デュラララ!! -神木仁の物語- (Red_Night)
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第1話

 

 彼――神木仁(かみきじん)――がそれを初めて見たのは10歳の時、母親にくっついて買い物に行った帰り、公道を馬の嘶きを響き渡らせ走る、黄色い猫耳型のフルフェイスヘルメットに黒いライダースーツを着た、ヘッドライトもナンバープレートもつけていない、黒いバイク。

 それが後に黒バイク、首なしライダーと呼ばれる類の物だと知ったのはネット上での事。

 ただ、10歳の少年だった仁が、首なしライダーと言う存在を知ったからと言って何かした訳じゃない、ただ、彼の脳裏に強く印象に残ったと言うだけにすぎない。

 

 それから5年、彼は高校生になった。

 来良学園の新入生として……。

 

 

「……眠い」

 

 

 黒髪の一部を赤く染め、耳にピアスをつけた少年がそうぼやきながら欠伸をする。

 眠そうに半分閉じられた目はそれでも鋭き、整った顔立ちはイケメンと呼ばれるだろう。

 事実、入学式の最中なのに彼の顔が見える位置にいる女子生徒は興奮の坩堝だ。

 

 程なくして終わった入学式の後、彼は明日から通うことになる教室と、そのクラスメイトの顔を何人か覚えると、得に何か派手な事をするでもなく学校を後にした。

 

 

「入学式はどうだった? 仁」

 

 学校を後にした後、仁が足を向けたのは池袋駅近くにある喫茶店だ。

 仁は黒いズボンに白いYシャツ、蝶ネクタイをしめた格好で店にいた。

 つまるところ、彼のバイト先だ。

 

「別に、普通」

「相変わらずだなぁ、仁、それからこれ、6番テーブルな」

 

 トレーに乗せられたドリンクとパフェを持ってフロアに出る。

 

「あっ、来た来た」

「えっ?」

「彼よ、彼!」

「あんたが言ってたイケメン? 確かにイケメンだけど、ちょっと怖くない?」

 

 雑音が耳に届けど、彼は足を止めない。

 これは彼にとって日常の一部でしかない。

 彼が働き始めてからすぐに、客たちの間で仁は有名になっていた。

 整った顔立ちに高い身長、黒い髪に一部だけ染められた赤い髪。

 眠たげな、しかし鋭い目つきは一見怖い人では、と思わせるが、そうではない。

 

「お待たせしました、ドリンクとパフェになります」

 

 柔らかい笑みと言葉でメニューを運び、音も立てず商品をテーブルへと運ぶ所作の美しさを見れば、誰もが息を呑む。

 

「おぉ、サンキューな」

「お疲れっす、神木君」

「おーじゃましてまーす」

「おっす」

 

 ニット帽をかぶった精悍な顔つきの青年と糸目な青年、お客さんなのにお邪魔してますと挨拶した女性と短く挨拶してきた影の薄い男。

 

「いらっしゃいませ、今日も来てくださったんですね、ごゆっくりどうぞ」

「相変わらず猫かぶるの上手いな、仁」

「違うっすよ門田さん、これが仁君の仕事上のキャラなんすって」

「そうそう、プライベートでの見せられない自分を隠すために彼が作った気だるげイケメン系キャラなんだよ!」

「お前ら、店の中で騒ぐなよ」

 

 仁の素の姿を知っている彼等からすれば、今の仁は偽物、だけどそれを咎めたりはしない。

 人は誰しも、仮面をかぶるものなのだから……。

 

「あはは、皆さん変わらず仲が宜しいようで、羨ましいです」

「まぁ長い付き合いだしな、そうだ、後で話しがあるんだった、バイト終わったら連絡くれねぇか?」

「構いませんけど、今日は遅いですよ」

「そうか、じゃあ飯でも奢ってやるよ」

「分かりました、楽しみにしときます」

「おう、悪いな仕事中に」

 

 いえいえ、と仁はにこやかに笑って席を後にすると、その後は黙々と仕事をこなし、上がりの時間まで過ごした。

 

 バイトが終わり、私服に着替えた仁は少し大きめの鞄を肩にかけて喫茶店から出た。

 目の前の道路に路駐しているバンの助手席では先程店で話した門田と言う青年が窓を開けてこっちを見ていた。

 

「お疲れ、乗ってくれ」

 

 後ろのドアが開き、中に乗っていた糸目の青年と女性が一つ席を空けて待っていた。

 

「お邪魔します」

「お仕事おつかれっすー、毎日大変っすねー」

「やー、学生のバイトじゃ金になんないっしょー」

「毎日っても、平日だけなんですけどね」

「土日は働かないのか? そっちのが金になるだろう」

「いえ、土日は何もしないか街をフラつくって決めてるんで、何で休日に外出て労働しないといけないんですか、俺、基本的に働くの嫌いですし」

 

 仁は休みの日に「労働」しに外に出るのは嫌いだ。

 だからこそ、学校が終わった後の時間を労働に費やす。

 

「それで、話しがあるって言ってましたけど、何かあったんすか?」

「あぁ、それな、とりあえず飯食いながらでもいいか?」

「構いませんよ」

 

 どんな話なのかは気になるが、門田は話すつもりがないらしい。運転手の影の薄い男、渡草と会話している。

 

「今期のアニメのさぁー」

「それなら、断然とあるじゃないっすかねぇ」

「えー、でもさー」

 

 こちらもこちらで趣味のアニメの話しになっており、仁は一人居心地の悪さを感じていた。

 門田達と出会ったのは中学の頃だ。

 街で不良に絡まれていたところを助けられた。

 仁としては、腕に覚えもあり、適当に返り討ちにしてやろうと思っていただけに、突然助け出され呆然としてしまった。

 

