INFINITE・STRATOS NEXT ~戦いの果ての答え~ (タナト)
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Chapter 0 a Answer
今や地表のほとんどを覆っている砂漠地帯。そんなどこにでもあるような光景の中に異様な建造物が一つ。空高くそびえたつ白い塔は、先端に光を蓄えている。その光は人類の未来を拓く希望であり、まさに今失われている幾億もの命の光でもある。
それを遠くから眺める巨大な人影があった。世界最強の兵器アーマード・コアの次の次元ネクストそしてその中にはそれに乗るパイロット、リンクスがいた。名はレイレール・ライミス。現時点で最高のリンクスといえる彼は、この光景をつくりだした最後のORCAであった。
「テルミドール、メルツェル、真改兄さん、ORCAのみんな、つかんだよ『未来』」
AMSを経由して流れてくる映像をみながら彼が呟いた次の瞬間、塔の光が空高くへと放たれた。その光は人類の宇宙への進出を妨げる旧時代の遺物をことごとく焼き払い、人類の新たなるフロンティアを開いていく。
(こんなことに付き合うなど私も物好きだな)
レイの無線から聞きなれた声が響く、
無線越しの女性、セレン・ヘイズは言った。
(お前にはいい夢を見させてもらった)
いつものきつめの声とは違い、優しいトーンでセレンは答えた。
「………」
(………)
しばしの沈黙。
「セレ…」
レイが口を開きかけたその時、
(…っ!ネクストの接近を確認…!)
「………!」
レーダーには確かに1機のネクストの機影が映っていた。そして、彼から少し距離がとった場所で停止する。
そしてそのネクストとは…
(ジョシュア・オブライエンのホワイト・グリントなのか…?)
セレンは驚きの声を上げる。
そう、そのネクストは確かにホワイト・グリントだった。だがラインアークのそれではない、リンクスなら知らぬ者はいないアナトリアの傭兵と並び語られるリンクス戦争の英雄、ジョシュア・オブライエン。そんな彼が駆っていた、最初の『白い閃光』ホワイト・グリント。目の前の機体はそれに酷似していた。
(ジョシュアが生きているわけがない…とするとやはり…)
ラインアークのリンクスが生きていたのだろう。そしてそれはすなわち…
(お久しぶりです。レイレール・ライミス、霞スミカ)
セレンとは正反対の柔らかな声が無線から聞こえた。
(フィオナ・イェルネフェルト、やはりお前たちか…何の用だ?)
セレンも落ち着いた声で返す。
(すべての決着を付けに来ました)
(…っ⁉)
帰ってきた言葉にセレンは息をのむ。
決着を付けるとは、今ここで戦う、ということだ。
(貴方達のやったことは、許されない)
リンクス戦争時では考えられないような冷たい声で、彼女はそう言い切る。
レイはその言葉を真っ直ぐ受け止める。確かにこれはこれまで誰も犯したことのないような重い罪だろう。だが、間違っているとは思っていない、後悔もしていない。だからレイは何も言い訳しない。
「それは、貴方も同じはずだ…ホワイト・グリント…いや、アナトリアの傭兵」
レイは、感情を込めず言った。
(確かに、そうだな。結局アナトリアを守れず、世界をかき乱すだけだった俺も貴様の同類かもしれんな)
返ってきたのは、フィオナのものではない、低く深い声だった。
ホワイト・グリントのリンクスは、アナトリアの傭兵である。それはリンクス達とって公然の秘密であった。だからこそ全リンクスの中で最強と言われ、畏怖されてきた。
レイはその言葉を聞き覚悟を決めた。
「始める前に言っておく、俺はレイレナードのアンジェの息子だ」
アンジェ、最強のレーザーブレード、『
(………)
無線からは何も聞こえてこない。
「恨んではいない。俺も傭兵、戦いの中にあって死ぬのは当たり前だと理解している。むしろ強さを重んじていた母にとって貴方と戦って死ねたことは本望だったと思う。そしてだからこそ、俺は貴方を討つ。強くあることにすべてを賭けた母の息子として、レイレナードの遺志を継ぐ者として、そしてこの『月光』を継ぐ者として…!」
レイは感情を込め言い切る。
たとえ自分自身が断罪されるべき罪人だとしても、今自分の中にある確かな答えは、その罪よりも重い。だから引かない、絶対に。
(もう、言葉は不要か…)
アナトリアの傭兵はそれだけを言った。
しばしの、沈黙が流れる。
ドゥ!
2機のネクストはQBで距離を広げる。そして…
戦いが始まった。レイのネクスト、アンサーのアセンは、ローゼンタールのTYPE-LANCELをベースに積載限界を増やすため脚部をGAN02のものに替えて、内装を機動性とEN特化に替えた機体。武装は左腕には実弾のライフル。背中にはレーザーキャノン、展開型ミサイル。両肩にはフレア用のミサイル。そして右腕にアンジェから真改を介して受け継がれた『月光』。
一方ホワイト・グリントは、フレーム自体はリンクス戦争当時のもので、武装もレーザーブレード、突撃型ライフル、レーザーキャノンというシンプルなものであったしかし…
2機は円を描くように機動しながら牽制のライフルを撃ち、相手の出方をうかがっていた。
(おい、あれはガワは似ていても、中身は別物だぞ!)
確かに、旧式のブースターを使っているとは思えない速度だ。他の内装も付け替えているに違いない。セレンの忠告を聞き、レイはそこまで予測した。
2機は拮抗していたが、徐々にレイが押され始める。QBの性能が違うのだ。ホワイト・グリントのQBは白い閃光の名の通り強力なQBが可能だ。だがアンサーは比較的堅実な動きを好むレイに合わせて、平均速度に重点を置いてアセンしてあった、なのでQBの加速はそこまで圧倒的ではない。近距離の戦いは不利とレイは判断し、ミサイルで牽制、距離を取る。そして後退しながら、ライフルとレーザーキャノンでQB後の隙を狙う。
しばらくそれで張りやっていたがまたもレイが押され始める。やはりQBのメリットは遠距離にもあるのだ。
「くっ、これが伝説の力…」
レイは苦々しく呟く…
あの戦いが出来レースだったことはのちにテルミドールから聞いた。フィオナもレイヴンの引き際を探していたらしい。あれで本気ではなかったということだ。レイの実力もあの時よりはるかに向上しているがついていくのがやっとだった。
(まったく、ばかげた技量だ。適性が低いという話ではなかったのか…?)
セレンはあきれたように言う。レイは高い適正を持つので問題はないが、AMS適正が低いというのはリンクスにとって相当に不利なことである。無論かつてのアマジーグのように戦うこともできるが、それには耐え難い精神負荷を受け入れなければならない。それをレイヴンは20年近く続けているのだ。
「人間じゃない」レイは素直に思った。適性の高い自分でも少なからず負荷はあるのだ。NSSを使うわけでもなく、なおかつ負荷の大きい高速戦主体の戦闘を続けているのだ。
そんなの、正気じゃない。なぜそこまでして戦う?守るべきものも無いというのに、果たすべき理想も無いはずなのに、なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
弾丸は途切れることなく迫ってくる。戦う以外にないのだと教えるように。
「なぜだ?なぜ貴方は戦う⁉どうしてそうまでして戦うことをやめない⁉」
レイは混乱の中で、無線に叫んでいた。
なぜそうも強く在れる?
