とある怪異の泥田坊 (Fヒカル)
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序章
序章


深夜、時計の短針が0の数字を越した頃の、とある病院。

 

それは、学園都市の第七区にある、いつものカエル顔の医師がいる病院。

 

ではなく

 

そもそもここは学園都市でもなく、学園都市の外の、なんの変哲もない普通の病院。

 

その病院にある、一つの廊下に、コツコツと足音が鳴り響いていた。

 

その足音は、数歩進むと、振り返り、数歩進むとまた振り返り、を繰り返し、とある一室の前を往復していた。

 

”手術中”、と書かれた、赤く光るランプの前を。

 

「.....」

 

そんな落ち着きのなく足音を立てる男のそばで、ベンチに腰を掛けた女性が、イラついた様子で彼を見ていた。

 

足音を立てる彼は、馬面でぼさぼさの髪をしているのに対し、彼女の方は美形で整った顔をしており、長髪のストレートヘアーだった。

 

唯一似ている点を挙げるとすると、その髪色がどちらも茶色と言う事だけだ。

 

と言っても、彼女は綺麗な甘栗色をしているのに対し、足音の彼は薄い地味な色をしているが。

 

 

「.....(チラ)....まだか.....」

 

チラチラと目の前の扉を見ながら、時たまぼさぼさの髪をガシガシとかいたりしながら、扉の前をうろうろする浜面仕上。

 

「.....くそっ....まだかよ....」

 

そんな浜面を見ていた、ベンチに座っている女性、麦野沈利は、ふぅ、と溜め息を吐き、浜面に手を向ける。

 

そして緑の閃光が...

 

「...ってちょっと待てええ!なにやってんですか麦野さん!?」

 

放たれる前に、麦野を抑え付ける浜面。

 

「...んな時になに欲情してんだ気持ちわりぃ。殺すぞ」

「してねえよ!お前が原子崩しぶっ放そうとしてるからだろうが!」

 

思いっきり嫌悪の顔を麦野に向けられながら、それでも抑え付けるのを止めようとしない浜面。

 

「いやな、あまりにも煩わしかったから、ちょっとな」

「いや煩わしいから放っていいもんじゃねえだろ!あんなもんちょっとで済むと思ったら大間違いだぞ!」

「そうですよ」

 

思わず、麦野が浜面の顔面を殴ろうとした時、麦野の隣に座っていた、こちらも同じく茶色の髪をした、ショートボブの絹旗最愛が口を開いた。

 

「そんな危なっかしいもの使ったら超迷惑です」

「そうだそうだ!」

「私がこれの続き下に取りに言ってからにしてください」

「そうだそうだ...ってお前自分が助かりたいだけじゃねえか!」

 

そういう絹旗の手には、『隠れたC級問題作150選!~警察にお世話になった編~』というタイトルの映画雑誌が握られていた。

 

「ここ病院!しかも今手術中!んなもんぶっ放せる所じゃねえんだよ!」

「うるせえな、お前が鬱陶しいのが悪いんだろ」

「理不尽ッッ!」

 

麦野の横暴に戦々恐々し、それでも手を離そうとしない浜面。

 

「まあ鬱陶しいのは超同意です。さっきからうろちょろうろちょろ超せわしない」

「うぐっ...で、でも手術室入ってから何時間経ったと思ってんだよ」

「まだ50分です。そんなだから浜面は超浜面って言われんですよ」

「いやそれ言ってんのお前だけ」

 

そこでようやく麦野を離し、再び部屋の前でうろうろしだした浜面。

 

「あぁ~、まだかよ~。心配だ心配だ」

「あぁい!うるせえなぁおい!オドオドしてんじゃねえよ!」

 

いつまでもおろおろしている浜面に、麦野がついにキレた。

 

「うるせえな。独身のお前には分かんねえだろうよ」

 

何かが切れる音がした。

 

浜面はそれに気がつかなかった!

 

「ぶち殺すッッ!」

 

目の前の馬面に向け、全力の拳を振りかぶる麦野。

 

そして、その馬面に学園都市元序列第四位の拳か突き刺さる、一歩手前にその音は鳴り響いた。

 

――――――おぎゃぁ。

 

「来た!!」

 

その音に反応した浜面は、直前まで来ていた麦野の拳をするりと交わし、手術室に特攻する。

 

後ろでドゴゥン!!という音がしたが、全力で無視して扉を開け中に転がりこむ。

 

「理后!!」

「し...しあげ....」

 

手術室のベッドの上には、疲れ果てた、だがどこか達成感に満ちた滝壺、否、浜面理后が横たわっていた。

 

「浜面さん」

「看護婦さん!」

 

横から声を掛けた看護婦さんの手には、今生まれたばかりの、小さな生命が横たわっていた。

 

「無事生まれました。元気な男の子ですよ」

 

その言葉と共に、看護婦さんから赤ん坊を受け取る浜面。

 

「よかった、ほんと、がんばったな...」

「うん...しあげ、私がんばったよ」

 

二人の間に、ようやく生まれた生命。

 

「よかった...本当によかった....」

 

彼は今、幸福に包まれ、浮かれていた。

 

後ろの絶望に気づかずに...

 

 

 

「....はーまづらぁ....」

 

 

 

後に彼は、この時のことをこう語る。

 

初めて希望と絶望の板ばさみにあった。と...



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いつもの公園

学園都市。

 

東京の三分の一の面積を誇り、総人口は約230万人。その八割が学生という、言わば学生の町。

 

さらにこの町には、能力開発という時間割り(カリキュラム)があり、個人差はあるものの、町の学生はなんらかの能力に目覚めている。

 

そんな学園都市の、第七学区にある、飯島中学校の校門から、浜面皇仕は出て来た。

 

平均的な身長で中肉中背、所々癖っ毛のある、ぼさぼさした黒髪の、いたって普通そうな少年。

 

彼の他にも校門からは多くの生徒が出ているが、彼は一人で下校しようとしている。

 

そんな彼に話しかける者がいた。

 

「よう浜っち、一緒に帰ろうぜぃ」

「ん、ああ、丹波か」

 

浜面と同じく、飯島高校の制服を着た服部丹波は、浜面のクラスメイトであり、同じ寮の隣に住んでいる。

 

なにより、家族ぐるみでの付き合いの為、よく遊ぶ仲ではある。

 

「いやぁさっきさぁ、麻琴ちゃんのタイプ教えてくれー、ってカミやんに頼んだらカミやん怒っちゃってさ。全力で逃げてきたわけよ」

「お前...ほんと忍者っぽくないよな」

 

溜め息混じりに、そう呟く浜面。

 

そう言われた服部は、レベルは低能力者(レベル1)であるものの、実家は伊賀服部家の末裔であり、服部本人も、実は忍者のレベルは相当高い。

 

