、両手で得物を振った方が同じ筋力であろうともより強力な一撃を繰り出せる。

 しかし、一撃の強さで負けようとも、手数や動きの臨機応変さであれば―――使いこなしているとの前提であるが―――二刀流の方が優れている。

 斬魄刀の刳り貫かれている腹に当たる部分に霊圧を充填し、ハリベルは直接斬りかかる。ソレを浮竹は左の斬魄刀で受け流し、右の斬魄刀はハリベルを裂こうと突き出される。

 

「無駄だ」

 

 アーロニーロより教わった霊圧の鎧を纏った左手で突き出された斬魄刀をいなし、そのまま浮竹に掴みかからんとする。掴まれれば分が悪いと、浮竹は瞬歩で距離を取る。

 

波蒼砲(オーラ・アズール)

 

 充填された霊圧が刀身より解放され、浮竹へと迫る。飛ぶ斬撃のような黄色の弾丸を回避し、反撃に出る。

 

「破道の六十三、雷吼炮!」

 

 浮竹の右手より放たれた雷を帯びた霊圧の塊は、ハリベルを肩から焼き喰らわんと飛来する。雷を帯びているとあって、防御しても確実にダメージを与えてくるであろう。

 能力が未知数な相手に負傷はまだ早いと避ける。

 

「縛道の六十三、鎖条鎖縛!」

 

 追撃に繋げる為の縛道が浮竹の指から放たれる。ハリベルの斬魄刀を巻き込んで、ハリベルを畳みに掛かる。

 

「ック……波蒼砲!!!」

 

 そのままでは縛道の鎖を断ち切れないと早々に判断し、無理矢理持ち替えて波蒼砲を撃つ。見事に鎖条鎖縛を打ち砕き―――

 

「なん…だと!」

 

―――ハリベルの肩を穿った。

 撃ち出して帰ってくる筈のない波蒼砲が肩を穿つという、有り得ない出来事にハリベル平常心を欠く。

 

「嶄鬼」

 

 そこへ、スタークと戦っている最中である筈の八番隊隊長京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)が上より強襲した。

 

――――――

 

「どーした副隊長!フィンドールの野郎をヤッたのはマグレかよぉ!?」

 

「…ック!」

 

 出来るなら柱から離れるべきでない檜佐木であったが、現在は柱から離れてアパッチ、スンスン、ミラ・ローズの3人の足止めをしていた。

 

(実質一対一とは言え、流石にキツイな…)

 

 足を止めているのは3人だが、戦っているのはアパッチだけという状況であった。最初こそ3人同時であったが、檜佐木と実力差が然程ないと判ると、一番血気盛んなアパッチに任せて後の2人は休憩にしているのだ。

 だが、檜佐木は休んでいる2人の動きにも注意を払うしかない。最初のように3人で来られるだけで、檜佐木は負けてしまうからだ。

 

(だが、余裕はある)

 

 それでも膠着状態が続いているのは、偏に互いに全力ではないからであろう。檜佐木が3人の足止めをしているのは、柱の破壊を防ぎ、隊長と十刃の戦いを邪魔させない為だ。

 対する3人は、バラガンが命令として出した柱の破壊などするつもりはなく、ハリベルの戦いに他の隊長が横槍を入れないようにする為だ。

 現時点での護廷十三隊側で温存されている隊長は2人。負けた一角の代わりにポウを撃破した七番隊隊長狛村(こまむら)左陣(さじん)と、元柳斎である。駒村は体力の温存も兼ねて副隊長である射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)と共に、負傷した一角とその治療をしている吉良の護衛中。元柳斎は、『城郭炎上』に封じている藍染に動きが無いか注視している。

 そのどちらも、動こうと思えば動ける状態である。檜佐木が休んでる2人にも意識を割いているように、3人も休んでいる隊長に意識を割いていた。

 

「縛道の六十二、百歩欄干!!!」

 

 ふと、ある事に気付いた檜佐木は笑うと、3人へと縛道を襲い掛からせる。ほんの短い時間とはいえ、フィンドールを拘束した縛道だ。当たりさえすれば効果はある。当たりさえすれば。

 

「んなモン当たるかよォ!」

 

 隙を突いた訳でない上に、一息入れる為に開けた距離は対処するには十分であった。

 

「なんでこっちまで攻撃してくんだか…」

 

「まったくですわ」

 

 回避するのには好条件でも、不服なのは休んでいた2人だ。まったく意図の読めない攻撃であったので、頭を捻るがそれらしい答えは出ない。

 

「隙だらけだよ…」

 

 暗く、まるで闇から滲み出したような声がその答えを持ってきた。

 

「ッ!?」

 

 ミラ・ローズがその声と殺気に反射的に伏せて凶刃を回避する。7の字に見える刀身を持つ侘助が、先程まで首があった場所を引いて切る。

 一見しただけでは失敗した攻撃。だが、侘助が次に繋げるには十分すぎた。体に追従しきれなかった髪を数本切る程度であったとしても……

 

「さて、今切った髪を仮に5本としても、元の体重の32倍にもなる。破面の身体能力なら動けなくも無いだろうけど、まともに戦えるかな……?」

 

 吉良の言葉にミラ・ローズの顔は苦しげに歪む。

 侘助の能力は切った物の重さを倍にする事だ。重ねがけも可能とあって、近接戦闘しか出来ない者には天敵と言ってもいいものだ。

 

「この…」

 

「弾け、飛梅!」

 

