桜の奇跡 (海苔弁)
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紫苑
プロローグ


桜が……散ってく……

 

『泣かないで……』

 

泣いてない……お前が、傍にいるから。

 

『なら良かった……

 

君は生きなさい』

 

お前は生きないの?

 

『僕は……君の中で生きる……

 

何……君を好きになる人ぐらい、また現れますよ……

 

 

さぁ、お別れだよ……』

 

また、どこかで会える?

 

『きっと会える……

 

 

それまで、待っていてくれ……

 

 

 

 

必ず、迎えに行く』

 

 

 

 

強風が吹き荒れ、桜の花弁を舞い上がらせた。舞い上がった花弁と共に、目の前にいた者の姿は消えた……

 

その者は、目から大粒の涙を流し、大声で泣き喚いた。

 

 

 

 

しばらくした後、そこへ一人の女性が舞い降りた。泣き喚いていた者は、泣き疲れたのかそこで眠っていた。

 

 

『……全く……

 

力を使いやがって……

 

 

 

 

使えば、代償が大きいくらい分かるだろう?

 

 

……分かるわけ無いか……お前は、それを教えてくれる者がいなかった。

 

 

 

 

まだいたのか……

 

 

お前はもう、傍にはいられない。黄泉へ行け。

 

 

 

 

あぁもう……分かった。

 

 

今回だけ特別だ。

 

 

 

 

次は無いからな』

 

 

 

 

 

 

それから何年もの月日が流れた……

 

 

 

ある満月の夜。

 

とある町……

 

 

 

町近くにある湖の畔で座り込む、一人の子供……

 

目の前には半分体を無くした者が、倒れていた。彼に駆け寄り、泣き喚く女性……

 

 

子供は訳が分からないまま、その場に座り込んでいた。そして、自身の体に点いていた血を見て、状況把握した途端、ネジが外れたかのように、泣き喚いた。

 

 

 

 

それから数年後……

 

 

道を歩く者の前に、現れる数体の妖怪。

 

その者は、深く溜息を吐くと、背中に背負っていた大剣を振り下ろし、その場にいた妖怪達を切り裂き倒した。

 

 

妖怪達を倒した後、その者はある町へ行った。

 

 

そこで、ゴミのように捨てられていた子供を見つけた。

 

 

『お前、親は?』

 

『……』

 

『家族はいないのか?』

 

『……母さんが……

 

俺はいらない子供だって……二度と自分の前に姿を見せるなって』

 

『……そうか。

 

 

 

 

じゃあ、俺と一緒に来るか?』

 

『え?』

 

『俺は、お前が必要だ。

 

だから、一緒に来い』

 

 

 

差し伸ばした手を、子供は握った。その者は子供の手を、しっかりと握ると連れて、町を離れていった。

 

 

 

 

とある森……木の下で眠る子供。傍にいた獣が子供の頬を舐めた。それに気付き起きた子供は、獣の頭を撫でながら大あくびをした。

 

 

立ち上がり、自身の服を着ると獣と共に去って行った。

 

 

 

 

それぞれの歯車が動き出した……

 

 

歯車が合った時、彼等は全てを知る……

 

自分達がどうして集まったのか……

 

 

どうして、選ばれたのか……

 

 

全てはあの場所に生えている、桜の木が知っている……



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出会い

この世界は、人と妖が共に住んでいた。


魑魅魍魎は、恐怖に怯える人々の間に身を潜み機会を伺い、この世界の秩序は危機に晒されていた。


そんな魑魅魍魎から、人々を救う祓い屋がいた。
自身の能力を駆使し、この世界の均等を保つ為に命を賭けて戦っていた。


地下の売り場……

 

 

牢屋に閉じ込められた人々を見る、金持ちの男女。

 

書類に目を通したり、紙にサインして一人、また一人と連れて行かれた。

 

 

その中にいた一人の子供は、蹲り顔を伏せながら連れて行かれる人達を見届けていた。

 

 

「え?あの子供ですか?」

 

 

オーナーである人に、とある二人の男の話し声が聞こえた。

 

 

「100万でどうだ?」

 

「し、しかし……」

 

「何だ?足りないのか?

 

なら、もう100」

「違います!違います!

 

 

あの子供を買うと、あの子に着いてる黒大狼まで一緒に着いてくるんです!」

 

「何で?」

 

「引き離そうとすると、牙を向けてきて何人もの役員が大怪我をして……中には命まで奪われ掛けたとかで」

 

「……」

 

「それに、あの子供も相当扱い難い子かと……」

 

 

子供を見る二人……傍にいた黒大狼は、彼女に甘えるようにして、鼻で顔を突っつき膝の上に頭を乗せた。子供は無表情のまま、自身の膝に乗った黒大狼の頭を撫でた。

 

 

「幸人!」

 

「だな……

 

200万で、あいつ買います」

 

「ほ、本当によろしいんですか?!

 

うちでは、一切返品を受け付けていませんが」

 

「倅が気に入った。

 

早く、手続きさせろ」

 

「……か、かしこまりました」

 

 

書類にサインをする男……もう一人の男が、檻から出した子供の元へ駆け寄った。首に鎖を付けられ、黒大狼と共に出て来た子供は、駆け寄ってきた男を見上げた。

 

 

「……本当珍しいな。

 

赤目に白髪なんて」

 

「……」

 

 

「秋羅、行くぞ!」

 

「あ、はーい!

 

行こう!」

 

 

差し伸ばした手を、子供は恐る恐る手を伸ばしゆっくり握った。ふと、顔を上げると彼の顔は微笑んでおり、彼に引っ張られるようにして、歩み出した。

 

 

 

馬車の中、黒大狼は子供を乗せて馬の隣を歩いていた。子供は大狼の背中に倒れるようにして、眠っていた。

 

 

その間、一緒に乗っていた男は、袋の中にあった物を一式出し見ていた。

 

 

「なぁ!これ、本当にこいつの物?」

 

 

馬車を動かしていた男に、彼は声を掛けた。

 

 

「そうらしい。

 

森にいたところを捕まえて、そのまま売買に回した。

 

 

持っていたのは、その袋に入ってる物だけだそうだ」

 

「……フーン。

 

 

何か、見たことも無い物ばかりだな」

 

「家に帰ったら、それ類全部調べる。

 

一部の物は、見たことあるしな」

 

「……」

 

 

その時、一緒に歩いていた大狼が、耳を立てて立ち止まった。それに合わせて、子供も眠い目を擦りながら起き上がった。

 

それと同時に、馬車が止まった。

 

 

「?

 

どうした?幸人」

 

「お出ましだ……秋羅!戦闘用意!」

 

「了解!」

 

「って、おい!!」

 

 

子供を乗せた黒大狼は、現れた妖怪達に向かって駆けて行った。妖怪達は、子供と黒大狼に気付くと一斉に襲い掛かった。

 

二人が助けに行こうとした次の瞬間、子供は黒大狼から飛び降り、黒大狼はそれを確認して体に赤い炎を纏わせて、口から炎を吹き出した。一部の妖怪達が焼き殺されていく中、子供は残っていた妖怪に蹴り飛ばした。

 

蹴り飛ばされ、倒された妖怪に子供は隙を狙い、馬車の中から紙を出し放った。紙は邪気を吸い取るようにして妖怪を消し去った。

 

 

襲いに来た妖怪達は、跡形も無く消えた……その様子に、男二人は口を開けて驚いていた。

 

 

「凄え……」

 

「……まさか、俺等以外にいたとはな。

 

祓い屋が」

 

 

炎を消し、黒大狼は子供に駆け寄った。子供は軽く溜息を吐くと、その場に座り込んだ。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……ヘッタ」

 

「?」

 

「腹……減った」

 

 

 

川辺に馬車を止めた彼等は、海苔が巻かれたおにぎりを食べていた。

 

 

「そういや、自己紹介まだだったな。

 

俺は月影秋羅(ツキカゲアキラ)。よろしくな!

 

 

そんで、このオッサンは」

 

「月影幸人(ツキカゲユキヒト)。

 

お前さん、名前は?

 

 

と言うか、あるのか?」

 

「……紫苑」

 

「紫苑……へ~」

 

「その相棒の名前は?あるのか?」

 

「……紅蓮」

 

 

後ろで伏せていた黒大狼は、顔を上げ鳴き声を出しながら、紫苑に顔を擦り寄せた。

 

 

「なぁ、紫苑は祓い屋か?」

 

「はらいや?

 

何?それ」

 

「……難しい話は、家に帰ってからだ」

 

「へ?何で?」

 

「雨が降る」

 

 

空を見上げると、黒い雲が空に広がってきていた。

 

数分後、大粒の雨が降り出した。紫苑は馬車の中へ入り、紅蓮は馬車の傍を歩いた。馬車に入った紫苑は、傍にあった箱に凭り掛かるようにして眠りについていた。

 

 

「こいつ、よく寝るなぁ」

 

「さっき、妖怪退治した時にでも体力使って、疲れたんだろ?」

 

「……」

 

「お!着いたぞ」

 

 

馬車を止めると、幸人は門を開け馬の手綱を引っ張り、馬を馬小屋へ入れ馬車を倉庫へ戻した。

 

幕を上げると、馬車から荷物を取り出し秋羅と共に家の中へと入った。物音に紫苑は起き、大あくびをしながら眠い目を擦った。

 

 

「起きたか。

 

着いたぞ。今日からここがお前の家だ」

 

 

馬車から恐る恐る降りる紫苑……

 

目の前には、広い庭と三軒の小屋に大きな二階建ての家が建っていた。

 

 

「広くて驚いたか?」

 

「……」

 

「ほら、中に入れ」

 

 

中に入ると、二本の尾を持った猫が、紫苑に寄り体を擦り寄せた。

 

 

「留守番ご苦労だったな、瞬火!」

 

「……また?」

 

「瞬火だ」

 

 

家の中へ入った秋羅は、横に置かれていたタオルを紫苑に渡した。

 

 

「それで、紅蓮の体を拭いてやれ」

 

「……」

 

 

拭こうとした瞬間、紅蓮は体を激しく揺さぶり水飛沫を飛ばした。

 

 

「や、やられた……」

 

「……紅蓮」




夜……


幸人は自身の部屋で、紫苑の私物を調べていた。


「幸人、何か分かったか?」

「凄いな……」

「え?何が?」

「この小太刀、黒曜石で出来てる」

「……ハァ!?

黒曜石ってあの!」

「今は鉄類で武器を作るが、黒曜石で作るなんて百年前の人間がやることだぞ」

「じゃあ、紫苑は百年前のガキなのか?」

「んな訳ないだろ。

とりあえず、明日の朝もう一度店に行って、オーナーに詳しく聞いてみる」

「他にも、気になることがあるのか?」

「大ありだ。

まず、この歳で祓い屋が少しおかしい。

祓い屋になるには、最低でも15年修行しなきゃならない。修行を終えても自身の師である人と共に過ごし、師が亡くなって初めて祓い屋となる……が、あいつの年齢は14歳。
パッと見、先生と呼べる奴がいたとは、考えにくい」

「師が亡くなって、初めて祓い屋になるか……よし」

「変なこと考えてないで、とっとと寝ろ」


斧を手にした秋羅に、幸人は呆れながら彼に言った。


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紫苑の名前

『美麗!

お菓子が焼けたから、一緒に食べよう!』


心地良い風と共に、その優しい声が聞こえた。ゆっくりと目を覚ます紫苑。

体を起こし、向こうを見るとそこに黒い人影が手を振っていた。

近付こうとしたその時、木の枝に座っていた紫苑はそこから落ちてしまった。


「痛て!」

 

 

ベッドから転げ落ちた紫苑は、そこで目を覚ました。

 

 

「……夢?」

 

 

ぶつけた箇所を撫でながら、紫苑は起き上がった。床で眠っていた紅蓮は、彼女に寄り顔を擦り寄せた。

 

 

「あらそうなの……今日、幸人さんいないの」

 

 

下から聞こえた声に、紫苑は部屋から出て廊下に付けられた柵から下を覗き見た。

 

 

下から見える所には、椅子に座る女性が一人いた。

 

 

「えぇ。

 

昨日引き取ってきた子供について、調べたいって言って今朝早く」

 

「子供?」

 

「上から言われたんです。

 

白髪に赤い目をした子供を保護しろって」

 

「あらまぁ。

 

で、そのお子さんは?」

 

「まだ部屋で寝てますよ。

 

昨日来て、疲れたんでしょう」

 

「じゃあ、次来た時には会えるかしら?」

 

「恐らく。運が良ければ!」

 

「フフ。それじゃあ、次を楽しみに」

 

 

そう言って、女性は家を出て行った。出て行ったのを確認すると、紫苑は紅蓮と共に階段を降りた。

 

 

「あれ?紫苑、起きたのか?」

 

「……誰?」

 

「え?

 

さっきの、人か?」

 

「うん」

 

「お客さんだよ。

 

時々薬を取りに来るんだ。うちは薬屋だからな」

 

「……」

 

「ほら、さっさと着替えて飯食えよ。

 

お前には、色々教えとけって幸人に言われてんだ」

 

 

 

数分後……

 

 

動きやすい服に身を包んだ、紫苑は嫌そうな顔をしながら、服の襟や裾を弄った。

 

 

「キツいのか?」

 

「こういう服、あんまり……着たこと無い」

 

「じゃあ慣れろ。

 

紫苑は、動物小屋の掃除頼む。俺は畑の方をやるから」

 

「小屋?」

 

「そこの三軒の小屋。

 

右は鶏、真ん中は牛、左は馬小屋だ。

 

馬と牛は、掃除してる間外に出して平気だ。そんじゃ」

 

 

そう言って、秋羅は畑へ向かった。

 

紫苑は紅蓮と共に、馬小屋へ行き戸を開けた。中には、三頭の馬がいた。

 

 

「……紅蓮、待ってて」

 

 

中に入り、紫苑は柵になっていた棒を取り、馬達を外へ出した。

 

 

 

お昼過ぎ……

 

 

籠に大量の野菜を盛った秋羅は、動物小屋にやって来た。馬達は大人しく野原におり草を食べたり、辺りを走っていた。小屋付近には、紅蓮がな座り辺りを見張っていた。

 

 

「見張り台か……紫苑!」

 

 

小屋の中へ入り、紫苑を探すが彼女の姿はどこにも無かった。小屋はきっちりと掃除されており、餌場には餌も補充されていた。

 

 

「……教えた覚えないのに、何で……

 

紫苑!紫苑!」

 

 

その時、小屋の裏に広がっていた森から、傷だらけになった紫苑と彼女に抱えられた仔牛が出て来た。

 

 

「紫苑!?ど、どうした?!」

 

「……逃げた。

 

森で、妖怪と出会した」

 

「(また、この牛か……)

 

と、とりあえず傷の手当てだ!」

 

「ほっとけば治る」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

 

手当てを終えた後、柵に凭り掛かり秋羅は紫苑と一緒に昼食を取っていた。

 

 

「しっかしお前、教えてないのによく餌置き場分かったな?」

 

「……教えてくれたから」

 

「教えた?誰が?」

 

 

指差す方向には、白い馬がおり馬は彼女の元へ駆け寄って来た。

 

 

「……動物の言葉でも、分かるのか?」

 

「ううん。

 

引っ張られて、それで」

 

「……」

 

 

馬は額を彼女の頬に擦り寄らせた。紫苑が馬の頭を撫でていると、傍で寝ていた紅蓮が起き上がり、彼女の膝に頭を乗せた。

 

 

「好かれるんだな。動物に」

 

「……」

 

 

その時、別の馬の鳴き声が聞こえ、紫苑と秋羅は鳴き声の方向に目を向けた。

 

そこでは、庭に入ってきた妖怪から馬達は逃げ回っていた。

 

 

「結界破られた!!

 

って、紫苑!?」

 

 

鞘から小太刀を抜き、紫苑は柵を跳び越えて妖怪に向かって突進した。

 

 

妖怪の胸を突き刺し小太刀を抜くと、紫苑は跳び上がり妖怪から離れると、彼女の後ろから現れた紅蓮が口から炎を吹き出した。

 

妖怪は悲鳴を上げながら、跡形も無く消え去った。

 

 

「す、凄え……(誰に習ったんだ?)」

 

 

 

夜……

 

 

夕食を終えた紫苑は、部屋に置かれていた本を興味深く読んでいた。

 

 

「紫苑、本好きなのか?」

 

「……」

 

「紫苑!」

 

「!

 

何?」

 

「……お前、自分の名前分かるか?」

 

「……うん。

 

紫苑……だよ」

 

 

その時、玄関のドアが開き外から幸人が入ってきた。

 

 

「お帰り、幸人」

 

「あぁ、ただいま」

 

「飯、食べる?」

 

「あぁ、くれ。

 

腹が空いて死にそうだ」

 

 

ソファーに深く腰掛けた幸人は、首に巻いていたネクタイを緩めた。

 

 

「何読んでんだ?紫苑は」

 

「本棚にあった植物図鑑」

 

「……?

 

おい、紫苑」

 

「……?」

 

「頬、どうした?

 

絆創膏貼ってるけど」

 

「……えっと」

 

「昼間妖怪と戦って、そん時に」

 

「何だ?あの結界を破ったのか?」

 

「そうだ」

 

「そんじゃ、もう少し強めの張っとくか」

 

 

本を読んでいた紫苑に、傍で横になっていた紅蓮は起き上がり、軽く頭を振ると彼女の脇に頭を入れ擦り寄った。

 

 

「紅蓮は本当に、紫苑に懐くなぁ」

 

 

本を傍に置き、紫苑は紅蓮の頭を撫でた。紅蓮は気持ち良さそうにし、尻尾を振った。

 

 

「狼というより……犬だな」

 

「だな……?」

 

 

眠くなったのか、紫苑はあくびをして目を擦った。

 

 

「ガキは寝んねの時間だな」

 

「今日も妖怪退治したからな。

 

紫苑、部屋行こう」

 

「……」

 

「オイ、紫苑?」

 

「……!」

 

 

眠い目を擦りながら、紫苑は階段から立ち上がり秋羅の手を掴んで一緒に二階へ上がった。

 

 

「紫苑眠ったぞ~」

 

 

階段を降りてきた秋羅は、そう言いながら戻ってきた。

 

幸人はローテーブルに資料を広げながら、煙草を吸っていた。

 

 

「あれ?その資料、紫苑の?」

 

「あぁ。

 

あのオーナー脅して、貰ってきた」

 

「脅しって……

 

あれ?俺等以外の奴に、引き取られたことあんのか?」

 

「随分前にな。

 

けど、子供が紅蓮に噛まれたからって言って、戻ってきたらしい」

 

「噛まれたって……

 

どうせ、紅蓮に悪戯でもしたんだろう?

 

 

 

 

なぁ、幸人」

 

「?」

 

「紫苑の名前……横に『(仮)』って、書かれてるけど、これって」

 

「本名じゃないらいしい。紫苑っていう名前は」

 

「え?」

 

「前の家の子供と一緒に見ていた、花の図鑑に載ってた名から取ったらしい」

 

「じゃあ、本名は」

 

「不明だ」

 

「……道理で、名前を呼んでも鈍いわけだ」

 

「ま、無いよりはマシだ」

 

「……あれ?

 

あいつ、女なの?」

 

「今頃かよ!」




人物紹介


名前:月影秋羅(ツキカゲアキラ)
年齢:19歳
容姿:赤茶色の髪に茶色の目。
左腕に火傷の跡がある。


名前:月影幸人(ツキカゲユキヒト)
年齢:34歳
容姿:灰色の髪にオッドアイで右眼が黒、左目が青。
背中に大きな傷痕がある。


名前:紫苑(仮)
年齢:14歳
容姿:腰まである白い髪に赤い目。
手首に桜のブレスレットをしている。


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暗い森

「絶対あの道を曲がった方が、早く着いた!!」

「文句言わずに手綱を持て」


色とりどりの葉っぱが所々から落ちる中を、幸人を先頭に秋羅と紫苑は馬と紅蓮に乗って歩いていた。



紫苑が幸人達の家に来てから、一月が経とうとしたある日。


『人捜し?』


夕飯の支度をしていた秋羅は、キッチンから顔を出して内容を確認するかのように、幸人の言葉をオウム返しした。


『森一つ超えた所にある、小さな町の町長からの依頼だ。

詳しい内容は、着いてから話すって』

『俺も行く?』

『頼む。

紫苑、お前も一緒に来い』

『……』

『……紫苑!』

『!?』

『明日、遠出だ』

『……へ?』


道筋を歩く幸人達とは別に、紅蓮は森の中を自由に駆け、紫苑も二人の目から離れぬ範囲で移動しながら、紅蓮と共に森を駆けていた。

 

 

「首輪外された、飼い犬だな」

 

「したつもり無いんだが……」

 

 

森を抜けると、町が見えた。茂みから出て来た紅蓮は、木の枝に立っていた紫苑を見上げると、背を低くし彼女を背に乗せた。

 

 

「あそこか?」

 

「らしい。

 

あの町の……?!」

 

「幸人!!」

 

 

馬から下りようとした時、紅蓮が先に走り出し崖から降りてきた妖怪達を噛み殺していった。紅蓮の背中に乗っていた紫苑は、黒曜石の小太刀を振り回しながら、自身に襲ってくる妖怪達を、次々に切り裂いていった。

 

 

「……出る幕も無いな」

 

「俺等、全然仕事してねぇぞ」

 

 

数分後……町を歩く三人。宿を見つけると、そこの小屋に馬を入れ、柵を閉めた。共に入った紅蓮は寂しそうな声を上げながら、柵の隙間から鼻を突き出した。

 

 

「無理だぞ。

 

そいつを中に入れるのは」

 

「……」

 

「ほら、入るぞ」

 

 

紅蓮の鼻先を撫でると、紫苑は二人の後を渋々ついて行った。

 

 

「今夜はここで泊まって、明日この町の先に行く」

 

「依頼主がそこにいるのか?」

 

「そうだ。

 

行こうと思ったけど、客の所に着くのが夜になっちまうからな」

 

「どんだけ遠いんだよ……?

 

紫苑、どうかしたか?」

 

「……あれ」

 

 

木の下に立たれた看板に、数枚人捜しの紙が貼られていた。

 

 

「何だ?この貼り紙」

 

「どうやら、行方不明者みてぇだな」

 

「え?行方不明者?」

 

「この町、最近になって行方不明者が続出してるらしい。

 

至る所に、貼り紙が貼ってある」

 

「あ、本当だ」

 

「詳しい話を町長から聞いて、明日から仕事だ」

 

「了解!」

 

 

町長宅……ソファーに座る二人を傍らに、紫苑は物珍しそうに本棚を眺めていた。

 

 

「いやぁ、お待たせしました」

 

 

奥の部屋から出て来た、少し太めの体をした男は背広を着ながら、現れ立ち上がった二人と握手を交わした。

 

 

「遠い所、わざわざご足労頂きありがとうございます。

 

私(ワタクシ)が、この町の町長山川道流(ヤマガワミチル)と言います」

 

「祓い屋の月影幸人です。そして義弟の月影秋羅と新入りのしお……」

 

 

手で指した方向にいた紫苑は、本棚から一冊の本を引っ張り出し、床に座り込んで熱心に読んでいた。

 

 

「紫苑……」

 

「すいません……まだ、新入りな者で」

 

「構いませんよ。

 

そのくらいの年頃は、色々なことを知りたがり、興味を持つ時期です」

 

 

そう笑いながら、町長は優しく言った。

 

 

行方不明者の書類を二人に見せながら、町長は話した。

 

ここ数日、夜になると笛の音が聞こえ初めた。聞こえた翌日には、必ず子供がいなくなっていたと。

 

 

「その笛が聞こえ始めたのは、いつ頃から?」

 

「そうですねぇ……

 

聞こえるようになったのは、あの人がこの町に着てからのような気が」

 

「あの人?」

 

「妖怪を研究している人で……

 

この町にある磁気が妖怪に、とてもいい影響を受けているとか言って、町外れの家に住み着いてずっと研究を」

 

「……」

 

「今、その人って家にいますか?」

 

「恐らくいるかと…

 

すみません、何分不気味な人だったので、誰も関わりたくなくて」

 

「……」

 

「とりあえず、この行方不明者リストはこちらで預かります。

 

明日からでも、調査を開始します」

 

「よろしくお願いします」

 

「それでは。

 

紫苑!帰るぞ!」

 

 

幸人に呼ばれ、紫苑は読んでいた本を元の場所に戻し、先に出て行った彼等の元へ駆け寄り、町長の家を後にした。

 

 

 

夜……秋羅と紫苑が眠る中、幸人は一人ローテーブルに広げた資料を見ていた。

 

その時、外から笛の音色が聞こえてきた。寝ていた秋羅は、寝惚けた様子で起き上がり眠い目を擦った。

 

 

「笛の音?」

 

「らしいな……

 

?」

 

 

向かいのベッドで寝ていた紫苑が、ムクッと起き上がった。眠い目を擦りながら、ブーツを履くと部屋を出て行った。

 

 

「……あいつ、どこに行くんだ?」

 

「さぁ……

 

 

 

 

んな、呑気なこと言ってる場合じゃ無い!!

 

追い駆けるぞ!」

 

「え?

 

ち、ちょっと待…うわっ!!」

 

 

部屋から出た紫苑は、小屋に入ると柵を取り紅蓮を外へと出した。紅蓮は彼女に擦り寄り、そして背を低くし彼女を乗せると小屋から飛び出した。

 

 

「狼にも、この笛の音色聞こえてんのか?」

 

「わ、分からん……

 

とりあえず、追い駆けてみよう」

 

 

馬を出し、二人は乗ると彼女の後を追い駆けた。

 

 

町を出てしばらく行くと、真っ暗闇の森へ入って行った。幸人は提灯に明かりを点け道を照らし、森へ入った。

 

 

辺りを照らしながら、森の中を歩く幸人と秋羅。

 

自分達が今、どこを歩いているのかすら分からないくらい、辺りは闇に包まれていた。

 

 

「暗いな……」

 

「幸人、紫苑の姿見えてるか?」

 

「……」

 

「幸人?」

 

「……大変申しにくいが……」

 

「ま、まさか……」

 

「見失った」

 

「……」

 

「……

 

 

どうすんだよ!!帰れねぇぞ!!」

 

「元来た道を辿れば……あ」

 

 

後ろを振り返ると、来た道は真っ暗闇に包まれていた。

 

 

「戻れねぇよ!!」

 

「弱ったなぁ」

 

「……よし!

 

回れ右して、走るぞ!!」

 

「無謀なことをするな!!

 

って、幸人!!待て!!」

 

 

馬を走らせる二人……すると、前から一筋の光が差し込んだ。二人はその光目掛けて、一直線に突っ走った。

 

 

馬を止め辺りを見回した……

 

森から抜けたのか、そこは宿の前だった。

 

 

「いつの間に……」

 

「……!

 

 

幸人!あれ!」

 

 

秋羅が指差す方向に、目を向けると山から日が昇ってきていた。

 

 

「嘘だろ……あの森に入ってから、まだ数分しか経ってなかったはずなのに」

 

「どうなってんだ……」



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妖怪の研究者

早朝……町長の家に集まる大人達。その中に、ソファーに座り泣き喚く女性がいた。

そこへ、幸人と秋羅がやって来た。現れた二人に、泣いていた女性の他、その場にいた大人達が寄って集って、口々に言い出した。


「娘は!!うちの娘はどこに行ったんですか!?」

「息子は!!」

「子供達は無事なんですよね!?」

「こ、こちらとしてもまだ検討中でして……」

(うちだって、大事な仲間さらわれてんだ)


騒ぐ大人達。その中、さらわれていなかった子供が、何気に窓の外を見た。

広場に辿り着く一匹の黒い狼と、それに乗った人影が見えた。


「ねぇ!誰か来たよ!」

「?


!!紫苑!紅蓮!」

「何か抱えてるぞ!」


二人はすぐに外へ飛び出した。


紅蓮から降りた紫苑は、一緒に乗っていた二人の子供に手を貸し下ろした。降りた子供はぐずりながら、辺りをキョロキョロ見ると、町長の家から出て来た親を見つけるなり、泣きながら駆け寄り抱き着いた。


「さらわれたはずの子供が、戻って来るなんて……」

「き、奇跡だ!」


「あれ?

 

何の騒ぎ?」

 

 

その声に、喜びを分かち合っていた人々は、皆声の方を振り向いた。声の主を見た紅蓮は、突如唸り声を上げながら攻撃態勢を取った。

 

振り向いた場所にいたのは、無造作に伸びた髪にヨレヨレの白衣を着た男だった。

 

 

「こ、児玉さん……」

 

「どうしたの?皆集まって」

 

「さらわれた子供が、帰ってきたんです!」

 

「フーン……?

 

 

へー、黒大狼ですか。珍しいですね」

 

 

寄ってきた児玉に、紅蓮は今にも噛み付きそうな表情をしており、傍にいた紫苑は慌てて紅蓮を抑えた。

 

 

「アンタが、飼い主かい?」

 

「……」

 

「アンタも珍しいね。

 

白髪に赤い目なんて」

 

 

手を伸ばしてきた児玉に、牙を向けていた紅蓮は、紫苑を飛び越え彼に襲い掛かった。

 

 

「紅蓮!!」

『去れ!!』

 

 

どこから聞こえた男の声……紫苑はすぐに紅蓮の元へ駆け寄り、顔を手で抑えながら自身の方に向けさせた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?!」

 

「平気です。少し手を切っただけなので」

 

「……」

 

「児玉さん、後でお話お伺いしても、宜しいですか?」

 

「構いませんよ。

 

でも、その狼連れて来ないで下さいね。俺の家、結構散らかってるんで」

 

「分かりました」

 

 

切ったところから出た血を舐めながら、児玉はその場を去って行った。

 

 

「何だ?あいつ」

 

「分かりますでしょ?関わりたくない理由が」

 

「何となく分かった……

 

 

あ、そうだ。この町に病院とかありますか?」

 

「僕の家が病院です!」

 

「じゃあ、こいつの手当て頼むわ」

 

 

紫苑の首根っこを掴みながら、幸人は医者である男に渡そうとした。その瞬間、彼女は幸人の背中へ周り身を隠し、男を睨んだ。

 

 

「……すいません。

 

まだ、俺等以外の人に慣れて無くて」

 

「いえいえ、構いませんよ。

 

ついでに、その狼の怪我も診ましょう」

 

「お願いします」

 

 

 

診察台に座る紫苑。手当てをされている最中、彼女は興味津々に部屋を見ていた。

 

 

「はい。君の手当ては終わり。

 

次はその狼の怪我……あれ?」

 

 

先程まであった紅蓮の傷が、跡形も無く消え治っていた。診察台から降りた紫苑に紅蓮は尻尾を振りながら、彼女に擦り寄った。

 

 

「さっきまで、傷があったと思ったんだけど……」

 

「まぁ、気のせいでしょう」

 

「はぁ……」

 

「どうもありがとうございます」

 

「いえいえ。

 

それより、先程の児玉さんおかしな人でしょ?

 

皆は極力関わりたくないんですよ」

 

「彼は、どうしてここへ?」

 

「それが、噂なんですけど……

 

以前、ここに住んでいた人の子供じゃないかって話なんですよ」

 

「……え?!」

 

「昔ここには、児玉さんと同じような人が一人いたんです。

 

 

その人は、妖怪の研究をするとか言って、妻を連れてこの町を出たんです。

 

でも、結局帰って来なくてそのまま……」

 

「それ、いつの話ですか?」

 

「確か……30年くらい前ですよ」

 

「……」

 

 

病院から出た三人は、宿へと戻った。小屋に紅蓮を入れると紫苑は、秋羅達と共に宿の部屋へ戻った。

 

 

「そういや紫苑、お前どうやって森から出たんだ?」

 

「……蛍」

 

「え?蛍?」

 

「あの森入って、蛍捕まえて……そしたら、あいつ等見つけた。

 

蛍が道を教えてくれて、それで町に」

 

「戻ってきたと」

 

「うん」

 

「……

 

 

もしかしたら、子供がいなくなるのって」

 

「蛍と笛の音が関わってるのかもな」

 

「だとしたら、今夜も」

 

「聞こえる可能性は高い」

 

「……」

 

「とりあえず、お前等はここで大人しくしてろ。

 

俺はさっきの変人の所に行ってくる」

 

「わ、分かった」

 

 

必要な物を持ち、幸人は部屋を出て行った。それと同時に、紫苑は眠くなったのかあくびをしながら目を擦り、秋羅の服の裾を掴んだ。

 

 

「何だ?眠いか?」

 

「……ん」

 

「(そりゃあそうだよな……夜通し、起きてたんだから)

 

ほら、少し寝てろ」

 

 

そう言って、秋羅は紫苑を抱き上げベッドに寝かせた。布団を掛けると、彼女は3秒も経たない内に眠ってしまった。

 

 

(もう寝やがった。

 

 

しっかし、よく寝るなぁ……)

 

 

『去れ!!』

 

 

ふと思い出す声……秋羅は、何気に紫苑の前髪を上げるようにして撫でた。

 

 

「?

 

何だ?これ」

 

 

紫苑の額には、雪の結晶の模様が刻まれていた。

 

 

(……幸人が帰ってきたら、見せてみるか)

 

 

 

児玉の家に着き、家の扉を開ける幸人……中は本や書類で散らかっていた。

 

 

「あぁ、いらっしゃい」

 

 

床に散らばった書類を拾いながら、児玉は幸人の前に現れた。

 

 

「ごめんね。散らかってて。

 

何分、調べ物をする時この方が調べやすくて」

 

「その気持ち、少しは分かる」

 

「なら良かった。

 

あぁ、適当に座ってて」

 

「あ、あぁ(座ろうにも、座る場所が……)」

 

「で、話って何です?」

 

「……アンタは、何の研究をしてるんです?」

 

「妖怪ですよ。

 

 

町外れにある、森がありますよね?」

 

「え、えぇ」

 

「そこの森には、昔から蛍の妖怪がいると言われていて……

 

その研究のために、ここへ来たんです。

 

 

この町は、妖怪達には打って付けの場所ですから」

 

「……」

 

「あぁ、そうだ。

 

 

あのお嬢さんから、目を離さない方がいいですよ?」

 

「?

 

どういう意味だ?」

 

「彼女、妖怪でしょ?」

 

 

児玉の言葉に、幸人は頭の中が真っ白になった。彼は書物を広げながら、話を続けた。

 

 

「と言っても、あのお嬢さんは半分妖怪で半分人間。

 

今となっては、珍しい種類ですが……

 

 

大昔は、それなりにいたみたいですからね。人間と妖怪の子供が」

 

「……聞いたことがある。

 

 

妖怪が凶暴化したのは、役百年前。昔はそれまで凶暴では無く、人と共に暮らすことが出来たと」

 

「えぇ。

 

あなたも知っているでしょう?

 

 

夜山晃(ヨヤマヒカル)を」

 

「……」

 

「彼は、百年前に妖怪の辞書を手掛けた人だ。

 

言わば、初代妖怪博士」

 

「その男は、死んだとされているが……

 

百年前のある日、忽然と姿を消してそれ以降、誰も見ていない。

 

 

噂じゃ、妖怪に食われたと言われている」

 

「何だ……そこまで、知っているんですね。

 

 

すみません、もう帰って頂けますか?

 

調べ物したいんで」

 

 

そう言われ、幸人は児玉の家を出た。彼は道を歩きながら、先程の話を思い出した。

 

 

『彼女、妖怪でしょ?』

 

(……上の方からは、何も言われていないし聞かされていない。

 

そもそも、あいつが妖怪だという証拠が一切無い)

 

 

考え込みながら、幸人は宿へ戻り部屋に戻ってきた。

 

 

「幸人!話がある」

 

「?」

 

 

駆け寄ってきた秋羅に引っ張られ、幸人はベッドで眠っている紫苑の傍へ連れて来られた。

 

 

「紫苑がどうかしたのか?」

 

「ちょっと、これ見てくれ」

 

 

そう言って、秋羅は前髪を上げ彼女の額にある模様を見せた。

 

 

「……何だ?これ」

 

「さっき見つけたんだ。

 

これって」

 

「……詳しく調べねぇと分からねぇけど……

 

 

多分、呪印か何かだと思う」

 

「やっぱりか……

 

 

上から何か言われてるか?」

 

「特に。

 

保護しろとしか、言われてない」

 

「……

 

何者なんだ……紫苑って」

 

「俺が知りたいくらいだ」




夜……


皆が寝静まった頃……再び笛の音色が聞こえてきた。

仮眠を取っていた幸人を起こした秋羅は、彼と共に部屋を出て小屋へ行った。そこで待っていた紫苑と合流し、彼女を先頭に町外れにある森の中へ入った。


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蛍火

暗闇の中を歩く三人……


紫苑は腰に着けていた何かを手に取ると、被せていた布を取った。

それは、蛍が入った籠だかった。蛍はお尻を光らせながら、辺りを明るく照らした。


「蛍?」

「捕まえたやつか?」

「うん。

こっちだって」


一匹の蛍を外へ出すと、蛍は紫苑の周りを飛び回り、そして前へ飛んでいった。


「何だ?あの蛍」

「ついて来いって」


蛍を追い駆けるようにして、紅蓮は歩き出した。二人に続いて幸人と秋羅は歩き、彼等の後をついて行った。


暗い森を歩いて行くと、向こうに一筋の光が射していた。その光に導かれるようにして、三人は森を抜けた。目の前には巨大樹とその傍に、小さな池が広がっていた。

 

 

「何だ……ここは」

 

 

『ここは、蛍の森』

 

 

透き通った声が聞こえてきた……すると、前を飛んでいた蛍が光に包まれ、人の姿へと変わった。

 

 

「……なるほど。

 

蛍が妖怪か」

 

『迷子がいたから、出口までの案内のつもりだったんだけど……

 

気になって、ついて来ちゃった』

 

 

和やかに言いながら、蛍は後ろから紫苑に抱き着いた。その時、後ろから笛の音が聞こえてきた。その音を聞いた紅蓮は、唸り声を上げながら攻撃態勢を取った。

 

 

『あいつを倒してくれないかな?

 

ここにいて、子供をここへ連れて来られるのは一番迷惑なんだ。

 

 

この場所は、僕等の楽園』

 

 

巨大樹から降りる一人の男……

 

蛍と月の光に照らされ現れたのは、面を着けた男だった。

 

 

「何だ?あいつ」

 

『子供の楽園に、大人はいらない』

 

 

宙から先の尖った枝を、仮面の男は幸人と秋羅に投げ飛ばした。二人は地面に転がり避け、紫苑に抱き着いていた蛍は、彼女を抱き上げて近くの木に飛び乗った。

 

 

「紫苑!!」

 

『あいつを倒したら、この子は返すよ』

 

「無茶苦茶な事言うな!

 

うわっ!」

 

 

尻餅を着いた秋羅を心配したのか、蛍に抱えられていた紫苑は落ち着かない様子で見ていた。

 

 

「結界を張るから、敵の気を引け!」

 

「分かった!」

 

 

腰に着けていたケースから、三本に別れた槍を取り出すとそれを組み立て、秋羅は仮面の男の注意を引き付けた。

 

その間に、幸人は10枚の札を宙に広げ、そして呪文を唱えた。

 

 

二人の戦い振りに見取れていた蛍に、後ろから忍び寄っていた紅蓮が飛び掛かった。彼はすぐに跳び避けたが、紫苑を離してしまい、その隙を狙い紅蓮は彼女を銜えて、地面へ降り立った。

 

 

紅蓮の口から降りた紫苑は、腰紐に挿していた黒曜石の小太刀を手に取ると、仮面の男に向かって飛び掛かった。

 

 

『……

 

君は、妖怪かな?』

 

 

その言葉に応えるかのようにして、紫苑は手から氷の刃を作り出し、仮面の男に向けて放った。その攻撃に続くようにして、紅蓮は男に飛び付き腕に噛み付いた。

 

 

「うわっ!!」

 

 

男の仮面が外れ、噛み付く紅蓮を殴り飛ばした。紅蓮は唸り声を上げながら、彼の方を向いた。倒れた男は、ゆっくりと立ち上がり、服についた泥を手で払った。

 

 

「やはり狼ですね。

 

僕の正体を、分かるなんて」

 

「こ、児玉……」

 

「全部、お前が原因か」

 

「正解。

 

ハーメルンの笛吹きって、ご存じですか?」

 

「知ってる。

 

確か、笛吹き男の話でハーメルンって町に大量発生した鼠を退治したのに、報酬を払ってくれない町人に怒りを覚え、笛を吹きその町の子供を連れて消えたって話だ」

 

「まさしく、その通り。

 

僕は、その笛吹き男の子供だから」

 

「?!」

 

「昔、あの町にはこんな夫婦がいました。

 

男は妖怪博士、女は薬剤師だった。

 

病が流行った際、女は懸命に町の人達を看病し、病気を治した。

 

 

ある日、妖怪がここへ侵入してきて、女に大怪我を負わせました。男は町の人達に助けを求めました。しかし、誰一人として助けてはくれませんでした。

 

何とか怪我は治ったものの、女の心は少し壊れてしまいました。男は女を連れて、この町を出て行きました。

 

やがて、その2人に子供が産まれました。しかし、産んで間もなく、女は心の病を再発してしまい亡くなってしまいました。

 

男はネジが外れたかのようにして、妖怪の研究に没頭しました。子育てをほったらかして。

 

子供が成人を迎えようとしたある日、男は病に掛かり寝込んでしまいました。子供は男のやっていることに興味を持ち、男の研究を手伝うようにして手を出しました。

 

 

そして二年前……

 

男……父は恨みと辛みの詰まったこの笛を完成させて、そのまま息を引き取りました」

 

「要は、親の復讐って事か」

 

「……別に僕は、ここの人達に何の恨みもありませんが。

 

しかし、僕等家族の時間を奪った人達の事は幼少期から恨んでいましたから。

 

母を殺し、父まで殺したあの人達を」

 

 

黒かった瞳が、突然赤くなった。そして、持っていた笛を再び吹き始めた。

 

 

『あー、また人が増えちゃう』

 

「……ねぇ」

 

『ん?』

 

「蛍の光、もっと頂戴」

 

『え?何する気?』

 

「いいから、早く。

 

さもないと」

 

 

指を鳴らすと、紅蓮が今にも噛み付きそうな表情で、唸り声を上げた。蛍は真っ青になりながらも、すぐに仲間達を呼び集めた。

 

 

紫苑はその光と共に、陣を描き中心に立った。

 

 

「悲しき花の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ」

 

 

光り出した陣から、花弁の吹雪が吹き荒れた。その花弁は男の頬を傷付け、痛みから彼は笛を地面に落とした。

 

 

「幸人!!今だ!」

 

「縛久羅仙久羅仙且主結願菩提羅且那!!」

 

 

10枚の札が光り出し、そこから白い光線が放たれ男の体を貫いた。その時、無数の蛍が光を放ち彼を包み込みだした。

 

 

『昔の記憶……忘れられた記憶を、蘇らせようとしてるんだよ。

 

可哀想な人だから』

 

 

『和善(ワタル)』

 

(ああ……

 

懐かしい、声が……)

 

『和善は私達以上に、幸せに生きてね。

 

お母さん、あなたの幸せだけを願ってるから』

 

(母さん……)

 

『お前は、自由に生きろ。

 

父さんと母さんは、自由に生けなかったから』

 

(自由……

 

あぁ、そうだ……

 

 

 

 

僕は)




翌朝……


町長から、報酬を受け取る幸人。報酬を確認しながら、彼は話した。


「児玉さんは今、妖気が抜けて昏睡状態になってますが、次期に目は覚まします。

完全に妖力は無くなっていますので、もう子供をさらうことはないと思います」

「……」

「何でも良いです。

彼に声を掛けて下さい。挨拶でも何でも。


そして、気に掛けて下さい。彼は……


善意を踏みにじって、あなた方に裏切られた夫婦の子供です」

「……充分、承知しています」

「では、また何かあったらご連絡を」


町長の家から出て行き、大門の所へ向かおうとした時だった。年老いた人達が、花やお菓子、果実を持って児玉の家へ向かっていた。後からついて来た子供に、幸人は質問した。すると子供は、嬉しそうに話した。


「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが話してたの!

