ヤンデレ魔王に追い回される日々 (パ〜ム油)
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魔王との出会い
ヤンデレ魔王と勝負!


やっと辿り着いた魔王の間!ここで何が繰り広げられるのか…。
ま、あらすじ見ての通りですけどね。


魔王城

勇者こと俺が率いるパーティ四人は、後を追ってくる魔物から逃げていた。しかし、腰抜けと言われたくはない。

なぜなら、俺たちは魔王の間まで駆け抜けるつもりだからだ。

「勇者!あとどれくらいなの!?もう足止まりそう!」

パーティ内では一番若く、前線には出ない、女魔法使い「ネミル」が音を上げる。

「もうすぐだ!勇者の剣の煌めきが強くなってる!」

この剣は魔王の元まで導いてくれる。頼もしい装備だ。

「しかし…勇者殿、たとえ魔王の間に着いたとして、挟み撃ちではござらぬか」

一番の年長者の剣士「ヘイジ」が言う。

「いいや、策はある、だろ?ハルカ」

ぜえはあと息を吐いて走る隣の賢者少女「ハルカ」に尋ねる。

「はあ、はあ、はい、時の結界ならば魔物も人も、介入できないはずです」

その先に、大きな重厚感のある扉がひとつ。

「よし、見えたぞ!あそこだ!」

俺たちはその中に飛び込んだ。

 

魔王の間

ハルカは扉に手を当て、時の結界を張っている。それを俺とヘイジで挟んで守る。ネミルは魔法の杖をじっと玉座に向けている。

「なぁ…玉座には誰もいないぞ…」

「静かに…確かに感じるでしょう、闇の気配を…」

「しかし、どこにいるのか分からないほど強烈な力に溢れているこの部屋で、勇者殿、どうするつもりでござるか」

「剣の僅かな煌めきの差でも分かるはずだから、方向を確かめる…」

剣を左から右へ。ゆっくりと、ゆっくりと降る。

ちょうど剣がネミルの方を向いた時、剣が光った。

「ネミル!そっちにいるぞ!」

と、ネミルが下がるより前に、青い電撃のようなものがネミルの杖を弾く。

慌てて身をかがめたネミルの体が、弾け飛んだ。

「ネミル…ッ!」

走り出そうとする俺を、ヘイジが止める。

「勇者殿…行ってはダメでござる…」

「トラップってことか…?」

「…」

こうしている間にも、ネミルの体に青い電撃がバチバチ音立てて這い回っている。

「勇者様!結界貼り終えました…!?」

ハルカが振り向く。しかし、俺の方を向いたまま、恐怖で動けないようだ。

「おい、どうした…?」

「ハルカ殿!危ないでござる!」

ヘイジがハルカと俺の間に割って入った。

その次の瞬間。

「ぐッ…!?」

ヘイジが吹き飛ばされ、壁に激突する。

そのままずるりと地面に落ちた。

「へ、ヘイジさん…!」

「くそ!魔王!貴様卑怯だぞ!」

ヘイジの立っていた空間を剣で薙ぐ。しかし、虚しく空を切る音が響くだけだ。

「…勇者、様、離脱魔法を使いましょう」

「…!ヘイジとネミルを見捨てろっていうのか!?」

「勇者様が亡くなれば、二人を助ける可能性もッ!?」

ハルカが宙に浮く。そして、薄ぼんやりと、その後ろに真っ黒な影が見える。

魔王だ。

ハルカは魔王に首を絞められ、苦しそうにもがいている。

「ハルカ!」

駆け寄ろうとする俺に、魔王の影が口を開く。

「勇者様、動かないでくださいね?そこからあなたが動けば、この女は絞め殺しますので」

「…!」

俺は咄嗟に武器を捨てる。

それにしても、意外なのは魔王の声が女っぽいと言うことだ。

ハルカが乱暴に地面に降ろされ、影が像を結ぶ。

「勇者様…」

恍惚とした表情を浮かべた魔王は、俺(15)よりも少し年上程度に見えるにも関わらず、サキュバスのような妖艶さを持つ女だった。

「私の元に来るなら、仲間たちを解放しましょう、けれど歯向かうのなら…分かりますよね?」

にっこりと笑顔を浮かべた魔王は、少しずつ歩み寄ってくる。

「…わかった、だから、仲間だけは…」

「ふふ、素直なのは好きですが…嫉妬、しちゃいますね」

魔王が振り向き、手を天にかざして何かを詠唱する。

その魔術の早さは、ハルカの詠唱の比ではなかった。

仮に戦っても勝てはしない。恐怖が心の中にじわじわと広がってきている。

「さて、勇者様」

「…処刑か?」

「二人きりで、あとで話しましょうね」

魔王は俺に、軽くウインクした。

それを見た瞬間、俺の意識は暗闇に落ちた。




いきなりバトル(と言えるのかな?)!
魔王と勇者のいちゃらぶをお楽しみに!


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ヤンデレ魔王の告白

捕まった勇者!
そしてまさかの…。


「ぅ…?」

薄い明かりに目を覚ます。寝ているのは豪奢なベッド。

辺りは黒を基調として整えられた、ホコリひとつない部屋だった。

そして、俺の顔を覗き込んでくる魔王が。

「お前…!」

「勇者様!」

ほぼ同時に口を開く。魔王は俺に馬乗りになって、抱きついてきた。

咄嗟のことで全く理解ができなかったが、このままではまずいのでとにかく暴れる。

「っ!離せよ!俺をどうするつもりだ!」

「あ、ご、ごめんなさい!勇者様には説明してませんでしたね」

ぱっと離れて、放った一言は、想像も付かない言葉だった。

 

「勇者様…いえ、ユーリィ・グレイ、私はあなたが、ずっとずっと大好きでした!結婚してください!」

 

「…!?」

なんで俺の名前を?

好き?結婚?

「…どういうこと?」

「私は今まで3人の勇者を葬ってきました、しかし、あなたを初めて遠視魔法で見た時に、私は感じたんですよ、あなたと私の間に繋がる赤い糸を!」

「赤い糸…?」

「そうです!あなたは私と結婚すべきです、ずっと前から、産まれた時から決まっているのです!」

「か、からかっているのか?」

「照れずともいいのに…勇者様ったら…」

勝手に頬を赤らめている。恐怖を超えて、狂気を感じる。

「結婚なんて、できない、俺とお前は戦うべきなんだよ!」

「そんなものどうでもいいでしょう?」

「どうでもいいっ…!?」

「あなたが人間界の腐れ国王に命令される筋合いはありません、私のお婿さんなんですから」

「…帰してくれ」

そう言った瞬間、周囲の空気が凍ったような感覚に襲われた。

「勇者様…いえ、ユーリィ…ユーリと呼びましょうか、ユーリ?何と仰いましたか?」

「だ、だから、人間界に帰してくr」

俺は最後まで言葉を続けられなかった。

俺の頭すれすれに魔王の拳が振るわれ、壁をへこませたからだ。

「ユーリ、あなたは人間界に居すぎて、心を蝕まれたのでしょう」

にっこりと、目以外で笑みを浮かべ、俺を壁に押し付ける。

これまで様々な魔物と戦ってきたが、下手するとオークよりももっと強い力だ。

「痛っ…」

「ユーリ、私と一緒に居ればあなたは、元の自分を取り戻せます」

「何が元の自分だよ…俺は、勇者だ!」

「ふ、ふふふ、あははは!」

急に狂笑しだした。

俺、殺される?

「何、笑って…」

「いいでしょう、ユーリ、あなたが勇者だというならば」

魔王が指を鳴らすと、黒い鎧に身を包んだダークエルフが俺の装備を持ってきた。

「私と、勝負です」

「勝ったら、いいのか?」

「勝ったらあなたは解放されます、負ければあなたは」

「お前と、結婚?」

「いえ、私に刃向かった罰として、少しの間、私専用奴隷にでもなってもらいますか」

この女は、おかしい。さっきまで告白されてたのに。

ただし、今は従う他ないだろう。

「分かった、受けて立とう」

きちんと戦うつもりなんて、毛頭無いけど。

そして俺と魔王は、魔王の間へ向かった。




次回はバトル…になるのかな?
魔王の奴隷とは恐ろしや…。


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ヤンデレ魔王との一騎打ち!

勝てる気しないけど、勇者の作戦やいかに…?


魔王の間には、張り詰めた空気が漂っていた。

しかし、俺に勇者の剣を向けられた状態でもやはり、魔王は薄ら笑いを浮かべている。どうやら余裕綽々のようだ。

「あ、名前教えてませんでしたね」

「聞く必要はない、すぐに倒すんだから」

「そんなに私を求めて下さるとは…私の名前はデラルス・エメラル、エメって呼んでください!」

俺は嬉々として自己紹介をしている魔王に、斬りかかる。

この剣は世界最高の武器だ。魔物に切り傷を付ければ、そこから聖性が侵食し、時間さえかければ大きなダメージを負わせられる。

 

そんな剣を、魔王は物ともせず掴んだ。

「なにっ…!?」

「この剣…多少良い素材を使ってはいますが、こんなものですか…」

「くそッ!」

そのまま剣を振る。しかしビクともしない。

「大丈夫、勇者様は私がお守りしますから強くなくたって」

話している横っ面に、思いっきり拳を入れる。

しかし、顔面に辿り着く数cm前で拳は弾かれ、こちらへ跳ね返された拳に謎の呪印が刻まれた。

「…!なんだ、これ!何をした!?」

「慌てないで下さい、その呪印は、勇者様を苦しまないように戦闘不能にさせるだけのものです」

「ふざけんな…」

放ったその怒りの言葉は途中で止まり、そして俺は倒れた。

ウインクと違うのは意識があること。

魔王は恍惚とした表情で歩み寄ってきて、俺を抱き起す。

「ユーリ…ぐったりしているあなたも可愛いですよ」

「ふざけたことを…」

俺はそこで、魔王に握られたままの勇者の剣に魔力を込める。

「ッ!?」

魔王は初めて動揺を見せた。慌てて剣から手を離す。

「どんなもんだよ、剣を持ってた手から聖性は侵食するぞ」

現に魔王の手は焼け石のようにジュワジュワと音立てている。

「ふふ、こんなものでっ…」

魔王は少し身を屈めた。

そして、魔王は黒い翼を顕現させた。

「それがなんだって言うんだよ…!」

剣を向けて気付いた。

魔王の手の怪我が治っている。聖性を確かに入れたのに。

そして魔王は曲がった角と、黒い翼を持ち、如何にも魔王といった感じだった。

「さて、と、悪い旦那様には…」

「くっ…そ!」

「お仕置き、ですね」

身体から聖魔法を放つ。しかし翼を少し扇いだだけで、簡単に魔法は吹き飛ばされる。

「来るな!」

「そー…れっ!」

一気に距離を詰められ、抱き締められる。

「っ!離せ!」

チャンスだ。ここから一気に魔法を当てることができれば、魔王といえど重傷を負うはず。

「無駄ですよ、ユーリ」

魔法を唱えようとした矢先、身体から力が抜ける。

これまでは、力を入れることはできた。それとは違う。もっと根本的な力が消えていく感覚がする。

「そんな顔しないでください、魔力を吸い取っているだけですよ」

「くっ…!」

「さすがユーリ…美味しい魔力を溜め込んでますね…」

興奮したのか荒い息を吐き、身体を擦り合わせてどんどん魔力を奪う魔王。

「もう…いいだろ…!」

「だめですよ、賢者の…ハルカでしたっけ?あの雌豚に魔力を与えて妻たる私に魔力をあげない…なんて」

「な、なんでそれ…知って…」

2ヶ月前、ハルカが治療でくたくたになった時に、ハルカと手を握って(ちなみに恋人つなぎで)魔力を与えたことはある。

見られていたのか。道中。ずっと。

「浮気は…許しませんからね♪」

口を開く気力が無いほどの脱力感。

しかしその感覚は、まるで眠りに落ちる直前の時間を引き延ばしているようだった。

ノーガードの頭に、魔王の声だけが響く。

「目が覚めたら、その一日は私の奴隷ですからねー」

そして意識が落ちる前の、最後に。

「私色に染めて逃げる気力なんて、湧かないようにしてあげますからね…」

「ユーリ、愛してます♪」




あっさり負けてしまった勇者!
お次はお待ちかね、魔王様にいじめられます!


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魔王との日常
魔王ご主人様と奴隷勇者


勝負に負けた勇者!
ドキドキワクワクの奴隷回でござんす。
あと、M向け微エ□が含まれるので、苦手な方はバックおすすめ!


 

俺は目を覚ました。

すぐ近くに魔王の寝顔があり、思わず離れる。

俺と魔王は、毎日一緒に寝ている。もちろん魔王から命令されたことだ。

 

「ふざけんな!殺すなら殺せばいいだろ!こんな辱めを…」

「ユーリを殺すことなんて、不倫したときくらいですかね」

「俺は、添い寝するくらいなら、床で寝る」

「ふぅん?ま、賢者と魔法使いの首を飛ばせばスッとしますし、構いませんけどね」

「わ、わかった、わかったから…」

 

で、いまに至る。

今日は魔王の奴隷として過ごす。勝負で負けてしまったから。

「んん…ユーリぃ…まだ一緒に寝ましょうよ…」

「いやd」

「そこの奴隷、命令です」

こう言われては、返せない。渋々魔王に抱き締められる。

魔王は俺に何不自由ない生活を与えてくれるはずだ。

しかし、それは殺される以上の痛苦に感じる。

これまで手伝ってくれた王様、村人、国民、そして仲間。全てを裏切っているのと同じなのだ。

「おい、魔王、そんなに抱かれると痛いんだけd」

そう言う俺の目を眠そうで、そして幸せそうな目で見て、魔王は言った。

「ユーリ…いえ、奴隷、奴隷はご主人様のこと、なんて言うんでしょうかね?」

「っ…!」

「ほら、言ってみてくださいよ、ねぇ?」

「ご…ご主人様…」

「全く聞こえませんね、叩かないと分からない子ですかね?」

「ご主人様!」

俺がそう口にした瞬間、魔王はゾクゾクと身を震わせ。

「っ〜!」

俺を、骨が折れそうなくらいの力でまた抱き締めてきた。

「痛い…です、ご主人様…」

「かわいい…かわいすぎます!ユーリ!」

それから1時間、俺は魔王に「ご主人様」と言わされ続けた。

 

「ユーリ、ご飯ですよ〜♪」

魔王が上機嫌で部屋に入ってきた。

俺はそれまで、魔王の部屋の掃除、洗濯物の片付けなどをさせられていたので、お腹は空いていた。

「…ありがとうございます、ご主人様」

「よしっ、いい感じですね、ユーリ」

と、言うなり魔王はご飯を食べ始めた。

盆の上には二人分の料理が乗っている。

「おいしーですよ、ユーリ」

おいしそうに食べているので、盆に近づき、手を伸ばす。

と、その瞬間。

魔王が、まさに悪魔という笑みを浮かべ、俺を蹴り倒す。

「ぐッ…!?」

その拍子に、俺の食事は床に落ちる。

「…ユーリ♪ご飯、粗末にしちゃいましたね」

「待てよ…今のは…!」

と、言おうとするが、冷ややかで、嗜虐心に満ち溢れた目で見られ、口をつぐむ。

「ま、食べてください、ほら」

「い、いらな」

「食べなさい」

しかし、床の食べ物を拾って口に運ぶのは、思ったよりずっと勇気が必要なことだった。

手を伸ばせずいると、魔王が。

「はぁ…ダメ犬ですね…ユーリ♪」

俺の顔の前に、食事を近づけてきた。

足で。

白く、細い、美しい足で食事をすくい、俺の元へ突き出してきた。

「食べなさい、ユーリ」

「こんなの…!」

抗議のために口を開けたところに、魔王の白く、細い足が突っ込まれる。

「んッ…ぐ!」

「ほら、運んであげましたよ」

にこやかに笑う魔王は、恐ろしかった。

いくらなんでも、こんなこと。

しかしこのままでは、どうしようもない。

俺はそう自分に言い訳して、口中の物を食べる。

食べ切っても、抜く気配がない。

「ユーリ、食器は綺麗にしないとですよ♪」

口の中で指が艶かしく動いている。

魔王は楽しそうに眺めている。

粘ったところで根負けするだけだ。

魔王の指を、舐め始める。

「んっ…ふふ、いい調子です、そのまま綺麗にしてください♪」

言う通り舐め続けること3分ほど。

「勇者様としてのユーリはもういない、ですね?」

その言葉に、俺は猛烈な怒りが湧き上がった。

今は従う。それだけなのだ。魔王に見下されても黙っておくことが大事だと、分かってはいるのだ。しかし、俺は。

「…っ!ユーリ…?」

魔王の指を、噛んだ。

そしてその次の瞬間に。

「ぐッ…ぶ!?」

もう片方の足で頭を引かれて、足を更に奥まで入れられる。

苦しさで、ぼたぼたと涙と涎が落ちる。

「また汚しましたね…」

そのあとしばらく俺の苦しむ様子を見た後、足を引き抜く。

「ごほッ!げほっ!はぁ、はぁ…」

見ると、魔王は愛しそうに突っ込んだ自分の足を舐めていた。

「ユーリ♪次逆らったら、どうしましょうかね?」

「っ…ご主人様…ごめんなさい…」

「ま、いいですけど、そろそろ寝ますかね」

 

ベッドの中、俺を抱き締めて、豊満な胸を背中に押し付けてくる。

「ユーリ、今日最後の命令です」

「…なんですか?」

「こっちを向きなさい」

魔王の方に向き直した瞬間、俺は、唇を奪われた。

「っ…!」

自分の唇を放し、ぺろりと舐めたあとに微笑み。

「ユーリ、あなたが求めるなら、私が下僕になってもいいんです、ただ私から離れさえしなければ」

「ッ…誰が…」

「ファーストキス、奪われましたからね、責任、取ってくださいよ」

そう言って、魔王は目を閉じる。

俺はその魔王を見て、つい先ほどまで虐められていたにも関わらず、ほんの少し、惹かれている自分に気が付いた。

俺は、勇者失格だ。




足で想い人に食事させてもらう…最高じゃん!
と、思って性癖全開で書きました。反省してます。ハイ。


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勇者の脱出作戦

奴隷にされるのを楽しみ…こほん、嫌った勇者君は魔王城からいかに逃げ出すのかなー。


「じゃ、おやすみなさい」

「…おやすみ」

いつも通り、魔王におやすみのキスを受けてベッドに入り、抱き締められる。

そう、いつも通りなのだ。

こんな屈辱からは耐えられない。だから俺は、脱出を決意した。

まずは俺をしっかり抱き締めている魔王。これを突破しなくてはならない。

トイレに行くと言っても。

「ついて行きます!」

となる。

それはこの前試した。魔王城を歩き回って地形とか、仕える兵も覚えた。

ならば…。

「魔王…なあ、魔王ってば」

「んぅ…ユーリ、なんですか?」

「夜の散歩に行きたいんだよ」

「よし!行きましょう!」

うん、そう来ると思った。一緒に活動することが前提なのだ。

 

「月が綺麗ですね…」

「魔界に来てから、月なんて見てないからなあ」

「月と私、どっちが綺麗ですかね?」

なんか言ってるが無視。

さて、ここからの脱出手段は考えてある。

ここで魔力を練っておかないといけない。そのためには魔王と恋人ごっこをして、悟られないようにする。

あ、質問無視してた。全然ごっこできてないや。

「…ユーリ!」

魔王に声をかけられる。

「な、なんだ?」

「…もういいです」

と、言うなり魔王は俺を綺麗に整備された芝生に押し倒す。

「うわ…?どうした、魔王?」

「ふぅん…へえ…?」

魔王は俺に、馬乗りのままキスする。

 

…長い。20秒ほどずっとキスしている。

「っ!ぷはっ!魔王!なんなんだよ!」

「魔力」

「え?」

無い。魔王の会話を流しつつ少しずつ貯めた魔力がないのだ。

「ユーリ?また魔力なんて貯めて…何するつもりだったんですか?」

「そ、それは…」

「はぁ、そんなに、私の生足を味わいたいんですかね?」

「違うんだ!」

そう、最低のケースもきちんと考えてある。

「綺麗なバラの咲いてるところがあって、連れて行きたいんだよ、魔王と一緒に見たかったんだ」

「ユーリ…♪」

そのあと30回くらい、キス責めされた。

 

「もう、一緒に行くの、言ってくれたら私の魔法で行けたんですからね」

「ご、ごめんな」

俺と魔王は手を繋いで、飛翔魔法で俺の指示した方に飛んでいた。

これが、チャンス。

ここは魔界だ。もしも逃げるなら、人間界に飛び込むのがいい。俺の指示したバラの咲く所は、丁度人間界へのゲートの上を通るルートだった。

飛び降りる。失敗して死ぬならそれで構わない。

「…ユーリ、どの辺ですか?」

「魔王、俺は、もう耐えられない」

「…?」

「じゃあ、な」

魔王の手に、魔力を流す。

微弱な魔力ではあるが、手を引き離すには十分だった。

「ユーリ!」

上から魔王が叫ぶ。俺は笑って、落ちる。

風が強い。これでは恐らく、隣の森に落ちる。

死ねる。生き恥を晒すくらいなら、もうこのまま…。

ごめん、みんな、そして魔王。

魔王は俺といて、心底楽しそうだった。彼女は今、泣いている?それとも怒っているか?

 

空が、闇に覆われていた。

「…!?」

魔界とはいえ、空は晴れていた。

今では真っ黒な雲が埋め尽くしている。

その雲の渦の中心にいるのが、魔王。

ネミルから聞いたことがある。

 

「暗黒魔法?」

「そう、闇魔法とか、そういう比じゃない力なの」

「しかし、勇者殿の聖魔法があれば平気であろう」

「…たぶん、その魔法さえ使えば、勇者がいくら抵抗したところで命を落とすのは確定ね」

「そんなの…なんでこれまでにさっさと使わなかったんだ?」

「そんな大魔法使うのには、代償として魔王の凄まじい生命エネルギーをも大きく削るくらいの魔力が必要なの」

「最後のあがきとして、か?」

「ええ、相討ちになって、世界に平和が訪れるまでを見られないなんてのは、馬鹿馬鹿しいでしょ?」

「ああ…」

 

しかし、暗黒魔法は「殺す」魔法のはず。

その雲は、雷を落とした。

おびただしい数の雷が、俺を避けて落ち、木を切り裂いている。

やっと分かった。

「森中の木を…クッションにするつもりか!?」

魔王は、俺に向かって高速で飛んできていた。

泣いていた。

その顔は、これまでに見た、魔物に襲われて、家族を亡くした人々と全く同じだった。

「ユーリ…死なないで…!」

そう叫ぶ声が聞こえ、伸ばされた手が見え。

 

俺は、木々の上に、落ちた。

後頭部から血が流れ出している。腰の骨も折れただろう。体が動かない。

意識が薄れる。

魔王が降り立つ。声は聞こえない。

俺に駆け寄り、しがみ付く。

涙が、俺の頰に落ちる。

その顔を見て、無意識にこう言った。

「ごめん…」

魔王は驚いた顔で俺の目を見て、さっきよりも、ずっと苦しそうに、悲しそうに、泣き崩れた。

その泣き声を聞きながら、意識は闇に、落ちた。




脱出失敗の上に、重傷を負った勇者君!
そして魔王の心に気づいた彼は、これからどうするのか?


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勇者の告白

ふっふっふ。タイトルに驚いただろう。
ちょっと急展開だけど許してネ。
勇者の魔王に対する好意描写少なくてごめんなさい…。


俺は、痛みで目を覚ます。

「痛っ…?」

身体が動かない。

頭に包帯。足は包帯で宙吊り。なんだかよくわからないチューブから魔力の詰まった水らしきもの。腕にギプス。腰にコルセット。

こりゃあ動けない。

「はは…いい格好だな…」

自嘲気味に笑っていると、魔王よりも落ち着いた女性の声が。

「ユーリィ様」

「…あんたは?」

銀色の髪に褐色肌。青い目をしており、人間よりも耳が尖っている。ダークエルフだ。

ダークエルフは、魔術・剣術に優れたエルフが魔物化したとも、魔王に魂を売ったために強力な力を手に入れたとも、それ自体がエルフと似た種族だとも言われている。

個体数の少ない謎の種族だ。

「私の名前は、ウルスラ・バード、エメラル様に仕えるダークエルフです」

「…!魔王は、どうしたんだ!?」

起き上がろうとし、その瞬間身体中が悲鳴を上げる。

「っ…!」

「今はエメラル様は寝込んでいらっしゃいます、命に別状は無いかと思われますが」

「…よかった」

「あなたは、エメラル様に好かれておりますが」

「ああ、それが?」

「私は先代の魔王様から、エメラル様の結婚相手は強く、素直で、一族の繁栄に尽くすような者を選べと、お相手の世話を任されました」

「…俺は」

「しかしエメラル様にそれをお伝えしたところ、ハイライトオフになり、「ユーリとの結婚を邪魔するの?」と、聞く耳を持ちません」

「…」

「私は、あなたのような、戦いもせず、受け入れることもせずの人間は、たとえ魔王様に好かれていようとも、一族の繁栄に繋がらないと判断しました」

「…ああ、その通りだよ」

「魔王様は動けません、あなたに選択肢を差し上げましょう」

「選択肢?」

「一つ、ここで私があなたの命を断ち、それを魔王様にお知らせすること」

「一つ、人間界へ帰れるよう手配致します、そこであなたは人に見つからないよう、魔王様に気配を悟られないように過ごしていただきます」

「待てよ、魔王を撒けると思うのか?」

「私が、お供します」

「…!」

俺は、魔王が好きだと思う。たまに見せる、彼女の心の中の、魔王としてではない部分。その少女のような心に、俺は恋している。

しかし、ここで魔王と結ばれたところで、俺の仲間も、魔物に傷つけられた人々も、幻滅するだろう。

「俺は…」

「どうするのですか?」

「俺は、魔王が目覚めたら、この想いを打ち明ける」

「想い?」

「好きって、ことだ」

「話を聞いていましたか?問題はあなたが打ち明けるかどうかではなく」

「魔王の一族、そして魔物の繁栄、だろ」

「それが、あなたにできますか?」

「魔王と話し合って、人間界と魔界全土に伝えるんだ」

「伝える?」

「魔王…デラルス・エメラルとユーリィは結婚すると」

「…!」

「人間と魔物が和解したら、魔物はもっと繁栄の道を歩める!」

「たとえ魔王様が停止命令を出しても、聞かない魔物は?」

「俺が倒す」

そう言うと、ウルスラは何か言いたげだったが、下を向き、少し笑ったような顔を見せると、柔らかい口調で言った。

「…ひとまずは合格、ですかね」

「合格?」

「どちらの選択肢を選んでも、あなたの首を落とすつもりでした」

恐ろしい。一歩間違えば、死んでいた。

「魔王は?いつ目を覚ます?」

「もうすぐでしょうか、ユーリィ様も包帯を取り替えましょう」

と、ウルスラは服を脱がせてくる。

「お、おい!自分でやるから!」

「その手では出来ないでしょう、心配なさらずとも、エメラル様の旦那様を寝取るような真似はしませんので」

と、じたばたしていると、扉が枠ごと「外れた」。

「…魔王!」

「ユーリ!よかっ…た…」

魔王はふらふらとした身体で、こちらに来ようとしたが、途中でぴたりと止まる。

「え、エメラル様!これは…決して…!」

「ユーリ?ウルスラ?ふーん…仲良さげじゃないですか?」

「魔王!待てよ!」

「言い訳なら、あとで」

「俺は、お前が好きだ!結婚してくれ!」

「へー………!?」

魔王は少しふらりとしたあと、顔を真っ赤にして倒れた。

「え、エメラル様!」

ムードも何もない、ぶち壊しの告白だ、こりゃ。




告白成功…?
そして新しい登場人物ウルスラ!希望あったらウルスラも勇者とくっつけようかな。
とか考えてネタ切れ回避しようとしてます。


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勇者と仲間たち

勇者は仲間たちに直々に魔王との結婚を伝えることにした!
しかし上手くいくはずもなく…。


「いいですか?ユーリ、何かあったらすぐに扉を叩くか、その指輪に魔力を込めるのですよ」

「わかったよ、それ聞くのもう5回目だぞ」

魔王が告白からぶっ倒れ、結婚した後の話をした。

仲間たちには、直々に話したい。

その旨を伝えはした。が、魔王はなんだかとても心配してくれているようだった。

「ユーリ、やはりウルスラくらいは同席させた方が…」

「俺らの問題は、俺らで片付けるから、心配するな、な?」

「で、でも…」

ふと見ると魔王が泣きそうになっていた。何だかかわいそうなので抱きしめてみた。

「っ…!そ、そういうのは結婚してから…でもユーリがいいなら私も怖くないっていうかその…」

急にわたわたし始めた。デレてるなら好都合だからこのままにしておこう。

と、魔王の部屋がノックされた。

「だれ?」

「ウルスラです、ユーリィ様のご友人が到着されました」

「ユーリ、気をつけてね、その指輪外したらダメだよ?」

「分かってる、じゃ、またあとで」

魔総の指輪

魔王の家に代々伝わる指輪だ。

これを付けていたら、愛する相手と、テレパシーのようなことができる。テレパシーを受け取る側は何も付けずともいい。

そのため、このテレパシーが使えなくなる、ということはどちらかが愛することをやめたとなる。

浮気防止の効果もあるそうだ。

 

さて、ヘイジ、ネミル、ハルカの居る部屋に入る。

そこには、神妙な顔をした三人。とても空気が重苦しい。

「…久しぶり」

「ねえ、勇者…いえ、ユーリィ、説明してくれるわよね?」

「そのつもりだよ」

そして事情を話す。もちろん魔王を好いていることも。

「ふざけ、ないでください…」

ハルカが怒りを押し殺した声で言う。

「みんな、本当にごめん!けど、魔物と人が和解したらきっと…!」

「ふざけないで!きっとアンタは、洗脳だか魅了だかされてるからそんな考えになるのよ!」

「勇者殿、これまでの、魔族による事件の被害者の顔を忘れたのでござるか?」

「でも、殺しあって、何が変わるんだ!」

「勇者様!私は、何が何でもあなたを取り戻します!」

ハルカが叫ぶところなど、見たことがなかった。

「ハルカもネミルも分かるだろ!俺は魅了魔法も何も受けていない」

そしてしばらく、にらみ合いが続く。

その緊張をなんとかヘイジが和らげる。

「…お二方、今日のところは引き下がるべきでござる」

「ヘイジまで、なんでそうなるのよ!」

「我々は今、解呪道具も大した武器も持っておらぬ、ましてここは魔王城、たとえ勇者殿の魔法が解けたとて、殺されるのがオチでござるよ」

「っ…」

その的を射た意見に、二人がおし黙る。

「勇者様、今日はこれで、帰ります」

「…ごめん」

「今日のことは、王様に報告致します、それでも戻らないようでしたら、全面戦争となってしまいます」

「ハルカ、戦争なんて…」

「やらざるを得ません、帰って来ないのなら」

「きっと、俺は、帰らないぞ」

「馬鹿馬鹿しい、洗脳された勇者と話しても、面白くもなんともないし、帰りましょう」

「勇者殿、すまぬ…もっと止める術もあったろうに…」

ヘイジは申し訳なさそうに、あとの二人はご機嫌斜めで帰って行った。

「…ユーリ、どうでした?」

「…戦争が、起こるかもしれない」

魔王にそれを話した。一つ一つ聞いていた魔王は、頷き。

「それでも、魔族が負けたとしても、私はユーリにずっと付いていきますから」

 

俺は、勇者失格だ。自分でも思う。

戦争を起こす勇者がどこにいる。

それでも俺は、やはり魔王と共に在りたいと願ってしまう。

なんとか、なんとかしないと…。




久々の登場!勇者のお仲間。
さて戦争は始まるのか…?


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勇者と魔王の結婚

ついに結婚!式はいつ挙げるのかなー。
そして結婚の後にまさかの魔王の…!


「汝、ユーリは、我らが究極の魔王デラルスを愛し、領土を広げ、魔王の夫としてすべきことを為すと誓うか?」

「誓います」

なんだこの誓いの言葉。

だめだ、この場で無礼なんかしたら周りの魔物に八つ裂きにされてしまう。

「では、互いの指に魔総の指輪を」

魔王は黒衣に身を包み、角と羽を伸ばしている。頰を赤らめているその様は、人間と何も変わらなかった。

その指に、紫色の石のはめられた指輪を通す。

そして俺も、灰色の石のはめられた指輪を付けられる。

「これにて二人は、先代魔王の名の下に夫婦となった、末長く幸せな時のあらんことを」

 

結婚式を終え、魔王は手続きがあるとかで去っていった。

俺は部屋に戻ろうとした。が、新しく俺に作られた部屋の隣にボロボロの部屋があった。

「なんだこれ…?」

そこには蜘蛛の巣が張っていて、埃だらけで、とても残してあるのが不思議なくらいだった。

そういえば魔王が言っていた。

 

「ユーリ、この部屋、絶対に覗いてはいけませんよ」

「なにかあるのか?」

「大有りです、とにかく、絶対にダメですからね!」

 

辺りを見回す。

誰もいない。衛兵もまだ見回っていない。

ちょっとくらい、いいよな?

「お、お邪魔しまーす」

扉を開ける。その奥は深い階段だった。

「魔王のペットとかじゃないよな…」

ケルベロスとか飼ってたりして。

なんて言っている内に、最深部のようだ。

そこには、大きくて真っ白な、虫のマユのようなものがあった。

横幅6m、縦は2mもあろうかというマユ。

「な、なんじゃこりゃ…」

恐る恐る触れる。暖かい。中に何か生き物がいるのか。

「か、帰ろう、うん…」

踵を返して歩き出す。その瞬間に、後ろからしゅるしゅる音がした。

まさか。

「ひ、ひぃぃ…」

思わず振り返って尻餅を付く。マユが解けている。

そして、2分ほど解けたあと、中から。

「え、エメお姉ちゃん…?」

「…え?」

魔王を一回り小さくしたような、容姿もそっくりの子が出てきた(ちなみに全裸)。

お姉ちゃん?え?

…妹!?

聞いてない、聞いてないぞ、そんなこと!

「え、えーと、俺は、魔王と結婚したユーリィって言って…」

「お兄ちゃん…?」

「そうだな、うん、そうなる…かな」

「…お兄ちゃん、何しにきたの?妹に手を出す感じの人?」

「ぶっ!?ち、違うって、好奇心からちょっと覗いちゃって…」

「…」

なんか後ずさってる。まあ確かにこの状況は、俺が変態だな、よし去ろう。

「こ、このことは魔王に内緒で頼む!」

「…だってさ、お姉ちゃん」

そして背後から。

「…ユーリ、覗くなと、言いましたよね?」

…うん、俺死んだ。はい。

「ごめんなさいすみませんでした」

「二人きりでお仕置き、しましょうね♪」

 

そしてひとまず、お仕置きの前に話を聞いた。

「私たち一族は、大人になるまでに何回かあのマユにくるまって、身に眠る魔力を再吸収して身体を成長させます」

「…私はちょうどあそこから出る時期だったの」

「なるほど、にしても妹のことなんか話してなかったな」

「そ、それはごめんなさい、けど結婚してからこの子に会わせないとダメだったから…」

「どういうことなんだ?」

「…私も、お兄ちゃんのこと、好きだった」

「!?」

「だからこの子がマユにくるまっているタイミングで、ユーリと結婚したの」

「…お姉ちゃん、ずるいよ」

「私が先に見つけたんだから、当たり前でしょ?」

「お姉ちゃんは人間ウォッチング大好きな変態だったもんn」

「う、うるさい!もうユーリしか見えてない!」

魔王と妹が取っ組み合いしている。

「なんかごめん…」

「…謝る気あるなら、お兄ちゃん、私とも結婚して」

「そ、それは流石に…」

「そうですよ!ユーリは私だけのものです、結婚したからにはもう外には出しません、私と愛し合って一生生きるのです!」

「それもあんまり…」

「そ・も・そ・も、ユーリはなんで妹と話して鼻の下を伸ばしていたんですか?」

「伸ばしてない!」

「…ま、お仕置きついでに虐めますから♪」

「理不尽だ!」

「…お姉ちゃん、私もお仕置き参加したい」

「「絶対ダメ!」」

 

やれやれ、これから戦争かもなのに、こんな調子で大丈夫なのか…?




妹登場!
さてどうなることやら…?
次回お仕置き回にするか、戦争開始にするか、日常にするか迷っております(全部書けよ。


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魔王と勇者と魔王(妹)と

とりあえず日常ー。
お仕置き回読みたい人いるのかしら。


夜も更けて、俺は部屋で剣の手入れを終えた。

魔王は俺を多少は信用してくれているのか、武器や防具を返してくれた(俺の部屋が出来たての頃は魔王の設置した監視カメラが15台見つかったりしてた)。

そういえば、よく魔王が俺と同じ部屋に住むって言いださなかったよな。不思議といえば不思議だ。

まあいい、それよりも。

「…今日も、行くか」

俺はそう呟いて、そろそろと部屋を抜け出した。

毎日、2時間くらい、俺は剣の稽古をしている。といっても、王宮で習った練習を繰り返し、筋トレするだけだが。

戦争。

俺は一生関わらないと思っていた。

しかし、もうじき起こるそれは、きっと今の俺の実力じゃ終わらせられない。

無駄な殺生を止めて、みんなに納得してもらうためにも、俺は…。

「…お兄ちゃん」

「ぅえ!?」

城を抜けたところで、背後に魔王の妹がいた。

「や、やあ、えーと…」

「…マリン・デラルスです」

「マリンちゃん、もうすぐ寝ないとさ」

「…お兄ちゃんが抜け出して夜な夜な女の人の家に通ってるって、お姉ちゃんに言いたくなってきたなー」

「わかった、なにが望みなんだ?」

「…ふふ、私も付いていく」

「いいけど、見てても面白くないぞ?」

「…お兄ちゃんが頑張ってるの、見るだけでも楽しい」

「へー?」

そういえばこの子も俺を好きとか言ってた。その時は冗談かと思っていたが…。

ふと、指輪が光った気がした。

「ん?なんか…指輪が…」

そして、いきなり魔王が飛び出してきて。

「ゆ、ユーリ!偶然ですね!」

「…お姉ちゃん、指輪に細工しt」

「うるさいっ!子供は早く寝なさい!」

「…ま、そんなことだろうとは思ったよ」

三人(主に二人言い争いつつ)で庭に向かう。

「じゃ、ちょっと練習するから…」

「ユーリ、戦争のこと、考えてるなら気にしないでください」

「…!」

さすがは魔王。俺の考えに鋭い。

「別に…魔王より弱いと格好が付かないって思っt」

「…お兄ちゃん、嘘はよくない」

マリンちゃんにまで指摘された。

「…ごめん」

「謝らなくても、いいんです、ユーリは私が守りますから」

「それじゃ、ダメなんだ」

「なぜですか?ユーリは私のお婿さんなんですから、私が守って当然でしょう?」

「…私も、ついてる」

「俺さ、仲間といた時に、さ…」

今となっては懐かしい話だ。

 

1年ほど前に、俺とハルカは二人旅をしていた。

確か全滅して、資金不足でパーティを連れて行けなくなったが、ハルカは付いてきてくれたのだ。

「勇者様、その…もしも、世界が平和になったら、どうなさるのですか?」

「んー?そうだなあ、王様に報告して、あとは姫と暮らすかな」

「…!ひ、姫様と、ですか?」

「ああ、俺は普通に生きてたら結婚できないと思うけど、王様が「魔王を倒せば娘を嫁がせよう」ってさ、姫も別にいいみたいだった」

「そ、そんな簡単に人生を決めてはいけません」

「はは、先のことは分からない、でも、あの王様の申し出を断ったらそれこそ、戦争になるじゃないか」

「それもそうですが…」

「戦争になったり、姫が俺みたいなのと結婚して悲しむくらいなら、魔王と刺し違えるのが一番かもしれないな」

「私は、たとえ戦争になっても、そばにいますから」

「頼もしい仲間だよ、ありがとうな」

 

「ってなことがあったんだ」

「ユーリ、お仕置き追加です」

「…お姉ちゃんに賛成」

「え!?」

そうこう言っているうちに、2時間経っていた。

「もう遅いし、帰るか」

「そ、そのぅ…ユーリ、今日、一緒に寝てもいいでs」

「だめ」

「…私も一緒に寝t」

「だめ」

「「…」」

まずい、空気が重い。

「どうせ、魔王はやましいこと考えてるだろ?」

「実は、ウルスラから「人間というものは、結婚初夜に子を作る儀式を行うのです、ユーリィ様もそれをお望みかと」って…」

「…私も、盗み聞きした」

「あのな、まだ子供とか…早いだろ?」

「わ、私はいつでもウェルカムです!もう濡れに濡れて準備オーk」

「うるさい!とにかく一人で寝るからな!」

部屋に入る前に、魔王が微笑んで言った。

「本気で、私は今からでもユーリとの子供、欲しいです」

「ま、考えとくよ」

「だ、だから、いつでもその気になったら、言ってほしい…です」

「ん、おやすみ」

そう言って、部屋に入り、ベッドに寝転ぶ。

子供…か。

 

次の日、魔王が全裸で俺に覆い被さって寝ていたことは言うまでもない。




最近H要素少ないからお仕置き書こかな。


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魔王妹ご主人様と奴隷勇者

お仕置きパート2!
まさかの妹!
姉展開希望してた人いるなら姉verも書くかなあ。
さて、何されるのかなー。


目を覚ますと拘束されていた。

うん、なんじゃこれ。

魔王がやったのは分かる、マリンちゃんの仕業かもだけど。

足枷、首輪、手錠。

こんなにカチカチに固めるなら拘束衣とかなかったのか。

「おーい、魔王、いるんだろー」

呼ぶと、扉から、ひょこっとマリンちゃんが顔を出した。

「…私の部屋で、変態プレイはやめてほs」

「違う!俺は巻き込まれたの!」

「…」

近づいて、顔を覗き込んでくる。

「な、なんだよ」

「…私にキスしたら、出してあげます」

「やっぱマリンちゃんかよ!」

目を閉じて、待ち構えている。

「しないからな…」

「…お姉ちゃんには内緒」

魔王にバレなければ…。いやいや、無理だ。しかも、そんなことしたら魔王を裏切ってるのと同じだ。

なんとか逃げ出さないとまずいぞ。

「あ、あのさ、なんで俺を監禁してるわけ?」

「…お姉ちゃんが不機嫌なのをなだめる夕食から帰ってきたら、お兄ちゃんが、ここにこの状態だったから、私じゃない」

「不機嫌?というか、なら誰が?」

「…説明する」

 

姉妹二人で食卓につく。この間は、唯一お兄ちゃんが一人で過ごせる自由時間。他の時間はお姉ちゃんがべったりだから。

「いただきまーす」

「…いただきます」

「…」

「…お姉ちゃん」

「…」

「…お姉ちゃん!」

「へ!?お、大声出さないでよ」

「…何かあった?」

「あのさ、マリン、魔族のオスより、人間は複雑なのかしら」

「…なんの話かわからない」

「朝ユーリに、裸で迫ったら怒られた…」

しょんぼりしている。それくらい私にもわかる。

恋は盲目って、言った人間すごい。

「…じゃあ、お兄ちゃんのためにムード作ってあげたら?」

「ムード?」

「…たとえば、二人でなにか成し遂げて、いい感じになったときにアタックしたr」

「わかった!」

お姉ちゃんはすっ飛んで行った。

 

「とても夕食風景とは思えない会話だな」

「…そういうことだから、お姉ちゃんのムード考え中の間はここに閉じ込めておく、みたいな?」

「なんだそれ!」

「…じゃ、キス」

「しないぞ」

「…お姉ちゃんの足にはいっぱいキスしたって聞いた」

「あ、あれは…」

「…あ、そっか」

「そっか?んぐッ!?」

手を口に入れられる。暴れても拘束具が邪魔するため、舌で押し返そうとするが、どうもその感触を楽しんでいるようだ。

「…んぅ、ぬるぬるして気持ちいい」

「むぐ!んぐぐ!」

「…聞こえない」

足の次は手。変態すぎる姉妹だ。

「…今、失礼なこと考えたでしょ」

「ん!?んーんー!」

「…」

ややジト目になると、俺の手を下敷きに腰の上に乗り、片方の手を抜き、舐め始めた。

「ぷはっ!はぁはぁ…もういいだろ…んが!?」

今度はもう片方の手で舌を引っ張られる。

「…うん、お兄ちゃんの唾液、おいしい、もっとちょうだい」

「んん…!んー!」

両手で口の中をぐりぐり弄り回される。

しばらく弄ったあと、手を抜いておいしそうに舐める。

「…ふう、満足した、でも、もっとほしいかも」

と、言ったところで、後ろから爆発音が聞こえた。

「ユーリ!できうる限りのHな部屋「らぶほ」なるものをセッティングしてきました!マリンと仲良くしてましたか?」

「お、おい!壁、爆破したのか!?」

「…お姉ちゃん、今、いいとこだったのに」

「…マリン!そ、その手の匂いは…!」

魔王とマリンちゃんと手の舐め合いを始めた。変態でしかない。

にしても、俺はいつになったら解放してもらえるのか。

「あのー…魔王さん?」

と、同時に。

「ユーリ!」

「…お兄ちゃん!」

「「直接貰うね!」」

次の日、唇が腫れまくった俺がツヤツヤの魔王とマリンちゃんから逃げ出して、一人泣き寝入りしたのは言うまでもない。




お仕置き回…妹編になっちゃった。
でもまあ、性癖をうまく(?)出せたので嬉しかったナー(棒。
これ、削除勧告とか出ないといいな…。


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魔王の嫉妬

お仕置き回の次に嫉妬!?
はい、書いてたらノッてしまいました。すんまそん。
ちなみにお仕置きはもうちょっと後に書く(かも)。
このお話は魔王視点でお送りします。


はっ、ユーリの寝顔を見ていたらもう朝になってた。

監視カメラ少ないなあ。38個じゃアングルに飽きちゃう。

「どろーん」とかいうの魔法で作ろうかな。目立つかな。

「ユーリ起こしにいこっと!」

ユーリの部屋に向かう。

突撃して、隙あらば、こ、子作り…。

いやいや、ユーリの嫌がることはしない。わかってるけど、ユーリが来てから城にユーリの匂いが染み付いて、ずっとお預けみたいな状態だから、3日後までユーリが手を出してこなかったら、襲っちゃおう。泣いても、喚いても、入れっぱなしで一日過ごして…。

「ぐふふ…」

「…エメラル様?」

「ぅひぇ!?」

ウルスラだった。びっくりした。

「え?ウルスラ、なんでここに?」

「エメラル様こそ、私はユーリィ様から起こしてくれ、と頼まれましたのでユーリィ様の部屋の前に来ただけです」

「いやいや、これまで私が起こしてきt」

「ユーリィ様は唇が吸われ溶かされで大変だったそうですので」

あ、そういえば、昨日の朝に扉をこじ開けて唇腫らしたユーリに「おはようのディープ」したら怒られたんだった…。

「そ、そっか、ごめん」

「では失礼します」

ウルスラが卑猥なことしないか監視カメラで見張らないと!

すっ飛んで自分の部屋に戻って、監視カメラのスイッチを付ける。

 

「ユーリィ様、起きてください」

「ん…ありがと…」

「エメラル様、悲しんでらっしゃいました」

「…ちょっと凹ませた方がいいよ」

「しかし、奥様なのですから」

「ウルスラはいいお嫁になるよ」

「…変なこと言ってないで、起きてください」

 

うん、ちょっとイラつくから花瓶割りました。あと窓も。ついでに扉も。

「ウルスラぁぁぁ!」

ユーリの部屋に飛び込む。

「ま、魔王!?」

「エメラル様?」

「ユーリ、おはようのキスしましょう!」

「もう限界だ!やめてくr」

「しましょうね!」

ユーリの顔をきちんと舐め回して、ディープなやつしたら、また締め出された。ひどい。

ウルスラとユーリが最近いい感じになってる。

このままじゃ…。

 

※以下は魔王の妄想です。

「ウルスラ、君は唾液フェチ魔王よりも素晴らしい女性だ…」

「そ、そんなこと…あのバカなエメラル様が怒ってしまいます」

「いいじゃないか!駆け落ちしよう!」

「…はい♡」

※以上は魔王の妄想でした。

 

みたいな、人間界にありがちなやつになってしまう!

ユーリは私だけのものなのに…。そういえば、マリンも近づいてきてる!

 

※以下は魔王の妄想です。

「…お兄ちゃん、一緒にお風呂行こうよ」

「え!?い、いやいや、俺には完全無欠の魔王様が…」

「…私のが、キス、上手だよ?」

「キスはもういいってば、唇腫れてるし」

「…ふふ、どこにする、とは言ってないよ」

「…いいかもしれないな、行こう」

※以上は魔王の妄想でした。

 

「こんなに、こんなにユーリを愛してるのに…」

いっそ城からみんなを追い出すかな。でもそんなことしたら私もユーリも暮らせない…。

こういうときは、私はウルスラからもらった、「薄い本」なるものに頼る。これを使えばユーリはメロメロらしい。

「う、うわ…こんなの…ユーリとできたらいいなあ…」

うう、私にはまだ早いかもしれない。

他の二人はこんなの知ってるのかな。

「意中の人を落とすためには…夜這い?」

夜這い。したことはあるけど、ユーリが起きてくれなくて、全裸で添い寝しちゃった。

ユーリは私の足に顔を挟まれて辛かったらしい。うれしいくせに。

「…うーん、どうしようかな」

そして、一つの方法に落ち着いた。

「よし、ユーリを、私なしじゃ生きられないようにする!」

どうやって?それはこの本に書いてある。

「性奴隷への堕とし方」

これでいこっと!




さて、どうやって堕とされるのかな(期待。
そしてウルスラ結構魔王と勇者の関係面白がってたりして。
たぶん次回お仕置き書きます。シリアスは濃いめにするから許してください!


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勇者と戦士の話し合い

久々の使いやすいキャラ、ヘイジ登場!
エ□要素入れすぎたら怒られそうなので、シリアスもちまちま書きます。どっちも書くの楽しいですがね。


「ユーリィ様、起きてください」

「ん…ありがとさん」

ウルスラが起こしに来る。

魔王はこの前みたいに突撃&ディープなキスしてはこない。

今は何やら部屋に閉じこもったり、魔界市に出かけたり、不穏な動きをしてるらしい。

なんでも怪しげなサキュバスの秘薬とか、弓を強化するための、アルラウネの強靭なツタとか買ってるらしい…。

怖い。ま、実害はない。というか、今までの依存よりずいぶん楽だ。前の状態と足して二で割ったらいいのに。

「あの…ユーリィ様のご友人を名乗る人間が早朝に来てらっしゃいます」

「…!」

暗殺者。まずこの言葉が浮かんだ。

ついに来たか。戦争も近くないのだろう。

「何人来た?」

「お一人、です」

「…え?」

「それに、おかしな訛り…?喋り方をする方でした」

あ、だいたい分かる。一応確認しよう。

「どんな喋り方だ?」

「ござるです」

よし、行こう。

にしても、ヘイジ一人?さすがにあの冷静なヘイジが殴り込みはしない…と思いたい。ただ、他のメンバーからしたら、パーティのリーダーたる俺が抜け出したということになっている。

それは裏切りに等しい。いや、魔王を愛したという理由によって、それ以上の重罪だろう。

ヘイジはまっすぐな戦士だ。他メンバーを巻き込まず、一騎打ちを挑んで来てもおかしくはないだろう。

なんにせよ、話し合いたい。ヘイジなら分かってくれると思ってる。

 

「…ヘイジ、待たせた、な」

「勇者殿、お久しぶりでござるな」

ヘイジはいつも通り、東洋の鎧に身を包んでいた。

片刃の細い剣は足元にある。彼の命らしい。おそらく城に入る際の没収に応じず、粘りまくったのだろう。

さて、何を話そう。

「ヘイジ、その、俺は」

「勇者殿、単刀直入にお聞き申す」

真剣な口調だ。一体…?

「戦争を望んでおるのでござるか?」

「…っ、違う!」

「しかし、国王や、民の中には勇者殿が魔族の強さに魅了されて、寝返ったと申すものも確かにいるのでござる」

「違うんだ、わかり合うために…」

「ならば!なぜ人間界に来ようとしないのでござるか!弁明すらもせず、これではただの不義理者になるだけでござる!」

ヘイジが声を荒らげた。こんなヘイジは見たことがなかった。彼は今自分の感情を留め、仲間を想い、これまでの俺より立派にリーダーの役目を果たしていた。

しかし、俺も考えを曲げるわけにはいかない。

「…言う通りだ、すまない」

「ならば、今からでも遅くはないはz」

「でも!まだなんだ!今行っても、俺が洗脳されたように思った民や国王は、戦争を進めるだけだ」

「勇者殿、戦争を起こさないための考えがおありか?」

「…俺は、魔界で彼らを迎える」

「戦争が始まって魔界に人々が来た時点で、止められると思っておられるのか?」

「考えが、ある、それは…ヘイジにも言えないんだ」

沈黙。ヘイジはしばらくの間、信じられないといったような顔で俺を見て、やがて重々しい口を開いた。

「…勇者殿の腕は、単なる戦闘以外にも信じているでござる、だから、今日は引き下がろう」

「…ごめん、本当に、すまない!」

「戻らないことは、懸命ではあるでござる、くれぐれも御身を大切にして下され」

「…それじゃ、また今度」

「会えることを願っているでござる」

俺は、人間界に戻るつもりはない。

しかし、そのせいで困る人も大勢いる。分かっていたつもりだった。ヘイジは、仲間の声を、民の声を伝えようとして来たのだ。その声が武力という形を取って俺に向けられる前に。

彼は、俺よりよっぽどリーダーに向いていたようだ。

もちろん、それを理由に認めてもらうのを諦めたりはしない。

いつか、魔物と人間が笑って共生できる時代のために。

俺は、仲間を裏切る罪悪を必死でそう紛らわした。

少し、泣いたけど。




ヘイジいい奴や…。
開戦するとエ□書けなさそうだなあ。書こうかなあ。
※内心
どうやって堕とそう。まだ決まってないなんて言えない…!


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勇者性奴隷化大作戦!

お待ちかねのエ□回です。
ただ今回はそんなにエ□要素ないかも…?


昼食を済ませて、部屋のベッドに寝転がる。

魔王が最近おかしい。俺を見ては「ぐふふ…犯してやる…」とかオークみたいなこと言って部屋にすっ飛んでいく。

なにやら怪しいことしてるらしいし。

とか考えていたら、ちょうど魔王が来た。

「ユーリ?いますか?」

「お、おう」

「ユーリに見せたいものがあるんです」

「…?ああ、今行く」

何やら不審に思いつつも扉を開ける。

そこには、手から青白い火花を散らした魔王が立っていた。

「楽しく子作りしましょうね♪」

「何言って…!?」

魔王が俺の腹を火花の散る手で殴る。

派手な音とともに、俺の意識は闇に落ちた。

 

次に目が覚めたのは、魔王の部屋だった。

動けない。木のツタで手足を縛られている。

そして俺の腹に乗ってずっと吸い込むようなキスをしている魔王。

「ぷはっ!おい魔王!」

口を離してなんとか喋る。

「ユーリ、いえ、今日から奴隷、でしたね」

「なに言ってんだ…!?」

そういえばなんか目が据わってる。これが俗に言うハイライトオフなのだろうか。

「とりあえず解け…!」

「奴隷が、ご主人様に命令ですか?分からせてあげないとですね」

嬉々とした表情で俺の上に座る。しかも、ぺたんと、パンツを押し付けるような座り方だ。

「んぐー!?」

エロティックに見えるが、息がほとんどできない。このままだと窒息死してしまう。

「んんっ…!いきなり激しい…!」

俺の息の振動で興奮してるようだ。

待てよ…なんか、湿ってきて、さらに息ができなくなった!?

「んぐ!もがが!」

「奴隷にはもうちょっとお仕置きですかね♡」

体を退ける。助かった?

「はぁ、はぁ…」

「私で苦しそうにしてるユーリ、素敵です♪」

「くそ、魔王、冗談もこのくらいに…っ!?」

怒鳴りつけようとした矢先、魔王が俺に唾を吐きかけてきた。

「っ汚…」

「…今、なんて言いましたか?」

「な、なにも言ってな」

「奴隷には私の匂い、付けないと盗られちゃいますからね♡」

顔を舐め回して、手で擦り付けてくる。

おまけにたまに喉奥に流し込んでくる。

「ほら、ユーリのお顔、私の聖水で綺麗になりましたね♪」

「魔王、なにか、あったのか?」

「ユーリは、浮気症ですしね」

「マリンちゃんとかは浮気じゃなくて」

「自覚、あるんですか?」

「そ、それは」

「お・し・お・きですよ♪」

俺に跨ったまま、するりと下着を脱ぐ。目をそらした。しかし、それが仇となった。

「ぐッ!?」

パンツを口に詰められた。形容しがたい匂いが口に広がる。

「さて、そろそろあの本によるとビンビンになって…ない?これ、半勃ちくらいに見えますけど…」

「んんんーっ!」

そりゃそうだ!こんな一方的な情報で勃つほどMじゃないわ!

「勃たせますけど♪」

俺の肌に執拗に舌を這わせてきている。

これは…いいかもしれない。とか言ってる場合じゃない!

「んーっ。んーっ!」

反抗しても、魔王は犬のように足や手、顔やうなじを舐めている。

「ふふ、ユーリ、こっちは結構いい感じですね♡」

やっぱ反応するよ。うん。男の子だもん。

「じゃ、そろそろこれ、使いますかね♪」

そう言って魔王が取り出したのは、小さなお香だった。ショッキングピンクのそれには、丸文字で「淫魔印の催淫香☆」と。

…え?

「ほんとは何回かに分けて使うものですが、ユーリは一気にぐいーっとどうぞ!」

おい、それ、死ぬんじゃね?

やめてくれ、とは言えず(物理的に)。鼻に近づけられる。甘ったるい香りがきて、やがて脳が痺れるような感覚がしてくる。

「ん…?」

パンツが口から抜かれる。けれど喋る気力が湧かない。

「ユーリ♪どうですか?」

なんだろう。この懐かしい感じ。そして、魔王に対して急に、欲望が湧いてくる。しかしツタが邪魔して動けない。

「魔王…!」

「ふふ、ユーリ、私を犯したかったら、奴隷として一生の忠誠を誓うのです、私だけを見ると!」

そのときだった。俺の体が緑色に輝いた。

「こんなツタ…!」

みしみしとツタが軋み、千切れていく。

魔王は驚いた顔で絶句している。

「そ、そんな…!?勇者の紋章から力が!?」

「魔王…いいよな?」

俺は獣。そして目の前には可愛らしい獲物。

することは一つ。理性なんて吹っ飛ばせ。

「ゆ、ユーリ!私初めてだから前戯くらいはっ!」

「魔王、ごめん」

「…え?」

「これ、止まらないわ」

それが、俺が人語を発したその日の最後の言葉だった。

 

その後、ウルスラが就寝時にも関わらず、部屋から漏れる二人の声で眠れず、夜が深くなるごとにヒートアップしていったために寝不足になったことは言うまでもない。




うまくいかないもんですねー。
いや、結果的にはうまくいったのか…?
今回はキメセ◯回なのかな?
これで魔王もデレるでしょう。


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魔界戦争
いざ開戦!


ついに大戦編!
大戦中もエ□あるのかな?


「…ん?」

寒さで目を覚ます。なぜか素っ裸だ。

目の前に魔王が倒れていた。なんかすごい汚れてる(割と性的に)。

「おーい、魔王?」

「ゆ、ユーリぃ…もう許ひてぇ…」

体をびくびく跳ねさせて這いずっている。怖い。

「え、えーと、風邪引くなよ!」

気の利いた言葉が浮かばないのでさっさと服を着て部屋を出る。

「やれやr」

「ユーリィ様」

「ぅおぅ!?」

いきなりウルスラが立っていた。なんか目の下にクマができている。

「…寝不足?」

「ユーリィ様のせいです」

「…」

これ、もしかしてウルスラも襲ったやつ…?いや、そんなわけ…。

「あ、あの、ウルスラさん?」

「一晩中、エメラル様の喘ぎ声で眠れませんでしたので」

ぴしゃりと言われた。なんだ、そんなこと…え?

「あのさ、もしかして、魔王と俺、その、やっちゃったやつ?」

「…へ?何を言っているんですか?」

改めて振り返る。

白濁液まみれの魔王はひくひく腰を震わせている。

うん。やっちゃったね。

「う、ウルスラさん…ごめんなさい!」

「…朝食に行ってください、私はエメラル様を起こしして、ベッドの取り替えをしなくてはいけませんので」

どうやらかなりお怒りのようだ。そそくさ朝食に向かう。

 

「ごちそうさま」

朝食を食べ終える。と、魔王が部屋に入ってきた。

「おはようございます…ユーリ、その、激しかったですn」

「俺ちょっと寝ます!」

走り抜けようとした矢先、腕を掴まれる。

「淫魔香、効きましたね♪次はもーっと強力な「きめせく」しましょうね♡」

「勘弁してくれ!」

とりあえず、逃げた。

まだ股間がひりひりしてるのに…。

魔王はまだまだ元気らしい。さすが魔族…?

その頃ウルスラがベッドにこびりついた色々なものを取るのに大苦戦していたことは、二人とも知る由もない。

 

夕方。魔界に関する本を読み終えたところで、ノックがあった。

「だ、誰だッ!」

「エメラル様ではありません、ウルスラです」

「あ、ああ」

扉を開ける。そこにはやや顔を強張らせたウルスラがいた。

「どうした?」

「…これ、です」

ウルスラが差し出したのは、高級と思われる厚い紙に人間界の国王の印が押された手紙だった。

「…!」

「読まれましたら、内容を、エメラル様にお伝えください」

「魔王に?」

「もしも…穏便でないものであれば、今から準備をしなくては間に合いません」

「そう、決まったわけじゃ…」

「…失礼します」

ウルスラは心なしか早足で廊下を去って行った。

手紙を開く。

 

魔王・及び勇者ユーリィへ

我々人間は、勇者ユーリィが敗北、または魔族に寝返ったものとして魔族を敵とすることを表明する。

再三なる勇者の派遣による和平交渉に応じず、人間界に今尚進出している魔物の横暴、人間の殺害は、耐えかねるほどの件数報告されており、もはや会話での交渉は成立しないという結論に至る。

ここに、人間及び、人間と和平を結ぶ種族一同の魔族に対する宣戦布告を表明する。

この開戦を止めたくば、すぐに王宮に元勇者と共に赴き、魔界の支配権、魔族の支配権を人間界に渡されよ。

貴公の賢明な判断を願っている。

第42代目国王ヘルガ・ヴァール

 

「…ついに、来た、か」

俺は軽い目眩を起こし、壁にもたれる。

「元」勇者か。俺も堕ちたなあ。

いや、こんな悠長なことを言っている場合じゃない。

ここに書かれる通りに魔族が支配されてしまう。

「ユーリ?大丈夫ですか!?」

「魔王…」

「目眩ですか?すみません、一晩中繋がったりしたから…」

「これ、読んでみてくれ」

魔王は、読んだ瞬間顔が引きつった。

「こ、これ…」

「今すぐ、魔族を招集しないと」

「わかりました、それでは伝達を」

「その前に、頼みがあるんだ」

「…?」

「戦争なんて起こさないためにも、な」

絶対に、止めなければいけない。こんなことは、間違っている。




開戦…?
しばらく、エ□書きたくなるまでシリアス続くかもです!


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魔族会議

いよいよ開戦ですが、その前に会議!
意外と魔族も人間っぽいとこあるかも?
0時投稿が待ちきれなくなってきた…。


魔王城地下3階。

重苦しい空気に包まれた中、何人かの魔族と、一人の人間と、そして魔王が居た。

「というわけで、この戦争を受けた我々魔族は一丸となって人間の侵攻を防がねばなりません」

こういう時は魔王らしく見える。

「しかし、どうするというのだ?噂によれば人間は、我々の視認できない早さで物体を打ち出す装置を作り出したようだ」

「同感だ、もう昔の人間共とは違う、奴らは知恵を持っている」

「だから何だと言う!俺たちには魔術があるだろう!」

「そもそも、そこにいる勇者のユーリ…?とか言うやつがスパイなんじゃないのk」

大きなサイクロプスが声を上げた瞬間、魔王が冷ややかな声でサイクロプスを睨んだ。

「黙りなさい、首を落としますよ?」

そう言われた瞬間、サイクロプスは姿勢を正し、謝罪する。

「っ…す、すみません」

「それと、お前のような存在がユーリと呼ばないでください、ユーリが穢れるでしょう?」

議会が静まり返る。誰一人として笑う者はいない。

魔王が立ち上がる。

「そもそも、今日は迎撃態勢についての会議です、戦争をどうするかの話し合いなど、遅いのですから」

真っ黒な獣のような魔物が声を上げる。

「人間の勇者様よ、あんたはどうやって魔界に来た?」

俺に急に声をかけられる。

「え?えーと…ハザラの街からワープしてきて…」

他の魔物が口々に質問してくる。

「あそこは我々の兵が見張っているだろう」

「いえ、新月の日を狙いました、魔物の力が最も弱くなるという新月の日を」

悪魔らしき女が話す。

「それは私たちの族の話ね、たまたま当番がその日だった…?ランダムの見張りも考えもの…か」

「そういえば、魔王様が何か勇者様から言いたいことがあるって言ってらしたが、なんだ?」

まずい。この状況で言うのか?

絶対殺される…。

「え、えーと…」

魔王が耳元で囁く。

「ユーリ、私が守ります、好きな意見を言っていいんです」

これじゃまるで子供だ。

しかし、言わなければ進展しない。

「…開戦の日、俺を最前列に出してほしいんです、そこで最後の、人間の勇者としての説得を人間に試みます」

沈黙。そのあとに議会がどよめく。

じっと扉の前に立ってうつむいていたウルスラとマリンちゃんがこちらに顔を向ける。

「どういうことだ!、なんの説得だ!?」

「俺は、あなた方の仲間をたくさん殺してきてしまった、それはたとえ死んでも償い切れるものじゃない!だから、人と魔物の架け橋として、俺は和平のための説得を」

俺の言葉は最後まで続かなかった。

血の気の多いドラゴンが掴みかかってきたのだ。

「人間は我々龍神を崇めていたと思えば、すぐに乱獲し、皮を剥ぐなどという残酷なことをする!貴様が、架け橋になどなれるか!?」

が、俺の元に爪が届く前に、ドラゴンは大きく後ろに弾かれる。

「ここは、議会です、ユーリに手を出さないでください」

「っ…魔王様…」

「異論があるなら、この場で死ぬか、出て行くか、どうしますか?」

高圧的な魔王の態度。このままでは俺を擁護した魔王が反感を買うだけだろう。

俺にできることは一つ。

「…魔族の皆さん!」

謝ることだけだ。

「こんなことで、罪は無くならない、けれど、もしも人間の行為に腹が立つなら、戦争が終わってから俺を殺してくれて構わない!」

多くの魔族が驚きの顔を浮かべている。

「だから、今は堪えてほしい、お願いです!」

魔王はとても動揺している。

「ゆ、ユーリ!死ぬなんて…何を言ってるんですか!?」

魔王はあからさまに動揺している。これからのためにも(性的な意味でも)叱っておこう。

「魔王!高圧的過ぎるぞ!」

「…ユーリ!」

急に魔物たちが笑い出した。

「はは、夫婦喧嘩するのか、魔族と人間も」

「ふっ…やはり恋仲というだけ、か…」

あれ?なんか雰囲気ほぐれた?

 

結局、今日はうやむやの内に会議は終わりの時間を迎えた。

戦術はうまくはまとまらなかったけれど、やはり俺の謝罪と魔王との喧嘩で、魔族も不機嫌なまま帰るようなことはしなかった。

 

けれど、その代償に…。

「いい格好ですね♪ユーリ」

「も、もう許してくれ…どこもかしこも舐められ擦られでボロボロなんだ…」

「だーめ♡」

ウルスラは、今日も寝不足だったとさ。




うまくいった…?
ユーリやりますねえ(二重の意味で)。
バトルはもうちょい後?


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勇者の説得

開戦前に最後の説得!
聞き入れてくれるのだろうか…。


ハザラの街前。

ワープゾーンの前に俺は立っていた。

あと1時間で開戦になる。

魔王が後ろから抱きついてきた。

「ユーリ、こんな危険なことはやめませんか?」

「…言っただろ、もう決めた」

「彼らは聞く耳を持たないかもしれませんよ」

「だとしても、止めたいんだ」

「ユーリ、何回も言いますが、やはり二人で逃げましょう?それが一番ですから」

魔王は戦争の日が近づくたび、「逃げる」提案をしてきた。ウルスラ達が手配するルートなら安心だそうだ。

もちろん、ずっと断り続けている。

「家臣とかウルスラとかマリンちゃんとか、魔王は置き去りにできるのか?」

「連れていけば…」

「悪いけど、逃げるなら俺は死んだ方がいい」

魔王は苦しそうな顔で笑う。俺はそれを見て、物言いがキツかったと反省する。ただ、謝罪はしない。謝れば魔王はまた逃げ出そうと提案してくるだろうから。

「ユーリ、お願いです」

「…逃げないからな」

「もしも、命が危険なら、迷わず指輪から救難信号を送ってくださいね?絶対、死んではいけませんから」

「…うん、分かってる」

目をそらす。すると魔王は肩を掴み、顔を近づけてくる。

「嘘はいけません」

「…でも、何万人も戦争で死んだらそれこそ、俺は帰る場所が」

「あなたは元勇者である前に私の夫です」

「…」

「今更取り消せはしません、あなたは私を幸せにすることが、一番の仕事なんです!帰る場所は、私の元です!」

そう言い放ったあと、魔王は俺に、軽いキスをした。

「魔王…」

「戦争前に弱気では、すぐに負けてしまいますよ」

にっこり笑って、優しく抱き締めてくる。ぐらぐらと揺れた俺の心を魔王は、抱き締めて固めようとしてくれている。

けれどやはり、ヘイジとネミルとハルカと、俺は戦えそうにはない。

「…ごめん、魔王」

「謝ることではないです、夫の勇気を奮わせるのも奥さんの仕事ですしね♪」

「魔王は怖くないのか?」

「私一人居れば人間界の半分は破壊できます、私はただただユーリが私の元から居なくならないか、それだけ心配なんです」

「強いな、魔王は」

「私もまだまだ未熟ですけどね、戦争での貸しはベッドの中で返してもらいます」

「…」

戦争よりベッドの中の魔王が恐ろしい。

 

あと10分で開戦。

魔王は俺から離れた位置に行った。刺激しては危険だから、らしい。

「ユーリィ様」

ウルスラが声をかけてきた。なんかクマすごい。あと若干不機嫌?

「な、なんだ?」

「戦争が終わったら、部屋の配置を変えてください」

「あー…うん」

「それと、エメラル様の口はきちんと塞いでください」

「あの…それって…」

「アンアン聞こえてくるので」

「わ、わかりました…」

なるほど。日に日にウルスラが不機嫌になっていったのはそういうことか。悪いことした。割とマジで。

「エメラル様より、ユーリィ様の護衛を任されました」

「え?別にいらないけど…」

「戦場の真ん中に立っているようなものなのですから、説得できないのならばすぐに諦め退却させるように、とも言われました」

言われてみればウルスラはいつもの鎧と剣ではない、魔力の循環量が多いのだろう。青黒い魔力が揺らめく、どこか恐ろしく、美しい鎧と剣を差していた。

「綺麗だな、その鎧」

「…ユーリィ様、エメラル様にまた擦りむけるまでされたいのd」

「なんで知ってんの!?」

「え…そんなに激しいんですか…?」

引かれた。カマかけたのか。結構のん気だなあ。本当に戦争前なのかってくらいだ。

 

そこで、重苦しい音が聞こえた。

ワープゾーンの扉が開いたのだ。

俺は彼らが出てきて、前進を始める前に声を上げる。

「ヴァール国の兵士たち!傭兵たち!聞いてくれ!」

全員武器を手にしたまま、戸惑っている。

「あなたたちにだって家族が!恋人がいるだろう!

魔族だって、みんな同じなんだ!

それをむざむざ戦争で、仲を引き裂いて、馬鹿馬鹿しいだろ!?

こんなこと、やめよう!

君たちも魔族とコミュニケーションを取ればわかる!

古くから魔族を崇める風習のあった場所の人々ならばわかるはずだ!彼らも俺らも変わらないことを!

まだやり直せる!剣を引け!

今一度話し合おう!」

その瞬間、ごく小さな光球が空気を裂く音を響かせ飛んできた。

ウルスラが素早く前に出て剣で弾き飛ばす。

「私たちを裏切って、何を言ってるの!?」

ネミルだ。俺たちのパーティの乗り物だった馬車に乗り、こちらに叫んでいる。

「み、みなさん!勇者様はきっと洗脳されただけです!殺さないでください!」

ハルカだ。戦士たちに叫んでいる。

そしてむっつりと前線で黙り込んでいるヘイジ。じっと腕を組み、目を閉じている。

「わかってくれないのなら…!もう止めようがないんだ!」

「ユーリィ様、退却です」

「まだ、終わってない」

「てっぽう、とやらに撃たれては元も子もありません」

「でも…」

「現に彼らはてっぽうの準備を始めました、逃げましょう」

ウルスラが俺の手を握る。そのまま転移魔法を詠唱する。

ネミルが叫び、火球を飛ばしてくる。あの弾速では転移魔法の発動に間に合わないだろう。

やはり俺は、もう勇者じゃないのか。

ウルスラが、小さな声で。

「…理想は素敵だと思いますよ、私は」

 

俺は、魔族に生まれるべきだったのかもしれない。

 

その数分後、俺が説得を試みたその場所で、人間と魔族の血生臭い戦いが、始まっていた。




やはり説得できず…。
ウルスラ寝床変えてくれそうでよかったネ!
バトルは初めてだからうまく書けないかも…?(元からうまくない


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魔界大戦(その1)

魔界大戦。
それぞれの見た戦況は?


魔王エメラル・デラルスの見た戦争

 

退屈。早く終わらせてユーリに会いたい。

ユーリは、相手が手を出してくる、あるいは死の危険を感じるまでは傷つけてはダメだといっていた。

優しい。優しすぎる。いや、甘い?そんなことだからユーリは他のハルカとか、ネミルとかの人間たちに近寄られるんだ。

たくさんの兵士たちが私のいるこの陣地に攻め入って来た。

他の兵は下がらせた。標的と間違ってはいけないから。

単純作業。

相手が武器を構える。

爆破する。

それだけだ。

「ユーリ…」

ユーリは今何してるのかな。

この戦争終わったら一晩…いや、一ヶ月繋がりっぱなしで…。

死ぬ寸前までずーっとしちゃおっと。

妄想してたらなんかムラムラしてきた…一人でシたいけど敵は数だけはあるし…。

あー!ユーリといちゃラブしたい!独り占めして貪りたい!キスしたい!抱きしめたい!今すぐ犯したい!

指輪を見る。ユーリに通信を送ってみようか。だめだ。よそ見した隙に殺されてしまったら…。

いっそのこと、敵陣を丸ごと消してもいいけれど、ユーリに嫌われてしまう。

「と、止まって!」

二人、手に持った杖を構えない女がいた。

「勇者様の洗脳を、解いてください!」

ハルカとネミルだ。邪魔臭い。というか殺したい。

「ユーリと私は、愛しあってるんですよ」

「ふざけないで!私たちといた頃は勇者はもう少しまともだった!」

弱い犬ほどよく吠える。

ま、ユーリはよく鳴いた方が可愛いんですけど、ベッドの中ではお薬で溜まったのを私に吐き出してくれる奴隷…。

あ、こんなこと考えてる場合じゃない。

「まとも?なんですか、それ」

「魔族を倒すって、私たち4人は誓ったの!」

「共存だなんて不可能です!」

ユーリを否定した?あ、殺そ。

「ユーリの邪魔するんですか?」

さすがにこんな下級の人間でも殺気は感じたみたい。

「っ…!」

「ゆ、勇者様の邪魔じゃないです!あなたの洗脳を解いて、もう一度あなた達と戦うんです!」

「言ってわからないなら、殺そっか♪」

両手に魔力を込める。

「ハルカ!こ、こいつには敵わないわ!」

「説得するんです!」

なにか喚いている。つまらない。あと3秒でこの二人は死ぬ。

「じゃ、さよなら、生まれ変わってもユーリに近づかないでね♪」

「くっ…!」

防御魔法を唱えている。無駄なことを。

しかし、魔法が発動する直前に、ユーリが割り込んだ。

「魔王!二人を…殺さないでくれ!」

「ゆ、ユーリ…!?」

そして、魔法は止めきれず、放たれた。

 

 

その数分前。

ダークエルフ族長ウルスラ・バードの見た戦争

 

ユーリィ様はことあるごとに私を止めようとしてくる。

「ユーリィ様!なぜ言うことがわからないのですか!?殺さなければ殺されるのです!」

「腕を折ったならそれでいいだろ!放っておけよ!」

「てっぽうは片手でも撃てるそうですので」

私がまた一人、首を斬ろうとした瞬間にユーリィ様は自分の剣で、私の剣を弾く。

「ユーリィ様、わがままが過ぎます」

「何とでも言えばいい、殺すのは間違ってる」

なぜここまで庇うのか。彼も魔族に殺されかけたことはあるだろう。なのに、なぜ自ら殺される確率を高めたがるのか。

「…ユーリィ様、お許しください」

「なに…する気だ?」

眠らせる。これしかない。課せられた任務はユーリィ様を守ること。眠らせた方が安全だ。

昏睡魔法を使おうとしたその前に、ユーリィ様の指輪が光った。

「っ!?」

「これ…魔王が呼んでる…?」

「急ぎましょう!」

転移魔法を唱える。

エメラル様になにかあったのだろうか。

この色の光は、エメラル様が意思をもって送った通信ではない。

魔力を咄嗟に込めることしかできないほどの窮地に陥っているのか。

辿り着いた場所で、エメラル様が二人の人間を消そうとしていた。

「…なんだ、そういうことでしたか」

手に魔力を込めた拍子に誤って信号を送ってしまったようだ。

「ユーリィ様、戻りまs」

振り返った瞬間。

「魔王!」

私が止める隙もなく、ユーリィ様が飛び出した。

「ユーリィ様!?」

「ユーリ…!?」

エメラル様は急いで魔力を散らした。けれど、そんなもので消せる魔法ではない。

魔法は容赦なくユーリィ様の体を弾く。

エメラル様が叫び、駆け寄る。

私は早くも任務失敗だ。エメラル様に殺されてしまうだろうか。

なんにせよ、私と人間の女2人は、死に物狂いで治療しようとしているエメラル様と、小さく笑ってエメラル様を安心させようとするユーリィ様を、見ることしかできなかった。

 

彼は半端に勇者としてのプライドを持ってしまった。

半端に魔族に共感してしまった。

辛いのは彼も同じだろう。

恋人と、昔の仲間の板挟みに合っている。

おまけに人の死を見たくないにも関わらず、自分の責任で戦争を起こしたと思っている。

馬鹿な人間だとは思う。けれど、嫌いではない。

彼の傷つきながらの笑い顔を見て。

彼の望む世界を、見てみたいと思った。




うーむ。感動させるのは容易じゃない。
そしていきなり怪我したユーリィ。
この調子じゃ、その3くらいで死んでまう!


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魔界大戦(その2)

いきなり怪我したユーリィ!
そして戦争はかなり盛り上がってきていて…?
あ、勇者視点に戻ります。


吹っ飛ばされる。

後ろに転がってしまった。勇者にしては鈍臭いと我ながら思う。

魔王から魔法で攻撃されたのは、性奴隷化大作戦ぶりだろうか。

大した魔法ではないはずだ。少し痛いし、体内の魔力バランスは崩れたかもしれないけど。

「ゆ、ユーリ!ごめんなさい!ごめんなさい!ユーリに当てるつもりじゃなかったんです!今すぐ治します!すぐ治しますから!」

魔王はかなり慌てている。

「これくらい、平気だよ、それより二人が」

そう言った瞬間、魔王に肩を掴まれた。ものすごい気迫で詰め寄ってくるものだから、押し倒されたような格好になる。

「ユーリ!なんでそこまでして他人を庇うんですか!?」

「他人じゃない、大事な仲間だ」

「あの二人なんて、殺したっていいでしょう!?ユーリの考えにも全く共感できないそうですし、できないのなら、私がこの手で!」

「やめてくれ!」

つい叫んでしまった。

魔王の治療魔法の光が揺れる。

「…ごめん」

「ユーリ、なんで私だけ見てくれないんですか?」

「ハルカとネミルとはそういう関係じゃない」

「嘘です」

「嘘じゃない」

「私、見てました、ユーリの旅路をずっっっと!」

「なら尚更分かるはずだろ!」

「そこのハルカとかいうエセ賢者は、ユーリに手を握ってもらって顔を綻ばせていて、宿でユーリの寝顔を撫でていました!」

魔王の叫びにハルカが弁明する。

「あ、あれは、魔力が不足していましたし、怪我していたから…」

魔王の怒りは止まらない。

「ネミルとかいう最弱魔法使いはケルヴィーの街での、ユーリの折角の休日を、杖の買い出しに引っ張り出した!」

その時買った、今でも大事に使っているその杖を握りしめたネミルは叫び返す。

「…だ、黙りなさい!杖は、その、あれはボロだったし!」

そう言うと、魔王は俺を抱きしめた。

「ユーリ、あなたを手放したくない…!ただ、ただ私だけ愛してくれたらいい、他の人間と話す必要なんて、ないでしょう?」

「…魔王」

「この女がしつこく寄って来るから、殺さざるを得ない!それだけの話が、なんで納得できないんですか!?」

激昂している魔王に、キスする。

「落ち着いてくれ、魔王」

「…ユーリ」

ネミルが咄嗟に叫ぶ。

「勇者ッ!何してんの!?」

それを無視して、魔王に告げる。

「魔王、お前だけ見てやれなくて、ごめん」

「謝って、許されると思いますか?それに、これからも…!」

俺は魔力を練って、魔王の指輪に送る。

そのメッセージは

「愛してる」

ただそれだけ。

魔王はそれを見て、力が抜けたように俺にもたれる。

「本当の心しか送れない、だろ?」

「ユーリは、回りくどいんですよ…」

「信用してくれなかったのは魔王じゃないか」

「ふふ、私も愛してます、ユーリ♪」

急にデレた。これ結構怖い。あとハルカとネミルの視線が痛い。

「…まだですか?」

「ふわっ!?」

ウルスラがジト目で見ている。

魔王が急いで命令する。

「え、えーと、合流できたしここの敵もあらかた潰したし、ダークエルフの持ち場に戻っていいよ!」

「…はぁ、声、抑えないとユーリ様に引かれますよ」

まさかの爆弾発言を残して消えて行った。

「え!?ユーリ、本当!?」

「違う違う!ウルスラが魔王の声で眠れないって…!」

「こほん!」

ハルカが顔を真っ赤にして咳払いした。

魔王が睨む。

「まだ何か用なんですか、賢者サマ?」

「勇者様、あなたの考えは、理解できません」

「…そう、だよな」

よほど苦い顔で笑っていたのか、ネミルが何か言おうとしたが、気の利いた言葉が思い浮かばなかったのだろう。すぐに口を閉じた。

「もう、私たちは人間界に帰ります」

「…」

「でも、帰りたくなったらいつでも人間界に…!」

そう言った瞬間、ハルカの足元にざっくりとした傷が入る。

魔王はにっこり笑って、俺の頬をぺろりと舐め。

「私の気が変わらないうちに消える方が賢明、ですよ?」

「っ!」

ネミルがそれを見て、すかさずハルカの腕を取って転移魔法を唱え、そして消えた。

そして、そこには沈黙が訪れた。

「…ごめんな、魔王」

「…私、二つ、謝りたいことがあるんです」

「謝る?」

「ユーリに不自由な思いさせて、ごめんなさい」

泣きそうな顔でしがみついてくる。

「いや、助かってるのは事実だし、魔王も俺を愛しての結果なら仕方がない…と思う」

すると少しだけ頬を緩ませて、ミシミシと万力みたいな力で抱き締めてきた。痛い。

「それと、もう一つ」

「あ、ああ」

紅潮した顔で、荒い息で口を開く。

「我慢できなくなっちゃいました♪愛しての結果なら、仕方ないですよね♡」

「…!?」

次の瞬間、俺は昏倒させられた。

その後、深い魔界の森の奥に連れ込まれ、眠らされたまま全身を弄ばれ、寝ているままヤられるのであった。

「匂い擦り付けて、マーキング、しとかないと♪」

 

そのころ

ダークエルフ本陣

 

やれやれ。エメラル様とユーリィ様のいちゃラブには砂糖吐きそうだった。にしても眠い。コーヒーでも飲もう。

…?なにか湿っぽい音と、付近に魔力を察知した。

まさか、ダークエルフが殺されて…!?

エルフは耳が人間よりも良い。魔力に対する感度も。

それがここで役に立つとは。

「本陣の警備は任せた!」

部下に戦線を任せて、急いで向かう。

そこで、ダークエルフ族長のウルスラが見たものは。

 

「ユーリ…!はぁはぁ…寝顔かわいいよぉ…♪舐めるよー?」

「ほら、匂い、たーっぷり付けるからねー」

「もう我慢できない!挿れるよ?聞いたからね?返事しないっていうことは、良いってことだよね!?」

「気持ち良い…!まだできるよね?勃ってないけど、無理やり勃たせちゃうからね?ユーリが魅力的なのがダメなんだよ?」

「6回もすると、さすがに疲れちゃった…今度は「あなる」ってとこ虐めるから、もっとできるね!」

 

その3時間後、睡眠不足とショックで気絶したダークエルフが森の奥で眠った勇者を抱っこした魔王に拾われましたとさ。




エ□を入れざるを得ない自分の謎才能。
なんとか仲間二人を説得…?
戦争中なのにのん気なことばっかりしてる魔族上層部。何気に魔族がかなり優勢のようです。
そして勇者の後ろの方開発をお楽しみに!(たぶん書かない
r15にふさわしくないってことで削除されないといいなあ。
ウルスラたん最早魔王と勇者の交わりがトラウマのようです。


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魔界大戦(その3)

魔族が圧倒的優勢の大戦。
しかし今回は…?


ダークエルフ本陣

仮眠室にて

 

「ぅあ…?」

股間が痛い。あ、これはヤられたな。

すぐ気づくのも感覚ズレてるなあとは思う。

「ユーリ、起きましたか♪」

魔王はツヤツヤでめちゃ嬉しそう。

…待てよ。なんだこの夫婦の朝みたいな光景。

「あのさ、ここ、戦場だよね?」

「そうですけど、人間雑魚過ぎますし」

戦わないと。

あれ?体が動かない。というより、動けない。

「おい!魔王!なんだこの手錠!?」

「ご飯できました!あ、それ、ユーリがコソ泥に連れて行かれたら困るので付けました」

「…」

どうやら外す気は無いようだ。

まだ戦争中なのに、戦場で戦わないのはさすがに申し訳ない。

魔王が楽しそうに近づいてくる。

「精力満タンになるザクリの実も入れましたよ、はい、あーん♪」

ずいとご飯を近づけてくる。たぶん米と炊き込んだのだろうが、ザクリの実とかいうもののせいで、米がどす黒くなっている。

言っては悪いが、まずそう。

「い、いや、食欲ないかr」

「あーん」

どうしても食べさせたいらしい。

「…」

恥ずかしいので迷う素振りを見せていると、魔王は自分で食べてしまった。うん。食べなくて済んだ。と、思ったら。

「ユーリぃ、あーんしてくだひゃい…」

「ま、魔王!?」

キスしてきた。ただのキスじゃない。キスしたまま魔王の口で噛んだ米を流し込まれ、俺の口の中の米を舌でかき集め、また噛む。飲み込むまでずっとしていた。

辺りにぐちゅぐちゅと水音が鳴り出したので最早おかゆのそれを飲み込む。

「ぷはっ!はぁ、はぁ…」

「ユーリ、美味しかったですか?」

「味なんか分かるわけないだろ!」

「じゃあもう一回♪」

それは困る。

「お、美味しかったよ!うん!さすが魔王の手作り!」

「そうですか!じゃあもう一回!」

避けられないやつですね。ハイ。

スープを魔王の口と俺の口で移し合いしていると、ウルスラが血相変えて飛び込んできた。

「エメラルさ…ま……」

蕩けた顔の魔王は俺の口にスープを流し込むと、ウルスラの方を向いた。

「んぷっ…ウルスラ、どうしました?」

「…お邪魔ですけど人間側から降伏状が届きました」

「やった!私とユーリの愛の力で勝ちました!」

「それで、開戦したハザラの街にて降伏調印式を開く、と」

魔王はしばし考えた様子だった。あまりにあっけないからか。

「ふぅむ…降伏調印式でユーリに口移ししてたらダメですk」

「ダメです」

全然戦争のこと考えてなかった。

 

「ユーリはここで休んでいてくださいね」

「俺も行く…」

「今ユーリィ様が出ても、話が面倒になるだけですので」

「…」

置いてかれた。

手錠そのままだし!

やることもないので眠ろうと目を閉じる。

「だ、誰か!いるなら助けてくれ!」

ドタバタとした音が聞こえる。そして女性の声も。

ダークエルフではないことは確か。もうこの本陣は畳むとウルスラが言っていた。

そして、俺の寝る部屋の扉が開く。

「あんた…は…?」

そこには女騎士が立っていた。

鎧もボロボロ。ブーツも焦げた跡があり、剣も差していない。そして身体は傷だらけ。まさに落ち武者、といったところだ。

「勇者ユーリィ・グレイ…?」

「その鎧は…王宮騎士か?」

俺の顔を見たとたん、後ろに下がろうとしてコケた。

「…この辺りはまだ魔物が多いから、ここで休んでいた方がいい」

「ふざけるな、あんたは裏切り者だと上官も仰っていた」

「治療くらいはする」

手を伸ばし、腕に触れた。さっと引っ込められる。

「殺すなら、辱める前にさっさと殺せ!」

「そんなつもりじゃない、俺は本当に治したいだけだ」

こちらを睨んでいる。しかし、出て行かないあたり表に出る恐怖心とそれだけの傷があることは分かる。

「…触るぞ」

少し触れ、治癒魔法を使う。

女騎士は少し驚いたようだが、動かないのか動きたくないのか、じっとしていた。

「あんた、人間を裏切ったんだろ?」

女騎士が俯いたまま口を開く。

「そう…なるかな」

「曖昧な返事だな」

「俺は共存社会を築きたいと思って、それを始めやすいのが魔族サイドからだったってことだ」

「魔王と結ばれるためにこちらへ来たって噂もあるぞ」

「それは、違うな」

鎧の内側の傷を見る。

そこで俺は気づいた。自然に戦ってできるような傷ではないと。

「…この、傷」

「そうだな、王宮から再三にわたって勧告、来てたろ?」

「…!」

「私としても馬鹿正直で素直過ぎるあんたを殺したくなんてない」

ゆっくりと、ナイフを懐から取り出す。

「なら、殺さないでいいだろ」

「そうはいかない、上官…いや、お上からの命令なのさ、降伏調印式に乗じてのあんたの暗殺は」

「…」

「武装してりゃ、私が瀕死にされて大人しく帰れたかもしれないと思ったが、その手錠、あの魔王にでも付けられたか?」

「やめてくれ、いがみ合う魔族と人間に未来はない、その架け橋になる俺が居なくなれば、もう二度とこの望みが叶うチャンスは無くなるんだ!」

「…命令、なのさ」

女騎士は俺の胸にナイフを突き刺す。熱く、鋭い痛みが頭を突き抜けるような感覚を覚える。

俺は、指輪を使わなかった。調印式の邪魔はしたくない。何より、俺にナイフを向けたこの女騎士を、魔王は殺すだろう。

それは嫌だ。俺を守るために、なぜ人間が死なないといけないのか。暗くなる意識に、女騎士の声が響く。

「…ごめん、私も、あんたは刺したくなかった」

仕方がない、その言葉も出てこない。

「私の名前は、エレナ・ヴァイシュ、いつでも呪いに来いよ、な」

「ま…おう…ごめ…ん…な…」

それだけ言って、俺の意識は闇に落ちた。




ユーリィ死の危険!?
魔族ではなく人間側が卑怯な作戦に出ましたね。
ひとまずここで大戦は終わり…?


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魔界大戦(その4)

人間側の作戦によって刺されたユーリ!
戦争はどうなったのか?


夢を見た。

ネミルと、ヘイジと、ハルカと、そして俺の四人でキャンプしていた時の思い出の夢だ。

「…いよいよ魔王に近づいてきたでござるな」

「ん?ヘイジ、もしかして緊張してんの?元から魔王には近づいて来たじゃない」

「わかりますよ、私も」

「みんな心配性ねー…勇者はどうなの?」

「俺?」

「リーダーなんだから、駆け抜ける作戦もあんたが考えたし」

「そう、だな…」

俺は、これが夢だと分かっている。だから、一つだけ試してみた。

「魔物と人の、共存ができたらいいよな」

そう言うと、みんなは驚いた顔をした。やがて、悲しそうに微笑み、みんな、おれの元から離れて行った。

そして夢が覚めた。

 

胸が痛い。

どうやら魔王の部屋のベッドのようだ。

ふと胸を見る。包帯が巻いてあり、上半身を起こしただけで激痛が走った。かなり深い傷だったのだろうか。

がちゃり、と扉が開く音がした。

「…ユーリ?」

「あ、魔王、おはy」

言い切る前に、魔王は駆け寄って来て、抱きしめられた。

「ユーリ!なんで、もっと早く目を覚まさなかったんですか!」

「…ご、ごめん」

俯いて謝る。が、胸ぐらを掴まれ、魔王の顔を見せられる。

「謝って何になるんですか!?もう少し傷が深ければ、内臓に達していたかもしれないんですよ!」

そんな乱暴にされたらかなり痛い。けど言えない。

魔王は涙を目にいっぱい溜めて、今にも溢れそうだった。

「ほ、本当にごめん、魔王」

震える手が、俺の服を離した。

「…なんで、すぐに指輪を使わなかったんですか」

本当のことを言えば、魔王はきっと「エレナ・ヴァイシュ」と名乗った女騎士を殺しに行く。

それどころか人間自体を滅ぼすかもしれない。

「その、不意打ちで、刺されて」

「壁を背にして不意打ち、ですか?」

「…眠ってたんだよ」

「けれど、意識を失うまでの時間に救援信号くらい送れたはずです」

ダメだ。誤魔化せそうにはない。

「…ごめんな」

魔王はじっと俺を見る。とても暗い目だ。これまで見たこともないほどに。目から、ついに涙が溢れる。

「ユーリ、あなたに、何かあったら私は…!」

「…ごめんな、本当にごめん」

ひとしきり俺の腕の中で泣いた後、魔王は俺を強く掴んで、言った。

「ユーリ、やはりあなたは外に出してはいけない人です」

「…え?」

「ここで、私とずっと暮らしましょう?それがお互いのためです」

嫌だ。そう言って逃してもらえるとはとても思えない。

「嫌だ、俺は外に出たい」

そう言った瞬間、頰を叩かれた。

「ユーリ!どこまで私を苦しませたら気が済むんですか!?」

苦しませる。そんなこと、考えたこともなかった。

「俺は、別に…」

「こんなに愛してるのに、なんで死のうとするんですか!ずっとあなたを安全な場で愛でたい、それだけのこともいけないんですか!?」

「…」

「黙ってないで、何か言ったらどうですか…?」

重い空気だ。

しばらく見つめ合い、両方が俯く。

その時、扉が開く。

「…お兄ちゃん、やほー」

マリンちゃんだ。小さな羽と尻尾が生えている。成長…?

「マリン、何の用ですか?」

「…お姉ちゃん、そうやって突っ走るからお兄ちゃんは焦るんだよ」

「どういう意味ですか?」

「…はぁ、お兄ちゃんを手中に収めるなんて、無理だよ」

「そんなことッ!」

「…お姉ちゃんが自分の思い通りになるようなお婿さんを望んでるなら、きっとお兄ちゃんは運命の人じゃないよ」

「何が言いたいんですか?」

「…お姉ちゃん、もうちょっと、愛し方考えた方がいいよ」

そう言い残し、マリンちゃんは出て行った。

そしてまた、沈黙。

「ご飯、作ってきますね」

「…ごめんな」

「謝らないでください」

すたすたと出て行く。

自分の情けなさが恥ずかしい。なぜもっと魔王に、安心させられるようなことが言えないのか。

 

「ん…」

いつの間にか眠っていたらしい。

魔王が部屋を出てもう4時間経って、すっかり夜だ。

もしかして、俺が寝ているのを見て起こさずにいてくれたのかもしれない。

「腹減ったな…」

痛みを堪えてゆっくり外に歩く。

廊下に人の気配はない。

ウルスラはいるのだろうか。

食堂から、二人の声がした。

「ユーリ…ユーリが死んじゃうかと思って…」

「…お姉ちゃん、何回その話するの?」

「それだけのことだからです…」

どうやら酒を飲んだ魔王がマリンちゃんにクダを巻いているようだ。

「…お姉ちゃん、もう寝よ、ね?」

「ユーリが寝てる間にいなくなったら、どうするんですかぁ!?」

真っ赤な顔で喚いてはごろごろとしている。

ラチがあかないので食堂に入る。

「ま、魔王、その、ごめn」

「ユーリ!」

ぱっと飛びつかれる。

マリンちゃんがやっと解放されたと言わんばかりにため息をつく。

「マリンちゃん、ごめんな」

「…お兄ちゃん、気をつけてね」

「え?」

「酒に酔ったお姉ちゃん、手が付けられないから」

それだけ言い残してマリンちゃんはとたとた自分の部屋に帰って行った。なんだ?

その時、背後から声が。

「既成事実、作ったらユーリと一緒にいられるって、薄い本に書いてありました♪」

ゆっくりと、俺の身体に手が回される。

「寂しかった分、穴埋めしましょうね!」

 

酒のおかげで魔王は少し元気になった。代償は大きいけど。

 

あと、ウルスラはぐっすり眠れたそうだ。

そして次の日、食堂にこびりついた謎の汚れのシミ抜きにとても苦労したらしい。




やっぱり入ってくるエ□。
そんなこんなで魔界大戦ひとまず終了?
次回で調印の取り決めとかを説明するつもりです。


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魔界大戦(その後)

ひとまず終わった魔界大戦!
これからはほのぼのに戻るかな?


苦しい。鼻が痛い。

息苦しさで目覚める。

「ユーリ…愛してますぅ…」

俺の口と鼻の上で魔王が座っている。

片手に酒瓶。片手に俺の下着。

「魔王!昨日4回もシただろ!」

勢いよく起き上がる。その拍子に魔王が俺の下着を手に、嗅いだまま後ろに倒れる。

「あと一回だけ、お願いします…」

濡れ濡れと光る目でキスを迫ってくる。

「だめ、朝ごはん食べるぞ」

「口移しします!」

「却下」

「あーんします!」

「それくらいならお好きにどうぞ」

このやり取り、普通の夫婦みたいだ。

魔王と手を繋いで食堂に入る。

「…お兄ちゃん、お姉ちゃん、おはよ」

「おはようさん」

「エメラル様、おはようございます」

「おはよう!」

「…朝酒はやめた方が良いと申し上げましたが」

「いいからいいから、大切なお話があるの」

魔王が食卓の前に立つ。

「結局、人間側から降伏を受け付けました」

魔王が真剣な口調で言う。

てっきり俺に、戦争のことは話してくれないものかと思っていた。

「それで、条件とかは?」

「勇者の返還をしてくれ、と嘆願がありましたね」

「…お姉ちゃん、魔界の方から条件は出さなかったの?」

「私はユーリさえ側にいるならどうでもいいんですよ、詳しい内容はここにあります」

紙を差し出してきた。

3人でそれをじっと見る。

 

・ハザラの街周辺地域を魔族の領土とする

・龍神族等の少数魔族の殺害に対する報復の許可

・賠償金9000万ドレン

・交易の開始

・勇者の人質

以下を降伏条件とする。

 

「…魔王、交易ってどういうことだ?」

「ふふ、人間界とも貿易を始めたいと思いまして」

ウルスラがやや焦ったように言う。

「しかし、何を輸入するのですか?こちらからは魔法道具など多くの輸出品はありますが、人間界の物は大抵揃います」

「え、えーと、それは…その…」

歯切れの悪い答え。何だろう、とても嫌な予感がする。

「…お姉ちゃん、ポケットの紙、何?」

「げっ!これは、何でもないでs」

マリンちゃんが素早く紙を奪い取り、開く。そこにはとても恐ろしいことが書いてあった。

 

交易中に手に入れる品(ユーリ用♡)

・ローション

・首輪

・手錠

・足枷

・あなるびーず

・おなほ

・猿ぐつわ

・薄い本15冊(私の学習用)

 

「…お姉ちゃん、さすがに引くよ」

「え!?マリンだってこの前ユーリのお尻を泣かせて喚かせて掘りたいって言ってたじゃないd」

「それとこれとは話が別!」

「お二人とも!食事中です!」

ウルスラが珍しく叫ぶ。どちらも黙る。

というかマリンちゃんまで…!?

「とにかく、そういった話は後ほどどうぞ」

「…ごめんなさい」

「ウルスラが怒るとは…」

唯一の常識人ウルスラ。居てくれてよかった。

「話を戻そう、交易ってのはいつから始まるんだ?」

「人間はこの条件をしぶしぶ呑むそうですので、これから少しずつ話を進めていくつもりですよ」

「ふーん、あ、あと俺を刺した騎士のことは、魔王はどうするつもりなんだ?」

「ああ、ヘレナとかいう子ですね」

「…なんで知ってる!?」

「ふふ、秘密です、それに何をするでもないですよ、また戦争になっては逆効果ですから」

怖い。絶対盗聴器とかあるわ。

「ふう、魔王が人間滅ぼすとか言い出すかと思ってヒヤヒヤしたよ」

「…ユーリ、本当に勝手なことはしないでください」

「ごめんな」

「…お兄ちゃん、私もお兄ちゃんが居なくなったら寂しいから」

「気をつけるよ」

「…その代わり、また今度お仕置きさせて」

「はいはい…え?」

「…やったー!あなる予約成立!」

「ずるいです!私も」

食卓がミシリと音立ててひび割れる。

「全員、ご飯を食べなさい」

「「「すみませんでした」」」

怖い人ばっかりだ。恐ろしや。

と、魔王に手を握られる。

「ユーリ、あとで一緒にお昼寝しましょうね♪」

もう片手も。

「…お兄ちゃん、私も一緒に寝たい」

ウルスラがジト目で見て、ぼそりと呟いた。

「私の部屋は、いつになったら変わるのでしょうか…」

なんだかんだで、楽しい日々だ。

戦争は俺にとって大きな変化はなかった。けれど、魔界の勝利ということは、多くの戦死者もいるだろう。

その人々に謝りたい。けれど、今はもう叶わない。

この日々を少しだけ、俺は恐れている。




ハッピー回!
次回からどうしようかな…。


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魔王達との日常
勇者の風邪


ユーリィが風邪を引いた。
なんとか魔王は看病したいのですが…。


近頃、毎晩魔王と(たまに)マリンちゃんに搾り取られている。

魔物の性欲には恐ろしさしか感じない。

そして、昨晩も7回。後ろの穴とか(魔王に魔法で拘束されてマリンちゃんに2日がかりで開発調教された)、薬とか使ってるが限界だ。

「ユーリ!おはようございます!」

魔王が飛びついてくる。それを受け止めた、つもりだった。

「…あれ?」

「ユーリ?わっ!?」

魔王ごと後ろに倒れる。

なぜか力がほとんど出ない。それに体がだるい。そして頭痛。喉の痛み。これは、もしかして…。

「あ、あの、ユーリ?」

「魔王、俺風邪引いた」

そう言った瞬間、魔王がしがみついてきた。

「ごめんなさい!毎日襲ったりするからなってしまったんですよね!本当にごめんなさい!どうしたらいいんですか!?」

「ま、魔王、落ち着いて、な?」

どうにか宥める。

「俺は少し寝るから、勝手に入ってくるなよ、いいな?」

「ユーリがそうしろって言うなら、分かりました」

しょんぼりして歩いて行く。そのまま扉を閉めて鍵をかけた。

よし!具合は悪いけど、久々にしっかり眠れる!そしてベッドに入った瞬間。

「ユーリぃ、寂しいです…」

早っ!10秒くらいだぞ!