 ミラ・ローズを助けようと動こうとしたスンスンに、火の玉が襲い掛かる。

 その火の玉の出所から、景色が剥がれるように消えていき、5番隊副隊長雛森(ひなもり)(もも)が姿を現す。

 

(本当に、大丈夫だろうか……)

 

 一見普段通りに見える雛森に、吉良は心配そうに見る。自身もそうであるが、信じていた隊長に裏切られた副隊長だ。その痛みの大きさこそ違えど、どういったモノかはよく解っているつもりである。

 起きれるまでに身体は回復しても、心の方はそうはいかない。酷く取り乱した回数は一度や二度ではないと聞いている。

 「護廷十三隊五番隊副隊長として、この戦場に赴いた」との覚悟を聞き、彼女の鬼道で姿と霊圧を消して不意打ちを成功こそさせた。だが、吉良としては出来れば退いて欲しかった。

 心の傷もそうだが、この戦場に四番隊の隊長も副隊長もいないのも退いていて欲しい理由だ。その2人は、一護が万全の状態でこちらの来れるようにする為に虚圏に出張中だ。

 

「ミラ・ローズ、スンスン!!」

 

「おっと、お前の相手はこっちだ」

 

 ミラ・ローズとスンスンが一撃を貰ったとあって、思わずアパッチは2人の元に駆け寄ろうとする。しかし、檜佐木はソレを許さない。

 漸く数で同等になったのだ。敵の1人は既に侘助の効果を受け、その首を落とすのは時間の問題であろう。最悪、3人の中で一番弱い雛森が負けようとも、それまでに自分の敵を倒せていれば、どうにかできる展開であった。

 

「邪魔くせえぞ!!突き上げろ、『碧鹿闘女』!!」

 

「なっ!?」

 

 されども、アパッチは迷う事なく帰刃して、檜佐木を無理矢理に退かす。

 

「しまッ…!」

 

 アパッチの向かう先はミラ・ローズの元。いくら短い時間且つ、片方は思うように動けないしても二対一は拙い。

 

「飛梅!」

 

 不機嫌そうにしているスンスンに動きが無いのを気にしつつも、足止めをしようと雛森が今度はアパッチに向けて火の玉を斬魄刀から放つ。

 

「絞め殺せ、『白蛇姫』」

 

 不敵にスンスンは笑い、自分も帰刃する。この中で自分が一番弱いとの自覚がある雛森は、それだけで絶望したように目を見開く。

 向かってくるアパッチに、これ見よがしに帰刃したスンスン。そのどちらも吉良の眼中には無い。

 大切なのは、邪魔が入る前にケリを着けられるかだ。既に満足に動けないほどに重さを増やしこそしたが、帰刃後でもそうとは限らない。

 必殺の首か、それともより能力を重ねがけする為に髪を切るか。

 

(今此処で殺す!)

 

 固定砲台になられても厄介だと、吉良はミラ・ローズを殺すべくその首を刈らんと動く。

 侘助の能力にやられていなければ、ミラ・ローズには幾らでもやりようはあった。真正面から打ち合う事も、響転で撹乱して切り結ぶことも。

 だが、今は疲労もないのに手足は鉛を詰められたように重く、響転どころか普通に走るのも難しい。

 

(だったら、動かずに対処するしかないね!)

 

 左の掌に霊圧を収束させて球状にまとめる。ミラ・ローズの虚閃を撃つ予備動作であり、普通ならこの後は右手で殴るようにして撃ち出す。だが、ミラ・ローズは右手で殴らずに、そのまま左手で握り潰す。握り潰そうとした虚閃以上の霊圧を込めれば、そのまま虚閃を封殺できる行為だが、そうでなければ収束が乱れて調節が効かなくなる。

 即ち、その場で爆発する。

 

「正気か!?」

 

 爆発に反射的に下がった吉良は、思わず叫んだ。普通に虚閃を撃ったとしても、その緩慢な動きでは相手を捉えきれないと解っていての行動であろう。だが、自爆してまでも攻撃を当てに来るとまでは吉良には思い当たらなかったのだ。

 

「食い散らせ、『金獅子将』!!!」

 

「くっ……!」

 

 血の滲む様な咆哮と共に帰刃を許してしまう。明らかな失態であった。

 

「ッチ、厄介な能力だ…」

 

 手を閉じたり開いたりと、少し体を動かしながらミラ・ローズは悪態を付く。帰刃前と比べれば格段にマシにはなったが、やはり体は重いままなのだ。

 

「あれで一気に片付けるよ」

 

「そのつもりだ」

 

「仕方ありませんね」

 

 3人が帰刃状態で発動できる技。使わなくても勝てるだろうが、時間を掛ければ不利になりかねない能力を相手が持っているのだ。ミラ・ローズの提案に他の2人も賛成する。

 

「なにッ!?」

 

 大剣で切り落とす。引き千切る。捻じ切る。それぞれの方法で左腕を切り離すその光景は、生け贄を神に捧げるようであった。

 

「『混獣神(キメラ・パルカ)』。

 解放した、あたしたち3人の左腕から作った。あたしたちのペットだ。

 名前は"アヨン"」

 

 鹿のような角に足。筋肉質な体と長髪は怪物を思わせ、蛇が尻尾となっているのは継ぎはぎな全体と相まって、合成獣を連想させる。

 大きさとしてはアジューカスであるが、左腕を失くせば戦闘能力が下がるのは明白。3人がそこまでやったのだから、下手をすれば3人合わせたよりも強いのだろう。

 

「…え?」

 