あのおじさんのお父さんとお母さんに、命を助けて貰ったことがあるんだって!だから、今度は私達が助ける番だって!」


和やかに説明すると、子供は老人達の後を追い駆けていった。


その様子を見て、幸人は微笑を浮かべて、大門で待っている秋羅達と共に、町を後にした。


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妖怪と人

深々と雪が降る外……紫苑は馬小屋で、紅蓮と共に掃除をしていた。冷たい水が手に凍みていたが、それを苦痛とは思わなかった。


「……?」


何かの気配を感じた紫苑は、庭から玄関が見える方向を振り向いた。冬のコートを羽織った二つの影が、玄関に続く道を歩いて行くのが見えた。


(……誰?)


庭から帰ってきた紫苑は、被っていたフードを取り、冷たくなった手を息で温めながら、リビングへ入った。

 

 

「イヤー!!君があの地下で売られてた、子供だね!!」

 

 

突然、駆け寄ってきた女性に、紫苑は訳が分からないまま抱き締められ、そして手で顔を掴まれた。

 

 

「噂は聞いてたよ!幸人が、上からの命令で子供を買ったって!

 

その子供が、とても珍しいってのも!本当に珍しいねぇ!

 

白い髪に赤い目!それに、黒曜石の武器!

 

お!これは何だい!?綺麗な桜のブレスレットだね!」

 

 

今にも泣きそうになった紫苑を助けるかのようにして、後ろから男が女の頭を思いっ切り殴った。一時気を失った隙に、紫苑は怯えた様子で秋羅の元へ駆け寄り彼に抱き着いた。彼女を守るようにして紅蓮は、二人に威嚇するように声を上げた。

 

 

「初っ端からそんな風に寄ったら、怖がるだろうが!!この馬鹿!!」

 

「い、痛い……」

 

「こんな奴が、俺の同僚だって言うのが冗談であって欲しかった」

 

「それは言えてる」

 

 

お茶を飲む二人……紫苑は二階の柵から、リビングを覗いていた。

 

 

「そこにいないで、こっちにおいでよ!

 

もう何もしないから!」

 

 

その言葉に答えるようにして、紫苑は首を激しく横に振った。

 

 

「あらら、嫌われちゃった」

 

「あんなことされれば、誰だって嫌うさ」

 

「アーン、聞きたいことあったのに~!」

 

「お前がいきなり抱き上げたりするからだろ!」

 

「幸人、お願い!」

 

「……ったく。

 

秋羅」

 

「ハーイ」

 

 

二階へ上がった秋羅は、紫苑を抱き上げ一階へ降りてきた。女が彼女に近付こうとした瞬間、傍にいた紅蓮が吠えた。

 

 

「近付くなだって」

 

「言葉分かるの!?」

 

「そういう風に感じただけだ」

 

 

秋羅に下ろされた紫苑は、女を睨みながら彼の後ろに隠れた。

 

 

「何か、完璧に嫌われちゃった」

 

「初っ端が、あれだもん」

 

「うぅ……」

 

 

泣き崩れる女を無視して、男はしゃがみ込み紫苑に目線を合わせ、手を差し出しながら言った。

 

 

「俺は星野暗輝(ホシノクラキ)。宜しくな、紫苑」

 

「……」

 

 

差し出した手と暗輝の顔を交互に見ながら、紫苑は恐る恐る手を握り握手を交わした。

 

 

「あー、暗輝だけズルいぃ!私も私も!

 

 

星野水輝(ホシノミズキ)!宜しくね!シーちゃん!」

 

「変なあだ名を付けるな!!」

 

 

 

幸人と秋羅が座るソファーの後ろで、紫苑は本を読んでいた。その間に、四人は話をしていた。

 

 

「なるほどねぇ……

 

精霊を呼び出したり、氷を放ったりか……」

 

「祓い屋だったら、上も顔負けだぞ」

 

「祓い屋かどうかは分からん。

 

リストを調べようにも、名前がちゃんと分かんねぇからな」

 

「え?紫苑って名前じゃないの?」

 

「仮の名前だ。

 

前の主が、付けたらしい」

 

「じゃあ、私が別の名前で呼んでも!」

「来ねぇよ!!」

 

 

その言葉に落ち込み、水輝はシクシクと泣きながら床を指なぞった。

 

 

「いちいち落ち込むな!」

 

「相変わらず、大変だね。お前も」

 

「あれが双子の妹ってだけで、恥ずかしい」

 

「アハハ……」

 

「そういえば、その黒狼随分小さいね」

 

「え?小さい?

 

いやいや。普通に大きいぞ」

 

「そうそう。

 

幸人を乗せるくらいの大きさはあるぜ」

 

「そんなに大きいんだぁ……

 

まぁ、狼自身で大きさを調整できるって、聞いたことはあるけど」

 

「調整できるって……あ!」

 

「全てが、納得した……」

 

 

目頭を押さえる幸人と、壁に手を付け秋羅は少々落ち込んだ様子でいた。

 

その時、玄関をノックする音が聞こえてきた。本を読んでいた紫苑は、本を閉じ紅蓮と共に二階へ駆け上がった。

 

 

「あー、シーちゃん!?」

 

「変なあだ名で呼ぶな!」

 

「誰だろ?」

 

「今日は誰も来ないはずだが……秋羅」

 

「ハーイ」

 

 

玄関へ行き、戸を開けた。次の瞬間、何かが倒れる音と共に靴音が聞こえ、リビングへ制服を着た兵隊達が入ってきた。

 

 

「な、何だ?!」

 

「あれ?君は……」

 

「また面倒な奴が……」

 

 

兵隊達の間を歩き入ってきたのは、軍隊帽を被り目に大きな十字の傷痕を付けた男だった。

 

 

「久し振りだな、幸人」

 

「何だよ。人の家にズカズカと入って来やがって……

 

用件は何だ?」

 

「先日、君に頼んで買って貰った少女の確認と保護だ。

 

少女を渡して貰おう」

 

「その前に、何か説明ないのか?」

 

「説明?」

 

「あいつは何者だ?」

 

「説明する気はない……

 

と言えば、貴様が納得するわけが無い。

 

 

お前達は馬車で待ってろ」

 

「ハッ!」

 

 

敬礼した兵隊達は、外へ出て行った。全員が出て行くと、男は帽子を取り頭を掻いた。

 

 

「単刀直入に言う。

 

あの子は希少だ」

 

「どう言った希少なんだ?」

 

「今では珍しい、妖怪と人との間に産まれた子供……そう禁忌の子供」

 

「今は禁忌の子供と言われてるが、昔はそうでもなかったんだろ?

 

今だって、半妖のクォーターや子孫が、身を隠して生きてるじゃねぇか」

 

「その辺の半妖と一緒にするな。

 

 

あいつは、正真正銘純血の半妖だ」

 

「純血の半妖って……

 

50年前に、最後の一人が亡くなって以降、生存が確認されてないはずだよ!」

 

「それがまだ、生きてたって事か?

 

誰にも見られず、ひっそり生きてたって……」

 

「凄ぉい!!

 

そんな希少稀な子が、幸人の家にいたなんて!」

 

「お前さん方軍隊は、その希少稀な子を引き取って何をしたいんだ?」

 

「さぁな。

 

詳しい話は聞かされていない。おおよそ、実験したいんだろう」

 

「……」

 

 

「紅蓮!駄目!」

 

 

二階から声が聞こえ、男は上を見上げた。階段を駆け下りた紅蓮は、男に飛び掛かった。彼は上に乗った紅蓮を、投げ飛ばし懐から銃を取り出し、銃口を牙を向ける紅蓮に向けた。

 

 

「ちょ!!待て待て!」

 

 

暗輝は慌てて男に駆け寄り、銃口を下げさせた。二階から駆け下りてきた紫苑は、彼を気にしながら紅蓮の元へ駆け寄った。

 

 

「……誰だ、この子供は」

 

「お前さんが言ってた、例の子供だ」

 

「この子がか……」

 

 

怯えた目で、紫苑は男を見つめた。その間、紅蓮は今にも噛み付きそうな表情で、唸り声を上げた。

 

その様子を見た男は、銃をしまい玄関へ向かった。その後を、幸人はついて行った。

 

 

彼がいなくなると、紅蓮は大人しくなり紫苑の頬を舐めた。舐めてきた紅蓮を、彼女は撫でた。

 

 

「いきなりどうしたんだ?」

 

「分かんない。

 

二階から見てたら、紅蓮が突然唸りだして」

 

「多分、主人である紫苑をあいつから守ろうとしたんだろうな」

 

「なるほど。あいつが悪い奴だと分かっていたのか……

 

凄いぞ!紅蓮君!」

 

「あの……

 

さっきの人って……」

 

「あ、そっか。秋羅は初めてだもんな。

 

大空陽介(オオゾラヨウスケ)。妖討伐隊って、聞いたことあるだろ?」

 

「あ、はい。

 

確か、妖怪全てを抹殺を目標に結成された軍隊ですよね?」

 

「まぁ、簡単に言えばそうだな」

 

「あいつはそのトップの人。

 

確か、全部隊の指揮官に当たっていて、階級は大佐」

 

「ちなみに、幸人と同い年」

 

「……あの年齢で!?」

 

「あいつは実力で、登ったからな」

 

「そうそう」




玄関の壁に凭り掛かり立ち、煙草を吸う陽介。


「あの子供、貴様等には懐いてるみたいだな」

「まぁな」

「……上には、噛み付かれて連れては来られなかったと伝えておく」

「宜しく頼む。


陽介」

「?」

「あまり、無茶はするなよ」

「……心懸けておく。

貴様も、無茶はするな」

「ヘーイ」


鼻で笑うと、陽介は帽子を被り外へ出た。幸人は重い荷物を下ろしたかのようにして、深く息を吐きながら頭を掻いた。


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吹雪の中の依頼

リビングへ戻ってきた幸人に、水輝は目をキラキラさせながら迫った。


「幸人!!シーちゃんの健康診断、してもいい!?」

「何だいきなり……」

「紅蓮の健康状態を確認するから、ついでに紫苑の健康診断でもやろうって話になって」

「ねぇ!やっていい!?」

「……まぁいい機会だし、変なことしなきゃ別にいい。

変なことしたら、撃ち殺すからな」

「しませんしません。

変なことはしません」


紅蓮の状態を診る暗輝と違って、水輝は逃げ回る紫苑を追い駆けようやく捕まえ、口の中を見たり体を検査した。


「今んとこ、シーちゃんには目立った傷も病気もないね。

健康その者だよ!」

「紅蓮も同じだ」

「それなら安心だ」

「そんじゃあ次は……」
「それ以上のことはしなくていい!」

「待て!兄上!これは調べなくては!」

「調べんでいい!!

そんじゃあ、幸人。今日はここで」

「あぁ」

「また、遊びに来るよ」


コートに腕を通して、外へ出ようと玄関の戸を開けた。外は、先の見えない猛吹雪になっていた。


「……泊めて!」
「泊めて下さい!」


薪ストーブが燃え、暖まるリビング……

 

秋羅と水輝と暗輝が夕飯の後片付けをし、幸人が仕事部屋で仕事をしている頃、紫苑は窓の外を眺めていた。

 

 

「……?」

 

 

窓を見ていた紫苑は何かを見つけ、こっそり紅蓮と共に外へ出た。玄関の音に暗輝はいち早く気付き、リビングへ行き二人の姿が見えないのを確認すると、大慌てに秋羅に話した。

 

 

「紫苑と紅蓮が外に出た!!」

 

「何?!」

 

 

吹雪の中を歩く紫苑……柵を跳び越え、林の中へ入った。持っていたランプを照らすと、木に凭り掛かるようにして座る、一人の女性がいた。

 

 

紅蓮は彼女の頬を舐めた。すると、女性はゆっくりと目を開け紫苑を見た。

 

 

「……あなたは?」

 

「紫苑……お前は誰?」

 

「この先にある祓い屋に、頼みが……」

 

 

立ち上がろうとした女性は、ふらつき倒れかけ紫苑は慌てて彼女を支えた。

 

 

 

家の前で、ランプを照らしながら、秋羅達は紫苑と紅蓮の名を呼び叫んでいた。

 

 

「クソ!!どこにいきやがった!」

 

「シーちゃん!!どこぉ!?」

 

「何であいつは、こんな猛吹雪の中外に出たんだ!?」

 

「俺が聞きたいです!」

 

「……?

 

幸人!!あれ!」

 

 

強風が吹く中を、女性を乗せた紅蓮と共に紫苑が歩いてきた。

 

 

「紫苑!!」

 

「誰だ?!あの女!」

 

 

紫苑に駆け寄る一同。幸人は着ていたコートを女性に掛けると、彼女を持ち上げ先に水輝と家の中へ入った。

 

 

ベッドで寝かされた女性は、ようやく落ち着きを取り戻し眠っていた。その様子に、ホッとした水輝は彼女に毛布を掛け部屋を出た。

 

 

リビングへ戻ると、ソファーの上で紫苑は毛布に包まった状態で、秋羅に凭り掛かり眠っていた。

 

 

「あれ?シーちゃん、眠ったの?」

 

「今さっきだ。

 

体が温まったから、それでだろう」

 

「ここで寝かせたら、そこにいる女に何されるか分からねぇから、とっとと部屋に連れてけ」

 

「アーン!幸人ぉ!」

 

「そうした方がいいな。

 

紅蓮、おいで」

 

 

眠った紫苑を抱え、秋羅は紅蓮と共に二階へ上がった。

 

 

「さてと、俺は仕事の続きする」

 

「俺等もしばらくしたら、休むよ」

 

 

リビングを出て行き、幸人は仕事部屋へ戻った。

 

 

 

夜中……寝静まる中、眠っていた女性は目を覚ましそして部屋を出ると、ある部屋へソッと入った。

 

そこは、紫苑の部屋だった。ドアを静かに閉め振り向いた時、女性は目にした。

 

 

ベッドに座る黒い人影……黒い影から、何かが赤く光っておりそれはスッと上を向き、彼女を睨んでいた。

 

 

「だ、誰……なの?」

 

『……』

 

 

黒い影は立ち上がると、姿を変えその場から消えた。

 

突然いなくなったそれに、驚きながらも女性はベッドに近付き、隠し持っていたナイフを眠っている紫苑に跨がり彼女の首に当てようとした。

 

 

「誰?」

 

「!?」

 

 

赤く光る目が、女性を見つめていた。女性は手を震えさせ、息を乱した。

 

 

「違うの……違うの……

 

ただ、助けて欲しくて……違うの……」

 

 

その時、ドアが勢い良く開いた。女性はハッと、ドアの方に振り向いた。

 

そこにいたのは、幸人と暗輝だった。

 

 

「怖がらなくていい。

 

そこから降りて、ナイフをこっちに渡してくれ」

 

「わ、私……私……どうしても……」

 

 

ゆっくりとベッドから降りる女性……その隙に、ベッドから降りた紫苑は、幸人の元へ駆け寄り後ろへ隠れた。

 

 

「暗輝、その人をリビングに」

 

「分かった。

 

さぁ、行きましょう」

 

「私、本当に」

 

「お話は、まず落ち着いてから」

 

 

女性を落ち着かせながら、彼女を立たせ暗輝はリビングへ向かった。

 

騒ぎに起きてきた秋羅と水輝は、すぐに状況を呑み込み何も言わずに頷くと、下へ降りた。

 

 

「……怪我は、ないみたいだな」

 

 

しゃがみ込み、傍にいた紫苑の顔や首辺りを幸人は確認した。すると、部屋から紅蓮が姿を現し彼女に擦り寄った。

 

 

「そいつも平気か」

 

「あの人、どうしたの?」

 

「さぁな。今からそれを聞く。

 

お前も聞くか?」

 

「……うん」

 

 

ソファーに座り、水輝が作った紅茶を飲む女性。

 

 

「ありがとうございます……」

 

「別にいいよ。

 

それより、落ち着いた?」

 

「あ、はい」

 

「そんじゃあ、依頼内容でも聞こうとするか」

 

「……聞いて下さるんですか?」

 

「依頼のために、わざわざこの猛吹雪の中を歩いてきたんだろ?」

 

「でも、私……」

 

「さっきのことは気にしてない。

 

こいつに、目立った傷も怪我も無いから大丈夫だ」

 

 

幸人の傍にいた紫苑は、女性に軽く頭を下げるとすぐにそっぽを向いた。

 

しばらく黙っていた女性は、口を開き話し出した。

 

 

「私には、一回り年下の妹がいます。

 

昨夜、妹が妖怪の子供を拾ってきたんです。それですぐに元の場所に戻しなさいと、怒った途端彼女は飛び出してしまいました。

 

 

すぐに帰ってくると思ったんですけど……一夜明けても帰って来なくて……

 

今朝早く、私は近くの森や川を探しました……でも、見つからなくて」

 

「他の人に、助けて貰うことは出来なかったの?」

 

「近所に住む人に、すぐ助けを求めましたが誰も……」

 

「ご両親は?」

 

「妹が3歳の時に、事故で……

 

それからずっと、あの子を育てていたんです……

 

 

お願いです!お金は何とかして払います!

 

ですから妹を……妹を探して下さい!!」

 

 

マグカップをローテーブルに置き、女性は息を荒げながら土下座をした。

 

 

水輝は彼女を起こし、ソファーに座らせた。

 

 

「土下座せずとも、依頼は引き受けます」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「妹さんの写真か私物をお持ちですか?

 

あと、お名前の方を」

 

「名前は杏奈。

 

持ち物は、この髪留めくらいで」

 

 

そう言って出したのは、橙色の花飾りが着いたバレッタだった。

 

 

「……水輝、暗輝。

 

金やるから、一緒に来い」

 

「いいぜ」

 

「お安い御用よ!」

 

「秋羅は今回、留守番頼む」

 

「了解」

 

「紫苑、お前も来い」

 

 

その言葉に、嫌そうな表情を浮かべる紫苑を、幸人はしばらくの時間説得をした。

 

 

 

翌朝……

 

 

雪が小降りとなった頃に、幸人達は馬を小屋から出し手綱と鞍を付けた。

 

 

「小降りになって、良かったな」

 

「全くだ。

 

あの吹雪じゃさすがに、この子達を行かすのはね」

 

「じゃあ秋羅、後宜しくな」

 

「応よ」

 

「よし、行くぞ」

 

「オッシャー!行くよぉ!

 

皆、私についてきなさーい!」

 

 

先に馬を走り出した水輝を、暗輝は慌てて追い駆けていき、二人を幸人は声を上げながら追い駆け、彼の後を紫苑はついて行った。

 

 

「……あの」

 

「?」

 

「この家に、あなた方以外の人は住んでいないんですか?」

 

「いや。

 

さっきの男と女は、吹雪だったから泊まらせてただけで……普段は俺と幸人、それに紫苑の3人暮らしだけど」

 

「……」

 

「それが、何か?」

 

「あのお嬢さんの部屋に入った時、誰かいたんです」

 

「え?」

 

「暗くてよく見えなかったんですけど……

 

多分、男の人かと」




人物リスト2


名前:大空陽介(オオゾラヨウスケ)
年齢:34歳
容姿:銀髪に紺色の目。妖討伐隊の大佐。
幸人、暗輝、水輝とは同期で幼馴染み。

名前:星野暗輝(ホシノクラキ)
年齢:34歳
容姿:黄色い髪に青い目。獣医。
陽介同様、幸人とは同期で幼馴染み。
水輝とは双子の兄妹。

名前:星野水輝(ホシノミズキ)
年齢:34歳
容姿:肩までの黄色い髪をポニーテールにしている。目の色は青。医者。
幸人とは同期で幼馴染み。


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猿猴の森

とある森へ着た幸人達……


入る前に、幸人は女性から預かっていた杏奈のバレッタを取り出すと、それを傍にいた紫苑に渡した。彼女は受け取ると、それを紅蓮に嗅がせた。

紅蓮は匂いを嗅ぐと、辺りの匂いを嗅ぎながら森の中へ入って行った。


「この中にいるのは確かみたい」

「あの人が言った通り、ここに入って行くのを最後に、行方が分からなくなったって」

「外へ出た痕跡は無い……

とりあえず、入るだけ入ってみよう。


紫苑、誘導頼む」

「うん……

紅蓮、案内!」


彼女の命令に、紅蓮は後ろを気にしながら森の奥へ入って行き、その後を幸人達はついて行った。


深々と降る雪……雪に足を取られた紫苑を見て、紅蓮は背を低くした。彼女はタイミングを合わせて、彼の背中に飛び乗った。

 

 

「随分雪が深くなってきたな。この辺り」

 

「さっきまで止んでいたのに」

 

「……?」

 

 

突然止まった紅蓮に連れられ、三人は馬を止めた。紫苑は紅蓮から降りたと同時に、茂みから何かが飛び出してきた。

 

 

「?!」

 

「何々?!」

 

 

飛び出してきたのは、猿猴だった……猿猴は、唸り声を上げ三人を威嚇すると、隙を狙い紫苑を連れ去った。

 

 

「紫苑!!」

 

「しまった!!

 

紅蓮!追い駆け……って、もういえねぇ!!」

 

「紅蓮を見失うな!!」

 

 

 

冷たい風が顔に当たる中、紫苑は手で風を切りながら何とか目を開けた。

 

雪を被った木々を、猿猴は風のようにして移動していた。そしてある場所へ降り立つと、目の前にある洞窟へ入り手に持っていた紫苑を、地面に下ろした。

 

 

「……あなた、誰?」

 

「?」

 

 

声の方を向くと、そこにはボブカットの髪型をした少女が、もう一匹の猿猴の傍に座っていた。

 

 

「えっと……

 

紫苑」

 

「紫苑……綺麗な名前ね。

 

私は杏奈」

 

「杏奈……!

 

えっと……お前の姉ちゃんが、探してる!」

 

「え?お姉ちゃんが?」

 

「うん。

 

今、幸人の家にいる。一緒に行こう」

 

「……今は無理。

 

この子、怪我してるの!」

 

 

杏奈の傍で眠る猿猴は、確かに体の至る所に傷を作り、肩に大きな傷があり出血していた。

 

 

「……凄い出血」

 

「私を守ろうとして、狩人に!

 

治そうにも、薬も何もないから」

 

「ちゃんと診て貰った方が……」

 

「妖怪だから、誰も診てくれないの!!

 

お姉ちゃんだって、拾ってきて早々捨ててこいって……

 

 

それでこの子がいた森に戻ってきて、そしたらその仲間にここへ連れて来られて」

 

「……とにかく、この血を止めないと」

 

 

紫苑はポーチから水が入った容器と、布を取り出した。

 

毛に付いた血と傷口を、水で洗あ布を切り破り傷口を塞ぐようにして、肩に巻いた。

 

 

「これで多分大丈夫……」

 

「よかったぁ……ありがとう、紫苑ちゃん!」

 

 

ホッとする杏奈……すると紫苑は、何かの気配を感じたのか、小太刀の柄を握り外へ出た。その気配は、外で見張りをしていた猿猴も感じていたのか、攻撃態勢を取っていた。

 

 

“バーン”

 

 

放たれた銃弾が、紫苑の足下に当たった。彼女はすぐに撃たれた方を見た。茂みから現れる男……彼は崖を滑り降り、地面に立つと銃口を二人に向けながら姿を現した。

 

 

「へ~、こんな所に隠れていやがったのか」

 

「この人よ!

 

この猿猴を撃ったの!」

 

『我が森に、何用だ』

 

「喋れるのか?!

 

まぁ、そうだよなぁ……妖怪なんだから。

 

 

用は、ここに住んでる獣の妖怪達だ!

 

裏で高く売れるんでな!」

 

「売るって……

 

妖怪だって、生きてるのよ!!」

 

「俺等人を襲うのにか?」

 

「この子達は襲わないわ!!

 

現に私達を襲ってない!!」

 

 

その言葉に、紫苑は引き攣った顔で隣にいた猿猴を見た。猿猴は、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

 

「ゴチャゴチャうるせぇ女だ!

 

 

さぁ!その怪我してる猿猴を渡しな!!」

 

「嫌よ!」

 

「なら、あの世へ逝け!」

 

 

放たれる弾……杏奈の前に紫苑は立ち、小太刀で弾を受弾き飛ばし防いだ。弾道がずれた弾は、紫苑の脚を掠り洞窟の壁に当たった。

 

腕から流れ出た紫苑の血は、真っ白な雪にポタポタと落ちた。彼女は脚に出来た傷口を手で押さえながら、その場に座り込んだ。

 

 

「紫苑ちゃん!!」

 

「小癪なガキが!

 

よく見たら、お前さん珍しい姿だな?丁度いい!

 

 

お前もあの猿猴と同様、売ってやるよ!」

 

 

銃口を向ける男……その時、茂みから何かが飛び出したと思いきや、彼の猟銃を奪った。

 

それは、紫苑の前に降り立った……黒い短髪に横髪を胸下まで伸ばし、左目を前髪で隠し赤く光る目を向けた男。

 

 

「だ、誰だ……」

 

 

「イヤッホー!!到着ぅ!!」

 

 

高らかな声と共に、降り立ったのは馬に乗った水輝だった。彼女に続いて暗輝、幸人が降り立った。

 

 

「な、何だ!?」

 

「紫苑!無事か?!」

 

 

馬を落ち着かせた幸人は、馬から降り紫苑の元へ駆け寄った。

 

 

「平気。

 

それより、あの猿猴の傷診て」

 

「傷?」

 

 

ふと洞窟の方に目を向けると、そこには傷口から血を流す猿猴が、杏奈の前に立ち彼女を守ろうとしていた。

 

 

「……暗輝、頼む」

 

「応よ!」

 

「水輝!戦闘用意!」

 

「いつでもど」

『引っ込んでいろ』

 

 

聞き覚えのある声に、幸人は気が付いた……紫苑の傍にいる男の存在を。

 

 

「……誰だ、お前」

 

『……後で教える。

 

猿猴、水の用意をしておけ』

 

『もうしている』

 

『準備が早ぇこと』

 

 

幸人達の前に立った男は、両手に炎を纏わせそして合わせると、地面に置いた。

 

すると男の傍から炎が吹き出し、それに驚いた彼は逃げ出すが、逃すまいと炎は道行く道に炎を出し、男を袋の鼠にした。

 

 

『さぁ、どっちがいい?

 

ここから早々に立ち去るか、丸焦げにされたいか』

 

「た、立ち去ります!!立ち去りますし、ここのことは誰にも言いません!!ですから、お命だけは!」

 

『……だとさ。

 

どうする?』

 

 

前へ出て来た猿猴は、男をジッと見つめると彼の腕を引っ掻いた。大量の血を出した男は、悲鳴を上げてその場から逃げていった。

 

 

『これでここへ来ることはあるまい』

 

『だな』



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獣の妖怪

「これで、もう大丈夫だ。

二三日安静にすれば元の状態になるよ」

「良かったね!」


笑顔を浮かべた杏奈に、お返しするかのようにして猿猴も笑顔を見せた。


『色々世話になった、人の子』

「いいっていいって」

『さぁ、もう立ち去れ。

長居すると、ここに住む他の妖怪達がお主等を襲いに来る』

「そうしたいが……その前に」


立ち上がった幸人は、外付近にいる紫苑と男の元へ歩み寄った。


「そんで……誰だ、お前」

『……紅蓮だ』

「紅蓮?

どういう事だ?」

「紅蓮、ちゃんと説明した方が」

『分かってる』


深呼吸する紅蓮と名乗る男……すると、彼の体が青い火に包まれた。そして、火が消えるとそこには黒大狼の姿があった。


「あ、紅蓮!」

「なるほど。

紅蓮は、人に化けられるのか」

『我々獣の妖怪の中では、人になるということは最も珍しいものだ。



好んで、人里へ降りるのは白狼ぐらいだ』

「白狼が?」

『白狼は人里を中心に、自分達の森を守っている。

逆に俺等黒狼は、人里は守らず自分達の森と自分が信頼している人を守っている』

「なるほど。それで、紫苑ちゃんを」

『そうだ』

「人になれるなんて……やっぱ妖怪は凄えや」

「色々解決したことだし、そろそろ出発するか」

「だな」

「杏奈ちゃん、私達と一緒に帰りましょう」

「……でも」

「お前の姉ちゃん、命懸けで助けを求めてきたんだ。

早く帰って、無事を知らせよう」


差し出した暗輝の手を、杏奈は掴み彼の力を借りて立ち上がった。

待たせていた馬にな杏奈を乗せている間、猿猴は紫苑に声を掛けていた。


『手荒な真似をして、済まなかった』

「別にいいよ。気にしてない。

それに、大事な家族が一大事だったら、誰だって落ち着かないよ」

『……そう言って貰うと、こちらとしても助かる』

『次変な真似したら、命は無いと思え』

「紅蓮……」

『はいはい』


「紫苑!行くぞ!」

「うん。

じゃあね、猿猴」

『達者でな』


身を低くした紅蓮に跳び乗り、紫苑は猿猴に別れを言うと、先を行った幸人達の後を追い駆けついて行った。

紫苑達を見送る猿猴達……すると仲間の一人が、口を開いた。


『あの紫苑と名乗っていた女子……

もしや、あの時の』

『可能性はある。


あの子が助けを求めた際は、全力で手を貸すぞ』

『もちろん、心得ています』


夕方……

 

 

大雪となった頃、幸人達は家へ着いた。杏奈を馬から下ろすと、幸人は二匹の馬の手綱を引き、小屋へと誘導した。

 

 

「たっだいまぁ!!秋羅君!」

 

「いつもながら、明るいですね……」

 

「こいつの取り柄は、この馬鹿明るいことくらいだからな」

 

 

後から入ってきた暗輝は、紅蓮から紫苑を下ろしながら少し呆れたような声で話した。

 

 

「あれ?紫苑、怪我したのか?」

 

「ちょっとな……

 

それより、ほらおいで」

 

 

手招きする暗輝……外からソッと、杏奈が何かを警戒しながら入ってきた。彼女の姿を見た姉は、目に涙を浮かべて駆け寄り抱き締めた。

 

 

「良かった…良かった無事で!」

 

「お姉ちゃん、痛い!」

 

「どれだけ心配したと思ってんの!

 

勝手に外出てったきり、帰って来なくて……どれだけ心配したと」

 

「……ごめんなさい……」

 

 

馬を小屋に戻した幸人が、中へ入ってくると姉は深々と頭を下げながら礼を言った。

 

 

「本当に、ありがとうございます。

 

あのこれ、依頼料……」

 

 

そう言って、持っていたバックから数枚のお札と小銭を出した。

 

幸人は小銭だけ全て受け取ると、あくびをしながら中へ入った。

 

 

「あ、あの!」

「秋羅。

 

二人を送ってやれ。馬車出しといたから」

 

「ヘーイ」

 

「でも!」

 

「一日しか掛からない依頼は、あれだけでいいんですよ!」

 

「そうそう!」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

 

姉が深々とお礼を言っている間、杏奈は紫苑の元へ歩み寄った。

 

 

「さっきはありがとうね!

 

私のこと、守ってくれて」

 

「……う、うん」

 

「あなた、祓い屋なの?」

 

「はらいや?

 

 

私は、幸人達とは違う」

 

「そうなの?

 

何か見た感じ、あなたって妖怪の姫みたい」

 

「え?」

 

「だって、妖怪扱うの上手いじゃん!」

 

「……」

 

 

「杏奈ぁ!行くよぉ!」

 

「ハーイ!

 

じゃあね!紫苑ちゃん!」

 

 

馬車へと駆け込み、杏奈は姉と共に帰っていった。

 

 

「……姫だって。

 

妖怪の」

 

 

傍にいた紅蓮に言いながら、紫苑は微笑を浮かべながら彼の頭を撫でた。

 

 

 

自身の部屋に置かれたベッドで横になる幸人……寝返りを打ち天井を向いた時、一瞬思い出した。

 

 

若い女性の笑った姿が……

 

 

(……くだらねぇこと、思い出しちまったな……)

 

 

目の上に腕を置いた。その隙間から、一筋の涙が流れ出た。

 

 

「幸人!ご飯の支度できたから、食べよぉ!」

 

 

勢い良く開けてきたドアの音に、驚いた幸人は体をビクらせながら、飛び起きた。

 

 

「水輝……

 

心臓に悪いだろ!!もっと優しく起こしに来い!」

 

「大丈夫!大丈夫!

 

幸人は、そう簡単に死なないから!」

 

「お前なぁ……」

 

 

夜……猛吹雪になりかけた頃に、秋羅は帰ってきた。彼が帰って間もなくして、外は猛吹雪となった。

 

 

「あと一歩遅かったから、危なかったねぇ」

 

「本当だ……」

 

「で?

 

お前等は今日も泊まっていくのか?」

 

「いや無理だろ。この中を帰れって」

 

「どうぞ死んで下さいって言ってるようなもんだぞ!

 

幸人!シーちゃんの前で、私達に冷たくするな!」

 

 

そう言いながら、水輝は傍にいた紫苑を抱き上げた。彼女に抱き上げられた紫苑は、嫌そうな表情を浮かべながら、降りようと少し暴れていた。

 

 

「紫苑を出すな!」

 

「つか、早く下ろしてあげろ!

 

嫌がってるだろう!」

 

「え~!いーじゃん!

 

持ち上げられるくらいの大きさは、今しか無いのよ!!」

 

「何言ってんだ……この馬鹿女は」

 

『さっさと紫苑を返せ』

 

 

人の姿となった紅蓮は、背後から水輝の首に鋭く尖った爪を当てた。彼女は青ざめて、すぐに紫苑を下ろした。下ろされた紫苑は、即座にその場から離れ幸人の後ろへ隠れた。

 

 

「……って、お前誰?!」

 

「紅蓮だ。

 

人の姿になれるんだとさ」

 

「嘘!?

 

……!!

 

 

お前、昨日の夜人の姿になってたか?紫苑の前で」

 

『あぁ、なったなった』

 

「お前か!!犯人!!」

 

 

その後、幸人達は秋羅に先程のことを全て話した。彼は頷きながら、真剣にその話を聞いた。

 

 

「獣の妖怪が、人に……

 

本で読んだことはあったけど、実際にいたなんて。

 

 

紅蓮達以外にいるのか?その、妖怪が人になるって」

 

『さぁな。

 

聞いた話だと、理性のある奴は、人に化けて町や村に行っていると聞いたことがある』

 

「へ~」

 

「紅蓮はいつから、紫苑と一緒にいるんだ?

 

見た感じ、長い付き合いだろ?」

 

『さぁな』

 

「さぁなって……」

 

『気が付いたら、一緒にいたって感じだったからな。

 

それ以前に何があったかなんて、覚えてねぇし』

 

「じゃあ、ここに来る前……と言うか、売人に捕まる前は、どこに住んでたの?」

 

『北西にある森だ。

 

ずっと森に住み、森で生活していた』

 

「ズバリ聞く!

 

何で捕まったの?」

 

『動物を持って行かれそうになって、そいつを解放する代わりに、俺等を連れてけって』

 

「何とも頼もしい理由で」

 

 

狼の姿に戻った紅蓮は、紫苑の元へ駆け寄り体を擦り寄せた。

 

 

「森に住んでたか……

 

親御さんも、その森に住んでるのか?」

 

「親?」

 

「簡単に言うと、紫苑のお母さんとお父さん」

 

「おかあさん?おとうさん?」

 

 

首を傾げる紫苑……そんな彼女の様子に、四人は顔を見合わせた。

 

 

「知らないって事は無いだろ?

 

お前を産んで、育ててくれた大人が森にいたんだろ?」

 

「いない」

 

「いないって……」

 

「目が覚めた時には、もう紅蓮と一緒だったから……」

 

『紫苑以外、森に人など住んでいない。

 

森に来る奴なら一人いたが』

 

「じゃあ、紫苑に親は」

 

『いない』

 

「言葉とか、どうやって教わったの?!」

 

『森に来てた奴に、教えて貰った。

 

字の読みはいいが、書きはまだだ』




夜中……


珈琲を飲む幸人達。ローテーブルには、紫苑に関する事が書かれた資料が、無造作に置かれていた。


「まさか、親がいなかったとは」

「厄介な者、押し付けられたね~。幸人」

「厄介でも何でもねぇよ。

家族が一人、増えただけだ」

「……昔もそう言ってたよね。

秋羅を拾ってきた時」

「あぁ、あの時か。

覚えてる覚えてる!確かもう、9年前だよな?


秋羅が、この家に来たのって」

「そうそう!

あの頃の秋羅君、超可愛かったな~……あ~、もう一回あの頃に戻って欲しい!」

「黙れ変態女」


リビングで三人が盛り上がり、話している頃……

部屋で眠っていた紫苑は、ふと目を開けた。暗い部屋をしばらく見つめていた時だった……


『僕はずっと、君の傍にいるよ』


聞こえる声……紫苑は、上半身を起こし部屋を見回した。床で眠っていた紅蓮は、彼女の物音で起きた。


『どうかしたか?』

「……声が」

『声?』

「……ううん。

何でも無い」


再び横になる紫苑だったが、中々寝付けないでいると床で寝ていた紅蓮が、顔だけをベッドに置き彼女の頬を舐めた。紫苑は彼の顔を抱くようにして、手を首に回し目を閉じ眠りに入った。


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異国の妖怪

汽笛の音が響き、線路を走る汽車。


「早い……」


窓の外を見ていた紫苑は、汽車のスピードに少々驚きながらも、窓にへばり付き外を見ていた。向かいの席に座っていた秋羅は、得意気に話した。


「一応、汽車だからな。

馬や狼よりは、早いと思うぞ」

「紫苑は乗るの初めてなのか?」

「……初めて?」

『何回かは乗ってるが、ほとんどが貨物列車だ。

オマケに、逃げ道を知られないように目隠しされてたし』

「何か、聞かない方が良かったか?」

『別に構わん。

紫苑が逃げたいと言えば、あんな場所簡単に逃げ出せる』

「それはそれで凄いぞ」


長い冬が終わり春が近付く頃、幸人の元へ依頼が届いた。

 

 

汽車で5駅程行った場所にある、都会から離れた小さな村に住み着いている妖怪の駆除をして欲しいと、依頼があった。

 

 

「住み着いてる妖怪の駆除って言うけど、飼ってるのか?」

 

「襲いに来るのはまだしも、飼うってどういう神経してるんだが……」

 

「俺等も人のこと、言えねぇだろ?」

 

「あ……」

 

 

目的地である駅に着き、幸人達は汽車を降りた。車両から降りた紫苑は、興味津々に辺りを見ながら駅を見た。

 

後から降りた秋羅は、構内を歩き回る紫苑を押さえながら、幸人に質問した。

 

 

「そういや、どこなんだ?依頼主の家は」

 

「この町を出た先にある小さな町だ。

 

今から歩いて行けば、夕方頃にはその町に着く予定だ」

 

「そんじゃあ、早く行こうぜ。

 

少しでも早く着けば、仕事内容聞けるし」

 

「だな……っと、その前に」

 

 

紫苑の後ろへ回った幸人は、彼女の着ていたコートの帽子を彼女に被せた。

 

 

「髪の色が珍しいから、裏の奴等から目を付けられる可能性が高い」

 

「裏の奴等?

 

 

地下にいた、あいつ等みたいな?」

 

「ま、そうだ」

 

「俺等から、離れるなよ!」

 

『そんなもん被って無くとも、紫苑に近付く輩はこの俺が』

「町の中では絶対に、狼になるな!!」

 

『は、はい……』

 

 

町を歩く幸人達。紫苑は右へ行ったり左へ行ったりと、見る物全てが珍しいのか、チョロチョロと動いていた。彼女を見失わないように、紅蓮は後からついて行き二人の後を秋羅がついて行った。

 

 

町の広場へ出た時だった。中心部に建っていた時計塔から、巨大な音が町全体に鳴り響いた。

 

 

「で、デケぇ音……」

 

「ビックリしたぁ……って、紫苑は?」

 

『音にビビって、俺の後ろにいる』

 

「あれ…何?」

 

「ビビらなくていいぞ……

 

あれはな、時計塔って言って大きな音を出して時間を報せる物なんだ」

 

 

秋羅の説明を聞く紫苑。そんな彼女を、人混みの中である人物が目を付けていた。

 

 

町にあった飲食店で、幸人達は昼食を取っていた。ご飯を食べながら、幸人と秋羅は自分達に向けられている目線の主を警戒していた。

 

 

「……幸人」

 

「……秋羅。

 

紫苑を連れて、先に町の外に出てろ」

 

「分かった」

 

 

二人が小声で話していた時、紫苑は何かの気配を感じたのか、辺りを警戒しだした。それは紅蓮も同じだった……彼は、鼻を動かしながら辺りを見つめ、そして店の隅の席に座っている怪しい男の姿を見つけた。

 

 

(……あいつか)

 

 

誰も見ていないのを確認すると、紅蓮は指を鳴らした。

 

次の瞬間、男の服に突如燃え上がり、飲み物を飲んでいた男は燃える服に気付き、慌てふためいた。

 

 

その様子を見て、幸人達は金をテーブルに置き、知らん顔で店を出て行った。

 

 

『ざまぁ見ろ』

 

「やっぱお前か」

 

「あいつ、私達のこと見てたけど……」

 

「お前狙いだろうな」

 

「早く町から出ようぜ」

 

「その方がいいな。

 

紫苑、行くぞ」

 

「うん」

 

 

 

夕方……

 

 

目的の町へ来た幸人達は、村へと入り村長の家へ向かった。家に着くと、傍に牧場がありその隅に生えている木の下に、首を鎖で繋がれた獣がいた。

 

 

「何だ?あれ」

 

「珍しいな、西洋の妖怪がここにいるなんて」

 

「西洋の妖怪?」

 

「確か名前は、グリフォンだ」

 

「グリフォン……へ~」

 

 

「月影様ですか?」

 

 

家から出て来た男は、そう言いながら幸人達の元へ歩み寄った。寄ってくる男に警戒しながら、紅蓮は紫苑を自身の後ろへ隠した。

 

 

「この村の村長、宮内と言います。

 

さぁ、中へ。お話はそれから」

 

「分かりました」

 

 

中に入り、案内された部屋に行くと二人は、置かれていた椅子に座った。紫苑は部屋に置かれていた本棚に、目を奪われ眺めそして、一冊を取り出すと幸人達の傍に座り読み出した。

 

 

「珍しい本ばかりですね」

 

「それは全て、祖父が集めた物です」

 

「祖父さんが?」

 

「えぇ。

 

祖父は異国で、妖怪の研究をしていました。そしてある日、どこからかあの獣を連れて帰ってきたんです。

 

まぁ、祖父がずっと面倒を見ていたので、誰も文句は言いませんでした。

 

 

しかし、先月祖父が亡くなってしまいまして……それと共に、あの獣が夜中に突然鳴くようになってしまい……それだけなら未だしも、人の庭を荒らし回るようになって……」

 

「まさか、あの妖怪を駆除して欲しいって事か?」

 

「はい……正直、うちで世話するのはもう……」

 

「……」

 

「……許可書はありますか?」

 

「え?」

 

「異国の妖怪を、ここへ持ち込む場合、妖討伐隊から許可書を貰わなければなりません。

 

無断で持ち込んだ場合、それ相応の罰則が課せられます」

 

「そ、そう言われても……全ては祖父がやっていたので、許可書がどこにあるかなど!」

 

「では、上の方に連絡し祖父の名前を探させますので、彼の名前を」

 

「あ、は、はい……」

 

 

名前を聞くと幸人は、立ち上がり電話を借り掛けた。その間、紫苑は部屋を出た。

 

 

「おい紫苑!」

 

『俺が付く』

 

「分かった」

 

「妹さん、どうかしたんですか?」

 

「多分、外にいるあれに興味を引かれたのかと」

 

 

 

外へと出た紫苑は、グリフォンにゆっくりと歩み寄った。グリフォンは彼女に気付くと、鳴き声を上げながら立ち上がった。

 

紅蓮は狼の姿へと変わり、彼女の前に立ち唸り声を上げた。

 

 

「紅蓮、大丈夫」

 

『いいのか?』

 

「うん。平気」

 

 

紅蓮を後ろへ行かせると、紫苑はグリフォンの方を見た。ジッと見つめる紫苑……彼女の目を見たグリフォンは、鳴くのをやめ急に大人しくなった。

 

 

 

「え?あった……んですか?」

 

 

電話を終えた幸人は、メモられた紙を見ながら宮内にそう言った。

 

 

「あるにはありました。

 

しかし、飼い主が死んだという事になると、この許可書は破棄されます」

 

「そ、そんな!!

