俺は真剣でダラッと生きたい (B-in)
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プロローグ

本当に救いようがないな。アギ・スプリングフィールド。

 

多分、この時俺は生まれた。自我が生まれたのか、新しい命が生まれたのかは分らないが生まれたんだと思う。

 

生後数秒で死んだが、知識と記憶は有った。その両方が自分のモノであってそうでないモノだけど、知っているのと知らないのでは状況が全然違う。

嫌でも分るのは、生き残る事は出来ないという事だった。

そして、その原因も納得出来るモノだった。

本体≪アギ・スプリングフィールド≫と称するが、まぁ、完全に俺と言うイレギュラーが発生する事は予想外だったろうし、俺を確認する事も出来なかっただろう。本体を恨んだり、憎んだりする意志は俺には無い。

元より、中身≪命・意志≫が無い器に俺が発生する事はあり得ない事なのだ。

本体が自分の死を受け入れれる様に、俺も同じ。ただ、運が悪かった。

 

自分に非が在り死ぬ。受け入れられる。

自分に非が無いのに死ぬ。まぁ、受け入れるしかない。

相手の理由で殺される。受け入れはしないが、どうしようもなく手遅れなら受け入れるしかない。

 

痛みが無いのが救いだろう。だってもう、俺は死んでいるんだから。

貫かれた痛みも助骨を折られてる痛みも、感じたのは本体で俺ではない。恨むより感謝しても良いくらいだ。

 

だが、もし…望んでも良いのなら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、俺の儘で生きてみたい。

 

普通に生活をしてみたい

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side川神鉄心

 

 

 

急に産気づいた義娘の容体が気になり、病院の待合室を行ったり来たりとしてしまうのは男親ならば絶対に通る道である。

 

少なくともワシはそう思っておる。まぁ、初孫が生まれてから四ヵ月後にまた妊娠した報告された時は驚いたが…

いや、やっぱり計画性は大事だと思うんじゃよ。

爺としては嬉しい事には変わりがない。初孫の百代は一歳になった。今から生まれてくる弟に対して並々ならぬ興味を示している様で良く。

 

「わたしがおねえちゃんだ!!」

 

と、まだ見ぬ弟が義娘のお腹に居る時より言っておる。かわいいもんじゃて、少々元気過ぎる所もあるが無いよりは全然良いじゃろうて。

生まれてくる子も元気に育ってくれれば、それで良い。

 

 

 

 

 

そう思うておった。

 

 

 



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一話

最初に感じたのは不安。

 

今まで温かかった空間から弾き出された。そう感じた。目は見えず、碌に音も聞き取れない。呼吸さえも上手くは行かず叫ぶようにして喉を震わせた。

 

「オギャァァァァァァ」

 

……………………………………………………………………………………………………………………ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 百夜

 

 

やぁ。生まれた瞬間に苦痛と途方も無い疑問を覚えてしまった俺だ。

うん、またみたいなんだ。記憶的にはだけど、こんな展開に俺は言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じる訳がないだろ普通。殺伐とした世の中だからこそ普通って大切だと思う。

 

 

 

じゃあ、愚痴を聞いて貰おうか。拒否権は行使しないでくれ、家族がイロンナ意味でぶっ飛び過ぎてるんだ。

 

俺は昨日三歳になった。七五三だ。イロイロと着せかえられた。前回とは違う展開についていけない。

三歳と言うとヤンチャに成り始める時期だが、既に中身の精神年齢が本体との記憶と合わさって中年の域に達している身としてはゆっくりと読書をしたくなるんだ。

絵本はノーセンキューだ。ラノベか哲学書、文芸書とかを読むのが好きなんだ。マンガも好きだ。

簡単に言うと、同年代と遊ぶのに何をすれば良いのかが分らない。今年ごろは酷いものだ「う○こ、チン○」で大爆笑してしまう年頃だ。

はっきり言おう。友達なんて出来やしねぇ。うん、少し言葉が汚かったね。俺はボッチに成りかけている。こうなったら中学か高校は地元の人間が行かない所に言った方が良さそうだ。

そんな訳で、物凄く疲れているんだ。記憶によれば子供の時は無尽蔵とも思える程の体力で遊びまわっている年頃なのだが…精神年齢中年な人間にそんなものは無い。

悩みは尽きない。

いや、前回も大分ぶっ飛んだ世界に生まれちゃったよ? でも、其処はマンガとしての情報とかが最初から在ったから受け入れる事が出来たんだ。

俺が生まれたのは日本。これは良い。ジャパニメーションは大好きだ。元は日本人だしね?

住んでる場所は川神。これも良い。もともと地理には詳しくは無い。在るんだろうさぁ。

家が道場。これも、受け入れられる。柔道・空手・剣道等々、日本には元からあるしね。

 

だけどさぁ

 

「ウィック!! 見るヨ、モモヤ。これが私の…ルストハリケ○ン!!」

 

「何の!! 俺の拳は邪拳ゆえ種明かしは一回きりだ!!」

 

吹き荒れる暴風、それを掻き消す拳打。

 

「いい加減にせんか!! 顕現の参!! 毘沙門天!!」

 

それらを纏めて捻り潰す仏神の拳。

 

「おぉ!! じじ強い!! 強いな!!」

 

お姉様、どうかそのまま純粋に育ってください。私はこの現状に現実から逃げだしたくなります。割と本気で。

 

氣というモノがある。肉体に宿る生命力。一種の身体エネルギーの一つだ。前は俺も魔力というモノを持っていた。今は無い…と思う。だって感じられないからね。

氣を使う事は俺にもできる。昔在った魔力は感じられないが、今は膨大な氣を身の内に感じている。生まれて意識を失う数瞬前に封印したけどね。

 

(…また、ゲームかマンガの世界なのか? もう、死亡フラグは嫌なんだけど)

 

鬱になりそうです。

 

周りに溢れる氣をほんの少しだけ扱う。

 

(普通に外氣使えるし…え? 何これ? また厄介事ですか?)

 

考えても見てほしい。こんな出鱈目人間その一の血を引く人間はどうなるでしょうか?

何かに巻き込まれるよねぇ…涙出てきた。

 

「あー!! 弟が泣いてる!! 」

 

そう言って、俺の方に駆けてくる姉君。その優しさは嬉しいのですが、お願いですから四歳児では出せる筈の無い速度で走らないでください。

 

「誰にやられたんだ。ルー先生か? 釈迦堂先生か? じじか!!」

 

「えっ、わし?」

 

「じじのばかー!! 」

 

「爺のバカー」

 

「ン~、子供が居るのに毘沙門天は少しキツイと思いますヨ?」

 

仲良いのね。貴方達…普段は犬猿の仲だろ? 特にルーと釈迦堂。ジャ○キーとヒ○シ。

 

「貴様等が酔って暴れるからじゃろうが!!」

 

あっ、なんかまた暴れそう。

 

「おねーちゃん。ねむい~」

 

「ん? そうか。それじゃおねーちゃんが一緒に寝てやろう!!」

 

こんな時こそ、自分の外見年齢を使うべし。泣く子は強いのよ。

 

「うるせぇ!! 爺!! 元はといやぁ、手前ぇが煽ったんだろうが!!」

 

「そうです!! 私に酒を飲ませたのは師範ですヨ!!」

 

「喝!! そんなん知らんもん!!」

 

ジジイキモイ。

 

「行くぞー弟ー」

 

「ハーイ」

 

俺はもう寝る。こんなビックリ人間達に構っていられるか!! 俺は姉と寝るぞ!!

自室に戻り、布団に入ると温かい人肌の温もりが正面から包んでくる。

 

「モモヤー。お前はおねーちゃんが守ってやるからな、安心して寝て良いんだぞー」

 

姉、は少々俺に甘い。まぁ、生まれて早々生命維持の為に人工呼吸器とかに繋がれたからかも知れない。

じーさまは、ゆっくりと鍛錬すれば強く成れるとか聞いても無いのに言ってたし。まぁ、お家的に長男に道場を継がせたいのかももしれない。

 

断るけどな!! 

 

バカめ。魔法使いとしての知識とか技能とかは知ってるし在る程度は使えるんじゃ!! 魔力感じないけど、その辺は外氣と氣で代用して出来るんだよ。さて、まずはスクラッチからコツコツと行こうかね。

生きる事に特に目的は無い。ただ、楽しく平和にダラっと過ごしたいんだ。

 

 

 

次の日、三歳になったからという事で早朝ランニングさせられる事になった。無論、サボった。ルーに叱られた。真面目過ぎる人間は嫌いではないが、面倒臭い。

 

その次の日、ルーが付き添いで走る事になった。勘弁してほしい。

 

そんな、感じに一年が過ぎた。

 

 

一年過ぎれば四歳で、川神の道場。川神院という所で型の稽古をさせられる事になった。当然逃げ出した。今回はトラップも仕掛けてみた。

知らない人たちの悲鳴が聞こえた。俺は悪くない。取りあえず、この間じーさまに強請って買ってもらった本を読む事にした。

釈迦堂のおっさんに見つかった。特に怒られなかった。ただ言われた。

 

「お前も嫌なら、嫌って爺に言えば良いだろうに」

 

ごめん、言ったら両親に怒られた。筋が良いらしい。二人揃って神童が生まれたとか言ってた。姉ちゃんと俺は凄いらしい。

こいつぁやべぇ。

 

「…言って両親に怒られた件について」

 

「知るか」

 

この人は結構好き。なんだか、親しみやすい。

 

でも、やっぱり今回の人生。俺は姉に恵まれた様だ。でも、余り強くならないでほしい。将来美人になると思うから、ムキムキと筋肉付けない方が良いと思う。

 

 

 



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二話

 

 

 

 

やぁ。百夜だ。

季節は夏、道場は男臭いむわぁっとした臭いで充満している。ごめん、生理的に無理。

いや、皆真面目に鍛錬に取り組んでるからちょっと浮いてるのよね。俺って。

でも仕方が無いんだ。自分勝手で悪いけどやる気が無いんだよ。まだ、小学生にも成っていないから毎日が日曜日状態なんだ。

幼稚園? 保育園? 行ってる分けないだろ。どんな拷問だよ、お遊戯とか出来ません。おままごともちょっと遠慮したい。自尊心って言うモノがあるんだ。

嬉しい事に今日は夕方からスレイヤ○ズの再放送が在るからそれまでやる事が無い。武術? それはなしの方向でお願いします。

因みに今は午後2時。日が高いのよ本当に…熱中症になったらどうしようかと思うよホント。

まぁ、外氣を吸収して冷氣に変換しているから特に不便は無いんだけど。調節ミスったら気づかれるから気の鍛錬には成っているよ?

周囲にも気を付けてるし、いざとなったら隠れるから良いんだけども。

案外、人とは成れるモノで俺のサボリは何時もの事と成っている。だからこそ俺を探し出そうとする人間が居る訳だけど…身近な所に居るとバレないみたい。

今は道場の裏手にある木の木陰で本読んでるよ。

 

(ん? 誰か来たっぽいなぁ)

 

冷氣を弱めて、気づかない振りをする。まぁ、小言位なら構わないよ。そう言う事を言われる生き方してるんだから。

 

「ん? おめぇ、爺さんの孫か。なんでぇ、俺のとっておきの避暑地を見つけるたっぁやるじゃねぇか。」

 

えっ? 何、この若本ボイス。憧れるよ? 憧れちゃうよ? マジで

顔をあげると、其処には何故か記憶に情報として在る人間の顔に似ている顔をした…

 

(って?! 総理ぃぃぃぃぃ!! ちょっとぉ!! これ良いの?! 家って政界にもコネが強いの?!)

 

「どうした? 何か驚いてる様だがぁ……おじさんに話して見ねぇか? こう見えても俺ぁ、首相を目指してる人間だぁ。悩みを聞くのには慣れてるぜぇ?」

 

「……………成れるよ」

 

「ん? 何にだ?」

 

「首相。でも、内政にも力を入れた方が良いよ。」

 

ちょっと?! 何言っちゃってんの、俺の御口!!

 

なんとも言えない、奇妙な空間がその場に下りる。

 

(やべぇ、どうしよう。本当にどうしよう。いや、まんま本心だけど関係無さ過ぎだしねぇ。どうやって誤魔化すか…)

 

あっ、占いという事にしておこう。こう見えても中々の的中率だ。今の所九勝一敗。主にスクラッチで。現金で結構な額を持ってるのよ?四歳にしては。釈迦堂のおっちゃんに二割程払ってるけど。

 

「嬉しい事言ってくれるじゃないのぉ。まさか、おじさんの方がアドバイスを貰うとは思っても見なかったぁ。所で坊主、どうして内政にも力を入れないといけないのか…分るかい?」

 

どうって…

 

「国民に分りやすいからだよ。税金が下がるだけで一般人は大喜びでしょ? 碌に政治に関心が無いのが国民の特徴でもあるのに…この間TVでも言ってたよ? 今の若者は政治に関心が無さ過ぎるって」

 

 

 

 

side 麻生公太郎

 

こいつぁ、驚いた。爺さんから様子を見てくれと話されたから、探して見れば…俺の内側を見透かしやがった。更にだ。坊主は言った

 

「国民に分りやすいからだよ。税金が下がるだけで一般人は大喜びでしょ? 碌に政治に関心が無いのが国民の特徴でもあるのに…この間TVでも言ってたよ? 今の若者は政治に関心が無さ過ぎるって」

 

と。これは、自分の言った事の意味も理解してるのか知れねぇ。

 

(TV…TVねぇ)

 

俺はぁ、ちょっとの好奇心と悪戯心で言ってみる。

 

「それじゃぁ、消費税や他の税金が下がったら国民は支持すると思うかい? 坊主」

 

坊主は言った。「それは無い」となぁ。

当たり前だ、今の状況でそんな事しても支持を得られるのは最初だけだ。国民は直ぐに離れて行っちまう。

税金安くして、シワ寄せが来るのは今の若者と老人達だ。この国は他国と比べたら色々と遅れてる所がある。教育、介護、保険。将来に希望が持てなくてはぁ、若い芽、種。どれもこれもが、腐っちまう。

 

「その通りだ。じゃあ、どうすればいいと思う?」

 

俺の問いに坊主は答えた。

 

「議員減らして風通し良くして法律作り直して、沢山の仕事を紹介してやれば良いんじゃない? 無理がありすぎるけど。議員にも定年作ったら?」

 

やる気の無い返答で、俺は面食らった。

 

「確かにそいつぁ今は無理だ。無理だが何時かは出来るだろうさ。ハッハッハ!! こいつぁ、腹が痛くなるなぁ、無理が多すぎて笑いが出ちまう。」

 

 

俺は笑った。でも、希望が持てた。四歳の小僧っ子が無理無茶をしなきゃいけないと分ってるんだ。これでもっと先が読めるようになったら、是非とも秘書にでも成って貰いたいもんだ。

 

 

side out

 

 

 

なんか、おっさんが馬鹿笑いしてる。ついていけない。

 

「それで? 何しに来たのさ。」

 

「なぁに。ちょいと恩の有る爺さんに孫を見てほしいって頼まれただけだぁ。それだけだぁ、おじさんはもう行くぜ。これから会合が有るんでなぁ。坊主も来るかい?」

 

「なにそれこわい。」

 

「ハッハッハッ!! 怖いかぁ。坊主、その気持ち忘れんなよ? 人間は怖いもんだぁ。だが、時には立ち向かわなきゃなんねぇ。無茶で無謀で無理でもな。怖さを知ったら立ち向かえるように頑張れよぉ。」

 

おっさんはそう言って去って行った。

余りの事に茫然とするしかない。其処で気づく、サインを貰うのを忘れてた…

まぁ、良いか。

再び本に目を落とそうと視線を下げる

 

「百夜ー!! 出てきなさーい!!」

 

やっべ、ルーだ。俺は素早く立ち上がり、気配を消して逃げる事にした。

 

 

 

 

その後、なんだかあのおっさんがちょくちょく来るようになった。お土産に珍しい本や、論文とか、食べ物をもってきてくれるから。ちょくちょく占ってあげる事にした。

中々に面白い話が聞けた。隣町の七浜には天才が居るとか、九鬼と言う財閥は近年稀に見る大躍進をしているとか。

その話を聞いていると、やっぱり俺の知ってる所とは全然違うんだなぁと思う。

俺の名前は川神百夜、その前はアギ・スプリングフィールドの器に生まれた何か

俺は、何なんだろうか? 俺自身のモノではない知識と記憶。今の生で得ている知識と記憶。圧倒的に多いのは前者だ。

俺は本当に川神百夜なんだろうか?

 

 

 

side麻生公太郎

 

川神院を出る時に、爺さんにあいさつをする。

 

「で…家の孫はどうかの?」

 

案の定聞かれた

 

「爺さんの孫娘、ありゃぁ反則と思うしかねぇな。鬼神かなんかの生まれ変わりじゃないのか?」

 

俺の言葉に爺さんは笑いながら答える

 

「ホッホッホ、百代は正に武術の申し子じゃよ。将来はワシを超えるじゃろうな。それ故に危うい面も多い。まぁ、ワシらで上手い事やって行く予定じゃ。して、百夜の方はどうかの?」

 

百夜、あの坊主か…

 

「なぁ、爺さん。あの坊主、俺の所に養子にださねぇか? 最年少の大臣にしてやるぜ?」

 

爺さんは一瞬だけ目を開いて笑う。

 

「そいつは無理じゃな。アレも正しくワシの孫じゃよ。本人がどうやったのかは知らんがその身の内にとんでもない量の氣を封印しておる。生まれた瞬間に感じた膨大な氣が一瞬で消えたんじゃ。それに、あの子も百代と同じくとんでもない才能を持っているとワシは見ておる。ひ孫が楽しみじゃのぉ」

 

ちぇ、ダメかぁ。まぁ、気長に繋がりを作って行くか。

 

「仕方ねぇな。坊主も嬢ちゃんも大事に育てるんだな。両方とも大物になるぜ?」

 

「なぁに。お主に言われんでも溢れんばかりの愛情を注いでおる」

 

そう言う爺さんに頭を下げてから、車に乗る。

 

(月一位で、会いに行くかぁ。本とか持っていけば機嫌はとれそうだなぁ。)

 

俺ぁその時は、そう考えてたんだぁ。まさか、坊主の占いに何度も命を救われるとは思っても見なかったぜ。

 

 

 

 

 

 

 



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三話

 

 

 

 

 

オッス、百夜だ。時が過ぎるのは早いモノでもう七歳だ。うん、小学生になったよ。

 

友達百人も出来る訳がねぇ。いじめに会わないようにそれなりの人と着かず離れずの関係を保っているよ。

 

あぁ、因みに言えばそう学校は姉さんと別だ。ちょっと不安でもあったが何とか成ってるよ。

 

あの首相似のおっさんに出会ってからの一日が早かった。

 

武術の鍛錬密度が上がるし、姉さんも最早人を超えた何かに成りそうな勢いで強くなってる。まぁ、その所為か戦う事は楽しいと思いつつある様だ。

 

じーさんもその辺の事は気を付けているようだ。ルーも気を付けているみたい。鍛錬八割、小言二割みたいだ。そうそう、夏は山籠りに連れて行ってたよ。

 

俺? 山には行ってないよ? 海に行きました。釈迦堂さんと。

 

いやぁ、日焼けに気を付けながら過ごしたけど良いね。海。ビキニパンツを尻の横から指を入れて整える若い女性には癒されたよ。

 

不味いラーメン、何故かあるおでん。ちょっと溶けかけのかき氷。勿論、川神院の修行と言う名目で野宿だったが…楽しかった。

 

まさか、釈迦堂さんがタイを捕ってくるとは思わなかった。鱗が固いから処理に困ったよ。卸し方知ってて良かった。

 

そして、夏休みと言えばアレだね。宿題。そんなんモノ夏休み初日にドリル関係は終わらせて、読書感想文はあとがきと印象に残った部分を自分なりに掘り下げて書いたよ。一時間架らなかった。

 

工作はしない。だからこそ、自由研究ではセミの生態に注目して作った。セミの簡単な模型を作ったから一つで二度おいしいね。

 

釈迦堂さんと言えばだけど、最近川神院の質が落ちていると呟いていた。特に関係ないと思うけどルーと口論になる事もしばしば有るみたいだ。

 

今は、そんなに頻繁にはしてないみたいだけど、今回の海や山への遠征は二人の冷却期間でも有るようだ。じーさんもそのあたりの事を考えて配慮しているみたい。

当然だね。川神院には両方とも必要だと思うよ? まぁ、その分、釈迦堂さんもルーも譲れる所は譲らないといけないけどねぇ。

 

まぁ、そんな過去の話は置いておいて…秋も深まる十月の学校。何故か家の小学校は毎月各教科のテストがある。それが有ると必然的に点数比べが有る訳で、普通に満点取れるけどメンドクサイので大体七十~八十の間で点数をキープしてるよ。

 

そこそこというか、それなりに優秀な感じでね。分らない所を聞かれれば教える位の事はしてるよ? 余計な軋轢を作る訳にもいかいしね。

 

小学校に限らず、学校という閉鎖空間は社会の縮図でもある。複数のコミュニティが存在していて多数派が常に主流である。

この学校で主流…と言うか、学年で主流なのは九鬼英雄(くきひでお)って言う金持ちのコミュだね。次にその人たちと仲のいい葵冬馬(あおいとうま)のコミュだね葵病院院長の息子さんだ。どちらもあいさつを交わす程度はしている。

 

九鬼はバカにしているのか庶民とか呼ぶが…まぁ、良い。麻生のおっさんからその辺の話は聞いてる。出来るだけ関わらないようにしているが、ちょっとムカっと来る。

 

学校で普通に仲が良いのは井上かな? 葵冬馬の親友ポジの奴だが、普通に良い人だ。苦労人臭がする所が愛嬌なのかもしれない。

 

「それでな、若…あっ、冬馬の呼び方なんだが」

 

「知ってる知ってる。で、どったの?」

 

隣のクラスなんだが、なんか仲良くなった。

 

「いや、昨日突然。『準は将来スキンヘッドになってそうですね…』とか小声で言ってるのを聞いちまったんだよ。」

 

「……いや、見た感じ頭皮、毛根に異常はないだろう。」

 

「そうなんだが…若が言ったんだぞ?」

 

あ~…まぁ、それなら気には成るな…うん。俺も気になる。

 

「今から、ケアすれば大丈夫だろ? あっ、余り油物は食べない方が良いぞ」

 

「そうなのか? 気を付けておく。そうだった、百夜、お前今度の日曜日大丈夫か?」

 

日曜? 特に何も無かったと思うけど

 

「暇ならよ。俺達と野球見に行って欲しいんだわ。」

 

「? 別に良いけど…何処の?」

 

個人的にベイのなら良いんだけど?

 

「小学生の野球だよ。若が付き合いとかで招待されたんだけどよ…俺と若の二人だけで行くのも何時も通り過ぎてな、若ってかっこいいし頭も良いから、辺に嫉妬されてる所とかあるからな。その辺の感情が皆無な奴を誘って友達になって欲しいんだわ。」

 

「おい、本人前にして本音で語んな。ハゲ」

 

「ハゲてねーよ!! つか、禿げる予定は有りません!!」

 

「まぁ、別に良いけどさ。」

 

院長の息子と友達になって置けば何かとよさげな感じがするな。

 

「ありがとな。じゃぁ、日曜はよろしくな。こっちから迎えに行くから、家の前で待っててくれ。朝の八時位に行くから。」

 

「ウィ~」

 

そんなこんなで、小学生野球を見に行く事になった今日この頃。家に迎えに来た車は高級車で、何だか格差を見つけられました。

 

 

「よく来たな!! 庶民共!!」

 

「英雄君は相変わらずですねぇ」

 

「まぁ、それが持ち味みたいなもんだしな」

 

「…テンションについていけない」

 

どうして、こいつが居る

 

 

 

 

 

 



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四話

 

 

 

 

 

シュッ

 

バスッ

 

「ストラーイク!! バッターアウト!!」

 

「どうしてこうなった」

 

 

あっ、どうも。百夜です。小学生野球の応援に来たはずなのにキャッチャーやっています。

うん、理解不能だね。ただ、一つだけ言える事が有るんだ。

 

「ボサっとする出ない。早くベンチに戻るぞ!! 庶民の百夜!!」

 

「うむ。九鬼の名を背負う男子ならば、次はホームランを打ってこい英雄!!」

 

 

こいつら(九鬼姉弟)は人の話を聞かない。

 

「川神君、早くベンチに戻らないと邪魔になってしまいますよ?」

 

「…ドンマイ百夜」

 

「うぇ~い」

 

ヒリヒリする右手を振りながらベンチ戻る。メンドクサイので氣で直ぐに直す。いや、痛いのも辛いのもキツイのも嫌いですから。この世界では割かし氣と言うモノは便利なモノで、試した事は無いけど多分他人も癒せる。

…普通に回復魔法的に使えると思う。某召喚ゲームのストラ的な感じで

 

話がそれた。なんで、こうなったのか? イロイロ端折ると

 

① つまらなさそうに野球観戦する俺、適当に井上と葵と話しながら観戦。

② 九鬼は素晴らしい肩を持つ投手だった。ビックリだね。ぶっちゃけどうでもいいけど…

③ 観戦に来ていた九鬼姉と遭遇。

④ キャッチャー怪我してベンチ入り。控えのキャッチャーも運悪く病欠。

⑤ 俺キャッチャー

 

④と⑤の間でイロイロ有ったんだよ。ヘルシングとか言う怖いおっさんも居るし、九鬼姉は漢らしいし。

未だに四回裏。まだまだ先が有る。来るんじゃなかった。

 

「庶民百夜!! これで汗を拭いておけ!! 体が冷えてはいけないからな!!」

 

後、こいつはこいつで案外味が有って面白い奴と言うのも分かった。普通に良い人でも有るようだ。

 

 

 

 

 

 

side 揚羽

 

今日は我が弟の晴れ舞台と言う事で野球観戦にきた。グラウンドを見ると英雄がボールを投げている。うむ!! 流石は我が弟!! 見事な早さとコントロールだ!!この勝負は勝ったも同然だろう。

そんな時だ、我はこの会場で誰よりもダルそうな氣を感じた。今までに感じた事の無い氣だ。総量的に感じられるそれは一般人のそれだが、その氣の感覚は初めてのモノだった。

好奇心を刺激される。どうやらその氣の持ち主は我の目的の場所に近い所に居る。そのモノが如何な人物なのか…我は期待に胸を膨らましながら歩みを進めた。

 

そして、目に入った人物。恐らくは英雄の同級生だろう。その隣にいる二人の男子もそのようだ。

 

「英雄君頑張って下さーい」

 

「おう、勝てよー九鬼」

 

「がんばー」

 

はっきり言おう。ここまでダルそうだと清々しさを感じてしまう。目は死んでいるし声に覇気も無い。だが、姿勢だけは正しい。

うむ、これならばまだ廃人と呼ばれるゲーマーの方がマトモに見えてしまうな!!

 

「お主、男子ならばもっと声を出して応援しないか!! そんな体たらくではご両親も悲しむぞ!!」

 

我としてはこの名前も知らぬ男子の反発を期待したのだが…返ってきたのそれがどうしたと言わんばかりの自信に満ちた返答だった。

 

 

side out

 

「お主、男子ならばもっと声を出して応援しないか!! そんな体たらくではご両親も悲しむぞ!!」

 

知らない人に何か言われた。どうやら、気持ちが態度に出過ぎていたらしい。いや、だってもうダルイのには変わらないんだもの。いやね、有る程度は周りの人間と話したよ? 井上とか井上とか葵とか

他の人? 馬鹿言うなそんなの怖いだろうが。言わせんな恥ずかしい。

九鬼位だよ他に話した奴、まぁ、話して分ったのはあいつが超絶俺様主義だと言う事だ。まぁ、暴君ではないと言うの位は分ったけども。

 

取りあえず、それはいったん置いておいて。俺に何か言ってきた人に目を向ける。

最初に行くのはその額に刻まれた×の傷。髪は姉さんと同じくらいの長さだ。大体肩の少し上位まで伸ばしてある。

うん、美少女だな。出来ればもう十年位後に会いたかった。

まぁ、話しかけられたから返す。

 

「いや、負ける試合を応援するのは流石に無理。」(いえ、少々体弱いモノで。大きな声を出すのもちょっと怖いんですよ)

 

って、本音ぇぇぇ!! 建前は何処に行った!! 逆に成ってんじゃねぇか!!

 

いや、占いが得意と言うのはガチなんで試合の結果は知ってましたよ? 人相も見れたし試合をしているチーム同市の全体の配置を見て分りましたよ? 

でも、言う気は無かった。だって、一割の確率で外れるモノ。本気出しても100%には成らないんだから。99だよ確率は。

 

「ほぉ…お主は我が弟が負けると言うのだな? 理由を申して見よ。この九鬼揚羽が聞いてやろう」

 

怒ってるよね。この人絶対に怒ってるよね? もう此処まで来たら潔く言うけど。

 

「…あのキャッチャーがまず怪我で退場。その後で九鬼が頑張りすぎて後半はアップアップ、周りの人間の士気も下がりに下がってアウト。まぁ、所詮俺の占いだからねぇ俺ぐらいしか信じねぇよ」

 

俺がそう言うと、このお姉さんは笑って言う。

 

「ならば、この九鬼揚羽がそなたの占いを変えてやろうではないか!! 」

 

テンション高いなぁこの人…やはり姉弟とは似るものなのか?

 

 

 

回想終了。まぁ、この後キャッチャー怪我して、その代わりが居ないもんだからって事で、九鬼姉が俺を強引にねじ込んだ。野球やった事無いんだけど…

 

カキーン

 

あっ、九鬼弟がホームラン打った。次俺か…

 

「ハッハッハ!! 見たか庶民。さぁ、我に続け!!」

 

「ヘーイ」

 

別に三振でも良いよね?

 

だって、さっきのホームランで2-0で勝ってるんだもん。占っても勝ちが変わらないみたいだし。つーかあのお姉さんマジでやってくれたわ。俺自身に占いの結果を変えさせてんだもん。一つ溜息をついてバッターボックスに立つ。

するとキャッチャーの人が小声で何かしら話しかけて来ました。アレだね、集中力を霧散させようとか心理戦をやろうって訳だね。大丈夫だよ!! 俺ってば勝ち負けはどうでも良いから意味無いね!!

そんな感じで2ストライク2ボールになったわけですが…なんだか、余りにも俺が平然としているからでしょうか?

 

「おい、あんまり調子に乗ってると…あのキャッチャーみたいになるぜ? おぼっちゃん?」

 

と言われました。はい。しかもね、鼻で笑うように…

 

「今のはカチンと来たわー」

 

取りあえず………お前の心は絶対に折る。

 

 

 

 

 



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五話

 

 

 

 

「今のはカチンと来たわー」

 

 

 

その声は思いの外、周囲の人間の耳に届いた。

 

感の良いモノはドキリとした。

 

ただ聞こえたモノは怖気が走った。

 

その瞬間、その声を聞いたモノは理解した。

 

あぁ、怒ってると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学生といえども、クラブに所属し大きい大会にレギュラーで出る事ができる球児の弾は速くそれなりに巧い。

だが、それは小学生にしては…というレベルだ。

例外はある。九鬼英雄はまさにそうだろう。小学生、それも小学一年生が出ていけるレベルでは無い大会で今の所は無失点。

異常の一言に尽きる。

野球と言う球技から目を離して見ればその例外は、例えば釈迦堂、例えばルー、例えば川神鉄心、例えば川神百代。

そして、その四人の動きを見る事が出来て尚且つ川神の血を引く阿呆がいる。

 

川神百夜

 

怠惰が我が人生、でも、楽しい事も大好きだ!! 知りたい事は知りたいし、貪欲である。その半面の怠惰であるのだが…この阿呆の沸点は意外と高い。其処らの事で簡単に怒るしイラついたりするが、本気で怒る事とイラッとすると言う事はほぼ無い。

怒る、憎むと言う事には案外エネルギーがいる。ぶっちゃけ疲れる。だからこの阿呆は直ぐに諦める。

余程の事が無い限りでだ。

 

だが、ある一定の事に対して異常なまでに沸点が低い。

 

無能、低能

 

言うまでも無く。何の能力も無く意気がる奴、実は自分は凄いと思い周囲に迷惑を振りまく奴に、喧嘩を売られる事に対しては異常なまでにプッツンしやすい。普段はそれさえも元から備えている気だるさで抑え込んでしまうが…鬱憤などが溜まっていると

 

カキーン

 

「おぉ!! 良く我に続いた庶民の百夜!!」

 

感情に奔り易くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やぁ、イライラをランクで表すならイラッ☆って言うぐらい頭に来てる百夜だ。

うん、やっちまおうと思ってるんだ。大丈夫さ。大きな氣を使わなければバレやしないからね。

 

「ちょっと話があるんだけども…井上」

 

「お…おう。」(な、なんかこえぇ)

 

「葵君もいいかな?」

 

「えぇ良いですよ」

 

うんうん。イケメンで良い奴とか…爆発しないかなぁ

 

「後、九鬼ぃ」

 

「どうした庶民の百夜。我はチームの応援をしなくてはならないのだが?」

 

「次の回からだけど…」

 

まぁ、ぶっちゃけて言えば俺の言うとおりに投げろって言うのを伝えただけですけどねぇ。

葵と井上には説得に協力して貰う為にベンチまで下りて来てもらったの。何か、葵と九鬼(弟)は友達みたいだし。

結果、説得できませんでした。

けども、話を聞いていた九鬼(姉)の

 

「うむ。九鬼揚羽が許す!! 英雄、言うとおりしてみよ」

 

の一声と肉体言語(威嚇拳骨)で何とかなった。すげぇ

 

簡単な話、次の回でのうちの攻撃は捨ててるんだ。信用させる為に。九鬼(弟)も一発も掠らせずに三球三振させたら静かになった。

 

当たるも八卦、当たらぬも八卦。それが占い。でもね、勝利の為なら当てさせるのが俺の本気の占いなのだよ。

ここから、このチームの圧倒的勝利で試合を進める。

 

キャッチャーとしてグラウンドに出たら、外氣を使って場の相を乱して自分で整える。バッターが立てば気味悪く笑ってやる。

時々、相を見てそいつが気にしてる部分を詰ってやる。

相手はボロボロだ!!

 

ハッハッハッ!! 今ここで何よりも強いのは俺だ。完膚なきまでにボロボロにしてクレル!!

 

「はい、十五点目ぇ」

 

カキーン。

 

現在十五対0にて我が軍の圧勝中なりぃ

 

ゆっくりとベースを踏みながら周り、士気も下がりに下がって涙目な年上のキャッチャーに嗤いながら言う。

 

「嘗めた事ぬかすと…こうなるんだぜ? おぼっちゃん? カッカッ」

 

 

えっ? 試合の結果? 圧勝だよ。当たり前だろ? 反則してるんだから

 

 

 

 

 

side 九鬼揚羽

 

 

 

己が目を疑うとは正にこの事なのだろう。試合を見ながら敵方に同情してしまう。キャッチャーとの会話は私にも聞こえた。

勝負事なのだ、卑怯とは言わない。寧ろ、心理戦を仕掛ける事には称賛を贈りたい。我もヒュームより武を学んでいるからその大切さは解る。

だが、だが!! 此処まで一方的に勝てるモノなのだろうか? 我が弟のチームに武家の出身のモノ等一人としていない。球児だ、出身等関係なく今試合に出ているのは己が実力でレギュラーに成った球児達なのだ。

それは相手も同じである。

 

「…………」

 

何も言えない。

 

私の隣にいつの間にか控えていたヒュームは何やら頷きながらニヤニヤと笑っていた。

 

「…ヒューム」

 

我の言葉にヒュームは確信を持って言った。

 

「アレは川神だ。成るほど成るほど…鉄心の孫か」

 

川神…そして鉄心。その名は知っている。世界に名を轟かせる武の覇者。武神・川神鉄心。

 

「蛙の子は蛙。ハッハッハッ!! 久しぶりにあのクソ爺に俺が直々に逢いに行くか。揚羽、明日は少しばかり暇を貰うぞ。興味が沸いた。」

 

「えぇい!! 我には何が起こっているのか解らぬ!!」

 

「ソレはお前の未熟だ。嘆かわしい。案外、九鬼の覇道を妨げるのはアレかも知れぬな。」

 

解せぬ!! しかし、面白い!! この九鬼揚羽、全力を持って貴様を知ろう!!

 

 

 

Side out

 

「えっ? なにそれ怖い。」

 

「いや、何を言っているか解らんのは俺だ」

 

いや、なんかその理屈はオカシイって言う電波が…ちょっとヤル気を出したから疲れてんのかなぁ?

 

「得点差?」

 

「…まぁ、それは怖い」

 

「そうですねぇ…一体どうやってるんですか? 川神君。僕には全く理解できません。」

 

「ん? 占い」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

「だから占い」

 

「「なにそれこわい」」

 

「いや、井上はともかく。葵はキャラが違うだろ」

 

絶対にそういうキャラじゃないよね? お前

 

「あぁ、確かに俺はともかく……って、何で俺は除外されてんだよ!!」

 

いや、お前は俺と同じ三枚目ポジっていうか、突っ込み枠っていうか…ねぇ?

 

「偶にはキャラじゃない事をしてみたくなるんですよ。それと、冬馬で良いですよ。百夜君と呼んでも?」

 

「あっ、俺も準で良いぞ」

 

「んじゃ、冬馬。後、ハゲ」

 

「だから、ハゲてねぇーよ!! 予定もねぇよ!!」

 

いや、四年後位には…もう

 

「なんで、癌をを告知する医者みたいな表情で見るんだよ!! 冗談だろ? 冗談だよね?! ねぇ!!」

 

あっ、顔に出てた

 

「あっ、次の回で終わりですね。百夜君、頑張ってください」

 

「ウェーイ…また、場の相を見る作業が始まるお」

 

 

 

 

 

 

「ちょっとぉ!! 少しぐらい否定してから行ってくれぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

我が軍の圧勝で終わりました。やったね!! なんか試合後に九鬼英雄に絡まれたけど適当にはぐらかして帰ったよ!!

 

まぁ、学校で冬馬のコミュに入れば大丈夫でしょ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我は貴様を対等のモノとして認めるぞ!! 我が強敵(とも)百夜!!」

 

次の日、なんか宣言された。ジョグレスシンカだとか、最初っから完全体とか訳の解らない進化を遂げている九鬼の中の俺の評価に絶望した。

何時の間にか野球チームに入ってる事に成ってるんだぜ? 笑えよ。麻生のおっさん。何気に試合観戦に来てんじゃねぇよ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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六話

 

 

 

 

 

 

 

立ちはだかるモノは超えて行く。

 

それが九鬼だ。

 

負けは教訓と成り、更なる強さへの道しるべとなる。

 

我らは常に突き進み、吸収し歩み続ける。だが、絶対に戦ったモノ…誇り高く戦ったモノ。

 

最後まで戦ったモノ達には一定の敬意を評する。

 

我はそう教えられてきた。

 

王たる者、民を愛し、助け、導く事が出来てこそそうなのだと。

 

だからこそ、大きく成れたのだと強く成れたのだと父は言っていた。

 

故に

 

「嘗めた事ぬかすと…こうなるんだぜ? おぼっちゃん? カッカッ」

 

我は許す事など出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が終わり、反省会も終わり後は帰るだけとなった時間。我は庶民に声を掛け呼び止めた。

我と同じ小学校に通う川神百夜。今日初めて正面から言葉を交わした庶民だ。

葵冬馬と親しげに話していたが、今の我にそのような気は無い。

葵冬馬も今日初めてこう言った事に招待したが、親しいという間柄ではない。ただ、この男には才能が有るとそう思ったからこそ、それなりに話はしていた。

 

だが、この男は違う。我がまだまだ少ない人生で見てきた誰よりも薄っぺらい紙の様な人間だ。

覇気の無い瞳、気だるそうな態度、面倒臭いと語りまくっている表情、どこか間延びしたようなダルそうな声。

もし、死人が蘇ったらこの様に成るのではないのかと思ってしまう。それぐらいにこの庶民は変わっている。

 

我はこの男の声に覇気が出た一瞬を見た。背筋が冷たくなった。直ぐに頭に来ているという事は分った。そして、それを仕方なしとした。

我のように帝王学等を含め民を導く為多くの教育を受けていないのだから…

 

そう、そんな我だからこそこの庶民の間違いを正してやらねば成らぬと思った。今日の試合の勝利に一番貢献したのはこの男だと皆が理解しているからだ。

我の球を平然と捕れる。球の誘導も巧かった。だからこそ完封勝利が出来た。

 

「まて、庶民の百夜」

 

我の声かけに庶民は面倒臭そうに振り返った。

 

「何? もう、疲れたから早く帰って寝たいんだけど」

 

むぅ…この庶民は人を敬うと言った事とは無縁なのだろうか? と思ってしまえるぐらいに態度が悪い。これも注意してやらねば!!

 

「何故だ。何故最後にあの様な事を言った!!」

 

「?」

 

何の事だと言いたげに首をかしげる庶民に我は続ける。

 

「貴様があのキャッチャーに何を言われたかは知らん!! だが、一選手として己と戦ったモノに対して何故心を折るような事をした!!」

 

そこで漸く思い出したのか、庶民は面倒臭そうに頭を掻きながら言う。

 

「売られた喧嘩を買った。それだけだろうにぃ…」

 

「なれば!! 我らは試合に勝った!! それで十分だろう!!」

 

「それは全体の事でしょ? アレは俺個人に売られたモノで買ったモノだしねぇ…」

 

「それで、あの庶民が野球を止めてしまったらどうするのだ。あの者も練習をし汗を涙を流してレギュラーを勝ち取った者!! そして、最後まで戦った者だ!! ならばこそ、称える事は有るにすれ、乏すとはどういう事だ!!」

 

我はその時、初めて川神百夜という男の明確な感情の動きを見た。

 

「……だからだよ。喧嘩に勝った、次はどうなる? また来るだろ? その可能性が在るだろ? だから踏みつぶすんだよ。アレとの関わりはあの場限りだ。長期での付き合いなんてねぇんだから。」

 

そんな事も解らないのか? そう言いたげに言う。なんだ? なんなのだこの胸の内のザワメキは!!

 

「無能・低能に馬鹿にされるのは嫌いなんだよ。意気がるなら最後まで成し遂げる責任と覚悟と力を示さないといけないんだよ。だから、俺は踏み潰して進むし、迂回する。なぁ、九鬼ぃ。お前は…」

 

我は…在る意味で打ちのめされたのだろう。初めての経験だった。我が見誤っていたのだ。紙の様に薄い人間と思った。

だが、違った。あの男が言った様にあの男には在るのだ。その力と覚悟…そして成し遂げる責任が。

 

立ち塞がる者は踏み潰し蹂躙して進む。

 

庶民は言った

 

立ち塞がる者が居るなら迂回して進む

 

庶民が言った。

 

矛盾している。恐らく、その時の状況で決めるのだろう。なんだコレは…なんだコレは!!

 

まるで…奴は…

 

「どうした我が弟よ?」

 

「あ、姉上…ヒューム」

 

固まっていた我を動かしたのは姉上と執事のヒュームだった。周りを見渡せばあの男は居なくなっていた。会場あった時計を見れば我が奴に話しかけて十分は経っていた。

 

「無様だな英雄。それでも俺が仕えるに値する家の者か?」

 

「我は…」

 

「よいヒューム。我が弟は初めて打ち負かされたのだ。感謝しなくては成るまい。あの暴君の器には」

 

暴君? あの男も我と同じ王だと言うのか?! 

 

「ん? 不思議そうな顔をするでない。英雄よ、あの男もまた我等と同じく王たる資質を持つ者よ。」

 

「しかし、暴君ならばこそどうにかしなければならないのと違いますか!!」

 

我の言葉に姉上は笑う。

 

解らぬと。なればこそ知らなくては成らぬのだと。

 

「クククッ…暴君か。俺は違うと思うがな」

 

「どういう事だヒュームよ」

 

何か楽しそうなモノを見る様にヒュームが言う。

 

「あの小僧、最後に何と言った?」

 

最後に? 最後にあの男は

 

『俺に何か意見出来る程度には我を通せるのか?』

 

我がその言葉を己が口で言う。すると、ヒュームは今までに見た事が無い程の笑い声を響かせた。

 

「小僧、小僧!! 流石は奴の血筋か!! ハハハハハハハ!! 揚羽よ俺の言った事は案外当たるかも知れんぞ? あの男、例え権力で、金で、力で抑え込んだとしても食い破ってくるぞ。あの小僧は暴君でも名君でも無い。」

 

覇王の卵だ。

 

あのヒュームがそう言い切った。その言葉、驚くほど素直に我が胸に落ちて来た。

 

ただ己を貫き通す。我を通し、通す為の力を振るい叩き潰し、時に賢く回り込み通り過ぎる。

 

奴も正しく王なのだ。我とは違うただそれだけの者…

 

いうなれば奴は我に出来に事を行える王。

 

我は奴に出来ない事を出来る王。

 

強敵と呼べる者

 

我と対等な者

 

「ハッ…そうか、そうで在ったか。あの男こそ我が強敵(とも)か!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言う事らしい。冬馬からそう聞いた百夜だ。

勘違いも甚だしい。えー? なにそれぇ

聞いてないよ。

 

「いやー大変な人物に目を付けられましたねぇ百夜君」

 

「在る意味すげぇよお前。」

 

「勘弁してぇ」

 

学校からの帰り道、暗くなるのも早いモノで空には星が光り始めている。風に成りたい

 

「まぁ、俺はちょいと言い過ぎな気もするぜ?」

 

「そうですねぇ。僕も少々考える所が有ります」

 

此処まで来て否定? うぇー…説明すんのめんでぇ

 

「うっせうっせ、お前等も俺に協力したんだから同罪だ。大体よぉお前等総合病院の後取りとその補佐だろ? 将来的に考えて」

 

「まぁ…そうなるよな? 若?」

 

「そうですねぇ。準?」

 

「だったらよ、そげなこと言わんと清濁呑み込んで腹に収めろよ。綺麗、汚ない関係無しに結果ださにゃ罷り通らないんだかさぁ、潔癖主義は巧く生きられないつーの」

 

将来的に考えて。アレだろ? だいたい大きい所の人なんてどっかで汚い事してんだからさぁ。

 

「ん~いまいち解りませんねぇ。」

 

「すまん、俺も良く解らん」

 

…流石に小学一年生には無理か

 

「簡単に言うとだ、汚い事も卑怯って呼ばれる行為も結果を出してりゃ関係ないんだよ。元々勝負事、勝ちか負けかの違いだぁね。それで心が折れるんならこの先もないでしょ?」

 

「そういうモノですかねぇ」

 

「そういうもんか?」

 

「勝てば官軍。辞書引いて来い。後、君ずけすんな冬馬なんだかムズムズする」

 

主に尻が

 

そんな話をしながら帰っていると、如何にも高級そうな車が横に止まりドアが空いた。

 

誘拐かと思ったら九鬼が居た。

 

「伝え忘れていた事が在ったのでな車の中から失礼するぞ強敵(とも)よ!!」

 

「やだ、物凄く恥ずかしいっ!!」

 

なんか言えよ二人とも!!

 

「野球の練習は毎週土日だ!! 我が直々に迎えに行ってやる!! それではな強敵(とも)よ!!」

 

そう言って去って行った車を見ながら両肩を叩かれた。

 

「偶に見に行きますから頑張ってください。百夜」

 

「頑張れ負けんな百夜。今度ジュース奢るわ」

 

「……ピーチソーダで」

 

俺にはそうとしか答えられなかった。なんか疲れまくった。今日は風呂入って寝よ。そう思い川神院の門を潜るとじーさまが立っていた。

 

「百夜よちょいと話がある」

 

「俺は帰るぞ川神、そろそろ揚羽の訓練の時間だ」

 

嫌だね!! 絶対に逃げる!!

 

もう嫌だった。布団に入って眠りたい。でもその前に温かい風呂に入りたい。姉さんに邪魔されず入りたい!!

 

グッバイ「逃げるな小僧」惰眠

 

地の文に乱入ってなにさぁ

 

「ほっほっほ。スマンのヒューム」

 

「フン。川神、この小僧俺に預けるなら一流にしてやるぞ? 性根ごとな」

 

「ダメじゃダメじゃ。ワシの話が終わってから決める事じゃからのぉ」

 

その後、色々聞かれたけども答えたよ? ちゃんと答えたよ? 嘘も交えて

 

なんか、釈迦堂さんかルーかどっちかで武術を教える的な話が出たけど辞退したよ?

土日に野球があるから無理って言ったよ? 痛いの嫌いって言ったモノ。

両親に怒られたけど、知らんぷりしたもんね。

 

「なぁなぁ、一緒に武術やろぉ~」

 

「やだ。姉ちゃんも自分の布団に戻りなよ」

 

馬鹿な?! 小学二年生ですでに果実が実り始めているだと?! 家の姉様は化け物か?!

 

「ぎゅぅー」

 

「姉ちゃん暑いから」

 

「お姉ちゃんだ。」

 

「…お姉ちゃん」

 

「うんうん、それで良いぞ百夜」

 

なんだかんだで一緒の布団で寝た。なんか熟睡できた。

 

 

 

 

 



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七話

 

 

 

 

 

勝てば官軍、負ければ賊軍。

 

僕達が家に帰り、彼に言われた通りに辞書を引いたモノは否応なしに僕達を打ちのめす様なモノでした。

 

力こそ正義。

 

要約するとそんな意味。

 

清濁併せ呑む

 

彼が言っていた清濁とはこの事なのでしょう。善・悪のわけへだてをせず、来るがままに受け容れること。度量の大きいこと…

 

確かに僕達は将来的にはそのような事をしなければならないのかもしれない。僕はそう思いました。

 

恐らく、準もそうでしょう。僕達と同じ年の彼は当たり前のように言います。ですが、僕達はまずこの様な事を考えた事がありませんでした。

 

僕も準も勉強はしています。それなりに頭が良いという自信もあります。僕は僕で、準は準で尊敬出来る父のようになりたい。その後を継ぎたい。

 

そう思っているのですから。

 

だから、僕は思います。彼は僕達が知らない事を多く知っていて、僕達より先の事を見ていると。

 

彼と友人に成れた事は僕が思っていたよりも良い事だったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスッとミットの中にボールが入る。何時も通り九鬼のボールを受け止める。やっぱこいつ同年代とは思えない球を投げるわ。百夜です。

 

奴に野球チームに入れられて既に一年。えぇ一年です。私も二年生になりました。

 

あの出来事が有って以来、私の学校生活は変わりました。針の筵です。

 

イケメンで優しく気品のある葵冬馬。

 

金持ち力持ちカリスマ持ちの自信持ち、九鬼英雄。

 

えぇ、この両名と友人に成ってしまってからは私のボッチが加速しています。鬱だ。

 

体育の時間、教師の

 

「はーい、二人組み作って~」

 

破滅の呪文です。ラピュタに対するバルスレベルの呪文です。ちくせう

 

何度心のなかで「やめて!!」と叫んだ事か…合同体育の時は九鬼と組むように成っちゃってるから良いんだけどさ…

 

なんだかんだで九鬼に野球チームに入れられた事には感謝している。

まず、家から逃げられる。主に両親とじーさまとルー。何か後者達はそれとなくだけど、両親はあからさまに武術しろ的な事言うんだモノ。

 

野球しても良いから武術もしなさいと有る意味最終手段だろJK

 

まぁ、九鬼に言ってみたら

 

「すれば良いではないか?」

 

「いや、野球するならそれ一本に絞らないといかんだろ?」

 

この会話の後、野球道具などの必要なモノが九鬼から提供されるようになりました。財閥すげぇ、金持ち怖ぇ

 

で、もう一つの理由が。新しい所に友人関係を開拓しようかと…

 

…あぁ、そうさ。既に学校ではもう諦めてんよ!! 九鬼と冬馬と準位だよ!! 友達百人出来るかな? だと…このファッキン共がぁぁ!!

 

一人は嫌です。でも、少なすぎるのはもっと嫌です。

 

最後の理由は、なんだかんだで面白いから。今の所、九鬼の球を捕れるのは俺か六年生のあの人。去年怪我した人。

俺が九鬼の球を捕れるから、基本は俺と九鬼のバッテリー。未だに奴は俺の事を強敵と書いて友と呼ぶんだが…いや、さすがに一年も時間が有ったんだから誤解を解こうとしたよ?

あの時点でなら俺の学校生活にもまだ希望の光が見えた筈ですよ?ですけどね…

 

「そんな事は最早どうでもいいのだ。我は我が対等と思える者に出会えた。成れば友だ。貴様は変わらず我の強敵(とも)なのだ」

 

と、腕組みして言われた。いや、チームでも対照的な二人で通ってるよ?

 

やる気全開、野球大好き九鬼英雄

 

やる気ナッシング、野次と毒を吐きだす無気力装置川神百夜

 

でも、俺の御蔭でリラックスしてる人多いのよ? ゲームとかマンガの貸し借りも結構してるし。

何気に、冬馬と準もけっこうな頻度で見に来てるし冬馬とか時々敵チームの情報とか持ってきてくれるしね。準には突っ込み投げっぱなしにしてるよ?

 

他に変わった事と言えば…秘密の場所を見つけた。うん、ちょっとした広場みたいになってるっちゃぁ成ってる草原何だけど、風通しが良くてねぇ。春に見つけたんだけど。夏は風通しが良くて気持良いのよ。

で、今そこで野草とかの栽培を行ってるの。ほら、本体(アギ・スプリングフィールド)の知識と記憶持ってるからどうすれば良いかも知ってるし。

 

地脈にちょこちょこっと干渉して活力を溢れさせたりとか、種子に外氣を込めてみたりとか実験かねてんだけどさ。

 

残念な事に、小学二年生じゃ買えないモノとかも有って断念してたんだけど。園芸が趣味の一つとして有ると言う事で九鬼に強請ってみたら案外すんなりと…成果として出来たてトマトを冷やして食べたぜ? 案外評判だった。

 

外氣込めて愛情注いで育てたら物凄く甘く成ってくれて…正にボーノでした。

 

その関係で他校だけど友達も出来たし。うん、友達って良いなぁ。結構ぶっ飛んでるんだけど何だか憎めない奴で、最初は俺の畑の作物(子供)を荒らす奴だったから勢い余ってフルボッコしたけど。

 

まぁ、あそこまで褒められたら許すしかなくてですね。なんだか、俺の畑の近くに秘密基地を作るらしいんだが……まぁ、迷惑にならない程度なら良いと許した。

 

その代わりに、畑の水巻をお願いしたんだが…あっ、俺が居ない時だけよ? お互い電話番号教えたし。中々、捕まんないけどな。あのやろぉ…今の時期はサツマイモが美味いのでそろそろ収穫しに行かないといけないのでこの後で行こう。

 

シュッ

 

バスッ

 

「おーい。球威が弱くなってぞぉ」

 

「分っている!! 」

 

シュッ

 

バスッ

 

「落ち切ってないよぉ」

 

「クッ!!」

 

今何をしてるかって? 九鬼のフォークの訓練だよ。ストレートとカーブとチェンジアップで試合はどうとでも成るけど、それだとその次からがねぇ。

 

アイツ、九鬼財閥の長男なのにさ…プロが夢なんだと。んで持ってさ、其処でも俺とバッテリーなんだと。

 

俺には誰にも打ち明けた事の無い悩みがある。

 

とても、馬鹿らしいのかもしれないけど悩みがある。

 

俺はアギ・スプリングフィールドの偽物の器が壊れる瞬間に生まれた。だから、記憶と知識を持っている。

でも、それは余り必要な事じゃないんだ。だって、俺には名前が無い。記憶と知識は他人のモノで、それを持って生まれてしまった。

だからこそ思う。

 

俺は誰で、俺は俺なのか?

 

今の所の生きる目標も行動のパターンも借り物で、何事にも真剣になれない。

馬鹿らしく思ってしまう。故に、俺には本当に夢と言うモノが無い。将来成りたいビジョンが浮かばない。

 

ダラッとしたいのは借り物からの思いで惰性。でも、楽しく生きたいと思うのはたぶん本心。

 

でも、其処から先は何も思い浮かばなくて刹那的に生きてるだけ。次なんて何も分かる訳が無い。

 

先に何も考えられないから、俺は多分こいつに付き合ってるんだと思う。

 

楽しい事はやってるし、面白くない事もやってる。疲れる事もしてるし疲れない事もしている。

 

夢を持っていて、それに全力で挑んでるやつは眩しい。その過程で躓いても諦めない奴は凄いと思ってる。だから、そういう奴は性別関係無く一人の人間として好感が持てる。

 

まぁ、何が言いたいかと言うと。こいつと一緒にプロになるのも面白そうだし、中々に良い将来じゃないかなぁと思ってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

言わせんな、恥ずかしい

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい。そろそろ上がるぞぉ。肩壊しても仕方がねぇしなぁ」

 

「むっ…そうだな。流石は我が女房役!! 我が認めし強敵(とも)だ!!」

 

 

そう言って、帰り支度を始める。あー…余り返りたくねぇなぁ。うちの両親、ルーとかに負けてくんないかなぁ。ルーも釈迦堂さんもじーさんも姉ちゃんも余りそう言った事言わないのになぁ

 

「我が強敵(とも)百夜!! 絶対に我はプロになるぞ!! そしてメジャーも制覇してやる!!」

 

「はいはい、まずはフォークをモノにしようねぇ。あとシンカーも。変化球全部覚えて、球威も凄くなったらお前が引退するまでキャッチャーしてやんよ。」

 

「それなら、僕達はお二人の主治医にでも成りましょうか? そうなれば、うちの病院ももっと大きく成れそうですし」

 

「いやいや、若。マジでそうなったらやばいから。プレッシャーとかヤバイから。っと、コレ、ドリンクな。後、明日はゆっくりと休んで体を労れよ。」

 

なんだかんだで、土日は略この四人でいるなぁ。まぁ、良いか。他の学校の奴ともコミュってるし。芋を収穫したら分けてやるかねぇ。

あの、自称風にでも。

 

 

 

 

 

 

 

 



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八話

 

 

 

 

 

やぁ、百夜だ。聞いてくれ。今日は俺的に最高にハッピーな事が起こった。

 

ルーが両親倒して師範代になった!!

 

イヤッフッッーーーーーーーーーーーーー!!

 

うん。これで武術ヤレ攻撃からおさらば出来る。まぁ、普通の子供としては何処となく寂しいという気はする。なんだかんだで遊んで貰ったりしている訳で…

嬉しい事には変わりはないんだけどねぇ

川神の掟みたいなものだし。姉ちゃん居るし、じーさまも居るし、釈迦堂のおっちゃんも居るしルーも居るし。

 

友達いるし?

 

そんな事が有った今日この頃。私、川神百夜も小学三年生になり春の少年野球リーグでは見事優勝しました。九鬼家でのパーティーは凄かった。メイドに美人が多かった。

んで、ちょっと驚いた。釈迦堂さんが実は俺の試合を全部見に来てくれていた。ちょっと泣きそうになった。

 

日々が充実している。俺の育てた野菜(子供)達は良い具合に育っていて、野草類も収穫して乾燥させている。もう少しでアレが出来そうだ。

 

正直な所、口が寂しくて仕方が無かったのでもうちょっと頑張ろう。野球も頑張っている。

 

最近他に変わったといえば…秘密基地か?

 

うん。畑の近くに秘密基地が出来た。作ったのは自称風の風間翔一、俺の学校以外でのコミュ相手だ。ペルソナとかでないかなぁ…出たら出たで面白そうだけど、あのチームのは基本ダークだからなぁ。

123を考えて…

 

まぁ、そんな感じで友人にニヒルを勘違いしてる子が増えました。ボイスレコーダーで録音しています。数年後に曝したら面白い事に成りそうだ。

 

あと、なんか脳筋っぽいのともやしっ子が増えた。もやしっ子のゲーム知識は良い。バハムートドラグーンで語り合ったのは良い思い出だ。

 

あのビッチめが!!

 

ごめんね。また言葉が汚く成っちゃた。でも、それは仕方が無いと思うんだ。アレがトラウマになってる人間は結構いると思うんだ。

 

ね?

 

なんでだろう…学校以外でのほうが友達増えるぞ? いじめられているのだろうか?

 

そこん所を冬馬と準に聞いてみた

 

「それはない」

 

「ありえません」

 

「マジで? 良かった~」

 

いや、マジで。危うく本体みたいに暗い学生時代を過ごすかと思ったぜ

 

㊟アギ・スプリングフィールドは学生時代にハニトラに有って引き籠りました。

 

「まず、百夜は僕達と英雄君の友人です。多少嫉妬は受けているようですが少年野球で優勝した事で逆にこいつは凄い奴だと認識が広がっています。」

 

「それにだ。虐めっていや…四組がえらい事になってるぞ? 噂でしか聞いたことがねぇけど。一人だけ集中的にやられてるらしい」

 

あっ、俺もそれは聞いた事がある。

 

「そうかぁ…良かったぁ。俺は虐められてないのね…友達増えないのは何故?」

 

「そりゃアレだろ…家柄? 俺達は病院の跡取りとその補佐だし、九鬼は財閥の長男で、百夜は川神院の長男だろ?」

 

「俺、武術は全くやってないバンピーな件」

 

公言してるんですが?

 

「お前の姉ちゃんの武勇伝がこっちまで広がってるんだよ。六年生を犬神家にしたとかなんとか」

 

姉ちゃん何やってんの?! 今日はちょっとお話が有ります。

 

「…虐めについては何も言わないんですね。百夜は」

 

「まぁ、巻き込まれる可能性が高いしそれでお前らに迷惑が行くのが目に見えてるし。第一に誰かも知らんし、本当に起こってるかも分らん。根本的に俺に無関係だしな。その辺りは学校の教師と親の責任だろ?」

 

「そうだな…だがなぁ、普通はかわいそうとか許せないとか思うぞ?」

 

「フフッ、百夜は普通とは違うと言う事ですよ準。百夜には百夜のルールが有るんですよ」

 

流石に三年も付き合いが有ると分ってるな。

 

「まあねぇ。身内なら守ろうとも思うだろうけど……変に首突っ込んで責任とれ無い様な事になってもダメだからなぁ。基本的に、自分で責任取れなかったり、擦り付ける事が出来ないんだったら俺は俺の迷惑にならない限り不干渉だよ。」

 

「あぁ、そう言えばそんな感じだなぁお前。」

 

「だから、僕達も友達を続けてるんですよ。百夜みたいな人は頼りに成りますからね。」

 

「本人の目の前で打算的な事言うな。阿呆」

 

「見る阿呆に聞く阿呆。煽り煽られて皆阿呆。貴方が試合中に良く使う言葉じゃ無いですか」

 

「心理戦にはまりゃ皆そんな感じなんだよ。応援鼓舞しとくだけでチームのやる気が上がるし、バッター嵌めるだけで面白いぐらいに三振なんだものぉ」

 

「俺、お前とだけは絶対に喧嘩したくねぇ。」

 

「僕もです」

 

「褒めんな、恥ずかしい」

 

もう、煽てても何も出ないんだからね

 

「それよりも、今日どうする? この後、暇だけども」

 

「あー、今日は若ともども塾だわ。」

 

「残念ながらそうなんですよねぇ」

 

「仕方ないか、そんじゃ帰るわ。また明日なぁ」

 

ランドセルを背負って帰宅する。さて、今日はどうするか? 姉ちゃんが居たらいたでベタベタしてくるからなぁ

罠の点検と補充は昨日したし…ん~ゲームも今するの無いしなぁどうしたもんか

 

そんな事を考えながらポケーッと歩く。タバコが欲しく成るな。早く材料揃えないとなぁ

 

ドン

 

「きゃっ」

 

「あっ、すみません」

 

普通の人よりも歩くのがチョイ速いからぶつかった様だ。ごめんちゃい

 

「だ、大丈夫だよ。」

 

「なら良いけど…」

 

なんでこの子キョドってんの? 意味がわからない。

 

「え、えと」

 

おぅ、また考え事してた。

 

「ましゅまろ食べる?」

 

何か差し出してきた。アレ? カツアゲと間違えられてる? え? 僕悪い百夜じゃないよ、良い百夜だよ!!

 

貰えるもんは病気と厄介事と不幸以外貰うけどな!!