 不気味な風貌のアヨンを前にして、雛森は油断などしていなかった。弱いとの自覚があったからこそ、誰よりもアヨンの挙動を注意していた。

 だがしかし、アヨンはそんな警戒など無意味な速度で雛森を殴った。斬魄刀を真正面に構えていた御蔭で、僅かばかりの防御となったが、致命傷を防ぐには至らない。

 

「雛森ぃ!」

 

 力無く飛ばされる様は死んでいるようにしか見えないが、まだ霊圧を感じられるのだから死にかけで踏み止まっているのだろう。だが、そのまま落下すれば死ぬのは避けられないだろう。そうなる前に受け止め、適切な治療を施さなければならない。

 

「クソッ!」

 

 考えている時間は無いと、檜佐木は雛森を助ける為に駆け出す。後先考えずに真っ直ぐに。

 瞬歩より遅いが、雛森はそれなりの速度で落ちている。それだけでアヨンの攻撃の威力が凄まじかったとの現れであろう。

 そんな攻撃をしたアヨンのすぐ脇を通り抜けようなど、自殺行為であろう。それでも、死にかけである仲間を救う為に選んでいる余裕は無かった。

 

「あ……」

 

 無慈悲にも、アヨンの拳は檜佐木を捉え、雛森と同じ運命を辿らせる。

 

「卍解!黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)!」

 

 されども希望は潰えない。卍解によって助けが入る。

 

「鉄左衛門!」

 

「判っておりやす、隊長!」

 

 黒縄天譴明王はその巨体からは考えられない優しさで雛森を受け止め、射場は違う方向に殴り飛ばされた檜佐木を受け止める。

 2人が一撃でやられて、動きを止めていた吉良はそれを見て安堵の息を漏らす。

 

(こうしている場合じゃない!2人には今すぐに治療が必要だ!)

 

 落下による死亡こそ回避したが、治療が必要なのには変わりが無い。この場で唯一と言ってもいい、鬼道による治療が可能が自分が行うしかないと、アヨンに注意を払いながら2人の元に急ぐのだった。




京楽「不意打ちが出来る距離で戦っているのが悪い」


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陰月

 狛村の卍解、黒縄天譴明王は巨大な鎧武者を操る物だ。動きこそ俊敏ではないが、その攻撃は、一撃だけで帰刃済みの破面をも撃破する程だ。

 それでも、駒村に油断は無い。瞬く間に副隊長を一撃で倒したアヨンの実力は、隊長に迫る物なのは疑いようが無い。

 狛村を敵と認めたのか、アヨンは一直線に跳躍する。

 

(正面から来るか!)

 

 見た目からして(ケダモノ)らしい行動に、黒縄天譴明王の左手で殴って迎撃する。

 拳と霊圧のぶつかり合いは、突風となって辺りに撒き散らされ、押し負けたアヨンも飛ばされたように退く。

 黒縄天譴明王のその見た目は伊達ではない。卍解に相応しいその巨体は、攻撃すれば山をも砕き、守りに徹すれば鉄壁以上の頑強さを見せ付ける。鬼道系に類する能力こそ持たぬが、逆に言えば持たなくとも卍解として成立する力を有しているのだ。

 単純な攻撃力で言えば、卍解の中でも上から数えた方が早いその一撃を、拳であったとしても耐えたアヨンの方が異常であった。

 しかし、アヨン自身がその程度の異常では、目の前の黒縄天譴明王には届かないと悟ったのであろう。解りやすい程に、アヨンの右腕が肥大化する。

 怪槌(エル・マルティージョ)。腕を肥大化させ、破壊力をも増大させる単純に強化する技。力が足りぬならばと、増やして当たれば良いとの単純な回答。

 だが、それは悪手であった。黒縄天譴明王に力で真っ向勝負を許されるのは、同等以上の力と頑強さを有する者だけだ。同じ卍解と言えども、天鎖斬月のような速さに傾倒していたり、千本桜景厳のように数と切れ味を頼りにしていれば、まず選ばない。

 そして、力を力で押し潰そうとすればどうなるかど、考えるまでも無い。弱い方(アヨン)が負けるとの結果が生まれるだけだ。

 

「…まだ動くか」

 

 ギロチンの如く振り下ろされた刀によって、アヨンの体は縦に両断されていた。それでも、アヨンはまだ生きていた。己を斬った相手を殺さんと、止まることなど知らんと言わんばかりに。

 

「……」

 

 戦士であれば、まだ掛ける言葉もあったであろう。しかし、殺す事しか知らないと、吼えるようなその行動は獣。しかも、化け物と言われるような獣でしかない。

 これ以上は見るに耐えないと、狛村はアヨンを文字通りに潰したのだった。そして、もう必要は無いだろうと卍解を解除する。

 

「おっらあア!!!」

 

 その隙を逃さんと、アパッチ、スンスン、ミラ・ローズの3人が隻腕に関わらずに狛村に背後より襲い掛かる。

 

「天譴!」

 

 油断などしていなかった狛村は、解号すら口にせず始解で3人を切り払って、勝ちを手にするのだった。

 

――――――

 

「嶄鬼」

 

 回避不可能なタイミングでの攻撃。ハリベルには無傷で切り抜ける手段を有していなかった。

 技を返され、上空からの急襲と踏んだり蹴ったりであるが、愚痴など零していればそのまま死にかねない。反撃しようと、斬魄刀を享楽に向ける。

 

「つまんねえ真似すんなよ」

 

