25人の少女と、1人のサポーター (皐月 遊)
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1話 「ボッチの俺」

初めまして! 皐月 遊です! バンドリ!が好きで、小説をかいてみました!

ちなみに、もう全てのバンドは結成しています!


俺、神崎 優《かんざき ゆう》は、ボッチだ。 小学校、中学校と、友達は出来ず、悲しい学生生活を送っていた。

だが! 高校では上手くやってやる! と意気込んでいた矢先……

 

失敗した。 自己紹介で言葉に詰まってしまい、アピールが出来ずにボッチルート突入。 そのまま半年が過ぎた。 文化祭という行事も終わってしまった。

 

何事もなく授業が終わり、放課後になった。 俺は荷物を纏め、廊下に出ると…

 

「うわああっ!」

 

「えっ? うおっ!?」

 

突然、女の子がぶつかってきた。 お互いに倒れてしまい、慌てて女の子を見る。

 

「いたた…」

 

…確かこの子は同じクラスメイトだったはずだ、名前は…戸山 香澄だったか。 俺はとりあえず立ち上がり、戸山さんに手を差し伸べる。

 

「ごめん、大丈夫?」

 

と言うと、戸山さんは笑顔で俺の手を掴んだ。 あれ…戸山さんって近くで見ると結構可愛いな…

 

「うん! こっちこそごめんね! それじゃあね!」

 

そう言うと、戸山さんは走っていってしまった。 ……帰ろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

……はぁ…本当につまらないなぁ…。 友達が1人でもいれば、こんな事思わなくてすむんだろうが、生憎友達は1人もいない。

 

いや…昔は友達と呼べる人達はいた。 俺は小学生の時、家の都合で転校を繰り返していたんだ。 そして、一度だけこの近くの小学校にいた事があった。 その時に5人の女の子と仲良くなったんだ。

その5人は幼馴染らしいんだけど、俺を仲間にいれてくれたんだっけ…

 

……まぁ、すぐに別の学校に転校しちゃったんだけどな。

 

俺は、今は一人暮らしをしている。 理由は簡単だ、もう転校したくないから。

 

「…なんか買ってくか」

 

夜飯を買おうとコンビニに入ると、白髪の店員がダルそうに

 

「…しゃーせー…」

 

と言ってきた。 なんだあの態度は……見た感じ高校生くらいか。

…まぁ、態度なんて気にしないけどな。

 

俺は適当にコンビニ弁当とジュースを買い、ダルそうにしている店員の前に置いた。

 

「…………」

 

だが、店員はジッと俺の顔を見て動こうとしない。

 

「…ど、どうかしました?」

 

「…………」

 

心なしか、驚いているようにも見える。 無表情だから、そんな気がするだけだが。

そして、ようやく店員が口を開いた。

 

「…もしかしてー、ユウ君?」

 

俺は、目を見開いた。 なぜこの子が俺の名前を知ってる…?

しかも、親しげに名前呼び……

 

「え…えっ…?」

 

「やっぱりユウ君だー、こっちに戻ってきたんだねー」

 

「…だ、誰…?」

 

失礼かもしれないが、全く覚えてない。 白髪の女の子…マイペース…俺の名前を知ってる……ああ!!

 

「まさか、モカ!?」

 

「あ、思い出したー? そうだよー、モカちゃんだよー」

 

そう言って、モカは手を振ってくる。 このモカこそが、小学生のころ俺を仲間にいれてくれた5人の内の1人なのだ。

 

まさか再会出来るとは思わなかった。

 

「久しぶりだなモカ! 元気だったか?」

 

「うんー。 ユウ君が転校しちゃってからは皆暗かったけどねー」

 

「う…すまん…仕方なかったとはいえ、急だったよな」

 

「蘭なんてずっとユウ君の家の前で泣いてたんだよー?」

 

「そ、そうだったのか…」

 

美竹 蘭、彼女も幼馴染の1人だ。 気が強い女の子だったが、まさか泣いたとは…

 

だが、いつまでも話せるわけはなく、別の客がコンビニに入ってきてしまった。

モカは、素早く会計を終わらせ、レシートの裏にペンで何かを書き、商品と共に渡してきた。

 

「はい。 それモカちゃんのメアドー。 19時にバイト終わるから、それくらいにメール頂戴」

 

「わ、分かった」

 

流れでモカのメアドを受け取り、コンビニを後にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

《ユウさんがログインしました》

 

《ユウさんだ!》 《ユウさんが来たぞー》 《ユウさん! 手伝って欲しいクエストが…》

 

…さっき、俺はボッチだと言ったな。 あれは本当だ、だが、それは現実世界の話。

俺は、ゲームの世界では人気者なのだ。

 

幼い頃からやる事がなかった俺は、ゲームしかやる事がなかった。 そのおかげで、俺はネトゲで崇められる存在になったのだ。

 

《ごめん。 今日は先約がいるんだ》

 

そう。 今日はもう手伝う人が決まっているのだ。

…えーと…いたいた。

 

《おーい。 堕天使ルシファーさーん》

 

《あ、ユウさん! …よくぞ我が招待に応じてくれた》

 

この人は堕天使ルシファー。 俺のフレンドだ。 結構長い間一緒にゲームしている。

 

《それで? 俺はレベル上げを手伝えばいいんだよね?》

 

《はい! 我と、我の盟友”りんりん”をお願いします!》

 

《り、りんりんです…よろしくお願いします》

 

りんりんさんはオドオドしながら自己紹介をする。 りんりんさんは堕天使ルシファーのフレンドか。

 

《2人のレベルは…ルシファーさんが75。 りんりんさんが70か。 よし。 今日中に90まであげよう!》

 

ちなみに、俺のレベルは250。 カンストしている。

それから、サクサククエストを進めていき、19時になる頃、2人のレベルは90を超えた。

 

《ありがとうございますユウさん! これで我とりんりんは強くなれました!》

 

《いいって事よ。 あ、明日も学校あるから、俺落ちるね》

 

《わ、私も学校なので、失礼します》

 

俺が落ちようとすると、堕天使ルシファーがチャットを送ってきた。

 

《待ってユウさん! あのさ、提案なんだけど! リアルで会ってみない? 我とりんりんはリアルでも友達なんだ!》

 

《へ? リアルで?》

 

《うん! もうユウさんとは結構ゲームしたし! 会ってみたいんだ》

 

そう言ってくる。 前に聞いたが、ルシファーさんは女子中学生らしい。 だから危ない事はないと思う。 しかも、住んでいる地域も一緒だった。

りんりんさんもいい人そうだし……

 

《いいよ。 会ってみようか》

 

《やったー! それじゃあ、駅前の喫茶店に放課後で!》

 

《了解》

 

そう言って、俺はゲームをログアウトした。




いかがでしたでしょうか?

この小説には全員登場させるつもりです! よろしくお願いします!


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2話 「頂点を目指す音楽」

《モカ? 神崎優だけど、もうバイト終わったか?》

 

モカからもらったメアドを打ち、モカにメールを送る。 すると、すぐにメールが返ってきた。

 

《モカちゃんだよー。 早速なんだけど、電話しないー?》

 

俺は、《いいぞ》といい、電話番号を打ち込んだ。 すると、すぐに電話がかかってきた。

 

「もしもし」

 

『もしもしー、ユウ君ー、ユウ君はいつからこっちに来たの?』

 

「ついこの前だぞ、花咲川学園に通ってる」

 

『花咲川学園かー、近いから、また前みたいに会えるね』

 

「そうだな。 …て言っても、皆俺の事覚えてるのか?」

 

モカが覚えていても、他の人が覚えてないんじゃ前みたいな関係にはなれない。

 

すると、モカの声色が真面目なものに変わった。

 

『皆覚えてるよ。 ユウ君を忘れた事なんて一度もないから』

 

「お、おう…ありがとな」

 

皆覚えてくれてるのか…純粋に嬉しい。 モカ達は最初に出来た友達だからな。

 

『そうだ、今度また皆で集まろうよー。 ユウ君土曜日あいてる?』

 

「あぁ、何も用事ないぞ」

 

『それじゃあ土曜日のお昼に、今日会ったコンビニに来てねー』

 

「了解だ」

 

そのあとは普通に会話をし、電話を切って寝た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

次の日も何事もなく進み、放課後になり、教室を出た。 相変わらず誰とも話す事はない。 だが、今日の俺はノリノリだ。 なんたって待ち合わせの約束があるからな。

 

「きゃっ…!」

 

「わわっ!」

 

ウキウキしながら歩いていると、下駄箱付近で誰かとぶつかってしまった。

 

俺は倒れる事はなかったが、向こうは倒れてしまった。 黒髪ロングで、清楚なイメージがある女の子だった。

 

「す、すみません! 俺見てなくて…」

 

「い、いえ…私こそ…それじゃあ私、急いでるので!」

 

そう言うと、黒髪の女の子は走っていってしまった。 …可愛い人だったなぁ……

 

「あっ! 俺も時間やべぇ!」

 

もうすぐ待ち合わせ時間だ。 俺は素早く靴を履き替え、一旦家に帰って着替えてから、待ち合わせ場所に向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「えっと…喫茶店はここ…だよな」

 

言われた通りに駅前の喫茶店に入る。 …そう言えば俺、堕天使ルシファーさんの顔知らないや…どうやって会えばいいんだよ!

時間的にはもう着いているはずだ。 えっと女子中学生…女子中学生は…

 

「あっ」

 

「あっ! ユウさんですか!?」

 

店内に1人だけ、中学生っぽい女の子がいた。 その子は俺と目が合うとそう言ってきた、紫色の髪をした可愛らしい女の子だ。

 

「堕天使ルシファーさん?」

 

「はい!」

 

俺はとりあえずルシファーさんの前に座り、カフェオレを注文する。 苦いのは苦手なんだ。

 

「りんりんはもうすぐ来ると思うので、先に自己紹介しちゃいましょう!」

 

「そうだね」

 

「私は…いやっ、我は魔界から君臨せし…えーっと…君臨せし堕天使の王。 宇田川あこ!」

 

頑張って厨二っぽい言葉を使おうとしたんだな……

宇田川あこちゃんか。 ……ん? 宇田川…? あこ…?

 

「…あ、あれ…? あこちゃんってもしかして、お姉ちゃんいる?」

 

「はい! お姉ちゃんいますよ! あれ? なんで知ってるんですか?」

 

「やっぱりあこちゃんか! 俺、神崎優! 覚えてるかな? 昔よく巴と一緒に遊んだんだけど」

 

そう言うと、あこちゃんは俺の顔をジッと見る。 …まぁ、覚えてないよなぁ…あの時は俺は小4で、あこちゃんは小3だったからな。

 

「あーっ! ユウお兄ちゃんだ! 4年生の時に転校しちゃったユウお兄ちゃんだよね!?」

 

「覚えてたんだ! 大きくなったなぁ…」

 

まさか覚えてくれているとは思わなかった。 あこちゃんとは巴の家に行った時によくゲームをして遊んだんだよなぁ…

 

そのあこちゃんと知らない内にゲーム内で会っていたとは…

 

「いつこっちに帰ってきたんですか?」

 

「ついこの前だよ。 今は花咲川学園に通ってる」

 

「おー! お姉ちゃんにはもう会いました?」

 

「いや、まだ会ってないよ。 昨日久しぶりにモカに会ったくらいかな」

 

「お姉ちゃんに言ったらきっとびっくりしますよ!」

 

そう言って楽しそうに笑う。 昔と何も変わってない。

あー、早く土曜日にならないかなぁー、早く皆に会いたい。

 

「あっ、りんりんだ! おーい、りんりんこっちだよー」

 

「あこちゃん、ごめんね遅れて」

 

りんりんと呼ばれる人が来たみたいだ。 俺は声がした方に顔を向けると…

 

「「…えっ」」

 

俺とりんりんさんの声がかぶった。 りんりんさんは黒髪ロングで清楚なイメージがある女の子で、さっき下駄箱付近でぶつかった女の子だった。

 

つまり、俺はりんりんさんと同じ学校の生徒だったらしい。

 

「えっと…ユウさん、ですか…?」

 

「は、はい。 えっと…りんりんさん?」

 

「はい…」

 

……こんな事もあるんだなぁ…

目の前ではあこちゃんが俺とりんりんさんを交互に見ている。

まずは自己紹介をしないとな。

 

「初めましてりんりんさん。 神崎優です。 花咲川学園の1年生です」

 

りんりんさんはあこちゃんの隣に座り、下を向きながら

 

「し、白金燐子、です。 花咲川学園の…2年生です」

 

「えっ…」

 

え? 2年生…? 白金さん先輩だったの!?

俺が驚いていると、あこちゃんがスマホを取り出した。

 

「じゃあ早速ゲームしよ! ユウお兄ちゃんはモン◯トやってる?」

 

「え? あぁ、やってるよ」

 

「じゃあマルチやろうよ! ほらりんりんも!」

 

「う、うん」

 

俺と白金さんもスマホを取り出し、モン◯トを起動した。 暇な時はずっとモン◯トをやっていたから、結構強い自信がある。

 

あこちゃんが部屋を作り、俺と白金さんが部屋に入る。

 

堕天使ルシファー。 使用キャラ、ルシファー。ラック5

 

りんりん。 使用キャラ、パンドラ。 ラック5

 

ユウ。 使用キャラ、ルシファー。 ラック運極

 

「え!? ユウお兄ちゃんルシファー運極!?」

 

「あぁ、ガチャ引きまくってたらこうなった」

 

「か、課金したんですか…?」

 

「いや、無課金ですよ? イベクエとかクリアして、オーブ貯めました」

 

今までのイベントは全てやってきたし、イベントキャラは全て運極だ。

なにせ時間は沢山あったからな!

 

その後は3人でサクサククエストを進めていった。

 

「じゃあもう終わりにしようか! ユウお兄ちゃんにフレンド申請送ったよ!」

 

「私も、送りました」

 

「オッケー、承認しとくよ」

 

時刻はもう直ぐ6時になるところだった。

 

「そうだりんりん! 明日の練習って放課後だよね?」

 

「うん。 放課後にライブハウスだよ」

 

…ん? ライブハウス?

 

「え? 2人ともライブするの?」

 

「あ、ユウお兄ちゃんに言ってなかったね。 あことりんりんはバンドやってるの! あこはドラムで、りんりんはキーボード!」

 

バンドか。 あこちゃんは分かるが、白金さんは意外だった。

でも、他人と何かをやるっていうのはいい事だと思う。 すごく羨ましい。

 

「へぇ、凄いじゃん! 今度聞いてみたいな」

 

「あ、じゃあ明日練習見にくる?」

 

「え!? いいの!?」

 

「多分大丈夫だと思うよ! 」

 

そして、明日の放課後、あこちゃんの所属するバンド、Roseliaの演奏を見に行くことになった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

次の日の放課後、俺はあこちゃんと待ち合わせする為にライブハウスCiRCLEへやってきた。 ライブハウスなんて来たことがなかったから凄く緊張している。

 

音楽は学校の授業でしかやった事がない、評価はいつも5だったが、楽器はリコーダーくらいしか吹けない。

 

「あ、ユウさーん!」

 

あこちゃんが手を振りながらやってきた。 さすがにお兄ちゃんはまずいから、さん付けにしてくれと頼んだのだ。

あこちゃんの隣には白金さんもいる。

 

「早速入ろ!」

 

「友希那さんにはもう話してあるので、行きましょう」

 

どうやらバンドメンバーには話してくれているらしい。 まぁいきなり知らない奴が入ってきたらビビるもんな。

 

あこちゃんについていって受付をすませ、Roseliaの練習部屋に入る。

 

「お疲れ様でーす!」

 

「お疲れ様…です」

 

2人がそう言って入る中、俺はお辞儀しながら中に入った。

 

部屋の中には3人いた。 銀髪のクールそうな女の子と、茶髪のギャル風の女の子と、水色の髪の真面目そうな女の子だ。

 

「き、今日見学させてもらう予定の神崎優です! よ、よろしくお願いします!」

 

あこちゃんによると、全員2年生らしい。 だからめちゃくちゃ緊張している。 しかも全員女の子とか…

 

「話は聞いているわ。 私は湊友希那。 Roseliaのボーカルよ」

 

「私は氷川紗夜。 Roseliaのギターをやってます。 くれぐれめ練習の邪魔だけはしないでくださいね」

 

「あたしは今井リサ! ベースやってるよ〜。 優だね、よろしく!」

 

なんというか…今井さん以外の2人の雰囲気が凄い。 同じ高校生とは思えないくらいだ。 それだけ音楽に対する思いが強いんだろう。

 

…俺も、これくらい何かに一生懸命になれるものがあればいいのに…

 

「それじゃああこ、燐子。 早速準備して」

 

あこちゃんと白金さんが素早く楽器の準備をし、演奏する準備に入る。

 

俺は、5人の正面にパイプ椅子を置いて座っている。 ……凄く緊張する。 ライブなんて見た事がないし、こんなに近くで演奏を聴いたこともない。

 

「それじゃあいくわよ。 BLACK SHOUT」

 

演奏が始まった瞬間、俺の身体中が震えあがった。 あこちゃんの力強いドラム、白金さんの正確なキーボード、今井さんの下から支えるようなベース、氷川さんのプロ顔負けなギター。 どれも凄いが、なによりも湊さんの歌声だ。

 

力強くも、どこか寂しさを感じさせる歌声は、俺の心を掴むには十分すぎるものだった。

 

演奏が終わり、5人がふぅ…と息を吐く。

 

「…す、すげぇ…」

 

思わずそう呟いてしまった。 もっと他に感想を言うべきなんだろうが、それしか出てこない。

 

「どうだったかしら、Roseliaの、頂点を目指す音楽は」

 

湊さんがそう言ってくる。 俺は、素晴らしかったと素直に伝えようとした。 だが、口から出てきたものは予想外のものだった。

 

「演奏は素晴らしかったです。 でも、素晴らしいからこそ、少しのミスが目立ってしまっています」

 

…え、俺は何を言ってるんだ…?

 

「まず、あこちゃん。 あこちゃんは力強くドラムを叩きすぎて、後半バテちゃってるね。 だから体力をつけるか、力を弱めるかした方がいいと思う。

次に白金さん。 白金さんはミスはないけど、あこちゃんの逆で音が小さい気がする。 正確さを重視して、音が小さくなっています」

 

湊さん達が目を見開いている。 …こんな事言いたくないのに、口が勝手に動いてしまっている。

俺は音楽の知識なんてないのに…

 

「今井さんは、サビの部分やテンポが早い箇所になるとミスが多くなります。 なので、早弾きが出来るようにした方がいいと思います。

氷川さんは、先走りすぎてる気がする。 他の楽器を置いてけぼりにしちゃってるから、もっと皆に合わせるといいと思います。

湊さんは…パーフェクトです」

 

なにがパーフェクトだ。 上から目線すぎるだろ俺!!

