図書館島の司書長様 (粗製リンクス)
しおりを挟む

プロローグ

投稿します。ゆっくりとではありますが更新していきますので楽しんでいただければ幸いです。


 世界には魔法が存在する。

 それは、昔から絵本や、漫画に出てくるような子供の夢を詰め込んだ魔法から人が人を

害する事に特化したような危険極まりない魔法まで様々なものが存在する。

 

 しかし、魔法が世界に普及しているかと問われればそれは違う。

 魔法は確かに存在する。しかし、魔法はそれを扱う技能を持つ者達によって秘匿され続

けているからである。それは、魔法を扱うのに必要な魔力を持つ人間の数が限られている

ことに加え、一つ何かを間違えば災厄を起こしうるものだからである。

 

 先に述べたように魔法には簡単に人を害せるものが数多く存在する。

 そう、正に拳銃のように軽い動作でだ。

 

 拳銃ならば科学が発展した昨今の社会ならば防弾チョッキ等、弾丸を防ぐ術もいくつか

存在するが、魔法にはそれが無い。

 

 魔法は魔力と呼ばれる不可視の力を用いて発動されるものが殆どであり、それらは実体

を持たず、ただ純粋な力の奔流により周囲に破壊を齎す。

 

 これが、魔法を扱うもの同士であるならば、力には力というように放たれた魔力に対し

魔力を用いた力場で防ぐこともできる。

 

 しかし、これは技能を持つ者に限られる。

 魔力を持たない人間には防ぐ術がないのである。

 

 こういった理由により、魔法使い達は魔法という存在を秘匿し続け、また、魔法が露見

しないように昔日の魔法使い達は地球とは違う位相に新たな世界、魔法世界を生み出し、

そこに多くの魔法使いが移住した。また、表の世界に残った魔法使い達は自身らの間での

み適応される法を作り、魔法を扱うとはどういった事か、魔法使いはどうあるべきかを幼

い魔法使いの子供達に教える為の学び舎を制作した。

 

 そうして、魔法は世界に存在しながらも、表社会に出ることなく裏で脈々と受け継がれ

ていた。

 

 時は流れ、表には飛躍的に発展を遂げた科学技術が、裏には脈々と受け継がれ、時と共

に精錬されていった魔法技術が世界を支えていた。

 

 進歩した科学技術と魔法技術。これらにより世界の不思議は次々とその原理を解明され

ていく事となる。

 

 しかし、世界は広く大きい。

 

 どれほど技術が進歩しようとも未だに世界には解明できない謎は残っているのだ。 

 

 例えば、それはエジプトにあるピラミッド。あれは科学技術が発展した現代でも如何よ

うな方法を取れば古代の技術力であのように美しく建造されたのかが判明していないとい

う。

 

 例えば、メキシコにあるパレンケの石棺。これは古代マヤ文明の遺跡から発掘された石

棺なのだが、驚くべきことに石棺の表面には古代の宇宙飛行士と思われる人間がロケット

を操縦している姿が彫られていたという。

 

 例えば、聖ヨゼフの階段。これは支柱が無い宙吊りとなった木製の螺旋階段であり、こ

の階段は物理学的に何故壊れないのかが未だに解明されていないという。

 

 そして、例えば『取り替え子〈チェンジリング〉』。

 生まれたばかりの赤子が妖精によって連れ去られ、数日後には帰ってくるのだが、赤子

は何かが変わってしまい帰ってくると言う。

 

◆◆◆◆

 

 魔法世界に存在する都市の一つ。名をアリアドネー。魔法世界における自治を認められ

た独立学術都市国家である。

 

 アリアドネーは学術都市の名に相応しく数多くの魔法研究施設が存在する。

 そんな多くの研究施設があるアリアドネーの中でも名物と呼ばれる建物が二つある。

 

 一つはアリアドネーを防衛する為の魔法騎士を育成する魔法騎士団候補学校。

 そして、もう一つはアリアドネー、いや魔法世界随一と言われる程の蔵書量を誇る大図

書館、その名をミアミル大図書館である。

 

 ミアミル大図書館の職員が休憩の時に使用する一室。そこに一人の青年がいた。

 歳の頃は二十歳に届くか、届かないかといったくらいである。

 青年は特徴的な髪の色、燃え盛る炎のような朱髪であった。

 もちろんそれも目立つのだが、なによりも目を惹くのは青年の耳であった。

 そう、青年の耳は短くはあるが尖っていた。

 

 この特徴的な容姿を持つ青年の名をルキスと言った。

 ルキスは此処、ミアミル大図書館で働く司書の一人である。

 

 ルキスは昼食であるサンドイッチを食べ終えると、自身のカバンから一通の手紙を取り

出す。手紙の差出人はルキスにとって最も大事な家族である少女からだった。

 

 ルキスが手紙を開くと、手紙から仄かに光が灯り、一人の少女の姿を紙面に投影した。

 

 手紙から人の姿が投影されるなど現実ではまずあり得ない事である。

 しかし、此処は魔法世界。科学技術ではなく魔法技術の発達した世界である。

 故にこの手紙は彼ら魔法に関わる者にとっては極普通のものなのである

 

 紙面に映しだされた少女は10歳に届くか届かないかと言ったくらいであり、ルキスよ

りも鮮やかな赤い髪と意思の強そうな瞳が特徴的だった。

 

『兄さん、久しぶり。元気にしてる? ご飯はちゃんと食べてる? 洗濯物は溜めてない

でしょうね? それから――――』

 

 マシンガンのように飛び出てくるルキスの身を案じる妹の言葉の嵐に青年は苦笑いを浮

かべながら、手紙であると分かっていながらついつい返事をしてしまう。

 

「相変わらずのマシンガントークだな。大丈夫だ、ちゃんとやっているさ」

 

『――――。あ、手紙の容量がもう無いじゃない。もう、まだまだ言い足りないのに。ま

あいいわ。えーと、兄さん、この度私も遂にメルディアナ魔法学校を卒業することが出来

ました。まあ、主席はとれなかったんだけどね。それでね、卒業後に指定される魔法の修

行先なんだけど、あの超絶問題児のネギと一緒の学校、えーとマホラっていう場所行くこ

とになったの。ネギはそこで教師を、私は占い屋を営むようにって書いてあったの。

修行先はまさかの日本で、なんだか色々先行きは不安だけど私頑張るね。

…………それでね、えーと。もし兄さんに一度来てほしいなーみたいな。その、兄さんの

仕事は知ってるし、忙しいだろうけど偶には兄妹でご飯とかしたいなーみたいなね。

まあ、頭の片隅にでも覚えててね。

……最後に! 偶にはメルディアナ魔法学校に来てくれって校長先生やネカネさんが言っ

てたよ。それじゃあね、兄さん。貴方の妹アンナでした!』

 

 手紙の光が消え、それと同時に少女、アンナの姿も消える。

 残ったのは不可思議な言葉で書かれた手紙と苦笑いを浮かべたままのルキス。

 

「アンナももう卒業とは。めでたい事だ」

 

 微笑みながら手紙をカバンにしまう。

 ふと時計を見れば、既にルキスに与えられた休憩時間が終わりを告げようとしていた。

 

 ルキスは椅子から立ち上がり、体を伸ばし、肩を回しながら職員用の休憩室から出る。

 

「やあやあ、親愛なるルキス君。愛しい愛しい妹さんからの手紙で有意義な休憩が取れた

みたいで何よりだ」

「館長。適当な事言わないでくださいよ」

 

 ルキスが職員が使用する業務用の椅子に腰掛けるのを見計らったかのように一人の男が

ヒョコヒョコとやってきた。

 男の名前をジョン・ラフグレスと言い、ルキスの勤め先である図書館の館長を務める男

である。ジョンは銀縁眼鏡の位置を直しながら意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「いやいや、適当なものか。だってルキス君、いつものブスっとした顔じゃあなくて、微

笑みを浮かべているんだもの。君がそんな顔をするのは大抵妹さん絡みだってのはもう此

処の職員なら誰でも知ってることさ」

 

 ニマニマと笑うジョンにルキスは降参とでも言うかのように両手を上に上げる。

 

「館長の言うとおりですよ。ええ、そうですとも。アンナからの手紙ですよ。どうにも先

日、遂に魔法学校を卒業したとかでして」

「まあまあ、そうヤサグレない。へえ、妹さんももうそんな歳か。いやあ、時の流れは早

いねえ。私も歳を取るわけだ」

 

 最近、腰が痛み始めたのはそのせいかな、などとボヤくジョンを横目にルキスは考え事

をしていた。その内容とはもちろん妹のアンナの事である。

 

 手紙では久しぶりに食事でもしたいと言っていた。

 そう、久しぶりにだ。

 ルキスがミアミル大図書館で働き始めてから既に五年の月日が流れており、ルキスはそ

れ以来妹のアンナとは手紙のやり取りしかしていなかったのだ。

 

 何度か会いに行こうかと休暇届を出した事もあったのだが、ルキスが休暇届を出そうと

した時に限って、色々と問題が発生し今までアンナと会う事ができずにいた。

 

 ここでいう問題とは何か。

 それはもちろんルキスの勤め先であるミアミル大図書館の司書としての仕事である。

 ミアミル大図書館は魔法世界随一の蔵書量を誇るだけはあり、日々の利用者は数え切れ

ないほどである。

 

 アリアドネーの学者が研究論文の為の資料を探しに来たり、魔法騎士が新たな魔法を学

ぶ為に参考書を探しに来たり、あるいは一般市民が娯楽小説を探しに来たりなど、利用者

の目的は様々だが、とにかく忙しい。

 

 もちろん、それらの利用者全ての対応を司書であるルキスがやるわけではない。

 そういった一般利用者の対応は別に職員がいるのである。

 

「そうそう、ルキス君。後で僕の部屋に来てくれないかな。君に言わなくちゃいけない事

があってね」

「はあ。それはここじゃあ駄目なんですかね?」

「まあ、問題はないけどね。やっぱり仕事の話はちゃんとした場所でやらなくちゃ」

 

 じゃあ行こうか、とジョンが言った時だった。

 

 ミアミル大図書館全体が大きく揺れた。

 突然の大きな揺れに図書館の棚が揺れ、幾冊かの本が床に落ち、図書館を利用していた

客達も何ごとかと辺りを見渡す。

 

「館長! ルキス司書!」

 

 同じく辺りを見回していたジョンとルキスの下に一人の年若い獣人の男がかけてくる。

 

「やあ、マイク君。また『アレ』かな?」

「ええ、館長。また『アレ』です。対応をお願いしてもいいでしょうか?」

 

 マイクと呼ばれた職員は申し訳なさそうに頭をかく。

 

「まあ、それが司書である私と館長の仕事ですからね」

 

 行きますか、と館長の方を向く。

 

「え? いやいや今回はルキス君だけで十分でしょう。ここから感じる限りどうやら此処

がどういう場所かを詳しく調べもせずに来たみたいですし」

 

 そう言って動く気配を見せないジョンにルキスは大きく溜息を吐き、

 

「……下っ端はこれだから辛い」

「ははは。なら頑張って昇進したまえ」

 

 ジョンの言葉に背中を押されるように揺れが起きた場所へと向かった。

 

◆◆◆◆

 

 ミアミル大図書館は魔法世界随一の蔵書量を誇る図書館である。

 蔵書はそれこそ学術書から絵本、更には魔法学校の教科書まで揃えられている。

 

 こういった本は一般の利用客にも貸出されているのだが、中には一般には貸出を許され

ない本もある。

 

 それは俗に魔導書と呼ばれるものである。

 魔導書は魔法に関する事が書いてある本であるが、学術書や魔法学校の教科書と違い、

本それ自体が魔力、もしくは意思に近いものをもっている。

 

 こういった魔導書は力が足りない者が読もうとすれば正気を削られ、良くて廃人、悪け

ればその魔導書の奴隷とされる。

 

 その為、魔導書というのは厳重に保管されており、それはミアミル大図書館も例外では

ない。先にも述べたようにミアミル大図書館は魔法世界随一の蔵書量を誇っている。

 

 そのため、保有している魔導書の数も魔法世界一なのである。

 

 そして、こういった魔導書は格に違いはあれどいずれもが大きな価値を持っている。

 その為か、書物蒐集家などは大枚を叩き魔導書を求める。

 

 そして中には正規の手段ではなく、非合法、いわゆる裏の人間を雇い他所から強奪をし

ようとする者もいる。

 

 今回の爆発もそういった輩によるものだった。

 

 そして、ミアミル大図書館の司書の仕事とはそういった招かれざる輩への対応、そして

魔導書の世話なのである。

 

 ルキスが爆発の現場に辿り着くと、そこにはリーゼントやアフロ、スキンヘッド、更に

は全身に刺青、体のいたる所にピアスなどのいかにも碌でもない人間です。と全身で主張

している者達が暴れていた。

 

「オラオラ、魔導書はどこだ!?」

「ひゃっはーーー!」

「魔導書を寄越しなジジイ!」

 

 余りにもあからさま過ぎるならず者達にルキスは軽く頭痛を覚える。

 

「ええー、何アレ。いかにも過ぎるだろう。もうアイツら全身で私は囮ですって言ってる

ようなものじゃないか」

 

 正直に言うならばここのTHE・囮は放っておいて恐らくはいるであろう本命の魔導書泥

棒の下に向かいたい衝動に駆られるが、ここでならず者達を放っておくのもミアミル大図

書館の名に傷がつく。

 

「しょうがない。さっさと終わらせるか」

 

 そういってルキスは一歩前に出ながら、胸元から一冊の本を取り出した。

 

◆◆◆◆

 

 ミアミル大図書館の地下にある大衆スペース。

 そこには本を読む為に程よい明かりとゆったりと座れる椅子が多く設置されており、一

見すればただそれだけの部屋なのだが、実を言うとこの大衆スペースからミアミル大図書

館が保有する魔導書の管理室へと入る為の階段が存在している。

 

 魔導書の管理室という重要な場所に繋がるのが大衆スペースというのも余りにも不用心

であると思われるが、実際のところは真逆である。

 

 ここ、大衆スペースには常は多くの利用者がおり、また常駐の職員もいるため誰の目に

も映らずに管理室に繋がる階段へと行く事は出来ないようになっている他、現在のように

何かしらの問題が起き、職員や利用客がいない場合でもある防衛システムが存在する為、

何ら問題はないのである。

 

「くそっ! なんなんだコイツは!?」

 

 魔導書管理室前にて一人の男が悪態をつく。

 男は黒いローブで全身を隠しており、顔を拝む事は出来ないが、声から焦りが滲みでて

いる事が窺える。

 

 男に焦りを与える原因は管理室前に鎮座している一体の石像にあった。

 

『入室許可証ノ提示ヲ』

 

 まさに悪魔といった風貌の石像が男の行く道を阻んでいるからである。

 

『入室許可証ノ提示ヲ』

 

 この悪魔の石像、ガーゴイルこそがミアミル大図書館魔導書管理室の門番である。

 

「くそっ、魔導書は目の前なのに……っ。雷の暴風!」

 

 ローブの男は手に持った杖から無詠唱による魔法を放つが、それはガーゴイルに当たる

直前に張られた結界によって完全にかき消されていた。

 

 これこそが管理室を護るガーゴイルに与えられた力であった。

 入室許可証を提示しない限り決して扉を開ける事はなく、無理やり通ろうにも魔法障壁

を持っている為、生半な魔法は通じず、物理的に破壊しようにもガーゴイルを構成してい

るのは魔法世界でも随一の硬度を誇る魔法金属であるため、それも難しい。

 

 まあ、攻撃手段を持たないこのガーゴイルでは時間稼ぎしか出来ないのだが、それこそ

がガーゴイルの役目であるため問題はない。

 

「やれやれ、上の囮も大分お粗末だったが本命のアンタも大分アレだな」

 

 ローブの男にルキスが声をかける。

 

「むぅ!? もう上の連中はやられたのか!? ええい、役立たず共があ!!」

「いやいや。ここがどういう場所かも調べないで泥棒にやってきたアンタに言われちゃ囮

の奴らも浮かばれないね。まあ、それじゃあ名乗らせてもらおうか。ミアミル大図書館所

属、魔導書管理部司書、ルキス・ヴァレリー・ココロウァだ。まあここがアンタの終わり

って事で」

 

 満足な下調べもせずに泥棒に入った間抜けをルキスは嘲笑う。

 ルキスの言葉にローブの男は怒りで体を震わせ、彼に杖を突きつける。

 

「若造がぁ! 雷の暴風!」

 

 杖から強烈な稲妻と突風がルキスに襲いかかるがルキスはそれを見て大きく溜息を吐き

胸元から一冊の本を取り出し、

 

「遮断」

 

