おなべとエルフと七魔将(ナイトセブン) (シュウナ・アカネ)
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表の世界と裏の世界
プロローグ
ハーメルンでの1年ぶりの投稿となります!小説家になろうで執筆している作品をこちらでも連載していこうと思います!
それでは、どうぞ!
・・・・・・─冷える。寒い。
「この村で暮らすには2つの掟を守らないといけないよ」
エルフの少女は哀を漂わせる顔で淡々と語り始めた。
夕日は地平線に沿って半分ほど沈みかけ、烏の鳴き声と焚き火の燃える音が重なり、北に位置する山から降りてくる涼風が黒ずくめの女性の身体を足元から冷やしていく。春服に身を包んだ身体には少々堪える寒さである。
「この村で暮らすかどうかは掟を聞いてから決めるわ。さあ、言って頂戴」
一度口を少し開き、すぐ口を閉じて上目遣いで様子を窺っているのが分かる。だが女性は表情を変えずエルフの少女を見る。そしてエルフの少女はゆっくり口を開く。
「一つは朝起きたらすぐ太陽が昇ってくる地平線に祈りを捧げること。これは太陽が昇りきってから祈っても問題ないよ」
「問題ないわ。もう一つの掟は?」
「2つ目は・・・・・・」
───────────
寒いな、この世界は。色んなことが寒くて冷たくて、たまに暖かい。
だから今は、かなり寒い。
そう思いながら村を背後に東に広がる平らの地平線を眺める。
「ごめんね。嫌な表現の仕方をしてしまったね。出来る限りあくどいことは言わないようにするよ」
エルフの少女はそれだけ言い残し、村の焚き火の方へ向かっていく。全く、とんでもない掟も存在したものだ。
「まさか、"人肉又は人骨を食え"なんて言い出すとは思わなかったなあ。さすが異世界、元いた世界とは全く習慣どころか常識もかけ離れてる」
エルフの少女曰く、神へと捧ぐ゛行為゛らしい。
彼女もとい人間の身体は、生理的に限界がある物事には対応出来ないもので、過度なモノには失神・嘔吐・発狂をすることもある。この村の人たちは、習慣だから平気で人を食えるのかは謎である。人間としての理性を失うことは誰もが恐怖に感じることだ、と思う。
日も沈み、焚き火の周りだけが明るく、光が届かない場所は深い闇の世界へと化していた。雲が空を覆い、月の明かりを遮る。
外は寒く、春服でも冷える。なかなか低気温には強いと思っていたが、そうでもないようだ。
中心に長めの木を刺し、布を被せただけの簡易テントの様なものの中に入り、そのまま地べたに寝転がる。
外で寝るなんて、何年ぶりだろうか。両親の言うことも聞かず、家を追い出され何度も赦しを乞うていた8歳の頃。遊びに出かけ、終電を乗り逃し駅前で朝まで待った14歳の頃。最近とは言わないが、今までの人生の中で今日が3度目である。
(お父さんとお母さん、今どうしてるかな。ちゃんと食器洗って私の分のご飯作ってくれてるかな)
「私のこと、心配してくれてるのかな・・・・・・」
単純な愛の欲求は体に哀しさを流れ込んでくる。熱くなってくる体と白銀に輝く水が眼から漏れる。流れた水は地面へまっすぐ吸い込まれるように落ちて、彼岸花のように弾けた。
ここは何処かも分からない、異世界。外国なのか存在する場所なのか、ましてや三途の川のその先なのかは分かりかねる。だが、意識はある。まだ、生きている。
この時は、ただ生き抜くことだけを考えていた。
生まれてきた世界が表の世界だと言うのなら、裏の世界で雪飼羽織ゆきかいはおりは生きていく。そう、この異世界で──!
どうでしたでしょうか?
読んでくれた方、是非感想と評価を宜しくお願いします!
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ヒトの記憶
人間とは、生物に感情を追加したようなものに過ぎない。なぜかと問われる。それは人間の本質だからと答える。
答えたのは、世界を守り続けてきた龍、古龍と呼ばれる存在。
しかし人間はすばらしい。言葉はまさに矛盾しているが、どうしようもなく完璧に近い生物とも取れる。信頼もできた。そう、信頼もできた、なのだ。
古龍は失望していた。いや、失望せざるを得ないのだ。
何に失望したのか、それは人間の本質自体に失望したのだ。何を思えばいい、淘汰か。交渉か。どちらも望めない正答だった。
人間は理解していた。生物は、ひとつの生物を絶滅に追い込めないことを。世界という牢獄がそれを許さないためだ。ゆえに、それを利用して古龍との距離をギリギリに抑えていた。
だが、人間は滅んだ。古龍と、闇の存在・魔獣によって。だがそれは、古龍にとって断腸の思いでのことだった。人間を絶滅に追い込み、世界に待っていたのは、巨大隕石の落下。
強烈な衝撃波と地響きは、すべての生物に恐怖を与え、隕石の衝撃によって舞い上がった粉塵は、日光を遮り、母なる大地を氷雪の世界へと変える。古龍には知性がある。人間と同等の知性が備わっているにもかかわらず、人間と共存し得なかったゆえ、技術を持たない古龍は冷え切った体を丸め、巨大な洞窟の中で一生を終えた。だが古龍は、一つ持っていた。体に宿していた生命の根源。又の名を、ユグドラシル。
幾百年後のこと、ユグドラシルが覚醒。
古龍の骨を土台として、洞窟に根を張り巡らせ、ひとつの生命の領域・フェアリーフィールドを作り出した。そして再び、人間・人類が生まれた。
「世界を変えるには、それ相応の覚悟が必要だ。その覚悟がなければ、我は世界を見守る権利も生物の終焉を見届けることも許されない。滅ぼすことも然り。故に、我はやらねばならんのだ。この世界の古龍として。そして、世界の生命を持った唯一の生物として」
絶滅古龍調査書・第1説18ページ参照
ユグドラシルの記憶に残っていた、古龍の伝言だった。
それから数千年、怒号が響き渡る。
戦ではない。博打でもない。酒場の店内で行われている、喧嘩大会。
互いが血だらけになる殴り合い、蹴り合い。麦酒瓶を持ち、殴りあう。
それが今の、楽しげな世界だった。
────────
とある学校、とある通路で一人の高校生がそこに立ち尽くしていた。男の姿に漆黒のスーツ、顔は美しく体格も細いモデルのような体型。この高校生は、風の中に舞う桜を、ただ、見つめていた。
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理想と現実は別物
高校の中庭のどこからか程良い風が頬を流れ、なかなかの気持ちよさに男子生徒が風を全身に受け、余韻に浸る。周囲の目も気にせずに身体を風に任せ、日頃の疲れを風に流し癒す。それとほぼ同時に校舎から女子生徒が男子生徒へ近づいてくる。
「一緒に帰ろ!」
男子生徒は地面に投げ置いていた鞄を拾い上げ、女子生徒と正門へ向かい歩き出す。
「ねえねえ、どこの部活に入るか決めた?」
町の鐘の鳴り響く中、女子生徒が隣を歩く男子生徒に問う。新入の時によく話題になる陳腐な言葉が男子生徒の耳に届く。
「・・・・・・帰宅部」
「ぶはっ!もはや部活じゃないじゃん!ははは」
「うるせ、あなたには関係ないでしょ。私だって結構忙しいんだから」
「確かにね。アルバイトはまだやってるの?」
「うん。無断アルバイトだから周りに言いふらさないでね」
語り合っているうちに正門にたどり着き、正門前を横断する道路で別々の方向を向く。
「んじゃ、私はここで」
男子生徒は女子生徒に背を向け、帰路を歩き始める。
「うん!じゃあまた明日ね。君」
「あんたまで・・・・・・。私はれっきとした女だって言ってるでしょ」
男子生徒は少し荒らげた声で答える。それを気にせず女子生徒は鼻歌を歌いながら帰っていった。
「全く・・・・・・」
先程から男子生徒と評しているが、れっきとした女である。美男子のような女である。まあ要するにオカマの反対語・オナベだ。自分自身にはオナベの自覚は全くないがね。
フワッ「んっ」
ふと顔に桜の花びらが触れ、その桜の花びらがほかの花びらと共に風に乗り、花吹雪となり無限に舞い散っていく。
見ているだけで、感動という感覚を覚える。
「この景色も、いつまで見れるか分からないな」
入学して1週間、早々に考えていることがひとつある。
それは、自主退学だ。
私はこの高校に入学してから、一つ変わったことがあった。それは、小学生の時も中学生の時にもなかった事、それは“あだ名”だ。
大抵は人の特徴や癖であだ名を付けるが、私の場合は顔だった。おかげで
昔から美形男性モデルのような顔立ちがコンプレックスで、女の匂いを漂わせる女にはなるにもなれなかった。お陰様で男性とお付き合いをしたことが一度もない。逆に女性から交際を求められた覚えしかない。
初めての全体朝礼でのこと。わが校は男女同じのスーツ姿が制服という珍しい学校で、私は全体朝礼解散後の移動時間に女子生徒に猛獣のような目で見られた。
人間はどれだけ打たれ強くても心理的な疲れ、ストレスには勝てないと思っている。ストレスは何らかの方法で発散すれば問題ないが、今回に限っては発散方法がない。故に頭がどうにかなりそうだ。
学校のそばにある歩道橋を横断し、右に見える駅の電車を利用して帰宅するのがいつもの流れだ。故に今日も同じ流れで歩道橋を通り、駅に向かい改札口を通り駅のホームに出る。
しばし電車が着くまでの間、ベンチに腰を落とし、イヤホンが挿し込まれたスマートフォンを起動させる。音楽を聴きながら暇な時間を削っていくという方法を行使した。
唐突だが、私はJ-POPが嫌いだ。なぜなら、そのJ-POPの大半がラブソングのようなものだからだ。そうは言いつつもたまに面白い曲とかもあるのだが、マンネリ化というか固執しているというか、歌詞をどれだけ工夫しても伝えたいことは変わらないというオーソドックスな内容がどうにも私に合わない。
じゃあ普段何を聞いているのかというと、アニオタが聞きそうなアニメの挿入曲だ。要は場面の背景で流れる音楽のことだな。
自分でも理解し難いが、聞いている時に溢れ出す高揚感と身震い感がどうにもクセになってしまう。
その曲をかける前に電車が駅にゆっくり進入し、素っ気なさに舌打ちが出る。
電車に乗りこみ、ほぼ無人の席に身体をすべて預ける。
「はあ、つまんない」
初期の高校生活は大抵楽しいものだ。中学校を卒業して高校に入学し、知らない世界が沢山あるというワクワク感が、彼女には圧倒的に欠如しているように思える。
動き始めた電車が徐々にスピードをあげ、線路の周りの摩天楼をかいくぐるように進んでいく。現代の技術は、昔からどんな成長を遂げてきたのだろうかと思うくらいに今更驚嘆した。
今度こそイヤホンを耳に付け、スマートフォンを起動させて音楽アプリを開く。音楽アプリにダウンロードされている曲はおよそ50曲程で、ほぼ全部がアニメやゲームの背景曲である。シャッフルで選択して曲が流れ出す。
「これは・・・・・・いい」
