六人の距離、三人の距離 (Kohya S.)
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六人の距離、三人の距離

「それじゃ、夕方にまた会いましょうね。チャオー!」

 

 そういって小原(おはら)鞠莉(まり)(うら)(ほし)女学院の校門から手を振った。

 高海(たかみ)千歌(ちか)渡辺(わたなべ)(よう)、そして桜内(さくらうち)梨子(りこ)の三人は手を振り返して、学院前の坂を足取りも軽く下り始めた。

 

 学校説明会とラブライブ予選が重なり、新曲が二曲も必要になったAqours(アクア)。期間も限られていて、いままでのように二年生三人だけで曲や衣装を作るのは無理がある――ということで、片方の曲は一年生と三年生の六人が担当すると決めたのだった。

 

 早速、二手にわかれてそれぞれ作ることにしたのだが――。

 

「でも、大丈夫かな……」

 

 梨子は思わずそうつぶやいていた。

 

「大丈夫だよー。鞠莉ちゃんたち、一年のころスクールアイドルやってたんでしょ。むしりとった衣笠(きぬがさ)だよ」

 そういった千歌に曜がすかさずツッコミを入れる。

「それをいうなら、昔取った杵柄(きねづか)でしょ、千歌ちゃん」

「あはは、そうだっけ?」

 

 曜ちゃん、いつも速攻でツッコミ入れててすごいな、と梨子は思う。

 

 私もツッコもうと思うんだけど、どうしてもわたわたしてしまうのよね。こんなことじゃ千歌ちゃんと二人っきりになったら、間が持たないかも。

 曜ちゃんとならその心配はないけど、ボケ役も私には向いてないし……。

 

「でも、私たちよりスクールアイドル歴、長いわけだし。ねえ、梨子ちゃん」

 

 そんなことを考えているうちに千歌に話しかけられ、梨子はドキリとする。

 

「う、うん、そうだよね。きっと大丈夫よね」

「どんな曲かな。楽しみだなあ」

 

 千歌はそういうと両腕を頭の後ろに回して空を見上げるようにした。

 たしかに梨子も楽しみだった。

 

 『未熟DREAMER』はとてもいい曲だったし、心配しちゃ悪いわよね。それより、私たちもがんばらなきゃ。

 

 これから待ち受けていることも知らずに、梨子はあくまで前向きにそう思うのだった。

 

        ・

 

 学院前のバス停からバスに乗る。いつものように()いていて、三人は最後尾の座席に仲良く並んで座った。梨子が中央だ。

 

「千歌ちゃんちで、みんなで作るわけには行かなかったのかな?」

 

 曜がいう。残った六人は部室ではなくてどこか別のところでやろう、と話していたようだが――。

 

「うーん、あいてる部屋があればいいんだけどね。今日の夜、団体さんが来るんだ」千歌が残念そうにいった。

「そっか、それじゃ無理だよね」うなずく曜。「でも、どこでやるのかな?」

「うーん、やっぱり鞠莉ちゃんのところ? 鞠莉ちゃんってお金持ちだし、ホテルに住んでるんでしょ、すっごく広そうじゃない」

「そういえば、千歌ちゃんと似てるね。旅館とホテルで」

「私の部屋は単なる和室だけど、鞠莉ちゃんは、ほら、えっと、なんていうの、特別な部屋だよね」

 

 千歌は言葉が出てこないのか体をちいさく揺らしてじたばたする。

 

VIP(ビップ)ルーム?」曜が答える。

「そうじゃなくて、なんかあまーい感じの」

 

 梨子はすこし考えて思いつく。

 

「あ、スイートルーム!」

「そうそうそれそれ!」

 

 千歌はぱっと顔を輝かせた。梨子も思わず笑みを浮かべる。

 千歌はうっとりとしたようすで続けた。

 

「きっと豪華なんだろうな……」

「……そうだねえ、きっと天井にはシャンデリアが輝いちゃったりして」と曜。

「グランドピアノとか、置いてあるんだろうな」

 

 梨子は真っ赤なカーペットに置かれた漆黒のピアノをイメージする。やっぱりスタインウェイかしら……。

 

