ゴーグル君の死亡フラグ回避目録 (秋月月日)
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旧約編
第一項 ゴーグルの少年


 最暗部組織『スクール』。

 なんらかの理由で学園都市の闇に堕ちたクズ共が割り当てられる暗部組織の一つで、クズの中でもトップクラスの実力を誇るクズが集結した少数精鋭組織だ。

 リーダーを務めているのは、学園都市第二位の超能力者――『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督(かきねていとく)。彼は類稀なるカリスマと実力で『スクール』を完全に指揮し、学園都市の闇で最も怖れられている組織の一つにまで育て上げた。どんな依頼でもこなす使い勝手のいい組織ながら、無関係な民間人には手を出さないという美学を持っているというのも特徴か。

 『スクール』には垣根の他にも三人の正規構成員がいるのだが、その内の一人は基本的に単独行動をとっているので、垣根以外のメンバーはあまり面識がない。専門のスナイパーとして『スクール』に配属されてきたようだが、その姿を見たことがある者は学園都市の闇の中にもほとんどいない。

 そして、他の二人の正規構成員についてだが――

 

「この間の依頼の報酬金についてなんだけど……彼って今更お金とか必要あるのかしら?」

 

「いやいや、流石に垣根さんを除け者にするのは駄目と思うッス。もし垣根さんがそのことでブチギレちゃったら、確実に息の根止められちまうッスからね。……特に俺が」

 

 ――絶賛駄弁り中だったりする。

 赤いドレスを着たふわっとした金髪が特徴の少女の言葉に対し、露骨な後輩口調の少年は顔に影を落として深い溜め息を吐いた。

 黒髪と白髪が入り混じった無造作な髪に、気怠そうな目。黒い長袖シャツの上に襟とフードが同化したような黒白チェックの上着を重ね着していて、下にはダークブルーのジーンズと黒の運動靴を履いている。

 そこだけ見れば凄く普通の少年なのだが、彼には完全無欠に普通ではない奇抜な特徴があった。

 

 

 頭を三百六十度覆った、土星の輪のような形状のゴーグル。

 

 

 金属製のヘッドギアのようにも見えるそのゴーグルの側面からは十本ほどのプラグが垂れ下がっていて、そのプラグは腰に装着されたごつい機械に一本残らず接続されている。周囲に与えるインパクトだけは一丁前なこのゴーグルはどういう原理か、少年の頭に見事なまでにフィットしているようだ。何故滑り落ちないのかとか頭は重くないのかとか様々な疑問が浮かんでしまうような光景だが、そんなつまらないことにツッコミを入れるような変わり者はこの『スクール』には存在しない。彼らにとって一番重要なのは外見ではなく、使えるか使えないかという実力問題だけなのだから。

 そんな異様な見てくれの『ゴーグルの少年』は高級そうなテーブルに置かれた用紙を手に取り、

 

「っつーか、テロ集団一個潰してこの低賃金って……統括理事会って意外とけち臭いッスよね」

 

「ま、私達って言うところの何でも屋みたいなものだからね。彼は『暗部の仕事は慈善事業なんかじゃねえ』とかなんとか言ってるけど、上から与えられた依頼を選り好みせずに全部こなしてる時点で十分に何でも屋感が出てるのよね。ま、私は主に情報収集が仕事だけど」

 

心理定規(メジャーハート)さんはオッサン受けイイッスから――ひぃっ!?」

 

「なんか言った?」

 

「言ってないスけどとりあえずモウシワケゴザイマセンデシタ! 以後発言には全力で気を付けさせてもらう所存ッス!」

 

 ニッコリ笑顔でレディース用の拳銃を突きつけてくる赤いドレスの少女――心理定規(メジャーハート)に今世紀最大の恐怖を覚えながら、ゴーグルの少年は全力で彼女の怒りを鎮めはじめる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ゴーグルの少年こと草壁流砂(くさかべりゅうさ)には前世の記憶がある。

 超能力者とか原石とか駆動鎧(パワードスーツ)とかいう『THE未来!』な兵器なんてほとんど存在しない、欠伸が出るほど退屈な前世の記憶。

 普通の家庭に生まれて普通の成長をこなしていき、普通の学校に進学した――そんな普通の人生だった。名前は『草壁流砂』とは違う、凄まじいほどに平凡なものだったと記憶している。

 最初はそれが普通のことだと思っていたし、自分には普通のこと以外は絶対に起こり得ないということは薄々気づいていた。この世界は平凡なことが当たり前で、逆に非凡であることを望むことは異端なのだ――そう若いながらに思いながら、流砂はなんの変哲もない普通で平凡な日常を送ってきた。

 だが、そんな平凡な草壁流砂は――

 

 

 ――至って普通で平凡な交通事故で死亡した。

 

 

 道路に飛び出した子供を庇ってだとか、子猫を助けるためにだとか、そんな大層な理由は全く持ち合わせてはいなかった。

 ただ平凡に信号待ちをしていたところに、ただ平凡に大型トラックが突っ込んできただけ。ニュースや新聞などの一面に載ることなんてそこまで珍しくないような死に方だったハズだ。

 死んだこと自体は悔しかったし、まだ生きていたいなと少なからず叶うことのない願いなんかは抱いてしまってはいた。というか、寿命を全う出来ずに死んでいく人は皆平凡に、そんなことを思いながら死んでいくのではなかろうか。特に何も自慢できるものが無い平凡な草壁流砂は、そんな感じで平凡に死亡した――ハズだった。

 

 

 目を覚ましたら、知らない天井が目の前に拡がっていた。

 

 

 最初は「あれ? もしかしてギリギリ生きてて病院に運ばれたのか?」とかいうことを思っていたが、目を覚まして数秒と経たないうちに彼はその結論が大きく間違っていることに気づいた。

 まず最初に、彼の身体は意識を失う前より確実に退化していた。というか、生まれたばかりの赤ちゃんレベルの体つきだった。なんかヘソからは長い管のようなものが伸びているし、頭も異様に大きくて重い。

 そして次に、どれだけ叫ぼうとも言葉という言葉が出てこなかった。「ここはどこ?」と言おうとしても「おぎゃああああ!」としか叫べないし、「誰か説明求む!」と叫ぼうとしても「ひぎゃぁああああああ!」としか喚けない。いや、後半は言葉というよりも悲鳴だが。

 そして最後に、彼は若い女性に抱えられていた。全く見覚えのないその女性は、心底安堵したような表情で自分を愛おしげに見つめてきていた。最初は困惑していた流砂だったが、女性の様子と自分の退化しきった体を見て、すぐに状況を察した。

 

 

 ああ、この人は俺の母親なんだ――と。

 

 

 平凡な生活から一変して『転生』なる非凡に巻き込まれてしまった流砂は、そんな非凡に反する形でとても平凡に成長していった。

 一歳になり二歳になり三歳になり四歳になり五歳になり――そこまで成長したところで、流砂は自分が生まれ落ちたこの世界の正体に気が付いた。

 東京都西部を切り開いて作り出された街――学園都市についてのニュースがテレビで流れているのを見て、流砂はすぐに気が付いた。

 

 

 ああ、この世界は『とある魔術の禁書目録』の世界なんだ――と。

 

 

 それに気づいてからは、非凡の連続だった。

 超能力に興味を持った流砂は親を説得して学園都市に行き、薬品を身体に入れられたり耳に直接電極を差し込まれたりして、超能力を開発された。

 運の良いことに、発現した能力は学園都市の中でもかなりの強度を誇る『大能力者(LEVEL4)』だった。能力の種類としては『触れた物体に働いている圧力を増減させる』といったとても有り触れたものだったが、それでも彼は嬉しかった。ずっと平凡だった自分が非凡な存在になれたことが、凄く嬉しかったから。

 だが、彼の能力には欠点があった。

 『大能力者』級の演算能力を持っているのに、彼の演算能力はとても不安定なものだった。

 集中力の持続が短いのか脳の働きが悪いのか、とにかく彼の能力は必ず発動されるというものではなかった。十回に一回は能力が不発になり、能力を使用していないときに能力が暴走してしまうなんてことは珍しくも無かった。

 結局のところ、平凡な彼は望まぬ形で非凡になってしまったのだった。

 だが、幸運なことに、彼に救いの手を差し伸べる者がいた。

 その者はカエルによく似た顔を持つ、一人の医者だった。『冥土帰し(ヘブンキャンセラー)』という通り名を持った、学園都市きっての名医だった。

 能力の不安定さに悩む流砂に、彼は一つの打開策を提示した。――脳だけでの演算が不安定なら、外部から演算を補助すればいい。そのための方法を僕は君に与えることができるが、君はどうしたい?――と。

 カエル顔の医者の言葉に、流砂は迷うことなく首を縦に振った。能力が発動しないのはともかくとしても、能力の突然の暴走だけは何とかしたかったから。どんな方法でも構わないから、とにかくこの能力を掌握したい――そう思ってしまったから。

 必死に首を振る流砂にカエル顔の医者は少しだけ微笑みを返し――

 

「ほら。これが君の能力を安定させるための打開策だよ?」

 

 ――土星の輪のようなゴーグルを渡してきた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 正直、「あ、これ死亡フラグだわ」と思ってしまった。

 生前の記憶の一つに『とある魔術の禁書目録』&『とある科学の超電磁砲』の知識が結構豊富に残っていたが、その中でも『ゴーグルの少年』は登場人物史上最も不遇な扱いを受けたキャラだったと記憶していたからだ。

 名前不詳、原作での出番僅か二ページ、漫画では垣根に必死の謝罪、二回目の登場は血まみれのゴーグルのみ。――そんな死亡フラグまみれのキャラクターとして生まれてきてしまったことを悟ったら、誰だって泣きたくなるに決まっている。実際問題、流砂はゴーグルを受け取った日に号泣した。

 しかもあろうことか、学園都市上層部に騙されて『スクール』とかいう暗部組織に入れられてしまった。ゴーグルだけならまだ死亡フラグ回避も夢ではなかったかもしれないのに、まさかの『スクール』入りに涙が止まらなかった。いやもう、本気でその日は号泣した(二度目)。

 ――更に悪いことに。

 

「……はぁぁぁ。『ゴーグルの少年』死亡まで、残り二十三日か……」

 

 今宵は九月十六日。

 九月十九日から九月二十五日の一週間にかけて行われる大覇星祭の準備で学園都市が活気づく、学生たちにとっても教師たちにとっても空気がふわふわと浮足立ってしまう――そんなお祭りムードな平日ど真ん中。

 だがしかし、それは流砂こと『ゴーグルの少年』が死亡する十月九日までのカウントダウンが始まってしまっているということだ。素粒子工学研究所での『スクール』VS『アイテム』戦で、『ゴーグルの少年』は第四位の超能力者――『原子崩し(メルトダウナー)』に殺されてしまう――そんな日が、もう目前まで迫ってきている。

 せめて頭がおかしくなって人を殺すことになんの躊躇いも覚えないような下衆になることができれば死ぬ恐怖なんて味合わなくて済んだかもしれないが、基本的にヘタレな流砂は今まで一人も手にかけたことが無い。暗殺の任務なんか珍しくもない暗部においても、流砂はその手を血で真っ赤に染めたことなど一度も無い。というか、殺しの依頼は全てリーダーである垣根帝督(かきねていとく)とか詳細不明のスナイパーとかに任せきりだ。――故に、人を殺せないヘタレ暗部な流砂の主な仕事は、情報収集とか潜入調査とかいう地味なものばかりだったりする。

 だが、そんな地味な仕事をこなすだけで死亡フラグを片っ端から叩き折れるというのなら、流砂は喜んで日陰者で居続けるだろう。死ぬことが決められていようがなんだろうが、流砂はとにかく死にたくないのだ。ビームで上半身と下半身を真っ二つにされるとか、そんな猟奇的な殺され方は真っ平御免だ。

 

「やっぱ二十五歳ぐらいで結婚して二十八歳ぐらいで子供が生まれて、そっから平凡な日常を送るに限るよなー……いやホント、冗談抜きで」

 

 黒一色のリュックサックを背負いなおし、流砂は夜の学園都市を突き進んでいく。全体的に黒っぽい見てくれな流砂は怖ろしいほどに闇に溶け込んでいるのだが、これは『敵が見つけにくい姿をした方が死ぬ確率は低くなるはず』という逃げ腰精神の元にコーディネートされた服装だったりする。黒と白のチェック柄の上着が目立たないのかと言われれば首を傾げるしかないのだが、現にこうして闇に溶け込んでいるのだから何の問題も無い。必要なのはオシャレ度ではなく実用性だ。

 因みに、リュックサックの中には、死亡フラグの象徴である『土星の輪のようなゴーグル』と『精密機械が搭載されたベルト』が収納されている。この二つの機械が流砂の死亡街道を確定してしまったわけなのだが、これが無いと能力をまともに使えないので手放すことが出来ないのだ。

 そんな感じで乱立する死亡フラグを折るどころか回避するために今まで努力してきた流砂は「はぁぁぁ。ま、とにかく腹ァ減ったしファミレスにでも行くかな……」と仕事帰りの中年サラリーマン以上の哀愁が漂っている表情を浮かべつつ、第七学区でそこそこ人気があるファミレスの中へと入っていく。

 夕食の時間の頃合であるせいか、店内はほぼ満席の状態だった。

 

「いらっしゃいませ。おひとり様でのご来店ですか?」

 

「あー……はい。出来るだけ窓際の方の席でお願いするッス。…………なるべく目立ちたくねーッスからね」

 

「はい?」

 

「あーいや、こっちの話ッス」

 

「畏まりました。今日は店内が大変込み合っていますので、相席という形になってしまうのですが、よろしいですか?」

 

「別にイイッスよ? とにかく飯が食えるなら何でも構わねーッス」

 

「ご迷惑をおかけします。それでは、あちらの席へどうぞ。お冷とおしぼりはすぐにお待ちします」

 

 ぺこり、と礼儀正しく頭を下げるウェイトレスに苦笑を浮かべつつ、流砂は指定されたテーブルへと移動する。

 指定された席には彼女が言った通り先客がいた。三人の女性がぺちゃくちゃと楽しそうに会話をしていて、ナンパとか平気でやってそうな垣根ならまだしも、男子である流砂にはかなりハードルが高い相席となりそうだった。

 だが、あの席に座らなければ夕食を食べられないというのもまた事実。ここは覚悟を決めてさっさと席に座ってさっさと夕食を喰って帰ろうではないか。ゴクリ、と固唾を飲み、流砂は窓際のテーブルへと足を進める。

 そして絶賛駄弁り中な女性三人に慣れないながらに声をかけた。

 

「あ、あのー……ここで相席しろって言われたんスけど……座ってもイイッスか?」

 

「ん? ああ、相席ですか。私は別に超構いませんけど、二人はどうですか?」

 

「……南南西から信号が来てる」

 

「別に相席ぐらいいいんじゃない? まぁ、私たちに迷惑をかけないっつーのが条件だけどね」

 

「あ、はい。流石に迷惑はかけないッスよ。食事が終わったらすぐに退散するつもりなんで」

 

 意外と良い人そうな対応をしてくる女性三人に安堵の表情を浮かべながら、流砂はリュックサックを床に置いて席に座る。茶髪のボブとセーターが特徴の十二歳ぐらいの少女とピンクのジャージが特徴の少女が向かいの席に座っていて、流砂の隣には半袖コートとふわっとした長い茶髪が特徴の美人さんが座っていた。全員が全員かなり顔が整っていて、それが逆に流砂に緊張を強いることとなってしまう。

 ――と、そこで流砂は不意に思った。

 

(……ん? この人たち、どっかで見たことがあるよーな……)

 

 出会ったことがあるわけではないが、異様なまでに見覚えのある彼女たち。なんか体が勝手に震えだしているし、これは何か死亡フラグの香りがする。

 セーターの少女。ピンクジャージの少女。半袖コートの女性。――そこまで言ったところで、流砂の顔が瞬間的に青褪めた。

 

(まさ、か。……まさかまさかまさかまさかまさかまさか!)

 

 その予想が的中しているならば、流砂はすぐにここから逃げ出す必要がある。幸いにもまだ注文はしていないから食い逃げと思われる心配はない。逃亡の際に目立つことは避けようがないが、それでもこの死亡フラグを回避するためには必要なことだ。

 嫌な予想が的中していることを祈りつつ、流砂は彼女たちの会話に全神経を集中させる。とあるワードが出てきた瞬間に大地を駆け抜けるため、流砂は身体の重心を出口の方へと傾ける。

 彼女たちは流砂のことなど眼中にないといった様子で会話を続けている。それは結構嬉しいことで、眼中に無かったら逃亡しても不自然には思われないはずだ。彼女たちがただの一般人だったら安心して夕食を食べることができるのだが、果たしてその可能性はどれぐらいのものなのか。

 

「そういえば、今日はフレンダ来てないですね。超何かあったんですか?」

 

「あー……なんかアイツ、『結局、今日はスーパーでサバ缶が特売って訳よ!』とか言って今日の集まりを断ってきたのよね。私達よりサバ缶を優先するなんて、フレンダにはお仕置きが必要なのかしらねぇ」

 

「あはは……まぁ、超殺さない程度にしてあげてくださいよ――麦野」

 

 瞬間。

 草壁流砂は風になった。

 

「三十六計逃げるに如か――ぶげぇ!」

 

 しかし、体重を前にかけ過ぎていたせいで体勢を崩してしまい、流砂は勢いよく床に向かってぶっ倒れてしまった。完全無欠に悪い意味で目立ってしまっているわけだが、流砂はそれに気づかない。

 突然の奇行に店内が騒然とする。流砂は床と激突してしまった額を「いたた……」と抑えながら、テーブルに体重を預けてなんとか立ち上が――ろうとしたところで、目の前に綺麗な手が飛び出してきた。

 半袖コートと茶髪が特徴の女性の手だった。

 

「おい、大丈夫か? いきなり椅子から転げ落ちるなんて、お前はどこの大道芸人よ」

 

「………………はぅ」

 

 ぶすっとした表情で手を差し伸べてくる女性の顔を見た瞬間、流砂は白目をむいて意識を失ってしまった。崩れ落ちる際に顎を強打してしまっていたが、流砂の意識は覚醒しない。

 そんな悪目立ち野郎に訝しげな視線を送りながら、半袖コートの女性はセーターの少女に問いかける。

 

「……なぁ、絹旗。コイツ、私の顔を見た瞬間に気絶したように見えたんだけど、気のせいかしら?」

 

「学園都市第四位の『原子崩し(メルトダウナー)』の顔を間近で見れば、老若男女問わず誰だって超気絶してしまうんじゃないですか?」

 

 学園都市の第四位、『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利(むぎのしずり)

 十月九日に『ゴーグルの少年』を抹殺することになる第四位の超能力者は、目の前で泡を噴いて気絶している『ゴーグルの少年』に「おい、大丈夫かー?」と声をかけながら頬をペチペチと叩きだす。

 『ゴーグルの少年』と『原子崩し』が邂逅したこの瞬間、錆び付いていた運命の歯車はやっとのことで動き出した。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二項 原子崩し

 二話連続投稿です。



 目を覚ますと、知らない天井が拡がっていた。

 (……何度目だろーか、この状況……)起きたばかりでまだ完全に覚醒しきっていない頭をブンブンと振りつつ、草壁流砂(くさかべりゅうさ)は上半身を起こす。何故か彼の下半身には毛布がかけてあった。

 ??? と怪訝な表情を浮かべながらも、流砂は自分が目覚めたエリアの情報を即座に収拾し始めた。無駄に高級そうなシャンデリアに、無駄に高級そうな家具の数々。家具の位置とか部屋の装飾から察するに、ここはどうやらどこぞの高級ホテルのようだった。流砂も何度か使用したことがある『暗部御用達』のホテルとはまた違う、純粋な高級感漂うホテルだった。

 自分はどうやらベッドの上で寝かされていたようで、ベッドの隣には流砂が愛用している黒のリュックサックがご丁寧に立て掛けられていた。恐る恐る中を見てみると、そこには彼の相棒とも呼べる土星の輪のようなゴーグルと無駄にゴツイ精密機械が収納されていた。良かった……盗まれちゃいなかったか――と流砂は安堵の息を零す。

 そういえば、何故自分は気絶してしまったのだろうか。頭をどこかで強打してしまったのか、意識を失う前の記憶が判然としない。

 確か流砂はファミレスに行き、店内が満員だったので仕方なく相席を了承し、確か――

 

「あぁ? やっと気が付いたのね。ったく……私のせいで気絶されちゃ、寝覚めが悪いっての」

 

 ――確か、この半袖コートの女性に恐怖して気絶したんじゃなかったか。

 「………………」予想にもしていなかった人物に顔を覗きこまれ、流砂の身体の細胞が一瞬で行動を停止した。なにか能力を使われているわけではないのに――この威圧感。ハッキリ言って化物としか言いようがない。

 そうだ。思い出した。確かファミレスで気絶しちまった原因は――この学園都市の第四位『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利(むぎのしずり)に恐怖してしまったことだった。

 十月九日に『ゴーグルの少年』をブチコロス予定の第四位の超能力者。暗部組織『アイテム』のリーダーで、民間人だろうが味方だろうが自分の目的を達成するためだったら平気で切り捨てるバーサーカー。第三位の超能力者である『超電磁砲(レールガン)』と引き分けに終わった実力の持ち主で、自分より上の序列の超能力者を心底敵視している学園都市最狂の粒機波形高速砲。

 括目せよ、これが俗にいう死亡フラグと言うヤツだ。

 

「おい、ちゃんと聞いてんのか? もしもーし?」

 

「――ハッ! あ、いやっ、大丈夫ッス! 全然問題ねーッスよ!?」

 

「まだビビってんのかよ、お前……」

 

「ビビってないッス! これが超普通の状態ッス!」

 

 顔を真っ青にしてあからさまに挙動不審な流砂を見て、麦野は「はぁぁ」と溜め息を吐く。

 全身の毛穴から汗がどっと噴き出すのを感じながら周囲を見渡してみるが、この部屋には流砂と麦野以外は誰もいないようだった。……つまり結局、自分の天敵と完全無欠に二人きりな状況な訳だ。

 (ヤバイ……早くここから逃げ出さねーと殺される!)自分と等しい存在である『ゴーグルの少年』をぶっ殺す予定の第四位が首を傾げるのにすら恐怖しながら、流砂は必死に思考を廻らせる。何が何でもココから逃げて、死亡フラグを早急に叩き折らなければならない。欠陥品の大能力者である自分がバケモノな超能力者から逃げきれるとはとても思えないが、この命を護る為にはその不可能を可能にしなければならないのだ。

 流砂が寝かされているベッドは部屋の窓際に位置していて、麦野はそのベッドに腰掛けている。位置的に言うと流砂よりも麦野の方が入口の近くにいるため、逃亡しようとしたら怪しまれて即捕獲されてしまうのは火を見るよりも明らかだ。逃げるためには彼女の意識を自分から逸らすか、彼女にこの部屋から出る許可を貰うかの二つだろう。

 選択肢を誤れば、流砂を待ち受けているのは『死亡』の二文字のみ。なるべく早く完璧な選択肢をスマートに選ばないとならないだろう。

 (えぇい、ままよ!)カッ! と思考の渦から脱した流砂が選択した逃げ道は――

 

「い、いやー。それにしてもお姉さん、美人ッスねー。スタイルもイイし、どっかのモデルさんだったりするんスか?」

 

「はぁ? いきなり何言ってんのよ、お前」

 

 ――まさかの褒め殺しルートだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流砂は頭の中で想定していた二つの選択肢を放棄して『麦野を全力で褒め殺す』という難易度ルナティックな選択をし、麦野を必死に褒めちぎった。

 まず最初に容姿を褒め、次に自分の自己紹介をする。そして麦野が自己紹介をしたところで麦野の名前を褒めちぎり、トドメとばかりに麦野の能力『原子崩し(メルトダウナー)』を褒めちぎった。頭が混乱していたせいでどんな言葉を用いて褒めたのかは自分でもさっぱり覚えてはいないが、とにかく麦野の逆鱗に触れないように必死になって彼女を褒めちぎったのだ。

 そんな努力が実ったのか――

 

「そ、そうかしら? ま、まぁ、私に欠点なんてものは存在しないのは当然の理だからね。あ、アンタがそうやって私を褒め殺したくなるのも、分からなくはないかなー?」

 

 ――麦野はデレた。

 流砂の褒め方がよかったのか流砂の顔が整っていたことが良かったのか、はたまた流砂の年齢が麦野の好みと合致していたのか。どれが正解だったのかは流砂にはチンプンカンプンだったが、とりあえず自分が選択したルートは間違っていなかったんだと確信することができていた。このまま彼女にトドメとばかりに何か褒めるようなことを言えば、五体満足で家に帰ることができるかもしれない。

 純粋な好意ではなくて打算的な思いによっての称賛で麦野の気を惹いている今の状況に罪悪感が無いわけではないが、こっちはこっちで命がけなのだ。自分を殺すことになるかもしれない奴の心配なんてしていられるか。

 頬を染めてこちらの方をちらっちらっと見てきている麦野に思わずときめいてしまう流砂だったが、すぐに雑念を振り払って生きるための行動を開始する。

 

「あ、あのー、俺の好みどストライクなほどに美しい麦野さんにお願いなんスけど。そろそろ時間も遅いみてーッスし、俺はこれでお暇させてもらいたいなーみたいな……」

 

「あ、あぁ!? もうそんな時間か!? こりゃすまないわね、全然気づいてなかった。そ、そうね。そろそろ完全帰宅時間だもんな……」

 

 明らかに挙動不審な麦野にいちいちビクビクと脅える流砂くン。もはや恐怖を通り越してアレルギー症状が出始めている感じになっているのだが、ここで焦ってはいけない。麦野に怪しまれないように平凡にこの部屋から出て、スタイリッシュに生き延びるのがベストな道だ。生き急いでは三流、生きるために待ち続けるのが一流と言うヤツなのだから。

 「そ、それじゃー俺はこの辺で……」ビクビクおどおどキョロキョロと平静を装おうとして完全に裏目に出てしまっていることにも気づいていない様子の流砂はなるたけ足音を立てないように、部屋の唯一の逃走口へと移動していく。もう少し。あともう少しでこの死亡フラグを無事に回避できる――。

 しかし、流砂の死亡フラグは意外と強度があるようで。

 

「そ、そうだ草壁! メアド教えなさいよメアド! もう知らない仲でもないんだし!」

 

 ――赤面顔の麦野の言葉に、流砂は逆らうなんてできるわけも無かった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局、流砂は麦野から無事に逃亡することができた。

 麦野のメアド要求に最初は「偽のメアドでこの場はやり過ごすか?」とか思っていたのだが、本当のメアドを教えて連絡をとれるようにすることで現在位置を把握し、少しでも彼女の行動を把握できた方が死亡する確率も減るんじゃないか? という結論に至り、流砂は自分の本物のメールアドレスを麦野に教えた。

 逆に、自分が教えてもらった麦野のメアドが本物とは限らないが、別に麦野と連絡が取れないことで流砂にデメリットがあるわけでもないのであえて指摘することも無かった。問題なのは死亡フラグを回避するために何を優先すべきかということであり、前世と今世を合わせての人生で初めての異性のアドレスゲットに喜ぶことではないのだ。……いや、ぶっちゃけた話、結構嬉しかった。相手が天敵であることが残念だったが、それでも異性のアドレスが携帯電話に入っているということだけでなんかこう、リア充に一歩近づけた気がしたから。

 「うーん……無難に『麦野沈利』で登録しとくか」慣れた手つきで黒塗りの携帯電話を操作し、本日ゲットした麦野のアドレス欄に名前を付ける。別に『第四位』とか『天敵』とかで登録しても良かったのだが、それだとなんか自分が無駄に怖れているようで負けた気がするから嫌なのだ。いや、実際怖れているのだけど。

 携帯電話をジーンズのポケットに滑り込ませ、気怠そうな目で空を見上げる。学園都市の明かりのせいで星はあまり見えないが、それなりに綺麗な闇がそこには拡がっていた。――自分がいる闇とは違う、純粋な綺麗さを誇った闇が。

 なんでこんなことになってしまったのだろう。自分はただ単純に生きたかっただけなのに、なんでこんな逃げ腰の人生を送る羽目になってしまったのだろう。

 決められた『死』、乱立する死亡フラグ、自分を殺すことになる第四位との邂逅。どれもこれもが流砂の心を追い込んで、彼にどうしようもないほどの虚脱感を与えてしまう。

 

「麦野沈利。思ってたより、イイ奴だったな……」

 

 原作知識からは予想もできないほどに、麦野沈利はどこにでもいるような普通の女の子だった。

 ファミレスで仲間と楽しそうに駄弁り、愉快そうに笑う。流砂の褒め言葉に露骨に赤面し、動揺しながらもメールアドレスを交換してきた。――そんな、普通の女の子だった。

 そんな普通の女の子に、一か月後には殺される。原作での描写が皆無だったから良く分からないが、『原子崩し(メルトダウナー)』で無残な死体に変えられてしまうことだけは容易に予想できる。血まみれのゴーグルを戦利品として持って帰ってきた、という描写から、そんなことぐらいは容易に予想できる。

 ――だが。

 

「……もしかしたら、運命を変えられるかもしれない。麦野との親密度を上げることで、見逃してはくれないにしろ、殺されることはなくなるかもしれない」

 

 それは、一つの可能性。

 原作において、『ゴーグルの少年』と『麦野沈利』が暗部抗争前に出会うことはなかった。故に二人は殺し合い、『ゴーグルの少年』は死亡した。

 だが、流砂は暗部抗争前に麦野と邂逅した。原作とは異なる展開を、この身を持って体験した。――それは、自分の知っている原作が崩壊していく前兆なのかもしれない。

 死亡フラグを回避する。そのためなら、どんなことでも達成してやる。人を殺すのはできるだけご遠慮願いたいが、それで死亡フラグを回避することができるのなら止むを得ない。流砂は覚悟を決めてその手を朱く染めるだろう。

 だが、もし、人殺し以外の回避方法があるとしたら? 荒事ではない完全無欠に平和的な方法で、その死亡フラグを回避することができるとしたら?

 そう、例えば――

 

「――デートして、麦野沈利をデレさせる」

 

 恋愛を武器に戦うことで、死亡フラグを回避することができるかもしれない。

 建前だけの気持ちでそれを行えば、作戦に綻びが生じてしまうかもしれない。自分が暗部であることがばれないように気を付けながら作戦を遂行し、麦野沈利を草壁流砂に惚れさせなければならない。

 難しいか――いや、難しくてもやるしかない。

 達成不可か――いや、なにがなんでも可能にするしかない。

 殺し合いをしたくないなら、他の方法を行使すればいいだけのこと。幸い、その作戦を遂行できるだけの材料は手に入れてある。――麦野沈利のメールアドレス。これさえあれば、作戦を今すぐにでも開始することができる。

 覚悟を決めろ。腹をくくれ。死にたくないなら足を踏み出せ。このまま迷っていたところで、どうせ一か月後には殺されるのだ。それならいっそ死ぬ気になって、自分の天敵を全力で攻略する方が百倍も二百倍マシだ。

 流砂は拳をギュッと握り、不敵な笑みを浮かべる。

 

「オーケー、上等だ。こちとらまだ死ぬ気なんて毛頭ないんでね。生きるためならデートだってなんだってやってやる。俺はこれから死ぬ気になって――麦野沈利をデレさせる!」

 

 死ぬことが決められている少年は、死ぬことを回避するために立ち上がる。

 その方法は奇しくも、数ある選択肢の中で最も難易度が高いものであったのだが――ゴーグルの少年はまだその真実を知る由もない。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第三項 初めてのデート①

 三話連続投稿です。



 九月十八日。

 悲劇の十月九日を回避するために第四位の超能力者である『原子崩し(メルトダウナー)』こと麦野沈利(むぎのしずり)をデレさせるべく立ち上がった『ゴーグルの少年』こと草壁流砂(くさかべりゅうさ)は、第六学区にある遊園地の入り口の前で突っ立っていた。

 闇に溶け込むためだけにコーディネートされた普段の服装とは違い、今日の流砂は黒のインナーの上にオレンジを基調とした長袖のチェックシャツ、そして深緑色のカーゴパンツというカジュアルな感じのお洒落系男子と化している。本当はいつもの服が一番落ち着くので全力で着替え直したいところなのだが、流石に遊園地にあの服はどうなんだろうと思った結果、こんな感じのコーディネートとなったのだ。アジトに置いてあった垣根愛用のファッション雑誌を掠め取ってのコーディネートなわけだが、果たして流砂は明日まで生きていられるのか。一つの死亡フラグを叩き折るために何故か新たに建てられてしまった死亡フラグに、流砂は青褪めながらも溜め息を吐く。

 

「はぁぁぁ……どーせ垣根さんあの雑誌捨てるつもりみてーだったからノー問題なんだろーけど……このどーしよーもないほどの寒気は一体何なんだろーか」

 

 黒と白の入り混じった無造作な髪をガシガシと掻き、流砂は携帯電話で現在時刻を確かめる。――午前九時十五分。約束の時間まで、残り十五分となっていた。

 「待つってのも退屈だな……」やることも無いので入り口の前をウロウロと歩き回ったり無駄に柔軟体操をしたりと時間を潰すゴーグルくン。いや、ゴーグルくンと言っても流石に今日は外している。一応は背負っている黒いリュックサックの中に精密機械搭載ベルトと共に収納してあるのだが、なるたけこのゴーグルの存在には気づかれたくない。だって暗部の仕事とかやりにくくなるし、そもそも目立ちたくないし。

 そんな無駄な心配事に悩まされていた流砂だったが、そんな悩みを吹き飛ばすほどの衝撃が直後に彼を襲うこととなった。

 くーさかべえ! と遠くの方から名前を呼ばれた。

 びくぅ! と露骨に驚きながらも、流砂は声が響いてきた方向に顔を向ける。

 そこ、には――

 

「ごめん草壁、着る服を選ぶのに予想外に時間食っちゃってね。――って、どうした? 私の顔に何かついてるか?」

 

「い、いやいやいや! ただ凄く綺麗だなーって思っただけッスよ!?」

 

「っ……あ、相変わらず褒めるのが上手ね、草壁! ま、まぁとりあえず、さっさと中に入りましょうか」

 

「そ、そーッスね!」

 

 ――思わず流砂が見惚れてしまうほどの美少女が照れくさそうに立っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 『麦のん攻略大作戦』の第一段階として流砂が選んだのは、遊園地でのデートだった。

 異性をデレさせる技術なんてものは生憎と持ち合わせちゃいなかった流砂はとりあえずゲームショップで恋愛ゲームを買い漁り、一日で三本のゲームをクリアした。その間、何度もバッドエンドに辿りついてしまって本気で壁にゲーム機を叩きつけそうになったのだが、十月九日の死亡フラグを回避するために流砂は気力と根性だけでゲームをクリアした。端から攻略サイトを見ればよかったのだろうが、妙にはまり込んでしまっていたせいでその考えが浮かぶことはなかった。

 その総プレイ時間二十六時間という壮絶な地獄を経験した流砂は、プレイした全てのゲームに『遊園地』というお約束的なデートスポットが存在していることに気が付いた。

 女の子と親しくなるためにとりあえずどこに行く? という質問の答えはこれしかない! とでも言いたげな確率で必ずと言って良いほど登場するこのデートスポットに、流砂の脳に閃光が走った。

 

 

 ――遊園地デートで、麦野沈利をデレさせる!

 

 

 何でもかんでもその言葉で片付ければいいという訳ではないのだが、何故かこの言葉は流砂の中で密かなブームとなっていた。なんか響きが良いとか言う意味不明な理由なのだが、ハッキリ言って心底どうでもいい。

 麦野をデレさせるために遊園地でデートをする。そう方針が決まった瞬間、流砂はインターネットを駆使して学園都市内にある遊園地について虱潰しに調べた。幸い学園都市には遊園地が一つしかなかったので、調査終了にそこまで時間はかからなかった。

 アミューズメント施設が集約された第六学区にある遊園地――『おりぼしランド』。

 織姫なのか彦星なのかハッキリしない異様なネーミングの遊園地だが、そのネーミングに反してネット内でのレビューはかなりプラスのものが多かった。アトラクションが充実してる、とか、園内で販売されている料理はどれもこれもかなり美味、とかいう意見が所狭しと並べられているのを見て、思わず叫んでしまったほどだ。

 そんなわけですぐにネットでチケットを買って一時間後には家に届いたチケットを握り締めながら麦野に連絡したところ――

 

『遊園地? まぁ、お前が行きたいっつーなら行ってやってもいいけど? あー分かった分かった、言いたいことは分かってる。お前一人じゃ寂しいから私にこの誘いに乗れって言ってるんだろ? 了解了解、別に誘われて嬉しいとか服は何着ていこうとかそんなことは思ってねえから、勘違いだけはしないでくれないかにゃーん?』

 

 ――結構乗り気なんだな、ということは理解した。

 キャラ崩壊してんじゃねーか、と思わずツッコミを入れてしまいそうになった流砂だったが、作戦をドブに捨てたくなかったので必死に言葉を呑み込んだ。どれだけ原作時とキャラがかけ離れていようが、流砂が攻略しなければならない麦野はこの麦野なのだ。どこぞの本屋とかに売っている小説内の麦野ではない。なんかデレてしまうときだけキャラが崩壊してるみたいだから、平常時はもうちょっとクールキャラなのだろう。そうじゃないと個人的にはちょっと残念だ。

 麦野の了承はとった、チケットも手に入れた、女の子への口説き文句もゲームで学習済み。――完璧だ。このデート、失敗する可能性は限りなくゼロに近いに違いない。いつもはネガティブなことしか考えられないのに、今回ばかりは凄まじいほどに自信に満ち溢れている。死亡フラグではなく恋愛フラグを立てるための戦いに勝利する光景が、頭の中に鮮明に浮かび上がってくるようだった。

 そして、そんなこんなで九月十八日。

 

 

 ――草壁流砂の最初の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流石は人気の遊園地と言ったところか、『おりぼしランド』の中は盛況と言っても過言ではないほどに盛り上がっていた。溢れ出るほど、という訳ではないが、大人気、と呼べるぐらいにはお客さんが入っているようだった。

 フリーパスとアトラクション優先券を受付で購入した流砂は、ベンチに腰を下ろして自分を待っている麦野の下へと駆けていく。

 

「お待たせしたッス。ほらコレ、フリーパスと優先券。コレがあればどんなに込み合っていてもスムーズにアトラクションに乗ることができるッス」

 

「ありがと。意外と気が利くわね、くーさかべぇ」

 

「これだけが取り柄みたいなもんッスからね。――で、まずはどれから乗るッスか?」

 

「問答無用でフリーフォール」

 

「初っ端から凄くバイオレンス!」

 

 流砂のツッコミに「あははっ」と純粋な笑顔を浮かべる麦野を見て、流砂は原因不明の満足感に襲われた。打算的な好意でのやり取りのはずなのに、何故か流砂の心はこの状況を楽しんでいるかのように弾んでしまっている。罪悪感のせいなんかな、と流砂はあえて気にしないことにした。

 何気ない会話をしながらフリーフォールがあるエリアへと移動していく麦野と流砂。麦野は会話をしながらも流砂の左手に自分の右手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返しているのだが、流砂は何故か気づかない。

 何故なら、流砂の意識は麦野の手ではなく麦野個人に向けられていたからだ。

 水色のセーターの上に赤いストールを巻いていて、下にはレディース用のジーンズと黒いブーツを履いている。ファッション雑誌なんかに載ってそうな服装を完璧に着こなしている美少女を前に、流砂は自分でも自覚できてしまうぐらいに動揺してしまっていた。

 だが、いくら動揺してしまっているからといって、心の底から楽しむわけにはいかない。流砂の今回の目的は麦野を自分に惚れさせることであって、自分が麦野に惚れてしまうことが目的ではないからだ。全神経と演算能力を麦野をデレさせるためだけにフル稼働させ、この作戦を絶対に成功させなければならない。

 そんなわけで、流砂はとりあえず麦野の服装を褒めることにした。

 

「そーいえば、麦野が着てる服、凄く似合ってるッスね。可愛くて綺麗な麦野にベストマッチしてるッス」

 

「あら、それってお世辞? それとも本気か?」

 

「あははっ、なに言ってるんスか。そんなモン本気に決まってるじゃないッスか」

 

「っ……ま、まぁ、私にかかりゃこんなもんよ。服が私を選ぶんじゃなく、私が服を選ぶんだ」

 

「流石は麦野ッスね。麦野みたいな美少女と一緒にデートができる俺は幸せ者ッス」

 

「…………馬鹿」

 

 顔を赤らめながら口を尖らせる麦野に、流砂の胸がチクリと痛む。

 確かに麦野が可愛くて綺麗だと本気で思ってはいるが、これはあくまでも打算的な好意からくる称賛であって本気の好意からくる称賛ではない。全ては十月九日の悲劇を回避するための虚言であり、そこに流砂の感情は付加されてはいない。――そんなことぐらい、分かっているハズなのに。

 自分の言葉に喜んでくれる麦野を見ていると、罪悪感で押し潰されそうになってしまう。心臓の辺りがチクリと痛み、こめかみから激痛が発せられてもいる。作戦の第一段階目からこの調子では、後の作戦に支障が出てしまうかもしれない。

 だが、今回の作戦を遂行しないことには流砂に明るい未来は訪れない。今はとにかく全力で無理をして虚勢を張って、麦野を楽しませなければならない。――全ては十月九日の悲劇を回避するために。

 そんなことを考えながら二つの痛みに必死に耐えていると、

 

「草壁、どうしたの? もしかして……楽しくない、とか?」

 

「は? いやいや、十分に楽しんでるッスよ? 俺、そんなに調子悪そーに見えたッスか?」

 

「調子が悪そうっつーか、苦しそうな顔浮かべてたから。もしかして私と一緒に居るのが、本当は嫌なのかな……って思ってさ」

 

 あはは……と乾いた笑いを漏らしながら頭を掻く麦野。

 確かに流砂はこの状況を楽しんではいないが、それでもデート自体が嫌なわけではない。作戦だろうがなんだろうが、美少女とデートできること自体は流砂にとってとても嬉しいことなのだ。

 だが、麦野はそんな流砂の心の内を見透かしたように心配そうな表情を浮かべている。予想していたよりもずっと人を思いやることができるようである麦野に、流砂の中の罪悪感は凄まじい速度で膨れ上がっていく。

 直後、流砂は自分でも驚くような行動に出てしまった。

 ぎゅっ! と麦野の右手を自分の左手で握ったのだ。

 流砂の突然の行動に最初はキョトンとしていた麦野だったが、数秒と経たないうちに彼女の顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていき、

 

「バッ、いきなり何してんだ草壁! こ、こんな公衆の面前で手を繋ぐなんて――」

 

「俺は十分に楽しんでるッス。俺の本気を麦野に伝えるために、俺はこーして手を繋いだんス。――これ以外に、手を繋ぐ理由なんて必要ッスか?」

 

「ッ! ……ま、まぁ、お前がそれでいいなら私は別にいいけど……本当になんともないのか? 実は無理してるが隠してるとか、そんなんじゃないわよね?」

 

「当たり前ッスよ。麦野とのデートが楽しくないワケねーッス」

 

 真剣な表情で答える流砂に、麦野は照れくさそうに頬を掻きながら「ま、お前がそう言うなら別にいいけど……」と一応の納得の姿勢を見せる。

 先ほどの流砂の突発的な行動の原因は、実のところ流砂自身にも分かってはいない。ただ、麦野が落ち込んでいる姿を見た途端に体が勝手にあんな行動をとってしまったのだ。流砂の意志とは関係なく、流砂の身体が勝手に動いてしまったのだ。――流砂は気づいていないが、その行動は麦野を元気づけるためのものだった。

 

「そんじゃとりあえず、麦野の要望通りにフリーフォールに行こうッス。早くしないと全部のアトラクションに乗れなくなっちゃうッスよ?」

 

「分かった。分かったからそんなに強く腕引っ張るな!」

 

 打算的な好意と本気の好意の境界が曖昧になっていることに気づかない流砂は麦野の手を引きながら、必死に笑顔を張り付ける。

 こうして流砂は麦野をデレさせるための作戦を開始した。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第四項 初めてのデート②

 なんか麦野の様子が超おかしい。

 九月十七日、第七学区のファミレスにて。

 絹旗最愛(きぬはたさいあい)はC級映画のパンフレットからちらりと視線を上げながら、そんなことを思っていた。

 ファミレス内には絹旗の他の三人の少女たちがいて、絹旗が気にしているのはその中でも一番年上なふわっとした長い茶髪が特徴の少女だった。

 学園都市第四位の超能力者。

 『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利(むぎのしずり)

 

(昨日までは超いつも通りだったのに……日を跨ぐ間に超何かあったんでしょうか?)

 

 絹旗が言ういつも通りとは、『普段はクールだけど戦闘が始まるとちょっぴりヒートアップ(はぁと)』な麦野のことを指している。自分の能力で敵を蹂躙することにだけ喜びを感じ、自分が気に入らない奴は容赦なく叩き伏せる。そんな鬼のようなバーサーカーこそが、絹旗が知っている麦野沈利なのだ。

 だが、今現在、絹旗の目の前にいる麦野は――

 

「ねぇ、フレンダ。この服とか私に似合うと思わない?」

 

「んー……結局麦野は何でも似合うって訳よ」

 

「……ふーれんだぁ。真剣に考えろやゴルァ!」

 

「あべしっ!」

 

 ――え、なにこの乙女?

 いつもは見向きもしないファッション雑誌片手に金髪美脚少女ことフレンダ=セイヴェルンときゃいきゃい盛り上がっている麦野を見て、絹旗の顔がさーっと青褪める。まるでパンドラの箱を空けてしまった時のような悪寒が背筋を走り、体中の毛穴から嫌な汗が噴きだしてくる。

 ――麦野がこんなに乙女乙女出来るなんて超知りませんでした――絹旗はC級映画のパンフレットを鞄にしまいつつ、偶然近くを通りかかったウェイトレスにイチゴパフェを注文する。

 かしこまりました、とウェイトレスが遠くの方へ去って行くのを見送ったところで、絹旗はこの悪寒を取り払うための行動を開始する。

 

「麦野、ちょっといいですか?」

 

「んぁ? いきなりどうしたのよ絹旗。そんなに畏まって……らしくない」

 

「いや、私は基本的に超こんな感じですけどね。で、ちょっと質問いいですか?」

 

「別にいいわよ。でも、今ちょっと忙しいから早めに終わらせてくれ」

 

「超了解しました。……もしかして麦野――彼氏でもできたんですか?」

 

「ブふォお」

 

 麦野の口から有り得ない音が吐き出された。

 数秒と掛からないうちに顔を真っ赤にしていく麦野。顔が真っ赤になるのに呼応するようにファション雑誌を掴む手の力が秒単位で強くなってしまっているような気がするが、絹旗はあえてスルーする。麦野が何かを破壊するのはいつものことだし、今はファッション雑誌の運命など心底どうでもいいからだ。

 あ、これは超ガチの反応ですね。顔を真っ赤にしてわなわなと震えている麦野に少し驚きつつも、絹旗はそんなことを思ってみる。隣の滝壺は相変わらず「……南南西から信号が来てる……」とか呟いているので気にしないとして、麦野の隣に座っているフレンダは麦野のリアクションにそれ以上のリアクションを返してしまっている。なんか魂が抜けている気がするが、あれは放っておいても大丈夫な感じなのだろうか。――いや、放っておこう。心配するのもメンドクサイし。

 麦野の意外な一面が見れた、と絹旗はニヤニヤニマニマとこの状況を面白がっているかのような笑みを浮かべる。というかぶっちゃけ、絹旗はこの状況を面白がっている。

 麦野は顔を赤くしたままファッション雑誌を思い切り握り潰し、

 

「な、なに全て理解したみてえな顔浮かべてんだコラァ! 誰がいつ彼氏ができたって言ったよ! 勝手な妄想で私のキャラを確立させてんじゃねえぞ絹旗ぁ!」

 

「だってさっきの反応は超ガチだったじゃないですか。現に今も顔が超真っ赤ですし。うーん、麦野の彼氏なんて想像もできませんけど……あえて可能性を上げてみるなら、昨日麦野がホテルに連れ込んだモノクロ頭のヘタレイメージなイケメンさんですかねぇ」

 

「む、むむむむむ麦野がホテルに男を連れ込んだァ!?」

 

 あーもーまた面倒臭ぇ奴が話に入ってきやがった! 臨死体験の真っ最中だったハズのフレンダの復活に、麦野は額にビキリと青筋を浮かべて頭を抱える。

 フレンダは凄い剣幕でテーブルから身を乗り出し、

 

「そんな衝撃的な事実、私は知らないって訳よ! え、なに、これって私以外の超共通認識って訳!?」

 

「私の口癖超盗らないでください。シバきますよ」

 

「ごめんなさい! で、で、結局、麦野の彼氏って一体全体誰な訳!? 私の知ってる人!?」

 

「いや、フレンダが知ってるかどうかなんて私は超知りませんが、麦野の彼氏的立場疑惑が浮上しているであろう男性とは、昨夜私と滝壺さんと麦野の三人が凄いベクトルで知り合ってます。……で、麦野はその男性をホテルに超連れ込んだわけですよ」

 

「お、大人の階段のーぼるー!?」

 

「なにふざけたこと言ってんだゴルァ!」

 

「びぶるちっ!」

 

 ドゴグシャァ! とフレンダの顔面がテーブルに勢いよく叩きつけられる。麦野の超絶的な暴力行為に周囲のテーブルにいる客の顔が青褪めるが、彼女たちはさして気にした様子も無い。

 フレンダが泡を噴いて再び三途の川に旅行に行ってしまったのを確認し、麦野は青筋を浮かべたまま絹旗に標的を変更する。

 

「で、お前もなにふざけたこと言ってんだ? 誰が何でどいつが私の彼氏だって!?」

 

「だから、昨日のモノクロ頭のヘタレイメージなイケメンさんですよ。全身から残念そうなオーラが超滲み出てた、あの七転八倒野郎のことですよ」

 

「誰が七転八倒野郎だ!」

 

「なんで麦野が反応するんですか。やっぱりあの人が彼氏なんでしょう? ホテルに連れ込むぐらいの仲みたいですし、今さら隠す必要なんて超ないんじゃないですか?」

 

「だから、アイツは彼氏じゃねえって言ってんだろ!? はぁぁ……ったく、勘違いにもほどがあるわよ。確かに私は草壁をホテルに連れて行ったが、あれは介抱のためであって疚しい気持ちがあったわけじゃない。っつーか、私と草壁は昨日知り合ったばかりなの。そんなすぐに恋人同士になんかなるわけないでしょ? 少女マンガじゃあるまいし」

 

 そう言いながら、麦野は疲れた様子で肩を竦める。

 確かに、出会って一日で恋人同士なんていう超驚愕急展開が現実で起こるなんてことは流石の絹旗も思ってはいない。絹旗の大好物であるC級映画の中にはそんな超驚愕級展開をさも当然のように出してくるものもあったりするが、それでもそれはあくまでも創作の世界での話であって現実での話ではない。

 だが、そうだとしても、この麦野の慌てようが説明できない。彼氏でもなんでもない存在のことを指摘されて赤面しながら反論する今の麦野は、どこからどう見ても恋する乙女の状態だ。……少なくとも、絹旗が知っている麦野はこんなに動揺したりはしない。

 だとするならば、彼女に一体何が起こったのか。あのモノクロ頭関連であることは間違いないにしろ、ここまで麦野が豹変する理由が分からない。おそらくは昨日のホテルで何かが起こったのだろうが、絹旗はそこに同席していなかったので詳細を知ることはできていない。

 握りつぶしたファッション雑誌を拡げて再び熟考し始めた麦野に、絹旗は訝しげな視線を向ける。

 そしてC級映画のパンフレットを鞄から取り出してさも夢中になっているかのように視線をパンフレットに集中させながら、

 

(…………これは超尾行の必要がありますね)

 

 ――ニタァと不敵な笑みを顔に張り付けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫か草壁? 意識は定まってる? おーい、くーさかべぇ?」

 

「だ、大丈夫ッス……ちょっと綺麗な川が見えてるだけなんで……あ、死んだはずの曾爺ちゃんがいるッス……」

 

「それは見えちゃいけない川だバカヤロウ。おいコラ、さっさと起きなさいって、くーさかべぇ!」

 

「――ハッ! 曾婆ちゃんは!?」

 

「ついに夫婦の登場かよ。三途の川も人不足なのかねぇ」

 

 今にも昇天しそうな流砂の肩を前後に勢いよく揺らし、麦野は流砂の蘇生に成功した。

 当初の予定通りにフリーフォールに乗ったわけなのだが、学園都市の最新技術が結集したフリーフォールは普通のフリーフォールとは全く比べ物にならないほどに威力も破壊力も恐怖も段違いだった。とりあえず高さが三百メートルというのは一体どういうことだろう。東京タワーでも越える気か。

 フリーフォールと言えば、落下中に女性が男性の手を握って「怖い……手、握っててもいい?」と涙目で呟く超ときめきイベントが発生するのがお約束なはずなのだが、学園都市のフリーフォール――通称『地獄への直送便』はそんなリア充なイベントが発生する余地も無いほどに強烈なアトラクションだった。とりあえず上がる時が凄く速く、落下中は風になったんじゃないかと勘違いしてしまうほどに速いのだ。乗り物には強い方である流砂が耐えられなかったぐらい、『地獄の直送便』は化物染みていた。

 三途の川から生還した流砂は「はぁぁぁ」と深く溜め息を吐き、

 

「っしゃ! 次はどれに乗るッスか? ジェットコースター? バイキング? はたまたバンジージャンプ?」

 

「もはや私がそんなアトラクションしか望んでねえって決めつけての提案はやめろ。私だって流石に激しいアトラクションを連続で乗ったらキツイわよ」

 

「じゃー何に乗るッスか? 激しくないのっつったらあんまり思いつかねーんスけど……」

 

「ちゃんとあるじゃない、激しくないアトラクション」

 

「え? どこに?」

 

 手で庇を作りながら流砂は周囲を見渡すが、彼女が言う激しくないアトラクションはどこにも見当たらない。周囲にあるのはジェットコースターとか空中ブランコとかだけであり、コーヒーカップのような激しくないアトラクションなんてどこにも存在しちゃいなかった。

 だが、「どこ見てんのよ、あそこにあるのが見えないのか?」と麦野はビシッと流砂の後方に向かって指を突き出し、

 

「世界で三番目に怖いって言われてるお化け屋敷。あそこに行きましょう」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「む。なんか二人仲良くお化け屋敷に行っちゃったよ絹旗! どうする私ってお化け苦手な訳なんだけど!」

 

「超黙っててくださいフレンダ。というか、お化けなんてこの世にいるわけないじゃないですか。科学の街に住んでるくせになんて非科学的なこと言ってんですか、バカフレンダ」

 

「バカって言った! 絹旗が結構真面目な顔で私にバカって言った!」

 

「大丈夫。バカなフレンダを私は応援している」

 

「結局、バカを否定して欲しかったって訳よ!」

 

 お化け屋敷近くのベンチの陰にて。

 暗部組織『アイテム』の三人はごちゃごちゃとしながら小さい身体を必死に隠していた。まぁ、隠していると言っても他のお客さま方から不審者を見るような目で見られているわけなのだが、今はそんなことなど気にしていられない三人はあえてスルーすることにした。

 麦野が遊園地で異性とデート、という情報をキャッチしたのでこうして三人仲良く遊園地で隠密行動をとっているわけなのだが、これが意外と楽しかったりする。麦野が周囲をちらちらと見ているのを隠れながらやり過ごし、麦野が他の方向を向いた瞬間に無音カメラで麦野のプライベートな写真を激写する。なんともパパラッチ顔負けな早業は、周囲を歩いていたプロのカメラマンが涙ぐんでしまうほどだった。

 麦野とモノクロ頭の少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)が手を繋いでお化け屋敷に入っていくのを盗撮しつつ、絹旗は面倒くさそうに頭を掻く。

 

「ったく……なんで私がこんな茶番に超付き合わなくちゃいけないんですか」

 

「そんなこと言ってるけど結構乗り気だよね。主に盗撮は絹旗が行ってるって訳よ」

 

「乗り気じゃないですよ。……ただ」

 

「ただ?」

 

「麦野を脅すためのネタが超手に入るから超仕方なくやってるだけです」

 

「乗り気じゃん! しかも凄い不敵な笑顔を浮かべちゃってるし!」

 

 ぐふふふ、と妖しいオーラを放つ絹旗にフレンダの顔がサーっと青褪める。

 存在自体が怖ろしい麦野を脅すためのネタが手に入るから、という理由でついて来るのもどうかと思うが、それ以上に「仕方なく」と言い訳をしてしまっているところが何とも残念だ。というか、絶対に嘘だし。

 そもそも、この尾行を計画したのはフレンダでも滝壺でもなく、絹旗最愛本人だったりする。「麦野の超面白い姿が見られるかもですよ」という甘言につられてここまでやって来てしまったが、この尾行が麦野にばれた瞬間にフレンダはこの世から消されてしまうかもしれない。上半身と下半身と切り離され、愉快なオブジェに変えられてしまうかもしれない。

 だが、そんな危険を冒してでも遂行するほどの利益が、この尾行には存在する。いつも自分をボッコボコにしている麦野の弱み。これさえ握れば自分の思うとおりに麦野を扱えるかもしれない。ゴスロリを着せたりレースクイーンの格好をさせたり……グヘヘヘ。

 カメラを構えてほくそ笑む絹旗と、妄想に溺れてニヤけるフレンダ。

 そんな同僚二人の変人っぷりに辟易しつつ、滝壺理后(たきつぼりこう)は相変わらずの無機質な表情で虚空を眺め、ぼんやりとした声色で言い放つ。

 

「……お化け屋敷の方向から信号が来てる……」

 

 直後、お化け屋敷の中から二人分の悲鳴が響き渡って来た。

 




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 次回もお楽しみに!


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第五項 初めてのデート③

「ぜーっ! はぁーっ! ぜー……うぅ、さっきのが既にトラウマに……」

 

「あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚」

 

「いやいや、科学の街で幻覚とか見えるわけないッスよ麦野……」

 

 頭を抱えて青褪めている麦野に流砂は引き攣った笑みを浮かべる。

 麦野の提案で『世界で三番目に怖いお化け屋敷』とやらに入ったわけなのだが、結局はこうして不必要な恐怖を体に覚えさせてしまうこととなってしまった。入った直後の『アレ』とか入って五分後ぐらいに待ち受けていた『アレ』とか、出口付近で突如として現れた『アレ』とか……今思い出すだけでも全身が小刻みに震えてしまう。今日の夜はトイレに行けないかもしれない。 

 まぁ、こんな恐怖を経験してりゃ死亡フラグなんて怖くねーかもな。ほぼやけくそな感じで開き直った流砂は「んんーっ」と背筋を伸ばしつつ、隣で呪詛を絶賛呟き中の麦野に苦笑いを浮かべながら話しかける。

 

「次はどこに行くッスか? そろそろジェットコースターでもイイと思うんスけど……」

 

「あれは幻か――ハッ! え、ちょっ、何か言った!? もしかして今のも幻聴か何かか!? きゃぁーっ!」

 

「もーお化け屋敷ネタから離れてくれると嬉しーんスけどねぇ……だから、次はどのアトラクションに行くッスか? そろそろジェットコースター? まぁ、ジェットコースターっつっても種類はたくさんあるッスけどね」

 

 相変わらず苦笑を浮かべながらの流砂の提案に、麦野は自分を落ち着かせながら思考を開始する。

 この遊園地に入ってから既に二時間以上が経過しているが、麦野はずっと流砂を自分の行きたいところに引き摺り回している。その度にこうして異様なベクトルでの後悔に襲われているわけなのだが、まぁそんなこともそれなりに楽しかったりしたので今まではそこまで深く考えてはいなかった。楽しければそれでいい。そう思いながらこのデートを続行していた。

 だが、やはりデートと言うからには麦野だけでなく流砂も楽しまないと駄目だろう。いつもは人のことなんて微塵も考えていない戦闘狂のバーサーカーと言われている麦野でも、それぐらいのことは分かっているつもりだ。というか、気になる人に楽しんでもらいたいなんて思わない方がどうかしている。

 

(って、そういえばこれって、れっきとしたデートなんだよな……私と草壁の、初めてのデート……)

 

 別に付き合っているわけではないが、『流砂とデート』というこの現実を認めるだけでどうしようもないほどの満足感に襲われてしまう。出会ってからまだ二日しか経っていないというのに、麦野は流砂に確定的な好意を向けてしまっている。

 今まで他人に褒められたことが無かったから、自分のことを褒めてくれた流砂を一気に好きになってしまったのか。それともただ単純に流砂の顔に惚れてしまったのか。どれが原因でこの好意を覚えてしまったのかは分からないが、麦野沈利という一人の超能力者が草壁流砂という一人の大能力者に正体不明の感情を抱いてしまっているということは確かだ。この事実だけは、どうあっても覆すことはできない。

 (人を好きになったことなんて今まで一度も無かったから、よく分かんねえんだよな……)照れくさそうに頭を掻きつつ、麦野は少しだけ頬を朱く染める。

 (でもまぁ、こんな気持ちも悪いもんじゃないよな)っしゃ! と麦野は自分で自分に気合を入れて流砂の手をふいに握り――

 

「次はお前の行きたいところに行きましょう! まぁ、ジェットコースター以外は許可しないけどね!」

 

「結局はジェットコースターじゃねーか!」

 

 ――悪戯っぽく笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「うぐぐ……麦野のあんな顔を独り占めするなんて……結局、私はあのモノクロ頭が許せないって訳よ!」

 

「うるさい黙れフレンダ。麦野に超見つかっちゃうじゃないですか」

 

「大丈夫だよ。罵倒されてるフレンダを私は応援してる」

 

「うぅ……結局、私の味方は滝壺しかいないって訳よ……」

 

 麦野&流砂を尾行しているバカ三人は、遊園地の案内板の陰に隠れながら相変わらずギャーギャー騒がしかった。

 流石にお化け屋敷に入るわけにはいかなかった三人は今の今まで『ダウト』で時間を潰していたわけなのだが、フレンダの十二回目の敗北の直後に麦野が流砂にデレるという『あ、もうこれ世界終わったわ』級の一大イベントに遭遇してしまったわけだ。罰ゲームで服を脱がされていたフレンダが赤面しながら必死に服を着ていく中、絹旗と滝壺は「おおぉ……っ!」と目をキラキラ輝かせて我らがリーダーのレア映像を必死に目とカメラに収めていた。

 そして着替えを終了させたフレンダがちょうど麦野のデレ百パーセントな笑みを目撃したわけなのだが――案の定、凄くウザいほどにうるさくなった。なんか鼻息荒いし携帯電話のカメラ機能でパシャパシャやってるし、もはやお前どこのストーカーだよ級の大惨事と化している。

 絹旗はカメラを懐にしまいながらフレンダと滝壺の方を振り返り、

 

「麦野とモノクロ頭が移動を超開始しました。私達もこの距離を保ったまま尾行を超続けましょう」

 

「あいあいさーっ!」

 

「うん。私の『能力追跡(AIMストーカー)』があればどんな能力者でも尾行できるから」

 

「いやいや、別に尾行のために滝壺さんの能力を超使えって言ってるわけじゃないんですけどね……」

 

 フンス、と妙にやる気を出している滝壺に絹旗は苦笑いを浮かべつつ――

 

「それじゃあ、麦野たちが超見えなくなる前に尾行を開始しましょうか」

 

 ――不敵な笑みでそう言った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 もうそろそろ身体が限界かもしれない。

 

「うぷっ……が、学園都市の遊園地なめてたスッゲーなめてた……じぇ、ジェットコースターでここまで追い込まれるなんて……うっぷっ」

 

「おい、大丈夫かよ草壁。そろそろ休憩したほうが良いんじゃない?」

 

「だ、大丈夫ッス……これくらいどーってことないッス――っぷっ、おえぇぇぇぇ……」

 

 ゴミ箱に寄りかかりながら胃の中のものを全力でブチ撒けている流砂の背中を優しく摩りつつ、麦野は引き攣った笑みを浮かべる。

 地獄なんか生ぬるいほどのフリーフォールと『あの第四位が恐怖する』程のお化け屋敷をクリアできたからもう大丈夫だと思っていたのだが、この遊園地のジェットコースターはそれら二つの試練よりも圧倒的な破壊力だった。錐もみ回転からのスタートという時点でおかしいのに、途中で上下に揺れるというのは一体全体どういうことだ。乗車時間も十分ともはや拷問の域に達しているし、注意書きに『酔い止めを必ずお飲みください』と書かれていないのが不思議なぐらいだ。そろそろ本気で責任者をぶん殴ってやりたい。

 胃の中を空っぽにしたことで完全に体調を崩してしまっている流砂は麦野の肩を借りながら、木陰の下にあるベンチに腰を下ろす。

 

「さ、サンキューッス麦野……」

 

「お前本当に気分悪そうだな。ったく、仕方がない。ちょっと売店でスポドリ買ってくるから、お前はここで休んでなさい」

 

「あい……恩に着るッス……」

 

 トタタッ、と小走りで去って行く麦野の背中を死んだ魚のような目で見送りつつ、「うっだー……」と流砂は青褪めた顔のまま項垂れた。心成しか、背中から中年サラリーマン顔負けなほどの哀愁が漂ってきている。

 遊園地デートで麦野沈利をデレさせるはずが、麦野がデレる前に自分が変なベクトルでダウンしてしまった。先ほどの嘔吐で今まで築き上げてきた好感度が全部消失しちまったかもしんねーな、と流砂は頭を抱えて心底残念そうに溜め息を吐く。

 

「あー……こんなんで俺、十月九日をちゃんと乗り切れんのかなー……」

 

 『ゴーグルの少年』が『原子崩し』に殺される日。 

 まだ自分がその日に殺されると決まったわけではないが、このまま麦野と何の進展も無ければ、流砂は十月九日に麦野に焼き殺されてしまうかもしれない。塵も残さないほどに蹂躙され、短い人生に文字通り終止符を打たれてしまうかもしれない。――それだけは、絶対に回避しなければならない。

 気怠そうに溜め息を吐き、流砂はズボンのポケットから携帯電話を取り出す。今まで全く気にしちゃいなかったが、もしかしたら仕事のオファーが来ているかもしれない。

 画面を見てみると、『新着メール十件』という驚愕の文字が表示されていた。

 「うわ……もしかしなくても垣根さんか……?」嫌な予感に襲われながらも受信メールボックスを開いて新着メールを開封し――

 

『どこで油売ってんだくそゴーグル野郎! テメェがいないせいで俺一人で仕事する羽目になってんだよ! この借りは今度十倍にして返してやるからな覚悟しとけよクソ野郎!』

 

 ――ドゴグシャァ! とベンチの背凭れを殴り抜いた。

 

「や……やばい。恋愛フラグを立てよーと必死だったから気づかなかった……俺の与り知らぬところで回避不能な死亡フラグが勝手に乱立しまくってやがる……ッ!」

 

 しかもあろうことか、第四位よりも数十倍厄介な第二位が相手ときた。 

 借りを十倍にして返す、というのは考えるまでも無く死刑宣告だろう。学園都市の第二位『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督(かきねていとく)という少年はそれぐらいに気が短いし、彼は自分の怒りを平気で他人にぶつけることで有名な学園都市一の暴君だ。見逃してもらうなんて選択肢は端から存在しないに決まっている。

 学園都市最強の超能力者である一方通行(アクセラレータ)以外には対抗できる者がいない世界で二番目に怖ろしい能力者を相手に、流砂という欠陥品の能力者が一体どうやって生き残ればいいというのだろうか。土下座か? 賄賂か? はたまた逃亡か? ――駄目だ。どれも成功する気がしない。

 麦野を説得してデートを中断して今すぐにでもアジトに向かったほうが良いのだろうが、この滅多に無いイベントをそんなことで中断してしまって良いものだろうか。――いや、中断するべきじゃない。

 垣根の機嫌を直すためにデートを中断してしまったら、麦野が悲しんでしまうかもしれない。彼女が自分に好意を向けているのかどうかはともかくとして、このデート自体には凄く乗り気だったはずだ。途中で止められて悲しくないはずがない。

 麦野をとるか、垣根をとるか。どちらに転んでも平和な日常は訪れない。死なないために必死になって恋愛フラグを立てる道を選ぶか、死なないために必死になって死亡フラグを叩き折る道を選ぶか――ただ、それだけのことなのだ。

 額に指を当て、流砂は思考しながらうんうんと唸る。この二者択一を間違ったが最後、彼に明るい未来は待っていない。まさに前門の虎、後門の狼と言ったところか。

 と。

 

「モノクロ頭死ねやゴルァアアアアアアアアアアアアアーッ!」

 

「――ヘッ!? ナニナニナニゴト何か遠くの方から金髪の少女が飛び蹴りかましてきてるんですけど!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「ふーれんだぁ? 何でここに居るのか説明はちゃんとしてくれるのよねぇ?」

 

「あ、その……いや、実は私だけじゃなくて、絹旗と滝壺もいるって訳なんだけど……」

 

「あァ!?」

 

「絹旗と滝壺はそこの草陰に隠れてますけどとりあえずごめんなさいでしたーッ!」

 

『共犯者を迷うことなく売りとばした、だと!?』

 

「絹旗ァアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」

 

「しかも超私だけ狙われてますし!」

 

 アスファルトの上で正座させられているフレンダの裏切りにより絹旗と滝壺が麦野に捕獲されている光景を眺めながら、流砂は青褪めた顔で苦笑を浮かべる。

 つい先ほどフレンダに暗殺されそうになったわけだが、かなりベストなタイミングで麦野が帰還してきてくれたおかげで流砂は命を散らすことなく無事に生き延びることができたのだ。フレンダを見つけた瞬間に麦野の顔が般若も泣いて逃げ出すほどに凶悪なものと化してしまっていたような気がしたが、流砂はあえて見なかったことにした。ただでさえ遊園地内で不必要なトラウマを植え付けられてしまっているというのに、これ以上の恐怖を体験してたまるか。

 頭に巨大なたんこぶを無理やり召喚させられてしまっている少女三人に憤怒の表情を向けながら、麦野は額の青筋を更に深くして言い放つ。

 

「おい、テメェら、ここに何しに来たのかにゃーん? 返答次第によっては殺すからそのつもりで答えなさい」

 

「麦野のデレ姿を見に来たって訳よ!」

 

『フレンダに無理やり連れてこられました』

 

「フレンダぁああああああああああああああーッ!」

 

「みぎゃぁーっ! 身に覚えのない罪状で殺されそうになってるぅうううううううう!」

 

 絹旗と滝壺の裏切りにより窮地に立たされるフレンダさん。

 麦野がフレンダにアイアンクローを決めている光景を眺めながら、流砂は苦笑の陰で思考する。

 

(フレンダ=セイヴェルン……俺と同じぐらいの死亡フラグを持っているキャラで、十月九日に『ゴーグルの少年』と同じく麦野に殺される不遇キャラ……まさかこんなトコで会えるとは、世界は意外と狭いもんだなー)

 

 十月九日に上半身と下半身をちょんぱされてしまうキャラクターにして、『とある魔術の禁書目録』&『とある科学の超電磁砲』に出演する女性キャラクターの中で最も不憫な扱いを受けているドジッ娘属性持ちのキャラクター。――それが、流砂が記憶している限りのフレンダ=セイヴェルンだ。

 流砂の原作知識は小説二十二巻で止まっているが、フレンダが実は生きてましたなんて描写はどこにも存在していなかったはず。つまり、このフレンダという少女はゴーグルの少年と相並ぶ形で死亡フラグが乱立してしまっているキャラクターということになる。――妙に親近感が持ててしまっているのは、おそらくそれが原因だろう。

 二十二巻までの原作で麦野沈利が殺したキャラクターは、実のところゴーグルの少年とフレンダだけだったりする。つまり、流砂とフレンダは直接的な関わりはないが立たされている状況はほぼ変わらないということになる。

 出来るだけ人死にを見たくない流砂としてはこのフレンダという少女の死亡フラグも叩き折ってやりたいのだが、如何せん彼にはそんな余裕など存在しない。自分の運命を変えるだけで精いっぱいなのだ。

 

「テメェフレンダ、覚悟はできてんだろうなぁああああああああああああ!」

 

「ひゅひの! ひゅひのふぉふぉふぁふぁふぁふぁふぁふぃ、ふぃんふぁうっふぇ!」

 

「あァ!? 分かんねえわよハッキリと言ってくれないかしらぁ!?」

 

「このままじゃ死んじゃうって訳よ!」

 

 力の込め過ぎで顔が変形してしまっているフレンダを見て、流砂の顔がサーっと青褪める。

 方法は問わないにしろ、自分も下手したらあんなことになってしまうのだろうか。というか、片手で人一人を持ち上げるとかどんな馬鹿力だ。いや、確か麦野は浜面仕上(はまづらしあげ)を殴り飛ばすぐらいの腕力を誇っているんだったか。……実は肉体強化系能力者なんじゃなかろうか。ハ〇ター〇ンターの主人公みたいな。

 というか、なんか今の状況からデートを続行するのは無理そうだ。麦野も完全お怒りモードだし、『アイテム』の三人もこれから麦野にオシオキされてしまうことをなんか悟っている感じだ。……今の俺、超アウェー。

 ――と、いうわけで。

 

「そ、そんじゃ麦野、お取込み中みてーだから今日のところは俺はもー帰らせてもらうから。また今度なー」

 

「あっ、うん!? って帰る速度速すぎない!?」

 

 ――風のように遠ざかっていく流砂の背中に、麦野の叫びだけが襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「……オイ、草壁。俺になんか言わなきゃならねえことがあるんじゃねえか?」

 

「雑誌を勝手に持ち帰っちまったことッスか? いや、あれはちゃんと新しいの買い直して渡しますから、許してほしーなー……なんて」

 

「目ェ逸らしながら意味不明なこと言ってんじゃねえよ。――テメェ、今日はどこで油売ってやがったんだ? 自分の仕事を俺に押し付けやがって……ッ!」

 

「あ、あはは……いやほら俺、圧力系の能力者ッスし。人に物事を押し付けるのは得意分野っつーかなんつーか……」

 

「…………腹ァ括って愉快な死体になりやがれくそゴーグルがァアアアアアアアアアアアーッ!」

 

「あ、ちょっ、翼で蹂躙は無r――ぎゃぁあああああああああああああああーッ!」

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第六項 迅雷部隊

 二話連続投稿です。



 大覇星祭が終了し、学園都市が静寂を取り戻した九月二十八日。

 欠陥品の大能力者(LEVEL4)であり『ゴーグルの少年』であり、十月九日という彼史上最悪の死亡フラグを回避するためだけに日々奮闘している少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)は第十九学区の路地裏をトボトボと歩いていた。

 

「与えられた情報通りに来てみたはイイんスけど、驚くべき廃れ具合ッスね。本当にこんなトコに学園都市に反逆しよーとしてるテロ集団がいるんスか?」

 

『ぐちぐち文句言う前にさっさと仕事を達成しろ。九月十八日に俺に仕事を押し付けた罪を今回の仕事をお前一人でこなすってだけで許してやるって言ってやってんだからよぉ』

 

「俺、荒事とか苦手なんスよねー」

 

『愉快な死体になりたくなかったらさっさと黙って仕事終わらせろ!』

 

「っ……耳、痛ぇ……」

 

 怒鳴り声と共に通話を終了されてしまった流砂は携帯電話を耳から遠ざけつつ眉間に皺を寄せる。

 九月十八日に学園都市第四位の超能力者――『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利(むぎのしずり)と遊園地デートをしたわけなのだが、実はちょうどその日は流砂が所属している暗部組織『スクール』に仕事のオファーが来ていた。携帯電話にほとんど触れていなかった流砂はその依頼をガン無視してしまい、更に運の悪いことに流砂がこなすべきだった依頼をあろうことか学園都市の第二位の超能力者――『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督(かきねていとく)が一人で達成してしまったのだ。

 自分が所属している暗部のリーダーに仕事を押し付けてしまった罪は重かったらしく、今日はその罪を償うためにわざわざこんな廃れた街にまでやって来たという訳だ。

 流砂はダークブルーのジーンズのポケットに携帯電話をしまいつつ、「はぁぁぁぁ」と深い溜め息を吐く。

 

「ついに荒事系の依頼が来ちまいましたよハイ。いや、殺害しろじゃなくて無力化しろっつー依頼内容だから別に殺す必要はねーんだろーけど、やっぱり戦闘は嫌だなー……下手すりゃ死ぬかもしんねーし」

 

 必死に死亡フラグを回避し続けているというのに、なんで世界はこんなに死亡フラグを立てまくってくるのだろうか。もはや神様が流砂を殺したくてたまらないんじゃないか、と錯覚を覚えてしまうほどの理不尽っぷりに流砂は歩きながらサーッと顔を青くする。

 暗部組織に所属することになってからこういう荒事を行わなければならなくなるのは覚悟していたが、やっぱり仕事を受けてみるとどうしようもないほどの恐怖心が込み上げてきたりこなかったり。とにかく死なねーよーに注意を払って油断せずに依頼をこなすかー、と流砂は気怠そうにモノクロで無造作な髪をガシガシと掻く。流砂が頭を掻くのに連動する形で、彼の頭に装着された土星の輪のような形状のゴーグルがかちゃかちゃと鳴った。

 「この重さに慣れちまった自分がなんか嫌だ……」溜め息を吐きながら肩を竦め、ゴーグルから伸びた無数のケーブルがちゃんと腰の機械に接続されているかの再確認を行っていると、

 

 ――キュガッ! と近くにあった廃ビルが勢いよく崩壊した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 予想よりも早かったな、と流砂は路地裏に姿を隠しながら呟きを漏らす。

 今回流砂が無力化しなければならないのは『迅雷部隊(サンダーボルト)』という、所謂武装派過激集団(テロリスト)だ。学園都市を失墜させるためにわざわざご丁寧に世界中から武器をかき集め、学園都市で最も治安が悪いこの第十九学区に拠点を構えていた――らしい。全て垣根から伝えられたことなので受身形になってしまうのは致し方ないことだろう。

 にしても、と思考を開始しながら流砂はビルの陰から外を覗き込む。

 

(敵の数が把握できてねーのが痛いトコだよな……まぁ、一方通行(アクセラレータ)の電極と違って俺のゴーグルは自家発電だからバッテリー切れにはなんねーし、そーゆー点から時間的には問題ねーんだが……敵の数が多いと俺の能力があんまり有意義に使えねーんだよなー……)

 

 流砂の能力――『接触加圧(クランクプレス)』を分かりやすく言い表すと、『触れた物体に働いている圧力を増減させる』といった感じだ。圧力を増減させることによって、壁に巨大な亀裂を入れたり地面を陥没させたりという様々な攻撃ができるわけだが、それでもそれは敵の数が少ないとき限定の話だ。敵が二十人ぐらい一気に突っ込んで来た場合、流砂は尻を振って一目散に逃亡するしかなくなってしまう。

 だが、流砂に逃亡は許されていない。垣根は今回の依頼を流砂に一任しているので、流砂が依頼を放棄するということは『スクール』が依頼を放棄するということと同義なのだ。……というか、そんな堅苦しい理由以前に垣根に殺されてしまうだろう。冗談ではなく、割と本気で。

 近くに敵がいないことを確認し、流砂は拳銃を懐から取り出しながら移動を開始する。これから目指すのは、突如響き渡った轟音と共に崩れ落ちた廃ビルだ。おそらく、あの周囲に『迅雷部隊』の人員達が潜んでいるはず。

 すると、流砂の頭上――廃ビルの窓から武装した黒づくめの人影が現れた。

 

『いたぞ! 俺たちのことをコソコソと探し回っていたヤツに違いねえ!』

 

「あーもー見つかんの早すぎんだよ畜生が!」

 

 バババババ! とマシンガンをぶっ放される中、流砂は地面を転がりながら必死に弾丸を回避していく。頭に装着しているゴーグルが凄く邪魔だったが、それでも構わず流砂は敵が現れた廃ビルの中へと侵入する。

 流石は廃れた学区というべきか、ビルの中は電気一つ通っていなくて薄暗い。今が真昼間だから良いものの、これが夜の闇に包まれてしまったら暗視ゴーグル無しで敵を鎮圧しなくてはならなくなる程の暗さになってしまうだろう。そんな最悪の場合になる前に、この仕事を終わらせなければならない。

 直線的な通路を駆け抜けると、左側の扉が突然開いた。

 

(んなっ!? どんだけ不幸なんだよ死亡フラグが止まんねーぞ!?)

 

 流砂は反射的に振り返る。

 そのドアから、明らかに怪しい武装をした黒づくめの男がやってきた。海外の軍隊が愛用しているであろう装備を身に着けているその男の手には、最悪なことにショットガンが握られていた。

 (クソッ! 流石にアレは回避不能だ!)男が流砂の存在に気付くと同時に、流砂は反射的に男の胸元に向かって拳を思い切り振り抜いた。

 直後、骨が粉々に砕け散る音と共に男が壁に思い切り叩きつけられた。

 

「がァッ……ばう……ッ!」

 

「俺も殺しは嫌だかんな、命だけは助けてやんよ。――だが、移動手段だけは奪わせてもらう」

 

 ダンッ! と流砂は男の右脚を踏みつける。

 ただそれだけのことで、男の右脚は木端微塵に弾け飛んだ。

 

「ぎっ、ァァああああああああああッ!?」

 

 予想外すぎる衝撃で破壊された右脚を驚愕の表情で見ながら、男は断末魔の叫びを上げる。飛び散った肉片を必死で掻き集めているようだが、そんなことをしたところで彼の右脚が元に戻ることはまず有り得ない。第七学区のとある病院にいるカエル顔の医者に診せればまだなんとかなるのかもしれないが、この男を待っているのはそんな平和的な処遇ではなく処刑という名の蹂躙劇だ。プレス機で潰されるのか爪を一枚一枚剥がされるのかは知らないが、とにかく精神が狂ってしまうほどの拷問を受けることは間違いない。

 激痛のせいでガクンと意識を絶った男から視線を逸らし、流砂は近くにあった階段に足をかける。

 そして拳銃を懐にしまいながら「はぁぁぁ」と溜め息を吐き――

 

「結局、拳銃よりも俺の能力を駆使する方が十二分に早く仕事を終わらせられんだよなー」

 

 ――気怠そうに頭を掻いた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 レイト=ウェイトニーは焦っていた。

 元々しがない研究員の一人であったレイトは、逆らうこともできずに能力開発の実験台にされる置き去り(チャイルドエラー)達を救うために学園都市に反逆した。自分と同じ志を持っていた同士たちの他にも学園都市に恨みを持っている荒くれ者を世界中からかき集め、レイトは『迅雷部隊』を組織した。武器を学園都市に運び込むのに大分手間と費用が掛かってしまったが、それでも彼の計画にミスなんてものは微塵も存在していなかった。

 だが、正体不明の襲撃者によって『迅雷部隊』は事実上の崩壊を迎えようとしていた。――最初に百人ほどいた同士たちは、既に十七人にまで人数を減らされてしまっている。たった一人の襲撃者を相手に、約八十人が無力化されてしまっているのだ。

 

「くそっ……なんでこんなことに……私はただ、正しい事を成し遂げようとしているだけなのに!」

 

 能力開発というのは名ばかりの拷問で命を落としていく置き去り(チャイルドエラー)の悲痛そうな顔が、今も頭に焼き付いて離れない。生まれた理由も生きる理由も奪われてしまった彼らの最後の姿が、レイトの心をどうしようもなく締め付ける。

 死ぬためだけに生まれてきた彼らの理不尽な存在意義を覆す為に戦うことを決意したのに、今はその決意が一気に崩壊してしまいそうなほどの恐怖に襲われている。……だが、レイトはこんなところで諦める訳にはいかない。レイトが戦うことをやめるということは、置き去り(チャイルドエラー)の未来が潰えてしまうのと同義なのだから。

 レイトは懐に忍ばせていた通信機を取り出し、

 

「こちらレイト! レリック、そちらの状況はどうなっている!?」

 

『あぐぎっ、ぎィィいアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

「なっ……おい、応答しろ! 頼むから応答してくれ、レリッ――」

 

『あ、あー……マイクテスッマイクテスッ。こちら荒事が嫌いなゴーグルの少年ッス。アンタは「迅雷部隊」のリーダー格であるレイト=ウェイトニーで合ってるッスかー?』

 

「――――ッ!?」

 

 期待していた者の声とは違う緊張感の欠片も無い若者の声に、レイトの呼吸が一瞬だけ停止した。

 レイトの応答がないことなど気にした様子も無く、ゴーグルの少年と名乗った若者は言葉を続ける。

 

『俺の勘が当たってんなら、アンタ以外の「迅雷部隊」は全員無力化したッス。まぁ、俺は人を殺したくないんで全員ギリギリで生きてるッスけど……死ぬ方がマシっつーぐれーに傷を負ってる奴は少しいるッスね。オーバー?』

 

「きっ……貴様は一体何者なんだ! 何故私たちの潜伏先をこうも簡単に見つけられた!? 私たちの隠蔽工作は完璧だったハズだ!」

 

『ンなこと俺に言われても知らねーッスよ。俺はただ単純に依頼を受けてアンタ達を無力化しに来ただけッスからね。どーせ「学園都市上層部には情報が筒抜けだったー」っつーオチなんじゃねーの? ンでついでに言っとくッスけど、アンタ達の覚悟とか意志とか行動意義とか、俺は全く把握してないんスよ。オーバー?』

 

 今の状況自体が気怠いとでも言わんばかりの声色に、レイトの理性がガリガリと削られていく。通信機を握る右手には、大量の汗が浮かんでいた。

 自分たちの情報が学園都市に筒抜けだった。――つまり、最早レイトには学園都市に反抗するだけの余裕も時間も手段も残されていないということだ。頼りにしていた仲間たちはこの気怠そうで緊張感の欠片も無い襲撃者に殲滅されてしまっているし、そもそもレイト一人じゃ学園都市相手に戦うことすらままならない。

 終わった。置き去りを救うための反抗も、レイトの人生も全て――今この時点で終了した。散って行った仲間たちと同じように痛めつけられ、捕獲された後は休む暇も与えられずに非人道的な拷問にかけられてしまうのだろう。覚悟も決意も意志も全て奪われてしまった今なら、そんなネガティブな想像なんて嫌というほどに浮かび上がってくる。

 「はは……終わった。ナニモカモオワッタ……」絶望に押し潰されてしまったことでレイトは譫言のような呟きを漏らし始めた。目からは大量の涙が零れ落ちていて、体は小刻みに震えてしまっている。

 そんなレイトの様子を通信機越しで聞いていたゴーグルの少年は「はぁぁ」と面倒くさそうに溜め息を吐き、

 

『そーやって俺に死の恐怖を与えんの、やめてもらってもイイッスかね。いやホント、必死に死亡フラグを回避しよーとしてる俺にはマジで致命的なんスよね、今のアンタみてーなリアクションって。――ホント、腸煮えくり返るほどに反吐が出るほどにムカつくわ』

 

 っつーわけでさー、とゴーグルの少年はイライラしたような声色で付け加え、

 

『――瓦礫と共に死ねよ、クソ野郎』

 

 ドガッ! とレイトの頭上にある天井が壊れないまま落下してきた。

 まるで箱を上から押し潰すかのように崩壊したビルが、レイトの命を刈り取るために襲い掛かる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「チッ……姿が見えねー敵を殺すぐれー、俺にだってできるんだっつーの……」

 

 綺麗に上から押し潰されたことで崩壊したビルを眺めながら、流砂は気怠そうに頭を掻いた。

 最初はレイト=ウェイトニーを生きたまま捕獲する気だったのだが、レイトが絶望に押し潰される様子をリアルタイムで聞かされたことで流砂は彼にしては珍しくブチギレてしまった。頭が沸騰したままビルに働いている圧力を一気に極限まで増加させ、ビルと人間による科学版ハンバーガーを作り上げてしまった。

 こんなつもりじゃなかったんだけど、と流砂は口を尖らせる。人を殺すつもりはなかったのに、怒りに身を任せてついやってしまった。人を殺す時は正常な判断ができなくなっている、とはよく言われているものだが、全くその通りだと思う。先ほどの流砂は、傍から見ても分かるほどに正常な判断ができていなかった。

 暗部としては満点合格な行為だったが、人としては零点不合格な行為だった。怒りに身を任せて人を殺すなんて、どう考えても間違っている。少なくとも、死なないために日々を生きている流砂がおいそれと実行して良いようなことではない。

 「あーくそ。もー後戻りできねーぞ、コンチクショウ」ドゴン! とアスファルトの地面を思い切り踏み抜き、流砂はガシガシガシ! と思い切り頭を掻いた。頭を覆うような形状のゴーグルが、かちゃかちゃと鳴った。

 直後、日が傾き始めた第十九学区に電話の着信音が響き渡った。

 ポケットから携帯電話を取り出して画面を見てみると、『麦野沈利』という名前が表示されていた。

 

「もしもし、草壁ッス。どーしたんスか? こんな時間に電話なんて珍しーッスね」

 

『今から第三学区のホテルで絹旗たちと鍋パーティやるんだが、草壁も参加する? 一応、お前の分も材料は買ってあるんだけど……』

 

「どーせ返答する前に強制参加なんスよね? だったら俺も行くッスよ。どーせ腹も減ってるし」

 

『分かっているようで何よりだわ。それじゃあ、六時までに第三学区の「セピア」っつーホテルの二〇三号室に来るように。一秒でも遅れたら今回の材料費全額支払ってもらうから、そのつもりで急ぎなさい』

 

「六時に第三学区って……あと五分しかないんスけど!? 第三学区内に居ても不可能じゃないッスかねぇ!?」

 

『ごちゃごちゃ言う前に急いだ急いだ。カウントダウンは既に始まっているぞー』

 

「あーもー! 相変わらず人使いが荒いっすねー!」

 

 頑張ってねー、というお気楽そうな言葉にビキリと青筋を浮かべながらも、流砂は第十九学区を駆け抜ける。今回の依頼の今後については問題ない。どうせスクールの下部組織が後片付けをするだろうし、そもそも流砂に言い渡された依頼内容は『迅雷部隊』の無力化だ。後始末までは依頼内容に含まれてはいない。

 走りながらゴーグルと腰の機械をリュックサックに詰め込むという高等技術を披露しながら、流砂は夕日に照らされた学園都市を駆けていく。

 暗く濁った闇の世界から逃げるように、流砂は全力で駆けていく――。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第七項 アイテム

 九月三十日。

 九月末日であるこの日は、学園都市の全学校が例外なく午前中授業となる。理由としてはあえて言うまでも無いほどに簡単で、新品の冬服を買ったり部屋の模様替えなどをする――いわゆる衣替えシーズンが明日に迫っているからだ。

 東京西部を切り開いて創られた学園都市には二百三十万人ほどの学生がいるが、それら全ての学生が一気に衣替えをするとなると服飾業界は十二月のお坊さん以上に大忙しだ。無論、この九月三十日が一番繁盛する日なので、服飾業界のお偉いさん方は学生たちの来訪を手薬煉引いて待っていたりするわけなのだが、ただ単純に新しい冬服が欲しいだけである学生たちはそんな思惑など知る由もない。

 だが、そもそも学校に通っていない不良学生にとってはあえて気にするようなことではない。

 例えば草壁流砂(くさかべりゅうさ)という少年がいる。前世の記憶を引き継いでいたり暗部に入れられてしまったり死亡フラグが乱立してしまったり、という超絶的な非日常を毎日のようにこなしている彼は、それが当たり前だと言わんばかりに学校をサボっている。ていうか、学園都市の上層部によって『留学扱い』にされている。書類の便利さを痛感できてしまう程の待遇と言えるだろう。

 さて、今は学生たちが午前授業を受けている真っ最中、つまりは完全無欠の午前中なのである。

 先にも名前が出てきた死亡フラグの権化ともいえる少年、草壁流砂は第二学区にある高級サロンの窓を開けてぼーっと外を眺めていた。地下に繁華街が存在していて他にも高級サロンやホテルなどというセレビリティ御用達の施設が所狭しと存在するこの第二学区は、まだ昼にもなっていないというのに凄く高級感漂う賑わいを見せている。お金があると反比例的に暇になっちまうんかなー、と流砂は欠伸交じりに思ってみる。

 黒髪と白髪が混在した無造作な髪に、気怠そうな目。黒い長袖シャツの上に襟とフードが同化したような黒白チェックの上着を重ね着していて、下にはダークブルーのジーンズと黒の運動靴を履いている。頭には土星の輪のような形状のゴーグルを装着していて、ゴーグルから伸びる無数のプラグは腰に装備されたゴツイ精密機械に一本残らず接続されている。

 草壁流砂は窓枠の上で腕を組み、秋に染まりつつある涼しくて緩い風を浴びつつ、ポツリと呟いた。

 

「はぁぁー……平和っていいなー」

 

 直後、流砂の背中は高級そうな革靴に凄まじい衝撃を与えられ、そのまま彼の身体は窓に向かって勢いよく叩きつけられた。

 グッシャァア! という破砕音が鳴り響く。

 流砂を蹴り飛ばしたのは、高級そうなジャケットに身を包んだホスト風チンピラな茶髪の少年。

 垣根帝督(かきねていとく)

 暗部組織『スクール』のリーダーで、学園都市第二位の超能力者こと『未元物質(ダークマター)』でもある少年だ。

 

「ぐバッ、げボッ……い、いきなり何すんスか垣根さーん!?」

 

 前と後ろを両手で抑えながら苦しそうに呻く流砂だったが、それに対して垣根は、整った顔を不愉快そうに歪ませ、

 

「テメェが幸せそうにしているのを見ると、なんか腹立つんだよな」

 

「超・理・不・尽! そんな曖昧な感性で自分の部下に攻撃加えるとかマジでどーかしてんじゃねーの!? 学園都市の第二位としてもっと心に余裕を持った方が絶対にイイと俺は思うッス!」

 

「あぁ? なんで俺がテメェなんかに気を使わなくちゃいけねえんだよ、面倒臭ぇ」

 

「俺が超能力者だったら絶対ボコッてんぞこのクソ生意気チンピラ野郎……ッ!」

 

 心の底から不思議だと言わんばかりの表情で肩を竦める垣根に、流砂の頭の中からビキィ! という変な音が響き渡る。

 今日は暗部としての仕事が入っていないせいか、アジトの中には流砂と垣根以外に人影はない。心理定規(メジャーハート)と呼ばれる少女は基本的に自由気ままな生活を送っているためか、連絡も何もなしに事実上の欠席という形をとっているようだった。というか、流砂だって好きで来たわけじゃない。

 最初は有意義な休みを過ごそうと思っていた流砂だったのだが、垣根から電話で『俺が暇だから、愉快な死体になりたくなかったら五分以内にアジトに来い。因みに遅れたら問答無用でぶっ殺すから』という事実上の死刑宣告を下されてしまったため、こうして男二人という悲しい時間を送っているという訳だ。

 だが、基本的に温厚な流砂でもそろそろ限界だ。何か喋れば蹴り倒され、何も喋らなかったら殴り飛ばされ……こんな理不尽な扱いを受けなければならないような空間は、今すぐにでも脱出するべきなのだ。いやホント、結構ガチで。

 そんなことを思いながら高級そうなソファに腰かけながら王者の風格を醸し出している垣根に流砂が怒りの視線を向けていると――

 

 ――アジト内に甲高い着信音が響き渡った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ファミレスには四人の少女がいた。

 出入り口から最も遠いために必然的にあまり客が立ち寄らなくなった店内の隅の席で、彼女たちは自由気ままに振舞っていた。

 例えば、肩の辺りまでの長さの金髪とすらりと長い脚が特徴の少女――フレンダ=セイヴェルンはというと。

 

「結局、サバの缶詰がこの世で一番美味しい食べ物だって訳よ!」

 

 ファミレスのメニューには絶対に書かれていないであろうサバの缶詰を幸せそうな顔で頬張りつつ、ギャーギャー騒いでいた。彼女がサバ缶関係で騒ぐのはいつも通りのことなのか、他の三人はノーリアクションを貫き通している。

 そして次に、ボブの茶髪とギリギリ下着を隠すほどの長さのふわっとしたニットのセーターが特徴の少女――絹旗最愛(きぬはたさいあい)はというと。

 

「全米がいろんな意味で泣いた超C級ウルトラ超問題作……なんかもう地雷の匂いが超ぷんぷんですが、これはいろんな意味で手に汗握りそうです……要チェック、と」

 

 テーブルを覆い尽くさんとばかりに拡げられた大量の映画パンフレットの中の一枚を手に取り、赤の油性マジックで巨大な『Check』という文字を書き殴っていた。これまたいつも通りの光景なのか、他の三人は完璧なノーリアクションを貫き通している。

 更に、ピンクのジャージと脱力したような表情が特徴の少女――滝壺理后(たきつぼりこう)はというと。

 

「……北北東から信号が来てる……」

 

 ぐでーっとテーブルの上にだらしなく両手を投げ出しながら、物凄く電波な感じの呟きを漏らしていた。これはいつも通りというかあまり気にすることではないと判断したのだろう。他の三人はチラッとだけ視線を向けた後、すぐに自分の趣味へと意識を没頭し始めた。

 そして最後に、秋物らしい明るい色の半袖コートとふわっとした感じの長い茶髪とすらりと長い手足が特徴の女――麦野沈利(むぎのしずり)はというと。

 

「うーん……『流砂』の奴、まだ来ないのかしら……」

 

 タッチパネル式の最新型の携帯電話をぼーっと眺めながら、五秒ぐらいの間隔で新着メールの受信作業を行っていた。麦野の行動は無視(シカト)することにはいかなかったのか、他の三人の少女はそれぞれの趣味を放り投げて麦野の顔をじーっと眺め出した。携帯電話に夢中な麦野は、彼女たちの視線に気づかない。

 

 

 ――彼女達は『アイテム』。

 

 

 学園都市の非公式組織で、統括理事会を含む『上層部』暴走の阻止を主な業務としている。たった四人という少ない面子だが、その少ない人数で科学サイドを左右させることができるほどの実力を持っている面子でもある。組織としての機密レベルは、垣根帝督が率いている『スクール』と同等の扱いとなっている。

 無音カメラで麦野を写真に収めた絹旗は凄まじい速度でカメラを懐にしまいつつ、

 

「また草壁をここに超呼んだんですか、麦野? この三日間で呼び出し回数まさかの二ケタ越えですよ? ヤクザの使いっパシリよりも超多い呼び出し回数だと思うんですけど」

 

「流砂は私の誘いを絶対に断らないから大丈夫なのよ。っつーか、そろそろそのカメラ寄越せ。消し炭に変えてあげるから」

 

「超嫌です。このカメラには私の汗と努力と根性が超こびりついているんですから」

 

「それに比例する形で私の写真も入ってんだよぉおおおおおおおおおッ! お前この一か月で私を何回写真に収めたか自分で分かってんのか!? 少なくとも百回は優に超えてんだよォォおおおおおおおおおおおおッ!」

 

「超・嫌・です!」

 

 ガチャガチャガッチャン! とテーブルの上で暴れまわる麦野と絹旗。学園都市第四位の超能力者と怪力の大能力者の地味にガチな取っ組み合いに、平和主義者なフレンダと滝壺は即座にテーブル下へと退避する。

 テーブルの上のパンフレットとか鮭弁とかサバ缶とか、とにかく様々なものを辺りにブチ撒けながら取っ組み合いを続ける『原子崩し(メルトダウナー)』と『窒素装甲(オフェンスアーマー)』に、実はもう入店していた欠陥品の大能力者――『接触加圧(クランクプレス)』の草壁流砂は凄く呆れたような表情を浮かべつつ、

 

「公共の場で恥とか体裁とか全てかなぐり捨てんのは、流石にどーかと思うんスけど……」

 

『…………う、うるせェェえええええええええええええええッ!』

 

 特に理由のない暴力が、流砂に襲い掛かる!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 能力を駆使して麦野と絹旗を抑え込んだ流砂は、乱れた呼吸を整えながらテーブルの上にぐでーっと項垂れていた。人よりも不安定な流砂の演算能力を安定させるための補助演算装置であるゴーグルを装着していなかったので能力の暴走が起きないか少し心配だったのだが、幸運にも彼は無事に能力を扱うことに成功した。いつも不幸だから今回ぐらい幸運なのは当然だ、と流砂は気怠そうに溜め息を吐きながら思ってみる。

 そんな感じでテーブルのひんやりとした感触を堪能している流砂のモノクロ頭に麦野はチョップを入れつつ、

 

「今日はこの後、私ら四人で地下街を回ろうと思っているんだけど、流砂はどうする? っつーか、どうしたい? まぁ、拒否権はないけど、どうしたい?」

 

「わざわざ三段階に分けて人を追い込む意味が分かんねーッスよ……っつーか、端から拒否権が無いことぐらい分かってたッスけどね。いつも例外なく俺には拒否権なんてもんは存在してねーッスし」

 

「最近の草壁、中年のサラリーマン以上に空気が超読めるようになってきましたよね。平和に適した、素晴らしい進化です」

 

「こんな進化が必要な生活って最早平和でもなんでもねーと思うんスけど!? っつーか絹旗、そのカメラは一体全体何用ッスか!? 完全無欠に俺に向けられてるッスよねぇ!?」

 

「麦野と草壁の写真だけが超詰まった私の宝物です。例え半殺しにされてもこれだけは絶対に渡しませんので、超悪しからず」

 

「別に胸張って言うことじゃねーッスよ、ソレ……」

 

 後生大事にカメラを抱きしめる絹旗に、流砂は苦笑を浮かべる。

 十月九日の死亡フラグを叩き折るためにデートして麦野をデレさせる! という目標を掲げてこれまでやって来たわけだが、その過程で何故か流砂は『アイテム』の四人と仲良くなってしまった。組織的には敵同士なので彼女たちと関わりを持つのはあまり良くないのだが、麦野をデレさせると誓った時点でこのルートを選択することはどうやら避けられなくなってしまっていたようで、こうして運命の日の約一週間前である九月三十日には一緒に飯を食うぐらいの新密度を構築してしまっていたというわけだ。『アイテム』と関わりを持つ男性は浜面だけでイイと思うんだけど……と流砂は心の中で涙を流す。

 話は変わるが、この後に予定されているらしい地下街探索は結局のところ途中で中断されることになる――ということを、流砂は実のところ知っている。前世の記憶を引き継いで生まれてきた彼はこの『九月三十日』に一体何が起きてしまうのかを世界で一番知っているし、その事態が絶対に避けることのできない史上最悪の『死亡フラグ』である――ということも流砂は重々承知している。

 だが、そんなことを知っていたところで彼にできることなんて何もない。せいぜい上条当麻の逃亡を助けたり『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の殲滅を手伝ったりという、言うところの雑用仕事をこなす程度が関の山だ。記憶だけ引き継いでいる流砂には、物事をひっくり返すほどのチートな能力なんて全く与えられていないのだから。

 故に、流砂は即決する。今後の展開と今後の自分のとるべき行動を頭の中で完璧にスケジュールとして組み立てた瞬間に、草壁流砂は即決する。

 さーそろそろ移動の準備始めるかー、と『アイテム』の四人が一斉に席を立ち始めるのを確認しながら――

 

(うん、難しーこと考えても混乱するだけだし、そーゆーことは全部原作の主人公に任せよー。……死にたくねーし)

 

 ――流砂は今日も相変わらず無責任なのだった。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第八項 九月三十日

 そんなこんなで第七学区なのである。

 

「うわぁー……相変わらずの人気っぷりッスね、この地下街……」

 

 学校から直接来たのだろうか、地下街にはちらほらと学校の制服を身に纏った少年少女たちの姿が確認できる。まぁ、流砂たちも未成年なので通常は彼らと同じ格好をしていなければならないのだが、色々と複雑な事情があるのでこうして絶賛私服着用中という訳だ。制服を着るのが面倒くさいとかこの服が落ち着くからとか、そういう不純な理由は毛頭ない。多分、おそらく、メイビー。

 「うへー……」と混雑している地下街をとても嫌そうな表情で眺める流砂の左手をしれっと握りつつ、第四位の『原子崩し(メルトダウナー)』は他の三人の顔を見ながら言い放つ。

 

「で、まずはどこから行く?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 やって来たのはゲームセンターだった。

 若者たちのたまり場として認知されて久しいその娯楽エリアには、これまた予想外なほどの学生たちがウロウロと歩き回っている。結構な人数なので使用済みではないゲームがほとんどない状態なのだが、流砂の周囲にいる少女四人はあまり気にしていない御様子だった。

 『おい、あのモノクロ頭見ろよ……』『ああ、スゲーな。アイツはスゲー』『『――俗にいう、ハーレム状態でいやがる……ッ!』』顔立ちだけで見るならば凄くレベルが高い少女四人を侍らせている流砂を見て、周囲の学生たちがひそひそと勝手な評価を付けている。麦野たち『アイテム』はどうやらその囁きが聞こえていないようで、辺りを見渡しながら使えそうなゲームを捜索している真っ最中だった。

 うるせーよ、と流砂は周囲の学生たちを睨みつける。こんな『触れるな危険! というか、見たら即座に退避せよ!』級の戦闘力を誇る少女四人のハーレムなんて、真っ平御免だと思う。この少女たちのハーレムは世紀末帝王HAMADURAだけが達成していればいい。自分は麦野さえデレさせればそれだけで満足なのだ。――いや、戦闘力は一番高いが。

 はぁぁー、と額を指で突きながら溜め息を吐く我らがゴーグルくン。そんな彼の背中には、相変わらずの黒いリュックサックが。このリュックサックの中では彼の死亡フラグの権化ともいえる二つの機械が息を潜めているのだが、『アイテム』の四人がその真相を知るのはまだ遠い先の未来となるだろう。少なくとも、流砂がミスを犯さない限りはこの秘密が外に漏れることはない。

 と、もう一回溜め息を吐いたところで、ぐいっと左手を引っ張られた。

 今更誰かを確認するまでもない。――麦野沈利(むぎのしずり)その人だ。

 

「ホッケーやりましょうよ、ホッケー。ペアは後で決めるとして、滝壺は審判を任せるよ。ま、どうせ私と流砂のペアになるんだろうけど」

 

「えぇー……この面子でホッケーとか、機械が破壊される未来しか思い浮かばねーんスけど……」

 

「ごちゃごちゃ言う前にさっさと来い!」

 

「ごちゃごちゃ言う前にさっさと引っ張られてるんスけど!?」

 

 麦野は流砂の腕を引っ張ってズルズルとホッケー台へと移動する。

 そのホッケー台の周囲は、ゲームセンターの混雑具合からは到底想像もできないほどに閑散としていた。どうせ麦野とか絹旗辺りが『にらみつける』で防御力を下げた後に『こわいかお』で素早さをガクッと下げ、トドメとばかりに『ほえる』でもお見舞いしたのだろう。相変わらずこの街は実力社会だよな、と流砂は追い出された学生たちにご冥福をお祈りする。

 さてさて、滝壺による厳正な阿弥陀くじによってホッケーのペアが決定されたわけなのだが――

 

 

 流砂&フレンダ。

 

 麦野&絹旗。

 

 

 あ、これもう死んだ? 

 顔面蒼白でマレットを握りしめる流砂とフレンダだったが、麦野と絹旗はきゃいきゃいと楽しそうに駄弁りながらホッケー台にコインを投入しているようで彼らの絶望っぷりには全く気付いていない。死亡フラグの権化である二人がペアとか明らかに神の悪戯としか思えないこの状況に、流砂は青褪める以上に大量の冷や汗を流し始める。

 カタカタと小刻みに震えながら目の前の鬼二人を茫然と見つめる死亡フラグ二人。目の錯覚だろうか、麦野と絹旗の目が獲物を狩る肉食獣のように変貌している気がする。いや、状況としてはもっと追い込まれた感が満載なのだが。

 そして流砂とフレンダが心の中で必死に遺書を書きとめる中――

 

「それじゃあ、試合開始」

 

 ――女神のあまりにも慈悲深い宣告が下された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ドゴン! という音がゲームセンターに響き渡る。

 大勢の学生たちが円を描いて集合しているゲームセンターの一角では、男一人と女三人によるホッケーの試合が行われていた。もう一人無気力そうな少女がいるが、彼女は立ち位置的に審判の様らしい。

 学生たちがやんややんやと盛り上がる中、ホッケー台ではあまりにも残虐な攻撃による一方的な蹂躙が行われていた。

 

「あははははっ! パリィ、パリィ、パリィってかぁ!? 防戦一方じゃ私達にゃ勝てねえぞ!」

 

「私たちの戦闘力を前に超手も足も出せないって感じみたいですね! そのまま無様に点数が入れられていく様を超茫然と見ているが良いです!」

 

 マレットで円盤を叩き、相手のゴールであるスリットに叩き込む。そんな単純な作業を行っているハズなのに、ホッケー台の上ではそこら辺の工事現場よりも圧倒的な轟音が響き渡っている。

 ドゴン! というのは麦野が円盤をゴールに叩き込んだ音で、ゴギメギャァ! というのは絹旗が円盤をゴールに叩き折んだ音だ。一体どういう力の入れ方をしたらそんな意味不明な轟音が鳴り響くのかは分からないが、とにかく彼女たちの攻撃はそれほどまでに激しく圧倒的なものだった。

 C級映画に出てくる怪獣のような顔をしながら攻戦一方な麦野&絹旗ペアに対し、フレンダ&流砂ペアがとっている行動は極めて単純なものだった。

 マレットによる防壁建築。

 つまるところの絶対防御なのだった。

 

「だ、駄目だ草壁! 結局、このままじゃ押し切られちゃうって訳よ!」

 

「泣き言言う前に耐えやがれ! この手を放した瞬間イコール俺たちの死亡なんスからね!?」

 

 ドガガガガガッ! と削岩機のような音と共に放たれる円盤に必死に耐えつつ、流砂とフレンダは涙目で必死の言い合いを開始する。既に彼らの握るマレットは所々にヒビが入っていて、防壁崩壊までそう時間はかからないように見える。というか、マレットを破壊する円盤って何だ。ダイヤモンドでも仕込まれてるのか。

 すると、麦野が放った円盤がポロッと流砂のマレットを台として流砂の後方へと飛んで行った。円盤はこの台に二つしかないので取りに行かなければならないのだが、流砂はそんなことを考えることもできなかった。

 理由は簡単。

 後ろにぶっ飛んだ円盤が、学生たちを薙ぎ倒していたからだ。

 

「いやいやいや、どんな威力ゥゥゥゥ!? すでに能力名『原子崩し(メルトダウナー)』じゃなくて『学生崩し(ドミノクラッシュ)』になっちゃってるんスけどォォォォ!?」

 

「そんなこと関係ねえ! 関係ねえんだよォおおおおおおおおおおッ!」

 

「駄目だ既に自分の世界にトリップしてる!」

 

 残り一つとなった円盤をレイプ目で勢いよく弾く麦のん。可愛らしいニックネームとは裏腹に放たれる攻撃は極悪非道そのものなのだが、弾くことだけに夢中になっている麦野はそんな些細なことには気づかない。

 このままじゃ確実に殺される。今まで必死に死亡フラグを叩き折ってきたというのに、まさかホッケーで死亡フラグが乱立することになるなんて露ほどにも思っていなかった。というか、ホッケーの死亡フラグって何? 円盤が体に当たったら死ぬって一体全体どういうこと? 学園都市って怖ろしい。

 この街の怖ろしさを改めて実感しつつ、流砂は必死にマレットを下に抑えつける。このマレットが消し飛ばされた瞬間、彼とフレンダの命も消し飛んでしまう。絶対に護らなければならない。絶対に負けられない戦いがココに在る!

 ぶっちゃけた話、勝敗で言うなら流砂チームが圧倒的に敗北しているわけなのだが、この勝負はそんな小さい次元で行われているものではない。――生きるか死ぬか――デッド・オア・アライブ――こんな感じで生死を賭けたサバイバル的な次元での勝負なのだ。勝負的には敗北だとか、そんなことは誰よりも分かっている。

 そんな圧倒的な蹂躙に流砂とフレンダがドバーッと涙を流す中、

 

「百六十二、対、二……」

 

 滝壺はあくまでも淡々と業務をこなすのだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局、流砂とフレンダは敗北した。

 試合の結果としては三百二十三対二という試合なのか練習なのかよく分からないほどの完敗だったわけだが、流砂たちとしては敗北以上に無事に生き残ることができたことが何よりも嬉しかった。いやホント、ホッケー中に死亡とか笑えない。

 ホッケーの後は『アイテム』の四人の意思を尊重してぐるぐるぐるぐると地下街を歩き回った。絹旗に映画に付き合わされ、滝壺に服屋に連れて行かれ、フレンダに鮮魚店へと連れて行かれたりもした。麦野は流砂の隣でいられるだけで満足なのか、終始彼の左手を握る以外に目立ったアクションはとってこなかった。手を握られる行為自体は流砂も恥ずかしかったのだが、麦野の嬉しそうな顔を見てしまったら何も言えなくなってしまっていた。

 この『麦のん攻略大作戦』を開始してからというもの、流砂の中にある麦野への想いはより強固でより確かなものへと変わっていっていた。最初は打算的な好意だったのに、今は彼女の顔を見ただけで胸の辺りがぽわぁっと暖かくなってしまったりする。これは本格的に惚れちまったんかなー、と流砂は照れくさそうに頭を掻く。

 

「はぁー……なんかそろそろ疲れてきちまったッスねー」

 

「ま、もう結構な時間だからね。どうする、そろそろ帰る?」

 

「そーッスねー……」

 

 流砂は麦野の右手を握り返しつつ、地下街の壁に取り付けてある時計に視線を向かわせる。――午後六時を優に超えていた。

 小学生とか中学生とかだったら、すぐに帰宅しなければ親に怒られてしまう時間だ。幼稚園生とか保育園児とかだったら尚のこと。流砂たちも「あー。そろそろ帰ろーかなー」ぐらいは思ってしまうほどの時間であった。

 だが、流砂が思っていたことはそんなちっぽけなことではなかった。門限とか完全帰宅時間とかそういう類の心配ではなく、もっとこう――命に関わる心配だった。

 流砂はもう一度時計を確認する。――時間は、変化していなかった。

 九月三十日。午後六時過ぎ。――そして、やけに外が静か。

 

(――ッ!? 忘れてた! そーだよこの時間は――ヴェントと木原数多が行動を開始する時間じゃねーか!)

