あなたへおくる物語 (紫炎.2)
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序章:新世界
プロローグ


プロット作成は出来た、キャラの掘り下げもある程度出来た、作品テーマも出来た。ならば後は書き出すのみ・・・・・・。

お久しぶりと初めまして、紫炎.2です。

現在短編小説を書いて細々と活動していましたが、この度ドラクエ11に触発され、ファンタジー熱が高まり、昔の完結せずに終わらせてしまった小説を再構築、私としては一本筋が通った作品に出来そうだと思い、また長編小説を投稿させてもらいました。

いやね、ボーボボの方はバトル内容がうまく構成できなくて、こっちに逃げたわけじゃないんだよ?

ともあれ、私の中で消化できそうだと思い、頑張って書いてみようと思います。

それでは、どうぞ。


“きりーつ、きょうつけ、れい”

『あざーす』

「貴様ら真面目に返事はできないのか・・・・・・」

 

そう言って鉄人が教室から出て行く。残念だが俺達に今勉強する気はほとんどねぇ。授業が終わると昼休みになり、俺はいつもの奴らと共に昼食を食べ始めた。だが、周りの空気はものすごく悪い。なぜなら、原因はたった一つ。

 

「ハァ~・・・・・・」

「明久君・・・・・・何処に行ったのでしょうか・・・・・・」

 

そう、あの馬鹿が消息不明だからだ。

 

一週間前のことか、アイツは突如姿を消した。誰にも、何も言わずに。あいつの姉の玲さんや両親も捜索願を出して、探しているが全く消息がつかめない。ったく、アイツは一体全体何をしてやがる。

 

「今日も明久は来なかったのぉ・・・・・・」

「・・・・・・そろそろ出席が足りなくなる」

 

いつも馬鹿やって全員を笑わせる奴がいないため、自然と周りの空気悪くなっていく。俺としてもこいつらの落ち込みようは放っておけず、思いつく限りのことをしたが、そもそも原因のアイツに関する情報がなにもないため、励ますことができずにいた。

 

「・・・・・・まぁ、あいつのことだ。どんなことになってしぶとく生きているに決まっているから安心しろ」

 

俺は落ち込むコイツらを励ますがあまり効果がなく、なおも落ち込むばかりだ。このままでは倒れるんじゃないかと心配になるが、肝心の本人が現れないことにはどうしようもないため、苛立ちがつのる。

 

 

『ピンポンパンポーン。2年Fクラスの坂本雄二君、木下秀吉君、土屋康太君、島田美波さん、姫路瑞希さん。学園長がお呼びです。至急、学園長室に来てください。繰り返します……』

 

 

「・・・・・・こんな時に何だよ」

 

全く、こちらは憂鬱気味だってのに、一体全体なんだ。俺は落ち込むコイツらを連れて学園長室に向かった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「明久の行方について・・・・・・だと?」

「そうさ」

 

学園長室に着いた俺達を向かえたのは珍しくババァ一人だった。いつも通りノックなしに入って嫌な顔をされたが。一言二言話した後、ババァが明久の行方について話したいと言ってきた。なぜコイツが明久の行方について知っていくのか、疑問だ。

 

「何で明久の行方について知っていやがる?」

「簡単さね、全部アタシのせいだからさ」

 

なん・・・・・・だと・・・・・・?

いきなりの事実に俺達は驚いて何も言えなくなった。こいつが明久の消息不明の原因だと?

 

「本当は誰の力も借りずにどうにかする予定だったけど、そうも言っていられない状況になったからね。アンタらの力を借りることにしたよ」

「・・・・・・何があった!?」

「明久君は無事なんですか!?」

「アキは今、どうなっているの!?」

「あやつはどこにいる!?」

 

ババァが喋り出すと同時に俺以外四人が立て続けに尋ねる。俺もババァには聞きたいことがある。

 

「まぁ、待ちな。順を追って説明していくから」

 

捲し立てる俺たちに対して、ババァはあくまで冷静に俺達に制止を掛ける。ババァの制止で一旦落ち着いて、冷静に話を聞き始める。こいつ、何でこんなに冷静なんだ?

 

「事の始まりはアタシが新しい試験召喚獣の実験をしようとしたことから始まるよ」

「「「「またか!」」」」

 

間違いねぇ、コイツこそが諸悪の元凶だ!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「新しい試験召喚獣の実験・・・・・・ですか」

「あぁ、そうさね」

「さようなら」

「確保」

「バカな!?」

 

今日も今日とで観察処分者の仕事をしている最中に鉄人に呼び出された。何かなと思っていると、学園長がお呼びだと言われたので速攻で逃げるが、鉄人に強制連行されてしまった。連れてこられて聞かされた内容が内容だったので即座に逃げようとしたところ、鉄人に捕まってしまい、椅子に縛られた。この縄、きついぞ鉄人!

 

「安心しな、これでもテストは何回もしているし、ゲームばっかりしているアンタにはもってこいの物だと思うからね」

「バ・・・・・・学園長。そう言って何度僕が酷い目に遭ったのか覚えていない訳じゃないでしょ?」

「忘れたね」

「ボケましたね」

「鉄槌」

「痛ぁ!?」

 

くそっ! 鉄人で僕を制御しようと考えているのか、この極悪人が! だからといって簡単に僕が籠絡できるとでも・・・・・・!

 

「全く・・・・・・まぁ、何の褒美もないっていうのもアレだし、今回はどっかのファミレスの無料券でもやろうかね」

「なんなりとお申しつけください、学園長」

 

違うよ? 決して食券に屈した訳じゃないからね!?

 

「吉井・・・・・・俺はお前程現金な奴は見たことがないぞ・・・・・・」

 

後ろで鉄人がため息を吐いているが、知ったことか。僕にとってカロリーを取ることは大切なことなんだ。この頃は姉さんのせいでカロリーメイト生活だったし。

 

「まぁ、引き受けてくれるならいいよ」

 

ババァがそう言うと鉄人に頼んで召喚フィールドを展開した。いつも思うけど、この幾何学模様はどうにかならないのだろうか? なんか嫌だ。

 

「今回は“召喚獣”という点に比重を置いた改造をしていてね。点数の高さに応じて精霊や魔物と言った幻想種を召喚できるようにしてみたんだよ」

「へぇ~。それじゃあうまくいけばゲームに出てくる魔王とか神様とかも出てくるって事ですか?」

「その通り。まぁ、もっともあんたの点数じゃあそんなことは無理だろうけどね」

 

そう言ってババァが僕を小馬鹿にする。言ったなババァ、僕が召喚すれば神とは行かずとも精霊とかが出てくるに違いない。僕は自信を持っていつもの召喚体勢に入る。

 

「吉井、変な物が出ても落ち込むなよ」

「えっ、それってどういう事ですか?」

「西村はね、いわゆる“筋肉魔神”が出て来たんだよ・・・・・・プッ」

「笑わないでください学園長!」

 

鉄人だから筋肉魔神・・・・・・やばい、似合いすぎて笑えてくる。僕は鉄人に見つからないようにこっそりと笑った後、召喚を始める。

 

「じゃあ召喚しますけど・・・・・・?」

「あぁ、良いよ。いつでもやりな」

「じゃあ・・・・・・サモン!」

 

 

ビカァ!!

 

 

「「「!?」」」

突如強烈な光と稲妻が部屋を覆う。嘘、何コレ!?

「なっ、これは!?」

「な、何これ!?」

「・・・・・・」

 

突然のことで困惑するも、だんだん意識が遠くなっていく感覚を感じ、僕は目を閉じた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「気がつけばアタシと西村教諭だけで吉井だけが居なくなっていたんだよ」

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

・・・・・・つまり、またアレか。

 

「てめぇの実験のせいか!? これで何度目だ!?」

「さすがに申し訳ないとあたしも思っているよ」

「申し訳ないで済む問題じゃないですよ!?」

「これで何度目じゃ!?」

「ものすごい迷惑!」

「そうですよ! 少しは反省してください!」

 

俺達の怒りにさすがに今回のことは反省しているらしく、何も言わずにババァは受け止めていた。その後も俺達の非難は続いたが、このまま言い合っていても意味はないと悟り、話を進める。

 

「で、本題は何だよ」

「あれからこちらも調べをすすめて、ようやく居所をつかめたんだよ」

「な~んだ。じゃあ、後はアキを助けるだけなんですね」

「・・・・・・」

「・・・・・・あの、学園長先生。どうしてそこで静かになるんですか?」

 

明久が助かると言う話になると、なぜか押し黙るババァ。まさかとは思うが・・・・・・

 

「見つけたのは良いが、助ける手だてがない・・・・・・なんて言うんじゃないだろうな?」

「・・・・・・半分正解で半分間違いだよ」

 

目を瞑り、ため息を吐きながら答えるババァ。半分? どういう事だ?

 

「見つけることはできたけど、厄介なところにいることが分かってね。それでアンタらを呼んだのさ」

「見つけることはできたが、厄介なところとは・・・・・・?」

「いわゆる平行世界ってところさ」

「「「「「平行世界?」」」」」」

「どうやらそこに吹っ飛んじまったようでね」

 

あまりにも突拍子もない話に唖然とする。平行世界なんてありえねぇだろ、普通・・・・・・あ、ババァ自体が妖怪だからありえないことも無いか。

 

「今とても失礼なことを考えなかったかい?」

「気のせいだ、ようか・・・・・・学園長」

 

くそっ、真面目な状態でもこちらの事を良く理解してやがる。

 

「・・・・・・まぁ、話を続けるよ。あのバカはとにかくあの光と共に平行世界に行ったのさ」

「ならばその明久を・・・・・・」

「連れ戻すためには、また誰かを平行世界に送り出さないと行けない・・・・・・だろ?」

「・・・・・・えっ?」

「理解が早くて助かるよ。その通りさ。こちらも引き戻すことが出来れば、こんな事頼まないのだけどね」

 

全く・・・・・・面倒なことになったぜ。これだからババァの呼び出しは嫌なんだよ。

 

「なぜわしらなのじゃ?」

「もしかしたら、あのバカは大変なことに巻き込まれているかも知れないからね。それでアンタらを選んだのさ」

 

成る程な・・・・・・俺達なら確かに怪しまれずに済むからな。ババァにしては考えた方だ。ある意味、適当な人選に納得する。

 

「行ってすぐ帰ってくるんですよね? なら私、行きます!」

「えぇ、私も行きます! 学園長先生!」

「友の危機なのじゃ、ワシもゆくぞ!」

「・・・・・・しかたがない」

「あんたらならそう言ってくれると思ったよ。準備は出来ているからすぐに始めるよ」

 

そう言うと召喚フィールドを展開するババァと召喚準備に取りかかる俺たち。何だかすんなりといくな・・・・・・俺はもう少し何かあると思ったんだが・・・・・・んっ?

 

「そういやババァ。行くにしても帰り道はどうするんだ?」

 

ふとそう思い、俺はババァに確認することにした。行ったのは良いが、帰り道がないなんて事態はこちらとしてはごめんだからな。ちゃんと確認しておかないと。

 

「その点は心配ないよ」

 

それなら安心・・・・・・

 

「平行世界だから向こうにも同じような物があるはずだからね、それを使って帰ってきな」

「ちょ!?「「「「サモン!」」」」待て、おまえら!?」

 

行き当たりばったりの計画に俺は待ったをかけようとしたが、4人はすでに召喚のワードを言ってしまった。くそっ!? やっぱり何か落とし穴があるじゃねぇか!?

 

 

ビカァ!

 

 

突如部屋中を覆う白い閃光と稲妻。突然の光に驚きながらも、俺は意識が遠のいていく。

くそっ!? これで明久のところに行けなかったらマジで恨むぞ!?

俺はそう思った直後、意識を失った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「・・・・・・うまくいったね」

 

誰もいなくなった学園長室にて一人、学園長は呟く。おもむろにパソコンを立ち上げ、作業を始める。

 

「急がないと・・・・・・奴らに感づかれるのも時間の問題だからね」

 

作業中、必要な書類がないと思い、引き出しを開ける。そこにある写真を見て、動きを止める。

 

「・・・・・・大丈夫、私はやれるよ。いや、やってみせるから」

 

その写真にはシスターの格好をした一人の少女が独りぼっちで写っていた写真を見て、固い決心を浮かべながら、作業を始めた。

 




どうでしょうか?

前に見たことある人も、ここが違うなと思うところもあるかも知れません。

さて、これから5人はどうなるでしょうか。学園長が呟いた「奴ら」とは?

次回に続きます。


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第1話:新世界

連続投稿です・・・・・・書き溜めしていたので当然ですがね。

それでは、どうぞ。


――――――夢を見た。

 

そこは見渡す限りの更地しかなかった。目にとまるのは先程まで人が住んでいた家の瓦礫。

 

ぬいぐるみ・・・・・・服・・・・・・写真立て・・・・・・人形・・・・・・

 

そこには人の声も、形も、影もない、何もなく、ただ食い散らかされた狩り場のように荒れていた。血がまるで景色のようにこびりつき、赤い何かがぶちまけたかのように散乱していた。命の匂いも、香りも、ここにはない。ただあるのは死の、地獄が過ぎ去った後・・・・・・。

 

そこに一人、彷徨うものがいた。

 

彼女はこの光景を見て、ただただ泣き、叫ぶばかり。

 

生きとし生けるものが死に絶えた場所にて、彼女は一人嘆き続けていた。

 

 

――――――そんな悲しい夢を見た。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「・・・・・・夢か」

 

カーテンの隙間から日差しが差し込む。変な夢を見たなぁと思い、僕は目を覚ます。

 

「まぁ、夢を見られるだけ幸せなのかな?」

 

ベットから立ち上がり、制服に着替えて朝食の用意をする。

 

「今日はご飯と味噌汁、卵焼きっと」

 

一人暮らしに慣れる前から料理には自信があるから何の問題もなく朝食を作り、食べたあと荷物整理して少しくつろぐ。

 

「今日は早起きできたからね、少しぐらいゆっくりしたって・・・・・・」

「おい起きろ、明久! 急がねぇと遅刻するぞ!?」

 

むっ。誰だ、こんな朝早くから僕を呼ぶ奴は。玄関のドアを開けると、そこには隣に住む当麻が居た。なんだ、当麻か。

 

「どうしたのさ、こんなに朝早くに・・・・・・」

「バカ! 今何時だと思っていやがる!?」

「えっ? どうせ7時になったばっかり・・・・・・ッ!?」

 

嘘ぉ!? いつの間にか7時50分!? やばい!?

僕は急いで準備すると当麻と一緒にマンションを出る。

 

「何で!? さっき見たときは確かに7時だったはずなのに!?」

「どうせ見間違えたんだろ!?」

「ちょっと! 二人とも急いでよ!?」

「遅れたらやばいぜぇ!?」

「あっ、おはよう! さやか、土御門!」

「うん、おはよう!」

「おう、おはようだにゃー!」

「挨拶している場合か!?」

 

走りながら挨拶していると当麻が急げとせかす。確かにのんびり挨拶している場合じゃない!

 

「土御門! 最短ルートをお願い!」

「私も!」

「俺も!」

「任せろ! こっちだぜ!」

 

僕たちは土御門の案内で学校までの最短ルート行く。これで遅刻せずに済む!

そう思いながら僕、吉井明久と上条当麻、美樹さやか、土御門元春は急いで立川学園に向かった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「痛て・・・・・・くそっ、あのババァ。結局行き当たりばったりの計画じゃねぇか・・・・・・」

 

俺は痛む頭を押さえながら目を覚ます。くそ、気分は最悪だ。

 

「ここは・・・・・・どこなのじゃ?」

「私、こんな都市、知らないわよ」

「開発具合から見て・・・・・・どこかの都心部でしょうか?」

「・・・・・・人に聞けば分かる」

「そうだな・・・・・・そこの人に聞いてみるか」

 

現状把握のため、近くの道を歩く人にここが何処だか聞こうとしたとき、頭上から声がした。

 

「あぁー!? そこの人どいてー!?」

「うん?」

 

頭上を向いてみると足が目の前に迫っており、そのまま踏まれた。

 

「うおっとっと!? すみませんでしたー!」

「痛てぇ・・・・・・くそ、気をつけろ!」

 

相手は俺を踏み台に着地した後、さっさと走っていった。いきなりなんだってんだ、くそ!

 

「ゆ、雄二よ。先程の奴・・・・・・」

「ま、間違いないわよ・・・・・・」

「はぁ? さっきの失礼な奴がどうした?」

「ちらっと見えましたけど、先程の顔・・・・・・」

「明久だった・・・・・・」

「なん・・・・・・だと・・・・・・?」

 

明久だと・・・・・・? こんなにも早くにアイツを・・・・・・?

 

「すみません! さっきは友達が失礼しましたー!」

「おいこら、待て明久! 土御門を追い抜いてどうするんだ!?」

「まぁまぁ、カミやん。もう学園はすぐ側だし大丈夫だぜ。後は走り抜けるのみ!」

 

俺達が戸惑っていると後ろから俺達を追い抜いて3人程の学生が走っていった。

 

「雄二よ! 追うのじゃ!」

「お、おう!」

 

追い抜かれて少し呆然としていると、秀吉が俺に声を掛けた。我に返った俺は急いで通り過ぎていった明久と先程の学生達を追いかけたのであった。

 




見たことない夢と出会った4人と5人。

一体どうなるでしょうか?


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第2話:立川学園の2年Aクラス

登場するキャラクター達。彼らは一体どんな人物なのか。

ちなみに、タグ編集で全キャラ分のタグを入れようと思ったけど、全部は入らなかったよ・・・・・・。

それでは、どうぞ。


明久と走り抜いていった学生三人を追って、俺達は走り続けてようやくその四人の目的地にたどり着いた。そこには学校があった。

 

「やっぱり学生だったか・・・・・・」

「ここは学校・・・・・・?」

「立川学園って書いてあります」

「とすると、明久ともう三人は学生ということになるか」

「・・・・・・妥当と言えば妥当」

 

先程の奴らの姿を見れば確かにその通りだ。俺は少し落ち着いてから、さてどうするべきかと考える。もし、明久がここの生徒なら俺達があいつに接触できる時間帯は相当限られてくる。できれば今すぐにでも接触したいのだが・・・・・・。

 

「さすがに余所の学校に無断にはいるわけには・・・・・・」

「おや? あなた方、こんなところで何をやっているのですか?」

 

俺達が学校の校門前で立ち往生していると、眼鏡かけた教師らしき人が話しかけてきた。しまった、立ち往生しすぎたか。

 

「すみません。すぐに立ち去るので・・・・・・」

「お待ちなさい・・・・・・ふむ」

 

俺達を呼び止めると、こちらを見定めるかのようにジロジロ見てくる。やばい、なんかあるぞ。面倒なことにならないうちにさっさと退散しねぇと・・・・・・

 

「・・・・・・あぁ、あなたたちでしたか。いやはや、自分から名乗り出てくれないとこちらもどうしようもないですよ」

「はい?」

「ほら、こちらですよ」

 

そう言って教師らしき男性はこちらを引率しようとする。その反応に俺達は少々戸惑う。

 

(雄二よ・・・・・・これはどうゆうことなのじゃ?)

(わからん・・・・・・だが、これはチャンスだ。これなら学校に侵入できる)

(なんだかよく分からないけど、これに乗っかりましょう)

(少々悪い気もしますけど・・・・・・しょうがないですよね)

「ほら、皆さん。何をぶつぶつ言っているのですか? ついてきなさい」

「あ、はい。今行きます」

 

とりあえず、今はこの教師について行くことにし、俺達は後を追った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「いや~一時はどうなることかと思ったよ」

「全くだぜ。アッキーの時間間違いにも困ったもんだにゃー」

「ほんと、ほんと。どうやったら7時と8時近くを間違えるんだよ」

「面目次第もございません・・・・・・」

 

うぅ、僕だって時計の針が止まっているなんて思いも寄らなかったんだよ。僕は当麻、土御門、さやかと一緒に学園のグラウンドを歩いていた。なんとか遅刻しない時間までに学校にたどり着いたため、こうやってゆっくりと歩いているのだ。

 

「せっかく早起きしたと思ったのに・・・・・・」

「明久が早起きすることはまずないね」

「そうだな」

「二人とも、ひどい」

「そうだぜ、二人とも」

 

おぉ、土御門。さすがは僕の親友・・・・・・

 

「カミやんに彼女が出来るぐらいありえない話だぜ」

「それは絶対に無理と言っているのかな?」

 

畜生、すこしでも信じた僕がバカだったよ。

 

「おい土御門、明久。それってどうゆうことだ?」

「そうだよ。これでも当麻はモテるんだよ?」

「え~、うっそだぁ~。当麻がモテるなんて・・・・・・いや、ありえなくもないかな?」

「ほぉ・・・・・・アッキー。それはどうゆうお相手で?」

「この間、当麻の靴箱にラブレターが入っていたんだ」

「「えぇ!!?」」」

 

突然の僕の言葉に驚く三人。特に当麻が一番驚いている。

 

「おい、ちょっと待て。俺は知らねぇぞ?」

「だって、僕が焼き捨てたから」

「おーし、ちょっとそこに・・・・・・」

「『女装した君が好きです』なんて嫌でしょ」

「・・・・・・不幸だ」

 

おっと、墓まで持っていく予定だった秘密を暴露してしまった。当麻が落ち込んでしまったけど、僕は悪くない。

 

「話を変えるけどよ、実は今日転校生が入ってくるって噂だぜ?」

「転校生? この学園に?」

「おっ、その転校生に女の子は居ますかな、土御門軍曹?」

「うむ、その通りださやか一等兵・・・・・・と言いたいところだけど、実は俺も転校生が来るってだけで詳しくは知らんのよ」

「知らない? 珍しいな、土御門がこんな話題の詳細を知らないなんて」

「俺だって知らないことはあるんだぜ?」

 

土御門がそう言っておちゃらけるけど、本当に珍しい。こういった話題には抜け目がなく取り入れているのに。

 

「転校生か・・・・・・さやかちゃんとしては女子が良いなぁ。うちのクラスは圧倒的に男子が多いし」

「だよなぁ・・・・・・クラスの女子と言ったらさやかと吹寄ぐらいだからな」

「転校してきたときは喜んだよね、委員長系巨乳美人が来たって」

「蓋を開けてみれば女子力が低い男勝りだったもんな・・・・・・ハァ~」

「ほぉ・・・・・・つまり、私が女子としては残念ということか」

「そうそう、この土御門の目を・・・・・・持って・・・・・・しても・・・・・・」

「しても?」

 

・・・・・・あ、れぇ~? 会話の中に誰かナチュラルに参加しているぞ?

聞き覚えのあると同時に嫌な気配を感じて振り向いてみると、そこには我らが学級委員長こと吹寄制理が青筋立ててこちらを見ていた。

 

「・・・・・・ちなみに聞いておくけど、どこから?」

「『転校してきたときには・・・・・・』と吉井が話していた辺りからかな?」

 

・・・・・・Oh My God!? よりにもよって一番聞かれたくない辺りから!?

僕たちは即座に目線で目配せして決断する。

 

「「「「逃げるが勝ち!!」」」」

「逃すかぁ!」

「わひゃ!?」

 

逃げようとした直後、僕は吹寄に頭を掴まれてしまった。

しまった、捕まった!? 戦友よ、ヘルプミー!!

 

「明久! お前のことは忘れない!」

「お前はいいやつだったぜ!」

「大丈夫! 帰りに骨は拾ってあげるから!」

「薄情者ぉーーー!?」

 

去ってゆく親友達を手を伸ばしながら僕は叫ぶ。くそぉ!? 絶対化けて出てやる!?

 

「逃げてしまった三人は後で締めるとして・・・・・・吉井、貴様が私をそんな風に思っていたとは思わなかったぞ」

「あ、あはは。何を言っているのかなぁ? 僕は一クラスメイトとして吹寄のことは・・・・・・」

「いいんだよ、別に。だがな・・・・・・」

 

笑顔で話していく吹寄さんが怖い。朝からこんなにも恐ろしい物を見ることになるなんて・・・・・・くそ、生きて帰ったら復讐だ!

 

「人の陰口をこそこそ喋るなぁーーー!」

「ごめんなさーーーい!」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「全く! 貴様らという奴は・・・・・・!」

「うぅ、本当にごめんなさい・・・・・・」

「もうそれぐらいにしな、吹寄。こいつもここまで謝っているんだ。いい加減機嫌直したらどうだ?」

「だがな・・・・・・まぁ、いいだろう」

「ありがとう承太郎。君が居なかったらいつまでたっても説教は終わらなかったよ」

「礼なんざいらねぇよ」

 

僕と吹寄、承太郎は下駄箱で靴を履き替えて教室に向かっていた。うぅ、人の優しさが沁みるよ。

吹寄に怒鳴られた僕はグラウンドの真ん中で説教されていたが、丁度登校してきた長身の学生こと空条承太郎に助けられて今ここにいる。

 

「っていうか、グラウンドで堂々と説教しているのも邪魔だったと思うけどね」

「何か言ったか?」

「いいえ、何もありません。吹寄学級委員長」

「やれやれだぜ・・・・・・」

 

やっぱり吹寄は勘が鋭いな。今度から悟られないようにしないと・・・・・・。

そんなことを話している内に教室に着いた。僕は教室にはいると三人を探す。

 

「「「あっ・・・・・・」」」

「あって何? あって・・・・・・」

 

僕をおいていった薄情者トリオは当麻の机を中心にして駄弁っていた。この野郎共、人が説教されている間に・・・・・・僕を見た三人は嘘泣きをし始めた。

 

「明久・・・・・・生きているって信じていたぞ・・・・・・」

「よかった・・・・・・本当に良かったよ・・・・・・」

「俺は今、猛烈に感動している・・・・・・」

「白々しいわ、ボケ」

「そうだぞ。吉井の説教は終わったが、お前達の説教は終わっていない」

「「「戦略的撤退!」」」

「逃すかぁ!」

 

そう言って当麻と土御門、さやかの三人と吹寄の追いかけっこが始まった。僕は知らぬが存ぜぬとばかりに席に着く。どうせすぐ捕まるだろうしね。

 

「朝から本当に元気だな、アイツら」

「いつものことでしょ? いいじゃん、別に」

 

どうせ先生が来れば強制的に終わるだろうしね、ほっとくのに限るよ。承太郎もその通りだなとさっさと席に着いた。少しすると予鈴が鳴り、全員席に着く。

 

「うぅ~、相変わらず吹寄は速いし、強いなぁ~。すぐ捕まっちゃったよ」

「あの場で僕を見捨てるからだよ、さやか」

「反省はしているよ。でも、後悔はしていないね」

「なおさら質が悪いわ」

 

時々コイツら親友なのかと疑いそうになるよ、本当。少しするドアが開き、先生が入ってきた。

 

「は~い、皆さん。席に着きましたか?」

『はーい、小萌先生!』

 

よし! 朝のHRは小萌先生だ! 今日はついているぞ!

 

「皆さん、元気があって結構ですね小萌先生」

「はい! 本当に良かったです! カーティス先生!」

 

と思ったら死神がいた!? 畜生、神は僕たちを見捨てたのか!?

 

「おやおや、皆さん。私を見た途端そんなに喜ばれるとは・・・・・・教師、冥利に尽きますね」

『誰も思ってねぇよ!?』

「全く・・・・・・皆さん、素直じゃないですよ?」

『変な誤解すんなぁ!?』

 

朝から全開だよ、この人は!?

 

「カーティス先生、茶化すのはそれぐらいにして出席を取りますよ?」

「そうですね。では、出席を取りますよ」

 

小萌先生がいないとこの人やりたい放題だな、本当。小萌先生に促されてジェイド先生は全員の出席を取っていく。

 

「上条当麻君」

「はい」

「ヘアースタイルが乱れていますよ」

「へっ? マジで!?」

「えぇ、嘘です」

 

自慢の栗ヘアーを押さえてジト目で睨む当麻。当麻・・・・・・さっそく目をつけられているよ。

 

「空条承太郎君」

「あぁ」

「あなたが素直だと違和感丸出しですよ」

「一言余計だ、先生」

 

さすが承太郎。ジェイド先生の言葉を難なく流したよ。さすが僕たち、4組の兄貴だ。

 

「土御門元春君」

「は~い、先生」

「田村将君」

「はい」

「あれ? 俺はスルー?」

 

何事もなくスルーされる土御門。スルーはスルーで何か寂しいよね。

 

「吹寄制理さん」

「はい」

「朝からの説教、ご苦労様です」

「いえ、そのようなことは・・・・・・」

「明日、新聞部が取り上げるじゃないでしょうか?」

「えっ!?」

 

学級委員長ですら翻弄する先生。さすがの吹寄もジェイド先生の前には形無しか。

 

「美樹さやかさん」

「は~い!」

「宿題、ちゃんとやってきましたか?」

「えっ!? えっと・・・・・・はい! ちゃんとやってきました!?」

「よろしい」

 

あの反応はやってないね、さやか。顔が引きつっているよ?

 

「吉井明久君」

「はーい」

「アホ毛が立っていますよ」

「ふっふっふっ、その手には引っかかりませんよ、先生?」

「さすがに引っかかりませんか・・・・・・ふむ」

「あの・・・・・・何で僕の頭上を見て納得しているですか?」

「いえ、何も居ませんよ? 何も・・・・・・ね?」

 

嘘だ!? あの嫌みな笑顔は絶対何か居る顔だ!? 僕の頭上に何が居るんだ!?

 

「カーティス先生。生徒を弄らないでください」

「すみません。ちょっと寂しかったので、からかってみただけです」

「絶対に嘘ですよ、この人・・・・・・」

 

出席簿を閉じて話す先生を尻目に僕は内心ビクビクしていた。僕の頭上に一体全体何が居るって言うんだ?

 

「安心しな、幽霊とかそんなのはいねぇよ」

「そう? 良かった・・・・・・」

「あれ? 明久って幽霊を怖がっていたっけ?」

「別に怖くないけどジェイド先生が言うとね・・・・・・」

「あー、分かる分かる。ジェイド先生が言うと・・・・・・ね?」

「確かに納得だな」

「そこ~? 聞こえていますよ?」

 

僕とさやか、承太郎がこそこそと話しているとジェイド先生が注意する。おっと、いけない。何か知らせがあったら大変だもんね。

 

「皆さ~ん。今日は転校生が5人も来てくれています。仲良くしてあげてくださいね?」

『転校生だと!?』

 

うそぉ・・・・・・本当に来たよ、この微妙な時期に。何だって新学期が始まった次の日に?

 

「先生! 男子ですか、女子ですか!?」

「それは「機密情報です」ちょ、カーティス先生」

「先生! 可愛いですか、勇ましいですか!?」

「機密情報です」

「ジェイド先生! 機密情報の開示を要求します!」

「却下します。皆さん、お入りください」

 

恐らく説明するのが面倒くさいと思い、説明を省くジェイド先生。この人、本当に教師か?

先生の声に促されて、五人の生徒が入ってくる。

 

1人は承太郎とまでは行かないが長身の赤毛の男の子

2人目は胸が大きいピンク髪のお嬢様的な女の子。

3人目はポニーテールで後ろ髪を纏めている活発そうな女の子。

4人目は小柄で一見女の子と見間違えるかのような男の子・・・・・・男?

5人目はテンション低く、ちょっと暗めな印象を受ける男の子。

 

「それでは、皆さん。自己紹介を」

「うっす」

 

長身の男の子が軽く返事すると、一人ずつ自己紹介を始めた。

 

「坂本雄二だ。よろしくな」

「姫路瑞希と言います。よろしくお願いします」

「島田美波です。よろしくお願いします」

「木下秀吉じゃ。よろしく頼む」

「……土屋康太」

 

どうでも良いことだけど・・・・・・あの5人、さっきからずっと僕のこと見ているけど、どうして?

 




ジェイド先生、朝から全開です。

さて、早々に再開したバカテス組ですが・・・・・・ちょっと明久の様子が変ですね。

次回もお楽しみに。


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第3話:すれ違いと歴史の授業

今回は物語の舞台設定について少し触れます。

それではどうぞ。


「今日から皆さんと一緒に勉強することになりました。皆さん、変なことを教えないでくださいね」

『ワァーーーーーーーーー!!!』

「うひゃぁ!?」

「おやおや」

 

小萌先生が一言言い終えるとクラスの男子が盛大に歓声を上げる。当然だ、女の子が2人・・・・・・3人?入ってきたからだ。

 

「見ろ、お嬢様風優等生だ!」

「ポニーテールの子も可愛いぞ!?」

「バカ野郎! 木下って子も可愛いだろうが!?」

「バカはお前だ!? アイツは男だぞ!?」

「俺はそれでも構わない!」

「コイツ・・・・・・言い切ったぜ」

「野郎はいらねぇ!」

「あぁ、いらねぇ!」

「うるさいぞ、貴様ら! 少しは静かにしたらどうだ!?」

 

吹寄の一喝でも4組男子の歓声は止まらない。無理もない、ポニーテールの子はまだしても、桃色髪の子は今までに無いタイプだ。どうしても盛り上がってしまう。

 

「そうですよ、皆さん? あんまりうるさい子は黙らせますよ?」

「―お口チャックマン―」

 

見かねたジェイド先生の一言で、全員一瞬で静まった。この人が言うと本当に有言実行しかねないし、やるにしても何をやらかすのか分かったもんじゃない。

 

「しっかし、野郎共は大喜びだね。さすがのさやかちゃんも若干引くよ」

「ウチの学校にはまず来ないお嬢様風優等生だしね。無理もないと思うけど」

「そういうわりには明久は一緒になって騒いだりしなかったけど、何で?」

「声を上げるタイミングを逃して・・・・・・ね」

「そ・・・・・・そうなんだ・・・・・・」

 

僕も一緒に騒ぎたかったんだよ、ちくしょう。

 

「ちなみに誰が明久の好みのタイプ?」

「そうだねぇ・・・・・・桃色髪の女の子とかが好みかな?」

「ほほう、それは巨乳好きということで?」

「いや、そうゆうわけじゃふぎゃす!?」

「どうせウチは貧乳よ!」

 

ぎゃあぁーーー!? 何か首を絞められている!? なぜ!?

 

「ちょ!? 何やっているのよアンタ!?」

「少し離れていると思ったら、何しているのよアンタは!」

「ちょ、何のこと!? 大体僕は君とは初対……面……」

 

あ、やばい。マジで息が・・・・・・できない・・・・・・さよ・・・・・・な・・・・・・ら、ぼ、くの・・・・・・人生・・・・・・。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ハッ!?」

「明久が目を覚ましたぞ!」

 

首を絞められて意識を失っていた明久が意識を取り戻した。あの後その場で応急措置をした後、呼吸をし始めた明久を保健室に運んだ。

 

「おーおー、無事に意識を取り戻して何よりだぜい、アッキー」

「土御門・・・・・・それに当麻・・・・・・」

「大丈夫か? 意識ははっきりしているか?」

「てめぇも災難だったな」

「よかった。一時はどうなることかと思ったんだよ?」

「無事で何よりですよ、明久ちゃん」

「承太郎・・・・・・さやかに小萌先生まで・・・・・・僕は一体どうしたんですか?」

 

どうして自分が保健室のベッドにいるのか分かっていない明久。覚えていないのか? まぁ、無理もないな。一瞬のことだったからな。

 

「いきなり転校生の一人がお前に飛びかかり首四の字固めを仕掛けて、お前を窒息させたんだよ」

「いやぁ、一瞬のことで驚いたぜい。あの子と何か関わりがあるのかなにゃー?」

「いや、初対面だよ、彼女とは」

「そうですか・・・・・・面識はないのですね」

 

面識がないのにコイツはいきなり首を絞められたのか? 一体全体何なんだ?

俺達が首をかしげているとチャイムが鳴る。

 

「お、授業のチャイムだ」

「じゃあ俺達は先に教室に戻っているからな」

「ちゃんと休めよ~?」

「うん、わかった~」

 

そう言って俺達は保健室を出て教室へと向かう。

 

「でもさぁ、あの子いったい何のつもりだろうね」

「さぁな。明久本人が面識がないって言っているんだ。なら、やった本人に聞くのが一番だろ?」

「相変わらずアッキーは女運の悪いこと。これってどうにかならないのかにゃー」

「ほら、皆さん。授業が始まりますよ?」

「「「はーい」」」

 

まぁ、明久も大事を取って一限目を休むぐらいだから大丈夫だろう。そう思い、俺達は小萌先生に促されて教室へと急いで戻っていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いいかお前ら。さっきの島田が一番悪い例だ」

「ワシもアレには驚いたぞ・・・・・・」

 

波乱のHRが終わった後、俺達は空いている席に座り、俺の席を中心に集まっていた。この場に島田がいないのは、先程のことでカーティス先生に連行されたからだ。

 

「だがアレはアレで収穫があった」

「収穫・・・・・・ですか?」

「いったい何なのじゃ?」

「それは・・・・・・ってムッツリーニはどこに行った?」

 

本題に入ろうとしたが、ムッツリーニが近くにいない事に気づく。こんな時に何処に行きやがった?

 

「ムッツリーニなら・・・・・・」

 

秀吉が目線をそらし、俺もそれを追うと、そこには女子生徒に退治されたアホがいた。

 

「・・・・・・まぁ、本題に戻るが」

「あの、土屋君は大丈夫でしょうか?」

「どうせスカートの中を覗こうとして、返り討ちにされたってところだろう」

「ムッツリーニらしいと言えばらしいのじゃが・・・・・・」

 

この非常時にあんな事出来るのは奴ぐらいだよ、全く。俺は気を取り直して話し始める。

 

「明久は島田に対して全くの初対面のような反応を示した。いつもなら島田の関節技にも耐える(?)アイツだが、一撃KOだ」

「そこは基準にならんと思うのじゃが・・・・・・」

「まぁ、聞け。さっきの関節技は命の危険がある技だ。命の危険があるのにとぼけるようなマネが出来る奴か、アイツは?」

「普通は出来ないと思います」

「確かにあやつにそんな度胸はない」

「だろ? 何度も仮死体験をしている俺達だが、アイツは好んでやる奴じゃないし、そんなマネをしてまでもとぼけるような奴じゃない。つまりだ・・・・・・」

 

ここで一息ついてから、俺の推測を言う。

 

「明久は俺達のことを完全に忘れている可能性がある」

「そんな・・・・・・どうして・・・・・・?」

「なぜじゃ・・・・・・?」

「さぁな? 異世界ものの小説とかにある世界の修正力とかじゃないのか?」

 

ショックを隠せない様子の二人。俺だって信じたくねぇが、さっきの反応を見る限りそうと考えるしかない。

 

「他にも話し合うことがあるから昼休みに集合だ。いいな?」

「うむ、分かったのじゃ」

「はい!」

 

よし、解散と言い指定された席に戻っていく。倒れていたムッツリーニも先に席に戻っていた。チャイムが鳴り、保健室に行っていた奴らが戻り、席に着くのと同時にジェイドという教師と両腕抱えて虚ろな目をした島田が帰ってきた。

 

「私は二度としません・・・・・・私は二度としません・・・・・・私は二度としません・・・・・・私は・・・・・・」

「はいはい、分かりましたから席に着きなさい」

 

・・・・・・何があった、島田?

 

「では皆さん、2年生も私が社会の授業を教えますのでよろしくお願いします」

『・・・・・・う~い』

「元気な返事で結構です。では、『魔物戦線』から授業を始めましょう」

 

教科書を開きなさいと言ってジェイド先生が黒板に“魔物戦線”について書き始める。魔物戦線なんて始めて聞く。何なんだ?

 

「日本の戦後復興期、つまり日本が戦後から経済を回復させた時期にアフリカ大陸において謎の侵略者が現れてアフリカ大陸全土を制圧しました。この時の謎の侵略者ですが・・・・・・美樹さやかさん」

「ふぁい!?」

「この謎の侵略者を我々人間は何と呼びましたか?」

「えっ、えっと・・・・・・魔物です!」

「結構。では、この時同時に世界各地である現象が起こりました。それは?」

「それは・・・・・・魔法・・・・・・ですよね?」

「はい、その通りです。よくできましたね」

「えへへ。これぐらいさやかちゃんにかかれば・・・・・・」

「あ、もういいですよ美樹さん」

「えっ、あ、は~い・・・・・・」

 

さらに言葉を続けようとした美樹さやかだったが、教師に意見を真っ二つにされ席に座った。それにしても・・・・・・魔物に魔法ねぇ・・・・・・なんだかファンタジーみたいな話だな。

この後、魔物戦線の当時に起こった事などの説明をし始めたが、すぐに眠くなったため、俺は寝ることにした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ではみなさ~ん、お昼休みに変なことをしないように」

「は~い」

 

目が覚めるともう四時間目が終わっていた。いつの間に・・・・・・俺は起き上がろうとするが、身動きがとれない。

 

「今日の犠牲者は転校生か」

「まぁ、知らなかったからしょうがないし、ある種の洗礼だろ?」

 

よく見れば景色が上下逆さまになっている・・・・・・逆さま?

 

「お~い、大丈夫か? 頭に血が上っていない?」

「よくまぁ、あの体勢で寝続けていられるもんだぜい」

「つーか、顔真っ赤かだよ?」

「その前に助けてやれ」

「「「は~い」」」

 

成る程・・・・・・明久とツンツンヘアーと胡散臭い奴と美樹さやかの顔が逆さまになっているので分かったが、俺は今、逆さまにつるされている訳か。意識したら、気分が悪くなってきた。

 

「何が起きているのか大体把握したが、とりあえず助けてくれ」

「え~と、ちょっと待ってね・・・・・・と」

 

降ろしてもらい、俺は立ち上がる。一体全体何が起こったんだか・・・・・・。

 

「お前、ジェイド先生の授業で寝るなんて度胸あるなぁ・・・・・・」

「一体何があった?」

「眠ったお前を見て、先生がお前を吊したんだぜ」

「気をつけなよ、転校生君。ジェイド先生の授業で寝たら、重いペナルティが科せられるからね」

「そもそも寝るのが悪いのだ。これからは気をつけることだな」

「あぁ、身をもって知ったよ」

 

先ほど土屋に制裁していた奴に注意されて、以後気をつけることにした。鉄人でも拳骨一発なのに、一限目から4限目までずっと逆さまで宙づりはさすがに勘弁してもらいたい。俺は姫路達が屋上の方に行ったことを聞き、一言礼を言った後教室を後にしようとした。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

「あん?」

 

その時、明久が俺を呼び止める。明久の方を見ると、不思議そうな顔で俺を見ていた。

 

「僕と君たちの間で何かあった?」

「・・・・・・何のことだ」

「何か遠回しに視線を感じるし、初対面のはずなのに僕のこと知っている感じだし・・・・・・」

「・・・・・・お前にそっくりな奴が前の学校にいたからな、それと勘違いしたんだろう」

「そう? なら、いいけど・・・・・・」

 

いささか納得してない様子だが、とりあえず理解したという表情を浮かべる明久。

 

(・・・・・・コイツの性格で、この反応だと・・・・・・ハァ~、マジか・・・・・・)

 

一番当たって欲しくない予想が当たり、顔には出さないようにしながら落胆する。色々と複雑な思いが渦巻いたが、とりあえず今後のことをアイツらと話し合うべく、俺は屋上に向かった。

 




明久と雄二達が初対面である・・・・・・どういうことだ!?

次回に続きます。


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第4話:今後の方針と盗聴

予想外の事態に雄二はどうするのか?

それではどうぞ。


「待たせたな・・・・・・っと」

 

屋上に着くとそこには秀吉と土屋の二人しかいなかった。

 

「島田と姫路はどうした?」

「二人は購買で昼食を買いに行っておるぞ」

「そうか・・・・・・何やっているムッツリーニ?」

「カメラの点検をしている」

 

いつになく真剣な表情でやっているから何かあったのかと思ったが、やはりそこは土屋だった。

 

「あっ、来てたんだ、坂本」

「大丈夫でしたか? 坂本君?」

「島田に姫路か。あぁ、俺はこの通りピンピンしているぜ」

 

俺と秀吉が土屋に呆れていると、弁当を持った島田と姫路がいた。よく見ると二人が持っている弁当の量が多い。

 

「島田に姫路よ。弁当の量がいつもより多い気がするが・・・・・・どうしたのじゃ?」

「あぁ、これね。どうせなら全員の分を買っちゃおってことになってね」

「全員の分を? 金は大丈夫だったのか?」

「はい。丁度収入はありましたので」

 

そう言って全員に弁当を配る二人。そういえば金の問題もあったな・・・・・・どうするべきか。

俺達は弁当をもらうと、その場に集まって座り飯を食い始めた。弁当はのり弁でオーソドックスな弁当だったが、味付けは悪くなく、箸は進んだ。ある程度食べ終わると秀吉が話し始める。

 

「雄二よ、一限目の前に話したことの続きを聞きたいのじゃが・・・・・・」

「その前に俺からお前達に一つ、聞きたいことがある」

「聞きたいこと、ですか?」

「俺が逆さ吊りになった経緯を知りたい」

「う、うむ。それはじゃの・・・・・・」

「・・・・・・ジェイド・カーティスが『授業中に寝るとはいけませんねぇ。何かお仕置きしなければ』と言ってどこからともなくロープを出した」

「その後、目にも止まらぬ速さで縛り上げて逆さ吊りにしました」

「『昼休みまで吊しましょう。降ろした人は・・・・・・ねぇ?』と意味深な笑顔と共に授業を再開したのじゃ」

 

何じゃそりゃ・・・・・・鉄人以上にやばいじゃねぇか。どうして降ろさなかったのかと聞くと島田が「そんな世にも恐ろしいこと、できるはずないじゃない」と青ざめながら言った。本当にコイツに何があった?

 

「まぁ、手の出しようがなかったってことでいいか」

「それより坂本。一限目の前の話って何よ?」

「俺も気になる」

「んぁ? そうか、お前達はいなかったもんな・・・・・・」

 

俺は気を取り直して話を進める。

 

「秀吉と姫路には話したが・・・・・・明久のことについてだ」

「アキのこと? アキがどうしたのよ?」

「単刀直入に言うぞ・・・・・・明久は俺達のことを完全に忘れている」

「えぇ!? それってどうゆうことよ!?」

「・・・・・・なぜだ?」

「雄二よ、なぜ断定なのじゃ? 先程は『可能性がある』という言い方じゃったと思うのじゃが・・・・・・」

「そうですよ。どうしてですか?」

「まぁ、とりあえず聞け」

 

驚く島田と土屋を宥め、秀吉と姫路に話を聞くように言い、場を落ち着かせる。まぁ、俺もお前達の立場ならそうなるのも分かるが・・・・・・。

 

「いいか、秀吉と姫路には話したがアイツは命の危機が迫ってまで嘘をつく事はまずできない。ここはいいな?」

「うむ。それは聞いたのじゃ」

「島田に関節技を極められていた時のアイツの反応は困惑と混乱が見て取れた。そこから『忘れている可能性』を俺は考えた。次にコレが断定した要因だが、昼休みに入る前だ」

「雄二が吊されていたので、先に屋上へ向かった時じゃな」

「その時どうして助けるって考えが出なかった・・・・・・? 俺は明久ともう二人に助けてもらった後、明久が俺に“どこかであったことがあるのか”と尋ねてきた。そこで俺はハッキリと明久が俺達のことを忘れていることを断定した」

「それだけで?」

「アイツは考えていることは口に出すし、顔にも出る。話したときのアイツの表情を見る限り、とぼけていると言うことはまずないと俺は考えた」

「そんな・・・・・・」

「ウチらのことを忘れているなんて・・・・・・」

 

明久が俺達のことを完全に忘れているということに愕然とする姫路と島田。秀吉や土屋も声には出さないが、同じように愕然としているのがこちらにも伝わってくる。

 

「話を進めるぞ。そのことから、これからの俺達の目標は『明久に元の世界のことを思い出させる』、『元の世界に帰る方法を探す』ということだ。あと、当面の生活できる場を確保する必要がある」

「長期戦になるのか」

「すぐに帰れるとばかりの思っていたのですが……」

「生活の場については大丈夫かと思う。今日、俺達はここに転校することになっていたらしいから、家なり寮なりあると思う」

その後、俺達は当面のことを話し合うのと同時に今後の動きについて話し合った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

(成る程。つまりアイツらは明久を連れ戻そうと来たってことか・・・・・・)

 

何かあると思えば、これはまた面倒そうな問題だな。これは骨が折れそうだ。

 

「うぉおおおおおおおおおおお!!」

「はぁあああああああああああ!!」

「せいやぁあああああああああ!!」

 

アッキー、カミやん、さやさやの三人の雄叫びと共に紙が一枚、宙に舞う。宙に舞った紙を見て承太郎が審判を下す。

 

「さやかだな」

「しゃあ!!」

「「チィ!!」」

「貴様ら・・・・・・カルタ一つでなぜここまで白熱できるのだ・・・・・・」

「いいやんか、今は昼休みだぜい。遊びで白熱するくらい大目に見てくれてもいいだろう?」

 

昼飯を食べ終えた俺らはさやかが取り出したカルタで遊んでいた。まぁ、こいつらは遊びに関しては手を抜かないっていうか、何て言うか。

 

「くそっ! さやかには2ポイント差で負けている! 何とか巻き返さないと!」

「ふっふっふっ、どうやって勝とうというのかね? この最速のさやかちゃん相手に?」

「せいぜい油断してろよさやか・・・・・・次は俺の黄金の右腕が唸るぜ・・・・・・」

「・・・・・・次、読むぞ」

「「「はーい」」」

 

ま、どれだけ騒いで承太郎の一言で静かになるから、吹寄もそこまで言わないけどな。俺はイヤホンしながら勝負の行方を見守る。

 

(にしても・・・・・・元の世界、ねぇ?)

 

目の前で繰り広げられている激戦を見ながら、イヤホンから聞こえる転校生達の話に耳を傾ける。何やら事情がありげな転校生達が気になり、ロープから下ろす時にこっそりと盗聴器を仕込ませてもらい、話を盗聴させてもらっている。しかし、聞こえてきた内容は予想を越えたものだった。

 

(連れ戻すみたいに言っているけど・・・・・・どうする気なのかね)

 

彼らの言う“元の世界へ連れ帰る”というのはどうゆうものか、そもそも本当に明久が別の世界からやってきたのか・・・・・・調べてみる必要がある。

 

(まぁ、何にしても・・・・・・)

「あぁ!? くそっ、またさやかに取られた!」

「何でだ! 何でさやかに取られまくるんだ!?」

「ふっふっふ・・・・・・さぁ、このままさやかちゃんが全部取っちゃうよ~」

 

耳からイヤホンを外し、騒ぎの方に向かう。とりあえず今は難しい話を抜きにして、目の前の親友達との勝負に参戦させてもらおう。

 

「お~い、俺も混ぜてくれよ」

「いいよ、土御門。ま、さやかちゃんの圧勝に終わるだろうけどね」

「次こそは・・・・・・次こそは・・・・・・!」

「あぁ、やってやるぜ!」

 

親友達と騒ぐカルタは昼休みの終わりまで続くのであった。

 




これにて序章は終わりです。

元の世界の記憶がない明久に思い出させることが出来るのか?

次回もお楽しみに。


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第1章:巴村の英雄伝説
第5話:夢と宿題とゴールデンウィーク


さあ、第1章の開幕です。

それではどうぞ。





―――以上が今回の調査報告です

 

整理整頓された部屋で二人の人間がいる。

 

―――ご苦労様、下がって良いよ

 

一人は何かの報告をして、もう一人はその報告を受ける。

 

―――はい・・・・・・質問をよろしいでしょうか?

 

一人が疑問をもう一人にぶつける。

 

―――アレは本当にそんな代物でしょうか?

 

―――反応はあった。詳しくはこれから専門家が調べるから大丈夫やから

 

はい、と言って一人は部屋から退出する。もう一人は報告書を見て考え込む。

 

(思い出す・・・・・・あの頃は幸せだった・・・・・・)

 

ぼんやりと眺めていたら、誰かの声が聞こえた。その声は、とても幸せそうで・・・・・・

 

(本当に、幸せだった・・・・・・)

 

涙に濡れた、悲しい・・・・・・とても悲しい声だった・・・・・・。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ハァ~」

「朝からため息だなんて、幸せが逃げるぞ?」

「にしてもアッキーが朝からため息だなんて珍しいな?」

「食あたり?」

「違うよ」

 

朝の教室は相変わらず元気だけは有り余るAクラスの中で、いつものメンバーに囲まれながらも僕一人だけ憂鬱だった。原因は今日見た夢の内容だ。

 

「また変な夢を見てね」

「夢? どんな夢だ?」

「会社の部下と上司の一幕」

「やけにリアルな夢だな・・・・・・?」

「その後に聞こえてくる“声”が何て言うか・・・・・・幽霊っぽいっていうか・・・・・・」

「明久って幽霊が苦手だったけ?」

「それよりも恐ろしいものを知っているから怖くも何ともないよ。その声がこう・・・・・・実感が籠もっていて、すごく耳に残って・・・・・・ね」

 

今回の夢といい、坂本君達が転校してきた日の夢といい、何か別の誰かの夢のような感じだから余計気になる。

 

「何もなければ良いんだけどね」

「怖いこと言わないでよ・・・・・・明久の嫌な予感って時々当たるからさ・・・・・・」

「みなさ~ん、授業の時間ですよ~。席に着きなさ~い」

 

いつの間にかカーティス先生がやってきて授業が始まった。気づけばもうこの時間か・・・・・・僕たちはとりあえず解散して各々の席に座る。

 

「さて今回の授業ですが、宿題を出していたと思いますので、その提出を先にお願いします」

『う~す』

「「「あっ・・・・・・!」」」

しまった・・・・・・忘れていた・・・・・・。

 

 

 

第1章:巴村の英雄伝説

 

 

 

「「「ハァ~」」」

「ため息つくのが増えたな・・・・・・」

「まったくだぜ・・・・・・」

 

しょうがないじゃないか、宿題が増えちゃったし・・・・・・僕と当麻、さやかは見事に宿題を忘れて、いつもの罰を受けた後、追加の宿題を言い渡された。抵抗? 無駄に決まっているでしょ?

 

「宿題を忘れる方が悪いのだ」

「だって、やっていたゲームが丁度エンディングまでいったから・・・・・・」

「週刊誌読むのに時間が必要だったし・・・・・・」

「宿題という存在を忘れていました」

「言い訳したところで何にもならないぞ」

「「「だよな~・・・・・・」」」

 

うぅ、鬱だ。よりにもよって『過去の偉人を作文にして書いてきなさい』なんて抽象的な作文の宿題を出されるなんて。どうすればいいんだ・・・・・・。

 

「少しいいか? 聞きたいことがあるんだが・・・・・・」

 

机に突っ伏して悩んでいたら、この間転校してきた坂本君がやってきた。彼も困っている様子だ。

 

「どうした?」

「いや、何か良い情報ねぇかと思ってな」

「教科書に書かれている偉人でも書けばいいじゃねぇか?」

「当麻、言いつけ忘れた?」

「あ~・・・・・・」

 

そうなのだ。今回の偉人の作文は『教科書には書かれていない偉人を書け』とのことである。偉業の大小は問わないところはまだ救いがあるのだが・・・・・・。

 

「教科書に書いてないとなると、それこそマイナーな人とか、地方に出向かないとわからない人とかになるからね」

「うぅ、もうすぐゴールデンウィークなのにな~」

 

あぁ・・・・・・せっかくのゴールデンウィークなのに、宿題のことで頭を悩ませなければならないなんて・・・・・・僕たちは無常な現実を打ちのめされる。

 

「あー・・・・・・おい、土御門。コイツら、どうすればいいんだ?」

「単に宿題をやりたくないのと、宿題のレベルが高いのが問題なんだぜ。だから、どっちかを何とかすれば、いいんじゃないかにゃ~?」

 

坂本君は愚図る僕たちを励まそうと隣にいる土御門に話しかける。何か、いい人だな・・・・・・坂本君って。最初、転校生5人組と一緒にジロジロ見てきて気持ち悪かったけど、その評価は改めなくちゃいけないかな?

 

「とにかく4人とも。おすすめの情報があるし、しかも旅行まで一緒に出来るというプランがあるけど、どうかにゃ~?」

「「「詳しく」」」

「お前ら・・・・・・」

 

さすがは土御門、僕たちの親友にして情報通。僕たちが欲しい情報をしっかりと持ち合わせている。僕たちの変わりようを見て呆れる吹寄だけど、僕たちは気にしない。そういうと思ったぜと土御門はメモ帳を取り出す。吹寄はため息を吐いた後、「早く帰れよ」と言い、先に帰っていった。

 

「さて、教科書に載ってない偉人となると、地方とか、マイナーな人たちになるから・・・・・・」

「実際居たらどんな人なんだろう?」

「はい、さやかちゃんから一つ考えたよ!」

「何だよ、さやか?」

「やっぱり、何か偉大な偉業を成し遂げた・・・・・・」

「それだと教科書に載るだろう」

「かもしれない人」

「えらく中途半端だし、抽象的すぎだろ!?」

「じゃあ、頭の天辺だけ髪の毛ふさふさな人」

「どんな偉業だ!? そもそも偉業か、それ!?」

「バーゲンセールの英雄!」

「それは近所のババァだろうが!?」

 

さやか、僕、当麻の予想に一つずつ答えてくれる坂本君。彼には突っ込みの才能があるのではないのだろうか?

 

「う~ん、やっぱりないかにゃ~・・・・・・お、あったぜい?」

「本当か!? 誰だ!?」

 

手帳をペラペラとめくり続ける土御門が一つのページで止まる。一体全体どんな偉人なんだろうか・・・・・・?

僕たちは自然とつばを飲み込む。

 

「アイラマス育毛法の発明者、猿賀久司」

「マジでいやがったよ!?」

「却下だ! そんな奴!」

「いやいや、冗談冗談。次は本物だって」

 

ビックリした・・・・・・本当にいたかと思ったよ。というか聞こえていたんだ。気を取り直して、土御門の話を聞く。

 

「アッキー、カミやん、さやさや、坂本、巴村って知っているかなにゃ?」

「「「巴村?」」」

「なんだそこ?」

「この学園都市から電車の二時間ぐらいしたところにある田舎の村だ」

「そんな田舎に何があるんだよ?」

 

当麻の疑問に対して土御門が真剣な表情になる。いきなり彼がこの表情にあるのは絶対に何かある。先程のおちゃらけた雰囲気が一転したことに少し動揺する坂本君を尻目に僕と当麻、さやかは同じく真剣な表情になる。

 

「聞いて驚け、この村・・・・・・」

 

 

 

 

 

―――魔物に襲われたのさ・・・・・・―――

 

 

 

 




短いですが、区切りが良いのでこの辺りで。

魔物に襲われた田舎の村。果たしてそこに何があるのか。

次回に続く。


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第6話:電車に揺られて

原作キャラ死亡ありと書かれていますが、今のところメインキャラクターが死ぬことはありませんので。

それでは、どうぞ。


「・・・・・・暇だね」

「そうだな~」

「トランプする?」

「いや、それはもっと落ち着いた場所でやろう」

「つーか、本当に何もない場所だな・・・・・・」

 

窓から見える田園景色を眺めながら、僕達は暇をもてあましていた。

 

土御門の情報を聞いてから僕達は後日駅に集合し、電車に乗って巴村に向かっていた。最初は人もたくさん乗っていたのだが、学園都市から離れるにつれて人がいなくなり、ついには僕、当麻、さやか、坂本君の四人になった。

 

別段やることもないので、景色を眺めるくらいしかやることがない。これならさっきさやかが取り出したトランプのように何か持ってくれば良かった。

 

「にしても土御門の情報は本当なのか?」

「土御門に限って偽情報を教えるなんてことはしないと思うけど・・・・・・」

「でも、魔物に襲われた・・・・・・なんて、ね?」

「うん? 魔物は侵略者が現れて以降、出てきたんじゃないのか?」

「アフリカ大陸近辺ならまたしても日本じゃ沖縄以外、観測されてないよ? ていうか、これなら日本国民誰でも知っていることだけど?」

「あー、すまん。少々世間の情報とかに弱くてな・・・・・・」

 

誰でも知っている一般常識をさやかに指摘されて、口ごもる坂本君。前から思っていたけど坂本君って一般常識に欠けているよね?

僕はそんなことを考えながら、昨日の放課後に聞いた土御門の情報について思い出していた。

 

確か、巴村は日本で始めて魔物に襲われた村らしく、その際に当時の村で魔法に長けていた女性が村に被害を出すことなく魔物を退治したらしい。そのときに女性も魔物と相打ちになったらしく、その命を懸けて魔物と戦かった彼女のことを、村を救った英雄として祭った、ということだ。

 

最初聞いたときは嘘だぁと思っていたけど、土御門も気になって調べてみた結果、ちゃんと当時の記録が残っていたようなので、確かな情報らしい。電車で二時間なら時間的にも丁度いいと思い、それを調べることにしたというわけだ。

 

「今でもちょっと信じられねぇな」

「当麻がそう言うのも分かるよ。魔物なんてテレビの向こう側の存在だし」

「ましてや報道でも全く取り上げられないからね。実際見ないことにはね・・・・・・」

 

当麻の疑問に答えるさやかと僕も未だに半信半疑だ。大体そんな日本の田舎を狙って何になるのだろうか。狙うなら都市とかそういうところを狙うべきだと思う。

 

「ま、そんなことは実際に行ってみれば分かるだろ」

「そうだな・・・・・・にしても本当に何もねぇなここ」

 

坂本君が話を切り上げて外の風景を眺める。当麻もつられて外を見るが、見渡す限り畑と平地、所々に家と通行人が見えるぐらいで他は何もない。

 

「まさしく田舎って雰囲気の場所だな、ここは」

「学園都市が異常に発展しすぎているってこともあるけどね」

「外に出てみると本当にそれが実感できるよな」

「さすが日本の最先端技術の集合都市だよね~」

 

さやかの言葉に僕と当麻は全くだと頷く。あそこでは辺りの道路にゴミなど落ちておらず、空気も新しく開発された魔法によって空気が澄んでいる。ビルやデパートも結構並んでおり、ないものはないといった感じだ。本当に学園都市はすごいと思う。

 

ふと、坂本君が首をかしげて何か考え込んでいるのが見て取れた。どうしたのだろうかと思い、僕は尋ねる。

 

「どうしたの坂本君?」

「いや、実はな・・・・・・とその前にお前ら」

「何?」

「何だ?」

「何々?」

「今度から名前のほうで呼んでくれないか? 名字で呼ばれるのも少し違和感があってな・・・・・・」

「別にいいけど・・・・・・」

「悩んでいたことってそれか? 何かお前のイメージに似合わないことで悩んでいるな」

「うるせぇな、別にいいだろう? ちなみに悩んでいることはそれじゃなくてな・・・・・・」

 

悩みが違うと言って頭を振る雄二。だったらなんだろうか?