(決まっている…俺たちは…)
(AP40%減少!)
落ち着いた声を、セレンの声がかき消す。
そうだ決まっている。
レイヴンの声にレイはひどく納得してしまった。
貴方は鴉で、戦場という空しか飛べない。
俺は猫で、戦場という大地しか走れない。
俺と貴方は傭兵で、戦いを糧とする。
俺たちは結局、戦うことしか、殺しあうことでしか生きられない、『ドミナント』。
AMSを付けた時から、ネクストで戦場を支配した時から、俺たちは呪われている。
―死ぬまで戦え―と。
その呪いのおぞましさに一瞬怯んでしまった。
ザシュッ!
急接近したホワイト・グリントのレーザーブレードが直撃した。
(AP60%減少っ!もう持たんぞ!)
セレンの焦った声が聞こえる。
このままじゃ負ける、そう分かる。逆転の手段は一つしかない右腕の『月光』。しかし反動が大きく、外せば終わりだ。それに俺は真改兄さんほど『月光』を振りこなせているわけじゃない。
一か八かの賭け、できるだろうか?自分に…
レイは初めて自分に自信が持てなかった。自分よりはるかに戦いに執着している敵を前にして初めておじけづいた。
QBでなるべく被弾を避けようとするがAPは刻一刻と削られていく。レイは死に飲み込まれそうになる。
(馬鹿者!何を迷っている⁉お前はいつもこうしてきただろう?何度だって死線をくぐってきたはずだろう?その時お前はどうしてきた?)
セレンの声でレイは我に返った。
消えかかった炎が再び燃え上がった気がした。
(…できるな?…できなければ死ぬだけだ…)
ああ、できる。そうだ、俺はいつだって超えてきたんだ。
BFFの老兵も、地上最強も、企業連の答えも、ブラス・メイデンも、全て、全て…
今更何を恐れる?
アンサーは、『月光』を構える。ミサイルで牽制し、その隙に二段QBで距離を取る。
そして、OBで一気に距離を詰めた。
―見てみたかったですね、宇宙を…―
―すまんなみんな。もはや、ともに成就はかなわん…―
―人類に…黄金の時代を…―
―この剣をお前に…―
―人類の未来と、ともに戦ったORCAの戦士たちのために…―
散って逝った仲間たちの声が背中を押す。
そして、右腕から光がはじけ、巨大な剣を生み出す。
―成就しろよ。お前の答えを…―
アンサーは、『答え』は剣を振り上げる。
全ては、答えのために…
光の激流が白い閃光を飲み下した。
それからの一瞬が何倍にもレイには感じられた。
はぁ、はぁ
(ホワイト・グリント沈黙…終わりか…)
終わり?俺が終わらせた?レイには実感がわかなかった。栄光の場所から地の底に落とされてなお立ち上がり、3度の伝説を築いた彼を自分が終わらせたなどと…
(なぁ、これからどうする?)
セレンが心配そうに聞いてくる。
「まだだよ。セレン」
レーダーには、まだ多数の敵影の反応があった。AFとノーマルの大部隊が。
APも残弾も少ない。生きては帰れない。
(企業連の奴ら、どうあってもORCAを滅ぼすつもりか…おい、もう戦う必要はないだろう!撤退しろ!命令だ!)
セレンはこれまでに聞いたことのないような声で懇願する。
「ごめんセレン。俺、あの人と同じなんだ。戦いからは逃れられない」
無線の向こうでセレンが息をのむ音がレイには聞こえた。申し訳ないと思いながらも、アンサーを敵陣へと進める。
(頼むレイ!戻ってこい…私には、お前が…必要なんだ…!)
アンサーは、レイは何も言わずに進む。
(レイ…)
ついにセレンもあきらめてしまったようだった。
そして、AFの射程に入る直前、呟くように言った。
「…ねぇ、セレン。聞こえる?…ありがとう…」
(…馬鹿野郎が…)
レイは安心したように微笑み、OBで敵陣に飛び込んでいった。
そして、少年は目を覚ます…
どうでしたか?楽しんでいけるならうれしいです。
評価・感想をもらえると作者は光が逆流します。
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Chapter 1 『イレギュラー』の見る世界
途中で文が消えてしまったりいろいろあって…
そこでいつも目が覚める。
体を起こすと、そこはベッドの上だった。そうしてその人物は自分が何者であるかを思い出す。その人物は織斑一夏だった。彼はリンクスでもORCAでもなく、姉がちょっと有名なだけのどこにでもいる日本に住む少年である。いいや、これからは少し違うが…
だが、彼には奇妙な記憶があった。リンクスと言われネクストと言われる兵器に乗り戦っていた。レイレール・ライミスという男の記憶である。そして彼が自分自身であるという感覚もあった。
レイはベッドから降り、顔を洗いに行った。洗面台の前で、レイはふと鏡に映る自分を見つめた。記憶の中の自分と同じ顔をしている。
リンクスだった自分は何なのだろうか、よく聞く前世の記憶というやつだろうか。確証がないので、そんな考えを巡らせても結論は出ない。だがこの記憶がただの妄想の産物ではないという確心はあった。
織斑一夏にはすさまじい戦闘技能があった。それはレイの母から受け継いだ才能、そして師であったセレンからの教えである。何故それらが自分に備わっていると分かったかというと、2年ほど前のあの日に…
おぞましい記憶を思い出しかけたところで彼は考えるのをやめた。今の自分にそんなことを考える余裕はないと。
そう、レイにはある意味グレートウォール以上の壁が待ち構えているのだ。彼はそそくさと身支度をし、朝食を食べ、玄関を出た。
目的の場所へ向かう足はひどく重い。今は、4月。彼の年齢なら新しい学校の入学式に向かうのは至極当然のことである。
しかし向かう学校が問題だった。
『IS学園』10年ほど前に開発され、その高い軍事有用性から条約で軍事利用は禁止されているものの現在世界の軍事バランスにおいて極めて重要な位置にあるパワードスーツ、インフィニット・ストラトス、通称『IS』。IS学園とはそんなISについての事を主として学ぶ高校である。
ISは既存の兵器全てを過去にするまでの圧倒的な戦力がある。今はとある事情により500弱しか製造されていないが、今ある戦力だけでもISを『使えない』側との戦争になれば3日で勝利できるともいわれている。そう、たった26機のネクストが1ヶ月で世界を変えたように。その意味ではISはネクストに似ていると言える。
またそんなISにもネクストと同じように致命的と言える欠陥があった。一つは女性しか使えないという点である。理由はいまだ不明だが、ISはたった一つの例外を除いて、女性しか使えないのだ。先ほどISを使えない側と述べたが、それは男性の側である。そしてもう一つ、ISのコアの製造法が確立されていない。文字どおりISの心臓部であるコアを作れるのはISの開発者の、篠ノ之束以外作れなのだ。今の世界は、ISという強力な力が偏ってもたらされたことで極めて不安定な状態にある。
しかし、長い間大きな戦争を経験しなかった人々はそのことに気づきもしない。極めて危険な状態だと言える。
はぁ