大太鼓と金管楽器がマッチした楽器音。これは、命を落としかねない激戦地の戦場を思わせるような音だ。時にヴァイオリンのような弦楽器の音色が入り、シンバルの音も加わり、1曲の交響曲のように変化していく。
(やばい、かっこいいかも・・・・・・)
こうやって1人電車の中で感動するのは毎日のことで、最初は周りの目が気になっていたが慣れてくれば人目を全くに気にしなくなってしまった。
でも安心してくれ、一般常識としてのマナーはちゃんと守ってる。
感動に浸っていると、電車が速度を落とし始め、ついには止まった。どうやら降りる駅に到着したようだ。イヤホンを外しスマートフォンを鞄にしまう。すぐに立ち上がり、駅のターミナルから改札口を出る。
私が生まれ育った地域は、先程通った摩天楼などは全くない。言うなれば、ちょっとしたゴーストタウンだ。スーパーは勿論、コンビニが一つだけ住宅街の中にあるだけである。そんな中を1人、駅から住宅街まで小さな足音を立てながら歩く。
只今の時刻はPM18:26とスマートフォンの時計が表示している。冬に比べれば、この時間でも若干明るい感じがしないでもない。
住宅街に入れば一定間隔で古ぼけて点滅している電灯が立っていて、あと住宅の窓からの光漏れがあるため、道自体はそこまで暗いとは感じないので不安はほぼない。
そして自宅に到着。一階建ての一軒家で、築40年ほど。私が生まれてから外観の工事をしたらしい。なので外観は古くはないが、内観はひどい有様である。
雨漏りはするわ屋根裏で鼠が走る音がするわいきなりフローリングが陥没して足を怪我するわ、なので家にはあまりいたくない。
今日も気持ちのない言葉を立てる。
「ただいま」
「おかえり、羽織。今日は早かったね」
台所から聞こえてくる愛のこもった返事。声からして、お母さんだ。お母さんはいつも笑顔で、大人しくて、優しい。だから、お母さんが強い人には見えない。
「早くお風呂に入ってらっしゃい。もうご飯出来るわよ」
「はーい。あれ?お父さんは?」
「今日は出張で帰ってこないらしいわ、残念ね」
「ふーん」とだけ言い残し、玄関からまっすぐ伸びた廊下の右側にある自分の部屋へ向かう。
扉を開け、電気を点けて鞄からスマートフォンを取り出し、鞄を机代わりの簡易テーブルに投げ捨てる。
鞄から今日使った教材教具をすべて取り出し、三段の棚の上から二番目の棚に入れ直して、明日の教材教具を取り出して鞄の中に入れ込む。
さあ、部屋の構造でも説明していこうか。まず扉を開けたら左奥にベッドがあり、左前の壁に巨大なポスターが貼ってある(某ゲームのポスター)。右奥には三段の棚が置いてある。上から一番目がフィギュア、二番目が教材教具、三番目が小説や参考書である。右前にはクローゼットがあり、大量の服を収納している。
フローリングには黄色と黒色のカーペットを敷き、テーブルには星型のキャンドルが置いてあるが、使いすぎて中身が殆ど残っていない。
クローゼットからパジャマを取り出し、廊下を小走りで通り浴室へ向かう。制服を洗濯機の中に投げ込み、下着を上下脱ぎ、浴室へ入る。
身体を洗い流し、湯船に浸かり、今日の出来事を振り返る。
学校に登校して同性にガン見される→下駄箱にラブレターが2桁入っている→トイレに行くだけでヒソヒソと「かっこいい」と言われる→昼食時間に飲食しているところをガン見される→掃除時間もガン見される→授業中で寝ているところをこっそり写真を撮られる→帰り道に同級生に美男子呼ばわりされる。おしまい。
「なんじゃこの学園生活!もうちょっとマシな出来事は無いのかよチキショー!」
顔を湯船の湯に叩きつけ、顔を湯につけたままブクブクと息を吐き出す。
(はあ、今日もつまらなかったな・・・・・・もういやだ、こんな学校生活)
別に勉強や部活、恋愛に興味がある訳では無い。が、折角の人生で一度きりの高校生活、もうちょっと楽しい出来事があってもいいはずだと思っている。
まさに理想とは対局の高校生活はもはや半ばいじめに近いと思う。ていうか普通女子に美男子とは言わないでしょ。
近々自主退学したいのだが、それには親の承認が必要不可欠である。入学金は全て親の貯蓄から引き出した金で払っているので、退学したら入学分の40万は戻ってこない。つまり、自主退学をしたら親に40万円返さなければいけないので、躊躇いの原因はそれだけなのだ。
(ていうか、簡単な話私が高校を間違えなければ良かっただけじゃ・・・・・・)
・・・・・・はぁ〜〜。
結局、自分の責任という答えにしか辿り着かなかった。
憂鬱な気分で風呂を上がり、全裸の自分の体を洗面台の鏡で凝視する。ほぼ俎板の胸を真ん中に寄せ、少しは盛れないかと挑む。胸を見てため息を吐き、その収穫は落胆だけだったようだ。
今日学校で着用していた、凹みのない無地のブラジャーに無地のパンティー。何と味気のない物体であろうか。まさに特徴のない無難な堅物女、もしくは女装にリアルを追求した変態男としか判断出来ないぐらいに貧相な身体に、ぐうの音も出ない。
数ヶ月前に自分の身体の利点を理論的に反芻、推敲しながら調査したが、何一つ解決しなかった。いや、むしろ解決すること自体がおかしいのか。自分の中でも自問自答は問題に問題を被せる故に、難解なものになっている気がしないでもない。
「はぁ・・・・・・」
明日も学校。そんな言葉が頭に反響して、気分を右肩下がりに変化させる。
いつかボンキュッボンになる日が来ると願いつつ、風呂場の窓から夜空を見た。答えは知らぬと言っているような、そんな気がした。
────────
むかしむかし、ある異世界の少年と神は、ある契約を結んだ。それが事実さえも分からぬような内容だが、一応ここに書き記しておくこととする。
(伝統書・第6項より)
貴様は何者だ。
それは俺が聞きたい言葉なんだ。ストリートチルドレンの俺はフードを被った細身の男に連れられ、手枷を付けられ薄暗い部屋の青白く輝く縦長の石が喋りかけてくるのだから。
俺は縄張り争いに負け、生活を共にしてきた仲間とはぐれた上に、それの際に負った頭の傷が、動こうとする気持ちも生きようとする意思も徐々に削がれていたところを、フードの男が現れてこんな部屋に閉じ込められた訳だ。
頭の出血は止まったようだが、若干の失血によって意識が朦朧としていて、俺に話しかける゛何か゛への返答は、返す気もなかった。
貴様に、生物としての意志はあるか。それ以上に、存在する価値はあるか。
自分には、下水道や用水路、廃棄された炭鉱などでしか生きられない、無価値な存在だ。産んでくれた母親も、親父も、自分の名前さえも知らない。知っているのは、地下の世界と生物の殺し方。そして手にはめられた手枷の用途。この手枷でよく年上の仲間が地上から
「俺の、価値・・・・・・」
貴様に足りぬもの、それこそが貴様を価値のあるものへと変える。
少しずつだが、朦朧としていた意識が回復してきて、言葉の呂律も元に戻ってきたようだ。
俺に足りないもの・・・そんなことは今まで考えたことも感じたこともなかったが、それ自体が足りない証拠だと言うことなのか。
大体、価値とはなんだ?人間としての価値ではなく、生物としての価値とは?まだ12歳の俺にそんな話をするのは無意味。要はただの無駄だ。
貴様がそう感じるのならば、我から言うことはもう無い。十分に失望させてもらった。
「はっ、光栄だね。いくら失望してくれても構わないさ。最後に一つだけ教えてくれ」
自分に興味がある訳では無い。こいつの言う通り、俺は無価値かもしれない。両親、自分の名前、故郷すらも見当がつかない俺など、この世界ではただの廃棄物にすぎない。だが、そんな俺でも、一応聞いてみたかった。
「俺に、俺に足りないものはなんだ?」
貴様に足りぬもの、それは✕✕✕。
やはりただの余興程度のものだった。
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クソッタレの現実から異世界へ
少年は戦う、誇りを胸に────。
少女は願う、永久の泰平を────。
書店の道路側の窓に、カレンダーほどの大きさの宣伝ポスターのリードを凝視する。
あるラノベの広告らしいが、なんともそのリードの部分はパターン化しているような、じっくりと緻密な反芻を繰り返して決定した言葉とは到底思えない、陳腐な安っぽさを感じた。
また死ぬほど憂鬱でクソッタレな一日は、止まることなく時を刻んでいく。
今日は朝日が昇る前ぐらいの時間に起きてしまい、居間に入ると母が父の弁当を作っていた。二度寝をすると一生起きない自信があるから家を早く出て始発の電車に乗り、学校付近の商店街を一人で散策していた。勿論書店はまだ開店しておらず街にも通行人がちらほらいる程度で早朝はとても静穏。
そんな中に高校生の私一人というのはなかなか精神的に堪えるが、友達はいまだ皆無なのでなるべくしてなった感じがする。
学校に入学してから今日まで大体の事を総合的に見ると、私の外見が原因だと推測するのが妥当と見る。しかし私はそれを認めたくはない。ていうか認めるつもりもない。なぜなら私はれっきとした女だからだ。同性に美男子美男子と言われる身にもなってみろと言いたいぐらい遺憾な事なのだ。
〜15分後〜
(・・・・・・開いてる店が無いな、少し飽きてきたな)
早朝の何もないガレージ街に飽きてしまい、一つ大きな欠伸をして鞄からイヤホンの繋がれたスマートフォンを取り出し、耳に着ける。右の方向の少し離れたところにいつも行き帰りに使用している歩道橋が見え、結構面倒だが一番乗りの生徒が来るまでまだ時間がありそうなので、学校で待つことにした。
入学して間もない私は、早速卒業気分で学園生活を終えそうなぐらい学校に興味を示さなくなってしまっていた。日が経つごとに周りの女子生徒のストーカー度合いがひどくなり、いつもの校門の前には自分の写真を撮っている輩も多く気にしたくはないのは当然だが、無視できないぐらいに彼女たちのそれは酷かった。下手をすれば警察沙汰の案件にもなりかねないが、それは私自身もあまりいい気分にはならない。自分が好かれているのは嫌というほど分かっているが、彼女たちにはそろそろ自重してほしいものだ。
歩道橋をまたいだ先に学校が見え、ため息を吐きながら歩道橋を歩いていく。階段の足取りが非常に重く感じて、イライラの混ざり合った登校というものになり、歩道橋の中央を通り過ぎた瞬間、空気が変わり、異変と脳は変換した。
(ジーーーー・・・・・・)
・・・・・・視線を、感じる?そうだ、誰に見られているのかは分からない。しかし、とんでもない殺気が、どこからともなく体に流れてきて、私の中に緊張を発生させた。気の抜けない殺気、自分に恨みでもあるのだろうか。だが、それは最も有り得ないことだということでもある。なぜなら私がこの学校に入学して、外見だけで熱烈なファンができるほど有名になった。しかし、それが原因となり、逆にファンの方が一線を引いてしまい、この高校の生徒とはまともに話したことなんてない。
そして、いつの間にか殺気は消えていた。先ほどの緊張が嘘のように解けていた。
(今のは何だよ?)