さっき外に見えた田んぼのことかな。かかしがカラスに突かれていてちょっと面白かったけど。

 

「そもそも学園都市って何なんだ?」

「「「ハァ!?」」」

 

あまりの言葉に僕と当麻、さやかは驚きの声を上げる。ちょ、学園都市を知らないって!? どんな田舎者!?

 

「おいおい、冗談だろ!? 今の日本国民で学園都市を知らないってどんな田舎者!?」

「いや、田舎者っていうレベルじゃないでしょ!? そもそも、自分が在籍している場所だよ!?」

「もしかして雄二ってゴリラの親戚!?」

「誰がゴリラの親戚だぁ!? しかたねぇだろ!? 知らねぇもんは知らねぇんだから!?」

 

怒鳴り返す雄二を見る限り本当に知らないらしい。知らないで学園都市に転校して来たってどんな人間!?

 

「いや、転校するときに調べたりもしただろ?」

「あれよこれよという間に転校したんだよ」

「だとしても学園都市を知らないって・・・・・・やっぱりゴリラの親戚?」

「喧嘩売ってんのか明久」

「いやいや、そう言われてもしょうがないって」

 

僕達は半分呆れながらため息をつく。成績の悪い僕でも学園都市がどういったものか、よく知っている。其処に住んでいるのなら、なおさらだ。

 

「しょうがない。着くまで暇だし、復習がてら学園都市について話すか」

「ついでに魔物についても話したら? 何だかそっちのほうも知らないみたいだし」

「悪いな」

「別にいいって」

 

僕も復習しようかなと当麻が説明を始めるのを待つ。当麻は一息入れてから説明をし始めた。

 

「学園都市が完成したのは確か第一次大陸奪還戦争が終わった直後だったよな?」

「そうそう。元々は別の理由だったんだけど、魔物たちに敗北した人類が次の戦いに向けて大掛かりの研究機関を望んで、建設し始めたのが始まりで、当時は未知の領域が多い魔法に対する研究が目的だった・・・・・・よね?」

「そうだよ? ていうかさやか、世界史は苦手なんだから無理にしなくても・・・・・・」

「だって、誰かに何かを教えれるなんて滅多にない機会だもん」

 

当麻の説明に補足しようとするさやかだけど、自信がないのか途中で勢いをなくす。自信ないなら聞く側に回ればいいのに・・・・・・。

 

「第一次大陸奪還戦争って何だ?」

「これすら知らないってお前・・・・・・今までの試験、どうやってくぐり抜いて来たんだよ?」

「確かにどうかと思うけど・・・・・・それは今度ね」

 

雄二は今までどうやってテストや高校入試を乗り越えてきたんだろう?

それとも本当はどこかの箱入りお坊ちゃま?

 

「話を戻すぞ? 研究を続けているうちに『十代から二十代の若者は魔力の伸び代が高い』ってことがわかってすぐさま研究兼教育施設が作られるようになった」

「そうして人がたくさん移住するようになったんだ。それこそ一つの都市のような規模に」

「いつしか最先端科学技術、魔法が集まるようになり、さらに教育も兼ねているから“学園都市”って呼ばれるようになったってことだ」

「なるほどな・・・・・・道理で見たことがないような家電とか、胡散臭い本とかもあるわけだ」

 

雄二は納得したらしく、首を縦に振り頷く。というよりも一般常識中の一般常識なのに知らないこと自体僕にとっては驚きだけどね。

 

「次は魔物だが・・・・・・」

「はいはーい! それはさやかちゃんにお任せあれ!」

 

次の説明をしようとした瞬間、さやかが説明をするというので当麻はさやかにバトンパスした。

 

「魔物が最初に観測されたのは実は第一次大陸奪還戦争よりもっと前のことなんだよね」

「そうなのか?」

「そう! 元々はそこまで人間に危害を加えるような生き物じゃなかったんだけど、侵略者の出現によって突如魔物が凶暴化し始めたんだよ」

「リーダー格が現れてそいつが魔物を唆したんじゃないのかっていう話も出始めた直後に“魔王”と名乗る奴が現れたんだよ」

「ちょ、明久。今私が説明して・・・・・・」

「そいつが魔物を組織化して人間に襲い掛かってきたのが魔物と人間の対立の始まりだからな」

「当麻まで!? ちょっと! 今は私が説明して・・・・・・!」

「なるほどな。そしてそれが後に第一次魔王戦線っていうのに繋がるってわけか」

「・・・・・・」

 

僕たちの説明で基本的なことを理解した雄二。本当、こんなことを知らないってどれだけ常識知らずだったんだろう?

僕がそこらへんを疑問に思っていると、どこからともなく憂鬱なオーラが漂ってきた。まるでここに私の居場所はないのだという後ろ向きなオーラである。気になって僕達がそちらのほうを向くとそこには電車の床に体操座りでのの字を書き続けるさやかがいた。

 

「いいもん・・・・・・いいもん・・・・・・私なんていらないもん。言いたいこと全部言われて落ち込む弱いさやかちゃんだもんね~」

「わ、わりぃ、さやか。そんなに落ち込むなよ」

「そ、そうだよ。誰もそんなこと考えていないって!」

「言いたい事全部言った張本人たちが何言ってんだか・・・・・・」

「「ウッ!」」

 

慰めようとしたが正論を言われて何も言えなくなる僕と当麻。雄二はとちょっと離れたところからニヤニヤとこちらの状態を眺めていた。

この野郎、一人だけ笑いやがって・・・・・・!

僕と当麻は楽しむ雄二を尻目にさやかを慰め続けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「4・・・・・・時間じゃあそろそろだが・・・・・・やっぱ何もないな」

「そうだね・・・・・・あっ、雄二、ダウト」

「ちっ」

 

さやかが元気を取り戻しやる事がなくなったため、僕たちはトランプを広げてダウトをやっていた。今は僕が優勢である。次は僕の番なので“6”のカードを出す。

 

「5」

「じゃあ次は6・・・・・・と」

「・・・・・・」

 

さやかの番が終わり当麻の番になったのだが、当麻は外を眺めたまま動かない。どうしたのかと思い、僕は当麻に話しかける。

 

「当麻、次は君の番だよ?」

「ほら、当麻。はやく」

「・・・・・・うん? あぁ、そうだったな」

 

僕たちの呼びかけにも空返事で応える当麻を見て、何かあったのかと心配になる。本当にどうしたんだろうか? 外の景色を見てからずっと当麻は難しい顔をしている。

 

「ねぇ、当麻。どうしたのよ? さっきから外の景色ばっかり眺めて・・・・・・?」

「・・・・・・お前ら、空を見てみろ」

「空?」

「何で?」

「いいから」

 

僕は当麻の言葉に疑問を持ちながら窓越しに空を眺めた。

 

 

 

そこには真昼間にもかかわらず、どんよりとした夜の空が広がっていた。

 

 

 

「・・・・・・えっ?」

 

ありえない光景に僕達は唖然とする。時計には普通に正午近くの時間を示している。この時間なら青空が広がっているはず。なのに空は真っ暗闇に包まれていた。

 

「観光気分で来た筈なんだけどな。こりゃ、何かあるぞ・・・・・・」

 

当麻の一言で僕達の中に緊張が走る。

この先にある巴村に絶対何かある・・・・・・そんな確信めいたものを僕は感じ取った。

 




徐々に暗くなっていく空・・・・・・果たして彼らを待ち受けるのは一体何か?

次回をお楽しみに。


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第7話:出会い

さて、あなたへ送る物語。とうとう、その始まりが始まります。

それではどうぞ。


「昼間にもかかわらず薄暗いなぁ」

「異常気象って奴か? 局地的にも程があると思うがな」

 

目的の駅に着き、荷物を降ろした僕たちは辺りを見渡す。辺りは薄暗く、まるで夜になったかのような暗さが辺りを包む。この辺り一帯の気候なのかは分からないけど、こんな暗さでは気持ちまで暗くなってしまう。

 

「異常気象だったらニュースとかになっていてもいいと思うけど?」

「本当にこんなところに噂の村はあるのかよ」

「土御門の情報だと駅はここであっているが・・・・・・」

 

当麻は土御門から預かった地図と『龍山前駅』と書かれた駅の看板を見比べながら言う。

 

「しっかし本当に田舎だね。駅降りてすぐに森があるなんてビックリしたよ」

「普通ならワクワクドキドキ、冒険の予感って感じで大はしゃぎする予定だったんだけどね~」

「1泊2日の予定だったが、さっさと帰った方が良いな」

 

駅を出たところに広がる薄暗い森を見て、テンションが下がってしまう。確かに雄二の言う通り、これはさっさと帰った方が良いかもしれない。なんというかお化けが出そうな雰囲気である。

 

「上条さんの危険レーダーがこの森を進むな、さっさと帰れと言っていますがどうですか、明久さん」

「そうですね上条さん。僕も同じ事を考えていたところなんですよ。というわけでさっさと駅にカムバックしましょう」

「えぇ~? せっかく来たんだからちゃんと観光していこうよ~?」

 

危険を予期してさっさと帰りたい僕と当麻に対してさやかは観光したいと駄々をこねる。駄目だよさやか、僕はこんな危険なことに首を突っ込みたくないんだ。

 

「駄目だよさやか。絶対に何かに起こっていますって雰囲気を漂わせているところにわざわざ首を突っ込みたくないよ」

「大丈夫だって! きっとなんかの演出だって!」

「演出で天候を変えられるわけないだろ? ほらさっさと・・・・・・」

「あ~、話しているところ悪いがいいか?」

「うん? どうしたの雄二?」

 

さやかを説得しようとする僕と当麻に雄二が話しかけてきた。雄二は頭を掻きながら駅の方を向く。なぜか困ったような表情をしながら。

 

「駅・・・・・・無くなっているぞ?」

「「「えっ・・・・・・」」」

 

雄二の言葉に驚き駅のほうを見ると、そこにはあったはずの駅が跡形もなく無くなっていた。何かに廃墟になっているとか、改札もない古い状態になっているとかではなく、そこに駅など最初からなかったかのように無くなっていた。

あまりの事態に絶句してしまう僕と当麻とさやか。雄二は一人冷静に土御門からの情報が書かれたメモを眺めていた。

 

「何が起こったのか知らねぇが、こうなった以上は進むしかないだろう?」

「・・・・・・そうだね、進むしか・・・・・・ないよね・・・・・・」

「・・・・・・不幸だ」

「・・・・・・よ、よーし! しゅ、しゅぱーつ!」

 

さやかの元気な声にも僕は応えることもできず、荷物を持ってゆっくりと森の中に入っていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

森の中に入ってから数分、辺りは相変わらず薄暗く明るくなる気配が一向にない。今は念のために人数分持ってきた懐中電灯を頼りに、辺りを照らしながら進んでいた。道は割りと舗装されており、進むのにはあんまり疲れることはなかった。

 

「なんか、ワクワクするね。探検しているみたいで」

「そうか? 上条さんは早く帰りたいって気持ちで一杯ですよ」

「もぉ~当麻はまだそんなことを言う。いい、こうゆうのは楽しんだ者の勝ちだよ?」

「お~い、本来の目的を忘れるなよ~?」

「・・・・・・わ、忘れてないよ~? さやかちゃんがそんな大切なことを忘れるはずないでしょ~?」

「忘れていたんだな」

「雄二、大丈夫だよ。僕もすっかり忘れていたからね!」

「てめぇもか!? ていうか、それは大丈夫でもなんでもねぇよ!?」

「おい、騒ぐなよな。うるせぇぞ?」

「こ、この野郎・・・・・・!」

 

雄二が何か唸っているようだけど、どうしたのだろう?

雰囲気まで暗くならないように話しながら進んでいくと、開けた場所に出た。空が暗いことには変わりはないが、それでも懐中電灯が必要ないぐらいには明るい場所だった。座ることができそうな岩が都合よく四つほどある。

あとどれくらいかかるのかわからないため、僕たちはその岩に腰を掛け、休憩することにした。

 

「まだ目的地には着かないの?」

「森を抜けてすぐのところにある、としか書いていないからな。森の抜けるのにはもう少しかかるかもな」

「うへぇ~、ただの山道なのに時間かかるねぇ~」

「むしろ山道だから時間がかかるんじゃないのか?」

「かもな。予定ではもう少し進んでいる予定だったんだが・・・・・・」

「しょうがねぇだろ? こんな天気なんだからな」

 

そう言って雄二は空を見上げる。相変わらず空は暗く、星が見えない程どんよりしている。こんなのではせっかくの観光旅行が台無しである。何故ここだけがこんな風になっているのだろうか。

 

「せめて星でも見えればまだいいのになぁ」

「見えたら見えたで問題だと思うけどな」

「時間はまだ昼頃だし、本当の夜中になる前には村に着きたいよ」

「そのためには前進あるの・・・・・・ッ!?」

 

立ち上がっていざ進もうとしたとき、突如近くの草むらからガサッと音がした。突然音がしたため僕たちは身構える。周りの雰囲気も相まって緊張が高まる。

 

「な、何かいるのかな・・・・・・?」

「い、いるだろうな・・・・・・そこに・・・・・・」

「雄二・・・・・・見に行ったら?」

「御免だな。明久、お前が見に行ったらどうだ?」

「い、いやだよ」

 

僕たちが話している最中も草むらから音が聞こえる。その音は近づいているのか、徐々に大きくなってくる。音にあわせてつばを飲み込む。そして、大きくガサッと聞こえた後、それは姿を現した。

 

「・・・・・・」

「えっ? 何あれ?」

「青い・・・・・・何か?」

 

どんな猛獣だろうと身構えていた僕たちだったが、“それ”の姿を見て拍子抜けした。それは球状の青い生物だった。頭のてっぺんがすこし尖っており、目と口が特徴的で絵に描いたような感じだ。数は3体ほどで、彼らはこちらをじっと見ている。

 

「な、なんか拍子抜けだな」

「そうだね・・・・・・」

「ビックリさせやがって・・・・・・」

 

当麻と僕は緊張が抜けて、この謎生物をよく見ようと近づいていった。雄二も落ち着いたらしい。後もう少し触れるところまで行く。

 

「・・・・・・ハッ! ストップ! それに不用意に近づいたらダメ!」

「・・・・・・へっ?」

 

どんな感触だろうと思い、触ろうとすると突然背後からさやかが叫ぶ。その叫びで僕は動きを止める。

 

その時だった。

 

「ッ!?」

「明久!?」

 

突如、腹に激痛が奔り、後ろに吹き飛ばされる。

 

「がっ・・・・・・!?」

「明久!?」

「大丈夫か!?」

「明久! しっかり!」

「だ、大丈夫・・・・・・腹が痛いだけだから」

 

なぜ吹き飛ばされたのか、先ほどの場所を見てみると先ほどとは違い、明らかに敵意むき出しでこちらを睨んでいた。

 

「何が起こったの?」

「わ、わからん・・・・・・お前が近づいた瞬間あの中の一匹がお前目掛けて・・・・・・」

「当たり前だよ」

「さやか?」

 

戸惑う僕と当麻、雄二に対してさやかはひとり冷静だった。何でさやかはこんなに冷静に・・・・・・?

 

「どうしたんだ、さやか? まるであいつらを“知っている”かのようじゃねぇか?」

「思い出したんだ・・・・・・小さいときお父さんが見せてくれた“魔物”のことを・・・・・・」

「ま、魔物だって? あれが?」

「見た目に惑わされないで! 私もついさっき思い出したばかりだから」

 

あんな謎生物が魔物? あんな子動物みたいな奴が?

 

「あれは“スライム”。魔物の中でも一番ポピュラーなやつだよ・・・・・・」

「“スライム”? あれが・・・・・・って、来るぞ!?」

 

さやかの言葉とともに謎生物こと、スライムはそれぞれ当麻と雄二に目掛けて突っ込んでくる。二人は慌ててそれを避けるが、もう一匹のスライムが避けた雄二に向けて襲い掛かった。先回りされていたため、雄二はもろに食らう。

 

「ぶはぁ!?」

「雄二、大丈夫!?」

「だ、大丈夫だ。くそっ、柔らかい体のわりには強烈だな!」

「この野郎!」

 

当麻がお返しとばかりに一匹殴るが、そこまで堪えた様子がない。それと同時に当麻に二匹同時に突っ込んでくる。さすが殴った直後だったので、回避が間に合わず体当たりを受けてしまう。

 

「ぐあぁ!」

「当麻!」

「ぐっ・・・・・・くそっ!」

 

二体同時攻撃は堪えたのか、痛がる当麻。殴っても有効打にならないとなるとどうすれば・・・・・・。痛みがある程度回復して前に出ながら考える。スライム達はまだまだやれるぞとばかりにこちらを威嚇する。対するこっちは決め手がないため、考え込んでしまう。

 

「どうすれば・・・・・・」

「殴って殴って殴り続けるしかねぇだろ」

「もしくは蹴り飛ばす・・・・・・とかか?」

「逃げるとかできないかな?」

「逃してくれるとは思わないけどね」

 

逃げられるなら逃げたいけど、こちらをじっと見て威嚇しているし、先ほど僕たちは相手の攻撃をもろに食らってしまい、正直逃げるのもきつい。こんな状態では絶対逃してくれないだろう。僕と当麻、雄二は互いに頷き、前に出る。

 

「さやか、君は下がっていて」

「え、私も戦うよ!?」

「女の子を闘わせるわけにはいかないだろ? それに俺たちの方が頑丈だし」

「う~・・・・・・でもあんまり無茶はしないでよ?」

「分かっているって。昔から散々言われていたからな」

「明久も当麻も守らないじゃん」

「「今日は守る!」」

「お前ら、来るぞ!」

 

こちらが話していると、痺れを切らしたのか、向こうからこちらに襲いかかってきた。こうなったらやられる覚悟でこいつらを倒してやる。僕がそう思ったその時。

 

 

 

「そこのお前ら、全員伏せろ」

 

 

 

背後から声がして、咄嗟に言われるがまま僕たち四人は伏せた。それと同時にゴウッと頭上を何かが通り過ぎていき、スライム達の悲鳴が聞こえた。顔を上げるとそこにはナイフに串刺しにされているスライムがいた。

 

「全く・・・・・・こんな奴らに手こずる奴なんて始めて見たぞ?」

 

またも背後から声がして、後ろを振り返るとそこには一人の男性が居た。

首元に紺のスカーフを巻き、上は濃いオレンジ色と紺色のジャケット、下は濃いオレンジ色一色のスウェットを着ている。顔は聡明そうで、当麻と同じ髪型をしている。髪色は白色のような銀だ。また、特徴的な眼鏡もつけている。背後に背負っている細長い袋が気になる。

 

「あの、あなたは・・・・・・?」

「・・・・・・人に名前を尋ねるときはまず自分からじゃないのか?」

「あ、すみません。僕は吉井明久です」

「俺は坂本雄二だ」

「私は美樹さやかです。こっちが上条当麻」

「それで、あなたは・・・・・・?」

「別に名乗る必要はないが・・・・・・俺は雪代縁だ」

 

そう言って僕たちの命の恩人である人は、少し面倒くさそうに名乗ってくれたのであった。

 




突如現れた謎の人物と魔物、さて彼らは明久達にどう関わってくるのか?

次回もお楽しみに。


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第8話:頼れる人と異常事態

これで前作までの投稿分(改良版)は投稿終了です。同時に書き溜めが尽きましたので、更新速度は落ちます。ですが、半年に一回とかにはしないようにします。

そして、今回の話で何を参考にしたのか、分かる人には分かるかも知れません。

それでは、どうぞ。


「学校の宿題?」

「はい。学校の宿題のために必要な情報を調べるためにこの先の巴村ってところに向かう途中だったんですけど・・・・・・」

「魔物に襲われた・・・・・・と」

「そんなところです」

 

雪代縁と名乗った彼の攻撃により魔物が死んで、辺りが静寂を取り戻してから僕は彼に事情を説明していた。当麻とさやかはナイフが貫かれて死んでいるスライムを眺め、雄二は僕の後ろにいる。

 

「どこの学校の奴かは知らないが、護身用の武器一つ持っていないのはさすがに不用心だぞ?」

「いや、日本じゃあ沖縄以外に小型の魔物なんていないと思っていましたから」

「野獣に襲われるとかは考えなかったのか?」

「・・・・・・か、考えていましたよ!? うん!」

「・・・・・・ハァ」

 

痛いところを突かれて僕は言い繕うとしたが、簡単に見破られ、雪代さんはため息を吐く。というよりも、猛獣が出る場所なのか、ここは。

 

「他に魔物の気配はなさそうだから、先に行かせてもらうぞ」

「あ、ちょっと待ってください!」

「なんだ?」

 

荷物を担ぎ直してさっさと立ち去ろうとする雪代さんを引き止める。当麻とさやかもその様子を見て、こちらに戻ってくる。

 

「もしかして巴村に住んでいる人ですか?」

「・・・・・・まぁ、そうだな。それがどうした?」

「あの、出来れば道案内をお願いしても良いでしょうか?」

「ハァ? 俺が、お前達の?」

「はい、お願いします!」

「あ、俺からも」

「私もお願いします!」

「何で俺がお前達の・・・・・・」

 

僕達の頼みに対して面倒くさそうに応える雪代さん。僕たちにとって彼は命の恩人である。その上、道案内まで頼むのは図々しい頼みだという事は分かっている

 

「道筋は知っているのだろう? じゃなきゃここまで来れないし・・・・・・」

「でも、さっきのような魔物にまた出くわしたらって考えると・・・・・・」

「成る程、護衛を頼みたいわけだ」

「えっと、それもありますけど・・・・・・何か、ここら辺変な感じですし」

 

僕は少し恥ずかしそうに答える。僕の態度を見て、雪代さんは少し考え込む。理由としても妥当だし、先ほどのように魔物に襲われれば今度こそ命の保証がない。だから、ここで何としても彼には同行してもらいたい。ある程度考えた後、雪代さんが答える。

 

「・・・・・・いいだろう。ただし、村が見えるところまでだ」

「「「「あ、ありがとうございます!」」」」

 

雪代さんは道案内兼護衛を受けてくれて、ホッと一安心した。よかった、これで断れていたら、本当に参っていたよ。

 

「いや~、断られたらどうしようかと・・・・・・」

「どの道行く道は一緒だからな。ついでだ」

 

さっさと行くぞと雪代縁は荷物を持って進む。僕たちは慌てて荷物をまとめて出発した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

魔物に襲われた場所から離れて森の中を進む。辺りは相変わらず昼にもかかわらず暗いが、明かりが必要なほどではない。だが、木々の間からは暗闇が覗き込みまるでこちらを見ているかのような感じを受ける。

 

「あの類の魔物はそこいらにうじゃうじゃといるぞ」

「そうなんですか? 今まで見たことなかったんですけど」

「お前たち、どこから来た?」

「学園都市から来ました」

「あそこか・・・・・・確かにあそこじゃ魔物なんているわけないな」

 

僕たちはそんな中でも喋りながら道を進んでいた。無論、辺りを警戒しながら雪代さんの後を追う形で進む。

 

「あ、そうだ。雪代さん」

「何だ」

「ここって、ずっとこんなに暗いんですか?」

「暗いって・・・・・・空のことか?」

「はい、そうですけど・・・・・・」

 

少し進むと当麻はある疑問を雪代に問いかけた。当麻は彼がここら辺のこれから行く巴村に住んでいるのなら、この空について何か知っているのだろうかと思い、この質問をした。

 

「いや、分からないな」

「そうですか・・・・・・」

「この空もこの頃なったばかりだ。何が原因か皆目見当もつかん」

「う~ん・・・・・・じゃあ何だろうね、これ?」

「呪い的なものじゃないのか?」

「やめてよ。縁起でもない」

「何だ、明久。お前幽霊が怖いのか?」

「いや、怖くないけど・・・・・・こんな状況だと本物が出てきそうで・・・・・・」

「あぁ・・・・・・確かにこんな状況じゃな・・・・・・」

 

そう言って、僕達は空を見上げる。相変わらず空はどんよりと暗く、光が全然差し込まない。なのに、周囲は少し見渡せる程度には明るく、少し先を歩く雪代さんの姿をしっかりと視認することが出来る。

 

「今までホラーなんてTVの向こう側の話とばかりに思っていたけど、こんな超常現象を目の当たりにしちゃったらなぁ・・・・・・」

「今度からは本当にあるんじゃないかって、思っちゃうよね」

「ハァ~・・・・・・ちょっとした旅行気分で来たのな・・・・・・不幸だ」

「俺としたら超能力も十分超常現象だがな」

「お前ら、さっさと行くぞ」

「あっ、はい」

「これなら俺一人の方がよかったか・・・・・・?」

 

そう言ってぶつぶつと文句を言いながらも、僕たちが自分を見失わない程度の速度で歩いていく彼は案外優しいのかもしれない。雪代さんの姿を見失わないように歩いていく。

 

「っと、ちょっとそこで待て」

「えっ? どうしたんですか?」

「俺の用事だ」

 

そう言うと雪代さんは道を外れて森の方に入っていく。待てと言われたけど、待っていたら魔物が現れそうなので、僕たちはついて行くことにした。

 

「・・・・・・待てと言ったが?」

「魔物が出たら怖いなぁ・・・・・・と」

「ハァ~・・・・・・邪魔はするなよ」

 

明らかに呆れられながらも来るなと言われなかったので、僕たちはついて行くことに。ていうか、さっきから僕だけが雪代さんと話をしているような気が・・・・・・。

 

「わぁ・・・・・・」

「おぉ・・・・・・」

 

少し歩くと開けたところに出た。そこには花畑が広がっており、周囲に漂っていたどんよりとした空気をとは隔絶したような場所だった。

 

「綺麗・・・・・・」

「こんな場所があるなんてな・・・・・・」

「何か、秘境に来たって感じだ」

「こんな場所があったんですね、雪代さん・・・・・・って、ちょっと?」

 

綺麗な花畑に感心していると、雪代さんが花畑を突き進む。どうしたんだろうと僕たちもついて行くと、辿り着いた場所に大きな石が一つ置かれていた。

 

「これって・・・・・・?」

「静かにしていろ」

 

何なのか話しかける前に雪代さんが僕たちに注意する。今までとは違い、有無を言わせぬ口調に僕たちは口を噤む。雪代さんは袋から水が入ったペットボトルとタオルを取り出し、タオルを濡らして石を拭く。その一つ一つの仕草はまるで慈しむかのように丁寧に行っていた。

 

(・・・・・・)

 

その仕草に僕たちは自然と一歩下がり、邪魔にならないように見守った。まるで邪魔をしてはならない聖域のような、大切な空間に僕たちがいてはいけない気がした。雪代さんは吹き終わると石に・・・・・・いや、もう確定だろう。

 

「・・・・・・お墓、ですか?」

「・・・・・・そうだ」

 

雪代さんはお墓に手を合わせる。恐らく、お墓を用意できなかったのか、それとも僕たちでは想像も付かない理由があるのか。どちらにしても雪代さんの大切な人が眠るお墓であることは間違いないだろう。僕たちも自然と手を合わせた。

 

「・・・・・・いいぞ。用事は済んだ」

「いいですか?」

「あぁ」

 

雪代さんはそう言うと、荷物を持って来た道を戻っていく。僕たちも一緒について行った。

 

「こんな所にお墓があるなんてね」

「何か事情があるんだろうな」

「だろうな。だが、部外者の俺たちが触れていいことじゃないな」

「うん、そうだね」

 

あの墓は誰の墓のか、どうしてあんなところに、しかもちゃんとした墓ではないのか。色々と気になることはあるけど、雪代さんの先ほどの雰囲気から容易に触れて良いことではなさそうなので、胸の内に仕舞うことにした。

 

しばらく歩いていくと森を抜けて開けた場所に出た。空は相変わらず暗いが、周りが見渡せないほどではないため、割と見通しはいい。そのため、先ほどのスライムや初めて見る魔物らしき生き物もチラホラと見える。

 

「うわ、やっと森を抜けたと思ったら、なんかウジャウジャいる・・・・・・」

「元気が売りのさやかちゃんも嫌になるよ」

「あと少しで貴様らが目指す巴村だ。弱音を吐くな」

 

言う程ウジャウジャいるわけではないが、チラホラと魔物の姿が見える。雪代さんは疲れ気味の僕達を叱咤して、道なりにどんどん進んでいった。少し歩いていると村らしきものが見えてきた。

 

「あ、あれって・・・・・・」

「村だぁ!」

「やった!」

「やっとか。何かすげー疲れたぜ」

「・・・・・・ここまでだな」

 

やっと村を見つけたらと思ったら、今度は雪代さんが離れようとする。そういえば村が見えるまでって約束だったことを思い出す。だが、ここまで来たのでどうせなら一緒に村の中まで入りたいと思い、雪代さんを引き止める。

 

「あ、雪代さん。どうせなら一緒に村まで行きません? どうせあとちょっとですし」

「悪いが俺は村に用はない。用があるのはこの近辺にある炭坑だ」

「炭坑? ここいらに炭坑なんてあるんですか?」

「あぁ、あるぞ。ちなみにそこには魔物がウジャウジャといる」

「そんな危ないところに何をしに?」

「そこまで言う必要はない。じゃあな」

「あ! ちょっと・・・・・・行っちゃった」

 

話を切り上げて早々に立ち去る雪代さんを見送る。まだちゃんとお礼が言えてないので、少し心残りが残る。

 

「行っちゃった・・・・・・まだお礼が言えてなかったのに・・・・・・」

「まぁ行っちまったもんはしょうがねぇし、さっさと村の中に入ろうぜ」

「雄二の言うとおりだ。正直、上条さんは疲れたぜ」

「私も。何か本当に疲れたなぁ今日は」

「そうだね。調べるのは明日にして、今日はもう休もう」

 

今日は本当に色々なことが起こって本当に疲れたので、村の方にゆっくり進んで行く。こうなると、明日からが大変だなと思った。

 

 

 

だけど、僕たちが村に入った時に目を疑った。

 

 

 

「・・・・・・え?」

「・・・・・・何これ?」

 

普通ならそこには家が建ち並び、時間的にも夜中の時間帯で家には明かりがつき、静かな光景が広がるはずだった。

 

「な、なにやってんだこいつら・・・・・・」

「おいおい、嘘だろ・・・・・・?」

 

そこには予想していた風景など微塵もなく。

 

 

 

「何で家をぶっ壊しているんだ……?」

 

 

 

――――――泣きながら家を壊していく人々の姿だった。

 

 

 

 




家を壊す人々。彼らはなぜ壊していくのか。

次回もお楽しみに。


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第9話:少年と侍

正真正銘、新稿です。ここから先はリメイクもへったくれもないお話です。

家を壊す人に、新たな出会い。

それでは、どうぞ。


「ちょっと! 何をしているんですか!?」

 

あまりの光景に唖然とするも、すぐに我に返り、家を壊そうとしている人を止めようとする。

 

「うるさい! こうするしか・・・・・・こうするしかないんだよ!」

「いや、だからって・・・・・・!」

「もう放っておいてくれ!」

 

僕たちの制止を振り払い、泣きながら家を壊し続ける村人さん。あまりの事態に理解が追いつかない。

 

「どうしてこんなことを・・・・・・」

「わからん・・・・・・気でも狂ったのか?」

「なら他の人が止めるでしょ!? でも他の人は・・・・・・!」

 

さやかの言うとおり、周りの人達は止めるどころか、目を背けてそそくさと去って行く。まるで関わりたくないと言わんばかりに。

 

「いくら何でもおかしいよ!?」

「俺もそう思うけどよ・・・・・・」

「あんたら、余所からやってきたのかい?」

 

当麻とさやかが言い争っていると、別の村人の男性がこちらに来た。男性はとても憂鬱そうにしており、元気がない。

 

「ならこの村から早く出ることだね」

「あの、どうしてあんなことに・・・・・・」

「余所から来たアンタ達には関係の無いことだよ」

 

すぐに村を出るんだよと言って、男の人は去って行った。そうは言われても、これを放って置くわけには行かないし、第一帰るための手段がない。

 

「気にするなと言われたけど・・・・・・」

「どうにか出来ねぇのか、あれって」

「いくら何でもあの人が可哀想だよ」

「・・・・・・まぁ、込み合った事情があるんだろう。それを探る前に俺たちは泊まる場所を探さねぇと」

 

このままじゃあ野宿になっちまうと雄二が頭を掻きながら言う。考えてみれば、僕たちは宿屋の予約をしていなかった。破壊行為は気になるけど、僕たちも泊まる場所を確保しないと野宿になる。僕たちはとりあえず泊まる場所を探すことにした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「「「・・・・・・どうしよう」」」

「まさか宿泊拒否をされるとは・・・・・・」

 

僕たちは村の一角で立ち往生していた。理由は簡単、誰も泊めてくれないのである。

 

「唯一あった宿屋まで宿泊拒否をされるなんて・・・・・・」

「きっと当麻と雄二のツンツンヘアーが相手を威嚇したからだ・・・・・・」

「「おい」」

 

僕の冗談に二人がツッコミを入れる。正直、こんな冗談でも言わないとやってられないのだ、勘弁して欲しい。

 

「・・・・・・こうなりゃあ野宿するしか」

「い、嫌だよ! 私はしっかりとしたベッドで寝たいよ!」

「そもそも、村の中で野宿するのは迷惑行為だろ・・・・・・」

「でも、外は魔物だらけだし・・・・・・」

 

恥を忍んで村で野宿するか、外で野宿するか・・・・・・村の中央で途方に暮れてしまう。

 

「おい、アンタ達」

「うん?」

 

村の中央で途方に暮れていると、一人の少年が声を掛けてきた。少年は野袴姿をしており、とても勝ち気な目でこちらを見ている。背中には竹刀を背負っており、田舎の剣道少年という感じだ。

 

「さっきから村で何をしているんだよ?」

「えっとね・・・・・・泊まる場所を探しているの」

「泊まる場所? 宿屋があっただろう?」

「宿泊は受け付けていないだって・・・・・・」

「はぁ?」

 

さやかが事情を話すと少年は何言っているんだ、コイツという顔になる。そう言われても、実際に宿泊拒否されたからなぁ・・・・・・。

 

「あんたらって、話が下手なのか?」

「おおっと、そう来たか」

「しょうがねぇなぁ。俺が言ってきてやるよ」

「いや、だからね・・・・・・」

「な~に、任せとけって!」

 

そう言うと少年は泊める間もなく宿屋に向かっていった。

 

「いきなりなんだったんだろう、あの子」

「さあな。だが、俺たちよりも可能性はあるかも知れないな」

「どうして?」

「多分、この村のガキなんだろう。だから余所者の俺たちよりは内情を知っている分、可能性はあるってことだ」

「確かに・・・・・・っと、戻ってきたぞ?」

 

僕たちが雄二の説明に納得していると、先ほどの少年が戻ってきた。だが、先ほどの勝ち気な雰囲気とは違い、ズカズカと怒りながらこちらに来ている。あの様子だと・・・・・・彼の様子から交渉はうまくいかなかったんだろうと思い、意気消沈した。

 

「お帰り~。どうだった・・・・・・って聞くまでもないか」

「何だよ、アイツら! 『事情を知らない奴は泊められない』って! ふざけてんのか!?」

「まぁまぁ、落ち着いて・・・・・・」

 

怒る少年をさやかが宥める。彼でもうまくいかないとなると、一体どうすれば良いのか・・・・・・本格的に手詰まりとなり、僕と雄二と当麻は頭を抱えた。

 

「ったく・・・・・・おい、あんたら」

「何かな?」

「狭いの我慢できるか?」

「まぁ、屋根があるところに泊まることが出来れば大丈夫だが・・・・・・」

「じゃあ、俺の家に来いよ」

「「「「えっ」」」」

 

少年の思わぬ提案に驚く。あれ、余所者は泊めないじゃなかったのかな?

 

「そりゃあ、嬉しい提案だけど・・・・・・良いの?」

「いいって。そんなに大きくはないけど、これぐらいの人数なら大丈夫だ」

「いや、そうじゃなくて・・・・・・僕たち、余所者だよ?」

「だから、良いって言っているだろ? 第一、俺たちも余所者だっての」

「たち?」

 

少年の言葉に疑問を抱く。彼らが余所者? それに“たち”ってことは・・・・・・。

 

「もう一人いるのか?」

「あぁ・・・・・・まぁ、今は怪我人で、寝たっきりだけどな」

「そうなんだ・・・・・・一応傷クスリはあるけど」

「本当か? なら、なおさら来てもらわないとな」

 

クスリがあることを聞くと、少年は笑顔になる。その様子から察するにかなりの重傷人なのだろう。

 

「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな」

「あれ? 言ってなかったか?」

「いや、聞いてねぇな」

「そっか・・・・・・それじゃあ、改めて」

 

少年はこちらを見据えて自信満々に言う。

 

「俺の名前は明神弥彦。侍を目指して修行中の男だ!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「じゃあアンタらは、宿題のためにここに来たのか」

「そうだね。でも、まさかこんな事態になっているなんて・・・・・・」

 

僕たちは弥彦君に案内されながら、村の中を歩く。正直、もう歩くのも億劫だが、彼の家が村の外側らしいので、そこまで歩いて行っている。

 

「また大変な時に来たもんだな」

「全くだ。まさか自分の家を壊しているキチガイに出くわすとは思わなかったぜ」

「あぁ、アレか。アレには理由があるんだよ」

「理由?」

 

雄二の呟きに弥彦君が応える。理由って・・・・・・やっぱり何かあるんだ。弥彦君は今も壊されているであろう家の方を見る。

 

「別に気がふれたとかじゃないし、趣味ってわけでもないからな」

「じゃあ、尚のことどうして?」

「それは・・・・・・おっ、着いた」

 

しばらく歩いていると、小さな一軒家に着いた。そこまで大きくなく、昔ながらの民家で軒先には木工用の道具は広がっていた。弥彦君は「遠慮すんなよ」と言いながら、家に入っていく。僕たちも弥彦君に続いて家に上がらせてもらった。

 

「「「「失礼します」」」」

「おう・・・・・・剣心! 帰ったぜ!」

「うん? あぁ、お帰り弥彦。それと・・・・・・ようこそ、お客人」

 

玄関を上がり土間を進むと、広い畳が広がっており、そこに一人布団に寝ていた男性がいた。男性は僕たちに気づくと布団から起き上がり、布団の上に座る。

 

「おい! 寝てろって!」

「大丈夫でござるよ。今日はまだ良い方でござるから」

「全く・・・・・・あっ、そうだ」

 

少々辛そうな様子の男性に弥彦君はため息を吐く。余程この人が大事なのだろう、先ほどとちがい、すごく男性を心配している。弥彦君は思い出したかのように、こちらの方を向いた。

 

「こいつら、今日の宿がないそうなんだよ。泊めてやっても良いか?」

「ふむ・・・・・・いいでござるよ」

「おっし! 良いってよ!」

 

泊まっても良いと聞き、僕たちはよかったと安心して息を吐いた。これで駄目だったら、本当に詰んでいた。男性は優しげな表情をしており、長い赤髪の後ろ髪が特徴的だった。頬には十字傷が刻まれている。

 

「ありがとうございます。えっと・・・・・・」

「剣心。緋村剣心でござるよ、お客人」

 

男性は座りながらも丁寧に挨拶をしてくれる。僕たちもできる限り失礼にならないように、自己紹介と挨拶をした。その後、僕たちの事情を話した。

 

「なるほど・・・・・・この村の伝説を聞きに」

「はい、そうなんです」

「ふむふむ、若い時から事実を確認するために、このような辺境にまで・・・・・・なんと勤勉なことか」

「いや、結局は宿題を忘れた罰みたいなものですから」

「だからといって、この片田舎にまで足を運ぶことなど、現代の学生にはそうそうおらんでござるよ」

 

僕たちの話を緋村さんは弥彦君に治療されながら笑顔で聞いてくれた。先ほど傷クスリの全部を弥彦君に渡してから弥彦君はずっと緋村さんの傷跡に塗っている。

 

 

「あの・・・・・・その傷跡は?」

「あぁ、これでござるか?」

 

緋村さんは傷クスリが塗られている傷を見る。正面から大きく切られた切り傷はとても痛々しい。

 

「これは少々油断して切られただけでござるよ」

「切られたって・・・・・・大丈夫なんですか?」

「大丈夫「なわけねぇだろ、バカ」おろろ・・・・・・」

 

元気そうにしようとした瞬間、弥彦君に間髪入れず否定されたため緋村さんは困ってしまう。弥彦君の言うとおりなら、元気そうにしていても空元気ということになる。

 

「夕食は?」

「あ、来る前に買ってきた弁当とかを・・・・・・」

「ならば、そろそろ寝るといい。生憎と仕切りがないため、男女同じ部屋になるが・・・・・・」

「あっ、大丈夫ですよ。私はそこまで抵抗はありませんから」

「それはよかった。では、悪いがお先に・・・・・・」

 

あまり触れられたくないのか、弥彦君が傷クスリを塗りおえた所を見計らって、緋村さんは服を直し横になった。その後、程なく寝息が聞こえてくる。寝静まったのを見計らって、さやかが弥彦君に尋ねる。

 

「この人が弥彦君が言っていた・・・・・・」

「あぁ・・・・・・緋村剣心。俺の親代わりで、目標としている侍だ」

 

寝ている緋村さんを心配げに見る弥彦君。その表情から緋村さんを慕っているのが分かる。

 

「間の抜けた感じがする奴だけど、いざ刀を握ると別人みたいになるんだ」

「そんな感じには見えないけど・・・・・・」

「本当だぜ。この間なんてなぁ・・・・・・」

「あ~、話の腰を折るようで悪いが、弥彦?」

「何だよ?」

「すまんが、そういう話は明日にしてもらって良いか? 今日は疲れていてな」

「あっ・・・・・・そうか。お前達って宿を探していたんだよな」

 

話に花が咲く前に雄二が話を中断する。正直、もうクタクタなのですごく助かった。弥彦君はタンスの方に行き、ここに布団があるからと教えてくれる。

 

「でも、足りるか?」

「ないなら雑魚寝でいいぞ。屋内であればいいからな」

「あっ、毛布は足りるけど、布団は一つだけだ」

「じゃあ、さやかが使えよ。この中で唯一の女なんだからな」

「普段そんな扱いしないくせに、何でこんな時だけ女の子扱いなのかな・・・・・・」

 

若干不満そうにしながらもさやかは布団と毛布を受け取り、僕たちは毛布を取る。弥彦君も自分の分の布団を取り出し、緋村さんの近くに敷く。

 

「じゃあ、俺は先に寝るからな」

「うん、おやすみ」

「おう、おやすみ」

 

そう言うと弥彦君は横になり、程なくして寝始める。僕たちは少し離れた場所に集まって、話をする。

 

「泊めてもらえて良かったよ」

「あぁ。一時はどうなることかと思ったぜ」

「本当、今日は色々あったからな・・・・・・」

「うん・・・・・・本当にね・・・・・・」

 

本当に色々あった・・・・・・帰りの駅が消えたり、魔物に出会ったり、家を壊している現場に遭遇したり・・・・・・改めて思い返してみても、一日で起こった出来事とは思えないほどのものだ。

 

「雪代さんに会えなかったら、どうなっていたかな・・・・・・」

「何とかしていたとは思うが・・・・・・無事では済まなかっただろうな」

「うん・・・・・・大丈夫かな、雪代さん」

 

僕たちを助けてくれた雪代さんのことが心配になる。あの後、一人で鉱山の方に行くと言って、魔物達がいる外に行ったきりだ。いくら強いと言っても、魔物が現れる場所に長い間いることに心配になる。

 

「・・・・・・なぁ、もう明日にしようぜ」

「当麻?」

「確かに色々あったけどよ、これ以上話し合っても情報が足りないし、あの人は俺たちが心配するほど弱い人じゃないだろ?」

「確かにそうだけど・・・・・・」

「そうだな、上条の言うとおりだな」

 

当麻の言葉を聞いてもなお、心配な僕とさやかに雄二が言葉を挟む。

 

「何を考えるにしても、思うにしろ、俺たちはこの村に来たばかりで何も知らない。だから、明日からは情報収集だ」

「情報収集・・・・・・」

「そのためにも今はしっかりと休んで、明日から動いていくぞ」

「・・・・・・うん、わかった」

「わかったよ、雄二」

 

強引に話を締めくくる雄二の話を聞いて、さやかも僕も納得した感じで返事をした。当麻や雄二の言うとおり、雪代さんはとても強いから大丈夫だと思い、明日からの行動に賛成した。

 

「よし。それじゃあ、もう寝るか」

「そうだね・・・・・・私ももう眠い・・・・・・」

「あぁ・・・・・・俺もだ・・・・・・」

「僕も・・・・・・」

 

いざ寝ようということになると、今までの疲れがどっと溢れてきたのか、すぐに眠くなる。さやかは布団に、僕と雄二、当麻は毛布を被って床にそのまま寝始める。

 

(最初は観光気分だったんだけどなぁ・・・・・・)

 

観光気分でやってきた宿題の課題研究だったけど、思わぬ事態に巻き込まれたなと思いながら、僕はそのままゆっくりと意識が沈んでいった。

 




明神弥彦と緋村研心、二人は何者か。この村で起こる異変とは。

次回もお楽しみに。


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第10話:目が覚めて・・・

一日を終えて、目覚めた明久達。この村に起こっている事態とは?

それでは、どうぞ。


「・・・・・・知らない天井だ」

 

僕は目が覚めると、そこはいつものアパートの自室の天井ではなく、木造造りの屋根だった。何でだろうと思いつつもボンヤリしていると、ヒュンと風を斬るような音がした。何かなと思い、起き上がる。

 

「う~ん・・・・・・あれ?」

 

目を擦りながら周りを見ると、見たことのない障子や畳があり、自分の部屋ではないことがわかる。

 

「えっと・・・・・・確か・・・・・・」

 

不思議に思い、何があったのかを思い出そうとした時、またヒュンと風を斬る音がする。音が鳴る方を見ると、土間の方で誰かが素振りをしていた。若干ボンヤリとしつつも、よく見ると、一人の少年が竹刀で素振りをしていた。

 

「・・・・・・あっ、思い出した」

 

少年こと弥彦君のことを見て、昨日までのことを思い出す。帰りの駅がなくなったこと、魔物に襲われ、助けられたこと、そしてこの村の異常事態と彼の家に泊めてもらったこと等を。

 

「昨日だけで色々なことがあったなぁ・・・・・・」

「おっ、目が覚めたか」

 

昨日のことを改めて思い出していると、僕が起きていることに気づいた弥彦君が声を掛けてきた。彼は素振りをしたあとか、とてもすっきりとした表情である。僕はまだ寝ている当麻と雄二、さやかと緋村さんを起こさないようにしながら、弥彦君がいる土間の方に向かった。

 

「うん、おはよう」

「おう、おはようさん。眠れたか?」

「まぁ、何とかね」

 

若干、体がだるいけど、昨日よりはマシだ。これなら今日一日、しっかり動ける。僕はみんなを起こさないようにしながら、弥彦君の方に向かう。

 

「いつもこんな時間から素振りを?」

「まぁな。剣心みたいな強い侍になりたいからな」

「侍?」

 

そういえば弥彦君は昨日から侍を目指しているとか言っていたような気が・・・・・・気になったので聞いてみることにした。

 

「昨日から侍になりたいって言っていたけど・・・・・・」

「おう。何だ、お前も侍になりたいのか?」

「いや、あった時から気になってね」

「つまり侍になりたいって事か」

 

侍について教えてやるよと弥彦君はそこに座れと言う。だから違うだけど・・・・・・そう言っても聞いてくれそうもないので、おとなしく座って話を聞く。

 

「いいか、侍ってのはな・・・・・・」

「うん」

「・・・・・・とにかくすごいんだよ!」

 

説明もへったくれもない言葉にガクッとなる。弥彦君・・・・・・自信満々なのは分かるけど、それじゃあ、何も伝わらないよ。弥彦君は申し訳なさそうな顔をして、頭を掻く。

 

「悪いな、良い感じの言葉が思いつかなくて・・・・・・」

「いや、別に良いよ」

「剣心なら、ちゃんと話してくれると思うけどなぁ・・・・・・」

「拙者がどうしたでござるか?」

 

後ろから声がして、僕と弥彦君が振り返るとそこには寝間着姿の緋村さんがいた。体調が良いのか、とても自然な笑みを浮かべている。

 

「剣心! もう傷は大丈夫なのか?」

「もう大丈夫・・・・・・と言いたいところでござるが、まだ傷は疼く」

「そうか・・・・・・やっぱり市販のクスリじゃあ駄目なのか」

「それでも昨日よりは大分マシになったでござるよ」

「そうか・・・・・・良かったぜ」

 

緋村さんの具合を聞くと弥彦君は胸をなで下ろした。すごく心配だったのがよく分かる。緋村さんは弥彦君を安心させた後、僕の方を見る。

 

「しっかりと眠れたでござるか?」

「はい、それなりに・・・・・・」

「拙者達も間借りしている身でござるから、人数分の布団しかなかったのだ」

「それはしょうがありませんよ。急に押しかけてきたのはこちらですし・・・・・・」

 

申し訳なさそうにする緋村さんに、僕はそんなことないと頭を振る。本来なら、宿屋に泊まって一晩過ごす予定だったのだが、宿屋に泊まれず押しかけるように来たのはこちらの方なのだ。

 

「何だ・・・・・・何を話しているんだ・・・・・・」

「ふぁ~・・・・・・一体何だよ・・・・・・」

「う~ん・・・・・・何事・・・・・・」

「あ、みんなが目を覚ました」

 

土間の方で話をしていると、眠っていた三人が目を覚ました。三人はまだ眠いのか、目元を擦ったり、体を伸ばしたりしている。

 

「ふむ、丁度皆も起きたであるし、朝食でも作ろうか」

「あ、手伝いますよ」

「いやいや、お客人に手伝わせるわけには・・・・・・」

「むしろ手伝わせてください。泊めさせてもらったお礼に」

「ふ~む、それなら手伝ってもらおうか」

「ていうか、剣心は横になってろ」

「おろろ・・・・・・」

 

弥彦君に言われて緋村さんは居間の方に戻っていく。入れ替わるように三人がこちらにやってくる。

 

「手伝うぞ」

「いいのか?」

「さっき明久が言っただろ、泊めてくれたお礼だって」

「そうそう。私たちも手伝わせて」

「わかったよ。じゃあまずは・・・・・・」

 

そう言うと弥彦君は土間にあるキッチンの使い方を僕たちに教えながら、料理を進めていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「なぁ、緋村さん」

「何でござるか、え~と・・・・・・」

「坂本雄二だ。どうしてあの男性は家を壊しているんだ?」

 

朝食を食べた後、昨日から疑問に思っていたことを雄二が緋村さんに尋ねる。僕もそれはずっと気になっていた。

 

「ふむ・・・・・・あれでござるか」

「どう見ても普通じゃないですよね。自分の家を泣きながら壊すなんて・・・・・・」

「狂っているのかと言われたら、そういう風には見えなかったですし」

 

さやかと当麻が僕たちが思っていることを言う。二人の言うとおり、あれは異常事態としか言いようがない。あんな泣きながら家を壊すなんて・・・・・・緋村さんは改まった顔つきで話し始める。

 

「先に言っておくでござるが、アレは気が狂ってあんなことをしているわけではござらぬ」

「あ、やっぱりそうなんですね」

「うむ・・・・・・アレはこの地に現れた魔物の仕業でござるよ」

「魔物?」

 

魔物って・・・・・・あの村の外にいたあれらかな。確かに強いし、恐ろしいけど・・・・・・

 

「それって、外にいる奴らですか?」

「いや、もっと力のある魔物でござるよ」

 

さやかの疑問に緋村さんは違うと首を振り、違う魔物がいることを話す。

 

「拙者達も又聞きでござるが、その魔物は突如この村に現れたそうだ」

「村の近くの民家を木っ端みじんにした後、『命が惜しかったら、お前達の居場所を自らの手で壊せ』って命令したらしいんだよ」

「なるほど・・・・・・」

 

突然現れた村の外から現れた魔物によって脅威にさらされたということか。信じがたい話だけど、今の村の現状を見ると納得してしまう。

 

「警察とかはいなかったんですか?」

「近くに交番があったらしいだけど、連絡がとれないみたいだぜ」

「恐らく、その魔物の仕業でござろう。来る者拒まず、出る者逃がさず、とな」

「俺たちも電車でここの近くまで来たしな・・・・・・」

 

緋村さんの言葉に、当麻は頭を掻きながら同意する。それって、つまりここから帰れないって事・・・・・・?

 

「ねぇ・・・・・・つまりさ、私たち帰れないって事・・・・・・?」

 

僕が思った不安をさやかがとても不安げに言う。さやかの言うとおり、その魔物がいる限り僕たちは帰れないと言うことになる。それは・・・・・・嫌だ。

 

「安心されよ。後日、拙者がその魔物を倒しにいくつもりでござるよ」

「えっ・・・・・・本当ですか?」

「おい、剣心!?」

 

緋村さんの言葉に勇気づけられるも、慌てて弥彦君が咎める。そういえば、確か緋村さんは・・・・・・。

 

「お前! その魔物に敗北して、今の大怪我負ったのを忘れたのかよ!?」

「それはまだ、魔物の情報がなかったからで・・・・・・」

「ふざけんな! 俺の目が黒いうちはそんなことさせねぇぞ!」

 

そう、緋村さんは体に大きい切り傷を負っている。そんな状態じゃあ、やられにいくようなものだ。言い渋る緋村さんに絶対行かせないと言い張る弥彦君。

 

「とにかく! アイツが特効薬を取ってくるまでの辛抱だ! それまで寝てろ!」

「いや、だがな、弥彦よ・・・・・・」

「い・い・な!」

「う、う~む・・・・・・」

「「「「“アイツ”?」」」」

 

急に二人の会話に出てきた“アイツ”という言葉に僕たちは首を傾げる。アイツって・・・・・・誰のことだ?

 

「ねぇ、弥彦君」

「あぁん? 何だよ?」

「アイツって・・・・・・一体誰のこと?」

「あぁ・・・・・・雪代縁だよ。白髪の」

「「「えぇ!?」」」

 

思わぬ人物の名前に驚く。雪代さんって・・・・・・あの!?

 

「白髪で丸眼鏡をかけていて」

「妙に細長いバットケースを担いでいる!?」

「お、おう。多分そうだけど・・・・・・何だ、知っているのか?」

「う、うん。僕たち、魔物に襲われていたところを助けてもらったんだよ」

「その後、この村まで守ってもらって・・・・・・」

 

本当にあの人には感謝してもしきれない。できればもう一度会って話をしたいし、お礼も言いたい。

 

「へぇ~。素っ気ない奴だったけど、アイツも侍なんだな!」

「侍かどうかはわかんねぇけど・・・・・・少なくてもいい人だよ」

「・・・・・・そうでござるな」

「そうそう! それにアイツがいなかったら剣心は今頃死んでいたかも知れないし」

「えっ、どういうこと?」

「アイツ、重傷の剣心を魔物がいる塔から安全な場所まで連れて行こうとしたんだよ」

 

雪代さんのことを嬉々として話す弥彦君に僕たちも頷く。素っ気ない人だったけど、やっぱりいい人だったんだなぁ、あの人。さやかに当麻も一緒に頷く。

 

「・・・・・・」

「どうしたの、雄二。それに緋村さんも」

「いや、何でもねぇ」

「うむ。何でもござらぬよ」

 

雪代さんのことで盛り上がる僕たちに対して、緋村さんと雄二は神妙な面持ちで考え込んでいる。一体どうしたのだろうか。

 

「つまり、この村には強力な魔物が現れて、村に理不尽な要求を叩きつけている。そして、緋村さんはその魔物を倒そうとしたが、返り討ちに遭い、重傷を負って養生しているって所か」

「うむ、そうでござる。あと、拙者のことは気軽に剣心と呼んでも構わんよ」

「んじゃ、剣心さん。次の疑問だが・・・・・・」

 

雄二が話を纏めて、話を変える。次の疑問って・・・・・・何かあったかな?

 

「その傷は普通に養生していれば治るのか?」

「この傷でござるか・・・・・・」

 

傷のことを言われて、剣心さんは胸に手を当てる。そっか、魔物退治に行くなら万全な状態で行くべきだよね。でも朝の話を聞いた感じだと、完治していないようだったけど。

 

「確かにこの傷は普通の傷ではござらぬ。一般の医薬品を用いても傷口が塞がらぬし、しばらくすると血が出血し始める」

「えっ? それってやばいんじゃ・・・・・・」

「だが、村の者達の精神状態も限界に近い。全員日差しを拝めず、泣きながら家を壊す住人をみて、不安で夜も眠れぬ者も現れている状態だ。もはや、一刻の猶予もない」

「でもよ、万全の状態の剣心でもやられたんだぞ? なのに、そんな状態で行ったら間違いなく返り討ちに遭うのが関の山だ」

「しかし・・・・・・」

 

言い渋る剣心さんと心配だからと説得する弥彦君を見て、どうすればいいのだろうと僕は思う。確かに昨日の村の人の様子だと、他人を気遣う様子もなく、余裕などない状態だ。だからと言って、剣心さんの今の状態だと返り討ちに遭う可能性の方が高い。せめて、怪我だけでもどうにか出来れば・・・・・・。

 

「なぁ、その怪我ってもしかして呪いのようなものか?」

「うむ? 恐らくそうでござるが・・・・・・」

「じゃあさ、俺に任せてくれないか?」

 

みんな悩んでいると、突然当麻が話し始めた。当麻がどうにかって・・・・・・あっ、そうか。

 

「「幻想殺し(イマジンブレイカー)!」」

「あぁ」

「「「幻想殺し(イマジンブレイカー)?」」」

 

そうだよ、呪いとかだったら当麻の出番だ。当麻の幻想殺しなら、剣心さんの傷を治せるかも。幻想殺しを知らない雄二と弥彦君、剣心さんを前に、当麻は右手を前に出す。

 

「俺の右手には幻想殺しって力が宿っていて、どうゆう理屈か分からないがあらゆる異能を問答無用に打ち消す能力が備わっているんだ」

「えっ、マジで?」

「うん。しかも生まれた時から備わっていて、魔法とかも打ち消しちゃんだって」

「回復魔法まで打ち消しちゃうから、一概に便利とは言えないんだけどね」

「だから、剣心さんの傷が魔法とか呪いとかようなものだったなら、俺の幻想殺しで治せると思うんだ」

 

当麻の話に考え込む剣心さん。まぁ、急に言われても信じようがないからね、こんな話。普通の人なら眉唾物だし。でも、それで治るのなら・・・・・・

 

「あの、剣心さん」

「何でござるか、吉井君」

「信じがたいのは分かりますけど、ものは試しというわけにはいかないでしょうか?」

 

昨日見た剣心さんの怪我はとても痛々しく、傷クスリを塗る弥彦君も辛そうにしていた。出来れば早く治して、弥彦君を安心させたい。

 

「傷は早く治る方がいいですし・・・・・・」

「そうでござるな・・・・・・では、お願いするとしよう」

「あっ、はい! それじゃ、早速・・・・・・」

 

当麻はそのまま右手を剣心さんの胸に当てる。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・何も起こらねぇぞ」

「えっと、当麻?」

 

あまりにも何も起こらないため、さやかが訝しげに当麻に尋ねる。当麻はゆっくりと右手を離していった。

 

「当麻?」

「・・・・・・剣心さん」

「・・・・・・う、うむ。なるほど、確かに効果はあったようだ」

 

剣心さんが意味ありげに呟いた瞬間、剣心さんが着ていた服の胸の辺りが急速に赤く染まり始める・・・・・・って、血!?

 

「なっ!? おい、剣心!?」

「慌てる必要は・・・・・・ないでござるよ。確かに呪いは消えた」

「消えたって・・・・・・でも、出血が!?」

「消えたから、正常に血が出始めてきたのか!」

 

思わぬ事態に僕たちは驚くものの、急いで治療を開始する。とりあえず知っている限りの応急手当を施して、剣心さんの出血を抑えにかかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「とりあえず応急処置は終わったが・・・・・・」

「本格的な治療をしたわけじゃないから、いつ急変してもおかしくない状況だよね」

「すまん・・・・・・俺のせいで・・・・・・」

「当麻のせいじゃないよ」

 

応急手当を終えて、僕たちは横になった剣心さんから少し離れて話す。正直、当麻の力が発動すると同時に大量に血が出血し始めるとは思っていなかった。剣心さんの方を見ると、弥彦君が心配そうに剣心さんを見ている。

 

「とにかく、このままじゃあまずい。早く、医者に診てもらった方が良い」

「じゃあ、私。医者を探してくるね!」

「あ、待て! 俺も行く!」

 

さやかと当麻は家を出て、医者を探しに行く。残った僕と雄二はとにかく他に薬はないか、家の中を探すことにした。

 

「どうして傷から出血し始めたんだろう。しかも、あんなに大量に・・・・・・」

「お前達の言う幻想殺しがしっかりと働いた結果、正常に出血し始めたんだろうな」

「だからってあんなに・・・・・・」

「呪いのせいで緩やかに出血していただけで、元々は深い傷だからあんな事になったんだろうな」

「そんな・・・・・・」

 

雄二が僕の疑問に答えてくれたけど、もしそうなら、当麻が一番傷つく。当麻は誰かを助けることに一生懸命に動く奴だから、自分の力が発動した結果、こんなことになったと知ったら・・・・・・。

 

「呪いを払ったとしても、傷跡の大量出血で相手を死に至らしめる・・・・・・これを掛けた奴は相当性根がひん曲がっているぜ」

 

この事態に雄二は苦々しげに顔をしかめる。僕も雄二と同じだ。こんな二重の罠のような呪いを掛けた奴のことを許せない。

 

「・・・・・・グリーンストーンさえあれば」

 

他に医療道具がないか探していると、弥彦君がぼそりと何かを呟く。グリーンストーン?