と、レイはため息をつく。
できればISには関わりたくなかった。闘争の二文字からできるだけ離れ、穏やかに過ごしていたかった。だが今の自分は男でありながらISの使える唯一の存在、世界全体に影響を与えてしまう『イレギュラー』。だから何らかの争いから逃れることはおそらく無理だろう。
そんなことを考え、レイの気持ちはより重くなるのだった。
「ついに来たかこの時が…」
モノレールに乗りIS学園のある島に来たレイは校門の前で立ちすくんでいた。見える校舎はカブラカンのような威圧感を放ち、自分に好奇の視線を送る生徒たちからは、その塔載機のような圧迫感があった。
レイは覚悟を決め、PA(プライベートアーマー)を全開にして敷地内に入っていった。
「一年一組ここか…」
入学式を終え、自分の教室の前に来たレイ。
はぁ
再び大きなため息をつき、覚悟を決め教室に入る。
ジロ
こちらを見る女子の眼球がソルディオスのように感じられた。PAが一気に減衰する。
瞬間キャーキャー声が上がる。
あぁ、OB、いやVOBで逃げたい
リンクス時代でも腕利きとはいえ顔が世間にさらされることはなかったためいくら有名人になろうが視線を集めるようなことはなかった。レイはなかなか回復しないPAのせいで、APまで削られる。必死に感情を殺し、席に座る。
ふと目線をずらすと6年ぶりの再会になるであろう幼馴染が目に入った。
フン
しかしレイの視線に気づくとそっぽを向いた。
数少ない友人だというのになんと冷たいのだろう…いや駄目だ、動じては。兄さんも言っていただろう、想定外のことは常に起こりうるもの。明鏡止水、常に動じず一歩引いて最善の行動をする。己を無にしろ、リンクス。
しばらくすると緑の髪の女性が入ってきて、教壇に立った。どことなく、スマイリーに似ているとレイは感じた。
「えー皆さん初めまして、私がこのクラスの副担任の山田真耶です。一年間よろしくお願いします」
快活そうな先生はにこやかにほほ笑んだ。
「この学園は全寮制です。ここにいる仲間とは寝食を共にするわけですから、早くお互いを良く知るために、早速ですがみなさんで自己紹介をしてもらいます」
その後順に自己紹介が進んでいき自分の番になった。とたんクラス中から向けられていた意識がなおのこと鋭くなる。
レイは意を決して立ち上がり、名乗った。
「織斑一夏と言います。学園の中一人だけ男子ということで気を使わせてしまうことになるでしょうが、よろしくお願いします」
レイはあらかじめ用意しておいた言葉を言った。とりあえず、自己紹介としてはこれでいいと思っていたが、周りからの視線はまだ何か自分に求めているようだった。
珍しがるのは理解できるが何を言えばいいのだろうとレイが思索していると不意に殺気を感じ、高速で振り下ろされる出席簿を左手で受け止めた。
「おっと、何ですか?織斑教授…」
レイは振り下ろされた凶器の意味が分からずに目の前の姉に問いかけた。
「教師の制裁を避けるとはいい度胸だな…まあいい、その様子だと私がここにいることは知っていたようだな」
レイの、織斑一夏の姉であり、このクラスの担任である織斑千冬は、その雰囲気に見合ったドスの利いた声で言う。
「そのくらいの下調べはしておきますよ。けど確かに始め知ったときは少し驚きました」
レイが平然と答えると彼女はふんと息を吐き教壇に向かった。
2人のただならぬ関係にクラスはざわつき始めていた。
「静かに!私は君たちの担任となる織斑千冬だ。私の役目は君たちを1年間で使い物にすることだ。妥協はせん覚悟しておけ!」
千冬が鋭くそう言うとクラス中から黄色い声が上がった。
「キャー!千冬様よ。あの千冬様!」
「あなたに憧れてここに来ました!お姉様と呼ばせてください!」
そんな声に対して彼女は、毎年毎年よくもこんな馬鹿どもが集まるものだ。と冷たく突き放していた。
慕ってくれる生徒に対してそれはあんまりだろうとレイは思った。
そのあと学園とISの概要についての授業があった後、その日は放課後となった。
放課後になった途端、周りの生徒が集まってきてレイを質問攻めにした。彼はそれを何とかぼかしつつ避けていった。
しばらくして、
「す、少しいいか?一夏…」
と少し気色の違う声がレイにかかった。
その声の主を知っていたレイはそちらに向き直った。
「箒…分かった。とにかくここじゃなんだ、移動しよう」
彼女の表情からだいたいのことを読み取ったレイは、迅速に包囲網を突破するため、すぐに立ち上がり彼女の手を掴み、無駄のない動きで女子の集団をすり抜けた。
「ちょ、い、一夏…」
レイの大胆な行動に教室全体が動揺する。もちろん箒自身も例外ではない。しかしレイは構わず、その一瞬の硬直を利用して廊下まで突破、彼女の手を引いたまま廊下を進んでいく。
「ど、どこまで行くんだ?」
「このままじゃすぐまた囲まれる。人気のないところまで突っ切る」
その後二人はカムフラージュのため校舎を一回りしてから屋上に落ち着いた。
「はぁ、いきなりあれは心臓に悪いぞ、一夏」
息を整えた箒が最初に口を開いた。
「ごめん、相手は大勢だったから巻き切るのに時間がかかった」
「そ、そういう問題ではないのだが…」
レイのあっているようでずれている返答に彼女は少し落胆した。
「それより、さっきはすまなかった。あまりに久しぶりでどう話しかければいいか分からなくてな」
彼女は気まずそうに言葉をつづけた。
「5年ぶり、だもんね。しょうがないさ。それにしても箒は成長したな、背もそうだけど雰囲気が大人びた」
レイは素直に感じたことを話した。
「何を年寄りくさいことを言っている。まぁ、そう感じてもらえたならうれしいが…しかし、お前の方は変わってないな」
箒はいたずらっぽく微笑みながら返した。
「なにそれ、俺が成長してないって言いたいのか?背は俺の方が高いぞ」
レイは苦笑し、反論する。
「そういうわけではなくてだな、その、なんというかお前の雰囲気は昔から完成していたというか…相変わらず鋭いなと思っただけだ。昔と変わらずな…」
箒は顎に手を当てうなずきながら、たいへん感慨深そうに言った。
「そうか?5年あれば人はかなり変わると思うけどな…」
レイは空を見ながら言った。箒の言うことも理解できると思っていたが…
「それもそうだな。そういえばお前、私よりも剣道は圧倒的に強かったのになぜ辞めた?」
「金銭面の問題で続けていられなかったんだよ。だけど、毎日素振りぐらいはしてる」
そうか、っと箒は安心したように息をついた。
「まっ、兎に角これからはまた同級生だ。唯一の顔見知りなんだ、よろしく頼むよ、箒」
話を切り替えたレイは、箒の顔を見た。彼女は満面の笑みを浮かべ、ああ、もちろんだと答えた。
「さてと、そろそろ教室に置いてきた荷物回収して、寮の部屋にでも行ってみるか」
レイはそれまで手すりにもたれかけていた体を起こした。
「それもそうだな、ところでお前の部屋はどのあたりなのだ?」
投げかけられた質問にレイは部屋の番号教えた。すると箒は心底驚いていった。