「なに言ってんだ浜っち。今時の忍者は大体こんなもんだぜ?今時全身黒装束の忍者なんていねぇよ。それより麻琴ちゃんのタイプ知ってる?」

「...なんかお前見てると、凄いガッカリした気分になる」

 

そんな事を話ながら、歩く二人。

 

寮の近くまで来ると、近くの公園により、自販機で何か買おうという話になった。

 

「ヤシの実サイダーは、っと」

 

ガタゴトという音がし、中からジュースを取り出す浜面。

 

「じゃ、俺はこれもーらお」

 

そう言って服部が押したのは『いちごおでん』と書かれたジュースである。

 

「おっ、出て来た出て来た。....うひゃー!これほんと旨いんだよなー!」

 

冗談なしに、いちごおでんを美味しそうに飲む服部。

 

「お前...よく飲めるよな...そんな化学兵器」

 

それを見て、呆れる浜面。

 

一回、服部に勧められ飲んでみた事があったが、気がついたら公園のベンチで寝ており、記憶が抜けていた、と言う事があった為、記憶にはないが、浜面にとってトラウマになっていたりする。

 

「んー、なーんでこの旨さが分かんないかなぁ」

「分かってたまるか。お前みたいな舌死人(ぜっしじん)と一般人の俺を一緒にすんじゃねえ」

「なっ!?舌死人(ぜっしじん)とは聞き捨てならないな!」

「舌が死んでなきゃ、脳が死んでんじゃねえの?」

 

散々な言い様に、ギャーギャー喚く服部を無視し、ヤシの実サイダーを飲み干す浜面。

 

と、ここで向こうから見覚えのある人影が走ってくるのが見えた。

 

「おーい、皇仕ー!」

 

灰色のプリーツスカートに、半袖のブラウスにサマーセーターと言う服装をした、黒髪で短髪の女の子。

 

周りにいた人々の視線は、彼女に注目している。なにせ、彼女が着ている服は、名門校で有名な常盤台中学校、別名お嬢様学校の制服で、滅多に見ることが出来ないからだ。

 

「あっ、麻琴ちゃーん!」

 

そんなお嬢様の彼女、上条麻琴に反応した服部。

 

「あっ、服部さん。こんにちは」

 

そんな服部に、礼儀正しく挨拶をする上条。

 

「よう、もう学校終わったのか?」

「そうだよ!ついさっき終わったとこ!」

 

浜面の言葉に、元気に答える上条。

 

何故、お嬢様学校の上条が、浜面達がこんなに親しく接しているかというと、この上条麻琴とも、浜面達は家族ぐるみの付き合いなのである。

 

さらに、彼の兄と、浜面達は同じクラスで、小さい頃からの友人だからだ。

 

「ねぇねぇ麻琴ちゃん聞いてよ!浜っちが俺の事舌死人(ぜっしじん)って言ってくるんだよ!ひどくない?」

「ハハハ」

「えっ、麻琴ちゃん?なぜにそんな引きつった笑顔を...?」

 

服部の苦痛の叫びに、笑み(愛想笑い)を溢す上条。

 

「麻琴。こういう時は正直に言ったほうが本人の為になるんだぞ」

「黙れ!お前に意見は求めてねぇ!ねぇねぇ麻事ちゃん!俺の舌っておかしいと思う?」

「そ、そんな事ないですよー」

 

再び愛想笑い発動。

 

「ほら見ろぉ!だーれが舌死人(ぜっしじん)だよバーカ!」

「餓鬼かお前は」

 

それに気づかない服部に、浜面は再び呆れた目を向ける。

 

「ふんっ。あんな奴ほっといて二人で旨い店行こーぜ麻琴ちゃん」

「えっ、でも...」

 

浜面を無視し、困惑する麻琴を連れ公園の外に向かう服部。

 

「いーのいーの、あんな本当に旨い物を知らない奴なんてほっといて、それより美味しい店知ってるんだよね。クリームうどんっていう、うどんに生クリームを入れた奴が、ほんと美味しくてねぇー!あっ、それはそうと、麻琴ちゃんのタイプってどんな...」

「おい」

 

そんな服部に、一つ、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

ギギギっ、と錆びた機械ように、ゆっくりと後ろを振り向く服部の目に入ったのは...

 

「家の妹連れてどこに行こーってんだ?」

 

怒りの形相で仁王立ちする、上条麻琴の兄、上条冬樹だった。

 

「い、いやぁー、さっきぶりですなぁー。えっ妹さん?やだなぁー別にどうこうしよーってわけじゃーないですよ。ただ美味しい物を食べて欲しくてですねぇ」

 

冷や汗を滝のように流す服部。

 

「ま、まあ落ち着いてください義兄さん」

「だーれが義兄さんだエセ忍者があぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

冬樹が叫ぶと同時に、青白い火花が服部を襲った。

 

そんな二人を止めようとオロオロとする麻琴。

 

そんな彼らを見て、

 

「...なにやってんだ。あの馬鹿共」

 

浜面はヤシの実サイダーをゴミ箱に入れながらそう呟いた。



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中華屋さてん

「あぁーあ、折角旨い店教えてやろーと思ったのによぉ」

 

カウンターで頬杖をつきながら、服部はそう言った。

 

「生憎、俺達はこの年で死ぬわけにはいかないんでね」

「それどういう意味だよ」

「お前が思ってる通りの意味だよ」

 

そんなやり取りをする、浜面、冬樹らの三人の横で、麻琴が苦笑いをしている。

 

「いやほんとにおいしーんだって!生クリームうどん!生クリームの甘さがうどんの液と見事にマッチしてて...」

「佐天さーん。私とんこつラーメンくださーい」

「俺しょうゆで」

「塩お願いしまーす」

「無視しないで!麻琴ちゃんまで!あっ俺餡かけチャーハンください」

「はいよー」

 

服部をスルーしながら、厨房で麺を切る、この中華屋”さてん”の店長の佐天涙子に注文をする三人。

 

「でも、佐天さんのラーメンも美味しいし、いいじゃないですか」

「いやまあ、そりゃあそうだけどさぁー」

 

麻琴に言いくるめられ、不貞腐れる服部。

 

「....んなに家の飯が嫌か服部」

 

そんな彼に、白いエプロンに頭に手ぬぐいを巻いた、綺麗な金色で短髪の少女が、若干イラつきながら話しかけた。

 

「んぁ?...なんだ、スナスナか...」

「なんだじゃねえよ、私を見た瞬間落胆してんじゃねーよ!つーかスナスナって呼んでんじゃねー!」

 

金髪の彼女、砂皿すみれを見た服部の落胆ぶりに突っかかる砂皿。

 