 

「何だそれ」

「万能の傷薬だ。それさえあれば、剣心の傷を治せるんだ」

「そんなものが・・・・・・」

 

万能の傷薬なんて聞いたことないけど、もしあるのなら・・・・・・僕は物探しをやめて、弥彦君の方に近寄る。

 

「それはどこにあるの?」

「この村から南にある龍山坑道の奥にあるって・・・・・・」

「わかった」

 

この村の南か・・・・・・僕は立ち上がり、玄関に向かう。

 

「おい待て、明久」

「なに、雄二」

「どこに行く気だ?」

 

外に出ようとした時、雄二に腕をつかまれて止められる。雄二はこちらを咎めるかのように見ており、それが若干苛つく。

 

「放してよ」

「先に俺の質問に答えろ」

「・・・・・・龍山坑道に向かう」

「お前・・・・・・自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「うん」

 

雄二はなおも腕を放さずに話し続ける。僕としては早く行きたいので、放して欲しいのだが・・・・・・。

 

「龍山坑道は村から南にあるんだよな」

「弥彦君の話だとね」

「つまり、村の外に出るってことだ」

 

その意味が分かっているのかと雄二は目で訴えてくる。僕だってその意味は分かっている。

 

「このままじゃあ、剣心さんの命が危ないよ! だから・・・・・・!」

「一人で行って、確実に取ってこれる保障はあるのかよ!」

「保障は・・・・・・ないけど。でも!」

「それでも行きてぇと?」

「・・・・・・うん」

 

行くのを咎めてくる雄二の言葉に僕はどうしても行くと言葉に力を込める。事態を察してか、弥彦君もこちらの方に来る。

 

「吉井・・・・・・坑道に行くのか?」

「うん・・・・・・グリーンストーンがあれば、剣心さんの怪我も治るんだよね?」

「あぁ。村の奴の話が本当ならな」

「なら、取りに行くしかないよ」

「それなんだけどよ・・・・・・」

「・・・・・・ハァ~、しょうがねぇな」

 

弥彦君と話していると雄二がため息を吐く。その後、顔を上げてこちらを見据える。

 

「お前一人じゃあ不安だから、ついて行ってやるよ」

「えっ、いいの? 危ないよ?」

「今更何を言ってやがる。その危ないところに突っ込んでいこうとした奴が」

「うぅ・・・・・・」

 

痛いところを突かれてしまい、僕は何も言い返せなくなる。いや、だけど・・・・・・他の誰かを危険な目には合わせたくなかったので、雄二の同行は遠慮したい。

 

「でも・・・・・・」

「それにこれ以上お前一人だけで行かせるかってんだ・・・・・・」

「えっ、何か言った?」

「何でもねぇよ! ほら、行くぞ!」

 

何か小さな声で呟いた気がするけど、雄二は誤魔化すようにさっさと外に出て、どんどん先に進んでいく。僕は慌てて雄二の後を追う。

 

「ちょ、待ってよ! あ、弥彦君! それじゃあ、行ってくるから!」

「あっ、おい! 待てって! 話を聞けよ!?」

 

弥彦君が何か言っているようだったけど、雄二はどんどん先に進んでいくので、僕は雄二の方を追うことにした。目指す場所は龍山坑道のグリーンストーン。剣心さんの怪我を治すために、頑張らないと・・・・・・!

 

僕は固く決意し、雄二と一緒に龍山坑道に向かった。

 




今までで最長になりました。本当に長くなるなぁ・・・・・・。

龍山坑道に向かう明久と雄二に待ち受けるものは何なのか?

次回をお楽しみに。


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第11話:グリーンストーンを求めて

・・・・・・書いていたら、前話を越える字数に。本当、書きたいことが増えていくなぁ。

剣心の怪我のためにグリーンストーンを求めて、龍山坑道に向かう明久と雄二。その頃、当麻とさやかは・・・・・・?

それでは、どうぞ。


「治療できないってどういうことですか!?」

「お、落ち着いてくれ・・・・・・」

 

村の中にあった唯一の診療所に来た当麻とさやかだったが、医者の予想外の言葉に詰め寄る。医者は心底困ったように頭を掻く。

 

「大怪我した人がいるんですよ!? それを助けるのが医者なんじゃないんですか!?」

「だから、落ち着いてくれ・・・・・・何も治療しないとは言ってないよ」

「だったら!」

「お、落ち着いてくれって!」

 

医者に詰め寄る二人を落ち着かせるように医者は二人を説得する。少しすると二人も冷静になり、医者の話を聞く。

 

「私だって緋村さんの怪我を治したい・・・・・・でも、無理なんだよ」

「だから、どうして・・・・・・!」

「治療薬がもうないんだ」

 

医者は棚を開けると、スッカラカンになった棚を二人に見せる。その状態を見て、二人は愕然とした。

 

「そ、そんな・・・・・・」

「この村は物流を断たれたせいで、食料以外手に入れる術がないんだ」

「マジかよ・・・・・・」

「食料以外はって食料はどうやって手に入れているんですか?」

「ここは元々作物と採掘町として有名だったからね」

 

でも、その作物だって・・・・・・医者は苦々しく呟く。予想以上に不味い状態を知った当麻とさやか。魔物に脅されて家を破壊しなければならない上に、物流を断たれ食料も尽きかけてきている。そんな状態なら討伐を急ぐのも分かる。

 

「せめてグリーンストーンさえあれば・・・・・・」

「「グリーンストーン?」」

 

聞き慣れない言葉に二人は反応する。医者はしまったと顔を顰めてしまう。

 

「グリーンストーンって?」

「いや、何でもない」

「教えてくれ! それがあれば剣心さんは助かるんだろう!?」

「だから、何でも・・・・・・」

「「お願いします!!」」

「ウゥ・・・・・・」

 

二人は話題をそらそうとする医者に頭を下げてお願いする。話をそらそうとしていた医者だったが、あまりに二人が真剣に頼み込むので、観念して話し始めた。

 

「わかった・・・・・・とりあえず、そこに座りなさい」

「「あ・・・・・・ありがとうございます!」」

「ただ、一つだけ約束だ。この話を聞いても、その場所に行かないこと。いいね?」

「えっ、どうして・・・・・・?」

「それが採れる場所は今や魔物の巣窟になっているからさ。下手すれば死に繋がる」

 

医者として、それは許せないからねと医者は強い口調で二人に告げる。二人は渋々ながらも、はいと応えた。

 

「グリーンストーンっていうのは、この地方だけで採れる傷薬だ」

「傷薬?」

「通常の傷薬とは違い、外傷であれば非常に高い治癒能力を持つ鉱物でね」

「鉱物って・・・・・・薬草とかじゃないんですか?」

「あぁ。一説では、龍山の薬草や解毒草の成分が地中を通ってカラーストーンに染み出した結果だと言われている」

「カラーストーン?」

 

さらに聞き慣れない単語に二人は困惑する。医者はそういえば説明していなかったとカラーストーンの話をする。

 

「カラーストーンっていうのは龍山坑道で採れる特有の鉱物で、同じ色同士をぶつけると割れてしまう石のことなんだ」

「そんな物が・・・・・・でも割れたら意味がないんじゃ・・・・・・」

「まぁ、そこは色々とこの村独自の加工技術で売りに出したりしているだけど・・・・・・今はいい」

 

医者は詳しい説明を切り上げて、グリーンストーンについて話し出す。

 

「先程も言ったとおり、グリーンストーンには外傷に対して非常に高い治癒能力がある。また、一説では呪いも消し去ってくれると言われているんだ」

「それは・・・・・・すごいですね」

「あぁ。それさえあれば緋村さんの怪我も治せると思うだけど・・・・・・」

「魔物が?」

「あぁ・・・・・・」

 

そう言うと医者は悔しそうに俯いてしまう。その姿から、医者としての役割を果たせずに辛い気持ちがにじみ出ているかのようで、当麻とさやかは何も言えなくなってしまう。

 

「医者として恥ずかしいよ・・・・・・村の人達のメンタルケアもうまくいかないし、怪我人も治せないなんて・・・・・・」

「それは・・・・・・」

「これじゃあ、何のために私は医者になったのか・・・・・・」

 

こんな時のためじゃなかったのかと俯きながら話す医者の姿に、さやかと当麻は途方に暮れてしまう。医者でさえこうなのだ、他の村の人達もこれぐらい参っているのか、それ以上か・・・・・・この村の現状を二人は実感した。

 

「困難に対して何も出来ないなんて・・・・・・これじゃあ、巴さんの二の舞だ」

「えっ・・・・・・? それってどういう・・・・・・」

「おい! ここに学生二人が来てないか!?」

 

何か重要なことを呟いた医者に詳しく話しを聞こうとした時、突然診療所に弥彦の声が響いた。何事かと三人は診療所の外に出る。

 

「あっ、弥彦君! どうしたの?」

「二人ともいたのか! ちょっと不味いことになった!」

「不味いこと? それって・・・・・・」

 

剣心さんの容態が悪化したのかと二人は思ったが、弥彦の口からそれ以上のことが飛び出した。

 

「吉井と坂本が龍山坑道の方に行っちまったんだよ!」

「なんだって!? あそこは今は魔物の巣窟になっていて、一般人は立入禁止なんだぞ!? 何故そんなところに・・・・・・!」

「俺がグリーンストーンのこと話してしまって・・・・・・」

「それでか・・・・・・」

 

弥彦の話を聞いて、医者はなんたることだと天を仰ぐ。弥彦もどうしようととても困惑していた。すると、当麻とさやかが走り出す。

 

「おい君たち!? どこに行く気だ!?」

「決まっているだろ! 二人の所に行くんだよ!」

「話を聞いていなかったのか!? あそこは魔物の巣窟なんだぞ!?」

「そうだとしても、二人を放っておけないよ! 二人は友達なんだもん!」

「おい、待て!」

 

医者の制止を振り切り、さやかと当麻は町の出口に向かう。周りの様子などお構いなしに二人は急いで村の外に向かう。

 

「急がないと・・・・・・二人が危ないよ・・・・・・!」

「あぁ・・・・・・特に明久だ。あいつは誰かのためなら自分のことを顧みねぇからな!」

「うん、誰かさんと一緒でね!」

 

二人は先に行った二人のことを、特に明久の方を心配しながら走っていく。そして村の出入り口に着き、そのままの勢いで村の外に出る。

 

「ふぎゃ!?」

「あぶっ!?」

「うおっ!?」

 

いざ坑道へといったところで、誰かとぶつかってしまう。勢いよくぶつかったため、二人はとても痛そうにしていた。

 

「うぅ・・・・・・痛い・・・・・・」

「痛つぅ・・・・・・あ、すみません・・・・・・」

「痛ってぇな・・・・・・って、お前ら?」

「あっ・・・・・・あなたは!」

 

痛がりながらも謝る二人だったが、ぶつかった人を見て、二人は希望を見出したかのように喜んだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ふぅ・・・・・・やっと着いたね」

「あぁ・・・・・・まったく、ここまで来るだけで一苦労だぜ」

 

村の外に徘徊している魔物達を何とかやり過ごしながら進んでいき、とうとう龍山坑道に辿り着いた。ここまで来るのにどれだけ苦労しただろう。

 

「ガチのかくれんぼをすることになるとはね」

「その言うわりにはやりなれていたが?」

「うん・・・・・・何でだろうね?」

 

逃走や殴り合いなら慣れているんだけど、隠れるのはそこまで得意じゃなかったはずだ。どうしてかなと首を傾げる。

 

「まぁいいさ、とにかくとっとと取る物取って村に戻るぞ」

「うん、そうだね」

 

いくら考えても思い浮かばなかったので、雄二の後に続いて坑道に入っていった。坑道の中はランプの灯りで思っていたよりも明るく、先の方まで見渡せた。通路自体はそこまで大きくないが、人が数人通れるぐらいには広く、天井もそれなりに高い。

 

「もっと狭いイメージがあったけど・・・・・・ここはそうでもないね」

「そうだな。案外捜し物はすぐに見つかるかもな」

「確かグリーンストーン・・・・・・だよね」

 

弥彦君から聞いた話を思い出しながら、先に進む。グリーンストーンっていうからには緑色の石ってことだよね。だから、緑色の石を探せばいいってことかな。僕は周囲を注意深く見渡す。

 

「緑色の石・・・・・・緑色の石・・・・・・」

「・・・・・・止まれ」

 

雄二が手を出して、僕を止める。急に目の前に手を出されたので少し驚いた。一体どうしたのだろう?

 

「雄二? どうしたの?」

「静かにしろ。魔物だ・・・・・・」

「ッ・・・・・・」

 

その言葉に僕は積み立てられていた木箱の陰に隠れる。雄二も同じように隠れて、魔物の方を伺う。僕も木箱からゆっくりと魔物の方を伺う。

 

「・・・・・・ナメクジか?」

「にしては唇でかいよ」

 

通路の先にいる魔物らしき生き物を警戒しながら見る。普通のナメクジの数倍はある奴で、唇が異常に大きいのが特徴的だ。他にはスライムもいる。

 

「道が一本道の分、逃げ道や隠れる場所が限られてくるな」

「どうする? このままじゃあ戦闘は避けられないよ?」

「いざとなれば闘うが・・・・・・なるべく避けたい。だから、このまま無視して突き進むぞ」

「うん、わかった」

 

魔物を睨み付ける雄二が拳を握るのを見て、僕も覚悟を決める。僕も無事じゃあ済まないことぐらいは覚悟済みだ。僕たち二人は魔物がこちらとは正反対を見る時を見計らって、物陰から出て走り出す。

 

「ッ!?」

「雄二!」

「構うな! 進め!」

 

もう少しで抜けると思った時、魔物はこちらに気づく。僕たちはこのまま走り抜けようとする。魔物は行かせまいとこちらに飛びかかってきた。

 

「うおっ!?」

「あぶなっ!?」

 

間一髪それを避けて、僕たちはそのままの勢いで坑道の奥に走っていった。しばらくすると、魔物の姿が見えなくなり、幾らか開けた場所に着いた。

 

「ハァハァ・・・・・・やっぱり・・・・・・魔物に会うたびに・・・・・・・こうやって逃げるの、疲れる」

「できる限りは・・・・・・怪我をするのは・・・・・・避けたいからな。しょうがねぇ」

 

息を整えるために近くの石に背中を預けて座った。魔物との闘いを避けるためとはいえ、こんなことを続けているといつか大怪我しそうで怖い。だけど剣心さんのためなら、そして弥彦君のためならば頑張れる。

 

「ふぅ・・・・・・よし、奥に行こう」

「だな・・・・・・その前に・・・・・・」

 

この石をどうにかしないと、と進路を阻む石を見る。普通の石とは違い、目の前に広がる石は光に反射するほどの赤い石で、他には青色、黄色の石が行く手を阻んでいた。

 

「何か、普通の石とは違うな」

「触っても大丈夫かな?」

「まぁ、大丈夫だろう。さっきもこの石を背にしていたし」

 

それなら大丈夫かなと思いつつも、どうすべきかと悩む。思いの外、この石達が邪魔して進めないのだ。石をよじ登って行こうにも、大きく天井近くにまで高さがある。これでは通り抜けることができない。

 

「放置された鉱山とはいえ、こうもでかい石がゴロゴロと転がっていたんじゃなぁ・・・・・・」

「これじゃあ、先に進めないよ」

「だが、道はこの先に進んでいるし、レールも通っている。つまり、この先に進む術があるってことだ」

「う~ん・・・・・・石をツルハシとかで砕くとか?」

「それが一番現実的なんだが・・・・・・肝心のツルハシがな・・・・・・」

 

辺りを見渡してもツルハシやドリルといった採掘用の道具はなく、あるのは使い古したトロッコしかなかった。

 

「あぁ、くそ。もっと鉱山について情報収集するべきだった」

「ごめんね、僕が急がせたばっかりに・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・どうしたの? 急に呆然として?」

「い、いや、何でもねぇ」

 

僕が謝ると雄二が急に呆然としてこちらを見てきたので、どうしたのかと尋ねるが雄二は顔をそらす。時々転入生5人組は僕と話していると、こんな風になる時がある。僕の言葉に驚いているようだけど、一体何に驚いているのだろうか?

 

「と、ともかくだ。どうにかして先に進まねぇと・・・・・・」

「石か・・・・・・とりあえず、どけてみる?」

「あぁ、やってみるか」

 

雄二と僕は青色の石の前に立ち、石を思いっきり押した。

 

「うおぉ!?」

「うわぁ!?」

 

石は思っていたよりも簡単に動き、勢いよく奥の方に進んだ。僕と雄二は簡単に動くとは思っていなかったため、前のめりになって倒れそうになるが何とか踏み止まった。

 

「お、思っていたより軽かったな」

「うん、そうだね・・・・・・ってあれ?」

 

姿勢を戻し、前の方を見ると押したはずの青い石がなくなっており、地面には青い破片が散らばっている。

 

「これってもしかして・・・・・・砕けた?」

「あぁ、らしいな。だが、どうやって・・・・・・?」

 

砕けた青い石の破片がある場所に行き、その周辺を調べる。周りと変わらず色鮮やかな石があり、行く手を阻んでいる。特にこれといって変化はないようだが・・・・・・。

 

「やっぱり何もないね・・・・・・」

「いや、変化はあるぞ」

「えっ?」

「破片が多すぎるし、散らばっている場所がおかしい」

 

雄二はしゃがみ込み、地面に落ちている破片を見渡す。僕も雄二と同じように地面の破片を見ると、石の進行方向とは別の場所に同じ青い破片が散らばっていた。これはどういうことだろうか?

 

「えっと・・・・・・つまり?」

「・・・・・・もしかすると」

 

何が起こったのかさっぱりわからない僕に対して、雄二は何か思いついたのか、今度は赤い石の方に近寄り、それを押して別の赤い石にぶつける。すると、石同士が音を立てて砕け散った。

 

「おぉ!?」

「なるほどな・・・・・・削り取る道具がいらないわけだ」

 

合点がいったと雄二は頷く。なるほど・・・・・・つまり・・・・・・。

 

「石と石同士をぶつければ良いんだね?」

「おそらくは同じ色同士でしかならないがな」

 

見ろと雄二は他の石を見るように言う。辺りを注意深く見渡すと、異なる色同士の石が接触している物がある。だが、それらの石は割れていない。

 

「だから同じ色同士でしか?」

「そういうこった。不思議な石だよな」

 

そう言って雄二は行く手を阻む石を押し始める。僕も同じように同じ色の石が重なり合おうように石を押した。しばらくして、邪魔になっていた石が全部砕け、奥の道に進めるようになった。

 

「うし、さっさと進むか」

「うん、行こう」

 

僕と雄二は魔物の気配に注意しながら、坑道の奥に進んでいく。途中、先程と同じように色鮮やかな石が行く手を阻むが、同じ色同士をぶつけて砕いていく。

 

「ふぅ・・・・・・これで何個目かな?」

「さぁな、数えちゃいねぇよ・・・・・・なぁ、明久」

「うん? 何、雄二?」

 

そうやって進んでいると、雄二が話しかけてきた。僕は他の道を阻む石を押しながら応える。

 

「お前は昔、何やっていた?」

「僕の昔? 一体どうしたの?」

「ふと気になってな。人の命が掛かっているかもしれないとはいえ、躊躇せずにここに行こうとしたからな」

 

ふむ・・・・・・つまり、雄二は昔、僕に何かあったからこんな無茶なことを躊躇せずにできたのかと思っているわけだ。神妙そうな雄二の顔から察する。

 

「特別、何かあったわけじゃないけど・・・・・・強いて言うなら、当麻のおかげかな?」

「アイツが?」

「うん・・・・・・小学生の頃に出会ったんだけど、当麻はとても不幸なんだよ」

「不幸って・・・・・・お前・・・・・・」

「道を歩けば棒に当たり、走り出しては高確率で転ける。強面のお兄さんに絡まれたり、能力者同士の喧嘩に遭遇したりと・・・・・・正直、神様に嫌われているんじゃないかなってぐらいに不幸だよ」

 

実際、高確率で当麻は色々な不幸に合っている。見ていて哀れな・・・・・・ってぐらいに。僕はこれまでの当麻の不幸をしみじみと思い出す。

 

「本当、神様って残酷だよね」

「そんなにか。つーか、それがどうしたんだよ?」

「当麻はね、そんなことに負けなかったんだよ。どんなことがあっても挫けず、まっすぐ立ち向かっていってね。だから、僕もそんな風になりたいと思っているんだ」

 

当麻のように誰かのために一生懸命になれる人になりたいから、僕は躊躇せずグリーンストーンを求めてここに来た。話しながら押していた石が砕け、さらに奥に進む道が開かれる。

 

「まぁ、そんなところかな?」

「・・・・・・やっぱり、変わらねぇな」

「えっ? 何か言った?」

「いや・・・・・・ただ、納得しただけだ」

 

進むぞと雄二は先に進む。僕はそれに続いて坑道の奥に進んだ。しばらく進んでいると、広々とした空間に出た。ここにある石は壁側に寄せてあるのと、中央に集められている。何か特別な物でもあるのか、魔物の気配がない。

 

「ここは・・・・・・最深部か?」

「みたいだね・・・・・・ここにグリーンストーンがあるのかな?」

 

一息吐いて辺りを見渡す。正直、魔物から逃げたり、石を押したりと結構疲れてきている。帰りも同じ事をしないといけないから相当きついのが本音だ。

 

「早く見つけて帰ろう。結構時間が掛かったし」

「だな。さ~て、どこにあるか・・・・・・と」

 

見渡す限り魔物の存在は感じられないが、それでも出てこないとは限らないため、辺りを警戒しながらグリーンストーンを探す。壁側の方にはそれらしい石が見つからない。

 

「ねぇな・・・・・・」

「・・・・・・ねぇ、雄二」

「何だ、明久?」

「あの石が密集している辺り、緑色に光っていない?」

「・・・・・・お、本当に光っていやがる」

「でしょ? きっと、あそこにあるんだよ」

 

中央の石が密集している場所に緑色に光っているのを見て、そこに雄二と一緒に向かう。石が密集しているだけあって、砕く石の順番を考える必要があったけど、雄二が簡単に解いてくれてほどなく緑色の石まで辿り着いた。

 

「おぉ・・・・・・すごいね・・・・・・」

「あぁ・・・・・・見事だな・・・・・・」

 

緑色の石はとても暖かい光を放っており、疲れた体を癒やしてくれた。石や土などで覆われている坑道の中で、唯一豊かな自然の息吹を感じさせてくれる不思議な雰囲気を醸し出している。そんな暖かい石を前に、僕と雄二はその石に魅入っていた。

 

「・・・・・・色々あったけど、こんな良いものを見られたなら、来た甲斐があったね」

「あぁ・・・・・・正直、この世界に来て、初めて良かったと思えるぜ」

「そうだね・・・・・・って、この世界?」

「い、いや! 何でもねぇよ! さぁ、さっさと石を運び出そうぜ!?」

「む~・・・・・・まぁ、いっか。全部は無理でも抱えて運べる分は持っていこうか」

 

雄二が気になることを言ったような気がしたけど、はぐらかされたのでグリーンストーンを削ることにした。さて、どうやって削ろうかなと思い、僕はグリーンストーンに近づく。

 

「う~ん・・・・・・他の石に比べて、この石は硬いね」

「みたいだな・・・・・・おっ、良い物発見」

 

そう言うと雄二は石から少し離れていき、すぐに戻ってきた。その手にはツルハシがあった。

 

「どうやらグリーンストーンにはこれを使うそうだな」

「よし! 早速、それを使ってグリーンストーンを削ろう」

「その必要はない」

「「・・・・・・誰だ!?」」

 

唐突に僕たち以外の声が聞こえ、僕たちは身構える。僕体以外に一体誰が・・・・・・!

 

「何故必要ないか? それは・・・・・・ここで死ぬからだ!」

 

謎の声と共に何かが猛スピードで突っ込んできた。咄嗟に僕たち二人は防御するが、そいつはそのスピードのまま、僕たち二人を蹴飛ばした。

 

「がっ!?」

「ぐわっ!?」

 

僕と雄二は蹴飛ばされた衝撃で、グリーンストーンに叩きつけられた。

 

「いたぁ・・・・・・雄二、大丈夫?」

「な、何とか・・・・・・いてぇ!?」

 

僕は何とか起き上がるが、雄二は足を痛めたのか、うまく起き上がれない。よく見ると、一緒にツルハシが雄二の足下に転がっている。恐らく、ツルハシが足に直撃したのだろう。僕は雄二を気にしつつも、襲ってきた相手を見た。

 

「ほぅ・・・・・・生きていたか。人間にしては強い方だな」

 

そいつは二足歩行で歩く大柄の虎で、開いた口には真っ赤な人間の顔があった。その目はこちらをしっかりと見据えている。

 

「だ、誰だ、お前は?」

「冥土の土産に教えてやるよ・・・・・・俺はワータイガー。名前はまだないが、いずれいただく予定さ」

 

ワータイガーと名乗る奴は余裕綽々といった感じで、こちらを見下してくる。

 

「ここまでご苦労さん。だが、残念ながらここでお前らは終わりだ。なんたって、ここは俺様の狩り場だからな」

「狩り場・・・・・・だと?」

「そうだ。最後の希望とばかりにその石に縋り付いてきた人間を、この俺が襲うのさ」

 

最高だぜとワータイガーは舌なめずりをする。明らかに僕たちのことを格下と見て油断しきっているが、実際今もダメージが深くて、僕は立ち上がるだけで、雄二は話を聞くだけで精一杯だ。

 

「やっと見つけて喜んでいるところをこの俺様が襲う。そして、実力の差を思い知って、絶望するのさ。本当に楽しくてしょうがないぜ」

「命乞いをしても?」

「あぁ、命乞いをしてもだ。その時の人間の味は本当に格別だぜ」

「この野郎・・・・・・!」

 

あまりの胸くそ悪い話にイライラする。どうにかしてコイツに一発殴りつけてやりたいけど・・・・・・僕は雄二の方を見る。雄二も同様に歯を食いしばり、怒りを隠せていない。だけど、未だに立ち上がることが出来ずにいた。

 

「どうする? お前達も命乞いをするか? もしかしたら助けてやらんでもないぞ?」

「誰がするか、この獣野郎!」

「おー、おー、威勢の良いことだな、お前は。で、そっちは・・・・・・?」

 

雄二から僕の方を見るワータイガー。僕もコイツに頭を下げるのも、命乞いをするのもまっぴらゴメンだ。でも、このままじゃあ・・・・・・僕は一瞬、雄二を見て、覚悟を決めた。

 

「・・・・・・」

「おっ・・・・・・?」

「なっ、おい! 明久!?」

 

僕は膝を着き、頭を下げて・・・・・・土下座をした。

 

「バ、バカ野郎!? 何をしてやがる!?」

「おー、おー、何て健気な奴なんだ、お前は」

「・・・・・・どうか、どうか命は助けてください」

 

そして、命乞いの言葉を口にした。

 

「ひゃーはっはっはぁ!! 今の話を聞いて、本当に命乞いをしやがってぜ、コイツ!? 本物のバカだぜ!?」

「あ、明久・・・・・・」

 

あの野郎の耳障りな声が聞こえて、怒りで体が震える。雄二は僕の情けない姿に失望したかのような視線を送ってきているのが分かる。僕も同じ立場だったら失望しているだろう。それでも、僕は土下座の姿勢を続けた。ワータイガーはこちらに音を立てて、目の前までやってきた。

 

「いいぜ、お前のその命乞いに免じて・・・・・・」

「明久・・・・・・お前って奴は・・・・・・」

「喰ってやるよぉ! いただきまーす!!」

 

すぐ近くにいるのか、ワータイガーの臭い息が頭に掛かった。

 

(今だ!!)

 

僕は手に砂を握りしめて、全力で頭を上げた。

 

「ガッ!?」

「い、つぅ!?」

 

ゴチンと鈍い音が響き、後頭部に強烈な痛みが走る。その痛みで作戦が成功したこと理解しつつも、痛みを無視して握りしめた砂をワータイガーに投げつけた。

 

「ぐわぁ!? 目がぁ!?」

「ハッ! バーカ! 誰がお前なんかに命乞いするかよ、間抜け野郎!」

 

そして、僕は目を擦るワータイガーの横をすり抜けて走り出した。

 

「・・・・・・はっ!? おい、明久! まさか、お前!?」

「おらぁ! 来いよ、間抜け野郎! テメェに追ってこれる度胸があるならな!?」

「こ、この人間ごときが!? 覚悟しろ!」

 

ワータイガーは僕の思わぬ反撃に怒り狂い、走る僕を追いかけてきた。よし、狙い通り・・・・・・後はコイツを鉱山の外まで連れ出せれば!

 

「やめろぉ! 明久!」

 

雄二の声を置き去りにして、僕は背後から猛烈な勢いで迫ってくるワータイガーを相手に命をかけた鬼ごっこを始めた。

 




な、長かった・・・・・・そして、これが年内最後の投稿になるでしょう。

強力な魔物であるワータイガーを相手に命をかけた鬼ごっこを始めた明久。彼は生き延びることが出来るのか?

次回をお楽しみに。そして、良いお年を。


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第12話:自己犠牲

やっぱり過程をしっかりと作り込むとなると描写が長くなるなぁ・・・・・・

さて、前回はワータイガーからの必死の逃亡劇の始まりで、その行方になります。

それでは、どうぞ。


「くそっ! くそっ! くっそぉ!!」

 

明久とワータイガーがいなくなった後、俺は悔しさと情けなさのあまり、地面を殴りつけた。足を痛めたことなど関係なく、動きたいのに動けないことが俺自身を苦しめた。

 

「こんな時のために鍛えたんじゃなかったのかよ!! くそがぁ!!」

 

あの時のような無様を晒したくなくて、勉強なんてそっちのけで体を鍛え続けてきた。高校で、それはようやく発揮され、悪友達のために、そして翔子のために使うことが出来た。俺はやっと求めていた力を手に入れたと思っていた。

 

「なのに・・・・・・どうして俺は!!」

 

それなのに、俺はまた動けなかった。

 

「しかもよりにもよってあのバカに・・・・・・!!」

 

そして、助けに来たはずのアイツに・・・・・・明久に助けられてしまった。あの時以上に情けないことこの上ない。足が怪我しているなんて関係ない、アイツだって同じぐらいダメージを負っていたはずだ。

 

「俺は・・・・・・俺は・・・・・・!!」

 

さらに言えばアイツは俺への興味を削ぐために、あんな小芝居を打った。そして、見事騙しきり、ワータイガーの怒りを買い、俺への興味を完全に削ぎきったのだ。

 

(あんなこと・・・・・・俺には思いつかなかった!!)

 

明久のことだ、自分のことよりも俺のことを心配しやがったのだろう・・・・・・俺と同じようにアイツを殴りかかりたい気持ちを必死に堪えて。

 

(仮に思いついても、俺には実行なんて出来ない・・・・・・!)

 

俺なら奴への怒りであんな事は出来ない。結局の所、俺はあの時から成長なんてしていなかったのだ。今回は目の前のことにとらわれ過ぎて・・・・・・あまつさえ、アイツのことを疑ってしまった。

 

「ちくしょう・・・・・・ちくしょおぉーーー!!!」

 

天井に向かって声を上げる。周りに魔物がいようが何だろうが構わない、俺は自らの無様を嘆かずにはいられなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・!」

「待てや、人間!」

 

坑道の中を脇目もふらずに走り抜ける。後ろからは奴が怒鳴り声を上げて迫ってくるのがわかる。捕まれば、アウトだ。

 

「誰が止まるか、間抜け野郎!」

「何だと!? 雑魚野郎が!?」

 

奴に対する挑発も忘れない。一旦冷静になられて、雄二の方に向かっていったらアウトだ。あの状態の雄二じゃあ逃げ切ることは不可能。せめて、コイツを外の遠いところに連れて行かないと・・・・・・!

 

「只の人間ごときが! この俺様から逃げ切れると思っているのか!?」

「その人間に騙されたのは・・・・・・どこの誰だ・・・・・・!」

 

ワータイガーは自分を殺そうとなおも追ってきている。追いつかれればタダでは済まないだろう、なぶり殺しだ。

 

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・!」

 

命がけだ・・・・・・誰の助けも入らない命がけの鬼ごっこ。追いつかれれば・・・・・・死ぬ。

 

「どうした間抜け面ぁ! 全然追いつけてねぇぞ!」

「こ、この野郎・・・・・・雑魚人間のくせに!!」

 

怒りながら迫ってくるワータイガー相手に罵声を浴びせながら逃げ続ける。学園都市でやる能力者からの逃走と違い、明確にこちらを殺しに来る奴からの逃走は全く違う。

 

(だとしても、ここで挫けるわけにはいかない!)

 

ここで挫けてしまえば、少なくても雄二が危ない。あの怪我だ、今の僕のように坑道の中を全力疾走なんて出来ない。もう一度、逃げる理由を再確認して、逃げることと奴を挑発することに集中する。

 

「てめぇなんてすぐに追いついて、頭から食べてやる!」

「追いつけてもいないのに、よく言うよッ!?」

 

突然、脇腹に何かが体当たりしてきた感覚が走った。何だと思い一瞬だけ見ると、そこにはスライムがいた。

 

(よりにもよって・・・・・・!)

 

こんな時にと思った瞬間には足が縺れ、走っていたそのままの速度で何かに突っ込んだ。

 

「・・・・・・ッツ!!」

 

大きな音を立てて、何かが体にぶつかる。すぐ後に全身に激痛が走り、意識を失いそうになる。

 

「・・・・・・ハッハッハッ! コイツはお笑いだぜ! スライム程度の攻撃で体勢を崩して、そのまま積んであった木箱の突っ込みやがった!」

 

下品な笑い声が聞こえてくる。恐らく、奴は僕の醜態を見て大笑いしているのだろう。聞くに堪えない笑い声だが、それが僕の意識を留めてくれた。僕はすぐさま起きられる体勢に移り、じっと機会を待つ。

 

「ど~れ、その間抜けな格好をじっくりと見させてもらおうか」

 

のしのしと大きな足音を立ててゆっくりと奴が近づいてくる。奴は僕がすでに気絶していると思っているのだろう。奴が崩れた場所に手を突っ込み、僕の首辺りに触れた。瞬間、僕は瓦礫を押しのけてワータイガーに殴りかかる。

 

「この!」

「おおっと! 残念だったな! それは読めていだぁ!?」

 

ワータイガーは殴りかかった僕の攻撃を避けて、あざ笑おうとしたが、もう一方の手に握っていた砂を思いっきり奴の顔面にぶっかける。

 

「ぐわぁ!? 目、目がぁ!?」

「こんな単純な手に引っかかるなんて、本当に間抜けだね、お前って!」

 

罵るのと同時にその場から走り出す。どんなにバカにしても奴の方が格上で、捕まれば逃げる術はないことは分かっている。だから、逃げしかない。

 

「くそっ!? ふざけやがって!」

 

背後から奴が再び追い始めてくる。先程木箱に突っ込んだせいか全身が痛み、今にも倒れそうなほどの激痛が襲ってくるけど、それを無視して僕は走り続ける。

 

「この雑魚野郎が! いい加減にしろぉ!」

「やなこった! 悔しかったら・・・・・・追いついてみろ!」

 

後ろから迫ってくる奴の気配を感じながら、走り続ける。そして、とうとう出口が見えた。この出口を抜ければ・・・・・・!

 

「よし、あと一歩・・・・・・!」

 

僕は出口に向かってさらに加速する。やつを引きつけながら外に出て、その後も引きつけ続けることができれば、雄二の生き残る確率が上がるはず。これなら・・・・・・!

 

「このまま行けば・・・・・・!」

「と思っているのか」

「なっ・・・・・・!?」

 

背中に衝撃が走り、気がついたら僕は宙を舞っていた。そして、そのまま地面を跳ねるように転がる。

 

「がっ!?」

「ヒャハハハハ! バカめ! 直線なら俺の方が断然有利なんだよ、人間がぁ!」

 

地面に倒れ伏す中、やつの下品な笑い声が聞こえてきた。あまりの衝撃に意識が飛びそうになるも、やつの声で再び立ち上がろうとする。

 

「ぐっ!?」

「無駄だ! もう、お前を立ち上がらせはしねぇよ!」

 

仰向けから立ち上がろうとした瞬間、やつが僕にのしかかり、足で僕の両腕を押さえつけてきた。これでは身動きがとれない。

 

「散々手こずらせてくれたが、とうとう終わりだな。結局、威勢が良いのは口だけだったみたいだなぁ?」

「こ、この野郎・・・・・・!」

 

こちらは倒れても息が上がっているのに対して、やつは全く疲れた様子など微塵も感じさせずに、こちらを見て舌なめずりをしていた。この野郎、汗すらかいていない。

 

「あれだけ俺様を口汚く罵ってくれたんだ、タダで死ねると思うなよ。ゆっくりと、じっくりと食べていってやる」

「・・・・・・・」

「怖くて言葉も出ないか? まぁ、当然だな。これからお前は死ぬんだからなぁ?」

 

醜く歪めた笑顔でこちらを見下すワータイガーをどうにかして退かすことが出来ないか考えるけど、腕も封じられ、腰に座られているせいか足もうまく動かせないとなると、どうしようもない。せいぜい、コイツを睨み付けるぐらいしかない。

 

「・・・・・・おい、お前。何で絶望しないんだ」

「・・・・・・」

「さっきからなんだ、その反抗的な目つきは! お前はこれから死ぬんだぞ!? 俺様に喰われて! なのになんなんだその目は!?」

 

僕が諦めずになおも奴を睨み付けていることが気に入らないのか、奴は僕に怒りの形相で怒鳴りつけてくる。僕はそれでも、睨み付けるのをやめない。

 

「くそっ! 何なんだ、お前は! これまでの人間は喰われると分かったら、即座に絶望しきった顔になったんだぞ!? なのに、何でお前はそんなに反抗的なんだ!?」

「そんなの、決まっているだろ」

「あぁん!?」

「まだ諦めていないからだよ」

 

地面に倒れ、両手両足を封じられても、僕はまだ諦めない。というか、コイツの思い通りにしたくない。

 

「最期の一瞬まで、僕は諦めない!」

「減らず口を言いやがって! 本当に最期まで絶望しないか試してやる!」

 

奴は僕の腹に向かって大きく口を開ける。腹から食べるつもりなのかと思うと、さすがに恐ろしくてたまらない。でも、コイツに命乞いをするのは、もう嫌だ!

 

「ッツ!!」

「さぁあ! 悲鳴を上げろぉ!!」

「必要ない」

 

喰われると思った次の瞬間、何かが奴の頭に突き刺さる。

 

「あ・・・・・・?」

「えっ?」

「い、ぎゃあーーー!? あ、頭がイテェ!!?」

 

ワータイガーは頭を押さえる。一体何が起こったのか分からず、今分かることはワータイガーの頭に何かが突き刺さり、痛がっているということだ。よく見ると、それはナイフだった。

 

「な、何だ!? 一体全体誰がやりやがった!?」

「うるさい、黙れ」

「あっ!?」

 

誰かの声が頭上からして、ワータイガーがそちらの方を向いた瞬間、奴の首が宙を舞った。

 

「えっ?」

「・・・・・・ったく、手間をかかせるんじゃねぇ」

 

そこら辺の地面に首が転がり、ワータイガーの体が倒れた。いきなりの展開にちょっとついていけず、僕は呆然となる。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・おい、何を呆けている?」

「ファッ!? はい、僕は空の上は青いです!?」

「一度蹴られてみるか?」

「僕は正常であらっしゃいませ!?」

「よし、蹴る」

「イタァ!?」

 

ガンッと足で頭を蹴られて、本当の意味で僕は正気に戻った。何とか起き上がり、蹴ってきた人を見る。

 

「あっ、雪代さん?」

「思っていたより無事そうだな。これなら助けない方がよかったか?」

「いや、そんなことないですよ! 有り難うございます!」

「「明久!」」

 

雪代さんと話していると、さやかと当麻が走ってきた。二人とも、血相変えてこちらに近寄ってくる。

 

「大丈夫!? どこか怪我していない!?」

「どこか欠けているとか、そんなことねぇよな!?」

「だ、大丈夫だから落ち着いて・・・・・・ちょっと全身が痛いだけだから」

「「十分、駄目じゃん!?」」

「お前、よく生きていたな?」

 

命の危機から落ち着いたのか、先程まで無視していた痛みがズキズキと痛み始めてきた。まるで、全身を常に殴りつけられているかのようだ。

 

「ってそうだ! こうしちゃいられない!」

「ちょ、どうしたの!? 全身痛いなら安静にしてないと・・・・・・!」

「まだ中に雄二がいるんだ! あの場所は周囲に魔物がいなかったからけど、危ないところに置き去りにしたのには変わりない!」

「ハァ!? お前、アイツを置き去りにしてきたのか!?」

「状況的にそうせざるえなかったの! 早く、迎えに行かないと・・・・・・!」

「落ち着け」

「フギャ!?」

 

立ち上がって坑道の中に入ろうとする僕を、雪代さんが何か固いもので叩いて止める。一体何なのかとそちらの方を向くと、雪代さんは鞘に納めている剣を持って、こちらをあきれ顔で見ていた。

 

「そんな全身打ち身や切り傷まみれの体で何をするつもりだ」

「それは雄二を迎えに・・・・・・!」

「ベホイミ」

「えっ・・・・・・?」

 

雪代さんが一言言った瞬間、僕の全身を暖かい光が身を包み込む。その光は坑道の奥で見たグリーンストーンが発していた光に似ている。そして、光が収まると体の傷と打ち身が全て治っていた。

 

「お、おぉ・・・・・・さっきまであった全身の痛みが」

「す、凄い・・・・・・何これ?」

「回復魔法だ」

「か、回復魔法!? これが!?」

 

この暖かい光が魔法で、しかも回復魔法・・・・・・都市伝説じゃなかったんだ。体を軽く動かして確認してみると、さっきまで全身を襲っていた痛みがすっかり消え去っていた。

 

「よし、これなら」

「魔物がいるんでしょ?」

「あっ・・・・・・だ、大丈夫。魔物ぐらいならどうにかして・・・・・・」

「雄二は?」

「・・・・・・助けてください」

「「よろしい」」

 

一人で早く行こうとすると、さやかと当麻に追及されてしまい、素直に三人に助けを求める。雄二も怪我しているし、グリーンストーンを持っていかないといけないことを考えると、僕一人では人手不足だ。魔物が出ることも考え、僕は雪代さんに助けを求めることにした。

 

「あの・・・・・・雪代さん?」

「さっさと行くぞ。元々、そこの二人に頼まれて来てやったんだからな」

「そうなの?」

「うん。丁度、村の出入り口近くで会ってね」

「不幸続きだったけど、今回ばかりはついていたぜ」

 

二人は先に進む雪代さんの後を追う。僕も二人と同じようについていく。

 

「・・・・・・」

 

途中、先程までいた場所を振り返る。僕がワータイガーに捕まり、殺されかけ、そしてワータイガーの首が舞った場所。

 

(・・・・・・首が飛んだ)

 

助けてもらったとはいえ、その光景は衝撃的だった。今さっきまで生きて殺そうとしていた奴が死んだ。

 

(・・・・・・)

 

どう表現すれば良いのか分からず、僕は頭を押さえながらその場を後にした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

坑道の奥、グリーンストーンがあった場所に辿り着く。そこは最初来た時と変わらず、魔物の気配がなく、静かな雰囲気を醸し出していた。

 

「ここにグリーンストーンが?」

「あぁ。確かにここにあるはずだ」

「じゃあ、雄二もここのどこかに・・・・・・」

「・・・・・・あっ、いた!」

 

雪代さんは冷静に、さやかと当麻は驚く中、僕はグリーンストーンの近くに進む。そこにはグリーンストーンにもたれかかる雄二がいた。よかった・・・・・・無事のようだ・・・・・・。

 

「おーい、雄二!」

「あっ、本当だ! いた!」

「どうやら無事のようだな・・・・・・よかったぜ・・・・・・」

「・・・・・・しぶとい奴だ」

 

各々の反応をする中、僕は雄二の方に駆け寄る。雄二の方も僕に気付いたのか、立ち上がろうとする。

 

「・・・・・・ッツ!」

「ちょ、雄二! 足、怪我しているんだから無理しちゃ!?」

 

バギィ!

 

うまく立ち上がれず倒れかける雄二を支えようと僕とさやかが近寄った次の瞬間、僕は雄二に殴られた。

 

「・・・・・・雄二?」

「ちょ、雄二!? 何を!?」

「・・・・・・ふざけんなよ、おまえ」

 

何で殴られたのか分からない僕を雄二はさやかの制止を振り切って、僕の胸倉を掴み挙げる。顔が若干俯いているため表情は窺えないけど、その声色は怒っている。

 

「ふざけんな、このバカ野郎! てめぇ、自分が犠牲になるつもりだっただろ!!?」

「そ、それは・・・・・・」

「そんなことされて! 俺が喜ぶとでも思ったのか!? ふざけんなよ、このバカ野郎が!!」

「・・・・・・・じゃあ、どうすれば良かったんだよ! あの場で二人同時に助かる方法でもあったのかよ!?」

 

顔を上げて、血相を変えて怒る雄二の言葉が頭にきて、僕も言い返す。あの場であれ以上の方法なんてなかった・・・・・・だからあんな屈辱的な小芝居もしたのに、コイツは!!

 

「知るか、そんなこと! 俺はお前が自分を犠牲にしたことに腹立っているんだよ!!」

「だから、あれ以上に何か方法が・・・・・・!!」

「頼むから・・・・・・!」

 

僕の言葉を無視して勝手な言い草を言う雄二に、僕は腹を立てて言い返そうとする。だが、それを遮り、雄二は僕の両肩に手を置き、俯きながら声を出す。

 

「頼むから・・・・・・もう、勝手に俺たちの前から姿を消さないでくれ・・・・・・」

「雄二・・・・・・?」

「頼むからよぉ・・・・・・なぁ、明久」

 

悲鳴を上げるかのように、心の底から懇願する雄二の言葉に僕は何も言えなくなってしまう。その声は悲しみに満ちていて、もう二度と失いたくないと懇願するようだった。

 

「雄二・・・・・・お前・・・・・・」

「雄二・・・・・・」

「・・・・・・」

 

突然の雄二の豹変に困惑しながらも、その悲痛な様子は当麻とさやか、雪代さんも感じ取り、何も言えなくなっていた。

 

「明久・・・・・・頼む・・・・・・」

「・・・・・・わかったよ、雄二。もう二度と自分を犠牲にするような真似はしないから」

 

肩を掴む雄二の手に僕の手をなるべく優しく手を置く。雄二も僕の言葉を受け止めてくれたのか、ゆっくりと手を離した。

 

「・・・・・・絶対だからな」

「うん、わかった」

「なら、いい」

 

若干拗ねたような表情の雄二に僕はなるべく笑顔で応える。正直、雄二はもう少し冷静な奴かと思ったけど、案外情に厚い奴なんだと僕は思った。

 

「・・・・・・で、青春劇場は終わりか?」

「・・・・・・あっ」

「劇場ってわけじゃないですけど・・・・・・はい。雄二も落ち着いたようですし」

「ちょ、待て・・・・・・何で他の奴がいて・・・・・・!」

「いや、最初からいたぞ?」

 

雪代さんの声かけで、雄二は初めて僕以外に人がいたのに気付いたようだ。というか、さやかすら見えてなかったとは・・・・・・。

 

「いや~雄二はこんなにも情に厚いとはねぇ~?」

「ちょ、違うぞ? 別に今のはそういうじゃあ・・・・・・!」

「何だぁ? それとも明久のことが大好きなのかぁ?」

「ふざけんな!? 誰がこんなバカのこと!」

「おい」

 

さすがに酷いぞ、今の言葉は。さやかと当麻が雄二をからかうなか、僕はさすがの言葉に若干傷ついた。なおもさやかと当麻は先程のことで雄二をからかう。

 

「『頼むから』のあとの雄二の行動は良かったねぇ?」

「おい、さやか。頼むから、その口を閉じろ閉じてくださいお願いします」

「いやぁ~、まさか雄二がこの1ヶ月で明久のことをこんなに好きになっていたとな。上条さんは驚きだぜ」

「だからやめろっつってんだろ!? いい加減しろよ、おまえらぁ!!」

「「わぁ~、雄二が怒った~」」

「この野郎共がぁッ!」

「あはは・・・・・・」

 

二人のからかいに雄二が腹を立てる。殴りかかろうにも、足を怪我しており、うまく追いかけることができない。僕はその光景を見て、とりあえず笑うことにした。

 

「・・・・・・いつになったら本題に戻るつもりだ」

 

雪代さんも呆れながらも、このバカ騒ぎを止めることはなかった。

 




本当はもっと長くなる予定でした。でも、キリがいいのでここで中断ですね。

さて、次回はグリーンストーンをやっと手に入れます。

次回もお楽しみに。


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第13話:癒やしの力

魔物を退け、一安心の一行。とうとうグリーンストーンを手に入れる。

それでは、どうぞ。


「・・・・・・それで、このグリーンストーンを取りに来たと」

「はい。でも、どれぐらいの量が必要なのか・・・・・・」

「野球ボールほどの大きさで十分だ」

「えっ、そうなんですか?」

「あぁ」

 

照れ隠しで暴れる雄二とそれをからかう当麻とさやかを一旦放っておいて、僕と雪代さんはグリーンストーンの前で話をする。先程、雄二に回復魔法を掛けたので、雄二の怪我は大丈夫だろう。その後のことは知らないけど。

 

「削り取った後は特殊な加工をして薬にするんだが・・・・・・そこまでは知らん」

「えぇ!? 手に入れれば、それで良いんじゃないですか!?」

「そんなわけあるか」

 

雪代さんは近くにあったツルハシを使って、グリーンストーンを削り始めた。ど、どうしよう・・・・・・手に入れることだけしか考えてなかったから、どうすればいいのか分からない。雪代さんは知らないみたいだし。

 

「どうしよう・・・・・・この後のことは考えていなかった」

「俺の知ったところじゃないからな」

「う~ん・・・・・・とりあえず村まで持ち帰ってみます」

 

とりあえず安全な場所まで持っていって、それから後のことは考えよう。雪代さんがツルハシを使ってグリーンストーンを削り取る中、僕はそうすることにした。少しすると、グリーンストーンの一部を削り取ることができた。

 

「ほれ、これでいいだろう」

「おぉ・・・・・・これが・・・・・・」

「グリーンストーンの一部分、通称“緑の宝玉”だ」

 

野球ボールほどの大きさのグリーンストーンを受け取り、それを眺める。暖かい光は大元から離れてもなお衰えることを知らず、光を放ち続けている。

 

「すごい・・・・・・」

「うわぁ~・・・・・・」

「大元から離れても光り続けているんだな」

「これって効果とかは大丈夫なのか?」

「あぁ、大丈夫だ」

 

いつの間にかこちらに来ていたさやかと当麻、雄二が緑の宝玉を見ていた。小さくなっても光る鉱石はすごく魅入られる。

 

「必要な養分は鉱石全体に満遍なく染み渡っているからな。大きさにもよるが・・・・・・人一人分なら、その大きさで十分だ」

「じゃあ、あとはこれを・・・・・・どうすれば良いんだろう?」

「とりあえず村に持っていこう。地元の人なら加工の仕方を知っているでしょ?」

「そうだな。いつ、またさっきのような魔物が出てもおかしくないからな」

「よーし! それじゃあ、出発!」

 

さやかが音頭を取り、僕たちはそれについていく形で一緒に行こうとする。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・雪代さん?」

「何だ」

「いや、どうしたんですか?」

「何でもない。さっさと行くぞ」

「あ、はい・・・・・・」

 

来た道を帰ろうとすると、雪代さんが一時その場に立ち止まった後、すぐに僕たちの先頭に立った。一体どうしたのだろうかと思ったけど、どんどん先に歩いて行くので気にしないことにした。

 

 

 

「・・・・・・俺は、何をやっているんだ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あっ、村だ!」

「やっと着いたぁ~・・・・・・」

 

坑道から出てから歩くこと数分、やっと巴村が見えてきた。道中の魔物は雪代さんを恐れてか、全く襲いかかってこなかったため、行きよりも早く着くことができた。

 

「何か、何日も出ていた気がするよ」

「実際は日中の出来事なのにな」

 

雄二と一緒に村を出て、グリーンストーンを探して、魔物から逃げて・・・・・・日中に起きたことなのに、もう何日も戻っていない気がするほどの出来事だった。

 

「それに無事に帰れたのも雪代さんのおかげだしね」

「そうそう、雪代さんのおかげ・・・・・・って、あれ?」

 

お礼を言おうと思い、後ろにいるはずの雪代さんの方に振り向くと、そこには誰もいなかった。

 

「あれ? 雪代さんは?」

「おかしいな・・・・・・俺たちの後ろにいたはずなんだが・・・・・・」

「当麻も見てないの?」

「俺も村の方を見ていたからな・・・・・・お礼、言いそびれちまったな」

 

いつの間にかいなくなってしまった雪代さんに戸惑ってしまう。色々と助けてくれたお礼をしたかったし、できれば村を襲った魔物のことを相談したかった。

 

「・・・・・・まぁ、いなくなったもんはしょうがない。また後日、会えた時にでもお礼を言おうぜ」

「うん・・・・・・そうだね・・・・・・」

「じゃあ、早くこれを届けないと・・・・・・」

「あっ! 君たち、無事だったのか!?」

 

手に入れたグリーンストーンを持って剣心さんの所に行こうとすると、村の入り口で白衣を着た見知らぬ人がこちらに走り寄ってきた。一体誰だろう?

 

「あっ、お医者さんだ」

「えっ?」

「怪我は!? 他に何かあれば・・・・・・!」

「落ち着いてくれよ・・・・・・俺たちは大丈夫だって」

「そうかい? それはよかった・・・・・・」

 

僕たちにあまり怪我がないことに安堵したのか、お医者さんは肩をなで下ろした。一息つくと、僕が持っているグリーンストーンこと緑の宝玉を見て驚愕する。

 

「本当に採ってこられたのか、これを!?」

「はい! 私たち、ちゃんと採ってこられましたよ!」

「これで剣心さんの怪我は何とかなるんだよな?」

「えっ、どういうこと?」

「聞いてないんだが?」

 

怪我が何とかなるって一体どういうことだろうか。初めて聞くことに僕と雄二はさやかと当麻に尋ねる。

 

「この医者さん、『グリーンストーンがあれば・・・・・・』って言っていたんだよ」

「それって、グリーンストーンがあれば何とかなるってことでしょ?」

「成る程・・・・・・俺たちが村を出ている間にそんな話が・・・・・・」

「それじゃあ・・・・・・!」

「そうだね・・・・・・それさえあれば、緋村さんの怪我を治せるよ」

 

僕が持っている緑の宝玉を見ながら言った医者さんの言葉に、僕たちは喜んだ。これならあの出血が酷い怪我も治るんだ。

 

「さっそく治療に取りかかろう。私は治療道具を持ってくるから、君たちはそれを持って先に緋村さんの家の方に向かってくれ」

「はい! わかりました!」

 

医者さんは足早に他の家に向かって走っていった。僕たちも緑の宝玉を持って、剣心さんの家に向かう。最後に見た剣心さんの姿を思い出し、間に合ってくれと思いながら僕たちは走った。ほどなく剣心さんの家が見えて、すぐに家に上がった。

 

「弥彦君! 剣心さん!」

「まだ生きているか!?」

「明久!? それに雄二も! 無事だったのか!?」

 

居間には布団に見るからに苦しそうに横になっている剣心さんと、それを看病している弥彦君がいた。弥彦君は僕と雄二の姿を見て、こちらに走り寄ってくる。

 

「お前達、無事だったのか!?」

「うん、僕たちは大丈夫だよ」

「それよりも剣心さんは? まだ大丈夫か?」

「どんどん悪化する一方だ。このままじゃあ・・・・・・」

 

そう言った弥彦君の様子はとても焦っており、目に見えて青ざめていた。その様子から本当に切羽詰まっていることが分かる。僕は弥彦君を安心させるように、肩に手を置いて、しゃがみ込んだ。

 

「大丈夫、剣心さんはきっと助かるよ」

「そんなこと・・・・・・って、お前の手にあるそれって・・・・・・!」

「うん。弥彦君が言っていたグリーンストーンこと緑の宝玉。採ってきたんだよ」

 

みんなと協力してねと弥彦君を安心させるよう言う。そのまま緑の宝玉を弥彦君に手渡し、それを剣心さんに持っていくように言う。

 

「これを剣心さんの近くに」

「・・・・・・あぁ! わかった!」

 

弥彦君は顔を明るくして、すぐに剣心さんの方に持っていく。僕たちも弥彦君と一緒に剣心さんの元に行く。剣心さんはとても苦しそうにしており、汗を大量にかいている。胸に巻かれた包帯からは血が止まらないのか、少々赤くにじんでいた。

 

「剣心、見ろよ。明久達が採ってみたグリーンストーンだぜ?」

「うっ・・・・・・ほう、これが・・・・・・何とも癒やされる光でござるな・・・・・・」

 

緑の宝玉の光を浴びて、剣心さんは心なしか苦しそうな表情が和らいだ気がした。問題はこれをどうすればいいのかだけど・・・・・・ほどなく玄関を誰かが叩く音がした。

 

「おっ、来たか」

「失礼する! 緋村さんの容態は!?」

 

お医者さんがどうぞという前に玄関から入ってきた。急いできたのか、少し息が上がっていた。当麻とさやが医者さんを剣心さんの前に案内し、僕たちはすぐに剣心さんの周囲から離れる。

 

「剣心さん、しっかりしてください。今、治しますからね」

「なぁ、剣心は治るんだよな?」

「あぁ、治るよ、弥彦君。いや、治してみせる・・・・・・!」

「絶対だぞ? 絶対、剣心を助けてくれ・・・・・・!」

「あぁ、約束する。だから、そのグリーンストーンを・・・・・・」

 

お医者さんに言われ、弥彦君は託すかのように緑の宝玉を手渡した。お医者さんは大事に受け取り、鞄から医療道具を広げていく。

 

「これから治療に入る」

「それをどうやって使うんですか?」

「使い方はとても簡単なんだ。まずはこの緑の宝玉を専用の道具で粉末状になるまで砕く」

 

お医者さんは地面に分厚く、それでいて柔らかい紙を敷く。そして、その上で緑の宝玉を専用の大きな杭を用いて砕いていく。

 

「そんなに簡単に砕けるんですか?」

「グリーンストーン本体は固いけど、本体から離れたものは適度な力で砕けるぐらいに柔らかくなるんだ」

「なるほど・・・・・・それで、次は」

「次は・・・・・・っと、その前に水を一杯持って来てくれ」

 

お医者さんに言われ、当麻が台所から水を一杯持ってくる。お医者さんは粉末になるまで砕いた緑の宝玉を床に敷いた紙ごと持ち上げ、それをコップに注いでいく。粉末が水の中に注がれて、コップの中の水が綺麗な黄緑色に染まっていく。

 

「おぉ・・・・・・スゲェ・・・・・・」

「怪我の酷さに合わせて、適量を水に注いで・・・・・・っと」

「そのまま飲ませるんですか?」

「いや、その前に他の薬も入れる」

 

鞄の中からいくつかの薬を取り出し、それを先程の水と溶け合わせていく。綺麗な黄緑色の水はその色を失わず、ほのかに光を発し始める。

 

「・・・・・・よし! あとはこれを緋村さんに飲ませれば大丈夫だ」

「本当か!?」

「あぁ。本当だとも」

「それじゃあ、剣心! これを飲め!」

 

できあがった薬を弥彦君が剣心さんに手渡す。剣心さんはゆっくりとそれを受け取り、薬を一瞥する。薬は綺麗な黄緑色に染まっており、ほのかな光を放っている。

 

「・・・・・・本当に大丈夫でござるか?」

「えぇ。この薬『緑の良薬』はあらゆる薬の効能を高めます。混ぜ合わせる都合上、飲み薬になりますが、味は大丈夫・・・・・・だったはず」

「いや、そこはしっかりとしてもらいたいのだが・・・・・・」

「いいから、早く飲め!」

「おぶぅ!?」

 

薬を飲むのを渋る剣心さんに業を煮やした弥彦君が、強引に薬を剣心さんに飲ませた。いきなり飲まされた剣心さんは抵抗も出来ず、薬を一気飲みする。少しして、薬を全部飲み終えた。

 

「ふぅ・・・・・・」

「どうだ、剣心。何か・・・・・・変わったか?」

「・・・・・・特に変わった感じはしないでござるな」

「おい! どうゆうことだよ!?」

「治るんじゃなかったの!?」

「嘘ついたのか、テメェ!?」

「お、落ち着いてくれ! 回復魔法じゃないんだから、飲んですぐに効果は出ないよ!」

 

何も変化がない剣心さんの状態のことを問い詰めると、すぐに効果は出ないと言う。魔法みたいに光って回復するわけじゃないのか。僕たちを宥め、お医者さんは道具を片付けながら話す。

 

「その薬を飲むと、体が服用者に負担を掛けない程度に超回復を始めるんだ。緋村さんみたいな人なら・・・・・・そうだね、一晩寝れば完治するかな?」

「一晩で!?」

「マジかよ・・・・・・」

 

驚きの事実にさやかと雄二が愕然とする。当然だ、あんなに出血が酷く、深い傷がたったの一晩で・・・・・・学園都市の最新医療設備とどっちが上だろうか?