疑問だけを抱き、誰もいない教室へ向かった。
────────
午後4時20分。ようやく学校が終え、羽織の口からうれしそうな吐息が漏れる。教室には、友達と共に遊びにいくかどうかを話し合いながら帰ろうとする生徒や、教室の片隅で本を読んでいる生徒もいる。
「美男子君!一緒に帰ろ!」
昨日、校門まで一緒に会話をしていた女が私に手を振りながら近寄ってきた。唯一のしゃべり相手で少し親しいぐらいの女子生徒だが、正直鬱陶しかった。
(この人、わかってて言ってるよね絶対)
ニヤニヤしながら喋りかけやがって。とは言えず、それとなく適当に合わせて「分かった」と棒読みで答えて机の側面にかけていた鞄を机の上に置き、教科書やノート類を鞄に入れていく。
「私まだ用事があって帰らないから、待ってても意味ないよ。早く帰ったらどう?」
「奇遇だね、私も家に帰っても暇だからまだ帰らないんだー。美男子君の用事終わるまで待ってるよ」
彼女はそう言って、私の隣の席に座って足を組み、私の顔を見ながらくすくす笑っている。何を思って笑っているのか不愉快で、腹立つ。ここまで露骨に行動されると癪に障るので、はっきりとした本音を投げた。
「あんた、私につきまとって何がしたいの?いい加減頭にくるんだけど」
私の本音にヘラヘラとした顔で私の顔を見る。
「何って?んー。強いて言えばー、邪魔かなぁ?ウフフ」
私が知っている範囲の女はまさにこんなやつには屑が多くて、とてもとても態度に出るから判り易い。昨日はわざわざ待ってやったのにこいつの本心はこれなんだと思うと、少し自分の中で唯一話すことが出来るクラスメイトと思ってしまったのが恥ずかしく感じる。最初からこの女とは気が合わなかったのだ。
「美男子君さぁ、ムカつくんだよねー。女のくせに男っぽくして女子の支持集めようなんて」
「あっそ、言いたいことはそんだけ?お疲れ様」
構って損をしそうだったので、なるべく無愛想に対応して荷物をまとめて帰ろうと思った。次の瞬間、その女は憎たらしいような憤怒のような表情で机を強く叩いた。
「さりげなく帰ろうとしてんじゃねーよコラァ!入学してからてめえのそのスカした態度が気に食わねーんだ。そんな薄情者に何でそんなに人気が集まんだよ!なんで私が人気じゃねーんだよ!てめえがいるから私が人気になれねえんだよ!」
シーン・・・・・・。
教室が静まり返った。その教室にいた誰もが私の席に注目している。相当苛立ちが溜まっていたのか、目には涙が、口はプルプルと震えていた。全く、馬鹿らしい。
人気が欲しくて逆恨みって、どこの中学生だよ勘違い女。人気など、邪魔にしかならないってのにね。この際、その人気を全部あげてやろうかと思った。
「へーそーなんだ、大丈夫だよ。私、学校辞めるから」
「「「・・・・・・ええっ!?」」」
あ・・・・・・、やべ。勢いで言っちゃった。クラスの奴ら全員で驚愕の声を炸裂させる。一気に騒がしくなった教室はとても居心地が悪く感じて、さっさと荷物をまとめて呆然としたその女に耳打ちをした。勿論、哀れみを持って。
「人気なんて反吐が出るよ、勘違いちゃん」
────────
帰りの駅のホームで、先程の事を振り返った。
あー・・・・・・、これってかなり、やっちゃったよね。
公開退学宣言は流石に不味かった。かなり不味かった。学校をすぐ出た私は、すぐに駅に向かった。
電車が到着するまで少し時間があったので、ホームの長椅子に座り、今日を振り返った。
さすがにちょっと言いすぎたかもしれない。何だかんだ言いつつ、今の高校で喋った相手は彼女が初めてだったし、かなり目立ちたがり屋の人だった。でも、自分の身になってわかった。人気には反吐が出る。今でもそれを撤回する気は無いし、みんなに言いたい。
15分ほど時間が経ち、電車がホームに進入してくる。ゆっくりドアが開き、ホームで待機していた利用者が駆け込んでいく。その中の一人に私がいる。
(学校がつまらなかった。ちょっと喋ったりするクラスメイトを失った。ろくでもない日だった)
空席の目立つ電車はスピードを上げ、摩天楼の中を順調にすり抜けていく。
昨日とはまた違った一日は、少し残念に感じた。少し親しい程度の友の本音が私を嫌っていたことと、私自身が唯一の話し相手を失ったこと。そして、学校を辞めると豪語してしまったこと。
「最悪・・・・・・どうしよう」
最初から通っている高校に興味はないが、教室の連中と友達になれなかったのが少し残念。ま、なるにも変態的な人が多すぎて引いちゃう人ばかりで敬遠するが。今日の朝が早かったせいか体に力が入らず、ウトウトとし始め、寝る体制に入ってしまった。
(いつもの降りる駅で・・・・・・起き・・・・・・れ・・・ば・・・・・・だいじょ・・・う・・・・・・)
────────
目が覚め、電車を降り駅の外へと出ると、そこはどこかの住宅街。すぐわかった、私の家付近の住宅街じゃない。
少し広めの道路を明るく照らす無数の電灯は、とても場違いだが天へと続く階段に並べられた提灯のように見えた。
何だろう、怖い。好奇心もない。あるのはただの戦慄だけ。恐る恐る、足を一歩前に出す。
(矢印の標識が・・・・・・)
矢印の書いてある標識が赤く染まり、それに少しずつ近づく。
標識手前1メートルほどで、赤を帯びた標識は消える。色じゃない、それ自体がなくなった様に、本体そのものが消えたのだ。そして、道路の中央への移動を促す矢印の標識が輝きだす。今度は光のような白色に。
それに近づき、それ付近を見渡す。見渡したときに目に入った光景は、とても異様だった。
(何だこれ・・・・・・?これって、魔方陣かな?)
マンホールを中心に書かれた半径3メートルほどの魔方陣は、どす黒い何かに覆われていた。オーラというか霧というか、よくわからない物体が周りを覆っている。
よく考えよう。起きたところから一歩足を進めた瞬間標識が変色した。その後もう一度変色し、この魔方陣を見つけた、という流れだ。
魔方陣に近づき、黒い物体を振り払いながら魔方陣の中心の上に立ち、下の絵を見渡す。
魔方陣のもっとも外側に描かれた絵に目を惹かれた。何か、軍記に出てきそうな。巨大な龍がうずくまり、その龍から強烈な光が発している。その横には木が描かれ、人間と動物が描かれている。
その絵に夢中になって、重大な異変に気づいた。
(あれ、足が・・・・・・動かない!?)
まったく気づかなかった。自分の足を見たときには、足が半分ほど魔法陣の書かれたマンホールに吸い込まれていた。ピクリともしない。そして何も出来ぬまま引きずり込まれた。
「ちょ、ちょっと!冗談でしょ!?勘弁してよ頼むって・・・・・・」
その先はほとんど覚えていない。覚えているのは、私の体が光りだした。それっきりだった。
────────
肌の温度が変わった。日光を遮る木の下で、向かい風が肌を冷やし少し心地よさを感じさせる。
いつ頃から眠っていたのかよく分からない。最後に記憶があるのは、マンホールの上に描かれていた星型の魔法陣のようなものに吸い込まれたところまでだ。正直、地面に吸い込まれる感覚は何とも複雑で新鮮なものだった。
仰向けの体をゆっくり起こし、落ち着いて辺りを見渡す。正面には、街とも呼べないような小さな村があり、その辺りは驚くほどこざっぱりな草原で、遠くには天空まで続いているような山脈が彼方まで連なっている。
「ここは、一体・・・・・・」
理解ができないまま体内時計の秒針が時を刻んでいく。風が程よく髪の毛を揺らし、先程までの住宅街周辺の閉塞感とは真反対の壮大感と開放感が湧き上がってくるようだ。
寝ぼけた感じが一切しないのが不思議だが、何がともあれここがどこかを把握しなければ。
これが異世界生活の始まりだった。
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ホントの異世界はアバウトでシビア
始まりの街での異変
「君は誰?見ない顔だね」
驚愕した。なんと、耳の長い人間が私に話しかけてくるのだ。しかも幼い女の子。
「もしかして、ここに来たのは初めて?それとも道に迷ってこの街にたどり着いたの?」
ともかくここに来てからの全てを説明しよう。眠っていた木の下から真正面に見えた村(一応町らしい)へ移動し、ここはどこか聞き込みをしようとしていたところを、この少女に捕まったわけだ。
ああ、とても可愛らしい顔をしているのに長く尖った耳のせいで違和感が半端ない。まあ良く言ってファンタジーっぽいといったところか。
(一応、日本語で・・・・・・いや、英語で意思疎通を図ってみようか)
一度大きく深呼吸をし、普段使わないであろう英語での会話を試みた。
「ハ、ハロー?」
普段使ってない上に勉強さえもろくにやっていないのでまともな英文が出てこない。しかもとんでもな片言で、外国人に言っても伝わらないと思うくらいのレベル、だと思う。現に少女は眉間にシワを寄せて、頭の上に疑問符をいくつも作っているよう。
若干の沈黙が流れ、少女が唐突にパッと何かが解ったような表情をする。
「君、もしかして極東の人?」
That's right!!