 

 『神の右席』の一人である前方のヴェントという魔術師が、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を殺すためだけに遠路はるばる学園都市までやって来る時間。

 『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』を従えた木原数多が、『打ち止め(ラストオーダー)』を捉えるために一方通行(アクセラレータ)を殺そうと思い腰を上げる時間。

 失念していた。自分には全く関わりのないことだから、完全に失念していた。――このままじゃ、流砂たち五人は魔術と科学の騒動に巻き込まれてしまう。

 今すぐ逃げなくてはならない。敵を迎撃できるできないとかいう以前の問題で、流砂達はここから逃げなくてはならない。

 「と、とりあえず外に出よーぜ。地下街もそろそろ閉店の準備を始めたみたいッスからね」突然の提案に麦野たちはキョトン、と不思議そうに首を傾げていたが、流砂はぐいぐいと麦野の腕を引っ張っていたので大したリアクションを見せることも無く彼の思惑通りに地下街の外へと移動を始めた。大丈夫、ここまでは問題ない。

 とりあえずどこへ逃げようか。第七学区は直接の戦場になってしまうから論外として、一体どこへ向かえばいいのだろう。第三学区はここから凄く遠いし、そもそも彼らが避難できる場所なんてほとんどない。今はヴェントの『天罰』でほとんどの人間が戦闘不能に陥ってるだろうから、ホテルなんかも機能停止状態に追い込まれているハズなのだ。

 完全無欠に詰んでいる。――いや、この面子だったら詰まないのか。

 第四位の超能力者が一人と大能力者が三人。もう一人は爆発物の扱いに長けたプロの殺し屋だ。そこら辺の傭兵ぐらい、赤子の手を捻るように鎮圧できるに違いない。

 だが、神はあくまでも流砂に試練を与える。

 ゴトッ、という鈍い音の直後、流砂の腕が勢いよく下に引っ張られた。

 麦野沈利が、雨の中ぶっ倒れてしまったのだ。

 

「ま、さか……い、いやでも、ヴェントの姿はどこにもないハズ……」

 

 崩れ落ちた麦野を背負いながら、流砂は周囲を見渡す。黄色一色の装束が特徴の魔術師の姿はどこにも存在してはいなかった。――だったら何故、麦野は崩れ落ちてしまったのだろうか。

 考えるまでもなく、麦野が倒れた原因は『天罰術式』だ。何か攻撃を加えられたわけじゃないのに『あの』麦野が一瞬で気絶してしまったことを考慮すれば、それぐらいの判断は容易にできる。

 「超どうしたんですか!? 敵襲!?」「む、麦野!? 一体どうしたって訳!?」「むぎの、大丈夫っ?」自分たちのリーダーがいきなり気絶したことで戦闘準備に即座に移行する『アイテム』の構成員たち。流砂は彼女たちの迅速な行動に感心しながらも、麦野がどういう原理でヴェントの姿を見てしまったのかを必死に解明する作業を続行する。

 直後、流砂は発見した。

 夜の学園都市に佇む、巨大なモニターを。

 

「アレにヴェントの姿が映っちまってたってのか? ンで、今はテレビ局ごと停止しちまって放送停止状態っつーことか……ッ!」

 

 状況を即座に理解し、流砂は麦野を背負い直す。

 ヴェントの術式の正体を知っているせいか、流砂は何故か『天罰術式』の影響を受けていない。ヴェントという一人の魔術師の情報を得て敵意を持ってしまった瞬間にその人物を昏倒させる術式が、流砂には何故か通じていない。

 理由は分からないが、これはチャンスだと思った。絹旗たち三人を説得してこの場から避難すれば、ナニゴトも無くこの九月三十日を生き残ることができるはずだ。大丈夫、落ち着いて行動すれば大丈夫だ。

 だが、そんな彼の目論みは即座に崩壊することとなる。

 きっかけは、絹旗の一言だった。

 

「は、『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』が、何でこんなところに超いるんですか……ッ!?」

 

 彼女が驚愕を露わにしながら見ている先に、『彼ら』はいた。

 そして不幸なことに、『彼ら』はこちらを完全にロックオンしていた。

 九月三十日。

 直接的な脅威とは何のかかわりも無い五人の少年少女の戦いが、始まろうとしていた――。

 




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第九項 逃走手段

 考える間もなく逃走した。

 普通に戦えば負けることはないのだろうが、こちらは曲がりなりにも意識不明の重体である人間一人を抱えている状態だ。爆弾使いのフレンダと怪力の絹旗の二人だけで目の前の武装集団を殲滅できるかと言われれば、激しく首を傾げるしかないことは明白だった。あちらが素人ならまだしも、『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』は学園都市の暗部組織の一つにも数えられているプロの殺し屋集団だ。麦野を背負っている流砂のことを気にしながら絹旗たちが戦闘を行うには、あまりにも相手が悪すぎる。

 『猟犬部隊』の目的は打ち止め(ラストオーダー)の捕獲と一方通行(アクセラレータ)の無力化なのだが、自分たちの姿を見た者を生かして帰すような良心など微塵も持ち合わせてはいない。というか、リーダーである木原数多の命令で、目撃者は全て殺せと言われている。

 バババババ! と放たれるマシンガンの弾丸を回避しながら、流砂と『アイテム』は夜の学園都市を駆け抜ける。降りしきる雨のせいで足が滑って何度も転びそうになるが、根性で大地を踏みしめて前へ前へと足を動かしていく。

 

「麦野の様子は超どうですか、草壁!」

 

「駄目だ全く起きる気配がねーッス! っつーか、とにかくあの連中の目の届かねー場所に逃げねーと! ケガ人一人背負ってる状態じゃあまりにも分が悪すぎるッス!」

 

「そんなことは分かってるって訳よ! でも、そう遠くへはいけないよ!? 滝壺のスタミナの問題もあるし!」

 

「だ、大丈夫。はぁ……はぁ……わ、私は足手まといには、ならないから……」

 

 そうは言うけれども、滝壺の息は既に荒くなっていた。

 彼女の意思を尊重してもあげたいが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。なので、流砂は絹旗にアイコンタクトを送り、絹旗は小さく頷いて滝壺を一気に抱え上げた。

 これで逃走の速度は著しく上昇したが、引き換えに戦闘力がガクンと落ちたことになる。麦野を背負っている流砂と滝壺を抱えている絹旗が戦いに参加できない以上、フレンダ一人で後ろから迫りくる『猟犬部隊』を相手にしなければならないのだ。――だが、フレンダは苦しそうな表情すら浮かべない。

 

「結局、この中で一番役に立つのは私だけって訳よ!」

 

 ウインクをしながら後ろを勢いよく振り返り、いつの間にかスカートの中から取り出していた小型のミサイルを『猟犬部隊』に向かってぶっ放す。カクカクフワフワと不規則な軌道を描いて飛んで行ったその数本のミサイルは、耳を劈くほどの爆音と共に『猟犬部隊』を吹き飛ばした。

 「よっしゃーっ!」と飛び跳ねながら喜ぶフレンダの腹を左手で抱え上げ、流砂は歯を食いしばりながら前進する。人一人背負った挙句に人一人抱えているというこの状況、ハッキリ言って無謀すぎるにも程がある。

 なので流砂はフレンダを絹旗に投げ渡すことにした。

 

「絹旗、パス!」

 

「超了解しました!」

 

「ひ、人をボールみたいに扱うなぁああああああああああああああッ!」

 

 ギャァアアアア! と叫びながら宙を舞うフレンダを絹旗は見事キャッチし、おんぶの要領でフレンダを自分の肩の上に腰かけさせた。『窒素装甲(オフェンスアーマー)』の効果で重い物を持ち上げることができる、絹旗だけの芸当だ。流砂が今の彼女のような行動をした場合、首の骨が持っていかれているかもしれない。

 フレンダの功績により『猟犬部隊』の進行が止まったことに内心喜びつつ、流砂は隣を走る絹旗に大声で提案する。

 

「この先にあるボーリング場! そこにとりあえず避難した方が賢明ッス!」

 

「超異論はないです!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ボーリング場は静寂に包まれていた。

 従業員と客の全員がまるで眠りに就いたかのように昏倒していて、流砂たちが汗だくで入ってきてもリアクションを返せる状態の者は誰一人としていなかった。流砂たちは倒れ伏す人々を踏まないように気を付けながら、ボーリング場の三階へと移動した。

 三階はカラオケボックスになっていて、不幸なことにこのフロアも一階と同じような状態に陥っていた。全ての従業員と客が唐突に意識を失ったように崩れ落ちていて、カラオケボックス内にはイントロだけが寂しく響き渡っていた。

 その中でも比較的静かな個室へと移動し、流砂はソファの上に麦野を横たわらせる。

 

「とりあえずはここで作戦でも立てた方がイイッスね。麦野も起きる気配はねーし、俺たちも休憩をとる必要があるからな」

 

「私は別に疲れてはいないですけど……滝壺さんは仮眠でも超とったらどうですか? 今の内に休んでおいた方が、今後の行動にも移りやすいでしょう?」

 

「うん。きぬはたの言うとおりにするね」

 

「滝壺は仮眠でオーケーとして、フレンダはどーするッスか?」

 

「私も仮眠をとるって訳よ!」

 

「今すぐ眠れクソ野郎ッ!」

 

「ごゥフッ!」

 

 窒素パンチで意識を勢いよく刈り取られ、フレンダはソファの上へと崩れ落ちた。別に仮眠をとる予定だったから結果としては一緒なのだろうが、それにしても絹旗のフレンダに対する態度は酷すぎると思う。いや、これは彼女たちの問題なので流砂があれこれ言う必要はないのだが。

 滝壺とフレンダが穏やかな寝息を立て始めたところで、絹旗が真剣な表情で口を開いた。

 

「それで、超これからどうします? 私と草壁とフレンダの三人で戦わなければならないこの状況で、優先的にとるべき行動は一体何なのでしょうか?」

 

「戦うのは最終手段にしておいた方が賢明ッス。今はとにかく、騒ぎが収まるまで逃げ続けるのを最優先事項にしておこうッス」

 

「確かに、それが一番の安全策かもしれませんね。――それと、私にはその超気持ち悪い口調を使う必要はないんで、悪しからず。暗部同士なのですから、もっと近しい感じでいきましょうじゃないですか」

 

「――——、」

 

 サラッと零れた絹旗の言葉に、流砂の思考が一瞬だけ停止した。

 今この少女は流砂に、暗部同士と言わなかったか? 流砂は今まで一言も自分の正体について語っていないのに、この少女は流砂のことを『暗部』だと言わなかったか?

 だらだらと流砂の頬を大量の汗が伝う。それは緊張の汗であり、彼の心境をどんなものよりも顕著に表している汗でもあった。今まで隠し続けていた秘密をあっさりと暴かれたことに対する、恐怖でもあった。

 目を剥いて言葉を失っている流砂に、絹旗は肩を竦めながら言い放つ。

 

「麦野とフレンダは超気づいていないようですけど、少なくとも、私と滝壺さんは貴方の正体を超把握していますよ。暗部組織『スクール』の構成員で、主な仕事は情報収集。私たちと接触してきたのも情報収集のためなんでしょうが……いや、ためだった、と言うべきですかね。貴方の麦野への心酔っぷりを見ていると、どうやら私たちについての情報は超リークしていないようですし」

 

「ぇ、あ……」

 

「そんなに驚かないでくださいよ、草壁。麦野はあれでも私たちの超リーダーなんですよ? リーダーに直接関わりを持ち始めた怪しい男がいたら、その男について調査をするのが部下としての超当然の行為でしょう? まぁ、情報収集の甲斐あって、今のところ貴方は信用に値する人物だと分かったわけですけどね」

 

 驚きを通り越して逆に感心してしまっていた。

 流砂が所属している暗部組織『スクール』の情報は、学園都市に存在する機密の中でも、かなり高いランクの防壁が張られている最重要機密の一つに数えられている。当然だが、そこら辺にいるような一般人が調べられるほど軟なセキュリティではない。勿論、暗部組織の構成員だからと言って簡単に突破出来るようなものでもない。

 しかし、絹旗はどういう訳かそのセキュリティを見事突破し、『スクール』の情報を手に入れてしまった。予想もしていなかった突然の原作崩壊に、流砂はモヤモヤとした気分になってしまう。

 『スクール』の情報を手に入れたということは、垣根帝督や心理定規などの情報も手に入れているということになる。今の時点でそんな情報を得ていたら、十月九日の暗部抗争に大きな湾曲が生じてしまうことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 だが、流砂の心配をよそに絹旗は肩を竦め、

 

「というか、『スクール』の中でも貴方の情報だけはセキュリティが超甘かったんですよね。プロのハッカーを雇って調べてもらったわけですが、そのセキュリティの差のせいで貴方以外の情報は全く明らかにならなかった……って、何で目元抑えて超蹲ってるんですか?」

 

「いや、うん。ちょっと悲しくなっただけだからほっといてくれ……」

 

 『スクール』の情報の中でも一番セキュリティが甘いって、俺はあの面子の中で一番弱者だと思われているんだろーか。いや、あのスナイパーよりは強いと思ってたんだけど。

 今までの思考時間を返してほしい、と半ば本気で思ってしまうほどに衝撃的な一言だった。いくら死ぬことが決められているからと言っても、流石にその扱いはあんまりではなかろうか。今の今まで焦っていた自分がバカみたいじゃないか。

 つまるところ、流砂はギリギリなところで助かったという訳だ。垣根の情報はバレてはいないし、他の構成員の情報についてもハッキングはされていない。未だに自分の扱いの酷さに疑問が浮上しまくりなのだが、今はとりあえず保留しておこう。バレてしまったことを今さら悔やんでも意味なんてないのだから。

 「はぁぁー……ま、別にいーや。とりあえず今ントコは共同戦線だな」「今のところは、ですけどね」互いに肩を竦めた二人は、不敵な笑みを浮かべると共に固い握手を交わした。……まぁ、絹旗の本気の握力を流砂が能力で弱めているというミニバトルが開催されてしまっているのだが、それについてはあえて言及する必要はあるまい。

 ニコニコ笑顔で手を離し、二人は作戦会議を再開する。

 

「『猟犬部隊』は標的の息の根を止めるまで超しつこく追ってくる名前通りの猟犬です。今はこんなカラオケボックスで超隠れてる私達ですけど、奴らに場所を特定されるまでそう時間は残されていないでしょう」

 

「しかも、こっちは非戦闘員が一人と戦闘不能が一人っつー状態だ。滝壺と麦野を護りながら『猟犬部隊』を相手取るのなんて、流石に無謀だと俺は思う。だからさっきも言ったとーり、騒動が静まるまで一目散に逃げ続ける方が一番だと思う訳なんだが……」

 

「――残り時間が不明、ってところが超問題ですね。今のところ行動が可能なのは私とフレンダと草壁の三人なわけですが、流石に何時間も超走り続けられるほどのスタミナは持っていない。そこら辺に停車している車を使えばまだ超大丈夫なんでしょうが、私達の中で車を運転できる者は一人もいないですからね……」

 

 はぁぁ、と顔に手を当てて絹旗は深い溜め息を吐く。

 しかし、そんな絹旗に流砂はキョトンとした表情を向けつつ、

 

「俺、車の免許持ってんぞ?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえず五人乗り以上の大きさの車を探す必要がある。

 寝ていたフレンダを叩き起こして麦野と滝壺の護衛としてカラオケボックスに残らせた絹旗と流砂は、店内から外に出て目的の車を捜索している真っ最中だった。夜の闇と雨のせいで視界がかなり悪いが、それでも彼らは車を絶対に見つけなくてはならない。逃げるために、生き残るために――。

 そんなわけで立体駐車場まで移動した流砂と絹旗は、

 

「窒素パーンチ」

 

「からの圧力抑制ぃー」

 

 キャンピングカーの扉を盛大に破壊していた。

 緊張感の欠片も無い一言と共に破壊される鉄製の扉。絹旗の『窒素装甲』による攻撃によって扉の接合部分ごと剥ぎ取られてしまったキャンピングカーは、なんかもう悲惨な状態になってしまっていた。一応は破壊の箇所を狭めるために流砂が能力で絹旗のパンチで発生する圧力を抑制したのだが、それでもキャンピングカーの扉周辺の破壊を防ぐことはできなかった。

 車が手に入ったところで流砂は運転席に座っていた中年男性を外へと運び出し、

 

「ンじゃ、俺は今から車のエンジン蒸かしとくから、お前は他の三人をここまで連れてきてくれ」

 

「超了解しました。……勝手に逃げたらブチコロシ確定ですからね?」

 

「わぁーってるっての」

 

 トタタタッと店内へと戻っていく絹旗の背中を見送り、流砂は運転席に乗り込んだ。

 先ほど追い出した運転手はプロレスが大好きなのだろう。運転席には大量のプロレスラーの写真が所狭しと張られていた。――ぶっちゃけ、吐き気が止まらなかった。

 風紀的側面と自分の我慢の限界によりプロレスラーの写真を剥ぎ取って窓から捨てる、という作業を五分ほど行ったところで、店の方から絹旗たちが走り寄って来た。あまり焦っていないところを見るに、『猟犬部隊』と鉢合わせするという最悪な状況は無事に回避することができたみたいだ。

 麦野をベッドに寝かせてベルトで固定し、滝壺とフレンダも椅子に座ってシートベルトで体を固定した。今の状況でシートベルトをするのは流石にどうかと思わないでもないが、絹旗が扉を破壊してしまっているので、こうでもしないと車の速度に負けて後ろに勢い良くぶっ飛んでしまうのだ。スタントマン顔負けのスタントアクションなんて、誰も好き好んでやろうとは思わない。

 無事に任務を終えた絹旗が助手席に腰を下ろしたところで、流砂はキャンピングカーを発進させた。何で高校生ぐらいの草壁が車を運転できるんだろう、という素朴な疑問を抱いてしまう絹旗だったが、とりあえず今は逃走手段がゲットできただけで満足なのであえて指摘はしなかった。必要なのはカードじゃなくて技術だ、という言葉が何故か頭に浮かんだし。

 周囲を警戒しながら立体駐車場の外に出る。外は相変わらず雨音以外に物音は存在せず、路上には大勢の人がぶっ倒れているという最悪な状態だった。ヴェントスゲー、と流砂は思わず口笛を吹く。

 だが、その感嘆の口笛は一瞬で遮られることとなる。

 その答えは簡単で――彼らの目の前に黒一色の装備が特徴の集団が現れたからだ。

 『猟犬部隊』。

 狙った獲物は絶対に逃がさないことで有名な暗部が、二度目の登場を為し得ていた。

 流砂と絹旗はひくひくっと頬を引き攣らせながら、

 

「超全速前進、頼んでもいいですか?」

 

「超了解!」

 

 ――アクセルを勢い良く踏み込んだ。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十項 天罰術式

 二話連続投稿です。



 流砂たちと『猟犬部隊』によるカーチェイスが始まった。

 再び現れた『猟犬部隊』に突撃する形で逃走路を無理やりこじ開けた流砂たちだったが、すぐに意識を切り替えた『猟犬部隊』に追尾されるという最悪な状況へとシフトすることになってしまった。後ろからついてきているのは、黒いワンボックスが四台ほど。大した待遇だな、と流砂はバックミラーを見ながら舌打ちする。

 

「フレンダ! 後ろのしつこい奴らを迎撃できるッスか!?」

 

「ちょうど扉が無くて風通しが良いから、絶好のミサイル日和って訳よ! はいっ、そぉーれっと!」

 

 スカートから五本ほどの小型ミサイルを取り出し、快活な掛け声とともにフレンダはそのミサイルを勢いよくぶっ放す。ミサイルは不規則な軌道でワンボックスに突っ込んでいったが、敵の見事なドライブテクニックで全弾回避されてしまった。

 「何やってんスかフレンダ!」「そ、そんなこと私に言われても!」「あーもうこんな状況で超言い争いなんてしないでください!」「大丈夫。こんな状況でも私はみんなを応援してる」『滝壺ちゃんマジ天使!』本当に今の状況が把握できているのか、流砂たち四人はあくまでもいつも通りのノリで騒ぎながら逃走を続行する。ベッドに寝かされている麦野が呆れ顔を浮かべているような気がするが、きっと気のせいだろう。彼女は今も夢の中に旅立っているハズだから、彼らの叫び声なんて聞こえるわけがない。

 直線の道路を五分ほど突き進んでいると、目の前に突然T字路が現れた。

 流砂はギリギリのところまで直進し続け、後ろにいるワンボックスが堪え切れずに左に曲がったところでハンドルを急速右回転。左側のボディをガードレールにぶつけながらも、ギリギリのところで右折することに成功した。

 だが、あまりにも突然のカーブだったので、車内後方から苦情の声が響いてきた。

 

「カーブするならするって言ってほしいって訳よ! シートベルトがお腹に食い込んで今朝のサバ缶が勢いよくぶちまけられるところだったんだけど!?」

 

「うるせーッスよフレンダ! だったらお前だけアイツラの進んだ方向にゴーイングするッスか!? 多分サバ缶以上に臓器とか一切合財ブチ撒けることになるッスよ!?」

 

「うっ……それは嫌だなぁ」

 

「だったらしばらく黙ってろ!」

 

 論破された挙句に叫び散らされたフレンダは、露骨に落ち込みながら椅子の上で体育座りを決行する。落ち込んだフレンダに滝壺が相変わらず慰めの言葉を送っていたが、流砂は少しの罪悪感を覚える程度ですぐさま視線を前方に戻した。言いすぎてしまったと謝罪する必要があるのだろうが、それについてはこの逃走劇を終えてからにした方がいいだろう。今はとにかく後ろの連中から逃げることが最優先事項だ。

 先ほどの急カーブが有効打だったのか、『猟犬部隊』のワンボックスとの距離は随分と拡がっていた。バズーカ砲ならともかくとして、マシンガン程度の銃だったら狙い撃ちは難しいぐらいの距離は空いているようだった。ざまーみろ、と流砂はバックミラーを見ながらほくそ笑む。

 助手席に座っている絹旗は窓から出して後ろに向けていた顔を車内へと引っ込めて溜め息を吐き、

 

「超しつこいですね、あの連中。なんか逃げるのも面倒臭くなってきちゃいました」

 

「それは激しく同感だが、こっちには遠距離攻撃ができる奴が一人しかいねーからな。せめて麦野が戦闘不能じゃなきゃ反撃出来たんだろーけど、今の俺たちじゃあのワンボックスを撃墜する事なんて不可能だし……」

 

「フレンダにもう一度頼んでみますか?」

 

「さっきミサイルぶっ放して盛大に外してたしなー……どーする? リベンジマッチってことでワンモアチャンス?」

 

「ま、どうせ打つ手も超無いですしね」

 

 そうと決まれば何とやら。絹旗はずいっと車内後方に向かって顔を出し、

 

「フレンダ。貴女にもう一度だけ活躍のチャンスを超あげましょう。草壁に良いところを見せる超チャンスです」

 

「な、何でそこで草壁の名前が出てくるの!? 意味分かんない!」

 

「貴女が草壁に抱いている気持ちに私達が気づいていないとでも思っていましたか? いやいや、麦野に超遠慮しているのかどうかは知りませんが、今ココでアピールしておけば草壁が麦野から貴女に鞍替えするかもですよ?」

 

「べ、別にそんなことどうでもいいって訳よ!」

 

 図星なのかただ照れているだけなのか、とにかくフレンダは顔を真っ赤にして体育座りを再開してしまった。膝と体の間に顔をすっぽりとはめ込んで、ヤドカリのように閉じこもってしまった。

 むぅ、と絹旗は眉間に皺を寄せながら思考する。一体どういう方法をとればフレンダが素直に動いてくれるかを、絹旗は割と真面目に思考する。――予想外にも、数秒で一つのアイディアが浮かんだ。

 絹旗は運転席に座っているモノクロ頭に最大限の色気を振りまきつつ、

 

「くっさっかべー。私の代わりにフレンダに頼んでくれると超嬉しいですぅ」

 

「何だそのキモイ要求方法は。言っとくが、俺はどこぞのスキルアウトと違って色仕掛けには騙されんから――」

 

「…………ちらっ」

 

 絹旗は頬を朱く染めながらセーターの裾を少しだけ捲り、健康的な太ももを露わにする。

 直後、流砂の鼻から赤くてどろっとしたものが流れ落ちてきた。

 絹旗は露骨に嫌そうな表情を浮かべながら、

 

「……うわー。女子の太もも見て鼻血とか、草壁超キモイです」

 

「ちっ、ちがっ! これはいろんな不幸が重なっちまって発生した悲劇なんだ! 俺にそんな疚しー気持ちなんて微塵も存在しねー!」

 

 絶対に興奮しないと確信していたのに体に裏切られてしまった流砂は愕然としつつ、懐から取り出したポケットティッシュを丸めて鼻の穴へと詰め込んだ。その流れるような作業に絹旗がドン引きしているのが横目で確認できていたが、流砂はあえてスルーした。これ以上自分のプライドを削るわけにはいかないのだ。

 「今の悲劇を麦野にばらされたくないのなら、今すぐフレンダに超要求してください。その間のハンドル操作は私に超お任せを」「はぁぁー……わぁーったよ」勝者気分の絹旗にニヤニヤしながら促され、流砂は車内後方へと顔を出す。

 

「フレンダ、一生のお願いッス。お前の全力で『猟犬部隊』を殲滅してくれ!」

 

「了解!」

 

 まさかの即答だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ばうーん! という爆発音が夜の学園都市に響き渡る。

 バックミラーには赤と黄色が混ざったような爆炎が映っていて、その爆炎の中では黒いワンボックスが二台程炎上している真っ最中だ。ワンボックスに乗っていた連中はギリギリのところで脱出に成功したようで、爆炎の近くで無線を取り合っている様子が確認できる。

 そんな中、フレンダ=セイヴェルンはご機嫌だった。

 

「にゃははははは! 結局、私にかかればこんなモンって訳よ! どう、草壁? これが私の全力って訳よォーッ!」

 

「あー……うん。さ、流石はフレンダッスね! 爆発物を使わせれば日本一、いや、世界一ッス!」

 

「にゃははははははは! そーれ、もういっぱぁーっつ!」

 

 流砂の賛美に気を良くしたのか、頬を朱く染めたフレンダは十本ほどのミサイルを、流砂たちに未だ追い縋ってきているワンボックスに向かって一斉に発射させた。ミサイルの性能はフレンダの気分にでも左右されるのだろうか。最初の挑戦の時みたいに回避されることはなく、数台のワンボックスのエンジン部分に全弾残らずに直撃した。――直後、耳を劈くほどの爆音が響き渡る。

 イった目でミサイルを両手で構えるフレンダに複雑な表情を浮かべつつ、絹旗は流砂の肩に優しく手を置き、

 

「……ちょっとやりすぎちゃったかなー? とは超思ってたりします」

 

「今更後悔すんだったら端からやらせんな! オイ見ろよアイツ、敵は全滅したのに未だレッツパーリィ状態なんスけど!?」

 

「いや、フレンダにはヤンデレの気質があるとは超常日頃から思ってはいましたが、まさかここまでとは……草壁が死ぬときは、麦野とフレンダに殺されるときでしょうね。どんまい」

 

「お前が原因の癖に他人事かいィィィィィ! 少しはフォローぐれーしてくれてもイイんじゃねーの!? このままじゃ死亡フラグが乱立しまくって早死にする勢いなんスけど!?」

 

「ま、別にいいんじゃないですか? 美少女二人に殺されるなら、あなたも超本望でしょう? 私の太ももで鼻血出すぐらいだし」

 

「だからアレは不可抗力だっつってんだろ!」

 

 一先ずの危険が去ったのが原因か、絹旗と流砂は子供のような言い合いを始めてしまった。フレンダは相変わらず「にゃはははははーッ!」と壊れたように笑っているので、前部座席のイチャイチャには全く気付いてはいない。彼女たちのストッパーである麦野は未だ気絶中だし、滝壺はこの騒音の中で穏やかな寝息を立てている始末。神経の図太さだけで言うならば、学園都市最強の面子だと言えるのかもしれない。

 「ハッ! とりあえず前見て運転してください。超エロ草壁」「だーかーらー!」何故か流砂を鼻で笑いながら人を小馬鹿にしたような態度を見せつける絹旗。直後に流砂の頭の中からビキィ! という何かが弾ける音が響き渡るが、彼女の指摘は凄く正しいので、流砂は額にビキリと青筋を浮かべながらフロントガラスの向こう側に視線を向かわせた。

 猟犬部隊に追い回され始めてから、既に二時間が経過している。――だが、未だに学園都市は妙な静寂に包まれている。

 そろそろか、と流砂は周囲に注意を廻らせる。アレイスターが『最終信号(ラストオーダー)』を使って『ヒューズ=カザキリ』を顕現させるまで、そう時間は残されていないはず。学園都市の夜空に青白い翼が現れた瞬間、この『九月三十日』の終わりがやっと見えてくる。無事に死亡フラグを叩き折れたみてーだな、と流砂は安堵の息を零した。

 絹旗が助手席の下でパタパタと足を振っているのを横目で見つつ、流砂は夜の学園都市にキャンピングカーを走らせる。

 

 

 だが、流砂は油断してしまっていた。

 

 

 彼の死亡フラグ建築力は常人よりもずば抜けて高く、それはこの平和なひと時においても例外ではない。

 だが、流砂はそんなことを忘れてしまうぐらいに油断してしまっていた。命の危険を脱したことで、流砂はこれ以上の死亡フラグなんて立たないだろうと高を括ってしまっていた。

 しかし、『ソレ』は突然現れた。

 最初に気づいたのは、助手席にいる絹旗だった。

 

「ん? なんですかね、あの人。全身黄色で超気味が悪――ッ!?」

 

「――――、絹、旗?」

 

 ゴトッという鈍い音と共に、絹旗最愛が唐突に意識を失った。先ほどまでギャーギャー騒いでいたはずの絹旗が、糸の切れた人形のようにガクンと崩れ落ちてしまっていた。

 嫌な予感がする。そう思った直後、車内後方から二人分の呻き声が上がった。見らずとも分かる。――フレンダと滝壺の頭が、何故かバックミラーに映り込んでいた。

 ヤバイ。これは流石にヤバイ。何らかの攻撃を受けたわけでもないのに意識を失ってしまった少女三人に驚愕しつつ、流砂はブレーキを踏む。キキキーッという小気味良い音を奏で、キャンピングカーが停止した。

 流砂は震える体に鞭を打ち、フロントガラスの向こう側――百メートルほど先の道路を見つめる。

 そこには、異様な出で立ちの女が立っていた。

 服装はワンピースの原型となったカートルという女性衣類で、腰には細い皮のベルトが装着されている。手首から二の腕にかけてスリーヴと呼ばれる着脱可能の袖が付けられていて、頭は一枚布ですっぽりと覆われている。全体的な格好は十五世紀前後のフランス市民のものなのだが、全ての服が黄色で統一されているせいで原型の面影などどこにも存在しちゃいなかった。

 だが、その異様な服装なんかよりも目立つ特徴がその女には存在した。――顔中につけられたピアスが、どんなものよりも流砂の目を惹いた。

 顔面に無数の風穴を開けた、黄色い装束を身に纏った女。

 前方のヴェント。

 『幻想殺し』を殺すためにローマから学園都市にやって来た魔術師が、流砂の目の前でニタァと不気味に笑っていた。

 

 

 直後、流砂の肺の中の酸素が消失した。

 

 

 「が、ァ……ぐごォッ……――、」呼吸が出来ない、と焦る暇も無かった。その黄色い女を直視した瞬間、まるで肺を切り落とされてしまったかのように呼吸困難に陥ってしまっていた。

 『天罰術式』

 ヴェントに敵意を向けた者を無差別に昏倒させる、殲滅型の魔術だ。絹旗たちが気絶したのはこの魔術が原因で、流砂がダウンしてしまったのもこの魔術が原因だ。

 だが、と流砂は薄れゆく意識の中思う。最初からヴェントのことを知っていた流砂は、何故か『天罰』で昏倒しなかった。その経験から、流砂は自分が『天罰』が効かない人間なんだと思い込んでしまっていた。

 しかし、流砂は瞬時に悟る。あの時『天罰』の影響から逃れることができた理由を、流砂は瞬時に悟る。――敵意を、向けていなかったからだ――と。

 『天罰』に少しの憧れを抱いてしまっていた流砂は、敵意どころか尊敬の念を向けていた。――故に、『天罰』の影響を受けていなかった。紙一重だな、と流砂は闇の中に意識を沈めながら思ってみる。

 つまるところ、流砂は現実を甘く見ていたのだ。今まで全てが上手くいっていたからこそ、こうして全てのことに油断してしまっていた。もっと注意していれば回避できたはずの危険を、油断していたから回避することができなかった。

 今更後悔しても遅すぎる。――いや、今回の経験を糧にしなければならない。

 そしてついに、ガクン、と流砂の意識が完全に途切れてしまった。静寂に包まれた学園都市のとある路上で、五人の少年少女は抵抗することもできずに昏倒してしまった。

 運転席の流砂が気絶したのを確認し、前方のヴェントは移動を開始する。目指すところはただ一つ――『幻想殺し』のいるところだ。

 ようやく現実の厳しさを知った少年は、後悔と共に闇の中へと落ちていく。

 今度こそ、全ての『死』を回避するために――。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十一項 十月九日

 十月九日。

 学園都市の独立記念日にて。

 アレか、と少年は呟いた。

 頭を覆う土星の輪のような金属製のゴーグルと、三百六十度に挿してあるプラグから伸びているケーブルの全てが腰の機械に接続されているのが特徴の、異様な出で立ちの少年だった。

 無造作な髪の色は黒と白のツートンカラーで、気怠そうながらも顔立ちは整っている。黒白チェックの襟とフードが同化したような上着の下には黒い長袖シャツを着ていて、下にはダークブルーのジーンズと黒の運動靴を穿いている。全体的に深い闇のような印象を与える少年だった。

 歩道橋の上に立っている少年は、あまり興味のなさそうな表情でもう一度呟きを漏らした。彼の視線の先では、警備員(アンチスキル)が使用しているのと同型の四角い護送車がこちらに向かって直進してきている。しかし、あの護送車は警備員のものではない。『グループ』と呼ばれる暗部組織の更に下部組織が使っている護送車だ。

 護送車が歩道橋のほぼ真下まで到達したところで、少年は歩道橋から飛び降りた。タイミングがベストだったのか、少年は一切無駄のない軌道を描いて護送車の屋根に着地した。能力で自分の身体が発生させる圧力を軽減させているためか、屋根には凹み一つできなかった。

 

「そーっれっと」

 

 真剣みのかけらも無い声と共に、少年は護送車の屋根にカードを通すように指をスッと移動させる。

 その途端に、護送車が真っ二つに引き千切られた。

 ゴギャギャギャ! という雑音を奏でながら、護送車の前半分だけがガードレールへと勢いよく突っ込んでいく。車のボディとガードレールが接触した直後、耳を劈くほどの爆音と共に黒い煙が上がった。

 少年は道路に置き去りにされた護送車の後ろ半分から道路へと飛び降り、スタッと華麗な着地を決める。ゴーグルと腰の機械の重さに慣れているのか、全くバランスを崩していなかった。

 はぁぁー、と溜め息を吐き、少年はゴーグルから伸びているプラグを指で弄りだす。――直後、護送車の後ろ半分からガサゴソという音が聞こえてきた。

 

「痛ぇ、くそ……」

 

 護送車の断面図から出てきたのは、大学生ぐらいの男だった。『人材派遣(マネジメント)』という通り名で呼ばれているその男は、手錠を掛けられた両手を揺すりながらアスファルトの上へと降り立った。捕獲される前に銃弾でも受けたのか、彼の腹部には赤い染みが浮き出てきている。

 車の近くに少年が立っているのを発見した人材派遣は、安堵の表情を浮かべると共に少年の方へと歩み寄ってきた。

 

「すまないな。ヘマしちまった」

 

「いや、こちらこそ」

 

 そんな短い会話だけで全ての意思疎通が完了したのか、人材派遣は少年に両手を差し出した。

 ん? と怪訝な表情を浮かべる少年に人材派遣は柔和な笑みを浮かべながら言う。

 

「悪いが、こいつも切ってくんないか。これじゃ手当もできないんだけど、カギを捜すのは手間だ。早くここから立ち去った方がいいだろうしな」

 

 へらへらと笑いながらそう言う人材派遣に、少年は感情が薄い目を向ける。その目は一体何を見ているのか、少なくとも、人材派遣の姿は映っていなかった。

 分かった、と少年は軽く頭を掻いて返答する。

 そして人材派遣の両手にスッと指を移動させ、

 

 

 直後、人材派遣の両手が叩き潰された。

 

 

「ア、あああああああああああああああああああああッ!?」

 

 人材派遣の両手にかかっている圧力を急激に上昇させ、トドメとばかりに外部からの衝撃を与えたのだ。――結果、人材派遣の両手は原形を留めないほどに潰れてしまうこととなった。

 分かりやすく例えるなら、水圧で潰される潜水艦のように――両手が叩き潰された。

 のた打ち回りながら激痛と驚愕に満ちた目で見上げてくる人材派遣に、少年は軽く溜め息を吐く。今の状況全てが面倒臭いとでも言いたげな表情で、少年は人材派遣に気怠そうな目を剥ける。

 そして少年は人材派遣の首元に指を移動させ、ろくに声色も変えないで一言だけ述べた。

 

「残念だ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 仕事を終えたゴーグルの少年は、寄り道をすることも無く『スクール』の隠れ家へと帰還した。そこでは、垣根帝督(かきねていとく)心理定規(メジャーハート)の二人が彼の帰りを待っていた。正体不明のスナイパーは相変わらず消息不明なのか、隠れ家の中にその存在は確認できなかった。

 「おぉ、やっと帰ってきやがったか草壁」「今までの中でも最短時間なんスけどねぇ」ひらひらと手を振りながらおちょくってくる垣根に苦笑を向けつつ、ゴーグルの少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)は自分が主に使用している黒のソファに腰を下ろした。ぼふぅ、という空気が抜ける音の直後、流砂の身体はソファに優しく受け止められた。

 ふぅぅ、と流砂が一息吐くのを確認したところで、垣根が真剣な表情で話を始めた。

 

「んじゃ、草壁も無事に戻ってきたことだし、そろそろ学園都市への反逆のお時間といこうぜ」

 

「反逆っつっても、俺はそんなに大した作戦を伝えられてないんスけど? 一体どーゆー感じで反逆するつもりなんスか?」

 

 プラグを弄りながらの流砂の質問に垣根は「あぁ?」と不機嫌そうな声を返すが、「ま、確かに作戦を知らねえんじゃ動きようがねえかもな」と小さく肩を竦める。

 垣根は「いいか?」とあえて前置きしながら、

 

「俺たち『スクール』がまず最初に狙うのは、第十八学区にある素粒子工学研究所だ。その研究所の中には『ピンセット』と呼ばれる学園都市の最先端技術が結集された、超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータが保管されている。――俺たちはこれから、その『ピンセット』を強奪するために行動するって訳だ」

 

「はぁ。……いや、どーせ直接の強奪は垣根さんがするんだろーから完全な理解は必要ないんだろーけど、その『ピンセット』がありゃー学園都市に反逆できるんスか?」

 

「百パーセントの確率じゃねえが、アレイスターの野郎に一泡吹かせるぐらいは可能なはずだ」

 

 不敵な笑みを浮かべる垣根に、流砂と心理定規は苦笑しながら肩を竦める。

 学園都市への反逆を決めてからというもの、大小様々な準備を行ってきた。必要な情報はハッキングや襲撃を駆使して集めたし、必要な武器は人材派遣を介して一際強力な物ばかりを収集してきた。今ここにはいないスナイパーもその武器の一つを所持している……らしい。全く顔すら見たことが無いから、流砂にはよく分からない。

 懐から一枚の紙――素粒子工学研究所の地図を取り出し、垣根は流砂と心理定規の二人を手招きして近寄らせる。

 

「『ピンセット』の捜索は主に心理定規が行ってくれ。草壁の役目は、俺たち『スクール』の邪魔をするためだけにわざわざやって来るであろう暗部共の殲滅だ。待機場所はあえて指示しねえ。お前のやりたい通りにやれ。――後、お前は接近戦闘が得意だが、どうしても近づけない場合はバズーカ砲でもマシンガンでもぶっ放してやれ。どうせこっちは反逆者の身だ、盛大なパーティといこうぜ」

 

「分かったわ」

 

「了解ッス」

 

「俺は草壁が取りこぼした敵をぶち殺す。っつか、草壁の戦闘に途中から割り込むかもしんねえから、そのつもりで頼むぜ。大丈夫、出来るだけ巻き添えにしないように気を付けてやるよ」

 

「そこは全力で頼むッスよマジで。垣根さんの攻撃の巻き添えで死亡とか、洒落になってねーッスからね」

 

 ひくひくと頬を引き攣らせながらの流砂の言葉に、垣根は大して興味もなさそうな表情で頷きを返す。本当に大丈夫なんだろーか、と流砂は胸の前で小さく十字を切った。

 「砂皿の野郎がしくじったおかげで研究所にはまだ大勢のバカ共がいるが、ま、別に気にする必要はねえだろ。逃げる奴は追わず、反抗する奴だけぶっ殺せ。最低でも、証拠を残さないようになんてことは意識するなよ」『了解』見取り図を畳んで懐にしまいながらの垣根の言葉に、流砂と心理定規は真剣な表情で頷きを返す。――そして、ほぼ同時のタイミングで彼ら三人は椅子から腰を上げた。

 流砂がゴーグルの調子を確かめるようにプラグを弄り、心理定規が弾を補充したレディース用の拳銃を太もものホルダーに挿入する。

 そして垣根がポケットに左手を入れたまま右手で隠れ家の扉を開け放ち、

 

「――ここからは俺たちの独壇場だ」

 

 『スクール』の反逆が始まった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ついにこの日が来ちまった、と流砂は溜め息を吐いた。

 十月九日。学園都市の独立記念日。――そして、『ゴーグルの少年』が『麦野沈利(むぎのしずり)』に無残な死体に変えられてしまう運命の日。

 この日を乗り越えるためだけに、今までいろんな準備を行ってきた。一つの死亡フラグを叩き折る為だけに、今までいろんな死亡フラグを乱立させては叩き折ってきた。――そして、九月三十日を境に流砂は一切の油断を捨てた。

 油断はミスを生んでしまう。自分の意識の外で発生したミスは、自分の命を脅かすほどの脅威になってしまう。命を脅かすということは、死亡フラグに屈してしまうということだ。

 だが、流砂は油断を捨てた。前方のヴェントの『天罰』に屈してしまったことがきっかけで、流砂は常日頃からありとあらゆるものに警戒するようになっていた。――『過剰』とも言えるぐらいに、流砂は用心深い人間となっていた。

 だが、それも今日までだ。今日という日を無事に生きて乗り切ることが出来れば、彼の死亡フラグ回避人生は終了する。長きに亘る戦いが遂に終了を迎えるのだ。

 

「出来るだけ戦闘は避けてーが、流石にそれは無理だろーな。……麦野と出会ったら全力で逃走する。それ以外に、この巨大な死亡フラグを回避する手立ては存在しねー」

 

 麦野沈利は学園都市の第四位の超能力者だ。神の気まぐれで彼女の能力が発動しなくなるという展開でも起きない限り、流砂が麦野に勝利することはない。

 ただでさえ麦野よりも下の強度の能力者なのに、流砂の演算能力は欠陥品だ。戦闘の最中に頭のゴーグルを壊されてしまった瞬間、彼の敗北は決定する。――いや、敗北は端から決められていることだ。流砂が出来ることと言えば、精々敗北しながら生きて戦闘から逃げ出すこと。それ以外に彼が生き延びる手段なんて存在しない。

 

「……チッ。マジで上手くやれんだろーな、俺……こんなところで失敗しちまったら、今までの努力が水の泡だぞ」

 

 研究所の固い壁を軽く殴り付け、流砂は吐き捨てるように舌打ちする。

 どのみち、流砂はやるしかないのだ。不可能だろうが可能だろうが、流砂は第四位の超能力者との戦闘で生き延びなければならないのだ。

 苛立ちを必死に抑えながら、流砂は懐から拳銃を取り出す。敵を発見した瞬間に迎撃できるように、流砂は慣れた手つきで安全装置を解除した。

 今頃研究所の奥の方では、心理定規が『ピンセット』を捜索しているのだろう。垣根の正確な場所は分からないが、彼も流砂と同じように『スクール』の敵を待ち受けているハズだ。実はその敵というのは『アイテム』という暗部組織なのだが、垣根はそのことを知らない。――いや、別に知る必要が無いのだ。学園都市の第二位の超能力者である垣根に敵う奴なんか、第一位の超能力者である一方通行(アクセラレータ)以外には存在しないのだから。

 

「願わくば、戦闘の途中で垣根さんが来て麦野を撃退してくれんのがベストだな。まぁ、それまで俺が生きてたらの話だけど」

 

 第四位は第二位には敵わない。

 超能力者の序列は工業的価値によるものだが、戦闘力の面においても第四位は第二位には敵わない。第四位の必死の攻撃を、第二位は赤子の手を捻るように消し飛ばしてしまえる。

 それほどまでに強大なチカラを持つ第二位が助っ人に来たら、流砂は絶対に生き残れる。それまで生きていられるかどうかが重要なのだが、流砂は自分の生存確率に何故か自信を持てていた。理由は分からないが、とにかく生きていられる気がするのだ。

 無事に生き延びて、今度こそ平和な日常を歩む。第三次世界大戦が終了した後の原作知識は頭の中には存在しないからこれから先に何が待ち受けているのかは予想すらできないが、とにかく今度こそは平和な日常を歩んでみせる。全ての戦いが終わったこの学園都市で、表の世界を胸張って歩けるぐらいの日常を手に入れるのだ。

 ギチッと拳銃のグリップを握り込む。――それに呼応するように、流砂の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 大丈夫、心配すんな、問題ねー。今までの努力を信じれば、絶対に生き残れる。勝つことではなく逃げることに全ての意識を注げば、原作通りの死を迎えることにはならないはずだ。

 死亡フラグを回避する。――それも、自分の全力を駆使して。

 ふぅ、と流砂は息を整える。

 直後、キュガッ! という轟音が研究所内に響き渡った。

 なにが起きたかなんて想像するまでも無い。『スクール』を殲滅するために、『アイテム』が武力行使に来たのだ。

 流砂はニィィと三日月のように口を裂けさせる。

 そして拳銃を胸の前で構えながら――

 

「さぁ、俺たちの戦争(デート)を始めよう」

 

 ――最後の戦いの幕を蹴り上げた。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十二項 素粒子工学研究所

 二話連続投稿です。



 超厄介ですね、と絹旗最愛(きぬはたさいあい)は呟いた。

 暗部組織『アイテム』の正規構成員である絹旗は、『スクール』の反逆を抑え込むためにこの素粒子工学研究所までやって来た。研究所内の捜索のため、彼女たち四人は三手に別れて作戦を開始した。麦野と滝壺の二人、フレンダ、そして絹旗の三チームだ。下っ端兼運転手である浜面仕上(はまづらしあげ)は研究所の外に待たせてある。いつでも移動できるようにという理由での待機命令だが、絹旗としてはこの戦いに浜面を巻き込むのは得策ではないと判断していた。無能力者である浜面じゃ、この局面を乗り越えることは不可能だと思ったからだ。

 

「あーもう、超予想通り反則的な能力ですね。反吐が出ます」

 

「そんなこと言うなよ、傷つくだろうが。っつか、俺の『未元物質(ダークマター)』を反則程度で言い表そうとしてる時点で、お前の底の浅さが露呈しちまってるよ」

 

 両手を握りしめながらの絹旗の言葉に、高級そうなジャケットを着た少年――垣根帝督(かきねていとく)は肩を竦めながら返答した。絹旗が自分の前に立ち塞がること自体が無謀なんだと言いたげな表情で、垣根は六枚の白い翼を背中に展開していた。

 天界から突き落とされた堕天使のような翼をここぞとばかりに見せつけてくる垣根に露骨に嫌そうな表情を向け、絹旗は吐き捨てるように言い放つ。

 

「メルヘンチック過ぎて超似合いませんね」

 

「心配するな。自覚はある」

 

 言葉と共に、二人はすぐに動いた。

 ダン! と床を勢いよく蹴って殴り掛かってくる絹旗を暴風で吹き飛ばし、壁に叩き付けられた絹旗に向かって垣根はおまけとばかりに六枚の翼を叩き込む。窒素の膜を身体全体に展開している絹旗は凄まじい防御力を持っているが、そんな小さな事実なんて垣根がわざわざ気にするようなことでもない。防御力が高いならそれを上回る攻撃力で叩きのめせばいい。幸運にも、垣根はそれを実現できるほどのチカラを持っている。

 翼の乱撃を二十秒ほど続けたところで、垣根は翼を自分の背中まで戻した。

 威力が高すぎる攻撃により発生した煙が晴れると、壁には人一人分ぐらいの大穴が空いていた。少なくとも、垣根の攻撃で空いた穴ではなかった。

 チッ、と垣根は吐き捨てるように舌打ちする。あの蹂躙劇の最中に逃げ出すなんて、意外と狡賢いんだな。自分から形だけでも逃走を成功させた大能力者に垣根は軽く口笛を吹いて称賛を向けつつ、

 

「わざわざ探すのも面倒臭ぇし、草壁の援護にでも行くとするかね」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 予想通りだな、と草壁流砂(くさかべりゅうさ)は呟いた。

 研究所の扉を吹き飛ばすような轟音の直後、流砂は研究所内でもかなりの広さを誇る部屋へと移動していた。そこには大小様々な実験器具が置いてあり、隠れるには打って付けの部屋だった。

 部屋に移動した後、流砂は人材派遣経由で手に入れたトラップを部屋の中に設置した。TNT爆弾、クレイモア、陶器爆弾……エトセトラエトセトラ。リュックサックに詰め込んであるだけのトラップを全て部屋の中に設置し、流砂は部屋の一番奥にあるカプセルの陰へと身を隠したのだ。

 全ては無事に生き残るために。第四位の麦野沈利が相手でも絶対に死ぬことが無いように、流砂は出来るだけの反抗処置を施した。

 そして身を隠すこと数分後、カツン、という甲高い靴音が部屋の中に響き渡った。

 (さーて。最初の襲撃者は一体誰でしょねー)予め安全装置を解除してある拳銃を構えつつ、流砂はカプセルの陰から顔だけを出して様子を窺った。

 そこ、には――

 

「はいはーい。ここに隠れてるのは分かってるからさっさと出てきてくれないかにゃーん?」

 

「人間一人分の情報を確認。――って、このAIM拡散力場のパターンは……」

 

 ――二人の襲撃者の姿があった。

 一人目は、無気力そうな顔つきとピンクのジャージが特徴の少女だった。滝壺理后(たきつぼりこう)という名を持つその少女は、怪訝な表情を浮かべながら何かの違和感に気づく直前という感じだった。過去に感じたことのあるAIM拡散力場――流砂の『接触加圧(クランクプレス)』の気配を察知する直前という感じだった。

 二人目は、ふわっとした長い茶髪と秋物の半袖コートが特徴の女だった。麦野沈利(むぎのしずり)という名を持つその女は、今の状況を楽しんでいるかのような笑みを浮かべていた。獲物を狩る楽しみを覚えた肉食獣のような、獰猛な目つきだった。

 『能力追跡(AIMストーカー)』と『原子崩し(メルトダウナー)』。

 第三位の『超電磁砲(レールガン)』がギリギリのところまで追い込まれてしまうほどの実力を誇る、暗部組織『アイテム』の最強コンビのご登場だった。――そして、ここからが本番なのだと流砂に最大級の緊張感を与えてくる最強の敵の登場だった。

 カツン、という靴音が部屋の中に響き渡る。

 反射的に、流砂は左手に持っていたボールペンの様な形状の機械の上にある赤いボタンを押し込んだ。

 

 

 直後、麦野と滝壺の周囲に設置されていたトラップが一気に作動する。

 

 

 キュガガガガガッ! と連続的な爆発が起こり、広い部屋の空間が赤と黄色の爆炎に包まれる。火薬の匂いが充満して鼻孔に不快感を与えているが、流砂は気にした様子も無くカプセルの陰に必死に体を縮込ませていた。彼が設置したトラップの作動が終了するまでの間、流砂は息を潜めて全てが終了する瞬間をただ沈黙と共に待ち続けた。

 そして数秒後、耳を劈くほどの爆音が止んだ。爆発によって発生した黒い煙が換気扇に向かって黙々と上がっていく様子を眺めながらも、流砂はカプセルの上から頭を出して麦野たちの様子を確認する。

 直後。

 

超能力者(レベル5)を嘗めてんじゃねえぞ、このクソ野郎がァアアアアアアアアアアアッ!」

 

 そんな叫びと共に、流砂の顔の十センチほど横を真っ白で不健康的な光線が突き抜けていった。光線はそのまま彼の後ろの壁を突き破り、どこか遠くへと消えていく。

 ドッと噴き出してくる汗を拭うこともせず、流砂は光線が飛んできた方向へと目を凝らす。

 そこには、傷一つ負っていない二人の襲撃者の姿があった。

 

(無傷!? 流石にあんなトラップで倒せるとは思ってなかったが、それでも無傷ってメチャクチャ過ぎんだろ! マジでバケモンみてーな能力だな、『原子崩し』!)

 

 目が合う前にカプセルの陰に再び身を隠した流砂は、服の袖で冷や汗を拭った。水分が付着した袖に、黒い染みが出来上がった。

 用意したトラップが全く役に立たなかったので、ここからは彼の能力頼りの戦闘を開始しなければならない。『触れた物体に働いている圧力を増減させる』という手品のような能力と拳銃だけで、第四位の超能力者を相手にしなければならない。

 だが、相手は昨日まで友好を持っていた少女たちだ。しかも麦野沈利に関して言えば、彼女は流砂の恋人のような存在だ。好意を向けられているのは確かであり、流砂も彼女に好意を抱いてしまっている。そんな女を相手に戦うなんて、普通ならあり得ない。

 流砂だって、麦野とは極力戦いたくはない。――だが、敵同士になってしまった以上、彼女と流砂は戦わなければならない。向こうは敵が流砂だとは気付いていないからまだ良いとしても、敵が自分の好きな人だと分かっている流砂にとってはかなり辛い戦いになってしまうのは明白だ。

 だけど、と流砂は奥歯を噛み締める。

 

(生き残るためにはやるしかねーんだ。別に殺さなきゃなんねーって訳じゃねーから、程々に戦ってここからトンズラすりゃノー問題。麦野は傷の一つや二つ負った程度でダウンするよーなタマじゃねーし、油断さえしなけりゃ大丈夫なハズ!)

 

 そう覚悟した瞬間、流砂は銃を構えてカプセルの陰から飛び出した。途端に先ほどまで居たカプセルに光線の雨が降り注ぐが、流砂はあえて無視して部屋に鎮座している別の遮蔽物へと姿を隠す。

 身体を半分ほど曝け出し、流砂は拳銃をぶっ放す。

 しかし、麦野は『原子崩し』でシールドを作り、銃弾を一発残らずガードした。

 

「そんな豆鉄砲程度でこの私が倒せるとでも思ってるのかにゃーん? そんなに自分の実力に自信があるってんなら、地獄の鬼にでも自慢してろってんだ!」

 

「ッ!?」

 

 機械の陰から飛び出したのは、ほぼ勘の領域だった。

 なにか強大な脅威が迫ってくる、という予感に従うがままに床を転がった流砂の背後で、ギュガッ! と機械が跡形も無く崩壊した。恐る恐る見てみると、機械には無数の風穴が空いていて、その機械の先の床にも同じような形状の穴が無数に存在していた。考えずとも分かる。これは『原子崩し』による弾幕の爪痕だ。

 勘に従っていなければ、流砂がああなっていた。体中に風穴を空けられ、無残なオブジェへと作り変えられていたところだ。間一髪だったな、と流砂は額に浮かぶ汗を拭う。

 流砂は次の攻撃を警戒して移動を開始しようとしたが、結果的にその行動を実行に移すことはできなかった。

 それどころではなかった。

 

「りゅう、さ……?」

 

 突然、後ろから聞こえてきた声。

 ッ、と息を呑みながら流砂が振り返ると、彼のすぐ背後に、驚きに満ちた目をしている麦野沈利が立っていた。彼女の後ろには脱力系の滝壺理后がこちらに視線を向けてきていて、妙に幻想的な印象を流砂に植え付けてきていた。

 だが、そんなことなどどうでもイイと言うかのように、流砂は目の前の麦野に顔を向けた。焦燥と絶望に染まったその顔を、驚愕と絶望に染まった麦野の顔へと振り向かせた。

 

「むぎ、の……」

 

「流砂お前、こんなところで何やってるのよ……今日は能力解析だから第七学区の研究所にいるって、言ってたじゃないの……」

 

「…………」

 

 悲痛そうな麦野の言葉に、流砂は沈黙を返す。

 

「なのに、何でお前が、ここにいるのよ……この研究所にいるのは『スクール』のクソ共だけのはずだろ? そうよ、お前がここに居るわけがないんだ……」

 

「…………」

 

 悲愴に満ちた麦野の言葉に、流砂は沈黙のみを返す。

 

「ま、さ、か……まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか……まさかお前、『スクール』の……」

 

「…………、ああ」

 

 驚愕に満ちた麦野の言葉に、流砂は引き攣った笑いを浮かべながら簡潔な言葉を返す。

 わなわなと震える麦野の目の前でゆっくりと立ち上がり、流砂は顔を片手で覆いながら麦野の豊満な胸の前に銃を突きつける。その動作には一切の迷いが無く、それが逆に麦野に更なる困惑を与えていた。

 突き付けられた拳銃の銃身を震える左手で掴む麦野に寂しそうに微笑みかけ、流砂は銃の引き金に指を添え――

 

「俺は『スクール』の正規構成員だ。今まで黙ってて悪かったな、麦野」

 

 ――パァン! という乾いた銃声だけが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流砂は拳銃を前へ突きつけたまま、しばし無言で立ち尽くしていた。

 目の前では、麦野沈利が呆然とした様子で立ち尽くしていた。

 火薬の炸裂するとき特有の、独特な匂いが鼻孔を刺激していた。

 そこに、鉄のような血の匂いが混ざっている。

 だが、その血は麦野のものではなかった。

 

 

 銃をぶっ放したはずの流砂の腹部に、風穴が空いていた。

 

 

「な、んで……?」

 

 わずかに、流砂の身体がよろめきを見せた。

 それでも流砂は根性だけで足を踏ん張り、床へ倒れ伏すことだけは避けた。両脚に力を入れたことで腹部の傷から多量の血が漏れ出てきたが、流砂は苦しそうな表情を浮かべるだけでその痛みをなんとか耐えきることに成功した。

 そんな流砂に冷たい視線を向けながら、麦野は無造作に手を横に振るった。その単調な攻撃を受けた流砂の身体が、勢いよく横へと飛んだ。ガゴン! という鈍い音が炸裂し、流砂の身体が研究所の壁へと叩き付けられた。

 ごぼっ、と口から血を吐く流砂を感情の込められていない視線で見下ろしながら、麦野は『右手』に持っていた拳銃を流砂に向かって突きつける。

 

「超能力者である私が銃を持っていないとでも思ったか。全てのアドリブに対処できねえと、暗部ではやっていけねえんだよ。――今のお前みたいな、狡賢い最低のクズ野郎を相手にするときとかなァ!」

 

「が、ァ……ァァアあああああああああああああああッ!」

 

 パンパン! という可愛いた音と共に放たれた銃弾が、流砂の左腕を貫通する。二の腕を綺麗に狙ったその銃弾は、ちょうど骨を回避するかのように正確な軌道を描きながら流砂の左腕を食い破った。

 獣のように呻きながら左腕を抑える流砂に、麦野は冷たい表情のまま銃を再び突きつける。

 

「お前はそう簡単には殺さない。私が納得いくまでお前に激痛を与え続けてやる」

 

「あ、はは……イイんスか、そんな甘くて。俺はアンタを騙してたんスよ……?」

 

 脂汗を流しながら軽口をたたく流砂に近づき、麦野は流砂の襟首を掴んで持ち上げる。左手一本で男一人を持ち上げるという荒業だったが、麦野は苦しそうな表情すら浮かべなかった。

 激痛に耐えながらもへらへらと笑う流砂の顔を麦野は真正面から見据え――

 

 

 ――自分の唇を流砂の唇に重ねた。

 

 

 驚愕に目を剥く流砂などお構いなしとでも言った風に、麦野は流砂の口内に舌を挿入する。歯を舐め舌を絡め内側の皮膚を蹂躙し、麦野は流砂の口内全てを支配していく。

 そして「ぷはっ」と唇を離し、

 

「お前がクズだと分かった今でも、どうやら私はお前のことを愛しているみたい。――だから、お前は私が殺してあげる。お前は私だけのものだ。お前が私を裏切るとしても、私は別に構わない。――だって、ここでお前を殺せば私の愛は偽りじゃなかったって証明できるんだからね」

 

 ゾクゥッ、と流砂の背中に嫌な寒気が走った。

 麦野は流砂を愛おしそうに抱きしめながら、流砂の首筋に舌を這わせる。

 

「私はお前を愛しているから、ここでお前を殺すんだ。大丈夫、全てが終わった時に葬儀でも何でもしてあげるよ。お前の死体と私だけの、二人きりの葬儀をね」

 

 認識が甘かった、と流砂は薄れゆく意識の中痛感する。

 麦野の行動は全て把握できていると思っていたのに、予想外すぎる行動で流砂は全ての作戦を食い破られてしまった。麦野は感情に身を任せるタイプだから大丈夫だ、と高を括ってしまっていた。

 油断をしていたつもりはない。ただ、相手が数倍上手だっただけ。――そして、麦野の流砂への愛が予想外に深かっただけ。

 ガキン、と流砂のこめかみに硬い物が押し当てられた。あえて確認するまでも無い。麦野が流砂の身体に風穴を空けた、無骨な拳銃だった。

 近くに立っている滝壺が困惑の表情を浮かべている様子を確認しながら、流砂は麦野の身体に体重を預ける。出血多量が原因で、もう体に力が入らない。こんなところで死んじまうのか、と流砂は静かに涙を流す。

 麦野はもう一度だけ流砂にキスをし、狂ったような笑みを浮かべる。

 

「怖がる必要はないわ、流砂。例えお前が死んでも、私が絶対にお前のことを覚えているから」

 

「は、は……そりゃ、どーも……」

 

「うん、ありがとう。――だから、もう死んでいいわよ、流砂」

 

 ガキッ、と銃口がこめかみに強い力で押しつけられる。

 全ての努力が水の泡となったことを悟った流砂は、抵抗することも無く静かに両目を閉じた。愛する人に殺されるなら悪くもねーのかな、なんて都合のいいことを思いながら、流砂は静かに両目を閉じた。

 

 

 だが、流砂の頭が弾け飛ぶことはなかった。

 

 

 代わりに、流砂を抱きしめていた麦野が人形のように吹き飛ばされた。

 支えが無くなったことで床へと崩れ落ちた流砂は、霞む視界の中、その攻撃の主を姿を確認する。

 学園都市の第二位の超能力者。

 この世界に存在しない物質を生成して操る能力である『未元物質(ダークマター)』をその身に宿す、垣根帝督(かきねていとく)だった。

 背中に六枚の白い翼を生やした垣根はカツンカツンと靴音を響かせながらこちらに歩み寄り、

 

「おい、草壁。『スクール』の反逆を祝うパーティ会場はここで間違いねえのか?」

 

 ――笑いながら、そう言った。

 




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 次回もお楽しみに!


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第十三項 絹旗最愛

 三話連続投稿です。



 気が付いた時には、目の前に知らない天井が拡がっていた。

 規則的な四角模様が特徴のその天井の色は、とても清潔的な白だった。瞬間、流砂はここが病院であると悟った。

 麦野に銃で撃たれた後から記憶が判然としないが、今の自分の状況から察するにどうやら誰かが病院に運んでくれたようだった。おそらく、援軍に来た垣根の根回しによるものだろう。ああ見えて、垣根は結構仲間思いな奴なのだ。

 身体全体から走る激痛に流砂は思わず顔を顰めるが、すぐにその苦しみは驚愕へと変わってしまう。

 理由は簡単。

 隣のベッドで横たわっている患者から話しかけられたからだ。

 

「こんなところで再会なんて、超奇遇ですね――草壁」

 

「ッ!? き、絹は……痛ぅッッッ!?」

 

「あんまり無理しない方がいいですよ。どうやらあなたの傷は、私なんかよりも超深いみたいですから」

 

 ぐぉぉぉぉ……ッ! とベッドの上で悶え苦しむ流砂に呆れ顔を向けつつ、絹旗最愛(きぬはたさいあい)はため息交じりに肩を竦める。

 全身包帯だらけという痛々しい状態の絹旗はベッドの上で上半身だけを起こし、

 

「十月九日の終わりぐらいに、あなたは私の隣に超運び込まれてきました。どうやら、この病室には暗部抗争でギリギリ生き残った私達二人だけが超運び込まれたみたいですね。おそらく、私たち以外は死んだか無事に生きているかの二択でしょう」

 

「そ、っか……っつーコトは、麦野はまだピンピンしてんのか?」

 

「さぁ? 浜面に敗北した後から超音信不通です。……それと、フレンダは麦野に殺されてしまったみたいです」

 

「…………そっか」

 

 重苦しい口調で告げられた現実に、流砂は簡潔な言葉だけを返して項垂れた。

 麦野沈利が浜面仕上に倒された。フレンダ=セイヴェルンが麦野沈利に殺された。――つまり、流砂は何も変えることができなかったという訳だ。

 正体不明の流砂に笑顔を向けてくれていた、金髪の少女の姿を思い出す。サバ缶が大好物で爆発物の扱いに長けていたフレンダの顔を、流砂はふと思い出す。

 

『結局、サバ缶が世界で一番美味しいって訳よ!』

 

『く、くくくく草壁!? にゃ、にゃにか私に用事でもあるの!?』

 

『にゃははははははッ! 結局、私が最強って訳よぉーっ!』

 

 いつも笑顔で毎日を全力で生きていて、感情の起伏が激しかったフレンダ。いつも何を考えているのかが周囲にバカなぐらいに知られてしまい、いろんなトラブルに巻き込まれていた印象がある。

 そんな純粋で活発な少女が、流砂の好きな人に殺された。予め分かっていた結末だが、それでも流砂は悲しかった。決められた通りに麦野がフレンダを殺してしまったことが――フレンダを助けられなかった自分が、どうしようもないくらいに悲しかった。

 ぽたっ、と彼の頬を伝って涙がベッドに零れ落ちる。涙が出始めたことで胸の辺りが熱くなり、流砂は嗚咽を零しながら泣き始めてしまった。

 子供のように泣きじゃくる流砂に気の毒そうな視線を向けつつ、絹旗はベッドから飛び降りた。

 そして流砂のベッドの傍の丸椅子に腰を下ろし、流砂の右手を優しく両手で包み込んだ。

 

「確かに、草壁は麦野を騙していました。それが原因で麦野が暴走してしまい、結果的にはこんな悲劇を生んでしまったことは超事実です」

 

 ですが、と絹旗はあえて付け加え、目を潤ませながら流砂に微笑みを向ける。

 

「あなたは誰よりも超頑張ったじゃあないですか。あなたの努力の方向が何に向けられていたのかは私は超知りませんが、それでもあなたが頑張る姿を私は今まで超見てきたつもりです。そんな私が草壁に超励ましの言葉を与えてあげましょう。――生き残っててくれて嬉しいです、くさかべぇ!」

 

 ぼふっ、と絹旗は流砂の身体にかけてある布団に勢いよく倒れ込む。布団を噛み締めて必死に嗚咽を抑え込んでいる絹旗に困惑したような表情を向けつつも、流砂は右手で絹旗の頭を優しく撫でた。母親が子供を慰める時のような強さで、流砂は絹旗の頭を撫でていく。

 直後、カチャッと病室の扉が開け放たれた。

 反射的にそちらの方を見てみると、露骨な不良っぽい茶髪の少年と車椅子に腰かけた天然系の少女の二人が、笑顔を引き攣らせながらこちらの方を凝視していた。確か名前は、浜面と滝壺ではなかったか。

 バカップルの突然の登場に流砂の顔がひくっと強張る。凄くダメな感じの誤解を受けているような気がしてしまい、流砂の顔にびっしりと冷や汗が噴きだしてきた。

 そしてそのままの状態で硬直すること十秒後、

 

『……お疲れ様でしたー』

 

「待って待ってちょっと待ってこれはスゲー天の不幸かなんかの誤解なんだって!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流砂の必死の叫びによって引き止められた浜面仕上(はまづらしあげ)滝壺理后(たきつぼりこう)の二人は、絹旗と流砂のベッドの前にある広い空間に佇んでいた。滝壺は相変わらず車椅子の上でぼーっとした表情を浮かべていて、そんな滝壺の隣にある丸椅子に浜面は窮屈そうに腰を下ろしている。丸椅子のサイズが合っていないのか、浜面は三十秒おきに腰を上げては下げるという作業を繰り返していた。

 絹旗と共に頬を朱く染めている流砂は「ゴホン!」とわざとらしく咳き込み、

 

「え、えーっと……お前が浜面っつー元スキルアウトか? 俺は草壁流砂(くさかべりゅうさ)。『スクール』の元構成員で、今現在はこーして療養中の欠陥品な大能力者だ」

 

「話には聞いてるぜ。麦野と相思相愛で、怖ろしいほどに死亡フラグを乱立しまくる変人だってな」

 

「――、ッ! き、絹旗テメェ、ナニ意味不明な情報与えてんの!? ぶっ殺すぞこの野郎!」

 

「は? 別に嘘じゃないですし。草壁が超死亡フラグ野郎だってことは、『アイテム』の共通認識でもありますし。というか、麦野を好きになってる時点で死亡フラグの予感が超バリバリですよね。超死ねばいいのに」

 

「一回言葉吐きだすのに何回俺を罵倒すんだよお前! そんなに俺のコトが嫌いなんスか!?」

 

 バチバチバチィ! と火花を散らす二人の大能力者に、浜面はやれやれと言った風に肩を竦める。滝壺はそんな二人の口喧嘩を優しい笑顔で見守っていた。相変わらず滝壺は女神だなぁ、と浜面は心の中で感激する。

 「まぁまぁ、そこら辺にしとけよ二人とも。いちゃつくのはまた今度の機会ってことで」『誰がいちゃついてるか!』お互いにケガを負っていることで取っ組み合いの喧嘩には進展しなかったことを幸運に思いつつ、浜面は二人の喧嘩を仲裁した。――直後、赤面状態の二人が投げた枕が浜面のアホ面に直撃する。

 何故か三竦みの関係になってしまったバカ三人に滝壺は聖母のような笑みを向け――

 

「そろそろ黙ろうよ、三人とも。さもないと……『コレ』、だよ?」

 

 ――病室に備え付けられていたテレビを両手で持ち上げた。

 『ッッツツツツツ!?』予想もしなかった伏兵の出現に、バカ三人の顔が真っ青に染まる。女神で天使で聖母だった滝壺が笑顔で振りかざしている最悪の鈍器を視界に収め、三人は風よりも速い速度で土下座を決行した。ケガが重いとか動けないとか、そんな小さなことなど関係なかった。ここで謝らなければ殺される。そんな寒気が三人の背中に襲い掛かっていた。

 『すんませんっしたぁーっ!』「うん、分かってくれたならいいんだ」恥も体裁も全て投げ捨てて全力の謝罪を実行に移した三人に微笑みを返し、滝壺はテレビを元の位置に戻した。よほど重たいものなのか、ゴトッという鈍い音が静かな病室に響き渡る。

 そんなわけで天然系な滝壺理后の新たな可能性に本気で恐怖しつつ、三人は安堵の息とともに胸を撫で下ろす。

 そして数秒後、絹旗が口を開いた。

 

「……で、みなさんはこれから超どうするんですか? 私はまだ暗部を続行しなくちゃならない感じですけど、浜面と滝壺さんは暗部からログアウトしてますし……」

 

「え? 俺のコトは完全無視か? なんでその二人にしか質問が向けられてねーの? なにこれイジメ? イジメなの? 草壁さんは年下の少女からイジメに遭ってるって訳なの?」

 

「草壁超うるさいです。というか死んでください」

 

「やっぱお前俺のコト嫌いだろ!」

 

 目を吊り上げて叫び散らす流砂を視界にすら収めることなく華麗にスルーし、絹旗は浜面の返答を待ち続ける。

 「うーん。そうだなぁ……」頭を軽く掻きながらしばしの間思考した浜面は滝壺の頭にぽすんと左手を置き、

 

「俺はとりあえず滝壺が回復するのを待つよ。『体晶』の後遺症がどれぐらいの期間で抜けるのかは分からねえけど、俺は滝壺が退院するまで滝壺の傍から極力離れないようにする。っつか、お前らの見舞いが済んだ後、滝壺をこの病室に移動できねえかって院長に頼みに行くつもりだったんだよ。一人で違う個室にいるより、お前ら二人と一緒の方が滝壺も安心するだろうしさ」

 

「はまづら……」

 

 恋する乙女の表情で浜面を見上げる滝壺さん。浜面も満更ではなさそうな表情を浮かべているし、なんだか二人の間だけ凄く桃色な幸せオーラが満ち溢れていた。バカップルが作り出すオーラとはここまでの威力なのか!? と流砂と絹旗は眩しい二人からふいっと目を逸らす。

 とりあえず二人の気の済むまで桃色オーラに浸らせたところで、絹旗は再び口を開いた。――先ほどとは違う、凄く嫌そうな表情で。

 

「……草壁はこの後、超どうするんですか? どうせ大幅予想できますけど、超仕方ないから聞いてあげます」

 

「お前マジで覚えとけよ。うーん、そーだなー……とりあえずケガが治ったら、お前らと一緒に行動するコトにする。『スクール』が壊滅しちまった俺には帰るトコなんてどこにもねーし、お前らと一緒に行動してた方が安全面的にも大丈夫そーだしな。――それに、男が二人いた方が浜面も少しは気が楽だろーし」

 

「草壁、お前……人のことを気遣える奴だったのか。衝撃的な事実が発覚したな」

 

「だから俺の評価はどこまで低いんだよお前たちの中で! 俺だって気遣いの心ぐれー持ち合わせてるっつーの! そして絹旗は俺の顔指差しながら爆笑してんじゃねーよ! お前ホント泣かせんぞ!?」

 

「草壁の超貧弱なテクじゃ一生かかっても無理ですよ。そうそう、草壁はこんな感じで超強がっていますけど、本当は今すぐにでも麦野に会いたくて仕方がないんです。麦野のバインバインな胸に顔を埋めて、今すぐにでも超号泣したい変態さんなんですよ」

 

『………………うわぁ』

 

「俺の尊厳とか突然出てきた暗い言葉とか完全無視だなお前ら!」

 

 それでも少しはそんな希望を抱いてしまっているため、流砂は絶叫しつつも頬を朱く染めてしまっていた。そんな流砂を見た絹旗が再び不機嫌になって罵倒を繰り返してしまうのだが、それはあえて触れるようなことでもないだろう。

 「イイ加減に真剣に話聞けっつーの!」がぁああああッ! と『アイテム』の三人に咆哮し、流砂は面倒くさそうに頭を掻きながら言葉を紡ぐ。

 

「麦野はまだ生きてんだ。浜面がどーゆー感じで麦野を倒したのかは知らねーけど、アイツは絶対に生きてる。確信はねーけど、俺は何故かそー思えてるんだ」

 

「……でも、今の麦野はお前が知ってるような麦野じゃねえぞ? 怒りに支配されたバケモノになっちまってる。そんな麦野に会って、アンタはそれでもアイツを好きでいられるのか?」

 

「…………そんなコト、分かんねーよ」

 

 ギュッと布団を握りしめ、流砂は項垂れる。

 流砂は顔を上げることもせず、震える声で言葉を続ける。

 

「分かんねーけど、俺は麦野に会いてーんだ。会わなくちゃなんねーんだ。アイツを壊しちまったのは、他の誰でもねー、俺自身なんだ。俺がもっとちゃんとしていれば、俺がもっと麦野を素直に好きになっていれば、こんなコトにはならなかったハズなんだ。あーくそ、そーだよ。俺が全部悪いんだ」

 

「草壁……」

 

「俺がこんなクズじゃなけりゃ、フレンダだって死なずに済んだかもしんねー。浜面だって、麦野と戦う必要なんて無かったかもしんねーんだ。なのに、なのに、俺がこんなクズなせーで、みんなが意味も無く傷ついちまった……ッ!」

 

 後悔なんて、しようと思えばいくらでも出来る。フレンダの死、麦野の豹変、浜面の死闘。全ての事件の原因が全て自分のせいだと思ってしまうと、頭の中が負の感情で埋め尽くされていく様な気分になってしまう。無駄な後悔だと分かってはいるのに、身体が後悔することをやめてくれない。

 頭を抱えて呪詛のようにぶつぶつと言葉を吐き出す流砂。目から大量の涙が零れ落ち、布団の上に黒い染みを作っていく。

 だが、流砂がそれ以降に布団を汚すことは出来なかった。

 理由は簡単。

 絹旗が流砂を思い切り殴り飛ばしたからだ。

 

「ごっ、がっ……ッッ!?」

 

「グチャグチャグチャグチャ超ふざけたこと言ってンじゃないですよ、このクソ草壁!」

 

 口調が一変して顔も怒りで歪んでいる絹旗は病室の壁まで飛んで行った流砂の襟首を掴み上げ、腹の底から声を荒げる。

 

「全部のことを自分のせェにして、後悔してそれで超満足ですか!? 現実を甘く見てンじゃねェよ、自分の価値を低く見てンじゃねェよ!」

 

「ッ……ンなコト言ったって、俺が原因なのは事実だろ!? 俺が原因で麦野がブチギレて、そっから全ての悲劇が起こっちまったんだろ!? だったら、考えるまでも無く全部俺が原因じゃねーか!」

 

「だとしても! あなたがこンなところで後悔することには超なンの意味もありませン! これからあなたがするべきコトは、後悔する事なンかじゃない。――歯ァ食い縛って立ち上がって、麦野に全力で謝罪するコトなンですよ!」

 

「――――ッ!?」

 

 泣いていた。流砂に感情をぶつけているその少女は、ぽろぽろと大粒の涙を流していた。

 自分のことを平気で罵倒してくるくせに、実は誰よりも自分のことを考えてくれていた。流砂のために涙を流してくれ、流砂の為に汚れ役を買って出てくれた。――そんな少女が、今目の前で立っている。

 分からされた。混乱していたせいで思うことすらできなかったことを、涙と共に分からされた。――自分が今やるべきことを、自覚させられた。

 ギリィッ、と流砂は奥歯を全力で噛み締める。

 そして絹旗の胸にコツン、と拳を突きつけ、流砂は不器用ながらに笑みを浮かべる。

 

「サンキューな、絹旗。おかげでウゼーぐらいに元気出たわ」

 

「お礼なんて超似合わないですよ、バカ草壁。殴られて頭の螺子でもぶっ飛んじゃったんじゃないですか?」

 

「バーカ死ね、違ぇーっつの。お前に喝入れられたから、素直にお礼言っただけじゃねーか。なのに罵倒されるとか、お前はホント俺のこと嫌いだよな」

 

「ええ、勿論です。私は草壁のことが超大嫌いですよ」

 

 そんな会話の後、二人は子供のような笑みを浮かべた。互いに互いの感情をぶつけ合った二人の大能力者は、涙を拭うこともせずにコツン、と拳をぶつけ合う。

 今後の予定は決まった。これからやらなければならないことも決まった。――後は、麦野と邂逅する日を待つだけだ。

 前世の記憶を引き継いでいる流砂は、このメンバーが麦野と再会する日を知っている。――十月十七日。何の変哲もない普通の日に、浜面仕上と滝壺理后が麦野の襲撃を受けるのだ。麦野に対して自分の全てをぶつけるのは、もうその日しかない。

 死を無事に乗り越えたことで大切なものを失ってしまった少年は、今度こそ全てを取り戻す覚悟を決める。死亡フラグなんていう茶番を全力で叩き折った少年は、次なるフラグを立てるために立ち上がる。

 そう、そのフラグとは――

 

(今度こそ麦野を救う。今までの打算的な好意じゃなくて、俺の本気の好意を武器に麦野を本気で救うんだ。なぁ麦野、――俺たちの戦争(デート)はこれからだろ?)

 

 ――恋愛フラグ。

 武器としては頼りないが、流砂には最早この武器しか残されていない。――だが、麦野に対して一番有効な武器と言える。

 覚悟は決めた。決意も済んだ。必要なのは――麦野の前に立ち塞がる勇気だ。

 草壁流砂は戦争を始める。心の底から愛した一人の女を救うため、草壁流砂は小規模な戦争を勃発させる。……だが、その戦争はまだまだ先のことであるようで。

 

「そういえば草壁。さっきしれっと私の胸触りましたよね殺します今ここで超殺します!」

 

「あががががががッ! い、今スゲーシリアスな空気だったのにーっ!?」

 

 ビキリと青筋を浮かべた絹旗の怪力が、覚悟を決めた流砂の身体に襲い掛かった。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十四項 十月十七日

 なんか暗部以外のキャラが全く出ていないことに気づいてしまった、今日この頃です(汗



 十月十七日。

 秋も深まり昼の気温も「ちょっと肌寒い……か?」ぐらいには低くなってきたそんな秋の日。午後六時過ぎ。

 第七学区にあるとある病院のとある病室に、一人の少年と一人の少女の姿があった。少年の方は左腕に包帯を巻いていて、少女の方はふかふかベッドで上半身だけを起こしているという状態だ。光景だけ見て判断するならば、少女のお見舞いのために少年がやって来たということになるだろう。

 だが、実のところ、少年は先日退院したばかりの元患者であり、この病室で待機しているのは少女の護衛をするためである。ベッドにいる少女の相棒は、どこかの売店で買い物でもしている頃だろう。毒舌貧乳怪力少女と共に。

 少年の名は草壁流砂(くさかべりゅうさ)

 黒髪と白髪が混在した特徴的な無造作な髪の少年で、上には黒い長袖シャツ、下はダークブルーのジーンズと黒い運動靴という格好だ。上着としていつも着ている黒白チェックの上着は、病室にある上着掛けに掛けられている。頭に装備されている土星の輪のような形状のゴーグルと、そのゴーグルから伸びている無数のケーブルが接続されている腰の機械が異様な存在感を放っているが、この二つを取り外すのはなるべく避けたい。この機械が無いと、流砂の能力は制御が難しくなってしまう。気怠そうな目つきに反して顔立ちは結構整っていて、なんだかすごく残念そうな印象を感じさせる少年だった。

 少女の名は滝壺理后(たきつぼりこう)

 肩の辺りで切り揃えられた黒髪の少女で、上にはピンクのジャージ、下はピンクのジャージという桃色一色の格好だ。ジャージ自体は部屋着としても寝間着としても機能しているのか、いつも外で着ているジャージを彼女はベッドの上でも着用していた。眠たそうな目が凄まじいほどの保護欲をそそるが、驚くなかれ、この少女はテレビを両手で持ち上げるほどの怪力を隠し持っているヤンデレ少女なのだ。世紀末帝王HAMADURAという少年が自分以外の女に鼻の下を伸ばしてしまったとき、彼女の本当の実力が解き放たれる。

 流砂は回転椅子の上でクルクルと回転しつつ、滝壺の眠たそうな顔を眺めながら、

 

「にしても、今日やっと退院できるみてーでよかったなー。これでまた浜面と一緒に居られるじゃないッスか」

 

「はまづらだけじゃない。くさかべときぬはたとも一緒に居られるよ」

 

「あははっ、こっちはからかったつもりなんスけどねぇ……こーもド直球で返されると、リアクションがとりにくいな……」

 

 照れくさそうに頭を掻く流砂に、滝壺は優しい微笑みを向ける。

 傍から見れば二人が恋人同士に見えるかもしれない。だが実際、流砂には心から愛情を向けているヤンデレ女がいるし、滝壺には心から大好きだと言える不良少年がいる。つまるところ、お互いに好きな人がいるので二人は恋人同士ではないということなのだ。

 そして流砂のこの口調。本当はもっと乱暴な口調が彼の本来の口調なのだが、隠蔽の為にこの後輩口調で喋り続けていたことの後遺症か、乱暴な口調と後輩口調が混在するという特徴的な口調を手に入れることとなってしまった。別に日常生活には何の影響もないが、チャラい後輩みたいでなんかやだなーと流砂は密かに思ったりしている。

 流砂はゴーグルをがしゃがしゃと鳴らし、

 

「にしても、浜面達はまだッスかねー。どーせ売店で見舞いの品でも選んでんだろーけど、約束の時間から既に十分も過ぎちまってるもんなー」

 

「はまづら達が遅刻するのはいつものこと。逆に考えてみると、それぐらいだらしない方がはまづら達にも愛着が持てるよ」

 

「ふーん……浜面ラブな滝壺さんは言うことが違うッスねーニヤニヤ。やっぱりその寛容な心は浜面への愛から来るんスかねーニマニマ」

 

「~~~~ッ!」

 

 ニヤニヤニマニマと人をおちょくる(オモシロイ)顔を浮かべる流砂の言葉に、滝壺は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。あ、意外とこの反応可愛い、と流砂の中で何かが目覚めそうになっていたが、その新たな境地が確かな形を持つまでには至らなかった。

 理由は簡単。

 流砂の背中にどこぞのバカが飛び蹴りをかましてきたからだ。

 

「窒素キーック」

 

「いッヅ……ぐぎゃめごぉ!?」

 

 ドゴンガシャングギィ! と愉快に床を転がる流砂は、壁にぶつかったところで停止した。頭のゴーグルのおかげで顔面強打という最悪の状況は避けたようだったが、それでも全身に鈍い痛みが走るぐらいにはダメージを負っているようだった。というか、まだ彼の左腕は完治していないので、痛みの大半は左腕から発生しているようだった。

 うるうると涙を浮かべ、流砂は自分を蹴り飛ばしたバカの姿を確認する。先ほどまで自分が座っていた椅子の傍に、華麗な着地を決めているクソ生意気な十二歳ぐらいの少女の姿があった。

 絹旗最愛(きぬはたさいあい)

 髪型は肩までかかるかかからないかぐらいの茶髪ボブで、格好はセーターのようなウール地の丈の短いワンピース。見ていて凄く危ういほどに太ももが露出しているが、先ほど流砂を蹴った時にはあの絶対領域の中が御開帳なさっていたはずだ。チッ、見逃しちまったか! と流砂は痛む左腕を抑えながらふらふらと立ち上がる。

 そんな絹旗の後ろには、如何にも不良そうな少年が花束を持って立っていた。

 浜面仕上(はまづらしあげ)

 茶色い髪の少年で、上にはフードがついた野暮ったいジャージ、下はジーンズという格好だ。不良の様な出で立ちながらにアホなチンピラみたいな顔つきをしているが、本当にアホなチンピラなのだから仕方がない。学園都市の第四位である麦野沈利(むぎのしずり)を単体で撃破したことがある、無能力者でアホなチンピラなのだから。

 浜面が花束を分解して花瓶にザクザクと移し替えているのを横目で見つつ、流砂は額にビキリと青筋を浮かべて絹旗に食って掛かる。

 

「お前いきなり何してくれてんだ! 俺も一応はまだケガ人なんスけど!?」

 

「あ、すいません、超どちら様でしょうか? というか、超バカなどちら様でしょうか?」

 

「俺は今すぐにでもお前を泣かせてーんだがイイよなっつーか泣かせる今すぐ泣かせてやらぁ!」

 

「草壁の超貧弱でお粗末なモノじゃ一生かかっても無理ですよ」

 

「……お前今俺の人生史上ワーストワンにダントツで輝けるぐらいに最低な台詞吐いてっからな。っつーか正直、お前みてーなクソ生意気なガキにゃ興味もねーから安心しとけ。やっぱ俺にゃ麦野しかいねーッスよ。あのスタイルの良さがまたなんとも……」

 

「……死ね超死ね超崩壊しろ超爆発しろというか超早く死んでくださいこの超草壁」

 

「驚愕の罵倒!」

 

 ギギギギ、と汚物でも見るような目で睨みつけてくる絹旗に流砂は底知れぬ恐怖を感じてしまう。微妙に拳の辺りに窒素を集中させているところが、彼女の怖ろしさを何倍にも膨れ上がらせている。

 相変わらず犬猿の仲な流砂と絹旗だったが、そんな二人などお構いなしといった感じで浜面が滝壺に話しかけた。

 

「身体の具合はどうだ? 顔色とか大分マシになってきてるみたいだけど……」

 

「放っておいても大丈夫みたい。今夜には出ていけるように、くさかべが準備をほぼ終わらせてくれているし」

 

「随分と早いな! 何でそういう大事なことを先に言わねえんだよ!」

 

「ごめんね。はまづら達が買ってきてくれた花とかお見舞いの品とかはちゃんと家に持って帰るから」

 

 心配そうな表情を浮かべる浜面に滝壺は優しく微笑みかける。

 そんな相変わらずラブラブな浜面と滝壺に二人の大能力者は互いの頬を抓り合いながら、

 

「……超見てくださいよ草壁。浜面がまた滝壺さんに超色目使ってます」

 

「……バカ面が俺たちの女神の笑顔を独り占めとか、最早処刑されても文句は言えねーぐれーの罪だよな」

 

『死ねばいいのに』

 

「実はお前ら超仲良しだろ! 何で打ち合わせも無くそこでピンポイントに言葉が合わせられるんだよ!」

 

『バカ面は今すぐ死ねばいいのに』

 

「誰がバカ面だゴルァ!」

 

 くそっ面白がってやがる! と浜面は心の中で舌打ちする。

 しばし頬を抓り合ったところでトドメとばかりに互いの腹にコブシを撃ち込んだ絹旗と流砂は、ケロッとした表情で浜面の近くに椅子を移動させて腰を下ろした。絹旗は『窒素装甲(オフェンスアーマー)』で流砂は『接触加圧(クランクプレス)』で防御したことが原因だと思われるが、「互いにダメージが無いなら喧嘩する意味ねえじゃん」という浜面の指摘はあまり適切ではないと言える。ダメージを負わないから喧嘩しているのだ、というのが二人の言い分なのだから。

 全員がやっと静かになったところで浜面が滝壺にお見舞いの品としてジグソーパズルを手渡すと、それを見た大能力者二人が再びグチグチと文句を言い始めた。

 

「チッ。バニースーツじゃねーのかよ。自分の本心に嘘つきやがって……」

 

「バニースーツじゃないまともな見舞いの品を上げる浜面って……超存在価値ありませんよね」

 

「俺は目を丸くして驚いているお前らを今すぐ泣かしてやりたいんだが良いか良いよな?」

 

「浜面の貧弱テクじゃ一生かかっても超無理ですよ。あ、因みに、私から滝壺さんへは超こんなもんを。じゃーん、ウサギの超ぬいぐるみでーす!」

 

 大声を上げながら絹旗が取り出した五十センチほどの大きさのぬいぐるみを見て、「うげっ」と流砂は露骨に嫌そうな声を上げた。

 全体的にファンシーでモコモコなのに、何故か口元からは人間の髪のような物体が伸びている。

 キモカワイイを通り越してキモ怖いの境地にまで達してしまっているそのぬいぐるみに流砂はちょっと心配だったのだが、当の滝壺はそのぬいぐるみに目をキラキラと輝かせながら、

 

「かわいい」

 

「女の美的感覚が全く理解できねーッス! こんな『え? 人食趣味?』っつーツッコミが万人から入れられちまうよーなウサギのドコがイイんスか!?」

 

「そ、そうだよな! 草壁もそう思うよな! 良かった、俺だけが別世界の住人になっちまったんじゃないかって絶望しちまうところだったぜ……」

 

「私は目を丸くして驚いているあなた達を超泣かせてやりたいんですけど構いませんよね良いですよねというか今すぐ超泣かす」

 

「浜面ガード」

 

「ちょっ、おまっ――どががががががががががっ!? 馬鹿やめっ、それ以上腕を捻ったら本当に折れちゃう!」

 

 目にも止まらぬ速さで裏切られた浜面は得体の知れないプロレス技で床に転がされつつ、超涙目で制止要求を開始する。そんな浜面に恍惚な表情を浮かべている絹旗に顔を引き攣らせながら、流砂はふと何かを思いついたようにウサギのぬいぐるみを手に取った。そのまま滝壺の後ろに移動すると、ちょうど彼女の頭にウサギの耳が重なる形でウサギのぬいぐるみを配置する。

 すると、無表情な滝壺がバニーガールになったような状態が完成するわけで。その状態を作り上げた流砂が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらトドメの一言を放った。

 

「じゃーん。当店自慢のウサギちゃんッスー。人寂しくて寂しーと路頭に迷って死んじゃうタイプの滝壺理后ちゃん。お前らがご指名のバニーちゃんはこの子でよろしーッスかー?」

 

 

 直後。

 迂闊にも、浜面仕上と絹旗最愛の鼻から何かドロッとしたものが流れ出てきた。

 

 

 思わず鼻を抑え、それが鼻水で無かったことに驚愕する浜面と絹旗。だが、実際はそれどころではない。

 『ッ!?』と二人して見ると、仕掛け人である草壁流砂とバーニーガール滝壺理后が見ただけで分かるほどに露骨にドン引きしている。

 

「いや、浜面はまだ分かんだけど、絹旗もかよ……お前の評価を改め直さなけりゃなんねーのかな、コレは……」

 

「ちっ違います! これは……そうっ、超浜面のバニー病が超感染しちゃっただけなんです! わ、私は超被害者だっ!」

 

「テメェなに人に責任押し付けてんだこの野郎! っつか、この鼻血は俺のせいじゃねえ! そ、そうっ、さっきの絹旗の攻撃が何らかの形で鼻にまで効いてきやがっただけなんだ! そうに違いないんだ! お、俺は別にバニーなんて……」

 

「……はーい、バニー滝壺ちゃんのご登場ッスよー」

 

『ぐぐぐっ……草壁テメェエエエエエエエエエエエエッ!』

 

 「はン! お前らが俺に勝とーなんて百万年早ぇーんスよ!」再び鼻を抑えて蹲る浜面と絹旗に、流砂は勝ち誇った笑みを向ける。いつも絹旗に良いようにあしらわれている流砂の、僅かばかりの反抗だった。

 必死に自分の責任を他人に押し付けようとしている浜面と絹旗の肩に、無表情癒し系女神の滝壺がそっと手を置いた。

 

「大丈夫だよ、二人とも。ここは病院だから、いくら鼻血が出たところでちゃんと治療してくれるからね」

 

「うぅ……こんな時にも俺を慰めてくれる滝壺はマジ天使だよ最高だよ!」

 

「なっ、なに言ってんですか超浜面! 滝壺さんの優しさはこの私にだけに超向けられてるんですよ!? 自意識過剰も大概にしてください!」

 

 小さな優しさを前に再び意味不明な戦いを始める二人だったが、そんな二人に滝壺はおろか流砂までもが同時のタイミングで口を開き、

 

『大丈夫。この病院は精神的なケアも行ってるから、いくらバニーで鼻血を出しても問題ないって』

 

 考えるまでも無く、二人の拳が流砂の顎にクリーンヒットした。

 




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 次回もお楽しみに!


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第十五項 襲撃者

 二話連続投稿です。



「……にしても、『先に第三学区の個室サロンへ超向かっててください』ってのも突然な話ッスよねー。まぁ、どーせまた何らかのトラブルに巻き込まれてんだろーけど」

 

「少し心配。やっぱり私たちもはまづら達の方に行った方がいいんじゃ……」

 

「浜面達が先に行ってろーっつってんスから、俺たちはその願いに従うだけだって。それに、浜面は滝壺をトラブルに巻き込みたくはねーって思ってると思うぞ? アイツの意志も少しは尊重してやれって」

 

「……そうだね」

 

 手をひらひらと振りながら笑いかける流砂に、滝壺は小さく頷き返す。

 浜面と絹旗が滝壺の退院祝いの準備の為に病室から出て行った後、流砂と絹旗は病室の片づけを開始した。五十センチぐらいの大きさのウサギのぬいぐるみやら大量の花やらを宅配サービスに預けたり、病室の床などを軽く清掃したりという感じの簡単な片付けを、二人掛かりで十分ほど行った。その間、滝壺が頭から水を被ってシャツが透けて下着が露わになるというハプニングが発生したのだが、流砂は「俺は見てねーッス!」と全力で被りを振ることで滝壺を何とか納得させていた。顔が真っ赤になってしまっている時点でその言葉が嘘だということが丸分かりなのだが、鈍感で天然な滝壺はその言葉を信じてしまった。おそらく相手が絹旗だったら、顔面に百連パンチ辺りでもぶち込まれているかもしれない。

 片付けが終わって病院の受付で退院の手続きを行っていたところ、滝壺の携帯電話に絹旗から『先に第三学区の個室サロンに超行っててください』という旨のメールが来て――今に至るという訳だ。

 ゴーグルと腰の機械が収納された黒いリュックサックを揺らしつつ、流砂は滝壺の肩にぽすんと片手を置く。

 

「っつーか、お前ってホントに浜面のことが好きなんだな。やっぱり命を助けられたからッスか?」

 

「ううん、それは理由の一端でしかないんだ。はまづらは私なんかの為にむぎのと戦ってくれた。超能力者を相手に、無能力者のはまづらが戦ってくれた。私はね、はまづらの一生懸命な姿が羨ましいって思っちゃったんだ」

 

「あー……なるほど。確かに、麦野と戦った浜面がお前にとって白馬の王子様的な存在になっちまうのはトーゼンだよなー。……うん、麦野を相手に……」

 

 『麦野』という名前を噛み締めながら徐々に顔に影を落としていく流砂。

 滝壺は慌てた様子で流砂の前に回り込み、

 

「ご、ごめんねくさかべ! 私ちょっと、くさかべのこと何も考えずに……」

 

「あーいや、別にそこは気にしなくてイイッスよ。麦野がお前にやろーとしてたコトが酷いコトだっつーコトは、俺も重々承知してっからな。お前が謝る必要はねーよ」

 

「で、でも。私はむぎのに酷いことを言っちゃって……」

 

「言葉の齟齬ってことで納得してくんねーか? 俺はお前らに酷いコトをしちまった麦野を庇うつもりはねーし、お前に謝罪を求めてる訳でもねーんスよ。それに、麦野が変わっちまったのは俺が原因なんス。アイツの罪は俺の罪なんだから、お前が麦野のコトでわざわざ気に病むよーなコトなんて、何一つないんスよ」

 

 あたふたとした動作と共に焦りを見せる滝壺に、流砂は子供のように明るい笑顔を浮かべる。

 麦野沈利(むぎのしずり)が豹変してしまった直接的な原因は、流砂の裏切りにある。純粋に流砂のことが好きだった麦野を流砂が騙し続けてしまっていたから、十月九日のような悲劇が巻き起こってしまったのだ。今更そのことを悔やんでも仕方のないことだとは分かっているが、それでもやっぱり後悔が消えることはない。

 だからこそ、流砂は麦野を救うと決めたのだ。後悔と懺悔の全てを償いとして実行するため、流砂は麦野を闇の中から掬い上げると誓ったのだ。――そして、今日がその償いを行う当日でもあることを、流砂はこの世界で一人だけ理解している。前世の記憶を引き継いでいて二十二巻までの原作知識を持っている流砂は、今宵十月十七日が麦野とケリをつけるチャンスなのだと知っている。

 そして、これから向かう第三学区の個室サロンに、元迎電部隊(スパークシグナル)の残党がテロ行為を行いに来るということも知っている。

 そんなわけなので、流砂は個室サロンが見えてきたところで滝壺の肩を掴んで九十度回転させつつ、

 

「個室サロンに行く前にちょろーっと買い物でもしてこーぜ。こっちも準備されてばっかじゃ罪悪感がすげーッスからね」

 

「??? うん、分かったよ」

 

 華麗なテクニックで死亡フラグを回避していく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あー、こちら草壁。現在第三学区のデパートで滝壺と買い物中ッス。なんかサロンでドンパチ始まったっぽいッスけど、俺たちは巻き込まれてねーんで安心してくれー」

 

『そ、そうか! 良かった、本当に良かった……ッ!』

 

 デパート内で買い物カートをガコガトと動かしつつ、流砂は携帯電話片手に緊張感の欠片もない声を漏らす。彼の傍では天然系少女の滝壺が白菜を持ち上げながら「どうしたの?」と首をリスのように傾げていたが、「何でもねーッスよ」と流砂はあえて被りを振る。

 さて、と流砂は腕を組んで眉間に皺をよせ、

 

(迎電部隊のテロ行為は回避した。後はステファニー=ゴージャスパレスと絹旗の戦闘をどーやって止めるかについてと麦野を説得するタイミングについてを考えなきゃなんスけど……麦野が出てくるのって、どのタイミングだったっけ?)

 

 まさかのど忘れだった。

 いくら原作知識が二十二巻分残っていようとも、その記憶は十七年以上も前に蓄積された記憶だ。完璧に覚えるなんて不可能だし、新しい人生の十七年分の記憶がその知識を少なからず上書きしてしまっている。だから、流砂が原作知識を思い出せないのだって当然のことなのだ。

 だが、その忘却した記憶が麦野に関する事であるなら話は別だ。麦野がどういうタイミングで出現してどういう行動をとるのかの知識を忘れてしまっているこの状況は、あまり好ましい状況ではない。というか、死亡フラグ臭が半端ない。

 しかも更に悪いことに、流砂の原作知識は浜面達がロシアに行く後の場面についての知識が酷く曖昧だ。誰がどこに行ってどういうことをするのかぐらいは何とか思い出せるのだが、その行動に誰が関わっているのかとか何を目的にしているのかとかいう知識が全く思い出せない。……結局、どこまでいっても微妙な実力だよなーと流砂は軽い頭痛に顔を顰める。

 

 

 直後、デパート内に耳を劈くほどの爆音が響き渡った。

 

 

 「なっ……た、滝壺、こっちだ!」突然の事態に、流砂は反射的に滝壺の腕を掴んで物陰に移動する。滝壺は今の状況が分からないといった風にキョトンとしていたが、すぐに流砂の言葉に頷きを返して彼と共に移動を開始した。

 商品棚に身を隠しながら店の入り口の方を見てみると、黒い煙がもくもくと上がっていた。流砂がいるデパートは高層ビルの四階にある為、黒い煙の様子から察するに爆発は一階で起きたものだとすぐに予想できる。ビルの中央をぶち抜くタイプの建物じゃなかったら行動が遅れてたな、と流砂は少しばかりの幸運に安堵する。

 滝壺の手を引きながら店の外へと移動する。その流れで一階を見下ろしてみると、数体の駆動鎧(パワードスーツ)と黒い装備に身を包んだ集団が店の中へと雪崩れ込んできていた。人数としては三十人ぐらいか、強盗にしては多すぎる。

 (迎電部隊か? いや、アイツラは個室サロンでテロ行為を行ってるハズ……っつーことは、別のテロリストか……ッ!)完全に切り抜けたと思っていた悲劇が開始されてしまった現実を前に、流砂は滝壺の手を握りながら歯噛みする。滝壺はそんな流砂の手を握り返しながら、荒い呼吸を繰り返していた。

 ――って、荒い呼吸?

 

「お、オイ滝壺! 大丈夫ッスか!?」

 

「大、丈夫……本当に、大丈夫、だから……」

 

「い、いやでもお前、顔面蒼白じゃねーか! まさか、『体晶』の影響がぶり返してきたんスか!?」

 

「ちょっと、気分が悪くなった、だけだから……気にしないで……」

 

 明らかに異常を来たしていた。顔は真っ青になっているし、全身が冷や汗でぐっしょりと濡れてしまっている。顔面蒼白なのに彼女の息は妙な熱を持っていて、荒い呼吸とともに吐き出される息は明らかに体の不調を訴えている。

 いくら退院したばかりだからと言っても、流石にこの体調の崩し方は異常過ぎる。やはり『体晶』が原因だろう。得体の知れない薬品である『体晶』の影響がどういう感じで出てくるのかは分からないが、滝壺の体調不良の理由は間違いなくその『体晶』にあると断言できる。なんでこのタイミングでぶり返すんだよ、と流砂は吐き捨てるように舌打ちする。

 「このままじゃ逃げ切れねーかもしんねーし……滝壺、今回だけは身体に触れるのを許して欲しーッス!」「……、え?」黒のリュックサックを背中から降ろし、あまり焦点の定まっていない目でぼーっとしていた滝壺を背負い上げ、流砂は違うフロアに行くための階段に向かって駆けていく。体調不良のためか、滝壺の身体は予想よりも重かった。

 流砂が預けたリュックサックを滝壺が背負うのを横目で確認しつつ、流砂は叫ぶ。

 

「キツイかもしんねーけど、絶対に手ェ放すんじゃねーッスよ!」

 

「うん……分かった。ありがとう、くさかべ」

 

「お礼はこの場を切り抜けてからにして欲しーッスね!」

 

 階段までたどり着いた流砂は、ここで二つの選択に迫られた。

 上の階に進んでテロリストたちが殲滅されるのを待ち続けるか、下の階に進んでテロリストを相手にしながらこのデパートから逃亡するか。普通なら迷わず前者を選ぶところなのだろうが、このテロ行為がどれぐらいの長さで終了するのかが予想もできない今の状況では、即決で前者を選ぶわけにはいかなかった。きっちりと思考した上で決断しなければ、最悪の外れクジを引いてしまうおそれがある。不幸フラグ野郎の流砂だったら尚更だ。

 ずり落ちそうになっている滝壺を背負い直し、流砂はイラついたように舌打ちする。早く選ばなければならないのだが、この選択を誤った瞬間に最悪の状況に陥ってしまうと思うと即決する勇気がどうしても湧いてこなかった。

 だが、時間は流砂の迷いなんて置いてけぼりにするように進んでいく。

 「あーもーどーしたらイイんスか!」と流砂が床に転がっていた空き缶を階段の下に向かって蹴り飛ばすと、

 

 

 コツン、と階段を上ってきていた駆動鎧にぶち当たった。

 

 

「…………あ、れ?」

 

『…………』

 

 口をあんぐりと開けて凍りついている流砂の方にメインカメラを向けながら、駆動鎧は階段の踊り場で硬直している。両手にはドデカいライフルが握られていて、その威圧感というか存在感がぶっちゃけ凄く怖ろしい。あの銃口がこちらに向けられた瞬間、全てが終わってしまうのは火を見るよりも明らかだった。

 流砂の驚愕が背中越しに伝わったのか、滝壺の身体が小刻みに震えだす。なんか乱れていた呼吸が一瞬停止したような気がするが、流砂はあえて考えないことにした。今の状況で必要なのは呼吸の有無ではなく、この駆動鎧からどうやって逃げるかだ。いや、呼吸の有無も結構重要だけど。

 「……滝壺。気分悪いトコ悪いんスけど、リュックの中からゴーグルと機械を取り出して、俺の身体に装着してくんねーか?」「う、うん」顔を動かさずにそう言う流砂に軽く頷きを見せ、滝壺はリュックサックのジッパーを開ける。そして中からゴーグルを取り出して流砂の頭にはめ込み、ごつい機械をあたふたしながら流砂の腰に装着させた。

 トドメとばかりに全てのケーブルを腰の機械に接続し終わったところで、

 

 

 ガコン、と駆動鎧の銃口がこちらに向けられた。

 

 

「~~~~ッ!? ちょ、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って! 流石に子供二人を相手にライフルは大人げなさすぎると思うッス! せめてショットガン程度に変更してください! お願いします!」

 

「……くさかべ。流石にその変更はあまり意味ないと思う」

 

「俺の必死の懇願に水を差すな!」

 

 滝壺の冷静な指摘に流砂がドバーッと涙を流しながら反論する。

 そんな二人を沈黙しながら見ていた駆動鎧は何を思ったのか、

 

『チッ。冥土の土産に見ていきな、俺のサービスをよ』

 

 ガチョン、とライフルをショットガンに持ち替えた。

 ………………………………………意外とノリがイイのかな、このテロリスト?

 駆動鎧の中でドヤ顔を浮かべているであろうテロリストの姿を頭に思い浮かべつつ、流砂は右足を少しだけ後ろに下げる。流砂の意図を理解したのか、滝壺は彼の身体に先ほどよりも強い力で抱き着いた。少しだけ息苦しかったが、ここは我慢しなくてはならない。死ぬか我慢するかの二択で言えば、後者の方が遥かにマシなのだから。

 そして駆動鎧の重たい脚が一歩前に踏み出されたところで、

 

「三十六計逃げるに如かずッ! 負け犬根性見せてやらぁああああああああああああーッ!」

 

 流砂は上のフロアへと続く階段を駆け上がりだした。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十六項 シルフィ

 今回は少なめです。


 第三学区の高層ビルが、テロリストによって占拠された。

 そんな情報が野次馬経由で伝わってきた浜面仕上(はまづらしあげ)は、携帯電話片手に第三学区の歩道を駆け抜けていた。

 

「くそっ……何で繋がんねえんだよ! 草壁の野郎も音信不通だし、何がどうなってやがるんだ!」

 

 チッ! と吐き捨てるように舌打ちし、浜面は携帯電話を畳んでジーンズのポケットへと仕舞い込む。

 第三学区のデパートには、草壁流砂(くさかべりゅうさ)という少年と共に滝壺理后(たきつぼりこう)という少女も閉じ込められている。二人とも学園都市の中ではかなり貴重な大能力者なのだが、草壁は演算能力が不安定な欠陥品であり、滝壺に至っては戦闘力の欠片も無い能力者だ。様々な武器を取り揃えているテロリストを相手にするには、戦力も実力も足りなさすぎる。まぁ、それでも草壁単体の戦闘力は浜面よりもかなり上なのだが。

 壊滅した暗部組織『スクール』の正規構成員だった草壁が滝壺と一緒に居るので、二人ともテロリストに殺されてしまうという最悪の事態にはならないのだろうが、今の草壁は病み上がりだ。普段の実力をフルに発揮できるとはとても思えない。

 ここに絹旗がいれば一緒にデパートに強行侵入できたのだろうが、現在彼女とは別行動となっている。六枚羽と呼ばれる戦闘用ヘリに襲撃を受けたのが原因だが、果たして彼女は今もちゃんと生きているのだろうか。……いや、心配する必要なんてない。彼女は十二歳前後という幼さでありながら、浜面なんかじゃ相手にならないほどの戦闘力を誇っているのだから。

 そして、浜面の視界に件の高層ビルが現れた。ビルの周囲は警備員(アンチスキル)によって立ち入り禁止の状態にされていて、事件現場を表す黄色いテープが張られているのを見ただけでどうしようもない程の焦燥に駆られてしまう。

 「あぁくそっ! ごちゃごちゃ考える前にとりあえず今は俺だけでやるしかねえ!」叫ぶだけ叫ぶと、浜面は高層ビルから背を向けた。だが、別に逃走するためではない。彼は周囲を見回し、そして不自然な位置に駐車してある清掃車を発見した。迷うことなく即決して近づくと、助手席のドアを強引に蹴り破って中へと乗り込む。

 

「な、なんだぁ!? 強盗かテメェ!」

 

「無駄なやり取りは省こうぜ。テメェも俺と同じ裏稼業の下っ端だろ?」

 

 そう言いながら懐に忍ばせていた特殊警棒をジャキッ! と伸ばし、浜面は運転手の襟首を掴み上げながらその獲物を振りかぶった。

 怯えた様子で震える運転手を浜面は冷たい目で睨みつけながら、

 

「持ってる武器全部寄越せ。それと……そうだな。――あのビルにちょいとタックルでも仕掛けてもらおうか」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 駆動鎧から逃走した流砂と滝壺の二人は、高層ビルの七階にまで移動していた。このビルは全部で八階建てなので、これ以上の逃走は困難と言えるだろう。

 フロア全域に無数のスポーツ用具が置いてあるところから、ここはどうやらスポーツ用品店が集中的に配置されているフロアなようだ。商品棚が豊富にあるので隠れるのはさほど難しくはないだろう。金属バットやゴルフクラブなどの用具も、いざとなったら武器として利用できる。

 流砂は滝壺を背負ったまま一番近くにあった店へと入り、迷うことなく一番奥へと移動する。そこはキャンプなどのアウトドア関連の商品が並べられているエリアなようで、流砂はサンプルとして置かれていた寝袋の上に滝壺をゆっくりと横たわらせた。

 

「大丈夫ッスか、滝壺?」

 

「うん……さっきよりは、随分楽になったよ……」

 

 不器用な微笑みを浮かべる滝壺だったが、未だ彼女の顔色は真っ青と優れていない。冷や汗も止まっていないし、これは本格的に病院に連れて行った方がいいかもしれない。

 「とりあえずコレ着とけ。どーせ寒気も我慢してんスよね?」「……ありがとう、くさかべ」自分が着ていた黒白チェックの上着を滝壺の身体に掛け、流砂はすっと立ち上がる。――と同時に周囲を見渡してみたが、まだこのフロアにテロリストが辿りついた様子はなかった。おそらく、五階か六階で流砂たちを捜索しているのだろう。いつまでもここでうだうだしている時間はないが、それでもまだ少しだけ猶予が残されている。

 チッ、と吐き捨てるように舌打ちし、流砂は懐から拳銃を取り出して流れるように安全装置を解除した。駆動鎧相手にこんなオモチャで対抗できるとはとても思わないが、それでも気休め程度にはなるはずだ。接近戦以外では防御にしか使えないこの能力のことを考えると、どんなに弱くても遠くから攻撃できる武器を用意しておく必要がある。それがたとえ、敵には全く通用しない拳銃一丁だとしても、だ。

 寝袋の上で荒い呼吸を繰り返している滝壺の傍で膝立ちで待機し、流砂は周囲に注意を向ける。

 (とりあえず敵を殲滅する以外にココから逃げる手段はねー。しかも、こっちは滝壺を護りながらの戦闘だ。あーくそ……相変わらず災難だ)心配そうな表情を浮かべる滝壺に微笑みを返しながら、流砂は予想もしなかった最厄に巻き込まれてしまった自分と滝壺の不幸を呪いつつ、拳銃を握る両手に力を込める。

 その時だった。

 

「……そこで何してるの?」

 

 高い少女の声が聞こえた。

 「ッ!?」と一瞬心臓が止まりそうになりながらも咄嗟にそちらを向いた流砂は、キャンプ用のテントを見つけた。――その中から、十歳ぐらいの少女がひょこっと顔を出している。

 彼女は。

 十歳ぐらいの少女は、ぐったりとして動かない滝壺と拳銃を構えている流砂を交互に眺め、キョトンとした表情のまま首を傾げながら言う。

 

「……そこで何してるの?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「……シルフィ。シルフィ=アルトリア」

 

 テントの中から突然現れた十歳ぐらいの少女にとりあえず「な……なんでそんなトコにいるんスか?」と質問したところ、ただ簡潔にそんな言葉を返された。暗号か何かかと最初は思ってしまったが、すぐにそれが少女の名前だと判断することができた。

 ふわっとした長い黒髪で、頭頂に特徴的なアホ毛が御降臨なさっている。今にも眠ってしまいそうな無気力な目の中では、サファイアブルーの瞳が店内の灯りを反射してキラキラと輝いている。人形みたいな可愛さだな、と流砂はとりあえずの評価を付けてみる。

 流砂は拳銃の銃口を少女から外し、

 

「え、えーっと……シルフィは、何でそんなとこにいるんスか? もしかして、親と逸れちゃった……とか?」

 

 シルフィと名乗った少女は流砂の質問に首を小さく横に振り、

 

「……追われてるの」

 

 と、簡潔に一言だけ述べた。

 直後に襲い掛かる何とも言えない静寂に、流砂の顔から大量の冷や汗が流れ始める。一発芸を強要されて全力でスベリ倒してしまった時のような居た堪れない空気に、流砂はぱくぱくと魚のように口を開閉するしかできなくなっていた。

 早々にこの空気を何とかしなければならない。即座にそう判断した流砂はひくひくと頬を引き攣らせつつ、

 

「お、追われてる? それって、友達と鬼ごっこをしてるとか、そんな感じでの追われてるって意味ッスか?」

 

「……友達、いない」

 

「ぅぐっ。……じゃ、じゃー、親と鬼ごっこでもしてたんスか?」

 

「……私、置き去り(チャイルドエラー)だから」

 

「駄目だこの娘俺にはハードルが高すぎる!」

 

 ぽつぽつとした口調でとんでもない地雷を爆発させていく少女に、流砂はどうしようもないほどの絶望を覚えてしまう。とりあえず会話が成り立たないし、そもそもこの少女の境遇がイレギュラーすぎる。というか、少女からの不幸臭が半端ない。

 友達ゼロで親もいないらしいシルフィが誰かに追われている、という情報だけを得ることができたところで、流砂は話題を変えることにした。

 

「そ、そーいえば、シルフィは何歳なんスか?」

 

「……九歳」

 

「九歳でそんなに落ち着いていられるなんて、シルフィは偉いッスねー。もしかして、結構我慢強い方なんスか?」

 

「……怖いけど、我慢してる。ひぅぅぅ」

 

 ……………………………………え、なにこの可愛い生き物。

 ちょこん、と頭に両手を乗せてぷるぷる震えているシルフィに、流砂は思わずハートを射抜かれてしまう。子供は保護欲をそそるものだとはよく言ったものだが、あながち間違いではないのかもしれない。

 「だ、大丈夫ッスよー。事情はよく分かんねーけど、シルフィは俺が守ってやるッスからねー」そう言って優しく頭を撫でてやると、シルフィはくすぐったそうに身をよじりながら「……うん。ゴーグルさん、ありがとう」とお礼を言ってきた。僅かながらに、笑顔を浮かべながら。――直後、流砂の理性の第一防壁が完全に崩壊した。

 そんな流砂を見ていた滝壺さんから一言。

 

「くさかべ、ロリコンなの……?」

 

「ぶふっ!? ゲフゴホッ! な、なななななな何で俺がロリむぐっロリコンってことになるんスかァアアアアアアアアアアアッ!?」

 

「大丈夫。いくらくさかべがロリコンでも、そんなくさかべを私は応援してる」

 

「世界で一番最悪な応援をされちまったよコンチクショウ! ――って、なんか抱き着いてきてるしぃいいいいいいいいいいいい!?」

 

 いつのまにか流砂の身体に密着していたシルフィに流砂は目を白黒させながら驚愕する。今のこの状況で動きが制限されてしまうのはかなりまずい訳だが、流砂のシャツをむぎゅーっと掴んでいるシルフィを引き剥がすのはかなり手間と労力が必要となりそうだったので、流砂は「はぁぁー……しょーがねーッスねー」と早々に諦めることにした。動けないのは問題だが、ここで機嫌を悪くされて大泣きされてしまう方がもっと問題だ。

 右手で銃を構え、左手でシルフィの頭を撫でる流砂。腰の機械が邪魔で流砂に完璧に密着できないシルフィは、流砂の身体を攀じ登って彼の肩にぎゅむっとおんぶされるように張り付いた。寡黙ながらに行動だけは結構ガンガン来ているシルフィに、流砂は「あはは……」と苦笑を浮かべる。

 そんなわけで、滝壺さんから一言。

 

「やっぱりくさかべって、ロリコン……?」

 

「い、今のは不可抗力じゃねーッスかねぇ!? っつーか、苦笑もNGってもはや地獄の領域じゃね!? 子供を可愛いと思うコトのなにが悪い!」

 

 流砂のそんな叫びの直後、彼らがいる七階に耳を劈くほどの爆発音が響き渡った。

 




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 次回もお楽しみに!