 それから紆余曲折あり、門田達と仲良くなった、と言う訳だ。

 車をパーキングエリアに止め、店に向かう途中の事だ。

 轟音と共に土煙が上がり、悲鳴が聞こえてきた。

 

「また静雄さんですかね」

「だろうな、早く行こう、こっちに被害が出るまで」

「そっすね」

「いこいこー」

 

 ぞろぞろと歩き出すも、轟音と悲鳴はだんだんと近づいてくる。

 次の瞬間には、曲がり角から黒い髪をした青年と、金髪バーテン服の男が出てきた。

 ただし、バーテン服の男はあり得ない物を掲げて。

 

 自動販売機、それを見たら100人が100人そう答えるだろう。

 お金を入れてボタンを押せば飲み物が買える機械だ。

 到底大の大人が掲げられそうもない自動販売機を掲げ、バーテン服の男は腹の底から叫んだ。

 

「死ぃねぇえええええ!!!いざやぁああぁあああ!!!!」

 

 投擲、落下、轟音、悲鳴。

 これもまた、慣れ親しんだ池袋の日常だ。

 

 黒髪の青年もまた、常人とは思えない程の身のこなしで自販機を避け、ビルの壁に着地すると、そのままロックマンよろしく壁蹴りを繰り返して姿を消していった。

 

「チィッ! くそが! ん?」

 

 消えた青年に対し、金髪バーテン服の男――平和島静雄――がこっちを見た。

 

「おぉ、仁じゃねえか、悪い、怪我ねえか?」

「久しぶり、静雄さん、怪我も何もないよ、それよりあの人、また池袋に来てたの?」

「そーなんだよ、池袋に来るなっつっても聞きやしねぇ、だから今度こそ息の根止めてやろうと思ったのに、あの野郎逃げやがって」

「ふぅん……まぁ、今度機会があれば手伝うよ、俺もあの人嫌いだし」

「おう、そうか」

「お前ら、何物騒な話ししてやがる」

「ん? 門田か」

「おっす、これから仁も入れて飯に行くんだが、お前もどうだ?」

「悪い、仕事の途中なんだわ、トムさんが待ってる」

「そうか、じゃあ今度な」

「おう」

 

 じゃあな、と手を振って静雄は立ち去っていく。

 なんともない会話を繰り広げていたが、彼はこの街でこう呼ばれている。

 

 曰く「池袋最強の男」

 曰く「絶対に喧嘩を売ってはいけない人間」

 曰く「池袋の自動喧嘩人形」

 

 そんな彼とも、仁は知り合いなのだ。

 その原因は彼と先程まで喧嘩をしていた青年になるのだが、この話しはまた今度にしよう。

 

 

 露西亜寿司と書かれた暖簾を潜ると、白髪の彫りの深い外国人と、黒い肌をした外国人が出迎えた。

 

「らっしゃい」

「おー、カドータ、いらっしゃーいねー、寿司、くうね? おいしーね! 幸せいっぱーいね!」

「大将、奥の座敷いいか?」

「好きに座んな、今日はどうしたんだ?」

「ん? 仁の入学祝いって奴だ」

「えっ、門田さん、話しがあるんじゃ」

「それは嘘っす」

「ドタチンが仁君をお祝いしようって言うから、待ってたんだよ」

「そういう事、騙して悪かったな」

「皆さん……ありがとうございます」

 

 場が和やかになり、大将も珍しく笑顔を見せた。

 

「だったら今日はサービスしてやるよ、仁坊、好きなの選びな」

「じゃあ大トロを」

「任せな、サイモン、いつまで突っ立ってる、客を案内してやんな」

「おっけー、ささ、席はこっちね、熱いおあがりもってくるーね」

 

 

 こうして、仁の細やかだが温かい入学祝が行われた。

 

 

 

 



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2話

 

 

 入学式の翌日、これと言って授業も始まらず、学校のオリエンテーションやらなにやらを暇そうに眺めていると、後ろの席に座っている男子生徒が肩を叩いた。

 

「ん?」

「よっ」

「おぉ、紀田か」

 

 後ろに座っていたのは紀田正臣、中学時代からの知り合いで、友達と呼べる数少ない人間だ。

 金髪に両耳ピアス、一見チャラい男に見えるが、中身もチャラい、でも大事な友達や仲間の事になるとなりふり構わず行動するところが、仁は気に行っていた。

 

「っだりーよなぁ、オリエンテーションなんかいいから他のクラス行きてぇー」

「他のクラス? なんかあんのか?」

「いやぁ、同学年の美女を発掘しに行かねばならんと言う使命があるのだよ、ボーイ」

「誰がボーイだ」

 

 教師が目を光らせたので一旦話すのを止め、前を向く。

 

「なぁ、紹介したい友達がいるんだ、この後いいか?」

 

 紀田の声は、いつになく真面目だった。

 だからだろうか、仁は何も言わず頷いた。

 

 退屈なオリエンテーションが終わり、午前で学校は終了、バイトまで時間のある仁は紀田の言っていた友達に会うために隣の教室に来ていた。

 

「こいつが俺の友達の竜ヶ峰帝人、かっこいい名前してっけど見た目どおりのチェリボーイだぜ」

「ちょっ、正臣、そんな言い方はないだろ」

「俺は神木仁だ、よろしくな、竜ヶ峰」

「う、うん、よろしく、神木君」

「仁で良い」

 

 軽く自己紹介を済ませた後、仁は紀田と竜ヶ峰と共に池袋の街を歩いていた。

 ロッテリアで昼食を済ませ、来良学園に入学するために上京してきた竜ヶ峰のために池袋の街を案内することになった。

 