羽織の頭の中でその言葉が山彦のように反響し続ける。極東という表現は少し難しいものだが、極東はアジアの東側、つまり日本付近のことを指す。
「イエス、イエス!マイネームイズハオリ!ハオリ・ユキカイ!」
「ふふっ。君、米語が下手だね。極東の言葉で話してもいいよ。言葉は分かるから」
超絶ファンタジー感溢れる耳長少女が日本語分かるって、明らかに外国風な言葉しか知らないと思っていた自分が恥ずかしい。いや、一生の恥だ。この子、明らかに私よりも頭がいい。これはもしや、アニメやゲームならではの年齢と体格が不一致なパターンか?いやいや、どんだけ頭の中のパーソナリティーががオタク化してるんだよ。普段アニメや漫画は全く見ないのに何故この情報が私の頭の中に存在するんだ?
自分の脳内で意味不明なツッコミが繰り広げられ、一旦鎮めようと少女と言葉を交わすことにした。
「え、えーと、私の名前は羽織。雪飼羽織っていうの」
「ふーん、君は羽織っていう名前なんだね。なんか、名前と外見が一致しないね」
ぐっ。分かってはいたけどたった今会った人にこういうことを言われると傷つくわ。私の何か言いたそうな顔を見て少女はクスッと軽く微笑んだ。
「僕はターニャ=ブルクセン。ターニャで呼んでくれて構わないよ」
「よろしくね、ターニャ」
私は手を差し伸べ、少女に握手を求める。少女はその手を握り返し、満面の笑みで私を見ている。やばい、可愛い。萌死する。
とにかく、この世界で記念すべき第一号の友人(っぽい人)が出来た。
────────
この後、ターニャに「やることないなら話さないか」とデート(多分違う)に誘われ、ターニャの横に並んで歩き始める。
改めてターニャの姿を詳しく見てみる。
ストレートに伸びたショートヘア、長い耳に装飾された白銀色のイヤリング。背丈は大体小学生程度に思える。まあ私よりも賢そうなので、歳を結構とっているのなら、少し嬉しい。
何よりも目立っているのは、蒼色に透き通った大きな瞳。パッと見た程度では人形のようで、可愛く、美しく見える。
(それに比べて私は・・・・・・)
ビジュアル系の様なツンツンはねた髪の毛、男の様な制服、ほとんど育たぬ俎板の胸、無駄に身体能力はいい、か弱く見えない、そもそも女にすら見えない、以上。
やべえ、泣きてぇ。
「ほぼ男じゃんよ・・・・・・」
「ん、どうしたのユキハ?」
「え?いや何も・・・・・・って、ユキハ??」
羽織はターニャの顔を丸くした目で見る。ターニャは頭に?を浮かべながら羽織の顔を見る。
「ユキハって、誰?」
ターニャはムッとした表情で、ため息を一つ吐く。
「君の名前は雪飼羽織でしょ?極東の人は姓と名を持つと聞いたことがあるから、頭文字の雪と羽を組み合わせて゛ユキハ(雪羽)゛にしたのさ。分かったかい?」
「あ、あーそうだったんだ。分かったありがとう」
若干フレンドリーなニックネームにしてもらったから、結構嬉しかった。
道中に果物の屋台を見つけ、ターニャの奢りという体で、ターニャの小銭袋にお世話になった。リンゴのようなイチゴのような、形が中途半端でよく分からない形の果物。
「これはミンクっていう果物で、疲労や怪我に良く効くんだよ」
生き血のような真紅色の果肉で、引きながらも試しに一かじり。強烈な酸味が舌を刺激するが、普通に美味しかった。
さて、状況を整理しようか。
なぜ私がこの世界に召喚されたのかは未だわからず。しかし、この異世界はターニャ曰く「ガルマリア」という世界らしい。私がいた世界とは全く違う理によって成立しているようで、慣習も戒律も異なるようだ。因みに極東の国は私のいた日本とほぼ合致しているようで、現在私が存在する場所は北欧の国の辺境の地らしい。つまり、ヨーロッパ付近だろう。
要するにこの世界は、元の世界の地形と一緒なのだが、"全く別の世界"ということらしい。というより、さっきから気になるのが・・・・・・
「なんで辺境の地なんかに・・・・・・」
生きているのか死んでいるのか、いまいち実感の湧かないような場所で、元々いた国でも家の付近でもなく日本からかけ離れた場所なのか。考えれば考えるほど意味不明で謎が深まるばかり。
「ねえユキハ」
ターニャの声のトーンは低く、何かに対して疑問を抱くような声だった。
「君は一体────」
「どこから来たのかって?」
羽織の言葉に驚いたように顔を一度見て、顔を伏せながら微弱な声量で「うん」と返答が返ってきた。
ターニャを含めこの異世界住民全員が私の話を聞いても信じることはほぼ有り得ないと断言できると思う。だってどう考えてもおかしいでしょ、「私は違う世界から来た」って言ったら完全に地球外生命体か、はたまたキチガイだと勘違いしてしまうのがオチだと思う。自分の正体を暴いても気休め程度にしかならない突拍子のない話だが、正直な話だし、このまま伝えないのも不満が残るし、ゴリ押しで伝えてみる。
「私は、違う世────」
「ユキハ、しっ。ちょっと静かにして」
低く冷たい声がターニャの口から出てきて、羽織の口が瞬時に閉まった。ターニャは辺りを見渡し、羽織と自分以外の人間がいない事に気づく。先ほど果物を買った店の店主も勿論いなくなっていた。
あまりに急な出来事に感じて、ターニャも少し困惑しているように見える。町であろうと村であろうと、普段ゴーストタウンに住んでいても、無音の世界が広がることは見たことがない。
はっとなにかに気づき、ターニャは巨大な山脈が連なっている方向を見る。
「多分、"魔獣"がくる──!」
「え、魔獣?」
「どうして・・・・・・この領域は結界が張ってあるのにどうして魔獣の臭いが・・・・・・」
凄い場違いなこと思ったけど、なんか一気にRPG感が出てきたなこれ。耳長のエルフに魔獣とか、伝説のドラクエみたいじゃんよ。
「ユキハ、なにか硬鋼類のものは持って・・・・・・ないね」
ターニャの力ない一言に若干落胆するが、手当り次第のものをポケットの中から取り出した。
(ん、胸ポケットになにか・・・・・・あっ)
胸ポケットに入っていた物は、帰り道に音楽を聴いていたスマートフォンだった。今更思ったんだけど、帰るときに持ってた鞄とかはどこに行ったんだろう?もしかして元の世界に置きっぱなし?
とにかくスマートフォンをターニャに差し出してみる。
「えーっと、一応金属というか、硬そうなものはあったけど・・・・・・どうかな?」
ターニャは素早くそれを取り、縦に振り始めること五振りほど、大きくため息をついた。
「これじゃ、皮膚の厚い魔獣に打撃が全く響かないよ。脆すぎてこの道具がひしゃげちゃうだろうね。他にはなにかないかい?」
他のものといえば、開封済みのティッシュ・若干汚れたハンカチ・いつのか分からないが帰り道で買ったような10円ガムのゴミ。以上。
(使い物にならねー・・・・・・)
まったく肝心な時に使えない自分が不甲斐なくて泣けてくるわ。首を振り、何も無いことをターニャに伝える。それを彼女は確認して、あごに手を当てる。
「なら選択肢は一つだけ、走って逃げよう」
「え?」
確かに逃げるのは賢明な判断だと思う。何も持っていない、対して出来ることも何も無いのならそれが一番いいのだが、いざ自分達が逃げれば村全体が魔獣達に荒らされるという自責感が彼女らの判断に迷いを起こさせる。
「ターニャ、この村はもう、置いていくの?」
「勿論、置いていくしか方法はないよ。今の僕たちに出来ることは何一つないからね。ここにずっと留まっていたら魔獣に引き千切られて喰われるし、魔獣はかなり足が速いから見つかったら正真正銘、即死だね」
羽織の中の自責感を正当な理由で押しつぶし、残ったミンクの実を口にまるごと放り込む。
「さて、急ごう。魔獣の臭いがかなり近づいてくる。近くに僕が住んでる村があるから、今日はそこで休もう」
ということで、ターニャとともに彼女の村を目指す。走り出して十数分で、村に異変が見て取れた。
「臭いが強烈だ・・・・・・!魔獣が右から来るよ!」
ターニャが言ってすぐ右側から地鳴りがどんどん大きくなっていく。狼のようなシルエットで、身体の所々から禍々しい紫煙が立ち上っている。獲物に飢えたような深紅の瞳孔。そんな化物が、数え切れないほどの数で村を囲っていく。そして彼女が言っていた通り、疾い。まるでドラッグマシーンのようなスピードで集結する。魔獣が村を徘徊し始め、村全体が黒ずんだ世界へと豹変した。
「逃げ遅れた住民が一人もいなかったのは幸いだったね。僕達も早くここから離れよう」
「ターニャの村までどれくらいある?」
「南に約4ベーク(7.2km)ぐらい行ったところに僕の村があるんだ。王都から割と近いから結構便利なんだ」
王都。元の世界ではいまいち聞き慣れない言葉だ。ヨーロッパの歴史などでよく出てきそうな単語だが、それでは無い平成時代出身の羽織にはただの杞憂な問題だ。
「急いで帰ろう。あと一時間程度で日が傾き始めるよ。日が落ちたら周りにあらんかぎりの魔獣と怪物が沸くからね」
一つ頷き、ターニャの背中を目印にして彼女の村を目指す。日本よりも明らかに温度が低く、春の学生服にはなかなか堪える。
そして一つの山を越え、3時間ほどでターニャの村・デュランダに到着した───。
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いざ、主都グランド・ソドムへ────。
目が覚めた時、そこは何かの木の中だった。とても大きな空洞が広がっていて、その空間はサッカーグラウンドほどありそうな程広く感じる。自身の周辺で黄緑っぽく淡く光り輝く大きなカビのようなものは木の側面や地面に多く生えていて、傍から見れば生命の神秘を目の当たりにしたような気分になる。さっきから一つ気がかりなことがあり、その空間の周りを見てみる。最も大事なものがここには無い。
そう、出口がない。どこを見渡してもどこにもない。ということは、そもそも私がこの木の中に入れる隙間すらなく、人間が入れるような場所ではないのだ。
「ここは・・・・・・、一体どこ?」
ただ広いだけの空間の謎はただ私の脳を瞬く間に混乱させ、対極な好奇心と恐怖心が混ざりあって、言葉に出来ない感情が生み出される。
『ようやく目が覚めたか、別世界の人間よ』
ビクッ!!