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第十七項 正面突破

 テロリストたちの標的は、どうやらこのシルフィという女の子らしい。

 自分たちが隠れていたフロアにぞろぞろと複数の駆動鎧及びテロリストたちが侵入してくるのを眺めつつ、草壁流砂は小さく吐き捨てるように舌を打つ。

 

「チッ……予想よりも早いッスね。しかも人数が多すぎる……」

 

「どうするの、くさかべ? このままじゃ逃げられないよ?」

 

「屋上にヘリコプターでもあればイイんスけどねぇ……だが、その可能性に賭けるほど、俺にゃ余裕もねーッスし」

 

「……逃げられないの?」

 

 ぎゅむ、と流砂に抱き着いているシルフィ=アルトリアの手に、少しばかりのチカラが込められる。おんぶの状態なので詳しい表情はつかめないが、シルフィがこの状況に怯えていることぐらいは容易に想像できた。いくら冷静で大人びていても、実際シルフィは九歳の子供だ。怯えないわけがない。

 ぷるぷる震えるシルフィを背負い直し、「大丈夫ッスよ、シルフィ。お前は俺が絶対に護ってやるッスからね」と頭のゴーグルをカチャカチャ鳴らしながら流砂は優しく微笑んだ。流砂の気遣いの言葉に、シルフィは「……うん。ありがと、ゴーグルさん」と頬を赤らめて流砂の服に顔を埋めた。

 「やっぱりくさかべって、ロリコ」「言わせねーッスよ!?」流砂の上着を羽織った滝壺理后の禁断の指摘を中断させつつ、流砂は「はぁぁー」と溜め息を吐く。

 

「とりあえずここから脱出しねーと駄目ッスね。……俺たちの中で戦えるのは俺だけだが、シルフィを背負ってっから動きが激しく制限されてる。せいぜいキックで敵を蹴り飛ばすぐれーしかできねーよ」

 

「私はもう大丈夫だから、一人で歩ける。だから、私の心配はしなくていいよ?」

 

「そんな訳にはいかねーッスよ。滝壺に何かあったら、俺が浜面に殺されちまうかんな。ま、俺と離れなけりゃ絶対に護ってみせるッスよ。滝壺もシルフィも、全部――な」

 

「……でも、脱出無理? あの人たちがいるから、抜け出せないんでしょ……?」

 

 震える声で言うシルフィに「うーん。そーなんスけどねぇ……」と流砂はわざとらしく首を傾げ、

 

「ま、とりあえず正面突破で行くッスか」

 

 直後、彼ら三人は物陰から飛び出した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 高層ビルに車ごと突撃、という荒業で警備員の包囲網を突っ切った浜面仕上は、ビルの三階にある百貨店の商品棚に寄りかかっていた。手には拳銃が握られていて、息は激しく乱れている。ここまでほぼ休憩なしで走ってきたから、彼のスタミナは予想よりも大きく減少している。

 「くそっ! 滝壺たちは一体どこにいるんだよ!」ガン! と床を蹴り付け、浜面は商品棚の陰から顔を覗かせる。

 三階の中央通路には、銃を持ったテロリストが三人ほど徘徊していた。

 

「チッ……まだアイツは見つかんねえのか!? もう時間はほとんど残されてねえんだぞ!?」

 

「こ、この建物の中にいることは確実です! 『回帰媒体(リスタート)』は年端もいかない少女のため、一人で逃げ切るのは不可能かと思われます!」

 

「ですが、このビルにはあと二人ほど部外者が侵入しています! 我々の計画の邪魔になる危険性がありますが、如何なさいますか!?」

 

「決まってんだろ! 『回帰媒体』以外の人間は全員例外なく処理するんだよ! ほら、次は四階だ! さっさと『回帰媒体』を見つけてきやがれ!」

 

『りょ、了解です!』

 

 リーダー格と思われる男に銃を向けられ、部下と思われる二人は四階へと続く階段へと転がるように駆けていく。二人が上へ上って行ったのを確認した男は、遠くにいる浜面にも聞こえるような大きさで吐き捨てるように舌を打った。

 (『回帰媒体』? それが奴らの標的なのか?)それがどういう能力を持っていて、どういう価値があるのかは、頭が悪い浜面には分からない。ただ言えることは、コイツらは無力な年端もいかない少女を武力を駆使して拘束しようとしているということだ。そしてその捕獲劇に、滝壺と流砂が巻き込まれた。

 ふざけんじゃねえよ、と浜面は拳銃のグリップを握りしめる。こんな理不尽な状況に二人の仲間を巻き込んだだけでは飽き足らず、更に幼い子供までもを自分たちの我が儘で拘束しようとしているのか。どれだけ希少な能力を持っているのかなんて知らないが、自分たちの都合で人の人生を狂わせていいはずがない。

 しかし、

 

『もしもスキルアウトを結成するだけの力を使って、もっと弱い立場の人を助けていたら、それだけでテメェらの立場は変わったんだ! 強大な能力者に反撃するだけの力を使って、困っている人に手を差し伸べていれば、テメェらは学園都市中の人たちから認められていたはずなんだよ!』

 

 かつて、断崖大学のデータベースセンターで戦った無能力者の言葉が、頭に浮かんできた。

 圧倒的人数差も圧倒的実力差も己が信念だけでねじ伏せたあの無能力者の、心からの叫びが頭に浮かんできた。

 あの時確かに、浜面は御坂美鈴という無力な女性を武力を駆使して捕獲しようとしていた。今のあのテロリストたちと同じように、浜面も自分たちの都合で人の人生を狂わせようとしていた。

 だが、今の浜面は違う。

 大切な人を見つけ、大切な仲間を手に入れた彼は、もう二度とあのような過ちは繰り返さない。

 すぅぅ、と息を吸う。新鮮な空気が肺を満たし、浜面の頭を冷やしていく。――これで、もう大丈夫。

 浜面は拳銃をもう一度だけ握りなおし、吸った息をゆっくり吐いた。

 そしてパァン! と自分の足を手で打ち、

 

「あんたの言葉にゃ、いつも助けられてばっかりだ!」

 

 ダン! と物陰から勢いよく飛び出した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 五秒で後悔した。

 

「のわぁあああああああああっ! 無理っ、流石にアレを突っ切んのは無理だって!」

 

「ちょ、くさかべっ、もう少しゆっくり走っ、て……」

 

「……ゴーグルさん、かっこ悪い」

 

「いろいろと申し訳ねーッスねぇえええええええええええええっ!」

 

 ドバババババ! と放たれる銃弾の雨を掻い潜りながら、流砂と滝壺はビルの七階を駆け抜ける。流砂に背負ってもらっているシルフィは凄く残念そうな視線を彼に送っているし、流砂に腕を引かれている滝壺は既にスタミナが切れかかっている。なんというかもう、最悪なまでに詰み状態なのだった。

 「オラ除けすぐ除け立ち塞がんなっ!」「ちょっ、いきなりなんだオマ――ごはっ!?」逃げ道に障害物として立っていたテロリストをフロア中央に向かって蹴り飛ばす。そのテロリストはノーバウンドで通路から飛び出し、そのまま真っ直ぐ一階に向かって落下していった。ビルの七階から一階までの落下とは、あのテロリストも無事では済まないハズ。ご愁傷様、と流砂は心の中で合掌した。

 限界を越えながら駆け抜けること一分後、彼ら三人の前に遂に階段が現れた。見間違えるはずがない。これは六階へと続く天国への階段だ。いや、天国に行ったらいろいろとマズイのだけれど。

 

「っしゃ! 俺の作戦に狂いは無かった!」

 

「……ゴーグルさん、かっこ悪い」

 

「いやもーさっきのはこの功績でチャラっしょ! ちゃんと階段見つけた俺、偉いッスよね!?」

 

『いいから黙ってさっさと降りろ!』

 

「滝壺はともかくシルフィ性格一変してる!?」

 

 ゲシゲシと二人の少女から蹴りつけられ、流砂は涙を堪えながら階段を駆け下りていく。意外にも、滝壺のキックよりもシルフィのキックの方が痛かった。やはり背骨を直接攻撃されたからだろうか。あの威力は下手すれば脊髄が破壊されていた。

 幼女の新たな可能性に恐怖を覚えつつ、流砂は六階へとたどり着いた。流砂たちを追ってほとんどのテロリストたちが七階にいたためか、六階にはあの黒づくめの武装集団の姿はない。逃げるなら今しかないだろう。

 とりあえず六階全域を見渡し、流砂たちはさらに下へ下へと階段を降りていく。このまま無事に一階まで下り切ることが出来れば、流砂たちは無事にテロリストたちから逃走できるはず。このシルフィという少女のことも考えなくてはならないし、とりあえずは一刻も早く逃走を成功させる必要があるだろう。

 無事に五階を通過し、流砂たちは四階へと降りていく。

 ここまでは至って順調だが、ここで油断をしてしまえば予想もしない死亡フラグに直面してしまうことになる。この世で一番死亡フラグに敏感な流砂は、全力の注意を払いつつ、下へ下へと降りていく。

 そして四階までたどり着いたところで、とても聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「草壁! 滝壺! 無事だったんだな!」

 

「お、おーおー浜面じゃねーッスか! 救援に来てくれたんスか!?」

 

「はまづら!」

 

「滝壺! 良かった、本当に良かった……ッ!」

 

「って無視かいぃぃぃ! 俺の健闘を称える前に感動の再会始めちゃってるんスけど!? 何これなんの罰ゲーム!?」

 

「……ゴーグルさん、かっこ悪い」

 

「お願いシルフィちゃんそれ以外の言葉も話して!」

 

 いろいろと自分に厳しい現実に絶望しそうになるも、流砂はぐっと涙を堪えてなんとか正気を保つことに成功する。こんなことで屈しているわけにはいかない。流砂はこの理不尽な現実を乗り越え、麦野沈利というバーサーカーをデレさせなければならないのだから!

 浜面が滝壺を背負うのを確認しつつ、流砂は浜面のすねを蹴りつけながら声をかける。

 

「ほら、さっさと逃げるッスよ。ぼやっとすんな置いてくぞ!」

 

「その前に嵐のようなキックを止めてくれよ! しかも逃走を促してんのに足蹴りつけるって、お前頭おかしいんじゃねえの!?」

 

「おかしくないッス。お前よりは数十倍も頭イイッス」

 

「そういう対応が頭おかしいって言ってんだよ!」

 

『………………はぁぁ』

 

 バチバチバチィ! と火花を散らす不良とゴーグルに、二人の少女は心の底から残念そうに溜め息を吐いた。今の状況を本当に把握しているのか、二人の少年は互いの身体に攻撃を加えあっている。

 『いい加減にしろ!』『ごっ!?』とりあえず冷静さを取り戻させるため、滝壺とシルフィはバカ二人の後頭部に頭突きを喰らわせる。因みに、シルフィは流砂のゴーグルをわざわざ押し上げながらの頭突きだった。この少女、年の割には意外と油断も隙もない。

 頭からしゅぅぅぅぅ……と煙を上げながら、流砂と浜面はビルの一階目指して階段を降りていく。

 

「浜面! 下にはどれぐれーの敵が残存してんスかっ?」

 

「少なくとも十人は残っていたはずだ! ついでに言うと、駆動鎧が二体ほど残ってる!」

 

「最高に絶望をくれる最悪の情報をありがとう!」

 

 駆動鎧がいんのは厄介だな、と流砂は小さく舌打ちする。

 両手が塞がっている以上、流砂には二本の足による攻撃しか発動できない。相手に触れて圧力を操作し、外側の圧力で相手を圧死させる――という芸当ができないわけではないのだが、銃火器を持っている奴ら相手にその荒業は自殺行為にも等しいだろう。やるなら一瞬。それも、なるたけ敵が単独行動をしている時が望ましい。

 敵をなるたけ簡単に倒すための最善策を考えつつ、流砂は階段を下って行く。もはやここまで来たら各フロアの確認なんて必要ないわけで、流砂たちはただ真っ直ぐに一階だけを目指していく。

 そしてついに、彼らは一階にたどり着いた。

 

「っしゃ! 後はこっから外に出るだけッスね!」

 

「油断すんじゃねえぞ草壁! ほら見ろ、(やっこ)さんたちのお出ましだ!」

 

 浜面の声に反応した流砂がフロア全域を見渡してみると、こちらに向かって十五名ほどのテロリストたちが銃を構えて接近してきていた。――その内、駆動鎧は五体ほどいる。

 「は、話が違ぇーぞ浜面!」「俺だって予想外だよ悪かったな!」使えない情報を与えやがった浜面に愚痴を叫びつつ、流砂は「はぁぁぁ」と本日一番の溜め息を吐く。

 そして何を思ったのか、流砂はシルフィを浜面の肩の上に座らせた。

 

「……ゴーグル、さん?」

 

「浜面ぁ、シルフィのこと頼んだッスよ?」

 

「はっ!? お、おい草壁! お前何をする気なんだ!?」

 

「んー? ま、そーッスねぇ。俺にゃ麦野を取り戻すっつー目標があるわけで、その為にゃそれ相応の実力が必要になるんスよ。――で。今回の戦闘でその実力を頑張って開花させてみよーかなーって思ったわけだ。デューユーアンダスターン?」

 

「だったら俺も戦う! お前一人だけに任せておけねえよ!」

 

「ははっ、大丈夫大丈夫ッスよ、浜面。――俺を信じてくれ」

 

 「お、おい!」という浜面の制止の声を完全無視し、流砂はテロリストに向かって一歩足を踏み出す。

 それを合図として無数の銃弾の雨が流砂の身体に突き刺さるが、流砂は死ぬどころか血の一滴すら流さなかった。というか、銃弾が彼の体に触れたところで勢いを失くしている。

 予想にもしていない光景を前に、テロリストたちは騒然とする。だが、彼らと同じように、浜面達も困惑していた。

 そんな浜面達に背中を向けつつ、流砂は指の関節をパキポキと鳴らし、

 

「御片付けだ。変身ヒーローよろしく、三分でケリを付けてやる!」

 

 ダン! と勢いよく床を蹴った。

 




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 次回もお楽しみに!


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第十八項 地下街

 時間を見つけての投稿です。

 他の作品も、こんな感じで時間を見つけてはちょくちょく投稿していきます。



 突撃した草壁流砂がまず最初に取った行動はとてもシンプルなものだった。

 テロリストたちの前線にいた駆動鎧(パワードスーツ)に軽く触れる。相手はデカブツなので頭部に触れることは敵わなかったが、流砂の能力を発動する為にわざわざ頭部に触れる必要はないから問題はない。一番重要なのは相手に接触する事なのだ。

 一機目の駆動鎧の次に、即座に二機めへと接触する。それを合計九機分繰り返したところで――

 

 

 ――ゴギギギャギャガァッ! と全ての駆動鎧が手の平サイズまで圧縮された。

 

 

 圧縮された駆動鎧から、赤くてドロリとした液体が零れ落ちる。誰が見ても分かるように、それは人間の血液だった。人間の活動の要ともいえる、鉄分を多く含んだ粘り気のある液体だった。

 今の流砂の攻撃の詳細はとてもシンプルなものだ。

 駆動鎧の外からの圧力を急激に上昇させ、逆に駆動鎧の中からの圧力を急激に減少させた。突発的にバランスを崩された圧力は強制的な増減に従うままに、駆動鎧を押し潰したのだ。

 例えるなら、水圧で潰れる潜水艦。――もちろん、パイロットは一人残らず死んでいる。

 ひぃっ、とテロリストの一人が脅え声を上げた。震える両手でマシンガンを構えていて、流砂に向けている銃口は傍から見ても分かるほどに大きくブレてしまっている。

 にぃぃぃぃ、と流砂は口を三日月のように裂けさせ、

 

「誰一人として逃がさねーッスよ? お前ら全員、俺の能力の実験台なんだからなあ!」

 

 ダン! と勢いよく床を蹴った。

 凶器的な笑みを浮かべて接近してくる流砂を牽制するべく、テロリストたちが一斉に銃をぶっ放した。ドババババ! という銃声と共に無数の銃弾が発射され、流砂の身体に一発残らず突き刺さる。凄まじい命中率だと感嘆の声を上げたくなるが、加害者であるテロリストたちにはそんな賛美の声に喜べるほどの余裕はない。

 なぜなら。

 彼らが放った銃弾の全てが、流砂の目の前で停止していたからだ。

 

「何度も何度も同じことばっか繰り返しやがって……イイ加減に学んで欲しーモンッスね!」

 

 今の非現実的な防御の真相は、流砂の『接触加圧(クランクプレス)』にある。

 流砂の『接触加圧』は、自分が触れている物体に働いている圧力を増減させる能力だ。その対象のサイズの大小は関係なく、速度も重量も考慮されない。ただシンプルに、圧力だけを増減させるのだ。

 そんな圧力操作系能力で、流砂は銃弾が自分の身体に働かせた圧力を瞬時にゼロにしたのだ。

 圧力をゼロにするということは、自分の身体に食い込むことがないということ。どれだけ鋭利な物体だろうが、対象の物体に働かせる圧力をゼロにされてしまったら突き刺さることも食い込むこともできない。――故に、流砂は銃弾の雨を受けても無傷なのだ。

 攻撃よりも防御に重点を置いた能力。

 自分が意識している間のみ、全ての攻撃を防ぐ『鉄壁』の盾。

 それが、流砂の『接触加圧』が生み出す『手動』の防護壁だ。

 流砂は溜め息の後、ガシガシと気怠そうに頭を掻く。ただそれだけの行動で、テロリストたちは凄まじいほどの緊迫状態に陥ってしまう。

 緊張の震えのせいで照準が定まっていない銃口を獰猛な目つきで睨みつけ、流砂は脚を一歩踏み出す。

 

「俺もできれば人死には勘弁だから、ここでお前らに俺から最大限の優しすぎて反吐が出ちまうぐれーの交渉材料を提示してやるッス。この交渉に応えるなら俺はお前らを追わねーし、ここで殺したりもしねー。……だが、もしお前らが反抗の意志を見せた場合、俺は全力でお前らを一人残らず駆逐する。そーゆー点を踏まえた上で、俺の質問に答えろ。――お前らの目的を吐け。一ミリ残さず」

 

 返事なんて、考えるまでもなかった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 命惜しさに全ての情報を洗いざらい吐きだしたテロリストたちを警備員(アンチスキル)に突き出した流砂たち四人は、警備員の包囲網をこっそりと抜け出していた。

 警備員の一人を『物理的に』眠らせることで無事に脱出することに成功した彼らは、とりあえず近くの建物の陰で一先ずの休憩をとっていた。

 流砂は自分の携帯電話の画面を眺めながら、

 

「さっきのテロリストの目的は、『シルフィの捕獲』っつってたッスよね……しかも、何で捕獲するのかの詳細及び雇い主は不明……ショージキ言って、怪しさ満天ッスね」

 

「だけど、あいつ等が嘘を言ってたようには見えなかったぞ? 流石に命が懸かってたんだから、自分たちから危ない橋を渡ろうとはしねえだろ」

 

「ま、どっちにしろ、俺たち以外の奴らは全員敵、って思ってた方が無難ッスね。滝壺を狙う奴らとか、シルフィを狙う奴らとか」

 

「了解だ」

 

 流砂と浜面は目配せし合い、コツン、と拳を軽くぶつける。

 すると、流砂の背中で必死に眠気を我慢していたシルフィが、びっくぅ! と大袈裟に体を震わせた。

 なんだなんだ!? と流砂は首を後ろに回す。浜面と滝壺も同じようにシルフィの方を向くが、シルフィは脅えた表情でただシンプルに体を震わせているだけだった。何かに恐怖するかのように、流砂の身体に必死に抱き着いているだけだった。

 「ど、どーしたんスか、シルフィ?」声を詰まらせながらの流砂の問いを受け、シルフィは目尻に涙を浮かべたまま、怯えた様子で返答する。

 

「……なにか、下からくるっ」

 

『え?』

 

 思わず、口を揃えて疑問の声を上げたときだった。

 

 

 ボゴッ! と。

 突然、第三学区の一角から派手な爆発が巻き起こった。

 

 

 だが、別に建物が吹き飛ばされたという訳ではない。地下だ。いきなり遠くの地面が割れたと思ったら、そこから大きな紅蓮の炎が噴き出してきたのだ。

 それはまるで、大地から抜け出てきた龍の様。

 しかし、その爆発は龍みたいな素敵な風格は持ち合わせておらず、ドゴバコベゴン! と連続的にシンプルで巨大な爆発を放っているだけだ。災厄と言っても、誰もが納得するぐらいに、その爆発の威力は巨大なものだった。

 爆発の範囲は徐々に広がっていき、路上駐車していた車がアリ地獄のように地下へと飲み込まれていく。先ほどのテロ騒ぎのおかげで周囲に人の気配はなく、目立ったパニックは起こっていないようだった。

 そして不幸なことに、その爆発は徐々に流砂たちの方へと近づいてきていた。

 その爆発を見ていた浜面は、ふと何かを思い出したように「あっ!」と声を上げた。

 

「そういえば、絹旗と連絡が取れないって言ってたよな!? っつうことは、この爆発に絹旗が関与しているって可能性もあるんじゃねえか!?」

 

「その理論はスゲー飛躍してるが、確かに絹旗が関与してるっつー可能性は高いかもッスね。どーする? 爆発は地下街からみてーッスけど、行ってみるか?」

 

 ほれ、と流砂が指差した方を見てみると、デパートの入り口からわらわらと大勢の客が飛び出してきた所だった。どうやら地下から黒い煙が出てきたせいで、慣れない運動を強要させられているらしい。

 浜面は周囲を見渡し、地下鉄の改札口にも繋がっている、地下街への入り口を発見した。

 「行くもなにも、行くしかねえだろ!」「だな!」爆炎を吐き出すための煙突のようになっている階段を下っていくと、その先に待っていたのはオレンジ色の空間だった。

 一切の容赦すらない業火。

 まだ炎自体が流砂たちの近くまでたどり着いているという訳ではないが、奥の方で燃え盛る爆炎が周囲のタイル状の床や天井、ガラス張りの壁などに乱反射し、一種の芸術作品のような空間を作り上げていた。ただし、この芸術作品は人の命をあまりにも簡単に奪ってしまえる程、残虐なものだ。

 空気自体が異様に温められているせいで巨大なオーブンと化している地下街を見渡してみるが、あまりにも炎が大きすぎるせいで人影が確認できない。というか、本当にここに絹旗がいるのかが確証が持てない。幼いシルフィのダメージを減らすためにも、ここはとりあえず地上へ一旦退却すべきだろうか。それとも、絹旗を捜すためにシルフィに我慢を強要させるべきなのだろうか。

 そんな選択肢を必死に考えていた時だった。

 

「はまづら。あれ!」

 

 と、滝壺が何かを指差した。

 反射的にそちらの方を見てみると、オレンジ色の炎の中で何かが揺らいでいた。――いや、あれは人影だ。流砂や浜面なんかよりも小柄な人影が、炎の中で揺らいでいる。

 考えるまでもない。流砂と浜面の二人は咄嗟に叫んでいた。

 

『絹旗っ!』

 

 名前を呼ばれ、ギョッとした様子でこちらを振り返る絹旗。しかし彼女は知り合いを見つけたことに安堵の表情を浮かべず、逆に焦燥の感情を込めた表情でこう叫び返した。

 

「草壁が盾になって、超伏せてください! 草壁の陰から出ちゃダメです!」

 

 その叫びを聞いた瞬間、浜面は気づいた。

 絹旗がいる位置のさらに奥に、長身の人影が見える。

 その人影は何か細くて長い――機関銃のようなものを携えていた。しかも、銃口はこちらに向けられている。

 「ッ!?」流砂はとっさに浜面達を床に押し付け、その上に覆いかぶさった。熱された床の温度で火傷してしまいそうだったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 自分の身体に突き刺さる銃弾の圧力をゼロにする準備を終えた瞬間、

 

 

 ドバッ! と。

 炎の向こうから大量の銃弾という名の雨が降り注いでくる。

 

 

 人間の腰の辺りの空間を、銃弾で横一線に一掃された。あまりの威力に反応が遅れてしまい、流砂の身体に鈍い痛みが走った。――だが、銃弾が体を貫通した様子はない。

 弾丸はただのライフル弾とは違うらしく、ガラス張りの壁どころかコンクリート製の床までもが根こそぎ抉り取られてしまっている。強固な床をスポンジのように扱った強烈な破壊力に、流砂は思わず顔を青褪めさせる。

 

「にゃっははーん」

 

 銃撃は十秒と続かなかった。

 代わりに、炎の中からとても緊張感の欠けた声が響いてきた。まるで今の状況を楽しんでいるかのような、子供のような感情が込められた声だった。

 嵐の様な破壊力を誇る銃撃を終えた長身の人影……おそらく女性と思われる人影が、絹旗の方を真っ直ぐと見据えていた。流砂たちはあくまでも眼中にない、とでも言いたげに、その女性は絹旗に怒りの視線を向けていた。

 流砂は身体に走る痛みに耐えながら、自分の真下で蹲っていたシルフィを優しく抱きしめる。年端もいかない少女をこんな状況に巻き込んでしまったことを悔やむように、流砂はギリィッと奥歯を噛み締めた。

 そんな流砂なんかには気づかない様子で、長身の女性――浜面たちは名を知らないが、ステファニー=ゴージャスパレスという名を持つ女性は、こんなことを言う。

 

「窒素を使って壁を作っているんだから、空気中の窒素をどうにかしちゃえばいいと思ったですけどね。窒素は空気の七十パーセントも占めてるんだから、流石に酸素とか二酸化炭素のようには上手くいかないみたいですね」

 

(ステファニー=ゴージャスパレス……確か、砂皿緻密の敵討ちのために絹旗と戦ってるんだったっけ? 使用武器はあのゴツイ機関銃で、これからの戦闘方法は爆発で窒素を根こそぎ吹き飛ばし、空いた窒素の穴に銃弾を一斉掃射、って感じだったか……相も変わらず強い敵の登場って訳ッスね)

 

 記憶の片隅に薄らと残っている原作知識を何とか引き出し、敵の情報を得る流砂。――だが、この状況をひっくり返すほどの打開策は浮かんでこない。どこまでいっても微妙な頭脳だな、と流砂は自虐的な罵倒を心の中で吐き捨てる。

 そうこうしている間にも、ステファニーと絹旗の会話が進んで行っている。このまま何の行動も起こさなければ、原作通りに巨大な爆発が起こってしまうだろう。まぁ、原作通りで進めば絹旗がステファニーを倒すことになるので、流砂としてはあまり問題はない。

 故に、流砂が危惧しているのはイレギュラーな展開だ。

 『草壁流砂』というイレギュラーの存在のせいで、この世界には異変が起き始めている。原作通りならば、『シルフィ=アルトリア』なんていう少女の存在は語られなかったし、個室サロン以外の建物がテロリストに占拠される事態も起きるはずがなかった。それ以前に、流砂が麦野との戦いで生き残ることもできなかったはずだ。

 この世界に異変が起き始めている。正史を根こそぎ覆してしまうほどの異変が、すぐそこまで迫ってきているように感じた。

 

 

 そして、その予感は不幸な形で実現してしまう。

 

 

 最初に気づいたのは、やはりというかなんというか、流砂の腕の中にいるシルフィだった。

 絹旗にステファニーが銃口を向けたところで、「……ゴーグルさん、右に跳んでっ!」と悲鳴のような叫び声を上げたのだ。ステファニーの攻撃を予感したのかと思ったが、彼女の目はステファニーを見ていない。

 普段の流砂だったらここで行動を躊躇ったのかもしれないが、今はちょうどイレギュラーな事態について考えていたところだ。――故に、イレギュラーな少女の言葉に反抗する理由が見当たらない。

 流砂はシルフィはおろか、浜面と滝壺の服も掴んで右に跳んだ。予想外すぎる重量に両腕に関節が悲鳴を上げるが、流砂は歯を食いしばって全力で右に跳躍した。

 直後。

 流砂たちが先ほどまで居た地面が、『青白い光線』によって焼き払われた。

 光線を浴びた地面は爆発するでもなく、ボロボロと一片の欠片も残さずに崩壊していく。まるでクッキーが砕けていくかのように、地面が紙細工の如く崩壊していっている。

 あまりにも非常識な攻撃だが、流砂はこの攻撃を知っていた。――否、身を持って体感した覚えがある。それは、浜面も同じだった。

 「ったく……なぁーんで私がこんなに手を焼かされなきゃいけないのかにゃーん?」その艶のある声は、先ほど流砂たちが通って来た出入り口の方から聞こえてきた。まるで流砂たちを追ってきたかのように、その声は背後から響いてきた。

 流砂たちは恐る恐ると言った風に後ろを振り返る。ステファニーや絹旗も、同じように出入り口の方に視線を向けていた。

 そこには、異様な出で立ちの女がいた。

 ふわっとした長い茶髪に秋物の半袖コートが特徴の、女性にしては長身の女だった。

 見知った女だった。

 その女には、右目が無かった。

 その女の左腕は、肩の辺りから引き千切られていた。

 赤黒い空洞となった眼窩の奥から、青白い光が漏れ出ていた。左腕も同様に、絵本に出てくる化物の腕を模ったような光線が飛び出していた。何れの光線も、失われた個所を補うように存在していた。

 それは考えるまでも無く、能力によるものだった。

 第四位の超能力者によるものだった。

 原子崩し(メルトダウナー)

 流砂の知る限り、その能力を発現しているのはこの学園都市には一人しか存在していない。そしてその一人は、流砂の人生に大きくかかわった女だったハズだ。

 流砂は震える喉に鞭を打ち、掠れた声を何とか絞り出す。

 全身が震えているのに何故か顔には笑みが張り付いている流砂の口から、その超能力者の名前が吐き出された。

 

「……ひ、久しぶりだな、沈利」

 

「ああ。本当に、本当に本当に本当に本当にひっさしぶりだねぇ、りゅーうさぁああああああああああああああああああああああっ!」

 

 ゾワッ! と麦野沈利(むぎのしずり)の青白いアームが大きく脈打つ。

 ゴーグルの少年の最後の抵抗を知らせる戦いの鐘が、不気味な音とともに打ち鳴らされた。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十九項 ステファニー

 今作品史上最大ボリュームです。

 ついに七千字を越えちゃったなぁ、一話で……(汗



 麦野沈利、と呼ばれるその女は朱く染まった頬を右手で擦りつつ、草壁流砂と呼ばれる男にとろんとした目を向けていた。

 麦野は左腕から生えている光線のアームを上下左右に動かしつつ、明らかに狂ったような笑みを浮かべて流砂に言う。

 

「あれ? そう言えば流砂ぁ。アンタ、私の名前の呼び方変えてくれたんだ。嬉しいなぁ、うっれしいなぁっ」

 

「た、たりめーだろ。愛する奴のことをいつまでも苗字呼びなんて出来っこねーッスよ。呼ぶなら下の名前、それ一択ッスよ。……沈利」

 

「あぁ、そうねイイね最高ね! お前の声が私の名前を呼んでくれる、お前の口が私の名前を呼ぶためだけに動いてくれる、お前の目が私だけを見てくれる……最高過ぎて今すぐアンタを抱きしめたいぐらいだわ!」

 

 思ってた以上にヤベーなオイ、と流砂は心の中で舌を打つ。

 浜面に倒された後に麦野がおかしくなるというのは分かっていたが、流石にここまでのレベルとは思いもしなかった。攻撃の速度も威力も前とは比較にもならない程に高くなっているし、そもそも麦野に正常な言動が見当たらない。ヤンデレって怖ぇぇ、と流砂はシルフィを抱きしめている腕の力を強くする。

 それが更なる死亡フラグを誘発してしまったのか。それとも単に麦野の意識がそちらに向いてしまっていただけなのか。

 とにかく麦野の視線が、流砂に抱きしめられているシルフィの方へと向いてしまった。

 「あ」と流砂が声を漏らした時にはすでに遅く、麦野の顔には完全無欠に不機嫌そうな表情が浮かび上がっていた。

 

「りゅーうさぁあああああああ? せっかくの私との再会に、お前は一体何をしているのかしら? 地獄の底から舞い戻って来た私をそんなに怒らせたいのかねぇぇぇぇ?」

 

「ち、ちがっ……これには海よりも高く山よりも深い大切な理由が……ッ!」

 

「……ゴーグルさん。あのおばさん、誰?」

 

「おばっ!? ……く、くかかかか。オイコラクソガキ、流砂からとっとと離れてくれないかにゃーん?」

 

「……おばさんなんかに、ゴーグルさんはあげない。ゴーグルさんは、私のだぁりん」

 

「りゅーうさぁああああああああああああああああああああっ!」

 

「待って待って今凄くシリアスな場面のハズだから頼む俺に状況の整理をさせて!?」

 

 年上と年下から訝しげな視線を向けられ、流砂は眉間を指で抑えながら叫びを上げる。

 これからの展開としては、ステファニーが絹旗に撃破され、その後に学園都市の追っ手から浜面達が逃げる、と言った感じだったハズ。とりあえずその場面で麦野が出てきてしまったのには大いに反論したいわけだが、とりあえずそのこと自体は置いておこう。思考はクールに、オーケー?

 既に戻しようがない原作ブレイクが起きてしまっていることは、草壁流砂の生還とシルフィ=アルトリアという少女の出現によって決定づけられている。それはもはや覆しようがない事実であり、抵抗しても避けることができない崩壊フラグだ。今更どうこうしようという気持ちは一切ない。

 だが、それでも一応はシリアスな雰囲気だけは受け継いでいたはずだ。どれだけ理不尽な原作ブレイクが起こっていても、シリアスな雰囲気だけは存在していたはずなのだ。

 なのに、この超ラブコメ展開は一体なんだ? 今この場で何が起こっている?

 アダルティ・コンプレックスなのかロリータ・コンプレックスなのか、というこの人類最悪の選択を、流砂は一体どう処理すればよいのだろうか。どっちも普通じゃなくね? と思われてしまうかもしれないが、流砂は至ってノーマルな少年Aだ。ちょっと年上好きで年下に優しいだけの、普通で平凡で健全なゴーグルの少年なだけなのだ。

 うぐぐ……と流砂は頭を悩ませる。この選択をミスった時点でもはや何度目かも分からない死亡フラグが立ってしまう予感がするし、そもそも麦野を怒らせてしまっては意味が無い。今の彼がやるべきことは麦野沈利をデレさせてハッピーエンドを迎え、『ドラゴン編』及び『ロシア編』を無事に生きて切り抜けることなのだ。

 うんうん、と頭を抱える流砂が凄く面白いのか、絹旗は「ぶふぅ」と笑い声を上げる。

 そして流砂の元までトタタッと駆け寄り、彼の肩に優しく手を置いた。

 

「もしここで私が草壁に超告白した場合、完全無欠の超修羅場が出来上がると思いませんか?」

 

「お前マジで黙ってろよ! 今俺スゲー真剣なの分かってる!?」

 

「くっさかべー。超好きですー。結婚してくださいー」

 

「オイこの映画バカ! こんな場面でンなこと言っちまったら――」

 

「……ゴーグル、さん?」

 

「りゅーうさぁああああああああっ?」

 

「こーなっちまうんですよねぇええええええええええええええええ!?」

 

 あーもーダメだシリアスがどっかに旅立っちまった! と流砂は麦野に襟首を掴み上げられながらも心の中で叫びを上げる。そんな流砂を見て浜面と滝壺が凄く呆れた表情を浮かべているのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 「私だって超真剣なんですけどね……超草壁は超死ねばいいのに」とか呟きながら口を尖らせている絹旗には気づかない様子で、流砂は麦野に必死の弁明を開始する。

 

「俺が愛してるのはお前だけだって沈利! あーそーさ! 俺はお前に告白しに来たんスよ! だからっ、とりあえず俺の話を聞いてくれ!」

 

「告白なんかしなくても分かってるわよ。お前が私だけを愛していて、お前は私以外の女から愛されちゃいけないってことぐらい。お前の愛は私だけのもので、私の愛はお前だけのものなんだ。前も言っただろ? 私はお前を――殺してやりたいぐらいに愛してる、ってさぁ」

 

「やっぱゴメンちょっとだけ考える時間ちょーだいお願い三十円あげるから!」

 

 青褪めた顔で律儀に三十円を差し出す流砂。

 そんな流砂の顔を豊満な胸に押し付けつつ、麦野は火照った顔で話を続ける。

 

「まず最初にどんなことをしてあげようかしらねぇ? 私以外の女に会えなくなるように、四肢を切断してベッドに拘束しちゃおうかしら? そして毎日寝るときにキスをするんだ。それ以上のことだって毎日毎日毎日毎日やってやる。大丈夫、私がリードしてあげるよ。ねぇ流砂、子供の名前は何が良い?」

 

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああっ! この人ちょっと予想外すぎるぅうううううううううううううううううっ! しっ、シリアスを! 誰か俺にシリアスをください! このままじゃペース持ってかれて結果的に四肢が消えてなくなっちゃう!」

 

 麦野に頭を抑えつけられながらも、流砂はジタバタと必死に足掻く。麦野のヤンデレ自体は受け入れるつもりでいたのだが、流石に自分に肉体的な危険が訪れるとなると話は別だ。出来れば五体満足な状態でハッピーエンドを迎えたい流砂としては、未来的にも現在的にも無駄な死亡フラグを立てるわけにはいかない。先ほどの麦野の提案は、完全な死亡フラグだった。……社会的抹殺的な。

 炎の海に包まれながらラブコメを展開している流砂と麦野とシルフィと絹旗。浜面と滝壺は主に傍観者となっているので数えないが、それでも先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えないほどの安堵の表情を浮かべている。出来ればこのまま平和に終わってくれたらいいなー、的な願望ぐらいは抱いているのだろう。

 だが、せっかくの仇討を邪魔されたステファニー=ゴージャスパレスは、この状況が許せなかった。自分が真剣になって考えた戦法であと一歩のところまで絹旗を追い詰めたのに、まさかの邪魔が入ってしまったのだ。しかも、こんなふざけたイチャイチャ展開に、だ。許せるはずがない。

 故に、ステファニーは軽機関散弾銃を構える。窒素の壁とか圧力の壁とか、もはやどうでもよかった。とにかくここで学園都市の人間を一人でも多く殺す。殺して殺して殺しまくって、砂皿緻密への手向けとするのだ。いや、まだ死んではいないけど。意識不明の重体で植物状態なだけだけど、目を覚ますことなく眠り続けている男なんて、死んでいると同じに決まっている。

 カチャ、と人差し指がトリガーに掛けられる。自分でも驚くほどにクールダウンしているステファニーは、今までで最高にヒートアップしていた。この場でこの引き金を引けば、全てが終わる。そう思ってしまったステファニーは――

 

「ふっざけんな! 私の復讐を、砂皿さんへの手向けを、こんな形で有耶無耶にされてたまるかァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 ――何の迷いもなく、引き金を引いた。

 ドババババ! という轟音と共に、大量の銃弾が流砂たちに向かって飛んでいく。目で捉えられるような速度では決してないその銃撃に、地下街の床や壁が物理的な悲鳴を上げてしまっている。このまま銃撃を続行させ続ければ、地下街ごと粉砕することができるかもしれない。

 銃弾の残りが一気に減っていくが、ステファニーは構うことなく引き金を引き続ける。とにかく撃つ。撃って撃って撃ちまくって、絹旗最愛を殺すのだ。さっきの爆発で窒素は減ってしまっているのだから、この機関銃の威力ならばあの少女を殺せるはず。頭にデカい土星の輪のような機械を付けていた少年がいたような気がするが、あいつは端からステファニーの標的リストにはエントリーされていない。銃弾を防御したのには驚いたが、流石にこれだけの量とこれだけの威力を前にして、無事でいられるはずがない。

 

「砂皿さんを叩き潰したくせに、こんな簡単にくたばってんじゃないですよ! 立て! 立って私に殺されろ! 千回殺して千回生き返って、また同じように千回殺されろ! 私はあなたをそれぐらい殺さないと気が済まないんですよ! くそっ、さっさと立ち上がってその姿を見せてみろよ! 絹旗ぁあああああああああああああああああっ!」

 

 圧倒的すぎる散弾の勢いに、地下街の空気が膨張したような突風が吹いた。

 突風によって吹き飛ばされた黒煙が鼻から奥へと侵入し、ステファニーは思わず大きく咳き込んだ。――ところで、やっと彼女は引き金から指を離した。

 黒煙の壁が途切れ、その向こうにある物が見えた。

 この程度で終わりかよ、とステファニーは心底失望したような表情で吐き捨てる。

 そして軽機関散弾銃を肩の上に置いた――その時だった。

 

 

 ぼしゅっ! という歪な音。

 同時に左腕が消し飛ばされ、ステファニーの身体に激痛が走り、そして彼女は見る。

 絹旗と流砂の身体を盾にし、隻腕の女がこちらに向かって狂気的な笑みを向けているのを。

 

 

「な……ん、で……?」

 

 ステファニーは驚いた顔で、隻腕の女――麦野沈利を眺めていた。

 防御が得意な能力者を盾にしたせいか、彼女に目立った外傷はない。左腕と右目が無いのは始めからだから考慮しないにしても、流石に無傷というのは一体全体どういうことだ。

 それに、窒素をほとんど失っていたはずの絹旗が生きているのも納得できない。いくらあの少年よりも内側にいたからと言って、あの散弾に倒れないわけがない。

 その時、ステファニーの靴に何か堅いものが当たった。ぼんやりとした目でそれを見てみると、そこにはアルファベットが刻まれているスプレー缶が転がっていた。

 ステファニーはそれが、元素記号の一つであると記憶していた。

 

「液体、窒素……ッ!?」

 

「私は窒素を操ることしか超できない能力者ですからね。『窒素を奪われたら超どうしようもない』ことを世界の誰よりも超知っている人間であるこの私が、何の対策も講じていないと思いますか? まして私は超暗部の人間なんです。欲しいものぐらい超すぐに手に入れることができるんですよ」

 

 ふふん、と得意気に鼻を鳴らす絹旗。

 対照的に、ステファニーは悔恨の極みとでも言いたげな表情で歯を食いしばっていた。大量に血が出ている左腕の傷口を抑えながら、ステファニーは涙が出るのを必死に堪えていた。

 自分の復讐が、失敗した。全てを捨てる覚悟で挑んだ復讐が、圧倒的敗北という形で失敗してしまった。こんな状態で、砂皿緻密にどういう顔を向ければいいというのだろうか。

 いや、それ以前に、あの麦野沈利とかいう超能力者が奴らの味方をしている意味が分からない。さっきのやり取りからして、敵同士なのではないのか。いや、凄く仲睦まじそうであったが、それでも仲間同士というような空気ではなかった。

 そんなことをステファニーが考えているのを察したのか、麦野は右手で頭をガシガシと掻き、

 

「どれだけ世界が壊れようとも、私は流砂の味方なんだ。確かに、私は流砂を殺したいと思ってる。流砂を自分の心の中だけで生かし続けるために、私は流砂を今すぐにでも殺したい。まぁ、浜面は絶対に今度全力でブチコロシ確定だけどな。でも、浜面も浜面でどうやら流砂の仲間みたいだし? 一応は護ってやんないといけないでしょ」

 

「……結局、あなたは何がしたかったんですか……?」

 

 「あぁ? そんなの決まってるだろ?」苦悶の表情を浮かべながらのステファニーの問いに、麦野は無邪気な子供のような笑顔を浮かべ、

 

「私は流砂を愛してる。学園都市に反逆することになろうがなんだろうが、私の行動理念はそれ一つだ。流砂を殺すのは簡単だけど、私は流砂の笑顔をもっと長く見ていたい。勝手な女だと思うかもしれないけど、勝手で暴虐武人だからこその麦野沈利だ。――まぁどうせ、流砂は私の行いの全部を許してくれるんだろうけどさ」

 

「そんな、勝手な理由で……私の邪魔をしたんですか……っ!?」

 

「だから言っただろ、私は勝手な女だって。私はお前の復讐なんてものにゃ露ほどの興味も無い。私の興味は流砂だけにしか向いちゃいない。故に、私はお前なんかどうでもいいんだ」

 

「ふっざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんなぁああああ! あなたにとっちゃどうでもいいかもしれないけれど、私にとっちゃ大問題なんですよ! 愛する? 仲間? ふざけるのも大概にしろ! そんなお気楽展開は必要ないんですよ! 今ここであなたたちを殺さないと、砂皿さんが救われない! 砂皿さんを救えない! あなたたちなんかに……あなたたちなんかに……私の夢を奪わせてたまるもんかぁあああああああああああっ!」

 

 そう叫びながら、ステファニーは懐から拳銃を取り出した。彼女の派手な商売道具とは違う、とても地味で在り来たりなレディース用の拳銃だった。――だが、その威力は一級品だ。

 ステファニーは拳銃の安全装置を外し、迷うことなく引き金を引く。装填されている弾丸をすべて使い切るまで、彼女は何度も引き金を引き続けた。

 だが、その銃弾が麦野に当たることは無かった。

 理由は簡単。

 麦野の前に、ゴーグルの少年が立ち塞がっていたからだ。

 「いっつつ……流石に咄嗟の行動じゃスマートな防御にはならねーッスね」銃弾が突き刺さったハズの腹部を軽く摩りつつ、流砂は苦笑いを浮かべる。彼の後ろにいる麦野は流砂を見て顔を赤らめているし、本当にコイツらは訳が分からない。

 復讐も怒りも全て止められたステファニーは、ガクンと膝から崩れ落ちた。もはやすべてのことがどうでもいい。何一つ成し遂げられなかった自分には、もう何も残されていないのだから。

 

 

 だが、そんな彼女に手を差し伸べる者がいた。

 

 

 草壁流砂。

 壊滅した暗部組織『スクール』の元構成員である少年は、絶望しきった表情のステファニーに、スッと右手を差し出した。

 「……え?」と呆けた顔をするステファニーに流砂は言う。

 

「お前の師匠の砂皿って人は、俺が所属してた組織に雇われてたんだ。俺は一度も会ったことがねーからその砂皿って人がどんな奴かは知らねーけど、かなり凄腕のスナイパーだってことはリーダーから聞かされてた」

 

「なにが、言いたいんですか……」

 

「俺にゃその砂皿って人を救う義務があるって言いたいんスよ」

 

「――――、は?」

 

 彼の言っている意味が、分からなかった。

 同じ組織の仲間だったからと言って、顔を見たことも無いほぼ赤の他人な砂皿を救うなんて、お人好しも度が過ぎるといったものではなかろうか。こんなどす黒く濁った街に、そんな善人がいるはずがない。

 だが、目の前にいるこの少年は、ステファニーに笑顔で手を差し伸べてくれている。まるで自分が言っていることは何も間違ってはいないとでも言いたげな笑顔を浮かべて、少年はステファニーに手を差し伸べてくれている。

 じわっ、とステファニーの目頭が熱くなる。こんなことで泣いちゃダメって分かっているのに、こんな街の暗部なんかをしている奴に感謝しちゃダメだって分かっているのに、彼女の目頭にはどんどん熱が込められていく。

 顔を歪めることで必死に涙を堪えるステファニー。

 そんなステファニーの右手を無理やり握り、流砂は煤だらけの顔で子供のような笑顔を浮かべ、

 

「大丈夫。腕のイイ医者を知ってるんスよ。患者が死んでいなけりゃ絶対に救ってくれる、学園都市最強の名医をな。だから、お前はもー何も心配はしなくてイイんス。自分の感情を曝け出して、今ここで子供のよーに無邪気に泣いてイイんスよ」

 

「……ふっざけんな……ふざけてんじゃないですか……うぅっ、くそっ…………ありがとう、ございます……っ!」

 

 ぼすっ、と流砂の身体に顔を押し付け、ステファニーは子供のように泣きだした。自分の命を懸けてでも救いたかった人を救ってもらえて、凄く嬉しかったから、彼女は子供のように泣きだした。

 自分の服を噛むことで必死に声を噛み殺しているステファニーに苦笑しつつ、流砂は彼女の頭を撫でる。どう考えてもステファニーの方が年上なのだが、今のこの状況では流砂が兄のように思えなくはない。妹を慰める兄、という言葉が一番しっくり合うのだろう。

 

 

 だが、そんな感動的な状況は、いとも簡単にひっくり返される。

 

 

 その前兆に気づいたのは、麦野の後方で滝壺の身体に抱き着いていた、シルフィ=アルトリアだった。

 シルフィは滝壺の身体にいきなり抱きつき、そのままの流れで全身を震わせ始めたのだ。絹旗たちの戦闘を察知した時のように、麦野の襲来を察知した時のように、シルフィは全身を震わせている。

 「どうしたの、しるふぃ?」震えるシルフィの身体を優しく抱きつつ、滝壺は問う。

 そんな滝壺の問いに答えるようにシルフィは彼女の顔を見上げ、

 

「……逃げないとっ。早くここから逃げないと駄目なの!」

 

『は?』

 

 シルフィの叫びに彼女以外の全員が呆けた声を上げた瞬間。

 地下街に黒づくめの特殊部隊が雪崩れ込んできた。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二十項 暗部同士

 ロシア編が終わったら、キャラ投票を行いたいなーって思ってます。

 詳しい説明はその時に行いますが、上位七名に関しては短編を書こうかなーって思ってます。

 多くの投票、来たらいいなぁ……(ちらっちらっ

 そんなわけで、ちょっとだけ報告なのです。



 地下街に黒づくめの特殊部隊が雪崩れ込んできた。

 その現実を前に流砂がとった行動は、とてもシンプルなものだった。

 

「頼む、沈利っ!」

 

「了解!」

 

 キュガッ! という轟音を奏で、麦野が放った光線が特殊部隊を横一線に薙ぎ払った。

 一瞬で下半身を根こそぎ奪われた男たちが、何のリアクションも起こさずにボトボトと地面へと落下していく。今の攻撃で敵全員を殲滅できたわけではないが、八割ほどの戦力は根こそぎ消し飛ばせたはずだ。大丈夫、単純な戦力で言えば、こちらの方にまだ分がある。

 流砂の記憶が間違っていなければ、この特殊部隊たちの目的は『浜面仕上の殺害』だ。暗部抗争で死ななければならなかった下っ端を殺すためだけに、コイツらはこの地下街に雪崩れ込んできたはずだ。

 だが、その理論で行くならば、流砂も命を狙われている可能性が高い。原作では死んでいるハズの人間が今この場で生き延びている以上、学園都市の統括理事会理事長であるアレイスターが何の対策も講じないとはとてもじゃないが思えない。そろそろ潮時かな、と流砂は流れる冷や汗を手で拭う。

 物陰に隠れながらも着実にこちらに向かって進撃してくる特殊部隊を迎撃しつつ、麦野は流砂に叫ぶ。

 

「おい流砂! 一旦逃げた方がいいんじゃないの!? 今の私じゃこれ以上乱発できないわよ!?」

 

「分かってる! だから、えーっと、俺と絹旗が殿やるから、お前は浜面達連れて先に行け! 再会したらキスでも何でもしてやっから、今はとにかく俺の命令を聞いてくれ!」

 

「その約束ぜっっっっったいに忘れるんじゃないわよ!」

 

「ったりめーッスよ!」

 

 「ほらっ、その粗末なナニ焼かれたくなかったらさっさと立て!」「ちょっ、オイ! 草壁はどうすんだよ!」「いいから急げっつってんだ!」「……ゴーグルさん!」「お前もいつまでも駄々こねてんじゃねえ!」ドタドタドタッ! と騒ぎ立てながら地下街の外へと駆け上がっていく麦野たち。最年少のシルフィが凄く心配だったが、流石にこの場においていくことなんてできるわけがないので、あれが彼女にとっての最善策なのだ。大丈夫、間違っちゃいない。

 「ほら、立てるか?」「流石に私を見縊り過ぎじゃないですか? これでも一応、元警備員なんですよ?」麦野の攻撃によって片腕を失っているステファニーに肩を貸し、彼女をなんとか立ち上がらせる。失血量がどう考えてもヤバいところまで達しているせいか、ステファニーの顔色は優れない。今すぐにでも病院に連れて行く必要があるだろう。

 青褪めた顔のステファニーを支えながら隣に立っている流砂に怪訝な表情を浮かべ、絹旗は「はぁぁぁ」と深い溜め息を吐く。

 

「相っっっ変わらず超凄まじいほどに善人ですね、草壁。敵である女を助けるなんて」

 

「お前にとっちゃ敵なんかもしんねーけど、俺にとっちゃただのケガ人なんだよ。故に、俺のこの行動は間違っちゃいねーんス。――ンなことより、ちゃんと体力は残ってるんだろーな? 戦闘中にスタミナ切れとか、笑い話にもなんねーッスよ?」

 

「誰に言ってるんですか、超草壁。少なくとも、あなたに後れを取ることは超ありませんよ」

 

「そーかいそーかい。相っ変わらず俺にゃ厳しーな、お前」

 

「超お互い様です」

 

 相変わらずのツンケンな会話を終わらせ、二人はぞろぞろと物陰から出てくる特殊部隊に視線をやる。三十人以上は倒しているハズなのに、そこにはまだ四十人ほどの戦力が存在していた。結構本気かよ、と流砂は深い溜め息を吐く。

 浜面の逃走。特殊部隊の登場。――そして、絹旗の戦闘が終了。

 タイミング的にもバッチリなのだが、やはりこのイベントに関しては腑に落ちない点が多すぎる。コイツらがどこに潜んでいたかがまず分からないし、そもそも絹旗たちの戦闘が終了するのを待つ意味が分からない。本当にこのタイミングで来たばかりなのかもしれないが、あの統括理事会理事長の考えること。予想したところで全てが徒労に終わるに違いない。

 故に、流砂は口を開く。

 この特殊部隊――『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の残党を率いてやってきているであろう、能力者の名前を呼ぶために。

 

「そこにいるんスよね、さっさと出てきたらどーッスか? ――心理定規(メジャーハート)さん?」

 

「あら、気づいてたんだ? 気配は消してたつもりだったのだけど」

 

 『猟犬部隊』の奥から出てきたのは、赤いドレスとふわっとした金髪が特徴の、十四歳ぐらいの少女だった。

 心理定規。

 つい先日壊滅した暗部組織『スクール』の構成員で、今現在は新しい暗部の正規構成員となっているハズの少女だ。――そして、流砂のかつての商売仲間。

 流砂と絹旗とステファニーに銃口を向けている『猟犬部隊』を従えつつ、心理定規は心底がっかりした様子で肩を竦める。

 

「まさかこんなところで『スクール』の生き残りに会えるとはね。どう、草壁? 私たちのチームに入らない?」

 

「その誘い自体は途轍もねー程に嬉しーんスけど、超遠慮させてもらうッス。俺の前にゃ、やるべきことが山積してるんでね」

 

「あらら。フラれちゃったわ」

 

 初めから断られると分かっていたのか、心理定規はあまり残念そうにはしていない。

 現在進行形で仲間であるはずの心理定規を睨みつけ、絹旗は怪訝な表情を浮かべながら心理定規に問いただす。

 

「こんなところにわざわざ雪崩れ込んできて……超何のつもりですか?」

 

「私としても、とても不可解な命令なのよね。というか、『猟犬部隊』の残党と仕事をさせられるなんて、私が文句を言いたいぐらいだわ」

 

 心理定規の言いたいことが分からない、と言った様子の絹旗。それは部外者であるステファニーも同様で、脂汗を流しながらも小さく首を捻っている。

 だが、流砂はある程度の事情を把握している。コイツらがどういう理由でここに来たのかも知っているし、アレイスターの狙いが一体誰なのかも重々承知しているつもりだ。

 故に、流砂は言葉を紡ぐ。

 無駄なイベントは省くとでも言いたげに、流砂はさっさと核心を突く。

 

「浜面仕上の抹殺。上条当麻や一方通行とは違う、アレイスターの『プラン』に完膚なきまでのダメージを与えてしまうかもしれない存在である浜面を、早急に抹殺する。――それが、お前らの目的ッスね?」

 

「あら? あらら? これは驚いたわね。あなた、昔に比べて情報収集能力が上がったんじゃない? うわぁ、ますます欲しい人材だわ」

 

 わざとらしく感嘆の声を上げる心理定規に構うことなく、流砂は続ける。

 

「浜面は暗部抗争の日に、麦野沈利に殺されていなければならなかった。それがアレイスターの『プラン』の流れであり、あらかじめ決められていた運命のようなものだった。――だが、浜面は生き残った。あろうことか、麦野沈利を倒し、更に滝壺理后を奪取する形で」

 

「そうそう。だからこそ、アレイスターはここらでその芽を摘んでおくことにしたそうよ? 『プラン』に多大なダメージを与えかねない浜面仕上を、学園都市の全力を以って抹殺しようとしているらしいわ。アレイスターでも予想ができない何かを掴みとろうとしているあの無能力者を、早急に抹殺する必要があるってね。――あの無能力者にそこまでの価値があると思う?」

 

「少なくとも、俺たちみてーなクズよりは何百倍も価値があるッスよ」

 

「……あなた、本当に帝督に似てきたわね」

 

「ありがとう。最高の褒め言葉ッス」

 

 ニヤリ、と流砂は笑みを浮かべる。

 やっぱり、コイツらの目的は浜面仕上だった。そこは原作通りで助かったな、と流砂はとりあえず安堵する。

 だが、問題はここからだ。

 浜面仕上の理論で行くならば、流砂の存在自体もアレイスターの『プラン』に反している可能性がある。というか、その可能性はとてつもない程に高いだろう。浜面と同じく麦野沈利に殺されていなければならなかった存在である草壁流砂は、アレイスターの『プラン』に多大なダメージを与えかねない。――まぁ、ただの自意識過剰かもしれないが。

 そんなことを考えているのがばれたのか、心理定規は今度こそ少しだけ残念そうな表情を浮かべる。

 

「それで、どうやらあなたも狙われてるみたいなのよね――草壁流砂?」

 

「言われるまでもなく分かってるつもりッスよ。麦野沈利に殺される予定だったのに生き延びて、尚且つ麦野沈利を学園都市に反逆させてしまった張本人なんスからね。これで普通に見逃してもらえたら、俺は学園都市の未来を嘆くことになるだろーな」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 草壁が超死ぬ予定だった? 浜面が何かを掴みかけている? あなた達は超一体何を言ってるんですか!?」

 

 何の説明もなしに進んでいく会話を前に、絹旗が声を荒げる。

 「詳しー説明は後だ。今はとりあえず落ち着いてくれ」流砂はそんな絹旗を片手で制しつつ、心理定規を真正面から見据える。

 まだ、ピースが足りない気がする。浜面が狙われて流砂が狙われて、それで本当に学園都市の作戦は終了なのか? もっとこう、浜面や流砂以上に大切な存在がいるんじゃないのか? 

 麦野沈利。――いや、アイツは『プラン』には何のダメージを与えないはずだ。基本的に浜面を倒すためだけに復活したような感じだから、勝手気ままに振舞っていても大して問題に放っていないハズ。

 滝壺理后。――可能性としては高いかもしれないが、それでもやっぱり違うと思う。彼女の『能力追跡(AIMストーカー)』は学園都市の全機能を賄うことができる未来を持っている最重要能力だが、それでも今の段階ではそこまで重要視されてはいないハズ。

 ――ということは、コイツらが狙っているもう一人の人間は……。

 

「シルフィ=アルトリアの存在について、説明を求めてもイイッスか?」

 

「……もしかして、気づいちゃった?」

 

「気づくもなにも、ただの消去法で導き出しただけだ。沈利は狙われない、滝壺は後で回収すればいい。そして、さっき逃げた中で一番正体不明なのが、シルフィ=アルトリアだった。ただそれだけの話ッスよ」

 

「本当に情報収集が得意みたいだね。そんなあなたを評価して、ここは私がちゃんと暴露させてもらうことにしましょうか」

 

 はぁぁーやれやれ、と肩を竦め、心理定規は話を始める。

 

「シルフィ=アルトリアはね、『世界を救う可能性を秘めている原石』なんだ」

 

「世界を、救う……?」

 

「ええ。シルフィ=アルトリアの能力は、『回帰媒体(リスタート)』。自分の命を脅かす危険を十秒程前に察知する能力、っていう説明が妥当かな。とにかく、あの子は科学では説明ができないような能力を持っているのよ」

 

「そんな理由で狙われるわけねーッスよね? この学園都市にゃ『原石』なんて十何人もいる。そんな中で、シルフィだけが狙われる。どー考えてもそれ以上の理由があるだろーが」

 

 あえて例を挙げるなら、『最大原石』と呼ばれる超能力者がいる。

 世界最高の原石と評価されているその超能力者は、本当の意味での非科学的な能力を扱う能力者だ。今まで何十人もの研究者がその能力者を研究してきたが、全員が例外なく匙を投げてしまったらしい。――それほどまでに、『原石』というのは科学からかけ離れた未知の存在なのだ。

 流砂の問いに心理定規は艶のある笑みを浮かべ、

 

「これはもしかしたらの話だけれど。シルフィ=アルトリアの能力が今後更なる進化を経て、一日前には既に危険を察知することができるようになったとするわ。そんな『どんな機械よりも正確な予知ができる能力者』を量産して世界中にばらまけば、この地球の危機は早急に避けられるとは思わない?」

 

「もしかして、『妹達(シスターズ)』と同じコトをやるつもりなんスか……ッ!?」

 

「あれは電気系統能力故の『ミサカネットワーク』があってこその量産体じゃない。――けど、シルフィ=アルトリアのクローン化計画はそんなネットワークを必要としない。だって、ただの予知システムに、ネットワークなんて必要ないでしょう?」

 

「…………誰が、その計画を立案したんだ。そんな非人道的な計画を、どこの誰が立案したんスか?」

 

木原利分(きはらりぶん)。あの『木原一族』の一人で、世界を救うためならどんな犠牲も厭わないという、生粋のマッドサイエンティストよ」

 

 木原利分。

 世界を救うためならどんな犠牲も厭わない……その肩書きからして凄まじく矛盾しているのだが、その研究者があの『木原一族』の一人だというのだから妙に納得してしまえる。

 科学の発展には必ず関わってきた、世界で一番凶悪な研究者一族。科学の研究のためならどんな犠牲も厭わないくせに、人類が望む結果だけは確実に提示する異常者の集まり。――そんな奴らの一人に、シルフィが目を付けられた。

 クローン化計画というが、説明されたシステム通りならば、シルフィのクローンには感情というものが一切合財排除されてしまうのだろう。ただ危険を察知して伝える。それだけの機能を持った人形として、冷凍食品のようにスイッチ一つで量産されてしまうのだろう。

 ふざけんな、と流砂は歯を噛み締める。ただ珍しい能力を持っているだけで、何で人権ごと剥奪されなければならないんだ。なんであの幼気な少女が、そんな地球規模の計画に巻き込まれなければならないんだ。

 ふざけんな、ともう一度流砂は吐き捨てる。この街の理不尽さを改めて理解した流砂は、本気で奥歯を噛み締める。

 十分な説明はしたわね、と心理定規は息を吐く。

 それが合図だったのか、『猟犬部隊』の残党達の銃口が一斉に流砂たちに向けられた。

 

「絹旗最愛は捕獲。それ以外は殺しても構わないわ。まぁ、私としては、草壁は殺さずに仲間にしたいわけなんだけど……流石にアレイスターに逆らう訳にはいかないしね」

 

「相っ変わらず学園都市の飼い犬に成り下がっちゃってるんスね、心理定規さん。『猟犬部隊』と結構マッチしてるんじゃねーの?」

 

「それが辞世の句でいいのね」

 

 スッ、と心理定規の腕が上がった。あの腕が振り下ろされた瞬間、流砂たちに無数の銃弾が突き刺さることになるのだろう。絶対防御能力を持つ絹旗と流砂は別に大したダメージを受けないが、生身の人間でしかもケガ人であるステファニーは確実に死んでしまうだろう。それだけは絶対に避けなければならない。

 「…………絹旗。俺が合図したら、ステファニー抱えて後ろに向かって走れ」「草壁、超何をするつもりなんですか……?」「説明はしねー。イイから、ステファニーのコト頼んだぞ」心理定規には聞こえないほどの音量で会話を終わらせ、流砂はステファニーを絹旗に預ける。

 そして絹旗たちの前へ一歩踏み出し、心理定規の前に立ち塞がる。

 

「……どういうつもり、なのかしら?」

 

「言っとくけど、俺はこの状況をある程度予想できてたんだよ。情報収集能力っつーことになるんだろーけど、とにかく俺はこの日のために最大限の準備を行ってきた。――そんなわけで、俺は今からお前らに全力で反抗するつもりなんスよ」

 

「私たちから逃げられると思ってるの? 私たちの戦力は、学園都市の全てなんだよ? そんな少数精鋭だけで、逃げられるわけないでしょう?」

 

「いやいや、そんなコトねーッスよ。物語はいつも少数精鋭が生き延びる。そーゆー風に、世界は成り立ってるんスよ」

 

「無駄な抵抗というヤツね。まぁ一応、何をするかぐらいは教えてもらってもいいかしら? 元仲間としての誼で、ね」

 

 そう言いながらレディース用の拳銃を構える心理定規。その銃口は流砂の眉間に向けられていて、引き金にはご丁寧に人差し指がかけられている。

 だが、流砂は脅えることも怖れることもしない。

 ただ、携帯電話を右手に持っているだけだ。

 そして、その画面に親指が触れている。

 にやぁぁ、と口を三日月状に裂けさせ、流砂は腹の底からあらん限りの音量で叫びを上げる。

 

「出番だぜ、ナンバーセブン!」

 

『いよっしゃぁあああああああっ! すごいパーンチ!』

 

 そんなふざけた掛け声の直後。

 地下街に暴力の嵐が吹き荒れた。

 




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 次回もお楽しみに!


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第二十一項 削板軍覇

 二話連続投稿でーす。



 本日の天気は晴れ。

 所により、暴力の嵐が吹き荒れるでしょう♪

 そんな天気予報が聞こえてくるような状況下にて、草壁流砂は学園都市を駆け抜けていた。

 ゴーグルをカチャカチャと鳴らしながら走る彼の左には、ケガ人の女を抱えた少女がいて、右には白ランで同色のスラックスで白い鉢巻で日本の古い国旗模様のシャツという異様な出で立ちの少年が流砂と同じペースで走っている。

 ナンバーセブン、削板軍覇(そぎいたぐんは)

 学園都市に七人しかいない超能力者の第七位にして、愛と根性を愛するヲトコである。

 羽織った白ランをはためかせながら走る削板にサムズアップしつつ、流砂は純粋な笑顔を浮かべて声を上げる。

 

「作戦どーりだな、削板!」

 

「んっふっふーん。それはお前の根性の利いた作戦がよかったんだ! しかーし! 今はそんなことなどどうでもいい! 今ここで論議するべきなのは、作戦の成功についてではなく、オレの根性が体内から漏れ出てしまうぐらいに満ち溢れているということだーっ!」

 

 走りながら胸を張るという器用な技を削板が披露すると、彼の背後で赤青黄色の煙がドバーン! と噴き出した。どこかに煙幕発生装置でも仕掛けられていたのだろうかと思ってしまうかもしれないが、なんてことはない。これは削板の能力の一つにすぎないのだ。

 本当なら音速の二倍で走れるのに流砂たちに遠慮して速度を落としている削板は、絹旗が抱え上げているステファニーの腰ををむんずと抱え上げ、そのまま流れるような動作でステファニーを絹旗から引っ手繰った。

 それに驚いたのは、今の状況が全く読めていない絹旗だ。

 

「ちょっ、超いきなり何やってんですか!?」

 

「時間がないから手短に説明するが、オレの本当の任務はこのケガ人を根性で病院に送り届けることなのだ! つまり、オレは今からその任務を達成しなければならない! 友との約束を守るのは、根性云々の前に当たり前のことだろう!?」

 

「いやいやいや! 超まったく状況がつかめないんですけど!? ――ってああぁっ! しかも気づいた時にはあの根性バカがもういない! なんて速さですか嵐ですか嵐なんですか!?」

 

 うぎゃぁあああああっ! と叫び声を上げる絹旗に、流砂は露骨な苦笑を浮かべる。

 やっぱアイツ、どこに行ってもシリアスブレイカーだよなー、なんてことを思いつつ、流砂は嵐のような根性さんとの邂逅シーンを思い出していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 あれは、確か十月十五日ぐらいのことだったと記憶している。

 退院したばかりで特にやることも無かった流砂は、リハビリを兼ねて第七学区を目的も無く歩いていた。ベッドの上で生活していたせいで鈍った体を解す為だったので、別にそこまでの目的地なんてものは彼の中には存在しなかった。ただ単純に散歩するだけ。どこの老人だよというツッコミが来てもおかしくないような時間を、その時の流砂は送っていた。

 最初はアイスを買って食べたり公園の子供たちとサッカーをして遊んだり、なんていう普通の休日を過ごしていたわけだが、そんな普通は彼がとある河原を訪れたことで崩壊する。

 そこには、学園都市が生んだ都市型モンスター。絶対にどこぞの外国人傭兵部隊とかで半年は渡り歩いてきただろお前と言えるような巨漢筋肉ムキムキ人間兵器が、指の関節をパキポキと鳴らしながら立っていた。

 はて、なんかどっかで見たことある気が……うーん、誰だろー? なんてことを思いながら必死に頭を捻る流砂。原作知識を曖昧にしか覚えていない流砂にとって、出番が劇的に少ない原作キャラほど覚え辛いものはない。というか、本当にコイツ見たことあるぞ。

 詳細を確認するためにもう一度河原を見てみると、その人間兵器の向かい側に、やけに目立つ格好の少年が立っていた。無駄な脂肪が一切ない、細マッチョなイケメンさんだった。

 男にしては長い黒髪で、大覇星祭はとっくに終わったのに額には純白の鉢巻が巻いてある。白い学ランを羽織っていて、その下には古き良き大日本帝国の国旗らしき模様がついた白いシャツが。さらに下半身は純白のスラックスに包まれていて、足首から先を覆う靴も更に純白。白い少年こと一方通行のお株を完全に奪った、凄いイレギュラーな少年だった。

 そんなイレギュラーな少年を見た瞬間、流砂の頭に電撃が走る。

 

「もしかしてアレって…………削板軍覇?」

 

 学園都市の第七位の超能力者にして、世界最高の『原石』と言われている天然の能力者。

 能力の詳細及び名称は不明。攻撃手段や防御の解明すらされていない、正体不明説明不能の根性バカ。銃弾が効かずアイスピックが効かず、おまけに遠くにいる敵を遠くから殴り飛ばすという荒業を平気でやってのけるリアルブレイカー。……正直言って、禁書世界で一番キャラが濃いのではなかろうか。

 あの少年が削板だということは、あの人間兵器はモツ鍋ナントカさんか。――もとい、内臓潰しの横須賀さんか。近くにあの一般市民こと原谷矢文くんの姿は無いようなので、どうやら二人は単純な決闘を行いに来ただけみたいだ。…………いや、単純な決闘って何だ。

 とりあえずこれは面白そーだな、と流砂は河原の草原に腰を下ろした。どうせ暇だったし、この二人の戦いで何かしらの戦術のヒントが得られるかもしれない。見ておいて損はないだろ、というのが本音だ。

 流砂の存在には全く気付かない様子で、モツ鍋さんはファイティングポーズをとる。

 

「ふっ、俺は内臓潰しの横須賀。ナンバーセブンこと削板軍覇、今日こそ俺は貴様に勝ぁーっつ!」

 

「すいません! お腹が空きました!」

 

「ちょ、もーっ! 昼飯ぐらい先に済ませとけって! だから、あの、何だ? どこまで話したっけ? あと、えーっと……そうそう、あれだ。削板軍覇! この内臓潰しの横須賀が、今日こそ貴様を叩き潰してや」

 

「すごいパーンチ」

 

「だから最後まで話聞けって! ――って、ぬぅぅぅんっ!」

 

 ………………なんか、削板の一撃をモツ鍋さんが耐えていた。

 流石に出会ってから半年以上経っているせいか、モツ鍋さんの耐久力が原作よりも上がっている。アレって結構戦力になるんじゃね? と流砂は顔を青褪めさせるが、河原にいる二人はそんな流砂に気づくことなく戦いを続行させる。

 「そんな攻撃、俺には効かぬわぁあああっ!」筋肉のカタマリと言っても過言ではないほどの身体で突撃を開始するモツ鍋さん。右腕が振りかぶられている点から、どうやら彼は削板に本気の右ストレートをお見舞いするつもりらしい。どこの喧嘩漫画だよ、と流砂のツッコミが止まらない。

 「ぬぅんっっっ!」という暑苦しい掛け声の直後、モツ鍋さんの拳が削板目掛けて振り下ろされた。その勢い速度共に一級品で、こんなところで不良をしているのがとても残念だと思えるほどに凄まじいパンチだ。いやホント、何でこの人学園都市にいるんだろう。外国で傭兵でもやればいいのに。アックアの相棒でもやってりゃいいのに。

 ダンプのように迫ってくる拳を前にして、削板はとてもシンプルな行動をとった。

 右ストレート。

 ただそれだけのことで、河原に激しい突風が吹き荒れる。

 

「すごいパーンチ!」

 

「ぐ、ぬぬぬぅっ……ま、まだ終わらんぞぉおおおおおおおおおおっ!」

 

 超能力者とマッチョな人間兵器が、互角にやり合っていた。

 体格的にはモツ鍋さんが圧倒的のはずなのに、削板はそんな体格差など関係ないとでも言うようにモツ鍋さんの拳を押し返している。喧嘩漫画というより少年漫画だろコレ! と流砂はもはや何度目かも分からないツッコミを入れるが、それに答えてくれる奴はこの場にはいない。

 そうこうしている間にも、なんか見えないオーラ的なナニカがモツ鍋さんの方へ徐々に迫っていた。ただ殴り合っているだけのはずなのに、何故かそこには異常なオーラが存在していた。モツ鍋さんスゲェエエエエエエエエエッ! と柄にもなく叫んでしまった流砂は悪くない。

 「ぬっ、ぅううぅぅぅううううううぅぅぅうぅうううん!?」と全身の筋肉を脈動させて必死に堪えるモツ鍋さん。どう考えても悪役のはずなのに、何故か流砂はこの筋肉だるまのことを応援したくなっていた。いやホント、何でこの人不良なんかやってるんだろう(二度目)。

 そしてついに、決着の時が来た。

 「今日もいい根性だな、モツ鍋! そんなお前を評価して、今日はオレの根性が最大限に詰まった一撃を与えてやるぜ!」右手を前に突き出しつつ、削板は全身に力を込める。――直後、削板の周囲に七色の煙的なナニカが発生して彼に向かって集束し始めた。

 「うわーお。直で見るとスゲー迫力……」どこぞの宇宙規模の戦闘民族的なオーラを放っている削板をキラキラと光の灯った子供のような目で眺めつつ、流砂は感嘆の声を上げる。

 直後。

 削板の手から巨大なオーラが放出された。

 

「超! すごいパーンチ!」

 

「いやそれ大した進化してねえだろおがぁああああああああああああああうううううんっ!」

 

 レーザー光線のように一直線に突き刺さって来たナニカを両手で受け止め、モツ鍋さんは丸太のような足で地面を全力で踏みしめる。ここで根性負けしてしまう訳にはいかない。彼には彼なりの根性というものがあるのだ。

 おーおーよくあんな攻撃受け止められんなー、と流砂はあくまでも他人事のように感想を述べる。なんか正体不明の突風が吹き荒れているが、きっとあのナンバーセブンのせいなので気にしない。もう何がどうとかあれがどうとか、そういう次元の話ではないことぐらい分かっている。

 だが、そんな油断がいけなかったのか。

 モツ鍋さんが削板の『超すごいパンチ』を流砂の方へと弾き飛ばしたのだ。

 ちょうどいいタイミングで欠伸をしていた流砂の顔が凍りつく。死の直前は全てがスローに見えるというのは本当のことのようで、その時、流砂は時間の流れを超越していた。

 

「――――――、え?」

 

 直後。

 流砂を中心として巨大な爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「そんな感じのことがあってから、俺と削板は友達になったんだ」

 

「意味が分からない! 超意味が分からない! なんでそこからここまでの信頼関係!? 経緯を超省き過ぎなんですよ超草壁ェえええええええええええっ!」

 

 夜の学園都市を駆け抜けつつ、絹旗は頭を抱えて絶叫する。

 まぁ確かに、流砂としても削板と友達になれたのは凄く予想外なことだった。削板の攻撃で人工アフロにされた流砂はお詫びという形で焼き肉店へご招待され、途中から合流した原谷矢文と一緒に削板とモツ鍋さんの根性の会話を傍観した。――そして、そのままの流れでその場にいた全員でメアドと電話番号を交換。後に削板に今回の救援を頼んだ、というわけだ。――いやホント、世の中って素晴らしい。

 絹旗の絶叫に耳を抑えつつ、流砂がやって来たのは第二十三学区。学園都市の航空施設をギュッと凝縮させた、世界最新鋭の空港だ。

 流砂は第二十三学区にある航空機の中でもかなり小型の戦闘機に乗り込み、慣れた手つきで操縦席の機材を弄り始めた。

 そんなわけで、絹旗最愛ちゃんから一言。

 

「超説明してください! あなたは今何をやっていて、これから超何が起こるのか!」

 

「詳しー説明なんてやってる暇ねーんだよ! 行き先はロシア! 目的は学園都市からの逃亡! 今はそれだけで何とか納得してくれ!」

 

「……ぅうあああああああああああっ! もうっ、超何がどうなってるんですかぁあああああ!」

 

 頭を抱えて叫ぶ絹旗だったが、一応は流砂に恋ごこ……もとい信頼を寄せているためか、渋々と言った風に操縦席の機材を弄り始めた。学園都市の暗部は全員戦闘機を動かせるのか、という質問が来たら、この二人は迷わず首を縦に振るだろう。というか、お前らホントに未成年か。

 互いに焦りながら無数のスイッチを弄っていると、画面にカタパルトの図面が表示された。そのまま画面に浮かんだ指示通りに指を動かしていくと、戦闘機のエンジンから低い唸りを上げ始めた。あと数十秒で、この戦闘機は飛び立つことができる。

 「ロシアに着いたらちゃんと説明してくださいよ!?」「分かってる! だからとりあえずシートベルトでもしろよ体消し飛ぶぞ!?」相変わらず騒ぎ立てながらコクピットでてんやわんやする大能力者コンビ。なんか遠くの方で黒づくめの特殊部隊が侵入してきていたが、もう遅い。流砂たちを乗せた戦闘機は既にカタパルトのレールに従って突き進んでいる。

 電磁カタパルトは戦闘機を上り坂のトンネルから地上へと勢いよく飛ばした。人間が紙飛行機を飛ばすかのように、二人が乗った戦闘機は夜空へと放たれる。

 予め自動操縦で設定しているため、流砂と絹旗は下手に操縦桿を握ることはしなかった。自動操縦のプログラムに従うがままに、戦闘機は夜空を超スピードで突き進んでいく。

 

 一つの戦いが終わり、更なる戦いが始まろうとしていた。

 

 誰に教えられなくても、自分の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者。

 

 過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を進もうとする者。

 

 誰にも選ばれず、資質らしいものを何一つ持っていなくても、たった一人の大切な者の為にヒーローになれるもの。

 

 ――そして。

 

 定められた運命に抗い、自分の意志に従うままに全ての悲劇を喜劇に変えようとする者。

 

 四者四様の物語が、一ヶ所に集う。

 

 四人の主人公たちが様々な思いを抱き、一ヶ所に集う。

 

 別々の道を歩んでいた、絶対に交わることがないとされてきた彼らの道が交わる時。

 

 世界で最も苛烈な戦場を舞台にした、最悪の物語が幕を開ける。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二十二項 ロシア編開幕

 三話連続投稿でーす。

 いやぁ、今日は頑張った!

 気づいてない人が多いかもだけど、俺頑張りました!(力説)


 十月十九日。第三次世界大戦が幕を開けた。

 学園都市&イギリス清教VSロシア成教&ローマ正教という組み合わせでの戦いが、全世界の一般市民の生活を根こそぎ破壊する形で、あっさりと開始されてしまったのだ。

 そして十月三十日現在。

 ロシアの雪原にぽつん、と位置している商店はアツく燃えていた。

 

「へいへいへーい! 死にたくなかったらココにあるモン全部寄越しやがれ! ほれ、プリーズミー!」

 

「そしてできれば防寒着を超プリーズ! 流石に何日間もこんな格好じゃ凍死しちゃいますからね!」

 

 頭に異様な機械を付けた少年とやけに足を曝け出した少女が、拳銃片手にフィーバーしていた。

 黒と白が混在した無造作ヘアーに結構整った顔立ち。黒白チェックの上着に、中には黒い長袖シャツ。下にはダークブルーのジーンズで足首から先は黒の運動靴に包まれている。腰に装備されている機械から頭に装着されている土星の輪のようなゴーグルに伸びているプラグが異様で、妙に三流な悪党を彷彿とさせる。

 彼の名は、草壁流砂(くさかべりゅうさ)

 学園都市の第四位の超能力者『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利(むぎのしずり)の恋人であり、つい最近死の運命から逃れることに成功したいろんな意味での『主人公』だ。

 そして、流砂の隣で拳銃を構えている少女の名は、絹旗最愛(きぬはたさいあい)

 ふわっとした茶髪ボブで見た感じ十三歳前後の少女だ。ロシアが極寒の地であるせいか、普段着であるニットのセーターの上にやけにモコモコな上着を着ている。その防寒対策でもまだ十分ではないようで、絹旗の足は生まれたての小鹿のように小刻みにがくがくとに震えてしまっている。全てを防御する『窒素装甲(オフェンスアーマー)』でも寒さはガードできないのだ。

 アッパッパーなテンションでハシャイデいる大能力者コンビの傍には、延長コードでぐるぐる巻きにされた中年太りの店長さんがぶるぶると震えている。やはり寒い環境だと脂肪が燃焼できないのだろうか。店長の額には脂汗ではなく鳥肌が立っていた。

 日本語でギャースカ騒いでいる強盗二人を睨みつけつつ、店長はドッタンバッタンとその場でのた打ち回る。この店を守る立場である以上、彼はこんなところで屈するわけにはいかないのだ。たとえ敵が日本人であったとしても、たとえ敵が今現在の第三次世界大戦中の敵対国であったとしても、彼は諦めずに彼らに抵抗しなければならない。

 だが、流砂たちとしては、こんな辺境の地で時間を潰している余裕はない。さっさと分捕る物だけ分捕って、そそくさーっとトンズラしなければならないのだ。

 故に、流砂と絹旗は中年太りの店長に向かって銃を突きつける。

 そして絶対に通じないと分かっている日本語で、満面の笑みを浮かべながら言い放つ。

 

『この店にあるもの根こそぎ持って行くからそのつもりでよろしく!』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 滝壺の容態が悪化している。

 ロシア西部の雪原で大型の乗用車を走らせながら、浜面仕上(はまづらしあげ)は奥歯を噛み締めていた。

 学園都市の追っ手から逃げるために我武者羅にこのロシアにやって来たわけだが、流石に無計画すぎた。路銀は日本円だから現地で使えないし、そもそも着の身着のままだったからロシアの寒さに耐えるための準備が全くと言って良いほどできていない。病人である滝壺理后(たきつぼりこう)にはつい先ほど調達したふかふかの毛布を掛けてあるが、それでもやっぱり彼女の顔色は優れない。

 当たり前だ、と浜面はハンドルを握る手に力を込める。

 滝壺は『体晶』とかいう得体の知れない薬品(?)のようなものの副作用で、身体の内部がボロボロになってしまっている。今も後部座席のシートで寝かされているが、整った顔には大量の脂汗が浮かんでいた。シルフィ=アルトリアという得体の知れない九歳の少女が何度もその脂汗をハンカチで拭っているが、気休めにもならないだろう。あの体調の悪さは、そんなことで回復できるほど軟なものではない。

 できれば早急に医者に滝壺を診せたいのだが、こんな辺境の地に病院なんてあるはずがない。というか、もし病院があったとしても、今の滝壺は手に負えないだろう。浜面は医療に詳しくないから良く分からないが、滝壺の病状はそう簡単に治せるようなものじゃない。治せるとしたら、学園都市内にある病院。それも、『冥土帰し(ヘブンキャンセラー)』という二つ名で呼ばれている名医が望ましい。あの医者なら、滝壺を平和的に治療してくれるはずだ。

 浜面は盗難車を走らせながら、ふと助手席に座っている女を見る。

 左腕と右目が無く、身に着けている秋物の半袖コートには赤黒い焦げ跡がついている。上から下まで完璧なスタイルを誇っており、シートに腰かけながら何度も組み直している美脚は、浜面に劣情を覚えさせる。

 そんな色気十分なくせに重傷を負ってしまっている女の名は、麦野沈利(むぎのしずり)

 草壁流砂(くさかべりゅうさ)という大能力者の少年の恋人で、学園都市に七人しかいない超能力者の第四位である生粋の人間兵器だ。

 自分のせいで大ケガを負っている麦野にビクビクと脅えながらも、浜面は麦野に声をかける。

 

「な、なぁ麦野。草壁とは連絡取れたか?」

 

「全然駄目ね。っつーか、ここって完全に圏外だし。あーもー、どっかに電波塔でも落ちてないのかにゃーん?」

 

「落し物感覚で建造物を扱うなよ……っつか、草壁って本当にロシアに来てんの? 俺たちアイツにロシアにいるって連絡すらできてねえんだぞ?」

 

「来てるよ。流砂はいつも私の行動を先読みする奴だからね。私たちがロシアにいることも想定済みなんだろうさ」

 

 即答だった。

 まるで流砂のことを心の底から信用しているかのように、麦野は何の迷いも無く即答した。――いや、本当に心の底から信用しているのだろう。

 凄い信頼関係だな、と浜面は純粋に感嘆する。出会ってからまだ一か月ほどしか経っていないハズなのに、流砂と麦野は凄まじいほどに硬い信頼で結びついている。まるで幼いころから一緒だったかのように、二人は互いのことを信じきっている。

 流砂のおかげで麦野はこうして浜面と友好的に会話をしてくれているが、もし彼の存在が無かったら、浜面は今この場で盗難車を運転することは出来ていなかったのかもしれない。学園都市にいる間に麦野に殺され、あの焼却炉で灰になってしまっていたかもしれない。そう考えてみると、流砂と知り合いでよかったと思うことができる。

 「麦野は本当に草壁のことが好きなんだな」真っ白な雪原で盗難車を走らせながら、浜面は思わずと言った風に言葉を紡ぐ。いつもの浜面なら麦野を茶化すようなことはしないのだが、今回は何故か平気だった。麦野が前よりも甘い性格になってしまっているからかもしれない。

 と、そこで浜面は麦野から返事がないことに違和感を覚えた。

 いつもだったら殴り飛ばされるか『原子崩し』をお見舞いされる状況のはずなのに、今回は何故か麦野の方がノーリアクションだ。流石にこれは予想外すぎる。

 なにかあったんだろうか、と浜面は横目でちらりと麦野を見やる。

 

「っ……流砂が好き、か……~~~っ! 何でこんなに照れるのよ……ッ!」

 

 真っ赤な顔で前髪をくしゃっと握っている、超絶的な乙女がそこにいた。

 流砂のことを愛してるといつも公言しているくせに、何故か今の麦野は耳の先まで真っ赤に染めてそっぽを向いてしまっている。自分が言う分には構わないくせに、どうやら人に指摘されると凄く照れてしまう仕様らしい。めんどくせぇ性格だな、と浜面は心の中でツッコミを入れる。

 真っ赤に染まった顔を見られたくないのか、麦野は助手席の窓の方へ顔を向ける。何度もごつごつと窓ガラスに額をぶつけているところがなんとも子供っぽいが、力の込め具合を間違って窓ガラスをぶち抜くのだけは勘弁してほしい。ロシアの極寒の地で、吹き抜けの車内ほど恐ろしいものは無いからだ。

 ギャップ萌えの餌食と化している麦野に苦笑を浮かべつつ、浜面は盗難車を走らせる。

 一人の少年と三人の少女を乗せた盗難車は、真っ白な雪原を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 旅の必需品どころか大量の食糧を確保した流砂と絹旗は、これまた確保(強奪ではない)した大型トラックでロシアの雪原を駆け抜けていた。今は第三次世界大戦中であるにも係わらず、雪原は妙な静寂に包まれている。

 流砂は自分の巨大なハンドルを操作しつつ、助手席でビーフジャーキーを齧っている絹旗に声をかける。

 

「なーそれ俺にも一枚くれよ」

 

「……この世界には、超等価交換という原則というものがありましてね」

 

「漫画のネタ引用してドヤ顔すんな。イイから、さっさと分けてくんね? これでも結構お腹空いてるんスよ」

 

「この世界には! 超等価交換という原則が!」

 

「だからもーそれはイイっつってんだろ!」

 

 ゴンッ! と流砂の拳が絹旗の脳天にクリーンヒットする。ご丁寧に、絹旗の『窒素装甲』を貫通するような圧力を込めた拳で、流砂はピンポイントで絹旗の脳天を殴りつけた。

 「お、おおおぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!」結構本気で痛かったのか、絹旗は頭を抑えて助手席でぷるぷる震えている。ちょっとだけ小動物っぽくて可愛かったが、寒さと空腹で苛立っている流砂は絹旗に冷たい目を向けながら彼女の手の中にあるビーフジャーキーを一枚だけ奪い取った。

 

「……やっぱり草壁は超草壁ですね。年下の女の子に一切の容赦もないとは……」

 

「お前は女の子と呼ばれるよーな戦闘力じゃねーだろ。どこの世界に乗用車持ち上げてブン投げる女の子がいるんだよ」

 

「ここに超いるじゃないですか。愛してるぜ、ベイベー☆」

 

「……今更だけどさ、俺って年上好きなんスよね。故に、沈利以外の女にデレデレするわけねーんだよ。ましてや十三歳前後で身体の起伏に乏しい絹旗最愛ちゃんに劣情を覚えるわけねーんスよ。やっぱりその点、沈利は最高ッスよね。スタイル良いし美人だし、俺のコト本気で愛してくれてるし。まぁ、愛情が深すぎるのが玉に傷ッスけど」

 

「…………ぴらーん」

 

「おっ!? おぉぉぉぉぉ……って見えねーじゃん! 何スかお前フェイントかよ――って、はっ!」

 

 劣情なんか覚えないとか言ったくせに絹旗の下着を覗こうと首を動かしていた流砂に、絹旗はニヤニヤヘラヘラと心の底から人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 予想にもしなかった奇襲のせいで明らかにされた自分の弱点に、流砂は顔を真っ赤にする。まさか麦野以外の女の下着を見よーとするなんて! とどこか論点のズレた後悔をしながら、流砂はフロントガラスの向こう側にある雪原に意識を集中させる。

 だが、絹旗としてはここで攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 何の因果か、今の絹旗は流砂と二人きりの状況だ。流砂の恋人である麦野もいないし、流砂に懐いているシルフィもいない。更に言うならば、流砂がフラグを立てたであろうステファニーもこの場にはいない。――つまるところ、絹旗の独壇場だった。

 (神様超ありがとう! 今ならあなたの存在を超全力で肯定しちゃえます!)流砂に見えない位置でグッとガッツポーズする絹旗ちゃん。基本的に大胆な性格である絹旗にとって、好意を寄せている人と二人きりというこの状況は、願ってもいないチャンスなのだ。

 先ほどのやり取りで、流砂が色仕掛けに弱いことは明らかになっている。子供体型の自分でも大丈夫かと内心びくびくものだったが、そこは持ち前の美脚が功を奏したのか、流砂は露骨なリアクションを返してくれた。正直死ぬほど恥ずかしかったが、そこはぐっと我慢した。

 頬を朱く染めながらじ――――っと前方を睨みつけるように見ている流砂を、絹旗は横目で見る。

 

(あのゴーグルを除けば、超格好いいんですけどね……モノクロ頭のゴーグル野郎って、なんだかギャグ漫画の主人公みたいですよね……って、私は超何考えてるんだか)

 

 草壁はどうせ超草壁なんですよ、と絹旗は小さく溜め息を吐く。まだ出会って一ヶ月ほどしか経っていないが、絹旗はこの草壁流砂という少年のことをある程度理解できている。

 無駄に善人の癖に臆病で、変に頭が回る異常なヘタレ。能力的には未完成な粗悪品なのに、機転の良さと根性のおかげで数々のピンチを切り抜けてきた。――そんな、絹旗にとっては格好いい人。

 だが、流砂の好意は麦野沈利という一人の超能力者に向けられている。最初は敵同士だったくせに、今の彼らは誰がどう見ても互いを信頼しきっている純粋な恋人同士。もう誰にも邪魔できないぐらいに、二人の距離は縮まっている。

 絹旗だって、二人の仲を祝福したい。自分が所属していた組織のリーダーと友人が恋人同士になったのだ。祝福するのはとても当たり前のことだろう。――だが、絹旗はどうしてもそんな気持ちにはなれなかった。

 理由としては、絹旗だって嫌というほどに自覚している。

 流砂のことが好きだから。

 何事にも一生懸命で、どんな悲劇も喜劇に変えてしまうこのトリックスターのことが、大好きになってしまったから。――たった、それだけのちっぽけな理由だ。

 叶わぬ恋かもしれないが、挑戦することに価値がある。少なくとも、絹旗は流砂と近しい間柄にいる存在だ。今もこうして二人きりになれていることからも分かる通り、絹旗と流砂は腐れ縁と言って良いほどの関係で結ばれている。一緒に居る時間だけで言うならば、麦野よりも多いかもしれない。

 諦めてたまるか。ちゃんと告白して玉砕するまで、私は超絶対に諦めない。自分の感情を再確認し、絹旗はぐっと拳を握る。

 だが、そんな絹旗の覚悟なんかには気づかない鈍感ゴーグル野郎こと草壁流砂は助手席でそっぽを向いている絹旗の頭に軽く手を置き、

 

「どーしたんスか、絹旗? もしかして……ビーフジャーキーの食べ過ぎでトイレ待ち?」

 

「超死ねッッッ!」

 

 絹旗の超窒素パンチが、流砂の顎にクリーンヒットする。

 突風が吹いたわけでもないのに、大型トラックが不自然に横に揺れた。

 




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 次回もお楽しみに!


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第二十三項 木原一族

 もし、全ての危機を予知できるとしたら、一体どれだけ多くの人の命を救うことができるだろう。

 もし、全ての災厄を察知できるとしたら、一体どれだけ多くの人の命を救うことができるだろう。

 それは過去から現在に掛けて様々な人が思い描いてきた理想であり、これから先の未来でも思い描かれ続けるであろう、世界平和の理想の形だ。

 全ての危機を避け、全ての災厄を退け――全ての地獄を消し去る。

 世界に苦しみがあるなんて馬鹿げているし、世界が苦しむなんて間違っている。全ての人間は等しく平等でなければならないし、全ての人間は平等の平和を享受しなければならない。

 

 

 そのためには、一体何をするべきか。

 

 

 もし、全ての危機を予知できる存在がいたとしたら、その存在を利用してやればいい。

 もし、全ての災厄を察知できる存在がいたとしたら、その存在を駆使してやればいい。

 一人の犠牲で全人類を救えるとしたら、その一人を迷わず切り捨てるべきだ。数の暴力と言われてしまうのかもしれないが、一人の犠牲で全人類が助かるのだ。これ以上の最善策等あるはずがない。

 犠牲にすべき一人が見つかり、救うべき全人類が揃った。後はその一人を捕え、全ての準備を終わらせるだけだ。

 『正義』を司る科学者は、己の『正義』を貫き通すために立ち上がる。

 例えその『正義』が、一人の少女の人生を完全に狂わせるものだとしても――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 シルフィ=アルトリアは雪の上をうろうろしていた。

 最初は浜面仕上が運転する盗難車で雪原を走り回っていたのだが、途中でディグルヴと名乗る男と出会い、名前も知らない小さな集落へと連れてこられてしまったのだ。丸太でできた家が五十軒ほどあるだけの、とても小さな集落だった。

 浜面達がこの集落に立ち寄った理由は、滝壺理后を医者に診せるため。学園都市よりも技術がかなり遅れている外国の、更に辺境にある小さな集落なんかに彼女の治せるような医者がいるとは思えないが、とにかく彼女を安静にさせられるだけの環境が必要だった。車のシートより、やわらかいベッドの方が百倍もマシだというのは明らかだった。

 浜面は滝壺に同行しているようで、シルフィの周囲に姿はない。やはり恋人が苦しんでいるのを放っておくわけにはいかないようだ。幼いシルフィにはよく分からないが、それでも、彼女が『ゴーグルさん』と呼んでいる少年が滝壺のようになってしまった場合、シルフィは浜面と同じ行動をとるだろうと幼いながらに分かっていた。大切な人を放っておけないのは当たり前なのだから。

 フリルのついたスカートが特徴の黒を基調とした服――俗に云うゴシックロリータスタイルのシルフィは防水性に優れた手袋を装着した手で雪を掻き上げる。物心ついたころから学園都市で暮らしているシルフィにとって、一面雪景色というのは凄く新鮮なものだった。シルフィは普通の子供より感情表現が苦手だが、それでも、彼女の顔には少しばかりの笑みが浮かんでいる。

 そんなシルフィの傍には、一人の女の姿がある。

 麦野沈利、という学園都市で四番目に怖ろしい超能力者(バケモノ)だった。

 

「…………たかが雪でよくそんなに盛り上がれるわね。空気中のホコリと水分が結晶になっただけだってのに」

 

「……しずりは面白みない。そんなんじゃ、ゴーグルさんに嫌われると思う」

 

「言ってろクソガキ。私と流砂の愛は、そんなことで崩れるほど軟じゃねえんだよ」

 

「……それ知ってる。『じいしきかじょー』って言うんだよね?」

 

「流砂と出会う前の私だったら瞬殺してるわよ、今の発言。ったく……なんで流砂はこんなクソ生意気なガキを助けたんだか」

 

「……生意気なのはお互い様、と思う」

 

 炎と氷は相容れない存在だが、まさにこの二人はそんな関係であると言えるだろう。因みに、麦野が炎でシルフィが氷だ。性格的にも、内面的にも。

 麦野は浜面に頼まれてこうしてシルフィのお守りをしているわけなのだが、これが如何せんちょうどいいぐらいにストレスが溜まってくる。ああ言えばこう返され、こう言えばああ返される。そんな感じで先ほどから会話が平行線なのだが、それでも別に麦野としては構わなかった。シルフィの好感度なんてどうでもいい。麦野が今最も気にしていることは、草壁流砂の行方だけだ。こんなケガを負っていなかったら、今すぐにでも流砂を捜しに行っていただろう。

 因みに、麦野の右目には眼帯が、元は左腕が存在していた左肩の傷跡には包帯が巻いてある。滝壺が運ばれた医者の下で簡易的な治療を受けてきたわけなのだが、流石は学園都市の外、どうも体に馴染まない。先ほどから何度も眼帯を着けては外し着けては外しを繰り返しているわけだが、凍傷を避けるためにもここでこれを捨てるわけにはいかなかったりする。……そんなことを考えていたら、無性に浜面に腹が立ってきた。後で一発ぶん殴っとくか。

 それにしても、このシルフィ=アルトリアという少女は一体何者なのだろう。滝壺の話によると、流砂と滝壺はテロリストに占拠されていた高層ビルでシルフィと出会ったらしい。何でそんなところに九歳の女の子がいるんだよ、と言いたくならないでもないが、滝壺曰く、『シルフィは誰かに追われていたらしい』らしい。なんか日本語的にもすごく違和感を感じるが、滝壺から情報を与えられた時点で伝言ゲームの状態だったのだ。噂的表現が二回続くのにも頷ける。

 聞くだけ聞いてみるか、と麦野は雪で遊んでいたシルフィを片手で掴み上げる。「……なにするの?」と少し不機嫌そうな顔で言われたが、麦野はその発言を完璧にシカトし、真正面から質問をぶつけた。

 

「ねぇシルフィ。お前はなんで学園都市に狙われてるんだ?」

 

「……分からない。でも多分、私の能力が原因……と思う」

 

「能力?」

 

「……私の能力は、私の命を奪うほどの危険を察知する。『あの人』が言ってたのは、私は世界を救うカギになる、みたい。……私は、昔からそう言われてた」

 

「あの人、ってのは誰なの? お前の育ての親か? それとも――お前を研究していた研究者共か?」

 

「……けんきゅーしゃ、っていうのが誰かは分からないけど、名前なら分かる。『木原利分』って、凄く美人のおねーさんだった」

 

「木原利分……? 聞いたことないわね」

 

 もしかして、あまり表には出てこない研究者なのだろうか? いや、研究者という人種自体があまり表には出てこないのだけれど、それでも少しは名が知れ渡っていたりするものだ。木原幻生然り、木原数多然り。

 しかも、この『木原利分』という研究者、名前から予想するにあの『木原一族』出身の研究者なのだろう。学園都市の技術発展に大きく係わってきた一族であり、世界で最も歪んだ思想を持つ生粋のマッドサイエンティストの一族。この世に生を受けた瞬間から既に科学に関わっていて、思考能力の全てが科学に用いられるという狂人っぷり。立場的に麦野もある程度『木原』のことを知っているが、そのほとんどがあまりいい情報ではない。基本的に一族全てがマッドサイエンティストなので、噂話一つにつき必ず一人の人間の命は奪われてしまっている。

 さらに厄介なことに、『木原一族』の研究者たちは思想こそ歪んでれど、その思想の先にあるのは『世界の科学技術の進歩』という全人類を救済することになる素晴らしい理想だ。詳しいことは分からないが、『木原一族』が存在しなかったら今のこの世界はない、という格言が世界中に知れ渡っているぐらい彼らは世界にとっては欠かすことのできない存在となっている。

 そんな一族の一人に、シルフィが狙われている。『危機を察知する』というとても曖昧な能力故に、シルフィは学園都市に追われている……らしい。子供が言うことなのでどこまでが真相なのかが凄く微妙なのだが、それでもこの少女の性格的に嘘は言っていないと思われる。――まぁ、それでも完全に信用しているわけではないのだけど。

 麦野としてはこの少女が学園都市に捕まること自体は別に構わないのだが、愛する少年から『守ってくれ』と頼まれている以上、麦野はシルフィを全力で護らなければならない。誠に不本意なのだが、流砂との約束を破るわけにはいかないのだ。

 麦野はシルフィを肩車の要領で肩の上に座らせる。突然の麦野の奇行にシルフィは驚きの表情を浮かべるが、「あんまり離れるんじゃない」という麦野の言葉に「……うん。分かったよ、しずり」と素直にこくん、と首を縦に振って黙り込んだ。比較的頭が良いシルフィは、麦野の言葉の意味を完全に理解しているようだった。

 そろそろ浜面達の元に戻らなければならない。そう思った麦野はシルフィを肩車しながら、集落の中央に向かって足を一歩踏み出す。

 しかし、その足はシルフィの一言によってほぼ強制的に停止することとなる。

 

「……空から、たっくさんの小さなヒコーキが来てる」

 

「たくさんの小さな飛行機? それってまさか――戦闘機?」

 

 シルフィの言葉に麦野は小さく首を傾げ、自分なりの答えを導き出す。

 直後。

 麦野とシルフィが立っていた地面のすぐ近くが――轟音と共に爆散した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 途方もないほどに広大な雪原を大型トラックで移動していた流砂と絹旗は、エリザリーナ独立国同盟の内部にやってきていた。

 今は第三次世界大戦中なので、学園都市の人間である流砂と絹旗がこんなところにやってくるのは凄く大きなリスクを伴う訳なのだが、流石は陸続きの国境と言ったところか、結構簡単に素通りすることに成功していた。

 ハンドルを動かしながら周囲をキョロキョロと見回している流砂を訝しげな表情で見つつ、絹旗は尋ねる。

 

「なんで超いきなりエリザリーナ独立国同盟なんかに来たんですか? 流石に麦野たちがこんなところにいるとは超思えないんですが……」

 

「ンなコトは俺が誰よりも承知してるッスよ。ここに来たのは物資の補給のため。それと情報収集のためッスね。流石にお前もいつまでもそんな格好で歩き回るわけにゃいかんだろ?」

 

「それは超そうですが……」

 

 微妙に納得していない表情の絹旗の頭を乱暴に撫で、「イイから、俺に任せとけって」と流砂は不器用ながらに微笑みを見せる。……さらに絹旗の表情が険しくなった。本当に意味が分からない。

 流砂がこのエリザリーナ独立国同盟に来た理由は、実際のところ、上条当麻(かみじょうとうま)とコンタクトをとる為だ。

 全ての悲劇を救済することができる、世界最強のヒーロー。科学と魔術が交錯した物語の、本当の意味での『主人公』である少年。――そして、異能のチカラならばすべてを打ち消す『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が宿る右手を持つ少年。――正直、知り合って損になるような人材ではない。

 ただ、この国に来たということは、神の右席である右方のフィアンマとぶつかってしまうということ。――つまり、科学サイドである流砂と絹旗が、魔術サイドの魔術師と交戦してしまうということだ。フィアンマが来る前にトンズラすればいいのかもしれないが、流石にそこまで完璧なタイミングでのトンズラは不可能だろう。大きなリスクがある訪問だが、背に腹は代えられない。

 それに、流砂としてはまず第一に情報が欲しかった。断片的にしか覚えていない原作知識による情報ではなく、第三次世界大戦中の十月三十日現在の最新情報が、今は何よりも必要だった。というか、もはや原作の知識なんてあてにならない。今必要なのは最新情報、これだけだ。

 大型トラックを進ませていると、突然目の前に数人の武装した男たちが現れた。ロシア語を話せない流砂は彼らが何を言っているのかは分からないが、彼らがどういう集まりなのかは十分に把握することができている。おそらく、国境警備隊だろう。

 ちょーどイイな、と流砂は少しだけ口を歪める。ここで彼らに事情を話せば、一気に軍事施設のところまで行けるかもしれない。そこで交渉をすれば、麦野たちの情報を得ることができるかもしれない。

 

「なー絹旗。お前、ロシア語とか話せるッスか?」

 

「はぁ、ロシア語ですか? 超一応は話せますけど……」

 

「そーか。そりゃよかった。ンじゃ、さ。そこでこっちに向かって銃向けてる仕事熱心な奴らにこー伝えてくれねーッスか?」

 

 国境警備隊の男たちに見えるように両手を上げつつ、流砂は一切迷いのない口調で言い放つ。

 

「右方のフィアンマについての情報を持ってきた――ってな」

 




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第二十四項 拡散支援半導体

 多数の戦闘機及び戦闘ヘリが、集落上空に出現した。

 その最悪な情報を位置的に最初に知ることになった麦野沈利とシルフィ=アルトリアは、たった二人という極めて少ない人数で迎撃に当たっていた。

 というか、基本的に麦野一人で迎撃していた。

 

「……しずり、右からバタバタが二つ!」

 

「言われなくても分かってるっての!」

 

 ビシッ、と小さな指を立てて空中の戦闘ヘリを指差すシルフィに軽口を叩きつつ、麦野は自らの能力『原子崩し(メルトダウナー)』で二機の戦闘ヘリを撃墜する。赤とオレンジに染まった炎を纏いながら、二機のヘリは雪原に向かって墜落していく。

 集落の中からも銃声や爆音が聞こえてくることから、どうやら住民たちが麦野たちと同じように戦闘を始めているようだ、ということが予想できた。あの憎たらしい無能力者はどうなのかは分からないが、滝壺理后という少女への危険を少しでも減らすために地雷あたりでもブン投げているかもしれない。そもそもあれは踏みつけることで初めて最大の威力を発揮するものなのだが、常識が通じない無能力者はその常識を覆してしまうかもしれないのだ。

 

「次、左から小さなヒコーキがたっくさん!」

 

「具体的な数を言いなさいよバカヤロウ! 私は便利なラジコンじゃねえぞ!」

 

 そんなことを言いながらシルフィが示した方角を見てみると、確かに数えきれないほどの戦闘機がこちらに向かって突っ込んできていた。あまりにも遠くにあるから本当に動いているのかが怪しくなるが、あれは速すぎて逆に動いているように見えないというパターンだ。あと数秒としない内に、この集落の上空を通過してしまうことは明白だった。

 麦野の能力『原子崩し』は原子を曖昧な状態で撃ち放つ能力である。だが、彼女の『原子崩し』はわざわざ標的に狙いを定めなければならないので、弾幕を張ることができない。それが即ち何を意味しているかというと、麦野は物量戦にはめっぽう弱いということなのだ。

 だが、麦野は学園都市の闇である暗部の人間だ。しかも、その暗部の中でも最機密暗部組織『アイテム』を率いるリーダーだ。自分が欲しいものを揃えることぐらい、造作もない。

 「あーくそっ! 手間取らせてんじゃないわよ!」右腕で服の中をガサゴソと漁る麦野。こんな場面で銃を取り出したところでこの劣勢を覆すことは絶対にできない以上、麦野が捜しているのは拳銃でないことは明らかだ。

 それならば、麦野は一体何を捜しているのか。

 その答えは、とてつもなくすぐに提示されることとなる。

 「っしゃあったぁ!」そう叫びながら服の中から右手を抜き取り、空中に向かって『ソレ』を投げ捨てる。トレーディングカードゲームなどにでも使われていそうな、手のひら大のサイズのカードだった。

 カードが空中でひらひらと漂っているのをロックオンしつつ、麦野はそのカードに向かって自らの能力をぶちかました。

 直後。

 麦野の『原子崩し』によって生成された一本のレーザーが、無数のレーザーとなってロシアの空に縦横無尽に発射された。

 

「あはははははははっ! 学園都市の第四位をなめてんじゃないわよ、この三下共がァ!」

 

 拡散支援半導体(シリコンバーン)

 麦野の『原子崩し』の『照準を合わせるのに手間取るために弾幕を張ることができない』という欠点を補うためだけに製造された、学園都市の最先端技術の結晶体だ。因みに、お値段は少々お高いことになっている。

 一昔前のインベーダーゲームのように、麦野は戦闘機と戦闘ヘリを撃墜していく。拡散支援半導体を使うことによって弾幕を張っている今の麦野は、誰がどう見ても『最狂』という二文字が相応しい状態となっている。

 『最強』でも『最恐』でもなく、『最狂』。誰よりも強いということではないが、誰もが狂ってしまうほどの強さを持っている。――そんな、学園都市の第四位なのだ。

 拡散支援半導体を宙に放り投げ、『原子崩し』を放ち、敵機を打ち落とす。そんな単純な作業を淡々とこなしていく麦野を見て、

 

「……なんでしずりとゴーグルさん、恋人になれたんだろ……?」

 

 シルフィはとても素朴な疑問を浮かべていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ミサカシスターズ、と呼ばれるクローン人間たちがいる。

 学園都市の第三位の超能力者『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴(みさかみこと)のDNAマップを元にして製造された、単価十八万円のクローン人間の集団のことを指す。――因みに、総生産数は二万一体。

 そのミサカシスターズを学園都市最強の超能力者が二万体殺すことで絶対能力者(レベル6)になれる、という予測演算がされていた、最悪な実験がかつて存在した。その実験自体は一人の無能力者の少年の活躍によって頓挫してしまっているが、問題は別にそこではない。

 その実験に参加していた学園都市最強の超能力者には、致命的なまでの深い傷が残ってしまった。

 クローンを一万三十一体殺したその超能力者は、八月三十一日から九月一日にかけての二日間で、ミサカシスターズの司令塔ともいえるクローンの少女の命を救っている。その救済の過程で深い傷を負ってしまっているが、前に挙げた深い傷というのは別にそのことを言っているわけではない。

 

 

 その超能力者は、そのクローンの少女たちを絶対に手に掛けることができない。

 

 

 それは、ある意味では呪縛と言った方が正しいのかもしれない。

 一万三十一体のクローンを殺した自分は、残りの九千九百六十九体プラス一体のクローンをどんなことをしてでも守り抜かなければならない――そんな、自分を追い込んでしまうような呪縛。

 別に誰かからそうしろと言われたわけではない。ただ、自分でそうしたかっただけ。自分が犯した罪を償うために、自分に楔を打ち込んだだけ。

 自分勝手なのかもしれない。我が儘なのかもしれない。ただの自己満足なのかもしれない。――だが、その超能力者はその楔をどんなことがあっても解除するわけにはいかない。自分が犯した罪の重さを忘れないように、最強の超能力者は自分で自分の首を絞め続けている。

 そんな超能力者――一方通行(アクセラレータ)は、学園都市暗部に襲撃されたロシア軍の空軍基地跡地に立っていた。――彼の周囲には、黒い修道服を纏った『敵』が数人、ロシアの大地の上で倒れ伏している。

 一方通行は打ち止め(ラストオーダー)と呼ばれるクローンの少女を救うため、このロシアにやって来た。エイワスと呼ばれる未知の生命体に促されるままに、この真っ白な国へとやって来たのだ。

 一人の少女を救う過程の犠牲者となったのが、この数人の黒い修道服を身に纏った数人の男女だ。一方通行は何故か彼らに襲撃され、ただ淡々とした感じで彼らを一瞬で気絶させたのだ。

 彼らは一方通行の知識の中にはない攻撃を行ってきた。一方通行の『反射』が上手く働かない水の攻撃を行ってきた。それはそれで彼にとって凄く重要なことなのだが、今の時点ではそれについての考察をするべきではない。

 一方通行の視線はとある人間に固定されていた。

 その人間は、一方通行の前に立っていた。

 

「オマエは誰だ」

 

 打ち止めを抱きかかえたまま、最強のバケモノは問いかける。

 目の前にいる人間は、先ほど上空を通過した学園都市製の超音速爆撃機から飛び出してきた。ハンググライダーを複雑化させたような翼を纏っていた人間を、一方通行は自らの能力で撃ち落とした。

 だが、その人間は空気を爆発させることで落下速度を調節し、ぐちゃぐちゃの肉片になることも無く無事に着地した。真っ白な一方通行よりもさらに白いロシアの大地に、その人間は舞い降りてきた。

 その人間は、電気を使って空気を爆発させた。

 一方通行は、その電気に凄く見覚えがあった。

 その人間は、雪原用の白くてぴったりとした戦闘用のスーツを身に纏っていた。仮面のような形状の、頭をすっぽり覆うゴーグルのような仮面を装着している。目や鼻の位置は特定できない。そんな感じの、白いゴーグルだった。服の中に何か詰め物をされている場合があるのであまり第一印象は宛てにならないのだが、外見から予想するに、高校生ぐらいの少女のようだった。

 その少女が装着している仮面の隙間から零れ落ちる茶髪を確認した一方通行の頭に、チリチリとした痛みが走る。

 妙な緊張感があった。

 目の前の少女が、どうしようもないほどに、今自分が抱いている少女と似通っているような――

 

「オマエは誰だ」

 

 表情も何も見えない少女は、少しだけ仮面を上下に動かす。

 そして一方通行に自分の姿を見せつけるように両手を開き、『とても聞き覚えのある声』で言い放つ。

 

第三次製造計画(サードシーズン)って言えば、ミサカのことは分かるかな?」

 

 一瞬、一方通行の呼吸が確実に停止した。

 明らかに動揺の色を見せている一方通行に『ミサカ』と名乗った少女は、更に続けてこう言った。

 

「やっほう。殺しに来たよ、第一位。ミサカは戦争の行方とかそう言う小難しいことなんかには興味ない。そんな明らかな回り道であるオーダーはインプットされていない。ミサカは第一位であるあなたを殺すためだけに――体も心もぐちゃぐちゃに抹殺するために、わざわざ培養器の中から引きずり出されちゃったんだからね」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 右方のフィアンマの情報を持ってきた。

 エリザリーナ独立国同盟の国境警備隊に絹旗経由でそのことを伝えた流砂は、広場にある四角い石の建物の中に連れて行かれた。元々は大きな教会の一つなのだろうが、今が戦争中ということもあってか、どうやら違う用途で使われているらしい。

 軍事施設である。

 乱雑に配置されたスチールデスクとやけに多い紙の資料が所々に並べられているのが凄く目に付くその軍事施設の中には、数人の男女が立っていた。

 エリザリーナ、上条当麻、レッサー、草壁流砂。他にも数名の大男がいるが、彼らはあくまでも護衛としての参加だ。数に含むのは適当ではないだろう。因みに、絹旗は草壁の要望で外で待たせてある。「超絶対に私もついて行きます!」とかなりのやる気だったのだが、科学サイドが魔術サイドに関わるべきではない、と判断した流砂は彼女の意志を抑え込む形で無理やり外で待機させたのだ。「学園都市に帰ったら私の言うことを超聞いてもらいますからね!」という一方的な約束を押し付けられたわけなのだが、それについて思考するのはまたの機会にした方が良いだろう。今はとにかく、会議に集中しなければならない。

 だが、そもそもこの場に流砂が参加していること自体が理解できない上条は、「なぁ、アンタ」と訝しげな表情で流砂に声をかける。

 

「どうして学園都市の人間であるアンタが、フィアンマのことを知ってるんだ? 科学サイドは基本的に、魔術サイドとは一線置いているハズだろ?」

 

「俺の趣味は情報収集なんスよ。ンで、その趣味をエンジョイしている最中に『神の右席』っつーローマ正教の暗部に辿りつき、そのままの流れで『右方のフィアンマ』についての情報を得た。ただ、それだけのコトッス」

 

「どんな情報収集能力だよ、それ……下手すりゃ美琴よりも優秀だぞ……」

 

「まぁ流石に超電磁砲よりは劣等生ッスけどね。…………どーせそろそろ使い物にならなくなるし」

 

「あ? なんか言ったか?」

 

「いや別に」

 

 流砂の情報収集能力の正体とは、前世で得た『とある魔術の禁書目録』及び『とある科学の超電磁砲』の原作知識のコトだ。

 その知識が適応されるのは、旧約二十二巻――つまり、この『ロシア編』までだ。流砂はこの戦争の行く末を完全に把握しているし、フィアンマの目的も十分に知識として所持している。……まぁ、忘却していなければの話だが。

 それはつまり、この『ロシア編』が終わった後は今回のような変則的な動きをとることが出来なくなるということだ。今の行動はあくまでも原作知識が適応される期間限定での話であり、知識の外に世界が進んでしまった場合、流砂のアドバンテージは流れるように焼失してしまう。灰が風に飛ばされて散って行くように、流砂の知識の価値はゼロに等しいものへと変化してしまうのだ。

 だが、それでも、この戦争が終結するまでは役立たせることができる。使用期限はすぐそこまできているが、それでも、流砂はその期限までこの無駄に有り触れた知識を人のために使うと誓っているのだ。

 全ての悲劇を喜劇に変えるためなら、流砂はどんなズルでもイカサマでもしてみせる。

 流砂はゴーグルのプラグの一つを弄りながら、エリザリーナに言う。

 

「で? 今後の作戦はさっきの通りでイイんスか?」

 

「ええ。上条当麻とレッサー、そしてサーシャ=クロイツェフをこの国の外まで追いやり、フィアンマに対する作戦を実行する。冷酷だと言われてしまうかもしれないけれど、私はこの国を護る為ならどんな汚名も被ってみせる。――それぐらいの覚悟ができるほど、この国は私にとって凄く大事なものなのよ」

 

「別に冷酷だなんて思ってないさ。俺とレッサーもインデックスを助けるためにアンタ達を利用しようとしてたんだ。逆に、まだこの場で手錠すら掛けられていないこと自体、アンタの優しさが滲み出ている証拠だと俺は思う。月並みな台詞かもしれないけど、アンタは自分が思っているより凄く強い人だよ」

 

 ともあれ。

 流砂としては一刻も早く麦野や浜面達と合流しなければならない。原作における浜面の動きはある程度頭に叩き込んであるが、この世界が正史とは少し異なる流れで動いている以上、その知識を無闇にあてにするわけにはいかない。

 流砂の目的はフィアンマを倒すことではない。しかし、この戦争を終わらせるためには、上条がフィアンマをより楽に倒せるように動かなければならない。時間が経過するごとにその動きは制限されていくので、行動するなら早い方がいいだろう。

 

 

 だが、流砂は失念していた。

 

 

 この後に訪れる流れを、流砂は不幸にも忘却してしまっていた。覚えているだけで回避できたかもしれない直後の展開を、流砂は普通に平凡に在り来たりに忘却してしまっていたのだ。

 「具体的にどう動く?」「こちらへ。……とはいえ、あまりにも急ピッチだから、勝算は確約できないわよ」上条の問いを受け、エリザリーナは上条とレッサーと流砂を自分の方へと近寄らせる。そしてそのまま部屋の隅にあるホワイトボードの方へと移動していく。

 その時だった。

 

『そうだな。まだこの段階で作戦会議をしている時点で、遅すぎるぐらいだな』

 

 瞬間。

 流砂の呼吸は確実に停止していた。

 予想もしていなかった展開に、流砂の心臓が破裂してしまうのではないかという程の勢いで脈動する。頭の中にチリチリとした痛みが走り、やっと復活した呼吸もフルマラソンを終えた直後のように乱れ切っていた。

 そんな流砂に気づいているのかいないのか、外から聞こえてくる声は、あくまでも淡々と言葉を紡いでいく。

 

『いきなり襲いかかってきた茶髪の女はとりあえず叩きのめしたが、別に構わなかっただろう? 何分、俺様は忙しい身の上でな。三下なんかに時間を割いている暇はないのだ』

 

 その言葉の直後、流砂の頭の中でブツンッと何かが切れる音がした。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二十五項 右方のフィアンマ

 不定期ながらに更新です。



 草壁流砂の前には、問題が山積していた。

 第一の問題として、麦野や浜面達と合流しなくてはならないというものがある。第三次世界大戦の今後の流れを予想するにも、彼らとの合流は必要不可欠なファクターとなる。

 第二の問題として、シルフィを狙う学園都市を何とかしなければならないというものがある。『回帰媒体』という異質な能力を狙っているのが誰なのかを流砂は知らないが、それでも、あの幼気な少女を護る為に何としてでもその黒幕を叩き潰す必要がある。

 他にも、第三次世界大戦後のこととか本当に滝壺は原作通りに治療されるのかとかいう多くの問題が山積みだ。普通の人生を歩んでいたら絶対に目の当たりにしないような問題が、流砂の前には山積している。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。

 流砂はこれから行うべきことはただ一つ。

 

 

 絹旗最愛を叩き潰したクソ野郎(フィアンマ)を。

 全身全霊を以って完膚なきまでに叩き潰す。

 

 

「絹旗に……絹旗に何してくれてんだ、このクソ野郎がァああああああああああああああッ!」

 

「草壁!?」

 

 完全に頭に血が上っている流砂はフィアンマの声が聞こえてきた窓へと足を踏み込み、思い切り振りかぶった右手で窓枠ごと殴り飛ばした。流砂の突然の激昂を上条が制止しようとしていたが、怒りに身を任せている流砂を止めるまでには至らない。

 流砂が破壊した窓の向こうに、フィアンマの姿はなかった。

 代わりに、小麦粉で作った人形のような物体が宙に浮いていた。

 「こっちはダミー……ッ!?」フィアンマはこの人形を介して音声を発していたようだが、それならそのフィアンマ当人は一体どこにいるのだろうか。ここにいる上条の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』とサーシャ=クロイツェフが狙いである以上、エリザリーナ独立国同盟内部にいることは確実なのだ。

 血管が浮き出るほどに両手を握りしめる流砂は、破壊した窓から外に出る。

 直後。

 目視なんて不可能なほど遠くから、超巨大な物体がこちらに向かって振り下ろされた。

 