 

そちらで、引き取ることは出来ないんですか!?」

 

「引き取るって」

 

「出来なければ、即刻あの妖怪を駆除して下さい!!

 

村長の立場として、あれがいるのは迷惑なんです!!僕は、扱うことが出来ないんで……」

 

「……引き取るとなると、手続きが必要となってここにいる期間が予定より、ずっと長くなりますが……」

 

「それでも構いません!!お願いします!」

 

 

深々と頭を下げる村長に、幸人と秋羅は少々困った顔をして互いを見合った。



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鳴き声と警告

夜……

幸人は、村長が用意してくれた宿に泊まり、そこから暗輝の元へ電話していた。


「え?!一ヶ月もそっちに滞在するのか!?」

「あぁ。

異国の妖怪引き取らなきゃいけなくなってな。その手続きで、ここにしばらく足止めだ」

「そりゃ災難だな」

「終わり次第、帰る。

と言うわけで、家にいる馬達の世話お願い。瞬火にもそう伝えといてくれ」

「ハーイ。

お返しは、今度飲みに付き合え」

「ヘイヘイ」


電話を切り深く溜息を吐きながら、幸人は部屋へ戻った。戻ると、中に置かれていたベッドに紫苑は横になり眠りについており、彼女に秋羅が布団を掛けていた。


「紫苑の奴、寝たのか」

「今さっき」

「……あれ?紅蓮は?」

「あのグリフォンの所だ」

「何だ?もう仲良くなったのか?」

「様子見だろ。普通に」




牧場へ来た紅蓮は、辺りを見回し誰もいないことを確認すると、狼の姿へと変わり柵を跳び越えた。グリフォンは彼の姿を見るなり、立ち上がり寄ってきた紅蓮に毛繕いをした。

紅蓮もお返しに毛繕いをし、傍に横たわるとあくびをして眠りに付き、グリフォンも眠りに付いた。


翌朝……

 

 

「月影様!!月影様!!」

 

 

朝早く、部屋の戸を激しく叩く音に、幸人と秋羅は起きた。

 

 

「どうしたんだろう?」

 

「さぁ」

 

 

ベッドから降りた幸人は、部屋の戸を開けた。そこにいたのは、血相をかいた村長だった。

 

 

「どうしたんです?こんな朝早くから」

「いないんです!!」

 

「え?いない?

 

何がです?」

 

「子供が……

 

 

子供がいなくなったんです!!」

 

 

いなくなった子供の家へ行く幸人と村長。その家には事件を聞きつけて来た村人達が、集まっていた。

 

人混みを掻き分けて、家の中へと幸人は入った。中では、泣き崩れる母親と彼女を宥める父親がおり、村長に釣られ娘の部屋へと案内された。

 

 

部屋は窓が開いており、争った痕跡が無かった。

 

 

「ここの娘さんの名前と歳は?」

 

「芽以と言って、歳は13歳です。

 

話しですと、今朝起こしに行ったら物家の空に」

 

「……」

 

 

宿へと戻ろうとした時、ふと宿を見ると中から紫苑が袋を持ち出て来た。気になり彼女の後をついて行くと、辿り着いた場所は、村長の牧場だった。柵を跳び越え向かった先にいたのは、紅蓮と彼の傍で添い寝するグリフォンだった。

 

 

(いつの間に仲良くなったんだが……)

 

 

駆け寄ってきた紅蓮に、紫苑は袋から出した木の実をあげた。すると、彼女はグリフォンの傍には行かず、彼が見える範囲に座り込んだ。

 

 

(……ほっといた方が、良さそうだな)

 

 

眺めていた幸人は、そう思いその場を離れた。

 

 

 

「子供がいなくなったねぇ……」

 

 

宿に戻ってきた幸人は、事件の内容を秋羅に話した。

 

 

「何か、俺等が行く所頼まれる所、子供がいなくなる事件多いな」

 

「子供の肉の方が新鮮だからな」

 

「じ、じゃあ俺も」

 

「狙われやすいのは、15歳以下の女だ。

 

お前は19歳の男だろ」

 

「いやそうだけど……

 

少しは心配しろよ~」

 

「はいはい」

 

 

 

村長の牧場でグリフォンを眺める紫苑。すると裏口が開き、その音に振り返ると家の中から女性が出て来た。

 

 

「……紅蓮、隠れて」

 

 

紫苑の指示に従い、紅蓮は茂みの中へと姿を隠した。

 

 

「アンタ、確かあの祓い屋達と一緒にいた……」

 

「……紫苑」

 

「フーン……紫苑って言うんだ」

 

「……それ、何?」

 

 

女性が手に持っていたバケツを指差しながら、紫苑は彼女に質問した。

 

 

「これ?

 

その化け物にやる餌。やりたくないんだけど、飢え死にしちゃ可哀想だからって。

 

 

全く、祖父さんも祖父さんよね!家族にこんな怖い化け物押し付けて、自分はさっさとあの世に逝っちゃったんですから!」

 

「……」

 

 

話を聞いた紫苑は、グリフォンと女を交互に見ると、バケツを指差して言った。

 

 

「……やろうか?餌」

 

「え?」

 

「あいつの餌……やろうか?」

 

「いいの?」

 

「うん」

 

「じゃあお願い!」

 

 

嬉しそうにバケツを紫苑に渡すと、女性は家の中へと入った。その直後、狼の姿となっていた紅蓮が茂みから出ると紫苑の元へ駆け寄った。

 

 

『無責任な女だな?』

 

「嫌々やるより、私がやった方が早いじゃん」

 

『紫苑がいいなら、別にいいんだけど』

 

「平気。行こう」

 

 

グリフォンの元へ先に紅蓮が駆け寄り、話をするようにして鼻を合わせ、目を合わせると紅蓮は後ろを振り返り紫苑を見た。

 

見られた紫苑は、落ち着いた様子でゆっくりと歩み寄り、そして近くまで行くとバケツを置き様子を見た。グリフォンは鳴き声を上げると、ゆっくりと近付き嘴をバケツに入れ餌を食べ始めた。

 

 

「……紅蓮」

 

 

何かを言おうとした紫苑に、紅蓮は彼女の元へ寄り添い膝に頭を乗せた。そんな彼の頭を、紫苑は撫でながらしばらくグリフォンを眺めた。

 

 

夕方……

 

風が出て来た頃、紅蓮に抱き着きいつの間にか眠っていた紫苑は目を開けた。眠い目を擦りながら辺りを見回すと、一人の少女が村を歩いていた。

 

 

『日が暮れるのに、どこへ行こうとしてんだ?』

 

「さぁ……」

 

 

その時、大人しかったグリフォンが突然立ち上がり、鳴き声を上げ暴れ出した。落ち着かせようとする紫苑だったが、グリフォンの上げた前足が、彼女の腕に当たりそのまま飛ばされてしまった。

 

騒ぎに気付いた村長が、すぐさまグリフォンを大人しくさせ紫苑は、彼の奥さんに釣られ家の中へと入った。

 

 

 

「紫苑!」

 

 

報せを受けやって来た秋羅は、村長の家に入り勢い良く部屋の戸を開けた。

 

 

「秋羅さん」

 

「紫苑の奴が怪我したって聞いて……」

 

「彼女なら平気です。

 

腕を傷付けられましたが、数日すれば完治します」

 

「そうですか……

 

で、紫苑は?」

 

「そ、それが……」

 

 

 

牧場へ来た秋羅……外には、包帯を巻いた手で紫苑はグリフォンの頬を撫でていた。グルフォンは気持ち良さそうに、彼女に擦り寄り甘えていた。

 

 

「随分、懐かれたみたいだな」

 

 

声を掛けながら、近寄ってきた秋羅に紫苑は振り返り彼を見た。

 

 

「傷、大丈夫か?」

 

「平気」

 

「なら良いけど……」

 

「悪気あって、蹴ったわけじゃない」

 

「え?」

 

「……何かを伝えようとしてたみたい」

 

「何かって……何だ?」

 

「分かんない」




夜中……


紅蓮に寄り添い眠るグリフォンは、目を開けそして鳴き声を上げた。傍で寝ていた紅蓮は目を開け、辺りを見回した。

二人の少女が、男と一緒にどこかへ歩いて行くのが見えた。


(……何だ?

確か、夕方も)


気になった紅蓮は、離れて彼女達の後をついて行った。


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禁断の実験

翌朝、幸人の元へ入った……三人の少女がいなくなった。歳は皆13歳から15歳。

村長から受け取った村人の名簿を見る幸人は、まさかと思い持ってきていた一冊の本を開き、何かを調べた。


「……ヤバい」

「何がヤバいんだ?」

「思い過ごしならいいんだが……


禁断実験、やろうとしてる奴がいるかもしれない。この村に」

「禁断実験?

何だよ、それ」

「数多くの犠牲者を出した実験の一つだ。


黒魔術とも言われていて……生きた血と引き替えに、口寄せの術を使うと妖怪を呼び出せるものがあるんだ」

「……聞いたことある。

確か、祓い屋達の中で、一時期流行ったって」

「確かに流行った……だが、その欲望のための実験のせいで、幼い命が数多く奪われた。

庶民からの訴えで、その実験は法律上特別な理由が無い限り禁止となった。


もしこの実験が行われようとしてるなら……四人の命が危ない」

「でも、どうするんだ?

助けようにも、前みたいに道案内してくれる蛍も何もいないんだぞ」

「……妖精か何かが、ここへ来て俺等に道案内してくれないかなぁ」

「ふざけたこと言ってねぇで、策考えろ!!」


牧場へ来た紫苑……彼女の姿を見たグリフォンは、立ち上がり駆け寄ろうとしたが、首に付けられていた鎖が邪魔をし一定の場所までしか行けなかった。

 

 

グリフォンの元へ歩み寄った紫苑は、グリフォンの頬を撫でながら近寄り、体を撫でてやった。

 

 

「……あれ?紅蓮は?

 

紅蓮!紅蓮!」

 

 

名を呼ぶが、紅蓮の姿はどこにも無かった。

 

 

「どこ行ったんだろう……

 

ねぇ、知らない?……って、知るわけ無いか」

 

 

その時、グリフォンは紫苑の腰に着けていた小太刀を嘴で突いた。彼女はグリフォンの嘴を手で抑えながら、空いている手で小太刀を抜き見せた。

 

小太刀を見たグリフォンは、首に付けられていた鎖を目一杯引っ張り、何かを訴えるかのようにして鳴いた。

 

 

理解した紫苑は、辺りを見て誰もいないことを確認すると鎖を切った。自由になったグリフォンは、紫苑を銜え勢いを付けて自身の背中に乗せると、助走を付けてそのまま飛んでいった。

 

 

 

「いなくなった!?」

 

 

牧場へ駆け付けた幸人と秋羅は、柵を跳び越え辺りを見た。隅に生えている木に繋がれていたグリフォンの姿はどこにも無く、同じように紫苑の姿も無くなっていた。

 

 

「どこに行ったんだ……あいつ」

 

「グリフォンの奴もいなくなってる……

 

誰か、見た奴いないのか?!」

 

「いるもいないも、この時間は皆畑仕事や自分の仕事をやっているんで、そこまで面倒は見切れません!」

 

「第一、あの化け物は祖父さんが世話してたのよ!

 

何で孫である、兄や私が面倒を見なきゃいけないのよ!ただでさえあの化け物は、皆から嫌がられているのに!!」

 

「……」

 

 

その時、茂みから血を付けた紅蓮が飛び出し、二人の方へ駆け寄った。

 

 

「紅蓮!」

 

『紫苑が危ない!来い!』

 

 

それだけを言うと、紅蓮は駆け出しその後を二人は追い駆けていった。

 

 

 

数分前……

 

森の奥へと来たグリフォンと紫苑。とある屋敷に降り立つグリフォンから、紫苑は辺りを警戒しながら飛び降りた。

 

 

(嫌な臭い……血のにおいが混じってる)

 

 

グリフォンの嘴を一撫ですると、紫苑は警戒しながら屋敷の戸を開けた。中は夥しいにおいが漂っていた。

 

中へ入った瞬間、戸が勢い良く閉まり何も見ることが出来ずに、背後から何かで頭をぶたれた紫苑は、床に倒れそのまま意識を失った。

 

中の異常に気付いたのか、グリフォンは鳴き声を上げ森中に響かせた。その声にいち早く気付いた紅蓮は、屋敷の裏から柵を跳び越え、幸人達の元へと急いだのだ。

 

 

 

「……?」

 

 

目を覚ます紫苑……起き上がろうとしたが、体が固定されているのか手足が動かせなかった。

 

 

「動かせないよ。

 

これから、血を採るから」

 

 

注射を手にして、不敵な笑みを浮かべ名が現れたのは男だった。

 

 

「ようやく、俺の実験をあのイカレタ野郎達を見返せる」

 

「実験?」

 

「妖怪を呼び出す方法を見つけて、イカレタ野郎達に見せようとしたら、そんなの想像に過ぎないとか言いやがって……

 

だから、ここで妖怪を呼び出してあいつ等を攻撃しようかと思って」

 

 

ふと周りを見ると、檻の中に入れられた行方不明になった女の子達が涙を浮かべて、そこにいた。

 

 

「……!!」

 

 

突然腕を掴まれた……次の瞬間、ある映像がフラッシュバックで、頭に流れた。

 

 

(……嫌だ……

 

嫌だ……嫌だ…嫌だ…!!)

 

 

腕に注射針が刺さった……それ共に声が聞こえた。

 

 

 

『やめて!!痛いの嫌だ!!

 

嫌だ!』

 

『返して……

 

お家に返して……』

 

『……帰りたい……

 

 

帰りたい……』

 

 

 

証明の灯りが照らす場所に、突如黒い煙が漂い始めた。そして、そこから出て来た……白い長髪の男が。

 

 

「な、何だ!?あいつは?!」

 

『……』

 

 

首だけを動かし、その男を紫苑は見た。すると男は、彼女の元へ歩み寄った。彼から逃げようと、紫苑は手足を動かすが逃げられず、目の前に立った男を見上げた。

 

紫苑の前に来た男は、手を伸ばした。彼女は頑なに目を閉じ体に力を入れた。

 

 

「……?」

 

 

頭を撫でる男……体に力を入れていた紫苑は、目を開けながら力を抜き男の顔を見た。

 

透き通った青い目が、紫苑の顔をジッと見つめていた。

 

 

「やった……ついにやった!!

 

よし!このまま、この子の血を!」

 

 

注射針を腕に刺そうとした次の瞬間、彼の手に何かが当たった。投げられた方向に目を向けると、そこには槍を持った秋羅と幸人、さらに紅蓮がいた。

 

 

「紅蓮……」

 

「やっぱり、禁断実験やってたか……

 

秋羅は、そこにいる女達を解放しろ!」

 

「分かった!」

 

 

懐から出した銃を、男は二人に向けた。次の瞬間、紅蓮は台に跳び乗り、彼に襲い掛かった。倒れたと同時に、注射が紫苑の腕から離れ、それを見た男は持っていた刀で、彼女の腕を拘束していた枷を叩き切った。

 

片方が自由になると、紫苑は腰に挿していた小太刀を抜き、もう片方の腕の枷を切った。

 

 

「逃がすか!!」

 

 

どこからか、リモコンを出した男はスイッチを押した。次の瞬間、紫苑が乗っていた台に電流が走り、彼女は体から煙を上げながら倒れた。

 

 

「紫苑!!」

 

『貴様ぁ!!』

 

 

炎を身に纏い、男に襲い掛かろうとした瞬間、彼の後ろにいた男が刀を振るい上げ、彼を真っ二つに切った。

 

 

「!?」

 

「キャァア!!」

 

「見るな!!」

 

 

噴水のようにして、血を吹き出した男の死体は力無く倒れた。紅蓮は炎を消し、男を見上げた。

 

刀に付いた血を払い鞘に収めると、男は紫苑に近付き彼女の頬を撫でた。

 

 

『……イ』

 

『?』

 

 

「紅蓮!!紫苑を連れて来い!!

 

この屋敷を燃やす!!」

 

『分かった!』

 

 

紫苑の手に持っていた小太刀で、彼女の足枷を切り抱え持った。その時、紫苑の手首に着けられていたブレスレットが光った。それを見た途端、男は黒い煙を上げてその場から姿を消した。

 

 

『……何だったんだ……あいつ』




燃え上がる屋敷……


外に座っていた女の子達に、秋羅は持ってきていた水を与えていた。


「もう少し休んだら、村に行こうね」

「はい……」

「お家、帰れるんですよね?」

「大丈夫。

俺達が責任持って、家まで送るよ」


その言葉に、暗かった女の子達の顔がパアっと明るくなった。そんな賑やかな声で、紫苑は意識を取り戻した。

目を覚ました彼女に、グリフォンは寄り嘴で顔を突いた。突いてきたグリフォンを、紫苑は起き上がり頬を撫でた。


「平気そうだな」

「?

あ、幸人」

「体は調子どうだ?」

「少し重い……

ねぇ、あの男は」

「死んだ。

今火葬中だ」

「……あれも?」

「あれって?」

「……私の傍にいた……長髪の男」

「さぁな。

紅蓮の話だと、消えたらしい」

「……」

「どうした?」

「……あの妖怪、私のこと撫でた」

「撫でた?」

「うん。

それに、あの男から私を助けようとしてくれた」

「……」

「撫でられた時、何か懐かしく感じた」


自身の頭を撫でながら、紫苑は幸人に話した。話をしている最中、彼女の顔はどこか嬉しそうな表情になっていた。


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新しい家族

夜……


村へと帰ってきた幸人達。村に着くなり、女の子達は一斉に親の元へと駆け寄り抱き着き泣き喚いた。親達は自分の娘達を抱き締めながら、感涙していた。


詳しい話は朝にすることにした幸人達は、宿へと戻り眠っていた紫苑を、ベッドへ寝かせた。


「……なぁ、幸人。

あの屋敷にいた、白髪の男……あれって、妖怪なのか?」

「何で?」

「女達を助けてる間、あいつのこと気になったからそっちに目を向けたんだ……

そしたらあいつ、紫苑のことを撫でてて」

「……」

「呼び出した妖怪って、凄い凶暴だって本に」

「分からん。

俺もそう教わった。だから、紫苑と紅蓮からその話を聞いて、少し驚いている」

「……半妖」

「?」

「紫苑の奴、半妖だから……他の妖怪達からは、襲われることはないんじゃ」

「んなわけねぇだろ。

妖怪同士でも、殺し合いはする」

「じゃあ何で!」

「俺が知りたいぐらいだ」


それから数日後……

 

 

幸人の元へ許可証が届いた……それを村長に見せた彼は、報酬と受け取っていた。報酬の数を数えながら、幸人は話した。

 

 

「本当に、命の恩人を売っていいんですかね」

 

「え?」

 

「あのグリフォンは、昨日の事件を全て把握していた。

 

喋ることが出来ないから、鳴き声を上げたり畑を荒らしたりして、知らせようとしてたんじゃないんですか?」

 

「……」

 

「まぁ、売ったもんはもう仕方ないですが……

 

祖父さんがここへ連れてきた理由は、多分この村を妖怪達から守るため」

 

 

数え終えた札束を、鞄の中へとしまうと幸人は外へと出て行った。

 

 

「何なの……まるで私達が悪いみたいじゃない!!」

 

「落ち着いて。事実そうだろう」

 

「っ……」

 

 

牧場……柵に乗りグリフォンの嘴を撫でる紫苑。グリフォンは気持ち良さそうに、喉を鳴らしそして彼女に擦り寄った。

 

 

「あ、幸人」

 

「話は終わった。

 

連れてくぞ」

 

「うん」

 

 

柵の鍵を開けると、幸人はグリフォンの手綱を引いた。グリフォンは外へと出て、柵の鍵を閉め手綱を紫苑に渡しそのまま村の外へと出て行った。

 

 

 

「さぁて、どうやって連れて帰ろう……」

 

「汽車に乗せようにも、乗せられねぇだろう?」

 

「だよな……」

 

「誰かが、こいつの背中に乗ってこいつを誘導しながら、家に行くしかないぞ」

 

「んな危険なこと出来るか」

 

 

二人が話している間、グリフォンは傍にいた紫苑を銜え、勢いを付けて投げ背中に乗せた。

 

 

「……秋羅、幸人」

 

「ん?どうかし……」

 

 

グリフォンを乗り熟している、紫苑の姿を見て幸人と秋羅は顔を合わせた。

 

 

「……紅蓮、一緒に行け」

 

『ヘーイ。

 

紫苑、そいつに乗って帰るぞ』

 

「大丈夫なのか?道分かるか?」

 

『俺が誘導する』

 

 

そう言いながら、紅蓮はグリフォンの背中に跳び乗った。二人が乗ったと同時に、グリフォンは助走を付けてそのまま飛んでいった。

 

 

「……無事に帰って来いよ……紫苑、紅蓮」

 

「行くぞ」

 

 

 

 

夕方……

 

 

家へ帰ってきた幸人達。戸を開けると、中では暗輝が夕飯を作っていた。

 

 

「あれ?暗輝さん、いたんですか?」

 

「まぁな。

 

何か、今日帰ってくる気がしてな!

 

 

夕飯まだだろ?作っといてやったぜ」

 

「助かりました~!」

 

「悪いな暗輝。馬の世話押し付けて」

 

「別にいいって!」

 

「瞬火も今回は急で悪かったな」

 

『別に良い』

 

「あれ?紫苑と紅蓮は?」

 

「え?まだ帰ってきてないのか?」

 

「……やっぱり、空の上へ」

 

「不吉なこと言うな!」

 

 

それからしばらくした後、外からグリフォンの鳴き声が聞こえてきた。幸人達が外へ出ると、牧場へ降り立つ一つの影があった。ランプを持ちそこへ近寄ると、紅蓮と彼に抱かれて一緒に、グリフォンから降りる紫苑がいた。

 

 

「ぶ、無事だったぁ……」

 

「何が無事なの?」

 

「こっちの話だ」

 

 

グリフォンの手綱を引きながら、紫苑は秋羅に案内された小屋へと言った。ずっと空いていた小屋の戸を開け、グリフォンを中へと入れた。グリフォンは少し戸惑った様子で、自身の柵の中をぐるぐると回った。

 

 

「まぁ、次期に馴れるさ」

 

 

差し伸べた紫苑の手に、グリフォンは嘴を触れさせ彼女の頬を舐めた。

 

 

「本当に懐かれたな。紫苑」

 

「うん。空飛んでる最中、色んな所見せてくれたんだ」

 

「そりゃあ、良かったな。

 

そういや、そいつに名前付けないとな」

 

「名前?」

 

「紅蓮にも名前付けてるだろ?

 

それと一緒に、そいつにも名前付けてやらねぇと」

 

「……」

 

「何か候補あるのか?」

 

「……

 

 

 

 

エル」

 

「?」

 

「エル……

 

名前、エル」

 

「エルか……

 

 

いい名前だな!」

 

 

 

夜……眠りに付く幸人達。その時、小屋にいたエルが鳴き声を上げた。鳴き声で目を覚ました紅蓮は、大あくびをして体を伸ばすと、外へと出た。

 

小屋の戸を開け中へ入ると、エルは鳴くのをやめた。柵の中へと入り傍に座ると、エルも座り紅蓮は横になり目を瞑った。落ち着きを取り戻したのか、エルは体を伏せ眠りに付いた。

 

 

 

「へ~、この子が新しい家族のエル君かぁ!」

 

 

翌日、暗輝と共に来た水輝は、小屋から出ていたエルを興味深く見ていた。

 

エルは紫苑の手から餌を食べているものの、自身の周りを歩き回る水輝をチラチラと睨んでいた。

 

 

「水輝、あまり周り歩かない方が」

 

「平気平気!

 

暗輝の動物で馴れてるから!」

 

「いっつも噛み付かれてるけどな」

 

「っ」

 

 

エルの体を診ていた暗輝は、前へと回り紫苑の肩を叩いた。

 

 

「こいつの口、開けさせてくれねぇか?」

 

「うん」

 

 

嘴に手を触れさせた紫苑は、上と下を押し上げ下げ暗輝に中を見せた。彼は中を見ながら、舌を手に取り触り診た。

 

 

「特に目立つ異常は無い。

 

少し栄養失調気味だけど、しっかり食べる物食べればすぐに回復する」

 

「やっぱりあいつ等、何も世話しなかったんだな」

 

「無理もねぇよ。

 

扱い方が分からない生き物の世話なんざ、したくは無いからな」

 

「そりゃそうだ」

 

 

診察を終えたエルは、首を一振りすると紫苑を銜え勢いを付けて、自身の背中に乗せた。前足を上げると、エルはその場から駆け出した。

 

 

「あらら、行っちゃった」

 

「軽い散歩だろう」

 

『俺を置いてくな!!』

 

 

エルを追い駆けていった紅蓮は、飛び立つ前に人の姿へと変わり、彼の背に飛び乗った。

 

エルは二人を乗せ、そのまましばらくの間空を飛び回った。




とある森……


水に映るエルに乗り笑みを浮かべる紫苑を見る、九本の尾を持った人影。


楽しそうにする彼女の姿を見て、その者は静かに微笑んだ。


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留守番

ある日の朝……


目を覚ます紫苑……異様な静けさに、彼女は飛び起き部屋を出た。下を覗くと、そこには誰もいなかった……

 

 

(……外かな)

 

 

靴を履き紫苑は外へと出た。

 

 

外では、小屋から馬を出す暗輝がいた。小屋へと来た紫苑に気付いた暗輝は、馬の手綱を引きながら彼女の方を向いた。

 

 

「紫苑、起きたか」

 

「……幸人と秋羅は?」

 

「依頼で出掛けてる。

 

今回の依頼は、お前を連れて行けないらしい。だから留守番」

 

「……」

 

「そう落ち込むなって。

 

夕方には帰ってくるって」

 

 

落ち込む紫苑を慰めるが、彼女はその場にしゃがみ草を弄った。

 

 

(こりゃ駄目だ……)

 

 

彼女に手を焼いていると、小屋から出ていなかったエルが鳴き声を上げ、彼女を呼んだ。その鳴き声に、紫苑は立ち上がり小屋の中へと入り、エルを外へと出した。

 

 

 

昼過ぎ……

 

 

暗輝と外でお昼を食べていた時だった。柵から鈴の音が聞こえてきた。柵の方に目を向けると、鈴を首に付けた瞬火が、何かを銜えてやって来た。

 

 

「客か?」

 

『二人、待ってる』

 

「分かった。

 

紫苑、来い」

 

 

野菜籠を背負い、暗輝は先に家へ帰った。紫苑は食べていたおにぎりを口に頬張り、彼の後を追い駆けていった。

 

 

裏口から家の中へ入ると、リビングの椅子に二人の男女が座っていた。

 

 

「……おや?

 

可愛い子がいるね?」

 

「秋羅達が引き取った、紫苑だ」

 

「随分乱れてるわね?髪の毛……梳かしましょうか?」

 

 

女性の質問に、紫苑は激しく首を横に振りそして二階へ駆け上った。

 

 

「紫苑!

 

すいません、俺等以外の人にまだ慣れてなくて」

 

「いいのよ。秋羅君もここへ来た頃は、ああいう感じだったから」

 

「ハハハ……確かに」

 

「フフフ」

 

 

柵越しから紫苑は、下を覗き見ていた。しばらくすると、二人は少量の野菜と紙袋を手にして去って行った。

 

 

「誰?」

 

「二人は近くにある施設の人だよ」

 

「しせつ?」

 

「身寄りの無い子や、訳あって親と一緒に過ごせない子達が暮らすとこだよ」

 

「……」

 

「お前も幸人達に引き取られず、売り場にいなければ施設に行ってたと思うぞ」

 

「行きたくない」

 

「そうか?

 

結構いいところだぞ?」

 

「……行くぐらいなら、地下で暮らしてた方がいい」

 

「おいおい……

 

 

あぁそうだ。この後、少し付き合ってくれ」

 

「どっか行くの?」

 

「動物の診察。

 

こっから近い所の家だから」

 

「分かった」

 

「紅蓮はここで、瞬火と留守番だ」

 

『承知した』

『嫌だ』

 

「おいおい……言う事、聞いてくれ」

 

『嫌な物は嫌だ。

 

俺は紫苑と一緒に行く』

 

『聞き分けのない山犬だな』

 

『あ!?』

 

「喧嘩すんな!」

 

「紅蓮、エルの面倒」

 

『……分かった』

 

(すんなり聞くのね……)

 

(面倒な山犬だ)

 

 

 

林で囲まれた道を歩き辿り着いたのは、大きな屋敷だった。門を開けると、突然何かに吠えられ驚いた紫苑は、暗輝の後ろへ隠れた。

 

吠えた方に目を向けると、そこにいたのは大きな犬だった。傍には数匹の小さい犬達がおり、彼等も吠えていた。

 

 

「相変わらず元気だな!紫苑、平気だ」

 

「……」

 

 

「星野先生!」

 

 

突然大きな声と共に、戸が勢い良く開いた。中から出て来たのは、肩に栗鼠や鳥を乗せた老人だった。

 

 

「猫が!猫が苦しそうなんだ!」

 

「わ、分かりましたから!落ち着いて!

 

紫苑、来い」

 

 

中へと入る二人……クッションの上で苦しむ黒猫の元へ、暗輝は駆け寄り診察を始めた。一人になった紫苑の足下に、数匹の子猫と子犬が擦り寄って来た。

 

 

夕方……全ての動物の診察を終えた暗輝は、老人に薬を渡し一言二言行って、彼の家を後にした。

 

 

「あの猫、大丈夫なの?」

 

「大丈夫大丈夫。

 

単なる食べ過ぎだ。二三日すれば元通りだよ」

 

「……あの家、いっぱい飼ってた」

 

「死んだ奥さんの忘れ形見なんだ。

 

奥さん、動物が大好きな人でね。

 

 

 

亡くなった後、爺さんが全部引き取って面倒見てるんだ。爺さんにとって、それが生き甲斐みたいなものだからな」

 

 

帰路を歩き、家に入ったと共に電話が鳴った。暗輝は電話の受話器を手に取り、話し出した。その間に紫苑は、庭へと出て行き、外に出ている馬達を小屋の中へと入れた。

 

 

 

「紫苑!紫苑!」

 

 

家から暗輝の声が聞こえ、エルを追い駆けていた紫苑は足を止めた。エルは追い駆けてこなくなった彼女の元へ駆け寄り、嘴を頬に当て擦り寄った。

 

 

「何だろう……紅蓮、先行ってて」

 

『分かった』

 

「エル、おいで」

 

 

エルの手綱を引き、小屋へと入れると紫苑は家の中へと戻った。

 

 

「え?帰る?」

 

「急な患者が入ってきて、水輝一人じゃ手に負えないらしい。

 

幸人達は、夕飯前には帰るって行ってたから、もう少ししたら帰ってくると思う。

 

本当、ごめんな!」

 

 

手を合わせながら、暗輝は申し訳なさそうにして出て行った。紫苑は軽く息を吐くと、傍にいた紅蓮の頭を撫でた。

 

 

それからしばらく、紫苑はリビングで本を読みながら二人の帰りを待った。だが、いくら待っても二人は帰ってこなかった。

 

 

 

21時過ぎ……先に夕飯を食べ終えた紫苑は、玄関の方から聞こえた音に反応し、嬉しそうに玄関へ行った。

 

静けさが漂うドア……何もいない事に、少しガッカリしながら彼女はリビングへ戻った。

 

 

22時を過ぎた頃、紫苑は不安になりながら家の外へ出た。冷たい風が吹く外……草花を靡かせる音が、辺り全体に響いていた。

 

 

遠くを見る紫苑……

 

 

『すぐ、帰ってくるよ』

 

「?」

 

『だから、ちょっと待っててね』

 

「……」

 

 

優しい声が、紫苑の耳に響いた……ただならぬ不安に、紫苑は紅蓮の背中に乗り家を飛び出した。

 

 

 

月明かりに照らされた林道を歩く幸人と秋羅。

 

 

「ったく、テメェが意識なくなってたせいで、帰る時間が遅くなったじゃねぇか」

 

「幸人だってそうだろう!!」

 

「俺はすぐに目が覚めた!

 

あ~あ、これで暗輝にまた飲みに付き合わなきゃならねぇなぁ」

 

「友達なんだろ?暗輝さん」

 

「ただの腐れ縁だ」

 

「そう言ってると、あの二人から見放されるぞ」

 

「ご心配頂きありがとうございやす」

 

「絶対思ってねぇだろう」

 

「……?」

 

 

林の奥から近寄ってくる影……二人は足を止め、その方向を見た。その影が近付き、二人の前で止まった。

 

その影は紅蓮だった……彼の背中に乗っていた紫苑は、二人を見上げるようにして、顔を上げた。

 

 

「紫苑?」

 

「どうしたんだ?紫苑、お前がこんな時間まで起きてるなんて……」

 

「……」

 

「紫苑?……!」

 

 

涙を流す紫苑……彼女は、泣きながらその場に座り込んだ。泣き出した紫苑を、幸人は抱き上げた。抱き上げられた彼女は、彼に抱き着きながらしばらくの間泣き続けた。




夜道を歩く幸人に抱かれた紫苑は、泣き疲れ彼の腕の中で眠っていた。歩いている間、紅蓮は暗輝が急用で帰ったことを、二人に話した。


「じゃあ暗輝さんが帰った後、紫苑はずっと一人で」

『留守番してた。

何度も玄関に行ったりして』

「何か、可哀想なことしたな」

「これからはなるべく、紫苑を連れて行ける仕事にするか」

「だな。

寂しい思いさせて、悪かったな」


そう言いながら、秋羅は眠る紫苑の頭を撫でた。彼女は気持ち良さそうに、眠っていた。


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昔の主

強い日差しの中、小屋から汚れた藁を出す紫苑と秋羅。

紫苑は、藁を外へと出すと深く息を吐き、被っていた麦わら帽子を取った。


「……暑い」

「今年もまた、暑くなりそうだなぁ……」


傍にあった水筒から水を飲みながら、秋羅は太陽を見た。


「秋羅ぁ!秋羅ぁ!」


家の方から聞こえてきた幸人の声に、外にいた紫苑は小屋の中にいた秋羅の元へ行った。


「秋羅、幸人呼んでる」

「え?

あ、本当だ。ここ頼んでいいか?」

「うん」


小屋の仕事を紫苑に任せ、秋羅は家へと戻った。

寄ってきたエルを撫でると、紫苑は小屋の仕事をし始めた。


「買い物?」

 

「あぁ。

 

今、祭りで色々な物が安く売ってる。リスト渡すから、これら頼むわ」

 

「食い物と日用品と……何か、怪しい物が書かれてるけど」

 

「こないだの仕事で、結構使ったからな。

 

薬類も頼む」

 

「……」

 

 

 

賑わう市場……その中を歩く秋羅。日用品と食料を買い、薬品を買おうと店に入った時だった。

 

 

「ああ!秋羅さん!」

 

 

何やら困った顔をしていた亭主が、秋羅の姿を見るなりホッとしたような表情を浮かべて、手を振ってきた。亭主の前には、貴族の格好をした男と少年がいた。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、この人が妖怪を祓ってくれる人を探しているらしくて」

 

「……」

 

 

目の前にいる男は、少々偉そうな表情で秋羅を見ていた。その隣にいる少年も、彼と同様偉そうに秋羅を見ていた。

 

 

「……話だけなら聞きます。

 

引き受けるかどうかは、師に聞かないと分からないので」

 

「構わん。それでも」

 

「では、俺と一緒に来て下さい。

 

あ、亭主!このリストに書かれてる薬くれ」

 

「まいど!」

 

 

必要な薬を買い、町の外に止めていた馬車に荷物を置くと、秋羅は二人を馬車へと乗せ馬を歩かせた。

 

 

 

数時間後……馬の鳴き声に、馬達の見張りをしていた紫苑は、柵を跳び越え玄関へ向かった。

 

玄関前では、秋羅が馬車から馬を放している最中だった。

 

 

「お帰り」

 

「ただいま。こいつ、戻しといてくれ」

 

「分かった。おいで」

 

 

手綱を引かれ、馬は牧場へと入った。紫苑は手綱を外し、馬の尻を軽く叩いた。馬は駆け出し、待っていた仲間の元へ駆け寄ると共に走り出した。

 

 

「広い牧場をお持ちなんですね」

 

「まぁね。

 

仕事がない日が続く時があるんで、その時には作物等を売って、生活してるんで」

 

「ほぉ」

 

「さぁ、中へ。

 

幸人!依頼人!」

 

 

リビングへ案内された二人は、ソファーに腰を下ろした。すると二階から、寝ていたのか大あくびをしながら幸人が降りてきた。

 

 

「何?依頼人?」

 

「そうだ……って、寝てたのかよ!」

 

「うたた寝だ!うたた寝!」

 

「起きてろ!」

 

「いいから、さっさと買ってきた物しまっとけ!」

 

 

文句を言いながら、秋羅は買ってきた物をしまい出した。その間に、幸人は男から話を聞いていた。

 

内容は、ある子供を手放してから、妖怪が自分が管理している町を襲うようになった。襲ってくる妖怪の退治と、頭であろう妖怪の始末をして欲しいとのことだった。

 

 

「妖怪退治ねぇ……」

 

「その手放した子供って、今は?」

 

「知りません。

 

娘が気に入ったので、地下の方で買った子でしたから。その後の行方など」

 

「何故手放したんですか?」

 

「息子の手に、その子供が飼っていた犬が噛み付いたもので。

 

危険と判断して、返品したんです。全く、無駄なお金を使ってしまいましたよ」

 

「……」

 

「ねぇ、馬の他に何か動物いるんですか?」

 

 

窓から牧場を見ていた少年は、秋羅に質問した。

 

 

「あ、あぁ。牛が数頭。

 

あと、黒大狼が一頭と西洋妖怪のグリフォン」

 

「西洋妖怪がいるんですか!?」

 

「あぁ。前の依頼で引き取ったんだ」

 

「見せて下さい!」

 

「え?」

 

「父様、いいですよね?」

 

「構わん」

 

「やったぁ!

 

さぁ、早く見に行きましょう!」

 

「いや、まだ許可出して……」

 

「行って来い。

 

あいつが傍にいれば、平気だろ?」

 

「それもそうか……」

 

「早くぅ!」

 

「今行く!」

 

 

牧場へと出た少年と秋羅……丁度そこへ、空の散歩をしていたエルが、地面へと降り立った。彼の元へ、秋羅と少年は駆け寄った。エルの背中に乗っていた紫苑は、飛び降り擦り寄ってきたエルを撫でた。

 

その時、出迎えに寄ってきていた紅蓮が、牙を剥き出し唸り声を上げながら、戦闘態勢を取りだした。

 

 

「紅蓮?……!」

 

 

歩み寄ってきた秋羅の隣いる少年を見た瞬間、紫苑は紅蓮の首根っこを掴んだ。次の瞬間、その手を振り払おうと暴れ出した紅蓮。彼の変貌ぶりに、秋羅は少年を後ろへ行かせ、紫苑の元へ駆け寄り話した。

 

 

「どうしたんだ?!紅蓮の奴」

 

「あいつが来たから、襲おうと!

 

紅蓮!大人しくして!」

 

「あいつって……

 

あのガキと知り合いなのか?」

 

「……」

 

 

その時、エルの鳴き声が聞こえた。ハッと振り返ると、エルは前足を上げ、目の前にいる少年を襲おうとしていた。

 

 

「エル!駄目!!」

 

 

紫苑の声に、エルは少年を襲う寸前でやめ、地面に足を突いた。駆け寄ってきた紫苑に、エルは擦り寄ると少年から引き離すかのようにして、彼女を銜え勢いを付けて自身の背中に乗せた。そして紅蓮の傍へ行き、彼と共に駆け出し柵の外へと出て行き、森の中へ入って行った。

 

 

「……わ、悪いな。

 

あのグリフォン、あいつにしか懐いてなくて」

 

「あの子は?」

 

「仕事関係で、引き取った子供」

 

「……名前は?」

 

「あいつは」

「秋羅!」

 

 

名前を言おうとした時、幸人が彼の名を呼びながら歩み寄ってきた。

 

 

「これからすぐに、そいつの親父さんと一緒に町に行くぞ」

 

「え?!今から!?」

 

「そうだ。

 

って、紫苑は?」

 

「空の散歩」

 

「……呼び戻しとけ」

 

「は~い」

 

 

怠そうにあくびをしながら、幸人は家の中へと入った。軽く溜息をする秋羅に、少年は話し掛けた。

 

 

「あの、紫苑って……」

 

「さっきの子の名前。

 

お前は先に家の中に入ってな。俺は紫苑を連れ来るから」

 

「はい」

 

 

そう言うと、秋羅は森の中へ入って行った。彼を見送った後、少年は不敵な笑みを溢した。

 

 

(……こんな所に、住んでたのか……紫苑。

 

 

俺の下部)




森の中へと来た秋羅……奥の方へ行くと、ため池の所に、紫苑達はいた。エルは大人しく池の水を飲み、その傍で紅蓮の胴に凭り掛かり座る紫苑が、彼の頭を撫でていた。


「紫苑!」


呼ばれた紫苑は、立ち上がり秋羅の方を向いた。


「これから、依頼であの男の町に行く」

「え……」


その言葉を聞いた途端、水を飲んでいたエルが紫苑の傍へ行き、秋羅を威嚇するようにして吠えた。


「エル!」

「何か、お前限定だな」

「違う……

あいつの所に行こうとするから……行くなって」

「……知り合いなのか?」

「……



昔の……主」

「……」

「幸人達に引き取られる前、別の主の所にいたの知ってるでしょ?」

「一応……

それが、あの二人の所」

「……」

『噛み殺していいなら、今すぐにでも』

「いや、駄目に決まってんだろ。

距離置いといていいから、ついて来い」

「……」

「命令だ!