「そ、そこ私の部屋だぞ!」
それは箒がレイのルームメイトだということだ。
一方レイはきょとんとした顔をして、え?そうなの?ほとんど冷静に言っただけだった。
「ああ、確か先生が部屋が足りません、見たいなこと言ってたな」
レイは記憶をたどり思い出した。
「部屋が足りない、か。ならしょうがないな」
箒はすぐに前向きに考えることにしたようだ。
「いいのか、これでも俺は男だぞ」
レイはリンクスだったころセレンと同棲していたので別にどうとも思わないが、少し気まずくなり、聞いてみた。
「お前が変なことをする男ではないと分かっている。それにどうせ誰かと相部屋にならざる負えないなら、顔見知りである私しかいないだろう」
となぜか誇らしげに答えた。
「そうか、信頼してくれるんだ、ありがとう」
「…!お前には小さいころさんざん助けてもらったんだ。そのくらい、あ、当たり前だ…」
予期せぬ感謝の言葉に照れてしまう箒だった。
そして二人は寮に向かうがその途中、レイは視線を感じ急に立ち止まった。
「どうした?一夏…」
周囲に視線を向けるレイだったが、自分のようなイレギュラーには監視の一人や二人ついてて当然だと自分で納得し無視した。
「いや、何でもないよ」
「………?」
結局何が起こるでもなく部屋についた二人はそのまま一日を終えた。
その日、レイはまた夢を見た。
あたりの壁は真っ白でとことん無機質だった。自分が本当に生きているのか疑問に思うほど変化いうものに乏しかった。その場所はインテリオル・ユニオンのリンクス養成施設。故郷ともいえるレイレナードが壊滅し、両親と死に別れた少年だったレイを拾ったのはインテリオルだった。レイの血筋に注目し、リンクスの素養があると期待した彼らはリンクス候補生として彼を迎えた。しかし、彼は適正こそ高いものの、訓練や検査で戦闘技量面であまり資質が無いとされ、AMS関連の実験体に落とされた。
その場所では、様々な実験が行われ日々少年少女たちが廃人と化していくのを見てきた彼はほとんど生きるのを諦め、死を待っていた。
そんなある日、何もない待機室に一人の研究者が張ってきた。
「55番、面会者だ。来い」
自分の番号が呼ばれ、レイは何事かとついていく。
自分に面会者?母の関係者だろうか…と彼の中に疑問がわいてくる。
そうして入れられた個室には、一人の黒髪の女性がいた。とてもきれいな人だと、レイは思った。
彼女と向かい合うようにレイは椅子に座った。
「お前が、レイレール・ライミスか?」
机をはさんで座る女性はそう聞いてきた。
名前を呼ばれるなどいつぶりだろうと、レイは小さな感動を覚えつつうなづいた。
彼女は少し口角を吊り上げ、言った。
「なぁ、お前…私の下でリンクスにならないか?」
主人公の顔はリンクス時代に合わせてあります。色白のクール系というイメージです。
感想・評価お待ちしてます。
※3月11日内容の一部を変更
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Chapter 2 ノブリス・オブリージュ
フロム脳設定全開なので読者さんのお気に召すか少し心配です。
「今日は、クラス代表を決めてもらう。代表対抗戦などに参加してもらう、クラス長のようなものだ。自薦他薦は問わない、誰かいないか?」
入学式の翌日のHRで千冬は開口一番にそう言った。
クラスがざわつき始める。そして、
「はい!織斑君がいいと思います」
との声が上がった。
「あー!私もそう思います!」
それを皮切りに賛同の声が次々に上がる。
「織斑か…他にいないか?いなければ無投票当選になるが…」
「俺は辞退します」
レイは即答した。今でも十分そうなのにこれ以上面倒ごとは増やしたくない。
「…しかしそれでは他の者が納得せん…」
「納得いきませんわ!」
割って入るように後方の席の少女が叫んだ。
「ただ、男がISに乗れるというだけでもてはやしすぎですわ!それにこの私を差し置いて男がクラス代表だという屈辱を一年間味わえと言いますの!そのような大役はこのセシリア・オルコットにこそふさわしいですわ!」
いかにも高飛車な少女は怒り心頭といった感じだった。
オルコット、か…レイはその名をもう知っている。彼は入学にあったって著名なIS搭乗者に目を通しておいた、その時その姓から彼の目には止まっていた。だが彼の知るウォルコットとは真逆の性格だと感じた。
「俺は彼女でいいと思いますよ。俺と違って実績がある」
レイは感情を込めず事実を素直に言った。言い分はともかく無駄な重荷に負わされるよりましだからだ。
「え~、織斑君の戦うとこを見てみたいな~」
しかし、クラスからは反論が上がる。
「そんな、私はイギリスの代表候補生ですのよ!そんなこと…」
「静かに!」
勝手にヒートアップしていくクラスを千冬が沈める。
「まぁ、確かに織斑はISでの公式戦の経験は皆無だ。それを踏まえるとオルコットが適役となるが、諸君の意見を考慮し、1週間後に模擬戦を行い、その結果を以って決めることする」
クラス中が騒然とする。
「織斑先生!私が素人に負けるとでもお思いですか?」
なおもオルコットは食い下がる。
「そうかもしれんが、このたび織斑に専用機が支給されるとのことだ。できれば早く実戦データを取りたいとの御達しだ。貴様には悪いが付き合ってもらう」
またもクラスがざわめく。
「専用機が…まあ、そういうことでしたら…」
とセシリアもやっと食い下がった。
あのおじさん達ちゃんと納期に間に合わせてくれるかな…
レイは本当ははもっと早く完成して自分の手に渡っているはずの専用機の担当技術者の顔を思い浮かべる。
「織斑の専用機は4日後に届くことになっている。いいか、3日でものにしろ」
千冬はレイを見て言った。
「俺の意思はやはり無視するんですね。ですが確かに専用機は試してみたい。やって見ます」
やはり特殊すぎる立場上拒否は不可能と理解したのでレイは平然と返した。
「無様な醜態をさらすことになると思いますが、それでもよろしくて?」
キッ!っとセシリアはレイを睨んでくる。
「もちろん、やるからには勝ちに行きますよ」
レイは微笑んで答えて見せた。
「おおー!」
と周りから歓声上がる。
「…分かりました。こうなったら、正々堂々戦い、完膚なきまでに叩きのめしてあげますわ!」
セシリアの啖呵でその場は一様終息した。
その日の昼休み、レイは箒と昼食をとっていた。
「一夏…あんなこと言って大丈夫なのか?」
箒は心配そうに言った。
「やりようはある。俺の専用機がどんな性能かにもよるけど」
相変わらず整然としているレイに、箒は頼もしさを感じていた。
「お前は相変わらず超然としているというかなんというか、頼もしいな」
箒は何かを懐かしむような表情をする。
「ただ面倒になれているだけだよ」
レイは苦笑する。
笑うしかない、ことだった。
「だが、私としてはお前がやられるのは見たくない。できる限り協力はさせてもらう…何か私にできることはないか?」