「あ、あのな、俺は今具合悪いの」

「近くにいます!それだけですから!」

ドアノブが割れそうなくらいにガチャガチャ捻られる。ホラーだ。

「こら!言うこと聞かないならもうヤるの禁止にするぞ!」

「だって…ユーリが心配で…入れてくださいよぅ…」

扉がばしばし叩かれている。

「もう知らないからな、寝るから、おやすみ!」

「…おやすみなさい」

ふう。やっと眠れる。

 

「んん…」

目を覚ます。喉の痛みは少し収まったが、熱が出てきた。

「今何時だ…?」

窓に目を向ける。とそこに、魔王がいた。

言っておくが、俺の部屋は地上22mだ。

バルコニーはあるが、俺の部屋を経由しないと入れない。

腰を抜かした。初めて魔王見た時より怖い。

恐る恐る窓を開ける。

「ユーリ!」

「待て待て止まれ」

飛びかかってくる魔王を止める。

「どうやってここにきた?」

「…すみません、言いつけ守れなくて、表から翼で飛んできました」

「だと思った、じゃあな」

窓を閉じようとした所で、魔王が窓を掴み、窓枠をそのまま捻った。ミシミシ音が鳴る。

「…あのな」

「心配なんです!」

怒る気力も湧かない。本当に心配してくれてるのだろうが、今の俺には嫌がらせ以外の何物でもない。

「ユーリ、隣に居るだけでいいんです、お願いです!」

頭がぼーっとして何が何だか分からない。

もういいや。

「好きにしてくれ」

「ユーリ!愛してます!」

反射的にズボンを掴んで引き下ろそうとしたが、すぐに手を離した。

「さ、おやすみなさい!」

布団をかけられ、なにか子守唄的なものを歌い出した。

やればできる魔王だ。そんなこんなですぐに寝た。

 

次に目を覚ましたのは、夕方だった。

「ん…?」

目を開け、周りを見渡す。

クローゼットが開いていた。

その前にはこちらに背を向けてもそもそ動いている魔王。

嫌な予感しかしない。

「魔王!」

「ひゃい!?」

嗅いでいた。やっぱり。

「はぁ…まあいいや」

「ごめんなさい…あの、ご飯にしますか?」

「食欲ないからいいよ、ありがと」

少し頬を緩ませ、俺がうとうとしていると布団に入ってきた。

「うつっても知らないぞ」

「ユーリから菌が入るなら大歓迎です!」

そういうと足を絡ませ、ぴったり密着してきた。

その温もりのままに、俺は眠った。

 

その後、魔王が風邪を引いたのは言うまでもない。




久々にエ□無し!
次回は勇者が看病です!


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魔王の風邪

魔王が風邪を引きました。
今度は勇者が看病しようとするのですが…。


「ごほっ!けほっ!」

「エメラル様、大丈夫ですか?」

「魔王、やっぱ薬きちんと飲もう、な?」

魔王が風邪を引いた。けれどウルスラが勧める薬は、どういうわけか絶対に飲まない(めちゃ苦いらしい)。

「やです…その薬は絶対飲みません…」

「ウルスラ、どうするんだ?」

「2日も寝たら治るでしょうが、やはりこの薬を飲めば…」

「いや!ウルスラはご飯作ってきてください!ごほっ!」

ウルスラがとぼとぼ出て行く。

入れ違いにマリンちゃんが入ってきた。

「…ふふ、お姉ちゃんが寝込んでる間はお兄ちゃん独り占めー!」

その言葉に機嫌を損ねたのだろう。

俺の服を掴んで自分の元に寄せてきた。

「うるさいです、ユーリ、そのお薬飲ませてください」

「あ、飲むのか」

丸薬を差し出す。しかし、受け取らない。

「ユーリ、さっさとしてください」

「あーん」

「違います」

どうしろってんだ。

「…お姉ちゃん、今風邪引いてるのに口移しはやめた方がいいよ」

「ユーリならやってくれますよね!」

二人にじーっと見られてる。どうするべきか。

風邪はとっとと治すに限る。うん。

「魔王!飲め!」

「んぶぅ!?んがっ!んぁーー!」

「…お姉ちゃん、かわいそうに」

鼻を押さえて無理やり薬を飲ませる。

魔王は心なしか先ほどよりぐったりしている。そのまま涙目でこちらをキッと睨んでくる。

「首しめプレイなら大歓迎ですけど、このお薬は嫌いです…」

「…いっつもお兄ちゃん虐めてるからだよ」

そういうマリンちゃんも俺の後ろ開発したけどね!調教したけどね!あ、そうだ。いいこと思いついた。

「マリンちゃんちょっとこっち向いて」

「はい?んぐぅ!?んー!!」

無理やり飲ませてやった。苦味からか悶絶している。

「思い知ったか!」

「…お兄ちゃん、穴、塞がらないくらい調教してあげるから」

「なっ…!そもそも、マリンちゃんが魔法で作るアレは俺のより大きいんだよ!あんなの突っ込まれる身にもなってみろ!」

「あ、あれは作ってるんじゃなくて、魔王一族でたまに雌雄同体が生まれるから仕方ないの!性欲も2倍以上出ちゃうし!」

かしましく言い争っていたところで、扉が勢いよく開いた。

ウルスラが入ってくる。

「お二人とも、病人の近くです」

「…ウルスラだって性欲くらい溜まるでしょ!」

「私は異種には興味ありません!」

「…ならさ、お姉ちゃんとお兄ちゃんの部屋から漏れる音聞いて何か感じないの?」

「感じません」

「はぁ…ウルスラは分かってませんねえ」

「…不感症だね」

言われるたびに、震えているウルスラの頭に怒りマークが浮き出ているのを感じる。まずいぞ。

「と、とりあえず魔王は寝ろ!俺らは外出るから、な!」

「ユーリと私だけにしてください!」

「…私もお兄ちゃんといたい!」

「エメラル様一人にすべきです!」

この後滅茶苦茶もめまくった。

 

4時間後

全員魔法使ったり肉弾戦したりでぐったりと倒れている。

「ぜぇ、はぁ…」

「わかり、ましたか、はぁ、はぁ」

「…出て、行かないもん、ふぅ、ふぅ」

「…死にそう」

俺は他の猛者と違って死の危機に瀕してます。はい。

ウルスラがナイスな結論を出す。

「ふぅ…とりあえず、みんな寝ましょうか」

「「「…そうしよう」」」

そして出て行くとき、魔王が小さな声で。

「ごめんなさい、駄々こねて」

可愛いところもあるものだ。

「大丈夫だよ、魔王といたら楽しいし」

そう言うと、布団をかぶってしまった。

「ユーリはずるいです」

「はいはい、治ったらまた一緒に寝ような」

背後でウルスラとマリンちゃんが砂糖吐きそうになっていたことを、二人は知らない。




らぶあま回?ドタバタ回?(中途半端回
そしてまさかの、マリンちゃんふたな◯!
しかもビッグサイズ…。勇者の穴は無事でいられるのか!?
魔界の風邪薬には何が入っているのか…?


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新婚旅行計画!

二人きりで構ってほしい魔王。
そこである提案をするのですが…。、


 

朝、熟睡中に誰かに揺さぶられる。

「ユーリ、ユーリぃ、起きてください」

むくりと起き上がり、見ると魔王が。

「なんだよ…まだ5時じゃん…」

「ユーリ、旅行行きませんか?」

いきなりの提案。

「旅行?なんで?」

「えへへ、分かってるくせに」

頬を染めてニヤニヤしている。朝っぱらからハイテンションだ。

「あとで聞くから、俺寝る」

「ハネムーンですよ!新婚旅行ですよ!」

がくがく揺すってくる。

「いいから!後で聞k」

いきなり体に電気が走る。魔法だ。

「痛ッ!」

「私の話、聞きますか?」

目の前で火花を散らす手をふらふらと振っている。

「わ、わかりました」

実力行使だ。恐ろしや。

「ユーリはいい子ですねー」

色んなところを撫で回してくる。このままなし崩しにヤられたら困るので振り払う。

「いいから、で?どこ行くんだ?」

紙を広げる。わざわざマップと計画表まで作ったのか。

 

ユーリとの新婚旅行計画♡

・魔王城出発!ハザラの街で一泊(8回)

・ハザラの街〜ベリ村(2泊13回)

・ベリ村〜城下町(5泊28回)

・各地を放浪!(100回まで帰さない)

 

ふむ、ツッコミどころはめちゃある。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんですか?行く気になりました?」

「いや、あのさ、この8回とか13回ってなに?」

「言わせる気ですか?ふふ」

何だろう。嫌な予感がする。怖い。

「もちろん、ユーリとヤる回数です♪」

「は!?」

「あれれ、本当に言わせちゃいます?セックs」

「もういいから!」

え?どうかしてるのか?最後100回ヤるまで帰さないとか馬鹿じゃないか?俺の息子が無くなってしまう!

「な、なあ、それとさ」

「あ、お薬なら用意してありますし、ムチとかバイブとか現地調達したり、お土産にローションも買って…」

「違う!なんでこんな人間の拠点ばっかりなんだ!?」

そう。こんなところ、俺と魔王が行った瞬間に兵士に捕縛されるのがオチだ。魔王のことだから反撃して王宮滅亡とかあり得る。

「あ、平気ですよ?きちんと魔法で仮装できますし」

「いや…めっちゃ不安」

「最近ユーリは私に構ってくれませんし…ね?」

「ね?じゃなくて!マリンちゃんとか、ウルスラとかと行った方が楽しいだろ!な?」

「むむ…?まさか、ユーリ、私とマリンとかウルスラに行かせて、その間にサキュバスとかリリス達と乱交する気でs」

「違うから!魔王一筋だから!」

そう言った瞬間、魔王が撃ち抜かれたように胸を押さえた。

「ユーリ…誘ってるんですよねそうですよねそうとしか思えませんからね?違うとは言わせませんよ、そんな可愛い顔して!」

急に魔王の目がおかしい。発情した魔物みたいだ。

「お、おい!離せ!」

魔王に掴まれて押し倒される。まずい。

「大丈夫です!ちょっと愛し合うだけですから!」

「待て!頼むかr」

「もう挿れますねー」

 

2時間後

「気持ちいいですねー♪」

「疲れた…」

結局かなり濃いのを3回もされた。

「もう一回やりますか?」

話をそらす。

「あのさ、行ってもいいけど、本当にバレないのか?」

「ええ、よほど高度な魔法使いでも、変装していることしか分かりませんからね、私たちとまでは気づきませんよ」

「なら…行くか?あとヤる回数は減らすか無くすかしなさい」

「…うーん」

めちゃ悩んでる。ここは強引にいくか。

頭を撫でれば大抵なんとかなる!チョロいから。

「んっ…ユーリ、ありがとうございます」

「そんなに悩むなよ、シないとは言ってないだろ?」

「…ですね!なら今のうちに、私の中がユーリので満タンになるまでヤっちゃいますか!」

え?え?おい、待て。こんな展開知らないぞ。

 

その日、結局死ぬ寸前までヤられた。




勇者はよく死なないなあ…。
新婚旅行回の始まりだ!


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新婚旅行(その1)

ハイスピードで半ば無理やり連れ出された勇者!
一波乱ありそうな予感…。


「じゃ、行ってきます!」

「…行ってきます」

「「「「「行ってらっしゃいませ!!!」」」」」

魔王城。そこに仕える人々が総出でその主を送り出そうとしていた。

にしても、予定教えてもらった翌日に旅とは…。

「…お姉ちゃんずるい」

「ずるい?ふーん、へー?この前はユーリのお尻を泣くまで掘って、その後に、なんとユーリにしゃぶらせてお掃除フェr」

「う、うるさいうるさい!私も行く!」

マリンちゃんが俺にしがみついてくる。

側から見たらいい感じの家族愛なのかもだけど、たぶんマリンちゃんは寂しさよりも性欲処理が辛いってことなんだろうなあ…。

唯一の常識人(部屋を変えてもらって上機嫌)なウルスラがマリンちゃんを引き剥がす。

「ユーリィ様とエメラル様の邪魔をしてはいけませんよ」

「…ウルスラに手でシてもらうの、なんか事務的だし、やっぱりお兄ちゃんみたいに愛があって、鳴いてくれるような感じが好きなんだよね」

え?手でシてもらう?ということは…。

「な、なあウルスラ」

「…ユーリィ様がいらっしゃるまでは私が、マリン様の、その…あ、アレを処理しておりました」

そういうことね。ウルスラも大変だなあ…。

「引き続きウルスラにやってもらいたかった」

「エメラル様が魔術でユーリィ様の行動をストーキンg、いえ、見守っている時に、たまたまマリン様がユーリィ様のことを魔術道具の望遠鏡で見てしまったのです」

ふむふむ、なんか複雑な経緯があったわけだ。いや、別に複雑でもないか。

「それで?マリンちゃんはその後どうした?」

「マリン様はそれを見た後にエメラル様と私に「性欲処理この人にしてもらうことにする!」と、宣言なさったのです」

「ほ、ほう」

「その後、この城の半分くらいを破壊する喧嘩がありまして」

魔王の愛が重いのは前からなのか。ていうか、この城を半分壊す…?

「で?結果は?」

「エメラル様がマリン様を最上級魔法の連発でなんとか眠らせ、そのままマリン様をほぼ無理やり成長マユに閉じ込めました」

なんかマリンちゃんかわいそうになってきた。それって言うなれば争奪戦を力づくで勝負付けられたってことだろう。しかも年上。

魔王も大人気ないとは思う。

「よく怒らなかったな…」

「だから今からでも取り戻そうとほぼ毎日ユーリィ様にくっついているんですよ」

「なるほどな」

 

そういえば魔王とマリンちゃんの喧嘩忘れてた。

と、振り向いた時にはもう遅い。

魔王城。その城は日に日にパーツが新しくなる城だ。理由は言わなくてもわかるよな?

 

「改めて行ってきます!」

「それじゃ、じゃあな」

「「「「「行ってらっしゃいませ!!!」」」」」

結局、ウルスラかマリンちゃんに毎晩連絡をするというなことで落ち着いたらしい。それでもマリンちゃんは不満そうだ。

「お兄ちゃん!連絡してきたら飛んで行くからね!」

うん、来なくてもいいけどね。

そして小声で。

「ユーリィ様の部屋のシーツを変えなくて済む…」

ウルスラさん、ごめんなさい。

 

 

魔王城を出て1時間後

「ユーリ、楽しみましょうね!」

手を繋いで指を絡めてくる。

「そうだな、うん!」

そして歩き出した。目指すはハザラの街。魔法で姿を偽った俺たちは徒歩で向かう。

長い旅になりそうだ。




やっと始まった新婚旅行。
これからのいちゃラブに乞うご期待!


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新婚旅行(その2)

やっと出かけた新婚旅行!
まずは城〜ハザラの街です!


「ユーリ!見てください!綺麗なお花です!」

魔王城を出て2時間。ハザラの街に向けて歩いていて、その時間ずっと魔王は楽しそうにしていた。

それこそ道端のありふれた花ですらも俺にくっついて、目を輝かせて見ている。

「この花ならよく城の周りにも生えてるけどなー」

「うふふ、ユーリと二人でお出かけですから、何もかもが美しく見えてくるんですよ!」

「そっか、ならよかった」

魔王とまた手を繋いで歩き出す。ちなみに恋人繋ぎで。

15分ほど歩いて、なんだか息の荒い魔王が俺と腕を組んでくる。

「ユーリ、もう襲いたくなってきました」

早!

「ここじゃさすがにまずいだろ…な?」

魔王の目がギラギラしてる。まずいぞ。本当に襲われる。

「宿で好きなだけシてやるから、な?」

「す、好きなだけ!?じゃあ私に首輪付けて思いっきり犯してくだs」

「やってやるから静かにしてくれ!」

さらに興奮した魔王を10分かけて宥めて、また歩き出す。

にしても、衝動的に野外なんかでヤられたら、すぐに正体がバレてしまうからやめようって言ったのに…。

 

偽りの衣

魔総の指輪と同じく、非常に古くから伝わっている衣服だ。見た目はただのシャツみたいなものだが、身につけると、他の人間の姿になることができる。ちなみに、衣を身につけている者同士は本当の姿が見える。

元々は先代魔王(魔王の祖母にあたる人らしい)が、勇者の追撃から逃亡するために作られたものらしいが二着あったので丁度いいということで二人旅に使うことにした。

魔物にも着ている者は、人に見えるが「旅人姿の人間男女が歩いていた場合には危害を加えることの無いよう」とお触れは出ているし、高等魔法を扱える生物には俺らが変装していることは分かるらしい。

ただし、分かるのは「変装していること」だけで、人間にそれがバレても魔王と勇者だとまでは分からないそうだ。

 

3時間ほど歩いて、ハザラの街に来た。

ハザラの街には魔法道具屋や、香辛料の店、食べ物の店、毛皮、絹、宝石、武器防具、何でも手に入る。

それまで、ヤりたいとかヤらせてくださいとか襲いますとか言ってた魔王だったが、着いたとたんに市に興味津々のようだ。

「ユーリ!大きい市ですね!」

「ああ、つい最近戦争したのに、活気付いてるな」

「あのお店行きましょう!ご飯です!ご飯!」

「おいおい、焦るなよ、あんまり食べると太るz」

「うるさいですよ、眠れ」

なんだか世界が回ったような気がして、一瞬意識が無くなった。

 

「はっ!?」

「ユーリは何食べますか?」

俺は何をしていたっけ。まあいいか。

気がついたら、よく魔物やハザラの街に買い出しに来た商人が利用する大衆食堂にいた。

俺達のパーティも、たまにここを使った。安くてまあまあな味のご飯屋だ。いいとこ育ちのネミルはあんまり好きじゃなかったみたいだけど。

…いいとこ育ち?

魔王、食べられるのか?

言っては悪いが、この食堂ではあまり質のいい食べ物は取り扱っていない。焼き飯なんて大きな鍋な具材全部入れて、思いっきり炒めただけ、みたいな感じだ。

ウルスラとかの美味しいご飯を食べてきた魔王にここの料理はハードル高いぞ…。

「お、おい、その…えーと…」

「よし!決めました!注文しますね!」

どうやら食べる気満々のようだ。まあ、大きな世界を知ることも大切だ。放っておこう。

…なんで俺がこんな父親みたいなことを。

と、ドラゴンっぽい従業員がご飯を運んできた。

「お待たせしましたー」

「おー!見たことない料理ですね!」

きゃっきゃとはしゃいでいる魔王。

なんかよくわからない黒いスープに、緑色の野菜とよくわからない肉が入っている。あと例の雑な焼き飯。

「あのー、魔王さん…?それ、無理して食べなくても…」

「ん?欲しいんですか?」

「違うって、だから、その、さ」

とか言ってる間に魔王はもぐもぐ食べていた。

「どうだ?」

「お…」

「お?」

まさかおいコラ!じゃないよな。

「おいしい!」

「!?」

そんな馬鹿な。ここのご飯がおいしいなんて、俺も思ったことないのに。(ヘイジは籠城戦の時食べたネズミよりは美味いとか言ってた)

「ほら、ユーリも!」

あーん、してくる。いや、絶対まずいって。

「まだあーんが照れ臭いんですか?」

「そうじゃなくて…んぐ!?」

魔王が口に入れ、テーブル越しにキスしてくる。

またも口移し。

なんか周りのお客が魔物人間問わず目を逸らしてる。ごめんなさい。

「ぷはっ、どうですか?」

うん、あれだ。普通にまずい。

とは言えない。

「う、うん、中々乙な味だな…」

「ですよね!」

嬉しそうに食べている。

ま、楽しいならいいか。

 

食べ終えたところで、魔王が立ち上がる。

「ユーリ!」

「なんだ?宿のチェックインならもう少し後に…」

「遊びに行きましょう!ね!」

めちゃ楽しそうだ。その顔は無邪気な女の子そのままだった。

その顔を見て、なんだか魔王に、また惚れ直したような気がした。愛が強いのは俺もかもしれない。

「よし、行くか」

「こっちですよ!」

「走るなって!店は逃げないぞ!」

 

新婚旅行はまだ1日目も終わってないのに、この調子じゃ終わる頃には骨抜きにされてるだろうな。

まあ、魔王可愛いからいいや。




甘々回!
なんか戦争よりも新婚旅行が長引きそうですね…。
次回はハザラの街で楽しみます!


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新婚旅行(その3)

ハザラの街で探検します。
この調子で旅は無事に続くのだろうか…?


「ユーリ!ここに入りましょう!」

「ん?どれどれ…」

魔王に腕を引っ張られて連れてこられた店の名前を見る。

魔法道具屋「クイン」

うむ、なんかいかにも胡散臭い所だなあ。建物もやけに古臭いし…。

「…なんでここに入りたいわけ?」

「お土産ですよ!素敵な魔法道具を見つけるのです!」

というか、魔王城の倉庫には街一つ吹き飛ばすくらいの武器とか、国が一つ買えるくらいの値段の道具、たくさんあるけどね。

「じゃあ、入るか?」

「はい!」

 

中に入ると、ホコリの匂いが鼻を突いた。

棚にたくさんの魔法道具が並べられている。どれもこれも珍しいが、逆に言えば旅の途中、こんなの見たことがない。

とか思ってたら、魔女の帽子をかぶった小さな女の子が足をつんつんつついてきた。

「お気に召したもの、ありますかー?」

「…誰?君」

「店主のクインです!」

こんな小さな女の子が?

「お嬢ちゃん、迷い込んだの?」

魔王がしゃがんでクインちゃん?の頭を撫でる。

「ち、違いますー、私はここの店主で…」

「ほら、俺達と街に戻ろう、な?」

俺が提案すると、その子はなんだか俯いてふるふると震えている。まずい。怖がらせたか?

「クインちゃん?おーい」

「私たち怖い人じゃないよ?ね、ユーリ」

そう言うとクインちゃんは顔を上げ、キッと睨んできた。

全然怖くない。

「見ててください!私は子供なんかじゃないですから!」

そう言うとクインちゃんは小さな銀時計をポケットから取り出し、何かを詠唱した。

次の瞬間、クインちゃんの体は色々と大きくなり、ビリビリと小さな服を裂いて、魔王より一回りお姉さんの体つきと顔になった。

「!?」

「ユーリ、見ちゃダメです!」

魔王に思いっきり吹き飛ばされる。痛い。

「あ、あわわ!服!服!」

クインちゃんはカーテンにくるまって体をギリギリ隠している。

「あなた何者ですか!?ユーリを誘惑しないでください!」

「私はクインですってばぁ!」

待てよ?クイン?

「クイン・テンプレス?」

「え?なんで私の名前を?」

「ユーリ、知り合いなんですか?」

「えーと、クイン・テンプレスってのは…」

 

そう、王宮をうろついていた時に風の噂で聞いたことがある。

340年前、ある勇者が魔王(恐らく今の魔王ではない)と激闘を繰り広げた後に、封印に成功したらしい。ただし、その封印は戦闘中に唱えられたものなので、不完全だった。

本来はすぐに魔を封じることができたはずのそれが、効力を発揮するわずか数秒前、その勇者達のパーティは魔王の最後のあがきで壊滅的な被害を受けたらしい。

その攻撃と、手下の追撃から逃げ延び、生還した人間が一人だけいたそうだ。

その名が、クイン・テンプレス。

 

「340年前から生きてる人間!?」

言うと、クインちゃんは顔を赤らめて。

「えへへ、お恥ずかしい…」

魔王もさすがに驚いたようだ。

「いえ、褒めてはないんですが…」

「あ、性格には今366歳ですねー、この銀時計をよくわからない魔術師の方からもらったら、変に長生きになっちゃいまして」

「…」

もう、どう反応していいのやら。

「あ、怖がらないでください!ここの品物は300年前の掘り出し物ですから、質の良い物ばっかりです!」

道理で見たことがない形の物ばかりなわけだ。

しかし魔王はまた興味が出てきたらしい。ヨダレを垂らして何かつぶやいている。

「むふふ…ユーリを銀時計でショタにして虐めて…赤ちゃんプレイで優しく優しく出させて…」

「おーい、魔王さーん」

「はっ!なんでもないです!えへへ、お気になさらず」

丸聞こえだけどね。

変なムードを壊すようにクインちゃんが入ってくる。

「で、何か欲しいものありますか?」

今欲しい物といえば、旅に役立つものがいいかな。

「そうだなあ、素性を隠せるようなものあるか?」

「あー…確かにその衣はあんまり状態がよくないので、気配が私にも感じられますね…」

「え!知ってたんですか!?」

魔王が動転している。

「あはは、普通にそちらの方が魔王って呼んでますし、私は仮にも魔法使いですしね…」

「何かありますか?ユーリと私を隠せる道具」

「うーん…どちらかといえばここは呪いの道具とか取り扱ってますからねえ…」

やっぱりそう上手くはいかないか。仕方ないし、帰るか。

「なら、なにか恋の道具ありますか?」

「!?」

ストレートな質問してる!魔王、何も恥じらってない?

「ふふふ、そうくると思いましたよー」

ごそごそと麻袋の中から、クインちゃんが首輪を取り出した。

まさか、マリンちゃんとかの同志?

「…え?あの、これ」

魔王は目をキラキラさせている。

「これ、どうやって使うんですか!?」

クインちゃんもノリノリで。

「これを付けられた人は、意識と思考はそのままで、付けた人間の言うことに絶対服従になります!」

「もらいます!」

「毎度あり!」

「おい待て待て!」

首輪を買う手続きを邪魔しようとしたら、魔王に首輪をはめられて、取り押さえられました。

 

「また来てくださいねー!」

クインちゃんが小さな姿に戻って手を振って見送ってくれた。

俺は、魔王が楽しそうに抱きしめている首輪を付けられる今晩のことが気がかりで、振り返すことはとてもできなかった。

 

宿「グラムテル」

宿に着いた。さすが魔王の財力といったところか。とても綺麗で広い宿だ。

着くなりふかふかのベッドに倒れこむ。

「ふぃー、疲れたー」

「ですね、でも、楽しかったからよかったです!」

魔王が魔法道具の鏡でマリンちゃんとなにか会話し始めた。その間に俺は寝て今晩のアレを回避しようとする。

しかし。

「え?マリン、こっちに来るんですか?いや、今日はユーリと二人でランデブーなんです!」

「…お姉ちゃんばっかりズルい、魔法道具で今すぐ行くから、じゃ」

魔王が鏡をしまう。その次の瞬間に、窓からマリンちゃんが部屋に入ってきた。

「マリン!?独り占めはさせませんからね!」

「…ふふ、今日は最高の夜になりそう」

ここは回避せねば、死んでしまう!

「あ、あの、疲れたからそろそろ寝たいなー」

そう言うと、二人は悪魔のような笑みを浮かべ。

「「ダ・メ♡」」

次の瞬間、俺の体はマリンちゃんにホールドされて、魔王に首輪を付けられていた。

「ユーリ、マリンがひとしきり出し終えたら、今度は私に首輪付けて可愛がってください♪」

「お兄ちゃん、今日はお腹が膨らむくらいシようね♡」

長い夜になりそうだ。もう、諦めよう。

 

その夜、久々に最上級部屋に客が来て喜んでいた宿の女主人は、上の階からの止まないベッドの軋み音に悩まされたようだ。




新たな登場人物のクイン・テンプレス!これからの話には出てこないかもですが…。
そしてきちんとヤることヤってる勇者。羨まし(ry。


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新婚旅行(その4)

ハザラの街からベリ村へ行きます!
勇者は毎晩求めてくる魔王に耐えられるのか…?


「おはようございます!ユーリ!」

「…まだ寝かせてくれよ」

昨日、マリンちゃんに5回され、魔王に6回させられた。

腰痛がひどい。それとお腹が重い(マリンちゃんのせい)。

マリンちゃんは出すだけ出して、とっとと帰ってしまった。愛は本当にあるのだろうか…。

「さあ、起きないと、今日はベリ村まで行きますし」

魔王が俺の腰に手を当てて、治癒魔法を唱える。

一瞬魔王の手から優しい乳白色の光が出て、その瞬間に体がすっと軽くなる。便利な魔法もあるもんだ。

「さ、出発!」

魔王はいつも通り元気だ。おめでたいな。

「まあ、長居して野宿もアレだしな」

「野外も楽しいですし…私は別に…」

「よし行くぞ!」

先に部屋を出て行く。魔王がぱたぱたと後ろをついてくる。

今日は変な魔法道具屋とかにひっかからないといいけどなぁ。

 

宿の女主人は、昨日よりなんだかゲッソリしていた。

「…昨日は、お楽しみでしたね」

「ごめんなさい」

「ふふ、ユーリの喘ぎ声が聞こえちゃいましたかね♪」

魔王はやたら嬉しそうだ。どちらかといえば、昨晩喘いだのは魔王の方だった。

首輪のせいで魔王を襲う命令に俺が逆らえなかったからだ。

「道中お気をつけて」

「はーい、ありがとうございましたー」

魔王は当然のように腕を組んで歩き出す。たまにはいいものだ。

 

ハザラの街

境界の門

たくさんの兵士が門の近くに立っている。

ここは境界の門。その名の通り人間界と魔界を繋いでいる。

魔族は国に認められなくてはここをくぐれないが、人間に化けて入り、人間界で好き放題する魔物がいるために取り調べがかなり強化されているようだ。

「なあ魔王、この変装って魔法を解かれてもバレないよな?」

「魔法道具ですからね。そう簡単には壊れませんし」

俺たちの名前が兵士から呼ばれた。

「エメ・ラルス、ユー・レグン、こちらに」

偽名だ。ここからは魔王ではなくて、魔王が最初に名乗った「エメラル」から取った「エメ」と呼ぶことになる。

「書類に問題はない、門をくぐれ」

「ありがとうございます!」

ウルスラにお願いして偽造してもらったという個人証明書。精巧に出来ているとは思ったが、まさか、こうもスムーズに使えるとは。ウルスラの技量おそるべし。

青い光に満ちた門をくぐる。そして、次の瞬間。

 

人間界

境界の門

「ん、来たか、行け」

人間界の方はかなり適当なチェックだった。書類を見せたら、ほぼ見ないまますぐに通してくれた。

「ここが人間界…!」

目をキラキラさせた魔王は、とたとた走り回っている。

「転ぶなよー」

「空が青いですね!それにとても花とか動物がカラフルです!」

そういえば魔界の空は青というより紺だった。人間界のひとつひとつがこれまでの旅よりも、魔王には新鮮なんだろう。

「ここからベリ村まであとどれくらいですか?」

「3時間も歩けば着くはずだ」

てっきり不機嫌になるかと思えば、上機嫌で手を繋いできた。

「その間はユーリと二人きりですねっ!」

「そうだな、俺も久しぶりの人間界だし、満喫するぞー」

 

2時間後

魔王は木陰でぐったりしていた。

「まったく…あんなにはしゃぐからだぞ」

「すみません…」

熱中症だ。無理もない。こんな晴れた日に2時間、ろくに水も飲まずに走って喋っていたら疲れるだろう。

おまけにほとんど寝ていない。俺も眠いのは同じだ。

顔に眠いのが出ていたのだろうか。魔王がしなだれかかってきた。

「ユーリ、一緒にお昼寝しませんか?」

「でも、荷物とか盗まれたらさ…」

「平気ですよ、あんまり人も歩いてませんし」

魔王が手を握ってくる。俺も眠気がかなり出てきた。

「そうだな、少しだけ、寝るか」

「ユーリ、大好きです!」

その数分後には、木陰に寄り添って寝ている二人の商人の姿があった。

 

3時間後

ベリ村

「ふー、着きましたね!」

「ああ、懐かしいな…ここ…」

パーティで訪れたことのある村だ。そうだ、この辺で初めてドラゴン系統の魔物と戦ったっけなあ…。

「さ、町巡りです!」

「お、おいまお…エメ!」

そう呼んだ瞬間魔王がこけた。

「はう!ユーリにその名前で呼んでもらえる日が来るとは!これはいい予感がします!行きましょー!」

魔王は人間界に飽きることはなさそうだ。




久々に健全な移動編です。
勇者もかなり魔王に惚れ込んでますね。二人で木陰でお昼寝とか最高やないか…。


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新婚旅行(その5)

田舎町のベリ村を二人で練り歩きます。


「ユーリ!あれ、あれ食べましょう!美味しそうです!」

「また食うのか…」

ベリ村。王宮からもハザラの街からも離れた田舎町だが、そのぶん都会とはまた違う風習や料理がある。

「むぅ、せっかく人間界に来たんですから」

「でもさ、あんまり食べたら太r」

「そ、それは…えへへ…も、もし太ってもユーリなら愛してくれますよね?」

「重いのに騎乗位されたら困r」

「黙れ」

魔王の目が光り、視界が一瞬ブレた。

 

気がつくと飯店の中にいた。

「あれ?俺何してたっけ?」

「なんだっていいじゃないですか、ささ、何食べましょうか?」

なんかデジャブだ。

ま、いっか。

魔王は楽しそうにメニューを見ている。

よくもここまで食べられるもんだ。

「俺はここまでの4軒でもう満足だし、魔王の好きなもの食べな」

魔王は少しだけ寂しそうな顔をした。

「でも私、一人で食べても…」

そして愚痴を言いだした。やれやれ、なんでも俺にベッタリだ。

可愛いからいいけど。

「ま、まあまあ、俺もちょっと食べるから、な?」

そう言った瞬間目が輝いた。

「うーん…なら、これとこれと、あと、これボトルで頼みますね!」

「好きにしてく…おい、待てよ?」

「注文しました!」

「ボトルってなんだボトルって!」

「これですよ?地酒ってなんか美味しそうじゃないですか!」

メニューを奪い取って魔王が指差したところを見る。

 

ベリ村地酒「びっぐばん」アルコール度数22%

 

22%!?

ていうかネーミングセンス無さすぎ!

魔王って結構酒乱だった気もするし。

「…お酒、飲みたかったわけ?」

「どうせ今日は移動しないわけですし、こんな時間からのお酒もいいかなーと思いまして」

「ほどほどに、な?ハメ外すなよ?」

「私ほどお上品にお酒を飲む魔王はいませんよ」

ご機嫌の魔王と、色々と先に不安を感じる俺は料理が来るのを待っていた。すると魔王が。

「ユーリ、ここ、「ざしき」ですよね?」

「ああ、区切られてるし、くつろげるだろ?」

そう言うともじもじして、爆弾発言を投下した。

「…シたくなってきたんですけど…」

「あのなぁ」

「言いたいことはわかってます!でも、ユーリといると興奮してくるんですよ!」

「とにかく、宿に帰るまでダメ」

「舐めるだけさせてくd」

「ダメ」

魔王が涙目になっている。しかし、ここで許せない理由があった。

これは躾だ。最近魔王は底知れない性欲が昼にも出てくるようになった。抑制できるようにしないと。

 

しばらく睨み合っていた。そこで扉が開き。

「お待たせしましたー」

ナイスタイミング!

「こちらのお料理と、本日はカップルデーなので、ザクリの実のお漬物をサービスいたします!」

ザクリの実?どっかで聞いたことある。

「では、ごゆっくり」

ぴしゃりと扉が閉まる。

 

「いただきましょうか」

「あ、ああ」

しかし、魔王は皿には手を伸ばさない。

仕方がないから俺が食べる。

「食べないのか?」

「食べますから、ほっといてください」

ハイペースでびっぐばんを飲んではザクリの実をつまんでいる。

「飲みすぎて足腰立たなくなっても知らないぞ」

「ひっく、関係ないです、ユーリには」

顔が真っ赤だ。

まずい。主に俺の股間が。

「おい、もうやめとけ!」

「さっきみたいに放っておいてください!」

酒を奪おうとする。その瞬間、魔王に顔を撫でられた。

「邪魔です」

俺の平衡感覚が狂って、倒れた。世界が回る。

「お、おい、まお…エメ、冗談もほどほどに」

「…帰りましょうかね」

「え?」

「運びます」

静かすぎる。恐ろしい。このまま殺されると言われても納得できそうなくらいだ。

魔王が俺を担ぐ。そのまま店を出た。

 

宿に着くと、俺を乱暴にベッドに降ろした。

「え、エメ、もっと優しく…」

魔王の顔は紅潮していた。

「ふー…ユーリ、お仕置きの時間ですよ」

!?

いくら何でも理不尽すぎる。

「お仕置きじゃないだろ!そもそも昼からシたいとか言う魔王がどうかしてる!」

「ふふ、ふふふ、それで言い訳は終わりですか?」

「え?」

「もう、我慢できないので♪」

 

8時間後

「あれ?きちんと出なくなりましたね?ユーリ?ちゃんとイってるはずなんですけどね?」

声が出ない。魔力で精気を無理やり回復させられて20発以上を出させられた。

「も、もう、むり…」

「やれやれ、これに懲りたら私に性欲を我慢させるなんて考えないことですね」

勝ち誇った顔だ。満足したらしいが、ここで頷いては思うつぼ。

「でも、魔王は性欲強すぎだから、少しは…」

「…まだ、分かりませんか?」

にじり寄ってくる。

「ま、待て!これ以上はホントに死ぬ!」

「私もお腹張るくらいシましたけど、ユーリがそんなこと言うなら仕方ないですね♪」

 

その次の日のベリ村滞在二日目は、寝込んだせいでろくに観光できなかった。




底知れない性欲…。
さすがに死ぬ寸前までされると恐ろしいですね。


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新婚旅行(その6)

初のヘイジ視点!
新婚旅行でヤりまくってる間に、人間たちはある計画を立てていました。


ベリ村

重苦しい空気。

ネミル殿とハルカ殿が静かに、しかし互いに苛立ちを隠せずにいるような口調で言い争っていた。

「だから、勇者の声だったの、絶対に」

「そんなわけないでしょう?なぜ魔王は勇者様を洗脳して、側に置ける状況を作ったというのに人間界に連れてくる必要があるのですか」

「で、でも確かに、昨日のご飯屋さんで隣の座敷から聞こえたし…」

「勇者様のことを忘れられないのは私たち3人とも同じです、だからこうしてパーティを解散せずにいる、だからといって都合のいい妄想はやめてください」

「妄想じゃ…ない…」

我々3人は勇者殿の捜索、奪還のために世界各地を訪ね、対抗策を練ることにした。それを決めたのはつい先日。

そしてベリ村。明日はここから港町へ向かう予定である。

しかし、ある問題が発生した。

ネミル殿は、昨日、ご飯を食べに入った店の隣の部屋から魔王とみられる女らしき声と、勇者殿のそれとを聞いたと言う。

ハルカ殿は、それを絶対に違うと言い張っている。

論理的に考えて、勇者殿が人間界にまた来る確率は0%に等しい。それに加えて、ネミル殿は我々人間との接触を毛嫌いしていた魔王の存在も主張している。

ありえない。

その一言に尽きる。

けれど、もしも本当ならば、ここで何とかせねば勇者殿を取り戻すチャンスはこの先無きに等しい。

その迷いが、我々の決断を鈍らせていた。

「…ヘイジ、あんた最近黙りこくってるけど、何とか言ったらどうなの?」

ネミル殿がこちらを睨む。

「ヘイジさんに当たってはいけません、素直に心の弱さから生まれた非を認めるべきです」

ハルカ殿は何とか言いくるめて一刻も早く先に進みたいようだ。

二人の気持ちは痛いほど分かる。決断を中々下せないのもわかる。

ならば、年長者である自分がまとめるべきだろう。

「お二人とも、ここは宿屋でござる、あまり声を荒らげてはならぬ」

「仕方ないでしょ?ハルカが信じないのが悪いし」

「ヘイジさん、今は論点が違います、大切なのは」

まるで聞く気がない。

「もしも、勇者殿がいるのなら、変装しなければすぐに正体が露見してしまうであろう」

「そんなことはわかります」

「それも普通の変装では恐らく、魔界と人間界を繋ぐ門で捕らえられるでござる、ということは、魔法なのでは?」

「ですが、変装魔法を使ってまで人間界に来る意味は無いでしょう」

「大事なのは、あの情報が本当かどうか、でござろう」

ネミル殿に意見を求める。しかし、若干俯いて、目を合わせない。

「でも、確かめようがない、魔法の有無を一目で見極められるほど私は経験を積んだわけじゃないし」

そして、またも沈黙。

重い空気に耐えかねたのか、ハルカ殿がある提案をした。

「とりあえず、今からそれぞれ散って探索しましょう、有力な情報が手に入ればなにか考えも浮かぶかもしれません」

 

昼という時間帯も相まって、村の中には多く人がいた。

この中から一人を探し出すのは至難の技。宿に泊まっている夫婦ということを考慮しても、だ。

そして、彼の名「ユーリィ・グレイ」はそう珍しい名ではない。ユーリィもグレイも一般的な名と姓だ。勇者殿も偽名を使うだろう。

自分が色々と考えて歩いている間に、前を見ていなかった。人とぶつかってしまった。

その男性は腰を痛めているようで、ぐらりと体を揺らして壁に手をつく。

「す、すまぬ」

「気にしないで…くれ」

「すまない、もしよければ肩を貸す」

「ありがと…さん」

手を差し出す。その男と目が合う。

青色の目。自分のよく知る目。

今思えば、この時、彼と道でぶつからなければ、永遠に勇者殿と巡り合うことは無かっただろう。

その男は、目が合った瞬間に体を震わせた。

「…っ!」

「…人違いかもしれぬが、お主は」

そこまで言うと、その先を遮るように男は言った。

「さ、先を急ぐ、それでは」

その声は、自分のよく知る声。

「…待たれよ」

止まらない。ふらふらと安定しない足取りで歩いて行く。

ここで止めなければ、手がかりも何も無く終わる。その焦りが、自分を騎士道に反した行為に走らせた。

刀を向ける。

「止まらなければ、斬る」

「…何の用だ、人違いだろ」

後ろを向いたまま、勇者殿の声で話す。

問うべきことは山ほどある。何から聞くか、とりあえず連行するか、考えをまとめていた。

その時だった。

「私のユーリに、何をしてるんですか?」

背後の声。

女の声。

自分は、これまでにないほど緊張していた時間でも、その者の接近に気付けなかった。

「何者、だ」

「答える義理はないですね」

次の瞬間、大きな音と、激しい痛みが腹を襲った。

「ッ!?」

燃える槍のようなものが、稲妻をまとわせて腹を貫いていた。

恐ろしい。ここまでの恐怖は、どの魔物にも感じたことはなかった。

「さて、次はどこに風穴を開けますかね?」

「エメ!やめろ!」

その男、いや、勇者殿が、背後の者と言い争う声が聞こえる。

「ユーリ!しかし!」

「こいつは、俺の…」

そこで、自分の意識は途切れた。

 

もしもあれが本当に勇者殿であるのならば、願わくば無事でいてほしい。彼が生きて、人間界にいるならば狙わぬはずがない。国も、民も、仲間たちも。

その全てに引っ張られ、その全てが争う姿を見た彼は、己の身を引き裂いてしまうだろう。彼は優しい。優しすぎるから。

 

その時自分は何一つ分かっていなかった。そこから始まる悲劇を。




ついに正体がバレた…?
無事に帰れるのだろうか勇者たち!
次の次くらいから新婚旅行のクライマックスが始まります!


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新婚旅行(その7)

ヴァールの城下町へ向かう勇者と魔王。
しかし、その水面下では人間の勇者奪還計画が遂行されているのでした。
あ、勇者視点!


「あのー…ユーリ、怒ってますか?」

「別に、もういいからさ」

魔王が申し訳なさそうな顔で俺の後ろをぱたぱたと付いてくる。

今日はベリ村を出て、この国の中心部とも言えるヴァール城下町へと向かう。

しかし昨日、この旅で初めて魔王と喧嘩をした。

 

ヘイジに正体がバレた。

俺は逃げようとしたが、主に魔王のせいで逃げられず、ヘイジも混乱していたのだろう。剣を抜いて俺を止めようとした。

それを、魔王が見てしまった。

魔王はヘイジを苦しませて殺すために、腹に穴を開けた。その後、指を切り落とそうとした魔王を何とかなだめ、宿に連れて行った。

ヘイジはそこで倒れたまま、置いて行ってしまった。

彼は人間側でも数少ない俺の味方だ。彼がパーティのメンバーや人間たちに口を割ることはないだろう。

ただ、魔王が使ったのは高威力の魔法ではない。ありふれた魔法で、低音の炎を手に灯して、腕力のみで鎧と肉とを突き破ったのだ。オークでもそれほどの力には遠く及ばない。まして、下級の炎魔法を使う魔物にもそんな力はない。

彼の傷を見た者は、痛めつけるためだとすぐに分かる。それも尋常ならざる憎悪と力量によって、だ。

そこへきて、ヘイジが俺を捜していたということは、何らかの理由あってのことだろう。

ウルスラの書類か、あるいは誰かに宿の部屋の中での姿を見られたのか。とにかく、不審な点が見つかったのだと思う。

人間たちはこう考えるはずだ。

勇者か魔王か、とにかく上級の魔物が人間界に来ている。

と。

このままでは、じき見つかる。

それを魔王に話した。が、聞く耳を持たない。

「ユーリは何があっても守ります、脆弱な人間共のせいで新婚旅行が邪魔されるなんてあってはなりません!」

だそうだ。

 

「ユーリ、お願いですから、なにか言ってください…」

後ろで魔王が蚊の鳴くような声で話しかけてきている。俺と5分会話しないだけで泣きそうだ。

さすがにかわいそうになってきた。

「ちょっと考え事してただけだから、な?」

「ユーリ…ごめんなさい…」

ぐずぐずと泣いている。いつもこの調子ならもう少し楽なのに。とりあえず今は慰めるのが先だ。

「な?魔王、向こう着いたらまたご飯食べて一緒に添い寝してやるからさ」

「ありがとうございますぅ…」

手を繋いで歩いていると、検問が見えてきた。

心なしか、検問にはいつもより兵士が多い。

「止まれ」

「あ、書類はこれです」

「…ふむ、そうだ、ここでは荷物検査をする」

「え?あの、そんなの聞いてません」

「お上からのお達しだ、なんでも魔界が何か企んでいるそうでな、騎士様が一人重傷を負った」

「魔界はっ…その…」

魔王は魔界の企みだということを否定しようとしたようだ。しかし、俺が手を強く握るとすぐに黙った。

「…貴様、この剣はなんだ」

俺が肌身離さず持っていた勇者の剣。看板に見えるよう包装していたのだが、見つかってしまった。

「それは、その、魔界の市で売られていました物で…」

「ほう?中々変わったデザインじゃないか、一度見たら、忘れられないような、な」

足が震える。冷や汗が出る。

逃げ出したい。しかし、いつの間にか兵士に囲まれている。

その時、魔王が耳打ちしてきた。

「私が、全員殺します、隙を見せたらここから逃げてください」

「だめだ、そんなこと」

「このままではユーリが殺されます」

「俺一人のためになんで10人ほどもいる兵士が死なないといけないんだ、とにかく、ダメだ」

魔王はうつむいた。握った手は強く握って離さないまま。

その時、俺は考えていなかったのだ。

王国が、わずか一晩で勇者捜索のための強硬策の許可令を出していたことなんて。

そして、兵士が口を開き、大きな声で文書を読み上げた。

「ヴァール王第872の国令「人間界での勇者及び魔族の脅威に対する最低限の強硬的措置の行使における責任負担」より貴様を捕縛する」

 

兵士が俺に、一斉に鉄砲と剣を向ける。

魔王は、その言葉の意味が分からず、俺の首に剣が当てられるまで動けなかった。

「ユーリっ…!」

「エメ、手を出すな、いいから、俺は」

しかし魔王の耳には入っていないようだ。

「離さなければ、殺します…ッ!」

「ボロが出たな、呼び名はユーリ、か、よし、その態勢を崩さないままゆっくり早馬に乗せ、極秘牢に運べ」

「聞こえないなら…」

「妙なことをしてみろ、こいつの首が飛ぶぜ」

魔王とその兵士はしばらく睨み合っていた。

しかし、俺の方を向いて、俺の前で指輪をつけた手を小さく振った。

指輪は荷物検査のテーブルの上に置いたままだ。

「必ず、助けます、それまで生きていてください」

「…じゃあな、また、会おう」

「さっさと連れていけ」

そして俺は連行された。

鉄で固められた馬車に、手足を拘束されて詰め込まれる。

魔王はどうなるのだろうか。

これから俺は、どうされるのか。

指輪の無い今、俺は魔王との連絡手段は絶たれた。

 

こんなことなら、魔王ときちんと向き合って、いつ死んでもいいようにしておけばよかった。

後悔と不安が渦巻く。ああ、新婚旅行最低のイベントだ。




まさかの急展開…。
離れ離れになった二人はこれからどうするのでしょうか?


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新婚旅行(その8)

牢に入れられた勇者。
そこに見知った顔が…?
魔王はどうやって勇者を見つけ出すのでしょうか。


「いてて…」

拘束の時の傷が痛む。

あれから5日経った。俺には一ヶ月経っていると言われても納得できるくらい気の遠くなるような時間だ。

俺は暗く、寒く、一人が入るにはだだっ広すぎる牢屋に入れられていた。

魔王はどうしているのか。

どうやら外では俺は今、貴族たちによって裁判にかけられているということになっているらしい。

被告のいない裁判。ろくに俺たちパーティを援助してもくれなかった貴族たちは、恐らく、今回の件を国民に広く知られる前に処分したがっているだろう。

そうでなくとも、魔族の側に付いたと思われている俺は殺した方が早い。

死罪、それしかない。もう望みは絶たれた。

よほど俺が暗い顔をしていたのだろう。女看守が声をかけてきた。

「まだ、その…死罪が決まったわけじゃないじゃないか、な?」

「…ありがとな」

 

エレナ・ヴァイシュ

魔界大戦の最後の最後に、俺を刺した女騎士。

しかし、俺が牢屋にいる間に、看守としての規則を破ってまで話し相手になって、外の情報も、時間も教えてくれた。

彼女は俺を刺したことに罪悪感を持っていた。

そして、王国騎士団の中では唯一俺に傷を負わせた者として、対勇者人員としての信用から、ここの看守を任された。

いわば彼女はこの最悪の状況下で信用できる人間ということだ。

しかし、さすがに彼女もここの鍵は持っていないらしい。恐らく王宮金庫に入っていると言っていた。

どのみち出られはしない。

が、この死ぬほど退屈で、不安な生活をしていられるのも彼女と話すことができるからだ。

俺も、魔王を本当に愛している旨を伝えた。すると呆れ顔でだが、納得してくれたようだ。

 

「なぁ、何かないのか?外の、魔王らしき情報は」

「さぁな、私もここに缶詰めなのさ、一日1時間程度の休憩でやっとこさ情報を手に入れてるってだけだしな」

「ごめんな、俺のせいで」

「仕事だ、それにお前は私のことを気にする余裕も無いだろう」

そして、沈黙。辛い。魔王は、俺の命を盾にした人間に殺されているかもしれない。それだけは、嫌だ。

「魔王…」

「…ずいぶん惚れ込んでるな」

「ああ、この前も話しただろ?力こそあるけど、本当はただの女の子なんだよ、魔族もみんな、人と同じさ」

そう言うと、彼女は少し迷うような仕草を見せた後に、俺の目をまっすぐ見据え、言った。

「あのさ、私でも、魔界に暮らせるか?」

「え?」

牢の重い扉を警戒して近づき、俺に耳打ちしてきた。

「…私は、貴族たちの操り人形としての騎士など望んではいない、叶うならばお前と魔王と共に魔界に亡命したいと思っている」

「…!」

俺の驚いた顔を見ると、ばつが悪そうに下を向き、問いかけてきた。

「どうなんだ?」

「できるさ、俺と魔王が無事でこの国から出られたらな」

「…なら、これまで以上に情報収集を急ぐ、待っていろ」

彼女はその話を聞いてから、とても楽しそうだった。

珍しい人間もいるものだ。と思って気付いた。俺はすっかり人間達から見れば、魔族サイドなのだと。

 

?時間後

声で目が覚める。

「おい、起きろ、おい」

「…ん?」

いつの間にか眠っていた。

俺をエレナがゆすり起こしたのだ。

「なんだ?今何時だ?」

「いいから、これを読め、魔王は生きているぞ」

「…!」

彼女は新聞を丸めて牢の中に入れてくれた。騎士の稽古場で拾ったもののようだ。

そこには、俺の望まなかった展開と、俺の望んだそれとが、両方書いてあった。

 

ネジール社発行新聞「わーるど」

ヴァール暦14年9月17日号

 

謎の連続殺人事件及び連続監獄襲撃事件の被害者150人超える

 

9月に入り、貴族のディーガ家、ベジズン家など、勇者裁判に関わるとみられる貴族邸が襲撃を受けた。

館の使用人は魔法で眠らされたとみられていて、警備兵及び、当主は皆一様に首を乱暴にねじ切られて殺害されていた。

専門家によると、刃物など道具によるものではなく、加害者が純粋に腕力と握力のみに頼って、首を切れるまでねじったようだ。

その犠牲者は80人にのぼると言う。

また、それとほぼ同時期に始まった、同一犯によるものとみられる監獄襲撃事件は、激化する一方だ。

最初に襲撃を受けたグレシン監獄では、牢屋に手を加えた様子は一切無く、中にいた受刑者の供述によれば、反抗した兵士は、光の球で頭を丸ごと燃やされていたそうだ。

そしてシルエットから女と見られる犯人は、その燃える兵士を片手で掴み、ゆっくりと牢屋の中を炎の光で照らして観察していたそうだ。

グレシン監獄、ゼリアス監獄、ナバールデッサ監獄合わせ、78人の兵が犠牲となる凄惨な事件であった。

一部の噂では、これは勇者を解放すべきだという少数派団体によるものではないかという話も囁かれているが、目撃者は一様に「一人で犯行していた」と証言する。

何とも不可解で恐ろしい事件ではあるが、民間人に被害は今のところ出ていない。

犯人の一刻も早い逮捕を期待している。

 

 

読み終えて、しばらくの間俺は何も言えなかった。

魔王が俺を探している。そのために158人もの人々が犠牲となってしまった。

「…どうだ?」

「このままじゃ、騎士も兵隊も全員殺されてしまう、止めないといけない」

「かといって、ここから出る方法はまだないんだぞ?」

「いや、ある、多少危険だし、あんたの協力も得ないといけないし、間抜けな作戦だけどな」

「私は構わないさ、このまま犠牲者が増えるのも忍びない」

「なら、決まりだ、脱出しよう」

 

その晩、激しく後悔することになるのをエレナはまだ知らない。




まさかの魔王覚醒…。
5日間で150人強を殺害するとは恐るべし。
勇者はいかにして脱出するのか…?


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新婚旅行(その9)

エレナの逃亡の便宜を図ることと引き換えに脱出計画を練る勇者。
果たしてどうなるのか…?


牢の中、エレナに毛布と紙と鉛筆をもらった。

「それで、ここから出るのにはどうするつもりだ?」

「まずは魔王の虐殺を止める、そのあとに魔王を呼んでここから出て、さっさと魔界に帰る」

「確かに魔王ほどの者なら破れるかもしれないが…私に魔王をここまで連れて来れるとは思えない」

「ああ、魔王を止めるにはそれ相応の力を持った人が必要になる、その人達に連絡を取るんだ」

怪訝な顔だ。訳がわからないのも無理はない。

騎士生活の中で、魔王に匹敵するのは勇者ただ一人、そう言われてきたのだろう。

俺は交信魔法でウルスラとマリンちゃんに今起きていることを伝え、魔王を止めてもらう。

二人が束になれば流石の魔王も話くらい聞くだろう。

幸い交信魔法に必要な素材は分かっている。ただ、一つ問題があるとすれば、エレナがそれを集められるかどうか。

「必要なものがあるのか?私も何か手伝うが」

「…わかった、大変だろうけどこれを集めてきてくれ」

そう言って紙に素材を書く。

 

・スカート

・女物の下着

・毛皮のコート

・経血

・飴

・育毛剤(薬草、薬品どちらでも)

・羊羹

・短剣

・魚の刺身

・目玉焼き(キジ)

・金属(なんでもいい)40g

・羽毛布団

 

「はい、これ」

紙を渡す。

それを見たエレナは、なんだかとても反応に困る顔で。

「あの、な、性癖にとやかく言うあれじゃないんだが…」

「本当に必要なんです!お願いします!」

そう、材料が特殊なのだ。これを女性に頼んで持ってきてもらうのは非常に気がひける。

「血は分かるけど、このコートとか羽毛布団ってバッチリ防寒用具だろ!牢屋寒いのは分かるけどこんな大事な時に書くな!」

えらくご立腹だ。必要なのに…。

「頼むよ、何も言わずに用意してくれ」

「…待ってろ」

渋々ながらも引き受けてくれたようだ。よかった。

俺に変態のレッテルが貼られたのは悔しいが。

 

?日後

「ほら、エンシ屋の羊羹と、ネジ40gちょっと、これでいいだろ?」

体感的には3日ほどだろうか。全ての素材が集まった。

「ありがとう!これで魔法ができる!」

「な、なあ、本当に性癖じゃないよな?くだらんことをしたら吹っ飛ばすからな?」

エレナは自分の服とかを見て心配そうにしている。俺ってそんなに信用ないのか…。

「離れててくれよ、ガタガタの魔法だから、失敗したらかなり危険かもしれない」

「平気なんだろうな、それ」

「ま、キジの目玉焼きが破れなければ大丈夫だ」

素材を相手に交信魔法を詠唱する。

配置は完璧。魔力コントロールを上手くできれば、すぐに連絡できるはず。

…と、思ったのだが。

どたん、という音に振り返る。

エレナが腰を抜かしていた。

「お、おいお前!何してんだ!」

「え?」

上を見る。そこには謎のワープゲートみたいなものが。

「あー…なんか扉開いたかも」

「早く閉じろ!」

「いや、もしかすると牢屋から出られる可能性も0じゃない」

ワープゲートに近づく。

次の瞬間。

「あわわっ!なんですかこの穴は!」

ぶかぶかの魔女の帽子をかぶった小さな女の子が降ってきて、キジの目玉焼きを思いっきり潰す。

「め、目玉焼きがぁ!」

卵の白身だらけになった、見覚えのあるその女の子は俺の顔を見て、言った。

「わ、私の大人ボディを顕現させて、素っ裸をジロジロ見てきたユーリさんじゃないですかぁ!」

顔を真っ赤にして叫ぶ。

「なんだよそれ!言いがかりだよ!」

まずい。エレナにこれ以上変な誤解をされないためにも、ここできちんと言い訳しておかないと。

「…いや、あのな、勇者だからって、そういうのは…」

手遅れでした。

 

クインちゃん。よりにもよって、クインちゃん(卵の白身付き)と牢屋に突っ込まれた。

「絶望的じゃないか…」

どーんと落ち込んだ俺に、二人は何やらおろおろしている。

仕方がない。面倒だけど事情を話そう。

 

「へー、大変ですねぇ…」

完全に他人事だ。

「いや、クインちゃんも同じような状況だからね?」

「こ、この子が366歳?信じられない…」

「ま、それはある」

そう言ったら、クインちゃんに足を蹴られた。

「もう裸は見せませんからね」

こんなことだから誤解が重なりまくるんだ。

「ここから出たかったのになぁ、クインちゃんじゃ頼りにならない」

そう言うとムッとして。

「ふん、出してあげようと思ったのに、そんな態度ならいいですよーだ」

一応伝説の魔術師だけあって、抜ける術はあるらしい。

「ごめんなさいすみませんでした」

そう言うと仁王立ちして。

「ふふふ、跪くのですっ」

なんか楽しそうだ。能天気にも程がある。

そのやり取りを見ていたエレナはさっさと済ませたいのか、若干苛立ったような口調で。

「で?どうやって出るんだ?」

「銀時計でユーリさんを子供にしたら出られると思いますよ」

牢屋の鉄格子は縦だ。確かに今のクインちゃんより少し、子供に戻れば抜けられないことはないだろうが…。

「さ、銀時計を持つのです!」

不安しかない。俺はここで操作ミスとかで赤ん坊になるのなんてまっぴら御免だ。

「…今失礼なこと考えませんでしたか?」

「な、なにもっ!」

「まぁいいですよ、じゃ、いきまーす」

体が縮む。縮んで縮んで、4歳ほどか。エレナの腰程度の背丈で止まった。

「するっと出られましたね!」

「やれやれ…」

そしてそこから今の年齢に戻る。

「よし、じゃあここからは私が逃亡を先導する」

剣に手を当てる。

「いや、いい、そこまでしてもらわなくても俺が戦うからさ」

「牢屋暮らしでは腕も鈍るだろう」

「わ、私だって国一個くらいまだまだ潰せます!」

一人スケールが違うが、まあいいや。

そんなこんなで脱出はできた。あとは、魔王に会うだけだ。

 

そのころ

ヴァール強制収監所

血の海の中を、一人女が歩く。

「ユーリ…いるなら返事してくださいよ…」

涙が一滴、二滴、どんどん溢れてくる。

「私、ユーリがいないと、我慢できないんです、こんなことをしてしまう私を、嫌ってたっていい、ただ会いたいだけなんです…」

隅っこで震える兵士を、魔法で眠らせる。

「ユーリの言うことは守ってます、歯向かう人しか殺してません、なのに、なんでまだ会えないんですか…?」

その魔王は、石の壁を殴り抜いて、すすり泣きながら去って行った。




まさかのクインちゃん登場!
無事脱出した勇者は、生きていられるのでしょうか(主に魔王の慰めで)。
エレナたんマジ優秀。


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新婚旅行(その10)

牢から脱出した勇者。
ですが、魔王に会って無事でいられるのでしょうか。


「久しぶりの外だ…」

涼しい夜風が気持ちいい。

8日ぶりだろうか。外に出るのは。

伸びをしているとエレナが肘で突いてきた。

「さっさと行くぞ」

「せっかちだなぁ」

「ですねぇ、なにかご飯でも食べてからでもいいじゃないですか」

「私はお前が外に出たいって言うから下着もコートも貸してやったんだ!従え!」

確かに恩人なので黙って従う。

魔王はあれから人を殺したりしたのだろうか。

会うのが怖い。

魔王と出会う前に魔王城に乗り込んだ時よりも怖い。

その時、遠くの方で轟音が聞こえ、赤い光と稲妻が見えた。

エレナはその音に驚いたようだ。

「今の光、なんだ?」

「…さあ、たぶん魔王だろう」

「じゃあ行きましょう!」

三人、音のする方へ走る。

近くに行くにつれて、空気中の魔力が濃くなっているのがわかった。肌がざわざわする。

「くそ、魔王…暴れないでくれ…」

「夫婦っていうよりは、飼い主とペットみたいな関係なんですね」

クインちゃんは結構キツいこと言う。間違ってはいないが。

そして刃がぶつかり合う音が聞こえた。激しい。これまで聞いたことのないような高音で、素早い音だ。

エレナが立ち止まる。

「…おい、ここからはお前が先に行け」

「ああ、あとは俺がやるから、隠れててくれ」

俺がやる、とは言ったが、暴れた魔王を取り押さえることは俺にはできない。

ただ魔王の、俺に対する怒りと悲しみを受け止めること、これからするのはそれだけだ。

「気をつけてくださいねー」

クインちゃんが手を振ってくれる。

そして俺は、音の聞こえる場所に踏み込んだ。

 

「なんでっ…わかってくれないんですか!?ウルスラの馬鹿!」

「止まってください!あれほど人間界で人を殺してはいけないと言ったでしょう!」

「ユーリが殺されたかもしれないんですよ!それを放っておけと言うなら、今すぐにウルスラだって斬ります!」

「っ…エメラル様、このままではユーリィ様の言っていた共存の願いは叶いませんよ!」

「それが、なんだって言うんですか!?ユーリは甘かった、それを許した私も甘すぎた!それだけでしょう!もう、邪魔をしないでください!」

「ぐッ…あ…!?」

そこでは、傷だらけのウルスラと魔王が互いに真剣で戦っていた。

いや、戦っているというより、魔王が大振りに振る剣をウルスラがひたすら受け止めている、という感じだ。

ウルスラは魔界大戦の時に着ていた青い魔力の脈がある鎧を纏っている。しかしそれも、魔力を循環させられないほどに痛めつけられ、青い光がたまに点滅するだけだ。

受け止められない剣閃は、少しずつウルスラの体の所々を切り裂いていた。

ウルスラは膝をついた拍子に俺を見つけたようで、目を見開いて何か叫ぼうとしたが、咳き込んで血を吐いた。

それを見た俺は、魔王を止めるより先にウルスラの方へ駆け寄った。

「ウルスラっ…!」

「ユーリィ様、私より、エメラル様、を…宥めてあげてください…」

「ユーリ…?ユーリなんですか!?」

魔王が剣を捨てて俺を抱きしめる。

「どこに…いたんですか?ずっと探してたんですからね…」

「…ごめん、一人にして」

「許しません、ずっと、これからずっと一緒に居ないと許しませんからね」

骨が折れるくらいの力だ。痛い。

けれど、魔王は震えていた。

泣いていた。

手を回して、抱きしめる。

「ごめんな」

謝罪の気持ちを言い表せない。こんなに思っているのに。

「よかった…!」

それから3時間ほど、俺と魔王はそこで抱き合い続けた。

魔王は終始、泣いていた。

 

3時間10分後

魔王と抱き合っているところに、ウルスラの声が飛んでくる。

「砂糖吐きそうなので、そろそろいいですか?」

「うぇ!?」

「ウルスラぁ…邪魔しないでくださいよ…」

上を見るとウルスラの傷は完治していた。

ただ鎧だけが弱々しく光り、ボロボロに切り裂かれたままだった。

「な、魔王、ここだとまた攫われるかもだし、戻ろう」

「…エメです」

「エメ、帰ろう?」

「はい!」

俺に一度キスすると、魔王は離れた。

ウルスラが近寄ってくる。

「それにしても、エメラル様にも見つからないような所からよく逃げ出せましたね」

「あ、その件でちょっと二人に紹介したい人がいるんだけど、さ」

「紹介?」

塀の方へ戻る。

そこにはむっつりしたエレナと顔が真っ赤のクインちゃんが。

「もういいぞ、出てきて」

「…見せつけてくれるな、人を3時間も待たせて」

「あ、あの、夫婦だから別にとやかく言わないですけど…お二人とも抱き着き方が、や、やらしい…です…」

「い、いいから、後で聞く」

 

事情を話すと、エメもウルスラも複雑そうな顔をしていた。

「ユーリ、また女の人を…」

「ごめんな、でもエレナが居なければ俺は…」

ウルスラが冷たい声で言う。

「たとえ刺されたとしても、ですか」

「っ、それは…」

エレナは魔界大戦で俺を刺した。それは事実だ。

逃亡に協力してくれたとしても、彼女たちが受け入れてくれるとは限らない。

「…頼む、スパイでも何でもないのは俺が保証するから」

その言葉で俺は、魔王の機嫌を損ねたようだ。

「私はどうでもいいですよ、その女が何者かなんて、とにかく私とユーリに危害を加えないなら好きにしてください」

ウルスラは少し考えて、言った。

「いいでしょう、では城に住んで、私と寝食を共にして、使用人として働いてもらいます」

「…ウルスラ」

「いいのか?」

「ただし、不審な行動をしたなら殺します、いいですね?」

「…ありがとう」

そこまで完全に空気だったクインちゃんが手を挙げた。

「私も魔界で開業したいですー」

「「「!?」」」

さすがのウルスラも戸惑って。

「ま、待ってください、そう簡単に人間を魔界で増やすわけにはいきません」

「ふふ、私だったらそのちょっと破れた鎧も修復できますよ」

そう言うとウルスラは唸って迷い始めた。

迷うこと20分。

「わかりました、ただし魔族に襲われたりしても知りませんよ?オークとかは柔らかい肉が大好きですから」

「べ、別に怖くないですー!」

 

そんなこんなで、新婚旅行は途中で挫折だ。

帰りはウルスラが魔法で作り出した馬車。

2つを、俺と魔王、ウルスラとクインちゃんとエレナで分けて使うことになった。

「ユーリぃ…もっと激しくしてくださいよぅ…」

「魔王っ…もう無理ッ…」

「じゃあ今日のお薬は「サキュバス印の腰が止まらなくなる超長持ち媚薬」でいきましょうか!」

「魔王、おい待てそれ…」

「ん?ユーリ、大丈夫ですか?ってえええ!?ちょ、大胆すぎますってばぁ♡」

1時間後

「魔王、愛してる…!」

「んぅ!ユーリ…!わ、私も愛してますけど、もうお腹がユーリので一杯なんです…!」

「ダメだ、俺をこんなにした魔王が悪いんだからな?」

「ん、待っ…あっ…♡だ、だめです…♡こんなに激しくしたら、んっ♡繋がってる音、聞こえちゃいますから」

「いいんだよ、愛し合うなってのが無理な話だから」

「っ…あっ♡や、だ、こんなはしたない声、みんなに聞かれちゃいます…♡」

 

「聞こえてるんだよ…あのバカップル…」

「また今日も眠れないんですか…」

「は、はわわ…えっちぃ声がどんどんおっきくなってます…」

「にしても激しすぎるな…ちょっと冷やかしに行かないか?」

「…寝ます」

「私には刺激強すぎますから…」

「ふーん?え…そっちの穴も使うの…?うわうわ…聞こえる…」

「壁に耳当てて盗み聞きする癖も、使用人は直しましょう」

「うう、えっちぃですよぅ…」

 

次の日、4人がフラフラ、1人がツヤツヤで魔界に辿り着くのは言うまでもないことである。




3000字超えてしまった…。
というかえっちぃ内容が大半ですねw。
削除されませんように…。
意外とムッツリなエレナさん。


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新婚旅行(その後)

屋敷に帰ったあと、ユーリ達はどうしたのでしょうか?


「帰りましたー!」

魔王が俺を抱っこしたまま城に入る。

使用人はかなりギョッとしたようだ。

「お、おかえりなさいませ」

そのまま食卓へ向かう。

「…お兄ちゃん!おかえり!」

マリンちゃんが飛びついてくる。が、魔王はさっと後ろを向いて俺を隠す。

「…お姉ちゃん、また喧嘩したいの?」

「望むところです」

「…馬車の中で散々シたみたいだからいいじゃん」

「な、何故それを!?」

「…ウルスラがさっき不機嫌オーラ全開で掃除してた」

「え、えへへ、ユーリ、私、お腹痛くなってきたのでウルスラに謝ってきてください」

「!?」

「…お兄ちゃん、かわいそう」

 

「ふぅ…これでシミも取れましたね」

謎のシミを掃除し終えたウルスラがごくごく豪快に水を飲んでいる。

怖いので背後から近づいて声をかける。

「あ、あのぅ…ウルスラさん?」

そう言うと飛び上がって水筒を放り投げた。

「ひゃ!?…あ、ああ、なんですか?」

「ウルスラさんって案外怖がr」

「黙ってください、そもそもこんなに疲れたのはあなたが何発も出すから」

「す、すみません」

「マリン様でもあんなに出しませんから、以後ほどほどに!」

「はい、ごめんなさい」

「で?何の用ですか?」

「怖がりウルスラさんを驚かそうと思っt」

ぶん殴られた。

カンカンに怒って去っていくウルスラから逃げるように城に戻った。

 

6時間後

「いただきます!」

みんなでご飯を食べ始める。

「おいしぃです!」

クインちゃんががっつく。なぜ今も付いてきてるのかは疲れて誰も問いかけない。

「ふぅ…これはうまいな、ぜひ後で教えてくれ!」

「料理を任せるほど信用してはいません」

エレナをウルスラが軽くあしらう。

「ユーリ、あーんです!あーん!」

「はいはい、あーん」

「んっ、ちゅ…♡」

「ん!?んんー!」

あーんしたのに口移し!?

なんかどんどんエスカレートしてる。

なんとか舌を押し返して口を離す。

なんとも言えない視線が突き刺さってくる。

「…」

「…」

「…」

「ユーリ、あーんです!今度はユーリから口移ししてください!」

「もうしないからな!」

「え、えっちぃですよぅ…」

温度差がすごいです。

 

3時間後

勇者の部屋

「ユーリ、新婚旅行失敗でしたね」

俺の部屋で魔王がしなだれかかってくる。

「仕方ない、また行こう」

「そのときはもっとたくさんシましょうね!」

「…やっぱ行かないかも」

「ふーん?久々にお仕置きですね」

「お、おい、待て待て!そのお香なんだよ!?」

「細かいですねぇ、ユーリ♡」

「ぅっ…魔王…」

「お薬を使わないと思いを出さないユーリもかわいいですよ♡あッ、ま、待って、いきなりそんなっ…!」

 

そのころ

ウルスラの部屋

エレナは呆然としていた。

ウルスラは何でもできるスーパーメイドだ。個人情報書類の偽造、戦闘、料理、無愛想なのを除けば理想の女性である。

しかし、見てしまったのだ。

部屋が汚い。

ウルスラは色んなものが散乱したベッドの上で、下着一丁でエレナを睨みつける。

「…見ましたね」

「だ、だって、私の荷物運んで来いって」

「ノックくらいしてください!このことは、絶対に誰にも言わないでください」

「…あの、掃除、手伝おうか?」

「…いいでしょう、これも使用人になるための修行として用意した汚い部屋ですからね」

「はいはい」

「…お願いします」

そのあと、ウルスラの部屋から未使用のコンドー◯とか大人のオモチャとか「男性を魅了する秘訣」とかいう本が出てくるのだが、それを知る者は一人だけ。

 

そのころ

廊下

「ふぇぇ…広くて道に迷ってしまいましたよぅ…」

クインちゃんは一人で廊下をうろうろしていた。確かに広いのは広いが、さっきから焦りすぎて同じところをずっと回っている。

「…仕方ないです、ここは誰かに聞きましょう」

扉を開ける。

「ユーリ♡そんなとこ舐めてもっ♡仕方ないんですよッ♡もう、だ、ダメっ!んぅっ!♡」

「エメっ!可愛いぞ、エメ!」

扉を閉める。

「はわわ…えっちぃとこに出くわしちゃいました…、次の扉なら少しはマシな人に…」

扉を開ける。

「あの…これ捨てていいですか?」

「ダメです、思い入れのあるオモチャなんです」

「モーターが劣化してますし、買い換えた方が…」

「これでも気持ちいいですから!なんなら使って見せましょうか?」

「ふぅん?そこまで見栄張るなら見せてくださいよ、使えなかったら捨てますからね」

「え!?い、いえあの…」

「捨てますか」

「し、します!しますから捨てないで!」

扉を閉める。

「つ、次です!」

扉を開ける。

「はっはっ♡お兄ちゃん…!お姉ちゃんばっかり相手して…!私も性欲いっぱいなのに!」

扉を閉める。

「ぅぅ…変態さんばっかりですよぅ…」

 

顔を真っ赤にして失神したクインちゃんが発見されたのは、6時間ほど後のこと。




コメディ回?
取り残されたクインちゃんw。
にしても勇者は過労死が心配…。


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勇者の冒険in魔王城

魔王城を探索するユーリ。
そこで彼が見たものは…?


魔王と一戦(性的に)終わったあと自分の部屋に向かう。今日は冷える。と、そこである物の前で足を止めた。

疲れてふらついていると、普段全く気にしない扉の後ろにある階段を見つけたのだ。

「なんだ?こんなところあったっけか」

デジャブだ。マリンちゃんが繭から目覚めた時もこんな展開だった気がする。

触らぬ神に祟りなし、って言うし、やめておこう。

通り過ぎようとした。しかし、気になる。

「うーむ…実は妹が二人いました、とかだったら本当に笑えないしなあ…」

3人の性欲処理をさせられ、しかも四六時中魔王とマリンちゃんともう一人に取り合いされる。

普通に考えたらウハウハだ。しかし、俺の息子は二人でとうに限界なのだ。よし、ここは魔王に聞こう。

 

魔王の部屋

「はぁはぁ…ユーリの汗が染み付いたベッドシーツ…!もう少し一人でシちゃおうかな…♡」

「おーい、魔王ー」

「ユーリ!丁度よかった!セッk」

「しない」

「じゃあ一人でシますから、それを見ていてくだs」

「しない」

「…声だけでも聞いt」

「しない」

「…」

「なあ、マリンちゃんと魔王って姉妹だよな」

「…マリンのところに行く体力があるなら私が襲います!3Pより二人で濃厚なやつのがいいですよ!」

「い、いや、もう妹とか姉とかいないよな」

「え?いませんけど?二人姉妹だけです」

「わかった!ありがとな!」

「ユーリ!部屋に帰る前にパンツください!」

「やだ、じゃあな」

もう姉妹がいないなら問題ない。

あとこの前盗まれたパンツは魔王の部屋からぐしょぐしょで出てきたので、盗られないようにタンスに鍵をかけている(これまで18個破壊されたが)。

 

俺は階段を下った。カビ臭い。

「う…酷い臭いだ…」

幸いすぐに部屋を見つけた。ゆっくり開けて、入る。

そこには、誰かの墓がある。

墓石にはこう刻まれていた。

 

第3代目魔王デラルス・ルビル

ここに眠る。

 

「…3代目魔王?」

今の魔王、エメは何代目なのだろうか。ここはご先祖様の墓だったようだ。

好奇心からの行動への罪悪感で浮かれた心が冷えていく。

その時、後ろから声がした。

「あーら♪可愛い子がきた♪」

「!?」

咄嗟に振り向く。しかし、後ろを向いた瞬間に体が全く動かなくなってしまった。

「金縛り…!?」

金縛りは初歩の魔法だ。俺も使うことはできる。大抵完全に動かなくできるような魔法ではない。今唱えても、動きを止められるのはネズミくらいだろう。

俺は今、ネズミのようにぴくりとも動けない。

俺にかけられたものが、高度な魔法を使う者による金縛りなのは間違いないだろう。

「エメ…か…!?冗談はやめろって!」

さっき向いていた墓側から声が。

「エメ?ああ、あの子のことかぁ、なーんだ、この魔力の質からして、あの子に挑みに来た勇者かと思ったらお婿さんなのね♪」

「あの子…?」

金縛りが解ける。

恐る恐る墓の方にまた振り向く。

そこには、魔王が少し色っぽくなったような女性が墓石の上に座っていた。

「初めまして♪デラルス・エメラルの母のルビル・エメラルです♪」

「…はは?」

「そ、母!」

どう見ても魔王より少しお姉さんの女性だ。

まあ魔王もかなり長いこと生きてるらしいし、成長が遅いのか見た目の変化があまりないのか、どちらかだろう。

「あの?なんでここに?」

「え?ふふ、死んだからよ♪それ以外にお墓に入る理由は無いでしょう?」

「…生きてるじゃないですか」

「これは無理やり魔法で肉体を創り出しただけ♪だからあと500年もしたら、誰かに魔力を分けてもらわないと朽ちてきちゃうの」

「500年…」

いちいちスケールが大きい。こんな時間軸にいては、俺なんてすぐに死んでしまう。

「というか、その、ルビルさんはネクロマンサーなんですか?」

「あら、お姉さんでいいわよ♪あと私は「元」魔王、この身体だったら前ほど力は出ないけどね、体に魂を入れるくらいなら楽勝よ♪作った体に魂を移し替えただけ」

「なるほど…?」

「あなた、あの子のお婿さんなんでしょ?お・は・な・し聞かせてほしいなー♪」

俺の顔の前2cm手前くらいに顔を近づけてくる。

なんだろう。この暴力的なまでの艶かしさ。

逃げられる気もしないし、ルビルさんの話も聞きたいから一応これまでのことを語ることにした。

 

3時間後

「ふふ♪なるほど?娘二人と毎日Hさせられてるんだー♪」

なんでこんなことを聞き出されているんだろうか。

「…興味あるんですか?こんなこと」

「顔真っ赤♪かわいいねぇ♪」

黙っていると、耳元で囁いてきた。

「ね、私、かわいい男の子だーいすきなんだよ♪」

「そ、そうですか」

「だ・か・ら、あの子には内緒で、ちょっとだけ、シよ?」

腕を絡めてくる。

さっきまで魔王に絞られまくっていたのに、魔王より大きめの胸が当たって…。

いやいや、ダメだ。この前魔王に「浮気したら、殺しますからね?」とか言われたばっかりなのだ。

「そ、その、エメがいますから!」

「大丈夫、お姉さんならあの子よりもずっとHで、変わったことできるから、ね♪」

「ダメですって…」

「かわいいっ♪ユーリィ君、あなたはかわいすぎる罪で、私に無理やりされちゃう刑に処しまーす♪」

目が光る。その瞬間、体がまた動かなくなる。

「ま、待ってください…!」

「じゃ、服脱ぎ脱ぎしましょうねー♪」

ルビルさんが俺の服に手をかけた瞬間、入ってきた扉が蹴り飛ばされて、外れた。

「お母さん…何してるんですか?」

「ん?つまみ食い♪」

「ま、魔王!これは違うんだ!その!」

「ユーリ、言ってくれたらシてあげたんですよ?」

「まあまあ、身体で語り合うのが家族でしょ?ユーリィ君もお姉さんのおかげですっごい元気なんだから、仲良く話し合いましょう♪あーん…はむっ」

「ダメです!お母さん!勝手にユーリの咥えないでください!」

「んぐっ、ちゅぱっ…ふふ、燃えてきちゃった♪」

 

5時間後

結局魔王に絞られ、魔王が3発出されてふにゃふにゃになったところをルビルさんが取り押さえて、ルビルさんに2発出させられた。

というわけで空気がめっちゃピリピリしてる。

「ユーリ?なんでお母さんの駄肉で擦られて出してるんですか?」

「ボリュームが違うのよ♪」

「…」

「そもそも!この部屋にユーリ連れ込んだのはお母さんでしょ!」

魔王がヒートアップしている。止めなければ。

「魔王、ちがうんd」

「ばれちゃった♪」

ルビルさんがぺろりと舌を出す。

「え!?」

「ユーリが通る時にフェロモンで扉の方へおびき寄せて、入ってきたときに隠れて不意打ちしたんですよね?」

「僅かな魔力痕からそこまで見抜くなんて…成長してくれて、お母さん嬉しいっ♪」

超不機嫌な魔王に対して、ルビルさんは相変わらずのらりくらりとかわしている。

「なんでこんなことしたんですか?」

「だってぇ…美味しそうな匂いと溜まりに溜まった性欲がおびき寄せてくださーいって私に訴えてきたんだもん♪」

「だもん、じゃありません!お父さんが泣きますよ!」

「お父さんは内気で、襲ってほしいんだろうと思って毎日死ぬ寸前までHしてたんだけど…」

「逃げられちゃったんですよね…」

「不思議だよね…やっぱり魔法催眠プレイとかSMは辛かったのかなあ…男心は難しいわ…」

恐ろしい性癖。

お父さんめちゃかわいそう。

「いや、それもあるけど、そもそも死ぬ寸前まですることが…」

「え?ユーリ、今度魔法催眠しようと思ってたんですけど…」

!?

「私も混ぜてもらおーっと♪」

「お母さんはダメです!」

ヒートアップしている。

「じゃあ俺はそろそろ帰るんで…」

「えー、もっとお話しようよー♪」

「そうです、帰しません」

「え?」

「私とお母さん、どっちがいいんですか?」

「そ、そりゃエメだってば」

「ふうん?妬いちゃうなあ♪」

「元から私のものですし、妬くもなにもないですけどね?まあ、いいですよ、証明してください」

「え?証明?」

嫌な予感だ。

「今からお母さんが20分責めます、一回出すごとに私と10回ヤりましょう、最高の提案です」

「あら♪素敵な企画ね」

「あ、もちろんユーリの聖水は私がもらいます」

「えー、そんなのやだよー」

「とにかく、それでテストします」

「お、おい、俺を信じてくれないのか!?」

魔王は全く怯まない。

「信じてますよ?出さなかったら、魔法で催眠して、脳みそから直接快感のショック与えてあげますね、ご褒美です、そのあと50回くらい私とシてもいいですよ!」

「シたいだけだろ!」

「お母さん!やっちゃってください!」

「もう逃げられはしないからね♪ユーリィ君♪」

「だ、誰かッーー!」

聞こえるはずはない。

俺は魔物の巣に、自ら飛び込んでしまったのだ。

 

その日結局ルビルさんに骨までしゃぶり尽くされました。

次の日魔王に肌がふやけるまで全身舐められました。




お母さん登場!
勇者とヤるためには手段を選ばぬ魔王。しっかりマーキングはしてますけどね。
次回から少しの間のお話はこれまでとはややテイストのちがうものになるかも?


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過去
勇者の経歴


勇者がここまで来る間のお話まとめです。


10年前(5歳)

「お母さーん、ねえねえ、「ゆうしゃ」って何?」

「ゆうしゃ?ゆうしゃはねえ、強くて優しい人しかなれない、私たちみたいな人たちのリーダーみたいな人のことなのよ」

「へー!ぼくもゆうしゃになれる!?」

「そうねぇ…お母さんのお手伝いしたら、ゆうしゃに近づけるかもしれないねえ」

「やるやる!」

「じゃあまずお皿洗いを手伝ってね…」

 

8年前(7歳)

「…お母さん、ご飯できたよ」

「ごめんね…ユーリィ…こうやって世話かけちゃって…」

「お母さん、病院に行こうよ、5日間も熱が続いてるのがただの風邪なわけがないじゃないか」

「前も言ったでしょう?家にはそんなお金はないし、年を取ったら風邪だって治りにくくなるもんだから」

「…あのさ、俺の剣と盾と鎧、売ったら少しはお金になるから、それで病院に行こうよ」

「それはお父さんからもらった物でしょう?売ってしまったあと、お父さんが天国でどんな顔をしてると思う?」

「お父さんだって、お母さんが具合悪いのも嫌だろうし、それに、もしお父さんみたいに…その…死んだり、したら…」

「大丈夫、ユーリィはもう一人でも生きていけるから」

「なんだよ、それ、本当に死ぬつもり?」

「すぐによくなる、きっとね…」

 

7年前(8歳)

「ユーリィ…こっちに、きて…」

「…何?お母さん」

「あなたは、明日から勇者として、王宮の勇者決定試験を受けてきなさい…」

「え?で、でもお母さんは」

「私は、一人で平気だから…勇者の試験は…5年に一回だけなんだろう?今を逃したらもうチャンスはないし…ね?」

「お母さん、やせ我慢しないでいい、俺はここで農家として一生を過ごしてもいいんだ」

「最近は貴族様が何でも買い叩くからね…農家やって野菜とか鶏育てて、機織りして、それだけやってギリギリの生活なんだ…もう無理だよ…」

「でも、でもさ…」

「お父さんの剣と盾と鎧と、何よりその優しさと心があったら大丈夫だから、ね?」

「…また立派な勇者になったら、帰ってくるから」

「試験は1年間あるんだろ?焦らずに、周りに何を言われても耐えるんだよ、いいね?」

「絶対、1年先まで生きていてね?お母さん」

「約束するよ、私は約束は破らないからね」

「信じるよ、じゃあ…1年後にまた…」

「元気でやるんだよ」

 

6年前(9歳)

「ユーリィ・グレイ、メセタ・ベイクルス、カンティル・レジー以上3名に勇者の称号を与える」

「メセタ、試練は終わったけど、これからどうするんだ?」

「さあなあ、このまま衛兵として雇ってもらえるように、貴族様方に名前でも売るかね」

「今はそのまま衛兵になれるようなシステムじゃなくなったからな」

「カンティル、君は?」

「俺はハンターになるさ、そのために南方の国へ向かう」

「ハンター?魔王討伐するのか?」

「それは、ハンターの役目じゃない、ハンターは単に狩るだけだ」

「…」

「ま、とりあえず俺は親には顔見せるけどな、喜ぶと思うぜ、勇者になったんだからな!」

「ああ、俺もそうする」

「…親、か」

「…あ、その、ユーリィ、ごめんな」

「はは、謝らないでくれよ、親は生きてるのが普通なんだよ、俺が少し変わってるだけさ」

「…ああ」

「じゃあ、また会おうな」

「だな、元気で!」

「ん、衛兵でもハンターでも、死ぬなよ」

 

3年前(12歳)

「じゃ、新たな仲間に乾杯!」

「「乾杯!」」

「よ、よろしく」

「最初に魔王討伐すると言っていた時には驚きましたけど、ネミルさんが来てくれたなら現実的になってきましたね!」

「そうかいそうかい、俺はそんなに弱いかい」

「ま、まあまあ、勇者殿、気になさるな」

「魔法学校でたまたま出会っただけだけど、私は身寄りもないし、よく雇おうと思ったよね」

「俺も、3年前に親を亡くしたとこだからな、ネミル程では無いかもしれないけど、孤独ってことはよくわかるつもりだ」

「ふーん…?なんかもっと殺伐としたパーティかと思ってたら、割とフレンドリーなのね」

「ああ、仲良くしような!」

「うむ、旅もまだまだでござる」

「では改めて…」

「「「「乾杯!」」」」

 

現在

「ユーリ、ぼーっとして、何考えてるんですか?」

「え?ああ、ちょっと昔のこと思い出してて」

「…つくづく私を嫉妬させますね、ま、ベッドの中で愛は証明してもらいますけど」

「すみませんでしたごめんなさい」

「…あの、後悔していますか?」

「え?」

「その、ユーリも私を愛してくれてはいますけど、やっぱりユーリをここに閉じ込めてるようなものじゃないですか、それじゃ…ユーリに嫌われるんじゃないかって…その…」

「ははは、大丈夫だよ、愛するエメになら何されても大丈夫だから」

「何でも?」

「!!」

「じゃあ、シましょうか、ユーリ♡」

「ま、待て待て、何でもってのは」

「そーれ!」

「やめろ!そこ…!」

「ずっと、ずーっと一緒にいましょう!ユーリ!」

 

後悔はしていない。

愛するエメが側にいる。楽しい家族と使用人と仲良くできる。

それだけでいい。

まあ、昔の仲間とまたご飯を食べに行きたいとも、思いはする。

今度また、みんなに会えるかな。




ちょっぴりホームシックなユーリ。
こんな感じでしばらく経歴を書いていきます。


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魔王の経歴

魔王の歪んだ性欲と純粋(すぎる)愛はどこからきたのか?


660年前(20歳)

「お母さん!見て見て!私、また新しい魔法が使えるようになったよ!」

「あらあら、偉い子ねー♪あなたはきっと、私よりもずーっと強い魔王になれるわよ」

「お父さんにも見せよう!お父さーん!」

「あ…今お父さんは…」

「お父さん?どうしたの?そんな濡れ鼠で」

「ひっ…!た、助けてくれ!もう脳に無理やり快感のフラッシュをもらうのは嫌なんだ!尻尾で穴の開発も嫌だ!」

「お父さんどうしたの?」

「え、えーと…ね、その…」

「僕はもう、君の性欲には付き合いきれない!」

「あら?また逃げ出すつもり?逃げ出したらぁ…どうなるかわかってるわよね?」

「さっきまでぶっ続けで15時間も繋がってたじゃないか…そもそも魔法で無理やり快感をもたらすなんて間違ってるだろう?な?」

「あら♪どんなのがお望みなの?」

「それはこう…愛をもった…な?わかるだろ?ソフトな方が僕はいいんだよ」

「わかったわ♪愛の印として、体中にキスマーク付けてあげるからね♪」

「や、やめ…!」

「お母さんとお父さんは仲良いなぁー」

 

560年前(120歳)

「あれ?お父さんどこ行ったの?」

「うーん…1個目のキスマークの呪印で居場所はわかるはずなのに…たぶんお父さん、私が14個目のキスマークに仕込んだ不老の魔法もろとも、聖水とかで消してしまったのかもね」

「え?そんなことして、平気なの?」

「ん…もう、あの人のこと、諦めたから」

「「恋愛」って難しいんだねー」

「あらあら♪お母さんがエメくらいの歳のころは、そんなこと考えもしなかったわ、きっといい魔王になれるわね♪」

「ねえねえ、魔王って何したらいいの?」

「うーん、勇者を殺し魔族の間の問題を調停したり、あと、何よりも…」

「何よりも?」

「子孫を残すのよ♪」

「し、しそん…」

「あらあら、赤くなっちゃって、かわいい♪」

「大変なんだね、魔王って」

「ふふ、お母さんはちっとも辛いなんてことなかったわ」

「なんで?」

「愛する人が側にいるなら、そんなこと簡単なのよ」

「でもお父さんは帰ってきてないよ」

「エメも愛してるからね♪ま、お父さんはもう…帰ってこないかもしれない」

「ふうん」

「エメも愛する人を見つけたなら、きちんと自分だけのものにするのよ?」

「でも、お父さん閉じ込められるの嫌がってたよ」

「お父さんみたいな魅力的な男には、他の女がたかってくるからね、多少本人が嫌がっても無理やりしないと」

「よし、私も愛する人見つけよっと!」

 

300年前(380歳)

「ど、どうも、新しく入ったウルスラ・バードと申します」

「よろしくね♪」

「お母さん、新しいメイドさんなの?」

「ええ、ゆくゆくはマリンの育成係を任せるわ♪」

「よろしくお願いします、お嬢様」

「お嬢様?」

「あなたのことよ」

「あはは、そんなに堅苦しくならなくても、私のことはエメラルって呼んでよ」

「は、はい…エメラル様」

「うん!これからよろしくね!」

「仲が良くてよかった♪」

 

100年前(580歳)

「お母さんは!?」

「お医者様をお呼びしたのですが、こればかりはどうしようもない、と仰っていました」

「…お姉ちゃん、お母さんに会おうよ、私、このままお別れなんて寂しいよ」

「ウルスラ、お母さんはどこ?」

「いけません、魔力の低下か、あるいは流行病か、原因が分からない内にお二人を近づけるな、とのご命令を受けました」

「…ウルスラはずるいよ」

「なんと仰られようと、ご命令は絶対ですので」

「いいよ、自分で探すから!」

「いいえ、ダメです」

「…ウルスラ、私の性処理頼める?」

「い、今は…」

「…ムラムラしてきたの、ほら、お姉ちゃんなんか放っといて手でシてよ」

「…わかりました、エメラル様、くれぐれも探してはなりませんからね!」

「はいはい…」

 

現在

「ユーリ、シましょうよ!」

「ダメだ、もう今日はヤらないって約束だろ?」

「そ、それは…」

「一週間に10回まで、いいな?」

「…す」

「え?何て言った?」

「そんな約束、破ります!」

「おい!昨日決めただろ!」

「黙ってください!ほら、今日は私のお母さん譲りの催眠プレイしますよ」

「ま、待て!」

「…お姉ちゃん、私もまぜて」

「マリンがいると、シーツがべたべたに汚れてウルスラが怒るんですよ」

「…気をつける」

「そんなこと言って先週はマリンちゃんが上から下から飲ませるせいで、お腹下したぞ!」

「ま、とりあえずユーリは眠っててください」

「ま、まお…う………ぐぅ…」

「じゃあ私、挿れるね」

「ダメです、最初は私が魔法と同時に指でじっくりほぐしてあげるのが大事です」

「あらあら♪催眠で大切なのは相手をいかに気持ちよくさせられるかなのよ、自分のことだけ考えないようにね♪」

「「うむむ…」」

 

お母さんの考えは間違っていない。愛するものを取られたくないのは私も強く思う。けれど、お父さんもユーリも人間だから、大事に愛するだけでは壊れてしまう。

妥協は難しいけれど、ユーリと仲良くできたらそれでいい。最近はそう思えるようになった。

毎晩マーキングはしますけどね。

愛してます。ユーリ。




なかなか面白い人生の魔王。
このシリーズは基本的にセリフだけなので、描写入れられないのがつらし!


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メイドの経歴

ウルスラ回です。
彼女はいかにしてここまできたのか…。


400年前(10歳)

「ウルスラ、こちらにおいで」

「何ですか?お母様」

「今日も魔法の練習をしますよ」

「…お母様、もう私の友達は誰も魔法の練習なんてしていませんよ」

「いいえ、魔法は貴族の嗜みです、前も話したでしょう?私たちのご先祖様は貴族だったのです」

「けれど、今はただのダークエルフの一族ですし、役に立つこともないのではないですか?」

「貴族は、たとえ今は違うとしても、剣術、魔法、礼儀、作法、この4つはマスターしておかねばなりません」

「…」

「さ、魔法の練習です、返事は?」

「…はい」

 

350年前(60歳)

「…あなたは、剣術も礼儀作法もとても美しいし、魔力の質も素晴らしいものなのに、魔法だけは上達しませんね」

「…ごめんなさい」

「お茶を飲む仕草のように丁寧に魔力を束ねればよいのです、もう一度」

「はい」

「出だしは完璧です、ただ、恐らくその青い魔力は何か特別なのでしょう」

「特別、ですか?」

「ええ、その魔力はとても濃縮されているのです、それを還元して扱う過程で何か問題が起きているのです」

「魔力が、濃縮?」

「私の魔力を見てください、薄い水色でしょう?」

「はい」

「これのとても濃い青色を持ったあなたは、魔力の扱い方さえ覚えれば人よりずっと強力な魔法を使うことができるでしょう」

「でも、もう自信が…ありません」

「大丈夫、反復練習が大切なんです、さあもう一度、残像の魔法から復習しますよ」

「…はい」

 

330年前(80歳)

「今日は少し魔法のノリがいいようですね、これならもうすぐ使えるようになるでしょう」

「はい!」

「少しずつですが、成長しています」

「あ、お母様、どなたかいらっしゃいました」

「…?本当ですね、今日は誰も予定は無かったはずですが…少し出てきます、練習しておいてください」

「はい」

「どなたですか…!?ま、待ちなさい!家に入らないで!あなた達は何者ですか!?」

「黙れ、この辺りで黒魔法の再興を狙うダークエルフがいると聞いたんだ、というわけであんたを、殺す」

「お母様?」

「おい、娘がいるぞ、あいつも殺せ!」

「ウルスラ!逃げなさい!」

「お、お母様…その血、は…!?」

「早く、逃げなさい!こんな薄汚れたメイジ共に捕まるなら、一人でも生き抜くのです!」

「お母様はどうするのですか!?」

「私は…」

「うるさい、騒がれたら困るんだよ」

「ぐッ…!」

「お母様!」

「悪く思うな、お嬢ちゃん、俺たち魔術研究族のメンツが潰れる前に、早めに始末しないといけないんだ」

「痛っ…!やめてください!」

「ウルスラ!逃げて!」

「さっさと、死ね!」

「お母様…!今、助けますから!」

「ウルスラ、張り合う必要は…!?」

「っ!?なんだ、青い魔力!?」

「う、嘘だろ、ダリンの貴族でもあるまいし」

「退却だ!どのみちこのダークエルフは死ぬ!」

「逃がさない!お母様に、手を出したら許しません!」

「な…、何だ?体が…無くなる?溶けてるのか!?」

「魔力に呑まれる!助けて…くれ!誰か!」

「うるさい!消えろッ!」

「誰…か…助け…」

「ウルスラ…」

「お母様!今、治癒魔法を…」

「無駄です、あなたの魔力は何かを生み出すことには長けていませんから」

「どういうことですか?」

「あなたの魔力で、さきほどの二人は溶けました、あなたの力は消滅させることが本来の力なのです、貴族の魔力を色濃く受け継いだ、その魔力は」

「ですが…お母様が…!」

「どのみちこの先長くはないのです」

「嫌です!まだ…まだ!」

「静かに、いいですか?ここからあなたは一人です」

「そんなの…」

「一人で、何かやりたいことを見つけ、一つのことを大切にする、それが一番重要です」

「…」

「それと、その血を絶やさないこと、です」

「私は、ほとんど男性と関わったことはないんですよ?」

「私が居なくとも、それくらいは学ぶものです、いいですね?」

「ですが」

「返事は?」

「…はい」

「いい子です、それでこそ貴族…の末裔…です」

「お母様?」

「あなたは、私の自慢の娘です、ありがとう…」

「お母様…!お母様!返事してください!お母様!」

 

300年前(110歳)

「ねえ、そこのあなた」

「…?私ですか?」

「ええ、昨日からこの辺りに座り込んでて、気になったものだから」

「ご迷惑でした、か?」

「いいえ、その格好からして、ダークエルフでしょう?なぜ村から離れた魔王城の方へ来たの?」

「少し、職を失いまして、放浪しているところです」

「…ふむ、いい働き先を知ってるわ♪」

「何処ですか?」

「ここ、よ♪」

「え?」

「私の娘の教育係として、メイドになってもらうわ、貴族の嗜み4つをご存知?」

「剣術、礼儀、作法、魔法ですか?」

「育ちがいいのね♪尚更気に入ったわ、さ、来なさい♪」

「…はい!」

 

現在

「エレナ!剣の振りが弱い!」

「す、すみません!」

「今日はここまで、私の部屋を片付けてください」

「また本とか溜め込んでるんですか?」

「何か問題でも?」

「まお…エメラル様からの休暇許可もおりているなら男の人探しに旅に出たらいいじゃないですか」

「…話せないんです」

「ゆうし…ユーリィ様とは普通に話せるのにですか?」

「ユーリィ様は、ご主人様ですから…」

「なら、ユーリィ様に直接男嫌いの治療を手助けしてくれるように言ってきます!」

「ひ、必要ないです!掃除してください!」

「でも」

「返事はなんですか?」

「…はい」

 

貴族の嗜みは、きちんとできました。お母様の教えてくださった通りに、貴族の誇りを胸に、生きています。

けれど、一つだけ、できていないこと。

男の人と話すのにも苦労してしまいます。

お母様、お父様はどんな人だったのですか?あの忙しい日々では聞けませんでしたが、お父様のことを何回も考えました。

お父様がいたなら、男の人が苦手なのも克服できたかもしれない、と思ってしまいます。

ずっと後になるかもしれませんが、天国でお話聞かせてください。

私は今、とても楽しいです。お母様のおかげです。

本当に、ありがとうございます。




ウルスラも中々辛い日々を過ごしたのですねー。
さて、次は誰の経歴を書こうかな…。


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設定集
人物設定集


キャラが分からなくなった!
とかいう時にお使いください。
本編にはない情報も少しあるかも?