何も無いのに急に声が空間に響き、かなり驚いた。落ち着かない表情で周りを見て、何もいないことを確認する。
「えーと、あなたは誰?どこから喋ってるの?」
得体もないものにフレンドリーに話しかけるのもなかなか奇妙だが、黙ったまま待っているよりも幾らかマシだと思った。
『私は、ユグドラシル。お前の精神と共にある、唯一無二の巨大樹。そして、お前達の生命の根源である、生命の始祖』
「私の、精神?始祖?」
声の主ユグドラシルは私に、お前と私は一心同体ということを言った。
私はそれを全く自覚していないので、そもそも何故こんなところにいるのかが理解出来ていない。
眉間にしわを寄せる私に、ユグドラシルは淡々と語りかけてくる。
『お前は別世界の人間。この世界の人々は、お前と同じ人間ではない。外見こそ似てはいるが、お前が思っている人間とは全くの別種だ。故に、お前は一人だ』
要するに、周りの人は人ではない。お前は孤独だと言いたいらしい。
「だったら他の人たちは何なんですか?ターニャは何者なんですか?」
『ターニャ・・・・・・、あのデュランダのエルフのことか。彼女は人間ではない。人に似た形をしているが、この世界の人とエルフの子供、つまりハーフエルフだ。彼女はデュランダの中では極めて特殊・異端な存在なのだ。エルフの寿命はおよそ千年から二千年と言われるほど長命だ。ほぼ不老不死に近いと言っていい。しかし彼女の場合はほかの種族の血が混じり、身体能力は向上しているがその分短命になっている。細かく言うとなれば、寿命は二百年から三百年程度だ』
・・・・・・聞いてはいけないことを聞いた気がする。本来の目的を忘れそうなくらい気にしそうだ。そもそも私を呼んだ理由は何なのかを。
「貴方は何故私をここへ?」
デュランダというターニャの故郷で一泊したはずの私が何故こんな巨大な樹の中で目が覚めたのか。
『ここは脳内、つまりお前の頭の中だ。お前の本体の方はデュランダに残ったままだから安心するがいい。儂がお前をここへ連れてきたのは、ある"頼み"をしたいが為』
「頼み?」
『お前にしか頼めないこと、それを頼みに来た。それだけの事だ』
ユグドラシルの声には、哀しいような、苦しいような、そんな感情が混沌としていた。彼が何十年何百年何千年この世界と共に過ごしてきたかは知らないが、人間の私に頼むということは、本当に私にしかできない事なのだろう。
「私にしか頼めないのなら、出来ることならやってあげてもいいよ。できることなら、ね」
一度息を吐き、返答を待つ。数秒後、深い声で言った。
『"漆黒の黒龍"を、救ってくれ。頼む』
生命の起源、ユグドラシル直々の依頼。引き受ける気はそこまで無かったが、神までもが願い、助けを求める案件など、断るにも断れない自分が居ることが遺憾でならなかった。ああ、実に遺憾だ。よく薄情者と言われる私が、神には従わざるを得ないような状況が特にそうだ。
こんな自分を、私を、初めて嫌いだと思った。でも、助けを拒めば、自分をもっと嫌いにさせそうだった。
・・・・・・全く。
「・・・・・・貴方の願いを受け入れよう、ユグドラシル。どうにかして、助け出してみせる」
『異界の人間よ、感謝する・・・・・・』
刹那、視界が眩んだ。
目が覚め、白い布で周りを覆った木材が目に写る。私はこのテントで一晩無事に過ごせたようだ。昨日より重く感じる体を起こし、何かで顔がびしょびしょに濡れていることに気づいた。目に何かが溜まっている感覚があり、指でその何かを弾く。
(涙?・・・・・・そうか、私は眠りながら泣いていたのか。いわゆる、ホームシックってやつ?)
テントを覆っている朝のような布をどかし外を覗く。昨日の深い闇とは全く反対の、煌めく光に輝く大地があった。一般的に見れば普通の朝と変わりはないように見えるかもしれないが、私にはそう見えた。
私の口からは何も言葉が出ず、ただその光景を目にし、見つめるばかりだった。
「やっと起きたね、ユキハ」
この声は、ああ。ハーフエルフのターニャ=ブルクセンだ。昨日と全く同じような雰囲気で喋っているが、朝なので髪の毛が所々つんつんと跳ねていて、めちゃくちゃ可愛い。
「おはようターニャ。昨日の夜泣きながら寝ちゃったらしくて、目と体がすごく重く感じるよ」
「そっか。もし何か相談があったら乗るよ。役に立てればいいけど」
「ありがとう。それで早速なんだけど、一度相談したいことが・・・・・・」
この世界で初めての朝を迎え、かなり複雑な心境の中に興奮と不安が混ざりあっているが、気がかりなことは気にしたくないほどある。ざっと言えば、元の世界とは違う倫理観や価値観など。
自然淘汰とまではいかないだろうが、価値観の違いは自分の身を滅ぼすかもしれない(この世界の社会的な部分で)。早いうちにこの世界の環境に慣れることが何よりも必須だと考える。
「この世界で慣れるためには、何をすればいいと思う?」
「それを答えても答えにはならないよ。いいかい?君は違う世界から来たとはいえ、1人の人間だ。ならやるべき事はわかるだろう?」
彼女の言うとおりだ。私は甘えすぎていた。環境に合わせるのが難しいという理由で彼女に聞いた私は馬鹿だ。
私は「ありがとう」と一言つぶやき、昨日言われた朝の巡礼を始める。
太陽が最も真上に来る頃、村の男の人に一言言われた。
『
能力・・・・・・この世界では必須と言われるほど重要だそうだ。その使用方法は多岐にわたっている。農業、料理、鍛冶、生活等に使用されている。この村から数キロほど離れた街にいる兵士たちは、戦闘におけるスキルなども取得しているようだ。
元の世界にはなかったものが、今こうやって存在するとなると、興奮が止まらない。
(能力、か。一体どうすれば・・・・・・)
能力は取得できるというのは理解出来たが、方法がわからない。なんであの男の人は能力のことを教えといて方法を教えないんだよ。
「ターニャ、ちょっといいかな?」
傷んだ木の箱の上で古そうな書物を読んでいたターニャは、羽織の呼び声にビクッとしてから、走って近づいてくる。
「どうしたの?急に呼ぶからビックリしたよ」
「ごめんごめん。実は、能力を取得する方法を教えて欲しいんだ。どうすればいい?」
「能力?誰から聞いたのかは知らないけど、能力はまず目的を理解しなければいけないよ。ものによって使用する能力も変わってくるから、だから・・・・・・あっ」
「ん?どうしたの急に」
急に言葉を詰まらせて、なにかに気づいた様子だ。
「肝心なことを忘れてたよ。ユキハは一度、能力書類(スキルカード)を手に入れないといけないんだ。一般の人たちは"常識"という形で大抵の人は能力書類を持っているけど、ユキハはまず街まで行って書類を作成してもらわないと」
・・・・・・まじで?
脳内で何度もエコーがかかった。
「えーっと、街ってどれくらいかかるの?」
「んー、まあ大体8ベーク1タリン(15.3km)ぐらいだね。少し遠いから、
今気づいたがこの村は、人が集中する地域からは少し距離があるようで、離れた場所へは転移魔法という能力を使うらしい。「行かないの?」と言われ慌てて脱いでいた春服のブレザーを着る。
「能力発動、転移。座標は、主都グランド・ソドム。以上」
足元に見覚えのある紋章が浮かび上がる。緑色の家紋に似た紋様が光り出し、意識が一瞬飛んだ。
気がつけばそこは石の台の上で、目の前には巨大な城塞が堂々と建っていた。その前に広がる公園の広場には、中央の噴水場をはじめ多くの人々が買い物や休憩を楽しんでいた。感嘆の声が漏れた後にターニャが口を開く。
「ここが主都にして最も繁栄している街、そして最寄りの街『グランド・ソドム』だよ。この街で売ってないものもなければ、色々な依頼、手続きもできる"便利"な街さ」
主都、元の世界でいえば東京のようなものなのだろうか。公演を取り囲むように様々な屋台が商いをしており、美味そうな匂いが鼻を刺激する。
「さて。早く能力書類を作って、せっかくだから遊んでいこうか」
目の前の初めての光景に好奇心が沸々と湧き上がってくるのが分かる。早いうちに能力書類を作成して、この国の主要都市を満喫しなければ。
「申し訳ありませんユキカイ=ハオリ様。能力を使用できるのは18歳以上と国則で定められておりますので」
「え?・・・・・・え?え?」
目の前の受付嬢が何を言っているのか全く分からなかった。確かに私は現役高校生16歳だ。だが私はまだ何も提示していない。
「なるほどね。貴方は
ちょっと待って、何真理眼って?便利そうな名前だね。でもそれって困るんだよね。能力書類作れないじゃん。
「真理眼っていうのは"千里眼"の能力を極限まで高め、ありとあらゆる情報を脳内に記録出来るんだ。この能力はかなり貴重でね、使役する人は滅多に見ないって聞いたことあるのに、こんな所で会えるなんて、光栄の極みだよ」
「いえいえ、私はまだまだ未熟です。この能力を磨きあげるために、もっと多くの人々を観察しないと。それよりも・・・・・・」
受付嬢は羽織を見るなり、人差し指を指した。
「ユキカイ=ハオリ様。失礼申し上げますが貴方、この世界の人間ですか?」
すいません、この世界の人間じゃないです。ほんとすいません。
「ほう・・・・・・!何故ユキハが別世界の人間だと思うんだい?」
「実は、真理眼で確認しても年齢以外の項目が解析不能なんですよ。なんかモヤが入るというか・・・・・・。私はこの能力作成所に務めて六年目になりますが、今回のようなことが起きたのは初めてです」
極めて異例なことだと言いたげな受付嬢と、その現場に居合わせた若者や中高年たちは、気持ち悪がるような表情や珍しいものを見たような好奇心が丸出しの表情など様々な自己主張が見てとれた。
「ユキハ、今回ばかりはもう諦めよう。人が集まる前に広場に戻ろう」