 それだけを呟いた。

 すると、本が浮かび上がりパラパラとページが捲れたかと思えばバラバラになる。

 バラけた本のページは一枚一枚が意思を持つかのように動き、ルキスと魔法の間に紙の

壁を作りだす。

 

「間抜けは貴様の方だ! そんな薄っぺらい紙で私の魔法を防げるものか!」

 

 叫ぶ男にルキスはもう一度深い溜息と侮蔑の視線を投げる。

 

「……アンタが盗みに来たのは魔導書だろう? 魔導書ってのは力持つ本だ。それがこの

程度の魔法を遮断できない筈ないだろう」

 

 魔導書、ルキスは確かにそういった。

 確かに魔導書は力を持つ魔導書であり、それに内包された力も様々だが、基本は本であ

るため、やはり主目的は知識を得ることにあるのが普通である。

 

 しかし、今目の前の光景はなんだろうか。

 本がバラバラになりページの一枚一枚が意思を持つかのように動きまわる。

 

「鳥籠」

 

 本のページ達はルキスの言葉に忠実に従う兵士の様に動き、ルキスを護る城壁から男を

囲む檻へとその姿を変える。

 

「さて、と。一応聞いておこうか? 今ここで投降するのなら怪我はさせないが?」

「何を言うか! これしきの紙束くらい……っ」

 

 男はそう言って杖を構えようとするが、

 

「まあ、そうなるだろうと思ってた。じゃあサヨナラって事で」

 

 魔法が放たれるよりも速く、ルキスが指を軽く動かす。

 男を囲っていたページの大群が一斉に襲いかかり、数瞬の後に残されたのはローブだけ

でなく身にまとう服をパンツ以外は切り裂かれ意識を失った男の醜態だけだった。

 

 男を襲ったページは再びルキスの下に戻ると一冊の本に戻る。

 

「やあやあ、仕事は終わったみたいだねえ」

「館長、相変わらずタイミングがいいですね」

「まあ見てたしねえ。それにしてもルキス君も優しいね。服だけを裂くなんて」

「え、何言ってるんですか。本を盗もうとする輩をこれだけで済ます筈ないじゃないです

か」

 

 ルキスはそう言うとカメラを取り出し、醜態を晒す男を激写する。

 

「取り敢えずこの写真はどこかの新聞社に投稿してきます」

「前言撤回だよ。相変わらずの鬼畜っぷりだね、ルキス君」

 

 まあいいや、とジョンは言い、管理室前に設置されている連絡装置で警備員を呼ぶ。

 

「さ、後は他の職員に任せて行こうか」

「行くって何処へですか?」

「忘れたのかい? 君に言わなくてはならない事があるって」

 

◆◆◆◆

 

 ミアミル大図書館館長室。

 派手すぎず、しかし貧相ではない調度品に彩られた館長室に連れて来られたルキスはジ

ョンの正面に座っていた。

 

「それで館長、私に話というのは?」

「うーん。取り敢えず仕事の話ではあるんだけど。その堅苦しい言葉遣いはやめていいか

な。今ここにいるのは上司と部下である他に無二の友人なのだから」

「……ジョンがそう言うのなら」

 

 言葉遣いを公人のものから私人のものに戻したルキスにジョンは一枚の紙を手渡す。

 

「これは?」

「うん。君の新しい就職先が書いてある紙」

 

 さらりと言うジョンの言葉にルキスは石のように固まる。

 

「はぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「いや、そんなに驚いてくれるなんて。ちょっと軽く渡した甲斐があったなあ」

 

 カラカラと笑うジョンにルキスは懐から本を取り出そうとする。

 

「あ、それは勘弁、タンマ。一応ね、これにも事情があるんだ」

 

 詳しい事は紙に書いてあるから。一先ず本から手を離したルキスは書類に目を通す。

 

「……なるほど。納得はしてないが理解はした。つまり出向って事でいいわけだな?」

「まあ、そういうことかなあ。それで返事は? ルキス・ヴァレリー・ココロウァ君?」

 

「わかった。わかりました。まあアンナに会ういい機会という事にする」

「あちらでも良い仕事を。ルキス君」

 

 ルキスの手元にある書類に書かれていた任地先は

 

『旧世界・麻帆良学園都市』

 

 と書かれていた。

 

 

 




こんな感じではありますがスタートしました。
ルキス君は基本は本で戦いますが一応近接戦闘もできます。武器はもちろん……。まあ、予想できる方はできるでしょう。お楽しみに!

それではまた次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話

 日本に存在する魔法を扱う勢力は大きく分けて二つある。

 

 一つは古代より脈々と受け継がれてきた日本固有の呪術と呼ばれる技能と退魔剣として

その技を鍛え上げてきた剣術。これらの日本本来の魔法技術を扱う者達を統括するのが、

関西呪術協会である。

 

 名前の通りこの組織は関西、西を中心として活動をしている組織であり、古くは朝廷と

の間にも深い繋がりをもっており、その関係により組織の上層部を運営しているのは遡れ

ば公家や皇家の血縁者も多い。

 

 古きに重きを置き、伝統を絶やす事なく受け継いできた組織である。

 

 そして、もう一つが西欧を中心に発展を遂げてきた精霊を使役する魔法や童話などにも

登場する魔女が扱う毒薬の様に魔法薬と呼ばれる薬の製造技術などで発展を遂げた魔法使

いと呼ばれる者達を統括しているのが関東魔法協会と呼ばれる組織である。

 

 魔法と呼ばれる技能の始まりは何処であったか、それはハッキリとは判明していないが

それは呪術も同じであり、互いに不可思議な術を扱うという点では同じである。

 まあ、普及の度合いで言えばその軍配は魔法にあがるわけではあるのだが。

 

 魔法使い達を統括する関東魔法協会は複数人の理事と呼ばれる魔法使い達によって構成

されており、彼らが日本における魔法使い達へ様々な指示等を出している。

 

 その関東魔法協会において理事を務める人物の一人の名を近衛近右衛門と言う。

 近右衛門はその血筋から言えば関西呪術協会のトップに立つに足る人物であるのだが、

近右衛門に呪術だけでなく類稀な魔力と精霊を使役する能力があったため紆余曲折を経て

魔法使いの側に立つ事を決めた人物である。

 

 彼が魔法使いの側に着く際には日本の裏社会事情を根本から揺るがす大事件があったり

したのだがここでは割愛させていただく。

 

 そして魔法使いの側に立つ近右衛門であるが、先にも述べた様に彼は関東魔法協会にお

いて理事を努めており、加えて日本における魔法勢力の最大の拠点である麻帆良学園都市

の理事長をも務め上げている。既に老齢と呼ばれる域に達しており、その特異な相貌から

親しい者達からは『ぬらりひょん』と揶揄される近右衛門だが、理事と理事長という二足

の草鞋を難なく履いている事からその才覚は確かなものなのであろう。

 

 そして現在、近右衛門は自身の執務室にて一枚の書類に目を通していた。

 それは麻帆良学園都市が保有する図書館島―一学園都市には凡そ似つかわしくない程に

巨大な大図書館――を管理する人物を一人派遣して貰いたいと魔法世界の知人に頼んだ所

こちらに派遣される事となった人物の簡易的なプロフィールだった。

 

「ルキス・ヴァレリー・ココロウァ。ふむ、ネギ君と同時期に修行にやってきたアンナ君

の兄であり、あのミアミル大図書館で魔導書を担当している司書か。随分と豪勢な人物を

送ってきてくれたものだ」

 

 長く伸びた髭を弄りながら近右衛門は窓の外を眺める。

 麻帆良学園都市の象徴とも言える雄大な樹と湖に浮かぶ孤島の上の図書館があり近右衛

門はその二つを視界に入れながら笑う。

 

「まあ、ミアミル大図書館程ではないが図書館島にも魔導書はあるからのう。折角派遣し

て貰えたのだから有意義に働いてもらわねばな」

 

◆◆◆◆

 

 ルキスは呆然としていた。 

 

 ジョンから渡された地図と紹介状を頼りに何とか麻帆良学園都市にたどり着いたのは良

いのだが、まさかここまで広大な敷地を有しているとは思ってもいなかったのだ。

 

「……そうだよな、都市だもんな。いや、まあ俺の想像が足らなかったというだけの事。

しかし、近衛理事長の執務室にはどうやっていけばいいのか」

 

 そうして迷いに迷った結果、ルキスは地図を片手に麻帆良学園都市の入り口付近で立ち

尽くしているというわけである。

 

「それにしてもさっきからチラチラと視線が煩わしいな。耳とかは隠せている筈なんだが

なあ。どこか可笑しいのだろうか」

 

 そう呟くルキスの現在の格好は春先という事もあり、青のジーンズに半袖のシャツ、そ

の上から薄手の黒いコートを羽織っている。そういったお洒落な格好に加え、麻帆良学園

都市が国際色豊かとは言え、外国人の顔立ちに整った相貌のルキスは黄色い声的な意味で

目立っている事を彼は理解していなかった。

 

 さて、どうしたものか、とルキスが思考している時だった。

 遠くから自身を呼ぶ懐かしい声が聞こえてくる。

 

 ツイと視線をやれば奥からとてもよく知っている少女が見慣れぬ制服を着てこちらに駆

け寄ってきていた。

 

「あーー! やっぱり兄さんだ!」

「アンナ。……久しぶりだな」

 

 魔法の手紙越しではない久々の兄妹の再会にルキスは軽く微笑み、アンナもルキスの胸

に飛び込み、再会の喜びを体全体で表現していた。

 

「久しぶり、兄さん! こっちに来るって手紙を貰った時は驚いたわ。でも、嬉しい!」

 

 そう言ってクルリと回るアンナにルキスも微笑みを返す。

 

「俺も久しぶりに会えて嬉しいよ。それにしてもよく俺が此処にいるって分かったね。来

るという事は伝えていたけどそれ以外は何も言ってなかったと思うんだけど? ……それ

にその制服は?」

 

 ルキスの疑問にアンナは、ああ、その事、と笑う。

 

「あのね兄さん、此処はメルディアナと同じ魔法使いの拠点なの。だからそれなりに結界

があってね。魔力とかを感知して教えてくれるようになっているのよ。兄さんが今日来る

って事は知ってたし、兄さんは招かれてるから麻帆良学園都市には正規のルートで入って

くるでしょ? だから正規のルートで魔法関係者が来たら教えてもらえる様に頼んでおい

たの。……それに此処って異様に広大だからきっと兄さんも呆然としているだろう、と思

ってね。後、この制服はこっちに来た時に理事長から魔法の修行とは言え、君はまだ11歳

なんだから学校にも行ったほうが良いって言われちゃって」

「……なるほどね。それにしても凄いなアンナ。制服の事は置いておいて、俺が此処に来

てから呆然としている所までご明察だよ。じゃあ、折角だから近衛理事長の所まで案内し

て貰えるかな?」

 

 アンナは胸をドンと叩いて快活な笑みを見せ、

 

「まっかせて!」

 

 そう言った。

 

◆◆◆◆

 

 麻帆良学園都市にある麻帆良女子中学校、そこに近右衛門の執務室はあった。

 

「何故、理事長の執務室が女子中学校にあるんだ……」

「兄さん、それは突っ込んだら負けよ。……ちなみにこの中学校は今、私が通っている学

校でもあるのよ」

「ん? お前の歳なら中学校ではなく小学校じゃあないのか?」

 

 ルキスの言葉にアンナは頬をふくらませる。

 

「兄さん、私はもう11歳なのよ。今から小学校じゃ直ぐに卒業じゃない。それにメルデ

ィアナでは魔法以外の勉学もあるんだから中学校でいいのよ」

「はは。悪い悪い」

 

 兄妹での談笑をしながら歩いているうちにようやく執務室の前にたどり着く。

 ルキスは軽く身だしなみを整え、扉をノックしようとする。

 

「あ、兄さん。一応言っておくね。理事長見ても決して攻撃しないでね」

「は?」

 

 ルキスがアンナの言葉の意味を問う前に既に拳は扉をノックしてしまっていた。

 

「どうぞ」

 

 中から入室の許可がでる。

 こうなると直ぐに入らないと失礼になってしまうのでルキスは失礼します、と言い扉を

開け、つい反射的に懐にある本に手を伸ばしかけてしまった。

 

 それはひと目見ただけならば人外と判断しても可笑しくはない容姿だったからだ。

 

 長く伸びた髭、これはまだいい。

 ツルリとした頭、これもまだいい。

 

 だが、なんなのだろうか。

 あの、長く長く後ろに伸びた後頭部は。

 

 あんな人類がいる筈もない。

 いてたまるか。

 

「……その人外を見るような目やめてもらっていいかのう。なんか儂の心がガリガリ削ら

れていくんじゃが」

 

 老人、近右衛門の言葉でようやく正気に戻ったルキスは懐の本から手を放し、近右衛門

に対し、頭を下げる。

 

「す、すいません。その、あまりにも特徴的な頭部だったものでつい警戒してしまいまし

た。近衛近右衛門理事長、ですよね?」

「疑問形やめてくれるかのう。それと君、結構ゴリゴリ儂の精神削ってくるのう」

 

 近右衛門も妙な視線で後頭部を凝視されるのは慣れているのか苦笑し、咳払いを一つ。

 

「ようこそ麻帆良学園都市へ、ルキス・ヴァレリー・ココロウァ君。儂が此処の理事長を

務めさせてもらっている近衛近右衛門じゃ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします。……こちらでの私の仕事は図書館島という場所の司書長

との事ですが、その、図書館島というのは?」

 

 ルキスの言葉に近右衛門はクイと窓の外を指さす。

 それに従い、視線を外に移したルキスは再び呆然とする事となった。

 

 大きな湖に浮かんだ孤島。

 その上に立てられた大きな建造物。

 建物に入るには孤島と学園を繋ぐ一本の橋を渡るしか無いという一歩間違えれば陸の孤

島と化すであろう立地。

 

「まさか、あれが図書館島ですか? こっちに着いた時に遠目から見ましたが、まさかア

レが図書館とは……」

 

 そう呟くルキスに近右衛門は悪戯が成功した童子の様に笑みを浮かべ、

 

「驚いてもらえて何よりじゃ。そう、あの建物こそ我が麻帆良学園都市が誇る大図書館。

図書館島じゃ。まあ、君の働いていたミアミル大図書館よりは些か小さいがのう」

「……まあ、彼処と比べればどんな図書館も小さいですよ。しかし、それにしても予想以

上に大きい事に吃驚しましたよ」

 

 ルキスは一旦言葉を切り、真っ直ぐに近右衛門を見る。

 

「それで理事長。私を図書館島の司書長として迎えるという事は『そういう本』の扱いが

あるという事で良いんですね?」

 

 そう、ただの図書館の管理ならばルキスでなくとも幾らでも雇える人間はいる。

 そのような中でルキスのような人間を雇うという事はそれなりの理由があるという事。

 

「……無論。これが我が図書館島に保管されている魔導書のリストじゃ。軽く目を通して

欲しい」

 

 近右衛門はデスクの上から書類の束を取り出し、ルキスに手渡す。

 ザッと目を通しながら、ルキスはホウ、と感嘆の声を漏らした。

 

「いや、素晴らしい。格の高い魔導書がここまであるとは。……ほう、メルキセデクの書

の原本もあるのか。これは珍しい。ミアミルにあるのは写本ですからね。是非に読んでお

きたい所」

 

 書の名前と魔導書の格を確認しながらそう呟く。

 

「で、どうかね。管理できそうかね?」

 

 少々挑発的な近右衛門の問にルキスは不敵な笑みを浮かべ答える。

 

「無論です。私はミアミル大図書館所属魔導書管理部の司書です。こと、魔導書の管理に

関してはそれなりの腕であると自負しております」

 

 ルキスの顔は真剣そのものであり、それを見た近右衛門はこの青年が此処に招いてよか

ったと思った。

 

◆◆◆◆

 

「ここで働く上で留意してもらう事はこの程度かのう」

 

 近右衛門より麻帆良学園都市という場所に関するアレコレを聞き、ルキスは席を立つ。

 

「色々とお教えいただきありがとうございました。一先ずではありますが働く事に問題は

なさそうです。……最終確認なのですが、図書館島の管理は私に一任していただけるので

すね?」

 

 念を押すような確認に近右衛門は少々嫌な予感がしたが、ここは先の真剣な表情のルキ

スを信頼した自分の勘を信じようと思い、頷く。

 

「わかりました。では明日から早速仕事に入らせて頂きます。……あ、一つ確認し忘れて

いたのですが私は何処で寝泊まりすればよいのでしょうか?」

 

 ルキスのその言葉を待っていたと言わんばかりに近右衛門の瞳が怪しく光る。

 

「ルキス君、実は言い難いのじゃが今は職員寮が満杯でのう。で、ものは相談なんじゃが

君、女子寮の管理人もする気はないかのう?」

「うぇえぇ!?」

 