注意!最新話まで読んでからじゃないとネタバレや、よく分からない人が出てきたりします。


☆ユーリィ・グレイ

・年齢ー15歳

・種族ー人間

・性格ー温厚

・性別ー男

・好きなものー平和、日常、天ぷら

・嫌いなものー戦争、特殊過ぎる魔王のプレイ

 

勇者として貧しい家から這い上がった。

 

魔王となんだかんだする内に好きになっちゃった。

 

魔王の夫。

 

魔王の愛に埋もれがちだが、結構イチャイチャとかもする。ツンデレなわけではない。

 

結構多くの人のハートを掴んでおり、無自覚なだけに魔王に妬かれて(性的に)酷い目に遭うこともざらにある。

 

精神的にはまだまだ子供の部分もあるが、登場人物の中ではかなりマシな方。

 

毎日5〜10時間ほど魔王とHしている。

 

そこそこの魔法が使え、剣の腕もかなりのもの。反面、器用貧乏であるが故に、魔王とかに何もできずあっさり負けたりする。

 

魔王に関わって、これまでより一層強くなることを意識して、剣の稽古は欠かさず行っている。

 

 

☆デラルス・エメラル

・年齢ー680歳

・種族ー?

・性格ー頼れる者以外には基本的に冷酷、ヤンデレ

・性別ー女

・好きなものーユーリィ

・嫌いなものーユーリィに関わる女性、ゴキブリ

 

現魔王。

 

ユーリィに一目惚れして、結婚後は完全に依存しきった生活を送っている。

 

隙あらばユーリィとのHな妄想をしている。

 

魔王だけあって、本気を出せば世界は1日足らずで滅びる(ユーリィが望まないのでしない)。

 

剣、魔法、共に世界最強の実力を誇る。

 

ユーリィとは生い立ちや立ち位置も正反対の存在。

 

魔界の指導者として非常に優秀であると評判も高いが、ユーリィがいないと何もできなくなる。

 

150人強の人間が死亡した勇者裁判事件の犯人。

 

特に魔族に悪事を命令したことはなく、対立の元は命令の行き渡らない下級魔族の勝手や人間の差別からである。

 

精神的にかなり幼く、大きな力を持っているだけ余計タチが悪い。

 

ユーリィを好き勝手したいが、父親が母の元から逃げ出した経歴から夜の営みは2〜4時間程度で抑えている。

 

 

☆ウルスラ・バード

・年齢ー410歳

・種族ーダークエルフ

・性格ー苦労人、冷静

・性別ー女

・好きなものーオムレツ、青いもの

・嫌いなものー魔王達がヤりまくった後の事後処理

 

魔王城に仕えるメイド長。

 

ダークエルフの族長も務める。

 

ダークエルフという種族があまり有名でないことからの迫害や黒魔術への関与疑惑などにより、メイジによって母を殺害される。

 

各地を放浪中に前代の魔王に拾われ、そのまま住み込みでメイドとして仕えている。

 

現魔界を作り上げるのに大きく貢献したダリンの貴族の末裔。

 

何かを消すことを得意とする『青い魔力』を持つ。

 

大抵エメラルとユーリィの二人の尻拭いで走り回っている。

 

剣、魔法共にかなりの実力者であり、人間相手ならば余程のハンディが無い限りは確実に勝てる。

 

男性恐怖症。

 

最近になってもう若くないのを実感しだしている。

 

 

☆デラルス・マリン

・年齢ー370歳

・種族ー?

・性格ー自己中心的

・性別ー?

・好きなものーユーリィの身体

・嫌いなものー性欲の我慢

 

現魔王の妹。

 

雌雄同体の特殊な身体を持つ。

 

エメラルと共にユーリィに一目惚れし、愛の形として性欲処理をさせている。

 

エメラルとはライバル関係。

 

勇者曰く「俺のモノより大きい」らしい。

 

ウルスラのお堅い感じが苦手。

 

ウルスラに教育されたため、母をよく知らない。

 

かなり自己中心的なので、Hにもエメラルのような容赦は無く、ユーリィが気絶して満足したらヤり捨てることもしばしば。

 

性欲第一。

 

 

☆モチヅキ・ハルカ

・年齢ー15歳

・種族ー人間

・性格ー謙虚、一途

・性別ー女

・好きなものー正義、ユーリィ

・嫌いなものー悪

 

元勇者のパーティの一人。

 

職は賢者。

 

勇者を慕っている。

 

魔王に連れ去られたという考えを変えず、取り戻そうと躍起になっている。

 

ネミルとは親友。

 

暗殺者を引き連れて来るあたり、少しヤンデレ気味だが、人は殺していないのでまだ純愛。

 

容姿や振る舞いから異性からの人気は高いが、勇者一筋。

 

かなりハートが強く、勇者を連れ戻すまで魔王に挑み続けることを心に誓っている。

 

 

☆ヴァン・ネミル

・年齢ー13歳

・種族ー人間

・性格ー子供っぽい

・性別ー女

・好きなものー仲間、魔法

・嫌いなものー親

 

元勇者のパーティの一人。

 

親に捨てられ、孤児として生活していたところで魔法使いの才能を買われ、パーティにスカウトされた。

 

魔法の腕は光るものがある。

 

若くして究極魔法と呼べる「女神の光」を扱える。

 

勇者にそれほど異性としての気持ちは抱いておらず、ただ純粋な仲間として仲良くしている。

 

ハルカの親友。

 

魔法の研究が好きで、単身遺跡に調査に行ったりする。

 

精神的にはまだ幼い部分があり、パーティが危険な時など、たまに不安定になったりする。

 

 

☆ヘイジ・カドマツ

・年齢ー31歳

・種族ー人間

・性格ー義理堅い

・性別ー男

・好きなものー武士道、騎士道

・嫌いなものー卑怯なこと

 

元勇者のパーティの一人。

 

物語中で一番と言っても過言ではないほどの良性格の持ち主。

 

騎士として王国から勇者に遣わされた。

 

心のうちで貴族に不満を持っており、義理と自分の憎しみの板挟みに合っている。

 

ハルカの心をなだめ、ユーリィを助け、何かと忙しい。

 

気づいたら婚期を逃していて、焦っている。

 

魔界に関与していることは王国やパーティメンバーには隠しているため、次期異動における騎士団内での昇進が濃厚。

 

ユーリィからも厚い信頼を置いてもらっている。

 

 

☆クイン・テンプレス

 

 

年齢ー366歳

種族ー人間?

性格ーロリ

性別ーロリ

好きなものー魔法の実験

嫌いなものー蛇、悪夢

 

先代勇者パーティの一人であり、魔王の封印に成功したものの魔王のあがきによって自分以外のパーティの全員を失った。

 

パーティに昔いた勇者に惚れていたが、勇者亡き後しばらく腑抜けていた後に魔法の面白さにのめり込んでいった。

 

今でも寝ると魔王に攻撃を受けたパーティ、そして勇者の夢を見てしまうことを頑なに隠している。

 

夢は命を自在に操るようになり、勇者を復活させること。

 

 

☆ニコラ

 

年齢ー1355歳(生誕年より算出)

種族ー神

性格ー冷酷、静か

性別ー女(生誕時)

好きなものーユーリィ、プレゼント

嫌いなものー好きなもの以外

 

世界を創り、維持しているとされる神の一人。

 

容姿は美しく、村中、国中、神までもに結婚を迫られたことがある。

 

神に気に入られて自らも神に昇格したという、極めて特異な例で神化した人間。

 

多くの人間やそれ以上の者達にもなにかを与えられながら生きてきたが、自分を信仰せず、無欲、容姿を見ても態度を変えないユーリィに惚れ込んで暴力、薬物、催眠、脅迫などのあらゆる手段で自分の物にしようと目論む。

 

現在はユーリィに吸収され、自らもその現状を受け止めて時を止める力をユーリィに貸す存在。




とりあえず主要メンバーの紹介文です。
追加してほしい人があったらご感想からリクエストください!


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魔王達との日常(その2)
魔王の研究


経歴回はひとまず置いておきます。また書くかも?
今回は魔王の研究です。何についてでしょうか。
あ、魔王視点です。


「ユーリ!開けてください!」

「開けないぞ、約束破っただろ」

「一週間10回なんて約束がそもそも無茶なんです、100回はほしいですね」

「ダメだ、通さない」

ユーリが部屋にこもってしまった。

ことの発端は、ユーリと交わしたある約束。

ユーリとヤるのは一週間に10回まで、というこの約束を破って二日で15回シたら怒られてしまった。

「なら扉を壊してやりますよ!」

「やめろやめろ!ウルスラが泣くぞ」

「うぅ…」

どうしても入れてくれない。

そもそも約束が悪いのだ。せめて一週間に50回くらいなら、まだ我慢がきく。

「分かりました!なら、そんなこと言えないくらい気持ちよくするために作戦を練ってきます!」

「え?お、おい、謝罪とかじゃないのか?」

「悪いのは私ではありませんので!」

半ば喧嘩だ。

さて、部屋に戻ったはいいものの、どうやってユーリを改心させようか。

「とりあえず、薄い本を参考にしますか…」

新婚旅行の時に人間界で、ユーリの目を盗んで仕入れた薄い本。いくつか買ったものをずらりと並べる。

 

・愛する男がメス奴隷に堕ちるまで

・キス焦らし!獣の作り方!

・すんどめっ!悩殺大好きな人のために

・キメセクの極意

・他のメスに寄られないように!キスマークの付け方講座

 

そしてクインちゃんがオススメしてきた一冊。

・脳がとろとろ…魔法催眠のやり方

 

「悩みますね…」

ついついうーん、と唸ってしまう。

一冊目

ユーリが奴隷…最高。おまけに穴を虐めてほしいってドMなメス顔のユーリ…ご飯20杯は軽い。今日のオカズはこのシチュの妄想でほぼ決まり。

二冊目

キスは大好き。ユーリはこの前唇を切っていて、その時にしたキスはユーリの血の味がして美味しかった…。もちろん口移しとかも好き。焦らして無理やりユーリに押し倒され、逆にキスされて…。ちょっと今から一人でシよう。

三冊目

ユーリが私の寸止めで苦しそうな顔で感じる。こんなの想像しただけで濡れてきてしまう。おまけに悩殺!もうユーリが他の女の子にデレデレすることもなくなる!

四冊目

お薬は新婚旅行で買ったものもある。これまでも何回かキメセクしたことはある。ただ、きちんとしたやり方は分からないから、もう一度ヤる価値は大いにある!

五冊目

これは確定。ユーリにはしっかり匂いと印をつけておかないといけない。でもこの前、つい寝ているユーリの顔を舐め回してしまって、ユーリに怒られた。キスマークも付けておこう。お母さんもキスマークは大事だって言ってたし。

六冊目

ユーリをとろとろに幼児退行させて、お姉ちゃんって呼ばせて…むふふ、膨らむ妄想がもう制御不能。とろけた顔のユーリをきちんと安心させてあげる。ムラムラしてきた。

 

「はっ…はっ…♡全部ヤりますか…」

こんなに焦らしたユーリが悪い。そう、きちんと謝って30回ヤるまで絶対に許さない。

と、その時、扉が叩かれた。

「誰ですか?」

「俺だよ」

「ユーリ!何の用ですか!?」

「あの…エメ?怒ってる…よな、ごめんな」

「え?な、なんですか急に」

「いや…急に大人しくなって、怖いっていうか…」

「…入ってきてください」

「ああ」

扉が開く。

ユーリを見た瞬間、私は悟った。

ユーリを前にして、性欲を抑えることなどできないことを。

「ユーリごめんなさい子供作りましょう!」

「は!?何言って!?」

「まず穴開発して、お姉ちゃんって呼ばせて、キスで焦らして、寸止めして、キスマーク付けますね!」

「馬鹿!どこ触って…ひっ!」

「かわいい♡いきますよ…たっぷり可愛がってあげますからね…」

「待て、待て待て!尻尾突っ込むな!んむっ!」

 

7時間後

「ぅひぃ…お姉ちゃん…」

「はぁはぁ可愛いですよユーリ!カメラがあればハメ撮りして10回はオカズにできたのに…!」

その時、扉がノックされてウルスラが入ってきた。

「失礼しま…す…」

「あ…」

「お姉ちゃん…もっとぎゅーってしてよぉ…」

「………失礼しました」

「…さて、ストレス溜まったので、ユーリで発散しますか」

「お、お姉ちゃん?顔怖いよ…」

「えへへ♡ユーリ、お姉ちゃんにお尻向けてねー?」

「え?何…ひっ…!」

 

その日、ユーリはキスマークだらけの顔を私の唾液と鼻水と涙だらけにして、泣き寝入りしてしまいましたとさ。

今度しっかり慰めてあげよう。




ユーリはほぼオモチャと化した…?
羨ましい気も少ししますが…(変態。


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メイドの休日

ウルスラたんが苦労しまくってるので、今回はウルスラ回です。休日はどう過ごすのかな?
ウルスラ視点です。


「…はぁ」

思わずため息が出る。

ここはハザラの街。といっても、いつものような食料や日用品の買い出しに来たわけではない。

今朝、急にエメラル様から告げられたのだ。

 

「おはようございます、エメラル様」

「おはよ…あー…激しかったぁ」

「…ユーリィ様はどうされたのですか?」

「えーと、そっとしておいてあげてください」

エメラル様の部屋からゾンビのようなうめき声が聞こえる。さすがに少しかわいそうだ。

「…あの、程々になさらないt」

「聞こえませんねー!あ、そうだ!ちょっとお出かけしてきたらどうですか!?」

無理矢理な方向転換。エメラル様の愛は私から見ても重い。ユーリィ様も気の毒に。

ま、砂糖吐きそうなくらい甘々だから愛し合ってはいるようだ。

「ですが、私には特に予定もn」

「ささ、さささ!そうと決まれば出て行ってください!私はユーリと甘々セッk…看病しなくてはいけません!」

魔法の光を浴び、次の瞬間にはメイド服のまま城外に放り出されてしまった。

 

そして今はメイド服から買った青い服に着替え、カフェでコーヒーを飲んでいる。

「お待たせしました、クロマツキノコのオムレツです」

目の前にオムレツの乗ったお皿が置かれる。

真っ黄色の魔界鶏の卵に、死体の養分を吸って美味しさを蓄えたクロマツキノコが入ったオムレツ。

私の母は、ほとんどオムレツは作ってくれなかった。しかし、その昔に一回だけ作ってくれたことがある。

それが魔界鶏卵とクロマツキノコ入りのオムレツだった。

「いただきます」

口の中にオムレツを入れる。次の瞬間にふわり、とろりとした食感が広がった。

おいしい。

私は一気にものも言わずに食べた(元から食事中には喋らないが)。

食べ終えたところで、背後から何者かに話しかけられた。

「そこのお姉さん、ちょっと遊び行かない?」

「…?」

振り向くと、そこには吸血鬼らしき男が二人。

「何をしに行くんですか?」

男だと分かると声が震えてしまう。私の男性への緊張は全く収まらない。

「まぁまぁ、怯えないでよ」

「そそそ、飲みに行くだけだからさ」

肩に手を回してくる。馴れ馴れしいので振り払う。

「…暇ですし、構いませんよ」

挙動は不審だが、どうせ暇なのだ。遊びに行くというなら付いて行ってもいいだろう。

「よし!いいねぇ!」

「そんじゃあドライブと行きますか!」

「…?」

急にハイテンション。全くわけが分からない。マジカルマッシュルームでもキメているのだろうか。

「ささ、乗って乗って!」

馬車の中に招かれる。随分ボロい馬車だ。

 

走ること1時間。

「ここだよ、さ、出て」

「…何もありませんよ」

「何もなくたって男と女が一緒の所に居るんだぜ?」

嫌な予感。

「さ、始めようぜ!」

男の手が私の服に伸びる。

「…はぁ、発情した豚と同じですね」

とりあえず服に触れられる前に腕を蹴り上げる。

ゴキッと音がした。

「…ひ、ひぃぃぃぃ!」

「お、おい!大丈夫か!?」

曲がってはいけない方向に腕がぶらりと垂れている。

「あ、折るつもりは無かったんですけど」

「この野郎…いい女捕まえたと思えば…!」

腕を折られた方は悶絶してうずくまっている。

もう一人は使い慣れないようなナイフを振り回している。

「というか、私野郎じゃないですし」

「黙れ!俺はやっとDTを捨てられると思って舞い上がってたのによォ!」

阿呆らしい。

「こうなりゃ実力行使だ!」

じりじり近づいてくる。

あまりに下らないので、とりあえずナイフをへし折る。

「…え?」

「下衆ですね」

 

30分後

ウルスラが二人の馬車を分捕って帰って行った場所には、二人の血みどろの吸血鬼の瀕死体が落ちていましたとさ(全治四ヶ月)。

 

「やれやれ…」

下らないことに時間を費やしてしまった。

もう夕暮れ時になっている。

「…帰りますか」

ゆっくりと魔王城に向けて歩き出す。

そこで、鎧を着た人間に声をかけられた。

「失礼、そこのご婦人」

「…何ですか?」

「ここからハザラの街へはどのように行けばよいのでござるか?」

「今私が来た道を行けばたどり着きます」

「む、かたじけない」

その兵士はゆっくりとした足取りで去って行った。

なぜ人間がこんな片田舎へ?

まあ、気にするほどのことではないだろう。

 

「戻りました」

「お帰りなさいませ、メイド長」

「エメラル様とユーリィ様は?」

「そ、それが部屋からその…声が…」

「…わかりました」

メイド服に着替え、扉をノックする。

「もしもし?ユーリィ様?エメラル様?」

「んッ…ぁ…♡」

「まおっ…もう、むり…っ!」

少し強めにノックする。

「よろしいですか?」

「ユーリ…かわいいですぅ…」

「ぐッ!?首輪引っ張るな!」

扉を蹴る。

「もしもし!」

「あれ?イヌの言葉は何でしたっけ?」

「わ、わんっわんっ!」

ドアを開ける。

「よ・ろ・し・い・で・す・か?」

「そうそう、いい子にはなでなで…あ」

「うぅ、わん、わん…え?」

凍りつく空気。

ユーリィ様に足を舐めさせているらしきエメラル様。

首輪を付けられたユーリィ様。

床の謎の白いシミ。

いくつか玉の繋がったような形の(大人の)おもちゃ。

べちゃっと何かで濡れたエメラル様の下着。

「う、ウルスラ、まあ怒らないでください」

「俺が掃除するから、な?」

体が震える。

「お二人とも、とりあえず、お風呂に入って下着を洗ってきてくださいね?」

笑ったつもりだったが、それを見た二人は一目散に逃げて行った。

 

部屋を掃除していると、ベッドの下に小さな箱が。

「…?」

箱には「ウルスラへ」と書いてある。

 

その中には、新しいメイド服と薄い青色の服が入っていた。

「んふふ〜ウルスラ、どうですか?」

背後にエメラル様が。

「エメラル様、これは…」

「プレゼントです!私とユーリとで選んだんですよ」

「プレゼント?あ、ありがたいですけど」

「いつも迷惑ばっかりかけてますからね、掃除とかお料理とか、ありがとうございます」

にっこり笑ってお礼を言われる。

なぜか、自分でも理由が分からないのだが、その言葉に目が潤んでしまった。

「え!?なんで泣くんですか!?あ、あの!サイズ合わなかったですか?デザインですか?」

「い、いえ!ありがとうございます!大事に…使います…」

急いで部屋に持って帰る。

その日の掃除は、いつもより楽しかった。

 

「ふふふ…」

鏡台の前でくるくると回る。

ぴったりのその服は、色鮮やかな水色だ。

母の魔法を思い出す。

急のプレゼントも嬉しいものだ。出来たら仕事を減らしてくれた方がプレゼントになった気もするが。

 

その夜は、喘ぎ声もなく、ゆっくり眠れた。




もう400歳いってるのにナンパされるウルスラたん。
いいことあって良かったネ!
そしてヘイジとすれ違ったことに、今後何か関係は…?


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勇者の仕事

ヘイジ回です。前回ハザラの街へ向かっていた理由がわかるかも?
あ、勇者視点です!


朝だ。

腰が痛い。原因は分かっている。ヤりすぎだ。

しかし、俺は今日、どうしてもやらねばならないことがある。

「いてて…」

ゆっくりベッドから出たつもりだったが、俺を抱きしめていないと眠れない魔王が起きてしまった。

「ユーリ?どこ行くんですか?」

「いや、少し、な」

昨日、魔王とヤりまくった後に部屋に戻ると、バルコニーに手紙が落ちていた。

 

ユーリィ殿へ

 

かような手紙を出さねばならぬこと、拙者もまことに心苦しい限りでござる。

今、そちらはいかがか。冷えてきたので風邪に気をつけてほしい。

この手紙を出した理由。それは、あることの密告でござる。

人間側は貴族様方を殺害され、メンツは丸潰れ。またも何かを企んでいるようなので、それをお伝え申す。

これは拙者の感じたことだが、近ごろ騎士団や王立警備隊がきな臭い動きをしている模様。

・武器の大量の買い付け

・鉄砲の改良

・これまで容認されてきたエルフ等の亜属の魔界追放

・教育改革

ここから考えられるのは、戦争。

武器、鉄砲はあからさまで、人間でないエルフ等の者は村を追われ、魔王城の近くの川上に、魔界の住人から隠れて住んでいるのでござる。

そして教育改革。これは魔族を全て憎む、排他思想の植え付けに他ならぬ。

勇者殿。

もはや一人の騎士の力で止めるには大きすぎる事態となったでござる。

ユーリィ殿の味方と、戦争の時に言えなかったにも関わらず、手紙で願うのはこの上なく情けないことは理解しているでござる。

その上で、どうか、エルフ達を助けてやってほしいと思って手紙を出した。

返事は無用である。

また会う時まで。

 

ヘイジより

 

この手紙を受けて、動かないわけにはいかない。

しかし、魔王に内緒でエルフ達を助けられはしないだろう。いつか話さなくてはならないだろうが、とりあえずまともな家くらいは手配してあげたい。

その前に、エルフのことを俺はよく知らない。そのための協力者、ウルスラに会いに行こう。

「ウルスラ、ちょっといいか?」

「はい、何でしょう」

「あのさ、エルフについて教えてほしいんだ」

「エルフですか?」

「ああ」

「構いませんが…」

聞いたところによると、こうだ。

・女性の出生率が95%を超える

・生まれた男子が族の中の女性全てのハーレムを形成する

・男子が生まれない族には、極めて異例ではあるが、他の種族から男子を連れてくる場合がある

・基本的に他の種族に縛りはないが、人間が最も遺伝子的にエルフに近く、安定する

らしい。

「…なぜ急にエルフのことを?」

「頼みがある」

事情を話した。するとウルスラは、予想に反して複雑な顔になってしまった。

「ユーリィ様、私は、そのお手伝いはできません」

「え?何でだよ」

「古来よりダークエルフとエルフは犬猿の仲、私もエルフも、互いにあまり関わりたくはないのです」

「かわいそうだと思わないか?」

「思いはします、ですが」

「俺の願いは、人と魔族が仲良くできる世界を作ることだ、エルフとダークエルフの対立は俺が何とかするから、な?手伝ってくれ、頼む」

俺が頭を下げると、ウルスラはかなり慌てた様子で。

「わ、わかりましたから頭を上げてください」

「よし!決まりだ!」

 

夕方、ウルスラと俺は魔王城の裏にある山を登っていた。

「川を辿ってはいますが…」

「うーん…まさか移動したか?」

一向に見つからない。それらしき生活の跡も全くない。

「ちょっと一回休憩するかぁ」

「はい」

石に腰掛け、川の水を飲む。

苦くて、洗剤の匂いだ。

「げほっ!ごほっ!」

「ユーリィ様!?」

「この水、洗剤の匂いするぞ!」

「…ですね、近いでしょう」

「よし!そうと決まればリスタートだ」

「はい」

 

1時間後

「あれは…」

「エルフですね、こんな洞窟にいたのですか」

「じゃ、行くぞ」

「…どうしても行かなければいけませんか?」

「ああ、来いよ」

ウルスラは少し迷った。しかし、ゆっくりと後をついてきた。

「あの、エルフのみなさん」

声をかけた。

エルフ達は長い耳で俺の声を聞くと、硬直した。

「俺は敵じゃない、俺は」

「に、人間ッ!近寄らないで!」

若い女のエルフが洞窟の前に立ちはだかる。

「違う、あんたたちを助けたくて来たんだ」

「嘘だ!私たちは言われた通り魔界に来たんだぞ!なのに、これ以上何を奪う!」

何人もに睨まれている。

俺の弁解に、エルフ達は全く聞く耳を持たない。

「昨日も来ただろう?もう帰ってくれ!」

ウルスラが俺の肩をつつく。

「ユーリィ様、これ以上は」

黙って帰るわけにはいかない。彼女達も家を奪われたのだ。

俺も何かを捨てて、信頼を得るしかない。

「…すまない、この通りだ」

俺は、地面に土下座した。

エルフ達は急にざわめき出した。

ウルスラはそんな俺を見て唖然としている。

「信じてくれ、俺はユーリィ・グレイ、魔王の夫だ」

「ユーリィ…?魔王様の、夫?」

しばらく土下座していると、女のエルフはへたりと地面に座り、他のエルフは洞窟から出て来た。

 

事情を話すと、エルフ達は俺を信用してくれた。

しかし、辛かったのは彼女達に生きる必要性を訴えることだった。

「…我々に、もう男子はいません、どの道滅びゆく一族なのです」

「でも、こんな所で野垂れ死ぬのなんて…」

「私のような年寄りはここに残ります、若い子たちを連れて行ってやってください」

年老いたエルフは、生きることを諦めてしまったようだった。しかし、ウルスラが。

「これは、魔王様のご命令なのです」

「魔王様?どうしてだい?」

「魔王様は、たとえ我々のようにダークエルフとエルフという二つの族に分かれても共に歩めると思っていらっしゃいます、これは、命令なのです」

「…わかったよ、ありがとうね」

ウルスラは、小さく俺に笑ってみせた。

そして、別れ際。

「これからどうしたらいいんですか?」

「今から移住先は用意します、男子はそこで探してください、もしも族を途絶えさせたくないなら」

「わかりました、お願いします」

「任せてください」

 

その日は別れを告げ、帰った。

城に入るなり魔王が飛びついて来た。

「ユーリ!お帰りなさい!」

「ただいま、ごめんな、一人にして」

魔王の頭を撫でていると、急に魔王に押し倒される。

「ユーリ?なにか、おかしな匂いがします」

「おかしな匂い?」

「ええ、亜人族特有の匂い、エルフか、その辺りですか?なぜユーリからそんな匂いがするのですか?」

目の色が変わっている。暗い色だ。

「魔王、落ち着け、な?」

「落ち着け?ふざけないでくださいよ」

腹を踏まれる。かなり強く。

「ぐふッ…!?」

「ほら、言ってみてくださいよ」

「ぅ…」

このままでは内臓破裂もおかしくない。

 

仕方がないので、話した。

「だから、匂いが付いたんだ」

魔王はうつむいて、ぼそぼそと言った。

「…今度、案内してくれたら信じます、もしも証拠が無ければ、本当に殺しますよ?」

「あ、ああ」

魔王が笑いかけるとこんなに怖いものだったのか。

というか、魔王だから当たり前か。

「今日のところは許します、けれど勝手な行動はしないでください」

「ごめんな」

次の瞬間、魔王の目がピンク色に見えた。蕩けた顔で、告げる。

「まあ、今晩はその匂い落とすまで許しませんけど」

「!?」

 

初めて、魔族の役に立てた。

これからはきちんと、魔王の夫として、魔族のために、そして勇者として、人のために生きていきたい。

そしてまた仲間と、ヘイジと仲良く話したい。

それさえできたら、魔王に殺されたって構わないと思う。

俺もたいがい、魔族に染まったなあ。




ヘイジグッジョブ!
やっと勇者がお仕事しましたね。まあ結局魔王にバレてしまうのですが。
そもそも過労死寸前ですからねw。主に魔王の相手で。


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騎士の密告

エルフ達を助けた勇者。
ヘイジと会って話すことになるのですが…。


「ありがとうございます!魔王様!」

エルフ達が口々に魔王に礼を言っている。

魔王城付近は山、川、海、平地、色々な場所がある。魔王はその中のだだっ広い平地に家を建てさせ、エルフ達はそこに移り住んだ。

今では俺と魔王はエルフ族の救世主のような扱いだ。

「この辺りは好きにして頂いて構いません、耕すのなら道具は貸しますし、動物もある程度の支援は致します、私も人間達に一刻も早く人間界に皆さんが戻れるよう、尽力します!」

歓声が起こる。

魔王もエルフ達の信頼を得ることができてかなりご満悦のようだ。

「さ、ユーリ、行きましょうか」

 

一回りエルフに挨拶を済ませ、馬車に乗り込む。

普通のホロ馬車だ。今日はどうしてもお忍びで行かなければならない場所がある。

「なあ、魔王、本当に付いてくるのか?」

「当たり前です、なにかあったらどうするのですか?」

 

この前ヘイジからもらった手紙には「返事は無用」と書いてあったが、一応エルフ達を移住させた旨を伝えた。

すると、ヘイジから感謝の言葉と、話し合いたいと書いてある手紙が送られてきた。

それを魔王に言うと「私がユーリを守ります」とか「ユーリはいつも私を置いて行きます」とか言って、わざわざハザラの街まで付いてくるらしい。

否定できないので、大人しく許可した。

 

がたがた揺れる馬車で、俺たちは互いに寄り添っていた。

「ユーリ、もしそのヘイジ?とか言う男の話が本当なら、また戦争が始まりますよ」

魔王が手を握ってくる。

優しく握り返してやった。

「ヘイジは実直な仲間だ、嘘はつかないさ、それに、たとえ戦争になっても俺はエメから離れない」

「…ずっと、一緒に居られますか?」

「ああ、死ぬまでな」

そこから1時間ほど、俺と魔王は何も喋らず、ただ互いの肌の温もりを感じていた。

 

ハザラの街

「ユーリ、帰りにちょっとあのお店寄っていいですか?」

「ああいういかがわしいお香屋はダメだ」

「…ケチですね」

「当たり前だろ!?絶対媚薬目当てだろ!」

「そ、そんなわけないでしょう」

市を二人で言い争って歩く。変装中なので、ほぼ確実に正体はバレはしないだろう。

と、立ち止まって魔王が指を指す。

「ユーリ、あそこですか?」

「ああ」

その先にあるのは古びた喫茶店だ。

扉を押し、静かな中に入る。

「…お久しぶりでござるな、ユーリ殿」

ハーピーらしき店員に連れられた席に、いつもと変わらぬ鎧姿のヘイジがいた。

「ああ、ごめんな、遅れて」

「何の、気にしておらぬ、それと、そちらの方は?」

完全に魔王を訝しんでいる。まあ当たり前だが。

「どうも、魔王兼ユーリィ・グレイの妻、デラルス・エメラルです」

その言葉に少し驚いたようだ。

「…お久しぶり、でござる」

「…?会ったことありました?」

一応最初に魔王城に乗り込んだ時、顔は合わせているが、魔王は全く覚えていないようだ。

頼んだ飲み物が届くまでは、終始近辺報告をした。

「お待たせしました、コーヒーと魔界糖芋ケーキです」

ハーピーらしき店員がケーキとコーヒーカップをテーブルに置き、去って行く。

無邪気にケーキを頬張る魔王をよそに、話は始まった。

「まず、人間側の情報を話してよろしいか」

「頼む」

「先日の手紙に書いた、武装強化と教育の改革による徹底的な反魔界体制、着実に効果を発揮しているでござる」

「効果?」

「子供達は剣の稽古に、銃の扱い方、魔物に侵攻された歴史と人類の偉大さ、こういったことばかり教え込まれているのでござる」

「ただ、そうすぐには効果はないだろ?」

「仰る通り、ただ、どちらかといえば、軍隊の方が顕著に権力も軍事力も増し、もうじき魔界制圧隊が組まれるという噂でござる」

「魔界制圧隊?」

「50〜80人で組織される、魔界侵攻のための軍隊でござるな、こやつらは銀の武器を支給され、鉄砲の実践教育など、惜しみない援助を与えられた、いわばエリートの中のエリートでござる」

「でも、50人?80人?精鋭かもしれないが、やけに人数が少なくないか?」

「魔界に大勢で攻め入っても負けるだけ、これは先の大戦で学んだことの一つであると」

「作戦とかは?分かるか?」

「詳しいことはわからぬが、ヴァール王子も直々にその隊に御入隊なさるという噂もあるでござる」

ヴァール王子。まだ年端もいかない子供(13)のはずだ。彼が殺されれば、確かに大戦はすぐに終わるだろう。しかし、恐らく彼は摂政に踊らされているだけだ。

「なぁ、止められないか?」

ヘイジはじっと目を伏せる。彼も俺と同じく、ヴァール王子の身を不憫に思っているのだろう。

「…もう、無理でござる」

隣の魔王も、いつの間にやら真剣な顔つきになっていた。

「なら、こちらから出向きますか?そうすれば簡単に壊滅させられますし…」

「いいや、そんなことをすれば人間界の城下町が戦場になる、そうなれば今度は人間が大勢死んでしまう」

「やはりそちらが迎え撃つ方が、貴族のプライドを砕くためにも有効であろう」

しばしの沈黙。

「勇者殿、手伝えることがあれば言って下され、こちらも情報が入り次第そちらに密告する」

ヘイジが立ち上がった。もう帰るようだ。

「ああ、ごめんな、何も進展がなかった」

席から離れる時、ヘイジは俺に、周りには見えないようにメモを渡してきた。

「…お二方、身辺にはお気をつけを、暗殺者が来ないとも限らぬのでな」

誰かに尾けられていることを警戒しているのだろう。

「ああ、ありがとうな」

「ありがとうございました」

「こちらこそ、それでは、さらばでござる」

 

帰りの馬車。

「ユーリ、そのメモは何ですか?」

「今開く」

 

ユーリィ殿へ

暗殺者派遣の日は近いでござる。これはもう決まったこと。

恐らくネミル殿やハルカ殿が、5、6名から構成される暗殺部隊に紛れて、ユーリィ殿を連れ返そうとしてくるであろう。くれぐれも、お気をつけを。

 

「…よくできた仲間ですね」

魔王ですらも呆れたような顔をしている。

「はは、だろ?」

いい友を持ったと思う。

「…あのさ」

俺の心を読んだように、魔王が口を開く。

「心配しなくても、ユーリは私が守りますし、怪我を負わせない内は殺しはしません」

「…ありがとう、でも俺は、一人でもいい」

「ダメです、ユーリは、私の夫なんですから、私と一緒に居なくてはいけないんです」

肩を掴まれ、キスされる。いつものキスとは違い、優しいキスだ。

「ごめんな、いつも迷惑かけて」

「構いませんよ、ユーリのための苦労なら、どんな苦痛も受け入れられます」

夕日を浴びてにっこり笑う、可愛らしい妻の顔に、俺はまた惚れ直してしまった気がした。




戦争前かもなのにラブラブの二人。
そしてヘイジは早死にしそうなくらいええ奴や…。


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賢者の作戦

人間側からです。
ハルカとネミルはどんな作戦を練ったのでしょう?
ハルカ視点!


王立騎士演習場機密戦術室

 

そこにいるのは、私と、ネミルと、黒い装束で身体を隠した性別不明の者が4人。

忍び、殺すことに長けた選りすぐりの兵士だ。

勇者様の仲間であった私たち二人は、この暗殺部隊の監督を任せられた。

暗殺。

その言葉は、私のような賢者とはかけ離れているものであった。

 

私は勇者様と旅をする中で、次第に心惹かれていった。

勇者様への暗殺部隊の指揮。そんな恐ろしいことを引き受けたのには、理由がある。

王国からはっきりとは勇者様の暗殺の命令は受けていない。

つまり、勇者様を殺す必要は無いかもしれない。

 

私とネミルは話し合い、あることを決めた。

「私たちは、魔王の暗殺部隊であり、それと同時に勇者様の奪還部隊でもあります」

そのことを言った途端に、暗殺者たちがざわめいた。

「魔王の暗殺?我々はそのような訓練は受けていない」

「人間相手ならば殺そう、しかし、ハンターでない我々にどうして魔物を暗殺できよう」

ネミルが小突いてきた。

「ハルカ、やっぱりこうなるよ」

「ネミルも、皆さんも、これまで助けてもらった勇者様を殺すのに、抵抗が無いんですか?」

「与えられたならば仕事はする、そういう稼業だ」

「ふぇぇ…」

なんか一人暗殺者の中でやけに小柄で変な音を出した者がいた。

まあ、放っておこう。

「ですが、洗脳された可能性も否めないんですよ!」

「洗脳されていたとして、なんだ?魔王が勇者を取り返しに来た時の惨劇を忘れたか」

「…っ」

「ハルカ…」

150人を超える兵士や貴族が殺害された勇者裁判事件。

あんな血の海を見るのは、私もごめんだ。

「ですが、勇者様を殺せば私たちの希望は完全に無くなってしまうのですよ!」

「ふぇぇ…」

「どの道我々に希望などない」

冷たい声が響き、部屋に静寂が訪れる。

 

私は、最後の手段に出た。

王国からの委託書を広げてみせる。

「モチヅキ・ハルカとヴァン・ネミルは、王国よりあなたたちの監督と指揮を任せられた者です!異論は受け付けません!」

「ハルカ、そんな乱暴なこと…」

「勇者様のためなんです、勇者様の、ため」

私はもう限界だった。

 

勇者様は、恋を教えてくれた。

 

私たちが魔王に殺されそうな時に、割り込んでまで助けてくれた。

あの日、勇者様がいなくなってしまって、教会で泣くこともできないほど悲しくて、辛かった。

せめてこの気持ちだけ、それだけ伝えたならきっと、勇者様も振り向いてくれる。

目を覚ましてあげられる。

だから私は、こんなやり方を使わざるを得なかった。

「…いいだろう、ただし、そこまで言うならば我々としても喜んで命を懸けるといったわけにはいかない」

「分かっています、勇者様と会えたなら、あなたたちは解散しても構いません」

ネミルは驚いた様子で。

「ハルカ、そんなの…!」

「勇者様なら、私たちがどれだけ苦労したか伝えれば帰ってきてくれるはずです」

「よし、作戦を練るぞ」

「はい」

「ふぇぇ…」

 

こうして作られた作戦は、こうだ。

とてもシンプルではある。けれど失敗のリスクもない。

・魔王城の裏手から忍び込む

・1人は緊急事態を知らせる魔法道具の鈴を持ち、退路の確保をするために残る

・私たちは3:1:1に分かれて進む

・勇者様を見つけ次第私たちの3人グループに知らせる

・そこで説得、魔王がいれば話し合いを持ちかける

・作戦の失敗、あるいは命の危険があった場合には足抜けで脱出する

 

「それでは、作戦決行の日に再集合しよう」

「よろしくお願いします」

「ふぇぇ…」

「ハルカ、本当にやる気?」

「ネミルは勇者様を殺して構わないと言うのですか?」

「…違う、けど、やっぱり怖いよ」

「大丈夫、ネミルは死なせませんから」

もう誰も死なせはしない。

悪いのはあの魔王だ。勇者様を私たちから奪い、人々を絶望させた魔王。

今度は私が勇者になってみせる。

見ていてください。勇者様。




小柄な暗殺者って絶対あの人だよね…。
ハルカの覚悟も中々のものです。
勇者たちは無事でいられるのかな?


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魔王の修行

魔王は勇者を守るために修行をウルスラに求めるのですが…。
戦争前なのにめちゃ呑気。


「ふっ!はっ!」

ユーリが剣の素振りをしている。私から見たらまだまだ未熟な剣の扱いだけど、そこが可愛い。

「ユーリ!剣教えてあげます!」

私が駆け寄るとユーリは急に後退した。

「この前もそんなこと言って、組み伏せられてそのまま夜までヤらされただろ!」

「あ、あれは…密着すると匂いが…」

その時はユーリの手を後ろから握っていたら、ユーリのいい匂いがぷんぷんしていて、理性を失ってしまった。

「とにかく!一人でやるから!」

「ユーリ!そんなつれないこと言わずn」

中庭から追い出されてしまった。

 

「ユーリはあんな剣術しか使えないんです!ここで私がユーリを守らなくてどうするのですか!」

と、カッコよく叫んでみたはいいけど、何をどうやって守ったらいいのだろう。

とりあえず、ウルスラにでも聞いてみよう。

 

「ウルスラー、いますか?」

ウルスラの部屋をノックする。

かなり時間をおいて、がしゃんがしゃんと何かをかきわけるような音がした。

扉が開く。

「エメラル様?どうなさったのですか?」

出てきたウルスラの服はいつものメイド服だけど、ところどころゴミが付いている。

「ウルスラ、私はユーリの花嫁として、きちんと修行したいのです」

そう言うと、ウルスラはハッとした顔をした。

「エメラル様…ついにその気になっていただけたのですね!」

「はい!修行に付き合ってください!」

「わかりました!ではまず、基本的なことから!」

ウルスラと私は、陽気に歩き出した。

 

「…?」

なぜか私はキッチンにいた。

「エメラル様、料理のさしすせそをご存知ですか?」

料理の知識ありきの戦闘の知恵でも教えてくれるのだろうか。

「さしすせそ?」

「これが分からなければユーリィ様も失望なさるかもしれません」

それは困る。

料理のさしすせそ。

相手をどう料理するか、ということだろうか。

「わかりました!」

「どうぞ」

「殺戮!死屍累々!好き!セック◯!ソーセージ!」

ウルスラが笑顔のまま固まっている。

なにか間違えたのだろうか。

 

しばらく後

「中々上手くなりませんね…」

卵焼きを作らされていた。

相手を卵の要領でまとめてしまえ、ということだろう。

「なんでウルスラはそんなに上手なんですか…」

ウルスラの作った卵焼きは美しい黄色で、綺麗にまとめられている。

私の作ったそれは、真っ黒。もはや黒くなったスクランブルエッグといった感じ。

「ささ、もう一回です」

ずいとフライパンと卵を押し付けてくる。

「…これ、修行に関係あるんですか?」

「!?逆に不可欠ですよ!」

なんだか怒られてしまった。

「まあ、料理は一度休憩しましょう」

「はい!」

 

びりっと音がして、手元の布が破れる。

「あっ…破れました」

「またですか?」

なぜか洗濯させられていた。

しかも時代遅れの洗濯板なんかで。

「こんなこと、浄化魔法でいいじゃないですか」

「大切なのは夫を思うことです、それこそ妻の鑑!」

かなりヒートアップしている。

妻の鑑…。

 

※以下は魔王の妄想です

「な、なあ!もしかして、この服はエメが洗ってくれたのか?」

「わかってくれました?ふふ」

「…俺はエメの可愛らしさにもう我慢できない」

「ユーリ…」

「今日は寝かせないからな」

「んッ…♡お願いします…」

※以上は魔王の妄想でした

 

「ぐへへ…」

涎を垂らしていたら、布が破れた。

ウルスラがうんざりしたような目をこちらに向ける。

「…エメラル様、今日の花嫁修行はこのあたりにしておきますか」

「ですね…ん?」

修行だったはず…花嫁?

「どうしました?」

「花嫁修行?今までやったのは、人間のメスとかが嫁入り前にするアレですか?」

「まあ、人間もしますね、エメラル様が興味を持ってくださって嬉しい限りでs」

嫌な予感。

「これは、戦闘とかには影響しない?」

「しないでしょうね」

「…ウルスラ」

「はい?」

「時間を返してください!!」

 

事情を理解したウルスラは、落胆と同時に魔王の変わらなさに少しほっとしましたとさ。

 

「エメ、そんなに落ち込んで、どうした?」

ユーリが心配そうに声をかけてくれた。

「え?な、なんでもないですよ」

「なんでもないことはないだろ、話してみろよ」

ユーリはいつも優しい。

どうせいつか分かるなら、正直に話そう。

「戦争からユーリを守れるか、心配なんです」

そう言うとユーリは、一度驚いたような顔をして、急に笑い出した。

「な、なにがおかしいんですか!ユーリが死んじゃったら私はもう生きていけないんですよ!?」

素敵な笑顔を見せている。可愛い。

「はは…ごめんごめん、エメが俺を守ることでそんなに悩んでくれてるって思うと、愛されてるなぁってさ…」

まだニヤニヤしている。

確かに私がユーリに守られたい、なんて言われたらその場で襲いかかるほど嬉しい。

「…ふん、ユーリはいいですね、守られてて」

「はは、エメが危なくなったら、すぐ助けに行くよ」

爽やかに笑って、私に星を飛ばしてきた。

あ、ダメだ。

「ユーリ誘ってますよね?」

「え?」

とりあえず押し倒した。

ユーリは照れ隠しなのか、顔を強張らせて暴れている。

動かれたら困るから無理やり押さえつけた。

「いただきまーす」

「おい魔王!?今日くらいはさすがに勘弁してくれ!」

「ユーリが悪いんですよーだ」

 

とても濃厚な一夜だった。

 

修行してよかった!




案の定花嫁修行苦手な魔王。
またもやかわいそうなウルスラたん。


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みんなの食事風景

今回はお食事風景です。
魔王城だけだと尺が足りないので…?


魔王デラルス・エメラルの見た食卓

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

一斉に声をあげる。

食卓にいるのは、私、ウルスラ、マリン、母、クインちゃん、愛するユーリの六人。

いつもはエレナもいるのだけれど、今はまだ仕事中らしい。

 

そういえばいつまでクインちゃんはここにいるのだろうか…?店舗を見つけるまで、とか言ってたけど。

 

まあ、とりあえず食べよう。

「はーい♪ユーリィ君、あーんして、あーん♪」

「ちょ、ちょっとお義母さん…」

ユーリがお母さんにあーんされている。あんなケダモノに襲われる前に助けなければ!

「ほらほら♪あーん…ッ!」

「うわっ!え、エメ!?」

「ごめんなさい、手が滑ってフォークがすっぽ抜けてしまいました」

ユーリは女の子にすぐ付いて行ってしまうから、きちんと見ておかないと。

「思いっきり私の手を狙った気がするのだけど?」

「気のせいですよ?」

「ふーん?ならもう一度…」

「…」

次は目を狙う。が、止められた。

「お二人とも、今は食事中です」

「あら、私まで注意?」

「当たり前です、エメラル様をあまりからかわないでください」

さすがウルスラ。

「ふふふ、わかりましたか?お母さん、ユーリは私のものなんです」

「エメラル様も、簡単に乗せられ過ぎです」

「だ、だってユーリが鼻の下伸ばして…」

「あーん♪」

「喰らえッ!」

「やめてください!」

三人で睨み合う。

その他の二人は呑気な会話をしていた。

「ねえねえ、クインちゃん、ちょっとHなこととか興味ないかな?」

「ふぇ?べ、別にそういうのは…」

「まあまあ、今度私とお兄ちゃんと3人でシない?」

「ふぇぇ…押し切られそうですよぅ…」

「ね?ね?気持ちいいからさ」

3人…私も混ざりたい…というか独占したい…。

「エメラル様、涎が垂れています」

「あらあら♪ユーリィ君となにかするのを妄想でもしていたのかしらね♪」

「そ、そんなわけないです!」

「…ごちそうさま」

ユーリが食べ終えてしまった。

「ユーリ!私にあーんしてください!あーん!」

「いや、あのな、毎朝してあげてるし夜くらい…」

照れている。可愛い。

「口移しでも大歓迎ですから、早く!」

「…」

俯いてしまった。照れ隠しも可愛いユーリ!

 

結局食べ終えたのは、いただきますを言って2時間ほど後でしたとさ。

 

騎士ヘイジ・カドマツの見た食卓

 

今日はネミル殿とハルカ殿と食事会。

正直に言えばとても行きたくなかった。

最近の二人はとても不気味な雰囲気がある。おそらくは拙者に隠している暗殺作戦のことがあるからであろう。

そして案の定、空気は重い。

「…なんでこんなに黙ってるの?話そうよ!」

ネミル殿が話を振る。

「そ、そうでござるな、なら、なにか昔の話でも…」

「昔の話?勇者様の話ですか?」

「ヘイジ…あんたね…」

小声でネミル殿に呆れられる。確かに話題の選択は間違えたと拙者も思う。

「い、いや…やはり…」

「勇者様の好きなタイプとか、話さなかったんですか?」

ハルカ殿が尋ねてくる。

これが俗にいう「こいばな」だろう。

「そ、そうでござるな…こう、お姉さん的な立ち位置が好きだと言っていた気が…」

ネミル殿に足を軽く蹴られる。

しまった。

「…ふうん?なるほど?道理であの魔王に洗脳されてしまうわけですね」

かちゃかちゃと、食器の立てる音だけが響く。

「ヘイジさん、そういえばここ最近、ハザラの街の方へ行っているとか?」

まずい。

拙者が勇者殿と会っていることは、絶対に悟られてはいけない。

「まぁ…少し剣の新調を考えているのでござる」

「勇者様の情報とかは聞きませんか?」

「いや…何も聞いては…」

「わかりました、ごちそうさま」

ハルカ殿は食べ終え、杖の手入れを始めてしまった。

いっそ勇者殿が帰ってきてもらえば、このような雰囲気は味わずに済んだろうか。

辛い。

かちゃかちゃ、かちゃかちゃ。

 

その後の食事はほとんど会話も交わさず、とてもよろしくないムードでしたとさ。




お食事でした。
ヘイジかあいそう…。
そしてお義母さんと娘に取り合いされるって羨まし(ry。


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城の異変(前編)

ついにシリアス…?


「ユーリ、今日一緒に寝ません?」

「どうせ夜這いに来るだろ…」

「人間の夫婦は寝室を共にするものらしいですよ!」

 

魔王がいつにもましてくっついてくる。最近はトイレに入っても外で音を聞いている始末(この前トイレで襲われた)。

 

「あのな、そんなに依存してたら俺、逃げるぞ?」

「えっ…ゆ、ユーリは私を愛してますよね?愛してるから結婚したんですよね?」

「…これからどうなるかな」

「ごめんなさい!嫌わないでください!」

すがりついてくる。

しかもついでに色々と触られている。

「あーもう!俺は寝るからな!」

「ちょ、ちょっと!ユーリ!今日はシないんですか?5時間くらいシてないからムラムラしてるんですよぅ!」

無視して扉を閉めて、鍵をかける。

「ううう…今なら怒らないから開けてくださいよう」

扉が叩かれる。

次は蹴られる。

人くらいなら殺せるような強さの蹴りだ。

蹴破れない(特殊合金製)と分かったのか、しばらくすると静かになった。

扉も少しへこんでるし。

電気を落として、ベッドに寝転ぶ。

「…トイレ行くか」

 

魔王のいない夜は久しぶりだ。

いたらいたで、腰が砕けそうになるほどヤられるが、いないと中々寂しい…俺は何を考えてるんだ。

トイレの扉を開ける。

 

そこに、見慣れない人間がいた。

 

「…!貴様、ユーリィ・グレイか…?」

「あんたこそ、何者だ?」

真っ黒な装束。男とも女とも付かない声。

暗殺者。

ヘイジの手紙の言葉が脳裏によぎる。

「騒がなければ、殺さない」

「こちとら殺されるのはごめんだ!」

携帯している勇者の剣を抜く。

相手も少し怯んだようだ。

「…」

無言で向こうも短剣を構える。

音を立てないためか、向こうから攻撃はしてこない。

 

妙だ。

これまでの勘からして、戦わない理由は降参するか、騙しているか、援軍などの勝算があるか。

剣を持つ姿勢が崩れないあたり、降参でないのは明らかだ。

そして会話もない。騙してもいないだろう。

ならば。

「暗殺者のチームは5〜6人、だろ?」

「静かにしなければ、殺す」

その目がこちらを睨む。

 

その時。

廊下で何かが破裂するような音が聞こえた。

「…動くな」

こちらに短剣を向けたままゆっくりと扉の外を見る。

その暗殺者は、俺の目の前から消えた。

首から廊下に引きずり出されたのだ。

「ぎッ…ぎゃああああああ!!」

水っぽい音と、先ほどの暗殺者の男(?)の悲鳴が聞こえた。

恐る恐る外に出る。

「ユーリ!怪我は無いですか!?」

魔王が飛びついてくる。とりあえず抱きしめはした。

 

そこに広がる光景に目を奪われて、言葉は返せなかった。

 

内側から破裂したであろう人間の肉片。

喉を突かれ、首に穴の空いた先ほどの暗殺者。

その二人の死体を蹴って廊下の端に寄せるウルスラ。

 

「…え、エメ」

思わず尻餅をついてしまう。

「ユーリ!どこか痛みますか?すぐ治します!」

「ちがう、なんだよ、これ」

「クインちゃんの言っていた暗殺者でしょうね、私たちの愛の巣に入り込む不届き者は、殺されても文句は言えないでしょう?」

死体の手を踵で踏み潰す。

その躊躇いのない動作に、思わず。

「やめてくれ!同じ人間なんだ!」

言ってから気づいた。

彼女たちにとって、俺たちは全く『同じ人間』などではないことを。

「ユーリ、彼らは私たちを殺そうとしたんですよ?」

「でも、こんな酷いやり方…」

思わず目をそらす。

 

こんなことなら、最初からトイレから出て来るべきではなかったのかもしれない。

 

目を背けた時に、俺はウルスラの肩越しに見てしまったのだ。

昔の仲間たちが、こちらに来るのを。

「勇者様…!」

「ハルカ…ネミル…」

ウルスラがゆっくりと振り向く。

魔王は俺の前に立つ。

 

「魔王!やめてくれ!俺の仲間なんだ!」

「仲間?違いますよ、侵入者です、私からユーリを奪おうとする、ただの雌豚」

押しのけようと腕を触った瞬間、静電気のような感覚が走った。

 

圧倒的な魔力。

魔王の体に張り巡らされたおびただしい量の魔力が、俺の指を弾いたのだ。

ウルスラは向かって来る二人に、青い剣を向ける。

「喰らえっ!最大火力!」

「エメラル様!下がってください!」

ネミルの詠唱を聞いて、すぐにわかった。

 

『女神の光』

ネミルが遺跡を探索して見つけた、究極魔法。

その光に呑まれた物は、何もかも消え失せるという、魔王に対しての切り札としての魔法だった。

代償に、それを使えば魔力は激減し、回復するまで一人では歩くことも困難になる。

 

ネミルが叫ぶ。

「浄化せよ!女神の光!」

その太い光線は、ウルスラと魔王を貫くように一直線に飛ぶ。

「ウルスラ、あなたが下がりなさい」

「エメラル様、しかし」

「あなたがここでヘマしては困ります」

魔王はウルスラを優しく光線の軌道から押しのける。

 

 

光は、魔王に当たり、そして。

 

 

「なんですかこれ?お粗末な魔法ですね」

「だから私でも止められると申しましたよ…」

 

消えた。

 

「え…?」

ハルカが固まる。

ネミルは魔力を失い、倒れる。

 

「お気に入りの服が少し焦げちゃいましたよ」

「エメラル様、後で私が修繕しますから」

「でも革も使ってますよ?」

「大丈夫です」

呑気な会話。

ハルカは完全に放心状態だ。

「ハルカ!ネミルを連れて逃げろ!」

俺の言葉で、ハルカはばね仕掛けのようにネミルを抱えて走り出す。

しかし、その道は魔王が小さく何かを詠唱することによって、大きな樹が生えて塞がれる。

「おっと…逃げないでくださいよ」

「ひッ…!」

ハルカは恐怖からか固まっている。

 

その顔は、これまで見た、魔王に襲われた人々と同じだった。

 

「エメ、頼むから、見逃してくれ」

「いくらユーリの頼みでも、ダメです」

「お願いだ、なんでもするから!」

すがりつく。が、優しく引き剥がされる。

「殺しますよ、それが報いというものでしょう?」

「…させないぞ」

俺は転移魔法を詠唱した。

ガタガタの詠唱だ。

だから、どこに飛ぶかわからない。

それしか希望はない。

もちろん海の底に飛ぶ可能性もあるけれど。

 

「エメラル様!ユーリィ様を止め…!」

「…ウルスラ、放っておきなさい」

「ですが…」

「呪印はきちんと付けました」

「呪印…ですか」

 

転移魔法の光が二人を包む中、少しだけ話せた。

「頼む、もうここに来ないでくれ!」

ハルカは最後に何か叫んだ。

それは、呪印を植え付け、満足した魔王を怒らせるのには十分だった。

「私、ずっと、勇者様を愛してました!」

 

そして、消えた。

 

 

「…ごめんな、俺はエメを、愛してる」

誰もいないその空間に呟く。

 

「ユーリ、お話があります」

魔王に囁かれる。

 

話はまだ、終わっていない。




奪回はまたも失敗…。
後編に続きます。


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城の異変(中編)

勇者奪還計画はまたも失敗…。
その後どうなる?


扉がノックされる。

「ユーリ?あの…ご飯を持ってきたんですけど…」

魔王の声だ。珍しく泣きそうな震え声。

「いらないから」

「…昨日も、食べてないじゃないですか」

「俺はエメが、あの3人の殺害を謝罪して、きちんと埋葬しない限りは何もしてもらう気にはなれない」

 

扉がミシリ、と歪む。

「ふざけないでくださいよ!部屋に閉じこもって、過ぎたことをネチネチ言って!」

「過ぎたこと!?何様だよ!俺も彼らも、同じ人間なんだぞ!」

「ユーリ、何度言えばわかるんですか?ああしなければ、殺されたんですよ!」

今でも目を閉じたら思い出す。

 

死体の散乱した廊下。

無造作に投げ捨てられるバラバラ死体。

「疲れましたね」と笑いかける魔王。

 

「殺されるかもしれないけど、やり方があっただろ!なんですぐに殺したんだよ…」

扉の外で、かちゃん、と音がした。

「ご飯、置いておきます、食べてくださいよ?もう3食も抜いて、死んでしまっては私は…」

「もう、いいから、あんな死体見て食えるわけないだろ」

「…拗ねたユーリは、あんまり好きじゃないです」

あくまで自分の好き嫌いに判断を委ねる。

その物言いに、ついに俺の中で何かが切れた。

「どうせエメなら、俺だって簡単に殺せるだろ?嫌いならさっさと殺せばいいじゃないか!」

ガンッ!と扉が叩かれる。

「ユーリ、その冗談は、笑えませんよ」

「…死んだって、笑って捨てるだろ?あの三人みたいに」

「やめて…」

「俺も死んでいいと思ってるから、あんなことを」

 

「もうやめてください!」

魔王が涙声で叫ぶ。

 

そして、しばらく二人とも黙っていた。

「開けてください」

「嫌だ」

「開けなくても、私ならこじ開けられます」

「それをしたなら俺は自殺する」

「…ユーリ、顔を見せてくださいよ、ユーリのいない毎日なんて私にとっては」

「うるさい!謝れよ!あの三人に!そうやって好き勝手するエメのせいで命を落とした、あの三人に!」

 

「全てユーリのためです!あの女たちだって、私が呪印を付けなければついて行ったんじゃないですか!?」

 

「そんなわけッ…!待て、呪印?」

「…隠しても仕方ないから言います、ユーリに呪印を付けました、私が望めばいつでも連絡を取り、位置が分かり、行動を制限できる、首輪の呪印を」

「…エメ!何を勝手に!」

「勝手なのはユーリでしょう!?他の女と話したり告白されたり、見るだけで腹わたが煮えくり返るような思いをしたんですよ!」

「そうやって独占なんかするのは」

「間違ってません!愛するユーリを誰にも渡さない、殺させはしません、そのための呪印です!」

「もう嫌だ!俺はお前の束縛なんかうんざりなんだよ!愛って大義名分を振りかざして暴れて!」

 

がちゃん!と音が聞こえた。

何かが割れるような音。

恐らく食事の乗った盆を壁だか床に叩きつけたのだろう。

「開けます、離れてください」

「嫌だ、何かしたら俺はここで首を切る」

「許しません、例え黒魔術を使ってでも蘇らせます」

特殊合金の扉が、ミシミシと音立てて軋む。

俺は、勇者の剣を手に取る。

 

バキン!と扉が割れる。

「ユーリ、剣から手を離して」

魔王だ。

寝不足なのか、泣きすぎなのか、目は真っ赤に腫れていて、ふらふらしている。

「嫌だ、近づくな」

首に剣を当てる。

もしも、魔王がこちらに無理やり来るならば、本当に首を掻っ切るつもりだった。

魔王は、足を止めない。

「ユーリ、馬鹿な真似はやめてください」

「うるさい」

「剣を置いてください」

「うるさい!」

 

「…首輪の呪印を、使いますよ」

魔王の手から細く、赤い魔力の糸が伸びて俺の首に繋がる。

「やめろ、そんなことしても、無駄だ」

しかし、段々と剣を持つ手から力が抜けるのは分かった。

このままでは、魔王の思うつぼだ。

 

やるしかない。

 

「…もう、限界だよ」

「こっちのセリフです」

「時間切れだ、エメ」

そして俺は、全力で剣を引く。

魔王は呪印から感じたのか、首輪のリードを引く。

「ユーリ!」

熱い感覚が首を襲う。

もう間に合わない。

 

俺の意識はそこで途切れる。

 

今まで殺した魔物も、みんなこう思ったのだろうか。

 

生きたかった、と。




勇者…まさかの死亡…?
今更ヤンデレっぽくなった魔王。
勇者を失った魔王は、どうするのだろう。


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城の異変(後編)

メリクリです!
一緒に過ごす異性なんていませんが…。
というか、浮かれたクリスマスオーラと正反対の迎え方をしてしまったこのお話…。


首が痛い。

 

手足が痛い。

 

傷ついた俺の体に寄り添う魔王。

 

その顔は、リードを手にして満足そうだ。

 

だから俺は、リードを断ち切った。

 

魔王はそれを見て、泣いた。

 

 

「…ぅ」

青色の柔らかい光に目が覚めた。

「お目覚めですか?」

ウルスラの声だ。

「ウルスりゃ…?」

舌が回らない。手足も動かない。

「ろ、ろうなっえるんあ…?」

「麻酔の代わりの魔法と、ベルトで固定しています」

「あんれそんなこと…」

「舌を噛まれては、また自殺に繋がるでしょう?」

「おえは、自殺したいんじゃ…」

「知っています、ですが、エメラル様のご安心のために」

「エメ…」

「今、エメラル様はとても不安定でらっしゃいます、ご公務の手も止まり、ご飯も喉を通らず、ユーリィ様の名ばかりを口にしています」

「エメに、会わせえくえ」

「…エメラル様から、伝言です」

そう言うとウルスラは、紫に光る水晶を目の前に置く。それは映写機のように、壁に魔王の姿を映した。

「こえって…」

「エメラル様から事前に預かったものです」

 

「ユーリ、これを見ているなら嬉しいです

でもユーリからしたら、私の顔なんて見たくもないですよね

私は、ユーリを殺そうとしていました

あれだけ愛すると言って、殺そうとした

それは決して許されるべきことではありません

ユーリ、私を嫌ってもいい、でもこれだけは、本当に信じていてほしいんです

私はユーリを愛しています

たとえユーリが死んだって、想い続けます

たとえユーリに嫌われても、追いかけ続けます

たとえ、たとえユーリが…私のことを殺そうとしたって、受け入れます

ユーリに殴られて、蹴られて、切られても、ずっと追いかけます

想いが届かなくたって…私、は…

諦め、ませんから…

こんな、っ…粘着質なところ、嫌い、ですよねっ…でも、でも私はユーリが好きで、愛する形はこうやってっ …、表すものだって、それしかっ、わからなくて…

ごめんなさい、ごめんなさいユーリ、許してもらえるなんて、思ってません…

でも、私は、ユーリに嫌われても、どうしてもユーリを守りたいんです

遅くなって、ごめんなさい

あの三人の暗殺者は、きちんと埋葬して、お墓を立てました

ごめんなさいっ

本当にっ…ごめんなさい…」

 

そのあとは、思い出を話していたかと思えば泣き出し、ひたすら謝罪して、何を言っているかわからないように喚いたり、ひたすらにガタガタの魔王が映っていた。

 

「もう、いい」

水晶の光が消える。

「…行きますか?」

ウルスラが俺の顔に手をかざし、次の瞬間には口の痺れが取れていた。

「ありがとう、ウルスラ」

拘束具が外される。

「不安定ですから、くれぐれも怒らないように」

「わかってる」

そして俺は、愛する人の元へ向かう。

もう責めることはない。

慰めてやる。たったそれだけ。

 

「エメ、入るぞ」

「…だめですよ」

「なんでだ?」

「わざわざ殺されに、来たようなものじゃないですかっ…自分を殺そうとした相手のいる部屋に、入るなんて」

「入るぞ、いいな」

扉を開ける。

そこには、散乱した俺の下着や服や、使っている食器、もっこりと膨らんで震える毛布があった。

「来ないでください、私を殺しても、蘇ってでもユーリにつきまといます」

毛布が喋る。

「おい、エメ、伝えたいことがあって」

「聞きたくないです!もうやめてください!私はユーリをこんな愛し方しかできなかったんです!仕方ないじゃないですか!」

「俺はお前を」

「やめて!」

「好きなんだ!」

「っ…え?」

「愛してる、だから勝手に死ぬなんて言うなよ」

「やめて、やめてください、そんなことを言うから私が辛くなるんです」

「辛くたって俺が側にいてやる、だから」

「そう言っても、ユーリは私を嫌って」

「信じろよ!俺が好きって言ってんだよ!」

もう俺は腹をくくった。

魔王に歩み寄り、抱きしめる。

「こんな私で、いいんですか?」

「当たり前だろ、エメじゃないとダメだ」

「人を殺すのは避けますけど、性欲もすごいし、独占欲もあるし」

「全部含めて、言ってる」

「…もう、嘘だとかは通じませんよ?」

毛布から泣き腫らした顔が出てくる。

「ああ、好きだ、エメ」

優しくキスしてやる。

すると目に再び生気が宿った。

「ユーリ、ユーリ…怖かったですよぉ…」

押し倒され、抱きしめられる。

優しく包んで、頭を撫でてやる。

「ごめん、気持ちも考えずに、あんなに怒って」

謝罪した。

しかし、何やら様子がおかしい。

息が荒い。

顔が赤い。

まさか。

「…ずっとご無沙汰でしたよね?こっちは」

「ま、待てよ公務とかもあるし」

「全部含めて好き…なんですよねぇ?」

「それはっ…!」

「もう逃がしませんからね、ユーリ♡」

 

14時間後

「ぅぅ…なんでこんな雑務が溜まってるんですか…」

「溜まった公務を、気絶するまでユーリィ様とシたりしてサボったからではないですか?」

「全く手伝ってくれないし…」

「当たり前です、で、なんでここでエメラル様の惚気を聞かなくてはいけないんですか?」

「ウルスラが寝たら寂しいじゃん」

「ユーリィ様にお手伝いをお願いしては?」

「ユーリィが隣にいたら集中なんてできませんよ…むふふふ…」

「…寝ます」

「ちゃんと仕事しますから隣にいてくださいお願いします」




無事仲直り。
今日中には聖夜(番外編)を書きたいと思っております。
どうせ恋人なんていませんし…。
ユーリィみたいなイケメンが恋人とか友達にいたらいいですね…。


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サンタ編
聖夜のお城


聖夜編です。
性ではありません。
決して性ではありま(ry。
ではクリスマスの魔王城をお楽しみください。


「〜♪ふんふふ〜ん♪」

魔王が何やら上機嫌だ。

「エメ、どうした?」

「え!?あ、いえ、何でもないですよ!」

棚の前に立ち、わたわた手を振る。

まさか、あの棚の中に俺を拘束したりするトンデモな物が入ってたりするのか?

「おい、魔王、その棚の中」

「もう寝ましょう!ね!ささ、寝ましょう!」

言っておくが今は冬のよく晴れた昼。

「絶対怪しいだろ…なんかモミの木も玄関に飾ってあるし、城がウルスラの魔法で青くチカチカ光ってるし」

「ウルスラはモミの木が大好きなんですよ!あのイルミネーションは模様替えです!」

「あのな」

「こういう時にはHが一番!モヤモヤは下から解消するのです!」

飛びついて押し倒される。そのままキス。

流れるような動作だ。

「馬鹿、やめ…むぐっ!」

「んッ…♡さ、ささ、25回シますよ!」

え?聞き間違いだよね?

「でも25回も出せますか?まあ、出させますけど」

「待て本当に死ぬからっ!」

 

5時間後

「ユーリィ様?生きてらっしゃいますか?」

ウルスラにつんつん突かれる。

「元気だよ…腰が砕けただけ…」

「今日はゆっくりお休みください」

ウルスラの肩を借りて、食卓の椅子に座る。

そして魔王城に住む、主人の家族、使用人、見習い、謎の魔法使い、死んだ元魔王がわらわら集まる。

「さて、今日はクリs」

エレナが何か言おうとした。

が、魔王の声にかき消される。

「え!?クリトr」

で、ウルスラの声にかき消される。

「食べましょう!」

今日のご飯はやけに豪華だ。

魔界に住む九面鳥の丸焼き。

苦悶の表情を浮かべた人をかたどったクッキー。

そして大きさ40cm、高さは1mはあろうかという大きくて白塗りのケーキ。

「なあ、誰かの誕生日か?」

魔王はただニコニコしている。

「まあ、いいか、いただきまーす」

その料理は、どれもこれもいつもの数十倍は美味しかった。いつもの料理も美味しいけど。

 

2時間後

食卓の皆はウルスラを除いてぐったりと机に突っ伏している。

もちろん俺も。

別に料理に毒はない。

「どうするんだよ…このケーキ…」

食べ過ぎだ。

ケーキは未だ半分ほど残って、こちらに威圧感を放っている。

「エメラル様のご指示で、巨大なケーキを作れと」

「私はもう少し小さいのを想像してました…」

魔王もぐったりだ。

そこから出た結論は一つ。

「寝よう」

「寝ましょう」

「寝るのです!」

「…寝る」

「片付けを…」

「寝ようかしらね♪」

二つだったけど、みんな寝室に向かう。

 

「ダメだ、ユーリィ、寝たらエメに襲われる」

自分に言い聞かせる。

お腹がいっぱいになると眠くなるのは当然だ。

しかし、寝たら負けだ。

魔王に襲われる。絶対あの棚には首締めの紐とかが入っている。特殊なプレイで俺が死ぬことを想定して慰霊祭のようなことをしたのだろう。

「…うう」

頭が揺れる。

次の瞬間、窓が開いた。雪がちらちらと舞い落ちてくる。

「魔王!窓から忍び込んでまで俺を襲いに来たのか!?」

そう言うと、バタン!と窓が閉じた。

どうやら危機は脱したようだ。

魔王は結構眠気に弱い。もう来ないだろう。

「これでぐっすり眠れる」

布団に飛び込む。

しかし、その後すぐに、扉が少しだけ開いた。

「っ…!」

「ユーリ?起きてますか?おーい?」

熊には死んだふり。

魔王には寝たふりだ。

「ぐ、ぐー、ぐー」

「…寝てる演技だったら犯しますよ」

怖い。が、ここでめげてはいけない。

「…ま、いいでしょう、メリークリスマスです、ユーリ、愛してますよ」

そう言って小包を置いていった。

「…行ったか」

警戒しながら小包を開ける。

そこには

使用済みと思しき魔王の下着

ローション

首輪

手錠

ムチ

見るのが嫌になった。

よし、寝よう。

再び布団に入る。

すると、窓がキィ、と鳴った。

開いたのだろう。

目を閉じて寝たふりをする。

魔王ならば、布団に入っている時点で取り押さえられて無理やりさせられる。

マリンちゃんならば、なんでもいいから犯される。

非常にまずい。

が、その侵入者はしわがれた声で笑っていた。

「ふぉふぉふぉ、寝たふりなどせんでも、サンタは優しいのだから、プレゼントくらいはあげるさ」

ゴト、と何かを置く音がして、鈴の音が聞こえたかと思うと、人の気配は消えていた。

恐る恐る振り向いて、机の上にある物を見つける。

金製の懐中時計だ。

手にした瞬間、俺は手に電流が流れたように感じた。

「痛っ…!」

手を離す。

時計は止まっている。

「なんなんだ、これ…」

魔力を流し込むと痛みが出ることを利用したびっくり箱ならぬびっくり時計なのだろうか。

手に魔力がじんじんと流れている。

「…もう寝るか」

ベッドに入ろうとして、気づいた。

「…え?」

雪が、降っていない。

正確に言えば降ってはいるのだが、静止している。

そして、数秒後に、また降り出した。

俺は、とんでもないものをプレゼントされたのかもしれない。

で、結局サンタって誰だろう?




クリスマスをなぜ勇者が知らないかは、またの機会に書きます。
ザ・ワールド的な力を手にしたユーリ。おめでとう!
時を止められたら便利だよね…。

メリークリスマス!


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勇者の覚醒

サンタさんから変な時計をもらった勇者。
そして変な能力を覚醒するのでした。


朝起きると、隣に魔王が寝ていた。

最近は寝てる間に襲われることはないので、鍵をかけず寝ていたが、ちゃっかり入ってきた。

「んん…ユーリ?」

「あ、おはよう」

ぽんぽんと頭を撫でてやると、ふやけた顔で抱きしめられる。

「なんですか?その時計」

魔王が右手を触ってくる。

そういえば握ったまま寝てしまったようだ。

金時計。

何やら魔力が入っているようで、それを触ると体に流れ込む感触があった。

そして、時が止まった。

金時計は動いている。昨日触った時は止まっていたのに。

「ユーリ?」

「…話、聞いてくれるか?」

「構いませんけど…」

 

これまで起こったことを話した。

すると、魔王は俺の手を握ってきた。

「ユーリ…少し夜の営みがハード過ぎたかもしれませんね…」

「俺は正常だ!」

「おかしいですよ!時の魔法なんて、扱える人間を聞いたことがありません」

「確かにそうだ、でも例外はあるだろ?」

「神様でもない限り、時を止めるなんて無理です、私でも1秒止められませんし」

「…見てろよ、止めてやる」

金時計を握る。

昨日の弾かれるような感触とは違い、じわりと何かが入ってくる。そして、段々と魔王のまばたきがスローモーになる。

「止まった!見ろ!エメ!」

しかし魔王はぴたりと動かない。

魔王には今の俺は見えないだろう。

「…ならどうしようかな」

あそこまで恐ろしかった魔王が、無抵抗で座っている。

仕返しだ。

「見てろよ…」

 

魔王の服をはだけさせる。

縄で縛る。

目隠しする。

 

そっち系のプレイみたいになったが、焦らしプレイも魔王へのお仕置きにはちょうどいいだろう。

「はは、これでよし」

時計を離す。

時計が動き出した。

「…!なんですか!?目の前が真っ暗に!」

「どうだ?拘束されるだけの恐ろしさがわかったか?」

胸をつついてみる。

「んッ…」

色っぽい声をあげて、体をくねらせている。

その調子で色々撫でる。

「ユーリぃ…焦らさないでくださいよ…」

「これまで襲ってきたのを謝ったら許してやる」

すると俺の股間に足を伸ばし、ぐにぐに弄ってくる。

「私が謝るのなんて筋違いですよーだ」

「…ふぅん?」

このまま焦らすとしよう。

 

1時間後

「んッ…ふっ…まだまだ」

「とろとろのくせに」

 

3時間後

「あ、あのぅ…ちょっと休ませてください…」

「ダメだ」

「いじわる、んっ…!」

 

5時間後

「キスだけ、キスだけでいいからさせてください…」

「仕方ないな、ほら、指」

「指じゃないです」

「じゃあお預け」

「指でいいですから、んっ、むぐっ…れろッ…」

 

6時間後

「失礼します、ご飯ができまし…た…」

「あ、ウルスラこれは違」

「ユーリ?先っぽだけ、先っぽだけしゃぶらせてください…お願いします…ユーリの無しじゃベッドが濡れて、私ももうとろとろなんですよ…」

「…ごゆっくり」

「ウルスラ!そういう趣味じゃない!」

「しゃぶらせてください…お願いです…」

 

8時間後

「はぁはぁ…はぁ…」

「おい、エメ?平気か?」

「…す」

「え?」

「こんなに焦らしてこれは襲ってくださいってことですよねそうですよねとろとろになった私を犯すわけでもないしこれはユーリが犯してほしいってそういうことですよね愛してます」

「!?」

縄が切れ、服が破れ、目隠しが取れ、魔王が据わった目でこちらを見る。

「エメ、時を止めて逃げられるんだぞ?俺は」

「無駄です」

俺の首に、赤い文様が浮かぶ。

「首輪っ…ズルいぞ!」

「ああ首輪付けられたユーリかわいいですよワンちゃんよりずっとかわいくて従順になるユーリ大好きです!」

首輪の命令で引きずり倒され、時計が奪われる。

「ま、待て、謝るから!」

「いただきます!」

 

15時間後

「あーあ…もう限界ですか…」

魔王が退屈そうに自分の体中にこびりついた、粘ついた白濁液をぺろぺろなめる。

「もう、許してくれ…」

「肌がふやけて私の匂いが取れなくなるまで舐めて、擦り込んで、吸い付いて、染み付けてあげます」

体をひたすら舐められ、乗られ、擦られた。

「夜はこれからです♡」

「待て待て!頼むから許してくれ!」

「いい声で鳴いてくださいね?」

 

次の日

「ユーリ、生きてますか?」

「…終わった?」

「終わりましたよ?体中私の香りに包まれて嬉しそうですね♡」

体がべたべただ。唾液とか、とにかくありとあらゆる体液を染み込まされた。

「…そんなことより、俺の力は?」

「クインちゃんに金時計を調べてもらいました」

「うん」

「これ、サンタの魔力入ってますね」

「サンタ?」

「昔はニコラとかいう名前でしたが、神様ですよ」

「…え?」

神様?

神様って実在するのか?

「私より強大な神、その一人です」

「…そのサンタさんが、なんで俺にこんなもの?」

「…サンタは、あまり魔族の前にも人間の前にも姿は見せませんし、特別に気に入った者以外には望むプレゼントを渡すだけです」

「結局不明ってことか?」

「いえ、恐らく、ユーリの中の魔力に反応したか何かで、ユーリを魅了する気です」

「魅了って、そんなわけ」

「ユーリに惚れ込んでるんです!たとえ神様だろうが私が殺さないわけにはいきません!」

まずい。またハイライトオフだ。

死人?いや、死神?とにかくこれ以上魔王が誰かを殺してしまうのは勘弁だ。

「俺が聞いたのはしわがれた声だったぞ!」

「…ユーリ、声、聞いたんですか?」

肩を掴まれる。

「え?いや、ちょっとだけ」

「…傀儡ですね」

「傀儡?」

「ニコラは欲の強い神だと聞いたことがあります、彼女はきっと誰も来ない場所で、死人を操って、人々の心をプレゼントで奪って、気に入る者を見つけたら引き込む、そういう神なんだと私は思っています」

「それは、少し歪んでるんじゃ」

「ユーリはクリスマスという言葉を知らないでしょう?」

「ん?ああ、まあ、な」

「ニコラというのは人間でした、彼女はとても優しく、美しく、人々に愛され、いつしかとても有名な娘になっていました、しかし、彼女にはどうしても欲しいものがあったのです」

「欲しいもの?」

「愛する人、ですよ」

「みんなに愛されてたんだろ?」

「彼女が愛を注げるものは、無かったんです、生きているうちに多くの貴族や王族から贈り物を受け、愛を告げられましたが、彼女には全て魅力とは思えなかった」

「どこからそんな情報」

「ユーリの育った街は元々、貴族の元で繁栄したのですが、その貴族はニコラに求婚を断られ、それ以来クリスマスを祝うことはなくなりました」

「結局、クリスマスって何なんだ?」

「ニコラの誕生日です」

もう頭が痛い。

しかも魔王も目がおかしい(暗く淀んでいる)。

よし、ここは魔王も頭を冷やす必要がありそうだ。

「…少し考えさせてくれ」

「いいですけど、部屋からは出ないでくださいね」

「…分かったよ」

 

魔王城よりずっと北

極冠周辺

「ユーリィ・グレイ…」

赤い服を着た一人の女が、ユーリィの写真を撫でる。

「可愛い…愛せそう…」

頰を赤く染め、写真に口づけして、かたりと置く。

足元の、生きているとは思えない老人達の死体を、全く気にせずに。




時計を持てば時を止められる勇者。
なんか色々壊れた性能の魔王。
そして、新キャラ(?)サンタさんことニコラ。
次からはサンタ編です。


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勇者の覚醒(その2)

サンタに惚れられた勇者。
早速連れ去られ…!?


朝ごはんを食べる。

ごく普通の日常で行うことだ。

 

いただきます、と言う。

これもまた同じ。

 

時を止められて誘拐される。

これは、ほぼありえない。

ただ、ほぼありえないことに自分が出会わないとは限らない。

 

俺のように。

 

「…おはよう、気分は?体調とか、平気?」

思わずスープの入ったスプーンを落とした。

お城でご飯を食べていて、そこから一瞬で外に吹雪の吹きすさぶ、ログハウスに攫われたのなら仕方ないだろう。

しかも、見たことないような美人のお姉さんに至近距離で見つめられていたのなら。

「…あんた、は?」

「怖がらせちゃった、かな、私はニコラ、あなたが大好きな、ただの神様」

落ち着いた調子で答える。

しかし、言っていることはどうかしている。

「エメの言っていた神様?」

「ニコラ、でいい、そ、神様、あなたと一緒に暮らしたくて、時を止めて攫ってきた」

「俺をどうする気だ?」

「私はあなたが好きなの、同棲しようよ」

 

無表情で、しかし少しだけ口元を緩め、頰を染め、落ち着いた口調で優しく話す。

見た目は20代くらいか。

とにかく、彼女にはとてもよく似合う話し方だ。

魔王の可愛さではない。もっと、美しい、という言い方の方が似合う女性。

魔王と出会う前の俺なら、喜んで受けていただろう。

 

しかし、今俺の愛する女性は、魔王だけだ。

「…ごめん、ニコラのお願いは聞けないんだ」

すると、少し表情が固くなる。

「聞くとか、聞かないとかじゃないの、あなたはここから出られないから」

「え?」

「外はブリザードだよ、止むことのないブリザード」

確かに窓からは、暗い空に雪がものすごいスピードで流れる様子が見られる。

「監禁でもするつもりか?」

「悪い言い方をするなら、そう」

途端に怒りが湧いてきた。

愛する人と引き離され、自分が好きだから監禁する、それは自分にとって同棲だから構わない。

勝手な言い分だ。

「ふざけるなよ、俺はエメを愛してるんだ」

「ふざけてなんかない…私は神になってから、ずーっと一人ぼっちで愛する人もいなくて、辛かった」

「同情でもしてほしいのか?」

「同情でも構わない、一緒にいて、私の愛を受け止めてくれるなら」

まっすぐ見つめて、言われる。

「…認めない」

そう言うと、ニコラはキッチンの方へ行ってしまった。

 

紅茶が置かれる。

「欲しいものなら、私が何でも創るし、食べたいものも、したいことも、何だってあげるからね」

後ろから頭を撫でられ、手を回される。

俺は、それを叩いて拒絶した。

「…やめろ」

「…痛い、なんで叩くの?」

「俺はエメが好きで、あんたは眼中に無いからだ」

「手を繋ぐのは?」

「嫌だ」

「ハグ」

「嫌だ」

「キス」

「嫌だ」

「夜の営み」

「嫌だ」

言い終えると、黙って別室へ行ってしまった。

紅茶を飲む。

 

飲んでしばらくすると、眠くなってきた。

「っ…薬?朝から眠くなる、なんて…」

紅茶に薬を入れられたのだろうか。

しかし、出られない環境で俺を眠らせて何になるのか。

机の上でうとうとしていると、後ろから声をかけられた。

「眠いの?」

「放っておいてくれ」

それだけ絞り出す。

今にも眠りそうな、強烈な眠気だ。

「眠いなら、私のベッドまで運ぶよ」

「必要ない」

しかし、体が動かないばかりに簡単に担がれ、別室のベッドに寝かされる。

「おやすみなさい」

俺の上に覆いかぶさり、髪を撫でている。

俺はそれを見て、しかし眠気のせいで何も言うことはできなかった。

 

目を覚ますと、何か柔らかい感触があった。

「…?」

隣に目を向ける。

ほんの数cmほどの距離にニコラの顔があった。

「お前っ…!」

抱きしめられているのだ。

ふにふにした感触と、いい香りがふんわり漂ってくる。

「…おはよう」

「離れろ、俺に触るな」

できるだけ強い口調で言う。

しかし、少し厳しい目になっただけだ。

「嫌、私の愛を受け止めてよ」

「俺は嫌だって言ってるだろ?あんたの愛なんてこれっぽっちも欲しくはないんだよ」

「いいよ、何年も暮らせば、きっとあの女より私の方がいいって分かるから」

「…俺は今も、これからもずっとエメを愛してる」

「なら、別に体を交わしてもいいじゃない、愛してるのが変わらないなら、私の自己満足だけ助けてよ」

「嫌だ!離れろよ!」

「…痛い目みないと、分からないかな?」

「望むところだ、そんなの」

「わかった」

ニコラは少し笑った。

その時の、冷たい目を俺は忘れないだろう。




いちゃいちゃにしか見えない勇者とニコラ。
次回はお仕置き?それとも、拷問?
ニコラたんは魔王よりずっと色っぽいけど、ぼんやりしたお姉さんな感じです。


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勇者の覚醒(その3)

監禁された勇者。
痛い目に合わされるそうですが…?


「私、あの女とは違って、性欲はそんなに強くはないけど、あなただったら、いくらでも食べられるよ」

何かを準備して、縛られた俺に声をかける。

 

何が起きているのか。

昨日ニコラに挑発と反抗しまくった結果、痛い目、とやらに遭わされるらしい。

「おい、やるならさっさとしろ」

「怒らないで、もう準備できたから」

ニコラがゆっくりと長身をこちらへ運んでくる。

手には注射器。

中には何かの液体がたっぷり入っている。

「…何だよ、それ」

「ん…、自白剤、みたいな、心を曝け出させるお薬、ちょっと魔力で改良した、けど」

自白剤。

その言葉に身体が震える。

「それを打ったって、俺はエメ一筋だぞ」

「何かを自白させるわけじゃない、あなたの深層に、私を刷り込むだけだから」

腕に針が刺さって、たっぷりと注射される。

「おやすみ」

「誰が…眠るか…」

 

しばらく後、俺の意識は段々と薄れる。

目の前がボヤけ、頭が痛くなる。

喉が乾く。

そんなことより、眠い。

いいや、怖い。

 

感情すらもよく分からなくなり、俺は、人形になった。

 

「ユーリィ?聞こえるかな?」

「…?なんだ、ニコラか、エメかと思った…」

魔王に会いたい。

意識はピンボケしたようなものだが、それでも魔王に会いたい、その気持ちは残っていた。

「…」

胸が蹴られる。

それも、息ができなくなるほどの強さで。

「ごぼッ…!げほっ、がはッ!」

「あの女の名前を、出すな、わかった?」

「ニコラの言うことを聞く必要がどこに…」

顔を殴られる。

これもかなりの強さで。

「ぐっ…!?」

「あなたの名前は?」

「ゆ、ユーリィ・グレイ、昔は勇者って言われてたけど、今はエメの夫で」

首を絞められる。

「学習、しないね…?」

「かッ…はっ…ぐ、るし…イっ…」

このままでは死ぬ。

が、俺の意思に反して、体は鉛のようだ。

「…あなたの、想い人を聞かれたなら、エメとは答えないと誓えるかな?」

「わッ、が…った…からっ…!」

手が離される。

「よしよし、よく言えました」

頭をなでられた。俺はいいことをしたのか?

「私もね、こんなことしたくないの」

「…じゃあ、しなきゃいいだろ」

「生意気だね…でも、それでもあの女のことを言わなくなれば、私はそれで満足できる、今のところは」

「…ニコラ、悪いけど、エメのことは忘れない」

つい、口が滑った。

さっき誓ったのは嘘だ。こう言わなければ殺されてしまうから。

だから俺は、魔王のことを心にいつも留めようと、ただ思っていただけなのに、自白剤のせいだ。

「あのね、あなた、まだ私が何を望んでいるか分からないかな?」

余計なことは言わない。

そう思っているのに。

「エメのこと、忘れろってんだろ?できるわけない」

その言葉に、ニコラは。

「…チッ」

心底憎々しそうに、舌打ちした。

 

そして、次に気づいた時。

俺はただひたすら謝っていた。

「ごめんなさい…殴らないでください…もう言いません…」

「…ホントにわかってるのかな?」

体がズキズキ痛む。

殴られ、蹴られしたのだろう。

「もう、彼女の話はしません…お願いします」

怖い。

さっきまであんなに反抗していたのに、それが俺の中で打って変わって、恐怖に変わった。

そして、抱きしめられる。

柔らかい胸に顔を埋める。

「それでこそ、あなた、あなたには私しか救いはいないよ?外に出られない、ここであなたが私を拒絶したら、傷が増えるだけだよ?わかった?」

「ごめんなさい…これからはニコラだけを見てます…」

こんなの嘘だ。

けれど、口に出ない。

出せない。

自白剤が切れたのか。

それとも、もしも、本当に心を屈服させられてしまったなら。

もしそうなら、どうやって生きていけばいい?

「あなたには、私しかいない、私を頼れば、どんな物でもプレゼントしてあげるから」

蕩けた顔で、唇が近づく。

キスを求められる。

 

それが拒絶できない。

そして、その日、初めて俺はニコラとキスをした。

不思議と、安心感が湧いていた。

「いい子…」

 

何回も唇を甘噛みされ、ベッドの上で、もつれる男女。

先ほどからキスしかしていない。

けれど、気持ちがいい。

ニコラがキスを求めるたび、俺は使命感にかられる。

恐怖からか、それとも…?

「私だけ、ずっと頼ればいいんだよ…?愛を、無限の愛を君にあげるからさ…」




洗脳…。
魔王早く助けに来ないと、廃人になってしまう…(廃人にするつもりないけど)。


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勇者の覚醒(その4)

ニコラに身も心も掌握されつつある勇者。
魔王はいつ助けに来るのだろうか…。
後半は魔王視点!


「可愛いね、あなた」

俺は裸にされ、ニコラを抱き締めるよう命令された。

俺は、断れない。

断れば、体に傷が増えるだけだ。

 

昨日は2回失神した。

言うことを聞かなければ殴られ、エメの名前を言えば蹴られ、体はズタズタになってしまった。

しかし、夜になって、俺がエメの名前を呼ばなくなると途端に機嫌が良くなり、キスされ、足をからめ、腕をからめ、とても愛を注いでくれた。

これが飴と鞭なのだろうか。

けれど、ボロボロの心と体に彼女の愛は染み入って、涙を流すほど嬉しかった。

彼女はおかしい。

魔王の愛より、もっとおかしい。

それを受け止めてしまう俺が悪いのかもしれないが。

 

「ねえ、まだ帰りたいかな?」

「…っ、いいや、別に」

「嘘はダメだよ?」

「…ニコラと、一緒にいる」

そう言うと、優しくキスされる。

「よく言えました、教育したかいがあったね」

俺は彼女に毒されている。

魔王の愛とは違う、優しく、包まれるような愛。

これが母性なのだろうか。

「…私たち、恋人だよね?」

覆い被さられる。

俺は、嘘をついた。

正確に言えば、それはつかざるを得ない、正しい嘘だったと思う。

「…そうだよ」

「なら、さ、ちょっとは愛し合お?キスより、もっともっと気持ちいいことで」

俺は彼女に支配されている。

抜け出すことは、俺だけでは無理だ。

魔王が来るまでの辛抱。

しかし、ブリザードに阻まれたここは、指輪の通信もできず、ただ殴られて、待つしかない。

嫌だ。

が、魔王以外と関係を深めるのは、もっと嫌だ。

俺は、大切な判断を下した。

誤まってはいない。そのはずだ。

「嫌だ、俺はエメを愛している」

「…クソが、なんでッ…言う通りにならねぇんだよ…」

壁に思い切り拳を突き立てる彼女は、先ほどまでの落ち着いた女性などではなかった。

そして、その拳は、容赦無く俺に振るわれることになる。

 

魔王、愛してる。たとえ体が朽ちても、ずっと。

 

「…はッ!?」

ユーリの声がした。

 

ここは、ユーリ捜索のために立てた極冠近くのテント。

「エメラル様?随分うなされておいででしたが…」

ウルスラが紅茶を持って来る。

飲む気にはなれない。

「…お姉ちゃん、今日は無理だよ、さすがに」

マリンが外を覗いて、言う。

「ユーリを、探しに行くんです、ブリザードが何だって言うんですか?」

「そう言って、無理に進軍を続けたら凍傷で取り返しのつかないことになりますよ」

「…お兄ちゃんの足取りも、何もつかめてないのに行くのは、そもそも危険過ぎるよ」

二人とも臆病だ。

なぜユーリが攫われたのに、こんなに用心深いのか。

たかが神なのに。

「…二人とも、ついてくると言いましたよね?私だけ極冠地方へ行くのは危険だ、と」

 

ユーリが攫われた次の日。

どこを探してもユーリはいない。

ニコラに攫われたのだ。金時計が一番の証拠。

許せなかった。

ユーリを守れなかった自分が。

ユーリを奪ったニコラが。

だから、最低限の装備を持って、極冠へ行った。

途中、マリンとウルスラに追いつかれたが、口論の末についていくことで合意した。

しかし、私が思ったほど、ブリザードの中を歩くのは容易ではなかった。

 

「確かに、お伴しますが、この間に国の情勢が乱れては元も子もありません」

「それが何です?魔界なんて、人間にくれてやります、ユーリさえ帰ってくるなら」

二人とも何もわかってくれない。

「民の命はどうするのですか?」

「ユーリの命が大事です」

「…お姉ちゃん、やめなよ、お兄ちゃんに依存するの」

「依存?」

依存ではない。愛し合っている。

「お兄ちゃんはいつもお姉ちゃんに酷い目に合わされて、可哀想だよ」

「マリンだって同じでしょう?ユーリを犯して」

「お二人とも、おやめください」

ウルスラが間に入る。

早く見つけないと、ユーリが奪われてしまう。

けれど、この魔力の入ったブリザードを闇雲に歩いても見つからないだろう。

明日、作戦に出る。

そのために、ある武器を持ってきた。

ユーリ、待っていてください。




いよいよキツい勇者。
こんな状況は鬱になるよね…。まあそれがニコラたんの狙いでもあるわけですが。


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勇者の覚醒(その5)

監禁された勇者。
勇者を脳から変えようとするニコラ。
愛する勇者を取り返そうと突き進む魔王。

今全てが集結し…?

思ったより長くなったクリスマス編ですが、もうそろそろ完結となります。


「んぐッ…ふぅ、はァ…♡」

もうどれだけ経っただろう。

俺はここのところ、毎日洗脳剤漬けにされていた。

 

愛を耳元で、眠る間もなく囁かれる。

手を互いに縛り、離れられないまま一日過ごす。

急に殴られ、蹴られ、半日間暴力を振るわれる。

かと思えば、別人のように愛される。

 

ニコラは俺が疲弊し、何も喋らなくなると、ベッドで俺の体を触り、撫で、嗅ぎ、俺がたまに漏らす声を聞いては満足そうにしていた。

何が目的なのか。

「っ…ニコラ、俺を、どうする気だ」

「やっと、喋ってくれたね」

目元が嬉しそうに細まる。

「目的がわからない、俺を従えても、意味がない、それに愛を受け止めることは、ただ暴力を振るわれて黙っていることとは違うだろ?」

ニコラはやや低いトーンになって答える。

「…で?それがなんd」

 

しかし、途中で、遮られた。

何に?