 

「今日は様子を見るために一晩、私もここに泊めてもらいたいんだけど・・・・・・いいですか、緋村さん?」

「いいでござるよ。弥彦もよいでござるな?」

「あぁ、当然だ。何かあったら、俺たちじゃあどうしようもないし」

「うん、ありがとう。一晩よろしくね」

「あっ、そうだ。弥彦、それに剣心さん、できれば俺たちも泊めてもらいたいんだが・・・・・・」

「おう、いいぜ! お前達に本当にお世話になったしな!」

 

それに無理もさせたし・・・・・・と弥彦君は申し訳なさそうに言う。あぁ、そうか・・・・・・僕と雄二は弥彦君の話を聞いてグリーンストーンを取りに行ったんだった。無事だったとはいえ、危険な所に行く切っ掛けを作ったことには変わりないから、責任を感じちゃっているのかな。

 

「これを取ってくるの、すごく大変だっただろう? だから・・・・・・その・・・・・・」

 

弥彦君は口ごもりながら、こちらをチラチラと見る。何かを言おうとして、でも言えなくて・・・・・・・そんな感じだ。別に気にしていないと言おうとすると、弥彦君の後ろにいる剣心さんが『何も言わないでくれ』と視線で訴えてくる。僕と雄二はそれを受けて、口を噤む。少しして、弥彦君は意を決して口を開く。

 

「あ、ありがとな! おかげで剣心が助かりそうだ!」

 

・・・・・・――――――

 

「・・・・・・どうも致しまして」

「あぁ、どうも」

「ヘヘッ!」

 

僕と雄二がそう言うと、弥彦君は弾けるばかりの笑顔を見せてくれた。

 

「よ~し! 今日は良い料理を作るぜ!」

「さやかちゃんも手伝うよ~?」

「それじゃあ、上条さんも手伝うとするかな」

「・・・・・・怪我をするなよ、上条?」

「おい、それはどういうことだ、雄二?」

「ハハッ、怪我をしたら僕に言ってくれ。すぐに治してあげるよ」

 

そのまま僕と剣心さん以外は全員台所に向かっていく。居間には僕と剣心さんだけが残された。

 

「・・・・・・どうしたでござるか? 吉井君?」

「えっ? いや、その・・・・・・何でもないですよ?」

 

ぼんやりしていた僕に剣心さんが声を掛ける。

 

「弥彦の言葉に何か?」

「いや、別に弥彦君がどうとかじゃないんですけど・・・・・・」

 

ちょっとした個人的なことだけど、隠すようなことでもないので話すことにした。

 

「あんな真っ正面からお礼を言われるなんてこと、なかったので・・・・・・」

「それで呆然となった・・・・・・と」

「はい、そうです」

 

学園都市にいた時やそれ以前から誰かのために頑張ってきたけど、感謝されるようなことがあまりなかった。別にお礼を求めてやってきたわけじゃないから気にしなかったけど、改めて言われると・・・・・・ちょっと、むずがゆい。

 

「ちょっとむず痒いですね」

「なるほど・・・・・・吉井君はお礼を言われ慣れていないのでござるな」

「まぁ・・・・・・そんなところです」

 

これ以上、何か言われてもちょっと返答に困るので、僕も台所で騒いでいるみんなの所に向かうことにした。

 

 

 

「・・・・・・これは、絶対に負けられぬでござるな」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「う~ん・・・・・・朝・・・・・・?」

 

目が覚めて、僕は寝ぼけ気味の目を擦りながら起き上がる。周りを見渡すと、布団にくるまったさやか以外、みんな床に雑魚寝していた。

 

「あれ・・・・・・? 確か、昨日は・・・・・・?」

 

ぼんやりと昨日のことを思い出す。確か・・・・・・夕食を作った後、龍山坑道で起こった出来事や学園都市でのことを話して、それで盛り上がって・・・・・・駄目だ、その後のことが思い出せない。

 

「結局、あの後どうなったんだっけ・・・・・・?」

 

その後の出来事の記憶がなく、困惑してしまう。何か、変な病気でも患ったのかな・・・・・・心配になって、お医者さんを起こそうと改めて周りを見渡す。

 

「あれ・・・・・・? 剣心さんは・・・・・・?」

 

よく見たら、布団で横になっているはずの剣心さんがいない。あの人は重傷だったはずだけど・・・・・・僕は立ち上がり、家の中を見回る。しかし、剣心さんの姿が見えず、僕はそのまま家の外に出た。

 

「うん? あれは・・・・・・?」

 

相変わらず空は闇で閉ざされているのにも関わらず、辺りは周囲を見渡せる程度には明るい。そんな中、玄関を出た先に一人の男性が立っていた。その人は緋色の着物に白い袴の和服姿で、腰には日本刀を携えている。後ろ姿でちょっと解りづらいが、その人は探していた剣心さんだった。

 

「・・・・・・」

 

声を掛けようと思ったけど、何か声をにくい雰囲気を醸し出しているため、その場で立ち尽くしてしまう。何をしているのだろうと思った瞬間。

 

キィン――――。

 

いつの間にか剣心さんは刀を抜き、目の前を一閃した。いや、何をしたのかは分からないけど、恐らくそうだと思う。だって、刀を横に振り抜いた感じになっているし。

 

「うわぁ・・・・・・」

「・・・・・・抜刀術を見るのは初めてでござるか?」

「あっ、気付いていたんですか?」

「玄関を開けられた時から」

 

剣心さんは刀を鞘に納めながら、こちらを振り向く。表情は今までとは打って変わり、生気に満ちあふれている。昨日まで重傷者とは思えないほどだ。

 

「すごいですね、今の」

「まだでござるよ。もう少し体を動かして、早い内に本調子を取り戻さなければ・・・・・・」

「本調子ってことは・・・・・・!」

「うむ・・・・・・」

 

剣心さんは着物をはだけさせ、怪我をしていた箇所を見せる。そこにはすっかり傷跡がなくなった姿があった。

 

「お主達のおかげだ。傷跡もすっかり治り、健康そのものでござるよ」

「やっ・・・・・・やったぁ!!」

 

傷が治った剣心さんの姿を見て、僕は嬉しくて思わず声を上げた。あの怪我が治った・・・・・・本当に良かった・・・・・・。

 

「何だよ・・・・・・朝から叫んで・・・・・・」

「一体どうした、明久?」

 

僕の叫び声に起こされたのか、弥彦君と雄二が家から出てくる。その後も他のみんなも目を擦りながら出てきた。

 

「みんな! ほら、剣心さんが治ったよ!」

「なに!? 剣心、治ったのか!?」

「うむ。このとおり」

 

治ったと上半身を見せる剣心の姿を見て、弥彦君はその場で一瞬立ちすくんだ後、剣心さんに抱きついた。

 

「剣心! よかったぁ・・・・・・本当によかった・・・・・・」

「心配かけたでござるな、弥彦。もう大丈夫でござるよ」

「心配したんだからな、このバカ野郎・・・・・・」

 

剣心さんに抱きついて離さない弥彦君を剣心さんは優しく抱き止め、頭を撫でる。僕たちも本当に良かったと心の底から安心した。

 

「吉井君、そしてそのお友達の方々」

「あっ、はい。何ですか?」

 

剣心さんは弥彦君の頭を撫でながら、こちらを向く。

 

「この度はお主達に命を救われた。ありがとう」

「・・・・・・はい! どうもいたしまして!」

 

剣心さんからのお礼を今度はしっかりと受け止め、ちゃんと返事することができたのであった。

 




やっと中盤戦がおわりました。次は村の中を探索したりします。

復活した剣心。次は一連の出来事の元凶を倒すため、彼らは動き出します。

次回をお楽しみに。


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第14話:巴村

今回は前回に比べては少なめです。

それではどうぞ。


『姉さん、大丈夫なの?』

 

とある民家で少年が出かけようとする女性のことを心配していた。女性は白い着物に身を包み、手には日本刀を携えている。女性は優しい笑みを浮かべ、少年の頭を撫でた。

 

『大丈夫、姉さんは強いから・・・・・・それに私の不思議な力はこんなときこそ使うべきだから』

『でも危ないよ! たくさん魔物が来ているでしょ?』

 

彼はこれから彼女が向かう場所がどれだけ危険かを知っている。だから彼女には行ってほしくないし、このままずっと一緒にいて欲しい。

 

『そうだ! 村のみんなで逃げちゃおうよ! そうすれば姉さんも行かなくて良いし、村のみんなも怪我をしなくて済むよ!』

『それは駄目よ』

『どうして!?』

 

姉を危険な所に行かせたくない弟だが、姉の方も決意は固く一歩も譲らない。彼女は弟の頭をあやすように優しく頭を撫でる。

 

『ここが私たちの故郷だから・・・・・・それに私は一人じゃないから』

『でも・・・・・・』

『大丈夫よ。すぐに終わらせて、帰ってくるから』

『うん・・・・・・わかった。必ず帰ってきてね?』

 

頭を撫でる手を離し、姉は玄関を開ける。弟は笑顔でそれを見送る。外は空から雪が降り、地面に積もっていき、姉の白い着物がその景色に溶け込んでいく。

 

(駄目だ、姉さん! そっちに行ったらいけない!)

 

突如、一人の男性が出かける姉を引き留めようと声を上げる。だが、男の声だけは何故か彼女に聞こえない。男は一生懸命に声を上げ、手を出すが、雪景色の中を進む彼女を引き留めることができない。

 

『行ってらっしゃい、姉さん! 無事に帰ってきてね!』

『えぇ、行ってきます、縁』

(行かないで! 姉さん!)

 

笑顔で手を振りながら見送る弟と微笑みながら雪の中を進む姉、その姉を引き留めようと声を上げる男。

 

「姉さん!!」

 

手を前に突き出しながら勢いよく起き上がる。息を荒げながら、彼は周囲を見渡した。

 

「ハァハァ・・・・・・夢か・・・・・・」

 

息を整えながら周りを見て、彼は先程までのことは夢だったことを理解した。嫌な物を見たと頭を抱える。

 

「何でまたこの夢を・・・・・・」

 

先程見た夢を払うように頭を横に振りながら、起き上がって洗面台の方に進む。蛇口を捻り、水で顔を洗い、鏡を見る。

 

「姉さん・・・・・・もう少しだ・・・・・・もう少しでアイツらに復讐を果たせるよ」

 

鏡に映る自分の顔を見ながら、彼はその先を見つめる。その先に移る“誰か”に話しかけるように。

 

「復讐を果たせば・・・・・・姉さんも笑ってくれるよね・・・・・・」

 

彼はそこにいる“誰か”に懇願するかのように、歪んだ笑顔を浮かべた。そんな歪な男を見て、その“誰か”は悲しそうに彼を見つめていた・・・・・・。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「・・・・・・」

 

暗い闇が辺りを覆っているのにも関わらず、先が見通せるぐらいには視界が開けている森の中、剣心は一人佇んでいた。辺りには他に誰もおらず、風が木々の間を吹き抜けている。

 

「・・・・・・」

 

そこに二人の少年が現れる。一人は茶髪の少年、吉井明久でもう一人は黒髪の少年、明神弥彦である。二人は村の中で見かけない剣心を捜して、ここまで来たのである。

 

(あれって何をしているんだろう?)

(確か・・・・・・感覚を研ぎ澄ましているんだってよ)

(そうなの?)

(おう。前に聞いた時はそう言っていたぜ)

 

何をやっているのか二人で話し合っていると、剣心は二人を余所に深呼吸を始める。何かするのかと、二人は剣心を見守る。

 

「・・・・・・はぁ!」

「「うわぁ!?」」

 

深呼吸の後、剣心は一声叫ぶ。すると、ヒラヒラと落ちてきた葉っぱが剣心の一喝と共にパァンとはじけ飛んだ。二人は驚いて、一歩下がる。その時の音で剣心は二人に気付く。

 

「二人とも、こんなところでどうした?」

「剣心さんが見当たらなかったので、探しに来たんです」

「そしたら村の外、しかも森の方に行ったって聞いたからよ。連れ戻そうと思ってきたんだよ」

「そうであったか・・・・・・心配かけて悪かった」

 

先程の鋭い雰囲気は霧散し、いつも通りの穏やかな剣心がそこにいた。近寄りがたい雰囲気もなくなったので、二人は遠慮なく剣心に近づく。

 

「剣心さんって、本当に凄いですね。こう・・・・・・声を上げたら、葉っぱがパァンって」

「これでも剣の鍛錬をしているでござるからな」

「本気の剣心はもっと凄いぜ?」

「本気の剣心さん・・・・・・どんな感じなんだろう」

「自慢するほどではござらぬが、少なくても村周辺や龍山坑道、そして行く予定である塔に出る魔物には負けることはないでござるよ」

 

さぁ、村に戻ろうかと剣心さんは明久達の前に立つ。その背中は頼もしく、明久と弥彦は剣心に着いていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時は少々遡り、朝の剣心宅での居間。剣心復活から一段落して、全員朝食を取っていた。

 

「緋村さん、体に違和感や痛みとかはありませんか?」

「何もないでござるよ。昨日まであった怪我の痛みも、嘘のように快調だ」

「ならよかった・・・・・・緑の宝玉を使用した治療法は久しぶりだったから」

「本当、傷口も綺麗さっぱり消えていたもんね」

 

間近でそれを見た明久は未だにそれが信じられずにいる。素人目に見ても、針で縫わないといけない程の怪我だったが、それ跡形もなく消えていると驚くしかない。

 

「本当、回復魔法みたいだよ」

「あぁ。それさえあれば、他の大怪我でも何とかなるんじゃないのか?」

「残念だが、それは無理だ」

「えっ、どうして?」

 

当麻の考えを否定する医者に疑問を呈するさやか。確かにこれさえあれば、大怪我しても大丈夫だと思うのだが。

 

「いくつか理由があるけど、一番の理由は怪我の具合によって使用する量が変わることだね」

「量が?」

「あぁ」

 

医者は残っていた粉末状になった緑の宝玉を取り出す。粉末は宝玉の時のまま、今もなお輝きを失っていない。

 

「昨日も言ったと思うけど、これは山に自生している薬草の成分が地中を通ってカラーストーンに染み出したものなんだ」

「そういえば、そういうこと言っていたな」

「ただ、山にある薬草の成分が一ヶ所に集中したせいか、効能が強すぎるんだ。だから、量の調節をしないと逆に服用者を苦しめることになる」

「はぁ~、そうなんだ」

「下手をすれば、死に至らしめることになるからね」

 

だから勝手に使っちゃいけないよと医者は粉末が入ったビンを自分のバッグの中に入れる。

 

「あえてもう一つ理由を挙げるなら、グリーンストーンは今見つかっている鉱脈だけしかないってところかな?」

「成る程な。一ヶ所しか鉱脈がなく、しかも怪我の具合によって量の調節を見極めないといけないから、使いこなせる人間が限られてしまう・・・・・・と」

「カエル先生ならいけるんじゃない?」

「確かにいけそうな気がするね」

 

学園都市にいるカエル顔の医者を思い出しながらさやかは言う。その医者はいつも無茶やって怪我をする当麻や明久の治療をしており、その実力はどんな怪我でもほとんど後遺症を残さず、治療するほどである。

 

「お前達は話を聞いていたのか? そもそも採れる量も少なく、安定的に採れないじゃ意味ないだろう」

「あっ、そうか」

「つーか、今は剣心のことだろ。本当に怪我は大丈夫なんだよな?」

「先程診た限り、傷口は完全に塞がっているから今日から激しい運動をしても大丈夫だね」

「そっか・・・・・・本当によかったな、剣心」

「うむ・・・・・・皆、本当にありがとう。そなた達は命の恩人でござるよ」

「そんな・・・・・・命の恩人だなんて」

 

剣心のお礼にさやかは照れくさそうに返事をする。それに対して、当麻は逆に姿勢を正して剣心に謝る。

 

「俺はむしろ、謝る方です。俺が余計なことをしなければ、昨日のように大事にもならなかったのに・・・・・・」

「いや、そんなことはござらぬ。正直、開いては閉じ、また開いては閉じと傷口が痛むのは本当に辛かった。それをどうにかしてくれたのは、本当にありがたかった」

「でも・・・・・・!」

「それにお主は拙者が倒れた後も治そうと頑張ってくれたではないか。それだけでもありがたく思うでござるよ」

 

剣心は当麻の謝罪に対して心を込めた感謝を送るが、当麻は事態を急変させた責任を感じてか、素直に良しとしようとしない。その様子を見かねたさやかと明久が当麻に話しかける。

 

「当麻、お礼は素直に受け取ろう。当の本人である剣心さんがそう言っているんだから」

「そうだよ。それに剣心さん自身が気にしてないって言っているのに、当麻がいつまでもそれを引きずったら、逆に剣心さんの方が申し訳なくなってくるよ」

「あ~・・・・・・そうだな。剣心さん」

「何でござるか?」

「あんなこと言っておいて何ですけど・・・・・・どうも、いたしまして」

 

最後の方は小声になりつつも、当麻はしっかりと返事をする。それを受けて、剣心も笑顔で頷いた。

 

「よし、話が一段落したところで・・・・・・次の問題に入るか」

「次の問題?」

「何だよ、剣心が治って良かったじゃないか」

「あぁ、それはもっともだ。だが、そもそも何で剣心さんを治す必要があった?」

「それは・・・・・・何だっけ?」

 

剣心さんを助けたいという一心のみで動いていたため、その先のことを思い出せないでいる雄二と剣心以外の全員。雄二はため息を吐き、呆れながらも話す。

 

「元々は剣心さんがこの事態の元凶の魔物を倒そうとして、大怪我したんだろ。怪我が治った今、やることは一つだ」

「あっ・・・・・・そういえば、そうだった」

「すっかり忘れていたよ」

 

雄二に言われて思いだした明久とさやかはアハハと笑い誤魔化す。当麻と弥彦も忘れていたため、苦笑いを浮かべながら視線を反らした。

 

「うむ。怪我が治った以上、あとは体の調子を取り戻し次第、魔物討伐に向かうでござるよ」

「医者としては無理をするようなことは辞めてもらいたいのですが・・・・・・頼みの綱が剣心さんしかいない以上、しょうがないですね」

「本調子になった剣心なら絶対勝てるからな! それに、今度は俺も行くぜ!」

「いや、弥彦は留守番でござるよ」

「何でだよ!?」

 

ついていく気満々だった弥彦だったが、剣心に駄目だと言われる。弥彦は不服そうに剣心に突っかかる。

 

「剣心一人じゃ危ないだろ!? だったら、一緒に行って手伝った方が・・・・・・!」

「今回の敵は生半可なものじゃないでござるからな。現に拙者も一度は遅れをとった」

「でもよ・・・・・・!」

「私も賛成だよ、弥彦君。いくら君が他の人と違って、魔物と戦えるからといっても進んで闘いに向かうことには賛成できない」

「えっ? 弥彦君って魔物と戦えるの?」

「拙者達は流浪人でござるからな。魔物が現れる場所も通ることもあって、護身用に弥彦に剣術を教えているのでござるよ」

 

意外な事実に明久達は驚く。自分たちよりも年下の少年が、村の外にいる魔物と闘う術を持っているのだ、これが驚かずにいられるだろうか。

 

「弥彦君って、すごいんだね」

「おう! そんじょそこらの奴には負けないぜ!」

「ならば、なおのことでござるよ。拙者がいない間、村の警戒を頼みたいのだ」

「村の?」

「うむ。拙者が倒れている間も、時折魔物が村に入り込んできたのでござろう?」

「そうなの?」

「あぁ。そのたびに弥彦君が魔物を退治していたんだよ」

 

怪我人も出たんだけどねと医者は言い締める。その言葉を聞いて、当麻とさやかは診療所の空っぽの棚を思い出した。あれは度々襲撃された際の怪我を治していたためかと二人は思い至る。

 

「お医者殿、薬の量は?」

「草壁雄一です、緋村さん。薬はもう風邪薬くらいしか残っていません」

「となると・・・・・・やはり、急がなければなるまい」

 

これ以上の負傷者を出すわけにはいかない、口にせずとも漂う雰囲気で全員察する。少しの間何とも言えない微妙な空気が流れるが、剣心は決意を固めるかのように口を開く。

 

「3日後・・・・・・3日後に奴を討伐しに行く。それまでには体を本調子に戻す」

「3日後ですか・・・・・・それなら剣心さんの体調も戻ると思います」

「それまでに僕たちも何かできることをしよう」

「そうだな・・・・・・よし、3日後に向けてやれることをしていこう」

 

パンッと手を鳴らし、話を締める雄二。その後、全員で3日後に向けて、どうしていくかを話し合った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「そうして僕と弥彦君は剣心さんの面倒を見ることになったんですけど・・・・・・」

「別に世話になるようなことはないのだが・・・・・・」

「剣心が勝手に行かないように監視するのが目的だからな、これ」

「いや、さすがに拙者も今の状態で行こうとは思わぬよ」

 

村への帰り道の途中、三人は周囲を警戒しながらもゆっくりと歩く。村の外なので魔物が彷徨いているのだが、剣心を見た途端魔物達は彼らを避けていく。

 

「魔物が避けていきますね・・・・・・やっぱり剣心さんを恐れているんですかね?」

「魔物も動物に似た習性があるのか、自身よりも格上には襲いかかろうとはしないでござるよ」

「不思議だよな。明らかに普通の動物とは違うのによ」

「本当だよね・・・・・・強い奴は喋るし」

 

明久は坑道で出会ったワータイガーを思い出す。奴は普通に喋っていたし、獲物を効率的に待ち伏せる知性を持ち合わせていた。

 

「何か・・・・・・まるで人間のようだったよ」

「魔物が? そんなことあるのかよ?」

「少なくてもこの度の騒動の主犯は計画性を持っていた。だから、強い魔物は知性が高いというのも頷けるでござるよ」

 

剣心は元凶の魔物を思い出してか、明久の意見に頷く。弥彦は実際にそういう魔物を見たわけではないため、いまいちピンと来なかった。そんなことを話している内に、村に辿り着く。

 

「相変わらず辛気くさいよな」

「でも、変化は出てきているよ」

「うむ・・・・・・心なしか元気になっているものもいる」

 

そう言って剣心は一軒の家を指さす。そこは明久達がやってきた時、壊されていた家だが今は誰も壊していない。

 

「剣心さん復活を聞いて、希望を見出したんですよね」

「あぁ。きっと剣心なら何とかしてくれるってな」

「うむ・・・・・・責任重大でござるな」

 

あの家を壊していた男性は剣心が復活し、近いうちに魔物を退治するという話を聞いて家を壊すのをやめた。そのあと彼は倒れ、眠り続けている。

 

「まさか不眠不休で壊していたなんて・・・・・・・」

「家を壊さぬと、その間に他の建物を壊さなければならないことになっているからな」

「このような行い、早く止めねばならん。3日後には必ずどうにかしなければ・・・・・・」

 

改めて、元凶となった魔物の所行に怒りを感じ、3人は家に帰る。ちなみに、明久達はその後も剣心の家でお世話になっている。家に帰り、居間でくつろぎ始める。

 

「・・・・・・あっ」

「どうした、明久?」

「いや、ふと思い出してね・・・・・・」

 

そう言って明久は自分のバッグの中を漁り始める。少しすると、彼はノートと筆記用具を取り出した。

 

「勉強でござるか? であれば、机を出すが・・・・・・」

「お願いします。いや~宿題のことを忘れていまして・・・・・・」

「宿題? こんな時に暢気な奴だな?」

「ここに来て色々あったけど、これを忘れたら、どんな目に遭うか・・・・・・」

 

明久は何回か忘れた時のことを思い出し、身を震わす。彼としてはあまり思い出したくない内容らしい。剣心が机を戸棚から取り出し、明久の手前に置く。明久はノートと筆記用具を机の上に置いた。

 

「あの、剣心さん。この村に伝わる伝説って知っていますか?」

「伝説?」

「はい。何でも村が魔物に襲われた時に、一人の女性がそれをなんとかしたとか・・・・・・」

「ふむ・・・・・・拙者はそれらしいことは聞いておらぬでござるの」

「それ、俺は聞いたことがあるぞ」

「本当?」

「おう!」

 

この場で自分一人だけが知っていることに、ちょっとした優越感に浸りながら弥彦は胸を張る。

 

「確か・・・・・・村にいた一人の女性を称えた話だな」

「村に? じゃあ、その人はこの村出身だったのかな?」

「ふむ・・・・・・弥彦、よければ話してもらってもいいか?」

「おう、いいぜ。確か・・・・・・」

 

話の内容を思い出しながら、弥彦は話し始める。明久はノートを取りながら、剣心は興味深そうに聞く。

 

 

 

―――これは平和な村に突如、襲いかかった悲劇である。

 

 

 

 




語られる巴村の伝説とは?

そして他のみんなはどうしているのか。

次回も、お楽しみに。


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第15話:雪代巴とモヤモヤ

ようやく完成しました・・・・・・また長くなったなぁ。いつになったら第1章が終わるのかな。

それでは、どうぞ。



「それでは失礼します」

「お大事に~」

 

診察を終えて、医者の草壁とその手伝いをしているさやかが民家から出る。二人は他の民家を壊していた男性の診察のため、この民家を訪れていた。

 

「あの様子なら大丈夫かな」

「本当によかった・・・・・・いきなり倒れたって聞いていたから」

「気が狂うほどのことをずっとし続けていて、疲労がたまっていたんだろう」

「剣心さん復活を聞いて、安心したと」

 

納得した様子でさやかはウンウンと頷く。それだけ剣心の復活が彼らに希望をもたらしたのだろう。草壁とさやかは診療所に向かう。

 

「おっ、さやか」

「あっ、当麻に雄二」

「おう。診察は終わったのか?」

「あぁ、終わったよ。過度の疲労以外に問題はなかったよ」

 

歩いている途中、村の見回りをしていた当麻と雄二に会う。二人は剣心がいなくなる間、村の守りをどうするかを話し合うため、この村の村長と話をしてきたのだ。

 

「そっちはどうだった?」

「とりあえず話は聞いてもらえた所だな。この調子で明日には具体的な話をするさ」

「雄二の奴、この手の話し合いに慣れている様子だったぜ」

「そうなのかい? その年齢でそれはすごいね・・・・・・」

「まぁ、似たような奴らの扱いには慣れているからな・・・・・・」

 

そう言って雄二は目線を反らす。三人は何か大変なことでもあったのかと思い、深く聞くのはやめておいた。そうしている内に診療所に着き、そのまま中に入った。

 

「ふぅ・・・・・・初めて診察の手伝いをやったけど、結構大変だね」

「それにしてはやり慣れている感じだったけど・・・・・・もしかして、医者を目指しているのかい?」

「いえ、そこの当麻がよく怪我をするので、自然と出来るようになっただけですよ」

「そ、そうなのかい・・・・・・」

「当麻・・・・・・お前・・・・・・」

「ち、ちげーし・・・・・・俺だって、怪我をしたくてしているわけじゃないし・・・・・・」

 

男二人に見られ、思わず視線を反らす当麻。本人も悪いと自覚しているのか、バツが悪そうに頭を掻く。

 

「俺だって怪我したくねぇよ。でもな・・・・・・なぜかいつも怪我をするほどの不幸に見舞われるんだよ・・・・・・」

「本当・・・・・・何故か、ね・・・・・・」

「お、おう・・・・・・」

「そ、そうなのかい・・・・・・」

 

これまでのことを思い出し、どこか遠くの方を見る当麻とさやか。何とも言えぬ二人の雰囲気に押され、雄二と草壁はただ頷くことしか出来なかった。これ以上この話題を引っ張るわけにはいかないと雄二は別の話をすることにした。

 

「な、なぁ草壁さん。この村ってカラーストーン以外に何かあるのか?」

「えっ、カラーストーン以外に? う~ん・・・・・・あっ」

「おっ、あるのか?」

「あるにはあるけど・・・・・・話して良いのかな・・・・・・」

 

何か思いついたか草壁であったが、どういうわけか話そうとしない。その様子から話すべきかどうかを悩んでいるようである。

 

「この村の英雄についての話なんだけど・・・・・・それならどうかな?」

「英雄? それって誰のことなんだ?」

「この村の名前にもなっている女性のことさ。名前は『雪代巴』と言う」

「あれ? それって・・・・・・」

「・・・・・・あぁ、俺たちの目的じゃねぇか」

「そう! そうだよ! 私たちの宿題!」

 

思い出したとさやかと当麻は手を鳴らす。この村に来てからは何かとゴタゴタに巻き込まれて、すっかり忘れていたらしい。

 

「うわぁ・・・・・・忘れるところだったよ。これでさらに『忘れました』なんてことになったら・・・・・・」

「あぁ・・・・・・想像すらしたくねぇ」

 

二人は副担任のジェイド・カーティスの嫌みったらしい笑顔を思い出しながら身震いする。

1ヶ月の間でジェイドの得体も知れない恐怖を味わった雄二も、二人と同様に身震いをした。

 

「そうだな・・・・・・草壁さん、その話を今お願いできますか?」

「別に構わないけど・・・・・・」

 

そう言う草壁の顔はあまりいい顔をしていない。その表情に何かしらの引っかかりを覚える雄二だったが、当麻とさやかは早く話を聞きたいのか、草壁をせかす。

 

「お願いします! これで宿題ができませんでしたなんてことになったら・・・・・・」

「殺される・・・・・・冗談抜きで殺される・・・・・・」

「わかった、わかったから落ち着いてくれ。さて・・・・・・」

 

草壁は診察室の椅子に座り、三人に適当な場所に座るように言う。三人は各々椅子とベッドに腰を掛けて、話を聞き始める。

 

「この話は昔、どういうわけか大勢の魔物が攻め込んできた時の話だ」

「マジか・・・・・・土御門の言うとおりじゃねぇか」

「でも、どうしてこの村を?」

「そこは今でも分かっていないんだ・・・・・・ただでさえアフリカ大陸が魔王に占拠され、魔物の脅威が世界中に知れ渡った時期だっただけに、みんな大慌てさ」

 

当時のことを思い起こし、草壁は宙を見上げる。あまり良い思い出ではないのか、複雑そうな表情になる。

 

「後から知ったけど・・・・・・日本の初めての大規模な魔物の動きはこの時が初めてらしくてね、田舎だったのも相まって警察も軍隊も初動が遅れたんだよ」

「そうだったんだ・・・・・・てっきり沖縄占拠が日本での大規模活動かと思っていたよ」

「本当、何でこんな田舎の村を狙ったんだろうな?」

「ちょっと待て。何だ、今の沖縄占拠って」

 

話の途中、聞き慣れない言葉を聞いたのか、雄二が話を中断して二人に尋ねる。それに対して、雄二以外は全員唖然とした。

 

「・・・・・・マジで知らない?」

「が、概要は知っているし・・・・・・」

「うそぉ・・・・・・さすがに常識だよ?」

「これが今の学生のレベル・・・・・・か・・・・・・」

 

あまりの反応にさすがの雄二も焦り誤魔化そうとするが、誤魔化しきれず三人から可哀想な目を向けられてしまう。

 

「教科書にしっかりと書かれているから・・・・・・な?」

「・・・・・・スマン、何か・・・・・・話の腰を折って・・・・・・」

「いいよ・・・・・・別に、ね?」

「えっと・・・・・・続きを話して良いかな?」

「あっ、はい。どうぞ」

 

何ともいたたまれない空気となり、強引に話を変えるために草壁が話を戻す。

 

「とにかく、当時はとても混乱していてね、逃げても無理だ、このままじゃあ殺される・・・・・・そんな感じの雰囲気が村全体を覆っていたんだ」

「車とか電車とかで逃げたりは?」

「電車はまだ走っていなかったし、車も持っている家族がさっさと逃げてしまったからね・・・・・・本当、あの頃は酷かった」

 

そう話す草壁の表情は重い。余程、酷い状況だったことがその表情から見て取れる。

 

「その時の私は子供で、大人達が慌てふためいているのを見て、とても不味いことが起こっているとしか分からなかった。だから、不安になって見ているしかできなかった」

「その時にいたんですか?」

「あぁ。その時だ、村で一人の女性が声を上げたのさ」

「それが雪代巴さん・・・・・・」

「うん・・・・・・あの人は村の中でも少々異質で、剣術を納めていたし、魔法も使うことが出来たんだ」

「魔法を?」

 

魔法を使えることを聞いて驚く当麻とさやか。まさかこんな辺境の地で使える人がいるとは思わなかったからである。

 

「村の若い人がどんどん都会に行く中、彼女は村に一人残り村の仕事をよく手伝っていた。神秘的な雰囲気もあって、村の中では人気者だったよ」

「それはまた・・・・・・いい人だったんですね」

「あぁ・・・・・・本当にいい人だった」

 

そう言って草壁は近くの棚に置いてある写真立てを取り、三人に見せる。そこには男の子が二人と農作業着を着た女性が一人、仲良く写っていた。雲一つない青空の下、金色の稲穂を背にして、三人仲良く写っている。

 

「うわぁ・・・・・・綺麗な人・・・・・・」

「この写っている子供が?」

「片方は私で、もう片方は弟の縁だよ。コイツはとても巴さんに懐いていてね・・・・・・」

「・・・・・・縁?」

 

楽しそうに語る草壁に、ふと聞き覚えのある名前を聞いた雄二が首を傾げる。最近、どこかでその名前を聞いた気がすると。

 

「雪代縁っていうのさ。あいつは今は・・・・・・」

「えっ? 雪代縁って・・・・・・」

「あの縁さん?」

「知っているのかい!?」

 

急にあの人かなと言おうとした時、急に血相を変えて当麻達に掴みかかる。あまりの変わりように三人は焦ってしまう。

 

「お、落ち着いてください。そんな急かされても・・・・・・」

「あ、あぁ、済まない・・・・・・何せ消息不明の奴の名前を聞いたものだから」

「えっ!? 消息不明!?」

「あぁ、縁は・・・・・・っと、これは話の続きを話した後の方がいいな」

 

彼がこの村の出身であることと、消息不明扱いになっていることに三人は驚いた。彼はこの村周辺におり、今も村の近くにいると思っている。そんな彼が消息不明扱いになっていることに驚きを隠せない。草壁は雪代縁の話をする前に、先程の話の続きを話していく。

 

「この女性・・・・・・雪代巴さんは大勢やってくる魔物を『自分がこの不思議な力で倒してきます』と言って魔物の軍勢に対して立ち向かったんだ」

「立ち向かったって・・・・・・たった一人で!?」

「・・・・・・まぁ、そうだね」

 

当時の敵の数がどれくらいかはわからないが、すくなくても軍勢と呼ぶからには数え切れないほどの魔物がいたのだろう。それはたった一人で立ち向かうなんて・・・・・・。

 

「すごいなぁ・・・・・・その人」

「うん、本当に凄いよ。それだけ村の人達のことが大切だったんだね」

「・・・・・・あぁ、その人は本当に凄い人だった」

「・・・・・・?」

 

どこか歯切れの悪い言い方に雄二は首を傾げる。話を聞く限り、当麻とさやかのように雪代巴という人物は勇気ある人という印象を受けるが、草壁の様子から何か違和感を感じる。

 

「その人はたった一人で立ち向かい、魔物達を追い返したんだ」

「はぁ~・・・・・・まさしく英雄だったんですね」

「あぁ・・・・・・彼女はまさに英雄だった。命と引き替えにね」

「あっ・・・・・・それって・・・・・・」

「大勢の魔物を相手に無事で済むはずもなく、彼女はその闘いで命を落としたんだ」

 

死んでしまったということに、重い空気が流れる。彼女は大切な物を守るのと引き替えに、命を落としたという現実が重くのしかかる。少しして、草壁はまた話を続ける。

 

「・・・・・・彼女の死を悼んだ村の者達は、彼女の功績を語り継ごうと決めた。村の名前も『巴村』と改めて、彼女のことを忘れないようにと村の英雄として祭っている」

「雪代巴さんのことを・・・・・・」

「優しいあの人のことを忘れないように・・・・・・これがこの村に語り継がれているお話さ」

「成る程な・・・・・・よく分かったぜ」

 

話を聞いた当麻とさやか、雄二は話の内容をよく噛みしめる。村を守るために闘い、命を落とした女性の話を、決して忘れないように。

 

「それでね、この話には続きがあって・・・・・・英雄である雪代巴さんには弟がいるのさ」

「それが・・・・・・」

「そう、さっき名前が挙がった雪代縁さ」

 

そう言って草壁は先程戻した写真立てをもう一度手に取る。その写真を三人に見せながら、一人の少年を指さす。

 

「この黒髪で、生意気そうな顔をしているのが縁さ。コイツ、根っからのシスコンでね」

「シスコン・・・・・・?」

「それに黒髪って・・・・・・」

「あぁ。まぁ、両親が早い内に亡くなって、姉の巴さんしか家族がいなかったから無理もないけどね」

 

昔を懐かしむように草壁は縁のことを話す。まるで友達だったかのように。

 

「もしかして、友達だったんですか?」

「あぁ、家が隣近所だったからね。こんな田舎だし、他に若い子供もいなかったから自然と仲良くなったんだ。それで・・・・・・」

「すみません、多分人違いかと・・・・・・あの人、髪の色は白かったですし」

「そうか・・・・・・いや、いいんだよ」

 

気にしないでくれと草壁は言うが、人違いと聞いて気を落としているのがよく分かる。よほど大事な友達だったのだろう。

 

「縁の奴、巴さんの一件があって少しした後に消息不明になったんだ」

「消息不明・・・・・・」

「巴さんのことで村全体と揉めてね、その後すぐに行方を眩ませたんだ」

 

草壁はどこにいるのかわからない雪代縁のことを想う。その雰囲気から、とても仲が良かったことが分かり、さやかと当麻は何も言えなくなってしまう。唯一、雄二は何か考え込むかのように目を伏せていた。しばらくすると、雄二が顔を上げる。

 

「草壁さん、今の話は本当か?」

「あぁ、そうだけど・・・・・・?」

「そうか・・・・・・そうなると、やはり・・・・・・」

「雄二・・・・・・?」

 

何か分かったかのように雄二は頷く。その様子を見て、どうしたのかと聞きたげにさやかは声を掛ける。雄二は何もないとばかりに首を振った。

 

「とりあえず、話してくれてありがとうございます、草壁さん」

「いや、いいさ。あまり面白い話ではなかっただろう?」

「いいえ、とても参考になりました」

 

話の内容はいい話ではなかったが、三人は宿題の課題はこれで大丈夫だと思い安心した。

 

「そんな大変なことがあったなんてね・・・・・・」

「こんな田舎の話だし、あまり信じてくれる人もいなかったからね」

「ここを攻める利点なんてあるのかって話だからな」

「今となっちゃわからねぇが・・・・・・まぁ、いいさ。話はこれぐらいにしようぜ」

 

雄二がそう言うと草壁は荷物を整えて、全員で診療所を出る。草壁は剣心の診察のために、雄二達は泊まっている場所が剣心の家だからである。四人は剣心の家に向かうのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

村の人達が寝静まった後、僕は一人家の外で空を見上げていた。夜の時間帯のため、薄暗かった周囲はより一層暗く、闇が覆っており静寂だけが辺りに漂っている。

 

「眠れないのかな?」

「剣心さん・・・・・・」

 

そこに剣心さんが現れて、僕の方に近寄ってくる。そのまま隣に立ち、先程の僕のように空を見上げた。

 

「こうも闇に覆われていては、星空が輝く夜空を見ることも出来ぬな」

「そうですね・・・・・・」

 

僕は剣心さんと一緒に空を見上げる。空は雲に覆われているような空ではなく、唯々底が見えない闇が広がっていて、まるで今の僕のような様相だった。先程から頭に浮かぶモヤモヤがより一層広がりながら、大きくなっていく。

 

「何か悩みでも?」

「えっ、いや・・・・・・その・・・・・・」

「こんな時間に、しかもそのような浮かない顔をしていれば、誰でもそう思うでござるよ」

「・・・・・・やっぱり、そう見えますか」

 

剣心さんに指摘され、僕はいつもより弱い笑みを浮かべた。隠すようなことでもないし、正直誰かに話したかったことなので、僕は剣心さんに話すことにした。

 

「昨日、縁さんに助けられた時のことなんですけど・・・・・・」

「確か、強い魔物に襲われた時だったかな」

「はい。その時に縁さんが躊躇なく魔物の首を刎ねたんです」

 

あの時の光景を思い出しながら、ゆっくりと話していく。僕を殺しに掛かった虎男のような魔物、そのまま殺されかけた時、縁さんのナイフが奴の頭に刺さり、そのまま首を切り落としたこと・・・・・・今思い出してもモヤモヤとした嫌な気持ちが頭に残る。

 

「あの魔物のことなんて気にしていないんですけど・・・・・・」

「うん、それで?」

「何ていうか・・・・・・目の前で首を飛んで・・・・・・それで・・・・・・」

「ふむ、そうか・・・・・・」

 

別にあの魔物のことを気に掛けているわけではなく、目の前で首が飛んだ光景が記憶に、目に残ったのだ。衝撃的に、鮮明に・・・・・・僕は立っているのも億劫になり、その場に座り込む。剣心さんは未だに空を見上げている。

 

「普通に、平和に暮らしていれば、そのようなこととは無縁であるからな・・・・・・君が戸惑うのも無理はない」

「それはそうなんですけど・・・・・・」

「だが、本当はそうではないのだろう?」

 

僕が本当に悩んでいることを分かっているかのように優しい笑顔で剣心さんはこちらを見る。その笑顔と雰囲気に僕の中のモヤモヤが形になっていくような気がして、そのまま言葉にする。

 

「縁さんに助けてもらったのに、僕はその時の縁さんを人間とは違う生き物のように思ってしまったんです」

「それが君の心に引っかかってしまっていると・・・・・・」

「はい・・・・・・」

 

僕を殺そうとした虎男のような魔物が言葉を話せたせいか、変な肩入れをしてしまっている。そのせいか、奴の首が飛んだ時の光景が目に焼き付き、それをした縁さんを複雑に考えてしまう。

 

「縁さんは僕のことを助けてくれたのに・・・・・・その恩人に対して僕は・・・・・・」

「ふむ・・・・・・君は優しいな」

「優しいって・・・・・・そんなことは・・・・・・」

「いや、優しいよ」

 

突然、剣心さんに優しいと言われて焦ってしまう。今までそんなことを言われたこともないし、自分のことをそんな風に思ったことすらない。だから、いきなりそんなことを言われてちょっとむず痒い。

 

「自分が殺されかけた後に、そんな風に相手のことを想えるのは中々できないことだからな」

「そうなんですか?」

「あぁ、特に拙者のように闘いに身を置いている者は・・・・・・な」

 

腰に差している日本刀に手を置きながら、剣心さんは物思いに耽るかのように目をつぶる。その仕草から伝わる物静かな雰囲気に、僕は黙って剣心さんの言葉を待つ。

 

「拙者のように力ある者達が誰かを守っても当然のようにされ、そんな風に守ってくれた人に色々な想いを抱くことなど、ほとんどなくなったからな」

「そんなことが?」

「あぁ。先程弥彦が話してくれた雪代巴という女性にしてもそうだ。守ってくれたことに感謝をしているが、その女性自身のことはあまり考えていないようだった」

 

昼頃に弥彦君が意気揚々と話してくれた女性の話を思い出す。そういえば、彼女は命を賭けて村を守ったということはわかったが、どうして彼女がそこまでして村を守ろうとしたのかは分からなかった。命を賭けるほどの理由・・・・・・一体どういうものだろう。

 

「君がその縁という人物のことを想うのなら・・・・・・そのまま彼のことを想い続けてやってみてはどうかな?」

「想い続ける・・・・・・」

「あぁ。そうすれば、その複雑な思いにも答えが出ると思うでござるよ」

 

想い続ける・・・・・・か。うん、何かやることが分かった気がする。剣心さんに諭されて、僕は頭の中をぐちゃぐちゃにしていたモヤモヤがスッキリと晴れ渡ったような気がした。僕は立ち上がって、剣心さんの方に体を向ける。

 

「ありがとうございます、剣心さん。おかげで悩みが吹き飛びました」

「そうか、それはよかった。では、そろそろ寝るとしよう。まだ時刻は深夜の時間だからな」

「はい!」

 

剣心さんは身を翻して、そのまま家に戻る。僕も気持ちが落ち着いたのか、あくびをしながら剣心さんの後に続いた。とりあえず、今やれることやろう。そして、事件が解決した後に改めて縁さんを探し出して、色々話をしよう。全てはそこからだ。

 




せまる対決のために準備を続ける。そして、その当日に・・・・・・。

次回も、お楽しみに。


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第16話:その心は・・・・・・

ようやく出来ました・・・・・・本当に難産でした。そして、次も疲れそう。でも、終盤に向けての繋ぎなので、あまり手を抜くことはできないのです。でも、今までで最長になったなぁ・・・・・・。

討伐に向けて、動き出す人々。

それでは、どうぞ。


「坂本君、今集められる人数は集めたよ」

「ありがとうございます、村長」

「いやいや、これぐらいしか私には出来ないからね」

 

巴村の村長に雄二はお礼を言う。彼らは今、まだ気力が残っている村人と一緒に村の集会所に集まっていた。何故、集まっているのか、それは昨日のうちに雄二が村長に頼んでおいたからである。

 

「しかし、みんなを集めて一体どうするつもりだい?」

「なに、ちょっと景気づけをしようかと・・・・・・」

 

理由を尋ねる村長に雄二は少しはぐらかしながら答える。大広間に集められた村人達は一体全体何なのかと、ざわめき立っている。雄二はその様子を見ながら、少し目を閉じる。

 

(ここが正念場だ・・・・・・気合い入れろ)

 

自身に言い聞かせながら、静かに深呼吸をする。あの時、Aクラス打倒のためにFクラスの奴らをやる気にさせた時のようにすればいい。そうすれば、きっとうまくいく。あの時とは違う、緊張感に包まれながらも雄二は静かに壇上を見据えた。そして、覚悟を決めて壇上に上がる。

 

「おい、誰か現れたぞ?」

「誰、あの子?」

「まだ子供じゃないか・・・・・・」

 

集めた張本人である村長が現れると思っていた村人は、突然現れた雄二に困惑する。困惑する空気の中、雄二は視線や空気を無視して壇上に上がる。壇上に置いてあるマイクに電源をつけると話し始めた。

 

「今日はここに集まってくれて、ありがとうございます。俺は外からやってきた学生の坂本雄二です」

「学生・・・・・・?」

「外からやってきたって・・・・・・」

 

現れた少年が学生であることと、学生が壇上に上がり話し始めたことに村人達は困惑する。雄二は自分に注目が集まったことに一息つき、この場にいる村人全員を見据える。

 

「この村の現状について、村長や他の人に話を聞きました。その上で・・・・・・」

 

ここで言葉を一旦止め、もう一度村人全員を見渡す。そして、もう一度彼らを見据えて言い放った。

 

「このままでいいのか、アンタらは」

 

強く、語気を荒げて言い放った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

翌日、当麻とさやかは巴村を散策していた。昨日、草壁の話を聞いて、その人が守った村をしっかりと見ておこうと思ったのだ。

 

「あらためて見てみると、本当に田んぼしかないね」

「そうだな・・・・・・これが話にあった巴さんって人が守った故郷なんだろうな」

 

来た時は家を泣きながら壊すという奇行に驚いたが落ち着いて村の中を散策すると、緑が豊かな場所で田んぼは水田となっており、所々に苗が見えている。陽が照っていれば、日の光に照らされた綺麗な水田を見ることができるだろう。

 

「できれば、空が明るい時に来たかったな。それなら、もっと良い気分で観光できたのにな」

「うん。それに・・・・・・あんなものまで見なくて良かったよね」

 

そう言うさやかの視線は破壊された建物に注がれていた。彼らが来た時からそれはあり、とても雑な壊され方をしたそれは今の村の現状を物語っているかのようだ。当麻もその惨状を見て、歯がゆい思いをする。

 

「・・・・・・これ以上、あんなものは増やさないようにしないとな」

「大丈夫。明日には剣心さんがやってくれるって!」

「だな・・・・・・俺たちも助力したかったけど・・・・・・」

 

当麻は複雑そうな表情で頭を掻きながら、今朝のことを思い出す。今朝の朝食の時、明日の討伐について剣心は『一人で闘う』ことを話した。

 

『一人で闘うって・・・・・・大丈夫なんですか?』

『あぁ・・・・・・前回は敵について何も知らなかったが故に敗北した。だが、今度はそうはいかん』

『トリッキーな敵ってことですか? なら、なおさら誰か手伝った方が・・・・・・』

『いや、そういう敵ではない。奴は単純に強く、現状、拙者しか相手にならん』

『そんなに強いですか・・・・・・』

 

断固として譲らぬ剣心に全員が黙ってしまう。それほどまでに強い敵を前に、剣心は周りに気を配れる余裕はないということなのだろうか。そんな中、雄二が口を開く。

 

『そんなに強いなら、なおさら剣心さん一人を行かせるわけにはいかねぇんだが・・・・・・』

『いざ奴と闘うとなると、奴一人に集中しなければならない。そうなれば、他の者を守ることができないのだ』

『さらに集中も削がれるってことか・・・・・・』

『分かってくれたか?』

 

剣心の言葉に雄二は少し考え込みながらも頷いた。こうして、剣心の言うことを受け入れ、剣心以外の者達は村に残ることになった。

 

「剣心さんがあそこまできっぱりと言うってことは、相当強いだろうな」

「うん、心配だよね」

 

直に剣心の強さを見たわけではないが、訓練の風景を見ていた明久とずっと一緒にいた弥彦の話では、剣心はいわゆる剣の達人のような強さを備えているらしい。そんな剣心が一度敗れている敵なのだ、なおさら心配になる。

 

「せめて超能力が使えればなぁ・・・・・・」

「レベル0の俺たちにそれは無理だろ・・・・・・魔法だって使えないのに」

 

さやかは悔しそうに両手を見つめ、当麻も空に右手をかざす。

 

レベル0、それは学園都市において超能力の才能、能力が該当するものがないという証拠である。学園都市には多くの魔法知識や技術がある一方、脳の研究も進めており、その過程で少年少女に超能力が発現することがある。その能力の規模や潜在能力を計測して、レベル1から5までの判定を下される。

 

その中で、さやかと当麻は共にレベル0の判定を下されており、超能力はないとされている。

 

「こう、サイコキネシスのような能力があればなぁ・・・・・・」

「超能力少女さやかちゃん、ここに見参!ってね・・・・・・」

 

それさえあれば剣心さんに助力することができたのにと肩を落とす二人。ちなみに、当麻の幻想殺しは計測上、該当するものがなく、発展のしようがないということからレベル0ということになっている。

 

「あーあ、こんなに力がないのが悔しいと思う時が来るなんて思わなかったよ」

「俺は何度かあったが・・・・・・今が一番そう思う」

 

掲げた右手を握りしめて、悔しそうな表情を浮かべる当麻と俯き、両手を握りしめるさやか。二人は共に自身の力のなさを悔やむ。

 

「・・・・・・あれ?」

「どうした・・・・・・って、何だ、あの集団?」

 

これ以上悩んでもしょうがないと顔を上げたさやかだったが、何やら何人かの集団が剣心の家に向かって行っているのが見えた。当麻も同じようにその集団を見る。その集団から並々ならぬ雰囲気が立ちこめている。

 

「村の人達・・・・・・か?」

「何か、すごい気合い入っている雰囲気だけど・・・・・・」

「何だろうな・・・・・・俺たちもついて行ってみるか」

「うん、そうだね」

 

尋常ではない雰囲気にさやかと当麻は心配になり、二人は集団の後をついていくことに。程なくして、集団は剣心の家に着く。家の方では剣心が軒先で素振りをしており、明久と弥彦がそれを眺めていたようだ。

 

「えっ、ちょ、なに。何これ?」

「な、何だよ。アンタ達、一体どうしたんだよ?」

「・・・・・・これは村の人々、一体どうしたのかな?」

 

急に現れた集団に明久と弥彦は戸惑い、剣心は集団の方を見る。さやかと当麻は集団の後ろの方にいるため、表情を窺い知る術はなく、ただ見守ることしか出来ない。剣心の声に応えるかのように、少し年を取った者が前に出る。

 

「緋村さん、俺たちも一緒に戦うよ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「剣心、やっぱり俺も・・・・・・」

「駄目でござる。特に弥彦は」

「何でだよ、俺なら・・・・・・」

「そもそも弥彦には村の守りを頼んだはずだぞ。それを放棄するのか?」

「う~・・・・・・」

「じゃあ、僕が・・・・・・」

「お主はもっと駄目だ」

「ですよね~・・・・・・」

 

少し時間を遡り、朝の朝食を食べ終わった後のこと。剣心の家に集まっていたみんなはそれぞれやることがあるため、各々散って行った。草壁は村人の巡回検診、雄二は一人でどこかに出かけ、当麻とさやかは村の見回りに行った。残った剣心は調子を取り戻すため、軒先で剣の素振りを、明久と弥彦はその剣心を見守っていた。

 

「剣心さんの素振り・・・・・・何て言うか、格好いいよね」

「あぁ、素振り一つとっても、こう・・・・・・堂に入っているって感じだよな」

「うん。刀を振り下ろす時、ヒュって風を斬るような音がするし」

「俺も早く刀で素振りしてぇなぁ・・・・・・」

「勘違いしないでほしいのだが、本来、素振りに日本刀を用いることはないでござるからな」

「えっ!? そうなんですか!?」

「マジかよ!?」

「うむ。時間がないため日本刀を使っているが、本来は弥彦のように竹刀や木刀を用いる」

 

衝撃の事実に驚く二人。その様子を見て、剣心は早い内に訂正できて良かったと安心した。特に弥彦は剣術を志すだろうと思っていたので、本当にそう思う。驚く二人の顔を少々困ったような顔で見る剣心だったが、気を取り直して素振りに戻る。

 

「うわぁ・・・・・・初めて知ったよ。てっきり、竹刀から木刀、そして日本刀に段階を踏むのかと思っていた」

「俺もだ・・・・・・マジかよ・・・・・・」

 

驚いていた二人だが、落ち着いてくるにつれて意気消沈し始める。二人は、特に弥彦はこのままいけば、稽古で日本刀が扱える日が来ると思っていたので、結構落ち込んだ。弥彦と違い、そこまで落ち込んでいない明久と素振りに集中していた剣心は弥彦の落ち込み具合を見て、何とか励まそうとした。

 

「弥彦君、大丈夫だって! いつか刀を振れる時が来るって!」

「うむ、そうだぞ弥彦。いずれは・・・・・・うん?」

 

何かがこちらに迫ってきている雰囲気を感じて、剣心はそちらの方を向く。その視線の先には何人かの人々が、こちらに向かって歩いてきていた。明久と弥彦もそれに気づき、そちらの方を見る。

 

「えっ、ちょ、なに。何これ?」

「な、何だよ。アンタ達、一体どうしたんだよ?」

「・・・・・・これは村の人々、一体どうしたのかな?」

 

思いも寄らぬ事態に困惑する二人に対し、剣心は警戒しながらやってきた理由を尋ねる。すると、集団の中から一人年を取った者が歩み出る。

 

「緋村さん、俺たちも一緒に戦うよ」

「・・・・・・何だと?」

 

前に出てきた者の言葉に剣心は耳を疑うかのように驚く。それを聞いた明久と弥彦も驚いていた。

 

「俺たちも自分が生まれた故郷を守りたいんだ!」

「そうだ! これ以上、魔物の好き勝手にはさせねぇ!」

「畑仕事で鍛えた力を見せてやる!」

 

最初の一人目の声を皮切りに、他の人達も声を上げる。思わぬ事態に困惑する三人の前に、もう一人集団から歩み出る。その者は三人にとって、とても見知った顔だった。

 

「雄二!? 何でその人達と一緒に!?」

「何でお前がそいつらと一緒にいるんだよ!?」

「・・・・・・坂本君、もしやこれは君が?」

「あぁ、そうだ。俺がこいつらに発破を掛けたんだ」

 

雄二はしてやったりと意地悪い笑顔を浮かべながら、三人に近寄る。その表情を見て、コイツが村人に何かをして、このように決起させたのだと確信した。盛り上がる村人達をかき分けて、当麻とさやかが近寄ってきた。

 

「い、一体全体どうしたの、これ?」

「何で村人達が決起しているんだ?」

「なに、剣心さん一人に託すのもどうかと思ってな。動けそうな人達を集めて、説得したんだよ」

 

他の者が集まってきたところで雄二は説明を始める。雄二はなるべく剣心を万全の状態で、この一件を引き起こした魔物の所に連れて行きたかった。だが、剣心はどういうわけか頑なに同行者を認めない。

 

「少なくても戦える弥彦や、戦闘経験のある明久や当麻、あとは応急手当に長けているさやかがついていけば、よっぽどのことがない限り後れを取ることはないと思った」

「あれ? 雄二は?」

「無論、俺も行くつもりだった。特にバカが無茶をやらかして、マズイ事態になるのだけは避けたいからな」

「雄二、バカと言って僕を見るのはやめようか。まるで、僕のことをバカと言っているようじゃないか」

「その通りだよ、バカ」

「てめぇ!?」

「まぁまぁ・・・・・・」

 

普通にバカ呼ばわりされて怒る明久だが、話が進まないと思ったさやかが押しとどめる。雄二は怒る明久を無視して、話を続ける。

 

「俺はなるべく剣心さんには万全の状態で闘いに望んで欲しい。だが、戦える人間がいなくなると村の守りが心配だ」

「・・・・・・少なくとも拙者がいない間の守りは心配だな」

「だから、戦える人数を増やしたってことだ。少なくても一日、いや半日ぐらいなら村の住人だけでも大丈夫だろうと思ってな」

「ふむ・・・・・・考えたものだ」

 

剣心は雄二の考えに驚く。雄二はどんな理由があるにせよ、元凶の討伐は絶対に果たされなければならない。そうしなければ、自分たちは学園都市に帰れないからだ。だから、万全を喫するために村人達を立ち上がらせたのだ。

 

「苦労したぜ。俺たちのように元気があるならまたしても、ここの住人は反抗する気力がほとんどなかったからな」

「うむ・・・・・・拙者もそこだけはわからん。一体、どうやって村人をやる気にさせたのだ?」

「この村の現状と剣心さんが復活したというチャンス、そして雪代巴さんのような二の舞にしてはいけないってことを村人達に話したんだよ」

 

若干、脚色も入れさせてもらったがな、と雄二は一言付け加えて奮起させた理由を言った。雄二は改めて剣心の方を向く。

 

「剣心さん、俺たちのことを心配してくれるのはよく分かっている。だが、アンタ一人に背負わせたくないんだ」

「そうだ、剣心さん。アンタの邪魔にはならねぇから!」

「坂本君、それに村の人達も・・・・・・」

「だから、俺たちを連れて行ってくれ」

 

頼むと雄二と村人達が頭を下げる。大勢の人間に頼み込まれて、さすがの剣心も口を噤む。しばしの沈黙の内、剣心は一息ついて口を開く。

 

「・・・・・・ふぅ、致し方あるまい」

「じゃあ!」

「うむ・・・・・・助力を頼もう」

「っしゃ!」

 

しかたがないと剣心が折れて、雄二達の同行を許可する。他の村人の人達もやったと喜ぶ。明久と当麻、さやかに弥彦はとりあえず同行を許されたことに喜ぶのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

その日の夜・・・・・・夜かどうかは定かではないが、時計の上では夜の時間。明久達4人は剣心の家の近くの外で話し合っていた。

 

「いよいよ明日だね・・・・・・緊張するよ」

「あぁ・・・・・・ここまで来たんだ。元凶の魔物を討伐して、さっさと終わらせようぜ」

「そうだね・・・・・・って言いたいけど、当麻がいるんじゃなぁ・・・・・・」

「おい」

 

さやかの冗談交じりの言葉に、当麻はツッコミを入れる。さやかは当麻が近くにいると、経験上トラブルなしで終わったことはほとんどなかったゆえの言葉である。無論、さやか

はそれが当麻のせいだとは思ってはいない。

 

「これも雄二のおかげだね。雄二が村の人達を説得できなかったら、僕たちは留守番だったからね」

「・・・・・・」

「何さ? 驚いた顔でこっち向いて・・・・・・」

「いや・・・・・・お礼を言うという知識がお前にあったことに驚いていただけだ」

「おい、テメェ」

 

あまりの言い草に明久は雄二を咎める。その様子をさやかと当麻が呆れた様子で見ており、それに雄二が気付く。

 

「何だ、二人とも。俺の言葉に何かあるのか?」

「いや、だってねぇ・・・・・・」

「沖縄占拠を知らなかったなんて言う奴の言葉かよ・・・・・・」

「えっ? ちょっと、誰が・・・・・・?」

「おい、ちょっと待て」

「雄二の奴だよ。コイツ、沖縄占拠を知らなかったらしいぞ」

「うそぉ!!?」

「う、うるせぇ!? そのことについては放っておけ!」

 

あまりのことに先程の雄二の言い草も吹っ飛んだ明久。雄二は知らなかったことをばらされたことよりも、明久にそのことを知られたことに焦ってしまう。当麻とさやかは頭を掻きながら、その時のことを説明する。

 

「草壁さんから巴さんの話を聞く時に、沖縄占拠についての話が出たんだよ。その時にコイツ、沖縄占拠って何だって尋ねてきたんだよ」

「えぇ・・・・・・それを知らないってことは、やっぱり雄二はゴリラの親戚なんじゃ・・・・・・」

「し、知らないものはしょうがねぇだろ!? それと、誰がゴリラの親戚だ」

「いやいや、普通に知っていて当然のことだからね?」

 

三人の反応からして『沖縄占拠』とは知っていて当然の出来事であり、知らない雄二の方がおかしいというレベルの出来事のようだ。雄二はこの世界に来てからは、とりあえず学園都市での生活に慣れることを優先していた。さらに言うと、歴史についてはほとんど相違ないとばかり思い込んでいたため、今回のようなことに繋がってしまった。

 

(戻ったら、歴史の差異について調べないとな・・・・・・また面倒なことになりそうだ)

「雄二、早いところ勉強しなおした方が良いよ?」

「・・・・・・」

「何さ?」

「いや・・・・・・何でだ?」

「そりゃ・・・・・・ねぇ・・・・・・」

「ジェイド先生に知られたら、どうなるか・・・・・・」

 

爽やかに笑うジェイド・カーティスの顔を全員が思い出し、全員が身震いする。雄二としても、初日に自分に気付かれることなくつるし上げ、島田にいまだ癒えぬトラウマを植え付けた男として、恐怖の対象でもある。

 

「あの先生、一体何者なんだよ」

「さぁ・・・・・・噂じゃあ人の生き血を飲む真祖の吸血鬼とか」

「人間を目で殺す神話生物とか」

「笑顔で人を地獄に落とす邪神とか言われているな」

「本当に、本当に何者なんだよ。あの先生」

「それは人間なのか?」

「うん?」

 

ジェイド・カーティス先生について話し合っていたら、急に背後から声を掛けられて後ろを振り向く雄二達。そこには呆れ顔でこちらを見る雪代縁がいた。

 

「あっ、雪代さん。こんばんは」

「どこに行っていたんですか? 心配したんですよ?」

「別に俺がどこに行こうと関係ないだろう」

「いや、心配しますって・・・・・・」

 

関係ないとばかりに仏頂面を浮かべる雪代を心配する明久達。何度も危ないところを助けてもらっている明久達としては、その恩人である雪代の無事はとても大事なことだ。

 

「そうだ! 雪代さん、明日の魔物討伐に協力してくれませんか?」

「あっ、そうだよ! 雪代さんと剣心さんの二人なら絶対いける!」

「あぁ! 雪代さん、どうですか?」

「断る」

「「「えぇーーー!?」」」

 

明久、当麻、さやかは断られるとは思っていなかったため、不満の声を上げる。そんな声などどこ吹く風とばかりに雪代は頭を掻く。

 

「どうしてですか!?」

「お前らに教える必要はない」

「「「・・・・・・」」」

「そんな不満たらたらな目で見ても、教えねぇよ」

 

同行を頑なに拒否しようとした剣心同様、雪代も理由を話そうとはしなかった。できれば、もう少し粘りたかったが、命の危機を救ってくれた恩がある手前、そこまで強く言えず渋々引き下がった。

 

「そういえば雪代さん、どうしてここに来たんだ?」

「あっ、そういえば・・・・・・」

「深い理由はないが・・・・・・強いて言うなら、何故か騒がしかったから来ただけだ」

「あぁ、それはですね・・・・・・」

 

さやかは今日起こったことを縁に話す。話を聞いている間、仏頂面だった雪代だが、話が終わると眼鏡の頭をクイッと指で押し上げる。

 

「・・・・・・それで、お前達は明日討伐に出ると」

「はい・・・・・・とは言っても露払いが精一杯ですけど」

「戦えるのか? お前達が?」

「油断しなければ、スライムとかは大丈夫ですよ」

 

当麻と明久は手を握りしめる。二人は学園都市で能力者相手に喧嘩をすることもあったため、他の者達よりは戦う術を持ち合わせている。だから、落ち着いて戦えば大丈夫だと思っている。

 

「一応、それっぽい装備をしますけど・・・・・・」

「怪我をしても私が治しますしね」

「回復魔法でも使えるのか?」

「いや~、あくまで応急手当ですよ」

「あっ、雪代さん!」

 

立ち去ろうとする縁を明久が引き留める。雪代は足を止め、近づいてくる明久の方を見る。

 

「これが終わったら、みんなでお祝いしましょう。雪代さんも一緒に!」

「・・・・・・そこまで俺にこだわる理由は何だ?」

「僕たちが雪代さんのことをもっとよく知りたいからですよ。雪代さんって何か、秘密にしていることが多そうですし」

「話す必要がないからな」

「ほら、そうやって・・・・・・まぁ、無理して話す必要はないですけど」

 

そこで明久は一息を入れて、改めて雪代を見る。

 

「僕たちは、いや、僕は雪代さんともっと話をしたいんです。だって、雪代さんともっと仲良くなりたいんですから」

「・・・・・・」

「おぉ・・・・・・出たな、明久のストレート攻撃」

「本当に、ああ言ったことをスラリと言えるよね・・・・・・」

「あいつ、ここだとそうなのか」

 

明久の真っ直ぐな言葉に、言葉を失う雪代。裏表のない言葉がどう聞こえたのか、雪代は仏頂面を崩し、唖然としていた。少し間が空き、眼鏡を一回直したあと、雪代は明久に手を伸ばし、そのまま乱暴に頭を撫でた。

 

「ちょっ!? なに!?」

「裏表もなく言いやがって・・・・・・お前の頭はお花畑か」

「ち、違いますよ!?」

「・・・・・・考えといてやるよ。じゃあな」

 

乱暴に撫でていた手を離し、雪代はそのまま立ち去った。明久は乱暴に撫でられた頭を押さえながら、立ち去っていった方を見続けている。

 

「・・・・・・あいつって、いつもああなのか?」

「仲良くなりたいって決めたらな。恥ずかしいことも臆面もなく言ってくるんだよ」

「本当、質が悪いよね、明久って」

 

その後ろで先程の一部始終を見守っていた雄二と当麻、さやかは各々の意見を言い合っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「起きろ、明久!!」

「うひゃあ!? えっ、何、何なの!?」

 

翌朝、当麻の怒鳴り声で明久は目を覚ます。急にたたき起こされ、何事かと起こした当麻を見る。

 

「どうしたの、当麻。それに雄二とさやかも・・・・・・」

「どうしたもこうしたもねぇ! 大変なことになった・・・・・・」

「大変なこと? 一体何が・・・・・・?」

 

急に起こされたせいか、若干眠たそうに目を擦りながら明久は尋ねる。眠たそうにしている明久に対して、三人は尋常ではない慌てようを醸し出している。

 

「剣心さんが・・・・・・」

「えっ・・・・・・何かあったの!?」

 

剣心の言葉が出て眠気も吹っ飛び、完全に目が覚めた明久は身を乗り出す。彼の身に何かあったのかと心配になる。さやかは一呼吸置いて、言い放つ。

 

「剣心さんが一人で行っちゃったの」

 

 




たった一人で討伐に向かう剣心。それを追おうとする明久たちだったが・・・・・・?