 ムフフ、と笑う近右衛門。

 驚きの声を上げたのはルキスではなく共にいたアンナだった。

 

 近右衛門はチラリとルキスを見る。

 是非、彼にも彼女のような反応をして貰いたい。

 そう思ったのだが。

 

「なるほど、わかりました。図書館島にも司書室くらいあるでしょうからそこで寝泊まり

させていただきます」

 

 しかし、ルキスは近右衛門が望むような反応をする事なく部屋を出て行こうとする。

 

「ふぉ? いやいや彼処は生活には適さぬじゃろうて」

「いやいや理事長ボケにはまだ早いですよ。その長い後頭部に詰まってる筈の脳みそで考

えても見てくださいよ。何処に20前の野郎に女子中学生達が寝泊まりする寮の管理人を

任せようとする教育者がいるんですか」

 

 言葉の棘が近右衛門に刺さる。

 

「いや、でも流石に図書館島で寝泊まりは……」

 

 あくまでルキスに女子寮も任せたいのか中々に食い下がる近右衛門にルキスは大きく溜

息を吐き、

 

「わかりました。引き受けましょう……なんて言うと思いましたか?」

 

 冷ややかな視線を浴びせる。

 

 これは流石に無理か、と悟った近右衛門も遂に折れた。

 

「分かった。分かった。もう言わんわい。じゃが図書館島での寝泊まりは止めて欲しい。

こちらで君の住居を用意するからそれで手を打ってくれんか」

 

 近右衛門の譲歩にルキスもまあ、それなら良いかと納得した。

 

「わかりました。ではそれで」

「あ、兄さん。えーと理事長失礼します」

 

 部屋を出ようとしたルキスに続くようにアンナもペコリと頭を下げる。

 そして、扉がしまろうとする時だった。

 

「ルキス君」

 

 近右衛門の真面目な声がルキスの背中にかかる。

 その真剣さにルキスとアンナは足を止め、近右衛門を真っ直ぐに見る。

 

 そして、近右衛門の口が開き、飛び出した言葉は。

 

「君、儂の孫とお見合いする気ないかのう?」

 

 果てしなくどうでも良い物だった。

 

 この時、ルキスは思わず懐の本を取り出し、大声で叫んでしまった。

 

「切断!」

 

 ビュン、と風切り音がしたかと思えば近右衛門のデスクが真っ二つに割れた。

 

「ふぉおおおおお!?」

 

 突如として割れたデスクに驚く近右衛門を後にし、叩きつける様に部屋を出て行った。

 

◆◆◆◆

 

「……兄さん」

「どうしたアンナ」

 

 先ほどの苛烈な行動にアンナは恐る恐るといった具合に兄に話しかける。

 返ってきたのは先のような苛烈な兄の顔ではなく、いつもの優しげな兄の顔だった。

 

 それを見て安心したアンナはルキスの前に立ち、華のような笑みを浮かべ、

 

「ようこそ、麻帆良学園都市へ!」

 

 そうルキスを迎えてくれた。




何とか投稿できました。
これから麻帆良編の開始です。やるぜー、超やるぜー。まあそんなに更新は速くないですが。

次回から色々な人物と絡ませていきたいと思います。
まずは図書館島といえば……。

それではまた次回。

アーニャ可愛い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

 ルキスの額には幾筋もの青筋が浮かび、整った眉はピクリピクリと動き、拳は白くなる

程に握りしめられ、眉間には皺が寄っていた。

 

 そう、ルキスは怒っていた。とてもわかり易いほどに。

 その理由は現在ルキスがいる場所、図書館島にあった。

 

 学園都市にある為に主な利用者は学生であるとはいえ図書館は図書館。

 ルキスは図書館とは永い歴史の中で研鑽され、後世に伝えていくべき数多くの叡智が収

められた神聖な場所、知識の神殿であると考えている。

 

 だが、今、ルキスの目の前に広がる光景はどうなのだ。

 

 図書館島へと足を踏み入れたルキスの前に広がっているのは高く高く積み上げられた本

棚に、申し訳程度に取り付けられた実用性があるようには見えない細い梯子に検索機能の

『け』の字も無い受付。

 

 更には適当に空いた場所に詰められたのかジャンルも棚番も何もかもがバラバラになっ

ている返却された数々の本。

 

 果ては図書館探検部などという図書館をアスレチックか何かと勘違いしているのではな

いかという巫山戯たサークルの部室がルキスの目の前に広がっていた。

 

 ルキスはググっと拳に力を入れると、懐から携帯を取り出し、手早くボタンを操作し、

近右衛門へと繋ぐ。

 

『もしもし、近衛じゃが』

「近衛理事長、ココロウァです」

『ふぉ。早朝からなに用かね? 図書館島に何か問題でも?』

 

 問題、そう問題だ。それも大問題。

 ルキスは近右衛門の言葉に大きくうなずき、要件を手短に伝える。

 

「近衛理事長、今日一日の図書館島の閉鎖をお願いします」

 

 ルキスの余りにも真剣な言葉に近右衛門はまさか魔導書関連か、と当たりをつけ好々爺

然とした態度をなくし、ルキスに言葉の先を促す。

 

『何があったのかね?』

「ええ、このままでは私は図書館島の司書としてやっていけないまでのストレスを覚えて

しまいます。なのでそれの解決に一日の時間を頂きたいのです」

 

 ルキスは先ほど見た図書館島の惨状を事細かに近右衛門に報告した。

 電話の先で近右衛門が脱力したような気配がしたが、そんなことは関係がない。

 

 これは図書館島の司書として、否、一人の本を愛する者としては決して許す事の出来な

いことなのである。

 

 余りにも熱の入ったルキスの言葉に近右衛門が遂に折れ、

 

『わかった。わかったわい。今日一日は一般関係者の図書館島の利用を停止。図書館探検

部の方も一先ず今日一日は活動しない様に伝えておこう』

「ええ、ありがとうございます。表の一般向け図書館の方は一日あれば何とかなると思い

ますので」

 

 電話を切り、ルキスは混沌とした図書館島をぐるりと見渡し、懐から複数枚の紙を取り

出した。

 

◆◆◆◆

 

 ネギ・スプリングフィールドにとってルキスという青年は幼なじみであるアンナの兄で

あり、いつも本を読んでいる近所のお兄さんという認識しかなかった。

 

 自身の従姉妹であるネカネなどは歳が近い事もあり、よくルキスと話していたが、ネギ

はやはり歳が離れている事もあり、話しかける時は必ずアンナが共にいたように思う。

 

 ネギが4歳の時にルキスが魔法世界でも著名な図書館の司書としてスカウトされ、魔法

世界へと向かった時にアンナが離れたくないと大泣きしたのを覚えていた。

 この時には既にとある出来事によりアンナの両親だけでなく村の大人たちの殆どがいな

くなってしまっていたので仕方のない事ではあったのだが。

 

 あれから5年が経ち、ネギは無事アンナと共に魔法学校を卒業し、今は一人前の魔法使

いに至る為の修行の一環として麻帆良学園都市にある女子中学校にて教鞭をとっていた。

 

 まあ、一緒に修行に来た筈のアンナのいるクラスの教師になったというのは些かどころ

では無く違和感を覚えているのだが。

 

 そして今、ネギはアンナに連れられ図書館島へと足を向けていた。

 もちろん目的はルキスに会う事である。

 

「ねえアーニャ。ルキスさんは図書館島にいるんだよね?」

「ええ、そうよ」

「図書館島って今日一日は立入禁止になってなかった?」

 

 ネギの言葉にアンナは小馬鹿にするよう笑い、ビシリとネギに指を突きつける。

 

「バカネギ。立入禁止なのは一般の利用者よ。私は妹だし、あんたもまあ、一応知り合い

でしょ。それに私達のどこが一般利用者なのよ。バリバリの魔法『関係者』じゃない」

 

 それは屁理屈ではないだろうか、とネギは思ったが此処で口答えをしようものならアン

ナの拳が飛んでくる事は分かりきっていたのでネギは黙っておくことにした。

 

「それにネギ、これはアンタの為でもあるのよ」

 

 いいこと、とアンナは一回言葉を切り、真っ直ぐにネギを見る。

 

「兄さんは5年間、あのミアミル大図書館で仕事をしていたのよ。それはつまり一人前の

魔法使いとして働いていたという事よ。今、それを目指している私達が学ぶにはとても良

い実例が目の前にあるのよ?」

 

 アンナの言葉に確かにそれはそうだ、とネギは頷く。

 

 ネギとアンナが此処、麻帆良学園都市に来てからはそれほどに時も経っておらず、此処

にいるであろう他の魔法関係者との顔合わせもまだ行っておらず、知っている魔法使いは

高畑・T・タカミチという人物のみであり、彼はとある事情から魔法使いとしての先輩と

しては少々参考にはする事が出来ない。

 

「ふふん。理解したなら入るわよ」

 

 何故か偉そうなアンナに促され、図書館島の大きな扉を開いた瞬間にネギは目の前の光

景に目を奪われた。

 

 それは空中を縦横無尽に飛び交う本の数々。

 本達は何かの規則性にそっているのか、各々がここにあるべきと決められた本棚に自ら収

まり、綺麗に整頓されていく。

 

 そして、高く高く積み上げられた本棚は顔に当たる部分に本のページを張られた岩の人

形、ゴーレム達がその剛力を使い持ち上げ、本を取りやすい様に位置替えをしている。

 

 そんな光景の中心に彼、ルキスはいた。

 ルキスはその手に本を持ち、忙しなく腕を動かしていた。それはさながら楽団の指揮者

の様だった。

 

「兄さん!」

「アンナか。悪いが今は手が離せないんだ。話すくらいは出来るからこのままでやらせて

もらう」

 

 ルキスはそう言い、腕は動かし続けたままで話の続きを促す。

 

「ネギ」

 

 アンナに背中を押され、ネギは一歩前に進み、

 

「お、お久しぶりです。ネギ・スプリングフィールドです」

「……ネギ君か。大きくなったなあ。なんでもメルディアナを主席で卒業したそうじゃな

いか。ネカネさんもさぞや鼻の高い事だろうね」

 

 顔だけを向け軽く微笑むルキスにネギの中にあった緊張も少しではあるが解けてくる。

 だが、それが面白くない者が一人いた。

 

「兄さん、私も次席だったんだけど?」

 

 アンナである。

 頬を膨らませる彼女にルキスは先にネギに向けたような笑みとは違う笑みを浮かべる。

 

「悪い悪い、ネギ君に会うのも久しぶりだからさ。そう拗ねないでくれ」

「拗ねてなんかないわよ」

 

 そう言って顔をそらすアンナだが、先ほどの様に頬を膨らませていながらでは全くと言

っていいほどに説得力が無かった。

 

 そんなアンナに苦笑いを浮かべながらもネギは先から気になっていた事を聞こうと思い

ルキスに声をかける。

 

「あの、ルキスさん。今動き回っている本とか沢山のゴーレム達はルキスさんが動かして

いるんですか?」

「ん? そうだよ」

 

 なんてことはない、とでも言うように軽く肯定するルキスにネギは驚きを隠そうともせ

ずに更に質問を重ねる。

 

「……その、どうやったらそんなに多くの物を同時に操ってるんですか? ゴーレムにし

ても本の操作にしても単体ならまだしも複数同時となるとかなりの難易度ではないかと思

うんですけど」

 

 ネギの言う通りであった。

 魔法には物体操作魔法といった物は存在している。しかし、それらは対象を認識し、自

身の身体ではなく、意識で操作するといったものであり、単一の物を動かす為の魔法とさ

れており、今のルキスの様に複数の物体を同時に操作するには並列思考と呼ばれる魔法使

いの習得する技能の中でも上位に入るそれを習得していなければならない。

 しかも、ルキスはその物体操作だけでなく複数体のゴーレムの操作も行っているのだか

ら、その習熟度には目を見張るものがあった。

 

「まあね。でもミアミルで司書なんてやってると必然的にこういった事が出来るようにな

るからなあ」

 

 まあ、出来ないと仕事に忙殺されるからね、と儚げに笑うルキスだが、その笑みにネギ

は背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

 そんないたたまれない場の空気を変える為にネギは質問を変える事にした。

 

「え、えーと、そういえばルキスさん。今、ルキスさんが手に持っているのってもしかし

て魔導書ですか?」

 

 ネギもメルディアナ魔法学校を主席で卒業した身である。

 授業は真面目に受けていたし、自身でも魔法学校に設置されている図書室から様々な魔

法の知識を得るなどしてきた為に魔導書という存在については少しは知っていた。

 

「……まあ、ね」

 

 ルキスからの肯定の言葉にネギの表情がパッと明るくなる。

 ネギが読んだ本によれば魔導書というのは叡智そのものと言っても過言では無い書物で

あり、格の高い魔導書に主と認められた者は英雄になる事も可能と言われている程の物で

あると書かれていた。

 

 英雄。

 それはネギにとってただの憧れでは終わらない。

 それは彼の父が深く絡んでくるのだが、今は割愛しておく。

 

 ここで重要なのはネギは英雄に並々ならぬ興味と憧れを抱いているという事であり、そ

の為の力を欲しているという事である。

 

 だからネギは気づかなかった。

 

 自身の魔導書の話題になった途端にルキスの顔から先ほどまで浮かんでいた笑みが消え

ていることに。

 

「ルキスさんの魔導書は何ていう名前なんですか? 魔導書って何処で手に入るんですか

? 僕でも魔導書って手に出来ますか!?」

 

 怒涛の如く溢れ出るネギの質問。

 その一つ一つが出てくる度にルキスの顔から温かみが消え、その瞳には冷たいものが混

じり始めた。

 

 興奮しているネギはそれに気づかないが、アンナはそれに気づいていた。

 ネギは兄の逆鱗に触れている。そう感じたアンナは。

 

「ああ! もうこんな時間! ネギ、もうすぐ夕飯の時間よ!」

 

 ネギの背中を思い切り叩き、無理矢理に会話を切った。

 かなり強かに打たれたのかネギは咳き込むが、アンナはそれを気にするでもなくネギの

背を押し、図書館島をあとにする。

 

「わわ、ちょっとアーニャ。そんなに押さないでよ……!」

「いいから! 神楽坂さんや近衛さんに叱られちゃうよ!」

 

 ギャーギャーと言い合いながら出て行く二人の姿を見送り、ルキスは大きく溜息を吐い

た。その顔には先にはなかった疲れの色が色濃く浮かんでいた。

 

◆◆◆◆

 

 完全に二人の姿が見えなくなった辺りでルキスは虚空に向けて声をかける。

 

「…………あれが今のネギ君らしいですよ」

「ええ。とても歪ですねえ」

 

 誰もいなかった筈の虚空にユラリと何かがボンヤリと輝いたかと思えば、そこには深く

ローブを被った男が立っていた。

 

 男とルキスはネギ達が出て行った方向を見ながら会話を続ける。

 

「やっぱり原因はあれですか?」

「でしょうねえ。彼の父は魔法界では知らぬもののいない大英雄。そして、それが原因で

起きた悲劇も多数ある。ネギ君や君の故郷が悪魔に襲撃されたのもその一つ」

「そして、どうしようも無い、もう死ぬんだと思った時に颯爽と現れたいないと思ってい

た父の雄姿。憧れるのも仕様がないという事ですか」

 

 ルキスの言葉にローブの男は深く深く溜息を吐く。

 

「ええ。まったく彼はいつも空気を読まないというか、なんというか。あの時ナギは別に

現れる必要はなかった。あの時には既に君はソレの主だったのだから」

 

 ローブの男の視線はルキスが手に持つ本に注がれる。

 その視線に対し、ルキスは軽く苦笑いを浮かべ、

 

「いえ。あの時は完全にはまだ扱えなかったのであれで良かったのだと思います。それに

もし、あの時私が全てを片付けていたらネギ君は英雄ではなく魔導書に並々ならぬ興味を

持つことになっていたでしょう。それはいただけない」

 

 そうでしょう、とローブの男に問えば、帰ってくるのは肯定とも否定とも取れない笑み

だった。その笑みを見て、ルキスはああ、と納得した。

 

「そう、か。貴方とすればどちらでも良いのか。ネギ君がどちらに転ぼうとも貴方なら導

けるのだから。ねえ、アルビレオ・イマ殿?」

 

 ローブの男、アルビレオはその言葉にも答える事はなく、ただ笑みを深くした。

 

◆◆◆◆

 

 日本から遠く離れたとある紛争地帯にタカミチはいた。

 彼は麻帆良学園都市の教師の一人でもあるが、悠久の風という魔法使いの団体に所属し

ており、この団体は現実世界、魔法世界を問わずに魔法を用いてなんらかの悪事を起こす

者達と戦ったり、魔法の力をもって貧困に喘ぐ地域に援助等を行っている。

 