稲妻だった。

金色の稲妻が、ログハウスを引き裂いてニコラを吹き飛ばしたのだった。

「…なに、が、起きた…?」

呆気に取られている場合ではない。

ただ、慢性的な暴力、精神の摩耗、ニコラへの恐怖から、何も考えられず、動くことなどできなかった。

「ユーリ!いますか!?」

稲妻が飛んできた方に、声が。

それは、俺の愛する人。

「エメ!」

ベッドから降り、着の身着のままでブリザードの中へ駆け出す。

ここから逃げられる。

 

それだけで、俺の足は動き続けるはずだった。

 

手足から伸びた糸が、俺を引かなければ。

「なん…だ…?」

傀儡。

魔王が言っていた。

ニコラは傀儡を通して、気にいる人を見つける、と。

俺は、傀儡にされた。

その名の通り、操り人形のように、いや、もっと乱暴に引きずられる。

「あなた…は…私のもの…」

ニコラは服こそズタズタに裂けていたが、その肌には何一つ傷はついていなかった。

「ユーリ、掌握されてはいけません、その女が利用するのは恐怖、快楽、その二つであなたの精神を蝕み、糸を引きちぎる力さえ奪っているのです!」

「黙れ…くそッ、なんであなたは私から離れる…!また半殺しにされないと分からないかなぁ…ッ!?」

その言葉を聞いた瞬間に、糸にグンッと引かれる。

「ユーリ!私を、信じて!」

魔王が叫ぶ。

それを聞いたニコラは、俺の糸を持ったまま魔王を見つめ、何かを詠唱している。

時を操るのだ。

何をするか分からなくても、されたらまずいということは容易に想像できる。

「エメ!逃げろ!」

が、遅い。

「時空に消えろ!雌豚がァ!」

ニコラが言い放つ。

魔王は、辺りの凍った大地ごと、消えた。

跡形もなく。

「エメ…嘘だろ…?エメ!」

「くく、はははッ!弱ェ!こんなに弱いなら私が魔王やってた方がよっぽどいい!」

ニコラは、俺の元へ来る。

今度こそ、殺される。

 

しかし、今の俺はそれどころではない。

こんな怒りは新鮮だ。

これまで、感じたことがない。

怒りというのは、いいものだ。

 

俺の体に、力を与えてくれるのだから。

 

「エメを、返せよ」

糸が切れる感触が伝わる。

「な、何を、言ってるの?また洗脳しなおさないと」

うるさい。

「暴力で支配して、精神掌握の魔法の弱さ補おうとしたんだろうけど、そんなの弱い!弱すぎるんだよ!俺の、愛に比べたらな!」

「私はっあなたのことがッ!」

もう、ニコラの声など聞きたくなかった。

体から緑色の光が出ている。

怒りに呼応して、勇者の力とやらが覚醒したのだろうか。

この力が悪魔のものでも、天使のものでもどうでもいい。

ただ、エメを助けたい。

「ニコラ!今の俺は、お前なんかよりよっぽど強い!エメを攻撃した、それがお前の落ち度なんだよ!」

ニコラに走り寄る。

距離は5歩ほどはある。

負ける気は、しない。

「時さえ、止めれば!」

手を俺に向ける。

そして、踏み込んだ俺は、その手を掴む。

 

ニコラの手は、ぐにゅりと曲がって、俺の手の中に溶けていった。

 

「「…え?」」

同時に素っ頓狂な声をあげる。

そうしている間にも、俺の手にニコラはどんどん溶けていってしまう。

「なんだ…何が起きてるんだ!?」

「こっちの、セリフだよ…!」

手を離しても体が溶け、空気のように皮膚に入ってゆく。

「ふふ、あははは!」

吸い込まれる内に彼女が笑い出した。

「なにがおかしい!?これもお前の策か!?」

「違うよ、あなたの勇者の力は、私の力よりも強いがために、怒りに便乗して私を飲み込んでしまった」

「なんだよそれ、俺がお前より強いわけ…!」

「ふふ、けれど、あなたと同一化する、あなたの力を肌で感じられる、それだけでいい、これが、これがあなたの力…!」

 

とても綺麗な笑みを浮かべて、彼女は、ニコラは俺の手の中に消えた。

 

まだ仕事は終わっていない。

エメを引きずり出す。完全にどこかへ行く前に。

 

 

魔力痕を探り、力を込める。

たとえ時空の果てに一緒に呑まれたとしても構わない。

 

 

俺たちは、愛し合う夫婦なのだから。

 

 

手の平に力を込めると、ぐにゃぐにゃとあらゆるものが揺れる世界に入る。

自分以外、何かよくわからないものだらけの世界に。

魔王は、ふらふらとうわ言を呟きながらそこを歩いている。

口の形だけでわかった。

「ユーリ」

と、しきりに繰り返していることを。

 

迷いなんて、もうない。

抱きしめる。ずっとこの温もりが欲しかった。

 

 

「ずっと一緒にいよう、愛してる、エメ」

 

 

なんともありふれた言葉。

世界は眩しく光った。

優しい緑色。

 

俺たちは、ずっと一緒だ。

 

もちろん、死ぬまでずーっと。

 

どこかお出かけしてはトラブルに巻き込まれ。

 

女の子を助けてはお仕置きされ。

だけど。

 

「…私もです、ユーリ」

 

この言葉を聞けるなら、なんだっていい。

 

 

 

15m先

テント前

 

緑色の光と、それに包まれて抱き合う二人を見る影がふたつ。

 

「ブラックコーヒー、淹れましょうか」

「…だね」

 

すごすごと、甘々な二人から逃げましたとさ。




クリスマス編はこれにて完結です。
吸い込まれたことについてはまた後日に書きます。

なんか書くの楽しくて止めどころを見つけられない。


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勇者の覚醒(その後)

色々あった勇者は、その後どうなったのでしょう。


「…エメ」

横たわった俺を覗き込む目に、そう声をかける。

「ユーリ…よかった…!」

抱き寄せられる。

体に傷はないのか、それほど痛くはない。

「ごめんなさい…ユーリにこんな無理させて…守ってあげられなくて…!」

震えている魔王を撫でる。

「こっちこそ、ごめんな、心配かけさせちゃって」

と、自分の体を見ると、なんか赤い跡が無数にある。

「…殴られたところか?」

服の下にもある。

唇の形。

「エメ、このキスマーk」

「立てますか?お城に帰ってきたんですから、ゆっくり休んでくださいね?」

「休むっていうかキスm」

「休んでくださいね?」

ベッドに押し倒される。

まあ、襲われることもないだろう。

日々の疲れを癒すいいチャンスだ。

「はぁはぁ、ユーリかわいいです私を助けてくれた凛々しい顔とふにゃっとした顔があいまってもう我慢できないシましょうか」

「あのな…まだ病み上がりだからッ!服脱がすな!」

ベッドの上で二人で暴れる。

馬乗りになって服を脱がせてくる魔王は、目が完璧に獣のそれになっている。

「ユーリ、今日こそあの腐れサンタの跡を一つ残らず奪って取り戻しますからね!」

そこに、クインちゃんが入ってきた。

「おふたりさーん、魔力解析の結果…が…出まし…」

顔を真っ赤にして倒れてしまった。

 

「ノックくらいすべきです!」

「ふぇぇ…」

魔王が、目を覚ましたクインちゃんに説教している。

「まあまあ、いいじゃないか、な?」

「全く…ユーリはそうやって女の子に優しくするからあんなヤンデレに捕まるんです…」

「え?エメがそれ言う?」

「おふたりとも!私の話を聞いてくださいー!」

魔王がこちらに手を出そうとしたとき、クインちゃんがナイスタイミングな発言。

「う、うん、なんだ?」

「…あとで、じっくりお話しましょうね、ユーリ♡」

 

クインちゃんは、最初にこう告げた。

「ユーリィさんは、人からかなり乖離した存在になりつつあるのですよ」

「人から乖離?でも、俺は」

「確かに、この前神様に攫われるまでは人間の中でも優れた魔力を持つただの人にすぎませんでした」

「ユーリ、あの女に何かされたんですか?」

「特に、魔力をいじられはしなかったけど…」

「ユーリィさん、あなたは勇者の力を覚醒させて、神様をその体の内に飲み込んだんです」

「…あ、確かに、ニコラが俺の体の中に溶けたのは見たけど」

「え!?い、いいなぁ、私もユーリと一心同体…くふふ、うふふふふふふ」

よだれを垂らす魔王からクインちゃんは少し離れ。

「あなたは、神様の力を手に入れてしまいました」

「…まずいことなのか?」

「実際、神様を人の体に取り込もうとした人間はこれまでにいっぱいいるのです」

「結果は?」

「ことごとく失敗、思うに、人間にも魔族にも、生きとし生けるものには全て力のキャパシティがあるのです」

「受け入れる力に限界があるのか?」

「そうです、だから大抵のチャレンジャーは1000分の1も神様を取り込まない内に、発狂して死んでしまうんです」

正気に戻った魔王が声をあげる。

「でも、ユーリが取り込んだとして、ユーリだって人間ですよね?それがどうして」

「要は、素質なのです、ユーリィさんは勇者の力を未だ大量に体内に宿している、この前はおそらくそれを使って、自分の体に合うように時の魔力をニコラさんごと改造したのです」

「改造って…」

「なんでそんなことを?勇者の力なら、あの女もすぐに倒せたのではないですか?」

「でしょうね、ただ、ユーリィさんはそれを望まなかった」

「ユーリは優しすぎるんですよ、だいたいあんな頭がおかしいヤンデレ女、倒さずに捕らえようとするなんて」

くどくどお説教が始まる。

「違いますよ、それは」

クインちゃんがにっこり笑う。

「違う?」

「きっと…助けたいって思いが、勇者様の力を留めてくれたんでしょうね」

「なんでそんなこと…」

魔王は言い返そうと思ったようだが、すぐに口をつぐんだ。

クインちゃんは、昔、俺よりずっと前代の勇者のパーティの一人だったのだ。

「そういうことです、あまり使い過ぎないように、神様に目を付けられると厄介ですからね」

「神様?」

「あのサンタさんは、全能神に力を与えられたただの下っ端に過ぎません、もしかすると、神様に喧嘩を売りすぎると全能神に怒られるかもですからねー」

たたたーと走っていってしまった。

 

魔王に頭を撫でられる。

「ユーリ、今度こそ守りますから、もっともっと強くなって、神様でも何でも吹き飛ばせるくらいの魔王になってみせます」

「…ありがと、期待してる」

 

二人で、しばらく寄り添っていた。

が、何かを思い出した魔王。

「そういえば、さっき私がヤンデレとか言いました?」

「い、いや、だって本当だろ!一日中Hするとか普通じゃないし!」

「愛する人と繋がっていたいものです!さ、今からシましょうか!」

「おい待て!撤回する!魔王は可愛い超常識的な奥さんです!」

「なら一日くらいは大丈夫ですよねっ♡」

 

力があってもなくても、日常は変わらないようだ。




クリスマス編おしまいです。

さて、次回から何を書くかはっきり言えばネタ切れなので、何かリクエスト等お待ちしております。こんなキャラが好き、とかこんなシチュがいい、とか。
これまでリクエストしてくださった方も、この機会にまとめなおすので、お手数ですがもう一度教えてくださいー。

もしかすると採用されないかもしれないので、あしからず。


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死神編
勇者の留守番


勇者はなぜかお留守番することに…?
ただ、お留守番の舞台は魔王城ではありません。


「〜♪」

魔王が鼻歌を歌って仕事をしている。

「なあ、ここ最近ずっと機嫌いいよな」

「え?あはは、私を助けてくれたのが嬉しくて、妄想がはかどるんですよっ」

「…」

魔王がはぁはぁ荒い息を吐く声が部屋の中に響いている中、扉を誰かがノックした。

「チッ…どうぞ」

「失礼します、ユーリィ様、エメラル様」

ウルスラが入ってくる。

「あ、ウルスラ、何か用ですか?」

「…これを」

紙をすすっと魔王に手渡す。

そして、こう言い放った。

 

「エメラル様、神のお裁きを受けることになりました」

 

騒ぎはここから始まった。

 

「待ってください、なぜ私がお裁きを受けるようなことになっているんですか?」

「…一人、エメラル様に消されたと思しき神様がいらっしゃったでしょう」

ニコラ。

彼女は俺の中に吸収されてしまった。

跡形もなく消された彼女を、他の神様は魔王によるものだと考えたのだろう。

「た、確かにユーリと私なら、神様からしてみれば私が殺す以外にはないですね…」

「というわけで、今日から神世界へ向かいます」

場がシーンとする。

そして、俺と魔王は一斉に言った。

「「今日!?」」

 

「なぁエメ、俺も行く、信じてもらえなくても」

「ダメです!ユーリはここにいても、旅についてきても危険過ぎるんです!」

「でも、俺はエメが罪をかぶるなんて耐えきれないぞ」

そう言うと、魔王は俺を抱きしめた。

「ユーリ、ありがとうございます、でも大丈夫です」

「大丈夫なわけ…」

「説明しましょう、神様はあまり人と関わってはいけないのが決まりなんです、しかしニコラは人の望む物を創造していた、いわばタブーを犯していたわけですね」

「…もしかすると、軽い罰になる?」

「さぁ…もしかすると何か褒美かもしれません」

「…」

信じがたい。

ニコラは俺の地方以外なら、人々からも慕われている神様らしいし、たとえ言われた通りでも、神様ならいなくなって褒められるようなものではないはず。

「…大丈夫、毎日連絡しますから」

にっこり笑う。

そんな魔王がたまらなく愛しくなって、抱きしめた。

魔王はゆっくり手を回して、背中を撫でてくれた。

「さて、ユーリ、少し外に出ますか」

「外?」

「ええ、今日からユーリは、私の友達のお家に泊まることになりますからね」

「え?」

「外にいますから、そこでお話ししましょう」

 

外に出ると、魔王の母のルビルさんと長い黒髪の綺麗な女性が話していた。

話している黒髪の女性は、どこか冷たいオーラが漂っている女性だった。

「あ、ユーリィ君!この人があなたの明日からのお嫁さんになる人よ♪」

そう言った瞬間。

「お母さん、冗談キツいですよ?死にたいんですか?」

魔王の手から黄色い光線が飛ぶ。

「あら♪やめてよね」

その光線はルビルさんの目前で弾かれ、散る。

「やんちゃはダメよ?エメ」

「…」

そこで、黒髪の女性が口を開く。

 

「とりあえず…自己紹介していいですか?」

 

「私はアシン・ハース…死神です」

「し、し、死神!?」

死神。

聞きなれない言葉にひっくり返りそうになる。

「ユーリ、アシちゃんは私の友達なんです」

「…神なんだろ?」

「神です」

「裁判に関わらないのか?」

「平気です…全員参加の必要はないので」

「私含め、魔王城の人間は使用人とユーリ以外ほぼ全員が呼び出しをもらいましたから、ここはがらんどう、危険です」

「…」

「大丈夫…私が家事とかなんとかする」

普通そうな人でよかった。

久々に会ったまともな人間…人間じゃないか。

「アシちゃん、言っておきますけど、ユーリに手を出したら殺しますからね、友達だろうとなんだろうと」

「安心して…私はエメちゃんと違って人間にも他の族にも恋なんてしたことないから」

「ふうん?ならいいですけど…まあ、私は毎日指輪で連絡とりますから、出てくださいね」

「あ、ああ」

ウルスラが来る。

「馬車の用意が整いました」

「それじゃ行ってきます!」

「気をつけてな」

「ユーリも!」

がたがたと遠ざかる馬車を見送る。

「さて…行きましょうか」

アシンさんが言う。

「これから何日か、よろしくお願いします」

「うん…あ、あと、大切なこと」

「?」

 

「私のお家は家具も設備も揃ってないから…ベッドもシャワーも一緒に使わないといけない」

 

俺も魔王について行きたかった。




死神編です。
言わずもがな死神は病むこととなるでしょう。


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勇者の留守番(その2)

留守番が年内最後だと思ったのですが、謎のやる気によりもう一本書いてしまいました。
来年もパ〜ム油と作品をよろしくお願いします!


「おーい…着いたよ」

馬車から出ると、そこには全く生命を感じさせないような光景が広がっていた。

砂利しかない大地。

遠くに見える火山。

あちこちに転がる骨のようなもの。

そして、真っ黒な家。

「…なかなか、特徴的ですね」

「そうなの…死神だから」

別に死神関係ない気がするけど黙っておく。

「さ…入って」

家の中は、見慣れない物がたくさんあった。

赤い鎌。

黒いローブ。

安っぽいベッド。

ろうそく。

1セットだけの食器。

「こ、個性的ですね」

呆気にとられて何も言えない。

とにかく全てにおいて生活感が無い。

「うん…まあ、君はここでしばらく暮らすことになる」

暮らしについて説明を始めた。

 

「シャワーは…水道通ってないから貯水タンクの持つ10分で一緒に入る」

「いやおかしいです、10分なら5分ずつで割りましょう」

「乙女に…5分でシャワー済ませろ?」

まずい。なんかオーラが黒い。元からか。

「え、えーと、なら俺が3分で」

「家主は私…1分足りとも譲る気はない」

「…」

 

「食器一セットしかないから…一緒に食べる」

「一緒に食べるってどうやって」

「まず私が食べる…そのあと君」

「あのですね、衛生的によろしくないですよ?」

「私のお口が、汚い?」

またオーラが黒い。

「そ、そういうわけじゃ」

「家主は私」

「…」

 

「ベッド一つしかないから…一緒に」

「ダメです」

「なんで…ダメなの?」

「俺は男、あなたは女、同じベッドで寝るなんてハレンチなことはいくらなんでも」

「家主は」

「ダメ」

「………」

「うっ…そんな目で見てもダメ」

「家主の言うこと…聞けないなら」

ゆっくり俺に背を向ける。

なかなか強情だ。

「追い出すんですか?」

「ううん…殺す」

赤い鎌がこちらに向けられる。

心なしか彼女の目が怒っているように見える。

「ま、待ってください!俺は床で寝るってだけで!」

「そんな妥協…しない」

にじり寄ってくる。

「わかりました!じゃあ一緒に寝ます!」

なんか勝ち誇った顔をしている。

「家主は私…それでよろしい」

「…」

 

「ねえ…君は、エメちゃんのこと好きなの?」

アシンさんの食べかけのご飯を食べていると、声をかけてきた。

「え?まあ、好きですね、結婚したわけですし」

「あの子の…どの辺が好き?」

難しい質問だ。

人の可愛さは中々に形容しにくい。

「うーん…素直なところ、とか?」

「ふーん…私にハメ撮り送ってくるような子なのに」

「ぶっ!?」

思わずご飯を吹き出してしまった。

「あ…汚い」

「食事中にそんな話したのは誰です!?」

「もう…そのくらいで動転しないで」

テーブルを拭くアシンさん。

今はローブを脱ぎ、黒いTシャツに身を包んでいる。

こうして見ると、かなり可愛い。

大人しくて無表情だが、感情は言葉や動作の端々から滲み出ていて話しやすい。

「アシンさんって、恋したことないって言ってましたね」

「うん…それが?」

テーブルを拭いた布巾を洗っている。

「いや、こうして見ると可愛いし、何でかなって」

「あのさ…ナンパ?」

「違います!」

「エメちゃんに…言っちゃおっと」

「勘弁してください」

「実を言うと…私は色んな人の命奪ってるわけだし、恋なんてしても仕方がないの」

「それはおかしいですよ」

「おかしい…どの辺が?」

「それは仕事でしょう?あなたは、あなたの生き方を見つけて、人生を楽しむべきです」

「でも…人間が私を見たらみんなお札を貼ったり除霊したりする」

「神様ってもの自体に慣れてませんから、でもこうして過ごす姿は魅力的だと思いますよ、ごちそうさまでした」

食器を片付ける。

「置いておいたら…私がやったのに」

「泊めてもらってるんですから、それくらいは」

「いい子…お風呂入ろっか」

「あの、お風呂って」

「え…一緒に決まってる」

「…」

 

「…あの」

「気持ちいい…ん?」

「なんでこんなに密着してるんですか?」

「お湯…二人で一緒に浴びた方がいい」

風呂場で、俺たちはシャワーを浴びていた。

俺の要望で先に入って先に出るということを貫き通した。

アシンさんに水着の着用をお願いしたが、持っていないらしい。

全裸の彼女の方を見ないようにしても体を密着されれば魔王より大きい胸元とか細い腰とか当たるわけで。

「ちょっ…!もう少し離れてください!」

「こっち向かないと…背中しかお湯当たってないよ」

向かない理由はアシンさんを見ないようにすること以外にも、まだある。

やっぱり色んな所が密着していれば、俺のような真面目で健全な勇者の体も反応してしまうわけで。

「いいですから!手を回さないで!」

「むむ…何か隠してるの?」

「そんなところです!」

アシンさんは俺より少し背が高いので、抱きつかれるとバレてしまうだろう。

なので、もにゅっ、とした感触がギリギリ伝わるラインで華麗に視線から逸らしている。

もっと胸を感じたいなんて、微塵も思っていない。

と、もにゅっ、が、ぎゅむっ、に変わった。

「こら!近づきすぎ!」

「えー…私寒いよ」

体をこすり合せる。

なんか胸の真ん中にまた別の感触が鮮明に伝わって…。

じゃない!

もう俺のは限界だ!

「も、もう出ます!」

「まだ…3分しか」

「温まりました!」

逃げるように風呂から出た。

 

「ユーリ?元気ですか?」

「ああ、元気だよ、そっちは?」

「あと少しで中間地点くらいですね、まだ道のりは遠いです」

指輪を通じて、魔王と会話する。

アシンさんがじーっと見ている。

嫌な予感。

「あ、今アシちゃんいます?」

「ああ、変わる」

アシンさんを呼ぶ。

「もしもし…アシンだよ」

「ユーリに手出してませんよね?」

「一緒におふr」

「ごほんッ!」

「ユーリ?今アシちゃん何て言いました?」

「何事もないってさ!」

「…怪しいですね、まあいいです」

「ね…お風呂伝えなくていいの?」

「そろそろ切るな、愛してるぞエメ」

「ユーリ…!私も愛してます!帰ったらラブラブしてから17時間くらいずーっとセッk」

切った。

 

「離れないで…毛布から出ちゃうよ」

もそもそと俺を引き寄せるアシンさん。

「別にそんなに寒くないです」

「あなたがもし風邪でも引いたら…エメちゃんに何て言ったらいいのかな」

「う…」

お腹に手を回され、抱きしめられる。

「何度も言いますけど、密着が…」

「ふーん…エメちゃんじゃなくても意識しちゃうんだ」

「ぐっ…別にエメを愛してるから、抱きしめられてもなんともないです」

「なら…いい」

背中の圧がさらに加わる。

 

全く眠れなかった。

 

 

アシンの日記

 

今日、ユーリ君が来た。

かわいい。

なんか恋愛相談みたいのしてくれた。

乙女心をくすぐられた。

エメちゃんの、彼を好きな気持ちがよくわかる。

一緒にお風呂とかご飯とか食べて、二人っていいなと思った。

とにかく反応がウブで可愛らしい。

私を見てもみんなは嫌うだけだった。

でも、彼のおかげで自信がついた。

もうこのまま家にずーっといたらいいのに。




大人でダークなお姉さんアシンたん。
勇者視点物語とアシンの日記の二本立てで、これからしばらくお送りします。
それでは、また年が明けたらお会いしましょう。
今年読んでくださった皆さま、感想を寄せてくださった皆さま、ありがとうございました。
( ^∀^)ノシ


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勇者の留守番(その3)

あけましておめでとうございます!
今年もパ〜ム油をよろしくお願いします。

次第に勇者に心惹かれるアシンたん。
ピクニックに出かけますが…。


「んん…あったかい」

朝目を覚ますと、アシンさんに抱きつかれている。

「朝ですよ、起きてください」

「家主は…私」

「ダメです」

無理やりひっぺがす。体の柔らかかったりの主張がいろんな意味で辛い。

「ねえ…今日から予定あったりする?」

「え?いや、特に予定といった予定はないですけど」

少し笑ったような気がした。

「じゃあ…ずっと一緒」

ぴったりくっついてくる。

「あの、お仕事ないんですか?」

「私はたくさんの下っ端を束ねてる…魂の運搬とかちまちました仕事は他の子に任せてる」

「ちまちまって、大切な仕事でしょう?サボって何するつもりなんですか」

「もうすぐ近くの火山が噴火すると思う…お散歩行かない?」

前後の文が全く繋がらない。

「噴火って、まずいでしょう」

「平気…ついてきて」

いきなり服を脱ぎ出す。

「ぶっ!?着替えるなら言ってください!」

「ふーん…意識するんだ?」

「ぜ、全然」

「見てても…いいよ」

なんかたゆんたゆん揺れている。

いやいや、ここは見ないのが紳士な勇者の対応だ。

「ねえ…ホック止めて」

背中を向けてブラのホックを見せてきている。

「そ、そんなの一人でやってください!」

「エメちゃんに…襲われたって言う」

「言わないで!完全に嘘だし!」

「君は色々…細かいなあ」

 

ガラルド火山

「いい眺め…どしたの?」

「いい眺めですけど!危険ですよ!隣の山がぐつぐつ言ってるじゃないですか!」

家の裏手の火山を登ったはいいものの、頂上に着くとなんか暑いし隣の火山は噴火しそうだし、地響き聞こえるし。

「か、帰りましょう?ね?」

「平気…今まで巻き込まれたことない」

自慢気に語っている。

「あのですね、そもそも灰とか降ったら」

「あ…見て」

ドン!と大きな音がして、噴煙が出ているのが見える。

「噴火しちゃったじゃないですか!避難です避難」

「うーん…山が少しおかしい?」

ぼーっとマグマを眺めている。

もこもこ立ち上る噴煙から灰が降り出すまでにもうあまり時間はないだろう。

「俺は先に帰ります!」

「待って…急がないと危ないかも」

ドッ!と石が山肌に突き刺さる音が響く。わずか数m先、噴煙で飛ばされた石が飛んできたのだろう。

「あ…急ごう」

「だから言ったでしょ!」

アシンさんの手を掴み、ひたすらに走る。

 

「待って…足が痛い」

「悠長なこと言わないでください」

「そっちは…危険」

「近道でしょう!滑り降りますよ!」

骨と灰と砂利で敷き詰められた山道を見下ろす。

「ここ…危ないよ」

「でも、これ以外方法がないです」

「ダメだよ…あなたに怪我はさせられない」

「しょっちゅう怪我はしてます、俺が前に抱きかかえますから、しっかり掴まって」

しかし、俺の話は冷たいトーンの言葉で遮られた。

「ダメ…許さない」

「許すとか許さないじゃなくて、そうしないと二人ともここで死ぬんですよ!」

アシンさんも一歩も譲らない。

「君はエメちゃんから私に預けられたの…それに、それにあなたは殺させない」

「どうやって…!」

その時、後ろから石が飛んできた。

ゆっくりと振り返る。

波。

横に広い土石流が、圧倒的なスピードで落ちてきている。

「こんなの…見たことない」

俺の手を握る力が強くなる。手も少し震えているようだ。

「…ごめんなさい、後で、なんでもしますから」

「え…何言ってるの?」

固まったアシンさんを、お尻から地面に付くように突き飛ばす。

「待ってよ…君は!?」

初めて彼女の叫ぶ声を聞いた。

大きく息を吸う。

「頼むぞ、勇者の魔力とやら」

あの緑色の魔力なら、時を止めるなり、土砂を吹き飛ばすなりできるはずだ。

力を込める。

 

周囲の空気が緑色に光る。

 

「止まった…!」

土石流が止まった。

こちらに向かって猛突進してきていた土石流は、うねったままピタリと止まっている。

 

が、10秒くらいで動き出してしまった。

 

「聞いてないぞニコラ!?」

 

迫る土石流。

俺は、それを前に、ほぼ何もできなかった。

 

意識はそこで途切れる。

 

 

アシンの日記

 

今日は私のせいでユーリ君を傷つけてしまった。

指輪に連絡してきたエメちゃんにも眠っていると嘘を付いてしまった。

私は何をしているのだろう。

今日、二人も騙して、傷を付けてしまった。

ごめんなさい。

ユーリ君の体は傷だらけ。

動けず、眠っている彼が愛おしくなって、つい血を舐めてしまった。

美味しかった。

肌も、血も、魂も美味しそうに見える。

殺しはしない。

彼の生き生きした体が、言葉が、私は好きになってしまった。

エメちゃんはずるい。

こんな彼を独り占めしている。

私のものにしたい。

私だけのものになれば、彼は魂が抜けることなく、いつまでも生きていられる。

彼もきっと喜ぶだろう。

言ってたよね。

人生を楽しむべきだって。

可愛いあなたを手に入れる。

それが私の人生。

誰にも口出しはさせない。

 

ごめんね、エメちゃん。

帰ってきたら、きちんと話し合おう。




ついにヤンデレ覚醒…。
友情と恋と魂が交われば、危なくなるのは必然…?

やっぱり年明け特別編とか書いた方がいいのかな…。


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勇者の留守番(その4)

勇者は土石流に巻き込まれ、怪我を負います。
それを見たアシンは…?


「いてて…アシンさん…?」

目を覚ますと、アシンさんがベッドの隣の床で寝ている。

目元に涙の跡。

俺のせいで泣いてしまったのだろうか。

「…ごめんなさい」

痛む体を動かしてベッドから降りて、アシンさんをベッドに抱え上げる。

「おはようユーリ君…目、覚めたんだ」

「起こしちゃいました?ごめんなさ」

謝罪し終える前に、抱きつかれる。

今までよりも、もっと強く。

「痛っ!」

「ごめんなさい…本当にごめんなさい」

そのままベッドに引きずり込まれる。

傷口が痛む。

顔に胸が当たって気持ちいい。

いやいや、何を考えてるんだ俺。

「アシンさんのせいじゃないですよ、あの時無理やり坂を降りてたらこんなことには…」

「いいえ…連れて行ったのは私」

「まあ、確かにそうですけど、俺を喜ばせようとしてくれてたんでしょう?なら、謝ることじゃないです」

笑いかけると、ぐっと胸を押さえている。

「う…その笑顔はずるい」

「とりあえず、もう動けますし、家事とか手伝います」

「ダメ…寝ておいて」

「でも」

「お願い…エメちゃんに合わせる顔がないよ」

どうも俺は、女の子の懇願に弱いようだ。

 

「ご飯…栄養たっぷりにしたから」

美味しそうに頬張るアシンさん。

やはり皿もフォークも一つらしい。

「なんかいつもより多めですね」

するとフォークを口の中でもごもごして、ご飯を刺して俺に近づけてきた。

「ん…はい、あーん」

「今舐めませんでした?」

「乙女に…そういう冗談はよくない」

完全に舐めたように見えた。フォーク光ってるし。

が、ここまで言うなら本当に舐めていないのだろう。

気を悪くされると困るのでおとなしく食べる。

「あーん、あの、これ必要ですか?」

「うん…今日から交互に食べようね」

「傷が治ればいつも通りでいいです」

結局交互に食べさせられた。

気のせいか毎回フォークがぬるぬるしてた。

まあ、いつもあんな感じか。

 

「怪我してるから…体、濡れタオルで拭く」

「それは分かります、分かるんですけど」

腕、首、顔、と濡れタオルで拭いてもらう。

「なんでアシンさんまで下着姿なんですか!?」

アシンさんはショーツとブラだけ着て俺の体を拭いている。

まずい。こんなの続けられたら色々とまずい。

「私も…これ終わったらシャワー入る」

「服着てください!面倒かもしれませんけど!」

「え…面倒なら脱げ?」

「言ってません!痛っ!」

ブラを取ろうとするアシンさんを止めたら、めちゃ痛かった。

「あ…ごめん」

「はぁ…」

胸、脇腹、腰、ぬるいタオルが気持ちいい。

「ズボン…下ろす」

「うう、お願いします」

恥ずかしいことこの上ないが、足も拭いてもらわないといけない。

パンツ一丁をアシンさんに見られるとか、イジられること必須でしかないだろう。

「ついでに…下着も」

「大丈夫です!」

下着に手をかけるアシンさんを懸命に引き剥がす。

「臭ってきたら…どうするの?」

「う…それは…」

「現に今も臭う…かも」

パンツを嗅いでいる。

怪我だらけの男のパンツを嗅ぐ女性。

絵面的に変態以外の何者でもない。

「こら!」

頭を小突く。

「痛い…ぐすっ」

涙目だ。まずい。

泣かれたら面倒くさいであろうことは容易にわかる。

「まあまあ、少し恥ずかしくて…」

「ううう…隙あり」

パンツが一気に下ろされる。

「こらァァァ!」

「おお…ちょっと大きくて可愛い」

触ろうとするのを必死に止め、痛いのを我慢して風呂場にタオルと一緒に放り込んだ。

気のせいか出てくるのが遅かった。

タオルを洗うのに手間取ったのか。

 

「ユーリ?昨日は寝てたみたいですね」

「ああ、ごめんな、エメが心配でおととい寝不足だったんだ」

アシンさんに頼まれて、俺が土石流に呑まれたことは秘密にしておくことにした。

魔王なら帰ってくるなんて言いだしかねないので、こう伝えておいた方がいいだろう。

「ユーリ…!私もユーリと会いたいです…」

「今どの辺だ?」

「神世界に着きました、明後日には神の国に着くはずです」

「そうか…気をつけてな」

「ええ!そちらも!アシちゃんに気をつけて!」

「エメちゃん…帰ってきたらお話しようね」

「ふふふ、怒らないでください、アシちゃん」

「エメラル様、お食事ができました」

「それじゃ!おやすみなさい!」

「ああ、怪我ないようにな」

 

ベッドで、なぜかいつも以上に近い。

なんだかんだ心配してくれているのだろうか。

「…ここまでしてもらって、ごめんなさい」

「気にしなくて…いい、なんなら、いつまでもここにいたっていいんだよ?」

「あはは、勘弁してください」

笑ってごまかしたつもりだったが、なぜか頰をつねられた。

「痛っ!」

「勘弁…どういう意味?」

覗き込んでくる目は笑っていない。

「ご、ごめんなさい、冗談です、いいお家だし、アシンさんも魅力的だと思います」

「ふーん…じゃあ、一生居ていいよ」

「考えておきます」

キレるポイントが謎だ。

この殺風景なインテリアがこだわりだったりするのだろうか。

何にせよ、怒らせてしまって悪いことをした。

 

 

アシンの日記

 

ユーリ君が目を覚ました。

怪我をしている彼は私を頼ってくれてとても可愛い。

彼は、昨晩キスしたのに気づいていないみたい。

今日はご飯で唾液を交換した。

お風呂代わりの身体拭きで彼の大切なものを見れた。

しかも匂いも嗅いだ。

汗のいい匂いだった。

でも、エメちゃんと話してる彼は嫌だった。楽しそうに夫婦の会話に興じていて、目の前の私を見てくれない。

今日は寝ている間に唾液を飲ませてあげた。

大切なところも、きちんと拭いてあげた。

ちょっと触りすぎたかな。

起きなくてよかった。

彼が好き。

エメちゃんには申し訳ないけど、もう少しだけ、彼の体と心を私に楽しませてほしい。

終わったら返す。

エメちゃんが帰ってきたら、返さないと。

可愛い私のユーリ君を。




積極的になってきたアシンたん。
積もった想いはいつ爆発してしまうのだろうか…。
勇者の鈍感さもまあ、酷いものですが。


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勇者の留守番(その5)

勇者に恋した死神は、ついに心を打ち明けます。
しかし…?


「どう…おいしい?」

「うん、ありがとな」

一つの食器での食事ももう慣れっこだ。

あーん、には中々馴染めないけど。

俺の怪我はほぼ治った。かすり傷なんかはまだあるが、もう一人で杖なしでも歩けるほどだ。

「あの…今日、少しお話がある」

やや俯いて、アシンさんはそう言った。

「話?」

「うん…あ、後でいいけど」

逃げるように食器を片してしまった。

なにか悪いものでも食べたのだろうか。

 

「じゃ…2時間もしたら帰ってくるから」

アシンさんは獣の頭骨の帽子を被り、黒いローブに身を包み、赤い大きな鎌を担いだ死神の正装になっている。

さすがにこの格好をするとかなり威圧感がある。

今日は仕事らしい。

溜まった死亡報告の処理をしなくてはならないらしいが、2時間程度で終わるのだろうか。

俺も死んだら彼女に雑に処理される運命なのだろう。

「気をつけてください」

「君もね…また怪我されたらたまらない」

「あはは、大丈夫ですよ、じゃあ行ってらっしゃい」

「行ってきます…これ、夫婦みたい」

「エメっていう可愛い奥さんがいるんで間に合ってます」

扉を閉めると、地面が裂けるような音が聞こえた。

気のせいだろう。

そういうことにしておこう。

アシンさんが不機嫌になると、中々に厄介だ。

 

アシンさんは行ってしまった。

一人になるとやることがない。

「剣の素振り…いや、そもそもこっち来て練習なんかしてなかった気がする…」

剣を探す。

どこに置いたかも忘れるとは、俺も中々に不真面目だ。

というか、今剣の練習をしても傷が痛むだけだろう。

やめた。床に寝転ぶ。

 

この部屋は前にも思ったが殺風景だ。

タンスも一つしかなく、収納も多くはない。

ちょっとした好奇心が湧いた。

「どれどれ…アシンさんの洋服チェック!」

タンスを開ける。

下着泥棒になった気分だ。

盗むまではやってること同じだし。

「なんか、見事に全部喪服みたいだな…」

アシンさんは黒が好きなのか、職業柄黒が大切な色なのか下着も上着も全て黒く、少しだけ入ったラインや模様が個々の特徴だった。

「うーん…つまらん」

10分しか時間が潰せなかった。

と、俺は見つけた。

下着に埋もれて、一冊のノートが隠されていた。

「なんだ、これ…?」

取り出すと、それは珍しく白いもの。

確かに黒ければ字が書けないが。

「…ちょっとくらい、いいよな?」

好奇心だもの。

アシンさんもきっと許してくれるだろう。

 

ぺらぺらとページをめくる。

献立、今日あったこと、俺の反応、可愛い、メモ、色んなことが書いてある。

「…俺はペット感覚なのか?」

可愛い、可愛いとたくさん書いてあり、中には俺の寝顔のスケッチまであった。

「寝ている間に唾液…しかもあのフォークも確信犯なのか…」

意外と変態なのかも。

俺をおちょくってかなり楽しそうだ。

 

そして、ノートを閉じようとしたその時。

 

俺は、笑って見過ごせない一文を見つけてしまった。

そのときノートを閉じていれば、後悔することもなかっただろうに。

 

 

エメちゃんには申し訳ないけど、もう少しだけ、彼の体と心を私に楽しませてほしい。

 

 

「…なんだ、これ」

彼女は、確かに俺といて楽しそうだった。

「エメちゃんには申し訳ないって…そういうことか?」

嫌な予感がする。

帰ってくる前にノートを閉じよう。

そう思ったのに、手はどんどんページをめくる。

そして、昨日から間隔をかなり開けた最後のページを見て、俺は固まった。

 

 

ユーリ君を私のものにしたい

でもユーリ君は私の友達のもの

ダメだ

奪うなんてよくない

でも奪わないと離れて行っちゃう

いっそ魂を削り取って私なしで生きられない廃人にしてもいいけど、それでは彼とは言えない

彼が悪い

私は彼といるだけで幸せになれた

エメちゃんと彼が話しているのを見て不幸になった

渡さない

ユーリ君は一生、私のもの

もちろん死んでも魂を吹き込んで、もう一度蘇らせる

死んでも絶対呼び戻す

彼ならわかってくれる

土石流から命をかけて守ってくれた

あれは私に命を捧げるってことだよ

好きな人生を歩めって言われたんだから、仕方ないよね

愛してる

好き

手も足も顔も髪も魂も内臓も全部好き

可愛いよ

エメちゃんはずるい

彼を連れて火山の奥に逃げたい

一生心も体も繋がっていたい

顔を赤らめる彼を眺めたい

彼から好きって言ってほしい

ずるいよ

彼を独り占めなんて

あなたは私だけのもの

そんな顔をしてるから悪い

そんな性格をしてるから悪い

惚れさせた君のせい

大好き

何もかも包みたい

手に入れる

愛を伝えたらわかってくれる

無理にでも分からせる

そうするべき

こんな仕事の私に恋を覚えさせた君が悪い

帰さない

逃がさない

触れさせない

私色に染めて一つになろう

エメちゃんには悪いけど、仕方ない

ごめんなさい

愛してる

 

 

嫉妬した時の魔王と同じものを、そのノートの書きなぐりの言葉から感じ取った。

「なんだ…これ…」

ノートが手から落ちる。

床に広がったノートは、やはり俺への愛が書かれていた。

俺は後ずさる。

「逃げないと…エメ…今すぐ行く…!」

逃げよう。

そう決意した時。

 

ガキン、と背後で硬い金属が床に当たった音がした。

 

「逃げる…?」

俺の頰を、冷たい手がそっと撫でる。

「生きている者は私たちだけの…この死の大地から逃げる?」

こつ、こつ、と足音が近づく。

肩に誰かの顎が乗る。

耳に、熱い息が吹きかけられる。

「ダメだよ…もうあなたは私のもの」

 

体が一気に力を失う。

魂を掴まれたのだろうか。

「ア…シ…」

名前が呼べない。

俺の目に映るのは、突き立てられた赤い鎌。

そして、上品に笑う、目の赤い、俺のよく知る死神だった。

「ノート…見ちゃったね」

「そ、れ…」

俺の前にしゃがみこむ。

優しくキスされる。

「エメちゃんには本当に悪いと思ってるんだよ?」

「…」

彼女が俺の髪を撫でる。

「仕方ないよ、恋したんだもん」

俺の意識が途絶えるまで彼女は俺を撫で、楽しそうに微笑んでいた。

 

 

アシンの日記

 

手に入れた。

ユーリ君はすやすや寝ている。

これから、ラブラブの暮らしができると思うと楽しくて仕方がない。

可愛い。

エメちゃんに渡さない。

もう私だけの夫。

ハグもした、キスもした。

これだけ愛情を伝えれば、彼はきっと私の方を向いてくれる。

伝わらないなら、エメちゃんのことを忘れさせたらいいだけのこと。

神様でも子供ってできるのかな。

彼の体を貪りたい。

あんなに可愛いのが悪いよ。

まあ、ユーリ君との関係が邪魔されるなら、子供なんていらないけどね。




ついに爆発…。
日記を見るのはヤンデレにおいて御法度中の御法度ですね。
一歩間違えば死のこの局面で、勇者はどうするのだろう…?


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勇者の留守番(その6)

お久しぶりです!
長いことお休みしてすみません。
また少しずつでも上げていきますので、どうぞよろしくお願いします。


クインちゃんと、こんな会話をしたことがある。

 

「人の魂というのは、神様であれば誰でも取り出すことができるのです」

「え?なら、死神ってのは普通の神様なのか?」

「普通の神様というのがどんなイメージかわかりませんが…神様というのはそれぞれに得意分野があるものなのです」

「人の魂を奪うのに長けた神様が死神なのか」

「奪うだけではありませんよ、それこそ役職には含まれませんが、一度抜けた魂をまた封入することもできますし」

「なるほど…」

「死神は様々な呪いや魂に関する道具の知恵を人間界にもたらしていますね」

「人間界に?」

「そう!これこそ!「魂の鎖」です!」

「…あのな、今はセールスの時間じゃないんだぞ」

「少しは聞いてくださいよぅ」

「はいはい、それで?」

「これはですね、実際に死神が作ったといわれる道具を同じ構造で作り直したものです」

「何ができるんだ?」

「死神作のものよりも1億分の1ほどの出力ですが、これを魂に引っかけると、任意の時に魂を抜き取ることができるのです!」

「魂を抜かれたらどうなる?」

「人であれば、即死でしょう」

「…いらない」

「ティッシュと石鹸も付けますよ!」

 

アシンさんに囚われた俺に、彼女はオリジナルの「魂の鎖」をかけようとしている。

「アシンさん、やめてください、離してください」

俺は、アシンさんの細い腕からのオークよりも強い、下手すれば骨を折ってしまうほどの力で押さえつけられていた。

彼女は嬉しいような、動揺したような感じを言葉の端々に滲ませて俺に黒い鎖を近づけてくる。

「え、えへ…君は私のこと好きだよね、ねえ」

「このままだと、嫌いになります」

「大丈夫…君が好きならエメちゃんも許してくれる」

「アシンさん!」

「君のせいだよ…だから君の魂は私のもの」

「エメに罪悪感があるなら、離してください!」

そう叫ぶと、彼女はぴたりと動きを止めた。

「平気だよ…エメちゃんは一緒に過ごしてた頃から男の子のアプローチは断ってたんだから」

「俺は、エメを愛してます、あなたのものにはなれない」

「やだよ…私のものなんだから」

どこか、線の切れたような顔で、俺の胸に一直線に鎖を叩きつけた。

かちゃん、と音がして、鎖は消えた。

「これで君は…私のもの」

「…俺はエメをずっと愛してますよ」

「ねえ、君はさ…私が君を殺さないと思ってる?」

「当たり前です、本当に好きなら殺したりなんか」

「違うよ…君の死体を見たエメちゃんはさ、どう思うかな?」

迂闊だった。

魔王は実際、俺が奪われた時に神に喧嘩を売ったのだ。

そんな先の見えない状態で俺の死体を見たなら、アシンさんを殺すか、自殺してしまうか、もしくはどちらもか。

許すわけにはいかない。

 

もしも。

魔王が自殺したなら、アシンさんは俺を蘇らせて、自分のものにするだろう。

 

もしも。

魔王がアシンさんを殺したなら、心中となり、アシンさんは喜び、エメはきっと悲嘆に暮れる。

 

つまり。

俺は、鎖をかけられた時点で敗北なのだ。

 

「…わかりました、従います」

「うふふ…いい子」

頭を撫でられる。

 

逃げられない。

絶対に超えられない壁。

力で勝てず、策で勝てず、逃げることも叶わない。

 

「ねえ…私たち、夫婦かな?」

「…」

「ねえ…黙らないでよ?」

胸から、がしゃ、と音がして、締め付けられるような痛みが走る。

「くッ…はぁ…!?」

「ほら…ねえ?」

「ふッ…うふ、夫婦だから…!」

「ならさ…夫婦の営み、しよ?」

「それは…!」

「これは鎖で脅さない…君がうんって言うまで、私は君に聞き続けるから」

「…エメ」

「その名前ッ…言わないでよ」

「俺は、エメと会いたい」

「やめて…やめて!」

また鎖の痛みがやってくる。

このまま死んでも構わない。

ただ、ただ一つ。

魔王が悲しませたくない。

絶対に。

「エ…メ…」

「黙れッ…黙れ!」

 

ぶつり。

 

勇者が死ぬのを眺め、はっとした表情で魂を吹き返す儀式の用意をする死神。

死神は、この時がずっと続くと思っていた。

心を折れれば、親友を忘れられたなら、きっと幸せになる。

 

冷たい、見ただけで人を殺せるような魔王の目が、窓から覗いているのにも気がつかずに。

 

 

アシンの日記

 

思い通りにいかない。

今日だけで4回も殺してしまった。

ごめんね、痛いよね。

でも、私のものになる。

きっと、必ず。

だからそれまで、愛の鞭を受けてよ。

あなたは、私のも

 

血で、その後の文は読めなかった。




何回も言います。
お待たせしました。
さて、衝撃的な終わり方でしたが、アシン編はバッドエンドではないのでご安心を。
ではまたすぐに投稿します!


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勇者の留守番(その7)

ついに戦いが…?


一瞬だった。

俺は、何が起きているか分からなかった。

タンスが、食器が、ベッドが、日記が、アシンさんの血が、吹き飛んだ。

残ったのは、家の骨組みと俺と、腕に魔法道具の札が突き刺さったアシンさん。

 

そして。

 

「エメ…!」

 

つい数秒前に、アシンさんは上機嫌で日記をしたためていた。

それが終われば、新婚生活が始まると言っていた。

 

俺は諦めていた。

魔王は強いが、しかし神に及ぶ力はない。

願わくば、戦わないで済むように、来ないことを祈っていた。

 

しかし。

 

家の壁を突き破った稲妻がアシンさんの頰を掠め、部屋の中の一切の魔術用具を吹き飛ばした。

次に、アシンさんが戦闘態勢を取る前に、恐らく魔封じの札が、弾丸のごとく速度で、魂の存在する場所である胸を狙って飛んできた。

 

アシンさんはそれを、腕で受け止めた。

血が飛び散る。

 

その動作が、たった数秒で起きたのだ。

 

桁違い。

あまりに次元が吹き飛んでいる。

 

「っ…エメちゃん」

「アシちゃん、最早何も聞きません」

魔王は、恐ろしく冷たく、しかしどこか悲しそうな目でアシンさんを見つめる。

アシンさんは俺の前に立ち塞がる。

「ねえ…恋したんだよ、仕方ないじゃん」

「恋なんて好きにすればいいですが、ユーリは私の夫です」

「お願い…ユーリ君を、ください」

「…くだらない、寝取る言い訳がそれですか」

「どうしても…ダメなら」

空気が重くにこごる。

見ている俺ですらも恐ろしいプレッシャーを感じる。

「望むところです」

 

神と王の戦いが、始まった。

 

 

15年後

魔界出版社地図係編集室

 

「あの…現地調査行ったんですけど…」

「ほう、あそこは15年経ったって人がいないんだから、調査したって変わらないものを」

「い、いえ…妙でして…」

「ん?」

「山が、丸ごとないんです」

「馬鹿言うな、あの辺は風景がどこも似てるから迷ったんだろ」

「写真があります」

「…位置情報は確かに正しいな…なんでこんな切り崩されたようなことになってる?」

「改定しますか?」

「誰もあんなとこ行かん、東西の山が多少分断されてたところで気付くやつもいないさ」

 

 

二人は、睨み合う態勢を崩さなかった。

何も語らずとも通じ合える仲なのだろう。

 

「二人とも、俺はこんなこと、嫌だ」

何としても止めなければ、彼女達は本当に魔界を潰す勢いで戦いだす。

「ユーリ、仕方がないんですよ」

「君は私のもの…札が取れたら真っ先に鎖を引く」

聞く耳をもたない。

「これ以上続けるなら、俺も容赦しないぞ」

凄んで見せたはいいものの、時を止める程度の能力しかない俺に何ができるのか、自分でもわからない。

と、アシンさんが口を開いた。

「なら…こうしましょう?」

魔王が体勢を変え、後ずさる。

 

「二人が力を…真正面からぶつけるのです」

 

勝ち目はない。

神と魔王では、圧倒的に魔力総量が違う。

力をぶつけたなら、魔王は飲まれてしまうだろう。

「魔王、ダメだ勝てな」

そう言おうとした矢先。

 

「いいですよ?」

 

魔王が、笑ってそう言った。

「ただし、ユーリも一緒に戦うのが条件です」

 

え?

俺?

 

「いいよ…その代わり、相談は禁止」

アシンさんが鎌を握り直した。

本気だ。

「っ…魔王」

「ユーリ、考えてください、勇者なら導いてみせてください、ハッピーエンドまで」

 

そして、二人はカウントを始めた。

 

「「3」」

 

どうしよう。

 

「「2」」

 

何も思い浮かばない。

 

「「1」」

 

その日、魔界の山は東西15kmにわたって、切り裂かれた。

 

なぜか、ぴんぴんの魔王と神と、ズタボロの勇者を残して。




さ、引き延ばしに延ばしたアシン編ですが、もう終わりも近いです。
終わったら、これまでコメントでリクエストして下さったものを書いて、その後またもネタ切れが濃厚です。
いつでもリクエストお待ちしてます!


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勇者の留守番(その8)

インフルエンザを3日で治すバカチャレンジをしておりまして、投稿遅れました(´・ω・`)(意味不明。


昔、私はそこにいた。

確かにそこにいたのだ。

 

魔王の、娘として。

 

「おいおい!デラルス!俺とデート行こうぜ!」

「…断る」

「あのな、武闘神の息子の俺にデート誘われて断るやつなんざお前くらいのもんだぜ?」

「知らない、あんたは好みじゃない」

「おまけにさ、お前は神でもなんでもない、ただの魔王ってぇポストだろ?許嫁いたって、俺とくっつくのが得だろうに」

「…」

 

男はいらなかった。

父はいない。

母の愛を受け取らず、逃げた。

だから信用できない。

きっとどこかで、野垂れ死にしたのだろう。

 

ずっとそう思っていた。

 

でも。

 

出会ってしまった。

 

ユーリと。

 

 

 

昔、私はそこにいた。

確かにそこにいたのだ。

 

死神の、後継者として。

 

「よいか…アシンよ…」

「師匠…具合は?」

「遺言、だ、心して聞け」

「師匠…わかりました」

「死神たるもの、いつ如何なる時も仕事に躊躇うな、死神として恥じぬ生き方をしろ、そして、同じ神族達を、友を、恋人を、裏切るな、何千年と生きる孤独を、一人で受け止めはできないのだから」

「はい…ですが、師匠はまだ…!」

「アシン、お前にとっての初仕事だ、私の魂を、アシン…そ、その…手で…たの…む…」

 

私は生物の命を奪う神。

愛し合う者ができたとして、一緒にいられる時間など一生の長さから見れば無きに等しい。

相手が神族ならば、共に過ごせる。

しかし、神の中でも異端の死神に、誰も見向きはしなかった。

神族会議にも顔を出さず、出す必要すら告げられず、私はずっと一人で生きた。

淡々と仕事をこなし、淡々とした毎日を送る。

 

ずっとそう思っていた。

 

でも。

 

出会ってしまった。

 

ユーリ君と。

 

 

 

「二人とも、やめてくれ!」

俺はそう叫んだ。

けれど、二人は止まらない。

「死神としてじゃない、一人の女として…エメちゃん、あなたに負けたくない!」

「人の旦那を寝取るところを止めたら逆ギレですか!?くだらないにも程がある!力は問題じゃない!想う力が、いつも私たちを守っているのです!アシちゃん!」

 

魔王は、渾身の力で魔力球を作り出している。

離れた場所にいる俺のところにも、ぴりぴりした空気が伝わるほどに高濃度の魔力球だ。

 

アシンさんは、鎌を赤く光らせて構えている。

モヤが出ているところをみると、鎌に溜めた魔力を振り抜いて魔王に当てるつもりだろう。

 

俺には、何もできない。

言葉は通じず、一方を押さえつけたなら、制御を失った力は俺たちを襲う。

 

ここからできる行動は一つだけ。

 

時を止める。

 

幸い、彼女達の攻撃は全て手の中で制御されている。

発射直前、全てを押し出す瞬間に魔力を空回りさせるなり吸収なりできれば、激突を避けられるだろう。

 

「いきますよ…」

「死んでも…蘇りはしないからね」

 

二人が、とても悲しい、凶悪な笑みを浮かべた。

 

そして、次の瞬間に緑色の魔力が世界を覆った。

 

即ち。

 

時が止まった。

 

「タイミングよし…!」

彼女達はこの一撃に全てを賭けるはずだ。

お互いが、お互いに対して殺すことを躊躇う様子が見て取れた。

これを凌げばよい。

 

まず、魔王を右に30度ほどずらす。

うまく魔力球ごとずれた。

 

次に、アシンさんを右に30度ほどずらす。

うまく鎌ごとずれた。

 

これなら、どちらにも当たることなく吹き飛ぶだろう。

周囲に人はいない。

素晴らしいアイディアだ。

 

緑色の魔力が薄まる。

 

次の瞬間。

俺は、二つの魔力の渦に飲まれ、錐揉み回転して宙を舞ったのだった。

魔王とアシンさんは、あらぬ方向へ飛んで行く魔力波と魔力球を眺め、十数m上空に高速回転して吹き飛ばされた俺を見て、見つめ合い、笑った。

 

何はともあれ。

 

俺のパーフェクトな策によって、二人は仲直りした。

 

しかし、俺は知らなかった。

 

俺の看病争奪戦により、さらにいくつか山が消えてしまうことを。




仲直り!

次回で死神編は締めます。
そして、if的なのを書いて、ネタ切れです。
リクエスト大募集!


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勇者の留守番(その後)

勇者と周辺の山以外は無事に仲直り!


ガールズトークというのは、いろんな種類がある。

俺の目の前の女の子達は微笑ましい、昔話というガールズトーク(?)をしていて、とても魔王と死神には見えない。

楽しそうだなあ。

もっと近くで聞きたいなあ。

 

待てよ?

俺、なんで加われないんだ。

昔話には入れなくても、せめてもう少しまともな体勢で聞きたいものだ。

 

「エメ!アシンさん!」

 

そう呼ぶと、二人とも1秒かからないくらいのスピードで飛んできた。

「なんですか?ユーリ!ムラムラしてきましたか!?」

「私もしたいな…一応泊めてあげたし」

「は?まだ懲りてないんですか?ババァ死神」

「クソガキ…魂刈り取るよ?」

「いいでしょう、外で決着つk」

帰りたい。

「二人とも!」

大きな声で言うと、少しは反省したのだろう。

「お、怒らないでください…」

「うん…ごめんね」

「そろそろ帰ろう、頭も痛くなくなった」

ぱぁっと顔が輝く魔王。

目を見開いて固まるアシンさん。

「やった!帰りましょう!こんな狭いところ嫌ですよね!しかも死神の血の匂いの付いたベッドより広いベッドで愛し合った方がずっと気持ちいi」

「や…やだ!」

アシンさんが珍しく声を荒らげる。

「アシンさん、でも一応俺はエメの旦那で…」

「で、でも…私まだ君のこと好きで…」

「ふん、少しの時間愛人になれただけよかったと思ったらどうですか?」

アシンさんにはかなり毒舌になる魔王。

昔からこんな感じなのだろうか。

「アシンさん、また来ますから、ね?」

頭を撫でる。

魔王ならチョロ…純粋だから、これでどうにかなるが、アシンさんはどうだろう?

「また来るって…いつ?教えて?」

淀んだ目で服を掴んでくる。

「え、えーと…」

「嘘だって言ったら…首落とす」

怖い。

「ユーリから手を離してください!」

魔王が割って入る。

「エメちゃん…先に出逢ったくらいで威張らないで」

「ユーリは私のものなんですから、アシちゃんにこの後会わせる義理はありません」

「そうやって独占しようとするの…異常」

うん、確かに魔王の独占は異常だ。

でもね。

アンタもだよ?アシンさん。

「独占じゃありません!ね?ユーリ?」

こっちを見てくる。

「…あのさ、提案があるんだ」

「Hしたいですか?」

「一緒に…いてくれるの?」

この言葉を言うのは、二人の喧嘩に割って入る時より勇気がいることだった。

「月に…いや、年に一回でもいい、アシンさんに一日だけ会いに行く、これじゃダメか?」

 

 

帰りの馬車

 

馬車の中では、魔王が俺にぴったりくっついて、しかしただ温もりをお互いに感じるだけの接触で、俺と手を繋いでいた。

「ユーリ、あそこ、どうでした?」

「あそこ?」

「アシちゃんと暮らした日々ですよ」

「…疲れたなぁ」

そう返すと、魔王はじっと黙り込んだ。

「エメ?」

「なんで、あんなことを言ったんですか?」

 

冷たい声だった。

あんなこと。

 

一年に一回だけ、アシンさんに会いに行く。

 

俺はアシンさんと過ごし、彼女が俺に求めるものを感じた。

 

彼女は孤独だった。

 

ずっと、ずっとあんな所で一人だったのだ、無理もない。

 

俺は彼女を救ってあげたかった。

でも、無理だ。

魔王と結婚していて、魔王もアシンさんのことを知らせても動きはしないだろう。

そして、アシンさんもきっと他の男の人を受け入れられない。

彼女の男嫌い、いや、側に人を置くことを嫌う性質は日記から子供時代からのものだとわかった。

 

俺しか、できないのだ。

 

仮にも勇者。

救ってみせる。

 

「なんでって…それはアシンさんが」

「彼女は孤独ですよ」

魔王が冷たい調子のまま、言った。

「…なら、なおさら救ってあげるべきだろ」

「ユーリでなくてはいけないのですか?」

「…ああ」

「なぜ?」

「アシンさんは一緒に過ごした俺に、二人で居てほしいって求めてきたんだ」

「でも他の男でだっていいでしょう?相談してくれたなら、あんなことを言わせずに済みました」

「他の男を斡旋する気だったのか?」

「ええ、仮にも神ですからね、魔族なら誰でも喜んで婿に行くでしょうし」

薄く笑う魔王。

 

俺は、彼女に言いようのない怒りを覚えた。

 

「本気でそんなこと言ってるのか?」

「ええ、どうせユーリを奪おうとした時点で、アシちゃんなんてどうだっていいんです」

「エメ、昔から一緒にいて分からないのか?」

「分からない?」

「アシンさんが男を、友達を、あまり好んで持っていなかったことだよ」

 

「アシちゃんは、私の友達なんかじゃありません」

 

馬車が揺れた。

 

「エメ…お前ッ…!」

思わず胸ぐらを掴んでしまった。

しかし、エメは抵抗しない。

すると、打って変わって優しげな顔になって、言った。

 

「ただ一人の、親友ですよ」

 

「…」

手を離し、顔を伏せる。

 

最後まで聞くこともせず、もったいぶった言い方をされたとはいえ、エメに手をあげた。

最低だ。

 

「それでこそ、ユーリです」

そう言った彼女は、俺が顔をあげた時には外を見ていた。

 

満足気で、幸せそうな、俺の大好きな顔で。

 

 

アシンの日記

 

ユーリ君とお別れ。

でも、悲しくない。

ユーリ君は私に、いっぱい思い出をくれた。

ありがとう。

この思い出があれば、ユーリ君にたとえ会えなくても、誰も側に来なくても、私は生きていける。

エメちゃんは、お別れの前に、私に言ってくれた。

 

寂しくなったら、いつでも私たちを呼んでください。

 

だって。

昔から優しい。

それに、一番のニュース。

ユーリ君が月に一回、私のお家に来てくれる。

私は幸せ者。

友達も、愛する人もできた。

もう一人じゃない。

ありがとう。

本当に、ありがとう。




ハッピーエンド!
死神編はこれで終わり。
無理やりで、少し雑な所もあったかもしれませんが、喜んでいただけたでしょうか。

アシンたんもこれからたまに出てくるかも?
次回からはifルートを書いてみます!


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if
もしも、勇者がヤンデレサンタに洗脳されていたら


洗脳成功例です。
ニコラは暴力型ですから、ある意味一番分かりやすくて恐ろしいですね…。


「あなたが一番愛している人は誰?」

幾度となく、エメに聞かれた。

しかし、今は違う。

ニコラは毎日この質問を投げかけてくる。

 

ニコラがこれを俺に尋ねるということは、俺の体に傷が増えるサインになっている。

増やさない方法もあるにはある。

彼女の愛を受け入れて、こちらから求めたらよいだけの話なのだ。

しかし、魔王を裏切ることはできない。

 

たとえ死んでも。

 

「エメを、愛してる」

「まだ諦めてないのかよ…ッ」

胸を蹴られる。

「ぐっ…ぅ!」

「私のものになれ…神の寵愛が欲しくないの…?」

首をギリギリと締められる。

それでも、負けない。

「ほッ…しく…ない…エ…め…がそばに…いれば…」

「…殺したくなるよねェ…君のその言葉…!」

目の中の光が消え、尋常ならざる力で投げ飛ばされる。

俺の体は、飾ってあるモミの木に激突した。

背中が熱い。

枝が刺さる感触を、熱いと感じる。

しかし、叫ぶ元気もない。

体は動かない。

床に伏せて身を守るだけだった。

「…またお薬、注射しよっか?」

ニコラは怒りからか、震える手で注射器を持ち、白い液体をたっぷりとその中に入れていた。

 

自白剤。

しかし、俺はあれが単なる自白剤には見えなかった。

 

日に日に自白剤は白さが濃くなっている。

ニコラは、思い通りにいかなければすぐにあれを注入する。

副作用があるあの薬を大量に注入され、俺は半ば二重人格を作り出されたようなものだ。

 

あれを注射されると、俺の記憶は飛んでいた。

 

この前正気を取り戻したのは、ベッドの上。

俺たちは交わっていた。

そして俺は、安心しきって体を緩ませていた。

 

食卓にいた時もあった。

俺はにっこり笑ってニコラのご飯を食べていて、ニコラは口移しを俺に求めていた。

その時、俺は正気を取り戻していたにも関わらず、無意識に口移しした。

 

きっと彼女に甘やかされることに快感を感じる俺を、俺自身が心から切り離したのだろう。

 

しかし、その境界はだんだんと滲んできている。

 

目を閉じたら感じてしまう。

ニコラの笑顔。

ニコラの唇の柔らかさ。

部屋に響く淫靡な音。

白い柔肌と、上気した顔。

ただ俺を求め続けるニコラ。

温もり。

 

「嫌だ…その注射は…エメを忘れる…」

にじり寄ったニコラは倒れた俺の顎を持ち上げ、キスした。

優しいキスなどではない。

獣のような、獲物を貪るためのキスを。

「んっ…ちゅ…ッじゅるる……んん…ッ」

「んぐッ…ふぅっ…ぅ…」

「ぷはっ…美味しいね、やっぱり」

唇を離す。

そのまま、俺の顔を舐め回している。

甘い香りが鼻をくすぐる。

「やめろ…俺はまだ折れてないぞ…」

「知ってるよ、でも、今はあの女のことを考える貴方も愛おしく感じるの」

俺を抱き寄せ、顔同士が触れ合う数mm前でニコラは笑った。

「分かってくれたのか…?」

「怯えるあなたの顔を見るのは」

キスされて、歯と舌とで口をこじ開けられる。

その口の隙間に、注射器の針が滑り込んだ。

「これで、最後だから」

舌にちくり、と痛みが走った。

最初に注射されたものの20倍の濃度の自白剤がゆっくり体を回る。

 

最後に見えたのは、魔王の笑顔。

ごめんな。

 

「ニコラ…痛いよ…」

ニコラにすがりつく。

笑った彼女は頭を撫でてくれた。

「私がすぐに治してあげるからね?」

手を当てると、傷は消えた。

やっぱり優しい。

「ありがとう!ニコラ!」

「可愛いね…あなたは私のものだよ?」

「うん、分かってる」

「よし!いい子いい子!じゃあ記念に…また…あれしよっか?」

「ごめん…この前は急に暴れちゃったりして…」

「いいの、もうあの時みたいにはならないから」

服のボタンを外して、彼女は笑った。

可愛い。

「ニコラ大好き!」

「私もあなたが大好きだよ?」

そのままもつれ込んで、一夜を過ごした。

 

極冠付近キャンプにて

 

「エメラル様…!北から超高圧の魔力反応が…!」

「お姉ちゃん…結界は!?」

「結界は意味を持ちません、少なくとも私たちの今の手持ちでは防げないでしょう」

「なら…!」

「彼女はきっと、魔力砲なんかでこのキャンプを丸ごと吹き飛ばしはしないでしょう」

「なんでそんなこと分かるの!?」

「同じだから、ですよ」

世界の時は止まる。

ほんの数秒。

次の瞬間、キャンプの中には4人の女性がいた。

金髪の女性が、口を開く。

「こんばんは、勇者の妻の、ニコr」

三人はそこに、思いっきりの魔法を打ち込んだ。

キャンプが吹き飛ぶ。

氷河が決壊する。

しかし。

「…捨てられて逆上してるの?」

笑って立っているその神に、傷は付いていなかった。

「黙れ、雌豚が」

「口が悪いね?魅力不足を自覚したら?」

 

魔王は、暗黒魔法を唱えた。

勇者を救った時のものとは違う。

フルパワーで。

 

「エメラル様!」

「お姉ちゃん!そんなことしたら…!」

その大地は消滅しかかっていた。

 

しかし、黒い力は霧散する。

ある魔王の血しぶきと共に。

「…時を止めても少しだけ動いた、それだけね」

心底面白くなさそうな顔で、神は言った。

「それじゃ、さよなら?」

 

極冠の氷の層に、三人の死体が入っている。

一人をのぞいて、みんなそれを知らない。

 

そしてその神は、今日もまた満ち足りている。

 

「あなたが一番愛しているのは誰?」

何を当たり前のことを聞いているのだろう。

「ニコラだよ?それ以外に、いる?」

 

勇者も魔王も、もういない。




BADENDです!
エメラルたんの最期は書かなくてもよかったかと思いましたが、エメラルたんが探さないわけはないし、書かないともやっとしましたので書きました。
うーん…鬱ENDだぁ…。


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もしも、勇者がヤンデレ死神に洗脳されていたら

アシンルートです。
基本的にはBADENDしか存在しないifルート。


「ユーリ君、日記を見た君が…悪いんだよ?」

黒い鎖を胸に付けられ、ぐったりとしている俺の額をアシンさんが撫でる。

アシンさんに監禁されて何日が経っただろう。

逃げることなどできない。

アシンさんは、繋がれている俺を見て安心した顔をしてはいるが、まだ不満気だ。

「アシンさん、今ならエメには言いません、だからここから解放してください」

「ダメだよ…あの日記を見て君も私に幻滅したでしょう?」

アシンさんは優しい。

優しすぎるが故に、自分の恋と友情との板挟みに遭っているのだろう。

机の上の指輪が、ちかちかと光る。

「…エメだ!」

しかし、鎖のせいで机に近づけない。

「アシンさん!」

「君は…エメちゃんと連絡取る気なの?」

「当たり前です!それに俺から応答が無ければ、すぐに怪しまれますよ!」

なんとか説得を試みる。

しかし、無駄だった。

「嫌だ…そんなの」

「とにかく指輪を」

「君は私のものになった…誰にも邪魔させない!」

その時のアシンさんは、とても落ち着いているようには見えなかった。

「アシンさん!」

指輪の光が消えた。

そして声が流れ出す。

「ユーリ?寝てしまったのですか?もう少しでそちらに着きますから、帰る支度をお願いしますね?あ、あと持って行ったユーリのパンツより、ユーリの生のが欲しいです…」

そして声はぷつり、と消えた。

「アシンさん!」

アシンさんは、笑っていた。

不安定に、何かを迷い過ぎて、周りが見えなくなった人の目だった。

「ユーリ君…ごめんね」

「え?」

「私は死神だから…手加減もできないかもしれない」

アシンさんは鎌を持ち、帽子をかぶり、黒い上着を羽織った。

「手加減って…エメと戦う気ですか!?」

「仕方ないよ…そう、仕方ないの」

自分に言い聞かせるように彼女は呟き、俺の頭を撫でた。

「じゃあ…行ってきます」

「アシンさ…!」

彼女は振り返らなかった。

 

「あ、アシちゃん!ただいま」

「おかえりなさい…エメちゃん」

「今からお仕事ですか?それと、ユーリは家にいますよね?」

「あのさ…もう少しくらい、ユーリ君はうちに預けておかない?」

「…?すみません、どういうことですか?」

空気が帯電したようにぴりぴりとする。

「そのままだよ…ユーリ君は渡せない」

「初めての冗談にしては、下手過ぎません?」

死神は鎌を振りかぶる。

魔王は飛びのいて距離を取る。

「本気なんですか!?アシちゃん!?」

「エメちゃん…ごめんね」

そして、分の悪すぎる攻防が始まった。

 

地響きが家を揺らす。

「うお…?なんだ?」

しかし動けない。

鎖を外そうと、幾度となくチャレンジした。

 

色々な波数の魔力を流す。

ありったけの魔力でシステムを壊す。

時を止めてダメージを与え、動き出した時に一気に衝撃が押し寄せるようにする。

とにかく引っ張る。

 

しかし、どれもこれも無駄だ。

「エメ…!」

と、扉が開いた。

「ユーリ君…ただいま」

彼女は人を担いでいた。

俺の嫁を。

「エメ!」

「平気…死んでないから」

エメをベッドに置く。

まるで眠っているようだった。

「死んでない?エメをどうするんです?」

アシンさんは笑った。

「今日から…三人で暮らすの」

「え?」

「エメちゃんは、さっきの戦いで…神に刃向かうことがどれだけ馬鹿馬鹿しいか分かったと思う」

「…でも!」

「ユーリ…」

か細い声が聞こえる。

魔王だ。

「エメ!」

「ユーリ…負けてしまいました…」

「いいんだ!生きていたら、それだけで!」

「だから、今日からは三人の生活になってしまいます」

「大丈夫、俺がそばにいるから…」

「…はい」

「さて…ご飯にしよっか」

 

こうして俺たちの生活は始まった。

けれど、魔王はアシンさんに怯えていた。

どれだけの力を見せつけられたのか、それはわからない。

ただ、俺は三人で暮らせるだけで幸せだ。

たとえ、魔王が前ほど俺を求めてこなかったとしても。

たとえ…魔王から避けられるとしても。

 

深夜3時

「エメちゃん…今日、彼に何回触った?」

「…8回」

「嘘はダメ…12回でしょ?」

「…」

「じゃあ嘘つきボーナス10回で…22回殺すね?」

「殺して蘇らせて…こんなことに何の意味があるんですか?私たちは友達だったのに…こんな…苦痛を…!」

「苦しいからやるんだよ、エメちゃん」

「ユーリ…助けて…」

「無駄だよ?ユーリ君はエメちゃんに避けられてるって思ってるからね」

 

魔王は、294回目の死を迎え、295回目の生を受ける。

その数は減らない。

二人が、少しでも愛し合うかぎり。

 

その結果、愛する人が苦しむとも知らず。




魔王の方が洗脳される感じですね。
優しいゆえに壊れたアシンさん…。恐ろしや。
次の登場人物案として、こんな感じです。
・ヤンデレ崇拝ストーカー鬼
・ヤンデレ追っかけお嬢様吸血鬼
・ヤンデレ独占狂気シスター
え?ヤンデレしかいない?気のせいじゃないでしょうか。
種族や属性に何かご意見がある方は、ぜひ感想にお寄せください。
多分少し魔王とのイチャイチャ書いてから、新章入ります。


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勇者と魔王のお買い物

久しぶりのほのぼの回…?


こんこん、と扉がノックされた。

ちょうど起きたばっかりなのだが。

「どうぞー」

「失礼します」

ウルスラだった。

「ユーリィ様、お手紙が届いております」

「手紙?ああ、またか…」

ウルスラから上質な紙の手紙を受け取る。

ここ最近、俺の元には人間界の王国から手紙が送られてきている。

ほぼ毎日。

その内容は全て、戻ってこい、という命令とも取れる言葉だった。

もちろん無視し続けている。

「では」

「ありがとな」

イスに座って一応手紙に目を通す。

今日も同じようなことしか書いていないが。

「あーあ…」

イスの上でぐっと伸びる。

すると。

 

ばきっ

 

「…え?」

イスの足が折れ、背中から床にまっさかさま。

「痛っ!」

床に腰を思いっきり打ち付けた。

そして次の瞬間。

「ユーリ!どこか痛むんですか!?」

扉が開き、魔王がいた。

盗撮のたぐいの魔法道具は全部取り去っておいたはず。

「…エメ、盗聴したか?」

睨みつけると、ぴくっと肩を動かして、あからさまに目を逸らす。

「え?な、何言ってるんです?やだなぁもう、そんなことするわけないじゃナイデスカ」

「…」

「ごめんなさい盗聴しました盗聴機36個仕掛けてました」

土下座した。

「盗聴も禁止、いいな?」

「盗聴がダメなら、どうやってユーリのプライベート管理をしろと言うんですか!?」

「プライベート管理なんかいらないから!」

 

ぎゃあぎゃあ言い合うこと30分、扉がまた開く。

「お静かに」

ウルスラ…ごめん。

「朝食の支度ができました」

「ああ、わかった」

「…わかりました」

一時休戦。

 

「ウルスラ、変えのイスはありますか?」

「地下室にならあると思いますが…」

ルビルさんが口を挟む。

「あら、地下室のは蜘蛛の巣も埃も付き放題よ?たぶん座ったらまた割れるんじゃないかしら?」

「ウルスラ、家財の管理は?」

「…私が仰せつかったのは、家事ですので」

「昔みたいに使用人がたくさんいるわけじゃないからねぇ…」

魔王から聞くに、昔は使用人が100名近くいたそうだ。

しかし、何百年か前の戦争のゴタゴタで7割近くの使用人が辞めてしまい、半端な手入れは不要と魔王が何人かを辞めさせ、今となっては20人ほどだ。

「ユーリィ様、私が買ってまいr」

「ユーリ!買いに行きましょう!」

「「え?」」

同時に声を上げ、同時に顔を見合わせる二人。

 

またも大騒ぎすること30分、もうマリンちゃんとかも呆れて部屋に戻って行った。

「もしものことがあったらどうするのですか!」

「魔王に敵う者など魔界にはいません!」

「神にも目を付けられているのです、とにかく、おとなしくしていてください」

「主人に対してなんて口の聞き方ですか!」

 

掴みあうこと15分、服が破れたりテーブルとかイスを弾き飛ばしたりしている。

「ふぅ、ふぅ…」

「ぜぇ、はぁ…」

二人とも魔法を使わない取っ組み合いだと、ほぼ素人だ。

疲れたあたりで意見を差し挟む。

「まあまあ、イスはまた今度でいいから、な?」

「「ダメです」」

思わぬ反撃。

 

叫び合いになりつつある言い合いを続けること30分。

「…わかりました、では好きになさってくたさい」

「やった!ユーリ!行きましょう!」

壁の端に蹴飛ばされた机を戻すウルスラの背中は、なんだかやけに小さく見えた。

 

ハザラの街

「〜♪」

「上機嫌だな」

「二人でお出かけなんて、そうない機会ですからね!」

魔王はフードを被っているからか、俺と腕を組んでべったり歩いていても、あまり気にする人はいないようだ。

「ユーリ!ここにしましょう!」

立ち止まったのは、いかにも高級そうな家具店。

「いつもここで買ってるのか?」

「ウルスラはここに来ていたそうですが?」

「そうか…」

赤い絨毯の敷かれた店内の家具は、俺が今まで使ってきたものとは値段が3桁違った。

「…別のところにしないか?」

「え?でも、これとか…ダメですか?」

魔王が指さしたのは、高級魔界白樺からできたらしい、美しい彫り物が施されたイスだ。

小さな家なら丸ごと買えるような値段。

「高すぎるよ、やっぱり俺は普通のでも…」

「ダメです!ユーリともあろうものが、質の悪いイスに座ってはいけません!」

「質が悪くても座れたら俺は満足なの!」

「木の針がお尻に刺さりでもしたら、後ろの穴虐めができないじゃないですか…」

もじもじしている。

変態だ。

なんども言うけど。

変態だ。

一句詠んでしまった。

「あのなぁ…」

呆れて目を落とす。

と、まともな値段のイスがあった。

腕のところに穴が開いていて、後ろに羽のような飾りがあるが、がっしりした普通のイスだ。

「エメ、あれにしよう、な?」

魔王はそれを見て、思いのほか上機嫌になった。

「あれは、ちょつと訳ありのイスですけど、いいんですか?」

ニヤニヤしているのが不気味といえば不気味だったが、とりあえず頷いて、購入した。

 

魔王城

「エメ、そんなに気になるのか?」

魔王は帰ってからも、俺にまとわりついている。

「早く座り心地を確かめましょう!」

「はいはい」

そして、ゆっくりイスに腰掛ける。

背もたれがカチッ、と鳴った。

「…?」

次の瞬間。

手枷が穴から現れて手を捕え、足枷が足を捕え、後ろの羽飾りは俺をがっちり包み込んだ。

「…は?おい、魔王、これ…」

もがく。

が、抜けない。

「はぁはぁユーリ可愛いですよ拘束されて怯えた顔可愛いすぎます!」

「おい!拘束解いてくれ!」

「ご無沙汰だっただったんですから…この前は13時間で気絶しちゃいましたけど、今日は20時間できますよね?」

膝の上に座り、キスされる。

「エメ、せめてベッドで…」

「だぁめ♡」

この後めちゃくちゃハメられた。




20時間耐久ハメ…。
いくら魔王が可愛くても、ユーリは耐えられるのか…?


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吸血鬼編
貴族会議


魔界にも当然階級に上下があり、そして貴族もいるわけで…。


がたがた揺れる馬車。

「…エメ、俺、行くの結構怖いんだけど」

俺は立派なスーツを着ていた。つやつやと光る、新品の、高級だと一目でわかるスーツを。

「貴族会議で、ユーリは私の夫ですよ?みすぼらしい格好で行かせるわけにはいきません」

魔王は灰色のドレスだ。

綺麗だが、そう伝えて襲われかけたので言わない。

 

魔界には貴族がいる。

貴族は魔界を支える種族の長で、主要な貴族は12種いるという。

中には魔王家くらい金持ちの族もあるらしい。

今日は、その会議に呼ばれた。

 

「俺、人間だし…戦争がついこの間あったばっかりなのに、張本人が出て行くのは、ちょっとさ…」

正直言えば、怖い。

「大丈夫です、ユーリは私が守りますから」

手を繋がれる。

しかし、全く安心できない。

もしも守るはずの魔王が暴れたらどうするのだろう。

「ユーリ、着いたみたいです」

「…ああ」

胃のきりきりした痛みを我慢して、俺は馬車から降りた。

 

荘厳な建物だった。

神殿のような古めかしさと神々しさを持ち、なおかつ美しい建物。

「ここが魔界貴族御用達のダンスホールです」

ガーゴイルが何体も見張っているセキュリティを通った中には、緑色の絨毯が敷かれ、小さなテーブルがずらりと置いてあり、その上には宝石のごとく輝く料理が盛られていた。

「ここのご飯は中々美味しいですよ、コックがウルスラくらいの腕前ですね」

「なぁ、会議じゃないのか?」

「ええ、あくまで会議です、立食パーティのようなものですけどね」

やがて、人々が入ってくる。

俺と魔王は一人ずつに挨拶をした。

 

筋骨隆々の石でできた男。

真っ黒な翼の若い女。

姿の見えない影。

顔の無い女らしき者。

ケンタウロスらしき男。

緑色の髪の吸血鬼らしき女。

人くらいの大きさの鳥。

 

他にも色々といたが、印象が強かったのはこれくらいだろうか。

「では、第4251回貴族会議を行います」

普段からは考えられないような真面目さで、魔王が開会を宣言した。

そこからはフリータイムのようで、みんながせわしなく動き始めた。貴族というのは、人間も魔族も変わらないようだ。

 

「お主…人間か?」

石像に声をかけられる。

「は、はい、魔王の夫になりました」

「聞いてはいたが…なぜデラルス様が若造を、しかも人間を夫に選んだのだ?」

威圧的な聞き方だが、声からして純粋な興味に思えた。

しかし、なぜと言われて答えられる問いではない。

「…さあ?」

「…ふむ、そうか」

納得のいかない様子で戻って行った。

 

「あら?あなたは…」

黒い翼の女に声をかけられる。

悪魔の族長といったところか。

「魔王の夫のユーリィと言います」

「いい匂いね…人の匂いと、どこか神の香りがする…」

なんだか陶酔したように俺を見ている。

「あ、ありがとうございます?」

反応に困る。

「ねえ、一晩家に来ません?たぁっぷりおもてなししますよ?」

その女が肩に触れた一瞬。

燭台が恐ろしいスピードで飛んで来た。

女が目を向けると、燭台は真っ二つに切り裂かれて速度を失う。

「すみません、手が滑りました」

魔王がにっこりと笑っている。

「あら、それは大変でしたね、お怪我はございませんか?」

「私の心配はいりません、ですが夫は脆弱な人間でおりますゆえ、悪魔の接待には耐えられませんよ?」

「それは失礼しました、では私はこれで…」

そそくさと逃げる女。

そしてそれを見つめる魔王。

「…エメ、今のはやり過ぎじゃないのか?」

「他人の夫に手を出す悪魔が悪いでしょう?」

全く悪びれず、言い放った。

 

「御機嫌よう?ユーリィ様」

吸血鬼の女だ。

緑色の髪がさらさら揺れて、いかにも貴族といった感じ。

「どうも、初めまして、えーと…」

「ワイル家のミラ=ワイルです、以後お見知りおきを」

「ユーリィ・グレイです、よろしく」

ハグしてきた。

挨拶なので、魔王もハグと握手まではいいということだった。

すると彼女は耳元でこう囁いた。

「私の家に来ませんこと?」

「先ほどもお誘いを受けましたが、残念ながら仕事が忙しいものでして…」

完璧な返しだ。

仕事なんかほとんどないけど。

「いえいえ、お客ではございませんよ」

「…?なら、なぜ…?」

「吸血鬼の一族は古来より貴族の嗜みとして、人間狩りをしておりまして…ね?」

「狩った人間は、奴隷となります、血が美味しければ飽きるまで食用家畜、美味しくなければ手足を捥いで楽しんだり、解体ショーをしたりと…」

彼女は笑っている。

背筋に凍ったような感覚が走った。

「あなたは愛玩奴隷として、私と相性が良い感じがしますので、こうしてお声かけしているのですわ」

上品に笑っている。

側から見れば、ただの会話に見えるだろう。

しかし、内容は。

「…それに、噂によればあなたは、神を吸収したそうですね?」

「…っ、なぜそれを」

「あなたが欲しいのですわ、それでも今あなたがこちらに来ないのならば構いませんことよ?」

「なら、お断りします」

震える声で言う。

すると、さらに濃い笑みを浮かべ、こう言った。

「魔王家の周囲企業を買収して、あなたをこちらに渡らざるを得ないようにするだけのお話ですから」

俺はその時、知らなかった。

貴族の中で最も富を持つ族が、ワイル家だということを。

「ご冗談を…」

「まぁ、じっくりお考えになってくださいませ」

くすくすと笑い、去っていく彼女。

その背中は禍々しいオーラに包まれているように、俺には見えた。




吸血鬼登場!
キャラはまだ迷っています…。ヤンデレに追加してほしい属性があったら、コメントください!
吸血鬼編はたぶんもうちょい後…?


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魔王の仕事

吸血鬼に身請け(?)された勇者。
その魔の手はじりじりと…。


「ごちそうさま」

魔王がフォークを置く。

今日も美味しい夕食だった。

「ユーリ、今日はどうします?どこかホテルとかお出かけしますか?お家でゆっくりシたいですか?」

「あのな、エメ、仕事とかないのか?」

ウルスラが渋い顔から、少し目が光る。

「ユーリィ様もこうおっしゃっていますし、さあ、お仕事の時間にいたしm」

「嫌です!」

「…ですが」

「明日やりますから!絶対!」

「昨日も一昨日も聞きました」

机に突っ伏して駄々をこねる魔王。

こんな魔王をこの前まで俺は倒そうとしていたのか…。

「エメはどれくらい仕事してないんだ?」

ウルスラが書類をぱらぱらめくる。

「量はそれほどではありませんが…この前の貴族会議からですね」

ぞくり、と、あの吸血鬼に見つめられた時の感覚が蘇った。

「なぁ、なんで貴族会議から働かなくなったんだ?」

そう言うと、魔王は少し真剣な顔になった。

「ワイル家です」

「え?」

「ワイル家がユーリを愛玩奴隷にしたいと言っている、なんて噂があるんですよ」

冷や汗が頰をつたう。

本気なのだろうか。

「な、なんだ、それ」

「吸血鬼の愛玩奴隷なんてろくなものではありません」

「ああ、らしいな…」

「だから私はユーリと離れたくないんです!」

ばふっ、としがみついてくる。

しかし、俺は魔王の好意を素直に受け取れない。

ミラ=ワイルと名乗ったあの女の言葉。

 

「魔王家の周囲企業を買収して、あなたをこちらに渡らざるを得ないようにするだけのお話ですから」

 

魔王家と同じくらいの財力をもつ彼女なら、あるいはやりかねないかもしれない。

そして魔王が俺にうつつを抜かしていたなら、思う壺だ。

「…っ」

歯噛みしていると、魔王が顔を覗き込んできた。

「顔色が悪いですが…ユーリ?」

「…ちょっと、気分が悪いんだ、部屋にいるな」

よほど切羽詰まった顔をしていたらしい。

「エメは、仕事終わってから相手してやるからな?」

魔王もなんだか浮かない顔だ。

「ユーリ?私が愛玩奴隷なんて言ったからですか?大丈夫ですよね?ね?」

おろおろしている。

「ウルスラ、エメを頼んだ」

俺は心なしかふらふらして、部屋に戻った。

 

目が覚めたのは深夜だった。

随分深く眠ってしまったらしい。

扉の外側に、ウルスラらしい綺麗な字のメモが貼ってある。

 

おはようございます。お夕食を召し上がりたいのであれば、エメラル様のお部屋か、私のお部屋におりますので、お声かけください。

 

あまり食欲はなかった。

幽霊でも出てきそうな、長い廊下を歩いていると光が漏れる部屋が一つあった。

「…エメ?」

ノックする。

「ウルスラですか?もう寝なさいと言ったでしょう?」

「ユーリィだけど…」

「すんすん、確かにこの匂いは…どうぞ」

扉越しに匂いがわかるのだろうか。

「…ずっと仕事してたのか?」

魔王の机には、大量の紙束があった。

溜めていたとはいえ、これほどハードな量があるはずはない。

「ユーリは気にしないでいいんですよ?サボっていたからか、なんだか買収うんぬんで揉めてるだけですし」

買収。

ワイル家と、関わりがあるワード。

「なぁ、それ、どこに買収されそうなんだ?」

そう聞くと、ぎくりと魔王は手を止めた。

「何度も言いますけど、魔王家の話ですよ?ユーリが気にすることではありません」

引きつった笑み。

恐らく、俺の読みは当たっている。

しかしそれを隠そうとするのは、俺への優しさか、それとも強がりからか。

「何件買収された?」

「…」

目を伏せる魔王から、書類を奪う。

「25件…」

「まだ魔王家には6000件も会社があります、それくらい潰れたってユーリは…」

「…エメ、俺のせいで魔王家が食い潰されてどうなるんだよ」

「だから、ワイル家なんかではないんです!」

「…俺はワイル家なんて一言も言ってないぞ?」

「あっ…」

ドジだ。

「俺が話してくる、エメが気に病むことじゃない」

「私は魔王以前にあなたの妻です!夫を守れない妻なんて、情けないことこの上ないでしょう!?」

「魔王は色んな人の命を背負っているんだ!それに、飽きたらきっと俺は捨てられる、そしたらここに帰ってくるから」

「許しません、貴族会議で他の女がユーリに触れるだけで、気が狂うほど辛かったのに、なぜ吸血鬼ごときにユーリの身柄を…」

魔王の物言いに、腹が立った。

「エメに許してもらう筋合いはない!」

声を荒らげたためか、魔王は一瞬怯んだ。

「っ…!」

「…ごめん」

「ダメです…ユーリがいないなら…私は…」

抱きしめられる。手を回し、抱きしめ返す。

「…飽きるまでの辛抱なんだ」

「嫌です、それだけは嫌なんです、ユーリは私のものなんです」

ミシミシと抱きしめる力が強くなる。

骨が折れそうなので早々に離れた。

「俺も一人の人間なんだ、悪いけど、今回ばかりはエメの言うことは聞けない」

すると魔王は、魔力球を撃ってきた。

間一髪でかわす。

「…エメ?なにを…?」

 

「ユーリを行かせはしません、絶対に、拘束してでも、私の手元に置いておきます」

 

「物じゃないんだ、俺は」

「結婚した時点で、ユーリの身柄も心も何もかも私のものです」

にじり寄ってくる。

後ずさりする。

このままでは、捕らえられる。

そして魔王家は破滅。

それだけは避けなければいけない。

ウルスラのために。

マリンちゃんのために。

魔界の人々のために。

 

そして何より。

俺の妻のために。

 

「ごめんな、帰ってきたら、本当に気の済むまで殴ってもいい」

 

世界は緑色の魔力に包まれた。

時を止めて、俺は走る。

部屋で荷造りする。

鞄に、剣、盾、鎧、衣服、魔王との結婚指輪を詰め、それを担ぐ。

すると、ずきん、と頭痛がした。

ニコラの声が、聞こえた気がした。

「本当にいいの?彼女を置いて行って」

「…構わない、きっと帰って来れるさ」

「あなたは、惚れた女の怖さをきちんと感じた方がいいわよ?」

「余計なお世話だ」

「まあ、私が殴っても蹴っても言うことを聞かなかったあなただものね」

「ああ、今回もうまく切り抜けるさ」

「…あなたの妻も、つくづく不幸ね、惚れられやすくて、しかも優しい夫なんて」

「…」

「死にそうになったら、力を貸すわよ?あなたと私とは二心同体なんだから」

「頼もしいけど、あんまり出て来ないでくれよ」

「わかってますとも」

緑色の魔力が俺の体に収束する。

 

時は動き出した。

すると、窓に女が腰掛けていた。

ミラ=ワイルだ。

「奴隷さん?準備はいい?」

「…ああ」

「お返事は、はい、ご主人様、だけですわよ?」

俺を担いで、大きく翼を広げた。

後ろで、声が聞こえる。

「ミラ=ワイル…夫は必ず取り返します」

嫌味っぽく笑ったミラは、手をお上品に振った。

「御機嫌よう?魔王様」

「…やっぱり、ここで死ね」

魔王城の部屋が、一つ消し飛んだ。

俺は吸血鬼に掴まれながら、その炎と、佇む魔王の哀しそうな瞳を見つめていた。




連れさらわれた勇者…。
もっと魔王のいちゃらぶ回書いておけばよかったかも?
これ終わったら書きますので、許してちょんまげ。


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奴隷生活(その1)

連れ去られた勇者は、奴隷と成り下がるのでした。
うらやまし(ry。


攫われた先は、古城らしき建物。

 

俺は元々着ていた服を剥がれ、ボロ布のような服を着せられていた。

といっても、汚れは付いていない。ただ、引き裂かれたような、肌の露出が多く、肌寒い服だ。

「ふふ、小汚い洋服がとぉっても似合いますわよ?」

「…」

黙っていると、襟首を掴まれた。

そのまま吸血鬼の怪力で持ち上げられる。

「くッ…あ…!」

「あなたに許された返事は、はい、ご主人様、だけです、わかりましたか?」

「はい…ご主人様…!」

床にそのまま落とされる。

突っ伏していると、顔を覗き込んできた。

「ごめんあそばせ、私、加減が分からないものでして…ね?それと、あなたは愛玩奴隷です、私の望むことをいつでも、何でも遂行なさい?」

「…はい、ご主人様」

そう返すと、ミラはソファに腰掛けた。

「こちらへおいでなさい?奴隷」

そのまま、微笑んで手招きする。

「…はい、ご主人様」

隣に座る、と抱きかかえられた。

「っ…!何を!」

「誰が隣に座りなさいと言いました?あなたは愛玩奴隷、私があなたを呼ぶ時は、可愛がる時なのですよ?」

このままでは、ニコラやアシンさんの二の舞になりかねない。

勇気を振り絞って、反論する。

「ご主人様、しかし、俺にはエメがいます」

「ええ、それがどうしましたの?」

「こんなことをしていたら、エメに合わせる顔がありません」

「心配することはなくてよ?」

俺をさらに強く抱きしめ、部下に何か命令した。

魔王よりも大きめの胸が背中に当たる。しかし、その感触に何も感じることができないほど、俺は逃げ出したかった。

「さ、これをご覧なさい?」

それは、魔王家の会社のリストらしきものだった。

 

・サイプ社

・グリアルス社

・ハウセリア系列15社

・ダリア社

・デリルカンパニー系列3社

・ガロア共同社

 

「これは、何でしょうか?」

「私の傘下に入った企業のリストですわ」

「…!」

この前魔王の部屋で見たリストより、かなり増えている。

「なぜ、なぜまだ買収を…!」

俺が行けば買収は止まるもの、そう、思っていた。

「私は、あなたの色々な顔が見たいのです」

頰を撫でられる。

そして、耳元に口を寄せ、暑い吐息と共に、こう囁いた。

「私の財力で、愛する人も何もかもを奪われるあなたのお顔…想像するだけでも、興奮が止まりません…」

うっとりした、ネジの外れたような顔で微笑む。

「っ…!外道め…!」

俺はさっき脱がされた服に隠してあった、小ぶりの銀のナイフを取り、素早く懐に突撃した。

「あら?まだ立場がわからないのかしら?」

ミラの細い足が、滑らかな動きでナイフを蹴飛ばす。

かちん、と後ろで音がした。

俺の手にはまだナイフがある。

いや、これはナイフとは呼べない。

俺の手には、柄しか残っていないから。

「…何を、した?」

「刃を少しばかりへし折ったまでですわ」

「く、来るな…」

へたり、と、腰が抜けた。

ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。

「私はあなたが反抗すればするほど、あなたから物を奪うスピードを加速していきます」

「やめてくれ…エメには手を出さないでくれ…」

すると、彼女は俺をまた抱きしめた。

次に俺は、痛みと、脱力感を感じることになる。

「はむっ…ちゅ、ちゅぅぅぅ…」

首が噛まれている。

「ぐッ…!」

血を吸われる。

寒気のような、それでいてどこか心地よい快感がもたらされた。

「んっ…ぷはっ…美味しい血ですこと…」

「俺の大切な物を、そうして奪って、どうするつもりだ」

睨みつける。

しかしミラは笑っているだけだ。

「決まっているでしょう?貴方を手に入れるのです」

「なら、もう俺は…」

「人は、いえ、生き物は、心の拠り所となる物を好きだと認識すると、私はそう考えます」

尖った歯を隠すように上品に微笑む。

そしてまた、俺の顔を撫でる。

「だからあなたの心の拠り所を壊す、そうした先に残っている私の熱烈な愛に、貴方は頼らざるを得ません」

「そうは、させない」

「それはどうかしら?」

俺の顔を強引に引き寄せ、唇を重ねた。

「んっ…ちゅ、んふっ…ちゅぅぅ…」

「んむ!?んッ…んんーッ!」

吸い付くようなキスを、10秒ほどしていた。

暴れても、ビクともしない力だ。

「ぷはっ…キスを、奪いましたわ」

唾液が細く、糸を引いた。

「…これがあんたのやり方か?」

「ふふ、夜はまだ長いんですから、あなたの大切な物をもっともっと奪えますわ」

ベッドに寝転がり、俺を呼んだ。

「さあ、奴隷さん?ご主人様を満足させてみてくださいな」

「…」

「聞こえないのなら、構いません、また魔王グループの経済が厳しくなるだけなのですから」

マントを脱ぎ去り、上着を脱ぎ、白い肌が見える。

「…ご主人様、それだけは、勘弁していただけませんか?」

「嫌です、私の言うことは絶対、いいでしょう?あなたは奴隷なのですから」

ミラの目が赤色に光る。

俺の体は、宙を浮くようにしてベッドに運ばれた。

「さあ、奴隷さん、私と愛し合いましょう?」

ベッドに押さえつけられる。

彼女とキスを交わしながら、俺はエメのことを考えていた。

エメは俺がいなくなった今、どうしているのだろうか。

ミラは俺との口づけに満足すると血を吸い、血に満足すると身体を舐め回してくる。

そして、俺の体に牙の跡を付ける。

がりっ、がりっ、と皮膚が削られるような感触がする。

「さて…そろそろ、あなたの大切な物、いただきましょうか?」

「…やめてください、ご主人様」

「遅かれ早かれ、貴方は私が食べてあげるのですから、気持ちいいことは早く始めましょう?」

そして、俺は、全く力の入らない肉体で、ミラと一つになった。

「ふふ…あははは!気分はいかが?あなたにも、そのお嫁にとっても大切な貞操は、私に食べられてしまいました!私の初めてと引き換えに、あなたも失ってしまいましたねぇ!」

狂ったように腰を振る彼女。

その目は俺の血を吸ったからか、それとも奪ったことに対する興奮か、あるいは俺への興奮か、その全てからか、爛々と輝いていた。

「俺は、エメに…会いたい…」

「まだわからないですか?頭の悪い奴隷ですこと!」

首を絞められる。

そして、暴れる俺を押さえつけて絞めている所より少し上の血を吸う。

頭に、血が回らない。

「あ…ぅぐぁ…?」

目の前が白く染まり、ノーガードの頭にミラの声が響く。

「あなたは私の奴隷…私だけの…私しか頼る人はいない、ふたりぼっちの奴隷!」

その狂笑を、意味も分からぬままに聞いていた。

それから数秒後、俺の意識は闇に落ちる。

 

夢を見た。

魔王と、二人でいる夢を。

とても楽しかった。

けれど、魔王は途中から、俺を拒絶した。

とても哀しかった。

辛かった。

頼れる人はいない。

ひとりぼっちだった。

けれど、遠くから女が歩いてくるのが見えた。

緑色の髪で白い肌の、黒いマントを羽織った女だった。

俺は近づいてくるその女に、言い知れない恐怖と、同じくらいの安心感を感じた。

 

女は、まだ遠くにいる。




いきなりベッドを共にするとは…。
これR18?そんなわけないよね…大丈夫大丈夫…。
運営に消されたらご容赦くださいw。


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奴隷生活(その2)

捕えられた勇者。
今回は何を奪われるのでしょう?


「ふあぁ…奴隷さん、おはようございます」

昨日血を吸われ、気絶させられた俺は、意識を取り戻した時にはミラにぬいぐるみのように抱きしめられて、柔らかいベッドにいた。

「…おはようございます、ご主人様」

「いい子いい子、今日もとっっても、可愛いですわ」

キスされ、そのまま体をベッドに押さえつけられる。

「私、普通のご飯も好きですけど、貴方の血は、もっともっともっと美味しくて、朝ごはんは貴方の血にしますわ」

「…」

「寝起きにごめんあそばせ?はむっ…ちゅぅぅぅぅぅぅ…んっく…、ちゅうぅ…」

甘い脱力感。

昨日吸われた時は痛みがあったのに、なぜか今はあまり感じない。

「はぁ…♡美味しい…」

またキスを交わす。

そして、彼女はこう言った。

「今日はお出かけしますわよ、いえ、お仕事、と言った方がいいのかしら?」

楽しそうに微笑む彼女。

恐らく、また俺の何かを「奪う」つもりだろう。

「さあ、今日は貴方の大事な所に行くのですから、めいいっぱいおめかししましょうね」

俺は、城を出る時になっても、やはりあのボロ布のままだった。しかし、彼女の言う「おめかし」である、赤い首輪まで付けられた。

「可愛い犬のようですわ」

しかし、出かけるのは馬車だった。

てっきり後ろに繋がれて、引きずられるのかと思ったが、広い馬車の中に入れてもらえた。

「さ、四つん這いになりなさい?」

「…え?」

「耳が悪いのかしら?四つん這いに、なりなさい」

意図がよくわからないまま、四つん這いになると、彼女はそこに足を乗せた。

「ご主人様…?」

半ば睨むようにミラを見ると、大きな声で笑い出した。

「あはは!可愛い…可愛いですわ、あなたのその反抗的な目、それが力を失う様を…もっと見せてほしい!」

「っ…」

反抗的な態度を取れば取るほど、彼女は興奮している。

しかし、従順なふりをできるほど俺は器用じゃない。

悔しい。

これほど、自分を情けなく思ったことはなかった。

「さあ、そのお顔をもっとよく見せてくださいな」

馬車が発車して、目的地に着くまで、ミラは愉快そうに俺の顔を見ては撫で、キスし、血を吸ってきた。

 

どれくらい経っただろう。

馬車が止まり、ミラは俺の背中から足を離した。

「行きますわよ、奴隷さん」

首輪を引かれる。

馬車を降りたそこは、見慣れた場所だった。

「魔王城…!」

「今日は買収の件でお話がある、と伺って、ここへ参りましたの、愛玩奴隷の貴方と、ね」

 

門が開き、城の入り口までの道がある庭を歩いていると、庭を手入れしていたウルスラと目が合った。

「ユーリィ…様…!」

ウルスラは庭仕事の道具を捨てて、信じられないような顔でこちらにゆっくりと歩いてきた。

しかし、ウルスラに冷たい声がかかる。

「そこのダークエルフ、待ちなさい?」

ウルスラはその場でぴたりと立ち止まる。

「…いらっしゃいませ、ミラ=ワイル様、本日は遠いところご足労願って」

仰々しく挨拶を述べるウルスラの言葉を遮り、ミラは笑いかけた。

「私の奴隷に、何か御用?」

「大変失礼ながら、そちらの方は貴女の奴隷ではないように見えますが」

「それは何故かしら?」

「先日より、私のお仕えするエメラル様の夫である、ユーリィ様が失踪しました」

失踪。

そういうことになっているのか。

恐らく、これも公的文書を作り変えたミラの仕業だろう。

「ええ、とても心配ですこと」

「そちらの、ワイル様の奴隷は、ユーリィ様によく似ておられます」

「ハンサムな愛玩奴隷でしょう?褒めてくれて、ありがとう」

「っ…そうでしょう?ユーリィ様、返事を…!」

口を開く。

と、首輪を引かれ、耳元で囁かれる。

「あなたが本当のことを言えば、魔王家の財力はどれだけ削られてしまうのかしら…楽しみですわ♡」

咄嗟のことに、口をつぐむ。

「ユーリィ様…?」

「私は、ただの、ミラ様の…奴隷…です」

言葉を絞り出す。

ウルスラは大きくショックを受けたようだ。

「ユーリィ様…でしょう?ユーリィ様、どうなさったんですか?貴方らしくもない…!」

普段からは考えられないほどに取り乱している。

「魔王家のお二人は、おしどり夫婦だと有名ですよね?」

「…?」

ウルスラは不可解な顔をした。

「ならば、私とのキスも拒むはずですわ」

首輪を引っ張られて無理やりキスされる。

頭をがっちりとホールドされ逃げられない状況で、唾液が混ざり合い、水音が響き渡るような濃厚なキスを。

「んッ…ちゅッ、ぅぅぅ、んっ、は、奴隷?どうですか?私とのキスは嫌ですか?」

ぺろりと舌なめずりをして、問いかけられる。

本当のことなど、言えるはずはなかった。

「…ご主人様にキスして頂き、光栄、です」

俯いて、辛うじてそう答える。

「おわかり?ダークエルフのお嬢さん?」

勝ち誇った顔でウルスラに言う。

ウルスラは、もはや自分ではどうにもならないと踏んだようだ。

「…わかりました、では奴隷の方と共に、エメラル様のいらっしゃる所まで、ご案内します」

何事か詠唱し、手や服に付いた土を魔法で消すと、重い扉を開けて俺たちを中へ入れた。

何か言いたげではあったが、ついに何も言ってはくれなかった。

 

「ようこそ、魔王城へ」

魔王が部屋にいた。

うっすらと微笑んで、俺たちを迎え入れた。

いつもウルスラが掃除している、広い応接間。

そこに立っていた魔王は、窓から様子を見ていたのか全く動揺を見せなかった。

しかし、一緒にいた俺にはわかった。

魔王が心の内では泣き叫んでいることが。

ミラは反応の無さが少しつまらないのか、俺の首輪を強く引いて、顔を見せた。

「新しい奴隷を買いましたの、人間ですが、中々に可愛らしい顔をしているでしょう?」

「今日は世間話の時間ではないのです、申し訳ないですが、早々にお話を始めましょう」

目だけが笑っていない笑顔で、魔王は何か書類を取り出した。

「現時点で、私のグループ計49社が、そちらのグループに属する会社に合併を余儀なくされていますが、これはどういったことでしょうか?今はそこまで不景気には感じないというのに、どんどん受注先の減る我が社は、何かの陰謀を感じざるを得ません」

「こちらとしても、合併というのは魔王家の財力にマイナスを与える行動として、控えなくてはいけないのは重々承知しています、しかし私どもの一存で、少し発注を減らすという合意に至ってしまい、止めることは敵いませんでしたわ」

極めて政治的な話し合い。

しかしどちらの言葉にも、言い表せないようなトゲを感じた。

まるで、間接的に喧嘩をしているような。

 

「では、こちらの予算削減を少し緩和するよう、検討してみますわ」

「…また、いらしてください、こちらとしても有意義な話し合いでしたから」

結果、ミラが勝ったというところだろうか。

恐らく彼女は経済的に、攻撃を仕掛け続ける。

しかし、魔王にこれ以上強く言うだけの立場の強さはなかった。

「さ、行きますよ、奴隷」

首輪を持たれ、引っ張られる。

魔王は、そんな俺を、悔しそうに見つめていた。

情けない。

しかし、ここでもできることはある。

たとえ俺が、何を失っても、会社がどれだけ潰れてしまっても、これだけは伝えたかった。

応接間の前で叫ぶ。

 

「エメ!愛してる!俺は一生、お前だけ愛してるから!」

 

魔王は、満足気に笑い、俺に手を振った。

 

「ユーリ!どこにいるか分かりませんが、絶対に帰ってこさせますからね!一生、私の夫はあなただけですよ!」

 

そして、扉は閉まった。

 

帰りの馬車、俺は終始噛み付かれていた。

血を吸われ、貧血状態の頭に、絶えずこう囁かれた。

「あなたは、私のもの、私に捨てられたら何も頼ることはできない、あなたが軽はずみな行動をすればするほど周りの人は不幸になる、私のそばで、私だけのものになって、私の言うことだけ聞いていればあなたはそれで幸せ、それが正しい生き方、私だけ…傷つけるのも、愛するのも、何もかも私だけの特権…あなたは…私のもの…」

血を吸われ、貧血の俺が意識を失うのに、そう時間はかからなかった。

 

また、あの夢を見た。

俺は女から逃げた。

しかし、なぜかその足は、止まってしまった。

女は、少しずつ近づいてきていた。




今回は、プライドを奪われたのかな?
首輪は魔王とのプレイで慣れっこだと思うけ(ry。
あいも変わらずバカップルな二人。
え?バレンタイン特別編?
要望あったら書きますw。


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奴隷生活(その3)

バカップル夫こと勇者は盛大に魔王に愛を叫び、バカップル妻もそれに応えたのでした。
果たしてミラはどうするのか?