 享楽の横合いより声がしたかと思えば、スタークが享楽に斬りかかる。そこまできて、ハリベルは迫っていたもう一つの危機に気付いて体を反転させる。ギリギリで、浮竹の始解している斬魄刀を跳ね除ける。

 もし、スタークが享楽を止めていなければ、享楽に反応していたハリベルは浮竹に背中を斬られていた。そしてそのまま、その命を散らしていたであろう。

 

「すまねぇハリベル、こっちの隊長を逃しちまって」

 

「気にしてはいない」

 

 互いに距離をとっての小休止に、スタークは素直に自らの失態をハリベルに詫びた。先程ハリベルを助けたのはスタークであったが、そもそもスタークが享楽を逃さなければ起きなかった事だ。

 

「それにしても、そちらの隊長は随分と性格が悪いな」

 

 よもや自らの相手を放置して、別の相手に斬りかかるなどハリベルは考えもしなかった事だ。

 

「あんたの隊長もだぜ。なにせ、迷わず背中を取りに来てたからな」

 

 妥協無しに殺しに掛かるのは戦争としては正しくあるが、平然と行った2人に僅かばかりにハリベルは眉を顰める。

 

不精独楽(ぶしょうごま)!」

 

 斬魄刀の中でも珍しい二刀一対の花天狂骨(かてんきょうこつ)が大気を切り裂き、殺傷力こそ低いが動きを止めさせるには十分な風を起こす。同時に、浮竹は瞬歩で移動する。

 スタークは余裕を持って不精独楽を避け、ハリベルは元々の相手であった浮竹を追う。

 

(わざわざあの技の射線上に移動した…?)

 

 逃げるつもりなど無かったであろうが、浮竹が立ち止まった場所は不精独楽の射線上であった。ハリベルが周りを気にしなければ、不精独楽を背中から受けていたであろう。

 無論、ハリベルがそんな無様を曝す筈もない。そして、浮竹とてそうなるとは思っていないとの確信がハリベルにはあった。短い時間であろうと、剣戟を交わしてそのくらいは見切っている筈である。

 そうなれば、何かがあると疑うのは当然で、肩を穿った波蒼砲の事が脳裏にチラついた。だから、ハリベルは警戒して距離を詰めずに様子見に入る。

 

(私の予想が正しければ……)

 

 波蒼砲を撃ち出す用意しながら、あの時に何が起きたかを二通り考えていた。まず考えられるのは、元第3十刃であったネリエルの重奏虚閃のような吸収してから再度打ち出すといった技。もう1つは、反射だ。そういった物は条件がある筈であり、あえて返せる事が判っている波蒼砲の準備をしているのもソレを見極める為だ。

 その事を判っているようであったが、浮竹は不精独楽が近付いても避ける素振りを見せない。いよいよ不精独楽が腕を伸ばせば触れるとの距離で、享楽と同じ二刀一対の斬魄刀の左を触れさせる。

 

「ッ!」

 

 その刀身に不精独楽が跡形もなく飲み込まれたかと思えば、斬魄刀を繋いでる縄と下げられている札が僅かに光を帯びて、逆の刀身から不精独楽が吐き出される。

 これこそ浮竹の斬魄刀、双魚理(そうぎょのことわり)の能力。放たれた技を刀身から一旦吸収し、縄の中を通る際に5枚ある札でスピードや軌道を調整してから、反対の刀身から放出する。

 重奏虚閃のように威力の上乗せこそできないが、直接攻撃でなければ大体返せるとあって、使い勝手のいい能力だ。

 

「縛道の六十二、百歩欄干!」

 

 不精独楽を目隠しに放たれた百歩欄干を避け、ハリベルは様子見は終わりだと距離を詰める。

 斬魄刀の能力で放った攻撃を返しているのは確認出来たのだ。ならば後は斬るだけだ。(ヴァストローデ)時代より、ハリベルの主な攻撃方法は剣で斬ることであり、最も得意とする事だ。

 対する浮竹は持病で体調にムラこそあるものの、隊長を210年以上務めている古参の猛者である。斬拳走鬼のどれも高い水準であり、更に斬魄刀の能力で射撃はほぼ無効とあって一筋縄でいく訳の無い相手であった。

 

 時折一対一から二対二になる状況で一進一退を繰り返し、そろそろ次の一手を考えなければならない時に、ソレは起きた。

 花を咲かせる巨大な氷塊、鎧の巨人、爆煙の出現である。

 

「そうか、3人ともよく頑張った」

 

 親しいか、探知能力が秀でてなければ死んだと勘違いしてしまう状態。もうこの戦いで剣を握るのは不可能であろう。

 

「討て、『皇鮫后(ティブロン)』」

 

 渦巻く霊圧は水に変じて、巻貝のような形となってハリベルを覆い隠す。羽化するように水を割って出てきたその姿は、虚としての能力を肉体に回帰させたにしては変化は少なかった。

 口を完全に覆い隠していた仮面の名残は消え去り、斬魄刀は鮫の頭部に似た大剣になっている。後は服装が水着の如く、と言える露出度になった事ぐらいか。

 

「私も全力で行かせて貰うぞ」

 

 氷の中から感じる霊圧に合わせ、ハリベルは全力を出すのだった。

 

――――――

 

(雲が晴れない?)