任務に同行しろ!」

「……秋羅、ウザい」

「うるせえ!!」


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仮の家族

賑わう町へ来た幸人達。男に案内され、辿り着いた場所は町から少し離れた、庭付きの豪邸だった。

 

 

「で、デカい……」

 

「さぁ、どうぞ」

 

 

敷地内に入ったと同時に、空からエルと共に来た紫苑は、庭に降り立ち人の姿となっていた紅蓮と共に、彼の背中から飛び降りた。

 

 

「紅蓮、エルと一緒にいて」

 

『了解』

 

 

手綱を紅蓮に渡し、紫苑は幸人達の元へ駆け寄った。

 

 

向かい合い座る幸人達……テーブルに並べられた資料を、紫苑はシングルソファーに座り目を通していた。

 

 

「その書かれている事全てが、子供を手放してからの被害リストです」

 

「……被害と言いますが、ほとんどの被害がこの家ですね」

 

「そうなんです。

 

一体、何故家だけを狙うのか……」

 

「……

 

 

無闇に動物を殺したからじゃないの?」

 

「?」

 

「どういう意味だ?」

 

「別に……

 

そこにいる息子さんに、聞いてみれば?」

 

 

そう言った途端、少年は目を微かに動かし紫苑を睨んだ。

 

 

「あ!紫苑だぁ!」

 

 

戸が開いたと共に入ってきた、女の子が紫苑の元へ駆け寄り彼女に飛び付いた。

 

 

「菊乃!お父さんは今、大事なお話をしてい……

 

紫苑……」

 

 

入ってきた母親は、持っていた籠を地面に落とした。その様子を見て、幸人と秋羅は顔を合わせた。

 

 

「……紫苑」

 

「?」

 

「表に出てろ」

 

「え……」

 

「エルがそろそろ、鳴き喚く頃だ」

 

 

幸人の言葉通り、エルの鳴き声が聞こえてきた。

 

 

「エル……」

 

「行って来い」

 

 

資料を置き、紫苑は部屋を出て行った。彼女の後を菊乃は追い駆けていった。籠に落ちた物を入れた母親は、幸人達に一礼すると、部屋を出て行った。

 

 

「……娘さん、凄い懐きようですね?」

 

「姉のように慕ってましたから……妻も妻で、実の娘のように可愛がったいましたから」

 

「……」

 

 

庭へ出た紫苑は、裏へと回りそこにいたエルの元へ歩み寄った。エルは彼女の姿を見ると、紅蓮の手から離れ駆け寄った。

 

 

「わぁ!大きいお馬さん!」

 

「菊乃、危ないから近付くのは」

 

「平気だもん!紫苑がいるから!」

 

 

そう言って、菊乃はエルに触れようと手を伸ばした。その手を、傍にいた紅蓮は止め彼女を紫苑の元へ引っ張った。

 

 

「いきなり触ると、蹴られるよ」

 

「え?!そうなの?!」

 

(相変わらず、オーバーだな……)

 

「ねぇねぇ!どうすれば、触れるの?」

 

「顔見せてあげて」

 

 

正面へと来た菊乃に、エルは嘴で突っついた。蹌踉け転び掛けた彼女を、紫苑が支え立たせ菊乃は彼女に笑顔を見せると、エルに手を差し伸ばした。エルは、彼女の手に自身の嘴を触れさせた。

 

 

「触れた!触れた!」

 

 

喜ぶ菊乃を見ていた母親は、微笑ましく見ていた。

 

その時……何かの気配を感じた紅蓮は、辺りを警戒しだした。彼と同じようにして、エルも辺りを気にし始めた。

 

 

「エル?どうかしたの?」

 

「……!」

 

 

気配を感じ取った紫苑は、菊乃を母親の元へ返すと腰に挿していた小太刀の柄を握り、辺りを見回した。

 

 

「紫苑、何か……」

「中に入って!!」

 

 

そう叫んだ瞬間、茂みから現れ出た妖怪に紫苑は襲われた。

 

 

「キャァアア!!」

 

 

外から聞こえた叫び声に、幸人達はすぐに外は飛び出した。外では紫苑を抑え込む妖怪が、口を開け押さえ付けていた彼女の腕に噛み付いた。それと同時に抑えられていなかった手で、紫苑は妖怪の体に小太刀を刺した。妖怪は痛がり鳴き声を上げ力を緩めた。その隙に紫苑は転がり離れた。

 

離れたのを見ると、紅蓮は手に炎を纏い妖怪を殴った。熱がった妖怪は、何かを睨みながら柵を跳び越え森へ逃げ込んでいった。

 

 

「……!

 

紫苑!」

 

 

腕から血を流す紫苑の元へ、秋羅と幸人は駆け寄った。彼女は腕を押さえながら、立ち上がろうとしたが足がふらついた。倒れかけた紫苑を、紅蓮は支え立たせた。

 

 

「ざっくりやられてるな……」

 

 

寄ってきた幸人は、紫苑の腕の傷を見ながらそう言った。母親に抱かれていた菊乃は、母親から飛び降り彼女の元へ駆け寄り、幸人達を見ながら話し掛けた。

 

 

「紫苑、大丈夫なの?」

 

「手当てすれば平気だ」

 

「でしたら、私が」

 

「お願いします。

 

秋羅、付いてってやれ」

 

「分かった」

 

「俺は森に行って、様子を見てくる。

 

紅蓮、お前も一緒に来い」

 

『……』

 

「紅蓮、幸人に付いてって」

 

『でも……』

 

「私は大丈夫だから」

 

『……分かった』

 

 

先に行った幸人の後を、紅蓮は追い駆けた。そして彼等が見えなくなったのを機に、紅蓮は狼の姿へと変わり幸人を乗せ森の中を歩き出した。

 

 

 

部屋で傷の手当てをして貰う紫苑……包帯を巻くと、母親は器具を片付けながら言った。

 

 

「これで大丈夫よ。

 

紫苑のことだから、少し寝れば傷口はすぐに塞ぐはずよ」

 

「良かったね!紫苑!」

 

「……」

 

「紫苑?」

 

 

こっくりこっくりとしていた紫苑を、秋羅は寝かせた。

 

 

「紫苑、寝ちゃった……」

 

「多分、疲れたんだろう。

 

ここ来てから、何か気ぃ張ってたみたいだし」

 

「……」

 

「菊乃、お父さんの所に行ってなさい」

 

「ハーイ!」

 

 

元気よく返事をした菊乃は、部屋を出て行った。二人っきりとなった途端、母親は秋羅に話し掛けた。

 

 

「あの、紫苑は今そちらで」

 

「えぇ。こちらで面倒を見ています。

 

と言っても、互いに面倒を見てるって感じですね」

 

「……この子、ちゃんとご飯食べてますか?」

 

「えぇ…まぁ」

 

「……良かったぁ」

 

 

安堵の息を吐くと母親……次第に彼女の目から、数滴の涙が流れ出た。




『名前、無いの?』

なまえ?

『無いなら菊乃が付けてあげる!』

つけて、あげる?

『このお花の図鑑に、綺麗な花があったの!』

はな?

『えっとね……


あった!これ!この名前が良い!』


……


しおん?


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記憶

森を探索する紅蓮と幸人。折れていた木の枝を見ながら、幸人は辺りを見回した。


「……紅蓮」

『テメェが思った通りだ』

「やっぱりか……

あの地主、とんでもないことしやがったな……ったく」

『どうする?』

「どうするもこうするも、やるしかないっしょ?

一応、依頼人だ」

『……』

「……紅蓮」

『?』

「お前の名前、紫苑が付けたのか?」

『……まぁな。

炎を使う黒狼……紅蓮の炎から取ったんだ』

「紫苑がその言葉を知ってたのか?」

『いや……森に来ていた青年が、紫苑に聞かせていた本に、紅蓮の炎って言う言葉があったんだ。

その意味を聞いて、そんでこの名前さ』

「……紫苑の名前は、あの菊乃って子が?」

『あぁ……』

「前から思ったけど、君等はいつから一緒に?」

『さぁね。

目が覚めた時には、もう傍に紫苑がいた』

「覚める前は?」

『知らねぇ』

「え?」

『覚えてねぇんだよ。不思議なことに。

ただ覚えてるのは、目が覚めて紫苑を見た時……俺が、こいつの傍にいなくちゃなって、思ったくらいだ』

「……紫苑も同じなのか?記憶が無いのは」

『あぁ』

「……」


その頃、食卓の椅子に座っていた秋羅は、母親の話を聞いていた。

 

 

「紫苑が家へ来たのは、丁度去年でした。

 

冬が終わりかけた頃に、主人に連れられてきたんです」

 

「失礼ながら、何で紫苑を?」

 

「……菊乃を産む前、私はもう一人子供を授かってました……

 

しかし、その子は生まれる前に……」

 

「……」

 

「それから数年後に、菊乃を産みました……けど、やはり傷が癒えなくて……

 

 

そんな時、主人は心の支えにと……紫苑を連れてきたんです。初めは誰にも懐こうとしない上に、近付けば逃げてしまって……けどあの子、本を読んでいる間だけは近付いても逃げようとしませんでした」

 

 

床に座り本を読む紫苑……彼女の傍に近寄った菊乃は、別の本を開き一緒に読んでいた。

 

 

「……息子さんが紅蓮に噛まれたのが原因で、地下の方に返品されたと聞いたんですが……」

 

「……柚人がいけないんです……

 

紅蓮の嫌がることをしたあの子が……

 

 

柚人は、将来祓い屋になることを夢見ていて、珍しい生き物がいると、それを捕まえてきて実験だ何だと言って、自身で開発した薬や札を使っていました」

 

「……」

 

「そんな彼の前に、あの大きな黒狼。いても立ってもいられなくなって、紅蓮に手を出したんです……

 

 

そして、彼の叫び声を聞きつけて駆け付けたら……あの子の腕から、大量の血が流れ出ていて……

 

紫苑に抑えられて、何とか助かりましたが……主人は、『こんな危険な物を置いとくわけにはいかない。すぐに返してくる!』と言って……」

 

「……そうだったんですか」

 

「でも……よかった……

 

 

あなた方みたいな、優しい方に引き取られていて……ずっと気懸かりだったんです。紫苑は今、ちゃんとご飯を食べているのか…人並みの生活をしているのか」

 

「……」

 

 

 

夕暮れ……庭の隅に建てられた小屋の中で、本を読む柚人。

 

 

「……」

 

『祓い屋?無理無理!柚人は』

 

『何で?』

 

『勉強して動向出来るわけねぇだろ。

 

祓い屋ってのは、血筋でなるんだ!町長の坊ちゃんである柚人には、無理だよ!無理!』

 

 

 

ふと思い出す友達の声……読んでいた本を力任せに投げた柚人は、深く息を吐きながら机に広げていた資料を見た。

 

 

(人を馬鹿にしやがって……今に見てろよ)

 

 

 

夕方……

 

森から帰ってくる幸人と紅蓮。エルの傍にいた紫苑の元へ、紅蓮は駆け寄った。寄ってきた彼の頭を撫でながら、幸人の方を向いた。

 

 

「何か分かった?」

 

「まぁな。

 

知ってたのか?この事」

 

「……うん」

 

「やっぱりか」

 

「……幸人」

 

「ん?」

 

「森行ってもいい?」

 

「え?」

 

「ここにいる奴等は、私がいた頃はここを襲わなかった……だけど、私がいなくなった途端、ここを襲うようになった。

 

 

でも、私がまた現れた瞬間、全く襲いに来てない」

 

「確かに。

 

だが、お前一人じゃなぁ」

 

「紅蓮連れてく」

 

「……ま、それなら良いか。

 

あんまし、無茶するなよ」

 

「分かった」

 

 

紅蓮の背中に乗り、二人は森の中へと入って行った。

 

彼等の後を追い駆けようとしたエルを、幸人は抑え彼の嘴を撫でながら宥めた。

 

 

「お前の出番は、もう少し後だ」

 

 

 

森へ来た紫苑……紅蓮の背中から降り辺りを見回した。目に入る一部の草木が枯れており、地面に落ちていた枯れ葉を拾い見た。

 

 

「……見ない間に、こんな」

 

『あの家が原因だろう……』

 

「……紅蓮」

 

『ん?』

 

「私達が住んでた森も……この状態だったら」

 

『それは無い。

 

あそこは、リルや天狐が守っている。それに近くにある村は、あの森を守ってくれている。

 

 

平気だ』

 

「……」

 

『?どうかしたか?』

 

「……

 

 

何でいないんだろう」

 

『?』

 

「人の子って……親がいるんでしょ?

 

菊乃みたいに……パパやママが」

 

『……』

 

「でも……私にはいない。

 

 

目が覚めた時には、紅蓮達しかいなかった……」

 

『……不満か?』

 

「全然。ただ不思議に思っただけ。

 

 

?」

『?』

 

 

微かな風が森に吹いた……異様な静けさに、紫苑は紅蓮の背中に乗その場を離れた。二人の後を、複数の影が追い駆けていった。

 

 

森の広場へと出た紫苑と紅蓮……紫苑は小太刀の柄を握り、辺りを見ながら言った。

 

 

「隠れているなら出て来い!

 

いるのは分かってる!!」

 

 

微かに動く草木……そして、それらは姿を現した。

 

 

立派な角を生やした巨大な鹿……すると、茂みから紫苑達を囲うようにして現れる鹿達。

 

 

「……」

 

『我等の森、あの者達が壊した……

 

だから、あの者達を壊そうとして何が悪い?』

 

「……早々に立ち去るように言う。

 

だから、これ以上攻撃しないで」

 

『何故そうまでして、人の味方をする。

 

貴様は妖怪であろう?』

 

「それは……」

 

『……やはり妖怪と人の血が混ざり合った者など、所詮は異端。

 

どちらかで、生きることなど出来やしない』

 

「っ……」

 

『それ以上主の悪口を言うなら、貴様等の頭噛み砕くぞ!』

 

 

今にも鹿に襲おうとする紅蓮を、紫苑は慌てて抑えた。

 

 

『……我等が大人しくしていても、他の者達はあの者達を壊す』

 

 

それだけを言うと、鹿は仲間を引き連れて森の奥へと姿を消した。立ち尽くす紫苑に、紅蓮は心配そうに見上げた。

 

 

「……平気。大丈夫」

 

『……』

 

「一旦帰って、幸人に相談しよう」

 

『……あぁ』

 

 

紅蓮に乗り、紫苑は幸人達の元へと帰った。




森を抜ける紫苑……その時、町の方から叫び声が聞こえてきた。気になり、紅蓮に頼み町の方へ行った。


「!?」


妖怪に襲われる住人。逃げ惑う人々。その光景を見た紫苑は、小太刀を構え襲っている妖怪達を次々に攻撃していった。


『数が多過ぎだ!』

「出来るだけのことはやる。

紅蓮、この事を幸人達に!」

『けど』

「私なら平気。

私より、今ここの人達の方が危ない」


自身に襲ってきた妖怪を切り裂く紫苑に、紅蓮は軽く擦り寄ると駆け出した。


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額の模様

住人を襲う妖怪達を、紫苑は次々に倒していった。


「早く、安全な所に」

「あ、ありがとう!」


男を逃がした時だった……彼女を囲うようにして、妖怪達が集まった。辺りを見て、キリが無いと思った紫苑は、素早く陣を描き中心に立った。


「悲しき氷の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ」


光り出した陣から、氷の吹雪が吹いた。紫苑は差し出した手から、数本の氷柱を作り出した。


「凍てつく氷の槍よ、貫け!」


それら全て一斉に放った。一部の妖怪達の体に、氷の槍は次々に貫き倒していった。


町長の家の庭で、エルの世話をする幸人と秋羅。その時大人しかったエルが、鳴き声を上げながら玄関の方を見た。柵を跳び越え敷地内に入ってきた紅蓮は、人の姿へとなり幸人達の元へ駆け寄った。

 

 

「紅蓮?

 

紫苑はどうしたんだ?」

 

『町に妖怪が襲ってきてる!』

 

「?!」

 

『紫苑が今足止めしてる!

 

ついて来い!』

 

 

再び狼の姿へとなった紅蓮は、柵を跳び越え町へ向かった。彼の後を幸人はすぐに追い駆け、秋羅も追い駆けようとした瞬間、エルは彼を銜え勢いを付けて自身の背中に乗せると、紅蓮の後を追い駆けていった。

 

 

 

息を切らす紫苑……周りには、倒した妖怪達の屍が転がっていた。その上に立つ新たな妖怪達が、彼女に攻撃していた。

 

攻撃してくる妖怪達を、次々に小太刀で切り裂く紫苑だが、体力に限界が来たのか一匹を倒した際に、地面に膝を突いた。

 

 

(駄目だ……これ以上……)

 

 

不意に自身を覆う黒い影……その影に紫苑は、恐る恐る顔を上げた。

 

鋭い爪を振り上げる妖怪……束を握る手に、力を入れ受け止めようとした時だった。

 

 

空からエルが降り立ち、妖怪に馬蹴りを食らわせた。

 

 

「紫苑!無事か!?」

 

「秋羅……」

 

 

するとここへ着いた紅蓮が、幸人を下ろすと紫苑の元へ駆け寄ってきた。

 

 

「紅蓮!」

 

「お前は下がってろ。

 

秋羅!」

 

「応よ!」

 

 

秋羅は腰に着けていたケースから三本の鎖で繋がった棒を手に取り、目の前にいる妖怪に攻撃した。幸人はその隙に10枚の札を宙に浮かせ、印を結びながらお経を唱え始めた。

 

 

幸人が妖怪を祓おうとしたその時、建物の影から飛び出してきた柚人。彼は瓶の栓を抜くと、中に入っていた液体を妖怪に掛けた。

 

 

「な、何だ?!あの液体?!」

 

「テメェ!!人が祓いやってる最中に飛び出すな!!死にたいのか!!」

 

 

柚人の胸元を掴み上げながら、幸人は言いながら怒鳴った。

 

その間に、妖怪の動きがしばらく止まっていた。だが、突然体を伏せると、沸々と黒いオーラを放ち始めた。

 

 

「幸人、あれ!」

 

「?……!!

 

な、何だ……」

 

「?」

 

 

黒いオーラを纏った妖怪は、咆哮を上げると鋭い爪を目に映った紫苑目掛けて突いてきた。

 

逃げようとしたが、怪我で足が上手く動かず逃げられずにいた彼女の前に、紅蓮は人の姿となって立ち体で攻撃を防いだ。

 

 

地面に滴る血……紅蓮は、突いてきた爪を脇に挟み食い止めていた。爪に付いた彼の血が、紫苑の足下に落ちた。

 

 

「紅蓮!!」

 

「しっかりしろ!!」

 

 

爪を引き抜いた妖怪は、咆哮を上げてその場で身構えた。秋羅に上半身を持ち上げられた紅蓮は、口から血を流しながら虚ろに目を開け、力を振り絞り手を上げ傍にいた紫苑の頬を撫でた。

 

 

『……無…事で……よかっ……た……』

 

 

笑みを溢す紅蓮……その手は力無く落ち、彼は意識を無くした。秋羅はすぐに着ていたベストを脱ぎ、それを彼の傷口に当て止血した。

 

 

頬に付いた血を触る紫苑……手に付いた血を見た瞬間、何かが頭に過ぎった。

 

風に靡く黒い長髪……どこかの桜の木の下に、その人は立っていた。

 

 

「…!!

 

っ!!うっ!!」

 

 

突如襲う激しい頭痛……紫苑は頭を抑えながら、苦しみ出した。

 

秋羅の声が遠くから聞こえた……だが、彼女の耳にはその声は届いていなかった。

 

 

(誰!!この人は!!

 

分からない!!分からない!!

 

 

頭が……頭が!!)

 

 

手に付けていたブレスレットの鎖が切れた……その瞬間、彼女の額からあの雪の結晶の模様が光り出し、体全体に広がった。

 

 

「!?」

 

「し、紫苑?」

 

 

秋羅達の前に立つ紫苑……白息を吐きながら、彼女は青くなった目を光らせて、目の前にいる妖怪に攻撃した。

 

折れる爪……折れた先から血を流した妖怪は、悲痛の声を上げた。苦しむ妖怪に、紫苑は容赦なく攻撃した。手に持っていた小太刀を、妖怪の左目に突き刺した。もがき苦しむ妖怪を見て、不敵に笑みを溢しながら紫苑は右目を突き刺し、そして胸元を突き刺した。

 

 

胸を押さえながら、妖怪はその場に倒れ大量の血を流しながら息絶えた。

 

死体を背に、自身の手に付いた血を舐める紫苑…… その姿に、秋羅達は恐怖を感じた。彼女はふとある方を向いた。そこにいたのは、柚人だった。

 

紫苑は小太刀を手に、柚人目掛けて襲い掛かった。襲われ掛けた彼は、怖じ気付き尻餅を付いた……殺されると思い、柚人は頑なに目を瞑った。

 

 

「落ち着け!!紫苑!!大人しくしろ!」

 

 

幸人の声に柚人は、目を開きその光景を見た。彼に抑えられた紫苑は、幸人の腕に噛み付き暴れていた。

 

 

「秋羅!俺のバックから、赤い札と数珠を出せ!」

 

「でも!」

 

「いいから出せ!」

 

 

戸惑いながら、地面に置かれていたバックから札と数珠を出す秋羅。その時、紅蓮の体から青い炎が上がった……炎は人の姿となり、地面に落ちていたブレスレットを手に取り、幸人達に歩み寄った。

 

 

「な、何だ……あれ」

 

「……」

 

 

歩み寄ったそれは、暴れる紫苑を抑える幸人を見た。その何かを訴える目に、幸人はソッと手を離した。暴れ出そうとした紫苑を、それは抱き締めた。

 

大人しくなる紫苑……

 

 

『大丈夫だよ……もう大丈夫』

 

「……」

 

 

大人しくなった紫苑の手に、それはブレスレットを付けた。するとブレスレットが光り、その光に反応するかのようにして、体に広がっていた模様が収まり、紫苑はそれに凭り掛かるようにして意識を失った。

 

それは倒れた紫苑を横に炊き、地面へ寝かせた。そして幸人を見ると、一瞬微笑みを見せて消えていった。




君が暴走した時、僕が必ず君を止めるよ。



大丈夫。こう見えて僕は、丈夫だから。



君を立派に育てると、約束したんだよ……




どんな形になっても、僕は必ず君の傍にいるよ。


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複雑な感情

翌朝……


病院のベッドで眠る紅蓮……酸素マスクを付け、何本かのチューブを体に付け、機械音が病室に響いていた。


「今日持てば、回復し次期に目は覚めます。

失礼ながら、あの怪我で生きているのが奇跡です」


医師から説明を聞く秋羅。その時、別室で治療を受けていた幸人が、診察室へ入ってきた。


「幸人、怪我は?」

「大したことない。

紫苑に噛み付かれただけだ」

「……」

「先生、紫苑の奴は」

「あのお嬢さんでしたら、次期に目は覚めます。

かなり傷は多いですが、命に別状はありません」


その言葉に、二人は安堵の息を吐いた。



病室のベッドで眠る紫苑……開いていた窓から外にいたエルは、顔を覗かせ彼女の頬に擦り寄り目が覚めるのを待った。


夕方……

 

 

目を覚ます紫苑……それに気付いたエルは、彼女の頬を舐めた。彼の嘴を撫でながら、紫苑は体を起こした。

 

 

「……!

 

紅蓮」

 

 

傍に紅蓮がいないことに気付いた紫苑は、痛む体でベッドから降り、病室を出た。見知らぬ所に、彼女は辺りを見ながら警戒した。

 

 

「紅蓮……紅蓮」

 

 

廊下を歩く紫苑に、背後から気配を感じ素早く振り返った。そこにいたのは、数枚のタオルを持った秋羅だった。

 

 

「部屋いなかったから、心配したぞ」

 

「……紅蓮、どこ?」

 

「紅蓮は別室だ。

 

まだ目が覚めてない」

 

「紅蓮の所に行きたい!

 

紅蓮、どこ?」

 

「……」

 

「……死んで……ないよね?」

 

「死んでないよ。

 

(まぁ、いっか……)おいで」

 

 

紫苑を抱き上げ、秋羅は紅蓮の病室へ行った。

 

 

部屋のドアを開け、部屋に入る秋羅と紫苑。彼女を下ろすと、引かれていたカーテンを開け、中へ入れた。

 

ベッドの上で、静かに眠る紅蓮……彼を見て、紫苑はすぐに駆け寄った。

 

 

「紅蓮……ねぇ、大丈夫だよね?」

 

「今夜持てば、助かるそうだ」

 

「……」

 

「心配しなくても、紅蓮は大丈夫だ」

 

「……

 

 

 

 

分かんない」

 

「?」

 

「紅蓮が怪我してから、私何かした?」

 

「……」

 

「紅蓮に血の手で頬を触られた時、目の前が真っ白になって……

 

頭の中で、何かがグルグルして」

 

「紫苑……」

 

「それが名前かどうかも分からない……

 

 

昔の記憶なんて、何にも無い……意識戻って目が覚めたら、あの森にいただけだった……

 

 

でも……」

 

 

大粒の涙を流す紫苑……布団から出ていた紅蓮の手を握りながら、彼女は話した。

 

 

「紅蓮いないと……

 

不安で不安で仕方ない…!

 

 

秋羅達の所に来てから、分かんない感情が出て来て……」

 

「……」

 

 

泣きながら紫苑は、紅蓮のベッドに伏せた。声を掛けようとした秋羅を、いつの間にか着ていた幸人は、首を左右に振りながら彼を外へ連れて出た。

 

 

「人と触れ合ってなかったから、感じたことのない不安が芽生えたんだろう」

 

「感じたことの無い不安?

 

どんなの?」

 

「そうだなぁ……

 

 

大事な家族がいなくなる……」

 

「!」

 

「簡単に言えばな。

 

ずっと森で暮らしていた……危険と言えば、妖怪が襲ってくることだけ。

 

だけど今は、人からも襲われる……亡くなるって意識し始めてんだよ。あいつは……

 

誰もが持ってる「死」と言う恐怖を感じ始めてんだ」

 

「……」

 

「さぁて、俺は馬鹿の説教をしに行くけど来るか?」

 

「馬鹿?」

 

「町長の馬鹿息子、柚人の説教だ。

 

 

正直、今回の紅蓮が重傷を負ったのはあいつのせいだ。それに、今妖怪達がこの町を襲っているのは、あの町長の家のせいだ」

 

「家?何で?」

 

「あの森には、森を維持するための湖があったんだ……

 

昨日、紅蓮と一緒に森を調べてみたら……湖があったと思われる場所は、枯れていた。

 

 

湖が無くなった事により、動物達の住み家が消えた」

 

「動物達の住み家が消えたのと、妖怪がこの町襲うようになったのとどういう関係があるんだよ」

 

「大有りだ。

 

妖怪は何故か、動物を襲わない……森があり、動物がいる場所には、滅多に妖怪は襲いには来ない。

 

だけど、今はその動物達がいなくなりつつある。

 

森が枯れて掛けている原因は、あの家」

 

「それが昔からなら、何で紫苑がいた頃は襲ってこなかったんだ?」

 

「当たり前だろう?

 

お前、鹿が狼を襲うか?襲わねぇだろう?

 

 

それと一緒で、紫苑がいた頃は襲おうとしなかったんだ。だが、強敵がいなくなれば万事OK。襲いたい放題だ。だから、襲うようになったんだろう。湖が無くなった根源である、あの家と自分達の害である息子を」

 

 

秋羅にそう話ながら、幸人は彼と共に町長の家へと赴いた。

 

柚人の部屋へ入る二人……彼は部屋に置かれている机に向かって座っていた。

 

 

「昨日の夜からずっとこの状態です」

 

「……」

 

「ねぇ、紫苑は?」

 

「怪我したから、病院に」

 

「明日お見舞い行っても良い?」

 

「出来るようになったら、一緒に行こう」

 

「うん!」

 

「すみません、息子さんと少し話が」

 

「分かりました。

 

菊乃、行きましょう」

 

 

全てを承知した母親は、部屋の戸を閉め離れた。

 

三人だけとなった部屋……幸人は置かれているベッドに座りながら、話した。

 

 

「あの薬は何だ?」

 

「……」

 

「妖怪が興奮状態に陥る薬は、法律上作るのは禁止されている。

 

知ってるよな?」

 

「……」

 

「何であの薬を掛けたんだ?」

 

「……効くと思ったから」

 

「効く?」

 

「あれは……眠り草を中心に作った、薬だった。

 

掛ければ、すぐに眠ると……」

 

「眠り草ねぇ」

 

「草と言っても、色んな種類がある。

 

眠り効果があっても、副作用で興奮状態になる時がある」

 

「そんなの、本に」

 

「本ばかりに頼るな」

 

「っ……」

 

「お前、祓い屋になりたいんだってな?」

 

「……」

 

「祓い屋になる条件は?」

 

「類いなる知識と霊力」

 

「はい失格」

 

「?!」

 

「類いなる知識な必要だ。

 

でも、祓い屋になるにはな……己の師匠を殺さなきゃいけないんだ」

 

「え?」

 

「それだけじゃねぇ……

 

祓い屋の修行として、最低でも15年は師の傍にいなきゃいけない。

 

 

その後は、師が亡くなるまで師の助手だ」

 

「そ、そんなこと何も」

 

「当たり前だ。

 

そう易々と、祓い屋を増やしたくないんだ……妖討伐隊と政治からすれば、精々10人いれば足りるぐらいだ」

 

「……」

 

「祓い屋が本を出さないのは、祓い屋志望を増やさないため。

 

祓い屋は己の目で、素質があるかどうかを見て弟子にするかを決めるんだ」

 

「……そんな。

 

あいつ等を見返せない!!」

 

「あいつ等?」

 

「学校の友達……見返したいんだよ……

 

俺でも……俺でも、祓い屋になれるって事を証明したいんだ!!」

 

「残念だが、諦めろ。

 

動物も人も大事にしない野郎の所になんか、祓い屋なんて誰も迎えに来やしないがな」

 

「っ!!」

 

 

部屋を出て行く2人……柚人は、机に置かれていた本を、壁に向かって力任せに投げ付けた。




夜……


紅蓮のベッドに伏せ、眠る紫苑に秋羅は毛布を掛けた。


「今晩は、ここに泊めさせて下さい。

多分、離れないと思うんで」

「分かりました。


仲が良いんですね。ご兄妹ですか?」

「ま、まぁ……」

「では、何かありましたらすぐにお知らせを」

「はい。色々ありがとうございます」


部屋から出て行く看護婦に礼を言いながら、秋羅は軽く頭を下げた。その時、窓を叩く音が聞こえ外を見ると、そこにはエルがいた。


「エル!どうしたんだ?」


窓を開けると、エルは小さく鳴き声を上げて、窓から身を乗り出し紅蓮の頬を嘴で軽く突いた。


「エル……


お前も心配なんだな。けど、大丈夫だ。

こいつが、紫苑を残して逝くような奴じゃ無いよ」


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照らす太陽

あの子、誰も引き取らないんですって?


あんな変人夫婦の子供、引き取りたくも無い。


何考えてるのか、分からないし。


町長さん、引き取ってはどうです?


いや、私は……




一人でやっていけるんで、別に世話とかいいです。


街路を歩く一人の長い白髪を一つ三つ編みにし、先を赤い結い紐で結った少女。出ていた店に持っていた買い物籠とメモを主人に渡し、売り物を詰めて貰った。

 

 

「しっかし、彼が面倒見ると言っときながら、結局美麗ちゃんが面倒見てるんだね」

 

「別に。

 

互いに見合ってるって感じですよ」

 

「そうかなぁ……何か、見てる感じだと君に世話になってるって感じだけど。

 

あ、はい。これで全部ね」

 

「どうも。

 

そう見えてるんなら、私はあいつに恩返し出来てるって事ですよね!」

 

「……」

 

「じゃあ」

 

 

主人に笑顔を見せて、美麗という少女は帰って行った。帰って行く彼女の後ろ姿に、主人はやれやれと頬を掻きながら見ていた。

 

 

「何だ?美麗ちゃん、来たのかい?」

 

「まぁな」

 

「よくもまぁ、あの変人と一緒に住めるよな」

 

「確かに。俺、絶対無理だわ」

 

「……」

 

「でも、世話になったんでしょ?彼女の両親に」

 

「その恩返しだって言ってるんですよ。美麗ちゃん」

 

「本当、しっかりした子に育ったよ」

 

 

町から離れ、林道を歩く美麗。彼女を出迎えるかのようにして、子供の黒狼が駆け寄り一緒に歩いた。

 

 

『何か買ったのか?』

 

『何々?』

 

「野菜とお肉」

 

『肉!!』

 

「言っとくけどあげないよ。

 

私達の夕飯が無くなっちゃうから」

 

『うっ……』

 

「材料あるから、林檎パイ作ってあげる。それで許して」

 

『林檎パイ!』

 

『林檎!』

 

 

彼女の周りを駆け回りながら、黒狼達は大喜びした。

 

 

林道を抜けた先には満開の桜の木が生えた、二階建ての家が建っていた。

 

門の戸を開け敷地内に入り、玄関の戸を開けた。

 

 

「ただいまぁ」

 

 

入ったと共に、突然何かが崩れ落ちる音が聞こえた。美麗は買い物籠をテーブルに置くと、すぐに二階に駆け上りある部屋の戸を開けた。

 

 

中には棚から落ちたのか、大量の本が散らばっておりその中に生き埋めになっていた、無造作に肩まで伸ばした黒髪を、耳下で結った男がヒョッコリと顔を出した。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

「本取ろうとしたら、崩れ落ちて来ちゃって……」

 

「……だからいつも言ってるじゃん。

 

月一でいいから、整理しろって」

 

「仕様が無いだろう?

 

明日までに、書かなきゃいけない資料があってね」

 

「また討伐隊から?」

 

「そう。

 

この頃酷いらしいからねぇ」

 

「フーン……

 

 

ほら、手伝うから一緒に片付けよう」

 

「ハーイ」

 

 

数分後……

 

 

持っていた本を棚に戻し、一息吐きながら美麗は綺麗に部屋を見回した。

 

 

「フー、片付いた」

 

「何もやってないじゃん!」

 

「やったじゃん」

 

「どこが!

 

やってる最中、普通に本読んでたの誰!」

 

「……僕?」

 

「分かってんなら、言わせないで!」

 

「……林檎パイ食べたい」

 

「話聞いて!」

 

「林檎、取りに行くよ」

 

「晃!!」

 

 

森の奥へと行き、大きな林檎の木に登った美麗は、手慣れた手付きで、林檎を取り下にいる晃に渡していった。

 

籠一杯に盛られた林檎を見ると、晃は見上げて木に登っている美麗に声を掛けた。

 

 

「籠一杯になったから、そろそろ帰ろう」

 

「ハーイ」

 

 

軽々と木から下りると、先を歩いて行く晃の元へ、美麗は追い駆けた。

 

 

森を歩く2人……晃の隣を歩いていた美麗は、彼の手を握り歩いた。

 

 

「……君、本当好きだね。

 

僕と手、繋ぐの」

 

「いいじゃん!私は、こっちの方がいいの!」

 

「……まぁ、僕は嫌いじゃ無いけど」

 

「それに、書いてあったよ?本に。

 

 

兄妹は仲良く、手を繋ぐって!」

 

「……あのねぇ、何度も言ったけど僕と君は、血の繋がってない兄妹。

 

君のお母さんが、僕を引き取って養子にしたから、義兄だよ」

 

「繋がって無くても、晃は私のたった一人の家族だもん。だからいいの!」

 

 

そう言って手から腕に、美麗はしがみついた。そんな彼女を、晃は笑いながら頭を撫でた。

 

 

 

森を出る2人……ふと、家の方を見ると玄関ドアの前に立つ2人の男。彼等の姿に、美麗は怯え晃の後ろに隠れた。

 

 

「大丈夫だよ」

 

「……」

 

 

男の元へ歩み寄る晃達。彼等の姿に、2人は気付くと被っていた帽子の鍔を持ちながら、そちらに向いた。

 

 

「何か用ですか?」

 

「妖怪の資料を、受け取りに来た」

 

「明日までだと、聞きましたけど」

 

「急遽早まった。

 

出来ているのか?」

 

「……ちょっと待ってて下さい」

 

 

家の中へ入ると、晃は二階へと上がった。その間、美麗は籠をテーブルに置いた。その時、突然背後から片腕を掴まれた。

 

 

「お前等、兄妹と聞いているが……戸籍上は、赤の他人みたいだな?」

 

「……」

 

「お前の両親はどうした?

 

あいつが、俺等討伐隊に協力するようになった頃には、もう傍にいたよな?」

 

「……」

 

「何者だ?」

 

「……えっと……その」

 

 

「人の義妹、いじめるのやめて貰いますか?」

 

 

二階から降りてきた晃は、階段の上から2人を睨みながら言った。彼の姿に、美麗は手を振り払い降りてきた晃の後ろへ隠れた。

 

 

「はい、資料。

 

義妹いじめた罰として、上の方に今回の給料上げろと報告しておきますね?」

 

「っ!」

 

「それが嫌なら、上層部に大空天花と言う女性がいますから、その人を今度からこちらに寄越して下さい」

 

「……」

 

「さぁ、とっとと帰って下さい。

 

怯えてるんで」

 

 

不機嫌そうな表情を浮かべて、2人は出て行った。

 

 

「……フー。

 

さて、林檎パイ作ろっか」

 

「うん!」

 

 

パァっと明るくなった美麗。彼女に釣られて、晃は微笑んだ。

 

台所で生地を捏ねる美麗の顔には、白い粉塗れになっていた。そんな彼女の頬を、手で拭きながら晃は美麗と笑い合った。

 

 

(たった一人の僕の家族……

 

 

何があっても、必ず守るからね)




早朝……


(夢?)


目を開ける紅蓮……


酸素マスクを取りふと横を向いた。自分の手に頭を乗せ眠る紫苑がいた。そんな彼女を、紅蓮は撫でた。


(……俺が傍にいねぇと……こいつは何も)

「……紅蓮?」


眠い目を擦りながら、紫苑は起き上がった。目が覚めていた紅蓮に、彼女は泣きながら掛けていた毛布を捨てて彼に抱き着いた。

抱き着いてきた紫苑を、紅蓮は腕に繋がっていた管を抜き、彼女を抱き締めた。


「紅蓮…紅蓮……」

「ごめん……」


抱き締める紫苑……彼女の手に嵌めていたブレスレットが、淡く光った。


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妖怪との対決

町長宅……応接間で、町長と向き合う幸人。彼から今回の原因を聞いた町長は、目頭を抑えて深く息を吐いた。


「つまり、今回のこの妖怪騒動は……

私の家と息子が原因だと」

「はっきり言って、そうです」

「どうすれば解決する?」

「まずは、家から立ち去って下さい。

この町に空き家が数軒ありますよね?そこに住み移って下さい。

それから、息子さんを連れて俺達で森に行きます」

「森に?何故?」

「この町の奥にある森は、動物達の物。

あの森には、森を維持するための湖があります……

一昨日、仲間と一緒に森を調べてみたら……湖があったと思われる場所は、枯れていた。


湖が無くなった事により、動物達の住み家が消えた。そして、動物がいなくなったことにより、妖怪達が襲うようになった……」

「……」

「今夜にでも、息子さんを連れて行きます。

では」


一礼して、幸人は応接間を出て行き家を後にした。


病院へ来た幸人は、中へ入り紅蓮がいる病室に入った。

 

 

「あ、幸人」

 

 

中にいた紫苑は、振り返りながら秋羅が剥いた林檎を口にしていた。ベッドにいた紅蓮は、既に起き上がっており皮ごと林檎を食べていた。

 

 

「何だ?もう起きて平気なのか?」

 

『平気だ』

 

「傷口はまだだけど、体力的にはもう平気だそうだ。

 

食欲もあるし、明日には退院出来るとさ」

 

「そうか」

 

「森行くの?」

 

「あぁ。森を戻さない限り、この町が妖怪の手から逃れられないからなぁ」

 

「……」

 

「紫苑、一つ聞いていいか?」

 

「何?」

 

「お前がここに住んでた頃、湖がどうなってたか覚えてるか?」

 

「湖?

 

 

池なら見たことある」

 

「池?」

 

「広い場所で、そこに池が。

 

あの時は何とも思わなかったけど……あの池があった場所、不釣り合いだった」

 

「……紫苑がいた頃には、まだ湖は生きていたって事か」

 

「森にいる主が言ってた。

 

あの家が森を壊したって」

 

「……」

 

 

その時、室内に何かが放り込まれた。次の瞬間、病室に赤い煙が広がった。

 

 

「な、何だ!?」

 

「……!?

 

唐辛子!?ゲホゲホ!!」

 

 

咽せる一同……すると、外から何者かが入り咽せている紫苑の手を掴み引きずり出した。そしてエルの背中に投げ乗せると、自身も飛び乗った。エルは鳴き声を上げると、翼を羽ばたかせて飛び出した。

 

 

羽ばたいた事により風が吹き、部屋の煙を振り払った。

 

 

涙を拭きながら、目を開ける秋羅達……紅蓮は傍にいたはずの紫苑がいなくなっていることに、いち早く気付いた。

 

 

『紫苑の奴が消えた!!』

 

「!?」

 

「さっき煙で、連れ去られたんだ!

 

エルの奴をいなくなってる!!」

 

『すぐに追い駆けるぞ!!』

 

「紅蓮!傷は?!」

 

『平気だ!』

 

 

管を全て抜くと、紅蓮は狼の姿となり窓から外へ出ると、においを辿りながらエル達を追い駆けていき、その後を秋羅達はついて行った。

 

 

 

空を飛ぶエル……彼の背中に乗っていた紫苑は、ようやく煙の効果が切れてきたのか、瞑っていた目をゆっくりと開けた。

 

 

「……何で……」

 

「変な真似するなよ?」

 

「?!」

 

 

後ろから聞こえる声……紫苑は素早く後ろを振り返った。そこにいたのは、手にナイフを持った柚人だった。

 

 

「……何が目的?」

 

「森に棲み着いた妖怪に、テメェを生け贄としてやるんだよ……

 

本に書いてあった。妖怪は生身の人間を捧げれば、大人しくなるって」

 

「それは昔の話。

 

今はそんなの」

「黙れ!!」

 

 

怒鳴った瞬間、柚人は紫苑の腕にナイフを突き刺した。刺された箇所を抑えながら、彼女は柚人を睨んだ。

 

 

「祓い屋なんだ!!

 

来たって何も役に立ってねぇじゃねぇか!!

 

 

売り飛ばして、精々惨めな人生送ってるかと思えば、何だよ!!祓い屋に引き取られやがって!!」

 

「……」

 

「いつもそうだよ……

 

 

俺だって普通の子なのに……町長の息子だから何だとか、勝手なことばかり言いやがって!!

 

俺に頼めば、全部通る?ふざけるな!!俺は道具じゃねぇ!!

 

町長の子供だから、それくらいのことは出来て当然?出来るわけねぇだろ!!俺は父様とは違う!!違うんだ!!」

 

 

怒鳴り息を切らす柚人……その時、後ろから何かが放たれた。危ないと思った紫苑は柚人の頭を下げさせ自身の肩に、攻撃を当てさせた。飛んできたのは矢だった……

 

 

「し、紫苑……」

 

「痛……

 

エル、どこでもいいから降りて」

 

 

エルは返事するようにして鳴き、森の中へと降下し地面へ着地した。紫苑は先に降り辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、柚人を降ろしエルの手綱を手に持った。

 

 

降り立った場所は、涸れた湖の跡地だった。

 

 

「ここ……」

 

「……柚人、あまり私から離れないで」

 

「え?」

 

「デカい妖気を感じる……

 

エル、皆をここに誘導してきて。お願い」

 

 

嘴を撫で手綱を離すと、エルは助走を付けて飛び出した。

彼を見送ると、紫苑は柚人を自身の後ろへ行かせ、小太刀の束を握り辺りを見ながら警戒した。

 

 

微かに聞こえてくる茂みがざわつく音……そこから出て来たのは、昨夜紫苑達が相手にした妖怪の仲間だった。

 

荒く息を吐き、二人を睨む妖怪……紫苑は立ち構えながら、小太刀を抜いた。それを合図にか、妖怪は紫苑に飛び掛かった。柚人を押し倒した紫苑は、転がり避けるとすぐに立ち上がり、妖怪の体に小太刀を突き刺した。

 

彼女の攻撃に怯まず、妖怪は鋭い爪を紫苑目掛けて振り下ろした。間一髪避ける紫苑だが、彼女の足に掠った。

 

足から血を出す紫苑を見て、柚人はオロオロし出した。その時、何かの視線を感じ彼は恐る恐る顔を上げた。

自身を睨む妖怪……その目に、柚人は震えながらナイフを構えた。それを見た紫苑は、彼の手を握りナイフを落とさせ、妖怪の気を自身に引き寄せると、素早く陣を書きその中心に立った。

 

 

「悲しき氷の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」

 

 

光り出す陣……辺りの空気が寒くなった。状況が把握できない柚人は、陣の中心に立つ紫苑を見た。

 

 

「大気に満ちる空気よ……凍り、氷の刃となり敵を切り刻め!!」

 

 

手から放たれた無数の鋭い氷の針が、妖怪に当たった。妖怪は咆哮を上げると、血塗れとなった体を動かして、紫苑に攻撃しようとした。

 

 

その時、茂みから飛び出した紅蓮は、攻撃しようとした妖怪の手に噛み付いた。彼に続いて茂みから出て来たのは、エルに乗った秋羅と幸人だった。

 

 

「陣を書け!!封印する!!」

 

「了解!