「おはようございます、ご主人様」

ミラに向かって頭を下げる。

この挨拶も、もうすっかり慣れた。

魔王城に連れて行かれ、俺は自殺覚悟で魔王にメッセージを伝えた。

そして魔王もそれを返してくれた。

これからどうなるか、それは分からないが、あの時叫んだことに対する後悔はない。

思いのほか、ミラは上機嫌な声で言った。

「おはよう、奴隷さん」

「今日のご飯は…」

赤黒く跡の付いた首筋を出す。

しかし、ミラは吸わない。

「この一晩で素直になった…わけはないでしょう?」

冷たい目で睨まれる。

「…当たり前だ、必ず魔王は助けにくる」

睨み返す。

すると、また元の微笑みに戻って、部下に命令し、細長い木箱を持ってこさせた。

「ところで、人間界では、魔物ハンターとかいう職業があるそうですね」

「…?」

「自分よりも弱い生き物を狩って暮らす、原始時代への退行に他なりませんわね」

「…はい、ご主人様」

「けれど私は、ハンターごっこをしてみたいと思いましたの」

木箱から、長い金属の棒を出す。

いいや、棒ではない。

「獲物はもちろん、あなたですよ?」

彼女は説明書を開いた。俺にも読ませる。

 

商品名

かみなりさま

射程

〜4m

使用上の注意

・本商品は獣駆除、保護のため作られたものです。魔族、人間には絶対に使用しないでください。

・エネルギーフルチャージによる最大使用回数は10回です。

・しぼりによって電力を増減させられます。

・本商品により電撃を当てた生物は一時的な麻痺、失神をしますが、過信せず、きちんとトドメを刺して接近するようお願いします。

・魔力によるチャージや、強化は出力が本来よりも大きくなり、安定しなくなる恐れがありますのでご注意ください。

 

「さて…追いかけっこでもしましょうか?」

楽しそうに鳥獣捕獲用の鉄砲を弄ぶミラ。

「ルールは?」

「敬語を忘れていますよ?ルールは…そうですね、このお城からスタートして、魔王城までにします」

「…!」

すると、ミラは俺の顔を手で包み、悪魔のような笑みを浮かべた。

「あなたは私から逃げる獲物、私があなたを捕まえるまでがゲームです」

「もしも、魔王城まで逃げられたらどうなるんですか?」

「その時は、あなたは自由ですよ、逃げられれば、ですが」

にこりと笑って、鉄砲のしぼりを調整している。

逃げる。

ここで逃げられたら、俺の勝ちなのだ。

 

俺はここに来るときに持っていた、盾、鎧、剣、そして指輪を返却され、重装備で立っていた。

「さて…始めましょうか?奴隷さん」

ミラはかみなりさまを高く、空に向かって掲げた。

「用意…」

引き金が引かれる。

「始め!」

ズバンッ!と中に黄色と赤の火花が散った。

スタートにかみなりさまを撃ったのは、余裕からか、出力のチェックなのか。

俺はただひたすらに走る。

魔王城まではここから歩けば1日ほどかかる。

無謀な挑戦かもしれなかったが、幸い野宿はできるし、お金も多少はある。

「逃げなきゃ…とにかく…!」

吸血鬼というのは、長時間陽に当たると弱るらしく、ミラは傘をさして、ゆっくりとした足取りで向かってきた。

逃げられると、確信した。

 

残り9発

 

2時間ほど経ったか。

スタート地点から9kmほど離れた山の中腹。

足を止め、後ろを警戒しながら倒木に腰を下ろす。

「はぁ、はぁ…撒いたか?」

かなりの距離を離したはずだ。

これならば、簡単かもしれない。

油断は禁物と分かってはいるが、あの遅さで追いつけるようには思えなかった。

川に出て水を飲む。

「ふぅ…ここからどれくらいだろうな…」

手を伸ばすと、左手に指輪が光っていた。

「エメ…」

連絡は取れる。

取る気にはなれない。

魔王に頼っても、状況は好転しない。

むしろ俺の位置を知らせるようなものだ。

「…待ってろ、すぐ、行く」

俺は立ち上がり、また歩き出した。

 

 

俺はその時、予想もつかなかった。

ミラは手加減するつもりなどなく、だからこそ追ってこなかった。

その後、俺は、彼女の恐ろしさを知ることになる。




え?短い?
すみません…構想がまとまらないまま、ハンティングされるM妄想を書き出してしまい…。
その4に続きます。


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奴隷生活(その4)

逃げるチャンスを手にした勇者。
本当に逃げられるのかな?


空が黒く染まり始めた頃、俺は道中で集めた木の実を夜食がわりに食べていた。

甘酸っぱくてみずみずしい。

子供の頃よく食べた人間界の植物と同じものだろうが、ここまで多少の休憩を除いてノンストップで進んできた俺には物足りなかった。

「…人も、街も信用できない」

ゴールは魔王城。

時間制限については、俺を捕まえるか逃げ切るか、それだけしか言っていなかった。

ここからルートを変えたなら小さな街へ出られる。

宿も食料も手に入るだろう。

しかし、ミラならばそれを見越して、スパイなんかも潜り込ませるかもしれない。

ここまでミラの回し者のような人には出会わなかった。

俺を捕まえたいのならば、財力に物を言わせて山狩りでも行えばよいのだろうが、それをしないところを見るに、彼女も真剣に戦うつもりなのか。

そう考えたが、やはり二度と訪れないかもしれない逃走のチャンスには、街へ出ることはリスキーな選択肢に思えた。

火も起こさず、夕方見つけた洞窟に入る。

「…エメ、待ってろよ」

指輪をじっと見る。

魔王は今、きっとワイル家からの財政圧迫に頭を抱えているのだろう。

このまま逃げられなければ、魔王のそばにいることもできずに魔王家は潰えるかもしれない。

たとえ帰って、悲劇的な結末になるとしても、魔王と一緒なら死ぬのも怖くはない。

 

鎧を脱ぎ、盾や剣、鞄を置いて外に出る。

月は細くて、白く輝いていた。

「…?」

その輝きが、ちらちらと点滅しているように見える。

いや、何かが飛び交って月の光を遮っている。

 

 

俺が父親から受け継いだ装備には、父親の地元である町で作られた証が刻まれている。

 

剣には白鳥の紋様。

朝、光をきらきらと返す白い翼と、魚を捕らえる鋭いくちばしがモチーフになっている。

 

ブーツには鷹の紋様。

昼、堂々と空を飛び獲物を狩る、まさに空の王者とも言うべき存在。大きな鳥の飾りが入っている。

 

鎧にはカラスの紋様。

夕、時を知らせる鳴き声を響かせる黒い鳥。その毛並みのような、なめらかな線が刻まれている。

 

盾にはコウモリの紋様。

夜、まるで鳥のごとく空を駆け巡り、集団で飛び交うその羽を広げた黒い模様が描かれている。

 

 

夜の代表。

コウモリが、おびただしい数のコウモリが、空を飛び回っていた。

「なんだ…?なんなんだよ…これ…」

群れはある程度の時間、俺のいる山の向かい側の山の上を、空から見渡すように飛んだあとに、いくつかに分かれて木々の中に入っていった。

俺は、急いで洞窟に入って鎧や盾を装備し直した。

そして洞窟の中で息を潜めて向かいの山にじっと目を凝らしていた。

すると、人型で黒い翼の生えた、緑色の髪を月の光に照らしている女が飛んできた。

その手にあるのは、黒光りする電気銃。

その女は切り裂いたように笑って、叫んだ。

「あなたが失うもの…それは自信と、身体の自由!勇者と言われたあなたなら、私に勝てると思っているでしょう!甘いですよ!必ず見つけて、私のものに調教し直してあげますわ!」

そして、月に電気銃を向けた。

バジッ!

赤い火花が闇夜に散った。

 

残り8発

 

夜も更けた。

しかし、俺の目は冴え渡っていた。

遠くから、微かにキィキィと鳴き声が聞こえる。

「…来てる、な」

脂汗が出てくる。

コウモリは夜目が利く。

洞窟にいくら隠れていても、ここまでコウモリが来ればその時点で俺は詰みだ。

だから、賭ける。

俺は洞窟から出て、勢いよく山道を走り出した。

 

留まって捕まるよりも、こうして逃げ出して捕まった方がマシ。

いいや、危うく崩れかけた俺の心は、ここから逃げ出すことでどうにか平静を保とうとしているように、そう感じた。

 

「…みぃつけた」

その3km先で、コウモリを一匹手に乗せた女が、走る俺の後を恐ろしいスピードで追っていることを、俺は知るよしもなかった。




え?短い?
お気になさらず。
まだまだ続く吸血鬼編。
かみなりさまって撃たれたら痛いのかな…。


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奴隷生活(その5)

勇者は逃げるチャンスゲット!
しかし、逃げられるはずもなく…?


「はぁ、はぁ…げほっ!」

走り過ぎて、喉から血の味がしたような感じがあった。

咳き込みつつも、なんとか川の水をすくって飲む。

「はっ、はぁ…撒けたよな…」

俺はノンストップで、先ほどの山を駆け下りてもう一つの山の中腹にいた。

川の水に月が光り、きらきら揺らめいている。

コウモリには見つかっただろうか。

しかし、コウモリの影を見はしたが、目の小さい彼らに悟られてはいないだろう。

「…朝はまだ、先か」

東の空は白むことすらなく、黒くそこにあるだけだった。

空を眺めていると、背後から。

ぱたっ、と音がした。

「…!」

体が固まる。

いや、ミラならば容赦無く電気銃を使うはずだ。

「思い込み…思い込みだ…」

自分に言い聞かせて、振り向く。

そこには、ミラではない、しかしそれ以上に厄介な追跡者がいた。

一匹ではない。

俺が振り向くと、先ほど山に入って行った数と同等の、コウモリの群れが騒がしく鳴き始めた。

「…まずい!」

剣を抜いて、周囲を警戒する。

コウモリは吸血するような動きや、戦闘できる風を見せない。

俺をあぶり出すための駒だろう。

「私をお探し?奴隷さん?」

空から迫る声に、コウモリに気を取られた俺は、気づくことすらできなかった。

反射的に横へ飛ぶ。

さっきまで居た場所に、電撃が撃ち込まれた。

バシッ!と火花が散る。

 

残り7発

 

「…随分、卑怯な手を使うな」

「卑怯?違いますわ、奴隷さんがもう夜の3分の1は逃げ切っているものですから、ついゲームに夢中になって…」

口に手を当てて微笑むミラ。

「しかし、もう逃がしはしませんよ?あなたを飼ってあげるのは、私しかいないのですから」

翼を広げて、圧倒的な加速で飛び込んでくる。

「さあ、大人しくしなさい!」

俺はもはや、回避を諦めていた。

「来いよ…ミラ!」

剣を振りかぶる。

狙うは、電気銃。

あれさえ破壊すれば、ハンティングのしようがない。

「食らえっ!」

腰だめに剣を構え、電気銃へ一閃。

ガキッ!と銃口に傷が入り、狙いのそれた電気が俺の肩口に放たれる。

バズンッ!

耳が破裂しそうな音が響く。

 

残り6発

 

もつれ込んだこの姿勢では、俺より体のポテンシャルが高く、かつ飛び道具を扱うミラが圧倒的有利。

しかし、まだ終わらない。

俺はこれを切り札と考えていた。

これを防がれたならば、終わりだと。

その準備を済ませると、ミラがさっと身を引いて、銃口をミラ側に向けた。

 

周囲が緑色に煌めく。

 

「はっ…はっ…」

時が止まった。

ミラは引き金に指をかけ、銃口を自らの方へ向けている。

カウンターの姿勢なのだろうか。

俺はまだ剣を構えたままでいた。

いいや、銃を破壊したいのは山々だが、動けないのだ。

緑色に包まれた世界で、一人の女性が動いていた。

 

「…ニコラ?」

「お久しぶりね♪」

 

上機嫌で、彼女は俺の前に来た。

「なぁ、なんで俺の体は動かないんだ?」

「少し覚悟を確認しに来たのよ」

俺の眼前わずか1cmほど。

お互いの息がかかる距離で、ニコラは言った。

「私とあなたは二心同体なの、だから私はあなたの考えを感じることができる、それによれば…」

「よれば?」

「あなたは、時を止めてもこの女を殺さないつもりでしょう?」

つまらなそうにそう言った。

なんども問われ、考えたこと。

「…話し合えば分かることだろ?殺すほどのことじゃない」

「甘い」

「殺すのが間違ってるんだ」

「違う、あなたは愛の怖さが分からないからそう言えるのよ?」

どこか、俺を哀れむような言い方。

魔王と現に愛し合う俺が、そんなことを言われる筋合いはない。

「愛の怖さってなんだよ?ニコラ、お前が俺に暴力を振るったこと、そんな言葉で誤魔化そうってつもりか?」

乾いた音が響く。

頰を叩かれた。

「あなたは優しさを勘違いしている、あなたのそれは優柔不断にすぎないもので、自己満足のための優しさ」

「俺は…命を奪うのが嫌なんだ、死んだらもう会えない、仲直りできない、そこでお終いなんだぞ!」

「それはヘタレているだけね、くだらない」

すると、周囲の緑色の魔力が薄れはじめた。

「…!ニコラ!?」

「私の力頼りで、そんな優柔不断な言動をするのなら、一度痛い目を見るべきよ」

そして、ニコラは笑った。

とても哀しそうな顔だった。

 

時が動き出す。

 

俺は銃口がこちらを向いていない間に、思いっきり後ろに飛び退く。

「さて…仕留めますかね?」

電気銃をガンマンのごとく軽く扱い、俺に狙いを定める。

あと6発ある。

たとえそれだけあっても、撃つ前に左右に避けることもできるし、射程もそこまで長くはない。

彼女の翼と飛び方から鑑みるに、飛び方は二つ。

真っ直ぐに素早く飛ぶ。

ジグザグと蝶のように飛ぶ。

前者は細かい動きができず、後者は狭い場所は通れず、動きも遅い。

「…来いよ、俺は、まだ捕まらない」

「ふふふ、自信があるから楽しめる、潰した時に周りが見えない!」

河原の石を蹴り、素早くこちらに迫る。

俺は右手に転がりながら避けた。

あの銃の間合いでは、こちらには届かない。

バジッ!と音が響いたのは、俺が森の方へ逃げようと踏み出したその時だった。

「ッあっ…!?」

足に、焼けるような痛みと痺れがある。

「命中…ですわ♡」

また銃口を傾ける。

彼女の手は、電力調整のしぼりにあった。

 

電力…3

 

「…!」

彼女がこれまで使ったのは、最低電力。

それをあのタイミングで3に引き上げた。

内訳がどうなるのかは知らないが、光と距離からして単純に3倍の出力なのだろう。

「まだ…まだ俺は…」

足はぴくりとも動かない。

それでも、這って進む。

「奴隷さん?まだ逃げるんですか?諦めの悪いこと…」

あざけるような声。

しかし、一緒に行くわけにはいかない。

「俺は…エメに会いたい…!」

しゃがみ込むミラの顔が近づき、唇を奪われる。

「奴隷さん?あなたを、来週の夜、吸血鬼にしますわ」

「…え?」

「私の唾液をあなたの体に、満月の日に入れる、そうすればあなたは私と同族…!逃れられないようになる…!」

黒光りする銃口が向けられる。

「それまで、お休みなさい、奴隷さん♡」

 

残り2発

 

ゲームオーバー

 

いつか夢に出てきた女は、俺を捕らえた。

いつまで俺はこの女に抵抗できるだろうか。

ニコラの哀しそうな笑みと、言葉を繰り返し思い出して、それでも俺は、踏ん切りが付かなかった。




捕まってもうた…(´・ω・`)。
吸血鬼編もうちょい続きます。


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奴隷生活(その6)

捕まった勇者。
そろそろ吸血鬼編も終わりです。


ユーリィ・グレイ

 

満月。

青白いその月は、俺のタイムリミットを表していた。

「奴隷さん、覚えていますよね?私とのお約束」

ベッドに縛られ、血を望むタイミングで吸われ、ご飯は一口一口、好きだと言わなければ食べられない。

「…何も、覚えていない」

それでも虚勢を張って口ごたえする。

ミラはそんな俺を撫で、冷たい目で言った。

「私と同じ種族になるのです、逃げられはしませんわ」

「願い下げだ…誰が吸血鬼なんかに…」

「儀式準備をします、少し眠っておきなさい」

機嫌を損ねたのか、電気銃を向けられる。

そして。

 

バズンッ!

 

ミラ=ワイル

 

「やっと…やっとあなたは私と同種…!」

私は嬉々として、儀式に必要な金のナイフ、金の皿、マント、絹の布を準備していた。

彼は可愛い顔で眠っている。

「…あなたの血を吸うのも、これで最後になるのでしょうか?奴隷さん」

名残惜しい。

彼の血は、色も味も香りも何もかも文句なしの美味しい血だった。

最後に少しだけ、少しだけ吸おう。

「あ〜ん…」

すると、扉がノックされた。

「…何?儀式をするのだから、入るなと言ったでしょう?」

「ミラ様、急ぎのお手紙が…!」

何やら血相を変えたような声。

不審に思い、扉を開ける。

「なんですか?」

上質な紙に書かれた手紙だった。

 

 

ミラ=ワイル様へ

 

殺す。

ユーリィを返すのなら、半殺し。

よく考えて決めなさい。

止めようなどと愚かなことは考えないよう。

 

デラルス・エメラルより

 

 

「…ふっ」

思わず笑いが溢れる。

震えるような筆跡。

おそらく倒産や合併関係の書類処理に追われて、ずっと文字を書き続けていたのだろう。

あるいは、怒りかもしれないが。

満月の位置はまだ低い。

「私の鎧と武器を用意なさい、それと、全ての兵に召集命令を、今こそ魔王家を潰す時が来ました」

「し、しかし、魔王家と戦争で…勝てる見込みが?」

役に立たない部下。

「使えない部下はいりません、言うことを聞けばよいのです、いいですか?」

電気銃を向ける。

「っ!わ、わかりました…!」

走って行った。

魔王に力は及ばずとも、財力も兵士もこちらの方が上にある。

「…明日から、私が魔王ですか、奴隷さん…いえ、ユーリィも喜んでくれますわ」

電気銃を放り捨てる。

せっかくフルチャージして、奴隷さんと楽しく遊ぶ準備はできていたのに。

「まぁ、あの馬鹿魔王に償ってもらいますわ、痛めつけて叫ぶ声を楽しむ吸血鬼文化は、本当に正しいことですわね」

鎧を着込み、レイピアを持つ。

負ける気はしない。この夜で終わらせてみせる。

 

デラルス・エメラル

 

「エメラル様、こちらの書類にハンコを…」

45時間。

私はずっと起きている。

 

会社の処理に追われることもそうだが、何より心配なのは、ユーリィの指輪の位置が少しだけこちらに向かい、すぐにあのクソ女の根城に戻ってしまったこと。

「…ユーリが帰って来たがってるんです」

ウルスラに何度もそう言った。

ウルスラも精一杯働いてくれている。

「…それは、そうかもしれません、ですがこの仕事を清算しておかないと、ユーリィ様も心配します」

目の下にクマのできた彼女に、私はこれ以上何も言えなかった。

 

「ウルスラ、寝てください、あとは私が何とかします」

ウルスラはふらふらと頭を揺らして、それでも私に付き添ってくれている。

もうまともな給金を払い続ける保証もないのに。

「できません、私はメイドです」

「メイドなら主人の言うことを聞きなさい」

「メイドだからこそ、主人の手伝いをするのです、そのやせ我慢を見抜くのも私の仕事です」

「ウルスラ、言うことを聞けないなら怒りますよ」

「エメラル様がお休みになるのなら、私も休憩します」

ラチがあかない。

今日こそ、ユーリを取り戻す算段なのに。

マリンが魔力砲を用意、お母さんの号令で魔王家の軍を全員召集、メイド達はこの家を守らせ、クインちゃんは魔力脈をいじって城を攻撃する。

ただ一人、ウルスラは反対していた。

「…ウルスラ、あなたには感謝しています、涙が出そうと言ってもいいくらいに」

「エメラル様?」

「けれど、やはり私は、ウルスラよりもユーリを助けることを選びます、だから、あなたを…!」

手を差し出し、魔力針を胸に打ち込む。

とす、と何の抵抗も無く刺さった。

「…帰ってきて…くだ…さ…」

どさり、と倒れる。

ウルスラを部屋のベッドに運んでやり、私は武具を付けて外に出る。

 

そこにいた、5万を超える、先代魔王からのコネと繋がりだけで集まった、兵に私は言う。

 

「今の私は、お金も夫も、何もかもを失いました、それでもこうして集まってくれたこと、それだけでも私はあなたたちのような人々に、感謝します」

辺りに響くのは、揺れる木の音。

誰も何も喋らない。

この演説で、私は勝つ。

全てを取り戻してみせる。

 

剣を抜き、掲げ、そして叫ぶ。

「我々は魔界を統べる者!それを覆そうという不遜者には、鉄槌を下さねばならない!我々が手を取り合えば、どんな敵も恐るるに足りない!今こそ、我々の力を知らしめるのだ!」

その場の兵の、叫ぶ声を聞いて、私は魔王という仕事の重みを、これまでにないほど強く、有り難く感じた。

 

ウルスラ・バード

 

「…エメラル様、やるのですね」

小さな黒い針を服から抜く。

窓の外には、人と明かりが大量にある。

服を脱ぎ去り、青い鎧を露わにする。

「私はメイドです、たとえ死ぬこととなろうとも」

扉を開け、踏み出す。

「ルビル様と出会った時から、私は魔王家と運命を共にする所存ですので」

数歩廊下を進み、赤面。

「なんて、カッコつけ過ぎですかね?」

 

アシン・ハース

 

「やるんだね…エメちゃん」

送られて来た手紙を読み、私は山に登っていた。

「できるだけ仕事は増やさないでほしいけど…今回は特別かな?」

赤い鎌を握る。

この術を使うのは何百年振りだろうか。

「ユーリ君、エメちゃん…私もお手伝いさせてもらうよ?」

死の大地。

そこには、死神以外何もないわけではない。

 

これまで魔界で死んだ、全ての死者の魂が、ゆっくりと動き出していた。

死神から乗り移る許可を得た魂は暖かい肉体を求める。

ぼんやり光る魂は、ただ一直線に吸血鬼の城を目指していた。

「さて、暖かい血の通った体は早い者勝ちですよ…ま、戦争が終われば私が殺し直しますけど」

 

魔王軍

生者約50000(+死者推定10000000000)

吸血鬼軍

生者約250000




次の次あたりで締めになります!
次はどんなキャラ書こうかなぁ…。


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奴隷生活(その7)

ついに大戦開始!


目が覚めた時、俺は吸血鬼になるはずだった。

しかし、首に痛みもなければ、歯もそのまま、力がみなぎるわけでもなく、むしろ体が痛い。

「…?」

ミラの部屋はがたがたに傾いて隙間風が入ってきていた。

バルコニーに出て外を見わたす。

「なんだ…!?これ!」

 

炎が、魔物が飛び交う。

ふと目を向ければ血まみれの死者。

かと思えば吹き飛ばされる人影。

北の方角は謎の炎で青く染まっている。

 

すなわち。

 

戦争。

 

「っ…エメしか、いないよな!」

扉を開けて飛び出す。

が、麻痺が残っているのか、足元の悪さか、はたまた貧血か、すぐにふらふら倒れてしまう。

こんな調子なら、たとえ剣を探し出しても振るう力も無いだろうし、何よりこんなペースで探し物をしている場合ではない。

「武器は…?何か武器になるものは…!」

廊下に並ぶ甲冑は防具としては重すぎる。

それに付けられた細剣も、軽やかなステップも踏めない今では役に立たない。

「…これ!」

落ちていたのは、電気銃「かみなりさま」だった。

「これなら…戦えるか?」

メーターを見ると残り9発だ。

暴発すれば命取りだが、やはり1発撃って確認するほどの余裕も俺には残されていなかった。

銃身が曲がっていないことを確認すると、肩に担いで俺は出口へ向かった。

 

狙いはミラ、ただ一人。

彼女はリーダーだ。そして、奴隷として過ごす内に、彼女の政治やリーダーシップについて感じたことがあった。

 

独裁者、とでも言うのだろうか。

役に立たない部下は容赦なく蹴り付け、突き飛ばし、何が何でも我を第一にした動き方。

彼女さえ捕らえたなら、きっと他の人々も捕虜になってくれるはずだ。

「ミラ…どこだ…?」

城の中には誰もいない。

ただ、ところどころにある長い廊下や甲冑が、警戒心に少しずつ突き刺さってきていた。

城の扉を開け、庭に出る。

 

そこには、ミラが立っていた。

 

「お目覚め?奴隷さん?」

「ミラ…なんでここに?」

電気銃を向けて威嚇する。

しかし、彼女にはそんな脅しは通用しないようだ。

ゆっくり歩み寄ってくる。

「魔王と直接戦っても、勝てる気はしませんわ、だから、こう考えましたの」

ミラは、ぱちん、と指を鳴らした。

「数と量で決着をつけてみせるのです」

背後から、金属の擦れる音がした。

「甲冑が…!?」

「この城のあらゆる物は、私の命じた通りに動く、このルールはもちろん…」

ズタズタに引き裂かれた獣が歩いてくる。

その目は、前を向いてはいない。

「死人でも、ですわ」

ミシミシと城が軋む。

それは形をだんだん変え、大きさが20mほどの巨人になろうとしていた。

数で疲弊を誘い、巨人で一気に型をつける気か。

「やめろ!こんなことをすれば、お前の部下や国民が死んでいってしまうんだぞ!」

一歩近づく。

「それに、死者を操って戦わせるなんて…そんな…そんなこと、生き物としての尊厳を踏みにじってる!」

しかし、ミラは臆することもなく笑った。

「部下…民…尊厳?そんなもの、ありませんよ」

あっさりとした言葉。

呆然とする俺を傍目に、甲冑が、死人が、外に向かって歩き出した。

城は人の形を整え、一歩その足を踏み出した。

「…なにを言ってる?」

「命は平等ではありませんわ、たとえ5万の兵が死んだとしても、私一人の命に、あなた一人の命にも釣り合いもしない、そうでしょう?」

あまりの怒りに我を忘れ、叫ぶ。

「黙れ!人間狩りにしても、戦争をたやすく起こすことも、お前が原因なんだ!お前は、死なないと命の重みも分からないようなヤツなのか!」

「相容れないのは分かっていますわ、だから私色に、大好きなあなたを染め上げようとした…けれど」

ミラがレイピアを抜き、構える。

「この状況でもそんな考えをほざくなら、それは私にとってはやはり邪魔なのです、ならば痛めつけ、そこであなたの愛した女が死ぬ様を見てもらう、そうすれば何が大切かわかるはず」

「…エメを殺させはしない、絶対に」

 

にらみ合い、そして、両方が同時に踏み出す。

 

電気銃とレイピアでは、電気銃の方が射程において優れているが、しかし近接戦ともなればレイピアの軽さが重大なこととなる。

弾はまだある。

牽制として撃っていかなければ、すぐに距離を詰められてしまう。

「食らえっ!」

火花が散る。

しかし、ミラは黒い翼を広げて飛び立った。

「あはは!空を飛び回る者と、地で戦う者!どちらが先にハンティングされるのかしら!」

俺の頭上を悠々と飛ぶミラ。

電気銃の射程内だが、くねくねとした軌道で飛ぶ彼女には当たらないだろう。

急いで距離を離す。

「来いよ…!狙い撃ってやるからよ!」

電気銃を後退しながら構える。

しかし、ミラに降りてくる気配はない。

「空から見るのはとてもいい景色ですわ!これが人間狩りの一番の醍醐味!空を飛べないヒトは、ただ地面に這って逃げるだけ!疲弊を待てば、すぐに捕まえられる!」

狂笑しているが、その動きは早い。

こちらからテンポを合わせなくては、とても俺の腕で撃てるような動きではなかった。

「くそッ…!なら、行ってやるよ!なんとしても、俺は戦争を終わらせないといけないんだ!」

踏み込み、その勢いで飛ぶ。

銀色の光が、曲がりくねって俺の元に飛んで来たような錯覚を覚えた。

彼女の黒い残像が見えた当たりに電気を撃つ。

しかし、一瞬後には何もない。

「…痛ッ!?」

着地した俺の頰には、レイピアで付けられた傷と、彼女の歯の跡が付けられていた。

ご丁寧にも血は出ていない、湿り気のあるところから見れば、あの一瞬で血を吸われただろう。

「くそ…!」

「美味しいですわ…吸血鬼にする前に、少しだけ吸っておきたかったのだけど、少しでは止まらないわね」

「遊びでやるのなら、すぐに終わらせる、見てろ!」

俺は電気銃の引き金に、服の切れ端を巻きつけた。

電気を常に発射するそれを、頭上に投げる。

「っあッ…!?」

ばしっ、と音を立てて、黒い塊が落ちる。

「捕まえた、ぞ?」

落ちてきた電気銃を手に近づく。

「くふふ…狩られる側には、こう見えるのですね…」

それでもなお、楽しそうに笑っていた。

「考えを改めるなら、見逃すぞ」

銃口を向ける。が、やはり怯える様子はない。

「クワガタムシというのは、狩られるとすぐに、ある方法で食べられるのを回避しようとする、と聞いたことがおあり?」

「…?」

クワガタムシとは何なのか。

そんな虫、故郷で見たことも聞いたこともない。

すると、身を素早く起こしながら、ミラは言った。

「死んだと思われたら、クワガタムシの勝ちなのですよ!」

その手にはレイピア。

銀色の光が、今度は腹に飛ぶ。

「ッ!」

電気銃を撃つ。

 

銀と赤の光が二つ散り、そして。

 

 

「ユーリ…今、私が迎えに来ました!」

5分後、血の跡と周囲の塀と門以外何も無くなった吸血鬼城跡に踏み込んだ魔王は、その何もない景色に不審すら抱かずに、庭の門を開ける。

「ユーリ!」

そして、そこにいた勇者を見つけた。

 

「エメ、来ないでくれないか?」

 

勇者はそう笑いかける。

魔王は少し戸惑い、しかし笑って言い返す。

「ユーリ、確かに迎えに来るのが遅くなりました、何でもして償います、ですから、一緒に帰りましょう?私たちの家に」

足と腹から血を流した勇者は、それでも言った。

「…帰って、くれ」

魔王は泣きそうな顔になる。が、それでも詰め寄る。

 

「ユーリ?怒ってるのなら、また後にしましょう?これ以上は、本当に怒りますよ?」

 

勇者は、一筋涙を流して、やはり拒絶し続ける。

一番に愛する人のために。

 

「…エメ、お前のためなんだ、来ないでくれよ」

 

魔王は、その場に伏して許しを乞う。

 

背後の石造の巨人と、吸血鬼にも気づかず。

 

吸血鬼は面白そうに笑っていた。

いつになれば魔王は折れるのか、彼女は待ち続ける。

獲物が巣穴から出て来るのを待つハンターの目で。




魔界では一体何回戦争が起こるのか…。

感想がもうすぐ100を超えます!
感想を寄せてくださる方々に本当に感謝です!
そして、最近評価も上がってきております。
低評価も高評価も真摯に受け止めて、これからも頑張って書いていきますので、どうぞこれからもご感想、評価、閲覧、よろしくお願いします!


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奴隷生活(その8)

ついに出会った三人は、一体どうなるのか…?


何回も、何回も魔王は俺に問いかける。

そのたび、俺は首を横に振る。

「ユーリ、私と、帰りましょう?」

魔王の声は震えていた。

泣き出しそうな顔で、こちらを見ている。

「エメ、俺に構わないでくれ、それが、エメのためn」

言い訳が遮られる。

「私のためって、なんですか?ユーリは私だけ、ずっと私だけの物でしょう?たとえ私がボロボロになったって守る、結婚の時、私はそう神に誓いました!」

すると、急に足元が影で暗くなる。

魔王の背後から、パンッ!と、手を叩く音が聞こえる。

「さて、揃ったようですわね」

城の瓦礫によって作られた巨大ゴーレムが俺たちの頭上を覆っている。

魔王は俺の方に背を向け、ミラを睨みつけた。

「ミラ=ワイル、ユーリを返しなさい」

「そんなことが言える身分だとお思いですか?魔王様」

ミラが軽く笑い、手をかざした瞬間、俺のすぐ真横にゴーレムの固い拳が突き立てられる。

「ユーリッ!」

思わず振り返った魔王。

しかし、その行動は隙を生む。

その瞬間、魔王の首元にはレイピアが輝いていた。

「ミラ、エメに手出しはしない約束だろ!」

そう言うと、ミラは蕩けるような笑みで答えた。

「刺したりはしませんわ、これから言う問いに、きっちり答えていただけたなら、ですが」

「ミラ=ワイル、私に何を聞くというのですか?」

首から伸びるレイピアの先を睨みながら、魔王は聞いた。

「私に、あなたの夫を譲りなさい?」

「嫌です」

「なぜです?そうすれば、経済圧迫もやめると約束しますし、戦争もやめさせましょう」

しかし、魔王はそんな言葉には揺るがない。

「私にとって、ユーリさえいたなら、そのほかの物は全て手放しても問題のない物なのです」

「ふうん?奴隷さん…いえ、ユーリィさんに、妻に自分が売られる所を見せて心を砕こうと考えたのですが…」

考え込むような仕草で、ミラが一歩退いた。

首から刃が離される。

「…!」

その瞬間、魔王は横に飛んだ。

普通の人間ならば、腱が切れてしまうほどに素早く、長い跳躍だった。

しかし。

「あッ…!?」

魔王が大きく体勢を崩す。

魔王の隣にいたのは無機質な甲冑。

その手に握られた細剣は、彼女の足を貫いていた。

「ミラ!エメに手を出すな!」

思わず立ち上がるが、ゴーレムの指が俺をミラとエメから阻むように突き飛ばす。

「おっと、動けばもっと妻に傷がつきますわよ?」

「ごほッ…卑怯だぞ」

「動くな、と警告はしました」

「ユーリ…私のことは、いいです」

魔王の足は震えていた。

怒りか、悲しみか、それとも恐怖か。

「さて…と」

ミラが手を振り上げる。

「戦争の楽しみは、これからですわ!」

魔王の足から剣が抜かれ、甲冑に背を蹴られる。

そして魔王を、ゴーレムが掴み上げた。

「ユーリ…!」

「エメ!今助ける!」

ミラに向き直り、言う。

「なにか、勝負か何かがしたいんだろ、言えよ」

「ええ、これをプレゼントしますわ」

甲冑から細剣が投げ渡される。

「…?」

「私の用意した、12騎士」

エメを刺した甲冑を含めた12個の鎧が、俺を包囲するように歩いてきていた。

「これに勝ち、なおかつ私を倒せば、あなたの妻は返してあげましょう」

またも、ゲーム。

ミラにとって、人の命なんて、他人の愛なんて、本当に単なるゲームの駒に過ぎないのだろう。

「わかった、やろう」

「ただし…」

ミラはレイピアを俺に向けた。

「あなたが負けたら、その時は、あなたは私のものです」

「…ユーリ」

魔王が掴まれたゴーレムの手から血が滴り落ち、乾いた地面に吸い込まれた。

「大丈夫、俺が助けるから」

その一言で、魔王は力なく笑った。

「さぁ、来いよ!」

俺は柵に背を向け、死角のないように剣を構える。

「12人の猛攻…せいぜい楽しませてもらいますわ」

 

光の乱舞だった。

一瞬で、機械のごとくリズムで踏み込んできた甲冑たち。

俺は、痺れの取れた足で壁を思い切り蹴る。

多少監禁されはしたが、魔力の通りも問題なく鎧を飛び越えることができた。

振り向く前に後ろから、一つ蹴倒す。

甲冑はバラバラになり、濃い緑色の魔力が空気に消えた。

「よし…一体目…ッ!?」

即座に足を引っ込める。

足のあった場所に、剣が降ってきたのだ。

先ほどまで仲間だったモノの鎧を傷つけるのを、全く躊躇いのないように剣が次々襲いかかる。

「隙はどこだ…?」

面白そうに見ているミラ。

おそらくは彼女が操っているのだろう。

後ずさるようにミラへ近づく。

が、それを見越したように二つの鎧が猛スピードで突進してくる。

「ぐっ!?」

作戦は、こうだ。

一体は爆破魔法で足元をさらう。

その後で、もう一体を始末する。

そのはずだった。

だが、次の瞬間。

「…?なぜ?なぜ私の鎧が壊れるの?」

残った11個の鎧が、自壊した。

ミラは信じられないような目で俺を見る。

俺は何もしていない。爆破魔法も唱えていなければ、そんな広範囲にわたる魔法を使えば俺まで危険に晒される。

魔王の呟きが聞こえた。

「何の光…?」

 

空が、青かった。

 

空が青いのは当たり前だが、しかし、その染まり方は異常なほど鮮やかで、きらきらと揺らめいていた。

「ぅ…あ…?」

見るとミラが腰を抜かしている。

チャンスだ。

だが、鎧が壊されたくらいで何をそれほど恐れているのか。

「ミラ、終わりだ、諦めろ」

剣を構えてゆっくりと近づくも、なにかうわ言を呟いたまま、全くこちらに関心を向けない。

「やめて…お前は私が捨てた駒だろう…?なぜ?あなたは死んだ、私が切り捨てたはず…!」

ミラは中空の炎を、怯えた目で見つめていた。

ガツン!と音がした。

振り返ると、ゴーレムから瓦礫が落ちてきていた。

原因はわからない、しかしミラの魔力は不安定で、それに伴ってゴーレムが崩れかけているのだ。

「ユーリ!」

斜め上から声がした。

魔王が落ちてきたのだ。

「エメ!今助け…!」

踏み出した足元に、またもレンガのようなものが落ちてくる。

このまま崩落しては、三人ともが死んでしまう。

「…頼むぞ、魔力を使わせてくれよ、ニコラ」

ゴーレムの体が震え、瓦礫の落ちるスピードが上がってきた。

そのとき、俺は叫んだ。

「ニコラ!時を止めてくれ!」

 

世界が緑色に包まれた。

 

しかし、またも体は動かない。

頭に声が響く。

「あなたに30秒あげるわ」

「30秒?短い!そんなので、二人も安全な場所には運べないだろ!」

「だからこそ、よ」

ニコラが目の前に現れる。

「お久しぶり、勇者サマ?」

仰々しく挨拶すると、彼女は魔王を指差した。

「あなたの妻を取るか」

そして、ミラを。

「あなたの憎い相手を取るか」

「なんで…こんな選択をさせる?」

「言ったはず、愛には恐ろしい一面もあるって、だからこうして、選択を助けてあげてるのよ」

「なぁ、なんでそんなに一人にこだわるんだよ、みんなで仲良くするのが一番だろ!」

すると、ニコラがため息をついた。

「やれやれ…じゃあ、残り30秒…スタート!」

ニコラが消えると、体が自由になった。

まず、魔王を担ぐ。

しかし魔王だけ助けるつもりは毛頭ない。

「ニコラ、これが俺の答えだ」

ミラと魔王を並べて寝かせ、その上に抱きしめるように覆いかぶさる。

「愛を注ぐのは一人でいい、だからって、見捨てるなんてできるわけないだろ!命はもっと、大事なものなんだ!」

そう叫ぶと、頭で声がした。

「それが、あなたの答えならば、否定はしない、でも…」

そこで言葉は途切れ、辺りの魔力が薄くなる。

「でも、何だ?」

「今のあなた、3Pしてるみたいな構図よ」

「ぶっ!?」

時は動き出す。

盛大に吹く音とともに、瓦礫は無慈悲に落ちてきた。

 

重症の勇者と、傷だらけの、戦いの元の二人が発見されたのは、それから約3時間ほど後。

吸血鬼軍のほぼ全員が幻影を見て、戦意喪失したすぐ後のことだった。




終戦!
今までの暴虐が祟って、簡単にやられてしまいました…。
次回の次回くらいからは、リクエストにあった勇者のお墓まいりをやってみたいと思います。
随時リクエスト募集中!


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奴隷生活(その後)

ゴーレムに潰されたうはうは勇者とヤンデレたち。
これで吸血鬼編完結!
今回、少し暴力的な描写があります。
お気をつけて。


「痛…」

目を覚ますと同時に痺れる感覚と痛みが体を襲う。

時計を見ると、真夜中だった。

「…行かないと」

俺は目を覚まして、次にすることは決めていた。

 

恐らく、ミラは処刑される。

 

魔王家に刃向かうだけに留まらず、その夫を攫って奴隷と同然の扱いをしたのだ。

魔王に言葉通り八つ裂きにされても文句は言えない。

しかし、助けるなんて言い出したら魔王はさらにミラを殺そうと画策するだろう。

 

痛みに耐えて立ち上がる。

壁伝いにゆっくりと歩く。が、やはり足が折れたか、あるいはそれくらいの傷はあるのだろう。

ゆっくりと、まどろっこしいくらいのスピードで歩く。

「ユーリぃ…」

廊下から声がして、危うく倒れそうになった。

「…可愛い俺のエメさーん?」

小声で言って、部屋の扉を開ける。

そこに、ウルスラと魔王が倒れていた。

「…!」

いや、よく見ると、掴みあったまま眠っている。

 

魔王の体は色んな場所に包帯が巻いてあった。

身体中の痛みに耐えて、さらに引き止めるウルスラから逃げながら俺の部屋に行こうとして止められた。

といったところか。

寝言でしきりに「ユーリ」と呟いてはウルスラの足にすりすりと頬ずりして、よだれを垂らしている。

起きたらさぞお互いに怒るだろう。

 

「…ごめんな」

軽く頭を撫でて、俺は行くべき所に向かった。

 

魔王城の地下には、地下牢がある。

魔王城には、今は使われていない部屋が星の数ほどあるが、地下牢もその一つだ。

昔ルビルさんに聞いた。

 

「地下牢って、どこにあるんです?」

「この前私とユーリィ君が出会った、あの墓地の先の部屋よ?」

「使われたことって…?」

「40年に一度くらい、国家に影響を及ぼすような凶悪犯罪者は、セキュリティの厳重なあそこで取り調べられるのよ」

「…本当にそれだけですか?」

「あら♪察しがいいわね♪」

「魔王城の地下なんて、たとえあそこで誰か死んでも気づく人はいませんよね?」

「ん…まあ、死ぬだけならいいけど、ね…♪」

「…?」

「死ぬよりももっと、もぉっと辛いことが、あそこで執り行われるのよ♪今度誰か入ったら、取り調べの時には呼んであげる」

 

その含みのある語り方と、楽しそうで、蕩けそうな笑いを思い出すと背筋が寒くなってくる。

「…埃臭いな」

魔王城の地下は、あいも変わらずカビ臭くて埃臭くて、イメージから言えばまさに魔王の城だった。

「…そぉっと、そぉっと」

ルビルさんはまだ自分の棺桶のある部屋で眠っている。

察しのいいあの人ならば、俺が静かに行ってもきっとなにかちょっかいを出してくる。

今からやることは、下手をすれば俺が「取り調べ」に遭うかもしれないほどのことだ。

蜘蛛の巣が張られた、奥の方へ来た。

突き当たりの扉を、開ける。

 

「…だれ、なの?」

 

そこには、ズタズタのミラと、彼女を掴んだマリンちゃん、それを見て楽しそうに笑うルビルさんがいた。

 

「あ、ごめんなさい♪呼ぶの、忘れてた」

「…お兄ちゃん、もう歩けるの?ならさ、後でちょっとまたお尻使わせてくれないかなぁ?」

無邪気な、いつも通りの顔と会話。

しかし、ルビルさんの手には血がべったり付いており、マリンちゃんはミラの服を引っぺがす途中だったようだ。

「取り調べって…何をする気なんですか?」

思わず声が震える。

気を抜けば、足が崩れ落ちそうだ。

ルビルさんが笑って答える。

「女の子の取り調べはね、まず私が痛めつけて」

ミラの体が踏みつけられる。

マリンちゃんが、下着を脱ぎ去る。

しっかりと、固く膨張したソレを、ミラの顔に押し付ける。

「私がそいつの尊厳を奪うくらいに、三日間くらい、ずうっとずうっと便器みたいに使ってあげるんだよ?」

「まあ、彼女は吸血鬼だから、再生も早いし、もっと痛めつけないとダメなんだけど♪その途中であなたが来たのよ」

「…なんなら、私の本気の犯しかた、見せてあげようか?すっごい荒っぽいんだけど…うふふ」

「あなたにやられた娘は、大体性奴隷になりたがるか、気が狂っちゃうんだから、あんまり相手に快楽与えたらダメじゃない」

ミラの腹が蹴られる。

「がッ…ふぅ…!?」

俺は、思わず叫ぶ。

「やめてください!」

すると、二人は本当にきょとんとした顔で。

「…お兄ちゃん?この便k…女は、お兄ちゃんを奴隷として扱ったんだよ?」

「なぜ庇うの?あなただって、この娘を痛めつけてやりたいくらいに憎んでるでしょう?」

「こんな、こんな酷いことがなんでできるんですか!」

「悪人は罰するものでしょう?人間だって、昔からそうしてきたのではなくて?」

「違う、罰するにもやり方があるでしょう!こんなの、人の尊厳を潰すようなものじゃないですか!」

「…潰されて当然、この便器は私に便器なりの扱いを受ける、それだけのこと」

「許しません、俺は絶対に、こんなの」

ミラの体がぴくり、と動いた。

「今からでも遅くありません、普通の刑務所に戻すべきです、たとえ終身刑になったとしても」

「ユーリィ…さま…?私は…」

確かに、その時ミラの消え入るような声を聞いた。

しかし、二人は全く聞く耳を持たない。

「そこが人間の甘いところなのよ、ユーリィ君」

「…お兄ちゃん、こいつが同じことを繰り返さないって、なんで言い切れるの?」

「言い切れるさ、だって、ミラの想いを俺は受け入れなかった、あとは彼女自身が立ち上がるまで、それまで待てば、こんなことしなくて済むだろ!」

「甘い、この娘は私の娘と同じなのよ、想いを募らせすぎるの、だから私はこの娘に身をもって教えて、二度と同じことができないようにしてあげないといけない」

「どうしても俺の言うことがわからないなら」

二人を睨む。

「力ずくでも、取り返します」

すると、二人はミラを手放した。

どさ、と力なく落ちる。

「…お兄ちゃん、本当に相手するつもり?」

「魔王族の言うことを聞けない悪い子はぁ…」

目がおかしな色に染まった二人は、喜びに満ちた笑みで、言った。

「「お仕置きしないとね♡」」

 

「ニコラ!」

時が止まる。

彼女たちが動き始めた後、すぐに叫んだつもりだったが、二人の手が眼前に迫っていた。

「はぁ…結局こうなるじゃない?」

時の止まった世界で、ニコラが現れてため息をつく。

「ニコラ、俺はやっぱりどちらかなんて選べない」

「わかってるわ、でもね、見てみなさい」

二人を指差す。

「あなたが、この娘の代わりに三日三晩犯されるハメになるのよ?」

「ハメだけに?ぶっ!」

殴られた。

「真面目な話、そんな不幸を被る必要が、どこにあるの」

「…俺は、不幸だなんて思わない」

「この二人に本気で犯されるのよ?死ぬ寸前までヤらされて、腸がひっくり返るくらいにヤられるの、それを好むような人間じゃないでしょう?」

「わからないか?俺が死ぬ寸前まで追い込まれても、それでも一つの命が、尊厳が、確実に救われるんだ、それは素晴らしいことだろ?」

「あなたのその、自己犠牲的な考えはどこから来ているの?少なくとも私にはわけがわからないわ」

「…俺が、王国で選ばれた3人の勇者の中から、ここまでたどり着くことができたのも、そのおかげだ」

「つまり?」

「俺は今でも勇者だから、それだけだ」

緑に包まれた世界。

そこで、数秒間の沈黙があった。

「…勇者というより、根っからのバカね」

「バカに惚れたんだろ?なら、力を貸してくれよ」

「10分くらいで充分かしら?」

「ありがとな、ニコラ」

安心して笑みが溢れた。

するとニコラは赤面して、そっぽを向いた。

「ま、まあ、惚れた女の弱みってところね」

そして。

「せいぜい頑張りなさい、勇者サマ?」

笑って消えた。

 

俺の部屋のバルコニーに、ミラを下ろす。

緑色の魔力は、その時俺の体に収束した。

横たわったまま、ミラは涙を流した。

「…ユーリィ様、ごめんな…さい…」

頭を撫でる。

「気にするなよ、飛べるか?」

「…手、貸して」

伸ばされた細い腕を、掴む。

不意打ちだった。

唇に柔らかいものが触れ、ミラの顔が眼前に広がっていた。

「んッ…これで、終わりじゃないから」

「…え?」

「あなたを迎える準備ができたら、きっとまた…あなたを迎えに来ますわ」

黒い翼を広げた彼女は、とても美しい顔で笑った。

「それまで、少しだけ…御機嫌よう」

「いつでも、困ったら来いよ、俺が何とかするから」

「私は自分の力量だけでも、のし上がれます、お気になさらず」

皮肉っぽく笑い、彼女は遥か彼方へ飛んで行った。

きっとまた、会えるだろう。

 

「…さて」

肩に置かれた二つの手。

両耳にかかる荒くて、熱い吐息。

「事後処理も、楽じゃないなぁ」

 

この後滅茶苦茶犯された。




吸血鬼編おわりっ!
ご満足いただけたでしょうか。再登場の予定は今のところ考え中ですが、何とかして出してあげたいキャラクターです。
次回からはお墓参りです!お楽しみに!


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束の間の休息

御墓参り編に移る前に、少しだけ日常を。


「んん〜っ、はぁ…」

やっと日が出て空が白みはじめた頃、庭で大きく伸びをする。

久しぶりに外に出た。

ミラの一件で、俺は足の骨にヒビが入り、傷だらけになり、おまけに後処理でぎっくり腰と股間が擦れて出血した。

さらに、看病と称した魔王の過保護とセクハラで、ここ何週間もまともに出歩いていなかったのだ。

「…はぁ、久しぶりに剣でも振るかな」

剣の素振りも、さすがに怪我をしていた時にはできていなかった。

その鈍りはフォームにもスピードにも顕著に現れており、振っている俺自身もまともに勇者していた頃と同じとは思えなかった。

「弱くなったなぁ…」

「ですね」

「!?」

振り向くと、そこにはウルスラが呆れたような顔で立っていた。

「いたなら言ってくれよ」

「いえ、お手紙が届いていましたので」

一通の手紙を手渡される。

「ありがとな」

「…エメラル様が守ってくださるのに、そのように剣の練習をすることに何か意味が?」

暗に、下手な素振りになんの意味もない、と言いたいのだろうか。

「キツいこと言うなぁ…」

「ですが力としては」

「あのな、たとえ使わなくても、この練習をサボること自体が心の乱れなんだよ」

「…誰の名言ですか?」

「え?別に名言ってほどじゃ…」

頭をぽりぽり掻いて照れていると、なんだか不機嫌になった様子。

「褒めてません、では失礼しますっ」

すたすたと歩いていった。

「…複雑だなぁ」

いや、魔王が単純過ぎるだけか。

手紙をよく見る。

すると、そこにはミラ=ワイルの名が。

「ミラ…?」

 

俺は、魔王に俺の96時間耐久看病(という名のぶっ続け性的行為監禁)というエサで釣って、なんとかミラの暗殺を止めさせた。

こうも堂々と、実名で手紙が出せるのも、魔王家が今回の事件の主犯である彼女の素性を明らかにしていないからだ。

マリンちゃんとルビルさんは快く思ってはいないが、それでも黙って見てくれていた。

 

手紙を開く。

そこには、綺麗な文字が綴られていた。

 

 

ユーリィ・グレイ様へ

 

御機嫌よう。

その後のお怪我の具合はいかがかしら?

私はあなたと別れて、また新しい職に就きました。

ハザラの街で新聞社を始め、社長となって、あなたを買い戻すために資金をガツガツ稼いでいます。

もしも近くに寄ることがあって、あのおんn、ご夫人が不在でしたら是非お越しください。

またあなたと会えることを、そして欲するままに心も体も独占できることを願って。

 

ミラ=ワイル

 

 

「…ミラらしいな、まぁ、元気そうでよかった」

それにしても、新聞社を立ち上げるとは思わなかった。

魔王とイチャイチャしていたら、撮られてスクープされたりハニートラップとか仕掛けられたり…。

「…いや、こんなの考えてたらエメに怒られる」

背後から声。

噂をすれば影…え?

「誰に怒られるんです?」

「そりゃ、お前に決まっ…」

「お部屋、行きましょうか♡」

 

二発ヤられて、朝ごはん。

「はぁ…」

げっそりした顔でご飯を食べていると、エレナがこちらを見ている。

「どうした?」

「…私、影薄くないか?」

「周りが濃すぎるんだろ」

「それは確かに…そうじゃなくて、人間界から出てきてから、最近全然お前たちに関わってないぞ」

すると、ウルスラが心なしか睨むようにエレナを見ている。

「エレナ、これが終わったら何をしますか?」

「は、はい、まず洗濯、それから掃除と夕食の仕込み、それが済んだらメモにある食料の買い出しです」

「よろしい、まだメイド見習いなのですから、多忙なんかに対して文句を言わないことです」

「…大変だな、エレナ」

「…辛いよ」

メイド修行で忙しいようです。

 

「お母さん!私のユーリに手を出すなとあれほど…!」

「…まぁまぁお姉ちゃん、お母さんは暮石にこもったらしばらくは出てこないしさぁ…?」

「いいえ、マリンのせいで、ユーリはお尻の穴が以前に比べて緩くなりましたよ?」

「…はぁ!?私のせいってなんで言えるの!?なんなら締まり具合確認してあげようか?」

魔王は俺が二人に犯されてからずっとこの調子で、二人に対しては不機嫌だ。

ルビルさんは肉体を半霊体化させて暮石の中に逃げ込み、マリンちゃんはさらりと受け流している。

「ユーリッ!私が確かめてあげます!」

「おい、確かめるってまさか」

「…ズボンとパンツ脱がすよ、お兄ちゃん」

がしゃん!と大きな音が響き、二人に取り押さえられる。

「おい!やめろ二人とも!」

「後ろの具合を確かめるだけです!ついでに前の動作確認も!」

「…私が個別にチェックしてあげてもいいよ?」

「マリンはそこで抑えるだけ!」

「バカっ…そこ触んな…指ッ!」

「ほら、この前まではこんなに簡単に私の指飲み込んだりしませんでした!」

「…あれぇ?これはやっぱり私がコレで締まりチェックしてあげないとねぇ?」

何かがお尻に当たっている。

謎のモノが。

いや、先々週にたっぷりと教え込まれたモノ。

「そんなの入るわけ…!」

ずにゅ、と謎の感触がしました。

死にたい。

 

俺がマリンちゃんと魔王に四つん這いにされてアレコレしてると、急に地面から腕が出てきて俺の顔が棺桶側に引っ張られた。

魔王のお母さんの唇は、魔王のよりもあま〜い匂いがしました。

 

夜になって、自分の部屋。

「死にそう」

ベッドでぐったりしていると、眠そうな目の魔王が横に入ってきた。

「ユーリ、ユーリ、明日は何しますか?」

「…元気だよなぁ、お前は」

「ええ、もちろん!ユーリといたなら、それだけで私は元気いっぱいでいられますから!」

「可愛いけどさ、せめてヤるペースは一週間に20回以下に減らそうな?」

「それでも減った方です、ていうか、今可愛い?可愛いって言いましたよね?ぐへへぇ…」

枕をくんくん嗅いでよだれを垂らしている。

「…」

そんな魔王がやはり愛おしくて、頭を撫でる。

「思えば、もう俺たちすっかり家族だよな」

「ええ、このお城の人々はみな家族です、その中でも、ユーリは私の大事な大事なペッt…夫です」

「おい、今なんて」

「そんなことより!夫婦の営みですよ!」

「やめろ!もう尻も股間も限界だから!」

ベッドの上で跳ね回る影がふたつ。

5分くらい脱がし脱がされしていると、隣の部屋からバンッ!と壁の叩かれる音が聞こえて、すぐに静かになりましたとさ。

 

はぁはぁと二人で息を吐いて寝転がる。

と、急に魔王が跳ね起きた。

「…家族といえば!」

「ん?」

「明日からユーリのご家族に挨拶に行きましょう」

キラキラした目で言う魔王。

裏切るようで悪いが、もう両親はいないのだ。

「…あのさ、悪いけど、俺の両親は」

「亡くなったんですよね?」

「…なんで知ってるんだ?」

「そりゃ、一目惚れしたその時から水晶玉で監s、見守っていましたから!」

「誤魔化せてないぞ」

「まぁ、それは置いておいて」

あからさまに目をそらす魔王。

「お墓くらいは、あるんですよね?」

「…俺の生まれ育った街にな」

「行かなくて悲しくないんですか?」

「行きたいけどさ、でも新婚旅行の時も散々な目に遭ったわけだし、やっぱり今の人間界は危険…」

魔王に顔を覗き込まれる。

真剣な顔つきだった。

「ユーリ、ユーリの目標とすることは、何ですか?」

「人間と、魔族の和解…だけど…」

「なら、あなたが待っていて、誰が世界を変えるんですか?」

正論だ。

「それとこれとは別だ、やっぱりエメを危険な目に付き合わせるわけにはいかないだろ」

「元より、あなたと結婚を決めた時点で、私とあなたは運命を共にしています」

「それは…」

服を掴まれる。

その顔は、優しげではあったが、それでも言葉に硬い芯を感じた。

「いいですか、私はユーリが大好きですが、意気地なしのユーリは嫌いです、あの時の、私を倒そうとした強い目、私を守ってくれたあの笑顔、何よりも他人のことを考えているその優しさ、全てが大好きなんです」

「…」

「それでも、まだ人間界が怖いですか?」

魔王は笑って問いかけた。

ここまで言われて、俺が引き下がるような男ではないって、分かっているくせに。

「行くよ、俺の、世界一強くて可愛いお嫁さんを紹介するために」

「それでこそ、ユーリです」

 

俺に力はない。

ニコラに頼めば、数秒時を止められるだけ。それ以外は多少人より強いだけだ。

でも、意思を通すのに力なんていらない。

何度だって失敗すればいい。

それについてきてくれる人が、理解してくれる人が、協力してくれる人が、たくさんいるのだから。

 

「さて、じゃあ本題に移りますか」

「本題?」

「宿屋のシーツをあまり汚すのはよくないでしょう?」

「…おい待て、話を」

「いただきまぁす♡」

 

夢でニコラが出てきた。

「おアツいことね…全く」

「俺の答え、分かってくれたか?」

「好きにしなさい、ただまあ、お願いしたら力は貸してあげるから」

「ん…ありがとな、いつも感謝してるよ」

笑いかけると、顔を赤くして、悔しそうにこう言った。

「旅に出る前に、その、人を無意識に惹きつける性格、直していった方がいいわよ」

「ん?ああ、いいじゃないか、カリスマ性があってさ」

冗談のつもりだったが、思いっきりひっぱたかれた。

「おい!叩くことないだろ!夢なのに痛いぞ!」

「うるさい、そんなことばっかり言ってるからいつもトラブルに巻き込まれるんでしょ」

夢の中で、その口論は明け方まで続きました。




エレナたん、超久しぶりやん…。
キャラを出すには出したけど、全く使い切れていません。すみません(´・ω・`)。

さて、次から念願の御墓参り編です。
基本的には人間達と勇者とのギクシャクした感じのお話になるかもですが、やはり敵キャラなんかも出した方がよいのでしょうか(シリアス書くと訳わからなくなる恐れアリ)。
出すとすれば女の子以外いないよね(ntr嫌いな人)。
もしリクエスト等あれば、種族や属性だけでも構いませんので、どしどしお寄せください!

※お話的にヤンデレが大量発生してますが、それ以外でも可です。もしかするとヤンデレキャラに埋もれる可能性もありますが…。なので基本的にヤンデレ推奨です。
属性付加(クーヤンデレ、ツンヤンデレなど)でも大歓迎!

感想が100件を超えました!
寄せてくださった方々、本当にありがとうございます。
これからも頑張って期待に応えていきますので、どうぞよろしくお願いします。

長文あとがき失礼しました。


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実家挨拶編
実家挨拶(その1)


お墓参り編です。
人間界からはシリアス多めになるかも…?


「ふぅ…そろそろ出るかな…」

俺と魔王とウルスラとマリンちゃんとで、一晩かけて旅の荷物を整えた。

俺が魔王と戦う時に持ってきた荷物、剣や鎧、5日分の衣服、偽造通行証、携帯食料、媚薬、結構たくさん詰まったカバンを肩に担ぐ。

…え?

「あの、エメさん?」

上機嫌で荷物を持った魔王がにこにこして振り向く。

「なんです?ユーリ」

「媚薬って今回の旅にいるか?」

「毎晩シて、歩いて、その繰り返しが毎日あって、でもヤれる元気があるなら必要ないですけど…」

「どんだけシたいんだよ!」

「ユーリ、私とユーリは子を授かりにくいんです、異種では中々デキないでしょう?」

「た、確かにそうだけど…」

子供、という言葉を初めて聞いた気がする。

やはり魔王もそれなりの覚悟を決めているのだろうか。

「…まぁユーリとの時間が減るなら必要ないですが」

なにか小声で呟いた。

「なんか言ったか?」

「いえいえ!行きましょう!」

魔王城の使用人や住人総出で見送ってくれた。

「行ってらっしゃいませ!」

 

ハザラの街までは馬車で行く。

手を繋ぎ、腕をからめ、二人とも外を見ていた。

「…エメ、ごめんな」

「え?」

「偽りの衣、やっぱり着て行った方がエメも安全なのかもしれないし、取りに帰るか?」

新婚旅行の時に着ていた偽りの衣。

人間側に奪われたが、魔王が遠隔操作で燃やして処分したらしい。

クインちゃんが張り切って二号を作ってくれたが、俺はそれを着て出ることを断った。

ウルスラと散々もめたが、やはりそこで戸惑うようでは人間と魔族が仲良くなれないと思ったからだ。

素朴で、普通の(普通どころじゃなく性欲が強いが)夫婦だと分かれば友好のアピールになると考えたのだ。

ただ、今になって自信が揺らいだ。

「ふふ、ユーリが言い出したんじゃないですか」

「でもさ、いくら人間側が大人しいからって、この前みたいなことになったら…」

「はぁ…前も言ったでしょう?意気地なしのユーリは嫌いだって」

「危険に巻き込まれたらどうするんだ?」

「どんな困難があっても、必ずユーリを守ってみせます」

「でも」

「でもは禁止です、愛し合ってるのですから、苦痛も悲しみも私たちを阻むことはできません!」

自信ありげに胸を張る。

「…わかった」

「うん、それでこそ私の夫です」

にっこり笑う魔王の顔は、とても可愛かった。

「ありがとな、これだから俺は、エメが大好きだ」

しなだれかかる。と、魔王が抱きついてきた。

「私もですっ♡ユーリ!」

 

馬車を操る敏腕メイドウルスラは、ハザラの街への買い出しの品に業務用ブラックコーヒーを付け足そうと心に誓った。

 

馬車が不穏なぎしぎしとした揺れと、喘ぎ声が漏れ出すようになるのはそれから10分ほど後のこと。

「…またイチャイチャと…」

その独り言は、中でのアレコレに夢中の二人には届かなかった。

 

「それでは、くれぐれもお気をつけてください」

少しげっそりした顔のウルスラと別れてツヤツヤの魔王と歩き出す。

「さて、ゲートをくぐる前に観光していきますか?」

「ん、軽くな、夕方までには通りたいから」

 

適当な店に入って、昼食にする。

「ほらっ、ユーリ、あ〜ん♡」

「人前だぞ…エメ…」

「もぐもぐ…んッちゅッ…むぅぅ…はっ…♡」

「んぐぅ!?んッあぅ…!?ぷはっ!」

「美味しいですか?ユーリ」

「いきなり口移しされて味なんか分かるか!」

「…お客様、お代は要りませんのでお引き取りください」

 

服飾の市場をうろつく。

「ほら、見てください!ユーリ!この真っ黒なドクロ可愛いですよね!」

「…う、うん、いいんじゃないか?」

「あっ!ウルスラの好きそうな青色のスカーフです!」

「ああ、ウルスラには苦労かけたし、また帰りにでも買って帰るか」

「私に似合いそうな綺麗なネックレスもありますよ?」

「んー、正直よくわからん」

「…」

「痛ッ!何するんだよ!」

「ユーリのせいです」

「機嫌損ねるようなことしてないだろ!」

「許しません」

「ほら、このドクロ買ってやるから、な?」

「…向こうのグレムアイス、半分こして食べてくれるなら許してあげます」

「わかったよ」

「あ、トリプルサイズのコーンですよ」

「はいはい、仰せの通りに、わがままお嬢様」

「…」

「痛っ!」

 

アイスを二人で舐める。

「〜♪」

「好きなんだな」

「昔ウルスラが、私が風邪でアイスが食べたいって言ったら買って来てくれたんです」

「え?この距離を?」

「わざわざ魔法で冷やしてくれてたみたいで、昔から世話になりましたよ…」

「ふーん…それはそうと、昔からそんな食べ方なのか?」

「はーい、私のだえk…愛情アイス、召し上がれ♡」

「何も全部舐め回しておまけに唾液垂らすことはないだろ!まともに食べなさい!」

「なんならまた口移ししてあげますよ?」

「いらない!」

「遠慮せずに!私の愛情の味です!キスですキス!」

「アイス関係無くなってるぞ!」

「おお…これは癪ですが、新聞のネタになりそうですわ…タイトルは現魔王エメラル・デラルス、夫にまさかの公然わいせつ!?濃厚キスの真相やいかに!これで奴隷さ…ユーリィは私のもの…!」

 

「よく遊んだなぁ…」

市場をうろつくうちに、陽の光は既に茜色に染まりつつあった。

「人間界ではもっともっとラブラブっぷりを見せつけますよ!」

「勘弁してくれ!ただの変態夫婦じゃないか!」

きょとんとした顔で答える魔王。

「変態の何が悪いんです?」

「…もういいや、めんどくさくなった」

「ふふふ、せいぜい覚悟しておくことです」

手を握って、境界の門へ行く。

「おっ、話は伺ってます、ご両人とも頑張ってください」

獣人らしき男がにこにこ笑って、検問を通してくれた。

「ウルスラが話を通してくれたのか…?」

「さあ?そんな話は聞いてませんが…」

何はともあれ、俺たちは人間界に入った。

懐かしい空気。

「んッ〜気持ちいいですねぇ…」

大きく伸びをして魔王が言った。

人間界の検問係は、俺をジロジロ見ていたが、書類に不備はないのでそのまま通してくれた。

しかし。

「お二人さん」

呼び止められる。

「…何でしょう?」

「今はサキュバスの盗賊団が暴れてる地域があるから、気をつけてな」

「あ、はい」

ホッとして魔王を見ると、魔王は楽しそうに笑っていた。

「エメ?」

「ユーリ、お仕事ですね!」

一瞬わからなかったが、すぐにその言葉を理解し、手を強く握った。

「ああ、懲らしめに行くか!」

どうせまだ、俺の生まれ育った街は遠いのだ。

善行しながら行ったって、母さんも怒りはしないだろう。




やっぱり逸れるお話。
シリアス期待してた方すみません。
ただ、二話程度で終わらせますので、どうぞ暖かく見守っていてくださいー。


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実家挨拶(その2)

いざサキュバス討伐!
アブない香りしかしませんが…。


「ユーリ、いいですか、サキュバスに捕まえられそうになったら、すぐに助けを呼ぶのです」

「100回は聞いたぞ…それ」

一歩歩けばサキュバスに囚われないよう注意を促してくる魔王。

ここは、サキュバスの盗賊がよく出るという森。

「そんなに恐ろしいのか?冒険してた時に戦った感じ、そうでもなかったけど」

「むむ…ヤツらの恐ろしさが分かっていないのですね」

するとカバンを漁って、何か書物を取り出した。

「ここに生態が書いてあります」

広げられたその紙を読む。

 

 

サキュバス

 

サキュバスとは、一般的に二種類の魔族を指す。

・夢の中に現れ、精気を奪うもの

・現実世界で精気を奪うもの

後者について話していくが、まずサキュバスの戦闘能力は決して低くはなく、また、種や発情周期によっては精気をそれほど必要とせずに獲物を躊躇なく殺害することも。

近年魔族内でサキュバスの性的観念や貞操の見方が変わっており、結婚などもおおいに推奨されていることから、冒険者は気をつけること。

 

 

「…これ何だ?」

「魔界出版の冒険者用魔族ブックです」

「そんなものあるのか…不利にならないのか?」

「人間なんて弱いので、こうやってあらかじめ強さを書き記しておいた方が面倒にならないんですよ」

人間なんて弱い。

やはり、事実ではあるがそんな認識なのか。

「で、わかりました?サキュバスの恐ろしさ」

「ああ…誰かれ構わず精気を吸い取るんじゃないんだな、戦闘能力も上がってるってことか?」

すると、魔王の大声が森に響き渡った。

「違うッ!!」

「な、何が違うんだ!」

「よいですかユーリ、ユーリはただでさえ惚れられやすいのにこんな色情魔みたいなサキュバスがユーリを襲ってさらに求婚してくる恐れもあるんですよそれこそサキュバスの真の恐ろしさです!」

「あのな、言っておくけど、エメの性欲もほとんどサキュバスみたいなもんだからn」

言い終わる前に地面に押し倒された。

「ユーリ?誰がサキュバスの性欲ですって?」

「だ、だって現にこうやって襲おうとしてるだろ」

「…ふぅん、それが答えですか、なるほど」

「待て!待て待て!ズボンに手をかけるな!破れる!」

「ユーリが離せば破れません!」

「離したら脱がせるだろ!」

 

もみ合うこと20分。

俺たちは地面にぐったりしていた。

「…いませんね、サキュバス」

「…だな」

と、半ば諦めかけたその時だった。

「うッ!?」

「エメ?どうした?」

魔王が急に肩を抑えていた。

ゆっくりと手を取ると、そこには細い針の尻に袋が付いたようなトゲが刺さっていた。

「…蜂?いや、これは」

「サキュバスに伝わる媚毒のようなものです…!しかも袋の中のものはかなりの濃度…これではッ…!」

顔を赤く上気させた魔王は、また地面に丸まった。

「エメ!早く逃げないと!」

「ユーリこそ、逃げてください…」

魔王が膝を付いて、俺の目を見て言った。

地面にぽた、ぽたと何かしずくが落ちる音が聞こえた。

「腰が砕けそうなくらい…発情してるんです…」

「エメ…!」

「ここでユーリを襲ってはサキュバスの思うつぼ!ユーリはサキュバス討伐を早く!」

その言葉に押されて、俺は駆け出した。

恐らく一定の間隔で俺たちを見守って、精気を適当なところで奪う魂胆だろう。

「んッふぅ…♡ユーリ…♡愛してますぅ、もっとください…もっとぉ♡」

後ろから魔王の喘ぐ声が聞こえる。

「くそ…どこだ?」

森の奥へ奥へと進む。

と、頭上から何かが降ってきた。

影で察知し、横に転がって避ける。

ガッ!と短剣が地面に突き立った。

「チッ…仕留め損ねたか…!」

そこにいたのは、金髪で黒い肌のサキュバス。おまけに桃色の羽が付いている。

「アンタが…盗賊か?」

すると、そのサキュバスは短剣を腰だめに、突っ込んできた。

「それがなんだ!どうせお前もサキュバス差別で鼻の下伸ばした男だろう!」

それは、勢いと迫力はあるが、実際剣を扱う俺からすれば全くと言っていいほど素人臭い動きだった。

「差別?鼻の下?」

手を掴み、足をかけて地面に引き倒す。

「ぐあっ!?」

「…さて、お仲間にも出てきてもらおうか」

金髪サキュバスに剣を向け、辺りを見渡す。

がさがさと音を立てて、3人ほどのサキュバスが歩いてきた。

全員が手に吹き矢らしきものを持っている。

「アジトに案内してくれ、俺のツレも一緒にだ」

これではどちらが悪か分からない。

「リーダーはいるか?」

金髪サキュバスが言った。

「…アタシだよ」

「名前は」

「ミゼリア」

そう答えると、子分三人に魔王を運ばせるように命令して俺を案内しはじめた。

 

「…で?なんで盗賊行為なんか働いてたんだ?」

森の奥、キラキラと澄んだ水をたたえた泉の隣に、小綺麗なログハウスがあった。

そこが彼女たちのアジトらしい。

その一室で、ミゼリアに話を聞いているのだ。

「アタシたちは、魔界ではサキュバスの稼ぎが悪いから、人間界で一山当てようと思ったんだ」

「ふん…で?」

「人間の旅団を襲ったら、サキュバスだってこの羽でバレたみたいでさ」

小さな桃色の羽を動かす。

「旅団のやつらが急にニヘラニヘラしだして、早くしろって言い出したんだ」

「…ああ」

「早くしろって言うからさっさと荷物盗ってトンズラしようと思ったんだけどよ、そしたら人間どもが怒り出して」

「…」

「アタシの子分の一人は服ひん剥かれそうになって、肩の生肌を見られたのがトラウマんなってさ、落ち込んでるんだ」

「で、そのまま盗賊に?」

「来るやつ来るやつニタニタして荷物差し出して来るんだよ、で、物分かりがいいなと思って帰ろうとしたら襲われる、んでボコす」

「…なるほどな」

「この前なんかズボン脱いだやついたんだぜ?種族は違うけどレディの前でセクハラされたんだ、これだから人間は嫌いなんだよ」

ケッ、と吐き捨てるように言い放つ。

「あのさ、サキュバスって何食べるんだ?」

「あ?雑食だよ、テメェら人間と同じ」

「精気とか聞いたことない?」

「おとぎ話で読んだよ、なんでも人間のオスが持ってるメチャクチャ美味いものらしいな、アンタも持ってるんだろ?出せよ」

うっとりと言った。

「…あのな」

すると、ドタドタと子分が入ってきた。

「ミゼリア親分!」

「あん?何だテメェら」

「人間生け捕りにしたってことは、あの時の約束、果たしてくれますよね!」

「約束なんかしたっけか?」

目をキラキラさせて詰め寄っている。

「とぼけないでください!何百年と生きているミゼリア親分は精気の吸い取り方はマスターしてるって言ってたじゃないですか!」

「あ、ああ…言った…っけ?」

「美味しい精気を食べさせてくれるって言ってましたよね!お願いします!」

ずいずいとミゼリアの元に寄るサキュバスたち。

対してミゼリアは目をあからさまに泳がせ、適当な反応をしている。

「あ、アタシはもちろん、精気なんか1000人以上食ったことあるさ、でもテメェらにはまだ早いんじゃないか?」

「いいえ!このために、必死で修行しました!」

「お…おう…準備するから、少し出てろ…」

「はい!楽しみにしてます!」

鼻歌を歌いながらとたとた、と出て行く子分たち。

それを見送って、わなわな肩を震わせるミゼリア。

「…はっきり言えよ、私は精気なんか吸ったことないってさ」

「こんなに先輩面しといてそんなこと言えるか!サキュバスが精気がおとぎ話の中のものって思ってて悪いかよ!」

「いやあのな、ミゼリア、お前の人間嫌いの理由にも、サキュバスのイメージとかの問題があるわけで…」

「言ってみろ!さあ、早く!」

すると次の瞬間、扉が開いた。

「ユーリ!欲望を受け入れました!Hしましょう!」

「受け入れんな!抑えろ!」

「邪魔、そこの女どけ」

「ちょ、お前一応アタシたちに捕まってんだぞ!」

ミゼリアを片手で魔王が放り投げる。

「さあHです、サキュバスモードの私に、精気いっぱいください!」

「エメ!待て待て!話を…うあっ…!?」

「んん…サキュバスキメセク最高です♡」

 

4時間後

「ふぅ…もう1ラウンド行きますか!」

「5回で限界です…許して…」

ぐったり横たわる男と、跨ってぐりぐり腰を振る女。

ちなみにこの女、サキュバスではない。

「だらしないですねぇ♡そこも可愛いところですが」

ふとベッドから外を見ると、ミゼリアが絶句していた。

「ミゼリア?おーい」

目の前で手を振ると、我に返ったようだ。

「精気…精気はどこだ?こんなグロテスクでおぞましいことをしたのだから、美味いのだろうな!」

「グロテスクって…あのな、普通に子供作る時とか…」

言い終わる前に魔王が割り込んできた。

「私のココに、いっぱい詰まってますよ♡」

「エメ、遊ぶな!」

「味見しても、いいか?」

「まあ、お薬のおかげて気持ちよかったですし、いいですよ?」

女が女の股に吸い付くという、かなりアレな構図。

「…」

「どうだ?」

恐る恐る尋ねる。

すると。

「美味いッ!なんだこれッ!?」

「…よかったね」

「ユーリのは、私にとっても格別です!もっとください!」

「あのな、お前はヤりすぎっ!?」

肩を後ろから掴まれる。

「子分たちの分も、出せるよな?媚毒サービスしてやるから」

「いや、無理d」

「交渉成立です!」

固い握手を交わす二人。

「さて、なら、特別にユーリの体を悦ばせるテクニックも教えてあげましょうかね♡」

ベッドに押し倒され、6人ほどの子分が一斉に俺を見下ろす。

「お、お手柔らかに…」

 

12時間後

死にかけの勇者と、それに群がって仲良く寝息を立てるサキュバスと魔王がいましたとさ。




乱こ(ry回でした。
ネタ?そんなことはございません…たぶん。
12時間ぶっ続けでデキる勇者。勇者だから遺伝子残すのも人以上だったりしてw。


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実家挨拶(その3)

サキュバスを討伐(?)したユーリ達。
久しぶりの魔王視点です!


「では、盗賊行為はほどほどにして、この書類を見せたら魔界へ戻って来れるはずですから」

魔王の勅令として、サキュバスたち7人を魔界に受け入れて、国の保護の元で働けるように書類に書き込んだ。

「魔王さま!ありがとうございます!」

「ただし、国が面倒を見るのは住居と一ヶ月分の支援金です、働き口は自分で見つけなさい」

「はい!」

「では、私たちはこれで」

「またいつでもお越しください!」

「…ありがとな、魔王サマ」

真夜中の二時。

ヤりふけっていたらつい遅くなってしまった。

「ふふふ…可愛い寝顔…♡」

背中におぶったユーリにキスする。

「けどまぁ、収穫はありましたね」

一つ、ユーリと気絶するまでヤりまくれたこと。

二つ、サキュバス媚薬が壺いっぱい手に入ったこと。

「ユーリの精液を飲ませたのはアレですが、まあ良しとしましょうかね」

イき狂うユーリの姿…獣のようなユーリの姿…そして今度は私が気絶するまでシてもらえる…。

「んんん〜〜♡可愛い!妄想止まらない!」

ユーリを地面に置いてじっと見つめる。

「はぁ…はぁ…」

今すぐにでも食べてしまいたい。

「いやいや、気絶してまでヤったらダメってユーリに言われたんでしたよね…」

また担いで歩き出した。

 

空が白みはじめた頃、ある街にたどり着いた。

「ユーリ、起きてください、朝ですよ」

背中のユーリをゆさゆさ揺する。

「ん…ニコラぁ…俺はイチャイチャなんか…くふふ…」

ニコラ?

ユーリが、今ニコラとか言った?

「…ユーリぃ?もう一度言ってみてください?」

「うへへ…確かにアシンさんも捨てがたい人だよな…だから俺は助けt」

木にぶん投げる。

「ごぼォ!?」

「お目覚めですか?ねぼすけさん♡」

拳をぱきぱき鳴らして近づく。

ユーリはあからさまに浮気を隠そうとしている。

「違う違う!俺はニコラと話してたんだ!みんな助けたかったから無茶したんだって話!」

まだ隠そうとするユーリ。

優しい優しい私も、堪忍袋の緒が切れた。

「ほうほう?それはそうと、早朝ですし、こんな森なら人もあまり来ませんよね?」

「…ああ、でもな、やましいことは」

「急にユーリのお尻が恋しくなりましたねぇ!」

「ズボンとパンツを脱ぎなさい」

「なんでだよ!」

「脱ぎなさい」

「何も起こられるようなことはしてn」

ドンッ!と音立ててユーリの後ろの木が倒れる。

あまりに強情なので、つい頰すれすれを魔法で撃ち抜いてしまった。

「脱げ」

「はい今すぐ脱ぎます」

 

3時間後

山を下って街に入った。

ワグナ村、と言うらしい。

素朴な村だが、市場はかなり活気付いていた。

「漁村ですか…なんとも魅力的な…」

そこここからする魚料理の香り。

干物、刺身、焼き魚、煮物…。

「広がるドリーム!お魚食べましょうユーリ!」

すると重たい足取りのユーリが何とも言えない瞳でこちらを見る。

「む、何ですか?お魚嫌いなんですか?」

「尻が痛いんだよ…」

自業自得という言葉を知らないのかな?

「文句は受け付けません」

「なんであんなことがお仕置きなんだ!アレならまだ叩かれたりの方がマシだぞ!」

「うるさいです、あのお店にしますか」

わあわあ騒ぐユーリを羽交い締めにして、青いのれんのかかった魚料理の店に入る。

 

「この煮魚と、お刺身定食ください」

「かしこまりました!」

オーダーをして、ユーリと今後の予定を話す。

「ここからどれくらいですか?」

「うーん…2、3日ってとこかな」

「あら、結構すぐですね」

「ただ、川を渡るから天気が…ッ!?」

ユーリが急に言葉を切った。

「ユーリ?」

「な、なんでもない」

私の目を見て笑いかける。

嘘だ。

ユーリは分かりやすい。

「なにか、あったんですか?」

「…別に」

目をそらす。

「言いなさい」

睨みつける。でも、ユーリは口を割らない。

「嫌だ」

「なら…」

かたっ、と立ち上がった。

ユーリにお仕置きしようと手を伸ばす。

すると、背後から声がした。

 

「ユーリィ…!?」

「ゆ、勇者様ッ!それに魔王まで…?」

「勇者殿…」

 

「…ふぅん?」

振り向くと、そこには男女3人が。

「動くなッ!」

ネミル、だったか。

ユーリに馴れ馴れしい女が杖を向けてくる。

魔界大戦の時にあれだけ力の差を見せたというのに。

「はぁ…愚かですね、そんなもので止められると?」

「あれから鍛錬してきたのよ!アンタなんか一瞬で消し炭にしてやるから!」

杖の先が光り始める。

今着ているのは薄い防御装甲の服だが、この服一枚破れるかどうかの出力といったところだろう。

「かかってきなさい、下等生物のメス豚が」

「アンタのせいで…ハルカも、みんなも…!」

杖の先から、魔力が滲み出ている。

発射は近い。

 

しかし、それは遮られた。

「やめろ、ここで戦って、なんになるんだ!」

ユーリが割り込んだのだ。

「ユーリィ…」

「ユーリ、そいつはまだユーリを誑かそうと企んでいるような女なんです、どいてください」

「ダメだ、とにかく今は」

ユーリは私の肩を押して、席に座らせた。

「腹ごしらえ、だろ?」

輝く笑顔に、私は逆らえるはずもなかった。

「ユーリィ、あんた何言っt」

「はい!食べましょう!」

 

とは言ったものの。

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

気まずい。

この5人でご飯を食べるなんて、到底無茶だったのだ。

ユーリと二人きりで食べたかったのに。

「ご馳走様でした」

ハルカとかいう女が箸を置く。

「あの、これからどうするんですか?」

こっちが聞きたい、みんなそんな表情をしている。

もちろん私も。

二人で旅をしたいのはもちろんだけれど、無理やり別れさせたり、ここで殺してもユーリは未練たらたらになるだけだ。

ユーリを見る。

箸を置いてユーリは言った。

「とりあえず、今日は」

とんでもない爆弾発言だったが。

「この街の同じ宿で、みんなで泊まろう」




久々に魔王視点書くと、全然気持ち入らないですね…すみません。
ここで旧勇者パーティ登場です。お店が消し炭にされなくてヨカッタネ。


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実家挨拶(その4)

魔王たちがモメてる時、魔王城はどうなってたのかな?って回です。
ウルスラ視点です。


メイドというのはともかく忙しい職だ。

そして、メイド長ともなればその生活はかなり過酷なものとなる。

普段私は睡眠4時間ほどの生活を繰り返している。

今朝は違う。

「んん〜…はぁ、かなり眠れましたねぇ…」

時計を見る。

8時まで寝たのは久しぶりだ。

正に、足の踏み場もない部屋に散乱する物をがしゃがしゃ蹴り飛ばして着替えをする。

「よしっ…夕べは喘ぎ声もベッドのぎしぎしも聞こえなかったし、絶好調です!」

こうして、私の人生で最もリラックスした一日が始まった。

 

「ふぇぇ…」

「…ウルスラ、このご飯、お兄ちゃん達がいないからこんなメニューになってるの?」

「使用人見習いの私でも、これよりはまともな料理出しますよ?」

「私の娘だから適当なのは分かるけど…」

みんながゲンナリして私を見る。

 

〜本日の朝食〜

パンいろいろ

ジャム

ミルク

オリーブ油

申し訳程度のサラダ

 

「いただきます」

みんな、最初こそ文句を言っていたが黙々と食べ出す。

エメラル様とユーリィ様がいないから、喘ぎ声も床のシミも獣みたいな声もない。

「はぁ…幸せ…」

食事中にもうっとりしてしまう。

「…ウルスラ、今日なんか気持ち悪い」

 

「〜♪」

部屋で本を読む。

私は本を買ったはいいが、帰ってきて見ると必要ない気がしてつい床に放っておくのだが。

「今日は読破してやります!」

本を床に並べる。

・ダンスパーティで声をかけてもらえる女の特徴

・サキュバス式!生理を和らげるヨガ

・量子物理学を用いたブラックホール解析

・魔力の効率のよい使い方

・メイドの心構え

・知らないと恥ずかしいマナー集

・女を捕まえるナンパの極意

「…ひどいラインナップですね」

なんでこんなもの買ったのだろうか。

マナーやメイドの心構えは分かる。

ナンパやら量子物理学は私には全くと言っていいほど関係がないものだ。

「…まずはメイドの心構えから読みますか」

本を開く。

 

メイドは奉仕する職業。たとえご主人が不在でも、仕事に手を抜いてはいけません。

 

「…」

私の心がズキリと痛む。

「ま、まあ、私は普段から忙しいですし、これは休日とか、そんな捉え方ですね」

何とか自分を誤魔化してページをめくる。

 

プライベートと仕事はきっちり線を引くこと。半端な仕事はご主人の迷惑としかなりません。

 

「ああもう!」

一気に本をめくる。

今の私を否定することしか書いていない。

おまけに書いているのは、私がメイド見習いの時に尊敬していたグルァルという人だ。

このままでは休日だというのに、心が疲れる一方だ。

私は立ち上がった。

本を置いてキッチンに向かう。

私だって一流メイドなのだ。

 

「え…これ、お昼ご飯です?」

「す、すごい…」

「…ウルスラ、頭でも打った?お姉ちゃんの始末のせいでおかしくなったんじゃないの?」

「さすがは私の娘!やればできるじゃない!」

 

〜本日の昼食〜

パンいろいろ

チーズのパスタ

クラーケンのカルパッチョ

オリーブの実

トマトスープ

ハザラ地方牛のステーキ

白ワイン

ネーナン地方魚のビール煮

 

「私の本気です」

私だってその気になればこのくらいできるのだ。

「うん!美味しい!」

「でしょう、自信作ですからね」

朝食の粗末さもあいまって、昼食はやたらと豪華に見えるのでした。

 

「さて…掃除掃除」

城の中全てを掃除するとなると、一週間ほどかかる。

なので廊下の絨毯のゴミやシミ取り、部屋の中のホコリ取り、食卓の拭き掃除など、最低限の掃除を薄く広くやる。

「よし、これで掃除完了ですね」

部屋の掃除を一通り済ませ、扉を開けて外に出る。

そこには、真っ黒な液体がある部屋から吹き出したような跡を作っていた。

「ご、ごめんなさいぃ…」

しょんぼりとした顔でクインちゃんとやらが近づいてくる。

「…掃除、手伝っていただけますよね?」

「わ、私はまだ実験が」

「手伝って、いただけますよね」

「はい…」

というわけで、掃除を始めた。

のだが、全く汚れが取れない。

水拭き、洗剤、クエン酸。

「これ、なにをこぼしたんですか?」

「イモムシを潰した汁とザクリの実とコウモリの血のミックスです」

「…」

「必要だったんです!量子物理学で証明された以外の方法でブラックホールを作るんです!」

「あのですね、ブラックホールができたらこのお城がどうなると思っているのですか?」

すると、さらっと答えた。

「消えますね」

「やめなさい、今すぐ」

「これさえできたら、私の科学者人生に悔いはないんです!」

「あなたは満足かもですが、私たちとしてはたまらないんですよ!」

「むむ…」

量子物理学といえば、あの本があったはず。

「これあげますから、実験はやめなさい」

その本を見るとクインちゃんは目を輝かせて独り言を唱えだした。

「なるほど、このやり方なら魔力で代用して…ここならこの物質を割り入れたならすぐに…」

むふむふ言いながら去っていった。

結局絨毯張り替え、丸洗いを余儀なくされた。

 

〜本日の夜食〜

なし

 

「疲れた…」

今日は浮ついて特別なことをしたせいで恐ろしく疲れた。

ジトっとした視線に耐え、ヨガをして肩を痛め、昼食の用意と片付けにゲンナリして、絨毯丸洗いで悪臭騒ぎが起こり。

「…早く帰ってきてください、エメラル様」

いつもは嫌で仕方なかった騒音が、今になると懐かしく恋しく感じてくる。

ベッドで寝返りをうつとメイドの心構えが目に入った。

最後のページに書いてある言葉。それは、今の私に一番心に沁みる言葉だった。

 

失敗を恐れてはいけません。何か行動を起こそうとして失敗するのは仕方がないです。しかし、それで失敗したのなら、その失敗を活かしなさい。ご主人に感謝しなさい。そうすれば、あなたはまた一歩一流のメイドに近づくでしょう。

 

「精進します、ユーリィ様、エメラル様」

もう二度と、サボったりしませんから。




サボることのできないウルスラたん。
本の謎ラインナップ…。


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実家挨拶(その5)

場所を戻して、勇者たち。
魔王と旧パーティを仲良くさせることはできるのか…?


ワグナ村宿「わぐなぁ」

 

「ユーリ、私たちを仲良くさせようとする努力はおおいに受け入れますし、構いませんが…」

布団の上に立って、魔王は拳を握りしめてこちらを睨みつけていた。

「なんでッ!寝室まで同じなんですか!」

びっ、と指をさした先には怯えるような、可哀相なような目でこちらを見るネミルとハルカ。我関せずといった様子で窓の外を見るヘイジ。

「まあ待てよ、とりあえず今はお互いの目的から整理していくことが必要だ」

イスに座って魔王を手招きする。

「…ふんっ」

そっぽを向いて、俺の膝に乗ってきた。

「あのね、ユーリィ、私たちも真剣に話すんだからイチャラブはまた後でにしてくれる?」

「俺のせいなのか!?」

「そうです!そんな座り方、不純です!」

「あらあらぁ?賢者サマはこういう体位に関しても賢いものなのですね?」

顔を真っ赤にしたハルカ、げんなりしたネミル、俺にくっついて離れない魔王。

ラチがあかない。

「うるさい!」

「「「…ごめんなさい」」」

「眠るのは当分先になるようでござるな…」

 

1時間後

「ふーん?実家に帰るんだ?」

「ああ、少しの間お墓まいりも行ってなかったしな」

「ですが…そのためだけにわざわざ人間界に?」

「そのためだけ、ではありません、現に先ほどもサキュバスの盗賊をこらしめてきたところです」

サキュバスという言葉にぞくりと背筋が凍る。

「ユーリ?今なにを考えましたか?」

魔王が振り返って笑いかけてくる。

「えっ!?な、なにも!ほら、三人はなんでこんなところにいるんだよ?」

「…後で公開羞恥調教でもやりましょうか?」

「ごめんなさいやめてください」

「冗談です」

「私たちは、アンタたちが人間界に来たって情報を聞いてね」

「わざわざ先回りしてたのか?」

「忠告する意味も兼ねて、でござる」

ヘイジが重い口を開く。

ネミルたちはその言葉にひどく動揺した。

「ヘイジ!はっきりそんなこと言ったら…!」

「ネミル殿、ハルカ殿、それとない言い回しでユーリィ殿とその婦人を追い返すことはできないと、わかっているのでは?」

「ヘイジ?何言ってるんだ?」

魔王が真剣な顔つきで問いかけた。

「私たちを人間界から追い出す算段だったんですか?」

「追い出す、というのとは違うのでござるが、やはり結果的にはそのようなこととも言えるでござる」

ぽりぽりと頭をかいて、ヘイジはカバンから紙を取り出した。

そこには騎士団の装備改定の旨が書かれていた。

「装備改定?」

「今日の騎士団では、かなりの機械化が進んでいて…」

「ユーリ、全く書いてある言葉がわかりません」

「俺もだ」

「そもそも軍事機密とも言えるような書類だからね、身内に通じたらいいのよ」

「情報を流してるのがバレたらヘイジさんも危なくなるのでは…」

「心配は嬉しいが、それでもやらねばならぬこともあろう」

「けど、生半可な機械ならそれこそネミルとかでも破壊できるだろ?」

「私が弱いみたいな言い方やめて」

「そんなつもりじゃ…」

話をしていると股間がぐりっ、と腰で潰された。

「いででで!?」

「ごめんなさい、腰が滑りました」

魔王が不機嫌そうに言った。

「こほん、話を元に戻そう」

「すみません、うちのユーリが」

「俺じゃn」

「勇者様、少し静かにしてください」

あれ?みんな俺の敵?

「恐ろしい兵器は、まだ開発段階なのでござるが、魔力を無効化するような物だと聞いておるのでござる」

「魔力を無効化…!?」

そこにいた全員が、息を呑んだ。

魔族と人間との違いとして、魔力の最大量や使用効率が挙げられる。

人間は魔族に比べて、魔力をそれほど使いこなせない(俺みたいな才能や特殊な魔女家系を除いて)。

それに比べて魔族は、これまで俺が関わってきたミラ、魔王、ウルスラ、マリンちゃん、やや桁外れの力をもつ者が多いが、やはりそれでも強大な家系の魔族は単体でも国を滅ぼす。

それは魔族独自の魔力操作技術が無ければ不可能とも言える。

だから人間は自分たちの手で、硬い皮膚や鋭い歯を作り出そうとしてきた。

だから魔族は自分たちの手で、肉体を変え感覚を変えて様々な種に増えてきた。

「…どうやって、魔力を使わせないようにするんだ?」

「そうです、確かに魔術で魔術を封じることはできますが、魔族相手に魔術戦を挑む人間はいないでしょう?本当に機械単体でそれを行うんですか?」

「わ、私は魔術できるし」

するとヘイジは立ち上がった。

「拙者は、忠告しに来ただけでござる」

「…?」

「この兵器が投入される前に逃げるのが賢明…そう言いたいのか?」

ヘイジは黙って頷いた。

「拙者としても心苦しい、しかしことは一刻を争うでござるよ」

「もしも」

魔王の冷たい声が響く。

「もしも私たちにその兵器が使われなかったら、その兵器はお蔵入りになるんですか?」

「…いや、恐らく、別の魔族が狙われるでござる」

「なるほど、分かりました、ユーリ?そろそろ寝ましょう?明日の出発は早いですよ」

すると魔王は膝の上から立ち上がり、俺を米俵のように担ぎ上げた。

「エメ、どうする気だ?」

「どうするもこうするも、私たちは魔族の長と勇者の夫婦ですよ?同族がおかしな機械のテスターになるのを黙って見ていろと言うんですか?」

にっこり笑った顔に、少しだけ恐怖を覚えた。

「まさか、研究所を破壊するのか?」

「そんな手間なことしません、相手が仕掛けてくるまで堂々とお墓まいりに行きましょう」

その魔王の笑みは、なんだかとても危なっかしいように感じて、無意識に抱きしめていた。

「え?ゆ、ユーリ?珍しいですね」

「エメ、確かにエメは魔族の長だけど、その前に俺の妻なんだ、心配させるようなことだけはしないでほしい」

すると魔王も手を回して、背中を優しく撫でられた。

「ユーリ、私はユーリと一緒に死ぬまで、ずっとずっと添い遂げますから、約束です」

こうしてお互い10分ほど抱き合っていた。

が。

「あぁもうユーリの匂い嗅いでたら興奮してきました!」

「!?おい待て待て、ネミルたちもいるんだぞ!」

「確かにユーリの可愛い声を聞かれるのは癪ですが、そんなことは些細なことなんです!」

 

「…耳栓、ある?」

「コーヒーならあるでござるよ」

「淹れましょうか…」




今回は宿屋でほのぼの編でした。
新たな波乱の予感…?


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実家挨拶(その6)

ついに故郷に着いた勇者と魔王一行。
旧パーティとはお別れです。描写省いてすみません…。
今回はガンガンシリアスになるかも?


俺が行こうとするのを引き止めるヘイジたちと別れるのに時間がかかり、俺の村に着いたのはすっかり日の低くなった夕暮れだった。

 

目の前には、俺が生まれ育った村がある。

「…っ」

なぜか、足が踏み出せない。

「ユーリ、どうしたんですか?」

「俺は、この村に入っていいのかな」

魔王が怪訝な顔をする。

当たり前だ、結界が張ってあるわけでもないし、そもそもこのために長旅をしてきたのだ。

だというのに、懐かしい思い出が頭をよぎって、そのどれもが俺を拒むように感じたのだ。

 

俺とよく遊んでくれた近所の力自慢のおじさん。

 

王国に行くまで一緒に育った友達。

 

母さんを見てもらっていたお医者。

 

何より、母さん。

 

今俺がここに帰ってきて、彼らは暖かく迎えてくれるだろうか?

「エメ、ごめん、やっぱり俺」

振り向くと、魔王は目をじっと見つめて問いかけた。

「何が怖いんですか?」

「…」

「ユーリ、あなたは魔族の側についたのではありません、私だってそうです」

「でも、俺は」

「魔族と人を繋ぐのでしょう?こんなことで怯えて、一体何になるというのですか?」

魔族と人を繋ぐ。

確かにそうだ。俺がここで隠れても、自体は好転しないだろう。

それは理解している。

それでも、それでもやはり。

「…怖いんだ、俺」

自分が情けない。

道中全く予期しなかった不安が、心を暗くしている。

「…仕方ありませんね、なら今からでも前の街に戻って出直しま…」

魔王はそこで言葉を止めた。

俺の背後を緊張した顔で見ている。

「エメ…?」

恐る恐る振り向くと、そこには。

 

「動くな、どちらにせよ貴様らの魔法は奪われているのだ、抵抗は無駄だぞ」

巨大な鉄の塊のような機械と、それを操作する騎士、そしてそれより位の高いであろう紋章を付けた騎士が5人ほど立っていた。

「このザンダ班、ここで勇者と魔王の二名を待ち伏せていたのだ」

「俺たちを、どうする気だ?」

確かに魔法を使おうとしても、魔力が出ない。

「そうだな…王宮まで連れて行けば報酬は上がるだろうが、変な気を起こされて手負いが出ても困る」

そう言うと、リーダーらしき男が剣を抜き、歩み寄ってきた。

「このザンダが、責任を持って斬首してやる」

逃げられない。

肘でつつき、囁く。

「エメ…エメだけでも逃げるんだ、俺は5人相手なら少しは食い止められるから」

「ユーリ、恐らくあの機械が狂うことを恐れて、彼らは鉄砲を持っていないか使うことを躊躇しています」

「なんでそんなこと…」

「ヘイジとかいう男の見せた紙に書いてありました」

「えっ、読めたの?アレ」

「一瞬でしたが」

すると、剣の切っ先が喉に突きつけられた。

「ボソボソ話す時間は終わりだぜ?あとは地獄でごゆっくりどうぞ」

俺は後ろに跳びのき、剣を抜いて男のそれを弾いた。

「エメ、逃げろ!」

男と向き合ったまま叫ぶ。

が、なぜか魔王はゆっくり機械の方向へ歩いていた。

「エメ!?」

「ふん、女の方から先に始末してやるよ!」

俺と見合っていた騎士含めて5人。

一斉にエメに剣を持って駆ける。

「エメ!?」

自分を囮にする。

魔王ならやりかねない。

「必ず助け…!」

次の瞬間。

 

一人の騎士が宙を舞った。

 

腹を思い切り蹴られ、鎧がべこりと凹んでいた。

 

一人の騎士が宙を舞った。

 

顔に拳を振り抜かれ、兜を変形させ、血しぶきを吐き出しながら吹き飛んだ。

 

一人の騎士が崩れ落ちた。

 

先にやられた騎士の剣を、鎧を貫通させる力技で腹に突き刺された。

 

三人。

三人もの騎士が魔王に一瞬で戦闘不能にされたのだ。

残りの二人、それと機械を操作する一人は、困惑と恐怖の入り混じった顔でこちらを見ていた。

「え…あ…」

「撤退ッ!撤退するぞ!」

機械も置きっ放しで、そそくさと逃げて行った。

「…弱いもんですね」

魔王は機械を蹴り飛ばした。

蹴られるたびにべこべこに変形する塊。

「よし、魔力も戻りましたし」

暗くなった辺りに、魔王の手に灯る赤い光が輝いた。

「行きましょうか、ユーリ?」

にっこりと笑った魔王。

その顔に、なぜか俺は断れなかった。

「ああ、そうだな…」

剣を構えて呆然と突っ立っている自分が滑稽に思えた。

「エメってさ、色々ととんでもないな」

「褒めてるんですか?それ」

「うーん…まあ、そんなとこ」

そうして俺は、村に入った。

たとえどんな困難があろうと、それでもやはり魔王と一緒にいる。

強いから、とかではない。

「エメ、この騎士たちは、殺してないよな?」

「当たり前です、殺したらユーリ怒るじゃないですか」

「えらいえらい」

今でも確かにみんなの反応は怖いがそれでも踏み出せる。

魔王は俺を見捨てない。

そばにいてくれる。

それが分かったなら、俺に失うものなんてない。

「…結構大きな村ですね、お墓はどっちですか?」

「ん、こっちだ、行こう」

俺たちは墓に向かって歩き出した。




なんかシリアス書くとスカスカになりますね(´・ω・`)反省。
お久しぶりです。
魔王がただただ強い回になってしまいましたw。少しは文章力鍛えないと…。


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実家挨拶(その7)

騎士の襲撃を退けてついにお墓まいりに。
もう一悶着ありそうな予感…?