 そして今回はこの紛争地帯を隠れ蓑に魔法による人体実験を行っていた魔法使いを捕縛

するために麻帆良学園都市を離れていた。

 

 タカミチとその同僚達の活躍により、その魔法使いは無事捕縛する事が出来、今は麻帆

良学園都市に帰る前に軽く街の飲み屋で一人で酒を煽っていた。

 

 グラスになみなみと注がれたウィスキーを一気に飲み干し、タカミチは軽く天井を仰ぎ

見る。思い返すのは先の人体実験を行っていた魔法使いの事だった。

 

 あの魔法使いは魔法による人体への影響を調べていた唯の医療術師であった。

 だが、ある日に自分では決して人を十全には救えないという絶望に囚われたという。

 そんな時に彼はある男から一冊の本を手渡されたという。

 それは画期的な本だった。

 

 書いてあるのは魔法を用いた完璧な医療術。

 その知識を完全に我が物と出来れば死者の蘇生も可能になるのではないか、と思える程

の代物だったという。

 

 そこからが悲劇の始まりであった。

 本に書いてある魔法を行使するには男の魔力では足りなかったのだ。

 

 だが、本にはその解決法も書いてあったのだ。

 それは単純にして明快な答え。

 

 足りないなら足せば良い。たったそれだけの事だった。

 

 そうして男は魔法を知らぬ一般人の中でも魔力を保有する者を拉致し、その魔力を奪い

我が物としていた。

 

 結果、男は派手に略取をし過ぎ、こうしてタカミチ達『悠久の風』により捕縛とあいな

ったのである。

 

 だが、タカミチの心にあるのはそんな男の事ではなかった。

 

「……あのように道を踏み外した男でも魔法が使えるのに。どうして僕には……っ」

 

 そう、タカミチは生来魔力は持っていてもそれを扱う為の、厳密に言えば精霊との対話

能力がからっきしだったのだ。

 

 その為にタカミチの幼少期は嘲りと同情に満ちていた。

 今のタカミチに戦いを仕込んだ師との出会いがなければタカミチは今頃どこかでゴロツ

キになっていたかもしれない。そう思える程に幼少の頃のタカミチは荒んでいた。

 

 もちろん、師には感謝しているし、今の戦法《スタイル》にも不満は無い。 

 

 だが、こうして魔法を悪用する者達と相対する度に考えてしまう。

 その魔法の才は何故、自分には無いのかと。

 

 やがてタカミチは考えても栓のない事かと首を振り、感情を奥にしまい込み席を立とう

とする。

 

「魔法が使いたいかい?」

 

 タカミチは突然として声をかけられ、一瞬にして声から距離を取る。

 視線の先には今の場には相応しく無いと思える程に真っ白のスーツに同じく真っ白の山

高帽で顔を隠した男が座っていた。

 

(いつの間に!? 僕が話しかけられるまで気が付かないなんて……っ)

 

 突如として現れた男にタカミチは警戒心をMAXにまで上げる。

 だが、男はそんなタカミチの様子を意に介さずに言葉を続ける。

 

「魔法が使いたいのだろう? 魔法の使えない魔法使い」

「…………別に」

「嘘はつかない方がいい。只の嘘なら別にいい。だが、自分の心をも騙す嘘は良くない。

それは自分の心を殺す猛毒だ。もう一度聞こう。魔法を使いたくはないか?」

 

 白い男の言葉にタカミチは心臓を鷲掴みにされたような怖気を覚える。

 何が恐ろしいかと言えば、男の言葉に心を揺り動かされている自分が恐ろしかった。

 

 気がつけばタカミチは自身の心情を吐露していた。

 

「…………たい。……いたい。使いたい! 僕だって魔法が使いたい! ナギさんみたい

に! 他の魔法使いみたいに華々しい魔法を使いたい! いつも思っていた。なんで僕に

は魔法が使えないのかって。あんな魔法を悪用するしか考えない奴らにですら魔法を扱え

るのになんで、なんで僕には使えないのかって!」

 

 魔法を使えない自分への怒り、魔法を使える者への嫉妬。

 それは初めて口にするタカミチの中の真実だった。

 

 タカミチの言葉に白い男は笑みを深めた。

 その笑みは人を不安にさせるような悍ましいものだったが、タカミチは不思議とそれに

安心感を覚えた。

 

「……良ぃい感情だ。そんな君に相応しいモノをあげよう」

 

 白い男は何処から取り出したのか一冊の本を取り出し、それをタカミチに投げ渡す。

 

「それを使えば君にも魔法が使える。まあ、使う、使わないは君の自由だ」

 

 白い男はそれだけ言うと煙の様に消えた。

 残されたのはタカミチと彼の腕の中の本。

 

 タカミチは暫くの間そこに立ち尽くしていた。

 

 本来なら信じる事は無い戯言。

 直ぐに処分すべきであろう謎の本。

 

 だが、タカミチはそれを捨てる事は出来なかった。

 彼の腕の中で本が怪しく輝いた。

 

「……魔法が僕にも使える?」




タカミチ、いきなりのヤバ気な選択肢に立たされる。
そして、図書館島といえばやはりアルビレオ。夕映だと思ったか? 残念、アルビレオだよ!
はい、ごめんなさい。

夕映とか木乃香とかの図書館島に関係する女子は次回あたりからです。

それではまた次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

「兄さん! これ見て!」

 

 ルキスが麻帆良学園都市にやってきてから幾日が経ったある日の夕方の事だった。

 図書館島で自身の職務をこなしていたルキスの下にアンナが駆け込んできた。

 

「アンナ、図書館では静かにするようにと言っているだろう」

 

 嘆息しながら息も絶え絶えに駆け込んできた妹に軽く注意するルキスだが、

 

「それどころじゃないわよ! これ見て!」

 

 兄の言葉を遮り、アンナは一枚の紙をルキスにつきつける。

 

「麻帆良通信? ああ、この前質問に来た学校新聞か。これがどうかしたのか?」

「兄さんの事が書いてるんだけど、内容があんまりなのよ!」

 

 どれどれ、とアンナから学校新聞を受け取り、ルキスはそれに目を通す。

 

『図書館島に現れた新司書長! 厳しすぎるその管理体制、その実体に迫る!』

 

 その様な見出しで書かれているのはルキスがやってきてから図書館島の何処が変わった

のか、ルキスが何を行っているのかが少々の脚色を加えられながら面白おかしく書かれて

いた。

 

『突然に一日閉鎖された図書館島が開放された。

 その事実は瞬く間に麻帆良学園都市に広まり、開放された日は図書館島の利用開始時間

から多くの利用者が図書館島に足を運んだ。

 

 そうして図書館島を訪れた人々は一様に驚いた。

 

 それも当然だろう。

 つい先日までの首が痛くなるほどに見上げなければ全貌を見渡す事の出来なかった本棚

はその全てが位置を変えられており、更には中心部には今まで何故配備されていなかった

のかと言われてきた検索システムが導入されていたからだ。

 まあ、検索システムに関しては流石に一日でデータを打ち終える事が出来なかったのか

未だ利用は出来ないようではあったが。

 

 そんな新司書長の実態を知るべく私達、麻帆良新聞の記者達は突撃取材を敢行する事に

した。図書館島の新司書長の年頃は20代手前辺りという驚くべき若さであったが、それ

よりも目を惹くのは新司書長、ルキス氏の相貌であった。

 

 名前から察する事が出来るように外国人である彼は整った顔立ちをしており、その瞳に

は知的な輝きが見えた。その相貌に同伴していた女性記者から思わず吐息が漏れる程であ

った。

 

 そんな美貌の新司書長を丸裸とは言わずともある程度の情報を知るために我々は質問を

投げかけた。以下はその抜粋である。

 

「すいません! 麻帆良新聞の者ですが!」

「あのー、質問いいですか?」

「貴方は何故、この麻帆良に?」

「学園長直々に頼まれたとの事ですが、学園長とはどういった関係が?」

「彼女はいますか?」

「アドレス教えてください!」

 

 若干、己の欲望が丸出しの点もあるがそこは見逃してもらいたい。

 そして、ひとまずの質問をした我々へのルキス氏の返答はただ一つだった。

 

「図書館ではお静かに」

 

 たったこれだけであった。

 冷たい。余りにも冷たい返答だった。

 

 そのクールさが堪らないと某女性記者が呟いていたが気にしないでいこう。

 

 何はともあれ、このクール過ぎる新司書長の実態調査はこれからも続けていこうと我々

は決意した。そして最後に図書館では静かにしよう!』

 

 学生新聞はその様な締めくくりで終わっていた。

 

「で、どこが酷いのだろう。確かに文章とかは大分酷いことになっているけど。内容とし

てはそこまで騒ぐ程のものでもないんじゃないかな」

「そんな事ないわよ! 兄さんの事を冷たい、冷たいって! 何よ、図書館で騒ぐ方が悪

いんじゃない!」

 

 うがー、と髪を逆立てながら吠えるアンナにルキスはようやく得心がいった。

 目の前の妹は兄が冷たい人間だと書かれている事に耐え難いだけだったのだ。

 

「アンナは優しいな」

 

 ガシガシと少しだけ乱暴にアンナの頭を撫でる。

 いつもの兄の行動にアンナは少しだけ頬を膨らませながらも満更でもない様子で兄に頭

をなでられ続けた。

 

 アンナの頭を撫でながらもルキスは学生新聞に目を通し続ける。

 既に彼が読んでいるのは自身の記事ではなく、ここ最近で起きた出来事が書かれている

コーナーの様な所であった。

 

 そこのとある記事にアンナを撫で続けていた手が止まる。

 

「兄さん、どうしたの?」

「アンナ、麻帆良学園都市というのは何処までが本気で何処までが冗談なのか分からなく

なる都市だな」

 

 ルキスがそう言ってアンナに見せたのは今度行われるらしい学年最後の期末試験に関す

る噂話に関するものだった。アンナは新聞をルキスから受け取り、言われた部分を口に出

して読む。

 

「えーと。一週間後に迫る期末試験だが、今回の期末試験には不吉な噂が流れている。何

でも今までの成績が余り芳しくなく、また今回の期末試験の成績が余りにも悪い者は進級

どころの話では無く、留年もしくは学年を下げられるとの事である。余りにも荒唐無稽な

噂ではあるが、ある意味なんでもアリなのが麻帆良学園都市である為、我々は今後もこの

噂の真偽に関しての調査を続けたいと思う。………………ナニコレ?」

 

 アンナの感想に同意なのかルキスはこめかみの辺りを揉みながら嘆息する。

 

「なんでもアリ、か。まあ魔法使いが常駐しているのだからある意味そうなのかも知れん

が、これは荒唐無稽とかそういうレベルではないだろう」

「でも、兄さん。ここの長はあの、理事長なのよ?」

 

 アンナの言葉にあの特徴的な後頭部をした近右衛門の顔がよぎる。

 フォフォフォと笑いながら、どんな無茶をやってくるのかが分からないのが、あの男の

恐ろしい所であった。

 

「まあ、そうは言っても流石に近衛理事長もそこまでは……」

「そうよね。そこまでは……」

 

「「…………やりそうだなあ」」

 

 ルキスとアンナ兄妹は未だ短い付き合いとは言え近右衛門の性格を理解しつつある事に

大きく溜息を吐いた。

 

 それから少し経ち、17時を知らせる鐘が鳴り響き、アンナは寮の門限が! と言い、

足早に帰っていったのでルキスも図書館島を閉館する為に各所の鍵をかけはじめる。

 

 全ての扉を閉め終えたルキスは辺りに人がいない事を確認すると、司書室に向かう。

 鍵を閉めた後に直ぐに帰らないのは一般の図書館島司書の仕事はこれで終わりであ

るが、これからは魔導書関連の仕事を行うためである。

 

 図書館島の司書室には地下深くに収められている魔導書を保管している部屋へと繋がっ

ている転送陣が敷かれており、ルキスはそれの起動ワードを口にし、光を放ち始めた魔法

陣へと乗り、魔導書の管理室へと足を踏み入れた。

 

 図書館島に収められている魔導書の数はそれなりにある。

 とは言え、それらの魔導書の殆どは格が低いものであり、普通の魔法使いでもそれなり

に扱えるものばかりである。

 

 しかし、それら格の低いものの数が圧倒的とは言え、中にはそれなりどころでは無く、

かなりの格を備えた魔導書も存在する。

 

 それが、今ルキスの目の前にある「メルキセデクの書」の原本だった。

 メルキセデクの書はその名が示す様にメルキセデクが記したとされている魔導書であり

――厳密に言うならばそれは魔法の本ではないのだが、力持つ書物の事を魔導書と呼ぶた

めにこの書は魔導書の扱いとなっている――読めば知慧を与えるとされている。

 

 とはいえ読むためには書に主と認められなければならずそうでない者が無理に読もうと

すれば廃人必至の魔導書である。

 

 ルキスはメルキセデクの書に異常が無い事を確かめると、

 

「それで何か御用でしょうか? 近衛理事長」

 

 背後に現れた気配に顔を向ける事なく声をかける。

 

「なるべく気配を消していたんじゃがのう。流石と言わせてもらうぞい」

 

 そういって笑う近右衛門だが、ルキスとしては何を言っているのかといった感じであっ

た。この部屋に来るには転送陣を使うか、図書館島の地下に広がる迷宮を進むしか無いた

め転送陣を使えば魔力反応で分かるし、扉を使えば音で分かるため気づいた事に流石だ、

と言われても何も嬉しくはなかった。

 

「近衛理事長。ご用件は私にですか? それとも魔導書ですか?」

「……NOツッコミは大分辛いんじゃが。用件としては両方が答えじゃな」

  

 近右衛門はルキスがツッコミを入れてくれない事に少々凹んでいる様だが、爺さんの凹

んだ姿を見てもルキスとしては苛つきが募るだけなので無視し、近右衛門に言葉の続きを

促す。

 

「まあまずは魔導書関連なのじゃが。……メルキセデクの書、持ちだしても良い?」

「頭沸いてんですか?」

 

 即答だった。

 

「いや、沸いてるって失礼じゃね? 仮にも儂雇い主よ? 魔導書の持ち主よ?」

「ああ、すいません。余りにもいきなりでしたから。それでメルキセデクの書の持ち出し

でしたか? 失礼ながら利用目的を聞いても? 近衛理事長が利用するだけなら此処で利

用すればいいだけの話。何故、持ち出しなど?」

 

 ルキスの質問に近右衛門は顎鬚を撫でながら、利用目的を口にした。

 

「やっぱ頭沸いてんじゃないですか?」

 

 それが利用目的を聞いたルキスの言葉だった。

 

「ネギ君の卒業試験の件は別にいいですよ。それは彼の問題ですし。しかし、何でそれで

メルキセデクの書が必要になるんですか」

「いやあ。撒き餌に丁度いいな、と思ってのう。中々に有名な書じゃし」

「いやいや、確かに有名ですけど。それで彼が廃人になったらどうするんですか。撒き餌

にするにしてももっと良い本があるでしょう」

 

 ルキスがそういった瞬間、近右衛門の目がキラリと光った。

 

「……ほう、ではどのような本が良いと思うかね?」

「そうですね。此処に収められている中で安全なのはこの辺りですかね」

 

 ルキスが指さしたのはそれなりに有名な学術書だった。

 確かに古ぼけた革張りの本はそれなりの雰囲気を持っており、ぱっと見ならば格のある

魔導書に見えなくもない。まあ、それなりに知識を持つものなら即座に気づくだろうが、

今回の対象は半人前もいいところのネギであるために問題は無い。

 

「いやいや。流石はミアミル大図書館の司書じゃ。うむ、ありがたくコレを借り受けると

しよう」

 

 近右衛門は本を懐にしまうと、今までの巫山戯た態度は一気に鳴りを潜めた。

 ガラリと変わった近右衛門の態度にルキスもその佇まいを正す。

 

「ルキス君、これを見てくれんか」

 

 近右衛門が懐から一枚の紙を取り出し、ルキスに手渡す。

 渡された紙にザッと目を通したルキスは思わず目を覆ってしまった。

 

「これは……本当ですか?」 

「……儂も信じたくは無かった。じゃが、写真もついているとなれば認めざるを得まい」

 

 手渡された紙にはある調査事項と一枚の写真が張られており、そこには現在出張という

形で外に出ているタカミチが写っていた。

 これだけならば何も問題は無かったのだが、そうはいかない。

 

「高畑さんが手に持っているこの本……」

「どう見るかね?」

「写真越しでもわかります。これは魔導書です。しかも良くない類の」

 

 やはりか、と近右衛門は天を仰ぎ見る。

 

「タカミチ君程の男が魔導書に魅入られるとは。報告によれば彼はこの本を手にしてから

魔法が使えるようになったとの事じゃ。彼は自身が魔法を使えない事に大分苦悩しておっ

た。それはわかっていた。じゃが、これは彼の体質によるものであり、儂がどうこう出来

る問題ではないから、と放って置いたのじゃが…………」

「恐らくはその苦悩の隙をつかれたのでしょう。このままでは彼は……」

 

「本の奴隷になります」

 

 保管室にルキスの言葉が冷たく響いた。

 

「……ルキス君。タカミチ君は二日後に麻帆良に帰ってくる筈じゃ。対処をお願いしても

いいじゃろうか。彼を魔導書から切り離してほしい」

 

 近右衛門が深く、深く頭を下げる。

 

「近衛理事長。頭を上げてください。貴方は魔導書の管理人として私を此処に招いた筈で

す。ならば、頭など下げずに、お願いなどと言わずに只言えばいいのです」

「ルキス君……。ああ、そうじゃな。ルキス・ヴァレリー・ココロウァ君、魔導書の管理

任務の一環として今回の件、任せるぞ」

 

 近右衛門の力強い瞳を真っ直ぐと見返し、ルキスは深く礼をする。

 

「お任せください。近衛理事長」

 

◆◆◆◆

 

 タカミチは歓喜に打ち震えていた。

 それは目の前に広がる光景に起因する。

 

 見渡す限りの荒野にただ一人佇むタカミチの前には彼を起点として直線に深く地面が削

られていた。

 

「……これだ。これが僕が夢見てきて、手に入る訳がないと諦めてきた魔法の力」

 

 なんて、なんて開放感なんだ……! タカミチは拳を握り、その目端に涙を浮かべなが

ら、自身が放った魔法の威力に感動していた。

 

 あの日、白い男から受け取った本が魔導書である事は魔法に関わってから長いタカミチ

は直ぐに分かった。だからこそ直ぐに仲間に頼んで封印処理してもらうつもりだった。

 

 だが、どうせ封印するのだから一度くらい試してもいいんじゃないか?