 

「あ、どうも」

 

「えへへ、それじゃぁね」

 

そう言うと逃げるように去って行った。アレ~…やっぱ怖がられてるのかな? かなり心に来るんですけど

 

「…同じ学校の奴だっけか? 見た記憶ねぇけども。」

 

取りあえず貰ったマシュマロを食べる。

 

「…しょっぱい。あの女朗…握りしめてやがったな」

 

甘いのにしょっぱいこれいかに? 許せん。だが、知らん。あの白子めぇ…

 

いいや、このまま畑を見に行こう。風間達が居たらなんかして遊ぶべ。

 

そんな、小学三年生の春。私、川神百夜は平和に暮らしています。十年位帰ってくんなよ両親共。

 

 

 

 

 

 

「絶望した!! 畑が荒らされている事に絶望した!! 春キャベツで漬物作ろうと思ったのにぃぃぃ!!」

 

「ひぅ!! ご、ごめんなさい!!」

 

「その、ごめん」

 

「だから、やめた方が良いって言ったのに」

 

「クックック、俺の忠告を聞かないからだ」

 

「そんなに怒んなよぉー。青虫駆除を頼んだの百夜じゃんかー」

 

「だからって葉を毟るな!! もう良い。今日は帰る。何もしたくない」

 

今日は姉ちゃんと寝よう。

 

 

それから家に帰って、畳でぐでぇとしながらごろごろしている所、何やら道場が騒がしい。でも行かない。面倒臭いんだものぉ

いいや、釈迦堂のおっさんの部屋でマンガでも読もう。

あの人の部屋…なんかこう…物凄く落ち着くの。なんて言うか…ダメっぽさっていうの? 残念な感じがして…

あの人ぐらいだし、ウルトラジャ○プとかのマンガ揃えてるの。

 

一時間程すると、なんかイライラした釈迦堂のおっさんが帰ってきた

 

「おめぇ…なんで俺の部屋に居んの?」

 

「予想以上に落ち着くのよ。何? ルーと喧嘩でもした?」

 

「喧嘩じゃねーよ。俺はホントの事を言ったまでだ。それが、あのヤロー」

 

あぁ、アレね。質が落ちてるどうのこうの

 

「両方とも正論なんじゃねぇの? もうアレだよ。強い方が正しいで良いんじゃね?」

 

「ハッ、そりゃぁ良いな。でもな、爺が邪魔すんだよ。どうにかならないかねーアレ?」

 

あー………まぁ、じーさまからしたら両方とも必要だからねぇ

 

「無理。それより姉ちゃんはどったの? 今は稽古の時間でしょ?」

 

「あー有ったな。今は自主錬してるだろ。あいつは俺と同じで強く成る事に貪欲だしなぁ。そいで、お前はどうするんだ?」

 

「無理無理、痛いの嫌いだもの」

 

「あーそりゃぁ無理だな。話にすらなんねぇわ。」

 

ドンと座って、俺が読んでたマンガを一巻から読み直してる。まぁ、この人も人間だし戦いだけで生きていける訳じゃないモノで、こういった娯楽品を買う為にもバイトとかしてるんよ。今は俺からの定期収入があるからしてないみたいだけど。

 

「そういえば、だが。おじさん、一つ気になる事があるんだわ」

 

「にゃにぃ」

 

「お前の姉ちゃん、このままで良いと思うか? お前的に」

 

…ん?

 

「釈迦堂さんと同じように戦い大好き!! オラ、つえー奴と戦うの大好きだぞ!! な、大人になっても良いのかって?」

 

「そうそう」

 

今更ー…もう手遅れでしょうアレ? 微妙に距離はとってんのよ俺? キライじゃないよ? 寧ろ好きだよ? なんだかんだで自分に正直に生きてて夢が有って何だかんだ頼りにしてるんだから。

 

「別に良いんでない? 姉ちゃんが幸せならさ」

 

「おっ? やっぱお前は爺やルーとは違うなぁ。」

 

まぁ、俺に迷惑かかってないし…基本、俺にとっては良い姉ちゃんだもん。

 

「でもまぁ…」

 

「ん?」

 

うん。これだけはケジメをつけにゃぁ成らん事だろうけど。そうなる可能性を含めて放置してるわけだから。

 

「飲み込まれて見境がなくなるようなら、何とかするよ。責任が有るのは皆一緒さね」

 

「………そうか」

 

あ~あ。眠くなってきた。飯の前に風呂はいるかぁ

 

「釈迦堂さん、俺は先に風呂はいるからご飯の時居なかったら呼んで~」

 

「はいよー…そろそろ、時期だろ? 買いに行く時は教えろよォ」

 

「カカッ、競馬の予想でもしてあげようか? それ位の対価は貰ってるから良いよー。…後、試合見に来てくれててあんがと」

 

「ガラでもねぇ。さっさと風呂に行って来い!!」

 

「はいは~い」

 

素直じゃないねぇ。あの人も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かぽーん

 

「何故いる姉者」

 

「弟が入浴すると聞いて。後、お姉ちゃんだ」

 

「イファイイファイ、ファメテポオフェエチャン」←百代に頬を引っ張られています

 

「よーし、お姉ちゃんが隅々まで洗っちゃうぞー!!」

 

止めて!! お婿に行けなくなっちゃう!!

 

 

 

 

 

 

 



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九話

小学校の給食で食べたカレーとシチュー…何故にあんなにおいしいんだろう?



 

 

 

 

 

甘いモノが嫌いと言う女性は少ない。寧ろ、甘いモノが嫌いと言う人間は少ない。

 

甘さにもイロイロ有る。優しいモノや、ズシリと来る重いモノ。等々、味覚を楽しませる要素には欠かせないモノだ。

 

故に、

 

「…もう一袋買おう」

 

俺はマシュマロを馬鹿食いしている。

 

学校で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時も通りの昼休み、友達が少ないので教室でシエスタでもしようかと思う百夜です。寝ないけども…

アレですね、給食って美味しいよね。個人的にはカレーも好きだけどホワイトシチューも捨てがたい。

 

甘い人参、ほくほくのジャガイモ、小さいけど存在が分る鶏肉に、何で入ってるの? と疑問に思ってしまうグリーンピース。

 

何で、入ってんだろ?

 

奴は鶯餡に加工するだけで良いんだよ。

 

そんな感じで今日も元気にお代わりをして、人が休んだ為に残っていたコッペパンを頂きました。

大体、シチューの日ってオレンジジュースがついてくるので、それもじゃんけん勝負で勝ちとった。馬鹿め、人相見てりゃ何が出てくるか分るんだよ。

 

で、お腹もいっぱいになって眠たく成る…成るんだが…何かが物足りない。そう、後一口デザート的なモノが甘いモノが欲しかったので学校を抜け出して駄菓子やで袋買いしてきたマシュマロを食べている。

 

「もう一つ貰うぞ?」

 

「僕も一つ頂きますよ。」

 

「どーぞ。もう一袋有るし」

 

三袋買ってきたんだけど後一袋しかない。どんだけ食うつもりだこいつ等

 

「それにしても、何でマシュマロ?」

 

「そうですね、百夜なら桃系の味のお菓子類だと思ったんですが」

 

何故かって? そりゃぁ…

 

「あの白子めがぁ…」

 

「何言ってんだお前?」

 

「…意味によっては僕も考えを変える必要がありますよ?」

 

…そのままの意味なんですが?

 

「白髪、肌も病的な白さ、初対面の人間に対して怯えまくりでいっぱいいっぱいで突いたら破裂しそう。正に白子。二重の意味で。お前らが昨日言ってた奴じゃね? 多分だけど、ボディに良いモノ何発か貰ってると思うぞ? 歩き方も変だったし」

 

「…マジか?」

 

「本当ですか?」

 

「マジマジ、昨日ぶつかって謝ったら、必死に愛想笑い浮かべてマシュマロくれたんだよ。それが妙に塩っぽくてねぇ。今日、買った訳。ついでに今日会ったらやろうと思って。」

 

目の前で、袋あけながらこれがホントのマシュマロだ!! と、説教付きで。

食物は例え嫌いなモノでも粗末にしたらアカンのや。

 

「いや、もう…お前は本当に…アレだな!!」

 

「なんというか…友達止めようかと思ったりもしたんですが、アレですねぇ。」

 

「お前等が何だよソレ?」

 

通じ合いません。

 

「上げて落とすと言うのは聞いた事が有りますが、落としてから上げると言う事は聞いた事が無いですよ? 百夜」

 

「俺もねぇよ。あぁ…でも、お前自覚ないだろ?」

 

「?????」

 

「「天然?」」

 

「…まず、お前達が何を言っているのかが分らない」

 

マジで分らない。

 

そのまま、話の流れでその子を探そうと言う事になったのだが見つからず。次の日もその次の日も見つからなかった。

まさかと思う。思ってしまう。だが、それならば理解できる

 

「あの子は座敷童だったんだよ!!」

 

「「それはない」」

 

ですよねぇ

 

「まぁ、転校したんじゃない? それか不登校。」

 

最悪、死んだ? 多分、虐待も受けてるだろアレ。臭いからして二、三日は風呂に入って無い感じだったし。

 

「…そうかもな」

 

「…ですかね。親も気がついたんでしょう。」

 

どこか、ほっとしたような表情をする二人を見ると良い奴らだなぁと思う。だからこそ言わないんだけど。巻き込まれたくないし、巻き込まれて欲しく無い

 

(まぁ、だからこそ会えない様にしてるんだけどねぇ)

 

こんな時期から人間の暗い部分とか垣間見ちゃったらヒネちゃうよ。本体もそうだったし、俺もか?

まぁ、良いや。楽しいし。

 

「そういやぁ、今度の日曜日試合だろ。百夜?」

 

「そぉいやそうだねぇ。」

 

まさか、少年野球で変化球を使ってはいけないとは知らなかった。将来の為にと誤魔化したけど。

 

「…それで、思い出したんですが」

 

「何? 別に応援にコレなくても大丈夫だぞ?」

 

「いえ、応援には行きますよ。GWの時の連戦も見に行きましたし。そっちじゃなくてですね。僕達ぐらいの年齢から変化球とかを練習してると肩や肘を壊してしまうんじゃないかと。百夜の事ですから何かしらの対策をしているとは思っていますが」

 

……………してませんよ? つか、知りませんでしたよ?

 

「おい、汗の量が尋常じゃないぞ?!」

 

「おやおや、今からでも止めた方が良いですよ。百夜」

 

「やべぇ?! おまっ、ちょっ…うぇ? 」

 

社会的に殺されちゃうかも?

 

「ちょっと行ってくるわ」

 

俺は走った。そして風に成った。

 

 

結果

 

「なんだ、そのような事か。それならば問題無い!! 我が九鬼が誇るメディカルチームにより最高で最適なケアを毎日受けて居るからな!!」

 

おとがめなし!!

 

ヒャッハー!! 今夜は宴じゃ!! マジで良かった、自分の未来予想図(仮)を自分で潰すとこだった!!

今日は、姉ちゃんが風呂に乱入しようが、布団の中で待ち伏せていようが許せる!!

序に、夏に海外旅行に連れて行って貰えるぜ!! なんか、お偉いさんとか上流階級の人間が集まる会合が在るらしい。

 

普段なら行きたくないが、夏は川神院恒例の山籠りとか海での修行とかあるから、逆に嬉しいのよ。

美味しいモノも食べられるし…場違いな空気が嫌だけども……九鬼が護衛を付けるらしいから身の安全も保障された様なモノ!! 行かない訳が無い。

 

畑は風間に任せよう。収穫したトマトときゅうりをやればちゃんと働いてくれるからな!!

 

そんな事を考えながら家に帰ると、なんだかでかいおっさんが居た。釈迦堂のおっちゃんもルーも何か警戒してる? 序に夕飯時です。誰なこの人? なんで、俺の事をじろじろみてるの? ショタコンなの?

 

あっ、姉さんの事も見てる。ジロジロと見てる。腹立つなぁ…シスコンじゃいよ? 家族をそんな目で見られるのが嫌なだけだよ? ホントだよ?

 

ロリコンでショタコンとか…しかもジロジロ見るとか変態なの? ハイブリット変態なの?

 

「お主…何か変な勘違いをしとらんか?」

 

「…いいえ?」

 

何か、この人の声麻生のおっちゃんに似てる。くそっ、また素敵ボイスとか…

 

「すまんのぉ、橘の。家の孫はどちらもちょっとばかし礼に疎いんじゃよ。」

 

「なぁに、子供とはそれぐらいで良いのですよ。だからこそ我等教育者がぁ、礼を持って礼を教え、仁を持って仁を教える。人として大切な事を知って居れば、ソレは立派な大人に成れる。」

 

「然り、それもそうじゃのぉ。おぉ、忘れておったこの方は松笠にある竜鳴館と言う高校の館長じゃ。今、日本に居る武人の中でも五指に入る猛者よ。」

 

その、紹介に姉ちゃんはキリッと姿勢を正して頭をさげる。こういった所はもう完全に武人な姉ちゃん。ちょっとカッコイイ。

 

「初めまして。私は川神百代と申します。高名な橘平蔵殿に逢えた事、誠に嬉しく思います。」

 

「おぉ、姿勢も正しい。鉄心殿、良い子ですなぁ。して、そっちの小童は?」

 

あ~…俺もしなきゃならんのか……どうやんだっけか? 何時も通りで良いか。メンドイし

 

「えっと、初めまして、川神百夜です。武術とか痛い事は嫌いなんで何もしてませんので…貴方の事は良く知りませんが…高校の館長って何ですか?」

 

うん、ごめん。失礼なこと言ってるのは解ってるんだけど、どうにも解らん。館長って何さ?

 

「ん? おぉ、そうか館長では解らんな。校長の様なものと思ってくれて良い。それにしても、その年でその慇懃な態度。将来は大物かどうなるか…楽しみな子ですなぁ」

 

「コレ!! 百夜!! 」

 

いや、怒られるのは別に良いんだけども気当たりは止めてください。だるい

 

「ハハハ!! 生まれるのが遅すぎた竜に対しても態度が変わらないのは流石だなぁおい。おじさん、肝が冷えちまった」

 

「笑い事じゃないヨ!! 百夜、また途中で面倒くさくなったからって礼を欠くのはいけない事だヨ。」

 

「はぁ、すみません。館長ってのが物凄く気に成ったんで…」

 

あちゃぁ~っと顔に手を当てるルーとじーさま。

 

「でた、百夜の知りたがり…おめぇ、ちょっと気を使わねぇと彼女が出来ないぞ」

 

「釈迦堂さんも居ないじゃん。」

 

「ハハ、確かに。でもまぁ、俺は強い奴と戦えればそれで良いんでね。その辺の事は考えて無いんだわ」

 

「ハッハッハッ!! 元気で何より!! ソレが益荒男の条件の一つよ!! 百代も気を張らずに普段通りにすれば良い」

 

「おぉ!! 流石生まれるのが遅すぎた竜!! じゃあ、じゃあ、爺とどっちが強いんだ!!」

 

「そりゃ、わしじゃ」

 

「やらねば…解らんなぁ」

 

「「むぅ?」」

 

あっ、コレやばい。どっちも負けず嫌いっぽい。

 

「御馳走様。お風呂にいってくるねぇ」

 

「おっ、良いねぇ。久しぶりにおじさんが背中を流してやろう。」

 

「それじゃぁ、僕がお風呂の中で礼の復習をしようかナ」

 

「弟とお風呂…爺と橘の試合…ど、どうしよう?」

 

「それじゃ、ちょいと道場に行くかの」

 

「むぅ…久しぶりに血潮が滾る」

 

その日の夜。局地的な竜巻と台風が川神を推しました。道場が無くなってたんだけど?

ニュースでは

 

「またKAWAKAMIか」

 

と、流れてました。夕方に帰ってきたら道場出来てたよ。どう言う事なの?

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

少女は今にも張り裂けそうだった。それは心と精神の悲鳴だった。

 

恐ろしい。帰る家が怖い。通う学校が怖い。辛い、悲しい。

 

経験から知っていた。涙を流そうが、悲鳴を上げようが誰も助けてはくれない。手を伸ばしても誰も掴んではくれない。

 

家のドアを静かに開ける。むわぁっとかおる酒の匂い。それと何処かすえた臭い。誰にも気づかれない様に家に上がり、部屋に入り、布団に包まる。

 

「会いたいなぁ」

 

マシュマロを受け取ってくれた子。初めて会って、初めて手を取ってくれた子。同じ学校の男の子。

 

また明日、会えるだろうか? 友達に成ってるくれるだろうか? 期待に胸が膨らみ、同時に嫌われたらどうしようという恐怖が沸き上がる。

 

ギュッと布団を掴む。

 

母に蹴られたお腹が痛む。教室で投げかけられる言葉に心が痛む。恐怖しかない場所に精神が軋む。

 

下の階から何かが割れる音が聞こえた。体が竦む。誰かが家を出る音がした。安堵が広がる。今の内に風呂に入る。

 

誰も居ない。この瞬間が唯一心休まる瞬間だった。ちらりと見た居間の机の上には、飲みかけの酒瓶と無造作に置かれている注射器が見えた。

 

敷きっぱなしの蒲団からする臭いは嫌いだ。嫌な…生臭い匂いがする。

 

髪を洗って、体を洗う。服を変えて洗う。

 

朝が来るのが怖かった。日が昇った頃に目が覚めた。

 

「学校…行かないと」

 

ランドセルを背負い窓から外を見る。昨日あった少年が居た。静かに急いで外に出る事にする。男の子は家の門の所にしゃがんで何かをしていた。

 

今からなら間に合う筈だ。家を出ると、離れる黒い後ろ髪が微かに見えた走り、ほんの2M弱の距離、門から出ると誰も居なかった。角を曲がっても何も無かった。

でも、学校で会えるかもしれない。そう想い学校へ向かった。

 

会えなかった。

 

次の日も

 

次の次の日も

 

会えない。会えない会えない。

 

「何見てんよこのグズッ!!」

 

家で母に出くわした。お腹を蹴られて顔を叩かれた。痛い。鼻血がでた。お腹に青い痣がまた出来た。

 

「…痛いよぉ」

 

そう呟いても誰も助けてはくれない。誰も…誰も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして誰も僕を助けてくれないの?

 

 

 

 




良い子は白子なんて人に使ってはいけません。


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十話

 

 

 

この世には目には見えない…ごめんチャイ。地獄先生じゃないんだ。

本体ならリアルで出来そうだけど俺は無理。百夜です。現在朝の六時半、普段より大分早い時間ですよ奥さん。何が言いたいのかと言うとですね

現在、ここ最近の日課になっております白子の家の前に居ます。

元々が魔法関係の式だったものを変えて使用して居るのでその経過を見るのと補強と調節を兼ねて、イロイロとしています。

 

簡単に言うと結界を使ってるんです。実際に初めて見つけた時のあの驚きは嫌な意味で忘れられない。ものすっごくドロッとした氣が充満していたので軽く引きました。

俗に言う『陰氣』と言う奴ですね。まぁ、何気にこの世に充満している何処にでも有るモノなので悪いモノとは言い切れないヤツ何だけども…

良くある学校の怪談やら、トンネルの怪談やらの原因でもあるし、廃坑やら、廃れた病院、学校やらに集まり易い。溜まりすぎると悪い影響が有るけども、全く無いと恐ろしい事になる。

それの逆なのが『陽氣』、繁盛してる店とか、活気のある場所や道場、神社、寺、とか山とか綺麗な川とかに集まり易い。これも前者同様なモノで…両方とも色々と厄介なのよ。外氣を扱う身の上としては。

 

どっちも自然界に普通に有るモノで人間なんかはどっちも持ってるし無意識に発散してる。

分り易く言うと善人陽氣悪人陰気ってな感じで覚えればテストも百点だね。

そんな感じ。欲望とか渦巻いていると後者が多量に発生する。多量と言っても実際には微量だけども、積りに積もればえらい事になる。普通は自浄作用があるから消えるんだけどね。打ち消しあって。その筈なんだけども…

 

「おぉう。また増えてる…どうなってんのこの家の住人。」

 

うん。増加の仕方が凄い。凄い勢いで増えるんじゃなくて確実に増えてる辺りが凄いと思う。ドロドロだね。

 

「…肉欲、不満、重圧、罪悪感に憎しみ、怒りに虚無感ねぇ……いやはや、薬もやってるかもねぇ、序にSEXやりまくりってか? 救えないねぇ」

 

……あの白子大丈夫だろうか? なんかこう、見に来るたびに罪悪感が酷い…俺も当てられてるのか? でもなぁ、経過も気になるしなぁ。結界だけど呪いって言うかそう言う側面も持たせてるから毎日見ないといみないしなぁ。

流石に長期間に渡って人の運勢にちょっかい掛けるのはキツイか? でも今の所はOKだし…どうしたもんか?

 

「はぁ…帰ろう。」

 

今日の朝食は何かなぁ

 

 

 

Side 冬馬

 

 

おはようございます。葵冬馬です。

 

僕には友人と呼べる存在が二人います。幼馴染の準と川神百夜の二人です。英雄君とも親しいのは親しいですが、まだ友人と呼べる段階では無いと思います。

友人と言うのは共通点が似てる所があるのが普通なのですが、そう言う意味で違う人間と友人に成ったのは理由があります。

川神百夜、僕とは違う…僕達とは違うタイプの人間です。彼が所属している野球チームでも無気力発生装置と呼ばれるくらいは情熱が無い人間です。

以前、なぜ野球を続けるのかを聞いた事が有ります。

 

「まぁ、九鬼なんて言う財閥の人間と親しくなっときゃ将来安心出来そうだしな。それに、アイツは何か味が有って面白いしアイツの夢にくっついて行くのもアレだ。楽しそうだ」

 

打算だらけの様で、自分の欲求というか自分に素直な答えが返ってきました。

 

僕には友達が多い。周りが友達と思っているだけですし、友人とは違います。親から言われたから、容姿が良いから、頭が良いからそんな理由で近づいて来た人間です。

僕にはソレがとても醜く見えてしまいす。

そんな僕の心の底を見抜いたのか、彼は以前僕にこう言いました

 

「だったらよ、そげなこと言わんと清濁呑み込んで腹に収めろよ。綺麗、汚ない関係無しに結果ださにゃ罷り通らないんだかさぁ、潔癖主義は巧く生きられないっーの」

 

(確かに…本当にそうですね)

 

本当にそうだ。僕の周りの人間にそういう明確な思いは無い。無意識の領域でしかない。それが、醜く見えてしまう。本当に生き辛いです。

 

そんな事を考えながら僕は過ごしている。彼と友人に成ってから変わった事が確かにある。コレは良い変化なのだと僕は思っています。友達が増えました。彼の通う野球チームの人達なんですけどね。

彼と英雄君が所属する野球チームは本当に実力主義のチームです。子供のチームなのですから年上が強いのが当たり前なんですが、彼等はその中に混ざり結果レギュラーの位置にいます。

チーム最強のバッテリーとしてです。僕はその評価を受けるまでを準と共に見てきました。最初は彼の事だから真面目に練習はしないんだろうと思いましたが、意外と真面目にやっている事に驚きました。

それでも、ヤル気が無い様に見えてしまうのが不思議です。本人に聞いてみた事も有りますが何時も通りに

 

「練習はメンドイ、試合は疲れる。でも楽しいからやる事はやるさね。スタメンになっちゃたし、責任は果たしますよぉ」

 

彼のルールが適用された様です。こういった所を知っていると彼の生き方も凄いと思います。やるからには最後まで、それで英雄君の夢に着いて行くのも楽しそうと言う彼は僕から見ても輝いて見えました。

それでも、僕は彼自身の夢と言うモノを聞いた事が有りません。その話に成ると不思議と会話が脱線してします。

 

(避けて居るんでしょうねぇ)

 

考えなくても解る事だったので、僕はそれ以降その話を振らない様にしています。気にしても仕方が無いですしね。

他に変わった事と言えば英雄君と今まで以上に会話する様に成ったことでしょう。

彼は自分の事を王と評しています。僕もソレが正しい評価だと思っています。彼のカリスマ性はそう思わせるだけのモノがありますし、九鬼と言う家柄もありますしね。

何よりも、人を見る目があります。少し前に彼と話をしていた時の事です。彼が白子と言った子を探していた時のことです。丁度その彼の落して上げる話をしていたんですが、彼は笑いながらいいました。

 

「流石は我が強敵(とも)よ!!」

 

僕には何が流石なのかは良く解りませんが、彼に対しては英雄君と同じでやっぱりと思います。

 

「しかし、我が強敵(とも)は友人には甘いな」

 

「そうですか? 僕には何時も通りの彼に見えましたが?」

 

「我が強敵(とも)は甘いぞ? 実際に我が強敵は貴公等に気を使っているし心配しているし悩みも抱えている様だ。」

 

悩み? 彼が悩み?

 

「ふむ、理解出来ぬようだな。成らば我が王として道を示そう!! ただ、傍で見ているが良い!! 我が強敵の友人ならば気づける筈だ!! ハハハハハハ!!」

 

「そう…ですか」

 

それから、二週間ほどして今日やっと気づけました。何時もと違う彼に。

 

「百夜、悩み事ですか?」

 

だから僕は声を掛けました。クラスが違うと昼休み位しか時間が無いのが辛い所ですねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

どうやら、かなり悩んでいたらしい。百夜です。

 

「僕で良ければ相談に乗りますよ?」

 

おぅふ…YOUだからはなせないヨー。

 

誤魔化すか? いや、ぼかして意見を聞くか? そうしよう。何かアレだ、自分に明確なモノがないから行動に自信が持てないし不安だ。

本体は本当に幸せ者だなぁ。明確な目的が有ったんだもの。俺はそれを借りて、行動パターンを真似てるだけだからなぁ。

 

「んー、この学校以外での友達がいじめられてるみたいなんだよねぇ」

 

「珍しいですね? 百夜なら助けに行くんじゃないんですか?」

 

「そうなんだけども…向こうにもこっちにもメンツが在ってねぇ。このまま放置しても大丈夫っぽいんだけども…なんか罪悪感とかそんなのが在ってね。どうにももやもやするのよ」

 

「助ければ良いんじゃないんですか? 百夜らしく行動すれば良いんじゃないんですか?」

 

それで、責任持てそうに無いから困るんだよあの白子は

 

「責任持てそうにないんだよなぁ、今回のはさぁ」

 

「…重いですねぇ」

 

「重いのよ。他にも迷惑行きそうだし、後も怖いし…それに」

 

「それに?」

 

「いんや、何でもないわ。やっぱ人に話すと楽になるねぇ。サンキュ冬馬」

 

「いいえ、友人ですから」

 

友人ですから…ねぇ。ハハ、確かに。でもよぉ。

 

俺らしいってどういう事なのかねぇ。

 

 

 

もやもやを誤魔化す為に畑へ直行。最近に成ってちょこちょこと雑草抜きしてる子が居るので、やる事が少ない。

ほら、今日も居た。

 

「がんばるねぇ」

 

「あっ、百ちゃん!! 頑張るよ!! だって、百ちゃんのお野菜美味しいもん!!」

 

ハッハッハッ、こやつめ。

 

うん。純粋に褒められるとガチで嬉しいわ。この子は本当に裏表がない子だから…ちょっと将来が心配に成って来たなぁ

 

「まぁねぇ。愛情と栄養に手間暇かけてりゃ野菜も答えてくれるさ。それを手伝ってくれる良い子にはマシュマロを上げよう」

 

「わーい!!」

 

満面の笑み。…なんだろう。見てて何だか心が痛い。

 

「なぁ、一子ちゃんよぉ」

 

「何? 百ちゃん?」

 

あー…やっぱ引きずってるなぁ

 

「中々友達が出来ない子に友達を作ってやるのってどうすれば良いのかねぇ」

 

ふぇ? っと首を傾げる。犬かお前は。いや…犬っ子なんだろうけどさぁ

 

「そんなの簡単じゃん。百ちゃんが紹介してあげれば良いんだよ」

 

「…諸事情により、俺はその子に近づきたくないんだわ」

 

「????…しょじじょう?」

 

ごめん。この子頭の弱い子だった。

 

「いや、考えなくて良いや。答えてくれた良い子には、もう一つマシュマロを上げよう。」

 

「わーい!!」

 

「わーい!!」

 

「だけど、風来坊、てめぇは駄目だ」

 

つーか、何時から居た。

 

「何だよぉ!! ずりぃぞワン子だけ!!」

 

「ヘーンダ!! 私は良い子だから貰えるんだもんね!!」

 

「百夜~俺にもくれよー」

 

「俺にもくれー」

 

「クックックッ、俺も貰ってやろう」

 

はい、ボイスレコーダに黒歴史一言入りました!!

 

「…繋ぎ鬼で勝ったらな!! 鬼はガクトだ。逃げろー!!」

 

取りあえず、マシュマロの残量が心もとないので逃げる。

 

「ちょっ、また俺かよ!!」

 

「逃げるぞ!! 皆!!」

 

「「「おう!!」」」

 

友達を紹介ねぇ…もう少し考えてみるか…

 

その日は翔一達と日が暮れるまで遊んだ。家に帰ると、姉ちゃんと釈迦堂のおっさんが危ない目をして修行してた。ちょっと引いた。

 

 

 

 

 

Side 百代

 

最近、弟の様子がおかしい。何だか落ち込んでいる様な気がする。

朝も早いし、したくない筈の早朝ランニングも行っている。これはおかしい。

何か在ったのだろうか? こんな時、同じ学校で無い事が残念に思う。というか、なんで同じ学校じゃないんだ!!

 

「オラ百代!! 気が入ってねぇぞ!!」

 

「はい!!」

 

もう!! 弟の所為で怒られちゃったじゃないか!!

 

弟は川神院では余り好かれていない。鍛錬の態度が問題だったり、武術に対する姿勢の問題だったりする。

両親も弟には武術をして欲しい様だったが、弟は断っていた。弟曰く

 

「痛いのきらい」

 

だそうだ。それなら仕方が無い。その分、私が強くなって弟を護ってやれば良い。

戦うのも面白いし、強い人と戦うのは心が躍る。一瞬前まで出来なかった事が、知らなかった事が出来る様になる瞬間。

相手を打倒した時の充実感。堪らない。物凄く満たされる。弟をぎゅうぎゅうしてる時とは別の満足感がする。

 

「釈迦堂さん!!」

 

「何だ!!」

 

戦いながらでもこの人の拳の冴え、蹴りの鋭さは変わらない。強い。とても強い。

 

「弟が最近落ち込んでいる様に見えるんですが、何か知りませんか?」

 

戦う悦びを私に教えてくれる人は、弟とも仲が良い。

 

「………さぁな」

 

そう言って、釈迦堂さんは拳を止めて「今日の鍛錬は終わり」と言った。

むぅ…ちょっと物足りない。

 

「百代、あまり詮索してやるな。男の子にはバラしたくない秘密なんてのは結構在るもんだ。」

 

「でも!!」

 

「まぁまぁ、そういきり立つなって。おじさんが言えるのはそうだなぁ……いつもより少しだけ優しくしてやれば良いんじゃねぇの? お前さんは強いんだ、それくらいの包容力が在ってもいいだろう?」

 

弟に優しいのは当たり前だ!! 私はお姉ちゃんだからな!!

 

「はい!!」

 

よし、今日はお風呂で体を洗ってやろう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぅおぅ、元気が良いねぇ。まぁ、俺やアイツを否定しねぇのはアイツくらいだからなぁ。少しは気に掛けるのが当たり前か?」

 

俺も、優しくなったもんだわ。

 

いや、結局は自分の為か? ハハ、そうかもなぁ…

 

なぁ、百夜よぉ。お前の前で、大好きなお姉ちゃんやお友達をぶっ潰したら…お前はどうするよ? 同じ臭いがするぜ、お前。

 

心の内側によぉ。目的もなく当たり散らしてる奴が眠ってるだろ?

 

「ハハ……感情の揺れが鍵か? まぁ、そんな事はできねぇなぁ。」

 

爺が居る限りは無理だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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十一話

 

 

 

 

 

 

 

百夜だよ!! 朝は空気がジメっとしてるね!!

 

寝ないで考えた、夜は寝ずに学校で寝て、序に昨日は夜も寝た。

昨日辺りまで考えてたんだ、あの白子の事。そこで思い至った訳だ。俺からすればあの白子は厄介というか重い。うん、絶対にあの子は重い。だから余り関わりあいたくない。

個人的な意見だけども、冬馬にも準にも関わって欲しく無い。あいつら結構感受性あるからな、変な影響を受けかねん。それは何だか心配だ。

折角の友達、親友と呼べる奴らだ不幸に成って欲しくは無い。あいつ等が厄介な感じになったら距離を取るけども、多分そう成らないだろうと思う。

あいつ等は俺以上に川神百夜を知っていると思う。

まぁ、俺は未だに自分が把握出来てないし然るべき目標とかそう言った指針がないからねぇ。

取りあえず、ダラっと生きて楽しい事もできたら良いなぁぐらいな適当な感じで動いてるからなぁ。もしの時、自分がどう動くのかも良く分らん。

 

でだ、そんな俺があの白子に関わったら絶対にパンクすると思う。いろんな意味で。

だったら、俺以外の連中に関わらせれば良いのだよ。君ぃ

ぶっちゃけ、翔一達に関わらせれば良いと思う。あいつ等も何だかんだでお人よしな所が有るし…若干二名壁が分厚い奴等が居るけども。翔一が居れば大丈夫だと思う。

てか、あいつならどうにかするんだろうなぁと思える。

これが、俺に出来る最大限だ。

 

もう、暫く冬馬達と遊べそうもない。最近、中々遊べねェんだよなぁ。野球の試合も見に来てないみたいだし…何か有ったのだろうか?

 

……良いか。あいつ等年不相応に賢いからどうにかなるべ。それじゃぁ、誘導作戦を始めようかねぇ

 

 

 

 

 

一日目

 

こちら、モモーヤ。白子のクラスの前に居る。今日から今までの統計と合わせて白子の帰宅時間とルートを調べる。

 

「?!」

 

むぅ、流石いじめられっ子。視線に鋭いな。今回のストーキングは難しい任務に成りそうだ。

 

えっ? ダンボール? そんなもんゲーム中だけだろJK。架空と現実を一緒くたにしたらダメだぞ?

 

その日、どこかで虎狼と呼ばれる男がまた潜入に失敗した。

 

 

二日目

 

何? あの白子? 感が鋭いのにも程が有るだろうボケェ!! 畜生!! 何で其処の十字路曲がるんだよ!! 昨日は直進しただろうが!!

 

 

三日目

 

今日は左折ですか…そうですか。いい加減にしろ。

 

 

四日目

 

今日も左折、どうやら気づかれてはいない様子。白子は現在ニャンコと戯れている。

あっ、コラ!! マシュマロをニャンコに差し出すな!!人間の食べ物は猫とかには味がこゆ過ぎるんだぞ?!

野生に戻れなくなったらどうする!!

 

 

五日目

 

今日も尾行中なう

 

 

六日目

 

家まで到着。むぅ、どうやら家には出来るだけ遅い時間に帰るようにしているらしい。

どうやら、親はいないようだ。買い物か?

めちゃくちゃ安心してる様子を見る限り、虐待を受けているようだ。

……計画が成功すれば大和辺りが気づくだろう。それかモロ。

 

 

七日目

 

行動パターンは分った、後は配置の問題か…誘導自体は簡単に出来そうだ。

明日から仕掛ける。後、姉ちゃん将来の夢の作文は黒歴史にして立ち直ろうよ。

 

 

二十日目

 

七月だ。いい加減にしろよマジでこの白子が!! 誘導されろよ!! 誘いに乗れよ!!

そこで、諦めんなよ!! 頑張れ頑張れ出来る出来る!! お前其処で一歩踏み出さないでどうするんだよ!! 頑張れ頑張れ出来る出来るって!! こっちに来いよ!! 一歩進んだら後は勝手に足が進むもんなんだよ!! 頑張れ頑張れ諦めんなって!! 応援してる人も居るんだよ!! そいつの気持ちも考えろよ!! 諦めんなよ!! 出来る出来る出来るって!! だから其処で左に曲がんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

二十五日目

 

もうすぐ一カ月…頑張った俺。物凄く頑張った!! 今日、やっとの事で白子に翔一達を目撃させる事に成功した。どうやら、別の学校の人間と言う事は理解している様だ。

ふむ、目に希望の光が見えるな。コレは明日、明後日辺りに折衝するか?

残念ながら明日は試合だ。今日の休み時間に冬馬達に逢いに行ったが何だか凄く暗かった。もう、何て言うか解る人間にしか解らないけど、暗かった。

声を掛けたら一瞬凄い顔してた。何か在ったのだろうか? 聞いても答えてくれなさそうだけど一応聞いてみた。

 

「大丈夫ですよ百夜。僕も準も何時も通りです。ねぇ、準?」

 

「おう、ちょっと昨日猫が轢かれるのを見ちまったから凹んでるだけだ…ごめん、ちょとトイレ」

 

プルプル震えちょる。…アイツ演劇の才能あんな。まぁ、話したくないなら『まだ』聞かないさ。

 

白子の事を含めて俺の周りが大変だ。今年は厄年か?

 

 

二十九日目

 

あの白子めぇ…まだ接触してないのでせう。もうそろそろ切れそうでござる。序に冬馬達もまだ暗いのでムカムカする。

 

九鬼えもんに頼もう。

 

二、三日後には解るとの事、夏休みじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 

Side 冬馬

 

 

僕は医者の息子です。政治家の息子が政治家に成る様に、医者の息子も大抵は医者に成る事を親から望まれます。総合病院の院長の子のならば尚更です。

その事に反感を覚える人も多いと思いますが、僕はそれを誇りに思っています。時折、父から教えて貰う医学の事。その時間は僕にとっては夢へ向かう為の第一歩を踏みしめる様な、そんな時間でした。

百夜達と知り合ってからは余計にそう思うようになりました。この時間は僕にとって神聖な時間なんです。

だから、百夜に英雄君の事で助言出来たんですが…取り越し苦労だったみたいです。

僕はいろんな事に興味が有ります。英雄君に言われて百夜を見て居た時、僕は心理カウンセラーの知識を学ぶのも面白いかもと、少々不謹慎な事も考えてしまいました。

僕が百夜に話しかけてから二日、あの後も中々会う時間が取れません。それでも、彼の事を考えるのは大切な友人だからだと思います。

そして、その日…僕は父の部屋へ本を取りに行きました。其処で、普段なら絶対に見ないモノ見てしまいました。

父の机の上から二番目の引き出し。全部の引き出しには鍵が付いていて普段は開かないのですが、運の悪い事にその日はその鍵が掛かって居なかったんです。

今思えば、僕の好奇心がこの嫌な気持ちを発生させた原因なんですねぇ。

今更ですが、僕は頭が良いです。そういった教育を学校とは別の時間で受けて居るのですから当然の結果と言えるでしょう。準もそうです。

だからこそ、僕は解ってしまいました。父の病院の事なら在る程度は知っています。コレも、僕が期待されているからでしょうけど…普通の子供なら知らない事も知っています。

そして、してはいけない事も常識の範囲で知っているつもりです。

 

フフ、あの時ソレを理解した瞬間に一目散に父の部屋から逃げ出した自分を褒めて上げたいと今は思ってます。僕がソレを見てしまったと言う証拠を殆ど残さずに逃げれたのですから。

指紋等を調べられればバレてしまうでしょうが、それは流石に無いでしょう。いっその事、バレてソレの共犯にされる将来が早く成った方が良かったのかも知れません。

まだ、逃げ道が在ったのですから…逃避ですねぇ。フフ…その後、意を決して準にその事を打ち明けました。もしかしたら、同類が道連れが欲しかったのかもしれません。

準も、自宅を探した結果発見してしまったようです。

僕も、準も自分の希望観測に縋れるほど絶望出来ませんでした。度合いで言えば何の覚悟も無くソレを発見してしまった僕の方がショックは大きかったのかもしれませんが…準は何処かでそう言う事を覚悟していたのかもしれません。僕がワンクッション置いたのも有るでしょうけど。

 

僕は以前百夜に言われた通りに、自分が在る意味で潔癖症である事を自覚しています。そしてソレでは生き辛い事も理解しています。それでも変えられない、父の様な素晴らしい人間に成る為には…と、自分なりに覚悟を決めて頑張って来たつもりです。

だから…許せない。

 

あぁ、そうです。そうだったんです。僕は許せないんだ。

このもやもやとした感情、嘘だと思う気持ち、何かの間違いと思いたい思考。その根底に在るのは………喪失感。

信じて居た者に裏切られた。目指していた者は前提から間違っていた。失望した。絶望した。

 

「僕の今までの時間は何だったんでしょう」

 

塾からの帰り道、僕はそう口に出していました。隣りには準しかいません。

 

「さぁな…無駄ではないと、俺は思うぞ。若」

 

「そう、思える準は強いですねぇ」

 

お互いの顔を見らずにどのような表情をしているかが解る。それぐらい深い付き合いです。こんな時、彼なら…百夜ならどうするのでしょうか?

 

「…百夜なら」

 

僕が言いかけた言葉に準は言います。

 

「そいつが大切なら助けるだろアイツなら。そうでないなら…あっ、股間がキュッってなった。」

 

「十倍返しとかするんでしょうね。彼なら」

 

彼の話しをする時は笑顔に成れます。百夜は在る意味で僕の憧れです。

僕には出来ない生き方をしている。彼は卑怯と呼ばれる事も平気でします。でも、僕は彼を嫌いに成った事は有りません。解りませんが彼は僕にとってそういう存在の様です。

 

「…若、アイツに相談してみるのも」

 

「駄目ですよ、準。彼だけは百夜だけは巻き込みたく在りません。」

 

僕の思い上がりでは無く、百夜は僕達の事を身内として扱っています。血の繋がりも家の繋がりも有りません。彼が多くの人が集う道場の息子だからかもしれませんね。

だから…百夜は巻き込みたくないんです。彼のルール道理に行けば、彼は僕達の為に力を貸してくれる。いろんな事をほっぽって、最低限の事しかないで、全力で助けにきてくれる。そんな予感がします。

 

「…だな、アイツなら凹む以前に『だったら縁切っちゃいなよ』ぐらい普通に言いそうだな」

 

「ソレが出来ないくらいには愛情が在るのが親子の欠点かもしれませんねぇ。」

 

ソレが出来ないからこそ、この胸の内に黒いもやもやが溜まっていく。殺したいとは思わない。でも止めて欲しいとは思う。そうです、止めて貰いましょう。いいえ、そう言った事が出来なくしましょう。

今はまだ無理ですが、もっと大きくなって…ぶち壊して上げましょう。あの病院を、ソレを許容する大人達を、率先して行う人達を、この醜い欲望だらけの……

 

(っと。危ないですね。終末思想並みに危ない考えです。内部告発するには…せめて高校に成って、政界や財界にコネの在る人物とも親しく成らないと…)

 

そうでもしないと、逃げ道を防げませんしね。

 

僕がそう考えて居ると、視界の端に白い女の子が移りました。

 

「準、あの子は…もしかして…」

 

「ん? 四組の子か? 転校したと思い込んでたが…」

 

その少女の顔は何処か嬉しそうでした。何か良い事でも在ったのでしょうか?

それならば、良いのですが…

 

「嬉しそうな顔してんなぁ…案外、百夜が言ったみたいに親とかが気づいたのかもな。」

 

「ですねぇ。あぁ、百夜と言えば、この間の試合を見に行けませんでしたね。明日から夏休みですし…コレからは夏のリーグですね」

 

「まぁ、あのコンビなら圧勝だろ? 最強バッテリーな上に百夜に至ってはバントの鬼だ」

 

走るの疲れるぅとか言って良く送りますしねぇ。

 

「さらに言えば倦厭されない限り確実に打つ上にホームランも打ちますもんねぇ」

 

「対戦相手からすれば悪魔みたいな奴だな。百夜は」

 

「敵からしたら大魔王ですよ。百夜は」

 

そんな評価な僕達の大切な友人は、八月になる一週間前に海外に行くそうです。英雄君に誘われたらしいですが……彼なら変なコネを作ってくるかも知れません。

そう言う話しを聞くのも僕の楽しみの一つです。

 

 

 

 

Side out

 

 

 

少女は希望を見つけた。土手で走りまわる同じ年頃の男子達。その中にはヒョッロっとした色白の男子もいるし、日に焼けた肌の大柄な男子も居る。

笑顔を振りまく女子も一人いれば、なんか変な笑い方をしている男子にバンダナを巻いた男子も居る。

自分通う学校の子じゃない。

 

希望だ。願いだ。望みだ。

 

友達に成ってくれるかもしれない。自分の手を握ってくれるかもしれない。自分と笑いあってくれるかもしれない。

 

マシュマロ…そうだ、マシュマロを持って行こう。つい最近見つけた彼等は連日この付近で遊んでいる。明日も居るかも知れない。

家にいるより断然良い。家には母が居る。濁った眼で私を睨む人がいる。お酒の臭いと生臭い臭いをさせるあの人が……

家に居ない方が…帰らない方が絶対に良い。

明日は、早めに家を出よう。そして、あの子達と友達に成って…遅くまで遊んで…

 

そんな事を考えながら、少女は静かに家に入った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、満員なんだ」

 

「えっ…マシュマロ上げるよ?」

 

「うっさいなぁ、もう一杯なんだよ」

 

 

 

 

 

子供とは無邪気である。そして…子供のグループとは閉鎖的であり、大きな変化を求める事を嫌う性質があるものだ。

 

 

 

 

 

 




学校とは社会の縮図であり、どんな場所でも人は優劣を決めたがり、優秀すぎるもを排斥し、弱すぎるモノを見下して、漸く安心する。

それが普通の人である。

貴方は普通の人ですか? それとも、数に対抗できる非凡な人ですか?


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十二話

 

 

 

 

 

 

「それでは、これにて失礼いたします百夜様。」

 

「いや、あの…はい。」

 

九鬼パネェ…あっ、どうも百夜です。今の人は九鬼の執事さんですね。えぇ完璧な執事さんでした。住む世界が違いすぎると思う今日この頃、私は憂鬱です。

 

裏帳簿とか…冬馬ぁ

 

「潔癖症のあいつは耐えられんだろ? これ?」

 

まぁ、仕方が無いか。身内の恥を曝したくないってのも分る。

 

「それとなく突っつくかねぇ…」

 

あいつも頑固だからなぁ。カマ掛けでいけるかねぇ…こう言ったもんは一度吐き出しちまえば良いんだよ。この程度で友達辞める付き合いじゃねぇし。アレ? もしかしてそう思ってるの俺だけ?

 

「…いや、たぶんきっと大丈夫。うん、大丈夫」

 

てか九鬼財閥優秀過ぎるだろJK。二日ジャストだよ。英雄には足向けて寝られないよ。向けるけども。

 

「さて、ルーの朝練始まる前に逃げますかねぇ」

 

「そうはさせないヨ!! 今日は町内五周から行くヨ百夜!!」

 

だが、断る!!

 

百夜は逃げ出した。

 

だが、回り込まれた。

 

「そうそう逃がしはしないヨ。百夜」

 

「ちぃ、この鍛錬好きめぇ。」

 

百夜は再び逃げ出した。

 

だが、回り込まれた。

 

「おっと、今のは巧いヨ百夜!! でも、まだまだダ!!」

 

「ほい、トラップ発動」

 

「な!?」

 

嘘です。

 

「あばよぉ、ルーのとっつあぁん」

 

「あっ、こら待ちなさい百夜ー!!」

 

べちゃぁ

 

「とりもち?! 接着剤までってコレ九鬼製品のお高いやツ?!」

 

「あ? なーにやってんだぁ。ルー?」

 

「釈迦堂!! 百夜が逃げたヨ!! 手を貸してくれ!!」

 

「(あー…そういや、今日は昼に何時もの所って言ってたかねぇ)…ルーよぉ。お前もいい加減諦めろや。百夜は痛いのが嫌いだ。これほど武術に向かない奴もいねぇのは分ってんだろ?」

 

「んっ…グググ。はぁ、やっと取れた…それでも、百夜の才能は武術をする者として惜しいヨ。釈迦堂、お前も分っているだろう。基礎的な訓練は型と走り込みを何とかさせる位しかしていない。それなのにあの動きで息を切らさない。これで、百夜が真面目に武術に打ち込んでくれたら…」

 

「百代に対する対抗馬に出来るってか?」

 

「そうじゃなイ!! お前も感じるだろ一人の武人としテ!!」

 

「そりゃぁ才能はある。教えても無いのに氣を綺麗に使ってるのを見た事もあるしな。だが、辞めとけ。無理だ。アレだ、ゲームの選択肢に道具と逃げると逃走と死んだ振りしかコマンドがねぇ奴だ。戦うなんて相当な事だよ。あいつにゃ…」

 

「…罠のコマンドが抜けてるヨ。」

 

「ハハ、そうだったな。それよりも、他の奴等の朝練も有るんだ。いい加減に戻りな」

 

 

川神院の朝は週三でいつも以上に騒がしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝もはよから家を出て、自分の畑に水をやる。良いねぇ。心が落ち着くよ。農業は心が洗われる。好きって事さ。

 

「一子ぉ、それ雑草じゃないから抜くなよぉ」

 

何故か、俺より早くに畑に来ていた犬っ子に言って置く。それが無いとアレの備蓄に困るから。ホントに頼みます。良いな本体。別荘とかマジ欲しい。

 

「そうなの? お花も咲かないのに?」

 

「そう言うモノなの。食べる事も出来るけど、お前とかは腹下すからやめときなぁ」

 

「分ったー」

 

便秘とか無縁だろお前? 素直に言う事聞く辺り良い子だなぁと思う。うん、ホントに将来が心配だ。大和にも言っておこう。翔一は…自由に生きるなアイツなら。

 

そんな事を考えながら水を撒き、一つ一つ丁寧に雑草を抜く。こいつら際限なく生えてくるからなぁ…生命力強すぎだよ。

 

「あっ、ミミズだ。」

 

「触るなよ、触ったら手を洗ってきなさい。」

 

「触って無いよ!! あっ!! 百ちゃん百ちゃん、コレカブトムシの幼虫?」

 

辞めなさい、触るんじゃない持ってくるんじゃない。女の子なんだから芋虫持たない!!

 

「ちげぇよ。大きさが違うでしょ。」

 

「じゃあ、小クワガタ!!」

 

お前にはその選択しかないのか?

 

「どっちも違うから、埋め直しなさい。優しくだぞ? 土を固めすぎると死んじゃうからな」

 

「そうなんだ…はーい」

 

何だろう? 子供が出来たらこんな感じなんだろうなぁと思った。うん、思っちゃった。結婚する相手もいねぇし好きな子も居ないよ。枯れてないよ?! ただ小学生はそういう対象に見れないだけだよ!! せめて…せめて中学生位なら何とかぎりぎり…

 

「百ちゃん? 終わったけど次は何するの?」

 

「ん? 特にないな。手を洗ってから帰りなさい。俺は今日明日用事があるから、明日の水撒きお願い」

 

「りょーかい!! 今度トマト頂戴ねー!!」

 

たったか走って帰る後ろ姿を見送って、俺は定食屋に向かう。朝ごはんは何定食にしようかなぁ。

 

「決めた。塩サバ定食にしよう。」

 

来た道戻り、商店街の方へ向かう。そんで着きました定食屋。ここには結構お世話になってる。

 

「おやぁ、百ちゃん今日も逃げ出したのかい?」

 

「だって、嫌なモノは嫌なんだモノぉ。じいちゃんもしたくない事はしたくないでしょ?」

 

「ほっほっほ、てっちゃんも大変じゃのぉ。そいで? 今日は何にする?」

 

「塩サバ定食特盛り!!」

 

「はいよ、カウンターの方に座ってなさい」

 

此処の定食屋を経営しているのは老夫婦とそのお孫さん。朝はじいちゃんが必ずいる。このじいちゃんなんでも第二次世界大戦の時に家のじーさまと仲良くなって、戦争が終わった後じーさまの居るこの川神に引っ越して来たんだと。

 

時々話してくれる泥沼の戦場の話を聞くと今の時代に生まれて来て良かったと思う。

 

時々「陸の馬鹿共が」って言うけど、俺は何も言えない。

 

「ほい、塩サバお待ち。大根おろしはちょっとサービスじゃよ」

 

「やった」

 

カリッと焙られた皮を破れば焼き魚の独特な匂いがする。其処に醤油をかけて身を解すと、醤油の匂いと合わさって食欲を刺激する美味しい香りが立ち込める。

 

鯖自身にかかっている塩の塩梅もちょうど良く、大根おろしと絡める事で鯖の油で少々こってりしている味を優しく緩和してくれる。

 

つまり、食が進む。

 

食べ終わると時間はまだ八時、昼までの時間は古本屋での立ち読みや木陰で寝て過ごす。いいねぇ自堕落ライフ。コンビニで時間を確認して、目的地へと向かう。

 

「釈迦堂さーん」

 

「おう。何枚買うんだ?」

 

「十枚。丁度真中からね」

 

「はいよ」

 

いやぁ、今日も儲けですねぇ。お金を貰って二割は釈迦堂さんへ渡す。

 

「いやぁ、すみませんねぇ。」

 

「いえいえ、此方も美味しい思いをさせて頂いてますよ」

 

何だろこのやりとり。

 

「で、どうする? 帰るか?」

 

「ん~…」

 

正直な所、あの白子が気に成る。一応、家の方を確認してみた方が良いかな? 明日は野球が在るから早朝にでも様子を見に行けるけど…行ける時に行っといた方が良いか。

 

「ちょっと、遠回りで帰る。」

 

「それじゃ、俺は少し早目の昼食にしますかねぇ」

 

「今日も梅屋?」

 

「あそこはガチでうめぇんだよ。気いつけて帰れよ、百夜」

 

「はいはい」

 

さてさて、白子はどうなったかね。得からでも顔が見れりゃ解るからねぇ…此処までして駄目ならどうしようもないさね。

 

 

 

 

 

 

Side 冬馬

 

胸騒ぎがする。虫の知らせとでも言うのでしょうか?

 

昨日の帰り道に見かけたあの少女…何だか気に成ります。それは、準も同じ様でもしかしたら僕と同じ不安を抱えて居るのかも知れません。

 

今考えてみれば、なぜ見落としたのでしょうか? 普段の僕達なら気づいた筈です。

それだけ、精神的なダメージが大きかったと言えばそうなのですが…言い訳にしかなりませんかね?

 

「なぁ、若」

 

「言わなくても僕もですよ。ざわざわするんです。」

 

僕達はあの時、転校や親が気づいたと思った。結局、ソレは僕達の信じたい事で確証が在る訳ではないのです。

百夜の言った事を思い出せば、直ぐに気が付けた筈です。

 

初対面の人間に対して怯えまくり

 

彼が言った事は確かに正しいのでしょう。コレは僕達が予想するべき事だったんです。言葉の裏に気づくべきだった。

 

我が強敵(とも)は友人に甘い

 

英雄君からのヒントも在ったのです。

 

虐待を受けて居る可能性が在る。虐めは続いている可能性が在る。その両方が高く、昨日のあの嬉しそうな表情は何か望みが叶いそうだったから…その可能性を発見できたから…自分の今の状況を変える何かを見出した。

 

そう考えた方が良いでしょう。問題が出てきます。あの少女は虐待を受けて居る可能性が在り、今も虐めが続いている可能性が高い。そして、初対面の人間に怯える…それだけで済む筈が無い。

 

対人恐怖症に成って居てもおかしくはない。そんな可能性が在る少女に対人スキルを求めるのは酷な事ではないか?

 

「若、取りあえず、あの子が向かって言ってた方に行ってみようぜ。運が良ければ見つかるかも知れねぇ」

 

「急ぎましょう、準。今日見つからなくても明日にでも学校に連絡すれば…」

 

住所ぐらいは解る。僕はあの少女を助けたい、自己満足の為です。父とは違うと…そう言いたいのでしょうね。潔癖症じゃ無くなったのかも知れません。だって、僕の家族は醜い、汚ない事をしている。ソレで、得た糧で僕は貧困とは無縁な生活をしている。そんな僕が綺麗な筈は無いんです。

 

「若!!」

 

「っ…と、すみません準。行きましょう」

 

炎天下の中、これ程走ったのは初めての事です。肌に張り付いたシャツが気持ち悪い。ソレは準も同じ様で、ゼヒゼヒと荒い息を吐きながら服をパタパタとさせて居ます。

 

僕自身も頭がクラクラしますよ。しかし、名前も解らないと言う事がネックです。それさえ解れば表札を見て確認ができるのですが…

 

正直に言って、もう走る事もキツイです。足を引きずるようにして準と歩いていると、大人の女性の少々甲高い声が聞こえてきました。今ならば、そんな事に気を回している余裕は有りません。ですが、耳に聞こえた言葉で僕達は直ぐに声の聞こえた方へ行きました。

 

「アンタ気持ち悪いのよ!! 見るな!! 気持ち悪い!! アンタ何て生むんじゃ無かった!!」

 

それでも三十秒以上は経過していたでしょう。

ガラスの割れる音が聞こえたのと同時に、僕達の視界に飛び込んできたのは何処か寂れた感じのする一軒家が一瞬で炎上する場面でした。

 

「小僧共、もうちっと下がってな火傷するぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

昔…其処には確かに愛情が在った。

 

男と女はごくごく普通の出会いをし

 

普通に結ばれ、子供を授かった。

 

授かった子供は白髪赤目…少々普通とは違う子どもだったが、その陶磁器の様に白く穢れの無い肌も相俟って人形の様に可愛かった。

 

ごくごく普通の家庭だった。そう、普通の家庭だった。男は妻子の為に良く働き、女は夫と娘の為に働き家事を行って来た。

 

夫婦共働きでは在ったが、授かった子は賢く殆ど我儘を言わない良い子だった。夫婦が家にいる時は騒がしく少々御転婆だったが、それも愛嬌だろう。

 

何処にでも在る、普通な不幸は此処からで、不景気の為男はリストラ。女も励まし立ち直るも就職は出来ずバイトの日々。徐々に苦しくなる家計に不安に成る将来。

子供を一人育てるのにも多額の資金が居る。幾ら汗水垂らして働こうにも生活が楽に成るなんて事はない。それでも愛する妻子の為ならばと働くも何れ限界は来る。

ストレスが在った、過労が祟った。要因何てモノは其処ら辺に転がっていて男は体調を崩した。入院、ソレで掛かる治療費。それだけで男の心労は嵩み、女も少しずつ…少しずつ疲れて行った。

カツカツだった生活に、直ぐに破綻がやって来て。男は病院から追い出される様に退院するも体力は戻っておらずコレからどうするかと頭を抱えど名案はでず。

家族は娘を除いて疲れて行く。

そこで男は決断する。相続税を引いても二千万、娘が責めて義務教育を、終えれるまでならどうとでもなる額をその命を持って叩き出す。

馬鹿な男の突っ走り。

 

最愛が亡くなり残るは義務と虚無と不安。男を亡くした女には、到底耐えきる事も出来ず。ただ深く沈んでゆく。

 

娘の笑顔に怒りが募り、娘の声に憎しみが沸く。自分に良く似たその容姿。天真爛漫。元気な笑顔と声は、女の毒にしかならず。

今まで気にして居なかった、白と赤は途端に気持ち悪いモノに見え。女は逃避を繰り返し、ただ深く堕ちて行く。

堕ちた先にはあら不思議。同じような同類にソレを餌にする下劣共、股を開けば快楽が、腕を差し出し魅了の妙薬。堕ちに堕ちれば何のその、コレが普通になってまた、気持ち悪けりゃ排他する。

なんて当たり前なその行為。娘の恐れに満足し、肉を打つ感触は芯まで痺れる何かを生む。暗くくら~くなる瞳。同じ所まで堕ちて来い。そしたらソレで金が成る。

女は堕ちる何処までも、最後に残った良心は二束三文残り飯。

 

 

 

さてさて、そんな女の心の音。ソレを見れる聞ける一人。

 

巻き込むんじゃねぇよと淡々と、ただただ憐れに見つめる川神百夜です。

 

着いたら拉致られました。はい、後ろからゴンとやられて少々気を失っていました。後頭部にこぶを確認。

なんでこうなった!! 見境なしかこのジャンキー!! ちょっと、思い出してみよう。手足も縛られてたらどうもできねぇ。

いざとなったらブッ飛ばして逃げるけども。此処で逃げ出して目でも付けられたら、俺の生活がマッハだ。

 

主に社会的な問題とかストレスで。

 

 

 

~回想~

 

さ~て、到着しました白子の家。気配を探っても誰も居ない様で安心して経過を見れる。

どうやら、俺がしかけた陣は特に変質する事もなく正常稼働中な様子。術式の定着具合からこの方式ならOKと解っただけで成果は大。

いいねぇ。やっぱり、失敗するより成功した方が嬉しい。これなら直ぐに応用が聞くなぁ。

 

って考えてたら

 

「どうしたの? 坊や」

 

って声を掛けられて、振り向こうとしたら

 

~回想終了~

 

ゴンっと来た訳ですね。はい、情けないね。解ってます。良いんだよ別に!! こっちじゃマジで平和何だから、命の危険も殆ど無いんだよ!! 

 

常に周囲を警戒しなくて良かったんだよ。

 

(にしても…手足のこの結び方って縄抜けも出来ない奴じゃなかったっけか? え? 何コレ? 俺、食べられるの? カニバリズムなの? 其処まで飛んじゃってるの?)

 

猿轡までされてるんだよ。喋れねぇ

 

「あっ? 目が覚めたの? 丁度良いわぁ。小雪、この子に酷い事されたくなかったら、私の言う通りにしなさい?」

 

「わっ…げぇほっ!! 解りました。」

 

ふらっと立ち上がる白子。あっ、目が在った。

 

「っ?!」

 

「どうしたの小雪? もしかして知り合いなのかしら?」

 

うん、このおばさんはS。ドSです。

 

「ちっ、違います」

 

「そう。まぁ、いいわ。それじゃ、服脱いでこの子を跨ぎなさい」

 

「っ!!…は…い」

 

…………what? おぅ、言語が前世に帰ってた。え? 嫌な予感しかしない

 

じ~っとチャックが下ろされる。ソレを見ながらニヤリと嗤う糞女。死んだ目をしてるくせに目の端に涙が溜まり始めてる白子。

 

これは…アレですね。GOUKANと言う奴ですね最初に逆っと着くかもしれないけれども!!

 

やばいって駄目だって!! 僕まだ剥けて無い!!

 

(って、フザケテル場合でもないねぇコレ。ちゃっちゃと逃げるか…)

 

逃げる算段を立てる。取りあえず拘束されてる手足は何時でも自由に出来る。後が残るかもしれんけども、今日から英雄の家に泊まれば、一週間ぐらいで海外に高跳びだからOKでしょう。

逃げたら直ぐに九鬼えもんと警察に連絡すればOK。この二人は気絶させりゃぁ良いや。あとは知らぬ存ぜぬを貫けば良い。

 

良し白子!! バッチコイ!! 直ぐに気絶させてやる!!

 

 

 

 



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十三話

 

譲れない一線

 

そう呼ばれるモノを人は皆持っている。

 

自覚していないモノも、意識していないモノも多いがソレは確かに存在する。

 

どんなに下らない事でも、それは存在する。

 

例えば、フライドポテトは絶対に塩。

 

例えば、身長はこれだけ

 

例えば、彼女はコレが出来る人

 

例えば、犯罪だけは犯さない

 

例えば、金だけは借り無い。

 

例えば、窃盗・強姦何でもするが、殺しだけはしない。

 

例えば、殺人はするがその対象を絶対に辱めない。

 

多種多様にそんなモノが在る。

 

ソレは社会のモラルによって作られる場合もあるし、親からの教育により出来る者でも在り、ただ単純に己の趣味と言う場合も在る。個人の誇りも有れば、欲求を満たす為のモノも存在する。

 

少女の場合…ソレは微かな希望だったのかもしれない。否、ソレも多少は混じった恐怖だったのだろう。

自尊心だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

Side 小雪

 

 

叩かれたくない。蹴られたくない。痛いのはもう嫌だ。

 

僕はそう思う。思った。でも、目の前で両手両足を縛られて口も封じられた男の子が酷い目に遭うのはもっと嫌だった。

 

僕のマシュマロを受け取ってくれた男の子。普通に僕を見て、喋ってくれた男の子。

 

目が在った瞬間に、僕は嫌になった。もう、何もかも嫌に成った。

 

(もう…疲れたよ…)

 

服を脱いだ。他の子と違って助骨が浮き出ていて自分で見てても気持ちが悪い。

 

(嫌われた)

 

母親が酷い事をした。あの子に酷い事をした。

 

次は僕を使って何かをさせるんだろうな

 

母親は嗤っている。昔はもっと優しく笑ってたような気がするけど…解らないや

 

関係ないよね? 関係無い…

 

男の子はじっと僕を見て居る。

 

(ごめんなさい)

 

ごめんなさい。僕は何も出来ません。ごめんなさい。僕は何もしたくありません。

 

ただ、言われるがままに動きます。だって…もう…痛いのも、悲しいのも嫌だよ。

 

「ほら、そのまま乗るんだ」

 

体を跨ぐ。

 

(男の子ってこうなってるんだぁ)

 

そんな事を考えた。嫌われた。嫌われる以外になにが有るんだろう?