「いやースナスナはスナスナだからねぇ。スナスナ以上にスナスナしてる奴見たことないしぃ」

「なにワケわかんねえこと言ってんだお前は!なんだスナスナって!」

 

服部の言動に、怒りを募らせる砂皿だったが、当の本人は麻琴と会話に戻っている。

 

「すみれー、いーから仕事して仕事」

「あっ、すいませーん」

 

そんな服部に、さらにむかついた砂皿だったが、佐天にそう言われ、不本意ながら仕事に戻った。

 

「はいよっ、とんこつとしょうゆと、あと塩ラーメンおまち」

「ありがとうございまーす!」

 

やって来たラーメンをすする、服部以外の三人。

 

「ん~!やっぱり佐天さんのラーメンおいしー!」

「ははは、ありがと麻琴ちゃん」

 

この店一番人気のとんこつラーメンを食べて感嘆の声を上げる麻琴。

 

「ほんとほんと、ここの餡かけチャーハンは学園都市一旨いですよぉ」

「舌が死んでるお前が言っても褒め言葉にならん気がするが...まあ旨いよな」

「カミやん、一々一言多いんだよ。」

 

文句を漏らす服部だったが、冬樹は完膚なきまでのスルーをかました。

 

「そんなことないよー。常盤台にはもっと美味しい店あるでしょ?」

「でも、それ含めても佐天さんのラーメンが一番ですって!」

 

麻琴達の褒め言葉で、佐天は『えーそう?』と上機嫌になっていっている。

 

実は、この佐天涙子とも、麻琴達は知り合いで、麻琴の親が中学生の頃に知り合った友人らしい。

 

その事もあって、佐天とは幼い頃からの知り合いで、麻琴達はこの店の常連になっていたりする。

 

砂皿すみれは、この店に住み込みで働いている。柵川中学に通っている無能力者(レベル0)だ。

 

「まあ、この塩ラーメンは本当に旨い。やっぱラーメンは塩だよな~」

 

そんな浜面の一言に、麻琴はムッ、となった。

 

「いやいや、確かに塩も美味しいけど、でもやっぱりとんこつが一番だよ!」

 

そう言いながら、『あれを見ろ!』と言わんばかりに『一番人気!さてん特製とんこつラーメン』と書かれた看板を指差した。

 

「.....フッ」

 

そんな麻琴を見た浜面の失笑に、カチンと来た麻琴。

 

「なーに言ってんだお前ら」

 

そんな二人のやり取りを見ていた冬樹が、二人の会話に割り込んできた。

 

「一番はしょうゆだ。異論は認めない」

「兄ちゃんまでなに言ってるの!」

「たとえ相手が麻琴でも、これはゆずれないね」

「じゃー服部さんとすみれさんは何が好き?」

 

分からず屋の二人をほっとき、今の今まで、遅れてやって来た餡かけチャーハンを食べていた服部と、丁度近くで黙々と店の掃除をしていた砂皿に意見を求めた。

 

「う~ん、俺ぁラーメンよりチャーハンのが好きだけど、どれかって言われたら....」

 

「「味噌ラーメン」」

 

「ん?」

「むっ」

 

ぴったしにハモった服部とすみれ。

 

「げっ、お前と一緒かよ....」

「えー、げっってスナスナひどくない?別にいいじゃん。ちょ、今舌打ちしたろ」

「うっせーよ!つーかスナスナいう.....」

 

『キャああああああああ!!』

 

砂皿が言い返そうとしたとき、外から聞こえたのは一つの悲鳴だった。



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銀行強盗

中華屋さてんの前には、特に変わり立てのない、至って普通の銀行があった。

 

その普通の銀行から、叫び声が聞こえたと同時に怒声が聞こえた。

 

何を言っているかは分からないが、いつの間にか警備員(アンチスキル)も居る事に気がついた。

 

銀行、叫び声、そして警備員。

 

ここまでこれば、外で起こっていることは簡単に導き出せる。

 

すなわち、

 

「銀行強盗、か....」

 

そう言って、浜面が水を啜っていると、扉が勢いよく開かれ、いつの間にか席を立っていた上条兄妹が表に出ていた。

 

「相変わらず、こういうことには敏感な兄妹だな...」

「浜っちはいかねぇーの?」

 

これまたいつの間にか横の席まで移動していた服部が、餡かけチャーハンを頬張りながら聞いてきた。

 

「そーいうお前こそ行かねえのか?」

「いやぁー、俺低能力者(レベル1)だよ?俺が行かなくても、あの兄妹で余裕でしょう」

「同感。俺もそう思う」

 

すぐ横で銀行強盗発生という異常事態にも関らず、呑気に飯を食べる浜面たち。

 

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ある日のことです。

 

明智智彦はお金が無くなったので、銀行に行きました。

 

するとそこで銀行強盗に会いました。

 

(なんッッだこれ!?なんでこんなことに!?なに友達に会いました、みたいな流れで銀行強盗にエンカウントしてんだよッ!)

 

少し小さめの銀行内では、それぞれ違う色の目だし帽を被った、THE銀行強盗という風貌の三人が金を詰めたり人質に拳銃を向けたりしていた。

 

「おいブルー。まだ金は詰め終わらないのか」

 

ブルーと呼ばれた、青色の目だし帽を被った男は、子供一人分ほど入りそうなバックに金を詰めながら答えた。

 

「あせんなってアザーブルー。まだ金はたんまりあるし、それに警備員も人質がいりゃ手出し出来ねえだろ」

 

アザーブルーと呼ばれた少し薄めの藍色の目だし帽を被った男は、人質に拳銃を向けながら、「しかしな...」と言葉を濁す。

 

「どうだ?エメナルブルー。警備員の様子」

「大丈夫。いまんとこ入ってくる様子は無い」

 

エメナルブルーと呼ばれた、濃い目の藍色の目だし帽を被った男は、小窓から外の警備員の様子を伺っていた。

 

(....全員青じゃねえかッッ!)

 

明智は、心の中でそう叫んだ。

 

(なんで全員青!?ややこしいわ!アザーブルーとかエメナルブルーとか聞いたこともねえ色使うなら別の色用意しろよ!)

 

全力で心の中で叫ぶ。声には死んでもだせないが、あくまでも心の中で叫んだ。

 

「おいエメラルブルー」

「エメナルな」

「そう、エメナルブルー」

(間違えてんじゃねえかッ!覚えられないんならそんな名前付けんな!ってか何、エメナルって。せめてアクアとかオーシャンにしろよッ!馬鹿かお前らッッ!」

 

心の中で、あくまでも心の中だから大丈夫。

 

「.......」

「.....え?」

 

そう思っていたら、銀行内にある視線を、全部独り占めしていた。

 

「.....あ!?」

 

そして、ようやく今自分がしたことに気づき、背筋が凍った。

 

そう、心の中だけだと思っていた叫び(ツッコミ)が、思わず声に出てしまっていたのだ。

 

しかも、丁度『馬鹿かお前らッッ!』の辺りが...