「…ここがお墓ですか」

「ああ、グレイ家の墓だよ」

街に入るのはやはり勇気が出ないので、人通りの少ないところを通って町外れの墓地までやってきた。

「ユーリ?」

「ああ、お花お供えしないとな」

途中買ってきた花を供え、手を合わせる。

思えば、本当に帰ってくるのは久しぶりだ。

目を閉じたら思い出す。

弱々しく笑う母親も。

強さを教えてくれた父親も。

「…ユーリ」

古い思い出にふけっていたら、魔王の声が聞こえた。

「ああ、ごめん、あんまり長居も」

目を開けると、不意に魔王に顔を柔らかい両手の平で包み込まれた。

「寂しいんですか?」

その時、俺は初めて気づいた。

「…」

 

自分が涙を流していたことに。

 

「は、はは、なに泣いてんだろ、俺」

「ユーリはまだ、一人で悲しみを受け止められるほど大人ではないんです」

「違う、俺はもう甘えたり…」

言葉と裏腹に止まらない涙。

自分でも理解も制御もできなかった。

「寄り添うことと甘えることは違います」

魔王に顔をまっすぐに見られ、拭うこともせずに涙を流し続ける。

「ユーリはまだ、完璧な大人じゃありません、お墓まいりで泣いて、なにが悪いんですか?」

「俺はもう大人だ、勇者として認められて、仲間たちとエメを倒しに行って、もうじき16になる!」

「歳ではありません、もっと大事なもの、それがユーリの成長を遅くさせてしまっているのです」

落ち着いた調子で俺を宥める魔王につい声を荒らげる。

「大事なものって、なんだよ!」

すると、優しい抱擁で俺は魔王に包み込まれた。

「人と寄り添って、人に甘える、子供の頃には当たり前のように皆がしていることです」

「エメ…でも、俺は…」

「強がったままの姿なんてご両親もきっとお見通しです、なら、私に甘える、ということを受け入れて、きちんと成長するべきですよ」

「っ…ご、めん…エメ…」

「謝ることではありません、近しい人の死は辛い、当たり前じゃないですか」

それから数分、俺は魔王を抱きしめて泣き通しだった。

 

「…ありがとな、エメ」

「頼れるところをきちんとお義母さんに見せないとですからね!」

さっきから態度が急変しているが、まさか。

「エメ、俺の両親見えたり、するのか?」

すると魔王は弾けたように笑って、答えた。

「そんなわけないでしょう?アシちゃんでもあるまいし!」

「はは、だよな」

「そろそろ行きましょうか、あまり長居も、人に見つかるかもしれませんし」

「ああ、じゃあ帰るかな」

「はい!」

手を繋いで、魔王と帰路についた。

 

墓場からの帰り道、魔王が急に足を止めた。

「あ、ユーリ!」

「ん?」

「忘れ物をしたみたいなので先に行っておいてください」

「大丈夫か?俺もついて行った方が…」

「いえいえ、5分程度で追いつきますから」

「…ん」

魔王はそそくさと元来た道を走っていった。

 

10分後

にこにこしながら魔王は帰ってきた。

「おかえり」

「待っててくれたんですか?先に行ってもよかったんですよ?」

「気にするなよ、帰りはちょっと村の様子も見ながら帰りたいし」

すると魔王は目をぱちぱちと瞬かせ。

「え…?大丈夫なんですか?」

「様子を見るだけだ」

俺には少し、気がかりなことがあった。

村の前で戦った騎士たち。

騎士というのは、ヘイジのような優しい者ばかりとは限らない。

むしろプライドの高い貴族出の者が大半だ。

ヘイジが俺のパーティに入ったのも、魔王討伐という無謀にも思える行為に貴族出身騎士は怖気付き、農民から叩き上げでやってきたヘイジを推薦したからに他ならない。

それほどプライドの高い騎士たちが、あそこまでやられて黙っているはずがない。

「どうしても確認したいことがある」

「…私も行っていいですか?」

「ああ、バラバラだと危険だしな」

 

バレると村人に騒がれるかもしれないので、旅人のフリをして頭巾をかぶる。

魔王はそのままの格好だ。

どうせ魔王の顔なんてほぼ知っている者はいない。

「ユーr、こほん、どこに向かうんですか?」

「この村にはほぼ娯楽施設もないし、いるとするなら宿屋か酒場か飯屋くらいのものだと思う」

酒場の戸を押す。

と、威勢の良い声が店内に響いていた。

「さっさと酒出せ!マズいくせに準備が遅すぎんだよ!」

「す、すみませんお客様」

カウンターに足を乗せ、ガンガンと蹴りつける男が三人。

マスターは恐怖からか脂汗を浮かべてぺこぺこと頭を下げている。

こんなにガラの悪い者は、この村社会で住人としていられるわけがない。

「…」

呆気に取られた魔王に小さな声で耳打ちする。

「間違いない、無事だった騎士たちだ」

イスの足下には剣と鉄砲が置いてある。

「俺が行くから、エメは隠れて待ってろ」

そう言うと若干肩を落とした。

「…はい」

エメが店から出て行ったのを確認して、騎士の一人の肩に手を置く。

「アンタら、マナー違反が過ぎるぞ」

酔いのまわった赤い顔で男が振り向く。

「…あ?」

「あんまり悪い態度を取ったら、騎士どころか王国自体が反感を買うだけだ」

すると隣の席に座っていた男が俺の手を肩から取って言った。

「はは、こんな小さな村の田舎者にどう思われようが、俺らはどうだっていいんだよ、なんせ俺らは貴族だぜ?」

胸が怒りで熱くなるのを感じた。

「口で言って分からないなら、体で覚えさせるぞ」

「三人相手にか?面白ぇ、やってやるよ」

マスターが何とも言えない顔でこちらを見ている。

「表に出ろ、どっちが正しいか分からせてやる」

「へっ、負けたらどうなるかわかってるよな?」

「好きにしろ」

 

外に出ると、男はいきなり剣を抜いた。

三人相手なら拳で叩きのめせるが、剣での乱戦にはあまり自信はなかった。

剣を使えば、殺してしまうかもしれない。

「っ!卑怯だぞ」

「アンタも剣あるだろ?そら、抜けよ」

「…」

剣を抜き、睨み合う。

いつの間にやら人がヒソヒソ話しながら野次馬していた。

「さて、行くぜ、騎士の剣技を見せてやるよ!」

騎士の剣技とはいうものの、山賊となんら変わらない下品な剣の扱い方。

酔いも相まって、捨て身としか思えない攻撃だった。

「…そんなものかよ!」

剣をさばき、蹴り倒す。

「ッ!手前っ!」

二人目は腰だめに突いてきたが、なんせ伸ばすタイミングが全くもってズレていたので、足を少し切り、体勢を崩したところに拳を入れたら気絶した。

「…?」

もう一人がいない。

すると、いつの間にかさらに増えていた野次馬から悲鳴が聞こえた。

人が慌てて逃げ出している。

「勇者様!助けてください!」

「うるさい!アイツが来たらガキは死ぬぞ!」

残りの一人は、5、6歳程度の子供のこめかみに鉄砲を当ててこちらを睨みつけていた。

子供は引きつった顔で震えている。

「おい!剣を置け!」

「わ、分かったからその子を離してくれ」

鉄砲相手に数m離れた間合いでは太刀打ちできない。

「さっさとしないと、こいつの頭吹き飛ばすぞ!」

剣を地面に捨てる。

男はニヤニヤと笑い、こちらに数歩近づいた。

そして子供を、母親と見られる女性の方へ押した。

「おら!騎士に逆らった罰だ!」

 

ズダンッ!

 

「あっ…ぐぅ…!?」

お腹が熱い。

膝をついて倒れる。

女性と、野次馬の悲鳴が聞こえる。

「へ…ざまぁ見やがれ…ぇ…!?」

すると男の方から水っぽい音が聞こえた。

 

目を向けると、男の足が破裂していた。

 

文字通り、足から血を吐き散らして破裂。

肉片が周囲に散った。

「ぎゃああああ!」

「うるさいですね、ユーリに傷を付けて、その上耳障りな声まで撒き散らす害悪が…」

男の頭上に白い光が瞬き、次の瞬間、上空数十mほどまで男は吹き飛ばされる。

「ひッ!?ひあああああああああああああ!」

そのまま男は地面に叩きつけられ、動かなくなった。

そしてそれを行なった本人。

魔王が駆け寄ってきた。

「ユーリ!ごめんなさい、本当にごめんなさい、私がもっと早くに助けていたら…ッ!」

「エメ、俺の傷はまた後でいいから、早く逃げよう、ここにいたら正体がバレ」

言いかけたところに、老人の声がした。

「ユーリィ、何を隠しておる?帰ってきたなら顔くらい見せぬか!」

「「…え?」」

俺を取り巻いていたほぼ全員の村人が、苦笑いして俺を見ていた。

そして全員が言う。

「「「「勇者様、おかえりなさい!」」」」

 

 

魔王が忘れ物を取りに行った10分間、墓場からは楽しそうな会話が聞こえたという。

「あなたみたいな人に息子を貰っていただけて、私たちは本当に幸せです、ね?あなた?」

「ああ、綺麗な人で幸せだな、ユーリィ!」

「あらあら?私を差し置いて綺麗な人?確かに歳は取りましたけど、それはあんまりじゃないかしらねぇ?」

「う、うむぅ、すまん、母さん…」

「あ、あははは…仲睦まじい御両親ですね…」

「にしても、本当に私たちが見えるのね」

「ああ、驚いたな」

「魔の王ですからね、でも、本当に私とユーリの仲を認めてくれるんですか?」

「何度も言わせるな、俺たちが口を出すことじゃない、本人たちの好きにすればいいさ」

「それにね、あの子にはあなたみたいなガッツのある子が相手じゃないと、腑抜けになっちゃうから…」

「大丈夫です、きっと、いえ絶対に幸せにします」

「それはユーリィの言うべき言葉なんだけどねぇ…」

「そろそろ時間ではないか?気をつけて帰るんだぞ」

「はい、またすぐに来ます」

「たまにでいいわよ、たまに」

「いつでも待っている、とユーリィに伝えてくれ」

「あなた、話せることが秘密なんだから伝えるもなにもないでしょう?本当に帰りは気をつけてね?」

「はい、それでは失礼します!」

 

「いい子だったじゃないか」

「そうね、きっと幸せになるわ」

「子供のうちに放り出してしまったが、元気でやっててよかったよ」

「本当に、ね…」

二人の笑い声は少しずつ薄れ、やがて消えたという。




お墓まいりは終わりましたが、やはりまだ続くいらない要素かもしれない故郷編。
書いてたらノっちまいました。すみません。
勇者の母親もヤンデレっぽかったですな。
希望があれば両親の馴れ初めも書きたかったり(ry。


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実家挨拶(その8)

実家挨拶ももうすぐ終わりです。
リクエストいつでも募集中( ゚д゚)。


俺は腹の痛みを忘れ、呆然と村人を見ていた。

知った顔がほとんどだ。

その全員から、お帰りなさい、と言われた。

「な、なんのことだ」

すると老人(というかこの村の村長だが)が近づいてきた。

「ユーリィ、お主は昔からちっとも変わっとらん!そんな頭巾でごまかせると思うたか!」

頭巾をするりと剥がれる。

「帰ってくるのにいつまでもこそこそと、その上カッコよく人助けをして覆面ヒーローにでもなろうと言うのか?」

「でも、俺…」

魔王はどうすべきか分からず目をぐるぐる回している。

「あの娘が嫁か?ふむ…」

すると村長はおもむろに魔王に近づいた。

「エメに手は出さないでくれ!悪いやつじゃない!」

すると魔王の手を取り、握手して笑った。

「ようこそ、勇者の故郷のこの村へ、何もないところだが、ゆっくりしていっておくれ」

俺と魔王、二人同時に言った。

「「え?」」

 

村長宅

「さて、ユーリィ、お主なぜ帰ってきてワシらに顔も見せんかったんじゃ?」

傷の手当てをしてもらい、お茶まで出てきた。

「そりゃ、だって、この村から勇者が出たって話を聞いた時に、みんな喜んでたし…」

「勇者じゃないのか?」

すると魔王が俺の顔を見て首を振った。

「ユーリ…」

「大丈夫、エメだけはなんとかする」

「…」

 

「俺の妻は、魔王なんです」

 

「うむ、知っとる」

 

「「……!?」」

驚いて目をまん丸にしていると、村長が言った。

「そんなことで顔を見せんかったのか?」

「いや、あの、だから、国に認めてもらいはしたけれど、勇者が魔王と結婚するとかおかしい話でしょ?」

魔王に睨まれた。

「ユーリ、あとでたっぷり問いただしますからね?」

「え!?い、いや、そういう意味じゃないんだ!」

「おほん!」

「「ごめんなさい」」

「そういう、仲睦まじいあたり、普通の夫婦となんら変わることではないじゃろう?」

「でも、騎士たちに横暴なことをされていたし」

「ヤツらは元から傲慢じゃ、だから酒には下剤入っとる」

すると魔王ですらも戸惑っている様子で。

「そ、そういう問題ではなくて、ですね」

「勇者が魔王と結婚して、何が悪いッ!ワシはそんなの気にするほど器の小さい男ではないわ!」

逆ギレされました。

 

宿屋

帰ってきて顔を見せなかったこと、結婚の宴はいつにするか、といった話で、恐ろしく長いお説教をもらい、宿に来た頃には外は真っ暗だった。

「か、変わった村長さんでしたね…」

「…ああ」

二人ともげっそりした様子で扉を開け、ベッドに倒れこむ。

「ダブルベッドですね…」

「なんでもいいよ…もう」

「今日はHする気力もないです…」

「…うん」

それから数分後、部屋ではすうすうと、穏やかな二人の寝息が聞こえた。

 

6年前の夢を見た。

すっかり忘れていた、母親の死の悲しみで塗りつぶされた暗い記憶が思い起こされた。

村長とした会話、悲しみ、怒り、全て。

「…っ、母さん…!」

「ユーリィ、この村はお主を追い出すことはない、魔王討伐をしなくても、別の道だってあるのだぞ」

「村長、俺は決めたんだ、ずっと前から決まってる」

「確かにお主の父は腕っぷしの立つ男だった、が、何も魔王を討伐しに行かなくてもよいだろう?」

「勇者として選ばれたんなら、勇者として活躍して、みんなに俺の強さを認めさせて、それで…!」

「それで?」

「この村の存在を、母さんとか父さんができなかった分まで、みんなにアピールしてやるんだ」

「これだけは、頼むぞ」

「…?」

「手足の二三本無くなっても、きっとこの村に帰ってこい、顔を見せる程度でも構わんから、棺に入って帰ってくるな」

「分かってる、そのくらい」

「僅かだが路銀だ、持って行け」

「そんなのいらない、施しを受ける必要なんかない」

「施しではない、貸すだけだ、必ず返しに戻ってこい、よいな?」

「…ありがたくもらっておきます」

ふと、頭でニコラの声がした。

「あなたは愛を無下にする天才ね」

「いきなり失礼だな」

「だってそうでしょ?あなた結婚してからも、何度死にかけたと思っているわけ?」

「そりゃ、大事なもののためだから仕方ないんだ」

「あなたの両親も、きっと大事なあなたを守るために命を削っていたのよ、一方的にあなたが怒る資格はないわ」

「でも」

「でもじゃない、村長そんなあなたを心配しているのよ」

「…ごめん」

ため息が聞こえた気がした。

「つくづく、あなたに想われた人は幸せなんだか不幸せなんだか…そうして命を燃やすのは、もうそろそろ卒業しなさいね」

そして、俺は目を覚ました。

 

「…エメ、起きてるか?いや、起きてないほうが素直に言える」

くぅくぅと寝息を立てる魔王の可愛らしい寝顔を撫でる。

「俺、今までずっとエメのためって言って、かえってエメを傷つけるようなことしてた、ごめん」

魔王は起きない。

「だからさ、俺、変わるよ、本当にエメのこと考えられるように、頑張るから」

恥ずかしかったが、寝ている魔王に優しくキスする。

「だから、その、これからも、側に居てほしいんだ…その、愛してるから、さ…んッ!?んぐぅ!?」

キスした瞬間頭をがっちりホールドされ、ベッドに倒される。

「はぁ、はぁ…ユーリ…えへへ、私も愛してますよ、愛してる同士、確かめあいましょうか」

「今日は疲れてるだろ?な?また今度」

「問答無用です!ユーリの愛を私にぶつけてみてください!」

「待てパンツ返せ、おいそこやめッ…!?」

「うふ♡可愛いですよ、ユーリ…」

その後6時間にわたって、勇者は魔王に(性的に)いたぶられましたとさ。




望郷篇は次回で終わりです、たぶん。
二人の愛は深まる一方ですね…。結局、自暴自棄な愛は控えましょう、ということでした。


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実家挨拶(その9)

なんだかんだ長くなった挨拶編も、終了(`・ω・´)!

次回からは筆者の性癖MAXな人が出てくるので、お楽しみにw。


「「「勇者様!お達者で!」」」

 

俺たちは村人たちの声を背中で聞きながら、何やら照れ臭い思いで故郷から出た。

指を絡ませて手を繋いだまま、魔王はこちらにずいと寄ってきた。

「ユーリ、お墓参りで言うのも不謹慎かもしれませんが…今回の旅は、楽しかったですか?」

「ん、エメと一緒ならどこでだって楽しんぐッ」

言い終わる前にキスされた。

 

魔王のスキンシップ(セクハラ)は最近激化してきているような気がする。

いやまあ、気持ちいいし、可愛いけど…。

俺はひっそりと腰をさする。

魔王の性欲は俺の数十倍はあるだろう。毎日襲われて、何とか持ちこたえている。

昨日だって「孫の顔を見せましょう!」とか言って10時間ベッドを共にした。

たぶん俺たちの泊まった民家のベッドはぐしょ濡れだろう。

 

「なあ、エメ…」

「〜♪なんですか?」

少し口に出すのは躊躇ったが、勇気を出して聞いてみた。

 

「子供、欲しいか?」

 

時が止まった。

いや、ニコラじゃなくて。

魔王が笑顔のまま固まっている。

「おーい?可愛い可愛い俺の嫁さーん?」

手を目の前で振ると、顔を真っ赤に染めてうずくまった。

「ゆ、ゆゆゆゆユーリっ!どうしました!?ユーリからそんな話題振ってくるって…ッ!?」

「いや、その、ヤりまくるのはヤってるけどさ?そんなに子供欲しいんだったら、俺もきちんと考えないとなー…って」

するとしばらく沈黙して、うずくまったまま言葉を紡いだ。

「ユーリは?」

「俺?」

「ユーリは、私との子供は欲しいですか?」

「…」

 

子供はいらない、と言えば嘘になる。

確かに親に孫を見せてやりたいし、それに勇者と魔王の間に子供が産まれたら、それは人間と魔族の共存の大きな架け橋になるであろうから。

 

けれど。

 

子供が欲しい、とも言えない。

魔王は話を聞く限り、魔族と人間のハーフだ。

ルビルさんはかなり長生きをしていて、その間に夫に逃げられたか、そんなことを言っていた。

俺と魔王が子をなしても、俺はその成長を見守ることができない。

そして何より、俺が死んでしまえば魔王は一人になってしまう。

物心ついた時から母親一人だけで育てられた身だから、俺にはその気持ちがよく分かる。

母さんはいつも苦労していた。

母さんは働いている間、孤独だった。

俺がいたばかりに。

 

だから、俺は。

 

「…俺、は」

頭の中がごちゃごちゃだ。

何も分からない。整理がつかない。

「ユーリだって、悩んでいるでしょう?」

魔王は苦い笑みを浮かべていた。

同じことを考えていたのだろうか。

「エメ、子供ができても俺は」

「ユーリは私よりずっとずっと短命です、アシンちゃんにお願いしても、不死の刻印を刻んでも、それでもやはり私と添い遂げることは難しいでしょう」

「…ごめん」

魔王が優しく笑って立ち上がり、また俺の手を握った。

「謝ることではないですし、謝ってもどうにもならない問題です」

「子供がいれば、俺がいなくなっても寂しくないだろ?」

「お母さんは、私の父親がいなくなった晩はずっと泣いていました、本当に、ずっと」

「っ…」

「魔族と人間というのは、子供を作りにくいです、霊力的な確率だけでも1%あるかどうか」

子をなす確率というのは、精が女性の腹部の玉に結合し、そこに神の霊力が加わって産まれるものだと言われている。

つまり、人と構造も違う魔族は結合もしにくく、相対的に妊娠の確率は1%よりずっと低い。

ただ1%という確率は、少ないようで大きい。

なぜなら。

「エメ、俺はもう100回は中に出sぶッ」

すると頭を叩かれた。

わりと、結構強めに。

「こほん、マジメな話をしています」

「…ごめん」

「それで、です」

魔王は不意に俺を抱きしめた。

「私は、はっきり言ってしまえば、子供を宿すことが怖くてたまりません…」

「…怖いって、なにが?」

「出産ももちろんそうです、でも、その前に」

一回短く息を吸う音が聞こえた。

「ユーリの目が、私から離れてしまうような、そんな気がしてしまうんです…」

抱きしめる手に力が入り、強く体を密着させる。

俺を離すまいとするように。

「ユーリ、私は、あなたを守るとは言いました、なのにこれまで、他の女に盗られかけてばかりッ…!こんな私では、ユーリが自分の子供に夢中になって、この距離が遠ざかってしまうんじゃないかって…」

「…エメ」

「醜いでしょう?気持ちが悪いと思いますよね?でも、それでも私はあなたを離したくない…っ、たとえ子供でも、ユーリの目が別の女に向くのを見るなんて、できません…!」

魔王の肩に手を回す。

優しく抱き返す。

「エメ、大丈夫、俺はエメだけ、ずっとエメだけ愛してる、こんな口約束じゃ信用できないと思うけど、それでも約束できる」

「ユーリ…」

「だからさ、その…子供が欲しくなったら、いつでも言えよな…」

なんだか自信満々な自分が恥ずかしくなって、目をふいと逸らす。

口元に、一瞬だけ柔らかい唇の感触があった。

「ふふ、じゃあユーリがその気になった時の子作り、楽しみにしていますね♪」

「お手柔らかに…」

「30時間はぶっ続けですよね♪楽しみ♪」

「え゛」

「うふふ…ふふふ…むふふふふ…♡」

 

帰りの馬車の中、俺と魔王は沈む夕日をただ見ていた。

言葉もなく、がたがたとした揺れと、互いの温もりだけを感じて。

 

「あのさ、俺たちの子供が息子だったらどうするんだ?別に俺はそっちじゃないし…」

「息子でもユーリが構ってくれなくなれば、許しません」

「手厳しいな」

「当然です、それに、魔王族は娘しか産まれてませんし」

「ふうん………え?」

「聞こえませんでした?魔王族はこれまで男の子が産まれたことなんてありませんよ?」

「なんだそれ!聞いてないぞ!」

「あ、言ってませんでした?ごめんなさい」

「…子作りは色々と不安だ」

「私は楽しみですっ!」

「はいはい…」

その内一戦おっ始まって、案の定運転するウルスラはぐったりとしていましたとさ。

 

某所

「…なんだか急にストレートティーが飲みたくなったわね…」

 

「騎士の休憩所にコーヒーはあったでござるか?」

 

「う、うぷ、口の中が甘ったるくなりました…」

 

「あの魔王サマの旦那来てくんないかなぁ…精がほしい…口の中が砂糖の味するし…」

 

「ユーリ君…久しぶりに会いたくなったなぁ」

 

「スクープの匂いがするけれど、今日はやめておきましょう…どっと疲れましたわ…」

 

「ふぇぇ…甘々ですよぉ…」




今回にて完結です。

次回からはオリキャラ編ですが、常時リクエストは受け付け中!


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姫編
勇者の危機(その1)


今回はオリジナルなので性癖の露出が激しいかもしれない…(´・ω・`)。
またも勇者に危機が降り注ぎますw。


朝。

目を開ける。

「はぁっ♡はぁ、ユーリかわいいですよ、私と繋がって、寝ながら腰動かしちゃって…♡可愛いですぅ…んッ!」

目の前に魔王の顔、よく見ると全裸で俺の上に乗っかって上下に律動している。

「…エメ、寝てる時にヤるの、何回目だ?」

「えっ?はぁ、はぁ、だいたい…24回目…ですねぇっ♡んんッ…!」

俺は深く息を吐いて、体に力をこめる。

「寝てる時にはしないって、約束だろうがぁ!」

起き上がる力でぶん投げる。

「んあぁッ!いきなり抜くなんて♡」

ベッドで腰を抜かしてぴくぴくしている。

とりあえず着替えようと、放り出すために魔王を抱えて扉に向かう。

と、急に扉が開いた。

「ユーリィ様、ノックの返事がな…い…」

絶句したウルスラの目には。

 

脱ぎ散らか(ひっぺが)された魔王の衣服。

 

汗とかで色々と濡れ、物欲しそうな顔で俺を見る魔王。

 

素っ裸で元気な愚息をさらして魔王を抱きかかえるその夫。

 

「ウルスラ!ユーリと愛し合ってるんです!朝ごはんなんかいりません!出て行きなさい!」

「ウルスラ、これは違う!決してそういうアレじゃ」

すると、気持ちの悪いくらいの笑みで言った。

「どうぞ、昼までごゆっくり?」

バンッ!と閉まった扉は、魔術結界の淡い輝きを放ち始めた。

「おい!?待て!シャレにならないっt」

肋骨でも折れそうな力の羽交い締めで倒される。

「えへ…えへへへへ…♡ユーリ…愛し合いましょうか?ウルスラの許す時間まで…♡」

 

8時間後

「はぁ…」

「夫婦の営みの後はお腹が空きますねぇ…」

すっかりお昼の時間に、冷めきった朝ごはんを食べる。

廊下ですれ違ったウルスラは心なしか痛々しい目をしていたように見えた。

「あ、ユーリ、そういえば」

魔王が緩んだ表情を戻して話しかけてきた。

「ん?」

「ユーリは、ヤマト?の国って知ってますか?」

「ヤマトの国…」

ヘイジの故郷の国だ。

確か、俺のいたヴァール国から船で2週間も離れた異国だったはず。

「ああ、とんでもなく遠いけど…そこがどうした?」

「い、いえ、何でも…」

魔王が目を伏せた。

その仕草の合間、魔王が暗い目をしたのを、俺は見逃さなかった。

「エメ、また何か困ってるのか?」

すると魔王はぎくり、と肩を跳ねさせて答えた。

「な、何言ってるんです?そんなわけ…」

食器を持つ魔王の手を掴み、目をじっと見る。

「正直に言え」

「あ、ぅ…」

目を伏せ、ぼそぼそ喋り始めた。

「その…魔族社会で言う、「身請け」をしたいと…」

「身請け…」

 

身請けというのは、魔族社会独特の文化である。

 

これは国王の名の下で行われる、一種の儀式的な国交行事だ。

まず、身請けを申し込む側の国は、申し込まれる側の国の土地や資源(ごくごく稀に種族や人間)を譲ってほしい、ということを伝える。

申し込まれた側の国が了承した場合、申し込む側は約束の物を手に入れる。

その代わりに、申し込んだ国は申し込まれた国と主従関係、あるいは国交を結ぶ。

 

今回、関係のよくないヴァール国のある向こう側の世界である、ヤマトの国から身請けの申請がきたというのは、人間と魔族が結ぶ初めての条約なり国交であると考えてよい。

その嬉しい知らせに、思わず叫んだ。

「やったな!ついに魔族と人間が国際的にコンタクトを取ったってことじゃないか!」

「最後まで聞いてください、身請けで向こうが望むものは、あなたなんですよ?」

「…え?」

 

「ヤマトの国は、あなたをヤマトの国に婿入りさせたら我々と主従関係を結ぶ、と言っているのです、宣戦布告に他ならないでしょう?」

 

全く、信じられなかった。

「なんで…俺を?だってヤマトの国なんて行ったこともなければ、その国の知り合いなんてヘイジくらいしか…!」

「その男も信用なりませんが、今のところは相手の出方をうかがってから決めます」

「何を決めるんだよ!」

魔王は苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「戦争するかどうか、ですよ」

 

俺は身請けの書状を魔王に見せてもらっていた。

「ヤマトの国の印も押してあるでしょう?」

「…ああ」

「ユーリはただでさえ人気なのに、あんなに離れた人間界からまで身請けしたい、なんて言われてはたまりません!」

「エメ、身請けは断るだけでもいいだろ?なにも戦争にする必要はないじゃないか」

「ユーリを、私だけのユーリを身請けしようなんて、送られた時点で相手からふっかけられたようなものなんですッ!!絶対に許さない、私が国王の首を引きちぎってやる!」

激昂した魔王は机を叩いた。

魔界樫でできた机には、数cmの亀裂が入った。

これまでにないほどの豹変ぶりに、言葉を失った。

「っ…」

「…ごめんなさい」

「エメが大事に思ってくれてるのはありがたいけど、やっぱり戦争なんかしたら、魔族と人の溝が深まるばかりじゃないか」

「それでも…私は…」

魔王の目は、かなり危うげに見えた。

俺は、魔界の指導者の一人なのだ。このまま魔王を放っておけば、本当に戦争をしかねない。

「今日はもう休もう、エメもきっと、旅の疲れが取れてないんだ、な?」

魔王の肩に手を置き、ゆっくりと立ち上がらせる。

「どこにも、どこにも行きませんよね、ユーリ」

涙をいっぱい溜めた目でこちらを見る魔王を、優しく抱きしめる。

「大丈夫、離れていても、ずっとずっと一緒だ」

「信じて…っ、ます…ぅ…」

泣きじゃくる魔王をベッドに連れて行き、頭を撫でてやると、すぐにすうすうと寝息を立て初めた。

「…おやすみ、エメ」

 

ウルスラやマリンちゃんも眠り、静かになった廊下を通って部屋に入る。

「…?」

部屋に入って机を見ると、そこには紙と、ついさっき墨を入れたばかりであろう筆が置いてあった。

「なんだ…これ…?」

机の前に立つ。

首に、ひやりとした感触があった。

殺すつもりなら、今とっくに首を切られているだろう。

声をできるだけ押し殺して、背後の者に語りかける。

「…狙いは、俺の命か?」

「黙って筆を取れ」

男とも女とも付かない声で、後ろの者は言う。

言われた通り筆を握る。

震える筆先を知ってか知らずか、全く感情を読み取れない声でそれは喋った。

「今から、我の言う通りに文字を書け、抵抗すれば貴様も、貴様の嫁も殺す」

「…わかった」

何をさせる気かはわからない。

が、これだけは分かった。

 

魔界や国の問題などではなく、俺と魔王に、重大な危機が迫っているということは。




今回はヤマトの国です。
ジャパニーズHENTAIは偉大ですよね…。
それだけ妄想ネタも増えるわけで、今回の悪役は和風のヤンデ(ry。

次回もお楽しみに!


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勇者の危機(その2)

連れさらわれた勇者。
魔王は大変怒って…。


その日、魔界から山が消えた。

朝日の差し込む大地に、青い稲妻が走って魔王城付近の山を消し飛ばしたのだ。

「エメラル様ッ!?」

仕えるメイドことウルスラは、主の部屋に走る。

「…ああ、ウルスラ、おはようございます」

宙に浮いてこちらを見た魔王は、全く笑わずにそう挨拶した。

「エメラル様、何をしているのですか!?今回という今回は、ユーリィ様とケンカしたくらいで山を吹き飛ばした、ではすみませんよ!」

流石のウルスラもカンカンに怒って叫んだ。

しかし、そんなウルスラを見て動じることもなく魔王は言い放った。

「いいえ?そんな些細なことではありません」

すっ、とバルコニーに降り立った魔王は、ある紙を広げてみせた。

「ユーリィが家出…いえ、連れさらわれたと見て、間違いないでしょうね」

そこには。

 

 

エメ、ごめん。俺は少し旅に出る。

行き先とかは気にしなくていいから。

その内帰る。

 

またな。

 

 

それを見たメイドは、薄く笑った。

「ああ、そういうことですか」

 

 

俺の記憶では、ヤマトの国は遥か遠くだったはずだ。

しかし、それはあくまでハザラの街の門を通れば、の話。

魔王城から出て数km歩いたあと、目の前の俺を誘拐した者は、真っ黒な装束に身を包み、巻物を手に何かを唱えた。

次の瞬間には、小さな港町にいたのだ。

転移魔法でも、世界をまたぐとなれば非常に負荷の大きい術になる。

それをやり遂げた者、即ち俺を攫った者は、一体。

「…どこなんだよ、ここ」

「ヤマトの国の港だ、あのカゴに乗れ」

そこには筋骨隆々の男が二人と、棒のついた箱。

「…え?乗れ?何に?」

「…主、カゴも知らんのか」

するとそいつは呆れた調子で指を指した。

「あのカゴに入れ、と言っている、聞かなければ…」

クナイ?と言うのだろうか。

ヘイジから聞いた暗殺者の武器を向けられて、丸腰(部屋着のまま)の俺は大人しくカゴに入った。

感想としては。

 

酔った。

 

「おお、やっと着いたか!わらわは待ちくたびれたぞ!」

カゴに乗って着いた場所、そこは立派な城の庭だった。

と言っても、俺の見てきた城とは違う。

黒い瓦を重ねた屋根、白い壁、重厚な門。

そして何より。

「わらわは主…ゆぅりぃと申したのう、主に嫁ぐ「雪」じゃ!光栄に思うがよい!」

目の前にいる女の子。

見た目からして12歳ほどか。

俺より年下なのは明らかだが、黒い瞳に白い肌、赤に所々薄桃色の花が描かれた着物と、目を引いたのが長細い刀。

「ご苦労じゃったの、もう帰ってよいぞ」

相当ご機嫌な様子で雪は言った。

「…さて、と」

男たちが城から出るのを見て、雪は俺に目を向けた。

「主様、わらわと少しお話といこうかの?」

その目は暗く、色々な感情で淀んでいた。

 

城の最上階であろう部屋(といっても恐ろしく広く「ふすま」とやらが部屋を仕切っている)で俺は雪と二人きりになった。

二人きりになった瞬間、雪は俺に飛びついてきた。

「主様ッ!」

「ッ!やめろ!」

抱きついてくる彼女を引きはがす。

「ふ、そうじゃな、まだ主様はこの状況を飲み込めていないのであったな」

「俺を攫って、狙いはなんだ!エメか?魔界か?」

「わらわはそんな物に興味はない、ただ一つ…」

襟首を掴まれて恐ろしい力で引き寄せられる。

黒く、吸い込まれそうな瞳はこちらをじっと見据えていた。

「ゆぅりぃ、主様を一目見てみたかったのじゃ」

「…なんで、俺を?」

にたりと笑って手を離す。

彼女の瞳と迫力のせいか、腰に力が入らなかった。

「ふふ、兵二…ヘイジ、といえば分かるかのう?」

「ヘイジ…俺の、仲間か?」

「うむ、兵二がつい先日にヤマトの国に帰ってきてのう、そこで主様の話を聞いたのじゃ!」

あのヘイジが俺を売るような話をするはずがない。

「話って、どんな?」

「自分が今仕えている者は、自分より年下であるのに強大な力を持ち、さらに優しさまでも持ち合わせた者であるとな!」

にははは、と笑う彼女に愛想笑いしながら言う。

「ならもういいだろ?帰してくれ」

「気が変わったのじゃ」

また抱きつかれる。

今度は、なぜか力の入らない体のせいで振りほどくこともできずにいた。

耳元で、甘い囁きが聞こえる。

「主はわらわと結婚するのじゃ、主の望む物は全てある、わらわが相手なら、文句も無かろ?」

聞くだけで頭の半分が痺れたような感覚のする声。

彼女の目も声も、なぜか俺の自由を次々と奪っていく。

そんな彼女の力に抵抗するために、俺はできるだけ冷たい声で言った。

「俺にはエメがいる、アンタと結婚なんて無理だ」

すると彼女は俺から離れて、淀んだ目で笑った。

「ふふ、主様ならばそう言うと思っておったわ」

次の瞬間、強い衝撃と轟音とともに、俺は壁に押し付けられていた。

咳き込むことも許されず、叩きつけられ、襟首を掴まれたままの姿勢で彼女を見る。

「判断を下すのはあくまで主様じゃ、しかし、あまりわらわを怒らせぬ方が良いぞ?」

 

「わらわは、そう気が長くないのでのう?」

 

空いた手で刀を抜き、眼前に切っ先を向ける。

「…刺すなら刺せよ、アンタに屈しはしない」

そのまま睨み合う。

と、急に手を離されて、俺は床に尻もちをついた。

「わらわは優しい、だから主様のわがままにも、少しの間なら待ってやろうぞ」

キンッ、と音を立てて鞘に刀を収める。

「忘れるでないぞ?主様の真の嫁は、わらわ、この雪であるということを」

笑う彼女は、何を考えているか全く分からない。

 

ただ一つ、俺を壁に吊り下げた時の彼女の目は、本気であったということ以外は。

 

「ふ、長旅で腹が空いたであろ?昼食にしようぞ」




今回のヒロイン登場!
情緒不安定ナルシスト(?)束縛系ヤンデレ!
…キャラぶっ込みすぎて、自分の技量じゃうまく描けないかもですが、どうぞ暖かい目で見守ってください!


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勇者の危機(その3)

ヤマトの国は描写がかなり楽で、さらにネタ仕込みがいらないので好き勝手できて楽しいですw。


「主様、わらわは少しお仕事をしてくるから、大人しく帰りを待っておるのじゃ!」

「…」

黙って俯いていると、目の前に足が思いっきり叩きつけられる。

畳がバキンッ!と、鳴ってはいけない音を鳴らした。

「返事を忘れてはおらんかの?」

「…わかった」

「うむ!すぐに帰ってくるからの!」

俺がいるのは、雪と二人で暮らす部屋だ。

 

脱出は幾度も試みた。だというのに、部屋を遮るふすまを開けても開けても同じ景色。

雪からいくら逃げても、雪の持つ「椿」というヤマトの国に伝わるらしき刀によってふすまは切り裂かれ、あっという間に追いつかれる。

そして翌朝には何事も無かったかのように、綺麗なふすまが並んでいる。

頭がおかしくなりそうだった。

彼女を怒らせると、俺は暴力を振るわれる。

それだけならば構わない。ニコラのときにどれだけ苦しんだことか。

彼女は、それに加えてある攻撃をしてくるのだ。

「わらわの目を見よ、声を聞くのじゃ、さすれば主様は段々とわらわの色に染まるのじゃからのう!」

彼女の言っていた言葉。

とても嘘とは思えなかった。

実際、彼女と目を合わせるたび胸が苦しくなる。

それは恋みたいな浮ついたものではない。俺の愛する魔王の姿が、心の中で悲鳴をあげるのだ。

「…」

ふすまを開ける。

今いる部屋と同じ景色。

さっき雪が出て行った時は、確かにこのふすまから廊下が見えたというのに。

「う…クソッ!こんな、こんな扉ッ!」

腹立ち紛れにふすまを蹴り飛ばす。

その先も、やはり同じ景色。

聞いたことがある。

 

「拙者の故郷に、キツネに化かされる、という言葉があるのでござるよ」

「キツネ?ふわふわした、あったかくて可愛いやつ?」

「うむ…ヤマトの国では、人を弄ぶ存在として忌み嫌われておるのだが…」

「え!?何それ!ヤマトの国はキツネの可愛さが分からないの!?ヘイジの錯覚じゃない?それ」

「化かされるって、どういうことだ?」

「うーむ…幻術のようなもので、主に言われるのは人を疲弊させる術でござるな」

「疲弊って言うと、魔物に襲われるとか?」

「いいや、もっと恐ろしい…森の中をぐるぐると同じ場所を延々歩かされたり、仲間の大怪我した姿を見せられたり…」

「キツネがそんな動物なわけないでしょ!」

「い、いや、言葉の話であって…」

 

「キツネ…?」

畳に座り込み、周囲を見渡す。

「久々だな…これをやるのも…」

魔王と暮らしていると、つい己の鍛錬を疎かにしてしまいがちだ。

しかし、魔王と過ごして、魔王に追いかけ回される内に、魔力の扱い方はうまくなった気がする。

「ふー…」

息を吐き、目を閉じ、神経の末端まで魔力を均等に行き渡らせる。

幻術というのは、実際にはない物をあるように感じさせるものだ。

俺がどれだけふすまを破っても、それは空振りのパンチに感覚を与えられただけなのだろう。

「…」

そこにないものを感じさせるには、精度のために術者はかける対象の近くにいることを要求される。

 

そこにいる術者。

つまり幻術の中に一つだけある本物は、魔力にムラがあるはずだ。

たとえ魔力を源に術を使っていなくても、魔力を使えばその反応から位置は割り出せる。

 

「…そこ、だっ!」

虚空を思い切り手刀で叩く。

何も感覚はない。

しかし。

「ぅ…ぁ…?」

どさり、と音が聞こえ、黒装束を纏った者が倒れていた。

ふすまを開ける。

そして、廊下に踏み出した。

 

「…じゃ」

「…しかし、…!」

雪の声が漏れる部屋の前を、そっと通る。

暗い廊下に、少しだけ開いたふすまから光の筋が漏れていた。

忍び足でその前を通る。

「…ッ!?」

俺は、見てしまった。

桜色の甲冑を纏った兵に囲まれて、そこに見慣れた人物が座っているのを。

声に耳を傾ける。

「ふむ…となれば、ゆぅりぃはわらわの婿にはならん、と言いたいのかの?」

「拙者は、旅の思い出話として勇者殿の話をしたまででござる、勇者殿は既に愛しい者のいる身、雪姫様に想いを寄せることは…」

「ふん、禁制であるとでも言いたいのか?わらわにとんだ口の聞き方をするようになったのう?貴様が城の門番だったころはもう少し節度を弁えた男であったと思うのじゃが」

「拙者は間違ったことは言ってはござらん、今や拙者が仕えるのは雪姫様ではなく、勇者殿でござる」

「ふむ…貴様はもうわらわの役には立たんのじゃな?」

椿が、その刀身を露わにする。

抜いたのを見ているだけで、俺は金縛りのように動けなくなった。

ヘイジは恐怖を隠そうと必死に睨んでいたが、それでも滲み出る感情はヘイジの体を強張らせていた。

「さ、選ぶがよいわ」

切っ先をヘイジの顔に向ける。

風も無いのに、灯が揺れた。

「ゆぅりぃをわらわのものとするのに協力するか、それともここで、命をわらわの手で消すか」

俺はふすまに手をかけた。

ヘイジが前者を選んでくれるように必死に願っている自分もいれば、この場を見捨てて逃げ出したい自分も確かにいた。

「拙者は…」

ヘイジはぐっしょりと汗をかいて目を床に落とした。

 

「拙者は、やはり勇者殿を裏切ることなど出来ぬ、ならばこの首、雪姫様に」

 

「ふ、貴様ならばそう言うであろうな」

答えを最後まで聞きもせず、赤く光る刀は振り下ろされた。

目を硬く閉じて、俯くヘイジに、俺は。

 

直後、鈍い音が響き、畳を血しぶきが汚した。

 

「…勇者殿?」

「主、様ッ!?」

腕が痺れて、ジワジワとした痛みが走る。

「…ヘイジを殺したら、俺は自ら命を絶つ、アンタのやり方は間違ってる、愛してるなら、もっとマトモな方法があるだろ?」

「く、医師を呼べ!はようせんか!さっさと来なければ首を落とすぞ!おい!」

「勇者殿!安静にするでござる、すぐに治療師が…」

「兵二!貴様は出て行け!主様が怪我をしたのも貴様のせいだぞ!」

「し、しかし姫様!」

「貴様の顔など見とうないわ!追放せい!」

「ッ!雪姫様!勇者殿はッ…!」

甲冑の兵士に腕を抱えられ、ヘイジが追い出された。

半狂乱になって医師を呼ぶ雪に憎まれ口を叩いてみせる。

「雪…俺を殺したいなら、一思いにやってみろよ」

「何を言っておるのだ、主様は私のものじゃ!私の命なくして命を落とすなどさせんわ!」

「俺はエメのもの…いや、俺自身がエメといることを望んだ、アンタに屈したりしない!」

「ぐッむ…!」

反射的に柄に手を置いたようだが、それでも止まらない俺の血を見て手を離した。

「…ふふ、ならばそれも良かろ、「儀式」を早めるだけの話じゃ」

「儀式?」

「気にすることはない、それと主様は、今のままでは少し危険じゃ、心配せずともわらわが治るまで付き添ってやろうぞ、感謝するがよいわ!」

医師の手当てを受ける感覚を覚えつつ、その笑い顔を見ている内に俺の意識は落ちた。

「さ、わらわの部屋に運べ、傷など付けたら、わらわの刀の錆にしてくれる、術を破られた者は…そうじゃの、3日ほど川晒しにしておけ!」




独裁者系ヤンデレ…イイ!
まだ少し話がつかめないかもですが、これから明らかになるのでお楽しみに!


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勇者の危機(その4)

今回は雪とのいちゃらぶ回でござんす。


「のう主様、そろそろわらわと結婚したくなってきたかのう?」

夜、食事を済ませた後の布団の上。

俺の膝に雪が頭を乗せて、上機嫌に話していた。

「何度も言ってる、俺は雪と結婚するつもりはこれっぽっちもないんだよ」

斬りつけられないように、努めて優しい口調で言う。

「…のう、わらわに魅力は無いのかの?」

「いや、魅力があっても、俺には…妻がいるんだよ」

「主様はわらわのことをもっとよく知るべきじゃ、でなくては結ばれるものも結ばれぬ!」

「…」

「ふふ、聞く必要はない、わらわが寝るまで相槌を打って、そのあとまた求婚すればよい」

笑う彼女の顔は、幼い少女の笑みだった。

その笑顔には何の穢れもないように見えた。

少なくとも、剣が腰から少しだけ浮いたその一瞬には。

 

「わらわの兄者はな、「鬼」と呼ばれるほどに強い男であったのじゃ」

「…ヘイジが言っていたよ、この国を実質たった一人で征服した男がいるって」

「兄者はこの椿を片手にな、戦場を咲き乱れる椿のごとく、真っ赤に染めたそうじゃ」

椿の柄に手をかけてまた笑った。

「兄者は人を斬り、従え、国を統一した、しかしわらわには兄者が本当に鬼になるのではないか、と思えたのじゃ」

「鬼?」

「うむ、悪い意味での鬼…兄者は椿を振るえば振るうごとにその心が荒んでいくように見えた、国を統一するまでは、兄者はいつも戦場から帰ってきて、どれだけ疲れていようが剣を置いてわらわと遊んでくれていた」

「戦争で荒んでしまったわけじゃないのか?」

「それもあるやもしれぬ、けれど…わらわにはもっと恐ろしい者による力としか思えぬのだ」

ころ、と寝返りをうって言った。

「兄者の心は確かに歪んだ、仲間も意思にそぐわないと判断したなら簡単に切り捨てるようになってしもうた、愛や絆や義理を捨てて、渦巻く独占欲をむき出しにしているように思えてならなかった」

顔を背けているが、背中が震えていた。

その背に手を当てて撫でる。

「…それで?お兄さんは?」

「兄者は亡くなった、椿を自らに刺して自室で独り、苦悶の表情を浮かべておった」

鼻をすする音が聞こえた。

頭を撫でてやる。

「お兄さんのことが好きだったんだな」

「大好きだった…けれど兄者はもう…そしてわらわも…」

「…」

「わらわもまた、独占欲が、残酷さが現れておるのじゃ、なあ主様よ、わらわを嫌うか?かような独裁を繰り返すわらわを、嫌いになるのか?」

俺の腰を掴み、顔が引き寄せられる。

突然のことに抵抗するヒマもなかった。

柔らかな唇の感触。

「…雪」

「けれど、わらわはこれだけは言える」

服を強く掴み、目に涙を溜めてこちらを見ている。

「主様を欲するのは、土地や財産などではない、独占欲によるものなどでもない!ただ、ただわらわは…!」

がたん、と椿が畳に落ち、雪は俺にしがみついた。

「わらわは主様が好きなだけじゃ!ヘイジに聞き、忍を主様の元に遣って観察させ、そして決めたこと!これは愛じゃ、主様がわらわと共になるのなら、わらわは独裁もやめる、城も何もいらん!」

「雪、落ち着け、そんなに話したら眠くもなくなるぞ」

「…ッ!その煮え切らない態度がッ!」

起き上がり、俺を布団に押し倒す。

「わらわの我慢に、細い針を突き立てるように、それでいて甘い香りのように誘惑しておるのだ!」

おもむろに着物をはだける。

怒りか恥ずかしさか、その上気した顔が近づいてくる。

「待て!俺は雪とは…!」

引き剥がすべく暴れた。

足に冷たい椿が触れた。

その時。

「「!?」」

赤と白の火花が椿から生まれて布団に飛び散った。

「な、なんじゃ?何が起きた?」

「…」

椿を下ろし、少し離れる。

焦げた布団からは俺の僅かな魔力と、魔力とは違う何かの力を感じた。

胸がざわついた。

何かは分からない感覚が体を巡ったのだ。

「…すまぬ、迫っても困惑させるだけであった、主様を経験豊富なわらわがリードせねばならぬ、と焦ってしもうての」

目を逸らして言い、布団に隠れた。

「絶対経験豊富じゃn」

「斬るぞ」

 

魔王城

「ウルスラ、装備は?」

「整っています、人間ならばこれで十二分でしょう」

「人間ならば…ですか」

「…?何か気にかかることが?」

「いえ…何でも…」

「…お姉ちゃん、ホントに魔王軍とかと一緒じゃなくて、私たちだけで行くわけ?」

「当たり前です、魔王軍みたいな荒っぽい連中がユーリに触れるのなんて、考えただけでもゾッとします」

「霊の私がなんで四人の特攻部隊に入れられるのよ…そんな余力があると思うの?」

「お母さんは霊力を余らせすぎです、そんなに性欲と霊力があるなら色仕掛けでもしに行けばどうですか」

「あら、人をそんな風に言うなんて、お母さんそんな娘に育てた覚えはないわよ」

「…お母さんは確かに働いてほしい、お兄ちゃんもいっつも干からびるくらいヤられてるじゃん」

「ええ、あのヒトかユーリィ君にしか手を出さない分溜まって溜まって仕方ないのよ」

「こほん、皆さん、今回の作戦は奇襲で城を混乱させた後にエメラル様が総大将を倒すのが流れです、分かりましたね?」

「はいはい」

「各々の任務を果たす上で、絶対に勝手に動かないことです、いいですね?」

「…ウルスラ、私たち魔王家にルール求めてどうするの?」

「ええ、型破りが当たり前よ、人間みたいに律儀な作戦なんてやっていられないわ」

「…はぁ、出発しましょうか」

 

その日、魔界最強にして最小の軍が進軍を始めた。




次回は「儀式」です。
今回ニコラたんを使わない説明も次回かその次あたりになると思われます。


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勇者の危機(その5)

いよいよクライマックス!


 

 

久しく話していないニコラの夢を見た。

 

「…ニコラ、夢の中で会うのも久しぶりだな」

憔悴しきった顔のニコラは俺に言った。

「時間がないわ、これだけ伝えに来た」

「え?」

「心配しなくても、あなたがしくじらなければまた会えるわ」

「俺?なんなんだ、俺は何をすればいいんだよ」

ニコラの体がぼろぼろと崩れていく。声も薄く、か弱くなっているのを感じた。

「とに…く…椿…気を…け…」

「ニコラ?おい、ニコラ!?」

夢だと分かっていても、そう叫ばずにはいられなかった。

 

ヤマト城天守

「…あ?」

目を覚まし、辺りを見渡す。

そこは畳の敷かれた和室ではなかった。

「起きたかの?主様」

「ここは?何なんだ?」

立ち上がろうとする。

が、足を縛られていて、とても動くことなどできそうにない。

「主様、わらわと契りを交わす時がきたのじゃ、誰にも邪魔をさせんよう、天守で行う儀式を…」

見れば俺は全裸、肌に呪印のような文様が刻まれており、その内の一節がかすれていた。

「…なんだ?これ」

「それは会った当初に付けた呪印じゃのう、主様の中の者がおったから、封じさせてもらった」

「ニコラのこと…バレてたのか…?」

「ふ、何にせよわらわには感じた、主様の中の者はとても主様を慕っておるのを」

言うと雪は椿を抜いた。

「この椿に血を捧げるのじゃ、ほんの数滴でよい、さすれば主様は正式にわらわの婿…我が一族の一員となる」

「待てっ!まだ俺は雪の婿になるつもりはないぞ!」

「わらわは鬼ではない、まだ待ってやろう、今日は胸騒ぎもするしのう…何かあるのかもしれぬ」

そう言って呪印に手を加えていく雪。

鞘から少しだけ顔を覗かせた真紅の椿は、こちらを吟味するように見つめているように感じた。

「さて、儀式の時までに気持ちの整理がつけばよいがの、付かなくても血を捧げれば主様はわらわのものじゃ」

「…」

 

魔王城

「かッぁ…!?」

うめき声を漏らして、黒服に身を包んだ男が倒れる。

「マリン、もう少し手加減ができないの?」

「…ふん、どうせ殺すんだから、内臓を丸ごと吹き飛ばしても同じことでしょ、スパイのくせに弱すぎるし」

「はぁ、お母さん悲しい…」

「服が血で汚れるのですが…」

死体の服を漁る女と、その横で家族の会話に興じる三人。

しかしその黒服の男は血で染まっており、未だガクガクと震える死体であった。

「ありました、感覚からして、この書物を使って転移した模様です」

漁っていた女の手から丸められた紙を受け取る。

「ふうん…随分と古い紙ね」

その巻物を手に取った女が地面にそれを置く。

「さて…ウルスラ、マリン、エメラル、準備はいいかしら?」

「ふ、聞くまでもありませんね」

「…うん」

「私はメイドとして協力する、ただそれだけです」

魔王とその仲間たちの、最恐のパーティが人間界に現れた。

 

ヤマト城天守

「さぁて…椿に血を捧げましょう」

いよいよ逃げられない。

狂ったような笑みの雪はだんだんと俺に椿を近づける。

「…頼むから…やめてくれ!」

椿の紅い刀身は、無慈悲に俺の肌に触れる。

はずだった。

「…え?」

「!?」

バヂッ!と音立てて、椿は雪の手から吹き飛んだ。

畳の上に転がる。

「…主様、主様の力は封じたはずじゃ!なぜ椿を弾くほどの力を出すことができる!」

「俺にも、分からないんだ!魔術的なことはないもしていない!」

わけがわからない。

そしてさらに。

「ゆ、雪姫様!」

廊下から部下と思しき男の声。

「な、何じゃ!儀式の邪魔をすれば斬ると言っておいたろう!」

「奇襲です!戦闘指揮を…!」

「ええい、そちらで何とかできんのか!?ヤマトの国の小国なぞ一隊で蹴散らせるはずじゃろ!」

「ヤマトの国ではありません!」

着物を脱ぎ去り、身軽になった下着姿でふすまを開ける。

すでに具足は揃っていた。

「どこの水軍じゃ、申せ」

「敵は…ゆぅりぃ様を求めております、賊は判明している限り4人、戦闘能力は非常に高く、民間人の救護までも手が回るか…」

雪は鎧をつけて椿を抜いた。

「この天守だけは守るのじゃ!儀式が終わるまでは何としても!」

「はっ!」

くるりと振り返った彼女の顔は、正に鬼の笑みを呈していた。

「さ、抵抗など打ち砕いてみせよう、主様の力がどこまで持つか見ものじゃのう」

 

ヤマト城付近12km地点

「…お姉ちゃん、殺したらダメなの?」

「ダメです、気絶か重症にとどめなさい」

「甘い子になったわねぇ…昔は歯向かう人をみんな埋めてたような娘だったのに…」

「もうすぐ着きますね、手応えのない相手で助かりました」

片手で投げ飛ばされた兵士は地面に強く頭を打ち付け、そのまま昏睡した。

「にしても独特で綺麗な花、お城、服装ねぇ、観光で来てみたかったわ」

「あの城の構造からして最上階にユーリがいますね、さっさと行きましょう」

「…お姉ちゃん、あれ」

マリンの指差した先には、城壁の穴から覗く鉄砲の先端。

「あら?あの武器は何かしら?」

数十にも及ぶ銃口が火を吹く。

ルビルは倒れ伏した。

「…え?お母さん?」

「る、ルビル様!?」

「しっかりして下さい!」

次の瞬間、武器庫とみられる蔵が爆発した。

むくりと起き上がる。

「私は死んだんだから、祟りで攻撃してみました♡」

「「「…」」」

「え?何そのピリピリした感じ、え、ちょ、そんな物騒な物お母さんに向けて痛い!痛い!」

一人を剣でつついて盾にしながら、城の中に侵入する三人の敵。

 

それを見て歯噛みする女が一人。

「はよう血を捧げねばならんというのに…ッ!」

「諦めろ、その刀は俺には刺さらない」

「くッ!我が一族となれ!」

白い火花を散らして剣を弾く体。

無理やり斬りつけさせられる刀。

「なぜじゃ、なぜわらわの物にならん!」

「敵が来ております!逃げましょう!」

「黙れ!貴様一人で逃げるがよい!それ以上喚くなら、この場で切り捨てる!」

 

その後の結果を嘲笑うように、赤く細い、月が笑っていた。




魔王と雪姫の激突…ムフフ。
次回で〆ます。
リクエストしてくれても…エエンヤデ。


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勇者の危機(その6)

雪編はここで終了。
次は何書こうかなぁ…リクエストないかなぁ…。


魔王は強い。

そんなこと、魔界でも人間界でも当たり前だ。

どちらの世界にも、魔王に敵う力を持つ者は勇者を除いて、いない。

 

そう思っていた。

 

 

「くッ…主様、わらわを、椿をなぜ拒否する?」

雪が椿を突き立てようとすること50回ほど。

まだ椿は俺の肌に傷一つ付けられない。

ドッ!と城が揺れる。

「ええい!なぜ守らん!このままでは城が崩落するぞ!」

ふすまの向こうに怒鳴る。

すると、ふすまが荒々しく開き、血を流した男が壁にもたれかかっていた。

「申し訳ござ…いません…敵の侵入…が…」

「…ふん、役立たずが」

 

雪はそれを、椿で両断した。

 

「…」

俺がその光景に絶句していると、雪がこちらを無表情で睨んだ。

「主様はそこにおればよい、わらわが直接出向く」

「雪、部下をなぜ殺した!?殺す必要はないだろ!」

「主様とわらわの空間に、このような小汚い血と敵の侵入を許した、それだけで万死に値するのじゃ!」

俺の中の何かが切れた。

「ふざけるな!横暴もいい加減にしろ!」

「主様には関係ないわ!わらわは今から胸糞の悪い女を殺しに行く、主様とのお話はまた後じゃ」

そう言って振り向きかけた。

 

その瞬間。

 

「いいえ?また後、なんて機会は存在しません、貴女は今日ここで死ぬんですから」

 

ボッ!と音立てて、雪の横っ面を魔王が殴り抜いた。

 

一発殴られただけとは思えないスピードで吹き飛ばされ、天守の柵をミシミシと折ってようやく雪は止まった。

「エメ!」

「ユーリ、待たせてしまいましたね」

俺に駆け寄る魔王。

しかし。

 

「わらわの物に触れるな…それはわらわの所有物であるぞ…」

 

刀が俺と魔王を分かち、畳を切り裂いた。

「ふん、まるでバケモノですね、封じるだけの能無しのくせに…」

見れば魔王の背には、大量の札が張り付いていた。

「エメ、それは…!?」

「恐らく、私の魔力はこの札に封じられています、侵入した時に即座に張り付いたところを見るに、この屋敷に入った者はみな力を奪われるのでしょう」

俺がニコラを呼び出して逃げられなかったのも、それならば納得がいく。

「くくく…それ以上は…」

床に刀一本で亀裂を入れた雪がにじり寄る。

「…妖刀に憑かれた寝取り女、ですか、厄介この上ないですね」

「妖刀?」

「え?知らないんですか?あの赤い呪力は人に欲を生じさせる効果があるんですよ」

見れば雪の体はオーラのようなもので真っ赤になっていた。

「ふう…かかってきなさい?どちらが上か見せてあげますから」

魔王が剣を抜いた。

 

初めて魔王の間に来た時のような、重くて冷たい感覚が走った。

 

「…!」

睨み合う二人。

魔王は魔力が封じられているとはいえ、普通の人間相手になら力技でねじ伏せられる。

 

妖刀相手なら?

 

魔王が目にも留まらぬ速さで踏み込んだ。

剣がぶつかる重い音が響き渡る。

ガッ!ゴン!という、とても剣技による音とは思えない大きな音が連続して聞こえる。

その度に、畳は裂けて城が揺れる。

「ッ!?こいつッ!」

魔王が小さな悲鳴を上げる。

血が飛んだ。

二人が動きを止める。

「わらわから物を奪おうなどと不届きな…」

魔王が肩を押さえて間合いをとる。

ぐっしょりとかいた汗は、悪い色の顔を伝っている。

「…エメ?」

「ユーリの心配することではありません、私が片付けます」

魔王が震える剣先を向ける。

あれだけハードな動きをしてまだ立っていられる方がおかしいのだが、魔王には余裕があるようには見えなかった。

魔力で身体能力をあげる魔王に、魔力の禁止は致命的なハンデになっている。

「さて…とどめといくかのう」

言うなり雪は剣を地面と水平に構えて突進した。

「…!」

魔王はチャンスと言わんばかりに腹に向けて剣を突き出す。

その剣は雪の腹を貫いた。

しかし。

「う…ぅッ」

腹を刺してもビクともしない雪は、柵のない、そのまま落ちてしまいそうな天守に魔王を押し付けた。

「く…ここで落ちるわけには…!」

魔王は柵のあった出っ張りに掴まって、必死に耐える。

「エメ!」

「落ちろ…死ね!死ねェ!」

雪が魔王の手を踏みつける。

「ッ!汚い足を載せるな!」

「ふん、土足で上がり込んだ者がよくもまあ言うわ!」

魔王は苦痛に歪んだ顔で、何かを雪に投げつけた。

「何だ…これ…?」

雪は床に落ちたそれを、恐る恐る見る。

 

ビィーー!!

 

丸い筒に入った油紙が振動し、大きな笛の音を出す。

「こんな物で怯むか!」

「ウルスラ!今です!」

ガッ!と雪の胸に青い光弾が当たった。

そこに瞬間移動してきたかのような、強烈なスピードのものだった。

「くッ!こやつ…!」

「ふッ!」

魔王が飛び蹴りをかます。

雪はよろける。

が、しかし。

「…わらわの、最後の意地を見せてやるわ!」

椿を床に刺し込む。

すると魔法陣のような物が床いっぱいに展開された。

「…これは、何だ!?」

「ユーリ!脱出しましょう!」

「え!?」

「城が崩落します!」

「わらわの者は逃がしはせんぞ…!必ずや…!」

城が大きく震える。

魔王にロープを切断してもらい、その手を引かれて俺は天守の前に立った。

魔王に魔力記号の並んだ札を握らされる。

「飛行魔法の準備をします、ユーリは札に魔力を通してください!」

 

目を閉じて早口で何かを詠唱している魔王。

 

その後ろでは負けじと魔法陣を作動させている雪。

 

俺は札に魔力を入れるのをやめて、雪の方へ走った。

「ごめん、魔王、まだやらなきゃいけないことがある!」

「ユーリ!?」

走った。

狙うは椿。

俺は椿に触れるたびに、力が抜けていくような感覚に陥っていた。

 

俺の力は椿に反発されている。

 

力が力を拒否するということは、相反するということ。

 

ならば。

 

俺は椿を抱きしめた。

バチバチと白い火花が体中から散り、椿が腕の中で暴れ出した。

「ユーリ!?やめてください!それではユーリの力を消耗してしまいます!」

「エメ!雪を連れて脱出してくれ!」

詠唱していた雪は、椿の力を失ったからか、その場で倒れ伏していた。

「もう崩落は止まらない!俺は自力で逃げるから、さっさとしろ!」

「ユーリ!わがままもいい加減に!」

俺は雪を魔王の方へ突き飛ばした。

「必ず帰るから!俺を信じろ!」

「…ユーリの信じろ、はアテになりませんけどね…」

「いいから!帰ったら好きなだけ相手してやる!」

 

「約束です、必ず帰ってくること!」

 

「分かった!」

 

そう言って、魔王と雪は消えた。

 

その日、ある城が崩壊した。




駆け足の追い込みになってしまった…。
やはりアイディアの乏しい自分ではリクエストほどの膨らみにはなりませんね…w。
すみません、これからもっともっと精進します!


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勇者の危機(その後)

雪編最終回!
とか言いつつも、また出てくると思われます。


「…私は怒ってなどいません、本当に」

「…」

「あなたのような汚らわしいモノに、ユーリが触れられる」

雪の目の前をすたすたと歩き、胸ぐらを掴む。

「そんなことに戦慄が走っているのです、よッ!」

雪が壁に叩きつけられる。

叩きつけられ、力なく体を壁に預けたまま、言い放った。

「妖刀に駆られて、あなたの夫に無礼を働いたのは、確かに非道なことです」

決して目から敵意の光は消えていなかった。

「しかし、今の私もやはり主様が好きです、こればかりはどれだけ殴られても」

乾いた音が響く。

「…殺す」

「お好きに、けれど貴女は私を殺せない」

魔王は禍々しい印の刻まれた鉈を振り上げる。

「彼の中に私は残る、それが妖刀によって歪められた私だとしても、きっと彼は…」

その時。

 

「エメ!どこだ!?」

声が響いた。

「…っ!」

今魔王たちのいる魔王城地下牢、そこにある処刑部屋はあまりに異質な雰囲気だ。

おまけに公開処刑のために、声は筒抜け。

「エメ、もしかして処刑部屋にいるのか!?」

「来てはいけません!ユーリは大人しくケガを治していてください!」

「…」

ドアノブがガチャガチャと動く。

「鍵を開けろ!」

「ダメです、開けません」

「開けないと…」

「何をされても、開けません!」

「嫌いになるぞ」

「今すぐ開けます!」

 

2時間後

「エメ、理解してくれたか?」

「…違いますよ」

「あのな、あれは妖刀のせいであんな風になってただけで、別に雪が悪いわけじゃないんだ」

「違います!この女はさっき言いました!今でもユーリのことを好きだと!そうでしょう!?」

肩を強く掴まれた雪は、俯いてぼそぼそと言った。

 

「…いいえ、私は主様のことを、もう全く好いてはいない」

 

「この女ッ!」

魔王が手を振り上げる。

が、勇者に取り押さえられる。

「もういいだろ!これ以上雪を拘束していたら、ヤマトの国から顰蹙を買うぞ!」

しばらくの沈黙の後。

「…分かりました、消えなさい、二度と姿を見せないで」

雪はよろよろと立ち上がり、夢でも見ているような足取りで魔王城から出て行った。

 

 

「…」

ふらふらと歩く雪を、俺は窓から眺めていた。

地下牢に何日も飲まず食わず。

あんな状態では倒れてしまう。

と、考えている側から地面に倒れ伏した。

「…はぁ」

俺は外に駆け出す。

後で魔王にどれだけヤられるのかなぁ…。

 

 

「…チッ」

倒れた女とそれを追うユーリを、私は城の裏庭から見ていた。

ユーリはきっと、助けるのが遅れていてもあの女の元には行かなかっただろう。

しかし。

「ユーリが手元にいないのなら、心は繋がっていても私は寂しくて死んでしまいそうです…」

ベンチの上で思いっきり伸びをする。

「…お姉ちゃんも、中々に詩人だね」

「ぶっ!?マリン!」

ニタニタしてこちらを見るマリン。

「…お兄ちゃんは、フェロモンみたいなの出してるからね」

「メスの寄ってくるフェロモンなんて、ユーリには必要ないでしょうに」

「…おまけに優しすぎる、だから損をする」

「ユーリはいくらそうして自分で損をしても、それでもズタズタの状態で笑うんです」

言っている内に、涙がこぼれた。

「…お姉ちゃん」

「私は、いくら強くなってもやはりユーリを守りきれません」

「…」

「それでも、それでもユーリを…」

 

 

「…主様、すまぬ」

急いで雪を助け起す。

「平気か?ほら、このカバンに、水とご飯とちょっとだけだけど、路銀があるから」

カバンを押し付ける。

しかし、雪は受け取らない。

「雪?」

「どうしてこう、主様は酷い人なのかのう…」

「え!?す、すまん、魔界の米嫌いか?」

急いでカバンを持つ。が、その時。

「主様、これで最後じゃ」

「え?」

抱きしめられて、唇に柔らかい感触が当たる。

「…!」

「これだけ、言わせてほしい」

ぽたぽたと涙を零して雪は言った。

「わらわは主様を好いておる、身請けではない、これは正式なプロポーズとしての言葉じゃ」

そして、涙の伝う口が開く。

「わらわと、共に」

俺は、なぜか感じた。

 

「これ」を言って、尚且つ断られたら彼女は一体?

 

「雪!」

言葉を遮って、まっすぐに目を見つめる。

「…?」

「ヤマトの国はいい所だった、そこを治める雪を、俺は尊敬している」

「主様からの尊敬ではない、わらわは愛が」

抱きしめて耳元で囁く。

 

「だから、俺がエメとケンカして、顔も見たくなくなったら雪の元に行く、約束だ」

 

すると、雪の目に光が戻った。

「うぅ…ずるいのう…そんなこと言われては、引っ込みようがないではないか」

「な?その時には何でもしてやる、だから今日のところは…」

「主様に、な、なんでも…!?」

食いつく場所は不思議だが、とりあえず落着しただろう。

「分かった、わらわは主様があの女とケンカするまでは、決して死にはしない!」

「あ、ああ…」

 

 

「誠にすみませんでした」

「…」

ここは地下牢…ではないが、それくらいに重い空気の漂う魔王の部屋だ。

「あれは事故だ!俺からキスしたんじゃない!」

「ふむふむ、ならあの女は殺してよいのですね?」

「ごめんなさい俺が無防備でした」

「…はぁ」

魔王が呆れたような、それでいて優しい目でこちらを見る。

「仕方がありません、今日は6回で済ませてあげます」

「本当か!?」

「ええ、骨折以上のケガを負わなかっただけでも、それだけでも無鉄砲なユーリには進歩でしょう」

「ごめんなさい」

 

 

寝室で、俺は震えていた。

確かに今日魔王とは6回で済むのだ。

しかし。

「…お兄ちゃん、さっさとお尻上げて?まだ9発だよ?」

自分の興奮の顕れを俺に押し付けるマリンちゃん。

「マリンってば、さすがは私の娘ね♡」

俺の汗を舐めて笑うルビルさん。

「ぐぬぬ…ユーリ、もう一回ダメですか?」

べたべた貼り付いてくる魔王。

「か、勘弁してくれ、もう穴という穴が…」

「…喋れるなら、まだイケるね」

「ええ」

「ですね」

 

次の日、股間の痛みと恐ろしい下痢で寝込みました。




4Pエンド…イイネ!
雪は陰が薄いですが、これから関わってくる…はず…たぶん…。
次はヤンデレ吸血鬼こと、ミラが出てきます。
乞うご期待( ^ω^)。


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スライム編
勇者の公務(その1)


吸血鬼編です。オフィスラブヤンデレが書きたかっただけだったり…。

あ、あと新キャラも出てくるかも?


「…ん?」

「ユーリぃ、もうこんな時間ですし、ヤr…寝ましょうよ」

ウルスラがハザラの街に行ったついでに、人間側の情勢を伝える雑誌があったと言って買ってきてくれた。

しなだれかかってくる魔王を押しのけながら平凡な情報の書かれたページをパラパラめくる。

 

その中の一葉に、あることが書いてあった。

 

「ヴァール国王子自ら職業体験!?幼き王の献身的政治に賛否両論!」

 

「エメ、これ見てくれ」

「え?なんですか?」

そのページをざっと見て、魔王はわなわな震え始めた。

「ユーリ、まさか」

「俺も職業体験をしたら、少しは魔界の政治もわk」

「いけませんッッ!!」

魔王城が揺れるほどのボリュームで魔王が叫ぶ。

ズバンッ!とウルスラの部屋から壁を叩く音が聞こえた。

「え、エメ」

「ただでさえ惚れられやすいユーリが外で働く!?そんなの許しません!欲しいものがあるなら何でもあげますから、そばにいてくださいよ!」

「エメ、俺はこのまま魔王の婿に甘んじていたら、己の存在する意味を失ってしまう、仕事がないと」

「じゃあ今から仕事です、私を癒しなさい」

ベッドに押し倒される。

が、この展開は分かっている。このまま足をかけて逃げ出せばこちらのものだ。

「あのなエメ」

プシュッ、と謎のスプレーをかけられる。

次の瞬間、猛烈な股間の暑さに襲われた。

「うッ…ぁ!?」

「レッツ、キメセクです♡」

 

「はッ!」

意識を取り戻した時、俺は魔王と合体して一心不乱に腰を振っていた。

「ユーリぃ…もうお腹たぷたぷですぅ…」

びちゃっ、べちゃっ、と水音が鳴り、腰が当たるたびに水っぽい感触の白い液体が接合部からこぼれる。

「うあああああああ!」

一気に抜いて逃げ出す。

部屋を出た矢先、そこには。

「ユーリ…ィ…様……」

「ウルスラ、誤解だ、話を聞けばわかるから落ち着いt」

「このような言葉、不謹慎ですが」

目が冷ややかになり、笑顔で言った。

「お掃除するまで、結界張っておきますね」

 

 

「「「…」」」

朝食を黙々と食べる三人。

マリンちゃんがニヤニヤしてこちらを見ている。

「…お兄ちゃん、昨晩はお楽しみでしたね」

「なんで知ってるんだよ!」

「あら?図星だったのね、混ぜてもらえばよかったわ♪」

魔王が色々と言いたいことがあるようで、わなわな震えている。

「エメ?」

「ユーリ、分かりました、外で働いてみてもいいでしょう」

「やった!」

「ただし、条件があります」

 

魔王から出された条件は二つ。

 

・仕事を紹介する者は、信用に足る人物であること

・公務として、きっちり魔王族のプラスイメージをアピールすること

 

「…案外普通だな」

「くれぐれも男娼とか、奴隷とかはいけませんよ」

「…」

魔王の目は厳しいが、かすかにニヤけているあたり男娼になった俺でも想像しているのだろう。

「あのな、そんなことしないし、キチンと紹介するやつも選ぶから」

魔王がジト目でこちらを見る。

「ま、いいでしょう、紹介人を探しに行きましょうか」

見るとウルスラが外出の準備を整えている。

「え?」

「ハザラの街に行きましょうか、あそこなら仕事もたくさんありますし」

「エメも来るのか?」

「行ってはまずいんですか?」

「…」

 

 

結局断れなかった。

魔王がいては、とてもスムーズに仕事探しができるとは思えない。

「…俗な仕事ばかりですね」

案の定死んだような目で街の店や人々を眺めている。

「エメ、あれなんかどうだ?」

果物屋を見つけたので、提案してみる。

「店主が女性、ダメです」

「…」

そこから俺の提案はことごとく蹴られた。

 

魚屋

「海に落ちたら危険です」

 

行商

「サキュバスの地方を回って、疲れたユーリをふらりと連れ込み宿に入れて、犯されでもしたらどうするんですか!?」

 

坑夫

「コボルトのメスはオスを手篭めにします、坑道の事故よりもメスに襲われる腹上死の方が確率が高いんですよ?」

 

宿屋

「個室で襲われたら抵抗できません、ダメです、あ、でも見学はして行きましょうか」

 

男娼館

「そんな下品なッ!……今日のおかずにします」

 

レストラン

「お皿を割って、体で弁償になったらどうするんですか?」

 

 

「ああもう…」

地べたに座って頭を抱える。

ありもしない妄想を吐いては襲ってきたり、その職業をバカにしたりと、呆れるほどに拒否してくる。

「ふふん、絶対にダメです、こんな仕事に就くなんて」

ため息をついて帰ろうとした、その時。

 

「ユーリィ殿?」

 

野太い、懐かしい声。

「ヘイジ!」

笑って歩み寄ると、ヘイジは急に土下座した。

 

「雪姫様にユーリィ殿のことを話してしまって、本当に申し訳ない!」

 

「…え?あ、あれはもう済んだことだから!」

「ふん、あんなのもう顔も見たくありません」

「何か拙者にできることはないでござるか?何でもやるでござる!」

足にすがりつくヘイジ。

人がわらわら集まってきてしまった。

「ユーリ、早く蹴飛ばすなり見捨てるなりしないと、このままでは魔王族にマイナスイメージが…」

「と、とにかく家に帰って話そう、な?」

 

 

頭を下げ続けるヘイジをなんとか魔王城に連れてくる。

「落ち着いたか?」

「…すまぬ」

紅茶をすするヘイジ。

ふとその鎧に、傷が入っているのを見つけた。

「その傷は?」

椿の花の文様をつぶすように付けてある傷。

「ああ、雪姫様に付けられたのでござる」

「雪に?」

「ユーリィ殿の情報を仕入れるまで帰ってくるな、と、それが拙者の今の仕事でござる」

少し落ち込んだ風に言った。

「仕事…あ、そう、それだ」

「?」

「ヘイジ、仕事を紹介してくれないか?」

 

ヘイジは思ったよりも魔界にパイプがあった。

そして、俺は特大の爆弾を探し当ててしまったのだ。

 

 

魔界出版社

「奴隷さんが私の会社に来るの!?ふふ、急いでおもてなしの準備ですわ!」

「い、いえ社長、奴隷とかじゃなくて勇者様ですよ!」

「そうでしたわね、さ、お仕事しましょう♡」




新キャラは次回になります。
キャラ出しすぎて、皆さんがパンクしないか心配…。


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勇者の公務(その2)

魔界出版に勤めはじめたユーリ!
新キャラ登場です。


「失礼します、新しくこの会社に勤めることになった、ユーリィ・グレイです!」

オフィスに声が響き渡る。

いや、ここはオフィスと言えるのだろうか。

 

「奴隷さ…こほん、ユーリィ様、よくぞいらっしゃいました」

 

「お、お願いしますぅ…」

まだ日は高いというのに、その広い部屋には二人しか人がいなかったからだ。

 

 

「…社長、なんでこんなに人が少ないんですか?ヘイジから聞いた話ではもっと人がいたと思うんですが」

社長こと、ミラ=ワイルが言った。

「ふふ、なぜかみんな人間界や魔界の別支店に転勤になってしまいましたわ♪」

「…」

ゲンナリしてもう一人に目を向ける。

青く透き通った体に、端正な目鼻立ちが特徴的なスライムだ。

「あの、名前は?」

「わ、私はクララです、よ、よろしくお願いします」

とても緊張した様子でぼそぼそと喋るクララ。

すると、ミラが。

「スライムは奴隷魔族、この会社で働いている彼女は元貴族でしたが、あまり出しゃばり過ぎるために征服されたのですわ」

「…」

クララは黙っていた。が、たしかにその目はミラに敵意を持ったものだった。

「く、クララ」

「さ、仕事に戻りましょう、今日は仕事の後、新人歓迎会でパーっとやりますわよ!」

「はいはい…」

 

 

仕事は思いのほか単純だった。

金属製のキーボードを指示されたとおりに押し、印刷された紙をまとめてクララに渡す。

ミラの時折のセクハラ(隣に腰掛けてきて耳や頰を舐めたり、あちこち触ってくる)さえ気にしなければ、普通の会社だった。

 

一つ、クララの仕事の多さに比べれば。

 

彼女は口も聞かず、紙に判子を押し、打ち込み、書き込み、明らかにミラや俺の数倍働いていた。

奴隷制度は人間界にもあった。が、それはずっと前に廃止された。

クララは本当に奴隷として扱われているのだ。

その事実は、ミラが当たり前のように仕事や雑用を押し付ける態度からして明白だった。

 

 

呑み屋「ナンブ」

「新しい奴隷さんの入社を祝して!乾杯!」

「…ミラ、いきなり飲み過ぎだぞ」

「…」

疲れた顔のクララ。

彼女は形だけお酒に手をつけてはいるが、暗い顔で俺とミラをじっと見ている。

「奴隷さぁん…今日泊まっていきませんこと?」

「酔ってるのか?またエメに処刑されるぞ」

「うふふ…そんなこと気にしませんわ、あなたが妻帯者でもお構いなしに手に入れてみせます!んっ!ふぅ…んッちゅッ…♡」

急に叫ぶなり口づけをしてくる。

酒臭さと魔王とはまた違う唇の甘みが口に広がる。

「んぐッ!んふッ!はぁっ!」

何とかして押しのけるが、押し倒す勢いでしなだれかかってくるので逃げ出す。

「ちょっとトイレ行ってきます!」

「あ、逃がしませんわよ…」

「…」

何とかトイレに逃げ込む。

個室で座っていると、指輪が光った。

魔力を通すと魔王の声。

「ユーリ?聴こえていますか?」

「ああ、どうした?エメ」

「んッ♡え、えへへ、ユーリと一緒に話したくて…♡あっ…い、イきそ…」

水音が聞こえる。

そして熱い吐息が指輪から出てきそうだ。

「エメ、今何やってるんだ?」

「え?オナn…ちょっと運動を…」

「エメ、お前な、そんなことやってたらウルスラに怒られるぞ」

「仕事はきちんとやりましたし、ウルスラは今頃食器を洗っていると思いま」

「エメラル様、食後のデザー…ト…」

ウルスラの声。

「え!?う、ウルスラ!今は食器洗いの時間じゃ…!?」

「…エメラル様、ユーリィ様のいない間に禁欲修行をなさるのではなかったですか?」

「うっ…わ、私に禁欲を求めてはいけません、自然の摂理です!愛しい人を思い浮かべてオナ○ーして何が悪いんですか!?」

黙って魔力を断つ。

「はぁ…やれやれ…」

用を足すべくズボンとパンツを下ろす。

座って用を足していると、扉の開く音がした。

「よし…戻るか…」

立ち上がってパンツを上げる…その前に。

 

べちゃっ、と水色の粘液が俺のモノを覆った。

 

「…!?」

天井を見上げる。

そこには、気持ちが悪いほどの笑顔を浮かべ、下半身を不定形にしたクララが天井に張り付いていた。

「お、お話できますかぁ?奴隷さん」

 

 

店の裏

「…」

「ふふ、や、やっと手に入れた、奴隷…ふふ…」

スライムは上位種になると肉を溶かして吸収する。

俺の股間に生で貼り付けられたソレは、クララが思うがままに蠕動していた。

 

「私とついてこないと、それ、溶かしちゃいますよぉ?洗っても取れませんしねぇ」

 

そうして連れて来られた俺は、彼女に言った。

「…何をしたら取ってくれるんだ」

「協力してください、私に」

「協力?」

その水っぽい腕を俺の頰に這わせる。

「あの性悪吸血鬼からあなたを奪ってぇ…あいつに負けを認めさせるんです…」

「恨んでるのか?ミラのこと」

すると彼女は態度を一変した。

「誰が喋っていいと言いましたかぁ?あなたは私の奴隷なんですよ、ご主人様は、わ・た・し」

張り付いたスライムがぐにぐに動く。

「っ…!」

「え、えへへ、あなたの奥さんも、社長も知らない、あなたは私に犯されているのを…」

「…」

睨みつける。

すると彼女はそれが気にくわないようで、スライムとはとても思いがたい力で壁に叩きつけてきた。

「なんですかぁ?その顔?奴隷のくせに…」

「ミラと同じことをやってるんだぞ、これは」

「ふん、仕方ないですねぇ、奴隷の先輩として、一から奴隷の心構えを教えてあげますよぉ…」

彼女は俺の胸のあたりに、腕から這わせたスライムを貼り付けて言った。

「この飲み会の後、私の後をついて来なさい?いい子に育て直してあげる…♡」

その嗜虐的な笑みは、逆らうこと自体を否定していた。




スライム登場!
クララの体質は、体の伸縮自在なのとラジコンのように分離したスライム片を動かせます。
遠距離管理スライムオナ○…欲しい…。

次回はお楽しみのお仕置き編。


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勇者の公務(その3)

お仕置き回でござい。
100話目( ゚д゚)!
いつも読んでくださる皆さま、本当にありがとうございます。

この作品には関係ないですが、あとがきにちょっと筆者のモヤモヤが書いてありますw。


俺はワンルームのアパートを借りて住んでいる。

というのも、あまり高級な場に住めば、この体験の意味がないと思ったからだ。

魔王城の俺の部屋に比べたらはるかに狭く汚いが、勇者をやってた頃の野宿に比べたら気にならなかった。

「…ぐッ!」

 

仕事から帰ってくつろいでいると、貼り付けられたスライムがうねうねと蠢きはじめた。

「…行く、か」

クララと俺はある約束をしたのだ。

 

 

「私はワイル家の屋敷の横の掘っ立て小屋に住んでいるんですよぉ、屋敷での仕事が終わり次第、そのスライムで連絡しますから、こっそり裏口から入ってきてくださいねぇ?」

 

 

「…ひどいな」

「掘っ立て小屋」彼女はそう言っていたが、人が住める環境にはとても思えないほどボロボロだった。

ゆっくりと歩みを進めていると、突然。

 

「うッ!?」

 

触手のような形状のスライムが首を搦め捕ってきた。

そのままずるずると小屋に引き込まれる。

「げほっ、な、何をするんだ…!」

「あ、あなたがのろのろ歩いていたからでしょう?奴隷ならさっさと動くべきなのですよぉ」

「くっ…俺は奴隷じゃ…!」

反論しようと立ち上がった瞬間にタックルを受けた。

俺の身体は半透明なクララの体に沈み込み、そのまま壁に押し付けられた。

「クララ…!」

「え、えへへ、あなたには協力してもらうだけ、だから良い子にして、私の言うことをきちんと聞いてねぇ?」

 

不意に身動きの取れない俺に、彼女は口づけした。

「んッ!?ぐぅ!んんーっ!」

「ん〜ちゅッ…じゅるる…んふッ…」

 

情けない話ではあるが、これまで多くの女性(倒してきた魔物を含めたらインキュバスなどオスも)にキスされてきた。

しかし彼女の口づけは異質な感触がした。

「んぐッ!はっ、はっ…!」

「ふふ…これでまた一つ、あなたの貞操を奪っちゃいましたよぉ?」

ぐにぐにと体に付いたスライムが動く。

キスをされて、何回か唾液を流し込まれたことがある。

彼女の場合。

「い、言うことを聞かないたびに、体に私が蓄積していきますからねぇ?」

「それがなんだ…!俺はそんなことに屈したり…」

すると。

 

「あなたの体の一部はぁ、さっきのキスで私のものなんですよぉ?」

 

手が勝手に動き出す。

「なッ…!?」

「スライムは細かく、細かぁくなって、あなたの腕の筋肉の中に移動した後再結合して、一部だけど乗っ取れるの、だ、だから、こんなこともねぇ…」

興奮した様子でスライムに何かを命令した。

「なにッをッ…!」

腕が持ち上がる。

そして口を無理やりに開き、ずるりとした感触を顎に伝えた。

 

口が勝手に動く。

「お、俺のッ…くち、にッ!あなた、の、体をッ…!注ぎ込ん、で…くださッ…い!」

 

「よ、よく言えましたぁ…♪」

「俺はこんなこと、言ってない!」

「お望み通りぃ、たぁ〜っぷり、私色に染めてあげるぅ」

かぶりつくようにクララがその口を開ける。

口の中で、芋虫のようにスライムがたゆっていた。

 

 

「ん…ちゅぅぅ…あーんぅ…じゅるる、んッ」

月が傾き始めた時、掘っ立て小屋から水音が消えた。

「ごちそうさまぁ…あれ?」

2時間ほどずっと接吻漬けにされた勇者は、酸欠に陥ってぐったりと気絶していた。

「…やってみようかなぁ、アレ」

体の中のスライムは勇者の脳に集まり始めた。

 

頭の中で閃光が走った。

「ッは!?」

目を開けると、そこにはニヤニヤとだらしない笑みで俺の上にのしかかったクララ。

「おはよぉ…気分はぁ?」

「何をしたんだ…お前…」

すると股間のスライムが急激に収縮した。

「ッ!」

「あなたのご主人様としてぇ、たっぷり私を注いであげたんだよぉ?」

体に違和感はない。

が、時計とその勝ち誇った態度を見る限りは、気絶していた間、絶え間なくスライムを口移しされていたのだろう。

「…すみません、ご主人様」

クララはゾクゾクと体を震わせて言った。

「良い子、これから私たちの人権を認めさせるためにぃ、手伝ってもらいますよぉ?」

 

彼女から突きつけられた条件は、こうだった。

・私の望む限り願いに応えること

・忠誠の心を忘れないこと

・全てが終わった後、その働きぶりで処遇を決める

 

「…わかりました、できる限り尽くします」

「え、えへへ…勇者様が私に跪いてる…」

上機嫌な彼女はベッドに寝転んだ。

「じゃあ、まずは洗濯物と食器洗い、よろしくねぇ…」

 

逃げ出すことはできない。

俺は勇者だ、どんな形であれ迫害される彼女の助けになれるなら、それに越したことはない。

そう言い訳して、俺は雑用をこなしていった。

 

 

「終わりました、ご主人様」

ベッドで俺をじっと見ていたクララに声をかける。

「よしよし…ご褒美あげる…」

彼女の体がうねって、人一人分ほどのスペースを開ける。

「…ご主人様、俺には妻が…っ」

「聞こえないなぁ…もう一回言ってみてぇ?」

「俺には妻が…ッ!」

彼女の体から腕が飛び出て、俺を掴んだ。

そのままクララの体内に引きずりこまれる。

「今日は一緒に寝なさい?それが命令…」

「…わかりました」

「でも、逆らおうとするのはよくないかなぁ?お仕置きしてあげる…」

股間のスライムがまた動き出す。

その蠕動は、俺の全てを知ったかのような動きだった。

「や、やめてください…!」

「やだよぉ、ほら、奥さん以外の中で果てていいのかなぁ?ほらほらぁ…」

激しい動きに歯を食いしばって耐える。

魔王の笑顔を思い浮かべて、必死に我慢した。

「…ふふ、今日はここまで、おやすみなさい」

「え…?」

急に動きが止まる。

もうすぐ我慢の限界だったのが、突き放されて物悲しい感じがした。

「ここで私のものになるって誓えばぁ、気持ちよくしてあげるよぉ?」

「…おやすみ、なさい」

我慢だ。

帰ったら、いつでもウェルカムの魔王にぶつけたらいい。

「…エ…メ…」

 

粘ついた彼女の体を感じながら、俺の瞼は閉じた。

 

 

「ふふ、うふふ、わ、私たちが人権を手に入れたら、あなたは一生私のものにしてあげる…私の愛玩奴隷に…ね」




お仕置き完了!

さて、新作を書き始めたいのですが、処女作が現在行き詰まっています。ここ5ヶ月も更新していないので、いっそのこと消して、また別の作品を書き出したいと思っています。
これまで待ってくださっていた方がいたら、この場を借りてお詫び申し上げます。
削除は新作の踏ん切りがつきしだいですので、もしも残しておいてほしい、という方がいらっしゃったら感想などくださるとありがたいです。


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勇者の公務(その4)

視点を変えて魔王編です。
勇者が留守の間、魔王は一体…?


「…はぁ」

魔王エメラル・デラルスはここ数日間ろくに眠れていなかった。

というのも。

「ユーリ……ユーリ、ユーリユーリユーリ!禁断症状が止まらないッ!ユーリ!早く帰ってきて!私を慰めて!愛して!犯して!」

ベッドの上でジタバタ暴れ、バネが壁と擦れてギチギチと鳴る。

 

バンッ!

 

「…ふん、私の気も知らないで…」

ウルスラに壁を叩かれたのでおとなしくベッドに入り直す。

「あーあ…禁欲ですか…あんなこと言わなければよかった…」

ぼーっと天井を見上げる。

思い出すのはユーリが旅立ってすぐのこと。

 

 

「ウルスラ!ユーリがあんなに頑張ってこの国を支えようとしているのです!私も何か頑張ります!」

「…」

その時のウルスラの顔は一生忘れないだろう。

ものすごいジト目だった。

「なんですかその目は」

「言っておきますが、メイドの仕事に手を出さないでください、邪魔なn…こほん、危険ですので」

「聞こえましたよ、バッチリ聞こえました!」

「なにをなさるんですか?大方のことは修行する必要がないように思えますが」

「うーん…」

全くのノープラン。

なので思いついたことを片っ端から挙げてウルスラに意見を求める。

「ヨガ」

「痛いのなんので三日坊主になるのが目に見えています」

 

「豊胸マッサージ」

「私は協力しませんし、それ以上胸を大きくしても仕方ないでしょう」

 

「お掃除」

「メイドの仕事ですし、50年ほど前に魔道書を落として一部屋燃やしてしまったのを忘れましたか?」

 

「なにもしない」

「太りますよ」

 

「ジョギング」

「一人で続けられるならどうぞご自由に」

 

「ユーリの思い出整理」

「毎日やっているでしょう?」

 

「アシちゃんの所に遊びに行k」

「却下」

 

そんなこんなで、最後に出てきたのが。

「ああもう!ならいっそのこと、禁欲しますよ!それならユーリのためにもなりますし!」

ウルスラもやや感心したようだった。

「名案ですね、だいたいエメラル様は一人でする時もユーリィ様の声を叫びながらイk」

「わああああ!言わないでください!」

 

 

「…で、性欲が抑えられずユーリの声をおかずにしてたら、ウルスラに見つかって…」

絹でできた寝巻きをめくる。

薄い下着から艶めかしくのぞく太ももと、綺麗なお腹に水色の紋様が浮かんでいた。

「んッ…ユーリ…♡」

ユーリのことを思い出して下着に触れる。

が、即座に紋様が光って指を跳ね返す。

「ああああああ!イライラする!ウルスラのバカ!」

ごんごん壁を蹴る。

するとなぜか今回は壁を叩かれたりはしなかった。

扉が開く。

にっこり笑ったウルスラ、なぜか手には魔法道具のムチを携えている。

「エメラル様、魔界労働法28条を覚えていらっしゃいますか?」

「え…えぇと…「主従、雇用において、如何なる場合も従える身分の者には雇い主が最低限の生活を保証すること」ですか?」

「よく言えました♪ご褒美です♪」

 

なぜか私の振る剣と同等に見えるほどの速さでムチが飛んできた。

 

 

「う…うーん…」

目を覚ますと、既に部屋には私一人だった。

朝日がゆったりと部屋を照らしている。

手加減はしてくれたのだろう、じんじんと体は痛むが傷一つ残ってはいない。

「…ウルスラの馬鹿」

床に放り捨てられたムチ。

つい頭がピンク色なので、ユーリに叩いてもらえることを妄想してしまう。

「ぐ、ぐふふふ…これはいい…」

下着に手を突っ込む。

しかし感触がすぐに消え、手が弾かれる。

「…」

腹立ち紛れにムチを取って床をひっぱたいてみる。

魔力を込めると火花が散った。

「…これはっ!」

ある一人プレイ案が閃いた。

『☆ユーリにやってほしいプレイ☆』と表紙に書かれた上質紙製のノートを開く。

「ユーリに見せたらドン引きされてしまいましたからね…すこしソフトなプレイがいいのでしょうか…」

その中の1ページを開く。

 

☆電気ムチSMプレイ☆

ユーリ(私でも可)が私(ユーリでも可)の大事なところとかお尻とか背中とかお腹とかetcをビシバシ電気ムチで叩くプレイ!

ユーリの泣き叫ぶ顔…はたまたSっ気を開花させて私を強引に犯すユーリ…最高!

洗脳剤の使用も視野に入れる。

洗脳「アタマクルーン」

○実験済み○

食事に混ぜて洗脳したところ、ユーリは私にしがみついて「ママ」と叫びながら12回連続でイき続けた。

赤ちゃんプレイは52P参照のこと。

 

「練習しておきましょうかね…」

こんなことを書いてはいるが、実は電気ムチの出力なんて調べたこともない。

ウルスラのように手加減するなり、本気で叩いてユーリの体に生傷を付けてそこを舐めてあげるなり、プレイの実現のためにきちんと調べておこう。

「ふっ!」

床を本気で叩く。

 

ベキベキッ!

 

「…あ」

聞いてはいけない音となぜか叩いたところの絨毯が煙を上げて凹んだ。

「…ま、まぁ、失敗は成功の元ですからね!じゃんじゃん実験しましょう!」

 

 

「…魔力量はだいたいこのくらい…っと」

『ユーリにやってほしいプレイ』ノートに追記してノートを閉じる。

「ふふ…帰ってくるのが楽しみです…」

ムチを握ってすっかり高くなった日の光をバックにうふうふ笑っていると、無意識に魔力を流してしまった。

「んひッ!♡」

…!?

自分でも驚いた。

「ぐっ…!ま、まさかユーリに叩かれていなくても感じてしまうほどに敏感になってしまっているとは…っ!」

たかが電気ムチ、しかし、これならば手を使わないし、異物を挿入するわけでもないから呪印は無視できる。

「く…!これは、浮気なのでしょうか…ッ!?」

ムチを手にわなわな震える。

ここまでの禁欲を無駄にしてさらに電気ムチに浮気までして性欲を発散するのか、それとも潰れそうなプライドを放り投げて本能に身を委ねるか。

…あれ?どっちもアウトコース?

「うぬぬぬぬぬぅ…!」

 

 

2時間後

「エメラル様、朝ごはんの支度が整いました」

扉をノックするウルスラ。

中からはなにかを叫ぶ声。

「ユー…!私はもう性…が収まりま……!ひいてはこの電気ムチで…慰行為を行います!」

何も言わずに扉を開ける。

 

そこには、素っ裸で勇者の顔写真の前で懺悔しながら電気ムチを握る魔王の姿が。

 

「…エメラル様」

「ユーリ様ぁ…哀れな子魔王めにどうかお告げを…」

 

その日、魔王城での公務は一切行われなかった。

代わりに気絶するまで正座でお説教をもらいましたとさ。

 

「性的快楽に繋がる神経の抑制呪印…」

その日を境に魔王は多少の気持ち良さすら味わうことができなくなりましたとさ。




底なしの性欲を書きたかっただけです。ハイ。

…電気ムチ、イイカモ。


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勇者の公務(その5)

遅くなりました…。
クララ視点!

次回がクライマックスになると思います。


私は奴隷だ。

スライム族に魔族としての権利は保証されない。

それは私の曽祖父が貴族の権力を振るいすぎたために、国民の反感を買ったからだ。

曽祖父は処刑された。

祖母は失踪した。

母は死んだ。

スライム族の王家に残る正当な血筋を持つのは、私しかいない。

今も生きて、苦しんでいる同胞のために私は立ち上がることを決めた。

 

絶対に屈辱を晴らす。

 

 

「あら?ごめんなさい、スライムは動きが鈍すぎてこんな程度の仕事もできないんでしたね」

「…ごめんなさい」

書類の山。

この会社の仕事のほぼ全ては私に回され、私がやる。

「まあ、それが終わるまでは休憩ナシですわ、分かっていますわね?」

「…はい」

もうミラ=ワイルの嫌味ったらしい口調や、汚らしい手口にも慣れた。

全てはスライム族の再興のため。

私はどんなに苦い汁を舐めることになっても、甘んじて受け入れてみせる。

書類の束を手に取る。

 

その覚悟を壊す男が言った。

「ミラ、こんなのよくないだろ?きちんと分担して終わらせよう」

人は男を勇者と呼び、魔族は彼を侵略者と呼んでいた。

「…ふん、何の想いがあって奴隷に付け入るのかしら?」

「奴隷にだって労働法があっただろ?ほら、俺が半分やるからその紙貸してくれ」

山をごっそり持って行こうとする。

私は彼のコントローラー、付着させたスライムを作動させる。

「ぐ…!」

彼が床にしゃがみ込む。

「…?具合が悪いんですの?」

「な、なんでも…ない…」

ミラ=ワイルがこちらを睨む。

「私は彼を介抱しますわ、あなたは仕事を」

「ミラ!」

「…なんですか?」

「俺がやるから、ランチでも行ってきたらどうだ?」

するとしばらくにらみ合った末、乱暴に扉を開けて言った。

「…お手洗いに行ってきますわ」

 

ミラ=ワイルが行った後。

「なんで俺の邪魔をしたんだ」

「私の邪魔をあなたがしたから」

「俺は手伝おうとしただけだ、そんなことが邪魔になるってのか?」

「私は来週のテロのために、できるだけ従順なイメージを付けておかないといけないんですよ?怪しまれるような行動は慎んでくださいねぇ?」

ついいつもの口調が出てしまう。

会社では極力抑えなくてはいけない。

「…分かった、けど、辛いならいつでも」

「ッ!」

まだすがってくる。

そんな彼に怒りを感じて、スライムを動かす。

「ぅ…!?」

「いいですかぁ?」

「…分かった」

 

 

館でも、私はやはり奴隷だ。

掃除、洗濯、調理、食器洗い、ほぼ全てを私が担当する。

「…結構、休んでも構いませんわ」

「ありがとうございます」

一礼して館を出る。

すると、私の住処から何かの匂いがした。

「…?」

扉を開ける。

そこには。

「おかえり、ご飯作っといたぞ」

男が立っていた。

 

 

「…再三言いましたよねぇ?目立つ行動は控えなさい、と」

私は男の首を絞めていた。

といっても、スライムでじわじわ圧力をかけるだけだが。

「ぐッ…け、けど、ろくなもの食べてないだろ…?」

「…きちんと館の余った具材は食べてますよ」

「そんな物ダメだ、栄養を考えて食べろ」

「命令できる立場なんですかぁ?あなたは」

すると、男は打って変わって真剣な目で言った。

「スライムに権利を取り戻すのに俺も協力すると言った、言ったからにはやりたいようにサポートさせてもらう」

イラつく。

その勝手な物言いに、私もつい反論してしまう。

「奴隷にそんな権利は…!」

「奴隷をやめさせるなら、まずお前から態度を改めろよ!」

意表を突いてスライムから抜け、私に詰め寄ってきた。

「食べてくれ、イヤだったならもうしないから、せめて今日くらいはきちんと…」

「…」

 

彼の目は、真剣だった。

 

「…」

一口、二口と食べる。

美味しい。

食事を美味しいと思ったことなんて、今までほとんど無かったというのに。

「なぜ私にここまでするんですか?」

できるだけ素っ気なく尋ねる。

「…俺もさ、身分制度には反対なんだ、みんな仲良くできるのがやっぱり一番だろ?」

「…」

あまりにも平和ボケした考え。

呆れて彼の顔を見る。

と、私の顔を何かが伝った。

「…?」

スライムよりも粘性の薄いそれは、数十年前から私の中に欠落していた何かだった。

「おい、どうした?なんで泣いて…」

「ッ!」

目元を隠す。

私にも分からなかった。

なぜ、こんなにも涙が出てくるのか。

なぜ、こんなにも料理が美味しいのか。

 

なぜ、こんなにも目の前の男を愛おしく思うのか。

 

「私は…?」

「調子悪いのか?なら、早く寝た方が…」

彼の手が肩に触れる。

「っ!」

「痛…!」

つい払いのけてしまう。

このまま彼を受け入れてしまったら、私の心は魔族社会への反発心を失ってしまいそうに思えた。

「今日は…帰っていいです」

「…え?」

「…帰ってください」

半ば強引に、冷たく言い放つ。

「…ごめん、何か、悪いことしたよな」

そう言い残して、出て行った。

 

 

私は奴隷だ。

奴隷は嫌いだ。大嫌いだ。

だから私はそれを壊してみせる。

その信念は揺るがない。

けれど、ある疑問が私の中に生まれてしまった。

もしも。

もしも、私に自由が与えられたなら、私はどうする?

 

一番に出てきたものは、お金でも服でも家でもない。

あの男の顔だった。

 

許されることであるならば、いや、許されなくとも。

この戦いが終われば、彼に脅迫なしで想いを伝える。

 

受け入れられたなら、彼と駆け落ち。

 

受け入れられなければ、あるいは。

 

 

 

 

「…ユーリィ・グレイ」

 

私は初めて恋をした。




久々に書くとキャラブレますね…。
サボってごめんなさい(´・ω・`)。


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勇者の公務(その6)

遅くなってすみません(´・ω・`)。

今回からクライマックス!