 

紫苑!奴の気を引け!」

 

「分かった…紅蓮!」

 

 

陣を描いた紫苑は、紅蓮を陣の中心へ行かせ立たせた。

 

 

「悲しき火の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」

 

 

赤く光り出した陣から炎が舞い上がり、中心に立っていた紅蓮の体を覆った。

 

 

「我が盟約に従い炎の精霊よ……集え、猛る灼熱の炎よ、全てを焼き尽くし喰らいつくせ!」

 

 

炎竜の姿となった紅蓮は、口から炎を吐き妖怪に攻撃した。火傷を負いながらも、妖怪は咆哮を上げて紅蓮と紫苑を睨んだ。

 

その時、首に鎖が絡まった。それを合図に次々と鎖が、妖怪の体に巻き付き動きを封じ込めた。

 

 

「さぁ!テメェは、寝んねの時間だ!!」

 

 

その声に応えるかのようにして、陣の中心に置かれていた小さな壺が、動き出し妖怪を吸収しようと風を起こした。吹き荒れる風の中、妖怪は何かに捕まろうと暴れ出した。

 

妖怪に足を掴まれかけた柚人を、紫苑は自身の後ろへ行かせ伸ばしてきた手に、小太刀を突き刺した。痛みで力が弱まった妖怪はそのまま吸われるがままに、壺の中へと吸い込まれた。

 

完全に吸い込まれると、幸人はすぐに蓋を置き厳重に鎖を巻き四方に札を貼った。

 

 

「フー……いっちょ上がり」

 

「つ、疲れたぁ……」



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蘇る湖

一段落する一同……


その時、茂みから物音がした。出て来たのは、あの大鹿だった。


「鹿?」

『……あいつを倒したか』

「封印しただけ」


立ち上がり、大鹿の目を見ながら紫苑はそう言った。大鹿は彼女の目を見て、鼻で笑った。


「湖なら、私が蘇らせる」

「?!」

『だろうな。

そう言ってくれるのを、待っていた』

「皆少し離れて」


涸れた地面に大きな陣を描く紫苑。描き終えると、ポーチから青い瓶を出し、蓋を開けると中に入っていた液体を陣の上に垂らした。

 

 

液体は生きているかのようにして、陣の線に馴染んだ。

 

 

「悲しき水の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」

 

 

青く光り出す陣……紫苑は、水の入った瓶の蓋を取り、中身を出した。中身は球体となり、宙に浮いた。

 

 

「清らかなる水よ、それは天の恩恵なり、天より雨を降らし給え!」

 

 

球体は空へと上がると、雨雲を引き寄せた。雷を鳴らしながら広がる雨雲から、やがて雨が大量に降り出した。

 

 

「命の源、天の恩恵よ、我が手に集え!」

 

 

降り出した雨の一部が、天に上げた紫苑の手に集まった。集まると彼女は、集まった水を湖の跡地に叩き付けた。

 

空から落ちた水は、穴にスッポリと填まり反動で波が立った。

 

波は、枯れた木々に触れ、水に触れた木々達は次々に青々しくなっていった。

 

 

 

離れた場所で、その光景を見ていた秋羅達は驚きのあまり口を開けていた。すると、後ろで大人しくしていたエルが、緩んでいた幸人の手から離れ、そこから駆け出した。彼に続いて、紅蓮も駆け出し湖となった場所へ寄った。

 

 

水から顔を出した紫苑は、咳き込みながら泳ぎ岸へ上がった。上がった彼女の元へ、二匹は駆け寄り体を擦り寄せ、頬を舐めた。

 

 

「お疲れさん」

 

 

二匹の後についてきた秋羅は、座り込んでいる紫苑に手を差し出した。その手を彼女は、躊躇しながらも掴み彼の手を借りて立った。

 

 

「見違えるほど、戻ったな」

 

「森全体に雨降らせたから……」

 

「大手柄だ」

 

『流石だな』

 

 

歩み寄る大鹿は、仲間達を引き連れながらそう言った。

 

 

『やはり、あの者に似ている』

 

「あの者?」

 

「誰のことだ?」

 

『妖怪の総大将と言われている者……

 

 

全ての精霊を操り、妖怪と人の間に立ち妖怪の秩序を守っていた者だ』

 

「そいつ、今は?」

 

『とうの昔に亡くなった。

 

妖怪達が凶暴化したのも、それが原因だ』

 

「……」

 

「名前とかはあったの?」

 

『通り名としてはこう呼ばれていた……

 

 

魑魅魍魎の主……ぬらりひょんと』

 

 

ぬらりひょん……

 

その名を聞いた紫苑は、何気なく後ろを振り返った。何も変わらない風景……その様子に、紅蓮は寄り話し掛けた。

 

 

『どうした?』

 

「……何でも無い……大丈夫」

 

 

紅蓮の頭を撫でながら、紫苑はそう言った。

 

大鹿と別れた後、幸人達は森を出て行き柚人の家へと帰った。

 

 

 

数日後……

 

 

新しい家で、荷物を出す柚人達。幸人が父親と話をしている間、秋羅と紫苑は家の手伝いをしていた。

 

新しくなった菊乃の部屋に、物を飾っていく紫苑に菊乃は動かしていた手を止め、彼女に飛び付いた。

 

 

「手動かさないと、片付かないよ」

 

「紫苑がいるから平気!

 

ねぇ、紫苑の部屋はどこ?」

 

「ここには無いよ」

 

「え?」

 

「依頼が終われば、私は幸人達と帰るから」

 

「……嫌だ!!

 

紫苑、どっか行っちゃ駄目!」

 

 

そう怒鳴って、菊乃は紫苑に抱き着いた。彼女は持っていた籠を落として、その場に立ち尽くした。

 

 

「嫌だ嫌だ!!

 

ねぇ、また一緒に暮らそう!ねぇ!」

 

「……」

 

「エルも紅蓮も一緒にいていいから!ねぇ!

 

パパに言えば、紫苑のお部屋だって!」

 

「……気持ちは嬉しいよ」

 

「じゃあ!」

 

「でも、今は幸人達の傍にいたいの」

 

「……そこにいて、紫苑幸せ?」

 

「……うん」

 

 

嬉しそうに微笑みながら、紫苑は答えた。その笑みを見て、菊乃は彼女から離れ涙を拭いた。

 

 

「遊びに来てくれる?」

 

「うん……またいつか、ここへ来るよ」

 

「約束だよ?」

 

「うん、約束」

 

 

 

片付けが一段落付き、休憩しようと紫苑は外へ出た。

 

しばらく町を歩くと、噴水のある広場に着いた。紫苑は噴水の縁に座り、軽く息を吐いた。一緒に来ていた紅蓮は、縁に前足を置き噴水の水を飲んだ。

 

 

その時、自分に歩み寄ってきた柚人の姿が目に映った。彼の気配に紅蓮は、縁から足を下ろし紫苑の前に行くと唸り声を上げて、攻撃態勢に入った。

 

 

「紅蓮、大丈夫だから」

 

 

そう言いながら、紫苑は彼の頭を撫で後ろへ行かせた。

 

 

向かい合う柚人と紫苑……

 

 

「……凄いんだな」

 

「?」

 

「あれだけ、精霊を使いこなして……

 

妖怪を退治して……湖まで蘇らせて……凄えよ」

 

「……」

 

「前から思ったんだけど……

 

何で、そのブレスレット嵌めてんだ?」

 

「……大事な物だから」

 

「誰かから貰ったのか?」

 

「覚えてない……けど、そうだといいな」

 

 

そう言いながら、紫苑は笑った。その顔を見て、柚人は頬を少し赤く染めると、見られないようそっぽを向いた。

 

 

「……お前、笑うように……なったんだな」

 

「え?」

 

「な、何でも無い!

 

また、来てくれるか?この町に」

 

「依頼があればね」

 

「色々悪かった。

 

今回は、ありがとうな」

 

 

頭を下げ、そして手を差し出しながら柚人は言った。紫苑は、一瞬後ろにいる紅蓮を見ると、柚人の手を握り互いに握手を交わした。




夕方……


馬車を動かすエルの手綱を引く幸人とその隣に座る秋羅。

中では、座りながら眠る紅蓮と、彼の膝に頭を乗せた紫苑が眠っていた。


「よく眠ってるなぁ」

「色々あったから、疲れたんだろ。

今回は、結構働いたからな」

「紫苑様々だな」

「早く帰って、眠りたい」

「着いたら起こしてくれ。寝る」

「俺を寝かせろ!」


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ぬらりひょんと紫苑

土砂降りの雨の日……


眠っている紫苑の額に、秋羅は手を置くと軽く息を吐いた。


「やっぱ熱あるな」

『熱?』

「通常より、体温が高いって意味だ。

多分、風邪だとは思うけど……」

『それ、治るのか?』

「薬飲めばな。

あとで水輝、呼んどくよ」

『あの変態をか!?あの変態に、紫苑を診せるのか?!』

「変態変態言うけど、あれでも一応医者だからな」


数時間後……玄関を勢い良く開けた水輝は、元気よく声を上げながら上がったが、後ろから暗輝に背中を蹴られその場に蹲った。

 

 

「病人いる家に、デカい声上げて入る馬鹿がどこにいる!!」

 

「お前だってうるさいだろ!!」

 

「お前ほどじゃない!!」

 

「テメェ等二人共うるせぇ!!」

 

 

寝不足なのか、目にクマを付けた幸人は仕事部屋か出て来るなり、二人を殴り再び部屋へ閉じ籠もった。

 

 

「幸人、どうかしたの?」

 

「報告書まとめてるんですよ。

 

全然書いてなかったらしくて、溜まるに溜まって……」

 

「いつまでなんだ?」

 

「今日中だって言ってましたけど、何かさっき説得したらしくて、明日に延ばしたみたいです」

 

「流石、遅れ幸人」

 

「遅れ幸人?」

 

「あいつ、昔から提出物全部、遅れて出す奴なんだよ」

 

「先生達、頭悩ませてたもんね」

 

「そうそう」

 

「……昔話はいいんで、早く紫苑を診て下さい」

 

 

二階へと上がり、紫苑の部屋へ来た水輝は、彼女の診察を始めた。背後では、紅蓮が殺気を立たせながら水輝を見張っていた。

 

 

「……何か、後ろの子が凄い怖いんだけど」

 

「紅蓮」

 

『……容体は』

 

「疲れもあるけど、体がここの環境に追い付いてないね」

 

「え?追い付いてない?」

 

「別にここが駄目とか、秋羅達の育て方が間違ってるとかじゃなくて……

 

体がここの環境……この地域に、適応してないんだよ」

 

「嘘……」

 

「多分、紅蓮も何かしらの症状があると思うんだけど……」

 

『体が怠いくらいしか無いぞ』

 

「症状出てるね」

 

「診察するから、狼姿になれ」

 

「暗輝連れてきて、正解だったね!」

 

「お前の見張り役として、俺は来ただけだ」

 

 

紫苑と紅蓮の診察を終えた後、2人はリビングでお茶を飲みながら、結果を秋羅と紅蓮に話した。

 

 

「一応、薬は出しとく。

 

飲んでいれば、二三日で紫苑の熱は引くと思うよ」

 

「紅蓮にも薬は出す。紫苑と同じく二三日で怠さは無くなって、いつも通りの調子に戻ると思う」

 

「分かりました」

 

「そういえば、シーちゃんと紅蓮はどこの出身なの?」

 

『出身?』

 

「地下で売られる前、どこに住んでたんだ?」

 

『北西の森だ』

 

「北西かぁ……だったら、この暑さで体が参ってもおかしくは無いか」

 

「どういう事です?」

 

「北地域は、夏でもこの地域よりは暑くないんだ。

 

この地域は、最高30℃超えがしょっちゅう。だけど、北地域は、夏場は最高でも25℃ぐらい。それ以上上がることはまず無い。

 

 

だから、2人が体調を崩してもおかしくないんだよ」

 

「へ~……てか、そんな涼しいところに住んでたのか?お前等」

 

『前にも話しただろうが……

 

まぁ、この暑さは尋常じゃねぇと思ってたけど……』

 

「ちなみに、その北西の森は、どの辺りにあるの?」

 

『……テメェ等に教える義理は無い』

 

 

そう言って紅蓮は二階へと上がり、紫苑の部屋に入った。

 

 

「相変わらず、シーちゃん大好きだねぇ……

 

 

あぁ、そうだ。君等に頼まれた物、調べといたよ」

 

 

そう言って、水輝はバックから数枚の紙をテーブルに広げた。

 

そこに書かれていたのは、ぬらりひょんに関する情報だった。

 

 

「ぬらりひょん……

 

 

妖怪界の秩序を守っていた、妖怪。彼がいた頃は、平和だったと言われている」

 

「ところが百年前……人の手により、殺害されそれ以降、妖怪達は凶暴化し、人を襲うようになった」

 

「……言っちゃ悪いですけど、自分達が巻いた種を自分達で片付けてるんですね……」

 

「まぁ、そうだねぇ」

 

「共存していた頃は、妖怪と人間が結ばれる何て、当たり前だった……

 

だけど、凶暴化してからはそれが禁断となり……半妖である人は、禁忌の子となり孤立していき……最後の一人となった半妖は、一人寂しく50年前に亡くなった」

 

「……紫苑も町にいたら、そうなってたって事か」

 

「多分ね。

 

ただ、あの子の場合住んでいた町から飛び出して、普通に森で暮らし始めてたかもね」

 

「あり得る」

 

 

眠っていた紫苑は、意識朦朧としながら目を開けた。

 

 

(……体、重い)

 

 

寝返りを打とうとするが、体が怠く思うように動けなかった。その時、手に何かが触れた、傍にいた紅蓮が、顔を彼女の手に触れさせていたのだ。

 

 

(……紅蓮……)

 

 

安心したのか、紫苑は再び眠りに付いた。すると紅蓮の姿が、狼から人の姿へと変わった……その姿は、紫苑が妖怪化したあの時、紅蓮の中から現れた男だった。

 

彼は彼女の頭を撫でると、心配そうな顔で見つめていた。

 

 

 

“ドンドン”

 

 

「?」

 

 

激しくドアを叩く音に、秋羅は不思議そうに玄関へ行き戸を開けた。玄関前に立っていたのは、私服姿の陽介だった。

 

 

「……え、えっと……」

 

「……入るぞ」

 

「あ、は、はい……」

 

 

中へ入る陽介。するとタイミングよく、仕事部屋の戸が開き中から、大あくびをする幸人が出て来た。

 

 

「……何でいるんだよ!?」

 

「相変わらず呑気な奴だな」

 

「あれ?陽介!今日は仕事人間じゃないの?」

 

「休暇だ。変人双子」

 

「変人は、妹だけだ!!俺を一緒にするな!!」

 

「休暇とか言って、何か報告であるんじゃねぇのか?」

 

「っ……」

 

「その顔」

 

「図星だな」

 

「……」

 

 

椅子に座り、数枚の資料を並べる陽介。彼にお茶を出すと、秋羅もその資料に目を通した。

 

 

「先日、研究所からそいつが脱走した」

 

「……ぬらりひょん?!

 

って、あのぬらりひょんかい?!」

 

「そうだ」

 

「でも、確かぬらりひょんは百年前に死んだはずじゃ」

 

「死体は研究所に保管していた。

 

蘇生させようとして」

 

「蘇生って……心臓貫かれて、もう死んでるじゃん!」

 

「血から、新たなぬらりひょんを作っていたらしい。

 

だが、ちょっと目を離した隙に黒い煙を出して姿を消したと」

 

「どこにでもある言い訳だな……」

 

「人に害はあるのか?」

 

「さぁな。今の所何も」

 

「……」

 

 

資料貼り付けられた写真を見る秋羅……その時、クリップで挟まれていたのか、写真と資料の間から一枚の写真が落ちた。

 

 

「?

 

陽介さん、これ誰ですか?」

 

 

秋羅は写真を手に、写っている者を指しながら質問した。写真に写っていたのは、赤い水干を着た長い桜色の髪を耳下で結った女性……

 

 

「ぬらりひょんの妻だと言われている、女性だ」

 

「妻……妻ぁ!?」

「妻!?」

 

「え?!こいつ、妻いたの?!」

 

「あくまでも噂だ」

 

「ぬらりひょんに妻……」

 

「やっぱ、妖怪も人妻を作るんだなぁ」

 

「私等も、そろそろ結婚のこと考えなきゃねぇ」

 

「この中で、水輝は多分一生結婚できないな」

 

「何でよ!!」

 

「一理あり」

 

「暗輝!?」

 

「俺もだ」

 

「何で陽介までに言われなきゃいけないんだよ!!」

 

「先に結婚したら、俺等三人で絶望に浸った顔をしてやるよ」

 

「幸人、言って良い事と悪い事があるよ?」




とある山……人を食べる妖怪。そこへ降り立つ白髪の男。妖怪は男を見ると、唸り声を出し人から離れると、咆哮を上げて男に突進してきた。

男は突進してきた妖怪を、拳で殴り倒した。一撃で倒された妖怪は、体を痙攣させながら倒れた。倒れた妖怪を、男は食い付き食べ始めた。

内臓を剔り出した男は、ふと空に浮かぶ月を見た。


伸びた白髪が、冷たい風で靡いた。


『……イ』


フラッシュバックで映った二人……桜色の髪を耳下で結った女性と彼女に抱かれた小さな少女。


『……ダレ?』


抱かれていた少女は、大きくなり後ろ姿でそこに立っていた。


『……オレノ……コ……ドモ?

ワカラナイ……


ワカ……ラナ……イ』




同じ頃……


目を開ける紫苑……傍にいた紅蓮の頭を撫でながら、窓から見える月を見た。


「……綺麗」

『さっき晴れたんだ。

まだ熱あるんだから、寝とけ』

「……」


目を閉じ紫苑は再び眠りに付いた。眠る彼女の頬を舐めると、紅蓮は傍で眠った。


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施設の子供達

エルの鳴き声で目を覚ます紫苑……抱いていた枕から手を離し、重い体を起こしながらあくびをした。


「……紅蓮?」


傍にいない紅蓮を呼びながら、紫苑は服を着て部屋を出て行き庭へと出た。


外では、紅蓮に手綱を引かれたエルが、嫌がるようにして歩くのを拒み、鳴き声を上げていた。


『コラ!そんな大きな鳴き声出してたら、紫苑の奴が起きちまうだろうが!』


その言葉を無視して、鳴き声を上げるエルだったが、歩み寄ってきた紫苑の姿が目に映ると、大人しくなり彼女の頬に嘴を当て、頭を差し出してきた手に擦り寄せた。


『起きて平気なのか?』

「うん、大丈夫」

『……良かった』


黒大狼の姿へと変わった紅蓮は、紫苑に擦り寄り彼女の脇に首を突っ込んだ。そんな彼の頭を、紫苑は笑みを溢しながら撫でた。


「三日も?」

 

 

馬の蹄に蹄鉄を着けていた秋羅は、エルの体を洗う紫苑に彼女のことを話した。

 

 

「あぁ。

 

水輝に診て貰ったのは、覚えてるだろ?」

 

「微かに……」

 

「その後はずっと。

 

昨日の夕方には、もう熱下がってたから、それからの睡眠は体力回復だろう」

 

「……」

 

「ここ最近、色々あったから疲れが出たんだよ。

 

思いっきし寝たから、顔色良いし」

 

「そんなにいいの?」

 

『言われてみればな』

 

「フーン……うわっ!」

 

 

体に付いた水を、エルは体を振り水気を飛ばした。飛んできた水は、紫苑の顔と体に掛かり、傍にいた秋羅と紅蓮にも被害が及んだ。

 

 

「……エル」

 

 

何事も無かったかのように、エルは撫でろと言わんばかりに、紫苑の体に擦り寄った。

 

 

 

家の中へ入り、秋羅と紫苑は服を着替えた。帽子付きのポンチョを着ながら、紫苑は部屋を見回した。

 

 

「……ねぇ、幸人は?」

 

「用事で出てる。

 

この後、俺等も出るぞ」

 

「どっか行くの?」

 

「町の方にある施設」

 

「何しに行くの?」

 

「健康診断の手伝いと、施設の手伝い、それから結界の張り直し」

 

「健康……診断……

 

まさか」

 

「そのまさかだ」

 

 

 

町へ着た秋羅達……町の隅に建っている白い建物へ行き、呼び鈴を鳴らした。中からボサボサ頭をした水輝が出て来た。

 

 

「あぁ!秋羅君!ちょっと待っ……

 

キャー!!シーちゃん!」

 

 

歓声を上げながら、水輝は紫苑に抱き着き頬摺りした。

 

 

「もう風邪は良いみたいだね!

 

熱もないし!ずっと心配してたんだよ!起きないって聞いてたから!」

 

「……」

 

「あの、その辺にしといて貰いませんか?」

 

「あ、あぁ!そうだね」

 

 

水輝の手から離れた紫苑は、すぐに傍にいた紅蓮の後ろに隠れ彼に抱き着いた。

 

 

「相変わらず、仲良しだねぇ……」

 

「早く髪の毛結って、真面な服に着替えて下さい」

 

「分かってるよ!暗輝みたいな事言ってもう……」

 

「そういえば、暗輝さんは?」

 

「隣町にいる患者の所へ診察。

 

明日の昼には帰ってくるって言ってたかな」

 

 

ブラウスの第一ボタンを開け、赤いネクタイを締め白衣を着ると、水輝は肩掛けバックを肩に掛け、ブーツのチャックを上げながら、外へと出て秋羅と共に施設へと向かった。

 

 

目的の場所へ着く四人……大きな塀壁に囲まれ木の門が建てられた場所。

 

 

「……デカ」

 

「でしょー?

 

私達が住んでた施設よりデカくて、ビックリしちゃったよ!」

 

「……え?!

 

施設育ちなんですか?!」

 

「そうだよ!

 

私達兄妹と幸人、陽介は同じ施設で育ったんだよ」

 

「……10年以上付き合ってて、今知った」

 

 

呼び鈴を鳴らすと、中から黒いワンピースに白いエプロンをした女性が出て来た。

 

 

「お待ちしてました!先生方!さぁ、中へ」

 

 

中へ入ると、遊具が置かれた庭に、その奥には2階建ての大きな屋敷が建っていた。遊具で遊んでいた子供は、秋羅と水輝を見るなり歓声を上げながら駆け寄った。

 

 

「秋羅だ!秋羅!」

 

「ねぇねぇ!今日、幸人おじちゃんは?」

 

「相変わらず元気だな!

 

幸人は、別の仕事」

 

「さぁさぁ!今日は皆の健康診断だよ!」

 

「ハーイ!」

「ハーイ!」

 

 

診断を受ける子供達……水輝が診察をし彼女の手伝いを秋羅がしている間、紫苑は紅蓮と共に園内にある花壇の手入れを、職員の人とやっていた。

 

 

「悪いわねぇ!手伝って貰って!」

 

「……」

 

 

頬を赤らめながら、紫苑は手を動かした。その時、結っていた髪を後ろから引っ張られ、紫苑は素早く後ろを振り返った。

 

そこにいたのは、赤い髪をハーフアップにした少女だった。

 

 

「……えっと」

 

「……ママぁ?」

 

「え?」

 

 

彼女の言葉に、雑草が盛った籠を紅蓮は驚き危うく落とすところだった。

 

 

「あらあら、純玲ちゃん。

 

健康診断は終わったのかしら?」

 

「終わった!

 

ねぇ!絵本読んで!」

 

「え……それは……」

 

「じゃあお絵かき!」

 

「……」

 

 

困った顔をしながら、紫苑は職員に助けを求めるようにして顔を上げた。職員は笑顔を見せながら、OKサインを出した。

 

 

「じ、じゃあ、絵描こうか」

 

「ワーイ!」

 

 

 

器材を片付ける秋羅。彼の隣で、水輝は診断書を前のと比べながら見ていた。

 

 

「特に異常は無いみたいだな……

 

皆、体重もちゃんと増えてるし健康そのものだ」

 

「皆って言いますけど、一人新人いましたよね?」

 

「あぁ。純玲ちゃんか。

 

えっと……こっちの資料によると、二週間前だね。ここに来たのは」

 

「来たばかりじゃないですか」

 

「道理で、他の子と馴染んでなかったわけだよ」

 

「……?

 

ケレフト……」

 

「ケレフト?

 

確か、東の外れにある村の名前じゃ……あ」

 

「……」

 

 

頭に過ぎる過去……秋羅は、顔を下にしたまま資料を強く握った。

 

 

「あ、秋羅君……資料」

 

「え?

 

あ!す、すみません!」

 

「大丈夫大丈夫!同じ物をコピーすれば良いんだから!」

 

「……」

 

「どうかしたか?何か、思い出しちゃった?」

 

「いや、その……

 

 

 

 

何でも無いです!」

 

 

無理に笑顔を作った秋羅は、器材をバックへしまった。水輝はそれ以上は聞かず、診断書を持ち部屋を出て行った。




遊び部屋で、絵を描く紫苑と純玲。そこへ診断を終えた子達が入るなり、紫苑の元へ駆け寄り描いている絵を見た。


「わぁ!凄い上手!」

「お姉ちゃん!これ、なーに?」

「庭に咲いてる秋桜」

「それ、ここにも咲いてるよ!」

「咲いてる咲いてる!」

「純玲は何描いてんだ?」

「……」

「何々?」


紙に描かれていたのは、紫色の髪を生やした女性と彼女に抱かれた自分の絵だった。


「誰?この人」

「……純玲のママ」

「嘘だぁ!!

純玲、髪の毛紫じゃ無いじゃん!」

「ママだもん!」

「おかしいよね?菫って、紫色の花なのに……純玲ちゃんは赤い髪」

「……」


次の瞬間持っていた色鉛筆を、純玲は悪口を言った少女に叩き付けた。少女は、床に尻を着きそして大泣きした。まだ叩こうとした彼女を、紫苑は慌てて抑え止めた。


少女の泣き声に、職員達が駆け付けた。彼等と同じく秋羅達も、駆け付け部屋へ入った。

少女は額から軽く血を流しており、職員は彼女を宥めながら抱き上げ、医務室へと連れてった。


「何があったんですか?一体」

「純玲がいきなりぶったの!」

「純玲ちゃん……」

「悪くないもん!!あの子が悪いんだもん!!」


そう叫んで、純玲は職員達に背を向け紫苑にしがみついた。

その様子を、外から見ていた水輝は、目をキラキラさせながら彼女は鼻血を出した。


「ちっちゃい子にしがみつかれるシーちゃん、可愛すぎる!!」

「幸人に通報しますよ」


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赤い菫

裏庭へ来た純玲は、半べそを掻きながら雑草を抜いていた。傍にいた紫苑は、彼女に何と言葉を掛ければ良いかが分からず、共に雑草を抜いていた。


そこへ、外で待たせていたエルが、壁を飛び越え降り立ち紫苑に擦り寄った。


「エル……

待ってなきゃ駄目だよ。ここの子達怖がるから」


そう言いながら、紫苑はエルの嘴を撫でた。エルは嬉しそうに、鳴きながら彼女の頬を舐めた。


「……何?それ」

「グリフィンって言う、西洋の妖怪。

襲わないから、大丈夫だよ」

「……」


立ち上がり紫苑に駆け寄った純玲は、エルを見た。エルは彼女を見ると、嘴で彼女を軽く押した。倒れかけた純玲を、紫苑は支え振り返った彼女に笑みを見せた。


「受け入れられたって事だよ」


その言葉に、純玲はパァっと明るくなりエルの嘴を撫でた。


水輝達にお茶を出した職員は、向かいに座りながら話した。

 

 

「水城純玲……あの子は、二週間前にここへ来た子でした。

 

 

父親は、彼女が二歳の時に事故で亡くなり、母親は一ヶ月前に病気で」

 

「ケレフトって、東の外れにある村ですよね?

 

何故そこの子がここへ?」

 

「……何でも、悪い噂が漂っていたらしくて……村にある施設では引き取りたくないと」

 

「噂?」

 

「真実かどうかは分かりません。

 

母親が、禁忌の子供の子では無いかと」

 

「……」

 

「……禁忌の子供は、絶滅したと言われていますが……

 

その血を引いた子供……クォーターはまだ生きてますからね」

 

「可能性としては、あるって事か」

 

「その噂があったために、あまり良くして貰えなかったらしいんです。

 

 

純玲ちゃん、ここへ来る前に親戚の方に引き取られたみたいなんですが……そこで、虐待を」

 

「……」

 

「見掛けた人が、警務の方に伝えてそれで虐待されていることを知り、彼女を保護。

 

そして、ここへ来たんです」

 

「……だから、微かに痣とかが残っていたのか」

 

「え?」

 

「いや、少し気になってたんだ。

 

 

もう治りかけてはいるけど……火傷の跡に叩かれた跡が体中の至る所にあったんだ」

 

「そうだったんだ……」

 

「そのせいもあるのか、中々ここに馴染めないらしくて……

 

人数不足のために、我々もそこまで目が届かないもので」

 

「……」

 

 

 

話し終えた二人は、庭へ出た。すると庭で遊んでいた子供達が、何やら騒いでいるのが聞こえ、その場所へ駆け寄った。

 

そこでは、子供達が空を見上げており一人の男の子に、秋羅は話し掛けた。

 

 

「何かあったのか?」

 

「純玲ちゃんとお姉ちゃん、飛んでっちゃった!」

 

「飛んでった?!」

 

「大きな馬に乗って!」

 

「馬?」

 

『二人なら、エルに乗ってしばらくここいら散歩してくるって』

 

「……紫苑」

 

「段々、幸人に似てきたねぇ!」

 

 

ため池に来たエル……降り立つと、紫苑が先に降り次に純玲を降ろした。エルは首を振ると、池の水を飲んだ。

 

 

「凄ぉい……お姉ちゃん、動物使い!?」

 

「違うよ……

 

 

純玲のママは、紫色の髪なんだね」

 

「……うん」

 

 

頷いた純玲は、掛けていたポシェットから一枚の写真を取り出した。そこには、紫色の髪を生やした女性と彼女に抱かれた小さい頃の純玲が、幸せそうに写っていた。

 

 

「純玲を抱いてるのが、ママ。

 

似てないって言うけど……純玲の髪は、パパ似なの!」

 

「……パパは、赤かったの?」

 

「うん……ママが、純玲の髪を梳かしてる時、いつも言ってた……『純玲は、パパに似て綺麗な赤い髪ね』って」

 

「……」

 

「お姉ちゃんは、どっち似なの?」

 

「え?私?」

 

「うん!」

 

「……分かんない」

 

「え?何で?」

 

「……私、親のこと何も覚えてないんだ。

 

だから、どっち似なのか……」

 

「……お姉ちゃんは、『きんき(禁忌)』と『いたん(異端)』って意味、分かる?」

 

「……何で、そんな言葉を?」

 

「施設に来る前、おじさん達が言ってたの……

 

ママは、きんきの子供。その血を引いた純玲は、いたん(異端)だって……

 

純玲は、他の子と違うの?」

 

「違わないよ」

 

「本当に?」

 

「本当」

 

 

『君は普通だよ』

 

 

「?」

 

 

ふと聞こえた声……紫苑は、後ろを振り返った。

 

 

「お姉ちゃん、どうかした?」

 

「……う、ううん……何でも無い……

 

 

?!」

 

 

強い気配を感じた紫苑は、隣に座っていた純玲を抱き寄せ、辺りを警戒した。水を飲んでいたエルも、その気配を感じ頭を上げると、二人の傍へ行き耳を澄ませた。

 

 

「な、何?」

 

「……何か来る」

 

 

身を低くしたエルの背に、純玲を乗せた時だった……森の茂みから出て来た何かが、紫苑を突き飛ばした。

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

木に当たった紫苑は、痛みから体を埋めた……自身に何かの影が覆った時、紫苑はハッと顔を上げた。

 

そこにいたのは、四つの目を光らせた妖怪だった……

 

 

「……!!

 

エル!飛んで!!」

 

 

その言葉に、エルは鳴き声を上げて飛び出した。追い駆けようとした妖怪に、紫苑は小太刀を突き刺した。痛がった妖怪は、咆哮を上げると彼女の足を掴み、投げ飛ばした。

 

投げ飛ばされた紫苑は、近くに生えていた木に足で勢いを止めると、素早く地面に陣を描いた。

 

 

「悲しき雷の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」

 

 

陣は黄色く光り、そこから雷の帯が紫苑の手に集まった。

 

 

「天より神の裁きを、汝の体に貫け!!」

 

 

槍の形へと変わった雷を、紫苑は妖怪に向かって投げ飛ばした。胸を貫かれる妖怪……一瞬倒れたが、目に光りを灯すと紫苑の体を貫こうと、爪を構え突進してきた。

 

その爪を、紫苑は氷を放ち凍らせると、小太刀で妖怪の手の甲を突き刺した。素早く引き抜くと、妖怪の首を切り、そして胸を刺した。

 

 

倒れる妖怪……紫苑は息を切らしながら、その場に倒れた。

 

 

(……疲れた……

 

3日も寝てたから、鈍っちゃった……

 

 

?)

 

 

寝転んだ地面に咲く、赤い菫……その花を、紫苑は撫でた。

 

 

(……名前……何で、覚えてないんだろう。

 

 

紫苑って名前は、何となく身に覚えがあった……)

 

 

重くなってきた瞼を、ゆっくりと閉じ紫苑は眠った。不意に吹いた風が、彼女の前髪と草花を揺らした。




園内に降り立つエル……そこへ秋羅は駆け寄り、エルの手綱を持った。水輝は、エルの背中に乗っていた純玲を、抱きながら降ろした。


「あれ?紫苑は?」

「妖怪が現れて、今……」

「!!

水輝さん!お願いします!」

「オッケー!」

『エル!道案内頼む!』


秋羅と紅蓮が飛び乗ると、エルは駆け出し翼を広げて飛び出した。


水輝に抱かれた純玲は、心配そうにエルを見ていた。


「大丈夫だよ!秋羅と紫苑ちゃんは、ああ見えて」
「お姉ちゃん、寂しい目してた」

「え?」

「自分の本当の名前が、分からないって言った時……」

「……」

「純玲ね……名前、嫌いじゃないの。

ママが言ってたの。純玲の目の色は黄色だから、ママが大好きな花の名前を付けたんだって」

「そっかぁ……」

「髪の色じゃないもん……目の色だもん……」


目に涙を溜めながら、純玲は水輝にしがみついた。自身にしがみついた彼女を、水輝は撫でながらしばらくそこにいた。


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花の名前

柔らかい風が吹く中……


鳥の囀りが聞こえた。閉じていた目を、少女は開けた。


「……」

「起きたかい?」

「……晃……

いつの間にか、寝てたの?」

「そうだね。

気持ちよかったからね。僕もさっき」

「……」

「帰ろう」

「うん」


差し出してきた晃の手を、少女は小さい手で掴み、立ち上がると繋いだまま、彼と一緒に林道を歩いた。


ある日の午後……花壇に水をやっていた少女は、足音に気付き手を止め顔を上げた。

 

門の前に立つ一人の女性……自身を呼びに出て来た晃に、少女は駆け寄り後ろへ隠れた。

 

 

「……こんな所に、何の御用ですか?

 

大空さん」

 

「その呼び方、やめて。

 

いつも通り、天花で良い」

 

 

悪戯笑みを浮かべながら、天花は被っていた帽子を取った。

 

 

出されたお茶を飲む天花……階段の柵から、少女は警戒しながら彼女を見ていた。

 

 

「何か、随分と警戒されちゃってる……」

 

「僕以外の人と、あまり触れ合ってないからね。

 

美麗!こっちおいで」

 

「……」

 

「大丈夫。この人は、何もしないから」

 

 

警戒しつつ、美麗は階段を降りると素早く晃にしがみつき、天花を見つめた。

 

 

「初めまして美麗ちゃん。

 

私の名前は、大空天花(オオゾラテンカ)。宜しくね」

 

「……てんか?」

 

「そう、天花。

 

字はね、天界の天に野花の花」

 

「花?

 

何の花?」

 

「え?何の花って……」

 

「草花の花って字だよ。

 

名前が分からない草花は、『草』と『花』って言うだろ?」

 

「そっか」

 

「花に興味があるのか?」

 

「うん。

 

植物図鑑を見てから、この通りで。庭に花壇があっただろ?」

 

「あぁ。まだ何も咲いてなかったけど」

 

「お花咲くよ!

 

もう蕾だもん!」

 

「どんな花を植えたんだい?」

 

「うんとね!秋桜と紫苑!」

 

「紫苑?珍しい花を植えたんだね」

 

「うん!」

 

「ほら美麗、庭の手入れをしておいで」

 

「ハーイ!」

 

 

晃の膝に座っていた美麗は、彼の上から降りると外へと出て行った。

 

 

「美麗ちゃん、見ない間に大きくなったね」

 

「そりゃあね。

 

美優さんが亡くなって、丁度2年だからね」

 

「そっか……」

 

「……で?

 

今日はどう言った御用で?」

 

「ん?」

 

「惚けた顔しても駄目だよ。

 

君がここへ来るのって、僕に相談したい事とか、最近出来た討伐隊に関しての情報……そして、妖怪資料」

 

「……流石、幼馴染み」

 

「話すならとっとと話して」

 

「じゃあ、遠慮無く。

 

 

去年と比べて、妖怪の凶暴化が増幅した」

 

「……」

 

「被害も去年は数十件だったが、今年は数百件に上った」

 

「それはまた、凄いことで」

 

「原因として考えられるのは、やはり3年前に殺してしまった麗桜の存在」

 

「麗桜さんは、妖怪の総大将……大将がいなくなれば秩序が崩れ、妖怪達が人を襲っても不思議じゃない」

 

「だが、獣型の妖怪は人を襲おうとしていない」

 

「当たり前だよ。

 

獣の妖怪は、群れで生活をしている……群れの長がいれば、下は安泰。例え総大将がいなくても。

 

 

現に、この家の裏は大きな森。そこに住んでる黒狼達は、時々美麗の様子を見にここへ来てるしね」

 

 

ふと外を見る晃……外では、黒狼の子供と一緒に美麗は、庭の草木に水をやっていた。

 

 

「……話は変わるが……

 

この前の話、どうだ?」

 

「……悪いけど、彼女を手放すつもりは無い」

 

「そうか……それを聞いて、安心した」

 

「と言うより、君等にあの子が扱えるとは思えないよ。

 

 

あの子を引き取る際、町長さんが僕じゃ心配だからって言って、引き取ったんだ。

 

ところが、一ヶ月も経たない内に僕の元へご返却なさいました」

 

「え?何で??」

 

「夜泣きが酷いのと、気にくわないことがあると、すぐに泣き喚いたり癇癪を起こしたらしくてね。

 

手に負えないって、奥さんが言ってそれで」

 

「君の所では無いのかい?」

 

「別に。

 

仕事の邪魔と、この家を燃やしたり水浸しにしなければ、別にいいし。

 

夜なんて、仕事してる最中に部屋に入ってきて、僕のベッドで寝てるし、好きなことを好きなようにさせてるし。

 

 

自由にさせて置けば泣き喚かないし、それに黒狼達が色々なことを彼女に教えてくれてるから」

 

「ほぼ育児放棄じゃん」

 

「酷いこと言うな。

 

これでも、あそこまで育てたのは僕だよ」

 

「お前に似ないことを願うまでだ」

 

 

「晃!咲いてた!」

 

 

嬉しそうに飛び込んできた美麗は、晃の元へ駆け寄ると彼の手を引き、一緒に外へ出た。彼等の後を、天花は残りのお茶を飲み干すと、追い駆けた。

 

 

花壇に咲いてある蕾達を掻き分けると、そこに一輪の紫苑が花を咲かせていた。

 

 

「ねぇ!咲いてるでしょ!」

 

「本当だ……他のはまだなのに」

 

「きっと、美麗に早く見て欲しくて咲いちゃったんだよ」

 

 

その言葉に、美麗は笑った。そして花を鋏で切るとそれを氷で固め、天花に差し出した。

 

 

「……え?」

 

「あげる!」

 

「い、良いの?」

 

「うん」

 

「……ありがとう!」

 

 

微笑みながら、天花は紫苑を受け取った。凍った紫苑は、不思議と冷たくはなかった……むしろ暖かく感じた。




日差しが差し込むとある部屋……

書物が綺麗に並んだ机の上にそれは置かれていた。綿を敷き詰めた箱の中、凍った紫苑が。


「ああ、その報告はあとで皆の前でして貰う」

「わ、わわ、分かりました!」

「緊張するな。

では」


部屋の戸が開いた……中に入ってきた者は、着ていた上着を脱ぎ、椅子の背もたれに帽子を取るとそれを机の上に置いた。


「……」


『溶けない氷?』


年老いた女性は、箱に入った凍った紫苑を少年に見せていた。


『友達の義妹が、私にって作ってくれたんだ』

『それからずっと溶けてないの?』

『そうだよ。

あの時、貰った時のままさ』

『これ作った子、今はどうしてるの?』

『……さぁねぇ……




生きていると、嬉しいんだけど……私が生きている内に、あの子に謝りたい』


目から一滴の涙を流した女性は、傍にいた少年の頭を撫でた。



昔を思い出す男性……凍った紫苑を、男は悲しそうな目で優しく撫でた。


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約束の人

「……」


目を開ける紫苑……目が覚めた場所は、紅蓮の腕の中だった。


「……紅蓮?」

『あ、起きたか』

「……どこ?」

『エルの背中』

「もう少ししたら、施設に着くぞ」

「……」

『どうした?ボーッとして』

「……夢見た」

『夢?』

「あまり覚えてないんだけど……

誰かに花あげた……凍り付けにした紫苑を」


そう言いながら、紫苑は体を起こし紅蓮の膝の上に座った。紅蓮は治すようにして、彼女の頬に出来ていた傷を舐めた。


園内の庭に降り立つエル……そこへ駆け寄った水輝は、エルの手綱を持ち大人しくさせた。

 

 

「シーちゃん、大丈夫?」

 

「結構怪我してます!

 

傷の手当て、お願いします」

 

「いいよ!」

 

 

先に降りた秋羅は、紅蓮から紫苑を貰うと彼女を水輝に渡した。紫苑を受け取った水輝は、医務室へと行き二人の後を紅蓮は追い駆けた。

 

 

手当てが終えた紫苑は、体中に包帯を巻きそれが邪魔にならないか腕を軽く回していた。

 

 

「手当てはしたけど、あんまり暴れるとまた傷口が開いちゃうから、そこだけ気を付けてね」

 

「分かった……」

 

「あと、若干熱があるから帰るまでの間、少し寝ておくといいよ」

 

「え?熱?」

 

「多分、まだ完全に治りきってなかったんだよ。そこに薬あるから、それを飲んで寝ときな。

 

職員の人には言っといたから、そこのベッドで。紅蓮、後は任せたよ!」

 

 

そう言って、水輝は部屋を出て行った。

 

台に置かれていた薬を飲むと、紫苑はベッドに横たわった。すると一気に眠気に襲われそのまま、深い眠りに付いた。彼女の体に、紅蓮は布団を掛け頭を撫でると、狼姿へとなり床で伏せ眠りに付いた。

 

 

 

屋根の補強をする秋羅。その間、水輝は子供達と遊びながら勉強を教えていた。

 

 

「すみませーん!」

 

「?」

 

 

塀壁の上を歩いていた秋羅を、下から呼ぶ声が聞こえ彼は下を見た。そこにいたのは、若い夫婦だった。

 

 

(誰だ?あいつ等)

 

「門を開けてくれない?!