年齢が明るみに出た以上、能力を取得することは難しそうだ。悔しいが、流石に今回は諦めるしかない。トボトボした足運びで出口へ向かう。
「能力作成所への、またのお越しをお待ちしています」
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守りたい人
「はあ・・・・・・」
「まあまあ、元気だしなよ。18歳になるまで待とうよ」
「18歳までが果てしなく長く感じる・・・・・・」
能力作成所での一件は落着及び落胆した。ていうかターニャは私の年齢を知らずに連れてきたの?もし18歳以上のみということが分かっていた上で私の年齢を知っていたなら、何か歯がゆい。
「私の年齢、知ってたの?」
「まさか。勿論18歳未満だとはうすうす感じていたけどね。誤魔化せるかなと思ったら真理眼の使役者がいるとは思わなかったよ。こうなることは予想外だったね」
ターニャもなかなかのワルだと感じた。こんなかわいい容姿でこのワルさ。男だったらめちゃくちゃときめくわあ~。
「お腹減ったね。何か食べ物買いに行く?」
「・・・・・・いや、食欲よりもショックのほうが大きいし、今はいいよ」
「わかった。じゃあそこで待っててね、お昼買ってくるから」
ターニャは小走りでひとり屋台の方へ向かった。
(どうしよう・・・・・・能力ないとすっごく不便なんだけど)
「ハアー・・・」
デュランダの村から主都グランド・ソドムまでわざわざ来て、本来の目的であるはずだった能力書類の作成が、まさかの15分程度で追い出された上に能力書類を作ることが出来なかったという始末に。
まあ要するにあれだ、超有名店の飯を食べるために遠くから来たのに行ってみたら定休日でしたみたいな感じだ。
羽織の異文化臭を漂わせる見慣れないブレザーと長袖のパンツを凝視する都の人々の目が不思議で仕方ない。人によっては好奇の目や気持ち悪がる目など、こいつはこの世界の住人なのか、別の世界の人間ではないのかという半信半疑の表情で羽織を見ているのだ。自分が展示物のような晒し者のように感じて、ターニャが早く帰ってこないかと強く感じていた。
待っていると前方からターニャと見てとれる影が屋台の方から走って帰ってきた。そしてそのまま羽織を盾にするように背中に隠れる。
「ど、どうしたのターニャ?急に背中に隠れて・・・・・・」
「ちょっと、厄介な連中に絡まれちゃったんだ。申し訳ないけど、ここが少し修羅場になりそうだ」
前から重装備の鉄の鎧を着た男二人が、足元がおぼつかない様子でこっちに向かってくる。
「おうおう嬢ちゃん、俺らと遊んでくれよー。ヒック」
「俺達が、やさーしく相手してあげるよ?グヘッ」
あー・・・・・・うん。完全にこの二人、酔ってるね。酒場の前とかでよく見る飲みすぎたサラリーマンみたいに結構泥酔してるよね。
「・・・・・・えっと、ターニャ?なんでその、この人たちは足がふらふらしてるんだろう?どう考えても酔ってるよねこれ」
「この連中は国軍兵士っていう
成程。要するに、警察が勤務中に酔ってるのと同じことか。
「人聞きの悪いことを言うもんじゃねえよお嬢ちゃ〜ん。ヒック。俺らだって真面目に仕事して、立派にこの国守ってやってんだぜ〜?ついつい頑張りすぎて暇が多いだけさ」
この兵士はかなりタチが悪そうだ。この人は自分がやっている事に見合った仕事をこなしていると思っているのだろう。それが一般市民であるターニャや、それ以外の人々に煙たがられる、そんなザマだ。
「ほんとに口が減らないね。この国が安寧なのは君たち国軍兵士のお陰じゃなくて、第一警視隊のお陰なのに」
鼻を鳴らして羽織の横に立ったターニャは、真剣な顔で反論する。するともう片方の兵士が口を開く。
「ははは。可愛い小娘がお偉い国の兵士にそんなこと言っちゃうんだー。国軍兵士の権限を使って、嬢ちゃんを取り調べちゃおっかなー?ん〜?」
「信じられないね。国と国民を守るべき兵士が、無抵抗の国民に対して権限を濫用するなんて。まったく、国務役員も質が落ちたね。やれやれ」
(あの・・・・・・ターニャさん?流石に言い過ぎでは・・・・・・?)
流石にこれ以上言ってしまえば何が起きるかわからないと思い、左手をターニャの胸前に伸ばす。
「ユキハ・・・・・・?」
「流石にこれ以上はまずいって。一旦落ち着こうよ」ヒソヒソッ
言った瞬間、国軍兵士が腰に携えていた西洋風の剣を抜き、突きつけてきた。
「痴れ者が・・・・・・度が過ぎたな。・・・・・・国家規律第七条一項の適用により、小娘。貴様を逮捕及び連行、処刑する!」
「なっ・・・・・・!」
なんて理不尽な状況だろうか。これは誰がどんな目で見ても兵士がおかしいだろう。ターニャも言いすぎたかもしれないが、たかだか口喧嘩だ。それが処刑にまで発展します普通!?これはどう見ても権限を不当に扱っていることになるだろう。そもそもいくら酔っているとはいえ、明らかに下心丸出しで女性に話しかける自体が犯罪に近いと思う。
しかし今の兵士なら、理不尽なことをやりかねない。
「おい、連れていくぞ」「了解」
ターニャの手を、兵士が乱雑に掴む。
「痛っ(つう)!痛いっ、離して!離せ!」
「・・・・・・大人の怖さを教えてやるよ。その体に、じっくり、たっぷりとな」
「ひっ・・・・・・!」
バシンッ!
羽織の手が無意識のうちに、怯えたターニャの手を引っ張る兵士の腕を払い飛ばしていた。かなり強めに叩いたからなのか、国軍兵士は一歩下がり、痛みで手を抑えている。
「いてて。ったくよお、お前もこいつと一緒に死にてえか?ああ?」
泣きそうなターニャを左手で庇いながら、転送石(石の台の上)の方へじりじりと下がっていく。いくら酔っているとはいえ、相手は国軍兵士。いわば国を守るエリート。流石に二人とも助かることは無理そうだ。だから、自分を囮(おとり)にすることにした。
「・・・・・・ターニャ、君はこのまま後ろに下がって逃げろ。デュランダにそのまま向かえば君だけはなんとかなる」
「逃げろって、ユキハはどうするのさ!?」
「大丈夫だよ。私はこの世界の人間じゃない。君には、帰りを待ってくれてる村の人がいるじゃないか。さあ早く!」
「・・・・・・わかった。絶対、無事でいてね・・・・・・!」
ターニャは潤んだ目を袖で拭い、背を向けてそのまま転送石に向かって走っていった。
そうだ。これで、良かったんだ。
「さて、と。・・・・・・この状況をどうするべきか・・・・・・」
見た目は男、体は女の私が、このエリート兵士二人を相手にしなければいけない。いくら酔ってるとはいえ、力の差は圧倒的だ。
「おいお前、抵抗するなよ。した瞬間この場でたたっ斬るからな」
なんて理不尽なんだろう。まあ、一応手を出しちゃったし。それに、ターニャをこいつらから守れたから、もう心残りは全くないか。
「その場で手を上げろ。怪しいものを所持していないか、検査する」
一つ息を吐き、両手をあげる。
上半身から順にチェックが入る。一応女なので胸だけは触らせまいと手で遮る。
「なぜ男のくせに胸を隠すんだ。危険なものを隠し持っているのではあるまいな?」
「別に何も持ってませんよ。ただ、一応・・・・・・その・・・・・・」
「何も言わないのなら勝手に調べさせてもらうからな。腕抑えてろ」
(・・・・・・え?嘘でしょ?)
「おう。お前、腕を後ろに組め」
「・・・・・・本当に確認する気ですか!?」
後ろに手を抑えられ、国軍兵士の手が胸に伸びる。
(まずいってこれえええええ!?)
その時、我慢の糸が切れた。
「いやあああああ!!」
高い金属音が、鳴り響いた。
「ぐぼおああああ!?」
この時、羽織の膝が咄嗟に抵抗し、手を伸ばした国軍兵士の股間にそのままクリーンヒットしたのだ。その痛みは想像を絶するようで、彼は地面を転がりながら泡を吹いている。
「おまえ・・・・・・何しやがる!」
ガシッ「うっ、ぎっ!?」
後ろで腕を掴んでいた兵士に押し倒され、羽織の首を折らんばかりに両手で締め上げる。
(く、くるしい・・・・・・!)
兵士の腕を外そうとしてもビクともせず、徐々に体から力が抜けていく。
(もう・・・・・・息、が・・・・・・)
全身から完全に力が抜け、そのまま目に映る世界が真っ暗になった。最後に聞こえたのは、骨が折れたような鈍いグギリッという音だった。
────────
頭の旋毛に水滴が一粒落ち、目がゆっくり開く。
暗い鉄格子の中で目覚めた羽織は、取り付けられた足枷が目に留まり、状況をざっくり理解する。どうやらあの後、捕まってしまったようだ。一度大きくため息を吐き、うなじを触ってみる。その時奇妙なことに気づく。
(私の意識が完全になくなる前、首が折れる音が聞こえなかったっけ?)
何度も首のあちこちを触ってみるも、どこも折れていないし痛みも感じない。あれは夢だとそう思ってしまうほどの不自然さを直に感じる。
鉄格子の中、この牢獄には灯りが一切なく、遠くで淡い光が灯っているだけである。その牢獄の外から、何か鍵を開けるような音が突然聞こえて、速攻壁に張り付く。
足音がどんどん近くなっていき、羽織のいる牢獄の前に人影が立ち尽くし、扉を開ける重い音が響く。そして鉄格子の扉が開き、人影が羽織に近寄ってくる。
(こ、怖い・・・・・・怖いよ・・・・・・)
言い表せない戦慄が羽織を襲い、恐怖を抑えきれずそのまま失禁してしまった。目を瞑り、顔を逸らす。
「・・・・・・そんな怯えないでくれよ。傷つくだろ」
(え?)
目を見開くとその人影は私に手を差し伸べ、そう言ったのだ。その柔らかい声で、戦慄による恐怖も瞬く間に引いていく。
「お前さんに少し、話があってな。付いてきてくれ」
足枷を外してもらい、起き上がろうとする。ところが、全く力が入らない。
(あれ?立てない?なんで?)