と、とりあえず謝らないと…!!

 

「す、すみません俺…! 本当はこんな事言うつもりじゃなかったんですけど…! なんか勝手に…」

 

「ユウ…と言ったわね」

 

湊さんが静かに呟き、俺の前に来る。 あぁ…これは怒られるパターンだ。

 

「…あなた、音楽の経験は?」

 

「な、ない…です」

 

「音楽に興味を持った事は?」

 

「ない…です」

 

「そう……」

 

なんで湊さんはこんな事を聞くんだろう。 湊さんは何かを考えているらしく、目を閉じている。

そして、目を開けると、俺をまっすぐ見た。

 

「ユウ。 あなた、Roseliaのサポーターになってくれないかしら」

 

「……へ?」

 

サポーター…? サポーターってなんだ…?

 

「あなたは、音楽の経験がないのに正確に私達の音楽を分析し、ダメ出しをした後に改善策を用意した。 あなたとなら、最高の音楽を作れる気がするの」

 

「え…いや、でも俺楽器の事なんて分かりませんし…」

 

「あなたはただ、私達の音楽を聴いて、気になった所を指摘してくれればいいわ。 …あなたには多分、音楽の才能がある」

 

音楽の才能…? 俺にそんなものがあったのか…?

湊さんは、俺に右手を差し出してくる。

 

「ユウ、どうかしら? Roseliaと共に、頂点を目指してみない?」

 

…なにかに一生懸命になれる人達を、ずっと羨ましいと思っていた。 そして今、音楽に一生懸命になっている人に、一緒にやろうと誘われている。

 

……これはもう、やるしかないだろ。

 

「俺でよければ、喜んで協力します!」

 

俺は、湊さんの手を握り返した。

 

「ようこそ、Roseliaへ」

 

この日、俺に初めて、居場所が出来た。



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3話 「変わらない幼馴染達」

俺がRoseliaに加入した日、帰りに俺は本屋で楽器に関する本を買った。 やっぱりサポーターなら楽器の事を知らなきゃダメだもんな。 幸い、時間は沢山ある。

 

時刻はもう6時前。 当然夜飯など用意していない。

……なに食べようかな。 流石にもうコンビニ弁当は飽きたぞ…

 

そう思いながら歩いていると、ふとある店が目に入った。

 

「やまぶき…ベーカリー?」

 

名前からしてパン屋なのは分かる。 そして、店から香るパンの匂いが、俺を誘惑した。

そして確信する。 ここのパンは絶対美味い。 と。

 

俺は、やまぶきベーカリーの扉を開け、中に入る。

 

「いらっしゃいませー」

 

すると、同年代くらいのポニーテールの女の子がそう言ってきた。

1人で店番だろうか、偉いなぁ……ん?

 

「あれ…」

 

この人、俺と同じクラスの人だよな……向こうも同じらしく、俺をジッと見ている。

 

「えっと…神崎君?」

 

「やっぱり、山吹さんか。 あっ、だからやまぶきベーカリーか」

 

「学校では話したことなかったよね。 私、山吹沙綾」

 

別に名前は知ってるが…これは自己紹介する流れだよな。

 

「俺は神崎優。 学校ではボッチやってます」

 

「あはは! なにそれー!」

 

山吹さんが笑う。 お、どうやらウケたみたいだ。 危うく冷たい視線をあびるかと思ったが、山吹さんは優しい女の子らしい。

 

「そういえば、神崎君っていつも1人だね。 友達作らないの?」

 

「作ろうと思って友達が作れたらボッチなんてやってないよ」

 

そう言いながらトレーにパンを置いていく。 チョココロネ美味そうだな…3個買っていこう。

 

チョココロネ以外のパンも乗せ、合計10個のパンをレジに持っていった。

 

「ならさ、私と友達になる?」

 

山吹さんは会計をしながらそう言ってきた。 俺は数秒停止し…

やっと今言われた言葉を理解する。

 

「ま、マジですか…?」

 

「マジマジ。 せっかくの機会だし、仲良くなりたいじゃん? まぁ、嫌ならいいけどね…」

 

「い、嫌じゃないですはい!! お友達からよろしくお願いします!」

 

「うん! 」

 

あれ…? 俺はいまプロポーズ紛いの事を言ってしまったのでは…?

…まぁ、山吹さん気づいてないし、いいか。

 

「それじゃあ、これからは私のこと沙綾って呼んでね。 私も優って呼ぶから」

 

「えっ…流石に名前呼びはハードルが高い…」

 

「頑張って慣れて!」

 

その後、パンの会計を済ませ、山吹ベーカリーを出た。

まさかパンを買ったら友達が出来るとは思わなかった。

 

山吹さ…沙綾いい人だなぁ…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ようやくこの日がやってきた。 土曜日! いつもなら家でゴロゴロしている昼! だが今日は違う! 俺には予定があるのだ。

 

モカと待ち合わせする予定のコンビニの前に立ち、モカを待つ。

 

……約束の時間まで後1分……モカは来ない。

 

「…あ、あれぇ〜…? 」

 

……約束の時間まで後30秒……モカは来ない。

 

「まさかモカの奴…寝坊…?」

 

……約束の時間まで後10秒……モカは来……。

 

「ユウく〜ん。 お待たせ〜」

 

「……相変わらずだなぁ…」

 

約束の時間はオーバーしてないから文句は言えない。 流石マイペースのモカ。 昔から変わってない。

 

逆にキビキビ動くモカとか想像出来ない。

 

「それじゃあ行こうか〜、もう皆待ってるから」

 

「そういえば、どこに行くんだ?」

 

「あれ? 言ってなかった〜? ライブハウスだよ〜」

 

……んん? ライブハウスだと…?

 

「え? モカってライブするのか?」

 

「ん〜? あたし達バンドやってるの〜。 幼馴染バンドってやつ〜?」

 

バンド……あこちゃん達もバンドやってたし…偶然って怖いなぁ…

って事はあれか、宇田川姉妹は2人共バンドやってるわけか。 すごいな宇田川姉妹。

 

「それじゃあ、れっつごー」

 

「お、おー」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この前と同じライブハウスに来て、受けつけを済ませ、モカが所属するバンド、Afterglowが居る部屋の前に来た。

 

やばい、緊張する。 小4から会ってないから、6年ぶりの再会か。

 

「すー…はー…すー…はー……だめだ、まだ心の準備が…」

 

「やっほー、ユウ君連れて来たよ〜」

 

「ちょ! まだ準備が…」

 

モカが扉を開け、中に入っていく。 俺も慌てて中に入ると……

 

懐かしい4人がいた。

 

俺を見て微笑んでいる宇田川巴。 巴には昔よく世話になったなぁ…道に迷った時とか助けてもらったりした。

 

俺を見て目をキラキラさせている上原ひまり。 ひまりは昔から明るくて、よく俺に話しかけてくれたから、退屈しなかった。 今も変わってないみたいだ。

 

俺をジーッと見ている羽沢つぐみ。 つぐは大人しいが、とても優しい女の子だった。 俺を仲間に入れてくれたのもつぐだったな。

 

俺をジーッと睨んでいる……えっ…えええぇぇっ!?

 

「ちょっ、蘭だよな!? どうした髪の毛!?」

 

美竹蘭。 幼馴染思いで、優しいツンデレの女の子。 …だったはずだ。 あれ…? 蘭さんグレちゃったの!?

 

「…うるさい。 いろいろあったの」

 

「あ、よかった。 蘭も変わってねぇな。 というか、ますますツンデレっぽくなったな。 またデレを見せてくれ」

 

「なっ…! デレないし! マジキモい」

 

「おぉ……昔の可愛げのある罵倒も良かったが、成長した罵倒もなかなかよろしい」

 

「…マジでキモい」

 

あぁ懐かしい。 皆変わってないなぁ…いや、姿は変わってるけどな。 皆女の子らしくなっちゃって……

 

ひまりなんて立派な物をお持ちになって…

 

「ははは! ユウは相変わらず面白いな! また会えて嬉しいよ」

 

「巴…! 俺も嬉しいよ。 あ、そういやあこちゃんにも会ったよ、相変わらずいい子だな」

 

「あぁ、あこから聞いたよ。 ユウが帰ってきたのを聞いた時はびっくりしたなぁ」

 

そう言って、巴と握手する。 巴との握手は挨拶みたいなものだ。

 

「ユウ! 久しぶり! また会えて嬉しいよ!」

 

「俺もだよひまり。 前は急に転校して悪かった。 ひまりなかなか泣き止んでくれなかったよな」

 

「うっ…だってもう会えないと思ったんだもん」

 

俺が引っ越す日、ひまり達は全員見送りに来てくれた。 5人とも泣いてしまって、ひまりだけ最後までずっと泣いていた。

 

……まぁ、俺も別れた後車の中で号泣したんだけどね。 流石に女の子の前では泣きたくなかったし。

 

「ユウ君…! おかえりなさい! また一緒に遊べるね」

 

「つぐ…そうだな。 あ、こんどつぐの店行くよ」

 

「うん! 来て来て! ユウ君が好きな甘いカフェオレ作ってあげるから。 どうせまだ苦いのダメなんでしょ?」

 

「うっ…ま、まぁな…甘い物は大好物だぜ」

 

つぐの家は珈琲屋を経営していて、つぐは昔から手伝いをしていた。 俺はよくつぐの珈琲屋に遊びに行っていて、いつも俺だけ特別メニューの甘いカフェオレをもらっていた。

…あれ凄く美味いんだよなぁ…

 

「………」

 

「……あれ…? 蘭、なんかないの?」

 

「…別に…言いたい事ないし」

 

「…え、ろ、6年ぶりだぜ…? 」

 

「別に、また会えるし」

 

蘭は俺の方を見ずにギターを触っている。 …あれぇ…? もしかして俺、思ったより蘭に気に入られてない…?

 

「おい蘭。 なに我慢してるんだよ。 ユウがくるまでずっとソワソワしてただろ?」

 

巴がそう言うと、蘭がピクッと反応する。

 

「そうだよ蘭! チラチラ時計見てたじゃん!」

 

ひまりがそう言うと、蘭の身体が震えだす。

 

「蘭ちゃんさっき扉越しにモカちゃんの声聞こえた時、一瞬笑顔になったよね?」

 

つぐがそう言うと、蘭がギターを置き、勢いよく立ち上がる。

そして、顔を真っ赤にして振り向く。

 

「…わお、髪の色と同じくらい顔真っ赤だぞ」

 

「うるさいバカユウ!! ………おかえり…」

 

最後にボソっと蘭が呟いた言葉を、俺は聞き逃さなかった。

 

「…お、おう…蘭…デレの破壊力強すぎるぜ…」

 

危うく鼻血出るところだった。 蘭のやつ…ツンデレに磨きがかかっていやがる。 侮れない存在になったな。

 

「…もうこの話は終わり! 早く練習始めよ! …モカはパン食べないで」

 

蘭の視線の先で、モカはパンを頬張っている。

 

「ふえ? はっへはんほいひいんはほん(え? だってパン美味しいんだもん)」

 

…相変わらずマイペースだなぁ……

 

 




蘭ちゃん本当に可愛い。 バンドリは可愛いキャラが多いですね!


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4話 「Afterglowに入る資格」

現在、俺の目の前では蘭たちが楽器の準備をしている。 この光景はRoseliaと同じだ。 だが、AfterglowにはRoseliaとは違う所があった。

 

ボーカルの蘭がギターを持っているのだ。

バンドの中には歌いながらギターを弾く人もいるらしいが、まさか蘭がそんなに器用だったとはなぁ…

 

とはいえ、ぶっちゃけ言うと、凄く楽しみだ。 Afterglow…俺の幼馴染達はどんな演奏をするんだろう。

 

「…準備出来たね。 それじゃあいくよ」

 

蘭がそう言うと、皆一斉に楽器を構えた。

 

「…True color」

 

Afterglowの演奏が始まった。 これまで静かだった室内は、一気に音で埋め尽くされた。

 

巴の安定感のあるドラム。

ひまりのしっかりと音楽を支えるベース。

つぐの一生懸命弾いているのが伝わってくる綺麗な音色のキーボード。

モカの普段からは想像出来ないような激しいギター。

蘭の心に響いてくるような歌声。

 

Afterglowというバンドは、音のバランスが素晴らしかった。 幼馴染というのもあって、息がピッタリだ。

 

「…ふぅ。 どうだった?」

 

歌い終わった蘭がステージを降り、俺の前に来る。

 

「…凄かった。 もっと聞いてみたいと思ったくらいだ 」

 

「…そう。 それはよかった」

 

だが、また俺の口が勝手に喋り出した。

 

「確かに凄かった。 けど、ミスが多いな。 巴とモカはミスが少なかったけど、つぐとひまりはミスが目立ってる。 一回ミスると直ぐに修正出来ずに連続でミスしてしまってる。 だから、自分が苦手な所を何回も練習するべきだと思うよ。

蘭は、他の人がミスするとその人が気になって歌に集中出来てない。 だから、もっと歌だけに集中出来るようになるべきだ」

 

まただ。 なんなんだこれは!? 頭で考えてない事が勝手に口から出てくる。

俺は演奏を聴いている時はミスとかいちいち考えずに聞いていたはずなのに…

 

「ご、ごめん皆! なんか俺勝手に…」

 

「…確かに…ユウの言う通りかも」

 

「うん…あたしミスすると焦っちゃうんだよねぇ…」

 

「私も…でもユウ君よく気づいたね」

 

皆怒ってないみたいだが、失礼な事には変わりないよな…あぁーなにやってんだ俺は!!

 

「それじゃあユウ。 明日からよろしくね」

 

「…ん? なにがだ?」

 

「え? 私達のサポートだよ 」

 

「へ? サポート? 聞いてないぞ?」

 

俺がそう言うと、蘭がキョトンとした後、モカを見る。 モカは首を傾げている。

 

…まさか…

 

「まさかモカ。 ユウに加入の事言ってないの?」

 

「………あ、忘れてた〜」

 

「はぁ…大事な事なのに…」

 

蘭が肩を落とす。 その後、蘭はまた俺の目をまっすぐ見る。 力強い目だ、昔から変わってないなぁ〜

 

「それじゃああたしが言うよ。 ユウ、Afterglowに入って」

 

「…俺、楽器演奏出来ないぞ?」

 

これほど自分を憎んだことはない。 楽器さえ弾ければ蘭たちと演奏出来たのに。 練習する時間は腐るほどあった。 俺がもっと早く音楽に興味を持っていれば…

 

「ユウはただ入るだけでいい。 そして、できれば私たちの演奏を聴いて、意見がほしいの。 もともと、Afterglowは幼馴染の集まる居場所を作る為に結成したバンドだから」

 

「…幼馴染の集まる居場所…」

 

「ユウは私たちの幼馴染だから、Afterglowに入る資格はある。 ユウと私達の学校は違うから、学校で会う事は出来ない。だから……え!?」

 

蘭が途中で話すのをやめた。 それは多分……俺が涙を流しているからだろう。

蘭がオロオロしているが、涙は止まらない。

 

この街に帰ってきてからも、俺の居場所はなかった。 これからも同じような日々が続くんだろうと、そう思っていた。

だが、AfterglowとRoselia。 この2つのバンドは、俺を歓迎してくれた。 Roseliaに誘われた時はもちろん嬉しかった。

 

だが、1度離れ離れになった幼馴染からこう言われると…自然と涙が出てきてしまった。

 

それから、Afterglowの5人は俺が泣き止むまで待ってくれた。 巴とつぐは、ずっと俺の背中をさすってくれていた。

……情けないなぁ…

 

「…ふぅ…悪い…もう大丈夫」

 

「そうか!」

 

そう言って巴は俺の頭を撫でてくる。 あれぇ…? 俺は男で巴は女の子なのに、俺なんかより巴の方がカッコいい…だと…?

 

「蘭。 誘ってくれてありがとう。 正直、皆俺の事なんて忘れてると思ってた。 モカと会ったのも偶然だったしな」

 

あの日コンビニでモカと会わなければ、こうして蘭たちと再会出来なかった。 その場合、俺はどうなっていただろう。

 

「蘭たちが俺を幼馴染だと思ってくれてるのは、とても嬉しい。

小学生の時は1年間しかここに居られなかったから、もっともっと蘭たちと話したい。

だから、Afterglowを俺の居場所にしてもいいか?」

 

「…最初からそのつもりだし」

 

「またユウくんと話せるね〜」

 

「今度ユウの為に美味しいスイーツを持ってくるからね!」

 

「学校で会えない分、ここでいっぱい話そうね、ユウ君」

 

「ユウ。 お前はあたしたちの幼馴染で、これからは同じバンドの仲間だ。 よろしくな!」

 

皆にそう言われ、また泣きそうになるが、グッと堪えた。

…よし、全力でAfterglowをサポートしよう。

あいた時間は全て音楽の勉強にあてて、音楽に詳しくなろう。

 

俺はそう、心に決めた。 今まで俺は、何かに打ち込んだ事は一度もなかった。

どうせ習い事をしても、すぐに引っ越す事になるからだ。 いちいち別の地域で習うのも面倒くさいしな。

 

だが、今は違う。 もう俺には居場所がある。 昔とは違うんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あれから、俺はAfterglowの全員と連絡先を交換した。 小4の時はスマホなんて持ってなかったしな。

あと、皆は昔と住んでいる家が変わってないらしい。 だから遊びに行こうと思えばいつでも行ける。

 

…まぁ、蘭の家は正直行きづらいけどな。 絶対に叫べないし。

 

俺は5人をある程度まで送り、別れた。 今は帰宅中だ。

 

「あれ? ユウじゃーん」

 

突然、後ろから肩を叩かれた。 振り返ると、茶髪のギャル風の女の子がいた。

 

「あ、今井さん。 どうも」

 

「もーリサでいいって昨日言ったでしょー? あと敬語もいらない!」

 

「いやでも先輩だし…」

 

「うーん…じゃあ仲良くなったら敬語やめてね!」

 

無茶を言うなぁ……先輩にタメ口とか、考えただけで震える。

歳上には敬意を払うべきなんだ。

 

「まぁ…考えます。 ところで、今井さんは今帰りですか?」

 

今は午後の5時、今井さんは私服姿だ。 買い物でも行ってきたのだろうか。

だが買い物袋を持っていない。

 

「違うよー、バイト帰り! あたしコンビニで働いてるんだー」

 

コンビニか。モカと一緒だな。

 

「なるほど、お疲れ様です」

 

「そんなユウは? どこ行ってたの?」

 

「俺は、幼馴染のバンドを見に行ってました」

 

「ほー! この辺のバンドって、ガールズバンド?」

 

おぉ、よく分かったな今井さん。 …これは加入する事になったって言った方がいいよな。

 

「はい。 Afterglowっていうバンドです。 実は、俺Afterglowのサポーターをやる事になりました。 もちろん、Roseliaのサポーターもやりますよ!」

 

「……えっ…Afterglow? 」

 

今井さんの様子がおかしい。 …あれ? もしかして知ってるのか? まさか仲が悪いとか!?