 そんな考えがタカミチの頭をよぎったのだ。

 

 そう、一度くらいならいいじゃないか。

 心の奥からそんな声が響いた。

 一度くらいなら、たったの一度なら。

 

 まるで水が地面に染み渡るようにその言葉はタカミチの心に浸透していく。 

 

 あの白い男の戯言を信じるわけではないが、そう、これはこれが本当の魔導書であるか

どうかの実証も必要ではないか、とタカミチは自分を説得するような言葉を頭の中で浮か

べ、今に至る。

 

 結論からいって白い男の言っていた事は真実だった。

 確かにこの魔導書に魔力を通せば魔導書がタカミチの思考を読み取り、その魔法を放つ

為の精霊との会話や命令の全てを行ってくれる。

 

 素晴らしい。

 その一言に尽きた。

 

 魔法が使えない魔法使い。そう言われ続けた日々。

 それらを笑って流してきたがいつも内心は穏やかでは無かった。

 だが、もうそうは言わせない。

 

 この魔導書があれば僕は名実共に魔法使いになれるのだから。

 そう。これでもっとあの人達に近づくことが出来る。

 

「その為にはもっと、もっと魔法を使わなくちゃ。そうだ、もっともっともっと。

ああ、そうだ。麻帆良に帰ったら皆驚くだろうな。あぁ、楽しみだなあ」

 

 憧れに近づいた。その歓喜の感情からタカミチはまたしても見逃してしまう。

 自身が手に持っている魔導書が昏い暗い輝きを放っている事を。

 

 精霊と会話する能力を持たない彼は気づけない。

 自身が持つ魔導書がどのようにして精霊を扱っているのかを。

 

 彼は気づかない。

 自分が魔導書を扱っているのか、魔導書に扱われているのかを。

 




あれぇ? 今度こそ女の子を出そうとおもったのに……。
気がついたらいつもの近衛理事長とルキス、そしてダークサイドタカミチだけ。
まずい、女の子を出さないネギまなんてネギまじゃないじゃないか……!

ちなみに次回はようやくのバトル?
女の子? うん、多分次回には出るんじゃないかな?

それではまた次回。

感想、ご指摘いただければ励みになりますのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

 綾瀬夕映は目の前の光景に理解が追い付いていなかった。

 自分が最も慣れ親しんでいるとも言える本、その本のページがさながら一つの軍団の様

に空を舞い、お伽話やゲームに出てくるような炎の矢や雷の嵐とぶつかり合い、鎬を削っ

ているのだ。

 

 この光景を生み出しているのは二人の男性、一人は自分のクラスの担任である高畑・T

・タカミチ。もう一人はつい最近に図書館島の司書長としてやってきたルキス・ヴァレリ

ー・ココロウァ。ルキスの方はこれもまたつい最近に転校してきたアンナの兄との事だが

そんな些細な事は今はどうでもいいことだった。

 

 夕映は何故、自分がこのような奇々怪々な光景に直面する事になってしまったのかを思

い返した。

 その日はいつのもの様に図書館島に足を運び、新しく読む本を探していた。

 いつもなら綺麗に掃除された司書用の椅子に座っている新しい司書長の姿が見えない事

に疑問を覚えながらも、まあ何かしら別件の仕事が入ったのだろうと思っていた。

 

 そして夕映は本を探している内に見つけてしまったのだ。

 それはいつもなら決して読むことの無いジャンルの本が収められている本棚がある場所

だった。

 

 そこには本棚だけでなく立入禁止という掛札が掛けられている扉もあった。

 立入禁止というのはその奥にあるのは何かあるのではと思い、その奥に入りたくなるの

が人間という者である。

 

 夕映もまた例に漏れず、その奥が気になってはいたが、その扉には重厚な鍵が取り付け

られていた為、扉の奥に何があるのかを知る人間はいなかった。

 

 そう、それだけなら良かった。

 この時、夕映は見てしまったのだ。

 

 扉の鍵を開け、奥に入っていく人影を。

 扉の奥に消えていく人影、誰も見たことの無い扉の先。

 夕映は自身の中の好奇心が疼くのを感じ、キョロキョロと周りを見渡し、誰も見ていな

い事を確認すると、物音を立てない様に扉の先へと足を踏み入れた。

 

 結論から言うならば扉の奥には何も無かった。

 そう、何も無かったのである。

 目の前には図書館島をグルリと囲んでいる湖と、申し訳程度に設置されたベンチがある

だけで、ベンチには先ほど見えた人影、司書長のルキスが腰掛け、静かに本を読んでいる

だけであった。

 

「……立入禁止と言うから期待したのですが。司書用の休憩スペースというだけですか。

ちょっとガッカリです」

 

 ちょっとどころではなく心底ガッカリした、といった様子で夕映は肩を落とし、元来た

道を戻ろうとし、扉に手をかけた時だった。

 

「何の用だい? 僕は帰ってきたばかりだから出来れば手短に済ませてほしいかな」

 

 奥から姿を表したのは出張という事で学校の外に出ていた夕映のクラスの担任でもある

タカミチだった。タカミチの目元には軽い疲労からか隈らしきものが見える事から疲れて

いる事は確かのようだった。

 

 夕映は何となくではあるが聞いてはいけないプライベートな話なのかな、と思い扉を静

かに閉じようとしたが、次に聞こえたルキスの言葉にその動きは止まってしまった。

 

 ルキスは読んでいた本を閉じ、懐にしまい一呼吸し、

 

「高畑・T・タカミチ。貴方の所持する魔導書をこちらに渡していただきたい」

 

 魔導書、それはよくファンタジーなどに出てくる不思議な力を持つ本の事だろうか。

 夕映は自身の中の好奇心を抑える事ができず、ルキスとタカミチ、二人から見えない様

に扉に入り、軽く顔だけを出し様子を窺う事にした。

 

 ルキスの言葉に先ほどまでの苦笑いを浮かべていたいつものタカミチの姿は消え、そこ

には何処までも冷たい瞳をした一人の男が立っていた。

 

「……理由を聞いてもいいかな?」

「目元の隈。それ、単なる疲労じゃありませんね? 貴方程の実力者ならば分かっている

筈。貴方、魅入られましたね?」

 

 タカミチは嗤う。

 

「ああ、やっぱり分かっちゃうかあ。そうだね、これは素晴らしいものだ。魔法を扱う才

を一切持っていなかった僕が魔法を使えるようになるほどなのだからね」

 

 タカミチは愛おしそうに本の表紙を撫でる。

 それは一種の愛の様にも見える。

 しかし、それは狂った愛だ。

 

 タカミチの瞳に剣呑な光が宿り叫ぶ。

 

「これを僕から奪うというなら何者であろうとも容赦はしない。これがあれば僕は完璧な

魔法使いなんだ。もう、誰にもオチコボレとは言わせない。もう誰にも赤き翼のオマケだ

なんて言わせない。ああ、言わせない。言わせないぃぃぃ!」

 

 それはルキスにはもう語っていなかった。

 陶酔。

 そう表現するのが一番だった。

 

 ルキスは大きく溜息を吐き、

 

「まあ、魅入られた人間が魔導書を手放す事は無いってのは分かってたけどね」

 

 と漏らし、懐から一冊の本を取り出した。

 

「職務を全うさせてもらおう。魔導書管理官、ルキス・ヴァレリー・ココロウァ。これよ

り対象、高畑・T・タカミチの所持する魔導書の管理、ないし焚書を執行する」

 

◆◆◆◆

 

 ぶつかり合う魔力と魔力。

 余波で先ほどまであった筈のベンチは既に見る影もない。

 

 タカミチは愉しそうに嗤いながら本を片手に魔法の詠唱をし続けていた。

 

「これが魔法! こんな解放感は今まで感じる事はなかった! ズルいよねえ、ナギさん

達はこんな楽しい事をずぅっとやってきたんだから!」

 

 嗤い、嘲笑い、哂う。

 

 その姿には普段のタカミチの面影はどこにも無く、ただただ酷薄な笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうだ! これで僕は本当に英雄になれる! 見てくれ! この魔法を! 評価

してくれ! 僕は立派な魔法使いだと!」

 

 タカミチが独白する度に彼の持つ魔導書はその暗い輝きを増し、更に上位の魔法を扱い

始めた。

 

「そら雷の暴風! 春の嵐! 果ては氷爆まで何でも出来る!」

 

 雷が、魔力で形作られた花弁の嵐が、氷塊が。

 タカミチが魔法の名を言う度に現れ、ルキスに襲いかかるが、魔法の威力よりもルキス

の気を引くのは魔法を発動している方法だった。

 

 タカミチは精霊と語る才能を持っていない為に見えないのだろうが、通常の魔法使いよ

りもそういった存在を感知する力に秀でているルキスにはハッキリと見えていた。

 

 魔導書から伸びる黒い腕が周囲の精霊を手当たり次第に捕まえ、捕食している光景が。

 

 黒い腕に捕まり、捕食されていく精霊の叫び声が木霊する。

 末期の叫びにルキスは顔を顰めながらも、手に持った本から離れたページに魔力を通す

事でページを盾の様にしながらタカミチの魔法をいなしたり、防いだりする。

 

 ぶつかり合う力と力。

 それらはさながら花火の様に光と爆音を生む。

 

 爆発の余波で服をはためかせながらルキスは舌打ちする。

 

「魔導書に魅入られすぎだ……っ。管理は不可能か!」

 

 魔導書から再びページが一枚、一枚、飛び出しルキスの周りを旋回する。

 ルキスはそれらの一部に魔力を流し、本のページを核として魔力で編まれた剣群を造り

だし、それらの制御に意識を集中する。

 

「面白い技だね! しかし君も魔導書を使っているじゃないか! 僕の魔導書をどうこう

する前に自分の本を焚書した方がいいんじゃないか?」

 

 タカミチの言葉にルキスは言葉を返す事はせずに剣群をタカミチに向けて射出する事で

その答えとした。

 

「ははは、そんな薄っぺらい攻撃じゃあ僕の魔法を貫く事は出来ないよ」

「貫く必要なんて無い。何故なら……」

 

 ルキスはそう言うと、ページに通していた魔力をカットし、剣群を消す。

 魔力を切られたページ群はひらひらと宙を舞い、タカミチを囲う様に地に落ちた。

 

「これで終わりだからな」

 

 地に落ちた魔導書に光が灯り、魔法陣を完成させていく。

 

 描かれるのは未知の言語で構成された陣だった。

 

「クソっ、動けない!?」

 

 光は輝きを増し、タカミチを拘束し続け、魔法陣から獅子の形をした光がタカミチを貫

いた。

 

 タカミチを貫いた光が消え、その場には倒れ伏したタカミチと彼の手から離れた魔導書

が地面に転がっていた。

 

 ルキスは魔導書に近づき、処分の為に軽く炎の魔法を唱える。

 魔法の火が魔導書へと届こうとした瞬間、地面に転がっていた魔導書が宙に浮かぶ。

 

 魔導書は誰かが持っている訳でないのに勝手に開き、黒い輝きを放ち、輝きが収まった

時にはそこには魔導書ではなく一人の男が佇んでいた。

 

 男は瞳がいくつも付いているかの様な黒いフードを目深く被っている為に素顔を窺い知

る事は出来ないが、少しだけ覗いている口元が大きく弧を描いているのが見えた。

 

 男はくすくすと笑いながら、ルキスの方を見る。

 

「……今回ハココマデ。マタ会オウ」

 

 男がそう言って消えると同時に宙に浮いていた魔導書も燃えて無くなった。

 

◆◆◆◆

 

 とんでもないものを見た。

 

 それが夕映が抱いた感想だった。

 常日頃から此処、麻帆良学園都市でデスメガネと呼ばれながらも一応は教師であったタ

カミチと新しくやってきた司書長であるルキスの超常の戦いは夕映にかつてない興奮を齎

していた。

 

「あれは魔法なんでしょうか。取り敢えずは常識では考えられない力。凄い」

 

 興奮冷め切らぬ様子で夕映は自分が見た光景について思い返していた。

 その光景はいつしか自分が魔法を扱う姿に変わっており、華々しく魔法を放つ自分を想

像し、夕映は笑みを浮かべていた。

 

「確か、魔導書って言ってましたよね。今度、色々調べてみましょうか」

 

 夕映はそう結論付けてその場を離れようとしたが、

 

「済まないけどそうはいかないんだよね」

 

 後ろから声をかけられた。

 バッと振り向くと、そこには気絶したタカミチを背負ったルキスが立っていた。

 

「え、あ」

 

 声が出ない。

 

「見られているな、とは思っていたけどまさかアンナと同じ学校の子とはねえ」

 

 やれやれと首を振りながらルキスは先のタカミチとの戦いで使っていた本を取り出すと

夕映を真っ直ぐと見据える。

 

「だ、誰にも言いません」 

「まあ、その言葉を信用したいんだけどね。残念だけど秘匿を第一とするのが魔法の掟。

悪いけど今日見た事は忘れてもらうよ。なあに、次に目が覚めたら君は再び日常に戻って

いるだけのこと。こんなヤクザな世界に憧れる必要は無い」

 

 ルキスの本が光った瞬間に夕映の意識は真っ暗になった。

 

「……んぅ、ここは?」

 

 夕映が目を覚ました時、そこは図書館島内の読書スペースだった。

 

「あれ、何で私はこんな所で寝ていたんでしたっけ?」

「学生さん。そろそろ閉館の時間なんですけど」

 

 何故、こんな所で寝ていたのか、それに関して記憶を探っていると、図書館島の司書長

であるルキスから声をかけられた。

 

 ふと大時計に目をやると既に時刻は午後5時を指していた。

 

「もうこんな時間!? 今日は確か私が食事当番だったはずです!」

「後は片付けておきますので」

 

 ルキスはそういって笑い、夕映に帰りを促す。

 そのルキスの顔を見ていると何かが引っかかるのだが、ルームメイトが待っているとい

う事から夕映はその思考を放棄し、急ぎ荷物を片付け、小走りで図書館島を後にした。

 

 閉館となり、人がいなくなった図書館島でルキスは一人笑みを浮かべる。

 

「久々の記憶処理魔法だったが上手くいくものだ」

 

 先ほどの夕映の記憶を消してからのルキスは忙しかった。

 気絶したタカミチを近右衛門に頼み、魔法使いが常駐している保健室へと転送して貰い

先の戦闘で壊れた箇所を違和感の無い様に修復し、記憶処理魔法によって眠っている夕映

を読書ルームへと運ぶなどである。

 

 ようやくゆっくり出来るとルキスが深く椅子に腰掛けた時だった。

 頭上に影が生まれたかと思えば、見目麗しい金髪の少女がルキスの目の前に現れた。

 

「……中々見事な腕前だったなあ」

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。真祖の吸血姫」

 

 真祖の吸血姫。

 それはその名の通り人の生き血を吸う事を糧とするれっきとした人外。

 

 幼い外見ではあるが、それは彼女の時が止まっているからであり、彼女の実年齢はルキ

スなど足元にも及ばぬほどの歳月を生き抜いてきた女傑である。 

 