 

人に見られるのは嫌だもん。だから、この子も嫌に決まってる。

 

嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたナンデ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたボク嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたバカリ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたキラワレルノ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたごめんなさい嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたゴメン嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたナサイ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたキラ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたワナイ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたデ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたクダサ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたイ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたオネガイ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたキラワナイ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたデ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたタ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたス嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたケ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたナンデ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたボク嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたバカリ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたナノ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたナンデ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたアイツ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたジャ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたナイノ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたイラナイノニ嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた。

 

なんでぼくばっかり

 

全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ゼンブ全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぜんぶ全部全部全部全部全部全部全部ぜんぶ全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全ゼンブ部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぜんぶ全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぜんぶ全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部僕は悪くないのに!!

 

「アッ…ハッ」

 

僕に必要無いモノはみーんな消えちゃえばいいのに

 

「ハッハハハハハ」

 

そうだ、消しちゃえば良いんだ。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

「イタッ!!」

 

「キエチャエキエチャエキエチャエキエチャエ!!」

 

きえちゃえ!!

 

 

 

 

Side out

 

どうも、百夜です。絶賛クライマックス中です。どうしてこうなった。

出来れば、辺に反抗する前に上に乗ってもらえれば白子はその時点で気絶させる事が出来たんだけども…アレだ。

 

(俺の期待がスポポポ~ン?!)

 

どうしてくれるこの白子めが。にしても、憐れだねぇ。

 

白子もその親も憐れ憐れの大憐れだ。人相みりゃ本当に望んでる事位解るレベルだから特に何も思わない。

 

ただ重い。

 

この二人は軽く、重い。

 

壊れた子供、自分を助けない世界は要らないと本気で思ってる。

 

狂った大人、死にたいくせに死ねない。だからその原因を怨んで妬んで愛して憎んで…

 

結果は見えてる。今の内に縄は内側から斬っとこ。

 

「いい加減にしなよこの糞餓鬼!!」

 

「ぎゃっ!!」

 

おぉ、良い蹴りが入った。しかしあの白子も丈夫だねぇ。普通なら肋骨折れて肺に刺さる位はしそうだけども…ん、罅だけか

 

ガス

 

「あんたなんか!!」

 

ガス

 

「あんたなんか生むんじゃなかった!!」

 

あ~…流石に目の前で死なれるのもなぁ。でもこの人、俺の事を殺すつもりはないけども…ちょっとなぁ

 

「はいはい、止め止め。それ以上は死ぬから」

 

「っ?! アンタ」

 

「まぁ、いいさね。アンタは俺を殺す気はない。解ってるから。んでもって、死にたいならその白子…小雪だっけ? マシな飯食わせて包丁持たせりゃ良いんだよ。」

 

今のタイミングが丁度良い。どうやら向こうさんはもう心が駄目だ。

 

「解ってるわよ…そんな事。」

 

「解ってねぇよ。いっその事無理心中しちまえば楽だろうに。ガソリンも隠してあんだろ?二回の空き部屋と台所とこの床下」

 

ペタンと座りこむ糞女。膝を抱えたと思ったら喋り始めた

 

「何で知ってるのよ? …馬鹿らしい。アンタこの子の何?」

 

「最初の問いには占い師。後者の質問にはただの他人。アンタ死相が濃く出てるぜ? いっその事手首か首を切っちまえよ。んで、血まみれのソイツを放っっぽりだせば後は何とかなんべや」

 

死にたければ一人で死んでよねぇ。僕は関係無いんだから。

 

「それが…一番良いわね。ソレ、取ってくれない。」

 

「ほいよ」

 

相当参ってるねぇ。薬の所為でまともな判断も出来ないんだろうか? 完全に俺に違和感を持ってない。

まぁ、良いさね。一人で死ぬならそれが一番楽だよ。俺的に。

 

そう思いながらナイフを渡す。

 

果物ナイフね。テーブルの上に置きっぱなしに成ってたよ。

 

 

(最後の一歩…踏み出せなかったか)

 

 

自らの死を望む事は誰でも出来る。だが、行動に移すのにはとんでもない勇気が必要だ。自殺とはそう言うモノだ。

 

もっと薬を使い続けて壊れてしまえば必要は無かった。高揚感に酔って死など考え無かったであろう。

 

もっと我慢して精神をすり減らしていれば簡単に死ねただろうに。

 

かわいそうとは思わない。ただ、憐れだとは思う。情けないとは思わない。

 

俺は逆に間違ってはいないと答える。答えてやる。お前の中ではと前に付くけども…

 

「ねぇ」

 

ナイフ片手に膝立ちに成った女性が言う。その顔には狂気は無かった。

 

「何? 俺的には帰りたいんだけども?」

 

「ごめんなさいね。一つ聞かせてくれないかしら?」

 

まぁ、聞いてあげようかねぇ。最後の一歩を歩かせたんだし

 

「なんざんしょ?」

 

「この子は…小雪はどうなるかしら?」

 

「? 知らねぇよ。まぁ…駄目な親から解放されて少しはマシに成るんじゃねぇの? その後はコイツしだいだろ」

 

「そう…かぁ。少しはマシか。ありがとう。」

 

「はいはいどういたしまして。火ぐらい付けてやるさね。さっさとしてくれ」

 

にこりと笑う女は大声で、言った。生まなければ良かったと。そのまま倒れ込む。自重と勢いでナイフが腹に刺さる。このまま放置すれば死ぬだろう。本人もソレを望んでいる。

 

なら、何もしないさ。

 

俺にはもう関係ない。白子を小脇に抱えて火を付ける。台所に巻いたガソリンは勢いよく燃え上がり近くに置いておいたガスボンベを爆発させるだろう。

 

「………」

 

無言で…と言うか気を失ってる白子は軽い。後はこいつを家の前に放置すればOK。念のために助骨は繋いで置く。他人に氣を送るのも難しくはないな。日頃、野菜達にやってるし。

 

窓ガラスを割って外に出る。

 

ドンと爆発する白子の家、このままいけば全焼するだろう。

 

外に出てみると、この場面で一番合いたくない友人が居て思わず顔を顰めた。

 

「何で居るかねぇ…冬馬、準。あと釈迦堂さん」

 

「念の為だ念の為。」

 

「…百夜」

 

「おい、その子」

 

「後でな、それより先に救急車」

 

俺がそう言うと冬馬と準は携帯で電話をかけ始めた。

 

「それにしてもよ、百夜」

 

「何さ?」

 

小声で話しかけてくる釈迦堂さんに小声で答える

 

「氣を使って縄を斬る何て、案外やるじゃねぇか」

 

火神界(カカカ)ッ、まぁね。結局はアレぐらいしかできないけど…何時から見てたの?」

 

ボンっと音を立てて火の勢いが強まった。この勢いなら死体も骨まで焦げるかもねぇ

 

「っ?! アツっ、まぁ、お前が家に引っ張り込まれる所からだよ。情けないねぇ全く。」

 

常識的に考えて、私は氣を使える一般人です。知識は有っても経験なんてもんは無いの!! その辺は一般人なの!!例え、スペック高くても一般人なの!! その辺勘違いしないでよね!! 自力が低いんだからさ。

 

「無意識下で気配を探る様な人達と一緒にしないで欲しい件」

 

「普段は察知してるだろうがよ」

 

「意識してやってんの。最近はずっとしてないし。両親居なくなってから楽に成ったもんよ」

 

いや、マジで。したくない事を強要させられるのはホントに嫌なのよ。勉強ならまだ解るけどさ、武術って何の役に立つの? 普通に生きてて必要な場面って滅多になくない?

 

「まっ、それなら仕方がねぇか。詳しい事情は後でな」

 

そう気づかってくれる辺り、この人の事は結構好きだ。

 

「後で連絡するよ」

 

さーてと、冬馬達をどう丸めこむかねぇ

 

 

 

 

 

 

Side 冬馬

 

 

 

 

 

何で

 

そう言う思考が僕を捕えて居ました。此処に百夜が居る。ソレは構わないのです。ですが、塀を越えて現れたと言う事が問題なのです。

 

彼は、かわいそうだからとかそういう理由で人助ける人間ではない。語弊が在るかも知れませんが、度合いの問題です。彼は、自分が大切とは思っていない人間を炎上した家から助ける様な人間ではありません。

 

ソレは確信しています。

 

その反面、自分が大切と思っている人間の為ならどんな手段を使ってでも助けようとする。そういう人間です。九鬼君が言っていた様に友人には甘い人間なのです。それ以外には無関心とは言いませんが不干渉なのです。

 

この問題には彼個人の理由も有るので教えて貰えるか解りません。ですが、今一番の問題は燃え盛る家を背景に苦笑しながら話している事です。

 

理解が出来ません。あの中に人が居るかも知れないのに…もしかしたら居ないのかもしれません。中から出て来たのですから。

 

ですが、普通では無い。全く何も思っていない様に見えてします。他人事とその姿が言っている様にも見えます。

 

醜く見える筈です。その筈なんです。小脇に抱えた傷だらけの少女は裸と言っても良い恰好でグッタリとしています。その子にも何の興味を示していない様に見えます。

 

だからこそ、醜く見えてしまう筈です。それは人として何かを踏み外している様に見える筈です。

 

なのに…なんで、醜く見えないのでしょうか…ただ、僕には何時もの百夜に見えます。

 

救急車に付き添いで乗り込んだ僕達…釈迦堂と名乗る男の人が色々と嘘を交えた説明をしていました。

 

通りかかったら少女が玄関の前で倒れて居て、女性の尋常じゃない声が聞こえた。

 

一緒に家に帰る途中だった子供をその場に残して音の少女に近づこうとしたら爆発音がして、家が燃え始めた。

 

火の勢いが強く直ぐに少女を抱えて、子供と一緒にその場を離れた所…子供の友人である僕達と遭遇し、連絡をした

 

僕達は何も言えませんでした。この釈迦堂と言う人間は自分が妖しい人間じゃないと証明する為に川神院に連絡を取れと後から来た警察に同じ説明をしていました。

 

僕達はそれから知ったんです。あの家の中には少女の母親が居たと言う事を

 

夜が更ける。

 

百夜は僕達に「明日説明するわ」とへらっと笑って帰りました。今日から九鬼君の家に泊まるようです。

 

釈迦堂と名乗るおじさんは、僕達に「まぁ、時間を少し置いてから話さしてやってくれや。百夜にも整理できて無いのかもしれないからな」と言って帰って行きました。

 

僕達にはどうする事も出来なかった。ただ、その事実だけが理解できました。もし・たら・ればの考えは嫌に成程浮かんできましたが、結局は現実では無いのです。

 

その日、準は僕の家に泊まりました。

 

お互い、何を話して居のかが解りません。中々寝付けないまま、僕達は夜を明かしました。

 

 

 

 

 

Side out

 

Side釈迦堂

 

爺への連絡を済ませてから、待ち合わせのファミレスに入った。そこで約束をしていた人間は美味そうにハンバーグステーキを食いながら手を振っていた。

 

(やっぱ子供…子供か?)

 

そんな疑問が頭を過ったが些細な事だと割り切り、正面の席に座る。

 

「で? いったいぜんたい何がどうなったんだ?」

 

俺が水を飲みながらそう言うと、百夜はハンバーグとライスを呑み込んで言う

 

「物凄く淀んだ氣が溜まってる場所発見

        ↓

    様子を見に行く俺

        ↓

   後ろからキ印女の襲撃

        ↓

俺、拉致拘束された上に貞操の危機

        ↓

 キ印の娘の反逆、呆気なく撃退される

        ↓

    俺、脱出。序に説得

        ↓

キ印自殺、俺逃走。後味悪くなるから娘も連れて

 

てな具合」

 

ぶっ飛んでんなぁおい。

 

「マジか?」

 

「マジ。まぁ、仕方が無いんじゃない? 頼れる相手も居らずに残った娘も愛せなくなって、薬と快楽に逃げたモノの死にたくて堪らない。でも自殺する事も出来ず。子供も自分と同じ所まで落そうとしたら、何かの拍子に自分に反抗して殺してくれるかもしれない」

 

「…見たのか?」

 

コイツは怖いわぁ。冗談抜きで人相やら手相でいらないモノまで見通す。ホントに怖い

 

「時間も在ったし、最悪命の危機だったからねぇ。まぁ、憐れな女だったよ? 子供が綺麗に見えるから自分が余計に惨めに醜く見えて…結局は八つ当たりだけども」

 

憐れ憐れの大憐れ

 

ただそう言う。まぁ、これだけきけりゃ、良いか。本命は…あの火の勢いとその氣だが…深入りはしない方が良さそうだ。俺も自分の身が可愛い。

 

「そうか、まぁ…爺とルーは誤魔化しておくさ。」

 

「ありがと。釈迦堂さんのそういうとこ好きですよ? 後、ちゃんと控えめな所も」

 

二コリと笑ってそう言う百夜。あぁ、俺はお前が怖いわ。地雷は踏まねぇよう気を付けよう。

踏みたくても踏めないけどな。

 

百代にさえ気を付けときゃ安心だ。

 

「じーさまには俺からも連絡しとくよ。」

 

「ああ、じゃっおじさんは帰りますかね」

 

俺はそう言って帰る事にした。

 

(百代が荒れそうだなぁ)

 

 

 

 

Side out

 

 

どうも、現在九鬼家でのんびりしてる百夜です。一仕事した後のお風呂は気持ちが良いよねぇ

 

「それでスーツは九鬼家で用意するが」

 

「センスは英雄に任せるぅ…うぁぁぁ…大浴場って気持ち良いねぇ」

 

「我が家だからな!!」

 

まった~り出来て良いねぇ此処…九鬼のお家の子に成りたい

 

「何時でも泊まりに来て良いぞ!! 我が強敵(とも)よ!! だが、九鬼の子に成るのなら姉上と結婚する事になるが、我から推薦するか?」

 

「……いや、ジョークだから。マジで。」

 

一瞬、玉の輿きたコレと思ったが辞めた。てか、無理!! あのテンションとかは本当に好きじゃないと無理だって!!

 

そんな感じでお泊りしてます。ゆっくり風呂に入れるって良いなぁ

 

風呂上がれば客室に案内される。案内人がヒュームさんって言うのが物凄く怖いんですが?

 

「小僧…お前、血の匂いがするぞ?」

 

「いえいえ、私は普通の子供ですよ? まぁ、助けた子の血じゃない? 」

 

「そういう事にしておいてやろう。此処が客室だ。普段ならば使う事も無いのだがな。暫く肉は控えておけ。余計に際立つぞ。」

 

「はーい。」

 

一人に成った部屋の中、余りの広さに何だか悪い気に成るんですが…どんだけ? 九鬼家?

 

まぁ、良いか。ボスンとでかいベットにダイブすると、柔らかい感触が限界まで俺の体重を受け止めてくれた。

 

それにしても今日は疲れた。いやね、あの結界の術式をまんま応用して、アグニかお不動さんに繋げれるかを実験がてら言魂でやってみたんだけども…案外すんなり出来てビックリした。

 

やっぱ、借りもんでも定着しちまえば使えるもんだわ。知ってるのと識ってるのじゃ全然違うね。有る意味で戦術と言うか出来る事が増えた訳だけども…外氣って反則だねぇ。

 

俺自身の自力が低いから丁度良いのかも知れんけど…やっぱ反則だわ。うん。

 

「憐れ、うん憐れだった」

 

そう思った。だから最後ぐらいは気持ち良く送ってやろうと思った。それだけの筈。

 

まぁ、あそこで冬馬達が来るとは夢にも思わなかったので計画丸潰れなんだけども…あいつらに擦り付けるのは違うよなぁ

…三人で分割すっか。もう少し大人になれば行けるか…金も為無いとなぁ。その内愛着でも湧けば上出来かなぁ…

 

「はぁ…前途多難だわ。姉ちゃん対策も始めとかないといけないしなぁ」

 

やる事多い。もっとだらぁっと生きたかったんだけどなぁ

 

九鬼えもんを盛大に頼ろう。姉ちゃんはじーさま達とかも使えば何とかなるかな?

 

中学卒業ぐらいでロト当てれば良いか。百口やりゃ一個は当てれる自信は有るし。うん、ソレで行こう

 

 

 

 




いじめ、虐待を否定する方、貴方は正しい。

ですが、もし、その現場に貴方が居た時、貴方は見ぬ振りをせずに助けられますか?

周りを頼ったあなた、その周りが見ぬ振りをしました。

貴方はそれを弾劾し、正しい事を行えますか?


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十四話

 

 

 

 

 

ウェーイ!! 百夜です。テンション高いのはこれから病院に行くからです。説得と説明ってメンドクサイね~

嫌な事に結果は予想できちゃってるんだけども…

 

「いや、それ以前に暑い」

 

マジで暑い。33°とか何? 地球温暖化で南極の氷よりも俺がヤバイ。

 

後、どれくらい歩けば良いの? 英雄に病院まで送ってもらえば良かった。

 

そんなこんなで汗だくに成りながら、白子の入院している病院に来た訳ですが…

 

「病室の空気が最悪です」

 

「いや、お前が原因だから」

 

「……百夜。真面目にお願いします。」

 

どっから話すか…結界云々からか?

 

「まぁ、ダイジェストに行くと。こいつの存在に気づかせないように行動してた。序に知らない所で死んでくれないかなぁとか想いつつ、こいつが友達を作る為の状況とかを作ってた。」

 

失敗したみたいだけどね。そのへんはちゃ~んと確認してます。直接翔一に連絡してみてしらない様だから、大和に連絡してみた。んで、返答は

 

『しらこ?…来たな、何か変な感じがしたから追い払ったが…クククまさかお前のいい人だったか?』

 

『んにゃ、近くを通った時に話してるの見たから新しいメンバーかと思った』

 

『クッ、それは無い。キャップが居ないからな。』

 

『それもそうか。じゃぁな、お休み。早く寝ろよ』

 

 

ってな感じだった。なら仕方が無い。

 

「なんでですか?」

 

「何が?」

 

ん、来るな

 

「何で黙ってたんですか!! 僕達は同じ学校の人間です!! 何とかしようとするなら僕達の方が適任だったでしょう!!」

 

「っ若!!」

 

掴みかかって来た冬馬を準が抑える。やっぱこいつ等良い関係だな。

 

「まぁ、普通はそうだな。でもよぉ、俺はお前等の方が大事なんだわ。それこそこの白子が他校の奴ならそれでも良かったんだよ。でもな、こいつは俺等と同じ学校に通う虐められっ子なんだわ。」

 

「若、落ち着けって!! それで? 百夜何で問題何だ? その辺を説明してくれ、納得出来たら若も落ち着くから。納得できなかったら殴るがよ。」

 

そこは、もうちょっと穏便にして欲しい。

 

「まぁ、立場っつーかなんつーか……結局は俺等じゃ責任取り切れねぇんだよ。あの時の状況だと。」

 

「…何でそういう考えに至ったんですか?」

 

冬馬も大分落ち着いたみたいだ。

 

「学校での虐めの問題も在ったけども、親からの虐待も在った。そんな時に差し出された手を掴むのは…まぁ普通だな。問題はその後、依存しちまったらどうするよ? 他にも、お前等虐待に気づいたら動くだろ? その先に在る問題はどうするよ? 現にお前等どうにか出来たか?」

 

「それは!!」

 

「言われる前に言うけど、俺が隠してたのも原因だけど。何らかのアクションを起こして生じるデメリットは考えたこと有るか? コイツの事背負えるか? コイツの場合助けたら其処で終わらねぇんだよ。それから先が付いてくんだよ。ドラマや映画じゃないの、ハッピーエンドには至らない。自分に当て嵌めて全部考えてみろ。精神状態とか特にだ。」

 

「「………」」

 

「この人達は助けてくれる。そう思われる。周りは敵だらけで其処に現れた味方。縋るよ、掴むよ、懇願するよ。俺ならそうする。お前等もそうするだろ? なーんの力も無いんだ、俺もお前等もコイツも子供何だよ。守ってくれるモノが必要なんだよ。 守れるか? こいつを守れたか? その後でコイツを真っ当に出来るか? 一人で社会に出せるか? 親も敵で周りも敵の四面楚歌で、頼りに成る存在に縋っちまったコイツを独り立ちさせられるか? 他人を信じさせれる事が出来るか?」

 

「出来る可能性は…」

 

「有るだろ? 何の為に保護施設が有るんだよ」

 

まぁ、そうなんだけどね準。可能性は低いけども

 

「其処まで辿り着くのにどんだけ掛かるよ? もっと重傷に成るぞ? 他人が怖くて堪らないのに其処に現れるのは知らない大人だ。知り合った俺達と離れ離れに成るかも知れない事に恐怖を覚えるのは当たり前だぞ?」

 

「それでも!! それでも…可能性は在った筈です」

 

「そうだ。百夜、お前の言ってるのは予測でしかない」

 

だって、でっち上げの上に、今さっき考えただけだもの。

 

「そうだな。低くても可能性は可能性だ。でもよ、俺はもし・たら・ればが在ったら嫌なんだよ。コイツよりお前等なんだよ。だから、関わらせたくなかった。」

 

コレは本心。

 

「…それでも、僕は認められない。百夜が僕達の事を大切にしているのは知っています。でも…」

 

「あぁ、一方的だろ? 百夜。ソレは善意の押しつけだ。俺達はそんな事望んじゃ居なかった。」

 

「意見の相違だな。違うか…まぁ、その辺は解ってやってるよ。それじゃぁ、俺は行くわ。その白子は試しに背負ってみな。じゃあな(さよなら)」

 

次にくる言葉は理解してる。受け入れられない事を一方的にしたんだからソレは当たり前。嫌われるのは当たり前だ。だからまぁ…楽しかったなぁぐらいの思い出が在るからソレで良しとすれば良いさ。

 

「…えぇ、元気で」

 

「っ…おう。風邪引くなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院から出て、九鬼家に連絡する。出たのが完璧な人だった。ちょっと驚いた

 

『ソレでは、五分ほどでお迎えに上がりますが…』

 

「が?」

 

えっ? 何で其処で言葉を切ったの? 何かされるの? 物理的に斬られちゃうのもしかして?

 

『いえ、三十分程遅れて行きましょうか? 声が震えていますよ。』

 

「?! …いや、良いよ。今日はもう寝たいんで」

 

『そうですか…畏まりました』

 

やだね、やだね。友達二人も減ったよ。畜生。

 

「まぁ、自殺補助が知られなかっただけ良いかねぇ…」

 

あっ、結界云々もか。さ~て、明日から何しようかねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 冬馬

 

「…なぁ、若」

 

「何も…何も言わないでください。準」

 

さよなら…ですか。百夜こう成る事を承知であの様な行動をとったのでしょうか? 解りません。

ですが、ここに結果は有ります。この少女は親の虐待からは解放された。僕達は友人を一人失った。どうなんでしょうか…僕には最後まで百夜の事を醜いとは思いませんでした。

寧ろ…

 

(百夜…僕は…)

 

僕の方が醜いのかもしれません。いいえ、醜いんでしょう。だって、あの親の血を引いているのですから。

百夜は自分のルールに従っていたのでしょうし、自分の欲求に素直に行動していた。ただ、僕達を守る。彼なりに僕達を護る為に行動していたのでしょう。

嬉しいと思いました。そこまでしてくれる事が…ですが、僕はこの少女を救いたかった。

 

「ぅっ…ん」

 

「若、目が覚めたみたいだぞ」

 

「えぇ、良かったです。こんにちは、初めまして。僕は「ひっ?!」…準、NCを」

 

「もう、押したよ。俺は準、あっちは冬馬。」

 

「僕達は君の味方ですよ。それでは、また後で」

 

僕達はそう言って病室を出ました。直ぐに此方に来たNSにどんな状態かを説明し、場所を移しました

 

「若、あの子…」

 

「えぇ、対人恐怖症ですかね…」

 

僕達に向けたあの視線。怖いんでしょう。僕達が…

 

「百夜が言ってたのはコレか」

 

そう…なのでしょうか? 何か違う気がします。百夜が僕達に最後に言った言葉を思い出す

 

『試しに背負ってみな』

 

背負う…意味は解ります。ですがその前に試しにと彼は言いました。

 

「準、百夜は試しに背負ってみろと言いました。」

 

「あぁ、責任を持て…いや、ニュアンス的には人の重さを感じろってとこか? 最後まで俺達の心配だよ。くそっ」

 

友達辞めるなんて俺も若も言って無いってのによ!!

 

準も荒れています。僕もソレには賛同します。それに、彼は本当の事を全部は話していません。そんな感じがします。

 

「そうです。ですが、最初に試しにと付けました。と、言う事は…」

 

「? …?! 途中で止めても良いって事か? いやいや、若さすがにソレは」

 

結局の所、答えは出ず。僕達は考え込みながら家に帰りました。

 

それから、数日の間で百夜の言っている事が解りました。この少女の世界は閉じられている。それ以上の発展が無い。結果的には、だからこそ僕は付き合いやすく感じました。

醜いと感じないのですから、学校に居る知り合いやその他大勢と一緒に居るよりすごしやすいのです。

この場に百夜が居れば…もっと過ごし易かったのかもしれません。

彼と喧嘩別れをしてから九日、そんな事を考えて居た僕の元に準が汗だくで駆けこんで来た時、僕の頭の中は真っ白に成りました。

 

 

 

 

 

小雪が…僕達が何も出来ずに見て居たあの少女が年の近い入院患者を殺そうとした。

 

 

 

 

 

そんな事を告げられた時、ふと頭に過ったのは百夜の言葉でした。

 

重い。とても重い目に見えない圧力がのしかかって来ました。正直に言えば放りだしたい。そう思いました…ですが、それは出来ません。そんな、無責任な事はしたくない。

僕と準は小雪に聞きました。なぜ、そんな事をしたのかと。卑怯と思いましたが、鎮静剤でぼぅっとしている小雪は眠たそうな声でポツリ、ポツリと話し始めました。

被害者…小雪が殺そうとした人物は僕達より一つ年下の男のでした。病室が近く、トイレや飲み物を買う時に良く在ったそうです。

そんな少年が、今日たまたま…彼女の髪と目の色を馬鹿にした。

結局の所は、好きな子に意地悪をしたくなると言う幼い恋心だったのでしょう。子供な僕がそう考えるのも可笑しいですが、同じ年の頃の人間の様子は良く見ますからそう考える事が出来たのですが…

今回の事件の発端はその意地悪でしょう。虐めの最初はカラカイ等から始まります。それへの反発等は特に発展しやすい。僕は百夜を思い出しました。名前でからかわれますからね彼は…百夜だから桃屋と言う事です。ソレに対しての彼の反応は

 

「あの名家だったら今頃豪遊してるよ…はぁ」

 

で、終わりです。からかう方も彼の気だるげな声色と雰囲気と態度で何故か謝っておわりですからねぇ。

 

今回の事件の発端は解りました。ですが、行動が過激過ぎる。その事を聞くと、小雪は当たり前の様に言いました。

 

「だって、僕はあいつなんていらないもん。だから消そうと思ったんだよ? 消えちゃえば良いんだよ。僕に必要無いんだから」

 

ゾクリと背筋が冷えました。病んでいる…いえ、壊れている。破綻している。でも、醜くはない。逆に白く、とても綺麗に見えた。そう思った自分の心が怖かった。

 

「僕がだーいじなのはぁ、冬馬とぉ準とぉ…名前も知らない男の子ぉ、だけだ…よぉ」

 

そう言って、眠りについた小雪に畏れを感じました。同時に哀れに思い、羨ましいと思いました。

これぐらいに壊れて居ればドレだけ幸せなのだろうと考えてしました。そんな事、考えてはいけない筈なのに。ただ、解ったのは彼女には味方が居なかった。伸ばした手を掴んでくれた存在は居なかった。

 

(いえ、百夜だけが彼女の手を一時的にでも取った。触れた。そして、僕達は彼女に親切に接した。同年代では珍しい存在で、彼女が自分に必要と感じた。つまり、彼女が求めているモノを僕達が持っている。又は代償として欲している?)

 

もしかしたら、試しにと言う意味は一時的にでも背負ってみると言う事では無く。彼女を通して自分を見つめ直せと言うメッセージなのかもしれません。考えすぎでしょうか?

 

答えが欲しい。いえ、僕が信じたいと思う答え…結果が欲しい

 

「ねぇ、準。もし、小雪がこれ程までに壊れて居なかったら…どうなっていたんでしょうか?」

 

「さぁてねぇ。俺には想像もつかないよ、若。でも…」

 

「でも?」

 

「IFのこいつの事は解らんが…今の、俺の知る限りでの小雪は幸せそうだ。何か、寝顔見てたら腹立って来た。」

 

「クスクスクス、そうですねぇ。今の小雪は幸せそうです。ソレが答え何でしょう。そう言えば十日後から行われる野球の試合…どうします?」

 

「あぁ、そりゃいかねぇとな。百夜は一発殴らないと気がすまん。俺はまだアイツの友達辞めた訳じゃねぇ」

 

「フフ、僕もです。小雪も連れて行きましょう。彼女は百夜も必要としていますし、僕達にも彼が必要です。」

 

 

 

 

 

そんな事を話していた。話していたんです。

 

 

 

 

 

 

次の日の早くに凶報が電話により告げられました。

 

百夜と九鬼君が爆弾テロに遭った

 

僕は準と九鬼家へと走りました。

 

 

 

 

 

 



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十五話

 

 

 

 

「百夜のバカァー!!」

 

夏のとある日、空を進む鋼の翼に理不尽な罵倒が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を全く知らない。馬鹿と呼ばれた少年は、予定よりも五日程早い空の旅を満喫するのではなく爆睡していた。その隣で同じように寝ている少年もダラしなく涎を垂らしている。

 

川神百夜と九鬼英雄の両名はメイドが温かな視線を向けながら毛布をかけ直している事にも気づく事は無く。すやすやと寝息を立てている。

 

何故、この様な状態になっているのか? 原因は昨日の昼頃まで遡る。

 

無駄に広い九鬼英雄の部屋の無駄に大きいTVを前に二人はコントローラを握りながら最初は談笑していた。

 

「閻魔嵌めようぜ」

 

「ぬぅ、確かに。こ奴は厄介だな。」

 

桃鉄である。ドカポン、人生ゲームと並ぶ友情破壊ゲームの一角!!

 

「ちょ、北海道が?!」

 

「これで、今年の決済は我が貰ったも同然だな」

 

徐々に明るい声が減る一室!!

 

「ばーか、うんこ喰らえ」

 

「ぬぉ?! 貴様百夜!! ハワイだけでは物足りぬとでも言うのか!!」

 

溢れる怒気は部屋から漏れ出てえらい事に成り始める。

 

「こっちくんな最下位!!」

 

「ハッハッハ!! 逃げろ逃げろデビルにキングを上乗せしてやる!!」

 

僅かな理性が拳だけは抑え込み。換わり罵倒が飛び交う。

 

「死ね!! 氏ねじゃなくて死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

「馬鹿なっ!! ここで新幹線カードを使うのか?!」

 

キングを擦り付けあう不毛な争い。

 

「ヨッシャ!! 星に願いを…」

 

「剛速球!!」

 

一位で無くても良い。ただこいつより上に…

 

「物件が…」

 

「閻魔のキングがハリケーンに…」

 

残るのはただ虚しさのみ

 

「あっ、朝だ」

 

「我ら一体何をしていたのだろうな…」

 

と、言う事が有ったのだ。

 

この後、空港にて「嫌な感じがするから旅客機は嫌」と言い始めた百夜に英雄の「ならば個人の物だ!!」と言うやり取りがあり、念の為に乗る予定だった旅客機を九鬼のチームが調べた所、爆弾を発見。同時進行で乗っていた客を調べテロリストを8人捕縛と言う事が有るのだが、それは本人達の知らない所の話である。

 

「…あの小僧、感が鋭いにも程があるな」

 

一人だけ変に注目する執事が居たりもする。

 

 

 

 

 

 

おはようございます。百夜です。飛行機に乗ってから寝てしまったので空の旅は覚えていません。現在居るのはお米の国の九鬼家別荘です。

今元気にキャッチボールしてる。なんでも、今日から二日は自由にしてその後二日は観光に連れて行ってくれるんだって。

お食事も九鬼家のメイドさんが作ってくれるから楽で良いね。てか、普通にコックレベルの腕前を披露するメイドさんすげぇ。時差ぼけ酷いのでこの後は直ぐに寝ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やぁ、いろいろ有ったけど特に思い出にするような事は無かった百夜だ。

英雄のやろう。何で俺を誘ったのか分った。今日は近くで商談が有っているらしく、その商談に託けて金持ち同士のパーティーが有るんだとさ。ぶっちゃけ暇だから気心しれた奴が一緒が良かったんだろうけども…

 

(なんだろう? このビルっーかホテル作られたばかりでキレイだけど、めっちゃ嫌な卦が…)

 

「このビルはな我が九鬼家と霧夜グループが共同で設計し建てた、世界最高のホテルなのだ!!」

 

「へ~…それより今日は俺どうすんの? 場違いにも程が有るんだけども」

 

いや、マジで

 

一応、パーティー会場の卦とこいつ相を見てから決めるか。ダメそうならこいつ連れて逃げよう。

そう思いながら会場に入る。バイキング式の立食パーティーですね。お肉が食べたい。でもその前に相を見ないといけない。

 

ヨクヨク考えたら英雄の顔をちゃんと見るのかなり久しぶりなんだよね。

 

いやね、見ただけ相を読む癖がついちゃってね。いろいろといらんもんまで見てしまうから常に焦点ずらしてんのよ。想像してみろ、顔見ただけで相手の腹の中まで読んじまう事も結構ある生活なんて…人間不信になるわ!!

 

麻生のおっちゃんとかめっちゃめちゃ黒い事納めてんだぞ? そら、敵も多いわ。道場の奴等とかマジ下らん事考えてるし…ロリコンは数名転勤、転校、お引っ越しして貰ったけども。

 

「こんにちは、九鬼英雄君」

 

「うむ。初めましてだな霧夜エリカ殿。」

 

何だかこの二人の仮面がこわ~い。後、俺を紹介しようとスンナ。

 

「ちょっと食べてくるねぇ」

 

戦線離脱ですよ。いや…なんかあの女の人と余り関わりたくない。だって凄い豪運なんだもの、英雄にゃ負けるみたいだけども。

 

そんな事を考えながら会場をうろつき、美味しそうな物を見つけては食べる。

 

(ん~護衛が1、2、3…6人か。あの給士してるお姉ちゃんは強いね。誰かが個人で雇ったのかな?)

 

まぁ、良いか。取りあえず、安全っぽい場所に英雄を誘導しとこう。こっちじゃ魔法薬は造れないからなぁ。材料が無いし。

 

「飯持ってきたぞぉ」

 

「うむ!! 何時も済まんな我が強敵(とも)百夜!!」

 

「それは言わない約束だろ」

 

いや、在る意味お約束なんだけどさ

 

肉を齧りながらぼけぇっとする。俺達の年齢+-2歳ぐらいなら良かったんだけども、みーんな高校生とか位の人達なんだよねぇ。どうやら夫人もそれなりに居るし。

 

「なぁ」

 

「どうした強敵よ」

 

「お前さんに近づいて来たのってあの…霧夜って人のみ?」

 

普通はお前、囲まれてるベ?

 

「あぁ、そう言う事か。心配いらん。霧夜と話してな周りに聞こえる様に媚び諂う奴等と慣れ合う気はないと言っただけだ。」

 

「…敵だらけになったらどうすんの?」

 

「なーに、正面から粉砕し、横から襲撃し、後ろから奇襲してやるまでだ。我は、我等九鬼は王者の家系よ。粉砕、打倒し従えよりよい道へ導いてやるのが務めよ。この程度、父上の成し遂げた事に比べれば何でもない!!」

 

こいつ、やっぱすげぇ。この自信はホントに凄い。疑い何て持ってない。

 

(こいつの友達になれて良かった。)

 

夢が無い俺に夢が出来た。その道を示した。其処へ引っ張ってくれてる。

 

確かに指導者、王者の如き大きい器。コレでもうちょっと我が弱ければ…モテモテ何だけどなコイツ。

 

灰汁が強いのが玉に傷か…まぁ、良いや。コイツの人を見る目は確かだし、悪い女に引っかかる事もねぇべや。

 

「流石だねぇ…そんじゃデザートに行こうぜ。確かあっちの方に有った」

 

「むぅ…少々物足りない様な気がするが…」

 

「腹八分で残りはデザートで満たすんだよ。甘味が欲しい、甘味が」

 

「そうか…そう言うのもまた乙なモノだな!! 甘味で思い出したが、姉上が金平糖を良く食べて居るのだが居るか?」

 

マジで?! 九鬼家御用達の金平糖とか…うっは。やっべマジで涎が

 

「いる!! 欲しい。マジ欲しい!!」

 

「其処までか? ならば、今度用意しておこう。ソレでは行くぞ百夜!!」

 

俺達はフルーツとスイーツに取りかかった。

 

途中から、有名なアーティストの演奏やらダンスやらマジックショーが始まったが今はそれどころじゃない。それどころじゃない!!

 

「…コレは俺が最初に目を付けてたんだけども、フォークを放せやお姉さん」

 

「…あらあら、コレはこのアタシが最後に食べようと取って置いたのよ? 解ったらフォークを放しなさいお坊ちゃん」

 

「ハッハッハ、その年で認知が進んでいるんですか? 放せやおばん」

 

「何を言っているのかしら? あぁ、頭が弱いのね。かわいそうに…理解出来ないならさっさとフォークを放しなさい。糞餓鬼」

 

「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」」

 

一つ…っ!! 完熟マンゴーはコレっ…一つ!! 譲れないっ!! 譲れるはずが無い…!!

 

(ならば)

 

(ちぃ、仕方ない)

 

((半分に分ける!! 自分が有利に成る様に!!))

 

「「はぁっ!! なっ?!」」

 

「コレで三等分だな!!」

 

英雄ぉ…マジできっかり三等分とか…

 

「仕方ない。英雄に免じて我慢してやる。霧夜」

 

「ふん。九鬼に免じてこれで我慢してあげるわ。川神百夜」

 

何で、知ってるの? えっ? ストーカー?

 

「我が先程話した!!」

 

「勘弁してよ」

 

「光栄に思いなさい。貴女はこの霧夜エリカと引き分けたのだから」

 

知るか!! もう良いトイレに行く。

 

「あっそ、ちょっと花つみに言ってくる。此処から動くなよ? 迷子になるからな俺が」

 

「うむ!! 存分にしてこい!!」

 

予想通りに給士の姉ちゃんがこっちに陣取ったな。あの二人のがほかの奴らよりも優先度が高いみたいだねぇ。

 

俺も、もう一つのポイントの方にいきますか。

 

 

 

 

当たるも八卦当たらぬも八卦。

 

 

 

 



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十六話

 

 

 

 

埃っぽい密室の中、僅かな隙間から見えるのは赤く白く黄色く明滅する火炎。

 

身動きが出来ない程の狭い空間、呼吸が出来るだけマシな物だと思うけど…頭に垂れてくる液体が物凄く臭いです。

 

どうも、トイレから戻って来たら爆発しました。

 

俺がじゃないよ? 会場の天井がだよ? 百夜です。頭に垂れてくるのはスカトロ的な物ではなくブラッティ的な物です。

 

凄く…鉄臭いです。いやもう、微妙に生温かいとか最悪だね。気持ちが悪い。

 

トイレに行く前に英雄達を誘導して護衛っぽい給士を誘導して、安全なと言うか、会場内で一番運気が良い意味で高い場所に陣取らせたのは良かったと思う。

 

いやね、自分も本当は其処に居たかったんだけども…尿意って我慢しすぎると出す時に痛くなるじゃん? 濃くなって。

 

故に放尿に行きました。他の階にも強そうなのがスタンバってました。二人ぐらい軍人っぽい感じがしたから、軍からの派遣が有ってるのかもね。

 

本隊は此処の会場じゃなくて、本命の方を守ってるんだと思う。

 

(テロねぇ…お国柄的にイ○○ム圏かな? いや…他の宗派って言う線は低いか。ん~有る意味で自分と英雄の命は保証されてるようなもんだからなぁ)

 

英雄に死相は見えなかった。どちらかと言えば掛け替えのないモノ得る相が出てた。詳しくは見ないようにしたからそれが者か物なのかは分らんけども…アイツの豪運なら冗談抜きで凄いモノだと思う。

 

「えぇい、うろたえるな!! 助かる者も助からなくなるぞ!! 身を低くして出口に向かえ!! 幸いな事に此方側の出口は瓦礫に塞がれてはいない!!」

 

英雄の声が聞こえる。やっぱ、アイツは凄いな。うん。子供の貫録じゃねぇよ。

 

そんな中で響く銃声。なんか何処の言葉かも解らん、異国の言葉を荒立てながら十人の武装した男が傾れ込んで来た。空気読めよ。いや、読んだからか? まぁ、良いや。俺の考えが正しければ…

 

「動かないでください。異教徒のみなさん」

 

出て来たよ

 

グラサンにスーツ。その手の中に有るのはトカレフか…あ~狂信者臭がプンプンするぜぇ

目の前に現れた武装テロ集団とその頭目? 的な胡散臭い奴が一人。

 

ポチっとグラサンスーツが何かのスイッチを押したのが見えた。続く爆音と瓦礫が堕ちる音。聞こえる悲鳴と怒声。続く銃声。

 

「静かにしろと言ってるだろうがぁ!! この異教徒共が!! チッ、同じ空気を吸うのも苦痛だと言うのに…」

 

いや、向こうも同じこと思ってると思うから。

 

「オホン…この中に九鬼のご子息が居る筈ですが…もし、素直に出てきてくれるならその勇気に免じてこの場の異教徒共の命の安全を保障します。恐れる事は有りません。我等が神の教えを聞けば、貴方方も直ぐに己の罪を自覚し我等が神に許しを求め、我等の徒と成りたがるでしょう。」

 

「ぐっ!! 我がそうだ!! さぁ、他の者達を安全な場所に避難させよ!!」

 

「まて!! まだ応急処置が!! おい、お前達もこの方にもしもが有れば唯じゃ済まないだろう!! 二分で良い、時間をくれ!!」

 

「ふん、良いでしょう。ですが一分で終わらしてください。我々も暇ではないんですよ」

 

先程の爆破の衝撃で、少し余裕が出来た様なので別の隙間から周りが見える様に成った。そっちを覗いてみる。

 

(…おい。はっ? マジ何やってんの? 何やってくれてんの?! 身代金目的だろ? おい? おい!!)

 

 

 

 

Side九鬼

 

百夜はどうなったのだろうか? 炎が揺れる会場で我はそんな事を考えた。隣りにいた霧夜は爆破の衝撃でコケて足を捻った様だ。

 

先程まで我の隣りにいた給士をしていた女がエプロンドレスのエプロンを破り応急手当をしている。

 

この給士、最初は別の場所にいた筈なのだが何時の間にか近くにいた。

 

我を此処に連れて来たのは百夜だ。そして、その直後には別の場所にこの給士はいた筈だ。その給士が近くいて、今は負傷者動けない者の中でも比較的に軽い怪我をしている者の手当てをしている。

 

つまり…

 

(流石は我が強敵(とも)よ。この者は我等の護衛か…その中から百夜が連れて来たという事はそれなりの使い手)

 

そして、我自身は怪我一つ無い。埃が少々ついた位だ。我を此処に導いたのは百夜だ。この場所も百夜が見つけ出したのだろう。

 

(流石、流石だ!! )

 

ならば、我は我の出来る事をしよう。我は英雄(ヒーロー)だからな!!

 

「えぇい、うろたえるな!! 助かる者も助からなくなるぞ!! 身を低くして出口に向かえ!! 幸いな事に此方側の出口は瓦礫に塞がれてはいない!!」

 

周りを確認し、声を張り上げる。全く、庶民共はいざと言う時に何の覚悟も無いから困る!! だからこそ我の様な王が導かなくてはな!!

 

我の言葉で少しだが冷静さを取り戻した民達が入口を目指そうとした時、銃声が響いた。

 

続いて聞こえたのは、少し甲高い男の声。その男の声は耳に入るだけで不快な気分になった。その声で我等の事を一纏めに異教徒と呼んだ。

 

その男の信じる神が憐れに思えた。だがそれだけだった。

 

そんな事よりも我には優先して行わなければならない事がある。我以外の者達の避難だ。王として、迷える民達を導く者として彼等の命を体の安全を優先しなければ成らぬ。

 

再び恐怖でパニックになりかけて居る者達に声を掛けようとしたその時、再び爆発音が聞こえた。

 

このテロは長い時間を掛けて練られたモノだと言う事は直ぐに解った。会場の何処に爆発物が仕掛けて在るのか? 簡単だ鉄骨の隙間に、仕掛けられていたのだ。

 

このビルを立てる為の建設作業員紛れて行ったに違いない。

 

疑われない力量を身につけて行ったに違いない。

 

だからこそ恐ろしく感じた。其処までの狂気に恐れを感じた。

 

瓦礫が墜ちてくる。落ちた破片が他の破片にぶつかり更に跳ぶ。咄嗟に我は霧夜と給士を突き飛ばし、我の近くで泣き叫ぶ幼子を右腕掴み上げて、直ぐに体勢を整えた給士に向かって投げた。

 

ミチっと嫌な音が肘から聞こえた。肩が痛む。だが、未来を担う命を一つ救えた。その命を導くのも王たる我の勤め、王たる九鬼の勤め。我は死なん。この程度のテロでは死なん。

 

多少の怪我なら我が九鬼の優秀な医療チームが何とかする。

 

(グッ…暫く野球は出来そうもないか……強敵に何と言われるか)

 

いや、貴奴ならば何時も通りのヤル気の無い態度で心の底から言うのだろう。「馬鹿だねぇ」とな。

 

我等は助かる。理由は在る。既に救援の部隊が動いている筈だ。こうなる事も想定して在るはずだ。奴らの本隊が向かう場所には虎狼が率いる部隊がいるのだ。

 

だからこそ、我はテロリストの要求を聞き時間を稼ごうと思った。あの給士は純粋に我の心配をし応急処置の時間をくれと言った。この給士が居る事も心強い。

 

流石は我が強敵(とも)が見つけた者よ。あの爆破の中、怪我らしい怪我は一つもしていない。人質が多すぎるのと後、幾つ爆発物が在るか解らぬが故に動かけないのだ。

 

我は、この給士に声を掛けた。

 

「貴様、名を何と言う」

 

「あずみ、バレてる様だから言うがアンタ等の護衛さ。…余り動くな、出血が酷い。」

 

傷口が鋭すぎて余り痛みの感覚が無い、それに気分が高揚している為に痛みを抑えて居るのだろう。ソレ位我にも解る。

 

「成らば、あずみよ。我は囮になり時間を稼ぐ。その間に「カカカッ、ふざけてるんじゃねぇぞ!!」もも…?!」

 

罵声と共に恐怖が沸き上がった。その後に驚きに目を見開いた。

 

(百夜が涙を流しているだと)

 

 

 

Side out

 

 

そいつは、惰性で自分を飾る事で己を己の知る者に飾り立てていた。そうでもしなければなけなしの精神が壊れると理解出来たからだ。

 

そいつは、感情に蓋を…怠惰と言うモノで押し込めた。押し籠める事で感情の揺れを常人の範囲に止め、認識力を削り、その程度と見せかけて平穏の中に身を埋めた。

 

少しばかり刺激が強いからこそ平穏なのだ。平穏とは退屈では無い。心を腐らせるモノでは無い。少しばかり強い刺激、安らかな日常、家族、友人。

 

素晴らしい、実に素晴らしき小さな世界だ。ソレが常人の最大の幸せだ…とは言いはしない。

 

人とは欲する生物だ。考える葦等と言った者もいる。かねがね正しい。地球を木に例えれば正に人は葦だろう。好奇心は猫を殺す。成るほど、間違ってはいない。

 

人は好奇心…探究心でも良い。ソレに任せて核を作った。絶滅への始まりだ。否、既に始まっていた。

 

人とはそういうモノだ。得る為に作り消費ししっぺ返しを食らう。正に人ならではの行動だろう。

 

だから、惰性と怠惰で着飾った。現状で満足すると言うのは短期では容易い事だが長期では難しい。

 

周りは機械を使っているのに自分は人力という現状。耐えられるか? 羨まないか? 嫉妬しないか? 憤怒が沸かないか? 憎まないか?

 

ソレを使う人でも良い。そうでなくても良い。現状というモノに耐えられるか?

 

そいつは根っこの所では耐えられない性質の人間だった。

 

常に不満は在った。例えば意見を押し付ける両親。居なくなった事で不満は無くなった。

常に不安は在った。例えば将来の事。夢を示され共感した。悪くは無いと思った。不安は消えた。

 

さぁ、此処で崩壊した。現状に耐えられなかった。だからこそ罅が入った。

 

漏れ出た感情は憤怒、不安、憎悪。

 

言葉(ことのは)を紡いだ。

 

怒りも振り切れてしまえば笑いがでる。ドロドロと煮えたぎる心に反して頭はスッキリとしていた。だからこそ、決断は速かった。もとより、他人には無関心な所が在った。

 

ふつふつとそらへとかえれ(・・・・・・・・・・・・)

 

「ッ、殺しなさい。目ざわりです」

 

少年は叫んだ。逃げろと。ソレは願いにも近い響きを持っていた。

武骨な鉄が向けられる。

 

いまどいてはらからにむき(・・・・・・・・・・・・)

 

「気持ちの悪い餓鬼ですねぇ」

 

そいつに男も鉄を向けた。確かに今のそいつは気持ちが悪い、涙を流しながら笑みを形作る顔は醜悪にも程が在る。引き金は軽い

 

ししふさからひておわる(・・・・・・・・・・・)

 

銃声が響き、血の香りが漂う。そいつは瓦礫の上から見下ろして、男達は驚きにを顔に張り付けて、一人を残して水たまりを作った。

 

「あっ、はっ…ぁ?」

 

理解不能。理解できないからこそ恐ろしく近寄りがたく。憎む。

 

だが、痛みは知覚出来たのだろう。拳銃を握っていた右腕の肘から先が無くなり、鼻を削がれれば嫌でも解る。

 

「あぁぁあああぁ悪魔め!! 悪魔め!!」

 

そいつはソレを白けた目でみた。同時に怒りが沸き上がった。

 

そいつは「神よ。我等が導き手よ!!」と叫ぶ男に向かって初めて殺意を向けた。

 

「地獄の劫火(ゲヘナの火)よ祖は母の涙と子の血より堕とされた偉大なる王。捌きを下せ。」

 

それは、一言で言えば業火であった。部屋の内部の火を集めても足りない程の炎だった。ただ、部屋の中から熱が消えた。体の芯まで凍る様な寒さが少年達を襲った。

 

声も出せない中、不自然に形作られ集められた炎が男に向かった。

 

成人男性よりも少しばかり大きい程度の人型をした牛頭の炎がゆっくりと歩き出し、音もなく忍び込んだ東洋人の男が背後からそいつに襲いかかった。

 

音をさせず背後に立ち、瓦礫を崩さずに踏み込む。

 

そいつは、川神百夜は楽しそうに言う。

 

「素晴らしい」

 

その技術、この状況下で下した冷静な思考、ソレを実行する胆力。師範代クラスだ。釈迦堂が実に喜びそうな獣であり人だ。

 

だが、ソレは関係ない。

 

「だが、無意味だ。」

 

貫手が空を切った。対象に触れる前に対象がふわっと前に押し出された。

 

東洋人は短い舌打ちの後、目にも止まらぬ速さで泣き叫ぶ男の前に立ち、連れ去った。

 

大方、あのテロリストが雇った護衛なのだろう。だが、それこそ無意味だ。生贄は捧げられている。何よりも強い血縁を辿り、男の母と子を殺しただろう。契約からは逃げられない。

 

会場の隅に炎の塊が現れ、悲鳴が聞こえた。じわじわと焼き殺されるのだろう。アレの残虐性は故事にも残っている。無言で東洋人の男が向かって来た。その目には釈迦堂と似た様な光が在った。

 

百夜は思う。釈迦堂の方がキレイだと。言葉を紡ぐ。

 

「われにふれることあたわず」

 

どうでも良い。それが、百夜が東洋人に対する評価だった。それよりも必要なのは九鬼英雄の治療だ。痛めた筋に罅が入っているだろう腕、確実に痛めている肩。爆弾を抱えられては堪らない。楽しい将来を他人の理由で潰されては堪らない。

 

 

 

Side 九鬼 英雄

 

 

 

何もしなかった。百夜は何もしなかった。拳を振るう事も、蹴りを放つ事もしなかった。言葉を紡いだと表現すればいいのだろうか? それともただ単に言葉を口にしたと言えば良いのか。

 

我にはその姿が恐ろしく見えた。あぁ、正直に言おう。恐怖はある。だがこの胸の中に渦巻くモノでは無い。心が感じているモノでもない。

 

畏怖だ。畏敬だ。我は場に居合わせたのだ。暴君が暴君たる力を振るう場にいたのだ。

 

嬉しさが無いと言えば嘘に成る。友人が親友が強敵が種別は違うが王たるモノだったのだ。

 

焦った顔で掛けて来た百夜が最初に紡いだのは罵声だった。

 

「馬鹿かお前は!! 餓鬼一人ぐらい見捨てろ!! この大馬鹿が!!」

 

暴君らしいと思う。基本的に百夜は自分が一番なのだ。誰に対しても自分の安全が有ってからの行動に成る。そんな所も気にいっている。対等…自分と同じ場所に語り合えるモノが居る。

 

それがどれ程の幸せか…

 

血縁等ない唯の他人同士でしか結べぬ絆。それが、嬉しい。

 

「そう言うな。幼子は万国共通の財産。ならばソレを護るのも王の勤めよ!!」

 

「馬鹿が…ほら、左腕見せろ。次の試合は無理だな…肩が外れかかってるし筋も違えてるし手首は罅、腕事態にも亀裂。筋肉も損傷、肘…手術な。リハビリ含めて一年以上だ。出血は…まぁそのこの人に礼を言っとけ。放っておいたら救助が来る前にお陀仏だ阿ぶっ?!」

 

「ぐあっ!! 百…やっ!!」

 

何が起こった? なぜ…我の左腕から感覚が消えた? 何故…百夜が胸から血を流している?

 

痛みと衝撃。我は其処から先の事知らない。気が付けば、九鬼の実家で点滴をされていた…

 

 

 

 

 

 

 

 



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十七話

 

 

 

 

 

 

 

 

女は傭兵だった。

 

生まれた時から…と、言うわけではなく。育つ過程でその道を歩むことにした。

 

生まれが問題だったのだろうか? 安易な道に行ってしまった事が問題だったのだろうか?

 

それは分らない。強いて上げるとすれば、女の生まれた家が少々特殊で、育った環境も特殊だった。それだけだろう。

 

名をあずみ。忍の末裔であり、その末裔達がその技術・術を劣化させること無く伝える田舎で生まれ育った。

 

忍…忍者と言えば有名どころで風魔小太郎、服部半蔵等歴史上活躍したモノや創作の中で活躍した霧隠才蔵が居る。

 

軽い身のこなし、気配を消し自然に溶け込み、時に暗殺、時に策謀の手助けをする影に生きるモノ達。

 

そんな者達が使う技術の中には大いに役に立つ技術が多くあり、碌でもない技術も腐るほどある。そんなモノを代々受け継いできた。

 

戦い…戦闘・暗殺の技術は勿論、護衛や医学まで多岐にわたるモノ仕込まれた少女は当たり前のように世の中を斜に見た。

 

暗殺による莫大な報酬。要人の護衛ともなれば感覚が可笑しくなるような大金が動く。その半面命の危険にさらされるがそれが当たり前だった。

 

いつ頃からだろうか? 楽しく無くなったのは? 『女王蜂』と呼ばれる様になった頃には既に疲れていた様な気がする。

 

いつ頃からだろうか? 辛く成ったのは? 最初からだった様な気がする。

 

あずみは理解している。目的が、目標が無いのだ。強く成りたい。そう思っていた時期もある。だが、それも飽いた。そんなあずみにとって今回の仕事は渡りに船のようなモノだった

 

(当面金銭に関する問題は無くなった…暫く考えてみるか)

 

先の事を、自分の未来を、自分がやりたい事を。

 

それは誰もが考える事だった。それが来た。それだけだ。だが、それが出会いをもたらした。

 

瓦礫が落ち、血臭と悲鳴が入り混じる炎に彩られた場所であずみは出会った。混乱する場を治めた王に。

 

絶大なるカリスマを放つ少年に。己の負傷もなんのそのと幼子を助け、最後には囮に成ろうとした若き王。

 

一目惚れした。余りにも眩しかった。やられたと思った。思ったからこそこの若き王が心配する者にも意識が行った。

 

後悔した。そう、後悔だ。言葉を発するだけであれよあれよと言う間に敵を報振り、私的に罰まで与えるその暴虐。後悔する前にその姿は当たり前のモノだった。

 

今までも見て来た姿だった。其処までは良かった。銃弾が二人を貫いた。若き王の左肩にめり込んだ鉛玉を見て即座に判断出来たのは死にはしないと言う事だった。

 

止血を施し、逃げる準備をする。その合間にもう一人の手当てを行おうとして…後悔した。

 

既に傷が塞がっていた。だが、その視線はずっと一点を呆けた様に見つめている。

 

「…無理だ」

 

何が無理なのだろうか? 茫然と吐いた少年は年相応にみえた。

 

視線を銃弾を放った人物に向けた。東洋人と言うのは直ぐに解った。顔を見た瞬間に口元が引き攣るのを感じた。

 

李招功

 

中国武術の使い手であり腕利きの護衛であると同時に暗殺も行う武道家。何よりもその名を広めた悪名が有名だった。

 

師弟殺し。師を殺し、兄弟弟子も皆殺しにした男。

 

(拙い…負けはしないが絶対に勝つ事は出来ない。…この方を連れて逃げられるか?)

 

あずみがそう思った時、招功は持っていた拳銃を捨て口を開いた。

 

「ちっ、その若さで瞬間回復を会得しているか…先程の言魂と良い。日本語を学んでいなければ跳び込む所だった。」

 

腰を落とし拳を構える。その姿を見た瞬間に理解する。近づける様に成ったのだと。あずみは迷った。茫然としている少年を見捨てて王たる少年を助けるかどうかを、コンマ1秒に満たない時間でそうする事に決めた。

 

そう判断出来た。直感が告げていた。このままこの少年に付き合えば終わる。あっけなく終わってしまう。

 

「ふっ…ひ」

 

逃げようとした時、少年の口からそう音が漏れた。意思と関係なく体が動かなくなった。

 

(うっ…あっ…)

 

殺気、怒気、闘気。それらが入り混じった。そう、狂氣と言えば良いのだろうか?

 

ガリッ

 

歯が折れる音が聞こえた。少年の口から折れた歯が吐きだされた。もう回復しているのだろう。

 

綺麗な歯並びだと思った。血が滲んでいなければ。よくよく見れば顔立ちも整っている。血走った目をしていなければ、そんな目で笑みを浮かべていなければ。

 

「ッア!?」

 

「カッハァ!! ハハハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

大ぶりの打ち下ろし。見え見えのテレフォンパンチだ。綺麗に受け流されるか避けられる。少年は死ぬ。そう確信出来た。

 

拳が李招功に届く前に払われた。ボキリと鈍い音が聞こえた。腕を折られた、続く一撃で首を狩られるだろう。止める術を持たない自分には何も出来ない。

 

ゴキッと聞きなれた音がした。

 

「アッ?…ガァァァァ!!」

 

「クッハァ、ハハハハ!!」

 

(何がどうなってる?)

 

二回聞こえた骨が折れる音。だが、骨が折れて苦しんでいるのは少年では無く李招功だった。いや、確かに少年の体から折れる音が聞こえた筈だ。しかし、目に映るのは五指の内四指が手の甲へ向けて折れ曲がり、膝を吐いて手首を抑えながら少年を睨みつけるその姿は何処か小さく見えた。

 

「合気かッ!! まさか本当に使える人間がこんな小僧とは!!」

 

「ケヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒ…はぁ~……OKOK。落ち着いた。取りあえず死ね」

 

(落ち着いてねぇ!! さっきよりか幾らか冷静に成っただけだ!!)

 

巻き添えを食らう。動こうにも体が動かない。少年は口で言う程落ち着いていない。見れば解る。周りも見えて居ない。

 

「疾!! 邪ァァァァァァァァ!!」

 

「あ~こうだっけか? 川神流・富士砕き」

 

考えなしに放たれた様な少年の蹴りが鋭く練磨され、確かに積み上げられて来た一撃を砕いた。

 

衝突した瞬間に聞こえたブチッっと音が聞こえた。良く見れば李招功の右肩から骨が飛び出していた。

 

「づぅ!! 牙ぁぁっ!!」

 

喉を狙った蹴り。至近距離で放たれたそれは、自分では避けれない。終わったと思うも、頭の冷静な部分が李招功では無く少年の情報を纏め始める

 

瞬間回復に因る回復力。そのスキルを使う事の出来る膨大な氣。

 

合気が実践で使える技量。川神流を使用した事実。そして、李招功の立ち位置からして…

 

打撃力は低い事。

 

「無駄」

 

ほぼ真っ直ぐな軌道を描く蹴りを少年は顎で逸らした。

 

(…はっ?)

 

「っ?!」

 

「凄いな、鋭い、重い、積み重ねが見える。アンタは凄い武術家で武道家だよ。だから…」

 

絶望の中で死ね

 

怖気が走った。少年は笑っている。無表情で有れば、機械的であれば恐れる事は有っても怖れることは無かった。

 

ドス

 

少年の指が李招功の右足に突き刺さった。

 

ドスドスドス

 

音が続き、残りの四肢にも突き刺さった。

 

「何をした!!」

 

「さぁ?」

 

馬鹿にした様な少年の言葉に李招功は蹴りで対応しようとして、ペタンと座りこんだ。

 

「???? ?!」

 

「筋力は重要だぁねぇ…ヒヒヒ、本当なら時間を掛けて行きたいけどさぁ…死んでくれる?」

 

「カッハァッ!!」

 

笑顔で言い切った少年と李招功を阻むように、軍服を来た男が残っていた僅かな窓ガラスを割って跳び込んで来た。

 

 

 

 

 

 

Side out

 

時は少し戻る。

 

その時、とある会場ではテロリストによるとある要求が届けられていた。会場から外を見るとポツリ灯る明かりとか細い煙の糸が空に昇っているのが見えた。

 

脅しではない。

 

会場にいる誰もがそう思った。娘は? 息子は? 妻は? 家族は無事だろうか? 死んでいないだろうか?

 

こう思った者達には申し訳ないが、少なくない犠牲が出て居るだろう。

 

虎狼と呼ばれる男は、ピクリと眉を動かした。ソレもそうだろう、たかがテロリスト如きに自分が鍛え選別した兵士がやられたと言う事に成るからだ。

 

信じたくないが事実である。自分が鍛えた者が負けた。其処に強者が居る。ブッチャケて言えば松笠の虎狼にはそれだけで十分だった。己の武力を行使するには充分の理由だった。

 

(ほぉ、久方ぶりの強者か…血が騒ぐ!!)

 

その場にいた部下に一言良い。窓から全速で飛び出る。そのまま、目的地に一直線に走る。ビルの壁にクモの巣状の後を付けながら駆けあがりその場に跳び込んだ。

 

橘幾蔵はその場に現れた瞬間に二人の敵を同時に相手にしようと膨大な氣を放つ。

 

「カッハァッ!!」

 

男と少年は吹き飛ばされまいと踏ん張るも、耐えきれずに吹き飛ばされた。その後の二人の選択は真逆のモノだった。

 

逃走と様子見である。前者は男。後者は少年。

 

幾蔵は逃走しようとする男を最初のターゲットにしたが、直ぐに思い直し少年の方を向いた。

 

少年の取った行動は一つ、構えず、逃げず、引かずに呪いの言葉を吐きだした。

 

「削げろ削げろ肉の檻!! お前は絶望の中で老いて逝け!!」

 

その言葉に逃げ始めて居た男がビクリと奇妙に跳ね、転がるようにして窓から落ちた。

 

(言魂…見た事もない様なレベルの技量…楽しく成ってきたぁ!!)