うれしい申し出ではあった。
「そうだな~、箒には4日後に機体が届いたら練習相手になってほしい」
「そうか、それくらいなら喜んで引き受けよう。だがそれまでの4日間はどうするんだ?」
箒はさらに聞き返してくる。
「それまでは、相手の分析と戦略の構築だな。代表候補生で専用機持ちともなれば、ネットにいくらか情報も載ってるだろうし。あとはひたすら体力トレーニングかな」
レイはつらつらと言う。
これはリンクス時代ひたすら繰り返してきたことだった。
「そ、そうか…なら私も付き合わせてくれ」
あまりに模範的な対応だったので自分が力になれる気がしなかった箒だが、それでもそばいたいと思っていた。
「ン…、面白いことは何もしないよ…腕立て伏せとか腹筋とかその辺。ISはイメージだけじゃなくて自分の身体動作も動きに関係してくるから、体も鍛えとかないとね」
うっ、と一瞬彼女は動揺する。好意を持つ男子の前でそのようなことをするのは気が引けるからだ。
どうしようか少し悩んでいたが彼女にあるアイディアが浮かんだ。
「なぁ、一夏。一緒に剣道をするのはどうだ?」
それなら、二人きりでいられる上に、箒自身の成長も見てもらえるので一石二鳥であった。
「単純な運動より効果的かもね、頼める?」
レイはその提案に乗ることにした。
その日から放課後にランニングと剣道の稽古を二人で行うことになった。
IS学園 武道場
「はあっ!」
気迫のこもった声とともに繰り出される箒の斬撃をレイは竹刀で軽くいなした。その後も箒からの攻撃は続いたがレイは反撃せず、躱し続けた。
戦法はリンクス時代から変わっていない、いなし、躱し相手に隙ができるのを待ち続ける。これが剣の達人などなら猛攻やフットワークを駆使し相手の隙を「つくる」ことができるのだろうが、彼はそれができない。代わりに彼はひたすらに相手の隙を「待ち」、「探す」。そして相手の動きのわずかな揺らぎを、確実にとらえ衝くのだ。
「胴っ!」
レイの竹刀が箒の胴に入った。
そのあとレイは数歩下がり、面を外した。
「今日はこのくらいにしておこう、箒」
「ああそうだな。長く続ければいいというものではない」
そのあと二人はシャワーを浴び、武道場の休憩スペースでくつろいでいた。
「いや~、箒も強くなったな。スピードも角度もするどくなっていなすのも大変だったよ」
レイはポカリを飲みながら言った。
しかし、箒は褒められたにもかかわらずむすっとした顔をしていた。
「それでもお前に勝てんのだ。お前の防御技能は相変わらず規格外だな」
「剣道自体してなくても、体は鍛え続けたからね」
箒はふとレイの横顔を見る。
昔は彼のいやらしいともいえる。相手の消耗を狙う戦い方が嫌いだった。だが今は彼の強さはもっと別のところにあると分かる。
「一夏…」
箒はため息をつくように言った。
「…ん?」
「私は…お前に教えてもらった強さをこの5年間探し続けた…まだ見つけられていない」
離れ離れになる前、彼が教えてくれた。『強さ』の定義。それは自分の価値観を大きく変えた。
「あんな中二病みたいな言葉、真に受けなくていいのに」
彼は苦笑気味に返した。
すると箒は目を丸くして、
「何を言う!あの言葉は、私にとってとても大事な言葉だ!」
と身を乗り出して言った。
「それはうれしいけど、言った自分も何も見つけちゃいないよ。そう簡単に見つかるものじゃないさ」
彼は困ったように微笑んだ。
「そうか。少し安心した。…あれをお前に教えたのはお前の尊敬する人だと言っていたな。どんな人なんだ」
箒は幼いころ彼が言っていたことを思い出し聞いてみた。
「『強さとは、目の前の現実を変える能力のこと。どんな能力でも何のために使うのかどんなことを変えたいのか、その答えが伴っていなければそれは本当の強さとは言えない』か、その人の口癖だったよ。その人はとてもまっすぐでどうしようもなく美しくて、そして確かに強い人だった。俺はまだあの人を追いかけてるんだろうな」
穂木の問いに彼は目をとしみじみと語りだした。それは抽象的でいまいち人物像がつかめない箒だったが一人だけ心たりがあった。
「もしかして、千冬さんか?」
「はずれ。姉さんよりずっとずっと強い人だよ」
千冬よりずっと強い?そんな人がいるのだろうか。
「なぁ、いったい誰なんだ?お前とどんな関係なんだ?」
聞けば聞くほど気になってしまうというものだ。
「それは秘密だ。…お、そろそろ武道場の予約時間も終わるし部屋に戻ろっか」
彼ははぐらかすような様子で立ち上がった。
昔からそうだ、レイにはどこか得体のしれないところがあると感じていた。だがそこに踏み込む勇気が彼女にはなかった。
「あ、ああ、そうだな」
話題を躱された箒だったが、やはり追及する気にもなれずその日はそのまま部屋に帰ることとなった。
七日後
はぁ、やっぱりこうなった…
とレイは『今』しがた届いた自分の専用ISの前でため息をついた。
「なんでも開発者の皆さんがぎりぎりまで調整を重ねたみたいで時間がかかったとのことです」
後ろから山田先生がフォローを入れてくる。
開発期間1年以上あったんだぞ⁉どれだけ時間かけてるんだよ。いくら予算が無尽蔵だからって調子に乗りすぎだ、あのおじさんたち。
レイがほとほとあきれていると横から声がかかった。
「これが一夏の専用ISか」
横にいた箒が目の前のそれに羨望のまなざしを向けている。
「名前はアーライエン、ドイツ語で絆の意だ。絆と言えば聞こえはいいがこの場合織斑自身を調べ管理する原義の手綱というべきだろうな」
さらに後ろから千冬が歩いてきて解説を加える。
レイはそれをほとんどスルーして再びアーライエンに目を向けた。
全身装甲で鋭角的なシルエットに濃い紺主体で関節部位はグレーだ。頭部ユニットには赤いバイザーが取り付けられている。外見的特徴と言えば、ほとんどのISにある背部の羽のようなアンロックユニットがないことだろう。そのかわり背部には大型の推進ユニットがあってかなりがっしりしてるように見える。なかなかにレイの好みだった。
第二世代機 アーライエン 試験用IS
男性初のIS操縦者である織斑一夏が発見され、その搭乗ISとして開発された機体。試験用の名の通り、織斑一夏の解析のためにドイツが主体となってかつ各国が共同で開発し完成した。貴重なサンプルである彼を守るため耐久性と信頼性に重点が置かれている。第二世代機であるのも未知の部分が少なくより安定した運用が可能であるためである。
実際の性能としては特徴がないのが特徴を地でいっており、量産機の平均値を全体的に1ランク上げた程度のもので突出したものはない。
これは、すでに一夏には極めて高いIS操縦能力が確認されており、これからさらに高まっていくであろう能力に対応していくためパーツ単位の換装により第三世代兵装の運用ができるレベルの拡張性が重視されているためである。なので拡張領域(バススロット)は圧倒的に広い。
開発者たちの間での裏のコンセプトとして究極の第二世代機というものがある。