「ここがシルク南池袋店、百貨店だから値段は安いし品揃えも良い、学校からも近いから帰り道に寄れる」

「へぇ~」

 

 その他にも、露西亜寿司を紹介し、主だった主要施設を紹介して回った。

 

「紀田くーん」

「んぉ? こんちゃーす」

「えーと名前が漫画みたいなぁ、帝人君っすね~」

「虎の穴、一緒にいく~?」

「今日わっ、スージー安田先生のサイン会っすよー」

「そういう話しを大声でするなっ!」

 

 道を歩いていると、門田達と出会った。

 どうやら竜ヶ峰とは既に知り合い程度にはなっているらしい、いつも通りフレンドリーな態度で接しているが、青いパーカーの糸目の青年、遊馬崎ウォーカーと狩沢絵理華は自分の趣味前回で話しかけている。

 門田さんは往来でオタク話しをされるのが嫌なのか、二人に怒っている。

 

「相変わらずっすね、みなさん」

「あっ、仁君だぁ!」

 

 嬉しそうに仁を見つけた狩沢が仁の腕に飛びつく。

 大きくはないが弾力のある物が押し付けられる。

 

「とと、狩沢さん、今日も元気ですね」

「そりゃあね、君のおかげだし」

「まだ覚えてるんですか? もう忘れてくれてもいいですよ」

「おーいお前ら、移動するぞー」

 

 見れば、紀田と竜ヶ峰、門田達は移動を始めていた。

 

「忘れる訳ないよ、君は命の恩人だからねっ」

 

 頬にチュッと口づけしてくる狩沢さんを溜息一つでやり過ごすと、紀田達の後を追う。

 竜ヶ峰が門田にダラーズを知っているかと聞くと、門田は少しだけ顔色を変えて「何でダラーズの事を聞く」と返した。

 それに遊馬崎と狩沢が独自の見解を広げるが、竜ヶ峰は聞いておらず、紀田はニシシと笑って「さっきの話しを聞いてびびっちまったか?」とおちょくっている。

 

 街に出た後、案内がてら紀田が「ナンパをしよう」とOLやら女子高生やらに声をかけていたが全く相手にされなかったのは笑い物だ。

 むしろ何もしていなかった仁が声をかけられ、紀田が叫んでいたが事実だ。

 

「俺も色々噂は聞いている、かなり危ない奴らだってな、興味本位で近づかない方が良い、余計な詮索はよしとくんだな」

「門田さんかっこいい~、大人なムードの主人公の兄貴分キャラって感じ~」

「オヤジ好きな女子に人気なタイプ~」

 

 真面目な忠告をした門田に対し、遊馬崎と狩沢が茶々をいれ、それに反応する門田、そんな三人を見ても、竜ヶ峰は浮かない顔をしていた。

 

「お前、ダラーズに何か思い入れでもあるのか?」

「え?」

 

 それまで黙っていた仁が、竜ヶ峰に声をかける。

 騒いでいた門田達も黙ってこっちを見ている。

 

「べ、別にそんな訳じゃないんだ、ただ……」

「ただ……なんだ?」

「ううん、やっぱりなんでもない」

 

 顔を俯かせて続けた言葉を飲みこんだ竜ヶ峰に、仁は「教えてやろうか」と声をかけた。

 驚きの顔で仁を見た竜ヶ峰に、仁はやっぱりとどこか確信めいた物を覚える。

 

「お前はこの池袋に来て、日常から非日常へと足を踏み入れたがっている、だろ?」

「帝人、お前……」

「竜ヶ峰君、だっけ」

「え? は、はい」

「君が思ってる程、非日常って憧れる程の世界じゃないよ」

 

 狩沢が真剣な顔をして竜ヶ峰に忠告していた。

 

「まっ、私は危ない所を仁君に助けてもらったんだけどねぇ~」

「まさに正義のヒーロー! 白馬に乗った王子様って奴ですねぇ」

「きゃーっ! じゃああたし囚われのお姫様? や~んそれなら仁君に私の愛を受け取ってもらわなきゃ~」

「ちょっ、狩沢さん、抱き付かないでください」

 

 またも騒ぎ始めた二人を門田が襟首を掴んで止めてくれた。

 

「全く、それとなぁ竜ヶ峰、非日常なんてのは探して首つっこむもんじゃないぜ、時には非日常のほうから迫ってくることだってある、それだけだ」

 

 じゃあな、と遊馬崎と狩沢の襟首を掴んだまま、門田は去っていく。

 仁はバイトの時間だからとそのまま別れ、竜ヶ峰と紀田は揃って歩いて行った。

 

「はぁ、全く、狩沢さんかぁ……」

 

 狩沢さんを助けたのは偶然だった。

 ただ、その後から出会う度に腕に抱き付いて来たり頬にキスをされたりと、身体的なスキンシップが増えているのは確かだ。

 コスプレやアニメ趣味も仁には理解できないが、気持ち悪いとは思わないし、趣味は個人の自由だとも思っている。

 

「まぁ、綺麗な人だしなぁ……」

 

 満更でもない仁であった。




狩沢さんは作者が個人的に好きな女性キャラです、結婚するなら狩沢さんみたいな女性が良いです。どこかにいないかなぁ。


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3話

 

 

 学校からの帰り道、仁は竜ヶ峰、紀田ともう一人女子生徒と一緒だった。

 彼女の名前は園原杏里、竜ヶ峰と同じクラスでクラス委員をやっていると言う。

 途中見かけた公園で一休みすることになり、それならと紀田がアイスを奢ってくれた。

 

 仁と園原はシンプルなバニラソフト、竜ヶ峰はイチゴソフト、紀田はチョコソフトだ。

 