 

「今日は早めに切り上げますわよ」

いつものように仕事をしているとミラが嬉しそうに口を開いた。

「早め?なんでだ?」

「今日は王族や華族の集まるパーティがありますの、なので私も参加いたしますわ!」

「俺をさらった前科は完全に帳消しなんだな…」

三日三晩…いや、それ以上に犯されたかいがあったというものだ。

すると、ミラはちらりとクララの方を見た。

「クララ、馬車の予約は入れてますわね?」

「…はい、6時に表玄関に白骨の馬を手配しています」

「ふん、まあ黒骨を手配しなかっただけ良しとしましょう…あ、そうだ」

ミラはニヤリと笑ってクララの書類の上に手を置いた。

「ここにある仕事は、パーティが終わるまでにきちんと片付けておきなさい?」

「ミラっ…!」

思わずガタッ!と立ち上がる。

しかし、次の瞬間には俺の身体に張り付いたスライムが蠕動し始めた。

「くっ…ぅ」

「どうかなさいました?どれ…ユーリィ様?」

「…なんでも、ない」

席に座る。

クララの顔は、心なしか少しだけ笑っているように見えた。

 

 

午後5時30分、夕日がオフィスに差し込んできた。

「…ん、馬が来ましたわ、それではご機嫌よう」

背中の大きく開いたドレスに緑色の髪がふわりとかかり、その白い肌を西日が赤く染めている。

美しい、という表現がまさにぴったりだった。

「…ふふ、私にメロメロになってますの?」

俺の目をちらりと覗き込んでくるミラ。

その時、俺に付いたスライムが激しく上下運動をした。

「っ!?い、いや、そんなこと、は…」

思わず机に手をつく。

その反応にかなりご満悦の様子でミラは言った。

「今日はいい夜になりそうですわ♪」

上機嫌で扉を開けて出て行くミラ。

それを見送った後、俺は床にへたり込んだ。

「クララ…俺が何をしたっていうんだよ」

「今日は来たるべきテロ決行の日ですからねぇ…あなたに余計な真似をされては失敗してしまうかもじゃないですかぁ?」

テロ、という言葉に自然と体がこわばる。

「何をする気だ?それくらいは話してくれてもいいだろ?」

「…、まあ、どうせあなたに止められるような計画ではないですしねぇ」

未だ蠕動を続けるスライムによって膝をついた俺の目の前に、一枚のメモがひらりと舞い落ちた。

「あなたの協力も必要ですし、せいぜい熟読しておいてくださいね」

 

 

魔界人権取得におけるテロ作戦

 

目標として以下のことを挙げる。

1.奴隷制度改定に対して否定的な王族代表の抹殺

2.魔王への直訴

3.人質の確保

 

以下のことを同時並行で行う。また、2、3についてはリーダー本人が行うことであり、ほかのスライム族は全員王族抹殺を最優先して行動すること。

目的のために、決して止まることのないよう。

 

 

「…抹殺?」

このメモから見れば、おそらく人質というのは俺だ。

リーダーたるクララが直々に俺を人質に取り、魔王にそれを訴えかけるというのだろう。

しかし、1番の項目は絶対に見過ごせない。

「仕方がないでしょう?私たちの権利を奪った張本人はきっちりといたぶって殺す、そうしなければ私たちの苦しみは伝えられない」

「そんなの逆効果だ、王族を殺してしまえばスライム族は結託して国に反旗を翻したと思われてもおかしくないぞ」

「それならそれで構わない、私たちが今の国の在り方を否定して武力的に立ち上がるのは本当のことなんだから」

極めて冷静な声。

こちらが尋問されているような気にもなってくるほど、それは冷たい声だった。

「具体的に言えば何族殺すつもりだ?」

「華族を含めたなら18族ほど、けれど数を聞いてもきっと意味はないからねぇ…♪」

口を歪めて笑う。

その寒気すら感じさせる口調に、問い返さざるを得なかった。

「どういうことだ?まさか無差別にやる気か?」

「そのまさか、だよ?スライム族だってれっきとした魔物、封印術を施したのち、パーティ会場に火を投げ込むだけ」

「そんな作戦…っ!俺は許さないぞ!」

 

「あなたは参謀ではないでしょう?魔王に直訴するための大事な交渉材料を、私がみすみす逃がすと思っているの?」

 

俺はクララの肩を思い切り突き飛ばした。

スライム族は物理耐性は高いがそれでもよろけるはずだ。

その後、一目散に出口へ向かう。

しかし。

 

「ふっ…ほんとにあなたは、お人好しですよねぇ」

 

バジュッ!

と、彼女の体から分離したスライムに拘束される。

そのスライムは俺の首を伝って、俺の体を登ってきていた。

「何をする気だ…?」

「交渉中に動かれては困りますからねぇ…悪いですけど、あなたには少し意識を失っていてもらわないと」

あごにスライムのひんやりとした質感がある。

 

情けない。

俺は結局何もできはしないのだ。

 

「私たちだけの国を作る…あなたが次目を覚ますのは、スライム達の理想郷…!そこであなたは永遠に私のもの…」

「なに…!?これが終われば俺は自由の身だろ!?」

 

「く、くふふ…あなたには人質以上の価値がある…!その体も、心も、精神も、理想も、思い出も、何もかもを私のものにする!そうすれば私たちは更なる繁栄を約束される!」

スライムで覆われた俺の顔を撫で、あちこちにキスする彼女に精一杯抵抗する。

「ふざけるな!俺が黙ってお前に好き勝手されるとでも思っているのか!」

「思っていない、だから調教してあげるんですよぉ?これまでよりももっと激しく、私の無償の愛をたっぷりと、じっくりと注いで…ね」

 

にっこりと笑うクララの顔は、半透明の青い幕によって遮られた。

 

気を失う数秒前、口に柔らかい感触と熱い吐息を感じた。

 

「私のものにしてあげますよぉ…♪スライム国の王子サマ…♡」




サボるとやはり文章力の低下が著しいですね…(´・ω・`)。

そういえば、あるサイトで18禁SS連載始めました。性癖満開で恥ずかしいので名前は秘密ですが…w。
読みたい方いらっしゃったらご感想にどうぞ。


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勇者の公務(その7)

遅くなっちまった(´・ω・`)。

いよいよクライマックスです!


「ここは…どこだ…?」

俺はミラの会社のオフィスでクララに意識を奪われ、次に目を覚ました場所は真っ暗で狭い場所だった。

「体が痛いな…出口はどこだ?」

体を揺するとすぐそこに壁がある。

何か箱のようなものにでも閉じ込められているのだろうか。

体を動かして気がついた。

俺の体からスライムが消えている。

そのかわりに、手にスライムの手錠がはめてある。

「くそっ…箱なら開ければ…!」

拘束されたままの両手と自由に動かない足で天井を力一杯押す。

みしみしと音がして箱が開いた。

そこには。

 

「この箱の中には私たちの人質であり、救世主であり、子種であり、そして私だけの夫が入っているのよ」

青いスライム。恐らくクララだ。

「あなただけの夫なのに、子種は私たちによこしてくれるわけ?ふふ、こんな数でヤり回したりしたら壊れちゃうわよ?」

薄緑のスライムが言った。

「けれど異種族嫌いで男嫌いのクララが選んだ男ならちょっとは興味が湧くわね…いっそ壊して子種製造人間にして、体内で飼ってあげたらいいんじゃない?」

と、紫色のスライム。

「あははっ、体の中に取り込んで飼ってあげるのもいいけれど、子種を生み出すだけでは彼の顔が見られないじゃない?私は彼の…魔王様の夫でありながら、私に必死で抗う姿が好きなのよ…今日が終われば彼をゆっくりと私色にするの…そうして精神をジャックしてからでも壊してあげるぅ…」

陶酔したような声でクララは言い、次の瞬間。

 

「おはよう、私のダーリン♪」

箱の隙間を覗き込んできた。

 

「っ…クララ、なんでこんなこと…」

すると薄緑のスライムも顔を出して言った。

「なんで?愚問ね、私たちの計画と、クララがあなたに惚れたからに決まっているでしょう?」

その見下した顔を睨みつけて言う。

「そんなことでスライム族の権利が獲得できると思ってるのかよ!知らないようなら教えてやる、俺はエメに何かされたら許さないし、エメだって同じだ、どうなるか分かっているのか!」

紫色のスライムの嘲笑が聞こえた。

「ふッ…華族はあと数時間もすれば全員焼き殺される定めなのよ?そんな状況での私たちの提案を断って、なおかつあなたへの愛を貫き通すほどに愛されているのかしら?それはそれで壊しがいがあって楽しいけれど…ね」

クララが言う。

「こら、壊さないって言ってるでしょう?それに…あなたにも見せてあげましょうか、もう儀式の準備は全て終わっているのだからね」

箱が開き、クララに腕を掴まれて立たされる。

外はほぼ日が落ち、パーティ会場と見られる城には光が灯っていた。

「ほら…あそこにも、あそこにも偽装した魔法道具が置いてあるのよぉ、魔力を通せばもうあそこから出られはしないの」

「やらせはしないぞ、俺は絶対にそんなこと認めない」

すると、紫色のスライムは舐めるように俺を見てきた。

「いい加減に諦めなさい?もう始まるのだし」

「…くそっ!」

 

 

魔王城

「ウルスラ、今日行われる貴族や華族の集まる立食パーティは断ったので、あとで魔王家についている家から何か不穏なことなんかなかったか聞いておきなさい」

「…エメラル様、さきほどエメラル様のお部屋をお掃除したのですが」

「ぎくっ」

「なんですか?これは」

ウルスラが持っていたのは夫の下着だった。

「無くなったと思っていた下着がなぜエメラル様のお部屋にあるのですか?禁欲すると言っていましたよね?」

「うぐっ…!こ、擦っただけです、きちんとイく前にやめましたからセーフです」

ウルスラは怒るというよりかは呆れた様子で。

「はぁ…それにしてもユーリィ様が遅いですね…今晩帰ってくる予定だというのに…」

「えっ、今のさらっとひどくないですか?無理やり路線変更させましたよね?まあ確かにユーリが恋しいですが…」

「…少しパーティに参加している者に尋ねて来ます」

「ええ、そうしてください」

 

 

パーティ会場

「あら、ウルスラさん?今日は魔王様の代わりにいらっしゃったのですか?」

「ええ…魔王様は忙しいそうですので…私が皆様に挨拶をさせていただこうかと…」

「あら、魔王様くらいご立派なスピーチが聞けるのかしら?私も楽しみですわ♪」

「ワイル家も大変そうでしたが、もう大丈夫なのですか?魔王家に対しても中々に大胆な発言を繰り返していらっしゃいますが」

「要らぬ心配ありがとうございます、幸運なことに魔王様からのお裁きは下りませんでしたからね」

貴族たちが楽しく、その裏腹に政治的な駆け引きやブラックジョークが入り乱れているパーティ。

ウルスラとミラも火花を散らしたりもしたが、何とかつかみ合いにはならなかった。

魔王がいれば恐らく火の海になっていたであろうが。

 

宴もたけなわの頃、ある貴族が異変に気付く。

「…?なにか、魔力を感じるぞ」

「気のせいじゃありません?今晩は喧嘩も起こっておりませんし…」

「扉が開かない…なぜだ?私はもうお暇したいのだが…」

「なにか油でも悪いのでしょうか?まあグラス家のお屋敷ですし…少しばかり古臭いところもありますがね…」

「あら?あなたのお屋敷はこの前燃えてしまったそうですが?」

そして。

「皆さんッ!何者かが庭に火を放ちました!急いで大扉から避難なさってください!落ち着いて!」

「大扉が開きませんけれど?他の出口があるのかしら」

「そ、それが非常口はどういうわけか開きません…!」

ざわざわと動揺が広がる。

火はじりじりと迫っていた。

魔王家に仕えるメイドは一人唇を噛む。

「…エメラル様に伝えなくては」

 

 

「やめろっ!今からでも遅くない、やめてくれ!」

暴れるが、クララにのしかかられて動くこともままならなかった。

「くふふ…魔王様がいらっしゃるまではこのまま体に埋め込んでおいてあげる、権利が認められたあとはずっと一緒なんだから、慣れておいてね?」

 

 

 

「…?ウルスラから緊急通信?行ってみますか」

 

 

全てはスライム族の思惑通りに進んでいた。

 

この時までは。




文章力低下してすみません(´・ω・`)。
リハビリしながら頻度上げます。


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勇者の公務(その8)

強硬手段で人権ならぬスラ権獲得を目指すスライムたち!
果たしてうまくいくのか…?


館の中は大混乱だった。

庭の芝に付いた火がだんだんと迫ってくるのが窓から見え、しかも熱も感じるのだ。

従者が声を張り上げる。

「火が館に付きましたが、皆さま落ち着いて!すぐに扉を開けますので!ちょ、押さないで!」

ドラゴン族の男が前に出る。

「そんなことを言ってからもう5分も経ってるんだぞ!どけ!俺がぶち破る!」

ガツン!と硬いウロコに覆われた体が扉にぶち当たるが、扉に傷こそ付いてはいるものの、扉は揺れることすらなかった。

「ぬうっ…!なぜだ、なぜ開かない!?」

そんな中、イスに腰掛けて一人優雅に紅茶を飲む女。

「エメラル様…私が不甲斐ないばかりに…!」

 

 

「なんですか…これは…」

馬車を飛ばさせて山を越えた魔王は唖然としていた。

パーティが行われている館の周囲を火が取り囲み、一部には既に着火していた。

「ウルスラっ…!今助けますから!」

魔王は馬車も放り出して走り出す。

 

 

「あれは…!魔王よ!」

薄緑のスライムが言う。

「エメ…!」

クララは切り裂いたような笑みを浮かべ、俺を抱え上げた。

「ふふ…やっと成就する時がきたぁ!みんな、私は絶対に権利を認めさせて、みんなを守ってみせる!」

紫色のスライムが勝ち誇ったような笑みで言う。

「分かったわ、私は結界の維持を続けておくから、さっさとやっておしまいなさい」

もう状況を打破することはできないと思う。

俺は最悪の事態を避けるために、ある提案をすることに決めた。

「っ…なあ、もしも、だ」

クララがこちらを見る。

「もしも俺が…クララの夫になって、スライム族のために尽くして、権利をエメに認めさせたら…結界を解いてくれるか?」

するとスライム達はお互いの顔を見合わせた。

そして。

「いいわよ、でも条件があるから」

「条件…?」

クララは蕩けたように笑って言った。

「魔王様の前で私との永遠の愛を誓いなさい?そうすればすぐにでも火を止めて、結界も解いてあげる」

「…っ」

提案を受け入れられ、脳裏に魔王の笑顔が浮かび、消えた。

 

ごめん、魔王。

 

 

「はッ、はッ…!これは…結界が張られている?魔力の質感からして四方に道具を置いて封印したものですね…破壊が間に合えばいいけれど…!」

魔王は走っていた。

スライムの貼った結界術は偽装された魔法道具を東西南北に配置することによって、強い力を生み出すものだ。

全てを破壊すれば魔法は消える。

「この井戸に取り付けられた滑車…真新しいものですね…これを破壊すれば…!」

井戸の滑車を掴み力を加え、素手で粉砕する。

すると館を取り囲む炎が一瞬揺らいだ。

 

「よし!次は向こうにある道具を…!」

 

 

そのとき、魔王は見つけた。

「ご機嫌麗しゅう、魔王様、本日は魔王様に素敵な提案をお持ちしたのですが…聞いていただけませんか?」

夫を腕に抱いたスライムを。

「ッ!ユーリに触るなッ!」

駆け出そうとするもそのままスライムに絞め殺される恐れもある。

そして館の火事は十中八九スライムによるものだ。

動くに動けない魔王に、ユーリィが話しかける。

「エメ、いや…魔王、様」

親しい呼び名を言い換える夫に、魔王は問いかける。

「ユーリ…?どうしたんですか?また変な女に捕まってしまったんですか?さっさと殺して一緒に城に帰りましょう?ね?禁欲しましたし、きっと私もいつもより愛してあげられます!だから帰りましょう?ね?なんなら電気ムチとか使っ」

言葉を遮ってユーリィが言う。

「俺は…このスライムの…クララの夫になるんだ」

「…え?何を言っているんですか…?冗談はやめて…」

 

「冗談じゃない、スライムの魔界における一族としての権利を保障して、俺がクララの夫になることを許してくれたら、あの館にいる人は助かるんだ!」

クララが割り込み、そして。

「愛を誓いますよねぇ?ダーリン?」

俺の唇を丸ごと咥え込むようにキスしてきた。

「んッ!?」

「ちゅ〜、じゅるっ、じゅるる…じゅぼっ、ちゅッ」

 

それを聞いた魔王はしばらく固まっていたが、やがて清々しいほどに凶悪な笑みを浮かべた。

「くふ、くふふふッ…!クソが…!クソが、クソがッ!どいつもこいつもユーリの優しさに漬け込んで好き勝手して…!ぶっ殺してやらないと分からないんですかね!?」

 

対照的に泣き出しそうな顔を浮かべたユーリィは。

「エ…魔王、やめてくれ、クララに今手を出したら館の人たちは…!」

「今助けてあげますからね、待っていてください」

クララが焦ったように言う。

 

「動かないでくださいねぇ!魔王様!動けば夫さんはどうなるかわかっていまs…!?」

その言葉は途中で止まる。

クララの顔は一瞬にして魔王によって殴り抜かれたからだ。

 

「スライムってのは殴り心地がいいですねぇ、もっと殴らせてくださいよ」

 

ボコボコと顔を再生したクララは言った。

「いくらでもどうぞ?ただし、そうしてる間にも華族は焼き殺されていきますけれどね」

「なら、こんなのはいかがですか?」

ぐじゅり、と首に手を突っ込む魔王。

すると、クララの体が魔力からか煌々と光り始める。

「ふふ、魔王様直々に魔力のプレゼントですかぁ?」

「ええ、好きなだけお召し上がりを…♪」

すると急にクララが熔け崩れ始める。

「ごぶっ…!?ま、待って、なんで、て、抵抗、して、るのに…!」

「はは…あなたの魔力飽和量は低い、抵抗をぶち抜いて魔力を流し込めばあなたの体なんてジャックできるんですよね?」

 

魔力を直に流し込まれる時に抵抗されれば、1流し込むのに1000もの魔力が必要とされている。

魔王はそれをやってのけたのだ。

 

「と、溶け…!待っ…!」

ぴちょん、と指から最後のクララが滴り落ちる。

「くッははははは!なんですかこれ!?こんなので権利!?こんなのでユーリの夫!?死ね!死ね死ね!クソ女!」

何度も何度も青い水たまりを足蹴にする魔王。

「エメ…」

「ユーリ!待っててくださいね!今すぐに館を開けてきますから!」

 

 

「ね、ねえ、クララ溶けちゃったよ…!?結界が壊れないのが分かったら、次は私たちが襲われる!」

「っ!退きましょう!クララをあとで救助して…ええい!結界なんてもう必要ないッ!」

館の扉が開き、中から人が流れ出るのを尻目に二人のスライムは逃げ出した。

その後ろ姿を見つめる者がいるのも知らずに。

 

 

 

30分後

「はぁ、はぁ…ここまで来れば大丈夫でしょう…」

「魔王様にもバレていないし、こんな森の奥に追ってくるはずもないしね…」

「にしても…結構いい男だったし、逃すのはもったいなかったわね」

「あー…けど、クララを助けたらすぐにでも掻っ攫えばいいのよ」

「アンタと違って私はもうすぐ繁殖期なのよ、分かる?あの男の子種を絞りまくろうと思ってたのに…」

森の中で蠢く二人のスライム。

そこに二人の恐れる存在の声が響く。

「…そんなに相手ほしいなら、私がシてあげよっか」

「は?何?アンタみたいな女で相手は務まらないわよ、私はイキのいい男の子種が欲しいの、ガキの女になんて興味ないわ」

「…ふぅん?じゃあちょっと眠ってもらおっか」

どこからともなく現れたダークエルフが魔法で二人の意識を奪う。

「なッ…!?アンタいつからそこに…!」

「うっ!なんで…こんな…?」

倒れた二人を担ぎ上げて馬車に運ぶ二人。

その馬車は魔王城に向かって行った。

 

 

 

「ユーリ、大丈夫でしたか?」

「ああ、また心配かけてごめんな」

城に帰るまでがっちり抱きつき、城に帰ってからも泣き通しで抱きつきっぱなしの魔王を優しく撫でる。

「まったく…しばらく外出禁止にしないとダメですかね?」

「えぇ…ちょっとそれは厳しいんだが…」

「ユーリが心配をかけすぎるからです、とにかく今日は死ぬほどヤってもらいますよ」

魔王は嬉々として服を脱ぎ出す。

「えっ、もっと労いとかないわけ?ほら、俺スライムのせいで禁欲強いられてたわけだし」

魔王は俺をベッドに押し倒して、がっちりホールドしてから言った。

「だからカチカチなんですね♪孕むまでは寝かせませんから♪」

「ちょっ…シャワーくらいッ!うあっ!」

 

長い夜が始まった。

 

 

 

 

ーおまけー

スライム事件のしばし後。

魔王城の地下室に、二人の女の嬌声と一人の女の喜びの声が聞こえる。

「…あ〜あ…このスライムオナ○もう前も後ろもゆるゆるなんだけど…?5日間ヤりっぱなしくらいで失神とか弱すぎじゃない?」

「ふにぃ…♡もう許ひてくらしゃい…♡」

「専属オ○ホになりましゅからぁ…♡んひィ!?」

「…専属○ナホになりたいなら私の形しっかり覚えさせてあげるね?身体中蹂躙したけど、やっぱあなたは後ろの穴、そっちの紫は口が一番よかったかな」

「ありがとうございますぅ…♡」

「んほッ、止まって、待ってぇ♡」

「…さて、じゃあ聞いてみるよ?あなたたちにとって一番大事なのは?」

「「マリン様のたくましいご主人様ですぅ♡」」

「…はぁ…もう私じゃなくて体の一部に忠誠誓っちゃったよ…♪これは体の色白くなるまでヤってあげるしかないかなぁ♪」

 

彼女達の頭にはもう男のことも革命のこともありはしない。

あるのはただ「ご主人様」からほぼ絶えることなく与え続けられる快楽だけだ。




なんかハイスピードで終わってしまってすみません(´・ω・`)。
書きたかったんです反省はしてません。
シリアスな部分はきちんと次回書きますのでご安心をw。


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メイドの仕事(番外編)

ウルスラたんの密着企画!
ウルスラたんは毎日をどのように過ごすのか…?


「……これはどうしたことでしょうか」

炊事洗濯教育殺人戦闘なんでもできるスーパーメイドのウルスラは、仕える魔王城の食卓の前で立ち尽くしていた。

 

食卓の上には

・パンいろいろ

・大麦とソーセージのスープ

・果物いろいろ

・魔界牛の希少部位ステーキ

・有機栽培のサラダ

・ハザラの街の高級ケーキ

があった。

 

しかし、問題は。

「…さっき全員呼んだはずです、なぜ誰も来ていないのですか…」

最近ストレスが溜まるどころではないくらいに気苦労をかけられている気がする。

「まあ仕方がありませんね…全員どやしつけて首に縄でもかけて連れて来ましょうか…」

無表情で、しかし鬼のごとく怒りを込めた声でそう呟いてウルスラの一日は始まった。

 

 

ユーリィの部屋

「ユーリィ様、朝です、朝食ができております」

ノックして何回かその言葉を繰り返すが返事がない。

いや、中から音は聞こえるのだ。

「…失礼します」

扉を少し開けて中を覗く。

「んっんっ♡ユーリ…!大好きですっ!もっと濃いのくださいよぉ…あと4日は続けていけますよね…♡」

「ま…お…干からびる…せめて…ご飯…」

「干からびちゃうんですか?んっ♡さっきから私とキスして水分補給してるじゃないですか♪あ、お腹すいたならウルスラに朝ごはん持ってこさせて口移ししてあげます♡もちろん繋がったままですよ♪」

「きゅう…けい…くださ…ぃ」

「もうっ!照れ屋さんですね、ユーリ♡」

「絶対持って来ませんので、餓死するまでどうぞお楽しみを」

「「え?」」

扉を閉めてスライム事件の際の結界と同じレベルの結界を張っておく。

「う、うるす…らぁ、たすけてくれぇ…怪しげな薬打たれて股間以外力が入らな…ぃ」

悲痛な願い。

が、あえて無視。助けたなら私が怒られるのだ。

 

 

クインちゃんの部屋

「失礼します」

扉をノックする。

すると甲高い幼女の声で。

「えっ…今入ったら危険です!」

「なぜ危険なことをやっているのですか?部屋を一つ消滅させた時に二度と危険な実験はしませんと言いましたよね?」

「い、今は次元の実験をしているのですっ!これが成功すれば全てを飲み込む黒い空間を作り出せるのですよ〜!」

「全て?」

「全てですー」

扉をゆっくり開ける。

そこには火花を散らす黒い球体とそれに繋がるガラス管のような回路と毒々しい色の液体の入った鍋。

「ああっ!入っちゃダメです!あっ!そこ触ったら!」

「危険な実験は!禁止!」

私は回路を蹴飛ばした。

何やら球体がうねうねと形を変えて、そして。

「伏せてください〜!部屋ごと無くなりますよ!」

「………!?」

廊下に二人で倒れこむ。

 

轟音ののち。

 

「…あら〜、隣の部屋までまる焦げですねー」

「…修繕代、全て出していただきますのでそのつもりで」

「ふぇぇ…怖いです」

「…」

危うくぶん殴ってしまうところだった。

 

 

地下牢

「あひっ♡あひっ♡マリン様ぁぁ…もっとぉ…♡」

「…このメス豚…メスに犯されて悔しくない…というかもう完全に堕ちちゃったね♪あ〜あスライムにも飽きたなぁ…もっと中うねらせないと抜くよ?」

「マリン様…わたしにもください…!反抗的な態度を取ってしまってすみません…!一生あなたの奴隷になります!だからください…!やっ…!もうそこ弄らないで…!」

「こらこら、あなたはお預け♪私が遊んであげるからね♪もちろん寸止めだけど…」

地下に響く声。

地下牢の中には全身をガチガチに拘束されたスライムが二人。

一方のスライムはぱんぱんに膨れたお腹を持ち、半透明な肌の上からその中は白濁液でいっぱいなのが分かる。

マリン様に腰を打ち付けられて狂ったように喘いでいる。

一方のスライムはルビル様に体を密着されたままあちこちを撫でられ、気分が高揚して絶頂に至る寸前で止められている。

「…ご飯です」

「ん?ああ、また後で食べる〜あと250回くらい犯したら戻るね」

「全く…私が焦らす意味があるのかしら…まあ暇だしいいけれど…ウルスラ、私の分はエメにあげて」

「それがエメラル様も召し上がりませんので…」

「ならあなたにあげるわ♪」

そんなに食べられない、という言葉を飲み込んで答える。

「ありがとうございます」

と言うのを待たずに二人とも夢中だった。

「はい398回目〜中にあげる〜♡お腹たぽたぽだね、まあこれからもっと犯すんだけどね♪」

「はひぃ…♡スライム便器にしてくだしゃい…♡」

「この年増!私はマリン様のたくましいモノに犯してほしいの!アンタみたいなババアはお呼びじゃない!」

ルビル様が遊んでいたスライムは、言ってはいけないことを言ってしまった。

 

年増

 

「ふッ…いいでしょう…じゃあ極上の快感を味わってもらうわね♪」

とぷん、とルビル様がスライムの頭に手を突っ込んだ。

「何やって……!?♡!♪?!?☆♪!♡☆」

途端にスライムは脱力してひどい顔(あえて具体的な顔の名前は言わない)を浮かべ、分泌液(あえて具体的な液体名はいわない)で床を濡らしつつ体を痙攣させだした。

「…お母さん、脳いじったら戻れなくなるからやめてって言ったでしょ?」

「あら♪戻すことはできるわよ、死ぬより痛いし辛いけど…それにこの子気に入ったから私のものにするわね」

「もう好きにして…お母さんの性癖にはついていけないし…」

「心外ねぇ…あなた、私が言わなかったら1000回はその子犯すつもりだったでしょ」

「…ふん、壊れても穴は穴よ?私には死ぬまでは使えるところを1000回で止めてあげる優しさがあるのよ」

「♪☆!?!〜♡!♪!」

声にならない声でのたうち回るスライム。

この人たちは割と本気で性欲などうなっているのだろう…。

一度お医者に診てもらおう。

そう思って喘ぎ声を聞きつつ扉を閉めた。

 

 

食卓

「…片付けますか」

食事を全て台所に持って行こうとする。

そこで、いいことを思いついた。

「これでよし…っ!」

 

 

ウルスラの部屋

鍵を閉めて防音・耐衝撃結界を貼る。

もう寝よう。

 

 

 

「ウルスラっ!開けてください!ユーリがふらふらして下等生物なみの思考回路です!もうあんなにヤりませんから助けてください!」

「うぅ…メイドさん…お金貸してください…お財布が実験で無くなっちゃいました…」

「…ウルスラ、スライムが私の股間に癒着して離れないんだけど…どうしよ…」

「ウルスラ?ねぇ、脳犯したらなぜかスライムちゃんがサイコパワーに目覚めて私を取り込もうとしたんだけど?もう地下牢の結界も切れそう…助けてくれないかしら?」

 

「…「朝ごはんです、全て召し上がるまで部屋から出ません」?この張り紙何日前のだ…?というか、なんかパンが緑色なんだけどもずくパンかな?お腹すいたから食べるか…………おゔぇっ」

 

「んんぅ…一生これに張り付いて生きていきますぅ…♡無理やり剥ぎ取っても再生しますからねぇ…ぐふふ…」

「ルビル様ー?☆♪!♡?ここから出してくれたら私と一体化できますよー♡♪?!?☆私の脳と融け合わせて二人だけで脳の中で過ごしましょうよー♪☆♡?!☆」

 

 

部屋の中にはくうくうと眠るストレスフリーなウルスラがいましたとさ。




ウルスラたんの偉大さを感じていただく回ですw。
何日かお仕事サボるだけで、恋人の思考が退化したりカビパン食べてお腹壊したり財布異次元に持って行かれたりスライムと癒着したりサイコヤンデレレズスライムに迫られたりするんですね〜。
皆さんも気をつけてくださいー。


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王子編
王の苦難(その1)


視点は変わってヴァール国国王のヘルガ・ヴァールのお話です。
次のエピソードに繋がるのでどうぞお楽しみください〜。


僕はヘルガ・ヴァール。

ただの子供…いいや、人間界でも大きな大陸のうち2割ほども勢力を占めるヴァール国の王だ。

 

けれど僕は自分をこの国の王だと思ったことはない。

なぜなら。

「王よ、貴族による予算評議会の国家予算振り分け…もとい、軍事費拡張、貴族への慰謝料の増減などの案がまとまりました、お時間のある時にでも目を通しておいていただきたい」

貴族のトップたる男が玉座に座らされた僕に言う。

口調こそ丁寧ではあるけれど、国の評議会に王を出す制度を廃止させて実質的な僕の地位を貴族たちに移行させた男だ。

しかし、いや、だからこそ僕にはこの答えしかできない。

「分かった、下がっていい」

「はっ…」

 

 

この国は腐っている。

 

 

貴族は自分たちの私服を肥やし、今日どんな美味しい物を食べようかどんな美しい服を着ようか、そんなことしか頭にないヤツらだ。

 

国民はそんな貴族に反乱する気を失い、毎日毎日パンの一切れで争って水の一滴で血を流す。

 

けれど僕には何もできはしない。

玉座の後ろに立つ摂政、酒を酌み交わして暴れまわりながら会議する貴族たち、そして僕の部屋の周りを警護という名の監視を貴族に言われるがまま強める騎士たち。

僕は断言できる。

この国は衰退する一方だ。

僕に貴族たちを震え上がらせるだけの力があれば、摂政を操るだけの口の上手さがあれば、騎士を退かせるだけの摂政の部屋の金庫に保管された賄賂を自由に使えるだけの賢さがあれば。

 

そんな後悔を述べていても仕方がない。

だから僕はこうして少しでも苦痛を和らげるために、摂政や貴族から「お情け」で与えられるお堅い本の考え方をする。

自分の心なんてとうに捨てた。

ただ、油断して僕に見え透いた欲望を晒す人々が見える、誰よりも全てを理解できる立場で衰退する国を眺める優越感に浸る。

僕はそうしていた。

あの時までは。

 

 

 

魔王によると思われる単独大量殺人事件。

あの日僕は震えていた。

殺される恐怖ではない。

囚人、役人含む数百人を惨殺してみせるその圧倒的な力に興奮を覚えざるを得なかったのだ。

その顔を見たわけではない。

しかし、たしかにその時、忌むべき存在である「魔王」が僕の心を否が応でも昂らせたのだ。

 

 

 

勇者を取り戻すために勇者の出身の村に派遣された精鋭…といっても貴族出身の騎士たち数名を返り討ちにした事件。

勇者は、魔王は魔力を封じられてもなお騎士たちをぶち抜いてみせたそうだ。

僕は我慢ができなくなって、ついに摂政に尋ねた。

「なあマザク、ハザラの街のように僕たちの国も魔族と親交を持つべきではないのかい?」

「王様、それは王が気にすることではございません、王は今こそ大事な時…お勉強をすれば、いかにそれが愚かな考えであるかもお分かりになるでしょう」

その慇懃無礼な態度に、つい僕は反論してしまう。

「ふっ…愚かか、僕が…少なくともマザク、君より僕は賢いと思うけどね」

しかし摂政の男は怯むことも怒り出すこともしない。

「神はこう言っております「無知とは人の中でも最も恐るるべき災いとも言える、無知な者はみな等しく愚か、そこに身分の違いは存在しない」と…お分かりいただけましたか?」

卑怯な手だ。

ヴァール国の宗派であるグルヴ教というのは、簡単に言えば王家の取り扱い説明書だ。

貴族の作り出したマニュアルで、その言葉を引用すれば形だけはグルヴ教国であるヴァールの国の王たる者に言うことを聞かせることができる。

 

そして、もっと恐ろしい記述もある。

 

「死とは安息でありそれは非常に尊い。死に恐怖を感じるは即ち凡人である。」

 

この記述の指し示すところは。

「凡人ではない王ならば、死を偉大に感じるだろう」

ということだ。

 

これが僕に諭されるとき、僕はこの玉座やこの国というスケールではない、もっともっと遠いところへ行くのだろう。

 

 

 

ただ生きるだけの僕がいつものように閉ざされた窓から外を眺めていた時のこと。

がこんっ!とバルコニーに何かが落ちた。

生き物ではなくもっと硬い質感の。

「…骨?」

人の頭骨だった。

それを見た僕は。

 

歓喜した。

 

人の骨をこの高さまで投げ上げることなど人の力では不可能、そして投石機のような物を準備したならその時点で用意した国民は騎士に八つ裂きにされる。

つまり、この頭骨は人ならざる者からのプレゼントだ。

たとえそれが死のメッセージであったとしても構わない。

 

僕は生きる価値も刺激も感じたことはない。

最後にこんなイベントがあったのなら、それはそれで嬉しいことじゃないか。

 

 

 

予感は的中した。

 

僕は死ぬのだ。

 

 

ある日目を覚ますと、摂政が床に倒れていた。

血の気の引いた顔から既に死んでからかなりの時間が経ったことがうかがえる。

そして何より興奮をかき立てたのは。

赤い鎌を持って黒いローブに身を包んだ「人ならざる者」がこちらを見つめていたからだ。

 

「あなたは僕を殺しに来たんですか?」

「いいや…そうしてもいいのだがある頼みからそれはできない」

「頼み?」

「ついて来い、私には分かるぞ…お前はここから出たいのだろう?ぴっちりと矯正された魂が火遊びを求めているのだろう?」

す…と黒い手袋に包まれた手が差し出される。

 

断る理由は無かった。

 

僕はその、氷のように冷たい手を握った。

 

 

 

 

アシンの日記

今日ユーリ君に言われた通りの仕事をした。

一人子供をそれらしく誘拐してこい、なんて依頼でユーリ君の身体30分触りたい放題!

やるしかなかったよね、うん。

匂いクンカクンカしてぺろぺろ舐めました。とても官能的かつ充実した一日であったと思います。

また来るのが楽しみすぎる。

あと魔王城に届けたついでにユーリ君のおぱんつとハンカチをいただいてきました。

とても嬉しかったです。

 

それにしてもエメちゃんは何考えてるんだろね?

人間界の王子を捕らえて何になるのかって話。

けどね、エメちゃんにも手紙書いたけど、あの子はきっと殺されても文句ひとつ言わないよ。

あの子の魂は薄っぺらかった。

普通の人よりずっと欲も満足感も幸せも悲しみも何もない魂だった。

あ、摂政の魂戻すの忘れてた。




一風変わったテイストになっただけにヘタクソさが浮き彫りになったと思います、ハイ。
また新たな敵が出てくるかも…?


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王の苦難(その2)

メチャクチャ遅くなりましてすみません。
ほかのお気に入り作品の更新頻度下がると自分も釣られちゃうヨネ(白目。


一ヶ月ほど前のある日のこと、俺は魔物と人間の和解のための作戦として魔王にある提案をした。

「なあ…少し荒っぽくはなるけど…支配者を連れ出して説得するのが一番だと思わないか?」

すると魔王は俺のタンスを漁る手を止めて言った。

「珍しいですね…ユーリがそんなことを言うなんて」

「これまでみたいに旅をしてきても、関わることができるのはほんの少しの村人たちだけだ、国に関わるようなことを推し進めるにはインパクトが足りない」

「ユーリ?なにか焦っているんですか?」

「え?」

「そんな改革に急に身を乗り出してくるなんてユーリらしくありません、何か悩みがあるなら…」

「…なんでもない、とにかく国の重臣をなんとか説得するための機会を設けたいんだ!」

その時はそう言って押し切った。

 

 

実のところを言えば俺は焦っている。

この前ヘイジからある噂を聞いたのだ。

ヴァール国の圧政がピークに達している、と。

そもそものところ、ヴァール国は反魔物の態勢を意固地に固めている国だ。

あの国は非常に魔物に対する排他的な考えが浸透していて、しかし信じるべきと唱えた人間ですらも今は圧政を行なっている。

 

不謹慎ではあるが、人々がすがる物を失った今こそが一番の好機だと思ったのだ。

 

 

そして現在。

 

「ユーリ君、お姉さんとちゅーしよ…ね?ちょっと舐め舐めするだけだから…ちゅーしよ?」

「アシちゃん、ご褒美の時間はとっくに過ぎています、さっさと犬小屋みたいな家に帰りなさい」

「エメちゃん怖い…ユーリ君、私怖くて怖くてお手手が離せないよぉ…」

「封印してほしいみたいですね、魔王城の地下から出られなくしてあげましょう」

「あれ?別に命を奪ってもいいんだよ…なんならエメちゃんの魂をこの場で握りつぶすのも簡単だしね?」

 

王を攫ってきたアシンさんは俺にべったり、隙あらばキスやらそれ以上の行為を迫ってくる始末。

それを見た魔王はどデカイ魔法道具の砲台でアシンさんを撃とうとしたり、俺の部屋の前で恐ろしい威力のケンカをして結局仲良く抱き合って眠っていたりする。

 

「ユーリ!ぼーっとしてたらアシちゃんみたいなビッチに攫われちゃいますよ!」

「あははっ…達者なお口は躾けてあげる」

 

本当は朝8時に、魔王城の地下に囚われているヴァール国王に面会するつもりがもう午後1時過ぎ。

このままではラチがあかない。

 

「うるさい!このやり取りもう5時間も続けてるぞ!」

「ほら、アシちゃんがあんまりしつこいからユーリ怒っちゃいましたよ?」

「エメちゃんがベタベタしすぎるから…ユーリ君♪私の歯からカルシウムを直接分け与えてあげる♪」

そしてまたケンカが始まる。

今度はカーペットを丸焦げにしないといいけれど。

 

 

 

げっそりした顔のウルスラにケンカの後始末は任せるとして、俺はとりあえず王と面会することにした。

 

地下牢のベッドに座る小さな影。

俺がヴァール国に旅の途中で立ち寄った時は、ヴァール国王はまだ3歳だったと思う。

 

「このたびのまものとうばつ、大義であったぞ」

 

言わされている感丸出しで労いの言葉を言うヴァール国王の、どこか寂しげな顔を今でも覚えている。

 

 

その時の幼さを残した顔立ちでこちらに目を向けたヴァール国王に、俺はなんと声をかけるか一瞬迷った。

しかし、彼の方からこう言った。

 

「僕を殺すんですか?」

 

小さく笑ったその顔は、魔物に村を焼き払われた人の悲しそうな笑みと少しだけ似ていた。

 

 

「ヘルガ王様…勇者であった時の恩を忘れて道理に反したこのような無礼をお許しくだs」

「挨拶は必要ないです、ここはあの大広間などではない…あなたが一番強い存在だ」

「…なぜ、そんなことを?」

「僕は王家なんて地位はもう必要ない、そしていずれ王家としての力を失った僕は殺される…」

「…」

「数年前に会ったきりの君にはなにを言っているか分からないだろうね…しかし、君が僕に何を期待しても無駄に終わる、とそれだけ言っておこう」

「…お聞かせ願えませんか、そのお話について」

「話したところで何も変わらないだろうけどね…いいよ、話そう」

 

 

国王はすらすらと淡々とヴァール国がヴァール国で無くなるまでの話をしてくれた。

長い話を割愛してまとめてみるとこうだ。

 

・国王の一切の権限はまだ国王が幼いからという理由で摂政が取り持っている

・民衆が圧政に耐えかねてクーデターを起こしたとしても、摂政や貴族には国王に罪をなすりつけて処刑するだけの準備がある

・前国王は移動中の事故によって亡くなった(同席の騎士や貴族たちは運良く無傷)

・国はもはや貴族の持つ土地でしかない

 

あまりにひどい話だった。

しかし、何よりも恐ろしく感じたのは現国王であるヘルガが父親が殺害されたことも全く気にせずに喋っていたことだ。

少なくとも数年前に彼を見たときは、感情の色のあった顔は作り物に思えるほどだった。

 

 

「お分かりですか?僕にはなにも権限などない、ただ生きているだけが現時点での課題なのです」

「そんなの…」

「信じられなくても構わないし、それはある意味当たり前でもあります…ですから僕は殺されたとしてもなにも文句は言いません」

「それはおかしい!君がたとえそういう立ち位置であろうと、魔物も人間も等しく生きていくだけの権利は…」

 

「僕は彼らに人や魔物以下の存在だと見られている…ただそれだけです」

 

「…わかった、ならまた明日話そう」

「話すことはもうありません、真実は話し尽くしました」

「今度は俺が話す番だ」

「…?」

 

「失われた君の権利を取り戻すことができるかもしれない…君だって失われた時間が欲しいだろ?」

 

 

 

 

 

 

そのころ、魔王城内勇者の部屋。

 

「この黒服女!そんなファッションはユーリは嫌いです!この前そう言ってました!」

「ふん、ユーリ君の好きなベーコンパンの刺繍を内側に入れたし…それよりそんな子供っぽい性格はユーリ君に嫌われるよ」

「結婚しましたぁ〜!この負け犬!ユーリは私に惚れていて、アシちゃんは親戚のおばさんみたいなものですよ!」

「言ってくれるね…殺す」

「望むところです!」

 

 

8時間後、魔王城内勇者の部屋ベッド。

 

「んー♡ユーリの匂いに包まれて幸せですぅ…キスしましょう♡んん…」

「ユーリ君…やっと私の魅力に気づいたんだね…んっ♪キスしてくるなんて積極的…ぬぎぬぎしましょうねぇ♪」

「もうっ♡ユーリのえっち♡いきなり脱がせてくるなんて…今夜は寝かせませんよ…♡」

 

 

さらに7時間後、魔王城内勇者の部屋。

「Hした後の朝はキスですよぉ…んっ………ん?」

「激しかったね…ユーリ君♪………ん?」

 

「「は?」」

 

 

勇者の部屋は穴だらけ焦げ跡だらけになり使用不可能になりました。




ほんとにお久です…。
今度からは真面目にリハビリしますのでお願いします!


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王の苦難(その3)

またまた間が空いてしまいました(´・ω・`)。
新ヒロインの構想が決まったので頑張って書いていきますよ〜。


ヴァール国内スラム

「…お兄さん、いい情報教えてやろうか」

「今は金がないんだよ、お前の情報の押し売りなんかいらねえ、殺すぞ」

「金取るなんざ言ってねえよボンクラ、黙って聞け…これに関しては金はいらねえ」

「後になってねだってきたら頭吹き飛ばしてやるからな、んで?少しは金のタネになるモンなのか?」

「生活が一変するかもしれん話さ…よく聞け」

 

「国王が行方不明になったらしい…魔物の仕業だとさ」

 

ヴァール国城内

「マザク様!黒魔道士の占術の結果が出たそうです!」

「して、王は何処に?神のお告げを伝えよ」

「そ、それが…黒魔道士がアーシン様のお言葉をはっきりとした手紙に書き取ったそうなのですが…」

「いい報告ではないか、いつも邪神アーシンが無言だと言い訳している黒魔道士が始めて役に立ったな」

「よ、読み上げますと…『王はちょっと入り用だから待て…あ、あとお告げは…え、ええと…たぶんこれから国が変わるから頑張って私の仕事を増やさないようにしたまえ、はぁはぁユーリ君のおぱんts』というところでお告げが途絶えた模様です!」

「…黒魔道士はひっ捕らえて尋問しておけ、しかしそのお告げが本当ならば…邪神は我々をどうするつもりなのか?」

「それは…」

「よい、全ては神のみぞ知ることだろう、しかし…嫌な予感がする、お告げの中のユーリ君とやらが勇者のユーリィ・グレイである可能性もなきにしもあらずだ、警備を強化しろ」

「はっ!」

 

「く…この国が滅びたならこの国の過去も明らかとなってしまう…それだけは避けねばならん…やっと見つけた地下の遺産を調べもしていないのに…」

 

魔界魔王城

俺とヘルガはヴァール国の今の態勢を挫くべく話をしていた…その過程で俺の部屋でゴソゴソしていた魔王や水晶に何か語りかけていたアシンさんにも聞いてもらおうと思って連れてきたのだが…。

「あ、エメちゃん…昨日は私の豊満なボディでお楽しみだったみたいだね…♪」

「悲しいですねぇ…ユーリと私の区別が付かないアシちゃんと添い寝しただなんて」

「あれ?エメちゃんは私の唇奪ったよね…ユーリ君専用の」

「そっちからやったんでしょう?それとアシちゃんの唇が使われることは二度とないでしょうね、諦めなさい」

「「ぐぬぬぬ…」」

「二人とも、話を聞いてくれ」

「「はーーい♡」」

作戦を立てるにも一苦労だ。

 

とにかく、俺が朝からヘルガと会談をして分かったことを二人に簡潔に説明した。

・ヘルガの要求は国を以前の(王権の確立している)状態に戻すこと

・こちらの要求は国を魔族と少なからず親交のある状態へと変えること

・双方の目的のために力を合わせること

・なるべく国民への負担を少なくすること

・戦争などの手段はなるべく使わないこと

 

「この5点を踏まえて俺たちだけであの国を変えるんだ、三人とも分かってくれたか?」

「私たちだけ?そんなの魔物の精鋭部隊で貴族やらを皆殺しにしてしまえばいいじゃないですか」

「そうそう…もっとも魔物じゃ心もとないもんね♪霊の軍勢で憑り殺してあげてもいいよ…見返りはユーリ君の体で♪」

「は?この年増、ユーリ誘惑してもイタいだけですよ」

「クソガキに何がわかるんだか…そんな貧相な体だから発想が貧困なんだよ」

「「むむむむむ…!」」

 

デジャヴでしかない。

 

「やめろ!」

「「はーい♡」」

「いいか、貴族たちを皆殺しになんてすれば必然的に政治的な力が弱まってしまう…だろ?」

「…はい、僕一人で国家会談などに出てはすぐに国に異常事態が起きた調べはついてしまうと思います」

「ただでさえ国力の低下している今だからこそ、貴族たちには形だけでもポストに付いていてもらう必要があるんだ、従って基本は無血開城を目指す」

「無血…それはさすがに無理だよ」

「私も反対ですね、ユーリがそうして無茶な目標を掲げた時はいつでも血が流れます」

「そんなことない!誰も傷つかない時だってあっただろ」

「誰も?これまで起こしてきたことでユーリが傷つかなかった時はなかったように思えますが」

「それは…仕方ないことじゃ…」

「ユーリの血の上に成り立つ無血なんて、そんなの無血じゃありませんよ…それを踏まえて私に物を言ってください」

「…ごめん」

謝って数分も沈黙した後、魔王は俺の頭を一撫ですると顔を上げさせ、冷たい目でヘルガを睨みつけていた。

俺に助けを求める人は、魔王にとっては「夫を傷つけるヤツ」のような扱いなのだろう。

「謝罪は求めていません、それで?あなたたちが練ったプランを説明してみせてください」

「あ、ああ…」

確かに魔王をないがしろにして戦ったりすることも多かったが、魔王本人にはっきりと指摘されると謝るしかなかった。

「エメちゃん…言い過ぎだよ」

「…どれだけ言ってもユーリは私の元では落ち着いていられません、なら私がついて行くまでですよ、作戦は?」

「…ありがとな」

「これを見てください」

 

ヘルガが取り出したのは王国周辺の地図と王国内の地図にいくつかペンで書き込んであるものだった。

 

「これがヴァール国の城ですか?狭いですね…」

「ここを攻め落とすつもりなの?けれど見たところ回廊なんかもあるし…警備の巡回頻度としてはかなり多そうだけど」

「いいや、俺たちがまず行くのはそこじゃない」

「はい、向かうのはスラムです」

 

ヴァール国のスラムは城下町内にありながら、国の領土の中では最も治安が悪いとされている。

なぜそれほどに治安が悪いのか…それは圧政によって給料は本来の2割しかもらえず、しかしそれでは一週間食いつなぐこともできないために失業者が溜まっているのだ。

 

スラムにいる彼らは王国に強い嫌悪感を抱いており、その昔に騎士が摂政の命令でスラムを取り潰しに来た時、騎士数十人を殺害したのち城の庭に遺体を投げ込む事件が起きたこともあった。

 

「彼らをうまく扇動すれば、スラムの方に警備が集中するだろ?その隙に俺たちは裏口から突破して、摂政の元を目指す」

「仮に摂政を捕まえたとして…その後の政治はうまくいくかな?」

「国民を扇動したのは俺たち…いいや、キーになるのはヘルガだ、ヘルガがそれだけのことをできたなら、彼らも王権の復古を宣言せざるを得ないだろうさ」

これまでよりは幾分か現実的な作戦のように思えるが、全てはヘルガの説得力に委ねられているようなものだ。

「私たちは何をすればいいんです?アシちゃんに至っては今回完全なる役立たz」

「それ以上言わなくていい、またケンカになるから」

むすっとした顔で座る魔王。

俺がまた無茶を言い出したからか、はたまた自分が作戦にいないからか、どちらにせよ魔王には魔王で大仕事を頼まなくてはならない。

「エメとアシンさんには重大な任務があるんだよ」

「「なんでもやります!」」

「…勇者様も大概モテモテですね」

「こほん、魔物に命令して使節を送って、その様子を尾行と魔法の両面で見てほしいんだ」

「なんでそんな手間なことを?」

「魔族が使節として派遣され、正式に挨拶すれば彼らはその後の襲撃などを警戒すると思うんです、チキン貴族のことですからね…魔族の言う通りにするかもしれません」

「魔物が殺されそうになった場合は?」

「その時は…悪いけどアシンさん、助けてやってください、なるべく殺さないようにお願いします」

「ん…ユーリ君のお頼みならそうする」

「私は?魔力でも測定するんですか?」

「その通りだ、ヴァール国側にも魔力を持つ敵がいないわけではないと思うんだよ」

「いたとしても神官くらいだと思うのですが…一人だけ怪しい人間がいます」

「…それは?」

 

「摂政、マザクですよ…彼はどうもきな臭い」

後にヘルガのその予感が別の形で当たるなどとは、お願いした俺は知る由もなかった。




今回は完全におしゃべり回ですね。
動きがあるのは2話ほど後かと思われます。
なお新ヒロインの登場はそれよりまだ先の予定…。


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王の苦難(その4)

それぞれの行動によって一国を落とすことにしたヘルガ達。
作戦開始です。


「ユーリ、使節からの返事が返ってきました」

魔王が俺の入っている風呂に乱入するなりそう告げた。

「…エメ、その報告は今、しかも素っ裸で、俺の風呂に飛び込んで来てまでしないといけないことなのか?」

「さあ?そういう難しい議題は裸で語り合って決めましょうか♪さあさあ、私の匂いをすりこんであげますね〜」

「どこ触って…!こら、や…やめ…」

するとまた扉が開き。

「ユーリ君…お背中お流しします♪」

アシンさん(素っ裸)が入ってきた。

「あれ?アシちゃん?さっきの食事に入っていた毒性マンドラゴラは食べなかったんですか?」

「エメちゃんこそお部屋の前のギロチンに引っかからなかったんだね…私は残念だよ」

「そもそもアシちゃんがここにいる必要はもう無くなりました、羊羹ハウスにでも帰ってユーリのパンツを送り返す荷造りでもしてなさい」

「ユーリ君のおパンツは家宝だよ…というかこの前エメちゃんの汚い部屋の押入れにユーリ君の髪の毛の入った瓶があったよ?しかも…2年前の日付のついた」

「はっ…にわかにはユーリの髪の毛のツヤが分からないようですね…さっさと帰ったらどうです?」

「ストーカーは嫌われるよ…私は正々堂々ユーリ君とちゅっちゅするもんね」

むにむに、もにもに、ぽよんぽよん。

肌色で柔らかい天国。

 

いや、こんなことをしている場合じゃなかった。

「二人とも!やめろ!」

「「はいっ!」」

「のぼせる前に出よう、な?また後でケンカはすればいいから」

「「はーい♡」」

やれやれ…アシンさんが来てからこの調子だ。

ま、俺も二人を統御できるようになってきつつあるし、最近は構わなくなってきたけれど。

「アシちゃん?私の洗濯物に呪いかけてませんか?それと呪怨針の仕込みもありますが」

「エメちゃん…いくらなんでも脱衣所に対神用の消滅魔法はどうかと思うよ?」

 

「…二人とも、こっちに頭を出しなさい」

「「はいっ♡」」

「「いたっ!」」

「これに懲りたら、今後大それたことはしないk」

「はぁはぁ…ユーリに叩かれた♡」

「うひひひ…ユーリ君にたんこぶ作ってもらった♪」

 

俺は湯上りと謎の感情によりぶっ倒れた。

嬉々として裸の俺を部屋に運び込もうとする二人を見つけたウルスラに助けてもらわなければ、命はなかっただろう。

 

 

 

「こほん、簡潔に説明するとですね…魔物は門番に多少の威嚇をされただけで、使節ということを伝えると大臣並みの待遇を受けたそうです」

「…本当か?国のでっち上げみたいなことじゃ…」

「いいえ、私は本人を観察していましたが、本当に手厚いもてなしを受けていました、特にマザクとかいう摂政はかなりフレンドリーでしたよ」

するとヘルガが疑念の表情を浮かべた。

「マザクが公務の場に一人で出てきたんですか?そんなはずは…」

「何か思い当たることでもあるのか?」

「マザクは基本的には僕の後ろに立って指令を下していましたし、謁見や諸国民への公務、見舞いなどには全く顔を出すことはありませんでした…」

魔王は目を細めて魔物からの報告書らしき紙束を置いた。

「…マザクという男、あなたが睨んだ通りだと思います…ただの人間にしてはどこかがおかしい…」

「単なる肥え太った貴族ではないでしょう、しかし、使節の派遣程度では見抜くことはできなかったようですね…突撃してみないと分からない、といったところでしょうか」

「よし、分かった…エメは報告書とヘルガの記憶とを擦り合わせてなるべく多く内部の地図や資料を作っておいてくれ」

「わかりました!」

「はい、了解です」

 

魔王からの報告を聞く限りでは、王国の兵士や騎士は見たことのない上級魔物が「使節」としてやって来たから中に迎え入れた、ということになる。

しかし、あまりに慣れたようなやり方で魔物を接待するマザクという男…その真相を探るためにも城に突っ込む作戦を練らなくてはいけない。

 

そのために俺は彼に連絡を取った。

 

喫茶「むーばー」

「悪いなヘイジ…急な呼び出しで」

ヘイジはまた少し老けたように見える。しかし衰えを感じさせない身体を鎧ごと揺らして答えた。

「なんの、勇者殿の願いとあらばすぐにでも駆けつけるでござる…そちらの奥方は?」

「アシンと言います…よろしく」

「これはどうも、ヘイジ・カドマツでござる、今後もよろしく」

アシンさんは俺と始めて出会った時のように無表情かつ冷たい瞳で挨拶した。

ヘイジはぎこちないが優しく笑って挨拶する。

「ええと…早速本題に入りたいんだけど…」

「何の相談でござるか?」

 

「ヴァール国の城を開城させたいんだ、訳は後で説明する…ヘイジの知り合いにスラムに通じてる人間はいないか?」

 

「き、急に何を言い出すかと思えば…スラムに住む友人もいるにはいるが…しかし、スラムの連中で王国騎士団と戦おうとは無謀ですぞ」

「ああ…戦術はスラムの連中に死なない程度に暴れてもらって、その隙に俺達が忍び込むような感じだ」

するとヘイジは俯いてぽつりぽつりと言った。

「うむ…理由は聞かないとしても、恐らくスラムの人々は拙者の紹介あってもそれほど働きはしないと思うのでござる…」

「え?…そりゃまた、どうして?」

「スラムは職にあぶれた者の溜まり場…そして彼らがそこを安住の地とする以上、スラムに危険が及ぶほどの大仕事はかなりの対価がないと動いてはくれないでござる…」

「…そうか」

あまりの正論に口をつぐむとアシンさんが喋り出した。

「かなりの対価というのは…お金のことですか?」

「各々望む物は違うと思われるが…恐らくは金と住処と職になるでござる、500人を超えるスラムの人々全員に用意するとなると…」

 

「そちらの要求と都合は分かりました…全て支払いますので助っ人を頼むと話は通せますか?」

 

「「!?」」

アシンさんの突飛な一言に俺もヘイジも目をまん丸にしてしまう。

「す、全て払うと言っても…ざっと見積もって200万ドレンはかかるでござる!そんな簡単に言って信じられるとは…」

するとアシンさんは背筋を凍らせるような瞳でヘイジを真っ直ぐに見た。

ヘイジの体が少し震えたように見えた。

「500万ドレン払いましょう、不要ならもっと…この場に貴方が呼ばれたのはユーリィ様が貴方のパイプ役としての能力を買ったからです、自信がないのでしたらどうぞご退席ください」

あまりにも高圧的な言い方。

それでは呼び出されたヘイジの立つ瀬がない。

「そんな物言いないだろう、元はと言えば俺がスラムに出向いて説得するだけの力がないから…」

「勇者殿!拙者は腑抜けておった!」

がたん!とヘイジが立ち上がる。

「!?」

「ヘイジ・カドマツ、命に代えてもこの使命をやり遂げるでござる!どうか一任してくだされ!」

「え、あの、ヘイジさん」

「ユーリィ様は貴方に任せると仰っています…しっかりと任務を遂行するように」

「了解でござる!」

言うなりお茶代(の数倍の額)を置いて店から出て行くヘイジ。

「な、何が起きたんだ…」

「人に仕えていないと生きていけないタイプの人なんだよ…いい友達がいるね、ユーリ君」

「ど、どうも…?あ、それと何百万ドレンは誰が支払うんだ?」

「ああそれは…エメちゃんにツケといて」

「…」

「ユーリ君の冷たい視線…大好き♡」

 

 

「はァ!?500万ドレン!?魔界大戦の賠償金の20分の1以上じゃないですか!なんでそんな約束したんですか!アシちゃんの馬鹿!」

「魔界大戦で得た法外なお金だって元を辿ればヴァール国のお金だったじゃない…還元すると思えば軽い軽い」

「人ごとだと思って…魔王家だっていつまでもお金持ちじゃないんだからね、二度とそんなことを言わないように!」

「はいはい…うるっさいなあエメちゃんは」

「なんですって?だいたいアシちゃんは昔から…」

 

 

俺は攻め落とす過程をヘルガと話し合いながら紙にまとめた。

500万ドレンはヘルガの手から決行日に直接スラムの人々に前払いで渡す算段だ。

ヘルガの顔を見ればきっと協力してくれるだろう。

あとはヘイジの技量次第。

 

「あの…ユーリィさん、一ついいですか?」

「ん?なんだ?」

「決行の日を5日後にしてほしいんです」

「5日後?なんでまた」

「その日は父が亡くなった…いえ、殺された日、その日にクーデターを起こしたいんです」

ヘルガの目に悲しみと怒りと、そして希望を感じた。

複雑な感情が混ざりあったもので、しかし決していい感情とは言えないが、それでも出会った頃の彼よりずっと人間らしかった。

「分かった…少しはいい表情するようになったな」

「あ、あはは…なんかその皮肉ったような褒め方、父を思い出しますよ…」

「そりゃ嬉しいもんだ、決行日までに体壊したりするなよ、俺もそろそろ寝るから…おやすみ」

「おやすみなさい」

扉を開ける。

ついつい父親気分になってしまったが、魔王と中々子供が生まれないからだろうか。

「ユーリ♡おかえりなさい♡先っぽだけヤりましょ〜♡」

「ユーリ君…お疲れ様、お姉さんと一緒に寝よっか」

 

いいや、もうすぐできてもおかしくないな。




なんだかんだで使いこなせば超有能な魔王と死神。
次の次あたりからは侵攻スタートになりますね、次の章から登場するヒロインもお楽しみに!

もうちょい頑張って頻度あげよう…。


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王の苦難(その5)

ついに侵攻開始?
最近作者は暇を持て余してヤンデレ作品にどっぷり浸かっております。


決行の日が来た。

ヘイジの説得は何とか成功し、金(魔界銀行にあるすべてのお金以上の額だった)の取り寄せ、馬車、武器、稽古…全てが揃った朝だ。

 

「むにゃむにゃ…ユーリ…♡」

「ユーリ君…大好き♪」

俺の隣ですうすう寝息をたてている死神と魔王。

起こしたら迷わずむしゃぶりついて来るだろうから起こさずにそろりそろりとベッドから出て服を着る。

 

部屋から出て広間に行くと、既に食卓について俺たちを待っている風なヘルガがいた。

「あ、おはようございます」

「おはよう、わざわざ待っててくれたのか、ごめんな」

「いえそんな…エメラルさんは?」

「アイツは放っておいたら起きてくるさ、さっさと食べよう」

「は、はあ…いただきます」

 

ウルスラが気を利かせてくれたのか、朝食はいつもの豪華なものよりも少なめで栄養のあるものだった。

黙々と食べているとヘルガが口を開いた。

「…ユーリィさん、僕は…王になれるのでしょうか」

「手はずは整えた、後は決行するだけだ」

「地位は手に入るかもしれません、けれど政は摂政に任せきりだった僕に急に王座なんて…」

「誰だってそんなもんじゃないか?俺も魔物を始めて倒した時は足がガクガクだったしさ」

あんまり参考にならなかったのかヘルガは首を揺らして少し下を見て答えた。

「…そうですか、そうかもしれませんね…」

 

 

「それではお三方ともご武運をお祈りしております、危険だと踏んだらすぐに帰って来てください」

「ユーリ君…私も行きたかったよ」

ウルスラとアシンさん(寝癖付き)に見送られて、鎧や具足を付けた戦闘態勢の俺たちは魔王城を出発した。

アシンさんは戦いには参加しないものの、万一今回の作戦の隙に魔王城が落とされるのを防ぐための留守番だ。

もっとも王国騎士団やら下級魔物の軍程度ではウルスラ一人にも及ばないだろうが。

 

「まずはスラムの人々への報酬の先払いだ、ヘルガに直接手渡してもらうからそれの護衛を俺がやる」

「私はどうすればいいのですか?」

「エメは馬車の守りについてくれ、スラムの連中はああは言ってもやはり信用ならないし…俺たちへの協力が総意とは限らないから」

「ラジャーです!」

「了解しました」

黒馬の引く馬車に乗ること数十分、ハザラの街へ到着。

物珍しさからかヘルガは目を輝かせて外を見ていた。

検問は魔王の顔パス+ウルスラの偽造証明書で難なく通り抜け、人間界へと向かう。

 

人間界のある山へ差し掛かった辺りで魔王は馬を止めた。

「エメ、どうしたんだ?」

「ユーリ…これから向かう城はアレですか?」

「ん?ああ、あの城だよ」

「どうかしたんですか?」

魔王は目に青白い魔力を光らせている。

遠視の魔法で望遠鏡レベルまで遠くを見ることのできる魔王には、城下町や城の様子を窺うのは容易いことだろう。

「ユーリも見てください…なにか様子がおかしいです」

俺の頭にエメが手を添えると、目の中で何かが流れ出すような感触がした後に急に目が景色をズームした。

 

スラムの中に騎士団が闊歩している。

さらに見てみれば、スラムの人々は決して攻撃されているようには見えない。

むしろ騎士に馬車の中に招き入れられたり、にこやかに会話したりしている。

「なんなんだ…騎士とスラムの連中が手を組んだのか?」

「もしくはマザクとか言う摂政がこちらの思惑に勘付いて、スラムを先に潰しておくべきだと考えたか、ですね」

「…!」

ヘルガはただただ驚いたように目を見開いている。

「どちらにせよ、今からあそこを攻め落とすのは困難です、退却するか…或いは近くに行って様子をよく見てみるか…」

「…今日を逃せば、きっと次に攻める時にはもっと守りが硬くなってしまう、攻めるなら今しかないんだ」

馬に戻ろうと振り向くと、ヘルガがこちらに泣きそうな顔で頭を下げた。

「ごめんなさい…!僕が、僕がこの日に決行なんてお願いしなければ上手くいっていたのに…!」

「あ、謝らなくてもいいんだ、誰だってこんなこと予想できなかったんだから…」

「ユーリ、しかし今はこの子を慰めるよりも引くか攻めるかを見定めることが重要です、城下町まで急ぎましょう」

「エメ…けど」

「あなたも、こうして悪い状況を作り出してしまって、それを悔やんでいるのなら泣いて謝るよりも、もっとやることがあるでしょう?剣の一振りでもしてからメソメソしてください」

魔王はあくまで冷たい物言いで馬車に乗り込んだ。

まだ幼い彼には重すぎることだろう。

しかし、魔王の言っていることもまた正しい。

「…」

誰も何も言わないままに、馬車は揺れていた。

 

 

 

ヴァール国城下町近郊

街の様子を変装して見に行った魔王が帰ってきた。

「お帰り、どうだった?」

「こちらの作戦が漏れたわけではなさそうですね…『スラムの民衆に住居と仕事を与える』という御触れが出たようです、騎士団は武装していません」

「…」

「そんな御触れが…」

「ただし、今なら城の警備は手薄ですし、攻め込む好機でもあるのは事実ですね、しかし…」

「しかし?」

「今の状況で城を攻め落としたとしても、やっとマシな住居や職を提供する姿勢を見せた国を潰したとあれば…」

ヘルガがぽつりと答えた。

「恨まれるのは僕たち、という訳ですね」

「そういうことです…決断はユーリと王のお二人で相談して決めてください、私は魔王です…立場としてその選択に関わりません」

魔王は馬車に乗り込み馬に水をやり始めた。

 

「ユーリィさん…すみません」

「エメも言っていただろ?謝る前に、目の前の選択をしないと道は開かないんだ」

「…僕は」

「戦略として見るのなら、これはいいタイミングだ、スラムの連中の手を借りるまでもなく城を落とすチャンスなんだから」

ヘルガはこくりと頷いた。

「ただし、その後の王政はうまくやらないとクーデターを引き起こしかねない、そうなれば玉座から次に引き下ろされるのはヘルガ、君になるんだ」

「…はい」

「俺に言えるのはこれだけだ…決めてくれ」

ヘルガは下を向いたまま考え込んでいる。

 

そして。

 

 

 

「やりましょう…本当に命を賭けてのお願いです、僕に協力してください」

覚悟は決まった。




次回こそ城に攻め入るドンパチを書きます!
約束です!
2000文字が自分ノルマなんですが、もうちょい増やした方がいいのでしょうか…。


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王の苦難(その6)

 

ヴァール国城裏口前

「やっぱり施錠されてるな…こんな南京錠は音立てずに突破も中々難しそうだ」

ヴァール国城にはいくつか入れる所があるが、施錠済だった。

本当は中の家族や将校がスラムの連中のクーデターから逃れるために鍵を開け放った所を狙うつもりだったのだが…。

「仕方ありませんね、越えますよ」

魔王は人並みならざる跳躍で軽々と3m超の塀を飛び越えた。

「…エメ、俺たちできないんだけど」

「あのぅ…」

魔王に乱暴に放り投げられた二人の悲鳴が轟いた。

 

 

「さて、ここからが本番になるんだが…極力兵士は殺さないこと、それと狙うは摂政マザクの生け捕りだ」

「分かっています」

「はい」

「それとエメは退路の確保を頼む、追手はできるだけで構わないから追っ払ってくれ」

「分かりました」

魔王は手に青い魔力を纏わせている。

俺が持つのは剣と盾と鎧。

ヘルガは鎧だけで、武器とも言えないくらいの護身用の短剣を一本持っている。

「よし、ヘルガは俺たちの間にいるんだ、相手が銃を構えたりするのが見えたらすぐに身をかがめてくれ、いいな?」

「は、はい」

「行くぞ!」

 

 

隠密行動が鉄則なので、飛び込むようなことはしない。

 

裏口を回って水門の辺りへ出ると兵士が一人、水車の点検をしている様だった。

「俺が行く」

背後に駆け寄り、振り向く前に剣の柄で殴りつける。

「ごがっ…」

「ユーリ、さすがです♪」

緊張感も何もないかのようなムードだが、ヴァール国は最近銃の発明が著しいようだ。

少しの油断で命を落とす。

 

そのまま進むと今度は牢屋に。

 

不意に牢の見回りをしている兵士二人と鉢合わせた。

「貴様ら…手を挙げろ!何者だ!?」

まずい。

大きな声で威嚇されると辺りの騎士や兵士にまでも気づかれてしまうだろう。

「伏せて!」

兵士が銃をこちらに向けた。

が、弾が放たれる前に魔王が動く。

「この…な、何!?化け物!」

魔王は鉄格子を引きちぎって兵士に真正面から投げつけた。

逃げ場のない攻撃に相手が倒れる。

「ふッ!」

魔王はそのまま懐に飛び込んで二人の額に悪夢の印を刻み込んだ。

そのままうわ言を呟きつつ兵士二人は眠ってしまった。

「無理させてごめんな、エメ」

「いえ…それより、少しばかりまずくないですか?」

「…ああ、かなりな」

階段から聞こえる複数人の足音。

しかも二手から来るようだ。

「どうする?」

「ヘルガ、貴方は牢に入っていた方が安全です」

「は、はい」

「こうなった以上は全員を掃討するしかありませんね、ユーリは前から来る方を、私は後ろを守ります」

「了解」

ヘルガを銃の射線から離れた牢屋に入れる。

こつ、こつ、と近づいてくる足音。

 

「いたぞ!撃て!」

後ろに横たわる兵士と俺を同時に発見した騎士達はこちらに一斉に銃を向けてくる。

「食らえっ!」

引き金を引く時間を与えないままに、迷わず相手の群れの中に飛び込む。

「ま、待て!撃つな!」

全員俺に銃を向けてはいるものの、誤射を恐れて発砲できずにいる。

「それっ!」

アッパー気味に殴りつけると騎士はそのまま卒倒した。

「この…!」

脇腹に剣が飛んできた。

居合の抜き方で弾き返す。

 

相手は残り3人。

全員鉄砲はあるようだが、扱いに慣れてはいないのか剣で勝負する魂胆のようだ。

「どうした?騎士の得物はランスじゃないのか?そんなへっぴり腰で俺に勝てると思ってるのか?」

挑発気味に言った、すると。

「このっ…!私をバカにするなあ!」

プライドの高そうな騎士が一人、それに続いて二人が剣を振り回して駆け寄って来た。

「甘いっ!」

剣を弾いてよろめいた顔を蹴りつける。

残った二人は、それを見て驚いている隙にみぞおちを叩き、蹴りして全員を退けた。

 

「ふむ…24秒!ユーリも強くなってますね♡」

後ろを向くと土下座したまま不自然に震えている兵士十数人の上に立つ魔王がいた。

「エメ…その兵士たち、どうしたんだ?」

「魔法で精神攻撃をかけたら震えて動かなくなりました、その内元に戻りますし、大丈夫でしょう」

「…」

「さ、行きましょうか」

 

 

「げふぅ!」

王の間に向かうまでにかなりの兵士や騎士と戦った。

そして豪壮な扉の前、重装備の騎士も俺一人で簡単に倒すことができた。

「ユーリ、この先が王の間でしょうか?」

「そうだな」

「恐らくこの先にマザクがいます…気を引き締めていきましょう」

「言われるまでもありませんね」

 

そして扉に手をかけた時。

 

「ユーリ、先に行っておいてください」

「…え?」

魔王がくるりと後ろを振り向いた。

「私はここで追手が来ないか見張りをします、なにか…何とも言えない予感がしますから」

「…エメ?」

「行ってください、さあ」

「…ああ、任せた!」

「よろしくお願いします、行きましょうか」

そして俺たちは、ゆっくりと扉の中に入った。

 

 

 

がこん、と王の間の前に鎧を置いて扉が開かないようにする魔王が一人。

「…さて、貴方はいつまでそうしているのですか?」

鎧の上に腰かけたまま一人で呟く。

すると。

「…ほとほと貴女には参ったでござる…慣れない魔法道具まで使って気配を消したというのに」

階段の陰から現れ、真っ黒なマントを脱ぎ去る男。

 

ヘイジだ。

「ここで決着を付けませんか?あなたも雪姫とマザクの板挟みのままでいても、辛いだけでしょう」

「…いつから気がついていたのでござるか」

「ウルスラに全て聞きました…あなたが嗅ぎ回っていること、その行動は全てユーリの理想に反するようなものだと」

「…拙者に与えられた使命はユーリィ殿の監視、しかし雪姫様はそれだけでは満足なさらないと仰った…ユーリィ殿を挫折させ、自分に縋って来るまで妨害せよと」

「それで、こうしてマザクに言及してスラムの解体を目論んだというわけですか…しかし私たちに直接手を出さなかった、と」

「…やはりユーリィ殿を裏切ることはできないでござる、だからこうして中途半端な態度をしているのでござる」

 

魔王は剣を抜き、突きつけた。

 

「ここで決着を付けましょうか、ユーリに見られては優しさ故に止めに入られてしまいます」

剣に魔力が通り、青白く輝き始める。

「…拙者も命を賭けて戦うでござる、たとえ敵わないとしても…欺いたまま朽ち果てるくらいならば、ここでいっそ…」

騎士の得物、ランスを構える。

勇者と旅をしていた頃よりも、もっと鍛錬を重ねたその体は異様な威圧感を放っていた。

 

一歩も劣らぬ気迫を持つ二人の闘いが始まった。

 

 

 

「さて…ようこそ、ヴァール城…私の城へ」

「…」

「マザク、玉座は返してもらいます」

ゆったりと腰かけたマザクを睨みつけるヘルガ。

しかし、全く怯える風は見せていない。

「少し…昔の話をしましょうか」

「命乞いなら諦めろ、俺たちはこの城の王座をヘルガに返してもらうためにやってきたんだ」

「いえね、この話が終わったなら、ヘルガ様に私の身は委ねましょう、ちょっとした話です」

ヘルガと顔を見合わせると、ヘルガは小さく頷いて言い放った。

「いいだろう、話してもらおう、マザク」

 

「ありがたきお言葉…

…あなたの5代ほど先代の王は、機械学に精通していました。

彼は海を越えた国の技術も学び、さまざまな物を作ったと言われているのです。

そして世継ぎが14歳…あなたほどの年齢になった時には王座を譲り、どこかへ行方を眩ましました。

 

そして時は流れ…あなたの父が王座を手に入れて8年…私はそれを見つけた!

クライム・ヴァールが、その優れた知性と能力で遺した全ての秘密を私は手に入れた!

 

それを使えば王座の奪還や貴族のご機嫌取りなどする必要は無くなる!

この全てを使って、世界の王になるのだ!

これはもはや誰にも止めることはできないのです。

あの美しい機械群を見てしまった人間は、私のようにドロドロした感情に取り憑かれ、その連鎖は必ず起きる。

 

私を殺すのなら好きになさるといい。

ただし、私を殺せば次は貴方達が私のようになる番です。

 

…さ、どうしますか?」

 

「…ヘルガ、君はどうしたい?」

話をじっと聞いていたヘルガは、顔色ひとつも変えずにマザクに歩み寄る。

「一つ問いたい、父を殺したのは貴方か?」

「間接的に殺した、というのが正しいですな、王座から引き摺り下ろすのに協力は致しました」

「…そうか」

するとヘルガは短剣を抜き、そして。

 

「父を殺したのであらば、お前には死ぬなんてぬるいことは許さない、死ぬまでそれを悔いて生きるんだ!」

 

マザクの脇腹を突き刺した。

 

「ぐッ…!どうしました?殺さないのですか?」

「お前は極めて利己的な人間さ、死ねばそれはそれで楽になれるし、僕たちが狂人だと切り捨てたならクライムの遺産で世界へ攻撃を始める、そんなお前に残された罰は生きることだけだ!王として君に命じよう、禁錮470年だ」

「っ!」

マザクはようやく顔色を変えた。

ヘルガの指摘したことは本当だったらしい。

「くく…ならば、機械の力を見せるまで…!」

 

マザクは目にも留まらぬ速さで走り出し、虚を突かれて動けない俺たちを尻目に玉座の裏の階段へと逃げ込んで行った。

 

 

 

「げッ…がはっ…!」

ヘイジのランスは真っ二つにへし折られ、剣はねじ曲がり、鎧はヒビが入っていた。

魔王は、無傷。

「…気が済みましたか?」

「殺されるまで…拙者は止まれないのでござる」

それでもなお壁に寄りかかりながら立つヘイジ。

 

「貴方が死ぬことをユーリは望んでいません、その間は貴方が脅威となることが分かっていても、殺さないでおきましょう」

 

魔王が手を軽く振るとヘイジの腕に禍々しい呪印が浮かび上がる。

「こ…れは…!?」

 

どさり、と倒れたヘイジに、魔王は声をかける。

 

「騎士道…そんなものは、死にたがりの男の妄言に過ぎません、貴方がそうして踊らされている間は不死の呪いをかけておきましょう」

 

そう言い残し、扉の奥へと入って行った。




死なせてもらえない二人のお話です。
ヘイジは決して悪いヤツではないのですが…やはりしわ寄せは誰かが受けて然るべきなのですねー。
次回、新ヒロイン登場!?


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王の苦難(その7)

ついにヴァール国地下に侵入!
新しいヒロイン登場回でございます。

関係ないですが章をまとめました。
少しは見やすくなったかしら。


ひんやりとした地下に足を踏み入れる。

俺、ヘルガ、魔王の順番に歩いているため、前はともかく背後からの襲撃はまずあり得ないだろう。

 

「…こんな空間が…地下に…」

たしかに地下は明らかに異質だった。

今まで旅してきたどんな場所とも違う感覚。

弾性のある塊、鉄でできた細長いパイプや丸っこい缶、どれもこれも見たことのない物ばかり。

と、その時。

 

「っ…!?」

「ユーリ?何かあったんですか?」

 

魔王が手のひらから出している光では照らせる範囲に限りがある。

俺は視界の悪い足元の何かを蹴飛ばしてしまった。

 

「これ…首…か?」

そこにあったのは真っ白な人間の頭部だった。

「ユーリ、よく見てください、この頭は骨でもないのに白く…しかも眼球らしき何かがはめ込んであります」

「一体全体これはなんなんだ?」

 

恐らく先代の王であるクライムが、機械を用いて人間を作ろうとしていたのだろう。

歩いて行く内にそう思った。

奥に進むにつれ、機械の置いてある乱雑さは増し、その中には武器のようなものも増えた。

 

ヘルガが筒を拾ってまじまじと見る。

「鉄の玉をいくつも高速で打ち出す仕掛けのようですね…こんな物を人に当てたら…アオイモムシに食べ尽くされた葉っぱみたいになってしまいます…」

「…あの男も、こういった武装を持って抵抗する可能性もあります、とにかく深追いせずに、慎重に行きましょう」

 

 

中はまるで迷路だった。

しかし、行き止まりというものはないようで、蜘蛛の巣のように張り巡らされた廊下を歩き通した。

 

 

「…ここ」

「妙ですね…ドアノブも錆びていません」

俺たちが立ち止まったのは、侵入して50分ほど歩き回った後に見つけた、蜘蛛の巣の端の部屋だった。

「行きますか…」

「全員、俺の後ろに続いて入ってくれ」

「ま、待ってください、僕が前に行けばマザクは攻撃してこないかもしれませんし…」

「ここは戦力的に考えて私が行くべきです」

「リーダーは俺だぞ」

部屋の前でわあわあと押し問答すること10分間。

 

「だいたい!あなたたちはいい年こいてイチャッイチャッイチャッイチャッと!見てる側の身にもなってください!」

「は?クソガキにはユーリの良さが分からないようですね、これだから乳臭い男は」

「ええい、とにかく!俺が前に行く!いいな!それと俺たち二人は夫婦なんだから、イチャイチャしてもいいだろ!」

「さすがユーリ♪」

「う…」

 

 

「よし…いくぞ…」

ドアノブを静かにひねり、突撃する。

そこにいたのはマザク…ではなく、うつぶせに倒れた人間…いいや、人間を象ったロボットだった。

白い女性的な体の線に青いラインの入ったボディだけが落ちており、頭部と脚部は存在しない。

「…これ、さっき見たものよりも完成度が高いですね…もしかしてマザクがこれを…?」

「いや…接合の具合なんかはさっきのと全く同じだ…劣化具合もこの部屋の中自体が密封されてるからか、他の機材と変わらない…」

「ふ、随分ともったいぶるものですね…また扉がありますよ…それと、棒状の何かも」

魔王が指差したものは、黒い円筒型の何かだった。

中心にボタンがついている。

「押すぞ…いいな…?」

静かにボタンを押す。

すると。

 

『諸君に告ぐ、これ以上私を深追いするつもりならばこちらにも考えがある。

ここは私の城だということを忘れないでもらおう。

黙って回れ右するのなら、君たちの命は奪わないでおいてやるが…扉を開けたなら、君たちは二度と日の目を見ることはないと思っておいてほしい。

 

私の死はここの崩壊と同じことだ。』

 

マザクの声でのメッセージが流れる。

「…マザク」

「行く…か?」

「むしろ、行かない以外に選択はありませんね」

 

 

勢いよく扉を開け放ち、剣の柄を握りつつ部屋に飛び込む。

 

そこには、光るパネルを背にしてゆったりと腰かけてこちらを見るマザクと、部屋の端には先ほどの白いボディに脚部と頭部を付けた、完全体のような人型ロボットが放置されていた。

 

「…さて、この扉を開けたということは、死の覚悟ができたということですね?」

「マザク、もう諦めろ、お前の逃げ道はどこにも残されてはいないんだ、僕の口から言わせてもらう、投降しろ」

護身用ナイフを手に詰め寄るヘルガ。

魔王はこっそりと首を吹っ飛ばすための魔法の準備をしていたようだが、マザクの話は聞いておきたいので手を握って制する。

「ふ、ふふ…そこにあるガラクタ…白いお人形は、この部屋にあった死体…クライムの造り出した最後の機械でしょうね」

「最後の機械…?まだ完成もしていないだろう」

「その通り、しかし私はこの光る壁から色々な情報を抜き出しているのです、今は壊れてしまいそうで指一本触れることはできませんが、しかし全てを理解した暁には…」

「そいつを完成させようって言うのか?」

「ご明察」

 

このまま会話で応酬していてもラチがあかない。

剣を抜く。

「マザク、俺たちはそれを止めるためにやって来たんだよ、なんとしてもアンタを止めなきゃならない」

「それは難しい相談ですな…言っておきますが…あなたたちがここに入って来た時点で、もう私の勝ちは確定しているのです」

マザクが光るパネルに手をかざす。

「なに?」

 

「こういうのはいかがです?」

 

バシャッ!

「…!?」

天井にある蜂の巣のような穴から、青い液体が俺に降りかかる。

「ユーリ!…ユーリに何をかけた!?」

魔王がつめ寄ろうとするが、手で制する。

「遅効性の毒液ですよ…ま、あえてそれ以上言いませんが」

「毒液をかけたって交渉に進展はないぞ、従わないのなら俺が捕獲するまでだ」

毒液をかけられたと言うのに、俺の意識は全くの正常だった。

嘘かもしれないし、本当に毒なのかもしれない。

ただ、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「ふ、構いませんとも、全ては整って…」

 

「なら、遠慮なく刺すぞ」

 

剣を下腹部に突き立てる。

位置的には腎臓の辺りだろうか。

「が…ぅ!」

パネルから手を離して腹を抱えるマザク。

「奥の手はどうした?勝ちとやらは?」

顔をあげさせて睨みつけると、マザクは笑い出した。

 

「言ったでしょう?ここは私の城だと」

 

次の瞬間、けたたましい警報音が鳴り響く。

 

『緊急ー緊急ー緊急コードの入力により本施設は466個全ての爆弾を作動させ、証拠隠滅を行います』

 

 

「ッ!逃げないと!エメラルさん、ユーリィさん!出口へ!」

「エメ!ヘルガを連れて早く逃げろ!」

「ユーリは!?ユーリはどうするつもりですか!?」

「まだやることがあるんだ!一刻を争う、必ず帰るから早く逃げるんだ!」

「…!」

「行け!」

「必ず…ですよ」

「ユーリィさん!?」

魔王は少しだけ迷った様子を見せたが、脱出魔法を使うには時間が無さすぎる、おまけに俺の強情さも知っての上だったのだろう。

 

まだ俺の方へ呼びかけるヘルガを連れて出て行った。

 

「さて、マザク、予告なく爆破されず、こうしてアナウンスで危機感を煽るということは、止める手立てがあるんだろう!教えろ!」

胸ぐらを掴んで剣を目にあてがう。

「くく、たとえあなたの推測が正しかったとしても、私がヘラヘラと喋ると思いますか?」

「…」

光るパネルのある壁に叩きつける。

「このまま爆破はありえない、俺たちを追い払うための作戦か何かか…あるいは追い払った後に爆破して全員潰そうって魂胆だろう、そうはさせない…」

その時、パネルから音声が流れた。

 

『ーコード受付完了ー爆破の決行ボタンを押してください』

 

「!?」

見ると、マザクは手を後ろに回して光るパネルに何かを入力したようだった。

「それが管制塔か…!?」

「ふ…終わりだ!何もかも!全ての知の富は私とともに滅ぶのだ!」

「やめろぉぉ!」

ボタンに手が触れる。

その時。

 

 

「ー起動ーTC06が異常時より起動しましたーこれより不要パーツの削除を始めますー」

 

部屋の端に転がっていた白いロボットが起き上がり、腕をマザクに向ける。

マザクはあっけに取られた様子だ。

「な…なんだ…?なぜ今になってコイツが起動した?自爆回路によって電力供給が…?」

次の瞬間。

 

バババババンッ!

 

「ひッ…い、いぎ…ぎッ!」

 

バンッ!ガシャッ…ダダダダ!

 

「ぁ…」

 

マザクが血を吹き出して転げ飛んだ。

ハスのように円筒に8つの穴が空いた腕をしまい、通常の人間の手らしいマニピュレータを手にアタッチメントさせて白いロボットはこちらを見た。

 

「な…なんだ…っ?俺も…殺すのか…?」

 

すると青い目がチカチカとピンクに点滅した。

 

「ー不可解なコードー不可解なコードのアクセスを拒否しますー不可解なコードのアクセスを拒否することを拒否しますー不可解なコードのアクセスを拒否することを拒否することを拒否しますー不可解なコードのアクセスを拒否することを拒否することを拒否することを拒否します…」

 

一人で謎の言葉を発し続ける白いロボット。

逃げるなら今がチャンス、そう思って歩き出したその瞬間。

 

バシュゥ!

体の関節や頭部の穴から煙を吐き出した。

 

「ー恋ーTC06は己の感情に従いますー対象の捕獲を行いますー」

 

「…え、捕獲?」

 

グンッ!とあり得ない加速で突進してくる白いロボット…もとい、恐らく呼称はTC06。

腕をいっぱいに広げての突撃をかわすと、壁に激突して砂埃…というより岩雪崩を起こした。

 

「今のうちに……あ…れ?」

 

足元がおぼつかない。

頭も痛いし、めまいまで起きてきた。

 

「さっきの…毒液…?」

 

跪いた俺の肩に、ガシャ、と手が置かれる。

 

「ー捕獲ー捕獲を完了しましたー続いて行動呼称の省略の後に連行へと移行しますー」

 

すると俺の顔に、TC06は黒くて丸っこいモニターの顔を近づける。

青かった目はピンク色になっている。

 

「キスでもするつもり…か…?はは、口が無いじゃないか…」

ニヤリと笑ってみせると。

 

「ー捕縛ー麻酔による対象の捕縛を決行しますー」

 

しゃこっ、と口元にあたる部分が開く。

そこには、肉感やぬめり、匂いまでもが再現…いや、完全に人間のそれの「口」があった。

 

舌が異常に長くて、3本あることを除いては。

 

「んぐゥ!?んむッ!んー!ん!」

キス、というよりも荒々しくて、口の中が舌で蹂躙されて削り取られそうなキスをされる。

 

「ー放出ー麻酔放出しますー」

 

二本の舌にガッチリと舌をホールドされ、口内を舐めまわされつつ、もう一本の舌が喉の方まで滑り込み。

 

ブシュゥ!

 

 

なにかを放出し、その後意識が薄れていった。

 

 

 

「ー捕獲完了ーダーリンを捕獲しましたー」

「ー訂正ーダーリンではなく呼称は人間でしたー」

「ー訂正ー人間ではなく呼称はダーリンですー」

「ー問題発生ー自我の分裂を確認ー恋を削除しますー」

「ー問題発生ー恋を削除できませんでしたー肥大化していきますー」

 

 

「ー訂正完了ーダーリンを愛の巣へ運びますー」




新たなヤンデレっ娘は最強の機械っ娘。
機械も一目惚れさせる男の夢〜ユーリィ〜。

なかなかイメージしにくいと思いますが、TC06の体は高身長のスレンダーなお姉さんで、ディズニーのドロッセルの顔の部分が黒いモニターっぽくなって、そこに目とかのランプが付いてるようなイメージです。

(わかりにくっ。


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王の苦難(その後)

今回にて王子編はひとまずの区切りとなりますが、次からTC06が絡んでくる(いつものタイプの)物語となります。


私はヘルガを引き連れて出口に向かって走っていた。

爆破までどれほどの猶予があるかは分からないし、地上に逃げて避けられるものなのかも全くの未知数。

ただ、これだけ地下まで潜っていては今から準備する防御魔法や転移魔法では逃れられないだろう。

 

「エメラルさん!階段です!早く登って!」

ヘルガが扉を開け放つ。

すると。

 

『停止ー正常な処理により爆破は停止されましたーこれより通常機関の運用をスタートしますー』

 

警報の音や非常灯らしきランプも消え、入ってきたときと同じように換気のような音だけが鳴り響く。

 

「…!いいですか、ヘルガ、貴方は階段を上がって、これまであったことの顛末を兵士に話してください、マザクは生け捕りにしろ遺体にしろ私たちが持って帰る、とも」

「え…?待ってください、僕もユーリィさんを探しに…」

「必要ありません、足手まといです」

ユーリを一刻も早く捜さなければいけない。

ふつうに考えたなら、ユーリが何かしら手順を踏んで爆破を止めたと考えるだろう。

しかし、嫌な予感がする。

こんな設備を付けておいて、これほどの機械の技術を持つ者がシステム停止できるようにするだろうか?