次回も、お楽しみに。


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第17話:決意、胸に

二か月の時間を経て、やっと書けました。いや、本当にここの話のさじ加減が難しかった。でも、ここで手を抜くとクライマックスが盛り上がらないから。だから、頑張りましたよ。


突如、姿を消した剣心。彼は一体どこに・・・・・・そして、予想外の事態に。

それではどうぞ。


「このままでいいのか、アンタらは」

 

雄二は自身に注目する村人達を叱るように、語気を荒げて言い放つ。突然の叱咤の言葉に、しかも余所から来た少年に言われ、しん・・・・・・と静まりかえる。雄二は一拍おいて、さらに村人達にたたみかける。

 

「この村は前に魔物の襲撃に遭ったって聞いた。そして今回もまた、襲撃を受けて壊滅寸前までに追い詰められ、苦渋の決断を強いられた。襲撃者の言いなりになって、建物を壊し、もう駄目だと落ち込むばかり・・・・・・」

 

これまで村人達がどれだけ苦しんできたか、自分たちが悔しい思いをしてきたかを思い出させるように、雄二はこれまで起こった出来事を話していく。ここで一旦言葉を区切り、雄二は改めて村人達に聞いた。

 

「悔しくねぇのか、アンタらは」

 

結局は何もやろうともしない、言われたことしかしないと村人達を雄二は罵る。すると、今まで黙っていた村人の一人が口を開く。

 

「・・・・・・良いわけねぇだろ」

「悔しくないわけないだろう!」

「ふざけんじゃねぇ!」

 

一人が口を開くと、それに応じて他の者達も我先にと口を開く。まるで今まで貯まっていたものが一気に噴出したかのようである。声を上げて、今の状況を口汚く罵り合う村人を見て、雄二は声を上げる。

 

「そうだ! 良いわけないだろう!?」

「でもよ! 魔物は恐ろしいんだよ!」

「アイツは容易く家を壊したんだ!」

「そんな奴、どうすればいいんだよ!」

「方法ならある・・・・・・それも、アンタ達の頑張り次第で」

「えっ!?」

 

襲撃してきた魔物の恐怖を思い出してか、徐々に勢いが衰えていく村人達に、雄二は手段と希望を話し始める。

 

「アンタ達も知っているだろう、つい先日剣心さんが復活したことを」

「でも、その緋村さんだって・・・・・・」

「剣心さん一人だと、そうかもしれねぇ。だが、一人じゃなかったら・・・・・・?」

「・・・・・・まさか、俺たちに魔物と戦えって言うのか!?」

「あぁ、アンタの言うとおりだ」

 

雄二の言葉にざわつく村人達。混乱する村人達に雄二は間髪入れずに口を開く。

 

「済まない、言葉が足りなかった。剣心さんが離れている間、村を守って欲しいってことだ」

「村を・・・・・・?」

「そうだ・・・・・・アンタ達も言っていたじゃないか、悔しいって。なら、今度は抗ってやろうじゃねぇか」

 

くすぶる村人達を焚きつけるように雄二は村人達を揺さぶっていく。一呼吸を置き、話を続ける。

 

「アンタ達が村を守る間に、俺たちが元凶の魔物を倒す」

「俺たちって、君も行くのか?」

「俺もそうだが、もう何人かも一緒に行く予定だ」

「何人か・・・・・・って大丈夫なのか? 逆に足を引っ張るだけじゃあ・・・・・・」

 

普通の学生に見える雄二を見て、村人達は逆に不安になる。今の雄二は本人が言ったとおり、普通の学生ぐらいの子にしか見えず、本人もそう言っている。

 

「アンタ達の懸念もよく分かる。ここで話を変えるが・・・・・・何で剣心さんが復活したと思う?」

「何でって・・・・・・治療がうまくいったからじゃないのか?」

「でも、剣心さんの怪我って確か、グリーンストーンが必要なんじゃ・・・・・・」

「グリーンストーンって確か・・・・・・あっ、ま、まさか!?」

 

剣心の治療に必要なグリーンストーンがどこにあるかをよく知っている村人達はまさかと思い、雄二に注目する。再度、全員の注目が集まったところで雄二は口を開く。

 

「そうだ。俺たちが取ってきた」

「う、嘘だろ!? あそこは今や魔物の巣窟だぞ!?」

「それにグリーンストーンの場所に行けたとしても・・・・・・!」

「今、剣心さんが治っている。それが、答えだ」

 

雄二は毅然と結果を示す。村人達は堂々とした雄二の態度を見て、彼らが魔物の巣窟に足を運び、グリーンストーンを採ってきたのだと理解した。

 

「そんなことができる俺たちも一緒に行けば、魔物を倒すことができると思わないか?」

 

全体に理解したという空気が流れ始めたのを見計らって、雄二は彼らが今、思い描いていることを念押しする。無理だという空気から、できるという空気に。

 

「今までここを守ってきた弥彦も一緒に行く」

「弥彦君も・・・・・・!」

「とはいえ、その間に村が壊滅してしまったら、元の子もねぇ。だから、アンタ達に自分たちの村を守って欲しいんだ。それが結果的に、心置きなく戦えるという俺たちの安心にも繋がるから」

「俺たちが村を守ることが、剣心さんの助けになる・・・・・・」

 

雄二の話を聞いた村人達は一人一人が静かに言葉を聞き入れる。少しして、一人の村人がポツリと呟く。

 

「・・・・・・やってやろうじゃねぇか」

「そうよ、やりましょう」

「俺たちの村は俺たちで守ろう!」

「そうだ、守るんだ! 俺たちの手で!」

 

一人の呟きに続いて、もう一人が続き、それが全体に普及していく。そして、村人全員が俺たちもやるんだと声を上げ始めた。この光景を見て、雄二は心の中でガッツポーズを決める。彼にとって、最大の難関である村人達をやる気にさせることを乗り越えられたからである。

 

(よし・・・・・・なんとかなったな・・・・・・)

 

全員がやる気になった光景を見ながら、これで万全の状態で魔物討伐に当たることができると雄二は肩の荷を下ろした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「剣心さんがいなくなったって、どうゆうこと!?」

「どうもこうもない、一人で魔物討伐に向かったんだよ!」

 

雄二達にたたき起こされ、急いで支度をする。起きたのは僕が最後らしく、他のみんなはすでに支度を調えていた。

 

「ていうか、もうちょっと早く起こしてくれても・・・・・・!」

「私たちもさっき知って、村の中を探していたの!」

「というよりも、結構ドタバタしたのに起きねぇお前も大概だぞ?」

「う、うるさいなぁ・・・・・・」

 

考えてみれば、剣心さんがいなくなったと分かったら、慌てて探すよね。その時に結構ドタバタするから、その時の音で本来は目を覚ますはずだよね。それなのに暢気に寝ていた僕って・・・・・・気持ちが落ち込みかけたけど、それどころじゃないと思い、気を引き締める。

 

「えっと・・・・・・剣心さんが討伐に向かったってことは分かったよ。それなら・・・・・・」

「俺たちも急いで追いかけるつもりだ。だから、いつまでも寝てやがるお前をたたき起こしに来たんだよ」

「本当、よく眠れたよね」

「すげぇ熟睡していたぞ」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

 

みんなにジト目で見られ、申し訳ない気持ちで一杯になる。本当に何で寝ていたんだろう・・・・・・僕は準備を整えて、急いで外に出る。

 

「弥彦君の姿が見当たらないけど」

「弥彦なら村の出入り口の方にいる」

「急ごう。下手したら剣心さんはもう着いているかも」

 

僕たちは急いで村の出入り口に向かう。それにしても、剣心さんはどうして一人で行ってしまったんだろうか。昨日、一緒に行くって約束したのに・・・・・・。

 

「剣心さんはどうして・・・・・・」

「わからないよ。約束を破るような人でもないし・・・・・・」

「どちらにしろ、あの人一人で行かせるわけにはいかねぇ。急いで追いかけるぞ!」

 

雄二の発破に僕と当麻、さやかは力強く頷き、弥彦君がいるであろう村の出入り口に向かう。少しして村の出入り口に着くが、何やら様子がおかしい。

 

「何だろう、人だかりが出来ている?」

「ていうか、あれじゃあ外に出られないよ」

 

どういうわけか村の人達が集まって、出入り口を塞いでしまっている。あれでは、外に出られない。それに誰かが何か言い争っている声が聞こえる。僕たちは気になって、そのまま近寄ってみる。

 

「だから、どけって言っているだろ! そこを塞いでいたら出られねぇよ!」

「弥彦君・・・・・・分かってくれ。私たちも不安なんだ」

「俺だって剣心のことが心配なんだよ!」

 

近くまで行くと、弥彦君と村人達が言い争っている。弥彦君は外に出ようとしているけど、それを村の人達が阻んでいる様子だ。一体どうして・・・・・・。

 

「弥彦君、一体どうしたの。それにこれは・・・・・・」

「あっ、明久! やっと目を覚ましたのかよ!」

「ご、ゴメン。寝坊しました・・・・・・」

「本当だぜ。お前って奴はよ」

 

寝坊したことを怒られてしまい、肩を落としてしまう。心なしか、後ろにいる三人からも全くだと呆れた視線をぶつけられている気がする。僕は視線を振り払うように首を振り、今の状況を聞くために話を変える。

 

「そっ、それはそれとして、一体どうしたの? 何か言い争っていたけど」

「あっ、そうだよ明久! こいつら、俺たちを村の外の出してくれないんだよ!」

「えぇ!?」

「なっ、どういうことだ!?」

 

村から出してくれないと聞き、雄二が身を乗り出してくる。雄二もこのことは想定外らしく、慌てている。同じように当麻とさやかも身を乗り出してきた。

 

「どうもこうも・・・・・・ね・・・・・・」

「いきなり剣心さんが予想外の行動をとるもんだから・・・・・・」

 

雄二に怒鳴られ、村の人達は怯みながらも話していく。だが、その態度と言葉は歯切れが悪く、要領を得ない。

 

「だからって、出入り口を塞ぐことはないでしょ!」

「俺たちだって、不安なんだよ・・・・・・実際守れるかどうか」

「一番危ないのは剣心さんの方なんだぞ!?」

「剣心さんは、ほら、強いからさ・・・・・・」

 

さやかや当麻も行く手を阻む村人達に詰め寄るが、曖昧な受け答えをするわりには頑として彼らは道を譲らない。この後もこっちが言えば、あっちが曖昧な受け答えで流そうとするという言い争いが続く。これには、さすがに苛立ちが募ってしまう。

 

「・・・・・・いい加減にしろよ、アンタら」

「当麻?」

 

このままじゃ埒がないと考え始めた時、当麻が拳を握りしめて静かに、それでいて力強く声を上げる。その雰囲気に、周りの人は全員当麻の方を向く。当麻は先程よりも力強く、一歩前に踏み出し、村の人達全員と対峙する。

 

「さっきから聞いていれば、はぐらかすばかりでこっちの言い分を少しも聞いてねぇ」

「き、聞いてはいるよ。でも・・・・・・」

「いいや、聞いてねぇよ。それでいて、アンタ達は自分たちの身の安全しか考えていねぇんだろ」

「そ、それは・・・・・・」

 

図星をつかれたのか、行く手を阻んでいた村人達は当麻から目をそらし俯いてしまう。当麻は俯いた村人達にさらに詰め寄る。

 

「アンタ達もわかっているんだろう!? こうしている間にも、剣心さんは一人で危険な目に立ち向かっているって」

「うぅ・・・・・・」

「また、いつかのように一人だけに全てを背負わせる気かよ! それでいいのか、アンタ達は!?」

「・・・・・・そ、それは嫌だ」

「なら!」

「でも、無理だ! あんな恐ろしいことがあったのに、俺たちだけでなんて!」

 

当麻の言葉を切るように一人の人間が声を上げる。その人はその場にしゃがみ込み、頭を抱える。突然の行動に当麻は一瞬反応が遅れてしまい、その人の行動が引き金になったのか、他の人達も堰を切ったかのように声を上げる。

 

「あいつは一人で家を一瞬で壊したんだぞ!? 他の魔物も同じようなことが出来ないなんて保証はないだろう!?」

「俺たちは今まで普通に暮らしていたんだ! なのに、今更魔物と戦え、だなんて出来るはずないだろう!?」

「昨日まではできるって思っていたんだ! でも、剣心さんがいなくなったって分かった途端に怖くなって・・・・・・」

「無理だ・・・・・・俺たちは弱いんだよ」

 

恐怖や不安が周りに伝播していき、周りの人間が次々と弱音を吐いていく。恐慌状態に陥ってしまったため、当麻もこれ以上言葉を紡ぐことが出来なくなってしまった。

 

「うぅ・・・・・・」

「・・・・・・結局、私たちは弱いままなんだ」

「草壁さん・・・・・・」

 

僕たちの後ろの方からやってきた草壁さんはうずくまっている村人を見渡して、僕らの方見る。こちらを見る目は申し訳なさそうにしていた。

 

「今まで農業しかやってこなかった只の一般人に過ぎない私たちには戦う術はない・・・・・・知る必要すらなかった。それがいきなりこんなことに巻き込まれてしまって・・・・・・」

「でもよ、だからってこのままで良いわけねぇだろう」

「そんなことはみんな分かっている。だけど・・・・・・足が竦むんだよ」

 

とても辛そうに喋る草壁さんだが、立ち止まった瞬間足が震え出す。それは草壁さんも同様に魔物と戦うのが怖いということだった。そんな草壁さんの弱音を聞いて、雄二に当麻、弥彦君も何も言えなくなってしまう。

 

「だから、戦える強い人に縋るしかないんだ。私たちは」

「・・・・・・それは、分かる気がします」

「明久?」

 

草壁さんや村人達の本心は闘いとは無縁の人生を送ってきた人としては当然のものだ。平和に暮らしていた所に、いきなり襲撃を受ければ恐ろしくもなる。そこに命が掛かっていればなおさらだ。

 

「今まで学園都市で過ごしてきたから、戦いは割と日常的になっていたけど、普通は戦うことは怖いよね」

「明久・・・・・・」

「ましてや、本当に死にかけるような目に遭ったら・・・・・・」

 

あの時、ワータイガーに殺されそうになった時のことを思い出す。奴のような下品な奴に弱音を見せたくなくて虚勢を張ったけど、実際は殺されそうな恐怖で一杯一杯だった。

 

「そうだよね・・・・・・あの時、助けがなかったら明久は・・・・・・」

「うん・・・・・・死んでいただろうね」

 

さやかの問いかけに、僕は起こったかも知れない最悪の結末を想像して、身震いをする。実際にその場にいた当麻や、同じように死にかけた雄二も思うところがあるのか、目を伏せる。

 

「吉井君・・・・・・分かってくれるのかい?」

「はい、草壁さん。皆さんの気持ち、よく分かります。雄二と当麻も、そういうことは分かっている上で、皆さんに話したんだと思います」

「そうか・・・・・・情けなくて、すまない」

「・・・・・・でも、その上で僕は剣心さんを助けに行きたいんです」

 

それでもと僕は剣心さんを助けに行きたいと道を塞ぐ村人に話す。彼らはうずくまりながらも、こちらを見ている。

 

「傷つくのが怖い、死ぬのが怖い・・・・・・全部よく分かっています。それでも、僕は誰かにそれを任せっきりにするのは嫌なんです」

「・・・・・・下手したら、死ぬかもしれないよ」

「かもしれません・・・・・・でも、全てを任せっきりにするのは死ぬよりも嫌です!」

 

絶対にそこは譲らないと、僕は道を阻む人達に言い放つ。彼らは僕をしばらく見つめていると、立ち上がって道を空けてくれた。

 

「ありがとうございます」

「礼はいいさ・・・・・・頑張れよ」

「はい!」

 

村の人達に元気よく挨拶した後、僕は弥彦君の方を向く。弥彦君は複雑そうな表情でこちらを見ている。

 

「弥彦君、君はここに残っていて欲しい。理由は・・・・・・分かるよね?」

「・・・・・・正直、俺よりも弱そうなお前に頼まないといけないのは悔しいけど・・・・・・わかった」

「必ず剣心さんと一緒に帰ってくるからね」

「あぁ、約束だぞ」

「うん、約束」

 

必ずと言わんばかりの表情に応えた後、僕は雄二と当麻、さやかの三人の方を向く。

 

「僕は行くけど・・・・・・みんなは?」

「当然行くに決まっているだろう? 明久一人に任せっきりには出来ないからな」

「私も軽い怪我なら治せるしね」

「最初からそのつもりだからな、俺たちは。お前一人だと、何をしでかすかわからん」

「うん、そこら辺も含めてよろしく」

 

三人の返事を聞いた後、僕はいよいよとばかりに村の外に向かって歩き始める。三人も僕に続いて、一緒に歩き出す。

 

「剣心が向かったのは、恐らく北にある塔だ! そこに元凶の魔物がいる!」

「気をつけて行ってくれ! 道中にも魔物は出るはずだ!」

「はい、分かりました!」

 

剣心さんが向かった先を教えてもらい、改めて村の外を見渡す。そこにはちらほらと魔物の姿が見え、中にはこちらの様子をうかがっている者もいる。

 

「さて、急いで行かないとね」

「道中の魔物は無視していくぞ。あんまり時間がねぇ」

「さやかは大丈夫か? 全部、走っていくことになりそうだぞ?」

「平気平気! さやかちゃんは運動系女子だからね!」

 

みんな気合い十分とばかりに声を掛け合う。

 

「よし・・・・・・行くよ、みんな!」

「うん!」

「あぁ!」

「おう!」

 

かけ声と共に僕たちは剣心さんが向かったであろう塔目がけて走り出した。

 




どうでしたか?

この話では会話内容がくどくならない様に、一般人である村人達の心情に力を入れました。本当に、これだけは難しかったですね。


とうとう元凶の魔物討伐で、そこで何が起こるのか。

次回もお楽しみに。


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第18話:暗闇を解き放て

様々な試行錯誤の果て、書き上げました。その文字数、これまでの中で最長の約1万2千字。

・・・・・・疲れました。

とうとう第一章は佳境に入ります。

それではどうぞ。



巴村を出て、少し歩いた先に広がる森を抜けたところに塔が建っている。住人も知らない間に建っていたその塔は、今も不気味な雰囲気を醸し出しながら聳え立っている。その塔の入り口には、巨漢の門番がいる。

 

「ほぉ~・・・・・・何者かと思ったら、我らがボスに返り討ちにされた人間ではないか」

 

不気味に光る両目でやってきた人間を睨む門番。よく見るとその門番は人間ではなく、石で出来た魔物だった。体全体が石で出来ており、その全長も2メートルを軽く超している。ギシギシと音を立てて、やってきた人間に近寄ると、その人間をいかにも見下すかのように顔を近寄らせる。

 

「今更何の用だ。まさか、また懲りずにボスに挑みに来たんじゃないだろうな?」

「いいや、挑みに来たんじゃない」

 

そんな巨漢の魔物に相対するのは、魔物に対してあまりにも体格差がある一人の男。和服姿に日本刀を携えた緋村剣心である。彼はこちらを見下してくる魔物に対して、真っ向から睨み付けている。

 

「貴様らのボスを倒しに来た。道を開けろ、死にたくなければな」

「貴様が? 我らのボスを?」

 

剣心は刀に手を掛けながら、魔物に対して忠告する。それに対して魔物はさらに見下しながら、剣心を見据える。

 

「ハッ! バカめ、貴様のような弱そうな人間の言うことなど聞くと思うか!」

「・・・・・・忠告はしたぞ」

「貴様こそ、覚悟しろ! この俺の頑強な体で押しつぶして・・・・・・!」

 

岩の魔物は自信満々に自身の体を誇示しながら、そのまま押しつぶそうとしたが、その瞬間、剣心が刀を抜刀する。目にもとまらぬ速さで、剣心は魔物の巨体を一刀両断した。

 

「・・・・・・はっ? えっ? なに・・・・・・が・・・・・・」

「悪いが、お前のような雑魚を相手にしている暇はない」

 

岩の魔物は何が起こったのかも分からないまま倒れる。剣心は完全に息の根を止めたことを確認すると、塔に踏み入れる。踏み入れた瞬間、周囲から魔物の気配が溢れ出すが、剣心はそれを意にも介さず、そのまま歩き出した。

 

「待っていろ・・・・・・今度は負けん」

 

力強く剣心は言い放つと、そのまま塔の中を進み出した。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「とうとう着いたね」

「あぁ、おそらくここだろう」

「ここに剣心さんが・・・・・・」

「そしてあの村を襲った元凶の魔物がいる場所」

 

明久達が村を出発して数分、村の北側に広がる森を抜けて、元凶の魔物がいると言われている塔に辿り着く。塔は全体的に黄金色をしており、不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「ここまで来るのにちょっと時間が掛かっちゃったけど、何とか来られたね」

「道中に出てくる魔物とも結局戦うハメになっちゃったけどね」

「スライムとかは大丈夫だったが、あの唇が異様にでかいナメクジっぽいのは嫌だったな」

「あれって、何故か執拗に唇を押しつけてくるからな・・・・・・」

 

ここまで来る間に出てきた魔物達を思い出し、四人はげっそりと肩を落とす。村を出てからは村の人達の言うとおり、北の方に進んでいく。その途中、当然のごとく魔物が行く手を阻んできて、四人は出会う魔物を時には逃げ、時には倒していった。

 

「何だったっけ、あの魔物」

「えーと・・・・・・確か、リップスだよ。あの唇お化けは」

「その名の通りだな」

「出来れば、二度と会いたくねぇ」

 

しかし、魔物との戦闘に慣れていないせいか、思っていた以上に消耗が大きい。なかでも、彼らが話している唇お化けことリップスには特に苦戦させられた。理由は先程から彼らが話しているとおりである。

 

「虎男のような奴もいれば、あんな奴もいるんだね」

「帰り道にもアイツらがいることを考えると・・・・・・」

「だ、大丈夫だって。元凶の魔物がいなくなれば、他の魔物も消えるって・・・・・・」

 

明久と当麻、さやかはもう二度と会いたくないとばかりにげっそりと肩を落とした。少しして、これ以上気にしていても仕方がないと雄二は手を鳴らす。

 

「よし、そろそろ気を切り替えるぞ」

「うん、そうだね」

 

雄二の一言で三人は気分を切り替えて、目の前の塔を見据える。塔は先程と変わらず、不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「森を抜けてすぐの場所にあったね」

「いかにもここにボスがいますって雰囲気を出しているよ」

「剣心さんもここにいるよな・・・・・・?」

「あぁ、いるだろうな」

 

そう言って雄二は塔の入り口の側を指さす。そこには真っ二つにされた人間型の岩が転がっていた。大きかったであろう巨体は、今は力なく横たわっている。

 

「これをやったのは、恐らく剣心さんだろうな」

「すごい・・・・・・岩を真っ二つに」

「しかも縦に・・・・・・だ」

「これ見ると剣心さんって、本当に強い人なんだね」

 

真っ二つにされた岩の巨体を見て、剣心の凄さを初めて実感した四人。だが、そんな剣心でも一度負けたのがここにいるであろう魔物のボスである。

 

「とにかく、何かしらの助けになりたいよね」

「あぁ、そうだな」

 

決意を新たに、四人は塔の入り口の前に立つ。各々気を引き締め直し、塔の中に入っていく。

 

「よし・・・・・・行こう、みんな! 剣心さんを助けに!」

「「あぁ!」」

「うん!」

 

声を高らかに四人は塔の中に入っていった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「案外スムーズにすすめるね、ここ」

「道中の魔物は剣心さんが倒していったんだろうな」

 

塔の中は壁は外と同じく黄金色で、床はダークブルーで覆われており、無機質な雰囲気を醸し出している。だが、どういうわけか通路の奥の方まで見通せるぐらいに明るい。

 

「にしてもよ、魔物の死体がないっているのも驚きだよな」

「本当だよね・・・・・・お父さんの研究でも原因は分からないってあったし」

「そのわりには入り口で転がっていた岩の魔物っぽい奴は残っていたけどな」

 

塔の中を進むこと数分、四人はほとんど魔物に出くわすことなく進んで行っていた。魔物に出くわすだろうと思っていたため、こうもスムーズに進むとは思っていなかった。

 

「なんでかな? 何か理由があるのかな?」

「魔物のことは上条さんにはサッパリですわ」

「私も・・・・・・お父さんの研究をちらほら見せてもらった程度だし」

「俺はさやかの父親の方が気になってきたわ・・・・・・まぁ、推測混じりの仮説ならあるが・・・・・・」

「あるの?」

「あぁ」

 

雄二の言葉に三人が食いつき、雄二は歩きながら話を進める。

 

「恐らくだが・・・・・・知性を持つ魔物だけは人間同様、死体となってこの世にのこるんじゃないのか?」

「そうなの?」

「でも・・・・・・あまり知性が見受けられない野生の動物とかはどうなの?」

「他の動物たちはああ見えて、しっかりと学習する知性はあるからな?」

「う~ん・・・・・・それでもやっぱり疑問は残るな・・・・・・」

「まぁ、素人意見だからな。詳しく知りたいとなると、さやかの父親の方が詳しいんじゃないか?」

 

雄二の意見に若干納得いかない様子の三人だが、別にそこまで深く気になったわけじゃなかったため、そこまで深く考えないことにした。そんな感じで歩いていると、ひらけた場所に辿り着く。

 

「何か、広い場所に出たね」

「あぁ、道なりに真っ直ぐ進んだはずだから、そろそろ剣心さんと合流できても良いはずなんだが・・・・・・」

「でも、影も形もないな」

「あぁ・・・・・・どういうわけだ?」

 

そろそろ合流できると思っていた雄二だが、いつまで経っても合流できないことに焦りを感じ始める。明久、当麻、さやかも会える気配がない剣心に不安を覚え始める。その時、奥の方から声がした。

 

「哀れな人間共め! わざわざ殺されに来たのか!」

「誰だ!?」

 

こちらを蔑む声が響き、四人は声がした方を向く。その声の主はゆっくりとこちらの方に歩いてきた。

 

「こんなところまでわざわざやってくるとはな・・・・・・ご苦労なことだ」

「てめぇ、何者だ?」

「俺様が何者か知らないでここまできたのか? 本当に人間は救いがたいな」

 

近づいてきた声の主は人間ではなく、四本足のカニのような姿をしていた。だが、通常のカニとは違い、その大きさは人の腰辺りまで大きい。鈍い銀色のように光る体に、左手の巨大なハサミはそれだけで威圧感を与えている。そして、明久達を見る目はどこまでも人間を見下しきっている目だ。

 

「とりあえずここまで来たことだけは褒めてやろう。脆弱な人間の割にはな」

「お前がここのボスか?」

「いいや、俺はボスにここの留守を任されている者だ」

「留守を? じゃあ、ボスはどこにいるんだ!」

「それを人間ごときに教えると思っているのか? ましてや、お前らみたいな雑魚相手に?」

「てめぇ・・・・・・」

 

先程からこちらを雑魚扱いする魔物にさすがに腹を立てる四人だが、ボスとやらが留守を任せた相手だけあって慎重にならざるを得なかった。前に立ち、対峙する明久と当麻、雄二を後ろでさやかは剣心がいないかどうか、周囲を見渡す。

 

「・・・・・・ねぇ、剣心さんが見当たらないよ?」

「見当たらないって、そんななこと・・・・・・」

「道なりに真っ直ぐ来たんだぞ? まさか・・・・・・」

「何をゴチャゴチャ言ってやがる! どのみち、お前らは今ここで死ぬんだよ! このチョッキンガー様の手によってな!」

 

先に行ったはずの剣心が見当たらず、嫌な想像が頭をよぎる明久達を余所にカニの魔物ことチョッキンガーは明久達に襲いかかってきた。四人はとにかくチョッキンガーをどうにかすることを優先する。

 

「いない人のことを気にしてもしょうがねぇ! 構えろ!」

「くそ! やれるか・・・・・・!?」

「死ねやぁ!」

 

チョッキンガーは大きなハサミを前に突き出したまま、一番前にいた当麻に目がけて突っ込んでくる。当麻はそれを避けて、さやかの方に下がる。

 

「ちっ、外したか」

「余所見してんじゃ・・・・・・」

「ねぇ!」

 

止まったところを明久と雄二は各々蹴りとパンチで攻撃する。チョッキンガーは二人に気付いたが、身動きもせずにそのまま攻撃を受ける。

 

「っいた!?」

「か、かてぇ!?」

「バカが、たかだか人間ごときの攻撃で俺がやられると思っているのか?」

 

だが、明久と雄二の攻撃は通らず、むしろ攻撃した二人の方がダメージを負った。その有様を見て、チョッキンガーは二人を馬鹿にするかのように見下す。

 

「攻撃した二人の方が!?」

「カニだから硬いってことかよ!」

「バカな人間め、これでも喰らえ!」

 

痛みに耐える明久にチョッキンガーはハサミで横薙ぎに振り払う。明久はあまりの痛みに足を押さえていたため、もろにそれを喰らってしまう。

 

「ぐっ!?」

「そら、貴様にはこれだ!」

「明久!? くそっ!」

 

横に吹っ飛ぶ明久を尻目に、チョッキンガーは雄二の方に突進する。雄二は吹っ飛んだ明久を心配したため、避けるのは間に合わず防御する。それでも、チョッキンガーの四本の足から繰り出される突進は力強く、咄嗟の防御では踏みとどまれずに吹っ飛んでしまう。

 

「がぁっ!?」

「ハッハッハッ! 所詮は脆弱な人間だな! 脆い脆い」

「明久! 雄二!」

「てめぇ、よくも二人を!」

「さ~て、次はお前達だ!」

 

吹き飛ばされた二人をバカにし、チョッキンガーは当麻とさやかの方に向く。当麻は二人を吹き飛ばしたチョッキンガーを許せず、果敢に挑んでいく。さやかは持ち歩いていた鞄を持って、明久の方に向かう。

 

 

「おらぁ!」

「無駄だってわからねぇのか、人間が!」

 

当麻はチョッキンガーに殴りかかるが、チョッキンガーは自身の堅さを武器に攻撃を受け止めようとする。だが、当麻は拳を一旦止めて、殴りかかった勢いのままハサミにしがみつく。

 

「うおぉ!? 貴様、一体何を!?」

「このテメェの体格には大すぎるハサミはてめぇの武器と同時に弱点だ! コイツを押さえれば・・・・・・!」

「ぬわぁ!? き、貴様!」

 

当麻はチョッキンガーの背丈よりも高いハサミを掴み取り、体全体を使ってチョッキンガーを揺さぶる。思わぬ反撃にチョッキンガーはそのまま当麻に振り回される。その隙にさやかは吹き飛ばされた明久の元に着く。

 

「明久、大丈夫!? 怪我は!?」

「だ、大丈夫・・・・・・これぐらいなら平気」

「ならいいけど・・・・・・そうだ、これ」

「これは?」

 

さやかは何か思い出し、鞄からひとつの小瓶を取り出す。小瓶には緑色の錠剤があり、それを一粒取り出した。

 

「これ、昨日のうちに草壁さんからもらった薬草の錠剤。飲めばある程度の痛みを和らげることができるんだって」

「本当? 助かるよ」

「俺にも一粒くれ」

 

明久がさやかから錠剤をもらおうとした時、同じように吹き飛ばされた雄二も二人に近寄ってきた。雄二も同様に吹き飛ばされたのだが、明久と違い腕を怪我していた。

 

「ちょっと雄二、どうしたの、その怪我!?」

「あいつが体当たりしてきた時に、どうやらとがっていた部分が腕に刺さりやがった・・・・・・」

 

雄二は腕から出血しているのか、所々両腕の袖が破けており、破けたところから服を赤く染めていた。その痛みのせいか、雄二は痛みで顔を歪ませていた。

 

「痛みには耐性があると思っていたんだけどな・・・・・・」

「傷を見せて! 今すぐ治療しないと・・・・・・!」

「いや、そんな暇はねぇ。今は先にあのカニ野郎をどうにかしねぇと・・・・・・」

 

雄二の怪我を治療しようとするさやかだったが、雄二はそれを後回しにしてチョッキンガーをどうにかすることを優先する。チョッキンガーは未だに当麻に振り回されており、身動きがとれないようだ。

 

「問題はあいつの堅さだが・・・・・・」

「ちょっと! 先に怪我の方を・・・・・・!」

「そうだよ、雄二。先に怪我の方を応急処置でもいいから、治療してもらいなよ」

「だがな・・・・・・」

「だめ! そんなに血が出ていて無事なわけないでしょう!?」

「僕も行ってくるから、雄二はここでさやかの治療を受けて。いいね?」

「わ、わかった・・・・・・なら、明久。作戦があるから聞け」

「作戦が?」

「いいか・・・・・・」

 

前に自分が明久に命を大切にしろと言った手前、強く出られず雄二はおとなしくさやかの治療を受けることにした。錠剤を飲み、いくらか体が楽になり戦いに戻ろうとする明久を一時雄二は引き留めて、明久に作戦を授ける。明久はそれを聞いて、戦いに戻る。

 

「くそっ、この人間ごときが! こんなことして何になる!?」

「少なくても、アイツらの時間稼ぎにはなる! このまま、振り回してやる!」

「当麻! そのまま、そいつのハサミを押さえ込んで!」

「明久か!? よくわからねぇが、わかった!」

「何だ、今度は何をする気だ!?」

「こうするんだよ!」

 

当麻によって振り回されるチョッキンガーの足下に走り、そのまま明久はチョッキンガーを持ち上げる。本来なら、持ち上げるはとても難しいが、今チョッキンガーは当麻によって体が半分浮いている状態であったため、持ち上げることが出来たのだ。

 

「うおぉ!? 貴様ら、何をする気だ!?」

「そのまま、ハサミで一本背負い!」

「おっしゃー!」

 

持ち上がった状態で当麻はハサミを持ったまま、チョッキンガーを振り落とす。明久も当麻が振り下ろす方向にチョッキンガーを投げ、勢いよくチョッキンガーを振り落とした。

 

「ぐわぁ!?」

「どうだ!?」

「当麻! 一度下がろう!」

「あぁ、わかった!」

 

当麻と明久はチョッキンガーから一旦距離を取る。先程まで当麻はずっとチョッキンガーを相手に振り回し続けていたため、その時の体力の消耗を気にしてである。現に明久と同じように下がった当麻は息が上がっていた。

 

「大丈夫、当麻? まだいける?」

「あぁ・・・・・・大丈夫だ。まだ、いけるぜ」

 

汗もかき、息も上がっているがやる気十分の当麻。明久も作戦がうまくいき、これならいけるとやる気があがる。その作戦を考えた雄二はさやかに腕を治療してもらいながら、作戦がうまくいったことに手応えを感じていた。

 

「よし・・・・・・これならいける」

「一本背負いって・・・・・・よく思いついたね?」

「今の俺たちにあいつの硬さを貫く術はない。なら、硬さを貫くんじゃなく、別の方法でやるしかない」

「それが今の一本背負い・・・・・・」

「正確には落下や衝突の衝撃だがな」

 

防御を貫けないのなら別の方法で奴にダメージを与えるという雄二の作戦は見事に嵌まり、チョッキンガーは大ダメージを負った。その証か、奴の立ち上がる速度が遅い。

 

「おのれ人間ごときが・・・・・・この俺様に傷を負わせやがって・・・・・・!」

「当麻!」

「おう! もう一度だ、明久!」

 

立ち上がり、こちらを睨み付けるチョッキンガーを見据え、当麻と明久はもう一度同じようチョッキンガーに立ち向かっていく。雄二もさやかの応急処置を終え、再び立ち上がる。

 

「もう一度喰らわせてやる!」

「図に乗るな、人間が! ホイミ!」

 

突如チョッキンガーが何かを叫ぶと、弱い緑色の光がチョッキンガーの体を包み込む。そして、さっきまでヨロヨロだったチョッキンガーがしっかりと立ち上がってしまう。

 

「もう手加減しねぇぞ! 全員ぶっ殺してやる!」

「今のって、まさか!?」

「回復魔法だよ! だって、あの光は・・・・・・!」

「ゴチャゴチャうるせぇ! まずはてめぇからだ、ツンツン野郎!」

 

急に魔法を使ったチョッキンガーに慌ててしまい、動きを止めてしまう明久と当麻にチョッキンガーは当麻に対して右手をかざす。

 

「灰になれ! メラ!」

「なっ!?」

 

またもチョッキンガーが叫ぶと、奴の右手から火の玉が勢いよく飛び出してきた。当麻は驚いて、咄嗟に右手を突き出してそれを打ち消す。

 

「なっ!?」

「あ、あぶねぇ・・・・・・幻想殺しで消せてよかったぜ・・・・・・」

「あいつ、魔法も使えるのか」

「ず、ずるいよ! あの硬さに魔法って・・・・・・!」

「不味いな・・・・・・」

 

当麻は幻想殺しのおかげで何とか無事だったが、まさか魔法まで、しかも回復魔法まで使えるとは思っていなかった雄二は顔を曇らせる。このままでは消耗戦になり、回復手段で劣るこちらが不利になる。

 

「どうする・・・・・・?」

「何でカニのくせに火の魔法なんて使えるんだよ!? おかしいだろう!?」

「そんなこと、こっちが知ったこっちゃねぇんだよ!? それよりも何だ、その右手は!?」

「一々教えると思うか?」

「くそが! 人間のくせに生意気な・・・・・・!」

 

急な事態に両方共パニックになり、何故か言い争いになる。明久達は魔法が使えることに、チョッキンガーは当麻が魔法を何の予備動作もなく打ち消したことに。

 

「まぁいい・・・・・・魔法が効かないならじっくりといたぶって殺してやる」

「くそ、あいつも警戒してくるだろうから容易にはいかないだろうな・・・・・・」

「せめて、こっちも魔法が使えたら・・・・・・」

 

いくら考えても答えは分からないと思ったチョッキンガーは一旦、考え事を棚上げし、通常攻撃に移ろうとしている。当麻達もそれを迎え撃とうと身構える。

 

「今度はさっきのようにはいかねぇぞ! 人間が!」

「来るぞ! 構えろ!」

「あー、もう! 出ろ、魔法! メラ!」

 

突進してくるチョッキンガーに身構える当麻と雄二だが、明久はどうしても納得がいかず、ヤケクソ気味に魔法の名前を叫ぶ。すると、叫ぶと同時に突きだした両手から火の玉が飛び出した。

 

「へっ?」

「はっ?」

「えっ?」

「なっ・・・・・・!」

「・・・・・・ふぁ!?」

 

突然出てきた火の玉に全員が驚き、そのなかでも火の玉を出した明久が一番驚いた。火の玉はそのまま突進してくるチョッキンガーに直撃する。

 

「ぎゃあぁぁぁ!? あぢぃ!?」

「・・・・・・出ちゃった」

「出たな」

「出たね」

「出ちゃったな・・・・・・」

 

直撃を受けたチョッキンガーは予想外の攻撃と熱にもだえ苦しむ中、明久達は急に出来てしまった魔法に驚いて明久の両手を見ている。

 

「どうやって出したの?」

「・・・・・・どうやって出たの?」

「いや、やった奴が聞き返すなよ!?」

 

明久自身どうやったのか分からず、聞き返してしまう。その言葉と無自覚な表情に本当にどうやったのか分からないようだ。雄二はとりあえず一旦整理するために明久と話す。

 

「まず、叫んだ時にどんなことをしようと思った?」

「えっと・・・・・・こう、手を突き出して・・・・・・火の玉、出ろって感じに」

「なるほど・・・・・・他には?」

「あと・・・・・・体中の何かを手で出した?」

「何かを」

「出した」

「・・・・・・とりあえず、もう一回あのカニ野郎にやってみろ」

 

抽象的な話ばかりで分からないため、雄二はとりあえず今言ったことを未だにもだえ苦しんでいるチョッキンガーに向けてやるように言う。明久も言われたとおりにやってみた。

 

「え~と・・・・・・こんな感じに・・・・・・メラ!」

 

先程と同じようにチョッキンガーに向けて両手を突き出すと、火の玉が飛び出しチョッキンガーに直撃する。もう一度直撃を受けたチョッキンガーはさらに苦しむ。

 

「ぐわぁぁぁ!? くそが! 人間ごときが!」

「・・・・・・出来た」

「出来たな」

「しかも苦しんでいるよ?」

「・・・・・・よし! お前ら、気合いを入れ直せ! いけるぞ!」

 

もう一度出来たことにみんなが唖然とする中、雄二は明久、当麻、さやかに発破を掛け、態勢を整え直す。その声に応え、明久達も再度身構える。

 

「何故か知らんが、明久の魔法は有効だ! それを軸にしてあいつを倒すぞ!」

「分かった!」

「明久、もう一発だ!」

「うん! え~と・・・・・・メラ!」

 

当麻に言われ、明久は先程と同じように両手を突き出す。だが、今度は出なかった。

 

「・・・・・・出ないな」

「・・・・・・今ので気付いたことがあるんだ」

「何だ?」

「魔法を唱えた時に、何か体の中からエネルギーのようなものが減ったような感じがあったんだ」

「ねぇ、それって所謂魔力ってやつじゃないの?」

「うん。それでね、今唱えた時はその魔力がガス欠を起こしたような感じがしたの」

「・・・・・・所謂魔力切れってやつか?」

「・・・・・・うん!」

「「「うん! じゃねぇーーー!!?」」」

 

突然の魔力切れによって魔法が使えなくなったことを冷や汗混じりの笑顔で告げた明久に、三人でツッコミを入れる。

 

「せっかくいけるって時に何でそんなことになるんだよ!?」

「しょうがないじゃん! 魔法なんて初めて使ったんだから!?」

「こんなのってないよ・・・・・・あんまりだよ・・・・・・」

「明久に期待した俺がバカだった・・・・・・!」

 

まさかの事態に困惑する四人。それを見て、今までもだえ苦しんでいたチョッキンガーがほくそ笑みながら立ち上がる。

 

「突然の魔法には驚かされたが・・・・・・所詮は低俗な人間だったってことだな」

「ま、まだ負けたわけじゃないぞ!?」

「何言ってやがる。テメェらには俺様にこれ以上の有効な手段はないんだろう?」

「そ、それは・・・・・・」

「よく頑張ったと褒めてやろう。だが、人間ごときがこのチョッキンガー様には敵わないのさ!」

「いいや、貴様の方が終わりだ」

 

勝利を確信して叫ぶチョッキンガーだったが、突如明久達の背後から別の声が響く。誰だと思い、振り向くとそこには剣心がいた。

 

「け、剣心さん!」

「無事だったのか!?」

「うむ、この通りピンピンしておるよ。しかし・・・・・・やはり、来てしまったのか」

 

無傷の剣心の姿を見て、四人は安堵する。それとは対照的に剣心は複雑そうな表情をしていた。剣心は歩いて明久達の前に出て、チョッキンガーに対峙する。

 

「剣心さんは一体どこにいたんですか?」

「前にここのボスがいた場所に向かったのだが、生憎留守だったようなので塔の中を探していたのだ。すると、何やら叫び声が聞こえると思い、そちらに向かうとお主達がおったというわけだ」

「えっ、でも私たちもここまでは一本道で来たんですけど」

「途中である仕掛けを解くと開かれる道があるのだ。拙者はそこを通っただけのこと」

「隠し通路があったのか・・・・・・」

 

今まで出会えなかった理由を簡単に話した後、剣心はチョッキンガーを見据える。チョッキンガーも突然の乱入者に不機嫌そうな顔をしていた。

 

「貴様は知っているぞ・・・・・・前にここに来て、俺たちのボスに返り討ちにされた人間だな?」

「恥ずかしい話だが、そうだ。もう一度、お前達のボスを倒しに来た」

「けっ、バカな奴め。ボスの慈悲で命拾いしたのにわざわざ殺されにきたのか?」

「貴様らのボスはどこにいる?」

「ふん、バカが! 貴様のような奴に誰が教えるか!」

 

チョッキンガーは剣心のことをバカにしながら突っ込んでいく。それに対して、剣心は刀に手を置いて身構える。

 

「け、剣心さん! 突っ込んできますよ!?」

「大丈夫でござるよ。このような雑魚に遅れは取らぬ」

「調子に乗るなよ、人間が!」

 

心配する明久達を背に、剣心は依然刀を身構えたままの体勢である。チョッキンガーは突進しながらハサミを前に突き出す。

 

「死ね! 人間!」

「・・・・・・ふっ!」

 

あと少しでハサミが突き刺さろうとしたその瞬間、剣心が目にも止まらぬ早さで動く。チョッキンガーと剣心が交差する。その一瞬の交差の後、何かが宙を舞い、床に突き刺さった。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・ぎ、ぎゃあああ!? お、俺様のハサミが!?」

「まぁ、こんなところでござるな」

「・・・・・・えっ?」

 

気付けばチョッキンガーのハサミが床に突き刺さっており、剣心も疲れた様子もなくいつの間にか抜いていた刀を鞘に戻す。一瞬の出来事と自分たちが苦労した相手をいともたやすく切り捨てた光景に明久達は唖然とする。

 

「・・・・・・凄い」

「あんなに苦労とした奴を一瞬で・・・・・・」

「成る程な・・・・・・一人でも十分だったってことか」

 

チョッキンガーのハサミを切り落として平然とする剣心を見て、四人はあまりの実力差に呆然とした。確かにこれなら一人でも十分と言えるだろう。むしろ自分たちの方が足手まといだ。

 

「もう一度言う・・・・・・貴様らのボスはどこにいる」

「し、知らない・・・・・・」

「ほぅ・・・・・・」

「し、知らないんだ! 本当に知らないんだよ!」

 

ハサミを切り落とされたことによって、チョッキンガーは完全に戦意喪失してしまい、剣心の問いに素直に答えた。それだけあのハサミはチョッキンガーにとって、強さの象徴的なものだったのだろう。刀に手を掛けながら脅したが、本当に知らない様子のチョッキンガーにさて、どうしたものかと剣心は悩む。

 

「剣心さんってすごいですね」

「うん? いやいや、この程度はまだほんの余興でござるよ」

「あれで余興って・・・・・・いや、もういいか」

「しかしまぁ・・・・・・これは困ったな」

「うむ・・・・・・こやつが知らんとなると、今塔にはいないのかもしれぬ」

「うそぉ・・・・・・ここまで来て?」

「そりゃ、ないぜ・・・・・・」

 

ここまで来てボスがいないとなると、何のためにここまで苦労したのかと明久、当麻、さやかは気落ちする。雄二と剣心もどうしたものかと頭を捻らせていると、切り落とされたハサミの左手の痛みを堪えながら、チョッキンガーは剣心を睨み付ける。

 

「ひっ、ひっひっひっ・・・・・・貴様らなんかボスが来れば・・・・・・」

「そのボスを探しておるのだが・・・・・・」

「テメェらなんか、ボスが来れば!」

「その口を閉じろ、この雑魚が」

 

やられてもなお、こちらを見下してくるチョッキンガーに呆れるが、突如聞こえた声に反応し、全員そちらの方を向く。それと同時にナイフが飛んできて、チョッキンガーの額に突き刺さった。

 

「あっ・・・・・・えっ? 何で・・・・・・?」

「聞くに堪えないな、貴様の言葉は」

「貴様・・・・・・!」

「あっ・・・・・・縁さん!」

 

突然現れた雪代縁に剣心は警戒するが、明久達は喜びを浮かべる。雪代縁は相変わらずぶっきらぼうな表情を浮かべている。

 

「縁さん! やっぱり来てくれて・・・・・・!」

「吉井!」

「ふぇ!? 剣心さん・・・・・・?」

 

現れた雪代縁に近寄ろうとする明久だったが、剣心は声を上げてそれを制する。突然、剣心に止められた明久とそれを見ていたさやかと当麻はどうしてとばかりに剣心に顔を向ける。そんな微妙な空気の中、雪代縁はゆっくりとチョッキンガーに向けて黙って歩き出す。

 

「縁さん・・・・・・?」

「あの・・・・・・」

 

いつもの様子とは違う縁に戸惑いながらも声を掛ける明久とさやかだが、縁はそれらを無視してチョッキンガーの元に歩いて行く。そして、額に刺さったナイフに愕然としているチョッキンガーの前に辿り着いた。

 

「・・・・・・相も変わらず貴様は無様だな」

「ボ、ボス・・・・・・何故?」

「えっ・・・・・・ボスって・・・・・・?」

 

縁がチョッキンガーにボスと呼ばれたことに動揺する明久とさやかと当麻。それとは対照的に剣心は縁を警戒し、雄二は複雑そうな表情で縁を見据えていた。縁は混乱するチョッキンガーを憮然とした表情で見下ろしている。

 

「人間を見下しているくせに、自分が負けそうになると負け犬の遠吠えのように吠えたてるだけ・・・・・・そんな奴が俺の部下なんてな」

「ち、違います、ボス! あの人間が強くて・・・・・・!」

「もういい、目障りだ」

 

そう言うと縁は手に持っていた剣を引き抜き、力任せにチョッキンガーを一刀両断する。チョッキンガーは最後まで縁に命乞いをするかのような表情のまま、真っ二つに切り捨てられた。

 

「お主を慕う部下だろうに・・・・・・それを容赦なく切り捨てるとは」

「こいつが? 陰でいつも『強いだけの人間上がりが・・・・・・』と陰口をたたいている奴が?」

 

ハッと吐き捨てるように縁は剣を振り回す。剣心はチョッキンガー自体には何の思い入れもないので、そうかと一言言うだけで済まし、縁を見据える。そんな中、動揺していた明久達が縁に話しかける。

 

「あの・・・・・・縁さん。今、そいつ・・・・・・縁さんを・・・・・・」

 

今までの話から想像したくない、そうであって欲しくないと思いながらも明久は縁に尋ねる。縁は眼鏡を整えながら明久達に応える。

 

「想像しているとおりだ・・・・・・俺がこの一連の事件の元凶だ」

 

雪代縁は、ゆっくりと、そして確かな言葉を持って、応えた。

 




とうとう明かされた黒幕。この非常な現実に明久たちは・・・・・・。

次回もお楽しみに。

さて、また書き始めないと・・・・・・。


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第19話:復讐心

まずは謝罪を・・・・・・更新が遅れて申し訳ありませんでした。

いやね、本当にプライべートの用事が立て続けに舞い込んで、しかも今回の話で自分の苦手とする部分を発掘しちゃって・・・・・・

そのせいでだいぶ執筆も遅れたし、次話でエピローグの予定がずれちゃいました。ただ、物語も佳境なので、私なりに手を抜くことはできなかったのです。

長々と語りましたが、とりあえず完成したので投稿します。

それでは、どうぞ。


――――――雪が降る

 

――――――全てを覆い隠すように雪が降る

 

――――――それは親切に、そして残酷に

 

――――――雪をかき分け、一人の少年が突き進む

 

――――――やがて少年は立ち止まり、その場に倒れ込む

 

――――――視線の先には赤く染まった雪が広がる

 

――――――その中心には一人の女性が倒れていた

 

――――――音もなく降り注ぐ雪は女性を覆い隠そうとする

 

――――――少年は慟哭する。静かな女性を目の当たりにして

 

――――――その慟哭さえも雪は覆い隠そうとする

 

――――――そう、雪は降る

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

静寂がその場を包み込み、誰もがその場を動けずにいた。剣心と縁は互いに目線で警戒し合い、明久達はあまりの真実に言葉を失っていた。

 

「・・・・・・その様子だと、やはり知らなかったのだな」

「け、剣心さん・・・・・・」

「アンタが頑なに、しかも約束を破ってまで俺たちを連れて行こうとしなかったのは・・・・・・」

「あぁ・・・・・・拙者が知っている者とお主達が語る雪代縁、これが同一人物なのではないかと思っていたからだ」

 

剣心は縁から視線を話さずに、明久達に話す。この真実を知ればどうなるか、彼には想像できた。だから、たった一人で決着をつけようと考えたのだ。縁は手持ちぶさたに剣を振り回す。

 

「・・・・・・うすうす、そうなんじゃないかとは思っていた」

「雄二・・・・・・?」

 

動揺する明久、当麻、さやかとは違い、少し冷静な雄二が口を開く。雄二の言葉にさやかはどういうことかと疑問を口にする。雄二は複雑そうな表情で縁を見据える。

 

「アンタは初めて出会った頃、巴村の住人だと言っていた。そのわりには村に住んでいるところを見たことがない」

「そういえば・・・・・・」

「俺はてっきり適当に誤魔化しただけなのかと思ったが、もう一つ・・・・・・ないと信じたかったが、もう一つだけある可能性があって、そのせいで村にいれないとしたらと考えた」

「もう一つって・・・・・・」

「あぁ・・・・・・犯人ってことだ」

 

今回の一連の事件を引き起こした犯人ならば、当然村にいられるはずがない。それなら村に寄りつかない理由にはなる。しかし、そうなると疑問になることがある。

 

「でも、縁さんは昨日・・・・・・」

「それにグリーンストーンを採りに行く時も・・・・・・」

「昨日来た理由は分からないが、グリーンストーンを採りに行く時は推測できる。恐らく剣心さんに掛けた呪いがグリーンストーンなしで解けたからだ。違うか、縁さん?」

「・・・・・・そうだな」

 

雄二の推測を静かに認める縁。雄二の推測が一つ当たるたびに、明久達は胸が締め付けられる程の痛みがよぎり、その苦しみから逃れたくてさやかは否定できるものを上げる。

 

「で、でも動機が・・・・・・」

「動機ならあるじゃねぇか・・・・・・この人がその名の通り、雪代縁なら」

「うぅ・・・・・・」

 

だが、ここでも雄二は認めざるえない現実を叩きつける。彼が雪代縁であるのなら、納得できる理由がある。

 

「雪代巴さん・・・・・・」

「た、ただの同じ名前の人だってこともあるだろう!? なら・・・・・・!」

「なら、どうしてグリーンストーンに関して詳しいんだ?」

「そ、それは・・・・・・」

「グリーンストーンは地元の人間しか知らない。なのに、この人は知っている。そして、名前は雪代縁・・・・・・動機も状況証拠も十分ってことさ」

 

雄二にとってもあまり認めたくないようで、とても複雑そうな表情のまま言い切った。自らが元凶であると言った縁の言葉を補強した雄二の推測に、縁は感心したとばかりに口を開く。

 

「ただのお人好し共と思っていたが、案外頭が切れる奴もいるようだな」

「それじゃあ・・・・・・」

「裏付けという意味ならそいつの言うとおりだ。改めて言うが、俺がこの一連の事件の元凶で、話に出てくる雪代巴姉さんの弟、雪代縁だ」

 

改めて告げられた真実に明久と当麻、さやかは頭を強烈に打ち付けられたかのような痛みに打ちのめされる。そんなことあるはずないと目の前の真実を信じたくないと頭を抱える。そんな三人と一人だけこちらを見ている雄二を見据えながら、縁は口を開く。

 

「正直、お前達が本当にここまで来るとは思わなかった。お前達の実力だと、そこの死に損ないの足手まといにしかならないと思っていたからな」

「最初は置いていくつもりだった。だが、彼らは拙者の身を案じてここまで来てくれたのだ」

「勇気と無謀は違うぞ? まぁ、ここまで来ることができるだけの実力はあるようだがな」

 

予想外だと縁は一息つく。彼の予想では剣心が一人やってくるのだとばかり思っていたらしい。そこに明久達がいるとは全く想像していなかったようだ。縁は剣心の動きを警戒しながら明久達の方に気を向ける。

 

「お前達はどうする? 俺とやるのか?」

「縁さん・・・・・・」

 

かかってくるのなら戦うとばかりに明久達にも睨みをきかせる縁に、現実を受け入れるしかないと迫られる明久達。だけど明久はなおも信じたくなく、縁に問いかける。

 

「どうして・・・・・・?」

「うん?」

「どうしてこんなことをしたんですか?」

「どうして? そんなこと決まっているだろう・・・・・・」

 

明久の問いかけに怒りを滲ませながら縁は応える。視線はさらに鋭くなり、あくまで冷静だった態度もあらただしいものになる。

 

「姉さんの復讐だ。お前達だって分かっているんじゃないのか?」

「雪代巴さんの・・・・・・」

「で、でも、あの人は一人で魔物の大群に立ち向かっての・・・・・・!」

「あぁ? 何だ、まだそんな風に言ってやがるのか、あの野郎共・・・・・・」

「えっ?」

 

思わぬ縁の反応に明久達は困惑する。明久達はてっきり雪代巴が死んだことを理不尽に思い、行き場のない怒りを当時の村人達にぶつけているのかと思っていたからだ。縁は心底呆れた様子で話を続ける。

 

「知らないようだから教えてやる・・・・・・その話には欠けている部分がある」

「欠けている部分?」

「そうだ。雪代巴は一人で立ち向かった・・・・・・そう聞いたんだろう?」

「は、はい・・・・・・」

 

明久達が聞いた話では雪代巴はたった一人で魔物の大群に立ち向かい、相打ちとなったと聞いている。縁は静かに、それでいて怒りを滲ませながら話を続ける。

 

「一人で立ち向かったんじゃない、立ち向かわなければならなかったんだよ」

「えっ、何で・・・・・・」

「理由は簡単だ。あの日、アイツらに裏切られたからだ」

「裏切られ・・・・・・!?」

 

いきなり裏切られたと聞き、明久達は驚く。縁は自身を押さえるように、努めて声を抑えながら話を続ける。

 

「最初はどうすれば逃げられるのかを話し合っていたが、逃げ切れる術がないのなら戦うしかないと姉さんは話し合いの中で主張した」

「逃げ切れない・・・・・・」

「姉さんが主張したんだ、姉さんが先頭に立って戦うことは当然のことだった。他の奴らもやるしかないと覚悟を決めて戦うことを決意した」

「えっ? 戦うことを決意したって・・・・・・」

 

言い伝えでは雪代巴が一人で立ち向かったとされているはず。だが、今の話だと村の他の人間も戦うと言っているように聞こえた。その違いに明久達は困惑する。

 

「そうだ。奴らは姉さん一人に任せっきりにはできないと言って、自分たちも一緒に戦うと言ったんだよ」

「私たちが聞いた時は“一人で立ち向かった”って・・・・・・」

「戦うことを決めた翌日、とうとう魔物が村の龍山坑道までにやってきたと知らせが入り、姉さんは打ち合わせ通り、村の奴らを一緒に出かけていった・・・・・・かと思った」

「思った・・・・・・?」

「当時子供だった俺は戦いに出ることを姉さんから許されず、家で待っているしかなかった。だから家で待っていたんだが・・・・・・居ても立ってもいられずに、家を出た。そこには逃げる準備を整えていた村の連中だった」

「うそ・・・・・・」

 

一緒に戦うと約束したはずなのに、どうゆうわけか、彼らは村を捨てて逃げようとしていたという。怒りを抑え込みながら話す縁の様子から、嘘とは思えない。縁は昔のことを思い出しながら話し続ける。

 

「今でもあの時の奴らの態度と言葉を思い出す。あの時の醜い奴らの言い訳と形相・・・・・・」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

雪が積もり始めたあの日。俺は姉さんの言うとおりに、家で待っていた。外は雪で覆われ始めており、囲炉裏の火を絶やさないようにしないと寒くてしょうがなかった。

 

「大丈夫だ・・・・・・絶対帰ってくる。みんなが一緒だから」

 

俺と姉さんの故郷である村に今、魔物の大群が迫ってきている。理由は分からないけど、このままではみんなが危ないと姉さんと村の力自慢達が立ち上がった。今頃は魔物と戦っているのだろう。

 

「家の中ばかりいても退屈だしな・・・・・・玄関前の雪かきでもするか」

 

姉さんが帰ってきた時、雪が邪魔で入りにくいなんて嫌だし。それにとにかく、色々動いていないと不安で押しつぶされそうになる。俺は気を紛らわせるため、雪かきの道具を持って外に出る。朝の時よりも雪は止み、周囲を見渡せるぐらいになっていた。

 

「はっ・・・・・・?」

 

その時、俺はあってはならない光景を目にしてしまった。昨日、魔物の一緒に倒そうと言っていたはずの大人達が、荷物を纏めて逃げようとしていた。

 

「何で・・・・・・どうして・・・・・・?」

「急げ・・・・・・あっ、縁君」

「どうしてみんなここにいるんだよ・・・・・・姉さんと一緒に魔物を退治しに行ったんじゃないのかよ」

「そ、それは・・・・・・」

 

何で、どうしてと俺は大人達に聞く。一緒に村を守ると、君一人に負担は掛けられないと言っていたじゃないか。なのに、何でここにいるんだよ・・・・・・どうして。

 

「姉さんと一緒に行ったんじゃないのかよ!? 何で逃げる準備なんてしているんだよ!?」

「ち、違うよ。これも戦うための準備で・・・・・・」

「沢山の荷物を抱えることが戦うための準備なのかよ! そもそも、姉さんはもう戦いに行ったんだぞ!?」

「だ、だから、これは・・・・・・」

「姉さん一人で行かせたのかよ!? アンタ達は!」

 

約束したはずなのに、姉さんと一緒に村を守るって約束したはずなのに。コイツらは約束を破って、自分たちだけ逃げようとしているか!?