 エヴァンジェリンはその幼い外見に似合わぬ不敵な笑みを浮かべるが、それが不思議と

似合っているのがこのエヴァンジェリンという少女の魅力の一つなのかもしれない。

 

 そんな適当な事を考えながらルキスはエヴァンジェリンに訪問の理由を尋ねる。

 

「何、タカミチの奴が無様にも魔導書に魅入られ、これを件の司書長様が解決に乗り出し

たと耳にしたからな。……先の戦い見せて貰った」

 

 中々じゃあないか、と言いながらもエヴァンジェリンの顔は真剣だった。

 

「社交辞令はその程度で。それで天下の吸血姫が何の用ですかね?」

「……そうだな。本題に入ろう。貴様の魔導書は呪いの解除は出来るか?」

「解呪? 残念ながらそういった事は出来ませんね」

 

 ルキスの言葉にエヴァンジェリンはあからさまにガッカリしたという表情を浮かべ、

 

「そうか。ならいい。……それともう一つ、貴様の持つ魔導書、もしや名前は……」

 

 エヴァンジェリンは最後まで言葉を繋ぐ事が出来なかった。

 何故ならルキスが魔導書を開き、ページを飛ばしてきたからである。

 

「その名を思考してはいけない」

 

 剣呑な光を宿したルキスの瞳にエヴァンジェリンは心底楽しそうに笑う。

 

「ジジイも厄介な奴を雇ったものだ。貴様がどうなるか些か興味が沸いた。まあ、今日の

所はこれで失礼するよ」

 

 そう言って再び闇に溶け消えていった。

 

「はぁーーーーっ、やっぱり長生きをしてる奴は知識もあるって事か。面倒な事にならな

ければいいが。まあ、真祖の事はどうでもいい。問題は高畑さんが持っていた魔導書だ。

あれはそんなに格が高くは無い筈なのに意識が顕現するほどの力を持っていた」

 

 ルキスはそこまで考えた辺りで頭をガシガシと掻き、思考を止める。

 

「止めだ、今日はつかれた。考えるのはまた今度だ」

 

 そういってルキスは自身に用意された家へと帰る事とした。

 

◆◆◆◆

 

 そこは質素な部屋だった。

 簡素な机と椅子があるだけで凡そ人が生活出来る空間ではない。

 

 そんな部屋に白スーツの男はいた。

 

 男はグラスに注がれたウィスキーを飲みながら、笑っていた。

 

「……戻ったか」

 

 白スーツの男がそう言うと、男の背後にはいつの間にかタカミチの持っていた魔導書が

浮いていた。

 

 男は魔導書を手に取ると、それを自身の胸に押し当てると魔導書はズブズブと男の中に

溶けこむように消えた。

 

「ふぅむ、取り憑かせた奴に魔の才能がなさすぎたか。彼の力がまったく見えなかったじ

ゃないか。……次の手を考えるか」

 

 白スーツの男はそう言うと残っていたウィスキーを一息に飲み干し、パチンと指を鳴ら

すと、男の足元に転移魔法陣が現れる。

 

「もっと、もっと彼に力を使わせなければ。その先にこそ我が大望成就は成るのだから」

 

 空虚な笑い声と共に男の姿は消え、残されたのは男がそこにいたという証であるグラス

だけだった。




ようやくのバトル描写。短くてすいません。
まあ、ようやく序章が終わりと言った所でしょうか。
次のバトルはもう少し内容を濃くしたい所です。

それではマタ次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

「桜通りの吸血鬼って知ってる?」

 

 その日も変わることなく図書館島で勤務していたルキスの下に放課後になって駆け込ん

できたアンナの第一声がこれだった。

 

 ルキスはパソコンに映る蔵書管理システムの画面から視線を外し、若干の呆れの色を混

ぜ、アンナを見る。

 

「桜通りの吸血鬼? なんだいそれ?」

 

 もっぱら図書館島に籠もって仕事をしているルキスは外の噂には疎いようであり、アン

ナが話す桜通りの吸血鬼に関しても今、初めて耳にした。

 

 そんな兄の予想通りの返答にアンナは通学カバンから学校新聞の切り抜きを取り出し、

ルキスに渡した。

 

 渡された記事は良くも悪くも学生のものといった様子だった。

 憶測やその時の状況から現場の映像もイラストで描かれており、そこには古典的な吸血

鬼が桜吹雪とともに夜空を駆けていた。

 

「…………なんだこれ」

 

 それが記事を見たルキスの感想だった。

 

「なにって吸血鬼?」

「アンナ、そんな事を言っているんじゃないよ。いくら麻帆良学園都市が魔法使いの都市

とは言え吸血鬼なんていう超常の存在の噂の流布を一般人に届くまで放置しておくとは思

えないという事だ」

 

 ルキスの指摘にアンナも確かにそのとおりだ、と思った。

 

「……じゃあ、これはあえて流してる噂ってこと?」

 

 アンナはパッと自身の頭に浮かんだ推測を口にする。

 その推測にルキスは笑みを濃くし、アンナの頭を撫でる。

 

「すぐにその考えに辿り着くのは凄いな。……まあ十中八九そうだろう。だからアンナは

この件に関わろうなんてしないで静観しているといい。すぐに収まるだろうから」

 

 ルキスの言葉にアンナはだらだらと冷や汗を流し始める。

 

「……まさか」

「もう、ネギが動いちゃってまーす」

 

 ルキスはそんな妹の言葉に天を仰いだ。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 麻帆良学園都市にある広大な森の一角にそのログハウスはポツンと建っていた。

 そこは麻帆良学園都市で生活をする魔法使いたちにとって禁足地といっても過言では無

い建物だった。

 

 その建物の主の名をエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う。

 彼女はとある理由から15年ほど前にから麻帆良学園都市で生活をしている。

 

 そんな彼女の正体は真祖の吸血姫という人の理から外れた存在であり、その首には莫大

な額の賞金がかけられる程である。

 

 そんな彼女が何故、麻帆良学園都市にいるのか、それに関してはネギの父であるナギが

深く関わっているのだが、今は割愛する。

 

 さて、そんなエヴァンジェリンだが、現在彼女は一人でワインを傾けていた。

 優雅にワインを嗜むその姿は見た目の童女姿に反し堂に入ったものだった。

 

「ふぅ」

 

 ワイングラスから口を放し、エヴァンジェリンは机の上に置かれた一枚の書状に視線を

落とした。

 

 手紙の差出人は近衛近右衛門。

 麻帆良学園都市の事実上のトップだった。

 

 手紙にはとある密約を持ちかけるものだった。

 

 エヴァンジェリンはその手紙を不機嫌な眼差しで見る。

 

「ふん。ジジイめ。相も変わらずのたいした謀略家っぷりだ。こちらの欲するものを満た

し、尚且つ自身の目的も満たす。まあ、そうでなければトップなどにはなれんか」

 

 手紙にはエヴァンジェリンには桜通りの吸血鬼として噂を立てて欲しいという事が書か

れ、一人の死者も出すことなく無事に終える事が出来ればエヴァンジェリンに掛けられて

いる呪いを解く事の出来る人物に関する情報を提供するというものだった。

 

 この報酬はエヴァンジェリンにとっては喉から手が出るほどに欲しているものであり、

彼女は近右衛門の指示に従うという屈辱と報酬を天秤にかけ、後者を選んだ。

 

 それでも溜飲は下がらず、彼女は桜通りの吸血鬼を演じる度にワインを飲んでいた。

 

「茶々丸のやつ、遅いな。つまみの材料が無いから買ってくると言ってもう一時間だぞ」

 

 つい、と壁にかかっている時計に目をやり、出かけていった自身の従者である茶々丸が

帰ってこないことに不満を漏らす。

 

「……まあ、直ぐに帰ってくるか」

 

 そう自身の中で結論付け、エヴァンジェリンは再びワイングラスに手を伸ばした。

 

 しかし、この日茶々丸は帰ってはこなかった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 エヴァンジェリンの従者、絡繰茶々丸は主、エヴァンジェリンと同じく人間ではない。

 その正体はガイノイドと呼ばれる精巧に造られた機械である。

 

 しかし、彼女には自身の意思とも言えるものがある。

 意思を持つ機械を機械と言っていいのかは分からないが、少なくとも茶々丸は自身を機

械であると認識している。

 

 しかし、彼女にはある悩みがあった。

 それは自身を造り出したある少女が言った言葉。

 

『もっと人間らしく』

 

 機械である自分に人間らしくとはどういった事なのか、当然茶々丸は尋ねた。

 しかし、少女はそれに答えることはなく、曖昧に笑い、

 

『それを知るのは貴方の課題』

 

 と言った。

  

 そうして彼女は紆余曲折を経て、エヴァンジェリンの下に預けられ従者として暮らしな

がら人間らしさとは何かに日々考えを馳せていた。

 

 その日も、茶々丸は家でワインを嗜む主人の為につまみを作ろうとしていたのが、材料

が切れていることに気づき、近場のコンビニまで足を運んでいた。

 

「あっざしたぁー!」

 

 コンビニの店員の言葉に見送られた茶々丸の両手にはつまみの材料が入った袋が下げら

れていた。

 

 いち早く主人の下に帰ろうとした時だった。

 

「そこのお嬢さん」

 

 声をかけられた。

 

「そこの緑髪のお嬢さん」

 

 自身の身体的特徴を言われ、茶々丸はようやく自分が呼ばれている事に気がつき、そし

て同時に違和感を覚えた。

 

 そこには白い男が立っていた。

 男は服と同じ真っ白な山高帽を目深く被っておりその素顔を窺う事はできない。

 

 ただ、微かに覗く口元は三日月のような弧を描いていた。

 

 ガイノイドである茶々丸には各種センサーが搭載されており、そこには魔力を感知する

ものもある。

 

 つまり、何者であろうと茶々丸にある程度近づいた者はその存在を彼女に捕捉される筈

なのである。

 

 しかし、声をかけて来た白い男はそれに一切反応がなかった。

 その事実に茶々丸は警戒度をあげる。

 

「なにか御用でしょうか?」

 

 いつでも応戦できるよう姿勢を変えながら茶々丸は男の言葉に応じた。

 

「用がなければ話しかけないさ。お嬢さん、本はいらんかね?」

 

 白い男はそう言って一冊の革張りの本を茶々丸に差し出した。

 茶々丸は差し出された本を訝しげに見て、そして視線を外した。

 

「結構です。知らない人から物を貰ってはいけない、と言われていますので」

 

 それでは失礼します、と踵を返そうとした時だった。

 

「人間とは何かを知りたくはないか?」

 

 そんな言葉が聞こえた。

 茶々丸の歩みが止まる。

 

「人間らしく、とはどういうことか知りたくはないかね?」

 

 聞いてはいけない。

 自身のAIが警告音を発している。

 

 しかし、AIではない何かが茶々丸の足をその場に繋ぎ止める。

 

「……貴方は知っているのですか?」

 

 気づけば茶々丸は言葉を発していた。

 

 その言葉を待っていた、と言わんばかりに白い男の口元は先よりも更に深く弧を描く。

 

「私は知らないさ。だが、この本は知っている」

 

 先ほどの本を茶々丸に向ける。

 

「その……本が……?」

「あぁ、そうだとも。君が望むのであればこの本を君にあげよう」

 

 人間らしく。それが彼女に与えられた課題。

 だが、いくらネットの海を調べても分からなかった。

 

 だというのに目の前の本には書かれているという。

 いつもならば与太話と切って捨てるが、茶々丸にはどうしてもその判断を下す事は出来

なかった。何かが彼女に叫ぶのだ。

 

 あれを手にしろ、と。

 

 ふらふらと誘蛾灯に引き寄せられるが如く、茶々丸はその歩を本に向け、進める。

 

「さあ」

 

 促されるままに茶々丸は本に手を伸ばし、

 

 触れた。

 

「おめでとう。これで君は人間らしくなれる」

 

 白い男はそう祝い(呪い)を残し消えた。

 

 残されたのは本を大事そうに抱えた茶々丸と、地面に投げ捨てられたコンビニの袋。

 そして、そんな彼女を照らす月だけだった。




ものすごくお久しぶりです。
就職し、ようやく生活リズムが作れてきましたので恥ずかしながらまた投稿していきたいと思います。少しでも皆様の楽しみとなれれば幸いです。

これからリハビリも兼ねてちまちまと書いていきます。
今回は短いですが、これから少しずつ長くしていきたいと思います。

それではまた次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

すいません。短いです


 麻帆良学園都市の間で知らぬ者のいなくなった桜通りの吸血鬼が現れるという桜通りを

一人の女生徒が歩いていた。

 

 少女は部活の帰り道のようで肩には大きめのボストンバッグを下げていた。

 

「明日の休みなんだけどカラオケでどうっと」

 

 携帯で恐らくは友人であろう人物と休みの予定をメールで話しながら歩いている少女は

時折、首から下がっているペンダントをいじっていた。

 

 それは電話先の友人と共に買ったもので『友情の証』と二人で買ったものであり、買っ

てから暫く経つのだが、少女の宝物だった。

 

 そんな時だった。

 

「こんばんは、いい夜ですね」

 

 吸血鬼が出ると噂されている桜通りにそんな声が響いた。

 声は無機質さを感じさせながらも、何処か妖艶な色香さえ感じるような囁きだった。

 

「だれ!?」

 

 囁きに反応し、少女は携帯から顔をあげる。

 そこには黒がいた。

 

 声から女性であることは窺えるのだが、不思議なことに姿を見る事ができない。

 女性の周りに漂う黒い靄がその姿を覆い隠していたのだ。

 

 正体の分からない、自分の持つ常識では理解し得ない存在に少女は震えた。

 

「貴方が持っているそのペンダント、とても綺麗ですね。だから……」

 

――それ、くれませんか?

 

 声の女性はスッと指を動かし、少女の首にかかっているペンダントを指し言った。

 

「え?」

 

 いきなりの言葉に戸惑いを隠すことができなかった。

 

 何を言っているのか分からなかった。

 

 人の前に現れたかと思えば自身のつけているペンダントをくれ、と言ってくる。

 

 訳の分からない存在に少女の体が恐怖で震え、一歩、二歩と下がる。

 その時に肩からボストンバッグがずり落ちるが、そんな事を気にしている余裕は無い。

 

 そして、少女が一目散に逃走を図ろうとした時、

 

 ガクン、と足が止まった。

 何故、足が動かないのか。

 少女は自身の下に視線を送り、見た。

 

 女性の周りに漂っていた黒い靄が縄のように彼女の足元にまで伸びており、それが少女

の足を止めていたのだ。

 

「ふふ、逃がしませんよ。その綺麗なものイタダキマス」

 

 そして、そんな声を最後に少女の意識は途絶えた。

 

 次に彼女が目覚めたのは保健室であった。

 桜通りを警邏で回っていた教師の一人が彼女を発見し、ここまで搬送したのだという。

 

 そして、少女の胸元にペンダントはなかった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「桜通りの強奪魔?」

 

 その日もルキスの下に駆け込んできたアンナが告げてきたのは最近になって桜通りに現

れるようになったという新しい噂だった。

 

 アンナは手に持った学生新聞をルキスに手渡し、

 

「そうなの。今度は強奪犯。現れたのはつい最近なんだけど、既に物を奪われた人が結構

な数いるみたいよ」

 

 これも魔法関連なのかな、とアンナは言う。

 

「……さてなぁ、この記事だけだと流石に分からないな」

 

 アンナから渡された記事を畳み、彼女に返しながら

 

「そういえばネギ君はまだ吸血鬼を追っているのかい?」

 

 近頃めっきりその姿を見ないネギについて聞く。

 

「うん、なんだかあっちこっち走り回ってるよ。兄さんの言ってた事は全部伝えたんだけ

ど、止まる気配が無いのよね。あの馬鹿ネギ」

 

 妹の言葉に苦笑を浮かべるルキス。

 

「一直線なのは良いことなんだけどなあ」

「今度、兄さんが直接言ってやってよ」

 

 振り回されるこっちはいい迷惑よ、と憤慨するアンナをなだめながら、

 

「そういえばネカネさんに手紙は送っているかい?」

 

 そう切り出した。

 

「ネカネさん? うん、一応こっちに来た時に手紙は出したわ。それがどうしたの?」

「いやね、俺の方もこっちに来た時に出しておいたんだ。そしたら三人宛の手紙が纏めて

こっちに届けられてね」

 

 懐から三つの封書を取り出し、ルキスはその内の一つをアンナに渡す。

 

「ネカネさんもマメだわ」

「まったくだ」

 

 兄妹は笑いながら手紙を開くと、魔法製の手紙には文字は無く、手紙の中央からネカネ

の姿が投影された。

 

『ルキスさん、お手紙ありがとうございます』

 