 

 卍解を解除すると同時に、天相従臨も解除済みとなっている。空を覆う雲は天相従臨によって作られた物であり、気象条件がその存在を存続させるモノでない以上はすぐに消える筈であった。

 だというのに、雲は尚も空を覆って日光を遮り続けている。

 

(まさか)

 

 アーロニーロがまだ存命で、何かしらの小細工を弄しているのではないか?そう思い、慌てて自らが生み出した氷塊へと近づく。

 だが、既に手遅れであった。

 

「解析完了」

 

 微かに聞こえたそんな声をかき消すように、氷塊が内側より破壊される。

 

「舐めるなよ死神」

 

 嗤って悠々と歩きながら、アーロニーロは最早不要となったマントを脱ぎ捨てる。

 アーロニーロが攻めたて、決めきらなかった理由はただ一つ。氷輪丸の天相従臨を解析するためだ。

 アーロニーロは崩玉により3度の破面化をされているが、日光によって能力が使えなくなるとの弱点は改善されていない。だから、天候を操作できる天相従臨がアーロニーロは欲しかった。

 その為に反膜の糸で解析し、天相従臨を我が物とした。

 場をつなぎ易い解放を解除し、より強力な札を切る。

 

「卍解、陰捩花」

 

 捩花を出していなかったがために、アーロニーロの左手より波濤が溢れてドーム状に広がる。

 

「破面が…卍解だと…!?」

 

「卍解は死神の斬魄刀における2段階目の解放。つまり死神の斬魄刀さえ有しているなら、破面だろうが使えるのに不思議はないだろう」

 

 言いたい事は判るが、その内容は屁理屈染みた物。破面は虚が死神の力を手に入れたとしても、斬魄刀が支給品である以上は調達の必要がある上に、卍解まで至るのは時間が掛かる。

 

「……藍染の仕業か?」

 

 破面を作ったのは藍染。ならば死神の斬魄刀を与えたのも藍染と考えるのは当然の帰結であった。

 隊長であったのだから、死亡した隊員の斬魄刀が紛失してそのままなんて事は何度も出来たであろう。必要とあらば、保管されている斬魄刀を盗み出す事すら出来る能力もあったのだ。

 

「正解、コノ斬魄刀ハ藍染様ヨリ授ケラレタ物。マァ、卍解二至ッタノハ実力ダケドネ」

 

 そう嗤い、波濤の一部を動かす。

 

「ッチ、氷輪丸!」

 

 始解である氷輪丸より氷の竜を出し、襲いくる波濤に正面からぶつけて凍てつかせる。だが、先頭が凍りついたのなど関係ないと、後続の波濤が氷を圧砕して日番谷を狙う。

 

「始解で卍解に敵う筈が無いだろ」

 

 氷雪系と流水系の能力は氷雪系の方がやや有利となる。されども、始解と卍解では地力に差が出て当然で、いかに氷雪系最強たる氷輪丸でも覆すのは難しい。

 砕けた氷を飲み込み、波濤は殺傷力を増して日番谷を狙う。

 

「クソッ!」

 

 ドーム状に広がった陰捩花の内側にいる限りは、始解では勝ち目はない。そう判っているが故に、日番谷の顔は険しくなる。

 

(全力でやったのにこれか…)

 

 前回の戦いでルピを仕留め損ねた経験から、アーロニーロは確実に仕留められるであろう攻撃をしたのだった。それなのに通用しなかったのだから、詰めが甘いなどというレベルではない。

 日番谷がアーロニーロ対策を考えていた様に、アーロニーロもまた日番谷対策を考えた結果であろうと、解りやすい隔たりがあった。

 

(形態からして千本桜の卍解に似た代物か。幸いにも相手が水なら、凍らして勢いを削ぐ事はできる)

 

 凍らせると氷と波濤が混ざり合って殺傷力を上げてしまうが、最も堅実な対処方法はそれしかない。繰り返していれば凍らせた分だけ波濤の温度は下がり、より多くの部分を凍らせられるようにも出来るだろう。

 

(流石にそこまで抜けてはないか…)

 

 氷雪系最強を操る故か、温度変化を捉えやすい日番谷は短時間では不可能かと陰捩花を見てため息をつく。

 陰捩花は一息で氷を砕ける力があり、絶えず流動する波濤という性質によって、巡回させて全体の水温を一定にするのは容易であった。

 

「案外頑張ルネ」

 

 近付く端から凍らせて盾にしながら、陰捩花とアーロニーロの中間になるように距離を保って遅延戦闘に務めていた。日番谷としては、勝てないまでもアーロニーロをこの場に留めておく腹積もりなのだろう。

 

「まあ、これで終いだろうがな」

 

 アーロニーロがゆっくりと右手を上げれば、その先で巨大な渦が作られる。

 

「大渦」

 

 陰捩花の半分を使用した名前通りの波濤が日番谷に襲い掛かる。様子見をしていた先程までの比ではない攻撃に、日番谷はたまらずアーロニーロから距離を取る。それはつまり、反対側の陰捩花に近付くということ。

 すかさず日番谷の背後に展開していた陰捩花が牙を剥かんとする。

 

「そう来ると思ってたぜ」

 

 どちらか一方に近付けば、そちらから攻撃が来ることなど織り込み済み。波濤の総量に変化が無いと察知し、ドーム全体を均一にする為に大技を出せば薄くなると当たりを付けてもいた。

 背後からの攻撃で、瞬間的にだが更に薄まった陰捩花へと氷の竜を差し向ければ、凍らし砕いて脱出口が作られる。

 

「ッ!その程度!」

 

 日番谷を逃がさんと脱出口を塞ぎ、更にはドームの均一化を辞めて、日番谷の周りのみ厚くする。そうこうしているうちに、大渦は避けられてしまう。

 