「こう、なんか壺みたいなのを(かつ)いだ女神像から、お湯が流れてて……」

「帆船模型とか飾ってあるよね、きっと」

「壁には有名な画家の、素敵な絵が掛けられていて」

「あ、お湯じゃなくて、チョコが流れてるのがいいかなあ」

「ベランダから直接、プールに飛び込めたりして」

「黒服の執事が控えてて、ベルを鳴らすと、すっとあらわれるのね」

 

 三人の頭のなかには「豪華なスイートルーム」のイメージが描き出された。それぞれ微妙に――いや、かなり異なってはいたが。

 

「行ってみたいな……」

 

 遠くを見るような目でつぶやく千歌。その思いは三人とも同じだった。

 

「今度、頼んでみようよ」

「そうね」

 

 曜がいって、梨子もうなずいた。

 

「豪華っていえばダイヤさんとルビィちゃんもか。敷地、広いよね、黒澤(くろさわ)家。千歌ちゃんは、はいったことあるんだよね」曜が質問する。

「うん、ずっと前だけどね。果南(かなん)ちゃんに連れられて……。廊下がすっごく長かったのを覚えてるよ」

「覚えてるのそこなんだ」

「だって、うちより長いんだよ。雑巾がけ、たいへんだなあって」

「千歌ちゃん、そのころからお手伝いしてたんだ。えらいなあ」

 

 梨子が素直な感想を口にすると千歌は「えへへ」と笑った。

 曜が続ける。

 

「マルちゃんも掃除が一苦労(ひとくろう)ずら、っていってたっけ。お寺だから、やっぱり広いよね」

「うん。果南ちゃんちはお店で、なかはけっこうゆったりしてて、外はデッキもあるし……場所はよりどりみどりだね」と千歌。

 

 でも、善子(よしこ)ちゃんはたしかマンションで、それに沼津だから無理よね。梨子は思う。

 

 そういえば千歌ちゃんは旅館、鞠莉さんはホテル。ダイヤさんとルビィちゃんは網元で花丸(はなまる)ちゃんはお寺。果南さんもダイビングショップで……。

 

「あれ、もしかして、いわゆる普通の子って、善子ちゃんと私だけ?」

「えっ、うちもだよ」と曜。

「でも、曜ちゃんのお父さん、船長さんじゃない」

「うーん、(いえ)は普通だけどなあ」曜は苦笑いする。

「やっぱりすこし変わってるくらいじゃないと、ダメなのかな……」

 

 私ってどうしても地味な感じだし、この調子だときっと人気も出ないよね……。

 

 すこしだけブルーな気分になりかけて顔をふせる梨子。

 

「いやいや、梨子ちゃんは梨子ちゃんが特別だから!」

「そうそう、梨子ちゃんに会えたことが奇跡なんだよ!」

 

 曜と千歌が口々になぐさめる。梨子は自然に口元がゆるむのを感じた。

 

「ありがと、曜ちゃん、千歌ちゃん」

 

 三人は笑いあう。

 

 ふと隣に座っているふたりの体が意識された。千歌はいつものように距離感なく、ぴったりと体を寄せている。曜はすこしだけ距離を置いていて――それでもバスがカーブに差し掛かると肩やふとももが触れて、彼女の体温を感じるのだった。

 

 他愛ない会話を始めたふたりのあいだで、すっかり気を取り直した梨子はにこにこと微笑んだ。

 

         ・

 

「どんな感じに進めよっか」

 

 旅館の二階、千歌の部屋。丸いちゃぶ台の前に落ち着いて、曜が質問を投げた。

 

「えーと、まずは曲のテーマと雰囲気を決めて、それから三人それぞれ考える?」

「今回は学校説明会用の曲だから、テーマは決まってる、といえば決まってるのかな」

 

 千歌と梨子も首をひねる。

 

「あ、でも、私はもうさんざん考えて、なにも出なかったから……最初に三人で歌詞を考えるのはどーでしょう?」

 

 千歌は期待するように曜と梨子の顔を交互に見つめた。

 

「いつも千歌ちゃん、ひとりで考えてるもんね。それじゃ、歌詞から決めよっか」

「私もいいわよ」

 