納期に遅れた理由としては特例としてほぼ無尽蔵の開発費と長い開発期間が与えられたため開発者たちが悪乗りし自分たちの腕試しを兼ね極限まで完成度を上げようとした結果である。
「織斑、オルコットが待っている。ぶっつけ本番だがやるしかない。最適化を始めるぞ、データは入れてあるすぐにすむだろう」
千冬の指示でレイはアーライエンに乗り最適化を始める。その時間レイは用意された武装のデータを見る。
「なっ…」
そこにあった武装は一つ、砲身部分にブレードのついた汎用的なライフル一つだった。
「ああ、そうだ織斑、武装なら一つしかないぞ。後でドイツからあいつが来るときに持ってこさせるそうだ」
他人事のように千冬が付け加えてきた。
だが予想外の出来事に慣れすぎているレイはすぐにその事実を受け入れた。
ライフルの名前はカウル、ドイツ語で爪の意味か…
レイはライフルのスペックを見た。幸いカウルは射程、連射性、弾速すべてが高レベルでまとまっていた。中距離の堅実な戦いを好むレイにあった武装だと言えた。
そうこうしているうちに最適化は終わった。
(織斑、行けるか?)
最適化の間にオペレーションルームへ移動した千冬の問いかけにレイは上半身を動かしてみた。
AMSとまではいかないがよくなじんでいる。量産機とは比べ物にならない。
「行けます」
ぶっつけ本番なのはいつものことだ、できなければ負けるだけ。レイも一人の戦士であった。多少困難な状況でも一度始めた戦いは降りない。
「分かりました。では織斑君ピットまで移動してください」
レイはゆっくりと歩きだす。
(一夏、その…勝つんだぞ)
今度は箒が激励してくる。
「ああ、大丈夫勝つよ」
レイは力強く言って見せる。
そして、アーライエンはピットに立った。
レイは少しの間考える。
戦い、命をかけない戦い。けど少し傲慢な考えかもしれないがこれからの自分の戦いは少なからず世界に影響を与えていく。
だからこそどうしていくのか自分できちんと考えなければならない。さもなくば彼のようにすべてを失ってしまう。
―考えてください。なんのために戦うのかを―
戦いの中で見つけていくしかない、か。
レイはその思考にそう結論を付けた。
「アーライエン、出ます!」
リンクスはまた戦場に舞い上がる。
アーライエンは着地する。
「ワアァァァ!」
アリーナに出た瞬間、観衆から歓声がある。しかし、レイは目の前の敵しか意識に入れていなかった。
「まあ、武骨で品のないISですわね、男にはそれがふさわしいのかもしれませんが」
「………」
出てくるなりセシリアはレイを蔑んできた。
デザインに自信も口を出し、出来栄えも気に入っている愛機をけなされたレイは内心怒りがわいたが、彼はそのまま受け流した。
「しかし、入学そうそう私と戦うことになるとはあなたも不運ですわね」
「そういう同情は俺を倒してからにしてもらえる?」
戦いにおいて絶対など無いのだ。
その言葉でセシリアの表情が強張る。
「あなたに立場を教えて差し上げる必要があるようですわね」
怒気の籠った視線を彼に向ける。
(それでは、両者用意を)
試合開始が迫っていることをアナウンスが告げる。
「二度と立ち直れないほどに叩きのめしてあげますわ!」
ここまで来て例も言われるがままになっているのは嫌になってきた。
「一つだけ言っておく…」
そういいながら彼はカウルを呼び出した。
「?」
「—To noble—
高貴なる人よ、
—welcome to the earth—」
ようこそ地上へ。
その文言は、かつて仲間たちとともに世界に叩きつけた。勇ましき宣戦布告。
「…っ⁉あなた…」
(試合開始!)
そのアナウンスとともにブザーが鳴り響く。
二人は距離を開ける。そして、双方ライフルを構え、撃ち合いに突入する。
上方から狙撃する、ブル-・ティアーズに対し、アーライエンは地上で避けつつ応射していた。
ブルー・ティアーズ、イギリス製の第三世代機、遠距離射撃型でその特徴はBT兵器によるオールレンジ攻撃…
レイは事前に調べていた情報を思い出す。
レーザーライフルはうまく取り回せている。射撃に関してはかなり優秀だな。だがBT兵器制御の制度が未知数だ。まずは回避重視で相手の出方を探る。
レイは激しい水平移動を行いながら冷静に戦略を立てる。
一定時間ライフルによる撃ち合いが続く。
互いに被弾があった。だがレイに焦りはなかった。別に大差をつけて勝て、というルールは無い。相手より早く、シールドエネルギー削り切れば勝ちなのだ。これがリンクス時代なら、評価だ修理費だおn…セレンからの説教(拳付)だなどと気にする必要があったが今はそれがない。ましてや相手は第三世代機、総合的性能では相手に分がある、変な見栄を張る余裕などない。
蒼の光線と鉛色の弾丸が飛び交う。
互いにかする程度ので撃ち合いだ、セシリアは気づいていないがこれはレイのペースだった。互いの攻撃は当たっていたがレイ自身の効率的な回避と堅牢なアーライエンの機体構造から残エネルギー量の差はレイ優位でしかも開き始めていた。
そして、
「くっ、なかなかやるようですわね、よろしいならこのブルー・ティアーズで決めて差し上げますわ」
セシリアはついにしびれを切らし、ブルー・ティアーズを放出する。それらは独立して動き、多方向から砲撃を放つ。
「踊りなさい!このブルー・ティアーズが奏でるワルツで!」
レイもいったん射撃をやめ、回避に専念する。
なかなかの精度だな。けど情報どおりBT使用中の本機の稼働はできないみたいだ。かと言ってオールレンジ攻撃は厄介で下手に動くのは危険か、先にBTをつぶそう。
そう考え、レイはBTの機動パターンを探る。レーザーライフルの取り回しの癖は過去の試合の映像で予習できたが、BTとなるとさすがに相対しないと分からない。
「すごい、織斑君オルコットさんと互角に渡り合っていますよ」
オペレーションルームで山田先生は興奮した声を上げていた。
「あれが、一夏の動き…」
一方箒はレイの動きの精密さに驚きを隠せないでいた。しかし、隣の千冬は何ら表情の変化を見せず、ただモニターを見つめていた。
その会話の直後、試合が動く。
だいたいの機動パターンを学習し、レイは集中力の低下と相手を仕留めきれない焦りからブルー・ティアーズの制御が鈍ってきていることを感じていた。
そしてカウルから放たれる弾丸がブルー・ティアーズの一つを撃ち落とした。
—オオー!—
それに合わせてアリーナの観衆のボルテージが上がる。
「そんな、私のティアーズが…」
セシリアは明確な焦りを見せ、それが反映されたように砲撃の網が崩壊する。
その隙を見逃さず、カウルから放たれる弾丸がティアーズを打ち抜いていく、アーライエンはライフルを最小限の動きで取り廻し、微妙なスラスター出力を行い、踊るように機体の向きを変える。そしてそのまま4つのティアーズが打ち抜かれた。
レイは自分の望む挙動を寸分違わず再現する愛機に頬を吊り上げていた。
お前のことは好きになれそうだよ。アーライエン!