 

「...おい、今舐めた事行った奴ぁだれだ...」

 

ちょうど三人ともこちらを見てなかった事もあり、言ったのが明智だとはばれなかったようだ。

 

(よ、よかったぁぁぁ)

 

心の底から安堵する明智。

 

「....さっさと誰か吐かねえと殺すぞ」

 

ブルーのその言葉が聞こえた瞬間、ズザァッ、とモーゼの十戒のように人が横にどけ、ブルーに、明智までの道が出来た。

 

(うおおおおおおおおい!このやろおおおおおおおおお!)

 

明智がこの場の全員を呪う間も無く、ブルーが目の前まで来た。

 

「....てめえか?」

「いえっ、違います!これは、その、言葉のあやと言いますか...」

「テメエなんだな?」

「ハィィッ!」

 

ブルーの凄みに、思わず声が裏返った明智。

 

ブルーは、冷たい目つきで銃口を明智に向けた。

 

「....何か言い残すことは?」

「いやちょ、ちょっと待ってぇ!違うんです!これは、な、なんで皆さん青色なのかなぁ~と思っただけで...いやかっこいいですよ!?僕青色好きだなぁ!イカスなぁ!だから、その....すいませんっしたあああ!!」

 

明智の必死な説得(言い訳)を聞き、ブルーは、フッ、っと微笑むと...

 

「遺言はそれでいいんだな」

「待ってぇ!今の微笑みは何!?あっ、許してくれるな?と思っちまったじゃねえか!くそぉぉ!なんでこんな目に会うんだぁぁ!ツッコミで死ぬなんで嫌過ぎるぅぅ!」

 

そう叫ぶも、ブルーが銃を降ろすことは無かった。

 

慈悲も無く、銃口が明智の額に押し付けられ、ゆっくり引き金が...

 

ドゴンッ!

 

...引かれる前に、ブルーの後頭部にドロップキックが喰らわされた。

 

「.......へ?」

 

突然の出来事に、呆けてしまう明智。

 

ドロップキックを喰らわせたのは、信じられない事に一人の少女だった。

 

灰色のプリーツスカートに、半袖のブラウスにサマーセーターと言う服装をした、黒髪で短髪の少女だった。

 

「大丈夫ですか...?」

「へっ?...ああ、はい...」

 

何が起こっているか、さっぱり分からない明智だったが、取り合えずこう思った。

 

(か、可愛い...)

 

その少女はとても可愛かった。さっきまで命の危機だったことを忘れるほど。

 

「て、テメエ何者だ!?」

「まさか、風紀委員(ジャッチメント)....!」

 

そこで、明智と同じく、突然の事態に呆けていた銀行強盗達が、我を取り戻した。

 

「動くなッ!絶対に動くんじゃねえぞ!」

 

そう言って、少女に向けて拳銃を構えるアザーブルー。

 

刹那、少女の姿が消えた。

 

「なっ...どこ..ッ!?」

 

一瞬、驚いたアザーブルーだったが、横に気配を感じ、なんとか一瞬にして移動した少女の蹴りを防ぐ。

 

「チッ、空間移動(テレポーター)か....」

 

少女の能力を見破り、拳銃を構えようとしたが、手には何も無いことに気づく。

 

「なっ..!」

 

見ると、少女の小さな掌に、厳つい拳銃が握られていた。

 

「ッ!...こっのおお!」

 

重火器を使えなくなったアザーブルーは能力を発動させた。

 

アザーブルーの周りから、真っ赤な炎が出現し、一瞬にして部屋が熱気に覆われる。

 

発火能力者(パイロキネシスト)....!!」

「死ねえええええええッッ!」

 

明智が呟いたと同時に、炎が少女に襲い掛かった。

 

当たったら一たまりも無い、灼熱の炎。

 

対する少女は、避けるわけでもなく、攻撃を仕掛けるわけでもなく、じっと固まっていた。

 

「あ、あぶないっ!」

 

炎が少女に当たる瞬間、思わずそう叫んだが、そこで奇妙なことが起こった。

 

「ほい」

 

そんなマヌケな声を出しながら、その炎を左手で触れると、一瞬にして、炎が打ち消された。

 

「な....」

 

あまりのことに驚いたが、それは銀行強盗も同じだったようだ。

 

炎が、打ち消された。否、どっちかと言うと、少女の左手に吸い込まれた、という感じがした。

 

あまりの事態に、思考が追いつかなく明智。

 

「んで...ほいッっしょッ!」

 

そして、こんどは右手が赤色に光ったかと思うと、アザーブルーの使った炎と同じような炎が放たれた。

 

「なぁ......!」

 

何!、という間もなく、アザーブルーは炎に襲われた。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁッ!」

 

悶え苦しむアザーブルー。

 

自身が発火能力者という事もあってか、そこまで重症にはなってないようだが、自分が放ったはずの炎がまさか返ってくるとは思わなかったようで、驚きのあまりなにもできないでいた。

 

「お前....その服、その能力...」

 

今の一連の流れを見ていた、エメナルブルーは、恐る恐る口を開く。

 

「まさか、超能力者(レベル5)第二位の幻想喰い(イマジンイーター)かッ!?」

 

幻想喰い。

 

名門校、常盤台のエースであり、能力開発が発展した学園都市の中でも、六人しかいない超能力者(レベル5)の第二位。

 

その能力は、左手で相手の能力を喰い、右手で発動する。

 

そんな反則(チート)な能力を持った女子中学生。

 

それが幻想喰い(イマジンイーター)

 

「くそッ!こんな奴が居るなんて聞いてねえぞ!」

 

エメナルブルーは、そう喚き立てるが、幻想喰い、もとい上条麻琴は無視してたった今吸収した発火能力で、手に炎を生み出す。

 

「ッ!?」

 

手に握られた拳銃じゃ勝てないと察したエメナルブルーは、咄嗟に手を麻琴に向けた。

 

身構えた麻琴だったが、一向に何も起きない。

 

疑問に思ったが、次の瞬間、後ろから叫び声が聞こえた。

 

「動くんじゃねえ幻想喰い!そこの女の頭ぶち抜くぞッ!」

 

後ろを見ると、人質の一人だった女性が、苦しそうに立っており、銃口が女性に向けられた拳銃が横に浮いていた。

 

恐らくエメナルブルーは念動使い(サイコキネシスト)だったらしい。

 

「くッ、卑怯だぞ!」

 

思わずそう叫んぶ明智。

 

「うるせぇ!銀行強盗やってる時点で卑怯もクソもねぇだろ!」

 