「なっ……流石に規格外すぎんだろ神の右席!」

 

 空気を切り裂きながら振り下ろされた巨大な剣を、流砂は寸でのところで回避する。あまりの速度とサイズに剣の軌道に沿う形で飛行機雲のような雲が作り出されていたが、今の流砂にその自然現象を評価している余裕はない。剣の風圧だけで体がバラバラになってしまいそうだった。

 身体へかかる風圧の値を一気にゼロにすることで事なきを得た流砂は、先ほどの窓を通って建物の中へと舞い戻る。空の上では先ほどの剣が再び高々と振り被られていて、今にもこちらに振り下ろされそうだった。――否。確実に狙いはこちらに向いている。

 声を上げる間もなかった。

 ただ垂直に。

 フィアンマの剣が持ち上げられ、一切の容赦なく流砂たちに向かって振り下ろされた。

 大陸ごと切断しかねないほどの強烈な一撃に、ロシアの大地が大きく揺さぶられる。地震でも起きたのかと錯覚してしまうほどに、その一撃は甚大で強力で莫大なものだった。

 だが、その剣が流砂たちを切り飛ばすことはなかった。

 理由は簡単。

 異能のチカラであればどんなチカラでも打ち消す右手を持つツンツン頭の少年が、フィアンマの剣を右手一本で受け止めていたからだ。

 いや、右手一本という表現はあまり正しくはない。上条は己の右手を天に向かって突き出しながら、左手でその右手を必死に支えていたのだ。人間なんかが耐えられるような重量ではない剣を受け止めたことで上条の身体から骨と肉が砕けるような音が鳴り響くが、上条は苦悶の表情を浮かべるだけで諦めたりはしていない。今まで数えきれないほどの死闘を経験してきたヒーローは、第三次世界大戦中においても己の真価を見せつけていた。

 だが、フィアンマは上条の想定の上を行く。

 

「何だ、『ブリテン・ザ・ハロウィン』を経験しても、何も学んではいなかったのか」

 

 気づいた時には、上条の間近にその青年は存在していた。

 右方のフィアンマ。

 上条の前に滑り込んできたその赤い青年を見て、その場にいた全ての人間が今の状況を悟った。

 さっきの剣は遠隔操作によるもので、本命はフィアンマの存在を察知できないようにすること。――つまるところ、圧倒的な破壊力を誇るこの剣は、ただの囮だった。

 

「――ッ!?」

 

 フィアンマの剣を右手で抑えている上条の顔が、驚愕と苦痛で大きく歪む。

 とっさに剣を弾いて右手をフィアンマに向かって突き出すが、右手にはじんじんとした痺れが残ってしまっている。それ故に、上条の反応は遅れた。そんな僅かな隙を見逃さず、フィアンマは余裕の笑みで上条の懐に潜り込んできた。

 どんな効果を持っているかも分からない未知の右手を向けながら。

 

「ッ!」

 

 ほぼ反射的な行動だったのだろう。自らの身体に防御術式を掛けながら、エリザリーナは上条とフィアンマの間に滑り込んだ。国を一つ作り上げるほどの実力を持つエリザリーナが相当な実力を誇る魔術師であることは確かで、そんな彼女が使用している魔術も相当強力な物であることは上条と流砂の素人目でも十分に理解する事が出来た。

 だが、フィアンマはそれを軽く無視する。

 割り込んできたエリザリーナと上条を、フィアンマは一撃で吹き飛ばした。強力な魔術師である女と異能を殺す少年を、蚊を掃うような仕種で吹き飛ばしたのだ。

 だが、流砂はその一瞬の攻撃の緩みを見逃さない。

 学園都市の暗部という血と闇で染まった世界を生き抜いてきた流砂は、風のような速度でフィアンマの背後に回り込む。怒りに身を任せていながらも行動自体は冷静な流砂は、能力をフルパワーに込めた右手を思い切り後ろに振り被る。

 腰の機械が唸りを上げ、ゴーグルのスリットに無数の光の筋が走った。不安定な流砂の演算能力を保護するための学園都市の技術の結晶体が、目の前の魔術師を殴り潰すためだけに大きな駆動音を響かせる。

 「ここで無様に死ね、フィアンマ!」左手で赤を基調とした服を掴んで狙いを定め、流砂の右手がフィアンマの背中に叩き込まれた。ゴギィ! という鈍い音が建物の中に響き渡り、フィアンマの身体が大きく『く』の字に曲がった。

 誰がどう見ても流砂の勝利。ここで第三次世界大戦は終結し、また平和な日常が戻ってくる。――誰もが、一瞬だけそう思った。

 だが、それはあくまでも錯覚で、現実はとても非情で無情なものだった。

 

「……悪くない攻撃だ。威力も速度も完璧な、まさに教本通りの攻撃だと言えるだろう」

 

 ニィィィ、とフィアンマの端正な顔に裂けるような笑みが浮かんだ。

 同時に流砂の顔に驚愕の表情が張り付けられるが、フィアンマはそんなことなどお構いなしと言った様子でとても愉快そうな笑みを浮かべていた。

 そして流砂は見た。

 フィアンマの右肩の辺りから、赤い第三の腕のような得体の知れない物体が飛び出しているのを。

 

「もう、完成して……ッ!?」

 

「ほう。この右腕の正体を知っているのか。ただの能力者だと思っていたのだが、これは思わぬ立場の存在と出会えたものだな」

 

 フィアンマは感心したように、自分の肩口を左手で叩いた。

 

「だが、この俺様に右手で勝負を挑んだ時点で貴様の敗北は決定事項だ」

 

「なっ!?」

 

 野暮ったい髪を掃うような動作で、フィアンマの第三の腕が振るわれる。

 

「能力者風情が。あまり俺様を舐めるなよ?」

 

 音が消えた。

 代わりに、機械と骨と肉が砕け散るような音が響き渡った。

 べっとりと赤い液体が付着した土星の輪のようなゴーグルが、放物線を描きながら宙を舞う。原形を留めないほどに破壊された科学の結晶が、勢いよく地面へと落下した。

 黒白頭の少年は、顔面を正体不明の右腕で殴り飛ばされた少年は、悲鳴を上げることも無く崩れ落ちる。

 絶対に負けないと誓った少年は、音も無く地面へと崩れ落ちる。

 

(……すまん、沈利。俺……また負けちまった)

 

 薄れゆく意識の中、少年は愛する少女の名前を呼ぶ。

 届くはずもない言葉を頭の中で紡ぎながら、黒白の少年は――――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ある程度の数の戦闘機及び戦闘ヘリを打ち落とした麦野は、集落の方へと戻ってきていた。シルフィは相変わらず麦野の頭に両手を回していて、それが麦野に更なる苛立ちを与えてしまっている。

 集落内での戦闘は一先ず終息したようで、麦野が向かった先には浜面と滝壺という二人の仲間の姿があった。麦野としては未だに浜面のことが許せないのだが、冷静になって考えてみると完全無欠に自分のせいなので激しく八つ当たりができない状態になってしまっている。因果応報、という四字熟語が何故か頭に浮かんだ。

 麦野は右手で面倒くさそうに頭を掻き、そのままシルフィを掴んで地面へと降ろす。ぼふぅっ! という音と共にシルフィが雪の中に沈んだが、麦野は軽く無視した。

 

「……ががごぼごぼがががががっ!」

 

「ちょっ、麦野さん何やっちゃってんのぉおおおおおおおお!? 九歳の子供を雪の中に生き埋めとか洒落になってないんですけど!?」

 

「ごちゃごちゃうっせえぞ、クソ面。代わりにお前の粗末なナニを愉快な丸焼きにしてあげてもいいんだけどにゃーん?」

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああっ! この超能力者容赦なさすぎるぅうううううううううううううううううううううっ!」

 

「はまづら。早くしるふぃを助けてあげないと」

 

「あーそうだった! おい、大丈夫かシルフィ!?」

 

 ずぼっ、と勢いよく引っこ抜かれたシルフィの顔には、大量の雪が付着していて、更にそれが原因なのか、彼女の身体は小刻みに震えてしまっていた。誰がどう見ても分かるほど、シルフィ=アルトリアは寒さに震えていた。

 

「……しずり殺すしずり殺すしずり殺すしずり殺す……ッ!」

 

「幼気な少女に絶対に芽生えてはいけない負の感情が! でもとりあえずはその凍えを何とかしてやろう! ディグルヴ、なんか毛布とかそんな感じの防寒具を持ってきてくれ!」

 

「わ、分かった!」

 

 共にプライベーティアを撃破した仲間が一分と掛からずに持ってきた毛布を、浜面はシルフィに纏わせる。申し訳程度の応急処置だがそれでも暖かくはなったのだろう。真っ青だったシルフィの顔は僅かばかりの赤みを取り戻していた。

 浜面の肩に肩車の要領で飛び乗ったシルフィはちんまりとした体を毛布の中に埋めつつ、

 

「……ゴーグルさんに言いつけてやる」

 

「ハッ! その程度のことを流砂にチクったところで私とアイツの愛を崩せるとでも思ってんのかあ? 甘すぎるわ、甘すぎるわよシルフィ=アルトリア!」

 

「よく何の躊躇いも無くそんな恥ずかしいこと言えるな、お前……」

 

「流砂を愛することに恥ずかしさなんて存在しないわ」

 

「麦野さん超カッコいい!」

 

 キリッ、と表情を引き締めながら真面目な声色で言い放つヤンデレ麦のん。流石は第四位の超能力者と言ったところか、その言葉には躊躇いというものが微塵も存在しちゃいなかった。

 相変わらずの平和なやり取りに、滝壺とシルフィは安堵の表情を浮かべる。今がどれだけ切迫した状況であろうが、この暖かな空気だけは失う訳にはいかない。人間、余裕がなくなった時が一番危ないのだ。

 だが、そんな少年少女の気持ちよりも今の緊迫した状況の方に気が向いている青い服を身に纏った大男は、地面に突き刺していた『Ascalon』と刻まれた巨大な剣の柄に手を添えながら、

 

「無駄話はそこまでにするのである。今やるべきことは民の安全を確保し、無駄な人死にを少しでも減らせるように努力することなのだからな」

 

「うるせえぞクソゴリラ。私に偉そうに指図すんじゃねえ。っつーかお前マジで誰? その剣とか衣装とか、なんかのコスプレ?」

 

 ブチィッ! と大男の額から血管が千切れる音がした。

 空気どころか時間が一瞬止まったような状況の中、大男は額にビキリと青筋を浮かべながら麦野に結構マジな睨みを利かせる。

 

「ゴリラではないのである。我が名は後方のアックア。傭兵崩れのごろつきである」

 

「うわ。なに真面目に返してんの? 流石は筋肉だるま、脳まで筋肉でできちゃってるのかにゃーん?」

 

「…………ッ!」

 

「アックアさん落ち着こう! 大人なら落ち着こう! その拳を振り下ろすのだけは勘弁してあげて! 流石の麦野でもそれを喰らったら消し飛んじゃう!」

 

 丸太のような右腕にしがみつきながらの浜面の制止の声に、アックアは渋々といった風に応じた。シルフィはシルフィで物珍しそうにアックアを見つめているのだが、これ以上アックアの機嫌を損ねるわけにはいかない浜面はそそくさーっとシルフィをアックアから遠ざけた。……少しだけアックアが寂しそうな表情を浮かべたのは、もしかしなくても気のせいだろう。

 自分の身体よりも大きな剣を扱うアックアを止めることに成功した浜面は安堵の溜め息を零す。なんでロシアにまで来てこんな立場に立たされなければならないのかが甚だ疑問なのだが、所詮三流な脇役は三流な脇役なのだ。第四位の超能力者を倒したりプライベーティアを撃破したところで彼の立場は変わらない。こりゃ帰ったらまたドリンクバー往復係かな、と浜面は大きな溜め息を零す。

 

「浜面」

 

 と、そこで高射砲の中から名前を呼ばれた。

 共にプライベーティアを撃破した仲間のロシア兵のグリッキンだ。

 グリッキンは緊張の面持ちで浜面の方を見ながら、

 

「無線が何かを拾ったぜ。ヤバイな……暗号でガードされてるから内容は分からねえが、徐々にこっちに近づいてきてる」

 

「またプライベーティアの増援か? それにしてはやけに遅い足取りだが……」

 

「待て」

 

 腑に落ちない、と言った様子で呟くディグルヴに浜面は制止の声をかける。

 グリッキンに言われた時点で双眼鏡で件の方向を確認した浜面は、こちらに向かってきている者の正体が分かったのだ。

 白い地平線に、三十機ほどの戦車が走っていた。浜面達が乗っていた高射砲とはテクノロジーの根幹が異なっている。形はもちろん、装甲の材質とか動きの滑らかさの時点でかなり違っていた。

 先行する戦車の陰には、駆動鎧のような物体が多数存在していた。十体間隔で異なる武器を持った彼らは、一切無駄のない動きでこちらに向かって歩を進めていた。各々の弱点を補うためだな、と浜面は結論付ける。

 他にも、戦闘機のような物体や偵察機のような機械が宙に浮かんでいた。かなり高度な技術が結集された、世界でも一つの街でしか作り出せないような兵器たちだった。

 先ほどまでのプライベーティアとは違う。

 装備や布陣にまったくの『遊び』が感じられない。一切の無駄を排除した彼らには、付け入る隙なんてものがどこにも感じられなかった。麦野の能力を駆使すれば撃破できるのかもしれないが、あまりにも敵の数が多すぎる。付け焼刃の作戦で勝てるほど、軟な敵でもあるまい。

 浜面はゴクリと喉を鳴らし、震える声で呟きを漏らす。

 今までの敵が全て前座であったとでも言いたげな表情で、浜面は彼らの所属を口に出した。

 

「あれは……学園都市の軍勢だ」

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二十六項 愛する者

 木原利分(きはらりぶん)は苛立っていた。

 学園都市の第二十三学区から離陸して現在進行形でロシアへと向かっている超音速機の中で、木原利分は苛立っていた。運動用と思われるシューズが何度も何度も床を蹴りつける音だけが、機内に連続して響き渡る。

 利分は透き通った金髪をポニーテールにした頭をガシガシと乱暴に掻き乱し、

 

「っあーっ! なーんで実験材料に逃げられた挙句に草壁流砂なんつー小物の駆除までせにゃならねえんだよー! アレイスターの野郎、ボクを道具かなんかと勘違いしてんじゃねえだろうなぁ!?」

 

 怖ろしいほどに整った顔を苛立ちで歪ませながら言い放つ利分に、彼女の周囲に座っている黒づくめの傭兵たちは露骨にビクゥッと肩を震わせる。よく見てみると、彼らは利分の一挙一動にいちいちリアクションを返しているようだった。――その全てが、彼女に怯えるようなリアクションだった。

 異様なまでに機械染みたグローブを装着した手で前髪を弄りつつ、利分は傍に置いてあったノートパソコンにやる気のなさそうな視線を向ける。

 そこには、二人の少年少女の姿があった。

 シルフィ=アルトリア。

 草壁流砂。

 それぞれが異なる理由で学園都市から狙われている少年少女で、利分がわざわざロシアまで出張させられる原因であり元凶であり理由である――存在自体がイレギュラーな二人だった。

 

「うーん……『回帰媒体(リスタート)』と『接触加圧(クランクプレス)』の反応が離れてるなぁ……一緒に行動してねえのかな? いやまぁどっちにしろ、『回帰媒体』だけは無事に捕獲しなくちゃならねえんだけどねぇ」

 

 くっくっく、と利分はわざとらしく笑い声を上げる。今のこの状況が純粋に面白いとでも言いたげに、第三次世界大戦自体が一種の娯楽であるとでも言いたげに、木原利分は笑い声を上げる。

 ひとしきり笑ったところで利分はニタァと裂けるような笑みを浮かべ、

 

「そんじゃま、ぱぱーっと世界を救うためにちょろーっと頑張るとしますかねえ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、見覚えのない石造りの壁が映りこんできた。

 周囲の情報をもっと入手するために身体を起き上がらせようとするが、脳天から爪先にかけて激しい痛みが走り、それと同時に脳震盪直後のような頭痛がトドメとなって身体の制御を完全に手放すことになってしまった。柔らかい布団の上にでも寝かされていたのか、身体が倒れると同時にぼすぅっという小気味いい音が鼓膜を刺激した。

 「あー……」と喉の調子でも確かめるように声を吐きだし、黒白頭の少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)は気怠そうな目で天井をぼーっと眺める。

 

「結局、フィアンマにゃ勝てなかったっつーコトッスか……」

 

 まぁ、死んでねーだけ儲けモンだな、と流砂はぼんやりとしたまま付け加える。

 頭を殴られたのに幸運にも脳に異常は無かったようで、流砂の意識が正常になっていくにつれて気を失う前までの記憶が鮮明に頭の中に浮かび上がってきた。

 絹旗が倒されたことに激昂し、実力の差なんてものを考えることなくフィアンマに戦いを挑んだ。上条当麻(かみじょうとうま)やエリザリーナ、それにレッサーなどという魔術師たちに協力を仰げば勝てたかもしれないが、流砂はそれをしなかった。

 別に一人で勝てるなんてことを思っていたわけではない。

 ただ、気づいた時には一人で突っ走っていた。

 ――ただ、それだけのことなのだ。

 

「そーいや、ゴーグルはどーしたんだっけ……あー……盛大にぶっ壊れてら」

 

 自分が寝かされているベッドの傍に置いてある血塗れのゴーグルを発見し、流砂は盛大に溜め息を吐く。

 思ってみれば、流砂の人生はこのゴーグルを受け取った時からのスタートだった。演算能力が不安定だからと渡されたこのゴーグルが、流砂の死亡フラグ回避の人生を決定したようなものだった。

 自分の人生の結晶体ともいえる科学のカタマリを見て、流砂は改めて思う。

 もし、このゴーグルを受け取らずに不安定な演算能力のまま暮らしていたら、一体どういう存在になっていたのだろう――と。

 それはある意味でのIFルート。ゴーグルを受け取らずに暗部にも入っていなかったら、草壁流砂という少年は『ゴーグルの少年』の人生を辿らなくても済んだのではないだろうか? こんな血みどろな道を進むことなく、平和な普通の少年としての人生を歩んでいけたのではないだろうか?

 だが、それはあくまでもIFでの仮定話だ。有り得そうで有り得なかった、ただの妄想話で与太話だ。

 それに、流砂はこの人生を選んで正解だったと思っている。『ゴーグルの少年』としての人生を選んだからこそ、今の草壁流砂が存在しているのだ。IFの人生を歩んだ自分なんて、もはや草壁流砂ではない。同じ名前と同じ容姿を持つ、どこかの世界の別の誰かだ。

 そーゆー点じゃ俺も大概悪運が強い方だよな、と流砂は寝転がったまま苦笑する。数々の死亡フラグを叩き折ったり回避したりしてきたこの人生、正直言って異常なぐらいに悪運が働いていたような気がする。上条当麻が不幸体質ならば、草壁流砂は悪運体質だ、とでも言えるほどに。

 未だにぼーっとする頭に手を当てながら、流砂はぼーっと天井を見上げる。とりあえずは休息が必要だとでも言いたげな表情で、とりあえずは休ませてほしいとでも言いたげな目つきで、流砂は布団の上で寝転がる。

 だが、その休息の時間は即座に終了を迎えることとなる。

 理由は簡単。

 流砂がいる部屋の扉が開け放たれ、複数の人間がギャースカ騒ぎながら入室してきたからだ。

 

「超大丈夫ですか草壁! 死んでませんか超怪我とかしてませんか!?」

 

「……ゴーグルさん、しっかりして!」

 

「うおぉいっ、見ろよ滝壺! 草壁意外と無事そうだぜ!」

 

「よかったね、はまづら。唯一の男友達が無事で」

 

「はァ……本当にコイツがあの羊皮紙の謎を握ってンのかァ? ただの三下にしか見えねェンだが」

 

「あひゃひゃひゃひゃ! なにその頭、大昔のブラウン管テレビかなにか!? あ、やばっ、お腹痛すぎて死んじゃう!」

 

 想像を絶するほどに濃い面子の登場だった。

 流砂が地味に心配していた絹旗最愛(きぬはたさいあい)を始めとし、謎のゴスロリ少女シルフィ=アルトリア、世紀末帝王HAMADURAこと浜面仕上(はまづらしあげ)、天然少女こと滝壺理后(たきつぼりこう)。何故か第一位の超能力者の一方通行(アクセラレータ)第三次製造計画(サードシーズン)番外個体(ミサカワースト)が一緒に居たが、流砂は深く考えないことにした。原作的にも彼らがここに居るのは不自然ではないし、それ以上に余り関わり合いになりたくなかったからだ。暗部にどっぷり浸かっている流砂だが、流石にこの番外通行とはお知り合いにはなりたくない。なんというか、全ての平穏が音を立てて崩れ落ちてしまいそうだから。

 やいのやいのと騒ぎ立てている見舞客達(?)に苦笑を浮かべる流砂。絹旗とシルフィが流砂の身体に抱き着こうとしていたが、それを「ケガ人相手に無理させんなよ」と浜面が猫を掴み上げるように止めていた。――だが、流砂の意識の九割は、ある一人の女性で占められていた。

 その女性は、最後に部屋に入ってきたその女性は、真っ直ぐとこちらに向かって歩いて来ていた。

 片腕と片目が無いその女性は、安堵したような笑みを浮かべながら、流砂の目の前まで歩いてやって来た。

 学園都市の第四位の超能力者。

 『原子崩し(メルトダウナー)』。

 麦野沈利(むぎのしずり)

 流砂の恋人であり流砂の人生の進路を決めた存在である超能力者が、流砂の目の前に立っていた。

 麦野は流砂にとびっきりの笑顔を見せ、

 

「なーに簡単に負けちゃってんのかにゃーん? お前を殺すのは私なんだから、そう簡単に倒されてちゃ私の立つ瀬がないだろうが」

 

「うっせーよ。俺だって好きで負けてるわけじゃねーんだっつの。っつーか、まだ俺を殺すこと諦めてなかったんかよ。ヤンデレは根に持つッスねぇ」

 

『――ま、そこが好きなんだけども』

 

 コツン、と拳をぶつけ合った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 人の恋路を邪魔する奴は、駆動鎧に蹴られて地獄へジャストミート。

 そんなとても曖昧でギリギリな格言に従う形で浜面達が去って行き、流砂は麦野と二人きりの状態となってしまった。意外と広い部屋の中で二人きり、という場所が場所ならば急展開が待ち受けているであろう状態だ。

 だが、今は第三次世界大戦中。流石にこんな場面で過ちを犯すほど流砂はバカではない。……いやホント、そこまでバカじゃないんだって。

 流砂は黒白頭をガシガシと掻き、

 

「そ、そーいや、お前と二人きりなんつーのも久し振りッスね」

 

「そういえばそうね。最近はいろいろと忙しかったし……暗部抗争とか学園都市からの脱出とかロシアでの第三次世界大戦とか……ッ!」

 

「沈利さん沈利さん。言葉が重なるにつれて顔が酷く般若の様に歪んじゃってますよ?」

 

 メデューサのようにうねうねと脈打つ麦野の髪に恐れを抱きつつ、流砂は心底呆れたような表情を浮かべる。

 麦野沈利という少女は、他人が思っているよりも子供っぽい少女だ。

 ちょっとしたことでブチ切れ、納得いかないときには笑顔で『ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね☆』と告げてしまうほどに気が短い。夜はボロボロのぬいぐるみを抱いていないと寝れないくせに、集める下着は妙に色っぽいものばかり。一体誰に見せんだよ、と何気ない疑問を持ったこともあるにはあるが、麦野と恋人同士になっている現状において、その疑問の対象は草壁流砂自身になってしまう。恋って難しいな☆

 愛し合ったり殺し合ったり慰め合ったり励まし合ったり笑い合ったり協力し合ったり……流砂の人生において、麦野沈利は無くてはならない存在へと昇華されている。良い意味でも悪い意味でも、麦野と流砂は切っても切れない仲へと発展している。――正史では絶対に有り得なかったであろう、二人の少年少女なのだが。

 本当は殺される側だった少年が、本当は殺す側だった少女に恋をした。決められた運命を叩き伏せることで、少年少女は絶対にあり得ることはなかったであろう選択を選ぶことができたのだ。

 だが、それはあくまでも仮定の話。その仮定の話を現実のものへと変えるためには、この第三次世界大戦を無事に生き延びなければならない。

 原作では生き延びていた麦野とは違い、流砂はとっくの昔に死んでいなければならなかった存在だ。この第三次世界大戦中にぽっくり逝ったとしても何ら不思議はない。

 死の運命から逃れることは出来ない、とはよく聞く話だ。――だが、流砂はその運命を変えてみせる。変えなければならないのだ。

 流砂はぶすーっと脹れている麦野の頭を優しく撫でつつ、子供のような笑みを浮かべる。

 

「にしても、ホントにお前がまだ生きてて良かったッスよ。そんな大ケガでロシアに降り立つなんて、凍傷になっちまっても文句は言えねーぞ?」

 

「その時はその時ってね。まぁ、私が凍傷になっちゃったとしても、絶対にお前とは再会できただろうけどね。ほら、よく言うだろ? 二人は赤い糸で繋がってるーとかなんとか」

 

「俺たちの場合は赤い糸っつーよりも赤い鮮血って感じだと思うッスけどね」

 

「今ここでブチマケテやろうか?」

 

「このヤンデレついに病人に更なる追い打ちを仕掛けよーとしてるッスよ奥さん!」

 

 ぎゃぁあああーっ! と悲鳴を上げる流砂に「冗談に決まってんだろ、バカ流砂」と麦野は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。流砂としては「沈利が言うと冗談に聞こえない」という意見を今すぐにでもぶつけたいわけなのだが、まだ死にたくはないので即座に自分の心のシェルターに収納しておくことにした。基本的に麦野の尻に敷かれている流砂は、亭主関白とは程遠い世界で生きているのだ。女尊男卑とはこれ如何に。

 悲鳴をひとしきり上げたところで、流砂はぼすぅっと布団の上に寝転がった。意外と元気だから錯覚してしまうが、流砂は大量出血および頭部へのダメージでかなりの重傷を負っているのだ。死んでいないのが不思議なほどのダメージが、流砂の身体には蓄積されてしまっている。

 今はとにかく休息が必要だ。

 そう思っていた流砂だったが。

 

「…………あのー、沈利さん? どーして俺と添い寝しよーとしてんでしょーか?」

 

「今ここで既成事実を作っておけばお前は完全無欠に私のものになるでしょう?」

 

「今がどんな状況か分かってる!? 戦争中! 逃亡中! つまるところの絶体絶命な状況なワケなんスけど!?」

 

「お前は私が守る。だから安心して眠りなさい」

 

「言葉だけ聞けばスゲーカッコイイのに! 何でだろー、行動と発言が見事なまでにミスマッチ!」

 

「……いっそのこと、最後までイッちゃう?」

 

「俺にゃ聞こえなかったからな! 今のギリギリな発言はきっと空耳かなんかだったハズだからな!」

 

「外国で二人きり。しかも学園都市からの逃亡中……あぁっ、なんてロマンチックなんでしょう!」

 

「全然ロマンチックじゃねーよ! 今すぐにでも死んじまうタイタニック的シチュエーションだわ! ――にょわぁあああああああっ!? ず、ズボンに手ェ入れんな離れろ出ていけ休ませてくれぇえええええええええええーッ!」

 

 エリザリーナ独立国同盟のとある建物のとある部屋に、黒白頭の少年の絶叫が響き渡る。

 最愛の少女と再会した少年は、最悪の戦いを終わらせるために一体何をするのだろうか?

 定められた運命に抗い、自分の意志に従うままに全ての悲劇を喜劇に変えようとする者――そんな異質なヒーローは、科学と魔術が交錯した最悪の戦いの中、自分なりの選択肢を選ぶこととなる。

 戦いは後半戦へ。

 全てを救う覚悟を持った科学者の足音が、すぐそこまで近づいてきていた。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二十七項 作戦会議

 ※ 砂糖を吐いても自己責任ということでお願いします。



 エリザリーナ独立国同盟の石造りの建物の中で、我らが世紀末帝王を始めとした面子は待機していた。

 建物の役割は病院で、回復したばかりの滝壺と未だ回復の兆しを見せていない打ち止め(ラストオーダー)が簡易ベッドの上で寝かされている。滝壺は寝転がったまま絹旗と会話をしているみたいなのでもう大丈夫なのだろうが、問題は打ち止めの方。

 顔には脂汗が浮かんでいて、顔色は真っ青を通り越して真っ白になってしまっている。それほどまでに深刻な状況なのだろう。

 打ち止めの傍では、学園都市最強の超能力者こと一方通行(アクセラレータ)が壁に寄りかかっている。目を瞑っているので眠っているようにも見えるが、実際は単にやることがないから黙想をしているだけだったりする。……まぁ、そんな一方通行を見て番外個体(ミサカワースト)は笑いを堪えているわけなのだが。

 絹旗の後ろで滝壺の様子を見ていた浜面は部屋の唯一の出入り口を訝しげな表情で見つめ、

 

「草壁と麦野、いつになったら帰って来るんだろうなぁ」

 

「きゃはは☆ 年頃の男女が二人きりになった状態でやることなんて、子作りかイチャイチャか変態プレイのどれかなんじゃない? 事実、さっきまであのモノクロ頭の悲鳴が聞こえてきてたしねー」

 

『…………』

 

「絹旗とシルフィは落ち着こうか。お前らが草壁の救援に行ったところで状況は悪化の一途を辿るだけなんだからさ」

 

『チィッ!』

 

 そそくさーっと移動を開始していた二人の少女を掴み上げるストッパー浜面。

 だが、恋する少女である絹旗とシルフィは進撃の障害となった浜面に全力で食ってかかる!

 

「なんで邪魔するんですかこの超浜面! 草壁がピンチなんだから、私が助けに行くのは超当たり前でしょう!?」

 

「ただ恋人同士で話してるだけだろ? だったらそっとしといてやれよ」

 

「……しずりはいろいろと危険! だから私がゴーグルさんを虜にする! 大丈夫、私みたいなぱーふぇくとぼでーならゴーグルさんを振り向かせることが可能ッッッ!」

 

「シルフィはもうちょっと自分の年齢にあった発言をしような! そして身の丈に合わない嘘はつかないように! お兄さんとの約束だ!」

 

 イッた目で詰め寄ってくる少女二人を言葉で制し、浜面は一応の平穏を保つことに成功する。浜面としては別に彼女達二人が流砂のところ行くこと自体どうでもいいのだが、その行為の結果として麦野の怒りが自分に向くのだけは勘弁してもらいたい。麦野の怒りが始めからフルブーストで向けられている浜面は、自分の死亡フラグを回避するために全力を尽くさなくてはならないのだ。

 恋する乙女二人が部屋の隅の方で膝を抱えてマイナスオーラを放ちだしたのを浜面は苦笑交じりに確認する。

 次の瞬間。

 部屋の唯一の出入り口が勢いよく開け放たれ――

 

「ぜ、ぜーっ! ぜーっ! ……さ、さぁ、今後についての話し合いを行おーか!」

 

 ――体中にキスマークを付けた我らがゴーグルの少年が御降臨なさった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流砂と麦野の間に一体何があったのかは指摘するべきではない。

 未成年ながらにそう判断した学園都市組はあえて流砂と麦野から視線を外しつつ、今後の行動についての緊急会議を執り行うことにした。

 

「草壁と麦野が来る前に決めてたんだが、俺と滝壺は『クレムリン・レポート』とかいう細菌兵器を止めに行こうかと思ってる。別に世界を救う気なんてさらさらないけど、その細菌兵器のせいで俺たちが世話になった奴らが犠牲になっちまうかもしれねえんだ。――だから、俺たちはそっちの方に向かおうと思ってる」

 

「『クレムリン・レポート』……正確には、ロシアの核発射施設防衛マニュアルッスね。で、確か、そのサイロがこの国の近くにある集落の傍に配置してある……と」

 

「なっ……草壁てめぇ、なんでそこまで詳しいんだよ!?」

 

「俺の趣味は情報収集なんスよ」

 

 心底驚愕している様子の浜面に流砂は軽く嘘を吐く。

 流砂は「話を戻すぞ」と皆の注目を自分に集める。

 

「浜面と滝壺は『クレムリン・レポート』を止めに行く。それについては別に意見する気はないッス。……で、他の奴等についてなんスけど……沈利は浜面と、絹旗とシルフィは俺と行動を共にしてくれねーか?」

 

「……一応、理由を聞いてもいい?」

 

 ぴくっ、と目を細めながら麦野は言う。

 流砂はゴーグルが装着されていない無造作な黒白頭を面倒くさそうに掻きながら、

 

「単純に戦力のバランスッスよ。浜面と滝壺の二人だけじゃ心許ねーが、第四位の超能力者である沈利が手助けすることで作戦の成功率が上がる。絹旗とシルフィに関しては……こっちはこっちでシルフィを追ってる敵を殲滅する予定だ。目的が二つある以上、バランスのとれたチーム分けをするのは当然だろ?」

 

「はぁぁぁぁ……ま、お前の指示だから素直に従うよ。――既に契りは結んでるんだしね」

 

 瞬間。

 お気楽暗部組織アイテムの面々及び最強の超能力者と第三次製造計画のクローン少女の思考が、誰が見ても明らかなほどにピタリと静止した。九歳のシルフィだけが今の発言の意味を理解できていないらしく、「……どうしたの?」と可愛らしく首を傾げている。

 シリアスなムードから一転し、決して広いとは言えない室内に妙な沈黙が漂い始める。

 ケロッとしている麦野に信じられないほどの恐怖を抱きつつ、流砂は顔を紅蓮に染めて徹底抗議を開始する!

 

「バッ……お前ナニいきなりバカなこと言ってんの!? べ、別に契りとか結んでねーし! 俺の今世紀最大の踏ん張りによって最後の壁は護り抜いたハズだ!」

 

「まぁ確かに、お前の今世紀最大の踏ん張りで私は絶頂に」

 

「言わせねーよ!? いやホント頼むからマジで話を逸らすのやめてくんね!? 今は今後についての作戦会議の最中なんス! NOコメディ! YESシリアス!」

 

「……ねぇ、白いお姉さん。ゴーグルさんは一体何を言ってるの?」

 

「あっひゃひゃひゃひゃ! あのモノクロが言ってるのはねぇ、戦争中なのにアッツアツな二人がベッドの上で奮闘したってことなのさ」

 

「……奮闘?」

 

「あぁいや、奮闘って言うのはね――」

 

「番外個体ォオオオオオオオオオオオッ! 幼気な少女にナニ教え込んでんの!? っつーか親御さん止めてやれよ! その実質ゼロ歳なクローンの暴挙を止めてやれよ!」

 

「あァ? 面倒臭ェ」

 

「この世界にゃ敵しかおらんのか!」

 

 とりあえず「今はとにかく会議に集中しよーぜ! お願い、三百円あげるから!」と下手に出ることでなんとか展開を元に戻すことに流砂は何とか成功する。

 はぁぁぁぁ、と深い溜め息を吐き、流砂は会議を再開させた。

 

「さっき沈利から聞ぃーた話によると、シルフィを狙ってんのは木原利分(きはらりぶん)っつーマッドサイエンティストらしー。名前からして木原一族の人間みてーだからあまり油断はできねー。一方通行は木原一族の人間――木原数多(きはらあまた)と戦闘したことがあるから、あの一族の恐ろしさを骨身に染みて知ってるハズだ」

 

「……オマエ、なンでそれを知ってる?」

 

「さっきも言ったッスけど、俺の趣味は情報収集なんスよ」

 

 木原数多、というのは九月三十日に一方通行が撃破したマッドサイエンティストのことだ。

 ミサカシスターズの司令塔である打ち止めを捕獲して脳内にウィルスを撃ち込み、直接的にではないにしろ間接的に『ヒューズ=カザキリ』を顕現させた張本人。

 目的のためなら手段を選ばず、邪魔だと思うヤツなら味方だろうと敵だろうと容赦なく殺し尽くす。顔の周りを飛んでいる蚊を払い落とすような気軽さで人を殺すことができる、最狂で最悪の科学者だ。一方通行の能力の性質を利用して彼を追い込んでことからも分かる通り、超絶的な戦闘センスと頭脳を所持している。――そんな人外で構成された一族が、学園都市の裏方である『木原一族』なのだ。

 世界の誰よりも科学に特化した一族。科学のためなら全てを犠牲にすることも厭わない、と口癖のように言ってしまえる一族。――そんな一族の一人に、シルフィ=アルトリアは命を狙われている。

 木原を撃破するのはそう簡単なことではない。もしかすると、浜面達が止めようとしている『クレムリン・レポート』よりも遥かに強大な敵かもしれない。

 だが、流砂は麦野を浜面のチームに入れることにした。

 理由はとても簡単なものだ。

 

(浜面が学園都市の人間に勝つためにゃ、沈利の助けが必要不可欠だ。この世界が原作に沿ってんのかどーかなんて俺にゃ分からねーが、それでも、沈利がいれば浜面は無事に生き延びれるよーな気がする。まぁ、ただの勘なんスけどね)

 

 原作通りに進んでいるかどうかも分からない世界にて、流砂はあくまでも原作での解決法を提示する。

 原作知識を利用することでしか人の一歩先を行けない流砂は、あくまでも原作を壊さないような戦略で木原利分に戦いを挑むしかない。――たとえそれが、自分の死亡率を上げる行為だとしても。

 「そんじゃまぁ、俺とシルフィと『アイテム』の動きはそんなトコだ。各自準備ができ次第、作戦を行動に移そーぜ」『了解』そんな機械染みたやり取りの後、浜面達は部屋の外へと去って行った。未だに納得していない者もちらほら見受けられたが、流砂はあえて見なかったことにした。今ここで作戦の変更なんて提示しても単なる時間の無駄だし、そもそも流砂にはこれ以上の最善策なんてものを考え浮かべられない。流砂はあくまでも凡人。それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 自分以外の連中が去って行ったのを確認し、流砂は未だに椅子に座っている一方通行と番外個体に視線をやる。

 そしていつも通り気怠そうに黒白頭を掻き、

 

「そんじゃま、羊皮紙についての話をしよーか」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「随分と遅かったわね、流砂。他の奴らはすでに準備を終えてるわよ?」

 

「ちょろーっと最強の超能力者に話があってさ。今の今まで話し込んでたんスよ」

 

 一方通行たちに必要なことを伝え終わった流砂が外に出ると、防寒着に身を包んだ麦野が建物の壁に体重を預ける形で待機していた。服の上からでも分かるほどの大きさの胸の下に片腕を回している麦野に、流砂は思わず顔を朱くする。

 そんな動揺を悟られられないように、流砂は言葉を紡ぎだす。

 

「せっかく再会したってのに、俺のせーでまた離れ離れになることになっちまって……ゴメンな」

 

「別に今生の別れって訳じゃないんだし、謝る必要はないわよ。――まぁ、苛立ってんのも事実だけどな」

 

「あ、あははは……」

 

 こりゃ浜面に地獄が待ってんのかな? と流砂はこの場にはいない元スキルアウトの少年に静かに合掌する。

 引き攣った顔で苦笑を浮かべる流砂に軽く微笑みを見せながら、麦野は流砂に抱き着いた。

 流砂の背中に右腕を回し、自分の豊満な胸を彼の身体に押し付ける。

 

「ちょっ、沈利……ッ!?」

 

「絶対に死ぬんじゃねえぞ? 私にはまだ、お前に言いたいことが星の数ほどあるんだから。愚痴や文句や苦情や罵倒、それに愛の囁きだってまだ十分し足りてないんだからね」

 

「あははは……そりゃ参ったッスね。生き延びた後にお前に殺されそーッスよ」

 

「別に構わないでしょ? お前を殺すのは私の役目なんだから」

 

「それもそーッスね」

 

 そのタイミングで微笑み合い、二人はゆっくりと唇を重ねた。

 互いの唇を何度も接触させ、十秒後には舌を絡め合わせる。お互いに相手の口内を舌で蹂躙しつつも、舌を絡めて唾液の味を自分の口に馴染ませていく。その行為自体に快感を覚えているのか、互いの背中に回している腕に更なる力が込められる。

 自分たちの想いを確かめ合うかのようなキスを一分ほど続けたところで、二人は唇を離した。ギリギリまで接触させ合っていた舌から糸が伸び、真っ直ぐ地面へと落下していく。

 互いに頬を朱く染めた超能力者と大能力者は自分が表現できる最高の笑顔を見せつけ合い、

 

「愛してるッスよ、沈利。絶対に再会しよーぜ」

 

「愛してるわよ、流砂。次会ったときは今回以上のキスをしてやるから、覚悟しておきなさい」

 

 ザッ、と。

 それぞれ別々の方向に足を踏み出した。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二十八項 襲来

 二話連続投稿です。



 麦野や浜面達と別れた流砂は、絹旗とシルフィと共にエリザリーナ独立国同盟を出た。

 目的は一つ。

 シルフィを狙う木原利分を撃破する事、だ。

 

「絵に描いたように超ぐっすり寝ちゃってますね、このアホ毛少女。よっぽど疲れてたんでしょう」

 

「あー見えて普通の九歳の子供ッスからね。無駄に大人びてるけど」

 

 自分たちがエリザリーナ独立国同盟まで乗ってきていた大型トラックの運転席と助手席で、二人の大能力者はなんとも平和的な会話を繰り広げている。自分の膝の上で丸くなっているシルフィのアホ毛を弄りつつも、絹旗は少しだけ微笑みを見せていた。

 エリザリーナ独立国同盟を出発してから既に三十分が経過しているが、未だに学園都市からのアクションはない。もしかすると流砂たちが別行動をしていることに気づいていないのかもしれない。それはそれで凄く困る展開なんスけどね、と流砂はハンドルを握っている手に力を込める。

 だが、学園都市関連以外での進展はあった。

 ベツレヘムの星、と呼ばれる空中要塞が出現したことだ。

 

「あの要塞、超どういう原理で浮いてるんでしょう? というか、この間観た懐かし映画であんな空中要塞出てきましたね。えっと、名前は超何でしたっけ……」

 

 それは思い出しちゃダメなジャンルだ、と流砂は心の中でツッコミを入れる。なんでこの世界にあの映画があるのかは分からないが、やはり名作ともなると次元を超えてしまうものなのか。いや、もしかしたら流砂が死ぬ前にいた世界とこの世界は繋がっているのかもしれない。……いや別に、解答が出たところで『だから何?』って感じなのだけれど。

 脳内に渦巻いていた要らぬ知識を心のシェルターに永久凍結しつつ、流砂は助手席に座っている絹旗に声をかける。

 

「っつーか絹旗。お前、身体の調子はもー大丈夫なんスか?」

 

「超完全回復、という訳じゃないですが、八割程度は回復してますよ。浜面五人分程度なら超一瞬で片付けられます!」

 

「ナニその基準。浜面スゲー可哀想」

 

 浜面五人分、ということは、通常の浜面の五倍の速度で車のロックを解除できるということなのだろうか。それとも、通常の浜面の五倍の速度で恋愛フラグを立ててしまうということか。……どっちにしろ、戦力的にはあまり期待できない。やっぱり浜面は浜面だな、と流砂は苦笑を浮かべる。

 絹旗はシルフィの頭を撫でながら、流砂に心配そうな表情を向ける。

 

「というか、草壁の方は超大丈夫なんですか? あの無骨なゴーグルが超大破してしまうほどの威力でぶん殴られたんでしょう? 脳に異常とか出てないんですか?」

 

「頑丈なだけが取り柄ッスからね。全力は無理だが、七割程度ならチカラを出せるッスよ。……まぁ、ゴーグルが無いから能力の暴走及び不発が心配だけど」

 

「何ですかその歩く超不発弾状態。よくそんなんで大能力者認定されましたね、超草壁の癖に」

 

「テメェそれどーゆー意味だコラ」

 

 はン、と鼻を鳴らす絹旗に流砂の額からビキリと青筋が浮かぶ音がした。

 ちょっとしたことで能力が暴発してしまう人間不発弾状態の流砂から少しだけ距離をとりつつ、絹旗は露骨に肩を竦める。

 

「今まで思ってたんですが、草壁って自分の能力の応用性を超完全に引き出せてないですよね」

 

「応用性? 圧力の防護壁を展開できてる時点で結構頑張ってる方じゃね? お前も窒素の防護壁を纏ってんじゃん」

 

「私は超それしかできない能力者だから良いんです。ですが、草壁の能力はそれ以上のことを可能にできるハズなんです。『触れた物体に働いている圧力を増減させる』能力程度で大能力者なんですから、もう少し広い視野を持つだけで超能力者になれるかもしれないんですよ?」

 

「いや、ンなコト言われても……広い視野って、具体的にゃどーするんだよ」

 

「それは超簡単なことですよ」

 

 絹旗はフフン、と得意気に笑う。

 そして右手の人差し指を流砂の頬にムギューっと押し付けながら、

 

「圧力の増減だけでなく、圧力操作を可能にすればいいんです」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 圧力操作を可能にすればいい。

 口に出すのはとても簡単なことだが、それを実行に移すのはとてつもなく難しい。

 自分の能力の性質を根本から覆すことになるであろうその行いは、自分の能力をもう一度端から発現し直すことと同義なのだ。流砂以外の能力者でも。その難しさにはすぐに気づけるはずだ。

 だが、絹旗はその意見に否を唱える。

 

「そもそも、圧力増減という能力自体、圧力操作能力の一端なんです。圧力増減が上下のみの操作なのに対し、圧力操作は三百六十度の操作。つまるところ、草壁は圧力の操作の向きを制御できるようになるだけで、超強力な能力者になることが可能なんです」

 

「圧力の向きを操作する、ね……それができたとして、一体どれだけ強力になれるんスか?」

 

「これは私と同じ研究所にいた能力者の例なんですが……圧力で窒素を圧縮することによって、窒素の槍を造り出していました」

 

「つまり、圧力操作の幅を広げることで、空気の槍とかアスファルトのハンマーとかを造れるよーになれるかもしれない、と」

 

「超あくまでも推論ですけどね」

 

 でも、挑戦する価値はあると超思います。絹旗はシルフィの頭を撫でながら、柔らかく微笑んだ。

 推論でしかないと絹旗は言ったが、それを実現させられた瞬間、流砂は二段階も三段階もパワーアップできるはずだ。圧力の応用で天然の武器を製造する、というイレギュラーな能力……ちょっとカッコイイなとか思った流砂は悪くない。

 だが、それを実現させるためにはかなりの努力が必要となる。他にも大量の時間が必要になるし、流砂の不安定な演算能力を常人以上にまで成長させる必要がある。試練が多いというレベルではない。成長までの全てが試練。まさに針の山を裸足で渡るような無謀な修練だと言える。

 流砂はハンドルを握っている両手を見つめる。この能力の応用性を上げることで、ずっと届かないと思っていた領域に足を踏み入れることができるかもしれない。超能力者は無理にしても、そう簡単には負けないほどの実力を手に入れることができるかもしれない。

 やれるかできないか、の問題ではない。

 何が何でもやる。――このままじゃいけないと分かっている以上、流砂に残された選択肢はその一つしかない。

 時間はない。敵がいつやって来るかも分からない。どういう風に修練すればいいのかも不明。――だが、流砂はなんとかしてパワーアップする必要がある。第二候補として、第三次世界大戦終了後の修練でも何ら問題はないわけなのだが、木原利分なる敵と戦う以上、早急な修練が必要となるだろう。

 とにかく、少しのことでもやるしかない。

 そう決意した流砂は「まず第一に、何をすりゃイイと思う?」と絹旗に素直な質問をぶつける。

 だが、絹旗がその問いに答えを提示することは出来なかった。

 理由は簡単。

 大型トラックの十メートルほど右にある雪原が、爆音と共に薙ぎ払われたからだ。

 

「ッッッ!? ついに敵さんのご登場ッスか!?」

 

「つべこべ言う前に超スピード上げてください! 威力から予想するに、あの攻撃は私たちでは防ぎきれません!」

 

 騒ぎ立てる絹旗に従うままに流砂はアクセルを勢いよく踏みつける。

 背後から迫ってくる巨大な戦闘機をバックミラーで確認しつつ、絹旗はこの理不尽な状況を悲嘆するかのように全力で叫び声を上げる。

 

「というか、シルフィの能力って寝ていたら超発動しないんですね!」

 

「意外な弱点発覚ってコトだろふざけんな!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 戦いは何の前触れも無く始まった。

 上空を飛行している超大型超音速戦闘機から発射される大量のミサイルを見事なドラテクで回避しつつ、草壁流砂は腹の底から叫び声を上げていた。

 

「あっははははははははっ! 死ぬ、このままじゃすぐにあの世に召されちまう!」

 

「超容赦ないですね、あの連中……シルフィが死んじゃってもいいんですか!?」

 

「流石に当てる気はねーんだろーさ! でもまぁ、このトラックを横転させるぐらいのコトは望んでんじゃないんスかね!」

 

 右へ左へと蛇行しながら、流砂たちを乗せた大型トラックは真っ白な雪原を突き進む。既に大量のミサイルのせいで雪原の一角は真っ黒な大地へと変貌を遂げているが、流砂たちにはそれについて言及するような余裕はない。今はとにかく逃げて逃げて逃げまくり、逆転のチャンスを待つしかない。

 そしてトラックが十二回目の急カーブを行ったところで、我らが眠り姫が瞼を擦りながら目を覚ました。

 

「……うるさい。雨が強い?」

 

「雨が強いどころかミサイルの大量豪雨ッスよ! っつーかよく今のタイミングで起きれるなお前! どんだけ眠り深かったんスか!」

 

「……一度寝たら次の日まで起きない自信あったのに。……おやすみ」

 

「なんでこのタイミングで超二度寝しようとしてるんですか!? 今がどれだけ緊迫した状態か全く理解できていないと!? どこまで温室育ちなんだあなたは!」

 

 ぴょこぴょことアホ毛を揺らしながら天然ボケを披露するシルフィに、大能力者コンビのSAN値がガリガリと削られていく。天然って怖い! と二人の思考が一致した。

 だが、シルフィが起きたこと自体は無駄ではない。彼女の能力――『回帰媒体(リスタート)』があれば、流砂たちは正確な回避行動をとることができるのだ。

 「ほらシルフィ頑張って働いて!」「……うん。分かった」流砂に乱暴に頭を撫でられながら、シルフィは鴉の濡れ羽のような黒髪を持つ頭を両手で抱える。

 直後。

 シルフィのアホ毛がアンテナのようにぴょこぴょこ動き出した。

 

「……右から二つだから、左に突撃すれば正解!」

 

「よっしゃ了解その調子ッスよシルフィぃいいいいいいいいい!」

 

「いやいやいや、アホ毛が乱舞しているという現実は超スルーですか!? というかそれって能力の副作用的なナニカだったんですか!? 電気系能力者が微弱な電磁波を纏ってるみたいな!?」

 

「……前に大きいのが一つ! 避けるか突っ込むか、ゴーグルさんはどうしたい?」

 

「迷うコトなく回避一択! この急カーブに全てを賭けるッス!」

 

 シルフィの言葉を疑う素振りすら見せず、流砂は大きなハンドルを勢いよく回転させる。

 ギャリリリリリッ! という摩擦音がロシアの大地に鳴り響き、流砂たちを乗せた大型トラックが不自然にカーブする。あまりにも無理な駆動にタイヤが悲鳴を上げているが、流砂は無視してハンドルとブレーキとアクセルを巧みに操っていく。

 それが功を奏したのだろう。

 流砂が操る大型トラックは、ギリギリのラインでのカーブに成功した。

 大掛かりな爆発によって根こそぎ削り取られていく地面を茫然と眺めつつ、絹旗は苦笑を浮かべる。

 

「…………人間、頑張れば超何でもできちゃうものなんですね」

 

「でも流石に今みてーな真似は二度とできねーッス! 今の成功は完全無欠に奇跡なんだから、そろそろまともな対策を考えねーとマジで死んじまう!」

 

 大量のミサイルを回避しながらトラックを進ませる流砂は、涙目ながらに絹旗に声を荒げる。シルフィは攻撃の予測に全神経を注いでいるので会話が聞こえておらず、一心不乱にアホ毛を動かしている。絵面的には凄く平和なシーンだが、やってることは命がけの逃走劇だ。失敗した瞬間に死んでしまう、世界最悪の逃走劇。

 絹旗は「うーん」と腕を組みながら首を傾げる。『窒素装甲』でも『直接加圧』でも防げない威力を誇る攻撃を、一体どういう手段をとれば防ぐことができるのか。それはもはや核シェルターでも持ってこないと駄目なのでは? という意見は即刻却下だ。今すぐ用意できる簡単な作戦でないと意味が無い。

 

(相手の速度的にも私たちは超逃げきれない。ですが、このまま何をするでもなく一方的にやられるというのも納得できません。……となればやはり、防御に徹するのは超間違いってことになりますね)

 

 発想の転換。

 防御するのではなく、こちらから打って出る。攻撃は最大の防御、という格言に従うままに攻勢に転じればいいだけのこと。

 だが、絹旗の能力は基本的に近接格闘用だ。どこぞの第一位ならいざ知らず、絹旗最愛は窒素を防護壁として圧縮させることしかできない能力者だ。――故に、上空の超大型超音速戦闘機を打ち落とす術なんて持っていない。

 しかし、絹旗以外の能力者だったらどうだろう。そう、例えば――遠距離攻撃の可能性を秘めた、圧力操作系能力者だったら……ッ!

 

「超草壁! 対策を思いつきました!」

 

「長ったらしー説明は無しで、簡潔に短く要点だけを掻い摘んで伝えてくれ!」

 

「つまりはこういうことですよ、超草壁!」

 

 それはあくまでも賭けに過ぎない。――だが、もう絹旗はその分の悪い賭けに縋るしかないのだ。結果がどうなったとしても、それを作戦として提示するしか絹旗には方法がない。

 故に、絹旗は懇願する。自分が現在進行形で恋をしている目の前の黒白頭の少年に、絹旗最愛は全力の懇願を開始する。

 

「あなたがあの戦闘機を打ち落としてください! 無理でも無謀でも無茶でも超構いません。もう、あなたしかこの状況を打破できないんです!」

 

「………………マジ?」

 

 ゴーグルを失った不完全な大能力者は、強制的に無謀な試練を与えられる。

 奇しくもそれは、数ある試練の中でも最悪の難易度を誇る――命がけのパワーアップ法だった。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二十九項 不幸な幸運

 これは俗に云うボーナスステージと言うヤツだろうか。

 超特急で突き進む大型トラックの上に立って上空を見上げながら、草壁流砂(くさかべりゅうさ)は気怠そうに頭を掻いていた。風圧を完全にカットしているので吹き飛ばされることはまずないが、それでも油断するわけにはいかない。ゴーグルを失った流砂の演算能力は通常よりもかなり不安定になってしまう為、いつ能力が解除されてしまうかは流砂自身にも分からないのだ。

 気怠そうな目を動かし、上空の戦闘機を視界に収める。わざわざご丁寧にこちらの速度に合わせてくれているのか、超音速戦闘機という割にはかなりの鈍足飛行だった。いやまぁ、実際は結構な速度で動いているんだろうけど。

 

「んじゃま、とりあえずやるだけのコトはやってみるッスかね」

 

 流砂がこれから行うことは、大きく分けて二つある。

 一つは、圧力操作の応用の幅を広げること。プラスの圧力を最低でもゼロにしかできないのは覆しようのない能力の個性だから致し方ないにしても、空気を自在に圧縮して臨時のシールドを作り出せる程度にはパワーアップしておきたい。あと、イケるなら剣とかハンマーとか作ってみたい。というか、今から空気の槍を作り出さなければならないので、武器製造までのレベルアップはあくまでもハードルでしかない。

 そしてもう一つは、能力で作り出した槍を上空の戦闘機に直撃させること。圧力で固定化した槍を超圧力で飛ばせば何とかなるかもしれないが、今までやったことも試したことも無い荒業なので成功するかどうかも分からない。失敗した瞬間にこちらの死亡が確定するわけだから、絶対に成功させないといけないのだけれど。

 とにもかくにも、流砂は何が何でもレベルアップしてパワーアップしなければならない。

 流砂は両手を前に突き出し、目を瞑りながら集中する。

 

「空気の槍をイメージし、そのイメージに沿った形で圧力を――増減!」

 

 流砂の言葉に呼応するように、彼の両手の中で空気が圧縮されていく。圧縮された空気は熱を持ち、目視できるほどの光を放ちだす。かつて学園都市最強の超能力者が空気を圧縮することでプラズマを作り出した時のように、流砂の両手の中に小型のプラズマが形成されていく。――正直言って、槍なんかには似ても似つかない。

 目を瞑っているせいで理想と現実のギャップに気づかない流砂は、「圧縮圧縮圧縮圧縮ゥ……ッ!」と全力で能力を作動させていく。頭の中では槍を製造しているのだが、手の中では小型のプラズマが徐々にサイズを上げていっている。このまま肥大化を続ければ、戦闘機ぐらいなら簡単に撃ち落せるかもしれない。

 だが、直後。

 草壁流砂にとてつもないほどの不幸が降りかかる。

 最初に、ドゴォッ! という轟音が響き渡った。

 そして次に、流砂の身体が宙に投げ出された。

 最終的には、流砂の体に異常なぐらいの激痛が走りまわった。

 

「が、ァ……――ぐァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 勢いよく宙に投げ出された流砂の身体は、綺麗な放物線を描いてロシアの雪原へと落下した。いつもならば能力を使用して事なきを得るのだが、こういう時に限って能力が発動しなかった。やはり不安定な演算能力が関係しているのか。

 しかし、それにしては妙な違和感が感じられた。

 流砂の能力が発動しない時とは違い、頭に痛みが走ったのだ。脳の中央から全体に掛けて、一瞬だけ激しい痛みが――流砂の頭を襲ったのだ。

 打撲と擦り傷と頭痛で苦しみながらも、流砂はふらふらと立ち上がる。落下のダメージのせいでフィアンマに刻まれた傷が開いてしまったのか、流砂の頭からは大量の血が流れ落ちてきていた。

 そんな消耗の中、流砂は血まみれの顔を右手で覆いつつ、

 

「ッ、あ……圧縮のための複雑な演算のせーで、防壁を維持するだけの演算能力が根こそぎ持って行かれちまった……?」

 

 それは、あまりにも呆気ない結論だった。

 忘れられているかもしれないが、流砂の能力強度は上から二番目の大能力者(レベル4)だ。そのレベル単体でもかなりの実力を誇るのだが、問題なのはそこではない。

 

 

 大能力者の演算能力は、どう足掻いても超能力者には匹敵しない。

 

 

 流砂が先ほど行っていたプラズマ形成は、あの第一位の超能力者である一方通行(アクセラレータ)が絶体絶命のピンチに陥った時に考え付いた荒業だ。考え付くだけならまだセーフかもしれないが、それを実行に移すとなるとそれ相応の演算能力が必要となってくる。

 つまり。

 流砂がプラズマを形成する時は、能力を他のことに使用できないということだ。

 

「マジかよ……そー簡単にゃいかねーとは思ってたッスけど、まさかここまで難易度エクストリームだったなんて……ッ!」

 

 出血のせいで朦朧としている意識を根性で繋ぎ止めながら、流砂は歯噛みする。

 攻撃と防御が同時に行えない、という衝撃の事実に直面し、流砂はどうしようもないほどの虚脱感に襲われてしまっていた。自分のチカラじゃとてもじゃないが越えられないハードルが、目の前にそびえ立っている気分だった。

 考えてみれば、考えるまでも無いことだったかもしれない。

 流砂は今まで数々の戦場を切り抜けてきた。もちろん、その中では能力に頼っていた。というか、能力に頼らなければ絶対に生き残れなかった。

 そんな中、もしかすると、流砂は攻撃と防御のオンオフを無意識に行ってきたのではないだろうか? 攻撃する時に能力を使い、防御に転じる際には反射的ながらも無意識に演算の目的をシフトする。――そうやって効率よく演算能力を使用することで、大能力者ながらに今までやって来たのではないだろうか?

 最強の超能力者である一方通行が攻撃と防御を同時に行えるのは、それを実現させられるだけの演算能力を持っているからだ。ベクトル変換で攻撃しつつも『反射』で全ての攻撃を防ぐ。そんな怪物染みた戦いができる一方通行と同じことを、大能力者である流砂程度が実現させられるわけないではないか。

 遠くの方からこちらに向かってトラックが戻ってきている音を背中越しに聞きつつも、流砂は着陸の体勢にシフトしている戦闘機へと視線を向ける。大方、流砂が戦闘不能で絹旗一人じゃ抵抗しようがない、とでも思っての行動だろう。どこまでもイラつくコトしやがんな、と流砂は吐き捨てるように舌を打った。

 このままでは、流砂たちは敗北する。あの戦闘機の中にどれだけの戦力がいるのかは予想もつかないが、流砂たち程度なら軽く捻り潰せるだけの戦力は存在しているハズだ。最悪の場合、第二位の超能力者である垣根帝督(かきねていとく)の『未元物質(ダークマター)』を利用した武器を使う傭兵たちが出てくるかもしれない。……正直言って、勝ち目なんてどこにも存在しちゃいなかった。

 「草壁!」見よう見まねでトラックを運転してきたであろう絹旗はトラックから降車し、今にも倒れそうな流砂の身体を横から支える。彼女の肩にはシルフィが肩車の要領で腰かけていて、「……ゴーグルさん、大丈夫!?」と珍しく表情を心配そうに歪めていた。

 ロシアの雪原に徐々に近づいてくる戦闘機を眺めながら、流砂は舌打ちする。ボーナスステージとか何とか言っておいてこのザマかよ、と自分自身を貶しながら。

 

 

 だが、その『幸運』は突然やって来た。

 

 

 最初に耳に入ってきたのは、ズォオンッ! という空気を切り裂く音だった。

 次に目に入ってきたのは、凄まじい速度でロシアの空を飛翔する、青白い人型の物体だった。

 最後に目に入ってきたのは、その物体に真っ二つに両断された、上空の戦闘機だった。

 大天使、神の力(ガブリエル)

 名称的に呼ぶと、ミーシャ=クロイツェフ。

 人間なんかではとてもじゃないが手に負えない最悪の化物が、間接的に流砂たちに幸運を齎していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ミーシャ=クロイツェフによって両断された戦闘機は重力に従うままにロシアの雪原へと墜落した。元々が巨大な物体だっただけあってか、落下と同時に耳を劈くほどの爆音と目を焼き焦がすほどの閃光が流砂たちを襲い、真っ白な雪原を瞬く間に夕焼け色に染めてしまっていた。

 今の墜落でいくらかは敵の戦力を削げたはずだ。脱出に成功していたような気配も無かったし、生存者がいたとしても五体満足では済まないハズ。ここからの逆転は可能かな、と頭に包帯を巻きながら流砂は思考する。包帯は流砂のリュックサックに入っていたものを使用した。準備がイイ自分を褒めてあげたいッスね、と自画自賛することも忘れない。

 簡易的な応急処置で傷を塞いだ流砂は絹旗の肩を借りて立ち上がりつつ、

 

「流石にアレを受けて無事なワケないッスよね……?」

 

「防御系の能力者でも乗ってたんなら話は別ですが、流石にあの超意味不明な威力の攻撃に耐えられるような能力者はいないでしょう。というか、さっきの天使みたいな飛行物体、超何だったんですか?」

 

「俺に聞くな知るかよ知らねーぞ」

 

 絹旗の問いに流砂は即座に嘘を返す。

 だが、絹旗は流砂の嘘に気づいているようで、彼を問い詰めるために可愛らしい口を動かそうとしていた。

 しかし、それ以上の行動は出来なかった。

 理由は簡単。

 墜落して藻屑と化したはずの戦闘機内部から、聞き覚えのない声が聞こえてきたからだ。

 

「いっつつつ……あービックリした。イキナリ容赦ねえ両断決めやがって、あのクソ天使野郎……次会ったらただじゃおかねえぞー? 少なくとも、ボクの全力の攻撃をぶち当ててやる」

 

 乱暴な口調に似合わず、戦闘機から出てきたのは――美しい容姿を持つ女性だった。

 ポニーテールの金髪は爆炎を反射して煌めいていて、如何にも不機嫌そうな顔は『美女』という言葉以外では言い表せないほどに整っている。すらりと長い手足と大きくて形の整った胸部が特徴的で、赤のパーカーの上に研究者のシンボリックアイテムでもある白衣を羽織っている。下半身は黒のスラックスと赤の運動靴で覆われていて、どう考えても冬国で活動できるような格好ではない。……いや、それは流砂と絹旗も同様なのだが。

 墜落なんて端からなかった、というのが現実のように五体満足でしかも無傷な研究者風の女は、異様なまでに機械染みたグローブを装着した手で白衣をパンパンと叩きながら、

 

「やぁやぁごめんねごめんなごめんなさーい。ちょろっと質問するけど、良いかな良いよねつーか異論は認めねえ。――絹旗最愛(きぬはたさいあい)っつー実験動物クン、オマエにボクは質問するぜ」

 

「質問……?」

 

「そそ。質問自体はとぉーっても簡単なもんだよ。どれぐれえ簡単かっつーと……『絶体絶命のピンチでたった一人の恋人か四人もいる家族を犠牲にすれば自分は助かる。さて、どっちを犠牲にするでしょう?』っつーのと同じぐれえの難易度の質問だ。――ありゃ? 逆に難しかったか? 因みに正解は、『世界でたった一人しかいない恋人を犠牲にして無駄に四人もいる家族と共に生き延びる』でしたー」

 

 ケラケラと愉快そうに言う女に、絹旗はどうしようもないほどの悪寒に襲われた。人間が初めて天敵に出会った時のような、抑えきれないほどの恐怖を伴って。

 複数を救うために一人を犠牲にする。先ほどの正答は、つまるところそういう意味を含んでいる。頭では分かっていても人間的には納得できない非情な選択。何かを救うためには何かを犠牲にしなければならない、という、在り来たりなヒーローを根本から否定するような厳しい現実。――そんな当たり前が、先ほどの正答には確かに含まれていた。

 だが、その正答を即決できる人間なんて、この世界にどれだけの数いるのだろう。少なくとも、平和ボケした日本国内には雀の涙ほどしか存在しないはずだ。

 しかし、目の前の女は迷うことなく――しかも愉快そうに即決した。端から用意していた質問だからなのかもしれないが、それでも、その選択こそが当たり前だと言わんばかりの態度に絹旗は恐怖を覚えたのだ。

 寒さではなく恐怖で身体が震えるのを感じつつも、絹旗は目の前の敵を睨みつける。

 そんな絹旗の行動をどうやら女は違うベクトルで処理したようで。

 

「あ、そういえば自己紹介とかまだしてなかったなー。いやいや、こりゃすまねえな。完全にボクのミスだ。っつーわけで、あっさりしっくりゆっくりじゃないけどぱぱーっと自己紹介しちゃうぜ!」

 

 女は漆黒のグローブをはめた両手を大きく真横に拡げながら、

 

「ボクの名前は木原利分(きはらりぶん)! 世界を救うために科学の発展に貢献してる、しがないマッドサイエンティストさ! 因みに、座右の銘は『多数を救うために少数を切り捨てろ』で、好きな言葉は『正義のためならどんなことでも正当化される』でーす!」

 

 んじゃ次はこっちの番だな、と女――木原利分はズビシッとワザとらしく大振りで流砂を指差し、

 

「ボクは『直接加圧(クランクプレス)』を殺して『回帰媒体(リスタート)』を奪い返しに来た。というわけで、ここでボクからの質問です、絹旗クン。『草壁流砂を殺させれば二人は助かりますが、草壁流砂を助ければ全員が殺されます。さてさて、正解はどっちでしょう?』みたいな質問――みたいな☆」

 

「――――、は?」

 

 言葉の意味が理解できないといった様子の絹旗に、利分は愉快そうな笑みを浮かべる。

 迷うこととか思考する事とか言う行動自体が娯楽であるとでも言いたげな表情で、木原利分は歪んだ笑みを浮かべる。

 そして利分は――『正義』を司る『木原』は両頬を両手で抑えながら――

 

「たった一人の犠牲で他の奴ら全員が生き延びれるんだぜ? 暗部所属のオマエが迷うなんて――どうかしてるぜ☆」

 

 ――心底幸せそうな笑みを浮かべた。

 




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 次回もお楽しみに!


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第三十項 直接加圧

 ついに今作も三十話目。

 こんなに続けられているのは皆さまのおかげです。

 ありがとうございます、と感謝の言葉を述べるとともに、これからもよろしくお願いします、と我が儘な言葉を述べてみます。



 流砂を見捨てれば、絹旗とシルフィは生き残れる。――さて、どうしたい?

 そんな悪魔の質問をファミレスのメニューを確認するかのように突きだされた絹旗は、心底怒っていた。今すぐ木原利分の顔面を殴り潰してやりたいと思ってしまうほど、絹旗最愛は目の前のマッドサイエンティストに怒りを覚えていた。

 ヘラヘラケラケラと笑う利分を睨みつけ、絹旗は肩を震わせながら言い放つ。

 

「っざけないでください……超ふざけないでください! 草壁を超見捨てて自分が助かりたい、なんてふざけたこと、私が超思う訳がないでしょう!?」

 

「ありゃりゃ? オマエは学園都市側の人間だから即決してくれると思ったんだけどなぁ。そんなにその欠陥品が大事か? 道具が無きゃまともな演算もできないその最悪の欠陥品が、そんなに大事なのかー?」

 

「超大事に決まってンでしょうが!」

 

 絹旗の口調が、豹変した。

 かつて、『暗闇の五月計画』という非人道的な実験に参加していた絹旗は、最強の超能力者の演算パターンを脳内に埋め込まれている。第一位の『防御性』を獲得した絹旗は、元が窒素を操る能力者だけあって『窒素を身体の周囲に纏わせ、防壁を展開する』能力を発現させた。全てのベクトルを反射する『反射の壁』なんかには到底及ばないが、それでも、十分に強力と言える能力を手に入れることができている。

 その実験の後遺症か副作用か、絹旗が本気でキレたときにはこうして口調が変わってしまうのだ。――あの最強の第一位と同じような、乱暴な口調に。

 肩に乗っているシルフィを流砂に預けながら、絹旗最愛は腹の底から声を荒げる。

 

「大事ですよ、超大事ですよ! 弱いくせにいつも一生懸命頑張って泥塗れになって、それでも私たちを笑わせるためにいつも飄々ォとしてるこの草壁流砂は、私にとって超世界で一番大事な人なンです! それなのに、自分が生き延びるために草壁を超見捨てる? 悪魔の選択? ふざけンのも大概にしてください!」

 

「なーにガチでキレちゃってんのぉ? あー怖、最近の若者は怖いわー」

 

「そのふざけた態度を、今すぐこの場で超叩き潰してあげますよ。――最近の若者の本当の怖さは、超これからです!」

 

 ギュオッ! という轟音が鳴った。

 それは、絹旗が両手に窒素を集束させる音だった。

 そして、絹旗の戦闘準備が完全に終了した合図でもあった。

 

「私の答えは二択のどちらでもありませン! 『木原利分をぶっ潰して三人で生き残る』っつゥ、超最高のハッピーエンドを選択します!」

 

 そう叫ぶや否や、絹旗は勢いよく地を蹴った。身体の周囲に展開された窒素によって地面が大きく抉られた。

 下手な小細工はせずに正面から叩き潰す。相手がどんな戦術を隠し持っているかなんて知らないが、絹旗の真骨頂は最強の盾と怪力だ。正面からの突撃で、彼女に勝てる奴なんてそうそういない。

 絹旗と利分の間にあった距離は、簡潔に言って五十メートルほど。絹旗の持ち合わせている脚力と能力を併用すれば、大して疲れることはない十分に短い距離だ。むろん、相手に圧迫感を与えることもできる。

 「ここで超死ね木原利分!」一気に五十メートルを駆け抜け、絹旗は右腕を思い切り振りかぶる。自動車を軽々投げ飛ばすことができるほどの怪力が、狂った科学者をぶっ潰すためだけに振るわれる。

 だが、その右腕が利分をぶっ潰すことはなかった。

 理由は難解。

 利分の拳が、絹旗の顔面を正確に捉え、彼女を思い切り殴り飛ばしたからだ。

 

「が、ァッ……ッ!?」

 

「うぷぷぷ。ボクの攻撃がオマエの顔面にクリーンヒットってか? ぎゃはははは! ひっさしぶりに殴られたって感じっすか絹旗最愛チャーン?」

 

 殴られた右頬を抑えながら、絹旗はふらふらと立ち上がる。

 どうして自分は殴り飛ばされた? もしかして、ギリギリになって能力を解除してしまったのか? いや、それは有り得ない。絹旗の窒素の壁は本人の意識の外で展開されるオートなものだ。どんなことがあっても展開され続けて全ての攻撃を防ぐ。それが絹旗の防壁なのだ。

 それじゃあ何で自分は殴り飛ばされた? 一方通行の『反射の壁』の攻略法では絹旗の『窒素の壁』は破れない。絹旗はベクトルを反射しているわけではなく、圧縮した窒素で壁を作り出しているだけなのだから。

 (考えてる暇は超ありませンね。超先手必勝一撃必殺!)利分にこれ以上攻撃させないためにとにかく攻撃することを選んだ絹旗は、地面を思い切り蹴って一瞬で利分の懐に入り込む。

 そして振りかぶっていた右手をアッパーカットの要領で利分の顎に撃ち込――

 

「にゃははーん。逆算諦めて突撃たぁオマエらしくないなぁ、絹旗クン? ――でもまぁ、そういう突撃魂とかボクは嫌いじゃないぜっ?」

 

 ――む直前に、利分が絹旗の腕をパシッと掴んだ。

 

「ッ!? な、何がどォなって……ッ!?」

 

「うーん、それはボクの秘密だから教えてあげられねえなぁ。でもまぁ、ヒント的なナニカをオマエに与えるとするなら――『木原』の技術は世界一ィィィ! ってことなんじゃねえの?」

 

 絹旗の右腕を左手で掴んだまま腰を屈め、右腕を思い切り後ろに振り被る。

 絹旗は拘束を解除するために必死にもがくが、怪力であるはずの彼女は何故か利分を振り解くことができなかった。――まるで、絹旗の怪力が失われたかのように。

 「ッ!? ま、まさかこれは……」「ネタバレはダメだぜ、絹旗チャーン?」今更気づいたところでもう遅ぇけどな、とわざわざ付け加えながら、利分は拘束の力を強める。

 そして振りかぶっていた右腕を思い切り振りきり、

 

「恋する乙女はここで退場だぜ、絹旗最愛チャーン!」

 

「ぐ、ゥ、がァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 直後。

 人骨の粉砕される音がロシアの大地に響き渡った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 正直、状況を理解するのに何十秒かかかってしまった。

 木原利分に胸元を殴られた絹旗最愛が、勢いよく宙を舞った。絹旗の小さな体は綺麗な放物線を描きながら、ドサッと人形のように落下した。遠目から見ても分かるほどに大きく痙攣している絹旗は、どう考えても無事ではなかった。今すぐ病院に連れて帰ったところで本当に助かるのかどうか甚だ疑問に思ってしまうほど、絹旗最愛は重傷だった。

 「ぁ……ぇ……?」蚊の羽音のようにか細い声が、流砂の鼓膜を刺激した。

 それは、地面でもがいている絹旗の声だった。

 

「き……絹旗ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 気づいた時には、彼女の傍に駆け寄っていた。

 口から大量の血を吐き出していて、ニットのセーターの胸元は大きく破れてしまっている。――その下に、赤黒く腫れた痛々しい胸元が見えた。人の拳のような痕が、絹旗の胸元に刻まれていた。

 「ッ……」流砂は顔に影を落としながら、着ていた上着をそっと絹旗の上に掛けた。直後に激しい寒さに襲われるが、正直寒さなんてどうでもよくなっていた。寒さなんてどうでもよくなるぐらいに――草壁流砂はブチギレていた。

 流砂は静かに立ち上がり、背中にしがみ付いていたシルフィを絹旗の傍に降ろした。

 

「……ゴーグル、さん?」

 

「絹旗のコト、頼んだぞ」

 

 心配そうに首を傾げるシルフィの頭を優しく撫で、流砂は後ろを振り返る。

 木原利分がいる方向へ、大きく体を振り返らせる。

 絹旗は言っていた。流砂は大事な人だ、と。流砂は人の感情の機微に疎い鈍感野郎だが、先ほどの絹旗の言葉で流石に気づいてしまった。――あぁ、絹旗(コイツ)は俺のコトが好きなんだな――と。

 だが、流砂は彼女の想いに応えることは出来ない。流砂は麦野沈利(むぎのしずり)という超能力者に恋をしているし、恋をされている。いわば相思相愛、恋人同士なのだ。――故に、絹旗の想いには応えられない。

 だけど、それがどうしたというのだろうか。想いに応えられないからなんだ。それが何か問題でもあるのか。

 いや、それ以前の問題だ。とっても在り来たりで当たり前な問題だ。

 草壁流砂にとって、絹旗最愛は唯一無二の仲間だ。麦野以上に時間を共にしてきた。この少女ならば、黙って背中を預けることができる。――そう思えるぐらいに、絹旗のことを流砂は大事に思っている。

 ……いや、そんな堅苦しい理由なんて必要ない。わざわざ言い訳のように言葉を並べる必要もない。

 ただ、木原利分をぶっ潰す。

 ただ、絹旗最愛の分まで殴り潰す。

 ただ、それだけのことなんだから――。

 

「おやおやおやぁ? ついにご本人のご登場ってか? 仲間の仇を打つために立ち上がるヒーロー、ってかぁ? いやはや、オマエはボクを絶望的に感動させたいのか? まぁ、そんな非現実的なヒーローなんて、『正義』とはとてつもなくかけ離れちまってる存在だけどな!」

 

「……黙れよ」

 

「あ? なんか言ったー?」

 

「黙れっつってんだよ、このクソ野郎!」

 

 吼えた。吠えた。咆えた。

 目の前で飄々としているクソ野郎に向かって、草壁流砂はありったけの怒りをぶつける。

 

「俺はお前が掲げてる『正義』なんつーモンにゃ露ほども興味はねーし、今後も興味を持つつもりは一切ねー。俺はそんな大それた人間じゃねーかんな」

 

 だけど、と流砂はコブシを握ると同時に付け加え、

 

「大事な仲間に傷をつけやがったテメェを、俺は絶対に許さない。絹旗でも敵わなかったテメェを倒せるかなんて俺にゃ分かんねーけど、絶対に俺はテメェをぶっ潰す。肉片すら残さずに――俺はお前を破壊しまくってやる!」

 

「くきゃきゃ。くきゃきゃきゃきゃ! おっもしろいな、オマエ。最高に絶望的に面白いよ!」

 

 利分は腹を抱えて大笑いする。

 流砂の怒り自体が娯楽だと言わんばかりの表情で、満足そうに大笑いする。端正な顔を絶望的に歪ませながら、木原利分は抱腹絶倒する。

 そしてピタッと急に笑うのを止め、

 

「――調子に乗ってんじゃねえよ、実験動物。学園都市を牛耳ってるボク達『木原』がオマエなんかに負けるわけねえだろうが。常識以前に現実を知れよ、バーカ」

 

「現実を見ずに幻想を見るからこその『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』だ。故に、俺はお前をぶっ潰すっつー幻想に縋る。不可能とかチカラ不足とか、そんなコトはどーでもイイ。ただ純粋にお前を殴り潰して、俺はシルフィを自由にする。絹旗を助ける。――そして、俺自身の未来を掴んでやる!」

 

「…………え、それマジで言ってんの?」

 

 あーやだやだ、と木原利分は肩を竦める。

 そもそも、利分は流砂を殺すためにこのロシアにやって来たのだ。もちろん、そのための準備は十分に終えている。今の利分には流砂を殺すための手段が何個も存在するし、その全てを今この場で全て披露することも可能だ。それほどまでに利分のポテンシャルは高く、それほどまでに利分は絶望的に残虐な人間なのだ。

 だが、それ以前に、利分の目的はシルフィ=アルトリアだ。

 だからこそ絹旗にああいう質問を投げかけたわけなのだが、まさか一発で断られるとは思わなかった。学園都市の暗部と言っても結局は甘ちゃんかよ、と瞬間的に絶望してしまってもいた。

 しかし、そこで草壁流砂が刃向かってくるなんて面白すぎた。というか、予想通り過ぎて爆笑してしまった。

 赤子の手を捻るように殺せる獲物が、自ら罠にかかってくれた。これでパパーッと任務を終え、すぐに学園都市へと戻ることができる。シルフィを捕獲して、今度こそ世界を救うための研究に没頭することができる。

 

 

 そう、数秒前までは思っていた。

 

 

 最初に感じた違和感は、流砂の両手の辺りからだった。

 心成しか、その空間だけ空気が歪んでいるように見えた。

 次に感じた違和感は、またしても流砂の両手の辺りからだった

 心成しか、光球の様な物体が出来上がっているような気が――ッ!?

 

「ま、まさかオマエ、そいつは……」

 

「やっぱり俺は、空気の槍とかそんな精巧なモンは作れねーんスよ。演算能力が不安定とかそーゆー堅苦しー問題以前に、俺は能力をそこまで細かく使うコトができねーからな」

 

 そう言う流砂の手の中では、コブシ大ほどの高電離気体(プラズマ)が形成されていっている。かつて一方通行が形成したモノよりははるかに小さいが、それでも、人間一人ぐらいなら軽く消し飛ばせるほどの威力は持っているハズだ。――むろん、それは木原利分も例外ではない。

 両手に一つずつの高電離気体(プラズマ)を形成した欠陥品の大能力者は、静かに目を瞑る。

 憎たらしいマッドサイエンティストをぶち殺して全員を救う、という選択をした草壁流砂は、防御を捨てて新しい攻撃に全てを賭けることにした。

 いわば、命がけの反撃。言うところの――

 

「――パワーアップ、っつーヤツッスよ。いつまでも殴る蹴る破裂させる押し潰すの応酬だけじゃ地味すぎてつまんねーだろ? だから――華やかな攻撃っつーのを選んでみたんスよ」

 

 直後。

 流砂の周囲に、複数の高電離気体(プラズマ)が姿を現した。

 身に纏うかのように高電離気体(プラズマ)を形成した流砂は、ニィィィと口を三日月のように裂けさせ、

 

「『直接加圧(クランクプレス)』改め『電離加圧(エアリアルプレス)』ってか? まーとりあえず、最近の若者の恐ろしさを体験させてやんよ――木原利分!」

 

 新たなチカラを得た欠陥品は、全てを救うために立ち上がる。

 麦野沈利との約束を今度こそ護る為に、草壁流砂は、『電離加圧』は立ち上がる――。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第三十一項 電離加圧

 二話連続投稿です。



 複数の高電離気体(プラズマ)を形成させた草壁流砂がまず最初に選択した行動は、とてもシンプルなものだった。

 木原利分に向かって高電離気体を投げつける。

 そんな、在り来たりで当たり前な攻撃手段を、草壁流砂は迷うことなく選択した。

 

「うぉらぁああああああああああッ!」

 

 空気が圧縮されることによって生み出された高電離気体が、凄まじい速度で空中を突き進んでいく。高電離気体に圧力を加えることで動かしているわけだが、その効果は絶大だった。圧力、という名の推進力を得た高電離気体は、速度を緩めることも無く利分に向かって突撃していく。

 目では捉えることが難しいほどの速度で迫ってくる高電離気体を大きな動きで回避しつつ、利分は愉快そうに笑い声を上げる。

 

「きゃはははは! 攻撃がワンパターンだな草壁流砂! そんなんじゃボクは倒せねえぜ!」

 

「いつまでそんな余裕でいられるんスかね!」

 

 十五個目の高電離気体を投げ終わったところで、流砂は勢いよく地面を蹴った。

 大きな回避行動のせいで体勢を崩している利分の懐へと瞬時に入り込み、一瞬で高電離気体を生成する。防御を捨てたことで演算に余裕が出ているのか、とても大能力者とは思えないほどの速度だった。

 だが、木原利分はあくまでも冷静に対処する。

 高電離気体をぶつけられる前に流砂の肩に手を置き、曲芸のように跳躍する。そのまま勢いよく右脚を振りかぶり、流砂の背中にサッカーのシュートの要領でキックを叩き込む。

 「ぐッ……ま、まだまだぁ!」背中の激痛を歯を食いしばることで我慢した流砂は利分の右腕を掴み、体を反転させる勢いを利用して本気の頭突きを喰らわせた。高電離気体の操作からそこまで時間が経っていないので、攻撃に能力は反映されていない。

 

「ごッ、ァアア!」

 

「こんな攻撃一発で音ェ上げてんじゃねーぞ!」

 

 流砂の頭突きによって利分は極度の目眩に襲われる。

 流砂はその隙を見逃さず、即座に高電離気体を生成。利分に回避行動の暇さえ与えず、自分のコブシに連動させる形で利分の腹部に高電離気体を叩き込んだ。

 直後。

 利分の身体が勢いよく宙を舞った。

 

「ぅぐっ……――っつぅぅッッッ!?」

 

 腹部への強烈な一撃が影響してか、利分は受け身をとることもできずに勢いよく背中から地面へと叩き付けられる。直後に背中に激しい痛みが走り、利分は口を抑えることで絶叫を聞かれるのを防いでいた。まるで自分の負けを認めたくないかのように、利分は必死に痛みに耐えていた。

 それでも意外とタフなようで、利分はふらつきながらも立ち上がる。ロシアの雪原にしっかりと足を踏み込み、妙に機械染みたグローブをはめた手をパキポキと鳴らしていた。

 まだ戦える、とでも言いたげな表情の利分に冷たい視線を繰りつつ、流砂は言葉を紡ぎだす。

 

「そのグローブ、能力を弱める効果でも搭載されてるんスか? 本当なら今のでノックアウトだったハズなのに、お前に触れられた瞬間に俺の演算にノイズが走ったんスよ。――小型化したAIMジャマー、とでも言えばイイんかな」

 

「ぅぐっ……ごぼっ! ……凄いね、オマエ。まさかこんな短時間で、ボクの切り札を見破るなんてさ」

 

「別に難しーコトじゃねーッスよ。お前はそのグローブで絹旗の能力を弱体化させ、持ち前の戦闘力で絹旗を撃破した。そしてさっきは俺の能力を弱めるコトでノックアウトを免れた。正直言ってあの巨大な機械を小型化できるとはとても思えねーんスけど、そこはお前が『木原』っつーコトで無理やり納得づけた。――ここまでの解答に、矛盾した点はあるか?」

 

「…………ノープロブレム。大正解だよクソッタレ」

 

 口から流れ落ちている血をペッと吐き出し、利分は格闘家のようにファイティングポーズをとる。まるで今までが茶番だったとでも言いたげな表情で、木原利分は両コブシを握りしめる。

 

「ホントはさっさと『回帰媒体』を回収して帰りてえんだけど、ここまでコケにされて素直に帰還できるわけねえよな。とりあえずここでオマエをぶっ潰して、ボクの研究用の実験動物にしてやる。大丈夫、オマエならどんな残虐な実験にでも耐えられんだろ」

 

「別にここで叩き伏せられてーっつーお前の意志を否定するわけじゃねーが、とりあえず俺からお前にワンクエスチョンだ」

 

 流砂は目にかかるほどの長さの前髪を右手で掻き上げながら、

 

「シルフィを捕獲して、お前はその後何がしてーんだ?」

 

「世界を救う」

 

「…………は?」

 

「ボクは『回帰媒体』を使って世界を救うんだ。『回帰媒体』をクローン化して量産して、全世界に配布する。宇宙からの隕石だろうが民衆のテロ行為だろうが、『回帰媒体』ならそんな全ての危険を予知して予測して予期することができる。――つまり、人々はもう恐怖に脅える必要はねえんだ!」

 

 世界を救う? と流砂は脳内に大量の疑問符を浮かべる。

 シルフィの能力は確かに便利なものだが、それを量産しただけで本当に世界を救えるのか? 全ての危険を予知したところで、この世界に絶対に平和が訪れるとはとてもじゃないが思えない。

 というか、それ以前の問題として、シルフィをクローン化したところで、彼女の能力が引き継がれるわけじゃない。

 妹達(シスターズ)の例からも分かる通り、同じ遺伝子を持つ人間でも発現する能力には大きな誤差が出る。発現した能力が似通っていたとしても、それが元の素体のレベルに達しているかどうかは誰にもわからないのだ。そんな簡単な現実を、果たしてこのマッドサイエンティストは正しく理解しているのだろうか。

 だが、流砂の心配を他所に木原利分は恍惚な表情を浮かべる。

 

「クローンにシルフィ=アルトリアの能力を発現させるためには、彼女が能力を発現することになった環境と同じ環境を用意する必要がある。それが母体なのか生まれ育った環境なのかはボクは知らねえ。――だけど、時間はたっぷりあるんだ。用意できるすべての環境を一回ずつ試していけば、いつかは『回帰媒体』と同じ能力を発現させられるはずなんだ!」

 

「……その過程で、何人のクローンが犠牲になると思ってんだ。環境を試すなんて簡単な話じゃねーぞ。生まれたから成長するまでの何年間を、そのクローンたちはお前の興味関心のせーで棒に振ることになっちまうんだぞ!?」

 

「うん、そうだな。――で、それが何か問題でも?」

 

「なっ…………ッ!?」

 

 平気な顔で即答する利分に、流砂の呼吸が一瞬だけ停止した。

 困惑する流砂に笑顔を向けつつ、利分は自己紹介をするかのような気軽さで自信満々に言葉を続ける。

 

「第一、クローンはボクが作り出す予定の人形だ。製造者であるボクがクローンをどういう風に扱うなんて他の奴らには関係ねえだろ? っつーか、文句を言われる筋合いもねえ。別に珍しい話じゃねえだろ? 芸術家は自分が作り出した芸術作品を、気に入らないからの一言で叩き潰す。それと一緒だ。ボクは、クローンが気に入らねえ成長をしたら、容赦なく使い潰す。――ただ、それだけのことだろ?」

 

「オーケー分かった。クソと一緒に埋めてやる」

 

「その言葉をそっくりそのまま返すが、それよりも先にぶっ殺してやるよ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最初に動いたのは、木原利分の方だった。

 高電離気体を生成しながら身構えている流砂の背後に一瞬で回り込み、両コブシを握った状態で勢いよく彼の背中に振り落とした。高電離気体の維持に演算を集中させていた流砂は利分の攻撃を防御できず、そのままベクトルに従う形で地面に叩き付けられた。

 だが、流砂は即座に地面を転がることで体勢を立て直し、利分に足払いをかける。今度は能力を込めた一撃だったので、利分の身体は勢いよく一回転した。本当なら足が消し飛んでいてもおかしくないのだが、瞬時に跳躍することで力を逃がしたようだった。

 (チッ! 触れた瞬間に破裂させときゃよかった!)今更遅すぎる後悔をしつつも、蹴り上げられた利分の身体に流砂は即座に手を伸ばす。――直後、彼の右手が何かを掴んだ。

 だが、それは利分の身体ではなかった。

 正確には、利分が脱ぎ捨てた白衣だった。

 

「攻撃が大振りすぎて予想できちまうぜ、実験動物!」

 

「ぐっ……っっっ!」

 

 両目を刈り取るかのように振るわれた利分の手を、流砂は寸でのところで回避する。利分の指に引っかかった前髪が何本か抜け落ちたが、流砂は痛みを我慢しながら彼女の右腕を本気で掴む。

 ここで能力を使えば、全てが終わる。

 圧力を増減させることで利分の身体を爆発させてしまえば、流砂はこの戦いに勝利できる。

 

 

 だが、ここで流砂に予想もしなかった不幸が降りかかる。

 

 

 最初に感じたのは違和感だった。

 利分に(・・・)触れているのに(・・・・・・・)身体が爆発しない(・・・・・・・・)

 予め分かっていた、流砂の欠陥がここにきて発動してしまった。予想はしてたが予期していなかった、最悪の欠陥が発動した。

 能力の不発。

 不安定な演算能力故に補助演算装置を与えられていた欠陥品の大能力者は、ここにきて最悪の不幸に見舞われた。

 直後、利分の顔が大きく歪んだ。

 自分を殺せなかった欠陥品をしっかりと瞳に映しながら、木原利分は獰猛な笑みを張り付ける。

 

「やっぱオマエは欠陥品だな。役立たずで不良品で欠陥品だ」

 

「く、そ……まだ、俺は!」

 

「無理だよ、欠陥品(スクラップ)。ボクの調査結果で言えば、お前の演算はそう簡単にゃ回復しねえ。回復に必要な時間は少なくとも五分。そんだけあれば、ボクはオマエをぶっ殺せる」

 

 ガシィッ! と利分は流砂の身体をロックする。ありったけのチカラを込めて、草壁流砂の背中に両手を回す。豊満な胸が圧迫されて大きく形を歪めるが、両者ともにそんな些細なことに気を回している様子はない。

 ジャキィッ! という音がした。それは、利分のグローブの指先から小さな刃が出現した音だった。

 

「ここで散れよ、草壁流砂(スクラップ)

 

 ザンッッッ! という轟音が鳴り響く。

 それと同時に、ロシアの雪原に鮮血が舞った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流砂の背中が利分に切り裂かれた。

 それは覆しようのない事実であり、誰がどう見ても否定しようがない現実だ。

 だが、その現実は草壁流砂の敗北には繋がらなかった。

 覆しようのない現実は、木原利分の腹部に風穴が空いたことだった。

 それは、鋭い造りの銃弾だった。

 

「な……ん、で……?」

 

 背中の痛みで崩れ落ちる流砂にもたれかかりながら、利分は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。両者ともに激痛と疲労と出血のせいで身体が動かせなくなっていて、距離はゼロなのに互いに戦闘を続行できないでいた。

 痛みのせいで気絶することもできない流砂は、利分を打ち貫いた銃弾が飛んできた方向に視線を向ける。流砂の行動に同調するように、利分もそちらに視線を向けた。――むろん、それは絹旗の傍にいるシルフィも同様だった。

 そこにいたのは、長身の女と金髪の少女だった。

 白黒の迷彩模様の服に身を包んだその長身の女性は、自分の身長に匹敵するのではないかというほどの大きさを誇る機関銃を持っていた。狙いを定めることよりも全てを薙ぎ払うことに重点を置いたようなその機関銃に、流砂は酷く見覚えがあった。

 その女の名は確か、ステファニー=ゴージャスパレスではなかったか。

 

「いやー、義手の調子が思ってたよりも中々良いですね。発砲の際の衝撃にも耐えられるし、これは逆に腕を失って良かったって感じじゃないですか?」

 

 左腕をぐるんぐるんと回しながら、ステファニーはニシシッと子供のような笑顔を見せる。

 だが、流砂の目はステファニーの隣に立っている、金髪の少女に集中していた。――正確には、驚愕しすぎて茫然としてしまっていた。

 その少女は、黒の帽子を頭にちょこんと乗せていた。紺のブレザーと白のワイシャツと赤いチェック柄のスカートを身に着けていて、足は黒いストッキングで覆われていた。ロシアの寒さに耐えるためか、だぼっとした白のジャンパーを羽織っている。

 その少女は確か、十月九日に殺されていたはずだった。暗部組織『アイテム』を裏切った彼女は、リーダーである麦野沈利(むぎのしずり)に粛清されているハズだった。

 

「はぁぁ……なんで私がこんなさっむーい国に来なきゃいけないのかなぁ」

 

「来たくなかったんなら来なけりゃよかったんじゃないですか? 別に強制したわけじゃないですし」

 

「それをツッコむのは野暮って訳よ!」

 

 その特徴的な口調と声には、凄く覚えがあった。

 髪も顔も服も体つきも態度も性格も、流砂は酷いくらいに覚えていた。視界の外にいる絹旗が、驚愕に身をよじった気がした。――いや、実際に絹旗は驚愕していた。満身創痍で今にも意識を手放してしまいそうな絹旗だったが、予想もしなかった人物の登場に心底驚愕していた。

 金髪の少女はスカートの中からミサイル型の爆弾を数本取り出し、ニカッと歯を見せながら笑顔を浮かべる。

 そして流砂と絹旗を交互に見てバチン! と華麗なウィンクを決め、

 

「結局、このフレンダ=セイヴェルンがいないと草壁たちは本領発揮できないって訳よ!」

 

 フレンダ=セイヴェルン。

 十月九日に死んだはずの少女が、十月九日に死ななかった少年の目の前に見参した。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第三十二項 決着

 三話連続投稿です。

 尚、今回は後書きにて重大な報告があります。

 お願いですから、絶対に読み飛ばさないでください!

 いやほんと、お願いです!



 十月九日。

 フレンダ=セイヴェルンは死を覚悟していた。

 垣根帝督に脅迫されるがままに『アイテム』の情報を吐きだし、あろうことかスパイとして『アイテム』に戻ろうとしてしまった。――そして、麦野沈利に捕まった。

 襟首を掴まれたフレンダは、路地裏の壁に身体を押し付けられる。麦野が持つ怪力によって、フレンダの背骨が悲鳴を上げていた。

 

「が、ぎぃっ……ッ!」

 

「何で私たち『アイテム』を裏切った? 無駄な弁明とかいらねえから、簡潔に即座に答えなさい」

 

「ぐごっ……げほっ! げほごほげほっ!」

 

 裏切りの理由を話すためだけに解放されたフレンダは、地面に這いつくばりながら必死に呼吸する。

 汚物でも見るかのような目で見下ろしてくる麦野を涙目で視界に収めながら、フレンダ=セイヴェルンは震える声で言葉を紡ぐ。

 

「……私には大事な妹がいるの。あの子の傍に居続けるためだったら、私はどんなことでもやってやるって決めたんだ! それが例え仲間を裏切ることになるとしても! 結局、私はあの子を泣かせないために戦うって誓った訳よ!」

 

「…………」

 

 フレンダの必死の叫びに、麦野はただ沈黙を返した。

 もしかしなくても、フレンダはここで殺される。暗部を裏切った罪はどんな罪よりも重く、しかも麦野沈利という女は裏切り行為を絶対に許さない。上半身と下半身を分断されたとしても、裏切り者のフレンダは文句の一つも言えない。――何故なら、それが闇の世界のルールだからだ。

 麦野の右手がフレンダの顔面に向かって伸びていく。処刑されるのを待つ死刑囚のような面持ちで、フレンダはギュッと両目を瞑った。妹であるフレメア=セイヴェルンに心の中で謝罪しながら、フレンダ=セイヴェルンは自分の人生の終了の瞬間を涙を流しながら待ち続ける。

 だが、麦野はフレンダの予想の斜め上方向の行動をとった。

 ぽすん、とフレンダの頭に柔らかい感触が走った。

 恐る恐る目を開けてみると、そこには優しい笑顔を浮かべた麦野の姿があった。

 理解も思考もできない麦野の奇行にただただ驚愕するフレンダは、何とか言葉を絞り出す。

 

「なん、で……?」

 

「大切な奴を護る為の裏切り、か。昔の私だったら、そんな理由なんて露ほどにも気に掛けずにお前を殺してたでしょうね」

 

 だけど、と麦野は付け加え、

 

「私にも大切な奴がいる。だから、今の私はお前の気持ちが凄く理解できる。大切な奴を護りたいから裏切った。理由としては上々じゃない? 私がお前の立場だったとしたら、多分、同じことをしただろうからな。流砂の傍に居続けるために、少しでも生き延びられる選択をしただろうしね」

 

 あーくそ、私も甘くなったもんだねぇ。苛立ちを隠せない様子で頭を掻く麦野に、フレンダはただただ驚愕の表情を向ける。

 そんなフレンダの頭を麦野は優しく小突き、

 

「はい、粛清完了っと。とりあえず学園都市が平和になるまでどこかに隠れてた方がいいわよ? そうね、例えば……冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院とか? あーいや、あそこは患者だけを護る捻くれ者の病院だったか……待てよ? 良いこと思いついちゃったにゃーん」

 

「――――、へ?」

 

 悪戯を思いついた子供のように肩を震わせる麦野に、フレンダは凄く嫌な予感に襲われた。これが死亡フラグってヤツ!? と身をよじらせることも忘れない。

 だが、そんなフレンダに最悪の言葉が投げかけられる。

 フレンダの襟首を再び掴んだ麦野は右腕を思い切り振りかぶり、

 

「とりあえず気絶するまで殴るわね。大丈夫、救急車ぐらいは呼んでやるわよ」

 

「え、いや、ちょっ、ま」

 

 ドゴグシャメキボギグギャァッ! という打撃音が、路地裏に響き渡った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

(正直言って、あれは本気で死んだって思っちゃったなー)

 

 ロシアの雪原に倒れ伏している絹旗に駆け寄りながら、フレンダは麦野に見逃してもらえた時のことを回想し、苦笑すると共に冷や汗を流していた。

 だが、今はそんな過去のトラウマに恐怖を覚えている場合ではない。

 フレンダはショルダーバックから救急箱を取り出し、傷だらけの絹旗に応急処置を施しだした。

 

「はいはいはーい。痛いかもしれないけど絹旗ならきっと大丈夫って訳よ!」

 

「その、前に……なんであなたが超生きてるんですか……?」

 

「詳しい説明は学園都市に帰ったらってことで。というか、そのアホ毛少女は誰? もしかして、草壁が新しい性癖に目覚めちゃったって訳!?」

 

「風評被害だ超殺すぞバカヤロウ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ステファニー=ゴージャスパレスは軽機関散弾銃を肩に担ぎながら、木原利分の下敷きになっている草壁流砂にジト目を向ける。

 

「……あなたはあなたで何をやっているんですか? なに、ロシアには戦いにじゃなくてラブコメしにやって来たんですか?」

 

「どこをどー見たらそー見えんだよ! 俺は重傷を負いながらもコイツを倒してる真っ最中! そんなラブコメとか言われる筋合いは微塵もねーッスよ!」

 

「その巨乳女の胸に手を当てながら言っても説得力ないんじゃないですか? そんなに撃ち抜かれたいんですか? 分かりました殺します今ここで消し炭に変えてあげます」

 

「状況の整理に演算が追い付かねーんスけど!? っつーか機関銃構えんなコイツと一緒に俺まで殺す気か!」

 

「大丈夫。跡形もなく終わらせてあげますから」

 

「どこがどー大丈夫なんか俺にゃ分からねー!」

 

 本気の目で軽機関散弾銃を構えるステファニーに、流砂は結構ガチの叫びをぶつける。

 そんな流砂に一瞬のうちに下敷きにされた利分はとても不貞腐れた表情で流砂を睨みつけ、

 

「……っつーか、早く胸から手ェ退けてくれね? なに、オマエはボクを襲いに来たの?」

 

「あーいやそんなつもりは毛頭ねーんスよすいません――ってぇっ、今は戦闘中だったよね!? 何だよこの有耶無耶な感じ! ここからあのシリアスを取り戻すなんて絶対に無理じゃね!?」

 

「知らねえよさっさと退けよ顔面切り刻むぞ」

 

「無表情で言わないで凄く怖いから!」

 

 ジャキィッ! と指先の刃を構える利分に怯えつつ、流砂は彼女から一気に距離をとった。背中が切り裂かれているとか演算が回復してないとか、そんな堅苦しい事情なんて端から存在していなかったみたいな逃げっぷりだった。正直、戦闘中よりも素早かった。

 ズザザザザーッ! とステファニーの傍まで後退した流砂は恐怖で顔を青褪めさせながら、

 

「木原利分の本当の怖さを知った気分ッス……」

 

「…………」

 

「落ちつこーかステファニーさん。俺たちは話せば分かり合えるはずだ」

 

 無言で後頭部に銃口を突きつけるステファニーに、流砂はガチめな要求をする。ステファニーは銃で流砂の頭を殴り、大きな溜め息を吐いた。

 ぎゃぁああああああああーっ! と頭を抑えてのた打ち回っている流砂を蹴り飛ばしながらステファニーは木原利分の方を向き、

 

「で、まだ戦闘を続行する気はありますか? 第三次世界大戦以降、このバカとあなたが回復しきってから再戦、という形の方がよくないですか?」

 

「…………別にボクはその欠陥品に勝ちてえ訳じゃねえよ。シルフィ=アルトリアを回収して、自分の研究を進めてえだけだ」

 

「じゃあ、その目的を諦めてすごすご帰ってもらってもいいですか? 正直言って、今のあなたじゃ私には勝てなくないですか? 重症のあなたを処理するなんて、私にとっては朝飯前もいいところです」

 

「…………ボクをバカにしてんのか?」

 

「いやいや、事実を言ってるだけじゃないですか」

 

 軽機関散弾銃を構えながら言い放つステファニーに、利分は悔しそうに顔を歪ませる。

 確かに、今の利分ではステファニーたちには勝てないだろう。流砂一人に苦戦していたのに更なる増援が来たとなっては、利分に為す術はない。というか、能力を使わない戦いにおいて、利分が彼女たちを圧倒できるわけがない。

 利分が絹旗と流砂に勝てていたのは、二人が能力者だったからだ。小型化したAIMジャマーを埋め込んだグローブを駆使して二人の能力を弱体化させることで、利分は絶対の勝利を得ていたのだ。そんな利分が銃を主とするステファニーと爆弾を主とするフレンダに挑んだところで、結果は火を見るよりも明らかだ。正直言って勝てるわけがない。

 はぁぁぁ、と利分は大きく溜め息を吐く。ガシガシと気怠そうに頭を掻きながら、木原利分はその場に立ち上がった。直後に腹部の傷から血が噴き出すが、利分は気にする素振りすら見せなかった。

 ステファニーに蹴られていた流砂を睨みつけながら、利分はとても嫌そうな顔で言い放つ。

 

「……とりあえず、シルフィ=アルトリアはオマエに預けといてやるよ。だけど、まだボクは世界を救うことを諦めたわけじゃねえ。ボクは絶対にオマエからその『原石』を奪い返す。――せいぜいその日まで恐怖に震えて過ごすんだな」

 

「…………震えねーっつの」

 

「ああ、それと、オマエには死んでもらっちゃ困るからな。特別に学園都市の弱点を置いてってやるよ。『素養格付(パラメータリスト)』っつーんだけど、どうせオマエはこれについての情報も持ってんだろ?」

 

「…………礼なんて言わねーからな」

 

「ボクだってオマエから感謝の言葉を述べられるなんて吐き気がするっての。いいから黙って受け取れよ、ボクの最悪の好敵手クン☆」

 

 そんな捨て台詞を残し、木原利分は流砂たちに背を向けた。そして誰が止めるでもない状況の中、彼女はロシアの雪原を突き進んでいく。降りしきる雪のせいで、彼女の姿はすぐに見えなくなった。

 利分が消えたことで、流砂たちの間にどうしようもないほどの沈黙が漂い出す。とても居た堪れない空気、とでも言えばいいのか、とにかく、凄く嫌な空気だった。

 「あー……えっとー……」そんな中、流砂は包帯が巻かれた頭を軽く掻きながら、

 

「と、とりあえず、俺たちの街に帰りますかね」

 

『…………お、おー』

 

 複雑な表情でそう宣言した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして、学園都市のビルの屋上にて、異形の天使は心底愉快そうな笑みと共に、とある少年に向けての賛辞を述べる。

 

「草壁流砂、か。ふふふ、やはりあの少年は面白いな。この世界の異物ともいえるあの少年は、本当に面白い。あの少年の今後を見るためにも、絶対に手を出さないでほしいものだな――アレイスター」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 麦野沈利は学園都市へと向かう飛行機の中で、携帯電話をじーっと見つめていた。

 その電話の画面には『草壁流砂』という名前が表示されていて、麦野の両目はその名前に釘付けになっていた。

 麦野が画面を睨みつけている理由は一つ。

 流砂に電話しようかしまいか悩んでいるのだ。

 と。

 そこで、彼女の携帯電話からけたたましい着信音が鳴り響いた。

 

「ッ! も、もしもし流砂!? 大丈夫五体満足で生き延びてる!?」

 

 死ぬハズだった少年のおかげで変わることができた第四位の超能力者は、ずっと聞きたかった少年の声に、幸せそうに頬を緩ませていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ボロボロに打ちのめされていた。

 腹部の痛みに耐えながらロシアの雪原を突き進んでいた木原利分は、雪に埋もれる形で倒れ伏している青年を見つけた。

 その青年の姿には見覚えはなかったが、自分が持っている情報から利分はその青年の正体を即座に突き止めた。

 

「右方のフィアンマ……確か、上条当麻の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を狙っていた魔術師だったかな」

 

 科学サイドに所属している利分だが、『原石』という天然の能力者の情報を集める過程でその存在についてはいくらかの情報を手に入れていた。

 超能力とは異なるチカラを扱う、オカルトの集団。学園都市の人間では予想もできないようなチカラ――魔術を扱う、とてつもなくかけ離れた奇跡の存在。

 それが、利分が知る限りの魔術師だ。

 利分は倒れ伏しているフィアンマの傍に腰を下ろし、彼の首筋に手を当てた。

 

「……うん。脈はまだ微かだが残ってんな。まぁ、それはそれとして――オマエラは一体何者だ?」

 

 そんなことを言う利分の前には、二人の男女が立っていた。

 全体的に煤けた印象を与える青年は、ただ単純に簡潔に短調に返答する。

 

「オッレルス」

 

 その青年は表情を変化させないまま利分に手を差し伸べる。

 オッレルス、と名乗った青年は利分に手を差し出しながら、自嘲するように言い放つ。

 

「かつて魔神になるはずだった……そして、隻眼のオティヌスにその座をあろうことか奪われてしまった、惨めでバカな魔術師だよ」

 

 

 

 

 一つの戦いが終了した。

 歴史史上最も短い期間で行われた第三次世界大戦は、呆気ないほど簡単に幕を閉じた。

 死ぬはずだった少年は自分の運命の楔を引き千切り、新たな人生を手に入れることに成功した。

 全ての悲劇を喜劇に変えるための戦いは、一先ずの終了となる。

 だが、彼の物語は、ここまででやっとプロローグだ。

 本当の戦いはここから。

 魔術と科学の垣根を越えた、本当の悲劇の戦いが――草壁流砂の前に立ち塞がろうとしていた。

 




 というわけで、旧約編はこれにて終了です。

 いやー、まさか約二か月で旧約編を終えられるとは思いませんでした。

 後は新約篇に行くだけ――の前に、番外編やら一話完結の短編やらが凝縮された『休約編』を挟みます。

 絹旗IFエンドとかフレンダIFエンドとか、そんな感じの短編を投稿していく予定です。

 それで、ここからが本題です。


 旧約篇完結を記念して、『キャラクター人気投票』なる催しを開催したいと思います!


 形式としては、一人の投票は一回までで、持ち票数は七票。

 その七票を好きなキャラに割り振り、投票していく――というシステムとなっています。

 そして、第七位までに選ばれた七人のキャラは、そのキャラクターを主人公とした短編を書こうと思っています。

 某とある魔術のイケメルヘンさんで開催された人気投票に酷似した投票システムです(汗

 尚、投票の対象は、この作品に登場しているキャラでも登場していないキャラでも構いません。

 ログインユーザーの方は、活動報告にて投票の場を設けますので、そちらでの投票をお願いします。

 非ログインユーザーの方は、感想欄にて投票をお願いします。

 投票関連の感想はすぐに削除いたしますので、規約違反にはなりません。

 これは運営様にあらかじめ確認をとってのシステムですので、気兼ねなく投票をお願いします。

 投票の期限は、ゴーグルの少年の命日である『十月九日』の夜『十一時五十九分』まで。

 たくさんの投票、お待ちしております!

 というか、ぜひ投票してください!

 投票ゼロだったら恥ずかしすぎて悲しすぎて死んじゃう!


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休約編
ある黒幕の日常と後始末


 この『休約編』は言うところの短編集的な感じのため、今までよりも一話の文字数が少なることが多くなります。

 そう言うところを考慮したうえで、読み進めていってもらえると幸いです。


 p.s.

 絹旗人気が凄まじい。



 木原利分は窓の外を見ていた。

 第三次世界大戦が終結し、彼女はオッレルスと名乗る冴えない青年に助けられた。利分としてはすぐにでも学園都市に帰りたかったのだが、自分の命を救ってくれた恩人の好意を裏切るわけにはいかない。彼女は歪んだ『正義』を掲げているマッドサイエンティストだが、恩人を裏切れるほど薄情な『正義』ではないのだ。

 オッレルス(もう一人、彼の相方にシルビアという美女がいる。妻ではないらしい)は魔術サイドの人間で、利分は科学サイドの人間だ。普通ならば考えるまでも無く敵同士であり、いつ寝首をかかれるか警戒しながら生きていかなければならない関係でもある。

 しかし、オッレルスは利分を歓迎した。

 困ったときはお互い様だ、という一言だけで。

 

「今思ってみりゃ、ボクは結構運がいい人種なのかもしれねえなぁ」

 

 仕事として任されたジャガイモの皮剥きを黙々とこなしながら、利分はとても平和そうに呟いた。

 さてさて。

 利分がいるのはなんの変哲もない普通のアパートメントだ。別段広いという訳でもなく、どの国にも必ずあるんじゃないかと思われるほど、何の変哲もないごく普通の在り来たりなアパートメントだ。……そんな普通で在り来たりなアパートメントで、学園都市を代表する科学者である木原利分は、とても在り来たりな家事をこなしていた。

 絶世の美女であるが故に何故か家事があまり似合わない利分は包丁を器用に扱いながらジャガイモの皮剥きをこなしていく。

 と。

 

「おい」

 

 背後から、そんな憎たらしい声が聞こえてきた。

 「…………」利分はぴくっと少しだけ反応を見せるが、後ろを振り返ることもせずに再びジャガイモの皮剥き作業を再開した。

 だが、そんな利分の行動を許せるほど、その声の主は寛容な心を持っていなかった。

 右方のフィアンマ。

 第三次世界大戦終盤でアレイスターに右腕を切断されたりちゃっかりオッレルスに拾われたり、なんとなーく利分と仲良くなっている世界最高峰の魔術師だ。

 すでに百二十三個目のジャガイモの皮を剥き終えている利分の手が次のジャガイモに伸ばされた瞬間、フィアンマは彼女の手をガッシィィ! と結構ガチなチカラで掴み上げた。

 

「……なんだよ、ボクに何か用でもあるのか?」

 

「用があるからこうしてお前を呼んでいるんだろうが。というか、何故俺様を無視した?」

 

「オマエと関わると碌な目に遭わねえからだよ。この歩くストレッサー」

 

「俺様を神の右席の頂点、右方のフィアンマと知っての狼藉か……ッ!?」

 

「上条当麻っつー雑魚に倒されてる奴が頂点とか、神の右席も終わりじゃね?」

 

「上等だこの野郎! 表に出ろ、実力の差を思い知らせてやる!」

 

「そういうところがダメなんだって、オマエはさ」

 

 額にビキリと青筋を浮かべてギャーギャー騒ぐフィアンマに対し、利分は耳を塞いで応戦する。見た目とか態度の割には結構幼いフィアンマと見た目の割には結構大人びている利分は、毎日毎日こうして軽口を叩き合うほどの関係にまでは進展していた。……互いに元黒幕ではあるのだが、そういう堅苦しい事情なんてものは心のシェルターにでも放り込んでしまったのだろう。今の彼らはただの科学者と魔術師であり、ただの居候でもあるのだ。

 フィアンマとの五分間ぐらいの口論の末、利分はとりあえずの勝利を獲得することに成功した。歪んだ性格故に屁理屈と正論の応酬では絶対に負けないと自負している利分だ。頭が堅苦しい魔術師なんかに負けるわけがない。

 そんな訳で、利分は敗者であるフィアンマに鋭い輝きを放つ包丁を差し出した。先ほどまで利分が使っていた、彼女が丹精込めて研いだ切れ味抜群の包丁だ。

 フィアンマは差し出された包丁をジト目で見下ろし、

 

「……何のつもりだ?」

 

「オマエが負けたんだから、ボクと仕事代われって言ってんだよ。どうせ起きたばっかで何も仕事してねえんだろ? 役立たずの居候なんだから料理の下準備ぐらい手伝いやがれ」

 

「俺様は隻腕なのだが?」

 

「………………チッ。結局は役立たずじゃねえかよ」

 

 その一言がきっかけで。

 フィアンマと利分のラウンド2が始まった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 しかしまぁ、結局は引き分けなのだった。

 持ち前の近接攻撃を生かした利分が最初は圧していたのだが、不安定な状態に戻ってしまっているがそれ単体の威力はかなりのものである第三の腕を駆使したフィアンマが利分の攻撃を圧倒。そこでフィアンマは勝利を確信したのだが、ちょうどいいタイミングで帰宅してきた家主のシルビアのロープによって二人まとめて縛られてしまい――ドロー。望まぬ形の結末となってしまった。

 そんな訳で現在、利分とフィアンマは身体を密着させ合いながら床に転がされている。

 

「おい、もうちょっと体離せよ! 縄が食い込んで痛ぇんだって!」

 

「それはこっちのセリフだ! くそ、何故第三の腕でも切れないんだこの縄は……ッ!」

 

 どったんばったん転げまわりながらも争い続ける黒幕コンビ。その争いの中で利分の大きな胸がフィアンマの胸板に当たって大きく形を歪めているのだが、犬猿の仲及び顔も見たくないような間柄である利分とフィアンマはそんな事実には気づかない。人が人で場所が場所ならラブコメが展開するのだろうが、今回はその条件が一つも噛み合わなかった。これが学園都市にいるとあるゴーグルの少年だったら、有無を言わさずラブコメへと展開をシフトしていたことだろう。……まぁ、本人はわざとじゃないだろうが。

 だが、言っておくがココはアパートメントの中だ。もちろん、ここには他の住人もいるし大家さんもいる。この間だってどこぞのバカな没落貴族が百人の子供を連れて帰ってきて多大な迷惑をかけてしまった。そんな連続的に騒動を起こすわけにはいかない。

 なので、家主兼恐妻枠のシルビアは額にビキリと青筋を浮かべ、黒幕コンビを縛っているロープを片手で勢いよく持ち上げる。

 

「いい加減にしなさい! 誰の寛容な心のおかげでアンタ達は寝床と食料を獲得できてると思ってるんだ!? 恩を仇で返すを地でやってんじゃないよバカヤロウ!」

 

「ま、まぁまぁ落ちつけよシルビア。ストレスは美容の大敵だぞ? はい、コーヒー」

 

「そのストレスの約八割はお前なんだよこの没落貴族がァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 ドゴォッ! と耳を劈くほどの轟音と共に、オッレルスの顔面が思い切り床に叩き付けられた。なんでその威力で床が抜けていないのか甚だ疑問だが、今はそんなことを考えているような場合ではない。どうやってこの怒れる恐妻の怒りを鎮めるか。その一点に全神経を集中させる必要がある。

 床に顔面を強打したことによって一瞬で気絶してしまったオッレルスに冷や汗を流しつつ、利分はこれからの行動を一瞬で判断する。因みに、フィアンマも同様の思考回路だった。

 故に、利分とフィアンマはアイコンタクト会議を緊急的に開始する。ウマが合わない割には結構仲が良い黒幕コンビは、幸せな未来を築き上げるためだけに全てのチカラを注ぎこむ。

 

「(この間まで世界統べるつもりだったんだろ!? そんならオマエやれよ予行練習と思ってさぁ!)」

 

「(俺様が異性の怒りを鎮めるなんて意味不明なことを成し遂げられるはずがないだろうが! というか、同性のお前が行けばいいだろう! 性格も容姿のランクも似通っていることだしな!)」

 

「(誰があんな鬼ババァと似通ってるってぇ!? ボク以上に可愛い奴なんてこの世界にゃいねえよ! あんな廃れた元メイドとボクを一緒にすんな! 今ここで殺してやってもいいんだぞ!?)」

 

「(その言葉をそっくりそのまま返してやる!)」

 

 もはやアイコンタクトというよりもテレパシーだった。なんで超能力なんてものを使用できない二人がそんな人外染みたことをできるのかは分からないが、とりあえず学園都市にいるテレパス系能力者の学生たちには金一封でも差し上げた方がいいだろう。その、ほら、色々と残念だから。

 だが、そんな黒幕コンビよりも人外染みているのがこの元メイド、オッレルスさん家のシルビアさんだ。因みに、こう見えてかなり強力な聖人でもある。

 そんな存在自体が反則級な元メイドは、二人の目の動きだけで話の内容をしっかりと理解できてしまっていた。聖人の洞察力は怖ろしい。

 故に、シルビアは黒幕コンビを掴み上げる。片手で人間一人の体重を支えながら、自分のことを全力でバカにしたかつての敗者どもの襟首を掴み上げる。

 そしてシルビアは顔全体に無数の青筋を浮かび上がらせ、

 

「殺す!」

 

『シンプルに怒りぶつけてんじゃねえよクソババア!』

 

 その後。

 気絶していたオッレルスが目を覚ますと、子供のようにしくしくと号泣している黒幕コンビがせっせとキッチンで働いていたらしいが――それはまた、別のお話。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


 あ、あと、

 キャラクター人気投票は十月九日まで続いております。

 投票は活動報告で募集していますので、どしどし投票お願いします!