 

「構えろ小僧!!」

 

武人としての言葉を放つ。

 

が、そんな事は少年…川神百夜にはどうでも良い事である。故に、帰って来たのは罵倒だった。

 

「何が構えろだおっさん!! 空気読めねぇの?! ねぇ? 馬鹿なの? 阿呆なの? ねぇ、何で邪魔してくれてんの? 殺せ無いだろうが!! 俺の…俺の将来奪ったカスを殺せねぇだろ!! お前が変わりに死ぬかぁぁぁ?!」

 

完全にトンでる百夜に対して、幾蔵には失望しかなかった。どっちも自分勝手が過ぎる。

 

此処で一言言っておかなければならない事が在る。

 

馬鹿(アギ)=百夜ではなく、馬鹿(アギ)≠百夜である。と言う事だ。

 

前者ならまだ、理性的だった。後者故に感情的なのだ。

 

コンプレックスがある。自身が何者で在るかも良く解らない。己の根源が解らない。厨二臭い悩みだが、意外な事に己が誰であるか解らないと言うのは致命的なモノなのだ。

 

そんな物を抱えた人間は成長が難しい。成長したのかと思えばソレはただ枯れただけであったり、諦めただけであったりと地に足が付かない、周りに関心が無い。気力が無い、湧かないといった事を引き起こす。

 

つまり、子供の儘か動く屍か老人なのだ。

 

そして、川神百夜は餓鬼でしかない。未熟な未熟な子供だ。ドレダケ知識が有っても唯の頭でっかち。怠惰を気どってもただのモノマネ。中身の無い軽い軽い子供でしかない。

 

ただ、其処に根ざした本能だけは本物だ。血に影響されたのか? 日頃から感じるモノに影響されたのか?

 

ドン

 

と音を立てて瓦礫が吹き飛び、小さな拳が幾蔵の拳に収まった。

 

「…基礎修練は出来て居るか」

 

「アァァァァァ!!」

 

奇声を上げて拳を振るう百夜の拳と蹴りを受け止め逸らしながら幾蔵は感じる。惜しい、実に惜しいと

 

(僅かな理性。己に負けぬ強固な精神が有れば…)

 

「カッ!!」

 

「オボェ?!」

 

もっと楽しめる。

 

百夜の腹に幾蔵の剛拳が突き刺さる。加減はして在るが内臓を確実に痛めた。自分の娘よりも年下であろう子供が自分に向かって来た。更に…

 

「フン、掠ったか…」

 

既に治癒しているが自分の頬を軽く撫でながら呟いた。この身に傷を付ける事が出来る武人が世界にドレだけいるかを考えると、実に先が楽しみに成った。

 

ソレが油断だったのだろう。

 

過過過過過(カカカカカ)()ッ!!」

 

聞く者が居れば既に狂っいてるとその声を聞けば思うだろう。この言葉に意味が在る等思いもしないだろう。

ただ感情が込められている事だけは解るだろう。

 

既に川神百夜は感情で動いてる。八つ当たり、そんな事は承知の上で行っている。子供の癇癪でしかない。そんな事は理解している。知っているから今、発散している。

 

感情の儘に拳を振るう。

 

言葉の意味は直ぐに幾蔵が体感した。体が重い。腕を動かすのに、拳を作るのに倍以上の体力を消耗する。ピシリと床に罅が入った。

 

突出された小さな拳に己の拳を合わせる。

 

本来なら百夜が吹き飛ぶ筈だった。だが、動かない。そのまま止まる。

 

「ぬ?! カァァァァァッ!!」

 

本来の半分以下の動きしか出来ないが、十分に人を超えた乱撃を行う幾蔵。その拳に己の拳を当てながらも捌き切れずに被弾し、吹き飛ばされ、追い打ちされ回復しながらボコボコにされる百夜。

 

どんな虐待だ。と、あずみは思った。

 

(化け物かよ…)

 

そう思う。だが、今はそんな事よりも重傷の若き王を病院に運ぶ事が最重要だった。その為にはあの二人を何とかしなければならない。

 

其処で気づく。

 

ポンポンとピンボールの様に殴り飛ばされる百夜が、まだ一度も此方に殴り飛ばされた事はない。

 

(おい…マジか?)

 

横殴りの拳をまともに受けた少年が吹き飛ぶも、直ぐに床に激突してクモの巣状の罅を刻む。そのまま半円を描く様に転がり直ぐに跳びかかる。

 

蹴り落とされる。踏みにじられる。蹴りあげられる。殴り落とされる。膝で受け止められる。衝撃で浮かび上がった体に頭を落とされる。

 

(護ってるのか…? この状況で? そんな状態で?)

 

血が熱を持って駆け巡る。心が叫び上げる。

 

情けない。

 

情けない。

 

情けない。

 

冷静な部分が逃げろと叫ぶ。自分が仕えたいと思った少年を連れて逃げ出せと叫ぶ。

 

情けない。

 

情けない。

 

情けない。

 

一言言えば良いのだ。その男はパーティー参加者の誰かが雇った護衛だと。

 

情けない。

 

情けない。

 

情けない。

 

委縮した喉が声を出す事を拒否している。最初に浴びたおぞましい狂氣に当てられたのだ。

 

(情けない!!)

 

蟻が巨象に立ち向かう姿は滑稽だ。相手にされないのだから、気づいてさえ貰えないのだから。ソレ位の差が有ればきっぱりと見捨てられた。怨まれるだろうが出来た。今までもそうだった。コレからもこの少年の為ならそう在れると思った。

 

だが、コレは闘争だ。戦闘だ。戦いだ。弱者が護る為に強者に嬲られ続ける敗戦だ。負け戦だ。

 

込み上げる。込み上がってくる。湧いてくる。湧きあがってくる。張ってくる。

 

体験した。敗戦濃厚の民族戦争。横槍を入れて雇わせて勝利を掴んだ。

 

経験した。戦争に負けるからこそ少しでも長く時間を稼ごうとする兵士・戦士達の強さを。

 

胸を打つモノが在った。心に響く悲壮が在った。魂を揺さぶる誇りが在った。

 

(あぁ…そうか。ソレか…ソレが落したモノか)

 

この王たる少年を連れて逃げ、仕えればソレは手に入るだろう。だが…それを、胸を張って声高々に言えるだろうか?

 

(無理だね…アタシには無理だ。)

 

だから、この場で王の友人も助けて堂々と凱旋しよう。そうすれば、アタシは…私は胸を張って、声高々に言える。誇れる!!

 

「ぁ!!……そ…う…っ!!」

 

右手に持ったクナイを逆手持ちに変え、腿に刺す。

 

ヒュゥーっと掠れる様に息を吸い込み吐きだす。ソレが出来ればこの空虚から抜け出せる。

 

「双方待った!! 餓鬼!! そのおっさんは味方だ!! 虎狼!! その餓鬼は被害者だ!! 馬鹿やってないで人命救助しろぉぉぉ!!」

 

叫び終われば蹂躙は終わり、少年は少なくない血だまりの中に倒れ虎狼は信じられないモノを見たと言う表情で己の拳を見つめた。

 

其処からは速かった、少年達は直ぐに九鬼の医療チームに手当てされ専用機で日本へと運ばれた。

 

そして、私は九鬼のメイドとしての教育を受ける事に成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

橘幾蔵は己が所有する戦艦の甲板で己の拳を見つめていた。

 

感触が残っている。確実に意識を刈り取った感触が何十何百と残っている。なのに…あの少年は回復し続けた。

 

瞬間回復の弱点は使用者の意識が無ければ発動できないと言う所だ、他にも膨大な氣の量や無意識でも良いが己の体の事を良く知らなければならない。

 

自分の娘より幼い少年がそのスキルを使える。才能に恵まれたのだろう。環境にも恵まれたのだろう。血筋にも恵まれたのだろう。そう言った事も在る。理解できる。

 

だが…

 

「無意識…意識が無い状態での発動は出来ない筈。それにあの氣の量」

 

まるで、ダムが決壊した様な…周りから無理やりかき集めた様な…

 

「調べて……否、成長すれば血が求めるか。あの中の獣…正に飢狼よ。クッハッハッハッ!!」

 

「トト様~ご飯出来たよ~」

 

「うむ。直ぐに行く!!」

 

 

 

 

縁は奇な物。彼等は再び出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十八話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も無い思考だけの空間。

 

此処には思い出と記憶以外何も無い。

 

最後の思い出は巨漢の拳、その少し前に壊れる夢が在った。

 

記憶の最初は死の瞬間で生まれた瞬間でも在った。

 

その二つを足したよりも長い記録が在る。

 

(俺は何なんだろう)

 

アギ・スプリングフィールドから生まれた何か?

 

本当にそうか?

 

川神百夜?

 

本当にそうか?

 

何で真似をした?

 

そういう生き方を知っていたから

 

何で生き方を探そうと思わなかった?

 

別に、そうまでして生き方を探さなくても左団扇で暮らせる力を持っていたから

 

じゃあ、何で夢なんて持った?

 

…楽しそうだったから

 

 

 

 

 

 

 

理解する。所詮その程度のモノだったのだ。俺と言う生物は。

 

ソレ位しか思えなかったのだ。友達と言うモノに

 

何で涙が流れたのだろうか? 悲しかったから?

 

(くだらねぇ)

 

単純だ。単純な理由だ。俺のやった事を理解できなかったから、呑み込めなかったから、遣り易く無かったから。

 

(餓鬼だなぁ)

 

下らない。本当に下らないと思う。護る事が出来た、でもしなかった。気づいた時にはもう手遅れで、なにもかも持って行かれた。

 

(はっ…ハハ、ハハハハッ!!)

 

所詮、俺なんて人間はこんなモノだった。屑なのだろうか? 下衆なのだろうか? まぁ、どっちでも良いか。

もうねぇ、ヤル気もなんも出ねぇ。疲れた。なんか物凄く萎えた。

 

そろそろ起きよう。そう思えば直ぐに目を開けられた。

 

体に異常は無し。逆に色々と張っている。なんか息子も起っきしてる。

 

「…はぁ。帰ろ。」

 

体に刺さっている点滴の針を抜いて、今日の日付を確認する。どうやら一日は過ぎている様だ。見覚えのある部屋は九鬼の家の客室だ。窓からこっそりと行こう。

 

(あぁ~…言い訳は…野球出来ないアイツをキーワードにして置こう。それで良いや。アイツの家が切るだろうしねぇ)

 

ひょいっと窓から飛び降りて、駆け足忍び足でも「何処に行く小僧」…oh

 

「いやいや、お家に帰ろうかと」

 

「逃げるか?」

 

ズボシ。いや、はい。その通りですが何か?

 

「yes!!」

 

「そうか」

 

止める気は無いって事ね。この辺の見切りと言うか切るか切らないかの判断は即決で良いね。この人。

 

「んじゃま、お世話に成りました。」

 

「…詰らんな、川神の孫。」

 

「いや~すみません。どーも血は繋がってても中身は似無いようでして。それじゃ、失礼しましたー」

 

さくっと帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怒りも悔しがりも悲しみもせんか…つくづく似て無い。いっそ憐れだ。本気に成れない人間と言うモノは」

 

振り返れば、とうに姿は見えず。川神百夜は消えて居た。その事にどうしようもなく憐れみが湧く。

 

あの小僧は、川神百夜はコレから先も本気に成れず仮初の幸せを集めては惰性で生きて行くのだろう。

 

川神鉄心と言う男がどうするか次第だが…それでも、川神百夜が奮起する事は無いだろうと考えている部分が在る。

 

中に在るモノは極上の一級品だ、その肉体も正に一級品。

 

だが、その性根は平凡と非凡の間を行ったり来たりでブレている。

 

「…英雄には酷な事だろうがな。今のアレと長く付き合っていても勝手にアレが離れて行くだろう。ドレだけの王気を身に付けようとな。だからお前は何もするな。アレが腐ったら腐ったで良し。腐らなくとも良しだ。」

 

門の影から一人の少女が静かに外を見つめて居た。

 

 

 

九鬼英雄が目を覚ましたのはそれから一時間後の事だった。

 

最初に目にしたのは見知った天井。ピッピッと規則正しい機械音が耳に障るが、ソレも生きている証なのだろうと思い込むことにした。

 

上半身を起こすと眩暈がした。直ぐに九鬼の従事隊が部屋に入って来た。体の具合や身体の違和感等を聞いてくる。

 

ソレに素直に答える。ガチガチに固められた左腕が気に成る。だが、それよりも気に成る事が在った。その事を口に使用とした瞬間、覚えの在る顔が在った。

 

見るからに着慣れて居ない従事服に身を包んだあずみだ。表面上は着こなしている様に見えるが若干他の従事達と比べて違和感が在る。

 

それも、長年見慣れていなければ分からない様なモノだが…其処で思考を打ち切り言葉を出す。

 

「あずみよ。百夜は!!」

 

大きな声を出した所為か、意識がぐらついた。

 

「はっ、川神百夜様は一時間ほど前に目を覚まされ帰宅されました。」

 

その言葉に流石は我が強敵、と思い心底安心した。

 

「そうか、無事か。」

 

「はい。」

 

嬉しそうに頬を緩める英雄に安堵の笑みを浮かべるあずみを含めた従事隊。そんな姿を見て居たヒュームは何も言わずに誰からも気づかれる事無く部屋から立ち去る。

 

向かうのは、今の自分がまかされている九鬼の血を引く末姫の所だった。何を感じ何を考えているのかは分からない。

 

ただ、その顔が一瞬だけ歪められたのは確かだった。

 

葵冬馬と井上準が九鬼邸に到着したのはそれから三時間後の事だった。

 

二人は従事の者に連れられて英雄に合う。二人は絶句した。当たり前だろう。ガチガチに固められた利き腕を見れば野球少年である英雄を知る人間ならばドキリとするだろう。

 

「フハハハハハハハ!! 良く来たな!! 褒めて遣わす!!」

 

「フフ、テロに巻き込まれたと聞いたので心配しましたよ? 英雄君」

 

「お前はブレねぇのな」

 

呵々大笑で迎える英雄に二人はそう返すも、小声で確認する。

 

(なぁ、若)

 

(えぇ、準。空元気というヤツでしょうね)

 

小雪と言う少女を背負う様に成って数日。たった数日だが二人はそういう機微に聡くなっていた。

 

それもそうだろう。今でも小雪には少々おっかなびっくりで関わっている所が在るのだ、まぁそれも準だけなのだが。

 

「英雄君に心配はいらないでしょう?」

 

「それもそうだな。で、百夜の奴は無事なのか? いや、無事なんだろうけど」

 

「然り!! 我より先に目覚め帰ったぞ!!」

 

その言葉に二人はおや? と思った。

 

百夜が帰った? 友人の顔も見ずに?

 

「あぁ、やっぱり無事なんですね」

 

「若、俺は今この時に日本が沈没してもアイツだけは生き残ってるって自信が在るんだが」

 

「我が強敵だからな!!」

 

二人は英雄の台詞に茫然としながらも眩しいとも思った。

 

ひたすら信じて居るのだ。川神百夜と言う人間の事を、裏切る事の無い存在と認識しているのだ。分かりあえると信じて居るのだ。

 

その事に眩しさを覚えてしまう。同時に何て傲慢なんだとも思う。

 

だが、ソレは開いても同じではないのだろうか? 確かに川神百夜にも傲慢な所が在る。全てを知っている様な理解している様な態度や発現もする。

 

自分が正しいと言わんばかりの態度の事だってある。在った。

 

二人の似て居て違う所はその眩しさだろう。

 

九鬼英雄は正に太陽の様な眩しさと正々堂々と正道を進む生き方から来るモノ。

 

川神百夜は淡く光り、ドス黒く渦巻く様な夜や月明かりの様な眩しさと、自己保身が一番最初にきて、正々堂々と汚い事をバレないようにする曲がりくねった生き方から来るモノ。いや、無軌道な生き方からくるモノ。

 

何でこいつ等友達なんだろう? と思ってしまう様な二人だがお互いがお互いを良い具合に補助し合って居たのだろうと結論付ける。

 

そんな事を考えている内に二人は自宅に戻っていた。携帯で連絡を取り合い。明日、川神道場に行く事を決める。

 

そこで…取りあえず仲直りしようと話す。

 

 

 

 

 

 

そんな話が進んでいるとも知らず、川神百夜普通に家に帰り自室に引きこもっていた。

 

帰って来たタイミングが良かったのか、姉や他の師範代達は合同で山へ修行に行っている。すると、大きな道場に居る人間は少ない数に成ってしまっていた。

 

川神鉄心は今回の修行には参加せず道場でチビッ子達を指導していた。

 

釈迦堂形部も今回の修行には参加せず、定食屋のバイトに行っていた。

 

本家とも言える部屋で唯一人、川神百夜はダレている。

 

何も考えたくないし、何もしたくない。もうどうでも良い。

 

完全な無気力状態だった。

 

そんな時だった。年若い、まだ少女の大声が響き渡ったのは。

 

「頼もう!!」

 

その声に反応したのは道場でチビッ子達の指導をしていた鉄心だった。

 

元気の良い子だと感心しながら道場を後にする。

 

そろそろ昼に成ると言う時間帯、チビッ子達の指導もそろそろ終わる時間だったと言うのも有った。

 

「少し早いが、今日はコレで終いじゃ。皆、夏の暑さに負けることなく過ごす事!! 良いな!!」

 

鉄心の声に元気の良い肯定の返答が響き、皆が一礼し柔軟を始める。その姿を見て一度頷くと、少女の元へと向かった。

 

最初に感じたのは懐かしさ、その少女の動きに知り合いの動きを見た。目を細める。

 

肩ほどまで伸ばした髪に真中分け、額に×傷の快活な雰囲気の少女。

 

(…九鬼の家の者か……ヒュームの弟子。否、教え子と言った方が良いかの? と言う事は百夜の友達…英雄君の姉か。)

 

「どうしたんじゃ? 百夜なら家の方に居るぞい?」

 

「うむ。川神百夜に我、直々に話が在って参った!! 呼んで貰えないだろうか!!」

 

その言葉に、後ろを振り向き言う。

 

「じゃ、そうじゃが? お茶位出した方が良いかのぉ? 百夜よ。」

 

「パス」

 

「おぉ!! 其処に居たか百夜!!」

 

ハイテンションな少女の言葉に百夜は盛大に溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十九話

釈迦堂さんはカッコイイんだよ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも、百夜です。ハイテンションお姉さんの襲来。どうしろと?

 

「家に上がるかね?」

 

「いらん、いらん。其処の木陰で話すから、階段も立派な腰かけだよ。茶は居らねぇ」

 

「うむ。我はそれでも構わん!!」

 

だから、テンション高いってアンタ。

 

そんな事を思いながら移動。いやぁ、夏の太陽ってのは病気に成りそうな位に忌々しいね。

 

「さて…と言わずとも、アレでしょ? 英雄についてで良いの?」

 

「その通りだ」

 

話を要約するとこう。

 

何故、英雄から離れる?

 

英雄と何か在ったのか?

 

と、言う事らしい。

 

どうしたもんかと思うも、答えは簡単。在ったけど無かった。多分そうだと思う。

だってさぁ、アレよ? その程度の関係だったのよ結局。最終的にはだけど。

 

 

「ん~…飽きた? 違うな。萎えた。コレも違うか……何だろう?」

 

「分からぬか?」

 

何かしたり顔で言われた。自分は知ってますよぉって顔。ドヤ顔見たいなやつ。

 

「分からないねぇ。何だろうか…まぁ、離れたいと思ったから離れたんだよ。っーか何でソレを聞きに来たの?」

 

友情と言うか、友達関係ってその程度で繋がるし、切れるもんじゃない?

 

「……分からぬのか? 本当に分からぬのか?」

 

「うん」

 

ガチで分からん。

 

「貴様は逃げて居るのだ、自分から、英雄から」

 

…何言ってんの?

 

「貴様は眩しいから英雄から目を逸らしたのだ。己から目を逸らしているのだ!!」

 

「いや、意味が分かりません」

 

「何故考えぬのだ!!」

 

分からないから。

 

「何故諦めるのだ!!」

 

メンドイから

 

「何故立ち上がろうとしないのだ!!」

 

キツイから

 

「そのままでは何も進まぬぞ!!」

 

まぁ、現状特に不満と言うかこうなりたい・したいって事無いからねぇ

 

「英雄は!! 貴様を友と信じて居るのだ!!」

 

…人それぞれだぁねぇ

 

「ん~…ソレで終わり? 終わりなら戻るけど?」

 

「っ貴様!!」

 

握りこまれた拳が振り上げられる。当たったら痛いので避ける。

 

「いやいや、暴力は駄目よ。痛いから、すっごく痛いから。百夜さんは散々殴られた後だから」

 

いや、もうほんと殴られました。ボコボコにされましたよ? 瞬間回復が無かったら確実に死んじゃってるからね?

 

「そうやってふざけて、フラフラとして!! 何故其処までして逃げる!!」

 

「いや、何でアンタはそう俺の事を一から知っているみたいな事言うのさ?」

 

ストーカー?

 

「我が以前貴様の事を知ろうとしたからだ!!」

 

「いや、個人情報と言うモノが」

 

「知った事かぁ!!」

 

ブンと風を巻き込んで振り下ろされる拳。いや、避けてますよ? でもね、この人姉さんぐらいに強いよ? 今の時点で。

 

その内避けられなく成ってきそうです。早めに帰って貰わないと!!

 

「このままでは腐れるぞ!! 一生立てなく成るぞ!! 男として生まれたのならば立ち上がる気概を見せて見よ!!」

 

「腐れて結構。腰抜けでOK。それで良いじゃない。その内、アイツもソレで納得するって。大体アンタの言う事は強者の理屈だぁね。弱っちぃ人間には出来ない生き方なの。自分の物差しで測ったらいかんよ?」

 

生まれからして違うんだから。

 

その後も、なんだか殴りかかられ続けたけど何とか被弾0。やっと諦めてくれたのか

 

「今日はコレで帰る」

 

と、言って帰って行きました。

 

あ~しんどい。

 

「百夜よ。ちょっとワシと話をしようか?」

 

「夕飯終わってからで良い? 昼もまだだし」

 

いざと成ったら形部のおっちゃん盾にして逃げる。

 

 

Side out

 

Side 鉄心

 

 

何ともまぁ…嫌な予感と言うモノは当たるモノじゃなぁと、ワシは思う。

 

まさか、百代よりも先に百夜の方に来るとはのぉ。

 

悪いとは思いつつも、話を盗み聞きしていて正解じゃった。

 

運が良い事にワシは孫に恵まれた。両方とも類稀なる才能を持って生れて来た。

 

姉の百代は正しく鬼神・武神の生まれ変わりの様な『武』の天才じゃ。

 

弟の百夜も同じく申し子。教えても居ないのに氣を操る才気、生まれた瞬間に己の氣を隠し封印した本能。此方も正しく天才じゃ。

 

じゃが、故にこそ悪い部分もある。肉体がどれだけ優れて居たとしても、技術がどれ程優れて居ても、心が歪んで居ればそれはただの害悪でしかない。

 

そう、自身も周りも巻き込んでしまう害悪でしかない。

 

「ふぅ、老骨に堪えるわい」

 

素麺を啜る。

 

夏の暑い時期にはコレが一番じゃ…飽きるがの

 

「何処で捻じくれたのか…いや、最初から捻じれていたのか…」

 

人生儘ならぬモノよ。そう考えれば百夜は不幸な子なのかも知れぬ。痛みを嫌い、苦しむ事を嫌い、辛い事を嫌う。

 

人間ならば皆そうじゃ。特殊な人間以外はの。目標が無いのは知っていた。ワシに強請る学術書はバラバラで、その時に興味を持った物。

 

子供らしいモノに夢中になった姿も見た事が無い。ゲームもするが退屈を紛らわす程度のモノなのじゃろう。読書も同じ、テレビアニメも同じ。

 

人生と言うモノに厚みが無い。ソレに口出しをすればアレはますます頑固に成ってしまうじゃろうし、家族中が悪く成るのも嫌じゃしのぉ。

 

まぁ、一番の問題は

 

「踏み出す勇気が足りない」

 

口に出してみればその程度。だが、実際にやってみればどれ程の苦行か。経験が在るからこそ、その難しさも知っている。出来ずに去っていった者達も知っている。

 

その事に文句も何も無い。ワシは踏み出せた、他の皆は踏み出せなかった。

 

それだけの違いでしかない。

 

「心を揺り動かす一手…ソレが必要じゃな」

 

さてと、一つこの老骨に鞭を打つかのぉ。

 

食べ終えた素麺の器を流しに持っていき、受話器を持つ。

 

 

 

 

 

Sideout

 

家から出て定食屋に向かう。何時もの所では無く、知り合いがバイトをしている梅屋。そこの扉を開くと

 

「ヘイ、ラッシャーイ!! って百夜か」

 

「いやいや、お客様ですよ俺?」

 

あんた、絶対に客商売向いてない。

 

「で、何時もの所じゃ無くて此処に来ったって事は…何か在ったのか?」

 

「ん。かなりメンドイ。豚丼特盛り玉つきねぇ」

 

「へいへい。豚特玉付き一丁!! で、なにが在ったんだ? こっちに帰ってくるのも随分と早い様な気もするんだが?」

 

取りあえず。色々とはしょって話す。食事処でする話じゃないしねぇ。

 

「爺に目ぇ付けられてOHANASI 決定。」

 

「…じゃぁな百夜。今日のは俺の奢りしてやる。化けて出るなよ?」

 

「酷く無い?! 死なないよ? 百夜さんまだ死にたくありませんよ!!」

 

「いや、アレだ。俺も戦うのは好きだがよ…負ける戦いは嫌いだっーの。」

 

畜生!! 店員こんななのに豚丼がマジ美味い

 

「まぁ、アレだ。本当に危なく成ったら逃がすぐらいはしてやるよ。」

 

「あら? 意外な反応。どったの? そろそろ出て行こうとか考えてる?」

 

止めてよね。姉さんの相手は誰がするのさ。

 

「…いや、そんな訳ねぇだろ。おじさん定職も持ってないのに」

 

「それでも、どっこい生きていける人間て凄いねぇ」

 

まぁ、この人の事だから裏の仕事とか傭兵とかSPでも何でもできるし…アレ? 逆にその方が生きやすいんじゃないのこの人?

 

「御馳走さん。本当に危なく成ったらお願いします」

 

「おう。おじさん嘘つかない」

 

「うさんくせー!! もう、頼まねぇよ!!」

 

笑いながら言って店を出る。やっぱあの人良い人だなぁ。

 

 

 

時計を見るとまだ一時。どうすっかね? あっ、自称風の所にでも居くか

 

ちょっと早足で移動して、何時もの場所へ。遠くから騒がしい声が聞こえて居るので居る事は確定。久しぶりにケイドロとかしてぇ。

 

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

その夜。川神院に二人の『武』が訪れた。

 

問答は既に始まっており、大気を揺るがす様な威圧感が道場から噴き出していた。

 

「ほぉ、実の孫相手に本気の様だな川神」

 

「ふぅむ。コレは一つ気合いを入れなければならない様だのぉ」

 

序列第0位、九鬼家最強の剣にして嘗て川神鉄心のライバルで在ったヒューム・ヘルシング。

 

生まれるのが遅すぎた竜、橘平蔵。

 

「ぬん!!」

 

「ぬぅぅん!!」

 

不可視の壁が川神院全体を包む。ソレが合図だった。

 

道場の門が打ち破られ、幼い体が地面に罅を残しながら数度跳ねる。

 

ゆっくりと、破れた門から姿を見せた老人は研ぎ澄まされた日本刀の様な声色で言う。

 

「ワシは今宵鬼と成ろう。お主がその重たい尻を上げるのなら、這い蹲るなら、幾らでも血の涙を飲もう。」

 

その言葉に返ってくる言葉は、何の芯も無く、厚みの無い言葉。

 

「ふざけんな、DVだろそれ。」

 

やってらんねぇ

 

そんな抜けた声が響いた。

 

結界を張ったもう一人の人間は、立つ位置が悪かったのか冷や汗を掻きながらも内で叫ぶ本音を抑え込みながらどうするか悩んでいた。

 

(いやいやいや、ジジイ一人でもムリゲーなのにヘルシングと橘って…おじさん早っまたか? なぁ、百夜よぉ。お前さん一体何しでかしたんだ?)

 

 

釈迦堂形部の中に在る闘争心と好奇心が鎌首を擡げた。

 

 

 

時を戻す。川神家の夕食は三人だけの味気ないモノだった。時期は夏、送られてくる素麺、終わらない白い食卓。

 

夏特有の地獄が続いていた。

 

「…今日も素麺」

 

「明日も素麺」

 

「………仕方がないじゃろう。どんどん送られてくるんじゃから」

 

「多分、きっと来週の今頃も!!」

 

「止めて!! おじさん深夜バイトに行くのも辛く成る!! 今日は無いけど!!」

 

まぁ、何時も通り騒がしいのは変わりないのだが…

 

そんな地獄の様な夕食を終える。勿論、昼に言った通りに道場で話が在るので鉄心は先に道場に向かった。その事に気が重く成るのは川神百夜一人だけだ。

 

「まぁ、そんなに重く考える事も無いんじゃねぇーの? ジジイも別に取って食おうって訳じゃねぇだろうし」

 

「いや、ね。それならソレでまだ違う対応が有るんだけどもさぁ…」

 

いらない善意ってーのは本当にどうしようも無いから嫌なんだよねぇ。

 

言葉には出さずにそんな事を思う。

 

百夜の頭の中で恐らくお説教だろうとコレから起こる事に検討を付ける。其処に肉体的なとも付け加える。

 

唯でさえ萎えて居る時にコレはキツイ。昼間河原で遊びまくった事で適度にリフレッシュ出来たのに、とタメ息を吐く。

 

ギシギシと歩みを進める度に成る音が余計に心を重くさせる。

 

そして、道場の扉を開けた時…

 

(あっ、今回ガチっぽい)

 

川神百夜はそんな事を思った。

 

 

どうも、百夜です。じい様に呼び出されました。来ました。お説教かと思っていましたが、それ以上に何か真剣(マジ)です。

 

何が在った…

 

「来たか。百夜よ、其処に座りなさい」

 

「胡坐?」

 

「まぁ、良いじゃろう」

 

取りあえず腰を下ろす。ハッキリ言って板張りに胡坐を掻くのも余り好きではない。日本人なら畳だべ。そのまま横に成って寝れるし。

 

「のぅ、百夜よ。今日のお嬢さんへの対応、お主はどう思っている?」

 

「紳士的だった!!」

 

暴力振るって無い!!

 

「渇!! 真面目に答えんか」

 

「ん~まぁ、話す気も無かったから結構酷いね。でも、ソレはあっちの都合だし。向こうからしたら俺の都合何だけども、どっちもどっちで良いんじゃね?」

 

俺がそう言うと一回頷く。

 

「まぁ、そう言うとは思っておったがのぉ…百夜よ、らしくないの」

 

「はぁ?」

 

何だか気に障る言い回しだなこのジジイ。

 

「普段のお主なら…そうじゃの。もっと極端だと思うんじゃが…中途半端過ぎやしないか?」

 

「そう? 結構駄目だと思うけど?」

 

あ~そう言う事ですか。そういう考えですか。

 

「いいや、中途半端じゃな。百夜よ。ワシはの、お主が逃げ続けるなら、逆に挑み続けるなら文句も何も無いし口出しもしようとは思わんのじゃよ。ぶっちゃけ言いたい事だらけじゃけども」

 

「いや、後半の本音隠そうよ。本人目の前にして」

 

やっべ~な。コレ拙い。

 

「今じゃから言うておるんじゃよ。のう、百夜。どっちかにせんか? 止まるならそれでも良い。其処には幸せが在る。勿論苦労と不幸も有る。立ちあがって進むのも良い。其処にも幸せと苦労に不幸が在る。」

 

「まぁ、生きてりゃ在るもんだしねぇ」

 

「そうじゃ。生きておれば喜怒哀楽苦辛幸が在るのが常じゃ。其処に命が在り生きて居るのならばのぉ」

 

はいはい、そうですねぇ。立ち止まっても死ぬわけじゃ無いものねぇ。

 

「じゃがのぉ、中途半端はいかん。直ぐに立ち上がれる癖して座り込み、寝転びもせずに居る。中途半端じゃ、どちらにも行かずに足踏みもせずに進もうとも立ち止まろうともせずにただそこに浸っている様に気どっているのはいかん。」

 

「人それぞれだぁねぇ…だって人間だもの」

 

「人それぞれか…良い言葉じゃよ。」

 

言い訳にも使えるからねぇ

 

「じゃがのぉ、それも人それぞれじゃよ。お主の薄っぺらい言葉では何の意味も無い」

 

「結構毛だらけ、猫灰だらけ」

 

「…のぅ、百夜よ。武術をやれとは言わんよワシはな。じゃが…真剣(マジ)に生きて見らんか? 中途半端では無く。逃げるなら逃げ続ければよい。捕まっても良いと思っていなければ。立ちあがって歩みを進めても良い。挫け、折れてしまってもソレも生きた結果じゃ。」

 

「何もしないのは駄目ってか?」

 

「その通りじゃ」

 

そりゃあ、難しいな。だって何もする気になんねぇし、考えるのも悩むのも疲れた。

 

答えなんて無い。それが答えなんじゃ無いだろうか?

 

気持ちを察する事は出来るさ、ソイツの正確な情報が有れば。でもねぇ、なーんもしたくないんだわ。

 

「無理」

 

「どうしてもか?」

 

「いや、無理なモノは無理。十年、二十年もすれば分かんないけどさぁ。そんな事より眠たい。」

 

疲れたし。

 

「…そうか」

 

「そうです。それじゃ、今日はもう寝る。おやす」

 

みの途中で肉が骨にめり込んだ。

 

殴られた。ソレは直ぐに分かった。ジジイが何をしたいかも理解出来た。だから言葉にしておく

 

「ふざけんな、DVだろそれ」

 

真剣に生きてみろ? ただ生きているだけでも儲けもんだってーの!!

 

(でもまぁ…此処でそうなるのも乙っちゃぁ乙か? カカ、詰まんねぇけども。)

 

まぁ、めんどくせぇなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

更に時を戻そう。川神鉄心がどこぞに電話を掛け終わって数十分程の事だ。

 

とある屋敷の庭の木陰ですやすやと寝息を立てる幼子を見守りながら、ヒューム・ヘルシングは待ち人を待っていた。嘗てのライバルで在った男。川神鉄心。

 

こうやって連絡を取るのも久しい…寧ろ初めてに近い。以前ならば、言葉ではなく拳を交わしていた。ソレが何時の間にか言葉を交わすように成っていた。

 

久しぶりに在ったのは…そう。川神百夜を見てからだ。その事を思い出し苛立ちが生まれる。

 

ヒュッと風が吹いた。待ち人が来た合図だ。

 

「久しいの、ヒュームよ。」

 

「フン。今更何の様だ? あの赤子にすら成れて無い餓鬼の事か?」

 

言葉強く成るのは仕方がないのかもしれない。僅かだが期待をしていたのは事実だ。

 

「まぁ、そうなるのぉ。家の孫…百夜と九鬼の御曹司は友人と聞いて居たのじゃが…その二人を繋いだのは誰か、ソレが聞きたいんじゃよ。」

 

繋いだと言う言葉に、ピクリと眉が動いた。

 

「…再び繋ぐ為に必要と言う事か? それならば」

 

「無理だと言いたいんじゃろ? まぁ、既にあしらわれてたからのぉ。じゃが、だからなのじゃよ。あの天邪鬼にはソレが必要じゃ。」

 

「……俺に喧嘩を売って居るのか? 川神?」

 

使うと言う事は、引っ張り出すと言う事だ。ソレは許容しかねる。使用人として…何より多感な時期である教え子を使うと言うのが気に入らない。

 

「何、ワシはお主がそう反応してくれるだけで結構じゃ。ふむ、どうかのぉ。放って置いても来るじゃろうしのぉ少なくとも三人は」

 

「…後手に回ったか」

 

奴等(本家の従者部隊)には再教育をせねばならんか。

 

既に手が回っており、自分が何かするよりも流れに乗って護る方が得策か…とヒュームは考える。他にも道は在るが、本人達に納得させる為にはソレが一番なのかもしれないとヒュームは思った。

 

頑固な二人だが、ハッキリと言われてしまえばそれで納得はするだろう。感情は納得出来なくとも…

 

その感情をどうにかするのも自分達の仕事である。とヒュームは思い、川神鉄心からの要求を飲んだ。

 

だが、一つ知りたい事が在った。故に口を開く。

 

「だがな、川神。肉親ならばこそ、どうにかしようと思い考え行動すると言うのは分かるが…あの餓鬼に其処までする価値は在るのか? アレはそのままでも何の問題でも無いぞ?」

 

「だからこそじゃよ。」

 

その返答にほぉっと言葉を返す。

 

「アレは幸福じゃが不幸なのじゃろう。その道を志すモノに取っては殺してでも欲しい才能と身体能力に未だ発掘されていない潜在能力。戦いに生きる者達ならば欲するじゃろうて、痛みを越えて辛さを堪えて、苦しみを味わって、命を噛みしめながら其処に向かうじゃろう。」

 

皆そうじゃった。ワシもお主もそうじゃろう?

 

その言葉に、そうだなと簡素に返す。

 

「じゃがの、あ奴はそんな事は望んどらん。偶々そんなモノを持って生まれた。生まれた場所が武を鍛える場所じゃった。周りが強要したが、結局の所あ奴は逃げ回った。当然じゃ、痛みを嫌わない生物が、辛さを味わいたくない人間が、苦しい思いをしたくない人が、な~んの目的も無くそんな事せんのは当たり前じゃろ?」

 

「アレは根本的にワシらとは違うんじゃよ。生きると言う事の意味を知らん。呼吸をし食事を行い排泄し寝る。ソレ位しか分かっとらんのじゃ。楽しむ事も知っては居るじゃろうが…アレは暴れ方を知らんのじゃよ。感情の未発達…と言えば良いか…まぁ、詰らんのじゃよ。」

 

じゃから、教えてやろうと思っての。

 

「暴れ方をか?」

 

笑いを噛み殺しながら言うヒュームに武神は答える。

 

「いーや。自分(・・)が生きていると言う事をじゃよ」

 

川神鉄心はそう良い、その場を後にした。

 

小さく笑うヒュームは「そうか、そうか…」漏らしながら自分が任された末姫の体にタオルケットをそっと掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時を進める。

 

ヒュームはその戦いといえない光景を見ながらただその才能の深さに驚かされた。

 

川神鉄心の拳が蹴りが小さな肉体を打つ。勿論手加減はしているがその手加減も殺さない様にしているだけの手加減だ。一発貰うだけで常人成らば膝を着いて胃液を吐き周り、涎や涙でぐちゃぐちゃに成った表情をする事だろう。

 

だが、川神百夜は平然と立っていた。

 

拳が迫れば引き、蹴りが来れば避ける。唯それだけ。それだけの事がどれ程難しいか。

 

拳が迫ればその前に体が勝手にその逆に押されて、蹴りで薙ぎ払われようともふわりと風にまかれる様に回避する。

 

まるで羽や埃の様だった。

 

これ程までに酷いとは思ってもみなかった。

 

川神百夜の表情は川神鉄心とは真逆でなにもかもを諦めた様な屍の方がまだマシな顔だった。

 

後ろに控えさせている九鬼揚羽が言う。

 

「アレ程の才気が在るのに…何故…」

 

「逆だ。あの様な事が出来るから諦めた…と言う事だろう。全く詰らん。話にすら成らん、川神め、まだ血縁の情に惑わされているのか?」

 

川神鉄心ならばあの程度は簡単に殴り倒す。ソレが出来て当然なのだ。武神と呼ばれる男にはその程度は造作もない。赤子の手を捻るよりも簡単なのだ。

 

そして、川神百夜が口にした言葉、行動が川神鉄心の心の枷を外す。

 

ソレは正しく鬼の如し、振るう拳は武の極み。放たれる蹴りは阿修羅さえ屠る。

 

一切の容赦なく川神百夜の胴に減り込む。正確に川神百夜の体を蹴り飛ばす。

 

だが、全ての攻撃の後に回復してしまえばソレの意味も無い。強すぎる痛みは情報が多すぎて痛みの前に熱を、痺れを感じさせその次に来る痛みが来る前に収まってしまう。

 

瞬間回復を会得している者に勝つにはその意識を飛ばさなくては成らない。

 

ソレを理解しているからあの手加減なのだろうが

 

「ぬるい」

 

「………」

 

後ろに控えている。九鬼揚羽が息を飲むのが伝わる。揚羽の目には川神百夜が一方的で圧倒的な暴力を振るわれる少年に映っているのかもしれない。

 

だが、それは違う。

 

(生ける屍か……人間はこうも堕落出来るモノなのか)

 

生きる気力は少なく。死ぬ様な自棄も無い。ただ己が苦しむのを嫌い、自分から何かをしようとは思わない。

 

コレは怠惰とも呼べない。怠惰にすら成れないそれ以下の何かだ。

 

「おいおいおい!! 電話が在ったから来てみたら何なんだよコレ!!」

 

「ど、どう言う事なのですかコレは!!」

 

「ふん、来たか。橘、その二人は任せる。此方も来たようだ。」

 

慌てふためく少年二人をヒューム・ヘルシングは興味なさげに橘平蔵に渡し、続いてやってくる者を迎えた。

 

「コレは…コレはどういう事だヒューム!! 何故我が強敵(とも)が肉親に一方的に嬲られている!!」

 

「度し難い。アレは既にお前の友では無い。唯の屍だ。己が目で見極めろ。アレはとうに死んでいる。」

 

「姉上!! 何故止めようとして下さらなかったのですか!!」

 

「我は…」

 

 

 

Side 揚羽

 

 

先日我が弟がテロに巻き込まれた。本家に送られて来た弟の利き腕はギプスに固められていた。その他にも出血が酷かったのも手伝ってか顔色は悪く。下手をすれば死んでいるのではないかとすら思ってしまえるような姿だった。

 

弟と一緒に送られて来た友人、川神百夜は血色も良く直ぐにでも起きそうな様子だったがその事に違和感を感じられたのは私だけではなく、ヒュームも同じだった様だ。

 

ヒュームは何処からか取り寄せたモノを確認しに席を外し、私は手持無沙汰になった。弟の顔に手を近づけ息をしているのを確認し要約安心できた。

 

その事に恥ずかしく思う。

 

この様な様で世に覇を唱える事など出来るものかと己に活を入れる為外にでた。体を動かそうと思ったのだ。

 

偶々だった。その場面を除いてしまった。

 

「…英雄には酷な事だろうがな。今のアレと長く付き合っていても勝手にアレが離れて行くだろう。ドレだけの王気を身に付けようとな。だからお前は何もするな。アレが腐ったら腐ったで良し。腐らなくとも良しだ。」

 

師であるヒュームにはバレて居た様だったがな。

 

腐るとはどういう事だ?

 

弟には酷とはどういう意味だ?

 

私は従者に一言告げて川神道場へと向かう事にした。

 

うむ、以前から調べて居て良かった!!

 

行き道で弟の意識が戻ったと連絡を受け一度戻ろうかとも考えたが、ソレは後からでも出来るのでそのまま道場の方へ向かう事した。

 

しかし、徒歩だとやはり遠いな!! 丁度良い散歩道だ!!

 

弟とその友人の会話は従者を通して此方にも届いている。

 

流石は我が弟!! 友人を信じているのだな!! しかし、弟から其処までの信用と信頼を受けている川神百夜…やはり、気に成る存在だ。あの時目を付けた我の目に狂いは無かったと言う事だ。

 

「合うのが楽しみに成って来た!!」

 

だが、実際に合ってみれば…以前で在った時とはまるで変わっていた。

 

何も無く成ってしまった様な、ただ其処に居るだけでしかない様な川神百夜に成っていた。以前在った時は芯が在ったのだ。それがどんなモノでも良い。だが、確かにソレが在った様に思える。

 

(…何が)

 

何が弟の友を、川神百夜を変えてしまったのだろうか?

 

また来るとは言ったが行って何をすれば良いのだろうか?

 

思いつかない。言葉ではダメだ、行動しなくては…だが、我が行動しても

 

(のらり、くらりと…そう言えば)

 

我は川神百夜の本気と言うモノを見た事が無い。本気を出したと言うことを聞いた事も無い。

 

「本気の姿…本気…そうか!! フハハハハハハハハハハ!! 思いついた、流石我よな!! アハハハハハハハ!!」

 

本気を見せてやれば良いのだ。少しでも良い、他者の心を揺り動かす程度で良い。それ程の本気を見せてやれば良いのだ。

 

「そうだな、先ずは英雄に…」

 

自分の考えを纏めながら家路に着き、自室に戻ってみれば師からの誘いだ。

 

我は思った。この方もまだ何かを期待していると。我はそう思った。だが、だが………これはただの暴力では無いのか?

 

打ちのめされる、傷一つ無い少年と無言で力を振るう武神。

 

何故だ? 何故こう成った? 何が原因だったのだ? 何故、我は動けないのだ?

 

何故、何故、何故…思考が巡る。そして、ふっと思い至った。肉親があの様な行為に至る経緯。恐らくその原因に成ったのは

 

(我だ…昼のアレが)

 

ならば何故…我があの場に居ない。

 

当事者である自分が何故あの場に居ない。何故、そのような結果に成るのだ? 何故時間を掛けない。何故だ、何故…

 

(あそこに我が居ない!!)

 

川神百夜を正しく打つ権利は我に在る。なのに、何故川神鉄心が拳を振るっている? それは駄目だ。己の事は己でしなくては成らない。我は九鬼。九鬼揚羽だ。

 

王たる九鬼の、我のする事だ!!

 

「…っ!! ハァァァァァァァァァ!!」

 

全身全霊、決死の一撃を…

 

我は振り絞って迫る拳を横から殴り飛ばした。

 

 

 

 

Side out

 

 

 

 

Side 川神百夜

 

 

 

押される。

 

巻き上げられる。

 

拳圧に蹴りに、体が押され、巻き上げられる。身を任せよう。考えるのは面倒だ。どうせ、死にはしない。死んだら死んだで何も感じる暇もないだろうし。

 

(めんどくせぇ)

 

何でこうも、するのだろうか?

 

何でこうもするのだろうか?

 

なんでこうもするのだろうか?

 

理解は出来る。まぁ、この人の血縁で孫で、生まれてから殆どをこの人の庇護の元に過ごしてきた。情が在るのは当たり前、期待もまぁ、されているさ。俺だって出来ればこの人に長生きして欲しいと思うし、姉ちゃんも幸せに生きて欲しい。

 

だから、何とかしようとか思う気持ちは理解できる。将来を健やかに過ごす為にアレコレしておけって言うのも分かるさ。

 

でも、放って置いてくれないかなぁ

 

アレだ、今の自分の状態はアレ。燃え尽き症候群って奴だ。な~んにも興味が持てない。何もする気が無いし、しようとも思わない。

 

何時か、ヤル気は出るさ。何かを見つけたら。そんで後悔して悔やむんだろうさ、何であの時ってな具合で。

 

それで良いじゃない?

 

それじゃダメなの?

 

そんな思いを言葉にしてみた。

 

「いやもう勘弁して下さい。疲れたんです。面倒臭いんです。時間を下さい。何時かは分からないけど決着は着けますから、もう休ませて下さい」

 

ダメでした。なんか余計本気に成りました。

 

(ははは…はぁ)

 

まぁ、こうなるのは分かってたけどもね~。殴られても痛くないのよ、痛すぎて。痛みを感じる前に治してるし、治っちゃうし。

 

いっその事回復無しにしちゃえばいいかなぁ何て思うんだけども、痛いじゃない?

 

それは嫌なんだよね。

 

(持久戦後に追放かなぁ? お弟子さんが居る福岡の方か…また別の伝手か)

 

どっちでも良いか。あっ、でも福岡の方が良いかなぁ。白身の魚が美味そうだし、ラーメンも食いたいし、中州も良いかなぁ…精通が来たらだけども。

 

拳にも蹴りにも目が慣れて、どう体に当たるのかも解る。下手に避けても痛みを感じるだけなので避けないけど、受け流しても絶対に痛いし痺れるもんこの威力。

 

つーかさぁ、何であいつ等呼ぶかねぇ。自然消滅を狙ってたんだけども。ていうか来ちゃダメでしょ? 冬馬も準も英雄もさぁ、何かお姉さんまで居るし。

 

(このジジイ本気でどっちか決めさせる気なのね。)

 

こう、宙ぶらりんでさ。自然に無くなるって言う方法を取ろうとしていたので結構痛いわぁ。仮に俺が冬馬達と友人続けるとしても今まで通りは無理。

 

だってさぁ、白子の事あいつ等に丸投げたし。英雄に至ってはこれからどう付き合えと?

 

財布?

 

仲直りしてはいお終いって訳にもいかないんだっつーの。

 

(自業自得なんだけどもねぇ…なーんであの白子に要らぬチョッカイ掛けたんだっけか?)

 

思い出してみると完全に自業自得だった。うわぁ、好奇心って怖いねぇ。それに付随して病院での一件も思い出してしまう。

 

(はぁ…そう言えばあの白子、どうしてるのかねぇ)

 

絶対に壊れてるのは確定だけど。まぁ、後は周り次第かなぁ。冬馬と準が傍に居るなら依存するだろうけど、本人は幸せにやって行けると思う。

 

ん~心配するべきは姉ちゃんか。瞬間回復とかはまだ覚えて無いみたいだから、今の内かな。修正するのは…何か言葉が違うなぁ。間違って無いけど。

 

(それにしても、今何時かねぇ。やっぱこのご時世だし殺す事は出来ないんだろうけど…力の封印とかぐらいでまから無いだろうか? この処置は)

 

そんな事を考えていると横槍が入った。

 

正直に言う。凄いと思った。純粋に驚いた。

 

だって武神の一撃を逸らしたんだ。こいつは化け物扱いされても仕方がないね。

 

横槍を入れた人物は俺の胸倉を掴んで鼻と鼻がくっつきそうなくらいの位置で怒鳴った。

 

「拳を握れ!! 歩みを進めよ!! それでも男か!!」

 

理不尽である。

 

「いや、唐突過ぎるし。っーか関係無いでしょ?」

 

「在る!! この発端、我と汝の昼の一件だ!! ソレが切欠だ!!」

 

あぁー…確かに

 

「そうかもだけど、何故に乱入? まさか、自分が発端なのにその現場ってかジジイの位置に自分が居ないのか? とでも思っての横槍?」

 

「正にその通り!!」

 

「我儘ってレベルじゃねーぞ?!」

 

ってジジイ!! 殴るモーションに入るなや!! 九鬼と川神で対立したらガチで洒落になんねーぞ!!

 

ガッ!! と肉と肉、骨と骨がぶつかる音がした。九鬼の姉ちゃん越しに見えるのはチョット汚れ気味のシャツにジーパンの後ろ姿。前から見たら不敵な笑みを浮かべて居るんだろうさ。で、内心は「やっべー、どうするよ俺?」とか冷や汗ダラダラ何だろうけど。

 

かっこいいねー。釈迦堂さん。

 

「どけ、釈迦堂。百夜には必要な事じゃ」

 

「いや~、俺もどきたいのはやまやま何ですがね? 其処のお嬢さんの保護者の方が凄い殺気で隣に居ずらくて。それに…」

 

短髪、三白眼の不良親父。嘗ては井の中の蛙。猿山の大将。誰も自分に勝てなくて、誰も自分を必要とはせず、故に縛られる事無く一人で生き、独りで闘いに明け暮れた男。

 

武神に降され、その教えを受けた元は無頼。

 

故に。見つけた、認めた、過ごした、世話した者への情は深い。

 

「ヤバい時は逃がすって約束してるんですわ。百夜に。まぁ、そう言う訳でして…久しぶりに、一手御教授願おうか!! 川神鉄心!!」

 

あっ、ヤバい。かなり嬉しい。

 

 

 

 



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二十話

 

 

 

 

 

 

 

釈迦堂刑部。川神院師範代にして戦闘狂としてそれなりに名の通っている男である。

 

この男は闘争を好み、そしてその闘争の果てに勝利する事を望む。最初から勝てない相手に戦いを挑む事は無い。腕試し程度の気持ちで川神鉄心に挑むのは彼の修行風景の一つである。

 

嘗て、暴れ者として有名な少年が居た。

 

周りに敵う相手等居らず。誰も助けようとはしない。

 

周りから期待される事無く諦められ、親からも見捨てられた。

 

捨てられた、諦められた少年は何を思ったか?

 

親を憎んだか? 周りを憎んだか? それとも悲しんだか?

 

否である。

 

ただ、そんなモノだろうとしか思わなかった。

 

人の町を外れちょっとした小島へ移っての生活。

 

時折、町に出てチンピラやヤクザ者を殴り金を儲ける。海で魚を取り、山で獣を狩り、野草等を採る。

 

独りの世界で自己完結してしまった少年は、特に理由もなく暴力を振るった。

 

喧嘩をする度、相手を殴り倒す度に思う事は詰らないと言う事。

 

ごく稀に現れる強者との戦い以外にはそんな事しか感じられなかった。世界はとても小さかったが広かった。

 

己の知らない拳や蹴りを繰り出すモノが徐々に自分の前に現れ始めた。

 

とても、楽しかった。自分より弱い相手が、何処かで修めた技を使い自分を追い詰める事すらある。そんな相手と拳を交わし、勝利を得る。

 

その達成感や充実感は女を抱くよりも気持ちが良いモノだった。

 

闘争。素晴らしい。何と素晴らしいモノなのだろう。

 

そんな中、ふらりと一人の老人が現れた。その時はこう思った

 

(何だ? 今更になって話し合いでもするのか?)

 

生まれた町の連中の誰か。そいつが来た位にしか気に留め無かった。だが、老人が口を開き発した言葉に失笑と苦笑を洩らし死にたがりが来たと思いなおした。

 

「お前さんかの? 最近暴れまくっとると言う小僧は?」

 

「ハハっ、じーさん。アンタ誰だ? アンタ見たいな老い耄れが来るようなとこじゃねーぞ?」

 

追い返そう。そう思った。詰らないと言う前にめんどくさい。殺しでもしたら刑務所送りだ。

 

(まぁ、それでも変わらねぇか。)

 

今の生活。さしたる強者も居らず唯食って寝て暴れる。ソレが刑務所の出の事に変わるだけだ。例え、ソレが原因で死刑に成ろうとも構わない。生きていて詰らないのならば、死んでしまえばそれで終わりだ。

 

「ハッハッハッ、老い耄れか。確かにワシは老い耄れじゃが…そんな老い耄れじゃから分かる事が在るもんじゃて。小僧、お前さん。詰らんのじゃろう?」

 

ソレは確実に図星だった。言葉が出ない、ただ身構えた。

 

何に? なぜに? 簡単だ老い耄れと言った人間から発せられる闘氣にだ。

 

「おいおい、じーさん何もんだよ」

 

「なーに、ただの武神じゃよ。うむうむ、資質は最高、才能も在るの。小僧、詰らん人生歩んどらんでその力を磨いて見らんか?」

 

冷や汗が止まらなかった。だが、心の底から歓喜が湧いて来た。

 

「なぁ爺さんよぉ。武神とか言ったか? アンタ俺より強いって言うなら行ってやるよ。さぁ!! やろうぜ!!」

 

「カッカッカッ!! 撥ねっ返りはソレで良い!! 世界の広さを教えてやろう!!」

 

決着は十秒も経たずに訪れた。

 

拳を握り、踏み込み、気を失った。それだけだ。

 

ドッドッドッドッ!!

 

刻まれる痛みと衝撃のリズムを聞きながら昔の事を思い出した刑部は、自分の口元が緩むのを我慢できずに居た。

 

(あ~あ、何をやってんだろうねぇ。俺は)

 

楽しい。

 

「川神流・富士砕き!!」

 

「渇ッッ!!」

 

蹴りがただの気合いで吹き飛ばされる。

 

「ハハッ、笑っちまう。全然歯がたたねぇ!!」

 

「当たり前じゃこの大馬鹿もん。ワシはお前の師じゃぞ?」

 

確かに。刑部はそう思った。だからこそ

 

「弟子ってのは師を乗り越えるもんさ」

 

「十年早いわ撥ねっ返り」

 

「それじゃぁ十年縮めようぜ!! ジジイ!!」

 

「阿呆。五年引き延ばしてやるわい。」

 

刑部は技を使わない。使えない。そんな溜めを見せてしまえば一撃で終わる。

 

武神が手加減しているからこの程度なのだ。

 

手加減されているから喰らいつけるのだ。今の自分では絶対に一撃も当てられない。ソレが武神・川神鉄心なのだ。

 

「それにしてもな、釈迦堂よ」

 

「なんだ」

 

無数の拳の弾幕を避けながら言う武神に刑部は汗を垂らしながら返す。

 

「ワシは意外にも思っておるんじゃよ。お主が百夜の為に手を出す事をの」

 

刑部自身も同じだ。教え子でもある百代成らば自分もそんな事は思わない。

 

「ハハッ、確かになぁ。なんで出て来たんだか…」

 

出会い、と言っても川神百夜が生まれる前から川神院に居た。食事も馳走に成って居る身であり幼い頃から視界にはずっと映っていた。

 

最初は…

 

(そうだ、珍しくルーの野郎とジジイと酒を飲んだ日か)

 

翌々思い返してみれば百夜の七五三だ。酔った自分達を眺めながら詰まらなそうに『外から氣を集めた』のを見た時からだ。

 

(ぞくぞくしたねぇ)

 

背筋が凍ったとも言って良い。あの頃でアレ。あの時はコレから武術を学び力を着けて行った…と、良く考えたモノだった。

 

(だが、違うな。もっと…そう)

 

近いと感じたのだ。

 

思いに耽ったからか、拳を受け流すのに失敗し一撃貰う。それだけで体力を半分以上もって行かれた。

 

「雑念が混じっておるぞ?」

 

武神の言葉に込み上げてくるモノを呑み込んで返す。

 

「へっ、生憎と何時も雑念だらけなんですわ。俺って」

 

(あぁ、今ので一番良い言葉が浮かんできた。)

 

似てるのだ。この川神院の中で一番自分に似ている人間が川神百夜なのだ。否、過去の暴れ者に成る前の自分に似ている。違う所は自分よりも賢い所だろう。

 

今の自分に後悔は無い。ただ、興味が在るのだ。

 

川神百夜がどうなるのかが…

 

自分と同じように闘争に明け暮れても良い。

 

それはソレで自分が楽しめる。

 

だが…

 

「なぁ、ジジイ。百夜がよぉ、野球してる姿って見た事在るか?」

 

「まぁ、道場と学校が忙しくてのぉ。お主が撮って来たビデオか九鬼の執事が渡してくれるビデオを見るぐらいじゃよ。」

 

「詰まらない顔してんだろ?」

 

「あぁ、本当にの」

 

このままでも良いと思ってる自分が居る。川神百夜は恐ろしい。本当に恐ろしいが何と言うか放っては置けないのだ。時々見てやらないとどうも気に成る。

 

「じゃぁよ。百夜が試合前に何してるか知ってるか?」

 

「試合の準備や準備体操じゃろ?」

 

違う。違うんだよ、ジジイ。

 

「違うねぇ。全く持って違う。戦ってるんだよ。人間じゃねえ、人じゃねえ。『運』って言うのと戦って準備してるんだ。一回見てみな、俺はゾクゾクした。」

 

「ほ~…何ともまぁ、要領の良い。嫌、可哀想なぐらいの才能じゃの」

 

全く持ってその通りだ。あれじゃ詰まらねぇ、練習も適当なんだろうと思ってたさ。

 

「でもよぉ、意外と真面目に練習してやがんだ。勝ったらマジで嬉しそうにしてんだよ。」

 

そう。勝つために全力何だよ。百夜はよぉ。審判まで攻撃対象にして精神攻撃までして、卑怯だの何だの言われても平然としてんだ。周り敵だらけにしても勝ちに行くんだよ。

 

そんな人間なんだよ。心配に成るわな、こんな俺でもよぉ。

 

「ジジイ、アンタは百夜に真剣(マジ)で生きて欲しいって言うがよ。良いじゃねぇか、別に。良いじゃねぇか、アイツは初めて負けたんだ。自分に負けたんだ。もうチョイ気長に見てやろうぜ」

 

俺はそんな事されなかった。直ぐに切り捨てられた。刑部は顔を思い出しそう思う。

 

気味悪そうに自分を見る両親にその他の奴等。

 

輪には入れない。だから強く成った。そしたら余計に輪から外れた。自業自得だと自分で分かってる。我を通し続けた結果だ。

 

川神院に入って少しは妥協する事を覚えた。だが、ソレで強く成れたとは思わない。ただ、忘れていた事を思い出した。どうりで、今も武神に手も足も出ない筈だと釈迦堂刑部は拳を握り込んだ。

 

「…それではいかんのじゃよ釈迦堂。アレは天邪鬼の怠け者じゃ。放って置いたらそのままで良いやと考えてしまうじゃろう」

 

「そりゃそうだ。百夜は怖がりだからな」

 

だから、今も輪の中に居る。んでもって面倒臭がりだから、何時の間にかこっちの手を掴んで自分の隣りに引きずり込みやがる。百代の相手をするのもキツイっちゃキツイんだがなぁ。餌をちらつかせやがるから、中々離れられないんだ。刑部はそう心の中で吐くと一言付け加えた。

 

「アイツの近くが過し易いってのも性質が悪いんだよなぁ」

 

「それだけの為に百夜を放っては置けんのじゃよ。」

 

(そりゃ、そうだ)

 

コレは釈迦堂刑部の都合で在り、川神鉄心の都合では無いのだから。

 

「釈迦堂、何が言いたいかハッキリと言葉にだしてみよ。」

 

そう言われても、良く分からない。言葉に表すには曖昧過ぎる感情…絆の様なものを言葉で言い表すのは難しい事だ。

 

「なんつーのかなぁ」

 

思い浮かんだ言葉どうにも青臭いモノだった。

 

「ムカつくんだよなぁ。俺も人の事言えないし、理解しちまったからよ。」

 

思い浮かび明確に成った言葉が青臭過ぎて、刑部は更に強く拳を握り込んだ。

 

「大人の理由で!! 餓鬼を無理矢理どうこうしようってのがよ!!」

 

体力の半分以上を削られ、技を出す溜めも作る暇も無い武神に叫びながら突き進む。

 

(あぁ、クソっ!! 青臭ぇ!! でも思い出しちまったんだチクショウが!! )

 

こんなキャラじゃねぇーよと内心叫びながらも、一番最初に覚えたモノを繰り出す。

 

(強く成りたかった!! 大人なんて奴等に良い様に扱われるのが気にくわなかった!! 目にモノ見せてやりたかった!!)

 

押し手と引き手は正しく反比例に、しっかりと大地を踏みしめ、呼吸を合わせる。

 

ソレは技では無い。ただソレを練磨し、一つ二つと壁を超えたから昇華された。基本中の基本だった。

 

(川神流ぅぅぅ!!)

 

故に武神は構えた。後一歩の距離。ソレが自分の射程距離

 

「無双正拳突きぃぃぃ!!」

 

「ぬぅ?!」

 

この日初めて、武神は驚愕の声を上げた。

 

衝撃と共に手応えの無い感触を味合う。壁にぶつかり受け身を取るも加減が聞かずに前に飛び出しうつ伏せに成る恰好で地面に倒れる。

 

(あぁ、やべ。当分飯が食えそうにもねぇ)

 

柄じゃ無い事なんてするもんじゃねぇや。刑部は思いながら気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

「釈迦堂、そりゃぁ父性愛と言う奴じゃよ。道理で…強くなっとる筈じゃて」

 

小さい、ホントに囁くように小さい武神の言葉が誰の耳にも入らず流れて行った。

 

 

 

 

 

Side 百夜

 

 

 

釈迦堂さんマジカッコイイ。

 

「家のジジイが強すぎる件」

 

「当たり前だ。我が師!! ヒュームとは嘗てライバルだったらしいからな!!」

 

もうヤダこの世界。

 

「それで? どーして君達まで来るかねぇ。」

 

「いや、寧ろ俺が聞きたい。どーして身内と!! しかもあの最強爺さんとDV?!」

 

「そうですよ。貴方と英雄君がテロに合ったと聞いて僕達がどれ程心配したか!!」

 

「我が強敵(とも)の祖父から話が有ると電話が在ったからな!! この先の進路の事ならば九鬼が保証するぞ!! と言いに来たのだが?」

 

よし、最初から行こう。

1. 何かやらかしたっぽい

2. ぴんぴんしてます。起きた時は恥ずかしい話…勃起してましてね

3. 働きたくないでござる

                                   」

 

「てな具合ですが?」

 

それが、何か?

 

いや、もう誤魔化してますがね?