「・・・・・・立てないか?ほら、肩貸せ。歩くの手伝ってやるよ」
彼は背中に腕を回し、右肩を持ち上げる。辺りの蝋燭の灯りで顔がうっすらと目に映った。顔は若い男で、髪の毛はところどころはねている。甲冑を着ておらず、左胸に勲章のようなものを付けているので軍人の中でも偉い人のように見える。
「あなたは、一体・・・・・・」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はケイト=イスルギ。極東出身だ。今は国軍第一警視隊群の隊長、階級は少佐だ。宜しくな」
「私は、雪飼羽織と言います。年齢は十六歳です。宜しく、お願いします」
「雪飼羽織、か。確かに女だが顔と名前が一致しないなあ。羽織って呼ばせてもらうぞ」
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第一警視隊隊長・ケイト=イスルギ
普通に会話しているがよく良く考えたら奇妙だ。なぜこの人は、ていうかこの人もターニャも漢字を見て驚かないんだ?この男ケイト=イスルギは極東出身と言っていたが漢字を使っているのか?もしや、この世界でも漢字を使えるなんてことは・・・・・・。いや、その前にここって元の世界で言えばヨーロッパ周辺なんだよね?普通漢字は通じないと思うんだけど。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「うん?なんだ?」
「漢字、分かるんですか?」
「ああ。そういえば君はこの世界じゃない場所から来たらしいな。羽織の言っている漢字は、俺の故郷の極東では普通に使われている文字だぞ。むしろ使ってないやつが可笑しいぐらいだな」
ターニャとケイトの言っている極東は、ほぼ間違いなく日本だろう。私の知っている日本があるのだろうと思った。
「ん、歩いているうちに着いたな。中に入ってくれ」
「ここは・・・・・・?」
大体学校の教室ぐらいの空間に、社長室の社長の席のようなものと、部屋の真ん中に話し合いをするような、腰の低い大きなテーブル一つと四つの椅子があり、その一つの椅子に、見かけた姿の女性が一人。
「ユキハ・・・・・・!」
その女性はターニャだった。私を見るなり目を潤ませ、その場を立ち、羽織の胸に抱きついてくる。
「ごめんよ。僕の所為で、こんなことに・・・・・・!」
「いいんだよターニャ。君を守れたようで良かった」
羽織がそう言うと、また目が潤んで強く抱きしめる。
ターニャって、すごく大人びた性格だけど意外に寂しがり屋なのかな。
「あの兵士たちがユキハの首を折ったって聞いて、すごく心配したんだよ!?ほんとに・・・・・・生きてて良かった・・・・・・!」
どうやら一度、死んでしまったのは間違いないらしい。私を殺した国軍兵士の話によると、首を夢中で絞めていて、気がついたら私の首が左斜め後ろに捻じ曲がって、目を開けながら息をしていなかったそうだ。
「羽織。お前は間違いなくあの時に死んだ。だが実際は生きている。首が折れたにも関わらず、だ」
彼が言っていることは、私も本当に変に感じる。人の骨は、完全に修復し終えるには長い月日を必要とする。関節などがいい例えだ。しかし私の首はたった一日で完治した。どう考えてもおかしな話だ。
「そして羽織の身体から妙な魔力の臭いがする。しかもただの魔力じゃない。これは、何かの加護?」
ユグドラシルが先日、私の脳内で言っていた。私達は一心同体だと。
「・・・・・・ケイトさん、ひとつ質問しても良いですか?」
「その呼び方はやめてくれ。ケイトでいい。あと敬語じゃなくていいからな。それで?何が聞きたい?」
「実は、ユグドラシルについて聞きたいのだけど・・・・・・」
「ユグドラシル?そいつは巨大生命樹のことか?伝説では、この世の生物の原点、即ち源というのを聞いたことがあるぞ」
「そのユグドラシルが、前日夢の中で言ったの。儂とお前は一心同体だって。そして、漆黒の黒龍を救ってくれって」
「ほう・・・・・・?その話、本当か?」
「うん。嘘じゃない」
ケイトは自分の椅子に座り、手前の大きな引き出しを開ける。取り出したのは、鞘に収まっている1本の刀。
「もう一度聞くぞ。本当の話なんだな?」
「うん。私を信じて」
ターニャが羽織の腕を掴んで、強い目で答えた。"ユキハを信じる"と。
「ははっ、羽織って信用されてるんだな」
「いやあ、どうだろうね」
ケイトが再び微笑み、壁側の本棚の書類を探り始め、手に取った資料を渡してきた。
「お前の中に何故ユグドラシルがいるのかは分からないが、"漆黒の黒龍"に思い当たる節があってね。俺はお前を信じることにした。その資料を見てくれ」
言われた通りに資料を開く。五十枚ほどの紙を綴った資料には、何とも禍々しい個体がいくつも記載されている。著者はケイトらしく、全て日本語で難なく読める。
「その資料は俺の故郷から持ってきたものだ。この主都グランド・ソドムに国軍兵士として就いてから編集、推敲を続けてきたものでね、今まで交戦記録がある怪物を全て書き記してある」
その資料の一枚に、眼は紅く、体は黒く塗り潰されたドラゴンが描かれていた。
「ケイト、もしかしてこれが・・・・・・」
「ああ。俺は、お前の言う"漆黒の黒龍"は、こいつではないかと睨んでいるんだが」
資料に記載されていた怪物たちと比べて明らかに強烈な怖れを感じる。資料によれば、一国を破滅させるほどの魔力を放出することが出来、太古の島国を島ごと消し飛ばされた事例があるらしい。
「本来、この龍は二体いてな。雌雄一体ずつ生息が確認されていたが、雌の方は俺たちで討伐した。雄にも引導を渡したかったが、雌を討伐したことで激昂し、近づくことすら出来やしなかった」
・・・・・・今さらっととんでもないことを言った気が。
「イスルギ殿。雌を倒したってことは、もしかして貴方とあなたの部隊だけで?」
「まあ、そんな所だな。ていうかターニャ、俺を改まった呼び方で呼ぶんじゃない。ケイトでいい」
この人はもしかして、とんでもなく強いのでは?ゲームとかで言ったらチートキャラ的な?そもそも人間に龍を倒せるものなの?
「龍の相手なんて日常茶飯事だからな。俺は基本的に龍征の依頼しか受けないから、ほぼ毎週禍龍(ドレイク)討伐してるから、ある程度は一人で充分倒せる」
「は、はあ・・・・・・」
正直羽織もターニャも、ケイトの話についていけず、ただただ第一警視隊の強さを感じるばかりだ。
「よし、休憩時間は終了だ!羽織、お前の話を信じる以上、お前にも手伝ってもらうからな!」
「了解!って、何をすればいい?」
「まず身体・精神検査だ。聞いた話によると年齢以外の情報が全く解析出来ないらしいじゃないか。だから地道な検査をするしかないと思っている」
そう言うと、ターニャが手を挙げた。何か決心したような瞳をしている。
「僕にも、手伝いをさせてくれないかい?元の原因は僕の所為だから・・・・・・。だから、僕に罪滅ぼしをさせてほしい!」
「ターニャ。お前たしか特級魔導師の資格を持ってるだろ?俺からすれば是非第一警視隊にスカウトしたいんだがな」
「ていうことは、ターニャも?」
「勿論ターニャにも協力してもらうさ。さっきから言っているが、あの龍は一筋縄ではいかないぞ。禍龍とは比にならない強大な力を持っているから、討伐に行く前に遺書を書いてもらうが、それでも行くか?」
ケイトが私たちに真剣な眼差しで問いかけた。多分私たちを試しているのだろう。守り抜くのは約束か、もしくは自分の命か───。
私のやることはもう決まっている。私はどんな無茶な、自分を危険に晒すような約束でも、一度交わしたら絶対にやり通す!
「ケイト、あなたなら私の答えは分かっているはず。何が待ち受けていようと、必ず行くよ」
「僕も同意見だ。どっちにしろ、災厄は取り除かなければいけないしね。後々やらないといけない事を今やるだけの事さ」
「お前ら・・・・・・ふっ、面白い奴らだな。でも、そういうのは全然嫌いじゃねえ」
ケイトが自分の机の左側の引き出しを開け、薄い茶色のハンドブックを手に取り、羽織に差し出す。唐突に出されたので、理解出来ずに戸惑う。
「ん!?ケイト、君って人は・・・・・・!」
ターニャが驚いた様子で、そして嬉しそうな感情が見て取れる。
「えー、ケイト?これは一体何?」
「見てわからないのか?能力書類だよ。本来なら、十八歳未満だから渡すことは出来ないし違法だが、相手が"漆黒の黒龍"こと黒銀龍ニーベルハイムだ。能力書類が無ければ確実に殺される。特別にお前にやるよ。でも、絶対に死ぬなよ」
目の前で起きた、歓喜の瞬間。
「俺は分かってて国則を犯してんだ。だから、お前も最悪の事態だけは招くな。絶対にな」
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七魔将
近々また投稿したいと思います!
「分かってるよ。一度した約束は絶対に守ってみせる」
愚問だったかと軽く笑い、ケイトは何かを思い出したように、軍服の内ポケットから黒い封筒を取り出す。それを受け取り中を確認すると、三つ折りにされた二枚の紙と帯封が取り付けられた札束のようなものが入っていた。
「お前を一度殺した兵士共を俺の管轄で拘束しているんだが、こいつらの処分はどうする?お前の要望があれば、その通りにするが?」
「私が処分を下さなかったら?」
「勿論、殺す」
二枚の紙に目を通す。その白い紙には、兵士のありとあらゆる個人情報が記載されていた。しまいには、全然関係のない情報や性的な情報まで、目の前の紙に全部記されているのだ。そしてターニャの一言が私を絶句させる。
「うわー、これってこんな情報まで載せてしまって大丈夫なのかい?この人のムスコの大きさとか」
「タ、ターニャ!?」
「まあ、そうだな。こいつらみたいな人殺しでも、女の性処理道具にはなるだろ」
ケイトとターニャの急な性会話により、私は何を切り出せばいいのかわからなくなった。何でも私は下ネタという分類の言葉には不慣れで、耐性が全くない。
「もう一度言うが、決めるのはお前だぞ?殺すか一生労働か性奴隷か、さあどうする?」
どうすればいいのかよくわからないが、男の人だったら絶対に性処理を選ぶよね。私にはよくわからないけど。まあ、私を殺した人間が悦ぶようなことになるのも癪だから、一生労働させちゃおうか。これぐらいが妥当だよね。
「じゃあ、一生労働で」
「オーケー。じゃあこの二人は死ぬまで働かせろと伝えておく」
漆のように黒い光を放つ印鑑を取り出し、黒色の朱肉につけ、紙に印を押した。
「これで二人の処分方法は決定した。羽織、お前は体の回復がまだ不完全だろ?今日はここで休め。拒否権はないからな」
「ユキハがよければ、僕も一緒にいていいかな?今日はユキハと一緒にいたいから」
私は決して百合な状況が好きなわけではないが、こんなに可愛い子にそんなことを言われると鼓動が自然と速くなっていく。
「勿論。初めて知り合った唯一の友達だからね」
それからケイトの書斎を後にして、漆黒の黒龍こと黒銀龍ニーベルハイムを討伐するまでの間お世話になる、生活の拠点の寮へと向かう。城郭の中央付近の大通りを歩いていると、通る道の端にちらほら腰に剣を携えた兵士がいておそらく警備の最中であろうが、周りの人々と服装が違う私はいつ殺されてもおかしくないほどに緊張している。異物を見る目や疑問の目で見るのは正直やめてほしいのだが、例の一件で有名になってしまったので、昨日今日とで私の情報が出回ったらしい。
年齢以外の情報が出ない異端人や、滑稽な装飾を施した傾奇者などと言われているらしい。私を一目見たいと町中を歩き回る人が増えているようだ。
「あ、そうだユキハ!昨日から何も口にしてないでしょ?寮を下見したらそのまま一緒にご飯食べに行こうよ!」
ターニャに言われてやっと気づいたが、昨日から今日まで食に当たるものを一切口にしていなかったのだ。目が覚めてからは随分体は動くようになったが、少し足元がおぼつかない。
(おなかは減ってるような気はしないけど……昨日から何も食べてないし無理やり詰め込んだほうがいいかもしれない)
「うん、そうだね」
赤黒いレンガの廊下を抜け、昨日以来の空を見上げる。空には白く眩しい太陽と遠方の彼方に巨大な入道雲がみえる。……は?