 曜の言葉に梨子もうなずいた。曜ちゃんは千歌ちゃんには甘いよね。自分のことを棚に上げて梨子はそう思う。

 

「わーい。それでは、よろしくお願いします」

 

 千歌はちゃぶ台に手をついて頭を下げた。

 

「それで、なにかアイデアはあるの、千歌ちゃん。せめてサビの部分とか、入れたい言葉とか」曜が聞く。

「あはは、今のところ、なにも……すみません」

「まあ、三人で考えればいっか。みんなで考える物語、っていうしね」

「そうそうそれそれ」嬉しそうに笑う千歌。

 

 梨子も納得しかけて、

「なにか違うような気がするわ……」

 とつぶやいた。

 

        ・

 

 それからしばらく考えてみるものの、なかなかアイデアは出なかった。

 

「うーん、説明会、説明会。難しいなあ」

 

 そういって千歌は唇と鼻のあいだにペンをはさむ。あら、可愛い。

 

「あっちも進んでるかなあ」と曜。

「六人いるし、ふたりずつ、みっつのグループにわかれてるかも?」

 

 千歌がいうとペンがポロリと落ちた。

 

「私たちみたいに、作詞、作曲、衣装、かー。うん、そうかもね」

 

 曜はそのペンをひろって右手でくるくると回す。あ、千歌ちゃんのペン。ずるい。

 

「二年前は、果南ちゃんが作詞、っていってたよね」と千歌。

「うん。となると、組むのは……文学少女の花丸ちゃんかな?」

「衣装はダイヤさんで、ルビィちゃんと?」

「それはありそうだけど……あっ」

 

 曜がペンを取り落とし、梨子はすかさず手に取る。

 

「姉妹だと、やりにくかったり、しないかな?」そういいながらペンを千歌に返す。千歌は軽くうなずいた。

「そうかなあ」といって今度は耳にはさむ。

 

 あら、これも可愛いわ。そう思いながら梨子は続けた。

 

「ほら、ダイヤさんって律儀(りちぎ)だから。ルビィちゃんは、ほかの人と組ませるんじゃないかな」

「たしかに……となると、ルビィちゃんと鞠莉さんで作曲か。んー、ルビィちゃんはスクールアイドルに詳しいから、曲作りも悪くないかも?」

「そうすると、衣装はダイヤさんと善子ちゃんだね」曜がうなずく。「善子ちゃん、服にはこだわりがあるみたいだから、いい組み合わせかもね!」

 

 悪くない組み合わせだと梨子も思う。でも……。

 

「三年と一年だと、結局、三年生の意見が(とお)っちゃうんじゃないかしら……」

「うーん、どうかなあ」首をかしげる千歌。「花丸ちゃんとルビィちゃんと善子ちゃん、ああみえて意外に(しん)がある気がするんだ」

「芯、か。たしかにそうかも」

 梨子がいうと曜もうなずく。

「なにしろ加入の経緯がああだもんね」

 

 もう一度、歌詞について考え始めたとき、千歌のスマートフォンが鳴り出した。

 

        ・

 

 一年生と三年生でぶつかりあった六人の仲裁に、黒澤家まで行った三人。結局、あまり有効なアドバイスはできなかった。

 ダイヤは千歌の話に、なにか思うところがあったようだが――。

 

 三人は千歌の部屋に戻ってくる。いつの間にか空には黒い雲が掛かり始めていた。

 

「まさかあんなにもめてたなんて……大丈夫かな」梨子は心配をにじませる。

「んー、でも一年生のみんながしっかりしてて、私はよかったかな」千歌はむしろ安心したようすで続けた。「なんとかなるよ、きっと」

 

 うん、千歌ちゃんがいうなら大丈夫よね。

 

「とはいえ、あれは、作曲する前に、まず仲良くなるところから始めなきゃだね」曜が苦笑する。

「そういっても、ずっといっしょに部活してきたわけでしょ。それなのに急に、仲良くなんかできるかなあ」と梨子。

「いままでほら、いかにも先輩後輩って感じだったから……なにかイベントがあれば仲良くなれるんじゃないかな」

「イベントかー。なにがいいかな?」

 