 

「はしょり過ぎだろ」

 

「無事なら僕は何も文句は在りませんが」

 

「何故だ!! 九鬼では不満なのか?!」

 

「うっさいハゲ。」

 

「お前って俺に厳しいよね!! まぁ、無事で安心したわ。」

 

うっさいハゲ。こっちくんな。縋りたくなる。

 

「それで? 本当はどうしたんですか?」

 

「いや、どうもこうも「こ奴は今腐っているのだ!!」おい、バッテンデコ」

 

もぉ、何なのこの人!! いい加減に疲れて来た。

 

「誰がバッテンデコだ!! 我は九鬼!! 九鬼揚羽だ!!」

 

「あ、姉上。落ち着いて下さい」

 

「コレが落ち着いていられるか!! この男は全てを投げ出して腐ろうとしているのだ!! 友で在るお前の事もなにもかも捨てて腐ろうとしているのだ!! 」

 

あぁ、もう。本人に言っちまいやがった。くっそ、どうする。

 

「どう言う事だ。百夜」

 

っ、メンドクセー

 

「そのまんま? 野球出来ないお前に価値何てねーし? もともとボッチ気味だったし? 疲れたんだよ。もー誰とも関わりたくないの」

 

とっと帰れ。んでリハビリでもしてろ。

 

「ソレは、僕達も…と言う事ですか?」

 

「そうでーす。もう、特にお前等面倒臭いんだよ。」

 

家に帰って家族会議でもするか密告しろ。このイケメン

 

「おい、小雪はどうするんだよ」

 

「最初に言っただろうがこのハゲ。背負えよ。お前らが近くに居りゃあ、あの白子も幸せだろ。」

 

お前は毛根の心配でもしてろ。

 

「はい、そう言う訳でもう終わり。俺はコレから明日に向かって…」

 

どうする? 逃げる? 逃げてどうする?

 

何も無い。どうしよう。このままジジイのDVを受ける。多分追放される。

 

後者の方が楽だな。取りあえず、向こうさんが何かさせようとするだろうし。普通に生活できるかもしれない。でも、その後はどうしよう?

 

漠然とした不安がある。一時的に解放されたモノがまたやって来た。

 

「逃げる。と言うのは無理ですよ?」

 

「は?」

 

葵冬馬が苦笑を浮かべて言う。何で笑ってる?

 

「そうだな。逃げても意味が無いな」

 

「正しくその通りだ!!」

 

準と英雄も同じだ。苦笑と言うよりしたり顔で言う。

 

「いやいや、問題の先送りが「ゴキ」ッ?! ターーー!!」

 

頭頂部が痛い。ゴキっていった。更にガスっていった

 

「暴力反対!!」

 

「まだ分からぬか!!」

 

「分かるかボケぇ?!」

 

拳を握りしめる九鬼のねーちゃんに言う。マジでコイツ…シバキ倒してやろうか?

 

三人に向けて後ろを向いたのが悪いのか? 後ろからも叩かれた。頭と背中と尻に衝撃が奔る。

 

俺の体は前に突き飛ばされる様に動く訳で、顔面が何だかふっくら柔らかいモノに当たる。

 

そのまま、頭をホールドされる。

 

(ヤバい、この人の力ならこのまま脳漿をぶちまけろ!! に成ってしまう?!)

 

そのまま、体ごと百八十度回転。下手したら死んでしまいます。

 

「は? 何? お前等泣いてんの?」

 

「当たり前でしょう!! 僕達が…僕達がドレだけ心配したと思ってるんですか?!」

 

「べ、別に? 俺泣いてねぇーし? 涙なんか流して無いし? 夜も遅いから欠伸しただけだし!!」

 

いや、それ、涙ですから。なに? お前等泣くとねぇーよ。マジでねぇーよ

 

「百夜よ。貴様が我等をどう思うが貴様の勝手だ。そして、我等が貴様の事をどう思おうが我等の勝手なのだ!!」

 

「そうです。君は僕達の友達です。貴方がどう思おうが僕達はそう思っています」

 

「それに、俺たちゃお前と友達辞めるなんて一度も言ってねぇしな。」

 

「おま?! ストーカーと変わんねーぞ?!」

 

ギリギリと頭の側面から掛かる圧力が増えた。痛い、マジ痛い。

 

「イダダダダダダダダ!!」

 

「認めよ!! お前は友を欲している!! どう、取り繕おうが脈で我には分かるぞ!!」

 

また、百八十度回転。

 

「何故逃げる!! 貴様の周りには貴様を受け入れる者が四人も居る!! あそこで武神に挑む者もお前の為に闘っているのだ!! 前を向け!!」

 

体ごと動かされる。ジジイにボコボコにやられている釈迦堂のおっちゃんが見える。

 

いや、もう逃げろよ。おっちゃんだって分かってるだろ? 勝てないって。前にも言ってたじゃん。勝てない相手に戦いを挑む、負ける戦いは嫌いだって言ってたじゃないか。

 

なんだよ。なんでそんなに必死こいてるんだよ。おい

 

「ムカつくんだよなぁ。俺も人の事言えないし、理解しちまってるからよ。」

 

だったら、逃げろよ。もう良いって、釈迦堂さん。あんたカッコイイよ。頑張ったよ。強いよ。だからもう良いって。

 

「大人の理由で!! 餓鬼を無理矢理どうこうしようってのがよ!!」

 

ちがう。違うんだよ。俺は…もう面倒臭いから疲れたからどうにかして欲しいだけで…

 

「何も思わぬか!! あの方はお前の為に闘って居るんだ!!」

 

うるさい。お前等に何が分かる。何が…何が…分かる。

 

「前を向け!! あの方を見ろ!! 我を見ろ!! 世界に目を向けろ!! 川神百夜!!」

 

「うるさい!! ごちゃごちゃと喚くな!!」

 

分かってるんだよ。ただ逃げてるのも、アンタ等全員の事が羨ましいのも、ただ妬んでるのも!!

 

「逃げて悪いか!! なにもかもかなぐり捨てて悪いか!! あぁ、アンタはカッコイイよ、光ってるよ眩しいよ!! 冬馬も準も英雄も!! お前等全員凄ぇ羨ましいよ!!」

 

とっと失望でも何でもして愛想着かせてどっかに行ってくれ

 

「やりたい事が有るんだろ!! 夢が有るんだろ!! 俺に構ってる暇が在るならそっちを優先しろよ!! 俺には無いんだよ!!」

 

足元からうぞうぞと不安が押し寄せる。

 

「ヴィジョンが無いんだよ!! 夢も!! やりたい事も!! 何も無いんだよ!!」

 

生きてるのが怖いんだよ。

 

「やっと、我を見たな」

 

「えぇ、やっと悩みが聞けました。ねぇ準?」

 

「だな、若。」

 

「ハハハ!! 我が強敵は誰にも弱みを見せようとしないからな!!」

 

「畜生。お前等さっさと帰れ馬鹿!!」

 

どいつもこいつも、妬ましい。

 

「やりたい事が無いなら探せばよい!! 川神百夜!! 我と供に来い!! そこで探せ!!」

 

「姉上!! 百夜は我が連れて行くのです!! こればかりは譲れません!!」

 

「いえいえ、お二人とも何も無いと言うのならば今から勉強すれば医者に成る事も可能と言う事です。家の病院に来てくれるととても助かるんですよ。主に僕達が」

 

「その通りだ。小雪も居るしな。お前も一緒に背負ってくれよ百夜。やっぱ俺達だけじゃキツイんだわ」

 

こ、こいつら…

 

「諦めよ。川神百夜よ。怖いと思うのは人として当然の事だ。だが、ソレは乗り越えられるモノだ。一人で無理なら友を頼れ!! お前には居るだろう此処に友が四人も!!」

 

「…強いから言えるんだよそんな事はさ。昼にも言っただろうが、アンタが言うのは強者の理屈だ。臆病者の弱者には無理なんだよ!! それで見つからなかったらどうするんだ!! 他の奴にもっと迷惑かけてソレで見つかるのかよ!! 続くんだぞ!! そんなのは御免だって言ってんだ!!」

 

逆に胸倉を掴んで、引き寄せて言う。所詮は可能性の話ってか? そうだよ。それだけだよ。それだけの話だよ!! でもなぁ、世の中にはソレが怖くて何も出来ない人間が居るんだよ!!

 

「見つかる!!」

 

「何でそんな事が言える!!」

 

「我は九鬼ぞ!! 王たる九鬼ぞ!! それで見つからぬのならば我が見つけてやる!!」

 

「馬鹿にしてんのか? あっ? 所詮は大きい新興の財閥程度だろうが!! 歴史がねぇ、重みがねぇ、大体築いたのはお前等の親父とソレに着いて行ったお袋さんだろうが!! 力も何もねぇ名前だけが偉そうな事ぬかしてんじゃねぇぞ!! だいたい!! 九鬼じゃ無くてもそんな事言えるのか手前ぇは!!」

 

「言える!!」

 

顔をズイっと更に近づけてハッキリと言う。強いと思う。凄いと思う。大きいと思う。綺麗だと思う

此処まで自分に自信を持って言える事が凄い。なんでそんな事が言えるのかが分からない。目の中には確信に満ちた光がちゃんと在って、その言葉は覇気に満ちていた。

 

「…何で」

 

「九鬼で無くとも我は我ぞ!! 我は揚羽よ!! 九鬼で無くとも揚羽は我ぞ!! 我が揚羽よ!! 我は何も変わらぬ!! 誰しも我には成れぬ!! 我は揚羽以外の何者にも成れぬ!! だから言える!!」

 

あぁ、それか。

 

「くっだらねぇ。ぜんぜん納得できねぇ。無茶苦茶だろそれ」

 

「だが、事実だ。」

 

「っ? ヒューム…我を連れ戻すか?」

 

「いいえ、揚羽様。私は貴女を連れ戻しません。コレは王たる者への試練の一つ。私は貴女を害敵害悪より護る剣です。」

 

「ならば、何故来た。見守って居れば良いだろう。」

 

「何、其処の餓鬼に一つ教えてやろうかと思いまして」

 

「何をだ」

 

「釈迦堂刑部に異常は無いと言う事をです。まぁ、暫く固形の物は食べられない様ですが…才気があっても所詮は赤子。鍛錬不足ですな。あぁ、後一つ。小僧、お前はやられたらやられっぱなしを許す様な人間だったか?」

 

やられっぱなし? ジジイにか? 仕方がないだろう。アレは無理だ。痛い上に何をしようが俺が疲れるだけだ。

 

「そうですよ、百夜。貴方はやられたら十倍返しする人間でしょう?」

 

「いやいや、流石にコイツでも其処まで………するな。うん、百夜ーお前はそう言う人間だ。」

 

「寧ろ駆逐するな!!」

 

「お前等フルボッコ過ぎるだろソレ。なにか? 最強ジジイに当たって来いってか? いい加減にしろよ!! テロの時もフルボッコだったのにそれ以上とやってられるか!!」

 

「それなら…どうします? 我慢は毒です。特に貴方には…本当はどうしたいかなんて決まって居るんでしょ?」

 

決まって居るんでしょう? 決まってねぇーよ。だからこんな風に成ってるんだよ。

 

「百夜よ、好きにやれ!! 何後は我が責任を持つ!!」

 

「その通りだ!! お前はお前のまま自由にやれ!! ソレでこそ我が強敵(とも)よ!!」

 

お前はお前の儘?

 

俺は俺の儘?

 

俺はなんだ?

 

(アギ・スプリングフィールドから生まれた何か)

 

俺は何だ?

 

(川神百夜)

 

本当にそうか? 

 

(じゃあ、何だ?)

 

知らない。分からない。

 

袋小路だ。面倒臭く成って来た。答えなんて知らない。まるでXの値を何の式も用いずに答えよと言われてる様だ。

 

そこで気づく。

 

(うわぁ、正に黒歴史。)

 

声質は取っておこう。

 

「なぁ、九鬼のねーちゃん」

 

「何だ? それと名前で呼ぶ事を許してやる!!」

 

うわーい。器が大きいねぇ。あっと言わせたくなるわ。

 

あ~思い出した。まだ、やり返してねぇ事が在ったわ。あの野郎は殺しとかんと俺が危ない。夢を壊しやがったし、アイツが全ての元凶だよ。

 

白子の事も有ったわ。アレは責任持たんと行かんな~。

 

にしても、我ながら何ともくだらないんだろうか。いや、うん。開き直りと言って良い。俺は誰か? 分かる訳が無い。だって記録は在るけど記憶が無いんだもの。

 

自己を自己と認識できるモノが川神百夜としてのモノしか無いんだもの。人間を人間と認識するには五体揃った人間の体が必要だ。自己を自己と認識するにはソレまで積み重ね、経験してきた体験と記憶が必要だ。つまり、俺は川神百夜だって事に成る。

 

アイデンティティ何て最初から持ってたんだ。物凄く馬鹿らしい。その上厨二臭いと言うか厨二過ぎる悩みだ。いや、悩みじゃなくシチュエーションか。

 

(…俺、大和の事笑えねぇ)

 

レコーダーは破棄…しないで置こう。ソレはそれ、コレはコレだ。うん。

 

其処で、考える事が在る。正確には確かめる事が在る。俺はどういう人間か、と言うまた厨二臭い事だ。

 

結論を言ってしまえば友達の出来ない寂しがり屋の自己中心的な人間の癖して臆病者の根性無し。だから、目の前で知らない人がカツアゲされてても無視して知らんぷりする。流石に殺人とかに成ったら警察に連絡したり助けたりすると思うけど。まぁ、そういう普通の行動をする人間だ。

 

でも自己中だから、自分の良い様に成らないとムカつく。やられたら倍以上でやり返す。臆病だから絶対に二度とそんな事が出来ないようにする。力が在るからそうする。うん。

 

好奇心に負けてやり過ぎもするし、そんで後悔もする。罪悪感も感じるけど怖いから逃げるし誤魔化す。当然嘘も吐く。

 

寂しいから周りに居る友人は無くしたくないから良い顔するし、護りたいと思う。そいつらが何かされたら怒る。

 

(めっちゃくちゃ矛盾した人間だ。非合理過ぎる。)

 

なんか、自分の最低っぷりと言うか、ダメっぷりを認識してしまって…うわぁってなる。何コレ? 最低人間やん。もうちょっと真面目に生きよう。出来るだけのんびりとサボりながら生きよう。

 

冬馬達の友情値が高すぎるのが何だか心に痛い。

 

自殺補助に放火の罪も有る。後、過剰防衛。最後のは後悔も何もしてない。だって自分が一番かわいいのは変わらない。

 

それに、恐らくだけど

 

(俺って戦闘狂って言うか勝ち狂い? の気があるっぽい。勃起してたし…)

 

多分Mでは無い。戦いの興奮で起っきしたんだと思う。

 

(うっし。もう大丈夫。将来したい事はその内見つかるさ。好き勝手やろう。んでもって出来るだけ責任も持とう。本気でこいつ等に見放されたら鬱で死ぬ。割とマジで。)

 

「……何しても良いんだな?」

 

「好きにやって見よ!! 我が!! 我等姉弟が許す!!」

 

「OK。やっぱ、貴女はカッコイイや揚羽さん。」

 

先ずは一発やっておこう。

 

「九鬼揚羽!! アンタに惚れた!! 結婚してくれ!!」

 

「うむ!! ん? おっ?! ふぇ?」

 

ちゅっとバッテン傷にデコチュー

 

おぉ、おぉ顔が真っ赤になって…ヒュームのおっさんの青筋が切れそうにっ!!

 

「ちょっとジジイ殴ってくるわ!!」

 

べ、別にヒュームが怖くて逃げたんじゃないんだからね!!

 

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

Side 冬馬

 

ようやく元の百夜に戻った様ですね…

 

「なぁ、若。アイツ自重しなく成るんじゃねぇか?」

 

そう言う準の言葉に確かにと思いますが、彼はソレで良いんだと思います。彼は良くも悪くも自分に素直で僕達の事をふとした拍子に気にかけて、変なお節介をして…結局は自分のしたい様にする。

 

そんな彼で良いんです。そんな彼の近くが面白くて楽しいんですから。僕達と考える事が違うから。止めても最後までやってしまおうとするから、飽きないんです。

 

「いいじゃないですか、準。運の良い事に九鬼のバックアップを得れたんですから、自重もしなくなります。」

 

「だから、俺達も巻き込まれるじゃないですかー!! ヤダー!!」

 

「もう、巻き込まれてますよ? 小雪の一件でね」

 

「まぁ、そうだけどよ。実際どうするんかねぇーアイツは。周りは敵だらけだろ…学校とかでは違うが、野球関係とかはよ」

 

「九鬼がいますよ。僕達も居ます。何よりも百夜は叩かれたら大人げなく全力でやり返す人間ですが…馬鹿な人間の小さい小さい事は無視してしまうでしょうしね。それに…」

 

「楽しそうじゃないですか。彼自身が」

 

「あ~…まぁ、あんだけ楽しそうに殴り合ってるし…殴り合ってるぅぅぅ!!」

 

「そんなに驚くことですか?」

 

「いや、だって、若?!」

 

今更ですよ準。元々捻子が飛んでたんですから彼は、でなければ…あんな風に生きられません。

 

綺麗汚ない関係なく。自分がしたい方へ行く。矛盾しているくせに自分のルールで生きている。法を破る事に躊躇はなくて、禁忌を破る事にさえ戸惑わない。気まぐれに良い事をして、その逆もする。自由に生きている。

 

彼は世界にただ一人、自由に生きている。僕にはそんな生き方は出来ません。怖いですし、何より躊躇してしまいますから。彼の様にズバッと決めれません。ぐだぐだしている時も有るでしょうが…決めたら一直線ですしね。

 

「準。自重する百夜をどう思います?」

 

「気持ち悪い」

 

即答ですね~フフフ。そう言う事なんですよ。

 

「ね?」

 

「ハァ~…確かに自由気ままに生きてるアイツの方がらしいわ。」

 

百夜はコレから何をするんでしょうか? もし、僕が…僕達が両親の事を打ち明けたらどうしてくれるんでしょうか?

 

いっその事打ち明けてしまいたい。そうすればと期待する気持ちが有ります。我ながら友情に打算が入っているのが何ともらしいと感じてしまう。

 

(これも血なのでしょうか?)

 

その事に反感を覚えるも、呑み込む。事実ですから…僕の中の確かな真実ですから。本当なら直ぐにでも縋りたい。

 

(そういえば…お前等面倒臭いといってましたね…)

 

もしかしたら、百夜は僕達の両親の事まで把握しているのかもしれません。もしそうなら…彼が踏み出した様に、次は僕達が踏み出す番なのかも知れないですね。

 

 

 

月が少しずつ動くのを見て、僕はそんな事を考えました。もし、百夜が夢を見つけて…其処に僕の居場所が在るのなら

 

「それは、とても素敵な事なんでしょうねぇ」

 

「? 何がだ、若?」

 

「百夜が一緒に居たら将来も楽しいんでしょうねぇと言う事ですよ。準」

 

「そうか? 流石に大人に成ったらアイツも多少は落ち着くだろ? 多分、きっと…メイビー?」

 

ソレは未来で知る事ですよ。準。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦う大人の背中って本当にカッコイイと思う。


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二十一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジジイ、俺婿入りするわ」

 

「いきなり何言っとるんじゃ、大馬鹿モン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川神鉄心。世界最強の武。武神と呼ばれ、過去第二次世界大戦、日清戦争を生き抜いた男。

 

かの鉄陣内と共に日本を守護した豪傑である。

 

そんな男にも悩みがある。主に自身の息子夫婦と孫の事だ。ハッキリと言ってしまえば鉄心は自分の子供に道場を継がせようという気は一切ない。

 

単純に実力が足りない、才能が足りない。道場は他の者に…と少々残念に思いながら考えて居た時期が在った。そこに生まれたのが川神家長女、百代である。

 

明るく、元気で怖いモノ知らず。才能に愛された子だ。生まれた瞬間にこの子は強く成ると爺馬鹿ながらに思った物である。

 

そして、続いて生まれた川神家長男の百夜。正直な話、余り期待はして居なかった。半世紀ほど前からの傾向であるが、日本の武士の家系では東では女性が強く西では男が強いといった感じ成っている。

 

その事もあり、ただ元気に育って幸せになってくれればソレで良いと考えて居た。

 

と、言うよりも百代が生まれて直ぐに妊娠発覚した時点で

 

(家族計画ぇ)

 

と内心呟いたものである。

 

だが、実際に生まれて見ればこれもまた恐ろしい子だった。自分が危機感を感じるレベルの氣を内包して生まれた幼児。その幼児は生まれて直ぐに本能が働いたのか己の氣を封印した。

 

ハッキリ言ってしまえばあのまま放置して居たら、体が破裂していただろうとその結果が予想でき嫌な汗が噴き出てくる。

 

封印の反動か極端に生命力が減退し、人工呼吸器に繋がれたりもしたが生きている事に感謝した。

 

才能に愛された子がまた生まれた。自分は幸せモノだと思った。

 

将来的には自分の道場で仲良く汗を流す姉弟の姿が見れると思うと頬が緩んだ。

 

実際に、百代は強く成る事に意義を見出した。百代らしく、幼いながらに年長者としての自覚か「弟は私が護る」と言い自分から武を習い始めた。ソレと同時に闘いの楽しさに魅入られ始めて居た。

 

危ういと感じ、精神鍛錬を増やし、長期の休みには山に連れて行き高潔な精神を鍛えようとした。

 

人生とは巧く行かないモノだ。そう思いながらも、確実に強く成る孫娘の姿に嬉しく成る。

 

反面、弟の百夜は闘いを忌避した。痛いのは嫌だ。辛いのは嫌だ。それは当たり前だ。その事に何も言わなかった。護るモノが出来れば自ずと変わる。そう思っていた。

 

思えばコレが驕りだった。血縁だからと情に流されてしまった。

 

そんな事は分かっていたが息子夫婦の教育方針も有ったし、それを本気で嫌がって居る孫に無理矢理武術を習わせるのも違うと感じた。弟か妹が、護るべき者が出来れば変わると思いたかった。

 

保育園、幼稚園に通わせてはどうかと提案した事があった。が、息子夫婦は孫達の才能に魅せられていた。実際に、この二人の才能は素晴らしいの一言に尽きた。

 

正拳突きを教えれば、そのまま綺麗にソレを行える。最初からソレを行えると言う才能は素晴らしかった。見て覚え、直ぐに実行できる。将来が楽しみに成るのは親ならば仕方の無い事だとも思った。

 

だから、気づくのが遅れた。

 

百夜はその内面が普通では無い。達観と言ってしまえばまだ聞こえが良いかも知れないが、何事も諦めてしまっていた。

 

頭の出来が普通では無い。哲学書を強請る三歳児が何処に居ると言うのだ。ソレを数時間で読破し「あ~、やっぱり」と何かを確認するかのような視線で興味なさげに寝転がる。

 

故に、教え子をけしかけて見た。現在は政治家として精進している嘗ての門下生の人を見る目は確かだった。

 

その教え子からの評価は「養子にくれ」と言う貴奴からしてみれば最大の称賛だった。

 

注意深く見守れば、在る一定の距離までの気配は感じ取り、門下生や両親と出来るだけ合わない様に人を避けているのが直ぐに分かった。

 

ハッキリ言って異常だ。孫の歳でそういった事が出来るのが異常なのだ。何の訓練もしていないモノが気配を探り感知して動いている等、誰が信じれる。

 

この孫はもしかしたら誰とも関わろうとしないかもしれない。否、人を理解できないのかもしれないと恐ろしい考えが頭を過った事すらある。そして、ソレは少なからず的を得て居たのかもしれない。

 

だが、希望が在った。

 

釈迦堂刑部。嘗ての暴れ者には比較的に懐いていた。もしかすれば実の両親よりも懐いていたかもしれない。

 

同じく、釈迦堂も百夜とは良い関係だった。年の離れた友人の様な、兄弟の様な距離での付き合いをしていた。

 

百夜が小学校に入学して最初に心配したのは友達が出来るか、周りの輪に入って行けるかだった。暫くすると友人も出来た様で、何処か年相応…子供らしくなった様に思えた。

 

葵冬馬、井上準、九鬼英雄。この三人と親しい付き合いをしている様だった。他にも親しい友人達とその日の流れや気分で遊んでいたようだ。

 

正直な話、野球をし始めた時は嬉しかった。何か打ち込む事の出来るモノが在ると言うのは幸せな事だからだ。

 

釈迦堂も柄にもなく百夜の試合は毎回見に行っていた。その事を嬉しく思った。

 

だが、百夜は全てを諦めてしまった。いや、期待しながらも否定して腐ろうとしていた。

 

それは、勿体無かった。何よりもそれは許せなかった。幸せに成って欲しい。楽しく過ごして欲しい。辛い事も厳しい事も苦しい事も含めて楽しんで生きて欲しい。そう思っていた。

 

怨まれるのは、憎まれるのは少し悲しいがソレで孫がまた動き出すならそれで良いと思えた。だからこそ、少し意外だった。憎しみも怒りも向けて来ない孫が。諦めも達観もしていない孫が。

 

同時に嬉しかった。

 

だが、少し後悔した。

 

(やはり姉弟。似るものなのかのぉ)

 

その瞳の中には歓喜が確かに在った。それと、少しの戸惑いの様なモノが在った。

 

じゃからじゃろう、柄でも無いハイテンションで喋るのは。

 

始まりの合図等無い。しいて上げれば、ソレは百夜が拳を構えたのが合図じゃった。大きな氣のうねりを感じた。その事に嬉しく思う。武人として祖父としてこの子の持つ力を受け止めれる今の状況に。

 

基本通りの綺麗な拳を肘で壊しながら防ぐ。驚く事に途中から掌に変え、逆に掴まれた。そのまま、此方を投げようとするのを利用し逆に足を払い投げ飛ばす。

 

地面に落ちることなく獣の様に軽い音を立てて着地し、飛び込んでくる。

 

「川神流・富士砕き!!」

 

年不相応な威力の蹴りをいなす。そのまま、拳を当てようにも綺麗に受け流された。

 

(釈迦堂とワシの闘いをみて学んだか。全く恐ろしい才能じゃわい)

 

だが、それだけだ。練磨されてはいない。

 

今から練磨し始めているのだ。それが恐ろしいと感じる才能だ。その考えが自分達と違う才能なのだ。闘いながら成長する人間は居る。

 

だが、コレは違う。それは自分の技量が吸収出来る範囲の事であり、闘争における興奮等で鋭敏化した感覚がソレを行う事を可能にしているだけで、元から出来る素養が在り、体も鍛えられていたと言う前提が在って初めて可能になる。

 

前提が違う。

 

在り余る氣で強化された肉体。それも、自分が知る限り違う強化の仕方。内からではなく外からの強化が始まりでその次に内が来る。

 

その強化について行く事の出来る肉体。才能、資質の問題では無い。あからさまに違う。

普通は出来ない。出来てはいけない。死ぬ、死んでしまう。

 

なのに死なないどころかより強靭に、しなやかに成っていく。細胞自体がそういうモノに組み替わっていく様な生まれ変わっていく様な…そう、鉄を打ち鋼に変える様に。成長ではなく変化している。

 

寧ろコレは進化と呼んでも良いのかもしれないと馬鹿な事を考えてしまった。

 

自身の知識と経験を掻き集め、思い至った答えは

 

(氣脈かの?)

 

「本当にお前は…もう…アレじゃのう」

 

「アレって、本人目の前にしてブッチャケんなよ。ちょっと心に来る。」

 

(な~にが心に来るじゃ。楽しそうに笑っとる癖に)

 

初めて見る様な綺麗な笑顔だった。この世全てに感謝している様な、生きているだけで幸せとでも言っている様な、清々しい笑顔だった。

 

(釈迦堂よ、お主が護ろうとした雛鳥は飛びよった。遥か高くに…まだまだ飛ぶつもりじゃよ。この大馬鹿者は)

 

その果てに修羅となるか、観仏になるか、いや、どちらにも成らずにどちらにも成るのじゃろう。自由なのじゃから。

 

「ハハ、ハハハハハハハハ!! 」

 

「えぇい!! ハシャギよってからに!! 少しは手加減せんか!!」

 

「ヤダプー。本気だしゃ一発で終わるだろうに…アレ? 俺詰んだ?」

 

まぁの。しかし、一歩踏み出すどころかBダッシュは無いじゃろう。一体誰に似たのやら…

 

「顕現の参!! 毘沙門天!!」

 

コレで終わりにしようかの。これ以上続けると道場というか家の敷地が廃墟に成っちゃう。

 

「まだまだ、若い者には負けてやらんよ」

 

さて、ヒュームと橘殿に礼を…ソレと馬鹿孫の友人にも礼を言わなくてはのぉ。

 

「…ぉ……ぇ…ぁ」

 

!?

 

「ふぃ~…やっぱりワシに似たのか…」

 

いや、どちらかと言えば…

 

(釈迦堂と百代に似たか…親にも祖父にも似ず。兄貴分と姉に似るとは…とことん自由な奴じゃ)

 

何年ぶりかに冷や汗が湧きだした。

 

 

 

 

Side out

 

 

 

 

テンション↑↑気味な百夜です。いや、もう恥ずかしいやら嬉しいやら楽しいやらでこうでもしないと悶絶しちゃうね。絶対。

 

(でもね、ウン。正直もう限界。)

 

精神的に。基本は変わらないかんね。自分の事だもの、そうそう変わらないよ。アレだ、俺は戦闘では長続きしない。んでもって、爺様が終わったら絶対あの執事が控えてる。だって殺気立ってるもん!! 

 

めっちゃ、青筋出てるしこめかみピクピクしてるもん。絶対「ジェノサイドォォォ!!」とか言って殺りに来るよアレ!!

 

(どう、すっかなぁ…実際に)

 

富士砕きが一番威力が高いんだけどなぁ…これじゃぁ爺様殴れない。他の技知らないしなぁ、こう…ピンと来るモノが無いんだよね。無双正拳突きとか零距離でやって避けられる自信が有ります。

 

コレで手加減してんだぜ? 家の爺様。

 

(ってか、あの執事対策しないとガチでヤバいな。何だか執事にされそうな気配がする。揚羽さんの専属の)

 

それは、それでありなんだけども。絶対に自由時間減る。睡眠時間も減る。マナーとかも煩いと思う。規律が厳しいと思う。

 

それは、ダメだ。何て言ったってサボれない。

 

爺様にはもう、アレだよ。詰んでる…あっテンション下がって来た。どちらかと言うと戻って来た。

 

(どうしたもんか?)

 

俺自身氣はまだまだ大丈夫。寧ろ張ってるし外氣使えるから略無尽蔵、寧ろ半永久機関?的に運用出来るから良いんだけどさ。精神的な問題でして…

 

(あ~…絶対に痛い。痛くて痛くて涙が出る。気絶する。)

 

でもなぁ、他から持ってくるしかないしなぁ。何より一泡吹かせたいし勝ちたい。負けるのは嫌だ。妥協しても引き分け。

 

いーや。元から自棄で開き直って勝手に解放されたんだ。今、生まれたんだ。自分で自分を生んだと言う事にしよう。コレは産む痛みだ。

 

(女性に生まれなくて良かった!!)

 

女性が強いのは当たり前だよ。マジで。

 

「えぇい!! ハシャギよってからに!! 少しは手加減せんか!!」

 

「ヤダプー。本気だしゃ一発で終わるだろうに…アレ? 俺詰んだ?」

 

よし来い!! 手加減してね? 本気は止めてね?

 

「顕現の参!! 毘沙門天!!」

 

溢れだした膨大な氣が神仏の姿を形作る。その姿は彫像も顔負けの精巧な作りであり、美しかった。拳が迫る。気を張る。歯を噛みしめる。

 

その速度は余りにも早くて、瞬きをしただけで見失ってしまうだろう事を理解させる。巨大と言うのは一種の武器であり、長所である。蟻は象に見向きもされない。小さすぎて。

 

これも同じだ。俺は小さすぎてアレはでか過ぎる。

 

でも

 

理解した(わかった)

 

圧倒的な破壊力。こっちが瞬間回復を使えるの知ってるし、耐久力も有るのを見破られてるから手加減なんてちょっとしかない。結構真剣に負かしに来てる。

 

(それは…ムカつくなぁ)

 

人に本気で…真剣(マジ)で生きて見ろとか言った本人が本気じゃないっていうのは筋が通らない。そんなんだから姉ちゃんにも甘いんだよ。

 

でも、凄く強い。流石武神。武神だ。でも…この程度じゃ武神じゃねぇ―よ。記録に在る。悪魔王はまだまだ理不尽だぞ? 吸血鬼はもっと苛烈だぞ? 記録の持ち主はもっと卑怯で悪辣だ。

 

だったら、大丈夫だ。出会う事は無いだろうし御免だけど。もし、在ったら殴り倒すって断言できる奴の記録だけど…

 

(一応はアレが俺の産みの親になるんかねぇ…寒気がするけど。)

 

ダメだ。武神はもっと…こう、何て言うのかな? 圧倒的で、大人げなくて、手加減なんかしなくて、最初から全力で勝ちにいかないといけないんだよ。多分。うん、絶対に違うだろうけど。

 

痛いの誤魔化すのも辛い。一瞬が何分にも感じられる。

 

だけどまぁ…ちょっと本気出さないとねぇ。

 

(あんな理由で好きに成っちゃうんだから、俺も安いねぇ)

 

声にイライラした。その意思にムカムカした。その自信に嫉妬した。その在り方を羨んだ。

そんな奴が、立て立て喚いて来るから本音で否定したらさぁ

 

 

『やっと、我をみたな』

 

だぜ? しかも笑顔だ。ドキッとした。大嫌いなタイプなのにさ、好きに成るとか自分でも訳が分からん。

でも、好きに成ったらソレで負けなんだよね。本当にさぁ

 

だからよ、川神鉄心。負けらんねぇのよ。生まれたら惚れて一敗。良いトコ見せようとして二敗じゃダメなんだよ。

 

だから、負けてくれや。全力で

 

「…ぉ……ぇ…ぁ」

 

あぁ、痛くて声もまともに出ない。回復したらダメなんだよなぁ。これも生きてるってことなんだろ? 爺様。俺はアンタの提案に乗ったんだ、だったらアンタも本気で()ってくれ。それが終わって初めて始まるんだよ。俺は生まれたけど生きて無かった。生き始めたら死んじまった。

 

だから漸く生まれて生きられるんだ。

 

「ふぃ~…やっぱりワシに似たのか…」

 

ハハッ気持ち悪いこと言う名よ。姉ちゃん似の俺だぜ? アンタよりマシだ。

 

「エホッ……言魂と願掛け」

 

ピクリと爺様の眉が動く。

 

「複合技だぁねぇ…難しい事を簡単にやってくれる」

 

「………お主は本当に才能が溢れておる。嬉しい反面、悔しいとも思う。孫じゃ無ければ徹底的に武術漬けに出来たのにのぉ」

 

そりゃ、勘弁だ。

 

「あとは、その在り方…本人の本質? ソレが表層だろうが深層だろうがどちらでも良い。人には色々な側面が在るから、そのドレかを正確に捉える事が出来て初めて顕現する。ってとこかな?」

 

「座禅、瞑想の精神鍛錬。苦行・荒行も含めた肉体修練。その両方を行い続け在る日突然己の中に見えたモノの一つ。ソレが答えじゃよ。」

 

だから、コレは出来ない。賭けに負けた。

 

「生まれたばかりのお主には無理じゃよ。経験が足りな過ぎる。精神に問題が在る。その中の獣をどうにかせねばのぅ」

 

「カッ…カカカカカカッ。本当にその通りだ。流石武神、流石爺様だよ」

 

でもさ、それはヒントで答えだ。

 

人の側面は感情に反応する。怒りで沸き上がった側面。憎しみで、悲しみで、歓喜で沸き上がる側面が在る。

 

俺は知っている。

 

あの後悔を、絶望を、怒りを、憎しみを、狂うぐらいに知っているよ。

 

「あれは、馬鹿に成らないと無理だ。一つの事に集中し過ぎて馬鹿に成らなきゃ無理だ。だからさ…」

 

考えるな、思い出せば良い。

 

あの血臭の充満する部屋を。

 

燃えて紅く成った部屋を。

 

熱気で歪んだ景色を。

 

銃弾に貫かれて壊された夢を。

 

「オン、バザラダド、バン」

 

何もしなかった。自分が憎い。こんな結末を用意した世界が憎い。この結末を回避できなかった友が憎い。ソレを護るべき者達が護れ無かった事が憎い。

 

「オン、アビラウンケン」

 

同時に怒りが湧く。己の楽観、傲慢、慢心。全てに対するそれらに怒りが湧く。

 

「オンバザラトビシュバキリバジリニウン」

 

だから、俺は喜ぼう。川神百夜として喜ぼう。ソレが無ければ、結局俺は人形と同じだった。

 

「故に転じ、我は動かず。我は我を信ずる友に迫る悪鬼悪病を斬る。」

 

コレは、恥ずかしいけど。此処にはあいつ等しか居ないけど、あいつ等にも聞いてほしい。コレは俺の内心の決意だ。

 

誓いでも良い。

 

これだけは出来るだけ護るさ。過保護と呼ばれ、疎まれても良い。嫌だけど、良いさ。

 

「過去と、未来現在その先まで…不動の護りを」

 

だからさ、また遊ぼう。次は白子も一緒に交えよう。

 

だから、次は繋ぎ鬼でもしよう。お前等とあいつ等と別々だけど一緒に居ると楽しいんだ。

 

だからよ。川神鉄心…本気で()ろう。じゃなきゃ、良いトコ見せらねぇよ。

 

「生死を離れて涅槃はなく!! 涅槃を離れて生死もなし!! 生死即涅槃!! 不二法門!! 成仏の心得此処に在り!!」

 

顕現の弐!! 不動明王!!

 

 

 

 

 

己が敵を不浄と断じ、聳える壁は邪龍と断じ、傲慢が故に己が身を炎で隔離する。

 

「二番煎じで悪いけどさぁ、一手御教授願おうか!! 川神鉄心!!」

 

生まれたばかりの命が傲慢にも明王を名乗り、武神へ挑む。

 

その不敵な顔は……

 

 

(や~っぱり釈迦堂の影響かのぉ。いや、憧れか。ちょっと悔しいのぉ)

 

自分を護るヒーローに少しだけ似て居た。

 

 

 

 

 

 

 

 




覚醒(笑)


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二十二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっ、よう吠えるの。まぁ、それならば教授してやろう。」

 

武神はそう言い。無慈悲な一撃を繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの馬鹿どもがぁ!!」

 

ヒューム・ヘルシングは叫びと共に揚羽と英雄を抱えて大きく飛び引いた。

 

「クラウディオ!!」

 

此処には居ない筈の同僚に叫ぶ。すると、前から其処に居たかのように一人の老執事が現れ返事をした。

 

「分かっていますよ。橘様、そちらの方もお任せ下さい。」

 

両手を動かす。それだけで人が三人、執事の元へ引き寄せられた。

 

「おぉぉぉぉ?!」

 

「これは、これは」

 

意識の無い釈迦堂を優しく受け止め、叫ぶ準と感心したように吐く冬馬を足元にゆっくりと降ろす。

 

「クラウディオ?! 来ていたのか?」

 

「紋白はどうしたのだ!!」

 

最初に言ったのが揚羽、次が英雄の順である。二人の言葉にクラウディオと呼ばれた執事は頬笑みながら返す。

 

「はい、揚羽様。最初から来ておりました。どうも、川神百夜様には気づかれていた様ですが。英雄様、紋白様は他の従者が見ております。何分夜も遅い為、此方にはお呼びはしませんでした。何よりも、刺激が強い。」

 

「そう言う事です。出来るのならば…直ぐにでも屋敷に帰還したいのですが」

 

「「成らん!!」」

 

「そう言われると予想出来ていますので。それに、揚羽様の将来の旦那様の行く末を見たいと…個人的には思っているのですよ」

 

「いや?! そ、ソレはだなクラウディオ?!」

 

「ジョークです。」

 

「…お前のジョークは全く笑えんのだ。クラウディオ」

 

「ハッハッハッ!! 良いではないかヒューム殿。未来を支える若人達の『明日』を思うのは我等の特権でも在る。違うかね?」

 

橘平蔵の言葉に、ヒュームは憮然とした表情で答える。

 

「確かに…と、言いたい所だが。伴侶の話に成るならば違う。あの小僧…最早赤子では無い。警戒すべき人間だ。」

 

「まぁ…言いたい事は分かる。良くもまぁ、大層なハッタリをしたモノだ。」

 

「果ては稀代の詐欺師か英雄か、ただの大ぼら吹きか…楽しみでも在るのは確かだ。川神の次は俺が躾けるのも面白そうだ。」

 

「それは良い!! だが、先にワシが揉んでやろうかの」

 

 

(なぁ、若)

 

(えぇ、準。英雄君、止められませんか?)

 

(無理だ!! )

 

(っーかお前の姉ちゃんが頼めば…)

 

(無理だ!! 姉上は今いろんな意味でショートしている!! …我も初めて見るぞ、あんなに狼狽している姉上は)

 

(((百夜の自業自得)))

 

少し、険悪な雰囲気に成り始めている二人から距離を取りながらそんな事を考える三人だった。

 

 

 

 

 

 

 

Side 百夜

 

 

迫る高速の巨大な拳。それは正しくハッタリがバレて居ると言う答えだった。同じく此方も拳を当てるが、ぼろっと崩れた。

 

「一つ、外殻こそ強固に造るべし」

 

直ぐに再構成するも、続く二撃目の手刀が明王の左肩を叩き斬る。

 

(ヤッバッ?!)

 

眼前に現れる爺様がニヤリと笑い言う。

 

「二つ、顕現とは所詮は氣で造り出した人形よ。造り出した者こそ考え、常に動くべし」

 

音を置いてけぼりにして拳が繰り出される

 

(額で受ける? 首が折れるわ!!)

 

無理矢理首を捻る。ビッと嫌な音が響いた。

 

(…首が元に戻らん)

 

痛い、鞭打ちだよこれ。

 

「三つ、ハッタリはバレた瞬間に弱みに成る。もっと考えよ。大馬鹿者」

 

「おぼっ?!」

 

喉に…

 

(てめぇ…喉に一本拳とか……手加減してりゃぁ良いってもんじゃねぇーぞ!!)

 

死にます。

 

「その四。好い加減にお前の方こそ絞り出さんか、その頭は出来が違うんじゃろう? お前ならばこの無駄な問答の答えは知っているはずじゃ」

 

毘沙門天と川神鉄心の踵落しが繰り出される。

 

巨体が巨体に踵落し、老人が少年に踵落し。受けた側はまるで土下座をする様な形で地に叩きつけられた。

 

(無駄? 顕現に?)

 

まぁ、形を造るだけならただのハッタリだけど…少ない量でも造れる。ハリボテのスッカスッカのなら。

 

実際に爺様レベルで造ったら、威力も有るし、脅威として相手に取られる。精神的に優勢になるのが簡単だし、先に考えた通りに威力も馬鹿に成らない。

 

氣で造られているからこその速さと威力が在る。肉体、筋肉とかへの負担は略無い。

 

(無駄?)

 

何が? 無駄だと言うのならば、それこそ川神流自体が無駄の塊だ。氣を集めてビームとか何処の野菜人だよ。地球だって粉微塵に出来るんじゃない? 星殺しとか言う名前だし。

 

人間爆弾(さよなら天さん)とかねぇ?

 

………ん?

 

(そう言う事?)

 

でもソレって、爺様が言って良いの? ソレって殺人拳じゃん? あっ、どう使うかはその人次第か。刀も剣も、弓も銃も、槍も鎖も、結局は拳も……

 

(所詮は道具。武器、鎧、盾だ。いや…良いのそれ?)

 

取りあえず、顔を上げて喉をさすりながら口を開く。

 

「でぼっ…んん゛っ!! でも、それって良いの? ぶっちゃけソレの方が性に合ってるけどもさぁ」

 

「未熟者。お主等の会話は丸聞こえじゃ!! 全く、夢が見つからないだ、将来が見えないだ青臭い事良いおってからに」

 

止めて!! 恥ずかしいから!!

 

「ちょっ、おまっ!!」

 

「やりたいようにやりゃぁ良いんじゃよ。お主のその性…武人のモノじゃがどちらかと言えば戦人、戦争屋の気質じゃ。のぉ? 明王。揺ぎ無き守護者。積極的な干渉者。お主が見出したソレは一つの欲求じゃ。お主が何を悪とし善とするかは知らぬが…放って置けんのじゃろう? 友を、仲間を、護りたいモノを。それをもっとるなら何も言いやせんよ。煩い息子夫婦も居らんし」

 

…おい、アギ・スプリングフィールド。見ろよ、コレ

 

「俺は徹底的にやるよ?」

 

「やれと言うとるんじゃよ」

 

凄いだろ? お前には無かっただろ?

 

「法とか普通に無視するぞ」

 

「なーに、ワシも人の事言えんしのぉ。あの頃は若かったわい。」

 

俺には居るんだぜ? お前には居なかったのが

 

「犯罪とか隠蔽するよ?」

 

「お主…ワシが今まで幾つの命を奪ったと思う? 黙認されたと思う? 時代がそう言う時代じゃったと言うのも有る。死合だった事も有る。戦争だった事も有る。が、罪は罪じゃろ? それで良いんじゃよ。時々振り返って、考え直して、思い直して、今のワシが在る。じゃから『川神流』が出来たんじゃよ。罪は…償い切れんよ、護る為した事でも在る。間違った事をしたと後悔もしとらん。そもそも、武とはどう言い繕おうが力じゃ、心と技が伴い初めて意味を成す。ソレが邪心であれ良心であれ…武とは矛を止めると言う意味でも無いしのぉ」

 

ざまぁ見ろ。俺には家族が居るぞ? 血の繋がった掛け無しの家族が居るぞ。

 

「ハッ…ハハハ…クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!」

 

おい、見ろよ。俺の爺さんは凄いぞ!! 

 

「我を貫く為のモノよ。弱きモノがより強大なモノを打倒す為のモノよ。護身だのなんだのと言うのは極論を言ってしまえば『都合』の問題じゃ。ワシはワシが必要だと思ったからこそワシの都合でワシの流派を創り、道場を構え、学園を運営しとる。所詮は色々とやらかして、成し遂げて、ワシが必要と考えたからやっとるんじゃ。のぉ? 百夜よ。ワシとお主、変わらんじゃろ? ワシはワシの都合でお主を腐らせたくなかった。お主はお主の都合、考えで腐るのを止めた。そう言う事じゃよ」

 

「OK、OK。分かった。自由にする。責任も持つし、人にも擦り付ける。俺の都合で、勝手に妥協したり、貫かせたりする。俺は、そうやって自分勝手に生きる。今はそうやって行く。何時か変わったらまた、何か考える。振り返って見直して、開き直って、また自分の都合で生きて行く。」

 

川神鉄心が満面の笑みを浮かべた。

 

(あぁ、この人。やっぱ俺の祖父ちゃんだ。負けるのが悔しくて堪らない。でも、武人だから全力で向かって来て欲しい。その上で勝ちたいんだ。)

 

俺と似てる。やっぱ、勝ちたいよね。

 

やり方は知ってる。顕現とかビームとかそう言ったのは所詮は見せて怯えさせる警告なんだ。結局、どうやって相手を沈めるか。其処まで持っていく為のモノでしかないんだ。

 

強い奴に勝つ為の見せ技なんだ。打ち合っても良いし、打ち合わなくても良いんだ。

 

(やり方は知ってる。最初に俺をぼこった奴がそう言う奴だ。要は、アレと同じ事をして自分に合う様に適合させていけばいい)

 

簡単な事だ。

 

(やれる事、全部やれば良い)

 

思い出せ。散った夢を。あの紅い部屋を

 

何かが、噛み合った気がした。気の所為で良いけど。それでも、これだけは言いたい。

 

(でもやっぱ、戦うってメンドイ。極力戦わない方が、やっぱ俺らしいわ。)

 

 

 

 

 

 

 

Side out

 

「むぅ、そろそろかのぉ」

 

「だな…茶番では在ったが面白いモノを見れた」

 

橘平蔵とヒューム・ヘルシングはそう言い。頷いた。両者の瞳には好奇の光が絶えない。が、この二人と違う少年達は違った。

 

「まだです。まだ、分かりません」

 

「だな。何て言ったって百夜だからな」

 

「うむ。我が強敵ならば絶対にまだ終わらん!!」

 

信じている。何かをしてくれると心の底から信じている少年達は、大人にそう言う。

 

「あまり無理を言ってやるな。武神は強い。あの少年、川神百夜も確かに強い。だが…」

 

「英雄様、年季が違うのです。潜りぬけた修羅場が、降して来た者達の数が圧倒的に違うのです。それが分からないのであれば……ソレは未熟では無く、怠慢だ。英雄」

 

橘平蔵は教育者として、教え導く者として温かい声色で言う。

 

ヒューム・ヘルシングは従者として言った後、武人として年長者として、守護者として仕える者の子に言う。

 

「……っ。俺は…」

 

その最中に釈迦堂刑部は目を覚ました。体の芯から広がる倦怠感と、腹に残る鈍痛を感じ

 

「やられたのか…ハハッ、俺じゃぁやっぱ無理だったか」

 

情けねぇ…

 

そう吐いた刑部に声を掛けたのはクラウディオと呼ばれた執事だった。

 

「いえ、貴方が闘ったからこそ川神百夜様は立ち上がられました。貴方に憧れたのでしょう。誇って良い事だと私は思います」

 

「アンタが何処の誰かは知らないが…まぁ、予想は着く。けどな、俺は結局…」

 

「確かに、目的は果たせなかったのでしょう。ですが、雛鳥は飛びました。飛び立たせたのは武神では無く、貴方だった…そう言う事です」

 

「………そっか。百夜は飛んだか…見れば嫌でも分かる。楽しそうにしやがって。やっぱアイツは俺に似てるわ。碌な人間にはならねぇぞアイツ。」

 

そう言い。清々しそうに笑う。

 

「だから、教育してやる。敗北を重ねれば少しはマシに成るだろう。赤子程度にはな。」

 

「高校はワシの所に来させるか? 貴奴程の人間なら…面白く成るわい。」

 

『ハッ…ハハハ…クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!』

 

呵々大笑。これでもかと言う程の大笑い。喜びと嬉しさを孕んだ産声の様な笑い声が聞こえた。

 

自然とその笑い声の主に視線が行く。川神百夜が立ち上がった。ニタニタと笑みを張り付けて、構えもせずに立ち上がり。口を動かした。

 

 

        く

 

               ぞ

 

                      ?

 

轟音が響く。川神鉄心が初めて吹き飛ばされた。毘沙門天は既に消しており、生身一つ同士で睨みあう。

 

橘平蔵は己の目を見開き、言う。

 

「あ、兄者の…」

 

川神百夜はただ川神鉄心を殴りつけただけだ。だが、その行動への入り、抜きは平蔵に取って見覚えのある動きだった。

 

「橘幾蔵…虎狼か。確か、川神百夜は虎狼に立ち向かったと報告を受けたな」

 

「その一回で覚えたのか…末恐ろしいのぉ」

 

「ああ。やはりアレは危険だ」

 

川神百夜は繰り返す。ただ近づき、殴る。ただ近づき蹴る。

 

川神鉄心も繰り返す。避ける。防ぐ。受け流し、殴り返し、蹴り返す。

 

単純な殴り合い。

 

普通と違うのは、お互いがただ速く。ただ強い。

 

川神鉄心と川神百夜の違いは一つ。

 

前者は受け、流し、殴り返して倒しにかかる。

 

後者は攻め、覚え、受け、流し、全ての攻めを急所に集め殺しにかかる。

 

決定的な違いだ。一撃で崩れる。

 

「生来の臆病者…と言う事ですかな? やれやれ、紋白様をお連れせずに本当に良かった。コレは刺激が強い程度では済まされません」

 

「ハハッ…強ぇなぁ。百夜よぉ、やりゃぁ出来るじゃねぇか」

 

少年少女はただ見せられた。単純な殴り合いが美しい。どんどんと傷つく二人が美しいのだ。枯れ木の様な老人の何と靭な事か。幼さを残す少年の何と苛烈な事か。静と動。それが織り成す打撃の音楽。リズム何て無い。ただ単調な筈の音色が、大地を蹴る音と空を切る音に支えられ響く。

 

殴られて殴り返す。蹴られて蹴り返す。ただの一撃ごとに無駄が削がれていく。

 

ただ、その方が早く殴れるから。その方が体重が乗るから、その方が攻撃を受けずに済むから。

 

無駄な動きが在る筈なのに無駄がない。故に美しい。その軌跡はスッと心の中に入ってくる。

 

飛ぶ汗や唾液までもが光って見える様な錯覚を起こす。

 

「む?」

 

「ん?」

 

ただ二人の武人が微かな違和感を覚えた。

 

「…まさか」

 

「外氣か。本当に手がつけられん。早めに遣らねば持久戦に持ち込まれるぞ。」

 

「ハハッ、ハハハハハハハハ!! そうだ!! ソレで良い百夜!! お前は勝つ為に全力を出せばソレで良い!!」

 

たった一人だけ、釈迦堂刑部だけが喜色の声で叫ぶ。ソレで良い、それが良い。だから良い。

 

肯定を繰り返し、称賛する。

 

勝つのがお前だ。勝ちに往くのがお前だ。敵は全部叩き潰すのがお前だ。お前の在り方の一つだ。

 

その声に、一際大きい声が響いた。

 

『応さ!!』

 

単純な殴り合い。喧嘩だ。試合なんて綺麗なモノじゃない。死合何て暗黙のルールが在る訳でもない。生きて居れば勝ちでは無い。死んだら負けでは在るかもしれない。

 

「釈迦堂!!」

 

「ぬぅ!!」

 

橘とヘルシングが刑部を睨みつける。だが、そんな視線は飄々と受け流した振りをして、声が震えるのを我慢して、内心で悲鳴を上げながら釈迦堂刑部は言い切る。

 

「熱くなんなって、こりゃぁ、喧嘩だ喧嘩。自分を貫き通したら勝ちの喧嘩だ。ジジイの都合でルールが決められたか? 違うよなぁ、全く持って違う。」

 

ハハッ

 

短い笑い声に鬼気が混じる。

 

「俺はよ、妥協を覚えた。大人にも成った。で、思い出した。俺は結局…『大人の都合』に負けて『俺の都合』にも負けちまった。負け犬だぁ、情けねぇ。だからよぉ、勝たせてやりてぇ。勝って欲しいんだよ。ダチの為に我を張って、自分の為に我を張って、何が何でも勝ちに往く。往こうとするアイツによぉ」

 

ゆっくりと立ち上がる。それだけに気力を振り絞る。

 

それだけの為に、今までに一度も無い程の力を振り絞る。

 

「自分が出来なかった事をやって欲しいって言う『俺の都合』だ。アンタ達もアンタ達の都合が在るだろうけどよ…ハハッ、だったら俺は『百夜の都合』を『アンタ達の都合』よりも優先してやりてぇ。アイツの未来が見てぇ。破滅が何だ、責任がどうした、自重何てしなくていい。」

 

百夜(アイツ)は俺達の都合通りには往かねぇよ。

 

そう吐いて、手を叩き、大きく笑う。

 

「ほら、見ろ。」

 

何時の間にか、川神百夜と川神鉄心は炎に包まれて居た。

 

 

 

 

百昼百夜は燃え続けるであろうとさえ思わせる業炎。全てを焼き尽くしてしまう様な炎。

 

ソレは何処か切なく、儚く見えた。

 

 

 

 

釈迦堂刑部は夢を見た。立ったまま夢を見た。現実を見ながら夢を見た。意識を保ったまま夢を見た。

 

少年が明王を纏って笑っている。

 

呵々大笑を響かせて、拳を握り、大地を踏みしめて笑っている。

 

夢の残骸だと、誇らしげに、切なげに言い放ち、笑い続ける。

 

(あぁ~クソッ……鍛錬増やすしかねぇなコレ。)

 

釈迦堂刑部は熱に浮された様に、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二十三話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

面倒臭い。

 

闘いとは面倒臭い。意地を張るのも疲れる。体を動かすのも疲れる。でも、負けるのは死ぬほど嫌いだから闘い続ける。

 

勝つのは気持ちが良いから勝ちに往く。

 

そんな川神百夜は祖父である川神鉄心と拳を合わせて直ぐに理解する。

 

自分では勝てない。生身では勝てない。鎧を着た所で意味もない。武装などしても意味がない。

 

考えれば直ぐにでも分かる事だ。川神鉄心が一番得意な事が闘う事だ。拳で足で体で、自身の五体で闘う事を得意としている先達に、今更動き始めた自分が勝てる要素が無い。

 

経験が違う。例え肉体的な強さが拮抗しようともソレの差であっと言う間に負けてしまう。ソレではダメだ。ソレは嫌だ。今も動いていられるのは意地だ。絶対に負けてやらないと言う意地で、必死に成って学んでいるから動いて居られる。

 

川神鉄心が相手の成長を喜ぶ人間で良かった。と、川神百夜心の底から思っている。

 

もし、自分の様な人間だったら最初の一撃で決めていた。面倒臭いからだ。相手の成長など知った事かと相手が理解できない方法で、完膚なきまでに打ちのめす。

 

そうしないと後が面倒臭い。後腐れなく殺した方が手っとり早いが、今の時代ではソレの方が面倒臭い。

 

故に、勝つ場合は圧倒しなければならない。匙加減が難しいのだ。

 

既に勝つ気で居る川神百夜だが、このまま殴り合って勝てるとは微塵も思って居ない。在る程度手加減してくれてはいるが、それも少しずつレベル上げられている。詰まりは最初の状態と殆ど変って居ない。

 

強い相手に勝つ為には幾つかの方法がある。奇襲騙し討ち等だが、結局、相手と同じ土俵に上がってしまうのならば意味がない。

 

相手の土俵で闘っては成らない。コレが絶対だ。自分が相手より優れている部分で闘わなくては成らない。

川神百夜が川神鉄心に勝っていると自信を持って言えるのは氣の容量のみである。

 

運用等は今一分からない。多分という言葉を前に付けて勝っていると言えるのは発想力で在るが…ソレも妖しい。

 

だからこそ、勝ちたいと思ってしまうしまうあたり川神百夜はどうしようもないのである。

 

 

 

どうも、現在奮闘中の百夜です。アレですね。この最強爺様に勝てる要素が欠片程度でも在るのは幸運なんだろうけども、理不尽ですよね?

 

だから、違う風に勝負を決める事にしました。

 

(この川神百夜!! 勝利と言う結果を得る為ならば!!)

 

過程等はどうでも良いのだぁぁぁぁ!!

 

と、言う訳でして。コツコツと小細工を仕掛けて発動の手順です。何時も通りだね。

 

でもまぁ、アレだ。俺の中での炎ってのはいろんな意味で-が付いてくるんだわ。夢を潰されたとか、壊されたとかね?

 

それを、実にしてしまうと意外と綺麗な物でちょっと誇らしい。

 

俺はこんな綺麗な夢を見てたんだぞって言いたくなる。

 

「百夜、お主」

 

「カカッ、夢だ、残照だ、残骸だ。嘗て見た夢の残り火だ。」

 

爺様の攻撃は馬鹿みたいに痛い。痛いのは嫌だ。

 

爺様の攻撃は馬鹿みたいに辛い。辛いのは嫌いだ。

 

爺様の攻撃は馬鹿みたいに苦しい。苦しいのは御免だ。

 

「見てるか英雄!! 俺の夢の燃えカスだ!! 俺がお前と見た夢の残照だ!! 綺麗で綺麗で堪らないだろ!!」

 

だから、コレはずっと持ち続ける。俺の思い出だ。

 

炎は酸素を媒介に燃える。

 

人間は酸素が無けりゃ窒息する。在り過ぎても死ぬけどねぇ。まぁ、そういう方面から攻めて行こう。

 

「纏ったか…顕現を」

 

「カカカッ、だって爺様の攻撃は痛いし? 俺の攻撃全部防ぐか避けるか流しちゃうんだものぉ」

 

「それで、ソレか? カッァ~…お主はそれだけで其処に至るか。才能に愛されとるのぉ」

 

拳を握る。蒼い何かが指を包んでいる。否、全身を包んでいる。まぁ、ソレが俺なりの方法だ。生身で勝てないんだったら、強化服を纏えば良いじゃない。

 

重みも無く、ただ、攻撃力、防御力、素早さを上げてくれるヤツをさぁ。精神感応金属(オリハルコン)とか憧れる。マジで。

 

「ちょっと、真剣に本気で往くかのぉ」

 

「やってみろよ。今回は俺が勝たせて貰う。もう、闘わない様にねぇ」

 

まぁ、アレだ。取り合えず酸欠にでも成ってくれや。

 

迦楼羅焔(かるらえん)!!」

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

九鬼英雄・葵冬馬・井上準はその輝く何かに魅せられていた。

 

見ているだけで分かるモノが在る。美しさが在る。寂しさが在る。何よりもソレには『熱』が在るように思えた。

 

見ている方が羨ましく成るほどの『熱』それは情熱なのかもしれない。

 

その光が一瞬で消え、膨大な熱量を解放し炎と成った瞬間。九鬼英雄の脳裏にはあのパーティー会場が思い出された。

 

左腕が、肩が疼く。ズキリ、ズキリと痛む。

 

あそこに置いてきてしまった。何よりも輝いていたモノを置いてきてしまった。失ってしまった。

 

九鬼英雄は理解している。自分の将来の事を、メジャーにはいけない。プロには成れない。其処の世界には行けない。其処で生きる事は多くを放棄する事に成る。

 

自分が誰の子供で、どういった教育を受けているのか理解しているから。それが必要だと理解し納得し受け入れても居るから。自分が望んでも居るから。

 

もしかしたら、その世界に生きても許されるのかもしれない。否、あの父ならば手放しで了承してくれるだろう。母も理解はしてくれるであろう。

 

が、自分が負う筈の受け持つ筈のモノは何処かの誰かに回される。もしかしたらソレは姉なのかもしれない。出来たばかりの異母兄妹なのかもしれない。ソレを考えると嫌っだった。

 

誰かに回すのが嫌だった。我儘で在る事は理解しているが、自分のモノを誰かに回されるのはどうも嫌だった。どちらも一緒には出来ない。そんな甘い事は言えない。

 

父の背を、母の背を見て育った。育って来た、コレからもそうだ。我慢ならない。そんな事は出来ない。両親を馬鹿にするような事は出来ない。

 

だから、その内選ぶ事には成っていた。何時かその日が来ると理解していた。

 

野球はしたい。でも、両親の後も継ぎたい。

 

はっきり言ってしまおう。今回の事件で野球を出来なくなった事を医者から聞かされた時、九鬼英雄は心の片隅で安心してしまった。そして、その事に憤った。嘘を吐いてしまった自分に、その嘘を言ってしまった友人に申し訳が立たなくて憤った。

 

答えは出ていたのだ。

 

川神百夜に話した時に、一緒にメジャーに行くのだと言った時に。夢を語ってしまった時に。答えは出て居て、でも悩む事にしてしまったのだ。甘えてしまったのだ。

 

嘘偽り無く言ってしまえば川神百夜と共に進む未来。野球に拘わらずともそう言う未来を夢想したのだ。していたのだ。野球だったのは自分が好きだったからであり、お互いが共通して行ってきたモノだったからだ。

 

だからこそ、取り乱す事は無かった。そして、川神百夜の顔を見ずらく成った。此処に来て顔を見て話す。昔だったらどうとでも無い事だった。

 

今日のソレは驚くほどに勇気が必要だった。だから、遅れた。来るのが遅れた。川神百夜の心の内の声を聞いた時、九鬼英雄の罪悪感はピークに達していた。

 

『やりたい事が有るんだろ!! 夢が有るんだろ!! 俺に構ってる暇が在るならそっちを優先しろよ!! 俺には無いんだよ!!』

 

違う。無いのではなく、無くなったのだ。そして、夢を語った自分が川神百夜に夢を見せたのだ。

 

『ヴィジョンが無いんだよ!! 夢も!! やりたい事も!! 何も無いんだよ!!』

 

自分が与え、自分が奪ったのだ。唯一の夢を奪ったのだ。台無しにしたのだ、その癖に自分は安心してしまった。ホッとしてしまった。

 

泣き喚いて頭を下げれればドレだけ気が楽に成っただろうか…

 

だが、それは出来なかった。九鬼英雄はソレをしては成らなかった。其処で何かが終わってしまうと思ってしまったからだ。

 

川神百夜は言った。羨ましいと、眩しいと。だからそんな事は出来なかった。自分が認めたのだ。そう思ったのだ。九鬼英雄と川神百夜は対等であると。

 

だから、気づいても欲しかった。相手がそうで在る様に、自分もまたそうなのだと言う事に。

 

故に、炎の中から聞こえる川神百夜の声に、九鬼英雄は耐える事が出来なかった。

 

『見てるか英雄!! 俺の夢の燃えカスだ!! 俺がお前と見た夢の残照だ!! 綺麗で綺麗で堪らないだろ!!』

 

美しかった。自分もそう思っていた。何者にも制御できず、我が道を突き進む友人が、普通ではない事を当たり前の様にする友人が、眩しかった。

 

苛烈で悪辣。過程を放って置いて結果を得る友人が羨ましかった。自分の事を考えて生きるそのある種の素直さが眩しかった。

 

だから

 

「あぁっ!! 綺麗だ、今まで見たどんなモノによりも!!」

 

本当にお互い様な事を羨んでいた友人と本当の意味で友に成れた気がして、対等に成れた気がした。

 

「グッ、ヒッ…綺麗だっ」

 

涙が止まらない。涙が止まらない。嬉しくて、申し訳なくて止まらない。

 

自分が勝手にそう思ってるだけなのかもしれない。向こうは違うのかもしれない。答えは聞かなくては分からない。

 

だが、この炎を見ると聞く気も無くなる。

 

それは肯定と受け取っても良いのだろうか? あの素直で捻くれていて面倒臭がりで必要以上に賢しい友人の肯定と受けて取っても良いのだろうか?