 第一位から第七位に選ばれて自分が主人公の短編をゲットするのは、果たしてどのキャラクターなのか!


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少女達は欲望塗れに盛り上がる

 二話連続投稿です。

 話は短くなる、とか言っておいて、まさかの六千字越えです(汗



 激しく帰りてぇ、と浜面仕上(はまづらしあげ)は溜め息を吐いていた。

 かつては百人のスキルアウトを束ねるリーダーだったり暗部組織の下っ端だったりした浜面だが、第三次世界大戦を経験することで、三流チンピラ浜面から世紀末帝王HAMADURAにまで究極進化することに成功している。この調子でいけば世界覇者HAMADURAへのワープ進化も夢じゃねぇかもな、と三流主人公の浜面は奇妙な未来に思いを寄せる。

 話は変わるが、現在、浜面仕上は第七学区で一番の人気を誇るファミレスにいる。

 正確には、個性的な四人の少女たちと一緒に、だが。

 フレンダ=セイヴェルン、絹旗最愛(きぬはたさいあい)麦野沈利(むぎのしずり)。――そして、浜面の恋人である滝壺理后(たきつぼりこう)

 彼女たち四人と浜面を含めた総勢五人こそが、壊滅の後に再結成した、新生『アイテム』である。

 フレンダが裏切ったり麦野がブチギレたり浜面が進化したり滝壺が倒れたり麦野がヤンデレったり絹旗がデレデレったりフレンダが復活したり、というなんとも異常な日々を乗り越えた彼ら五人は、何かが成長したというような素振りを見せることも無く、こうして今日も平和なファミレスの一角を占拠しているのだった。

 そんな訳で、六人掛けの席を五人で占拠している新生『アイテム』のリーダーである麦野はバンバン! と勢いよくテーブルに平手打ちしつつ、

 

「そろそろ白黒はっきりさせましょう! 流砂の相棒が一体誰なのかということを!」

 

『望むところだ下剋上なめんな第四位ぃいいいいいいいいいいいいッ!』

 

「……すぴー」

 

「…………………………はぁぁぁ」

 

 瞳に闘志の炎を燃やして勝手に盛り上がっている第四位とその部下二人を前にしつつ、そんな騒がしい状況の中でもマイペースに熟睡している恋人をジト目で眺めながら、フォロー検定六段所持者の浜面は腹の底から溜め息を吐く。

 そもそも、この場にあのゴーグル野郎がいないこと自体がおかしいのだ。あの『死亡フラグとか生還フラグとか立てることで有名だけど、やっぱり恋愛フラグの乱立数が一番異常だよね』という評判を思いのままにしているあのゴーグル黒白頭がこの場に居れば、浜面はこうしてドリンクバー係とかフォロー役を担当する必要はなかったのだ。

 なのに、あのゴーグルの少年はあろうことか「シルフィの入学先の小学校を見てこなきゃいけないんスよ。っつーワケで、後はよろしくー」という『あれ、それ別に代わりにステファニーが行ってもよくね?』みたいな凄く意味不明な理由でトンズラしやがったのだ。絶対後でブチ殺す、と誓った浜面は悪くない。

 そんな訳で、こうして浜面仕上は相変わらずの下っ端街道まっしぐらなのだった。

 ここにはいないゴーグルの少年に怒りを覚えている浜面の心境なんて露ほども知らないヒートアップトリオの内、まず最初に口火を切ったのはゴーグルの少年こと草壁流砂(くさかべりゅうさ)の事実上の恋人である第四位の超能力者、麦野沈利だった。

 

「常識的に考えて、流砂の傍にいるべきなのはどう考えても私だろうが! 恋人同士のイチャラブに他者が割り込んできてんじゃねえよ!」

 

「その恋人関係を終わらせるために超尽力することの何が悪いんですか! というか、草壁との行動時間はこの中で私が超一番なんです! いいから黙って草壁を私に超譲ってください! ヤンデレ女にはこれ以上任せておけません!」

 

「ちょっとちょっと! 何で私は蚊帳の外!? 私にだって草壁にアプローチする権利はあるはずって訳よ!」

 

『口挟んできてんじゃねえよぶっ殺すぞ!』

 

「あ、はい。黙っときまーす」

 

 ドスの利いた声と怒りに染まった表情を駆使した超能力者と大能力者によって、金髪女子高生フレンダは座席の上で体育座りをして顔を足の間に埋めてしまった。心成しか、怨嗟のような呟きが脚の間から漏れてきている。

 上下社会の厳しさに屈服したフレンダに苦笑を浮かべる浜面だったが、そんなことなど関係ないといった様子でさらにヒートアップしていく麦野と絹旗に、彼の胃がキリキリとした激しい痛みを訴え出した。

 

「っつーか、お前はロシアで十分一緒に居ただろうが! そろそろ私と流砂の二人きりの時間のために奮闘しろよ! 正式な恋人同士の幸せの為に尽力しなさいよ!」

 

「嫌なものは超嫌なんです! というか、恋人同士なんだから二日ぐらい草壁を超譲ってくれてもいいじゃないですか! この超分からず屋!」

 

「ンだとテメェ表出やがれ絹旗ァああああああああッ!」

 

「…………はぁぁぁ」

 

 テーブルの上のドリンクやら映画のパンフレットやらを撒き散らしながら取っ組み合いを始めた恋する乙女コンビに、浜面仕上は疲れた表情で溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第七学区のファミレスがリトル黙示録になっている頃、件のゴーグル少年こと草壁流砂は第七学区のスーパーマーケットにやってきていた。因みに、彼の隣には九歳の黒髪アホ毛ゴスロリ少女ことシルフィ=アルトリアが流砂と手を繋いで立っている。

 先ほど、シルフィが途中入学する予定の小学校の見学に行ってきたわけなのだが、流砂とシルフィはそこでフレンダによく似た小学生に絡まれてしまった。詳しい話を聞いてみると、その少女の名はフレメア=セイヴェルンというらしい。ぶっちゃけた話、フレンダの実妹だった。

 姉があんな個性的だけど妹の方はどうなんだろう? という好奇心に従う形で相手をしてあげていたのだが、フレメアの個性はフレンダ以上に濃いものだった。というか、あの低年齢でスプラッタ映画好きというのは一体全体どういうことだ。あの女子高生、小学生の妹に一体どういう教育を施してやがるんだ。

 そんなことを思いながら、シルフィとフレメアが携帯電話の電話番号とメールアドレスを交換している様子を生暖かく見守りながら、流砂は小学校を後にした。因みに、シルフィの携帯電話は流砂が買ってあげたものだ。シルフィの要望で流砂と同じ型の携帯電話を購入したわけなのだが、その携帯電話というのが『薄くて黒塗りのタッチ式携帯電話』というどう考えても小学生の少女には似合わないものだった。

 しかし、シルフィは『……ゴーグルさんとお揃い。……嬉しい』と笑顔を見せてくれていた。……正直、流砂は新しい性癖への扉をノックする寸前ぐらいまでには追い込まれていた。幼女の笑顔、プライスレス。

 そんなこんなで今日の夕飯の買い物をするためにスーパーマーケットに寄った流砂とシルフィは、本当の兄妹のように仲良く買い物を開始したのだった。

 

「なーシルフィ。今日の夕飯、何が喰いたいッスか?」

 

「……ゴーグルさんが作るの?」

 

「いや、俺は料理とか無理ッス。っつーワケで、今日のキッチン担当はステファニーに任せよーかと思ってんスよね。一応は三人で暮らしてるワケだし、ここぞとばかりにアイツを働かせておけば俺の平和な時間も増えるワケだし……」

 

「……しずりが知ったら?」

 

「殺されるから絶対に言わないでお願い百円あげるから!」

 

 コクン、と可愛らしく首を傾げながら言い放つシルフィに、流砂は財布の中から取り出した百円玉を献上する。

 流砂は第四位の超能力者の麦野沈利と恋人同士だが、何故か二人は同棲していなかった。

 いや、別に恋人だから絶対に同棲、という法律があるわけではないのだが、流砂と麦野のイチャラブ度から想像するに、彼ら二人は四六時中一緒に居ないと耐えられないのではないか、という疑問が浮上してしまうのだ。

 流砂は最初は麦野と二人で暮らすつもりだったのだが、

 

『私はアイテムの奴らとルームシェアするから、お前はそのクソガキと暮らせよ』

 

『…………あれ? もしかして俺、嫌われてる?』

 

『違ぇよバカ。私はお前のことが世界で一番殺したいと思うぐらいに大好きだ。だけど、流石に四六時中ずっと一緒に居たら、私はお前をすぐに殺しちゃうかもしれない。――故に、私はお前と別居するんだよ』

 

『あーいや、やっぱりその理屈もおかしーよーなおかしくないよーな……』

 

『そうか。私と一緒に居たいっつーお前の気持ちはよーく分かった。それじゃあとりあえず今晩だけ二人きりで夜を過ごしましょう。――今夜は寝かせないわよ?』

 

『いやァァァああああああああああああああああああああああああああッ! 好意が裏目に出て大変な末路を辿ってるゥゥゥううううううううううううううううううううううううううううッ!』

 

 ……みたいなやり取りの末、流砂はシルフィと同居することになったのだ。因みにその日、流砂はギリギリのところで貞操を護りきった。

 なんでそこでステファニーも同居することになるのか、という疑問がここで浮上するわけなのだが、それはステファニーと一緒に砂皿緻密の見舞いに行った日の帰りにまで遡ることになる。

 いやまぁ、そこまで長い話ではなく、

 

『っつーワケで、俺はシルフィと二人で暮らすことになったんスよ。どーせ俺が借りてる部屋にゃ余りあるし、なーんも問題ねーんスけどね』

 

『や、やっぱり部屋を借りるとなるとお金がかかるものなんじゃないですか? そこであなたに提案です! この私、ステファニー=ゴージャスパレスは遂に警備員に復帰することになったんですよ。それでそれで、私にはすごーく無駄に広いマンションの一室が与えられることになったわけでしてね! 無駄に広いのに使わない部屋が多くて困ってるんですよー、なーんて』

 

 ……みたいなやり取りの後、断れなかった流砂は自分の住居及びシルフィの住居をステファニーの住居に移すことになった、という訳だ。俺って押しに弱いんスかねー、と自分の欠点を顧みたのはいい思い出だ。

 そんなことを思い出しながらシルフィと仲良く手を繋いで精肉コーナーに移動する流砂。

 鶏肉、牛肉、豚肉……という感じで一つ一つ品定めしていると、

 

「あれ? こんなトコで何やってんスか、一方通行(アクセラレータ)?」

 

 凄く見覚えのある白髪灼眼の中性的な顔立ちの第一位が、流砂の隣で豚肉の入ったパックを手に取っていた。

 体重を現代的な杖に預けていた一方通行は「チッ」と吐き捨てるように舌を打ち、

 

「見て分かンねェのか。買い物してンだよ、買い物」

 

「…………うわー似合わねー」

 

「俺だって自覚してンだよわざわざ言うなぶっ殺すぞ!」

 

「全力でごめんなさい」

 

 ギロリ、と肉食獣のような眼光で睨まれ、流砂は一瞬で下の身分へと自分をシフトさせる。

 「チッ!」と今度はわざわざ流砂に聞こえるような音量で舌打ちした一方通行は、苛立つように頭を掻きながらも再び肉の物色を再開した。自分が知っていた一方通行とは全然違う態度に、流砂は思わず頬を緩めてしまう。人間、きっかけさえあれば変われるもんなんスねー。

 最強の超能力者の意外な一面に感心しながらも一方通行と同じように肉の物色を始める流砂。シルフィは流砂の手を握りながら「……今日はハンバーグ?」と可愛らしく質問を投げかけている。どこからどう見ても仲のいい兄妹だ。

 だが、そんな平和な時間は思わぬ介入者の手によってズタズタに引き裂かれてしまう。

 その介入者の登場は、凄く突然で凄く騒々しいものだった。

 

「あなたー! ミサカこの『ゲコ太ストラップ入りフォーチュンクッキー』が欲しいーっ! ってミサカはミサカは目一杯笑顔を振りまきながら商品を籠の中にブチ込んでみたり!」

 

 その介入者は、外見年齢十歳ほどの少女だった。

 シルフィと同じようなアホ毛が特徴で、髪の色は明るい茶色。どこぞのビリビリ中学生を幼くしたような顔立ちで、空色のキャミソールの上から男物のワイシャツを袖を通して羽織っている。

 流砂とシルフィはこの少女とは初対面だが、流砂はこの少女のことを知っていた。

 第三位の超能力者のクローンである『妹達(シスターズ)』を束ねる司令塔。

 個体番号二〇〇〇一号。

 正式名称――『最終信号』。

 そして呼び名は――『打ち止め(ラストオーダー)』。

 一方通行がわざわざロシアに行ってまで命を救った少女であり、彼の能力の要でもある『ミサカネットワーク』の管理権限を得ている体細胞クローンだ。

 打ち止めの突然の登場に流砂とシルフィが呆気にとられる中、一方通行がとった行動はとてもシンプルなものだった。

 

「返してこい。黄泉川からの注文にそンなメルヘンチックな菓子は入ってねェ」

 

「ひぎゃーっ! 相変わらずミサカには手厳しいのね、ってミサカはミサカはよよよと嘘泣き交渉術を行使してみる!」

 

「…………」

 

「いたたたたたっ! な、なんであなたはそんな無表情にミサカの額に連続チョップなの!? ってミサカはミサカはーっ!」

 

 ビシビシビシビシビシビシビシッ! と流れる動作で打ち止めに止まらぬコンボを叩き込む最強の超能力者。流砂は生まれて初めて見る芸術技に感心を越えて衝撃を受けてしまっている。

 三〇回ほどチョップを叩き込まれた打ち止めは頭を両手で摩りながらも、うるうると涙目で一方通行を見上げてみる。――直後、一方通行は溜め息交じりに「文句言われても知らねェからな」と彼女の要望を了承した。

 やっぱロリコンじゃね? と流砂が一方通行に勝手な評価を下す中、彼と手を繋いでいるシルフィは打ち止めの顔をじーっと眺めつつ、

 

「……ゴーグルさん。私もあのお菓子欲しい」

 

「他所の子からダメなところを学習しちゃダメッスよシルフィ! いやまぁ、別に買ってあげてもイイけどね! でもそれは夕飯の買い物を終えてからにしよーッス!」

 

「……うん、分かった」

 

 苦笑しながらの流砂の言葉にシルフィは頬を朱く染めながら頷きを返す。

 と。

 

「あ、そーだ。なーシルフィ。そこの女の子と友達になってみてはどーッスか?」

 

「……友、達?」

 

「はいッス。シルフィ、同年代の友達って今日知り合ったフレメアだけだろ? これから小学校に通う訳だし、ここいらでコミュニケーション能力向上のための一歩を踏み出してみるっつーのはどーッスか?」

 

「……うんっ」

 

 コクリ、と大きく頷きを返し、シルフィは流砂の手から自分の手を離す。

 そしてトタタッと打ち止めの目の前まで駆け寄り、

 

「……私、シルフィ=アルトリア。お友達、なってもらえる?」

 

「へぁ? あ、えと、ミサカは打ち止め(ラストオーダー)って言うんだけど……その、お友達? になるのは、その……やぶさかではないというか、ってミサカはミサカはごにょごにょごにょ……」

 

「……もしかして、私と友達、嫌?」

 

 ちょっとだけ泣きそうになりながら、シルフィは小動物のようにコクンと首を傾ける。

 そんなシルフィ特有の萌えポイントに、打ち止めの心は鋭い弓矢か何かで勢いよく撃ち抜かれてしまった。流砂はシルフィの姿を携帯電話で写真に収めていて、一方通行は我関せずといった様子で肉の物色を続けている。

 ガッシィ! と打ち止めはシルフィの両手を握りしめる。

 そして興奮冷めやらぬといった様子で鼻息を荒くしながら、

 

「み、ミサカこの子お持ち帰りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」

 

 その日。

 打ち止めは生まれて初めて、一方通行にガチ説教をされた。

 

 

 

 

 

 

「……夕飯の材料、どこにも見えない気がするのは私の気のせいですか?」

 

『………………ごめんなさい』

 

「はぁぁぁぁ。……分かりました。今回は流砂さんの右腕一本で許してあげようじゃないですか」

 

「ちょっと待ってステファニー! 夕飯の材料との等価交換にしては凄く失うものがデカすぎる気がする!」

 

「良いじゃないですか。私と麦野さんとお揃いですよ?」

 

「ンなトコでお揃いになる必要とか絶対にねーから! もっと他のトコで追求するべきだから!」

 

「ええい、うるさい! いいから黙ってさっさとこっち来い!」

 

「いやぁああああああああああああああッ! こ、これならいっそ、浜面と暮らした方が平和だァァああああああああああああああああッ!」

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


 あ、あと、

 キャラクター人気投票は十月九日まで続いております。因みに、持ち票は七票で、その七票を好きなキャラに割り振る、という形式になっております。

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 第一位から第七位に選ばれて自分が主人公の短編をゲットするのは、果たしてどのキャラクターなのか!


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平凡な少女は平凡な夏休みを謳歌する

 この『休約編』は、『とある魔術の禁書目録SS2』と同じようなものなんだ、という感じの章です。
 故に、新キャラとか懐かしキャラとか、未登場キャラとかが出てくるのでっす!



 占部学園(うらなべがくえん)、と呼ばれる教育機関がある。

 そこは学園都市にしては珍しい中高一貫性の学校で、更に珍しいことに、無能力者から大能力者までの学生たちが互いに優越感や劣等感を抱くことなく平和に楽しく暮らしている。校風は結構自由な感じで、中等部と高等部の制服が異なることも特徴か。

 とにかく、この学園都市には全く似合わないそんな学園が、第七学区には存在する。

 そんな占部学園の高等部一年生である草壁琉歌(くさかべりゅうか)は、学校の無駄に広い食堂の一角で、平和な昼の時間を過ごしていた。

 

「うだー……何もしねーままに夏休み前半が終了しちまったですー……」

 

 時は八月七日。

 一般生徒のほとんどが学園都市の外――つまりは実家に帰省している中、琉歌はマイノリティながらに学園都市に残っていた。……まぁ、琉歌は既に二週間ほど前に帰省しているので、こうして学園都市で暇な時間を過ごしているわけなのだが。

 黒と白が入り混じった髪を跳ねが多いショートカットにしていて、活発そうなぱっちりとしたライトブラウンの目が人形のように綺麗な顔で存在感を放っている。胸は絶望的に貧乳だが、すらりと長い手足とモデル顔負けのくびれがその欠点を見事なまでにカバーしてしまっている。占部学園高等部の女子制服(夏服)である白の半袖ブラウスと黒のミニスカートが、逆に存在感を奪われてしまっているほどだ。

 そんな貧乳黒白少女こと琉歌はちゅーっとストローでコーラを飲みつつ、

 

「はぁぁぁー……兄貴は相変わらず忙しそーだし、友達も根こそぎ帰省中だし、どーしたもんですかねー」

 

 コツン、と長い指でグラスを小突く。

 琉歌は目にかかるほどの長さの前髪を指で弄りつつ、

 

「はぁぁぁー……出会いが欲しーです」

 

 全国の思春期の最大級の悩みをぶっちゃけた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 草壁琉歌という少女には、出来の悪い実兄がいる。

 この学園都市に来たばかりの頃は琉歌と毎日のように遊んでくれていたのに、最近はひと月に顔を一度でも見れればラッキーもの、というぐらいに疎遠になってしまっている。倒したら経験値ががっぽり? という疑問を抱いてしまうほどの少年が、草壁琉歌の実兄だ。

 だが、それはその兄が琉歌のことを嫌いになってしまった、というわけではない。

 ただ、忙しくて会えないだけ。

 そして、琉歌がそれを無駄に気にしてしまっているだけ。

 ただ、それだけのことなのだ。

 

「うーみゅ……出会い欲しさにこーして街に出てみたはイイけど、思ってみれば、占部学園以外の学生も軒並み帰省中だったです……はぁぁぁ」

 

 本日もう何度目か分からない溜め息を吐きながら、琉歌は気怠そうに頭を掻く。こーゆーところは兄貴とそっくりなんですよねー、と苦笑することも忘れない。

 夏休み真っ只中の第七学区は夏休み前よりも閑散としていて、学生御用達の商店街は通常では考えられないほどに閑古鳥が大量発生していた。うへー、と顔を引き攣らせた琉歌は悪くない。

 食堂からそのまま直接ここに来たので、琉歌の服装は良い意味でも悪い意味でも占部学園の学生スタイルだ。暑さに負けてブラウスのボタンを一個だけ開けてしまっている不良スタイルだが、それでも彼女は占部学園の学生なのだ。優秀とかそうじゃないとか、そんなことはあの学園にとってさほど重要ではない。

 だから大覇星祭で勝てねーんでしょーね、と琉歌は欠伸を噛み殺す。

 と。

 

「あ、あのっ! 草壁琉歌さんで正しいでしょうか!」

 

「ふぇ?」

 

 「あーえと、そーですけど……」突然背後からそんな声を掛けられた琉歌は、間抜けな声を漏らしながらふいっと後ろを振り返った。欠伸中だったので目尻には涙が浮かんでいるのだが、草壁琉歌はあまりそういうことを気にする女の子ではないので、構うことなく声がした方を振り返った。

 そこには、琉歌と同じぐらいの身長の少年がいた。

 学校の補修帰りだろうか。少年は白のワイシャツに黒のスラックス、というこの学園都市ではとても有り触れた男子学生の格好をしている。胸元の校章はこの第七学区にある底辺校のもので、占部学園の生徒たちの中ではかなり評判のいい底辺校のものだ。いや、成績と評判は反比例するって話がありますから。

 そんなことはさておき、琉歌は少年の顔をまじまじと見つめる。

 そんなことはさておき、少年は琉歌にはにかみ笑顔を向ける。

 そして少年は、目を瞑りながら顔を赤くしながらもじもじしながらびくびくしながらわなわなしながら――琉歌の顔を直視しながら、第七学区全体に響き渡るのではないかというほどの声量で――

 

「一目惚れしてしまいました! 僕とお付き合いしてください!」

 

「………………………………へ?」

 

 ――琉歌に大量の疑問符をお与えになった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえず落ち着こう。

 突然の告白で頭が混乱する中、琉歌は自分でも驚くぐらい冷静にそう決断した。兄貴譲りの閃き持ってて良かったです、と帰省以来顔すら見ていない実兄に感謝の念を述べることも忘れない。

 さてさて。

 そんなわけで第七学区のファミレスにやって来た琉歌は現在、件の少年と向かい合って座っている。もっと詳しく言うならば、テーブルの上にパフェやら定食やらを並べた状態で、琉歌と少年は向かい合った状態で席に腰を下ろしている。

 琉歌はパフェにザクザクとスプーンを突き刺しながら、目の前でおどおどとしている少年――無造作な茶髪と中性的な容姿が特徴の、おそらく同級生の男子生徒――に声をかける。

 

「……で。展開はスゲー遅れちまいましたが、キミの名前ってナニ?」

 

「あ、はい。僕は殻錐白良(からきりはくら)と言いまして、あの、その……無能力者です」

 

「なんでそこで言い淀んじゃう? 私も無能力者だし、別にそんな畏まる必要ねーですよね?」

 

「えと、その……はい。ごめんなさい」

 

「だから何で謝っちまうんですか……はぁぁぁ」

 

 こりゃ重傷みてーですねー、と琉歌は額に手を当てる。

 さっきの告白の仕方からはとても予想なんてできないほどの少年の奥手ぶりに、琉歌はすでに五回ほど溜め息を吐いてしまっている。ファミレスに入るだけで「ごめんなさい。えと、二人、です……」とぶんぶん頭を下げまくっていたし、相当気が弱い少年なのだろう。……いや、にしても弱すぎるか。

 とにかく詳しい話を聞くためにも自分が話のペースを掴む必要がある。そう思った琉歌はパフェを「あむっ」と一口食べて胃の中に流し込み、

 

「話を戻しますけど、さっきの告白って、冗談とかそんな感じじゃねーですよね?」

 

「は、はいっ! 心の底から胸の底から骨の髄まで真剣な告白です! 草壁さん、僕と付き合って下さい!」

 

「ちょっ!? こ、こんなトコで大声絶叫告白やめてもらってもイイですか!? 周りのお客の目がスゲー生暖かいです! 『あらあら。オアツイわねぇ』ぐれーのコトは絶対思われちまってるぐらいに!」

 

 頭を抱えて顔を赤くして言い放つ琉歌に、白良は「あぁぁあああごめんなさぁああああい!」と椅子から飛び降りて土下座する。周囲からの注目度、三十パーセント上昇。

 マズイ。流石にこのままこの少年にペースを持っていかれてしまうのは、社会的にも精神的にも肉体的にもマズイ。

 言っておくが、琉歌はそこまで神経が図太い人間ではない。周囲からの視線は凄く気にするし、学校内での自分の評価もすごく気になる――そんな普通の思春期の女の子だ。

 そんな女の子が、夏休み中のファミレスで大声で告白される、なんていう異常なイベントに耐えられるわけがない。――故に、琉歌は耳の先まで真っ赤になって目尻には涙すら浮かべてしまっているのだ。

 このままじゃいけない。頭はそこまでよくないからなんて言えばいいのかは分からないが、とにかくこの空気を霧散させないことには話が進まない。

 故に、琉歌は赤面しながら言い放つ。

 周囲の視線を気にしながらも、少年に顔を近づけながら言い放つ。

 

「殻錐くん、だったですね。どーして私に一目惚れしちまったんですか?」

 

「……二週間ぐらい前、僕は草壁さんが強盗を取り押さえてるシーンを目の当たりにしました」

 

「……………………マジ?」

 

「はい。大マジです」

 

 即答する少年に対し、琉歌の全身の毛穴から大量の汗が噴き出した。

 確かに二週間前、琉歌はコンビニ強盗を取り押さえた。無能力者故に通信教育で鍛えている琉歌は赤子の手を捻るように強盗を鎮圧し、警備員から表彰までしてもらった。夏休み中だったので学校で大掛かりな表彰、とまではいかなかったが、それでも警備員の本拠地みたいなところで賞状とありがたい長いお話を与えられた。まぁ正直、嬉しくなかったと言えば嘘になる。

 だが、それはあくまでも社会的な面での嬉しさだ。そこら辺にいるような普通の高校一年生の女子生徒が、強盗を殴る蹴るの暴行で鎮圧した。――そんな評判が世間に知れ渡って嬉しい女子高生なんているわけがない。というか、いたらその神経を少しでイイから分けて欲しいと思う。いや、割とマジで。

 そんなわけで、強盗を取り押さえるシーンを見られるのは自分の『か弱い女の子』なイメージが音を立てて崩れ落ちてしまうから止めて欲しいわけなのだが、この少年はそのシーンをあろうことか目の当たりにしてしまったらしい。噂で聞いた、ではなく、目の当たりにした。……考えるまでもなく、琉歌の奮闘も見られているのだろう。ミニスカートでの後ろ蹴りとか、ミニスカートでの上段回し蹴りとか。

 (い、今思えばスゲー恥ずかしーです!)顔を両手でビッチリと覆って顔を朱くする琉歌。

 そんな琉歌におろおろとしつつも、少年は琉歌の手を勢い良く握り、

 

「か、かっこよかったんです! 相手は強能力者だったのに、草壁さんは臆することなく戦っていました! そんな草壁さんを見て、僕は一目惚れしちゃったんです!」

 

「あ、あはは……で、でも、野蛮な女の子は、あんまし男の子にはウケないって話があるですよね……」

 

「僕は、強くて優しくて勇敢な草壁琉歌さんに一目惚れしちゃったんです! 社会の目とか、一般男性の評価とか、琉歌さんの可愛さとか、そういうところではなく、『草壁琉歌』本人に一目惚れしちゃったんです! だ、だから、草壁さん、僕と付き合って下さい!」

 

 さっきまでの臆病っぷりはどこへやら。

 自分の手を握って恥ずかしがることも無く告白してくる白良を見て、

 

「~~~~~~ッ!」

 

 琉歌は先ほどまでとは違う意味で顔を真っ赤にしてしまっていた。

 今まであまりモテたことが無かった琉歌は、今回のように真っ直ぐと目を見られて告白される、というシチュエーションに対する耐性を持ち合わせていない。――故に、琉歌のハートは少年に打ち抜かれてしまっていた。

 顔を赤くしたまま息を荒げながら、琉歌は胸をギュッと抑える。今まで感じたことも無いようなドキドキに耐えるように、琉歌は制服の上から自分の貧しい胸を抑える。

 これまでのやり取りを見るに、この少年は凄まじい程に純粋な少年なのだろう。人に嘘を吐けないような、純粋で清純な正直者。どこまでいっても兄貴の逆ですね、と琉歌は思考する。

 この殻錐白良という少年をこんな短時間で信用してしまっていいのかは分からない。琉歌はまだ幼いし、彼女の実兄のように人生経験豊富なわけでもない。そこら辺にいるような、何の変哲もない普通の無能力者の学生なのだ。

 だが、いや、だからこそ、琉歌は即決する。

 琉歌は白良に手を握られたまま、赤面したまま言葉を紡ぐ。

 

「わ、私の好物は、きつねうどんです」

 

「そ、そうなんですか? それなら、今度一緒に食べに行きましょう! あ、いやでも、その前に、答えを聞かせてもらってもいいですか……?」

 

「あーえと、その……あ、あんまり頭良くねーんで、上手く言えるのかは分からねーですけど……」

 

 恋なんてよく分からないし、愛なんて大それたものも分からない。

 何かに脅えるように生きている実兄のように聡いわけでもないし、この街の能力者みたいに自分に自信があるわけでもない。

 でも、そんなことを考えること自体、間違っているのかもしれない。

 だって、恋って言うのは――

 

「ふ、不束者ですが、よろしくおねがいします!」

 

 ――説明不可能なものなのだから。

 




 今回の話は、非日常な兄と違って、妹の方は甘酸っぱくて平凡な日常を送っている、という感じの話です。
 まぁ、何故か新キャラ増えましたけど(汗


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


 あ、あと、

 キャラクター人気投票は十月九日まで続いております。因みに、持ち票は七票で、その七票を好きなキャラに割り振る、という形式になっております。

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 第一位から第七位に選ばれて自分が主人公の短編をゲットするのは、果たしてどのキャラクターなのか!



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臆病な少年は勇敢な少女に勇気をもらう

 佐天涙子(さてんるいこ)は激昂していた。

 夏休みも残り一週間、といった学生にとっては非常に重要な時期である、八月二十四日。

 本日は親友である初春が風紀委員(ジャッジメント)の仕事のせいで遊びに誘えないため、気晴らしに服でも買いに行こうかなー、と思っていたのが数時間前の出来事で、佐天涙子は現在進行形で激昂している状態だ。

 では、そろそろ、佐天が激昂している理由を教えることにしよう。

 その、驚きの理由とは……――

 

「なんであたしはデパートの屋上でぐるぐる巻きにされているのか……ッ!」

 

「ごめんなさいごめんなさい! 抵抗とかする気はないので、拳銃をこっちに向けないでください!」

 

 ビキリと青筋を浮かべながら呪詛のように呟く佐天に対し、傍でぐるぐる巻きにされていた無造作な茶髪と中性的な顔立ちが特徴の少年は首が吹っ飛んでしまうんじゃないかというぐらいの勢いで目の前の覆面の男たち――どこからどう見ても強盗犯、に頭を下げていた。

 さてさて。

 佐天は当初の目的通りに第七学区のデパート――セブンスミストに買い物のためにやって来た。夏も終わりに差し掛かっているのが関係しているのか、店の中には秋物の洋服がちらほらと姿を現していて、佐天はそんな秋物シリーズを物色したり試着したりしていた。中学一年生の割に胸が大きい自分にぴったりフィットな服を探すのは妙に手間取ったが、それでも何とか彼女は気に入った服を購入することに成功した。やっぱりスタイルが良過ぎるのも考え物だよねー、と自画自賛することを忘れずに。

 思いがけない戦利品にテンションが上がっていた佐天は、「ま、小腹も空いたしなんか食べよっかなー」とワンフロア上にある喫茶店へと移動した。今が夏休み中とあってかその喫茶店は意外と閑散としていて、店内には『女の子……いや、男物の私服着てるから、男の子……?』とあやふやな評価を下してしまえるような少年の姿しかなかった。というか、男が一人で喫茶店ってどうなんだろう。

 そんなことを思いながら席に着いた佐天は、喉を潤すためにとりあえずアイスティーを注文した。この喫茶店は佐天の行きつけだったので、「いつものお願いしまーす」「かしこまりました」という呆れるほどにシンプルなやり取りのみで注文が成立していた。

 客が少ないおかげでそこまで時間をかけずに運ばれてきたアイスティーで喉を潤した佐天は「さて、これからどうしよっかなー」と肩掛けバッグからスケジュール表を取り出しているところで――

 

「手を上げてその場から一歩も動くんじゃねえ! 金さえ寄越せば命だけは助けてやる!」

 

 ――彼女の不幸は始まった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「全然お守り効果ないよ、お母さん……」

 

 そんなわけで、喫茶店の店員及び不幸にも入店中だった中性的な顔立ちの少年と共に、佐天涙子は意外と頑丈なロープでぐるぐる巻きに縛られてしまった、というわけだ。きつく縛られているせいで平均以上のサイズの胸が圧迫されて苦しかったが、そこは持ち前の図太い神経で我慢することにした。ここで変な声とか身動きをすれば、強盗たちが持っている拳銃で頭を弾かれてしまうかもしれない、と思ったからだ。

 上からも下からも右からも左からもセブンスミストのど真ん中に位置している喫茶店に押し入ってきた強盗たちは、人質を連れてセブンスミストの屋上にまで移動した。そんな中、どうせお決まりの展開でヘリコプターとか身代金とかを要求するんだろうなー、と佐天はこの場には絶対に合わないようなお気楽な考えを頭の中で抱いていた。

 すると。

 

「あ、あの、怖くないんですか……?」

 

「へ?」

 

 先ほどまで強盗犯たちに全力の土下座を決めていた少年に突然話しかけられ、佐天は間抜けな声を漏らしてしまう。

 その少年は佐天に微妙な評価を下されていた少年で、五、六人しかいない人質の中で、唯一の男性だった。だが、この少年はあまり腕っ節はよくなさそうだ。さっきも凄い勢いで命乞いしていたし、さぞ臆病な少年なのだろう。友人であるツインテールの風紀委員の勇敢さを少しだけ分けてあげたい気がする。

 佐天がそんなことを考えているなんて露ほども知らない少年は、がくがくぶるぶると震えながら、

 

「僕は、凄く怖いんです。最近勇気を出して恋人同士になれた女の子からは『もう少し度胸を持った方がイイですよ?』とか言われてる僕ですが、それでもこうして命の危機に瀕した時、僕の身体は恐怖で動けなくなるんです。何度も変わろうって思ったのに、やっぱり僕は臆病で頼りないダメ人間なんです……ごめんなさい」

 

「いや、なんでそこで謝るんですか」

 

「あ、えと、ごめんなさいぃぃ」

 

 もう謝ることが癖なのかな?

 目の前の少年(おそらくは年上なのだろうが、どうしても保護欲が掻き立てられてしまう)に苦笑を浮かべる佐天さん。彼女の親友も結構弱気な性格をしているが、この少年はその親友を遥かに凌ぐ程に弱気な性格をしているようだ。というか、一緒に捕まっている自分に全力謝罪ってどう考えてもおかしいのだけれど。

 自虐して謝罪して恐怖している少年に、佐天は「あはは……」と苦笑を向けつつ、

 

「あたしだって怖いですよ。御坂さんみたいに強い能力があるわけでもないし、白井さんみたいに勇敢なわけでもない。それに、初春みたいに頭が回るわけでもない」

 

 でもね、と佐天は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、

 

「諦めなければ絶対に報われる。あたしはそのことを誰よりも知ってるから、どんな状況においても怖がらないし諦めないんです。きっと風紀委員の人たちや警備員の人たちが助けに来てくれます。――だから、一緒にこの恐怖に耐えましょう」

 

「は、はいっ!」

 

 どっちが年上なんだろうなぁ、と佐天は苦笑する。

 かつて幻想御手(レベルアッパー)という恐怖に屈してしまった彼女だからこそ、こうして偉そうに他人に能書きを垂れることができるのだ。堅苦しいこととか高尚なこととかはよく分からないが、何を伝えて何をすればいいのかぐらいは分かっているつもりだ。親友を信じて待ち続ければ、きっと道は拓ける。

 「おいっ、何ぐちゃぐちゃ喋ってんだお前ら! 乱暴されなくなかったらおとなしくしてろ!」『はい、申し訳ございません!』拳銃を構えながらそう咆えてくる強盗犯にとりあえずの謝罪を返し、

 

(早く助けに来てよね、初春に白井さん。――そして、御坂さん)

 

 佐天涙子は大切な友人に全てを託した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 殻錐白良(からきりはくら)が強盗に人質にとられている。

 第七学区のセブンスミスト内にある喫茶店で白良と合流する予定だった貧乳黒白少女こと草壁琉歌(くさかべりゅうか)がその衝撃の事実を知ったのは、セブンスミストの入り口を封鎖している警備員や風紀委員たちの会話からだった。

 白良と琉歌が恋人同士になってから、今日で十七日。二週間以上の時間を消費することでやっとお互いを下の名前で呼び合えるようになったので、琉歌は今回こそ『照れずに手を繋ぐ』というハードルを越えることに決めていた。

 だが、それは予期せぬ形で邪魔されてしまった。

 大切な恋人が捕まっているデパートの屋上を見上げながら、琉歌は顔を悲痛な面持ちに歪ませる。

 

「ッ……なんでよりにもよって白良君が人質に取られちまうんですか! くそっ、許さねーです。絶対に犯人ボコボコにして、二度と表を胸張って歩けねー程度に顔面腫れ上がらせてやるです……ッ!」

 

 ビキビキビキィ! と顔全体に血管を浮き上がらせる琉歌に、避難を促していた風紀委員の少女は脅えた様子で距離をとる。頭の上に咲き乱れている花が特徴のその風紀委員の少女は、般若のように怒っている琉歌を『関わってはいけない人リスト』に迷うことなく登録する。

 さてさて。

 白良を助けることを決定したのは良いのだが、そのためにはこの包囲網を潜り抜ける必要がある。

 だが、市民の安全を守ることが仕事である彼らが一般人である琉歌をそう簡単に中へ入れてくれるとはとてもじゃないが思えない。というか、絶対に入れてくれないだろう。兄貴がいたら突破できたんですけどね、とこの場にはいない無造作黒白頭を思い浮かべ、琉歌は軽く舌を打つ。

 すると。

 そんな琉歌の傍から、こんな会話が聞こえてきた。

 

「初春さん! 佐天さんが人質にとられてるって本当!?」

 

「あ、御坂さんダメですよ! 今回ばかりは私たちにお任せください! 白井さんが別の事件で出動しちゃっている今、御坂さんを足止めすることが私に与えられた仕事なんですからね!」

 

「うぐ……私まだ何も言ってないんだけど……」

 

「言わなくても分かります!」

 

 頭に花が咲き誇っている風紀委員の少女と名門常盤台中学の制服を着ている茶髪の少女が、そんな感じの言い争いをしていた。

 琉歌はそんな二人を見て、ニィィと笑みを浮かべる。

 常盤台中学の制服を着ていて、御坂と呼ばれている少女。琉歌の記憶が正しければ、あの少女は電気系能力者の頂点に君臨している第三位の超能力者、『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴であるはずだ。最新情報に詳しい最近の女の子である琉歌は、そういうタイムリーな情報を誰よりも早く獲得していることが多い。

 とまぁ、そんなことはさておくとして、

 

「……あの第三位、利用できるですね」

 

 草壁琉歌は悪の親玉のような笑みを浮かべ、

 

「すいませーん! 御坂美琴さんで間違いないですねお願いがあります協力してくださいですーっ!」

 

 兄貴譲りの見事な行動力を発揮した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 これは何かの夢だろうか。

 頭に花飾りをつけている黒髪の少女(白良は名前を知らないが、佐天涙子という中学生だ)と励まし合いながら助けを待っていた白良は、衝撃的すぎる目の前の光景に目を白黒させていた。

 まぁ、ハッキリ簡潔に分かりやすく言ってしまえば、

 

 

 愛しの琉歌ちゃんが常盤台の生徒と一緒に壁を攀じ登ってきて以下略☆

 

 

 なにを言っているのか分からないと思うが、白良自身も自分が何を言っているのか分かっていないのでお相子ということにしておこう。

 それぐらいに混乱している白良の目の前では、愛しい琉歌ちゃんがどこぞの武将も真っ青なぐらいに――

 

「私の大事な白良君に何やってくれてんですか殺す殺す殺す殺す殺し尽くしてやるですらららららあぁああああああああああああッ!」

 

「ちょっ、おぶっ、ぶへぇっ!」

 

「あばばばばばばばばばばっ!」

 

 ――強盗犯相手に無双していた。

 強盗犯は全員で五人いたはずなのだが、琉歌はその全員をすらりと長い脚でノックアウトしてしまった。いつものようなミニスカートではなくホットパンツなので下着が見えてしまうというハプニングは発生しないが、それでも彼女の健康的な太ももに白良は思わず顔を赤くしてしまっている。

 そんな訳で持ち前の足技で強盗犯たちを文字通り一蹴した琉歌は「ふぅ」と息を整えてぐるん! と白良の方を振り返り、目尻に涙を浮かべながら勢いよく抱き着いた。

 

「無事ですか白良君ケガとかしてないですか!?」

 

「だ、大丈夫ですよ、琉歌さん。はい。ケガとかは、していないです」

 

「よかったです。本当に無事でよかったです……ッ!」

 

 ぎゅむーっと渾身の力で抱き着いてくる琉歌に、白良は思わず苦笑を浮かべる。

 この少女と恋仲になってかれこれ二週間以上経つが、やはりこの少女は勇敢で強くて格好いい。自分とはどう考えても対照的で、もしこの少女が超能力者だったらすぐに有名になっていたことだろう。

 だが、白良はその可能性を否定する。

 もし琉歌は超能力者だったとしたら、白良は今のように琉歌の涙を自分のものにはできていなかったはずだ。別に涙を独り占めしたいわけではないが、それでも、今よりは格段に彼女は遠い人になっていたに違いない。良い意味でも悪い意味でも、白良と琉歌の距離は凄まじく遠いものになっていたに違いない。

 強くならなければならない。この少女を泣かせないためにも、自分はもっと勇敢になって強くなって格好良くならなければならない。方法とかはよく分からないけど、この少女を泣かせないようにできる程度には強くなりたい。

 ぐずぐずと抱き着いたまま泣いている琉歌の頭を撫でる白良。

 そんな彼に、今まで一緒に捕まっていた中学生の少女――佐天涙子は笑顔を向けながら話しかける。

 

「あたしの言った通りでしょう? 諦めなければ報われるって」

 

「あ、えと、はい。ありがとうございます。貴方の言葉が無かったら、僕、ずっと前に心が折れてしまっていたかもしれません。――本当に、ありがとうございます」

 

「いえいえ。あたしは別に何もやってないですよ。結果としてあたしとあなたを助けてくれたのは、そこの彼女さんとこの御坂さんですからねっ」

 

 ねっ? とウィンクしながら視線を向けてくる佐天に、現在進行形で強盗犯を縛っていた茶髪の少女――御坂美琴は「え?」と疑問の言葉を返しつつ、

 

「あー……うん。まぁ、そこの彼女さんの思い切った行動が主だったんだけどね……」

 

「それでもかっこよかったですよ? こう、なんていうか、びゅびゅーん! って感じで壁を登ってきた御坂さんは!」

 

 両手を握りしめながら鼻息を荒くする佐天に、御坂は「あはは……」と照れくさそうに頭を掻く。彼女としても褒められること自体はそこまで嫌ではないらしい。

 そんな御坂と佐天を交互に視線に収めた白良は琉歌に抱き着かれた状態で立ち上がり、

 

「あの、えと……助けてくれてありがとうございます。それと――琉歌さんの無茶に付き合っていただいてありがとうございます」

 

「む。それは聞き捨てならねーですね白良君。私の行動のどこが無茶だったんですか!」

 

「あぁあああああああ怒らないでください睨まないでくださいごめんなさぁあああああああああい!」

 

 ギロリ、と睨みを利かせる琉歌に白良は渾身の謝罪を披露する。

 白良は琉歌から視線を逸らしながら御坂と佐天に苦笑を向け、

 

「僕も、貴方たちのように強くなれたらいいな、って思います。実力的にも精神的にも強くなれたら、きっと僕は凄く変われると思いますから」

 

 白良は愛しい恋人の手を握りながら、ハッキリとした声で宣言する。

 ――しかし。

 

「いや、その必要はないんじゃないですか?」

 

 佐天涙子はその宣言を返す刀で両断する。

 「え?」と間抜けな顔を浮かべる白良の鼻先に佐天は人差し指を突きつけながら、

 

「可愛い彼女さんが凄く強いんですから、あなたは別に強くなる必要なんてないと思います。まぁ、男の子だから強くならないとーって思っちゃうのは納得できますが、やっぱりそれはなんか違うんじゃないかなーってあたしは思います」

 

「えと、あの……それでは、僕は一体どうすればいいのでしょう……?」

 

「簡単なことですよ」

 

 白良の問いに佐天はフンスと得意気に胸を張り、

 

「強い彼女さんを全力で愛せばいいんです! 愛して愛して愛しまくって、彼女さんがあなた以外の誰も見えなくなるぐらいになっちゃえば、あなたは確実に成長することができてるはず! ほら、よく言うでしょう? ――愛に不可能はない、って!」

 

 その日、一人の無能力者は一人の無能力者に勇気を与えられた。

 そして、その無能力者は、自分の大切な無能力者の為に何ができるのか、本当の意味で教えられた。

 

 

 

「…………琉歌さん、怒ってません?」

 

「怒ってねーです。別に白良君が他の女の子にデレデレしてたからって理由で怒ってなんかねーです」

 

「あ、あはは……やっぱり、それって怒ってるってことなんじゃ……」

 

「もう、怒ってねーって言ってんですよ!」

 

「わぁああああああごめんなさいごめんなさぁああああああああい!」

 

「分かればイイんですよ、分かれば。――だから、今日は白良君の家に泊めてもらうです」

 

「展開が急すぎて読めません! えと、なにこの急展開!?」

 

「うっさいです! イイからさっさと白良君の家に行くですよ!」

 

「うわっ、怒らないで引っ張らないで! ご、ごめんなさぁああああああああああああああい!」

 




感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


 あ、あと、

 キャラクター人気投票は十月九日まで続いております。因みに、持ち票は七票で、その七票を好きなキャラに割り振る、という形式になっております。

 投票は活動報告で募集していますので、どしどし投票お願いします!

 第一位から第七位に選ばれて自分が主人公の短編をゲットするのは、果たしてどのキャラクターなのか!


 追伸。

 次回は那家乃ふゆい様作『とある科学の無能力者』とのコラボ話です。


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コラボ短編 『とある科学の無能力者』

 今回は那家乃ふゆい様作『とある科学の無能力者』とのコラボ話です。

 時系列的には大覇星祭の後ぐらい? いやまぁ、あちらの方はまだ大覇星祭始まったばっかなんですけど……こまけぇことは気にすんな!

 というわけで、ゴーグル君×無能力者。

 お楽しみください。


 っつーか、まさかの八千字ってどういうことなんだろう。

 何でコラボに限って最高字数を叩きだすのか……ッ!



 『スクール』と呼ばれる暗部組織がある。

 メルヘンチックな能力とチンピラホストみたいな容姿を持つ第二位の超能力者がリーダーを務めている暗部であり、正規構成員としてはキャバ嬢のような金髪少女やら頭に土星の輪のようなゴーグルを装着した怪しさ満点の黒白頭、それに戦闘中は常に駆動鎧を装備している無能力者なんてものまで存在する。一応はもう一人スナイパーが正規構成員なのだが、基本的に単独行動をとっているので、リーダーである垣根帝督以外はそのスナイパーの顔を見たことがない。もしかしたら劇画タッチのおっさんで裏社会では有名なスナイパーなのかもしれない。なんとかなんとかサーティーン、みたいな。

 さてさて。

 そんなイロモノ組織『スクール』のアジトでは、今日も仲良くスナイパー以外の正規構成員たちがのんびりと過ごしていた。仕事がないときは基本的に暇なので、彼らはこうして老夫婦もビックリなぐらいにのーんびりとした休日を過ごすことがやけに多かったりする。……別に闇社会でハブられているわけではない。

 赤ドレスの金髪少女は高級そうなソファに座って爪の手入れをしていて、いつもは駆動鎧を着ている無能力者は部屋の隅の方で携帯電話をぽちぽちやっている。

 そして、我らがリーダーとゴーグルはというと――

 

「抜ける俺なら抜ける俺なら抜けるデビルバッ〇ゴースト!」

 

「ハッ、甘ぇんだよ草壁! 俺のヨッ〇ーに常識は通用しねぇ!」

 

「にゃぁああああああああっ! なんでずっとマッハ状態なんだよコンチクショウがァアアアアアアアアアアアッ!」

 

 ――部屋のど真ん中にて携帯ゲーム機でフィーバーしていた。

 チンピラホスト風の少年と頭に土星の輪のようなゴーグルを装着した黒白頭の少年が携帯ゲーム機で盛り上がっているこの光景。何というか凄く異質なものだと思う。

 事の発端としては、ゴーグルの少年こと草壁流砂(くさかべりゅうさ)が「新作のゲーム買ったんスけど、誰かやるッスか? ……ま、垣根さんに負ける気はしねーッスけど」とドヤ顔向けながら言い放ち、

 

「上等だこの野郎。第二位の恐ろしさをその身に刻み込んでくれるわーっ!」

 

 ……と、子供の様な挑発に第二位こと垣根帝督(かきねていとく)がかるーく引っかかってしまった。

 ただ、それだけのことなのだ。

 いつも垣根に言い様にあしらわれている流砂としては「今日こそこの第二位を叩き潰す!」という下剋上精神での宣戦布告をしたわけなのだが……正直、垣根がこのゲームに命を懸けているとは夢にも思わなかった。というか何でこんなに上手いの? 闇の仕事とかサボって遊んでんじゃないの?

 そんな感じで上司の仕事ぶりに疑問を抱いている流砂だったが、そんなことを考えているだけでゲームの勝敗が逆転するわけでもなく、

 

「っしゃ! これで九十二勝零敗だバカヤロウ」

 

「バカなァあああああああああああああッ!」

 

 見事な負けっぷりを披露する羽目になってしまっていた。

 床に崩れ落ちて床をドンドン殴っている流砂を垣根は超絶的なドヤ顔で見下ろす。そんな二人を見て、部屋の隅の方にいた無能力者の少年はあからさまに頬をひくひくと引き攣らせている。俺、この組織に入って正解だったのかなぁ? ぐらいのコトは思っているのかもしれない。

 そんな無能力者の想いなど露知らずなゴーグル流砂は「はぁぁぁ」と大きな溜め息を吐き、

 

「だ、だが、俺がこの組織で一番弱いっつーハズがない! っつーわけで佐倉少年、次の相手はお前だコノヤロウ!」

 

「格下の相手ぶちのめしてそれでいいのか大能力者!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 八十八敗零勝。

 無能力者である元スキルアウトこと佐倉望(さくらのぞむ)に勝負を仕掛けた流砂の戦績は、そんな感じで小学生もビックリなぐらいな惨敗っぷりを披露してしまっていた。というか、頭を使うゲームで大能力者が負けるって何だ。

 さてさて。

 ゲームで勝負を仕掛けたくせに惨敗したゴーグル流砂くんは現在、第七学区のファミレスにいる。理由としては、ウィナー佐倉の「俺が勝ったんですからなんか奢ってくれてもいいですよね?」という悪魔の一言が主だろうか。無能力者に命令される大能力者ってどうなの? と思わないでもないが、とにかく「敗者は下僕」を現在進行形で達成するしかない流砂は渋々ファミレスへと移動したのだった。

 そんな訳でファミレスの隅の方の席を手に入れた流砂と佐倉。

 佐倉はメニュー表を拡げるなり店員さんを即行で呼び、

 

「このページに表記されてるデザート全部で」

 

「スト――――ップ! 流石にそれはおかしすぎやしませんかねぇ!? 確かに奢るとは言ったッスけど、流石にそこまでの多額な出費は予想外すぎるッスよ!? っつーかお前無能力者ならお金の大切さとか知ってるハズじゃね!?」

 

「かしこまりました」

 

「そして店員さんももー少し逡巡して! ――ってあぁあああああああ待って止まって注文拒否ぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 ニッコリ笑顔で去って行く店員さんに絶望を覚えながらも、「はぁぁぁぁ……ま、別にイイんスよ? 麦野に殺されちゃうなーとか思っちゃってるけど、別にイイんスよ? 悲しくなんてないんだからねーっ!」とブツクサ文句を言いながら流砂はテーブルに崩れ落ちる。

 ゴーグルをリュックサックに収納していることで黒白頭のただの少年と化している流砂に冷たい視線を向けていた佐倉だったが、何を思ったのかいきなり流砂に声をかけてきた。

 

「あの、ちょっといいですか草壁さん」

 

「なんスかこの敗者の草壁流砂くんに何か用でもあるんスか? あと、そのキモイ敬語は必要ねーッス。お前が敬語に慣れてねーせーかスゲー違和感バリバリなんで」

 

「……お前だって後輩口調だろうが」

 

「俺はこれが素なんスよ」

 

 で、なに? と流砂は首を傾げる。

 えっと……、と佐倉はあえて前置きし、

 

「超能力者と付き合うって、やっぱり大変だよな?」

 

「……………………………………………………惚気話ならそこの街頭でやってきてくれね?」

 

「違ぇよ! 別に惚気話とかそんなんじゃねぇし! 俺が言いてぇのは、そういうことじゃなくて――」

 

 そこまで言ったところで、佐倉の口から言葉が消えた。

 不思議に思った流砂が佐倉の顔を見上げてみると、彼は流砂の後方――つまりはファミレスの入り口の方を見て硬直してしまっていた。はて、何かいるんだろーか?

 そんなことを思いながら、流砂は後ろを振り返る。――そこには、常盤台中学の制服を着た茶髪の少女が立っていた。誰かと待ち合わせでもする気なのだろうか。その少女は一人で入店してきていて、どう考えてもこちらの方をロックオンしていた。

 御坂美琴(みさかみこと)

 第三位の超能力者であり、確かこの佐倉望と恋人関係にある少女ではなかったか。

 瞬間、流砂の口がにやぁと愉快そうに歪む。あの少女を使ってこの無能力者を弄れば、最近溜まりに溜まった鬱憤を発散できるのではないか、と思ったからだ。

 だが、流砂のそんな企みは予想もしない方法で撃ち破られることとなる。

 それの襲来は、凄く突然のものだった。

 最初に聞こえてきたのは、ゴッゴッという窓を叩く音だった。

 ギギギギギ……と流砂は窓の方へと首を回す。

 そこ、には――

 

『テメェ流砂。私の誘い断わっといて暢気に友達とランチタイムってかぁ?』

 

「俺の第四位がこんなに怖いはずがない!」

 

 第四位の超能力者。

 『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利(むぎのしずり)がニッコリ笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 修羅場、という言葉の恐ろしさは一般男性の予想を遥かに超える。

 第四位に出口をふさがれ第三位と無能力者を向かい側に座らせた草壁流砂はそんなことを思いながら、絶望一色の表情で頭を抱えていた。というか、さっきから震えが止まらない。何だろうコレ、何だろうコレ!

 だらだらだらと大量の汗を掻く流砂に腕を絡めながら、麦野は目の前にいる少女――第三位の超能力者に鋭い視線を発射しつつ、

 

「……なんでお前がこんなところにいるのよ」

 

「それはこっちのセリフよ。なんでアンタなんかとつるんでる奴が望と一緒に居るのよ」

 

 正直、激しく帰りたかった。

 麦野と御坂の本気の睨みあいのせいで、流砂の精神は順調にガリガリゴリゴリと削られてしまっている。佐倉は佐倉で御坂の横顔を凄いイイ笑顔で見つめているし、もう何が何だか分からない状況となっていた。というか、俺だけ超アウェー。

 流砂がそんなことを考えているなんて露知らずな麦野はぎゅむーっと流砂の腕に抱き着きながら、自分の豊満な胸を流砂の腕に押し付けながら、目の前の怨敵に言葉という名のナイフを投げつける。

 

「分かってないねぇ、第三位。流砂はそこの貧相なガキと違って包容力があってイケメンで面白いんだ。ボケれば全力でツッコんでくれるし私のためならどんなことでもしてくれる。そこら辺のガキと流砂を一緒にしてんじゃねえぞ!」

 

「ハッ! そっちこそ分かってないわね、第四位。望はいつも一生懸命で泥臭くてか弱くて可愛いの。私のツッコミを全力で受け止めてくれるし私のためなら何でもしてくれる。そこら辺の男と望を一緒にしてんじゃないわよ!」

 

『(一緒のこと言ってるって気づかないんだろうか、コイツラ……)』

 

 互いの思い人に腕を絡めながら言い合っている第三位と第四位に、流砂と佐倉は溜め息を吐きながらそんなことを思ってみる。

 だが、ここで彼らは気づくべきだった。彼女たちの言葉の対象はあくまでも自分たちなのであり、その言葉によって自分の精神が良い意味でも悪い意味でもガリガリゴリゴリと削られているということに。恋人に褒められて嬉しいというのは納得できるのだが、それ以上に周囲の視線を気にしろよお前ら。

 麦野は流砂の腕を胸で無意識に挟みながら、御坂は無意識に佐倉の腕に抱き着きながら、渾身の想いと叫びをぶつけ合う。

 

「よーっし分かった! それならどっちの恋人が強いか勝負させてみようじゃねえか! まーどう考えてもウチの流砂が圧勝だろうけどなぁ!」

 

「それはこっちのセリフよ! そんなモノクロテレビから出てきたような男に望が負けるわけないじゃない! いいわよ、その勝負乗ったぁ!」

 

『俺たちの意志とかそこら辺の事情ガン無視で決めんなバカ女!』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんなこんなで決闘なのであった。

 

「…………いや、別に俺はイイんスけど……手加減したほうがイイッスか?」

 

「駆動鎧なしで戦うのは完全にヤベェと思うが、まぁ大丈夫だろ。因みに、俺は本気でいかせてもらうぜ」

 

「はぁぁぁ……じゃ、少しのハンデとして、俺はゴーグル無しでやらせてもらいますよーっと」

 

 第七学区にあるとある河原にて。

 草壁流砂と佐倉望は青褪めた顔ながらに向かい合っていた。得物を必要としない流砂は気怠そうに黒白髪を掻いていて、逆に得物を必要とする佐倉は特殊警棒やらその他もろもろの武器の調子を確かめている。互いに『スクール』の構成員なので相手の実力は十分すぎるほどに分かっているのだが、それでもやっぱりこの勝負を諦めるわけにはいかなかった。

 その理由は簡単。

 河原の端の方で恋人たちが勝手に盛り上がっているからだ。

 

「負けるんじゃないわよ流砂ぁーっ! 負けたらブチコロシ確定ね☆」

 

「アンタの本気を見せてやんなさい望! 負けたらビリビリ確定なんだからね!」

 

 勝っても負けても結局どちらかは地獄に堕ちる気がする。

 元気いっぱいに殺人予告をしている第三位と第四位に、流砂と佐倉の顔が先ほどよりも遥かに青く染まる。そろそろ本気で病院に連れて行かないとまずいような色だ。顔の血液は果たして無事なのだろうか。

 さてさて。

 そんな訳で互いの準備を終えた大能力者と無能力者は、二十メートルほどの距離を空けた状態で向かい合う。勝負開始の合図が無いこの戦いにおいて、最初に動いた奴が勝つのか負けるのかは全くと言って良い程に分からない。――だが、彼らはその不明な可能性に全てを賭ける。

 最初に動いたのは、無能力者の佐倉望だった。

 特殊警棒を下段に構えながら、佐倉は勢いよく地面を蹴った。暗部で鍛え上げた脚力を駆使した走りによって、佐倉は二十メートルという距離を一気に詰める。

 

「おらぁっ!」

 

「おっ、とと。流石に速いッスね、佐倉少年! ――でも、俺にゃ物理攻撃は効かねーッスよ!」

 

 顔面に振り下ろされた特殊警棒を圧力の壁で無効化し、流砂は瞬時に佐倉の右腕を掴み上げる。暗部の仕事中ならここで体を爆発させてチェックメイトなのだが、今はあくまでも模擬戦闘。流石にこの場で殺してしまう訳にはいかない。

 故に、流砂は体勢を低くして佐倉の右腕を両手で掴み、

 

「大空への垂直飛行をお楽しみくださぁーい!」

 

「え、ちょっ――――のわぁああああああああああぁぁぁぁぁ……」

 

 佐倉望を思い切り真上に放り投げた。

 スペースシャトルもビックリな角度で天高く消えていく佐倉。あまりの速度で飛行機雲のようなものが出来上がっているのは気のせいか。とにかく、佐倉は凄まじい速度でその姿を小さくしていく。

 これで草壁流砂の圧倒的勝利。そもそも、物理攻撃主体の佐倉が物理防御最強の流砂に勝てるわけがないのだ。この勝敗は戦う前から決まっていたもので、観客も少しは予想していた展開だった。

 

 

 だが、佐倉望はその予想を予想外にも覆す。

 

 

 最初にその異変に気付いたのは、佐倉をブン投げた張本人、草壁流砂だった。

 流石に投げた以上はキャッチしなくてはならないと思った流砂はずっと真上を見上げていたのだが、いつまで経っても佐倉望が落ちてこない。もしかしたら風で煽られて遠くの方へと飛ばされてしまったのかもしれない。あの高さから落下したらどう考えても死亡エンドなので、流石にその結末は流砂としても御免こうむりたい。

 だが、その結末は幸運にも訪れなかった。

 代わりに、佐倉望はちゃんとした軌道で真っ直ぐと落下してきた。

 特殊警棒を(・・・・・)真下に向かって(・・・・・・・)構えながら(・・・・・)

 

「必殺! すごいラァアアアアアアアアアアアアンス!」

 

「いやいやそれどこぞの第七位の技名パクってるしどー考えても非常識だししかもなんでココぞとばかりに能力が発動しねーのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 直後。

 佐倉の特殊警棒が流砂の脳天に突き刺さり――――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局のところ、草壁流砂はギリギリのところで防御に成功した。

 能力の発動が遅れたので頭に激痛が走るのは避けられなかったが、それでもなんとか死亡を免れた流砂は般若フェイスで佐倉を拘束。渾身の連続パンチを鳩尾に叩き込んだのだった。

 もちろん、流砂の攻撃によって佐倉はダウン。無秩序な戦いは流砂の勝利で幕を下ろした。

 そんな訳で現在、佐倉と流砂は二人仲良く先ほどのファミレスに戻ってきていた。

 

「…………いやいやいや、意味分かんねぇし」

 

「しゃーねーだろ? 麦野と御坂は『本当の戦いはここからだっ!』とか言ってどっかに消えちまったし、俺たち自体は行くトコねーからこーしてセーブポイントに戻ってきたわけだし」

 

「え、なんなの? ファミレスってセーブポイントなの? 俺たちのセーブポイントって普通に考えてアジトなんじゃねぇの?」

 

「あそこはほら、魔王と幹部が住んでるッスし」

 

「俺たちが毎日のように通ってんのって魔王城だったのかよ! 何だよその勇者一行結局は何がしてぇんだよ!」

 

「うーん…………下剋上?」

 

「ピンポイントすぎてツッコみ辛ぇ!」

 

 飄々とした態度でボケまくる流砂に、佐倉は渾身のツッコミを入れる。

 ツッコミマシーンSAKURAに「あはは」と笑いを向け、流砂は予め頼んでおいたチョコレートケーキにフォークをブスブスと突き刺しながら、

 

「やぁーっと元気出たみてーッスね、佐倉。アジトにいるときはいつもぶすーっとしててつまらねーッスからねー。いやー、それが素みてーだから安心したッスよ」

 

「ッ……」

 

 へらへらとした態度での流砂の言葉に、佐倉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 確かに、佐倉は『スクール』のアジトにいるときは基本的にあまり喋らない。それは佐倉が暗部の仕事の重圧に押しつぶされそうになっているのが原因で、別に彼自体がローテンションな人間であるという訳ではない。

 だが、そこで佐倉は流砂に逆に問いたい。

 どうしてお前はそこまで飄々としてられるんだ? と。

 実際にその疑問をぶつけると、返ってきたのは予想外すぎる言葉だった。

 

「特に何も考えてねーからッスかねー」

 

「………………は? いや、あの、何も考えてねぇわけねぇだろ。人を殺す時とか、傷つける時とか、なんか負の感情に押し潰されそうになるはずだろ……?」

 

「いや別に」

 

「なっ――――」

 

 即答する流砂に佐倉の呼吸が一瞬だけ停止した。

 明らかに狼狽している佐倉にへらへらとした笑みを向けつつ、流砂は冷たい目で佐倉を見ながら言い放つ。

 

「油断とか躊躇とか、そーゆー負けフラグのせーで死亡フラグが乱立するのは勘弁ッスからね。故に、俺は仕事中は基本的に感情を押し殺してるんスよ。人を殺す時は、まー、蚊を叩き潰す時みてーな気持ち? っつーか、殺しの仕事の度に罪悪感と戦ってたらこの先――生き残れねーッスよ?」

 

「ッ!?」

 

 それは、端から分かっていたことだった。

 学園都市を闇から支える存在である暗部組織というものは、罪悪感に掻き立てられている余裕があるほど甘い世界ではない。事実、罪悪感としきりに戦っている佐倉は何度も死にかけた。垣根や流砂の存在が無かったら、今頃佐倉は焼却炉で燃えカスにされていたかもしれない。

 だが、佐倉は流砂の様に割り切れない。未だに表の世界に未練がある佐倉は、どうしても心の底から闇に染まることが出来ていない。

 甘いということは分かってる。優しいからだと言い訳するつもりはない。――そして、いつまでもこのままではダメだということも分かっている。

 佐倉は膝の上で両手を握り、項垂れる。どうすればいいのか分からない優しい無能力者は、自分のこれからの行いが分からない佐倉望は、全てに絶望するかのように項垂れる。

 そんな佐倉を見て、流砂は何故か笑顔を浮かべる。

 そんな佐倉を見て、流砂は何故か嬉しそうに笑う。

 そして流砂はフォークをくるくると顔の前で回しつつ、

 

「ま、別にイイんじゃねーの? 表の世界に未練残したまま必死に闇で抗ってりゃ、いつか報われるかもしれねーッスし。――でも、これだけは覚えておいた方がイイッスよ?」

 

「…………なにを、だよ」

 

「いやまーそこまで難しいコトじゃねーんで、先輩からの忠告とかアドバイス程度で捉えれくれりゃイイんスけど……」

 

 流砂はくるくると回していたフォークをピタッと停止させ、フォークの先を佐倉の顔に向ける。

 そして一瞬のうちに真剣な表情を作り上げ、

 

「死亡フラグと生還フラグを見極めろ。その一つのコトさえできりゃ、暗部でも結構長生きできるッス」

 

「……ご忠告感謝するぜ、センパイ」

 

「別にお礼とかイイッスよ。――まぁ、代わりにココの支払してもらうんで俺はここらでアデューグッバイまた来週ぅーっ!」

 

「庶民見捨てて富裕層が食い逃げしてんじゃねぇぶっ殺すぞ草壁流砂ぁあああああああああああああああああああああああッ!」

 

 闇の中で抗う無能力者は、闇の中で戦う大能力者とは相容れない。

 だが、彼ら二人には似通っているものが一つだけある。

 『一つの目標のために全力を尽くす』ことを躊躇わない。

 一人は死亡フラグを回避するために戦い、一人はとある少女を護るだけの力を得るために戦う。

 欠陥品ながらに戦う力を持っている少年と、臆病ながらに戦う力を持っていない少年。

 対照的で正反対な二人の少年は、この先どういう物語を紡いでいくのか。

 ――それは、誰にもわからない。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


 あ、あと、

 キャラクター人気投票は十月九日まで続いております。因みに、持ち票は七票で、その七票を好きなキャラに割り振る、という形式になっております。

 投票は活動報告で募集していますので、どしどし投票お願いします!

 第一位から第七位に選ばれて自分が主人公の短編をゲットするのは、果たしてどのキャラクターなのか!


 追伸。

 次の更新は多分、人気投票の結果発表ですかねぇ。


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人気投票結果発表

佐天「レディィィィィス・エーン・ジェントルメェェェェェェン! キャラクター人気投票結果発表の時間だよーっ!」

 

初春「さ、佐天さん!? どうしたんですかそんなバカみたいなハイテンションっぷりを披露して……ついに固有の『自分だけの現実』を手に入れちゃったんですかっ?」

 

佐天「ちっちっち。それは違うよワトソン君」

 

初春「初春です!」

 

佐天「まぁ、それはそれとして。約十日かけて行われたキャラクター人気投票の集計が、遂に終わったんだよ初春! いやー、あたしは何位なのかなー? 初春と違ってこの作品に登場したあたしは、一体何位なのかなー?」

 

初春「わ、私も一応は登場してますよ! 名前も一応ですけど出てきましたし!」

 

佐天「もうっ、本気にしないでよ可愛いなぁ。――ほれ、ぴらーん」

 

初春「ひっきゃぁあああああああっ! な、なにスカート捲ってんですか佐天さん! 風紀委員権限でしょっ引きますよ!?」

 

佐天「まぁまぁ、そう怒らないでよ初春。ほらほら、早く司会進行進めちゃって進めちゃって」

 

初春「そうやって面倒臭い仕事は私に押し付ける……っとと、気を取り直して」

 

佐天「まず最初に、作者の予想をはるかに上回る数の投票、ありがとうございます!」

 

初春「ログインユーザーおよび非ログインユーザーの合計は、まさかの八十人越え! 投票数ゼロで票を弄る、なんてことにならなくてほっとしている作者さんの表情が目に浮かぶようです!」

 

佐天「いやー、結構思い切ったイベントだったからねぇ。某とある魔術のイケメルヘンさんでの人気投票を見て以来、ずっとやりたかったらしいし。……ま、パクリだけど」

 

初春「佐天さん! 皆が心の中で思ってることをズバッと言っちゃダメです! 作者権限で消されちゃいますよ!?」

 

佐天「まーそんな身内ネタはさておき。とりあえず最初は、不幸にも一票も入らなかった敗残兵たちの発表をしたいと思いまーす!」

 

初春「話の前半は暗部の人たちしか出てなかったせいか、敗残兵の数がかなり多いのではないでしょうか。……とりあえず風紀委員サイド、ドンマイです」

 

佐天「そんなわけで、人気投票の敗残兵は――こちらの方々です!」

 

 

 インなんとかさん。

 ステイル=マグナム(?)

 宇宙もイケちゃう感じのねーちん。

 上条さんちの隣の金髪にゃーの義妹。

 違法ロリ教師。

 第六位疑惑のピアスくん。

 ジャージで巨乳の警備員。

 ヘタレ錬金術師。

 キャラが薄い巫女さん。

 幅広いキャラを持つ軍用クローン(×20000)

 天使をさくっと吸収しちゃう拘束服系美少女。

 カミやん夫妻。

 風紀委員ですの!

 アニメ二期では大活躍した常盤台の転入生。

 百合疑惑の水泳部コンビ。

 眼鏡で巨乳のおっとり系。

 ゴーレム使い。

 エリスちゃん(くん?)

 イギリスの古き悪き日本語使いさん。

 天草式の皆さん。

 オルソラ秋茄子。

 声がシャナの人。

 大小シスターコンビ。

 ういはるーん。

 美鈴ちゃん。

 オリアナの姉御。

 吹寄の姉御。

 リドヴィアの姉御。

 声がセル(またはアナゴさん)の人。

 らすとおーだー。

 優しくないけど甘い人。

 木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥン!

 猟犬部隊の皆さん。

 ピアス外したら美少女な前方さん。

 テッ/ラ。

 アックアの兄貴。

 世界を救えなかった右方さん。

 メンバーの皆さん。

 ブロックの皆さん。

 海原(本物)くん。

 エツァリくん。

 ショチトルちゃん。

 トチトリちゃん。

 テクパトルぅぅうううううううううう!

 砂皿の兄貴。

 イギリス王家の皆さん。

 騎士団長と言う名のおじさま。

 エイワスー。

 一方通行に殲滅された元傭兵の皆さん。

 人材派遣のお兄さん。

 レッサーちゃん。

 ランシスちゃん。

 フロリスちゃん。

 ベイロープ姐さん。

 ロシアに住んでいるみなさん。

 黒子ちゃんには絶対に会わせてはいけないロシア成教のあの人。

 新旧ローマ教皇。

 エリザリーナの姉貴。

 フランス出身の魔術師。

 魔神になれなかったヘタレ魔術師。

 人類最強のメイド。

 ショタコン疑惑のヴァルキリー。

 ビキニアーマーのヴァルキリー。

 色っぽいくノ一。

 HANZO。

 駒場りときゅん。

 雲川姉妹。

 土産売りの少女。

 田中君。

 人の話を聞かない美容師。

 バードイェイ! 姉妹。

 トールの兄貴。

 木原シリーズ。

 猫耳疑惑のサイボーグ。

 シルバークロォオオオオス!

 劇場版の下半身がエロい黒髪美少女。

 黒小人。

 シンデレラ!

 妖精に憧れる魔術師。

 ナチュラルセレクター参加者の皆さん。

 ミョルニィィィィル!

 不死身の食いしん坊。

 『大体』『にゃあ』が口癖の幼女。

 世界最強の多重超能力者。

 薬味ひさこん。

 名字がとあるとある系二次創作の主人公の名前と被っちゃった少女。

 ふーれいやぁ。

 ヨルムンガンド(アニメのタイトルじゃないよ!)

 冥界の女王。

 魔神痴少女オティヌスちゃん。

 

 

佐天「…………うわぁ。作者さん、はっちゃけてるなぁ。キャラの呼称が凄まじいことになっちゃってる……」

 

初春「うぅぅ。やっぱりゼロ票でした……ってぇっ、佐天さんの名前が無い!?」

 

佐天「よっしゃぁああああああああっ! まだ上位七名の希望はあるってことだね初春!」

 

初春「いや、流石にそれはないでしょうけど……」

 

佐天「というわけで、次は一票獲得――いうところの二十一位の発表でーす!」

 

 

 二十一位

 

 冥土帰し。

 土御門元春。

 佐天涙子。

 結標淡希。

 御坂美琴。

 佐倉望。

 ボルシチ。

 

 

佐天「…………………………」

 

初春「以上が二十一位に選ばれた皆さんです。いやー、残念でしたね佐天さん」

 

佐天「バカなァアアアアアアアアアッ!」

 

初春「叶う訳のない夢に縋っていた佐天さんは放っておくとして。それでは二十一位に選ばれた皆さんに感想を聞いてみましょう!」

 

冥土返し「本編には全く登場してないのに票が貰えるなんて、光栄だね?」

 

土御門「にゃー。ついにオレの格好良さが読者の皆さんに伝わったってことぜよ!」

 

結標「あら。未登場なのに票が貰えるなんて驚きだわ」

 

美琴「よかった……コラボ編で望のヒロインやってて良かった……ッ!」

 

佐倉「いやいやいや。俺、別作品のキャラなんだが? 何で票が入ってんだよ意味分かんねぇ」

 

ボルシチ「…………………………………」

 

初春「まさか某イケメルヘンさん小説でも票が入っていたボルシチさんが、この作品でも票を貰えるなんて……というか、ボルシチに負けた私ってなんなんですか……?」

 

佐天「いやまぁ、一票までが混沌とするのはお約束だからねぇ。佐倉さんに票が入ったのは、やっぱりコラボが原因みたいだね。他の人は、まぁ……原作補正?」

 

初春「というか、ほぼ全員が未登場キャラですよね」

 

佐天「というわけで、次は二十位の発表です!」

 

 

 二十位

 

 C級映画…2

 

 

佐天「すでに人ですらないィィィィィィ!」

 

初春「これについては作者も理解不能なそうです。やはり絹旗最愛の影響がここにも来ているんですかねぇ……」

 

佐天「こんなのに時間使ってる暇ないよ! 次! 次! 十九位の発表です!」

 

 

 十九位

 

 草壁琉歌…3

 

 

佐天「はい。と言う訳で十九位に選ばれたのは、この作品の裏主人公的存在、草壁琉歌さんでした! 因みに、名前の後ろについてる数字は獲得票数です」

 

琉歌「えっと、あの……番外編だけの出演なのに投票してくれて、ありがとーです。新約編ではもっと活躍できるよー、白良君と一緒に全力で頑張っていきてー所存です!」

 

初春「ゴーグルの人とは正反対に良い子ですね、琉歌さん……」

 

佐天「それじゃあ次、十八位!」

 

 

 十八位

 

 鳴護アリサ…6

 

 

初春「まさかの劇場版からのランクイン! 第十八位に選ばれたのは、劇場版のキーキャラクター、鳴護アリサさんでした! おめでとうございます!」

 

アリサ「私なんかに投票してくれてありがとう! これも上条君たちと一緒に頑張ったおかげだよね! というわけで、私の活躍について知りたい人は、今すぐお店に行ってブルーレイを購入だよ!」

 

佐天「劇場版の時からは予想もできないほどに腹黒い! ま、まさかこんなところにまで黒春の影響がきているなんてーっ!」

 

初春「誰が黒春ですか誰が!」

 

佐天「どんどんいくよーっ! 次は、十六位の紹介です!」

 

初春「無視しないでくださーい!」

 

 

 十六位

 

 上条当麻…7

 心理定規…7

 

 

佐天「…………大覇星祭編なんてなくなっちゃえばいいのに」

 

初春「右に同じです」

 

上条「いやいやいや! 俺、漫画版で登場したばっかだから! これから削板と一緒にビリビリに挑むって超盛り上がりのシーンの直前で止まってるから! こんなところで終われねえよ!」

 

心理「私はちゃんと顔まで登場したけど、その後の活躍はなさそうだし……潰してもいいんじゃないかしら?」

 

佐天「…………あなたの精神、操っちゃうゾ☆」

 

心理「それ私のセリフじゃないし!」

 

上条「でもまぁ、能力の区別的には同じだよな。どっちも精神系能力者だし」

 

心理「あんなビッチと私を一緒にしないでぇえええええええええええッ!」

 

初春「あー……どこへともなく去って行く。それじゃあ次、十四位の発表です!」

 

 

 十四位

 

 浜面仕上…11

 食蜂操祈…11

 

 

佐天「あなたの精神、操っちゃうゾ!」

 

食蜂「私のコメント前に仕掛けられた!? ちょ、ちょっとあなた、それは流石に酷すぎるんじゃない!? 私の会話力にかかれば、もっと面白くできるかもしれないのよぉ!?」

 

浜面「断言できないところが悲しいところだな」

 

食蜂「バニー好きの変態は黙ってなさい!」

 

浜面「その称号いつまで俺にくっついてくんだよ! もうバニーネタはいいだろ! そろそろ読者も『あ、浜面か。つーことは……バニー登場?』みてぇなこと思ってるに違いねぇんだって!」

 

初春「はいはーい。バニーの格好は彼女さんにでもしてもらって下さいねー」

 

佐天「それじゃあ次、十二位の発表です!」

 

 

 十二位

 

 アレイスター…12

 滝壺理后…12

 

 

佐天「この作品では絶対に頭爆発するぐらい悩んでるよね、と言う称号を思いのままにしている学園都市の統括理事長が遂にランクイン!」

 

アレイスター「ふふふ。私は別に悩んでなどいないさ。プランに取り返しのつかないぐらいの乱れが生じているが、私は別に気にしてはいない……ぐすっ」

 

佐天「メッチャ気にしてるじゃん。泣いちゃってるじゃん」

 

滝壺「……南南西から信号が来てる」

 

佐天「そっちは浜面さんがいる方向ですから。あなたが感じてるのは信号じゃなくて愛情ですから」

 

初春「何で上位に行けばいくほどキャラが濃くなるんでしょうか……ま、まぁ気を取り直して、次は十一位の発表です!」

 

 

 十一位

 

 シルフィ=アルトリア…19

 

 

佐天「シルフィちゃん可愛いシルフィちゃん可愛いフェブリを思い出しちゃぅうううううううううっ!」

 

シルフィ「……おねーさん、変態なの?」

 

佐天「クリティカルヒッツ!」

 

初春「まぁ、髪の色とか喋り方以外はフェブリちゃんそっくりですからねー。ゴスロリ着てるところとか、アホ毛があるところとか……」

 

シルフィ「……ゴーグルさん、どこ? ここで待ち合わせって言われた……」

 

佐天「ゴーグルさんはすぐに来るからねー。だからそれまであたしと遊」

 

初春「シルフィちゃん? 控え室に移動しようねー」

 

シルフィ「……うん。私良い子だから、そうする」

 

佐天「初春テメェエエエエエエエエッ!」

 

初春「佐天さんダメですよー? 小さい子を誑かしちゃ」

 

佐天「だってシルフィちゃん可愛いんだもん!」

 

初春「知りませんから。それでは次、第九位の発表です」

 

 

 九位

 

 一方通行…24

 ステファニー…24

 

 

初春「おぉーっと! ここでまさかのステファニーさんがまさかの九位! 残念! 七位以内には入れませんでしたー!」

 

ステファニー「べ、別に気にしてなんかないですからね!? あの登場回数で九位に入れただけマシじゃないですか!? そ、そう考えればこの順位も納得がい」

 

佐天「やーい。落ちぶれヒロイーン」

 

ステファニー「うわぁあああああああああああああああん!」

 

一方通行「煩ェ……なァそこの花瓶。もォ帰ってもいいかァ?」

 

初春「誰が花瓶ですか誰が! というか、帰っちゃダメです! 控え室で待機しておいてください! アホ毛ちゃんがあなたが来るのを待ってますから!」

 

一方通行「チッ。面倒臭ェ」

 

佐天「そうこう言いながらもちゃんと控え室に行ってあげる第一位さん、超ロリコンだよね」

 

初春「しっ! 聞こえたら殺されちゃいますよ!」

 

佐天「だいじょぶだいじょーぶ。そんじゃ次、八位の発表でーす」

 

 

 八位

 

 月日陽気…31

 

 

月日「よっしゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

初春「自分が主役の短編を書かずに済んだ喜びがフルスロットル!?」

 

佐天「ていうか、作者なのに八位ってどういうこと? この作品の読者はやっぱりおかしいって!」

 

月日「集計してる時ほど神経すり減らした瞬間は無かった……ッ! いやホント、ギリギリセーッッフ!」

 

佐天「跳ねまわって飛び回って全力で喜んでるね、作者さん……」

 

初春「さて、これで八位までの発表が終了しました! 次からはお待ちかね、七位から一位、までの発表です!」

 

佐天「ここから先はシリアスに行くから、私たちはだんまりだね!」

 

初春「というわけで、上位七名に選ばれたキャラクターたちは、この方々です!」

 

 

 ゴーグル君の死亡フラグ回避目録。

 キャラクター人気投票。

 

 

 

 第七位 投票数35票

 

 

 

 ――っあーっ! なーんで実験材料に逃げられた挙句に草壁流砂なんつー小物の駆除までせにゃならねえんだよー!

 

 ――そんじゃま、ぱぱーっと世界を救うためにちょろーっと頑張るとしますかねえ。

 

 ――ボクの名前は木原利分! 世界を救うために科学の発展に貢献してる、しがないマッドサイエンティストさ!

 

 ――オマエと関わると碌な目に遭わねえからだよ。この歩くストレッサー。

 

 

 世界を救うために暗躍する『木原』一族の女。

 流砂のライバルとして登場した、格闘戦最強の科学者。

 

 

 『木原利分』

 

 

 

 

 第六位 投票数39票

 

 

 ――すごいパーンチ!

 

 ――すいません! お腹が空きました!

 

 ――んっふっふーん。それはお前の根性の利いた作戦がよかったんだ! しかーし! 今はそんなことなどどうでもいい! 今ここで論議するべきなのは、作戦の成功についてではなく、オレの根性が体内から漏れ出てしまうぐらいに満ち溢れているということだーっ!

 

 

 微妙な強さのナンバーセブン。

 いつのまにか流砂の友達になっていた最強の根性バカ。

 

 

 『削板軍覇』

 

 

 

 

 第五位 投票数45票

 

 

 ――どこで油売ってんだくそゴーグル野郎! テメェがいないせいで俺一人で仕事する羽目になってんだよ! この借りは今度十倍にして返してやるからな覚悟しとけよクソ野郎!

 

 ――ハッ、甘ぇんだよ草壁! 俺のヨッ〇ーに常識は通用しねぇ!

 

 ――『スクール』の反逆を祝うパーティ会場はここで間違いねえのか?

 

 ――俺の『未元物質』にこの世界の常識は通用しねぇ。

 

 

 原作における最強のネタキャラ。

 与えられた称号は数知れずな第二位。

 

 

 『垣根帝督』

 

 

 

 

 第四位 投票数55票

 

 

 ――ビビってないッス! これが超普通の状態ッス!

 

 ――俺は『スクール』の正規構成員だ。今まで黙ってて悪かったな、麦野。

 

 ――愛してるッスよ、沈利。絶対に再会しよーぜ。

 

 ――パワーアップ、っつーヤツッスよ。

 

 

 原作では呆気なく死亡した『スクール』の正規構成員に憑依した主人公。

 全てのフラグを立てる割には恋愛フラグを乱立させるモノクロ建築士。

 

 

 『草壁流砂』

 

 

 

 

 第三位 投票数72票

 

 

 ――問答無用でフリーフォール。

 

 ――それに比例する形で私の写真も入ってんだよぉおおおおおおおおおッ!

 

 ――告白なんかしなくても分かってるわよ。お前が私だけを愛していて、お前は私以外の女から愛されちゃいけないってことぐらい。お前の愛は私だけのもので、私の愛はお前だけのものなんだ。前も言っただろ? 私はお前を――殺してやりたいぐらいに愛してる、ってさぁ。

 

 ――ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね☆

 

 

 本作におけるメインヒロイン。

 原作以上にヤンデレ化してしまった我らが第四位。

 

 

 『麦野沈利』

 

 

 

 

 第二位 投票数98票

 

 

 ――む、むむむむむ麦野がホテルに男を連れ込んだァ!?

 

 ――結局、この中で一番役に立つのは私だけって訳よ!

 

 ――な、何でそこで草壁の名前が出てくるの!? 意味分かんない!

 

 ――結局、このフレンダ=セイヴェルンがいないと草壁たちは本領発揮できないって訳よ!

 

 

 原作では無残にも死亡した不憫系ヒロイン。

 読者の想いが通じたのか、本作では実は生きていた生還フラグ建築士。

 

 

 『フレンダ=セイヴェルン』

 

 

 

 

 そして。

 人気投票のトップ、第一位。

 投票数158票。

 圧倒的すぎてドン引きしてしまうほどの人気度。

 

 

 ――麦野とモノクロ頭が移動を超開始しました。私達もこの距離を保ったまま尾行を超続けましょう。

 

 ――暗部同士なのですから、もっと近しい感じでいきましょうじゃないですか。

 

 ――あなたがこンなところで後悔することには超なンの意味もありませン! これからあなたがするべきコトは、後悔する事なンかじゃない。――歯ァ食い縛って立ち上がって、麦野に全力で謝罪するコトなンですよ!

 

 ――大事ですよ、超大事ですよ! 弱いくせにいつも一生懸命頑張って泥塗れになって、それでも私たちを笑わせるためにいつも飄々ォとしてるこの草壁流砂は、私にとって超世界で一番大事な人なンです!

 

 ――その恋人関係を終わらせるために超尽力することの何が悪いんですか!

 

 ――ここに超いるじゃないですか。愛してるぜ、ベイベー☆

 

 

 メインヒロインと主人公を退けてのランクイン。

 準ヒロインとしてどのキャラよりも――メインヒロインの麦野よりも流砂の傍にいた純情少女。

 この少女こそが今の流砂を作り上げたと言っても過言ではない。

 暗部組織『アイテム』の正規構成員。

 暗闇の五月計画によって作り出された怪力少女。

 

 

 『絹旗最愛』

 

 

 

 

 

佐天「というわけで、トップ7の発表でしたー」

 

初春「短編は彼らを主人公として描かれますので、お楽しみに!」

 

利分「ふーん? まぁ、ボクが選ばれるのは当然だよな。なんといったってボクは、世界を救う科学者なんだからなぁ!」

 

軍覇「根性の篭った投票が染み渡るぜ! みんな、ありがとな!」

 

垣根「ついに俺にも運が回って来たってことか? イケメルヘンやら冷蔵庫やら工場長やらカブトムシやらバレーボールやら……いろんなネタで弄られてきた俺だが、落ちた俺の威厳をこの記念短編で取り戻してみせる!」

 

流砂「俺主人公なんスけど……ま、まー、無事にランクインできてよかったッスよ。……まー正直言うと、一位に選ばれたかったなー」

 

麦野「流砂の隣ってところが最高だねぇ! 一位とか二位とかどうでもいいけど、やっぱり流砂の隣に相応しいのはこの私、麦野沈利しかいねえんだよ!」

 

フレンダ「やったぁーっ! 不憫キャラから一気に二位って訳よ! みんな、ありがとう! 私は新約編でもビシバシ活躍しちゃうからね! 結局、裏ヒロインは私って訳よ!」

 

絹旗「くふふっ。ついに私の魅力が皆さんに超伝わったってことですかね? この勢いに乗っかって……超草壁ぇー、超愛してますー!」

 

流砂「のわぁっ! ちょ、オイ絹旗! いきなり抱きついてくんなっつーかそんなこと今この場でしちまったら沈利が……」

 

麦野「流砂ぁ? …………――ブチコロシ確定だ表出ろバカ共がぁ!」

 

流砂「こーなっちまうんスよねぇえええええええええええええええッ!?」

 

絹旗「ああんっ☆ 私と一緒に愛の超逃避行に出発しましょう!」

 

流砂「お前ちょっと黙ってろ!」

 

佐天「…………相変わらず濃いなー、この作品のメインキャラ」

 

初春「わ、私たちも埋もれないように頑張りましょう!」

 

佐天「それは結構大変かもね……んじゃまとりあえず、人気投票の結果発表はこれにて終了です!」

 

初春「記念短編は作者の時間が空き次第、バンバン書いてバンバン投稿する予定ですので、毎日のように更新をチェックしておいた方がイイかもです!」

 

佐天「それじゃあ、このイベントはここら辺で幕引きと言うことで!」

 

佐&初『ありがとうございましたーっ!』

 

 




 たくさんの投票、本当にありがとうございます!

 『ゴーグル君の死亡フラグ回避目録』、今後ともよろしくお願いします!


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人気第七位 木原利分の不運

 というわけで、人気投票第七位の木原利分の短編です。

 今回は原作SS2のように少し短めになってしまいました。

 ですがまぁ、記念短編一発目と言うことでギャグ一色で行きたいと思います。

 それでは、お楽しみください。



 木原利分という科学者がいる。

 世界を救うためにとある原石の少女を捕えて研究に没頭していた利分は、一瞬の隙を突かれてその少女に脱走された。予想はしてたが対処はしていなかった利分は、歯噛みしながらも全力でその少女を捕獲するための行動をとった。全ては世界を救うために。利分は少女を付け狙った。

 だが、利分の目論みはとある大能力者の少年によって中断されてしまった。あえて正確に言うならば、その少年の仲間の手によって利分の目論みは中断されてしまった。言っておくが、利分はその少年に敗北したわけではない。ただ、純粋に引き分けただけだ。

 そして、利分はオッレルスと名乗る魔術師に拾われた。右方のフィアンマとかいうオマケが一緒だったが、そこは深く考えないようにした。元黒幕は元黒幕同士、互いを嫌悪し合っていればいいと思ったからだ。

 そんな訳で、魔神になれなかった魔術師ことオッレルスの仲間となった木原利分は――

 

「ぐおおぉぉぉぉぉ……ちょ、しるびっ、シルビア! この重さは流石に無理だって! ボクの美しい両腕が千切れちまうって!」

 

「はいはーい。泣き言は後でたくさん聞いてあげるから、とりあえずはその岩をどっかの森にでも捨ててきなー。居候は居候らしくキビキビ働きなさい」

 

「こんの……腐れババアがァあああああああああああああッ!」

 

 ――使い勝手のいい労働力としてこき使われていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「殺す殺す殺す殺す。あのメイド野郎、隙見つけたら絶対殺す……ッ!」

 

 高さだけでも五メートルはあったであろう大岩を近所の森にまで運ばされた利分は、自室として与えられている狭い部屋のベッドの上で怒りに打ち震えていた。

 二日ほど前に利分とフィアンマが起こした喧嘩によって出現してしまった大岩なのだから利分が撤去するのは当然なのだが、利分がイラついているのは別にそんな小さなことではない。というか、扱き使われることは慣れっこなので別にどうでもいいのだ。……いや、イラつくのはイラつくのだが、そこはまぁ少し諦め状態なので考えないようにする。

 利分の怒りの約九割を占めているのは、彼女と同じ立場である居候だ。

 右方のフィアンマ。

 かつて第三次世界大戦の中心人物であった、神の右席のリーダーである魔術師。今はまぁ、利分のストレスの要因の一つと化しているなんだか可哀想な青年だったりする。

 利分は赤のパーカーを脱ぎ、ベッドの傍の箪笥から救急箱を取り出す。彼女の目的はただ一つ。大岩を運んだことによって痛めた腰に湿布を貼ることだ。

 慣れた手つきで湿布を取り出し、無駄な脂肪なんてどこにもない腰に湿布を丁寧に貼っていく。

 

「くぅっ……なんでボクがこんな目に遭わなくちゃならねえんだ……とりあえず後でフィアンマ殴る。アイツの顔面ボコボコにするまでボクの怒りはフルスロットルだーっ!」

 

 その直後だった。

 利分の部屋の扉が、ノックも無しに開け放たれたのは。

 

「おい、利分。俺様の本がどこにあるのか知らな――」

 

 そんな何気ない言葉を並べながら入室してきたのは、件の可哀想な魔術師こと右方のフィアンマ。とある偉大な魔術師によって右腕を切り落とされている隻腕の魔術師は、利分の許可をもらうことも無く無断で勝手に入室してきていた。

 そして、そんなフィアンマの目の前には、半裸で腰に湿布を貼っている体勢で凍り付いている利分の姿が。大きな胸を覆っている可愛らしい柄の下着と黒のスラックスが異様な色気を醸し出している。

 硬直する灼髪の青年と凍りつく金髪の少女。

 まるで漫画かライトノベルのようなワンシーンをリアルタイムで体験してしまっている元黒幕コンビは、目をパチパチと何度も瞬きさせながらこの状況を打破する一手を待ち続ける。

 最初に動いたのはフィアンマだった。

 彼は左手でこめかみをポリポリと掻きながら、

 

「…………お前、意外と子供っぽい趣味をしているんだな」

 

「ッ!」

 

 直後。

 顔を真っ赤に染めた利分の渾身の暴力がフィアンマに襲い掛かる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 フィアンマを純粋な暴力オンリーでボロ雑巾へと変貌させた利分は、所変わって浴槽で一息ついていた。せっかく湿布を貼ったのにもったいない、とか思われてしまうかもしれないが、先ほどの怒りを鎮めるにはやはり風呂がイイのだ。湿布はもう一度貼り直せばいいし、風呂のお湯に温泉の素を入れれば腰の傷の療養にもなる。一石二鳥とはまさにこのことを言うのだろう。

 水色(ハワイアンブルーの素によってつくられた色。もはや温泉関係ないし)に染まったお湯を手桶で身体に掛けながら、利分は「はぁぁ」と溜め息を吐く。

 

「何でアイツはいつもいつもいつもノックしねえんだろうか……いやまぁ、別にアイツに半裸見られて恥ずかしいとかそう言う訳じゃねえんだけど……ぶくぶくぶく」

 

 お湯に口の上まで浸かりながらぶくぶく鳴らす利分さん。強がりみたいな言葉を並べているようだが、そんな彼女の頬は赤く染まってしまっている。風呂に入っているせいだろうか?

 「チッ。まぁいいや。とりあえずもう一度フィアンマの顔面でも殴ってストレス発散しよーっと」年頃の女性にしてはかなりバイオレンスなことを言いながら、利分は浴槽から出て浴室の扉を開ける。もわぁっとしている空気から少しだけ冷たい空気へとシフトチェンジしたせいか、利分の肌には無数の鳥肌が立っていた。

 とりあえずは風邪を引かないために迅速に水分を拭き取ってドライヤーで髪を乾かそう。利分はぺたーっと顔に張り付いた金髪を指で掻き上げながら、自分の体調管理のための行動を即座に思考する。

 と。

 

 

 コンコン、と脱衣所の扉が鳴った。

 

 

 突然すぎるノックに利分は思わず動きを止める。というか、この家の住人の中で脱衣所に入る際にわざわざノックする奴なんていない。……ということは、さっき体に痛みと共にノックの大切さを叩き込まれたフィアンマの線が濃厚か。いやはや、やはり本気の暴力は相当堪えたらしい。

 とりあえずは返事をして脱衣所には入れないことを教えなくては。そう思った利分は口を開いて声を出そ――

 

 ガラララ、と脱衣所の扉が開け放たれた。

 

 ――うとするまでも無かった。

 開け放たれた扉の向こうでは、顔中に絆創膏やら包帯を巻いている化物状態の青年が不機嫌そうな表情で立っていた。おそらくだが、先ほどの暴力行為について異議を申し立てに来たのだろう。別にそれはいつものことなので問題ない。――だが、問題はそれ以前のところにある。

 現在、利分は脱衣所に設置してある洗濯機の上に置いてある籠の中からタオルを取ろうとしている真っ最中だ。もちろん、彼女の身体はノーガード。俗に云うすっぽんぽん状態だ。更に悪いことに、異性には絶対に見られてはいけないであろう胸の先やら太腿の間までもが見事に露出されてしまっている。

 ピシッと空気が凍りつく音がした。

 それと同時に、利分の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。というか、顔どころか体までもが真っ赤になってしまっていた。まるで乙女のように真っ赤になってしまっている利分をとあるゴーグルの少年が見たとしたら、『…………誰!?』と青褪めることだろう。

 だが、今はそんなことなんてどうでもいい。

 「あ、あはは……」利分は乾いた笑いを零しながら右手をアツく握り締め、

 

「殺す!」

 

「待て待てそれはおかしい理不尽だしかも俺様はちゃんとノックしたはずなのだが!?」

 

 結局、その日が終わるまで、木原利分はフィアンマの顔をまともに直視できなかった。

 




 次回は人気投票第六位、削板軍覇の記念短編です。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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人気第六位 削板軍覇の死闘

 というわけで、人気投票第六位、削板軍覇の短編です。

 短編を書く時は何故かSS2みたいな感じで一話が少なくなる……もはやこれは病気じゃね?

 そんな感じで相変わらず短めな記念短編ですが、内容は濃いと思いますのでお楽しみください。



 十月十八日、午後二時四十三分。

 世界では第三次世界大戦とか騒がれてるけど実際問題僕達にはあまり関係なくね? とかいう平和ボケした日本人特有の結論を出しながら第七学区をブラブラしていた原谷矢文(はらたにやぶみ)は、学園都市の闇が生んだ都市型モンスターにとあるファミレスへと連れ込まれていた。まさに驚天動地な大ピンチ。とりあえず知り合いだから良かったものの、これが三月あたりに遭遇したガラの悪い兄ちゃんたち(スキルアウト)だったら凄くヤバいことになっていたと思う。とりあえず有り金全部とおサイフケータイ辺りは奪われてしまっていたはずだ。

 そんな訳で暇じゃないのに確保されてしまった憐れな脇役こと原谷は近くを通りかかったウェイトレスに明太子パスタを注文し、

 

「あの、一体何の用ですか横須賀さん? これでも僕、結構忙しいんですけど……」

 

「いや、それについては申し訳ないと思っている。だが、これは貴様にしか頼めないことなんだ。スキルアウトの仲間とかナンバーセブンとかではなく、原谷矢文、貴様にしか頼めないことなんだ」

 

 いつも自分に絡んでくる横須賀からは到底想像もできないような態度に、原谷は大量の疑問符を浮かべる。とりあえずこの内臓潰しことモツ鍋さんが自分に頼みごとをすること自体がイレギュラーだというのに、更に自分にしか頼めないことだと言ってきている。

 何だ何だこれは明日戦争でも終わるのか? と顔を引き攣らせている原谷の顔を見ることなく俯きがちな横須賀はテーブルの上で頭を抱えながら、

 

「どうしたらナンバーセブンに勝てると思う?」

 

「無理です」

 

 まさかの即答だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で。

 

「勝負だ! 俺と勝負しろナンバーセブン!」

 

「フッ。根性の利いたイイ宣戦布告じゃねえか、モツ鍋。よーっし分かった。その勝負、この削板軍覇が受けて立つ!」

 

 もはや学園都市の名所となってきている第七学区のとある河原で、モツ鍋さんとナンバーセブンは相変わらずの暑苦しさ全開で向かい合っていた。……もちろん、原谷は勝敗見届け人として連れてこられている。今日は厄日だなぁ、と小市民・原谷矢文は大きな溜め息を吐くことを忘れない。

 そんな原谷の心境なんて知る由もない横須賀は全身の筋肉を大きく脈動させながら、

 

「今日こそは貴様に必殺技を使わせてみせる! 貴様の全力を打ち破ることが出来れば、俺は最強の無能力者として名を轟かせることがで」

 

「すみませんボーっとしてました!」

 

「ちょ、もーっ! いつも言ってるけど人の話は最後まで聞けって! あの、えと、どこまで話したっけ? ……ああそうだ。貴様の全力を打ち破ることが出来れば、俺は最強の無能力者として名を轟かせることがで」

 

「すごいパーンチ」

 

「だから人の話は最後まで聞けっつって――効かぬわぁっ!」

 

 削板のコブシから放たれた不可視の攻撃を丸太のような腕で殴り落とすモツ鍋さん。どう考えても普通の無能力者の領域から逸脱してしまっている行為だが、それでも彼は更なる強みを目指しているらしい。全てはこのふざけたナンバーセブンに勝つために。ただそれだけのために、横須賀は強さだけを追い求める。

 すごいパンチを迎撃した横須賀は体勢を低くし、そのまま勢いよく大地を蹴る。

 彼の目的はただ一つ。先手必勝一撃必殺だ。

 

「毎日のようにトレーニングジムに通い詰めることで鍛え上げられた俺の攻撃に貴様は耐えられるかな!?」

 

 そんなことしてる暇あったらバイトするとか学校行くとかして社会のために役立ってくださいよ、と原谷は思わなくはないのだが、相変わらずラスボス臭丸出しの横須賀には届かない。

 巨体を素早く動かして削板に向かって突撃していくモツ鍋さん。電柱ぐらいなら簡単に握りつぶしてしまいそうな巨大な拳を思い切り振りかぶり、全身の筋肉を駆動させて渾身の一撃をくらわせる。

 あまりの速さに空気が裂ける音がした。人の腕とはとても思えないほどの速さと威力で放たれた渾身の鉄拳は、まるで大砲かタンクローリーのように削板の身体に襲い掛かる。

 だが、どんなにふざけた奴だとしても、削板は学園都市に七人しかいない超能力者だ。

 一人で国一つと戦えるような化物ぞろいの末端に位置する彼だが、その実力は世界中の研究機関が匙を投げるほど未知数で解析不能。かの魔神になれなかった男・オッレルスですら一撃では倒せなかった世界最大の原石。――それが、削板軍覇という、世界で一番根性をこよなく愛するアツいヲトコだ。

 凄まじい速度で襲いくる鉄拳に、削板は優しく触れる。

 そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべ――

 

「すごいプーッシュ!」

 

「ぬぁにぃっ!? ――――ビブルチッ!」

 

 ――モツ鍋さんを勢いよく地面に叩き付けた。

 ゴッシャァアアアアアアアッ! というまるでダンプカーが高層ビルにツッコんだ時のような轟音と共に地面に熱いキスをかますモツ鍋さん。拳を叩かれたはずなのになんで彼の顔面が地面と接触してしまっているのかは甚だ疑問に思うところだが、そこは削板クオリティの為せる業と言うことで納得するしかないだろう。もしくは根性の為せる業か。

 トレーニングジムに通い詰めることで生まれた戦闘マシーンを文字通り片手であしらったナンバーセブンに、小市民・原谷矢文は過去最大に青褪める。横須賀と削板の決闘をこれまで何回も見てきた原谷だが、流石に今回は圧倒的すぎた。どういう原理であの威力の攻撃を止めたのか、とか、何で拳を叩いたのに顔面から落ちるのか、とかいう疑問なんてどうでもよくなるぐらいに、今回の削板は強すぎた。

 だが、ここでダウンしないのが我らがチャレンジャーモツ鍋さん。

 彼はふらふらとしながらも身体に鞭を打つことでギリギリながらに立ち上がり、

 

「くっ。さ、流石は俺の好敵手だ。どれだけ踏ん張っても攻撃一つ当てられないなんてな……」

 

 戦う以前の問題として、すでに彼の両脚は生まれたての小鹿のようにガクガクと震えてしまっている。三月に初めて闘ったときは立ち上がることも叶わないぐらいに追い込まれてしまっていたので、これはこれでかなりの成長を遂げていると言えるのかもしれない。……まぁ、それでも負けは負けなのだが。

 己の実力を思い知らされた横須賀は「ふっ」ととても悪党とは思えないほどに純粋な笑みを浮かべる。毎回毎回負ける度にしてますよねその純粋スマイル、と原谷は冷静なツッコミを放つが、勝手に盛り上がっているバカ二人には届かない。というか、本当になんで僕ここに居るんだろう。戦闘にも根性にも何も関係ないというのに。

 いやまぁそれでも腐れ縁と言うのはどこまでもついて来るモノなので、原谷は諦めムードで二人を見守ることにした。まぁ、見てて飽きるような二人じゃないし、あれでも僕のことを友達と思ってくれてるみたいだから無碍にはできないよなぁ。――みたいなことを思いつつ。

 永遠の解説キャラ・原谷が悟りのようなものを開く中、今にも倒れそうな横須賀はぷるぷると震えながらも両手をぐっと顔の前まで上げ――下手くそなファイティングポーズをとった。

 そして彼はキラリと光る白い歯を見せながら、

 

「これは貴様にずっと言っていることなんだが……せめて、最後の一撃ぐらいはまともな必殺技で絞めてくれ。すごいパンチとかすごいアタックとか、すごいプッシュとかそんな感じのギャグ的攻撃じゃなくて――散り際に相応しいような、格好いい正真正銘の一撃を喰らわせてくれ」

 

 これまで幾度となく拳を交えてきたライバルの言葉に、削板は静かに頷いた。

 彼はゆっくりと拳を握り、

 

「すごいパーンチ」

 

「だから初心に戻る意味が分からねえっつってんだよビブルチッ!?」

 

 今日もモツ鍋さんはナンバーセブンのふざけた攻撃を受け続けるのだった。

 




 次回は人気投票第五位、垣根帝督の記念短編です。

 次こそは五千字を越えたいなぁ……。

 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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人気第五位 垣根帝督の憂鬱

 というわけで、人気投票第五位の垣根さんの記念短編です。

 今回はちょっとだけシリアス気味、かなぁ?



 垣根帝督(かきねていとく)、という少年がいる。

 学園都市に七人しかいない超能力者の第二位であり、学園都市最機密暗部組織『スクール』のリーダーも務めている、表でも裏でも相当に名の知れた少年だ。

 そんな有名人・垣根には、その整いすぎた容姿やら純粋な子供のようなメルヘンチックな能力のせいで不名誉としか言えないような渾名が凄まじい数与えられている。一応は『スクール』内でも『イケメルヘン』とか呼ばれているのだが、そんな悲しい事実など垣根は知る由もない。

 さてさて。

 そんな訳で今日も『スクール』の仕事を余裕で終えた垣根は、第七学区のとある病院へとやってきていた。『冥土帰し(ヘブンキャンセラー)』とかいうカエル顔の名医が院長を務めているその病院は、学園都市で最も有名な病院でもあるのだが、それについてはまたの機会にしよう。

 フロントで受付を終えた垣根はエレベーターを経由して病院の三階へと移動。『ホストというよりもチンピラだよね?』的な視覚印象を与える格好をしている垣根の手には、これまた彼には絶対に似合わないようなバスケット(果物がより取り見取り)が提げられている。

 三階へとたどり着いた垣根は仲睦まじく会話しているツンツン頭の少年と銀髪シスターの横を通り抜け、奥へ奥へと進んでいく。なんだか巫女服が似合いそうな少女やらどこぞの第三位の軍用クローンと思われる複数の少女達の姿が見えたが、それら全てを無視して垣根は奥へ奥へと進んでいく。

 そして病院の主要エリアから最も離れたところにある病室の前までたどり着いたところで勢いよく扉を開け放ち、

 

「おーっす。今日もこのイケメンで最強な第二位サマが来てやったぜ感謝しろ」

 

「予想通りのナルシスト発言乙! このイケメルヘンが!」

 

 意外過ぎる罵詈雑言を浴びせかけられた。

 一人用にしてはなかなかの広さを誇る個室の壁に隣接する形で設置されているベッドの上では、長い茶髪と切れ長の目が特徴の十五歳ぐらいの少女が上半身だけを起こして垣根の方を「むーっ」と睨みつけてきていた。下半身は布団の下なのでよく分からないが、健康的に伸びている両腕と豊満な胸がその少女のスタイルの良さを顕著に表している。相変わらずエロい身体してんなぁ、と垣根は小さく口笛を吹く。

 ベッドの傍の棚の上にバスケットを置きながら、垣根は気怠そうな態度で言う。

 

「ったく……忙しい中来てやってんのに何だよその言い草は。今の時代、ツンデレなんて流行んねぇぞ?」

 

「誰がツンデレだ誰が! 私は普通に純朴純粋な女の子だ!」

 

「自分で純朴純粋とか言う女が本当に純朴純粋なわけねぇだろうが。無駄にエロい身体してるくせに意味不明なこと言ってんじゃねぇよ」

 

「ホントにお前は何なんだ!? 私を見舞いに来たのか!? それとも単純に暇潰しのために来たのか!?」

 

「さぁな。ただ、これだけは言わせてもらう。――俺に常識は通用しねぇ!」

 

「それただの無法者って意味だからぁああああああああああああああああああああッ!」

 

 キリッと決め顔で言い放つ垣根に少女の絶叫ツッコミが炸裂する。

 そして「げほっ! ごほごほごほっ!」と盛大に咳き込む少女に苦笑を浮かべながら、垣根はベッドの傍にある椅子へと腰を下ろし、

 

「まだ本調子じゃねぇんだから、そんなに興奮してんじゃねぇよ。治るもんも治らなくなっちまうぞ?」

 

「げほっ! おぇ……だ、誰のせいと思ってるんだ、誰の……」

 

「あ? お前自身のせいだろ? なに責任転嫁しようとしてんの?」

 

「…………………はぁぁぁぁ」

 

 相も変わらず自分勝手で自分至上主義な垣根に、少女は顔に影を落としながら彼から目を逸らして溜め息を吐く。一瞬だけ彼女の頭上に雨雲が見えた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 そしてその後、垣根がリンゴの皮を剥いて少女に「あーん」したり、少女と垣根が『どこぞの配管工を主としたゲームキャラクターたちが車に乗ってエキサイトするレーシングゲーム』で盛り上がったり、といった何気ない平凡な時間を過ごした――そんな後。

 垣根はベッドの淵に腰を下ろし、

 

「……で、あとどれぐらいで退院できるんだ?」

 

「うーん、そうだなぁ……先生の話じゃ、あと一週間ぐらいで退院許可は出せる、って事らしかったが……」

 

 実のところ、この少女の身体は『体晶』と呼ばれる得体の知れない薬物によって酷く蝕まれている。

 二年ほど前に暗部の仕事で垣根が潰した研究所に、この少女は監禁されていた。一糸纏わぬ状態で、身体には無数の痣や傷。スタイルの良さが災いしてか、強姦された跡なども見て取れた。

 いつもの垣根だったら、飄々とした態度で心理定規に面倒事として押し付けるだろう。――だが、その時の垣根は何故かその少女を自分から率先して助けてしまった。下心だとかそういう類の理由ではなく、説明不可能な――今でもよく分からない理由によって。

 少女の身体が『体晶』によってボロボロの状態になっていることを知ったのは、この病院に彼女を入院させてからだ。カエル顔の医者に呼び出され、別に保護者でもないのに無駄に詳しい説明をされてしまったのは記憶に何故か残っている。

 「なんで俺にそんな説明すんだよ」という垣根の問いに対し、カエル顔の医者が返したのは――

 

『彼女にはどうやら身寄りがいないらしいからね? 僕の仕事は患者が必要としているものを用意することだ。彼女が必要としているのは「心の支え」――だから、君にその役割を担ってほしいんだけど、構わないかな?』

 

 ――なんていう、とてつもなくくだらない理由だった。

 もちろん、垣根は最初断わるつもりだった。自分はそんな善人じゃない。そんなメルヘンチックな展開が御所望なら、もっと良い奴がいつか現れんだろ――と。

 だが、何故か垣根はその要求を了承してしまった。今になっても理由はよく分からないが、自分がその役割を担わなければならない――そう思ってしまったから。

 そんな訳でずるずると二年もの間この少女に関わってしまっている、というわけだ。

 垣根は頭を気怠そうに掻き、

 

「お前、退院したらどうするつもりだ?」

 

「どうするって……何が?」

 

置き去り(チャイルドエラー)で元非検体で現在進行形でホームレス状態のテメェは、退院したらどういう感じで路頭に迷う予定なんだ? って聞いてんだよ」

 

「路頭に迷うこと前提で話を進めるな!」

 

「事実だろうが」

 

 冷静に且つ辛辣な一言に、少女は「ぐっ……」と言葉に詰まる。

 そんな少女に垣根は深い溜め息を吐き、

 

「……ったく、しょうがねぇ。メンドクセェが、これもついでだ。俺の部屋に居候させてやるよ。まぁ、無駄に高級な家具とか揃ってるから、そこら辺の寮部屋よりは遥かにマシなんじゃねぇの?」

 

「…………お前、ツンデレとかよく言われないか?」

 

「ムカついた。最高に愉快なオブジェに変えてやる」

 

「いだだだだだだだだっ! そ、そんなこと言いながら連続チョップは反そ――いだだだだだだっ!」

 

 それから垣根の連続チョップは五分ほど淡々と続行され、やっとのことで解放された少女の目尻には大粒の涙が浮かんでいた。頬はリスのようにぷくーっと膨らませている。小動物みたいで可愛い、とか思ってしまったのはここだけの秘密だ。

 怒りに満ちた視線をガンガンぶつけてくる少女にもう一度溜め息を吐きだし、垣根は彼女の頭を乱暴に撫でまわす。

 「な、ななななな何するんだ帝督!?」と顔を真っ赤にして狼狽する少女から視線を逸らしつつ、

 

「退院祝いしてやるよ」

 

「…………は?」

 

「だから、テメェの退院祝いをしてやるっつってんだ。草壁とか心理定規とかも呼んで、盛大なパーティでも開いてやるよ」

 

 そう言って柔和な笑みを浮かべる帝督に、少女は耳の先まで顔を真っ赤に染めてしまう。誰がどう見ても垣根にゾッコンなのだが、悲しいかな、垣根はどこぞのツンツン頭とかゴーグルの少年と同じぐらいに鈍感野郎なので、彼女の想いには全く気付かないのだ。

 少女は頭をガシガシと撫でられながらも口を尖らせ、

 

「ま、まぁ、期待しないで待っておくよ。――やるからには最高なのにしてくれよ?」

 

「ハッ、誰に言ってやがる」

 

 垣根は少女の顎に指を添えて自分の方を振り向かせ、

 

「俺のパーティにこの世界の常識は通用しねぇ」

 

 それっていろんな意味で心配なんだが……まぁ、期待しないで待っておこう。

 私の好きな人が本気を出せば、本当に最高なものになるに決まっているんだから。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 崩壊したアスファルトの地面。

 大きく凹んだ高層ビル。

 周囲には百や二百では済まない数の野次馬がいて、そんな野次馬たちの中央には、白い少年と警備員の女。――そして、垣根帝督がいた。

 服はボロボロで体の全ての箇所から血が噴き出している。既に方向感覚すらも失われてしまっている。そういえば、先ほど右腕も持っていかれてしまっただろうか。もはや痛みやら出血のせいで何が何だか分からない。

 先の言葉を覆すようで悪いのだが、垣根がいるのは正確には野次馬たちの中心ではない。

 地面の奥の奥。

 そんな意味が分からない言葉の通りの地点で、垣根は押し潰されてしまっていた。

 

「あ、はは……ちくしょう。ここまで圧倒的なのかよ、第一位……」

 

 言葉の一つ一つに反応する形で体が悲鳴を上げ、吐血という形でその痛みを放出する。血液を失えば失うだけ身体の制御が失われていくような錯覚に陥ってしまう。――いや、それは錯覚ではなく現実だ。

 今頃地上では第一位の背中から噴き出した黒い翼が縦横無尽に暴れているのだろう。――いや、どうやらこちらに向かって歩み寄ってきているようだ。微かだが、足音がどんどん近づいてきている。

 再生不能、行動不能、再起不能。そんな絶体絶命の状態の中、垣根は残された左腕を空に向かって真っすぐと掲げる。

 

「たい、いんいわ、い……結局、無理だったなぁ……」

 

 あの少女は今頃、あの病院のベッドの上で自分が来るのを待ち続けているのだろうか。いつも罵詈雑言を浴びせかけてくる割には垣根が来なかったら不貞腐れるあの少女は、今頃垣根がお見舞いに来るのを今か今かと待ち続けているのだろうか。――多分、そうなのだろう。

 だって、あの少女にとって、垣根と過ごす時間こそが全てなのだから。

 笑顔を浮かべる少女。頬を膨らませる少女。不貞腐れる少女。泣きじゃくる少女。驚く少女。――二年の間に記憶に刻まれた少女の表情が、怖ろしい程鮮明に頭に浮かぶ。

 垣根は今にも搔き消えそうな瞳で空を見上げながら、静かに静かに涙を流す。

 

「ちくしょう。すまねえな、呉羽(くれは)……約束、守れなかったわ」

 

 直後。

 怒りで我を失った第一位の殺意の拳が圧倒的な鉄槌として――垣根の身体に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 キィィ、と扉の開く音がした。

 あの音はいつも聞いているからすぐわかる。あの音は――病室の扉が開く音だ。

 この病室への見舞客は今まで三人いたが、その中でも一番多く見舞いに来てくれたのはやっぱりというかなんというか、あのバカなイケメルヘンだ。

 だから、今日も気怠そうに私の顔を見にやってくる。ひらひらと手を振りながら、今日も私のお見舞いに来てくれる。

 

 

 そう、思っていたはずなのに。

 

 

「あれ? 今日は帝督じゃなくて草壁? 珍しいな」

 

「…………お久し振りッスね、大刀洗」

 

 頭に土星の輪のようなゴーグル(私としては絶対にヘッドギアだと思うが、野暮なツッコミはしないでおこう)を装着した黒白頭の少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)は、そう言いながらベッドの傍で歩みを止めた。いつもだったらベッドの傍の椅子に座るはずなのに、なんだか今日は様子がおかしい。

 訳が分からず首を捻る私に対し、草壁はやけに暗い表情のまま――

 

「…………ごめん」

 

 ――静かに頭を下げた。

 もちろん、私には草壁に謝られる理由が分からない。彼とはそこまで深いかかわりがあったわけではないし、むしろ彼には帝督関連でいろいろな迷惑をかけてきた方だ。だから、謝るとしたら彼ではなくて私の方が正しいハズだ。

 だが、彼は私に謝った。……はて、何か忘れていることでもあるのだろうか?