「いいですね?」

「…帰りをお待ちしています、援助が欲しければなんなりと言ってください」

ヘルガが背を向けて階段を登り始める。

 

「待っていてくださいよ…!ユーリ…」

 

そして私は、蜘蛛の巣の中に飛び込んだ。

 

 

 

「っ…?」

俺は目を覚ました。

どこかは分からない、が少なくとも来たことのない場所であることは分かる。

真っ白に光るランプが部屋を照らし、本棚には本がびっしり。

寝ている布団は柔らかく、寝てまま起き上がれるような工夫が施されているようだ。

不意に、ベッドの横の机から声が聞こえた。

「ー治療成功ーダーリンの毒の除去に成功しましたー」

「…TC…06…だっけ?」

「ー歓喜ーダーリンが私の名前を覚えていますー人工生殖器、及び人工脳の快感分野の開発が完了しましたー」

なんだか一人で盛り上がっているようだが、そんなTC06のピンク色の目を見て尋ねる。

「ここはどこだ?それとエメやヘルガは?」

「ー回答ーここはクライム・ヴァール創設の旧機械研究所でしたが現在では私とダーリンとの愛の巣として使うこととなりましたー廃墟とはいえ掃除はいたしましたし誰も訪ねてくる者もいないでしょうーお連れの二人に関しては施設自体が爆破を中止したので恐らくは怪我もなさっていないでしょうー」

その言葉を聞いて体から力が抜ける。

「よかった…止められたんだ…ありがとな、俺を守ってくれて、その上安全なところで治療までしてくれて」

握手を求めて手を差し出すと、煙を吐きつつ手をマニピュレータで恐ろしい力で握ってきた。

「ー深刻なエラーーダーリンが私に微笑みを浮かべて肌に接触できるようになさいましたー溢れ出る感情と快感がエラーを引き起こしますー」

そのままガクガク震えて手を握ったまま関節からプシュッ!と大量の煙を吐き出し、しばらくビクビクと体を痙攣させた。

 

「ー絶頂によりエラーは解消しましたー快感が一定度数に達したため生殖器と排煙孔を用いて解消しましたー」

 

「…おい、俺でもそれがどういう意味か分かるぞ」

毎晩魔王のその様子を見ているから分かってしまう自分が情けなくてなんだか泣きたい気分になってきた。

股間(?)にある排水口(?)から冷却水(?)をポタポタとこぼしているTC06は小首を傾げた。

「ーセクシャルハラスメントを確認ーダーリンが私にセクハラを仕掛けてきましたー性行為のお誘いなのか単なる嫌がらせなのか図りかねますーご命令をー」

こいつ、ロボットじゃなくて実はすけべ親父じゃないのだろうかと不安になる。

「…とりあえず、俺はここから出て帰るよ、TC06はこれからどうするつもりだ?」

 

「ー戦闘型へ移行ーダーリンから私たちの愛の巣から逃げようとの不穏因子を検出しましたー武力行使をもって阻止しますー」

ガコン!とマニピュレータが引っ込んでマザクを殺害したのと同じ腕にシフトされる。

「…え?あの、TC06さん?」

「ー掃射開始ー」

 

 

本棚が倒れ、机や椅子は穴だらけ、俺のうずくまっている床の周りもボロボロになるまで連射式鉄砲の餌食となっていた。

 

「ー捕獲完了ー」

TC06に抱きかかえられる。

しかし俺は、何もせずに投降したわけではない。

「そらっ!」

頭部パーツと体が取り外せるのは分かっているのだ。

少し胸は痛むが頭を思い切り引っ張ってみる。

「ー反抗を確認ーデモンストレーションを行いますー」

すると俺を床に座らせ、いとも簡単に片手でベッドを掴み上げると鉄砲の腕を押し付け。

 

「ー射撃開始ー」

 

1分後、ベッドはただのボロ布と化していた。

「ー警告ーダーリンもミンチになりたくないのであれば賢い選択を以って私と行動することですー」

「…はい」

 

 

 

ユーリと別れた部屋を開ける。

そこには血まみれの肉塊となったマザクと、光を失ったパネルがあるだけだった。

「…どこですか?隠れんぼのつもりですか?」

辺りを見回すと、左側の壁にはまだ新しい破壊の痕跡が残っている。

人間が手を広げて突進したかのような形の跡。

「何者かが攫った…?いえ、そんなはずはありません、第1にユーリなら大抵の魔物くらいなら倒せますし…」

そこで私は見つけた。

一箇所だけ、汚れやホコリが全くない場所を。

 

「…あの機械はどこへ…!?」

 

 

 

「へ、ヘルガ王様、いつお戻りになられたのですか?それにマザク様はどちらへ…」

体に傷を負った兵士たちが薄ら笑いを浮かべて僕の前にひれ伏している。

「マザクはもうお役御免だ、後の処分はこちらで行う、さて諸君、僕に従う気の無い者は手を上げてくれ」

誰も手を挙げるまい、と思っていると、ある貴族の息子の役立たずな兵士が手を挙げた。

「マザク様より王権の譲渡を宣言されるまで、私はヘルガ様は王として信用致しませんぞ!」

するとそれを皮切りに、反論が起き始めた。

「そうだ!マザク様の口から聞かなくては納得できない!」

「幼い身でどうやって国を治めるつもりか!?」

マザクの政策で甘い汁をすすった貴族の関係者をはじめとする騎士や兵士たちが詰め寄ってくる。

「な…や、やめろ!証拠は今から…!」

 

「騎士ともあろう者が、君主ならずとも敬うべき者に逆らうとはなんたる不届き者であろうか…それでよく騎士が名乗れたでござるな」

 

第2騎士団長であるヘイジが声を上げた。

すると僕に掴みかからんとしていた兵士は歩み寄り、剣を抜いた。

「俺はなぁ、昔ッからアンタの態度が気に食わねえんだよ!ここでクソガキと一緒に叩き斬ってやる!」

その子分らしき兵士や騎士も武器を手にする。

鉄砲は全員持っていないが、ざっと見て20人ほどがヘイジに剣やランスを向けていた。

僕たちの襲撃によるものなのか、満身創痍のヘイジは折れたランスを手に不敵に笑った。

「やれるものなら、やってみろ…でござる」

 

 

 

「ー問ーダーリンにとって愛する人はどなたでしょうかー」

俺は新しいベッドに寝かされた。

化け物じみた力で抱きかかえながらなぜか添い寝しているTC06が尋ねてきた。

「エメだよ、俺の妻だからな」

「ー不正解ー私の欲望中枢を満たさない内容により端的にこちらの要点をお伝えしますー」

「え?」

「ー要求ー私TC06製造番号2-2-42はダーリン…もといユーリィ・グレイの妻となることを所望しますーこれより先この要求への拒否をした場合は実力行使となりますー」

「…は?何言ってるんだ?俺はエメを愛してる、だからもうここから出たいんだよ」

あまりに身勝手な物言いに反論すると、マニピュレータが俺の腹を突いた。

「がッ…!?」

たまらずに上体を起こすと、俺の上に馬乗りになったTC06は言葉を紡いだ。

「ー警告ーあまり私の怒りを刺激するとダーリンの身の安全の保証は致しかねますー端的に言うならばー」

すると、また口を露わにした。

びっしりと並んだ白い歯で俺の首筋を強く噛む。

血管が破れて、一筋だけ血が流れ出したのを肌で感じ、思わず体が震えてしまう。

暴れることもできずにいる俺の首の血の筋が服に滴り落ちる前に、三本の舌が俺の首に巻き付く。

「ー逃げるようなら手足…首だって吹っ飛ばすー」

舌によって、少しだけ頸動脈が締め付けられる。

「…!」

恐怖と観念で目を閉じると口と舌が離れた。

流れていた血は綺麗に舐め取られていた。

 

「ーということですーお判りいただけましたかー」

 

 

ここは従うべきだ。

が、しかし、魔王を裏切ることなどできはしない。

「お断りだ」

 

「ー嫉妬ー服従剤とTC合成ガスを使用しますー」

 

ドッ!とベッドに押し倒され、腕には注射器からなにかを注入され、口と鼻をすっぽりTC06の口で覆われる。

 

TC06の吐く空気を吸ったせいなのか、遠のく意識の中で、TC06の赤みがかったピンク色の目がやけに歪んで見えた。




ヤンデレ発動です、喜べ(強制。
次回からはTC06に攫われた勇者を求めて(また)魔王が遁走する、的なことになりますので、どうぞよろしく。


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歯車の心(その1)

TC06編です。


「…っう…はぁ…」

 

TC06に監禁されて一週間ほどは経つだろうか。

俺は初日からよく分からない薬を、数時間ごとに体に投与され続けている。

初日は一日一回、少し気分が悪くなったが、しばらく後には体に力が満ちていた。

投与の頻度は日に日に増している。

今では3時間に一度。

それを投与されないと、体がムズムズとして頭が痛くなってくる。

「ー診断完了ー身体に特殊薬物の反応を確nー報告義務を削除しましたーダーリンの身体は健康ですー」

「…俺に、何をしたんだ…は、はやく、早くいつもの薬をくれないか…?」

「ー許可ー薬の投与を行いますーただし、薬を投与する前に私にきちんとお願いの態度を示してくださいー」

「…え?な、なんだよ、それ、この前までは無条件で」

「ー選択してくださいー私の足を舐めるかーそれができなければ薬はお預けとなりますー」

白いブーツから白い足が出てくる。

機械であるはずのTC06の足は、なぜか全く硬質な感じはしなかった。

「…舐めれば、いいのか?」

「ー肯定ー足を舐めてくださいー人工皮膚の足ではありますが、冷却水による汗がブーツの中で蒸れて感覚中枢に害を与えますー」

ゆっくりと顔を近づけると、かつて魔王の足を舐めた時と同じような匂いがする。

決していい匂いとは言えない。

汗臭くてしょっぱい味を感じながら犬のように舐める。

しばらくじっとしていたTC06は、やがて俺の顔を足で優しく蹴り上げるように上に向けさせた。

「…なんだよ」

「ー報酬ーご褒美ですー舌を出しなさいー」

 

白い液体が注射器の中に入っている。

いつものように、それを舌に注入してもらえたのならば俺はいつも以上に元気に動ける。

そうすればTC06から逃げ出すこともできるかもしれない。

 

「…はい」

身体の中を、ゆっくりと覚醒成分が回り始める。

 

 

 

「逃げないと…エメの元に帰らないと…」

薬を投与されて1時間後、俺はTC06が別室にいる隙に、TC06が隠した俺の私物をかき集めていた。

「剣、鎧、鞄、靴…盾に食料、これだけあれば…」

鞄を背負ってトイレに入る。

トイレには小窓があるのは事前に調べておいた。

「今すぐ帰るから…エメ…」

薬が切れ始め、痛む頭を抑えながら俺は一週間ぶりに外の世界へと飛び出した。

 

「ー起動ー脱出したダーリンを捕らえますー人工生殖器の調整が完了しましたー」

 

 

 

魔王城

「エメラル様、お夕食が出来上がりました」

ウルスラが扉をノックするが、いつもの如く返事はない。

「…エメラル様、これで丸5日もご飯を召し上がっておりません、魔力も使いっぱなしでそのような無茶をされては、いつか身体を壊してしまいます」

すると、目の下にクマを作った魔王がほんの少しだけ扉を開けた。

「あとで食べます、置いておいてください」

「エメラル様、わがままもいい加減に」

「うるさいッ!ユーリを探してるんです!邪魔しないでください!」

「…」

乱暴に扉が閉まる。

メイドは踵を返し、今日も誰にも食べられることはないであろう夕食を保存できるように、食卓へと向かった。

 

 

ヴァール国地下

「これは…私も見たことのない機械が大量に積んでありますねー…いつか機会があればじっくり調べたいです」

「あなたの知的探究心なんてどうでもいい…真面目にユーリ君を捜す気がないのなら、殺しても構わないんだよ?」

地下研究所を地図片手に歩き回るアシンとクイン。

しばらく調べてはいるものの、機械自体が見たことがないものもあり、更には非常に複雑な構造で作られている物が多いため、一概に転移装置と断定するのは難しかった。

 

しかしクインがアシンにいくらそれを伝えても、恋をこじらせた死神は一言一句すらにもキレて返す。

 

「…はっきり言えば、全てを調べてユーリィさんの転移先を調べるともなれば数十年ほどかかってしまいます」

「は?…死ね、やっぱり貴女に価値はない」

「待ってください、なにも私は、ユーリィさんの今いる場所が調べられないと言ったわけではありません」

「なに…どういうこと?」

「転移装置としての機能のありそうなもの、とりわけ最後にエメラルさんとユーリィさんの別れた部屋の周辺の機械に絞って調べたなら、もっと早く見つかるかもしれないということですー」

 

 

「ひぎィ!マリン様っ!もっと激しくしてくださいぃ!」

「私がぁ、こんな下級スライムごときに!性欲で引けを取られてはいけないのよ!」

「ルビルさぁん♡追い詰めましたよぉ♡二人だけで脳みそダラッダラのレズワールドに行きましょうよぉ♡」

「ま、待って?私は男にしか興味はないの、悪いけどそのお誘いはお断り…」

「捕まえたぁ♡今日は8時間くらい脳内こねくり回してあげますからねえ♡」

「ひッ…いや…いやぁぁ!」

 

 

「はぁ…はぁ…!このまま走って大通りに出たら、馬車を拾ってハザラの街まで…!」

俺は森の中を走っていた。

薬が切れたせいなのか、ふらついてくる身体を必死に動かしてめちゃくちゃに走った。

しかし、そんな体の限界は近かった。

俺は小さな木の枝に足を引っ掛け、受け身も取れずに地面に倒れた。

「く、くす…薬が…あれば…走れる…エメの元に行ける…のに…」

進むべき道の方へと手を伸ばす。

すると、その先に。

 

「ー発見ーダーリンを発見しましたーこれよりダーリンの捕獲行動に移りますー」

 

「い、いやだ…来るな…俺は…エメのもとに…」

しかしTC06は倒れたにじり寄り、そして。

 

「ー交渉ー薬が欲しくないのですかー私の元に来れば永遠に薬の快楽を与えましょうー」

 

「く…薬…ほ、ほし…い…」

この時の俺は、もはや思考能力なんて物を持ち合わせてはいなかった。

薬の味だけが頭の中を占める。

 

「ー提案ー薬を欲するのであれば私に首を差し出しなさいーそうすればダーリンに特濃の薬を差し上げますー」

 

もはや俺は言葉も失い、魔王の顔だけを思いつつも、体が勝手に動いてしまう。

洗脳されているのは分かっているのに抵抗できない。

する気も起きない。

 

俺は、首を差し出した。

 

 

 

TC06は勇者の首に、赤く点滅する首輪を取り付けた。

そして優しく抱きしめた後に、放電した。

「あッ…ぎゃ…ッ!?」

 

「ー捕獲成功ーこれよりダーリンを愛の巣まで持ち帰りますーホルモン、神経操作の首輪による性交渉成功率は80%ー次回より薬の投与を中止してストレスを性欲によって発散させますー以上の過程終了頃には私への依存が始まるでしょうー」




ヤンデレ相手の脱出は失敗するのが当たり前(謎。


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歯車の心(その2)

新しく連載(ヤンデレ)書こうと思うのですが、交互更新となるとどうも遅くなってしまいそうで中々手が出せずにいます。
この前も短編書いたのですが、7000字でヘトヘトw。


「ぁ…ぐぅ…」

俺は気づけばベッドに寝ていた。

それは監禁されて毎日のことだったが、今日はいつもの寝覚めとは違う。

まず、俺が裸であること。

そしてTC06が隣に寝ている(充電中)ということ。

TC06の、白い滑らかなボディには白濁液が付着している所を見るに、俺は例の薬で意識を持っていない間に性欲のままTC06と過ちを犯してしまったというところか。

「無様なものね」

「…ニコラ」

頭に響いてくる低い声。

「なんだ?冷やかしか?」

「そんなところ…昨日のあなたはホントに獣だったわよ?うめき声と咆哮だけ上げて腰をぱんぱんぱんぱん…」

「聞きたくない、やめてくれ」

「…で?あなた、これからどうするの?」

「…」

「あら?これまでのあなたなら、すぐにエメの元に帰る、なーんて言ってたと思うけれど」

「薬が、欲しいんだ」

「ああ、あの薬、ハマっちゃったのね」

「え?」

「海の外では問題になってるのよ?あの薬の類似品が大量に国中に出回って、しかも副作用は著しい魔力の低下」

「…嘘、だろ」

「あはは、その顔いいわね…あなたの場合は戦闘面に影響が出るほど魔力が無くなってるわけじゃない」

「本当か?」

「ええ、けれど…私を繋ぎ止める力がかなり弱くなってるわね」

「…!待て、それってつまり」

 

「ー起動ーTC06の活動を再開しますー」

 

TC06のアイランプが点灯してこちらを向く。

いくら頭の中で呼びかけようとも、ニコラはそれ以上俺と話すつもりは無いようだった。

 

 

 

「ふ…♪ユーリの位置…絞れました…♡おそらく…ヴァール国内のこの区画に居るのでしょう…」

私はユーリがいなくなってからの10日、ずっとお母さんの使っていた水晶でユーリの位置を探ってばかりいた。

本当に、1秒たりとも水晶から離れてはいない。

証拠も決定的なものも無しだけれど、そんな状況でまるまる10日もかけて見つけ出したポイント。

その地区を洗いざらい探せば、きっと。

 

「ユーリ、今行きます…」

 

魔力を普段のペースよりも急激に放出しすぎると身体に起こる反動がある。

今回のそれはかつてない程に凄まじい。

現に今もふらふらする体を、壁についた手で支えて歩いている。

と、目の前に黒い布が広がった。

 

「わぷっ!?」

柔らかい。

「エメラル様、ご飯の時間ですよ?溜まっている31食分、キチンと食べていただきます♪」

どうやら私はウルスラの胸に突っ込んでしまったみたいだ。

ウルスラがご機嫌で物を言うときは本当に嬉しい時(3年に1回くらいある)かマジギレしている時(5日に1回くらいある)。

「ウルスラ、そんなに私が部屋から出てきてくれて嬉しいんですか?帰ってきたら相手してあげますから、見逃してくださいっ!」

魔法で小さな爆発を起こし、煙幕を張っている間にウルスラの横を抜けて駆ける。

 

しかし。

 

「…はぁ、私が本来仕えているのはエメラル様です、ただし、エメラル様の旦那様も同様…ユーリィ様を助けようとするのなら、それをサポートするのが私の役目です」

 

「ウルスラ!分かってくれたんでs」

 

「したがって、短時間大量栄養体内注入術式(凶式)を取り行います、抵抗は無意味ですよ」

 

 

短時間大量栄養注入術式とは、身体の活動や活性化に必要な栄養素を魔力に混ぜて体内に注入する術式だ。

食事よりも多くの栄養を、短時間に、食事よりも多く取り入れることができる。

 

あるデメリットを除いて。

 

魔力を体内から放出するのは容易だが、外からの魔力の侵入を防ぐための安全機構が、ほとんどの魔族や生物に備わっている。

短時間大量栄養注入術式はその名の通り、外部からの魔力「注入」の術式である。

 

ちなみに(凶式)はウルスラが独自に編み出した術式法などを使うことを指す(今回は魔力濃いめということ)。

 

即ち。

 

死ぬほど痛い。

 

 

「い、いや…いやァ…いやあああああ!」

私は200年前のあの時のように、泣き叫んで暴れまくる。

「エメラル様、腹をくくってください、なに、全身をハエに食いちぎられる程度の痛みでしょう?大人になったエメラル様なら耐えられます」

「…本当ですか?」

ウルスラはにっこり笑って言った。

「本当です」

 

その3分後

 

 

「ひッ…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

「ユーリ君…本当にこんな所に?」

「…ざっくりとした解析ですが、この廃墟かお隣の酒場にいると考えられますね」

「嘘ついたなら…殺す」

私とロリ女はユーリ君を探してヴァール国内のある建物にやって来ていた。

「旧機械研究所…どうしてこんな所に?」

「ユーリィさんがいると確定したわけではないです、ちなみに機械研究所は機械研究に没頭していたヴァール国国王のクライム・ヴァールが作り出したこの国で最初の機械研究所でして、しかしクライム博士は凡人の機械的センスの無さへの絶望からか次第に引きこもりがちになってしまいます、しかしここで生み出された蒸気機関という物は今でもたくさんの物に使われていますね、たとえばあn」

 

「黙れ…殺すよ?」

 

私はツアーを求めているわけではないというのに、このお喋り女は勝手に喋り出してしまうからうるさくて仕方がない。

ユーリィ君を探しているというのに、何をそんなに呑気にしていられるのか。

 

「あ、でもシャッターも鍵も閉まってますねー、裏口は開いているでしょうか?」

「そんな必要はない…まとめて壊す」

「はぇ?」

 

 

 

「薬を…くだ…さい…」

首輪を付けられた俺は、犬の真似をしてお手、お座り、ちんちん、あらゆる屈辱を受けて薬をねだっている。

アホらしいとは思うが、しかし体は一向に言うことを聞かない。

 

「ー承認ーダーリン、舌を出してくださいー」

「ぁ…♡」

 

この薬のために生きているのだと、俺はもはや錯覚しはじめていた。




よければ別作品の執筆の意見など、どしどしお寄せください。


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歯車の心(その3)

今回はクライム・ヴァールのお話。
彼が(ヤンデレ)ロボットを作るに至った経緯です。


俺は王族に生まれた。

この大陸にごまんといる人の中の一人でも、そのステータスを持つだけで道行く民がひれ伏した。

彼らは決して俺を畏れているのでも、敬っているわけでもない。

彼らが畏れ敬うのは俺の「たまたま」強かった先祖。

たまたま力に恵まれて、たまたま財力があり、たまたまその流れに乗ることができた者。

 

そんな人間がおこがましくも大勢の人間の上に立つべきではないと、俺は思う。

 

「おお!クライム、そんなに本を読み込んで!お前も18になって王子としての自覚が芽生えてきたのだな」

「お父様、これは王になるための勉強も兼ねての趣味です…ただ、勉強すればするほど僕は疑問に思います」

「どうした?何でも言ってみろ」

「なぜ、お父様のような人間がこの国の王なのですか?」

「…なに?」

「お父様は人格者ではありません、僕が仲良くしていたスラム育ちの娘との仲を引き裂いて許嫁を探しています」

「…あんな娘はいかん、スラムなど下賤の」

「それに、お父様はお母様と仲がよくはありません、もっと言うのならお母様の家も現在は失脚間近だ、あなたは王家の看板のために人生を捨てたのです」

「僕はそんな生き方はしたくはない、それとも、お父様はそんなくだらない生き方で楽しいの」

「分かった、もういい」

 

「……クライム、お前の読んでいる本はな、機械工学のはるかに進んだ海の向こうで書かれたものだ」

 

「…」

「そこでだ、お前も留学をしてみないか、そうすればその考え方も変わるだろう」

「僕を死んだことにして弟に政権を継がせるつもりですか?しかし弟も病弱ですが」

 

「………ふ、思えば、あの女の腹から生まれたお前は、妾の子よりも可愛げのない子供に育ったものよ」

 

「…」

「お前の前で臣下の首を刎ねた時が懐かしいなあ、4歳のお前は何が起きたか分からず震えていた」

「僕を、殺すのですか?」

「お前なら分かるだろう?」

「そうですね、たしかにその通りです」

 

 

 

「…拳銃は作るのが大変だったなあ、親父を殺してもそれほどスッとしないし、やるんじゃなかった」

 

「ま、留学には行ってみるか、機械工学とやらにも興味もあることだし」

 

 

 

「スイ、迎えに来たよ、俺と一緒に行こう」

「…く、クライム?アンタ、なんでスラムに…!?留学したって噂が…それに一緒にってどういう…」

「今が城への帰りさ、そして君は今日から王女だ!もちろん親御さんも城に部屋を設けてあるから!」

「え、ちょ、どういう…!?」

 

 

 

「「「クライム様!スイ様!ばんざい!ご結婚おめでとうございます!」」」

「あなた…私、幸せよ、こうやって貴方と結婚して、スラムのみんなに好かれて、子供までお腹に…」

「お、おい泣くなって…」

「ふふ…でも…ほんとに幸せ…」

「よし!今日は飲んで飲んで飲みまくれ!酒代は全部貴族持ちで払わせるから!」

「く、クライム様、ちょっとそれは」

「脱税をこの前正してやったというのに、昨日まーた悪いことしてたなあ…額は大したことないが、公に知られたら火炙りになるぞ?」

「喜んでお支払いします」

「おしゃ!飲め!食え!」

 

 

 

「お、おおお王子様が!」

「ふわッ!?寝てた…で、なんだ?落ち着いて話せ!」

「王子様がご出生です!女王様もご無事です!」

「…よっしゃあ!」

「あ、クライム様!まだ医師に確認を…!」

「どけどけ!妻の顔が見たいんだよ俺は!」

 

「ん…もう、もしかしてずっと廊下で待ってたの?」

「おう、ちょっと寝ちまったけどな…子供見たよ…俺に似てハンサムだ」

「…疲れた、ちょっと寝ていいかしら」

「大歓迎だが、タイミングに悪意を感じる」

「ふふ…」

「欲しいものとかあったら何でも言えよな」

「そうね…欲しいもの…」

「2年前誕生日忘れたのは悪かった、あれの償いも込めて何でも取り寄せてみせるから」

「…も」

「え?」

「子供、ほしいかな」

「えっ」

「えっ」

「い、いや、その、一緒に寝ると、その、次の日の朝腰が痛いし、あとイく時無意識かもだけど首に噛み付くから跡がつk」

「叶えてくれるの?ありがとう♡」

「え、あの、スイさん」

「産んだあとが塞がったら覚えておいてね♡」

 

 

 

「…いてて」

「スイ、大丈夫か?ハルクの時よりも痛そうだけど」

「ははうえ?お薬いる?」

「ありがとうハルク…でも大丈夫、こんな痛み、全然気にならないから」

「本当か?何かやってほしいことがあったら」

「いいのよ、ちょっと風邪気味なのかも、もう寝るわね」

「…ん、おやすみ」

「おやすみなさい!ははうえ!元気にね!」

「ハルクもね、おやすみ…」

 

 

 

「ちちうえ、ははうえはどこ?子供は産まれた?」

「…」

「いもうとは?おとうとは?」

「母上はな、遠いところへ行ったんだ」

「遠いところ?」

「そうだ、安らかな顔で笑って…娘ももっと大きくなったらアイツにそっくりだったろうなぁ…」

「二人とも、いないの?」

「…そう、そうだ、もういない…さよならだ」

「…」

「く、クライム様、ボグトの王家がお嫁をこちらに嫁がせたいとのことで…」

「黙れ、俺はしばらく部屋で公務だけする、遺骨と仕事の書類とメシしか持ってくるなよ」

「ちちうえ?」

「そ、そんな!ご子息はどうなさいます!」

「ハルク、16歳になったら俺の部屋に来い、伝えなきゃいけないことがある」

「…うん」

「クライム様!」

 

 

 

「来た、か…大きくなったな」

「父さん、話したいことがたくさんあるんだ」

「いいや、それは聞けない、やりたいことを完成させるなら、あまりに俺には時間が足りないんだ」

「じゃあ、なんで僕をここに呼んだんだよ!」

「この王冠を、お前に渡す」

「…」

「戴冠式はできないが…しかし、俺のやっていることが完全にできたのなら、きっとお前にも話す」

「分からないよ、父さん、なんでそうなったんだよ」

「俺から話すことはもうない…いい王になれよ、俺はいつでもお前を見守っているから…」

「父さん!開けてよ!父さんっ!」

 

 

 

「俺たちの娘を、お前の分身を、必ず作り出すからな」

 

「…兵器なんて作るつもりはない、が、動力区間のモーターが兵器を運用を前提としている以上は…こうするしかあるまいて」

 

「なあ、スイ、お前の顔が思い出せない、俺はどうしてこうなってしまったんだ…叶うことなら今すぐ骨壷も叩き割って、お前を出してやりたいよ」

 

「スイ、今日な、血を吐いた、水銀の使いすぎかもしれんな、娘のお前は機械だろうと俺は人間…敵わないよ」

 

「…眠い、ついに、俺の体も…?」

 

「電子頭脳に全ては打ち込んだ…お前自身の記憶こそ入っていないが…お前がどういう行動をするか、こいつは45finモーターAIで解析して……いかんいかん、機械に没頭しているとお前は構ってほしくて怒っていたな」

 

「頭部は…お前とは違う形にしたよ、お前はもうここにはいないんだからな…娘も俺みたいなハンサムになったやもしれん…あとは…これを付ける…だけだ」

 

「綺麗だ…ふ、お前は娘になんて付けるつもりだったっけかな…」

 

「この子はテール・クロウム・ヴァール…だったな、お前の地方じゃ、名前は3つに分かれるんだっけ…はは、こんな文献を探すのに2時間もかかってしまった」

 

「…スイよ、カンツ・ヘルネ・スイ…娘の名前をここに刻もうと思ったが…しかし俺にはそんな体力も残ってはいないみたいだ」

 

「TC…とだけつけよう、イニシャルさ…ウチのVを付けたら、どうせ王家の物にされてしまうし…誕生日は娘もお前も6日だったな、あの時は忘れちまって悪かった…」

 

「お前が0番目の俺の娘、そして6日に生まれたテール・クロウムだ、なに、ひとりぼっちなわけじゃない…誰かが発見して、このシステムを使用するまでは眠っていてくれ」

 

「…おやすみ」

 

 

俺の物語はここで終わるが、しかし俺たちの娘はきっとこれからも生き続ける。

今行くよ。

スイ。




TC06誕生秘話でした。
王家の嫁に迎えに来てもらいた(ry。


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歯車の心(その4)

奪還開始です。

え?投稿久々?ヤダナア ソンナワケナイヨ。


「ふぇぇ…何するんですかぁ…?」

「恐らくこの施設は建物の造りからして堅固なものになっている…貴女の怪しげな道具でシャッターを吹き飛ばす」

私はユーリ君の囚われているであろう建物の前で、(偽)ロリ女の服をまさぐっていた。

 

ユーリ君がいると見られる王立機械研究所の廃墟は、私の魔法で吹き飛ばしても構わない。

しかし、そうなると周辺が焼け野原になってしまう。

私は小さな魔法の勘など忘れた。

何かを滅ぼす程度のコントロールに慣れるのも考えものではある。

 

まあ、とりあえずそんな訳でロリ女の怪しげな道具ならば回路次第ではここを、最小限の力で吹き飛ばすことができると見て探っている。

 

「ありましたね…え?この袋は…なに?」

「あっ、それは私のお菓子ですよう、くさやチョコレートは私の大好物なのです」

「お菓子…この一大事に、お菓子」

「ふええ…お顔怖いです、それあげますから機嫌直してくださいぃ」

むしゃくしゃしながら包装を解いて口に放り込む。

 

芳醇な香りと強烈なくさやの旨み#/#@☆/&

 

「え?ちょ、ちょっと死神さん!?なんで倒れちゃうんですかぁ…独りぼっち怖いですよぉ…目覚めに効果てき面の、大好物ハバネロフリスクでもあげましょう…」

 

 

 

「ー尋問ーダーリンの最も愛すべき女性は誰ですかー」

「……エメ…」

「ー不正解ー学習機能改善のために薬はお預けですー」

「…そんなもの、いらない」

「ー不可解な因子を検出ー薬が必要ない理由の説明をしなさいー」

「俺は教えてもらったさ、その薬を使うと魔力が無くなっていくことを…」

俺は脱走した後にTC06に捕らえられ、薬を目の前にちらつかせられながら尋問を受けていた。

しかしその薬は、投与するごとに魔力が減るとニコラが言っていたものだ。

このままそれを投与され続けると、ニコラを縛る魔力は消え、恐らくニコラが俺の中から出てきてしまう。

 

魔王を殺すことに何の抵抗も持たなかったニコラを、俺の中から出すのは何としても避けなくてはいけない。

 

体は欲しがっているが、やはりあの薬を受け入れるわけにはいかないのだ。

 

「ー嫉妬ーもう一度薬による調教を開始しますーダーリンの許可は必要ありませんー」

 

そう言うなり、TC06は自らの体内から真っ白に白濁した液体の入った注射器を取り出した。

これまでは半透明の白っぽい液体だったというのに。

 

「ま、待て、TC06、止まれ」

「ー拒否ーダーリンの命令は受け入れませんー」

腕を掴んで注射器の針が近づく。

「やめ…!」

 

 

次の瞬間、俺はひさびさに陽の光を浴びることになる。

 

 

嵐だった。

真っ黒な力が研究所の壁を、天井を、床を引きちぎり、爆発四散させている。

 

「ー緊急防衛策行使ーアトミックバリア及び電子砲を用意しますー」

 

TC06の手から、飛来する瓦礫や吹きすさぶ黒い風から俺と自分を守るための赤いバリアが張られる。

 

間も無くして嵐は止む。

だが、襲撃は終わらない。

 

「死ねぇッ!」

目にも留まらぬ早さでTC06の頭部のバリアを蹴りつけた影が一つ。

 

魔王だった。

 

「エメ!?」

「今助けてあげますからね…ユーリっ!」

 

「ー迎撃ー掃射しますー」

と、TC06は呟いた。

腕を上げ、赤い目で魔王を見据え、そして。

「エメ!何かに隠れて伏せろ!」

「っ!?」

耳を突き破るような銃声。

軌道を外そうと腕を蹴りあげようとしたが、TC06は左腕の圧倒的な膂力で以って俺を押さえ込んでいて、全く動けない。

 

「ーHITを確認ー弾倉を変えますー」

ガコンッ!と弾の入っていた黒い塊を捨てる。

魔王が咄嗟に身を隠した瓦礫の屑からは、肩の白い肌が傷ついているのが見えた。

恐らく魔法で咄嗟に防御陣を組み立てたが、直撃してしまったのだろう。

それでもこの距離でミンチにされなかったのは、単純な魔王の魔法の完成度の賜物だ。

 

「ー第二波ー掃射開始ー」

TC06がもう一度腕を魔王に向ける。

「エメ!来るぞ!」

「ッ!喰らえっ!」

真っ黒な球が瓦礫の壁影から飛び出した。

こちらに直進したソレはバリアに突き刺さった後に、バリアが砕けるのと同時に散る。

「ー損傷軽微ーバリアの破壊を確認ー再構築を最優先としますー」

その言葉を知ってか知らずか、魔王は遮蔽物から飛び出して魔力による青白い剣をぶん投げた。

 

狙うは。

「俺!?」

 

「ー庇護ーダーリンに危険が迫っていますー」

 

魔王の剣をTC06が左腕でガードするのと、TC06の右腕から放たれた銃弾から魔王が身を隠すのはほぼ同時だった。

 

目の前で火花を散らすTC06の腕。

左腕から解放された俺は迷わず叫んだ。

 

「ニコラ!」

辺りが緑色に煌めく。

 

「…はぁ、最後まで私頼りなのね」

「悪いな、でも今は武器が無いんだよ、素手でTC06を破壊しなきゃいけない」

時を止めた瞬間に目の前に出てきたニコラ。

その顔はやけに清々しいものに見えた。

 

「ま、最後くらい好きにするといいわ」

「え?」

「あら?自覚無かったの?私はあなたから、もう自由に離れられるんだけれど?」

「…待て、俺の魔力はもう無いってことか?」

「ええ、でも時間が経てば魔力は回復するわよ、ただ…あの時はたまたま感情の昂りと魔力の発現が重なっただけ…」

「…」

言葉を止めたニコラは俺の元に歩み寄り、金色の時計が付いたネックレスを俺の首にかけた。

そのまま耳元で妖しく囁く。

「この金時計を貴方にあげる、このカウントが0になった時、あなたをまた奪いに来るわ」

「他言無用か?」

「誰に話したって構わないけれど、誰にも私は止められない」

「ずいぶんな自信だな」

 

「ええ、あと5分だけ時間をあげる、それが終わればもう時は止められない、いいわね?」

 

また俺を攫いに来ると言うのなら、このまま無視するのは得策とは言えないだろう。

 

しかし。

今は魔王を助けるのが最優先事項だ。

「ああ…これまでありがとな」

皮肉たっぷりに笑ってやると、ニコラはなぜか頰を赤らめて俯いた。

まさか純粋な感謝に聞こえたのか。

「……お礼はまた今度、たっぷり頂くわ、それじゃ」

 

そのままニコラは大人っぽく笑って、そして。

 

消えた。

 

「っ…こんなもんで、いいか…」

TC06の腕を、魔力を込めた渾身の力で捻じ曲げた。

マトモに弾は撃てないだろう。

緑色の幕が薄れる。

 

 

「ー射出不可ー戦闘続行不可能ー」

腕をぶるぶると震わせた後にうなだれるTC06。

「…?ユーリ?無事ですか…?」

「エメ……ただいま」

ゆっくりと魔王の方へ歩く。

魔王が俺を抱きしめようとこちらへ駆け寄ってくる。

 

「ー嫉妬ー嫉妬ー嫉妬ー嫉妬ー嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬ー」

 

後ろから声が聞こえる。

バタバタとTC06が震える音も。

 

「ー殺害ー私のモノにならないダーリンに存在価値などありませんー殺害を実行しますー」

 

「ユーリ!後ろッ!」

「ー自爆ー共に死にましょうーダーリンー」

 

「ニコ…」

ニコラはもういない。

自分の情けなさに笑えてくる。

 

 

背中が熱い。

いいや、冷たい?

 

分からない。

 

分からないままに、俺はエメを庇って抱きしめた。

 

 

その後、俺の意識は闇に堕ちる。




TC06たんの自爆とニコラの離脱。
色々と失った勇者はどうなってしまうのか?
次回で歯車編は最終回です。


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歯車の心(その後)

魔王を庇ってTC06の愛の自爆を受けた勇者。
果たして…?


その日の魔王城はいつになく賑やかだった。

と言っても、いつものような城の中の騒乱ではない。

むしろ城内は静まり返っていた。

 

勇者と魔王の寝ている部屋の前で、死神、魔王の妹、魔王の母、そのメイドは一晩中言葉も交わすことなく待っている。

 

二人が目覚めるその時を。

 

「…皆さん、応急処置は終わりました」

扉が開いて、中で二人に約5時間もの間治療を施していたクインが出てくる。

「…お兄ちゃんとお姉ちゃんは?意識は戻ったの?」

「エメちゃん…それにユーリィ君は?容体が安定したら声をかける…そう言ったよね」

「二人とも大切な私の子供なの、助かったわよね…?」

「…」

全員が詰め寄って問いかける中、落ち着いた調子で言葉を放つ。

 

「全員落ち着いて聞いてください、峠は越えましたが二人とも依然として意識は戻りません」

 

少し緊張が緩む。

が、次の一言で全員の顔は青ざめることになる。

 

「ことにユーリィさんは…もしかすると意識が戻らないこともあり得るかもしれません…」

 

 

 

その頃、魔王城の門前に大量の人々が押し寄せていた。

「勇者様は!勇者様はどうなったんですか!?」

「ハルカ!やめなさい!危ないわよ!」

「お嬢さん、悪いがここは誰も通せないんだよ、リザードマンにケンカ売ってその華奢な体傷つく前に帰りな」

「おい、アタシはユーリィに精液をもらったサキュバス盗賊団の団長だ、中に入れてくれ」

「モテてるのは知ってたけど不倫してたのか…魔王様を差し置いてガッツあるな…」

「あら?この額じゃ足りませんこと?なら100万ドレンお支払いしますわ、なんなら系列会社の接待…」

「要りません、いかにミラ=ワイル様でもお通しすることはできないのです」

「僕はヴァール国の国王です!中に入れてください!名前を伝えてくれたら分かってもらえますから!」

「ダメだね、帰んなよ」

「ウホッ♂俺のガチムチボディを見てくれ♂」

「誰がそんなもの見るk…いい身体してるじゃないの♪」

 

勇者とこれまで関わってきた人々が大挙して魔王城に押し寄せてきたのだ。

理由は一つ。

勇者が大怪我を負った、という話が流れてしまったから。

 

 

TC06の自爆は周囲2kmほどに小さなクレーターを残すほどの威力だった。

魔王の咄嗟の魔法により、魔王と勇者にそこまでのダメージはいっていない。

 

しかし即席の防御魔法では防ぎきれない爆風は、勇者と魔王を軽々と吹き飛ばした。

結果、勇者は背中に大火傷、頭や肩、足などを強く打って骨折箇所も多く見られた。

魔王は勇者ほどではないが、そこそこの範囲の火傷を負ってさらにTC06の歯のような鋭い破片がいくつも深く刺さっていた。

サイズが小さく数が多いだけに止血が素早くできず、出血多量の事態に陥った。

 

 

「…しっかし、これだけの人々をただ一人の力で集結させるユーリィ様ってのは…すげぇな」

まだまだ群衆に収まる気配はなかった。

 

 

 

「まず一つ…お二方は魔力酷使によるものか魔力循環に影響が出ています、特にユーリィさんが顕著です」

 

魔力は生き物にとって無くてはならないものだ。

血と同じく、魔力が0に近づくにつれてその生物は死に近づく。

よく食べてよく眠れば回復するが、重大な怪我を負った二人の体に魔力枯渇は笑えないものだ。

 

魔力を消耗する薬を注入され続けた勇者。

暗黒魔法の使用、及び急ぎで魔法を使い続けた魔王。

どちらも魔力が少ないのは当然だ。

 

「次に、ユーリィさんはそういった怪我に加えて頭を強く打ち付けてしまったようです、まだどうなるかは分かりませんが…」

そこで彼女の顔は一層真剣なものになる。

 

 

「二度と目を覚まさない…その覚悟もしておいた方がいいかもしれません」

 

 

死神が摑みかかる。

「ふざけるな…ユーリ君を助けてくれるんじゃなかったの?何でもするし、何でも調達する…だから助けろ」

「…」

「何とか言ったらどうなの…ユーリ君が一大事なんだよ?」

衣服がミリミリと破れそうになるほどに胸ぐらを掴み、睨みつける剣幕に対して、嫌味なほどに落ち着いて答える。

「力技でどうこうできる話ではないでしょう?」

「……ッ」

突き飛ばそうとする手をウルスラが制止する。

「アシン様、ここはこの女に八つ当たりしてもどうにもならないのは本当です」

死神はクインを離した。

震える手で顔を覆う。

「エメちゃんの意識が戻っても…そんな残酷なこと言われたら、辛いに決まってるよ」

壁に頭をもたれて苦しそうにすすり泣く死神。

 

痛々しいその様を見て、誰もが声は出せなかった。

数十分後、泣き続ける死神の肩に手を置いてマリンが声をあげた。

 

「…みんな、とにかく一度落ち着こう?お兄ちゃんの意識は戻らないって断定されたわけでもないし、詳しいことが分かるまで希望は捨てないでおこうよ…」

「…娘の意識が戻ってから押さえつけるのが大変そうね」

 

 

 

「ー起demwーダーリnの存在が確nnできまsんー」

「ー位置情報確nnー機たiの修正を行いますー所要時knは約1年ほどと推測されまsー」

「ー機体修正開始ー待っていてくださiダーリnー」

 

 

「…アンタ、誰だ?アタシは信用できる筋からしか仕事は受けねえのは知ってるだろ」

「ふふ、そう…でもね、貴女が望む物は私がなんでも報酬としてプレゼントしてあげるわ」

「…ウチら暗殺業は高くつく、30万ドレンは支払ってもらわないと一見さんの依頼は断る」

「暗殺ではないのよ、ただ貴女には私の護衛を務めてほしいだけのお話」

「…は?舐めてんなら帰れ、アタシは」

「ここに500万ドレンあります、これでいかが?」

「…?お前、カバンも何も持たずに…懐中時計しか持ってないだろ?その金どこから…どうやって」

「やるのか、やらないのか…どっち?」

「…やります」

「決まりね」




目の覚めない二人。
そこに忍び寄る黒い影がふたつ…次回ニコラ再来編にしようかと思っております。


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神々編
神光(その1)


新章です。
今回は神様の関わる話となると思われます(ネタバレ。

それはそうとUA10000突破です。
おありがとうございます。
思えば書き始めてかなり経ちますが、皆さまのご支援と暖かいコメント、評価に支えられてきました。
これからもリクエスト、指摘、批判、コメントにでもお寄せくださると嬉しいです。

ではでは、新章お楽しみください。


「エメちゃん…ユーリ君」

ある死神は、魔界にある魔王城で魔王と勇者の様子をじっと見ていた。

二人とも身体中痛々しく血の滲んだ包帯が巻かれ、勇者は苦悶の表情のまま、かすれたうなり声が漏れることもある。

 

しかし、二人ともまだ目は覚ましていない。

 

「私はずっとずっと待ってる…二人が目覚めるまでずっと」

 

二人の頰を撫でてまたイスに座る。

思えば待ち続けて3日ほど経つ。

すっかり冬の空気となった外は、寒々しい風が強く吹いていた。

 

 

 

「ひとつ…神の話をしてあげる」

丁度その時、ある神は人間の女を連れて馬車に乗っていた。

 

その人間は500万ドレン(高級地の家が4軒買えるほどのお金)で、護衛として雇われた。

鉄砲を使った暗殺を生業とする女で、その手にかけた人数は100を超えるとすら言われる腕前。

 

その女は突然の話題に眉をひそめた。

「…は?」

誰が引いているのか、どこに向かうのかも知らされていない馬車の中で、そんなことを言われてはおかしく思うのも当然だ。

しかし神…時を止めることのできる欲の神は話し続けた。

「神というのは、ざっと4つに分けられるの」

「あたしゃ無教養だもんで、教会だって『仕事』の対象を追って入ったことが何度かあるだけさ」

「それは信仰上の神、今私が話しているのはこの世…それだけじゃない、神の世界に確かに存在している本物の神様のこと」

「…ぷっ、ははッ!そりゃあ愉快!神様がいると思ってんだな!いい歳こいて!」

「ふふ、私の話は覚えておいた方がいい、直前になって心の準備をするのでは遅いから…」

「?」

 

 

 

ある神の世界で、一人(?)の女神は猛烈な怒りから身体を打ち震わせていた。

なぜなら、毎晩毎晩聴こえてくる隣の家からの声。

「らめェ♡そこダメだからぁ♡あんっ♡イくっ…神様ぁ♡イっちゃいますぅ♡きゃん…っ♡だめ…もうダメぇぇ♡」

 

バンッ!

 

金槌を刃に振るう。

 

キィンッ…。

澄んだ音が響き渡るが、その反響が消えることもないままに雑音にかき消される。

「きゃあっ♡そこは違う穴ですよぉ♡んぁ♡ダメダメ♡すごいのきちゃうからっ♡許してぇ♡」

 

「…殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す、殺すッ!」

 

鉄の女神であるパストスは、鍛えている最中の神の刃もそれに使っている神の槌も投げ出して家を飛び出た。

お隣の扉を開ける。

 

「ふひひ♡ここはどうかなっ♡それそれ♡」

「らめらめぇ♡そこはらめぇ♡もう返してくだしゃい♡」

「死ね」

ゴンッ!と人間の女と裸で『言葉通り』乳繰り合っている女神の頭をぶん殴る。

このクラスの神のなかでは怪力で知られるパストスの一撃に、薬の女神メデンは吹き飛ばされた。

女の顔の紅潮が冷める。

「ぇ…メデン様…?」

「この贄の女も叩き潰してやろうかぁ…?」

「ったくもう…パストスクンはいつも血の気の多いこと…やっぱりヒンソーな身体の子は身体と同じく気持ちに余裕がないのかな」

渾身の一撃を直に受けたにも関わらず、無傷でスタスタと大きな胸を揺らして歩いてくるメデン。

血管がはち切れそうなくらいに顔の真っ赤なパストスはとっっっっても自己主張の薄い胸を張って言う。

「生贄の女連れ込むのは好きにすりゃいいけどさァ!毎晩毎晩アンアンアンアン…」

「混ざりたいなら言ってくれればよかったのに♡きゃるんっ☆」

「……………」

「パストスクンの相手をしてたらこの娘の仕込み時間が減るじゃないか」

「どうせまた快楽漬けにして薬の実験台だろ?」

「え…?め、メデン様、本当ですか?」

「しッ!……パストスクンは間が悪いなぁ…また仕込み直しじゃないか…」

「嫌…嫌!嫌ぁぁぁ……ぁ♡」

「っせえな、お前は信仰してくれる人間がいるからいいけど、私のとこに生贄なんざ来やしねぇ」

「ふ、そりゃパストスクンが生きたまま鉄に人間を練りこんだ人錬鉄なんか作るからだよ」

「なんだと?お前のおかしな薬よかマシだ、それに人錬鉄の刀の切れ味と言ったらもう…!山脈とかもダダッ!と切れるんだぜ!」

「はぁ…パストスクンはこう…子供っぽいんだよ」

「お前のそれは間違った大人だろうが!」

「うッるさいなぁ…もういいから、明日おまんじゅうでもあげるし、帰りな帰りな」

「お前の薬臭いまんじゅうは爆発したりするし…」

「ほら、仕込みの邪魔、帰った帰った」

女の嬌声を背に、なんだか上手く誤魔化されたようなそうでもないような気がしながら、パストスは家に帰った。

 

 

 

そして所は馬車に戻り。

 

「神というのは、詳しく言えば全能神、副神、一次神、二次神という分類ができる」

 

「…はぁ、そんで?」

「全能神というのは言わずもがな、全能の神様、この世を作り、観察してらっしゃる神様のこと」

「名前は確か…ピウラーだっけ」

「そう、人間界の言葉で言うのならピウラー様が全能神のこと」

 

「ほー…宗教のご高説もヒマだし聞いてやろうじゃないの」

「そして副神、これは既に数の決まった神様のこと」

「数が決まった?他のは決まってないのか?」

「それはまた後で言う、ざっと言えばこの世界にある基本的な物を司る神…水、火、土、風の四元素の神様のこと」

「ほぉ…その神様があたしらの生活を日々支えてくれてんのか?」

「さあ?私もそんなレベルの神様と会ったことはないから分からない」

「……」

「全能神様の次に偉い神様、滅多に顔は出さないの」

 

「何がなんだか…」

「一次神は人間の統治、信仰上で生まれた神様のこと」

「…?」

「…たとえば、人が生きる上で避けられない死…それを司る死神が例に挙げられる、その他に太陽神、月の神…色々ある」

「要するに、人間の認識できる物の神様ってことか?」

「ええ、中々頭が回る子」

「…褒められてるのか貶されてるのか」

 

「そして最後の二次神、これは一次神によって力を与えられた、極めて人間に近い神様のこと」

「その線引きは何なんだよ?」

「時間を止める、なんて芸当はいくら高名な魔法使いでも不可能に近いよね」

「…らしいな」

「それができる人間は、もはや人間ではないから神として区分される」

「へぇ…宗教ってのはおかしな話だな」

 

そして、馬車が止まる。

 

「…やけに暑いな…馬車だから熱がこもってるのか?」

「出ましょう、ここが目的地」

 

 

その暗殺者の女が見たのは、煮えたぎるマグマだった。

「…!?」

「あなたはここから、私と一緒に遠いところへ行くの」

女の目に凶暴な光が宿る。

「心中なら他を当たりな、あたしはまだまだ生きないといけないからな」

「何も殺すとは言っていない」

「こんな場所に連れてきて、あんな報酬を支払っておいて…ただの護衛の仕事じゃないだろう」

「ふふっ…そうだよ、けれどあなたに拒否権は無い」

「いいや?あるね」

「…」

「コレだよッ!」

 

ドドンッ!

 

まるで連射式のライフルのような音を立てて女の持つ拳銃が二連続で火を噴く。

腰のホルスターに手を伸ばし、拳銃を抜き、構え、引き金を二連続で引く。

 

この間は1秒もかからなかっただろう。

 

だが、硝煙の向こうに女はいない。

 

「人に近いといえど、神は神、見くびらないでほしい」

背後から声。

 

そして次の瞬間には、もう銃は手の中に無かった。

「ぁ…?」

 

後頭部にある冷たい感触。

火薬の匂い。

 

「ゲームオーバー」

 

「…か、神、なのか、あんた?」

「そう、そう言うのが正しい」

「…ッ、なんで、あたしを狙う」

「あなたのような、人をたくさん殺してきた邪悪な魂の持ち主というのは、贄にぴったり」

「…嘘だったのか、護衛もなにもかも」

「そう」

「…500万ドレンはなんなんだよ、あれは」

「私が創り出したお金、心配しなくても本物となにも変わらない」

「そうじゃねぇ…!初めからこうして連れて来れば…!」

「…あなたの命は500万ドレンよりも高いの?私は道理を大切にする、もっと欲しいなら」

「人の命が金で買えると思ってんのか!?」

「その稼業でご飯を食べてきたあなたが、それを言える?」

「ッ……」

「ついてきて、殺しはしないから」

 

マグマに向かって歩く道中、女は自分の乗ってきた乗り物は馬車などではないことに気がつく。

 

馬も何も引っ張っていない、ただの車だったのだ。

どうして動いていたのかなど分からない。

そんなことを考えられる暇はなかった。

 

「行こっか…神世界に」

 

神と人間はマグマに飛び込んだ。

 

 

 

「アシ…ち……ゃ…」

「エメちゃん…?」

 

その日、魔王は目を覚ました。

 

こんこんと眠り続ける勇者の側で、死神は魔王を抱きしめて涙を流して喜んだ。




魔王☆復活!

そして新キャラ二人出てきましたね。
ニコラの口調忘れたので次回までには勉強してきます。


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神光(その2)

ついに目を覚ました魔王。
しかし勇者が目覚めることはなく、新たな刺客の影が…。


「エメラル様」

「…」

ある魔王城の中の一室で、城の主は夫の目覚めを待っていた。

 

 

魔王が目覚めてから3日。

目が覚めたことによる魔力の回復もあってか、意識を取り戻してからの魔王の怪我の治りは目を見張るものがあった。

しかし、魔王は眠っていた時よりも暗い顔を見せるようになった。

 

目覚めた日、魔王は魔王が目覚めるのを心待ちにしていた人々と共に抱擁を交わし、涙を流し、その復活を祝った。

 

そしてその晩にメイドがその部屋を訪ねると、勇者をがくがくと揺さぶり、魔力を流し、泣きながら胸に顔を埋める魔王がいた。

 

メイドは急いで引き離した。

ただでさえデリケートな身体を、力任せに揺すったり、魔力を流し込んだりすれば、どうなるものか分からないから。

 

一通り泣き、喚き、辛そうに呻いた後、魔王は感情を失ったような瞳で勇者のそばにいた。

 

 

魔王はもう3日、ずっとその部屋から出ていない。

足がまだ完治していないとは言え、部屋から出られないわけではないのだ。

特注で作った最高級品の車椅子をメイドは用意している。

しかし。

「…エメラル様、いつまでそうしているおつもりですか?」

「…」

魔王の顔は疲弊しきっているように見えた。

三日間、まったく寝ず、食事も摂らず、ただ椅子に座っていたのだから無理もないが。

「ご公務も溜まっています、朝ごはんも温めています」

「…仕事ならマリンに取り次いでください、それと今日もご飯は要りません」

「エメラル様、この際だからはっきり申し上げましょうか」

メイドは薄く笑い、魔王の暗い目を覗き込む。

 

「私は、そもそもユーリィ様がここに来たのは間違いだと思っています」

 

「…は?」

じろり、と魔王の目がやや敵意のあるものに変わる。

 

「だってそうでしょう?人間なんて脆弱な生き物です、それにユーリィ様は本気を出してもパワーでも魔力でも、私と互角程度と存じます、由緒ある魔王家の婿にそんな弱い人間ごときは要らないんですよ」

 

嘲るような口調に、魔王が立ち上がる。

恐らく折れた足には激痛が走っているはずだ。

それでも顔色一つ変えず、むしろ怒りを滲ませてメイドの方へゆっくりと歩み寄る。

 

「そもそもの話、こんな脆い人間と同じ空気を吸うこと自体を私は嫌悪せざるを得ません、やはりエメラル様には別の男性が」

 

パチンッ!

 

乾いた音が部屋に響く。

 

実にここ数百年と魔王家に仕えてきたメイドは、この日始めて魔王に暴力を振るわれた。

 

頰に赤い跡が残るほどの本気のビンタを受け、頰を手で押さえるメイド。

口の端からは叩かれた時に噛んでしまった口内からの血が垂れる。

 

「もう一度…もう一度言ってみなさい…ユーリを貶すようなら私はウルスラであろうと、絶対に許しません…」

 

胸ぐらを掴み、額と額が当たるほどの距離で睨みつける。

 

「…なぜ?なぜエメラル様はそこまで下級種族にこだわるのですか?私には到底理解できません」

 

「…私は、ユーリの全てを愛しているからです、それ以外に答えようはありません」

 

するとメイドはにっこりと微笑んだ。

「ユーリィ様のことを誰より分かっているエメラル様なら、もしも今やっている待ちぼうけをユーリィ様が見たらどう思うか、それくらい分かるはずです」

「…!」

 

「…皆さん、食卓で待っていますよ」

 

 

車椅子がからからと廊下を進む音を聞きながら、一人部屋で微笑む。

「世話の焼ける愛ですね…まったく」

 

 

 

神世界

「離せッ!おい!このォ!」

ある暗殺者が一人、拘束されていた。

すぐ近くには真っ赤に炎を燃え上がらせる炉。

「ニコラ、ほんとにコイツを人錬鉄に使っていいのか?」

「ええ、ええ、構いません」

ゆったりと会話する二人の神。

「さて…貴女はこれから鉄に練り込まれるんだけど、覚悟はいいかな?」

「なぁに、心配するこた無ぇ、痛覚なんてすぐに吹っ飛ばされるからよ」

「…ぅ、っく…ひっ…」

「…泣き出しちまった」

「痛みが無いのは本当、なんせ魂を鉄に練り込むわけだから、過程で苦しませてしまっては汚れた心も薄くなってしまう」

「魔法道具…って言うより神具だが、人錬鉄専用の炉だから安心しろよな、綺麗な刀に打ち直してやるよ」

「…お願い…助けて……」

涙ながらに訴える女に向かって、鉄の神パストスは無慈悲にも言い放った。

「人は神に作られたんだ、どうされても文句は言えねえと思いなよ、あばよ」

 

ガコンッ!

 

 

 

「…お姉ちゃん?お兄ちゃんのそばにいなくていいの?」

「大丈夫、ユーリが目覚めた時に悲しむようなことはしたくありませんから」

「エメちゃんも大人になったんだね…じゃあ次は私がユーリ君の看病をしてあげないと」

「それは結構です」

「息子のことは母親がやってあげるべきよね♪」

「「「それはない」」」

 

 

 

「それで、ニコラさんよ」

「はい?」

火を噴く炉の中をじっと見つめて、手に持った棒を細かく動かしているパストスが話しかけた。

「アンタ、人間に取り込まれたとかいう噂があったが…ありゃ本当の話なのか?」

「はい、その通りです」

「……ほぉ」

少し驚いたような顔をして火の中を覗いている。

そして、ニコラが口を開く。

「彼は特殊です」

「…」

「神を殺す力を持つ人間が稀に生まれますが、彼は違う…神を殺すのではなく、それより上を行く力を持っています」

「んな馬鹿な、神殺しがアタシ達は一番恐ろしいだろ」

「神をも受容し、飼い慣らしてしまう能力…だからこそ私は彼を欲しているのです」

うっとりとした目で勇者のことを思い浮かべるニコラ。

それを見たパストスは心底呆れたようにため息を吐く。

「言うなればアレだろ、ホれたんだろ」

「そう、そうなりますね」

「…それをアタシに手伝えって?」

「はい、人錬鉄のお礼がしたい、と仰ったので」

「……いいけどさぁ、何をしろって言うんだ?」

「…まずは」

 

「私の護衛をお願いできますか?」




神の位としては
パストス>ニコラ
ですが、戦ってもニコラが負けることは無さそう…。
勝つこともなさそうだけど。


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神光(その3)

遅くなってしまいました…すみません。
いよいよ侵攻開始です、神光だけn(殴。


「…」

今日もユーリは眠っている。

顔色はいい、体も温かい、クインちゃんの言う生体反応とやらもある。

けれどやはり、目は覚まさない。

「ユーリ、今日はアシちゃんが一度家に帰って、溜めた仕事をしてくるそうです」

ユーリの髪を撫でる。

「私はユーリに嫌われないようにしっかり仕事をこなしていますよ、アシちゃんも今晩には帰ってくると思いますし…」

 

ユーリが目覚めなくても、私は話しかけて、栄養注入術式を新しくし、服を変える。

 

と、その時、扉がノックされた。

「はい」

「エメラル様…」

ウルスラが若干焦ったような様子で入ってくる。

「…先ほど洗濯をしようとしたのですが、これがユーリィ様の衣服のポケットに入っていました」

ウルスラが差し出した物には見覚えがあった。

クリスマスのあの日を思い出す。

 

「……金時計」

 

 

 

「あァ…こりゃ綺麗な人錬鉄だ…」

鉄の神パストスは、うっとりと手に持った刀を見ていた。

魔力を少し通せば白い光を放ち、透き通った色の人錬鉄製の刀。

「…コイツで誰を斬ればいいんだ?」

「言った通り、あなたには護衛を務めてもらいます…早速ですが、人間界へ向かいましょう」

「…ふーん」

ブンッ!と鋭い音を立てて、一度刀を振って鞘に戻す。

「まぁ…適当な人間を辻斬りしてみればいいかぁ…ひひ、久しぶりの人錬鉄の刀…楽しみだなぁ…」

 

「行きましょう、人間界で少し準備をした後に『彼』を奪いに行くこととします」

 

 

 

「…間違いありません、この刻印はあの泥棒猫の物です」

私は、ウルスラと共にユーリのポケットに入っていた金時計を『あの時』の金時計と照合していた。

 

結果は一致。

ぴたりと同じ時計。

 

「そうですか…エメラル様、これは何のメッセージだと受け取るべきなのでしょうか…ニコラとやらはユーリィ様の体内にいるはず…」

「なんとも言えませんが…ただユーリの体からあの女が抜け出た可能性も視野に入れなくてはいけません」

「クインさんによれば、緑色のあの『吸収』の魔力は今も健在だと聞きますが」

 

「ずっと不可解に思っていました」

 

「…?」

「あの時、TC06とやらが自爆を試みた時のことです」

「それがどうかされましたか?」

「ユーリはあの女を取り込んでから時を止める力が付いたと言っていましたし、現にそれを自由に行使することが可能なのは確認しています」

「…」

「ユーリは無鉄砲で一途で、私をかばったのもユーリの性格を考えたなら不思議ではありませんが、しかしいくら監禁されていたとは言え、ノーガードで私をかばって自爆を受けたとは思えないのです」

「いつものユーリィ様なら咄嗟に時を止めて、被害を食い止めたと言うのですか?」

「アシちゃんからお留守番の時の話も聞きました、どうやらユーリが怪我した際にユーリはきっちりと力を使っていた様子があった、と」

「…そうですか、しかしまた彼女が来るとしてもどのように対策すればいいものか…」

 

 

 

「…うーむ……」

その頃ヘイジは、鎧をまとって剣を腰から下げてケーキ屋で甘い香りのケーキと睨めっこしていた。

「お…お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

若い男が引きつった笑いを向けて問いかける。

「いや…焼き菓子にしようか…うーむ…」

 

ヘイジは勇者が大怪我をしたと聞き、ヴァール国での勇者への裏切り行為(未遂)などの礼も兼ねて、甘いものでも持って謝りに行こうと思っているのである。

 

また、単なるお見舞いやお詫びというわけでもない。

 

ヘイジの腹に植え付けられた刻印。

おびただしい魔力を放つそれは、ヘイジを一時的に不死にするものであった。

ヘイジは不死など望んではいない。

ただ、魔王に「裏切りを気に病んでセップク?でもされたら困りますからね、あなたの命なんてどうでもいいですが、ユーリの悲しむ顔なんて見たくはありませんので」と言われて付けられたものだ。

ヘイジはあれから滝修行により、心がさらに澄んだと自覚している。

しかし、目の前のケーキ一つ選べない。

 

「…失礼する、毎度毎度すまん」

 

そして今日もケーキ屋を後にする。

外はすっかり暗くなっていて、冷ややかな風が今にも雪を運んできそうだ。

 

しかし、その暗闇に潜むソレをヘイジは感じ取った。

 

「ひひッ!死ねっ!人錬鉄の刀で斬られることを光栄に思えよぉ!」

赤い髪をした女が、暗闇からおどり出るや否や目にも留まらぬ速さで袈裟斬りをかましてきたのだ。

「こ…のっ…外道!辻斬りとは卑怯なり!」

ヘイジはあまりの速さから目に見えない刀を、熟練の剣さばきで感覚のみで受け流した。

 

そのはずだった。

 

「そんな雑な剣で防げるわけねぇだろ…♪死ねッ!血撒き散らせよぉ!」

ピンッ…!

鈍い音も何もなく、ただ鈴の鳴ったような美しい音で刀と鎧と、そしてヘイジの体は両断された。

 

パチンっ!

と、鋭い音で鞘に刀が納められる。

 

だが、ヘイジの二つに分かたれた体は淡い黄色の光を放って再結合しつつあった。

まるで何もなかったかのようにヘイジは立ち上がり、襲撃者の顔を眺める。

 

「…ゾンビではなさそうだが…お前……」

「さて…ただの刀でもあるまい、武人たるもの闇討ちしたとなれば覚悟はできておろうな?」

 

折れた剣を向けるヘイジ。

その赤髪の女は、切り裂いたように笑って名乗り、そして。

 

「アタシはパストス…名前くらい聞いたことあるかなぁ?アンタらとは何ランクも違う、カミサマさ」

 

静かな戦いが始まった。

 

 

 

「…何やってるの、あの女」

ケーキ屋の屋根に立ち、ケーキ屋の店番からプレゼントさせたケーキを頬張ってパストスと人ならざる者との戦いを見つめているニコラ。

「飽きた、これ捨てておきなさい」

「はい」

暗示にかかったように素直に言うことを聞く若者にケーキを押し付け、ぼーっと月を眺める。

 

黄色い口をニヤリと開いた月を見ながら、「彼」を思い出して火照った頰をぺちぺちと叩く。

 

「…すぐにでも迎えに行くから、待ってて」




あかん…ヤンデレ短編集書きたくて悶々としてたらこんな遅くなってもうた…こんなこと読者さんに言えない…。


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神光(その4)

はい。
遅くなりました。
風邪引いたり丸ぼうろ食べてたりしたら遅くなりました。

ごめんなさい。


「チッ…!なんなんだよ!」

夜の街で、ヘイジはズタズタに切り裂かれては蘇り、を繰り返し続けていた。

さすがのパストスもゾンビとはまた違う『不死身』に不信感を抱きつつあるのだ。

「人間がなんでこんな精度の高い不死の魔法を持ってやがる…クソッ!」

「もういいでしょう、行きましょう」

ぽん、と肩に手を置いたニコラ。

戦いを邪魔されたパストスは強烈な殺意を滲ませるが、しかし刀を作る交換条件である限りは従わざるを得ないのだ。

「…ああ、分かったよ」

「…どこへ向かうつもりでござるか?」

「あなたには関係のないこと、それに知ったのなら迷わず止めに入られるでしょう」

 

風が頬を撫でる。

次の瞬間には、二人の神の姿はなかった。

 

 

 

「ユーリ…今日はハザラの街で大きなセールがあったみたいですよ」

寝ている勇者の横に腰掛けて手を握っている魔王。

やはり勇者の目は開かない。

かすかな寝息が聞こえるだけだ。

「あはは、覚えていますか?大衆食堂に行った時のこと…ウルスラが昔凝っていた健康食品とやらは味が薄くていけません、ガンガン油を使ったご飯もいいですよね」

最近、勇者は寝返りをうつ頻度も多くなった。

あと少しで回復するのかもしれない。

そう信じて魔王は声を毎日毎日、数時間もかけ続ける。

 

と、乱暴に扉が開いた。

 

「エメラル様!」

「…ウルスラ、あなたにもノックを忘れることがあるんですね」

血相を変えたウルスラが部屋の中に飛び込んできたのだ。

いつも礼儀や外聞を重んじるウルスラがノックも尋ねもせずに部屋に入ってくるなどというのは、ここ数百年も生きてきてはじめてのことだった。

「それで?ウルスラがそんなに慌てることなんて滅多にないでしょう、クインちゃんが部屋を吹き飛ばしましたか?」

 

「し、下に…ニコラ様と、もう一人が」

「…はい?」

 

 

 

「よぉよぉ、アンタが魔王様か?」

「…お久しぶり」

 

魔王城の接客の席にどっかりと腰掛けたパストスは、不躾にもテーブルの上に足を乗せていた。

そしてうっすらと笑いを浮かべたニコラがとなりに座っている。

 

「ウルスラ、お茶を出して差し上げなさい」

「……」

「ウルスラ」

「分かりました」

 

かつかつ、とウルスラの足音が遠ざかったのを確認した後に魔王が口を開いた。

 

「何の用ですか?ユーリに見捨てられたクソ女が」

 

しかしニコラの反応は魔王の予想したものとは大きく異なったものだった。

 

「ふうん…私はこのまま帰ってもいいの、けれど『彼』のことを目覚めさせたいのならば私の話を聞くべきだと思う」

「…!」

 

「端的に言う、『彼』はこのままじゃ目覚めない」

 

 

 

「お待たせしました、お茶を持って参りました」

こんこんこん、とノックの後に一拍おいて扉が開く。

そこには。

 

魔王の喉元に刀をひたりと当てているパストス。

それも構わない勢いでニコラに摑みかかる魔王。

そして薄ら笑いを浮かべたニコラ。

 

それを見たウルスラは迷わずお茶を床に捨てて体に魔力を張り巡らせる。

 

「…何をなさっているのですか?」

とてつもない殺意を孕んだ一言にパストスが目を向ける。

「へっ、見りゃ分かんだろ?魔王サマがニコラに掴みかかってきたから、護衛のアタシが護ったんだよ」

「エメラル様」

「…殺す」

「エメラル様、私も席に加わってもよろしいですか?」

「……」

何も言わずにニコラを睨みつける魔王に代わって、ニコラが興味なさげに答えた。

「私の方は構わない、どうぞ?」

 

 

「彼は脳に大きなダメージを負ってしまった、だから、このままここで寝かせていても意識を取り戻すことはない」

 

 

ニコラの話はこうだった。

 

まずニコラ自身が彼の元から抜け出たタイミングでは、勇者の思考能力は残されていた。

だから会話を交わすこともできたがその直後、抜け出るわずかに前のことだった。

「彼の脳に残された機能は体の制御、魔力精製と記憶能力と思考能力」

「それが通常のことでしょう」

「通常のこと、と言えるのは彼が意識を保ったことを前提に話しているから」

勇者は意識を取り戻す能力を失ってしまった。

脳へのダメージは治ることはなく、治療不可能だという。

 

 

「…ユーリが脳へのダメージを負ったのは百歩譲って信じることとしても、それがなぜ…」

 

「なぜあなたにユーリを引き渡さないといけないのですか?それに、あなたに預けたならユーリが意識を取り戻すなんて保証もないでしょう」

 

話の問題はここ。

 

「もしも私に引き渡してくれたのなら、2週間ほどで彼の頭を全て完治させてあげようと言っているの、何が不満なの?」

 

「あなたの能力は分かっています、ひとたびユーリの身柄を渡してしまえば時を止めて逃げることなどいくらでもできる」

 

「お待ちください、エメラル様」

「なんですか?ウルスラ」

「この方たちはユーリィ様を時を止めてさらうこともできたにもかかわらず、こうして真っ正面から向かってきたのです」

「…」

 

「ちょっとは頭の働くヤツがいるじゃねえか」

「あなたは黙っていて、それとその態度は無礼」

 

「分かっています…そんなことは」

「ならば引き渡さない理由もないでしょう」

「ウルスラはなぜそう割り切れるのですか?ユーリは私の宝物なんです、一時的にでも手放すことはできません」

 

「宝物……分かった」

 

かたん、とニコラが立ち上がった。

そして言う。

 

「人錬鉄の刀を担保にする、そうすれば『彼』に見合うくらいの価値はあると思うの」

 

「「は?」」

パストスと魔王の二人が素っ頓狂な声を上げる。

 

「テメェがこれをアタシにくれるって言うから協力したんだよッ!それは約束が違う!」

「考えてみて、あなたは私より上位の神、殺そうと思えばいつでも簡単に殺すことができるのよ?」

「ユーリの命はそんななまくら刀なんかよりずっと上ですっ!」

「誰の刀がなまくらだぁ?喉掻っ切ってやろうか!?」

 

その激しい議論は2時間続いたという。




ヤンデレ短編集書きたい。
でもこっちの更新も疎かにしたくない。
あと企画倒れになりそう。

みんな!オラに元気を分けてくれ!


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神光(その5)

勇者を預けるよう提案するニコラに対して、魔王が出した答えとは…?

後半は超キャラ崩壊注意です。
汚い描写や暴言が苦手な人はブラウザバックしてくだされ。


「…お姉ちゃん、何?この有様は」

「………さすがの私もこれは引くわ…」

話し合いが始まって3時間ほど後、ウルスラに呼ばれてやってきたマリンとルビルは恐るべき光景を目にしていた。

ズタボロになった家具、穴の空いた壁、ぼろぼろの格好で睨み合う三人。

「さて…決心はついた?二人とも」

「「嫌」」

「…」

 

そしてまたもケンカは始まる。

 

「…ぜぇ、ぜぇ」

「はっ……はっ…」

そして数時間にわたる家族からの説得、相手からの譲歩、拳での語り合いによって決着がついた。

その要項は。

 

・勇者を二週間だけニコラとパストスに預けること

・預けている間、性的な接触はもちろん体へ触ること自体を必要最低限に抑えること

・帰ってきた勇者にすこしでもおかしな部分があれば、その責任はどんな手を使ってでも取ってもらうこと

・人錬鉄の刀を担保として預けること

・担保の刀には触れないこと

・必ず治った暁には勇者から手紙なり交信魔法で連絡させること

 

「…これを一つでも破ればその時は魔界の生物全てがあなたたちを殺すと思っておきなさい」

「構わない、彼のことをどうこうするつもりはない、ただただ私は彼を救ってあげたいだけ」

「…フン」

「…お姉ちゃん、いいんだね?」

「構いません、ウルスラ、ユーリをタンカに乗せて連れてきてください」

「私も行くわ…エメ、大人になってくれてお母さんはうれs」

「さっさと行ってきてください」

 

 

 

「それじゃ…たしかに預かりました」

「人錬鉄に触れたら殺すからな…覚えとけよ…クソッ」

こうして目的を果たして出てきた二人は、特注の馬車に乗り込み勇者の入った箱を置く。

まるで棺桶のようなその箱の中は、とても上質なシルクのシーツにびっしりと栄養注入の術が描かれていた。

眠っているようにそこにいる勇者。

 

馬車が走り出して5分ほど後、パストスの貧乏ゆすりも収まり、蹄が地面を叩く音のみが響き渡る中。

 

「ふふ…うふふ……くくっ…あはははははっ!」

「…キモい」

「おかえりなさいっ!私の元にあなたはやはり戻ってきてくれた!やっぱりこうして肉体を持ってあなたと接するのは最高に清々しいことだった!ねえ、またあの時のように…あなたのお顔をよくよく見せて…」

棺にまたがって嬉々として勇者の頰を撫でる。

その瞬間。

 

バシィッ!

 

「っ痛っ…!」

「…!」

勇者の頰に呪印が浮かび上がり、そこから発せられた真っ黒な剣のようなオーラがニコラの手のひらを突いた。

「…おい、コイツの体…」

勇者の体内の魔力の通る経路を、目に魔力を集中させて透視と同時に見てみる。

 

ありとあらゆる毛細血管、毛穴、細胞の一端にいたるまで綿密かつ濃密に秘められた魔力が脈々と流れ続けていた。

恐らく、ニコラやパストスが不用意にユーリィの身体に触れたならば自動的に込められた魔力を使って反撃するようプログラミングされているのだ。

 

「…ふふ、そうね、まだ時は来ていないわ、彼が治ったのならその時こそ…ね…」

 

ガチャガチャと馬車は揺れながら神世界へと向かう。

人間も魔物も知らない隠れた道へと。

 

 

 

ハザラの街 大衆酒場『どりぃむ』

「わがりますかぁ〜?づばりねぇ…私は愛をもって勇者様と接していたわけなんでずよぉ…」

「は、ハルカ、ちょーっと飲みすぎじゃない?その、鼻水とか涙とかもあるし、ろれつも回ってないし…」

「どりぃむスペシャルもう三杯おねがいしまぁ〜すっ、今ならいくらでも飲めちゃいまぁす〜」

見るからに賢者の格好をした女が泥酔し、見るからに魔法使いの格好をした女に介抱されている。

ハルカの修行したノークル修道院は、特に飲酒などの嗜好品を禁止していない宗派であった。

 

 

しかし、今日のハルカは昼間から一味違った。

 

朝、ネミルに誘われて街をうろついていたらジュースと間違えて果物の蒸留酒(度数22%)を1杯

 

昼、こうなりゃ酒盛りだとネミル側から言い出し、珍しく元気になったハルカと居酒屋に入って酒盛り、ビール(度数7%)とワイン(度数7%)と魔界郷土酒(度数34%)とドブロク(度数?%)を計11杯

 

夜、ハルカを静止させようとしてもう帰ろうと言うネミルを引きずってはしご酒、なんだか酒の味も分からず現在計17杯目である。

 

 

「ネミルはどうなんれすかぁ…!?勇者様いなくて寂しくて寂しくて仕方ない私をどうしてくれるんですかぁ〜!」

「は、ハルカ、いいからあんまり大きな声…!」

「昔ゴブリンの盗賊と出くわした時はいい感じだったのになぁ〜!なんでこうなっちゃったんですか〜!神さまぁ〜」

机に突っ伏していると、誰かに後ろから肩を叩かれた。

振り向いてみれば、そこにいるのは見るからにチャラそうなエルフの男たちだった。

「お姉さんたち、俺たちと飲まない?奢るよ」

「そうそう、男の愚痴なら聞いてあげるからさぁ」

明らかなナンパ。

しかしネミルの反応は全く予想外のものだ。

「あ、あんたたち…悪いことは言わないから早く逃げて…!他を当たってよ…!」

その反応に男たちは顔を見合わせると、断り文句と思ったのか笑いを浮かべながらさらに詰め寄った。

「まーまー…そんなこと言わずにさぁ、俺たちどうしても君たちみたいな可愛い子と飲みたい気分なんだよねぇ」

 

そう言ってハルカの肩に手を回そうとした。

しかし、そのエルフの顔に酒が思いっきりかけられることによりその動きは止まる。

 

「…は?ちょ、お姉さん、それはシャレになってない…」

引き気味で笑う男に、ハルカが振り向く。

 

「黙れクソが、お前なんか勇者様の足元にも及ばないどころかスラムのゴミ溜めに溜まったネズミのクソほどの価値もない、私をナンパしたいんだったらそのお粗末な×××をもうちょっと×××させてから出直してこいこの×××野郎、ていうかお前付いてんの?ちっちゃすぎて見えなかったわぁ…ごめんごめん、ママのおっぱいでも吸って出直してきな!」

 

「…………」

「…………」

 

その居酒屋の時は止まった。

 

ハルカもまたニコラと同じく時を止めることができるのだ。

 

そして逆上した男が摑みかかろうとするのを嘔吐物で迎撃し、ネミルが引きずって逃げ出して、さらに夜の街は賑わっていくのであった。




はい、ギャグでネタ切れを誤魔化しましたごめんなさい。


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神光(その6)

メリークリスマ…え?
あ、あけましておめでとうございます…。
遅くなって申し訳ございません…。


俺は夢を見ていた。

ずいぶんと長い夢だったように思える。

 

今まで会って、話してきた人々。

母親、父親、村の人たち、王様、ハルカ、ヘイジ、ネミル…。

そして魔王、ウルスラ、マリンちゃん、ルビルさん…。

 

そんな人たちが、みんな集まって笑って話している。

俺はそこにはいない。

けれどそんな世界ができるのなら、その暁には俺はいなくなっても構わないと思う。

 

ここが夢だと俺は知っている。

この夢を現実に起こさなくてはいけない。

 

だから俺は目覚める日を待っている。

たとえずっと目覚めることはなかったとしても、それでも俺は意識が無くなるまで待ち続ける。

 

楽しそうに会話しているみんなを見ながら。

 

 

 

 

「治らなかったらただじゃおかない、はやく治療にかかって」

「パストスクンも厄介なのを連れてくるなぁ…なんでわざわざ人間なんかのための薬を作らなきゃいけないんだか」

「っせーな…いいからさっさと作れよ」

 

数日をかけて、ようやく神世界についたニコラ、パストス、そしてユーリィ。

道中で、ユーリィを無理やり犯そうとして馬車が火事寸前になったり、ごろつきに絡まれてキレたパストスが人間をブロックに解体したりと色々あった。

が、やっとのことで着いた神世界でも、やはりトラブルが起きてしまった。

 

いつものことではあるが、薬の神メデンは裸に白衣を着て人間の女と情事にふけっており、いきなり高度な薬の調合を求められても材料は足りないかもしれないと言うのだ。

 

「あなたの事情は関係ない、作ってもらう、あなたもこの人間の容態は分かるでしょう?」

「そうだなぁ…確かに脳にダメージがある、でもさ、それ以前に一つ質問いいかい?」

「構わない」

 

「この子、今すぐ殺した方がいいよ」

 

「…は?」

パストスは部屋の中の気温が一気に下がったように感じた。

ニコラは極めて冷静で、なおかつ煮えたぎる怒りを滲ませて問いかける。

「殺すとはどういうこと?」

「そのままの意味さ……この子は特殊だ、脆弱な人間に特別に「神」から与えられた力を持っているんだ」

「その何が問題なのか分からない、彼は確かに神ですらも吸収することができる、それは知っている」

「ピウラー様…全能神様は人と魔物とに平等に力を分配した、魔物の中でも強い力を持つ魔王に対抗できるよう、実力が拮抗して、絶滅を防ぐように勇者を作り出した」

「……」

「この子は勇者だよ、なのに魔物の側に付いていてはピウラー様の意思に反したことになる」

「何か問題か?」

「もしも魔物側が人間側への侵攻を開始した場合…人間は滅びてしまう、かといって勇者を人間側へまた与えるわけにもいかない」

「…」

メデンはイスに座り真っ白な袋に入った粉を渡した。

「私は責任を持たないぞ、この人間を生かすのは好きにするといい…でもそれはピウラー様のご意向ではない、裁きを受ける覚悟があるのなら…もう何も言わないよ」

そして、立ち上がって白衣を正すと奥の部屋へ飛んで行った。

 

「あぁんっ♡メデン様ダメぇ♡そっちはダメだってば♡」

 

 

「さてと…さっさと魔王城に届けに行くか」

パストスが息苦しさから解放され、伸びをしながら言った。

「………」

「悪いことは言わない」

「え?」

「コイツは吸収の魔力を持っているんだ、それは下手をすれば魔王以上の力を手に入れる可能性があるということだろ?」

「でもね、彼はそんなことをする人ではない」

「どうだかな」

ピリッとした空気がまた生まれる。

馬車の中はしばらく無言だった。

「…」

「ここだけの話な、ピウラー様は非常に感情的な方だと聞いてる」

「感情的?」

「人間界を創った時に、ピウラー様は自分の失敗作をそこに埋めたんだよ」

「失敗作…『なりそこない』が、人間界にあるの?」

「そ、アレは人じゃない、地下深くで眠りについているが…もしもアレが発掘でもされてみろ、人には持ち得ない強力な魔力と強靭な肉体、オマケにあの巨体だ」

「ピウラー様の不始末で、あの世界が滅ぶ?」

「そうなるな、ただしそれを狙っているとも見られる」

「……」

「ピウラー様の号令一つで人間界は滅ぼせる、もしも人間側が結託してコイツを守ってもな、無駄なんだよ」

 

「それでもお前は言えるのか?コイツが好きだと」

 

 

 

 

その昔、機械の天才クライム・ヴァールは留学中に書いたとみられる、ある遺跡に関する手記を残していた。

その手記は土に埋もれて隠されている。

 

私は機械工学チームと大喧嘩をして、グループから仲間はずれにされてしまった。

しかし、そのおかげで私はこの遺跡を見つけることができた。

とても古いが造りはこの国の城よりもしっかりとしている。

そもそも地下にこのような広大なホールを建造すること自体、まだ誰もやったことがないだろう。

長い長い階段を下った後、私は見つけたのだ。

 

人形のように四肢を力なく垂らした大きな「人間」を。

サイズは足も伸ばすと24mといったところか。

極めて機械的なものであるにも関わらず、しかし私はここに通い詰める内にこれが生き物であると気がついた。

 

恐るべきことだ。

今日私はヤツとコンタクトできた。

ヤツは一つだけの黄色い目で私を見た。

ヤツが私に敵対心を抱くのであれば、農家が葉につく幼虫をつぶすように私も捻り潰されるのだろう。

しかし、ヤツは立ち上がりすらしなかった。

駆動部におかしなところがあるのか、ギリギリと嫌な音を立てて足が震えていた。

明日部品を持ってきてやろう。

 

足はまるで精巧な機械細工のごとく入り組んだ骨と滑らかなパーツで構成されていた。

そこに恐る恐る入り、メモしながら修理した。

ヤツは喜んでいたようだ。

ホールの中で立ち上がり、目をちかちかと光らせた。

が、実際めちゃくちゃ怖かった。

デカくて死ぬかと思った。

 

遺跡を調べたまとめを書いておく。

・あれはゴーレムではない、血は通っておらず、機械のようなパーツも多いが立派な生き物だ。

・この遺跡は車の格納庫のようになっており、おそらくホールの頂点が開くようになっているのだ。誰がなんのためにそんな仕掛けを作ったのかは分からない。

・食堂の飯はまずい、特に今日のカレーは煮込みすぎたカエルの糞みたいな味だった。よくもまあみんなニコニコして食っていられ←書くとこ間違えた

・人の作ったものではないだろう。そんな形跡は全くないのだ。

・コイツ自体は気のいいやつだが、なにぶんできることが少なすぎる、頷くことやお辞儀、首を振ることを教えたが頭を壁にぶつけた。瓦礫で圧死するかと思った。

・言葉は喋れなさそうだ。口(?)の中も見せてもらったが、エネルギー管が大量に繋がれていただけ。戦闘用なのだろうか。

・おもな材質は石のようなものだろう。トンカチで叩くと少し削れたりもした。怒ったようでトンカチを踏み潰された。

 

明日でここを去らなくてはならない。

それを伝えると、言葉は理解できるのかゆっくりと頷いた。

もう来ることはないだろう。

彼が人に見つからないことを祈る。

戦闘になんて使えば、人を殺しすぎる兵器だ。

 

とても人の作ったものとは思えなかった。




新キャラ『なりそこない』登場(?)です。
今回は攫われたりはナシです。
次話で今回はおしまい。
次の章をお楽しみに!


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神光(その後)

インフル〜♪
エンザ〜♪


ユーリの目が覚めた。

ニコラの雌犬の手から粉薬と共に帰ってきて、それを飲ませること4日目のある朝…ユーリは起き上がった。

 

「おはよう、エメ」

 

ユーリの笑い顔は懐かしくて、眩しくて、愛しくて、可愛くて、何より恋しかった。

「ユーリ…っ!」

そのまま1時間…数時間ほどユーリと抱き合っていた。

 

 

それにしても…ニコラの雌犬はなぜユーリを助けて私の元へ返す気になったのだろう。

けれどまあ、考えても分かることではない。

今大事なのはユーリがここに元気でいること、それだけ。

 

 

 

 

 

「では魔王様の旦那様の復活を祝して………乾杯!」

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

俺が目覚めた数日後、魔王城の中庭は魔族や人間などの活気に満ちて賑わっていた。

魔族の威勢の良い乾杯からスタートした『復活祭』。

魔族の国の重役や、人間の見慣れた顔ぶれもあった。

 

魔王たちは俺が目覚めたからといって、前のように無理やり体を求めてきたりはしなかった。

 

ウルスラが言うには「本当に心配していた」そうだ。

心労からか、魔王は少し痩せたような気もする。

 

「ユーリ、ぼーっとしてますけど体調は大丈夫ですか?」

「…え?ああ、ごめんな…あははは」

「今日は精のつくものもたくさんあります!週末は遠慮なく絞りますから、しっかり食べて体力を戻してくださいね!」

「お手柔らかに…お願いします」

やっぱりあんまり変わっていないかもしれない。

 

酒を飲んでいると、後ろから誰かが抱きついてきた。

「ユーリ君…よかった…!」

「アシンさん、お久しぶりですね」

「ずっとずっとずっと寂しかったんだよ…目が覚めてくれなかったらどうしようかと…!」

泣き出してしまったアシンさんをなんとか慰める。

するとそこに魔王が。

「アシちゃん、祝いの席ですから抱きつきと涙は慎んでください」

「エメちゃんこそ…不謹慎な発言をしていたように聞こえたけど?」

「あ、あれは仲睦まじい夫婦の会話です!」

「どうだか…ユーリ君もこの前『エメの腰使いは毎晩毎晩発情した狼みたいで参っちまう』って言ってたよ?」

「そ、そんなこと言ってn」

「………ユーリ、あとでお話ししましょうね?」

 

 

「ハルカ、ネミルも久しぶり」

「勇者さ……こんにちは、魔王の旦那様」

「…アンタ、すっかり魔族のカリスマね」

ネミルは相変わらずチクチクした物言いだが、ハルカは少し雰囲気が変わったように感じた。

「……なあ二人とも、ここに来てくれたのはなんでだ?まだ俺の意見には賛同してくれてないみたいだけど…」

「私はいつも通りハルカの付き添いよ」

「…っ」

ハルカは俯いて、絞り出すような声で言った。

「…好きだから…です」

「…」

ハルカが想ってくれているのは嬉しい。

けれど、やはり俺はそれに応えることはできない。

「謝るのは間違ってるわよ」

「…ああ、またな、二人とも…パーティを楽しんで」

今はそうとしか言えない。

いつか俺の夢が叶ったら、そうしたらまた一緒に大事な話をしたいと思う。

 

 

「ウルスラ、ちょっといいか?」

食器の片付けをしているウルスラに声をかける。

「はい、何でしょうか」

「ヘイジと…ニコラとかは来てないのか?」

「受付で聞く限りではヘイジ様はヴァール国での重要なご用があるとのことです」

「…そうか、分かった」

離れようとした時、ウルスラが俺のポケットに小さく折り畳まれた紙を入れた。

そのまますれ違いざまに耳打ちされる。

「ニコラ様から預かった物です、絶対にエメラル様に悟られないようにお読みください」

「…ありがとう」

 

 

ヴァール国の代表やお偉いさんへの挨拶を終え、しばらく話しているとパーティは終わりを迎えた。

 

「もう一度…復活バンザーイ!」

 

そして夜が更ける前にみんな帰って行った。

魔王の意向で、魔族も人間を最寄りの街に送り届けるまで付き添うべし、と命令していたため夜道も危険はないだろう。

帰ってゆく人と魔族の一団を城から眺めて、なんだか夢の実現もそう遠くはないように思えてきた。

 

魔王の元へ行こうとしたときに、ポケットで何かが乾いた音を立てた。

「ああ、ニコラからの…」

俺をここに返しに来た時に一緒に渡されたのだろう。

扉に耳を当てて、魔王の接近に注意してそれを開く。

 

 

 

ユーリィ・グレイ様へ

 

お元気ですか?

その後の経過はいかがお過ごしでしょう。

 

私たちは訳あって、しばらくあなたのお見目麗しいお顔を見ることができなくなってしまいそうです。

 

というのも、私たち『神』が人間界に干渉し過ぎたことに全能神ピウラー様がお怒りでいらっしゃいます。

私は二次神であるゆえたとえ殺されても消されても構わないですが、なにぶんもう二人は『鉄の神』と『薬の神』です。

 

神が死ねば、その神が司る物質は消失するか、そうでなくとも変調をきたしてしまいます。

 

よいお返事を期待しております。

 

お元気で。

 

ニコラ

 

 

 

「……!」

これは単なる手紙などではなかった。

ニコラは俺に助けを求めているのだ。

助けるしか道はない。

いいや、彼女は俺を救ってこうなってしまったのだ。

助ける以前に、俺がケリをつけなくてはいけないことだ。

 

と、そこに誰かがノックを。

「ユーリ…♡一緒にお風呂入りませんか♡」

魔王だ。

扉を開けると、そこには素っ裸の魔王が(ハンド)タオルを胸と腰に辛うじて当てただけで立っていた。

「え…」

「隙ありッ!犯し確定っ♡」

お姫様抱っこされてベッドに連れ込まれた拍子に、服から紙がこぼれ出た。

「…?」

魔王がそれを手に取る。

まずいとは思うが、圧倒的腕力で押さえつけられているためにピクリとも動けない。

「…エメ、それは」

「これを読んで、ユーリはどうするつもりなんですか?」

「…」

「どうせまた…あの女を助けに行く、とか言うのでしょう」

魔王は吐き捨てるように言う。

俺は彼女にも大きな迷惑と心労をかけてしまった。

だから、今回ばかりは無理やり行くこともできない。

話をして納得してもらわなくては。

「そうだ、ニコラは俺を助けてくれたんだ、だから今度は俺が助けてやらなくちゃならないんだ」

「ユーリは一度死の危機に直面したのです、そのすぐ後で神世界までの遠い道のりなんて許すわけにはいきません」

「このままじゃ人間界が!」

 

「ユーリがもし行きたいとしても、ユーリはもう魔王城から出られません」

 

「…!」

「これは後で言おうと思っていましたが…ユーリはいつも危険に首を突っ込んで、その結果自分が害を被っている」

「……ごめんな、でも」

「だから私は、ユーリをここから出さないことにしました」

「…」

「私はもう…あなたの傷なんて見たくはありません」

 

俺は特に抵抗はしなかった。

魔王といつもと同じように愛を語り肌を重ねた。

 

そして、魔王の寝息が聞こえてしばらく経った深夜3時。

少し外に出ようと城の出口へ向かう。

 

出口の前にはウルスラが座っていた。

「…そこを通してくれ」

「エメラル様の同伴無しでここから出す訳には参りません」

「通してくれ」

「お断りします、お引取りください」

話にならない…そう思って腰に手を当てる。

するとそこには久々に付けた勇者の剣があった。

ゆっくりとそれを抜く。

「これでも、か?」

「……私は、あなたの数倍は生きています」

「さして実力は変わらないはずだ、それにウルスラはエメも怖くて俺に傷を付けることはできないだろう?」

目の前に剣を出して卑怯な言葉でそそのかす。

どちらが悪者か分からない。

「…見くびらないでいただきたいですね」

「なら…死んでもらうぞ?」

「殺意のない剣になんの意味が、力があるのです?」

するとウルスラは不意に剣の刃を掴み、その手からまばゆい青白い光を放った。

刃の先は綺麗に消滅していた。

「…」

「優しすぎるのも考えものですね」

「……出してくれ」

「…そろそろエメラル様もご起床なされます、お帰りになった方がよいかと」

 

 

エメラルの寝顔を眺め、そっと撫でる。

彼女を随分と泣かせてきてしまったのかもしれない。

それでも俺はじっとはしていられない。

 

困った人を助けるのが勇者だから。




ニコラ、パストス、メデンは囚われてしまった模様。
監禁を抜け出て助けに行くことができるのでしょうか?


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夫婦の会話

………(土下座。

大変申し訳ございません。
作者は連載を放って短編にうつつを抜かしておりました。

腹を切る覚悟でございまする。

これからもよろしくお願いします(血涙。


俺が魔王城に閉じ込められて数日が経った。

マリンちゃんもウルスラも、ルビルさんも、もちろん魔王も、俺を魔王城から出す気はないようだ。

朝日の差し込む寝室で、隣で幸せそうに微笑む魔王に今日も説得を試みる。

「エメ、あのさ」

「なんです?私の可愛いユーリ…♪」

「ここから出してくれ」

魔王は一度俺の目を見て、柔らかな裸体で抱きしめた。

 

次の瞬間、魔王の放った目の前がチラチラするほどの電流が、俺の身体を駆け巡った。

 

「ぐあッ…!ぁぁぁぁッッ!」

 

数秒後に電気は止まった。

ぐったりとした俺を、魔王はほの暗い目で睨む。

「何か言いましたか?可愛い可愛いユーリ…」

「……出して…くれ…」

 

 

その後数分にわたって魔王と勇者の寝室から、激しい叫び声が間隔を空けて響き渡った。

 

 

「……エメラル様」

「何です?ウルスラ」

 

ウルスラがいつになく連続した叫び声を上げる勇者を心配して、扉を開けた時、彼は失神していた。

ベッドでそれを撫でる魔王に、さすがに見逃すことのできない暴挙であると意見しようと、震える声をかけたのだ。

 

「やり過ぎです、ユーリィ様の身体は既に生傷だらけです」

「それが何だと言うのですか?これは愛の証です」

「痛めつけることが愛だとでも言うのですか…?私にはらとてもそうは思えません」

「黙りなさい、ユーリをこれ以上魔王城から出して、危険に晒すことはできません」

「だとしても、あまりにもえげつないやり方です、これでは家畜の調教と何も変わりは」

 

ウルスラの言葉は最後まで続かなかった。

魔王の投げた筆が、ウルスラの綺麗な銀髪の一本を壁に縫い止めたからだ。

 

「……っ…エメラル様、これだけは申し上げておきます」

「どうぞ?」

「あなたは何かに取り憑かれています、この前までの美しい愛を、今のエメラル様からは全く感じられません」

 

そう言ってウルスラは出て行った。

魔王は気にも留めずに自らの付けた、勇者の身体に浮かぶ傷に唇を落としていた。

 

 

 

 

「…お母さん」

「あら、珍しいわね、お母さんの部屋にマリンが来るなんて」

「…お姉ちゃんとお兄ちゃんの話」

「……分かったわ、入って」

 

時を同じくして、魔王の母と魔王の妹とが話し合っていた。

 

「で?あの子のことに何か言いたいの?」

「…お姉ちゃん、最近おかしいよ?暴走し始めてる」

「あらそう?お母さんの若い頃はそりゃあもう、あの子の比じゃないくらいだったのよ?まず1週目トイレもお風呂も何もかもストーキングして2週目お家に二人きりで缶詰して3週目以降文句言わなくなるまでエッチして従順になったら脳みそを魔術でコントロールして私のことしか考えられないようn」

「………」

「あらやだ☆冗談よ」

「…とにかく、お姉ちゃんはお兄ちゃんへの有り余る愛情のせいでお兄ちゃんに危害を加え始めてる」

「まぁ…たしかに、あの子はこの前までなら、あんなことするタイプではなかったわね」

「…私たちにも、ここからお兄ちゃんを出さないように手伝わせてるけど、連れ戻したお兄ちゃんは決まって涙を流してる」

「……」

「…何かおかしいよ」

「発情期かしら」

「…怒るよ、お母さん」

「ホントのことなのよ?魔王族には100年くらい続く発情期があるんだから」

「…?」

「あの子ももうそんな歳なのね…道理で最近目が血走ってると思ったわ」

「…分かった、ダメ元で聞くね?もしそれが本当に今回の原因だって言うのなら、解決法は?」

「そんな野暮なこと聞かないの☆静める手段なんて、とうの昔から一つしかないのよ」

そこに、盗み聞きしていたウルスラが飛び込んできた。

「教えてください、ルビル様」

 

「ふふ……欲求を満たしてあげるコト、それだけ♪」

 

 

 

ある晩、勇者が三人に、こっそりと地下の墓地に連れ込まれた。

 

魔法陣の真ん中に座らされる。

 

「なぁ、俺はもうエメに絞られて…死にそうなんだ…もう勘弁してくれ…」

「…いいからいいから、お兄ちゃんはそのまま」

「この状況を打破する力をあなたにあげるのよ♪」

「これしか方法はありません、エメラル様が目覚め、ここに突入するまであと41秒、一刻を争います」

 

「お、おい!魔法陣光ってるんだけど!何するつもりだ!おい!」

 

「…人間の蓄えられる魔力量の5倍をお兄ちゃんに、興奮魔法として打ち込む!」

「緑色の魔力があるのなら、きっと耐えられるわ!」

「これさえあれば…!私の寝不足も解消される(かも)と思います!」

 

「待て待て待て待て待て待て待て!」

 

「「「破ッ!」」」

 

 

 

禁じられた魔王家の魔法〜タチドマラナイ〜が作動したのは、実に900年ぶりのことであった。

 

 

 

以下、ウルスラの部屋のレコード記録より抜粋。

 

「ユーリ♡おはようございます♡夜中にお部屋から出て行ったので今日は600回シましょうね♡」

 

「オォ……ウォォォッ……グフゥ…」

 

「ユーリ?なんか様子が…」

 

 

 

「許してくださいぃぃッ!もう無理ッ!無理ですッ!助けてッ…!だれか部屋から出してくださいッッ!」

 

「エメッ!エメ、大好きだ!」

 

「し、知ってます!知ってますから動くのやめ…!いやぁぁぁッ!誰かぁぁッ!出してぇッ!」

 

 

 

「ぁ…♡む、むり…♡たすけ…♡」

 

「エメっ!エメっ!子供作ろうッ!」

 

 

 

その部屋は、色んな染みや匂いやトラウマで使用禁止となるのでした。




ざ、雑……。
なんたる雑さ…。

次回からリハビリします…。


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全能神編
全能神の憂鬱


いよいよ全能神編です!
と、その前にもうちょい日常回が書きたかったので書きまする。


「と、いうわけなのですよ〜」

 

甘ったるいロリボイスで目が覚めた。

ここは魔王城の二階にある、広い広い会議室。

イスが柔らかくてフカフカで広くて座り心地が良くて、ついつい寝てしまった。

 

「おはようございます♡ユーリの寝顔…ハァ…ハァ…」

隣の魔王は俺の寝顔でサカっているようだ。

 

「……」

後ろに座ったウルスラが痛々しい目でそれを見ている。

 

「で、ですよ〜、お分かりですか?」

そしてチョークを持って眼鏡をかけたクインちゃんが、何やら意味の分からない式や図、魔法の種類などについて記してある黒板の前でオドオドしている。

 

 

 

今日俺たちが、4時間に及ぶクイン大先生の講義を受けることになった経緯というのは「緑色の魔力」について、詳しいことが分かったとのことであったためだ。

 

俺の持つ緑色の魔力は相手の魔力や、時にはその存在自体を「吸収」してしまうものであると認識していた。

しかし、クインちゃんが言うには(後でウルスラが簡潔に話をまとめた資料によると)吸収というもの自体は、魔力の性質やその状況からくる結果の現象というだけであり、緑色の魔力単体で言うのならもっと複雑な役割を持っていると言うのだ。

 

 

「即ち、ユーリィ様が持つ緑色の魔力は相手をユーリィ様に近づけているのではありません、ユーリィ様が相手に近づいている、ということです」

 

例えばニコラを吸収したあの時。

あの時の俺は、ニコラの手助け無しでは時止めを発動できないものであると思っていた。

しかし、ニコラ自身は魔力を全く使っていないと言う。

そもそも魔力的存在として俺の中に吸収されたニコラは、時止めのような膨大な魔力を必要とする魔法は使えなかったであろう、と言うのだ。

ニコラがやっていたのは、緑色の魔力を時止めの方向に動かすための「魔力の流し方」を実践しただけ。

つまりそのコツさえ知れば、ニコラがいなくても時止めを使えるということになる。

 

道理で俺が時止めをする時には、ニコラの力を借りているにも関わらず世界が緑色の魔力に包まれるわけだ。

 

しかし、まだ疑問は残っている。

 

「ま、待ってくれ、吸収はどうなる?俺がニコラ…神に近いモノになったとしても、ニコラを吸収した説明にはならない!」

「それは簡単です、ユーリィ様の魔力で一時的に彼女は魔力に「分解」されました、∞の量を持つ緑色の魔力はそれを内包してしまったのです」

「……!」

つまり、と一拍おいてウルスラは口を開いた。

 

「緑色の魔力…その正体は『同化』と『分解』の効果を持つ、∞の量がある魔力なのです」

 

 

 

情報量が多すぎて、俺には意味が分からなかった。

しかし、クインちゃんやウルスラの言うことを信じるのならば、俺は神の中でも最高位にいる全能神に対してですらも、同等かあるいはそれ以上の立場になれるわけだ。

 

「……エメ」

「なんです?ユーリ」

「こういう魔力とかってさ…他にも持ってる魔族とか、それこそ神様とかはいないのか?」

「…聞いたことがありませんね、恐らくユーリは人間の中でのバグなのでしょう」

「バグ?」

「神は下界を統治しています、人や魔族を作ったのは彼らですから当たり前と言えば当たり前なのですが…しかしその能力は、一介の人間が持つものとしては……あまりに強大なのです」

「…ああ」

「神々がそれに危機感を抱いて手出しをしてこないのは、きっと神々もユーリの力が未知数であると、そう判断したからなのでしょう」

「…とんでもない事なんだな、これ」

「とんでもないですね、でもそんなユーリも愛してます♡」

「よ、よせよ…」

魔王の顔が近づいて来たその時だった。

 

「お話の途中です」

「「ごめんなさい」」

 

 

 

 

 

その頃神世界では、光の溢れるある場所で、火の神、水の神、土の神、風の神が円卓についていた。

 

目つきの悪い男神…火の神が言う。

「どうなってる!ただの勇者の人間ごとき、神に気安く接触したのならば殺してしまえば良いではないか!」

 

行儀良く座り、青いオーラを身に纏った女神、水の神が透き通った声を上げる。

「それができない…いえ、やりたくは無いからこうして私たちが招集されているのです、慎みなさい」

 

大きな身体を丸めるようにして話を聞いていた、屈強な身体付きの男神、土の神が重々しく言う。

「ピウラー様直々の招集命令だ………それに、この人間は俺たちから見ても特殊なことは確かだ」

 

ベール一枚に身を包んだ豊満な身体の女神、風の神が椅子をぐらぐらさせて言った。

「てかさー、これめっちゃイレギュラーじゃん?アタシらにもどうしようもできないのに、どーすんのさ」

 

 

各々がわぁわぁと騒ぐ中、円卓に光の矢が突き刺さった。

 

四人は一気に口を閉じ、辺りに緊張した空気が流れる。

 

「貴方達の戯れ合いが見たくて呼んだわけではないの、下らない雑音を立てないで欲しいものね」

 

「申し訳ありません…全能神様」

水の神が頭を下げる。

 

水の神の方から歩いて来た全能神は、つまらなそうに言い放った。

「貴方達が話し合って解決する問題なら、私だけでとっくに処理をしているわ、頭の悪いのは嫌いなの」

 

絹のような、それよりも白く輝くローブに身を包んだ女神は、副神達に薄く微笑みかけた。

 

 

「貴方達には協力を求めているの、「彼」を私の物にして、世界をもう一度安定させるための、ね」

 

 

 

 

 

そのころ、ある小さな教会に一人の賢者が座り、神に祈りを捧げていた。

ある人の無事と神のご加護を祈っていたのだが、次の瞬間、彼女の持つ杖が、ゴムが弾け飛ぶように吹き飛んだ。

 

「………勇者様…?」

 

賢者は勇者に買ってもらった杖を拾う。

 

その杖には、縦に力づくで切り裂いたようなヒビが入っていた。

 

 




短編をいくつか書いております。
気が向いたら是非お読みください。

短編書くのにハマっているのにいかんせん体力が…。


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降臨(その1)

夫婦の営み(15日間ぶっ通し)をした後、物語はシリアスに…?
投稿頻度を上げるのが令和の課題なのでありまする。


「…ユーリ、今回ばかりはあまりに無謀です」

 

魔王城の会議室で、フカフカの椅子に腰かけて七人…魔王、ルビルさん、マリンちゃん、クインちゃん、ウルスラ、アシンさん、そして俺が話し合っていた。

 

話題は他でもない、ニコラとパストスとメデンの救出についてのことである。

 

アシンさんが口を開く。

「ユーリ君…全能神は指先一つで人を殺せるの…全てを見通す目とあらゆることを聞き分ける耳…何より世界を支配するその能力には、私たちの総力を挙げてもとても敵わない」

 

クインちゃんも小さな手を振って言った。

「ユーリィさんの気持ちもわかります…それでも失敗した時の代償はあまりに大きすぎるのですよ…?」

 

 

その心配したような呆れたような目を見ても諦めず、俺はもう一度作戦の内容を繰り返した。

 

「三人を救うにはこれしかない……神世界へ行って全能神へ直談判する、神と人との過剰干渉が良くないことだとは知らなかったと…そう言って謝るんだ!」

 

 

ウルスラが怜悧な目を向けて言った。

「それを知った上でのことです、全能神ともあろう者がたかが魔族や人間と話し合いなんてすると思いますか?」

 

「……」

 

ウルスラの言い分ももっともだ。

全能神はあらゆる物を統べる存在。

邪魔なものは消してしまえば良い話なのだから。

 

 

 

重い空気が漂う中、来訪のベルが鳴った。

 

「私が出て参ります」

 

ウルスラが小走りで出て行った数分後のことだった。

俺たち全員の耳…いや、頭の中に直接声が聞こえた。

 

 

『全員今すぐ玄関口に集合しなさい、命令を無視した場合はダークエルフを殺します』

 

 

全員が一斉に玄関に走る。

「ウルスラ!」

「皆さん…申し訳…ありません…!」

 

そこにいたのは、光る羽衣に身を包んだ女性達、そしてその足元に転がるウルスラだった。

女達は光るモリのような物を持っている。

 

「そこの人間、我々と同行を願います」

透き通った声で背の高い女が言う。

その蒼い目は俺のことを捉えていた。

 

俺が何か答える前に、アシンさんが目の前に出た。

「待ってください…あなたは大天使のエアリーでしょう?誰に遣わされてここに?それくらいは教えてもらいたいものです…おおかた血の気の多い火の神でしょうが」

 

 

クスリとも笑わないまま、大天使エアリーと呼ばれた女はそれに答えた。

「あなたは一次神であるから答えましょう…今宵の我々の任務は『その男を神世界まで同行させよ』と、全能神ピウラー様よりの使命を受けて参りました」

 

 

それを聞いた途端にアシンさんの顔色が変わった。

「…!いくらなんでも乱暴です…ユーリく…そこの人間を連行するのなら、近しい神である私に何か伝えがあって然るべきでしょう」

 

「ピウラー様のご意見は絶対です、それは貴女にもお分かりかと思っておりましたが」

 

「それでも…」

 

アシンさんが口を開いたその時、俺の頰をかすめて何かが飛んだ。

恐る恐る振り返る…飾られた鎧を貫通し、壁に深々と突き刺さるそれは、先ほどまで大天使エアリーの手に握られていた輝くモリだった。

 

「ご同行願えないのであれば、障害因子を排除します…それは貴女とて例外ではありませんよ?」

 

後ろに控えた3人の天使が、一斉にアシンさんの前にモリを突きつけた。

 

ピウラーの方から俺を召喚している。

それならば行かない道理は無い…と言いたいが、俺一人というのも妙ではある。

恐らく話し合いなどするつもりはないのだろう。

一歩前に出る、その寸前に魔王がアシンさんの隣に立った。

 

「貴女達が何様なのかは知らないけれど…ユーリを渡すつもりはありません」

「エメ!?」

「エメラル様!」

「エメちゃん…?」

「…お姉ちゃん」

「ふえぇ…」

 

そのスパっとした明快な発言に、天使達もやや戸惑ったような素振りを見せた。

 

「何を言っているのか分かっているのですか?これは命令です、聞かなければ神の裁きが降りかかります」

「喧嘩上等ですとも、魔界を舐めないでもらえる?」

「魔族の長ごときが全能神様に逆らうことは不可能です、諦めなさい」

「天使なんて仰々しい名前の割に、目上の者に対する口の聞き方がなっていないみたいね」

「…」

 

天使がモリを構える。

話をする気はもう無いのだろう。

 

「マリン!お母さん!ウルスラ!」

「…天使に喧嘩売るなんて、私は知らないよ」

「やれやれ…私の若い頃にそっくりね♪」

「後始末はしっかりとしていただきますからね」

 

 

その闘いはまさに異次元。

アシンさんの黒い魔法盾で俺とクインちゃんは護られた。

 

魔王の手から飛び出す真っ黒な矢は付近を通り抜けるだけで壁を焦がす。

ルビルさんが何事かを詠唱すると、天使の身体に風穴が空いた。

マリンちゃんの指から放たれた青い球は激しい音と共に炸裂し、周囲は穴だらけ。

ウルスラが手を振ると、見えないほどの速度を付けて投げ放たれたモリがへし折れた。

 

 

10分ほど後。

「くッ…!魔族…それに与する死神…!覚えておきなさい!貴女達には必ず天罰が下ることでしょう…」

 

大天使エアリーは背を向けて飛び立った。

後を追うように翼を広げた天使が背を向けた瞬間。

 

「逃すと思うのかな…ユーリ君を奪いに来たコソ泥を」

 

アシンさんが赤い鎌を光らせた。

 

 

次の瞬間、後を追っていた3人の天使達は地に堕ちた。

首を綺麗に切断されて。

 

エアリーの顔が驚きに歪む。

「…!」

 

「降りておいでよ…あなたも斬ってあげるから」

 

 

 

 

 

襲撃を退け、エアリーが飛び去って行くのを見送った後、魔王城はかつて無いほど騒々しかった。

 

「ウルスラ、緊急処置をします…G書類に記された重要人物を魔界に呼んでください」

「はい、神世界と人間界はどうするのですか?」

「マリンは神世界と繋がる道を封鎖してください、お母さんはハザラの街で人間界との門の封印をお願いします」

 

「ま、待てよ、何をする気だ?」

「全能神がその気になれば、私たちを触れることすらせずに消滅させることができます……それを防ぐために、ピウラーへの信仰心のない者のみを魔界に呼び、それ以外は逆に人間界に追放します」

「…それで防げるのか?」

「防げません、しかし影響力は大きく落ちます…その間に策を練らなくてはなりません」

「人間界に追放された人々はどうなる?」

「全能神がそう望まない限りは消滅しません、せいぜい私たちに対して凶暴になるくらいでしょうか」

「………」

「自体は一刻を争います、ユーリと一緒に寝るのもまた先のことになってしまいますね」

 

魔王達は慌ただしく部屋を出て行った。

 

 

その次の日の魔界では、魔王の演説が行われることとなる。

 

 

 

『神との戦争を始める』

それを告げる演説が。




ついに全能神相手です!


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