 

ここの院長に話があるの!」

 

「今連れてきますので、少々お待ち」

「入れろって言ってんのが、分かんないの?!」

 

「(な、何だ?)

 

自分はここの者でありません!ですから、院長に話をしてからこちらへ来ますので!」

 

 

そう言って、秋羅は屋根から降り院長室へ入った。先程の話をすると、院長室は席を立ち外へ出た。

 

秋羅は気になり、塀壁を駆け上り外を見た。

 

何かを言い争う院長と夫婦……院長に怒鳴ると、夫婦は帰って行った。

 

 

溜息を吐く院長……秋羅は塀壁から飛び降りると、院長の下へ歩み寄った。

 

 

「さっきの方々は?」

 

「時々いるんですよ。

 

自分達は、ここの子供の親になりたいから、引き取りに来たと」

 

「引き取ってどうするんです……

 

自分達の子でもないのに」

 

「国からのお金目当てですよ。

 

養子を引き取ると、いくらかお金が貰えるんです」

 

「あぁ、聞いたことあります」

 

「それで時々来るんですよ。

 

ああいう人達が」

 

「……」

 

「けど、引き取る際には証明書を持ってこなければなりません。

 

それがない限り、お渡しすることも会わせることも出来ないように、なっています」

 

「……」

 

 

 

医務室のベッドで眠る紫苑と床で眠る紅蓮。

 

そこへ、様子を見に来た水輝は、ソッとカーテンを開け二人を見た。

 

 

(……よく眠ってる。

 

熱は……だいたい下がったね。

 

 

 

それにしても……寝顔が、天使!)

 

 

出しそうになる叫び声を、水輝は口を手で抑え堪えた。

 

 

「マ……」

 

「?」

 

 

寝返りを打った紫苑は、自然と水輝の方へ顔を向けた。微かだが、泣いた跡があった……水輝は、目に残っていた彼女の涙を拭き、布団を掛けカーテンを閉めた。

 

丁度そこへ、紫苑を心配した純玲が彼女の様子を見に来た。

 

 

「あれ?純玲ちゃん」

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。今、お薬飲んで寝てるから」

 

「……お姉ちゃん、言ってたの。

 

 

ママとパパの記憶がないって」

 

「……そう」

 

「だから、どっち似か分からないって」

 

「……」

 

「お姉ちゃんのママとパパは、どこにいるの?

 

純玲のママとパパと同じ、空の上?」

 

「分からないよ。

 

先生達も、それ知りたいよ」

 

「……」

 

「さぁ、教室戻ろう」

 

「うん」

 

 

水輝の手を繋ぎ、純玲は部屋を出た。二人が出て行ってからしばらくした後、紫苑は目を開けた。彼女と同じくして、紅蓮も目を開け大きくあくびした。そして起き上がると、まだ横になっている紫苑の頬を舐めた。

 

 

「……秋羅達は?」

 

『外だろう。

 

もう起きて、平気か?』

 

「大丈夫……秋羅の所に行こう」

 

 

医務室を出る2人……外へ出た時だった。目の前に、妖怪が現れたのは。

 

 

「……!

 

紅蓮!秋羅を呼んできて!」

 

 

そう叫んだ瞬間、紫苑は妖怪に叩き飛ばされた。

 

 

『紫苑!!』

 

 

大きな音に、外にいた秋羅は動かしていた手を止め、音の方へ駆けて行った。

 

そこへ辿り着こうとした時、突如飛ばされてきた紫苑と、彼女を追い駆けてきた妖怪が攻撃しようと、手を上げた。

 

 

「紫苑!!」

 

 

攻撃しようとした妖怪に、エルは嘴で反撃し怯んだ隙を狙い、紫苑を銜え秋羅の元へ連れて行った。

 

 

「紫苑、無事か?!」

 

「平気」

 

「封印する準備するから、奴の気を引いてくれ!」

 

「分かった…紅蓮!」

 

 

人から狼姿へと変わった紅蓮は、口から炎を出し攻撃した。

 

 

騒ぎに気付いた子供達と職員達は、窓にへばり付き外を見た。

 

 

「先生!何か、さっきのお兄ちゃんとお姉ちゃんが、大きな妖怪と戦ってるよ!」

 

「それじゃあ、先生も参戦してくるから、皆は私達の応援してね!」

 

「ハーイ!」

 

 

職員に頷き水輝は外へ出ていった。彼女の後を、純玲は職員の目を盗みついて行った。

 

外へ出た水輝は、封印陣を書く秋羅の元へ駆け寄ると、いつの間にか持ってきていた、彼のバックから瓶を取り出すと、それを陣の上へ置いた。

 

 

「準備出来た!水輝さん、瓶を抑えていて下さい!」

 

「了解!」

 

「紫苑!離れろ!」

 

 

秋羅の声に、紫苑は妖怪にダメージを与えると、そこから跳び上がり後ろへ下がった。いなくなると、秋羅は数珠を手に巻き合わせると、お経を唱え始めた。

 

 

お経に気付いた妖怪は、咆哮を上げると紫苑に攻撃した。叩き飛ばされた彼女の元へ、水輝の後を追い駆けてきた純玲が、駆け寄ってきた。

 

妖怪は純玲の姿を見ると、彼女目掛けて攻撃してきた。

 

 

「危ない!!」

 

「紫苑!!純玲ちゃん!!」

 

 

攻撃してくる中、紫苑は咄嗟に純玲を自身の後ろへ行かせ、攻撃を小太刀で受け止めた。

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

「早く逃げて!紅蓮!」

 

 

狼から人へと変わりながら、紅蓮は純玲を抱き上げその場から離れさせた。いなくなると、受け止めていた攻撃を受け流し、紫苑は秋羅の元へ行った

 

 

追い駆けようとしたその時だった……妖怪の首に鎖が絡まった。それを合図に次々と鎖が、妖怪の体に巻き付き動きを封じ込めた。

 

 

「さぁ!眠れ!!」

 

 

その声に応えるかのようにして、陣の中心に置かれていた小さな壺が、動き出し妖怪を吸収しようと風を起こした。吹き荒れる風の中、妖怪は何かに捕まろうと暴れ出した。

 

数個の遊具を壊し、妖怪はそのまま吸われるがままに、瓶の中へと吸い込まれた。

 

 

 

地面に座り込む秋羅達……そこへ、純玲が駆け寄り泣きながら、紫苑に抱き着き謝った。

 

紫苑は大丈夫だと言いながら、彼女を宥めた。その様子を見て、秋羅と水輝はホッと息を吐いた。




夕方……遊具の修理を一通り終えた秋羅。最後に園内に置かれた結界の杭を確かめ、異常がないことを確認すると、院長室へ行き院長に全てが終わったことを伝えた。


「色々、ありがとうございました。

助かります」

「いえいえ。それではまた、何かありましたら幸人の所へ」

「はい!本当に、ありがとうございました」


見送りに来た園児達……紫苑に抱き着いた純玲は、泣きながら別れるのを拒んでいた。


「絶対だよ!絶対また来てよ!」

「わ、分かったから……そろそろ離して」

「完全に気に入られたな」

「と言うわけで、次の健康診断もシーちゃん連れて行くね!」

「その辺りは、幸人に話しつけて下さい」

「そうだ!お姉ちゃんにこれあげる!」


そう言って、純玲はピンク色の折り紙で折った桜の花を出した。


「……これ」

「さっき折ったの!

桜のお花!」

「桜……」


『僕は待ってるよ……』


「?」


『約束する……

あそこで、君を待ってるから……』


「……お姉ちゃん?大丈夫?」

「!

だ、大丈夫。


ありがとう。大事にするね」

「うん!」



帰路を歩く三人……エルの手綱を引きながら、紫苑は純玲から貰った桜の折り紙を眺めていた。


(……あの声、誰なんだろう……


約束……)


とぼとぼと歩く紫苑を、歩いていたエルは嘴で銜えると、勢いを付けて彼女を投げ自身の背中に乗せた。そして翼を羽ばたかせると、空へと飛んでいった。


「あ~りゃ、また連れて行かれた」

「アーン!シーちゃん!」

「紅蓮は行かなくていいのか?」

『今回は疲れたから良い』

「あっそ」


空を飛ぶエル……紫苑は、下を眺めながらエルに頬を擦り寄せた。


「……ありがとう、エル」


エルを撫でる彼女の手に付けられていたブレスレットが、一瞬光った。


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研究者

残暑が残る頃、それは突然やって来た。

エル達と水遊びをしていた紫苑は、その気配に気付いたのは、昼食を食べ終えしばらくした後だった。


「(……誰だろう)

うわっ!」


水を浴びて上機嫌になったエルは、彼女に飛び付き押し倒した。水溜まりになっていたところに、紫苑は尻を着き頭に掛かった水を振り払い、寄ってきた紅蓮とエルの頭を、笑みを溢しながら交互に撫でた。


幸人と向き合って座る、髪を結った男……眼鏡のブリッジを上げながら、彼は足を組み置かれていたお茶を飲んだ。

 

 

「さぁてと、幸君。

 

お嬢ちゃんをこちらで、引き取らせて貰うよ」

 

「断る」

 

「そんなこと言わないで!

 

早く引き取らせてよ!陽介の話じゃ、まだ人に慣れてないって聞いたから、こうやってわざわざ来たんだろ?」

 

「嫌な凝った。

 

テメェに渡すと、何が起きるか分からん……変人オタクが」

 

「酷いこと言うねぇ……相変わらず」

 

「当たり前だ……

 

 

俺等4人を、何度殺そうとした!!」

 

「殺してないだろう!?」

 

「俺等を散々実験台にしやがって!!

 

何度寝込んだことか」

 

「失敗は成功の元って言うだろ?」

 

「その一言で終わらせるな!」

 

 

「幸人、この人誰?」

 

 

話し合っている2人の間に入った秋羅は、幸人に彼を指差しながら質問した。

 

 

「妖討伐隊かつ妖怪研究所の責任者、雲雀大地(ヒバリダイチ)だ」

 

「大ちゃんって呼んでね!

 

秋ちゃん!」

 

 

そう呼ばれた瞬間、秋羅は冷や汗と寒気を感じ、彼から目線を離した。

 

 

「根っからの変人だ」

 

「見りゃ分かる」

 

「連れて行くの駄目なら、血液だけでも採らせて。

 

あと、口の粘膜と髪の毛」

 

「用意周到だな。お前……

 

でも、駄目なものは駄目だ」

 

「何でよ……

 

理由、聞かせて貰える?」

 

「……ただでさえまだ、人に慣れていない。

 

最近、やっと俺等に笑い顔を見せるようになったところだ。そんな時に、お前の妙な実験の材料にしたいが為に、道具として使われて良い気分する奴なんざ、いやしねぇよ」

 

「そんなぁ!

 

せっかく、純血の半妖を調べられると思ったのに!」

 

「さっさと帰れ。そして次来る時は、陽介でも連れて来い」

 

「連れて来られないの知ってて言ってる?」

 

「知らん」

 

「キー!!幸君の、意地悪!!」

 

 

大地が騒ぐ中、庭から帰ってきた紫苑は紅蓮と顔を見合わせながら、リビングへ行った。

 

 

「どうかしたの?何か、尋常じゃない声が聞こえたけど」

 

「ん?

 

白髪……赤い目……」

 

 

そう呟きながら、大地は鞄から資料を取り出し、見ながら彼女に歩み寄った。

 

 

「やっぱり……

 

 

お嬢ちゃんか!半妖の子供は!」

 

「え?」

 

「来たことだし!

 

早速、血液採らせて貰うよ!」

 

 

そう言って、大地は鞄から注射を取り出した。それを見た瞬間、紫苑は居た堪れない恐怖を感じ、そこから逃げようとした。だが、そこを大地は彼女の腕を掴み引き留めた。

 

 

「大丈夫大丈夫。ちょっとチクってするだけだから!

 

幸君、この子抑えといて!」

 

「オイ、やめとけ。嫌がってるぞ」

 

「子供は大抵こういう反応!

 

大丈夫!すぐ終わるよ!」

 

「いや、そういう意味じゃ」

 

 

注射を刺そうとした大地の手を、傍にいた紅蓮は噛み付き阻止した。手が緩んだ隙を狙い、紫苑は彼から離れ秋羅にしがみ付き、後ろへ隠れた。

 

 

「ビックリしたぁ……ちょっと幸君、躾なってないよ!この犬!」

 

「お前が嫌がる事するからだろうが!」

 

「そっか……心準備がまだだったか。

 

そんじゃあ、準備ができ次第やるから待たせて貰うよ」

 

「とっとと、帰れ!」

 

「嫌だね。まだ、血液採ってないもん」

 

「お前なぁ」

 

「多分、今日無理ですよ。

 

すっかり怯えてますから」

 

 

後ろで怯える紫苑に、心配そうに紅蓮は寄り添い体を擦り寄せた。

 

 

「怯えが治るまで待つから。

 

そういえば、この子名前は?何て言うの?」

 

「教えるか。

 

秋羅、そいつ外に出しとけ」

 

「あ、あぁ。

 

行こう」

 

「だったら、僕チンも」

「テメェは、ここで大人しく待ってろ。

 

今から、陽介呼んでやるから」

 

「何でぇー!!」

 

「陽介が嫌なら、水輝達でも呼ぼうか?」

 

「やめろ!!殺される!!」

 

「毒盛られて死ね!!」

 

 

2人が騒いでいる間に、秋羅は紫苑と紅蓮を外に出した。彼女の気配に気づいたのか、エルが駆け寄って来るなりその場に体を屈めた。秋羅は紫苑を持ち上げると、エルの背中へ乗せた。

 

 

「事が収まるまで、紫苑を頼む」

 

『そのつもりだ。

 

エル、行くぞ』

 

 

首元を軽く叩くと、エルは翼を羽ばたかせると空へと飛んでいった。

 

 

紫苑達を見送り家へ戻ると、そこには床に倒れた大地と、彼を踏む水輝と暗輝がいた。

 

 

「な、何やってるんですか?」

 

「こいつを」

 

「締めに来た」

 

「はぁ…」

 

「さぁて、人の患者に痛い事しようとしたって聞いたけど……

 

何、患者から血を採ろうとしてんのよ?アンタは」

 

「ヒィー!!お助けぇ!!」

 

「血なら、俺等がテメェの腕から採取しても良いんだぜ?

 

水輝!こいつの腕、抑えろ!」

 

「アイアイサー!」

 

「ギャー!!殺されるぅ!!」

 

「選択肢をあげる。

 

今すぐに、ここから立ち去るか。

 

それとも、このまま2人の実験台になるか……

 

 

さぁ、どっちが良い?」

 

「帰ります!帰ります!!

 

次来る時は、陽君を連れてくるから、その時には血を採らせろよ!!」

 

 

そう叫びながら、大地は荷物を持って速攻家を飛び出し帰っていった。

 

 

「チッ!逃げ足だけは、早い奴だ」

 

「全くだ」

 

「その注射器に入ってる液、本当に毒ですか?」

 

「いや。単なる水」

 

「色付きのな」

 

「……」

 

 

 

夕暮れ……帰ってきた紫苑は、エルを小屋に入れると人の姿となった紅蓮の後ろにしがみつき、一緒に家の中へ入った。

 

 

「シーちゃん!紅蓮!

 

お帰りぃ!!」

 

 

飛び付こうとした水輝を、紅蓮は紫苑を抱き慌てて避けた。飛んできた彼女は、壁に顔を当て鼻血を出しながらその場に蹲った。

 

 

「何やってんだか……」

 

『何で2人が?』

 

「あの変人を追い出しに、呼ばれたんだ」

 

「もう、いない?」

 

「とっくに出てった。

 

毒を注入しようとしたら、逃げちゃって」

 

「お前、鼻血出てるぞ」

 

「大丈夫!大丈夫!鼻栓しとけば、止まるから!」

 

「ハイハイ……」

 

 

リビングへ行った紫苑と紅蓮……入った直後、紫苑はまた怯えだし後ろにいた紅蓮にしがみつき、彼の背後に隠れた。

 

 

「あれ?シーちゃん、どうしたの?」

 

「……!

 

多分、出しっ放しの注射が原因かと……」

 

「水輝、しまえ」

 

「ハーイ」

 

 

水輝が注射器をしまう間、紫苑はずっと紅蓮の後ろへ隠れ、彼女の様子を伺っていた。

 

 

「本当に、注射苦手なんだな?」

 

「そうみたいで……」

 

「まぁ、水輝の患者にも注射が苦手な奴はいるからな」

 

「やっぱりいるんですか?」

 

「主に子供だね。

 

まぁ、大人でもいるよ。先端恐怖症の人だったり昔から苦手だって言う人もいれば、小さい頃に凄い痛い思いをして、そのせいで注射が無理だって人も」

 

「そういう人達って、どうやって薬打つんですか?」

 

「ほとんど飲み薬にしてるよ。滅茶苦茶苦いけど。

 

 

あと、やむを得ない場合は……あまりやりたくもないし進めたくもないんだけど、睡眠薬を飲ませた後にそのままブスって」

 

「恐ろしい……」

 

「やむを得ない時だけだよ!それ以外は、絶対に使わないから。

 

注射は痛いし、下手したら心の傷にもなるからね」

 

 

そう言いながら、水輝は注射器をケースへしまいそれをバックにしまった。




汽車の中……車内に設置されていた電話で、大地はどこかに電話していた。


「そうなの!もう、血も髪の毛も口の粘膜も採取できなかった!

超最悪!


どれか一つでも持ち帰られれば、あの子かどうか調べられたのに……


え?あの子って?


ちょっと!忘れたの!



アンタの所に残ってた、麗桜の子供の血液!

そう!麗桜!


アンタの〇〇が撃ち殺した、あの〇〇よ!



子供がいれば、また100年前と同じように……〇〇と〇〇が平和に暮らせるんだよ。一緒に」


真剣な眼差しで、そう言いながら大地は電話の相手と喋り続けた。


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竜の里

何かに銜えられ、空を飛ぶ紫苑……


「……えっと」

「動かない方が身のためだぜ。


地面に落ちたくなきゃな」


白い鱗に覆われた竜に乗った、黒いマントを羽織った男は、手綱を引きながらそう言った。

彼女を取り戻そうとしているのか、竜のすぐ傍にはエルが共に飛んでいた。


遡ること、数時間前……

 

 

買い出しに来ていた紫苑と紅蓮。薬が入った袋を手に持って店から出ると、不意に声を掛けられ振り返った。

 

 

『この辺りに、月影幸人って方の家を知りませんか?』

 

『幸人?

 

幸人が、どうかした?』

 

『少し用があってね。

 

この辺りに住んでるって、聞いたんだけど……知ってる?』

 

『……誰?』

 

『北の都で祓い屋をやっている、水影葵って言うんだけど』

 

『祓い屋……』

 

『やっぱり、疑わしいよねぇ』

 

『師匠、こんな子に構ってないで早く探しましょう!』

 

『いやいや。

 

水星の導きで、君は幸人の家族だろう?』

 

『……』

 

『師匠?』

 

『……ついてきて』

 

 

傍にいた紅蓮の背中に乗り、2人に警戒しながらも紫苑は彼等を案内した。

 

 

数時間後……家に着くと、紫苑は紅蓮から降りると畑の方へ行った。

 

しばらくすると、紫苑は秋羅を連れてきて2人を指差した。

 

 

『幸人の知人なんだけど、彼はいるかな?』

 

『ちょっと、呼んできます』

 

 

そう言って、秋羅は家の中へ入った。紫苑は2人を見つめると、牧場から抜け出してきたエルの方へ行き、彼の嘴を撫でた。

 

 

『その子、西洋の妖怪よね?どうしたの?』

 

『……引き取った』

 

『引き取った?誰から?』

 

『……』

 

『時雨、やめなさい。

 

質問攻めは、君の悪い癖だよ』

 

『……はーい』

 

 

『話着いたんで、どうぞ中へ』

 

 

そう言って、秋羅は2人を家の中へと入れた。リビングへ案内し、ソファーに座らせた。すぐに幸人が、頭を掻きながらリビングに入ってきた。

 

 

『面倒な奴が来た……』

 

『やぁ、幸人久し振りだね。元気にしてた?』

 

『テメェが来なきゃ、もっと元気だったかもな』

 

『相変わらずだね』

 

『……?

 

何だ。弟子とったのか?』

 

『まぁね。僕自身歳も歳だから、そろそろ良いかなぁって思って』

 

『フーン』

 

『……ちょっとおじさん!』

 

『おじ……』

 

『師匠に向かって、その口の利き方は何なの?!

 

この方は、この世に仕える』

『君は黙ってて』

 

 

立ち上がっていた時雨を、無理矢理座らせ咳払いをした。

 

 

『で、話って何だ?』

 

『依頼を少し、手伝って貰いたくて……

 

ここから、北東に聳え立つ山を三つ越えた先にある、竜の里から依頼を貰ったんだ。

 

 

内容は、強大な妖怪を退治して欲しいとの事。僕等二人じゃ、少々無理だと思ってね』

 

『他の奴等に頼まなかったのか?

 

月影は、お前等の中では下級なんだろ?』

 

『僕はそう思ってないよ。

 

確かに彼等は、性になぞられてその力を使える……でも、君の所はその力の上のものを持っているんだと思うよ』

 

『……相変わらず、何でも見通してるような言い方をしやがって』

 

『そう言われると、嬉しい!』

 

『褒めてねぇよ』

 

『それで、引き受けてくれるの?

 

報酬はもちろん、払うけど』

 

『どれくらいだ?』

 

『今回の半分プラス手数料』

 

『それプラス、そこの女の悪口料も寄こせ』

 

『なっ!!』

 

『オッケー。良いよ』

 

『師匠!!』

 

『秋羅、準備しろ!

 

紫苑!お前も準備しろ!』

 

 

 

外へと出る五人……葵は地面に陣を描くと、首に掛けていたオカリナを手に取ると、それを吹き出した。清らかに奏でられるオカリナの音色に、反応して陣が輝きだし地面から水が噴き出し、五人を包み込んだ。

 

そして、外の景色が次々に変わっていき、着いた先は雪が積もった山の麓だった。

 

 

『はい。移動完了』

 

『お前の能力、本当欲しい』

 

『やっぱ、北に来ると雪だけだな』

 

『まぁ、別名冬国ですから』

 

『今日は吹雪いてなくてよかったよ』

 

『さて、数時間歩けば、竜の里に着くよ』

 

『里前に連れてけよ』

 

『結界が張ってあるから、そこまで行けないんだよ。

 

ほら、行こう』

 

 

先に歩き出した葵に続き、幸人は溜息を吐きながらも彼について行った。二人の後を時雨、紫苑、秋羅と歩いて行った。

 

 

しばらく歩いていた時だった。エルが歩くのをやめ空を見上げて、鳴き声を上げた。

 

 

『エル?どうしたの?』

 

『何だ?どうかしたのか?』

 

『分かんない……?』

 

 

突然止む風に、皆は辺りを警戒始めた。その時だった……空から何かが急降下してきたかと思いきや、幸人達に当たる寸前で、風を起こし急上昇した。

 

 

『な、何だ?』

 

『さぁ……』

 

『ビックリしたぁ……

 

 

あれ?紫苑?!』

 

 

先程までそこにいたはずの、紫苑が突如いなくなっていた……彼女に続いて、傍にいたエルも姿を消していた。

 

 

 

そして、紫苑は現在に至る。

 

寒くなり、紫苑は降ろしていたマスクを上げ、首に巻いていたマフラーに顔を埋めた。

 

 

その頃、幸人達は……

 

 

 

「どこ行った!?」

 

「まさか、さっきの風に」

 

「ちょっと待ってて!」

 

 

バックから鏡を取り出た葵は、呪文を唱えた。すると鏡に、紫苑と彼女を銜えている生き物が映った。

 

 

「何です?この生き物……」

 

「竜だね……

 

飛んでいった方向を見ると、竜の里がある所だ」

 

「何で紫苑が連れて行かれたんだ!!」

 

「し、知らないよ!」

 

「とにかく、竜の里へ行きましょう!

 

そこへ行けば、紫苑だっけ?あの子も無事かも知れません」

 

「だな。紅蓮!

 

 

って、あいつまでいなくなってる!!」

 

「多分、紫苑追い駆けていったんだな……」




渓谷に降り立つ竜……

地面に降りると、口に銜えていた紫苑を下ろした。下ろされた紫苑は、辺りを見ながら立ち上がった。そこへ、ついてきていたエルが降り立ち彼女に駆け寄ると、周りを歩きそして頬摺りした。


「やれやれ。西洋の妖怪がついてくるとは、意外だなったな」


そう言いながら、竜から降りた者は被っていたフードを取り、綺麗に束ねた髪を揺らしながら前髪を整えた。


「……」

「そんな警戒しなくても良いだろう?

まぁ、いきなり連れてきたのは悪かったけど」

「……誰?」

「俺は竜也。

この竜の里長の息子だ」

「……幸人達に用があるんじゃないの?」

「まぁ、そうだけど……

お前から、面白いにおいがしたから」

「……

幸人達の所に、帰る」

「は?」


そう言って、紫苑はエルの背中に飛び乗った。エルが、翼を羽ばたかせようと広げた……その時だった。突然エルの翼に、錘が着けられ翼を羽ばたかせなくなってしまった。錘に驚いたエルは、地面に膝をつきその衝撃で紫苑は地面に放り飛ばされた。


「エル!」

「行かせないぜ。

ま、あいつ等が着くまでの間、俺と一緒にしばらくここにいようぜ」

「今すぐ外して!!」

「そんな怒るなって。

この辺り歩こうぜ。な?」

「嫌だ!!」


怒りに達した紫苑に反応するかのようにして、手に着けていたブレスレットが光り出し、辺りに氷の柱を作り出した。


「な、何だ!?」


エルの胴に顔を埋めていた紫苑は、後ろを振り返りビビっている竜也を見た。


「……わ、分かった……

里に行こう……な?」

「……うん」

(こ、怖っ……このガキ)


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大型の妖怪

日が暮れ始め、辺りが暗くなりかけた頃……


幸人達はようやく、竜の里の入口付近に着いた。入口には、里の者が出向いており彼等をすぐに案内した。


案内された里は、絶壁に囲まれた里だった。絶壁の間に空いた空間に、建物が建てられており、左右の移動は掛けられた橋か、竜に乗って民は生活をしていた。


「凄え……竜だらけだ」

「本当……」

「こちらです。

長、葵様がお見えになりました」


そう言って、大広間へ案内された。部屋には、先に着いていた紅蓮が、口に枷を付けられその場に伏せていた。


「あいつ、先に着いてたのか……」

「あの犬、何で枷を?」

「大方、手当たり次第に襲ったんだろうな」


そう言って、秋羅は紅蓮の元へ歩み寄り傍にいた見張りに訳を話し、口の枷を外させた。頭を軽く振ると、紅蓮は秋羅の後ろへ行き、大あくびをした。


「何事も無かったかのようにしやがって……何様のつもりだ」

『紫苑は?』

「まだ見つかってねぇよ……てか、話を聞け!」


「そちらの黒狼は、あなた方のお連れでしたか」


そう言って、奥から出て来たのは白髪を結った男だった。葵と幸人はすぐに礼をし、二人に続いて秋羅と時雨も礼をした。


「堅くならなくても良い。

長旅、ご苦労であった」

「いえいえ。

まぁ、途中から吹雪いたのとあなた様のお仲間が、もう一人の連れをさらってしまったこと以外は、全く問題無いです」

(サラッと言ったよ……この人)

(師匠……)

「申し訳ないです……」

(自覚あったのか……)


絶壁を降りる紫苑と竜也……エルの手綱を引きながら、紫苑は岩場から岩場へと飛びながら、先頭を歩く竜也の後について行っていた。

 

 

「……ねぇ!」

 

「ん?」

 

「本当にここ降りてけば、里に着くの?」

 

「あぁ!」

 

 

返事をすると、竜也は岩場を一段飛び降りた。彼の姿を見て、紫苑は飛び降りようとしたが、それをエルが襟を銜え阻止し、いつものように勢いを付けて自身の背中に乗せると、岩場を飛び降りた。

 

 

「お前の相棒、中々やるな?」

 

「誰のせいで、飛べないと思ってんの?」

 

「ヘイヘイ……!

 

ほれ、見てみろ!」

 

「?」

 

 

竜也が指差す方向には、松明の明かりが見えていた。

 

 

「あの明かりは、里の裏口だ!」

 

「……」

 

 

最後の岩場を降りると、竜也は手招きをしながら洞窟となっている裏口の中へ、二人を案内した。少し歩くと、すぐ明かりが差し込み、再び外へと出た。

 

 

「ようこそ!我が、竜の里へ」

 

「……」

 

「何だよ!!その疑いの目は!?

 

本当にここが竜の里だ!」

 

 

「何を騒いでおる」

 

 

声が聞こえ振り返ると、そこにいたのはあの白髪を結った長だった。

 

 

「お、親父……ビックリさせんなよ」

 

「何がビックリだ……?

 

そちらの子は?」

 

「あぁ、こいつは……!!」

 

 

説明しようとした竜也の溝に、紫苑は拳で殴った。蹲った彼を背に、エルの翼に付いている錘を彼女は指差した。

 

 

「これ、外して」

 

「あ、あぁ……」

 

 

引き攣った顔をしながら、長は呪文を唱え翼に付いた錘を外させた。錘が無くなったエルは、翼を羽ばたかせると、そのまま宙を一回りすると紫苑の元へ寄り、嘴を擦り寄せた。

 

 

「全く、溝打ちされて当然だ」

 

「そ、そん……な」

 

「さぁ、この馬鹿息子をほっといて、中へ入りましょう。

 

浅間、この子(エル)を小屋の方へ」

 

「は、はい」

 

 

紫苑から手綱を受け取ると、浅間はエルを小屋へ誘導した。男に誘導され、紫苑は中へと入り彼女に続いて、まだ痛む腹を抑えながら、竜也も中へ入った。

 

 

「紫苑!」

 

 

広間に置かれていた椅子に座っていた秋羅は、紫苑の姿を見ると一目散に駆け寄ろうとしたが、彼より先に紅蓮が駆け寄り、体を擦り寄せ彼女の脇に顔を入れた。

 

 

「平気みたいだな……んで、そこにいる男は誰だ?」

 

「あぁ、俺は」

「私をさらった犯人」

 

「撃ち殺す」

 

「刺し殺す」

 

 

どこからか出した銃を、幸人は竜也に向け彼と同様に秋羅も、腰ケースから槍を取り出し構えた。

 

 

「待て待て!!話聞いてくれ!!

 

お前も疑いを呼ぶような言い方をするな!!」

 

「……紅蓮、噛み付け」

 

「そんな犬っころに、俺が……うわっ!!」

 

 

竜也を押し倒し、紅蓮は彼の腕を噛んだ。痛みに叫び声を上げながら竜也は暴れまくり、気が済んだ紅蓮は牙を離し軽く頭を振ると、紫苑の元へ駆け寄り尻尾を振った。

 

 

「あの犬ぅ!!」

 

「犬じゃないし、狼だし」

 

「一緒じゃねぇか!!」

 

「やめんか!!竜也!!」

 

「うっ」

 

「申し訳ないです。うちの馬鹿息子が、失礼なことを」

 

 

竜也の頭を無理矢理下げさせながら、長は深々と頭を下げた。

 

 

「……帰る」

 

「え?!」

 

「ちょ、紫苑」

 

「帰る!

 

あんな奴と一緒にいたくない!」

 

 

帰ろうとする紫苑と紅蓮を、幸人と秋羅は懸命に説得した。数時間後、何とか紫苑達を止めた二人は全ての力を使い果たしたかのように、椅子に座り机に伏せっていた。

 

 

「まだ一日目なのに、何なの?この、疲労感は」

 

「何か、先が楽しみだね」

 

「笑顔で言う事じゃありません!!」

 

 

 

 

翌日……

 

 

竜に飛び乗る秋羅達。

 

 

「乗れるわけ無いじゃない!!あんなデカ物に!!」

 

「時雨」

 

「師匠達は男だからまだ良いですけど、私は女です!!色々問題があるんです!!」

 

「単なる、竜怖がってるだけだろ?」

 

「そ、そんなこと無いわよ!!」

 

「じゃあ乗れよ」

 

「だから!それは……?

 

あの子は乗らないの?竜に」

 

「紫苑はエルに乗るんだよ」

 

「エル?」

 

 

首を傾げる時雨に、秋羅は紫苑を指差した。彼女の手には手綱が握られており、その手綱の先にはエルが翼を羽ばたかせ飛ぶ準備をしていた。

 

 

「……な、何ですか?

 

あの、熊に鷹を合体させた生き物は」

 

「グリフォン。西洋の妖怪だ」

 

「あれに乗るの?あの子」

 

「そうだけど?」

 

「……私もあっちに乗る!」

 

「え?やめた方が」

「紫苑ちゃん!私もそっちに乗せて!」

 

 

そう言って、時雨はエルの背中に乗ろうと足を掛けるが、嫌がったエルは彼女を振り下ろすと、紫苑を銜え勢いを付けて自身の背中に乗せた。傍にいた紅蓮は人の姿となり、見送りに出ていた長から、コートを借り腕を通すと、エルの背中に飛び乗った。

 

 

「え?誰?

 

てか、何で私は駄目なのよ!!」

 

『テメェみてぇな女、乗った瞬間下ろせの連発に決まってる』

 

「何よ!!てか、アンタ誰よ!」

 

『幸人、先に行ってる』

 

「応」

 

「話を聞きなさい!!」

 

 

騒ぐ時雨を無視して、紫苑は軽くエルの体を蹴った。エルは鳴き声を発しながら、翼を羽ばたかせ飛び出し、宙で彼等が来るのを待機した。

 

 

「……時雨、諦めて竜の背中に乗って」

 

「……はい」

 

 

 

空を飛ぶ竜と竜の横を飛ぶエル……

 

 

「さ、寒い……」

 

「今年は自棄に雪が凄いですね!

 

季節はまだ夏なのに」

 

「季節外れの大雪だ!

 

今年は特に酷いからな……あそこだ!」

 

 

竜也は目の前にある山を指差すと、麓に竜を着地させた。少し遅れて、エルもそこへ降り立つと上機嫌に辺りを歩き回り、紫苑達を降ろした。

 

降りた紅蓮は、狼の姿へとなりコートを首に巻き、紫苑の傍に立った。

 

 

「この辺りか?大型の妖怪が現れるのは」

 

「あぁ。

 

いつもなら、降りた瞬間に攻撃してくるんだけど……」

 

「……いなさそうね」

 

「……?!」

 

 

何かの気配を感じた紫苑は、辺りを警戒しだした。彼女と同じように、エルも何かに気付き辺りを見ながら、鳴き声を上げた。

 

 

「な、何?どうしたの?」

 

「何かいる……気を付けて」

 

「気を付けろって……」

 

「……!!」

 

 

何かに気付いたのか、紫苑は歩み寄ってきた竜也を押し倒した。雪の上に倒れた彼は、文句を言おうと起き上がったが、目の前の光景を見て、言葉を失った。




祓い屋……


大昔、妖怪の総大将が自我を失った時、9人の祓い屋がそれぞれの力を合わせて、総大将を止めた……


そして、それは伝説上の物語として、祓い屋や人々に伝わっていた。


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無能と才能

紫苑の両脇腹を掠る、二つの角……角はすぐに引くと、風を起こして、姿を消した。脇腹から血を出した紫苑は、その場に膝を付き息を乱した。


『紫苑!!』

「辺りを警戒しろ!!

まだ近くにいる!!」

「紅蓮、紫苑を頼む!」

『分かっ……!!

秋羅!!幸人!!地面に伏せろ!!』


紅蓮に言われ、二人は地面に伏せた。その瞬間、彼等の頭上に尻尾らしきものが通過した。


「な、何だ?!一体」

『次は右から来る!!』

「うわっ!!」

「何で見えないのに、攻撃が来るの!?」

「……まさか。

紅蓮、灯火!」


脇腹を抑えながら、紫苑は立ち上がり紅蓮に言った。紅蓮は口から炎の球を出すと、それを空へと放った。


灯りに照らされた場所には、巨大な体と鋭い牙、そして長い尾が見えた。


「……そうか……白い毛で覆われてるから、姿が見えないんだ」

「嘘だろ……」

「攻撃来る!!

葵!!伏せて」


紫苑に言われ、葵はすぐに身を低くし、頭上に尻尾が通過させた。


「どうにかして、ここから離れた方が」
「時雨!そこから離れて!!」


すぐに動けなかった時雨を、秋羅は抱えてそこから離れさせた。次の瞬間、積もっていた雪が剔られるようにして欠けた。


「すぐに避けろ!!死にたいのか!」

「だ、だって」


その時、何かがぶつかる音が聞こえ、一同は辺りを見回した。しばらくすると、どこからか咆哮が聞こえてきた。


「何だ!?」


幸人の前に、何かに飛ばされた紫苑が、転がってきた。頭に付いた雪を振り払いながら、彼女は辺りを見回した。


「ちょっと、次はどっから来るのよ!」

「……」

「ちょっと紫苑!!」

「黙ってて!!」

「っ!」

「……いなくなった」

「え?」

「逃げるなら今!!」

「竜也!!」


首から下げていた笛を、竜也は吹き音を響かせた。すると姿を消していた竜が、地面へ降り立ち鳴き声を放った。

時雨が竜に乗ろうとしたその時だった……目の前に、鋭い爪が彼女に襲い掛かった。その爪を、エルに乗っていた紫苑は飛び降り、小太刀で防いだ。

爪はすぐに引っ込み、唸り声が聞こえた……紫苑は地面へ降り、目の前にいる妖怪を睨んだ。


「紅蓮、炎」

『分かった』

「悲しき水の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ!」


浮き出た陣が青く光り出し、紫苑は手に水を溜めた。それと共に、紅蓮は炎の玉を手に作り出した。
二人は同時に、技を地面へ叩き付けた。その瞬間蒸気が発し、それに妖怪は怯んだ。

その隙を狙い竜也は竜を飛ばした。紫苑と紅蓮は走りながら、飛んでいたエルの背中に飛び乗り竜也達の後をついて行った。


渓谷に降り立つ竜……息を切らしながら、幸人達は地面に座り込んだ。

 

 

「な、何なのよ!?あの妖怪!」

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「こりゃ、手こずりそうだね」

 

「手こずるどころか、対処できるかどうかが分かんねぇぞ」

 

「だよね~」

 

「テメェ、少しは困れ」

 

「いやいや、もう困りまくってるよー」

 

「目が困ってねぇんだよ!!」

 

 

遅れて降り立ったエルの傍へ、秋羅は駆け寄った。エルから降りた紫苑は、力が抜けたかのように地面へ座り込んだ。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……眠い」

 

「だろうな……

 

脇腹、診せろ」

 

「うん……」

 

 

着ていたコートを脱ぎ、紫苑は両腕を上げて秋羅に診せた。破れた服の下には、痛々しい傷跡が残っていたが、血は止まっていた。

 

 

「里に帰ったら、治療だな」

 

『傷、大丈夫なのか?』

 

「そこまで深くない。大丈夫だ」

 

『……』

 

「この渓谷を下った先に、里の裏口があるけど、そこまで歩けるか?」

 

「平気だよ」

 

「もう帰りたい……」

 

「お嬢様が帰りたがってるから、とっとと帰ろうぜ」

 

「何よ!お嬢様って!!

 

紫苑ちゃんの方がよっぽどお嬢様じゃない!!」

 

「あのなぁ!!」

 

「ハイハイ!

 

喧嘩は後で。時雨、言い過ぎだよ」

 

「でも!!」

 

「でもは無し!

 

幸人、行こう」

 

「あぁ。

 

秋羅、紫苑達頼む」

 

「分かった」

 

 

竜を渓谷に残すと、竜也は森の中を歩いて行き、彼の後に幸人達はついて行った。

 

 

秋羅は紫苑をエルに乗せると、エルの手綱を持ち歩き出し彼女の横を紅蓮が歩いて行った。

 

 

 

しばらくして、ようやく里の裏口へと一同は着いた。すると裏口から、まるで幸人達がここへ来ることを知っていたかのように、長と付き人が出迎えた。

 

 

「親父!?何で」

 

「お前の事だ……帰ってくるとしたら、正門からではなく、この裏口から来るに決まっておる」

 

「う……」

 

「怪我人が一人。治療お願いできますか」

 

「ご安心を」

 

 

付き人の一人であった女性が、エルから降りた紫苑を誘導し中へ入れた。エルの手綱を秋羅から受け取った紅蓮は、もう一人の男の付き人に案内されて、エルを小屋へ誘導した。

 

 

「さぁ、あなた方も中へ」

 

「はい……」

 

 

 

外が猛吹雪となった頃……広間にいた幸人達は、自分達が持っている道具を見せながら、話し合っていた。

 

 

「あの大型の妖怪を食い止めるには、まず初めに結界だ」

 

「結界も大事だけど、姿が見えるようにしなきゃ」

 

「見るようにしたくても、見えないんじゃ何も……」

 

「目印か何かを付けられれば、攻撃できるかもしれない」

 

「それが出来れば、とっくにここの人達はやってるわ!!」

 

「いちいち首突っ込むな!お嬢様が!」

 

「お嬢様って……私より、紫苑の方がよっぽどお嬢様じゃない!!

 

昨日いきなり来るなり、『帰る』何て言い出して!」

 

「その紫苑に助けて貰ったのは、誰だよ!」

 

「助けて何て、一言も言ってないわ」

 

「このぉ!!」

 

「やめろ!!お前等!!」

 

 

幸人に怒鳴られ、二人は肩を竦めた。葵は軽く溜息をしながら、口を開いた。

 

 

「僕と幸人を抜いて、この中での祓い屋の実力が上なのは、秋羅君だよ」

 

「え?!何でよ!!」

 

「君はまだまだだ。

 

あの紫苑ちゃんにも、負けてるんだよ?」

 

「……」

 

「……そういえば、紫苑の奴何であの妖怪の居場所が、手に取るように分かったんだ?」

 

「確かに……

 

全員、見えてないはずだったのに」

 

 

「においと気配」

 

 

広間のドアを開けながら、紫苑はそう言った。

 

 

「紫苑、大丈夫なのか?傷」

 

「平気だった。

 

今日寝れば、もう大丈夫だって」

 

「凄い回復力」

 

「紫苑、話の続き」

 

「うん。

 

 

あいつがどこにいるかは、あいつのにおいと気配で感じられた。

 

どこにいるか、誰に攻撃するかも分かった」

 

「何で分かんの、そんな事が」

 

「お前と違って、私は森に住んでいたから」

 

「!」

 

「私が住んでた所には、吹雪や大雪がいつもあった……だから、そこに住んでる人達は皆、音とにおい、それに気配には敏感なんだ。

 

 

だから、雪山にいても敵がどこにいるかはすぐ分かる」

 

「なるほどな」

 

「野生の勘って事ですね」

 

「フーン、森に住んでたんだ」

 

「だから?」

 

「別に。どうりで人間らしくない機敏な動きが出来る訳よね?」

 

「いい加減にしろよ!!お前!!」

 

「事実を言っただけでしょ!!」

 

「大型妖怪を前にして、何も出来なかったくせして偉そうなこと言うんだじゃねぇ!!」

 

「っ!!何よ!!」

 

「挙げ句の果てに、お前が言った人間らしくない奴に助けられたのは、どこの誰だ!?」

 

「っ……」

 

 

『……お前、祓い屋の弟子だよな?』

 

 

紫苑の傍にいた紅蓮は、静かに口を開きそう言った。時雨は少々驚きながらも、軽く頷いた。その返事を見た紅蓮は、鼻で笑いながら小馬鹿にするような目付きで、時雨を見た。

 

 

『テメェみたいな祓い屋、初めて見た』

 

「初めて?」

 

『水男、お前よく無能な奴を弟子に取ったな?』

 

「無能って……何よ!!何にも知らないくせして!!