 

「おいおい、天下の九鬼の御曹司が泣きじゃくるなよ」

 

「そうですよ、九鬼君。貴方が泣くと百夜が怒ります」

 

「グッ、うぅぅぅっ…泣いてなどおらん。喜んでいたのだ!! 砂埃が目に入っただけだ」

 

強がりを言った。だが、ソレも

 

「貴方達は羨ましく成るぐらいに友人ですよ。僕はそう思います」

 

「だよなぁ。俺もお前と百夜のコンビは凄い羨ましいよ」

 

「我は…友で良いのだろうか」

 

直ぐに見破られた。そして、その隙間に割り込まれる。弱音が漏れた。

 

「お前が友達だって思ってるならソレで良いんじゃねぇ―の? アイツもそうだろうし」

 

「ですねぇ…百夜に友達か? と聞けば『えっ? 違うの?』っと返ってくるでしょうし」

 

「お前達はそう思うか? 我は…我は百夜に嘘を吐いた、吐いてしまった!! 我は野球を出来なく成って心の片隅でホッとしてしまった!! 我が百夜に与え、奪った!! そんな…そんな我が…」

 

「ならば謝罪する事から始めよ!! 友なのだろう!! 失いたくないのだろう!! 顔を上げよ!! 英雄!!」

 

九鬼揚羽がまだ赤い顔で言う。

 

「お前は…出会ったのだろう? 友に、強敵(ライバル)に、ならば対等な者として謝罪せよ!! 親友なのだろう?」

 

「…はい。」

 

闘いが終わったら謝ろう。川神百夜が弱音を吐いた様に、自分も弱音を吐いてやろう。そして最後に謝ろう。

 

「うむ!! 良い顔に成った。ソレでこそ我の弟よ」

 

「…無敵過ぎるだろこの姉ちゃん」

 

「だから、百夜が好きに成ったのかもしれませんねぇ」

 

「我の姉上だからな!!」

 

「?! いや、その…婚姻はまだ早いのだ!! 」

 

(若、若、)

 

(えぇ、脈ありとか通り越してるんじゃないんですか?)

 

(恐らくだが…姉上にあそこまでハッキリ好意を言える百夜の突き抜けっぷりが凄いと思うのだが?)

 

ヒュームの青筋がまた浮き上がるのを端目に三人は小声で話し合う。

 

(おい、あの執事さんの青筋が凄い事に成ってるぞ!!)

 

(むぅ、ヒュームは姉上の師だからな。中々に評価が厳しいのかもしれん)

 

(……そうです。二人とも僕に合わせてください)

 

「九鬼君のお姉さん」

 

「う、うむ?」

 

頭の中で言われた事が延々と繰り返されているのだろう。顔の赤らみがまだ抜けて居ない。

 

「確かに百夜とお姉さんはまだ婚姻…結婚は出来ませんので婚約で良いんじゃないんですか?」

 

(ちょっとー!! 若、ダメだって!! ほら、何かあの執事さんの血管が凄い事に!!)

 

「む、そうです姉上!! 冬馬の言うとおりです!!」

 

「こ、婚約…」

 

(だから、何でお前も乗るんだよ九鬼ー!!)

 

(九鬼君? 僕の事を)

 

(弱音を吐いてしまったからな、頼りにもしてしまった。友達で良いのだろう?)

 

(えぇ、喜んで英雄)

 

「そ、そうだなー。将来の事を考えてソレで良いんじゃないかなぁー (棒)」

 

「しょ、将来!!」

 

将来と言う言葉に更に顔の赤みがヒートする。

 

「そうですねぇ。お姉さんは年上でも在りますし僕達もまだまだ子供ですから、将来どうなるかは分かりませんし…」

 

「うむ、此処は姉上が王たる者の器を…度量の大きさを見せて魅せるのが良いのではないかと、我は思います」

 

「それで良いんじゃね? アレだ、我と結婚したければこれ位やって見せよ~ぐらいの事言って成長させてみるとかな」

 

「…度量…大きさ…成長…うむ。真摯な気持ちを伝えられたのだ!! 我も真摯に答えよう」

 

(ふぅ、コレで百夜に貸し一です)

 

(いや寧ろ借りじゃねぇか? あの執事さん一周して落ち着いたみたいだけど)

 

(そこは百夜次第であろう? 我としてはそうなって欲しいと言う希望も多少あるが)

 

チラッと三人は九鬼揚羽見る。

 

「度量…女としての器の大きさ…妾?」

 

(……余計な事を言ってしまった様ですよ? 準が)

 

(はい、アウトー!! 俺だけの所為じゃねぇーよ!!)

 

(我等は百夜に余計な試練を与えてしまったのかもしれんな)

 

因み、ヒュームの血管がまた凄い事に成っていた。

 

 

 

Side out

 

 

 

 

川神鉄心は炎の監獄に閉じ込められた瞬間、その目に一つの姿を焼き付ける事に成る。

 

蒼き鎧を纏う自身の孫、川神百夜。

 

外氣と自身の氣で造り上げたであろう顕現を鎧として纏う。防御力が上がっただけでは無い。全てが総じて強化されている。この技法は全ての闘う者が欲しがるであろう物だ。

 

そして、其処には自分も含まれている。

 

そして見る。

 

正に明王を纏った孫の背後に火炎を纏い、吐き出す鳳の姿を。

 

(やれやれ…)

 

負けるかも知れない。

 

一瞬そんな事を思ってしまった。それは在りえない事だった。たった十年程しか生きて居ない小僧にそんな事を考えてしまった。

 

(年を取った…馬鹿馬鹿しいのぉ)

 

「百夜よ。一つ言うておく」

 

「? 何さ?」

 

血が滾る。これは極上の相手だ。

 

闘争心が吠える。コレは強敵だ。

 

己の中の武が震える。コレは間違いなく怖れるべき相手だ。

 

「百年早いわぁ!!」

 

経験が、百戦錬磨等とうに超えた経験が語りかける。

 

時間を掛けるな、持てる全てで、一撃で、一足で、仕留めろ。

 

理性は迷った、だが、本能が勝った。

 

何度もなぞった自身の最速の動き、最高の一撃を繰り出す。

 

大地が凹む、一足。

 

音の壁が破れる打撃。

 

瞬きさえ許さない最速の急所への一撃。

 

川神百夜の纏った外装が在るからこその全力。技の名等無い。そもそも川神鉄心が本来使う拳に、蹴りに名前などは無い。

 

だからこそ、その一撃は致命的だった。

 

致命的なまでに見透かされていた。鉄心が放った一撃は綺麗に百夜の胴の中心を穿った。穿ってしまった。

何の抵抗も無く胴が穿たれた。

 

右腕が封じられた。

 

がっちりと腕を掴まれる。五指が肉にめり込んだ。

 

「ッ?! お主!!」

 

「ゲッ?! ゴッ、ガガッダ」

 

鮮血を口から溢れださせ、濁った声で嗤って見せる。

 

「…何と言う」

 

鉄心には既に右腕の感覚が無かった。右腕は確かに存在しているのにその存在が感じられるのに、自分の意思で動かせなかった。

 

ビチャビチャと汚ない音を立てて血が零れる。鮮血は食道で胃酸と混じり黒く変色して異臭を放ちながら鉄心の顔面に噴き掛けられた。

 

危険だ。危険だと本能と理性が同時に警鐘を鳴らし直ぐに左腕で川神百夜の体を吹き飛ばそうと動く。

 

理性は自分の孫の命が危険だと警鐘を鳴らした。

 

本能は自分の命が危ういと警鐘を鳴らした。

 

どちらも間違って居ない。どちらも正しく、正しい。

 

家族の命、自分の命。無意識の内で葛藤が生まれる。一瞬にもみたい馬鹿みたいに短い一瞬の停滞。ソレ故に、左腕の行き先を限定されてしまう。

 

次は蒼い氣の鎧に阻まれた。ソレも一瞬。その一瞬の一瞬前から行動されてしまって居れば間に合わない。ソレが答えだ。

 

(何と言う?!)

 

呆気なく、左腕に五指がめり込んだ。右腕の焼き回し。

 

蹴りは出せない。ジワリと毒の様に感覚がマヒしていく。右半身は動かない。両足で立てているのかすら分からない。自然と左半身に力が籠る。

 

左腕は動かない。

 

百夜の顔は既に青を通り越して白く成っている。それでも嗤いが止まらない。笑みは崩れない。

 

「オデボガディダァ!!」

 

「……執念」

 

自分達を包んでいた火炎が川神鉄心のみを包み強く燃え上がった。

 

(見事…勝利への執着、執念、実に……見事)

 

川神鉄心の意識は一度其処で閉じた。

 

(悔しいのぉ)

 

最後にそう呟いて。

 

 

 




スプリガンはロマン!! 異論は認めない。


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二十四話

辻堂さんの所為で睡眠時間がない


それは正しく死闘だった。肉を貫かれ骨を砕かれる死の危険が伴った死闘だった。

故に、この闘いに勝者はいない。

試合では無く、死合では無く、死闘。私闘でもある。

ただの喧嘩だった。

両方が両方の我を貫こうとした。その結果、お互いの我が通ってしまった。

結局の所、川神鉄心の読み勝ちだったのかもしれない。

だが、最後に鉄心が思った事は悔しいと言う途方も無い思いだった。

そんな事を知らない川神百夜は…否、川神百夜達はその決着に漸く一息ついたと言う状況であった。

 

九鬼英雄、葵冬馬、井上準の三人は百夜に駆け寄った。

丁度、百夜の腹から鉄心の腕がズルリと抜けた瞬間だった。

 

「ク、クラウディオ!! 早く医療班を!!」

 

「百夜!! 直ぐに九鬼の医療チームが来ます、ソレまでは絶対に意識を失わないでください!!」

 

「おいおいくたばるんじゃねーぞ!! 折角イロイロと決着が付いたんだろうが!!」

 

この少年三人が焦るのは当たり前だろう。腹を貫かれた少年を見て無事とは微塵も思えない。それは当たり前のことだ。

だが、忘れてはいけない。この少年には普通なら在りえない技がる。

 

一瞬で傷が塞がる。

 

瞬間回復。これがその技の名。常識外の技術だ。そして、少年は何時も通りに言う。

 

「あ~…死ぬかと思った。もう、絶対にこの爺様級の人とは闘わねぇ」

 

「残念だが、次のステージへご案内だ。」

 

もう、闘わないって言ったじゃないですか!! ヤダー!!

 

川神院に何時も通りの覇気が無く、何処かめんどくさげな声が響いた。

 

 

 

 

 

このまま、第二ラウンドか?! そう思った瞬間、川神百夜の意識は落ちた。

 

 

変化した。

 

此処で知っていなければならない事が在る。

川神鉄心との闘いで川神百夜が使用したのは、橘幾蔵と川神鉄心に釈迦堂刑部の動きを自分に合う様に最適化した物が殆どである。

そう、殆ど。

その殆どでは無い部分に在るのは、魔法使いの知識。

つまり、反動があるモノが多々ある知識を使い戦闘を行った。像を借りる様な形で使えば良かった物を本格的な知識とその為の技術を使用して使ってしまった。

つまり、概念的な威力、効果を発揮できる様に使ってしまった。

 

故に、反動が来た。

 

「ふぅ、そんなに荒々しい心で事を行ってはいけませんよ? ヒュームさん」←百夜

 

「え?」←冬馬

 

「なんだ幻術か」←準

 

「なっ?!」←英雄

 

「ん?」←ヒューム

 

「おやおや」←クラウディオ

 

「ハハハハハ!!」←平蔵

 

(((((誰だこいつ?!)))))

 

「やはり妾…いやしかし…」

 

一名、未だに考え込んでいたのは割合する。

 

迦楼羅焔。不浄を焼き尽くす炎。浄化の炎、聖なる焔。つまりは、そんな焔を使った上に自分の体に纏ってその氣さえも吸収して闘いまくった所為で、体中に在った邪気やら欲望やらが浄化されて賢者ならぬ聖者モードに移行してしまった訳である。

 

この後、日が昇り始めるまでの間ヒューム・ヘルシング、クラウディオ、橘平蔵三名は聖人・川神百夜に釈迦堂と鉄心の治療をしながら正座で説教をされるというなんともカオスな事に成った。

次の日、井上準は語る。

 

「後光が差してたんだ…一番の被害者は九鬼のねーちゃんだよ。イロイロと考えて答えを出してたみたいだけど、聖人に何も言えねーよ。」

 

序に言えば、その時の出来事を川神百夜は一切覚えていない。性質が悪いにも程が在る。

 

 

 

 

 

 

場面を変えよう。小雪と言う少女の話だ。

 

彼女は一度殺人事件を起こしそうに成った。その為、精神不安定を理由に別の病室へと移された。トイレが室内についている個室だ。コレは周りの患者への配慮も有ったが、彼女自身の事も考慮しての事だった。

今の彼女には鎮静作用のある薬が一日に二回出ている。朝と夕にである。

病院側としてはハッキリと言って迷惑な病人だ。追い出す事も可能である。それだけの危険性を孕んでいる。だが、彼女のこれまでの経緯を知って居れば同情や憐憫が湧く。そして、だからこそ放りだす事が出来ないのだ。

この病院の医院長は。

その事を良く知る医院長の息子である葵冬馬は、幼いながらにソレを利用した。

 

「彼女は、僕の友達なんです。僕が初めて助けた友人なんです。」

 

どうにか穏便にすませてくれませんか?

 

理由を造った。相手にされない可能性が高かったが、コレは確実に自分の弱みで相手に取ってある種の取っ掛かり…餌だった。

勿論の事、冬馬の父はソレは本来はしてはいけない事だと言う。医師は公平で無ければ成らない、平等で無ければ成らないと矛盾した事言う。

歯を食いしばる。冬馬は歯を食いしばる。悔しさからでは無い。

お前が言うなと言う、怒りを堪えて居たのだ。

そして、自分の子供に恩着せがましく言う実の父に嘘の笑顔を張り付けて答えるのだ。

 

「ありがとうございます」

 

と、精神安定剤を投与される事は考えていたが。ソレが毎日の事だとは冬馬自身思って居なかった。だが、仕方がない。詰めが甘いと言われればそれまでだ。

だが、彼は未だ小学生なのだ。それも、まだギリギリ低学年と呼ばれる位置にいる少年なのだ。

彼がソレを知ったのは川神百夜の闘いを知った次の日の寝不足気味の昼の事だった。

 

頭が巧く働かない。

 

ぎりぎりで働いた自制心が父に訴えるのを抑える。

 

思考が纏まらず、眩暈がする。

 

ぐるぐると、ぐるぐると回る。

 

(甘かった!! 僕は甘かった!!)

 

少女がとろんとした眠そうにしている病室で膝を着く。隣りに立っている井上準も何処か上の空で何事かを呟く。

 

「何だよ…何で…何で…」

 

葵冬馬と井上準はこの時初めて、人の悪意…無意識の悪意に出会った。

それは、無関心から来るもので。だが、少年の言葉を裏切ってはいなかった。

一体どういう方法ですませると確約した?

この処置は暴力的では無い。が、良心的でもない。

ただ、周りに迷惑を掛けない穏便な方法の一つ(・・)では在った。

願いは違われていない。あの時頼んだ事を違えてはいない。

 

「汚ないっ…何なんだよ…こんなの在りかよ」

 

(考えが甘かった!! コレが人のやる事なんですか?!)

 

九鬼に頼ろう。そんな考えが頭に過った。だが、それも直ぐに否定された。

可能だが、否定したのだ。

病院のトップの不祥事、暴かれる不正。信頼を失う。今この病院に居る患者達はどうする? 真面目に、人の為に働いている看護士や医師達はどうなる?

 

自分達一家が路頭に迷うのは構わない。父はそうなって当たり前の事をしたし、している。自分もその利益に生かされて来た。享受してきた。

 

だが、他の人間は違う。

 

(どうすれば、どうしたら…僕達は…僕達は…)

 

泣き寝入りは嫌だ。こんな状態の少女を放って置く事なんぞ出来はしない。そんな事したら自分を許せない。許せないどころじゃない。自分を殺しても足りない。

 

「若…百夜に頼もう。アイツなら…アイツなら何か考えつくかも知れない」

 

「…ですが」

 

この時、冬馬は迷った。とても個人的な事で迷った。

 

この事で、友人に見捨てられたらどうしようと。

 

そんな事は起こりえないと確信しているのに一抹の不安が過る。

 

「若!! 俺はコイツは幸せに成るべきだと思う!! 良いじゃねぇか、百夜に何言われようがさ。自分可愛さに縮こまって嫌な事を見て見ぬふりしててさ、そんなんでアイツの…アイツの友達名乗れねぇよ。俺は!!」

 

「…そう、ですね。胸を張って友人とは言えませんよね。そうしましょう。」

 

一度背負ったのです。誰かの手を借りてでも最後までやり遂げなければ…

 

(百夜に笑われます)

 

そんな人間だからこそ、川神百夜が眩しいと言うのだと二人は知らない。

 

そんな人間だからこそ、川神百夜は羨み妬んで尊敬する。何だかんだと口で言いながらも協力はするのだ。

 

 

 

 

 

此処で時を戻す。

 

川神百夜は朝方に帰った友人達+αを見送った後、ゆっくりと自室で惰眠を貪っていた。本来ならば、壊れてしまった道場の一部や融解してしまった石段の一部を治したりとしなければいけないのだが、其処は声質を取っていたので九鬼が直ぐに治してくれた。

 

金持ち怖いが口癖に成りそうに成った一瞬でも在る。

 

まぁ、そんなこんなで惰眠を貪っているのだが…他の二人はそうもいかない。

百夜によって少しばかり異質な治療を施された釈迦堂と鉄心の二人は子供道場や、本日のバイトに向かっている。

完全に家、言い方を変えれば川神家の居住域には百夜一人しかいない。つまり、安心してクーラー変わりに冷気を使ってのびのびと休んでいたのである。

 

スパーン!!

 

「なんぞ?!」

 

障子が勢いよく開けられてビビルのも仕方が無い事なのである

 

「ハッハッハッ!! 九鬼揚羽参上!!」

 

「おはようございます。三時間ほどしかたっていませんが」

 

更に、思い人が現れたのでちょっと嬉しい気分に成っているのも秘密なのである。

 

 

 

 

 

 

Side 百夜

 

参上じゃなくて惨状っていうかご覧のあり様だよ!! と思う今日この頃、皆さまお元気でしょうか? 百夜です。

いやージジイは強敵でしたね!!

朝起きたら体の内側から違和感がしてましたが今はもう回復しました。

いや、現実逃避何だけどね~。会いたいなぁとか不意に思ってみたら思い人が来ました。これはもうこの人と結婚しないと間違い何じゃ無いのかと思ってしまうそうです。

 

 

コレは無いと思う。この人好きだけど苦手だ。好きだから苦手なんだろうか? まぁ、良いか。

取りあえず、話を振ってみる。

 

「で? 何の用?」

 

「うむ!! さ、昨晩の返答をしようとだな…その、結婚は無理だ!!」

 

(振られたーーーーーーーーー!! )

 

いや、無理も無いけどね。

 

「…………」←この世のモノとは思えないほど暗い雰囲気を身に纏って体育座りな百夜

 

「いや!? 今は無理と言う事で在って汝の事が嫌いとかそういうのではないのだ!!」

 

(青春ですなぁ)

 

はいはい、別に良いですよぉ。

 

「今は年齢的に無理なのだ!! だ、だから…その、しょ、将来的に結婚すると言う事で!! こ、こん、婚約を!!」

 

わが世の春が来た―!!

 

「はい、お二人とも其処までです。百夜様、揚羽様と婚約すると言う事は近々九鬼の当主である帝様、その伴侶である局様と会って頂く事に成ります。それでよろしいですか?」

 

「OKOK、反対されたら奪いに往くから!!」

 

「うむ!! それでこそ我が良人だ!!」

 

なんだろ? 俺って今幸せの絶頂期じゃね? 

 

「だが!! 我が良人ならば!! 我が認める妾の三人ぐらいは囲って見せよ!! 結婚はソレからだ!!」

 

「へ?」

 

その後、嵐の様に来た思い人は爆弾落して風の様に去って行きました。

無理。無理です。ムリゲーだよそれ!! ハーレムとか法律が許さんわ!!

てか、俺が嫌だ!! 無理無理むーりー!!

でも、あの人有言実行だしなぁ…ソレっぽいしなぁ…ガチ何だろうなぁ。

 

「あかん、結婚できひん。」

 

頭の中が真っ白になった。

 

そんな時である。棚から牡丹餅と言えば良いのだろうか?

 

「百夜―!! 勝手に入るぞ!!」

 

玄関からそんな声が聞こえた。

 

「来た、相談役来た!! 今行くー!!」

 

出鼻を挫かれたのはお互いさまなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Q.友人が家を訪ねて来たらどうするか?

 

A.お茶で持て成す。

 

 

常識だね!! JKだね!! 女子高生とかい…そこまで良くないか。百夜です。

 

取り合えず、お互いに落ち着いてと言う事で玉露入れました。爺様のだけど別に良いよね? 文句在るなら代金出すから。

まぁ、二人が来た時の姿が汗だくの息も絶え絶えな感じだったのでビビった。

部屋に入れてお茶を飲まして、御煎餅出しました。

 

冬馬と準の話を聞く限り、あの白子…小雪の扱いが酷い。何とかしたいけど何とも出来ない。九鬼に頼るにも他の病院関係者や、今入院している患者やそのご家族の事を考えるとヘタな事はしたくないし出来ない。

医院長と副医院長不在とか、怪我とか急な病気とかに成ってもヤバい。

 

お前等、自重とか無しにブッチャケたね~…まぁ、其処まで信用してくれて頼りにしてくれるのはこう…嬉しいんだけども

 

「…つまり、助けて百えもんと言う事でOK?」

 

「恥ずかしながら」

 

「腹の黒い大人がムカつくんだよ。」

 

準って結構熱いんだよね。隠れ熱血らしい。まぁ、これ位の頃なら皆そう言うモノかな? 斜に構えた奴知ってるけど。寧ろ俺もそっちに入るけど。

 

ん~つまりは、あの白子を病院に入れっぱだと扱いが酷いのでどうにかしたい。序に幸せにも成って欲しい。

 

あっ

 

「養子縁組したらええやん」

 

「「それだ(です)!!」」

 

(思いついた事言ったら受け入れられた。コワイ)

 

「いや、前提として小雪を受け入れてくれる優しい家族が必要な訳だけども…居るの?」

 

話聞く限り、殺人未遂やらかしてるんですが…最悪家の爺様頼れば良いかもだけど。

 

「大丈夫です。いま、小雪のカウンセラー…と言うか世話をしてくれてる看護師の方が子供の居ない方だった筈です。」

 

「榊原さんだろ? 旦那さんが家の内科医で確か…精神保健福祉の資格とかも持ってたと思う。」

 

「個人情報ぇ」

 

ダダ漏れですよ? 良いの? コレで良いの?! 情報社会?!

 

「百夜、本当に優秀な人や尊敬できる人は覚えられますし、色々と話も聞けるんですよ?」

 

「評判良い人達なんだよなぁ。退院した患者さんとか結構お礼に来るし、何処か悪く成ったら榊原さんにまた診て貰いたいって言われてるしな。」

 

まぁ、ソレはソレで良いとして……変にこいつ等に動かれてもなぁ、親父共が何か嗅ぎつけたりとかしたら危ないだろうし。

 

(九鬼えもんに頼ろう。そうしよう。)

 

あそこの従者部隊とか現代に蘇ったSINOBIそのモノだから、頼んだらそれとなく意識誘導してくれるでしょ。

 

「其処は九鬼頼るべ。お前等の親父に何か嗅ぎつけられても面倒臭い。てか、縁切っちゃえよ、お前等」

 

 

 

 

Side 冬馬

 

 

縁切っちゃえよ。

 

その一言を聞いた瞬間、僕は少し軽くなりました。とても個人的で可笑しな話です。この期に及んで僕は彼との…百夜との友情を疑って居た。

恥ずかしいと同時に誇らしい。僕にも、僕を此処まで信用してくれる友人がいる。

釘をさしてくれる友がいる。

ソレは準も同じだったのでしょう。笑いが出ました。そんな僕達を不思議そうに見ながら百夜が言います。

 

「何か面白い事言ったか? 俺?」

 

「いえ、百夜は百夜だなぁと感じてしまって…そしたら可笑しくて」

 

「まぁ、そう言う事だ。やっぱ、お前凄ぇよ」

 

恥ずかしいから、準ははぐらかして凄いと表現します。僕も…少し恥ずかしくて正直な気持ちは言いませんでした。

百夜は少し憮然とした顔をして

 

「まぁ、良いけども。俺は昨日の一件で一つ学んだ。俺は俺にしか成れない。当たり前だわな。だって俺は俺の記憶しか、経験しか持ってないんだもの。だから冬馬は冬馬で準は準だべ? クローンがどうとか言うなよ? 水掛け論に成る」

 

(あぁ)

 

大きいなと思いました。素直だなと思いました。捻くれてるなと思いました。

僕達は既に全部ぶちまけました。昨日、百夜がそうしたように。汗だくに成って走って、息をするのも辛いぐらいに切らして、内側に溜めこんでいたモノを吐きだしました。

両親の事、後ろ暗い事、何も知らずにその恩恵を受けて生きて居た事。真実を知って尚、間違っていると言えなかった事。

 

あぁ、百夜が苦しんだ訳です。

 

昨日までの百夜も、さっきまでの僕達も、誰かに頼る。本当に心の底から助けを求める事をしてこなかった、出来なかった。

 

苦しかった。生きて居る事が、両親の顔を…父の顔を見る事が辛かった。

 

喋るのにも忌避感が在った。嫌悪が在った。

 

そんな自分への嫌悪が在った。憎悪と言って良い程の拒絶が在った。

 

大きいなと思いました。そんな僕達を何時も通りに受け入れてくれる彼が

素直だなと思いました。その思いに忠実な所が

捻くれてるなと思いました。その遠回しな言い方に

 

僕達は両親と言いました。僕と準の父親が汚職をしているのは確実です。しかし、母親と成ると分かりません。関わって居ないのかもしれない。でも感づいてるのかもしれない。

それなのに百夜は親父と言いました。

そして、昨日はお前等面倒臭いとも言いました。

 

(やっぱり、知って居たんですね)

 

それでも尚、僕達に対する態度は変わらない。

 

気を使ってる訳でもない、ソレが当たり前だとその態度で示していて、今言葉で表した。

 

(僕等が鈍いのか…百夜が捻くれているか…ですが)

 

どちらでも良いのでしょう。

 

僕達の関係は変わらない。今も昔も友達…いえ、僕達的には親友です。

 

故に、百夜が僕達に悩みを打ち明けた時に内心頭を抱えました。

 

 

 

 

 

Side 準

 

 

 

1. 九鬼揚羽との婚約確定

2. 我が世の春が来た

3. でも、妾は3人ぐらいは作ってね

 

 

いや、うん。ごめん。

 

(ど、どうするよ? 若)

 

俺だけの所為じゃないから!! 若も絡んでるから!! 序に九鬼の奴も絡んでるから!!

 

だから、目を逸らさないで若!! 俺を助けて!!

 

(…準)

 

(おう)

 

(諦めると言う事も、時には大切な選択ではないでしょうか?)

 

ちょっとー!! ソレはダメだって…いや、良いかもなぁ。

 

「ま、まぁ其処は時間を掛けてメロメロにしていくとかすれば良いんじゃないか? なぁ、若」

 

「そ、そうですね準。百夜、どうやら九鬼君のお姉さんは直球に弱いみたいですし…野球の試合の時みたいに攻めて行くのはどうでしょう?」

 

よし!! 繋いだ、巧い事濁せた!!

 

「そうかなぁ…行けるかなぁ」

 

「お前、なんかあの人に弱いな」

 

「うっせ、惚れた弱みだ馬鹿野郎。」

 

なんだろう? コイツはもうちょっと悩んだ方が良いんじゃなかろうか?

 

「大丈夫ですよ百夜、そこは自信を持って下さい。」

 

「そーだそーだ。お前が最初にやらかしたんだから、最後まで頑張れよ」

 

「いやぁ、その場のテンションって怖いね。ガチ惚れしてんだけど」

 

まぁ、本当に好きだから作れないって事なんだろうな…百夜の場合。

こういう奴だから好きなんだよなぁ。

俺は漠然とそう思う。

今思えば、俺が百夜に抱いたのは親近感だ。同じ学園だが違うクラス。接点なんて廊下か登下校の時くらいだ。

擦れ違いざまに挨拶くらいはする。本当にそんなモノだった。初めて会話と言う会話をしたのは、夏休みに入る前の塾の夏期講習が始まるぐらいの時期だった。

運悪く、学校で学年ごとに行っている植物の育成…まぁ、ヘチマとか朝顔とかそう言ったポピュラーなモノだ。ソレの水やりや雑草抜きとかの当番が回って来た日にそれとなく自己紹介と当たり障りのない会話をしたのが始まりだった。

 

ちょうど、夏休みの宿題が面倒だなと言う話をし始めた時だった。その時のコイツの言葉は今も覚えてる。

 

「いや、算数やら国語のドリルなら6月前に埋めてるぞ?」

 

「は?」

 

衝撃的と言えば衝撃的だった。

 

「いや、驚く事でもないべ? あんな束渡されたら長期の休みの時の宿題にされるのは当たり前だろう? 貰った日に速攻終わらしたわ」

 

凄いなと思ったし、やるなとも思った。予め予想して終わらしていた事にだ。俺はその時、どうせ答えを丸写ししたんだろうなと考えた。だからチョットした気遣いがてらに

 

「お前、答え丸写しにしても後々辛く成るぞ?」

 

と言った。返って来た言葉は

 

「? 答えって市販ので別に買わないとついてないだろ? 家の奴って。っていうか、あのレベルで答えが必要とか無いだろ?」

 

加算、乗算レベルに必要ないだろ?

 

である。

 

それで興味が湧いて、廊下で見かける時とかに話す様になった。割と気が在ったのか普通に友人になって若を紹介して今に至る。

 

(やっぱコイツ凄いし面白いし…ほっとけん…)

 

今に成って思う事も、以前と変わらない。つまり、コイツとの友人関係止めるとか無いわ。

俺は改めてそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二十五話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カァカァと鴉が鳴く大分前に川神院の居住区…まぁ、本家と言ってしまって良い個所の人口は一人に成った。

男子にしては長めの髪に、シャツと半ズボン。大きく寝そべった大の字格好で、少年は気だるげに息を吐く。

少年的には一難去ってまた一難と言う心境だったが、友人の事と成ればそうは言っていられない。

ゆっくりと視線を這わす。部屋には何もない。

少し隙間の空いた障子の向こうに見える空は憎たらしい程に青く、日の強さを感じさせた。

しばし目をつむり、何かを考えながらゴロゴロと布団の上を行ったり来たりとして数分。

パチっと目を開けた少年は

 

「……まぁ、こんな感じで進めりゃ良いか」

 

結構テキトーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも、熱い日差しの中自前の冷暖房完備で快適に過ごしています。百夜です。

 

揚羽さんに関しては心に決めました。

 

教えないよ? 誰にも教えないよ? 言う時が来たら言うよ。多分。

 

で、まぁ友人の親父達関連なんですけども…黒だね!! てか、帳簿持ってるからね? 俺。

九鬼と言うかあの完璧執事なクラウディオさんも知ってるからね。それ以上上には行っていないと良いなぁ。英雄パパとかは知ってても良いけど。

まぁ、アレですよ。

 

「ってな訳だから穏便に宜しくねぇ」

 

九鬼に丸投げします。いや、百夜さんじゃ穏便になんて出来ないからね? 俺、まだ小学三年生だから。

いやぁ、揚羽さんマジ天使です。クラウディオさんが主人に対して気遣い出来る忠臣でマジ良かった。ワイヤーどんくらい長いの? これ?

家の爺様が返って来たら直ぐにバレるだろうから今の内に斬っておこう。うん。

九鬼VS川神とか…怖くて寝れないからね? 極楽院とか参入してくるから。家の爺様の友人らしいけどあのおばあさん…見た目通りの年齢何だろうか?

…止めよう。考えないでおこう。

まぁ、あの執事さんならこっちの意も組んでくれると思う。

 

「さてさて、揚羽さんOK、冬馬達OK、残りは…」

 

姉ちゃんだ。

 

今は夏恒例の修行に行ってるけども、三日後には帰ってくる。絶対に構ってくる。お婿に行けなくなるような事される。

お風呂に乱入は許そう。姉弟だし家族だし。

布団に入ってくるのも許そう。俺も快眠出来るし、直ぐ隣に家族が居るのはとても落ち着く。

 

でも、あの姉風呂では俺の未熟な息子を集中的に洗おうとしたり、布団の中だとしがみ付いてくるんだよ!!

何でその年でたわわに実り始めてんだよ!! アザッス!! 

 

過保護…いや、スキンシップ過剰な姉が可愛くて強すぎるから困る。

 

でも反抗できない不思議。 

 

「…明後日の朝から中国に行こう。そうしよう」

 

丁度良いからケジメでもつけに行こう。

 

「もうひと眠りしとこ。」

 

明日は朝から病院だ。

 

 

 

 

略同時刻、クラウディオを軽く肩を竦めた。何の事は無い、自分が密かに張った網をいとも容易く見つけられた上に此方にメッセージを送られた。

それだけで在る。

 

(いやはや、何とも)

 

将来が楽しみで成らない。そう思う。

 

クラウディオが思う将来とは九鬼家の将来の事だ。今の九鬼財閥は九鬼帝と局夫妻によって支えられている。

確かに優秀な人員も多く居るし、自分達従者部隊も優秀だと自負できる。先が楽しみな若者も居るし、ヒューム・ヘルシングの様に年をとっても血気盛んな者も多い。

40年、50年と九鬼は栄華を誇るだろう。

だが、其処まででしかないと考える思考が在る。

 

九鬼揚羽・英雄を含め今、クラウディオ自身が仕えて居る紋白も幼いながらに優秀であると誇れる。

が、その三人を合わせて両親に匹敵出来るかと言われれば言葉に詰まるしかない。

今はまだ分からないとしか言いようがなく、絶対に越えられる、越えられないとは言い切れない。

自分を含めた古株の従者達は、その三人の教育に並々ならぬ努力をしている。勿論過度なストレスを与えぬ様に気も使っている。何よりも、九鬼の跡継ぎ達は両親を尊敬しその背中に追いつこうと、追い抜こうと努力を欠かさない。

 

(私達は恵まれている。)

 

とても…とても恵まれている。自分の命を差し出しても構わないと思える主に仕えられる。ソレは従者の幸福だ。

だからこそ、この栄華が長く続いて欲しいと言うのは我儘だろうか?

 

(我儘なのでしょう。自分の死後の事を望むのは)

 

しかし、不確定な未来に不安を抱くからこそその先を妄想するのは楽しい。コレは万人に言える事だろう。

もし、明日にでも……という考えは考えれば考えれるほど楽しいモノだ。出鱈目と分かっているからこそ楽しみが在る。

 

そう言う意味で川神百夜と言う存在は、その空想を加速させる存在だった。

 

クラウディオの川神百夜に対する評価は『出鱈目』と言う事に尽きる。

 

彼からすればあのヒューム・ヘルシングが危険と言う程の人物、警戒するに越した事は無い。が、ソレまでの川神百夜の九鬼に対する反応は友好的な物しかないと言って良いほどだ。

何よりも、あの虎狼に単身で挑み九鬼英雄を護り続けたと言う行動は畏敬の念すら抱ける程の事であり、あの場で川神百夜の誓いを聞き取った者からすれば頭が下がる。

 

人は自分より優れたモノに憧れる。だが、嫉妬する。優れ過ぎたモノに恐怖し倦厭し排他しようとする。

世の中がそうである様に、強いモノは強い者成りの傲慢さと寛容さが無ければ潰されてしまう。ソレは小さな社会と言って良い学校と言う箱庭でも同じことである。

九鬼として、九鬼英雄が川神百夜と野球をし始めた時より九鬼家従者隊は川神百夜の身辺調査を行って居た。

その時に出て居た調査結果は校内に友達と呼べる存在が限りなく少ないと言うモノであり、人を避ける事が非常に巧く、敵を作らずに漂う様に過していると言うモノだった。

校外に目を向ければ、友人が多数居り秘密基地の様な物を作っている。勝手に土地を耕して野菜を作っている。その野菜が無駄に美味しい。

釈迦堂刑部と共に宝くじを買って居る。小学生が持てる筈も無い現金を隠している等、今一その真芯に何が在るのかが分からない少年で在った。

 

だが、今回の一件で分かった。クラウディオは書き加える。

 

己が我を通す為に武神すらをも降す意地と友の為にその生涯を護ると誓いを立てる程の情を近しいモノに向ける破天荒な人間。

 

故に天衣無縫

 

川神百夜は自由に生きる、何者にも縛られない、縛ろうとしてはいけない自由人である。

 

(フフフ…百夜様と揚羽様のお二人が婚姻して…いえ、九鬼家に百夜様が協力して下されば…)

 

世界はとても面白く成るだろう。自分も友も、部下達も退屈を感じぬままにその生を生きる事だろう。

 

そう思えてならない。

 

(百夜様、コレはこの老い耄れがする投資にございます。揚羽様を…)

 

幸せにしてくださいませ。

 

ある種の魅力が川神百夜には在る。

 

ソレはその生き方だったり、敵に容赦しない苛烈さであったり、意外とロマンチストで在ったりと人によって感じる所は様々だが、その何かの魅力は確実にクラウディオをの目に入った。

 

(それに…あの自由さは帝様ととても合そうですしなぁ)

 

仕事が出来過ぎる男、九鬼帝。

 

彼は一代で財閥を起こし、その財閥を成長させ続ける出来る男であると同時に、内助の功と持ち合わせた生来の豪運と何者にも囚われない自由さで事業拡大をし続ける、百夜とは違うがある種似ている自由人だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を少し戻す。

 

川神院からの帰り道を歩く二人の少年は、行きとは違い晴れ晴れとした雰囲気で歩いて居た。まだまだ炎天下の青空の下、電柱の陰に佇むように置いてある自販機で飲み物を購入すると、木陰に入り蓋を開けた。

 

「百夜に話して良かったよな、若。」

 

「えぇ…もっと早くに話していたらと思います。僕達も、昨日の彼の事とやかく言う事が出来ません。」

 

そう言い、お互いに微笑む。

 

冬馬と準は本当の意味で、人に頼ると言う事をしてこなかった。だからこそ苦しかった。

川神百夜もしてこなかった。だが、昨日本当の意味で自分達を頼った。ソレが嬉しかった。そして、自分達にも本当に頼って良い友人が居る事が嬉しかった。

 

「なぁ、若」

 

「どうしました、準?」

 

「俺達ってさ…結構馬鹿だよな」

 

「フフ、えぇ、そうですね。『頼る』と言う事を本当の意味でしてこなかった。こんなにも簡単な事なのに出来なかった。僕達はきっとどこかで…」

 

線引きをしていたんです

 

葵冬馬の言葉に井上準は頷いた。

 

父親が偉大な人物だった。黒い事をしていると知らなかったからそう思っていた。冷静に成れた今も偉大だとは思っている。

ソレを許せないのは、自分の性がそうさせているだけなのだ。不況と呼ばれる今の時代、金融、産業、衛生、その全てに置いて当てはまる。

医師の世界では人材が不足しているのが当たり前で、それはどの業界にも言える事だ。

そんな中で、超過勤務をさせず、規定通りの休暇を消費させ路頭に迷わせることなく病院を運営し、少しずつだが拡大もしている自分達の父親は優秀なのだろう。偉大なのだろう。

 

汚ない事が其処まで嫌いと言うのではない。後ろ暗く醜い事が嫌いなのだ。

 

川神百夜は、自分達の友人はどうだろうか?

 

卑怯である。卑屈にも成る。脅しもする。素直でも在る。だが、醜いとは思った事は無い。寧ろ、自分のルールを護り好きに生きているあの生き方は美しくも見えてしまう。

 

我を通す。それだけだ。だが、ソレが難しいのだろう。

 

友人が、頼れる友人がそう生きている。捻子が飛んでるんじゃないかと疑う事も有る出鱈目な友人がそう生きている。

 

なら、ソレに親しい人間が影響されても良いじゃないですか

 

(僕は僕の我を通したい)

 

ソレは何時か変わってしまうのかもしれない。そんな出来事が在るのかもしれない。

もしかしたらソレが大人に成ると言う事なのかもしれない。

 

『ムカつくんだよなぁ。俺も人の事言えないし、理解しちまったからよ。』

 

昨晩、耳に入った言葉が思い出される。

 

『大人の理由で!! 餓鬼を無理矢理どうこうしようってのがよ!!』

 

あの男はそう吠えた。

 

その言葉通りなのだろう。彼が理解してしまった様に、僕達も何時か理解してしまう日が来るのだろう。

だから、ソレまで…大人に成ってしまうまで子供が意地を張っても良いんじゃなですか。

 

「余り、父の事を言えた事じゃないのかもしれませんが…」

 

「まぁな。でもさ、俺は今の俺なら胸張って百夜と友達だって言える。」

 

返って来た言葉に準はそう言い。思う。

 

自分達は甘えて居たのだ。生まれに、自分の父の肩書きに甘えて線を引いて

自分の事を分かって居てくれてると思い込んで、知って貰おうと努力しないで

 

親父たちのやり方は嫌いだ。許される事じゃない。

でも、俺達にも何時か立場ってのが出来て肩書きが付いて大人に成ったら、今とは違う事を考えて、今とは違うやり方をするのかもしれない。

でも、俺達はまだまだ子供で、親の庇護が無ければ満足に生きていけない。それに、違った見方をすれば親父達が間違っているが正しいのかもしれない。

 

だったら、そう思う様に成る日が来るまで今のままの考えを持ってアイツみたいに我を貫いても良いだろ?

 

井上準はそう思い、短く笑う。

 

「若」

 

「何でしょう」

 

少年達は笑顔だ。何処か誇らしい、何処か成長した雰囲気を纏って口を開く。

 

「やっぱ、アイツスゲェな」

 

「ですねぇ。僕達は僕達成りのやり方でゆっくりとやって行きましょう」

 

二人は、ゆっくりと病院に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早く教えてあげよう。あの白い少女に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君を壊した悪魔で、最強の味方が来ると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人はその事を告げた時の少女の表情に見惚れた。

 

苦悩が入り混じった、どうしたら良いのか分からない迷子の様な表情の後に現れた

 

処女雪の様な淡い笑顔を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何時から…大人になるのかなぁ

今に成ってそう思う。


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二十六話

よたよたと、疲れを微塵も隠さない少年が早い時間から町を歩いていた。

その姿は一目見れば疲労困憊と分かるほどに疲れきって居た。もしも、この状態の少年が近くに居た人間に助けを求めたら直ぐにでも救急車と警察に電話をしただろう。

川神百夜は、未だに抜けない疲れに…主に精神的な疲労でかなり参って居た。

そもそもの発端は、昨夜の夕食時の事だった。

 

何時も通りに続き続ける素麺祭りに釈迦堂と一緒に文句を良い、その言葉に同意しながらも切れる川神鉄心と騒がしい夕食後、さて、そろそろ寝ようかとしていた時の事だった。

 

明日は人と会う予定があり、しかもその相手が好奇心と探求心で使った術の被害者で、更に言えばその人物の精神を破壊する切欠を作った原因が自分である事を思い出し

 

あの頃は若かった

 

と、現実逃避をしながらも、自分が何もしなくても将来的には壊れて居ただろうから遅いか早いかの違いかと考え直しと言うか、開き直ってサプライズをしようと思いついた時で在る。

 

この糞餓鬼は、手っ取り早く悪役でもしようと考えて居たのである。

 

人間、生きる気力が無い時でも不思議と怨みや怒りと言うモノはその内に在るモノで、生きる気力が無ければ敵役にでも成ってやろうと考えたのである。

 

生きる気力があり、自分の事をどうとも思って居ないのであるなら流れに任せよう。嫌な事は嫌って言おう。

 

とも考えて居た。碌な人間では無い。

 

しかも、サプライズと考えて出てきたのが朝駆け奇襲である。馬鹿としか言いようがない。

そんな時で在る。

 

「百夜よ、ちょっと良いかの?」

 

何時も通りの声色で川神鉄心が部屋の外から声を掛けてきた。

 

「なーにー」

 

そして、何時も通りに川神百夜は障子を開けて答えた。

 

障子を開けた瞬間に道場に居たと、川神百夜は証言する。気を抜き過ぎにも程が在る。

 

「お主、スイッチが入らんとホント情けないの」

 

「…先ずは孫に警戒され続ける生活をしたいかどうかを考えろよ」

 

鉄心は普通に

 

「それはそれで嫌じゃのぉ」

 

「でしょ?」

 

その言葉を放った瞬間に逃げようとしたが、結局は不毛な争いに成ると結論を出して川神百夜は「どっこいしょ」と爺臭い台詞を吐きながら胡坐をかいた。

 

その姿を見た鉄心も同じ様に胡坐をかいて、一呼吸置くと口を開いた。

 

「百夜よ、お主に十三の滅技を授ける。この世でソレを知っている物はそれなりの数しかおらん危険な技じゃが…使える者はワシを含め極楽院ぐらいしかおらん。とても危険な…本来ならば滅しなくては成らん部類の技じゃ。」

 

余りにも物騒だったので百夜は無駄の無い自然な動きで

 

「勘弁して下さい」

 

と土下座する。

 

「顔を上げんか。お主には必要に成りそうじゃから教えると言うとるんじゃ。」

 

その言葉に百夜は首を傾げる。

 

正直に言えば、技など要らないと言うのが本音である。

鉄心と闘った時に使用した技術、氣で強化した肉体。それだけで既に必殺に近い。

そも、川神百夜は川神鉄心が以前に言った様に武人では在るも戦争屋に近く。寧ろ喧嘩屋やチンピラ、とかそっちの方が近い。

 

「お主、近い内に何処かで暴れるつもりじゃろ? 昼間、少々物騒な氣が漏れておったぞい?」

 

「…あ~……うん。まだちょっと引きずってるみたいだから漏れちゃったかぁ。」

 

正直に肯定する。

 

「そう言う訳じゃ、正体がバレぬようにしたいならば、技を編み出せ。もしくは誰もが怖れるモノを使え、誰もが出来る技を使え、自身に繋がる線を細くせよ。」

 

繋がる線は消せるモノでは無い。故に見え難くした上で隠せ。鉄心はそう言う。

 

「ぶっちゃけ、それで文句言われるの面倒臭いんじゃよ」

 

「ぶっちゃけた!! 本音でそういう事言うなよ?! 普通に傷つくからね!! 百夜さん普通に傷つくからね!!」

 

この祖父と孫は仲が良いが、お互いに遠慮が無い。

 

「言われたくなければ自重せい!! 言ってもせんじゃろうが…」

 

「うん。自由に生きる。まぁ、爺様達には出来るだけ迷惑かけんようにするわ」

 

だから、とっとと教えて。

 

その日の夜。川神院の道場からは怒声が絶えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だか、一夜で北斗神拳的な危険な技を伝授されました。エグイので使うつもりも一切ありません。

 

百夜です。

 

あの白子に今日は会う予定に成っています。冬馬と準に言われました。そろそろ顔を見せろと…気まずいよね? てか、向こうからしたらどうなの?

俺と会って大丈夫なの? その辺はちゃんと二人に聞いてるから精神不安定による混乱とか錯乱とかは大丈夫そうなんだけど…

 

「俺が必要…ねぇ」

 

僕が大事なのは…その台詞を言い放ったのが件の白子、もとい小雪と言う少女らしい。

 

まぁ、本心は分からんがね!!

 

どうしよう、開幕ブッパとかされたら怖いなぁ。

 

でも、今は朝夕に鎮静剤飲んでるらしいから大丈夫だろうけど…

 

「流石に早すぎたか」

 

現在の時刻、6:00。早すぎだね。でも、サプライズしたいからコレで良いよね。

 

外から病院を眺めつつ、目的の場所を探す。

 

「あそこか…うっし」

 

病院の柵を飛び越えて、窓が嵌めこんである小さな溝に指を掛けて、もうひと上がりと。

窓も…空いてるねぇ。不用心だな。

静かに中に入ると嫌でも白い壁や床に天井が目に入る。病室と言うのは余り好きではない。白、白、白、白ばかりの空間で明確な色が付いているのが少ないと言う空間が気持ち悪い。

その中でも一際白いのが、ベットの真ん中ですやすや寝て居る少女だ。

一目見て、少し肉が付いているのが分かった。

 

(んー…今までが付いてなかっただけなんだけども。やっぱり、遅いか早いかだったなこりゃ。)

 

もう少し遅けりゃ、反抗も出来ずにもっと殴られて詰られていただろう。

 

俺が言う資格は無いがな!! それにしても…

 

「気持ち良さそうだなぁ」←徹夜明け

 

ちょっと、ちょっとだけベットの端を借りよう。うん、俺は今物凄く眠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を戻す。川神百夜が丁度素麺を食べ始めた時、葵総合病院の個室では一人の少女がうんうん唸りながらベットをゴロゴロしていた。

夕食は食べ終え薬も服用して居て本来なら眠く成り始めている頃なのだが、今日は違った。

昼過ぎの少し暇な時間の事で在る。

普段なら、何かと気にかけてくれる女性看護師が本を読んでくれたりとしてくれるチョットしたお楽しみが頻発する時間帯なのだが、どうやら今日は忙しく来れないようだった。

 

(ヒマだなぁ~)

 

小雪と言う少女が思うのはソレ位である。

 

故に女性看護師―――榊原郁子は出来るだけ顔を出し、話をして、時に遊び、感情の起伏を起こさせているのだ。

小雪は殺人未遂を犯した。

だが、それは心的障害…酷いDVを受けて居た上に最後に実の母に何をさせられそうに成ったかが原因である。

と言うのが榊原夫妻の弁である。

しかも、アルビノ体質で在る為その事で学校内では虐めに合って居たと葵冬馬・井上準の証言が在り、その事から病院内でも体質や同年代や少し下の年齢の人間を出来るだけ近づけないようにしている。

 

例外は、葵冬馬と井上準にもう一人…二人の友人であるという川神百夜と言う名の少年。

 

この事は院内の看護師と小雪に関わる医師には徹底して伝達されており、冬馬と準の二人が小雪に合う時は部屋の外に常に看護師が付き添っている。

 

そして、複数の看護師が手分けして接するのではなく、出来るだけ同じ看護師が接し信頼を得れる様にという意向で榊原郁子が率先して世話をしているのが現状である。

 

小雪自身も郁子には多少心を開いていた。

 

昔の自分がもっと小さかった頃の母も優しかった、温かかった。そんな思いが在るからだ。

 

だからこそ、郁子が来ないとヒマだと感じ、思う様になった。

 

今だ数日しか接していないのに、精神的に壊れてしまった少女から此処までの信頼を勝ち取れる榊原看護師の人柄も有っただろう。

 

小雪は、自分の中に在る『自分の世界に居て欲しい人』に榊原郁子を刻み始めて居た。

 

そんな風にヒマを潰しをしている時の事だった。葵冬馬と井上準が何時も通りに訪ねてきて、ちょっとした話しをして

 

 

―――君を壊した悪魔で、最強の味方が来るよ

 

小雪の頭の中は真っ白に成った。

 

小雪に取って川神百夜は名前と姿しか知らない少年だった。

 

あの苦しい世界の中で唯一自分の手を取ってくれた少年だった。

 

そして…自分が酷い事をした相手だった。

 

母に命令された。痛いのはもう嫌だった。苦しいのは嫌だった。

言われるがままに従った。

 

そして、嫌われたと思ったから、嫌われたく無かったのに嫌われる様な事をしてしまったから…

 

(僕は…)

 

そんな事をずっと考えて居た。

 

夕食の味なんて感じれなかった。看護師の言葉にも上の空だった。

 

どうしたら良いのだろうか、どうすれば良いのだろうか?

 

傍に居て欲しい人が離れてしまう。自分から遠ざかってしまう。

 

(やだ…いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ)

 

行かないで、僕から離れないで、お願いします。僕の傍に居て下さい。

 

そんな事しか思い浮かばず、暗い未来しか浮かばない。

 

小雪の再構築した精神(世界)が再び壊れ始めていた。

 

一時間、二時間と備え付きの時計の秒針がチッチッと音を発てている。それだけで、思考が加速する。

 

嫌われる

 

何処かに行ってしまう

 

暗い考えしか思い浮かばない時の人間は、明るい事を考える事が出来ない。不安が胸の内、思考の片隅で否定し続けるからである。

そんな時、第三者が居てくれると人間はその人間に意見を求め、縋ろうとする。

それが間違っている意見だとしても、正しく感じてしまうのだ。それが正しいと思いたいと自分が望んでいるから信じてしまう。

 

そう意味では、小雪は恵まれて居た。

 

「小雪ちゃん? 電気消すわよ?」

 

ノックの後、部屋に入って来た榊原郁子が小雪には輝いて見えた。

 

子供と大人の違いとは何か? ソレは経験である。

 

挫折の回数、其処から立ち直った回数と言う人間も居るが、世の中には稀に挫折と言う挫折をしてこなかった人間も居る。

逃げるのが巧い人間と、真正の天賦が当てはまる。しかもその中の一握りと言う割合。

榊原郁子は凡夫である。故に、回答は直ぐに出てきた。

 

今まで叱られずに大人に成った人間が、小雪と言う壊れた少女から信頼を勝ち取れるか?

生涯の伴侶を得られるか? 答えは明かさずとも分かるであろう。

 

「小雪ちゃん、先ずは謝らなきゃ。」

 

「許してくれるかな?」

 

自分は許して貰えた事等無かったが故の迷いと不安が、小雪にそう言わせた。

 

「うん。大丈夫よ。私だって小雪ちゃん位の頃は沢山悪い事をして叱られちゃったけど…ちゃんと自分が悪かった事を自覚して、反省して、後悔して…謝ったら許してくれたわ。」

 

気休めの言葉だと郁子は思った。小雪に見えない様にして隠している右手を強く握り込んだ。

 

小雪の話しは支離滅裂で内容が掴めなかった。

 

だから、時間を掛けてゆっくりと順序立てて話を最初から聞き直した。

 

その内容は、常人が聞けばよくそれで生き残れた物だと思う内容だった。

 

精神的に壊れた? 壊れないはずがない。

 

家で行われるDV、母は男をとっかえひっかえにし、薬を買い。家での食事は略ゼロ。

学校では酷い虐めに遭い続け、学校側は虐めに気づきもしない…いや、見て見ぬふりしていたと言った方が正しい。

 

精神は磨り減っていただろう。

 

感情は恐怖以外は発達しにくかっただろう。

 

郁子が話を聞く限りでは、川神百夜と言う少年だけが、小雪と言う少女の主観では普通に接した人間だった。

 

見た事も、良く知りもしない人間に此処まで何かを祈った事が在るだろうか?

 

どうか、どうかこの娘と仲良く成ってください。

 

ソレと同時に、自分に打ち明けてくれた事に嬉しさを感じていた。本物の娘の様にすら思ってしまう。

子供が出来ない体故に、幼い子を見ると保護欲や母性が疼くのは自覚している。

だれもが、小雪を心のどこかで恐怖、または忌避する中で唯一愛情を持って接しているのはこの郁子と言う女だけと言うのが、現在の病院内の状況である。

 

一人で居る事が多いから、構う。

 

自分に少しずつ打ち解けてくれるから、積極的に成っていく。愛情が溢れる。

 

何時の間にか、郁子は小雪を抱きしめて居た。時間は既に0時になり、外は暗く院内も夜勤の看護師が見回る足音とナースコールの音しかしない。

緊急外来から遠い事も有り、郁子には小雪の鼓動が聞こえる程の静けさの中声を掛けた。

 

「小雪ちゃん、安心して眠りなさい。朝ごはんが終わったら二人で考えましょう? 川神百夜君と仲良く成れる様にね?」

 

「…うん」

 

郁子は、小雪を横にすると、寝付くまで傍に居た。

 

今日が休みで良かった。心の底からそうもう。

 

(家に帰ったら直ぐに寝ないと)

 

郁子は駆け足で家路についた。が、その思いは裏切られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は心地良い温かさに違和感を抱き、目を覚ました。

その瞬間に意識が一気に覚醒し、頭の中が真っ白に成った。

 

目を開けたら、今日会う予定の少年の寝顔が在った。驚くなと言う方が無茶と言う者であろう。

 

「?…?! 」

 

ベットから飛びだそうと体を動かすが、残念な事に体をがっちりとホールドされてしまって居て動けない。

 

小雪は取り合えず、その顔をマジマジと見る事に成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んぁ? おはよう」

 

「あのっ…ご、ごめんなさい!!」

 

「?」

 

川神百夜が目を覚ますまで後五分、その五分後にそんな会話が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二十七話

少年の企みは失敗した。眠気の勝利である。

 

寝起きの鈍い思考が眼前の白い少女の言葉を理解するのに時間を掛けつつ、数十秒。

少女の瞳に恐怖の色と涙が満ち始めた頃、少年の思考は漸く正常に動き始めた。

 

「…おはようございます?」

 

その言葉に、少女は溢れそうに成る涙を零さない様に答える。

 

「お、おは、おはようございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございますん。百夜です。もうひと眠りしたい所なんですが…サプライズに失敗しました。

徹夜明けに気持ち良さそうな布団のコンボは卑怯だね!!

 

はい、自業自得です。

 

はぁ

 

現状確認でもしますか。

1. 泣きそうな白子

2. ごめんなさいと言う言葉

3. 恐怖で満ち満ちてる瞳

 

なんだろ、俺が強姦犯みたいな状況ですよ?

 

(ごめんなさいか、俺が言わないといかんのだがなぁ…)

 

依存か。冬馬と準に俺へ依存。新しく再構築したであろう精神の柱に必要なモノが俺等になったか…寧ろ、あの状況で俺に依存するかね?

いや、自分がした事の象徴が俺に成ってるのか?

冬馬と準が新しい生活の象徴成ってると考えれば、その可能性が高いか。

 

小雪と言う少女は心根の優しい子だったのだろう。豹変する前の母親もそうだったのかもしれない。

 

(はぁ…つまり、俺がする事は一つか)

 

「ごめんなさいも何も、お前は俺に何もしてないだろ? 馬鹿なの? 自意識過剰なの?」

 

過去からの解放だ。

 

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

小雪は百夜の言葉を聞き茫然となった。

不思議そうな顔で、「なにもしてないだろ?」と言われてもソレは間違いだと言いたくなった。

しかし、続くように言われた「馬鹿なの? 自意識過剰なの?」と言う言葉に詰まってしまう。

自意識過剰の意味が良く分からなかったと言うのも有るが、その言葉に乗せられた力が有無を言わさずに叩き込まれた。言魂を使って強制的に後者の意味を漠然とだが理解させている辺り、洗脳と変わりない。外道である。

 

「で、でもっ! 僕」

 

「でもも何も、お前何かしたか? 上に跨ったぐらいで怒る分け無いだろう普通。」

 

「ぼ、僕はっ!! 裸で君にっ!!」

 

「役得でしたアザッス!! やっぱ、男と女じゃ体の構造違うわな。あんなにまじまじと見た事無かったし…で? お前なんかした?」

 

裸で上に跨った。それだけしかしていない。だが、それはいけない事だと小雪は思っていたし、実際にソレはいけない事だ。

いや、一部の人間にはご褒美かもしれないが一般的には許された行為ではない。無理矢理と言うのも有るし、例え子供でもハシタナイと言う意味で悪い事だった。

だが、ソレは少女が望んでした事で無い上に少年が縛られていたのは少女の母親がそうしたからで、少女に罪は無い。

 

だが、小雪はソレを否定する。

 

何故か?

 

ソレが今在る川神百夜との繋がりだからだ。自分が悪い事をした相手、自分が謝らなくてはいけない相手。償わなければいけない相手。

 

だが、川神百夜はソレを否定する。

 

ソレは、小雪に取って絶縁状の様に見えた。お前なんか知らないと言われている様なものだと、拒絶されていると

 

「そもそもさぁ、自己紹介もしてないのに謝られるとかマジで意味が分からんのだけども?」

 

「ひうっ?!」

 

嗚咽が漏れる。

 

だが、そんな事お構いなしに川神百夜は言葉を紡ぐ

 

「俺は川神百夜、葵冬馬と井上準の共通の友人で今日はお前に会いに来た。で、お前は?」

 

「僕は…僕は小雪。」

 

「よし、そんじゃ小雪。取り合えず許すから、今日の朝飯チョット分けて? マジで腹減った」

 

少女は涙を流しながら頷くのみで、少年はそんな少女を見ながら欠伸をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葵冬馬と井上準は普段より早めに起き病院へ向かって居た。

対人恐怖症の気がある小雪を心配しての事である。

 

「なぁ、若。百夜何だけどさ」

 

「巧くやってくれる事を祈ります。気に入らなかったらその方向で、気に入ったらそっちの方向で関わって行こうと考えて居ると思いますよ? 彼は」

 

「だよなぁ」

 

出来れば仲良く成って欲しい。こればかりは運に掛けるしかない。

自分達には川神百夜の心の内なんて分からない。努力はしているがどうも掴み切れない。

 

そう思いながら二人は既に気温が上がり始めた中を早足で進むのだった。

 

 

そんな二人と同じように榊原郁子も車を走らせていた。

昨晩の約束の為である。

 

(はぁ、結局眠れなかったわぁ)

 

不思議な物で、大人に成ると子供の考えや理屈が分からなくなるのだ。自分がこうだったからこうだろうは通じない。

育ってきた環境、親の躾けなどが大いに影響する。

川神の名から想像出来るように、川神院の息子であるという川神百夜なら厳しい躾けを受けて居るだろうと考えたが…翌々考えればDQN揃いの川崎(フィクションです)でトップの武力を誇る川神院の子供である。

なんでも川神院宗主の川神鉄心は大のブルマ好きと言う噂も有る。その証拠とも言えるのが経営している高校の体育ではブルマが正式装備に成っている辺りかなりの確率で本当の事だろう。

 

(…DQNだったらどうしよう)

 

そんな事を考える。残念な事に結構当たって居る。

 

そんな三人は、病室の入り口で鉢合わせに成った。

 

「「榊原さん?!」」

 

「冬馬君に準君?」

 

お互いにどうしてアナタが此処に? と言う疑問が浮かびその理由を推測する。

 

(係の看護師だからか? どう思う若?)

 

(ソレも有るでしょうが…放って置けなかったと言うのも有るかも知れませんよ。準)

 

冬馬と準は榊原郁子の人柄も風評も良く知って居た。故にこの考えは当たって居るだろうと予測した。

 

(確か…川神百夜君は冬馬君達の友達だったわよね。仲を取り持つ心算で来てくれたのかしら?)