そのタイミングでアーライエンは飛び上がり、ブルー・ティアーズに接近する。
「ま、まだです!」
セシリアはティアーズが撃ち落とされた心の動揺を意地で飲み込み、残りのティアーズのミサイルを放とうとする。しかしその手さえも読まれていた。
その挙動を予測していたレイはカウルの照準をブルー・ティアーズのスカートに合わせていた。ミサイルが発射されるタイミングを瞬時に計算し、弾丸を放った。
それは発射直前のミサイルを誘爆させた。
「キャーッ⁉」
ブルー・ティアーズは落下し、地面に激突する。
その土煙が晴れた時、セシリアの首元には自分を見下ろして立つアーライエンのブレードが突き付けられていた。
「そんな…」
彼女は目の前の現実を飲み込めずにいる。
数瞬の沈黙の後、
「終止…」
告げられる冷酷な勝利宣言にセシリアは折れ、呟くように言った。
「私の、負けですわ…」
(勝者、織斑一夏!)
試合終了のアナウンスが流れる。
—ワアァァァ!—
大きな歓声が沸き起こる中、セシリアは独り、バイザーの奥に隠れた背筋が震えるほど鋭い精神を感じていた。
戦闘が短かったとは自分でも思っています。改善していきたいのでその辺も含め、評価・感想・指摘をいただけると嬉しいです。
※3/30戦闘部分に追記
※6/12戦闘部分に追記
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Chapter 3 面影
不死人始めました。
すみませんだから遅くなりました。
「それでは、1年1組のクラス代表は織斑君に決定しました」
クラス代表決定戦の翌日、麻耶がSHRでそう告げると、クラスから歓声が上がった。
しかし、レイの心に周りほどの熱はなかった。その賛美をどんな風に受け止めればいいか分からなかったからだ。自分が力を示していくこと、そのことが世界にどのように受け取られるか分からなかったのだ。
そして、この世界は一人の力で変えられるほど単純ではないと思い直し、リンクス特有の傲慢さが抜けていない自分を少し恥じた。
そしてその日は校庭で演習があった。
「今日はお前たちにISでの基本的な飛行演習を行う。織斑、オルコットやってみろ」
1年1組の生徒はISスーツを着て校庭に整列していた。
ISスーツはハイレグ水着のような露出度をしていた。それなりに稼いでいたリンクスであったレイに女性経験がないわけはなく(ほとんどはセレンだが)目の保養になるな、ぐらいにしか思わなかったが、バリアがあるとはいえ戦闘を行うときにあんなに肌をさらして怖くないのだろうかと疑問に思っていた。ISが読み取る運動神経の電気信号を増幅させるというISスーツは脊髄まわりだけで十分なのは分かるが怖すぎる。少なくともレイには無理だった。そこでレイ要望でスーツは完全にオーダーメイドで全身に生地があり、随所にアーマーがついていて簡易パワードスーツと言えるまでになっている。色はアーライエンと同じで紺に赤いラインが入っている。これらのデザインは全て彼の提案だった。見栄えにはそこそこ気を使うのがレイである。
その中から二人は前に出た。
「来なさい、ブルー・ティアーズ!」
その声と共にセリシアはブルー・ティアーズを纏う、その横でレイは紺色に赤いラインが一本入ったアーライエンの待機形態である金属の首輪に指で触れ、呟くように名前を呼んだ。データは舐めるように隅々まで見させてもらった。イメージには問題がなくアーライエンはすぐにそれに応え、彼の体を鋼の装甲が包んだ。
二人はふわり飛び上がった。
「よし、二人ともまずグラウンド上空を10周しろ」
千冬からの指示で2人は飛行を始める。
2機の速度はだいたい同程度であった。
スラスター出力はアーライエンと同等、射撃型とはいえ第三世代機か…しかしまずいな、ブルー・ティアーズは特化型で付け入る隙があったけど第三世代機の汎用型なんかに出てこられたら絶対じり貧になるぞ。早く追加パーツ届かないかな…
などとまだまだ伸びしろのある、言い換えれば未熟な愛機についてレイは不安と期待の両方を膨らませていた。するとプライベートチャンネルが開き、
(初心者とは思えない、安定した制御ですわね)
とセシリアが話しかけてきた。
レイはどう返そうかと一瞬困惑したが、
「アーライエンは安定性に重点が置かれてるからね、素人でもまともに運用できるレベルで。それと、俺は初心者じゃない、今は詳しく言えないけど」
(…え?どういうことなのですか?)