 千歌の言葉に三人は頭をひねる。

 

「うーん……」

「そうだなあ」

「ええと……」

 

 すぐに千歌が口を開いた。

 

「わかった! きっと、裸の付き合いってことで……温泉にでも行くんじゃない」

「ええっ、そんな……そんな少年漫画みたいなこと、あるのかな?」と梨子。

「ありだよ、あり、大ありだよ!」千歌は右手を握りしめて力説する。「ほら、私たちだって、夏のはじめごろだっけ、はじめて一緒にお風呂に入ったじゃない。梨子ちゃん、気持ちいい~っていってたよ」

「そ、それはそうだけど……」

「うんうん、いってたいってた」こくこくとうなずく曜。

「あれからちょっと、距離が縮まった気がするんだけど……私だけなのかなあ」

 

 千歌は上目遣(うわめづか)いで梨子を見つめる。ああっ、そんな顔されたら……。

 

「……千歌ちゃんの、いう通り、かな」

 

 梨子は頬を赤らめる。千歌はぱっと明るい顔になった。

 

「でしょでしょ~」

「それじゃあやっぱり、六人で温泉だね」と曜。

「みんなで温泉か~。いいなー、温泉」

 

 千歌はそういって天井を見上げる。

 

「千歌ちゃんちだって、温泉じゃない」

 梨子はあきれたようにいう。

「そうだけど、みんなでっていうのがいいんだよね。鞠莉さんたちと一緒に入ったことないし」

「えーっと、裸の付き合い、ってこと?」

「そうそう!」

 

 千歌は体を起こし我が意を得たりとうなずいた。

 曜が口を開く。

 

「そういえば、鞠莉さんって、高校生とは思えないよね」

「ええ、鞠莉さん、すごくしっかりしてるけど……」

 

 どうして急に? そう思う梨子。

 

「そうじゃなくて……」曜は苦笑交じりで首を振る。「ほら、胸のあたりとか、ウエストとか」

「ああっ、そういうこと……たしかに、あれはいかにもハーフって感じかしら……」

 

 考え込む梨子。裸だときっと……あっ、あまり想像しちゃだめよね、うん。

 

「でも、そのわりに、ほかの人の胸に興味あるんだよね、鞠莉さん……」

 

 曜はそこまでいって、なにを思い出したのか唇の端をゆるめた。

 梨子はそれに気づかずに続ける。

 

「一番の被害者は果南さんかな」

「あっ、ダイヤさんもすりすりされてたしね」と曜。

「あれは、照れ隠しなのかな」

 

 そう思えば鞠莉さんも可愛いんだけど。

 

「そういえばー、曜ちゃんもわしわしされたって、うわさで聞いたけど」

 

 千歌はそういって曜をちらっと眺めた。曜はぎくりとしたようすになる。

 

「ええっ、どうして知ってるの?」

「やっぱりー。えへへ、かまをかけただけでしたー」

「なにそれ! もう、私ったら、簡単に引っかかっちゃうんだから……」真っ赤になる曜。

 

 千歌ちゃんひどい……。梨子は内心で苦笑する。ん? じゃあ私も。

 

「千歌ちゃんだって、この前、きゃーって可愛い悲鳴上げてたけど?」

「ああーっ、見てたの、梨子ちゃん!」

 

 えっ、ほんとう? 固まる梨子。

 

「……あれ? もしかして、見てなかった?」

 

 梨子はゆっくりとうなずいた。

 

「あーもう、ひどいよ、梨子ちゃん! 内緒にしておこうって思ったのにー」

「それ、千歌ちゃんは、いえないと思うよ」曜が冷静に指摘した。

「すみません……」

「あ、あの、みんな鞠莉さんが悪い、ってことで」

 

 梨子がいうとふたりはうなずいて同意した。

 

 あれ、もしかしてわしわしされてないの、私だけ? それって……鞠莉さんって、やっぱりひどいわ……。

 

 梨子が落ち込んでいると。

 

「鞠莉さんってさ……前とか隠しそうにないよね」

 

 曜がぽつりとつぶやいた。梨子は思わず湯船を前に仁王立ちする鞠莉を想像してしまう。

 