 

 

どうせアンタ達は、良い親の元に生まれてるから分からないでしょうね!!」

 

「良い親って……本気で言ってんのか?」

 

「何よ?どうせ、才能認められたから、親の元から離れて祓い屋の元で修行してんでしょ?」

 

「……話したくも無い、お前なんかと」

 

「それはこっちの台詞よ」

 

「あの大型の妖怪に食われて、とっととあの世へ逝け!!」

 

 

そう言われた瞬間、時雨は歯を食い縛って泣くのを堪えながら、広間を飛び出した。

 

彼女の後を幸人と紫苑は追い駆けていった。言い放った秋羅は、椅子に乱暴に座ると深く溜息を吐いた。

 

 

「……ごめんね。

 

うちの弟子が、酷いこと言って」

 

「……」

 

「……少し話をしようか」

 

「え?」

 

「時雨はね、元々財閥のお嬢様だったんだよ」




動物小屋で、蹲る時雨……扉が開く音が聞こえ、ふと顔を上げた。


「あ……

幸人!いた!」


外にいた幸人は、小屋の中へと入るなり頭を下げて言った。


「悪いな……うちの弟子が酷いことを」

「……いえ。

私も言い過ぎました」

「……少し話をしようか」

「……」

「秋羅は……ある町の町長の息子だったんだよ」


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二人の過去

葵……

 

 

「時雨が、財閥のお嬢様って」

 

「南にある大きな町の財閥嬢だったんだ。

 

町を仕切る父と母。その間に彼女は生まれ幸せに暮らしていた……

 

 

ところがある日……その幸せは壊れてしまった」

 

「……」

 

「財閥と言っても、財団から見ればちっぽけな者。

 

 

ご両親は貧しい暮らしをしたくないが為に、人を騙したんだ」

 

「騙した?

 

誰を?」

 

「……町の人達全員を」

 

「……」

 

「町の人達の全財産を奪った後、娘と家を置いて町から姿を消したんだよ。

 

それが8年前事」

 

「……何で、娘である時雨を」

 

「邪魔だったんだろうね。

 

逃げる際、子供は邪魔だから。

 

 

けど、ご両親は逃げて僅か半年後に亡くなったよ。

 

事故でね」

 

「……」

 

「その町の施設に預けられた時雨だったけど……

 

まぁ、詐欺師の娘だと酷い扱いを受けていた。

 

 

詐欺師の娘だ……

 

親の金を取った泥棒娘だ……

 

未来を奪った女だ……

 

ここに置いて貰うだけでも、有り難いと思え……

 

 

 

彼女も彼女で、相当親に恨みを持っていた……

 

 

そして6年前……僕が時雨を出会ったのは。

 

 

時雨が住んでいた町に、妖怪が棲み着いてね……妖怪を宥めるための贄に、あの子が選ばれた。

 

念のために呼ばれた僕は、彼女を連れて妖怪を退治した。

 

でも、あの子泣いたんだよね」

 

「泣いた?」

 

「倒した途端、その場に泣き崩れて……

 

訳を聞いたら、『生きていたって、辛いだけ……

 

ここで死にたかった』って。

 

 

今でも覚えてるよ……彼女のあの、絶望に満ちた目から流れていた涙を」

 

「……」

 

「帰り際、報酬を払わない代わりにあの子を引き取ったんだよ。

 

名前を『時雨』に変えて」

 

「あいつ、本名じゃなかったのか」

 

「うん。

 

前の名前を呼ばれると、嫌な事を思い出すから別の名前を付けて欲しいって言われてね」

 

「……」

 

 

話を聞いた秋羅は、一瞬昔のことを思い出すと、手を強く握った。傍で聞いていた紅蓮は、大あくびをしながら頭を伏せ目を閉じた。

 

 

 

 

幸人……

 

 

頭を乗り出し、自分に甘えるエルの嘴を、紫苑は撫でた。その様子を遠くから見ていた幸人は、煙草を吸いながら口を開いた。

 

 

「あいつが俺の所に来たのは、もう11年前だ。

 

当時、俺はまだ駆け出しの祓い屋だった」

 

「駆け出しって……師匠は?」

 

「秋羅に会う2年前に、病死した。

 

心臓を長年患っててな。

 

 

亡くなってから、しばらく旅をしていたんだ。弟子捜しと自分探しの。

 

 

そして、東にある都市に足を運んだ……そして、道端にゴミのように捨てられていた、秋羅を見つけたんだ」

 

「……何で、捨てられていたの?」

 

「……俺が来る2年前、町にある湖に遊びに行った際、一緒に来ていた町長だった父親が妖怪に殺されたんだ……

 

秋羅がいる目の前で」

 

「そんな……」

 

「それが原因で、町の奴等から迫害を受けた……秋羅だけじゃない。母親も妹もだ」

 

「……何で……

 

迫害する意味が分からない……町長の家族なのに何で責められなきゃ」

 

「知らねぇよ……

 

その事が原因で、秋羅は家族に捨てられたんだ……

 

行く当ても無い……外に出れば、妖怪の山。どこに行けば良いのか分からず、町を彷徨っていた」

 

「……どうやって、会ったの?」

 

「町で妖怪退治の依頼を受けて、妖怪を倒したんだ。

 

倒す際に、秋羅に助けて貰ったんだ……才能あると思って、奴を引き取った」

 

「……」

 

 

黙り込む時雨……

 

 

一緒に聞いていた紫苑は、一瞬腕に痛みを感じ長袖を上げ腕を見た。塞がっているが、無数にある小さな傷痕……

 

頭を下げた紫苑を気に掛けたのか、エルは彼女の顔に嘴を当てながら、擦り寄った。

 

 

 

夜……

 

 

眠る秋羅達……隣の部屋で寝ていた時雨は、物音で目を覚ました。向かいの布団で寝ていた紫苑が、身支度を調えると紅蓮と共に部屋を出て行った。

 

気になり、彼女も服を着てコートを手に外へ出た。紫苑の後を追い駆けていくと、彼女は里の裏口から外へ出ると、連れていたエルの背中に乗ると、崖をの軽々と登っていった。

 

 

「嘘……登れない」

 

 

登ることが出来ず、時雨は諦めて部屋へ戻った。

 

 

森を抜けため池に来た紫苑……すると、茂みから赤い目を光らせたものが浮き上がってきた。

 

 

「……やっぱり」

 

『水葉、出て来い』

 

 

紅蓮の声に、茂みから大黒狼が現れ出てきた。

 

 

「水葉!」

 

 

エルから降りた紫苑は、水葉に駆け寄り抱き着いた。水葉は彼女の頬を舐めると、顔を擦り寄せた。その様子を見た紅蓮は、二人の元へ歩み寄り口を開いた。

 

 

『変わり無さそうだな?』

 

『おかげさまで』

 

『……話は分かってるか?』

 

『だいたい予想は付く。

 

妖怪の探索だろ?』

 

『分かってんじゃねぇか』

 

『あの妖怪、我々にも被害がありましたからね。

 

今回は、お前達に手を貸す』

 

『宜しく頼む』

 

『さぁ、紅蓮のとこにお帰り』

 

 

水葉に抱き着いていた紫苑は、水葉の鼻を撫でると離れ紅蓮の元へ帰った。水葉は遠吠えすると、茂みにいた仲間達と共にその場を去って行った。

 

 

「森の方に誘導すれば、倒せるよね?」

 

『あぁ』

 

「……帰ろう」

 

『あぁ。

 

乗るか?』

 

「大丈夫。エルに乗るから」

 

『まぁ、その方が安全か』

 

 

先を歩く紅蓮に続きエルは、森の中を歩いて行き崖を降りて行き里へ戻った。




人物紹介3


名前:水影葵(ミズカゲアオイ)
年齢:34歳
容姿:水色の長髪を毛先で結っている。目の色は緑色。右腕に肩から肘に掛けて、大きな傷痕がある。


名前:水影時雨(ミズカゲシグレ)
年齢:18歳
容姿:肩上まで伸びた青髪に、星の髪留めを着けている。目の色は銀色。
葵の弟子。


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雪山に住む妖怪

翌朝……


雪山にある森の四方に杭を埋める秋羅と時雨。各二人の傍には紫苑と紅蓮が着き、辺りを見ていた。


「フゥ……こんなもんか。

紫苑、どうだ?気配感じるか?」

「まだいない」

「そうか……」

「……時雨、気にしてるのか?」


紫苑の言葉に、秋羅はカァっと顔を赤くしてその場に膝を付いた。


「秋羅?」

「き、きき、気にしてねぇし!!あんな野郎!」

「……意地っ張り」

「うるせぇ!!」

「昨日の、謝った方が良いよ。

あとで後悔するより」

「お前に説教食らうとは、思わなかった……」

「……夢見た」

「え?夢?」

「誰かに、氷付けにした花を渡した」

「花?何の?」

「紫苑の」

「……記憶……とかじゃねぇのか?」

「分かんない。

でも、凄い懐かしく感じた」

「……昔のお前のことを、知ってる奴がいれば良いのにな」

「……」

「……なぁ、紫苑」

「?」

「もし……もしもの話……


両親見つかったら、お前どうする?」

「……秋羅達の所にいる」

「え……」

「現れても分かんないもん。

私には、二人の記憶無いし。知らない人の所に行くより、秋羅や幸人、水輝や暗輝がいる所に留まりたい」

「……そっかぁ」

「何で聞いたの?」

「あ……ち、ちょっとな」


杭を全て付け終えた秋羅達は、山を下り麓にある小屋の中へ入った。中では、幸人と葵が矢に札を巻き一本一本並べていた。

 

 

「結界の杭、張り終えたぜ」

 

「ご苦労さん。外の様子は」

 

「まだあいつの気配無い」

 

「なら、まだいけるね」

 

「秋羅、頼む」

 

「分かった」

 

「やり方は俺の見てやれ」

 

「了解」

 

 

返事をして、秋羅は幸人の隣に座り矢に札を巻いていった。

 

 

吹雪く音に紛れて、何かの音を聞いたのか紫苑と紅蓮は、窓の方を見た。

 

 

「どうしたの?」

 

「……来た」

 

「来たって?」

 

 

その時、外から妖怪の鳴き声が響いてきた。

 

 

「な、何……」

 

「まさか、近くに……」

 

「そう遠くない……幸人」

 

「結界の方に追い込め。

 

やり終えたらすぐ行く」

 

「分かった。

 

紅蓮、行くよ!」

 

 

マスクを上げ紫苑は紅蓮と共に、紫苑は外へ出た。外に出た紫苑は、紅蓮の背中に跨がると、彼を走らせ吹雪の中へ姿を消した。

 

その様子を窓から見ていた時雨は、心配そうに幸人に言った。

 

 

「良いんですか?

 

一人で行かせて」

 

「紅蓮が一緒だから、大丈夫だろう」

 

「いや、そういう問題じゃ」

 

「じゃあ、着いてけば?

 

どうせ、足手まといになると思うが」

 

「何よ!!その言い方!!」

 

「時雨!

 

喧嘩は後。こっちを手伝って」

 

「……はい」

 

「お前もゴタゴタ起こすな」

 

「起こしてねぇよ!」

 

 

 

森の中を走る紅蓮……すると左右の草むらから、黒狼が姿を現した。

 

 

『後ろから追い駆けてきてる!』

 

「奥の方に結界が張ってある!

 

そこに誘導して!」

 

『分かった』

 

 

紫苑の元へ走り寄ってきた黒狼の頭を、彼女は一撫でした。撫でられた黒狼は、追い駆けてくる妖怪の後ろへと回った。もう一匹の黒狼は、茂みの中へと入って行った。

 

 

森を抜け、広場へと出て来た紫苑は紅蓮から飛び降りると、小太刀を抜き中心に立った。

 

 

「幸人達の案内お願い!」

 

『応!』

 

 

返事をして、紅蓮は茂みの中へと姿を消した。

 

同時に、森の中から妖怪が姿を現した……真っ白な毛に覆われ、そこから見えるのは獲物を捕らえたかのようにギラギラに光らせた赤黒い目。

 

後ろからついていた黒狼は、妖怪の横を通り過ぎ紫苑の傍へ寄った。

 

 

(……幸人達が来るまで、何とか足止めしなきゃ)

 

 

妖怪が咆哮を上げたのを合図に、紫苑は黒狼に指示を出すと、小太刀で妖怪の腕を刺した。

 

鳴き声を上げた妖怪は、彼女に向かって氷の礫を投げ付けた。礫を頬に食らった紫苑は、地面へ落ちそして素早く妖怪の攻撃を避けると、後ろへ下がり地面に陣を描いた。

 

 

「悲しき火の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !」

 

 

陣から炎が燃え上がり、炎は形を変えながら紫苑の周りに広がった。

 

 

「炎の精霊よ、我が手に集い来たれ、敵を貫け!」

 

 

炎は弓矢の形に変化し、炎の矢を紫苑は妖怪に向けて放った。矢は妖怪の目に当たり、妖怪は悲痛な咆哮を上げると、尻尾を振り紫苑を攻撃した。尾に当たった彼女は、吹っ飛ばされ木に体をぶつけた。痛みで蹲っていた時、妖怪の気配に気付きハッと顔を上げた。

 

目の前に立つ目を焼かれた妖怪が、ジッと紫苑を睨んでいた。逃げようと体を動かした瞬間、妖怪の巨大な手が彼女の体の上に乗り、動きを封じた。

 

 

その時、茂みから紫苑を助けに来た黒狼達が、次々と現れ妖怪に攻撃していった。だが、黒狼達の攻撃は妖怪に全く通用しなく、尻尾と空いているもう片方の手で次々と、妖怪は襲ってくる黒狼達を払い飛ばしていった。

 

 

「だ、ダメ……

 

やめて……これ以上……攻撃は」

 

 

その時、妖怪の手で払われた黒狼が目に映った……

 

それは、水葉だった……水葉は口から血を出し、当たった木からずり落ちるようにして、その場に倒れた。

 

 

「……み、水葉!!」

 

 

一瞬妖怪の手が緩んだ隙を狙い、紫苑は自由になった右腕を動かし、握っていた小太刀を妖怪の手の甲に刺した。痛みで手を離した妖怪から紫苑は、素早くそこから離れ水葉の元へ駆け寄った。

 

まだ息はあった……ふと、雪に染まった血が紫苑の目に入った……

 

次の瞬間、激しい頭痛が紫苑を襲った。

 

 

「!!

 

うっ…!!」

 

 

手に付けていたブレスレットの鎖が切れた……その瞬間、彼女の額からあの雪の結晶の模様が光り出し、体全体に広がった。

 

 

痛みが引き、妖怪は振り返り紫苑を見た。座っていた紫苑は、スッと立ち上がると振り返った。

 

不意に吹いた冷たい風が、紫苑の髪を靡かせた……鋭く光らせた青い目で睨むと、彼女は妖怪に向かって雄叫びを上げた。

 

 

 

「?」

 

 

雪山を走っていた紅蓮は、その雄叫びに足を止め森の方を見た。

 

 

(……何だ……この、胸騒ぎは……

 

 

紫苑)

 

 

森を気にしながらも、紅蓮は先を急いだ。

 

 

その声は、小屋にいた秋羅達の耳にも届いていた。全ての矢に札を貼り終え、筒の中に矢を入れている最中、秋羅は手を止め森の方を見た。

 

 

「何だ?さっきの声は……」

 

「あの森から聞こえたみたいだけど……」

 

「早く行った方が良いんじゃ!」

 

「行きたくとも、俺達には姿が見えねぇんだから、危険だ!」

 

「そんなの分かってるわよ!!

 

エルに乗って、それで彼女の所に行けば」

 

「それで攻撃食らったらどうすんだ」

 

「……そ、それは……」

 

「……」

 

 

その時、大人しくしていたエルが、突然鳴き声を放った。すると崖から紅蓮が駆け上り、時雨の前に立つと全身に付いた雪を振り落とし、秋羅の元へ駆け寄った。

 

時雨が何か文句言い掛けたのを、葵は慌てて口を手で抑え止めた。

 

 

『結界の中に追い込んだ。後はその矢だ』

 

「分かった。

 

そこまで案内頼む」

 

『分かった。

 

秋羅、お前は俺の背中に乗れ』

 

「え?良いのか?」

 

『振り落とされるな』

 

「は、はい……」

 

 

何かを察したのか、エルは体を屈め幸人達を背中に乗せた。秋羅が紅蓮の背中に乗ったのを気に、エルは翼を広げ空を飛び出し、紅蓮は崖を落ちるようにして下り、崖を蹴りその勢いで森の中を走り出した。紅蓮の後をエルは、身を低くしてついて行った。




半妖……


100年前は、当たり前の存在だった人間と妖怪の間に産まれた子供。


妖怪特有の妖力を使うが、至って普通の人間であった。


だが、ぬらりひょんが亡くなった後から突如として、妖怪達が凶暴化し、人を襲うようになった。それ以降、人と妖怪の恋は禁断となり、間に産まれた子供は“禁忌の子”として、扱われた。


半妖を最後に確認が取れたのは、南国に住むとある男だったが、50年前にこの世を去った。

それ以降は、半妖はいなくなったがその血を継いだ、クォーターがいる。だが、彼等の中に妖力を受け継いだ者はいなく、人として生きている模様。



ここ最近得た情報によると、半妖は妖怪と同様に400年500年は普通に生きると言われている。また半妖の血を浴びた者は、100年200年は生きられるという事が分かった。


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秘められた力

結界付近の場所へ降り立つエル……幸人達が降り、時雨が降りようとした時、何かに気付いたのか鳴き声を発しながら、駆け出した。エル同様に、紅蓮は秋羅を降ろすと一目散に、エルについて行くようにして駆け出した。


「エル!!どこ行く!?」

「紅蓮!!待て!!」

「どうしたのよ!あいつ等(お尻痛い)」

「……何かおかしい……」

「え?」

「さっきから、静かすぎる」

「……!

まさか!幸人!」

「行くぞ!」


先に駆け出した幸人の後を秋羅はついて行き、二人の後を葵と時雨は追い駆けていった。


血塗れになり、雪の上に倒れる紫苑……動かなくなった彼女を、手で押さえ込んだ妖怪は唸り声を上げながら、食らおうと口を近付けさせた。

 

次の瞬間、妖怪の口と手に激痛が走った……鳴き声を上げながら、妖怪は手を離し紫苑から離れた。動けるようになった紫苑は、勢いを付けて起き上がると、妖怪の指を切り落とした。地面に着地した際、紫苑は足をふらつかせその場に座り込んだ。そこを妖怪は今だと攻撃しようと、尾を勢い良く振ってきた。

 

当たる寸前、駆け付けたエルが彼女を掴みその場から離れさせ、それに続いて紅蓮は、妖怪の尻尾を食いちぎった。

 

 

丁度そこへ秋羅達も駆け付け、妖怪を目の辺りにした。

 

 

「こいつか!!」

 

「幸人!すぐに封印準備を!」

 

「分かった!」

 

「秋羅君と時雨は、矢を構えて待機して!」

 

「はい!」

 

 

弓に張った弦に、矢筈を嵌め二人は構えた。

 

 

紫苑を掴んだエルは、地面へ降りるとソッと彼女を下ろした。紅蓮は人の姿となり、地面に落ちていたブレスレットを拾うと、人の姿となり彼女の手首に着けた。

 

するとブレスレットが光り出し、紫苑の体に広がっていた模様が収まった。

 

薄らと目を開けた紫苑に、紅蓮は狼姿となり彼女の頬を舐めた。

 

 

「……紅蓮」

 

『大丈夫か?』

 

「平気……!

 

水葉!」

 

『あいつは平気だ。

 

もう安全な場所に行って……来たようだ』

 

 

後ろから姿を現した水葉に、紫苑は駆け寄った。無事だと言う事を知らせるかのようにして、彼女に頭を擦り寄せ、頬を舐めた。

 

 

『心配を掛けた』

 

「良かった……無事で」

 

『敵が暴れ出した!

 

紫苑!』

 

『さぁ、行きなさい』

 

 

水葉を一撫ですると、紫苑は紅蓮達と共に結界の方へ行った。

 

 

 

矢を放つ秋羅と時雨を前に、妖怪は二人を攻撃した。秋羅は跳び、時雨は身を低くして攻撃を避けた。お経を唱え封印準備をしている幸人と葵に向かって、妖怪は角を向けて、突進していった。

 

 

「ヤバい!!」

 

「師匠!!」

 

 

角が当たる寸前、突如として妖怪が足を止め、咆哮を上げながら暴れ出した。何事かと思い、妖怪を見上げると、背中を小太刀で刺す紫苑がいた。

 

 

「紫苑!」

 

 

すると茂みから、次々と黒狼達が姿を現し、妖怪に向かって攻撃していった。

 

 

「な、何?!こいつ等」

 

「秋羅!!紫苑達を結界の外に!」

 

「分かった!

 

紫苑!紅蓮!撤退だ!」

 

 

時雨を連れて、秋羅は結界の外へと出た。紅蓮は黒狼達に向かって遠吠えし、彼等を離すと己も出て行き、紫苑は妖怪から飛び降りエルの背中へ乗ると、外へ出た。

 

全員が出たのを確認すると、幸人と葵はそれぞれの封印字を書き、お経を唱えた。すると二人の周りに浮いていた札が一斉に光り出し、妖怪を用意されていた壺の中へと押し込もうとした。

 

 

だが妖怪は、入られまいと木を掴み拒んだ。それを見た時雨は、持っていた矢を妖怪の手の甲に向かって放った。痛みで一瞬緩んだ隙を狙い、二人はさらに強くお経を唱え、妖怪を壺の中へと封じた。

 

 

「ふ、封印……」

 

「完了」

 

 

座り込む幸人達……その時、茂みから彼等を囲うようにして黒狼達が姿を現した。

 

 

「な、何!?」

 

「俺達を食おうってか?」

 

「……そうでもないみたいですよ」

 

 

エルに凭り掛かりながら座っていた紫苑の元へ、水葉が歩み寄り疲れ切っている彼女の頬を舐めると、黒狼達を連れて茂みの中へと姿を消した。

 

 

「……行っちゃった」

 

「さぁ、戻って報告しましょう」

 

「だな。

 

紫苑!帰るぞ!」

 

 

秋羅の声に紫苑は立ち上がろうと足に力を入れるが、思うように力が入らず、立つ寸前に尻を着いた。

 

 

「紫苑!」

 

 

彼女の元へ、秋羅と幸人は慌てて駆け寄った。駆け寄ると、紫苑は浅く息をしながら目だけを二人に向けた。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……体に、力入らない」

 

「多分、力の使い過ぎだろう。

 

二三日休めば、元に戻るさ」

 

「……」

 

 

半開きになっていた目を、紫苑は閉じた。眠った彼女を人の姿となった紅蓮は、持ち上げエルの背中へ乗せた。

 

 

「紅蓮、頼んだぞ」

 

『あぁ』

 

 

紅蓮が飛び乗ると、エルは鳴き声を発して翼を羽ばたかせ空へと飛んだ。

 

それからしばらくして、安全な場所で待機していた竜也が竜を連れて、幸人達を迎えに来て、共に里へ戻った。

 

 

 

夜……ふと目を覚ました時雨は、外へ出た。だがそこには、既に先客(秋羅)がいた。

 

 

「……何で、アンタがいんの?」

 

「そりゃこっちの台詞だ」

 

「目が覚めたから、外を見に来たの。

 

そっちは?」

 

「寝付けなかったから、外を見に」

 

「寝付けないって……赤ん坊じゃあるまいし」

 

「テメェみてぇに、お気楽じゃないんだよ」

 

「何よ!!その言い」

 

 

怒鳴る前に、秋羅は慌てて手で時雨の口を抑え、静かにするよう人差し指を立てた。

 

 

「大声出すな!竜達が起きるだろう!」

 

「……ごめん」

 

「……」

 

 

雲一つ無い星空を見上げる二人……

 

 

「綺麗……」

 

「あぁ……

 

 

 

 

悪かった」

 

「え?」

 

「昨日、死ねなんて酷いこと言って」

 

「……

 

 

私の方こそ、ごめん……」

 

「……」

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

「紫苑ちゃんって、いつからアンタ達といるの?」

 

「去年の今頃からだったかな。

 

地下の闇市で貰ったんだ」

 

「闇市って……

 

売られてたの?」

 

「あぁ。

 

森にいた動物の身代わりにな」

 

「動物って……

 

親御さんは?お父さんとお母さんが、心配してるんじゃ」

 

「いないよ。あいつに両親は」

 

「え……」

 

「いるかどうかも分からない」

 

「分からないって……何で?」

 

「目が覚めた時、傍にいたのは紅蓮だけだったらしい」

 

「……」

 

「それにあいつには、目が覚める前の記憶が無い……

 

 

俺達より、もっと辛いことを経験したのかもな……それで、記憶を閉ざした」

 

「……」

 

「時々思うんだよな……

 

紫苑が記憶を取り戻したら、どうなるんだろうって。

 

 

あいつにもし、『両親が迎えに来たらついていくか?』って聞いたんだ……そしたら紫苑の奴、『行かない』つて答えて……

 

 

でも、今だけだと俺は思う……親が現れたら、真っ先に抱き着いて泣いて」

 

 

一瞬思い出すとある男の背中……秋羅は手をギュッと握ると、それを解すかのようにして、体を伸ばした。

 

 

「まぁ、そん時になんねぇと分かんねぇし」

 

「紫苑ちゃんの親御さんに会ったら、秋羅は何て言う?」

 

「そりゃもちろん、『何で森に置き去りしたんだ!』ってな」

 

「何か、アンタらしい」

 

「そうか?」




気持ち良さそうに眠る紫苑……ふと、彼女は目を開けた。頭だけ起こし辺りを見ると、枕代わりになっていた紅蓮の胴に頭を置き顔を埋めた。


『どうかしたか?』

「……変な夢見たから、少し怖くなって」

『変な夢?』

「……


誰かが、何かで胸を撃たれて死んだの……それが一瞬、紅蓮の姿と重なって」

『……


大丈夫だ……俺は絶対に傍から離れねぇよ』


そう言って安心させるようにして、紅蓮は紫苑の頬を舐め擦り寄った。それに安心したかのようにして、彼女は重くなっていた瞼を閉じ、再び眠りに入った。眠った紫苑の上に、自身の尾を乗せると紅蓮も目を閉じ眠りに付いた。


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故郷からの便り

数日後……


竜の里の外へ出た幸人達。


「じゃあな!お前等!達者でな!」

「またな!」

『次人の主さらったら、竜の首を噛み砕くからな』

「だから、悪かったって!!」

「こいつの悪戯は、あとで私がきっちりお灸を添えておきます」

「親父!!」

「では、また何かありましたらご依頼を」

「うむ」


行きと同様に、水に包まれ一同は幸人の家へと辿り着いた。突然現れた彼等に、洗濯物を干していた瞬火は、驚き持っていた籠を危うく落とし掛けた。


「ただいま、瞬火」

『……い、いきなり現れて、ビックリするわい!!』

「ごめんごめん!

ほれ、お前の大好きな木天蓼だぞ?」

『おぉ!有り難く、貰うぞ!』

(偉そうな猫……)

「それじゃあ幸人。

あとでお金は送るね」

「忘れたら速攻で、お前の家に火点けるからな」

「はーい」

「師匠!!危機感持って!!」


その便りが来たのは、竜の里から帰ってきて一月後だった。

 

 

生い茂っていた青葉達が色を変える頃、紫苑は紅蓮と一緒に、家の裏に畑で野菜を収穫していた。

 

 

その間に、ある二人の客が幸人に尋ねていた。

 

 

「いや~、葵の依頼を聞いたって聞いたから、俺等も是非と思ってね!

 

なぁ!火那瑪(カナメ)」

 

「……」

 

「火那瑪ぇ!!答えてぇ!!」

 

「弟子になめられてどうすんだ?迦楼羅……」

 

「最近火那瑪の奴、全然俺に構ってくれないんだ……」

 

「頼むから人ん家の椅子を囓るな」

 

「アンタ、面倒臭いんだよ」

 

「酷ぇ!!」

 

「無駄な話は良いんで、さっさと用件言って仕事に行きましょう」

 

「はい……」

 

(完全に尻に敷かれてるな……)

 

 

椅子に座っていた迦楼羅は、懐から一通の手紙を出した。

 

 

「俺達は東の祓い屋。

 

その地方から、依頼が届いた。町の名前はケレフト」

 

「ケレフト?」

 

「!」

 

「そ!

 

何か、数が多いみたいだから、手伝ってくれ!」

 

「丁重にお断りします」

 

「即答やめて!

 

葵の願い聞いたんだから、俺のお願い聞いたっていいじゃん!ねぇ、幸人~!」

 

「気色悪い声出すな」

 

「ユッキ~!」

 

「変な呼び方するな!!」

 

 

喧嘩する二人を見て、火那瑪は軽く溜息を吐いた。そんな彼に、秋羅はお茶を渡した。

 

 

「お前んとこ、大変だな?」

 

「毎日気が滅入る。

 

ところで、ケレフトという町を知っているのか?少し反応していたみたいだが」

 

「ま、まぁな……」

 

「……」

 

 

その時、裏口の戸が開き外から籠を持った紅蓮と紫苑が入ってきた。

 

 

「あれ?幸人、また弟子取ったの?」

 

「取っちゃ悪いか?」

 

「い~や……

 

お前まさか、その女に変な」

 

 

言い掛けた瞬間、幸人は彼の顔に蹴りを入れた。蹴りをもろに食らった迦楼羅は、椅子ごとひっくり返った。

 

 

「フゥ……紅蓮」

 

『問題無い。耳は塞いどいた』

 

「紅蓮、どうかした?」

 

『何でも無い。

 

何か、嫌な音が聞こえたからそれで』

 

「……?

 

何であの人、倒れてるの?」

 

「勝手に倒れた」

 

 

鼻栓をし、お茶を啜りながら迦楼羅は話した。

 

 

「なぁ、頼むって!」

 

「断る。

 

ただでさえ、ここんとこ依頼続きだったんだ……しばらくは、のんびりしたい」

 

「そんなぁ……

 

じゃあ、そののんびりが終わるまでここにいさせて貰うよ」

 

「何でそうなんだよ……」

 

「だって、お前等連れてきてから依頼は受けるって、ケレフトの町長に言ってきちゃったんだもん」

 

「あのなぁ」

 

「ねぇ!お嬢ちゃん!

 

この人、説得して!」

 

「……」

 

「お嬢ちゃーん!」

 

「秋羅、お前どうする?」

 

「俺は正直行きたくない」

 

「そんじゃあ俺も」

 

「何でそうなんの!?」

 

 

それから数時間、男は三人を説得し続けた。その結果、報酬の倍の額を払うことで、交渉成立となった。

 

 

「だぁ~~~……説得するだけで、こんな時間になるとは」

 

「今日はもう遅いですし、明日出発って事で良いですよね?」

 

「うん……幸人~」

 

「今晩だけは泊めてやる」

 

「オッシャー!!」

 

 

 

夜……

 

 

風呂から上がった迦楼羅は、髪を拭きながらソファーに座り本を読んでいた紫苑の手を掴んだ。

 

 

「珍しいブレスレットだな?

 

誰から貰ったんだ?」

 

「……」

 

「……あれ?この花の真ん中の石、どっかで……」

 

 

良く見ようと、腕を掴みあげた瞬間、狼姿の紅蓮が彼の手に噛み付いた。痛みで紫苑の腕を離し、離された瞬間彼女は素早くそこから離れ二階へ駆け上った。噛み付いた紅蓮は、紫苑の後を追い駆けて、二階へ駆け上った。

 

 

噛み付かれた手を押さえ、そこに蹲っていた迦楼羅を、仕事部屋から出てきた幸人は、不思議そうに見ながら話し掛けた。

 

 

「何蹲ってんだ?お前」

 

「お、狼に……狼に噛み付か…れた」

 

「あっそ」

 

「少しは心配しろよ!!」

 

「それだけ元気なら、問題無い」

 

「お前なぁ!

 

つか、狼の躾が成ってないぞ!!」

 

「あれは紫苑の狼だ」

 

「紫苑?誰だ?」

 

「さっきの女だ」

 

「へー、紫苑って言うのか。あのお嬢ちゃん。

 

歳いくつ?」

 

「多分15になる」

 

「歳の割に、結構幼く見えるが……」

 

「育ちが育ちだからな」

 

「?どういう事?」

 

「これ以上のことは、黙秘する」

 

「幸人~!」

 

「とっとと寝ろ」

 

「ブー……

 

あ!そうだ……なぁ、紫苑が着けてるブレスレットの石、何だ?」

 

「はぁ?石?」

 

「桜の花の真ん中、珍しい石が填まってたんだ」

 

「さぁな。あんま、気にしたことねぇから。

 

それがどうかしたのか?」

 

「こないだ見た石の図鑑に、似たようなのがあったんだけど……このご時世にあるのは、極めて珍しい」

 

「フーン……」

 

「知りたい?」

 

「陽介に頼めば、俺はそういう事全部深いところまで、知ることが出来るからいい」

 

「くー!!良いよなぁ!

 

妖討伐隊に知り合いがいるなんて!しかも、二人」

 

「一人は変人だ。そいつと付き合いたいなら紹介してやっても良いが?」

 

「え、遠慮しときます」

 

 

 

翌朝……

 

 

汽笛を鳴らしながら、汽車は線路を走っていた。走る汽車を追い駆けるようにして、空からエルが飛び彼の背中には紫苑と紅蓮が乗っていた。

 

 

「予定だと、明日の昼過ぎに駅に着いて、そこから歩くから……

 

ケレフトに着くのは明日の夕方が夜だね」

 

「あ~あ、遠ぉ」

 

「文句言うな!

 

あれ?そういえば、秋羅は?」

 

「風に当たるって言って、外に出てる」

 

「フーン……ところで、ケレフトには行ったことあんのか?」

 

「……一度だけな」

 

「いつ?」

 

「12年前だ……丁度、秋羅を引き取った時期だったかな」

 

「……

 

なるほど……だから、反応したのか」

 

「……

 

今回の依頼には、別に来なくて良いって言ったが、俺に紫苑を任せるのは怖いって言いやがって、ついて来てんだ」

 

「少し辛いことでもあったの?あいつ」

 

「かなり辛いことがな……トラウマになってなきゃ良いんだけど」




『アンタよ!!アンタのせいで、あの人は死んだのよ!!』

『二度と私の前に顔を出さないで!!』

『引き取りたければ引き取って構いません。

私は、この子の顔はもう見たくないんです』



鳥の鳴き声に、ハッと我に返った秋羅。深く息を吐くと体を伸ばすと、服の下に隠していた首飾りを取り出した。


それは紅色に染まった菱形のペンダントだった。


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12年振りの墓参り

翌日の昼過ぎ……

 

目的地の駅へ着いた幸人達は、汽車を降り荷物を持った。外へ出ると、丁度そこへエルが降り立ち、紫苑と紅蓮を下ろしていた。紅蓮は人から狼の姿へとなると、隣に降りた紫苑に擦り寄った。

 

 

「あれ?

 

何か、さっきそこにいた人が昨日俺の手を噛み付いた、狼の姿になったような」

 

「見たままだ」

 

「え?何……

 

お前、黒狼飼い慣らしてたの?」

 

「慣らしてんのは紫苑だ。

 

それより、さっさと行こうぜ。着くの夕方なんだろ?」

 

「そうだな。行くか!

 

火那瑪!行こう!」

 

「とっとと先歩いて下さい。あなたの隣を歩きたくないんで」

 

「幸人~!!」

 

「いい大人が泣くな!」

 

 

前でグスングスンと泣きながら歩く迦楼羅と、彼を呆れた目で見ながら歩く幸人。その後ろに師のだらしない姿を見て、火那瑪は軽く溜息を吐いた。

 

 

「お前んとこも、結構大変だろう?」

 

「はっきり言って、静かな日がありません」

 

「だろうな……」

 

「そちらはどうなんですか?」

 

「幸人は騒ぐ方じゃないからなぁ……

 

どちらかと言うと、だらしない。

 

俺と瞬火が掃除をしなければ、一週間でゴミ屋敷になること確定」

 

「……そちらもそちらで、苦労してるんですね。師には」

 

 

 

夕方……

 

 

「迷子になったぁ!!」

 

「阿呆!!」

 

 

森の中で立ち往生する迦楼羅を、幸人は殴り怒鳴った。辺りを見ても、同じ景色しか広がっておらず、彼等は完全に迷っていた。

 

 

「クソ……早く町に行かねぇと、野宿になるぞ」

 

「右か左かも分からないよ?」

 

「誰のせいで迷ったと思ってんだ!!」

 

「うわーん!幸人が怒る!

 

火那瑪、ヘルプ!」

 

「自分で処理して下さい!」

 

「友も冷たければ、弟子も冷たい」

 

「本当、昔から面倒な奴だ」

 

「……?

 

あの、お嬢さんがいないんですけど」

 

「え?

 

あ!エルの奴がいなくなってる!!」

 

「また持って行かれたな」

 

「俺等も持ってけよ……」

 

 

その時、空からエルが舞い降り、身を低くして鳴き声を放った。一同は見合いながらも、背中へ飛び乗った。全員を乗せると、エルは飛び立ち紫苑の元へ舞い降りた。

 

エルから降りた幸人に、ある方向を紫苑は指差した。明かりが灯る町が、目の前に広がっていた。

 

 

「わぉ!ケレフトの町だ!」

 

「でかしたぞ!紫苑」

 

「早く、市長さんのところへ行きましょう」

 

「だな!

 

でも、こいつ等どうする?いくら飼い主がいても、流石に町でこの妖怪を歩かせるのは……」

 

「だったら、町の奥にある湖に行くと良い」

 

「湖?」

 

「今は多分、町の奴等は出入り禁止になってるから、そいつがいても平気のはずだ」

 

「そうするか……」

 

「紅蓮、エルの傍にいて」

 

『分かった』

 

 

狼から人の姿へとなった紅蓮は、紫苑からエルの手綱を受け取ると、エルの背中へ乗り秋羅が指差す方向へ飛んでいった。

 

 

 

町へ入り、岡の上にある屋敷へ幸人達は入った。中から出てきた使用人に案内された部屋で、彼等は腰を下ろした。

 

 

町長が来るまでの間、火那瑪は壁に飾られた歴代の町長達の写真を眺めていた。

 

その中に、気になる人物がいた。

 

 

「……秋羅さん」

 

「ん?

 

何だ?」

 

「この人、あなたに似てませんか?」

 

「……」

 

 

飾られた写真に写っていたのは、黒い目に赤茶色の髪を

オールバックにした男だった。その姿を見た秋羅は、顔を下げると、首に巻いていたスカーフで顔を隠した。

 

 

「お待たせしました」

 

 

中へ入ってきた市長は、背広を整えながら幸人達の前に立ち話した。

 

 

「夕方頃に着くとお伺いしていたので……」

 

「こいつが道に迷ったもんで」

 

「すいません……」

 

「町までの道は、結構入り組んでいるんで、迷う人もいますから」

 

「はぁ……」

 

「今日はもう遅いですし、話は明日でよろしいでしょうか?」

 

「構いません」

 

「では、お部屋の方へ案内します」

 

 

「あの、一つ聞いていいですか?」

 

 

今まで黙っていた秋羅が口を開き、町長に話し掛けた。

 

 

「……葉月家って、今はどうしていますか?」

 

「葉月?

 

あぁ……もしかして、紅葉ちゃん達のところかな?」

 

「あ、はい」

 

「今は、お母さんの橙子さんが体を壊していてね。娘の紅葉ちゃんが仕事をしながら、お母さんの面倒を見てるって、聞いたけど」

 

「……そうですか」

 

「あの、知り合いか何か?」

 

「い、いえ……以前ここに住んでいた時に、世話になった友人からの言付けで」

 

 

誤魔化しながら秋羅はそう言った。

 

 

 

明け方……

 

 

幸人達がまだ眠っている中、秋羅は一人早く起きた。コートを羽織ると、部屋を出て行き外は出た。

 

彼が向かった先は、町の裏に作られた墓地だった。

 

 

そして、行き着いた場所は楓が生えた場所に立てられた、お墓だった。手に持っていた一輪の花を、秋羅は添えて墓に触れながら言った。

 

 

「……

 

 

久し振り……父さん」

 

 

それだけを言うと、秋羅は墓場から去って行った。

 

帰り際、橙色の二つに結った少女が、花束を持って秋羅と擦れ違った。彼女は何かを感じたのか、足を止め振り返り去って行く秋羅の背中を見た。

 

 

(……あの人……)

 

 

気にしつつも、少女は前を向き再び歩き出した。

 

 

墓地を出ると秋羅はその足で、ある場所へ行った……そこは出入り口付近で、“立ち入り禁止”と描かれた看板と柵が立てられた。

 

彼は柵を乗り越え、中へと入った。しばらく歩いて行くと、湖の傍で自分に気付いたのか、寝ていたエルが目を覚まし立ち上がり、寄ってきた秋羅に嘴を擦り寄せた。

 

エルの傍にいた紅蓮は、大きくあくびをすると体を伸ばし、秋羅の方へ歩み寄った。

 

 

『こんな朝早くから、どうしたんだ?』

 

「ちょっと行くところがあってな」

 

『……?

 

紫苑は?』

 

「まだベッドの中だ」

 

『……』

 

「俺より紫苑の方が良かったか?」

 

『……別に』

 

「起きたら行くように言っとくよ」

 

『言われなくとも、紫苑は来る』

 

「ハハハ……だな」




墓場へ着いた少女は、秋羅が添えた花を見て少し驚いていた。

添えられた花を手に取りながら、彼女は一瞬後ろを振り返った


「……まさか……




お兄ちゃん?」


その言葉に反応するかのようにして、微風が吹き彼女の髪と、首から下げていた橙色のペンダントが靡いた。


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襲撃

昼過ぎだった……妖怪が町を襲いに来たのは。


町を歩いていた女性の悲鳴により、外に出ていた住民達は一斉に町中を逃げ回りだした。妖怪達は逃げ惑う人達を次々に襲い掛かった。


「火影(ヒカゲ)様!!妖怪が町を!!」

「すぐにやる!

火那瑪とお嬢ちゃんは、逃げ遅れた人達の誘導を頼む」

「分かりました」
「うん」

「幸人達は俺と一緒に、妖怪退治の方お願い!」

「応」


コートのフードを被り、紫苑は火那瑪と共に部屋を飛び出し外へ出ていった。


彼女に続いて、幸人達も外へ出ていき、見晴らしの良いところへ登ると、巻物を開きその上に手を置いた。


巻物に書かれていた文字が光り出し、それは帯のように伸び妖怪達を次々に攻撃していった。

幸人と迦楼羅は立ち上がると銃と杖を構え、襲い掛かってきた妖怪達を撃退していった。


「腕は落ちてないみたいだね!」

「当然だ!」


街路を走る紫苑と火那瑪……その時、悲鳴が聞こえてきた。二人は足を止め、聞こえてきた方向に目を向けた。

 

妖怪に逃げ道を塞がれた親子……それを見た紫苑は、手に持っていた小太刀を持ち構え、一気に駆け出すと妖怪を切り裂いた。

 

 

「早く、逃げて!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

逃げていく親子を追い掛けようとする妖怪達を、紫苑は

火那瑪と共に次々に倒していった。

 

倒した妖怪の血で、紫苑は陣を描いた。

 

 

「悲しき氷の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !」

 

 

光り出した陣から、氷の吹雪が吹いた。紫苑は差し出した手から、数本の氷柱を作り出した。

 

 

「凍てつく氷の槍よ、貫け!」

 

 

それら全て一斉に放った。自身に襲い掛かってきた妖怪達の体に、氷の槍は次々に貫き倒していった。

 

 

「す、凄い……」

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

「行こう」

 

「あ、あぁ」

 

 

妖怪の死体を跳び越え、二人は町を走り回った。

 

 

町を周り噴水がある広場へ着いた紫苑と火那瑪。そこには、妖怪の手により殺された人々の亡骸が、転がっていた。

 

 

「酷い……」

 

「……」

 

 

フラッシュバックで頭に蘇る記憶……いくつもの死体が転がる中、紫苑は一人立っていた。

 

 

「おい」

 

「!」

 

「大丈夫か?」

 

「……平気」

 

「……」

 

「……?