「随分な焦りようだな。そんなに俺を、捕まえておきたいのか?」

 

「ダッタラ?」

 

 陰捩花でのみ倒せないか試していたアーロニーロであったが、このままでは時間が掛かり過ぎると『剣装霊圧』を出す。

 

「本来の戦い方で手早く済ますとしよう…」

 

 まだまだ陰捩花の練度が低いと嘆きながら、陰捩花を本来の姿に戻す。なにも無かったドームの中に天蓋を支えるように柱がそびえ立ち、螺旋を描いて花が咲き乱れる。

 それまで空中で霊子を足場にしていたアーロニーロは、初めてドームにその足を下ろした。

 

「なっ!?」

 

 その瞬間、足を動かしてもいないのに、アーロニーロは走るような速度で移動する。そこから更に踏み込んで響転へと繋げる。『乱夢兎』を使用した時ほどではないが、十分な速さがあった。

 

 血飛沫が舞う……



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選命の時

 思わぬ速度による攻撃に、日番谷はこめかみを切られてしまった。

 

「ック!」

 

 傷口を凍らせて止血するが、まだアーロニーロの攻撃は終わっていない。

 

「虚弾」

 

 逃がさぬようにと、牽制の虚弾が撒かれて退路が制限される。

 

「氷輪丸!」

 

 氷の竜で虚弾を受け止めて退路を確保すると同時に、アーロニーロに食らいつかせて時間稼ぎもする。

 

「遅い」

 

 だが、波濤が逆に竜を飲み込み、アーロニーロは波濤に乗って加速する。陰捩花のみで戦っていた時とは、段違いの猛攻に日番谷の傷が増えていく。

 

「ックソ……!」

 

 最早これまでか。そう日番谷が思い始めたその時、アーロニーロの背後で水飛沫が飛散する。その中を疾駆するのは、虚と思しき仮面を付けた2人組。見た目からして破面側の増援であった。

 だがしかし、その2人がその手の斬魄刀で斬りかかったのはアーロニーロの方であった。

 アーロニーロが余裕を持って2人を避ければ、2人は日番谷を守るように前に立つ。

 

「誰だか知らねえが、助かった…」

 

 息を整えながら、助けてくれた2人を見る。被っていた仮面は消えて無くなり、その下にあった顔には見覚えは無い。前を開けたジャージにセーラー服という恰好だけを見れば、授業中に抜け出して来た学生にも見える。

 

(まさかな、黒崎じゃないだろうに…)

 

 学生でこの戦いに割り込めるであろう味方が脳裏を過ぎったが、アレは例外中の例外だろうと、この2人もそうだろうとの考えは排除する。

 

「アア、確カ110年位前ノ失敗作ダッケ?君等」

 

 仮面の軍勢(ヴァイザード)。元は藍染によって虚化を施された当時の隊長や副隊長に鬼道衆副鬼道長達。当然当人等の承諾を得て行った実験ではなく、利用されただけの存在であった。人生を狂わされたのだから、藍染に復讐しようとするのは当然の成り行きとも言える。

 

「…(なん)や!言いたい事あるんなら手短にせえよ!

 ウチらが何者かはあのハゲがちょろっとこぼしおったけど、言えへんからな!!」

 

(ハゲ……)

 

 ジャージを着たほうの小柄の女性である猿柿(さるがき)ひよ里が、何かを言いたげな日番谷に、乱暴な物言いだが問いかける。

 

「…いや、そんな事はどうでもいい。それより、1つ頼めるか」

 

「なんやお前!それが人に物を頼む態度か!?」

 

 隊長らしい物言いが癇に障ったのか、ひよ里の反骨精神丸出しの発言が出る。そこには同じくらいの身長で隊長に成れた日番谷への嫉妬と、自分達を虚として処断しようとした尸魂界への恨みが混ざっているが、初対面の日番谷に察しろと言うのは無理な話である。

 

「お…お願いします」

 

「…はん、可笑しなこと言ったらシバいたるで」

 

 思わぬ素直な返答にひよ里は目を丸くしたが、話を聞いてやるくらいはいいかと気を許した。

 

「外から見たから判っていると思うが、この付近だけ不自然に曇っている。それを今から晴らす。

 それまでの間、俺を護って欲しい」

 

「そしたら、どないなるんや」

 

「アイツの卍解は解除される…筈だ」

 

「なんやその自信の無さは!!人が協力してやろうって気になったのに……」

 

「先行くで」

 

 聞くに堪えない口喧嘩に発展しそうな会話に嘆息すると、セーラー服を着ている方の仮面の軍勢である矢胴丸リサは、単身でアーロニーロに挑み掛かるのだった。

 

「虚化はしないのか?」

 

「随分とコッチの事知ってるみたいやね」

 

「ナニ、少シダケダヨ」

 

 右の剣装霊圧でリサの斬魄刀を受け止めての短い会話。それが途切れると同時に、左の剣装霊圧が横に振られる。ソレを後ろに下がってリサは回避するが、今度はアーロニーロの足元の波濤が追い打ちをかける。

 三手。リサが一手打つ度にアーロニーロが余裕を持って繰り出せる数だ。一手は相殺されたとしても、残る二手でもってリサは追い詰められる事になる。

 

「リサ!ウチを置いていくとかどないつもりや!」

 

 しかし、リサは1人ではない。仮面を付けたひよ里が攻勢になったアーロニーロの出鼻を挫く。

 