「よ、曜ちゃん」と止めようとして、梨子はあれっ、と気づく。

「……千歌ちゃんも、隠してない、よね」

 

 千歌と顔をあわせられなくて、つい伏し目がちでつぶやいた。最初はすごくびっくりとしたことを思い出す。

 

「あっ、そういえばそうだね」曜はあっけらかんという。

 

 ん、曜ちゃんは、慣れてるのかな……。

 

「そ、それはー」さすがに恥ずかしそうな声。「だって自分の家だし、みんなとの仲だし……。ほら、みんなだって、いえのお風呂で隠したりしないでしょ?」

「そ、そうだけど」

 

 いいのかしら……。

 

「まあまあ、裸の付き合いってことで」と曜がいうと。

「そうそう、そうだよー」

 

 千歌はほっとしたように笑った。

 

 うん、あまり気にし過ぎる、私のほうが変なのよね。梨子はそう思おうとした。

 

        ・

 

「さあ、そろそろ曲作り、再開しないと……」と梨子がいいかけると。

「そういえば……」

 

 千歌が内緒話でもするように頭を乗り出し、ふたりは顔を近づける。

 

「……果南ちゃんもすごいよね」

「あの、千歌ちゃん」まだ続けるの、この話題……。

「うんうん、そうだね」小声で答える曜。曜ちゃんまで……。

「いつも体のラインが出てる、ダイビングスーツだしー」

「さらに、その下はビキニだよね」

「目の毒だよ、あれは……」

「全速前進ヨーソローだね」

 

 視線を交わすふたり。もう、仕方ないんだから。でも、それをいったら……。このまえ、屋上で練習してたときも思ったんだけど。

 

「花丸ちゃんだって負けてないと思うわ」梨子はつぶやいていた。

「あ、そうそう」うなずく曜。「腕立てのときとか、ぷにってつぶれて、柔らかそうなんだよね」

「腹筋のときも、シャツをたゆんたゆんって押し上げるものが……」

 

 梨子の言葉に曜は「わかってらっしゃる」というように目を輝かせた。

 

「その三人が、温泉か~」

 

 千歌が体を起こして感慨深そうにいった。

 

「鞠莉さん、ぜったいに花丸ちゃんに、なにかいうね」曜が腕組みをして確信をこめる。

「ワーオ、ベリーワンダフル、スペシャルなマシュマロちゃんですね! とかー?」と千歌。

「そうそう、そんな感じ! それで、花丸ちゃんが真っ赤になっちゃうんだ」

「わっ、かわいい、花丸ちゃん!」千歌がはしゃぐ。

 

 たしかに見逃せないシチュエーションね。

 

「それで、花丸ちゃんは浴場のすみっこに隠れちゃうの」と曜。

「そうなると、善子ちゃんが放っておかないわね」梨子は思わず口にする。「『花丸、気にする必要はないわ。あまりの美しさに人間界に落とされた私の次に、あなたは美しいわ。もっと堂々としていていいのよ』」

「『善子ちゃん、オラが間違っていたズラ……』」

「ひしっと抱きあうふたりだった」

 

 千歌がナレーションを付け加えた。

 

「でも、そうするとルビィちゃんがすねちゃうかも?」

「ダイヤさんがなぐさめるのかな?」

 

 曜の言葉に梨子が首をかしげる。

 

「いや、そこはあえて果南ちゃんだね」千歌が妙な自信を見せた。「『ルビィ、あなたもまだまだ成長するよ』っていって、ハグしてあげるんだ」

「『か、果南さんも、むかしは、ちっちゃかったんですか……?』」と曜。

「『あっはは、私は中学のころから、大きかったかなあ』」

「『ピギィ!』」

「なぐさめてないよね、それ……」あきれる梨子

「まあまあ、そこは果南さんの包容力でー」千歌は無責任に笑った。

 

「さすがにダイヤさんが見かねて、鞠莉さんをたしなめるんだ」曜は声色を変えて続ける。「『鞠莉さん、あなたって人は、せっかく仲良くなるために来たっていいますのに』」

「『あら、ダイヤ、嫉妬は見苦しいわよ』」と千歌。

「『し、嫉妬ではありません!』」

「『心配しなくても、あなたのスレンダーなボディも、私はダイスキよ』」

「『! し、知りません!』」

「真っ赤になるダイヤであった……って、なんでカップリング検討会みたいになってるのー」

 