 

「嘘つき! 姉さん一人に押しつけた卑怯者!」

「ち、違うんだよ、縁君。これは・・・・・・その・・・・・・」

「何だよ! 何かあるのかよ!?」

 

大人達は俺の目から視線を反らして、口を濁す。その様子は今まで信じていた大人の姿とは打って変わり、無様で醜く見えた。

 

「わ、私たちは戦い方を知らないんだ。だから・・・・・・」

「だったら、何で昨日の話し合いの時に言わなかったんだよ!? 姉さんだって無理に主張していたわけじゃないだろう!?」

「でも、故郷は大事だし・・・・・・」

「ふざんけんな! そんなこと言うなら戦えよ!」

「う、うるさい! 子供が分かったように言うな!?」

 

そうだ、そうだと一人の大人が叫び返したら、それにつられて他の大人達も声を上げて、俺を怒鳴り返してくる。畑を世話の仕方を教えてくれたおじさん、村で唯一の医者である雄一のお父さん、よく差し入れをしてくれるおばちゃんも、みんな声を上げて俺に怒鳴ってくる。

 

「魔物だぞ!? 敵うわけないだろう!」

「行って無駄死になんてしたくない!」

「巴さんのように戦い方なんて知らないんだよ!」

「・・・・・・っ、もういい!」

 

話にならない。俺はそう結論づけて、持っていたスコップを持って龍山坑道に向かう。後ろから引き留めようとする声も聞こえたが、そんなことお構いなしに突き進んだ。

 

(姉さん・・・・・・姉さん!)

 

無事でいてくれ・・・・・・死なないでと心の中で何度も、何度も姉さんの無事を祈りながら俺は雪道を走っていく。龍山坑道までの道は雪で覆われているため何度か転んでしまうが、姉さんはもっと頑張っているんだと自分に言い聞かせ、雪の中を進んでいく。そして、龍山坑道に辿り着いた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・姉さんは?」

 

戦いは既に終わっていたのか、辿り着いた龍山坑道ではとても静かで、雪が降り続けていた。だが、激しい戦いがあったのか、周りの雪がなくなっている場所や、掘り返されている場所もあり、戦いの爪痕がそこかしこにあった。

 

「姉さん・・・・・・姉さん!」

 

周りに魔物が残っていて関係なしに俺は姉さんの姿を探す。生きている・・・・・・絶対に生きている。姉さんは絶対に生きている!

 

「姉さ・・・・・・ん・・・・・・」

 

だけど、現実は非情で。

 

「ねえ・・・・・・さ・・・・・・ん・・・・・・」

 

目の前に広がる赤い雪の上に倒れ伏す姉さんがいた。

 

「う、嘘だ・・・・・・うそ・・・・・・」

 

ありえない、そんなことない。これは、ありえない。

 

「あぁ・・・・・・うぅ・・・・・・」

 

ゆっくりと近づいて姉さんの安否を確かめる。大丈夫、生きている。絶対、絶対に生きている。だって、姉さんは・・・・・・姉さんは・・・・・・!

 

「あっ・・・・・・」

 

触れた瞬間、理解した。姉さんは・・・・・・死んだ。

 

「うぅ・・・・・・あぁ・・・・・・そんな・・・・・・」

 

あの優しくて、強くて、温かい姉さんが・・・・・・姉さんが・・・・・・死んだ。

 

「うそだ・・・・・・うそだ・・・・・・!」

 

触れる場所は冷たく、赤い雪は広がり続けるように見える。雪はまだ降り続けて、姉さんを覆い隠そうとする。

 

「う、うそだぁああああああああああああ!!」

 

雪は冷たく、降り続ける・・・・・・。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「あの日、俺にもっと力があれば・・・・・・そう後悔しない日々はない。俺がもっと姉さんを引き留めることが出来ればと」

「縁さん・・・・・・」

 

昔のことを思い出しながら語る縁の表情はとても苦しい表情をしており、思わず明久が気遣うかのように声を出す。雄二はそういうことかと納得したように言葉を発する。

 

「なるほど・・・・・・つまり、縁さんはその日、巴さんを見捨てた村人たちに復讐をするために・・・・・・」

「違うな」

「えっ?」

 

姉を見殺しにした村人たちの復讐のために縁は今回のことを仕組んだのだと思った雄二だったが、縁はそれを否定する。明久と当麻、さやかもそうだとばかり思っていたのであっけにとられる。縁は徐々に怒りを滲ませつつ、話を続ける。

 

「姉さんを見殺しにしたあいつらはな、今度は姉さんを祭り上げようとしたんだよ」

「巴さんを? でも、それは助けてもらったことに感謝して・・・・・・」

「感謝? あれでか?」

「え、縁さん?」

「あいつらは姉さんのことを村の英雄に仕立て上げて、それで見殺しにしたことを償ったことにしたんだよ」

 

話し続ける縁の声に熱が帯び始める。目を見開き、怒りで声を震わせる縁に周りは威圧され、声を発することが出来ずにいる。

 

「今でも思い出す、あの時にあいつらの言い訳がましい醜いあいつらの表情と言葉・・・・・・!」

『縁君、巴さんのことは残念だったね』

『彼女もきっと村を守れて本望だったはずだよ』

『そうだ! このことを言い伝えとして残そう!』

『彼女の勇敢な行いを忘れないように・・・・・・ね』

「ふざけるな・・・・・・ふざけるな! 姉さんを見殺しにしたくせに!」

 

昔、縁が姉を亡くした後に掛けられた言葉を思い出し、とうとう縁は怒りを爆発させる。今までの冷静な縁とは打って変わり、憎悪と怒りでその身を震わせ、周囲を威圧する。

 

「てめぇらが一緒に行けば姉さんだって死なずに済んだんだ! なのに、直前になって姉さんに全てを押し付けて、あまつさえ逃げようとしやがっただろうが!」

「縁・・・・・・」

「なのに、悪びれもせずに残念だった? 本望だぁ? 勇敢な行いだぁ? ふざけるな! 姉さんはそんなことのために戦ったんじゃねぇんだよ!」

「縁さん・・・・・・」

「殺してやる・・・・・・姉さんを見殺しにしただけじゃ飽き足らず、その姉さんの死すらも利用しようとしている奴らも全員殺してやる・・・・・・!」

 

憎悪と怒りで復讐を煮えたぎらせるその姿はまさしく悪鬼羅刹のごとく、その身を憎悪だけで構成するかのように全身全霊で怒りをまき散らしていた。

 

「いや、殺すだけじゃだめだ。一切の希望も与えず、生き地獄を味わらせて、恐怖と苦しみと絶望の中で、悶え苦しみながら殺してやる・・・・・・!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

明かされた真実、雪代縁の憎悪と怒り、そして復讐心。度重なる衝撃的な事実に対して、明久たちは何もできず、また何も言えずにいた。間違っていると思うことには間違っていると言い続けてきた当麻と明久も、そんな姿をずっと見てきたさやかも、この中で一番頭のいい雄二も、この憎しみに圧倒されて押し黙るしかなかった。

 

(こんなのって)

(言えるはずねぇ)

(何か・・・・・・って何を言えば・・・・・・)

(うぅ・・・・・・)

 

何か言わなければならない、何か声を掛けたいと思いながらも、何を言えばいいのかわからない。長い間憎悪と怒りでその身を焦がし、衰えることも知らず、なおも増長し続けるそれに、彼らは掛ける言葉を持ち合わせていなかった。

 

「・・・・・・衰えることはないな、お主の憎しみは」

「剣心さん・・・・・・?」

 

そんな中、剣心は縁に話しかける。この憎しみに対して剣心は何を話すのか、全員が剣心に注目する。剣心は縁の憎悪に満ち足りた雰囲気を受け止めながら、しっかりと本人を見据える。

 

「当然だ。俺のこの憎しみは衰えることはない。あいつらが生きているかぎり」

「お主の憎しみ、理解してもわかってやることはできぬ・・・・・・だが、否定することもできぬ」

「むしろ分かろうとすることが迷惑だ。俺の憎しみなど、当事者でもないお前がわかるわけもないだろう」

「あぁ、そうだな・・・・・・そんな簡単なことが分からなかったから、前回は惨めにも敗北し、お主に切られたのだ」

 

剣心は前に縁に出会った時のことを思い出す。あの時は人の姿をした魔物が人々を害しているとばかりに思っていた。だが、それは間違いで、縁には縁の理由があり、それを無理に共感しようとした。だから、迷いが生じ、剣心は敗北したのだ。

 

「あれから呪いに苦しめられながらも、色々考えさせられた」

「それで結局は俺を倒しに来たのか」

「そうだ・・・・・・お主にもまだ、人の心が残っているうちに」

「なに?」

 

予想外の答えに縁は怒りを一時押えて、剣心に注目する。明久たちもどうゆうことかと剣心の方を見る。

 

「お主と剣を交えたとき、お主の中には憎しみしか残ってないとばかり思っていた。だが、お主にも未だに人としての情が残っていたのだな」

「急に何を言ってやがる。俺に人としての情だと? すでに魔に堕ちた俺が?」

「うむ。修羅となり、復讐に身を焦がして、なおお主は誰かを助ける心があったのだ」

「何をもってそんなこと・・・・・・」

「弥彦と彼ら4人のこと、そして拙者のこと」

「ッ!?」

 

図星を突かれたかのように縁は表情を強張らせる。剣心は戸惑いを見せた縁を諭すかのように話を続ける。

 

「最初は部外者だからなのかと思ったが、それほどまでに憎しみに募らせているのなら、村人たちに一部の希望も与えずに、拙者を殺せばよかった。だが、お主は呪いを掛けたとはいえ、拙者を生かした」

「・・・・・・あいつらに反抗した者の末路を見せたかっただけだ」

「だが、拙者を助けに来た弥彦をそのまま生かして帰したな」

「わざわざ殺す必要がなかっただけだ」

「極めつけに吉井たちだ。見せしめのはずの拙者を助けるために動いていた彼らをお主は助けた」

「それは・・・・・・」

 

ここで初めて縁の言葉を詰まらせる。咄嗟に言い返せなかった縁は口を噤み、言葉を探すかのように押し黙る。剣心はそんな縁の様子を見て、一息ついて話を続ける。

 

「拙者に関しては言った通りでもあるし、さらなる絶望に叩き込もうという意図であったのだろう。だが、命を懸けて誰かを助けようとする弥彦や彼ら4人を見て、お主の中に何か感じ入るものができた」

「・・・・・・」

「今まで会ったことがなかった者たちに触れ、お主の中に一つの迷いが生じたのだ。『こいつらは奴らとは違うのでは?』と」

 

剣心の言葉が図星なのか、怒りで目つきが鋭いものの押し黙っている縁。少し間を置き、剣心は言葉を続けようとするが、先に縁が口を開く。

 

「それが何だ。そんなことを思ったところで俺の憎しみは消えない」

「うむ・・・・・・確かにその通りだ」

「確かに・・・・・・どうやらそいつらや、貴様とその息子の弥彦だったか? お前らはあいつらとは違うだろう。それは認めてやるよ」

「縁さん・・・・・・じゃあ!」

「だがな・・・・・・だからといって俺が復讐を辞める理由にはならない」

 

剣心の言葉が届いて、復讐を辞めるのかと思った明久たちだったが、それがどうしたとばかりに縁は体を震わせる。彼と戦う必要がなくなると思った明久たちだったが、その言葉で一転して縮こまってしまう。

 

「それにな、どのみち俺を殺さなければお前たちは解放されないんだよ」

「どういうことだ?」

「ここら辺一帯を覆う暗闇の結界・・・・・・それの核となるのはこの俺の命だ。俺が生きている限り、この結界は壊れることはない」

「そうか・・・・・・どちらにしろ、お主を切らなければ前には進めぬのか」

「そういうことだ。さぁ、無駄話は終わりだ」

 

構えろと縁は刀の持ち手を逆さまにして構える。対する剣心も幾ばくかの逡巡の内、覚悟を決めたのか、刀を鞘に納める。

 

「えっ、うそ・・・・・・待って、戦っちゃダメだよ!」

「そうだよ! 剣心さんも縁さんも戦っちゃダメだ!?」

「まだほかに方法が・・・・・・!」

「話は終わりだと言ったはずだ。まだ何か言いたいことがあるのか」

「そ、それは・・・・・・でも!」

 

お互いに見たことがない構えをしたが、同時に闘気のようなものが膨れ上がるのを感じた4人は何とか止めようするも、止める手段がなく見ていることしかできなくなる。

 

「そ、そうだ! 当麻の“幻想殺し”だ! それで結界を破壊すれば・・・・・・!」

「そ、そうか! 俺の“幻想殺し”なら・・・・・・!」

「無理でござるよ。それは要となるものを完全に破壊するものなのだろう? なら、それをそのまま使えば縁の命も粉々になるだけでござるよ」

「そ、そんな・・・・・・」

「それに結局のところ、縁の復讐心を止めることにはならない」

 

雄二は咄嗟に当麻の“幻想殺し”を思いつくも効果がないとされて、しかも根本的な解決にはなっていないと言われてしまい、言葉を詰まらせてしまう。

 

「ゆ、雄二! 他にはないのかよ!?」

「うるせぇ! 少し黙ってろ! 俺も今考えて・・・・・・!」

「縁さん! 事件が終わったら一緒にお祝いするって言っていたじゃないですか!?」

「考えてやるとは言ったんだ。する、なんて一言も言ってねぇ」

「いやだよ・・・・・・こんな、こんなことって・・・・・・」

 

何を言っても、もはや届かない二人にどうしようもなく、ただ見守ることしかできない4人。このままではどちらかが死んでしまう、そう思ってしまうほどに縁と剣心の気が膨れ上がっていく。

 

「いやだ・・・・・・やめて・・・・・・」

「何か・・・・・・何か・・・・・・!」

「・・・・・・くそっ! 何も思いつかねぇ!」

「このままじゃあ・・・・・・このままじゃあ・・・・・・!」

 

目の前の光景が受け入れられないさやかに、何かないかと必死に頭を回す雄二、止める方法も言葉も思いつかない当麻に、訪れるであろう結末に恐怖する明久。4人とも、どうにか二人の激突を回避しようとするが、何も良い手が思い浮かばず見ていることしかできない。

 

そして、その時が来る。

 

対峙しあう二人にしか聞こえない、水滴が地面に落ちる音が響いた。

 

「「おぉおおおおおお!!」」

「だ、だめぇええええええ!?」

 

互いに今、放てる最強の技を繰り出し激突する。

 

そして、鮮血が舞った。

 




ここまで書いてミスしたなぁと思ったところ。

いつの間にか明久たちの雪代縁の呼び方が、雪代から縁に変わっていることですね。しかも二話連続。

とりあえずそれぐらい彼らにとって気を許した仲ということでよろしくお願いします。

さて、次回は激突後のことです。

次回もお楽しみに。


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第20話:雪解けの時

大変、長らくお待たせしました。

とりあえず、出来ました。あとは今年の中にエピローグを上げるだけ。

とりあえず、どうぞ。


「・・・・・・うん?」

 

見渡す限り雪で覆われた場所で縁は気が付く。そこは一面雪景色で、空からは雪が降り続けており、目を凝らして先を見据えても降り続ける雪しか見えない。

 

「あぁ、ここは・・・・・・」

 

最初は何故こんな場所にと戸惑ったが、すぐにここがどこだったか思い出した。そして、後ろを振り向く。

 

「やっぱりいたんだね、姉さん」

 

そこにはあの日、魔物と戦うために一人立ち向かった雪代巴の姿があった。彼女は安心した様子の雪代縁をじっと見据えている。縁は笑ってくれない姉の巴に申し訳なさそうな顔をしながら、話しかける。

 

「こんな突然会いに来てくれるとは思わなかったから、ちょっと驚いちゃったけど、会いに来てくれて嬉しいよ」

 

いつもなら彼が一人でいるときや、彼の方から呼びかける時にしか姿を現さなかった彼女だったが、縁は今回呼んでもいなければ、一人でいるわけでもない。なのに、会いに来てくれて、彼は自分の想いが姉に伝わったような気がして嬉しかった。

 

「急に来てくれたものだから、話すことが思いつかなくて・・・・・・姉さん?」

 

気まずそうに頭をかく縁だが、巴がこちらを見ずに、空を見上げているのを見て、どうしたのか聞こうとする。

 

「空から・・・・・・?」

『・・・・・・さん、・・・・・・さん、しっか・・・・・・くださ・・・・・・、えに・・・・・・ん!』

 

何かあるのかと縁も空を見上げようとしたとき、空から声が聞こえてきた。その声は必死に誰かを連れ戻そうとしていて、しかもその声には聞き覚えがあった。

 

「誰だ、この場所に割って入ろうとするやつは・・・・・・?」

 

だが、縁にとっては唯一姉と会える場所に無粋に入ってくる邪魔な声でしかなく、声を遠ざけようとする。だが、姉の巴はなおも空を見上げ続けていた。縁は不愉快ながらも、巴の意向を無視することはできず、縁も渋々声に耳を傾ける。

 

『え・・・・・・ん、・・・・・・にし・・・・・・ん! えに・・・・・・さん!』

「・・・・・・うん? この声は・・・・・・?」

 

改めて聞くと聞き覚えのある声で、しかも最近だった気がする。それに聞いていて不愉快な感じはしない。

 

「この声は確か・・・・・・」

 

どうやら自分を呼び掛けているらしいこの声は誰だったか、思い出そうとする縁だが、そもそも自分がどうしてここにいるのか自体わからない。だから、何でこの声はこうも必死に自分を呼び掛けているのかもわからない。

 

「確か俺は・・・・・・復讐を果たそうとして」

 

縁はとりあえずここに来る前のことを思い出すことにした。まず、自分が復讐を果たすために巴村に襲撃をかけたこと、討伐に来た緋村剣心を返り討ちにして呪いを掛けたこと、そして・・・・・・

 

「そして・・・・・・あぁ、そうか」

『え・・・・・・しさん! えにしさん!』

 

つい最近あったことを思い出していき、やっと呼びかけてくる声が誰かがわかった。彼が最近出会い、そしてなぜか俺を慕ってくる奴ら。

 

「そうか・・・・・・お前らか」

『縁さん!』

 

瞬間、世界が弾けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「縁さん!」

「・・・・・・なんだ、うるせぇぞ」

「縁さん! よかった、今治療しますから!」

 

自分を呼び掛ける声に反応して目を覚ます。目を開けた先には今にも泣きそうな顔で俺を見ているあいつらの顔があり、俺が目を覚ましたことで安堵していた。

 

「俺は確か・・・・・・」

「大丈夫ですよ! きっと治りますから!」

「さやか! どうだ!?」

「わ、わからない! 本当に治っているのか!」

 

意識がはっきりとしだすと、胸から腹の方が痛みと共に尋常ではない熱さを感じ始めた。それを自覚して、現状を把握した。

 

「そうか・・・・・・俺は負けたんだな」

「そ、それは・・・・・・」

 

あの一瞬の刹那、俺はあいつに切り負け、そのまま切られたのだと。案外、冷静にその事実を受け止めた。傷口の方を見ると、何やら緑色の光を発しながら俺の傷口に手をかざしている。どうやら美樹さやかとか呼ばれていた奴が俺に回復魔法をかけているようだ。

 

「お前、魔法が使えたんだな」

「ぐ、偶然使えるようになったんです。だから・・・・・・!」

「もういい・・・・・・もう使うな」

「えっ・・・・・・?」

 

回復魔法をかけてくる奴を制止する。術の効果からしてホイミだろうが、その程度でどうにかなるような傷じゃないし、致命傷だったようで全く治る気配がしない。

 

「どうやら致命傷のようだな・・・・・・全く治っている感じがしない」

「そ、そんな・・・・・・!」

「そんなことは・・・・・・!」

「よくもまぁ、横切りの抜刀術を縦切りに放つことができるものだ」

「・・・・・・横では首をはねてしまうからな」

「慈悲のつもりか? ふざけやがって・・・・・・」

 

命を懸けた一閃だったのに、この野郎は・・・・・・と怒る気持ちはあるが、冷静に現実を受け止めている自分があるため、そこまで怒る気はしなかった。

 

「え、縁さん・・・・・・」

「なんてひどい顔をしてやがる、お前ら。諸悪の根源が倒れて、やっと家に帰れるんだぞ?」

「そんなことよりも、縁さんが・・・・・・」

「そうですよ。こんな結末・・・・・・!」

 

倒れている俺を見下ろしている美樹と上条、吉井はそろって泣いており、離れたところにいる坂本はこちらを見ずに一人肩を震わせている。全くこいつらときたら、揃いも揃って・・・・・・。

 

「え、縁さん・・・・・・体が・・・・・・!」

「うん? あぁ、こうなるのか」

 

泣きながらこちらを見ていたあいつらが急に目を見開き、声を上げる。何だと思った瞬間、体が徐々に崩れだすのを感じ始めた。これは・・・・・・成程、正しく俺は魔物と同じような存在になっていたのか。

 

「そんな・・・・・・いやだ、死んじゃ嫌だ!?」

「こんな、これじゃあ縁さんが何も!?」

「お前ら・・・・・・まだ俺のことを心配しているのか?」

「当然ですよ! だって、僕たちは縁さんに何も恩返しできてないし、それに、それに!」

 

俺の意識を必死に繋ぎ止めようとしているのか、何かないかと必死に声を上げる。その様子から俺のことを心の底から心配しているのがよく分かる。こいつらは本当に俺のことを・・・・・・。

 

「それにこのままじゃあ・・・・・・!」

「・・・・・・あぁ、そうか。そういうことか」

「縁さん?」

「いや、今頃になって気づいただけだ」

「気づいたって・・・・・・?」

「お前たちのおかげだ。お前たちのおかげで気づくことができた」

「えっ・・・・・・?」

 

だから、姉さんは・・・・・・死ぬ前に気づくことができてよかった。復讐は果たせなかったが、それでも納得のいく最期だ。このまま死ぬのも悪くない。だが・・・・・・俺はいつまでも泣きじゃくっている奴らを見る。まるでこの世の終わりのような顔で泣いており、このまま放っておくのが不味い気がする。

 

「吉井・・・・・・いるか?」

「は、はい。います、ここにいます!」

「くっ・・・・・・ほらよ、受け取れ」

「えっ? これって・・・・・・」

 

俺は最後の力を振り絞り、自分が使っていた倭刀を吉井に押し付ける。洞窟の一件でこいつは特に命を投げ捨てそうな気がするから、何か戦う手段を与えていた方がいいだろう。そうすれば、いざという時に戦える。

 

「上等な剣じゃないが、頑丈な剣だ。使え」

「でも、これって・・・・・・」

「俺にはもう守るものもなければ、守ることもできなくなる。なら、使える奴が持っていた方がいいだろう」

「縁さん・・・・・・」

「どう使うかはお前次第だ。お前が思うように使え、いいな?」

 

俺と押し付けた倭刀を交互に見る吉井だが、最後には泣きはらした顔で力強く頷く。俺の言葉が伝わったようで何よりだ。すでに体中の感覚が消え失せてきたが、俺はわずかに残る感覚を頼りに手を宙に挙げる。吉井と美樹はそれを握り、上条も少し躊躇したが、同じようにしっかりと握りしめた。

 

「俺は・・・・・・結局、何も果たせなかった。だが、俺が選んだ道は間違っているとは思わない。今、この瞬間も」

「縁さん・・・・・・」

「だが、お前たちに会えた。そして、大事なことを思い出すことができた」

「大事なこと・・・・・・?」

「何も成すことができなかったが、それでも悔いはない・・・・・・お前たち」

 

徐々に意識が消えていく。もう瞼を開けることすらできなくなり、口を動かしているのかわからないぐらいだ。だが、この言葉だけは・・・・・・言わなければ・・・・・・。

 

―――ありがとう

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

雪が降る

 

全てを白で覆いつくすほどの雪が降る

 

俺は一人、空を見上げていた

 

その俺を姉さんがじっと見つめている

 

俺は雪が降り続ける空から姉さんの方に向く

 

―――話したいことがあるんだ

 

じっと見つめていた姉さんは驚いた表情で俺を見る

 

少しの間驚いていた姉さんだが、すぐにこちらに顔を向ける

 

それは小さい頃、俺がいつも見ていた優しい・・・・・・

 

優しい姉さんの笑顔だった

 

―――いっぱい聞かせて、縁

 

雪は止む

 

全てを白で覆いつくした雪は消え

 

緑と花が広がる温かい風が吹き抜けた

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「・・・・・・逝ったか」

 

雪代縁が消え去り、明久たちが泣き叫ぶ中、剣心は一人しみじみと縁の死を受け入れた。これから先、彼を切り捨てたことは忘れないように刀を収めた。

 

「なぁ、剣心さん」

「どうした、坂本殿」

「これしか・・・・・・こうするしかなかったのか。こうするしか・・・・・・!」

「分からぬよ。少なくとも、拙者にはこうするしかなかった」

 

他に方法はあったのかもしれない。だが、剣心には、そして明久たちには他に思いつく方法はなかった。ならば、できることをするしかなかった。無力感に打ちひしがれながら泣く雄二同様、剣心も自身の不甲斐なさを実感していた。

 

「でも、他に何かできたんじゃあ・・・・・・!」

「それでも、拙者にはできないことをお主たちはやってくれたよ」

「はぁ? 何が・・・・・・」

「奴は最期、お主たちが縁を想う心に救われたのだ」

「救われたって・・・・・・何が・・・・・・」

「どう救われたのかは拙者にも分からない。だが、確かに奴は・・・・・・笑顔で逝けたのだ」

 

剣心の言葉と同時に部屋に光が差し込む。その光に泣きじゃくっていた明久と当麻、さやかに雄二は光が差し込む方を見る。

 

「・・・・・・やっと、見えたな」

 

窓から太陽の光が差し込み、悪夢のような暗闇の終わりを告げたのだった。

 




どうでしたか?

色々、反省点もありますが、それはエピローグが終わった後にも。

次回もお楽しみに。


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エピローグ:遺したもの

で、できたぁ・・・・・・今年中に第一章が終わったぁ・・・・・・

とりあえず、どうぞ。


「・・・・・・これでよし、と」

 

柔らかな日差しが差し込み、心地よい風が周囲を駆け巡る。ここは明久たちが駅から歩いてきた森の中で、その奥にある大きな花畑に明久たちはいた。

 

「これでアイツも安らかに眠ることができるだろう」

「感謝する、草壁殿」

「いえ、これぐらいならお安い御用ですよ」

 

あの戦いから村へと戻り、一日が立った。元凶の魔物を討伐したことを告げると、村の人たちは歓喜に満ち溢れた。すでに空から照らす太陽に涙する人たちもおり、村を挙げて宴をすることになった。その中で明久たちは草壁だけに何があったのか、本当のことを話した。その翌日、弥彦には内緒で明久たちは森の中にあるお墓の横に縁の墓を作ることにした。

 

「結局、私はあいつに何もしてやれなかった。せめて、墓ぐらいは作ってやらないと」

 

出来上がった墓に触れながら、草壁はしみじみと彼を想うように口にする。長い間心配していた親友が、今回の事件の真犯人で、自分を含め魔物の姿に変身してまで、復讐しようとしていた事実に彼はいかなる心境か、明久たちには思い図ることはできない。

 

「私が医者になったのは、あいつがボロボロになって帰ってきたときに、それを治してやりたいと思ったから。だが・・・・・・その前に、あいつを探し出して話を聞いてやればよかった。そうすれば・・・・・・もう少し違う未来になっていたのかな?」

「それは・・・・・・わかりません」

「そうだね・・・・・・もしかしたら、なんて未来はない。今は目の前の現実を受け止めなくちゃね」

 

複雑な表情の草壁の言葉に、誰も明確な答えを出すこともできなかった。そのまま彼は二つの墓の前で手を合わせ、明久たちもそれに倣って手を合わせる。しばらく黙祷を挙げたのち、草壁は立ち上がり明久たちの方を向く。

 

「帰るのかい?」

「はい。そろそろゴールデンウィークが終わりますので」

「書きたいこともたくさんありますから」

「考えさせられることもあったしな」

「それにあのまま村にいることはちょっとな・・・・・・」

 

あのまま村にいるのは明久たちにとって居心地の悪い感じがして、少々きついものがあった。

 

「そうだね・・・・・・まぁ、しょうがないことさ。実際に良い話じゃないことだしね」

 

あの時語った縁の話が本当のことだったことを草壁から確認を取れたのだ。あの日、雪代巴を見捨てたこと、にも関わらず彼女を英雄として祭り上げ、それで彼女への償いとしたこと。まだ子供の明久たちにとって、その真実は受け入れがたいもので、村人に対する不信感に繋がるものだった。

 

「剣心さんはどうも思わないんですか?」

「拙者としても思うところはある。だが、そういうものだと割り切るしかないのだ」

「俺は・・・・・・割り切ることはできません」

「それもまた答えだ。結局のところ、自身が納得できるか否かということなのだから」

 

果たして村人の行いは悪かったのか、雪代縁の復讐は正しいものだったのか、明確な答えのない問題を前に、一人の人間ができることは自分自身が納得できる答えを出し、それを信じ続けるしかない。割り切れないという当麻の言葉に、剣心は諭すように話す。

 

「自分自身が納得できるか否か・・・・・・か」

「確かに・・・・・・そうするしかないな」

「時間がかかるかもしれないけど、そうするしかないね」

「それに・・・・・・遺してくれたものもありますから」

 

当麻、雄二、さやかが各々頷く中、明久は縁から受け取った倭刀を握りしめる。それは彼が死の間際、明久に譲ったものだ。

 

「僕はこの刀を大事にしなくちゃいけませんから」

「本当ならあいつの墓の横にでも置いておきたいところだけど、君に託したということならば、君が持つべきだろう」

「本当、大事なものを託されたよね」

「帰ったら登録をしないとな。そのまま持っていたら銃刀法違反だ」

「わ、わかっているよ」

 

固い決意を示していた明久だったが、雄二にくぎを刺され少々たじろぐ。彼の言う通り、ちゃんと登録しないと銃刀法違反になってしまう。

 

「ハハッ。まぁ、それは帰ってからにしなさい」

「はーい」

「そういえば、弥彦には言わなくていいのか?」

 

実をいうと、明久たちは弥彦にはまだ本当のことを話していない。内容が内容だったので、彼に話すのはどうかと思われ、本当のことを話していないのである。

 

「あの時に話せば、無用な混乱を招く恐れがあったからな。弥彦には拙者から後で話すつもりだ。」

「話して大丈夫なんですか?」

「弥彦はお主たち同様、縁のことを慕っていたからな。話さぬわけにはいかぬだろう」

 

話した時の状況を思ってか、剣心は苦い表情を浮かべる。弥彦の性格からして絶対に荒れることが想像できる。明久たちも一緒にいてあげたいところだが、今日帰らなければゴールデンウィーク明けの学校に間に合わない。

 

「弥彦のことは心配しなくてもいい。お主たちは自分たちの家に帰るといい」

「あぁ、その通りだ。それに一週間近く村にいたんだ。ほかの友達も心配しているだろう?」

「そういえば・・・・・・」

「早く帰って安心させないと」

 

一週間近くも他の友達、承太郎や土御門など連絡を取っていないことに気づき、早く帰らねばと思う。明久たちは最後に縁と巴、姉弟が並ぶ墓の前で中腰になる。

 

「縁さん、この約一週間お世話になりました」

「色々辛いことや悲しいこともあったけど、学んだこともありました」

「俺たちはあなたに何をしてあげられたのか分からないけど、色々なことを考えるきっかけになりました」

「あんたから託されたこと、学んだことはずっと忘れない」

 

改めてお世話になりましたと四人は告げて、立ち上がる。そして、草壁と剣心の方に向き直る。

 

「剣心さん、草壁さんもお世話になりました」

「いや、拙者の方こそ世話になった。しばらくはこの村にいるから、また会いに来るといい」

「私は今後もこの村で医者を続けるつもりだ。何より、この二人の墓を守ってあげたいからね」

 

今度こそと草壁は固い決意を誓う。四人は二人に一礼し、駅があった方に向かっていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「・・・・・・なんだか不思議な冒険だったよね」

「冒険?」

「うん、冒険」

 

丁度駅に電車が来ており、急いで乗ったあと明久たちは向かいの四人席に座ってくつろいでいた。そんな中、さやかがポツリと一言呟く。

 

「本来なら一泊二日の歴史勉強をして帰る予定だったのに、思わぬハプニングに巻き込まれて、そのままズルズルと一週間近く村に滞在しちゃった」

「そうだな・・・・・・今にして思えば、普通じゃああり得ない体験をしたんだよな」

「うん。学園都市ではできない出来事ばかりだったよね」

「まぁな。学園都市もそれなりに魔境だが、今回の出来事はそれを上回ることだったな」

 

何が起こったのか、改めて実感する明久たち。一泊二日の旅行のつもりが、魔物と戦うというファンタジーに巻き込まれ、そこで歴史の中に埋もれていた真実にたどり着いた。まるでフィクションのような話だ。

 

「今まで学園都市で起こっていた喧嘩や争いが嘘のように感じてしまうよ」

「まぁ、直接的な規模で言うなら学園都市の方が大きいが、その中にあったもので言うならな・・・・・・」

 

窓から見える風景のように、ついこの間まで自分たちを取りまとっていた出来事が過ぎ去っていくのを感じる。まるでそんなことがあったのかと疑うばかりに。

 

「だが、確かにあったことで、俺たちに何かしら影響を残していったな」

「うん。そして、それは忘れちゃいけないことだよね」

 

だが、そこで確かに起こった出来事で忘れてはいけないことなのだと、雄二と明久は言った。そして、自分たちに何かを残してったのだと。

 

「帰ったら、急いで宿題を作り上げないとな」

「あっ、じゃあさ。みんなで集まって宿題をしない?」

「あ、いいね。そうしようよ!」

「じゃあ、今からゲームをやって、最下位の奴の家に集合ってことで」

「いいぜ。じゃあ、今から始めるか」

 

そう言って、四人は明久のカバンから取り出したトランプでゲームを始める。ゲームは学園都市に着くまで続き、最後に最下位になった者に家に集まり宿題をやり始めるのであった。

 




どうでしたか?

楽しんでいただけたならば幸いです。

とりあえず反省点がより多く見つかった第一章でした。

当初の予定より、さやかの存在感が大分なかったことと、細かい部分の描写がうまくできなかったこと。あとは・・・・・・想定していた文章量に比べて大幅に増えたことが挙げられますね。ほかに細かい点がありますが・・・・・・まぁ、きりがないので割愛します。あ、最後に一つだけ。

登場人物の死を書くのが辛い。

もう、その一点だけが辛いですわ。

とりあえず絶対に書きたいと思っていた場面は書けたので満足です。

他に言いたいこととか感想とかあったらどんどんください。むしろ、感想があった方がものすごい励みになりますので。

それでは、また次回に。よいお年を。


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幕問①
第21章:その後の彼ら


皆さん、遅ばせながらあけましておめでとうございます。

とうとう新年で、しかも平成が終わりますね。私は物事の終わりと始まりは極度の恐怖と寂寥で胸がいっぱいになりますので、メンタルがクソ雑魚ナメクジになります。

本当、明日から正社員として初めて働いていくということにメンタルが潰れる寸前です。前の職場はフリーターとは言え、とても居心地が良かったので、辞めるときには一人涙を流していました。私って、とても人との繋がりに飢えているメンタルクソ雑魚ナメクジだったのだと自覚せざる得ません。

っと、愚痴はこれぐらいにしてそろそろ本編に入りましょう。

巴村から帰ってきた四人のその後です。そのうち、今回は二人だけですがね。

それでは、どうぞ。



「はい、これが登録証ですよ」

「ありがとうございます、ジェイド先生」

「いえいえ、これぐらいお安い御用ですよ」

 

授業が終わり、放課後の廊下で明久はジェイドから登録証を受け取っていた。内容は雪代縁から譲り受けた倭刀に関してである。

 

「全く・・・・・・急に刃物を持ってきて何事かと思ったんですからね」

「すみません、小萌先生。とりあえずジェイド先生なら何とかできるかなとばかり考えていて・・・・・・」

「本当ですよ。風紀委員どころか、アンチスキルが動く事態になっていたんですからね」

「アンチスキルの支部に出向くのは死ぬほど面倒くさいですから、気を付けてくださいね」

「この人、心配しているようで心配してねぇ・・・・・・」

 

ジェイドと一緒にいた小萌が明久の軽率な行動を叱っているが、ジェイドの言葉に明久は半分反省し、半分呆れていた。

 

「では、預かっていた倭刀です。こちらで刀剣袋を用意しましたので、持ち運ぶ際はこれを使いなさい」

「吉井ちゃんのことですから大丈夫かと思いますけど・・・・・・絶対に人に向かって使わないでくださいね」

「はい、わかりました」

 

預かっていた倭刀が渡され、二人の言葉に深く頷く明久。

 

ゴールデンウィークが明け、特別な宿題を言い渡されていた明久たちは“雪代巴”という人物についてまとめたものをジェイドに提出した。その際に明久はジェイドと小萌に自身が譲り受けた倭刀の取り扱いについて話をしたのだが、その時に小萌とジェイドはすぐさま明久から倭刀を没収した。

 

「まさかバットケースに入れて直接持ってくるとは思いもしませんでした」

「本当ですよ。場合によっては捕まっていたんですからね」

「はい。本当にすみませんでした」

 

詳しい事情を明久、当麻、さやか、雄二の四人から聞き出したあと、この手のことに詳しいジェイドがすぐさま刀剣登録を申請し、程なくして登録が完了し、明久のもとに倭刀は返ってきたのだった。

 

「とにかく、人前では絶対に抜かないこと。いいですね!」

「は、はい! 気を付けます!」

「包丁代わりに使わないように」

「しませんよ!? そんなこと!?」

 

明久を厳しく注意した小萌はまだ他に仕事があるため、ジェイドと共に職員室に向かおうとする。

 

「あっ、先生! 一つだけ質問、いいですか?」

「なんでしょうか?」

「ここら辺で武道場ってありますか?」

「武道場ですか? そうですね・・・・・・」

「まさか、吉井君・・・・・・」

「ち、違いますよ! 小萌先生!」

 

あったかどうか悩んでいるジェイドを横目に小萌はまさかと疑いの目で明久を見る。明久は小萌が考えていることとは違うと主張し、理由を話す。

 

「この倭刀は本当に大事なものですから、せめてこれに相応しい様になりたいんです」

「むぅ・・・・・・」

「まぁまぁ、小萌先生。どうやら嘘は言っていないようですし、彼はあなたが懸念するような人物ではないことはあなたがよく知っているでしょう?」

「う~ん・・・・・・まぁ、そうですね」

 

明久の言葉に半信半疑ながらもジェイドに諭されて、小萌はとりあえず納得することにした。その様子を見て、ジェイドは明久の方を向く。

 

「吉井君、あなたが所望する武道場なら、学校から近い位置にありますよ」

「本当ですか!?」

「えぇ。場所は・・・・・・ここですね」

 

携帯から周辺の地図を取り出し、場所を教える。そこは学校からそう離れていない場所で、徒歩10分程度の場所である。

 

「ここならほかの学校の部活が専属で使っているということもないので、おすすめですよ」

「あれ? じゃあ、何でこんな学校の近くにあるんですか?」

「ここら辺はそれなりに学校がありますから、合同練習などで使う予定だったんですよ。ですが、これと言って部活に力を入れている学校はありませんから、結局誰でも使ってもいいということになったんですよ」

「そうなんですか・・・・・・それって、結局税金の無駄使いってことですか?」

「そうでもないですよ? それなりに利用している人はいるようですし」

 

本来の目的で使われることがないのなら、何のためにあるんだかと思う明久だったが、小萌の補足と自分にとっては好都合だったので、明久はそれ以上言わなかった。この後、二人と別れ、明久は意気揚々とその場所に向かった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ありがとうございました」

 

必要な本を買って本屋を出る。思っていたよりも金がかかったが、これからのことを考えると必要経費だと割り切り、荷物を持って家に向かう。

 

「・・・・・・何の用だ、ムッツリーニ」

「・・・・・・人違いだ」

「じゃあこう言ってやろうか? 何でコソコソとバレるように尾行しているんだ、土屋?」

 

そう思ったが、学校から出た時から俺の後をつけていたムッツリーニこと土屋に俺は話しかける。しかも、なんだって俺にもわかるような雑な尾行をしているんだ、こいつ。

 

「本気になれば、俺に気配を悟られずに尾行できるだろう。なんだってまたこんな雑な尾行を・・・・・・」

「別に・・・・・・今回は不調だっただけ」

「ふ~ん・・・・・・で、一体何の用だ?」

「雄二、ゴールデンウィーク中に何があった?」

 

またその話か・・・・・・内心辟易しながら、俺はため息をつく。なんだってこいつらはこんなに聞きたがるんだか。

 

巴村での一件が終わり、学園都市に戻ってきた俺たちはあの事件で明かしても問題なさそうな事柄を抜粋し、まとめ上げた後宿題を提出した。その後、ゴールデンウィーク中全く連絡が取れなかった俺たちに対してクラスメート、俺の場合は文月学園組から質問攻めを食らったが、俺は何も話さず、考え事がしたからと一人で行動していた。

 

「あそこはど田舎だったから電波状態が悪くて、携帯が繋がらなかったって言っているだろう?」

「そんなことを聞いているんじゃない」

「別にその場で何か事件が起こったわけでもないし、村の生活や泊まったぐらいのものだぞ?」

「あくまで白を切るのか」

「だから、何もねぇって」

 

あの時、あの場所で起こった出来事の数々は、これまでの人生観を変えるようなことばかりだった。話に聞いていただけの存在だった魔物、間違えたままの歴史、そして、それゆえに堕ちた雪代縁さんの末路。時間が経って尚も俺の中では消化しきれず、未だに心の中にくすぶり続けていた。

 

「何故話してくれない」

「だから、隠すようなことはないっつーの」

「・・・・・・お前も一人で抱えて、何処かに行くのか?」

 

どうしても話そうとしない俺の態度に、どういうわけか逆に不安そうな表情を浮かべる土屋に俺は内心慌ててしまう。いくら話さないからといって、こんな弱気になるような奴ではなかったはずなのだが。

 

「何処かにって・・・・・・別に何処にも行ったりはしねぇよ」

「だが・・・・・・」

「だがも何も・・・・・・!」

「・・・・・・雄二は一人で抱えて何処かに行こうとする」

 

うん? 何か久しぶりに聞いたことのあるような声が・・・・・・?

 

「本当に雄二はどうしようもない。勝手に何処かに行ってしまう」

「いや、だから別に何処かに行ったりは」

「うそ。現に私を置いて、こんな世界に黙って行った」

「いや、黙って行ったも何も本来はすぐに帰る予定だったんだ・・・・・・よ・・・・・・?」

「ゆ、雄二・・・・・・後ろ・・・・・・」

 

あまりにも自然に会話に入ってきたものだから、そのまま話を続けたが、何か背筋が凍えるような気配を感じてきた。同じようにおかしいと思っていたはずの土屋も、俺の後ろを指さして震えている。なんだ・・・・・・一体後ろで何が・・・・・・?

 

「やっぱりこれ以上何かする前に監禁するべき」

「・・・・・・」

 

ようやく誰が話しているのか気づいたが、後ろから漂う強烈な殺意やら威圧感やらとごちゃ混ぜになったオーラのようなものを感じ、俺は後ろを振り向きたくない。だが、振り向かないと話が進まないため、俺は後ろをゆっくりと振り向いた。

 

 

そこにはもはや形容しがたい怒りを纏った翔子がいた。

 

 

「よ、よぉ・・・・・・翔子・・・・・・久しぶり・・・・・・だな」

「雄二も元気そうで何より。でも、どれだけ私が心配したと?」

「わ、悪かった・・・・・・ほ、本当なら・・・・・・すぐに帰る予定・・・・・・だったんだよ」

「そう・・・・・・でも、許さない」

「・・・・・・(フッ)」

 

もはやどんな言葉を尽くしても翔子には届かないだろう。俺はそれを確信して、潔く買った本を地面に置いて、正座をした。

 

「翔子・・・・・・済まなかった!」

「許さない」

 

次の瞬間、俺の意識は久しぶりに吹き飛んだのであった。

 

 

「やっほー、ムッツリーニ君、久しぶり」

「・・・・・・何故いる!?」

「ワシもいるのだがな・・・・・・」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「うん? 今誰かの悲鳴が聞こえたような?」

「気のせいじゃない? ウチには聞こえなかったわよ?」

「私も聞こえませんでした」

「そう? じゃあ、気のせいかな・・・・・・?」

 

何だか雄二の悲鳴が聞こえたような気がしたんだけど・・・・・・美波や姫路さんにも聞こえていないようだし、気のせいか。

 

先生に場所を教えてもらったあと、僕はその場所に向かっていた。途中、美波と姫路さんと出会い、二人も一緒に付いてくることになった。あれから転校生5人組とは雄二をきっかけによく話すようになり、折に触れてこうやって一緒にいたりする。時折、美波と姫路さんから恐ろしい気配がする時があるが、別に危害を加えてくるようなこともないので仲良くしている。

 

「確か、ここら辺にあるって聞いたんだけど・・・・・・」

「あっ、アレじゃない?」

 

言われた場所に着き、目標の建物はないか探していると美波が指を指す。僕と姫路さんは指を指した方を見ると、そこには立派な体育館があった。

 

「ここ・・・・・・だね」

「画像も一致していますし、ここですね」

「へぇ~、意外と立派ね。てっきり、もう少し荒れているかと思った」

 

僕も美波と同じで放置されていると聞き、少し荒れているとばかり思っていた。だが、手入れが行き届いているのか、寂れている様子もなく綺麗な状態である。

 

「こんな立派な建物なのに、あまり使われていないなんてね・・・・・・」

「まぁ、学園都市は研究施設や意味不明な建物が多いからね。なかには、実験場で大きな土地一つ使うこともあるし」

「それだけ超能力を重視しているということなんですね」

 

僕としては実験よりもレベル0の人たちに何かしらの保証とかしてもらいたいけどね。そのせいでスキルアウトとかが横行しているし。

 

「部活とかでこういう施設とかは使ったりしないのかしら?」

「本来はそのために作られたらしいけど・・・・・・今はどうだか」

「怖い人たちがいたらどうしましょう・・・・・・」

「大丈夫、その時は僕が二人を守るから」

 

ここら辺の地区はあまりスキルアウトがいないから油断していたけど、考えてみれば使われていない施設なんてスキルアウト達の絶好の溜まり場だった。二人に危害が加わらないようにしないと・・・・・・。

 

「・・・・・・うん? 二人とも、どうしたの?」

「な、何でもないわよ!? さっさと行くんでしょう!?」

「そ、そうです! 早く行きましょう!」

「えっ、ちょっと!? 二人とも!?」

 

急にその場で黙り込む二人に呼びかけたけど、僕を振り切るようにさっさと二人とも体育館に向かってしまう。急なことで先を行かれてしまうけど、僕はすぐに二人より前に出て体育館に入る。入り口にはすぐに下駄箱があり、そこに靴を入れてそのまま武道場に向かう。

 

「二人とも、大丈夫? 何だか顔が赤いけど・・・・・・」

「だ、大丈夫に決まっているでしょ!? そうよ、大丈夫よ!」

「そ、そうです! 大丈夫です!?」

「本当かな・・・・・・っと、二人とも僕の後ろに」

 

さっきから顔が赤い二人を心配して声を掛けるけど、二人は大丈夫と一点張りでしっかり話そうとしない。さらに心配だけど、ヒュッ・・・・・・と武道場の方から音が聞こえ、僕は二人を止める。二人も僕の雰囲気が変わったのを感じて、僕の後ろに下がる。二人の前に出つつ、僕は武道場のドアを開けた。

 

「・・・・・・二人とも、大丈夫だよ」

「本当? スキルアウトとか不良とかいない?」

「うん。どうやら、女の子が一人素振りをしているだけみたい」

 

武道場の中の様子を確認すると、そこには一人の女の子がいた。こちらに気づいていないのか、目もくれずに素振りをしている。僕たちよりも先にここにいたらしいので、とりあえず挨拶してみよう。

 

「すみませーん! ここを使ってもいいですか!」

「ちょ、アキ!」

「明久君! 急に失礼ですよ!?」

「・・・・・・」

 

二人が僕を抑えようとするけど、あんなに真摯に素振りをしている人が悪い人とは思えないので、少しずつ近寄っていく。

 

「・・・・・・勝手にしろ」

「はい、ありがとうございま・・・・・・す・・・・・・」

 

その人がこちらを見た瞬間、僕は言葉に詰まった。その人は黒い袴を着ており、腰にまで届きそうな長い黒髪が特徴的だ。それだけなら精悍で綺麗な女の子に見えるのだが、こちらを見る目つきは他者を射殺すかのように鋭く、目の下にくっきりとクマが見える。

 

「えと・・・・・・いつもここで?」

「貴様には関係ないだろう」

「ま、まぁ、そうなんだけど・・・・・・」

 

何よりも彼女はこちらのことなど心底興味ないようで、一瞥しただけですぐに素振りに戻った。絶対に他者を寄せ付けようとしない彼女の雰囲気に、美波と姫路さんはたじろいでしまう。

 

「あ、明久君・・・・・・」

「ちょっと、アキ・・・・・・」

 

二人は小声で大丈夫なのかと僕に話しかける。僕もこんな人がここを利用しているなんて思ってもいなかった。本来なら、あまり関わり合いにならない方がいいだろうけど・・・・・・僕は彼女にある程度近づく。

 

「初めまして、僕は吉井明久。君の名前は?」

「・・・・・・名乗る必要はない」

「そっか・・・・・・僕も今日からここを使おうと思っているんだけど、いいかな」

「勝手にしろ。私の邪魔をするな」

「うん、よろしく」

 

彼女に断りを入れて、僕は早速素振りを始めようとする。だけど、重要なことに気づいて再度彼女に話しかける。

 

「えっと・・・・・・竹刀ないかな?」

「・・・・・・私の邪魔をするなと言ったはずだが?」

「ご、ごめん。でも、初めてここを使うから」

「そっちの方に倉庫がある。そこの中の物を自由に使え」

「うん、ありがとう」

 

考えてみれば、素振りをするための道具がないことに今気が付いた。やっぱり、そういうものがないと素振りにならないよね。僕は彼女に言われた通り、倉庫の方に向かっていく。その最中、美波と姫路さんが僕の方に近寄ってきた。

 

「ちょっと、アキ。本当に大丈夫なの?」

「あの人、何だが危ない様子でしたよ?」

「まぁ、大丈夫だよ。悪い人ではないみたいだし」

 

二人とも近寄りがたい雰囲気の彼女を警戒しており、それに不用心に近づいた僕を心配そうにしている。僕は二人を安心させようと、なるべく笑顔で接した。

 

「近寄りがたい雰囲気だけど、スキルアウトみたいな感じはしないよ」

「確かにそうだけど・・・・・・何だか今まで会ってきた人とは違う雰囲気よ」

「それに何だか、とても怖いです」

「そうだね・・・・・・でも、大丈夫」

「明久君?」

 

大丈夫だと言い張る僕に二人は疑問そうにこちらを見る。確かに二人の心配している通り、なるべく関わらない方がいいかもしれない。でも、彼女がこちらを見ていた瞳の奥に宿していた暗い、とても暗い感情には覚えがある。

 

(あれは・・・・・・あの全てを憎みきっている目は・・・・・・)

 

あれは怒り狂っていた縁さんが見せた目だ。大切な人を失い、怒り狂い、この世の全てを憎み切った目。あんな目をした人を放っておくことなんてできない。僕は倉庫から竹刀を見つけ出し、それを持って彼女の近くに近寄る。

 

「倉庫にあったよ、ありがとう」

「なら、とっとと離れろ。邪魔だ」

「それで・・・・・・素振りってどうやるのかな?」

「話を聞いていなかったのか?」

 

尚も尋ねてくる僕に腹を立ててきたのか、こちらを睨みつけてくる。だけど、僕も一歩も引かず、彼女の方をまっすぐ見据える。後ろで美波と姫路さんがこちらを心配そうに見つめてくるのを感じる。一触即発のような気配があったが、彼女はため息をつく。

 

「やり方だけだぞ」

「うん、ありがとう。えっと・・・・・・」

 

それで終わりだと言い捨てる彼女にお礼を言いつつ、そういえば名前を聞いていなかったと思い、言い淀む。彼女の方もそれを察してか、本当に仕方がないように名前を教えてくれた。

 

「篠ノ之箒だ。別に覚えてもらわなくても結構だ」

 

 

 

 




どうでしたか? 

本当なら、雄二の方まで終わらせる予定だったんですが、区切りがいいので、ここまでにしました。

次回は雄二のお悩み相談と、当麻かさやかのどっちかを取り上げる予定です。

あと、皆さんに催促するようで申し訳ないのですが、批難・ご指摘および感想をどんどん書いてください。

先ほども言った通り、作者は人との繋がりに飢えているクソ雑魚ナメクジのメンタルです。それは正当な批難であれ、繋がっていると感じられれば心が安心するほどです。

それに感想があれば、より良いお話をお送りすることができると思っております。

今まで感想を貰っておいて打ち切りにした作品が多々ある作者ではありますが、本当に皆さんよろしくお願いします。

それではまた次回に。


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第22話:やってきた少女ともう一人の悩み

どうも、お久しぶりです。紫炎です。

まずは謝罪を。
いくら情緒不安定だからといって、感想を催促するような真似をして申し訳ありませんでした。本当、感想を書く書かないは読者の自由なのに、まるで乞食のような感じで催促をしてしまいました。

それで、今もなお情緒不安定な状態が続いていますが、もう催促するようなことはしません。皆さん、書きたいと思ったら時にご自由にお願いします。

正社員としての仕事も始まり、色々なことをありまして余計に情緒不安定になっている紫炎ですが、これからも小説をは続けていく所存です。どうか、生暖かい目で見守ってくだされば幸いです。

それでは、どうぞ。


「雄二」

「翔子、離れろ」

「いや」

「あのなぁ・・・・・・」

 

意識を取り戻した後、目を覚ました俺の腕に翔子は抱き着いていた。離そうとするが、力強くしがみ付いて翔子は離れない。

 

「しょうがないよ、坂本君。代表は君がいなくなって相当取り乱したんだから」

 

それぐらい甘んじて受け入れるべきだよと工藤は俺に言い聞かせてくる。そんな風に言われると、明久がいなくなった時のことを思い出し何も言えなくなる。とりあえず翔子はそのままにして、話を続けることにした。

 

「翔子、それに工藤も。どうしてここにいるんだ?」

「雄二を追ってきた」

「いや、そういうことじゃなくてな・・・・・・」

「雄二を・・・・・・追って・・・・・・きたの・・・・・・」

 

元の世界にいるはずの翔子が何故ここにいるのか聞きたいのだが、どうも翔子は情緒不安定な状態らしく、まともに会話ができないようだ。その証拠に、急に俺の腕にしがみ付いて泣き始めてしまった。その気持ちは分かるので、無理に離そうとはせずにこのままの状態を維持した。

 

「工藤。お前たちは一体どうしてここにいるんだ?」

「君たちが姿を消してから、すぐに代表が最後に会った人物を突き止めてね。その人に聞いたんだよ」

「学園長じゃな」

「うん、その通り。あの人は君たちの行方を知っていて、そこに行く手段も知っていたから、僕たちは学園長先生に頼んでここに送ってもらったんだよ」

「良かったのか? 帰る手段はまだ見つかっていないんだぞ?」

「そりゃ、僕はいろいろ考えたけど、代表は躊躇せずに“行く”って一点張りだったね」

 

何よりその状態の代表は放っておけないしと、工藤は今も俺の腕にしがみ付いて泣く翔子を見ながら言う。まぁ、この状態の翔子を放っておくのは俺も無理だ。

 

「それに僕もムッツリーニ君に会いたかったからね」

「な、何故だ」

「だって、君にまだ保健体育で勝っていないもん」

「・・・・・・そ、そうか」

 

自分を追ってきた理由に若干落ち込むムッツリーニ。何だかんだこいつ、工藤に関しては弱いところがあるのな。

 

「・・・・・・全く、素直じゃないのぉ」

 

小声でポツリと秀吉が何か言ったが、二人には聞こえていないらしく、工藤がムッツリーニを茶化していた。全く、こいつらは相変わらず変わらねぇ・・・・・・本当、うらやましい限りだ。

 

「そういえば、ムッツリーニ君に坂本君。二人して何か話していたみたいだけど、何を話していたの?」

「うん? いや、大したことじゃ・・・・・・」

「ウソ」

 

思い出したように俺とムッツリーニが何かを話していたことについて尋ねられ、俺ははぐらかそうとしたが、翔子に力強く否定されて俺は口ごもってしまう。というか・・・・・・

 

「翔子・・・・・・力を弱めてくれないか?」

「雄二は嘘つき」

「翔子・・・・・・頼む、力を・・・・・・!」

「嘘つき」

「翔子・・・・・・! 力を・・・・・・!」

「嘘つき」

 

俺の腕にしがみ付いていた翔子だが、どんどん俺の腕をしがみ付く力が強くなっていき、腕の感覚がなくなってきた。というよりも、それ以前に痛い。

 

「分かった! 翔子! 話す、話すから力を緩めてくれ!?」

「嘘つき」

「翔子!?」

「だ、代表! 落ち着いて!? 坂本君の腕が・・・・・・!?」

「霧島よ! 一旦落ち着くのじゃ!?」

「霧島・・・・・・!」

「しょ・・・・・・!」

 

ゴキッ!!