「お待たせ~、ほい」

「ありがとうございます」

 

 園原へアイスを渡した紀田は木馬の遊具に跨る。

 

「でもなぁ、まじで気を付けたほうがいいぜ、那須島の野郎、噂は噂だけど、教え子に手出したってのはマジだから」

「えぇっ?!」

 

 那須島隆志と言う教師はセクハラで有名だ。

 紀田の話しでは一つ上の贄川春奈に手を出した、しかし、贄川春奈と言う女子生徒は那須島が思うよりも情熱的だった、職員室で斬りかかられた事をキッカケに、贄川春奈は転校した。

 

「それより、この前のこと」

「えっ?」

「いじめてた子、同中なんでしょ?」

「な、何で知ってるんですか?」

 

 仁が考え事をしていたら、話題は別の事に移っていた。

 

「いやぁ、あの会話からはそうとしか……中学の時は実力のある子に助けられてて、その子がいなくなった途端に昔の奴らがまた来たとか」

「あぁ、なんだっけ? いなくなった友達? まだ見つからないんだ」

「うちのクラスの、張間美香さん、だったよね」

 

 そこまで話すと、園原は鞄から手帳を取り出して中を開いて見せてくれた。

 そこには、何枚ものプリクラが貼られ、園原と、張間美香とおぼしき人物が一緒に写っていた。

 学校には欠席と言うことになっているが、入学式の前から家に帰っていないことを話した。

 いや、それって思いっきり警察沙汰じゃん、と紀田がツッコム。

 

「私の携帯とご両親には連絡をいれているみたいです「ちょっと傷心旅行に行ってます、気にしないでって」」

「傷心旅行? 何かあったの?」

「それは……あの、驚かないで聞いてくれますか?」

「この数日で大抵のことには驚かなくなったから、大丈夫だよ」

「張間さん、ストーカーなんです」

 

 ぷっ、と言う音と共に竜ヶ峰がアイスを吹き出した。

 汚いな、と思いながらもハンカチで汚れをふき取る竜ヶ峰。

 仁は黙って話しを聞いていた。

 

「成程ね、この間詰問していた相手が張間美香のストーカー相手、ならぬ求愛相手だったって訳だ、そんで振られて傷心旅行中って……そいつは家族に任せるしかないなぁ」

 

 家族に任せると言っても限度がある、そのうちご家族からも警察に捜索願が出されるだろう。

 

「園原さんとは、仲良かったの?」

 

 園原は張間といつも一緒だったこと、内気で引っ込み思案な自分をいつも引っ張ってくれていたことを話した。

 仁は、無粋にも「張間は自分の引き立て役として園原を選んだのではないか」と思ったが口にはしなかった。

 張間美香と言う人間を知らないのに、批判することはできないからだ。

 ただ、ストーカーだのと言う話しを聞くかぎり、まともな思考を持っているとは考えにくい。

 

 しかし、驚くべき事に園原は「自分が引き立て役であったこと、それを自分も利用していたんです」と確信めいた言葉を放った。

 

「依存して生きていく方が楽だから、そうしないと生きていけないと思ってたから……でも、今はそれほど必要だとは思えなくなって、慣れてきたんです、彼女がいないことに、クラス委員になったのは、張間さんがやりたがっていたからで、せめて私が代わりにやらなきゃと思って……クラス委員になれば彼女を追い越せるような気がして、ずるいですよね、こんなの」

 

 園原は肯定も否定も望んではいないのだろう。

 彼女の表情と言葉からは自虐しか読み取れない。

 仁は「わざわざ人に言うことか」と思ったが、口にはしない。

 何故なら、仁よりも先に竜ヶ峰が言っていたからだ。

 

 紀田はと思えば、どこか感心した様子で竜ヶ峰を見ていた。

 

「それで誰かに許してもらおうとしているみたいだ、確かに、張間さんより上を目指そうっていうのは間違ってないと思う、でも、だったら胸をはって堂々としていればいいんじゃないかな」

 

 言い切った竜ヶ峰に、園原は怒りも喜びもしない、ただ立ち上がってお礼を言い、綺麗にお辞儀をしたのだった。そして仁は、紀田がどうして竜ヶ峰と友達なのか分かった。

 きっと紀田は、竜ヶ峰のこういう所が好きなんだろう、仁もまたそういう竜ヶ峰の所には好感を持った。

 

「話しは済んだか? 悪いがこれからバイトなんでな、俺は行くぞ」

「あっ、うん、ごめんねなんか、僕たちだけで話しちゃって」

「あ、ご、ごめんなさい」

「園原だったか、あまり思いつめるな、付き合いは浅いが紀田と竜ヶ峰はもう友達だろ、困ったことがあれば頼ればいい」

「あ……はい」

「俺も、出来る限りの事はしてやる、張間美香の顔写真、あるか?」

 

 携帯を取り出し、園原と連絡先を交換する。

 それから園原に張間美香の写真を送ってもらい、俺はメールを新規作成して送った。

 

「誰に送ったの?」

「俺の知り合いの運び屋、毎日いろんなところ通るし、見かけたらでいいから連絡くれって伝えた、ま、あんま期待すんなよ」

「あの、どうしてそこまで……」

 

 してくれるんですか、と言葉は続かなかった。

 仁の持っている携帯が鳴り始めたからだ。

 電話に出ると、バイト先のオーナーからだった。

 

『ごめーん、今日間違えて仁君にシフトいれちゃったー、だから、店こないでいいからねー』

「あぁ、そうなんですか、了解です」

『ごめんねー、今度賄い作るから許して~』

「はいはい、オーナーの作る賄いは美味いっすから、それでいいっすよ」

『はーい、じゃーねー』

 