 梨子は頭を抱えた。

 

「あれー、最初にいい出したのは誰かなー?」千歌がジト目で梨子を見つめる。

「そ、それは曜ちゃんじゃない?」

「私は、鞠莉さんがなにかいいそうだな、って話しただけだよ」

「そのあと、千歌ちゃんが……」

「私も、鞠莉さんがいいそうなことを口にしただけだしー」

「花丸ちゃんは隠れちゃう、って私がいったら……」曜は梨子に向けてにやりと笑う。

「えっと、それは……わ、私もちょっと、ありそうなこと、いっただけよ」

 

 梨子はあたふたと言い訳した。

 

「梨子ちゃんは、こういうの嫌い?」千歌がなぜか無垢な表情で聞く。

「えーっと、それは」梨子が視線を逸らすと。

「嫌い?」今度は曜がやはり目をキラキラと輝かせる。

 

 梨子は視線を落とす。

 

「き、嫌い、じゃないけど……」

 

 そうつぶやいてから、ばっと顔を上げて声を大きくする。

 

「……こういうのは、想像するだけにしておくのが、楽しいのよ!」

 

 梨子は耳まで真っ赤だった。

 

「なんだー、よかったー」

「よかったー」

 千歌と曜は顔を見あわせて笑いあう。

「梨子ちゃんとは、こういう話、できないのかと思ってたー」

「うんうん、妙にガードが堅いような感じ、したもんね」

「これからもたまには、こういう話、しようね!」

「ね!」

 

 ふたりに見つめられる梨子。こくりとうなずく。

 

「……えーっと、たまになら……」

 

「わーい、やったー」

「やったね、千歌ちゃん」

 

 手を取りあうふたりを前にして梨子は苦笑するしかなかった。

 

        ・

 

「あの、そろそろ始めないと……」

 

 梨子は壁の時計を気にする。

 

「ねえねえ、その前にー」

 

 千歌がいたずらでも考えているような顔をした。悪い予感がするわ……。

 

「なあに、千歌ちゃん?」

 曜はなにも気にしていないようすでたずねる。

「私たちもお風呂、はいろ?」

「ええっ、お客さん、いるんじゃないの? それに、時間が……」梨子はいうが。

「えへへ、今日は団体さんが来る、っていったでしょ。お客さんが来るまでにはもうすこしあるから、いまの時間、誰もいないんだー」

「お、いいねいいね」曜はすっかり乗り気だった。

「で、でも……」

「ほら、お風呂に入ってすっきりすれば、曲作りも進むよ。ね、ねっ?」

 

 千歌は梨子の手を両手で握りまっすぐ目を見つめる。千歌の手が温かい。はあ、仕方ないわ。

 

「もう、すぐに上がるんだからね」

「わーい。タオル、用意するから、先に行ってて!」

 

 千歌はそういうと立ち上がり、部屋を出ていった。曜は梨子のほうを見つめて、にこりと笑った。

 

 曜と一緒に廊下を歩いて浴場へ向かう。

 

「ひさしぶりだねー、三人で千歌ちゃんちのお風呂に入るの」と曜。

「え、ええ。夏休みに泳いだとき、以来かな」

 

 それは、千歌ちゃんちのお風呂に入るのは、楽しみだけど……。

 

 脱衣所に着くと曜はいつものように手早く服を脱いでいく。

 ふと、さきほど話した温泉の六人のことが思い出された。いやでも梨子の目は曜の体に吸い寄せられる。

 

 曜ちゃんも胸、大きいのよね。それに水泳のせいか体も引き締まってるし、脚もすらっとしてきれい……。

 

「あっ、タオルないんだっけ……。ま、いっか。お先に!」

 

 そういうと曜はなにも隠さずにガラガラと大浴場へ続く扉を開けて出ていった。

 

 ああっ、曜ちゃん! えっと、タオル、どうしようかな。待ったほうがいいわよね。髪はゴムで止めるとして……。

 