「確かにッ!」と思ってしまう明智。

 

売れないコントみたいなことをやって変な感じだが、状況はかなり深刻だ。

 

麻琴も、動きずらそうである。

 

自分が助けにならないかと考えたが、今のでこちらにも注目が向いてしまっている。

 

(くそッ!あんなこと言わなければ良かった)

 

地味に状況を悪くしてしまったことに、内心舌打ちをしながらなんとかならないか思案する。

 

「ぜってぇに動くんじゃあねえぞ!少しでも動いたらっ..!?」

 

とここで、エメナルブルーが、急に言葉を切った。

 

何かと思った瞬間、ばたりと倒れてしまった。

 

「な....!?」

 

まだ口は動くようだが、体は痺れたように痙攣している。

 

よく見ると、首筋に針のようなものが刺さっていた。

 

「....動いたら....どうするんだ?俺の妹に」

 

そんな声が聞こえたと思ったら、先程エメナルブルーがいた小窓に、どこかの学校の制服をきた、茶髪でストレートパーマの少年が、いつの間にか座っていた。

 

「お、前、は...!?」

「まだ喋れんのか」

「あぐぁッ!」

 

少年の手もとに、青白い火花が散ったと思ったら、エメナルブルーがスタンガンを受けたように痙攣し、今度こそ意識を落とした。

 

「....冬樹、様」

 

彼を見ていた銀行内で、そんな声が聞こえた。

 

それを初めとし、次々と黄色い声が上がる。

 

「冬樹様だ!」

「まさかこんな所でお会いできるなんて...!」

「今日は付いてる!」

 

所々で聞こえる、冬樹という名に、明智も聞き覚えがあった。

 

上条冬樹。

 

上条麻琴の兄であり、彼もまた、超能力者(レベル5)の第4位だった。

 

別名”衝撃電波(ショックウェーブ)”。

 

学園都市一の電撃使い(エレクトルマスター)である。

 

「麻琴!怪我はないか?」

「だいじょーぶ、問題ないよ」

 

ものの数分で銀行強盗を制圧した兄妹が、呑気に会話しているのを見て、助かったことを実感した明智であった。



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平和(?)な一時

「ふぅ、ごちそうさま」

 

空になったどんぶりを前に、手を合わせる浜面。

 

上条兄妹が外に出てから数分経っているが、二人が帰ってくる気配はない。

 

「佐天さん、代金置いときますよ」

「あっ、すみれ、貰っといて」

「はーい」

 

それでも、浜面と服部の二人は、呑気に財布から代金を抜き取っている。

 

まあ、外から聞こえてくる音で、事件が治まった事は、なんとなく分かっていたし、そもそもあの二人は銀行強盗ごときにやられる心配もないので、焦る必要もない。

 

扉を開け、外にでる二人。

 

思ったとおり、事件は終わり、人質だと思われる人達が銀行から出て行っている。

 

あの兄妹はどこだと探すと、それっぽい声が聞こえてきた。

 

「お、いたいたー...って」

「あー、また怒られてんね」

 

そんなことを呟く二人の視線の先には、

 

「まったく。勝手に事件に首を突っ込まないでと何回言えば分かるんですの貴方達は!」

「いや、でも白井さん..」

「でもじゃない!」

「ま、まあ事件もすぐに解決したんですし...」

「そういう問題じゃありませんの!」

 

警備員の前で正座している超能力者(レベル5)兄妹が居た。

 

「まったく、貴方達を見てるとほんとお姉様を思い出しますわ」

 

やれやれと首を振る、警備員の白井黒子。

 

「ま、まあ私はお母さんに似てるし...」

「そうじゃなくて性格がっ!ですわ」

 

怒髪天の白井を前に、しゅんとなる二人。

 

この兄妹は、困ってる人が居ると放っておけない性分で、そのたびに事件に首を突っ込み、そのたびに白井に怒られていたりする。

 

「まあまあ白井さん。その辺にしてあげたらどうです?」

 

白井をなだめるようにそう言う浜面。

 

「そーそ、何事もなく事件解決したんですし」

 

服部も同調する。

 

「そーそじゃありませんの!だいたい貴方方もこの二人の手綱をちゃんと握りなさいな」

「いやー、ああなったら止められないっすよ。この二人は」

 

まったく、と呆れるようにぼやく白井。

 

「まーまー白井さん、いーものあげますから」

 

そんな白井を見て、服部がチョイチョイと、手招きする。

 

「いーもの?」

 

近づいてきた白井に、秘密ごとを話すように服部はそっと呟いた。

 

「...ほい!麻琴ちゃんの激レア生写真!」

「なっ!これは...」

「さらに!前に皆で集まったときに盗撮()った美琴さんのあんな姿やこんな姿が移った写真集!」

「何...だと...!?わたくしが盗撮()った時は二秒で見つかって15万円の一眼レフごと破壊されたと言うのに...!」

「ふっふっふ、俺ぁ忍者ですよ?こんなのお茶の子さいさいでさぁ」

「これ、譲ってもらえるので...?」

「あったりまえじゃないですかぁ!そ・の・代・わ・り、報酬はたんまり貰いますよ...?」

「ええ、報酬(お食事券)ですわね。知り合いに頼んでおきますわ」

 

割と大きな声で聞こえてくる変態共の会話。

 

それを呆れながら聞いている浜面と、顔を赤くしている麻琴。

 

彼らは気づかないのだろうか。

 

後ろに修羅がいることを...

 

「....おい変態共」

 

指を鳴らしながら仁王立ちしている冬樹。

 

その額には、血がでそうなくらい血管が浮き出ていた。

 

そりゃあもう、ビキビキいいながら。

 

「はっ、しまった!」

「いやしまった!じゃねえよ。思いっきり聞こえる声で言ってただろお前ら」

 

ようやく修羅と化した冬樹に気づくも後の祭り。

 

今にも襲い掛かりそうな雰囲気で冬樹は口を開く。

 

「麻琴に限らず母さんにまで手ぇ出すとはなぁ。いい加減滅しといた方が世の為かもしれねえな!」

「落ち着けカミやん!シスコンに留まらずマザコンにもなっちまったってのかぁ!?」

「そんなにあの世に行きたきゃさっさと送ってやるぜクソ忍者があああああ!!」

 

バチバチッと火花を散らす冬樹。

 

「ふふふ、だが甘いぜカミやん!こっちには元強能力者(レベル4)空間移動(テレポーター)である白井さんがいるんだっ...」

 

と横を見たら、そこには誰も居らず、視界の端にツインテールが信号の上に乗っているのが見えた。

 

「うそおおおおお!?」

「死ねええええええ!」

 

バチバチと雷撃が服部に放たれた。

 