 ぷ、と電話を切って向き直る。

 

「バイト無しになった、お前らもう帰るんだろ?」

「うん、そのつもり」

 

 紀田と園原も頷き、そのまま帰ることとなった。

 途中、三人と別れた俺は今日は家の冷蔵庫が空だと言うことに気付き、その足で買い物へと向かった。

 

 

 



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4話

 

 最近物騒になった、そう思いながら歩く仁はここ数日街で見かけるとある連中を思い浮かべていた。

 黄布賊、少し前にブルースクウェアと言うカラーギャングと抗争をして消滅した。

 その黄布賊の頭が紀田正臣、将軍と呼ばれていた少年だ。

 

 そもそも、仁が紀田と知り合ったのは中学時代。

 黄布賊がまだそこまで勢力を広げていない頃の事だ。

 当時からある事情で金を稼いでいた俺は、裏路地で黄布賊の連中に絡まれた。

 で、そいつらを捻りつぶしたら頭である紀田正臣が出てきたって訳だ。

 

 同い年なのに中々一本筋の通った少年で、仁とタイマンで喧嘩をしたこともある。

 結果? 色々と覚えのある仁にギャングの頭とは言え素人が勝てるはずもなく、ぼっこぼこにして病院送りにした。

 

 それからだ、街で仁を見かけると紀田が絡んできた。

 隣には三ケ島沙樹と言う少女が常に傍にいた、彼女だと自慢気に話す紀田だったが、当の彼女は仁の大嫌いな情報屋の話しを良くしていた。

 

「沙樹の言う情報屋は折原臨也と言う、決して信用するな、あいつは人をハメて喜ぶ変態的サディストだ、平気で人の心を弄ぶ、お前が沙樹を好きなのは分かったが、彼女はお前の言うことよりも折原の言うことを優先するだろうよ」

 

 そう忠告した。

 紀田も実際に折原と顔を合わせており、困った所を助けてもらっているからか疑い半分だった。

 それでも紀田が仁の言っていることが正しいと知ったのはブルースクウェアに沙樹が誘拐された後だった。

 両足を複雑骨折した沙樹が、自分からアイツらのたまり場に行ったことを話し、それが折原臨也から言われたことだと、紀田は暫く塞ぎこんでいたが、気持ちの整理がついたのだろう、沙樹に想いを伝えて晴れて正式な恋人同士になっていた。

 

 沙樹もまた、肉体的苦痛と、紀田を悲しませたことによって自分の想いに気付いたことから、折原と関わろうとはしなかった。

 

 それから紀田は黄布賊を抜け、普通の学生として過ごしている。

 だから今現在黄布賊の頭が誰かは知らない、知らないが、このところやたら見かけるのだ。

 

「おらぁ!」

「このっ!」

「なめてんじゃねえぞっ!」

 

 そう、今も目と鼻の距離の先にいる黄色いスカーフを巻いた奴らが「ダラーズ」と名乗る奴らを袋にしていた。

 あまり見ていて気持ちの良いものではないが、カラーギャングを名乗っている以上、当然の末路だ。

 お人よしではない仁は助けには入らず、そこを後にする。

 

 家に帰って自炊していると、竜ヶ峰からメールが来た。

 

『こんばんは、実は僕ネットの友達とチャットルームを作って会話してるんだけど、良かったらどうかな? 最近人が少ないから皆で一人ずつ誘おうってなったんだけど』

 

 そこは園原あたりでも誘えばいいんじゃないか、と思う。

 竜ヶ峰は園原に対し友人関係であると思っているだろうが、実際は園原に惹かれているのだろう。

 ただ園原自身が今は行方不明になっている張間美香を探すことに執着していることから、邪魔してはいけないと思っているのだろう。

 

『分かった、アドレスを送ってくれ』

 

 折り返し送られてきたアドレスをパソコンに転送し、起動する。

 パソコンからチャットルームへとアクセスする。

 

 

 ――JINが入室しました。

 

   JIN:こんばんは、田中太郎さんに招待されてきました。

 

  甘楽:こーんばんはー

 

田中太郎:あ、こんばんはー、来てくれたんですね

 

   JIN:お前が招待したんだろうが

 

  甘楽:あっれー、随分荒っぽい方ですねー

 

田中太郎:ま、まぁ悪い人じゃないですから

 

   JIN:あ、悪いご飯炊けたから飯食ってくる

 

  甘楽:はーい

 

田中太郎:いってらっしゃい

 

 

 パソコンから離れてキッチンへ、玉ねぎ一つ切って作れる酢豚を痛めながら片手間で薬缶に水を入れて火にかける。

 暫くして、ポケットにいれてある携帯が震えた。

 相手も見ずに電話に出る。

 

「もしもし」

『おう、俺だ、門田だ』

「門田さん、どうかしたんすか?」

『いや、もし知っていたらでいいんだがカズターノを見なかったか?』

「あのチケット売りの?」

『そうだ、ここ数日連絡が取れなくてな、渡草が心配してるし、俺達も気になって探してるんだ』

「いや、見てないっすけど、でもカズターノがいなくなると俺も困るんで、後で合流しますよ」

『良いのか? バイト中じゃ……やけに静かだな』

「家っす、今日は休みになったんで、それに明日休みなんで問題ないっす」

『そうか、じゃあお前の家の近くまで迎えにいく』

「うっす」

 

 電話を切ってポケットに戻す。

 カズターノは今じゃ珍しいチケットを売る男だ。

 そして渡草と仁はアイドル「聖辺ルリ」の大ファンだ。

 元々アイドルに興味など無かった仁だが、渡草に連れられて行ったコンサートでファンになってしまったのだ。

 渡草程熱狂的とは言えないが、仁は日程が合えばライブやイベントに足蹴く通うぐらいだ。

 