 

郁子も前情報が有るが故にそう考えた。

 

小雪が懐く大人が居れば心強い

 

共通の友人が居れば心強い。同じ年頃で付き合いも長いのだから心強い。

 

お互いの思いは一緒で在り、利害は一致していて言う事は一緒だった。

 

「「「小雪…」」」

 

可笑しな沈黙が在り、郁子が笑顔で切り出した。

 

「小雪ちゃん、川神百夜君に謝りたいんだって…川神君の事、教えてくれないかしら?」

 

その言葉に冬馬も準も笑顔で答える。

 

「喜んで」

 

「アイツ、一癖どころか癖だらけだからなぁ」

 

そして、お互いが病室に入ろうとした所で病室内から悲鳴が聞こえた。

 

「あーーーー!!」

 

「「「小雪(ちゃん)!!」」」

 

ガチャリとドアを開け急いで中に入ると其処には

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いじゃんかバナナの一個ぐらい。二個あるんだし」

 

「ぼ、僕、最後に食べようと思ってたのにっ!!」

 

「へ~へ~、ごめんねー。後でマシュマロやっから我慢しろ白子」

 

「白子じゃないもん!! 小雪!! 僕の名前は小雪!!」

 

ほのぼのと喧嘩している川神百夜と小雪の姿が在り、その光景を見た瞬間に、三人から緊張やらなんやらが一気に抜けて行った。

 

自由人・川神百夜。欠伸をしながら決意やらなんやらをブレイクしていく傍迷惑な男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 百夜

 

 

 

 

なんだか、急いで病室に入って来た冬馬と準と…何か知らんが美人な女の人がカクンと崩れ落ちた。なんぞ?

 

「あっ、冬馬、準、ももやが僕のバナナ取った!!」

 

「はぁ?! お前がOK出したんじゃねーか!! バナナはもう一個在るんだから別に良いだろ!!」

 

「違うもん、二個で一本だったんだもん」

 

この女朗…

 

「約束は約束ですー、百夜さんはちゃんと事前に断ってOK貰ったから悪くないんですー」

 

「とうまー、じゅんー」

 

もう、何て我儘な子なの!!」

 

「お前がだよ!! 途中から声に出てるよ!!」

 

「黙れ天パ。ストレート掛けてもカールする分際で…本当にハゲにしてやろうか?」

 

「百夜…僕も何ですが」

 

「いや、冬馬は似合ってるから良いんだよ。でもなー、準は何て言うか」

 

パーツが有ってないんだよなぁ

 

「ねぇ、準はハゲなの?」

 

「ん? あー…その内な。ホレ、マシュマロくれてやる。」

 

わーいと口を開けるこの白子…一子並みに扱いやすいんだが、将来が心配に成って来た。

いや、一子もアレはアレでしっかりしてる所は有るんだけど防御が薄いって言うか…心配に成るんだよ。

 

「その内ってなんだよ!! お前やっぱり俺にだけ厳しくない?! ってかマシュマロ在るならそっち食えよ…」

 

「なぁ、準。マシュマロじゃ腹は膨れんのだよ」

 

日本人なら米と漬物に味噌汁!! これ鉄板。白菜とキャベツの漬物はガチ。九州方面のすこし甘みのある醤油がお勧め。

 

「朝ごはん食べて来なかったんですか? 百夜は毎日三食食べてるイメージが強いんですが?」

 

食べてるよ? 今日が特別なだけで

 

「いや、昨日の夜から爺様に封印されてる技を伝授されて徹夜明けなんよ。サプライズで驚かせてやろうと思って忍びこんだら…布団の誘惑には勝てんかった」

 

「あー…道徳の授業で流れるビデオとか見てる時とかと一緒だよなぁ。ソレ」

 

「寝不足だと枕が恋しく成りますよねぇ」

 

思いを馳せるのは自分の寝床。俺然り、準然り、冬馬然り…三代欲求は強いんだよ。

 

「ももやー」

 

「ハイハイなんざんしょ?」

 

すっげぇ笑顔だなコイツ…まぁ、あんな言葉でも解放されるって言うのはアレだ。コイツ自身、本当は自分は悪くないって気づいてたって事でも在るんだけどな。

少し前の俺と同じで踏み出せ無かった。怖かっただけなんだよなぁ。

空気読んで許されてる。自分は悪くないし、周りもそう思ってくれてるって読み取れても…怖いんだよ。ちょっとした-方面の考えがデカク成るんだよなぁ。

 

(大半は皆そうなんだよ。其処から立ち直る人間が少なくて、別の道を見つける奴は多くて…)

 

ソレを逃げと言われればそうなのかも知れない。でも、逃げるのも選択肢の一つで恥ずべき事じゃない。

ソレを恥ずかしいと思うのは、自分がソレを責めて欲しいから、自分じゃソレが正しいとも悪いとも思っても結局は不安で第三者に気めて欲しいから、意見が欲しいからなんだよなぁ。

他人に決定権を渡すのは卑怯では無いと俺は思う。

自己防衛は必要な事だ。逃げ道を作るのは大切な事だ。そんな事も出来ない人間ばかりだったら、今頃人間なんて滅んでるか、減りまくってるかのどっちかだよ。

 

だからだろう、何だかコイツが妹の様な、護らないといけない様な存在の様な…そう言う風に感じる。

 

まぁ、罪悪感も多少は有るんだろうけどね。

 

自分の心程解らないモノは無い。解き明かした奴は天才とか鬼才とかじゃないよ。

 

人じゃないか、心が無いかのどっちかだ。

 

 

 

「えっと…遊べる?」

 

「あ~…今日は無理、明日も無理、3~4日後からなら来れるけどなぁ。やらないといけない事も有るし」

 

「え~もう帰るのー、詰まんないー」

 

「ウェーイ、我儘言うな。俺はこれから他の奴のとこに行かないといけないんだよ。じゃ、冬馬、準、後宜しく頼むわ。学校関係もこっちでかたしとくわ」

 

そう言って、窓からダイブ。人に気づかれない様にしてるよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか……強烈な子ね。川神君って」

 

「まぁ、百夜ですから」

 

「あぁ、百夜だからなぁ」

 

榊原郁子は余りの事にと言うか、その遠慮の無さや、馴れ馴れしさとかにしばし呆然としてからそう言った。

 

(なぁ、学校関係って)

 

(どうやら小雪は百夜に気に居られた様ですねぇ)

 

((教師の2~3人居なく成るな(ますね)))

 

準と冬馬は少しだけ心が軽く成った。

 

 

 

 

 

Side out

 

 

さて、川神百夜が頼る人物と言えば九鬼英雄と言うのが彼等の関係を知る人間の共通の考えに成る。しかし、子供とは無意識に大人を頼るのが普通なのだ。特に平和であり、モラルが在る程度高い国や社会ではソレが普通の考えである。

川神百夜にも頼る大人の知り合いが居る。

 

例えば川神鉄心、例えば釈迦堂刑部、例えばルー・イー

 

そして、直江景清である。

 

この二人の出会いと言うのはごくごく普通の出会い。友人の家に遊びに行ったら気が合った。それだけである。

気が合うと言っても友人同士のソレでは無く、どちらかと言えばビジネスパートナー的な物である。川神百夜は直江大和より自身の父が優秀な投資家で金融関係では知らぬモノは居ないと誇り尊敬している事を知っており、直江景清も自身の息子が友達の事を嬉しそうに、楽しそうに話す姿を妻である咲と優しく見守り相槌を打つという家族団欒を常日頃から欠かさない。

 

直江景清の先見の明に、人脈と知謀。

 

川神百夜の未来予知レベルの占いに、勝ちに行くと言う姿勢。

 

ある種の最悪なコンビが出来上がるのに時間は掛からなかった。特に景清は川神院の直系の者との人脈が出来る事に価値を見出しても居る。息子を間に挟んでという風に利用できる立場でもあるが、ソレをせずに個人的に親しく接したのには訳が在る。

 

占い

 

略確実に当てる事の出来る占い。占いとは名ばかりの冒涜的なモノ。金融に関係する者かすれば堪ったものではない。

常に金は流れ、その流れを荒らそうとすれば制裁が加わる。暗黙の秩序と言うモノが在りソレを破れば何時しか破綻が来る。

其処から繋がる連鎖は無関係の者に…同じ金融業に属している者達にも多少降りかかる。

 

この日本には嘗て湯水のように金が沸く時代が在った。ソレを壊したのは金で在り、国であり、人である。

社会情勢と言うのは民衆の力で容易く操る事が出来る。その容易くが恐ろしく困難何のだが…まぁ、出来るのだ。国は怠り、人は微温湯に浸り続け、金は飛び続け…結局はその後に生きる人間達に負責だけを残した。

その癖、微温湯気分が抜けない狒共が未だに社会の上層に蔓延っているのだからその下で生きて行くしかない者達は余計に気を使わなければならないのが現状である。

 

幾ら、人格者でも大金を手にしてしまうとふとした拍子に下衆に成りはてる。金にはそれだけの力があるのだ。

その力を知り、その流れを制御し何とか生きて居るのが本物の富豪であり権力者である。恐らく世界に二桁も居れば凄い事だろう。

 

故に、危機感を覚えた景清は探りを入れた。その結果が灰色だった。

 

金は小学生という立場の者からすれば場違いに持っているが、ソレを湯水のように使おうとは思っても居らず、必要に成ったら使う。

寧ろ、今の内に溜めて後から少しずつ切り崩して時々補充すれば良いや位の考えだったのだから景清は慎重に慎重重ねて探りを入れた自分を褒めた。

 

白なら気に掛けなくては成らなかった、黒ならどうにかしなければ成らなかった。

 

灰色なら…組む事が出来る。寧ろ指導する事が出来る。

 

景清の直感と川神百夜と話した印象からすれば、川神百夜は自分と近しいタイプの人間の様に感じれた。

 

一人の人間としてではなく、一人の金を転がし利益を得る人間としてである。

 

金の運用に関してならば川神百夜は九鬼よりも直江景清の方を信頼している。それ程までにこの二人のビジネスは巧く行っていたし、常に九鬼を頼るのもどうかと考える部分が在った百夜は小雪の事に関して一部を景清を頼る事にしたのだ。

 

「ふむ…弁護士、警官の人間に頼んでみよう。あぁ、教育委員会の方にも声を掛けておく、県・市の両方に根回ししておく」

 

「あ~…ごめんなさいね。こんな事で頼って…んでもって欧州の方ならこの辺が狙い目。詳細な地図を貰えたから間違いは無いと思うよ。ちょっと周りの士族とかの関係で難航すると思うけど…景清さんなら行けるでしょ?」

 

「私としては君が一緒に来てくれるなら万事解決なんだがな…流石に息子とその友人を引き裂く様な真似は出来ん」

 

因みに景清は妻から自分では危ない(闘って)と百夜の事を評されている為、ガチで将来的に雇いたいと考えている。九鬼とのパイプにも成るので。

外に恐ろしきは元ヤンの妻である。

 

ソレを拉致して調教してから恋愛して再び落した景清も景清だが…

 

「それで、昼食はどうするかね? 近くに美味い店があるが?」

 

「流石にラブラブ夫婦の邪魔したくないんですけど? あっ、明日って言うか今日の深夜から中国の方でチョット暴れてくるからそっちの方は今の内に…ね?」

 

「…裏取引でも潰すのか? 君はそんな正義感に燃える人間では無いと思うんだが」

 

「ちゃうちゃう、ちょっと…けじめをつけにねぇ」

 

「そうか…君に貸しを作れないのが痛いな」

 

「子供にそう言う事言わない。確かにビジネスパートナーだけども小学生だからね俺?」

 

そう言って二人は普通に喫茶店から出た。

 

確実に大人と子供の会話では無い。この二人の関係を実の息子が知るのはまだまだ先の事で在った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「九鬼えも~ん、僕達を襲ったテロリストにけじめをつけたいんだよ!! 何か良い道具と情報を出してよ~!!」

 

「むぅ、成らばヘリと情報工作部隊を出そうではないか!!」

 

夕日が綺麗な空の下、そんなコントが行われていた。

 

 

 

 




…もうちょっと詰めたかったなぁ

次回、苦手なくせにまたバトルに成るのか? 百夜君は完全に悪役に出来たら良いなぁ


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二十八話

 

 

 

釈迦堂刑部は川神院の師範代である!!

 

彼は生まれながらの戦闘狂で在り、強い相手と思う存分闘って勝ちたいと言う困った性格の人間である!!

 

故に

 

「釈迦堂さ~ん、カチコミに行くから手伝って~」

 

「よーし、おじさん思う存分暴れちゃうぞ♪」

 

良いノリで川神百夜について行くのだった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなフザケタ会話から二時間ほどした日本海上空で、あずみは黄昏ていた。仕方がない事だろう。

九鬼家では新参の従者の癖して今回の本命部隊に居るのだから、否、入れられてしまっているのだから。

 

(くそっ!! アタシじゃない奴でも良かっただろうに!?)

 

ギリギリと胃が痛む。

 

それも、あずみ個人としては最悪な事に自身が苦手と断じれる化け物が一人と、その化け物が連れて来た自分より遥かに強い化け物と一緒なのだ。

 

一人は川神百夜。

 

今でも、ふとした瞬間にあの時に浴びた狂気を思い出す。

 

二人目は釈迦堂刑部

 

川神院の師範代。それだけで、その肩書だけで川神院を知る者達からすれば凶器だ。

 

(狂気に凶器が加わり最悪に見える…英雄様ー!! あずみは死にそうです…)

 

正しくその通りなので何も言わない。ヘリの操縦をしている従者部隊の男も冷や汗を掻いている。

 

「でさぁ、どうも達人級が百八人は居るらしいのよ」

 

「ほぉ、でもそりゃ一般で言う達人級なんだろうよ。裏社会に関わっているってんなら一般の連中よりは遥かに強いだろうが…最高でも師範代級が居ればいいんじゃねぇか?」

 

「だから、めんどくさいのよ?」

 

「百夜ぁ、お前ジジイに勝ってんだからもうチョイ自信持てよ」

 

(…川神鉄心に勝ったて…マジか?!)

 

更に胃痛が強く成るあずみに、世界はとても厳しかった。

 

「いや、アレは本当に何とか運よく勝てたってだけだよ…実際の所、あの一撃だけが本気でソレ以前も以降も本気じゃないから…爺様が葛藤しなかったら俺そのまま負けてたもんね。アレ、絶対にもう闘いたくない。」

 

「相手に本来の闘い方をさせないのも作戦だ…気を張れ、お前は強いよ今の俺よりかはな」

 

(まぐれ勝ちでも、アンタより強かったら化け物だ)

 

あずみの胃がギブアップを叫ぶも此処はヘリの中、外に飛び出せば下は海。逃げられない。

 

「いやいや、釈迦堂さんも無茶苦茶強いからね? 俺は闘いたくないからね!!」

 

「いやいや、顕現使える時点で俺より強いだろが、お前さんはよぉ」

 

「? ぶっちゃけ、近いのなら釈迦堂さんも使えるよ?」

 

「マジで?」

 

「マジでマジで」

 

あずみの胃は沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんわ、ただ今夜中の零時を回ったぐらいです。今、林の中に身を隠しております。百夜です。

藪蚊が多くて困る。

 

「達人の殆どが出払ってるってマジ幸運」

 

「俺一人でいいんじゃね?」

 

「だったら行って来い。達人が殆ど居ないだけで門徒が八十人強居るって言ってるだろうが」

 

いやぁ、あずみさんは口が悪いです。釈迦堂さんは態度が悪いです。でもまぁ、二人とも保険ですから良いんだけどもね。

流石に一人でこんな所に攻め入ろうなんて百夜さんは考えませんよ? だってキツイじゃない? 殆ど居ないだけで達人は居る訳だし。俺の目的は李招功。

 

なに、殺そうって訳じゃない。ただ、俺達の夢を潰したんだからそれ相応のモノを奪っていかなきゃ割に合わないじゃない?

 

それだけですよ

 

「んじゃま、俺が本命。釈迦堂さんは残ってる達人の相手。あずみさんはブツの奪取。OK?」

 

「おう、精々楽しませて貰おうかねぇ」

 

「火事場泥棒か…まぁ、英雄様の為なら何だってやってやるさ」

 

はい、改めまして今回の目的はテロのけじめと長~い歴史を誇る武術の総本山とも言えるこの梁山泊に在る秘薬等の資料の奪取が目的です。

 

やっぱりさ、無理かも知れなくても…アイツにもう一度野球をさせてやりたいってのが在る。

プロに成らなくてもやりようは在るんだしさ、社会人野球とか、九鬼家で野球チーム作って身内で楽しむってのも良いと思うんだ。

ちょっと豪華な賞金と商品とかを餌にすればメジャー釣れると思うしね。

 

「さてと…いっちょ気張って行きますか!!」

 

「「応」」

 

Side out

 

 

 

 

サァサァと木々を揺らす夏の風は、山の間をすり抜け里に入る頃になると適度な温度に成り熱い夜を優しく冷やす。そんな夜の事だった。

夜天に昇る欠けた月の明かりが、薄暗い里を薄っすらと照らす。

そんな里の中、在る明かりと言えば所々に並ぶ大きな家々の窓からちらほらと零れるモノか、一際大きな建物の門の両脇で燃え盛る松明位だろう。

小さな羽虫が明かりに惹かれて焼かれ死ぬ。

そんな明かりが照らす屈強な門番の顔は無表情とは掛け離れた、緩んだ表情だった。正面を見ながら退屈だ、眠い、俺も仕事に生きたかったと小さな声で会話を続けている癖に、意識は正面を警戒しつつも自身の視界の外も鍛えられた感覚で警戒している。

 

そんな中、風の音にまぎれて小さな、そして高く、低い、何とも言えぬ声が耳に入った。

 

門番が構える。

 

闇夜に紛れ、風邪に紛れ笑い声が聞こえてくる。

 

カカカ

 

互いに警戒し、闇に成れた目を凝らす。

 

その声を発して居るであろう存在は正面からゆっくりと近づいて来た。

 

子供だった。帽子を深くかぶり、長ズボンに長袖のTシャツ、その上から無地の黒い上着を羽織って居た。帽子から零れている長い髪は少年の肩ほどまで垂れて居て、癖が無い艶やかな黒髪が風に揺れながら月明かりを反射していた。

 

止まれ!!

 

何故こんな所に? と、考えが過るもそんな疑問よりも訓練された動きと言葉が紡がれる。

 

紡がれる筈だった。

 

開いた口が塞がらない。急激に水分が無くなった口腔内と喉が声を出す事を否定している。

肺が動くのを拒絶した。手足が後ろへ後ろへと動こうとしている。

 

冷や汗が止まらず、疑問も止まらず大の男二人が硬直した体を必死に動かそうとしながら逃げようとしていた。

 

其処で漸く気づく。

 

怖い。恐ろしいのだ。

 

カカカ、カカカカカカカカ、カカカカカカカカカカカ

 

聞こえる笑い声が恐ろしい。涙が浮かび始めた両眼の端が闇に蠢く何かを見た。

 

シュゥーとか細く息を吐く様な音が、耳に残る。

 

蛇が這って居た。一匹では無い、百には届かない。でも百に近い数の蛇が這って居た。

 

声も出せず体も動かせずに恐怖だけしか感じれない。

 

コレは夢だと言い聞かせ、コレは悪夢だと言い聞かせ、早く覚めてくれと懇願する。

 

カカカ、カカカカカカカカカ、カカカカカカカカカカカカ

 

助けてくれと叫んだ。叫んだつもりだった。何時の間にか男二人は、膝を折って顔を下げて両手を組んで涙を流していた。

 

笑い声だ。いや、笑い声では無い。嗤い声が聞こえる。嗤い声が止まない。

 

そして、唐突に…夢から覚めた様に声が止まった。

 

ゆっくりと顔を上げた、其処には何も無い。渇いた喉が水を求めた。恐怖に引き攣った全身が情けなく震えた。安堵の息が出たその瞬間。

 

「ごくろうさん」

 

肩を叩かれた。

 

反射的に振り返った。その視界に映るのは蛇、蛇、蛇。

 

悲鳴を上げる事も無く意識が遠のく。最後の瞬間に聞こえたのはやはり嗤い声だった。

 

 

 

 

その姿を遠目で確認しつつ、釈迦堂刑部は口笛を一度吹いた。

 

「おっかねぇ…姉ちゃんも蹲ってないでさっさと行くぞぉ」

 

「うるせぇ!! 畜生?! 何てモン使いやがるあの餓鬼…」

 

冷や汗を掻きながら涙交じりに言うあずみに刑部は、ヘラっと笑いながら言う。

 

「音波…音撃の類だろ? 口を呼んでみたが鬼哭啾啾だとよ」

 

「最悪じゃねぇか…裏の人間には効き目が強すぎる。言魂使いって言っても根本から違い過ぎる」

 

「まぁ、その辺は良く分かんねぇから俺は気にしないがね…ほら、とっとと行くぞ忍者の嬢ちゃん!!」

 

「嬢ちゃん言うな!!」

 

一直線に掛ける二人は正に風の様だった。

 

そんな中であずみは言葉の意味をしっかりと思い出し、昔居た傭兵部隊の仲間を思い出した。

 

(あのメリケン女が居たらさぞかし動揺しただろうなぁ)

 

現実逃避とも言う。

 

 

 

 

 

 

 

鬼哭:浮かばれない霊魂が声を上げて泣き悲しむこと

 

啾啾:しくしくと泣く声の形容

 

つまり、己が殺した分だけ怨嗟が、見ない振りをした僅かばかりの良心がその笑い声を聞いた相手に襲いかかる。百夜のブースト付きでである。

そんな愉快な嗤いを振りまきながら川神百夜はゆっくりと自分のペースで板張りの廊下を土足で進む。僅かな気を頼りに相手を避けながら、建物全体に声を響かせて闇夜の様に進む。

 

(此処意外だと向こうか…まぁ、隔離して在る向こうが本命だろうねぇ…でも)

 

確証が欲しい。確実性が欲しい。占い何てしてやらない。誰に何をしたのかを理解させてやる。

 

川神百夜はそんな事を考えながら、少しぼろい障子をゆっくりと開け、驚くほどの早さで中に踏み行った。

 

先に言って置こう。言魂とは本来の意味では呪術的な物であるが、人が使うのは、体系として残されている物は詐術・暗示の技術である。

良く例えにされるモノで言えば、目隠しをした人間に鉄の棒を握らせ、ソレが赤熱状態のモノだと思い込ませる事によって肉体が勘違いし、脳が勘違いし、傷を負うと言うモノだろう。

 

あずみが言った根本から違うのはその前者と後者の違いである。

 

後者で必要な大前提は、相手が理解できる言語を使用できかつ日常会話程度に話せる事である。

 

英語なら英語、ドイツなドイツ語か英語

 

しかし、前者には言葉の違いは強みにしかならない。

 

前者を使用できるモノが炎と言えば、英語圏の人間は炎とは違うモノを想像するだろう。しかし、前者の場合は使うモノが理解して居ればソレで良いのである。

後者の様に相手に理解させる事をしなくて良い。

 

ソレ故に、川神百夜の使う言魂とは一般の物とは大いに違い、その力は強い。相手に問答無用で理不尽を押し付けるこの行為は卑怯とも卑劣とも言えるだろう。

 

その為、川神百夜のカカカと言う嗤い声は非常に嫌な意味を持つ。

 

禍々しい

 

禍。この読みは「まが」でも「か」でも使われる。組合せの問題である。

 

禍々しいの「か」に過剰「か」が補正をしている。その逆も有る。

 

過剰なまでの禍々しさ。人は何を想像するか? 昔の人間は闇の暗さに夜の清浄さと恐ろしさに「鬼」を見た。

 

故に、川神百夜は鬼哭啾啾とその名を着ける。凡庸さもさることながら使い勝手が良い。

 

屋内の壁に反響し、独特の波長で恐怖を煽る声色の暗く高く低い呵々大笑は多くの人間の精神を苛んだ。寝て居る者には悪夢を、覚醒している者には恐怖を。肉体的には非殺傷の優しく恐ろしい技だ。

 

川神百夜は障子を開けた瞬間に中に居る人間を確認する。運の悪い事に中には三人の少女が寝て居た。その内の一人が置き上がり、タンスの引き出しを開けようとして居た瞬間だ。

 

一足。

 

寝て居た少女の一人のみぞおちを深く強く踏んだ。

 

エゲェッ

 

と蛙が潰れた様な声がした。

 

二足。

 

反射的に振り向こうとした少女の背に、同じく飛び起きた少女の体がぶつかりタンスとサンドイッチにした。少女とタンスに挟まれた少女は顔面を強く打ち「イギッ!!」と甲高い声を上げた。

少女にぶつかる形に成った少女はその足を天井に向け、顔面をもう一人の少女に押し付けた状態で気を失って居た。

顔面を蹴り飛ばされ、脳を揺らされて意識を失った。

 

三足。そのまま頭から落ちそうに成る少女の腰をもう一人の後頭部に押しつけるようにして強く推す。

 

川神百夜は中国語を習って居ない。知ってはいる、読み書きが出来るが聞きとりと成ると難しい。故に、ありったけの恐怖を与える事にした。

 

ただ一言告げる。

 

「李招功」

 

ビクリと震えるのが分かった。

 

意識の無い少女の後頭部に膝を押し付け更に上へと体をズラす。

 

挟まれている少女は、顔面をタンスに擦られながら三㎝ほど浮いた。

 

「李、招、功」

 

更に強く押しつけながら上げる。

 

挟まれている少女の口から、呻きとも嗚咽とも取れる声が漏れるが気にせず更に強く推す。

 

ゴリッと骨と骨がぶつかり擦れる音がした。

 

喋るに喋れない少女が手をメチャクチャに動かし、押している少女の体が弛緩したのを確認してから川神百夜は手を放した。

 

失禁した少女の命を確認し、尻を突き出すようにズルズルと膝を着く少女を軽く蹴る様にして仰向けにする。

 

初めての痛みと恐怖だったのだろう。

 

人を挟んで受けた、李招功に向ける殺気をたった一人の少女に向ける。

 

降って来たように現れた命の危機、少女の顔は涙と涎に鼻血の混じった鼻汁に、唇と額の皮が軽く捲れた状態で気を失って居た。

 

自然と頭から落ちる形になった少女の頭頂部に足の甲を当てて一度落下止めると、下着をするりと外して体を床に落とした。

 

「渇」

 

「!!?」

 

酷い顔の少女が目を覚ます。一瞬だけ顔に生気が戻ったその瞬間に、尿で濡れた下着を被せて視界を奪い腹に一撃を入れて落した。

 

相を見る為だけに恐怖を与えた。明確な情報を得る為にその事を知って居るだろう事を確認してから意識させてから、気絶させ。また覚醒させる。

相手からしたら堪ったものでしかない。やり過ぎと言われるだろうが…

 

過ぎた恐怖は、忘却するか奥底にガッチリと鍵を掛けてしまうのが人間である。

 

翌朝、顔面の痒みと鈍痛で起きた少女は何も覚えて居なかった。ただ、パンツを被って居ただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

場面を変えよう。釈迦堂刑部の氣と言うのは禍々しいと言われる。言うのは同じ川神院の師範代であるルー・イーだ。川神鉄心は獣臭いと揶揄する事も有る。

そんな強大な氣を放つ人物が現れたのだから、その氣を脅威と感じた者達は一斉に其処を目指した。

 

「よぉ、日本語分かるか? 分からねぇよなぁ」

 

そう歪に嗤いながら拳を振るう男の何と禍々しい事か。

 

この男の事を梁山泊は知らない。

 

技の名を呼ばず、闘う相手への礼儀も無い。ただ暴力を振るうその様は暴風であり、獣だった。

 

「まぁ、いいや。ちょっと俺と遊ぼうぜ…梁山泊!!」

 

嬉々とした声で、暴力に酔いしれた恐ろしい瞳で、獣が吠える。

 

釈迦堂刑部の頭の中には、ヘリでの会話が過って居た。

 

「餓え?」

 

「そう、餓え。飢餓、腹ペコ。」

 

川神百夜の言葉に、思い当たる事は多かった。

 

強い相手が少ない。自分が強く成って居るのかが良く分からない癖に、在る程度強い、昔よりかは強く成ったと言う自覚だけが在った。

 

川神鉄心には及ばず。同じ師範代のルーよりかは強い。

 

比べるモノが少なかった。世界にはまだ見ぬ強者が居ると言うのに、自分は其処を目指さず。ただただ川神鉄心を目指していた。

 

(武神が最強だから…前の俺ならそう思い込んでたんだろうけどなぁ)

 

川神百夜と川神鉄心の闘いを見てしまって気づいてしまった。川神百夜の心の一端に触れてしまい恥ずかしく成ったから、弱い自分が余計に情けなく成ってしまった。

 

(憧れだ。あぁ、そうさ。俺は川神鉄心の様に強く成りたい)

 

暴力に酔いしれて、井の中の蛙だった自分を叩きのめして外に連れ出したあの小さい癖に大きな背中の老人に憧れたのだ。

 

(あぁ、強く成りてぇ!!)

 

「釈迦堂さんはアレだよ。強く成る事に餓えてるんだ。まだ、足りない。こんなもんじゃ足りない…でしょ?」

 

したり顔でそんな事を言う川神百夜と言う自分の弟分の言葉に確かにと刑部は頷いた

 

「でもさ、ルーも爺様も他の門徒も強さに餓え過ぎてはいけない。高潔な精神を宿してこその武人であり、川神流…みたいな事を言うじゃない?」

 

その言葉にも頷く。常日頃のルーとの問答はそんなモノだ。

 

「確かに川神流はそうなのかもしれないけど、川神鉄心は違うでしょ? なら、俺はそうで良いと思う。まぁ、釈迦堂さんはアレじゃん? 姉ちゃんと違って川神流の後継者候補って訳でも無いし、俺と同じで自由に強く成って良いと思うんだよ。」

 

その言葉に気づかされた。自由に強く成ると言う言葉に共感した。川神鉄心は違うと言う言葉に憧れを思い出した。

 

(あぁ、やっぱりお前は怖い。百夜よぉ…俺の相を見たって訳じゃ無い癖に、俺の忘れたモノをひょいと拾い上げて持ってくる。)

 

昔から、川神百夜と言う小僧は自分に気易く話しかけて来た。鯱鉾ばったり、汚ない事を顔の裏に隠しきれず此方を見やる奴等とは違い。完全に自然な状態で近づいて来た。

本当の兄弟の様に近づいて来て、こっちの手を握ってくる。

驚くほど自然に釈迦堂刑部と言う外れ者に親しんで来る。慕ってくる。

 

(流石に気づくぜ。俺でもよ。)

 

川神百夜は釈迦堂刑部に憧れて居る。

 

川神百夜は釈迦堂刑部の真似をする。嘗ての釈迦堂刑部が川神鉄心に憧れた様に、今も憧れて居る様に。

 

「だからさ、餓えに任せて解き放っちゃえば良いんだよ。顕現も似た様なものだし、馬鹿に成った者勝ちだよ。」

 

「自由人に言われると無茶苦茶説得力あるなぁ」

 

「事実だし」

 

馬鹿みたいに強く成りたい。

 

川神鉄心の様に、あの武神の様に、強く成りたい!! 川神百夜の憧れで在るならば、あの自由な糞餓鬼が憧れるなら!!

 

無頼の儘、強く成りたい!!

 

頼れるモノは自分自身!! 己が体験した経験!! 己が喰らった技と技術!!

 

「そう言う事だろ!! 百夜!!」

 

達人が振りかぶった昆を正面から叩き折る。そのまま、その顔面を蹴り上げて、浮いた体を蹴り飛ばす。

ソレを避ける様に脇をすり抜けてきた二人の檄と青龍刀をしゃがんで避け、足払い。

 

「名乗りな!!」

 

言っても解らないだろうと理解しながらも叫ぶ。

 

気分が高揚し、精神が研ぎ澄まされる。集中力が増す。

 

自分よりこの達人達は弱い。その技術では自分には届かない。元より武器は使わない。素手が性に合っている。

だが、その足運び、重心の置き方。

何故、今まで気づかなかったのだろうか? ソレは自分にも使える筈のモノだった。

そう、自分なら、釈迦堂刑部ならば見て、使える。使う事が出来る。

 

闘いこそ、成長の場だ。ソレを再認識する。

 

此処には糧しかない!!

 

武人達が構えた。其処に油断は無く。純粋な殺意が満ちている。

 

「天微星!!」

 

「天暗星!!」

 

「あぁ、そうだ!! ソレで良い!! お前等全部喰ってやらぁ!!」

 

釈迦堂の中で、何かが確実に形を生した。

 

 

 

 

 

 

 

死刑囚と言う存在は、一体何を考えるのだろうか?

 

懺悔だろうか? 後悔だろうか? 諦念を感じ諦めるのだろうか?

 

少なくとも、李招功と言う人間はそんな事は考えなかった。

 

ソレもそうだろう。多くの人を殺した。殺して来た。圧倒的な暴力を持って、金の為、名誉の為、個人的な理由の為に人を害し、また殺して来た。

自分より強い人間が居る事は当たり前だ。自身が匿われている梁山泊の達人の中でも自分の力量ならば中の上程度。そもそも、此処に匿われているのは李招功自身の梁山泊入りが事前に決まって居たからだ。

あのテロリストの護衛は梁山泊入りになる前の最後の仕事だった。

 

其処で悪魔と出会った。出会ってしまった。更には虎狼まで現れた。

 

橘兄弟、川神鉄心、伝説のZINNAI。闘ってはいけない達人達。絶対に勝てないであろう化け物。

 

故に一目散に逃げた。足止めすらできない。直に見て理解できる強さがある。だが、あの悪魔が最後に放った言葉が呪いと成って体を蝕んだ。

 

正に枯れ木。筋肉で覆われて居た手足、胴、削ぎ落ちて行った。積み上げてきたモノが驚くほどの早さで落ちて行った。

 

幸運だったのは此処に、梁山泊に行くまでのルートに乗れた事だった。以前より伝手があった天暗星がアメリカに居た事が幸運だった。

そして、梁山泊と言う安全な場所に有る。秘薬の類と治療法。効果は直ぐに現れた。抜けて行くだけだった気力・体力が少しずつだが回復していくのが分かる様に成った。

少しすれば動ける様に成るだろう。それから数年かけて筋力を取り戻す。

 

(あの餓鬼を見つけ、殺す)

 

絶望しかけたのだ。積み上げた、磨きぬいた肉体が目に見える速度で徐々に徐々に削げ落ち萎んでいく様を。

 

(見せつけられた!!)

 

怒りが憎しみが沸き上がる。己が伸し上がる為に鍛えたモノを奪われる。何の抵抗も出来ず奪われる。そして、ソレを見せつけられる!!

侮辱等生易しい。凌辱だ。

 

何倍にもして返してやる。

 

(だが今は…休み蓄えるのが鍛錬だ。)

 

衰えた体は、他の器官にも悪影響を及ぼしておりソレを回復させなくては日常生活すら危うい。

視力・聴力、嗅覚が衰え、触覚ですら鈍い。

 

そして、ソレが李招功最大の不幸だった。

 

ギシギシと板張りの上を誰かが歩く音がした。こんな夜更けに珍しいと思い、瞳を開ける。

音の発生源はおよそ十メートル以上離れている筈だ。元より、侵入者等が来た時の為に梁山泊の廊下は音が成るように設計されている。

そして、その音を聞き分けて達人達は相手の身長等を判断する。

今の衰えた肉体ではそんな事は分からないが、李招功はその音の軽さから子供だろうと判断した。普通なら、何故に子供? と成るが梁山泊では達人達が才在るモノを見極め弟子として育てて居る。

故に、それなりに子供は居るのだ。

達人達によって何人を弟子にするかわは変わるが、途中で諦めたり、自分の限界に気づいた物がそのまま此処の傭兵稼業に参加する。それが梁山泊の一番の稼ぎでも在るからだ。

再び目を閉じようとし、李招功は布団を被り直す。

 

それがいけなかった。

 

 

足音が突然消えた。その事に気づくも、体は緩慢にしか動かない。

 

バリッと障子が破れ小さな影が、飛びこんだ。

 

「俺の踵を喉仏にシューーーーーーー!!!」

 

喉が潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 




ねぇ、僕は何時まで仕事wしないといけないの? 何でお休みがないの?


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二十九話

先に書いておきます。

後半、気分が悪くなる可能性が高い為…ヒドイ所業に耐性が無い方や精神的な凌辱やらまぁ、そう言った方面の事が例え文章や、妄想でもダメ、苦手、嫌いな方は

(オワタ)

でバックしてください。

最後のは読まんで大丈夫なので。

責任は一切持ちませんし、文句も受け付けません。

グロ表記ありのタグを新たに追加しました。


同時刻、九鬼英雄は川神百夜の言ったけじめと言う言葉について考えて居た。

 

今では強敵、親友、心友とも呼べる間柄だが、最初の印象は失礼な人間というモノだった。その事を思いだすと笑みが出る。

まさか、そんな人間に打ち負かされ、バッテリー組むようになり友になり…互いが互いを羨ましいと思うような関係だ。笑いが出てくるのも当然だろう。

 

今夜、九鬼英雄の傍にはヒューム・ヘルシングが居た。正確には姉である揚羽の傍だが、今は隣の部屋で寝てしまっている。

 

「ヒュームよ…百夜が言うけじめとは何だと思う?」

 

「さぁ、私には見当もつきませんが…武人に対しけじめを着けると言うのなら」

 

武を捨てさせる事でしょう。

 

ヒュームの言葉に英雄は納得し、少しだけ危機感を感じた。

 

「…百夜は」

 

英雄の言葉を言わせぬようにヒュームは言葉を被せる。

 

「武人…裏に関わるならばその覚悟は互いに在って当然です。ですが…ソレは最悪の場合、川神百夜がどうするかは他人である私共には分からぬ事です」

 

「それもそうだな…奴なら、もっと違う方法で何かをしでかすだろう。ソレに、我も百夜も命を失っておらぬ。ならば…そう言った事には成らぬであろう。 ヒューム、百夜達が帰還したら起こせ。我はソレまで寝る」

 

「了解しました。それでは、お休みなさいませ。」

 

英雄がベッドに入るのを見届けてからヒュームは廊下に出た。

 

(あの餓鬼がけじめを着けるか…ソレが自分のなのか、英雄様に対してのモノなのか…まぁ、後者なのだろうがな)

 

川神鉄心との一件にて、ヒュームも川神百夜の評価を改めて居た。

 

顕現の一撃を生身でくらい、再び立ち上がるタフネスと意地。学習速度に勝利に対する執念。

 

(アレは運が良かった)

 

ヒュームはその勝利に運の要素が高かった事を理解している。ソレは川神鉄心も同じだろう。だが、それでも

 

(今なら3割…その確率で俺も負ける可能性が存在する)

 

脅威には変わりない。これから伸びる少年が、既に3割の確率で自分に勝てるかも知れない。脅威である。そして、この上なく楽しみでも在った。

 

「ふむ…血に酔い、力に酔うのならば…ソレを屈服させるのもまた一興か」

 

ニヤリと口角が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、梁山泊入りする前の最後の仕事だったんだ~」

 

ベキ

 

「っーー!! ~~?!!!?!?!?!!」

 

軽快な音を立てて指を折る。

 

あっ、どうも、百夜です。気分は超!! エキサイティン!!! いやぁ、俺もね一応は頭冷やしてコイツに武を捨てさせようと思ってたのよ。言魂重ねがけしても良いし、もっと穏便な方法を考えてたんだけどもね。

 

こいつ、俺を探し出して殺す事とか英雄を拉致して居場所を吐かせようとか考えて居た訳で…今日ほど相が読める事に感謝した事は無いですよ?

何て言ったて九鬼の御曹司で俺の友人に害をなそうってんだ。潰すしかないわぁ。更にコイツ揚羽さんも拉致する標的に加えてやがった。

どの道、ヒュームの爺さんやクラウディオさんが傍に居るから手だし出来んだろうけども。あずみさんも時間稼ぎは出来ると思うし。

 

取り合えずで両膝と肘は折りました。今さっき、最後の指を折りました。

 

「こんだけされて未だに復讐を諦めないのは凄いと思うんだけどもさぁ」

 

太腿に足を乗っけて思いっきり踏みつける。

 

「お前、自分が回復するまで生きてられると思ってんの?」

 

痛みに耐えながらも、何かに支えられてるから復讐なんて考える。だから…

 

精神的に殺しながら、物理的に武を振るえなくしましょうかね

 

 

 

 

 

Sideout

 

 

激痛が断続的に襲ってくる中、李招功は川神百夜の言葉に少々の不安を覚えた。

だが、ソレを否定する。

 

自分が回復後の稼ぎの略全てが梁山泊に入るからだ。そのまま数年、イヤ、三年もすれば今の赤字も黒字に変わる。

 

その確信が在るから梁山泊は自分を匿い、自分もソレで体を回復させる事が出来るからこの梁山泊に来たのだ。

 

「まぁ、お互いにメリットが在った昨日までならソレで良いんじゃないかな?」

 

その言葉に、不安が掻き立てられる。

 

「おいおい、目線が揺れてるよ~? なぁに、少し考えれば分かるべ? 俺が…俺達がお前目当てに侵入しちゃってるじゃない?」

 

それは、デメリットだ。

 

「梁山泊は安全じゃない。俺達が侵入しちゃったし? 今頃残ってる達人も喰われてる頃だろうし? 弟子っぽい女の子三人には…悪い事して来ちゃった。」

 

笑顔でそう告げる。そう告げられる。

 

まさか、と考えが過る。そして、その可能性が高い。いや、寧ろ確定的なモノだと考えてしまう。

 

「そんな事を続けられちゃぁ、放りだすしかないでしょ? 今なら損害も少ないんだからさぁ」

 

そんな筈は無い、そんなはずはない、そんな…そんな

 

「よ~く考えてみなよ? 今ならアンタを町の裏路地に放って置くだけで…アンタに怨みを持つ誰かが群がって来てくれるんだよ? 情報を流せばねぇ」

 

……まさか

 

「はい、正解!! 李招功さん正解です!! すでにこの国の裏側には李招功が大怪我を負い梁山泊に匿われていると、情報が出回っています!! やったね!!」

 

 

あぁ、

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

「まぁ、俺も鬼じゃないから傷の治療はしてあげるよ?」

 

ヒタリと、小さな冷えた手が胸板に押しつけられた。

 

「あらよっと」

 

パキ

 

「もいっちょ」

 

ミヂ

 

(止めろ、止めてくれ?!!?!)

 

声も出せず、折られた手足も動かせず、軽い声と共に助骨を折られる。

 

トンと両肩に乗られた。

 

「セイ!!」

 

メキ

 

「~~っ?!! っー!!!!」

 

(アギッィ!! ガァァァァァァ!!!)

 

「大体からさぁ、最後の一稼ぎで」

 

顎を掴まれる。

 

(止めっ!?)

 

上着を巻いた拳が、固定された口に打ち下ろされた。

 

「アイツと俺の夢を台無しにしてくれてんじゃねぇよ!!」

 

いっその事、殺してくれ

 

そう考えながら、李招功は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、身内に殺される可能性の方が高いんだけどねぇ…カカカカカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面を変える。あずみは何の苦労も無く、書庫であろう倉庫に辿り着いていた。

梁山泊内では闘いが続いているが、小物やザコの類は川神百夜の|鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)で泡を吹いているか悪夢にうなされ呻いている。例え悪夢から覚めても苛まれるのだから達が悪い。

そう思いながらあずみは持ち込んだバックや大きな布に書物等を詰め込み、一纏めにしていた。

 

「っ…見つかったか」

 

「天哭星」

 

(よりにも因って達人か!! 糞)

 

室内と言う閉鎖空間内での邂逅。あずみは悪態を吐きながらも、自分の運に感謝した。

 

飛び引く様にして、天井の梁に乗る。

 

達人の動きは早く、既に自分目掛けて飛んでいた。

 

直ぐに違う梁に跳び移りクナイを投擲する。

 

キンと鉄と鉄を打ち合わせた様な音と小さい火花を散らして防がれた。

 

(昆…いや、鎖?)

 

小さな火花で見えた敵の得物。

 

「邪ァ!!」

 

「チッ」

 

ヒュンと断続した風切り音がした。

 

(三節昆?! )

 

使い手に因るが闘い難い相手だ。だがそれだけだった。

 

突出され、分かたれ、軌道を自由に変える昆の先端に隠し玉をぶつける。

煙玉が勢い良く破裂した。

 

「?!」

 

ただの煙幕では無く、眼つぶし様の特別製の煙玉に驚き声が上がった。

 

その隙に荷物に手を掛け、入り口に向かってクナイを投擲する。

 

「ぐっ?!」

 

「ばーか。出入り口が一つしかないんだから先回りされる事くらい予測済みだっつーの」

 

あずみは自分が投げたクナイを回収し、天哭星と名乗った達人から二本のクナイを引き抜き、天哭星の服で拭う。

 

「特製の痺れ薬だ。一時間もすれば少しは動ける様になるだろっ!!」

 

振り上げた足で思いっきり顔面を踏みつける。ソレを技と気絶するまで続ける。

 

「さてと、さっさと逃げさせて貰うか」

 

そう言い、あずみは音も無く駆けだす。

 

窓から出た丁度その時、撤退合図の閃光弾が上がった。

 

 

 

 

釈迦堂刑部はその閃光弾を確認すると軽く息を吐いた。

 

衝動に任せながら、ソレに呑み込まれぬ様に相手を見つめ学習し己の糧とする。

釈迦堂刑部が今回闘った内容だ。

 

「っ…はぁ~、あーしんど。百夜の野郎、メチャクチャ疲れるじゃねぇかこのやり方はよぉ」

 

そう吐いた釈迦堂の足元には、武器を砕かれ、倒れ伏した達人が二人。まるで獣に喰われたかのような傷を携えて、気を失って居た。

 

「だが、まぁ…楽しいなぁおい、楽しいぜ。」

 

俺はまだ強く成れる。その実感を確かめながら、意識を集中し壁に向かって腕を振り下ろした。

 

ガオンと鈍い破砕音を響かせて、壁が崩れる。まるで獣がマーキングしたかのような痕を壁に残し釈迦堂刑部はその場を後にした。

 

 

 

 

 

Side out

 

 

Side 百夜

 

 

 

 

どーもー。閃光弾を打ちあげて現在逃亡中の百夜です。李招功はちゃんと、完全に骨折を完治させてから来ました。

完治させただけですがね?

 

「あずみさんブツは?」

 

「取り合えず詰め込んできた。用心しろ、追いかけて来ては無いが何が在るか分かんないからな」

 

「ハハッ、そうだったら楽しんだがねぇ…梁山泊の連中それなりの歯ごたえしか無かったわ」

 

なにそれこわい。

 

それなりに掠り傷は出来てる辺り、何時もとは違う闘い方をしたみたいだけども…何かに開眼したのかな? 釈迦堂さんは。

 

まぁ、何でも良いか。釈迦堂さんは強い。コレは当たり前。俺のヒーローだもの。

 

「それじゃぁ、迎えのヘリが来る所までさっさと行こう。あ、あずみさん荷物ちょっと持つわ」

 

「あぁ、適当に頼む。」

 

「それじゃあ、俺も持つかねぇ」

 

帰りはヘリの中で寝ました。案外寝れるモノだね!!

 

 

 

「おはようだ!! 強敵よ!!」

 

テンション高いのに起こされたけどな!!

 

「おはようだけど、今何時?」

 

「午前四時だ!!」

 

わーい、夜中じゃねぇか!!

 

「眠い」

 

「我もだ…寝る前に風呂にでも入れ、食事の支度をさせる」

 

「うーい、あっ、釈迦堂さんは?」

 

「あの男ならばヒュームとすこし話してから帰ったぞ?」

 

…逃げたね。釈迦堂さん

 

「あの、英雄さ「では、風呂へ案内しようか」知ってるよ?! 百夜さん常連だからね!!」

 

お願い、助けて!! あぁ、首を持って担ぐなぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

ヒューム・ヘルシングが主も居ないのにゆっくりと歩く。

 

(まぁ、何かしらのお話しが有るんでしょうねぇ)

 

川神百夜は直ぐに何が目的化を割り出し、暴れるのを止める。

 

「小僧、けじめをどう付けて来た」

 

「ん? そんだけ?」

 

なんか、もう…こう、揚羽さん関連の事じゃないの?

思わずそう顔に出して聞く。だってそうした方が話が早いじゃない?

 

「揚羽様に関しては俺は何も言わん。人を見る目は在る。貴様が例外だった…それだけだ。」

 

なんだろう、この人が物凄くおかしい。アレ? バグった?

 

「貴様、今、俺に対して失礼な事を考えなかったか?」

 

「NO,Sir!! 」

 

イエスって答えられる訳ねぇ…絶対殺しに来てた。この人大人げなさすぎるだろ?!

 

「ならばいい。…殺したか?」

 

「うん。武人としては殺して来た」

 

後の事は知らんがね

 

「そうか」

 

その一言には落胆が少し含まれてた様に感じる。この人、もしかして俺と闘う気でいた?

 

危ねぇ、迂闊な事は出来ない。主に俺の為に。

 

あっ、九鬼家の風呂はやっぱり大きくて気持ち良かったです。

 

「百夜よ!! 我が背中を流してやろう!!」

 

「うわーい!! もう洗っちゃったよ?! てか、出るよ!! 揚羽さん?!」

 

バスタオル一枚の乱入は正直嬉しくて、精通来てたら押し倒しに行ってたんだけども百夜さんは小学生だからね!!

 

「ぬぅ…否!! 改めて我が洗ってやろう!! さぁ、座るのだ!!」

 

「いや、流石にのぼせちゃうんで…ソレに洗い過ぎて背中痛く成ったら嫌だし」

 

「さぁ、座るのだ!!」

 

「ループって怖いよ!!」

 

咄嗟に腰にタオルを巻いてガードしたけど、俺のまだまだ未熟な息子を晒す訳にはいかんのだ!!

 

「座るのだ!!」

 

畜生、ちょっと不安が混じり始めた目で見ないで?! 背筋がぞくぞくしちゃうから。

えぇい、好きな人と婚前に一緒にお風呂とかして堪るか!! 俺は部屋に帰らせて貰う!!

 

「また、次回と言う事でぇ」

 

華麗にスルーして出ようとしたんです。

 

腰のタオルに手を掛けられてしまったんです。

 

焦って強引に引っ張ってしまったんです。

 

因みですが、この浴場ではつい先程まで豪快にシャンプー・リンス・ボディソープを使っていました。

はい、若干ですが床が統べるんです。

 

お互い焦ってたんです。私は羞恥心、揚羽さんは不安とかで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですから、その殺意とか物騒なモノをしまって下さいヒュームさん」

 

「答えはNOだ」

 

…oh

 

転びそうになる揚羽さん、咄嗟に支えて自分が下に成る様にしたのがいけなかったのでしょう。

 

俺の上に揚羽さんが乗る様な形に成ってしまい、衝撃で落ちてしまったバスタオルが落ちてしまって…

互いがモロ出しの状態。

 

俺は下から見上げる形で、揚羽さんはチョット前傾気味に除く様な形でした。お互いが顔を赤くして見つめ合っていて、転ぶ直前に揚羽さんが「きゃっ」と可愛い声を上げた事を余りの衝撃に忘れて居たのがいけなかったのでしょう。

 

|殺戮執事(ヒューム)は見た状態。

 

傍から見たら、コレ完全に|挿入(はいっ)てるでしょと言う状態。

 

(オワタ)

 

一つだけ言って置く。

 

とぅるっとぅるっだった。

 

電撃付加の蹴りはとても痛かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

在る朝、大陸にある国家にある山々に囲まれた小さな里とも呼べる山村に声に成らない悲鳴が響いた。

喉が裂けるのではないか? 口角が裂けてしまうのではないか?

悲鳴とも嗚咽とも取れる声を上げながら、痩せ細った男が子供の様にメチャクチャに暴れて居た。

その悲鳴を聞き駆けつけた数人の物はその有様を見て絶句した。

その男は、此処に…梁山泊に来る前はそれは、見惚れる様な鍛え上げられた肉体を持つ美人で在った。

姿勢は正しく伸びて居て、其処に立っているだけで強いと分かるほどの武人で在り、闇社会では知らぬモノは居ないと思われる忌名を持ち、ある種、傭兵などをしている碌でなしなその人間達からすれば一種の憧れの様な存在だった。

痩せ細ったとは言え、その相貌には覇気が在り、何が何でも…と言う様な生気が在った。

 

だが、これは何だ?

 

泡を吹きながら、涙を、鼻汁を垂れ流しながら暴れるその姿はなんなのだ?

 

立って居る事に驚いた。アレほど痩せて居たのに立って暴れている。

 

だが、それよりもその姿が異常だった。

 

人とは左より、右寄りと個人差が在るも基本は真っ直ぐ立って居る様に見える。

 

だが、その男の李招功の立ち姿は歪に歪んでいた。

 

足が、ずれて居る様に見えた。腕が在る所から曲がらなく成って居た。指が一定の場所から先に進めなく成って居た。

 

矮小な力で暴れる李招功を抑えたのは、まだ血の滲んだ包帯を巻いている男だった。天暗星と呼ばれている男は李招功を床に抑えつけた時に気づいてしまった。

 

理解してしまった。

 

骨がズレて居る。少しづつ折って少しづつズラしてくっつけた様に。

 

レゴブロックを全てズラさずに組み上げて居た物が、全て、少しずつそうミリ以下のズレが出る様にくっつけられている。

 

恐怖した。

 

李招功は、もう拳を形作れない。ハンドルに手を添える事は出来るだろう。スプーンやフォーク・蓮華は持てるだろう。だが、箸は持てない。

 

李招功はもう踏み込む事が出来ないだろう。歩く事は出来る。リハビリを続け筋肉が在る程度戻れば一般人程度に走る事は出来るだろう。踏ん張りだって聞く。だが、武術を使う為の力は入らない。

 

李招功は今まで通りの呼吸など出来ないだろう。呼吸する事は出来る。だが、武に関する呼吸は壊滅的に出来なくなってしまっている。

 

李招功は自殺さえ出来ないだろう。噛み合わない顎では、下すら噛み切れない。物を食べる事は出来る。

 

鍛えられた肉を削がれ、骨さえも歪に堅く元に戻らぬ様に組み直され…普通より少し不便な生活しか送れないだろう。

 

恐怖した。

 

滂沱の涙を流しながら、言葉に成らない声を上げて、絶望しか見えず、だが、もしかしたらと言う希望は微かに残されている。

 

その所業にに恐怖した。

 

武人から武を強制的に取り上げるその所業に、力を奪い取るその技に、その結果に至るまでの苦痛に怖気が掻き立てられた。

 

首を絞めようとしても、丁度指の関節一つ分足りない距離が開く。

 

伸びた爪で喉を抉ろうとしても、自分の肉を抉る力が入らない。

 

舌を指で引っ張り、噛み千切ろうとしてもその指が口に届かない。腕は肩より上に上がらない。

 

歩く姿は、内股気味の様な…だが内股では無い。問題無く歩いていた以前の姿は見られないほどに、ヒョコヒョコと歩く様は憐れを通り越して恐怖を呼び起こす。

 

言葉に成らない言葉の中に理解できる言葉が混ざる。

 

「こひょふぃへ…こひょりふぇ」

 

断続的に聞こえる、ようやく理解できる言葉がソレだ。

 

瞳に生気無く。恐怖と絶望しか写していない。

 

他の達人や門弟が仕事から帰って来た時、その姿を見た者達は残らず顔を碧くした。吐き気さえ催した。

人を殺す事も有る在る者たちが、女子供を犯す事も有る人間達が「うぅ」と呻いてその場を後にする。

 

悪人の所業では無い。

 

人の所業では無い。

 

外道の所業だ。

 

身体を歪に歪めながら治し、心に穴を開け、精神に鑢を掛けて壊す。

 

小さな物音にすら発狂するほどの恐怖を感じ、人の気配に怯える元達人の姿はそれだけ悲惨なモノだった。

 

いっそ幽鬼の類ならばすぐさま殺せたのだ。

 

精神は時間を掛ければ再構築出来る。心は時間が癒す事が出来る。

 

身体は…金と秘術とされるモノを使えば治るかも知れない。

 

そんな希望を外部に残しているから達が悪い。

 

嘗ては自分達と同じか少し上に居た人間の、その果ての姿を見せつけられた。

同情や憐憫も有った。だからこそ、手に掛ける事が出来なかった。人間を弱いと奴と言えるモノは居なかった。

 

李招功の今まで稼いできた大量の金銭を使い、窓のない病院と言う牢獄に入れる事で達人達は蓋をした。

 

同時に、襲撃者の捜索に当たった。

 

だが、何も出て来ず。

 

恐れを振舞いた鬼の様な子供と言う得体のしれない何処に居るとも知れない恐怖を認識するだけだった。

 






吐き気を催す邪悪とは!! まぁ、個人的にはそう思いませんが。

葛葉の方はもちっと厳しい? 感じに成ります。後々ですが。


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三十話

小学生の朝は早い。ホントーに早い。何でだろうか?

 

そう思いながら川神百夜は早朝の待ちをゆっくりと歩いていた。

ヒュームに誤解だと叫びながら蹴られていた二時間ほど前に負った怪我等は既に完治しており、あのヒュームがピクリと眉を動かしたのだが、この男は自身の安全の為そんな事は見ていなかったりする。

 

「っ~…はぁ」

 

一度立ち止まって背を伸ばすと、体中からコキコキと小気味の良い音がした。

 

「さぁて、水やりに往くか」

 

目指すは秘密基地近くに野菜畑。

 

広さは何と縦横七メートルと言う何故バレないのかが不思議なくらいの代物だった。

まだまだ朝方六時を回った所、なのに太陽は昇り始めている。

百夜はその光景を見ながら綺麗だと思った。太陽の事では無い。その光を反射して煌めく水滴の事だ。

 

こんな朝早くに畑で水撒きをしている人間が居る。その姿を見ると百夜には苦笑しか出なかった。

 

(忠犬かアイツは…犬だったなぁ)

 

大きめのジョウロを両手で持って少しずつ水をやる姿は、どうも微笑ましかった。

 

百夜は苦笑を隠しもせずに声を掛ける

 

「一子、早いな」

 

「あっ!! 百ちゃんおはよう!!」

 

天真爛漫。輝かしい眩しい笑顔で岡本一子は挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岡本一子にとって川神百夜と言う人間はある種の家族の様な物に近い存在だった。

面倒見が良い。分からない事を教えてくれる。ちゃんと注意もしてくれる。自分の知らない事を知っている。

と言うのが有るが一番の理由は仲間だと言う事だった。

 

風間翔一をリーダーとし直江大和を参謀に、島津岳人、師岡卓也に自分と川神百夜を含めた仲間。

この一群が集うに当たって、最初に出会ったのが翔一と川神百夜に直江大和の三人だった。

はっきり言ってしまえば、川神百夜と風間翔一、直江大和では一子に対しての最初の扱いから違う。

 

邪魔者と友人

 

その違いが在った。一子が百夜から最初に言われた一言は今でも覚えて居る。

 

「あ? まぁ、俺には余り関係ないからどうでも良いけど…俺の畑に変なことするなよ? 後、荒らすな。もし荒らしたり変な事したらぼこるだけだじゃ済まさねぇかんな。」

 

だから、近づくな。

 

そう言われた。

 

その事に気分を害したし、自分が何か悪い事をしてしまったのだろうか? と考えもしたが、時間が経つにつれて言い方が悪いかもしれないが慣れてしまった。

 

そんな慣れが在ったからこそ、岡本一子は一歩踏み込んだ。知らない内に踏み込んだ。

 

「ね、ね、百ちゃん…私も手伝うよ!!」

 

正直な話、翔一や大和が時折川神百夜の手伝いをするのを見て面白そうだと思って居たと言うのも有る。

 

川神百夜からすれば、そう人出が要る作業でも無いので断ろうかと考えて居たのだが無駄に意気込みを感じさせるので、下手に断って変な行動を起こされるよりは良いかと考え手伝わせる事にした。

 

ソレが、川神百夜と岡本一子の友達付き合いの始まりだろう。

 

岡本一子は自分が頭が良くない事を理解している。

だからこそ、川神百夜は丁寧に教えたし、注意もする。

教え子と教師の様な関係だった。だからこそ、普通ならば気づかない事柄に気づく事が出来る位置に岡本一子は居た。

 

最初に気づいたのは川神百夜がこの畑…育てて居る野菜に本当に愛情を込めて居る事。

次に気づいたのは翔一や自分達が危ない事をしない様に気を付けて居る事。

最後に気づいたのは、川神百夜が風間翔一達を大切に思って居る事。

 

水撒き後の何気ない笑顔。雑草を抜き終わった後の充実した笑顔。収穫した野菜を口にして仄かに緩む表情。そして、ソレを配る自信に満ちた笑顔。

 

口でどうこう言おうとも、川神百夜は自分達の友達で仲間である。

 

岡本一子も含め風間ファミリーと呼ばれるメンバー達の想いだった。

 

岡本一子は元気に走る。

 

帰り際に貰った熟したトマトは美味しく、笑顔をより一層輝かせる。

 

今日も、良い日に成りそうだ。

 

何処にでも在る夏休みの一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も昇り、嫌に成るぐらい気温が上がり始めた中、川神百夜はリュックサックに着替えと筆記用具を詰め込んでいた。

簡単に言えばお泊りセットである。

 

「…行きますか」

 

主に自分の安全の為に。

 

それだけだった。今日は川神百代が、自分の姉が返ってくる日である。お互い久しぶりに成るのだがソレが辛い。絶対にかまってくる。

 

(耐えられんのじゃよぉ)

 

構い過ぎてどうでも良く成ってくる辺り、自分もその辺がダメなんだろうなぁと考えつつ問題の先送りを試みる。

 

その為のお泊りである。まぁ、直江大和宅に泊まるのだがブッチャケて言うと風間ファミリーの夏休みの宿題を終わらせてしまおうと言う試みである。

夜には依頼していた件で話しあわないといけないので丁度良かったと言うのも有る。

 

そんな事を考えながら川神百夜は家を出た。無論、こっそりとである。

 

 

 

 

 

~風間ファミリーの夏休みの宿題実行現場ダイジェスト~

 

 

「よぅし!! 人生ゲームしようぜ!!」

 

「んなことよりもよ、どうだ俺のこの割れそうな腹筋!! 夏休み入ってからの腹筋でまた良い男に成っちまたっぜ!!」

 

「はいはい、宿題終わったらなぁ」

 

「クク、俺は既に七割がた終わっている。」

 

「百ちゃーん…三角形と正三角形ってどう違うの?」

 

「あっ、此処分からないんだけど解る大和?」

 

「一子ーちゃんと教科書見直そうな。それと、風と筋肉馬鹿!! 座れ!!」

 

「そんな事よりあそ「座れ」ぼ…そんな「座れ」こ…「座れ」はい」

 

自由奔放な風も怯える修羅が居たとか居なかったとか…

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、川神院では百代が吠えて居たりするのだがそのつけは返ってくるので割合する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 百夜

 

 

おはようございます。百夜です。

夏休みの宿題は強敵でした。正確には逃げ出そうとする風を座らせるのが面倒でした。

義務教育っては受ける義務が在るという意味では無く。学ばなくてはならないと言う義務である。

まぁ、そんな事が当たり前に成っている時代だからこそ馬鹿が多いんでしょうけどねぇ。

何と言う俺が言うなだけども。

何故、そんな事を俺が考えているのかと言うと…

 

(猛って居らっしゃる?!)

 

実家の方から何だか得体の知れないと言うか…知って居るんですけども認めたくないオーラを感じると言うか…ね?

 

「よし!! 今日は白子もとい小雪の所で時間を潰そう」

 

2,3日後なら遊べるって言ってるから良いよね!!

 

学校関係の話? そんなもん寝る前にケリが付いてるに決まってるだろ!! 根回しで八割決まるんだから。

 

そんなこんなで病院へ向かい、正面玄関からキチンと入って小雪の所に来たんですが…

 

「ヤーダー!!」

 

何が在ったし

 

「あの駄々っ子は何が在った?」

 

取り合えず、準と冬馬に聞いておく。あっ、この間の女の人って看護士さんだったのね。コンチャース。

 

「いや、夏休みの宿題をさせようと思ってな」

 

「はい、流石に家が燃えたと言う事実が在るからドリルやらはしなくても良いんですが…」

 

「…ポスター作成か作文か」

 

今年は何だっけ? 自然を大切にしようとか系のヤツを一枚書けばいいんだっけ?