 

「は、はい…そうですけど…」

 

「うわ偶然だね! あたしモカと一緒のコンビニで働いてるんだよ! へぇ〜ユウはモカたちと幼馴染なんだ〜」

 

…あっ、よかった。 仲が悪いわけではなさそうだ。

ていうか、モカとバイト先一緒ってマジかよ。 今井さんに迷惑かけてないだろうなモカの奴…

 

「あ、あと掛け持ちの件は大丈夫だと思うよ。 友希那ユウの事めっちゃ気に入ってるし!」

 

「湊さんがですか?」

 

「うん! 友希那が他人に興味持つのって珍しいんだよ〜? だから、ユウには本当に音楽の才能があるんだと思う。 この機会に音楽始めてみたら?」

 

音楽の才能…本当にそんなものがあるのか分からない。 だが、何事もやってみなきゃ分からないよな。

 

「実は、ギターを買ってみようと思ってるんです。 この前音楽の雑誌も買って、本格的に勉強しようかなと」

 

「おぉー! ギターいいじゃん! 分からない事あったら紗夜に聞いてみなよ! 紗夜も花咲川学園に通ってるから!」

 

えっ、マジかよ。 氷川さんも花咲川通ってるの!? 知らなかった……

だが、身近にギタリストがいるのは好都合だ。

 

「分かりました。 今度聞いてみます」

 

「うん! あ、じゃあアタシこっちだから、バイバイ!」

 

「はい、さようなら」

 

今井さんと分かれ道で別れ、1人で歩き出す。

 

まずはギターがいるよな……

親からは欲しいものがあったらなんでも言ってくれと言われた。 きっといろいろ連れ回してしまったから、申し訳なく思っているんだろう。

 

正直、バイトをして稼ぎたい気持ちはあるが、そうするとバンドの練習に行く時間が減る。 それでは音楽の事を学べない。

 

だから、申し訳ないが、親を頼らせてもらおう。

 

『お金は働いたら必ず返すから、ギターを買って下さい。』

 

と、家に帰ってから父親にメールを送った。 すると数十分後にメールが返ってきた。

 

『今お前の口座に50万振り込んだ。 これで好きなものを買いなさい。』

 

……はぁ!? 俺は直ぐに父親に電話をかけた。 父親は直ぐに電話に出た。

 

「父さん! 50万もいらないよ! 安いギターで十分だから!」

 

『いいや。 ユウには悲しい思いばかりさせてきたからな、ユウのワガママならなんだって聞いてやる。 ちなみに、母さんも同意見だ』

 

「……はぁ…分かったよ。 ありがたく受け取る。 ありがとう」

 

『あぁ、それにしても、急にギターなんてどうしたんだ?』

 

父親がもっともな疑問を口にする。

 

「俺が小4の時、よく遊んでた女の子達が居ただろ?」

 

『あぁ。 確か蘭ちゃん達だよな? あ、そういえばお前が通ってる学校は…』

 

「そう。 蘭たちに会ったんだ。 それで、蘭たちはバンドをやっててさ、俺をそのバンドに入れてくれたんだ。 だから、この機会に音楽を始めてみようかなって」

 

『なるほどな。 やるからには、しっかりやるんだぞ』

 

「分かってる。 それじゃあ、切るよ。 おやすみ」

 

そう言って電話を切った。



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5話 「開花する才能」

期間が空いてしまいすみません!


今、俺は花咲川学園の2年生教室の前にいる。 時刻は放課後、放課後になってすぐに来たから、まだ生徒は沢山残っている。

 

なぜ俺が2年生教室の前にいるかというと、氷川さんに会うためである。 今日はRoseliaの練習もAfterglowの練習もない。 だから俺は氷川さんにギターを教えてもらおうと思ったのだが…

 

「……なんて言って入ればいいんだ…」

 

緊張して動けずにいた。 さっきから先輩達が俺をチラチラ見ながら通り過ぎて行く。

まず氷川さんが何組か分からない。

 

「あれ? 君1年生だよね、どうしたの?」

 

俺がオドオドしていると、ピンク色の髪をした可愛らしい女の子に話しかけられた。 ここにいるって事は先輩だよな…

 

「あ、あの…ひ、氷川さんって居ますか…?」

 

「氷川…? あ、紗夜ちゃんか! 居るよ、ついてきて!」

 

そう言って、ピンク色の髪の女の子はある教室に入っていく。 良かった、優しい人だ。

 

俺も教室の中に入ると、氷川さんはもう帰る準備をしていた。

 

「あ、紗夜ちゃん! この人がお話しあるんだって」

 

「丸山さん。 私に話ですか? …あ、神崎さん」

 

氷川さんが俺に気づく。 そういえばバンド以外で会うのは初めてか。 今井さんは話しやすい人だが、氷川さんは…正直話すのが怖い。 もし怒らせてしまったらどうしよう。

 

「私になにかご用ですか?」

 

「は、はい! えっと…俺にギターを教えて下さい!」

 

「……ギター、ですか?」

 

氷川さんが確認するように言ってきたので、俺は静かに頷く。

氷川さんは少し考えると…

 

「確か、神崎さんは音楽の経験がなかったんですよね。 ギターに触ったこともないでしょう?」

 

「は、はい…」

 

「なぜ、急にギターをやろうと思ったんですか?」

 

「実は、RoseliaとAfterglowの演奏を聴いて、音楽に興味が出てきたんです。 それで、自分も音楽をやりたいと思って…それで、考えた結果、ギターをやりたいと思ったんです。

ギターは、バンドのメイン。 ギターがなければ何も始まらない。 だから、音楽をやるならギターをやりたいなと…」

 

氷川さんは、また考え込む。 …やっぱり、無理かなぁ…氷川さんは自分の練習で忙しいし、素人に教えている時間なんて…

 

「分かりました。 練習の合間でいいなら、教えます」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「はい。 湊さんは貴方には音楽の才能があると言ってましたし、その才能がどんな物か、興味があります」

 

うわぁ…これはハードルが高いぞ…これで全然出来なかったら呆れられるよな…

 

「では、ギターを買いに行きましょう。 失礼ですが、予算はどれくらいですか?」

 

「えっと…50万…です」

 

一瞬氷川さんが驚いた顔をするが、すぐにいつもの冷静な表情に戻る。

 

「なるほど。 では最初なので、あまり高いギターは買わず、初心者向けのセットを買いましょう。 5万円くらいで揃うはずです」

 

確かに、いきなり50万のギター買って、弾けないから諦めます〜なんてなったら勿体無いもんな。

やっぱりギター経験者に聞いてよかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、俺と氷川さんは江戸川楽器店という楽器専門店にやってきた。

 

店内にはギターやベースはもちろん、アンプやピックなど様々な物が置いてあった。

まさか俺がこんな店に入る日が来るとはなぁ…

 

「さて、神崎さん。 初心者セットはここら辺です。 好きなギターを選んで下さい」

 

氷川さんに案内された台を見ると、"ギター初心者セット!"と書かれているギターが沢山あった。

内容は、ギター1本、ピックが2個、変えの弦、アンプなどが付いて5万円。

 

好きなギターを選べって事は、色だよな?

 

「……決めた! このギターにします!」

 

俺が指差したのは、真っ黒のギターだ。 例えるなら、モカのギターに似てるな。

まぁ、モカのギターはもっと高いんだろうけど。

 

その後は、店員さんを呼んで軽い説明を受けたあと、ギターのストラップ、ギターケースを買い、店を出た。

 

俺の右肩にギターの重みが加わる。 ギターって意外と重いんだなぁ…

 

「さて、ギターは買えましたが、もう夕方です。 なのでギターの練習は明日にしましょう。 明日はRoseliaの練習があります。 空いた時間にギターを教えますので」

 

時計を見れば、もう17時になる頃だった。

 

「氷川さん、今日はありがとうございました! 家まで送ります!」

 

「いえ、お構いなく。 ここから近いですし、まだ明るいですから」

 

氷川さんはそう言うと、少し微笑み、軽く頭を下げてから歩いて行った。

 

俺は、明日の練習を楽しみにしながら、家に帰った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギターを買った次の日、俺は朝の9時30分にライブハウスに着き、Roseliaの機材の準備をしていた。

まぁ、準備って言っても簡単なものだけどな。 機材に関しては本で勉強したかいがあった。

 

今日は土曜日で、Roseliaの練習は10時からになっているが、俺は30分早く来ていたのだ。

今日はRoseliaのサポーターとしての記念すべき最初の日であり…

 

「…初めて、ギターを弾く日…!」

 

端っこに置いた俺のギターを見ながら呟く。

 

それからも機材の準備をしていると、時間の10分前に部屋の扉が開いた。

入って来たのは、湊さんと氷川さんの2人だ。 2人は俺を見ると一瞬驚いた顔をした。

 

「ユウ…早いのね。 おはよう」

 

「神崎さん、おはようございます」

 

「湊さん、氷川さん。 おはようございます!」

 

湊さんは準備されている機材をじっと見たあと、俺に視線を合わせた。

 

「…この機材は、ユウが準備したの?」

 

「はい! これでもサポーターですからね! 本を読んで勉強しました!」

 

そう言うと、湊さんはマイクやアンプのコードを細かく見ていく。

そして一通り見た後…

 

「…ありがとう。 機材の準備をしてくれるのはすごく助かるわ」

 

そう言いながら、湊さんはマイクスタンドの高さを少し下げた。

……すみません。 高すぎましたね…

 

「紗夜から聞いたわよ。 ギター買ったんでしょう?」

 

「はい!」

 

俺と湊さんが話している間に、氷川さんは自分のギターをアンプに繋ぎ、音量調整を始める。

やはり様になってるなぁ…! 昨日鏡の前で構えてみたが、ビックリするくらいダサかった。

 

そして、時間の3分前、部屋の扉が勢いよく開いた。

入って来たのは、あこちゃん、白金さん、今井さんだった。

 

「おっはよ〜!」

 

「おはよーございます!」

 

「おはよう…ございます」

 

3人が挨拶をすると、氷川さんがギターの音量調整を中断する。

 

「遅いですよ。 5分前には部屋にいるようにと言ったはずですが…?」

 

「いや〜ごめんね! すぐ準備するから…ってあれ!? もう準備されてるよ!?」

 

「あー! あこのも準備されてる! りんりんは?」

 

「私のも…されてるよ」

 

「神崎さんが準備してくれていたんですよ」

 

氷川さんがそう言うと、3人は俺を見てお礼を言ってきた。

それに湊さんが、「いいから、早く練習を始めましょう」と言い、Roseliaの練習が始まった。

 

まずは個人で好きなように練習していた。 部屋の中に様々な音が響く。

ぶっちゃけると、俺は暇だった。

 

俺の仕事は、Roseliaの機材の準備、それと飲み物の用意をする事。

そして、Roseliaの曲にアドバイスをする事だ。

俺なんかがアドバイスをしていいのかと不安になるが、湊さんが「大丈夫よ。 遠慮なく言いなさい」と言ってきたのだ。

 

「……そろそろ。 合わせましょうか。 皆、準備はいい?」

 

湊さんが言うと、皆ピタリと静止し、静かに頷く。

そして、湊さんは立っている俺を見る。俺も静かに頷く。

 

「それじゃあ行くわよ……BLACK SHOUT」

 

白金さんのキーボードから始まり、曲が始まった。 俺は、曲を聞きながら全員の手元、特に氷川さんの手元を集中して見ていた。

 

「例え明日が〜」

 

あっ…今あこちゃんワンテンポ遅れたな。 疲れか? いや、あれは力の入れ過ぎだな。

 

「行き止まりでも〜」

 

…今度は今井さんが少しタイミングが速いな。 早弾きしようとしてミスったか。

 

白金さん、氷川さん、湊さんは指摘するほどのミスは無いな。

 

演奏が終わると、皆ふぅ…と息を吐く。

俺は拍手をしながら皆の元へ近づく。

 

「やっぱり凄いです! こんな演奏がいつも聞けるなんて幸せです!」

 

「ありがとう。 それでユウ。 何か気になる事はあったかしら?」

 

湊さんがそう言うと、俺は静かに頷き、あこちゃんの近くに行く。

あこちゃんは不思議そうに首を傾げる。

 

「あこちゃん。 さっきサビに入る箇所…"例え明日が"の所でワンテンポ遅れちゃったよね? その後すぐに修正出来てたけど」

 

あこちゃんはギクッという顔をする。 …あー…怒られると思っちゃってるのかな?

俺は優しくあこちゃんの頭を撫でたあと、あこちゃんの両肩に手を置く。

 

「あこちゃんは、身体全体を使って勢いよくドラムを叩いてるね。 確かに、力強いドラムはかっこいい。 けどね、少し、ほんの少しだけ肩の力を抜いてドラムを叩いてごらん?」

 

「肩の力を抜く…?」

 

「えーと…なんて言えばいいのかな…」

 

あこちゃんが分かりやすい言葉……あこちゃんはよく擬音を使って会話してるよな……よし。

 

「こう…ズガガガーン! って叩いてた所を、ババババーン! って感じで叩く感じ…?」

 

「ババババーン? 分かった! 」

 

そう言うと、あこちゃんはさっき間違えて箇所を叩き始める。

…よし。 さっきよりよくなってる。

 

「どう? ユウさん」

 

あこちゃんが不安そうに聞いてくる。

俺はあこちゃんの頭を優しく撫で

 

「うん! 凄く良くなったよ! 」

 

「やったあああ! ユウさん教え方上手いね! 凄く分かりやすかった!」

 

振り向くと、他の4人が口を開けてジッと俺達を見ていた。

俺はそんな視線に構わず、今度は今井さんの前に行く。

 

「ありゃ…アタシかー!」

 

「はい。 今井さん、早弾きしようとして逆に早くなりすぎた箇所がありましたよね?」

 

「あらま、バレちゃってたか〜」

 

今井さんはそう言って小さく笑う。

今井さんはあこちゃんと違って擬音で説明する必要はないよな。

 

「今井さんが早弾きしようとした時、一瞬右手を少し上に上げましたよね? まぁ、数cmですけど」

 

「あーあれね、勢いつければ早く弾けるかな〜って思ってさ」

 

「原因はそれです。 今井さんの考えは合ってます。 でも、それじゃあ勢いがつき過ぎてしまう」

 

俺は、両手で今井さんの右手を握る。 今井さんは一瞬ビクッとしたが、気にしない。

そのまま今井さんの右手の手首を素早く上下に動かす。

 

「この動きを覚えて下さい。 手首を素早く動かせれば、あの箇所を早弾き出来るはずです」

 

手を離し、今井さんを見ると、今井さんは少し頬が赤くなっていた。

……あれ…? 今井さんって結構ピュア…?

ってか、冷静に考えたら何してんだ俺!? 何勝手に女の子の頭と肩と手を触ってんの!?

 

その後、俺が教えた事をいかしてもう一度合わせてみたら、なんとノーミスでBLACK SHOUTを演奏したのだ。

 

「うわ…アタシ…ミスしなかった…!」

 

「あこも! さっきよりやりやすかった!」

 

「あこちゃん…今井さん…良かったですね…! でも…神崎さん…凄い…」

 

白金さんが俺を見る。 まさか俺なんかのアドバイスが役に立つとは…

アドバイスをする時、俺はあまり考えていない。 頭に浮かんだ言葉をそのまま言ってるだけだ。

 

「…お疲れ様。 少し、休憩にしましょう」

 

湊さんが言うと、皆楽器から手を離した。

さて、サポーターの出番だ!

 

皆にタオルと水を配り、椅子を準備する。

はい。 終了。

 

「さて…神崎さん。 早速ギターの練習しましょう」

 

「えっ!? でも氷川さん、今休憩じゃ…」

 

「ご心配なく、まだ弾き足りないくらいです」

 

氷川さんはそう言うと、自分のギターを持つ。

俺もギターケースから真っ黒のギターを取り出し、構える。

 

後から来た3人組は俺のギターを見て驚く。

 

「わぁ! ギターだ! ユウさんギター買ったの!?」

 

「おぉ〜! 早速買いに行ったんだね!」

 

「似合ってます…!」

 

氷川さん以外の4人に見守られながら、氷川さんの前に立つ。

 

「まずは、コードというものから説明します」

 

それから、氷川さんのコードの説明が始まった。

始まったが……

 

全っっっ然分からない。

何フレットって! 何Emって!!

 

俺が困惑してるのが分かったのか、氷川さんは苦笑いする。

 

「…まぁ、最初は難しいですね。 では、私が実際にやってみるので、それを真似して下さい」

 

そう言うと、氷川さんはゆっくりとギターを弾き始めた。

俺は氷川さんの指をジッ見つめ、動き、弦に触れる場所、タイミングを覚えた。

 

「さぁ、やってみて下さい」

 

氷川さんに言われ、俺はゆっくりと、"さっきの氷川さんと同じ音"を奏でた。

…おぉ、ミスらずに出来た。

 

氷川さんを見ると、少し驚いた顔をしていた。

 

「で、では次は少し早くしてみましょう」

 

そして、さっきよりも弦に触れる場所が増え、速度が早くなった。

俺はまた、氷川さんの指をジッと見つめ、動きを完璧に頭に叩き込んだ。

 

先程と同じくノーミスで弾き終えると、それまで黙っていた湊さんが立ち上がった。

 

「…紗夜」

 

「…はい。 "試してみます"」

 

湊さんと氷川さんが意味不明なやり取りをする。

そして、氷川さんが真剣な表情になる。

 

「神崎さん。 今からBLACK SHOUTを弾きます。 さっきと同じように、私のギターを真似して下さい」

 

「えっ…?」

 

氷川さんは、BLACK SHOUTをギターだけで弾き始めてしまった。 俺は当然疑問を抱いたが、すぐに思考を切り替え、氷川さんの指だけに集中する。

 

さっきの練習よりも動きが繊細だ。 1秒間に何回指を動かしているんだ…?