 手早く朝食を食べ、チャットルームに「所要が出来たので今日はこれで失礼する」と書いてパソコンを落とすと、私服に着替えて外に出た。

 



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5話

 

 

 迎えにきた車に乗り込んだ仁、運転席には渡草、助手席には門田、その後ろに狩沢と遊馬崎が乗っていた。

 

「こんばんはです」

「おう、悪いな付き合わせて」

「何の、カズターノにはお世話になってますから」

 

 それで、何だってカズターノを探しているのかと聞けば。

 ここ数日見なかったのはただ仕事の都合上姿を見なかっただけ、それが先程「皿割れた」と言うメールが来たと言う。

 

 露西亜寿司で食事を取っていた門田達は、皿が割れたなら買えばいいのにと言いながらも、露西亜寿司から古い皿を貰い、ついでに寿司を持って行くのに、久々にカズターノに会わせようと仁を誘ったんだとか。

 

 車を走らせ、カズターノの住んでいる場所の近くで降りた仁達、訳ありの人間が住んで移送な薄汚いアパートへと入っていく。

 

「カズターノ、お寿司持って来たよ」

「おーい、露西亜寿司で古い皿貰って来たぞー」

 

 ドアの前で声をかけながら中に入ると、部屋の中にカズターノの姿は無く、荒らされた形跡があった。

 

「あの、さっき来たメール、皿が割れたんじゃなくて、攫われたの間違いじゃ……」

「あぁ……」

「どんぶりっスよ」

 

 遊馬崎が欠けたどんぶりを片手に門田に見せつけている、だから何だと言いたい。

 その時、カシャンと言う音に目を向けると、渡草が座り込んでいた。

 

「カズターノは人間狩りの連中に攫われたんだ、もう二度と見つからねえ……カズターノ無しで俺はこの先どうすりゃいいんだ! 一体何を支えに行きてきゃいいんだ!」

 

 大げさだな、と思いつつも、カズターノが渡草にとって魔法使いであることに変わりはない。

 それは、仁にとっても同じことだ。

 聖辺ルリのコンサート、その際全席を二人分取ってもらったことは今でも忘れられない。

 

「メールが来た時に攫われたなら、そう時間はたってない、連中がカズターノを納品する前に見つけ出して、取り戻すんだ」

「どうやってです? 充てがあるんですか?」

「僕、やつらの車を見たよ!」

 

 部屋の前に、浅黒肌の男の子が立っていた。

 男の子は車の車種、色を教えてくれた。

 

「ハシム!」

「きたー! 最強弟系お助け妖精キャラ!」

 

 こんな時でもブレないな、と仁は思いつつも、すぐにカズターノを探しに皆でアパート出た。

 アパートを出てすぐ、門田は誰かと電話していた。

 

「あぁ、連中がいつ、どこで商品を上に引き渡すかは分からない、だが一刻も早く助け出したいんだ」

 

 それからニ、三会話を続けると、電話を切った門田は渡草の愛車のバンの傍にいる浅黒肌の少年、ハシムに向き直った。

 

「ありがとな、ハシム」

「うん」

「寿司、食べられる?」

 

 狩沢が窓から寿司の入った袋を出していた。

 ハシムは嬉しそうに答え、頷いたが、少し不安な顔をしている。

 

「これ、わさび?」

 

 子供にわさびいり寿司はつらいだろうが、今すぐ変わりを用意することはできない。

 

「入ってるよー」

「大丈夫、露西亜のわさびはからくないから」

「嘘を教えちゃダメっすよー」

「まぁまぁ、そろそろ行かないと」

「そうだな、渡草」

「おう!」

 

 その後、仁達はカズターノを攫った黒いバンを必死に探した。

 思いつく限りの場所でカズターノの行方を捜したが、一向に見つからない。

 一度集合しても、皆浮かない顔をしている。

 

「思ったんですが、こっちからカズターノの携帯にかけてみてはどうです? 交渉できるかもしれないですよ」

 

 はっとした顔をした門田は、すぐさま携帯を取り出してカズターノに電話をかける。

 

「なんだ? お前」

 

 どうやら相手はカズターノではないらなしい、だが、カズターノを攫った相手でもなさそうだ。

 

「南池袋の大勝軒のななめ前だな? 分かった、すぐに行く」

 

 電話を切った門田だったが、最後に電話口からものすごい破壊音が聞こえたのが気になる。

 

「相手、誰だったんですか?」

「恐らくは折原臨也だろう」

「は? あいつが人間狩りをしてたんですか?」

「いや、どうやら道端で寝てる奴の携帯がなっていたから出たらしい」

「どうしたってそんな奴がカズターノの携帯を」

「さぁ~、理由はわかんないっすけど、とにかく居場所が分かったなら向かうっすよ~」

「だな、お前ら乗れ!」

 

 再び車に乗って南池袋を目指す。

 大勝軒のななめ前にはゴミ袋が積み上げられ、そこにピンク色のパーカーを着た若い男が眠っていた。

 脇にはカズターノの携帯らしきものがある。

 

「起きろ! おい起きろ!」

 

 渡草がパーカー男につかみかかって揺するが、男は起きる気配がない。

 その様子を見た遊馬崎と狩沢が懐から物騒な物を取り出す。

 

「そいつはよせ、永遠の眠りにつくだろうが」

「けど! 急がないとカズターノが!」

「そうっすよ! 納品されたら処理されちまいますよ!