 

お、おぉ・・・・・・久しぶりに来たぜ・・・・・・この痛み・・・・・・

 

久しぶりに来た痛みに俺は再び意識を飛ばした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いやぁ~、やっぱりいいね! スイーツ巡りは!」

「さやかさん、少し食べすぎじゃないの?」

「いえいえ! これぐらい許容範囲ですよ、マミさん!」

 

おいしいスイーツはそれだけで幸せな気持ちになるね。私は一つ上の先輩である巴マミ先輩と当麻と同じもう一人の幼馴染のまどかと一緒に放課後のスイーツ巡りをしていた。

 

「さすがに食べすぎだよ、さやかちゃん」

「大丈夫だって! その分さやかちゃんは動くからね!」

「それにしても食べ過ぎよ。もう4品目よ?」

 

マミさんの言う通り、今食べているクレープで今日は4品目である。いつもなら2品目で終わり、あとは適当なお店でおしゃべりして過ごすのだが、今日はいつになく気持ちが晴れず、食べ巡りを続けている。ちなみに、まどかとマミさんはいつも通り2品目で済ませている。

 

「う~ん・・・・・・やっぱり食べすぎかな?」

「そうよ? あんまり食べ過ぎると太っちゃうわよ?」

「うぅ、それは勘弁したいけど・・・・・・」

「・・・・・・さやかちゃん、やっぱり何かあったの?」

 

うぐぅ・・・・・・さすがにこれ以上誤魔化すのは難しいかな。私は図星を突かれて内心慌ててしまう。

 

「そ、そんなことはないよ~。いつも通りの元気なさやかちゃんですよ~」

「そう言うなら、こっちをよ~く見て言って」

 

今回ばかりは絶対に引かないとばかりにまどかがこちらを見つめてくる。いつもならここでまどかを茶化すのだが、まどかの後ろからマミさんも同様にこちらを疑うように見つめてくるため誤魔化すのが難しい。

 

「さやかちゃん・・・・・・」

「美樹さん・・・・・・」

「わ、分かりました。話しますから、そんなに詰め寄らないで」

 

二人してジト目で詰め寄られて、観念して話すことにした。こうなると、二人とも意地でも引かないのだ。私はパフェの最後の一口を味わうことなく食べて、飲み込んだ後近くにあったベンチに座った。

 

「えっと・・・・・それで、何を聞きたい?」

「ゴールデンウィーク後よ。いつものメンバーから離れて、私たちとだけ遊んでいるでしょ?」

「何か考えていることから逃げるように私やマミさんを誘っているし・・・・・・」

「あ~・・・・・・さすがに分かるかぁ・・・・・・」

 

まどかとマミさんは先ほどまでと違って心配そうにこちらを見る。私が思っていた以上に二人を心配させてしまっていたようだ。やっぱりうまくいかないなぁ・・・・・・私って・・・・・・。

 

「それで、一体ゴールデンウィーク中に何があったの? 美樹さん、あの後からちょっと様子が変だったし」

「いつも遊んでいる人たちとも距離を取っているようだし・・・・・・何より当麻君からも距離を置いているし」

「いや、当麻とは別に何かあるわけじゃないし・・・・・・」

 

当麻とはまどか同様、小さい頃からの幼馴染でいつも一緒にいただけだし、放っておいたら怪我しまくるからいつの間にか目を離せなくなっただけである。別にアイツに特別なにかあるわけじゃないし。

 

「それに・・・・・・当麻も多分同じようなことで悩んでいるだろうし」

「当麻君も?」

「うん、当麻も」

「確か・・・・・・いつも不幸だーって言っている子よね? その子も悩んでいるって・・・・・・」

「私っていつだって無力だな・・・・・・ってね」

「さやかちゃん?」

 

恐らく当麻も、そして雄二も同じように悩んでいることだろう。託された明久と違って、私たちは・・・・・・

 

「ゴールデンウィーク中にね? 私、回復魔法が使えるようになったの」

「魔法を? それって、凄いじゃない!」

「そうだよ! しかも回復魔法ってことは、当麻君の怪我も治せるようになったってことだよね!」

「うん、そうかもね・・・・・・」

 

正直、幻想殺しがある当麻に本当に効くかどうかは分からないけど、案外喧嘩っ早い明久や承太郎とかには効果的だろう。でも・・・・・・

 

「使えるようになったばっかりだから、弱い回復魔法しか使えないみたいなの」

「まぁ、能力に目覚めたばかりならそうなんじゃないかしら?」

「もしかしてさやかちゃん・・・・・・」

「あはは・・・・・・できれば、私は物語のヒロインになりたかったよ」

 

本当に・・・・・・物語のヒロインみたいになりたかった。魔法を使えるようになったというのに、私の雰囲気にまどかが何か察したように、こちらを心配そうに覗き込んでくる。

 

「それが使えるようになった瞬間っていうのが、目の前で命の恩人が死んでいく時だったんだよ」

「それは・・・・・・」

「えっと・・・・・・」

 

予想外の事にマミさんもまどかも言葉を詰まらせている。まぁ、当然だよね。目の前で誰かが死ぬなんて学園都市でも早々ないのにね。

 

「目の前で大切な人が死んでいくのを私は助けることが出来なかった・・・・・・回復魔法が使える癖に」

「さやかちゃん・・・・・・」

「あの人は悔いはない様に逝ったけど、どうしても思っちゃうんだ。もっと私に力があれば・・・・・・って」

「美樹さん・・・・・・」

 

今でも覚えている。あの人が、縁さんの体から止まらない血・・・・・・消えていく体・・・・・・もっと力があれば、縁さんを助けることができたのではないのかと。

 

「もっと力があれば・・・・・・」

「・・・・・・美樹さん」

 

口にすると後悔ばかり浮かんでくる私に、しゃがみ込んで手を取ってマミさんがこちらを見据えてきた。なんだろう、何かあるのかな?

 

「その人は最期、どんな顔をしていた?」

「最期・・・・・・?」

「そう、最期。その人はどんな風に美樹さん達を見ていたの?」

「最期に・・・・・・」

 

最期・・・・・・縁さんは確か・・・・・・

 

「笑って、ありがとうって・・・・・・」

「そう・・・・・・なら、美樹さん。多分だけど・・・・・・」

 

一瞬、躊躇するようにマミさんは目を伏せるけど、意を決したかのように顔を挙げてこちらを再度見据えてくる。

 

「その人は報われたんじゃないかしら」

「報われた?」

「えぇ、そうよ」

 

報われた? でも、私はあの人を助けられなくて・・・・・・

 

「あなた達が必死にその人を助けようとしたこと、その行動からその人のことを助けたいっていう気持ちが伝わった。それが嬉しくて、だからその人は最期、笑顔であなた達にありがとうって言えたのよ」

「そうかな・・・・・・」

「えぇ、きっとそうよ。そうじゃなければ、最期に笑って“ありがとう”ってお別れはできないわ」

 

そう言ってマミさんは一度目を伏せた後、もう一度こちらを見る。

 

「だから美樹さん、これ以上そのことにとらわれないで。その人はきっと、あなたに未来に進んでほしいと思っているから」

「マミさん・・・・・・」

 

マミさんはそう言って私に優しく微笑んでくれる。マミさんに言われ、私は縁さんの最期の瞬間を思い出す。あの人は消えゆく中、私たちに笑った後安らかに消えていった。それはきっと・・・・・・。

 

「さやかちゃん・・・・・・」

「まどか・・・・・・」

 

私が思い出しているとまどかが横からこちらを心配そうに見つめてくる。まどかも何か言いたいことがありそうにしているけど、言葉に出来ず、でも何か伝えたそうにしていた。そうだよね・・・・・・。

 

「うん・・・・・・きっとそうだと思います。あの人は最期『悔いはない』って言ってくれたから」

「えぇ、だから元気を出して、美樹さん」

「・・・・・・はい!」

「さやかちゃん・・・・・・よかったね」

「いや~、心配かけてごめんね、まどか。それにマミさんも」

「いいのよ、気にしないで」

 

あなた達の先輩だものとマミさんは優しく微笑んでくれる。まどかもホッと一息吐いてから嬉しそうに笑う。こうしてみると、本当に心配をかけたみたいで、少し罪悪感が出てくる。

 

「よ~し! これからさやかちゃんはいつもの元気なさやかちゃんですよ!」

「うん! それでこそさやかちゃんだよ!」

「うんうん。やっぱり美樹さんは元気なのが一番ね」

 

今まで悩んでいたことが解決し、私は二人を連れてカラオケに行こうと提案する。二人もそれにのって一緒にカラオケに行くのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「雄二・・・・・・ごめんなさい」

「いや・・・・・・別に気にしてないから大丈夫だ」

 

翔子の久しぶりの締め付けに気絶した俺は、すでに復活してゴールデンウィーク中に何があったかを話した。その後、翔子は俺の腕を締めたことを謝っていた。

 

「そんなことが・・・・・・」

「異世界ってことだけでお腹一杯なのに、本当の冒険をしていたなんて・・・・・・」

「う~む、思っていたより問題が深そうじゃの」

 

話した内容が内容だっただけに、他の三人も驚きを隠せないようだ。話した俺自身も未だに受け入れきれていないから、そう言われてもしょうがないのだが。

 

「まぁ、そんなことがあったから、ちょっと受け入れるのに時間がかかっているだけだ」

「確かにちょっと受け入れるのには時間がかかりそうだね」

「うむ、そういうことなら・・・・・・」

 

そういうことにして、先に翔子たちの身の上を相談しようと思ったが、横から鋭い視線を感じ、横を向く。そこにはこちらをじっと見ている翔子がいた。

 

「ど、どうした翔子。俺の方を見て・・・・・・」

「雄二、まだ話していないことがある」

「いや、そんなことは・・・・・・」

 

何かの確信を持って、こちらの誤魔化しを見破ってくる翔子に俺はたじろいでしまう。どうにか誤魔化そうと考えるが、掴まれている腕に再度力が入り始めたのを感じ、俺は正直に話すことにした。決して、力に屈したわけではない。

 

「滞在中にな、俺は自分の無力を味わらされたんだよ」

「無力を?」

「そうだ。そもそも俺は明久を助けるためにこの世界に来た。なのに、足を引っ張るどころか、アイツに命を救われてしまった」

「それは・・・・・・」

「それだけじゃねぇ。状況を良くしようとやったことが全然効果がなくて、挙句全員の足を引っ張る事態になっちまった」

 

今まで絶対に話さないようにしていたことが、一度話した途端後悔があふれ出してきた。そのまま止まらず、俺は話し続ける。

 

「終いには、世話になった人の命を助けることが出来なかったんだよ・・・・・・」

「雄二・・・・・・」

「坂本君・・・・・・」

「何なんだよ、二度と後悔しないように鍛えたっていうのに、助けるどころか足引っ張って、失っているんだよ・・・・・・」

 

全てを言い終わった後には後悔だけが俺の中に残り、頭を抱える。中学の頃、力を求めて喧嘩に明け暮れ、守れる力を手に入れたと思っていた。なのに、肝心なところで力を発揮できず、知らないからとはいえ、何も出来ずに縁さんを死なせてしまった。結局、俺は小学校の時から弱いガキのままだった。

 

「クソが・・・・・・」

「・・・・・・雄二」

 

頭を抱えて込む俺に翔子は声を掛ける。俺は一旦、頭を上げて翔子の方を向くが、それと同時に翔子が俺を抱きしめてきた。

 

「翔子、何を・・・・・・!」

「雄二、苦しかったよね」

「なっ、何が!」

「ごめんなさい。私は自分の事ばかりで、雄二が今どんな気持ちでいるのかなんて、考えもしなかった」

「それは・・・・・・」

 

何も言わずに何処かに消えて、今まで連絡すらしなかった俺が悪いと言おうとするが、強く、だが優しく翔子は抱きしめる。

 

「雄二・・・・・・雄二はこっちに来ても色々なことを背負って頑張っている」

「・・・・・・そんなことねぇよ」

「でも、一人で抱え込まないで。雄二には大事な友達がいるから」

 

友達・・・・・・そうか、俺にはあいつ等が・・・・・・。

 

「今は私もいるから。だから、一人で悩まないで、私たちにも話して?」

 

頼ってくれないのは辛いからと翔子は優しく俺に言い聞かせるように話した。翔子の言葉は今まで暗い気持ちに沈んでいた俺の心を救い上げ、優しく包み込むようだった。

 

「・・・・・・そうだな。一人で考えすぎだったかもな」

「雄二は頭がいいから。だから一人で何とかしようとする」

「あぁ、そうだな。周りがバカばっかりだったからな」

 

もう大丈夫だと、俺は抱きしめる翔子からゆっくりと離れた。翔子は多少名残惜しそうにしていたが、さすがにこれ以上は俺も恥ずかしい。

 

「情けないところを見せたな」

「ううん、気にしてない」

 

翔子も一杯一杯のはずなのに・・・・・・全く、こうゆうところは敵わないな。優しく微笑む翔子に俺は久しぶりに肩の重荷が下りた気がした。

 

「いや~、さすが代表。坂本君の内緒にしていることをいとも簡単に喋らせちゃうなんてね~」

「うむ。わしらでは何度聞いても答えはしなかったのに」

「さすがは雄二の彼女」

「あっ・・・・・・」

 

横から茶化すような声が聞こえ、俺は今この場には翔子以外にも他にいたことを思い出した。

 

「やっぱり坂本君には代表がお似合いだね」

「うむ。雄二には霧島が必要だな」

「ちょっ、待て、お前ら」

「照れるな・・・・・・お似合いだぞ」

「おい、ムッツリーニ。そのカメラを渡せ、今すぐに」

 

先ほどの場面を撮ったであろうカメラを俺は急いで奪い取ろうと俺は立ち上がる。ムッツリーニはそれを察して、すぐさま逃げようとしている。

 

「おい待て、ムッツリーニ!? 今すぐカメラを渡せ!」

「断る!」

「お似合い・・・・・・照れる」

 

後ろで翔子が何か言っているが、俺はとにかく今の一部始終を撮ったであろうムッツリーニのカメラを奪うために全力でムッツリーニを追いかけるのであった。

 

 

 




どうでしたか? 

あとは上条君だけなのですが、彼の場合はちょっと長めになると思います。

次回もお楽しみに。


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第23話:御坂美琴

どうもお久しぶりです、紫炎です。

まずは謝罪を。大変長らくお待たせしました。
活動報告にも書いていましたが、この頃は仕事や積みゲーにプラモと色々なことをやっていたので、投稿がかなり遅れてしまいました。

途中で辞める気はないとはいえ、これでは完結がいつになるのやら・・・・・・いや、本当に何年後になるんだろう。

まぁ、とりあえず最新作ができましたので、みなさん、どうぞ。



「はぁ~」

 

春の陽気が過ぎていき、夏の訪れを感じ始める5月の中旬。上条当麻は公園のベンチにもたれかかっていた。彼は一人空を見上げ、呆けていた。

 

「今日も空は青いなぁ・・・・・・」

 

あれ以来当麻は何となく無気力な状態が続いており、今回は家に籠るのではなく、外に出て公園のベンチに座り込んで呑気に空を見上げていた。青い空に浮かぶ太陽はいつも通り輝いている。

 

「何か暑いなぁ・・・・・・」

 

他のみんなとも遊ぶのは何となく疎遠になってしまっているし、明久は別の武道場通い、雄二とさやかはいつの間にか元の状態に戻っていた。その中で、自分だけが未だにあの時から進んでいない。

 

「分かってはいるんだけどなぁ・・・・・・」

 

あの時、もっと何かできたのでは・・・・・・と後悔ばかりしており、一歩も前に進めずにいる。いくら考えても納得が出来ず、堂々巡りの毎日だ。これまでは何かトラブルが起きれば、あいつ等と一緒なら何だって解決できたのに、心の底から憎しみにとらわれたあの人を助けることが出来なかった。あの結末しかなかったのかもしれない。だが、もっと別の、あの人が生きて新しい幸せを探せる未来があったんじゃないのかと・・・・・・。

 

「あ~、やめだ! これ以上考えたところで何にもなりはしねぇ!」

 

考えが袋小路に入りそうになったところで、頭を掻いて強引に考えを止める。そうして目の前を見ると自動販売機があった。

 

「そういえば喉が渇いたなぁ・・・・・・よし!」

 

これを切っ掛けに気分を入れ替えるかと当麻は財布からお金を取り出そうとする。財布には今では珍しい二千円札が入っていた。

 

「大丈夫か・・・・・・? いやいや、これを切っ掛けに俺は一歩踏み出すのだ!」

 

新しい明日に向かってと勇んで二千円札を自動販売機に入れて、ジュースのボタンを選ぶ。

 

「・・・・・・あれ?」

 

しかし待てどもジュースは出てこず、もう一度ボタンを押すがやはりジュースは出てこない。しょうがないので返却のレバーを引くが、今度はお金が返ってこない。

 

「・・・・・・ふん!」

 

嘘だろうと思いつつ何度もレバーを引くが、やはりお金は返ってこない。ジュースのボタンを押したり、返却のレバーを引いたりと色々試すが、何も得られず、当麻はとうとう諦めた。

 

「不幸だ・・・・・・」

「ちょろっとー」

 

ジュースは出てこず、お金も返ってこない現実に打ちのめされていると、突如後ろから襟首を掴まれて自動販売機の前からのけられる。何だと思いつつ、のけた相手を見る。

 

「ボケっと突っ立ってんじゃないわよ。買わないならどくどく」

「・・・・・・あー」

 

相手は一人の少女で、名門女子校常盤台中学の制服を着ており、茶色の短髪の活発な少女だ。そして、当麻はこの少女のことを知っている。

 

「何だ、ビリビリか」

「・・・・・・だ~か~ら! 私には“御坂美琴”って名前があるって言っているでしょうが!?」

「うおっと!?」

 

突然御坂は怒り出し、電撃を当麻に向けて放つ。当麻も咄嗟に右手を突き出して電撃を打ち消す。自身の繰り出した電撃を打ち消されて、若干不機嫌そうになる。

 

「あいっかわらず腹が立つ能力よね、それ」

「いや、そんなこと俺に言われてもな・・・・・・」

「まぁいいわ。う~ん・・・・・・」

 

いつものことだからと当麻から視線を外し、御坂は自動販売機の前で品定めをする。どれにするか悩んでいるようだ。当麻は先ほど自動販売機にお金を飲まれたことを思い出し、御坂に忠告する。

 

「あー、その自動販売機な、お金を飲むぞ」

「知っているわよ?」

「はっ? マジで?」

「っていうか、ここら辺の学生ならほとんどは知っているわよ」

「マジか・・・・・・」

 

やっぱり用もないのに遠出するものじゃないと当麻は後悔した。知らなくてもいいことまで知ってしまって複雑な気分だ。

 

「というか、この自販機には裏技があるのよ」

「裏技?」

「そう。お金も入れずに商品を出す裏技が・・・・・・ね」

 

そういうと御坂はステップを踏み始める。その様子を見て当麻は内心嫌な予感が・・・・・・と心の中で呟く。程なくして御坂はその場で勢いよく一回転すると。

 

「チェスト!」

 

強烈な蹴りを自動販売機にお見舞いする。その際にスカートが捲れてしまう。

 

(・・・・・・短パン)

 

見えたそれは短パンで、当麻は顔に出さなかったが心の中でガッカリした。蹴られた衝撃か、自動販売機は缶を一つ排出して、それを御坂が取る。

 

「この自動販売機、古いらしいからお金をよく食うのよ。だからこうしないと、物が取れないのよ」

「マジか・・・・・・って、それって他の奴もそうしているのか?」

「そうよ。ここら辺の女子はみんなこうしているわ」

 

そのまま御坂は缶を開けて飲み始める。ここら辺の女子ということは御坂が着ている制服からして、名門女子中の全員今のようなやり方をしているということである。当麻の名門女子校に通う女子のイメージがウチのクラスメートの女子とほぼ同じようなものになり、内心ショックだった。

 

(というか、お前たちが寄ってたかってそんなやり方しているから壊れたんじゃあ・・・・・・)

「な~に怒っているのよ? アンタに実害があるわけじゃあ・・・・・・」

 

飲み終わった御坂は缶をふらつかせながら、別にいいでしょとばかりに話していたが、そこまで言って御坂は何かに感づいたように目を輝かせる。その様子に当麻は猛烈に嫌な予感がした。

 

「飲まれた?」

「・・・・・・」

「一体いくら飲まれたの?」

「二、二千円・・・・・・」

 

ズバリ言い当てられ、目線を反らすも御坂は自分の考えが当たったことに喜びながらも尚も問いただす。当麻も言い逃れないと思い、白状した。飲まれた額を聞き、御坂は大爆笑する。

 

「二千円!? もしかして二千円札のこと!? まだ絶滅していなかったんだ!」

「しょうがないだろう!? 財布の中にそれしか入っていなかったんだよ!?」

「そんなに古いお札じゃあ、自販機もバグるわ、そりゃあ!」

 

そのまま一通り笑った後、飲み終わった缶をゴミ箱に入れて、そのまま手を自販機に当てる。

 

「それじゃあ取り返してあげる。笑わせてくれたお礼に、ね」

「別にそのつもりじゃあないが・・・・・・というか、どうやって?」

「こうやって」

 

その直後、自販機に強力な電気が一瞬流れる。その直後、自販機は壊れたかのようにどんどん缶を排出していく。それを見て、機械がショートして壊れたのだと当麻は理解した。

 

「あれ~? 二千円札が出ると思ったけど、何か故障したみたい。まぁ、この調子なら二千円札分以上は出てきそうだし、結果オーライってやつね。どう?」

 

思った通りの結果は出なかったが、結果的にはこれでいいでしょと笑顔を浮かべて当麻の方を向く御坂。だが当麻はダッシュでその場から逃げ出していた。

 

「って!? ちょっと!? 何思いっきり逃げてんのよ!? おい!?」

 

このままでは自分も共犯扱いされる。そう直感して当麻は全力疾走でそのままそこから逃げ出したのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「はぁ~」

「何でため息ついているのよ」

「いや、何でもねぇよ」

 

あの後、走り疲れベンチで休んでいるところに御坂が大量の缶を持って追いかけてきた。先にお金を入れたアンタの物だと言って、御坂は全部当麻に押し付けたのだ。

 

「全く、これが学園都市第3位の御坂美琴様を打ち負かした男の姿かっての」

「おいおい、嘘を吐くなよ。お前の攻撃を防いだだけじゃねぇか」

「全く通用しないなら同じよ。それでいて誇ろうともしないんだから」

 

御坂は一本貰うわよとジュース缶を一つ手に取り、飲み始める。当麻は別にいいかとそのまま見過ごした。

 

「本当、意味不明よね。あんたのその右手」

「俺にも意味不明だよ。こんな力よりは・・・・・・」

「何よ?」

「何でもねぇよ」

 

つい先ほど気にしないようにしようとした矢先に、先ほどの嫌な気持ちがまた再燃しそうになり、頭を抱えてしまう。

 

(もう悩んでいるのは俺だけなのにな・・・・・・)

「ちょっと、今度は何頭を抱え込んでいるのよ」

「ちょっと個人的な悩みをだな」

「アンタも? ふ~ん・・・・・・」

 

悩みがあると言うと、御坂も何やら少し黙り込んでしまい、それを誤魔化すようにジュースを一口飲む。

 

「まぁ、うだうだ悩んでいてもしょうがないし、早くそれを飲んじゃえば? 私の後輩なら貰っただけでも卒倒ものなんだから」

「卒倒だぁ? 少女漫画じゃああるまし、そんなことあるかよ」

「・・・・・・ふっ、私が常盤台でいつも何て呼ばれているか知らないからそんなことが言えるのよ」

 

そう言う美琴は途端に落ち込み始め、困ったような様子になる。さっきまでの強気な態度から一変した様子を見て、当麻はコイツも大変なんだなとしみじみと思った。

 

「お姉さま?」

 

瞬間、御坂が急にビクッと跳ね上がり、当麻も同じように驚いて声のする方を向く。そこには口に手を添えて、驚いた様子の少女がいた。赤みが若干かかった茶髪にツインテールが特徴的で、御坂と同じ常盤台の制服を着ている。右腕には緑の腕章をつけており、それが彼女を普通の生徒ではない証明している。

 

「まぁまぁ、お姉さま。何やらコソコソと何かしていらっしゃるかと思っておりましたが、全てはこのためだったのですね」

「・・・・・・ね、念のために聞いておくけど、“このため”ってどういうわけ?」

「決まっております。そこの殿方と密会するためでしょ?」

 

何やらこの少女は当麻と御坂が密会していると誤解しているようなので、当麻は誤解を解くために大量のジュースをベンチに置いて立ち上がる。その間にも少女はこちらの方に近づき、立ち上がった当麻と御坂の間に立つ。

 

「初めまして、わたくしお姉さまの露払いをしている白井黒子と言いますの」

「あっ、どうも・・・・・・」

「もし、お姉さまに“ちょっかい”を出す気なら、わたくしを通してからにしてくださいな」

「はぁ・・・・・・」

 

別にそこまで深い関係じゃないし、むしろ向こうから突っかかってきているだけなので、そこまで気にしていない当麻だったが、笑顔を浮かべる白井の後ろで明らかに不機嫌そうな御坂がゆらりと立ち上がる。

 

「アンタは~・・・・・・」

「あっ、おい・・・・・・」

「このヘンテコが私の彼氏に見えるのか!?」

 

そのまま止める間もなく御坂は白井に電撃を浴びせる。あまりに突然だったため当麻も止める間もなく、ただ見ているだけだった。少しすると電撃が収まり、当麻も目を開ける。だが、そこには御坂しかおらず、白井は何処にもいなかった。

 

「あれっ、アイツは・・・・・・?」

「ですわよね~」

 

急に後ろの上の方から声がしてそちらを振り向くと、そこには先ほどと同様に笑顔を浮かべた無傷の白井がいた。彼女はどういうわけか、あの時の一瞬で移動し電灯の上に立っている。

 

「わたくしのお姉さまに限って・・・・・・それでは、くれぐれも過ちは犯さないようにしてくださいませ、お姉さま」

「黒子ぉ!」

 

電灯の上で上品にスカートの端を持ちながら一礼する白井に御坂は電撃を放つ。だが、その瞬間には白井の姿はなく、電撃が走っただけだった。

 

「変な噂を流したら承知しないわよ!?」

(・・・・・・あぁ、テレポートか)

 

興奮する御坂を前に当麻は先ほどの少女がテレポートの能力者なのかと理解した。そうじゃなければ、あんな一瞬でベンチから電灯の上に、電灯の上から姿を消すなど出来るはずもない。

 

「お姉さま」

「またか!? って、えっ?」

 

これで終わりかと思いきや、背後から先ほどと同じように“お姉さま”と呼びかけられたので、今度は背後にと思い振り向くと、そこにはもう一人の御坂が立っていた。

 

「増えてる? 御坂2号!?」

「妹です、とミサカは間髪入れずに答えました」

「妹?」

 

御坂そっくりの少女は自らを妹と名乗り、こちらをジッと当麻を見ている。当麻もあまりにそっくりだったのに驚いたが、双子なのかと勝手に納得して話を続ける。

 

「というか、妹なのに一人称が“ミサカ”なの? そこは普通名前を使うところだろう。そんなんじゃあ家の中で混乱するだろう」

「ミサカの名前はミサカなので、とミサカは即答します」

「アンタ! こんなところで一体何をしているのよ!?」

 

話をしていると突然御坂が怒ったかのように話を遮って、妹を睨みつける。いつも怒っているような感じの御坂だったが、今までと雰囲気が違い、複雑そうな表情をしているため当麻は何も言えなくなってしまった。

 

「研修中です、とミサカは簡潔に答えます」

「あー・・・・・・研修ね」

 

研修と聞いた御坂は一瞬頭を抱えた後、ゆっくりと妹の方に近づき、肩に手を掛ける。そして、一言二言ポツリと話すと妹と一緒に何処かに行こうとする。

 

「あっ、おい!?」

「悪いわね、ちょっと身内の話だから。じゃあね」

 

そう言うと御坂は妹を連れて、何処かに去って行ってしまった。ベンチに大量の飲み物を残して。

 

「複雑な家庭環境なのか・・・・・・?」

 

一人その場に取り残された当麻は怒涛の展開に、一人ポツリとつぶやくことしかできなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

学園都市に夕日が差し込み、ほとんどの生徒が帰り始める時間帯。当麻は一人大量の飲み物を持って、家に帰っていた。

 

「これを持って帰ったら確実に共犯だが、それでも捨てきれない貧乏性の上条さんであった・・・・・・ってか」

 

御坂が違法な手段で手に入れた大量の飲み物を捨てることが出来ず、当麻は持ち帰ろうとしていた。だが量が量で且つ距離があったため、徒歩で帰ろうとすると結構時間が掛かってしまい、結局こんな時間になってしまったのである。

 

「全く、アイツも少しは持っていけよな・・・・・・っと」

 

寮に向かって歩き続けていると、道にテニスボールが転がっていた。いつもならこれに気付かず踏んづけて、盛大にジュースをぶちまけるのだが、今回は気づくことができた。

 

「こんな道端に落とすなよっと」

 

口ではそう言うものの、ちょっとしたことに気付ける辺り、運が向いてきたなと実感できて、当麻はほんの少しの幸運を噛みしめながら、テニスボールを避けて歩こうとした。

 

「本当、危ないなぁっと!?」

 

しかし、避けた先に別のテニスボールがあったため、それを踏んづけてしまい、盛大に転ぶのと同時に、缶もぶちまけてしまった。

 

「いってぇ!? あー、クソ・・・・・・不幸だ」

 

背中から倒れてしまい、さらにぶちまけた缶が何本か顔面に当たってしまう。当麻は改めて己の不幸を嘆くのであった。その直後、当麻に人影が掛かる。誰かと思い見上げてみると、そこには先程何処かに行ったハズの御坂がいた。

 

「あれ、お前・・・・・・さっき妹を連れて、何処かに行かなかったっけ?」

 

尋ねる当麻に対して御坂はこちらを見下ろすばかりで、特に何も話さない。変だなと思っていたら、急に強い風が吹き、スカートが捲れあがる。そこには短パンではなく、縞パンがあった。

 

(あれ、さっきは短パンだったはずじゃあ・・・・・・)

「必要なら手を貸しますが。と、ミサカはため息交じりに提案します」

 

倒れている当麻の角度からパンツが丸見えなのを知ってか知らずか、ミサカは若干呆れたかのように当麻を見下ろしていた。色々な意味で困惑していた当麻だったが、すぐさま起き上がり大丈夫だと言おうとしたとき、ミサカが手に持っている物が目に入った。

 

「あれ、それって・・・・・・ってことは、妹の方か」

「はい。と、ミサカは返事をします」

 

手に持っているゴツいゴーグルと見えてしまった縞パンで妹の方かと納得する当麻。見えてしまったものはしょうがないと内心戸惑いながらも話を続ける。

 

「お前たちって本当にそっくりだよなぁ・・・・・・」

「そっくりというと、お姉さまの事でしょうか?」

「他に誰がいるっていうんだよ・・・・・・そのゴーグルも見分けがつかないからか?」

「いいえ。ミサカはお姉さまと異なり電子線や磁力線の流れを目で追う才能がないため、それらを補う器具が必要になるのです。と、ミサカは懇切丁寧に説明しました」

 

てっきり、それが見分け方になっているのかと思ったが、違うらしい。家族の方は大変だなぁとしみじみと思う当麻だが、先ほど御坂に連れていかれたのを思い出す。

 

「そういえば、お前御坂にさっき連れていかれなかったか?」

「・・・・・・ミサカはあちらから来ただけですが。と、あちら側を指さします」

「・・・・・・ふ~ん」

 

何か要領を得ないミサカの返答だったが、少し考えこんだ後こいつはこうゆう奴なんだなと思い、空返事をした。そこに車のクラクションがなる。

 

「っとと、不味い。早く拾わないと・・・・・・」

「手伝います。と、ミサカは缶を拾いながら答えます」

 

急いで道路の方に落ちた缶を拾っていると、ミサカも一緒に拾ってくれる。助かると思い、チラッとミサカの方を見ると、先ほど見えたパンツがまた見えてしまい、当麻は少し凝視してしまう。

 

「このままでは道路交通法に引っかかってしまいます・・・・・・何か」

「な、何にもない!?」

「瞳孔の拡大・呼吸の乱れなどが検出されていますが、結論としてあなたは緊張状態にあるのでは? と、ミサカは客観的に結論を下し」

「ホント、何でもないです!? 本当済みません!?」

 

気付いているのか、気付いていないのか判断しずらいミサカに戸惑いながらも、当麻は残りの缶を拾い上げ、ミサカと共にその場を後にする。

 

「それで、このジュースはどこまで運べばいいのですか。と、ミサカは問いかけます」

「あぁ、それな。もう、家がすぐそこだから、そこまで頼むわ」

「分かりました。と、ミサカは答えます」

(独特なしゃべり方といい、雰囲気といい・・・・・・姉妹の見分け方がよく分かったわ)

 

結構強気な姉と物静かな妹、相当対称的な姉妹だなと当麻は実感する。二人はそのままマンションまで歩き、程なくして当麻が住むマンションに着いた。エレベーターを上がり、部屋がある階に着いた後、部屋の方に向かう。

 

「あれ、さやかに土御門。二人して何やってんだ?」

「あっ、当麻だ」

「よぉ、カミやん・・・・・・うん?」

 

二人して何かを取り囲んでいるようだったが、当麻の呼びかけでそちらの方を向く。さやかは普通に反応したが、土御門は隣に誰かいることに気付き、当麻たちの方に近づく。

 

「あれれ~? カミやんが女の子を連れてきてますね~」

「当麻、誰なの・・・・・・って、その子は・・・・・・」

 

見知らぬ女の子を連れて来たと思ったが、さやかはその子に見覚えがあり、ジッと見つめる。

そこにさやかが思い出すより前に、ミサカが口を開く。

 

「ミサカはミサカです。と、ミサカは自己紹介をします」

「そうそう、御坂ちゃん・・・・・・って、うん?」

「こいつはビリビリの妹だよ」

「妹? 妹なんていたんだ!?」

「みたいだ・・・・・・っていうか、お前たちは廊下で何をやっているだよ?」

 

妹がいることに驚くさやかと土御門に当麻はさっきまで何をやっていたのかを尋ねる。あぁ、そうだったと二人は先ほどまでいた場所に戻る。そこには一匹の猫がいた。

 

「まどかがいる寮の前にお腹を空かせていた猫がいたの」

「それをまどかが可哀相だから飼おうって言い出したらしいが、アイツの寮はペット禁止だろう?」

「それでこっちに連れて来たってか? 全く・・・・・・」

「それで土御門が言うにはノミ取りをした方がいいってことだから、外でノミ取りをしていたの」

 

二人して廊下で何をやっているのかと心配になったが、そういう事情だったのかと納得する。

 

「しかし、ノミ取りって大変だね・・・・・・素人がやるものじゃないよ」

「本当だにゃー。こりゃ、何か専用の道具を買ってきた方がいいか?」

「なら、俺が買ってくるわ」

「いいの? こういうのって結構お金かかるよ?」

「いいって。その代わり、この大量のジュースを頼むわ」

 

そう言って当麻は自分が持っているジュース缶を土御門に預け、道具を買いに行こうとする。

 

「お待ちを」

「おぉ?」

「ようは猫に危害を加えずに体の表面からノミを落とせば良いのですね。と、ミサカは確認します」

「まぁ、そうだけど・・・・・・」

 

店に行こうとする当麻を引き止め、ミサカは当麻たちに確認をする。当麻の言葉を聞くと、ミサカは持っていたジュース缶を地面に置いて猫に向かって手をかざす。次の瞬間、猫がビクリと一瞬毛を逆立てると、猫からパラパラとノミが落ちていった。

 

「おぉ・・・・・・これって」

「特定周波数により害虫を駆除しました。と、ミサカは報告します」

「マジで?」

「はい、マジです」

 

そう言うと、ミサカはジュース缶を拾い上げ、当麻に渡す。驚いていた当麻は、そのままジュース缶を受け取る。

 

「このタイプの虫よけ機械は学園都市でも市販されていますので、問題はないはずです」

「おぉ・・・・・・美琴ちゃんにもできないようなことを」

「お姉さまもこれぐらいは出来るはずですよ。と、ミサカは情報を訂正します」

 

そのままミサカは「それでは・・・・・・」と一言言って、その場を去って行った。冷静に対処し、去って行った彼女を三人は呆然と見過ごした。

 

「いや~、お姉さんとは違うね、本当」

「だよなぁ・・・・・・本当、ビリビリの方も見習ってほしいぜ」

「いや、お姉さんとかビリビリとか誰よ」

 

当麻とさやかの二人は姉でありビリビリこと、御坂美琴を思い出すが、土御門は面識がないので、二人が誰のことを言っているのかわからない。

 

「あっ、そうそう。猫はちゃんと世話しろよ?」

「うん。頑張ってね、当麻」

「はい?」

「ちゃんとお世話するんだぜ、カミやん」

「ちょっと?」

 

急に猫の世話を任せようとする二人にさすがに待ったをかける当麻。てっきりさやかが世話をするとばかり思っていたので、これは予想外である。

 

「大丈夫! エサ代はこっちも負担するし」

「猫の遊具とかも融通するぜ?」

「そういう意味じゃねぇよ!? さやかが預かったんだろう!?」

 

どういうことだと当麻は二人は問いかける。二人はちょっと困ったような顔をした後、理由を話し始めた。

 

「まぁ、初めは最初に説明したとおりだぜ? でもよぉ、カミやん」

「この頃ずっと悩んでいるでしょ? あのことで」

「うっ」

 

さやかから“あの事”と言われ、思い当たることがある当麻は口を噤む。土御門もおおよそ察しているため、あまり追及しない。

 

「私は納得はしたけど・・・・・・当麻はまだ悩んでいるようだったから」

「かといって、カミやんのことだからあまり話そうとしないだろうし」

「まぁ、気軽に話せるような内容じゃないな」

「だから、良い気晴らしにってことで猫のお世話をさせようって話にしたんだよ」

「迷惑ならいいけど・・・・・・」

 

そういうことかと頭を掻きながら当麻は理解した。また、言い始めたであろうさやかは申し訳なさそうにしている。本人としても結構無茶なこと言っている自覚はあるのだろう。当麻は一息ついて、渋々口を開いた。

 

「分かったよ。エサ代とかは折半だぞ?」

「本当!? ありがとう、当麻!」

「いや~、よかったよかった。正直、結構無茶なお願いだったからにゃ~」

「本当、変な気遣いだよ、まったく」

 

猫を飼うことを了承したことにさやかと土御門は一安心とばかりに一息ついた。当麻としても、二人の気遣いを無駄にはしたくなかった。当麻は猫に近づいていく。

 

「おーし、今日からお前は上条さんと一緒に暮らしますよ~」

 

当麻は手を差し出しながら、これから一緒に過ごす猫に近づいていく。猫も当麻を警戒しつつ、徐々に近づき、差し出された手を鼻で嗅ぐ。

 

「おぉ、案外相性いいのかな?」

「いや、これは・・・・・・」

 

どんどん近づいていく猫を見て、さやかは明るく見つめるが、土御門は別のことを思い浮かべる。

 

「ふっ、今日の最後くらいは上条さんだって「ニャ」・・・・・・いてぇー!?」

「ほらな」

「あ、あはは・・・・・・」

 

良い感じだったが、最終的に猫は爪で当麻の手を引っ掻いた。急なことに当麻は手を抱えて痛がり、それをさやかと土御門は苦笑いで見守った。

 

「ふ、不幸だぁー!」

 

 




どうでしたか?

キリが良いところを探していたら、こんなに長くなりました。

とりあえず一章ほど長くなったりしないのでご安心ください。

次の投稿はいつになるのか分かりませんが、辞める気はないのでご安心ください。

それでは、また次回。

追記
ちなみに当麻のお話はまだ続きます。えぇ、これぐらいで解決するような悩みじゃありませんから。


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第24話:変わらない日々なのに

やっとできた‥‥‥不味い、最後の投稿から一年近く経っている。
これもそれも色々な趣味のせいかな。

お久しぶりです。久々の投稿です。
いやね、今回に限ってはどこらへんで区切ろうかなと、考えていたらズルズルとこんなに時間が経ちました。

あくまで趣味として書いているのですが、やっぱりこの遅れは不味いですね。できる限りはもっと投稿をしていこうと思います。

それでは、どうぞ。


夕暮れ時の学園都市のとある路地裏。そこに大型の銃を持った少女が何かから逃げるように走る。

 

「ハッ・・・・・・ハッ・・・・・・!」

「オイオイ、何だよその逃げ腰はよぉ!? 」

 

逃げる少女の後ろから一人の少年が現れて、少女に罵詈雑言を浴びせる。少女はそんなことはお構いなしに逃げ続ける。

 

「愉快にケツ、振りやがって・・・・・・誘ってんのかぁ!?」

 

追ってくる少年の罵声を無視して、少女は曲がり角を曲がり、そこで少年を待ち受ける。少年はそれをゆっくりと追いかける。そのまま少年が曲がり角を曲がるのと同時に、少女はゼロ距離で銃を乱射する。

 

「・・・・・・ッツ!」

 

全弾命中したかのように見えた銃弾はどういうわけか、全弾はじかれて、何発かは少女に命中した。少女はあまりの激痛に銃を落としてしまい、その場に倒れてしまう。

 

「何だぁ、もう壊れてしまったのかよ・・・・・・つまんねぇ」

 

倒れ伏す少女を前に心底退屈そうに頭を掻く少年だったが、何かを思いついたのか、少年は笑顔を浮かべながら少女の方に近づいていく。そして、そのまま少女の背中に指を当てる。

 

「な、何を・・・・・・」

「何を? そうだな・・・・・・それじゃあ」

 

そう言って少年は少女に不適な笑みを浮かべる

 

「一方通行は一体何をしようとしているでしょうか!?」

 

 

◇◆◇

 

 

 

「はぁ・・・・・・」

「昼休み早々何でため息ついているんだ、お前は」

「うるせぇ・・・・・・」

 

昼休みとなった学校で昼食戦争から一人参加せずに座ったままの当麻に、同じく昼食戦争に参加しなかった雄二が話しかける。ちなみに昼食戦争とは立川学校で昼休みに起きる売店と食堂の奪い合い戦争である。本日は焼きそばパンとカツ丼定食がメインである。

 

「・・・・・・彼女持ちの裏切り者に言われたくねぇ」

「どんな理屈だ・・・・・・第一、翔子は彼女じゃ」

「・・・・・・彼女だなんて、照れる」

「おい」

 

当麻は気が乗らなかったため参加せず、雄二は昼休みになったのと同時に隣のクラスになった霧島翔子が雄二に弁当を持ってきたため、参加しなかった。

 

「本当、いつの間に彼女なんて作ったんだか」

「だから、翔子は・・・・・・」

「雄二、これ」

「うん? おぉ、サンキュな」

 

彼女だということを否定しようとすると、間髪入れず翔子が雄二にお弁当を差し出す。雄二は自然にそれを受け取り、普通にそれを開ける。

 

「それで、翔子とは」

「お前、それで違うって言うのは逆に無理だぞ」

「・・・・・・うおぉ!? いつの間に!?」

「無意識にやっていたのかよ!?」

 

あまりにもごく自然にやっていたため、当麻に指摘されるまで雄二は気づかなかった。確かにこれではそう言われてもしょうがない。

 

「危なかった・・・・・・翔子、あのな」

「だめ・・・・・・?」

「おぉー、今日は卵焼きが入っているなぁ! アハハ!」

「・・・・・・お前」

 

つい受け取ってしまった弁当を返そうとした雄二だったが、翔子が泣きそうになると弁当を開けて大げさに雄二は喜ぶ。それを見て、当麻は呆れる。そのままジト目で睨む当麻だが、雄二は翔子には聞こえないぐらいの声量で話しかける。

 

(今、翔子は精神的に不安定なんだよ。だから、できる限りこいつに負担を掛けないようにしたいんだよ)

(それで言われるがままってか? でもよぉ、明らかになぁ・・・・・・)

 

あくまでそういう関係ではないと主張する雄二だが、あまりの自然体に言い訳にしか聞こえず、やっぱりそういう関係なんじゃないのかと疑ってしまう。

 

「それで、昼休み早々にため息をついてどうしたんだ?」

「別に・・・・・・どうってことねぇよ」

「聞かれて目線を反らした時点で何かあるってことを言っているのも同然だぞ?」

 

先程とは打って変わって、今度は雄二が当麻の煮えきらない様子について追及する。

 

「まぁ、大方、あの時のことだろうな」

「えぇ、そうですよ。上条さんはお前たちとは違って、未だに未練がましく引き摺っているんですよ」

「お前なぁ・・・・・・」

 

半場やけっぱちのように話す当麻に若干呆れる雄二。まだ引きずっているのか言いたい雄二だったが、彼も霧島がいなければ同じようになっていただろうから、強く言えない。

 

「さやかや明久とかに相談でもしたか?」

「さやかにはこれ以上心配かけられないし、明久はこの頃なぁ・・・・・・」

「あぁ、そういえばアイツ、道場籠りだったな」

 

アニマルセラピーっぽいことをして当麻の悩みの解決に少しでも力になろうとしたさやかに、これ以上の心配をかけられない。かと言って、明久はこの頃、放課後は近くの道場に籠りっぱなしである。

 

「そもそも、アイツは最初っから悩んですらいないしな」

「そういえば、そうだったな」

 

そもそも明久は何も悩んでいる様子もなく、縁から託された剣を使いこなそうと近くの体育館で鍛え始めている。

 

「本当、そういうところは羨ましいよ」

「しょうがないだろう、アイツはバカなんだから」

「バカってお前、あんなに縋り付いていたのにな」

「忘れろ」

「お、おう‥‥‥」

 

あの洞窟でのことを言おうとすると、雄二は有無も言わさぬ雰囲気で当麻を黙らせた。それだけ雄二にとって、あの時のことは知られたくないのだろう。当麻は素直に押し黙った。

 

「雄二、吉井と何かあったの?」

「ねぇよ。何もない」

「‥‥‥浮気?」

「だから、アイツも俺も男で、俺にそんな気はないって言っているだろう」

「でも‥‥‥」

「あー‥‥‥霧島さんだったか? 別にそういうことじゃないから、安心してくれ」

「そう‥‥‥」

「何で俺の言葉ではなく、別の奴の言葉なら聞くんだよ」

 

明久と何かあったと推測したのか、霧島が雄二に問いただそうとする。だが、当麻の言葉で追及をやめた。

 

「ともかく、これ以上気にしてもしょうがないんだ。あの時はあれぐらいしかできなかった」

「でもなぁ・・・・・・」

「・・・・・・雄二と同じ悩み?」

「あー・・・・・・。まぁ、そんなところだな」

 

未だに思い悩む当麻に雄二は諭すが、あまり効果がないようである。雄二は面倒な奴だな、と思いつつも、自分も同じような感じだったのだろうと思い、話を続けようとした。

 

「なぁ、当麻「当麻! 何を黄昏ているの?」」

「・・・・・・明久か」

「ちょっと、いきなりため息つかれるのは納得いかないんだけど?」

 

話を続けようとしたとき、食堂に昼食を買いに行っていた明久たちが戻ってきた。ほかのみんなもゾロゾロと教室に戻ってくる。

 

「そんなため息を吐くようなら、余分に買えた焼きそばパンを一個恵んであげない」

「俺が悪かった、明久。だから、その焼きそばパンを俺に恵んでください。お願いします」

「よろしい。ありがたく味わうがよい」

 

大人気の焼きそばパンと聞いて、すぐさま当麻は土下座して、明久に頼み込んだ。明久もそれに応えて、焼きそばパンを当麻に渡す。ちなみにそんな光景をクラスの他の女子は呆れた目で見ていた。

 

「そういえば、二人、じゃなくて、三人は一体どうしたの?」

「お前のせいで台無しだ、バカ」

「あれ? 急に罵倒された? 何で?」

 

明久に邪魔された形になってしまい、話は流されてしまったのであった。もはや当麻も相談という雰囲気ではなくなってしまったため、そのまま昼ご飯になった。ちなみに、その後の雄二は明久に若干冷たかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時が流れ、時刻は夕方。学園都市を夕日が照り付けて、多くの学生たちが帰宅を始める時間帯。上条当麻は一人自宅に帰ろうとしていた。

 

「‥‥‥はぁ~」

 

正確には他の奴らの誘いを断って、特に何かするわけもなく、帰ろうとしているだけである。理由は未だに燻っている自身の悩みである。

 

「情けねぇなぁ、本当」

 

これではいつまで経っても雪代縁に顔向けができない。どうするべきかと悩んでいると、見知った顔を見つけた。そいつは好んで声を掛けようとする相手ではなかったが、何だか自分同様思いつめたような雰囲気をしていたため、気になって当麻は声を掛けた。

 

「おっすー。誰かと待ち合わせか、ビリビリ中学生?」

「あぁ、アンタか‥‥‥って、ビリビリじゃなくて御坂美琴」

 

美琴は面倒そうに当麻に返事をする。当麻はいつもなら食って掛かってくる奴が、いつもとは違う態度にやはり、自分と同じような感じなのだと思った。だが、だからといってそれが何なのか見当もつかないが。

 

「今日は疲れているし、残った体力を温存しておきたい所だから、ビリビリは勘弁してやるわ」

「ビリビリ言ってんじゃねぇか」

「で、用件は?」

「いや、てっきり妹は一緒じゃねぇのかと思ってさ。この間、ジュースを運んでもらったから、礼をしておきたいんだけど」

 

うまくごまかそうとして、妹のことを聞いてみる。だが、急に驚いたようにこちらを見る。

 

「妹って‥‥‥って、あの後会ったの!?」

「うん? あ、あぁ、そうだけど‥‥‥」

 

こちらを問い詰めるように迫ってくる御坂に、ミスったかと内心焦る当麻。その時、空から声が降ってきた。

 

『22日は午前中は晴れ。午後は15時10分から50分まで、にわか雨が降りますので、この間は洗濯物を干すのは避け、外出する際は傘を持参してください』

「‥‥‥ねぇ、アンタは“あれ”をどう思う?」

「あれって、あれか?」

「そう、あれ」

 

空に浮かぶ飛行船を指さし、どう思うかを尋ねてくる美琴に当麻は頭を掻く。別に今までどうとも考えたことがないため、そう言おうとするが、その前に美琴が話す。

 

「私、あの飛行船って嫌いなのよね」

「あん? 何でだよ?」

「機械が決めた政策に人間が従っているからよ」

「‥‥‥」

 

一瞬、ほんの一瞬だけ美琴から尋常ではない怒りが溢れたように見えて、当麻は言葉に詰まる。だが、それはすぐに消えてしまい、追及できなかった。なので、当麻は別の話題を振る。

 

「あー、なんだっけ、確か‥‥‥」

「樹形者の設計者」

「そう、それ」

 

美琴に言われ、当麻も思い出す。樹形者の設計者、通称“ツリー・ダイヤグラム”。世界最高の演算能力を誇るスーパーコンピュータにして、人類の切り札の一つ。名目として“より完全な天気予報を行うため”と“アフリカ大陸を占領する魔物側の動きを監視するため”として学園都市が打ち上げた人工衛星である。

 

「噂じゃあ、学園都市で行われている研究の予測演算をさせているって聞いているけど‥‥‥いくら何でも人の命令なしには動けねぇよ」

「‥‥‥には」

「うん? 何だよ?」

「‥‥‥全く、アンタには夢がないわよね」

 

何かポツリと言った気がしたが、すぐにいつのもの美琴に戻ってしまい、当麻は聞きそびれてしまった。

 

「SFコンピューターと人間の友情ドラマ、なーんてロマンがあっていいんじゃないの?」

「はぁ? なんじゃそりゃ?」

「じゃっ、ちゃんと帰りなさいよ~」

 

そう言って美琴は手を振りながら去って行った。何だかいつもと違う様子に疑問を抱きながらも、理由が分からない以上、どうすることもできないと思い、当麻はそのまま家路につく。

 

「おかしな奴だな、本当‥‥‥うん?」

「‥‥‥」

 

少し歩いたところで、今度はダンボールの中にいる子猫にエサを与えようとしているミサカを見つけた。バイザーを付けていないが、物静かな雰囲気から妹の方だと思い、この前のお礼がてら近づく。

 

「うっす、この前はサンキューな」

「‥‥‥謝礼が目的ではありません。と、ミサカは返答します」

 

こちらが声を掛けた瞬間、ミサカはエサを見えないように隠しながら、何事もなかったかのようにこちらに向いた。だが、エサは市販で売られているパンで、その大きさから手ぶらのミサカでは隠しようがなく、チラチラと見えており、それを子猫が欲しがるように鳴き声を上げている。

 

(これは‥‥‥以前の態度からだと分からなかったが、相当な猫好きだな)

 

以前の冷静沈着な対応と違い、意外な一面を見た気がして、当麻は若干微笑ましい気分になった。

 

「その菓子パン、子猫にやるんだろう? 遠慮せずにやればいーじゃん」

「別に、そういう訳では‥‥‥」

 

そこで一瞬ミサカは黙り込むが、話を続ける。

 

「不可能です」

「はい?」

「ミサカはこの子猫にエサを与えるのは不可能でしょう、と、結論付けます」

「なんだぁ、ダメだったのか?」

 

この頃、当麻も猫の世話をするようになったため、子猫にも好物があることを実感しており、この子猫もそれなのかと考える。

 

「ミサカには一つ致命的な欠陥がありますから」

「欠陥って‥‥‥嫌な言い方するなよ」

「いえ、欠陥で適切です。ミサカの体には常に微弱な磁場を形成します。人体には感知できない程度ですが‥‥‥」

 

そこで一旦区切り、ミサカは猫の方に向き直る。

 

「他の動物には影響があるようです」

「ふーん‥‥‥つまり御坂妹は、その磁場のせいで動物に嫌われやすいって事か?」

「嫌われているのではありません。避けられているだけです‥‥‥と、ミサカは訂正を求めます」

「そ、そうですか‥‥‥」

 

独特の語尾を忘れるほどの強い口調に思わずたじろいでしまう当麻だったが、猫好きが猫と戯れることができないというのは、中々辛いことなのだろう。

 

(‥‥‥何だか、可哀相になってきたな)

「というわけで、エサはあなたが与えなさい、と、ミサカは促します」

「‥‥‥はい?」

「どうぞ、と、ミサカはあなたに猫を連れて行くように促します」

「ハッ、ハハッ‥‥‥」

 

ただでさえ、今は猫の世話一匹しているのに、さらに増えるのは勘弁だと当麻は断ろうとしたが、無言でこちらをジーっと見つめてくるミサカに負けて、結局当麻はその子猫を引き取ることとなった。

 

「こうなりゃ、一匹も二匹も一緒か? 全く‥‥‥って、そうだ名前」

「名前?」

「そう、名前。こいつお前の猫なんだから、責任持ってお前が決めろよ」

「‥‥‥ミサカの、猫?」

「そう、お前の!」

 

名前を聞かれ考え込むミサカ。そういえば、うちの猫の名前も考えないといけないことを忘れていた。あの後、猫の名前を明久を除く、三人で考えたのだが、結局浮かばず、キャッツ(仮)として呼んでいる。思いついたのか、ミサカは顔を上げて猫の方を見る。

 

「いぬ」

「!?」

「いぬ、とミサカは命名します‥‥‥猫なのにいぬ」

 

相変わらずの仏頂面なのだが、本人はギャグを言ったつもりなのか、口で「フフッ」と言っていた。さすがにそれはどうなのかと、声を上げる。

 

「マジメに‥‥‥てか大真面目なんだろうけど‥‥‥もっと威厳のあるのにしてやれよ!?」

「では徳川家康と」

「偉すぎ!?」

 

こいつ、実はボケの方なのでは‥‥‥と当麻は思ったところで、近くに本屋を見つけた。丁度いいやと当麻は本屋に一瞬向けた視線をミサカに戻す。

 

「では、シュレティガーと‥‥‥」

「それは不吉だぞ‥‥‥っと、悪い。ちょっと、寄ってくるわ」

「本屋ですか?」

「あぁ、猫一匹飼うのにも一苦労だからな。ちゃんとした知識を取り入れるために‥‥‥な」

 

実際、ここ数日家にいる猫は当麻どころか、さやかに土御門にもなついてくれない。どういうわけか、明久には速攻でなついたが。

 

「じゃあ、こいつを頼むわ」

「この子を?」

「あぁ、本屋には猫は連れていけないからな」

「承諾しかねます。先刻申し上げた通り、ミサカが猫に触れることは」

「パース!」

「ッ!」

 

本屋に入るために子猫をミサカに預けようとするが、当麻は猫を優しくミサカに放り投げる。ミサカは驚いて、慌てて子猫を受け止める。猫は一瞬ブルっと震えたが、特に嫌がる様子もなく、ミサカの腕の中に収まっている。

 

「普通に触れるじゃねぇか」

 

そう言って当麻は足早に本屋に入っていった。

 

「‥‥‥はぁ、子猫を投げるなんて」

 

子猫を投げたことに対してため息をついて呆れるミサカ。そのまま腕の中でこちらをジッと見ている子猫をミサカは同じように見つめた。

 

―――触れなくてもガマンしたのに

 

腕の中で若干震えているが、怯えている様子はなく、子猫はミサカを見つめている。

 

「こんなに脅えられるなら‥‥‥」

 

どうしたものかと、周囲を見渡すミサカ。

 

 

 

―――ザッ

 

 

 

ふと、路地裏の方から誰かが現れる。ミサカは現れた人物を見た瞬間、全身の血の気が引き、固まった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ふぅ、やっと買えた。わりぃ、待たせた‥‥‥な?」

 

目的の本を見つけるのに苦戦してしまい、思いのほか時間を取ってしまった当麻は謝りながら、ミサカに話しかける。だが、いるとばかり思っていたミサカはそこにはおらず、代わりに先ほどの子猫が一匹当麻を待っていた。

 

「ひとりか? 御坂妹はどうした?」

 

子猫に尋ねるも、鳴き声を上げるだけで何が起こったのか、よく分からない。一体どうしたのかと周囲を見渡すと、路地裏に続く道の方に靴が一足、転がっていた。嫌な予感がして、当麻は子猫を抱き上げ、路地裏の方を覗き込む。

 

「おーい、ミサカ! そこにいるのかー!」

 

夕方になっているため、路地裏は薄暗く、目を凝らしてよく見ないと奥の方まで見えない。当麻は意を決して、そのまま路地裏に入り込み、注意深く進んでいく。

 

「おーい! ミサ‥‥‥カ‥‥‥」

 

そして、当麻は見つけてしまう。

 

血の海に沈んだ御坂妹を。

 

「‥‥‥嘘だろ?」

 

つい先程まで腕の中にいる子猫について話していたミサカは、変わり果てた姿で横たわっていた。

 

 

 

 




どうでしたか?

当麻だけすごく長いのですが、お話の都合上、このイベントは絶対に欠かせないので、ご勘弁ください。

できる限り、早いうちに投稿しようとは考えていますが、これからリアルが繁忙期になるので、また長期間時間が空く可能性がございます。

それでも見ていただき、お暇な一時に楽しんでいただければ幸いです。

それでは、また次回。


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第26話:そもそもこうなったのは

ま、間に合った。

どうも、皆様。紫炎です。

今回は文章が長くなったのと、リアルの方でずっと繁忙期だったこと。また、ずっと待っていたゲームにハマっていたことで、遅れてしまいました。

とはいえ、文章量がおそらく過去最多にあったかと。


それでは、どうぞ。


パァンと甲高い音が路地裏に響く。倒れていた少女が少年に銃で撃ったのだ。

 

『‥‥‥改めて問題、一方通行は果たしてナニをやっているのでしょぉかぁ!?』

 

だがゼロ距離で、しかも顔に撃ったのにも関わらず少年は無傷で、余裕な表情で再度少女に対して問題を投げかける。少女は無傷だったことには目もくれず、少年に対して撃ったはずの銃弾が地面を抉っているのを見て、返答する。

 

『反‥‥‥射?』

『残念。そいつも合ってんだけど、俺の本質とは違うんだよね‥‥‥っと?』

 

少女は銃が効かないと分かるな否や即座に銃を少年に投げつける。若干、驚く少年に対して、立て続けに少女は電撃を浴びせる。

 

『あ‥‥‥!?』

 

だが、これも跳ね返されてしまい、逆に自分が食らってしまう。それも、自分が放つより、より正確に自分を貫いて。あまりの衝撃にまたも倒れ伏してしまう。

 

『答えは“向き(ベクトル)”でした! デフォじゃ“反射”に設定してあるけどなぁ!』

 

答え合わせとばかりに自分の能力を教える少年。それを聞きつつ、少女は今一度自分が戦っている相手を再確認する。

 

(運動、熱、電気。あらゆる“向き”を変換する能力者。弾丸や電撃はおろか、たとえ核ミサイルの直撃を受けても傷一つつかない)

 

そう、今までこの少女が戦っていたのは、学園都市最強の超能力者、一方通行(アクセラレータ)なのである。そんな最強に、少女は訳あって戦いを挑んでいた。

 

『ぐぅ!?』

『こいつを使うとさぁ、こんなこともできるんだぜ?』

 

うつ伏せで倒れる少女に対して、一方通行は指先を出血しているところに無遠慮に触る。

 

『俺は今、血に触れている。この血の“向き”を逆流させると人間の体はどうなってしまうのでしょうか?』

 

少年の問いかけに対して、もはやどうすることのできない悟った少女は静かに一方通行の言葉を聞く。

 

『正解者には安らかな眠りを』

 

その瞬間、“今まで幾度となく学習してきた”暗い闇沈んでいく感覚に襲われた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

真っ赤な血が目の前に広がる。その中心に一人の少女だったものが転がっている。

 

「うそだろ‥‥‥?」

 

あまりの光景に頭がふらつく。ほんの少し、本を買いに行っている間にこんなことが起こったのかと、理解が追い付かない。

 

―――子猫を押し付けてやった

 

突然のことに驚きながら、ため息をついていた御坂妹。その時のアイツの口元はなんだか‥‥‥

 

―――笑っているように見えたんだ

 

そう、見えたはずなのに。目の前に広がる御坂妹は今は全く身動きをしない‥‥‥

 

そう、剣心さんに切られ、地面に倒れた直後の縁さんのようだった。

 

「‥‥‥ぐぅ!?」

 

唐突に吐き気がこみ上げてくる。それと同時に今まで無視しようとしていた後悔も一緒に襲い掛かってくる。だが、腕の中に子猫がいることを思い出し、何とか踏みとどまる。

 

(吐くな。御坂妹だぞ、アレは‥‥‥!)