そしてミスがない。 的確に弦を押さえている。

 

BLACK SHOUTの1番を弾き終え、氷川さんは俺を見る。

 

「さぁ、弾いてみて下さい」

 

そう言われ、俺は深く深呼吸をする。 そして、ギターを弾き始めた。

 

さっきの氷川さんの指の動きを思い出し、どのタイミングでどの弦にどの指を置くのか、全てを思い出しながら弾く。

 

周りなんか見えない。 今見えてるのは自分の指と、記憶にある氷川さんの指の動きだけ。

氷川さんの指の動きを完全に真似し、俺は…BLACK SHOUTを弾き終えた。

 

弾き終えた後、立ちくらみを起こし、その場に腰を下ろした。

あこちゃんと今井さんが素早く駆けつけてくれたが、何の問題もない。

 

そして、湊さん、氷川さん、白金さんの3人は、真剣な表情で俺を見ていた。

 

「あの…友希那さん…神崎さんって、今日初めて…ギターに触れたんですよね…?」

 

「えぇ…そうよ。 そして、そんな人がBLACK SHOUTを完璧に弾ける訳がない」

 

「じゃ…じゃあ…」

 

「えぇ。 どうやら、私達はとんでもない天才をサポーターにしてしまったみたいだわ」

 

湊さんと白金さんが話している間。

氷川さんは悔しそうで、今にも壊れてしまいそうな顔で、俺の事を見ていた。

 

だが、肝心の俺は、そんな事に気づかず、ただギターを弾けた事に喜びを感じていた。



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6話 「ブラックコーヒー派VSカフェオレ派 / 初めての喧嘩」

期間が空いてしまいました!
また執筆していきます!!

今回、2話構造のような物になっております!


「えっと…羽沢珈琲店は確か……あった!」

 

今日は土曜日。 家でギターの練習をしていた俺は、息抜きに外出をした。

ギターを買ってから数日が経ち、少しずつギターに慣れてきた。

今では手を見ずに弾ける。

 

外出先に選んだのは羽沢珈琲店。 小4の頃によく通っていたつぐの親がやっているお店だ。

俺は苦いものが飲めないので、いつも甘いカフェオレを貰っていた。

 

その甘いカフェオレを飲みたくなったので、羽沢珈琲店に行く事にしたのだ。

 

「懐かしいなぁ…変わってない」

 

昔となにも変わらない落ち着いた外観。 俺はこの外観が好きだった。

 

ゆっくりと扉を開け、羽沢珈琲店ね中に入る。

中には、数人のお客さんと、接客しているつぐと、つぐのお父さんが居た。 あと、ハーフっぽい長身の女の子も接客をしていた。

 

つぐは、俺を見ると一瞬驚いた顔をしてから、トコトコと俺の元へやってきた。

 

「ユウくん! いらっしゃい! 来てくれたんだね!」

 

「おう。 久しぶりにあのカフェオレを飲みたくなってな」

 

「来るなら連絡してくれれば良かったのに!」

 

「さっき行くって決めたからさ、次来る時は連絡するよ」

 

俺とつぐが話していると、つぐのお父さんがやってきた。

 

「やぁユウくん。 久しぶりだね、覚えてるかな?」

 

「つぐのお父さん! はい! もちろん覚えてますよ!」

 

そう言うと、つぐのお父さんはニコリと微笑んだ。

 

「つぐみ。 ユウくんにカフェオレを作ったら、もう今日は上がりでいいよ。

久しぶりにユウくんとお話ししなさい」

 

「えぇ!? お父さんいいの…?」

 

「大丈夫さ、もうピークは過ぎたし、イヴちゃんもいるしね」

 

「うん…分かった! ユウくん、カフェオレ作ってくるから、あそこの席で待っててね!」

 

そう言うと、つぐはカフェオレを作りにいった。

俺は、つぐのお父さんにお辞儀をした後、つぐに言われた席に座った。

 

カフェオレを待っている最中、蘭からLINEが来た。

 

『暇』

 

……なんだ"暇"って…!! なんて返せばいいんだよ!

 

「そうか」

 

俺はこう返した。 だってなに返せばいいか分からないじゃん!?

 

『今何処にいるの? 家? 』

 

「いや、羽沢珈琲店。 カフェオレ飲みに来た」

 

『つぐの家? 私も今から行く、それまで帰らないでね』

 

どんだけ暇なんだ蘭のやつ…まぁ、これから予定もないし、問題ないか。

 

「りょーかい」

 

蘭に送信すると、つぐがやってきた。

 

「おまたせユウくん。 はい、カフェオレだよ」

 

そう言って、つぐがカフェオレを俺の前に置く。

この店で俺だけの特別メニュー、激甘カフェオレだ。

 

「ありがとなつぐ! いやぁ…久々だぁ」

 

そう言って、カフェオレを少し飲む。

 

「…相変わらず美味いなぁ…」

 

「良かったぁ…久しぶりに作ったから不安だったよ…」

 

つぐは安心したようで、ほっと息をつく。

そして、つぐも自分のコーヒーを飲む。

 

「…なぁ、つぐが飲んでるコーヒーってブラックか?」

 

「違うよ、私も苦いのは無理だから、少しだけ砂糖とミルクを入れてるよ」

 

ユウくん程じゃないけどね。 と一言加えてきた。

 

「ほ〜…コーヒー飲めるなんてつぐは大人だなぁ」

 

「ははは…いつかユウくんも飲めるようになるよ」

 

「んー…だと良いけどなぁ」

 

そんな風に会話をしていると、蘭がやってきた。

蘭は俺たちを見つけると、つぐの隣に座った。

 

「つぐ、ユウ、おはよ」

 

「蘭ちゃんおはよう! ユウくんから聞いたよ。 暇だったんだね」

 

「うん。 家にいてもやる事なくてさ」

 

「でも珍しいね? 蘭ちゃんが自分からLINEするなんて」

 

つぐがそう言うと、蘭はギクッと言う表情になってチラッと俺を見てきた。

 

……蘭が自分からLINEするのは珍しい…?

 

「え? 蘭って自分からLINEしないのか?」

 

「ちょ…その話は…」

 

「うん。 珍しいね。 いつも返信だけで、自分から連絡する事はあまりないかな」

 

「え…いや…蘭めっちゃLINE送ってくるぞ…?」

 

例えば…朝には

 

『おはよ。』

 

とだけ送ってくるし、

昼には

 

『ユウ、ギターの調子はどう? 』

 

とかギターの事を頻繁に聞いてくるし。

夜には

 

『ユウ、まだ起きてる? 』

 

と聞いてきて、返信すると蘭が眠くなるまで暇つぶしにつき合わされるし、しりとりとか。

 

学校中には

 

『授業めんどくさい』

『眠い』

『数学分からない』

『早く休み時間にならないかな』

『早く練習したい』

 

とか授業中にめっちゃ送ってくるし。

なんなら無視すると機嫌悪くなるし。

 

 

俺がそう言うと、蘭の顔が赤くなる。

 

「え…蘭ちゃん…?」

 

「ち…違くて…えっと…」

 

つぐが蘭を見ると、蘭は珍しくオロオロしている。

 

「だ、大丈夫だよ、ひまりちゃん達には言わないから。 ね?」

 

「…つぐ…ありがと…」

 

なんだか知らないが、蘭とつぐに秘密が出来たらしい。

そして、蘭が頼んだコーヒーがやってきた。

 

コーヒー…コ…ヒ……黒!!?

 

「おま…蘭お前…!? ブラック飲むのか!?」

 

「うん。 私苦いの好きだし」

 

「お前…! おま…えぇ…!?」

 

「驚き過ぎだから…。 別にこの歳なら珍しくないでしょ? 」

 

そう言ってブラックコーヒーを少し飲む。 悔しいが様になっている。

 

「はっ! ブラックコーヒーを飲めるからって調子にのるなよ…! それぐらいじゃ俺は認めないぞ!」

 

「別に…調子に乗ってないし。 認めてもらわなくてもいいし」

 

「くっ…大人ぶりやがって…」

 

「私が大人なんじゃなくて、ユウが子供なだけ」

 

「なん…だと…? お前今、カフェオレを馬鹿にしたな…?」

 

「馬鹿にしてるのはカフェオレじゃなくてユウだよ」

 

…ほう…? カチンときた。 ワタシ、カチンときましたよ…?

ここまで馬鹿にされたのは久しぶりだな。

6年ぶりくらいか。 確か6年前も蘭に馬鹿にされた気がする。

 

「べ、ベツニオレダッテブラックノメルシネ…!」

(べ、別に俺だってブラック飲めるしね…!)

 

カタコトになったが気にしない。

そう言うと、蘭はニヤりと悪い笑みを浮かべ、俺にブラックコーヒーを差し出してきた。

 

「へぇ…なら、それ飲んでいいよ。 私、カフェオレ飲みたい」

 

そして俺のカフェオレを奪っていった。

 

……え? マジ…? 俺にブラックを飲めと…?

蘭はニヤニヤしながら俺を見ている。

つぐはオロオロしながら俺と蘭を交互に見ている。

 

「や…やってやろうじゃねぇかよ!!」

 

俺は、ブラックコーヒーを思い切り飲んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うぅ…ぐす…うぅ…」

 

「ユウくん…良く頑張ったね…」

 

俺は今、つぐに慰められていた。

あ、もちろん、嘘泣きだぞ?

 

「はぁ…大人しく飲めないって言えばいいのに」

 

「うるせぇ! 男には引けない時があるんだ!」

 

「あっそ」

 

そう言って、蘭は俺から奪ったカフェオレを飲む。

 

……あれ? 良く考えたらこれって…

 

「おい蘭。 今思ったんだが…これって間接キ…むぐ!?」

 

途中まで言ったところで、つぐに口を押さえられる。

だが、蘭は気づいてしまったらしく、顔を赤くして固まってしまった。

 

「蘭ちゃん…」

 

固まってしまった蘭を、つぐはなんとも言えない表情で見ていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜〜蘭視点〜〜

 

やってしまった…ユウと間接キ……あぁ…考えただけで恥ずかしい…

 

私は、ユウ達と別れたあと、家に帰る為に歩いていた。

今日の事を思い出すだけで顔をが赤くなる。

 

「なんで…いつも通りにできないんだろ…」

 

ユウには、モカ達と一緒のように接する事は出来ない。

何故なのか、自分にも分からない。

だけど、ユウと話していると、冷静じゃなくなるって事だけは分かる。

 

それは小学4年生の時もそうだったけど、今はもっと酷い。

 

「はぁ…」

 

「あら…? 奇遇ね、美竹さん」

 

突然声をかけられた。 この声は…

 

「湊さん…こんにちは」

 

「えぇ、こんにちは。 …少し、良いかしら?」

 

湊さんにそう言われ、私は頷く。

そして、私と湊さんは近くの喫茶店に入った。

 

…またコーヒーか…

 

「…どうしたんですか? 湊さん」

 

「えぇ、ユウの事についてよ」

 

私はピクッと反応してしまう。

ユウがRoseliaのサポーターになった事は知っている。 ユウが氷川さんにギターを教わっている事も。

 

今のタイミングでユウの話か…

 

「…ユウが…どうかしました?」

 

「彼は音楽の天才よ。 あなたはそれに気づいてるかしら?」

 

ユウが音楽の天才…

確かに、そうかもしれないとは思ってた。

 

ユウは今まで、音楽に興味を持った事は無いって言ってたし、知識も無かった。

なのに、私達の演奏を聴いて的確なアドバイスをくれる。

 

そして何より、ギターの成長スピード。

 

いくら氷川さんにギターを教わっていると言っても、いくらなんでも成長が早すぎる。

 

音楽をしている時のユウは、別人みたいでちょっと怖い。

私以外の皆も、音楽をしている時ユウは怖いと言っていた。

 

「はい…気づいてます」

 

「そう。 なら…話は早いわ。 美竹さん、ユウを私達にくれないかしら?」

 

「……は?」

 

思わず、口に出してしまった。

 

「…言葉を間違えたわね。 ユウをRoselia専属にしたいの」

 

「Roselia…専属…?」

 

「えぇ。 ユウは天才だわ。 でも、どんな天才でも、その才能を活かせなければ意味がない」

 

「…私達Afterglowでは、ユウの才能を活かせないって言いたいんですか?」

 

私は、声を強めて言う。

いくら湊さんでも、私達を…Afterglowを馬鹿にする事は許さない。

 

「誤解しないで、Afterglowの事は馬鹿にしていないわ。

ただ、2つのバンドを掛け持ちしていたら、ユウ自身の時間が取れない」

 

確かに…私達Afterglowと湊さん達のRoselia。

両方本気でバンドをしているから、練習の頻度も増える。

 

練習が増えれば増えるだけ、ユウの負担も大きくなる…

 

「ユウ自身が音楽をやりつつ、バンドのサポートもするには、1つが限界だと思うのよ」

 

確かに、それは分かる。

湊さんの言い分は最もだと思う。

…だけど…

 

「何故、私達がユウを諦めなきゃいけないんですか? ユウは私達の幼馴染です。

湊さん達が、ユウを諦めたらどうなんですか?」

 

「…あなた達は、ユウの才能を認めてあげられるかしら?」

 

私は、湊さんの言っている意味が良く分からなかった。

湊さんは、話を続けた。

 

「才能を持つ者は、それだけで周りから疎まれるわ。

最初ら尊敬して褒めてきても、自分が叶わないと分かると、すぐに妬みに変わる。

あなた達は、ユウに対してこうならないと誓える?

ユウを怖がらないと誓えるかしら」

 

私は、すぐに「誓えます」とは言えなかった。

だって、私は…私達Afterglowら感じてしまった。

 

ユウを…ユウの才能を"怖い"と感じてしまっているから…

 

「ユウの才能は、私達の想像を超えているわ。

ユウの事をよく考えてあげて」

 

そう言って、湊さんは喫茶店を出て行ってしまった。

 

私は、少し落ち着いてから家に帰った。

その日は、毎日送っているユウへのLINEは、送らなかった。

いや…送れなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーユウ視点ーー

 

今日は日曜日。

この日はAfterglowの練習だ。

皆の演奏を聴いた後、いつも通り気になった場所を言っていく。

 

「ひまり、つぐ、もうちょっとミスを減らせるようにしような」

 

「うん! 頑張る!」

 

「ごめんなさい、次は頑張るね!」

 

「巴とモカはいつも通りだな。 巴は出来るのは分かるが、モカがミス少ないのは本当に意外だよなぁ…」

 

「へへ…サンキューなユウ!」

 

「ふっふー…モカちゃんは天才なのだー」

 

モカがピースしてくる。 こんなおっとりした喋り方なのに、ギターを弾くとミス少ないんだもんなぁ…

 

……さて…問題は…

 

「蘭。 何かあったか? いつもよりミスが多いぞ…? しかも、初心者がするような簡単なミス…」

 

そう、今日は蘭のミスが異常に多いのだ。

コードを間違えたり、歌詞を間違えたり、ピックを落としたり…いつもの蘭ならこんな事はないはず…

 

「…ごめん。 次はちゃんとやる。 もう一回やろう」

 

「それ聞くの、もう3回目だぞ。

少し休憩にしよう。 落ち着けば、ミスは減ると思うからさ」

 

「…ダメ。 時間が勿体無い…休憩なんていらないよ」

 

…これは本当におかしいぞ…?

いつもの蘭なら、こんな事は言わない…

本当に何があったんだ…? 昨日は普通だったのに…

 

「蘭、いいから少し休めって、ほら椅子持ってきてやるから」

 

パイプ椅子を持って蘭の元へ行こうとすると…

 

「大丈夫だって言ってるでしょ!」

 

蘭が叫んだ。 マイクの電源が入っていた為、耳がキーンとなる。

蘭の叫びにより、部屋の空気がピリピリしだす。

蘭以外の者達は、蘭を心配そうに見ている。

 

…これは…サポーターの腕の見せ所だな。

 

「蘭、サポーターとして、今のお前を練習させる訳にはいかない。

ミスが多くなると、モチベーションが下がる、モチベーションが下がるとミスが増える。

この無限ループになるからだ」

 

今の蘭は本当に危ない。 このままでは音楽を嫌いになる可能性だってある。

 

「でも…練習しないと…! 上手くなれない…!」

 

蘭が、涙をポツポツと流しながら言う。

 

俺は固まってしまった。

何故蘭が泣くのか分からなかったからだ。

 

聞いた話によると、近いうちにライブをする予定はない。

だから焦る必要は本当にないんだ。

 

なのに、目の前の蘭は、明らかに焦っている。

 

「ら、蘭…? 急にどうしたんだよ…? お前は今でも十分上手いだろ?」

 

「今のままじゃダメなの…! 上手くならないと追いつけなくなる…」

 

「追いつけなくなるって誰にだ…? 湊さんか…?」

 

蘭は頭を振る。

蘭は湊さんをライバル視してるから、そうだと思ったが違うらしい。

湊さんじゃないとなると本当に誰だ…?

 

モカ達を見ると、皆首を横に振っている。

皆も分からないらしい。

 

「モカ…ひまり…巴…つぐ…練習しよう」

 

蘭が涙声でモカ達に言う。

モカ達は何か言いたそうだったが、蘭の事を思って言えずに楽器を取った。

 

今の蘭が練習しても、100%失敗する。

今の蘭には、冷静になる時間が必要だ…その為には、何としてでも休ませないといけない。

 

バンドメンバーが100%の力を出せるようにするのがサポーターの役目。

その為なら…手段は選んではいられない。

今の俺の仕事は、蘭に冷静になる時間を与える事。

 

……たとえ、少しの間、蘭に嫌われる事になっても。

 

「はぁ…めんどくせぇなぁ…」

 

俺は、出来るだけ低い声で皆に聞こえるくらいの大きさで言う。

 

その場に居たメンバー全員がビクッとするが、気にしてられない。

俺は、驚いた顔をしている蘭を睨む。

 

「何回言えば分かるんだ? お前がミスしまくるから、休憩しろって言ってんだよ。

このまま練習しても、モカ達に迷惑をかけるだけだ」

 

「お、おいユウ…! いくら何でも言いすぎじゃないか…?」

 

巴がそう言ってくるが、気にしない。

今はどんな手を使ってでも、蘭を休ませなければいけない。

 

「蘭。 お前が何を考えてるか知らないけどな、少しは冷静になれよ。

"いつも通り"にやろうぜ?」

 

蘭がいつも言っている"いつも通り"。

 

同じ事を蘭に言った。 これで少しは冷静になると思ったのだが…

 

「いつも通りじゃダメなの…!」

 

そう言って、蘭はギターを弾こうとする。

 

……正直、お手上げだ。

もうどうすればいいのか分からない。

蘭達が音楽に対して真面目なのは知っている。

 

何かに真面目に取り組める事は凄いと思っているし、

真面目だからこそ、蘭にしか分からない事があるのだろう。

 

「はぁ…もうついていけねーわ。 お前真面目すぎ」

 

だから今回は、蘭のその真面目さを利用させてもらおう。

 

「音楽にマジになってさ、アホくせぇ。 所詮遊びだろこんなの。

もっと楽しくやろうぜ? 」

 

アホくさいとか、遊びだとか、微塵も思っていない。

これが蘭達に対して、どれほどの侮辱行為かも分かっている。

 

分かっているが、これしか方法が思いつかなかった。

 

「…アホくさいって…なに…? ユウ…本気で言ってる?」

 

案の定、蘭が俺を睨んでくる。

 

よし、これで今、蘭の中で練習よりも俺への怒りの方が勝っている。

 

「当たり前だろ? 泣くまで練習して、ガキみたいに駄々こねてさ…」

 

「馬鹿にしないで」

 

蘭が敵意100%の視線を俺に向けてくる。

正直、心が痛い所じゃない。

今すぐに泣き出しそうなくらい辛い。

 

「私達Afterglowの音楽を馬鹿にするなら…出て行って!!」

 

蘭はそう言った後にハッとした表情になる。

 

「…あっそ。 最近音楽に興味持ち始めてたけど、やっぱ無理だわ。

俺は向いてないな」

 

そう言って、俺は部屋を出た。

そしてそのまま立ち止まらずにライブハウスを出て、近くの公園のベンチに座った。

 

「……あーあ……やっちまったなぁ…」

 

流石にやりすぎたかもしれない…

いや…あれ以外に方法がなかったしなぁ…

 

あー…せっかく再会出来たのに喧嘩しちまったなぁ……

 

蘭とは昔から軽い言い合いはかなりしていたが、ガチ喧嘩は1度もした事が無かった。

だから、ガチで睨まれたのは今日が初めてだ。

 

「仲直り…できるかなぁ…」

 

「あなた、笑顔じゃないわね! もっと笑いましょ?」

 

突然、声をかけられた。

顔を上げると、太陽のような眩しい笑顔をした金髪の少女が居た。

 

…てか…この人知ってる…俺と同じ学年で超有名人の……

 

「あなたに暗い顔は似合わないわ!