 魔法で映しだされたネカネは挨拶から入り、彼女自身の近況報告から入り、他愛のない

会話を続けていた。

 

 その光景を見ながらアンナはある違和感を覚えていた。

 それは兄の手紙に映るネカネと、自身の手紙に映るネカネを見比べる事で分かった。

 

 ルキスの手紙のネカネの方はパッと見では分からないが化粧をしているのだ。

 

 あぁ、つまりはそういうことか。とアンナは納得した。

 確かに自分たちの故郷であるあの村でネカネに近い歳の子供は兄であるルキスしかいな

かったし、自分たちは家族同然の付き合いがあったのだから当然のことだろう。

 

 少々モヤモヤするものが生まれるが、アンナはそれには気づかない振りをし、意識をネ

カネからの手紙に戻す。

 

 会話はいつの間にか終盤に差し掛かっており、手紙のネカネは今までの笑顔を一転させ

申し訳無さそうに頭を下げた。

 

『大変申し上げにくいのですが、実は一匹のオコジョ妖精が刑務所を脱獄し、そちらに向

かっているとの事です。名前はカモミール、なんでも昔ネギと何かあったらしくネギを頼

りに向かっているそうです。もしも見つけましたら捕縛しておいてください。……最悪処

分してください。あの獣は女性の敵です!』

 

 途中まで丁寧な口調だったのだが、逃げ出したカモミールというオコジョ妖精について

語っているうちに熱が入ってきたのか語尾が荒くなっていた。

 

『あ、すいません。そんな訳でお願いしますね』

 

 そう無理矢理締めくくりネカネからの手紙は終わった。

 

 手紙が終わった後の兄妹の間には微妙な空気が流れる。

 

「……ネカネさんが彼処までなるなんてそのカモミールとかいうオコジョ妖精は一体何を

やらかしたのよ」

 

 アンナがそう言って頭を振る。

 ルキスも気になったのか、すぐにパソコンで調べていた。

 

「……あった。アルベール・カモミール、罪状…………あー」

「なになに、何の罪状?」

 

 アンナは兄の横からひょい、と顔を出し、画面を見た。

 

「……女性の下着を2,000枚盗んだ? ふ、ふふふ。燃やす」

 

 同じ女性として思うところがあったのかアンナも未だ見ぬオコジョに殺意を抱く。

 ルキスとて一応男であるからある意味で男らしいオコジョ妖精に心のなかで十字を

切った。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 ルキス達が手紙に目を通している時、エヴァンジェリンは近右衛門に呼び出され、学園

長室に足を運んでいた。

 

「ちっ、じじい何の用だ。私は今忙しいのだがな」

 

 見るからに不機嫌なエヴァンジェリンに対し、いつもの近右衛門ならば茶々の一つでも

入れるのだが、今回はそれはなかった。

 

「エヴァンジェリンや。茶々丸は今、主の傍におるか?」

 

 挨拶を抜きにしていきなり本題に入る、これも常の近右衛門からは遠く、そしてその質

問にエヴァンジェリンの眉がぴくりと動いた。

 

「茶々丸がどうした? あれは従者とはいえある程度の自由は許している。いつも傍にい

るわけではない」

「……つまり、今は主の傍にはおらんのじゃな?」

「くどい。……じじい、茶々丸がどうかしたのか?」

 

 近右衛門にはこうは言っているが、エヴァンジェリン自身ある程度近右衛門の言わんと

していることの予測はついていた。

 

「昨今の桜通りの強奪犯となにか関係が?」

「うむ。これを見てくれ」

 

 近右衛門は頷き、手元に用意された小さな液晶画面をエヴァンジェリンに見せる。

 そこには夜の桜通りが写っており、画面下には昨日の日付が書かれていた。

 

 画面では一人の生徒が携帯を片手に歩いていた。

 

「これがどうした? いつもの監視カメラの画像ではないか」

「この後じゃ」

 

 近右衛門の言葉通り、次の瞬間、桜通りを歩いていた生徒に何かが声をかけた。

 

『……それ、くれませんか?』

 

 その声はエヴァンジェリンが聞き間違えることのない人物のものだった。

 

「茶々丸、だと」

「左様。如何な技術かはわからんが、声しか判明せなんだ。聞くが、茶々丸にこのような

技能はあるのかの?」

「いや、そのような話は聞いたことがない。しかし、これは確かに魔を感じる」

 

 エヴァンジェリンは近右衛門に返答しながらも自身の中で推測を立てていく。

 

――確かに茶々丸は魔力を動力源としているが、それをこのように活用できる筈もない。

  訓練すれば可能やもしれんが、それは一朝一夕で身につくものでもない。

 

 そこまで思考し、エヴァンジェリンは辿り着いた。

 

「……まさか」

「その、まさかじゃろう。ワシはこの茶々丸を包む魔力に覚えがある」

 

 近右衛門も同じ答えに至っていた。

 

「魔導書かっ」

「うむ。いつ、誰が、どうやってという疑問は残るがな。タカミチ君の時は麻帆良の結界

の外で隙を憑かれた。しかし、今回は違う。麻帆良の中で堂々と魔導書は茶々丸の手元に

渡ったのだ。しかし、麻帆良が所蔵する魔導書は全て管理されており、何者かが持ち込も

うとしても結界に反応があるはず。だというのに、茶々丸は魅入られた」

 

 近右衛門はそこまで言って、エヴァンジェリンから吹き出る怒気に目をやる。

 

「……面白いじゃないか。この闇の福音の従者を堕とそうとするなど。じじい、茶々丸の

件は私が対処する。手を出すなよ」

 

 エヴァンジェリンはそれだけ言うと、足早に学園長室を後にした。

 その後ろ姿を見送りながら近右衛門は呟く。

 

「さて。彼に連絡をとっておくかの。何事も備えが肝要だからの」

 

 




何とか週一で更新です。
しかし、この出来の悪さ。
酷い。

それではまた次回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

不定期過ぎてすいません


 ネギ・スプリングフィールドという少年に将来の夢は? と尋ねれば彼は十中八九こう

 答えるだろう。

 

 『父のような立派な魔法使い』、と。

 

 これには彼の生い立ちに深く関係しているのだが、今は割愛させてもらう。

 ここで重要なのは彼は『正義』というものに並々ならぬ思い入れがあるという事だ。

 

 『正義』を成すことが魔法使いの本義であり、正義をなし続ければいつか父の背に

 追いつくことが出来る、とネギは考えているのである。

 

 そして現在、彼は桜通りに出没するという吸血鬼を追っていた。

 ネギが吸血鬼が魔法関連であることに気がついたのは彼の受け持ち生徒である一人の

 女生徒が襲われた時のことだった。

 

 女生徒の噛まれた痕から僅かに感知できた魔力からネギは今回の吸血鬼騒動は魔法関連

 である、と判断し日々、吸血鬼を捕縛するために奔走していた。

 

 この日も、教師の仕事を終えるとネギは一目散に桜通りに向かい、何か痕跡は無いかを

 周囲を虱潰しに調べていた。

 

 「うーん。何でもいいから見つからないかと思ったんだけど何もないかぁ」

 

 既に桜通りは何回も調べているのだが、吸血鬼に迫る品は何一つとして出てこない。

 

 ここでネタばらしをするのであれば、本来であれば吸血を行っているエヴァンジェリン

 はここらでワザとネギの前に姿を現し、彼と魔法対決を行い彼の成長に繋げる、という

 のが近右衛門の考えた筋書きであったのだが、今は吸血鬼だけでなく強奪魔と化した茶

 々丸という存在がその筋書きを滅茶苦茶にしていた。

 

 そして、ネギは吸血鬼の調査に思考を傾け過ぎていた為につい最近から現れ始めた強奪

 魔の事は何一つ知らなかった。

 

 故に、

 

 「こんばんは。いい夜ですね」

 

 話しかけてきた黒いソレが何かを理解するのに時間がかかった。

 

 一瞬ではあるが、思考が硬直したネギを見て、黒いソレ――茶々丸――はクスクスとお

 よそ彼女らしからぬ笑みを零す。

 

 「何を呆けているのですか? 私は今、挨拶をしたのですよ?」

 

 クスクス、と笑い続けながら茶々丸は話す。

 

 「あ、貴方は一体、何者ですか!?」

 

 硬直から戻ったネギはありきたりでありながら聞くべきことを聞く。

 

 「私、ですか? なんでしょうね。人間になりたい機械、とでも言えばいいのでしょう

  か。いえ、これも何か違いますね。…………そうですね、ただの欲しがりです」

 

 そう静かに告げた茶々丸はネギに向けて腕を伸ばす。

 

 「ネギセンセイ、その背負っている杖クレマセンカ?」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 エヴァンジェリンは現在麻帆良学園都市に封印されている身であり、その魔力も本来の

 彼女の魔力量を湖とすればコップ1~2杯程度のものである。

 

 それでも彼女はその少ない魔力を惜しむこと無く使い、空を駆けていた。

 

 目指すのは自身が吸血行為を行っていた桜通り。

 

 そして、見えた。

 黒い靄に覆われた自身の従者が。

 その従者は今も何者か――ネギ・スプリングフィールド――を襲っているようだった。

 

 「茶々丸!」

 

 エヴァンジェリンの声に黒い靄はネギに向けて伸ばしていた手を止め、グルリと視界を

 動かし、彼女を見る。

 

 「マス、ター? …………私は、何、を?」

 

 エヴァンジェリンの姿を確認した時、茶々丸を包む黒い靄が揺らいだ。

 それを見たエヴァンジェリンは心の中で軽く安堵した。

 

 (まだ、完全に取り込まれてはいない)

 

 彼女がそのように判断したのは長年生きてきた経験、知識によるもので本当に魔導書に

 心の髄まで取り込まれていれば、今のような反応が帰ってくる筈は無いからである。

 

 「茶々丸、何をしているんだ?」

 

 鋭く、刺すような言葉に茶々丸は硬直した。

 

 「何、を? 私は、感情を……」

 「それで、このザマか?」

 

 エヴァンジェリンの言葉に更に黒い靄が揺らぎ、茶々丸を覆っていた部分が消え、その

 素顔が露となった。

 

 最初から正体を知っていたエヴァンジェリンは何も反応を示さなかったが、強奪魔に関

 しては何も知らなかったネギは違う。

 

 「絡繰さん!?」

 

 まさか、噂の強奪犯の正体が自分の受け持っている生徒だったとは、とネギは愕然とし

 つつも彼はその歳に見合わぬ聡明さで今の茶々丸と先ほどの黒い靄に包まれた茶々丸は

 別人のようなものである、と推測していた。

 

 「絡繰さん……。先ほどの貴方の様子が可笑しかったのは……」

 

 一応、原因は何か、ネギは恐る恐る彼女に尋ねるが、

 

 「貴様がそれを知る必要はないよ」

 

 バッサリとエヴァンジェリンに切って捨てられた。

 

 「え、あの、でも、僕今襲われかけてましたし……」

 「知る・必要は・ない」

 「あの、でも……」

 「何も・無い」

 

 取り付く島もないとはこの事か。

 ネギは若干涙目になるが、そこである事に気がついた。

 

 「あ、そういえばエヴァンジェリンさん。その翼は?」

 「ん?」

 

 そう、エヴァンジェリンはここまで空を駆けている。

 つまり、それはエヴァンジェリンの真祖の吸血姫としての力を行使しているという事で

 あり、その背には蝙蝠を模した翼が出ていた。

 

 ここで、ネギはまたしても聡明さを発揮し真実(いらんコト)に辿り着く。

 

 「あ、貴方が桜通りの吸血鬼だったんですね!?」

 

 吸血鬼の正体に辿り着きテンションの上がるネギに対し、茶々丸の為とは言え迂闊過ぎ

 た自身の行動にテンションが下がっていくエヴァンジェリン。

 そして、どうしたものか、と悩む茶々丸という何とも微妙な空間が場を包んだ。

 

 「あー。なんだ、坊や。今日のことは忘れて帰って寝るというのはどうだ?」

 

 エヴァンジェリンからの提案に

 

 「そんな事、出来るわけ無いでしょう!」

 

 当然だった。

 

 その時、

 

 「そうですよぉ、そんなのツマラナイじゃないですか」

 

 第三者の声がその場に響いた。

 

 その場にいる全員が声のする方を向く。

 そこには茶々丸に魔導書を渡した白い男がいた。

 

 「っ、貴様、いつの間に!」

 

 エヴァンジェリンは自身の長い生で得た魔法知識に誇りを持っている。

 封印され、魔力はなくなっているも同然とは言え、転移反応くらいであれば直ぐに分か

 るつもりでいた。

 

 しかし現実はエヴァンジェリンは白い男がいつ現れたのか気づくことが出来なかった。

 

 「私がいつ、どうやって此処に来たかなんてどうでもいいじゃないですか。

  今大事なのは、ここで終わってしまっては興ざめという事です。

  折角茶々丸さん魔導書をお渡ししたのにこんな幕切れじゃあ私の頑張りの意味が無い

  じゃあないですか」

 

 男の言葉にエヴァンジェリンは眉尻をあげる。

 

 「ほう、貴様が茶々丸に魔導書を渡した、と?」

 「ええ。そうですよ」

 「そうか、ならばこれは礼だ。とっておけ!」

 

 エヴァンジェリンは素早く腰に下げていた試験管を手に取り、男に投げつけた。

 

 「氷爆!」

 

 エヴァンジェリンの言葉に反応し、投げられた試験管が発光し、巨大な氷塊となり、爆

 発を起こし、男に降り注ぐ。

 

 「おぉ、怖い怖い」

 

 しかし男は至近距離で爆発が起きたというのに無傷であった。

 

 (魔法障壁を張っていた様子もない。……どうなっている?)

 

 その現状にエヴァンジェリンは内心で様々な考えを浮かべるが、

 

 「まったくお転婆な方ですね。怖いので、さっさと本題を終わらせましょうか」

 

 男が腕をスッとあげ、茶々丸に向けて軽く指をスナップした。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 何が起きたのか分からなかった。

 目の前の男は指を軽く鳴らしただけだ。

 

 たったそれだけ。

 

 なのに、

 

 「あ、ああぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁ!!」

 

 茶々丸が持っていた魔導書が昏く輝き、その光は茶々丸を包んだ。

 

 「茶々丸! 貴様ぁ!」

 

 エヴァンジェリンは激昂を隠すことなく、白い男に先ほどと同じ試験管を5つ同時に投

 げ、それら時間差で爆発させる。

 

 白い男はそれに何をするでも無く、先ほどと同じようにただ立っていた。

 だというのに結果は先と同じ。

 そこには無傷の男が立っていた。

 

 「おぉ、怖い。怖くて怖くて堪らないので撤退するとしましょう」

 

 白い男は深く一礼をし、

 

 「それでは皆様、次の一幕でお会いしましょう」

 

 消えた。

 

 残されたのは先ほどとはまったく違い、黒い靄には包まれていないがその背後に黒い人

 型を背負う茶々丸と、呆然とするネギ、怒りに身を震わせるエヴァンジェリンだった。

 

 「……しい」

 「絡繰さん?」

 

 「欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。すべてが欲しい!」

 

 叫ぶ茶々丸。

 いや、本当に叫んでいるのは彼女なのか。

 

 そんな彼女の様子にエヴァンジェリンは歯噛みする。

 

 「第二位階になったかっ! 茶々丸!」

 「エ、エヴァンジェリンさん! 第二位階ってなんですか!?」

 

 慌てるネギは聞いたことの無い言葉に疑問を投げかける。

 エヴァンジェリンは茶々丸から目をそらさずに答えた。

 

 「魔導書には位階がある。それは魔導書のランクではなく、侵食具合を指す。

  魔導書に主と認められれば別だが、殆どの者はああして魔導書に取り込まれる。

  先ほどまでの黒い靄に包まれているのは第一位階、まだ本人の意識がある。

  しかし、第二位階になれば魔導書の傀儡となり、ああして背後に魔導書の意識が出現

  するのだ。……ああなってしまってはっ」

 

 エヴァンジェリンの言葉にネギは顔を蒼白にする。

 

 「そんな!? 絡繰さん!」

 

 ネギは茶々丸に声をかける。

 しかし、

 

 「ネギセンセイ、全てクレマセンカ?」

 

 黒い人型に殴り飛ばされ、ネギが吹き飛ぶ。

 

 何とか魔法障壁を張り、ダメージを軽減するが、そこで有ることに気づく。

 

 「魔力が減っている?」

 

 ネギはまだ魔法を使っていない。 

 だというのに魔力が減っている。

 

 これはどういうことか、考えるが、その時間は余りにも無かった。

 

 「坊や! 避けろ!」

 

 エヴァンジェリンの声にハッとし正面を見るとネギを獲物と定めたのか茶々丸が迫って

 いた。

 