きょとんとしているような声が返ってくる。
「まあ、もう少しすれば情報も解禁されるから待っててよ。あ、でもそれまでは口外しないでね」
(そ、そうなのですか。分かりました)
彼女は困惑しながらもレイの言葉を受け入れた。
(よし、織斑、オルコット、そのままみんなの前まで急降下し地表から10cmで急停止だ。誤差は1㎝にとどめろよ)
グラウンド周回を終え、千冬から指示が入る。
「了解」 「了解ですわ」
2人は指示どおり急降下急停止を行う。
セシリアはほぼ感覚的に停止できていたようだが、レイは自分とアーライエンのシンクロの度合いが完全には掴んでいなかったのでバイザー越しにモニターに映る速度と高度を見ながら降下した。
生徒たちから歓声が上がる。
「とりあえず、及第点だな…これからお前たちには…」
そこから今後の指導方針の説明などがあり授業は終了した。
その後レイが制服に着替え教室に帰っていると、後ろから追いかけてきたセシリアが話しかけてきた。
「あ、あの、織斑さん。少しよろしいですか?」
戸惑いがちに言う、彼女に対しレイは立ち止まって答えた。
「いいけど、何?」
「そ、そのこの前はいろいろと失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
彼女は本当に申し訳なさそうに言った。
「いいよ、気にしてないから。でも、一つ忠告するなら何事も対策を怠らないことだ。簡単な事でも物事が自分の望む方向に進むよう準備を怠らなければだいたいのことはうまくいくよ」
「はい、今回のことで骨身にしみましたわ。でも後学のためにあなたがどうやってそこまでの技術を得たのか気になりますわ」
無邪気に聞いてくるセシリアにレイは困惑してしまう。
「う~ん、この前君に勝てたのは技術というより、プロファイリングのおかげかな」
レイは少し笑みをこぼしながら続けた。
「この一週間、ネット(とアーライエンに成果を上げてほしいイギリスの技術者)から君についての情報を漁らせてもらった。君の経歴から得意な戦法や射角、苦手な場面もね」
「え?あ、あの…」
調べられたという事実にセシリアは顔を赤くしてしまう。
「それで君の切り札のミサイルもだいたい予測できた。事前に対策を練ってなかったら君には勝てなかったよ」
「そ、そんな謙遜されて…」
慰められたと感じたセシリアは反論を始めようとするが、レイは首を振っていた。
「ううん、君の射撃技術は一級品だ。君以上の人はなかなかいないよ。あ、もう時間だ。あの人に怒られるといけない。教室に急ごうか?」
さらりと言ったレイは彼女の表情を見ず振り返って歩き出した。
ここまで彼がセシリアに対して優しいのには理由があった。それは彼女の戦う理由にある。彼女は親が築いた遺産を守るための社会的立場を得るために代表候補生になったという境遇、それは両親の遺志を果たすためORCAとして戦ったレイにとって、共感できるものだった。
その日の放課後、寮の大部屋でレイの代表決定記念パーティーなるものが開かれていた。
そこにはなんとクラスメイト全員が参加していて彼はその全員からねぎらいの言葉を言われ、40近い名前を覚えることとなった。
だがなかなかにこういう場面がレイは好きだったりする。
リンクス時代は仕事をこなすたびにセレンやメカニックのみんなと飲んだものだ。その後酔いつぶれたセレンを部屋に連れ帰って、酔った勢いで押し倒されたり…
「女子に囲まれて鼻の下を伸ばすなど、情けないぞ一夏」
隣の箒が小言を言ってくる。
「そんな事ない、俺はこの雰囲気が好きなだけだ」
適当に返すと彼女はフンとそっぽを向いた。
それから新聞部からの取材があったり、写真撮影などでてんやわんやしているうちに鬼寮監が急襲し、お開きとなった。
騒ぎの後、レイは一人でハンガールーム向かっていた。アーライエンの調整のためだ。もともと自分の技量というより、相手の情報を先に得て相手に合った武装を選び、そのデバイスの特徴を隅々まで把握して、戦術を組み立てることで勝利してきたレイ、実は戦闘技量よりエンジニアとしての才能の方があったりする。
そういう背景があって彼は待ち気味の戦い方をするのだ。
ハンガールームに着くと明かりがついていた。誰かいるのだろうかと疑問に思っていると、
「まって、おりむー!今は入っちゃダメ~」
間延びした声とともに、一人の生徒が道を塞いできた。
「君は…布仏さん、どうかしたんですか?」
同じクラスの布仏本音だった。のほほんとした雰囲気であるが少し慌てているようだった。
使用許可も取ったし、問題はないはずだが…
「どうしたというかなんというか~」
歯切れの悪い言い方だった。
できれば早くアーライエンに触りたい。
「できれば、通してくれるかな?」
「え、え~とその~…」
無理に押し通ることもできずにいると、
「誰か来たの…?」
後ろから控えめな声が聞こえた。
レイが本音の後ろをのぞき込むと小柄な少女がいた。
「君は…」
その顔は見覚えがあった。
「そう、よりにもよってあなたなのね。なんの用?」
いきなりその顔に睨まれるそれもかなり鋭く、
「…?…いや、ハンガー使いに来たんだけど…」
「…あなたのISに使うの?」
少女はすさまじい拒否感を感じさせる顔で聞いてくる。
「そ、そうだけど…君は…更識簪…だよね?」
日本の代表候補生、更識簪。データで見たことはあるが面識はないはずだ。
そんな彼女にこんな顔をされる理由が分からず、恐る恐る聞いてみる。
「私が誰かなんてあなたには関係ない。………まぁ、いいわ。ただ、私の方を絶対見ないで、絶対」
「かんちゃん…」
絶対の部分をすごく強調していた。隣の本音が何やら心配そうな声を上げる。
「…う、うん。とりあえず分かった」
釈然としないがアーライエンの方が大事だった。
簪が作業場に戻るのを見てレイもそそくさと作業の準備を始める。空いているハンガーの照明を付け、アーライエンを展開し、固定する。
彼は、アーライエンの肢体をうっとりと眺め胸部装甲を優しく撫でた。
…我ながら変態的な機械好きだな。とレイは自らを嗤う。そういうところは父に似たのだろう。
父は幼い自分に複雑な設計図を見せ、目を輝かせてその素晴らしさを熱弁していた。母は自分にはまだ早いとあきれていたが自分には関係のないことだった。彼はそんな父が好きだった。意味は分からなくても以前聞いた単語に反応すると、父はとても喜んでくれた。
『レイはいい技術者になれる』そんな風に言って。
レイには分かっていた、理解できなくても理解していた。その価値を、そこに書かれた不可思議な模様や言葉が母の強さになることを知っていたから。
ふと我に返った彼はデスクに座り、アーライエンの調整を始めた。
さなか後ろからちらちらと躊躇いがちに向けられる視線にレイは気づいていなかった。
翌日
「———っああ…」
レイは、教室の机で大きくあくびをする
「一夏!昨日夜更かしなどするからだ。私が呼びに行かなければ、夜通しやっていただろう。そんなことでは代表戦を勝ち抜けんぞ」
箒はレイの隣まで来て説教を始める。
「大丈夫だよ、ちょっとぐらい居眠りしても。それに昨日だって勝つためにやってたんだから」
昨日は夜中まで作業して、箒がやって切って無理やり部屋に戻らされた。
「あ、代表戦と言えば2組の代表が変更になったらしいの。織斑君知ってた?」
地下悪の生徒が話題を振ってくる。
「そうなの?聞いてなかった」
レイはおもむろに机に備え付けられたディスプレイを開いて確認する。
そこには驚きの名前が載っていた。
ダンッ!
勢いよく教室の後ろのドアが開く。
振り向くとその名前の持ち主が立っていた。
「一夏、やっと会えたわね!」
その笑顔はとても快活だった。
ダクソ楽しいな~。
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