 

「何で謝るんだ? 私は別に、お前に謝られることなん」

 

「垣根さんを救えなくて――ごめん」

 

「――――――――、え?」

 

 草壁の、言葉の意味が分からなかった。

 クサカベノ、コトバノイミガワカラナカッタ。

 

「な、なにを言っているんだ、草壁。わ、笑えない冗談はやめてくれ」

 

「……垣根さんは、第一位との戦闘に置いて――殉職したッス。……俺にもっとチカラがあれば、俺がもっと頑張ってりゃ、垣根さんを救えたハズだ。――本当に、ごめん」

 

「笑えない冗談はやめろって言ってるんだ!」

 

 私は思わず、腹の底から叫びを上げていた。

 嫌だ、そんなの嘘だ。そ、そうだ。きっと私に対するサプライズか何かのつもりなんだ。あ、アイツはそんなことが大好きだから、今回もそうやって私を驚かそうと――

 

「帝督は、死んでなんかない。だ、だって、約束したんだ。私が退院したら、草壁と心理定規と私と帝督の四人で、パーティをしよう、って。だから、それまで期待してろ、って――アイツは、私と約束したんだ!」

 

「………………」

 

「やめて、くれ……そんな顔をするのは、やめてくれぇ!」

 

 辛そうな表情で私から顔を逸らす草壁のせいで、彼の言葉が嘘じゃないという錯覚に陥ってしまう。

 絶対に嘘だと分かっているのに、どうしても心の底から否定できない自分がいる。帝督が死ぬはずなんかないのに、帝督が私との約束を破るはずがないのに――何故か、そんなことを思ってしまう自分がいる。

 両頬を、何か生暖かいものが伝っていくのを感じながらも、私は必死で叫びを上げる。

 草壁の言葉を全否定するためだけに、私は必死で泣き叫ぶ。

 

「て、帝督が死ぬはずなんか、ないだろう!? アイツは学園都市に七人しかいない超能力者の第二位で、お前らのリーダーなんだ! そんな帝督が、強くて意地っ張りでナルシストで――私が大好きな帝督が、死ぬはずがないじゃないかぁ!」

 

「………………ごめん」

 

 その言葉が、トドメだった。

 頭の中が真っ白になって、次に気づいた時には草壁の姿が病室から消えていた。――もちろん、帝督の姿なんてどこにもない。

 

「あ、はは……」

 

 帝督が、死んだ。

 

「あは、はははは……」

 

 帝督は、第一位に殺された。

 

「あははははは、はははははは……」

 

 帝督を、草壁たちが見殺しにした。

 

「あーっはっはっはっは! あーっはっはっはっは!」

 

 もう、全てがどうでもよくなっていた。

 垣根帝督という存在自体が私の人生だった。帝督がいない人生なんて、死んでいるのと同義だ。生きている意味なんてない。

 だけど、私はこの世界が許せない。この街が許せない。――そして、帝督を殺した第一位が許せない。

 帝督を救えなかった草壁も、帝督を縛り付けていた暗部組織も、帝督に不幸な道を与えたこの学園都市も――帝督を止められなかった私自身ですら憎くてたまらない。

 

「ころ、す」

 

 仇をとる、なんて大それたことは望まない。

 

「ころ、すぅ」

 

 だけど、私はちっぽけな願いを一つだけ望むことにしよう。

 

「――待っていろよ、帝督」

 

 私には、その願いを可能にするだけのチカラがある。

 無駄に十何年間も非人道的な実験を受けてきたわけじゃない。

 私には、苦痛と共に与えられた私だけのチカラがある。

 その、闇に染まった歪みまくったチカラで、私はその願いを無理矢理にでも成就させよう。

 

「お前のために私が、大刀洗呉羽(たちあらいくれは)が盛大な――それも、血に染まったパーティを開いてやるからさ」

 

 たとえそれが、この街の闇に自分を売るようなバカな行為だとしても――。

 




 新約編へのフラグ的なナニカが一方通行を襲う!

 次回は人気投票第四位、我らがゴーグルの少年こと草壁流砂の記念短編です。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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人気第四位 草壁流砂の試練

 はい、というわけで、主人公の癖に第四位とかいう情けない結果を残した草壁流砂の記念短編です。

 まぁ、当たり前なのですが、今回の話はコメディ一色、シリアスなにそれくえんの? 状態となっております。

 砂糖対策として予めコーヒーを準備したうえで、お読みになるようにしてください。

 尚、コーヒー及び砂糖を吐き出してスマホやパソコンが壊れたと言われても、作者は一切責任を取りませんので、悪しからず。



 草壁流砂(くさかべりゅうさ)は絶望していた。

 第三次世界大戦をラブコメと悪運と負け犬フラグだけで切り抜けた世紀末皇帝KUSAKABEは、色々な経緯の末に合計五人の少女(一人は女性だが)から好意を寄せられる結果となってしまっている。まぁ、その中の一人、第四位の超能力者である麦野沈利(むぎのしずり)とは恋人関係なのだが、今はそんなことはどうでもいい。彼が絶望しているのは世界で一番大切な少女のことではなく、もっとこう、世界の不幸が集約されてしまったかのような絶望的な未来についてなのだから。

 まぁ、ぶっちゃけた話。

 

「ご、五人全員との約束がまさかの超絶ブッキング……ッ!」

 

 流砂の『全旗乱立(フラグメイカー)』が全力で仕事をしてしまっただけなのであった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最初は、全ての約束を五日間でセッティングするつもりだった。

 一日目にフレンダ、二日目にシルフィ、三日目にステファニー、四日目に絹旗、そして、五日目に麦野――といった感じに。五人の少女と約束がありますなんてことは口が裂けても言えないから、このスケジュールについては流砂だけの秘密となっていた。

 

 

 だがしかし、現実は流砂に恐怖の『死亡フラグ』を与えた。

 

 

 なんと、五人全員が要求した日時が、まさかの同日――十一月四日になってしまったのだ。

 流砂は最初、全力で「違う日にしない?」と全員に頼んだ。ここで頼まなかったら最悪なバッドエンドが到来してしまうし、そもそも流砂は一日に五人の少女と過ごせるほど神経が図太くない。ストレスと疲労のせいで胃袋の穴が開いてしまうのは火を見るよりも明らかだ。

 だが、流砂の懇願虚しく、彼女たちは「十一月四日がイイ」の一点張りだった。というか、能力とか武器とか涙目とかいう武装を突きつけられての一点張りだった。こんなの逆らえるわけがない。

 そんな訳で十一月三日現在、流砂は一方通行(アクセラレータ)の家で絶賛作戦会議中なのだった。

 

「…………なンで俺ン家なんだよ、オマエ……」

 

「浜面ン家にゃ麦野と絹旗とフレンダが居るし、俺ン家にゃシルフィとステファニーがいる。っつーワケで消去法だよ悪いか! こっちだって切羽詰まってんだ場所ぐれえ笑顔で提供してくれてもイイじゃないスかぁ!」

 

「号泣しながら迫って来るンじゃねェ!」

 

 涙で顔がぐしゃぐしゃになっている流砂を蹴り飛ばし、一方通行は面倒くさそうに大きな溜め息を吐く。

 そんな彼の右隣には番外個体(ミサカワースト)という体細胞クローンが座っていて、ニヤニヤと人をイラつかせる笑顔を浮かべている。流砂が苦しんでいる姿を見て絶賛大歓喜、と言った具合だろうか。因みに、打ち止めは家主である黄泉川と居候である芳川と共に絶賛買い物中なため、現在は不在である。

 番外個体はうんうん唸っている流砂の肩に優しく手を置き、

 

「逆に吹っ切っちゃって全員と同じタイミングでデートしちゃえば? ミサカはそんな感じのドロドロした展開の方が好みだなー」

 

「スゲーイイ笑顔で何言ってんの!? それはいわゆる死刑宣告だ!」

 

「えー。だって面白そうじゃない、ドロドロ展開? 一人の男の為に複数の女が争う……うん、ミサカそんな展開が三度の飯よりだぁーいっすき!」

 

「いやぁぁあああああああああああああああああああああッ! この悪意抽出器、最悪なまでに悪質過ぎるぅううううううううううううううううッ!」

 

「…………煩ェ」

 

 叫んでニヤついて絶望しての大連鎖で騒ぎまくっている流砂と番外個体に、一方通行は凄く面倒くさそうな表情を浮かべる。あと数秒でブチ切れて能力を解放してしまうかもしれない。――それほどまでに、一方通行のストレスゲージは臨界点寸前だった。

 だが、そんなことなど知ったことではない流砂はテーブルに置かれたメモ帳を真剣な眼差しで見つめながら、

 

「朝七時から夜の十二時までの十七時間を五人で分けると一人当たり約三時間。それを均等な時間間隔で割り振るとして求められる正解は……ッッッ!?」

 

 大能力者級の演算能力絶賛無駄遣い中だった。不安定な演算能力しか持ってないくせに、今回ばかりは凄まじい性能での演算を披露していた。

 ブツブツブツブツーッ! と高速で何かを呟きながら高速でメモ帳に何かを書き込んでいく。相手をしてもらえなくなってつまらなくなったのか、番外個体は一方通行と(強制的に)ババ抜きを開始していた。もちろん、一方通行にトランプなんてものは似合わない。そのカードで人を斬り殺しているのなら、話は別だが。

 そして番外個体と一方通行が百七十三回目のババ抜きを終了させたところで、

 

「……完璧だ。このスケジュールなら、全ての死亡フラグを叩き折れるに違いねーッス……ッ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で、十一月四日の午前七時。

 午前六時には起床して全ての準備を終わらせた草壁流砂は、同居人であるステファニー=ゴージャスパレスとシルフィ=アルトリアと共に優雅な朝食タイムを過ごしていた。因みに、本日のメニューは目玉焼きを載せたトースト二枚に、ホットミルクとなっている。

 夜更かしでもしたのだろうか、ウトウトと舟を漕いでいるシルフィを、ステファニーは苦笑しながら起床させる。

 そんな何気ない日常風景の片隅で、我らがゴーグルの少年は『死のノートを拾った青年』のような策士フェイスを披露していた。

 

(朝七時、ステファニーとシルフィと共に朝食。そしてそのまま間髪入れずに外出し、絹旗と共に学園都市の路地裏辺りに位置している映画館へと移動。そこで『トイレ行ってくるッス』と言って映画館から飛び出し、午前八時三十分にセブンスミストでフレンダと合流。それからさらに『トイレ行ってくるッス』と言ってセブンスミストを飛び出し、温水プールで沈利と合流。そこでもさらに『トイレ行ってくるッス』と言ってプールから出ていき、家電量販店の前でステファニーとシルフィと合流。――完璧だ。完璧すぎて笑いが止まらねーッス……ッ!)

 

 想像を絶するほどにクズだった。というか、作戦の中に『トイレ行ってくるッス』が三つも含まれていた。朝飲んだホットミルクで腹壊した、とでも言い訳するつもりなのだろうか。

 トーストを食べ終えた流砂はズズーっとホットミルクを胃の中に流し込み、

 

(俺は今日、死亡フラグを全て叩き折るッッ!)

 

 自業自得な死亡フラグに徹底抗戦の姿勢を見せていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で午前七時四十分。

 流砂は第七学区のファミレス前で絹旗最愛と合流した。

 今日はデートのつもりで来たのだろう。絹旗はいつものニットのワンピースではなく、ベージュのジャケットに豹柄のワンピース、そして靴下とブーツが一体化したような靴を着用していた。果てしなく子供っぽくない服装だが、それでも何故か絹旗はそのコーディネートを完全に着こなしていた。とてもじゃないが十三歳の子供とは到底思えない。

 合流すると同時に歩き出した大能力者コンビ。集合場所に指定したファミレスがいつもアイテムの溜まり場となっているファミレスであるため危険度はレッドゾーンだったが、それでも神は流砂に味方したようで、誰とも遭遇することなく無事に移動を開始することができた。

 高層ビルの隙間、路地裏を通り抜けながら、流砂は絹旗に話しかける。

 

「にしても絹旗。その服似合ってるッスねー。やっぱり素材がイイと服もスゲー際立つッスよ」

 

「ふん。そんなお決まりのお世辞を言われたところで超嬉しくないですけどね」

 

「顔真っ赤にしてそっぽ向きながら言われても説得力皆無ッスよ?」

 

「~~~~ッ!」

 

 絹旗最愛の赤面率、三十五パーセント上昇。

 リンゴの表面ぐらい真っ赤になった顔で口を尖らせる絹旗を引きずりながら、流砂は目的の映画館へと到着する。なんかホラー映画とかに出てくる廃墟みたいな映画館だった。中に入ったらゾンビが津波のように押し寄せてくるとかだったら、凄く洒落にならないわけなのだが、流砂は躊躇うことなく重苦しい扉を開いた。……なんか凄く帰りたい、と今更過ぎる後悔を胸に抱きつつ。

 如何にも文学少女です、みたいな風貌の受付にチケットを見せ、スクリーンの方へと移動していく。ちらっと腕時計を見てみると、『AM7:57』との表示が。順調順調、と流砂は思わず微笑みを零す。

 相変わらず閑古鳥が大合唱している上映室で適当な椅子を選択し、気怠そうに腰を下ろす。

 

「なー絹旗。俺は相変わらずのすっからかん具合に絶望を隠せねー訳なんスけど、結局今日はここに何時間ほどいる予定で?」

 

「今日は二年に一度の超サービスデイのようですからね。なんと映画が十本視聴でまさかの千円らしいです。これは超全て観るしかないでしょう!」

 

「…………そ、そーッスかー」

 

 映画の尺は平均して一時間半から二時間程度のものだから、簡単に合計してもまさかの二十時間。日ィ跨いでんじゃねーか、と心の中でツッコミを入れた流砂は悪くない。

 こりゃサービスデイっつーよりも閉店セールかなんかなんじゃね? と肩を竦めつつ、

 

「あ、ごめん絹旗。ちょっとトイレ行ってくるッス」

 

「あ、はーい。いってらっしゃーい」

 

 超映画中毒者の大能力者は、パンフレットから視線を外さなかった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で八時二十五分。

 未だ予定通りに作戦を遂行できている流砂は、ちょっと早いがセブンスミストの中を散策していた。通常ならばどの店も開いていないのだが、このセブンスミストに関してはまさかの午前七時開店だったりするので、すんなりと入店することができていた。

 流砂の腕に抱き着きながら、フレンダはニンマリ笑顔で言葉を並べる。

 

「今日は草壁に私の服を選んでもらおうって思ってる訳よ!」

 

「なんでまたそんな意味不明なスケジュール……他人が選んだ服なんて、自分に似合うかどーかすら分からねーモンなんじゃねーんスか?」

 

「むー。そこは空気を読んで『イエスユアハイネス!』とか言っとけばいいんだって! まったく。草壁は相変わらずダメダメだねぇ」

 

 そうは言っても腕は解放してくれねーのかよ、と流砂は小さく溜め息を吐く。

 今日のフレンダの服装は絹旗と同様いつもとは違い、スカートと上着が一体化したピアノのような配色の洋服に、牛革の厚底ブーツという服装だった。相変わらず頭にはシックな感じのベレー帽がちょこんと乗せられているが、別に違和感は感じられなかった。……女ってスゲー。

 そんなこんなで服飾店へと移動する。

 店内は意外と込み合っていたが、それでも移動できないというほどではない。レジの回転の速さと店の構造による、意図的な人の流れが作り出されていた。

 とりあえずフレンダに引っ張られるがままに移動した流砂は――

 

「じゃじゃーん! 今日は水着を選んでもらおうと思うって訳よ!」

 

「季節外れのトンデモ注文!」

 

 ――全力で帰りたくなっていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 午前九時四十分。

 温水プールの前で携帯電話を弄っていた第四位の超能力者こと麦野沈利(むぎのしずり)は、膝に手をついて肩で激しく荒い呼吸をしている恋人に全力のジト目を向けていた。

 そんな訳で、麦野さんから優しい一言。

 

「……集合時間十分オーバーなんだが……その様子から察するに、風紀委員にでも追われていたの?」

 

「し、沈利とのデートが楽しみすぎて思わず無駄に準備に手間取っちまってただけさ! じゃ、じゃー早速行こーぜ、温水プールに!」

 

「ちょ、あんまり引っ張るな!」

 

 実のところ、流砂が遅れた原因はフレンダ=セイヴェルンにある。

 水着選び、ということでとりあえず無難にパレオタイプの水着を選んだわけなのだが、「なんかセクシーじゃないからイヤ」というまさかのベクトルの言葉をぶつけられてしまったのだ。その後もビキニタイプ、スリングショットタイプ、スクール水着タイプとかいう最悪のハードル商品をぶつけてみたのだが――すべて却下。

 結局、恥ずかしさを我慢しながら超涙目で「す、スケルトンワンピでどーだバカヤロウ!」と水に濡れたら全部透けるタイプの水着を渡し、顔を真っ赤にして硬直したフレンダに値段分のお金を押し付け、こうして全力疾走で温水プールにまでやって来たわけだ。……今度絶対にフレンダと一緒にプール行く。アイツのスケルトンワンピを見れずして死ねるわけがないッッ!

 そんな訳でとりあえずの激戦を制した流砂くんは脱衣所の前で麦野と別れ、予め用意していた鞄をロッカーの中に置いた。黒白チェックの上着を脱いで黒の長袖シャツを脱いでダークブルーのジーンズを脱いで……という流れ作業をこなすこと約三分。

 

 

 普通のトランクスタイプの海パン野郎が爆誕した。

 

 

「現在時刻は九時五十分。十時半までにゃシルフィ達のトコに行かねーと、もー修正不可能な最悪のフラグ満載になっちまう……ッ!」

 

 そんな呻き声を上げながらロッカーを施錠し、プールサイドへと足を踏み入れる。

 

「――って、まだ沈利は着替え終わってねーのか」

 

 まぁ、女子は男子よりも着替えんの遅いからなー。とりあえず持参してきた浮き輪を膨らませることにした流砂は、ベンチの傍でいそいそと作業を開始する。

 そして浮き輪を膨らませ終わって一息ついたところで、

 

「ごめんごめん。着替えに意外と手間取っちゃったわ」

 

 ――黒いビキニタイプの水着を着用した巨乳美少女がそこにいた。

 脚を一歩踏み出すごとに上下左右に大きく揺れる豊満な双丘。腹周りには綺麗なくびれが描かれていて、お尻は無駄に肉付きがイイ。正直、写真集のモデルなんて比較対象にすらならなかった。贔屓目があるとしても、流石にこれは『エロ過ぎる』。

 「す、スゲエなあの人」「ああ。あの胸で挟まれてみてえ……ッ!」「ちょ!? アレ本当に人類なの!?」「うぅ。衛生兵! 衛生兵は何処!?」とか叫びまくっている一般客なんかには気づかない様子の麦野は流砂の手を優しく握り、

 

「それじゃあ、とりあえずはウォータースライダーから行きましょう! もちろん、二人用のだからな!」

 

 満面の笑みでそう言い放った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして、午前十二時三十分。

 

「…………これ、は……?」

 

 とある少女が黒塗りのメモ帳を拾った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして、午後一時四十分。

 第七学区にある家電量販店の前で、草壁流砂少年は真っ白な灰になっていた。

 

「……あの、大丈夫なんですか? なんかやけに顔とかやつれちゃってますけど」

 

「……ゴーグルさん、大丈夫?」

 

「あ、はは……だ、大丈夫ッスよー」

 

 先ほどの三人とは違っていつもの服装に身を包まれているステファニー=ゴージャスパレスとシルフィ=アルトリアに心配そうな顔を向けられるが、流砂は渾身の強がりを見せつけた。

 当初の予定では、麦野とのプールは一時間程度で終わらせるつもりだった。その後にすぐさまシルフィたちと合流し、そしてそのままの流れで絹旗が待つ映画館へと全力ダッシュを決めるつもりだった。

 しかし、ウォータースライダーで背中に豊満な胸を押し付けられたり流れるプールで麦野の胸を揉んでしまうというラッキースケベが起こったりハート形のストローで一つのジュースを飲みあったり人にぶつかられた勢いで唇と唇がくっついたり……という超ラブコメ展開のせいで、予想をはるかに超えるタイムロスが発生してしまったのだ。――まぁ正直、もっと堪能したいなーとか思ってました。だって健全な男子だから!

 そんな訳で凄くヤバい状況下の流砂くんは、そんな凄くヤバい状況を打破するべく――

 

「今日は炊飯器を買いに来たんだったよなそーいえば俺予めオススメの炊飯器とか選んできてたんスよ確かその炊飯器はこの店の二階にあるみてーだおっとちょっと尿意が来た先に店の中に入ってもらっててイイッスか!?」

 

「え!? ちょ、流砂さん!?」

 

 ――全力ダッシュで歩道を駆け抜け――

 

「ちょーっと待ってもらってもいいですか、草壁?」

 

 ――凄まじい怪力で右肩を思い切り掴まれた。

 まるでタンクローリーにでも引っ掛けられたかのような衝撃が流砂を襲い、直後に信じられないほどの激痛が肩に襲来した。どうやら幸運にも肩は外れていないようだが、それでも当分右腕は動かせそうにない。

 「ぎゃぁああああああーッ!」と断末魔の叫びを上げながら地面でのた打ち回る流砂。何が起こったのか全然現在状況が把握できないまま、流砂は自分の肩をリアルブレイクした襲撃者の姿を視界に収める。

 そこには。

 ――そこ、には。

 

「四、五時間もトイレに篭るなンて超おかしいと思ってたのでトイレを見に行ったのにあなたがいなかったからこォして捜しに来たわけなンですが、あなたは一体こンなところでナニを油売ってるンですかねェ……ッ!?」

 

 般若のように怒りまくった絹旗最愛ちゃんが仁王立ちしていました。

 感情の欠片も無いと思わせるレイプ目の癖に、瞳の奥では凄まじいほど凶悪な炎が全力で燃え盛っている。正直、背中の後ろにいる灰色の身体のやけに派手な格好の大男は一体何なんだろう。なんか、どこぞの時間を止めるスタンドを倒した主人公のスタンドの様に見えるような見えないような……。

 予想にもしなかった展開に呼吸が停止する流砂だったが、ここで更なる悲劇が彼を襲うこととなる。

 

「あっれー? 草壁そんなところで何やってるの? トイレに行ったんじゃなかったって訳?」

 

「りゅーうさぁああああああ? これは一体どういうことなのか、説明してくれるわよねェェェェ?」

 

 新たな修羅の登場だった。というか、一人は未だにこの状況が分かってないみたいだった。

 新加入の麦野とフレンダにとりあえず絹旗が状況を説明。なんか麦野とフレンダの額に凄まじく巨大な青筋が刻まれていく光景が凄く怖ろしい。死亡フラグ以上の何かが襲ってくるような気がしてならない。

 だが、まだここからなら巻き返せる。ぐ、偶然だなー? とか言ってごまかし切れる範疇だ!

 突然湧き上がってきた希望を胸に流砂はくいっと顔を上げ――

 

「ということは、やっぱりこのメモ帳は草壁のだったって訳ね」

 

『天誅!』

 

「ぐべぇ!」

 

 ――後頭部を三人の少女に踏みつけられた。

 アスファルトの地面に亀裂が入り、流砂の顔面がメリメリゴリゴリィ! と地面に食い込んでいく。なんか視界の端で巨大な機関銃を構えている元傭兵さんと凄く切れ味の良さそうな包丁を構えている幼女の姿が見て取れるのがそこはかとなく恐怖を感じる。というか、流石にそのコンボは人体を破壊し尽くしちゃうっぽいんですが。

 そろそろ頭がスイカのように潰れちゃう!? と恐怖に脅える流砂の上で、五人の少女たちは凄くイイ笑顔で会議を始めた。というか、いつの間にかステファニーとシルフィも流砂の頭を踏んづけていた。

 

「結局、この腐れバカヤロウ、どういう風に調理する? あ、因みにだけど、私はカリッと焼く派に一票って訳よ!」

 

「うーん。それよりも、身体に無数の風穴を空けちゃうほうがいいんじゃないですか? もうこの場でいっそ、一思いに殺してあげませんか?」

 

「……一瞬で苦しみが終わるなんて、許せない」

 

「それには私も超賛成です。やるなら長く、尚且つ凄まじい激痛を伴うオシオキじゃないと駄目ですね」

 

「それじゃあ、みんなの意見をまとめて、私がここに審判を下そうと思うけど、異論はある?」

 

『どうぞどうぞどうぞ』

 

 なんかどう転んでも死亡確定な気がした。

 

「ちょ!? ちょちょちょちょちょちょちょーっと待ってくれませんかねぇ!? ナニ、これってもはや弁護の余地すらない死刑囚裁判的な感じなの!? 処刑は既に決定事項なの!?」

 

『当たり前だ!』

 

「ぶぎゃっっ――ごべぇぇ!」

 

 五方向から後頭部へのまさかの踵落としを喰らい、流砂の顔が先ほどよりも深くアスファルトに食い込んだ。彼らの周りにいる一般市民の足音が、なんかやけに遠ざかって行っている気がする。

 メギメギメギィッ! ともはや人体から発せられるような領域を超えている破砕音を鳴り響かせながら、麦野沈利は満面の笑みで言い放つ。

 

「それじゃあとりあえず――ベッドに縛り付けて尻にミサイルブチ込んで口の中に機関銃ぶっ放して鳩尾思い切り殴り飛ばして両腕を包丁で串刺しにしてトドメに原子崩しで焼印入れてやって最後に全員で美味しくいただくってので――どう?」

 

『異議なーし』

 

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ! 生き残れる可能性が微塵もねーしなんか最後の砦崩される勢いだしお前らの目が怖すぎるしぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」

 

 そんな叫び声を上げながら、草壁流砂はずるずるずるずると引きずられていく。

 その日の夜。

 学園都市の第七学区のとあるコンビニで買い物をしていた学園都市最強の超能力者は、凄く聞き覚えのある声での断末魔の叫びを聞いたという――。

 




 絹旗の私服については、ピクシブの『はいむらきよたか』様の作品を見ていただければ、すぐに分かります。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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人気第三位 麦野沈利の誘惑

 というわけで、受験勉強やらテスト勉強やらで遅れましたが、人気投票第三位、麦野沈利の記念短編です。

 …………麦野が主役、だよな……うん。



 十一月某日。

 学園都市の第四位の超能力者である麦野沈利(むぎのしずり)は、過去最高なぐらいに清々しい朝を迎えていた。いつもは鬱陶しいとしか思えない鳥のさえずりが、何故か今日だけは美しいメロディーのように思えてしまう。

 朝六時ちょうどに起床した麦野は可愛らしい柄のパジャマを脱ぎ、だぼっとしたシャツと黒のジャージのズボン、という服装にコスチュームチェンジする。朝食後に更なるコスチュームチェンジタイムが待っているわけなのだが、あえてここで一手間入れるのが乙女としての嗜みだ。起きたら着替え、朝食を食べたら着替え、風呂上りに着替え、寝る前に着替える。洗濯物は異常に増えてしまうが、どうせ洗濯はパシリ浜面に全て押し付けているから大した問題ではない。だって自分には関係ないし。

 ノーブラでシャツを身に纏っているせいで大きな双丘の形がそのままシャツの上に描き出されてしまっているが、麦野は気にしない。下着を着けていようが着けていなかろうが、肌の上に服を着ていることには変わりが無いからだ。

 寝癖だらけの髪を櫛で簡単に整え、噛み殺すことも無く欠伸を零す。

 そして部屋の扉を開け放ってリビングへの第一歩を踏み出し――

 

「浜面ぁ! さっさと朝飯作りやがれ!」

 

「開口一番に言うこともっとあるだろうが!」

 

 ――今日も世紀末帝王は扱き使われる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 今日は日中晴れ、ところにより美しい快晴になるでしょう。あ、あと、いつもよりも暖かいからあまり厚着しない方がいいですよ☆

 最近人気のお天気おねえさんがソプラノボイスでそんな予報をしているのを聞き流しながら、麦野は優雅な朝食を楽しんでいた。だぼっとしたシャツ(流砂の家から盗んできたもの。他にも十数枚ほどストックがある)のせいでとんでもないほどの色気を放っている麦野に鼻の下を伸ばしていた浜面が滝壺に殴られる、という光景が傍で広がっていたが、それも華麗にスルーする。いつもならば怒鳴り散らしているところだが、今日の麦野は機嫌がイイのだ。

 パリッとした食感のトーストをあっさり完食し、浜面に用意させていたホットミルクで身体を芯から温める――と同時に視線で浜面にパンをもう一枚要求する。

 ため息交じりで立ち上がった浜面を一瞥し、

 

「そういえば、絹旗たちはどうしたの?」

 

「んぁー? 今日はお前が起きるの早過ぎるだけで、あいつ等はまだ夢の国にダイブしてるぞー?」

 

「きぬはたとふれんだは、まだまだ子供だから」

 

「中学生の絹旗はともかくとして、女子高生のフレンダがその枠組みに入るのかは甚だ疑問だけどな。――ほれ、焼いてきたぞ」

 

「相変わらず手馴れてるわね、浜面。その調子で今日も下っ端人生を謳歌しなさい?」

 

「そんな人生歩むくらいならファミレスでバイトするわ! 金も稼げるし!」

 

 朝からギャースカ騒ぎ立てる浜面を華麗にスルーし、追加のトーストをあっさりと平らげる。

 ごちそうさま、と言って椅子から立ち上がる麦野に浜面は「ん?」と疑問の声を上げ、

 

「今日はいつもと様子が違うみてえだが、何か予定でもあるのか?」

 

「あ、やっぱり分かる? 分かっちゃう? 教えて欲しいなら教えてあげようじゃない! そう、今日はね――」

 

 そんなに話したかったのかよ、という浜面のツッコミと滝壺のぼんやりとした視線を完全無視しながら、麦野はトリップしたように言い放つ。

 

「――流砂とショッピングデートをする日なのよ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 『セブンスミスト』

 それは、学園都市で屈指の人気を誇るデパートであり、かつては爆弾魔事件の被害を被った、いろんな意味で凄まじい存在のデパートだ。相変わらず『何で七番目なの?』というツッコミを入れられてしまうようなネーミングだが、それを気にするような奴はこの学園都市には存在しない。楽しければそれでいい、という思想の奴らがほとんどだからだ。

 さてさて。

 朝から浜面を扱き使ったりいつもの数倍増しでおめかししたり、という最高のスタートを切った麦野は、セブンスミストのビルの入り口の前でとあるゴーグルの少年を待ち続けていた。因みに、今の時刻は九時五十七分。集合は十時なのだが、張り切り過ぎた麦野は八時には既にこの場に到着してしまっていた。バカなの? というツッコミは、心のシェルターにでも格納していてもらいたい。

 生気の抜けた目で無心に携帯電話を弄る麦野を怖がってか、多くの通行人たちは彼女から遠ざかるように通り過ぎていく。なんか凄く黒いオーラが出てしまっているのが妙に恐ろしい。

 そして、実はそんな通行人たちの向こう側からやってきていた草壁流砂(くさかべりゅうさ)は「あー……」と照れるように頭を掻き、

 

「集合時間ぴったしなんスけど……待たせちまったッスか?」

 

「遅い!」

 

 原子崩しをぶっ放された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 原子崩しを回避した流砂の鳩尾に渾身のボディブローとアッパーカットを決めた後、二人はセブンスミストに入店していた。

 今日が休みということもあってか、店内はやけに賑わっている。この店の客層は主に女子学生なのだが、時折OL染みた女性客の姿もちらほらと確認できるのがこの店の強さなのか。年齢問わずに大人気、という売り文句はデタラメではないらしい。

 お腹と顎に物理的に傷を負った流砂の腕に抱き着いた状態で歩きながら、麦野は彼に声をかける。

 

「今日はお前の奢りだから、覚悟しておきなさい」

 

「集合時間ぴったしでぶん殴られて奢らされるってなんな――いやいや今日は俺が盛大に奢ってやるッスよ! 大船に乗った気分で買い物を楽しんでくれ!」

 

「フフッ。素直な流砂は嫌いじゃないわっ」

 

 別に麦野が可愛いから奢ることを了承したという訳ではなく、単に顔の傍を何かすごいオーラが漂っていたのを見て恐怖したからなだけなのだが、流砂はあえて口にしない。基本的に鈍感でヘタレでクズな流砂だが、空気を読む能力だけは人一倍高かったりする。

 「うぅ。また財布の中身が消えていくぅ……」と虚空を見つめる流砂くん。そんな彼の表情は言及されたサラリーマンのようにしか見えない。頑張れ、という言葉以外に彼に必要な言葉はない。

 そんな訳で流砂の奢りが決定したことでテンションが上がった麦野は、自分の豊満な胸を押し付けながら店内を移動し――

 

「とうちゃくとうちゃーっく!」

 

「嫌だ帰る助けて一方通行!」

 

 ――ランジェリーショップにズカズカと入店した。

 店内は(当たり前だが)女性客オンリーで、(当たり前だが)男性客の姿はどこにも見られない。(当たり前だが)店員も全て女性で(当たり前だが)売り物もすべて女性用下着。――つまるところ、流砂は完全無欠にアウェーな存在となってしまっていた。

 これが絹旗やフレンダに連れてこられてしまったというのならまだ抵抗の余地があるのだが、今日の相手は学園都市が誇る第四位の殺戮兵器さん。拒否の姿勢を見せた瞬間に顔面に巨大な風穴が空いてしまうという可能性が捨てきれない以上、ここは素直に彼女に従っておくのが最善策だろう。下手すれば、殺される。

 それでもやっぱり流砂はオトコノコなので、麦野に引っ張られながらも周囲を埋め尽くしている女性用の下着にちらちらと視線を向けてしまう。お客さんやら店員さんからの視線が凄まじく痛かったが、それでも流砂は欲望には勝てず、顔を赤らめながら女性用下着に夢中になってしまっている。

 そんな、あからさまな不意を突き。

 

「こっちの黒の下着とこっちの赤の下着、どっちがいいと思う?」

 

「どっちも露出多過ぎ一体誰に見せる気だバカヤロウ!」

 

「お前に決まってるだろうが、バカヤロウ」

 

 あまりにも反則過ぎる一言に、流砂の顔がトマトのように真っ赤に染まる。

 麦野が手に取っているのは、『漫画とかでよく見る大人物の黒い下着(面積は通常の半分以下)』と『胸の先端とか下半身の大事な部分をギリギリでしか隠せないような赤の紐下着』という、完全に地雷だろそれと言わんばかりのダブルコスチュームだ。というか、明らかに後者は下着じゃない。そんなの着たところで何も隠せねーだろ!

 正直どちらも選びたくはないのだが、ここで選択を放棄すれば……いや、そもそも選択を放棄するという選択肢が存在しない。この少女は流砂が答えを出すまで、絶対にしつこく質問攻めにしてくるに違いないのだから。

 そんな訳で、諦めた流砂は真剣に考察を開始する。

 黒の方は赤の方よりも面積は大きいが、色とか飾りのせいで十八禁としか思えないほどの色気を漂わせてしまっている。これを着けた状態で言い寄られたが最後、今まで護りに護ってきた貞操を素直に明け渡してしまうかもしれない。いやホント、冗談じゃなくガチで。

 赤の方は赤の方で、麦野に着てほしい、という男性ならではの欲望が込み上がってきたりする。もはやこれは選ぶというよりも欲望に勝つか負けるかの戦いになってしまっているのだが、思考に夢中になっている流砂は気づかない。

 考えれば考えるほどに決められない。どっちも色っぽすぎて理性が弾け飛んでしまいそうだし、そもそも着用者の麦野のスタイルが良過ぎるというのも問題だ。もう少し胸が小さかったらここまで興奮はしなかっただろうに。

 そして最終的に流砂は「えとー」と恥ずかしそうにそっぽを向き、

 

「し、試着してみればイインジャナイカナー」

 

 ――欲望に屈服した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 しゅるしゅるしゅる、という音が試着室から聞こえてくる。おそらくだが(というかほぼ確信している)、麦野が服を脱いでいる途中なのだろう。このカーテン一枚隔てた向こう側では、愛しの恋人があられもない姿でいらっしゃるという――……

 

「い、いやいやいやいやっ! べ、別にそんな変な想像とかしてねーし! 今日はどんな下着なんかな、とか、思ってねーし!」

 

 試着室の前でセルフツッコミをする流砂に、「こほん!」という店員からの咳払いが襲い掛かる。

 流砂は顔を赤くしながら、目の前にある試着室のカーテンから視線を逸らす。

 と。

 

「くさか、べ……こんなところで、超何やってるんですか……?」

 

「うわ、ぁ……凄くミスマッチって訳よ……」

 

「――――――――、ッ!? き、絹旗!? それにフレンダまで!?」

 

 商品棚の間の通路からこちらを見て絶句している、女子中学生と女子高生を発見してしまった。というか、逆に向こうから見つけられてしまっている。

 二人でいるところから察するに、おそらく二人は自分の下着の購入に来たのだろう。年頃の女性の買い物遍歴なんて知りたくはないが、それぐらいの予想ぐらい簡単に立てられる。

 だが、まさかこの最悪なタイミングでばったり遭遇、なんていう予想は出来なかった。しかも男子禁制の絶対領域――ランジェリーショップでなんて。

 早く彼女たちの誤解を解いて自分の社会的地位を奪還しなければならない。あの絶句顔はどう考えても『変態がいる……ッ!』と心の底からこの店に来たことを後悔している顔だ。今までも何度か見たことがある表情なだけに、すぐに察しが付く。

 立ち上がれ、そして言葉を並べろ。今のこの状況を打破するには、もうその手段しか残されていない! そう自分に言い聞かせながら流砂は腹に力を込め――

 

「ねぇ流砂。まずは赤の方を着てみたんだけど――って、どうかしたのか?」

 

「別に何でもなくはないけどなんで相変わらず最悪なタイミングなんだよお前はァあああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 ――シャーッと、試着室のカーテンが開け放たれた。

 ツッコミと共に彼女の方を見てみると、そこには異性には絶対に見られてはいけない箇所のみを隠した凄まじいほどにエロい少女が一人。豊満な胸は完全に露わになっていて、なんか太腿もギリギリを越えて露出しすぎてしまっている。この下着を設計した奴にガチで文句を言いたい気分だが、それ以上に「設計者グッジョブ!」という欲望に屈服した感情が――口に出てしまっていた。

 だが、気づいた時にはもう遅い。肌面積九十九パーセントのまま首を傾げる麦野から視線を外し、ギギギ……と絹旗とフレンダの方に首を向ける。

 ――そこ、には。

 

『――――――――――、』

 

 感情の欠片もない瞳で冷たい視線を送ってくる、絶対零度コンビが爆誕していた。

 まるで台所の隅に溜まった生ごみを見るかのような目に、流砂は心の底から恐怖する。第三次世界大戦中ですら見ることはなかった凍てつく視線に、流砂の体中の毛穴から大量に汗が噴き出してくる。今動けば、殺される……ッ!

 カツン、カツン、という靴音が店内に響き渡る。店の中はBGMや話し声などで騒がしいハズなのに、何故か流砂の耳はこちらに近づいてくる二人の少女の靴音のみを捉えてしまっている。そして相変わらず身動きが取れない。今すぐにでもこの場から逃走しないと殺されてしまうというのに、何故か流砂の体は動かない。

 そしてついに麦野は絹旗とフレンダの存在に気づき、キョトンとした表情を浮かべた。良かった。ここで我に返った麦野が彼女たちに状況を説明してくれさえすれば、この巨大すぎる死亡フラグをとりあえずは叩き折ることができる。思ってもみなかった幸運に、流砂は心の中で安堵する。

 しかし、流砂の期待虚しく――

 

「――いっやーん! 見られちゃった恥ずかしいー!」

 

 何を思ったのか、ほぼ全裸な麦野が流砂の腕に抱き着いてきた。しかも、彼の右手を自分の胸を鷲掴みさせるように操作してしまっている。絹旗とフレンダの怒りゲージ、二十パーセント上昇。

 しかも、放ったセリフが麦野だったら絶対に言わないようなセリフであるせいで、流砂の背筋に極度の寒気が爆誕した。今自分は何を見ていて、この少女の頭は何で突然ぶっ壊れてしまったんだ? という摩訶不思議な思考をぐるんぐるんと回転させながら、草壁流砂は混乱する。

 目元に影を落として静かに拳を握る絹旗とフレンダ。なんか顔全体に無数の青筋が浮かんでマスクメロンみたいになっている。あの影の向こうにある双眸には、もしかしなくても怒りの炎が絶好調なのかもしれない。

 あ、これもう終わった。

 絶対に避けようがない死亡フラグを確信する流砂。

 そして、その直後。

 

『し……し……新世界の星になれこの鈍感ヘタレ変態クソ野郎がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!』

 

 通報を受けたツインテールの風紀委員が来た頃には、血だまりの中で気絶するボッコボコに傷ついた少年しか残されていなかったというが、それはまた、別のお話。

 




 次回は人気投票第二位、フレンダ=セイヴェルンの記念短編です。

 一応ですが、絹旗とフレンダの短編はそれぞれ、『絹旗IFエンド』『フレンダIFエンド』という仕様になっています。

 この短編シリーズは本編に関係したものオンリーとなっていましたが、まぁせっかくツートップなんだし感想欄でもよく言われてたので、この仕様でいってみようと思います。

 それでは、また次回。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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人気第二位 フレンダ=セイヴェルンの悲劇

 というわけで、人気投票第二位、フレンダさんの記念短編です。

 今回は、『もしも流砂がフレンダを選んでいたら』というテーマのIFエンドです。

 というか、没エンドの一つです。

 記念短編っぽくない内容になっておりますが、まぁ、一応はフレンダが主人公ですし、問題はないでしょう(汗

 それでは、フレンダ記念短編――スタートです。



 草壁流砂がフレンダ=セイヴェルンという女子高生と出会ったのは、九月の頭。学園都市に魔術師が攻めてきた次の日のことだった。

 暗部組織『スクール』としての仕事を終えて「小腹空いたなー」と呟きながら、流砂は第七学区のスーパーに寄り道した。大能力者としての奨学金がある流砂はもっと高い店で買い物をすることができるのだが、庶民だった前世の記憶を引き継いでいる彼は、やっぱり庶民の味が忘れられないでいたのだ。

 能力補強用であるゴーグルが入った黒いリュックサックを揺らしながら、流砂はとりあえず缶詰コーナーへと向かった。理由なんてものはない。ただなんとなく、小腹を満たすには缶詰がちょうどいいと思ったから――そんな、単純な理由だった。

 缶詰コーナーには様々な種類の缶詰が置いてあり、その中でも魚介類系の缶詰が一際の人気を見せているようだった。在庫の減りが最も激しいのは、『こってりシーチキン』だろうか。シーチキンにこってりさなんて求める奴いんのかよ、と流華は小さく嘆息する。

 そして特に理由もなく目に付いたサバの缶詰を、特に理由なく掴み取る。

 その、直後のことだった。

 

「――そのサバ缶、ちょっと待つって訳よ!」

 

「…………はい?」

 

 突然響き渡って来た制止の声に、流砂の指がぴたりと止まる。

 流華は声が聞こえてきた方向に体を向ける。――そこには、やけに偉そうな小柄な少女が仁王立ちしていた。

 ふわっとした金髪の上に紺のベレー帽をちょこんと乗せていて、ぱっちりとした目の中で爛々と存在感を放っている碧眼がなんとも魅力的だ。体つきにはまだ幼さが残るが、全身からにじみ出るオーラが『女子高生です!』と全力でアピールしている。

 とにもかくにも、流砂はこんな少女を見たことがない。――だが、何か頭に引っかかる。

 何処かで会ったことがあるようなないような、街中で一瞬だけ顔を見たような見ていないような、そんな感じの違和感が、頭の隅で存在を膨らませていく。

 そんな、流華の様子なんて知る由もない少女はズビシッと流華の右手の先――サバの缶詰を指で指し示し、

 

「そのサバ缶はこの私、フレンダ=セイヴェルンがキープするためだけに存在する食品なの。――だからっ、怪我したくなかったらそのサバ缶を大人しく私に譲り渡しなさい!」

 

 そんな凄くどうでもいい争いの始まりが、草壁流砂とフレンダ=セイヴェルンのファーストコンタクトだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 缶詰事件を皮切りに、流砂とフレンダの新密度はぐんぐんと上がって行った。遊園地には二人で行ったし、デパートにだって二人で行った。フレンダが「友人に勧められた」とか言っていた映画にも(無理やり)連れていかれたし、二人で温水プールでラブコメイベントなんていうハチャメチャな体験もした。

 だが、そんな仲のいい二人は、互いに同じ隠し事をしていた。

 ――それは。

 

(俺が『スクール』なんつー暗部組織の正規構成員だって知ったら、コイツ、俺のコト嫌いになっちまうんかなー……)

 

(私が『アイテム』なんていう暗部組織の正規構成員だって知ったら、結局、流砂は私のことを嫌いになっちゃうのかなぁ……)

 

 『スクール』と『アイテム』

 存在的には同等だが、与えられる任務などには大きな差が生じてしまう――ある意味では敵対している暗部組織。互いが互いを牽制しつつも、結果的には学園都市の為に活動をすることになっている、学園都市のクズだけで構成された悪党集団。――そんなどうしようもない組織に、流砂とフレンダは所属している。

 同じような境遇で、同じような立場の二人。だが、その事実をお互いに言い出せてはいない。何度も何度も打ち明けようとはしたのだが、二人は互いに異なる理由でその行動を制限されてしまっていた。

 フレンダが持つ理由は、『嫌われたくない』というもの。

 しかし、流砂が持つ理由は、凄くイレギュラーなもので。

 

(十月九日に、『ゴーグルの少年』と『フレンダ=セイヴェルン』は死亡する。元から無駄に強固な造りの死亡フラグなのに、ここで俺たちが互いの立場を認識しちまうなんつーイレギュラーが発生しちまったら、もー避けよーがない程のフラグになっちまうかもしんねー)

 

 十月九日、学園都市の独立記念日。

 第十八学区の素粒子工学研究所にて、『スクール』と『アイテム』が激突する。その戦闘の最中に『ゴーグルの少年』は死亡し、その戦闘中に『スクール』に捕獲された『フレンダ=セイヴェルン』は自分の命欲しさに『アイテム』を裏切り、最終的には第四位の超能力者である麦野沈利に粛清されてしまう。――むろん、彼女は生き残ることができない。

 流砂は十月九日の死亡フラグを叩き折るために日々努力している。その運命の日を乗り越えるためだったらどんな残虐なことでも達成すると心に決めているし、どんな裏切りだってやってやるとある程度の覚悟は決めている。

 だが、自分と同じ立場であるフレンダと出会ってしまったことで、彼の計画に大きな綻びが生じ始めてしまっている。あえて言うならば、彼女のことも助けてあげたいと思ってしまっている。

 流砂が生き残るためには、第四位の超能力者である麦野沈利との戦闘から逃げ出すしかない。――しかし、それによって第二位の超能力者である垣根帝督からの粛清イベントが発生してしまうかもしれない。

 そんな危険な状態で、フレンダを生き残らせる。成功率なんて端から存在しないと言って良いほどのギャンブルだ。始めから負けることが決まっている消化試合。生き残るために努力して、結局は死んでしまうという最悪なバッドエンド。

 しかし、そんな消化試合だとしても、フレンダという一人の女の子を救いたい。原作では生き残るために努力したのに死んでしまったフレンダ=セイヴェルンを、どんな敵からも護り抜きたい。

 やるしかない。味方と敵、その他全てを敵に回してでも、俺はフレンダを護ってみせる。

 そんな覚悟の下に一生懸命準備をしていき――

 ――遂にその日がやって来た。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 素粒子工学研究所を襲撃し、『ピンセット』を強奪する。

 垣根帝督の口から提示された任務を頭の中で再確認しながらも、流砂の思考の九割は『どうやってフレンダと一緒に生き延びるか』の一点に集約されていた。

 フレンダを救うためには、まず最初に流砂が生き延びる必要がある。流砂さえ生き延びていれば、垣根が勝手にフレンダをアジトにまで引っ張って来てくれる。その後に全力で逃亡してカエル顔の医者の病院にでも匿ってもらえば、全てが解決――最高のハッピーエンドが実現する。

 匿ってもらったからと言って安心できるわけじゃないが、それでも事態が落ち着くまでの一先ずの安全は保障されるはずだ。あの医者には不思議なコネがあるし、かつてお世話になった流砂は彼にとっての『患者』だ。患者を護る為ならばどんなことでもやる――そんなポリシーを持っているのが、あの最上の名医なのだ。

 流砂は調子を確かめるように、ゴーグルを頭へとフィットさせる。今、流砂がいるのは、素粒子工学研究所の中腹部。麦野沈利が来るまで、残り五分と言ったところだろう。それまでに覚悟を決めれば、全ての計画を無事に達成できるはずだ。

 

 

 しかし、運命はあくまでも流砂に反逆する。

 

 

 最初に感じたのは、妙な気温の上昇だった。ちょっと肌寒いくらいだった研究所内の室温が、肌でギリギリ感じ取れるぐらいの変化をしたのだ。言うならば、汗が一滴だけ噴き出してくるような暑さだろうか。

 そんな違和感こそが流砂の幸運だった、というのは言いすぎなのか。

 しかしそんな違和感があったからこそ、流砂は姿の見えない襲撃に対処することができていた。

 暑さを感じた数秒後、彼の目の前の壁が急激に赤く溶けだした。ガラスを熱して溶かしたかのような光景を前に、一瞬で全てを悟った流砂は後ろに思い切り跳躍する。

 直後、青白い光線が分厚い壁を消し飛ばした。

 

「『原子崩し(メルトダウナー)』ァッ……!」

 

「わざわざ他者紹介ありがとう。でも、私たちにはそんな時間なんて残されていないの。――だから、ここで大人しく消し炭になりな、雑魚野郎」

 

 手荒い登場を果たした麦野沈利を前に、流砂の頬を一筋の汗が伝う。麦野の後ろにいるのは『能力追跡(AIMストーカー)』の滝壺理后だろうか。予想はしていたが怖ろしすぎるコンビだな、と流砂は小さく舌を打つ。

 しかし、ここで律儀に感心している場合ではない。

 一瞬で意識を切り替えた流砂は圧力操作能力を駆使して床を無理やり引っこ抜き、滝壺に向かって投げつける。麦野を狙ってはいけない。戦闘力が皆無な滝壺を狙えば、麦野が勝手に迎撃してくれる。滝壺が居なければ、麦野は正確な座標に光線を撃ち込むことはできない。二人で一人前、という言葉が何よりも当てはまるコンビだからこそ、その中に致命的な弱点が存在する。

 対処不能な矛があるならば、無理やり盾として機能させればいい。矛で攻撃を防ぐなんていう曲芸をさせ続けていれば、こちらの攻撃のチャンスが向こうから勝手にやってくる!

 流砂の望み通りに床を消し飛ばした麦野は、心底興味なさそうな顔で言い放つ。

 

「自分の身体が発生させる圧力を増減させる能力者、か。今の攻撃手段から察するに、せいぜい大能力者程度のモンだな。まぁ、大能力者でも十分なんだろうけど――相手が悪すぎたわねぇ!」

 

「ッ!?」

 

 叫びと同時に放たれた『原子崩し』が、流砂の頬を掠った。今のでゴーグルのプラグの何本かが持っていかれたが、補助演算機能に支障が出るほどではない。まだ戦える。諦めずに戦い抜けば、きっと道は拓けてくるはずだ!

 

 

 しかし、運命はあくまでも――草壁流砂を翻弄する。

 

 

 最初に気づいたのは、麦野沈利だった。

 「ん?」と眉を顰めた彼女は、蚊を払い除けるかのように右手を小さく振った。

 ただそれだけの行動で――

 ――数発のミサイルが跡形もなく消し飛んだ。

 流砂はハッと息を呑み、両目を大きく見開かせる。

 しかし、彼が驚いているのは麦野がとった行動にではない。もっと他の、ある意味では凄く単純な問題。

 ミサイル(・・・・)を放った(・・・・)少女にだ(・・・・)

 

「……おい。それは一体どういうつもりなのかしら――ふーれんだぁ?」

 

 額に青筋を浮かべながら、麦野は声に怒気を含ませる。

 ミサイルが飛んできた方向――この部屋の本当の扉の方に、その少女は立っていた。

 フレンダ=セイヴェルンと呼ばれるその少女は、両手に小型のミサイルを構えた状態のまま、流砂に薄らと微笑を向け、

 

「私だって、自分が何をしてるのかなんて分からないよ」

 

「分からない、だぁ? 思慮分別のつかないガキじゃあるまいし、そんな言い訳が適用されるわけねえだろうが」

 

「言い訳なんかじゃないって訳よ。ホントのホントで、気づいたら体が動いてたんだ」

 

 そう言いながらも、フレンダは小さく笑う。

 

「……私にとって、その人は無意識に助けてしまうぐらいに大事な人なの。世界で初めて私の全てを受け入れてくれた、大事な大事なパートナーなんだ。『アイテム』みたいな形だけの繋がりじゃない。ホントのホントに心の底から信頼できる――最愛の人なんだ」

 

「……それで、私たちを裏切るってか? 粗末な戦闘力しか持ってねえお前が、この私に牙を剥くってか?」

 

 麦野の言葉に、フレンダが小さく頷きを返す。

 麦野は「はははっ」と乾いた笑いを零し、

 

「――ふざけてんじゃねえよ、クソガキがぁ!」

 

 フレンダに向かって数本の光線を発射した。

 咄嗟の判断でフレンダは横に転がり、麦野の攻撃を寸でのところで回避する。フレンダの救援に行くために流砂は一歩踏み出すが、麦野の光線がそんな流砂の行動を妨害する。怒りに任せて撃ち放つ光線が、室内を縦横無尽に駆け回っている。

 狂気に満ちた笑みを浮かべながら、麦野沈利は激昂する。

 

「超能力者に牙を剥くなんて思考自体がもはや無謀だっつってんだよ! 愛する人を助けるため? そんな甘ったるい理由で私の闇に足を踏み入れるな! そんな生半可な覚悟でこの街の『闇』を何とかできると思ってんのかぁ!?」

 

 光線が床を抉り、室内を蹂躙し、壁を消し飛ばす。フレンダは持ち前の身軽さでなんとか攻撃を回避しているが、あまりにも多すぎる手数に体力が奪われてしまっている。足はもつれそうにがくがくと震えていて、顔は薄らと青褪めている。

 そして数秒後、突き出ていたコンクリートの床に足を取られ、フレンダは転倒した。思わず流砂は駆け寄ろうとするが、それを麦野が冷酷に遮った。光線がゴーグルに直撃し、そのままの勢いで流砂の身体が壁に一直線に激突する。

 

「がッ――ばァアッ!」

 

「りゅ、流s――ぐギっ、あ゛ァ゛アアああああああああああアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 無様に吐血して崩れ落ちる流砂にフレンダは必死に手を伸ばすが、そんな彼女の腰に麦野の足が無情にも振り下ろされる。――直後、骨の砕ける音が辺りに響き渡った。

 麦野は無表情を崩すことなくゆっくりと足を上げ――

 

「っぁ……――ぎィいヤぁああアアアアアあああああああああああああああああッ!!」

 

 ――砕けた腰骨を再び踏み抜いた。

 フレンダの獣のような悲鳴が上がる中、麦野は何度も何度も何度も何度も彼女の腰を踏みつける。砕けた骨が肌を貫通して飛び出しているのを冷たく見下ろしながら、フレンダの腰をただただ非情に無情に蹂躙する。

 そしてあまりの激痛のせいでフレンダが意識を失った直後、

 

「勝手に寝てんじゃねえよ、ふーれんだぁああああああああっ!」

 

「あぎゅぁあああああああああああああああああっ! あひっ、おブぁ……あぁああああああああああああああああああああっ!」

 

 『原子崩し』で彼女の身体を綺麗に切断した。

 良く研がれた包丁で切ったかのように美しい切断面を残し、上半身と下半身を分断されたフレンダは涙を鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で泣き叫ぶ。視線の先には、満身創痍ながらも必死に歩み寄ってきている、草壁流砂の姿があった。

 ぴくぴくと痙攣しながらも、フレンダは流砂に向かって手を伸ばす。

 うああ、と呻きながらも、流砂はフレンダに向かって手を伸ばす。

 麦野は冷たい視線を流砂に向け、ニィィと口を三日月状に裂けさせる。

 そんな麦野なんかには気づかない様子で、流砂は転がるようにフレンダの元へと歩み寄る。一メートル、二メートル、三メートル……何度も何度も転びそうになりながら、流砂はフレンダに近づいていく。

 

「えぶっ、おぇ……りゅ、りゅぅ、さぁ……」

 

「あぁ、くそっ……助けてやる。助けてやる助けてやる助けてやる……」

 

 絶望に染まった顔で愛しい少年の名を呼ぶフレンダに、流砂は狂ったように『助けてやる』と言い放つ。目の前の状況が理解できずに脳がパンクしているのか、彼の眼には狂気の色が見て取れる。

 延ばされたフレンダの手に向かって、流砂は全身に鞭を打って右手を伸ばす。伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばし――

 

 

 フレンダ=セイヴェルンが消し飛んだ。

 

 

「―――――――――、え?」

 

 ぴちゃっ、という音の直後、顔に生暖かい感触が走った。だが、今の流砂にはそんなことすら把握できない。何が何だか分からない状況を前に、思考が完全にトんでしまっていた。

 ついさっきまで目の前にいたはずの少女が、一瞬にして消えてしまった。腰骨を砕かれて身体を切断されても尚、流砂を求め続けていた少女が――霧のように搔き消えてしまった。

 流砂は凍りついた表情のまま、顔に付着していた物体に震える手で触れる。――それは、人間の肉片だった。

 直後、流砂の精神が完全に崩壊する音が、麦野の耳を刺激した。

 狂ったような表情で、流砂は肉片を口に含む。くちゃ、という音を立て――くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ――とガムを噛むかのように肉片を咀嚼する。

 それはまるで、フレンダ=セイヴェルンという少女の存在を、確かめるかのように見えて。

 思わず顔を顰めた麦野は吐き捨てるように舌を打ち、

 

「そんなにアイツのことが大事なら、二人仲良く逝かせてやるわよ」

 

 渾身の『原子崩し』を撃ち放った。

 




 というわけで、フレンダルートはどう抗ってもバッドエンドなのでした。

 普通に考えて流砂とフレンダじゃ麦野に勝てませんから、どう頑張ってもこの結末になってしまう、というわけです。

 そう考えてみれば、今のエンドが一番平和だったのかなぁ、なーんて。

 それでは次回は、人気第一位の絹旗最愛のIFエンド短編です。


 感想・批評、評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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人気第一位 絹旗最愛の選択

 ついに、人気投票第一位、絹旗最愛の記念短編です。

 やっと、やっとここまで漕ぎ着けたよバーニィ……ッ!

 今回も例の如く、絹旗IFエンド仕様となっています。

 フレンダIFエンドは賛否両論ありましたが、今回のエンドは一体どうなることやら。

 とりあえず、絹旗がメインになるように気を付けながら書きました。

 それでは、人気投票短編最終回、スタートです。



「映画を超観に行きましょう、流砂!」

 

「……………………………はい?」

 

 時は十月七日。

 暗部組織『スクール』の正規構成員である草壁流砂は、十三歳ほどの少女にそんなことを提案されていた。滞在しているのがファミレスなため、少女の声は騒音にかき消されて周囲の客には届かない。

 茶髪をボブにしていてギリギリ下着が見えない位置までの長さのセーターを着ている、何を考えているのか逆に分かり辛い少女。そんな少女の手には、『カエル・イン・ザ・ダーク』という地雷なのか傑作なのか全く予想できない名前の映画のパンフレットが。だがしかし、どう考えてもC級映画っぽい空気を放ちに放ちまくっている。

 絹旗最愛。

 暗部組織『アイテム』の正規構成員であり、『窒素装甲』という大能力者級の能力の使い手であり、流砂の恋人でもある少女だ。……別に流砂がロリコンという訳じゃない。断じてない。

 弱冠十八歳の流砂は面倒くさそうに黒髪と白髪が入り混じった頭をガシガシと掻き、弱冠十三歳の少女に問いかける。

 

「あのー、最愛さん? 今あなたが何を言ったのかが上手く分からなかったから、もー一度言ってもらってもイイッスか?」

 

「久し振りに超傑作の予感がバリバリなんです! そして公開日は超今日だけ! これは今から観に行かずしていつ観るのか――今でしょ!」

 

「いやいやいやいや、全然意味分からねーッス。しかもその映画、絶対に地雷だって! 何でカエルが闇の中にいるんだよ! どー考えても映画のオチは『カエルは車に引かれそうになったその瞬間、走馬灯を見てぺしゃんこに潰された――』みたいな感じになるんだって!」

 

「む。そうやって勝手にオチを超決定づけるのは気に入りませんね。よーっし、それではこうしましょう!」

 

 絹旗はちんまりとした体を大袈裟に動かし、

 

「映画のオチがあなたの言う通りだったら、私があなたの命令に一度だけ超従ってあげましょう!」

 

「それ結局映画見ること前提じゃねーかよ!」

 

 叫びながらも全力でノーの構えを見せる流砂だったが、絹旗の怪力によって無理やり映画館へと連行された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局、映画のオチは流砂の言う通りのものだった。

 ショートフィルムということで、映画の長さは約二十分。その全ての尺がカエルの一生だけで潰されていて、しかもそのカエルというのがどう見てもペーパークラフト。せめて粘土細工にしろよ、という流砂の心の叫び虚しく、ペーパークラフトのカエルは最終的にはダンプカーに潰されてしまった。もちろん、その前にはちゃーんと走馬灯のような回想のシーンが描写されていた。というか何故にダンプカー。

 そんないろいろな謎とシュールさだけを残した映画を頭にある意味では深く刻みつけることになってしまった大能力者コンビは、別々の意味で頭を抱えながら第七学区の歩道を歩いていた。

 流砂が頭を抱えている理由は、「やっぱり駄作だったなー」という至って普通なもの。

 しかし、絹旗が頭を抱えている理由は――

 

「ぐぁあああああああっ! ま、まさかこの私が、超流砂の性奴隷にならないといけなくなるなんて……ッ!」

 

「オイやめろそんな言葉吐き出すな周囲の人の視線が痛い!」

 

 アラヤダあの人サイテー、とか囁き合いながら軽蔑の視線と共に小走りで去って行く女子高生に、流砂の精神はガリガリと削られてしまう。というか、絹旗の勝手な決めつけで流砂の評判が著しく落ちていっているこの現実を、誰でもイイからぶち殺してほしい。

 頭を抱えて青褪めている絹旗の頭をぺしっと叩き、流砂は小さく溜め息を吐く。

 

「俺ァ別に、お前にそんな卑猥なコトなんてさせるつもりはねーッスよ。っつーかお前のスタイルでエロいコトなんてできねーだろ? 身の程を弁えろ☆」

 

「よーっし絹旗ちゃん超本気出しちゃいますよー」

 

 ゴギリ、と指の関節を鳴らす絹旗。流砂は表情を凍りつかせたまま一筋の汗を垂らしてしまう。というか、なんか隣の少女から放たれている鬱屈したオーラがなんとも言えないぐらいに怖い。まるでどっかにスタンドがいるかのような怖ろしさだ。プレッシャー、ともいう。

 あはあはは、と乾いた笑いを零しつつ、流砂は思考を開始する。議題は『絹旗にどんな命令を出すか』だ。因みに、エロい命令は端から除外する。そういうのはもっとこう、絹旗の体つきが女性的なものになってから――

 

「ッッてぇぇええええええッ! て、てめコラ、いきなり弁慶の泣き所クラッシュは反則だろーが! あまりにも突然すぎる不意打ちに能力防御が追い付かんかったわ!」

 

「なにか超失礼なことを考えている顔をしていましたから、くいっとやっちゃいました。反省はしていません誰でもよくなかったですこの愛を受け取って、ダーリン☆」

 

「よし分かった今ココで泣かせてやるコノヤロウ」

 

「超流砂の貧弱なテクじゃ一生かかっても無理ですよ」

 

 お前ら本当に恋人同士か? というツッコミを入れられてしまいそうなやり取りをしながら、大能力者コンビは歩道をずんずん突き進んでいく。因みに、二人の手は仲睦まじく繋がれている。仲が悪そうな言動からは察せないが、これでもかなりの相思相愛なのだ。

 そしてちょうど五分が経った時、流砂の口から一回限定の命令が告げられた。

 

「――俺を『アイテム』に入れてくれ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 草壁流砂が『スクール』の正規構成員だということを、絹旗最愛は知っている。もちろん、その逆もまた然り、だ。

 最初に彼らが出会ったのは、九月の上旬も上旬、大覇星祭の一週間以上前のことだった。きっかけは確か、絹旗が落とした映画のパンフレットを流砂が拾って酷評したのでキレた絹旗が流砂を映画館にまで連行した、というものだったハズだ。

 もちろんその映画は予想通りの駄作だったわけだが、その映画単品でC級映画の価値を決められたくなかった絹旗は、流砂の連絡先を自力で調べ上げ、彼を徹底的にマークした。街中で見つけては映画館へと連れていき、ファミレスで見つけては映画館へと連行する。その過程で流砂が『スクール』の正規構成員だということを知ったのだが、同じ暗部所属である絹旗は大して気にしなかった。

 互いに暗部の人間であることを打ち明けた後、流砂の頭の中に一つの考えが浮かんだ。それは絹旗と出会っていなければ絶対に成功することがないであろう、ある意味では苦肉の策だった。

 ――それは。

 

「『スクール』を裏切って『アイテム』に情報を売り、死亡フラグを回避する――ですか。相も変わらず信じがたい話ですが、まぁあなたの言うことだから超素直に信じてあげましょう。良かったですね、私が超優しい純情乙女で」

 

「あーはいはいありがとーございますぅー。最愛ちゃんは優しくて良い子ですねー」

 

「むぅ……頭を撫でられるのは嬉しいのに、子ども扱いなのが妙に超腹立たしいです……」

 

 そう言って口を尖らせながらも頬を朱くしている絹旗を見て、流砂は表情を緩ませる。

 絹旗は、流砂が前世の記憶を持っていることを知っている。というか、意を決した流砂が彼女に打ち明けたのだ。

 もちろん、最初は信じられなかった。科学の総本山である学園都市で暮らしてきたからだとかそんなことは関係なしに、前世の記憶を引き継いでいるという言葉自体には信憑性の欠片も無かったから。どんなに都市伝説が好きな少女でも、流石に信じられる規定をオーバーしている。

 しかし、絹旗は流砂の話を信じることになった。――というか、身を以って信じさせられた。

 流砂は自分の話を絹旗に信じさせるため、これから起こる学園都市でのとある事件の詳細を全て彼女に伝えた。『〇九三〇事件』と呼ばれる、学園都市最大の事件について――。

 そして九月三十日、彼の予言通りの事件が起こった。もちろん、結末も予言通り。『前方のヴェント』というテロリストの姿を目視しないように気を付けながらその事件の様子を全て自らの目で確認したが、本当の本当で彼の予言は当たってしまった。

 ここまで来たら、彼の言葉を信じるしかない。

 そんな経緯によって流砂の秘密を信じることになった絹旗は、更に『十月九日』のことを聞かされた。

 草壁流砂が麦野沈利に殺されるという、あまりにも酷すぎる結末を――。

 

「いやまー、別にお前に迷惑かけるつもりはねーんスけど、こっちもこっちで必死ッスからね。使えるモンは最大限利用していくつもりで頑張っていこーかと」

 

「恋人目の前にして何ぶっちゃけてるんですか、超流砂。それ、普通に考えて超失敗フラグですよ?」

 

「でも協力してくれるんだろ? 最愛のそーゆーツンデレなトコ、俺は好きッスよ?」

 

「………………バカ流砂」

 

 絹旗は再び口を尖らせ、直後に流砂の足を踏みつぶした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして、十月九日がやって来た。

 流砂は原作通りに『人材派遣』を処分してアジトに戻り、垣根から『ピンセット強奪作戦』についての計画を聞かされた。いちいち『アイテム』の連中と連絡を取ることはできないので、流砂は自分のゴーグルに盗聴器を仕掛け、計画の情報をリアルタイムで『アイテム』に送り続けた。

 作戦会議を終えた『スクール』の面々は、隙を置くことなく素粒子工学研究所へと移動。己の能力というたった一つの武器を手に、学園都市への反逆行為を開始する。

 

「無事に『ピンセット』を奪い取ったら、この研究所を破壊する。逃げきれなかった奴は置いていくが、死ぬ覚悟ぐらいはできてんだろう?」

 

「私は死にたくはないから、逃げる時は全力疾走ね」

 

「右に同じッス」

 

「正直すぎんだよテメェら! もうちょっと俺のやる気を削がねえように気を配りやがれ!」

 

『………………ハッ!』

 

「よーっしムカついた。テメェらまとめて愉快な肉塊オブジェに変えてやる」

 

 垣根はそう言いながら額に青筋を浮かべるも、肩で息をして意識を仕事モードへと即座に切り替えた。

 そして垣根は研究所の中へと一歩踏み出し、

 

「――それじゃあ、楽しい楽しい反逆ショーを始めよう」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 研究所へと侵入した直後、流砂はすぐに絹旗と合流した。麦野沈利と滝壺理后、それにフレンダの三人が垣根帝督と心理定規を処分する手筈となっており、絹旗は流砂の身柄の安全を確保する係に任命されていた。というか、絹旗が勝手にその任務に就いているだけで、本当は彼女も迎撃に参加しないといけないのだが。

 裏口から外へと出るや否や、流砂は携帯電話を操作し、とある人物へと電話を掛ける。

 ワンコール目で繋がった。

 

『もしもし?』

 

「久し振りッスね、先生! そして久し振りついでにちょっと俺を匿ってもらえないッスかっ?」

 

『…………理由を聞いてもいいかな?』

 

「第二位の超能力者、垣根帝督に殺される可能性がある! 身勝手で我が儘な願いだとは自分でも十分に理解してるッスけど、無理を承知で頼みます! 俺の身柄の安全を保障してください!」

 

 返事は、無かった。

 流砂の言葉の直後、何とも言えない沈黙だけが通話口から聞こえてきた。……だが、別に通話が切れたわけじゃない。電話の相手の息遣いが、薄らながらに聞こえてくる。

 そして、約一分が経過した頃。

 相手が願い通りのリアクションを見せた。

 

『……病院の三階の一番奥の病室』

 

「え?」

 

『そこなら誰の目にも止まらないし、ちょうど空き部屋になっている。君は僕の大事な患者の一人だからね? 患者が必要としているものを揃えるのが僕の仕事だ。――君の安全はこの僕が責任を持って保障しよう』

 

「っ――――、あ、ありがとうございます、先生!」

 

 目尻に涙を浮かべながら電話を切り、能力を駆使して粉々に砕き割る。『スクール』との関わりは出来るだけ潰しておいた方がイイ、という流砂なりの考えによる行動だ。

 流砂のリアクションから全てを悟った絹旗は彼の手をギュッと握り、

 

「方針が決まれば何とやらです。今すぐにでも超ここから撤退しましょう」

 

「俺が言うのも何なんスけど、本当に良かったんスか? 結果的にゃ、お前が仲間を裏切るみてーな構図になっちまっ――」

 

 その先の言葉は、絹旗の唇によって遮られた。

 襟首を掴まれて引っ張られてのキス、というなんとも強引な行為で、絹旗は流砂の言葉を黙殺する。幼い彼女からは予想もできないほどに、その唇は柔らかかった。

 「――ぷはっ」流砂から唇を離した絹旗は、すぐに彼の腕を引いて走り出す。

 頬どころか顔全体を真っ赤にした絹旗は大股で走りながら、

 

「全てを犠牲にしてでも護りたい、って思えるぐらいあなたを好きになっちゃったんです。仲間を裏切るなんて言う最悪な行為を選んででも、私は超あなたを護りたかった」

 

「…………最愛」

 

「だーかーらー、そんな超辛気臭い顔を、わざわざ私に見せないでください」

 

 流砂の顔を見ることも無く言葉を紡いでいた絹旗の、走行速度が一段階上がる。腕を引っ張られる痛みに耐えながらも、流砂は置いて行かれないように必死に彼女に食らいつく。

 全てを捨てた、二人の大能力者の逃避行。何も変えられずに何も手に入れられずに迎えた結末だが、それでも絹旗は流砂を救う道を選んだ。裏切り者、という汚名を着せられてでも、絹旗は大切な人を護り抜く道を選んだ。

 絹旗は流砂の指に自分の指をしっかりと絡め、彼の体温を自分の体に馴染ませていく。

 そして更に走りの速度を上げながら――

 

「ハッピーでもなんでもないエンドかもしれませんが、私にとっては超最高のラッキーエンドなんです!」

 

 ――弱々しい子供のように笑った。

 




 麦野ルートは、誰も死なないハッピーエンドで、

 フレンダルートは、誰も救われないバッドエンドで、

 絹旗ルートは、二人だけが幸せになるラッキーエンド。

 選択するヒロインによってエンドが変わる、というコンセプトの下やってみましたが、皆さまはどのエンドが好みでしたか?

 とまぁ、その選択は読者の皆様に任せるとして――


 ついに次回から、新約編の開始です! ひゃっほぅ!

 新約編と言えば、猫耳サイボーグや最強の多重能力者やナチュラルセレクターや木原一族の皆さんやイケメルヘン復活やフレメア覚醒や……エトセトラエトセトラ。

 もう魅力が多すぎてひゃっほいですね。 ひゃっほい!

 プロットは一応あるにはありますが、原作の新約編が完結するまで油断はできないという胃に超負担がかかる毎日がやってきそうな予感がががが……ッ!

 旧約編とか休約編で無駄に伏線張りまくったんで、その回収も一気にやっていく予定です。

 それでは、次は新約編で。

 P.S.

 し、新約編ではフレンダが(ヒロインとして)もっと活躍するかもなんだからねっ!



 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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新約編
第一項 新たな物語


 そんなわけで、二話連続投稿と共に、新約編の開始です。



「フハハハハハ! ついに、ついにこの時がやって来た! 私が世界を支配する、最高の瞬間が!」

 

「――――――、な……ッ!」

 

「乙姫は捉えた。その部下の魚介類たちもすでに我が手中。地上には、つい一時間前に我が部下共が侵攻を開始している。もはや私を止められるものなどこの世にはおらぬ!」

 

「き、貴様ァ! 何者だ!」

 

「あえて聞かずとも、お前は私のことを誰よりも知っているハズだ。――そうだろう、浦島?」

 

「な、何故、オレの名を……――ま、まさか貴様は!」

 

「フハハハハハハハ! 今更気づいたところで、すでに世界は我が策略に囚われている! だがしかし、かつては私の策にどっぷりと浸かってくれた貴様に感謝の意を示してやろう」

 

「……ッ!」

 

「私の名は亀! この世界の神になる爬虫類だ!」

 

「なん……だと……!」

 

「世界を支配するためには、貴様のような偽善者は不要だ! ここで恩を仇として返してくれる!」

 

「そんなことは、オレが絶対に許さない! いくらリミッターが三段階外れようとも、貴様は所詮亀畜生、人間様に虐げられる存在だ! 貴様など、このオレの上腕二頭筋と総指伸筋、更には太腿四頭筋と下腿三頭筋だけで蹂躙してくれるわ!」

 

「やれるものならやってみろ! まぁ、リミッターを更に四段階外したこの私には、広背筋と外腹斜筋、更には半腱様筋と半膜様筋があるがな!」

 

「――世迷言はそこまでだ、亀ェェェェ!」

 

「――私は亀をやめるぞ、浦島ァァァァ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 巨大なスクリーンを呆然と見上げながら、草壁流砂はジュースの入れ物を能力未使用の握力のみで握り潰した。

 あの野郎、わざと駄作を教えやがったな……ッ!

 とある大能力者の友人から勧められた映画は、何で学園都市に輸入されてきたのかが全然分からないほどに駄作だった。というか、『世紀末URASHIMA伝説』という題名から内容を予測していれば、こんな無駄な時間を過ごすことはなかったのかもしれない。

 

「……まぁ、マニアさんが勧める映画なんて、こんなもの」

 

 死んだ瞳でそう呟いたのは、隣の席に座っている一人の少女だ。因みに、『マニアさん』というのは、『絹旗最愛』というC級映画マニアのことを指している。

 シルフィ=アルトリア。

 自分に迫りくる危険だけを察知する、という摩訶不思議な能力――『回帰媒体(リスタート)』を有する『原石』であり、流砂に(いろいろな意味で)懐いている若干九歳のゴスロリアホ毛少女である。因みに、妙に大人びているのが大きな特徴だ。

 今日はシルフィの小学校編入祝いとしてこの映画館にやって来たわけなのだが、バカな知り合いのせいで凄くダメなスタートを切ってしまった。これは後でシメないと割に合わない。というか、シルフィの純粋な心に歪みに歪みまくった『浦島太郎』がインプットされてしまったらどうするんだ。……やっぱり後でぶん殴ろう、いつもの五割増しで。

 九歳の女の子は絶対にしてはいけない感情ゼロの瞳でスクリーンを茫然と見つめるシルフィの頭をポンポンと叩き、流砂は椅子から立ち上がる。――直後、シルフィが素早い動きで流砂の肩に乗っかった。相も変わらず彼の肩はシルフィの特等席の様である。

 まだ映画は『筋骨隆々の亀と髪が逆立って金髪になった筋骨隆々の浦島太郎がコサックダンス対決をしている』シーンの最中なのだが、二人は既に映画からは興味を軽く失っているらしく、

 

「……ゴーグルさん。この後、何するの?」

 

「んー、そーッスねー……今日は『アイテム』連中は何かと忙しーらしーッスから、とりあえず家にでも帰るとするッスかね」

 

 それにしても、と流砂は思う。

 スクリーンの中のバカげた戦争ではなく、自分が体験してきた本物の戦争を鮮明に思い出しながら、

 

「なんだかんだで叩き折っちまったなー……死亡フラグ」

 

 誰が主役で誰がどうなるかなんて、意外と分からないものである。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 学園都市。

 東京西部を開拓して作られたにもかかわらず、総人口二百三十万人という大都市にまで成長した――最先端科学の総本山。人口の八割は学生で、教育の一環として超能力開発を取り入れている、教育機関の結集都市。巨大な壁で周囲を囲まれていて、その壁を境に科学技術の差が三十年以上も広がってしまっているとかいないとか。

 能力開発による学生たちの区分は、無能力者(レベル0)低能力者(レベル1)異能力者(レベル2)強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)の六つであり、流砂はその中の大能力者に位置している。まぁ、演算能力が欠陥品であるという欠点さえ克服すればすぐにでも超能力者認定される可能性があるほどの人材なのだが、自分を過小評価する癖がある流砂はそんな自分の中に秘められている可能性には気づいていない。

 そんな微妙な立ち位置の流砂だが、ガッカリするのはまだ早い。彼にはこの世界で唯一と言えるほどの秘密がある。

 前世の記憶を引き継いでいる、というイレギュラーな才能。

 『とある魔術の禁書目録』及び『とある科学の超電磁砲』の原作知識を有していた彼は、その記憶を頼りに第三次世界大戦までのイベントを全て切り抜けてきた。超能力者との戦闘でも生き延びたし、神の右席との戦いからも生き延びることができた。生還フラグ保持者、という称号が付けられる日もそう遠くはないだろう。

 だが、そんなイレギュラーな才能も、今となってはただの蛇足。『旧約編』と呼ばれる範囲の原作知識しか有していない今の流砂は、これからのイベントに対して何の策も有していない。つまるところ、第三次世界大戦を切り抜けたことで、流砂のアドバンテージは文字通り消失してしまったということだ。

 しかし、それでも流砂は一応は第三次世界大戦を切り抜けた。

 それは凄く誇れることであるし、そもそも誰でも成し遂げられるようなことではない。

 ロシアでは神の右席に牙を剥き、更には能力の新たな可能性を開花させたあの男。

 世紀末皇帝KUSAKABEが取り戻した日常はと言えば……

 

「ロリコン兄貴死ねぇええええええええええええええーッ!」

 

「っぶねぇええええええええええええええーッ!」

 

 数メートル前方から一気に跳躍して飛燕脚を決めてくる黒白ショートヘアーの少女を転がるように回避しつつ、流砂は渾身の叫びを上げる。

 結局のところ、第三次世界大戦を乗り越えていようがなんだろうが、彼の死亡フラグ人生に変化など訪れるはずがないのだ。そんな簡単に消えてくれるほど、『全旗乱立(フラグメイカー)』は甘くない。

 ちなみに、たった今見事な武術を披露した少女の名は草壁琉歌(くさかべりゅうか)

 名前から分かる通り、草壁流砂の実妹だ。能力強度は無能力者なのだが、通信教育で鍛え上げた戦闘力と流砂譲りの行動力はもはや超能力者級だと言える。あー後、凄く暴力的だ。

 映画館から帰路に就いた流砂は、その途中で彼氏と仲睦まじそうに歩いている琉歌を発見し、兄貴としての立場を利用して彼女をからかおうとした。――しかし、状況と立場が一変。可愛らしい幼女を肩車していた流砂を見た琉歌の額に青筋が浮かび、先ほどの飛燕脚へとつながるわけだ。

 謝罪系男子の殻錐白良(からきりはくら)と電波系幼女のシルフィ=アルトリアが見守る中、草壁兄妹はあまりにも騒がしい兄妹喧嘩を開始する。

 

「い、いきなり何すんじゃボケェ! 俺じゃなかったら今の直撃してたぞ!?」

 

「ワザと当てなかったんですよ、このバカ兄貴! っつーか連絡も寄越さずに最近まで何してやがったんですか!? そしていつの間にか引き連れているその幼女! アンタはいつからロリコンに成り下がっちまったんですか!?」

 

「酷い言い掛かりつけてんじゃねーぞ、この暴力娘! っつーか俺にゃダイナマイトボディの彼女がいるんだよバーカ! つまりぃ、俺はロリコンじゃなくて年上好きということになるッッ!」

 

「それがわざわざドヤ顔浮かべてまで言うことかぁああああああああっ!」

 

「効かんわぁっ!」

 

 叫びと共に振り下ろされた踵を圧力操作能力を駆使して防御する。攻撃を塞がれるのは予想通りだがやっぱり納得いかない様子の琉歌は、「ちぃっ!」と吐き捨てるように舌打ちしながら数メートル後方にまで宙返りする。翻ったスカートの中から、スパッツが一瞬だけ確認できた。

 そんな訳で、今まで色々な女性の下着を(偶然)見てきた流砂くんから一言。

 

「…………色気の全く感じられねースパッツなんて、需要ねーと思うぜ?」

 

「ッッッツツツ!? き、気安く見てんじゃねーですよバカ兄貴! べ、別にいいんです! 白良君にさえ需要があれば、私は大大大満足なんですぅーっ!」

 

「その彼氏に需要があるかどーかも微妙なトコだろーけ……甘い!」

 

「ちぃっ!」

 

 凄まじい速度で撃ち込まれた右ストレートを、流砂は最低限の動きだけで回避する。

 

「避けんな大人しく当たりやがれDEATH!」

 

「今語尾にスゲー怖ろしー言葉ついてなかったッスか!? っつーか今の罵倒、お前の特徴的な口調で隠し通せるとか思ってんじゃねーだろーなぁ!」

 

「鈍感なのに定評がある兄貴だったら、聞き逃してくれると思ってます。……下着売り場で星になるよーな、ダメエロクソ兄貴なら」

 

「オイちょっと待てコラそれ一体誰情報だ!」

 

「白良君の高校の同級生の、語尾が『にゃー』の人です」

 

「未だ他人の土御門ォオオオオオオオオオオオッ! 何でお前はそんなに迷惑属性なんだァアアアアアアアアッ!」

 

 金髪サングラスの多角スパイがニヒルに笑う光景を頭に思い浮かべつつ、流砂は天に向かって咆哮する。

 琉歌が蹴って流砂が防御し、何かを思い出したように流砂が絶叫する。そんなやり取りを何度も何度も繰り返し、二人は傍から見ても分かるほどに疲弊してしまっていた。肩を大きく上下させ、首元からは蒸気のようなものが上がっている。

 そして汗が引くとともに冷静さを取り戻していった草壁兄妹は『ふんっ!』と鼻を鳴らしながら互いに背中を向け――

 

「行きますよ、白良君!」

 

「え、ちょ、琉歌さん!? お兄さんとのやり取り、あれで終わりでいいんですか!?」

 

「構いません!」

 

「ほら行くぞ、シルフィ!」

 

「……ゴーグルさん、妹とは仲良く、ね?」

 

「分かってるッスよ!」

 

『そんなの、俺(私)が誰よりも分かってる!』

 

 ――微妙な兄弟愛を披露した。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第二項 平和な時間

 メインヒロインが、サブヒロインが、不憫ヒロインが……出てこない……ッ!



 騒がしくも大事な実妹との抗争を終えて帰宅した流砂を待っていたのは、額に青筋を浮かべたステファニー=ゴージャスパレスだった。

 え? と疑念を抱く流砂をステファニーは睨みつけ、

 

「なんで私を置いてっちゃうんですか!? 私も同行したかったのに! というか、同行したいって昨夜言ったじゃないですかぁ!」

 

「いや、ンなコト言われても……俺たちが出ていくとき、お前まだ寝てたじゃねーッスか。起こすのも悪いかなって思って置いてったんだよ。俺とシルフィの最大の気遣いだ」

 

「そこは無理してでも起こしてほしかった! うぅ、なんでいつも私だけアウェーなんですかぁ! うわーん!」

 

「イイ歳した大人が泣くなみっともねー」

 

 うわーんっ、と子供のように涙を流すステファニーに流砂は深い溜め息を向ける。これでも最近までは殺し屋だったというのだから笑えない。ちょっと怒らせるとすぐに機関銃向けてくるしな、と彼女の欠点を心の中で指摘する。

 ジーンズに赤の長袖パーカーにエプロン、という格好のステファニーの腕を引き、流砂はとりあえず居間へと向かう。どうやら彼女は掃除の最中だったようで、居間の端っこに最新型の掃除機が鎮座していた。この間三人で家電量販店に行ったときにステファニーから強請られたので渋々買った、予想もしない出費の証だ。

 めそめそ泣いているステファニーをソファに座らせ、その隣に腰を下ろす。

 

「映画はスゲー駄作だったから、逆にお前は観なくて正解だったんじゃね? 下手すりゃ一生消えない心の傷を負わされるぐれーの出来だったッスよ、あの映画」

 

「それでも仲良し家族三人で出かけたかったんですよ、私はぁ! 夫と妻と子供の三人で、楽しい楽しい休日というものをですねぇ!」

 

「オイ待ていつから俺たちは家族になったんだそして何で俺がお前と結婚してるコトになってんだ! 妄想力逞しすぎだバカ! そしてシルフィは俺の上で譫言のよーに『ゴーグルさんと親子うふふあはは』とか呟かない! お前のクールキャラは一体どこに迷子しちまってんだ!?」

 

 ほっぺた抑えてトリップしている幼女と涙目で縋りついてくる女を前に、流砂の耐久ゲージが一気に減少していく。今のこの光景をとある第四位にでも見られでもしたら『ぶ・ち・こ・ろ・し・か・く・て・い・ね☆』とスゲーイイ笑顔で言われてしまうかもしれない。というか、アイツならマジでやりかねない。

 そしてそもそもの問題で、さっきからステファニーの豊満な胸が身体に当たってきて精神衛生上よろしくない。麦野に匹敵するスタイルの持ち主でもあるこの女性は、少しの行動で規格外な色気を見せてしまうことがある。……今回みたいに。

 このままじゃダメだ。いつもいつも攻められまくる受け属性な男じゃこの先生きていけない。いつまでもこんな調子で日々を過ごしていたら、本当に貞操を奪われてしまうかもしれん。

 よって、流砂はこの場に置いてパワーアップを宣言する。

 自分の身体に寄りかかっていたステファニーをソファに押し倒し、その横にシルフィも律義に並べる。突然の奇行に二人は顔を赤くして困惑していたが、今の流砂には関係ない。

 二人を包み込むように上から両手で抑えつけ、

 

「毎回毎回攻めてきやがって……マジで襲っちまうぞイイのかあぁん!?」

 

 突然攻勢に出た流砂に、二人はぱちくりと瞬きする。――そして、二人で顔を見合わせる。

 更に更にそのまま静かに瞼を閉じ――

 

『――ヘイ、カモンカモン!』

 

 迷うことなく逃げ出した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 話は変わるが、この学園都市には様々な施設や設備が所狭しと存在する。

 風力発電のプロペラは学区問わず設置してあるし、警備用や清掃用のロボットが街中を縦横無尽に駆け回っていたりもする。もちろん、その全てに外の世界とは比べ物にならないほどの最先端技術が結集されている。

 さて。

 ステファニーとシルフィのまさかのゴーサインに恐れを抱きエスケープした流砂は、学園都市で一番の知名度を誇る第七学区へとやってきていた。というか、飛び出してきたマンションがそもそも第七学区にある物なので、そこまで遠くへは行けていないだけだった。

 シルフィたちから逃げ出したことで、一気に暇になってしまった。とりあえずはこの無駄な時間を消費するために何かしなければならないのだろうが、基本的に趣味と呼べる趣味を持っていない流砂にとって、それはあまりにも苦行過ぎる。そして友達も少ない。交友関係の九割が暗部関係という時点でなんか人生詰んでる気がする。

 はぁぁ、と溜め息を吐きながら近くにあったベンチへと腰かける。

 そしてズボンのポケットから携帯を取り出して画面を無心で操作していき――

 

「にゃあ。大体、ゴーグルお兄ちゃんはこんなところで何やってるの?」

 

「……突然のご登場ありがとーございます。とりあえず驚きすぎて心臓ばくばくなんでちょっとお時間をちょーだいしてもよろしーッスかな?」

 

「にゃあ!」

 

 創作の中にしか出てこないアイドルのような服装の少女に絡まれた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 駒場利得、という少年がいる。

 その少年は『超能力開発』で落ちこぼれた無能力者たちが集まって作り上げられた『スキルアウト』の中にある一つの組織のリーダーを務めていて、人情溢れる性格ゆえに多くの部下たちから慕われていた。もちろん、『スキルアウトっぽくないスキルアウト』として中々の知名度を誇っていた。

 『スキルアウト』と言っても多種多様で、いろんな派閥や組織が存在する。その派閥や組織は互いに牽制したり協力したり争い合ったりしているのだが、傍から見れば『どれもこれも傍迷惑な不良集団』としか思われない。

 確かに、彼らは人に胸を張って自慢できるようなことをしているわけじゃない。時には法に抵触するような悪事も働くし、平然と一般人を巻きこんだりもする。

 だが、その中で、駒場利得だけは違った。

 彼はあくまでも自分の志を貫き通し、貫き通した末に学園都市の闇に殺された。自分が夢見る世界を作り上げるためだけに奮闘したリーダーは、夢を夢のままで命を散らせることとなってしまった。

 そして、そんな駒場が大事にしていた、少女が一人。

 全てを投げ打ってまで駒場が護り抜こうとした、その少女の名は――

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 フレメア=セイヴェルン。

 ファミリーネームから察せる通り、流砂の友人であるフレンダ=セイヴェルンの実妹だ。

 あえて特徴を上げるとするならば、全然現実的ではないほどの美貌だろう。文字通り人形のような白い肌に青い瞳、手足は細く髪はふわふわとした金髪だ。服装も特徴的と言えば特徴的で、白とピンクを基調として、フリルやレースで妙にモコモコに膨らんでいる。それに対して下は凄くシンプルで、ミニスカートとワインレッドで厚手のタイツのようなものに包まれている。良くも悪くもゲームに登場するアイドルのような格好の少女だった。

 彼女の姉はピアノを彷彿とさせる黒白なのに、妹の方は妙に派手なアイドル色。姉妹と言ってもやっぱり好みに違いが出るんだな、と思ったりしてみるが、フレメアの場合は無理やり着せられている感が否めないため、流砂はその感想を迷うことなく頭のシェルターに格納する。

 さて。

 決して赤の他人とは言えないほどの付き合いしかない少女だが、流石に話しかけられたからにはコミュニケーションを取らなくてはならない。最近、周囲の女性たちからやけに『また新しい女?』と不名誉なことを言われているからなるたけ異性との接触は避けたいわけなのだけども、今回ばかりは知り合いなので仕方がない。願わくば、知り合いに遭遇することがありませんように。

 自分の隣に座って足をパタパタと振っているフレメアに微笑みながら、流砂は最近慣れてきた異性とのコミュニケーションを開始する。

 

「ンで、フレメアはこんなトコで何やってんスか?」

 

「んー? さっきまでフレンダお姉ちゃんと一緒に居たんだけど、そのままフレンダお姉ちゃんが迷子になっちゃったの!」

 

「そっかー。フレメアは今、迷子なのかー」

 

「にゃあ! 大体、違う! 私は迷子なんかじゃない!」

 

「迷子になった子供は全員変わらずその言葉を口にするんスよ」

 

 にゃおーん! と抗議の姿勢を見せるフレメアに流砂は苦笑を浮かべる。本当、この子は「にゃあ」なんて言葉をどこで覚えてきたんだろうか。フレンダの影響は端から除外するとして、この子の交友関係にはあまり詳しくないから予測ができない。怪しい大人と交流を持っていないことを祈るばかりだ。

 とりあえずフレンダに後で連絡入れとくッスかね。スケジュールというよりもメモ程度のことを頭の隅に刻む。とりあえずは、この少女をこの場に拘束しておけばフレンダの方からやってくるかもしれないし。

 ぐるるる、とフレメアは獣のような唸りを上げる。

 

「私はゴーグルお兄ちゃんが思ってるよりもずっとしっかり者なの! 大体、ゴーグルお兄ちゃんは私の良さを分かってない! にゃおーん!」

 

「いやだから、何故にそこで『にゃおーん』なんスか……」

 

「優しいお兄ちゃんの影響?」

 

「オイそいつの名前教えろ今すぐにでも説教してやっから」

 

 凄まじい剣幕で詰め寄る流砂にフレメアは冷や汗交じりに恐れ戦く。

 フレメアはベンチをパタパタと叩きながら話を変える。

 

「そういえば、シルフィちゃんは元気? 大体、あの子は可愛かった」

 

「支離滅裂ッスね言葉の繋がりが……んーまぁ、元気にしてるッスよ、アイツは。…………さっきもスゲーコトしてくれたし」

 

「にゃあ?」

 

「いや、こっちの話ッス」

 

 流砂は手をひらひらと振る。

 

「そーいや、フレメアはフレンダと一緒に何してたんスか? やっぱり女の子二人だから、洋服選んでたとか?」

 

「にゃうぅ。大体違う。私のお買い物に、フレンダお姉ちゃんが付き合ってくれてたの」

 

「買い物? それってお菓子とか教材とか?」

 

 フレメアは首を横に小さく振り、

 

「スプラッターゾンビ射撃アクションゲーム!」

 

「はいダウトォオオオオオオオオオオオオッ! 年頃の小学生ならもっと子供っぽいゲームを買いなさい! そしてどー考えてもそのゲームの対象年齢にお前は到達していない!」

 

 やはりというかなんというか、この少女の趣味嗜好は同年代と比べても明らかに歪んでいる。こんな可愛らしいくせにゾンビとか撃ち殺してるのか。スゲー将来が心配になって来た。

 とりあえずこの子とシルフィには同じゲームをさせちゃダメだな、とか思いながら、流砂は顔を青褪めさせる。

 と。

 

「あ、半蔵だ!」

 

 そう叫ぶや否や駆け出していくフレメアに流砂は「お、オイ!」と驚きの声を上げる。

 彼女が走っていく先には、全体的に黒い装束を身に纏った高校生ぐらいの少年の姿があり、柔和な笑みでフレメアの方を見ていた。……どこかで見たことがあるのは、流砂の気のせいか、それとも『前世の遺産』が反応しているのか。記憶が曖昧な流砂にはよく分からない。

 フレメアはあからさまに困惑している流砂の方を振り返り、

 

「大体、今度はシルフィちゃんと一緒に遊びたい! にゃあ!」

 

「……ゲーム以外ならなー!」

 

「うんっ!」

 

 満面の笑みを浮かべ、黒装束の少年の元へと走って行った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 フレメアが流砂の元から離れていく光景を、ビルの裏から覗き見ている人物がいた。

 見た目からして女性で、プロポーションはテレビに出ているモデルと同等なぐらいに整っている。顔立ちは、学園ラブコメなんかで言ったら先輩役に抜擢されるような感じだ。

 黒い長袖シャツは豊満な胸で歪んでいて、下半身は漆黒の作務衣(ツナギと呼ばれている)に包まれている。上下一体型のツナギの上部分は腰の辺りで縛られていて、更に腰には牛革のウェストポーチが装備されている。

 そんな少女は右耳に装着していたインカムに手を添え、

 

「標的を発見した。どうする? 今ここでぶっ殺すか?」

 

『相っ変わらず命令に従う気ゼロだな、お前。今はとりあえず泳がせておく。それが私たちの判断だって、何度言ったら分かるんだ?』

 

「……すまない。つい、気が急いてしまっていた」

 

『気にするな。お前が抱えてる闇を考えれば、致し方ないことさ』

 

 まぁ、だから今は動くなよ。

 そんな一言を残し、通信は途絶えた。少女の耳元のインカムからは、ノイズだけが響いてきている。

 少女は表情を変えることなくシャツの中に手を突っ込み、胸元まで伸ばす。

 手を引き抜くと、そこには金色の首飾りが特徴のロケットが握られていた。随分と長いこと使っているのか、表面には無数の傷が入っている。

 指に力を込め、スイッチを押す。――カチッという音と共に蓋が開かれた。

 中には、二人の少年少女が写った写真が入っていた。笑顔で抱き着いてきている少女と迷惑そうにしながらも苦笑している少年。

 もちろん、片方は自分自身だ。

 そして、もう片方の少年は――

 

「……もうすぐだ。もうすぐで、お前の仇を取れる」

 

 少女の口が徐々に歪んでいく。

 

「この時をずっと待っていた。毎日毎日死にそうなくらい苦しかったが、ついにこの時がやって来たんだ」

 

 歪んで歪んで歪んで歪み、最終的には三日月状に裂けてしまった。

 先ほどの美貌からは想像もできないほどに狂気的な笑みを張り付けた少女は、ロケットの中にある写真にそっとキスをする。……少女の片手は、シャツの胸元を弄るように動いていた。

 少女は笑い、少女は狂う。

 そんな、あからさまな狂気性を放つ、少女の名は――

 

「待っていてくれ、帝督(・・)。お前の為に、全てを終わらせてあげるから」

 

 その、少女の名は――――。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第三項 リアル鬼ごっこゲーム

 二話連続投稿です。

 今回から、一気にシリアスへと進んでいきます。



 フレメアと別れた後、流砂は何をするでもなく第七学区をふらふらと歩き回っていた。黒白頭が目的も無く歩いている光景は通報ものだったが、幸運にもそんな暴挙に買って出る勇者は存在しなかった。というか、存在したらしたで流砂の肩書きに不名誉なものが増えるだけなのだが。

 そんな小さな幸運に喜びを感じるという凄く悲しい気持ちになった流砂は、ちょうど小腹が空いていたので視界に入ったコンビニへと移動した。

 「なんか新商品とかあるかなー」と呟きながら菓子売り場まで移動し――

 ――携帯電話の着信音が響き渡った。

 流砂は周囲を見渡しながら携帯電話を取り出す。画面には『麦野沈利』と表示されていたので、流砂は迷うことなく通話ボタンを押した。

 

「はいはい、もしもーし?」

 

『流砂ーっ! そっちに浜面来てなぁーい?』

 

「へ? いや、別に浜面の姿は今日一度も見てねーッスけど……なんかあったんスか? 学園都市の殺戮戦闘美少女マシーンに命を狙われているとか?」

 

『……そんな思考にストレートに到達しちまうなんて……同情してあげましょうか?』

 

「マジでやめてくれ悲しくなるから」

 

 流砂は商品棚を漁りながら、電話の向こうの麦野に問いかける。

 

「っつーか、何で浜面を捜してんスか? 今日は一緒に行動してるはずじゃなかったっけ?」

 

『いやまぁそれがねー。あの馬鹿、チンピラを全員引き連れてのリアル鬼ごっこを始めちまったんだよ。んで、私たち三人は仕方なーく浜面を捜してあげてるわけ』

 

「ホントなんでそんなことになったんスか、浜面の奴……」

 

 あの元スキルアウトな世紀末帝王には常々不幸フラグが付き纏っているとは思っていたが、まさか第三次世界大戦後にまでストーキングされていたとは。これは神社でお祓いでもしてもらうしかないのかもしれない。それかもう思い切って諦めるか。

 ……というか、三人?

 

「あれ、フレンダ以外は全員そこにいる感じッスか?」

 

『まぁねー。ちょっと野暮用で四人仲良く歩いてたら、結果的に今の状況に落ち付いちまったって訳だよ。っつか、マジでそっちに浜面いねぇの? こりゃやっぱりあのゲームを始めるしかないのかね』

 

「は? あのゲーム?」

 

『超簡単な話ですよ』

 

 何故か絹旗の声が聞こえてきた。

 続けて彼女はこう言う。

 

『なんかこのままゆっくりしてるのも超退屈なんで、それじゃあ浜面探しを超ゲームにしちゃおうって話です』

 

『罰ゲームとか、凄く楽しそうだよね』

 

『それじゃあ、この三人の中で一番遅く浜面を見つけた奴が罰ゲーム、って事にしよう。……うーん、罰ゲームの内容は何がいいかな……』

 

『どうせなら、超バニーで色気たっぷりのストリップダンスの刑にしましょうよ』

 

「なん……だと……ッ!?」

 

『……何やら勝負には直接関係のない草壁が超鬱陶しい且つウザいテンションになっているんですけど、麦野ってなんでこんな奴とくっついたんですか? そしてそのまま私に譲ってくれてもいいですよというか超早く譲ってください』

 

『本音ダダ漏れじゃねえかコノヤロウ』

 

(あっれぇ!? なにやら向こー側で仁義なき内戦が勃発しよーとしてねぇ!?)

 

 新たな感覚が異常な寒気を感知し始め、流砂は思わず身震いする。麦野と絹旗のやり取りについては、また今度話し合おう。凄く悲しいことだが、優柔不断という日本人の鏡とも呼べる性格の流砂じゃアドリブだけで二人を抑えつけることなんて不可能だ。できてせいぜい、こっ恥ずかしい言葉を並べることぐらいだろうか。

 とりあえずここは電話を切って大人しくしとこーかな。そんな意志を固めて通話を切断するべく指を動かすが、

 

『それじゃあこうしよう。浜面だけじゃなくて、流砂までもを見つけないと罰ゲームってことで。もちろん、滝壺も流砂を見つけないと駄目だからな?』

 

『……大丈夫。くさかべを見つけるなんて、迷子の犬を探すよりも簡単だから……』

 

「ちょっと待て俺って獣畜生以下の存在なんスか!? ナニそれ酷い!」

 

『まぁ、見境なく恋愛フラグを建てる超血気盛んな雄ではありますよね』

 

『それが流砂の良いところだけどな。……今度襲ってみようかね』

 

『あ、その時は私も超誘ってください』

 

「いやいやその展開おかしーッスからね!? っつーか誰が血気盛んな雄だコノヤロウ! 俺は女だったら何でもイイとか言うプレイボーイじゃないッスからね!? ノー雑食、イエス偏食!」

 

『まぁとにかく、この後に浜面にこの事伝えた瞬間、浜面&流砂探しゲームの開始ってことで。よーいドン』

 

 プツッ、と通話が切れた。

 ツー、ツー、と機械染みた音だけが鳴っている携帯電話の液晶画面を眺めながら、流砂は思う。

 今までいろいろと命を失ってしまいそうな事件に巻き込まれてきたが、なんだかんだで中々のハッピーエンドに落ち着いた。ベストじゃないかもしれないが、それでも流砂の友人たちが全員笑顔で過ごせるハッピーエンドを掴むことには成功した。死ぬはずだったフレンダは生き残っているし、植物人間になるはずだった砂皿緻密は病院で患者生活を中々に楽しんでいる。――そして何より、『ゴーグルの少年』が十月九日以降も生きている。

 『前世の遺産』が無ければ、絶対に成し得なかったであろうハッピーエンド。今はもう必要ないものとなってしまっているが、それでも感謝の気持ちは凄まじいほどに抱いている。

 神がくれたものなのかどうかは知らないが、それでも大いに感謝しよう。愛する人や大事な仲間とこれからも平和に過ごせるだけの時間を手に入れるきっかけをくれて、ありがとうございます――と。

 と、そんな風に感謝の気持ちをしみじみと噛み締めていた流砂だったが、

 

(……そーいえば、沈利たちが俺を捜すゲームってことは、俺は逃げるか隠れるかの行動をとらなくちゃなんねーのか?)

 

 むろん、麦野たち的には動かないでいてくれた方がありがたいのだろう。

 しかし、彼女たちが一体どれだけの時間で自分を見つけてくれるのかが分からない以上、流砂はおいそれとウェイトモードには移行出来ない。というか、その時まで耐えられる自信がない。多分だが、退屈過ぎて死んでしまう。

 とりあえず適当に歩き回ってりゃイイか。細部のルール説明がないままにゲームが始まっていたことに驚きながらも、流砂はコンビニから外に出る。

 直後、流砂はポケットの中の携帯電話が震えていることに気づいた。

 (また電話? タイミング的に、沈利たちじゃなさそーだけど……)眉を顰めながらも流砂は携帯電話を手に取る。

 画面には、『フレンダ=セイヴェルン』と表示されていた。

 

「もしもし。どーしたんだ、フレ――」

 

『助けて!』

 

 何故か、切羽詰まった叫びで言葉を遮られた。

 一瞬だけ「間違い電話か?」と思ってしまうが、すぐに今の声がフレンダという少女のものだと認識し、流砂は怪訝な表情で会話を続ける。

 

「お、オイ。一体どーしたんだよ……『助けて』って、どーゆーコトッスか?」

 

『詳しい説明なんてしてる暇はないって訳よ! でも、このままじゃヤバい! ホント、このままじゃ――』

 

 運命というものは、凄く残酷なものだ。

 せっかくの平和を享受していたイレギュラーを、運命は絶対に取り逃がさない。どこまでもしつこく付きまとい、どこまでも絶望的な死亡フラグを提供する。

 さて、ここで問題。

 本来ならば死ぬはずだった人間が生きていた場合、運命と呼ばれる悪戯の悪魔は一体どういう行動をとるのでしょう?

 その答えは、とてもとても簡単なもの。

 それでは正解。

 その、最悪なまでに無慈悲な正解とは――

 

『――フレメアが死んじゃう!』

 

 ――精神的な『死』を与える、だ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 誰もいない路地裏で、その少女はニヤリと笑う。

 茶髪のポニーテールがチャームポイントなのであろうツナギ姿の少女は、両手で頬を抑えながら、恍惚とした表情で言う。

 

「なぁ、もういいよな? もうそろそろ行動を開始してもいいよな? もう駄目だ。もう我慢できない……ッ!」

 

『……よく頑張ったな、大刀洗。お前の望み通り――時間だよ』

 

「あぁっ! やっと、やっとこの時が来たんだな……ッ!」

 

 狂ったように濁った眼を歪めながら、少女――大刀洗呉羽は息を荒くする。その美しい顔に浮かんでいるのは、歪んだ歪んだ歓喜の表情。

 だらしなく顔を歪め、自分の股を弄る。と同時に胸も弄り、誰もいない路地裏に喘ぎ声を響かせる。

 

「あぁ、やっと帝督の仇が……んっ……仇が取れ、るぅっ。んっくぅ……はぁ、はぁ……んぁああっ」

 

『おいおい、こんな時に発作起こすの止めろよな。誰かに見られたらどうするつもりだ?』

 

「その時……はぁっ! 襲われる前に殺すから、問題……んんっ……ないぃぃ……っっ!」

 

『はぁぁぁ。これじゃあ、シルバークロースに無線を繋ぐこともできやしない』

 

 通話の相手が呆れた様子で溜め息を吐く様子が無線越しで伝わってくるが、呉羽は構うことなく自慰にふける。口からはだらしなく涎が垂れてしまっていて、顔は快楽で歪んでいる。心成しか、身体がぴくぴく震えている。

 そしてそのまま一分ほどが経過し、呉羽の身体がびくんっと跳ねた。

 

「~~~~~~ッッッ!」

 

『うぇぇ……マジでやっちまったのかよ、お前。相っ変わらず第二位のことになると周りが見えなくなるなぁ、大刀洗は』

 

「ふぅーっ……んくぅっ……ありが、とう。……最高の、褒め言葉だ……」

 

 イカレテルな、という言葉を呉羽は黙殺する。

 他人にどれだけ軽蔑されようが、呉羽には関係ない。彼女の存在意義は『垣根帝督』という少年だけが決めるのであり、その他の誰が呉羽をどう思おうが、呉羽の心は叩き折れない。

 ぐっしょりと濡れてしまった股を持ち合わせていたタオルで拭う。濡れてすぐだったおかげか、ある程度は湿気を奪うことに成功した。

 と、そんな呉羽に話しかけてくる馬鹿がいた。

 

「ねぇねぇ、お嬢ちゃん。さっき随分と大胆なコトしてたねぇ」

 

「俺たち良い子だから、さっきの光景、ちゃーんと録画しちゃってるんだよねー」

 

 数としては、二人。身に纏う装束や雰囲気からして、スキルアウトの連中だろう。ちょうどいい性欲の発散台になってくれそうな呉羽を見つけ、鼻息荒くして声をかけた――という感じだろうか。

 男たちは呉羽を取り囲み、馴れ馴れしく肩を掴む。

 

「この映像を流されたくなかったら……分かるよね?」

 

「そーそー。別に俺たち、君を脅そうって訳じゃないんだよねー。ただ? 円満な会話を経てちょーっと刺激的な時間を過ごしたいだけだから、さ?」

 

「…………くくっ」

 

 普通の少女だったら、余りの恐怖に泣き出してしまってもおかしくないであろう状況。

 しかし、大刀洗呉羽の口からは――

 

「くっは……あははははははっ! あーっはっはっはっは!」

 

「んなっ!? 何だコイツ、頭イッちまってんじゃねえか!?」

 

「あぁ? ただ怖すぎておかしくなっちまっただけだろー? 別に驚くことねえって」

 

 突然狂ったように笑いだした呉羽に、一人は驚き一人は呆れる。

 肩を掴まれたまま笑い続ける呉羽に眉を顰めながらも、呆れていた方の男は彼女の豊満な胸を鷲掴みする。予想よりも大きな胸に、「おっ?」と嬉しそうな表情を浮かべる。その行動を見て勇気が湧いたのか、もう一人の男も呉羽の内股に手を触れた。

 しかし、男達はここで気づくべきだった。

 路地裏の奥(・・・・・)にいる(・・・)怪しい影に(・・・・・)

 男たちは盛った雄のように呉羽の身体に触れまくる。――しかしその時、呉羽の顔には氷のように冷たい無表情だけが張り付いていた。

 呉羽は静かに目を閉じ、小さな口を小さく動かす。

 ――こ・ろ・せ――

 直後、呉羽の胸に触れていた男の胸元から、巨大な触手が飛び出した。

 

「―――――、あ?」

 

 自分の体を貫通している血まみれの触手を不思議そうに見ながら放たれたその言葉を最後に、男は大量の血を吐いて絶命する。どうやら心臓を一突きにされているようだ。

 いきなり死んだ仲間を前に、もう一人の男は凍りつく。自分は何を見ている? 自分は何に関わったんだ? と。

 そして、再び呉羽の口が動いた。今度は、男の耳に届くぐらいの音量で――

 ――く・ら・え――

 直後、男の身体に大量の触手が絡みついた。

 「んなぁっ!?」凄まじい圧迫感に表情を歪めながらも、男は見た。

 呉羽の後ろに、何かがいる。

 暗闇のせいで確認はできない。しかし、人間としての本能が必死にアラートを鳴らしている。コイツはヤバイ。今すぐにでも逃げ出せ――と。

 男は恐怖に慄きながらも必死に暴れる。

 しかし、男の身体は解放されるどころか逆に締め付けられていく。

 

「んがぐっ……た、助けて……」

 

「私の身体は、帝督だけのものだ。お前らは、それを形だけとはいえ穢した。――万死に値する」

 

「ろ、録画したのは今ここで削除する! アンタのことも忘れる! だ、だから、殺すのだけはやめてくれぇっ!」

 

「ふんっ、命乞いか。馬鹿馬鹿しい。だが、その汚れきった魂――コイツの餌にはちょうどいい」

 

「ひぃっ……い、いやっ、嫌だ離せぇえええええええええええっ!」

 

 ゆっくりと奥へ奥へと引っ張られていく。正体不明のナニカが、自分を喰らう為に脈動している。

 男は腹の底から叫び、必死に抵抗する。

 呉羽は腹の底から喜び、歪んだ笑みを浮かべる。

 そして―――そして――――――

 ――――――そして。

 

 

 誰もいなくなった路地裏には、胸を貫かれて事切れた男と――踝から先しかない足だけが転がっていた。

 




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 次回もお楽しみに!


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第四項 脈動

 流砂との兄妹喧嘩の後に学生寮へと帰ってきていた琉歌は、ベッドの上でごろごろのべーっとしていた。ベッドの傍の壁にはスクリーン型の家庭電話が設置してあり、その液晶画面には中性的な顔と茶髪なのが特徴の少年――殻錐白良が映っている。

 そう。

 草壁琉歌ちゃんは絶賛テレビ電話中なのだ!

 

「うぅー……まさか、スパッツに需要がねーなんて思いもしませんでしたー……」

 

『僕は別にどっちでもいいのですが、やっぱりツッチーくんとかの話だと「パンチラこそが正義!」って感じのようですね。……ま、まぁ、僕は琉歌さんが着けているものならどれでも受け入れられますが』

 

「白良君は優しー子ですねー。いやー白良君ダイスキー」

 

『そんな寝転がりながら言われてもあまり嬉しくないのは何故でしょう……?』

 

 スクリーンの中で苦笑を浮かべる白良を見て、琉歌の顔がだらしなく緩む。優柔不断なせいでいろんな女性に好かれている兄と違って一途なおかげで白良だけに好かれている琉歌は、白良の一挙一動にめっぽう耐性が無い。というか、完全にベタ惚れしすぎて骨抜きにされている。

 クラスの友人たちから『ナイアガラの滝』と呼ばれるほどの貧乳をベッドに押し付けながら、琉歌はだらしなく体を伸ばす。これまた友人たち曰く、『たれりゅうか』という状態らしい。

 そういえば、と白良は思い出したように言う。

 

『琉歌さんのお兄さんって、一体どういう感じの人なのですか? 僕の見た感じの印象から言わせてもらうと、凄く面白い人という感じだったのですが……』

 

「んー。兄貴は基本的に見てて飽きねーぐれーに面白いですよー。ツッコミ上手だし逃げ足早いし防御力高いし……」

 

『え? はぐれメ〇ル?』

 

「まぁ、ぶっちゃけた感じそんな種族が一番ピンと来るかもですね」

 

 まーでも、と琉歌は面倒くさそうに頭を掻き、

 

「自分の大切な人のためだったら全てを捨ててでも助けよーとしちまうぐれーに――お人好しな人でもありますけどね」

 

 照れくさそうに、はにかんだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 謎の駆動鎧にフレメアが狙われている。

 友人のフレンダ=セイヴェルンからそんな衝撃的な最新情報を与えられた草壁流砂は、携帯電話片手に学園都市を駆け抜けていた。

 

「お前、一人でフレメアを護ってるんスか!? 駆動鎧相手に!」

 

『いや、フレメアの友達だっていう男の人と一緒って訳よ! 今は、八本脚の駆動鎧から全力で逃走してるところ!』

 

「八本脚の駆動鎧ゥ!? 何だそれどー考えても新型じゃねーか!」

 

 警備員の駆動鎧とは、タイプが違う。もしかしたら流砂が持っている情報よりも新しい駆動鎧なのかもしれないが、基本的に警備員の駆動鎧は動きやすさ且つ安全性を考慮して作られている。そのハードルに一番近いのは御馴染みの二本脚の人型駆動鎧であり、八本脚でしかも素早い駆動鎧なんかではない。

 ということは、相手は学園都市の闇、か。

 しかし、この街の闇は最強の超能力者が実力行使で潰したはず。そのおかげで、流砂や麦野たちも普通の学生のように自由な生活を送ることができている。連絡を取ったことがないから分からないが、他の暗部組織の奴らも似たような境遇にあるはずだ。

 だが実際、フレメアは謎の駆動鎧に命を狙われている。

 

(新しー暗部組織でも結成されたってのか!? こんな平和な時期に!? バッカじゃねーの!?)