「落ち着いてください、こいつが人間狩りの一味なら使い道があります」

「ん?」

「渡草さん、こいつ携帯もってますか?」

 

 パーカー男から離れた渡草が、仁に携帯を渡す。

 パカリと開いて着信履歴を見る、一番上にある番号へかける。

 

「何するつもりっすか?」

「こいつの仲間にカズターノの引き渡し場所を聞いてみます」

 

 数回のコールの後、電話が繋がる。

 

『はい』

「あぁ、俺、俺だけど」

『あ、金沢? 目ぇ覚めた?』

「わりぃ、今からそっち行くわ、てか、引き渡し場所どこだっけ」

『たく、しょうがねえな』

 

 引き渡し場所を聞いた後、すぐに向かうと返して電話を切ると、携帯はゴミ袋の群れへと投げ捨てた。

 

「んじゃ、行きますか」

「あぁ、その前に」

 

 奇妙な合掌を始めた門田達、目覚めた金沢と言う男に、渡草が渾身の右ストレートを放ち、男はまた眠りについた。

 

「はぁ、気が済んだぜ、行こう」

「えぇ、はい」

 

 さっきのは一体なんだと思いつつも、深くは知ろうとしない仁であった。

 引き渡し場所は高速道路の高架下、ハシムの情報通り、黒いバンが止まっていた。

 

「どうする? あいつら降りてるぜ」

「後ろにつけてください、俺が殺ります」

「程々にな」

 

 殺気十分、仁はやる気満々で拳を構えた。

 黒いバンの真後ろにぴったりとくっつき、仁は車から降りる。

 皆も降りたところで、黒いバンを囲んだ。

 

「カズターノ!」

「今助けるからな!」

 

 降りていた人間狩りの二人、太った男と優男が鉄パイプとナイフを構えた。

 

「そう簡単にいくかな」

「しゃらくせぇ!」

 

 そんな二人に、狩沢はどこか嬉し気に「レトロなセリフ」と笑い、遊馬崎は「しゃらってなんすか」とツッコミを入れていた。

 

「両腕ぐらいは貰っていくぞ」

 

 そして、拳を握りこみゴキリと音を鳴らし、仁が対峙する。

 そこへ馬の嘶きが響き渡る。

 

「セルティさん?」

 

 ふと視線を後ろへ向けると、50メートルぐらい後ろに黒いバイクが止まっていた。

 

「く、首無し!?」

「値引き覚悟で親父にしたのにっ!」

「もうしません! もうしません!」

「お願いします! 許してください!」

 

 二人の男は後ろに乗っていたカズターノの手錠を外して外へ放り出すと、そのまま車に乗って走り去っていく。

 

「あ、逃げた!」

「追うぞ!」

 

 急いで車に戻ると、ドアを閉める間もなく渡草が車を走らせ始めた。

 

「っぶね!」

 

 荒っぽくドアを閉めると、渡草はイキイキとしていた。

 

「逃げられると思うなよ! 右! まがりまーす!」

 

 ドリフトかと思えるぐらいの曲がりを見せるバン、窓の外を見ると、遠くにセルティがこちらを視線だけ追いかけ、そのまま逆方向へと向け走って行った。

 

 カーチェイスの後、なんとか人間狩りの男を捕まえた仁達は、逃げ遅れた太った男をバンのトランクへと押し込んだ。

 

「さ、商品をどこに納入してんのか、さっさと吐いたほうがいいぜ」

 

 凄む渡草だったが、太った男は腕を組み顔を下げ目を瞑って黙秘を貫いている。

 

「いやいやいや、拷問無しで吐かれちゃつまんないじゃいすかー」

 

 一緒に残っていた遊馬崎が楽し気にそう言い、数冊のラノベを取り出して太った男の前に置いた。

 

「ま、一冊選んでください」

「本の内容にちなんだ拷問にするから」

 

 撲殺天使ド○ロちゃん、どうやら本気らしい。

 流石の仁も肝を冷やす勢いだ。

 この二人の拷問は並外れている。

 渡草はしかめっ面をして二人を見上げると、苦言を呈した。

 

「おいお前ら、何でもいいがこの前みたいに車ん中でガソリン使う名よ?」

「ガソッ?!」

 

 黙秘を貫こうとしていた太った男も、ガソリンというワードには黙秘できなかったようだ。

 そうこうしているうちに、コンビニに行っていた門田とカズターノが戻ってきた。

 

「トグサーノ! 朝の儀式するね!」

「おう!」

 

 仁と遊馬崎、狩沢を残し降りた渡草は、朝日に向かって門田、トグサーノと並び1ℓの牛乳を一気飲みしていた。

 

 結局、太った男は遊馬崎と狩沢の持って居る拷問器具を見せられてあっさりと納品先の場所を喋ってくれた。

 

「矢霧製薬……ね」

「えらく立派なとこだな」

「ホントにここなんすかねえ? 人体実験してるの」

 

 矢霧製薬……確か紀田のクラスで入学初日から「学校来ない宣言」した奴の名前が矢霧誠二だったはずだ。

 そして、友達の張間美香を探す園原は、張間美香が懸想していた矢霧誠二と関わってから姿を消した。

 無関係ではない、そう思った仁だった。

 

 外側から見ると立派な製薬会社にしか見えないが、その中までは見えない。

 

「まぁ、それはいいとしてよ、どっかでメシでも食ってくか」

「そっすね~」

「露西亜寿司の朝定いくね!」

「うわーいいね、いこいこ!」

「よっし決まり! 仁、お前も来るだろ?」

「勿論ですよ」

 

 こうして、カズターノ誘拐未遂事件は終わった。

 だが、矢霧製薬と人体実験、そして人間狩りと言うキーワードは、ずっと仁の頭に残り続けるのであった。

 願わくば、友人たちが関わらないようにと願いながら。

 