ハッピー! ラッキー! スマイル! イェーイ!」

 

超大金持ち。 弦巻こころ だ。




評価、コメントよろしくお願いします!


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7話 「笑顔にする音楽/才能への恐怖」

ここから本格的に物語が動いていきます!


「あたしは弦巻こころ! 」

 

知ってますとも。 てか、この地域に住んでて弦巻こころを知らない奴なんているのか?

 

「貴方を笑顔にしてあげるわ!」

 

「…いや、結構で…」

 

「こっちよ!」

 

断わろうとした俺の手を握り、弦巻こころは走り出す。

……そう、先程飛び出してきたばかりの"ライブハウス Circre"へと…

 

…ふぁっ!?

 

「いや! ちょ待って弦巻さん!! Circreはだめ!! 今はCircreだけはだめ!!」

 

「弦巻さんじゃなくてこころでいいわよ!」

 

「分かったこころさん!! ちょ力つよ…!? 離してえええ!!」

 

全力でもがいたが、こころの尋常じゃない握力の前では無力だった。

いや…俺の力が弱いのか…?

 

そんなこんなで、俺はまた、Circreへと来てしまった。

周りをキョロキョロと見回すが、Aftergrowの姿はない。

 

…良かった…あんな別れ方して直ぐに再会するとか恥ずかしすぎる。

一刻も早く何処かの部屋に入らなければ…!

 

「居たわ! ミッシェルー!」

 

こころの視線の先には、何故か商店街のマスコットキャラクターであるミッシェルが居た。

 

「こころ……と…どちら様?」

 

ミッシェルが当然の事を聞いてくる。

…よし、この人は常識人っぽいぞ!

 

「俺は神崎 優です。 こころさんに無理矢理連れてこられました」

 

「貴方ユウって名前なのね! よーし! あたし達ハロハピが貴方を笑顔にしてあげるわ!」

 

「あー…なるほど。 だいたい分かりました。

とりあえず…すみません」

 

ミッシェルが俺に頭を下げてきた。

…どうやら、ミッシェルでも手に負えない存在らしい。

 

俺は、大人しくこころさんとミッシェルについていく事にした。

部屋に入ると、まず目に入ったのはイケメンだった。

 

「やぁこころ、ミッシェル。 おはよう。

…おや? 後ろの彼は誰かな?」

 

「か、神崎 優です」

 

「優くんか。 私は瀬田 薫だよ。 よろしくね、子猫ちゃん」

 

キャラが濃いいいいいいい!!! キャラが濃いよお母さあああああん!!!

 

次に目に入ったのは、見るからに活発そうな女の子だ。

 

「あたしは北沢はぐみ! よろしくね! ユーくん!」

 

そう言ってはぐみさんはニコっと笑う。

…はぐみさんは確か…俺と同じ花咲川学園の生徒だった筈だ。

何回か見たことがある。

 

そして最後に。

この空間に迷い込んだとしか思えないような子がいた。

 

「あ、わ、私は…松原花音です…」

 

…あ、癒しだ。

 

俺は直感で、この人は癒しだと思った。

 

1人は超大金持ちの人の話を聞かないお嬢様。

1人はキグルミ。

1人はキャラが濃いイケメン女子。

1人はハイテンションガール。

 

そんな中でただ1人、癒しの存在がいた。

 

「さて、ユウ! 貴方にはあたし達ハロー! ハッピーワールド!の演奏を聴いてもらうわ!

この曲を聴けば、きっと笑顔になれるから!」

 

そう言って、こころはマイクを持つ。

そして、薫さんはギター、はぐみさんはベース、花音さんはドラム、ミッシェルはDJ…!?

 

「はじめるわよ! 笑顔のオーケストラ!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

……衝撃だった。

 

俺は、これまでに2つのバンドの演奏を聴いてきた。

 

AftergrowとRoseria。 この2つのバンドの演奏を聴いて、俺は、バンドってこういう物なのか。

と思いこんでいた。

 

だが、ハロー!ハッピーワールドは違った。

ハロハピは、俺の思い込んでいたバンドをぶち壊した。

 

演奏中に急にバク転しだすこころ、いろんな場所に移動しながら演奏する薫さんとはぐみさん。

ミッシェルと花音さんは普通に演奏していたが、皆、笑顔で演奏していた。

 

ミスをしても笑って、他のメンバーと顔を見合わせて笑いながら演奏して、俺を見て笑って……

 

自然と俺は、笑顔になっていた。

 

…こんな演奏は…初めてだな…

 

演奏が終わると、こころさんが俺の元へ来る。

 

「笑顔になってくれたわね! うん! 貴方に暗い顔は似合わないわ!」

 

「…ありがとう。 こころさん。 こんな演奏は初めてだ」

 

暗い顔は似合わない…か…

 

蘭にも…Aftergrowの皆にも…暗い顔は似合わないよな…

 

「さんは要らないわ! こころって呼んで頂戴!」

 

「分かった、ありがとなこころ! おかげで元気になれた!

それじゃあ俺、行く所があるから!」

 

そう言って、扉を開けて外に出た。

そして、真っ先にカウンターへと向かった。

 

「あの! すみません! Aftergrowの練習って終わりましたか!?」

 

カウンターの店員さん…たしかまりなさんだったか。

は、一瞬驚いた顔をした後。

 

「えぇ、ついさっき出て行きましたよ?」

 

「ありがとうございます!」

 

そう言って、俺はCircleを出た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー蘭視点ーー

 

「……」

 

「蘭…元気出せって、ユウの奴なら大丈夫だって!」

 

「……」

 

「そうだよ蘭ちゃん! すぐにユウ君と仲直り出来るよ!」

 

「……」

 

「蘭…! ほら…私のスイーツあげるから元気だして! ね!」

 

「……」

 

「ん〜、モカちゃん達にはお手上げですな〜」

 

あたしは…馬鹿だ…ユウは何も悪くないのに、酷いこと言っちゃった。

ユウが出て行った後、冷静になったあたしは泣き出してしまった。

 

泣き止んだ後、ユウがあたしの為を思ってあんな事を言ったのだとすぐに気づいた。

ユウが帰ってくるのを待ってたけど、ユウは結局帰ってこなかった。

 

…あたし…ユウに嫌われたのかな…失望されたに決まってるよね…

 

「……皆…ごめん」

 

あたしは、皆に聞こえる声で言った。

 

皆は、さっきからずっとあたしの事を心配してくれている。

 

「蘭…一体どうしたんだよ? 今日の蘭、やっぱり変だったぞ?

…あ! 言いたくないならいいからな!?」

 

巴が聞いてくる。 …うん、もう、全部話そう。

 

「実はね…昨日湊さんに会って…」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あたしは、皆に湊さんから言われた事を全て話した。

 

「…だから蘭は今日焦ってたのか」

 

「…うん…あたしが上手くならないと、ユウに追い越されちゃうから…」

 

「追い越されたら、2度と一緒にいれないから〜?」

 

モカが、あたしの目を真っ直ぐ見て言う。

あたしには分かる。 今のモカは、怒っている。

 

「うん…」

 

「蘭は〜、ユウ君があたし達と縁を切ると思ってるの〜?」

 

「分からないけど…! でも…才能がある人はどんどん離れていくって…!」

 

「馬鹿じゃないの〜? なんで蘭はユウ君を信じられないの〜?」

 

「信…じる…?」

 

あたしは、モカが言った事を冷静に考えてみた。

ユウを信じる…?

 

「ユウ君がどんなに凄い人になっても、ユウ君はユウ君でしょ〜?

ユウ君はあたし達の幼馴染。 これはこれからも一生変わらないよ〜?」

 

あたしは、ようやくモカが言いたい事が分かった。

 

そうだ。 ユウがどんなに凄い人になっても、ユウはユウなんだ。

昔から変わらない。

苦い物が苦手で、子供舌で、あたしのメール相手になってくれて、優しくて、ノリが良くて……

 

ユウは、昔から変わらない。

なのに…あたしは無理して自分を変えようとしてた。

 

「…ごめんモカ…あたし、ユウに謝ってくる。

皆は先に帰ってて」

 

「その必要はないみたいだよ〜?」

 

モカが、笑顔であたしの後ろを指差す。

後ろを向くと…

 

「はぁ…はぁ…! やっと見つけた…!」

 

息切れしたユウが居た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーユウ視点ーー

 

やっと見つけた…!

数十分間走り続けたから息切れが凄いな…!

 

「ユウ…!? なんで…?」

 

蘭が信じられないという表情で俺を見ている。

 

…まぁ、そうだろうなぁ…あんな事言ったんだから…

怒ってるよなぁ…

 

よし!!

 

「ごめん!!」

 

「ごめんなさい!」

 

俺と蘭の声が重なった。

 

2人で一斉に顔を上げ、キョトンとした顔をする。

 

「なんでユウが謝るの? ユウは悪くないじゃん」

 

「いや…流石に言い過ぎただろ? だからさ…」

 

「悪いのはあたしだから、ユウは謝まらなくていいよ」

 

「いやいや…」

 

「いやいやじゃなくて。 あたしが悪いんだから、ユウは謝まらないで」

 

「別にいいじゃんか謝ったって! 謝罪は0円だろ!?」

 

「必要の無い謝罪は要らない」

 

「なんだとぉ!? せっかく走り回って探したのに!」

 

何故か、また喧嘩が始まってしまった。

 

だが、この喧嘩はさっきのような喧嘩じゃない。

"いつも通り"の喧嘩だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その夜、いつものようにギターの練習をしていると、LINEが届いた。

 

差出人は……蘭か。

 

『改めて。 今日は本当にごめん』

 

短い文章が届いた。

俺は素早くキーボードを打つ。

 

「しつこいぞ〜。 次謝ったらカフェオレ奢りな」

 

と送った。

 

そして、テレビを付け、最近よく見ている音楽番組の録画を再生した。

この番組には、世界的に有名なギタリストが演奏のコツを教えるという番組だ。

俺はよくこの人のギターをみて練習している。

 

いつものようにギタリストの演奏が始まる。

…お、今回の曲は難易度が高めの曲なのか。

へぇ…プロでも難しいねぇ…

 

そして、演奏が始まった。

 

「……ん?」

 

違和感があった。

いつもは、ギタリストが弾く曲を聴いて最初に来る感情は、"尊敬"だった。

単純に凄いとしか思えなかった。

 

だが、今回は…"簡単そうだな"と思ってしまった。

 

ギタリストの演奏を聴き終わった後、すぐにテレビを消し、スマホを録画モードにしてギターを構える。

そして、さっき聴いたプロでも難しいと言われている曲を演奏した。

 

……結果は、ノーミスだった。

スマホで録音した音声を聴いてみる。

 

「…ははっ…全く同じじゃねぇか…」

 

1度聴いただけ、しかも、コードなども複雑な曲なのにも関わらず、弾けてしまった。

 

この日、初めて俺は、自分が怖いと思った。



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8話 「向き合う覚悟」

「…驚いたわね…まさかLOUDERを完璧に弾ききるなんて…」

 

俺は、Roseriaとの練習で、いつも通り紗夜さんにギターを見てもらっていた。

そこでLOUDERを弾いてみたのだが…ノーミスで弾けてしまった。

 

これには流石に湊さんも紗夜さんも、ほかのメンバーも驚いた顔をしていた。

 

「…日菜と同じ…いや、もしかしたら日菜以上の才能…」

 

紗夜さんがボソっと呟く。

 

「…なんか最近、急にギターが上達した気がするんです。

前は弾けなかった曲も、今では普通に弾けて……なんか…不気味です」

 

俺がそう呟くと、リサさんが頭を撫でてくる。

 

「ダイジョーブだよユウ! 自分に自信持ちな〜? ユウは凄いんだから!」

 

「ありがとうございます…リサさん…」

 

リサさんは、見た目からは想像出来ないが、面倒見が凄くいいな…

 

「…神崎さん。 私の妹に、日菜という子がいます。 彼女も、貴方と同じ天才です。 ぜひ、会ってみてくれませんか?」

 

紗夜さんが、何かを決心したような顔で言ってくる。

氷川日菜。 確か、アイドルをやっている子だっけか?

前に紗夜さんから聞いた事がある。

 

「天才同士、気の合う所があるかもしれません。 お願い出来ますか?」

 

「分かりました。 ぜひ会わせてください」

 

断る理由がないので、氷川日菜さんと会ってみる事にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

次の日、俺はライブハウスの前にいた。

現在は紗夜さんを待っている。

 

紗夜さんが日菜さんを連れてきてくれるらしい。

日菜さんか…どんな人なんだろう。

 

きっと紗夜さんににてクールな人なんだろうなぁ…

 

「いたわ日菜。 あの人が神崎さんよ」

 

紗夜さんの声が聞こえたので、声の方を向くと…

 

「あれ? 紗夜さん髪切りました? ショートも似合ってま……えぇ!? 紗夜さんが2人ぃ!?」

 

「あははは!! あたしの事おねぇちゃんだと思ったの?

んー! るんってきた!! きみとは仲良くなれそう!」

 

そう言って、ショートの女の子が笑顔で俺の手を握る。

 

えっえっ…この子が日菜さん…?

全く想像と違うが!?

 

「こら日菜! ユウさんが困ってるでしょ!」

 

「あはは! ごめんごめん! あたしは氷川日菜! パスパレのギターやってるよ!」

 

「は、初めまして、神崎優です」

 

「ユウくん! うん! るんってきたー!」

 

るん…? 口癖かなんかか…?

それにしても、こんなに性格が違うものなんだなぁ…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

紗夜さんと日菜さんと共にライブハウスの部屋に入り、ギターを準備する。

 

「さて、日菜。 早速だけど、パスパレの曲を弾いてみて。 そうね…しゅ…しゅわりん☆どり~みんをお願い」

 

な、なんだそのふわふわした名前の曲は…!

紗夜さんもちょっと赤くなってるし!

 

「おっけー!」

 

そう言って日菜さんは、曲を弾きだす。

すぐに分かった。

この人は…レベルが違うと。

 

蘭、モカ、紗夜さん、薫さんのギターとは違う。

明らかに天才と言える存在が、目の前にいた。

 

しかも彼女は、笑顔で弾いていた。

 

弾き終わると、日菜さんは笑顔で俺の元へくる。

 

「どうだった? どうだった!?」

 

目をキラキラさせて近寄ってくる。

 

「す、凄かったです。 ミスもないし、完璧としか言えないです」

 

「わーいありがとー!」

 

「さて、次は神崎さんです。 今日菜が弾いた曲を弾いてみて下さい」

 

紗夜さんが言う。

今のを弾けと!?

たった一回聴いただけだぞ!?

 

弾けるわけが…

 

「貴方が日菜以上なら、弾けるはずです 」

 

そう言われ、俺はギターを構える。

 

思い出せ、さっきの日菜さんを。

想像しろ、完璧に弾いている自分を

思い出せ、想像しろ、思い出せ、想像しろ。

 

後は…それを実行するだけ…!!

 

「いきます…!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

……………

………

……

 

……弾けた…完璧に、ミスなしで弾けた。

 

「はは…は…」

 

渇いた笑いが出た。

やはり俺はおかしいんだ…

 

「すっごーい!! あたしと同じだ! るんってきたー!」

 

「やはり…神崎さんは日菜以上の天才…」

 

「ねぇねぇ! ユウくん! 次は一緒に弾こー!」

 

「え…あ、はい」

 

日菜さんと一緒にに弾いたが、やはり何事も無く弾けた。

 

「ん〜! 楽しい! 」

 

日菜さんが眩しい笑顔で笑う。

その反面、紗夜さんが真剣な顔で俺を見る。

 

「神崎さん。 確信しました。 貴方は天才です。 それも、普通の天才じゃない、天才の中の天才です。 貴方は、プロの領域にいる…」

 

……俺が…天才…

 

「はっきり言います。 貴方のギター上達スピードは異常です。

ギターを始めて数週間で、私達よりも上手くなってしまった。

 

そんな貴方が、1年後どうなっているか、私には想像がつきません」

 

「…紗夜さん…俺…」

 

「ここから先は貴方次第です。 ギターを極め続けて、プロの世界に入るか、否か」

 

プロの世界…正直…分からない。

俺はギターが好きなのか…?