「くっ、こなったらっ!」

 

すると今度は、袖から白い玉を出し、地面に叩きつけた。

 

途端、白い煙が辺り一面に広がった。

 

「うわっぷっ!なんだこれ、煙球か!?」

 

浜面もまき沿いに会い、煙が晴れたときには、服部の姿は無かった。

 

「けほっ、あの野郎....」

「絶対殺す!」

 

そう叫んで二人が逃げた方角へ走っていく冬樹。

 

「あれ?白井さんいないの?」

「佐天さん!」

 

そこに、入れ替わりでやって来た佐天。

 

「いや実はかくかくしかじか...」

「あぁなるほど。どーりで麻琴ちゃんの顔が赤くなってるわけだ」

 

そう言って、未だに顔を赤らめている麻琴を見る。

 

「ほんと最ッ低ですよ!」

「あははは、しかし白井さんいちゃったのか。ちょっと話したかったのに」

「店はいいんですか?」

「いーよ全然。今お客さんあんまいないからすみれに任せてるし」

 

手をひらひらと振ってそう言う佐天だが、この前砂皿が「涙子さんたまにどっか行っちゃうからその時ほんと大変」と言っていたが大丈夫なのだろうか。

 

そんな事を考えながら呆れていると、どこからか変態(エセ忍者)変態(ツインテール)の断末魔が聞こえたきがした。

 

今日も、学園都市は平和である。



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危なっかしい奴ら

夕日も沈み、人だかりも少なくなってきた頃、浜面は中華屋さてんに戻っていた。

 

「むはーっ!あやうくこれを忘れるところだったぜ」

 

そう言って浜面が箸で口に運んでいるのは、ほかほかの餃子である。

 

浜面が一口噛めば、餃子の焦げ目から出るパリッっとした音が鳴り、口の中は熱々の肉汁と具であふれた。

 

「うめええぇぇぇぇぇっ!やっぱ佐天さんの餃子は一味違う!」

「俺にも一個ちょーだい」

「断る」

 

『えーケチー』と浜面の横で文句を呟いたのは、あの後赤い何かが服にこびり付いた冬樹が引きず...もとい連れて来た、赤い何かまみれの顔面をした服部である。

 

彼は彼で、餡かけチャーハンの御代わりを食べている。

 

「中華屋に来て餃子食わねえなんてもったいないぜ。万死に値する」

「じゃー一個チョーだい」

「断る。自分で頼め」

「ひどいっ!顔面血まみれの怪我人に慈悲の一つも無いなんて...!浜っちの鬼!」

「自業自得じゃねーか」

 

因みに上条兄妹はここにはいない。

 

麻琴は寮の門限があるためで、冬樹は『夜に妹を一人で帰らせれるか!』と言って麻琴を送りについて行った。

 

え、変態ツインテール?知らない人ですね。

 

「しょうがないな。ほら、サービス」

 

そう言って佐天は焼きたてほやほやの餃子を、二人の皿に乗せた。

 

『わーい、あざまーっす』と両手を挙げて喜ぶ二人。

 

「いーよいーよ。その変わり、あの二人のことお願いね」

 

その佐天の言葉に、『?』を頭上に浮かべる二人。

 

「ははは、いやーあの二人危険なことに自分から突っ込んでいくでしょ?」

 

その佐天の言葉に、『ああ』と、深く納得する二人。

 

上条兄妹は、今日の銀行強盗みたいに事件が起きると、自分から事件の中心に突っ込んで行っている。

 

浜面たちも、たびたびそれに巻き込まれている。

 

「あの二人、ほんっと親にそっくりなんだよねー」

「美琴さんと当麻さんにですか?」

 

浜面が聞くと、佐天は昔を懐かしむかの用に頷いた。

 

「当麻さんのことはあんまり知らないけど御さ..美琴さんは昔から人が困っていたら駆けつける人だったよ」

「ああ~、あの二人もそんなとこありますよね」

「カミやんは美琴さんの能力モロ貰っちゃってるし、麻琴ちゃんに至っては当麻さんより凄い能力だしねぇ」

 

『遺伝って怖いね~』と三人で深く頷き合っている。

 

「でもなぁ。だからといって危険なのには変わりないしねぇ。あの二人のこと任されちゃってる身としては心臓に悪いんだよね。っても、止めさせる訳にもいかないし、止める訳ないし」

「確かに」

「ほんとねー」

 

幼少の頃からあの二人と付き合ってきた浜面達にとって、佐天の思いには深く共感できた。

 

あの二人は完全に善意から動いている。いや、それが善行とも思っておらず、当たり前のことだと思っている。

 

だから躊躇わない。だから止める理由がない。

 

それを知っているからこそ、あの二人を止めることが浜面達にはできなかった。

 

「だから、あの二人にもしものことがあったら...頼んだよ、二人とも」

 

佐天の言葉に、箸を止めて黙った二人は、しばらくして二カーっと笑い、

 

「...強能力(レベル3)低能力者(レベル1)に言う台詞じゃないっすね」

「ほんと、あの二人一応超能力者(レベル5)の第二位と第四位ですよ?」

 

そう言って、二人とも皿に残ったものを全て平らげた。

 

「っふー、ごちそーさまです」

「代金置いときますねー」

 

それぞれの代金をカウンターにおいて、二人は店を出た。

 

そんな彼らの後ろ姿を見て、佐天は小さく笑うと、

 

「....あの二人より断然強いくせして、なーに言ってんだか」

 

そう言って、二人の食器を片付けた。

 

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「あっ、おーいそこの君達!」

 

さてんを出た二人に、男性が一人近寄ってきた。

 

服装を見る限り警備員(アンチスキル)だというのが分かった。

 

「なんすか?」

「いやね、君達あの上条兄妹の知り合いだろ?これ、渡しといてくれないかな」

 

そう言って警備員が渡してきた物は、一つのケータイだった。

 

今時珍しいそのガラパゴスケータイは、ピンク色の女の子らしい色合いで、カエルのストラップがついていた。

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

浜面がそう言うと、警備員はまだ仕事があるらしく、どこかに行ってしまった。

 

「麻琴ちゃんのケータイ?」

 

後ろから服部が覗きこんでそう言った。

 

「だな。たぶん銀行強盗の奴らと戦ってるときに落としたんだろ」

 

浜面の推測は大当たりで、銀行強盗の一人、通称ブルーにドロップキックをかましたときに落としてしまったのだ。

 

「しょーがねえ。持ってってやるか」

「暇だし、俺もついてくよ」

 

そう言って二人は、上条兄妹が向かった麻琴の寮に向け歩き始めた。



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圧倒的な実力

浜面達と別れてから数分後。

 

上条兄妹は日が沈み薄暗くなってきた道を歩いていた。

 