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6話

 

 

 カズターノ救出から数日。

 仁は買い物帰りの袋をひっさげ公園で一休みしようとしたところ、バーテン服を着た男を見つけた。

 金髪にサングラスと見るからに近づきたくない印象を押し付けてくるこの男だが、名前は見た目に反している。

 平和島静雄、それがこの男の名前だ。

 

 それからもう一人、黒いライダースーツに猫耳型の黄色いフルフェイスメットを被った女性。

 セルティ・ストゥルルソン。

 声を出して話すことは一切せず、黒いPDAに文字を打ち込んで会話する。

 その正体は首無し騎士、デュラハンと呼ばれる存在だ。

 仁がセルティと知り合いとある問題を共に解決した時に、その正体を知ることとなった。

 

 そして、池袋でもやや人目につきやすい二人がそろって公園のベンチに座っているのだ。

 

「何してるんですか? お二人で」

「ん? おぉ、仁か」

『こんにちは仁君、いや? もうこんばんは、かな?』

「相変わらずセルティさんは礼儀正しいですよね、人間より人間らしいと言うか」

『それは褒めてるのか?』

「ですです、随分人間社会に馴染んでるなぁって思いますよ」

『そう言われるとなんだか嬉しい気分になるな』

「ところで、お二人は何か取り込み中ですか?」

『私は臨也から仕事が入って今は待っている途中だ』

「俺はたまたまここを通りかかってセルティを見つけただけだ、お前は?」

「買い出しです」

 

 片手に下げた袋を上げ、そういえばと袋からプリンを取り出す。

 

「よかったら食べます? 衝動買いしちゃって」

「いいのか?」

 

 プリンとスプーンを手渡し、仁はセルティの隣へと腰かける。

 

「それにしても、折原さんからの仕事なんてロクなもんじゃないでしょ」

『そうだな、この間は粟楠会への届け物だった』

「あのゴミ虫め、まだ生きていやがったか」

「ほんとですよ、いい加減くたばってくれないかなぁ」

『おいおい、そこまで言うのか』

「あの人のおかげで俺は静雄さんに殺されかかったんですけどね」

「そうだ、あのゴミ虫のおかげでこんないい奴を殺しちまうところだったんだ」

「「だからアイツは絶対にぶっ殺す」」

『そ、そうか……ただ、程々にな、人の往来もあるんだ』

 

 殺意を振りまいたせいか、周囲を歩いていた人達が驚いた顔をしながら早足で歩き去っていく。

 その後は暫くだらだらと話しながら過ごし、さて帰るかと立ち上がった時だった。

 目の前を駆け抜けていく一人の女の子。

 白いブラウスにスカート、首には目立つ傷痕があった。

 

「お前は……」

『っ!』

 

 突然セルティが立ち上がり、女の子を追いかけた。

 後を追うように仁と静雄が追いつくと、セルティが女の子の腕を掴み、女の子は叫んでいた。

 

「おい、ちょっと落ち着けって」

「お前、ひょっとして……」

 

 園原の手帳に張られていた写真を思い出そうとしていると、静雄がボールペンで刺されていた。

 ズボンを赤く染める静雄が痛がる素振りすらみせず、刺した犯人に向き直る。

 

「彼女を離せ」

「矢霧、誠二っ」

 

 誠二が起こした行動で呆然としまったセルティの隙を見て逃げ出す女の子、後を追おうと一歩踏み出し振り返ったセルティに、静雄さんが待ったをかける。

 

「あぁ、俺は大丈夫だから、痛くないし……なんだか分からないけど、おっかけなきゃやばいんでしょ? ははっ、一度言ってみたかったんだ! ここに俺に任せて先に行けってな」

 

 静雄の言葉に肯定で返したセルティが後を追う。

 仁もまた、静雄を一人残してセルティに続いた。

 

 セルティがバイクに乗ったのを見逃さず、すかさず後ろに乗る。

 

「気にしないで、追ってください」

 

 PDAを取り出さず頷いたセルティ、安全のためにと影でできた黒いヘルメットをかぶせられた仁は、気遣いのできる人だな、と思いつつセルティの腰に捕まった。

 

 後を追っていると、見知った後姿が女の子の手を引いて地下へと降りていくのが見えた。

 

「あれは……セルティさん、あの子を連れて行ったのが誰か、俺は知ってます、とりあえず静雄さんの所へ戻りましょう」

『分かった、すまない』

「いえ、事情は知ってますから」

 

 セルティの運転するバイクは音がしない。

 代わりに馬の嘶きが聞こえるのは、これがバイクではなく馬だからだ。

 最初に言われた時には理解できず、納得もしなかったが、目の前でバイクが馬になったら流石に信じるしかなかった。

 

 神木仁は何より自分の目で見た物を一番に信じるタイプの人間だからだ。

 だから、他人げ見聞きしたものを参考にすれど、鵜呑みにすることはない。

 

 静雄と合流しようと街中を歩いていると、絆創膏で血を止めようとしている静雄を見つけた。

 

「静雄さん、いくら痛くないからって絆創膏は雑ですよ、ちゃんと手当しときましょう」

「仁と、セルティか、あの女の子は追いかけなかったのか?」

『地下に逃げられた、バイクじゃ後を追えん』

「それに、あの女の子を連れて逃げた奴には覚えがあるんで、大丈夫です、セルティさん、明日学校が終わる時間に校門まで来てくれますか?」

『分かった』

 

 セルティはお詫びとして静雄の怪我を新羅に見させると言って連れていき、仁は一人でアパートへと帰った。

 

 



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