「直ぐ来てくれると判っとったから」

 

 笑い、ひよ里を狙った攻撃を逸らし、続けざまにアーロニーロの使わなかった方の攻撃に移る。それが失敗に終われば、一旦2人で退き、ひよ里は仮面を外し、代わりにリサが仮面を付ける。

 

(成程。長期戦を見越して交互に虚化して消耗を抑えると同時に、互いの隙を埋めているのか……)

 

 2人で攻め立ててるので一見すれば攻勢に見えるが、その実は徹底して相手の攻撃に事前に対処だけしていく守勢。その2人の後ろにいる日番谷は、氷の竜に包まれて防御を固めている。

 だが、足りない。アーロニーロを抑え込むにはなにもかも足りない。

 

「大渦」

 

 陰捩花がアーロニーロの背後でうねり、その姿を巨大な渦へと変えていく。

 

「潰せ『鉄漿蜻蛉(はぐろとんぼ)』!!!」

 

「ぶっ手切(たぎ)『馘大蛇(くびきりおろち)』!!!」

 

 大技にこのままでは受けきれないと、2人とも仮面を付けて始解をする。鉄漿蜻蛉は腕位の太さはある棒の先に幅広の剣先を付けたような矛となり、馘大蛇は斬月を思い出させる大きさの刃数の少ないノコギリとなった。

 後ろにいる日番谷には一滴も通さんと、各々の得物を振りかぶる。

 

「縛道の六十一、六杖光牢(リクジョウコウロウ)

 

 その2人の動きを縛道が阻害する。もう大渦を止められる者はいない。後は全てを飲み込むだけ…

 

 

 

 

「間に、合った……!」

 

 飲み込まれるその寸前、日光が守るように降り注ぎ、陰捩花を当たった端から消し去っていく。

 

(時間切れか……)

 

「違和感は最初からあった」

 

 天相従臨による天候の支配権を取り戻した日番谷は、淡々と独白する。

 

「藍染が直接率いる破面の中に、9なんて低い序列の奴が交じっていたか。

 死神の卍解、能力の模倣、高い身体能力。これだけじゃ特に欠点らしい欠点は見当たらねえが、これまでの戦いは日中、しかも晴天しかなかった。その中で唯一、今回だけは卍解を使った」

 

 既に日番谷の中で答えは出ており、後は示すだけ。

 

「出し惜しみしてたとも考えられるが、卍解を使う前にてめえは俺の天相従臨を模倣して雲を維持した。そうしなければ使えなかったと考えれば、今迄使わなかったのも納得できる。同時に、日光に弱いのか光に弱いのかは判らねえが、そんな弱点を克服さえできれば、序列は今の数字の半分以下に食い込めるのも納得できる。

 道理で俺を逃がしたくない訳だ。全力を出すには、天候を操れる俺は邪魔すぎる」

 

 納得できる事は多かった。偶然に思えた相手も、どんな攻撃にも余裕を持って対処できるようにしていたのも。

 

「だが、慎重に戦い過ぎて機を逃したな」

 

 その身を日光から守る露出ゼロの服。そんな大事な物が、破けたり斬られたりしないようにとの立ち回り。それが裏目に出続け、勝ちを逃がし続けた。

 

「もう勝ったつもりか」

 

「違うか?」

 

 互いに卍解は使えないが、こちらは3人で攻め立てれる。数の優位に、少し前までああも卍解を動かしまわっていたのだから消耗も少なくはあるまい。どちらが有利かなど誰から見ても明らかであった。

 そんなところに、藍染が瞬歩により姿を現した。その姿を見て、全員が体を強張らせる。抜かれた斬魄刀は、何の感情も感じさせずに横に振られる。

 

「ッ!?」

 

 3人にとって衝撃だったのは、藍染が斬ったのは味方であるはずのアーロニーロの胸元を深く切り裂いたからだ。

 

「藍染…様ァ…」

 

 力無くアーロニーロが倒れていく。縋る様に、助けを求める様に手を伸ばすが、藍染は冷たく見つめるのみ。

 

「用済みだ」

 

 眼差しと変わらぬ冷たさで言い放ち、トドメとして今度は縦にアーロニーロを斬ったのだった。

 

「どうやら君達の力では、私の下で戦うには足りない。

 ギン、要、行くぞ」

 

 最後に残った十刃であるアーロニーロを処分して、藍染は淡々と宣言するのだった。

 

――――――

 

「やるとは思っていたが、容赦無く斬り捨てやがって……」

 

 ブツブツと藍染への恨み言を呟きながら、死んだふりを成功させたアーロニーロは隠れて行動していた。藍染自身に計画があったように、アーロニーロにもまた計画があった。

 その為とは言え、念入りに斬られる前提で肌の付近の光をある程度屈折させるという使い所がまずない能力でもって攻撃箇所をズラし、即死を致命傷になんとか抑え込んだのだ。正直なところ、超速再生があっても死ぬかと思えた瞬間であった。

 藍染に斬られる前の遅延戦闘はお遊びのような物。本命中の本命は十刃が全滅してからの行動だ。

 

(しかし、バラガン・ルイゼンバーンは死体すら残らなかったか…)

 

 老いの能力によって攻守完璧と言えるバラガンの死体はぜひ欲しかったが、自らの能力を逆手に取られて塵となっていた。尤も、老いの能力のせいで干渉しようにも出来なかったので、死体が残ったら幸運と割り切っていたが。

 

「死ねば皆同じ、か…」

 