(今の時期って、何?)
元の世界にいた時には春で、二日前の夜は春服でも少し寒かったぐらいだった。だが何故夏の風物詩でもある入道雲が今目の前に広がっている。異様だ。
「この国ってさ、いつもこんな天気?」
「いや、つい最近変な天気が続いてるんだ。それよりも、なんでおかしいと思ったの?」
「だって一昨日泊めて貰った村はすごく肌寒くて冬の終わりみたいな感じがしてさ」
「なるほど……。確かに今の季節は春だから、あんな遠くに積乱雲があるなんて馬鹿げた話さ」
北欧は日本同様、四季がはっきりしている国なのを聞いたことがある。季節も元の世界と同じ。北欧の気候なんて殆ど知らないけど。
「ま、天候での被害なんて聞いたことないけどね。いたって普通の暮らしをしているよ」
ターニャ自身はさして重く捉えていないようだ。日本では大雨の影響で土砂崩れとかで人が死ぬこともあるから、正直怖い。そして入道雲は雨雲の代表格に等しいもの。確立の低い話ではあるが、建物に備え付けられる避雷針のようなものがこの主都には一切ないため、人に落ちてそのまま感電死というのも有り得る話だ。
(まったく、知れば知るほどおかしな……いや、変わった世界だなあ。……さて、)
「ご飯、食べに行こうか」
同時刻のガルムス王国国軍会議にて。
楕円型に大きく広がる会議場二分するように、国軍兵士の特級役人と貴族議員がそれぞれ分かれ、その真上に置かれている御休所からガルムス国王が国軍兵士と貴族議員の様子を傍観する。
国の方針の確認と決定の責を負い、実行する会議である。その会議には、常時欠伸を繰り返すケイトの姿があった。
(あー退屈だ……国務役員ってこんなに下らない話し合いをしないといけないのか)
最前列の中心の席に座っているケイトは、その場にそぐわない格好と行動で、周囲の目は印象の良いものではなかった。
「あいつだぞ、例の隊長は」
「他の特級役員が会議をしている前でよく足を机に乗せることなんてできるな」
「何が
貴族議員の半数ほどがケイトの態度を善しと思っていないらしく、国軍兵士の中でも騒がしくなっている。
(たかだか欠伸したぐらいで何が高貴さの欠片もないだ。大体俺に目が行くってことは会議に集中してないって事だろうが。俺は俺なりのやり方で話し聞いてやってんのに真面目ぶってるお前らが会議の邪魔をするんじゃねーよ)
ここで、貴族議員の最前列の中心から手が挙がり、注目を集める。
「皆様静粛に。我がレシーボルト家の当主、カイス=ヴィヌ=レシーボルトからひとつ、提案がございます」
(レシーボルト家……政治の中枢を担う最高責任者か。案外若い人が当主になってんだな)
レシーボルト家の歴史は古く、五年前に鉱山が原因で起きた「ハニカヤ村の血戦」では、自国であるガルムス王国ち近隣の国との同盟軍に裏支援を行い、魔力を限界まで凝縮した貴重な魔晶を手に入れようとしたが、その鉱山の土地の持ち主であるハニカヤ村側に雇われていた七魔将に敗北。その後は支援から手を引き、政治での糸を強く絡み付けている。
「私、カイス=ヴィヌ=レシーボルトは、ケイト=イスルギの強制退職を所望いたします。先ほどからその態度、目に余る!賛同してくださる方、挙手をお願いしたい!」
前後関係なくすぐさま手を挙げる人もいれば悩ましげな表情で手を挙げるのを躊躇している人もいる。
七魔将……世界の均衡を保つために作られた、世界最強の戦闘集団。七人のみで構成させているが、一人ひとりが一国の軍隊レベルの戦力を持っている。その中の一人が、ケイト=イスルギ。ケイトが第一警視隊に配属されているお陰で、この国が何の隔たりもなく機能しているといっても過言ではない。いや、それが事実だからこそ挙手を躊躇するのだ。本当にカイスの通りに挙手をして、ケイト以外の人間に第一警視隊の隊長は務まるのか。
「おやおや……なぜ手が挙がらないのでしょうか?わが国の後世のため、元々敵対していた人間と国を守護する余裕はないのですよ」
カイスの表情は、優しい口調からは想像できない憤怒に満ちた表情に変わり、強い口調で言い放った。
「私はこの男を信用できません!わがレシーボルト家に泥を塗った痴れ者が国を守護しているなど、断じて許さん!私はこの男がいる限り、気が気ではないのです!」
(ちっ、うるせえなあ……個人で語るのは構わんが、俺の前でよく堂々と言えるもんだな)
ケイト自身、自分はかなり懐が広いと自負している。だがみるみる体の内側から苛立ちがこみ上げてくる。言うまでもないがその気になれば、この会議場丸ごと破壊するのは容易である。
「まあまあ、少し落ち着きなさいな。カイス君も程々にしておいたほうがいいよ~?ケイト君が呆れを超えて苛立っているからさ」
余計な横槍を入れた男、名はシドン=ルーサス。周りの雰囲気にまったく合わない黒のパンツと赤のブレザーを羽織り、頭には鷲の羽根が装飾された黒のハットを被っている。厳かな場には不適切な格好だが、彼はガルムス王国の行政履行長官、つまり政治のトップだ。
「カイス君、ケイト君に指摘又は文句があるなら、本人の前で堂々と言わないと。ま、ケイト君に何されるかはわからないけどね。キキキッ」
この男は笑うと何とも奇怪な声が出るが、ガキの頃からの長い付き合いだ。もう慣れた。
(さすがシドン。俺のことをよく分かってるじゃないか)
こいつと知り合ったのは十一年前。ある出来事で出会った、今はただの腐れ縁のような仲だ。下水道に住んでいた頃より前の記憶のない俺の、唯一の親友だ。
「ルーサス政行長官ほどの方がそこまで彼を擁護するとは……それほどの腕がおありなのですか?なら、わたしと少々手合わせ願いたい」
周りが騒ぎ始めた。元七魔将の一員の俺に喧嘩を売るというのはどういうことか理解しているのだろうか。
「私はこう見えても剣術を少々嗜んでいてね、数多の敵を地面に屈させてきた。貴方にその腕があるのなら、私に堪能させてくれないか?」
カイスは左手で腰の
「あれれ~?ここでケイト君とやり合う気かな?会議場で一騎打ちって、悪くないかも……」
(はあ~……。めんどくせえな)
机から足を下ろし椅子から起き上がる。腰につないだ刀を抜かず、そのままカイスの目前に立つ。理由としては、勝負は目に見えているからである。
「貴様あ、何故剣を抜かない……?私を愚弄しているのか?」
「お前に刀は必要ねえ。素手で相手は間に合ってるって言ってんだよ、さっさとかかって来い」
カイスの頭の中で何かが音を立てて切れた。
「……殺してやる!剣士が剣士を貶すなど、もはや許しを請うても許さんぞ!!」
問答無用でケイトの間合いに近づき、軽快なフットワークで間合いに入る。
細剣から放たれる、流れるような剣閃。常人にこれをかわせと言ったらおそらく不可能だろう。一秒の間に数回放たれる剣撃の中にフェイクを混ぜ、ケイトに攻撃を繰り出す。しかし、ケイトに一撃も当たらない。本体を何十回斬ったり突いたりしているのに、全く効いている気がしない。
(何故だ!?何故当たらん!?何度も斬ってるのに……何故!?」
徐々に焦りが出始め、持久力にも限界が近づいてきていた。
「ハア……ハア……くそ、くそ!」
ついに限界が訪れ、膝が崩れた。
「おいおい細剣の剣士さんよ。一騎打ちで膝を突くとは、お前さん……さては恥を知らないな」
目の前にケイトの姿はなく、確かに近くで聞こえたのだ。刹那、背中に悪寒が走る。
「後ろだ」
急ぎ体を反転させる。が、時すでに遅し。左手の手刀が振り下ろされた。
殺さないように、しっかり手を抜いた。だが手を抜いたところで奴が死ぬことには変わりないので、寸止めにしてあげた。
「や、やめて……くれ」
カイスは涙目で小便を漏らし、足は生まれたての小鹿のように痙攣させている。
「この程度で俺に勝負を挑むなんてな……。そもそもお前は俺の動きについていけてねえお前が刺していたもの、あれは俺の残像だ」
そもそもカイスの剣筋はケイトには筒抜けだったようで、どれだけ剣速が速くても手首の位置、肘の曲げ方、足の動きで大体の剣筋は読むことができる。細剣での西洋剣術なんて特徴がもろに出てしまう。
「残像なわけあるか……!人間がそんなに速く動けるはずが……」
「俺を普通の人と同じって考えるからお前は勝てないんだよ。俺以外の連中でも同じことをきっと言うぜ」
会議場が静まり返り、国王も御休所から出て行ったようだ。
(やれやれ……)
腰に携えた刀を抜き、鏡のように磨き上げられた刀身に電気を纏い、刀身を這う度に弾きあっている。
「この剣を抜くことを許された者は俺以外にいない、お前が触れた瞬間腕が吹き飛ぶだろうな。それがどういう意味を指しているか、分かるよな?」
上から見下ろしたカイスの顔は実に醜く、憎たらしいものだった。憎悪に取り憑かれた人間の表情、今まで何回も見てきた。
「はいはーい二人ともそろそろ御終いにしようねー。とりあえずカイス君が負けたので提案は却下、ケイト君は今まで通り第一警視隊に残留だね」
辺りに散り散りになっていた国務役員たちは各々席に戻り、会議を再開。カイスは自分で会議場を退場し、ケイトの姿は会議場にはもうなかった。
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