 

 第三次世界大戦が終わり、全ての戦いは終了した。もうそれだけで全てを終わらせておけばいいのに、何をトチ狂ったのか新たな争いの火種が生まれようとしている。――それも、幼い少女の命を犠牲にすることで。

 狂ってる、と流砂は額に青筋を浮かべる。どこぞのふざけたバカ共のせいでフレメアが傷つくなんて、どう考えても間違っている。争いを始めるなら、せめて自分たちみたいな元暗部を狙えばいいのに。よりにもよって、標的は無能力者で幼いフレメア=セイヴェルンと来た。

 再びこの手を汚してでも、終わらせなくてはならない。たとえ殺されそうになったとしても、無関係な幼い少女の命ぐらいは護り抜かなければならない。

 ……だが。

 

欠陥演算(ケアレスミス)を補強するゴーグルがまだ修復中な上、俺は今の能力を完璧に制御するコトもできちゃいねー。無駄にパワーアップしちまった分、攻撃と防御を同時に行うことすら不可能になっちまってる。こんな欠陥品状態で、ホントにフレメアたちを助けられんのか!?)

 

 第三次世界大戦中に能力の新たな可能性を開花させた流砂は、超能力者にも匹敵する程に強力な能力を手に入れている。圧力の増減だけではなく圧力の方向までもを操れるようになったことで、流砂は一方通行の下位互換程度の能力者にまではランクアップすることができている。

 しかしその点、ただでさえ不安定な演算が以前にもまして不安定になってしまっている。パワーアップ前時点での能力発動の成功率は八割程度だったのに対し、パワーアップ後の成功率はまさかの六割弱。十回チャレンジして四回失敗する。その四回の時に相手の攻撃が来ていたら、流砂は何もできずに死亡する。

 欠陥品故に超能力者になれない大能力者。

 強くなれば強くなる程、弱点の幅が広くなってしまう反比例型能力者。

 それが、現在時点での草壁流砂だ。

 

「ケータイのGPSでお前らの位置は大体掴んでる! 待ってろ、絶対に助けてやる!」

 

『う、うん! 分かったよ、草壁!』

 

 捲し立てるように通話を終了させ、液晶画面に地図を表示する。

 GPSがぶっ壊れていなければ、フレンダ達は学園都市の地下街にいる。おそらくは、フレンダもしくは一緒に居る男のどちらかが警備員の無線でも拾ってルートを選択したのだろう。情報収集が趣味である流砂が今持っている最新情報によると、警備員は大物犯罪者輸送の為に『下』もチェックしているところらしい。『闇』の動きを制限するには、うってつけの状態だ。

 だが、流石に駆動鎧がやってくるのは想定外だったのだろう。先ほどのフレンダとの会話から想像するに、彼女たちは焦りに焦りまくっている。――そして、仕方がないから逃走という手段を選んだに違いない。

 早く彼女たちの元に行き、件の駆動鎧を撃破しなければならない。襲撃者たちの正体について探りを入れるのは、まずはそのミッションを終えてからだ。

 GPSが指し示す地下街を目指し、流砂は大通りを駆け抜ける。

 ――すると。

 

 

 傍で路上駐車されていたトラックが爆散した。

 

 

「ッ!?」

 

 予想にもしないタイミングに驚愕の色を表すも、すぐに冷静さを取り戻して能力を発動。幸運にも能力は無事に発動され、体全体に拡がった圧力の膜が鉄の破片でできた弾丸を全て受け止めてくれた。よって、流砂は無傷。

 轟ッ! と爆風が吹き抜けていく中、爆圧すらをも防いだことによって髪すら靡かない流砂は、爆炎の先をじっと見つめる。――何かが、いる。

 風圧を操作して爆炎を拭き飛ばし、曖昧だった視界を鮮明にする。突然の温度上昇で作られた陽炎の先に、『そいつ』はいた。

 透き通った茶髪のポニーテールに、武士のように凛々しい顔。黒の長袖シャツは豊満な胸によって大きく隆起していて、上半身部分を腰の辺りで縛った状態で黒いツナギを着用している。腰には、牛革と思われるポシェットが確認できた。

 その少女は、氷のように冷たい瞳でこちらを見つめていた。

 そして流砂は――目の前にいる少女のことを知っている。

 大刀洗呉羽(たちあらいくれは)

 かつて暗部組織『スクール』のリーダーだった第二位の超能力者が心の底から大切にしていた少女であり、流砂や心理定規といった『スクール』の正規構成員とも面識がある、いろんな意味でのイレギュラーな少女だ。

 予想もしなかった人物の登場に、流砂の思考が一瞬だけ停止する。

 その一瞬の隙を突くように、呉羽は冷たい冷たい声色で言い放つ。

 

「――死ね」

 

 直後。

 呉羽の背後から飛び出した無数の触手が――

 ――流砂を殺すためだけに襲い掛かる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 かつて、一人の少女が囚われていた。

 『無能力者に超能力者の演算パターンを埋め込むことで、どこまで能力を再現できるのか』というイカレた最終目標を実現させるためのモルモットとして、その少女は全ての自由を奪われていた。

 その少女は、『置き去り(チャイルドエラー)』だった。

 物心ついたころから様々な薬品を投与され、様々な機械で体の外と中の両方を弄られた。脳に直接電極を差し込んで、一日中電気信号を操作された日だってあった。

 

 

 しかし、計画の進行は芳しくなかった。

 

 

 そもそもの問題として、無能力者が持つ演算能力では、超能力者の演算パターンには対応できないというものがあった。無能力者では理解できない複雑怪奇な計算式を使用する超能力者を作り出すには、あまりにも土台が脆すぎた。

 だが、研究者たちは諦めなかった。自分の名誉のため、自分の栄光のため。そして――知的好奇心を満たすため。

 実験方法は更に非人道的になり、少女は身体の全てを弄られた。脳から始まり、目、鼻、口、耳、腕、脚、胸、尻……心臓や子宮といった内臓を含めれば、両手の指では数えきれない。

 巨大なアームを秘裂から挿れられ、膣を思いっきりかき回されたこともあった。鼓膜を貫通するまでに針を刺され、謎の音波で意識をぐちゃぐちゃにされたこともあった。両手両足の爪を一枚ずつ丁寧に剥ぎ取られ、激痛によって演算能力を無理やり強化させるなんて言う馬鹿げた実験もされたこともある。

 度重なる実験により、少女は心身ともにズタボロになっていた。実験以外の時に両手両足及び口を拘束されていなかったら、喉元を掻っ切るか舌を噛み切って自殺していたかもしれない。……いや、間違いなくそうしただろう。少女が受けてきた辱めは、それほどまでに凄惨たるものだった。

 

 

 しかしある日、少女はとある少年に救われることになる。

 

 

 その少年は一瞬で研究者たちを惨殺し、少女を『実験』という名の呪縛から解き放ってくれた。研究者たちの憂さ晴らしとして凌辱や虐待の限りを尽くされていた少女を、ご丁寧に病院にまで連れて行ってくれたりもした。

 少女は少年を崇めた。

 深い闇の中に沈んでいた自分を、明るい光の世界に連れ出してくれた。人形のようにモルモットのように扱われてきた自分を気遣い、一人の女として扱ってくれた。

 少女は少年に心酔した。

 この人のためなら全てを捨ててもいい。この人になら、全てを捧げてもいい。――この人のためだったら、命を投げ出すことも厭わない。

 歪んだ人生を送ってきたが故に歪んだ『愛』を覚えてしまった少女は、心の全てをその少年のことだけに染め上げた。

 少女が愛した少年の名は、垣根帝督(かきねていとく)

 『未元物質(ダークマター)』と呼ばれる能力を操る学園都市第二位に君臨する超能力者であり、暗部組織『スクール』のリーダーを務めていたこともある少年『だった』。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 草壁流砂がとった行動は至ってシンプルなものだった。

 成功率六割の能力を駆使して高電離気体(プラズマ)を手の中に形成し、触手に叩き付ける。凄まじい回転量と熱量を持っていた高電離気体は迫ってきていた触手を強引に引き千切り、呉羽の攻撃を数秒で無効化した。

 『電離加圧(エアリアルプレス)

 第三次世界大戦中に開花した進化系能力であり、流砂の命を何度も救ってきた無駄に使い勝手のいい大能力だ。

 触手を破壊すると同時に再び高電離気体を手の中に形成させ、流砂は呉羽を睨みつける。

 

「今の攻撃は……能力、なのか……?」

 

「くはは。さっすがだな、草壁。相っ変わらず無駄に高性能な能力だ。いやはや、帝督が言っていた通り、一筋縄ではいかないらしい」

 

 おかしい。

 目の前にいる少女は自分が知っている少女と同一であるはずなのに、どうしても頭の中で合致しない。正確には言い表せないが、身体の中身を無理やり掻き混ぜたような違和感だ。大刀洗呉羽という少女の根幹が、どうしようもなく歪んでしまっているように感じる。

 怪訝な表情を浮かべる流砂を眺めながら、呉羽は笑う。

 

「そうか、お前にはこの能力を見せたことが無かったな。いやいや失敬、これはダメだ失敗だ。というか、私はこの能力を帝督にすら見せたことが無かったっけ。ったく、初めては帝督にだって決めていたというのに、難儀なことだ」

 

「……お前、ホントに……大刀洗、なんスか……?」

 

 流砂の問いに呉羽は満面の笑みを浮かべる。

 

「当たり前だろう? この体つき、この顔立ち、この髪型。どこからどう見ても大刀洗呉羽その人だ。垣根帝督のためだったら世界を滅ぼすことだって厭わない、純粋な恋する乙女だよ」

 

 寒気がした。

 呉羽の言葉の端々に、怖ろしく濁った『何か』が含まれている。言葉自体はただの自己紹介だと言えるはずなのに、本意を探ろうとすると脳が本能的に拒否反応を起こしてしまう。

 おかしい。

 この少女は、どこかがおかしい。

 今の状況が理解できず、更に呉羽のことも理解できない。今は一秒でも早くフレンダ達のところに向かわなければならないというのに、どうしても体が動こうとしない。

 呉羽は笑う。

 背中から(・・・・)無数の触手を(・・・・・・)生やし(・・・)、呉羽は笑う。

 

「綺麗だろう? 素敵だろう? クズ共が私にくれた、素敵な素敵なプレゼントの結晶体なんだ」

 

 嫌な予感がする。

 呉羽が紡ぐ言葉の一つ一つに、どうしようもないほどの悪寒が走る。

 呉羽が従える無数の触手の表面の感じに、凄く(・・)見覚えがある(・・・・・・)

 まさか、と流砂は顔を歪める。有り得ない、と歯を食いしばる。そもそも、『アレ』の色は白であり、目の前で蠢いている触手のような黒ではなかった。ただ、光沢や見た目が似ているだけだ。そんなこと、有り得ない。有り得るはずがない。

 嫌な汗が頬を伝い、地面へと落下する。

 直後、呉羽は歪みに歪んだ『歓喜』の表情を顔に張り付け――

 

「帝督と同じ能力なんて、素敵だろう?」

 

 ――最悪な現実を突きつけた。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第五項 逃亡

 ついに合計五十話到達! ありがとうございます!

 そして感謝の意を述べると同時に、これからもよろしくお願いします。


 襲われたのでゴーサインを出したら、血相変えて逃げられた。

 草壁流砂が街に出る原因を作った張本人であるステファニー=ゴージャスパレスとシルフィ=アルトリアは、防寒装備で第七学区を歩いていた。護身用なのか、ステファニーは大きなリュックサックを背負っている。

 いつものゴスロリの上に更に厚手のコートを着用しているシルフィは赤い手袋に包まれた両手をパタパタと振り、

 

「……ゴーグルさん、どこに行っちゃったんだろ?」

 

「あの人のことですから、どうせ何かのトラブルにでも巻き込まれてるんじゃないですか? あの人は見た通り、生粋のトラブル誘発体質ですから」

 

「……ゴーグルさん、危ない?」

 

「大丈夫なんじゃないですか? 流砂さんだし」

 

 ケロッとした顔でステファニーは言い、シルフィは納得したように小さく頷く。

 まさか件の少年が現在進行形でトラブルに巻き込まれているなど知る由もない金髪と黒髪は、仲良く並んで大通りを抜けていく。

 と、そこでステファニーは気づいた。

 

「あれ? なんか今日、やけに人通りが少なくないですか?」

 

「……交通規制?」

 

「おおぅ。小学生が言うような言葉じゃないですよね、それ」

 

 いつもだったら学生たちで賑わっているハズの第七学区が、妙な静けさに包まれている。ちらほらとは確認できるものの、どう考えても通常比五割減ぐらいの人の量だ。

 嫌な予感がする。

 傭兵というか殺し屋として世界を駆け回っていた頃の感覚に従い、ステファニーはリュックサックから二つに分かれた機関銃を取り出した。彼女の好みに仕上げた、特別性の軽機関散弾銃だ。

 自分の得物を高速で組み立て、両手で構える。

 

「シルフィ。ちょっと安全地帯へ移動してもらってもいいですか?」

 

「……うんっ」

 

 そう言われるや否や、シルフィはステファニーの身体を攀じ登り、空っぽになったリュックサックの中に入り込んだ。そしてファスナーを上まで押し上げ、自分の首だけが出るように調節する。

 まさかの子連れアサシンの誕生だった。

 

「……すてふぁにぃ、やっぱりこれ格好悪い」

 

「文句が多いんじゃないですか? 動きやすさ重視だと見た目が悪くなる。少しの辛抱ですから我慢してくださいませんか?」

 

「……うん。分かった」

 

 リュックサックから顔だけを出した状態で、シルフィは相変わらず無機質な顔を固定する。

 さて。

 今はこうして平和な会話を続けているが、さっきから隠しきれないぐらいの殺気がこちらに向けられている。懐かしい匂いじゃないですか、とステファニーは小さく口を歪ませる。

 周囲への警戒を怠らず、ステファニーは左手の甲を軽く押す。――四角い蓋が持ち上がり、彼女はその中から一本のコードを摘まみ上げる。コードの長さは三十センチ程もあり、彼女はそのコードを軽機関散弾銃の側面に差し込んだ。

 直後、彼女の腕から駆動音が鳴り響き出す。

 十月九日、ステファニーは麦野沈利に左腕を消し飛ばされている。もちろん消し飛ばされた腕は戻らないので、彼女は学園都市の最先端技術が結集された義手を装着することになった。

 そこで彼女は、義手を戦闘用に改造することにした。

 軽機関散弾銃を愛用する彼女にとって一番のデメリットは、引き金を引いた時の反動だ。いくら人並み以上に力があるといっても、所詮は女性の筋力。長い時間は耐えられないし、時間の経過と共に標準がずれてしまう恐れもある。

 そこで彼女が義手に搭載したのが、反動を全て吸収してくれる緩衝材(ショックアブソーバー)だ。

 発砲時に発生した衝撃の大きさを左腕に搭載された演算装置が高速で割り出し、その衝撃をちょうどよく吸収できるだけの強度を実現する。分かりやすく言うならば、電気を流すことで硬くなったり柔らかくなったりするシリコンを埋め込んでいるわけだ。

 未だ慣れない義手に舌打ちを向けながらも、ステファニーは脚を進める。

 

「シルフィ。何か視え(・・)ますか?」

 

「……まだ。でも、何か背中がわなわなする」

 

「それは危険が近いってことなんじゃないですか?」

 

「……よく分からない」

 

 自分の命にかかわる危険だけを数秒前に映像として察知する能力――『回帰媒体(リスタート)』を有するシルフィは、申し訳なさそうに首を窄める。いいですよ、とステファニーは微笑みを向ける。

 だがその直後、シルフィの口から「あっ……!」という焦燥の篭った声が漏れた。

 ぴく、とステファニーが反応を示す中、シルフィは脅えたように叫び散らす。

 

「……すてふぁにぃ、前に走って!」

 

「了解です!」

 

 勢いよく体勢を低くし、一気に前方へとスタートを切る。常に動きやすさ重視の服装を心掛けているおかげで彼女は躓くことも無く、元の位置から三十メートルほど離れた位置まですぐに移動することに成功する。

 それと同時に、先ほどまで彼女たちがいた位置のアスファルトが無理やり抉り取られた。

 ズザザザザーッ! と急ブレーキをかけ、振り返ると同時に軽機関散弾銃を構える。「わぷっ」という声が背後から聞こえたが、今は幼子を心配している場合じゃない。

 そしてステファニーは見た。

 アスファルトの上に、悍ましい物体が存在しているのを。

 

「んなっ……ッ!?」

 

 驚愕一色といった声が、ステファニーの口から洩れる。ひっ、とシルフィが怯えたように呻くが、ステファニーには届かない。

 彼女の視界に映りこんでいるものには、顔と呼べるようなものが無かった。

 大まかな造形を表現するならば、無理やり黒く染められた山羊だ。四本足と部分とか大きさの部分とかから考察するに、それが最もいい表現だと言える。――しかし、それ以外の部分があまりにも常識外れ過ぎる。

 まずは頭。目と鼻があるはずの場所は真っ黒な闇に包まれているのに、口と思われる部分は血のような真っ赤な赤。全て犬歯なのかと思ってしまうほどに鋭い牙が、真っ赤な口の中にずらりと並んでいる。

 そして体。山羊のような体と思っていたが、全ての毛穴に埋め込まれているかのように気持ち悪い触手が蠢いている。山羊とイソギンチャクを均等に合成したら、ちょうどあんな感じになるかもしれない。

 見るからに化物。

 科学の街である学園都市には、絶対に適応しないであろうクリーチャー。

 そんな衝撃的な人外が、こちらをロックオンしている。

 ゴクリ、という音がした。ステファニーはそれが自分が発した音だと気づかなかった。

 「……シルフィ」「……うん」ステファニーの心を読んだかのようにシルフィは頷きを返す。リュックサックの中でしっかりと体を縮ませ、これから襲いくるであろう衝撃に供える。

 黒い化物が、ニタァと笑う。

 ――直後。

 

「三十六計逃げるに如かずぅううううううううううううううううーっ!」

 

「……早く逃げて、すてふぁにぃいいいいいいいいいいいいいいーっ!」

 

 ステファニーとシルフィは逃げ出した!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最初に動いたのは、呉羽の方だった。

 背中から生えた無数の触手を器用に動かし、流砂に向かって一直線に突きつける。鋭利な槍のように尖った触手は、弾丸のような速度で宙を駆け抜けた。

 流砂は冷静に対処し、高電離気体で触手を焼き千切る。手の中で青白い球体となっている唯一の武器を叩きつけると、小規模の爆発が起こった。

 攻撃に使用されていた触手は一掃した。――しかし、呉羽の背中には既に新たな触手が創造されている。

 

「チッ。……厄介だし気持ちわりーッスね、その触手……」

 

「なにを言っているんだ草壁。こんなにも美しいのに、お前にはこの素晴らしさが伝わらないのか? 『愛とは狂気』という言葉を何よりも言い当てている、素晴らしい副産物だと言えるだろう?」

 

「生憎ッスけど、俺にゃ芸術性なんてモンを理解する心は持ち合わせちゃいねーんだよ!」

 

 懐に仕舞い込んでいた拳銃を引き抜くと同時に安全装置を外し、呉羽に向かって発砲する。狙いは脚。事情を聴くためにもここで彼女を殺すわけにはいかない。

 しかし、流砂が放った銃弾は彼女の身体には届かなかった。

 呉羽が使役する触手が蠢き、銃弾を呑み込んだ。ぱしゅっ、という呆気ない音を奏で、流砂の攻撃はいとも簡単に消え去った。

 まるで化物だな、と流砂は歯噛みする。垣根の『未元物質』も相当なものだったが、呉羽の『未元物質』は垣根のものとは毛色が違う。あちらは神々しくて圧倒的なチカラを見せつけるようなものだったが、こちらはただ単純に生き物を無残に殺すことだけに特化している気がする。

 言うならば、『狂歌物質(アンチマター)』。

 狂ったように歌いながら、呉羽は目標をただ無残に蹂躙する。

 

「私に銃弾など効かない。この触手たちは私の意志の外で動いている。いくら私の死角から攻撃を放ったところで、この子たちが自分の防衛本能に従うままに対処してしまう。――どうだ、絶望したか?」

 

「十分すぎるくらいに絶望ッスよ、その性能は……ッ!」

 

 自動防御機能付きの『未元物質』なんて、怖ろしいにも程がある。というか、もはやチートだ。能力強度は測っていないだろうから正確なものは分からないが、これは考えるまでもなく超能力者級の能力だ。下手すれば、垣根帝督よりも厄介だ。

 うねうねと不規則に動く触手の一本一本を、流砂はしっかりと眺める。触手は壊しても無駄で、数の制限はおそらく無い。呉羽の想いのままに増え続け、呉羽の想いのままに流砂を殺し尽くすのだろう。

 勝てない。これはちょっと、勝ちようがない。

 となれば、一旦引いて作戦を考えなければならない。というか、今すぐにでもフレンダ達の様子が知りたい。無事に切り抜けたのかまだ逃げているのか、その確認だけでもしておきたい。

 隙を作るのは困難だ。しかし、そうでもしないとこの場からは逃げ出せない。不可能を可能にすることでしか道は拓けないのだから、ここは腹を括って挑戦するしかない。

 ふぅぅぅ、と息を吐きながら演算に集中する。流砂を全力で絶望させたいからか、呉羽は常に受けの姿勢を取っている。幸運だ。このチャンスを使わない手はない。

 演算を終え、右手に高電離気体が創造される。左手は不発。成功率六割の代償が今ここで流砂に牙を剥いた。だがまぁ、一つだけでも創造できたのだから嬉しがらなくてはならないだろう。

 仕方がないので左手で銃を構え、呉羽に向ける。

 

「そんなオモチャ、私には効かないと言ったはずだが?」

 

「ンなの言われなくても分かってるッスよ。これはまー、俺なりの作戦ってトコだ」

 

「…………ほぅ?」

 

 呉羽の口が、小さく歪む。無駄な足掻きを作戦だと言い張る流砂を憐れんでいるのだ。

 しかし、その憐みこそが隙を生む。人は油断すればするほどに不注意になって行き、最終的にはヘマをやらかすもの。それはどんなに強大なチカラを持つ能力者であっても例外じゃない。人間である以上は、その因果からは解き放たれない。

 軽口を叩きながらも演算に集中し、手の中の高電離気体のサイズを上げていく。想像し創造するはバスケットボール大。それぐらいのサイズがあれば、この作戦を実行に移すことができる。

 流砂は待つ。

 作戦を実行に移す瞬間を、草壁流砂は待ち続ける。

 ……………………………………その時。

 待つことに耐えられなくなったのだろう。苛立ったように舌を打った呉羽は、冷たい表情のまま触手を流砂に向かって突き出した。その速度は、先ほどの比ではない。

 あまりにも速すぎる。

 しかし、あらかじめ準備をしていた流砂はこれを冷静に対処。バスケットボール大どころか直径だけで一メートルほどあるであろう高電離気体を、ボールを投げるように地面に向かって叩き付ける。

 瞬間。

 耳を劈くほどの轟音が鳴り響き、真っ赤な閃光が辺りを包んだ。

 爆発。

 巨大になりすぎた高電離気体によってアスファルトが破壊され、無数の破片が四方八方に四散する。もちろん、その破片は即席の弾丸となり、呉羽に向かって撃ち放たれる。

 

「ッ!」

 

 呉羽が反応するよりも早くに触手が蠢き、無数の弾丸を一発残らず吸収する。防ぐのではなく喰らう。垣根帝督の『未元物質』とは違う、大刀洗呉羽の『狂歌物質』だからこその防御方法。

 触手のおかげで傷一つ負わなかった呉羽は、不愉快そうに顔を歪める。

 理由は簡単。

 煙が晴れてクリアになった視界の中に、流砂の姿が確認できなかったからだ。

 

「……あの爆発を利用して逃げた、か。流石は帝督のお気に入り。考えることが良くも悪くも常識離れしているな」

 

 そう言って、呉羽は吐き捨てるように舌を打つ。

 触手の一本を愛おしそうに撫でながら、呉羽はインカムのスイッチを入れる。

 

「こちら大刀洗。第二希望(・・・・)が逃亡した。そっちの方はどうなっている?」

 

『シルバークロースが浜面仕上とフレメア=セイヴェルンにやられてあげたところだ。一方通行の方は、まぁ……もう少し後の登場になるんじゃないか? どうする? 予定通り、私が殺しに行ってもいいが?』

 

「ふざけるな」

 

『おいおい、そんなに怒るなよ。……だが、これはあくまでも競争だ。私に手柄を奪われたくなかったら、自分なりに努力するんだな』

 

「了解」

 

 簡潔な言葉を返し、呉羽は通信を切る。

 指を杖のように振り、触手を空中に霧散させる。この格好のままでは動けない。出来るだけ目立たないように動かなければならない。

 ニィィィ、と呉羽の顔が歪む。

 呉羽はこめかみをトントンと突き、

 

「そう。言われなくても分かっている。――第一希望は外さない」

 

 学園都市最強の超能力者を狩るために、更なる闇へと飛び込んでいく。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第六項 救いようのない真実

 爆発を利用することで呉羽から逃亡することに成功した流砂だったが、状況は最善とは言えなかった。

 爆発の直後にまき散らされたアスファルトの破片は、呉羽に向かって撃ち飛ばされた。彼女の触手がその全てを吸収してしまったので傷を負わせることは出来なかったが、その防御に要する数秒を確保することには成功している。

 対して。

 流砂の身体はボロボロだった。

 

「が、ァ……能力不発で防御膜が発動しねーとか、どんだけ不幸なんだよ……ッ!」

 

 あの爆発の直後、流砂は爆圧を利用することによって遠くまで移動し、そこから走って逃走した。圧力の膜さえ身に纏っておけば無傷で飛ばされることができるし、その後の逃走もスムーズなものになると踏んだからだ。

 しかし、成功率六割の能力が仇となり、防御が不発。飛来した無数のアスファルトの破片が背中や両手両足、身体の至る所に突き刺さる結果となってしまった。

 誰もいない路地裏で、流砂は座り込む。ビルの壁に背中を預けていたせいか、壁には真っ赤な血の跡が描き出されていた。もし相手がまだ流砂を追っているとしたら、十分すぎるほどの手掛かりとなってしまうだろう。

 全身から発せられる激痛に耐えながら、流砂は演算に集中する。体の内部に圧力を働かせて皮膚に突き刺さっている破片を一気に取り除こうとしているのだ。

 演算の傍ら、ポケットからハンカチを取り出して口に咥える。舌を噛まないための保険だ。これから彼は、とんでもないほどの激痛に耐えなければならない。

 演算が終了すると同時に目を瞑り、歯を食いしばる。

 直後。

 肉体が千切れてしまうんじゃないかというぐらいの激痛が流砂の身体に襲い掛かる。

 

「ぐ、むゥッ……んぅ――――――っ!」

 

 下手をすれば気絶してしまうほどの痛みに、流砂の脳が警告を発する。的確な角度で刺さった針を抜くのとはわけが違う。ありとあらゆる角度で突き刺さった破片を無理やり引き抜く。その痛みは――想像を絶する。

 目尻に涙を浮かべ、流砂はハンカチを口から吐き出す。地面には赤く染まった無数の破片が確認できる。もちろん、彼の身体と服も真っ赤に染め上げられている。

 外から圧力を働かせることで出血を抑え、常備している包帯で無理やりな応急処置を行う。血が固まった時に包帯が剥ぎ取れなくなる恐れがあるが、今の状況でそんな贅沢は言ってられない。とにかく今は血を止めて復帰する。ただそれだけに集中しよう。

 上着とシャツを脱ぎ、慣れた手つきで包帯を巻いていく。暗部時代から生傷が耐えない生活を送ってきたせいで会得した、あんまり嬉しくないスキルだ。出来れば金輪際使わないでいいことを願うばかり。

 ズボンを脱いで下半身の処置にかかろうとするが、既に血は固まっていて、しかもジーンズが脚に密着してしまっていた。この状態で衣服を脱ごうとすれば、先ほどと同じぐらいの激痛に襲われることになるのは火を見るよりも明らか。傷の化膿を予防するためにもその痛みに耐える道を選ぶのが得策なのだろうが、今の目的は血を止めることなので流砂は見逃すことにした。

 血塗れになったシャツと上着を身に着け、最後に頭にぐるぐると包帯を巻く。こんな恰好で街を歩けば病院から抜け出してきたと思われるかもしれないが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 応急処置を終え、壁に体重を預けながらふらふらと立ち上がる。

 そこで流砂はポケットの中で携帯電話が震えていることに気づいた。包帯に包まれた手をポケットに入れ、携帯電話を取り出す。液晶画面には『新着メールが一件』と表示されていた。

 迷うことなく開封する。

 

「………………嘘、だろ……ッ!?」

 

 流砂の表情が一変する。

 メールは、知らないメールアドレスから送られてきていた。

 そして中には、こう書かれていた。

 

『第三学区で「新入生」から「卒業生」へと送辞を行います。急いでこないとフレメア=セイヴェルンが死んじゃうぞ☆』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 黒夜海鳥。

 名前の奇抜さもさることながら、その少女の服装は絶対に街中に埋もれないほど奇抜なものだった。

 年齢は十二歳程度。肩甲骨の辺りまで伸びている黒髪で、耳元の髪だけがアクセントの為に金色に色を抜かれている。

 白いコートには腕を通さずにフード部分を頭に引っ掛けるようにして羽織っている。その下には、パンク系とでも呼べばいいのか、小柄な体を締め付けるように、黒い革と鋲でできた特徴的な衣服を纏っている。

 ビニール製のイルカの人形を抱きかかえた状態で、黒夜は第三学区のとある高層ビルの屋上でくつろいでいた。

 視線の先には、見るも無残に荒れ果てた個室サロンの建物がある。彼女の仲間の一人、シルバークロースと呼ばれる男が操る『エッジ・ビー』という殺戮機械によって作り出された、即席の地獄だ。

 だが、それだけではない。

 あの個室サロンの中には、もう一人の化物がいる。

 

「あーあ。結局先越されちゃったなぁ。大刀洗の奴、どんだけ張り切ってるんだよ」

 

 先ほどまで第七学区で戦闘していたはずの少女。一体どういう移動手段を使ったのか、第三学区の近くにいた黒夜よりも早く個室サロンを襲撃することに成功していた。能力の応用だろうか。とにもかくにも、黒夜海鳥は手柄を奪われてしまっている。

 ストレスを発散するためのプロセスなのか、黒夜はイルカのビニール人形を少し乱暴に撫でまわす。

 

(さて、シルバークロースのエッジ・ビーがフレメア=セイヴェルンを追い込むまでは私の方で増援を何とかしないといけない訳だが……一体どちらが先に来るのやら。シルバークロースが言っていた方だとしても、野郎の居場所ぐらいちゃんと伝えておいてほしいもんだな)

 

 その時だった。

 カツン、という音が耳を刺激した。

 邪悪な笑みを浮かべながら黒夜は後ろを見る。建物の中から屋上へと続く唯一の扉が開かれ、一人の少年が入ってきていた。

 草壁流砂。

 黒夜の仲間である大刀洗呉羽から逃走したはずの、どうしようもない負け犬だった。

 

「おや?」

 

 黒夜が声を上げると同時に、流砂は彼女に銃口を向ける。

 余裕綽々な黒夜とは百八十度違う、焦燥に満ちた表情で、流砂は黒夜を睨みつけていた。

 黒夜は言う。

 

「私が巻いた餌に上手いこと掛かってくれたみたいだな。シルバークロースの報告通りだと、初めに現れるのはアンタじゃなくて一方通行のはずだったんだが」

 

「……なんでフレメアを狙う? アイツは『闇』とは無関係の、ただの一般人のはずだ」

 

「この街に住んでいる時点で『闇』からは逃れられない。ってな感じの言い訳を並べれば、アンタは納得してくれるのか?」

 

「…………学園都市への反乱分子である浜面仕上と一方通行、それに草壁流砂()を一つのラインで接続させ、上層部から殺害命令が出るよーに仕向ける、ってトコッスか?」

 

「……チッ。もうそこまで探ってたのかよ。報告通り、情報収集が趣味だというのは本当みたいだな」

 

「御託はイイ」

 

 へらへらと笑う黒夜に、冷たい言葉が突き刺さる。

 流砂は拳銃のグリップを深く握りなおし、

 

「浜面と一方通行が関わっていると分かった時点で、俺はフレメアのことをアイツら二人に一任した。アイツラは俺以上の化物だ。あの二人が協力すりゃ、フレメアの一人や二人、簡単に救い出せる。俺が掴んだ情報は、既に浜面のケータイに詳細込みで送りつけているから問題はない」

 

「……それで? 私に何の用?」

 

「なんでこの件に大刀洗呉羽が関わっている?」

 

 簡潔な一言。そして、流砂が現在時点で最も知りたい情報。

 垣根帝督がずっと大切にしてきた少女は、一体どんな理由でこのイベントに参加しているのか。かつては友人だった流砂を容赦なく攻撃し、あまつさえ殺そうとした理由は何なのか。

 その全てを、黒夜海鳥が握っている。あくまでも予想でしかないが、この暗部があの少女に関わっていることは考えるまでもない。

 故に、流砂はもう一度問いかける。

 

「なんでこの件に大刀洗呉羽が関わっている?」

 

「簡単な話さ」

 

 黒夜は一瞬の間すら置かず、持ち合わせている答えを提示する。

 

「私達とアイツの利害が一致した。ただそれだけのこと。言っておくが、私がアイツを誘ったわけじゃないぞ? アイツが自分で私たちを見つけ、『新入生』に入ったんだ。――自らの意志で、ね」

 

 そこまで告げると、黒夜は何かを思い出したように「そうそう」と言い、ゆっくりと立ち上がった。マジックテープの効果でもあるのか、彼女がイルカのビニール人形を頭上に放り投げると、そのままコートの背中にぴたっと張り付いた。

 

「なんかアンタは大刀洗が『闇』に染まった原因は私達にあるみたいに思ってるみたいだが、それはとんだ誤解だ。というか、身勝手な責任転嫁と言ってもいい」

 

「……何だと?」

 

「あーら、まだ気づかない? そりゃ随分と重傷だな。ほら、思い出してみろよ。大刀洗が(・・・・)いつからああ(・・・・・・)なっちまったのか(・・・・・・・・)()

 

「――――――、まさか」

 

 思い当たる節はある。

 呉羽は元々、明るくて無邪気な女の子だった。垣根を前にすると素直になれない、純情な恋する乙女だった。垣根に心の底から惚れていて、垣根のことを四六時中考えているような少女だった。

 そんな彼女と連絡が取れなくなったのは、確か、十月十四日以降のことではなかったか。

 そしてその前日、流砂は彼女にあることを告げたはずだ。責任を感じていたのと義務的な報告として、流砂は彼女にこう告げたのではなかったか?

 

『……垣根さんは、第一位との戦闘に置いて――殉職したッス。……俺にもっとチカラがあれば、俺がもっと頑張ってりゃ、垣根さんを救えたハズだ。――本当に、ごめん』

 

 欠けていたピースが、元ある場所へと的確に嵌った感じだった。

 それと同時に前身の毛穴からどっと汗が噴きだし、体温を見る見るうちに低下させていくような錯覚に陥った。心成しか、顔がいつもよりも青褪めている気がする。

 まさか。

 そんな、まさか。

 呉羽がああも狂ってしまい、更には平然と人を殺せるほど凶悪になってしまったのは――

 

「――俺が原因、だってのか?」

 

 ご名答、と黒夜の口が小さく歪む。

 自分が予想もしなかった真実に直面したことで絶望しているヒーローを前に、黒夜は邪悪な笑みを浮かべる。

 そして。

 黒夜は憐れな偽善者にこう告げる。

 

「アンタのせいで誰かが死んでしまうかもしれない。私なんかに構っている余裕、今のアンタはちゃんとしっかり持ち合わせているのか?」

 

「ッ!」

 

 気づいた時には駆け出していた。

 取り返しのつかない未来を防ぐためだとかフレメアを助けるためだとか、そんな大層な理由じゃない。

 自分が蒔いた種だから、自分で摘まなければならない。

 今の状況を心の底から楽しむような笑みを浮かべている黒夜の横を通り過ぎ、走る速度を落とすことなく屋上から飛び降りる。能力が不発になったらただでは済まないが、今はそんなことなどどうでもいい。

 とにかく急ぐ。そして呉羽を止める。

 空気抵抗により発生した風に顔を顰めながら、流砂は苦々しい表情でこう呟く。

 

「ちっくしょうがァァァァアアアアアあああああああああああああああああああああーッ!」

 

 自分が犯した罪を償うために、草壁流砂は勝ち目のないギャンブルに身を投じる。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第七項 抵抗

 浜面仕上は息を潜めていた。

 フレメアを狙う敵から彼女を半蔵とフレンダと共に護っていた浜面だったが、個室サロンに移動した後から状況が一変、最悪な展開を迎えてしまった。

 一つは、エッジ・ビーという殺戮兵器の到来が原因。

 そしてもう一つは、正体不明の能力者の到来が原因だ。

 

「あの触手女……一体どういう原理で能力を使ってるんだ……?」

 

 一方通行ならベクトル変換、麦野沈利なら原子を曖昧な状態にして発射、絹旗最愛なら窒素を圧縮して身に纏う。そんな風に能力者の能力には何かしらの理由付けが可能、というのが学園都市の暗黙の了解だ。

 しかし、フレメアを狙うためにここまでやって来た能力者にそれは果たして当てはまるのか?

 黒く濁った触手を自由に操り、全ての攻撃を防ぐ。感情をそのまま具現化したかのように濁った触手を操り、全てを捩じ切り薙ぎ払う。何もないところからいきなり触手が現れているところから察するに具現化系の能力者なのだろうが、その構造が全く読めない。

 だが、浜面には一つだけ思い当たる節がある。

 

(第二位の垣根帝督の『未元物質(ダークマター)』。あれも具現化系の能力だった。ってことは、あの能力からヒントを得ることができるって訳か……?)

 

 同じ系統の能力者なら、弱点も同じであることが多い。そこを利用して攻撃すれば、無能力者の浜面でももしかしたら相手を倒せるかもしれない。

 しかし残念ながら、浜面は垣根の弱点を知らない。それ故に、触手女の弱点も分からない。

 カウンターの奥に身を隠しながら、先ほど調達したブロウパイプにダーツ状の矢を装填する。今彼の手元にある武器は、この電動補助式ブロウパイプ一つだけ。本当はロングボウも手に入れていたのだが、先ほど出会った中年のヒーローに献上した。今更四の五の言っても仕方がない以上、この武器だけでこの局面を乗り切る必要がある。

 ダン! と飛び跳ねるようにカウンターから外に飛び出す。

 ちょうど、触手女がこちらのフロアに入って来たところだった。

 

「見ぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁ!」

 

「チッ! 能力もそうだが言葉も気味悪りぃ!」

 

 ぶわぁっ! と翼を拡げるかのように触手が展開され、浜面目掛けて宙を駆ける。その速度は野球の投手が投げる球と同じぐらいで、ギリギリ目視できる程度の速度だった。

 浜面は電動補助式ブロウパイプを勢いよく吹き、ダーツ状の矢を少女目掛けて撃ち放つ。

 一直線に放たれた矢は少女に当たることなく触手が一瞬で吸収した。

 

「私にそんなオモチャは通用しない。というか、さっさとフレメア=セイヴェルンと合流してくれないか? こっちも暇ではないのでな」

 

「……ッ!」

 

「いや、それとも逆にお前の悲鳴であの子供をここまで連れてきてみるか? もしかしたらビビッて逃げてしまうかもしれないが、確率としては半々ぐらいだろう?」

 

 言葉に囚われる気はない。

 この武器を手に入れた理由をしっかりと認識し、自分ができる最良の選択をする。諦めずに必死に抗っていれば、いつかは突破口が開けるハズだ。

 浜面は両手で電動処理式ブロウパイプを構え、レーザーポインターの赤い光点を少女の踝に向ける。先ほど上半身への攻撃は防がれてしまった。だったら次は、下半身を狙って様子を見る!

 連続的に叩き込まれる触手を回避しながら、浜面はブロウパイプに勢い良く息を吹き込む。

 だんっっっ! という炸裂音が響き渡った。

 だがそれはブロウパイプの発射音ではない。ブロウパイプは弓矢と同じく、発射音よりも着弾音の方が大きいのが特徴だ。だがそれは、能力者の身体を貫いた音ではなかった。先ほどまで右脚があった場所。能力者は、右足を軽く上げて回避行動をとっていた。

 触手で防げばいいのに、少女はあえて回避行動をとった。どういう原理かは知らないが、とにかくあの位置は触手による防御の死角とみていいだろう。

 今も触手は少女の背中で蠢いている。上下左右にぐにゃぐにゃと蠢き、隙あらば浜面向かって突撃してきている。――しかし、少女の顔は何故か不思議なぐらい青褪めていた。

 先ほどの攻撃に恐怖したのか、それとも能力の副作用によるものなのか。

 馬鹿な浜面にはよく分からないが、今の相手の状況なら隙を突くことは困難ではないはず。

 つまり、

 

(チャンスが出来たら即行逃走! さっさとフレメアを見つけて半蔵たちと合流する!)

 

 浜面の目的はこの能力者を倒すことではない。フレメア=セイヴェルンと合流し、死ぬ気で彼女を護る。駒場利得が死んでも護りたかった少女を、全力で光の世界へと送り戻す。

 第二射を打つ為、浜面はズボンのポケットからダーツ状の矢を取り出し、装填する。

 そこで能力者の少女も動いた。

 いつの間に抜き取っていたのか。両手に構えた拳銃の銃口を浜面に向けていて、更には無数の触手がドームを形成するかのように迫ってきていた。

 え? と無意識に間抜けな声を漏らす。どこにどう逃げたとしても確実にどこかしらにダメージを負ってしまうこの状況。吹き矢一つで切り抜けられるほど甘い状況ではない。

 とっさにブロウパイプを少女の顔面目掛けて投げつけ、そのまま体当たりの要領で突撃する。流石に自分自身を攻撃することは出来ないだろう、という浜面なりの決死の作戦だった。

 少女は目を見開くが、迷うことなく拳銃の引き金を引く。扱いには慣れていないのか、放たれた弾丸は浜面の両肩を掠る形で通り過ぎていった。問題の触手は、今まさに浜面の身体を貫こうと身を縮めている。しかし、少女に当たるかもしれないという危険を怖れているような動きでいつまで経っても動こうとしない。

 ドンッッ! という轟音が鳴り響く。

 それと同時に少女の小さな体が宙を舞い、フロアの奥へとノーバウンドで飛んでいく。

 しかし少女もただでは済ますつもりはないようで、触手の一本を操って浜面の右腕を拘束する。

 直後。

 焼いた鉄を押し付けられたかのような激痛が走った。

 

「ぁぐっ……がァァァアああああああああああああああッ!」

 

 ぶよぶよした感触の触手から腕を無理矢理引っこ抜く。少女の体勢が崩れていたことが幸運となり、意外と腕は簡単にすっぽ抜けた。浜面はそのまま地面を転がり、背中から壁に激突する。

 触手に触れられた右腕は見るからに悲惨な状態で、酷い火傷のような傷を負ってしまっていた。というか、考えるまでもなくこれは火傷だ。

 余りの激痛で右腕から一気に力が抜けた。だらん、とだらしなく垂れ下がる右腕に舌を打つも、これを好機と浜面はフロアの出口から勢いよく外へと飛び出した。

 だが、油断できるような状況じゃない。

 まだこの建物の中には、多数のエッジ・ビーが徘徊している。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第三学区のとある喫茶店に、その二人はいた。

 最強の超能力者、一方通行。

 『新入生』の構成員、黒夜海鳥。

 性格の凶暴性だけで言うならとてつもないほどに似通った二人は、片や邪悪な笑み、片や面倒臭そうながらも無表情、という極端な態度で向かい合う。

 間には、ぐちゃぐちゃに破壊されたテーブルが転がっている。

 

「『暗闇の五月計画』か。……一部を強引に改造しただけの小物と、第一位そのものの俺。わざわざ強さ比べをしなくちゃ実力の差が分からねェ程馬鹿なのか、オマエは」

 

「言ってろガキが」

 

「一つだけ忠告しておいてやる。――これは引き金だ」

 

 一方通行は肘掛を人差し指でコツコツと叩く。

 

「ここから俺が立ち上がった瞬間、オマエは無残な死体に成り果てる。それでも俺をここから立ち上がらせてみるか?」

 

「……私は今この場でアンタに勝つ必要がない。今この場に置ける勝利条件は、アンタとの真正面からの潰し合いなンかじゃない」

 

「――――、」

 

「アンタの能力は私と同じで、壊すことには向いていても守ることには向いていない。――だから、こンな真似をされると焦るしかねェってわけだ!」

 

 イルカのビニール人形を片手で抱え、空いた手を横に振る。

 圧縮した窒素を槍として撃ち放つ、というシンプル故に強大な能力が、何の関係もない野次馬目掛けて撃ち放たれる。テーブルなんていとも容易く引き裂けるほどの威力を持つ槍を、防御の手段すら持っていない一般人に突き刺すために。

 瞬間、一方通行が動いた。

 跳ね上がるように立ち上がり、野次馬と黒夜との間に割り込んで窒素の槍を一蹴する。

 

「引き金だ」

 

 一方通行は不愉快そうに眉を顰め、

 

「オマエが引いた。末路も受け取れ」

 

 本気の殺意が込められた一言。ありとあらゆる脅威から一人の少女を護り抜いてきたバケモノから発せられる、ただただ残忍な一言。

 しかし、黒夜は臆することも無く――逆に邪悪な笑みを浮かべる。

 彼女の周囲には、自らが吹き飛ばしたテーブルや路面、更にはカップの破片などが転がっていた。その中にある真っ二つに裂けた写真を顎で示し、黒夜は告げる。

 

「ちょいと遊ぼォか、第一位」

 

「あン?」

 

「このガキは近くにいる。今からこの写真みてェに首を真っ二つにできるかどォか、勝負をしない?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「見つけた……ッ!」

 

 ビルから飛び降りてさらにフレメアの行方を追っていた草壁流砂は、人でごった返した通りの中で苦しそうにしながらも叫んだ。

 彼の目の前には、人に埋もれながらも必死に誰かに手を振っているフレメア=セイヴェルンの姿がある。おそらくだが、彼女が手を振っているのは浜面だろう。先ほどからやけに聞き覚えのある声が耳を刺激してきている。

 大刀洗呉羽の暴走の原因が自分にあると分かり、一時は混乱して激昂して我を失った。何が何だか分からなく、何をどうすればいいのかの検討すらつかなかった。

 しかし、出血多量のせいで妙にクールダウンした今、流砂は正しい一手を選ぶことができていた。

 

(フレメアを保護して安全を確保し、その後に大刀洗を説得する! あの時の俺が与えた誤解を晴らせば、きっとアイツは止まってくれる!)

 

 あの時の誤解。

 それは、『垣根帝督が死んだ』という情報。あの時は焦っていたせいでそう思い込んでしまっていたが、真実は違う。

 

(垣根さんはまだ生きている! 『前世の遺産』が教えてくれる。垣根さんはまだ、能力を生み出す装置っつー状態でも生きているって!)

 

 十月九日に垣根帝督は肉体をぐちゃぐちゃに蹂躙されている。しかし、彼は学園都市に回収されて『未元物質』を生み出すだけの装置として今もどこかで扱き使われているハズだ。

 もう必要ないと思っていた『前世の遺産』が、ここにきて効果を発した。蛇足だと思っていたアドバンテージが、ここにきて草壁流砂に打開の一手を与えた。

 人の壁を押しのけながらも流砂は前に進む。フレメア=セイヴェルンを救うために。……そして、大刀洗呉羽を救うために。

 

「フレメア! 俺の声が聞こえてんならその方向に向かって手を伸ばせ! それでお前は救われる!」

 

「……! 大体……ーグルお兄ちゃん……来て……ッ!」

 

 必死に手を伸ばすも、流砂の手はフレメアには届かない。

 あまりにも人が多すぎる。能力使用で吹き飛ばしてもいいが、それだと何の関係もない一般人が傷ついてしまう。流砂はまだそこまで人間を捨てられない。

 合流できない。

 そんな、焦りの感情が顔に出た――その瞬間。

 

 

 ゴガァッ! という轟音。

 路上駐車の車両を蹴散らしながら現れた、駆動鎧の巨大な影。

 

 

 フレンダの情報通りの機体ではない。有り触れた二足歩行型の駆動鎧。――しかし、余りにもサイズが巨大すぎる。

 どう考えても人の手足が届くようなデカさではない。おそらく、あの体の中に更にスペースがあるのだろう。背中には無数の柱があり、そこには『Edge Bee』と表記されている刃の円盤がいくつも突き刺さっていた。

 男女ともに悲鳴が上がる。

 圧倒的なサイズの駆動鎧から少しでも距離を空けようと、野次馬たちがもみくちゃになりながらも逃走する。それによって流砂の視界からフレメアの姿が消えた。

 (チッ! どこまでも不幸だクソッタレ!)ここまで来たら四の五の言ってられない。流砂は能力を発動して人の壁を吹き飛ばし、フレメアを捜す。

 すぐにその少女は見つかった。

 しかし、その時は既にすべてが遅かった。

 いつの間にか現れていた最強の怪物によって先ほどの駆動鎧の腕がへし折られていた。衝撃は根のように浸食し、そのまま駆動鎧の右腕を強引に引き千切った。

 だが、その後が問題だった。

 バクン! と駆動鎧の前面のハッチが開き、中からさらに小さな駆動鎧が飛び出してきた。アルマジロの様に見えるその駆動鎧は空中で姿勢制御を行い、勢いよく回転する。

 天地逆さまの状態で、フレメアの上を通過する―――いや、違う!

 彼女の後ろ首を、アルマジロは正確に片手で掴みとる。

 そしてそのまま勢いよく地面を滑って行き、突如として現れた巨大な四本足の駆動鎧の中へと収まり、滑らかに地面を滑りながら凄まじい速度で突き進む。

 ブォン! という爆音の直後、後部のプロペラが勢いよく回転し出す。

 一方通行が装甲を掴むよりも早く、駆動鎧は加速した。

 その手が空を切った時には既に、駆動鎧は弾丸のように街中を突っ切っていた。

 間に合わなかった。

 そんな今更過ぎる現実を突き付けられた瞬間――

 

『ッ!』

 

 ――三人の主人公の道がついに繋がった。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第八項 リベンジ

 主人公三人のラインがちょうど一つになった頃。

 外人コンビは学園都市を駆け抜けていた。

 

「いやァァァあああああああああああああああああああああああああッ! どこまで追って来るんですか流石にしつこいんじゃないですかぁっ!?」

 

「……ふぁいとっ、すてふぁにぃ!」

 

「背中でくつろぎながら言われてもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 アホ毛をぴょこぴょこ揺らしながらポスンと肩を叩いてくるシルフィに絶賛全力疾走中のステファニーはあらん限りの叫びを返す。両手に持つ軽機関散弾銃は、現在の状況では全くと言って良いほど役には立たない。

 彼女達二人の後方十メートル付近には、黒い触手を生やした住所不定(おそらく)無職の謎の黒山羊さんが一体。中々に良いフォームでこちらを狙って走ってきているが、本体の重量が重すぎるせいかあまり速度は出せていない。

 だが、それこそが不幸。

 追いつかれもしないし逃げきれもしないこの中途半端なチキンレースは、スタミナが切れた方が一気に敗者と化してしまうのだ。

 

「おぇえっ……あはぁっ……も、もう無理足が止まっちゃいます!」

 

「……あ! 黒山羊さん近づいてきた!」

 

 プツン、という音がステファニーの頭の中に響き渡る。

 そして直後、邪悪な笑みを浮かべたステファニーは軽機関散弾銃を構えた状態で後ろを振り返った。

 

「獣畜生の癖にいつまでも調子に乗りやがってふざけてんじゃないですかコラァアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」

 

 怒りの方向が飛び出すと同時に軽機関散弾銃が怒りの火を噴いた。ドバババババ! という連続的な爆音を奏で、鋭い作りの銃弾が黒山羊目掛けて飛んでいく。

 あまりの騒音にシルフィは咄嗟に耳を塞ぐ。ステファニーの鼓膜もただでは済まないのだろうが、理性を繋ぎ止める大事な一線が引き千切れてしまった今、彼女に怖れるものなどない。

 良く言えば覚醒、悪く言えばお怒りモード。

 「あはははははははは!」イった目を浮かべながらステファニーは引き金を長押しする。装填されている銃弾を全て使い切るまでそれは続き、弾切れになった後もステファニーはカチャカチャと狂ったように引き金を引いていた。

 しかし、リュックサックの中にいるシルフィの言葉が、ステファニーの理性を強制的に呼び戻す。

 

「……黒山羊さん、平気っぽい」

 

「――――――、Why!?」

 

 無駄にネイティブな発音で衝撃を受け、ステファニーはそれを見た。

 黒山羊の身体に突き刺さったハズの銃弾が、背中に生えた触手に貪り食われている光景を。

 ひくっ、とステファニーの頬が強張り、それを後ろから見ていたシルフィがすごすごとリュックサックの中に身を隠す。ヤドカリかよ、というツッコミは心にしまっておいてもらいたい。

 触手が全ての銃弾を吸収する。

 ニタァ、と黒山羊の口が邪悪に裂ける。

 ――そして。

 先ほどとは比べ物にならないほどの初速で――黒山羊が走りだした。

 

「もうっ、もうっ、いやぁああああああああああああああっ! 助けて流砂さぁああああああああああああああああああああん!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最初は混乱のせいで少々いざこざがあったが、流砂は一方通行と浜面に伝えなければならないことをしっかりと伝えることに成功した。

 『新入生』

 それも、『新入生』の目的についての情報を、だ。

 アシを調達してくる、と言って立体駐車場の方へと向かう浜面を一瞥しながら、流砂は一方通行に警戒を呼び掛ける。

 内容は、大刀洗呉羽についてだ。

 

「『新入生』の一人がお前の命を狙ってるッス。ソイツの名は大刀洗呉羽。理由は知らねーッスけど、ソイツは常識離れした触手を操る能力を持っている。お前の『反射』が効くかどーかは、試してみねーと分からねー」

 

「何で俺がそンな奴に命を狙われる?」

 

「垣根帝督」

 

 流砂が名前を呼ぶと、一方通行の眉が微かに動いた。

 流砂は構わずに言葉を続ける。

 

あの(・・)垣根さんが命を懸けてでも守り抜こーとしていたのが、その大刀洗呉羽っつー女だ。お前は何も知らずにあの人を撃破しちまったんだろーが、結局はお前も垣根さんも同じ境遇だった。……お前はアイツに命を狙われる理由がある。一応は忠告程度に言っておくッス。――気を付けろ」

 

「……くっだらねェ」

 

「お前にとっちゃくだらねーコトかもしんねーが、アイツにとっちゃ自分の人生をぐちゃぐちゃに引き裂かれたのと同義なんスよ」

 

 冷静に言葉を放つ流砂に、一方通行は吐き捨てるように舌を打つ。

 数秒後、2ドアのスポーツカーが流砂と一方通行の傍までやって来た。運転席に乗っているのは、浜面仕上だ。

 「乗れ!」浜面は運転席から声を張り上げ、一方通行が面倒臭そうな顔をしながらも助手席に乗り込む。次は流砂が乗る順番なのだが、流砂はスポーツカーには乗らなかった。

 理由は簡単。

 倒壊寸前の個室サロンの中から、無駄に因縁のある少女が飛び出してきたからだ。背中に触手を従えたその少女の目には、学園都市最強の超能力者が捉えられている。もちろん、灯されている感情は『怒り』だ。

 

「行け」

 

 呉羽から視線を外さないまま、流砂は言う。

 

「アイツの狙いは一方通行だが、アイツの暴走の原因を作っちまったのは他でもねー俺自身だ。……俺がここで撃破する。お前らはさっさとフレメアを助けに行って来い」

 

「あの触手女にお前一人で立ち向かうってのか!? 能力の詳細もつかめてねえのに!?」

 

「大丈夫ッスよ。十分すぎるほどに時間はあったッスからね」

 

 それに、と流砂は付け加え、

 

「今の俺じゃお前らの足手まといになっちまう。足手まといは足手まといらしく、殿を務めさせてもらうッス。……っつーかさっさとフレメア助けて来い! 文句はその後にでも聞いてやる!」

 

「くそっ! 死ぬんじゃねえぞ!」

 

「互いにな」

 

 その会話を最後に、浜面と一方通行を乗せたスポーツカーが急発進し、弾丸のように街中を突っ切って行った。アクセルを全力で踏んでいるのか、十秒と経たない内に彼らの姿は見えなくなった。

 はぁぁ、と流砂は溜め息を吐く。包帯まみれの頭をガシガシと面倒くさそうに掻き、気怠そうな瞳を少しだけ吊り上げる。――その先には、大刀洗呉羽がいる。

 青ざめた顔で汗を掻いた状態で、彼女はいた。気のせいだろうか。彼女の背中の触手の本数が減っている気がする。

 流砂はへらへらとした調子で手を振り、

 

「ハロー、大刀洗。リベンジマッチのお時間ッスよ」

 

「お前に構っている暇はない。――五分で終わらせてやる」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして、フレメア=セイヴェルンとはぐれたフレンダ=セイヴェルンは倒壊寸前の個室サロンの一室で――

 

「――――――、きゅぅぅ」

 

 ――巨大な本棚の下敷きになり、ぐるぐると目を回していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 なるたけ時間を稼ぐ必要がある。

 そう判断した流砂は高電離気体での攻撃を選択肢から外し、純粋な圧力操作のみでの戦闘を選択した。言うならば、初心忘るべからず。

 地面に足を喰い込ませ、一気にスタートを切る。ドンッッ! という轟音の直後、流砂の身体がロケットのように一直線に発射された。

 馬鹿みたいに突っ込んでくる流砂を殺す為、呉羽の背中の触手が蠢く。一本、二本、三本……と徐々に数を増やしていきながら流砂の身体を何度も何度も突き刺そうとする。

 しかし、流砂はそれらを全て回避。最小限のステップのみで呉羽の懐にまで入り込む。

 そして右ストレート。

 ただそれだけの簡単な攻撃で呉羽の身体は『く』の字に曲がる。

 

「ぅグぁ、ォ……ッ!?」

 

「とりあえずは動けなくなるまでぶん殴るッス。話はそれからだ」

 

「ッ、っの!」

 

 左右から迫ってきた触手を両手で抑え、呉羽の足にローキックを決める。触手には触れない方がイイと浜面から予め警告されていたが、流砂はそれを無視することにした。

 つまり、熱さを我慢して無理やり押し通す。

 根性論かもしれないが、その根性を貫き通せば絶対に勝利はあっちの方からやってくる!

 「っっぁあああ!」ふくらはぎを蹴り飛ばされた呉羽のバランスが崩れる。その隙を見逃すことなく流砂は彼女の額に頭突きを喰らわせる。ゴッ! という轟音の瞬間、流砂の頭に信じられないほどの痛みが走る。……当たり前だ。彼の傷はまだ癒えるどころか回復の兆しすら見せていないのだから。

 しかし、だからと言って攻撃の手を止めるわけにはいかない。

 ここで呉羽を無効化し、ありったけの言葉で彼女を止める。偽善使いでも大嘘つきでもなんでもいい。どれだけ罵倒されようと、ここで諦めるわけにはいかない。この少女のためにも、垣根帝督のためにも――。

 触手が流砂の腹を襲うも、何故か皮膚は貫かれない。もはや触手の形を保つだけでも難しいのか、以前の時のような鋭い槍はどの触手にも見受けられない。

 だが、流石に体へのダメージは防げなかった。いくら圧力をゼロにして事なきを得たとしても、触手の高温による攻撃は止めようがない。一方通行の『反射』ならまだしも、流砂の『壁』はそこまで万能ではない。

 よって、流砂の腹部に強烈な痛みが走る。不幸にもその位置は応急処置をしたばかりの、現在時点における流砂の弱点の一つだった。

 

「がァァああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

「いっ、いつまでもお前の好き勝手にやらせてたまるかァあああああああああッ!」

 

「い、ぎィァアア!」

 

 腹部のダメージのせいで一瞬だけ蹲る流砂の隙を突き、呉羽は彼の身体を触手で頑丈に拘束する。圧力操作で肉体への直接的なダメージは防いでいるものの、触手に触れているという現実はぶち殺せないために流砂の身体にそのまま直接焼かれたかのような痛みが走る。

 肌色から赤へ、そして青へと皮膚の色が変わる。それは肉体が示すレッドゾーン。これ以上好き勝手にさせておけば、流砂の身体は致命的な箇所まで焼き溶かされてしまう。

 しかし、流砂は自分の根性と能力に全てを託す。

 圧力操作で触手を無理やり引き剥がし、その内の一本を掴んで呉羽ごと地面に向かって叩き付けた。

 だんっっ! という音が鳴り、地面に僅かな亀裂が走る。――しかし、ただそれだけだ。触手をクッションにすることで衝撃をギリギリまで抑え込んだらしい呉羽は両手で流砂の頭をガッシィィィッと掴む。

 呉羽は大きく口を開ける。――その中から一本の触手が飛び出してきた。

 

「ッ!」

 

 反射的に顔を逸らす。肉体の無理な駆動のせいで背骨がバキバキバキィッと悲鳴を上げるも、流砂はそれを完全無視する。――直後、呉羽の下顎がフリーになった。

 流砂は右手をぎゅっと握りしめる。

 

「償いはする。お前を倒して全てを終わらせる。だから、その身を俺に預けろ。一瞬で終わらせてやるから」

 

「っの……やめろ……」

 

「聞けねーッスね、その言葉は」

 

 右腕を思い切り下に振り被り、腰を低くする。

 呉羽の触手が両脚に巻き付くが、今の流砂はそんなことでは止まらない。やるべきことが分かっている今の草壁流砂を止められる者など、この世界のどこにもいない。

 「お前は俺が止めてやる」だんっっっ! と無理やり左脚を一歩踏み出す。

 「そして、お前の怒りとか憎しみなんてものは――」呉羽の目を真っ直ぐ睨みつけながら、

 

「――ここで塵も残さず殺し尽くす!」

 

 ドゴンッ! という轟音が第三学区に響き渡る。

 呉羽の華奢な体が宙を舞う。綺麗な放物線を描き、呉羽は背中から地面に勢いよく叩きつけられ、そのまま数秒間の痙攣を経て、ついには動かなくなった。

 第一ステップは終わらせた。

 次は、第二ステップに足を踏み入れなければならない。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 黒山羊さんから追われること約三時間後、ステファニーとシルフィは遂に第三学区にまでやってきていた。

 無尽蔵のスタミナを持つと自負している流石のステファニーも三時間耐久マラソンはきつかったようで、途中で学生から奪った自転車をヘロヘロになりながらも必死に漕いでいる。因みに、自転車を奪う際には警備員権限を使った。まだ現職復帰したわけじゃないが、どうせ復帰するから問題はないだろう。前借だと思えば気は楽になる。

 右へ左へと車体を揺らしながらステファニーは大通りを突き進む。いつになったら終わるんですか……? と悲壮な顔を浮かべながら。

 と、リュックサックの中に篭っていたシルフィがもぞもぞと顔を外に出し、

 

「……あれ? 黒山羊さん、いなくなってる……?」

 

「なんですとぉ!?」

 

 さっきまでのスタミナ切れはどこへやら。あまりにも衝撃的すぎる宣告をされたステファニーは急ブレーキと共に旋回。顔の汗を服の袖でごしごしと拭い、無駄に続く大通りをねめつけるように見る。

 そこには、ただただ無機質なアスファルトの道だけが拡がっていた。――というか、なんか未知の中央辺りに黒い水溜りができている。

 あの水溜りに変身したとかじゃないですよね? と嫌な予感に襲われながらも、とりあえずは終わったんだなと安堵の息を漏らす。

 しかし、シルフィ=アルトリアは更なる爆弾を投げ入れる。

 それは、ステファニーがハンドルに体をぐでーっと寄りかからせた――まさにその時だった。

 ぴく、とアホ毛を天高く伸ばしたシルフィの額から、ビキリという非現実的な音が聞こえてきたのだ。

 何だ何だ何事だ!? 真後ろからのまさかの破裂音にステファニーは身を強張らせる。

 そんなステファニーの首を小さな手で掴み、シルフィは彼女の視線を右側に固定する。――そしてステファニーの額に青筋が浮かぶ。

 

 

 そこには、彼女たちが想い慕う少年の姿があった。

 

 

 ぐちゃぐちゃに荒れた道路の中で、疲れたようにしゃがみこんでいる少年。服の中から伸びている手足には乱暴ながらも包帯が巻いてあり、それ以外の箇所は青く変色してしまっていた。服のあちこちもボロボロでどう考えても戦いの後と言った状態だ。

 しかし、ステファニーとシルフィが怒りを覚えているのはそんなところではない。

 ……なんか、流砂の隣に美少女が寝かされている。しかも、互いに疲れ切ったような様子だ。

 瞬間。

 ステファニーとシルフィの頭の中で何かが切れた。

 「……すてふぁにぃ」「了解です」そんな簡単なやり取りの直後、ステファニーは自転車のハンドルを本気の握力で握り締め――

 

「なにこんなところで女の子襲ってんですか女だったら誰でもいいのかあなたはァああああああああああああああああああーッ!」

 

「ええっ!? な、ナニナニどーゆーコ――びぶるちっ!」

 

 ――前輪で流砂の顔面を轢き潰した。

 




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 次回もお楽しみに!


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第九項 帰還

「ということは、そちらの方は流砂さんの新しい(・・・)愛人ではない、と?」

 

「……怪しい」

 

「え? 何で俺そんなに信用ねーんスか? こんなにボコボコになるまで殴られたのに信じてもらえない? それに俺、愛人なんて作った覚えねーんスけど?」

 

『前科がありすぎて信用を失っとるんじゃボケェ!』

 

「ちょ、ま! 前科って一体何のコ――みぎゃァァァあああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 ステファニーによる前輪アタックから復活したばかりだというのに、今度は草壁流砂の鳩尾に自転車の後輪が突き刺さった。訳が分からない、といった様子でぴくぴくと痙攣しているバカを軽蔑一色の瞳で見下ろし、ステファニーは「はぁ」と肩を竦める。

 先ほどまで寝かされていた少女は既に目を覚ましていて、凄く不貞腐れたような顔で体育座りをしている。一応は身動きが取れないように右手とガードレールを接続(ステファニーが持ち合わせていた対能力者用の手錠で、だが)しているのだが、それでもまだ安心はできない。警備員の道具は全ての能力者を圧倒できるほどに優秀なものじゃない訳だし。

 シルフィがどこからともなく取り出した金属バットで流砂をボコスカ殴っている光景から目を逸らし、ステファニーは少女――大刀洗呉羽の前にしゃがみ込む。

 そして心の底から恐怖を感じさせるようなニッコリ笑顔を顔に張り付け、

 

「……右手と左手、どっちを犠牲にしたいですか?」

 

「ひっ! い、いやその、どっちも遠慮したいかなぁ……なーんて」

 

「分かりました」

 

 ニコニコと呆気ない言葉を返すステファニーに呉羽は安堵の息を漏ら――

 

「両手ですね」

 

 ――す前になんだか命の危険が迫ってきていた。

 

「い、いやいやいやいやいや! ちょっと待ってくれ! 私はまだ何も言っていないような気がするんだが!?」

 

「そうですね。だって私が勝手に決めちゃったわけじゃないですか、今の」

 

「コイツ悪魔だ!」

 

「人の想い人ボコボコにしておいて言うことですか、それ」

 

 ダメだコイツ、早く何とかしないと……ッ!

 今すぐにでも一方通行に追い付いて垣根帝督の仇を取りたい呉羽なのだが、手錠のせいで能力は抑えつけられているし目の前の女が怖いしでなかなか行動を起こすことができていない。そんな簡単に使えなくなるような能力なの? と言われてしまうと首を縦に振らなければならなくなることも原因の一つなのだが。

 呉羽の能力――正式名称『焦熱物質(フレイムマター)』は、垣根帝督の『未元物質(ダークマター)』の派生的能力だ。

 第二位の演算パターンを無理やり埋め込むことで発現した能力なのだが、能力の概要までは同じではない。第二位の方が『この世界に存在しない物質を創造する』という能力なのに対し、呉羽の方は『超高温の物質を創造する』という能力だ。どちらも見ようによっては『この世界に存在しない物質』なのだが、問題は能力の精度の方。

 『未元物質』と違い、『焦熱物質』は固体化が困難である――という問題だ。

 垣根は『未元物質』を使って様々なものを作ることができていた。――しかし、呉羽の能力はそこまで優秀ではない。『触手』という構造パターンが単純なものならいくらでも作り出せるが、『生物』とか『武器』みたいなものになると話は別。一応は成功例の『黒山羊』がいるが、アレは身体の大部分が触手だからこそ成功したようなもの。普通の山羊を作ろうとすれば、八割の確率で失敗する。……色が黒なのは呉羽自身にも分からない。なんか端からあの色だった。

 そして、呉羽はこの能力を完全に扱えるわけではない。

 そもそも呉羽は無能力者の時に第二位の演算パターンを強制的に植えつけられた。それは無能力者の脳では扱い切れないほどに凶悪なものであり、それは今の呉羽――大能力者になった今でも変わらない。

 長時間の使用は厳禁。一時間程度でも続けて使用すれば、脳に多大な負担がかかる。先ほどの草壁流砂への敗北とか浜面仕上に突き飛ばされたときというのは、その弊害が諸に体を蝕んでいたせいだ。決して実力で負けていたわけじゃない。

 つまり、呉羽は垣根と同じ能力を所有しているわけじゃない。

 つまり、呉羽は垣根と同じ能力を持っていると嘘を吐いていただけ。

 相手に複雑な戦術を考えさせるために、あえて嘘を吐いていただけ――というだけの話。

 呉羽は脅えの表情を浮かべつつも、がちゃがちゃと手錠を外すべく抵抗する。こんなところで油を売っている場合ではない。一秒でも早く一方通行を殺し、垣根帝督の無念を晴らさなければならない。

 奥歯を噛み締め歯を食い縛り、力の抜けた体に鞭打って復讐心を働かせ、一気に手錠を引き千切――

 

「ハイハイそこでステファニーパンチ」

 

「ぶっ!」

 

 ――顔面に右ストレートを決められた。

 中々のチカラで放たれたステファニーの右手は呉羽の鼻を正確に捉え、尚且つメリメリメリィッと食い込むように押し付けられた。鼻が折れていないことが不思議だったがおそらくは手加減をしてくれているのだろう。本当の実力は知らないが、この女が本気を出せば人間の首ぐらい簡単に破砕できるような気がする。

 「へぶっ、が……!」涙目で鼻を抑える呉羽。ステファニーはニッコリ笑顔を崩すことなく、

 

「ところで、あなたに質問です」

 

「ば、ばう……?」

 

「あの黒山羊が私達を狙ってきたのは――何・故・で・す・か?」

 

「ひぃぃっ!」

 

 トラウマ確定だった。今この瞬間、ステファニー=ゴージャスパレスは大刀洗呉羽の天敵となった。

 ぽろぽろと涙を零しながら、脅えた様子で呉羽は答える。

 

「わ、私はあの黒山羊に、じゅ、『十歳くらいの子供を連れた女顔の奴を食い殺せ』と命令していただけで、べ、別にお前単体を殺そうと思っていたわけじゃ……!」

 

「お・ん・な・が・お?」

 

 その瞬間、ステファニーの額に青筋が浮かんだ。理由は……あえて言うまでもないだろう。

 その直後、ステファニーの手が呉羽の顔面を掴み上げた。技名は……あえて言うならアイアンクロー。

 

「むぎゅぅっ!」

 

「はは。あははは……こぉーんなにプリチーでピチピチな二十代である私を女顔扱いぃぃ……? これはお仕置きが必要になりそうな感じなんじゃないですか? という訳でちょっとこのサバイバルナイフで拷問タァーッイム!」

 

「いやァァァあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 邪悪な笑みと共にサバイバルナイフを構えるステファニーに呉羽の絶叫が突き刺さる。

 そんなギリギリ年齢制限セーフな光景の傍らで九歳の少女にボコボコに殴られていた流砂はやっとのことでお仕置きを終了され、放送禁止状態の顔面のままふらふらと立ち上がった。その傍では、返り血を浴びたシルフィが無表情のまま立っている。

 そろそろマジで死ぬかもしれん、と今後の心配をしながらも、流砂はポケットから携帯電話を取り出す。液晶画面を数秒ほどタッチ操作で弄び、電話帳から目的のアドレスを見つけ出す。

 そして電話開始。

 ツーコール目で繋がった。

 

「こちら草壁流砂。なんか姿見えねーけどどこで何してるんスか、フレンダ?」

 

『……いやー、ちょっとヘマやっちゃって……』

 

「具体的に言うと?」

 

『…………』

 

 十秒ほどの沈黙の後、フレンダ=セイヴェルンは凄く恥ずかしそうな声色で、

 

『本棚の下敷きになっちゃった☆』

 

「一生そこで寝てろバカヤロウ」

 

 とりあえず後でステファニー達向かわせるからそれまで大人しく待ってろ。その言葉を最後にし、流砂は通話を終了する。なんかギリギリまでギャースカ騒がれていた気がするが、その続きはまた今度聞くことにしよう。今は他にやるべきことがある。

 ポケットに携帯電話を仕舞い込みながら、流砂は呉羽とステファニーの元まで歩いていく。背後で金属バットを小さく振っている幼子が凄く怖ろしかったが、流砂はあえて見なかったことにした。

 サバイバルナイフで呉羽のシャツを斬り裂こうとしていたステファニーを退かし、呉羽の前にしゃがみ込む。

 怪訝な表情というよりも「助かった……!」という安堵の方が大きそうな涙目でこちらを見てくる呉羽に溜め息を吐きながら、

 

「話をしよーッス。議題は、そーだな……――垣根帝督の現在状況について、っつーのはどーッスか?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえず、草壁流砂の戦いは終了した。

 後は、フレメアを救出しに行った浜面と一方通行の戦いが終了するのを待つだけだ。……まぁ、一応は援護しに行くわけだけど。

 ステファニーが乗って来た自転車(らしいが、どう考えても盗難車)で大通りを走り抜ける。未だに体の損傷はレッドゾーンで激しい運動ができるような状態ではないのだが、それでもこんなところでリタイアするわけにはいかない。あの謎の駆動鎧と能力者の少女を完全に撃破したという情報が入ってこない限り、流砂は平和な日常に戻るわけにはいかない。

 空気抵抗に寄る風圧を能力で防いだ状態で走りながら、流砂は一人呟く。

 

「……にしても、垣根さんの生存報告をアイツが信じてくれるとは思わなかったッスねぇ。もっとこー、『嘘つくなお前殺してやろうかワレェ!』みてーな展開になると思ってたんスけど……」

 

 垣根帝督はまだ生きている。一方通行に撃破された後、学園都市上層部に回収された。信じてもらえないかもしれないが、どーか信じてほしい。

 そんな情報を与えた瞬間、呉羽は心臓が止まったかのように凍り付いていた。――そして一分ほどが経過し、ぽろぽろと涙を流し始めたのだ。

 予想にもしなかった展開に流砂は最初動揺したものの、

 

『昔から醜い心の人間ばかり見てきていたから、お前が嘘を吐いているかどうかはすぐ分かる』

 

 と言われてしまい、照れくさくなって顔を逸らしてしまったことは記憶に新しい。……直後に外人からのO☆SHI☆O☆KIがあったけど。

 シャー、と激しいカーブを難なく通り過ぎ、既に日が傾いてきた学園都市を走り抜ける。浜面からの連絡はまだなため、自力で彼らを捜さなければならない。

 と、彼の目が何かを捉えた。

 

「ッ!?」

 

 思わず急ブレーキをかけ、車通りの少ない道路で停車する。

 焦りを隠せない様子で後ろを振り返る。

 そこには、とある少年(・・・・・)がいた。

 

「……う、そ……だろ……?」

 

 有り得ない、と脳が目の前の現実を否定する。

 でも現実だ、と本能が理性を説得している。気づいた時には全身に寒気が走っていて、ライトブラウンの瞳が僅かに揺れ動いている錯覚に陥ってしまう。――それほどまでに信じられない光景が、目の前に拡がっている。

 そんな流砂に気づいたのか、少年はトタタッと流砂の方へと小走りで駆け寄った。特徴的な髪型でオレンジのシャツの上に学生服を着用しているその少年の後ろには、十二歳ぐらいの金髪の少女と『SP』という称号が何よりも当てはまりそうな黒服の男女が数人いた。

 一瞬だけ、流砂の思考に空白が生じる。

 第三次世界大戦以降、その少年の姿はこの街では一度も見受けられなかった。……当たり前だ。何と言ったってその少年は、死んだことに(・・・・・・)なっていた(・・・・・)のだから。

 赤を基調としたマフラーをなびかせながら走ってきた少年は、流砂の傍で立ち止まった。その姿は、死んだと思われていたとはとてもじゃないが思えないほどに生気に満ち溢れていた。というかそもそも、五体満足でいること自体が不思議でならなかった。

 少年は照れ臭そうに左手でガシガシとツンツン頭(・・・・・)を掻く。

 そしてその少年は、異能を打ち消す(・・・・・・・)という世界の神秘としか思えない力を宿した右手(・・)を流砂の前に差し出してきた。

 反応は出来なかった。

 だからだろうか。

 少年は流砂の右手をハンドルから掴み上げ、しっかりと握手をする。……しっかりとした体温が感じられた。

 少年は言う。

 世界を救った少年は、はにかみ笑顔でこう言った。

 

「久しぶり」

 

 上条当麻。

 第三次世界大戦中に北極海に沈んだはずの主人公(・・・)が、新たな舞台に舞い戻って来た瞬間だった。

 




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第十項 新たな世界へ

 そして、『新入生』との戦いは終わった。

 結末としては、フレメア=セイヴェルンが隠れている金庫を破壊しようと黒夜が放った最後の一撃を上条当麻が右手であしらった――という感じになった。上条がその攻撃に間に合ったのは流砂の全力ライドとか渾身の上条投げとかが影響しているのだが、それについてはわざわざ描写するまでもないだろう。

 黒夜を撃破した後、「危険はまだ取り除かれていない」と判断した浜面たちは金庫の中からフレメアを連れ出すことにした。ロックのせいで半日後までは絶対に開かないはずの金庫を一方通行が無理やり引き剥がし、涙目で脅えている八歳の少女を無事に救助することに成功した。最初、金庫を無理やり抉じ開けられているのを見てパニック状態に陥っていたフレメアだったが、浜面の顔を見て安堵したのか浜面の身体に倒れ込み、そのまま浜面を抱きしめながら号泣し始めた。……からかうつもりで「ロリコン」って言ったらぶん殴られた。しかも何故か一方通行にまで。

 

「いきなりで悪いんだけど、これってどういう状況?」

 

「……お前も相変わらずッスよねー。どこまでもヒーロー気質なんだから」

 

 何の気無しに疑問をぶつける上条に流砂は皮肉を込めた言葉をぶつける。

 現代的なデザインの杖に体重を預けている一方通行は怪訝そうに眉を顰め、

 

「状況を傍受してからここに来たンじゃねェのか?」

 

「いや。久々に学園都市に帰ってきたらなんか騒がしかったから、思わず首を突っ込んだだけ」

 

 チッ、と一方通行は忌々しそうに舌を打つ。

 そんな第一位に苦笑を向けつつも、浜面と流砂は一区切りずつぐらいで今回の事件についての説明を始めた。説明が終わりに差し掛かれば差し掛かるほどに上条の表情が曇って行ったが、流砂と浜面は特に気にも留めなかった。

 と、説明を終えたところで浜面はどうやら上条の右手に興味を持ったようで、

 

「それにしても、その右手。他人の能力……っつか能力者の攻撃を打ち消せんのか?」

 

「そっか。お前とは無能力者同士で殴り合ったから分からなかったんだっけ」

 

「っつーか、その『幻想殺し』は能力者の攻撃だけじゃなく、この世のすべての異能を打ち消せたりできるッスよ? 例えば、絹旗の防護壁も触るだけで解除できるッスし」

 

「なにそれ凄い」

 

「ンなコトはどォでも良い」

 

 ほのぼのした会話を遮るように一方通行は言う。

 

「流石に今回はタイミングが良過ぎる。俺たちなンかよりも世界の『深い』部分で戦ってきたオマエが、何故こンなタイミングでやって来れた? 何を抱えている。今回の事件と何か関係してンのか?」

 

「……今回、お前たちを襲った――」

 

 一方通行の質問に律儀に答えようとした上条の言葉は、ちょうどそこで途切れることとなった。

 理由は至って簡単。

 ずむっ! と彼の股間に小さな足がクリーンヒットしたからだ。

 

「ば……ばう……ッ!」

 

「なに偉そうにペラペラ語ろうとしているんだお前は。そんな似合わな過ぎる役目を負う前に、お前には迷惑をかけた奴らにその空っぽな頭を下げるという大事な役目があったはずだろう? ったく、何人泣かせてるのやらこの女泣かせめ」

 

 浜面と一方通行と流砂は上条の背後に目をやる。

 そこには、やけに偉そうな態度の女の子がいた。十二歳程度の金髪の少女で、古いピアノを彷彿とさせる配色でブラウスやスカートやストッキングなどを身に着けている。……さっき見た女の子だ、と流砂は小さく眉を顰める。

 深く重く地面に崩れ落ちた上条の腰を蹴り飛ばし、少女は言う。

 

「後は私が説明する。お前は女達への謝罪の言葉でも考えておけ」

 

「こ、こにょ野郎……ッ!」

 

「流石はヒーロー。たとえ股間を蹴り上げられてもその戦意は消失しない、と。こりゃ見習わなきゃダメみてーッスね、浜面」

 

「何で俺に振るんだよバカだろお前」

 

 緊張感の欠片もない会話を成り立たせようとするバカ二人だったが、その会話は件の少女の自己紹介によって遮られる結果となった。

 フレメアを突きながら「なんかうちの妹みたいなオーラが出ているなぁ」と呟いていた少女は特徴的な凶悪な目つきで流砂たち三人を見上げ、

 

「バードウェイだよ」

 

 と、簡単に名乗る。

 

「『明け色の陽射し』のボスなんかをやっている、レイヴィニア=バードウェイ。見ての通り、お前達とは違う世界で生きている。……新しい世界の入口へようこそ、科学で無知な子供達」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 上条当麻、一方通行、浜面仕上、草壁流砂。

 『新入生』を撃破してフレメア=セイヴェルンを救い出した彼ら四人は、円を作るように各々の携帯電話を付き合わせていた。

 

「アドレス交換、と」

 

「面倒臭ェ……」

 

「ほい、ほい、交換完了」

 

「ちょ、まっ……ちょっと待ってなんか浜面操作早すぎッス! っつーか俺お前のアドレス持ってるから先にその二人とやらせろよ!」

 

 いつのまにかスリムな駆動鎧から普段着に着替えていた浜面に、未だにボロ雑巾のような私腹を身に纏っている流砂は悲鳴を上げる。

 送られてきたアドレスを確認し、流砂は「ふぅ」と一息吐く。

 そして疑いの目を一方通行に向け、

 

「ちょっと俺になんかメール送ってもらってもイイッスか?」

 

「…………何でだよ」

 

 心底面倒臭そうにする一方通行に流砂は飄々とした態度で言う。

 

「いや、だって俺たちって暗部出身だったわけじゃねーッスか。つまり、このアドレスがダミーだっつー可能性もある。っつーワケでさっさと証拠提示しろって言ってんスよ」

 

「…………面倒臭ェ」

 

 そうは言いながらも律義にメールを製作する一方通行。やっぱり根は優しいんだなー、とその場にいる誰もが思ったわけだが、あえて彼本人にそれを言うことはない。その言葉がつい口から出てしまったが最後、物理的にスクラップにされてしまうから。

 一方通行が指を止め、その数秒後に流砂の携帯電話が振動する。

 そして流砂は見た。というか、その場にいた三人の少年は見た。

 

 

 『よろしくね♪』と書かれたテンプレートメールを。

 

 

「うわぁ……うわぁあああああっ!」

 

「な、何で本文自体はそこまでないのに何でメール自体で受信者に恐怖を与えられんだよお前は!」

 

「俺は今、一方通行のとんでもない裏側を見てしまった気がする……ッ!」

 

「文章打つの面倒臭ェンだよ」

 

『そうだとしてもこれはない!』

 

「オーケー。オマエラ全員愉快な肉塊オブジェにしてやるからそこ動くンじゃねェぞ!」

 

 ビキリと額に青筋を浮かべる一方通行から距離を取るバカ三人。ここで彼に触れられてしまったら、全身の血管を破裂させられて一気に死の階段を駆け上がることになってしまうかもしれない。というか、多分そうなる。

 どこまでいっても年頃な男子特有のやり取りに発展してしまうバカ四人に呆れたような溜め息を向け、バードウェイは溜め息交じりに言う。

 

「……お前ら、本当に世界の『真実』に足を踏み入れる気はあるのか?」

 

「俺のせェじゃねェだろォが! どォ考えても今のはこのゴーグル野郎が原因だ!」

 

「んなっ!? 流石に今のは聞き捨てならねーッスよ一方通行! そーやってすぐに責任を誰かに押し付けよ――って何でお前ら二人は一方通行に向かって俺の背中ぐいぐい押してんスか! やめろ! そーやって第一位の怒りを俺一人に担わせよーとするんじゃねー!」

 

 とりあえず話を戻すために顔面をぶん殴られ、流砂は少女漫画の主人公みたいに地面に崩れ落ちた。因みに、今のは能力不発で防御が出来なかった。相変わらず肝心な時にダメな能力である。

 気を取りなおし、一方通行はバードウェイに言う。

 

「……必要な情報を集める分には構わねェが、流石にこンなところで長話をする気はねェぞ。『新入生』の指揮者はぶっ潰したが、別に『新入生』の脅威自体を取り除いたわけじゃねェからな」

 

「確かに」

 

 バードウェイは小さく頷く。

 

「その言い分だと、そっちの三人……名前は忘れてしまったが、まぁとにかくお前ら三人の関係先はリスクがあると考えた方が良いだろうな。こっちとしても座って話せる場所が欲しいし、そんな無駄なリスクは出来るだけ排除しておきたい」

 

「そんな都合の良い場所なんてあるのか? 言っとくが、個室サロンは倒壊寸前で使えねえぞ?」

 

「あるさ」

 

 浜面の問いにバードウェイは迷うことなく返答し、親指で隣にいた少年を適当に指差した。

 上条当麻を。

 

「そいつん家。……馬鹿が言い訳並べて土下座するには打って付けの場所だ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で、我らがヒーロー四人は第七学区の学生寮へと向かうことになった。

 学園都市が夕暮れに染まる中、上条は心底落ち込んだ様子で肩を落としていた。その隣では一方通行に殴られた右頬を優しく摩るゴーグルの少年の姿が。

 浜面は流砂をあえてスルーし、上条に問いかける。

 

「……一体どうしたんだ?」

 

「いや、ね。俺ってなんか、第三次世界大戦で死んだことになってるみたいなんだ。となると、いろんな人たちを心配させてるかもしれないなーって。どの面下げてどういう対応すればいいのかも分かんないし、そもそも俺を見て『ひっ、幽霊!』とか叫ばれて逃げられないかも心配だし……」

 

 今回こそは頭蓋骨噛み砕かれちゃうのかな……と、上条は意味不明なことを呟いている。

 バードウェイは嘲るように、流砂は大したことでもないかのように言う。

 

「しかし生きているなら伝えない訳にもいかないだろう。どこをどう通ったって避けようがない一択だ。だったらさっさと早い内に済ませておいて、余裕ある人生の時間を延ばすことだな」

 

「職員室に呼び出されたとでも思えば気が楽になるんじゃないッスか? あー怒られるけどどーせ明日にはいつも通りだしなー、みたいな気持ちで会いに行きゃイイんスよ」

 

「歯医者みたいなものだと考えれば良いのかなあ……」

 

 フォローなのかフォローじゃないのか境界線が微妙な言葉を投げかけられ、上条はぐったりと項垂れる。

 とまぁ、上条にフォローを入れた流砂は流砂で個人的な心配事があるようで。

 

(家に帰ったらまずステファニーとシルフィの怒りを治めねーと……そして沈利達のゲームはまだ続いてるんだろーか。なんか浜面の方はそのゲームの存在忘れてるっぽいし、あーくそ、いっそ今から連絡してゲーム中断の指示出すか?)

 

 とは思ってみるものの、あの連中が流砂の指示で止まるとはとてもじゃないが思えない。多分だが、『屈辱のバニーが誰になるかを決めるまではやめるわけにはいかない!』とか言って続行の構えを見せそうだ。もうそこまで来たら、流石の流砂でも止められない。

 はぁぁ、と流砂は悲壮に満ちた表情で溜め息を吐く。

 そんな流砂の心配など露ほども知らない浜面はすっかり落ち込む上条を見て、何の気も無しに提案する。

 

「もうどうしてもやるしかねえなら、いっそ発破でもかけるしかないんじゃねえの?」

 

「どういう事?」

 

「酒でも飲んでテンション上げちまえよ」

 

 あ、それイイ考えかもしれない。

 未成年だけど大丈夫か……と、凄くずれた心配をしている上条を他所に、ヤンデレ達の怒りの矛先から逃れたい流砂は結構マジな表情でアルコール度数の高い酒を検索し始めた。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十一項 面倒事

 本文コピーを避けるため、新約二巻編の説明会の描写は省きます。

 だってあの説明会、本文を変えようがないんだもん……。……そして何気にインちゃん初登場回。



 上条当麻が御坂美琴に絡みに行った。

 流砂が所有する免許証(年齢詐称)を利用して日本酒(一升瓶)を二本購入した後、上条は躊躇うことなく一升瓶分の酒を一気飲みした。下手すれば急性アルコール中毒で病院行きもしくは死亡の恐れがある行為だったが、そこは彼特有の頑丈さが働いたのか、彼はただべろんべろんに酔っぱらう程度で事なきを得ていた。……まぁ、それでもかなり重症なワケだが。

 

『あれぇ? ミコっちゃんなんかべべろべろべろぶろぶろじゃねえ?』

 

『既に人語ですらない! ちょ、アンタ一体どうしちゃったわけ!? 第三次世界大戦とかその他もろもろのトラブルに巻き込まれた面影すら感じられないんだけど!』

 

「…………何やってンだァ、あの馬鹿は?」

 

「酔っぱらい特有の絡みだと思うんだけど、それにしてはやけにコメディチックなんだよなぁ」

 

「っつーかコメディチックじゃねー酔っぱらいの絡みってナニ?」

 

 遠くの方で上条と美琴のやり取りを眺めながら、一方通行と浜面と流砂の三人は呆れた様子で好き勝手に感想を述べていた。因みに、流砂の手には一升瓶が入った袋が提げられている。帰宅した後に一気飲みしようと考えているわけだが、それが原因で一夜の過ちを犯す、なんていう死亡フラグを建てないで済むことを祈るばかりである。

 電柱に体を隠しながら上条の動向を見守る三人。ちょっと目を離した隙に上条の身体には大量の少女たちが磁石に吸い寄せられたかのようにくっ付いていたわけだが、アレは一体どういう能力を使ったんだろう? あの少年の右手には『異能を打ち消す能力』意外の能力が内包されているようでならない。というかもはやアレは異常すぎる。何だ身体に樹液でも塗っているのか。

 浜面は右手をギュッと握り、

 

「師匠って呼ぼう」

 

「絶対にやめといた方がイイと思うッスよ? っつーかお前にゃ滝壺がいんだろーが今の言葉アイツに報告すんぞっつーかもーメールで報告完了ー」

 

「ぎゃァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 いつも通りのやる気のない調子で言い渡された死刑宣告に浜面は頭を抱えて絶叫する。

 バカ二人が騒ぎ立てる中、一方通行は片手で耳を塞ぎつつ――

 

「この中でまともな奴は俺ぐらいしかいねェンかよ……」

 

 ――全力で自分のことを棚に上げた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 先ほどコンビニで買ったアメリカンドッグを食べ終わってしまったので次は自動販売機で『いちごおしるこ』を買っていたジャージ少女こと滝壺理后(たきつぼりこう)は、携帯電話の液晶画面を眠たそうに眺めていた。

 受信メールを眺めた途端、彼女は半開きの瞳をクワァ! と大きく見開いた。

 

「……はまづらに正当なお仕置きをする時がついに来た!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 アレは一体どういう風に扱えばいいんだろう?

 騒音被害の通報を受けて本部から飛んできた風紀委員の皆伐巳之(かいばつみのり)は、黒のショートヘアをガシガシと掻きながらそんなことを思っていた。心成しか、右の二の腕の腕章がずり落ちてしまっているように見える。

 彼女の視線の先には、『なんか昔のゲームで建物とかを全部くっつけて球体にするって感じのゲームがあったけど、そのゲームを現実でしかも建物の代わりに女性を使用したらこんな感じだよね』級の大惨事と化している男子高校生の姿がある。酔っぱらいのように顔を真っ赤にして千鳥足で歩いている男子高校生は時折大きなしゃっくりをしながらも、一つの方向へと足を進めている。どうやら明確な目的地があるっぽいが、それなら端からこんな迷惑になる前にそこ目指せよ、と風紀委員・巳之は思ったりする。

 だが、巳之は第一七七支部風紀委員の中で最もやる気のない風紀委員だ。能力者同士の喧嘩を止めるのなんて死んでもお断りだし、そもそも彼女の専門はパトロールだ。事件に遭遇する度に「風紀委員ですの!」とか叫んでいる後輩みたいに荒事が得意なわけじゃない。というか、なんかもう面倒臭くなってきた。具体的に言うなら『ケンカに自ら介入する』ぐらい面倒臭い。

 巳之は「うーん」と貧しい胸の前で両手を組み、十秒ほど唸り声を上げる。

 そして巳之は黒のミニスカートを翻し、

 

「なんかもうあのツンツン頭ちゃんの相手すんのは凄く面倒臭そうだから、今日はさっさと本部に帰って初春ちゃんの紅茶でも飲もーっと」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 上条の案内(無駄に寄り道が多かった)によって学生寮まで無事に到着した流砂たち三人は大きく溜め息を吐きながら、コタツにもぞもぞと潜り込んだ。流砂に関しては酒を上条の家の冷蔵庫に放り込んでからの突入だった。マジであの怪物アルコールを飲み干すつもりらしい。

 上条の頭に噛み付くことで彼の酔いを覚ます、という現在時点における最大の働きをした銀髪シスターことインデックスは不機嫌そうな顔の一方通行をキョトンとした顔で見つめ、

 

「迷子の人だ」

 

「どォいう覚え方してやがンだオマエ……」

 

 ブツブツと文句を言うように呟く一方通行に流砂は苦笑を浮かべる。彼は原作知識によって『九月三十日の出来事全て』を知っているので、一方通行とインデックスのやり取りについても把握済みなのだ。

 流砂と浜面が隣り合い、その向かいに上条が座り、その間に一方通行が座る――という位置取りが終了した後、コタツの余ったスペースにバードウェイはいそいそと両足を突っ込み、

 

「話を聞く準備は終わったか?」

 

「準備も何も、アンタの話に耳を傾ける準備ぐれーしか俺たちやるコトねーと思うんスけど……」

 

「ごちゃごちゃ言うな、爆発させるぞ」

 

「どーゆーコト!?」

 

 青褪めた顔での流砂のツッコミをガン無視し、バードウェイは続ける。

 

「それじゃあお待ちかねの説明タイムとしゃれ込むとしようか」

 

 そう言いながら、バードウェイはインデックスの方を見る。

 禁書目録、と呼ばれる彼女の重要性や役割を知りながらも、それでも説明の舵を握るのはバードウェイだ。

 矛盾しているようなそうでもないような。とはいってもやはり矛盾しているような。そんな曖昧な雰囲気を漂わせながら、バードウェイは小さな口を開き、

 

「お前達とも無関係ではなくなった『ヤツら』と……お前達とは今の今まで全くと言って良い程関わりが無かった――『魔術』についての話をしよう」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ステファニー=ゴージャスパレスは学園都市の病院の一室にいた。

 だが、彼女自身が患者という訳ではない。彼女はただの見舞客。

 そして、見舞われる方の名は大刀洗呉羽。

 かくかくしかじかで流砂に撃破され、そのまま病院送りにされてしまった、いろんな意味でお気の毒な大能力者の少女だ。

 一般的な病室とは違う、大部屋にベッドが一つだけという超破格な待遇を具現化したような個室。

 その個室の中央にあるベッドを利用している呉羽は、ステファニーから目を逸らしながら言った。

 

「……何でお前が私の見舞いに来るんだ」

 

「流砂さんに頼まれたからに決まっているじゃないですか」

 

「そんな単純な理由以外にもあるのだろう? 例えば、私が再び草壁を襲うことが無いように見張っている、というような理由がな」

 

「分かってるならわざわざ答える必要はないんじゃないですか? ……というか、随分と偉そうな口利きますね大刀洗ちゃーん? もう一回ステファニーパンチ(義手)を鳩尾に喰らわせてあげてもいいんですよ?」

 

「ふ、ふん! わ、私はそんな子供だましには屈しはしない! だ、大体、アラサーの癖にそんな痛々しい敬語を使ってるお前なんかに私が怖れを抱くわ……ひぃっ!」

 

 言葉を最後まで紡ぐ前に、呉羽はとんでもなく怖ろしいものを目撃した。

 額に青筋を浮かべたステファニーが、どこから取り出したかも不明な軽機関散弾銃を構えてニッコリ笑顔を浮かべている。……そして引き金には指が添えられちゃったりして、なんだかもう凄く致命的な状態となっていた。

 ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたーっ! と大量の汗が呉羽の顔から布団の上へと落下する。心成しか、彼女の顔色は先ほどに比べて凄く悪くなっている。

 「私はまだ二十代前半だ……ッ!」ステファニーはジャコン! と弾丸をリロードし、

 

「ステファニーパンチ発射十秒前ー」

 

「もはやパンチですらないしここが病院だということをどう考えても忘れているようだしというか十秒後には私死んでる!?」

 

 大刀洗呉羽の運命や如何に!?

 次回へ続く!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 あまり長く講釈を垂れても、相手の頭に入らないのでは全く持って意味が無い。

 そう考えたバードウェイは、しばしの休憩を言い渡した。

 とりあえず流砂はベランダまで移動し、『愛が深すぎて世界がリトル黙示録』級のトラブルメーカーの恋人に電話を掛ける。

 一秒で繋がった。

 

『もしもし?』

 

「はーい、こちら流砂でーす。沈利、今ドコら辺にいんの?」

 

『うーん……詳しい住所は分からないけど、見たところ第七学区っぽいわね。もしかして屈辱のバニーは既に私で決定されてしまっているとか!?』

 

「いや、まだ誰も俺と浜面を見つけてねーっぽいッスよ? っつーかこのゲームいつまで続くんスか? なんかもー終わりが全然見えてこねーんだけど」

 

『アンタを見つけて抱きしめるまで』

 

「なんかルールが極端に変わってねーッスかねぇ!?」

 

 流砂は深い溜め息を吐く。

 

「ところで話は変わるんスけど、今日の夜って空いてる?」

 

『…………ついに私と合体するつもりになったということか……ッ!』

 

「はいそれ極論過ぎるね! 誰もンなコト言ってねーから! つーかイイ加減に下ネタから思考を遠ざけろ! このままじゃ際限ないエロ地獄だけが到来するコトになっちまうッスから!」

 

 えー、という麦野の返事を流砂は「シャラップ!」と叩き伏せる。本当になんでコイツら付き合ってるんだろう、というツッコミが聞こえた気がするが、問題なのは過程なのであり、今現在の状態はそこまで問題ではない。二人がどういうゴールを迎えていようが他人はそれを見守ることしかできないのだ。

 ふぅ、と疲れを吐き出すように溜め息を吐く。

 

「ンで、結局空いてんの、空いてねーの?」

 

『勿論空いてるわ。そしてらb……ホテルの予約も問題ない!』

 

「今言い直す必要ありましたかねぇ!? 区切りもおかしーしそもそも言葉続けた時点で『ラブホテル』って宣言しちゃってますけど!? っつーか何で学生の街にラブホテル!?」

 

『まぁ、学生の街とは言ってもサラリーマンとか大学生とかが多くいるわけだから、ホテルぐらいは必要なんだろうな』

 

「そんな学園都市は嫌だ!」

 

 絶望した! とでも叫びそうな顔で流砂は微妙に異なることを叫ぶ。

 数秒後、流砂は少しだけ頬を赤らめながら携帯電話を先ほどよりも強く握り、

 

「久し振りに二人っきりになりてーから、別にホテルでもイイっちゃイイんだけど……流石に場所がホテルとなると、流石の俺でも理性が保つかどーか分からねーッスよ……?」

 

『その時は私が全力で受け止めてやるわよ。もちろん、そのままの流れで大人の階段を全力で駆け上がってしまうことになるけどな!』

 

「そこは止めろよ! 一応お前も女だろ!? そこは普通、女の方が嫌がるモンなんじゃねーの!?」

 

『はぁ? 殺したいぐらいに愛してる奴とのセッ〇スを拒否するわけねえだろ?』

 

「沈利さんカッコイイ! 惚れちゃいそー!」

 

『もう惚れてんだろうが』

 

 そのツッコミもどうなんだろう、と思わないでもないのだが、そのツッコミを入れる前に通話が半ば強制的に切断された。ツーツー、と機械染みた音だけを発する携帯電話を持ったまま、流砂はベランダから部屋の中へと戻っていく。

 と、そこでバードウェイにシンデレラ(メキシカンスタイル)を飲ませるというミッションを遂げたばかりの黒服の男性(確か、マーク=スペースとか言ったか)が話しかけてきた。

 

「誰と話していたんですか? 随分と長い通話でしたが……」

 

「恋人ッスよ、恋人。なんかちょっと用があったんで、色々と話し込んじまってたんスよ」

 

「そうですか」

 

 マークは「だからですかね?」と付け加え、

 

「草壁さん、凄くニヤついてらっしゃいますよ?」

 

「へにゃぁああ!? べ、別にニヤついてなんかないのコトですよ!? べ、別に明日には童貞が卒業できそーだからって嬉しがってるわけねーじゃねーッスよあははやだなーもーマークさんったらー! ――ハッ! しまった!」

 

 露骨に怪しい態度で爆弾発言をし、更にはとんでもない後悔に襲われている流砂に、マークどころか部屋の中にいた全員(フレメアを除く)から軽蔑の視線がプレゼントされる。

 そして代表として一方通行は深い溜め息を吐き、

 

「……くっだらねェ」

 

「オイちょっと表出ろコラ! 今からお前に沈利の素晴らしさを叩き込んでくれるわーっ!」

 

 凄くどうでもいい戦いの火蓋が切って落とされた。

 




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 次回もお楽しみに!


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第十二項 ギャップ萌え

 黒夜海鳥が上条当麻に絡まれ、その会話を聞いて一方通行が青褪めている。

 凄くレアすぎる光景を目の当たりにしながらも、草壁流砂がとる行動はただ一つ。

 パシャッ、と一方通行のレア画像を写真に収めること――だ。

 

「そして間髪入れずに打ち止め(ラストオーダー)にレア画像を送しぐふぉおお!?」

 

「……オイ、オマエ。今何しやがったああン?」

 

 眼にも止まらぬ速さで襟首を掴み上げられた流砂は「ぐへぇ」と露骨に苦しそうな表情を浮かべるも、彼の右手は液晶画面タッチ式の携帯電話をしっかりと操作している。ボタンの操作音が鳴らないというのは便利だなー、とか思いながら、『一方通行のレア画像☆』を知り合いの軍用クローンの司令塔の少女にしっかりと送信した。

 額に青筋を浮かべる一方通行に流砂はバチンッ☆とウインクし、

 

「全てのコメディを見逃さない最強死亡フラグ野郎草壁流砂、ただいまサンジョーっ! クールぶってて中二病な最強の超能力者の意外な一面をばら撒いちゃうゾ☆」

 

 バッキューン! と顔面を殴り飛ばされた。

 

「い、いきなり何しやがる!」

 

「今の流れでよくそンな意味不明な言葉を発せれるなオマエ! っつゥかいつのまにクソガキのメアド手に入れたンだよ!」

 

「え? いやー……この間地下街でバッタリ会ったから、その場の流れでメアド交換会を開いただけッスけど?」

 

「あのクソガキ、また勝手に出歩きやがったンか……ッ!」

 

 血管が浮き出るほどに手を握りしめる一方通行の肩に流砂はポスンと手を置き、

 

「打ち止めが心配なのはよく分かる。今までいろいろあったもんな、お前達。うんうん、スゲーその気持ちは分かるッスよ。――――でも、流石にロリコンはどーなんかなって思う訳でびぶるちっ!」

 

「誰がロリコンだ誰がァ! ぶっ殺されてェっつーンなら先に言え? 原型留めねェぐらいの愉快な肉塊オブジェに早変わりさせてやるからよォ!」

 

「お、親御さん? ベクトルパンチを鳩尾に決めるのは如何なものでは……? い、一応俺たち、仲間ッスよ?」

 

「味方の中に潜んでいる汚物を排除するのも必要だよなァ?」

 

「打ち止めちゃんに訂正のメール送っときますね旦那!」

 

 ゴギリ、と指の関節を鳴らしながら狂気的な笑みを浮かべる一方通行に、流砂は逆らうことなく屈服する。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして夜の学園都市の街路で、見た目十歳前後のアホ毛少女、軍用クローンの司令塔こと打ち止めが絶叫した。

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああっ! あの人を振り回すっていうミサカだけの役目(ポジション)が奪われた! ってミサカはミサカは戦慄してみる!」

 

 さらに、ミサカネットワークから莫大な干渉を受けた、アオザイ少女・番外個体までもが少女の真横で絶叫した。

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああっ! み、ミサカはあの人のことなんてどうでもいいのに何でぇーっ!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 四人の主人公を前にしながら、『明け色の陽射し』のボス・レイヴィニア=バードウェイはどこか楽しそうな様子でこう言った。

 

「右方のフィアンマは異端すぎる魔術師だった。『世界を救うため』という子供みたいな理由で第三次世界大戦を起こしてしまう程に、な」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 学園都市最凶の科学者・木原利分は恋する乙女である。

 

「違う!」

 

「誰に向かって叫んでいるんだ、お前……?」

 

「う、うるせえ! ボクの前で口を開くなこっち見んな存在すんなァアアアアアアアアアアアッ!」

 

「それは流石に理不尽すぎではないか!?」

 

 小説片手に声を大にする赤髪の青年――右方のフィアンマに椅子を投げつけながら、木原利分は顔を真っ赤にして壁に頭を何度も何度も打ち付ける。

 第三次世界大戦後に右方のフィアンマと出会い、魔神になれなかった男・オッレルスに拾われ、聖人メイド・シルビアに扱き使われる日々。学園都市にいた頃は役立たずな科学者どもを顎で使って実験に尽力させたりしていたというのに、今はその面影すらない。不運で不遇な二十歳、という称号が誰よりも似合ってしまう有様だ。

 頭突きで壁にクレーターを作った利分はふらふらとよろめきながらも、顔を引き攣らせているフィアンマにニッコリと微笑みかける。

 

「ボクはノーマルだオマエなんか好きでもなんでもない!」

 

「それはアレか? シルビアと同じ――ツンデレというものなのか?」

 

「ッ!」

 

 グシャッ! と壁に大穴が空いた。

 それは予想外すぎるフィアンマの言葉に照れた利分が放った右ストレートが原因で、更に言うならば、最近の力仕事で筋力が無駄に底上げされてしまっていることも今回の破壊に付属されなければならない理由の一つだ。いくら頭突きで耐久値が低下していたとはいえ、パンチ一発で壁をぶち抜くというのは流石のフィアンマでも驚天動地だ。というかこの部屋の壁、コンクリートじゃなかったっけ?

 虚空に右手を突っ込んでいる利分は「あは、あははは!」と突然笑い声を上げ、

 

「か、勘違いすんなよ!? 別にボクはオマエのことなんてなんとも思ってねぇんだからな! ただ同じタイミングでオッレルスに拾われて偶然同じような境遇だったから同情した――ただそれだけの関係なんだからな!?」

 

「そこまで教科書通りのツンデレを見せられると、流石の俺様でもリアクションに困るのだが……」

 

「うっせぇばーか! オマエなんかもう一度『幻想殺し』に倒されちまえばいいんだ! このクズ! 馬鹿! 女たらし! 隻腕! フィアンマ!」

 

「オイコラ最後の罵倒は一体どういう意味だ喧嘩売ってんのかこのクソアマ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 草壁琉歌は街に出ていた。

 恋人・殻錐白良との楽しい電話タイムを終えた彼女は「なんか腹ァ減ったですねー」というなんとも年頃の女子らしくない理由に従うままに女子寮を飛び出し、第七学区に躍り出ていた。目的地はコンビニ。カップラーメンでもなんでもいいが、とにかく小腹を満たしてくれる食料が好ましい。

 黒のジャージで全身を包んだ琉歌は、ジョギングとランニングの間ぐらいの速度で歩道を突き進む。

 と。

 

「……あ」

 

「あれ? キミは確か……」

 

「……ゴーグルさんの伴侶!」

 

「予想にもしない兄貴の裏事情キターッ!」

 

 アホ毛をブンブンと振りながら平然と嘘を言うシルフィ。流石に冗談と分かっているのか、琉歌は「やれやれ」と肩を竦めながらシルフィの頭をポンポンと優しく叩き、

 

「そんな年齢からそんなドロドロしたことばかり言ってると、兄貴みてーな腐れ外道な人間になっちまいますよ?」

 

 実の兄に対してこの少女はなんて失礼なことを言っているんだろう。年端もいかない少女に実兄のマイナスな部分を全力で語ろうとでもしているのだろうか。……どこまで兄が嫌いなんだコイツは。

 しかし、流石に今回は相手が悪かった。

 見た目は子供、中身は主婦なシルフィはほんのりと朱く染まったほっぺたをぎゅーっと抑え、

 

「……しずりと私とマニアさんとすてふぁにぃとふれんだの五人でゴーグルさんとせっくす……6Pというのも、中々に乙なもの」

 

「オイ誰だこんな幼気な少女にこんな生々しー知識詰め込んだ奴!」

 

 いやんいやんと腰を振るシルフィに、琉歌はどうしようもないほどの寒気に襲われた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 もはや何度目かも分からない休憩が挟まれ、流砂たち四人は再び暇になってしまった。

 上条はインデックスとイチャイチャしていて、一方通行は上条の部屋に置いてあった漫画雑誌を読み耽っていて、浜面は湯たんぽ少女フレメアの相手をしている。その光景はそこら辺にいる不良が見たら卒倒どころか昇天してしまう程に凶悪なものだったが、流石に数多の修羅場を潜り抜けてきている流砂はこんなことでは動じない。麦野と絹旗とシルフィとステファニーとフレンダが裸エプロンで迫ってきているっつーんなら、話は別だが。

 やることがない流砂は「うーん」と頭を捻り、この暇な時間を潰すための手段を必死に模索する。どんなに馬鹿なことでもいいから、とにかくこの余ったフリータイムを満たしてくれるような刺激がほしい。

 と、そこで流砂の中に名案が浮かんだ。

 その、画期的な暇潰しとは――

 

「黒にゃんで遊ぼう!」

 

「いやァァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 衣服を弄ることによって身体の自由を奪われている黒夜海鳥の絶叫が、上条宅に響き渡る。

 ニヤニヤニマニマと下卑た笑みを浮かべる流砂から必死に距離を取りながら、黒夜は涙目で声を大にする。

 

「や、やめろバカ! 幼気な十二歳の少女を大の男が襲うって構図をリアルのものにするつもりか!? 私が言うのもなンだが、オマエ全然ヒーローっぽくねェじゃン!」

 

「だって俺別にヒーローとか思ってねーッスし。あえて位置づけしてみるなら――幼気な少女の未来を奪う悪党的な?」

 

「孕まされる!?」

 

「いや、流石にそこまではしねーよ!」

 

 そうは言うものの誤解というものはそう簡単に解けないもので、芋虫の様にのた打ち回る黒夜の顔はブルーハワイも真っ青なぐらいに青褪めてしまっている。今の彼女の脳内で再生されているヴィジョンは果たしてどれくらい残酷なものなのか。頭の中を覗いてみたいという欲求の傍で、この誤解早く解かないとやばくね? という心配が燻っていたりするとかしないとか。

 でもまぁとにかく今はこのフリータイムをキルタイムしなければならない訳で。

 

「サイボーグなんだから猫耳とかもイケるよな? サイボーグ黒にゃん、とかゆー感じでギリギリな名前背負ってるわけッスし」

 

「別に意識なンてしてねェけど!? 生まれつきこの名前ですけど!? つ、つーか猫耳とかバカじゃねェの!? そ、そンなふざけたパーツ、私に接続できるわけねェだろ!」

 

 それもそーか、と流砂が納得する――その一秒前のことだった。

 上条宅の扉がズバーン! と蹴り破られ、見た目十歳前後の少女とアオザイを着た少女がいつも通りのハイテンションを維持したままズカズカと部屋に上がり込んできたのだ。

 打ち止めと番外個体。

 ミサカシリーズのクローンである二人の少女の内、大きい方のミサカ――番外個体はにやぁと悪党のような笑みを浮かべ、ブランドショップの紙袋をギプスを着けていない左手で掲げる。

 

「へーい! 『新入生』のアジト漁ってたらやけに面白そうなオプションパーツ見つけちゃってさーっ! 今からこの萌え萌えアイテムでそのクール系ナルシストガールを猫耳肉球グローブで面白人体改造しちまおうぜーっ!」

 

「ぎゃァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 トラウマ復活! と言わんばかりの表情で絶叫する黒夜。

 そんなクール系ナルシストガールを両手で拘束しつつ、流砂は番外個体が持っている紙袋の中を覗き込む。

 

「ふむふむ。へー、頭に直接猫耳とかカチューシャを接続するタイプなんスねー」

 

「猫耳肉球グローブの次は『おしとやか系萌え萌えメイドに大変身☆』ってのはどう?」

 

「それはそれでイイと思うんスけど、俺的にゃこの『猫耳ツンデレナースに大変身☆』ってのもベストだと思うんスよね。ギャップ萌え的な?」

 

「アンタ、意外とやるじゃない……!」

 

「そっちこそ、イイセンスしてるッスね……!」

 

 世界中の不遇な少女が全力で不幸になるであろうコンビが爆誕した瞬間だった。

 ガッシリと握手をする流砂と番外個体の間に、二人にしか分からない絆のようなものが生まれていた。人を弄ることが生き甲斐です、とでも言わんばかりの得意顔を浮かべている流砂と番外個体に、打ち止めに抱き着かれている一方通行は心の底から面倒臭そうに溜め息を吐く。

 新しい絆が生まれたところで二人はキュピーン☆と目を光らせる。

 そして番外個体は『猫耳肉球グローブ』、流砂は『猫耳ナース服』を両手で構え、

 

「いっちょ大胆にイメチェンしてみようぜクーロにゃあ――――ん!」

 

「その刺々しー殻を破り捨ててご奉仕精神マックスな黒にゃんに変身してみよーッス!」

 

「オイバカやめろこっち来ンな! オイ、嘘だろ、マジでやめ――いやァァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 数分後、猫耳装備でナース服とメイド服を同時に着せられたクール系ナルシストガールの姿があったわけだが、ハイテンションな流砂と番外個体以外の連中は――あえて見なかったことにした。

 




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 次回もお楽しみに!


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第十三項 襲来

 黒にゃんさんがログアウトしました。

 流砂と番外個体という二大ドSコンビによって萌えキャラとしての道を確立されてしまった『新入生』のリーダー・黒夜海鳥。無理やり服を脱がされて無理やり服を着せられて(猫耳のついで)という苦行は十二歳の少女には大層堪えたらしく、彼女は自らの意志で上条宅のバスルームへとエスケープした。

 風呂場からしくしくめそめそという啜り泣きの声が響いてくる中、浜面は自分の脚の上で猫のように丸くなっている湯たんぽ少女フレメアの頭を撫でながら、

 

「……出来ればバニーガールにも挑戦して欲しかったなぁ」

 

『不覚! その手があったかーっ!』

 

「もォうるせェなコイツ等……」

 

 心の底から悔しいです、といった様子で地団太を踏む流砂と番外個体に、一方通行は心底面倒臭そうに溜め息を吐く。因みに彼の背中にはアホ毛少女・打ち止めが蝉のように張り付いており、それを傍で見ていて上条が(一方通行って小さい子には優しいんだなー)と凄くギリギリな解釈をしているとかいないとか。ハッキリ声に出さない辺り、どこぞのゴーグル死亡フラグ野郎とは全く持って違うようだ。踏んできた場数の違いが為せる業なのか?

 とりあえずこのままでは話が進まなくなってしまう為、番外個体を一方通行が、流砂を浜面が無理やり引き止め、コタツに強制ドッキングする。最初は抵抗していた二人だったがコタツの間の誘惑には勝てなかったようで、「ふおぉぉぉ……!」と身体の芯から全力で暖まっていた。

 そんなドSコンビを見ていた打ち止めはピーンとアホ毛を点に向かって突き出し、

 

「ミサカもコタツで丸くなりたーい! ってミサカはミサぶっへぇっ!」

 

「そンなに暖まりてェなら中で蒸し焼きにでもなってろ」

 

 ミサカのアホ毛がぎゃぁああああああああ!? という叫び声がコタツの中から聞こえてくるも、一方通行含めその場にいる全員がその悲鳴を華麗にスルーした。バードウェイだけが唯一ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべていたが、一方通行はあえて見なかったことにした。ここでこの腹黒少女に絡んだが最後、際限なき弄り地獄が始まってしまうのは目に見えている。それならばここで一旦退き、最良の場を作り出すことが最も賢明な作戦だろう。

 決死のヘルプミーをシカトされた打ち止めはバタバタとコタツの中で暴れまわり、そのままの流れで流砂の脚の上にまで到達した。

 

「おぉぅ。まさかのゴーグル・ザ・マウンテンの中腹に到達してしまったぜぃ、ってミサカはミサカは予想もしない現状に驚きを隠せないでいる!」

 

「やっぱなんかこの子、シルフィを彷彿とさせるッスねぇ……」

 

 外見年齢だったりアホ毛だったり、打ち止めはシルフィに似ているところがやけに多かったりする。性格は正反対だが、無駄な知識が多いところなんてそっくりだ。いやまぁ、最近シルフィがやけにエロい知識を持ってるのは流砂が家でエロ動画サイトを見ているのを隣で訳も分からず覗き見ていたからだろうけど。この情報がステファニーに知れたが最後、流砂の人生は強制的に終了する……!