こちらも人通りは少なく、周りには上条兄妹の二人しかいなかった。

 

「ん~!なんか疲れたな」

「まあ色々あったからね」

 

冬樹は、大きく伸びをし溜め息を吐いた。

 

思い返してみれば、確かに今日は色々あった。

 

変態の粛清だったり、銀行強盗の制圧だったり、変態×2の粛清(二回目)だったりと、普通の高校生にしてはハードなスケジュールだった。

 

といっても、学園で六人しかいない超能力者(レベル5)である二人にとってはそこまで苦でもなかったり

する。

 

「でもまあ今日も楽しかったよ!」

「麻琴がそうならよかったよ」

 

麻琴の言葉に、自分のことのように嬉しそうする冬樹。

 

この辺りが周り(特にエセ忍者)からシスコンと言われる由縁なのだが、本人は気づいていない。

 

「あっ!」

「?どうした」

 

しばらく歩いた後、ふと麻琴が何かを思い出したような声をだした。

 

そして、慌てて鞄やポケットの中を弄り、やがて冷や汗をたらたら流しだした。

 

「...どうした」

「....ケータイどっかいった」

 

麻琴の口から出た言葉に、冬樹はまたも溜め息を吐いた。

 

麻琴は、父の上条当麻に似たのか、かなりおっちょこちょいな面がある。

 

まあ、上条当麻の場合おっちょこちょいとは別の原因があるのだが。

 

幼い頃から妹の側にいた兄の冬樹にとっては慣れたものである。

 

「しかたねえな、ちょっと待ってろ。お前のケータイに電話してやる」

「ありがとー!」

 

子供の用に喜ぶ麻琴を見て、微笑ましく笑みを浮かべ、冬樹はポケットからケータイを取り出した。

 

 

..瞬間、バチィィッ!と冬樹の周りを雷撃が迸った。

 

 

「ぐぁっ!」

 

いつの間にか、冬樹の真後ろにいたジャージを来た高校生ほどの少年が、雷撃をモロに喰らい倒れた。

 

「ちっ!バレていたか!」

「当たり前だろ、下手糞共」

 

「なっ」と、うめき声も出ず、小声で喋ったはずの、樹の陰に隠れていたこれまた高校生ほどの少年の首に、一本の針が刺さり、青い火花が走ったと思うと、体を痙攣させながら、少年は倒れた。

 

見ると、他にも少年と同じように建物の影に隠れていた少年達が倒れているのが見えた。

 

「ば...か..な...!.?」

「馬鹿はお前だ。こちとらほぼ毎日エセ忍者相手してんだぞ?」

 

さして何ともないように答える冬樹。

 

冬樹には変態(エセ忍者)との追いかけっこで鍛えられた、察知能力で数分前から彼らが上条兄妹を着けていたことに気がついていた。

 

「ったく、なにもしないでいたら麻琴を寮まで送り届けた後に始末してやろうと思っていたのによ」

 

遅いか早いかの違いで、どっちにしろ、おまえらに後はない。

 

もはや眼中にも無いようにそう言われた少年達は、その言葉に怒りを覚え、しかし体を動かそうとしても痺れてなにも出来ないでいた。

 

「く...っそ...が..あぁァッ!?」

 

バチィッ、と青白い火花が散り、少年は意識を落とした。

 

 

「さて...っと、怪我ないか麻琴」

「うん、大丈夫だよ。全部兄ちゃんがやっちゃったし」

 

麻琴も、一応少年達の存在に気づいており、冬樹が襲われた時攻撃を行おうと思ったが、その前に冬樹が全員倒してしまった。

 

謎の集団に襲われたという状況にかなり軽い様子の二人だが、なにはともあれ、危機、ともこの二人にとってはい言えないが、は去った。

 

「さってと、警備員(アンチスキル)にでも連絡を..ッ!?」

 

そう思っていた冬樹の後ろに、突然気配が現れた。

 

ほぼ反射で頭を下げると、その真上を何かが通り過ぎた。

 

そのまま、前のめりに倒れこむように受身を取って距離を取り、相手を見た。

 

それは、長い黒髪をした女性だった。

 

黒色の長袖のジャージのズボンをはき、上にはそれと同じジャージを羽織り、中には黒い色の無地のTシャツを着ていた。

 

「ほう、あれを避けますか。流石は超能力者(レベル5)といったところですね」

 

冷静な口調でそう言った彼女は、手に持ったものを一振りした。

 

「木刀...?」

 

冬樹はそれを見て不振に思った。

 

彼女はなかなかの手練れだ。

 

冬樹が、真後ろに来るまでまったく気配が読めなかったことからそれは明白である。

 

ではなぜそんな奴が木刀なんという獲物を選んだのか。

 

確かに殺傷能力は低くはないが、それでも普通の刀のほうが確実に決まっている。

 

そこから導き出されること、つまり、

 

(木刀で十分、ってわけか。舐めやがって)

 

冬樹はすかさず手に針を持ち、ジャージの女に投げつけた。

 

それを、当然のように彼女はなぎ払う。その太刀筋はまったく見えなかった。

 

(早すぎるだろ!?神埼さんかよ)

 

思わず心の中でそう思った冬樹だが、今度は手元に火花を散らし、雷撃の塊を作ると、それを思いっきり地面に叩き付けた。

 

冬樹を中心に、青白い雷撃が円状に地面を迸る。

 

それを、ジャージの女は真横に飛んでかわし、壁を蹴って一瞬で冬樹に接近した。

 

なんとかその動きを目で追い、真横に倒れこむようにかわし、その首筋に針を投げつけた。

 

(空中では身動きが取れないはず...!)

 

『もらった!』と心の中で勝利を確信した冬樹。

 

 

だが、ジャージの女は、手に持った木刀を前の地面につき立て、縦に半回転してそれをかわした。

 

「なっ..!」

「終わりです」

 

冬樹が、思いもしなかった動きに驚き、その隙に、うまく地面に着地したジャージの女が冬樹に切りかかった。

 

一瞬の隙を狙われ、その神速の太刀に反応が遅れた冬樹の首に、その木刀が吸い込まれていく。

 

瞬間、その間に、右手に雷撃を宿した麻琴が割り込み、ジャージの女に叩きつけた。

 

ジャージの女は、冬樹への攻撃を止め、その雷撃をぎりぎりのところでかわした。

 

「あっぶねえ、サンキュー麻琴」

「大丈夫?あの人かなり強いよ」

 

麻琴に礼をいい、立ち上がりジャージの女を見る冬樹。

 

さっきの冬樹の雷撃を、麻琴が喰ったのだ。

 

「上条麻琴。超能力者(レベル5)の第二位、幻想喰い...さっきの衝撃電波の雷撃を吸収したか」

 