 「う、うわわ!」

 「うふふふふふふ。イタダキマス」

 

 茶々丸はネギが張っている障壁を黒い人型で殴り続ける。

 

 黒い人型が障壁を殴る度にネギは障壁が薄くなっている事に気がついた。

 

 「まさか、魔力を盗られているのか!」

 

 気がついた時には既に障壁は消えかけていた。

 

 「ネギセンセイ、イタダキマス」

 

 妖艶に微笑む茶々丸の拳がネギに迫る。 

 思わず目を瞑るネギ。

 

 しかし、くると思った衝撃はいつまでたっても訪れなかった。

 恐る恐る目を開けばそこには見慣れた背があった。

 

 「大丈夫かな、ネギ君」

 「一人で突っ走りすぎなのよ、バカネギ!」

 

 それは幼なじみと、その兄だった。

 

 「ルキスさん! アーニャ!」

 

 ルキスはネギに軽く微笑み、

 

 「アーニャ、ネギ君を連れて後ろに。ここからは私の仕事だ」

 

 仕事の時の口調になった兄の様子にアーニャは素直に従う。

 

 「さて、経緯はよくは分からないが魔導書関連ならば動かない訳にはいかない」

 

 ルキスは胸元からいつもの本を取り出した。

 

 「魔導書管理官ルキス・ヴァレリー・ココロウァ。これより対象、絡繰茶々丸が所持する

  魔導書の管理、ないし焚書を執行する」

 

 

  




なんとか書けましたので投稿します。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

それではまた次回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

 戦いは直ぐに始まるか、とネギは思ったのだが、その考えとは裏腹にルキスも茶々丸も

 互いに睨み合うままで動かなかった。

 

 「どうして、どちらも動かないんだろう」

 

 ネギの呟きにエヴァンジェリンが反応した。

 

 「未熟だな、ぼーや。既に戦いは始まっている。第二位階に堕ちた茶々丸の力量は既に

  本来のソレを超えている。……聞いたことくらいあるだろう? 先に動いた方が負け

  るという奴だ」

 

 まあ、実際の戦いはそんなに簡単ではないがな、という言葉にネギとアーニャは感心

 したように息を漏らす。

 

 互いの一挙手一投足を見逃さないようにルキスと茶々丸は神経を張り詰めさせ、機を

 伺っていた。少しでも状況に変化があれば、この張り詰めた空気は即座に爆発し、両者

 が動き出すことは目に見えていた。

 

 そして、その変化が訪れた。

 

 ガサリ、と草むらが揺れ、そこから一匹のオコジョが飛び出してきたのだ。

 

 一瞬、ほんの一瞬ではあるがエヴァンジェリンを含む全員の意識が動いた。

 それが引き金となり、ルキスと茶々丸が動いた。

 

 「貫け!」

 

 ルキスが本のページを核として作り上げた剣群が茶々丸に向かっていき、茶々丸はそれ

 に対し、避ける素振りを一切見せずにただユラリと背後の人型を動かし、

 

 「良い剣ですね。頂戴します」

 

 飛んできた剣群を人型の腕でなぎ払う。

 なぎ払われた剣群はそのまま地面には落ちずに宙に浮いたままクルリとその剣先を

 ルキスに向け、彼に向かって飛んでいった。

 

 「触れれば何でもありかっ」

 「はい。私が触れたものはなんであれ既に私の所有物となります」

 

 例えば、そういって茶々丸は右手を前に突き出す。

 

 「春の嵐」

 

 果たしてそれを詠唱といっても良いのか、確かに魔法には無詠唱という技能はあるが、

 それにはそれなりの経験が必要であり、いくら茶々丸が魔力で動いているとは言え、

 気軽に無詠唱を扱えるはずもないのである。

 

 そして、なによりルキスを驚かせたのは、

 

 「いまのはネギ君の魔力……」

 「はい。先ほどいささか頂戴いたしましたので使用いたしました。しかし、これで

  先ほど頂戴したぶんはなくなりました。……なので、貴方からモノを頂戴したら

  また後で……」

 

 ねっとりとした視線がネギに突き刺さる。

 その視線にネギは思わず自身の体を抱く。

 

 「あ、兄貴、兄貴」

 

 震える体を抑えるネギの耳元に声が聞こえた。

 ネギの記憶にも残っているその声の持ち主は先ほど草むらから現れたオコジョから

 発せられたものだった。

 

 「あ、カモ君。どうしたの?」

 

 このオコジョ、名前をカモミールと言い、ただのオコジョではなくオコジョ妖精という

 れっきとした魔法世界側の存在である。

 

 当然のことではあるが、この場にいる者達が今更カモミールの存在で驚く事はない。

 

 「兄貴に会う為に海千山千超えてきたと思ったら即この修羅場。一体、何がどうなって

  いやがるんですか」

 

 現状を聞こうとしたカモミールだったが、突如としてその体が何者かに掴まれた。

 掴んだのはアーニャだった。

 

 「久しぶりね。エロオコジョ。少しの間静かにしていなさい」

 

 アーニャは有無をいわさぬ口調でそうカモミールに告げると、彼を自身の魔法の矢で

 作成した簡易的な檻の中に捕らえ、兄の戦いに視線を戻した。

 

 

 「…………兄さん」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 「貫けぇ!」

 

 ルキスと茶々丸の戦いは膠着状態に陥っていた。

 ルキスが魔力の剣を飛ばせば、茶々丸はその所有権を奪い、投げ返してくる。

 

 逆に茶々丸が攻めようとすれば、ルキスは魔力を奪われないように防御ではなく回避

 を行なうようにしており、両者は互いに自分の攻撃を当てることができないでいた。

 

 そんな状況に苛立ってきたのか茶々丸は眉根を寄せながら

 

 「先ほどから逃げまわってばかりですね。そんな臆病者がよく魔導書管理官なんて

  務まるものですね」

 

 挑発を始めた。

 

 しかし、当然の事ではあるがルキスはその挑発に乗る事はなくただ淡々と魔力の剣を

 飛ばし続ける。

 

 「もう、お互いに無駄だって分かっているでしょう?」

 

 茶々丸は呆れを多分に混ぜた声でそう嘲笑い、魔力の剣を奪うとルキスに投げ返した。

 

 それでもルキスはただ淡々と同じ行動を繰り返す。

 

 魔力の剣を投げる。

 茶々丸に奪われ、投げ返される。

 魔力の剣を防ぐ。

 防がれた事により、核となっていたページがハラハラと地面に落ちる。

 

 そんな事をどれだけつづけていただろうか。

 

 すでに両者が戦っていた路面には核となっていたページが所狭しと落ちていた。

 

 「…………まだ、続けますか?」

 「……いや、もう終わりだ」

 

 ルキスはそう言い、再び腕を茶々丸に向けて突き出す。

 

 「また、ですか?」

 

 再び、魔力の剣でも飛ばすのだろうか、と嘆息する茶々丸。

 

 しかし、直後ルキスの腕の動きが先ほどまでの魔力の剣を飛ばす時と違い、パチンと

 指を鳴らした。

 

 すると、今まで地面に散らばっていたページが輝き、宙に浮くと茶々丸を取り囲む。

 その数は既に数えることは出来ないほどだ。

 

 「これは……」

 

 茶々丸は自身の置かれた状況からこれがルキスが先ほどから愚直なまでに同じ行動を

 繰り返していた意味か、得心した。

 

 「確かにこれほどの数、奪いきれないかもしれませんね。しかし、これほどの力を使う

  ということは今までの分も合わせてかなり無理をしているのでは?」

 

 茶々丸の問にルキスは答えないが、その額から流れる脂汗が全てを物語っていた。

 

 チロリ、と舌なめずりをする茶々丸。

 

 「ふふ。これほどの魔力、奪えたらどれだけの充足感を得ることが…………」

 「解放」

 

 恍惚とした表情の茶々丸を光の津波が襲った。

 

 「茶々丸!」

 

 魔導書に取り憑かれた以上はこうするしか無い事は分かっていた。

 それでも、エヴァンジェリンは叫んでいた。

 

 グッと拳を握り、自身に言い聞かせる。

 こうするしかなかったのだ、と。

 

 そして、光が収まった時、そこには四肢が吹き飛び、中の機械をのぞかせた茶々丸が

 地面に倒れていた。

 

 「茶々丸!」

 

 エヴァンジェリンが倒れた茶々丸に駆け寄る。

 

 「…………マス、ター?」

 「ああ、無事か?」

 

 「私は……」

 

 自身が手に持つ魔導書に視線を落とす。

 

 そんな彼女の下にルキスが近づく。

 

 「話している所悪いが、先に職務を全うさせていただく」

 

 そう言って、手元に残り少ない魔力を集め、茶々丸が持つ魔導書を焚書しようとした

 時だった。

 

 『ダメダメ、そんなのツマラナイわ』

 

 声が響いた。

 それは茶々丸の持つ本から響いていた。

 

 『せっかく、面白くなってきたのだからこれで終わりなんて勿体無いわ。

  そ・れ・に、ねえ茶々丸(マスター)? 貴方はまだ理解してないでしょう?

  人間らしさとは何か?』

 

 囁く魔導書の言葉に茶々丸の体がぴくりと震える。

 

 「茶々丸、耳を貸すな!」

 

 エヴァンジェリンは懐から試験管を取り出し、魔導書を破壊しようとするが、

 

 『一歩、遅かったわね』

 

 魔導書から闇が溢れ、茶々丸を包んだ。

 茶々丸を包んだ闇は直ぐに晴れた。

 

 そこに立っていたのは先ほどまでの茶々丸とは明らかに違っていた。

 壊れたはずの四肢は瑞々しい肌を持つ四肢があり、その格好も先ほどまでの学生服

 とは変わり、レオタードを基本として全身にレースや装飾を加えた扇情的な格好に

 変化していた。

 

 茶々丸はエヴァンジェリンの顔をジッと見つめて嗤う。

 

 「マスター、私気づいたんです。ずっとマスターに言われていた人間を理解するって事

  を。人間というのは欲しがるから人間なんですよね? 自分の器を超える物を際限無

  く欲しがる、それが人間! マスター、私はたどり着きました!」

 

 嘲笑い、舞う茶々丸を見、渋面となるエヴァンジェリン。

 

 「…………っ。茶々丸」

 

 茶々丸の姿は既にエヴァンジェリンの知る彼女のものではなかった。

 そこにいるのは茶々丸の姿をした何か。

 

 渋面からすぐにその表情を憤怒へと変え、茶々丸を睨みつける。

 

 「茶々丸を愚弄するのはそこまでにしておけ古本。貴様、茶々丸ではないだろう?」

 

 エヴァンジェリンの指摘にネギ達は驚きの表情を浮かべるが、魔導書の管理を生業と

 するルキスは気づいていたのか、静かに茶々丸とエヴァンジェリンの会話を見ていた。

 

 「あららぁ、やっぱり分かっちゃう? まあそうよね。茶々丸(マスター)はこんな

  肌はしていないものね」

 

 

 するりと自身の腕を撫でる茶々丸。

 茶々丸の姿をしていながらも茶々丸ではないその所作全てがエヴァンジェリンの精神を

 逆撫でる。

 

 「貴ぃ様ぁぁぁあぁぁぁ!」

 

 エヴァンジェリンは自身の懐に残っていた魔法を仕込んだ試験管全てを茶々丸に向けて

 投げつけた。

 

 「うふふ。そんな可愛らしいモノは攻撃とは呼べないわ。でも、私は欲しがりなの。

  だ・か・ら……」

 

 茶々丸はフワリとその場で舞う。

 たったそれだけで試験管より解放された魔法の数々は全ては先ほどと同じように茶々丸

 の支配下に置かれ、投げた本人であるエヴァンジェリンに襲いかかった。

 

 激昂にまかせての投擲であり、更に本来の魔力を封じられているエヴァンジェリンに

 自身に襲いかかる魔法を防ぐ手立ては無い。

 

 (情けないっ。このザマで闇の福音と呼ばれ恐れられた化け物とはな)

 

 心で自嘲しながらエヴァンジェリンは自身を襲うであろう衝撃に備える。

 しかし、衝撃がエヴァンジェリンを襲う事はなかった。

 

 彼女の目の前ではネギとアーニャが自身の魔力で障壁を張り、彼女を護っていた。

 

 「お前たち……」

 「僕には何が起きているのかはわかりません。でも、貴方が何者であろうとも僕の生徒

  です。だから、僕は貴方を護ります!」

 「バカネギに全部言われちゃったけどアンタが闇の福音だろうとなんだろうと今は私の

  クラスメイトなのよ! そしたら体が勝手に動いたのよ!」

 

 ネギとアーニャの言葉にエヴァンジェリンは呆然とする。

 彼女が闇の福音と呼ばれた賞金首であるという事実を知ってなお護ろうとするその姿勢

 は彼女に自身と対極に位置する光の道を感じさせた。

 

 「……呆然としているところ悪いが、さっさと下がってくれないか?」

 

 呆然とするエヴァンジェリンを現実に引き戻したのはルキスの言葉だった。

 ルキスは先ほどから黙ってみていたが、それは先で消費した魔力を少しでも回復する

 ためであった。

 

 「ふふふ、魔力はどのくらい戻ったかしら? 管理官さん?」

 

 口元に手を当てて笑う茶々丸。

 

 ルキスはそれに答えることは無かった。

 

 その様子から然程魔力が戻っていないのが伺えた。

 

 「さぁて、改めて自己紹介させていただきましょうか。茶々丸改め、名を欲しがりの本

  といいます。短いでしょうが、どうかよしなに」

 

 一礼をした欲しがりの本はルキスを見て、舌なめずりをする。

 

 「さて、茶々丸の中にいる時から見させていただきましたけど貴方の持つその本、

  いえ力の大本、なんとなくですが検討をつけさせていただきました」

 

 欲しがりの本の言葉にルキスの体がぴくりと反応した。

 

 「貴方のその本、その名は…………」

 

 答えを話そうとした時だった。

 

 「……それ以上話す事は許可しない」

 

 欲しがりの本の両手を剣が貫いた。

 

 「あら?」

 

 欲しがりの本の両手を貫いた剣は先ほどまでルキスが扱っていた物と違い、ページを

 媒介とした魔力の剣でなく、実体を持った剣だった。

 

 「なんて素敵っ。この私が認識するよりも早く貫くなんてっ。ゾクゾクしちゃう!」

 

 頬を紅潮させる欲しがりの本。

 しかし、ルキスはその姿になんの反応を示す事なく、剣を投擲し続ける。

 

 それは不思議な光景だった。

 ルキスが剣を投擲すると、剣は虚空に消え次の瞬間には欲しがりの本を貫いていた。

 

 「この力、この気配。やはりそうなのね! 貴方は、貴方様はっ」

 

  針山のようになりながらもルキスをまっすぐと見つめる欲しがりの本であったが、

  ルキスは彼女にそれ以上は喋らせないように三度その手に剣を取る。

 

 「……欲しがりの書、お前を焚書する」

 

 先ほどまでの応酬、接戦が嘘であったようにルキスと欲しがりの書の決着はあっさりと

 付いた。

 

 胸を貫かれた欲しがりの書は蒼い炎をまき散らしながらルキスにささやく。

 

 「貴方はこれで力を使った。うふふ、私の目的は達成したわ」

 

 その言葉にルキスは目を見開いた。

 

 「次に会う時はこんな剣ではなく愛を交わし……ま、しょう」

 

 欲しがりの書は燃え尽き、元のボロボロの姿に戻った茶々丸が地面に落ちようとした

 のをルキスが支え、彼女をそっと地面に寝かせ、自身も地面に倒れこんだ。

 

 「……茶々丸!」

 「兄さん!」

 

 エヴァンジェリンとアーニャがルキスと茶々丸の下に駆け寄る。

 

 「マス、ター。申し訳……ありま……せん」

 「まったくだ。馬鹿者……。だが、良かった無事で」

 「損傷率84%を超えているので無事とは言いづらいです」

 

 いつもの機械然とした答えにエヴァンジェリンは笑い、ルキスに向かい頭を下げた。

 

 「ルキス・ヴァレリー・ココロウァ。この度は我が従者を救ってくれて感謝する。この

  礼は闇の福音の名にかけて必ず返そう」

 

 エヴァンジェリンはそう言い、茶々丸を抱えて夜空に飛んでいった。

 

 残されたのは疲労困憊で倒れこんだルキスとそれを介抱するアーニャとネギ。

 

 「あー、疲れた」

 

 ルキスは二人に介抱されながら、そう呟いて意識を手放した。

 

 




遅れてすいません。

さて、今回で吸血鬼編という名の茶々丸編は終わりです。
カモミールの出た意味なんて気にしたら負けです。

次からは京都編。つ、次はネギ君活躍するから! 多分。
次の京都編もよろしくお願いします。

それではまた次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。