いや、俺は蘭達と同じ所に立ちたくてギターを始めた。

 

だから、ギターが好きなわけじゃない。 ギターは、ただの手段だ。

 

でも…それを言ったら…本気でギターをやっている彼女達に失礼だ。

 

「…分かりません…」

 

「今、急いで答えを出す必要はありません。

ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

その後、日菜さんと連絡先を交換し、その日はお開きとなった。

 

帰り道、俺がギターを買った店の前を通った。

紗夜さんに選んでもらったんだよな……

 

あの時の俺は、ギターの事をどう思ってたのかな…

こうなるって分かってたら、俺はギターを買ったのかな…

 

「あれ、ユウじゃん。 何してんの?」

 

名前を呼ばれ、前を見ると、蘭とモカがいた。

 

2人ともギターを背負っている。

 

「よう2人とも、練習か?」

 

「モカちゃん達は〜ギターの弦を買いに来たので〜す」

 

「ユウは? ギター背負ってるけど…」

 

蘭が俺のギターを指さして言う。

 

「あぁ…紗夜さんと…日菜さんに会ってきた」

 

「えっ…日菜さんって…なんで?」

 

「……さぁ? なんか紗夜さんが会わせたかったらしい」

 

嘘をついた。 俺の才能の事は話したくなかった。

それで蘭達との間に溝が出来たら嫌だから。

 

「へぇ…なら、ついでにユウも来なよ」

 

そう言って、蘭達は楽器店に入っていく。

俺も、渋々中に入った。

 

「…結構種類あるな」

 

「でしょ〜? モカちゃんのお気に入りはこれ〜」

 

「あたしはこれ。 でも、今回は違う弦にしてみようかな…」

 

「お〜? 蘭のギターデコっちゃう〜?」

 

「デコらないから」

 

蘭とモカが楽しそうに話している。

 

共通の話題があるっていいよな……

あぁ…俺も一応ギター弾くから、蘭達と同じなのか…

 

「あたし達は決まり。 それじゃあ次はユウの弦を選ぼう」

 

「さんせ〜」

 

蘭とモカがそう言ってくる。

俺は慌てて手を横に振る。

 

「いやいいって、俺の事はいいからさ」

 

「何言ってんの、初心者用ギターの弦なんて脆いしショボいんだよ?

いい弦に変えれば、音色とか綺麗になるし」

 

「今のユウ君よりもっと上手くなれるよ〜?」

 

…今の俺より…上手く…?

嫌だ…

 

「いいって…俺のギターの事は気にしないでさ? あ、お前らの弦奢ってやるよ!」

 

今より上手くなったら…蘭達と離れ離れになるかもしれないだろ…そんなの…絶対に嫌だ…

 

「…ユウ…? やっぱりおかしいよ」

 

「さっきからず〜っと、何か考えてるの〜」

 

蘭とモカに言われ、慌てて笑顔を作る。

 

「いや? 何でもないぞ? ほら、早く行こうぜ?」

 

無理矢理蘭とモカの手から弦を奪い、会計を済ませて蘭達に渡す。

 

そのまま3人で外に出る。

 

「さーて…明日は学校か〜。 めんどくさいよなぁ〜」

 

「ユウ君〜、ギターの事、嫌いになっちゃった〜?」

 

ビクっとしてしまった。

モカの発言が、俺に深く刺さったからだ。

 

モカは、普段のほほんとしているが、こういう時はズバッというタイプだ。

 

「は、はぁ…? 何言って…」

 

「だって〜、前のユウ君なら自分のギターをあたし達に自慢してきたじゃん〜?

そんなユウ君が、ギターのカスタマイズを断るのが不思議でさ〜?」

 

何も言えなくなる。

 

「悩みがあるなら、話してほしいな〜?」

 

「……分かった…2人共…時間あるか?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

蘭達を連れて、近くの公園に来た。

3人でベンチに座り、俺は口を開く。

 

「今日さ、紗夜さんに、俺はギターの天才だって言われたんだ。

プロにもなれる存在らしい」

 

蘭とモカは静かに聞いてくれる。

 

「だけどさ、俺…正直ギターの事好きじゃないんだ。 まぁ嫌いでもないけど…

最初は、AftergrowやRoseliaと一緒に音楽を楽しむために始めたんだよ。

 

だけどさ…今は…全く楽しく感じないんだ…

ギターを弾けば弾く程…今の関係が壊れていく気がして怖いんだよ…」

 

俺は、本音を話してしまった。

こんな話を、本気でギターをやっている蘭達にする事が間違っているのは分かっている。

 

だけど…誰かに話さなきゃ…ダメになりそうだったんだ…

 

「…なんか昨日の蘭と似てるね〜?」

 

「も、モカ…! その話は絶対に言わないでよ…!?」

 

「分かったよ〜。 ユウ君、あたし達は、ユウ君がどうなっても、ずっと幼馴染だよ〜?」

 

「モカ…」

 

「だから〜ユウ君がやりたい事をすれば良いと思うよ〜」

 

俺が…やりたい事……

 

「…俺は…今まで通りに皆と過ごしたい。 皆の音楽を聴いていたい」

 

「なら、さっきの楽器店に戻ろうか〜」

 

モカがそう言うと、俺は多分、ポカンとした顔をしていただろう。

 

「何してんの? 弦、買いに行くよ」

 

蘭にそう言われ、俺は立ち上がる。

 

蘭達は、俺がどうなっても幼馴染でいてくれると言った。

 

俺がバカだった。 ギターの事だけで、俺達の関係が崩れる事なんてないはずだよな。

 

…向き合ってやるぜ、ギターと……自分の才能と!!



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9話 「お揃いのネックレス」

「しゃーせー」

 

コンビニに入ると、灰色の髪の少女がダルそうに言ってくる。

 

「相変わらずやる気ない挨拶だなぁ…モカ」

 

「あ〜、ユウくんだ〜。 やっほ〜」

 

モカは、俺を見て笑顔で手を振ってくる。

客が俺しか居ないとはいえ、自由だなぁ…

 

「あれ、ユウじゃん。 おはよ〜!」

 

「おはようございます。 リサさん」

 

リサさんに挨拶をし、俺は何も持たずにモカのレジの前に行く。

モカはキョトンとした顔で首を傾げる。

 

俺は、ズボンのポケットからキーホルダーを取り出し、モカに渡す。

 

「モカお前、昨日ライブハウスにキーホルダー落としてたぞ」

 

そういうと、モカはハッとした顔でキーホルダーを受け取る。

 

「これはこれは…モカちゃんとした事がうっかりでした〜」

 

「気をつけろよ? これ、ひまりから貰った奴なんだろ?

Aftergrowの皆でお揃いの。 それを無くしたって知ったら、ひまり号泣するぞ」

 

「う〜…気をつけます…ユウくん、ありがとね」

 

俺は「おう」と返事をして、コンビニを出ようとする。

すると、モカに呼び止められた。

 

「待ってユウくん。 あたし、13時でバイト終わるから、待っててくれない〜?」

 

時計を見ると、今は12時50分。

まぁ…10分くらいいいか。

 

「りょーかい。 んじゃ、すぐそこの公園にいるからな。

リサさん、お邪魔しました」

 

リサさんに手を振られ、俺はコンビニをでた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「お待たせユウくん〜。 待った〜?」

 

「あぁ。 今は13時5分だから、15分待ったぞ」

 

「も〜。 そこは「いや、今来たとこ」でしょ〜?

そんなんじゃデート出来ないよ〜?」

 

「知らんがな」

 

モカにやれやれという態度を取られた後、俺はモカに冷たいココアを渡す。

 

「ほい。 バイトお疲れ」

 

「……おぉ〜ありがと〜。 はい。 これはモカちゃんからのプレゼント〜」

 

モカはココアを受け取ると、バッグの中からコーヒー牛乳を取り出し、俺に渡してくる。

 

まさかモカから飲み物を貰うとは…!

 

「サンキュー」

 

「こちらこそ〜」

 

2人で飲み物を飲み終える。

 

「んで、なんで俺を待たせたんだ?」

 

「んーとね〜。 キーホルダーを届けてくれたお礼をしようと思って〜」

 

「いや、お礼とか別にいいぞ?」

 

「まぁまぁ〜。 モカちゃんとデートしよ〜」

 

モカとデート。 その言葉で、俺は少し赤くなってしまった。

モカは美少女だ。 そんな女の子から「デートしよ」なんて言われてみろ。

赤くならない奴なんて居ないだろう。

 

「あれれ〜? ユウくん赤くなってる〜?

そっかそっか。 美少女モカちゃんとデートが嬉しいのか〜」

 

俺の顔を見て、モカがからかってくる。

くそっ…図星だが、なんか悔しい…!

 

よし、ここはからかってみるか。

 

「…まぁな。 モカみたいな可愛い女の子とデートとか、嬉しいに決まってるだろ?」

 

あああああ恥ずかしいいいいい!!!

俺何言ってんだああああ!!

 

「………」

 

ほらあああ! モカ喋らなくなったじゃん!

顔見れねぇよ…! 恥ずかしいよ…!!

 

チラッとモカの顔を見ると………

 

 

モカの顔は、俺と同じくらい赤くなっていた。

こんなモカは初めて見た。

 

「…き、急にびっくりするな〜。 さ、ユウくん早く行こ〜?」

 

モカは顔を逸らし、立ち上がる。

俺も立ち上がり、モカについていく。

 

珍しいモカを見れたなぁ〜

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺とモカは、この地域で1番大きなデパートに来ていた。

 

「モカ、どこに行くんだ?」

 

「ん〜ユウくんが行きたい場所…? ユウくん行きたい場所ある〜?」

 

急に言われてもな…デパートなんてあまり来ないし……

 

「いや…特には無いな…」

 

「あらま…これじゃあお礼が出来ないよ〜」

 

「んじゃ適当にぶらぶら歩こうぜ? モカと出かけるだけでも、俺は楽しいからさ」

 

「…っ……りょーかーい」

 

少し間が空いた後、モカが返事をする。

 

それからは、いろいろな場所を見て回った。

アクセサリーショップ、ペットショップ、服屋など…

 

「どうユウくん。 似合う〜?」

 

現在、俺達は服屋に来ていた。

目の前でモカがハンガー付きのパーカーを持って俺にそう言ってくる。

 

モカの奴、パーカー好きだなぁ…

 

「いいんじゃないか? …でも偶にはパーカー以外もどうだ?」

 

「パーカー以外? ん〜…モカちゃんには合わないかなぁ〜」

 

そんな事を言うモカに、近くにあった可愛い系の服を渡す。

ひまりが着てそうなふわふわした系の服だ。

 

「これとか?」

 

「わ〜。 ひーちゃんが好きそうな服だ〜」

 

モカも同じ事を考えていたらしい。

モカは、渋々俺から服を受け取り、俺に見せてくる。

 

……おぉ…

 

「…服ってすげぇな…」

 

「…何その感想〜」

 

予想以上に可愛かった。 美少女すぎてびっくりだ。

 

「…それ奢るからさ、着てみないか?」

 

「いやで〜す。 モカちゃんはパーカーを買いまーす」

 

そう言うと、モカは服を元あった場所に戻し、パーカーをレジに持って行く。

俺は、モカが財布を出すより早くお金を出し、パーカーの会計をする。

横でモカがめっちゃ見てくるが、気にしない。

 

会計が終わった後

 

「ユウくん、流石に奢りは悪いよ〜…」

 

「いいって。 あまり金使わないし」

 

その後は、アクセサリーショップに行った。

 

「そういや、Aftergrowって皆アクセサリーつけてるよな。 ネックレスとか」

 

「カッコいいでしょ〜?」

 

「正直カッコいい。 俺アクセサリーとかつけないからなぁ〜」

 

「え〜。 絶対似合うと思うよ〜?」

 

俺がアクセサリーとか…想像出来ないな。

蘭とかに、「何それ。 ダサっ」って言われそう。

 

…そんな事言われたら泣くなぁ…

 

「この際に何か買ってみる〜?」

 

モカがとんでもない事を言ってきた。

アクセサリーを買うだと…!?

 

いや…でも確かに…女子に選んで貰えばダサくはない…はず…

 

「んじゃ…買ってみようかな」

 

「おー。 ユウくんアクセサリーデビューだ〜」

 

そう言われると恥ずかしくなってくるな…

 

モカが、アクセサリーを真剣に選んでいる。

モカがバンド以外で真剣な顔を見るのは初めてかもしれない。

 

俺は、モカとは違う場所でアクセサリーを見ていた。

 

「…おっ」

 

そこで、気になる物を見つけた。

目の前には…

 

"大事な人とお揃い! いつまでも仲良く"

 

と紙に書かれた複数のネックレスがあった。

赤、青、緑など、様々な色のネックレスがある。

 

形もオシャレ…だと思う。

 

"大事な人とお揃い"…か

 

「モカー。 ちょっと来てくれ」

 

モカを呼ぶと、モカは俺の元にくる。

 

「これさ、Aftergrowの皆にどうかな…?」

 

モカは、俺が指差した方向を見ると、目を見開いた。

珍しくびっくりしているようだ。

 

「…いや…! やっぱり男とお揃いとかキモいよな…! すまん」

 

他の場所に行こうとすると、服の裾を掴まれた。

振り返ると、モカが首を横に振っていた。

 

「…全然…気持ち悪くないよ…? 」

 

モカが、少し顔を赤らめながら言ってきた。

 

「そ、そっか…。 んじゃ、これにしよう」

 

「うん。 ユウくんとお揃いだ〜」

 

蘭には赤い宝石が入ったネックレス。

モカには青いネックレス。

ひまりにはピンクのネックレス。

巴にはオレンジのネックレス。

つぐみには黄色のネックレスを選んだ。

 

そして俺は、黒いネックレスを選んだ。

 

6個のネックレスを買ったので、かなりのお値段だったが、問題なく払えた。

モカと共に店を出る。

 

「モカ、ネックレスを渡すのは明日でもいいか?

明日、皆に纏めて渡したいんだ」

 

「うん〜。 あたしもその方がいいと思う〜」

 

「モカ、 今日はありがとな。 めっちゃ楽しかったよ」

 

「こちらこそ〜全然お礼出来なくてごめんね〜」

 

その後は、モカを家の近くまで送り、家へ帰った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次の日、俺はライブハウスでAftergrowの練習をサポートしていた。

 

うん。 相変わらず上手いなぁ〜。 皆楽しそうに弾いているのが分かる。

それだけ、この5人にはAftergrowという場所が大事なんだろう。

 

「…ふぅ…ユウ。 どうだった?」

 

演奏が終わり、少し汗をかいた蘭がそう言ってくる。

 

「うん。 歌と演奏は凄く良かったよ。 あとは少しのミス修正だな。

確か来月の初めにライブがあったよな?

今のままで行けば、かなり完成度が高い演奏が出来ると思うぞ」

 

いつも通り、演奏に対する正直な気持ちを言っていく。

 

さっきも言った通り、Aftergrowは来月の初めにライブがあるのだ。

そのライブには、Roseria、ハロハピも出るらしい。

 

「んじゃ、少し休憩にしようか。 皆連続で演奏して疲れただろ」

 

皆に休憩を提案すると、皆頷く。 もう前みたいな事は起こらない。

 

俺は、あらかじめ用意しておいたふわふわなタオルと冷たい水を1人1人に渡していく。

 

「ほい、蘭。 お疲れ、今日も歌凄く良かったぞ」

 

「あ、ありがと…」

 

蘭にそう言うと、一瞬赤くなったと思ったら、すぐにタオルで顔を覆ってしまった。

 

「次はモカ。 モカはギターのミスも少なかったし、素晴らしかったぞ」

 

「ありがと〜。 ご褒美に頭撫でて〜」

 

「ハイハイ。 よく出来ましたー」

 

モカの頭を撫でてやると、モカは笑顔になる。

モカは頻繁に甘えてくるなぁ〜。

 

「次はひまり。 ひまりも前よりミスが減ってるよ。

よく頑張ったな」

 

「ありがとー!! 嬉しい! あたしもご褒美欲しいなー!」

 

「ハイハイ。 今度コンビニスイーツ奢ってやるよ」

 

「ホント!? ありがとぉ!」

 

ひまりのテンションが高くなる。 ひまりはいつもテンション高いなぁ。

 

「次は巴な。 巴はいつも通り力強いドラムで凄く良かったぞ。 ミスも少ないし」

 

「へへ、サンキュー!」

 

「あ、でも一回スティック落としたよな? ライブ中は気をつけろよ?」

 

「うっ…お、おう」

 

巴のテンションが急に下がる。 テンションの振り幅が広いなぁ…

 

「次はつぐ。 つぐは一生懸命演奏してるのが伝わってきて凄く良かった。

具体的に言うと、真面目な顔してキーボードを弾いてるつぐは凄く小動物感があって、守りたくなる衝動にかられるんだよな。

だからミスした時も、"頑張れ"って気持ちが強くなるんだよな。

 

いやぁ、練習でこんなにも癒しを与えるんだから、本番のライブでは沢山の人をいやすんだろうな。 流石、大天使ツグミエル」

 

「え…えっと…あはは…」

 

しまった。 つい本音がでてつぐを引かせてしまった。

 

「また始まった〜。 ユウくんの熱弁だ〜」

 

「…ユウ。 気持ち悪い」

 

モカと蘭に言われてしまった。

気持ち悪いとは何だ気持ち悪いとは!

 

全く…

 

「さて、あと5分休憩したら一回合わせて終わりにしよう」

 

俺の提案に皆頷き、各々休憩を始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日のAftergrowの練習が終わり、皆機材の片付けを済ませる。

後は部屋を出るだけ…なんだが…

 

「…皆。 ちょっと待ってくれないか」

 

俺は、皆を呼び止めた。

モカ以外の皆はキョトンとした顔をする。

 

あぁ…緊張する…だけど、ちゃんと言わないとな。

 

「…今更だけどさ、皆、俺の事覚えてくれててありがとな。

正直さ、皆俺の事なんて忘れてると思ってたから、本気で嬉しかったよ」

 

皆が真剣な表情になる。

 

「そして、Aftergrowにも入れてもらえて…皆には感謝しかないよ。 だから、これは俺からのお礼っていうか…これからもよろしくって事で…」

 

そう言って、俺は鞄から5つの箱を取り出し、皆に渡す。

皆、凄く驚いている。

 

「開けてみてくれ」

 

そう言うと、皆箱を開ける。

 

「…綺麗…」

 

蘭が、ボソっと言った。

俺は自分用のもう一つの箱を開け、皆に見せる。

 

「これはな、皆でお揃いのネックレスなんだ。 …男とお揃いとかキモいと思うんだけど、家に置いておくだけでもいいからさ、受け取って欲しい」

 

これが俺の気持ちだ。 Aftergrowは俺の居場所を作ってくれた。

ボッチだった俺に、居場所をくれたんだ。

この事に対する感謝の気持ちは、忘れてはいけない。

 

「…馬鹿じゃないの」

 

蘭がボソッと言った。 蘭の方を見ると、ネックレスを首につけていた。

 

「…うん。 ユウにしてはいい趣味してるじゃん。 …ありがと」

 

蘭が言うと、皆もネックレスをつけてくれる。

 

「良かったね〜ユウくん。 皆喜んでくれたよ〜」

 

「あぁ。 ありがとな、モカ」

 

「いえいえ〜、またデートしようね〜」

 

モカが言うと、蘭がものすごい勢いで俺の顔を見てきた。

 

「デート…? デートって…なに…? 」

 

「いや…これは違うんだよ蘭。 デートじゃなくて、ただデパートに行っただけで…」

 

「え〜、ユウくん…あれはデートじゃないって言うの…? 可愛いって言ってくれたのに〜…」

 

モカが爆弾発言をする。

 

「いや…! 確かに言ったけどさぁ…!」

 

「他にも〜一緒にお洋服見たりしたのに…あれはデートじゃないって言うの〜…?」

 

「もう黙ってくれよぉ…!!」

 

その後、なんとか蘭の誤解を解き、解散になった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夜、自室でゴロゴロしていると、LINEがなった。

相手は…蘭か。

 

『今日はネックレスありがとう。 嬉しかった』

 

簡潔に纏められた蘭らしい文章に少し笑ってしまう。

 

「喜んでもらえて良かったよ。 これからもよろしくな」

 

と送ると、数分後に返信が返ってくる。

 

『うん。 こたらこさ』

 

…んん…? こたらこさって何だ…?