ジャージの女は、麻琴を見据えてそう言った。

 

「お前ら...なにが目的だ?」

 

恐らく、というか間違いなく彼女はさっきの少年達の仲間だろう。

 

聞いてみたものの、なんとなく彼女らの目的は、冬樹には分かっていた。

 

「私が依頼されたのは、君達の制圧と、幻想喰いの捕縛です」

「..まあ、だろうな」

 

麻琴は、原石である。しかも、相手の能力を喰う(コピー)する能力など、聞いたことがなかった。

 

まあ、恐らく親の遺伝かなにかだとは思うが、そんな能力を、悪用しようとした者達はいくらでもいた。

 

だいたいは、この学園の理事長がなんとかするか、もし襲われても撃退していた。

 

今回は後者だったのだが、思わぬジョーカーが出てきてしまったようだ。

 

「神埼さん...まではいかないだろうけど、それに匹敵する強さだよ、たぶん」

 

横で麻琴がそう言った。

 

「まあいい、あっちがやる気なら、俺らもやるぞ...!」

「うん...!」

 

バチィィ!と手に雷撃を生み出す二人。

 

それに答えるかのように、ジャージの女は木刀を一振りし、

 

「いいでしょう、なら私も少し本気を出すとしましょう」

 

そう言って、木刀を構えた。

 

「来るぞ!」

 

その瞬間、視界から、ジャージの女が消えた。

 

そして、ほぼ反射的に、冬樹は目の前に針を投げ、それを追うように、雷撃の拳を放った。

 

目の前には、いつの間にか距離を詰めていたジャージの女が木刀を冬樹に向かって振り下ろしていた。

 

麻琴も、反射的にジャージの女に雷撃の槍を放っていた。

 

二人が繰りだした、三つの攻撃は、ジャージの女の攻撃より、少し速かった。

 

その攻撃が、ジャージの女に吸い込まれていき、当たった。

 

 

―――――と思ったら、すり抜けた。

 

 

「ッ!?」

「こっちです」

 

何が起こったか確認する間も無く、冬樹の後ろから、ジャージの女の声と、真横に衝撃が走った。

 

「ガッ!?」

「兄ちゃん!」

 

そのまま、真横に吹っ飛び壁に激突した。

 

木刀じゃなかったら死んでいた。いや、木刀でも下手したら死んでいただろう。

 

手加減したのかもしれない。

 

「グ...!」

「大人しくしていてください。そうすれば貴方には危害は加えません」

 

そう言って、麻琴のほうを振り向くと、目の前に、青白い雷撃の槍が迫っていた。

 

さらに、一瞬で後ろに回りこんだ麻琴の雷撃を帯びた蹴りでジャージの女を挟み撃ちにしていた。

 

ジャージの女は、その絶体絶命的な状況に、動揺も見せず、雷撃の槍をあろうことか木刀で下からすくい上げ、そのまま麻琴にたたきつけた。

 

「アグァ!?」

 

理不尽すぎる力技を肩に受けた麻琴は、自分の雷撃に痺れ、そのまま倒れこんだ。

 

「さて..と、これで依頼は完了ですね」

 

一息終えたジャージの女は、聞こえてきた車の音のほうを振り向いた。

 

こちらに向かってくるワゴン車が一台。

 

ジャージの女の横で停まると、中から白衣を纏った眼鏡の男が現れた。

 

「ごくろうだった。超能力者(レベル5)二人相手に、流石というわけか...」

 

周りを見渡し、白衣の男は関心を見せた。

 

そして、倒れている少年達を見て顔をしかめた。

 

「まったく、あれほど大見得切っておいて、役立たずどもが」

 

ジャージの女は、そのいいようにとくに反応もせず、手を差し出した。

 

「報酬を...」

「まあまて、それは私を安全に送り届けてからだ。中にはまだ『選ばれし者(スキルセレクター)』の残りがいるが、この体たらくじゃあ安心できん」

 

そう言って、白衣の男は、麻琴を乱雑に持ちあげ、ワゴン車に運ぼうとした。

 

「ま...て.....」

「あぁ?」

 

とその時、そのうめき声に似た声が聞こえてきた。

 

「俺の..妹、から...離れやがれッ!!」

 

気絶したはずの冬樹が、白衣の男に雷撃の槍を放った。

 

「うおぉ!?」

 

目の前までせまった雷撃の槍に、ビビッた白衣の男だったが、それを、ジャージの女が木刀で地面にたたきつけた。

 

その瞬間に、冬樹が白衣の男に急接近し、麻琴を奪い取ろうと雷撃を纏った拳をたたき付けた。

 

がしかし、それもジャージの女の蹴りを真横から受け、吹っ飛んで失敗に終わる。

 

「....あ、焦らせやがって。死に損ないがッ!」

 

そう言って、麻琴と一緒にワゴン車に乗った。

 

ジャージの女も乗ろうとしたその時、

 

「おおおおおおおおおおッ!」

 

吹っ飛んだはずの冬樹の叫び声と共に、閃光を放ちながら巨大な雷撃が襲ってきた。

 

彼の母、旧名御坂美琴の代名詞である、”超電磁砲(レールガン)”である。

 

地面を抉りながら向かってくるそれを見て、ジャージの女は、木刀では敵わないと悟り、木刀の刃を持ち、そっと抜くと、中から、見事な刀が現れた。

 

仕込み刀である。

 

それを、寸前まで迫っている超電磁砲に叩き付けた。

 

瞬間、視界が閃光に包まれた。

 

「はぁ、はぁ」

 

ぼやけた視界の中、冬樹は晴れた光の奥を見て、絶望した。

 

抉れた地面が、二股になってジャージの女を避けていた。

 

切ったのだ、あの、冬樹の全力を。

 

「うそ...だろ...」

 

冬樹は、そのまま前に倒れこんだ。

 

それを見たジャージの女は、こんどこそワゴン車に乗り込み、その場を去った。

 

それを、冬樹はただ見ていることしかできなかった。

 

視界はぐらぐらになり、何がなんだか分からなくなっていた。

 

しばらくした後、誰かの声が聞こえてきた。

 

「....!....、....!」

「............」

 

しかし、何を言っているかまではわからなかった。

 

だが、目の前にいた人物を見て、ぼやけてまったく見えなかったが、彼は、動かない口を力を振り絞り開かせた。

 

「麻琴が...攫われた....」

 

その言葉に、目の前に人物は、少しばかり驚いた様子だった。

 

そして、体を震わしている、ように見えた。

 

それを見て、なぜか、彼は心の底から安堵し、

 

「....頼む...」

 

そう言って、意識を闇に落とした。

 

気を失った冬樹を見て、目の前の人物、浜面皇仕は、静かに、言った。

 

「任せろ」



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