 

(俺やってないわ~)

 

「ね、小雪ちゃん。一応やれる宿題はしておかないとね」

 

「ヤーダー!! 学校なんて僕行かないもん!! あんな、あんな所に行くもんか!!」

 

俺だって行きたくないわ!! まぁ、気持ちは解るし、看護士さんも解ってるからこそ学校に行けって直接的な言葉は使って無いわけだし。

 

「小雪ー」

 

「あっ、ももやー!! 僕、学校行きたくない!!」

 

うん、ソレが普通。

 

「いや、行けとも行くなとも言わんよ俺は? ただなぁ、二学期からお前は俺と同じクラスだぞ? 冬馬と準もだけど」

 

流石に英雄は捻子込めんかった。

 

「ホント!!」

 

「ちょっとまったぁぁぁぁぁぁ!! 何が!! どうなって!! そうなった!!」

 

「おやおや、嬉しいサプライズですねぇ」

 

「うっさいハゲ。そんなもん、俺が大人げない手段を使える友人を頼って、正攻法に、仕掛けたに決まってんだろ。言わせんな恥ずかしい。」

 

「逆に怖いわ!! 何そのコネ?! お前はアレか世界征服でも目論んでるの!! 本当に征服出来ちゃうの?! しそうだなぁ」

 

いや、無理無理。こんな財政難だらけな国ばっか…っーか。人類統一とか無理無理。

 

「出来る訳ねぇーだろハゲ。常識で考えろよ」

 

「お前が言うなぁぁぁぁぁ!!」

 

喉が枯れるぞ?

 

「準。そんなに叫ぶと喉が枯れますよ?」

 

「若も順応しないで?! 疑問を抱いて!!」

 

ハハッ、コイツ。俺を非常識とか言いやがる。百夜さんは小学生ですよ?

 

「で、でも学校は」

 

「いや、お前の自由にしたらええがな。百夜さんがするのは此処までで、それ以上先はお前がしろや。俺は身内にダダ甘いけどちょっと厳しいのよ? 主に準とかに」

 

「や、優しさを下さいっ!!」

 

バファリンで良いかな?

 

「違うから!! アレの半分も薬剤だから!!」

 

「地の文に突っ込むなよ。メタ禁止だぞコラ」

 

「だから、ちょっとは俺にも優しさをだな!!」

 

シラネ。

 

「そんな事よりババ抜きしようぜ!!」

 

「するー!!」

 

「僕も参加しましょう」

 

「いや、だから…もう、良いです。」

 

夏休みの宿題を有耶無耶にしながら、ババ抜きを開始します。

 

 

余談だが、榊原看護士はこの少年…川神百夜に小雪が感化されやすい事に気づき自分が何とかしなければDQNに成ってしまうかもしれないと思ってしまい、小雪に対しての養子縁組を本格的に夫婦で話し合う事に成る。

 

そんな姿を横目で見ながら、クツクツと笑う百夜は何時も通りにババを準に押し付けて居た。

 



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三十一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日も厳しい今日この頃、姉上様は体調を崩していないでしょうか?

 

貴女様がこの手紙を呼んでいる頃、恐らく私は友人宅で夏休みの宿題をしている頃だと思います。

 

姉上様はもう終わりましたか? 私はお泊り勉強会中に終わらせるつもりです。

 

大変心苦しいのですが、姉上様が帰宅する日から丁度三日ほどの期間留守にします。

 

その前ですら友人と一緒に国外に行っていたのにすみません。

 

あまり長々と書くのもどうかと思うので、この辺で筆を置きます。

 

追伸、帰ってくる日は素麺以外の物が食べたいと爺様に言ってください

 

 

                                      百夜

 

 

 

「…私も素麺以外が食べたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チョット落ち着いた百代が、悪戯目的で弟の部屋に侵入し発見した手紙である。

 

尚、この後、川神百夜、ルー・イー、釈迦堂刑部の連名で素麺反対運動が起き川神鉄心の「ワシだって肉が喰いたいわい!!」と言う叫びと毘沙門天による鉄槌があり、砕けた大地の破片が百夜の部屋に有った漫画・ゲーム類をグシャグシャにしてしまうと言う事件が起きてしまい、四人が一斉に肉や魚を買いに往くと言う誤魔化しを行う事と成る。

 

ただ、一つだけ言える事は

 

 

 

「俺のjojoが3×3アイズ、変態仮面、ターチャン、マリオにサクラ大戦シリーズ、DQ、FF、スパロボ、Gジェネ、テイルズ………グズっ」

 

百夜がマジ泣きしたと言う事で在る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます。家に帰ってきたら漫画にゲーム類(ハードも含め)が全部お釈迦に成って居ました。家出も辞さない百夜です。

暴力(物理)とか振るってないよ!! バトルジャンキーに目を付けられたくないからね!!

でも、言葉の暴力とかは出ちゃうんだ。主に爺様に。てか、ジジイに。寧ろあの糞ジジイだけに。

夜は釈迦堂さんの所で川神水をひっかけながら寝たよ。

 

「あぁー、死なないかなぁ。武神名乗ってるジジイとか、ブルマ好きの学長とか不幸に見舞われないかなぁ」

 

「……………」

 

「「「(うわぁ)」」」←ドン引きの三人

 

朝食を気分良く食べたいわぁ

 

良い空気吸いながら食べたいわぁ」

 

「(こ、声に出てる?! ワザとか、ワザとなんだなこの野郎?!)も、百夜…否、百夜さん? おじさん、もう許してあげても良いんじゃないかなぁと思「あ゛?!」いやー今日の塩鮭美味いなー!! なぁ、ルー!!」

 

「そ、そうだろ釈迦堂!! 今日ハ、塩加減が抜群に上手く行ったんだヨ!! 御代りも有るから沢山食べなさイ!! 百代!!」

 

「え、あ、ウン!! 今日も朝練頑張ったからお腹空いてたんだー!! 百夜も沢山食べるんだぞ!! 大きく成れないからな!!」

 

確かに、今日の塩鮭は良い塩梅だ。ご飯が進む。ホウレン草のおひたしも良い感じだ。

 

「そうだね。おひたしも良い感じだしねぇ。あっ、でも食べ過ぎない様にしないとダメだよ? 「鉄」分を余分に取っても体に「悪い」からね!! 幾ら必要なモノでも「余分」に取ったら体調を「崩」すしちゃうから」

 

「……百夜よ、ワシにも限界が在るぞい?」

 

「ハッ、言ってろ老い耄れ。てめぇのブルマ好き去勢スンぞ?」

 

貴様の大事なコレ苦笑もといコレクションがどうなっても良いなら掛かってこいや!!

 

「…お主、まさか?!」

 

「さあ、何の事かねぇ。百夜さんは小学生ですよ?」

 

「ぬぅぅぅ、小賢しい手を使いよって…弁償でいいじゃろ?」

 

「+αは?」

 

「いや、弁償だ「今日何か乾燥してるよねぇ」…えぇい、好きな物一つ買ってやるわい!!」

 

「それで、手打ちね。」

 

「散財じゃよ」

 

いや、俺のデータとか含めてソレぐらいは返せ。そんなこんの何時もよりちょっと騒がしい朝食後、最近日課に成りつつある葵総合病院への見舞いに行く事にした。

見舞いなので取り合えずでマシュマロを買っていく事にした。

 

特記する事はない。何時も通りに話して、途中から来る冬馬や準も含めて遊んで気まぐれに読書感想文を書く為の読書をする。それぐらいしかねぇもん。

いや、あとがき読んで書こうかなとも思ったんだけど小雪が真似したら為に成らんし。一応千円チョットもするのだから読まないと損した気分になるから読んでるんだけど…詰らん。

流石に読書感想が「詰らん」の三文字だとエライ事に成ってしまうので創作するしかないんだけども…

知識と記録に関しては漫画の世界をリアルに生きて居た奴の物が在る所為でその…困る。

いや、突飛な事が多すぎてですね。大抵のお話しって「ふーん」で終わっちゃうの。面白いんだよ? ワクワクもドキドキもするよ?

ただね…「そう言う事も有るか」ってなんか納得しちゃうの。

 

(ポスターにするかぁ)

 

昼食を食べる為に英雄の所に向かう。だって、九鬼家に梁山泊からパチッて来た書物置いてるしね。

読書感想文書く為の本読むよりそっち見てた方が面白い。

 

「と、言う訳でご飯」

 

「何がだよ。自重しろよ糞餓鬼」

 

忍者酷い、流石忍者酷い。

 

「何で荒れてんの?」

 

取り合えず、イライラの原因を聞いてみると…まぁ、仕方がないかなぁと思う。

何でも、傭兵時代の戦友がメイドになった自分を見に来て爆笑したんだと。その直後にヒュームさんに教育されたらしい。今もひっぱって行かれたらしい。

 

南無

 

帰ってきたらメイドに成ってそう。

 

「やば、今度見に来るわ」

 

「何をだよ…チッ、まぁ、英雄様からお前が来たら丁寧に持て成せって言われてるから飯ぐらい出してやるが……癪だなぁ」

 

「知らんがな。ご・は・ん!! ご・は・ん!!」

 

出てきたご飯が蕎麦だった。山掛けだった。卵の黄身も出して貰った。残りの汁で麦飯食べた。美味しかった。

 

「と、言う訳でだ。ポスター描くから何か良いアイディアない?」

 

「うむ。無い!! 寧ろ我は感想文の方を書いたぞ?」

 

えー

 

「ソレに絵を描くにしても百夜は描けるのか?」

 

「…たぶん? いや、下絵描いて上から色ぬりゃソレで終わりで良いんじゃないの?」

 

えっ? それ以外に何かしなきゃいけない事ってあったっけ?

 

「今回のポスターは自然を大切に…まぁ、エコロジー等に関する事がテーマと成っている。」

 

「そうだね。だからポイ捨て禁止見たいなの描けば良いんでしょ?」

 

緑と空き缶に文字入れれば良いじゃない。賞を狙ってる訳じゃ無いんだし。

 

「否!! 今回のテーマに関しては我が九鬼家も力を入れているし、冬馬達の家も協力している!! 資源は有限故に再利用しようしていこう、無駄なゴミは出さないようにしようと言う川神市の取り組みでも在るのだ!!」

 

だから?

 

「つまりどういう事だってばよ?」

 

「ぶっちゃけ姉上や母上、父上もポスターの審査を行う。我はせんが…子供の感性でも大人の感性でも評価すると言う事らしい。つまり…我が|強敵(とも)百夜の姉上達への絶好のアピールの場なのだ!!」

 

「本格的に書くわ。今日から泊まる、道具と食事ヨロ」

 

「フハハハハハ!! 甘いぞ|強敵(とも)よ!! 既に用意してある!!」

 

「よっしゃ!! 漲って来た!!」

 

えっ? 姉ちゃん? 何言ってんだよ。家族は大事だけどそれ以上に揚羽さんと添い遂げたいんだよ。ご両親に了承を得た上で。じゃないと生まれる子供が可哀想だろ?

 

「今から籠るわ!! 爺様に連絡しといて。」

 

「任せよ!!」

 

コンクール? ハッ、俺の全てを使って捥ぎ取ってやるわ!! ご両親への印象は良い方が良いからね!!

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

川神百夜が九鬼家に籠り始めて一週間と言う時間が経った。既に夏休みも終盤と言う時期であり、子供ならばまだまだ遊びたいと言う時期だ。

念の為にと川神百夜は友人達には暫く遊べないと言う連絡を入れ、本格的に籠った。

食事とトイレに風呂以外で部屋からは一歩も出て居ない。食事も初日以外は出てきていない。

そんな百夜の世話を任されたのは、ステイシー・コナーと言う名前の元傭兵である。

元はあずみと同じ部隊に所属ししていたのだが、あずみがメイドにジョブチェンジしたと嘗ての上司と在った時に伝えられソレを見に来て爆笑した為にヒューム・ヘルシングに咎められ、教育され何故かメイドにされてしまったと言う、何だか可哀想な経歴を持つ新人メイドだ。

しかも、メイドに成って一週間経ってない。三日で実戦形式に知識を叩きこまれ、そんなに難しい仕事でも無いから試しにやらせてみると言う理由で百夜の世話を命じられたのだが…

 

この二人のファーストコンタクトと言うか、初日の夜の対面で驚くほどに相性が良かったりする。

 

食後の事、百夜に風呂を進めに訪室したステイシーに百夜は一言言う。

 

「明日から部屋で食べるわ、サンドイッチとかハンバーガーとかヨロ」

 

「いえ、栄養面の事を考えてと言われていますので…」

 

百夜の言葉に、教育された様にステイシーは返すが、内心はまぁ、その方が楽だしそっちの方が良いなぁとか考えて居た。

 

「いやね、栄養面云々の前にこっちに集中したいの。ってかいちいちナイフ・フォーク・スプーン使う食事したくないわ!! 体に悪いが美味しいファストフード喰いたい!!」

 

「あぁ、Mとかの」

 

「イエス!! モスとかでも良いけど高級感はいらん!! 早い、安い、美味いorデカイ!!」

 

「イェース!! 解ってるじゃねぇか!!」

 

まぁ、直ぐに化けの皮が剥がれて意気投合したと言うのが理由である。

 

そんな感じで一週間は過ぎて行った。

 

 

だが

 

 

一つ、確認しなければならない事が在る。

 

この川神百夜と言う人物のバグっぷりは川神鉄心に運の要素が高かったが勝ったと言う事実が在る為、直ぐに納得していただけると思うのだが。

本当に恐ろしいのはその技能である。

 

この男は相を見る、その場の運の流れを弄る事も出来る。後者は準備すればと言う言葉が前に着くが…そんな馬鹿が本気で絵を描こうとしたら…

 

エライ事に成る

 

 

 

 

その成果はおよそ二週間後、夏休みも終わり二学期が始まり少ししてから訪れる事と成る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか不調あなぁ…もう一話書いてみるか? いや、明日も仕事だしなぁ。


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三十二話

9月、新学期の始まった小学校では何時も通りの校長の長い話しが続いていたが…他の教師達はそれどころの騒ぎでは無かった。

自分達も知らない間に市・県の教育委員会からの監査が行われていたらしく。三人の教師が免職。今話している校長も今学期で退職処分。教頭は既に新しい人間に変わっている。

何よりも、3年生の生徒数が減りクラス合併となった事が問題で在った。

免職処分に成った教師も3年のクラス担任、そして居なくなった生徒もそのクラスの生徒。

僅かに残った生徒は怯えた目でとある生徒を見て居た。

 

その生徒が問題だった。

 

川神百夜と言う生徒だった。

 

一部の教師は知っているが名前だけと言う存在で特筆して知られているのは野球関連での事で在り、彼の普段を知って居るのは担任ぐらいのモノだった。

 

川神の名の通り、彼の祖父は川神鉄心。武の極地、と言う字面だけなら何とも物騒な人物であるが私立の高校の学長でもありそれなりにその人柄は知られていた。

 

「大方、川神院の門徒に何かやらかして仕返しを受けた事が在るんじゃないんですか?」

 

担任教師はそう言う。その言葉に他の教師も「そうかも」と思ってしまう辺り川神院の強さは浸透していた。実際には門徒は礼儀正しいモノが多く、一本芯の通った人間が多い。

そして、川神百夜の学校での評価も有る。

 

勉学はそれなりに出来、宿題等の忘れ物も無し。授業中に寝てしまう事も有るが、ソレは時々の事で在り普段は真面目に聞いている。

 

そんな評価で微妙に教師から信頼を得て居る川神百夜はと言うと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「百夜ー教室に戻るぞー…?」

 

「………zzz」

 

「目を開けて直立で寝れるのかよ…」

 

爆睡中で在り、準がその姿に戦慄していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 百夜

 

おはようございます。時刻は既にこんばんはですが、二学期も始まり睡眠不足な百夜です。

最近、睡眠不足な日が多くて困る。

 

いや、別にやましい事も自家発電している訳でも無いんだよ? ただ、弁償させたゲーム類を再びコンプしているだけなんです。

桜は途中から作業ゲー。個人的には3が一番好きかな?

 

「そこんとこどうよモロ」

 

『まぁ、あの手のゲームはそうなるよね。僕的には仕方がないと思うけど』

 

「だよなぁ」

 

現在モロと電話中。

 

「でさぁ、明日ゲーセン行く約束してたじゃん?」

 

『そうだね。何? 何か用事でも出来たの?』

 

「いや、そうじゃなくてさぁ。最近ストもやり込み過ぎて飽きてきた」

 

『名作だけどね。パターン入ると作業だしハメ無しでしてもパターン出来ちゃうもんね。どうする? 』

 

ホントどうするべ…

 

「まぁ、翔一辺りが何か遣らかすだろうから何時も通りで良いんじゃね?」

 

『それもそうだね…遣らかすで思い出したけど、この間百夜が岳人にプロテイン云々って説明して遊んでたじゃない?』

 

あぁ、アレね。

 

腹筋が割れる割れ無いって煩かったから、プロテイン飲んで一日百回の腹筋をすれば一週間で割れるって嘘ついたヤツか。

 

「何? アイツまだやってんの?」

 

それならそろそろ嘘を吐き直して一カ月って事にしないと…

 

『ウン。マジで割れたよ』

 

「?……マジで?!」

 

『今日はその自慢でクラスの女子から引かれてたよ…アレが無ければ結構良い奴なんだけど…』

 

「思い込みって凄いな。まぁ、アイツもその内気づくだろ?」

 

『そうだと良いなぁ。そろそろ切るね、お風呂に入らないと母さんに怒られるから』

 

「おう、じゃぁなー」

 

『うん、おやすみ』

 

アレですね。モロとの会話って癒されるわ。なんかこう普通って感じで。

 

いやですね。最近とか寧ろ今日何ですけども、白子…もとい小雪と同じクラスに成った訳ですよ? 前も言ったし、前に有ったクラスは解散。夏休み終盤に各家庭を回って脅しつけて事実を突き付けて、法廷で争う準備まで出来て居る事を伝えて示談に持ち込んで、尻の毛まで毟って来た訳です。

 

いやぁ、良い仕事したなぁと報告がてら大和の家に寄って景清さんとかと一緒に夕ご飯頂いたりとね、良い気分だったんです。

 

でもね、ももやももや煩いわ!!

 

懐いて来るのはなんかこう…嬉しいけども!! 準や冬馬に殆ど任せてるけれども!! 

 

寝せてくれ!!

 

と、言う訳でして…かなり眠たい。

 

(よし、寝よう。もう、寝よう。絶対に寝よう。)

 

「百夜や、九鬼の所の執事さんから電話が来とるぞ?」

 

「寝せて!! 百夜さん今日は貫徹ですよ?!」

 

爺様勘弁して下さい。

 

そう言う訳で、俺は寝る事にしたのだ。クラウディオさんからの電話はちゃんと取ったよ?

何でも、九鬼帝との面会は来年ぐらいに成るらしい。

 

ぶちゃけとても安心しました。

 

 

 

それじゃぁ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

夢の中にも小雪が出てきた。ももやももや煩かったかのでマシュマロを口に詰め込んで黙らせた。

 

次の日、小雪が虫歯に成って居た。俺は悪くねぇ!! たぶん

 

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

そんな事が在ったなぁと、川神百夜は豪奢なシャンデリアを眺めながらボンヤリと思った。

 

「百夜様、これよりオークションが始まりますが…開始値は本当に?」

 

「へ? あ、ウン。20ユーロでいいよ。」

 

なんでこんな事に成ったのかと考えても川神百夜には解らない。

 

(何で夏休みの宿題で描いたポスターが競りにかけられてるの? 何なの? 馬鹿なの? 評論家とかちゃんと見なかったの?)

 

人の目に必ず入り、覚えてしまう様に色を付け、記憶に残る様に描き上げたポスターが芸術評論家の目にとまりあれよあれよとこんな所へ…

本人の名前や顔は九鬼の情報規制のお陰で報道されなかったがどうしてこうなったと頭を抱えるしかない百夜は隣で高笑いしている友人と好きな人をチラ見する。

 

「「フハハハハ!! 流石は百夜だ!!」」

 

(ユンゾンしてる?!)

 

だが、まぁ此処までは良いと百夜は考えを改める。一番の問題がその隣に居るからだ。

 

「いや~アレは俺が見ても凄いってのが分かったからなぁ。やるなぁお前!!」

 

頭を乱暴に撫でてくる、友人と同じバッテン傷を額に持ち、友人と同じ髪型にスーツ姿の男。

 

九鬼帝が要るからである。

 

因みこの後は四人でディナーの予定で在る。

 

(どうしてこうなった!!)

 

全力でやったのはお前だろうと、井上準が居ればツッコンダだろう。

事実、ポスターが川神市の市役所前に張り出されてから川神市はキレイになって行った。

咥え煙草をする者も、ジュース片手に歩く若者も、携帯灰皿に、近くのゴミ箱にとチョットした手間を面倒臭がらずにその一手間を行う様になった。自分勝手な労力消費削減…つまりはポイ捨て等はしない人間が増えた。

 

例を上げれば、川神市の近くに住む赤・青・黄のフルフェイスの仮面を被った若者三人組がポイ捨てをした人間の胸倉を掴んで掃除させたり。

深夜の町を走りまわって居た暴走族が突然

 

「ヒャッハー!! 汚物は消毒だー!!」

 

と無断で大型の家電等を捨てようとしていた者を襲撃したり

 

「ヒャッハー!! ゴミはゴミ箱にだー!!」

 

と、言いながら昼間の河川敷を掃除したりと、イロイロと小さなカオスが広がって居た。

 

九鬼英雄のみがその原因に気づいていたのだが

 

(…町はキレイになった良からず達も何故か社会奉仕をするようになった。…止める理由がないな!!……若干洗脳効果が在るようだが…宣伝用の絵なら多少は仕方がないだろう)

 

と、黙って居たりする。

 

遠く離れたフランスの街中では今更な事を考えながら、思うより早かった実父と友人の邂逅には少々ドキドキしたが出だしは上々であるし、父も友人の事を気にいった様で一安心である。

 

だが

 

「帝さん」

 

「おいおい、英雄のダチなんだろ? もっと砕けろ、おじさんでもいいぜ」

 

ソレをブレイクするのが

 

「そんじゃミッチー」

 

「いいなソレ!! 今度局にも呼ばせてみよう。なんだモッチー?」

 

「モンスターファーム2?! 百夜さんはあんな桜餅じゃありません!! まぁ、良いか。一つ言わなきゃならん事が有るんですよ」

 

「おっ、なんだ~? 今は気分が良いからお土産も買っちゃうぞー?」

 

川神百夜である。

 

「揚羽さん貰うわ」

 

「応。幸せにするなら持っていけ」

 

(クラウディオー!! 早く戻って来い!!」

 

「おやおや、早速ですなぁ」

 

楽しそうに笑うクラウディオは慌てて心の叫びを肉声として放ってしまった英雄に微笑みながらそう言った。揚羽は赤面ショートしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 百夜

 

 

 

こんばんは。百夜です。前もこんばんはだったような気がしますが、私は元気です。

なんだか、本気で書いたポスターが競りに掛かる程の大騒動に成ってしまいましたが忘れてください。

ほんの出来心何です。ちょっと好きな人のご家族への印象を良くしたかっただけなんです。

 

値段? 200万ユーロだってさ。

 

(世の中狂ってる)

 

そう考える俺は正気だと思います。

 

「俺、エスカルゴって初めて食う」

 

「実は俺も初めてなんだよなぁ、中々喰う機会が無くてさ-」

 

あっ、十年来の親友の様な会話をしていますが帝さんもといミッチーはとても親しみやすい人間でした。

なんか…翔一に近い感じがする。両方共に運が馬鹿みたいに良いし。翔一の方は自分のピンチの時に発揮されるけど、ミッチーは常時発動見たいな感じ。

 

「英雄、此処も九鬼系列?」

 

「うむ。外食系にも手を出しているからな!! 三ツ星は当たり前だ。」

 

(それにしても百夜よ。)

 

(どしたん小声で?)

 

皆で食べる時のひそひそ話はマナー違反とは言わないけど、受けは悪いぞ?

 

(そろそろ現実を見よ)

 

…見つめたくないから話題逸らしてんだよ!!

 

おさらいしましょう。今、こんな状態です。

 

九鬼揚羽と婚約確定

    ↓

我が世の春が来た

    ↓

でも、妾の三人は作ってね

    ↓

落ち込んだりもしたけれど頑張って説得してみよう

    ↓

父親の許可出たコレでかつる!!

    ↓

説得中(今ここ)

 

半ば心が折れそうなんですがね!!

 

ってかミッチー!! 何でそっち側?! アンタ親父でしょうが!!

 

「ミッチー、普通はコッチ(妾反対派)だろ?!」

 

「いや、嫁公認のハーレムとか男の夢だろ? 俺も局以外に孕ませちゃった女要るし?」

 

どうなってんの?! お家騒動とか百夜さんは嫌ですよ!!

 

「ちょ、英雄さん? マジ?」

 

「紋の事か? マジだが? いや、流石に我も父上に対して想う所が無いわけではないが…紋の母君は既に他界されて居てなぁ。何よりも妹は可愛い!!」

 

おぅふ、ひ、英雄さん? 

 

「いやまて百夜。父上と百夜とでは話は別だぞ? 我としては姉上と仲睦まじく過ごして欲しい。」

 

だよね!! ハレムとか許されないよね!!

 

「成らん!! 我以外の女の三人ぐらい囲い愛し養う気概が無くては将来九鬼を背負う事など出来ぬ!!」

 

何を断言してますかこの人は

 

「だーかーら!! 常識的に考えて!! 平等に複数人の人間を愛するってかなり無理難題何だよ!! 俺が好きなのは揚羽さん一択なの!! 他は無理なの!!」

 

「ぬぅ…だが!! 我の伴侶と成るからには大勢を背負い、養っていくと同時にその者らの生活の保障にも責任を持たなくてはならぬ!! 我以外の女子も背負えぬ者には勤まらんのだ!!」

 

根本の部分で俺との認識が違う。だから平行線なんだけど、こういう時に自分の語彙の少なさが憎い。

どう違うのか解るんだけど説明する為の言葉が見つからない。

あぁ、アレだ。

 

(平等とか無理)

 

均等に、平等に愛を注ぐとか出来る訳だない。愛にだって違いが在るさぁ。

 

良い変えてしまえば、俺は姉ちゃんを愛してるし、爺様も、釈迦堂さんもルーの事だって愛してる。

一子もモロも岳人も大和も翔一も…英雄も冬馬に準に小雪の事を愛してる。

 

家族愛、友愛、親愛。そう言った愛だもの。ホモォでは無いのよ?

 

でも、揚羽さんの事は異性として、他人として、一緒に居たい人として…一人の男として愛してるの。

 

どう、伝えれば良いんだろうか。

 

一気に体が重くなる。精神的な物かも知れんけど、どう行ったらいいモノか。

手にしたグラスに背後の夜景が見える。

高層ビルの頂上近く、最高の夜景を見ながらのディナーは本来ならば最高の物なんだろう。

 

(今の俺にはキツイわぁ)

 

何だろう。何処かに飛び出したい。と言うか逃げ出したい。

ほら、遠くに見える夜景には此方に近づいて来る…ん?

 

「英雄さんや」

 

「どうした百夜?」

 

いや、うん。金持ち達の世界は狂ってるって先ほど見たばかりだから一応聞いておこう。

 

「都市部での夜間飛行ってハングライダーでも良いの?」

 

「…現実に戻って来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

ワインの香りを楽しみながら、九鬼帝は眼前の少年をそっと見つめた。

 

肩ほどまである黒髪は濡れた鴉の羽の様な純粋な黒。肌は自分よりも少し白め。少々垂れ目気味の瞳には揺るがない何かと、惰性やらなんやらが見れる。

 

和服が似合いそうな、今時には少ない少年だ。

 

(揚羽も良い男を引っ掛けたなぁ)

 

そう思う。帝は川神百夜が何故妾…愛人を作らない、作りたくないと言って居るのかが解るからである。

正にお前が言うな。と言われてしまえば何も言い返せなくなってしまうが…まぁ、解るのである。

複数の女性とそう言った関係に成りたいと言うのは、ブッチャケて言えば性欲と支配欲に虚栄心等を満たしたい一心の願望なのだ。

 

心を、欲を満たしたいのである。

 

(後数年もしたら解るだろうがな。)

 

そしたら、仲間が出来る!! とか、考えている辺り妻に対して少々の罪悪感が在るのかもしれない。

 

だが、好きに成ってしまったのだから仕方が無い。愛してしまったのだから躊躇わない。

妻と愛人どっちを取るかと言われれば両方と答える。

それぐらいには九鬼帝は強欲なのだ。

 

それと同時に

 

(どうすんのかなモッチーは?)

 

彼は新規新鋭の財閥当主である。川神百夜の精神的な疲労等はお見通しなのだ。そう言う風に仕組んだのだから分からない筈が無い。

 

高が一芸術評論家の目に留まっただけで此処までの事に成る筈も無い。此処まで来るのにはヨイショが在って当たり前なのだから。まぁ、それでも

 

(流石に200万ユーロは凄ぇわ。ホント)

 

子供が持つべき金額では無いのは確実で、九鬼の情報規制が無ければ今頃エライ事に成って居ただろう。そういうレベルだった。

 

でも、その程度じゃ娘を幸せに出来るとは思わない、思えない。

 

(あぁ、おもしろいなぁ。コイツ、でも、まぁ…こっちも家族の事だけじゃねぇけど命欠けてんだ。男を見せてみろ?)

 

スッと視線を逸らす。自分の近くにいる執事、クラウディオと目が合う。

クラウディオは目礼で返し、少しだけ身構えた。

 

 

瞬間、川神百夜の叫びと爆音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九鬼帝、家族や会社に勤める社員達の為なら自分の命をチップにするぐらいは当たり前の様にする男である。

 

 

 




九鬼帝・川神百夜・風間親子が冒険に出かけるとギャグ風味なスプリガン+αな話しになってしまう。

いっその事書いてしまった方が良いのだろうか?

今はアレだけどね。まずは地盤固めの話し。次に方針・信念(野望とか将来の夢とか)

で、ちょっと君主じゃなくてつよきす成分入れてガチ戦闘書いてから

ようやっと真剣恋…

脳内プロットをざっと整理したらえらい事になったよぉ。


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三十三話

 

 

 

強烈な火炎が吹き荒れた。

 

唯一の入り口から、このフロア事焼き払ってしまうかのような轟炎が奔ろうとしていた。

 

誰もが、悲鳴を上げる事は無かった。出来なかった。

 

何時の間にか、其処に居るのが当たり前の様に立つ黒髪の少年の放つ何かに動けずに居た。

 

「あ~あ、詰らない事してくれるねぇ。仕組んだ方も、煽った方も」

 

入口の前には少年と同じ背丈の石造の様な物が頬笑みを浮かべて居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を少しだけ戻す。ほんの数秒前だ。

川神百夜は九鬼英雄に「現実を見ろ」と現実を見て行ったのに心配されたでござる等と、暢気に精神的苦痛をやり過ごそうとしていた時にである。

実際に、この距離で見える訳が無いのだから英雄の意見も仕方が無いかと考え直し、直ぐにあのハングライダーの目的を考え、瞬間的に襲撃と答えを出した。

 

(あっ、ヤバい)

 

意識的に自身の両目からフィルターを剥がす。川神鉄心との死闘の際に顕現を纏う事が出来た故に身に付いた技法である。技法と言っても百夜しか使わない様な業だが、久しぶりに焦点を合わせて人の顔を見て話す事が可能に成ったのだ。

ブッチャケ常に焦点の在って居ないレイプ目気味だったのが改善されただけでも、本人的には良かった模様である。

 

テーブルとその上にあるディナーに埃が入ったり、零したり倒したりしない様に細心の注意を図りながらレストランの玄関口まで移動し

 

「oh…」

 

思わず口調がアメリカンに成りつつも、現状の把握をしてしまう。

 

余りにも不審なダンボール。ソレとビルに備え付きの備品、絵画やら美術品やらがあり普通にダンボールが妖しいと考えるも、ブッチャケ全部黒と言う事に気づくと冷や汗が噴出した。

 

(フロアが吹っ飛ぶどころじゃねぇぞコレ!!)

 

襲撃に気づいたのは一度手酷い襲撃に遭い絶望を知ったから、前面に飛び出したのは一番耐久力が在り、生命力も有るのが自分だから、痛いのとかが大嫌いなのに飛び出したのは失いたくない宝物が在るから。

 

そして、ふと気づく。

 

個人での防御なら可能だが、フロア全体を護れる様な手段に当てが無い。

 

(…詰んだ?!)

 

事実、攻撃ばかりの脳筋的な闘いが楽だった為に全体防御の技等全く知らない。

メガテン2仕様状態で在る。全体攻撃一回で複数回主人公にダメージが行く位の衝撃をうけた状態で在る。独り旅を決行する事を決める様な覚悟をする様な物である。

 

つまり、いっぱいいっぱいである。

 

護らなくてはならない。好きな人を、愛する人を、大事な友人を、その家族を、護らなくてはならない。

高速で思考をすれど解決策が見つからない。

 

フロアが爆発に包まれる。アウトだ。これだけの量を一瞬で遠くに飛ばすとか無理だ。ブツを外した瞬間に爆発、恐らく、その衝撃で連鎖爆発。

かなりの確率で下の階にも爆発物は設置されているだろう。どうしろと言うのだ。

 

護らなくてはならない。

 

愛しい人にスプラッタな物を見せて堪るか。

 

愛しい人にグロテスクな物を見せて堪るか。

 

見も知らぬ連中の死を見せて悲しませてやるモノか。

 

護らなくてはならない。

 

九鬼揚羽達だけでは無く、このビルに居る関係ない人間を含めてその身と生命を護り、救わなければ成らない。

 

その瞬間、何かがガッチリと嵌った。川神百夜の考えと想いとその性根がガッチリと噛み合った。

 

「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ!!」

 

爆音が響いた

 

 

 

 

Side out

 

ビル全体を揺らす様な爆音にレストラン内の人間の殆どが動揺し混乱した。その中で混乱して居ないのは九鬼一行のみだった。

 

「…百夜が何とかしてくれたか」

 

そう吐いたのは、川神百夜の少ない友人であり親友である九鬼英雄だった。その言葉に姉である揚羽は満面の笑みを持って頷く

 

「うむ。流石は我の伴侶だ!!」

 

うんうんと頷きながらも、伴侶と言う自分が放った言葉に耳まで赤く成っている。そんな娘を見ながら九鬼帝は思った。

 

メロメロじゃねぇか

 

口に出さなかっただけマシなのだろうが、呆れが少しマジったニタニタとした笑みが何を思ったのかを明確に表している。

 

「帝様」

 

「どうしたクラウディオ?」

 

(そろそろかと…)

 

(ん?あぁ、襲撃ね襲撃。…あんまり動くなよ?)

 

(御意にございます)

 

「何なんだ今の音は!!」

 

客の一人が立ち上がり、大声を上げた。

 

その言葉に周囲がざわつく。仕方の無い事だ、大音量の音が突然鳴り響いたのだそれもビルの最上階にだ。

警戒するだろう、不安に成るだろう。嫌な方向に想像が傾くだろう。パニックに成るだろう。

 

(あの男…素人か?)

 

英雄はそう思った。

 

勿論、英雄だけでは無い九鬼一行全員がそう思い身構えた。

次に明確なパニックを引き起こすモノが来る。そう確信した。

 

案の定、それは悲鳴と共にレストランの厨房から飛び込んできた。

火だるまに成りながら悲鳴を上げ、ノタウチながら、転がりながらホール内を移動する。

悲鳴が上がる。

 

火を消せ

 

水だ!! 水を掛けろ!!

 

こっちに来るな!!

 

悲鳴と怒号が上がり、火から逃げる為に立ちあがりその場から引き下がる人間。上着を脱ぎ手に掴んで火達磨に成った人間を叩いて消化しようとする人間。

水を掛ける人間。真っ先に入り口に駆ける人間。

人が入り混じり、走り回る。

そんな中、普通に歩いて来る人間が居た。

気づいてしまえば唖然とするしかない。この騒ぎを直視して溜息を洩らし、離れた位置に居る知り合いに

 

「おーい、ステーキ追加しといてー」

 

と声を出す少年に唖然としない方がオカシイ。

 

「200と300どっちだ!!」

 

しかもg数を聞いて来る返しが来ているのだから、パニックに成って居た人間は余計にパニックに成り逆に冷静に成ってしまう。

 

この騒ぎを仕掛けた人間は思った。

 

(どうしてこうなった?!)

 

因み、九鬼帝は爆笑していた

 

Side out

 

Side 百夜

 

爆弾を何とかして戻ってみれば民衆はパニック状態とか・・・凄く、面倒臭いです。

 

(そんな事よりお腹空いた)

 

いやマジで。食事の途中だったし、慣れない事したし…もう揚羽さんも妾云々の事は流してくれて良いと思うんだよ。

ソレに…こういう場所でパニックとか嫌な事しか思い出せない。

 

(んぁ~…引きずってるね~)

 

我ながら成長が無い。まぁ、じっくり行くから良いんだけども。

 

足に力を込めて、人の波を飛び越える。

 

埃を飛ばさない様に静かに着地してか~ら~の~

 

「ボッシュート!!」

 

「ぐぁっ?!」

 

揚羽さんに近寄って居た男の腕を取って投げ飛ばす。序にナイフは没収してリリースしました。

 

「ぎゃぁぁぁ?!」

 

「ホットサンドの出来上がり?」

 

「何で疑問形なのだ?」

 

「私が説明しよう!!」

 

あ、揚羽さん?

 

「百夜は投げる瞬間に相手を気で包み重傷を負えない様にし、火達磨に成っている様に見える男の上に落した上で没収したナイフを二人の服を貫き壁に縫い付けたのだ!!」

 

いや、うん。そうなんだけどね。

 

「付け加えるなら、あの火達磨に成って居る様に見える男だけどな。ありゃ、ハリウッドとかで使う特殊なジェルに火を付けて居るだけで、実際は熱くも無いし、苦しくも無いんだぜ?」

 

「おぉ!! 流石父上!! 博識です!!」

 

「ぬぅ、流石にソレは知りませんでした…勉強に成ります父上!!」

 

九鬼一家ぇ

 

「百夜様…」

 

「何さ?」

 

「ステーキが届きました。お熱い内に」

 

えっ? 冗談だったのに届いたの? いや、普通は消化の方に気が言って料理とか経営とかしてる場合じゃ無いんじゃ…

 

「大丈夫です。既に火は消し去り、あの二名は拘束しましたので」

 

「あっ、はい。頂きます」

 

なんだろ? 俺も対外おかしい存在だけど、案外俺って普通じゃね?

 

「いや、お前は俺の同類」

 

「うるせぇミッチー、この裏切り者が!!」

 

「何だとこの野郎!! 愛しちゃったら一直線何だよ!!」

 

やっぱ俺って案外普通だよね?

 

 

 

 

Side out

 

 

普通ならば食事の場では騒がし過ぎると文句が出そうな言い合いをしている九鬼帝と川神百夜を、クラウディオは微笑ましく見守って居た。

それはそうだろう、何だかんだで自分の姿勢を変えない九鬼帝が此処まで童心に帰り騒ぎ合う。その光景はとても微笑ましく見えたのだから。

 

(どうやら、百夜様と帝様の相性は良かった様ですなぁ。しかし…)

 

「百夜!! デザートはピーチシャーベットで良いか!!」

 

「否!! 百夜のデザートはピーチジェラードなのだ!!」

 

普通に柑橘系のアイスが食べたいとは言えないこの状況…皆さんお元気でしょうか? 私は普通です。

 

脂っこい物食べた後はさぁ、アイスだよねぇ。シャーベットとかも好きだけどアッサリしたのが食べたい。ほら、水っぽいのよりもっと口に残る様な…ね?

さて、揚羽さんへの説得が有耶無耶に成って居るこの状況ですが…仕組んだのは

 

「団子喰いたくなってきた」

 

「普通に洋食にしとこうよ其処は」

 

隣でもっちゃもっちゃとデザート喰ってるミッチーこと九鬼帝しか考えられん。いや、もうどうせだからこの状況を利用させて貰おうと考えて居るんだけども。ソレまで含めて策に嵌められた様で腹立つ。

 

(次に何が来るか解ってるんだけどね)

 

襲撃ですよプロデューサーさん!! とばかり殴りこんでくると思うんよ。仕掛け人のへっぽこ具合見てたら。

 

(アレ? なんだろう…可哀想に思えてきた)

 

見込みが在ったらスカウトしてあげた方が良いのかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

 

自爆特攻

 

その手段は在る意味で最終手段であり、苦し紛れの攻撃でしかない。

だが、その効果はそれなりに高い。

目の前で爆発四散する人体、降りかかる肉片と血、ばら蒔かれた内臓は異臭を放ち慣れたモノでも鼻を押さえるだろう。

 

「準備は良いか?」

 

「…はい」

 

ソレが今から私のする事だ。

 

「良いか、九鬼帝が無理ならばその子供のどちらかを殺せ。トラウマ植え付けるだけでも良い。良いな? 今まで育てて貰った分の金を此処で返せ」

 

「はい」

 

ソレが私の命の値段なのだろう。

 

自分がまともでない所に売られたのは理解していた。幼心なりに自分は真っ当な人生は過せないのだろうとも覚悟していた。

でも、死ぬのは怖かった。嫌だった。

私の性別は女で在り、捕まれば死んだ方がマシな目に合うのも理解している。こんな仕事しか出来ないのだ。ソレが当たり前だろう。

だが、初仕事が特攻とは幸か不幸か…解らない。

人を傷つけた事は有る。殺した事は無い。今までもずっと訓練してきた。

投擲術、隠遁術等だ、私は暗殺者に成るのだと思って居た。

 

(私に殺せるだろうか?)

 

ソレが不安だ。

 

(そもそもこんな事をして何に成るのだろうか?)

 

私の養育費も馬鹿には成らないとは思うのだ。

 

(考えるだけ無駄か…)

 

何が正しくて、何が間違いなのだろうか?

 

跨る鋼の塊は何も答えてくれない。着込んだ防護服とプロテクターがガチリと音を鳴らした。

エンジンに火を入れる。

響く重低音。体に響く振動。あぁ、死ぬんだな。私は今から死にに行くんだな。

そう思うと…どうでも良く成って来た。

ハンドルを強く握る

 

「良し、行け!! 別働隊が来るまで五分だ!!」

 

高層ビルから助走をつけて飛び出した改造バイクに跨り私は思った。

 

(別働隊なんて関係ないだろうに)

 

 

 




なんだろ?…なんか違うんだよなぁ。
もうチョイリハビリしたがいいか?


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IF1

本編が書けない難産すぎる。と、言う事でIFを書いてみました。ルート的にはA-2,5のドレかに当てはまるかと


「大人の理由で!! 餓鬼を無理矢理どうこうしようってのがよ!!」

 

そう吠えた男の輝きは、少年の未熟な心には眩しかった。

鈍いが明るく、綺麗とは言えないが美しい。その輝きは正に魂の発するモノなのだろうと川神百夜は察した。

釈迦堂刑部と言う男の精神は荒れている。ソレは幼い頃から知っている、そしてその生き方も荒れているのを知っている。

何処にでも居るのだ、社会に馴染めない突出した人間は。突出した人間ほど社会に馴染めないのだから、人間社会はどし難い。

だが、この男は己の心に正直に生きている。そして、ある種の信念を持っている。こうして、自分の前に出て護ってくれているのもその発露なのだろう。

 

だからこそ

 

(あぁ、眩しいなぁ)

 

美しい

 

だからこそ

 

(勿体ないなぁ)

 

虚しく、愛おしい。

 

そも、事の発端は己の無力と怠慢が原因で、ただ、ちょっとだけ拗ねているだけなのだ。子供の我がままと言えばそれでおしまいの事なのだ。

 

問題は、その当事者たちの背景にこそあるのだ。

 

大企業にして大財閥の跡取り

 

大病院の跡取りとその補佐候補

 

武神の孫

 

全部が生まれ持ったモノ故にその我がままは許容されない。

 

(あぁ、本当に面倒臭い)

 

世の大人達は言うだろう。力には義務が伴うのだと。

 

川神百夜は思う。何が義務だと、何が責任だと。

 

誰も彼もが上に行きたがり、誰も彼もが誰かを引きずり落とそうとする。誰かと一緒に居ようとする。同じであろうとする。

 

川神鉄心は言った。真剣マジに生きて見らんか? と

 

阿呆が

 

正直そう思った。同時にそう出来ればどれだけ楽かとも思った。

 

真剣に生きる。はて? 意味が重複しすぎるのではないか? そして、そうしてどうなるのか?

 

何が変わるのかと真面目に聞けばもっともらしい正論が出て来るだろう。何とも詰らない正しいと思われる答えが出て来るのだろう。

 

(それがなんだ、それでどうなるんだよ。結果(..)は変わらないだろうが…)

 

結果は変わらない。過程は変わるだろう。彼等が言う真剣とは人生の充実を指すのだろう。自分はこれだけの努力をした、より良く生きる為に、より善い人生にする為にと・・・

 

(明日死ぬので、今日を精いっぱい生きましょう。それこそ人それぞれじゃん)

 

人生の善し悪しは有るだろう。末後の幸福や後悔も有るだろう。後悔と幸福の多寡の差だ。簡単に言えば充実感の差、もっと俗に言ってしまえば自己満足度(.....)なのだ。

 

人は結局は死ぬ。終わるのだ。

 

だから、真剣に生きろと言うのだろう。死の瞬間、認識できるか、出来ないかも分らない確実に終わってしまう瞬間に満足できるように。恐怖に支配されないように。

 

宗教と似たようなモノだ。

 

色即是空 空即是色とはよく言ったもだ。だが、未熟な心に精神にはこれ程までに正しい事も無い。だからこそ、川神百夜はそれを感じてしまった。

 

(あぁ、そうか。そう言う事か)

 

釈迦堂刑部が殴り飛ばされる。胸倉を掴んで喚く少女が視界を埋める。弟の友人と言うだけの人間に、これ程の激情を燃やせる少女も美しく見える。輝かしく眩しい。

そうなのだ、川神百夜はその輝きが綺麗で堪らなくて、羨ましかったのだ。そもそもが羨む事自体が間違いなのだ。

妬む事が筋違いなのだ。

 

自分は自分でしかなく、他人は他人なのだ。同じな筈がない、同じで居ては気持ちが悪い。

 

だから、川神百夜が見つけた答えはどうしようも無いモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を失った弟子に温かいモノが溢れた。一人を好み、孤りに成った男がそうでは無くなった。その事が喜ばしい。それが老人の我がままでしかないとしてもだ。

 

(九鬼のお嬢ちゃんや友人達の激情、さて百夜はどうなるか・・・)

 

そう思った。希望を持った。だが、何時だって現実は甘くない。

少女達の声を聞き、感情を感じそして何かを見出した実の孫の瞳は・・・

 

「っ・・・」

 

川神鉄心は歯を食いしばる。折れてしまうのではないかとさえ思えるほどの力を込めて。

拳を握る。どうしようもない葛藤と後悔を込めて。

 

硝子の様に綺麗な目をした孫は、川神百夜は口角をつり上げて、愛しさに気だるさをまぜて微笑んだ。

 

愛い、愛い(うい うい)

 

どうしてこうなったのか? ヒューム・ヘルシングは思う。性急すぎたのか? それとも、心が弱すぎたのかと

 

どうしてこうなったのか? 橘平蔵は思い至る。故に言葉にする。

 

「ヒューム殿」

 

「なんだ」

 

自慢の髭を撫でながら、深く息を吐いた。

 

「早過ぎた。それに限りましょうなぁ。」

 

その言葉にヒューム・ヘルシングは唾を吐くように言う。

 

「未熟だっただけだろう」

 

そうですなぁ、と同意の吐きを漏らし橘平蔵は続ける。

 

「じゃが、それが当たり前だった。良くも悪くもワシ等全員が間違っておった。少年に必要なのは時間と安息じゃった。」

 

「それが、未熟だと言うのだ。鉄心然り、川神百夜然り家族という見えない情が甘えを与え、贔屓を起こした。」

 

「そうじゃ、贔屓してしまった。ワシもお主も、武神もじゃ。」

 

分って居るじゃろ?

 

そう言われてしまえばぐぅの音もでない。出ない大人はこの場にはいない。それだけの期待と関心を寄せれる才があった。それだけの危機感と不安を寄せれるだけの天凛だった。

 

「ワシ等は理解しきれていなかった。あの少年の心と傷をのぉ」

 

嘆かわしい、教育者として恥ずかしい。そう、後悔する。

 

「・・・ケアは俺が引き受ける。すこし、離れた方が良いだろう。哀れに過ぎる。」

 

否、俺達が外してしまったか・・・

 

後日、川神百夜は川神市より姿を消す事になる。友との分れはあいさつ程度に、笑って分れた。何も知らない友人達とは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論はでた。此処からは回想でしかない。

 

川神鉄心は感情に蓋をした。奇跡を願って、本気の怒りを込めて子供を殴った。

世界が震えたと錯覚する程の、思いが籠もった一撃だった。

 

「うん、爺様。ありがとう、爺様も美しい。愛い愛い」

 

皮膚が裂け、血が噴き出した事に頓着もせず。綺麗な目を向け微笑みながら継げる。

 

「・・・・・・すまぬ。」

 

もう、それしか言えなかった。実の孫に思いは伝わった。伝わったが故に遅かったと分ってしまった。

どれだけで思いが伝わっても、受け手に響かねば意味は無い。

川神百夜は自分の伝えたかった事を理解して居る。だが、それだけでしかない。今現在、川神百夜の周りに居る人間達でも無理だろう。

 

何故ならば、川神百夜は既に舞台から降りている。

 

新たな出会いにもしもの可能性を見出すしかない。それ位しか、今は望めない。

 

余りにも、自分を含めた大人達は、余りにも無知であったのだ。川神百夜に対して。

もっと、知って居れば・・・家族と言う絆、感情に甘えて居なければ・・・

 

川神百夜は傍観者に成らなかったのかもしれないのに

 

川神鉄心が視線を逸らした川神百夜の瞳は、唯在るが儘を映していた。

 

 




いや、意味は違うんですけどね。ただ、其処に在るが儘を受け入れる様になっただけです。こんな我が強い小僧がそうそう変わる訳ない。


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IF2

文句のつけようの無い日本晴れ。降り注ぐ日の光は、まだまだ夏であると言う事も相俟って体力を奪う。

 

そんな日は、冷房の効いた部屋で横に成ってゲームでもして居れば極楽だろう。井上準はそう思った。思うだけだ

ちらりと横を見れば、疲れ果てたのか友人が薄っすらと目元に僅かな水分を残して寝息を立てて居る。

 

あの夜から二日たった。

 

いや、二日しかたって居ない。だが、その二日で自分達の世界は様変わりした。それは、親友の隣でこれまた健やかな笑顔で寝て居る少女も含めてだろう。

 

「・・・馬鹿野郎が」

 

こんな事は望んで居なかった。いや、望んでいた部分が多かった。だが、この結末は要らなかった。要らなかった!!

 

ゆっくりと、二人の友人を残し部屋をでる。部屋の扉の横に掛かっている榊原小雪と言う在り合わせの名札を確認をしただけで、込み上げてくるモノがあった。

屋上への道を進む。

 

立った一日で全てとは言わないが多くが変わった。

 

葵総合病院が九鬼の傘下に加わった事は大きな事だろう。

 

友人の父が、己の親が自宅療養に成りかけたのもそうだろう。今の二人を言い表すならば・・・

 

(憑きモノが墜ちた・・・って奴だろうな)

 

今思えば、自分達の両親は何時も気が張って居た。ギリギリの所に佇んでいたのだろう。気が滅入り半ば自棄に成りかけて居る今の自分だからこそ、思い至り納得出来てしまった。

 

(ホント、アイツの言う通りだわ。今の若じゃ耐えられねぇよこんなの)

 

立場の違いだろう、将来のと付くがソレの違いだ。明確なソレを持っていたから自分は耐えられる。ソレを持っていたから葵冬馬は耐えられない、耐えるにはもう暫くの時間と成長が必要だ。

 

ソレをたった数時間で稼いで見せた親友と呼びたい、呼びたかったアイツは此処には居ない。帰ってくるかも解らない。

 

屋上への扉を開けば、満点の星空が出迎えてくれた。

 

自分一人だろうと、そう思って居た。

 

視界の先にはベンチに座り、缶コーヒーを片手に空を見て居る男が居た。見知っている。あの時の言葉は少なくとも自分には響いた。何よりも、こんな事を言えて実際に抗える様な大人に成りたいとさえ思った。

 

「何やってんすか? 釈迦堂さん」

 

準の声かけにゆっくりと、釈迦堂刑部は返した。

 

「黄昏てんのかねぇ・・・ハハ。坊主はどうした? 夜中だぜ?」

 

そう言われ、心の内を探るも答えは出ない。だが、重い。途轍もなく重いのだ。

 

「解らないんですよ」

 

「へぇ?」

 

ピクリと釈迦堂の眉が上がる。

 

「腹も立ってる、後悔も有る、悲しいし、悔しいし・・・でも、感謝もしてるんだ。何もかもがごちゃごちゃに成っちまってて、逆に冷静に成っちまってんだ」

 

今にも泣き出しそうな顔で、だけども泣け無くて…そんな表情の少年を見た釈迦堂は、グビリと喉を鳴らしてコーヒーを一口飲むと、口を開いた。

 

「解ってるじゃねぇか。」

 

その言葉に準はカチンと来た。

 

「イラついてんだ、腹立たしいんだ、悲しくて、悔しいんだ、そんでもって感謝してんだ。全部が一遍に来てんだ。百夜でもねぇのに難しく考えるから分からなく成ってんだ」

 

その言葉は驚く程に的確に当てはまった。

 

「…百夜の奴も其処まで難しく考えてねぇーよ。」

 

だって、アイツは何だかんだで馬鹿野郎なんだから

 

「そうだ。ソレをよぉ…爺共は理解しきれてねぇんだよ。」

 

其処からは独り事だと前置きが入り続いた。

 

 

 

アイツは馬鹿なんだ。難しい事も解ってる、分かっちまう頭の良い馬鹿野郎なんだ。詰まんない様な事に面白みも見つけ出せる事だってできる。小銭を稼ぐ様な感覚で一財産築けちまう。そんな要領の良い馬鹿なんだ。武術の才は在るぜ? 氣なんて使わせてみろ、太刀打ち出来るのなんて五人居るかどうかだ。でもな、アイツはまだまだ餓鬼なんだよ。今までが巧く行き過ぎてただけの、其処ら辺で鼻垂らして駆けまわってる餓鬼どもと一緒なんだよ。

ただ、人より察せちまう。それだけなんだ。だから、臆病になったんだよ。人との距離を取るのがへったくそなんだ。俺みたいな野郎か、九鬼の坊ちゃんみたいに飛び抜けてねぇと上手くはいかねぇんだ。アイツ、友達少ねぇだろ? 十人いないだろ? 普段からつるむ奴等何てよ。

馬鹿か、天才か、それこそ懐の深い奴らじゃねぇと無理なんだ。俺でも解る程度にはアイツはオカシイんだよ。

だから、身内に甘い。そんな百夜が凹んじまう事が有ったんだ。時間を掛けてやるのが普通だろうによ・・・まぁ、ソレを知りながらも止め切れなかった負け犬の愚痴だ。さっさと寝な。俺はもう暫く夜風に当たってから降りるからよ。あっ、婦長の婆に言うなよ? 口煩ぇんだよ。

 

 

何も言えずに屋上から去る。それでも、心は幾分か軽く成り当たり前の事に気づいた。

 

「あー…そっか。俺も若も九鬼も馬鹿ばっかだなぁ。そうだよなぁ」

 

百夜も俺達とかわんねぇ子供何だよなぁ

 

「糞ったれがぁ!!!」

 

井上準は右手の指三本を骨折し、暫く不自由する事に成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、川神百夜は川神より去った。その事実は変わらない。

 

が、だ。それでも、去るまでにやった事は在る。先ずは風間翔一を中心とするメンバー。

 

包帯で眉間を隠しているその姿を見た一子は慌てたり、モロと呼ばれる少年は純粋に心配したりしたが

 

「クク、ようこそ百夜。お前も俺と同じく選ばれたか」

 

「どうしたんだよソレ? まぁ、お前が平気そうだから何も聞かんが。それよりも見てくれこの更に逞しく成ったこの腹筋!! より洗礼された後背筋を!!」

 

「よっし、全員そろったな!! 川神山に冒険に行くぞ!!」

 

拗らせている大和を筆頭に筋肉馬鹿と冒険野郎は何時も通りだったりする。

 

そんな何時も通りな5人に別れのあいさつをし、後で手紙のやり取りをする等の約束をしてその場を九鬼家の車でさった。そして、その後は葵総合病院に向かい、一悶着起こしてから九鬼家所有の船舶で島流しと言ってしまえば言い方は悪いが、まぁ、離島への転校または移住となった。

 

船での旅は短いモノだったが、その船舶の中には船を使う最小限の人数に+で二人。川神百夜とヒューム・ヘルシングだけだった。船員達には気の毒な事だがこれが最高の布陣で最小限の被害で済むと判断されたのだ。

 

甲板上でヒューム・ヘルシングは言う。

 

「必要な物は随時連絡を入れろ」

 

「あいあい。まぁ、ゆるりと過ごさせて貰うさ。あぁ、新しい学校に行くのも楽しみだけど…面倒だなぁ」

 

何時もの気だるげな声色は変わらない。

 

「フン、今更貴様に一般的な勉学は必要ないだろうし、今の貴様の目的は人を見る事だろう。貴様が気が向いた時に行けば良い。監視はするがな」

 

「愛い愛い、そうだね。それで良い。うん、真正面から向き合い越えて行く。彼方はそう在る。その在り方が美しい。輝いてるねぇ」

 

ヒュームを知る人間が居たら、顎が墜ちるのではないかと思う様な言葉を発する。それと同時にヒュームが恐ろしいくらいに川神百夜に譲歩している事にも心臓が止まるかも知れない。事実、この会話を傍受していた『星の叡智』と呼ばれる老女は一瞬だが確実に気を失った。

 

ヒュームは思う。感じる事が出来るからこそ思ってしまう。余りにも惜しい。

 

海は穏やかだ。穏やかに過ぎる。船の周りをイルカが巡り、船頭のつもりか鯨まで居る始末。異常が無いかと周りを探れば船の周り、下も含めて多すぎる命の胎動を感じる。何よりも自然と川神百夜の周りにはその恩寵とでも言うべきモノ、外氣が集っている。

 

(一撃…いや落せんか。)

 

短期決戦。それも命を掛けて難しい。確実に勝てる見込みは無いのだ。勝っても確実に何かを失うだろう。それ程までに、一皮向けてしまった天凛は性質が悪い。

周りを気にしながらも警戒するヒュームを見ることなく、潮風の心地良さを感じながらふと思い出したかのように川神百夜は言った。

 

「あぁ、そうだった。ヒューム・ヘルシング、その輝きを曇らせる様な魂胆。少しでも己の心が否定するならばスパッと止めてしまえ。輝きが曇るのは、陰るのは、潰されるのは・・・恐らく我慢できない。」

 

初めて、初めてヒューム・ヘルシングは怖れた。

 

我慢できない

 

その一言に恐怖を覚え、『魂胆』と言う発現に驚愕し、己の未熟に憤った。

 

だが、ソレを表には出さない。

 

「ふん。それこそ赤子共しだいだ。俺から言わせれば先達を少しは休ませろと、尻を蹴飛ばしたい所だ。」

 

お前がソレを知ろうが関係ない。此方には露ほどにも関係ない。そう言う様に告げる。

 

「カッカッカッ、なら、ソレで良いさ。あぁ、ソレで良い。在るが儘で良い、その時が来れば誰それの輝きも増すだろう。世は美しい、命は美しい。」

 

ソレに価値が無いとしても。言葉にしなかったその言葉ただただ、水底の様な心の内に堕ちて行った。

 

 

 

 

葵冬馬は夢を見る。衝撃的で、有難くて、だからこそ何も出来なかった自分が情けなく、悔しいと言う夢を。

 

院長室。そう呼ばれる所に僕達の友は来た。監視と言う名の護衛を伴って。包帯を巻いた顔で眉間で交差する様な×印には少し血が滲んでいるのが、心配だった。

それでも、その顔は笑って居た。僕や準を見ると嬉しそうだった。あぁ、此処からまた新たに始められるのではないかと思ってしまうくらいには…

 

「急にどうしたんだね? 九鬼家の従者たる君達とは、息子意外には接点は無いと思うのだが。」

 

老紳士と言う言葉が似合う従者に父が言う。

 

「いえいえ、今回は私共ではなく此方の少年…ご子息の友人が御用が在るそうで…」

 

私共はただの付き人でございます。

 

「冬馬の?」

 

怪訝そうな顔をする父を見る百夜の目は冷たかった。僕はそう思いました、見たくも無いモノを不意に見てしまったかのような嫌悪感すら感じまた。だからこそ、僕は察した。だからこそ、僕は百夜を止めようとした。

でもソレは止められてしまいた。付き人と名乗った従者の糸で。

 

其処からは恐ろしい程の速さでした。

 

百夜の冷たい、感情すら含まれていない機械の様な平坦な声が止めどなく紡がれ、発せられる極寒の様な気迫に父は言葉を発する事すら出来ずに失神と覚醒を否応なしに繰り返され、最後には全てを否定されたかの様に崩れ落ちました。

 

綺麗な手でピストルの形を作り自分のこめかみを挑発するかのように抑え手を動かしながら

 

「遣る事成す事が小さい小さい、小悪党ですらない。どうでも良い言い訳を並べ罪重ねてこの程度? 笑えないよ院長様? あぁ、もう医者ですらないのかな? ごめんねフリーター・・・ニートにでもなる? 蓄えはあるでしょ? 趣味人にでもなれば? うん、冬馬が立派になって養ってくれるよ? やったねニート君!!」

 

と、最初から飛ばして煽り始めた百夜には、彼を知る僕でさえ唖然としました。それと同時に、父は此処で終わるのだなと確信したのも事実です。

父も唖然としていましたが、直ぐに怒りを顕わにし口を開こうとしました。

えぇ、開こうとした。結局は開けなかったんですよ。その姿を見てずるいと思った

後、数年、遅くても十数年後には僕がそうしたかった。その罪を清算させてやりたかった。

 

裏帳簿を顔面に叩きつけられ、使途不明金の使い方を細かく説明され、その一つ一つに己がドレだけ情けなく、矮小で、救いようの無い人間なのかと懇切丁寧に子供でも解るかのように貶しながら説明され、暴力を振るおうとしても何も出来ずに気絶と覚醒を玩具を扱うかのように繰り返され・・・

 

葵総合病院は九鬼の傘下に加わる事に成りました。

 

「おい、最後に言っとくけど子供位護ってやれよ。父親だろ? お前」

 

彼が部屋から出る直前の言葉がソレでした。

 

ソレが歯止めに成ったのでしょう。父は一言言いました

 

「そうか……まだ失ってしまうモノがあるのか」

 

そう言った父の目は綺麗だったと思います。憑きモノが墜ちたかのような・・・僕は初めて見たのだと思います。在るがままの父を、僕の親という一人の人間を…

 

だからでしょう、父に対する嫌悪感は殆ど無く成って居ました。寧ろ、父に対する理解が変わったんだと思います。

それが嬉しくて…悔しくて…情けなくて…

 

そして、彼はもう此処には来ないだろう事を察してしまった。

 

 

うっすらと意識が覚醒する。

 

(今日の事を夢に見るなんて…衝撃的だったからですかね?)

 

少し、目を開ければ準が部屋から出る所でした。彼も思う事が有るでのでしょう。僕は…もう泣いてしまいましたからね。思っていた以上にスッキリとしている心に驚く。

寝がえりを打つように反対側を向くと、小雪がすやすやと寝息を立てて居た。笑顔を浮かべて。

 

(小雪の養子縁組までこなしてしまうのですから…百夜はどうしようもないですねぇ)

 

「お前、今日からこの人の娘な!!」

 

「え?」

 

「え? 急に何を?!」

 

(はい、これ小雪の前に居た状況とかを纏めたものねで、榊原さんを黙らせてしまった上に)

 

「お前、今度合う事が在ったら握り込んでないマシュマロ寄越せ。ソレが出来たら許してやろう」

 

「…いいの?」

 

(てめぇで考えろ。ですか・・・優しいんだか、厳しいんだか・・・フフ、百夜、僕は…)

 

「いってぇぇええええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

「準?!」

 

僕は飛び起き声のした方へと駆けだした。

 

(百夜、僕は・・・僕達は待ってますよ? 君が帰って来るのを)

 

 

 

準が血まみれの拳を抑えて居るのを発見した僕が慌てたのは当たり前の事です。

 

小雪がコレで準を弄るのが想像できますね。

 




英雄君は今回はなし!! ブランクが酷いな!!俺!!


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