 

縁さんと重なりかけるのを、必死に振り払い、壁に手を置く。同時に壁にまで飛び散っていた血に触れる。

 

(‥‥‥血が乾いていない)

 

血に触れたことで、逆に冷静になった当麻はなぜこんなことになったのかを考える。自分が離れたのはほんの2、3分。そんな時間でこんなになるような事故が起きたとは言い難い。ならば、考えられるのは‥‥‥

 

「能力者か‥‥‥!」

 

そう考えた瞬間、当麻は即座に表通りに走り出す。こんな短時間なら、まだこんなことをした能力者が近くにいる可能性があるからだ。幸い、当麻は能力者に襲われずにそのまま表通りに出られた。そのまま当麻は警備員(アンチスキル)に電話を掛ける。

 

「もしもし!? すぐに来て下さい! 路地裏で人が‥‥‥!」

 

当麻は一瞬、路地裏から誰かが来ていないか確認して、再度言葉を続ける。

 

「人が死んでいます‥‥‥」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「警備員だ。通報者は君かね?」

「はい」

 

通報してからしばらくして、当麻がいた路地裏の手前には規制線が張られ、何事かと野次馬が集まっていた。その中で、当麻は通報者として事情聴取を受けている。

 

「少しで良いから中の様子を説明してくれると助かるんだが」

「‥‥‥女の子が」

 

警備者の質問に当麻は先ほど見た光景を思い出しながら、少しずつ話す。

 

「全身、ズタズタに引き裂かれている感じで‥‥‥凶器とかは分からないです。もしかすると何かの“力”なのかも‥‥‥」

 

話すにつれて改めて御坂妹が死んだことを再認識していくようで、当麻はとても嫌になった。心のどこかで、これは夢で、翌日にはまた元気なアイツに会えるのではないかと思っていたいのである。

 

「‥‥‥その子、俺の知り合いなんです。出会って数日ぐらいしか経ってないけど、昨日も一緒にジュースを運んでもらって‥‥‥それが、何だって、こんなことに‥‥‥!」

「もう良い、落ち着いて。君はできる限りのことはした」

 

だが話していくうちに、これは現実で、御坂妹は死んだのだと再認識していく。そのことに動揺する当麻を警備員の一人が宥める。少しして、当麻がある程度落ち着いたのを見計らって、警備員の一人が当麻に話しかける。

 

「本来なら発見者にも同行してもらうところなのだが‥‥‥どうする?」

「‥‥‥行きます」

 

こんなことになったけど、最後まで見届けたい。そう思い、当麻は同行することにした。警備員も頷き、当麻を守るように展開しながら、現場に向かう。そして、たどり着いた先には、普通の裏路地が広がっていた。

 

「‥‥‥な、なにもない?」

「きみ」

「そ、そこです! そこに、死体が、あったはずなんです!」

 

確かにそこにあったはずで、アイツの死体なんて見間違えるはずなんてない。そこら辺中に血がぶちまけられていて、その中心で、アイツは横たわっていた。必死にそう訴えるが、現状がそんなことなんてなかったかのように、普通の裏路地が広がっているだけである。

 

「おい、いい加減にしないか。我々だって悪ふざけに付き合っているほど暇じゃないんだぞ!?」

「ま、待ってください! ほ、本当にここで人が死んでいたんです!」

 

この状況に当麻がいたずらに自分を呼んだのでは、と思い始めた警備員に咎められるが、当麻としては何が起こっているのか、自分の方がさっぱり分からない。まるで狐に化かされたかのような気持ちだ。そんな当麻の様子を見て、警備員の一人が話を続ける。

 

「分かった。仮に君の見たモノが本当だとして、それは間違いなくこの場所なのかい?」

「それって‥‥‥」

「記憶が混乱して他の場所と勘違いしているということは考えられないか?」

 

勘違いしている‥‥‥まさか。そう思ったのと同時に当麻は走り出した。後ろから警備員の人が止まるように言ってきているのが、聞こえたが、そんなことお構いなしだ。

 

(どうなっている!? クソ!? あれが、アレが幻覚だったっていうのか!?)

 

通路をまっすぐ突っ切り、さらに奥の裏路地に出るが、そこには先ほどと同じ普通の裏路地が広がっているだけだった。その状況を見て、当麻は愕然とする。

 

「ほんとうに‥‥‥何もないのか‥‥‥」

 

一体全体何が起こっているのか、まったく状況が掴めない。いっその事、本当にあれは幻覚で御坂妹は何事もなかったかのように明日、現れるのだろうか。それとも‥‥‥

 

(魔物が入りこんでいる‥‥‥?)

「なあぁぁぁぁ‥‥‥」

「あ、あぁ。ごめんな、怖がらせて」

 

走ったりなんだりして驚いたのか、ずっと腕で抱えていた子猫が鳴く。当麻も子猫の鳴き声でとりあえず一旦落ち着いた。そして、これからどうするべきかと頭を悩ませる。

 

「まず、警備員の人に謝らないといけないよな‥‥‥あと、できれば御坂妹の安否の確認も‥‥‥」

 

これからのことを考え始めた、その時別方向の裏路地から人が現れる。誰だと思い、そちらを見ると、そこには大きな荷物を肩に抱えた御坂妹がいた。

 

「御坂‥‥‥妹‥‥‥」

「申し訳ありません。作業を終えたらそちらへ戻る予定だったのですが、と」

「無事だったのか‥‥‥!」

 

御坂妹が無事だったことが嬉しくて、向こうが喋っているのを遮ってしまう。それが嫌だったのか、御坂妹は黙ってしまう。

 

「あ~悪い。お前にとっては気分の悪い話だけどさ、今の今までお前が危ない目に遭っているんじゃないかと思っていたんだ。けど、良かったよ。なんともないみたいだし」

「‥‥‥あなたの言動には理解しがたい部分がありますが」

 

安心したのか、当麻は矢継ぎ早に御坂妹に話しかけていく。一段落したと判断し、淡々と御坂妹は話し始めるが、予想外の言葉が飛び出す。

 

 

 

「ミサカはきちんと死亡しました、と、ミサカは報告します」

 

 

 

「はっ? いや、ちょっと待て。お前、何を言って‥‥‥」

 

死んだ? いや、お前はそこにいるじゃないかと、言おうとしたが、彼女が抱えている大きな荷物を見て、当麻は言葉が詰まる。そこから見えたのは御坂妹と同じ茶色の髪色。

 

「‥‥‥その寝袋には何が入っている?」

 

嫌な予感がまたも走る。心臓がうるさいぐらいになり始める。その寝袋に入っているものが、自分の想像通りならば‥‥‥そんな当麻に御坂妹は沈黙する。だが、当麻の問いに答えたのは、目の前の御坂妹の後ろから現れた人物だった。

 

「その寝袋に入っているのは妹達ですよ、と、ミサカは答えます」

「なっ!?」

「黒猫を置き去りにした事については謝罪します」

 

その人物に当麻は驚愕する。だって、そこに現れたのは御坂妹と瓜二つだったのだから。あまりの衝撃に当麻は一歩後ずさる。だが、次の瞬間。

 

「ですが、ミサカの都合で動物を巻き込むのは気が引けましたと、弁明します」

 

後ろからも御坂妹と瓜二つの人物が現れた。

 

「“実験場”に入っている時点で関係者かと思いましたが」

 

「どうやら、あなたは完全な部会者のようですね」

 

「詳細は機密事項になっているため、詳しくは話せませんが」

 

「“実験”の残骸の後始末をしていただけです、と、ミサカは補足しておきます」

 

さらに、四方八方から御坂妹が現れて、各々の言葉で説明を続ける。その数は十人以上になっており、当麻は只々困惑するしかなかった。

 

(な、なんだこれ‥‥‥なにが‥‥‥)

「どうやらあなたには無用な心配をかけてしまったようですね」

「警備員に通報したのはあなたですね、と、ミサカは確認します」

「血液なら凝固剤を使えば一分前後で固められると」

「黒猫は大丈夫ですか」

「アドレナリンの分泌を確認」

「ミサカは」

「事件性はありません、と、補足し」

 

 

 

「ここにいるミサカは、全て“ミサカ”です」

 

 

 

「現在あなたは極度のストレス状態にあると、ミサカは判断します」

 

何十人もの御坂妹に、当麻はただ立ちすくむしかなく、そんな状態を一人の御坂妹が冷静に当麻の状態を判断する。訳が分からず、困惑するかない当麻だったが、それでも何とか意識を保って、寝袋を持っているミサカを見る。

 

「心配なさらずとも今日まで接してきたミサカは検体番号10032号‥‥‥つまり、このミサカです」

「“ミサカ”は電気を操る能力を応用し、互いの脳波リンクをさせています。他のミサカは10032号の記憶を共有しているにすぎません」

 

それを知って、今日まで接してきた御坂妹が生きていたことに喜べばいいのか、理解が追い付かないこの状況に困惑すればいいのか、意味が分からなくなる。とにかく、この状況に対して答えが欲しい、そう思い当麻は尋ねる。

 

「‥‥‥お前は、“誰なんだ”!」

「学園都市に七人しか存在しない超能力者。お姉さま(オリジナル)の量産軍用モデルとして作られた複製人間(レプリカ)、妹達(シスターズ)ですよ」

 

告げられた事実に当麻はさらに困惑した。話の内容が、事実が大きすぎる。藪をつついて蛇が出たどころではない。もっと大きな何かが目の前に現れてしまい、当麻は打ちのめされてしまった。妹達は、話すことは終わったと一人、また一人と裏路地に奥に消えていく。

 

「本実験にあなたを巻き込んでしまった事には重ねて謝罪しましょうと、ミサカは頭を下げます」

「ま、待て‥‥‥!」

「何でしょう?」

 

去って行く妹達を止めようとするが、また十人近くいる妹達に一斉に見られてしまい、当麻は怯んでしまう。妹達は少し待って、何も話そうとしない当麻にもう用がないとばかりに去って行った。当麻は、結局何もできなかったことと、立て続けに起こった出来事につかれてしまい、壁に寄りかかり、そのまま立ち尽くしていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時間はいつの間にか夜になっており、当麻は黒猫を抱えながらバスに揺られていた。あの後、とにかく心を整理したくて、そのまま帰路についた。ちなみに、歩くことすら億劫になり、バスを利用している。

 

(クローン‥‥‥あいつがビリビリの)

 

妹達の話が本当なら、アイツらはビリビリ中学生こと御坂美琴のクローンで、そいつらが大量に作られているということだ。

 

(でも、何のために?)

 

あの時は只々困惑したが、考えてみれば何のために妹達を作ったのか。確かにアイツと同じような電気を操る能力の持ち主がたくさんいれば、すごいと思うが。

 

(軍用量産モデル‥‥‥魔物と戦うため?)

 

それなら納得できそうだが、どう見てもそんな風には見えない。そもそも、それなら学園都市にはいない。ならば、他に目的があるのか。

 

(実験って言っていたけど‥‥‥ダメだ、全然思いつかない)

 

これが雄二や、土御門、承太郎ならもっと他の考えが出たのかもしれないが、当麻にはこれ以上何も思いつかなかった。

 

(結局、肝心な所で俺はダメだな‥‥‥)

 

当麻は自身の右手を見る。この手には幻想殺しが宿っており、この世の理不尽と言える力を打ち消せる。だが、それだけだ。それだけしかできず、結局は意志の強さで覆すしかない。

 

「でも、それを成すには力が必要で‥‥‥」

 

堂々巡りだ。結局のところ、俺はアイツらに何がしたいのか、分からない。そんな不安を感じたのか、黒猫が鳴き声を上げて、俺の方を心配そうに見つめてくる。

 

「‥‥‥悪いな。結局、アイツの元に返せなくて」

 

黒猫のあやす様に頭を撫でる。それを受けて、黒猫は気持ちよさそうにする。案外、癒されるものだなと、当麻は思う。

 

(そういえば、アイツ‥‥‥)

 

ふと、当麻は御坂美琴のことを思い出す。御坂妹と初めて会ったとき、アイツは明らかにアイツのことを知っている風だった。その後も、妹と会ったことを言ったら、こちらに詰め寄ろうとしてきた。

 

(それにシスターズの話では‥‥‥)

 

お姉さま‥‥‥ようは御坂美琴のクローンと言っていた。それはアイツの協力が必要なわけで‥‥‥。

 

「アイツは‥‥‥最初っから知っていた?」

 

いや、アイツの性格上、こんなクローン計画に協力するなんてありえない。それなら、気づかれない内にアイツのDNAを採取して計画を実行しているということの方が現実的だ。だが、それでは御坂美琴の妹に対する態度に納得がいかない。

 

『次は常盤台中学生寮前、常盤台中学生寮前』

 

その時、丁度御坂美琴が通う学校の寮前に到着した。当麻は一瞬迷ったが、意を決して黒猫を抱えてバスを降りる。建物の前で少し悩んだが、再び寮の入り口に進む。郵便受けを見て、アイツの自室番号を確認する。

 

(208号室‥‥‥)

 

確認した後、そのまま当麻はインターホンにその番号を入れて、呼び出しを押そうとする。

 

(‥‥‥会って、どうする)

 

呼び出そうとしたが、嫌な考えが頭をよぎってしまい、止まってしまう。御坂妹は『実験』と言っていた。自分たちは御坂美琴から作られたクローンとも。状況から考えて、御坂美琴は『実験』に素材を提供した“協力者”という事になる。

 

「協力‥‥‥人一人殺す実験に協力‥‥‥」

 

アイツは全部知った上で協力していたのか?

それがどういうことかを知った上で?

 

あの活発で、いつも勝気な笑顔の裏で、誰かが死んでいるのを、自分が協力したせいで犠牲になっている人がいることを理解して。

 

(もし、全部承知の上であるのなら‥‥‥)

 

何を話せばいいのだ。未だに大事な人の死を引きずっている俺なんかが。

 

「みゃ~」

 

考えが纏まらなくなり始めた時、腕に抱えていた黒猫に声を掛けられて我に返る。当麻は一呼吸を入れて、インターホンを鳴らした。

 

『―――はい?』

「‥‥‥上条だけど、御坂か?」

『はぁ? カミジョーさんですの?』

「あ、やべ‥‥‥部屋を間違えたか?」

 

思っていた返事とは違い、さらに自分のことを知らない人物ということに当麻は焦ってしまう。

 

『いえいえ。お姉さまでしたらすぐにお戻りになられるかと。御用がおありでしたら、中に入って待つことをお勧めしますわ』

 

それと同時に寮の入り口が開く。当麻は若干戸惑いながらも寮の中に入る。中はドラマにでも出てきそうな洋館のロビーみたいな場所で、埃一つもないような広間が広がっていた。当麻は自分が住んでいるマンションと比べて、レベルが違うことに圧巻しながらも、208号室を探した。程なく部屋を見つけて、ノックする。

 

「どうぞ。鍵はかかっておりませんので、お入りになって」

 

なにか聞き覚えのある声に言われ、部屋に入る。

 

「あら?」

 

部屋にはベッドに座っていた一人の少女がいたが、当麻は彼女のことをすぐに思い出す。

 

「お前、先日の! えっと、確か‥‥‥しろくろ‥‥‥」

「白井黒子ですわ、殿方さん。わたくし、お姉さまとは相部屋ですの」

 

そう、白井黒子。2千円札が自動販売機にくわれた日に出会った、テレポートの少女であり、御坂美琴をお姉さまと言って、慕っていた少女である。まさか、相部屋だったとは‥‥‥と驚く当麻だが、白井の方は明らかに敵意丸出しで立ち上がり、当麻に詰め寄ってくる。

 

「やってくれますわね!? お姉さまをつけ回すにあきたらず‥‥‥部屋にまで押しかけてくるなんて!!」

「お、押しかけ!? 違うって! そんなんじゃねぇよ!?」

「あぁ~!? わたくしとしたことが大失態ですわ! こんな馬の骨をわたくしとお姉様の愛の巣に招き入れてしまうなんて!?」

 

そう言って、白井はベッドに倒れこみ、枕を抱えて身をよじる。当麻は誤解を受けつつも、訂正するのも面倒なので、御坂のことを尋ねる。

 

「御坂は? いつ帰ってくるんだ?」

「‥‥‥そんなところに突っ立ってないで、腰掛けたらどうですの? 隣のベッドが空いてますわよ」

「いいのか? 勝手に」

「ご心配なく。そちらはわたくしのベッドですので‥‥‥当然ですが、こちらのベッドは! お姉さまのベッドだけは譲れませんわよ!!」

「そ、そうですか‥‥‥」

 

何やら別の意味で興奮し始めた白井に、あまり、それについては聞かないでおこうと当麻は思い、当麻はもう一つのベッドに腰掛けた。

 

「‥‥‥それで、あなたはお姉様と頻繁に諍いを起こしている殿方でよろしいんですの?」

「あぁ~‥‥‥まぁ、多分そうだな」

 

白井が落ち着くのを待っていると、相手の方から話を振られ、当麻も適当に返事をする。最初こそはアイツの過剰防衛を咎めるためだったが、今は向こうの方から突っかかってくるので、むしろこちらは被害者の方なのだが。

 

「曖昧な返事ですこと‥‥‥まぁ、噂の“あの馬鹿”さんとは、一度じっくりお話ししたいと思っていましたの」

「(馬鹿‥‥‥)あいつ、そんなことを言っていたのか」

「えぇ、それはもう、楽しそうに!」

 

若干呆れ気味に白井は話を続ける。その言葉にはなにやら大層な実感が籠っており、そうとう話をしていたのだろうと思えるほどだった。当麻としても楽しそうと言われても、楽し気にしているのはあまり見ないし、むしろこちらをからかったり、怒っていたりする方が多い。

 

「まったく‥‥‥こんなのを支えにしなくても、お姉様の力になりたい人はここにいますのに」

「いや、アイツは俺を目の敵にしているだけだって」

「チッ、不粋ですわね。お猿さんにも理解できるように言いますわよ!?」

 

そうして、白井は一呼吸を置く。その間に黒猫が腕から飛び出し、白井の揺れるツインテールの髪に片方に寄って来る。白井は若干それに戸惑いながらも、話を続ける。

 

「超電磁砲(レールガン) 御坂美琴お姉様は学園都市第3位にして常盤台のエース。選ばれた存在であるお姉様は人の輪の中心に立てても、輪の中に混ざることはできない。そんなお姉様にとって」

 

ここで白井は一呼吸おいて、さらに話を続ける

 

「自分を対等に見てくれる存在‥‥‥とまぁ、こんな所だと思いますわよ」

 

若干悔しそうに白井は話す。そんな話を受けて、当麻はなおのこと戸惑う。

 

(自販機に蹴りを入れる“ふざけたお嬢様”)

 

あの日、いつも通りにやっている風で、2千円札が飲まれたことで大爆笑していたお嬢様。

 

(異常な『実験』の“協力者”)

 

今日、路地裏で現れた御坂妹達を使っての非人道的な実験。

 

(どっちが本当の御坂美琴なんだ‥‥‥!?)

 

おそらく、誰よりも身近にいるであろう白井の話を聞いて、当麻はますます困惑してしまう。そうこう考え込んでしまっていると、廊下の方から足跡が聞こえてきた。

 

「まっずい、寮監の抜き打ち巡回のようですわね!」

「えっ?」

「見つかると大変なことになりますわ! 本来だったら、男子禁制ですのよ!」

「はぁ!? ど、どうすりゃいいんだよ!?」

「その辺に隠れてくだいさいの!」

「か、隠れるったって、どこに‥‥‥!」

「あぁ、もう! 面倒ですの!」

 

白井はベッドから即座に立ち上がり、当麻の右手を掴む。そして、一瞬静寂に包まれるが、白井は自身の超能力が発動しないことに困惑する。

 

「‥‥‥あら? あなた、どうしてわたくしの力が働かないんですの?」

「あ、あぁ。それは俺の幻想殺しでっでぇ!?」

 

当麻は能力を説明しようとするが、部屋をノックする音がして、白井は咄嗟に当麻をベッドの方に蹴り飛ばす。

 

「なにすんだよ」

「いいから、大人しくベッドの下にでも潜り込んでろっですの!」

 

そう言われて、当麻は咄嗟にベッドの下に身を隠し、白井は部屋のドアに向かう。程なくして、部屋のドアが開き、寮監が現れる。

 

「白井、夕食の時間だ。食堂へ集合せよ」

「はぁーい、ですの」

「‥‥‥御坂は?」

 

ドアの方から話声が聞こえてくるが、当麻は見つかりませんようにと願いながら、ベッドの下で息をひそめる。しかし、一緒に連れてきていた黒猫は暇なのか、当麻の頭を登ろうとする。

 

「イデッ、いででで。つ、爪を立てるな‥‥‥うん?」

 

黒猫のせいで気が逸れたからか、当麻はベッドの下に他にも何かあると気づく。気になって、そちらを見ると、そこには大きなクマのぬいぐるみがあった。

 

「何だ、ぬいぐるみか‥‥‥あれ?」

 

ぬいぐるみかと安心したが、そのぬいぐるみの首の方に何やら資料がはみ出ていることに気が付く。気になって引っこ抜いてみると、そこには衝撃的な文字が書かれていた。

 

『量産異能者「妹達」の運用‥‥‥超能力者「一方通行」‥‥‥』

 

息をのむ。目の前にアイツらが言っていた実験の内容が書かれたものが現れたのだから。程なくして、白井も寮監も部屋を出ていき、部屋には当麻と黒猫の一人と一匹になる。当麻はベッドから這い出て、一緒に取り出した資料を読む。

 

『量産異能者(レディオノイズ)「妹達」の運用における超能力者「一方通行」の絶対能力(レベル6)への進化法』

「レベル‥‥‥6‥‥‥?」

 

一体なんのことだと思い、当麻は読み続ける。おそらく、ここに求めている答えがあると思って。

 

『学園都市には7人の超能力者が存在する。しかし、「樹形図の設計者」を用いて予測演算した結果、まだ見ぬ絶対能力へ到達できる者は一名のみという事が判明した。

 

唯一、絶対能力に辿りつける者を“一方通行”と呼ぶ』

 

「一方通行‥‥‥」

 

聞いたことがある‥‥‥というよりも学園都市に住む者なら、だれでも知っている。一方通行‥‥‥学園都市最強の超能力者。

 

『しかしながら、通常の時間割りの元では絶対能力への進化には250年の経過を必要とする。そこで我々は実践を用いた特殊時間割りを組み込むことで能力の成長を促すことにした。

 

すなわち、特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進めることで「実戦における成長」の方向性をこちらで操るというものだ』

 

「実戦における成長‥‥‥」

 

その言葉には納得がいくものがある。今までの超能力者とのゴタゴタでもそうだし、直近では明久が戦闘中に魔法に目覚めるということもあった。もし、それを操れるのだとしたら、それはとてもすごいことだ。だが、次の文章に当麻は衝撃が走る。

 

『「樹形図の設計者」による演算結果では、128種類の戦場を用意し、“超電磁砲(レールガン)”を128回殺害することで、“一方通行”は絶対能力へと進化する。

 

当然ながらレベル5である超電磁砲を128人も用意できない。我々は同時期に進められていた超能力者量産計画「妹達」に着目した。

 

超電磁砲の毛髪から摘出した体細胞も用いて、フォミクリーによる複製に成功。言語・運動・倫理など基本的な脳内情報は洗脳装置を用いて強制入力。結果、およそ14日で超電磁砲と同様、14歳の肉体を持った複製人間(レプリカ)が出来上がる。

 

多少の劣化は認められ、実力はレベル3程度。これを用いて「樹形図の設計者」に再演算させた結果、

 

2万通りの戦場を用意し、2万人の妹達を殺害することでレベル6への進化への結果が得られることが判明した』

 

「―――っざけな。ふざけんな! ちくしょう!」

 

あまりの内容に当麻は資料を地面に叩きつけて叫ぶ。この内容通りなら、これまで妹達は誰かが描いたシナリオ通りに死んでいったということになる。つまり、今日のあの時も‥‥‥。

 

(こんな資料を隠し持っていたってことは、つまりアイツは‥‥‥)

 

これは関係者向けの内部資料だ。これを持っていて知らないはずがない。つまり、アイツもあの実験に協力していたということだ。それは‥‥‥アイツが‥‥‥。

 

「‥‥‥あれ? 何だ、この資料は」

 

驚愕の事実に落胆していたら、実験の資料の他に地図があることに気が付いた。なんの地図だと思い、地図を開く。

 

『金崎大学付属・筋ジストロフィー研究センター』

 

この施設のところに×マークが記されていた。

 

「筋ジストロフィー‥‥‥?」

 

そういえば、この言葉、最近聞いたことがある。確かあれは‥‥‥そう、飛行船の時だ。アイツが樹形図の設計者が嫌いだって言っていて‥‥‥。

 

『筋ジストロフィー関連の研究施設は相次いで撤退を表明しており‥‥‥』

 

(まさか‥‥‥!)

 

当麻はもしやと思い、資料と黒猫を持って、寮を飛び出した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「はぁ、はぁ‥‥‥どこだ。どこにいる、御坂‥‥‥!」

 

寮を飛び出した当麻は当てもなく夜の学園都市を走り回っていた。あの資料と地図を見て、当麻はどうしても御坂に問い質さなくてはならないと思った。

 

(どっちなんだ‥‥‥! アイツは‥‥‥!)

 

実験の協力者なら何が何でも止めてやる。でも、それ以外なら‥‥‥そう思った瞬間、当麻の足が唐突に止まる。黒猫は急に止まってしまった当麻を仰ぎ見る。

 

「それ以外なら‥‥‥なんだよ」

 

それ以外なら、アイツに俺は何をしてやれるのだ。未だに自分のことすらままならないような自分に何ができる。ここにきて、当麻は未だに自分が悩みにとらわれていることが、重くのしかかってきた。

 

「俺は‥‥‥」

 

自分の悩みを抱えている奴が、相手を助けることができるのか。また、力が足りずに、何も救えないで終わるのではないのか。考えがグルグルとまわり始める。こんなことをしている間にも妹達は死んでいっているのに。

 

「くそっ! 動かないと。それでも、動かないと‥‥‥!」

「当麻? 何やっているの?」

 

どんどん足が重くなり、終いには動かなくなってしまったところで、背後から誰かが声を掛けてくる。誰だと思い、振り向くと、そこにはオニギリを立ち食いしている明久がいた。明久は怪訝そうにこちらを見る。

 

「なんか、動かないとって連呼しているけど‥‥‥なんかあったの?」

「‥‥‥してだよ」

「はい?」

「どうしてなんだよ、お前は!?」

「はぁ?」

 

突然現れた明久に、とうとう当麻は悩みが爆発してしまう。明久も急に声を上げられて、戸惑ってしまう。

 

「お前はどうして、そう簡単に立ち直っているんだよ!? お前はあの時、なにも感じなかったのかよ!?」

「はぁ? 何急に?」

「俺は! ずっと、ずっと考えていたんだ! あの時のことを、何かできなかったのかって‥‥‥!」

 

自分だけ、さっさと立ち直って、前を向いて歩きだしやがって‥‥‥俺はまだ悩んでいるのに。いや、もう悩む時間なんてないのに!

 

「自分一人だけさっさと進みやがって! どうしたら、そんな風になれるんだよ!?」

「‥‥‥」

「俺は、そんな風になれないのに‥‥‥! どうして!」

「てい」

 

ビシッ!

 

「あいて!?

「これで少しは頭が冷えた? バカ?」

 

当麻が叫び続けていると、突如明久が当麻にデコピンを食らわせた。急な一発に当麻は何も出来ず、ただ痛みで額を抑える。

 

「なんか足踏みしていると思ったら、いきなり叫んで‥‥‥しかも急に罵倒してくるとはね」

「わ、悪かった‥‥‥」

「そもそも、お前は“そんな風”っていうけどさぁ‥‥‥」

 

急に声を上げて、罵倒された明久は当然若干怒り気味に当麻に話始める。

 

 

 

 

「僕が“そんな風”になったのは、当麻、君のせいなんだからね」

 




いかがだったでしょうか?

ここら辺の場面は手を抜くわけにはいかないため、長くなりましたが、まだまだ彼の話は続きます。

次はこの小説の明久がこうなったのか、ということと御坂美琴の話です。

では、皆様。よいお年を。


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第27話:吉井明久と御坂美琴の根源

まずは謝罪を。

連作のくせにメチャクチャ投稿期間が空いてしまったことにお詫びいたします。
プライベートがどうしても忙しくて‥‥‥まぁ、主に仕事なんですがね。

それに本話の投稿にあたり、他の小説にも矛盾が生じていることに気付き、勝手ながら修正を入れていただきました。

一応は整合性は大丈夫だと思いますが、何か違和感を感じたら、適宜修正する可能性はあります。ただ、ストーリーのメインチャートが変更されているわけではないので、ご安心ください

それでは、どうぞ。


「お、おれのせい?」

「そう、君のせい」

 

取り乱していた当麻を落ち着かせた明久は、当麻が言っていた今の在り方は当麻のせいだと言う。全く心当たりのない当麻には何のことだか分からず、只々困惑するばかりである。そんな当麻の困惑など知ったことではないとばかりに明久は話し始める。

 

「その様子だと心当たりはないようだね」

「あ、あぁ。ていうか、今はそうじゃなくてだな‥‥‥」

「あぁん?」

「ハイ、ダマッテキカセテイタダキマス」

 

明久を諫めようとしたが、聞き耳持たずとばかりに威圧され、当麻は黙り込む。明久はそのまま話を続ける。

 

「昔っから自覚しないままだよね、そこんところは」

「えっと、それはどういう‥‥‥」

「当麻は僕のこと、完全に折り合いつけて前に進んでいるって思っているでしょ?」

「あ、あぁ。だから、ソレの使いこなそうともしているし、悩んでいる風にも見えなかったし‥‥‥」

「そんなわけないでしょ。むしろ、僕はまだ全然折り合いついてないよ」

「えっ?」

 

まさかの言葉に当麻は戸惑う。てっきり、俺たちの中で一番に折り合いをつけて、前に進んでいるとばかり思っていた。だが、そんな明久からは思いもよらない言葉が飛び出す。

 

「むしろ、当麻の方がすでに折り合いつけて前に進んでいるとばかり思っていたよ。昔っからそんな感じだったし」

「昔っからって‥‥‥そんなに俺はどんどん前に進んでいるように見えていたのか?」

「というより、それしか見てなかったと思うけど?」

 

ため息を吐きながら明久は昔を思い出しながら、話し続ける。

 

「小学3年の頃だったかな? 山に遠足に行ったとき、僕ははしゃぎすぎて道を踏み外したのは覚えている?」

「‥‥‥あぁ、覚えている」

 

昔を懐かしむかのように当麻は少し、間をおいて思い出す。

 

当麻と明久の出会い‥‥‥正確には、当麻と明久、まどかにさやかと4人の出会いである。当時、二人は同じ小学生で、同じクラスメイトだった。その学校で行事があり、遠足に行くことになったのだが、そこで明久ははしゃぎ過ぎて道を踏み外してしまった。

 

「崖に一直線だったところを当麻が飛び込んできて、僕を抱えて一緒に落ちた」

「あの時は無我夢中だったからな‥‥‥それしか思いつかなかったし」

「あの時からは当麻は僕にとってヒーローになったんだよ」

 

ヒーローと聞いて当麻は若干照れるが、明らかに褒めているようには見えない明久の表情に当麻は再度気を引き締める。

 

「誰かが困っていたり、悲しんでいたりすれば、すぐに駆けつけて解決していく。漫画やアニメで出てくるヒーローそのものだった」

「そう言ってくれるのは、ありがたいけどよ‥‥‥」

「それが小学5年生になって、ふと思ったんだ。どうして当麻はそこまで頑張るのかなってね」

「それは‥‥‥」

「そんなことを考えながら、当麻の活躍を見ていた時のこと。当麻は6年生の、しかも当初喧嘩が強いって有名な先輩と喧嘩になっていたのを覚えている?」

「あぁ、もちろんだ」

 

当時のことを思い出す様に当麻は目を閉じる。あれは偶然通りかかったときのことで、さやかとまどかを強引に遊びに誘おうとしてたのを見かねて、その先輩に食って掛かったことだ。その先輩がやたら強くて、梃子摺っていた所を‥‥‥。

 

「喧嘩しているところにお前が乱入してきたんだよな」

「そうだよ。あの時こそが当麻が僕の人生をさらに捻じ曲げた瞬間だよ」

「いや、人生を捻じ曲げたって‥‥‥」

「僕はね、その時も心配になりながらも、当麻が必ず勝つって信じていたんだよ。でも、そんな時、一緒にさやかとまどかがね」

 

そこで一息入れて、明久は続ける。

 

「誰よりも辛い表情をして喧嘩を見守っていたんだ」

 

「だから、僕は喧嘩にも介入したし、その後当麻にも一言二言言ってやったんだよ」

「あぁ、覚えている。『お前! この‥‥‥馬鹿野郎!』だったな」

 

その当時は何を言っているのか分からなかったし、只々怒鳴っているぐらいにしか聞こえなかったが、俺のために怒っていることは分かった。

 

「あの時からよくわかったよ。当麻は放っておいたら、いつか死んでしまうってね」

「そういえば、あの時から俺の喧嘩によくお前が介入するようになったよな」

「さらに言えば、さやかとまどかからも色々相談されたよ。当麻の突撃癖と思い込みについてね」

 

嫌味ったらしく言われ、耳が痛てぇと当麻は頭を掻く。確かに明久に言われた通り、俺は何かあれば、お節介と言われようともそこに首を突っ込み、解決するまで動く。だが、それは正義感とか、そういうものではなく‥‥‥。

 

「俺の周囲で起こる不幸は、俺の不幸に巻き込まれた結果なんだ。だから、俺は俺自身の手でその不幸を、辛い幻想をぶち壊す」

 

どういうわけか、当麻の周りでは不幸な出来事がよく起こり、その不幸は当麻自身も身をもって知っている。そのせいで当麻は一時期疫病神扱いされていたことがあった。そのことから当麻は自分で解決することで、周りの評価を変えようとした。

 

「ほら、これだよ。いくら言っても矯正できない当麻の悪いところ」

「実際、その通りなんだよ。だから俺は‥‥‥」

 

あの人も、本当は俺が現れたから死ぬ羽目になったのでは‥‥‥と言おうとしたところで、明久がいきなり顔を真正面に近づけてくる。

 

「だから僕は何度だって言ってやるよ。『その不幸を僕がぶっ飛ばしてやる』ってね」

「あっ‥‥‥」

「当麻の周囲で起こる不幸は、君のせいばかりじゃないのに、君は全部背負おうとする。そして、それを心配する人がいる。でも、君は止まらない。なら、せめて君の不幸を僕がぶっ飛ばしてやる。そう決めたって言ったでしょ?」

 

だから、いつまでも自分一人で悩まずに話してよ、と明久は言い終わる。あの時から明久は俺の隣に立って、俺が無茶するたびに同じように無茶をするようになったのだ。そう考えれば、俺がこいつをこんな風にしたと言える。

 

「まぁ‥‥‥わかった。今のお前になったのは、俺の影響だな」

「で、何をそんなに悩んでいるの? と言っても、おおよそ想像はつくけど」

「まぁ、想像通りだよ。情けねぇよな‥‥‥」

「情けなくはないよ。僕だって乗り越えたわけじゃないし」

 

いや、そんな風には見えないと言おうとしたが、明久は続けて話し続ける。

 

「それより、当麻の方はどうしたの?」

「まぁ、何だ。相手に尋ねるのが怖いってだけだ」

「怖い? 何が?」

「俺の知っているアイツの素顔が分からなくなって怖いんだよ」

 

落ち着いて考えてみたら、結局はそういうことだ。俺の知っている御坂美琴なら、クローン計画に加担するなんてしない。だが、本当の御坂美琴は計画を知っていてかつ、それに協力しているのなら‥‥‥。

 

「今まで信じていたアイツの素顔を嘘とは思いたくないんだよ」

「‥‥‥それって、本人から聞いたの?」

「いや、まだだけど‥‥‥」

「じゃあ、聞きに行きなよ。それから考えればいいんだし」

「聞きに行けって、お前。簡単に言うけどなぁ‥‥‥」

「簡単だよ。当麻が知っているその人そのままならそれでいいし、もし間違っているのなら‥‥‥」

 

そこで一息ついて、明久はこぶしを俺の前に勢いよく突き出す。

 

「その幻想をぶち壊せばいいでしょ?」

「‥‥‥ははっ。そうだな、その通りだな」

 

そうだった、何を悩んでいたんだ俺は。俺の右手は超能力とか魔法を打ち消すためなんかじゃない。俺の右手は、俺の思いは‥‥‥。

 

「あぁ、そんな幻想、俺がぶち壊してやる」

「うん、その意気だよ」

 

出てきた問題が大きすぎて、俺は自分がやりたいことを見失っていた。だが、単純なことだったのだ。アイツが間違っているのなら、それを正してやればいいのだ。俺はグッと右手に力を込める。

 

「ありがとな。おかげで目が覚めたよ」

「どうも致しまして。とりあえず、その人に会いに行きなよ」

 

途中だったんでしょ、っと明久は道を譲る。その先にはいつの間にか俺から離れていた子猫が俺を待っていた。

 

「あぁ、行ってくる!」

「気を付けてね、怪我して帰ってきたら、さやかが怖いよ?」

「その時はお前も説明してくれよな!」

 

そして、俺は夜の街を子猫と一緒に走り出した。確かな一歩を踏みしめるように。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

夜も更けてきて、周囲に人がいなくなり、車もあまり走らなくなってきた夜の鉄橋。そこには一人の少女が橋から川をぼんやりと眺めていた。

 

―――困っている人がいるなら助けたいと思った。

 

小さいころ、私の能力は弱いが、さらなる成長が見込まれており、そのことから研究施設に通うことが多かった私は、ある病気を知った。

 

―――筋ジストロフィー症。全身の筋肉が少しずつ弱くなっていく病

 

私が通う研究施設ではその病にかかった子供たちがいて、必死にリハビリを繰り返していた。だが、その施設の研究員が言うには、治療法が見つかっておらず、長くは生きられないという。

 

―――助けてみたくはないかね?

 

私の能力を応用すれば、生体電気に干渉することが可能になり、治療法が見つかるかもしれない。その話を聞いて、私は喜んで協力した。

 

―――苦しんでいる人達に、希望の光を与えることが出来るのなら

 

「‥‥‥どうして、こんな事になったのかな」

 

結果が、今の事態。大人たちにとって都合のいいレプリカが量産されて、そして消費されていく。そして、本来望んでいた出来事は全く見向きもされず、消えていく。

 

「なんで‥‥‥」

 

『アンタ、自分が殺されるための実験を手伝うなんて、何考えているのよ!?』

『ミサカは実験動物として造られました。与えられたスケジュールは実行しなければなりません。と、ミサカは返答します』

 

あの子はそう言って、そのまま実験場所に向かう。その後は‥‥‥

 

「ッツ!?」

 

鮮血が舞い、なんてことのない死体が転がる。さっきまで、生きていた子が。

 

―――私が殺した

 

私が不用意にDNAマップを提供したせいで、あの子達は消費されるために生まれて、殺されるために死ぬのだ。何の意味もなく‥‥‥挙句、

 

『お姉さま、お姉さま、仔猫が‥‥‥』

『やめて‥‥‥やめてよ‥‥‥』

 

私と仲良くなろうとした一人の子を。

 

『その声で、その姿で、私の前に現れないで‥‥‥ッ!』

『‥‥‥はい、失礼しました』

 

私は拒絶した。私の罪を目の前で押し付けられている罪悪感に耐えかねて。私の都合で。

 

「‥‥‥どうすればいいの?」

 

逆転の切り札はもう、ない。一応、最後の、本当に最後の一手だけならある。だが、これも確立の低すぎる博打だ。なにより、これを実行したら‥‥‥

 

「‥‥‥て」

 

今更、そんな資格もないのに、体が心の底から震える。嫌だと、震える。でも、もうこれしか手はない。もはや、選択しないなんて許されない。

 

「助けて‥‥‥」

 

誰か、助けて。この悪夢を終わらせて。

 

―――ミャア

 

ふと、何か声が聞こえて、そちらを向くと、そこには黒い仔猫がいた。

 

(ネコ‥‥‥?)

 

何でここにネコが? そう思った子猫の後ろに人影が見える。

 

そこにはこの世で一番会いたいのに、会いたくなかった人がいた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

仔猫の進む先に合わせて走り回っていたら、探していたアイツが、御坂美琴がいた。一瞬躊躇するが、覚悟を決めて話しかける。

 

「何やってんだよ、おまえ」

 

一瞬だけ、唖然とした表情だったが、すぐにいつも生意気な表情に戻る。

 

「‥‥‥な、何よ。何していようが私の勝手でしょ。夜遊び程度でアンタにとやかく言われる筋合いは」

「やめろよ」

「やめるって何を? 今更夜歩きぐらい‥‥‥」

 

最初こそ取り繕うような感じだったが、いつもの感じに戻ってしまう。こいつは絶対に自分から話そうとはしない。俺は確信して、あの資料を取り出す。

 

「これ、知っているよな?」

「‥‥‥ッ!?」

「御坂妹の事も『妹達』の事も実験の事も『一方通行』の事も知っているから。だから互いに無駄なことは省こうぜ」

 

さて、どう出る。返答によっては‥‥‥俺は身構える。ことによっては、このままコイツと戦いになる可能性がある。今までのようなじゃれ合いなんかじゃない、本気の戦闘になる。

 

「‥‥‥あーあ。アンタ、何者よ。ついこの間、私のレプリカにあったばかりでもうそこまで辿りつくなんて‥‥‥探偵にでもなれるわよ?」

 

そういって、アイツは橋の手すりに寄りかかる。その様子は犯行を暴かれて観念した犯人のような雰囲気だ。

 

「でもそれを持っているって事は私の部屋に勝手に上がり込んだのよね」

 

何もかも最初から知っていて、反省なんて微塵も感じさせない口調。

 

「あげく、ぬいぐるみの中まで探すなんて‥‥‥死刑よ、死刑」

 

この様子だけ聞いていれば、こいつが間違ったことをした悪い奴だ。

 

「で、結局アンタは私が心配だと思ったの? それとも許せない?」

 

だが、最後のこの言葉で確信した。だから、もう迷わない。

 

「心配したに決まっているだろ」

 

コイツは利用されたんだ。そして、自分なりにミサカ達を助けようとしたんだ。俺の言葉が予想外だったのか、一瞬呆然としたが急いで取り繕うとする。

 

「‥‥‥ぁ‥‥‥まっ、ウソでもそう言ってくれる人がいるだけで、マシってとこかし‥‥‥ら‥‥‥」

「ウソじゃねぇ」

「な‥‥‥に‥‥‥?」

「ウソじゃねぇって言ってんだろう!」

 

でも、自分でもどうしようもないところまで来てしまって、せめて誰かに責めてもらいたかった。だから、あんなことを聞いてきたのだ。御坂は先ほどまでの様子が崩れてしまい、そのまま手で顔を隠して、黙り込む。しばらくして、また話し始めた。

 

「‥‥‥あの子たち、ね。平気な顔で自分たちのことを『実験動物』って言うのよ。『実験動物』、ラットやモルモット。研究のために体中弄られて、用済みになったら焼却炉へ」

「‥‥‥」

「あの子達はね、『実験動物』っていうのがどんなものか正しく理解している。分かっていながら自分たちの事を『実験動物』って呼んでいるのよ」

 

それは‥‥‥確かに俺にも覚えがある。あの実験場で会った際に、自分たちのことを複製人間と、そう言っていた。それを淡々と、それこそ人間が人間です、というかのように。

 

「そんな状況を生んだ原因は私」

 

まるで自分の罪を告発する罪人のように御坂は話す。そして、アイツは手すりから離れて歩き始める。

 

「だから、あの子達は私の手で助け出さなきゃいけないの」

「どこに行く気だ?」

「今夜も実験が行われる。その前に私の打てる手で『一方通行』と決着をつけてくるわ」

 

そうしてその場を離れようとする御坂を俺は手で止める。

 

「‥‥‥? 何よ?」

「勝てるのか?」

「‥‥‥ッ」

「この資料には185手でお前が死ぬっていう『樹形図の設計者』の予測演算が書かれている。それを踏まえて、本当に『一方通行』ってヤツに勝つつもりで行くのか?」

 

おそらく、こいつには勝算はない。ここを離れようとした御坂は、まるで死を覚悟した罪人のようだった。これで、全てが終わる‥‥‥という諦めにも似た雰囲気だった。そして、それは思った通りだった。

 

「‥‥‥そうね、残念だけど私じゃ逆立ちしてもアイツには歯が立たない。だけど‥‥‥私にそれだけの価値がなかったら?」

「価値?」

「そう。最初の一手で私が負けて185手で私が死ぬっていう予言を覆したら?」

 

それは樹形図の設計者の予測演算ミスとなり、一方通行のレベル6進化への再計算が必要となる。だが、それをさせるには‥‥‥

 

「おまえ‥‥‥死ぬ気なのか?」

 

コイツの、御坂美琴の一撃負けが必要になる。そして、実験の性質上、ほぼ確実に死ぬ。御坂は俺からの問いかけには答えず、頭を掻く。

 

「そんな事で計画が止まると思っているのか?」

「えぇ。あの計画は私には当て馬になる程度の力はある事を前提にしている。なら私が一手で敗北して、地を這って、尻を振って無様に逃げ転がる事しかできなかったら‥‥‥研究者たちはきっとこう思う。『樹形図の設計者』の予測演算にも間違いはあるんだってね」

 

確かにそう考える奴が出てくるだろうし、ありえない話ではない。

 

「そんなもの‥‥‥再演算されちまったら無駄死にじゃねぇか!?」

「それはないのよ。『樹形図の設計者』はね、すでに破壊されているのよ。上は面子のために隠しているけど。だから、再演算はできないのよ」

 

破壊って‥‥‥あれがなかったらアフリカ大陸の魔物たちの動向は監視できないじゃあ‥‥‥って、そうじゃない。今の問題に対して、重要なことがまだ残っている。

 

「さぁ、分かったでしょ? 通してちょうだい」

 

そう言う御坂は表情や、雰囲気を見て、なおの事確信する。暗い、だが決意した表情はしに行こうとしている奴だ。

 

「ほら、通して」

「ダメだ」

 

コイツを行かせてはいけない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「おまえが『一方通行』をぶっ倒しに行くつもりなら、俺が止めるのは間違っているかもしれない。でも最初から死のうとしている奴を行かせられない」

 

‥‥‥そうか。アンタはそう言うのか。なら、私は‥‥‥。

 

「じゃあ、何よ。アンタには他に方法があるって言うの?」

 

私は威嚇で電撃を放ち、アイツの持ってきた資料を焼く。何の予兆もなしに資料が燃えて、一瞬で灰になる。

 

「何もできないくせに綺麗事や理想論で語らないで」

 

虫唾が走る。ようやく、やっと決断できたのに。誰にも見せなかった本音を話したのに、よりにもよってコイツが‥‥‥!

 

「それでも‥‥‥嫌なんだ」

「‥‥‥話にならないわね。まさかレプリカなんて死んでも構わないとか思ってんじゃないでしょうね」

 

コイツに限ってそれはないと思いたいけど、こうまで邪魔してくるってことは、そんな風に思っているんじゃないかと考えてしまう。

 

「私の邪魔をしようっていうのなら、この場でアンタを撃ち抜く。嫌ならそこをどきなさい!」

「‥‥‥それはできない」

 

コイツは‥‥‥! 私は苛立ちと共に電気を周囲に放出する。もう、周囲の事なんてどうでもいい。立ちふさがるのなら!

 

「そう、力づくがお望みってわけね。今までアンタには勝てたことはないけど‥‥‥でも、今回ばかりは負けられないのよ!」

 

周囲にアイツの悪友どもはいない。それでもコイツに勝てたことはないけど‥‥‥それでも今回ばかりは!

 

絶対に勝つと意気込み、私が電撃を放出しようとした時、アイツは両手を上げて無抵抗の構えを見せた。

 

「‥‥‥何のマネよ?」

「俺は‥‥‥お前とは戦わない」

「ハ‥‥‥ハァ? アンタは本当に馬鹿なの? そうしたら私が手を出さないとでも思っているの?」

 

いつもなら確かに手は出さない。無抵抗のコイツに勝っても意味がないからだ。でも、今は別。あの子達の命が懸かっているのだ。

 

「私にはもう他に道なんてない! 無抵抗だろうと邪魔をするなら撃ち抜くわよ!?」

「それでも‥‥‥俺は戦わない!」

「ふっ、ふざけるな!」

 

尚も無抵抗の姿勢を崩さないアイツを、その近くの鉄柱に電撃を当てる。威嚇でも何でもない、本気の一撃を。

 

「戦う気があるなら拳を握れ! 戦う気がないなら立ちふさがるなぁ! 半端な気持ちで人の願いを踏みにじってんじゃないわよ!?」

 

何がしたいのコイツは!? 何がしたいのよ!? そんな行動が一番辛いのよ!? 戦え! 戦え!

 

「‥‥‥戦わない」

「‥‥‥戦えって言ってんのよぉ!」

 

私は言葉のまま、電撃を放つ。そうすれば、アイツは電撃を嫌でも止めるから‥‥‥

 

ズドンッ!

 

電撃はそのままアイツを貫き、その衝撃でアイツは後ろに吹っ飛ぶ。

 

‥‥‥吹っ飛ぶ? 嘘だ。

 

だって、アイツには私の攻撃は当たるわけないのに‥‥‥そ、それに、電撃で貫いたば、場所は、アイツの、アイツの胸当たり‥‥‥。

 

最悪の考えが頭をよぎるが、アイツはゆっくり立ち上がってくる。それに対して、安堵しながらも、私は即座にその感情を押し殺して、アイツに話し掛ける。

 

「こ、これで分かったでしょ。私は本気でアンタを‥‥‥!?」

 

立ち上がってきたアイツは、またも無抵抗の構えを見せた。

 

「なん‥‥‥で」

「‥‥‥言っただろう。おまえとは戦わない」

「ッツ!? どうしてよ!? こんなイカレた実験は間違っているって分かっているでしょ!? それをやめさせようってんじゃない! 何で止めるのよ!?」

 

意味が分からない。続けるべきっていうのなら、立ちふさがるのも分かる。でも、戦わないってところが分からない。何がしたいのよ、コイツは!?

 

「‥‥‥あぁ、お前の言う通り、こんなのは間違っている。こんなモンの為に誰かが傷つくなんて」

「だっだら!」

「けど、お前のやり方じゃ‥‥‥おまえが救われない」

 

‥‥‥えっ?

 

「だから‥‥‥どかない」

 

なにを‥‥‥なにをいっているの、こいつは。わたしが‥‥‥?

 

「何を‥‥‥言っているのよ。私にはっ、今さらそんな言葉をかけてもらえるような資格はないんだから!」

 

この実験はそもそも私が遺伝子提供をしたから。だから、こんなことになっている。あの子達は死ぬために生まれてさせられてきている。それも、これも、私が軽率に実験に協力したから。だから‥‥‥!

 

「仮に! 誰もが笑っていられる幸せな世界があったとしても! そこに私の居場所なんかないんだから!」

 

こんな実験の発端を作った元凶が幸せになんてなっていいはずがない! だから、罪は償わないといけないの! そんな世界に私のような罪人がいていいはずがない!

 

「‥‥‥それで、残された妹達がおまえに感謝するとでも思っているのか?」

 

その言葉で私は頭の中が真っ白になった。あの子達の姿が浮かび、私は何を言えばいいのか分からなくなってしまった。そして、気づいてしまった。

 

「おまえだって気付いてんだろ‥‥‥こんなやり方じゃ誰も救われないって」

 

こいつの言う通りなのだ、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

瞬間、今までのとは比較にならない電撃が迸る。それは電撃というよりは電気が一つの奔流となって暴走したものだった。だが、それでも当麻はその場を動かなかった。

 

「うるさいのよ、あんたは‥‥‥あの子達だって‥‥‥」

 

その電流の中心に立つ美琴は、当麻によって見透かされた本心によって、もはや余裕などなく、辛うじて立っているような状態だった。

 

「あの子達だって私が死ねば、少しは気が楽になるわよ。もう、私が死ぬしか方法はないんだから‥‥‥一人の命で一万人が助かるなら素晴らしいことでしょ」

 

もはや理屈にもならない言葉で、目の前の人物をどかそうとする美琴。だが、当麻は毅然として立っている。

 

「もう、それでいいじゃない‥‥‥だから、そこを‥‥‥」

 

それはすでに何もかも失ったかのような人物が、目の前の人物に救いを求めるかのような懇願だった。だからこそ、当麻の答えは変わらない。

 

「どかない」

「‥‥‥ッ!」

 

当麻の拒絶と同時に暴走した電気は瞬間、解き放たれた。

 

少しして、力は霧散し、そこには息も絶え絶えの美琴と気絶した当麻がいた。美琴は一息つくと倒れている当麻に気付く。思わず当麻に近づこうとするが、踏みとどまってしまう。様々な思いが逡巡するが、いつの間にか近くにいた子猫に声を掛けられる。

 

「‥‥‥」

 

美琴は一瞬迷うが、倒れた当麻に近づいていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

猫の声が聞こえる。多分自分と一緒にやってきたアイツの子猫だ。その声に応えようとして、俺は目を覚ます。目を開けた先には御坂がいた。

 

「‥‥‥あ」

「やっぱ馬鹿でしょ、アンタ。もう、決定ね」

 

目を覚ました途端に御坂に罵られてしまう。まぁ、確かにそう言われてもしょうがないことしたからな。俺は何も言わずに、その言葉を受け入れる。

 

「何も、関係ないじゃない。目を瞑って、何も知らなかった事にすれば、今まで通りの日常に戻れるのに」

 

その通りだ。実際、御坂妹に言われた際に引いていれば、こんな目には合わなかった。

 

「能力を使えば私なんて、軽く黙らせられたのに」

 

幻想殺しを使えば、こんなに傷つくこともなかった。

 

「なんで‥‥‥なんでこんなにボロボロになって‥‥‥短い間だけど心臓も止まっていたかもしれないのに」

「ハハ‥‥‥」

 

全部こいつの言う通りだ。それが一番楽な方法だったのかもしれない。でも、俺はこれでよかったのだと思えた。

 

「‥‥‥なんで、そんな顔で笑っていられるのよ」

 

そうじゃなきゃ、コイツの本音に辿りつけなかった。俺が知りたかった本当のコイツに遭えなかったから。そして、やっと心からコイツに言えることが出来るから。

 

「おまえの味方でよかったと思ったからさ‥‥‥だから、泣くなよ」

 

俺はやっと右手を泣いている御坂の頭に添えて、あやす様に頭を撫でることが出来た。戦うための右手ではなく、誰かを慰めるための右手として。

 

右手‥‥‥能力‥‥‥実験‥‥‥

 

ふと、俺はそれに引っかかるものを感じた。そうだ、この実験はそもそも何も目的としていた。そして、それは‥‥‥

 

『誰かが困っていたり、悲しんでいたりすれば、すぐに駆けつけて解決していく。漫画やアニメで出てくるヒーローそのものだった』

 

ヒーロー‥‥‥それは前提‥‥‥

 

そうだ。明久が言っていたように“前提”だ。この実験はそもそもの前提がある。その前提は‥‥‥

 

『あの計画は私には当て馬になる程度の力はある事を前提にしている』

 

御坂は当て馬と言った。つまりレベル5であるコイツすら当て馬程度でしかないという“最強のレベル5”であることが前提の実験なのだ。

 

‥‥‥そうか、そういうことか。それなら、その前提を根底から覆したのなら。

 

この実験を辞めさせられる。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

わずかの時間ではあったが、コイツのやられるがままに頭を撫でられていたが、突如こいつは頭を撫でるのをやめ、立ち上がっていく。

 

「分かったんだ。実験を止める方法」

 

いつの間にか泣いていた涙をぬぐい、コイツの話を聞く。

 

「実験は『一方通行』が最強っていうのを前提として予測演算されている」

 

その通りだ。実際、アイツは‥‥‥あの男は私がどんな手段を使っても倒せる方法を見つからない。だから、私は‥‥‥

 

「じゃあ、ソイツが実はメチャクチャ弱かった‥‥‥例えば“学園都市最弱の無能力者”になんかに負けちまったりすれば、その前提は覆されるんじゃないか?」

「ッ!? まってよ、まさか‥‥‥!」

「俺が戦う」

 

立ち上がったアイツは毅然と言い放つ。だけど、その姿はボロボロで、今も両ひざに力を入れて立ち上がっている様子だ。なのに、戦うという。あの、一方通行に。

 

「む、無理よ! アイツは私なんかとは次元が違う。世界中の軍隊を敵に回してもケロリと笑っていられるような化け物なのよ!? 今度こそ、本当に‥‥‥!」

 

ダメだ。アイツが力を無効化できるにしても、一方通行に勝てるわけがない。そうに決まっている。決まっているのに‥‥‥

 

「お願いっ! 一万人の人間を死なせた私の罪に誰も巻き込んだりできない。これは私が一人で終わらせなきゃいけないの!」

 

完全に立ち上がったアイツの姿に私は在りもしなかった、あるはずがないと思っていたものを見えてしまう。それだけはダメなのに‥‥‥

 

「だから‥‥‥!」

「じゃあさ‥‥‥何一つ失うことなく、みんなで笑って帰るっていうのは“俺の夢”だ」

 

ダメなのに‥‥‥なのに‥‥‥アイツは‥‥‥

 

「だから、それが叶うように協力してくれよ」

 

そういってアイツは私の方に振り向く。その姿に私は‥‥‥

 

「待っててくれ。必ず御坂妹は連れて帰ってくる。約束するよ」

 

私は“希望”を見た。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

夜の町中を走る。あの後、御坂からどこで実験をやるのか聞いて、俺はその場所に急いでいた。

 

「って、うおっ!?」

 

途中、躓いてしまい倒れてしまう。だが、すぐに立ち上がり、走り出そうとする。だが、急にまた足が震えだす。

 

「さっきのダメージが脚にきてんのか? それとも‥‥‥」

 

あの時の路地裏でのことを思い出す。血の海に沈んだもう一人の御坂妹、それを誰にも悟られず、短時間で殺したであろう事実を。

 

「内心じゃ人間をあんな風にしちまう奴を相手にするのをビビっているってのか?」

 

自分でも気づかないうちにそれが、俺自身を縛っているとでも言うのだろうか。俺はそれらの気持ちを押し殺すため、震える足の殴る。

 

「デカイ口叩いて情けねぇぞ! 次の実験開始時間は8時30分。急がねーと‥‥‥」

 

時間がない。さっき鉄橋での時間は8時15分ほどだった。今からじゃあアイツらを呼んでいる暇もない。早いところ実験場に行って、一方通行を止めねぇと‥‥‥俺は念のために近くに時計がないか確認して、それを見つけた時、驚愕する。

 

「8時34分!? 何でもう過ぎて‥‥‥!?」

 

鉄橋での落雷か!? それで時計が止まって‥‥‥!

 

「クソっ!」

 

ぐずぐずしている暇などない。俺はなおのこと走り出す。しばらくして、湾岸のコンテナ区に辿りつく。俺はそのままコンテナ区に突入し、奥に走り出す。

 

「確か、ここで‥‥‥ッ!」

 

少しして、開けたところに出ると、そこには満身創痍で倒れ伏す御坂妹と、それを見下ろす白髪の少年がいた。その光景に俺は頭の中で何かが切れた音がした。

 

「‥‥‥おい、この場合実験ってどうなっちまうだ?」

「‥‥‥何故あなたがここに」

 

気怠けに俺を見る少年‥‥‥おそらく一方通行と同様に、俺が現れたことに驚く御坂妹も俺に問いかけようとするが、一方通行は倒れる御坂妹の頭を踏みつける。

 

「何だオマエの知り合いかぁ? 関係ねぇ一般人なンざ連れ込ンでンじゃねぇよ」

 

その光景に今までの疲労とか、体のダメージとか一瞬で消し飛び、俺は前に出る。

 

「こりゃ、秘密を知った者を口は封じるとかってかェお決まりの展開かァ?」

「離れろよ」

「‥‥‥何か言ったか」

 

相手も俺の言葉が癇に障ったのか、さっきまでの軽薄な感じなど消えてこちらを睨んでくるが、どうでもいい。俺は両手を握りしめて言い放つ。

 

「今すぐ御坂妹から離れろっつってんだ! 聞こえねぇのか、三下ぁっ!!」

 

 

 

 




いかがでしょうか?

まぁ、区切りがいいとはいえ、また長くなりました。

とにかく、次は上条当麻VS一方通行のバトルです。

できる限りは今年中には投稿する予定ですので、気を長くしてお待ちいただけたら幸いです。

そして、未だにこの作品を見捨てずいらっしゃる読者の皆様には感謝いたします。

ありがとうございました

それでは、また次回


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