 コヨーテ・スターク。1の数字と『孤独』を藍染に授けられた、自己進化よって破面化した強者。そんな彼は京楽に斬られ、死ぬところを『反膜の糸』により無理矢理な延命を施されている。

 

「リリ…ネッ…ト…?」

 

 近付いてくる人影に、最も会いたい人物を重ねたのであろう。従属官であり、魂を別けた家族。メノスに劣りかねない程に弱く、虚の頃の理想。誰一人とて傍にいる事は叶わず、孤独から逃れる為に斬魄刀代わりの産物。

 自分自身の魂そのものを分かち・引き裂き、同胞のように連れ従え、それそのものを武器とする。2人の能力であるソレを多様すれば、魂が小さい方が消えるのは自明の理。そうなると覚悟して戦い、死を前にして孤独に震えていた。

 特に親しい間柄ではない。なのに、アーロニーロはグランドフィッシャーの能力を引き出し、疑似餌でリリネットを作り出した。

 

「スターク、ここにいるよ」

 

 そう優しく騙り、もう眼はあまり見えないだろうと手を握る。握り返そうとする手は弱々しく、限界の近さを物語る。

 

「いる……へんじ…ら…しろ……」

 

 死にそうなのになんとか笑うその顔は、アーロニーロの古い記憶を刺激する。古く嫌な記憶を……

 

「今日はもう疲れたから寝ちゃおうか」

 

 自力では閉ざせなさそうな瞼を下させ、リリネットはスタークに寄り添う。孤独ではない安心からか、眠る様にスタークは息を引き取った。

 死体となったスタークを喰らい、疑似餌をしまう僅かな時間にリリネットの唇が動いたが、アーロニーロの目に入ることはなかった。

 

――――――

 

 現世に侵攻した最後の十刃、ティア・ハリベルは瓦礫に身を横たえてぼんやりと空を見ていた。そこでは藍染達が自らの手で戦い始め、十刃は誰一人とて立っていない。最後まで戦っていたアーロニーロが斬られた時点で、自分は藍染の甘言で踊らされていたと解ってしまった。

 終わりであった。犠牲なき世界が藍染に従って進む先にあるのではないか、などという自分にとって都合の良い幻想と共に、ハリベルは終わろうとしていた。

 

「お前か……」

 

 故に、アーロニーロが左手の口を露出して立っているのを自然と受け入れられた。これまで何人もの十刃を喰らってきたのだ、自分の番になれば現れるのは当然であった。

 

(やはり、お前は無事だったのだな)

 

 幾つもある能力に帰刃。使い所さえ間違わなければ生き残るには不足はないだろうと思っていたが、こうして現れてくれれば不安に揺れていた心が安らぐ。

 

「アーロニーロ、最期に頼みがある」

 

 返事はしないが、動きを止めたので聞いてはくれるのだろう。

 

「3人を助けてやってくれ。渡せるのは私自身しかないが……」

 

 アーロニーロからすれば交換条件にならない内容であった。それでも、『犠牲』になるのが自分だけになる可能性があるのなら、懇願せずにはいられなかった。

 今日この日、こんな死地に足を踏み入れさせたのは自分なのだから。例えどんな低い可能性でも、賭けるしか可能性は開けないのだから。

 

「駄目、か……?」

 

「……まあ、いいだろう」

 

 儚く笑うその顔は散り際の花のようで、手遅れになりそうだと錯覚してしまいそうになる。この美しくも悲しい今際を残すには、花を栞にする如く手折るのみ。

 

―――本当二、ソレデ良イノ?

 

(躊躇う理由などあるまいに……)

 

 ハリベルを喰らえば強くなれる。判り切った結果、得られる力は鍛えて手にするなら時間が掛かって仕方が無い。そう喰らう理由付けをして、剣装霊圧を振り上げる。

 

「ッふざけんじゃねぇぞ!アーロニーロ!!!」

 

 誰の怒声かと発生源を探せば、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの3人が塞ぎ切らない傷を押さえながらも、立っていた。

 

「まったく、アパッチの言う通りだ」

 

「色々とふざけた方と思ってましたが、よもやここまでとは……」

 

 一様に怒りを宿しているが、3人はハリベルよりも弱々しい。アヨンを生み出すために切り離した左腕は無いままで、残っている右腕は狛村にやられた傷を押さえてて使えない。しかも、押さえる範囲、もしくは力が足りないのか傷口から新たな血が流れ続けている。下手な行動は即命に関わる重傷であった。

 それでも、ハリベルを助けられるのなら、なんだってしてやるとの気概が感じられる。そのせいか、アーロニーロには関係の無い過去(モノ)が重なって見えてしまう。

 

「……」

 

 いらない感情(モノ)は捨てたはずであった。なのに、どうしようもなく重く、息さえままらない。

 

「踊り狂え……『絡新妖婦(テイルレニア)』」

 

「なにを…!」

 

 蜘蛛脚が4本生える帰刃に、ハリベルは問いただそうとしたが視界が塞がれる。気付けば、極細の無数と言える糸によって手足を伸ばせる程度の広さを確保して包まれていた。そしてそれは、他の3人も同様。

 

「双天帰盾」

 

 再現するは事象の拒絶。アーロニーロが知る限りの、治療の最高峰。その身に釣り合わない能力の行使に、身体が軋み、至る所に裂傷が生じるが超速再生でもって治していく。

 アーロニーロはハリベル達の治療が進むだけ、自分の血が流れるだけ、不思議と軽くなった気がしていた…



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