 髪をまとめ、梨子がゆっくりとブラジャーに手をかけると。

 

「お待たせー」という声とともに千歌が入ってきた。「はいっ、タオルっと」そういって梨子に手渡す。

「ありがと」

「あ、曜ちゃん、もう入ってるんだ」

 

 そういうと千歌は曜よりも素早く裸になっていく。まさに電光石火の早業だ。

 

「曜ちゃん、待ってー」

 

 あっけにとられる梨子を残してタオルを二枚――曜と自分のぶん――持って浴場へ消えていった。当然、生まれたままの姿で。

 

 短い時間だったが千歌の肢体は梨子の目にしっかり焼き付いていた。

 

 曜とはまた違ってすこしふっくらとした女の子らしいスタイル。まさに健康的な美しさだった。

 

 それに、胸は曜ちゃんと同じくらいあるんだよね……。

 

 いままではふたりの裸なんて、あまり意識しなかったのに――カップリングの話のせいに違いなかった。

 

「それに引きかえ、私ったら……」

 

 決して豊かとはいえない胸。スレンダーといえば聞こえはいいけれど、メリハリのない体。

 

「はあっ」

 

 梨子はため息をついて苦笑した。

 最後にショーツを脱いでほかの服の上に置き、タオルで前を隠そうとして――。

 

 へんに意識しないほうが、いいのかしら?

 

 梨子は右手にタオルを持って大股で浴室へ向かった。

 

 千歌の旅館の大浴場は、室内の風呂と屋外の露天風呂とにわかれている。ふたりは当然のように露天のほうにいるようだった。

 

 浴場への扉はガラガラと音を立てて、梨子はそれがとても気になる。

 

「あ、梨子ちゃん。遅かったね……って、おおっ!」

「えっ、なになに。うわっ!」

 

 ふたりが色めき立つのがわかった。目はあわせなかったがしっかり視線を感じた。

 そのまま湯船の隣まで行き、手早く手桶で掛け湯をする。

 

 ふたりと顔をあわせないまま、ざぶんと湯船に入った。

 

「えーっと、びっくりしちゃった」

「うん、私も」

 

 千歌と曜がつぶやいた。

 

「もう、私だって恥ずかしいんだから、放っておいてよ!」

 

 真っ赤だった顔をさらに赤らめて梨子がいうと、ふたりは神妙な顔でうなずいて――ぷっと吹き出した。

 それを見て梨子もくすりと笑う。

 三人はしばらく、くすくすと笑いあった。

 

 いつの間にか、雨が降りだしていた。温かい湯船のなかから受け止める冷たい水滴は、むしろ心地よかった。

 

「雨だねえ」

「雨ですなあ」

「雨ね」

「六人、大丈夫かなあ」

「きっとなんとかなるでしょ」

「お風呂から出たら、作曲よ……」

「はーい」

「はーい」

 

 三人はしばらく――いや、かなりのあいだのんびりと過ごし、やってきた志満(しま)さんに掃除をするから上がりなさいといわれて、ようやく部屋に戻った。

 

        ・

 

「どーしよー、ぜんぜん進んでないよー!」

「だからいったじゃない」

「でも、梨子ちゃんも堪能(たんのう)してたみたいだけど」

「そ、それは……」

「もう、泊まっていくしかないね!」

「ええーっ」

 

 三人の距離が縮まったせいだろうか、その夜、いままでの最短記録で曲は完成し――結局、千歌が自分で歌詞を考えた――しかも悪くないできだった。

 

 翌朝。日の出とともに三人は目覚めた。

 

「千歌ー!」

「あ、みんな!」

 

 果南の声がした。帰ってきた六人。いつの間にか屋根に上っていた千歌が手を振る。

 

「曲はできたー?」曜も窓から身を乗り出した。

「ばっちりですわ!」とダイヤが答えた。

 

 ふたりを見ながら梨子は思う。

 

 私、内浦に来て、千歌ちゃんと曜ちゃんに会えて、幸せだな。うふふ、これからもよろしくね。

 

 次に一緒にお風呂に入ったとき、自分の胸のなさをなげく梨子をふたりがなぐさめたのは、また別の話――。




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