なんかの暗号か?

 

そんな事を考えていると、また蘭からLINEがきた。

 

『間違えた。 こちらこそ』

 

どうやら誤字だったらしい。

 

「可愛いとこあるなぁ。 こたらこさ〜」

 

と送ってやった。

ふふふ…今蘭のやつ、どんな顔してるかなぁ。

恥ずかしくて顔真っ赤にしてたりしてな。

 

『…ウザッ…』

 

とだけ送られてきた。

……おぉう…俺の心に3000ダメージ…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー蘭視点ーー

 

ユウからネックレスを貰った。

 

「……」

 

あたしは、無言でユウから貰ったネックレスを眺める。

赤い宝石が入ったネックレス。

あたしの髪の色と同じ…

 

「…ユウにお礼言わなきゃ…。

えーと…『ネックレスありがと』…いや、簡潔すぎるか。

『この度は、ネックレスをいただき…』これじゃ固すぎか…」

 

悩んだ末、『今日はネックレスありがとう。 嬉しかった』

になった。

こんな文章しか送れない自分が嫌になる。

 

ユウからすぐに返信がくる。

ユウは、LINEの返事をすぐにくれる。

 

『喜んでもらえて良かったよ。 これからもよろしくな』

 

これからもよろしく…か。

小学生の頃は、ユウが居なくなってからずっと泣いていたけど、今はユウがいる。

また前みたいに6人で過ごせるんだ。

 

あたしは、それが堪らなく嬉しい。

 

だからだろうか。 感情が高ぶって、

『うん。 こたらこさ』と誤字を送ってしまった。

 

それに気づいた時は羞恥でベッドに顔を埋めてしまった。

 

やってしまった。 大事な文章で誤字なんて…笑われてるかな…

 

あたしは、速攻で訂正の文章を送った。

すると、次に送られてきたのは…

 

『可愛いとこあるなぁ。 こたらこさ〜』

 

と送られてきた。

 

「〜〜〜っ!!」

 

あたしはベッドに顔を埋め、足をバタバタさせる。

からかわれた…! ユウに馬鹿にされた…!!

 

『…ウザッ…』

 

とだけ送り、仰向けになる。

 

……確か…今日ユウはモカの頭を撫でてたな…

いいなぁ…あたしも…撫でてもらいたいな…



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10話 「Poppin'Partyの皆さんは元気いっぱい」

「はぁ〜あ…学校めんどくさ…」

 

そう呟きながら、1人で通学路を歩く。

 

俺は現在、花咲川学園に通っている。

そして、蘭達は羽丘学園。

 

俺はボッチ。

後は分かるな?

 

そう。 学校で話す人がいないのである。

勿論、知り合いが居ないわけではない。

2年には紗夜さんと白金さんが居るしな。

だがその2人は2年。 勿論授業中の接点はないのだ。

 

学校に着き、いつも通りに席に座る。

…友達作らなきゃなぁ…

 

「…君、この前ライブハウスに居たよね」

 

突然、話しかけられた。

顔を上げると、黒髪ストレートの美少女がいた。

確か…クラスメイトの花園たえさんだったか…?

 

「へっ…? 俺…?」

 

「やっぱり君だ。 香澄ー、この人だよー」

 

なんだか勝手に話が進んでいく…

黒髪の女の子が呼ぶと、右からものすごい勢いで猫みたいな髪型の女の子…戸山香澄が迫ってきた。

その女の子は、勢いのまま俺の肩を掴むと…

 

「あの! ギター弾いてください!!」

 

と大声で言ってきた。

 

……な、なんなん…?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「私、戸山香澄! それでこっちが…」

 

「花園たえだよ」

 

「えっと…神崎 優…です」

 

目の前の女子2人が自己紹介したので、俺も自己紹介をする。

 

「それで! 前にライブハウスに居ましたよね!? ギター弾いてましたよね!?」

 

前っていつだ…? ライブハウスには頻繁に行ってるけど…

 

「私、見たんです! あなたが1人でギター弾いてるの! すっごく上手で…!」

 

…あ。 思い出した。

1人でギターとなるとアレか。 蘭達が遅刻して俺だけ先にライブハウスに着いた時の事か。

 

それ以外に1人でギター弾いてた事無いもんな。

…アレを見られてたのか…

 

「ありがと…それ俺だね」

 

「ですよねですよね! それで、どうしてもまたあなたのギターを見たいんです!」

 

「…いいけどさ、俺今ギター持ってないよ?」

 

そう言うと、戸山さんは「ちょっと待ってて!」と言うと、自分のロッカーに猛ダッシュで向かう。

そして、ギターケースを持ってきた。

 

「ギターならあります!」

 

「…ナンデ…?」

 

「私と香澄はね、バンドをやってるの。

Poppin'Partyっていうバンドだよ」

 

Poppin'Party…? 確か、来月にライブするバンドの中に居たな…

俺の周りにバンドウーマンしか居ないのか…!?

 

「なるほど…いいよ。 んじゃ放課後でいいかな? あと、敬語じゃなくていいよ。 戸山さん」

 

「ホントー!? ありがとう! 私の事は香澄でいいよ! それじゃあまたね! ユウくん!」

 

「またね、ユウ」

 

そう言うと、香澄とたえは席に戻っていった。

…嵐のような人達だったなぁ…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

放課後。 待ち合わせの時間がやってきた。

 

「ユウくん居るー!?」

 

香澄がものすごい勢いでやってきた。

俺は小さく手を振ると、俺の手を掴んで猛ダッシュしだした。

 

「ちょ…香澄! 走らなくてもいいだろ…!」

 

「だって早く聞きたいんだもん!」

 

香澄に連れられて中庭に行くと、そこには香澄以外に4人の女の子がいた。

1人はたえだ。

 

「じゃじゃーん! お昼に皆に言ったギターの人だよ!」

 

「どうも。 ギターの人です」

 

「…? ユウはギターなの? 人っぽいのに」

 

いや…今のボケだから…とたえにツッコミを入れようとしたら…

 

「いや! 今のはどう考えてもボケだろ!?」

 

と金髪ツインテールの子が素晴らしいツッコミを見せた。

俺は、それに対して自然と拍手をしていた。

 

「な、なんで拍手してんだよ!?」

 

「いや…素晴らしいツッコミだなぁと…師匠と呼んでも…」

 

「うぜええええぇ!!!」

 

金髪の子が叫んだ。

すると、金髪の子の横にいたポニーテールの女の子が…

 

「有咲…有咲! 素が出てるよ?」

 

と小声で言うが、その小声は俺に聞こえていた。

…素ってなんだ…? ってえぇ!?

 

「沙綾…!? なんで沙綾がここに!?」

 

すると、沙綾は舌をペロっと出し…

 

「内緒にしてた方が面白そうだったから」

 

と言った。

そして、金髪の子はハッとし顔になり

 

「ごきげんよう。 いいお天気ですねぇ」

 

突然お嬢様口調になった。

 

…なるほど…? この人は初対面の人にはこういう態度を取るのか。

…でも…

 

「残念ながら、手遅れです」

 

俺が言うと、金髪の子は真っ赤になる。

 

「ははは…あ。 改めて自己紹介するね、あたし、山吹沙綾」

 

そして次に、ずっとチョココロネを食べている女の子が口を開く。

 

「牛込りみです。 えっと…チョココロネが好きです。 りみって呼んでください」

 

でしょうね。 チョココロネが好きなんでしょうね。

沙綾にりみだな。 覚えた。

 

そして、沙綾は隣の金髪の子の肩を叩く。

 

「ほら、有咲。 自己紹介」

 

「…市ヶ谷有咲。 市ヶ谷さんでいいぞ」

 

「分かったよ有咲」

 

「市ヶ谷さんって言ってるだろぉ!?」

 

有咲が怒る。隣で沙綾が苦笑いしながら有沙を宥める。

なんか有沙はイジってて楽しいな。

 

よし、もう少しイジってみるか。

 

「…分かったよ。 んじゃ、香澄、たえ、沙綾、りみ、市ヶ谷さん。

よろしくな」

 

皆名前呼びのなか、有咲だけ苗字呼びにしてみた。

案の定、有咲はぐぬぬ…という顔をしている。

 

「どうしたの市ヶ谷さん? そんな睨んで…」

 

「…沙でいい…」

 

「え? なんて?」

 

「有咲でいいって言ったんだよ!!」

 

有咲が顔を真っ赤にして言う。

…おぉ…これは…蘭とは別のタイプのツンデレ…!!!

 

「…さて、有咲イジリは一旦やめて、ギターを弾けばいいのか?」

 

香澄が頷きながらギターを渡してくる。

 

……なんだこのギター。 形が他のとは違うな…

まぁ…ギターはギターだから大丈夫か。

 

「言っとくけど俺、ギター始めたの一か月前だから、あんま期待すんなよ?」

 

そう言って俺は、有名バンドの曲のギターソロを弾いた。

勿論、ノーミスだった。

 

演奏が終わると、香澄が高速で拍手をする。

 

「凄い凄い…! ユウくん凄い!!」

 

「ホントに上手だね」

 

香澄とたえが言ってくる。

ギターを褒められるのは素直に嬉しいなぁ。

 

「プロみたいだねぇ」

 

「…カッコいい…」

 

沙綾とりみが言う。

いや…褒めすぎだろ。 嬉しいけど。

 

ふと有咲を見ると、有咲の顔は少し赤くなっていた。

そして

 

「…すげぇ…」

 

と小声で言った。

 

「さて、ギターは弾いたけど、他には何かあるか?」

 

「えっとね! 出来れば、今度私達の演奏を聞いてほしい!」

 

香澄がそう言ってくる。

 

ふむ…一体俺は何個バンドの演奏を聞けば良いのだろうか。

 

「お、おい香澄! いくらなんでも初対面でそれは迷惑だろ…!」

 

「いや、別にいいぞ? 演奏聞くの好きだしな」

 

いろんなバンドの演奏を聞けば聞くほど勉強になるしな。

 

それからは、Poppin'Partyの皆とLINEを交換し、次のバンドの練習を見る事を約束して別れた。

 

さて、今日はAftergrowの練習があったよな。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「って事があったんだよ」

 

「あっそ」

 

「ほー。 ユウくんモテモテですなぁ」

 

ライブハウスで俺は、蘭達にPoppin'Partyの事を話していた。

驚いた事に、蘭達とPoppin'Partyは仲が良いらしい。

世間は狭いんだなぁ…

 

「それで? ポピパのサポーターもやるつもりなの?」

 

蘭が言ってくる。

 

「まだ頼まれてないから分からないけど、頼まれればやるかな?

別に嫌じゃないしな」

 

「…ふーん…」

 

何故か蘭の機嫌が悪くなってしまった。

よし、こう言う事はひまりに聞いてみよう。

 

俺は、ひまりの元へ行って小声で話す。

 

「ひまり。 蘭の機嫌が悪いんだけど、何か知らないか?

こういうのひまり得意だろ?」

 

「えぇ…!? し、知らないかなぁ…!」

 

「嘘がバレバレだぞひまり。 お前に嘘は向いてない」

 

「うぅ…とにかく知らないの! 自分で考えて!」

 

ひまりに突き放されてしまった。

 

「…モカ。 何か知らないか?」

 

「モカちゃんはパンを食べているのでー、他を当たって下さいー」

 

モカもダメだった。

 

んじゃつぎは…

 

「つぐ!」

 

「は、はい!」

 

「蘭がなんで機嫌が悪くなったのか知らないか?」

 

つぐに小声で言うと、つぐは無言で首を振る。

 

「つぐもダメか…クソっ! お手上げだ…!」

 

「おいっ! アタシには聞かないのか!?」

 

巴が抗議の声を上げる。

 

「……んじゃ、なんで蘭が機嫌悪いか知ってるか?」

 

「ん? 知らね」

 

ほらああああ!! やっぱり! 分かりきってたもの!!

 

チラッと蘭を見ると、蘭もこちらを見ていたので、目が合ってしまった。

すると、蘭はゆっくりと近づいてきた。

 

「…ねぇユウ」

 

蘭が不安そうな声で言う。

 

「な、なんだ…?」

 

「…ユウはずっとアタシ達と一緒だよね…?」

 

「…んん?」

 

「Roseria専属になったり、ポピパ専属になったりしないよね…?」

 

専属…というのは、サポーターという意味か?

なんだ? 蘭はそんな事を気にしてたのか?

 

「馬鹿だなぁ。 俺はどこの専属にもならないよ。

…まぁ、1番居心地がいいのはココだけどな」

 

すると、蘭の顔が明るくなった。

 

「…なら…いいよ」

 

蘭は、明るい笑顔でそう言った。



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11話 「過労/除名」

さて、ライブまで後2週間となった。

俺は、毎日のようにサポーターの仕事をしていた。

 

ちなみに、ポピパとの約束はライブが終わってからになった。

 

「あこちゃん、今のところもうちょっと力強くね!」

 

練習中にメンバーにアドバイスをしたり、そんな事をする毎日だ。

 

「湊さん。 少し休憩にしましょう」

 

「えぇ…そうしましょう」

 

湊さんに提案し、休憩時間になった。

俺はテキパキと皆にタオルと水を渡していく。

 

「ありがとー! いやぁ、ユウは優秀なサポーターだね!」

 

リサさんにそう言われ、少し照れてしまう。

最初は慣れなかったサポーターも、今では立派に出来ている…と思う。

 

「ありがとうございますリサさん!

…それで、湊さん。 ライブの曲の構成なんですけど、こんなのはどうですか?」

 

湊さんに曲の構成を書いた紙を見せる。

湊さんは紙をじっと見つめ…

 

「…ありがとう。 参考にさせてもらうわ」

 

「はい。 …あ、それじゃあ、俺はAftergrowのサポートがあるので、これで失礼します!」

 

午前はRoselia、午後はAftergrowのサポートをする約束をしていたのだ。

勿論、あらかじめ湊さん達には言っているので問題はない。

 

湊さん達に挨拶をして、部屋を出る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ひまり! ちょっと走り気味だぞ! つぐは逆に遅れ気味だ!」

 

Aftergrowのサポートでも、やる事はそんなに変わらない。

まぁ、敬語を使わなくていい分、気が楽なくらいか。

 

演奏中に気になったメンバーに指示を飛ばしていく。

 

「お疲れさん。 皆、一旦休憩にしよう」

 

演奏が終わったメンバーに提案し、休憩時間になる。

 

「…よし、皆。 ライブは2週間後だ、俺にとっては初のライブだから、どんな物かは知らないけど、ライブでは練習みたいにアドバイスしてやれないからな?」

 

「…分かってる。 いつも通りにやるよ」

 

蘭が言うと、皆も力強く頷いた。

 

「よし。 大丈夫そうだな。…っと、悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

 

蘭達に告げ、トイレに急ぐ。

 

……トイレに入った瞬間、地面に膝をつく。

 

「…はぁ…はぁ…うぇっ…!」

 

そのまま、流し台に胃液をぶちまける。

最近、こんな事が多い。

 

理由は分かっている。

過労だ。

 

今は真夏、そんな日に、何時間も連続で色々な音楽を聴いているから、体がおかしくなってしまったんだろう。

加えて、皆へのアドバイスや改善点の洗い出しであまり眠れてないしなぁ…

 

「皆に…気づかれないようにしないとな…」

 

きっと、この事を知ったら音楽に集中出来なくなる。

それだけは避けないとな…

 

「…よし…笑顔笑顔…!」

 

鏡の前で笑顔の練習をし、蘭達の部屋に戻る。

 

「ただいまー」

 

「お、おかえりユウ。

あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいか?」

 

巴に呼ばれ、ドラムの場所へ向かう。

 

「この箇所が上手く叩けなくてさ…なんかうまい方法ないか?」

 

「んー…巴の場合、勢いで叩いた方がいいから、勢いは殺さずに、肩の力を抜いてみればいいんじゃないか?」

 

「なるほど…やってみるよ!」

 

皆に必要とされている以上、答えなければいけない。

せめて…ライブが終わるまでは持ってくれよ…!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

無事にAftergrow練習も終わり、開催となった。

 

部屋を出ると、丁度Roseriaと鉢合わせた。

 

「あ、お姉ちゃん!」

 

「おぉあこ! あこも練習終わりか?」

 

「うん!」

 

丁度Roseriaの練習も終わったらしく、あこちゃんと巴が話し出す。

相変わらず仲がいいなぁ…

 

……それとは別に、蘭と湊さんは睨み合っていた。

 

「…美竹さん。 練習お疲れ様」

 

「…はい。 湊さんも、お疲れ様です」

 

…何この空気…? なに…? この2人って仲悪いの…?

 

「…はいはい友希那行くよ〜?

それじゃあ皆バイバイ〜」

 

リサさんが湊さんを連れて行き、ライブハウスには俺とAftergrowが残った。

 

「…なぁ蘭? お前湊さんと仲悪いの?」

 

「別に…そんなんじゃない」

 

どうやら違うらしい。

…んじゃライバルって奴か?

 

熱いねぇ…

 

「っ…!」

 

おっと…やばい…また立ちくらみが……

最近立ちくらみの頻度が増えてきた気がするな…

 

これは早く帰って寝ないとな…

 

「それじゃあ皆! ライブに向けてファミレスで作戦会議しよー!!」

 

ひまりが手を上げて提案する。

 

……ま、まじか…?