 ばれなきゃイイなー、と苦笑しながら星に願う流砂さん。

 そんな流砂に浜面はこう言った。

 

「お前ロリコンなのか年上好きなのかハッキリしろよ」

 

「オイコラ待て待ていつから俺はロリコンになったんだ!? 俺が異性として好きなのは年上のお姉さんであり十三歳以下の女の子は対象外だ! あの豊満な胸に包容力のある態度、そして極めつけは年上なのに甘えてくるっつーまさかのギャップ萌え! こ、この素晴らしさがお前には伝わらないというのかーっ!」

 

「そのお姉さんがバニーガールだってんなら全力で支持するんだけどなぁ」

 

「そんなお前に最近ネットで落としたバニーコスのお姉さん系エロ画像をプレゼントしてやってもいいけど?」

 

「お姉さんキャラ最高! バニーガールは世界の正義!」

 

 あっさり陥落してしまっていました。しかもきっちり流砂からエロ画像を受け取ってもいます。

 と、寮の玄関の方からなんとも騒がしい物音が聞こえてきた。『む。なんかこっちの方からはまづらの声が聞こえてきた気がする』というどこぞの電波系少女の声も。

 誰かがリアクションを取る前に、上条宅の扉がチャイムもなしに開かれる。

 

「はまづら。やっと見つけ……」

 

 安堵した様子で言葉を放とうとしたピンクジャージ少女・滝壺理后の顔がピシリと凍りつく。

 そして彼女は目撃した。

 世界で一番愛していると言っても過言ではない浜面仕上の膝の上に我が物顔で乗っている、謎の金髪幼女の姿を。滝壺が夢にまで見た憧れのポジションを当たり前のように占拠している、どこかで見たことがあるような顔の金髪幼女の姿を。

 直後。

 彼女は無表情で玄関のドアノブを握力オンリーで握り潰した。

 

「……はまづら、これは一体どういうこと……?」

 

「ミシミシメキメキって怖っ! お前そんな怪力キャラだったっけ!? また麦野の特殊メイクとかまさかの絹旗の変装とかじゃねえよなこれ!」

 

 そう叫ぶ浜面だったが、怒り心頭激おこファンタスティック状態の滝壺の目はフレメア=セイヴェルンを完全にロックオンしてしまっている。このままでは浜面の膝の上に猟奇的なモザイク死体が完成してしまうかもしれない。

 と、そこで今の状況の原因でもあるフレメアがねむねむと目を覚まし、

 

「にあー……浜面の悪口は言わないで。大体、こいつはダメっぽそうだけど、いざという時には世界中のイケメン顔負けなぐらいに格好よく戦ってくれるんだから。……にゃおーん」

 

 それを聞いた滝壺の額に青筋が浮かび、上条宅の扉の側面が凄まじい握力によって握り潰された。

 

「そんなことはっ! 私が一番(・・)誰よりも分かってる!」

 

「待て滝壺! そこは年上のお姉さんとしての余裕のある態度をだなーっ!」

 

 凄く変なベクトルで展開される痴話げんか(?)に流砂は苦笑を浮かべ、家主・上条は「わ、我が家のウ〇ール・シーナがぁあああーっ!」と凄くギリギリな悲鳴を上げる。

 そこで予想にもしない新たな刺客が現れた。

 玄関付近で怒り心頭状態だった滝壺をバーン! と突き飛ばしながら部屋に上がり込んできた、流砂の恋人・麦野沈利と、流砂に恋する乙女・絹旗最愛だ。

 

「見てください麦野! 草壁の膝の上に超幼女がちょこんと座っています!」

 

「間髪入れずに原子崩し!」

 

 「危ねぇっ!?」と青白い光線をギリギリのところで回避する流砂。

 しかし二人の暴挙はまだまだ留まることを知らない。

 

「浜面を踏み台にしてそのまま草壁に飛び掛かれば超時間の短縮になって屈辱のバニーは回避できるはず!」

 

「アホか! そういうイロモノ担当はアンタの出番でしょ絹旗!」

 

 叫び散らし合いながら、二人は浜面の肩にほぼ同時のタイミングで足をかけ、そのまま勢いよく跳躍した。その着地地点にいるのは、現在進行形で死亡フラグがビンビンなゴーグルの少年の姿が。

 空中で取っ組み合いながら流砂に向かって落下していく麦野と絹旗。

 今の地点で言うならば、絹旗の方が意外と近そうだが、

 

「私の足を受け取って、流砂!」

 

「ばぶあ!?」

 

 眉間を思い切り蹴り飛ばされた流砂は部屋の壁まで一直線に飛行。そのまま背中を強打してびくんびくんっ! と気持ち悪い動きで痙攣し始めた。因みに打ち止めは流砂が蹴られる前にコタツの中へとエスケープしている。

 今まさに死の危機に瀕している恋人になど目もくれない様子で麦野はガッツポーズを決める。

 

「よっしゃぁああ! 屈辱のバニーは回避したぁっ!」

 

「う、嘘ですよね……? そんな歴史に名を残すぐらいの屈辱がこの私に超降りかかるですって!?」

 

 しかし絹旗はそこで「あれ?」と首を傾げ、

 

「でもここでバニーコスで草壁に迫ればどこぞの年増を超出し抜くことができるのでは!? い、いやっほーぅ! さぁ行きましょう草壁! 今から私が超全力のバニーコスを披露してあげますから!」

 

「なん……だと……!?」

 

 そこでショックを受けるのかよ! と一人だけ無事な浜面はツッコミを入れるも、完全にマイワールドトリップしてしまっているアホ二人には届かない。

 と、やっとのことでダメージから復活した流砂がふらふらとした様子で立ち上がり、

 

「もー全員同時にバニーガールになっちまえばイイんじゃないッスかね! 沈利はエロバニーで絹旗は萌えバニー、フレンダは美脚バニーでステファニーはお色気バニーでシルフィはキュートバニーで行けちゃう感じなんじゃないッスかびぎゅるわぁっ!」

 

 流砂の言葉を拳で遮り、麦野と絹旗は額に青筋を浮かべる。

 

「お前はどこまで節操ないんだ馬鹿流砂! 今晩は私とお楽しみの予定だろ!? バニーなら私がいくらでもしてやるから他の女なんかを求めないで!」

 

「今晩はお楽しみ!? ま、まさかあなた、草壁と夜のホテルで……!?」

 

 絹旗の絶望の疑問の声に麦野はにやぁと邪悪な笑みを浮かべ、

 

「私の中に流砂のモノが物理的に御入場!」

 

「お、大人の階段のーぼるー!?」

 

「やめんかボケェえええええええええええ! そ、そんな恥ずかしーコトをこんなところでハッキリと暴露するんじゃありません、はしたない! ここには小さい子もいるんスよ!?」

 

「小さい時からこういう知識を与えときゃ、成熟した後に困らないで済むから良いんじゃない?」

 

「それ極論ッスからね!? っつーかシルフィのエロ知識の片棒はお前が担いでいるよーでならない! 俺とお前でシルフィを教育って――俺たちゃシルフィの両親か!」

 

「違うわ。子供はこれから作るのよ」

 

「そんな堂々と言うなっつってんだろォおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 キリッと決め顔で言い放つ麦野に顔を紅蓮に染めながら流砂は絶叫する。

 麦野の暴挙を止めるために絹旗に助けを求めようと視線を向けるも、彼女は頭から煙を出して「草壁と麦野が大人の階段のーぼるー……」とオーバーヒートしてしまっていた。あれだけ大胆な性格の癖にエロ的な会話にはめっぽう弱いとは、これは予想もしないギャップ萌えが見れた気がする。

 と、後ろからこっそり入室してきていた滝壺がキョトンとした様子で、

 

「……あれ? このゲームってタッチしないと駄目……?」

 

 罰ゲームを誰が受けるのかが決定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえずこのままでは話が進まないため、流砂と浜面はアイテムの連中(フレンダは現在入院中)を寮の外で待たせることにした。流砂は彼女たちを押しながら、『え? 夜のお楽しみに私も超参加する? いやそれは流石に年齢的に違法な感じになっちゃうッスからNGで! もっと成長してから、お前が十八歳ぐらいになってからにしよーなー!』と懇願した結果、絹旗はおろか麦野にまで気味悪そうな顔をされ、蜘蛛の子を散らすように彼女たちを退散させる羽目になってしまった。因みに、浜面は滝壺に愛を囁きながら追い出していました。ラブラブカップルは凄いね。

 首を捻る流砂と満足げな浜面がコタツへと戻る。いつのまにかクローンコンビの姿が無くなっていた。一方通行が気づかない内に追い出したのだろうが、どんだけ手馴れてるんだよ最強……。

 そして話は本題に入る。

 一方通行の台詞に、バードウェイが返事をするという形で。

 

「結局、『ヤツら』ってのは何なンだ?」

 

 この無駄に長い時間を要したのは、その答えを提示するため。

 その単純な答えに辿りつくためだけに、膨大な下準備が必要となっていた。

 

「『ヤツら』ってのは、どこから出てきた組織だ?」

 

 それは、流砂も疑問に思っていたことだ。

 イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教、学園都市、その他大勢。この五つの組織のどれかから派生したのか、それともその全てからピックアップして組み合わさったのか。

 だが、そう考えると、科学と魔術という異なるジャンルのものが共闘しているということになる。かつては敵対していた者同士が協力するというのは特に珍しいことではないが、流石に今回はその当たり前は当てはまらないような気がする。敵同士とかそんなベクトルの問題じゃない。絶対に組み合わさらないはずのモノ。――それが複雑に絡み合ってしまっているかもしれない。

 一方通行はバードウェイを鋭く見つめ、バードウェイは「やれやれ」といった様子で肩を竦める。

 

「そうだな。『ヤツら』のバックボーンについての話はさておいて、とりあえずは名前だけでも教えることにしようか」

 

「…………」

 

「『ヤツら』の名に関しては極めてシンプルだ。『ヤツら』がこの世界に対してどういう事をしたいのかを顕著に表したような名前だからな。想像するのもそこまで難しくはない」

 

 バードウェイはファミレスで料理を注文するかの様な気軽さで言う。

 

「そう、『ヤツら』の名前は……」

 

 ――しかし、そこから先の答えは提示されなかった。

 バードウェイは『ヤツら』の名前を発する直前で眉を顰め、トタトタとベランダの方へと移動し始めた。怪訝な表情で男四人が見守る中、バードウェイは手すりから身を乗り出し、寮と寮の間から学園都市の空を見上げだした。

 

「ちくしょう。やっぱりか……」

 

「どーしたんスか? なんかまた問題が浮上した感じ?」

 

 草壁が質問すると、バードウェイはベランダに二本足で降り立ち、こう答えた。

 

「来たんだよ」

 

「は? 誰が?」

 

「……『ヤツら』が」

 

 その言葉に弾かれるようにベランダへと向かった四人は、そこで予想にもしないものを目の当たりにした。

 その、最悪な襲撃者とは――

 

「て、天空の城ラピュ――」

 

 流砂くん。それ以上は言ってはいけない!

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十四項 本当の強さ

 二話連続投稿です。

 今回はまさかの過去最大文字数――九千字!



 ラジオゾンデ要塞については、結構あっさり終了した。

 魔術を使用したことがある一方通行が無理を承知で龍脈・地脈を読み取り、ラジオゾンデ要塞の発信機が埋め込まれていたコンクリートの床を浜面仕上が重機を駆使して破壊し、その発信機を上条当麻が『幻想殺し』を駆使して破壊した。

 これでラジオゾンデ要塞の落下を防ぐことができ、ひと時の平和を取り戻すことができた。

 だが、そんな中――

 

「俺、今回のパーティに必要ねーよーな気がするんスよね。ラジオゾンデ要塞を止めるとき、スゲー役立たずだったし」

 

 ――草壁流砂は上条宅でお留守番だった。

 浜面の様にピッキングが出来るわけでもなし、一方通行の様に最強の能力と少しの魔術使用経験があるわけでもなし、上条の様に異能を打ち消す右手があるわけでもない。

 不安定な欠陥品の能力と、既に必要のなくなった前世の遺産。――そんな役立たずなアドバンテージしか所持していない。

 

 能力を駆使して敵を撃破? ――そんなの一方通行の方が適任だ。

 

 移動手段をすぐに確保? ――そんなの浜面仕上の方が適任だ。

 

 魔術師を確実に撃破? ――そんなの上条当麻の方が適任だ。

 

 唯一の長所は他の面子に潰されていて、長所も長所でいざというときには発動しない欠陥品。今までは運と機転だけで生き延びてこられたが、今後は彼ら三人の足を引っ張るだけの存在となってしまうかもしれない。流砂は基本的にそういう立ち位置を気にしない男だが、今回ばかりは『役立たず』という烙印に苦しめられてしまっていた。

 先ほど、一方通行と浜面仕上がバードウェイの言葉を聞いて、納得のいかなそうな様子で上条宅から出ていった。――だが、彼らはバードウェイの言った通りの行動をとるだろう。そこまで長い付き合いではないが、流砂が知る『一方通行』と『浜面仕上』ならば、自分を犠牲にしてでも『グレムリン』の暴挙を止めにかかるはずだ。

 自分の無力さに気づいた流砂は、上条宅のベッドの上で暗い表情で俯いている。

 そんな流砂を眺めながら、コタツに両脚を突っ込んでいるバードウェイはケロッとした表情で言葉を並べる。

 

「自分が特別な存在じゃないと気づいた途端にこれとは……お前は昔流行った『ゆとり世代』というヤツか?」

 

「…………」

 

 バードウェイの皮肉に流砂は沈黙を返す。

 バードウェイはやれやれといった様子で肩を竦め、

 

「あえてお世辞のような本音を言っておくが、私は別にお前を役立たずだとは思ってはいないぞ? 世の中には色々と強いヒーローが多数存在するが、お前はその中のどれにも当てはまらない――世界で唯一のヒーローだと言えるからな」

 

「…………俺は別に、ヒーローなんかじゃねーッスよ。ただ運が良かっただけで、ただ周りの奴らが強かっただけ。俺は何にもしてやれてねーし、俺は何にも守れちゃいねーんス」

 

「それはお前が決めることじゃないな。お前によって助けられた奴は少なからずいるはずだし、お前自身も誰かを救えてよかったと心のどこかで思っているはずだ」

 

 それに、とバードウェイは付け加え、

 

「今のお前の発言は、お前に助けられた奴全員を侮辱するのと同義だよ。お前という存在が無かったら死んでしまっていた奴がいるかもしれない。そんな奴を目の前にして、お前はその台詞を堂々と胸張って伝えられるのか?」

 

「……それは……」

 

「もう一度考え直してみるといい。そうだな、近いところで――お前の大切な奴らにでも話を聞いてみるといい」

 

 いい返事を期待しているよ、というバードウェイの言葉が、やけに胸に引っかかった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 沈利との約束の前に一旦家に帰ろう。

 血だらけ傷だらけな体に応急処置だけでもしておきたいし、一旦シャワーでも浴びて頭をリセットしたい。そんな意志の下に住居であるマンションの一室へと帰ってきた流砂だったが、

 

「……おかえり、ゴーグルさん」

 

「随分と遅かったじゃないですか。も、もしかして、夜遊びでもしていたとか!?」

 

「結局、私も来ちゃったって訳よ!」

 

「麦野と大人の階段を上るとかそういう以前の問題で、久し振りに超楽しい時間を過ごしてみましょうよ、草壁」

 

「みんなでお前の帰りを待ってやってたんだからなー? 感謝しなさいよ、流砂」

 

 何故かヒロイン勢揃いだった。いや、自分で彼女たちのことをヒロイン呼ばわりするのも如何なものかとは思うけど。

 シルフィに手を引かれる形でソファに腰を下ろすと、左右から麦野と絹旗がほぼ同時のタイミングで腕を組んできた。突然すぎるが最近やっと慣れ始めたアクションだったので、流砂は大してリアクションを起こさなかった。

 麦野たち二人に続く形でシルフィが膝の上にちょこんと乗る。ステファニーとフレンダはテーブルを挟んだ向かいにある一人用のソファの上でにっこりと笑みを浮かべていた。額に青筋が浮かんでいるところがなんとも言えない程に恐ろしい。ついでに言うならば、金髪コンビの手の中に得物が握られているところも恐怖に拍車をかけている。

 流砂たち六人の間にあるテーブルの上には、『今日ってクリスマスかなんかだったっけ?』と疑問の声を上げてしまいそうなほどに豪勢な料理が並んでいた。どう考えても流砂の貯金を切り崩して買ったものだと思われるが、意気消沈気味な流砂はツッコミできなかった。

 そんな流砂の違和感に気づいたのは、やっぱりというかなんというか――

 

「何かあったの、流砂? さっきと比べて大分元気がないみたいだけど」

 

 ――第四位の超能力者・麦野沈利だった。

 流砂のことを世界中の誰よりも愛している第四位だからこそ気づいた、微妙な違和感。他の四人は麦野の言葉によってその違和感にやっとのことで気づけたようで、ほぼ同時のタイミングで流砂に心配そうな表情を向け出していた。……相変わらず優しい奴らだな、と流砂は思わず零れそうになる涙をぐっと堪える。

 流砂は少しだけ俯きがちに、麦野の質問に答える。

 

「俺自身が思っていたよりも『草壁流砂』は随分と役立たずなんだな――ってコトをついさっき実感しちまったんだ。目立った長所なんてものはないくせに他人に偉そうに説教垂れたり立ち向かったりする――そんな大馬鹿野郎だってコトに、な」

 

 予想もしていなかった答えに、麦野たちから笑顔が消える。流砂が本気で落ち込んでいるのを一度だけ目撃し、更にぶん殴って元気を出させた経験がある絹旗ですら、心配そうな顔を彼に向けることしかできなくなっていた。――それぐらいに、流砂の落ち込みは異常だった。

 しかし、唯一、彼にいつも通りに言葉を並べる者がいた。

 麦野沈利。

 人に遠慮する事を知らない、超絶的唯我独尊ヤンデレ少女だった。

 麦野は流砂の腕から手を離し、頭をガシガシと掻く。

 そして人を全力で小馬鹿にするような態度で、

 

「で? そんな今更過ぎる(・・・・・)ことに今更気づいたお前は、私達に慰めてもらいたいとでも思ってるのかにゃーん? もしそうだとするなら――お前は随分と世界に甘えているんだな」

 

「ッ!」

 

 気づいた時には、麦野の襟首を掴み上げていた。心の底からキレているせいか、能力が自動で発動されてしまっている。麦野は流砂の腕を引き剥がそうとするも、圧力操作が原因で上手くいっていないようだった。

 「む、麦野!」「誰も手ェ出すな!」「麦野!?」反射的に助けに入ろうとしたフレンダ達を言葉で制し、麦野は流砂の襟首を掴み返しながら言葉を並べる。

 

「お前が役立たずだってことぐらい、この場にいる奴らは全員分かってんだよ。大して強くもないくせに当たり前のように意地を張っていたお前に、私達が何度苦労させられてきたと思ってんだ?」

 

「そんなコト、俺が一番誰よりもよく分かってんだよ! 俺はただ運がイイだけの奴だってことぐらい、俺が草壁流砂が世界中の誰よりも自覚してんだよ!」

 

 流砂の目から涙が零れる。

 

「だけど、だけど! いつまでもこのままじゃダメだってコトも分かってんだ! もっと強くならねーとダメなんだってコトぐらい、ずっと前から分かってたんだよ!」

 

「草壁……」

 

「分かってん、だよ……!」

 

 麦野の襟首から手を離し、流砂はそのまま膝から床に崩れ落ちる。絹旗が心配そうな様子で駆け寄ろうとするが、それを麦野が視線で制した。ここで甘えさせてはいけない、という麦野なりの優しさで。

 ぽた、と流砂の頬を伝った涙が床に染みを作る。彼の肩は小刻みに震えていて、両手は血管が浮かぶ程の力で握られていた。

 そんな女々しい流砂の横っ面を、麦野は思い切り蹴り飛ばす。

 テーブルとは反対側に転がった流砂の襟首を掴み上げ、麦野は――

 

「ふざけんな。ふざけんなふざけんな。ふざっけんなぁあああああああああああ!」

 

 ――涙を流しながら腹の底から叫び声を上げた。

 呆気にとられる流砂たちに構うことなく、涙を止めようともせずに、麦野は続ける。

 

「誰がアンタに強くなってほしいなんて願ったよ! 誰がアンタ一人に頑張らせたよ! 私たちはお前を支えようとずっとずっと頑張ってきた! それを無視して一人で我武者羅に頑張った奴は――どこのどいつだよ!」

 

「しず、り……?」

 

「別にお前が強くなくたっていい! 別にお前が役立たずのままでもいい! 私が好きになったのは、愛しているのは、支えたいのは――『私達を救ってくれた草壁流砂』ただ一人だ!」

 

「ッ!?」

 

 流砂の目が驚愕に見開かれる。

 そんな流砂を思い切り抱きしめ、麦野は喚く。

 泣き喚く。

 

「落ち込んでじゃねぇよ悟ってんじゃねぇよ達観してんじゃねぇよ! お前はお前だ、他の誰でもない! 私たちをこの平和な日常にまで連れてきてくれた草壁流砂は、他の誰でもない――お前自身なんだ!」

 

「……でも、今のままじゃ、俺は……」

 

「今のままで何が悪いんだ!? 今から無理して無理に強くなったところでお前は単純に壊れちまうだけだ! 『体晶』でも使うのか? 研究者たちに体の中を弄られたいのか? 非人道的な実験に自ら参加するのか? そんなことをやったところで、アンタが望んでるような『強さ』は絶対に手に入れられねぇんだよ!」

 

「―――ッ!」

 

 その言葉は、流砂の胸に深く突き刺さった。

 復讐のために身体の外も中も弄られた麦野の言葉だからこそ、流砂の胸に深く深く突き刺さった。突き刺さった言葉は『返し』がついた釣り針の様にしっかりと食い込んだ。

 麦野に抱かれているせいで、麦野の身体の震えが直に伝わってくる。こんなに子供のように悲しんでいる麦野を見るのは、もしかすると初めてなのかもしれない。

 麦野は言う。自分の大切な人に言いたいことをしっかりと伝えるために、彼女は言う。

 

「私はお前に変わって欲しくない。これ以上、無駄な戦いに参加して欲しくない。――でも、それが言ったところで無駄なことだってのも分かっている。アンタはそういうヤツなのよ。誰かを助けるためなら自分を平気で犠牲にするくせに、大切な人からの忠告をいとも簡単にシカトする。まず何よりも他者優先で、その他者が幸せなら自分も幸せ。――そんな、バカな男なのよ、お前は……!」

 

「…………ごめん」

 

「謝るな、謝らないで。アンタは何も悪くない。悪くないけど許さない。許さないけどこれだけは聞いてほしい。分かってほしい。理解してほしい。――世界の全てを敵に回したとしても、私だけはずっとお前の傍にいる。弱いお前を護る為に、強い私が傍にいてあげる。居続けてあげる。私を闇から解き放ってくれたたった一人の草壁流砂(ヒーロー)のためなら、私はどんなことでもしてやるよ。世界だって滅ぼしてやる」

 

 それは、麦野なりの気遣いだった。

 強くなりたい変わりたい。草壁流砂という人間は常日頃からそんなことを願うような人間だった。そんな人間が自分の弱さを実感したら、ただ我武者羅に強さを追い求めようとすることは一目瞭然だった。かつての一方通行の様に、かつての麦野沈利の様に――。

 だが、そんな『強さ』は何も生まない、生み出せない。何もかもを破壊するしか能のない『強さ』は、人に笑顔を与えることなんてできるわけがない。

 それならば、『人に笑顔を与えることができる弱さ』を持っている草壁流砂の方が、何百倍もマシじゃないか。強くなることでその長所が消えてしまうのなら、麦野は全力で止めにかかる。その結果として流砂に嫌われてしまうことになろうとも、麦野は彼を止めてみせるだろう。

 麦野は涙塗れの顔で――涙でぐしゃぐしゃになった顔で、言い放つ。

 

「だから、だからそんな――お前に(・・・)救われた奴等を(・・・・・・・)全否定する(・・・・・)ようなことは、言わないでよ……!」

 

「……ごめん」

 

「だから謝るなっつってんだろうが……!」

 

 大粒の涙を零しながら震える麦野の身体を、流砂はしっかりと抱き締める。

 そのタイミングを待っていたかのように、流砂の肩に手を置く者がいた。

 絹旗最愛。

 流砂と最も長い時間一緒に居た、世界最高の相棒のような存在の少女だった。

 

「私はあなたが大好きです。超大好きです。愛していると言っても過言ではありません。――ですが、今回ばかりは麦野の意見に超賛成です」

 

「……絹旗」

 

「大体、なんであなたが強くならなくてはいけないんですか? 弱くてバカで優しいからこその草壁なのに、そんな長所を捨ててまで強くなる必要が一体どこにあるんですか? 私には超分かりませんし、これからも超分かろうとは思いません」

 

 それに、と絹旗は付け加え、

 

「あなたは私達を救えるほどには強いはずです。実力のことではありません――人間性が超強い、ということを言いたいんです」

 

「人間性……?」

 

「あなたは『超』がつくほどのお人好しです、偽善者です、馬鹿野郎です。――ですが、そんなお人好しで偽善者で馬鹿野郎な草壁だからこそ、私は心の底から超好きになってしまったんだと思います」

 

 そこまで言ったところで、絹旗は流砂の唇に自分の唇を重ねた。それを見た麦野が目を見開いて驚愕していたが、そんなことで退くつもりなど毛頭なかった。

 ぷはっ、と唇を離し、絹旗は続ける。

 

「これが報われない恋だとしても、私は超諦めるつもりはありません。私は絶対にあなたを自分のものにしてみせる。最悪の場合、ハーレムルートでも可ですしね!」

 

「いやそれはない」

 

「オイコラいきなり本調子で超全否定ってどういうことですかコラァ!」

 

 むきゃーっ! と肩を怒らせる絹旗に、流砂は苦笑を浮かべる。

 次に、腰元に抱き着いてくる者がいた。

 シルフィ=アルトリア。

 偶然に偶然が重なったことで流砂に救われた、『原石』の少女だった。

 

「……私も、ゴーグルさん大好き。上手くは言えないけど、ゴーグルさんと一緒に居ると、胸の辺りがぽわぁって暖かくなる」

 

「…………シルフィ」

 

「……私は、ゴーグルさんに救われた。ゴーグルさんのおかげで学校にも通えるようになった。友達もできた。――凄く嬉しい、んだと思う」

 

 身寄りもおらず物心つく前からずっと研究所で暮らしてきたシルフィは、流砂と出会ったことによって『仲間の大切さ』を知った。『友達』と過ごす時間の楽しさを知った。

 故に、シルフィは笑顔を浮かべる。

 生まれて初めて浮かべた心の底からの笑顔で――シルフィは言う。

 

「……頑張って欲しい。私は、ゴーグルさんに頑張って欲しいなっ」

 

「…………ああ。お前の期待に応えられるぐらい、弱いながらに頑張ってみせるよ」

 

「……うんっ!」

 

 優しく頭を撫でられ、シルフィは気持ちよさそうに目を細める。

 バシッ! と背中を勢いよく叩く者がいた。

 ステファニー=ゴージャスパレス。

 流砂によって復讐以外の解決法を提示してもらえた、殺し屋崩れの女性だった。

 

「流砂さんと出会っていなかったら、今の私は無かったんじゃないかと思います。砂皿さんだって、今みたいな充実した入院生活を送れなかったんじゃないかって、私はそう思ってます」

 

「ステファニー……」

 

「あなたは私と砂皿さんの恩人です。……でも、そんなことは関係なく――私はあなたのことが大好きです。誰にでも分け隔てなく優しく接することができるあなたが、どんなに強大な敵だろうとも全力で立ち向かうあなたが。そして、凄く格好いいあなたが――私は心の底から大好きです」

 

 そう言ってステファニーは流砂を後ろから抱きしめ、彼の頬にキスをした。愛を誓い合うためのキスではなく、感謝の気持ちを伝えるためのキスとして。

 

「男の子なんですし、やりたいことをやってきたらいいんじゃないですか? その結果として泥塗れになって帰ってきたとしても、私はまず最初にこの家であなたを笑顔で出迎えます。あなたの帰る場所は、居場所は――私がずっと確保しておきますよ」

 

「……ありがとう、ステファニー。本当に、ありがとう……ッ!」

 

 涙が堪え切れなかった。どこまでも優しくてどこまでも姉御肌なステファニーに、どこまでも甘えたくて仕方がなかった。――だが、ここで甘えるわけにはいかない。甘えるのは、全てが終わってから。笑顔で彼女に『ただいま』を告げる――その時までとっておかなければならない。

 トスン、と頭に軽く手刀を落とす者がいた。

 フレンダ=セイヴェルン。

 十月九日に死ぬはずだった、妹思いの少女だった。

 

「結局、草壁は私達がいないと何もできないって訳よ!」

 

「フレンダ……」

 

「でも、それ以上に――私はアンタがいなかったら今この場に立つことすらできなかった」

 

 十月九日に麦野沈利に殺されるはずだった、フレンダ=セイヴェルン。直接的ではないにしろ、彼女は『草壁流砂』という存在がいてくれたおかげで生き延びることができた。流砂が麦野を甘い人間に変えてくれていたからこそ、麦野に『大切な人の存在の大切さ』を教えてくれていたからこそ、今のフレンダが存在出来ているのだ。

 ベレー帽を抑えながら、ニシシッと悪戯っ子のように笑いながら、フレンダは言う。

 

「大好きだよ、草壁。結局、私は草壁のことが世界中の誰よりも――いや、一番はフレメアだけど――大好きだって訳よ!」

 

「……今なんか含まれてなかった?」

 

「フレメアへの愛情だけは譲れないって訳よ! あの子は私の生き甲斐だ! あの子のためなら私は、世界を滅ぼすことだって厭わないって訳よ!」

 

 でもね、とフレンダは付け加える。

 次の言葉を発する前に流砂にキスをし――彼の前歯が唇に当たって思わず悶絶する。

 

「~~~~~~ッ!」

 

 口を押さえて涙目になるフレンダ。相変わらずのドジッ子属性だった。これはもしかしなくても『ドジフラグ』というべきフラグが頭にブッ刺さっているのかもしれない。

 一分程掛けてやっと痛みから解放されたフレンダは、涙目のままに告げる。

 

「仕切り直しで言わせてもらうけど、私が草壁に向けている好意は――フレメアに向けている好意とは別物だって訳よ。あっちの方は『愛情』だけど、こっちの方は『恋心』。『草壁流砂』っていうお人好しを好きになった私の、正直な想いなんだ」

 

 フレンダは満面の笑みを浮かべ、

 

「応援してるよ、草壁! 大変だろうけど、アンタなら大丈夫って訳よ!」

 

「……ああ。頑張らせてもらうッスよ、フレンダ」

 

「当然っ!」

 

 なんて、俺は幸せ者なんだろう。

 ここまで自分のことを想ってくれてる奴らに囲まれて、俺はなんて幸せ者なんだろう。――この幸せを、俺は『強くなりたい』なんつーバカなコトで失おうとしていたのか。彼女たちの想いを――無意識に踏み躙ろうとしていたというのか。

 ホント、どこまでいっても俺はバカだ。バカでバカでバカで――だけど、世界一の幸せ者だ。

 麦野沈利に喝を入れられ、絹旗最愛に元気をもらった。

 シルフィ=アルトリアに気づかされ、ステファニー=ゴージャスパレスに暖かさを与えられ、フレンダ=セイヴェルンに笑顔を貰った。

 強くなるだけじゃ絶対に手に入れることができない宝物を、彼女たちから受け取った。――今度は、俺が彼女たちに報いる番だ。

 

「俺、頑張るよ。どこまでイケるかは分かんねーけど、精一杯頑張ってみる。もちろん、無理なんて絶対にしない。いつも通りの俺らしく――程々のトコまで頑張ってみる」

 

 そう言って笑うと、みんなが笑顔を返してくれた。

 そして打ち合わせをしていたかのように――

 

『頑張れっ!』

 

 ――俺に勇気を与えてくれた。

 

 

 

 

 

「そんな訳で一段落ついたことだし、まずは流砂を泥酔させてみんなで既成事実を作っちゃいましょう!」

 

「シリアスからの一気なギャグ方面への軌道修正は如何なものなんでしょーかねぇ!? ――ってオイコラなんで四人がかりで羽交い絞め!? そして沈利がその手に握っているのは俺が購入していた怪物アルコールでは!?」

 

「超一気! 超一気! 超一気! 超一気!」

 

「絹旗うるさい! え、嘘、嘘だよね? マジでそれを飲ませて既成事実なんて作らねーッスよね?」

 

「……しずり、はりーはりー!」

 

「年齢制限的にシルフィは絶対にアウトだろ! こんな幼気な幼女にお前らいったい何させるつもりだァーッ!」

 

「酔った状態でもしっかりと勃つんですかね? ステファニー、気になります!」

 

「気にならんでイイわボケェ! お前居場所を護る以前の問題で居場所で俺を襲おーとしてんじゃん! スゲーさっきの台詞台無しになってるってステファニーさん気づいてる!?」

 

「結局、草壁は私達に振り回される運命だって訳よ!」

 

「そんな運命はこの俺がぶち殺す!」

 

「はいはい、無駄な抵抗はそこまでにして、そろそろ罰ゲームを執行してしまいましょう」

 

「罰ゲームは滝壺だったんじゃねーんかよ! っつーかこれ何の罰ゲーム? 俺別に何らかのゲームに参加してた覚え全くねーんスけど!?」

 

「えぇい、うるさい! 黙って私の愛を受け取りなさい!」

 

「いやそれマジで意味が分からな――ごぼごぼぼぼぼぼぼぼ!?」

 

 次の日の朝、草壁流砂は起きる前までの数時間の記憶を失くしていて、更に彼の傍には――

 ――あられもない姿で彼に寄り添って寝てる五人の少女の姿があったというが、それはまた、別のお話。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十五項 ハワイ島編開始

 ついに合計六十話目です。

 以降雑記。

 流砂とか利分とかシルフィのイラストを描きたいが、技術力不足と時間のなさが原因で上手くいかない今日この頃。
 誰か心優しい絵師さんはおらんかえ……? とか言ってみる。

 目指せ! ピク〇ブのイラストレーター級の画力!(無理)



 十一月十日、オアフ島、新ホノルル国際空港第二ターミナル、自動案内窓口付近にて。

 草壁流砂とフレンダ=セイヴェルンはソファの上でぽけーっと待ち惚けをくらっていた。

 

「…………アイツラ、遅いッスねー」

 

「そ、そうだね……」

 

 いつもの厚着とは違う、銀色の模様が入った白の長袖シャツに黒の半袖シャツが密着した様な形状の服と灰色のジーンズという格好の流砂の横で、フレンダは頬を朱く染めてあわあわしていた。

 彼女の格好も流砂同様いつもとは違い、黒のベレー帽に黒のワンピース(白のフリル付き)で身体を包んでいて、自慢の美脚を黒のストッキングで覆っている。彼女なりのお洒落をしている、というわけだ。

 フレンダが動揺している理由はただ一つ。

 愛する少年とまさかの二人きり海外状態――というイレギュラーな現状だ。

 

(結局、麦野たちとの仁義なきじゃんけん大会を制してここまでついて来ちゃった訳だけど……ここここれってもしかしなくてもデート!? しかも海外! 麦野たちの監視もない! い、生きててよかったぁーっ!)

 

 心の底から幸せそうな顔でガッツポーズするフレンダ。

 そんなフレンダなんかには気づく様子もない流砂は脚の間に置いてあるキャリーケースを軽く叩きつつ、

 

「いやー、それにしてもまさかゴーグルのせーで十分も足止め喰うとは思いもしなかったッスねぇ。いやまー確かに不審物っちゃ不審物なんスけど、生活に必要不可欠なモンなんだから見逃してくれてもイイのに……そー思わねーか、フレンダ?」

 

「ひゃ、ひゃいぃ!? け、結婚式はやっぱりハワイって訳よ!」

 

「質問に対する答えが超飛躍してて訳分かんねーよ! ゼッテー話聞いてなかったろ!?」

 

「う、うるさいうるさいうるさい! ちょっと今頭の中整理してるから少し黙っててって訳よ!」

 

「何でいきなりキレられるし!」

 

 顔を紅蓮に染めたまま叫び散らすフレンダに、流砂はがーん! と大袈裟なリアクションを返す。まさかハワイにまで来てこんなやり取りをすることになろうとは……流石の流砂さんでも予想できなかったッス。

 頭を抱えて蒸気を噴いているフレンダに苦笑を向けつつ、流砂はさーっと顔を青褪めさせる。

 その理由はいたって単純。

 それは――

 

(『ゴーグルの少年』と『フレンダ=セイヴェルン』のコンビ、か……理由もなく意味もなくただ単純に死の予感がビンビンするんスよねー……)

 

 原作における数少ない死人の中の二人が、まさかのコンビでハワイにまで来訪してしまっているこの状況。『グレムリン』と呼ばれる組織の野望を打ち砕くためにわざわざ海を渡って来たわけだが、なんかもう戦う前から詰んでる気がする。流れ弾とかで即死! なんていう不幸な結末を迎えないように気を付けよう、と死亡フラグ野郎・草壁流砂は己の魂に誓いを立てる。

 だ、大丈夫かなー!? と流砂はがっくり項垂れる。

 と、流砂の目にやけに見慣れたトリオの姿が入り込んできた。

 その、トリオとは――

 

『人選に多いなミスがあると俺は思う! 何で俺と黒夜が同じ便なんだよ! どう考えても悪いしか感じねえんだけど!?』

 

『実質拉致られてるのはこっちの方だぜェはァまァァちゃァァァァァ――ぎゃぎゃぎゃっ!?』

 

『クーロにゃーん? ミサカの近くで好き勝手に暴れようだなんて、流石に身の程知らず過ぎじゃないかにゃーん? ほれ、ちょっとポージングしてみ? その薄い胸を両手で全力で寄せてみ?』

 

『く、屈辱だ誰か殺してくれェェェエエエエエエエエエエエエエーッ!』

 

「…………海外でも無駄に目立ってんなー、アイツラ……」

 

 心の底から呆れるように溜め息を吐いた流砂はフレンダの首根っこを掴み、浜面仕上(バカ)黒夜海鳥(愛玩ドール)番外個体(超ド級ドS)の元へと移動する。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 学園都市第七学区にある、とあるマンションの一室にて。

 ステファニー=ゴージャスパレスと麦野沈利、それと絹旗最愛はテーブルを挟んだ状態で怖ろしい程に沈黙していた。

 彼女たちの手の中には、十枚ほどのカード――トランプがあり、テーブルの上には十数枚ほどの捨て札が乱雑に放られている。ババ抜きかポーカーでもやっているのだろうか。正直、第三次世界大戦中よりも真剣な表情だった。因みに、シルフィ=アルトリアは小学校に行っていて、午後五時ぐらいまでは家に帰ってこない。この間の『流砂泥酔事件』の際に『シルフィは幼女だから参加しちゃダメ!』という理由で仲間外れにされて以降、ちょっとだけ不機嫌になってしまっているとかいないとか。睡眠薬で無理やり眠らされた横で麦野たちが流砂で『楽しんでいた』ことに腹を立てている、と言えば分かり易いだろうか。とにもかくにも一人だけ貞操を護り抜いてしまったシルフィは、絶賛激おこファンタスティック状態なのだ!

 そんな幼女の怒りなんか知らない三人は十秒ほど睨み合い――

 

『ステファニー、ダウト!』

 

「ほ、本当にそれでいいんですか? あなた達は本当にその選択で誤っていないんですか? 人生というのはそんなすぐに簡単に決められるものではないはずです。時に悩み、時に疑い、時に苦しむ。そういうプロセスを経て、初めて正しい人生を歩める。――それが正しい人生選択というものなんじゃないですか?」

 

『ダウト!』

 

「この鬼畜ゥゥゥうううううううううううううううううううううううううううううううっ!」

 

 ステファニーの絶叫を完全に無視し、麦野と絹旗はテーブルの上に置いてあった大量の捨て札をステファニーの前に移動させる。こんもりと盛られたトランプの山に覆いかぶさる形でステファニーはテーブルに突っ伏した。

 ぐしゃっ、と山の中の数枚のトランプが折れ曲がる。

 

「うだー……くそぅ。なんで私はあのじゃんけんで負けちゃったんですかぁぁ……!」

 

「今さら悔やんでも超仕方ないですよ。まさかフレンダがあそこまでジャンケンクイーンだとは、この場にいる私たちの誰もが分からなかったわけですし。まさに隠れた才能? って感じでしたね、あれは」

 

「フレンダのジャンケンクイーン的なナニカは、流石の私の演算能力でも予想できなかったわ。何よあれ何だあれ、反則過ぎて逆に感心しちゃったわよ!」

 

「私は流砂さんに跨って全力で腰を振ってた麦野さんに感心しちゃってましたけどね」

 

「アレは愛の形だから良いのよ。っつーか、お前らも全力で楽しんでたじゃねえか。私の恋人なのに――私の恋人なのに!」

 

 大事なことだから二度言いました。

 

「恋人も何も、麦野が超勝手に振り回してるだけじゃないですか。私的な視点で言わせてもらえば、麦野はセフレでフレンダは爛れた関係の実妹、ステファニーはマゾ奴隷でシルフィは義妹って感じに見えますけどね」

 

「絹旗さんはどういう立ち位置なんですか?」

 

 そんなの超決まってるじゃないですか、と絹旗はケロッとした表情で付け加え、

 

「草壁の超伴侶ですよ!」

 

『次は大富豪でそのふざけた頭を叩き直してやんよ!』

 

 そんなこんなで大惨事トランプ大戦が幕を開け、麦野とステファニーの二人掛かりで絹旗をフルボッコにするべくトランプの山をイカサマオンリーで交ぜ始めた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 浜ちゃんが危ない!

 

「そーゆー訳だから番犬の管理よろしく頼むッスわ、相棒」

 

「ういういー。ミサカに全て任せとけー、相棒ぉー」

 

「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」

 

 『へん☆しん』という如何にもあざといポーズで電気ショックを喰らわされている黒夜の傍で、流砂と番外個体が互いの手を固く握り合っていた。『黒にゃんイジリー同盟』なる関係を結んだこの極悪コンビにかかれば、凶悪なサイボーグ少女だろうが攻撃に特化した大能力者だろうがいとも簡単に掌握できるのだ!

 変身ポーズの次にグラビアアイドルのポージングを黒夜に強制する番外個体。因みに、フレンダは近くにあった免税店で麦野とかフレメアたちへのお土産を物色しています。

 そんな二人を視線から外し、流砂は電子式の案内板に梃子摺っている浜ちゃんこと浜面仕上の肩を叩く。

 

「俺が読んでやろーか?」

 

「…………頼むわマジで」

 

「りょーかいりょーかーい」

 

 ここ読んで、と浜面の人差し指が触れている箇所に意識を向け、作業ゲーをプレイするかのような単調さで流砂は翻訳を開始する。

 

「えーっと、ナニナニ……『アダルトグッズ専門店』……ってお前マジで英語分からずにここ指し示したんか!? なんかもー狙いすぎててドン引きなんスけど!?」

 

「え? いやぁ、『adult』と『goods』って単語の意味だけは分かったんだけど、『specialy store』が上手く翻訳できなくてさぁ」

 

「別に深読みせずともそのままの意味ッスからね!? 特別な店! 専門店! っつーかその前の不穏な二つのワードでどんな店かに気づけよ! なんだよお前滝壺に貞操帯でもプレゼントする気なんスか!?」

 

「するわけねえだろ何言ってんだよ!」

 

「ニヤニヤしながら言われても説得力皆無だわボケェ!」

 

 最高に緩んだ顔で鼻の下を伸ばしながら言う浜面に、流砂の額に青筋が浮かぶ。

 だが、一方的に責められ続けられるこの状況を看過できるほど、浜面仕上は甘く育った覚えはない。

 故に、括目せよ。

 浜面の最強の切り札のチカラを――!

 

「麦野と絹旗とステファニーとフレンダの処女膜破った奴のセリフとは到底思えねえな」

 

「何が何で何だってェェェええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 衝撃的すぎる暴露に流砂の顔が紅蓮のように真っ赤に染まり、そのまま勢いよく浜面の襟首を掴んでギリギリのところまで顔を近づける。

 

「な、何でお前がそのコト知ってんスか!? 俺ですら記憶になんて残ってねーのに!」

 

「十一月の七日ぐらいだったかな。麦野たち三人が自慢げな顔でビデオカメラを持ってきて、鼻歌交じりでテレビに接続し始めてさぁ。俺と滝壺は何も聞かされてねえ状態で『鑑賞会だ』ぐらいの説明しかされてなかったから止めようがなかったわけなんだけど……そして始まる『草壁流砂襲撃パーティ』が凄まじくて凄まじくて」

 

「いやァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 流砂の絶叫が空港中に響き渡るが、ニヤニヤ浜面は言葉を止めない。

 

「お前泥酔してたくせによくあそこまで膨張させられたよなぁ。よっ、色男!」

 

「それ以上俺の心にダイレクトアタックすんのはやめろ! しかもそれビデオカメラってお前、どー考えても弱み握られちまってんのと同義じゃねーか! え、なに? もしかしてそれ、俺以外の連中全員頭にインプットされちゃってる感じなの!? っつーか滝壺がそれ全部観たの? あの滝壺が!?」

 

「あーいや、滝壺は途中で眠っちまってたよ」

 

「それはそれでなんかスッゲー複雑! でも俺は記憶ないし意識失ってたから俺のテクニックが問題とかそーゆーコトじゃねーッスよね!? 俺は完全無欠に無実ッスよね!?」

 

「あの場にシルフィがいなかっただけ罪は軽いだろうけど…………絹旗も一応、十二歳前後だからな?」

 

「やめろ言うなあえて見ないよーにしてた辛辣で残酷な現実を突きつけんな! そ、そんなコトを言ったところで俺にゃどーするコトもできねーんスよ!? っつーか俺は被害者だ! 言うならば沈利達の方がギルティ!」

 

 必死を通り越して全てをかなぐり捨てるかのような剣幕で言い訳するゴーグルの少年。話を傍で聞いていた番外個体と黒夜は彼女たちにしては珍しく、全力で頬を引き攣らせていた。流砂が可哀想だというのが半分と、流砂が意外とプレイボーイだったというのが半分だ。というか、麦野たちが超肉食系過ぎるだけのような気がするが。

 号泣しながら膝から崩れ落ちる流砂にニヤニヤとした笑みを向ける浜面。いつも流砂から好き勝手に振り回されている彼は、やっとのことで成功した逆襲に心の底から喜びを感じていた。

 そんな凄く微妙なタイミングで帰ってきたのは、必要な分のお土産を買い終わったフレンダ=セイヴェルン。

 お土産がぎっしり詰まっているであろうキャリーケースを引きながらやってきたフレンダは「???」と首を傾げ、

 

「どしたの草壁? なんか嫌なことでもあったって訳?」

 

「ユー・アー・ギルティ!」

 

「突然いきなり何の前触れもなく有罪判決!?」

 

 そうは言ってもこの悲しみを生み出した加害者の一人は何を隠そう彼女なので、流砂は涙目のままぷいっとそっぽを向いてしまう。訳が分からないフレンダは浜面に視線で助けを求めるも、浜面は静かに目を瞑って両手を綺麗に合わせて――合掌。これでフレンダと流砂の関係にヒビが入らないで済むことを祈るばかりである。

 「え、えー?」とフレンダが妙なショックを受ける中、ポーン、という電子音が鳴った。

 その電子音に続く形で、女性の流暢な英語のアナウンスが空港内に響き渡っていく。

 浜面は眉を顰め、

 

「迷子のアナウンスか?」

 

「それよりゃ物騒だろ」

 

 相変わらず番外個体に身体の主導権を握られた状態の黒夜が、吐き捨てるように言い放つ。

 

「始まったンだよ」

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第番外項 バレンタインデー

 受験終わったぁぁぁぁぁ!

 後は合格発表を待つだけいやっほぅ! これで合格してりゃ受験の呪縛から解き放たれるってもんですよぉぉぉ!

 ……と、ハイテンションはここまでにして。

 今回はリハビリ兼季節もの、という訳でバレンタインデー短編です。

 二か月ぶりの更新がまさかの番外編。これこそ月日陽気クオリティ。

 それでは久しぶりの死亡フラ――もといゴーグル君小説、スタートです。



 愛情とは、目に見えないものでありながら、何らかの方法で形として残したくなってしまう、なんとも矛盾した存在である。

 相手への愛情を確かめるためにキスをしたり、相手からの愛情を確かめるためにプレゼントを待ち望む。他にもさまざまな例があるが、大まかに挙げた限りではそんなところだろう。

 さて、ここで問題。

 元々は聖なる祭典だったにもかかわらず、いつの間にか菓子メーカーの繁盛日となってしまった愛情の日は、なーんだ?

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 それは、浜面仕上の一言から始まった。

 

「おい、草壁、聞いてくれよ見てくれよ! 滝壺からバレンタインチョコ貰ったんだ! やべぇ、すっげぇ嬉しい! なにが嬉しいかと言うとあの(・・)滝壺が俺の為にチョコを手作りしてくれたことがだなぁ!」

 

「うっさい爆発しろリア充野郎!」

 

「ぶげらぁぁぁっ!」

 

 赤白チェックな包装紙に包まれた幸せいっぱいのチョコレートをドヤ顔で見せびらかしていた浜面の右頬に、土星の輪のようなゴーグルを装着した黒白頭の少年のアツイ拳が突き刺さる。ドライバーで打たれたゴルフボールのように宙を舞った浜面はノーバウンドで部屋の壁へと激突し、ちょうど真上に飾られていたなんか無駄に高そうな絵画が額縁ごと彼の脳天に直撃した。しかも角。すっげぇ痛そうだ。

 パンチ一発でお手軽ピタゴラスイッチを披露した浜面にビキビキと青筋を立てながら、黒白頭のゴーグルの少年――草壁流砂は物理的に血涙を流す。

 

「こっちは未だにチョコゼロ個ッスけど何か文句でも!? シルフィとかフレンダとかはともかくとして、絹旗からもステファニーからもましてや沈利からすらもチョコもらってないッスけど何かぁぁああああああああああっ!?」

 

「ごべっ、ごべんなさい! 俺が悪かったからとりあえずその大能力者級の拳をしまってくれ! 頑丈なことに定評がある流石の浜面さんでも流石に顎が無くなっちまう!」

 

「そのまま命も失えクズ野郎」

 

「お前ホントに容赦ねぇな!」

 

 愛しの滝壺ちゃんから貰ったチョコを後生大事に抱えたまま、浜面は弱者ならではの罵声を浴びせる。

 そう、今日は二月十四日。

 バレンタインデー。

 元々はバレンタインさんとか言うおじいちゃんがどうのこうの以下略な日なのだが、何がどう間違ったのか、自分が好意を持っている相手にチョコレートを贈る日となってしまった――男たちの聖戦、聖バレンタインデー。

 この日の為に女たちは何週間も前から準備を重ね、男たちは精一杯強がりながら自分の素晴らしさをアピールしまくって来た。

 全ては『リア充』の称号を手に入れるために。

 全ては『非リア』の烙印を押されないために。

 男たちと女たちは精一杯の準備と努力を行ってきた、という訳だ。

 そして、浜面仕上は、無事に『リア充』の称号を手に入れた。世紀末帝王だとかただの無能力者だとかいろいろと言われてきたが、今日という日に限っては大手を振って街を闊歩しても誰も文句は言えないはずだ。

 ああ、素晴らしきかなバレンタインデー!

 

「滅べ男の敵」

 

「げっふぁぁぁ!」

 

 ニヤニヤヘラヘラとだらしなく笑っていた浜面に、非リアからの渾身の回し蹴りがプレゼントされる。

 錐もみ回転でトリプルアクセルを決めてしまった浜面は「がふっ、げふっ!?」と入れ歯の抜けたおじいさんのようになってしまっているが、非リア代表草壁流砂はそんなことなど気にもしない。

 と、ここで浜面は気づいた。

 ここは流砂がステファニー=ゴージャスパレスという女性とシルフィ=アルトリアという幼女と共に住んでいる部屋だ。もちろん、家具やインテリアなどは一般家庭に負けず劣らず設置してある。

 しかし、ただ一つだけ。リビングの壁に貼られていなければならないものが、スケジュール管理のためには必須であるはずのアイテムが、この部屋には存在していない。

 浜面は言う。

 好奇心と痛みを天秤にかけ、好奇心に余裕で負けてしまった浜面仕上は、完璧なガードの姿勢を取りながら――怒れるゴーグル野郎に問いかける。

 

「あの、草壁さん? つかぬ事をお聞きしますが」

 

「あァ?」

 

「もしかしなくてもお前、バレンタインデーを頭から削除するためにカレンダーを片っ端から撤去した?」

 

「……………………」

 

 ぷいっ、と流砂は名探偵HAMADURAから目を逸らす。

 あ、これ図星だわ、と変なところで鋭かった浜面は「ふむ」と顎に指を当てて思考開始。この怒れるゴーグル野郎の怒りを鎮めるためにはどうすればよいか。ただそれだけを導き出すべく、無能力者級の頭脳をフルスロットルさせる。

 そして十秒後。正確には、十秒と二秒ほど後。

 浜面は流砂の肩にぽすんと手を乗せ、

 

「まーまー別に今年貰えなくても来年があるから良いじゃねぇぎゃぁああああああああああっ!」

 

 あまりにもウザすぎる自慢話は原始的な暴力で塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 バレンタインデーなんて滅べばいいのに。

 リア充オーラをバンバン振りまいていた世紀末帝王をモザイク修正にした欠陥品の能力者・草壁流砂は、ふらふらと酔っぱらいのような千鳥足で第七学区を放浪していた。

 しかし、ここでも流砂の怒りは留まることを知らない。

 目的も無く歩くだけのお手軽トレーニングではあるのだが、そのトレーニング中にムカつく連中が視界に入ってしまう。『えー俺にチョコくれんのマジでー?』『もうっ、恥ずかしいんだから声に出さないでよーっ!』とか言ってる連中は今すぐ世界から駆逐されるべきだ。

 ドロドロに濁った瞳で周囲を見渡しながら、流砂はゆっくりと歩を進める。

 

『て、帝督! あ、あのあのそのその……こ、これを受け取ってくれないか!?』

 

『これは……チョコレート、ですか?』

 

『ちょちょちょ、チョコレートなんて初めて作ったから美味くできているかは分からないが、く、口に合ったら嬉しい! いやあの、べ、別に不味かったら無理して食べなくてもいいんだからな!?』

 

『無理だなんてとんでもない。あなたが一生懸命作ったこのチョコは、大切に頂かせてもらいますよ?』

 

『わーわーわーっ! そ、そんな聖母みたいな笑みで私を見るなーっ!』

 

 都市伝説的な白い少年とヤンデレ疑惑なポニーテールの少女が視界に入った気がするが、流砂は華麗にスルー。

 

『白良くーん! 何も言わずに私の愛を受け取りやがれです!』

 

『琉歌さん!? こんな街中でそんな照れ臭いことをシャウトしないでください!』

 

 暴力的な実妹と草食系な少年が真横を通り過ぎていった気がするが、流砂は華麗にスルー。

 

『あなたーっ! ミサカの愛を受け取って! ってミサカはミサカはチョコレート片手に抱き着いてみる!』

 

 …………。

 

『ミサカは別に愛なんて込めてないけど、とりあえずロシアンルーレット的な感じで作ったミサカの恨み結晶を受け取ってー』

 

 ……………………。

 

『…………面倒臭ェ』

 

 …………………………………………。

 

『おのれカミやん死にさらせこのフラグ建築士がァァァあああああああああああああああっ!』

 

 ……………………………………………………………………………………。

 

『ただでさえ無駄なぐらいチョコもらってるくせに舞夏からも貰ってるなんて許せないんだぜい!』

 

 ……………………………………………………………………………………。

 

『いやァァァァあああああああああああああああああああああああああああああっ! 幸せの絶頂期から不幸座流星群が降ってきたァァァあああああああああああああああああああああああああああああっ!』

 

 …………プツッ。

 

「ふっざけんなテメェらぁあああああああああああああああああああああああああああっ! 一人鬱オーラで千鳥足な人を蚊帳の外にして勝手に盛り上がってんじゃねェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ! っつーか垣根さんとかおかしいだろ! 何でお前カブトムシのくせにチョコもらってんだよやっぱ第二位ってスゲエなオイ!」

 

 罵倒なのか称賛なのかよく分からない捨て台詞を吐きながら、ゴーグルの少年は涙と共に第七学区を駆け回る。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 麦野沈利はタイミングを窺っていた。

 今日は女たちにとっても男たちにとっても大事な日であるバレンタインデー。流砂の恋人である麦野は二週間ほど前から準備に準備を重ね、ついに最高傑作ともいえる最強のチョコレートを製作していた。味良し見た目良し愛情良しの三拍子そろった愛の結晶。これを流砂に渡して喜んでもらい、夜は二人でパーッと盛り上がるのだ。もちろん舞台はベッドの上。二人は全裸で朝までフルスロットル!

 ――と思っていたのが数分前で、麦野は現在、標識の陰でマイナスオーラに包まれている。

 その理由はとても簡単。

 ぶっちゃけ、直接渡すとなると恥ずかしくね?

 ということなのだ!

 

「あーくそ、何でこんな時に嬉し恥ずかし羞恥モードに切り替わっちまうんだよ……せっかく頑張ってチョコ作ったってのに……はぁぁ」

 

 似合わないと分かっていながら包装紙を真剣に選び、似合わないと分かっていながら真剣に調理に取り組んだ。柄でもないな、とか、何を畏まってんだか、とか自己嫌悪に陥ったりしながらも、この日のために必死に頑張ってきた。

 だが。だけれど。しかし。いざ渡すとなったはいいが、まさかの勇気欠落大パニック状態は予想もしていなかった。人を殺す時は躊躇わないのに、と普通に恐ろしいことを呟きながら、麦野はぐりぐりと標識に額を擦り付ける。

 と。

 

『くっさかべー!』

 

『何スか絹旗この人生最悪絶望シーズンに』

 

『今日は嬉し恥ずかし超バレンタインデー! というわけで、私が超愛情込めて作ったこのチョコレートを受け取ってください』

 

『マ・ジ・で!? マジでやったー人生初のチョコゲット! サンキュー絹旗、沈利の次に愛してるぜ!』

 

『そこは超一番って言ってほしかった! くそぅ、やはり恋人の上位個体にはそう簡単にはなれないということですか……っ!』

 

『いや、どこをどー頑張ろーが一位の座は揺るがねーぜ?』

 

『やっぱチョコ返せ!』

 

 ベギンッ! と標識の柱に手のひらサイズのヒビが入った。

 

「……おや? おやおやおやおやおやおや? おかしいな、おかしいわね。なんで私よりも先に絹旗が流砂にチョコを渡しているのかしら? しかも何で流砂は凄く嬉しそうなのかしら?」

 

 ベギベギベギベギンッ! と上へ上へとヒビの範囲を広げていくヤンデレガール麦野。第四位級の能力を持っているくせに握力すらも超能力者級とか、本格的に笑えない。

 顔を赤くしつつもどこか嬉しそうな絹旗が流砂と別れたのを確認した麦野は額にビキリと青筋を浮かべ、冷たい笑みと共に取り出した携帯電話を凄まじい速度で操作する。

 選択したのは、通話機能。

 選択したのは、絹旗最愛。

 非通知モードで正体を隠した麦野は通話が繋がると同時にドスの利いた声で絹旗に告げる。

 

「……オマエヲコロス」

 

『えっ、えぇっ!? だ、誰ですか超誰ですか!? いやいきなり殺すとか超怖――』

 

 プツンッ。

 憎き部下への嫌がらせを終えた麦野は携帯電話をコートのポケットへと仕舞い込み――

 

『くさかべー! この私、フレンダ=セイヴェルンが愛情たっぷりのチョコレートをわざわざ私に来てあげたって訳よ!』

 

『…………失敗作とかじゃねーッスよね?』

 

『開口一番に信用ないなぁ私! 大丈夫、味は問題ないって訳よ!』

 

『味は? っつーコトは他の箇所に問題がある、と』

 

『なんだいなんだいそんなに私の事が信用ならないのかい! 結局、そんなに疑うってんならまずは食べてみればイイって訳よ!』

 

『じゃーお言葉に甘えて…………』

 

『ど、どう?』

 

『………………………………普通に美味いのが憎たらしい』

 

『素直に美味いと言えんのかお前はァ! ふんっ、だ! 別にいいよそこまで言うならホワイトデーのお返しで私よりも美味いチョコを準備して見せろって訳よ!』

 

『あははっ、ごめんごめん。普通に美味いよありがとなフレンダ』

 

『う、うぅぅぅぅ! べ、別に草壁のために作った訳じゃないしバカぁぁぁぁ!』

 

 リンゴのように顔を真っ赤にしたフレンダがドダダダダ! と走り去っていくのを見送りながら、流砂は「あはは……」と苦笑いを浮かべる。

 と、そこで、絶賛フリーズ中だった麦野が現実世界へと回帰した。

 

「はっ! あ、あまりにも受け入れられない光景を前に、立ちながら気絶してしまっていたわ……」

 

 危ない危ないふぃーっ、と額に浮かんだ冷や汗を右手で拭う麦野さん。勇気が湧かないのは勝手だが、このままずーっと標識の影ではいつ風紀委員に通報されるか分かったものではないと思う。

 しかも、麦野は移動する流砂と一定の距離を保っているため、彼女の腕力による破壊衝動の犠牲者(標識)の数が信じられないスピードで増加していっている。このままでは学園都市中の標識が無くなってしまうのではないだろうか。こうして学生たちの血税はよく分からないものに費やされていくのである。

 さて、そろそろ覚悟を決めよう。このままでは本当の本当に日が暮れてしまう。恋する乙女はフルスロットルじゃーっ! とよく分からないハイテンションで麦野沈利は電柱の陰から一歩踏み出――

 

『……ゴーグルさん』

 

『流砂さーん。こんなところで何をやっているんですか?』

 

『あ、シルフィにステファニー。奇遇ッスねこんなトコでー』

 

『……お互い様』

 

『というか、どうしたんですかそのチョコレート? もしかせずとも私たちは先を越されちゃった感じですか?』

 

『先を越されたって……ってコトは、ステファニーたちもチョコくれんの?』

 

『そりゃまぁ、一応はバレンタインデーじゃないですか。ふふっ、腕によりをかけてシルフィと共同で作ってみました。――という訳で、私達からこのチョコレートを差し上げようじゃないですか!』

 

『ってデケェなオイ! 何で縦幅だけで二メートル越えてんだよこのチョコレート! こんなチョコよく作れたな! 逆にスゲェよ感心モンだわ!』

 

『……ゴーグルさんをちょっとだけ大きくしてみた』

 

『流砂さん、「十八歳男子平均に身長が届いてねーんスよねー」って前に言ってたじゃないですか。そんなわけで、私達の気遣いで三メートル巨人にしてみました! 括目せよっ!』

 

『括目しねーよ!? っつーかコレの形って俺仕様なんスか!? 俺、何が悲しくて自分の形した三メートル級のチョコを一人で食べなきゃならねーんスか! どんな悪魔の所業だよ閻魔大王も吃驚仰天ッスよ!?』

 

『じゃ、用は済みましたし、私たちはこれから砂皿さんのお見舞いに行かなければならないので。あでゅーっ!』

 

『……あでゅー』

 

『ちょ、オイコラ逃げんなぁぁぁ! あーくそアイツラ、無駄にデケェ荷物押し付けて逃亡図りやがってェェェェ……ッ!』

 

「そう言いながらニヤついてんじゃねぇよぶっ殺すぞ流砂ァァァ……ッ!」

 

 今にも原子崩しをぶっ放してしまいそうな般若顔だった。世界を滅ぼす大魔王でも裸足で逃げ出すんじゃないかという程、今の麦野の顔はお茶の間に見せられない仕様になってしまっている。というか、特殊メイクとか義眼とかがギギギギギと凄くヤバめな音を奏でているのは果たして大丈夫なのだろうか?

 結局、あーだこーだしている内に、流砂に好意を寄せている少女たちのターンが終わってしまった。予定では、誰よりも先に渡して誰よりも先に感謝の言葉を述べてもらって誰よりも先に愛を確かめてもらうはずだったのに。……何でこう、今日に限ってやること為すこと全然うまくいかないのだろうか。もしかすると、今日の星座占いが最下位だったからかもしれない。科学の街でそりゃねぇよ、と麦野は溜め息と共に肩を竦める。

 と。

 

「ンなトコで何やってんスか、沈利?」

 

「………………………………へ?」

 

 引き攣った顔の麦野の前に、大量のチョコを抱えた恋人が立っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「だーっはっはっは! ちょ、マジ、マジで!? あの沈利が羞恥心で動けねーって……ぎゃはははははははっ!」

 

「くっ……どこもかしこも図星過ぎてぐうの音も出ねぇ……っ!」

 

 大量のチョコと共に道沿いの喫茶店へと移動した流砂と麦野はとりあえずとばかりにコーヒーとサンドイッチを注文し、片や爆笑、片や赤面のトンデモ状態になってしまっていた。

 耳の先まで真っ赤に染まった麦野は膝の上で両手を握りながら俯きがちに呟きを漏らす。

 

「しょ、しょうがないでしょ。バレンタインデーがこんなに恥ずかしいものだって分からなかったんだから……」

 

「恥ずかしーって……いつものお前からは全く想像できねーッスけどね」

 

「うるせー馬鹿。私だって羞恥心に負けちまう時ぐらいあるんだよ! あーくそ、だから暴露したくなかったんだ……っ!」

 

「まーまーそー自己嫌悪するもんじゃねーッスよ」

 

「にやけながら言われても説得力ねえんだよぶっ殺すぞ」

 

 暗部抗争の際に向けられたのと同種の視線を向けられた流砂は両手を上げて降参の姿勢を見せる。

 実のところ、流砂は心の底から歓喜していた。自分に関わりのあった少女達からチョコレートを貰えたというのも理由っちゃ理由だが、それ以上に、麦野が自分の為にチョコを作ってくれた、という現実が心の底から喜びを感じさせてしまっている。……というかぶっちゃけ、赤面顔でもじもじして落ち込んでいる沈利だけでもうお腹いっぱいです。

 うーん、と流砂は考える。とりあえずは沈利に機嫌を直してもらわなければならない。自分だけが喜んでいても、恋人が落ち込んでいたら嬉しさは必然的に半減だ。両方幸せで初めて幸せ。恋人とはそういうものだ。

 という訳で、とりあえずの思考で打開策を模索した流砂は麦野の手元からチョコを奪って包装紙を剥がして中身を取り出し、

 

「いただきまーす」

 

 カリッ、とハート形のチョコの端を噛み削った。

 「は、はぁ!?」と驚き慌てている麦野の傍で、ガリゴリガリガリガリーッ! と凄まじい速度でチョコを完食していく流砂。それはまるで団栗を齧るリスのようだった。どこぞの窒素装甲が見たら鼻血を噴き出して気絶してしまうのは必至だった。

 ぽかーんと間抜けに口を開けて茫然とする麦野に向かって「ごちそーさま」と言い、流砂は間髪入れずに麦野の頭を乱暴に撫でる。

 

「スッゲー美味かった、ありがとな。俺のために頑張ってくれたんだろ? いやー、沈利からこんなに愛されてるなんて、俺は世界一の幸せ者ッスねー」

 

「あ、え、ちょ、ほぇ!?」

 

「さて、これはお返しが大変っぽいなー。ホワイトデーと言ったらやっぱりクッキーかマシュマロなんだろーけど……やっぱり値段が高い方が良いんスかね? そこんトコどー思うよ沈利」

 

「あのえとその……あ、愛情さえ篭ってりゃ、私は大歓迎、だけど……」

 

「そっか。ま、期待して待ってろよ」

 

 そう言ってニッコリほほ笑み、流砂は沈利の頬に軽くキスをする。それを見ていた周囲の客や店員たちの目が驚きに染まるが、別に気にする程の事ではない。どこに居ても愛情を伝えられる。そんな関係を目指している流砂にとって、周囲からの視線なんて気にするほどの事でもない。

 が、どうやら麦野はそれどころの騒ぎではないようで。

 

「うわあわほええとそのあのきききキスとかいきなりいやでもそれ以上望んでたしこれはこれででもいやいや流石に皆が見ている前でのほっぺちゅーというのはいかがなものかうわあわにゃわうにゃぁぁぁああああああああああああああああああああっ!」

 

「え!? ちょ、沈利!? いきなりどーしたんスかぁ!?」

 

 結局その日、夜はお楽しみだーとか言っていたはずの麦野は『アイテム』がルームシェアしているマンションの一室で頭を抱えながら――

 

「りゅーさがりゅーさでりゅーさにりゅーさを――――ッ!」

 

 ――という感じでオーバーヒートしてしまっていたらしいが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 因みに、例の黒幕コンビのバレンタインデーはというと。

 

「フィアンマ!」

 

「何だ? ――ってその箱は本当に何なんだ? 気のせいか通常比三割増し程に顔が朱いような気がするんだが」

 

「そ、そんな意味不明な観察はしなくていいんだよバカ! い、いいから黙ってこれを受け取りやがれ! い、言っとくけどな、これはあくまでも腐れ縁だからあげるわけであって、べ、別にオマエの事がうんたらかんたらって訳じゃねぇんだからなっ!?」

 

「だから一体どうしたというんだそのツンデレは……。って、これはチョコか?」

 

「そうだよチョコだよ悪いかよ!」

 

「いや、別に悪いとは言っていないが……ああ、そう言えば今日はバレンタインデーだったな。先ほどやけに挙動不審なシルビアを見たと思ったら、なるほどそういう絡繰りか。ふむふむ」

 

「あのクソババア、見た目に似合わず意外とピュアなんだな……って、そんなことは別にいいんだよ。おいフィアンマ、さっさとそれ喰って感想聞かせろ」

 

「……メモとペン片手にやけに嬉しそうだなお前。まぁいいか。では、遠慮なく食べさせてもらうとするかな。このチョコが俺様の口に入るこの奇跡を涙を流して喜ぶが良い」

 

「誰が喜ぶかバカ!」

 

「んむっ。うん、うん。食感はまと――――ッ!?」

 

 がくんどたんばたん!

 

「………………へ? お、おい、フィアンマ? どうしたんだ? おい! え、何? 『毒を盛ったな?』だって? ふざっ、ふざけんな! なんでボクが好きな相手にわざわざそんなコ――もとい腐れ縁にそんな無駄な罠を張らなきゃならねぇんだ!? っておい、しっかりしろ! 寝るな、目を覚ませフィアンマァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 それから三週間ほど、フィアンマは木原利分の姿を見る度に全力で逃走することになるのだが、それもまた――別のお話。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十六項 ロベルト=カッツェ

 『グレムリン』の魔術師との戦闘が始まった。

 そう気づいた時には既に周囲の仲間たちはそれぞれの行動に移っていて、草壁流砂も自分がベストだと思う行動に意識をシフトさせていた。

 チームワークなんて端から存在しない、各々での行動だけで成果を上げていく異色のチーム。

 学園都市最強の超能力者。

 全ての異能を打ち消す右手を持つ少年。

 運と実力だけで生き延びてきた無能力者。

 そして――演算能力に大きな欠陥を持つ大能力者。

 四者四様のヒーローたちは『グレムリン』という共通の敵を屠る為、太平洋沖の孤島でそれぞれの能力を如何なく発揮する。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流砂がまず向かったのは、空港の外――つまりは野外だった。

 空港内でドンパチ騒ぎを始める以上、空港外でも何らかのトラブルが発生するはず。それに乗じて他のグレムリンの魔術師が暴れたりするかもしれない――という予測に従うがままに、流砂は勢いよく空港外へと脱出する。

 と。

 流砂の後を必死に追いかけてきていたフレンダ=セイヴェルンは空港前のバス停の時刻表に手をついて息を整えながら、

 

「ぜ、ぜぇ……ぜぇ……い、一体全体何事って訳……?」

 

「詳しー説明をしてーのは山々なんスけど、とりあえず捲り上がってるスカートの裾をなんとかすれば?」

 

「ッ!?」

 

 シュバッ! と風よりも速い速度で衣服の乱れを整えていくフレンダ。

 リンゴのように真っ赤になっているフレンダを視界から外し、流砂は吐き捨てるように舌を打つ。

 

「チッ。人でごった返すのは予想してたッスけど、やっぱり魔術師の姿はない、か」

 

「ね、ねぇもう私大丈夫!? どこもダメな場所とかない!?」

 

「そのドジッ娘属性さえなんとかすりゃイイと思うけど?」

 

「う、うわぁ――――ん!」

 

 絶対に指摘されたくはなかった短所を指摘され、フレンダは大口開けて泣き喚く。

 そして直後。

 耳を劈くほどの爆音が引き金となり、空港内から夥しい程の黒煙が噴き出してきた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「っだぁーっ! 結局はフレンダとも逸れちまったどーすんだよコレ!」

 

 空港が内側からの爆発で混乱状態に陥った後、流砂は物理的にフレンダと離ればなれになってしまった。

 というのも、爆発直後に彼女を連れて逃げようとしたのだが、それを邪魔するかのように人の大群が流砂とフレンダを直撃。川の流れに攫われる木屑のように二人は引き離されてしまった、という訳だ。

 アイツ一人で大丈夫かなー、と流砂はゴーグルを装着済みの頭を抱える。

 と。

 

『お、おいおい冗談じゃねぇよミスター。何で自分の支援団体が作った拳銃に撃ち抜かれなくちゃならねぇんだ?』

 

『うるせぇ! こっちにだって事情ってモンがあるんだよ!』

 

 互いに追突する形でスクラップになっている二台の車の傍で、二人の男性が言い争っている光景が視界に移った。

 片や、オートマの拳銃を構えた状態で。

 片や、飄々としながらもどこか焦っているような状態だ。

 このままでは本人に撃つ気はなくとも発砲されてしまい、現実的な殺人事件が成立してしまう――というのは火を見るよりも明らかだ。というか、既にトリガーに添えられている指は緊張でぶるぶる震えてしまっている。あと数秒で最悪の事態、という切羽詰まった状態だ。

 そして、流砂はそこで気づいた。

 拳銃を向けられている男性の顔に、凄く見覚えがあることに。

 

「あのオッサン、まさか……ッ!?」

 

 その言葉を放った直後、流砂は足と地面との間に働く圧力を操作し、スタートダッシュを踏んだ。

 数秒と経たない内に二人の男性の間に割り込んだ流砂は中年男性が持っている拳銃を叩き落とし、男性の身体に触れ――呼吸器を圧迫させることで男性の意識を数秒と掛からずに刈り取った。

 まさに一瞬の出来事。

 これが、暗部育ちの凶悪的暗殺術。

 ふぅ、と人仕事を終えた事で安堵の息を漏らした流砂は持ち前のジト目で被害者的立場だった男性に視線を向け、無駄に流暢な英語で革新的な言葉を投げかける。

 

「こんな処でバカンスかい、ロベルト=カッツェ大統領?」

 

「……つ、ついに一目で俺のことが分かる奴に出会えた!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 フレンダ=セイヴェルンは危機に瀕していた。

 空港爆破の直後に人の波にさらわれたフレンダは、そのまま流れに逆らうことなく移動に移動を重ね、とあるショッピングモールへと連行されてしまった。正直『コイツラ全部吹き飛ばしてやろうか!』ぐらいのテロリズム的直観に襲われなかったと言ったら嘘になる。

 さて、ここで話を戻そう。

 ショッピングモールに移動したフレンダが、一体全体どういう危機に瀕しているのかというと――

 

「ひっっさしぶりに会ったわね、この爆弾女……ッ!」

 

「ひぃぃっ!」

 

 夏休み中に起きたいざこざでボコボコにした覚えがある第三位とばったり遭遇☆

 

 前髪からバチバチと青白い火花を放つ第三位こと御坂美琴に肩をギュッと掴まれ、フレンダはがくがくぶるぶると大袈裟に体を震わせる。

 そして、そんな面白い光景に自分だけが入れないことが許せない悪戯精神旺盛な軍用クローンは逆サイドからフレンダの肩を掴み、

 

「新たな弄り対象が爆誕って訳かにゃーん?」

 

「だ、第三位がもう一人!? い、いやなんかこっちの方が無駄に大人びてるって訳よ! く、詳しくは言えないけれど、結局、胸のサイズがオリジナルに比べて異常に大きい……ッ!」

 

 その言葉の対象である貧に……もとい慎ましやかなお胸をお持ちの第三位の超能力者はバチバチバチィッ! と大量の火花を放ちつつ、

 

「べんとらべんとらーっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ロベルト=カッツェ。

 その名を聞けば誰もが「あー、あの人ね」というぐらいに有名な――というか、アメリカ合衆国の事実上の大統領であるロベルト=カッツェは、米国始まって以来の異端的な大統領である。

 記者からの質問には不真面目に答え、民衆の前だろうがプライベートだろうがテレビ番組中だろうが関係なく下ネタのオンパレード。更には悪い噂が立ち上る会社へのブラックジョークをプレゼント、などというある意味での正直な態度で一躍有名になってしまった――俗に云う『米国の恥部』だったりする。

 しかし、そんな馬鹿正直っぷりやユーモアの豊富さが功を奏したのか、アメリカ国内での支持率は歴代でもトップクラスに位置する程。やっぱり男共ってエロばっかか、という副大統領のローズラインのセリフはもはや伝説級の名言扱いとなっているとかいないとか。

 そんな感じで有名なのに何故かハワイに来てからは本人だと気づかれていなかったロベルトは――

 

「ヘッドギアボーイ! その特徴的なヘッドギアにサインを書いてやろうか?」

 

「これはヘッドギアじゃなくてゴーグルだし! っつーかアンタのサインとかいらねーし!」

 

「いやいや別に遠慮する必要はねぇぜヘッドギアボーイ。俺の顔を一目見ただけで大統領本人だと分かる。それだけでユーが俺の大ファンだってことは火を見るよりも明らかだ!」

 

「っつーか逆に現米国大統領を一目見てわかんねーって方がおかしくね!? アンタ自分が思ってるよりも結構キャラ濃いッスからね!?」

 

「そういえば、この間の会見中に『エロ水着をもっと流行らすべき』って言ったら支持率上がったんだよなぁ」

 

「否定はしねーがそれでイイのかアメリカ人! なんか世界トップの国の将来が心配になって来た!」

 

 やっぱり外国人って苦手だーっ! と頭を抱えるヘッドギアボーイ。

 

「ってぇ、そんな無駄話してる場合じゃねーんスよ! なんでアンタがハワイに? 行方不明で副大統領たちが焦ってる中バカンスとか、流石に笑いの範疇を越えてるッスよ?」

 

「何でボーイがそんな裏事情を知ってるのかについてはツッコまないでいておいてやる」

 

 感謝しろよ? とウィンクする大統領様を見た流砂の額にビキリと青筋が浮かんだ。

 そんな流砂の様子なんかには気づかないロベルトは、先ほど流砂が気絶させた黒人の大男が持っていた拳銃を器用にくるくる回転させ、

 

「ちょっとアメリカを救いに来たのさ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ロベルト=カッツェと邂逅した流砂が向かったのは、先ほどフレンダ達が逃げ込んだショッピングモールだった。

 その理由は至って簡単で、ショッピングモール内でドンパチ騒ぎが始まった、という報告が上条から届いたからだ。

 指の関節をパキポキ鳴らしながら足を急がせる流砂の隣で、拳銃を構えながら並走するロベルトは余裕そうに言葉を放つ。

 

「結局、ボーイたちの目的は俺と同じってことでオーケー?」

 

「まぁ、最終到達地点は違うッスけど、このハワイ島の危機を救うってコトに関しちゃ同じッスね。っつーかマジでその武器で行く気? 俺がもっと高性能な拳銃貸してやろーか?」

 

「おいテメェ何でウチの敷地に危険物持ち込んでんだ! しかもそれって学園都市製だろ? 危険物のレベルを超えてるぜデンジャラスボーイ!」

 

「拳銃国家なんだから銃の持ち込みぐれー見逃せよ」

 

「それを見逃せば全国各地のテロリストがハワイ島に雪崩込んでくることになるぜ?」

 

 凄くこの場にそぐわない会話を繰り広げながら、大統領とゴーグルの少年は足を急がせる。

 と、そんな中。

 流砂は凄く信じがたい光景を目の当たりにする。

 

「んなっ!? 何で学園都市最強が血塗れでぶっ倒れてんだよ!」

 

 黒煙が漂うショッピングモールの中に、その少年の姿はあった。

 色素が全く感じられない白髪に、血液の様におどろおどろしい真っ赤な瞳。それだけでも十分すぎるほどに異常なのに、女性のように華奢な体と白磁よりも色素を失った白い肌がその特徴にプラスされてしまっている。

 一方通行(アクセラレータ)

 本名不詳の学園都市最強の超能力者。

 そんな、事実上の科学サイド最強が、何の変哲もないショッピングモールで瀕死の重体になってしまっている。

 彼の強さを十分すぎるほどに知っている流砂は、流石に自分の目を疑った。全ての超能力者が結託しても不可能であろう光景を前に、言葉を完全に失ってしまっていた。

 しかし、それでも意識の切り替えは早かった。

 「大統領!」「オーケー!」確認作業と共に能力を解放し、スタートダッシュを切る。弾丸のように放たれた身体を一方通行に拳銃を構えていた女の身体に突撃させ、摩擦音と摩擦熱と煙を発生させながら急ブレーキで急停止。

 倒れ伏す一方通行の腕を掴み上げながら、流砂は冷や汗交じりに質問する。

 

「どーしたどーした? ついに最強の座から陥落ッスか?」

 

「……その減らず口を叩き潰すぐれェの余力はまだ残ってンだが……ッ!?」

 

「ごめんなさい。本当にごめんなさい!」

 

 ギロリ、と獣のような睨みを利かされ、流砂は恥も外見も無く土下座を決行する。

 他の襲撃者たちを拳銃で撃ち抜いた所から戻ってきたロベルトは土下座中の流砂を怪訝な表情で眺め、

 

「ジャパニーズはみんなこんな公衆の面前でジャパニーズDOGEZAを披露するのか?」

 

「誤解です! 流石に日本人全員を敵に回したくねーから言っときます。これは特殊な事例です!」

 

「……っつゥかソイツ誰だよ」

 

「どいつもこいつも朝のニュースを観ない派か! くそっ、やっぱりヘッドギアボーイがレアパーソンだったってだけなのか!?」

 

「いいからさっさと名乗れこのアメリカ野郎」

 

「あぁん!? 良いぜ名乗ってやるよ! 其の耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!」

 

 どこかしら凄く悲しそうなオーラを纏ったロベルトはドンッと胸板を拳で叩き、

 

大統領様だよ(・・・・・・)クソッタレ!」

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十七項 キラウェア火山

 お、お久しぶりです!

 いろいろと用事が重なったりモチベーションがうんたらになったりで更新が遅れてしまってました!

 これからはちゃんとなるたけ定期的に更新するので、よろしくおねがいします! とりあえず見捨てないで!(おい




 アメリカ大統領ロベルト=カッツェに一方通行を任せた後、草壁流砂は浜面仕上のチームに合流していた。

 彼のチームメンバーには番外個体と黒夜海鳥がいて、番外個体は流砂を見るなりハイタッチを求めてきて、黒夜に至っては――

 

「帰れ! 私の目が黒い内に今すぐ日本に帰りやがれェ!」

 

「まーまー、そんな釣れねーコト言うなよ黒にゃーん。俺とお前の仲だろ?」

 

「被害者と加害者の関係だ! よって私はオマエを全力で否定する!」

 

「とか言われてるッスけど、どーする?」

 

「とりあえずは猫耳だけで勘弁しといてやる?」

 

「もうこのコンビ嫌だァァああああああああああああああああッ!」

 

「……一応は隠密行動中なんだけどなぁ」

 

 肩を組んでニヤニヤニマニマと黒夜を追い詰めていく大能力者コンビに浜面は疲れたように溜め息を吐く。あぁ、早く愛しの滝壺ちゃんに会いたいなぁ……。

 因みに現在、浜面達はオアフ島の私設ヨットハーバーにやって来ている。ヨットといってもお金持ちが御用達するものがメインとなっていて、エアコン完備のベッドルームだったりメインの動力がエンジンだったりと少しばかり悲しい現実を目の当たりにすることになる状態となっている。これが格差社会というヤツか。

 埠頭の桟橋の柱に巻かれた針金を適当に解きながら、浜面は現在進行形で牽制し合っている大能力者トリオに言う。

 

「言っとくけど、俺は船の操縦なんてできねえからな。鍵を開けるぐらいなら大丈夫だけど、それ以上は全く無理だ」

 

「ミサカは学習装置でインプットされちゃいるけど面倒臭ーい。っつか大丈夫だって、運転ぐらい。車と一緒でぶつけながら覚えていきゃいいんだよー」

 

「徹底的にやる気ねえな!」

 

「一応は俺が船の操縦できるッスけど……今は黒にゃんセキュリティを任されてるッスから、運転役は浜面にパスするよ」

 

 流砂は犬歯剥き出しな黒夜の後ろ首を掴んで浜面に差し出し、

 

「俺が運転するのと黒にゃんの相手するの、どっちがいい?」

 

「オマエラ絶対ェに八つ裂きにしてやンよ! 四つでも九つでもねェ、八つにだぞガルガル!」

 

「嫌ァあああああああああッ! なんか軍用犬を差し向けられて脅迫されてる感じになってるゥゥううううううううううううッ!」

 

 ガッチンガッチンと歯を鳴らす黒夜から距離を取りながらも全力で船の鍵を開ける世紀末帝王。普段から女性運はないとは思っていたが、まさかここまで不幸だとは。やっぱり俺には滝壺しかいないんだ! と浜面は涙を噛み締めながら思ってみる。

 浜面がガチャガチャと音を鳴らして鍵と格闘する傍ら、大能力者トリオはいつも通りのマイペースで騒ぎまくっていた。

 

「ほら、ちゃんと見張りしとくんだよ黒にゃーん」

 

「なンっ、で、私がァ……ッ!?」

 

「ホントは俺が見張りしててもイイんスけど、黒にゃんは一応は捕虜ッスからね。ここぞとばかりに扱き使わねーと損ってモンだろ?」

 

「それに、この猫耳パーツを装着すれば情報収集能力も飛躍的に上昇するんだし、全く持って問題ないよねえ?」

 

「ふぐゥっ!? な、なななななンでオマエがそのアクセサリパーツを持ってやがンだ……ッ!?」

 

「ふっふっふ。抵抗したければすればいい。だかしかし、両手が使えない今の黒にゃんでミサカの猛攻を防ぐ事が出来るかな!?」

 

「そーゆー訳で、ここは大人しく猫耳黒にゃんカミングスーン!」

 

「う……」

 

 猫耳を持ってにじり寄ってくる番外個体とニヤニヤ笑顔で逃げ場を塞いでくる流砂から距離を取ろうとする黒夜。しかし彼女は桟橋の端の方にいるためこれ以上の後退は不可能で、このままではサイボーグ黒にゃんへの大変身を決めなくてはならない状況にまで追い込まれてしまっている。こんな事なら新入生なんてやらなきゃよかった! と黒夜は結構マジで後悔する。

 そして。

 度重なるストレスと追い込まれすぎた心が限界を超えた黒夜は「ひっく」としゃっくりをし、

 

「びえぇえええええええええんっ! 何だよー、何で私ばっかりがこんな目に遭わなきゃいけないんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 うあっ!? と加害者コンビが僅かにたじろいだ。

 『窒素爆槍』やら『暗闇の五月計画』やら『新入生』やらで意外と強固な精神を持っていると思われがちだが、弱冠十二歳の女の子である黒夜は精神的にはまだまだ不安定だ。攻撃的な精神ならまだいいのだが、防御的な精神は見ての通り。今の今まで耐えてきたこと自体を褒められても良いぐらいだろう。

 大粒の涙を流しながらわんわん泣き喚く黒夜に番外個体と流砂は顔を引き攣らせ、浜面は浜面で「泣かしたー……」という目で二人を見ている状況だ。

 心の逃げ場を失った番外個体は流砂の肩にガシッと腕を回し、

 

「でもま、普通の年齢で言うならミサカはまだ零歳な訳だから、全ての責任はこのゴーグル君にあるはず」

 

「サラリと責任転嫁かこの軍用クローン!」

 

「いやお前にも十分すぎるぐらいの責任はあるけどね!?」

 

 わいわいがやがや騒ぐ四人を乗せたまま、ヨットはゆっくりとした動作で港から離れていく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 騒がしい船旅を終えた流砂たちはハワイ島へと上陸した。問題とされているキラウェア火山はハワイ島最大の観光資源であり、山全体はおろか火口付近までもが国立公園に登録されている。それも火口は一つではなく、そこら中から漂ってくる硫化ガスの匂いが彼らの鼻に不快感を与えていた。

 『起爆剤』の搬入を防ぐことを本来の目的としてハワイ島までやってきた浜面達だったが、それにも拘らず火口付近には謎の男たちの姿がちらほらと確認できてしまっていた。――つまり、遅かったという訳だ。

 直径十キロ以上もあるカルデラの縁で身を屈めながら、流砂と浜面は吐き捨てるように舌を打つ。

 

「くそっ……あんなトコで漫才とかやってる場合じゃなかったってコトっすか……」

 

「アレはあくまでも俺が鍵を開けるまでの話だった。――つまり、どう足掻いてもあいつ等より先に上陸するのは不可能だったって事だ」

 

「そんなダサい後悔を今更されてもにゃーん。とりあえず今出来ることは『起爆剤』をどうするのか――これに限るって話でしょ?」

 

「それに、あの男たちも自分で仕掛けた爆弾で消し飛ぶのは嫌なはずだ。今はとにかくアイツラが立ち去るのを待つのが最善だと私は思うね」

 

 そんな黒夜の言葉に同意するように流砂たちは更に深く体を屈めた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 三十分後。

 草壁流砂と番外個体と黒夜海鳥は気絶した浜面仕上を抱えた状態でキラウェア火山を全力で駆け下りていた。全ての『起爆剤』の破壊に失敗したことによる逃亡なわけだが、今はそんなことを悔いている暇はない。とにかく風よりも速く火口から離れる。これが今現在における最優先事項なのだ。

 黒夜の腕と番外個体の磁力を駆使して逃亡する中、流砂は大きく舌打ちするなり彼女達二人と浜面を無理やり抱え上げ、

 

「今から海までジャンプする! 落下の衝撃は自分で何とかしてくれよ!」

 

「ミサカの磁力でなんとかしてやんよー」

 

「失敗するんじゃねーぞ相棒!」

 

「分かってるよーん」

 

 直後。

 キラウェア火山が勢いよく噴火すると同時に、流砂は圧力操作を駆使して陸から十メートル以上離れた海面へと跳躍した。それはまるで発射されたミサイルの様で、違う点と言えば、着地の際に番外個体が磁力で接近させていたヨットがクッションとなって爆発が起きなかったことぐらいだ。……まぁ、爆発よりも酷い事は起きている訳なのだが。

 自分と他の三人の身体にかかる圧力をゼロにすることでダメージを失くした流砂は土星型のゴーグルを右手で位置調整し、

 

「流石にこれは洒落になってねーんじゃねーの……?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして、数時間後。

 とある国のとある地方にあるアパートメントの一室で、木原利分と右方のフィアンマは木製のテーブルを挟んだ状態で向かい合っていた。テーブルの上にはチェス盤が置いてあり、彼らの手元には勝ち取った駒たちが置かれている。

 黒のナイトを動かし、利分はつまらなそうな表情のままフィアンマに言う。

 

「それで結局、ハワイ島での『グレムリン』の目的は阻止できなかったみてえなんだよな。やぁーっぱり『電離加圧』とか『幻想殺し』とかだけじゃ『グレムリン』は止められねえんだよ」

 

「その『電離加圧』とかいうヤツに敗北した当人のセリフとは思えんがな」

 

「敗北じゃなくて引き分けだっつの! ってあああぁぁっ! ボクのクイーンがぁあああああああああっ!?」

 

「これでお前に残されたのはキングとナイトとルークだけだな。まったく……俺様にチェスで勝とうだなんて百年は早すぎるんだ」

 

「ま、まだ負けた訳じゃねえもんねっ! こっからがボクの真骨頂だぁーっ!」

 

 そうやって意気込んだ利分は黒のルークを摘まみ上げ――

 ――五分後には目をうるうると潤ませていた。

 

「………………ぐすん」

 

「俺様の勝ちだな」

 

「…………バカ」

 

「そのバカに完膚なきまでに叩きのめされた奴の言葉とは思えんな」

 

「…………子供」

 

「どんなことにも全力投球をしないと相手に失礼だろう? というか、ハンデとしてクイーンとルークを抜いてやったというのに勝てないお前が悪いんじゃないのか?」

 

「しょ、将棋なら勝てたんだ! こ、こんな外国由来のお遊びなんて、ボクには相応しくねえ!」

 

 ふ、ふんっ! と豊満な胸を張って何故か勝ち誇る利分さん。どこまでいっても子どもな利分にフィアンマは大きく溜め息を吐く。

 そして。

 利分が涙目でチェスの駒を並べ直す中、フィアンマは面倒臭そうに椅子から腰を上げた。

 

「……もう行くのか?」

 

「オッレルスに呼ばれているんでな。今度の行き先はバゲージシティという所らしく、移動に無駄に時間がかかるという話だ」

 

「そのまま帰ってこなくてもいいぞ」

 

「そう言いながら突き出されているこのお守りは何だ? 極度のツンデレなお前がすることだ。どうせ『べ、別にオマエの無事を祈って作ったわけじゃねえんだからなっ!?』とか言ってくるに決まっている。――ほら、採点は?」

 

「ぐぅっ……せ、正解だよ正解で悪いかコノヤロウ! ばーか! さっさとどこへでも行っちまえ! そしてオティヌスにもう一本の腕ももぎ取られちまえ!」

 

「地味に怖ろしい事を言うな!」

 

 ったく、と乱雑に頭を掻き、フィアンマはしっかりとした足取りで出口の方へと歩いていく。そんな彼を心配そうな表情で見送る利分に気づいているフィアンマは思わず苦笑を浮かべてしまう。

 扉のドアノブに手をかけ、フィアンマは利分の方を振り返る。

 

「そういえば、学園都市ではそろそろ『一端覧祭』という祭りが行われるんだったな」

 

「?」

 

 首を傾げる利分にフィアンマは肩を竦め、

 

「俺様が不幸にも戻ってきてしまったら、罰ゲームとしてお前に学園都市を案内してもらう事にしよう。なに、心配は要らない。どうせ俺様はオティヌスに殺されてしまうんだろうからな」

 

「~~~~~~ッ!」

 

 ニヤニヤと皮肉を言ってくるフィアンマに利分は耳の先まで顔を真っ赤に染め、タックルをするかのような勢いで彼の身体に抱き着いた。

 おっ、と――と彼女の身体を受け止めるフィアンマ。

 利分はフィアンマをぎゅっと強く抱きしめたまま、

 

「オマエがいねえと物足りねえから。ちゃんと帰ってきやがれよバカヤロウ。……別にオマエのために言ってんじゃねえからな、勘違いすんなよっ?」

 

「……相変わらず素直ではないな」

 

 そう言って。

 フィアンマは利分の頬に軽くキスをし、アパートメントを後にした。

 一人残された利分はフィアンマの唇が触れた左頬を手で摩り――

 

「……別に嬉しくなんかねえんだからなっ」

 

 ――とても嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。

 

 

 




 次回から『一端覧祭編』――つまりは最終章です。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十八項 一端覧祭前日

 今回から最終章の始まりです。

 この最終章の後は、ついに第二回の人気投票がががががが。



 十一月の寒空の、とある病院のとある病室での事だった。

 紅葉シーズンも終盤に差し掛かり、枝と幹だけの寂しい木々が歩道や道路を彩る――そんな十一月の中盤の事だった。

 病室の窓からは第七学区の歩道を行き交う大勢の人々が確認できる。今が学園都市の二大イベントの一つ『一端覧祭』の真っ只中という事もあり、第七学区を徘徊する人々の数は通常の休日に比べて大分多くなっている。

 明るい太陽に少しばかりの雲がかかった午後の事だった。

 多くの学生たちが楽しそうに自分たちの学校をアピールしている、通常比三割増しぐらいに活気だっていた学園都市での事だった。

 

「あ、あの、沈利さん? 今あなた、一体何と申しましたか……?」

 

 そんな中、草壁流砂という少年が驚愕を露わにしていた。

 彼が上半身を起こしているベッドの傍のラックにはぐしゃぐしゃに拉げた土星の輪のような形状のゴーグルが置いてあり、彼の視線の先には麦野沈利と呼ばれる少女の姿がある。現在進行形で驚愕している流砂の前の沈利は仄かに頬を朱く染めているのだった。

 麦野沈利はきっちりと揃えられた膝の上で両手をぎゅっと握り締めていた。

 

「……は、恥ずかしいから何度も言わせないでよ」

 

「いや、その、スッゲー信じ難い事を言われた気がしたからさ」

 

 完全に居辛い空気が充満していた。新手の能力者の仕業だと言われても容易に信じてしまいそうなほどの居辛さだった。互いに顔を赤く染めながらもちらちらと視線を交わす二人は、どこからどう見ても初心なカップルそのものだった。――いや、これでも彼らは正式な恋人同士なのだけれど。

 

「と、とりあえずさ、沈利。もう一度だけ言ってくんね? 今度は絶対に聞き返したりしねーッスから」

 

「…………あと一回だけだからな」

 

 沈利が頷くと、流砂はゴクリと固唾を呑んだ。

 真剣な表情で心構えも身構えも終えた流砂の瞳を真っ直ぐと見つめ、沈利は顔を紅蓮に染めながら今世紀最大の衝撃発言をぶっ込んだ。

 

私と結婚(・・・・)してくれ(・・・・)!」

 

 さぁ、これはやっぱり説明しておかなければなるまい。

 この『一端覧祭』で、流砂と沈利の間に一体何が起こったのかをっっっ!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 殻錐白良は懐かしい顔に出くわした。

 

「あれは……上条さん?」

 

 『一端覧祭』の前日であるために忙しさがピークに達してしまっているとある高校の一年七組の教室に、その少年はとてつもなく無残な姿で運ばれてきた。

 上条当麻。

 『上条属性』とか『一級フラグ建築士』とかいう多種多様な称号を与えられている少年であり、何故か結構な頻度で学校を休むことでも有名なツンツン頭の少年である。

 スズメバチの巣に顔面を突っ込んだような状態になっている上条を簀巻きにして持ってきたのは吹寄制理という実行委員大好き少女で、予想もしなかった上条の連行にクラスメイト達はハサミやカッターやトンカチなどといった凶器・鈍器のオンパレードを即座に準備し、とてつもなくイイ笑顔で彼を心の底から歓迎していた。

 

「今まで連絡も寄越さずにサボってたくせによく平気そうな顔でやってこれたな上条……ッ!」

 

「どうせどこぞの美少女とか美女とか相手にハッスルしてたんだろうがこの上条属性野郎がァ……ッ!」

 

「とりあえずこのツンツン頭をスキンヘッドに劇的ビフォーアフターしちゃわない? それぐらいしないと腹の虫の怒りが収まらないんだけど」

 

「祭りじゃーっ! 血祭りじゃーっ!」

 

「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!? 自分でも仕方がないとは思うけどそれ以上にクラスメイトの皆さんの目がマジな件について上条さんは本気で恐怖していますのことよ!」

 

「自覚があるなら欠席しないようにしなさいよ貴様!」

 

「ま、まぁまぁまぁまぁみなさん落ち着いて! こうして上条さんも無事に到着してくれたんですし、ここからはみんな仲良く張り切って作業に勤しもうじゃないですか! はい、上条さんはそっちの屋台の壁を作って! 吹寄さんたちは看板作りを再開してください! 『一端覧祭』は明日なんですからーっ!」

 

 場の混乱を抑え込むべく殻錐白良は慣れない大声を教室中に轟かせる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 シルフィちゃんが自室から出てこない件について。

 

「……何があったんスか?」

 

「いやー。なんか虫歯が出来ちゃったみたいで……私としては今すぐにでも歯医者に連れて行った方が良いと思うじゃないですか? でも、シルフィは全力で歯医者がイヤの様で……幼いながらに籠城戦を始めちゃったみたいなんですよねー」

 

「あー……」

 

 警備員に超低価格で与えられるとあるマンションの一室にて。

 ステファニー=ゴージャスパレスと草壁流砂は押し開き式の扉の前に立っていた。今が家の中だからか流砂の頭にはチャームポイントである土星の輪のようなゴーグルが装着されておらず、拘束を解かれたモノクロ頭が無造作に跳ねてしまっている。

 ステファニーから事情を聴いた流砂は扉を三回ほどノックし、

 

「おーい、シルフィー。そのまま虫歯を放っといたら、口が腐って無くなっちゃうッスよー?」

 

『……別にその程度、怖くない』

 

「ヤベーこの幼女、心の耐久度が達人クラスだ」

 

「そんなに感心するところですか?」

 

 おぉぅ、と大袈裟なリアクションを取る流砂にステファニーのジト目が突き刺さる。

 ステファニーは小さく溜め息を吐き、

 

「シルフィ。あなたがこのまま籠城を続けるというのなら、私が実力行使に出ても文句は言われないとは思いませんか? 私は基本的にテロリスト脳なので扉をぶち壊すのは大歓迎って感じですからね」

 

『…………』

 

 扉の向こうから帰ってきたのは沈黙と静寂。ここからでは確認できないが、この扉の向こうでは現在進行形で屈するか籠城を続けるかの二択に悩まされている少女の姿があるはずだ。歯医者という地獄から逃れるために戦う、一人の勇者の姿が。

 ステファニーは溜め息交じりに手榴弾を取り出し、そんな彼女を流砂は全力で羽交い絞めにする。こんな所で爆破事件なんて起こしたらいろいろと面倒な事になるのは目に見えている。というかそもそも、警備員に復帰予定のステファニーが事件の当事者だなんてばれたら復帰自体が無かった事になるかもしれない。

 彼女の為に彼女を止める流砂をステファニーが全力で振り解こうとした――その直後。

 

『……すてふぁにぃは年増だから我慢が出来ないの?』

 

「…………………………ッツツ!」

 

「お、落ち着け、落ち着くッスよステファニー! 今のシルフィはちょっと正常じゃねーから仕方がねーんスよ!」

 

「おかしくないですかおかしくないですか!? いくら正常じゃないと言っても流石にこの言われようを我慢するのはおかしくないですか!? 二十代の乙女として今の発言は看過できないのは当たり前じゃないですか!?」

 

「大人の余裕をもっと持って! 相手は小学生ッスよ!?」

 

「自分がピチピチの少女だからって調子に乗ってるんじゃないですかぁああああああああああああっ!?」

 

「ええい、何で今日だけはそんなに沸点が低いんだよお前は!」

 

 家と幼女を護る為、草壁流砂は能力全開で元テロリストを全力で抑えにかかる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 かつて『第二位人工創造計画』というプロジェクトがあった。

 学園都市の中でもかなりマッドな科学者たちが全力で実施したものだ。学園都市第二位の超能力者である垣根帝督の演算パターンを解析し、無能力者に埋め込むことでどれだけの能力を発揮する事が出来るのかを試した、というのが大まかな概要だったりする。

 計画としては失敗した。

 というか、実験の元凶ともいえる垣根帝督によってその計画は打ち止めにされた。

 奇跡的に死者がいない計画だったが、その代わりに心も体も深く傷つけられた一人の少女の姿があった。――しかし、最終的には、その少女は垣根によって身も心も救われた。

 最終的には当初の計画通りに能力を発現させることに成功した。――しかし、それでもまだ完璧と呼ばれるまでのレベルには至らなかった。

 大能力者級の『焦熱物質』。

 常に沸騰している物質を自由に想像して操る能力を発現させた少女の名は――

 

「大刀洗呉羽さん、だっけ?」

 

「…………はい」

 

 『一端覧祭』の準備で賑わう第七学区の歩道の隅で、茶髪のポニーテールと豊満な胸と黒のツナギが特徴の少女――大刀洗呉羽は警備員の男性から職務質問を受けていた。

 彼女たちの周りには傷だらけの不良たちが五人ほど意識を失った状態で倒れ伏していて、それをちら見した警備員はもはや何度目かも分からないぐらいの溜め息を吐いてしまっていた。

 しゅん、と落ち込んでいる呉羽に視線を戻し、警備員の男性は言う。

 

「こんな公衆の面前で大の男五人を能力でかるーく粉砕した、という事情を君が話してくれたわけだが…………僕の言いたいことは、分かるかい?」

 

「……申し訳ございませんでした」

 

「別に反撃するなと言いたいわけじゃないんだ。僕が言いたいのはね、喧嘩に能力を使わないようにしてほしい、ということなんだよ」

 

「おっしゃる通りだと思います」

 

「一応は目撃者からの証言で君に否はない事は分かっている。――しかしだね、大刀洗くん。僕も一応は学校の教師だから、過ちを犯した学生を素知らぬ顔で解放してあげるわけにはいかないんだ」

 

「…………」

 

 くどくどくど、と教師特有の説教タイムに入った警備員から逃げるように呉羽は視線を落とし、

 

(う、うざい! 学校の先生と話したのは生まれて初めてだが、まさかここまでうざいものだったとは! と、とにかく今はこの場を離れないと! せっかく帝督の情報がつかめたのだ。こんな所で油を売っている場合ではない!)

 

 その情報に信憑性があるかないかはさておくとして、愛する第二位に関する情報をおいそれと無駄にするわけにはいかない。草壁流砂によって垣根帝督が生きている事を知らされてから毎日のように彼の消息を捜している呉羽にとって、彼に関する情報は何よりもの宝なのだ。

 警備員の男性からの質問に空返事を返しながら、呉羽は逃走の隙を窺う。一時的とはいえ暗部組織に所属していたのだ。こんなど素人の男から逃亡することぐらい造作もないハズ!

 ――そして。

 警備員の男性がくしゃみの為に呉羽から顔を背けた、まさにその瞬間。

 

「三十六計逃げるに如かず!」

 

「っ!? ちょ、ちょっと君、待ちなさい! 顔と名前が割れているんだから逃亡しても無駄だという事をその身にしかと思い知らせてあげてもいいんだぞーっ!」

 

「やっぱり大人って卑怯だ!」

 

 結局は捕獲される未来しかない逃亡劇が幕を開けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ステファニー=ゴージャスパレスと策を練ってシルフィ=アルトリアを部屋から引きずり出した後、流砂はシルフィをステファニーに預けて第七学区へと躍り出ていた。因みに、ステファニーは嬉々とした表情でシルフィを歯医者に連れて行った。あの時のシルフィの絶望に染まった表情を一生忘れることはないだろう。

 

「……にしても。相っ変わらず『一端覧祭』前日でもこの学園都市は盛況ッスねー」

 

 その一言をティッシュ配り中のミニスカメイドを見ながら言わなければ趣深いものになったのだろうが、流砂は基本的に花より団子精神の持ち主なため、そんなことを期待するだけ無駄なのである。

 服装的にどこぞのメイド育成学校じゃねーな、と無駄にマニアックな知識を披露する流砂は何食わぬ顔でメイドの少女たちの方へと方向転換。どこぞの第四位が見たら無表情で原子崩しをぶっ放してしまいそうな程に目をキラキラとさせながらメイドたちの前を少しばかり遅い速度で通り過ぎ始めた。

 そして。

 ちょうどふわふわ金髪の美少女メイドが差し出したポケットティッシュを受け取った流砂はちらっとそのメイドの顔を確認し――

 

「……こんな所で何やってんスか、フレンダ?」

 

「…………………………人違いです」

 

「いや、どー見てもフレンダじゃねーッスか。フレンダ=セイヴェルンその人じゃねーッスか」

 

「結局、それは人違いって訳です。私はただのメイド。ティッシュを配って生計を立てている薄幸なメイドって訳よ!」

 

「お前正体隠す気ねーだろ」

 

 ふわふわとしていた無駄に派手なメイド服に身を包むフレンダに流砂は肩を竦め、

 

「常日頃からドジッ娘だとは思ってたけど、まさか自らドジッ娘メイドの道に足を踏み入れるとは……辛い事があるなら相談に乗ろーか?」

 

「何でティッシュ配りのバイトをしてるだけでそこまで言われなきゃならないの!? 普通にアルバイトとしてメイドの格好をしてるだけだから! 別に私にメイド願望なんて無いって訳よ!」

 

「いや、別にそんな無理して否定しなくてもイイッスよ、フレンダ。沈利とか絹旗とかにいつも虐げられて辛いんだろ? 浜面と滝壺のイチャイチャを見て心が腐っちまったんだろ? 大丈夫、大丈夫ッスよフレンダ。お前に何があっても俺だけはお前の味方ッス。――だから、自分の心に従って全力でメイド修行に勤しんだらいいんじゃないかな?」

 

「だーかーらー! 別に私にメイド願望なんて無いって訳よ! これはただのバイト! お小遣い稼ぎ! そんな意味不明なマジ反応なんて誰も期待してないって訳わきゃぁあああああああああああっ!?」

 

 突然の突風でフレンダのスカートが翻り、水色と白のストライプ模様の下着が流砂の前で露わとなった。メイド服にしまパンとか、レベル高すぎッスよフレンダさん……ッ!

 ティッシュが散らかる事よりもスカートを抑えることを優先した赤面涙目フレンダの肩に流砂はポスンと手を置き、慈愛に満ちた表情を浮かべて言う。

 

「お前なら世界最高のドジッ娘メイドも夢じゃねーと思う!」

 

「最高の笑顔で意味不明な事言うな!」

 

 フレンダ=セイヴェルンのドジッ娘メイド人生はこれからだ!

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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第十九項 動き出す非日常

 お待たせしました!

 今回から、ゴーグル君の死亡フラグ回避目録、再開です!



 一端覧祭の準備で盛り上がる学園都市では、木材や工具などを持った学生たちが所狭しと歩き回っていた。これはこの時期における当たり前の光景なため、警備員が予め交通規制や治安維持などに勤しんでいたりする。

 車両通行止めになった道路の上で試作品のロボットを動かしたり無駄に長い木材でチャンバラごっこを繰り広げたりする学生たちの、平和で平穏な光景。それはまさしく青春模様で、第三次世界大戦が終結してから半年も経っていないという事実を忘れさせる光景である。

 しかし。

 そんな平和ボケした学園都市に、場違いすぎる『彼ら』はいた。

 

「うあー……やっぱり実験動物共がうるっせぇなぁ」

 

「普段のお前の方が五月蠅いと俺様は思うがな」

 

「なに、オマエ喧嘩売ってんの? 買うぜ? 超破格の安値で買ってやるぜ?」

 

 ビキリと青筋を浮かべて睨みを利かせる金髪ポニーテールの少女から、赤髪の青年は呆れたように顔を逸らす。本当にこういう時のこいつは面倒臭いなぁ、という心内を悟られないように出来るだけ冷静に、というオプションはもちろん忘れない。

 木原利分とフィアンマ。

 それぞれがとある物語で重要な役割を担っていた二人であり、純粋な実力で言うなら最強クラスと言っても過言ではないぐらいの猛者たちである。……喧嘩するほど仲が良いを地でいく迷コンビであるという事も追記しておこう。

 ぐるるるる! と威嚇を続ける利分を視界の外に出しつつも、フィアンマは周囲を見回す。

 

「それにしても、一端覧祭というのは思っていたよりも大掛かりなイベントなんだな」

 

「ぐるるるる!」

 

「会話のキャッチボールもできないのか? それで天才科学者だとは―――笑い草だな!」

 

「何で最後の一言だけ力入ってんだよ! そしてその下卑た顔ウゼェ!」

 

 最強コンビのそんな子供みたいなやり取りは、学生たちの雑踏に呑まれて消えた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ドジッ娘フレンダを弄り倒した後、草壁流砂は誰に絡まれることも無く暢気に散歩を楽しんでいた。

 彼のアイデンティティ&能力維持の要である土星の輪のようなゴーグルが入ったリュックサックを揺らしながら、流砂は黒と白の入り混じった髪をガシガシと掻く。

 

「にしても、一端覧祭か……俺の遺産にゃ存在しねーイベントだが、記憶で考えるならそこまで楽しいイベントじゃねーんスよねー」

 

 草壁流砂は、前世の記憶を生まれ持った特異な人間である。

 そんな彼は前世の記憶―――通称『遺産』―――によってこの世界で起こる事件をギリギリの線で回避したり乗り越えたりしてきた。それはこの世界が『とある魔術の禁書目録』という小説の世界であり、彼がその原作のファンであったことが大いに関係している。

 しかし、それは第三次世界大戦終結まで――旧約編と呼ばれる時系列までしかカバーしてくれない欠陥品のアドバンテージだった。第三次世界大戦後、つまりは新約編である今の時系列での事件について、彼は何の情報も持っていない。

 だが、別に問題はない、と流砂は思っている。

 これは今更な話になるが、『とある魔術の禁書目録』の知識を持っていたところで全ての事件を乗り越えられるわけではない事を流砂は誰よりも知っている。というか、今までの出来事で身を以って理解させられた。どんな事件がどういう経緯で起きる、という事を知っているところで、その事件をどう回避するか、という答えを導き出す事が出来なければ何の意味もない。

 要は、自分の実力次第。

 それが、今までのありとあらゆる事件を乗り越えてきた草壁流砂が導き出した、この世界で生き残るための解答である。

 しかし、まぁ―――

 

(―――今は沈利や絹旗たちっつー守るべきモンもあるし、アドバンテージがねーに越したコトはねーんスけどね……)

 

 せめて、先一ヶ月に起きる事件についての情報ぐれーは知る事ができねーかなぁ?

 この世界で唯一のイレギュラーである流砂は、そんな絶対に有り得ない願望を抱いてしまう自分に思わず肩を竦めてしまう。

 と。

 

「オイ。何も言わずに俺の質問に答えろ」

 

「怖い怖い怖い怖い! いきなり背後に現れんな心臓飛び出るかと思ったッスよ!?」

 

 ひゅんっ! という風切り音と共に流砂の背後に現れたのは、学園都市最強の超能力者・一方通行(アククセラレータ)だった。

 相変わらず全てにおいて(心と人格以外)真っ白な怪物はトン、と流砂の首元に手を置き、心の底から面倒臭そうな声を上げる。

 

「っつーかよォ。こちとら家で惰眠を貪ろォとしてただけだっつーのに何で俺がクソガキを捜索しなきゃなんねェンだ、って話だよなァ」

 

「お前がツンデレだっつーのはよく分かったッスけど、とりあえず俺の頸動脈を人質に取るのやめてくれる?」

 

「この街は無駄に広いしクソガキの行動経路は演算不能だしで俺も疲れてンだわ」

 

「疲れ知らずの化物がよく言うぜとりあえず首に手を添えんのやめてくれない?」

 

「っつー訳で、ちょっと俺の野暮用に付き合えよ、ゴーグル野郎」

 

「話聞いてる!? ちょっと俺、まさかの形で命の危機なんですけどッ!?」

 

「つべこべ言うな殺すぞ?」

 

「た、助けてー! 誰か、誰かぁああああああああっ!」

 

 その叫びは誰にも届かず、学園都市の雑踏に呑まれるのみである。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 歯医者で虫歯の治療を終えたらシルフィがグレた。

 

「ちょっと。いい加減に機嫌直したらどうですか?」

 

「……いや。すてふぁにぃもゴーグルさんも許さない」

 

「このクソガキ、拗ねてりゃ可愛いと勘違いしてんのか……ッ!?」

 

 ぶすーっと口を尖らせるシルフィにステファニーはビキリと青筋を浮かべる。

 小さな子供の歯は大切、という世界の常識に従う形でシルフィを歯医者に連れて行った訳だが、そこでの治療が彼女にとってはかなりのトラウマになってしまったらしく、麻酔によって感覚が無くなった口を気遣いながらも涙目モードなシルフィの姿がそこにはあった。ぶっちゃけ、今のシルフィは特定の性癖を持つ紳士様たちが鼻血を拭いて卒倒してしまうぐらいには可愛い仕様となっている。

 拗ねているせいで妙に歩調が速いシルフィにステファニーは溜め息を吐く。

 

「分かりました、分かりましたよ。その口の麻酔が切れたら、好きなものなんでも買ってあげます。だからせめて機嫌ぐらいは直したらどうですか?」

 

「……物で子供を釣ろうだなんて、すてふぁにぃはやっぱり汚い大人」

 

「よーっし分かった、全面戦争だこのクソガキがーっ!」

 

 ジャコンッ! と懐から拳銃を二丁取り出す元テロリスト。

 それと同時に周囲の学生たちが彼女から一気に距離を取ったが、頭に血が上ってしまっているステファニーはそんな事には気づかない。しいて言うなら目立つことぐらいどうでもいい感じになっている。

 うがー! とお怒りモードなステファニーにシルフィは相変わらずの冷たい視線をぶつけ、

 

「……そんな物騒なものばかり持ってるから、女子力が低いとか言われる」

 

「何ですか何なんですか!? 何であなたはそんなに私に対してだけ厳しいんですか!?」

 

「……今日の恨みは忘れない」

 

「そんなしょうもない事で私はこんな扱いなんですか!? 最低だな!」

 

 シルフィは「はぁ」と外見に似合わぬ溜め息を吐く。

 

「……すてふぁにぃの短気な所、あんまり好きじゃない」

 

「ふん! 別にあなたに好かれなくたっていいですよーっだ! 流砂さんに好かれてさえいれば何の問題もないですし!」

 

「……ゴーグルさんの恋人はしずりだけどね」

 

「………………あ、愛人枠があるじゃないですか」

 

「……ハッ!」

 

「笑われた! 恋もよく分かってないクソガキに笑われた!」

 

 流石に自分でも「なに言ってんだ?」とは思ってましたけど! それでも流石にその反応は酷くないですか!? ――と頭を抱えて青褪める恋するアダルト《ステファニー・ゴージャスパレス》。今日も彼女は報われない恋に一生懸命驀進中です。

 と。

 流石に騒ぎを大きくし過ぎたのか、絶賛言い争い中なステファニーとシルフィの元に招かれざる客が到来した。

 

「こらーっ! 警備員に復帰申請中のバカが銃刀法違反とか流石に笑えないじゃんよーっ!」

 

「うげぇ!? 誰かと思えば愛穂っちじゃないですか! シルフィ、ここは一先ず退散を―――既にいねえし!」

 

 何故か逃走本能だけは人並み以上にあるシルフィは、既に人混みの奥へと消えていた。この時点で一方通行と同じく迷子探しをしなければならない人間へと草壁流砂がエントリーされてしまった訳だが、この事実を未だ知る由もない流砂にとってはたまったものではない現実だったりする。

 拳銃を懐に仕舞い込み、ステファニーは人混みの中へと突撃する。

 

「わははははーっ! 久しぶりに脚力勝負と行こうじゃないですか、愛穂っち!」

 

「やっぱりお前牢屋の中に帰りやがれじゃん!」

 

 二人の警備員による仁義なき鬼ごっこが幕を開けた。

 

 




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