 

「…ひまりはただスイーツが食べたいだけでしょ」

 

「そ、そんなんじゃないもん!」

 

蘭の問いかけに、ひまりが焦って返答する。

 

結局ファミレスに行く事になり、俺達は現在、テーブル席に座っている。

 

ちなみに席わけは、蘭とモカの間に俺、蘭の前につぐみ、俺の前に巴、モカの前にひまりだ。

 

俺は端の席でいいと言ったのだが、無理矢理真ん中に座らされた。

 

…これじゃあ具合悪くなったらトイレ行けないんだけどな……

 

「皆ー、注文は決まった?」

 

ひまりが仕切り、皆各々食べたい物を言っていく。

もう夜だから、皆スパゲティやハンバーグを頼んでいる。

 

「ユウは?」

 

ひまりの質問に俺は

 

「んー…腹減ってないからフライドポテトでいいや」

 

と答えた。

すると、皆首を傾げる。 いつも俺は巴と同じくらい食べるから驚いたのだろう。

 

モカが俺の顔を覗きこんでくる。

 

「ユウ君。 体調悪いのー?」

 

身体一瞬震えた。

モカは本当に鋭い。

 

だが、俺は無理矢理笑顔を作り、否定した。

 

皆の注文した品が来て、ドリンクバーも用意した。

まずは皆で乾杯し、ライブの話し合いを始める。

 

「やっぱりさ! 盛り上がるライブにしたいよね!」

 

「盛り上がるライブかー。 どんなのだろうな」

 

「ステージから皆にパンを投げるとかー?」

 

ひまり、巴、モカが盛り上がっている中、つぐみは苦笑い、蘭はただ皆の話を聞いていた。

 

俺は…ひたすら意識を保っていた。

 

やばい…さっきから頭がくらくらする…

 

ファミレスは人が多い。 色んな人の話し声が耳に入ってきて混乱してしまう。

 

「…ユウ…? あんた本当に大丈夫? 顔色悪いよ?」

 

蘭のその言葉により、皆が話し合いをやめて俺の顔を見る。

…やばい…

 

「だ…大丈夫だよ…大丈夫…大丈夫」

 

俺はひたすら大丈夫と繰り返した。

 

モカが真剣な表情になり、俺の額に手を当てる。

 

「…ユウ君。 具合悪いなら帰ろー? モカちゃんが送ってあげる」

 

…モカは気づいている。 多分今、俺の額はかなり熱いだろう。

だがモカは、焦らずに皆を混乱させない様にしてくれたのだ。

 

だが、俺は立ち上がる事も、喋る事も出来なかった。

 

やばい…やばい…意識が…

 

「ユウ…? ねぇ…大丈…」

 

蘭の言葉を最後まで聞く前に、俺の意識は途絶えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……ん…?」

 

目が醒めると、真っ白な天井が目に入った。

次に目に入ってきたのは、5人の幼馴染だった。

 

「ユウ…! 良かったぁ…!!」

 

ひまりが俺を見て泣き出してしまう。 巴とつぐみはひまりを慰めている。

モカは、俺の頭を撫でてくる。

 

「ユウ君〜急に倒れるからびっくりしたよ〜」

 

「…わ…悪い…皆…」

 

声を出すと、思った以上に掠れ声だった。

 

だが、モカは優しく微笑んでくれた。

……しかし、蘭だけはずっと俺を睨んでいた。

 

蘭は、モカの手をどかし、俺の目をジッと見ながら言った。

 

「…なんで…なんで無理したの!? そんなに無理してまでサポーターなんてやらなくてもいい!!!」

 

蘭の怒号が部屋に響き渡る。

見れば、蘭は俺を睨みながら泣いていた。

 

「…病院の先生が言ってたよ。 これは過労からくるストレスだって…

学生がこうなるのは珍しいって…!!

あたしは…! ユウにストレスを抱えてまでサポートをしてもらいたくない!」

 

「…ら…らん…」

 

掠れ声で名前を呼ぶが、それでも蘭は止まらない。

 

「…体調悪いなら言ってよ…! 休みたいなら言ってよ…!

あたし達に気を使わないでよ…! 幼馴染でしょ…!?」

 

「ら、蘭…! 落ち着こうよ…? ここ病院だよ…?」

 

ひまりが泣きながら蘭を止める。

 

俺は、蘭の言葉に大きなダメージを受けていた。

蘭の言っている事は正論だ。

 

良かれと思ってやっていた事だったが、結果的に彼女達を苦しめてしまった。

…俺はサポーター失格だ…

 

蘭はひまりに止められたが、次に巴が俺の胸ぐらを掴んできた。

蘭と同じくらい俺を睨んでいる。

 

「おいユウ。 お前、無理して働けばアタシ達が喜ぶと思ってたのか?」

 

蘭とは違って怒鳴らないが、怒鳴らないからこその威圧感があった。

 

「…もしそんな事で喜ぶと思ってたんならな、本気で殴るからな」

 

そう言うと、巴は手を離した。

 

「い、一回廊下に出ようか…! ね? 蘭ちゃん、巴ちゃん…?」

 

つぐが2人に言うと、蘭と巴は渋々頷いた。

つぐとひまりも付いて行き、病室には俺とモカが残る。

 

モカは、ベッドの横に椅子を持ってきて座ると、また優しく俺の頭を撫でてきた。

 

「モカちゃん仲間ハズレにされちゃったよ〜。

ユウ君慰めて〜」

 

モカがいつものテンションで言う。

優しく、俺の頭を撫でながら。

 

「…ユウ君〜。 蘭とトモちんにいろいろ言われてたね〜」

 

モカは笑いながら言う。

 

「…モカ…は……怒らない…のか…?」

 

俺は掠れ声のまま、なんとか思った事を口にした。

モカだけじゃない。 ひまりも、つぐもだ。

 

皆、蘭と巴みたいに怒りをぶつけてきてもおかしくないはずなのに…

 

「……ってるよ」

 

モカがボソッと言った。

俺が首を傾げると、モカは目に涙を溜めながら言った。

 

「怒ってるよ…怒らないわけがないじゃん…」

 

いつもののんびりした口調ではなく、真面目な口調でモカは言った。

 

「つぐも…ひーちゃんも怒ってるよ……!

蘭とトモちんの言ってた通りだよ」

 

モカが怒っているのを見るのは初めてだ。

泣いてるのを見るのも、俺が皆と離れ離れになる時以来だ。

 

「あたし達は幼馴染でしょ…? なんで…」

 

モカがそこまで言ったところで、蘭達が病室に入ってきた。

皆泣いたのか、目が赤い。

 

「…ユウ。 あたし達、決めた」

 

蘭が俺の前に来る。

モカは、空気を読んだのか、立ち上がり、蘭の後ろへ移動した。

 

「……ユウ。 あんたには…Aftergrowのサポーターを辞めてもらう」

 

……俺は、目を見開いた。

 

「…え……」

 

俺は、困惑の声を出す。

 

蘭は、真っ直ぐに俺の目を見て話す。

 

「あたしは、ユウに無理をしてほしくない。

ユウにとって、サポーターが無理をする対象なら、ユウはもうサポーターをしなくていい」

 

「ま…まって…くれ…」

 

「勿論、練習にももう来なくていい。

…折角会えたけど、あたし達の関係は、ここで終わり」

 

「い…嫌だ…蘭…!」

 

蘭を止めようとするが、身体が動かない。

蘭の手を掴んで止めたい。 皆に説明したい。

 

…だが、身体が動かないんだ。

 

「…じゃあね、ユウ。 今まで、楽しかった」

 

そう言って、蘭達は病室を出て行った。

 

その日の夜、LINEのAftergrowのグループを除名され、メンバー全員からもブロックされた。

 

…俺とAftergrowの関係は、今日で終わってしまった。



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12話「拒絶」

めちゃくちゃ更新が遅れてしまいました…!!
今回のバンドリのイベントが神すぎて小説を書く気になりました!!


Aftergrowを除名された次の日、俺は昼に病院を退院した。

 

今日は学校だったが、電話をして休みにしてもらった。

本当は今日の放課後もAftergrowのサポートがあったのだが、もう俺にはあそこへ行く資格はない。

 

先生にはあまり無理をせずに真っ直ぐ家に帰れと言われたが、回り道をして散歩をしていた。

 

商店街など、色々な場所を周っていると、15時になっていた。

もう蘭達の授業が終わる頃か。

 

いつもは、授業が終わった瞬間にひまりが

『疲れたああああ!』

と送ってくるんだよな。

 

だが…俺のLINEにはもう彼女達はいない。

 

騒がしいLINEも、安心出来る場所も、もう俺にはない。

 

「…自業自得か…」

 

俺が無理をしなければこうはならなかった。

今日もいつも通り練習して、皆と笑っていたはずだ。

 

そう考えただけで泣きそうになる。

 

…ダメだな…もう何も考えたくない。

家に帰ろう。

 

 

家に帰ろうと商店街を通っていると、前から見慣れた5人組が歩いてきた。

…蘭達だ。

 

「あっ」

 

「…あっ…」

 

俺と蘭の声が重なる。

数秒間見つめあった後、蘭達は何も言わずに俺の横を通り過ぎて行った。

 

……そうか…もう他人だもんな…

 

俺は、蘭達の方を振り返らずに進み出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Aftergrowと疎遠になってから3日後、俺はRoseriaのサポーターとしてライブハウスに来ていた。

 

皆にはAftergrowの事は話していない。

もしかしたら知っているかもしれないが…

 

「リサさん。 そこはもうちょっと丁寧に」

 

「おっけー!」

 

…正直、まだAftergrowに戻りたいと言う気持ちはある。

だが、もうAftergrowの事は忘れた方が良いのかもしれない。

 

あんなに拒絶されたんだ。 きっともう元に戻る事は無いだろう。

 

「お疲れ様です。 曲の完成度ですが、前回よりも高くなっています。

この調子で行きましょう」

 

今は、Roseriaのサポートに集中しよう。

 

…Roseriaは…俺を拒絶しないから…

 

「ユウもお疲れ様。 相変わらず的確な指示で助かるわ」

 

湊さんに言われ、笑顔で返す。

求められるなら、その期待に応えるのが俺の義務だ。

 

休憩時間になると、リサさんが俺の元へやってきた。

 

「ユウ。 ちょっと話さない?」

 

リサさんに連れられ、ライブハウスの外に出る。

 

「…ユウ。 Aftergrowと喧嘩したんだって?」

 

「えっ…なんでそれを…」

 

やはり知ってたか…

 

そう思ったら、リサさんは笑い出した。

 

「やっぱりそうかー! いやぁ、モカのテンションが低かったからおかしいと思ったんだよね!

いつもユウの話をするのにしなかったし?」

 

…カマをかけられた…!!

リサさん…意外とやるな…

 

「…まぁ、理由は聞かないけどさ? 早めに仲直りしなよ〜?」

 

「…無理ですよ。 もう…」

 

「あのね、ユウ。 幼馴染の絆っていうのは、簡単に無くなったりしないんだよ?」

 

リサさんは、俺の目を真っ直ぐ見て言う。

…確かリサさんは、湊さんと幼馴染だったな…

 

「ユウがAftergrowと仲直りしたいって思ってるんならさ?

自分からアタックしてみるのも良いと思うなぁ」

 

自分から…アタック…

 

「お姉さんからの助言は以上! いつもサポートして貰ってるから、そのお返しね!」

 

リサさんはそう言うと、先にライブハウスへ戻っていった。

 

…自分からか…俺は…Aftergrowに戻りたい。

そのためには…行動しないとだよな…!

 

Roseriaの練習はあと30分。 それが終わったら、蘭達の所へ行こう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

練習が終わり、機材を片付けた後、俺は羽沢珈琲店へとやってきた。

ここには皆が良く集まる。

 

皆は居なくても、つぐは必ずいる。

 

俺は、深呼吸をしてから中に入った。

 

「いらっしゃいま……せ…?」

 

つぐの顔が笑顔から困惑の表情へ変わっていった。

店内を見回すと、そこに蘭達の姿は無かった。

 

…ハズレか…

だが、つぐに会えただけでも良かった。

 

「…つぐ、今日何時上がりだ?」

 

「えっ…」

 

「頼む…教えてくれ」

 

つぐの優しさを利用する形になるが、仕方がない。

こう頼めば、つぐは断れない性格だ。

 

「…あと…30分だよ…」

 

「…! ありがとう!」

 

カフェオレを頼み、30分待っていると、エプロンを外したつぐが俺の目の前に座った。

 

「えっと…何かな…?」

 

つぐが困惑しながら聞いてくる。

 

「…次ねAftergrowの練習日を教えてほしい」

 

つぐの顔つきが変わった。

 

「…俺、ちゃんと皆と話したいんだ。 だから…」

 

「ごめんなさい。 それは教えられないかな」

 

つぐは、きっぱりと言い切った。

俺は、唖然としてしまう。

 

「お話は以上かな? Aftergrowの事なら、ユウ君に話す事は何もないよ」

 

つぐは、そう言って立ち上がり、店の奥へ行ってしまった。

 

…まさか…つぐがあんな表情をするとは…

 

……いや…次だ! 諦めないぞ…!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

次に、ひまりの家の前に来た。

インターフォンを押すと、元気よく「はぁーい!」と言いながらひまりが扉を開けた。

 

「どちらさ……えぇ!?」

 

ひまりは俺を見て大声を出す。

そしてそのまま扉を閉めようとするが、俺は急いで扉の間に手を突っ込む。

 

「ひまり…! 頼む…! 五分でいいから話を聞いてくれ!」

 

「ごめん無理ぃ…!! ユウとはもう他人だからぁ…!!」

 

ひまりが力を強め、扉が閉まる。

そしてすぐにガチャリと鍵が閉まる音が聞こえた。

 

……つ…次だ…!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

次は巴の家に来た。

 

インターフォンを押すと、中から巴が出てきた。

巴は俺を見ると、無言で俺の前に来る。

 

「つぐとひまりから聞いた。 どういうつもりだ?」

 

どうやらLINEで俺の事は伝わっているらしい。

これじゃあ蘭とモカも知ってるよな…

 

「…話をしたい。 次のAftergrowの練習日を教えてくれ」

 

「お前に教える必要はない」

 

「頼むよ! 皆とちゃんと話したいんだ!」

 

「アタシ達とお前はもう他人なんだ。

今こうやってお前と話してるのも、皆の迷惑になるから辞めさせるためなんだよ。

 

これ以上、アタシ達に近づくな」

 

巴からハッキリ拒絶された。

巴は家の中に入っていく。

 

……まだ…まだだ…!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

次はモカだ。

モカはコンビニでバイトしている。

リサさんに聞いたら、今日はシフトが入っているらしい。

 

コンビニに入ると、「しゃーせー」と間の抜けた声が聞こえてきた。

 

店内に人はおらず、レジにもモカだけだ。

 

俺は、ココアを買い、モカのレジへ向かう。

 

「120円になります〜」

 

「モカ。 今日何時で上がりだ…?」

 

「……120円になります〜」

 

「頼むよモカ…! 少しだけ話を…」

 

「お客様ー? お支払いをお願いします〜」

 

……どうやら、話す気は無いらしい。

俺は、乱暴に120円をレジに起き、コンビニを後にした。

 

…クソっ!何をイライラしてるんだ俺は…!!

モカ達は悪くないだろ! 悪いのは俺じゃないか…!!

 

次は…蘭か…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

蘭の家は、華道をしている。

家は和風で、かなりデカイ。

 

蘭の家は緊張するから出来れば来たくなかったが、もう蘭しか居ないんだ。

 

俺は、インターフォンを押す。

 

すると、扉が開き、蘭のお父さんが出てきた。

 

「…おぉユウ君か。 久しぶりだね」

 

「み、美竹さん…! お久しぶりです…!」

 

「ははは! そう緊張するな。 蘭だろう? 今呼んでこよう」

 

美竹さんはそう言うと、家の中に入っていった。

そして1分後、蘭が出てきた。

 

蘭は俺を睨みながら近づいてきた。

 

「…ついてきて」

 

蘭は不機嫌そうな声で言った。

 

蘭についていくと、近くの公園に入った。

蘭は俺の方を振り返り、俺を睨む。

 

「…なんのつもり?」

 

「皆とちゃんと話したい」

 

「ここに来る前に皆と話したでしょ? 皆になんて言われた?」

 

「それは…」

 

蘭は、溜息を吐く。

 

「拒絶されたでしょ? それはあたしも同じ。

あたしもあんたを拒絶する。

 

だからもう帰って」

 

「…嫌だ…帰らない」

 

「あっそ…あたしは帰るから」

 

蘭は俺の横を通り過ぎようとする。

 

だが、俺は蘭の手首を掴み、動きを封じる。

 

「ちょ…! 離してよ!」

 

「頼む…! 一回でいいから話を聞いてくれよ…!!

またAftergrowの皆と笑いたいんだ…!」

 

蘭が暴れなくなったので、手を離す。

 

「…なに? あんた、Aftergrowに戻りたいの?」

 

俺は頷く。

 

「…ハッキリ言ってあげる。

もう…Aftergrowに、ユウは必要ない。

ユウがAftergrowにいると、練習やライブに支障が出る。 邪魔なの」

 

邪魔。 ハッキリとそう言われた。

そこで、俺は限界に達してしまった。

 

ポロポロと、涙が出てきた。 男が女子の前で泣くなんて情けない…

 

「…邪魔…か…そうか…」

 

蘭は、自分の首に掛かっているものを取った。

 

……俺があげた、お揃いのネックレスだ。

 

「これは返す。 もう要らないから」

 

俺は、無言でネックレスを受けとる。

 

「…なぁ…? 本当にもう終わりなのか…? 俺はもう…他人なのか?」

 

「…あたし達とあんたの関係はもう終わったんだよ」

 

蘭は、そう言うと、無言で公園を去っていった。

 

俺は、ベンチに座り、ネックレスを握り締めながら、泣いた。

 

 

……何が幼馴染の絆だよ……簡単に消えるじゃねぇか…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー蘭視点ーー

 

あの後、あたし達は羽沢珈琲店に集まった。

 

理由はもちろん、ユウの事だ。

 

「やっぱり蘭とモカの所にも言ったか…」

 

巴が額を抑えながら言う。

 

「…でもさ…なんか…可哀想じゃない?」

 

ひまりが言う。 …確かに、泣く程追い詰める事はなかったかもしれない。

 

「…でも、仕方ないよ。 あたし達と一緒にいたら、ユウは無理するから…」

 

あたしが言うと、皆も黙って頷く。

あたし達は、何度も話し合った。

最初は、ユウをAftergrowに戻して、ちゃんとユウの事を見守ろうと言う意見もあったけど、それだとユウは負い目を感じてしまう。

 

だから、あたし達からユウを切ることによって、ユウを仕事から遠ざける事にした。

 

ユウとは他人になっちゃったけど…

ユウに嫌われたとしても、あたしは、ユウに傷ついて欲しくないから。

 

「…蘭? ネックレスはどうしたのー?」

 

モカが聞いてくる。

 

ネックレス…ユウがくれた、あたしの宝物…だった。

 

だけど、それはもうユウに返してしまった。

あれは…今のあたしが持つべき物じゃないから。

 

ユウに返した後、凄く後悔したけど…

 

そう皆に話すと、皆もネックレスを外した。

皆はネックレスを部屋の引き出しの中に入れておくらしい。

 

…ユウには申し訳ない事をしてしまった。

これまでユウはあたし達の為に頑張ってくれたし、ユウのおかげで成長出来た。

なのに、そんなユウにありがとうも言えずに突き放してしまった。

 

……本当にごめんなさい。



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