 

誰かいる」

 

「え?」

 

「あっちに……!!」

 

 

指差した方向には、ドアをこじ開ける妖怪がいた。紫苑は小太刀を手に、駆け出しその家に入った妖怪の急所に突き刺した。

 

中へ入り、紫苑は一つ一つの部屋を開け中を見た。

 

外が見える一室に、橙色の髪を二つに結った少女と彼女と同じ髪を耳下で結った女性がベッドの傍にいた。

 

 

「早く逃げて!」

 

「わ、私一人では母を動かせないんです!」

 

「俺が担いでいきます」

 

「……!

 

火那瑪!!後ろ!!」

 

 

後ろを振り返ると、そこには爪を構えた妖怪が勢い良く爪を振り下ろしてきた。

 

当たる寸前に、妖怪は前のめりに倒れた。後ろには、突き刺した槍を引き抜く秋羅がいた。

 

 

「秋羅さん!!」

 

「外にエルがいる!乗って、幸人達のところへ行くぞ!」

 

「あ、はい!」

 

 

ベッドから母親を下ろした少女は、火那瑪に手伝って貰い、母親を立たせると外へと出した。

 

出ると、辺りには妖怪達が集まっていた。

 

 

「囲まれてる!」

 

「そんな……」

 

「退路を開くから、紫苑はエルの背中にその2人を!」

 

「うん。

 

紅蓮!秋羅の援護に!」

 

 

崩れた瓦礫を跳び越え、紅蓮は姿を現すと秋羅の元へ駆け寄り、唸り声を上げた。

 

 

2人が食い止めている間に、紫苑はエルの背中へ親子を乗せると、最後に火那瑪を乗せた。

 

 

「しっかり掴まってて。

 

エル、行って!」

 

 

軽く腹を叩くと、エルはそれを合図に駆け出し飛び出した。エルを見届けると、紫苑は小太刀を手に自身に襲い掛かってきた妖怪達を、切り裂き秋羅達の元へ駆け寄った。

 

 

 

数時間後……一通り、妖怪達を倒した幸人達。生き残っていた妖怪達は、どこからか聞こえた鳴き声に反応し、彼等は町から去って行った。

 

 

(……あの鳴き声……まさか)

 

「秋羅、幸人達のところへ行こう」

 

「だな……」

 

 

槍をしまうと秋羅は、紫苑と共に紅蓮の背中へ乗りその場を去った。

 

 

 

避難所となっていた教会では、怪我人でいっぱいになっていた。

 

 

「尋常じゃないね。被害」

 

「みてぇだな……」

 

「火那瑪、市長さんに言って被害者リスト作って貰ってきて」

 

「はい」

 

 

火那瑪が外へ出ていき、しばらくした後だった。

 

外にいた住民が悲鳴を上げながら、駆けてきた紅蓮に銃口を向けたのは。

 

 

「く、来るな!!」

 

「待て!こいつは俺等の仲間だ!」

 

「う、嘘吐くな!!」

 

「駄目だ……今説明しても」

 

 

その悲鳴を聞きつけた幸人は、彼に中へ入るよう言うと二人の元へ歩み寄った。

 

 

「無事みたいだな」

 

「何とかな」

 

「エルは?」

 

「そこの木の下だ」

 

 

手綱を木に縛られていたエルは、駆け寄ろうと立ち上がり辺りをグルグルと回りながら、鳴き声を放った。エルの元へ、紫苑は駆け寄ると彼女に甘えるようにして、エルは額を擦り寄せた。

 

 

その様子にホッとしながら、秋羅と幸人は話した。

 

 

「被害状況は?」

 

「東側と南側はほぼ全滅」

 

「やっぱりか……

 

妖怪共が現れたのはその付近。そして、集中攻撃したのもこの中心」

 

「……昔と変わらないな」

 

「何かあるのかもな……この、東と南の地区に」

 

「……」

 

「とにかく、中へ入れ。詳しい話はそれからだ」

 

「分かった」

 

 

中へ入る二人を見て、紫苑は人の姿となっていた紅蓮に、エルを任せると彼等の後に続いて中へ入った。

 

 

中に入った紫苑の元へ、あの少女が駆け寄ってきた。

 

 

「さっきはありがとう!私達を助けてくれて」

 

「……別に」

 

「母親は?」

 

「今は落ち着いて……?」

 

 

秋羅を見つめる少女は、話すのを辞め不意にマントで隠していた左腕を手に取り、手に嵌めていたグローブを外した。

 

手の甲には、火傷の痕が残っていた……それを見た瞬間、少女は目を見開いて秋羅を見上げた。

 

 

「……颯人…お兄ちゃん?」

 

「……違う」

 

 

声を低くして、秋羅は少女から手を振り払い、下げていたマスクを上げると、奥にある部屋へ入った。その様子に、紫苑は首を傾げながら幸人を見上げた。彼はどこか悲しい目で、彼女の頭に手を置き微笑んだ。




『何で!!何で、あなたが生きていてあの人が生きていないの!?』

『私の前から、消えて頂戴!!』


堅い何かが何かを叩いた……悲痛な悲鳴が、暗い空間に響き渡った。

頭に包帯を巻きながら、暗い中を歩く一人の少年……その時、目の前に一筋の光が差し込んだ。






『……一緒に来ないか?』


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捨てた名前 

夕方……夕食を配給する修道女達。傷が癒えた者達は、笑みを溢しながら食事をしていた。


その様子を紫苑は遠くから、紅蓮達と食事をしながら眺めていた。そこへ彼女の元に、あの少女が歩み寄ってきた。


「……何?」

「隣、良い?」

「ママは良いの?」

「平気。さっき薬飲んで寝てるから」

「……」


座っていた紫苑は、スープが注がれていた器を横へずらし、自身も横へずれ彼女が座るスペースを作った。狼となっていた紅蓮は、あくびをすると目を瞑った。


「……ねぇ、さっきの人名前何て言うの?」

「秋羅のこと?」

「秋羅……じゃあ、違うか」

「……颯人って、誰?」

「私のお兄ちゃん。

って言っても、12年も会ってないんだけどね」

「……」

「もう12年になるのか……」

「何で会ってないの?

何かあったの?」

「……

町の人が、お兄ちゃんを追い出したの」

「……」


「紅葉ちゃーん!

お母さんが呼んでるよぉ!!」

「はぁーい!

呼ばれたから、行かなきゃ。じゃあね!」


笑顔を見せて、紅葉は呼んできた人の元へ駆けていった。彼女の後ろ姿を見送りながら、紫苑は手に持っていたパンを食べた。


夜……教会が用意された大部屋で眠る住民達。外には、泣き出した子供をあやす母親で、溢れかえっていた。

 

 

教会の屋根に登り、上から町を見渡す紫苑。彼女の元へ、秋羅が寄り肩を叩いた。

 

 

「交代だ。寝ろ」

 

「眠くないからいい」

 

「寝ないと明日に響くぞ」

 

「……」

 

「……好きにしろ」

 

 

隣に座り、秋羅は町を眺めた……不意に吹いた微風が、二人の髪を靡かせた。

 

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「……颯人なの?

 

秋羅の名前」

 

「……

 

 

随分前に、捨てた名前だよ」

 

「捨てた?何で?」

 

「嫌なことを思い出すから」

 

「……妹、心配してたよ」

 

「覚えてねぇもんだと思ってたよ……

 

この町出たのは、12年前。あいつはまだ、3歳だったのに」

 

「……秋羅は、ここに帰るの?」

 

「帰らねぇよ。

 

ここはもう、俺の故郷じゃない」

 

「……?」

 

 

何かの気配を感じたのか、紫苑は立ち上がり東の方向を見た。

 

 

「どうした?紫苑」

 

「……

 

 

ねぇ、この辺りって昔妖怪の住み家とかだった?」

 

「いや……あ!

 

死んだ父さんから一度聞いたことがある。

 

 

俺や父さんが生まれるずっと昔、この町は妖怪と一緒に暮らしてたって」

 

「……」

 

 

 

『妖怪は、自分が住んでいた故郷に帰る習性があるんだよ』

 

 

どこからか聞こえてくる、優しい男の声……紫苑は声の方を向いた。

 

 

『少し昔まで、この世界は妖怪と人が仲良く暮らしていたんだよ』

 

『何で今は、暮らさないの?』

 

『妖怪の偉い人が、いなくなって秩序が乱れたからだよ』

 

『また一緒に暮らせないの?』

 

『妖怪の偉い人が見つかれば、また暮らせるようになるよ』

 

 

 

「……紫苑?大丈夫か?」

 

「……秋羅」

 

「?」

 

「もしかしたら、戻ってきたのかもしれない」

 

「戻ってきた?」

 

「幸人の所に行ってくる!」

 

「あ、おい!紫苑!」

 

 

屋根から軽々と飛び降りると、紫苑は町長の家へ入った。家の広間では、ソファーで寝る幸人と机下で横になった迦楼羅が寝そべり、机に広がった書類を片付ける火那瑪がいた。

 

 

「あれ?紫苑ちゃん」

 

「幸人、寝てるの?」

 

「さっきまで言い合ってかと思ったら、この通り」

 

「……」

 

 

ソファーで寝る幸人の元へ、紫苑は寄り彼の上に飛び乗った。飛び乗った衝撃で、幸人は苦しみ声を上げながら、紫苑の頭に手を置き上半身を起こした。

 

 

「だ、誰から……教わった……飛び乗って…起こせって」

 

「暗輝」

 

(あの野郎!!)

 

「あれ?どうかし」

 

 

起き上がった迦楼羅は、自身が机の下で寝ていることを忘れていたのか、起き上がった瞬間頭を机にぶつけ、手で抑えながら蹲った。

 

そこへ駆け付けた秋羅は、苦しむ彼等を見て呆れながら指差した。

 

 

「何?どうしたの?こいつ等」

 

「事故が事故を呼んだんです」

 

「はぁ……」

 

 

 

「習性?」

 

 

氷袋を頭に乗せながら、迦楼羅は紫苑の言葉を繰り返した。

 

 

「前に本で読んだことあるの。

 

妖怪は、自分が住んでいた故郷に帰る習性があるって」

 

「聞いたことはあるが……」

 

「多分、昨日来たのは仲間の一部。

 

東の方から、鳴き声が聞こえた。その声に反応して、皆帰って行った」

 

「確かに……言われてみれば」

 

「けど、何で今頃?」

 

「……いや、今頃じゃない。

 

14年前にも、妖怪は来た。そして、12年前にも」

 

「なるほど……14年前の妖怪が何だかの理由で、故郷を思い出しケレフトに帰ってきた。

 

 

そして、一部の仲間を連れて12年前にもう一度帰ってきた……だが、一部が俺等の手によって退治され、それを生き残った奴が、ボスに知らせ今に至る……ってか?」

 

「可能性としては、考えられる」

 

「……じゃあ、今回ここへ来た妖怪達は、単なる故郷に帰ってきただけ。

 

自分達の縄張りに、人がいるからそいつ等を餌と認知して、襲い食ってるって事か」

 

「……どうする?

 

ボス、倒すか封印するか?」

 

「もちろん倒し……たいところだが、討伐隊が欲しがるだろう?」

 

「だろうね。

 

東と南に結界を張って、その中に妖怪達を追い込んで、封印!」

 

「それが簡単に出来れば、苦労はねぇよ」

 

「何でそう冷たいの!?」

 

「とりあえず、詳しい話を市長に話してくる。

 

行動はそれからだ」

 

 

一部の資料を持ち、幸人は迦楼羅の耳を引っ張りながら部屋を出て行った。

 

 

外へ出た紫苑は、エル達の元へ歩み寄った。彼女の足音に、エルは起き上がると伸ばしてきた紫苑の手に嘴を擦り寄せた。

 

甘えるエルの声に、木の上にいた紅蓮は飛び降り、狼の姿になると紫苑に擦り寄った。

 

 

『どうした?浮かない顔をして』

 

「……声」

 

『声?』

 

「懐かしい……声が聞こえた」

 

『……どんな、声だったんだ?』

 

「凄い優しい声だった……

 

安心できて……心地良く…て……」

 

 

紅蓮に説明しながら、紫苑はエルに凭り掛かるようにして眠ってしまった。紅蓮は彼女の頬を舐めると、傍に座り添い寝をした。

 

 

雲に隠れていた月が顔を出し、辺りを照らした。眠る紫苑の上に、人影が覆った。その者は紫苑の傍で座ると、彼女の頭を撫でた。撫でるその顔は、どこか悲しそうな目をしていた。

 

寝ていたエルは目を開け、首を傾げながら紫苑を撫でる者を見た。その者は、エルに静かにするよう人差し指を、口前に立て笑顔を見せるとそのままスッと姿を消した。

 

 

 

『嫌だ!!嫌だ!!

 

 

行きたくない!!離れたくない!!

 

 

晃!!晃!!』

 

 

 

「……」

 

 

目を覚ます紅蓮……

 

 

(……何だったんだ……今のは)

 

 

頭を起こし大きくあくびをすると、自身に寄り添い眠っている紫苑の頭を、鼻で撫でた。眠っていた紫苑は、気持ち良さそうに紅蓮の体に体を擦り寄せながら、寝息を立てた。

 

気になりながらも、紅蓮は頭を下ろし再び眠りに付いた。




人物紹介4


名前:火影迦楼羅(ヒカゲカルラ)
年齢:34歳
容姿:赤髪をオールバックにし、前髪を真ん中に垂らしている。目の色は深い緑色。腹部に一度穴が開いたような大きな傷痕がある。


名前:火影火那瑪(ヒカゲカナメ)
年齢:18歳
容姿:橙色の髪に青縁の眼鏡を掛けている。目の色は青。


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兄と妹

翌朝……

地図を広げ、東の街と南の街を幸人は鉛筆で丸を書いた。


「この地域一帯を封鎖して、北と西の街に結界を張る。



市長の話だと、住民はお怒りのご様子です」

「やっぱりな。

まぁ、家を捨てろって言ってるようなもんだもんな」

「その件で市長からのお願いで……

そこに住んでいた人達を連れて、物を取らせるという条件で、成立したって言ってましたけど」

「俺等がついて回ることにする。

俺は東の区域を。火那瑪は南東の区域。秋羅と紫苑は南の区域を頼む」

「分かった」
「了解」

「迦楼羅は俺等が帰ってくるまでの、見張り役で頼む」

「応よ!この迦楼羅様に、任せなさい!」

「心配なのは、俺だけか?」

「自分もです」

「俺も」

「この人に任せたら、全部水に流れそう」

「紫苑!それは言い過ぎ!!」


各々の場所を歩く幸人達。

 

 

南の街へ来た秋羅達は、噴水付近で足を止め辺りを見回した。

 

 

「……異常は無いな。

 

それじゃあ、こっから二手に分かれます。男性方は紫苑に、女性方は俺に付いてきて下さい」

 

「ちょっと待て!俺達男は、このチビに護られろって言うのか!?」

 

「ま、まぁ……そうなります」

 

「おかしいだろう!!」

 

「こんなチビに、俺等が護れるのか?」

 

「チビだから、どうせ妖怪出た瞬間逃げるに決まってる」

 

「そうそう!」

 

 

笑う男達にムッとした紫苑は、傍に転がっていた妖怪の遺体を華麗に切り裂いた。

 

 

「……」

 

「腕の方は、保証します」

 

「は、はい……」

 

 

街路を歩く紫苑達……男達は各々の家へ入ると、必要最低限の物を取り、家から出てきた時だった。

 

 

“ガァァアアア”

 

 

聞こえてきた咆哮……その声に、男達は辺りをキョロキョロと見た。

 

 

「な、何だ……」

 

「この辺に、い、いるのか?!」

 

「おいチビ!何かいるか?!」

 

「この辺りににおいは無い。

 

多分、南東の……!!

 

 

逃げて!!」

 

 

紫苑が叫んだと同時に、彼女の後ろに妖怪が降り立った。

 

 

「よ、妖怪!!」

 

「紅蓮、誘導!!」

 

『全員、こっちだ!』

 

 

紅蓮の掛け声に、男達は皆彼について行った。全員がいなくなったのを確認すると、紫苑は地面に陣を描きその中心に立った。

 

 

「悲しき雷の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !」

 

 

描いた陣が黄色く光り、バチバチと雷を放ち紫苑の手に集まった。

 

 

「天より神の裁きを、汝の体に貫け!!」

 

 

槍の形へと変わった雷を、紫苑は妖怪に向かって投げ飛ばし、妖怪の胸を貫いた。

 

倒れ動かなくなった妖怪を見ると、紫苑は紅蓮達の後を追った。

 

 

 

その頃、先程の妖怪の鳴き声に気付いた秋羅は、辺りを警戒しながら外にいた。

 

目の前にあった家から、数枚の写真立てを手に紅葉が出ながら、秋羅に話し掛けた。

 

 

「さっきの鳴き声は……」

 

「多分妖怪」

 

「大丈夫なんですか!?助けに行かなくて!」

 

「平気だよ。何かあれば、紅蓮が知らせに来るし」

 

「紅蓮?」

 

「紫苑の傍にいた黒狼。

 

あいつは紫苑のボディーガードみたいなもんだからな」

 

「……」

 

「?お前の持っていきたい物って、それか?」

 

「あ、はい」

 

 

紅葉が手にする写真には、父親に抱かれた自分と母親に抱かれたまだ赤ん坊の彼女が、幸せそうに写っていた。

 

 

「父がまだ、生きていた頃に撮ったんです。

 

この一年後に、父は亡くなりました」

 

「……」

 

「あの頃、私何が何だか分からなくて……

 

 

気付いたら、お兄ちゃんがいなくなってて……でも、外に出れば会えたんです。

 

だけど、町で雇った祓い屋と一緒に、どこかへ行ってしまった。お母さんに何度質問しても、返ってくる答えはいつも……」

 

 

話していた紅葉の口を、秋羅は手で塞ぎ静かにするよう人差し指を立てた。彼が見ている方向を、紅葉は目を向けた。

 

建物の影から姿を現す妖怪……紅葉は恐怖で震えながら、秋羅の腕にしがみついた。

 

 

「……(まだ気付かれてないみたいだな……)

 

エル、奴をこっから別の場所に移動させろ」

 

 

傍にいたエルの手綱を取りながら、秋羅は言った。エルは頭を軽く振り、彼に嘴を擦り寄せると翼を羽ばたかせ妖怪の気を引き付けながら飛んでいった。

 

妖怪はエルに気を取られ、その場からエルを追い駆けていった。妖怪がいなくなったのを確認すると、紅葉を連れて秋羅は、その場から走った。

 

 

角を曲がった時だった……別の妖怪と鉢合わせてしまったのは。目の前にいた妖怪に、秋羅は槍を組み立て構え、紅葉を自身の後ろへ隠した。

 

 

「さっきの噴水のところに逃げろ!!」

 

「え……」

 

「早く行け!!」

 

「……嫌だ!!

 

私、秋羅さんと一緒にいる!!」

 

「何馬鹿な……!!伏せろ!!」

 

 

妖怪の攻撃を、秋羅は紅葉と共に倒れ避けると、彼女を連れて走り出した。路地裏へ回り、ゴミ箱の影に隠れた秋羅は息を切らしながら、辺りを警戒した。

 

 

「(……追い駆けてきてはねぇみてぇだな)

 

しばらくここにいろ」

 

「駄目!行っちゃ!」

 

 

立ち上がろうとした秋羅に、紅葉は抱き着き立ち上がるのを阻止した。

 

 

「駄目……行っちゃ……」

 

「……」

 

「……

 

 

 

お兄ちゃんでしょ?あなた」

 

「!」

 

「私、あの時小さかったけど……分かるよ。

 

昨日の早朝、来たよね?お父さんのお墓参りに」

 

「……」

 

「私、すぐに分かったよ……

 

お兄ちゃんだって……すぐに……」

 

「……」

 

「帰ってきてよ……

 

 

お父さんはもういないけど……三人で、暮らそうよ……」

 

「……無理だ」

 

「何でよ……お母さんだって、お兄ちゃんを手放したの凄い後悔」

「……シっ!」

 

 

人差し指を立てながら、秋羅は紅葉の口を手で塞いだ。目の前には、妖怪がゴミ箱付近のにおいを嗅ぎながら、自分達を探していた。

 

ゆっくりと立ち上がり、後ろへ下がる二人……だが、地面に置かれていた瓶が、下がった拍子に紅葉の足に当たり倒れた。その音に、妖怪は咆哮を上げると二人に向かって攻撃してきた。

 

 

 

妖怪が咆哮を上げる前、紫苑達は噴水付近に戻ってきていた。紅葉以外の女性達も、必要最低限の物を持って集まっていた。

 

 

『秋羅の奴、いないな?』

 

「どうしたんだろう……」

 

 

その時、あの妖怪の鳴き声が聞こえてきた。

 

 

「何だ!?」

 

「おい!あれ見ろ!」

 

「?!」

 

 

男が指差す方向には、空からエルが翼を羽ばたかせて地へ降り立つと、鳴き声を上げながら紫苑の元へ駆け寄り、彼女を銜え勢いを付けて投げ自身の背中へ乗せた。

 

 

「紅蓮!皆を避難所に!!」

 

『分かった!!』

 

 

それだけを伝えると、紫苑はエルの腹を軽く蹴った。エルは鳴き声を上げ、駆け出すと翼を羽ばたかせ飛んでいった。




林道を走る秋羅と紅葉……茂みの中へ隠れ、息を切らしながら地面に座り込んだ。ふと、紅葉は秋羅の腕を見た。痛々しい生傷から、血が水のように流れ出ていた。


「お兄ちゃん、腕の傷」

「平気だ」


髪を隠すように巻いていたバンダナを取ると、口でちぎり秋羅はそれを腕に巻き止血した。


「……やっぱり……

お兄ちゃんは、お父さん似だね」

「そういうお前は、母さん似だろ」

「……出て行ったのって、やっぱりあの事が原因なの?

お父さんがこの先の湖で、妖怪に殺された事が……」

「……父さんのことと俺が出て行ったのは、関係ない」

「じゃあ何で……」

「ここにいる奴等の目を、見たくなかったからだ」

「目?」

「……」


思い出す過去……冷たい眼差しが、まだ幼かった秋羅に鋭く突き刺さっていた。その眼差しは『人殺し』と、言ってるように見えた。


ハッと顔を上げ紅葉の顔を見た。彼女は恐怖に満ちた顔で、秋羅の後ろを見ていた。
彼は恐る恐る振り返った……そこにいたのは、14年前と同じ妖怪……大剣を手にした妖怪が、二人の後ろに立ち口から涎を垂らしていた。


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ボスの復活

空を飛ぶエル……湖に行く前にエルは降り立ち、着陸と共に紫苑は背中から飛び降りた。


(……何……この夥しい気配は)


エルもこの気配に気付いたのか、紫苑の周りを歩きながら鳴き声を上げた。落ち着かせるように、彼女はエルの頬を撫でた。


「エル、紅蓮と幸人を連れて来て」


彼女の命に答えるかのようにして、鳴き声を上げると翼を羽ばたかせそこから飛んでいった。


エルを見送ると、紫苑は小太刀を手に取り、柵を跳び越え奥へと入って行った。


湖の畔へ来た秋羅……近くにあった穴に、紅葉を隠れさせると、自身は羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。

 

 

「ここにいろ!」

 

「お兄ちゃん!行っちゃ駄目!!」

 

 

追い駆けようとする紅葉だったが、彼女は足に怪我を負ってしまい、動けなかった。

 

 

林道を駆ける秋羅……木々を倒し、現れ出た妖怪は咆哮を上げると彼に攻撃を放った。秋羅は素早く避けると、槍で妖怪の腕を突いた。

 

悲痛な鳴き声を上げた妖怪は、秋羅を突き飛ばした。飛ばされた彼は、木に体をぶつけ蹲った。

 

 

『……貴様、あの時のガキか』

 

「?!」

 

 

突然喋った妖怪に、秋羅は驚きながら顔を上げた。

 

持っていた大剣の先を木の幹に突き刺した妖怪は、彼の動きを封じるようにして、手で抑えた。

 

 

『久し振りに帰ってきたら、また餌が撒かれていて嬉しいぜ』

 

「何が嬉しいだ……人の親を殺しておきながら!!」

 

『餌を食って、何が悪い?

 

俺等の縄張りに入ってきたのは、貴様等だろうが』

 

「っ……」

 

『さぁ、無駄話はもう無用だ。

 

 

ここで、死ねぇ!!』

 

 

大剣の剣先を、秋羅に向けて突いてきた。刺さる瞬間、茂みから紫苑が現れ自身達の前に、分厚い氷の壁を作り上げた。大剣は氷の壁に当たり、妖怪は驚きすぐに後ろへ下がった。

 

 

「し、紫苑……」

 

「秋羅、大丈夫?」

 

「平気だ……紫苑、後ろ!!」

 

 

振り向いたと同時に、紫苑は横へ吹き飛ばされた。木の幹に体をぶつけた彼女は、頭を振ると突進してきた妖怪を小太刀で突き刺し、距離を取った。

 

出来た傷口を抑えながら、妖怪は紫苑を睨んだ。

 

 

『……貴様、まさか』

 

「……」

 

『……?

 

 

フッ……ハッハッハッハ!!』

 

 

突然笑い出す妖怪……油断した紫苑に、妖怪は彼女を地面に押し付け、手首に着けていた桜のブレスレットの鎖を切り裂いた。

 

 

『さぁ!!蘇れ!!我等のボスよ!!』

 

 

その瞬間、彼女の額からあの雪の結晶の模様が光り出し、体全体に広がった。

 

 

そして、鋭く光らせた青い目を開眼すると、彼女は妖怪の手を蹴り腕をもぎ取った。妖怪は取れた自身の腕を見ると、素早く後ろへ下がった。

 

 

起き上がり立ち上がる紫苑……鋭く光らせた青い目で、彼女は妖怪を睨んだ。

 

 

『なるほど……まだ自我が芽生えてなかったのか。

 

道理で100年も、現れないわけだ』

 

「……」

 

 

一瞬の風が吹いた時、紫苑は地面を思いっ切り蹴って駆け出すと、勢いを付けたまま跳び上がり、妖怪の目を小太刀で突き刺した。悲痛な叫びを上げる妖怪に構わず、彼女は妖怪が持っていた大剣を、氷の刃で叩き折り粉々にした。

 

 

「?!」

 

「……帰せ……

 

私を……帰せ……」

 

『何だ?』

 

「し、紫苑?」

 

「帰せ……帰せ……

 

 

帰せぇ!!」

 

 

叫び声と共に、紫苑の周りから桜の吹雪が起こった。花弁は氷の刃と変化し、刃は妖怪に向かって飛んできた。

 

妖怪は咆哮を上げ、付近にいた仲間達を呼び寄せた。

 

 

その咆哮に、南と東区域にいた妖怪達が、一斉に湖の方へ向かった。

 

 

「何だ?(何故、妖怪達が……それに、今の鳴き声は)」

 

 

教会へ着いた火那瑪は、即座に幸人達の元へ駆け寄った。

 

 

「何なんだ……さっきの鳴き声は」

 

「少し心配だね……」

 

 

「ちょっと、祓い屋さん!!」

 

「?」

 

 

南区に行っていた女性が、火那瑪の腕を引っ張り話し掛けてきた。

 

 

「すぐに森の方へ行ってくれないかい?」

 

「え?」

 

「アンタの仲間、紅葉ちゃんと一緒に妖怪から逃げてるのよ!!」

 

「?!」

 

「あ!いたいた!

 

祓い屋!早く仲間の所に行け!!

 

 

仲間のチビが、森の方に行ったんだ!!」

 

 

その言葉を聞いたと共に、空からエルが舞い降りてきた。エルと共に、狼姿となった紅蓮が幸人達の元へ駆け寄ってきた。

 

 

『早く乗れ!胸騒ぎがする!!』

 

「迦楼羅!火那瑪!

 

エルの背中に乗れ!」

 

「あ、あぁ!

 

火那瑪、乗って!」

 

「はい!」

 

「紅蓮、乗るぞ」

 

『早くしろ』

 

 

二匹にそれぞれ乗ると、エルは翼を羽ばたかせ飛んでいきエルの後を、紅蓮は追い駆けるようにして駆け出した。

 

 

 

妖怪の死体が無数に転がる中、紫苑は自身に付いた血と傷口を舐めながら、目の前にいるボスを睨んだ。

 

 

『う、嘘だろ……

 

仲間を……一人で』

 

「……お前……

 

 

本当に、紫苑……なのか?」

 

 

振り返った紫苑は、秋羅を見つめた。彼を見つめていると、次第に息が乱れ頭を抱えながら、膝を付き悲痛な叫び声を上げた。

 

 

「し、紫苑!」

「来るな!!

 

私は道具じゃない!!

 

 

帰して!!帰して!!今すぐ!!ひかるがいる所に!!」

 

 

叫びながら、紫苑は秋羅の顔スレスレに小太刀を刺した。

 

息を切らす紫苑……秋羅の顔に出来た傷口から、ツーッと血が流れ出てきた。驚いた顔で、彼は彼女を見た。その時後ろから、いつの間にか再生した大剣の剣先を、二人目掛けて突いてきた。

 

 

咄嗟に、秋羅は紫苑を倒し彼女を守るようにして覆い被さり死を覚悟した。

 

 

 

宙に浮く体……秋羅は恐る恐る目を開けた。下には、大剣を地面に突き刺した妖怪がいた。

 

 

「何で……宙に?」

 

「ギリギリ間に合いましたね!」

 

「か、火那瑪!!」

 

「俺を忘れるな!」

 

「迦楼羅さん!?」

 

 

宙に浮いていたのは、二人が乗っていたエルが自分を前足で掴んでいた。

 

 

「面倒そうな妖怪だなぁ……」

 

「教会に結界張っといて、正解でしたね」

 

「だな。

 

えっと、散らばってる妖怪を倒したのは、秋羅かな?」

 

「いや……し、紫苑です」

 

「紫苑が?」

 

「信じられない……」

 

「……シテ」

 

「?」

 

 

秋羅に抱えられていた紫苑は、彼の腕に小太刀を突き刺した。痛みで思わず、彼女を抱えていた手を離してしまった。

 

 

「紫苑!!」

 

 

落ちていく紫苑……落ちていく彼女の傍に、空から白い花弁が集まった。花弁は、落下していく紫苑の下へと集まり、彼女を地へ下ろした。

 

 

地面に立つ紫苑……青き瞳で、彼女は再生した妖怪を睨んだ。

 

 

『やはり、噂は本当だったんだな……

 

 

ボスのガキは生きてるって』




森の中を駆ける紅蓮……その時、幸人は湖の畔にある穴を見つけ、その中にいた紅葉の姿が目に入った。


「あれは……

紅蓮、先に行け!」


走る紅蓮から飛び降りた幸人は、穴へ駆け寄った。


「オイ、大丈夫か?」

「祓い屋さん……

お兄ちゃんを助けて!!お兄ちゃん、さっき妖怪の所に!」

「仲間が先に向かってる。平気だ。

(彼女一人でここに置いとくのは危険だ……

かといって、あそこを迦楼羅達だけに任せるわけには)」

「お願いです!お兄ちゃんの所に、連れて行って下さい!!」

「?!」

「お兄ちゃんの力になりたいの!!

お願い!!もう、見捨てるのは……嫌なんです」

「……


死ぬかもしれないんだぞ……良いのか?」

「構いません……

お兄ちゃんが、命を賭けて私達を守ろうとしてるのに、私達は何も……」


しばらく考えた幸人は、深く息を吐くと紅葉を背負った。


「しっかり掴まってろ」

「は、はい!」


力が入った紅葉の手を見て、幸人はそこから駆け出した。


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不死の妖怪

君は多分、自分の力をコントロール出来ない……

でも大丈夫。力が暴走した時、僕が必ず君を止めてみせるよ。


どんなに狂暴になっても、どんな形になっても……


君は僕の、たった一人の家族だから……


ボスの子供……

 

妖怪の口から出たその言葉を聞いた迦楼羅は、目を見開き驚きの顔を隠せないでいた。エルは地面へ降りると、秋羅を離し火那瑪達を下ろした。

 

 

「せ、先生……大丈夫ですか?」

 

「嘘だろう……

 

目の前にいんのかよ……ハハ」

 

「先生?」

 

 

「紫苑!!引け!!

 

お前、怪我してるんだぞ!!」

 

 

前へ出た秋羅は、紫苑に向かって叫んだ。彼女は目だけ秋羅に向けると、笑みを溢して言った。

 

 

「それが、お前等の望みじゃないの?」

 

「え……?!」

 

 

出来ていた傷口が、徐々に修復していった……そして、完全に治ると紫苑は小太刀を構え、地面を思いっ切り蹴り駆け出すと、目の前にいる妖怪の体へ登り、背中に小太刀を突き刺した。

 

手を緩めず、小太刀を抜くと妖怪の手が届く前に飛び降り、足を切り裂いた。

 

 

『ちょこまかと動きやがって!!』

 

 

動く紫苑を、手に掴んだ妖怪は彼女を地面へ叩き付けた。血反吐をした紫苑に、妖怪は押さえ付け大剣を突いてきた。

 

 

『心の臓を貫けば、例えボスのガキでも死ぬだろう!!

 

ここで、俺が殺してやる!死ね!!』

 

「紫苑!!」

 

 

胸に突き刺さる寸前に、茂みから人の姿となった紅蓮が紫苑の小太刀で大剣を、叩き切った。

 

 

「紅蓮!」

 

 

大剣は地面へ刺さり、紅蓮は紫苑を抑えている妖怪の手を突き刺し、力が緩んだ隙を狙い彼女を抱えて、その場から離れた。

 

 

浅く息をしていた紫苑は、紅蓮を見た……彼の姿が一瞬、自分が知っている男と重なって見えた。

 

 

「……生きてない」

 

『?』

 

「生きてない……

 

生きてない……」

 

「紫苑?」

 

 

意識朦朧としているのか、紫苑は無意識に涙を流しながら、小声でそう言った。そんな彼女を、紅蓮は抱き締め撫でた。

 

 

『大丈夫だよ……もう。

 

だから、安心して』

 

 

誰かが乗り移ったかのような声で、紅蓮は優しく言った。その声に紫苑は目を瞑り、眠りに入った。

 

彼女を地面へ寝かせると、紅蓮はエルが銜え持ってきた桜のブレスレットを受け取り、紫苑の手首に着けた。すると、ブレスレットは光りその光りに反応するかのようにして、紫苑の体を覆っていた額の模様が収まった。

 

 

丁度そこへ、幸人達が辿り着き、紅葉を下ろすと彼は迦楼羅達の元へ駆け寄った。

 

 

「幸人!」

 

「すぐに奴を封じる!

 

秋羅、火那瑪。お前等二人で奴の気を引け」

 

「はい!」

「応!

 

紅葉、お前は紫苑の傍にいろ!」

 

「う、うん!」

 

「紅蓮!エル!援護に回れ!」

 

 

槍を手に、狼姿となった紅蓮の背に、秋羅は跳び乗り槍を妖怪の足首を突いた。エルに乗った火那瑪は、弓を構え矢を妖怪の目に目掛けて放った。

 

 

倒れる妖怪……その時、地面が光りそこから、光の帯が生え妖怪の動きを封じた。

 

 

「いくぞ!迦楼羅!」

 

「アイアイサー!」

 

 

お経を唱える二人……妖怪は、封印されまいと暴れ出した。その攻撃が、紅葉達がいる場所へ飛んできた。

 

 

「紅葉!!」

『紫苑!!』

 

 

伏せた紅葉を背に、無意識に起き上がった紫苑は、妖怪の伸びてきた手を切り裂いた。

 

 

『ち、ちきしょー!!』

 

 

壺へと妖怪は封じられた。

 

立っていた紫苑は、地面へ倒れ彼女の元へ、紅蓮は駆け寄り人の姿になると抱き上げた。

 

 

「その子、大丈夫なの?お兄ちゃん」

 

「分かんねぇよ(別人みたいだった……

 

あの時の紫苑は)」

 

 

先程のことを思い出す秋羅……その間に、迦楼羅は幸人に妖怪が放った言葉を、伝えていた。その言葉を聞いた彼も迦楼羅と同じように、目を見開き驚いた顔をした。

 

 

「先生、取りあえず町へ戻りましょう」

 

「そうだね……」

 

「迦楼羅さん、大丈夫ですか?」

 

「いやぁ……久し振りなんでね……

 

こんなに、恐怖と興奮感じたの」

 

「……」

 

「全くだ……

 

あの事件以来だ」

 

「幸人?大丈夫か?」

 

「平気だ。

 

秋羅達は先に帰ってろ」

 

「あ、あぁ」

 

「火那瑪、お前も一緒に」

 

「分かりました」

 

 

エルの背中へ紅葉を乗せ、火那瑪を乗せると秋羅はエルの首を軽く叩いた。エルは鳴き声を上げると、翼を羽ばたかせ飛んでいった。

 

エルを見送ると秋羅は紅蓮から紫苑を受け取り、狼姿となった彼の背中へ乗ると、そのまま町へ向かった。

 

 

二人きりとなった幸人と迦楼羅は、その場に座った。

 

 

「聞いて、どう思った?」

 

「……不思議だな。

 

恐怖というより、興奮しかねぇよ」

 

「俺も同感だ」

 

「いるとは思わなかった……

 

あそこにいた時に聞いた話、覚えてるか?」

 

「……」

 

「ぬらりひょんの子供が現れた時……

 

再び、人と妖怪の戦いが起きる」

 

「戦いなんざ、とうの昔に始まってる」

 

「じゃあ、どっちにつくと思う?

 

人か妖怪……」

 

「……」

 

「討伐隊の奴等、何を考えてテメェに引き取らせたんだろうな?」

 

「知らねぇよ」

 

「……

 

 

多分、近い内にあるだろうな」

 

「だろうね。

 

これだけの妖気を放ってれば、あるに決まってる」

 

 

 

やがて日が暮れた……南区域と東区域を捨てたケレフトは、北と西区域に結界を張った。

 

一段落した秋羅は、外へ出て夕暮れに染まる空を見上げてた。

 

 

 

「颯人……」

 

 

聞き覚えのある声……秋羅はゆっくりと振り返った。

 

紅葉に支えられた母親が、目に涙を溜めて自身を見ていた。

 

 

「……か」

 

「颯人……こんなに大きくなって……」

 

「……っ」

 

 

歩み寄ってきた母親の頬を、秋羅は平手打ちした。

 

 

「何だよ……今頃……」

 

「お兄ちゃん……」

 

「散々人をゴミみたいに扱って、挙げ句の果てに捨てたくせして何だよ!!

 

それで、金に困ったからって俺を売ったのは誰だよ!!」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

「謝って済む問題じゃねぇだろ!!」

 

 

泣き出す母親……秋羅は息を乱しながら、一筋の涙を流してその場を去った。彼の後を紅葉は追い駆け、手を握って引き留めた。

 

 

「待って!!

 

何であんな酷いこと言うの!?」

 

「……」

 

「お母さん、ずっと後悔してたんだよ!!

 

それで……それで体壊して」

 

「俺が知ったことか」

 

「お兄ちゃん!」

 

「自業自得だろ、そんなの。

 

俺はもう、アンタ等と関係は無い」

 

 

その言葉を聞いて、紅葉は秋羅から手を離した。




ぬらりひょんの子供。


妖怪の総大将・ぬらりひょん。彼には子供がいた。


討伐隊の本部に残っている資料には、写真はないが年齢は当時12歳だが、それは見た目だけ。中身は3歳から5歳児と同じ精神。

得意とする技は氷であり、自身に危機が及ぶと無意識に氷を放ち、相手を攻撃する。

連れてきた当初、2名の兵士が重傷を負った。一人は凍傷、もう一人は噛み付かれ手が血塗れになっていた。


異様な回復力の持ち主で傷を作っても、二三日あれば完治する。だが、痛みを感じるためやり過ぎには注意。


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帰るべき場所

寝返りを打つ紫苑……ずり落ちた布団を、傍にいた秋羅は拾い掛けた。


「紫苑の奴、どうだ?」


入ってきた幸人は、軽い食事を手に秋羅に話し掛けた。


「まだ眠ってる」

「そうか……


普段なら、もう起きてもいいはずなのになぁ」

「どうする?

このまま起きないとなると、ここに結構滞在することになるけど……」

「いや、明日中には帰る。

迦楼羅達が、別の依頼を受けたから、明日には帰るって」

「……」

「……良いのか。

このままで」

「別にいい。

俺は、この町に未練も何も無い」

「……妹さんだけには、ちゃんと別れの挨拶しろよ」

「……」

「幸人!ちょっといいか?」

「今行く」


チェストに食事が乗ったプレーンを置くと、幸人は部屋の外で待っていた迦楼羅の元へ歩み寄り、話しながらその場を去った。秋羅は、しばらくして軽く息を吐くと紫苑の頭を撫で、部屋から出て行った。


何も覚えていないのが、いいのかもな……

 

 

名前は、誰かから貰え。僕等は付けられない。

 

 

あの名前を呼ぶと、嫌でも思い出してしまうから……

 

 

忌まわしい記憶が……

 

 

 

 

 

「……」

 

 

差し込む月の光で、紫苑は目を覚ました。起き上がり、部屋を見回した。

 

 

「……紅蓮?」

 

 

彼の名を呼ぶが、そこにはいなかった……ベッドから降りた紫苑は、部屋を出て行き外へ出た。

 

 

暗い街路を歩く紫苑……辿り着いたのは、柵が建てられた森だった。そこを跳び越え、中へと入り奥へ歩いて行った。

 

 

湖の畔で寝ていたエルは、紫苑の足音に気付いたのか目を覚まし、傍で眠っていた紅蓮を起こした。

 

湖の畔へ着いた紫苑は、エル達の元へ歩み寄った。エルは寄ってきた、彼女の頬に嘴を擦り寄せた。寄ってきたエルの嘴を、紫苑は撫で紅蓮の頭を撫で傍に座った。

 

 

『体大丈夫なのか?』

 

「うん……

 

 

紅蓮」

 

『?』

 

「私、何かやったかな……」

 

『やったって?』

 

「覚えてないの……

 

妖怪に押さえ付けられたところまでは覚えてる。

 

でも、そっから何も……

 

 

気が付いたら、またベッドの上に……」

 

『……傍にいなかったから、何があったかは分からない。

 

 

ただ、ブレスレットが取れてた』

 

「……これ、何なんだろう。

 

 

目が覚めた時には、もう着けてあったし」

 

『さぁな。

 

もう少し寝てろ。まだ体力戻ってないんだから』

 

「うん……」

 

 

エルの胴に頭を乗せ、紫苑は目を瞑り眠りに付いた。エルは彼女の頬を嘴で撫でると、翼を下ろした。紅蓮は紫苑の傍へ寄り添い、目を閉じ眠った。

 

 

 

 

翌朝……

 

 

門前に立つ幸人達。

 

 

「あ~、またあの入り組んだ森を進まなきゃいけないのか~」

 

「先生はもう、道案内しなくていいです」

 

「相変わらず、弟子は冷たい……」

 

「そういえば、秋羅さんは?」

 

「ちょいと、家族さんと別れの挨拶してる」

 

「家族……

 

 

それじゃあ、ここが」

 

「あぁ」

 

 

 

父親の墓の前で、花を供える秋羅。彼の後ろには、紅葉と母親が立っていた。

 

 

「ほ、本当にもう帰ってこないの?」

 

「……」

 

「お兄ちゃん……ねぇ」

 

「俺はもう、帰るべき場所がある。

 

ここじゃない場所に」

 

「……」

 

「だからもう、依頼がない限りここへは来ない」

 

「……」

 

「じゃあな。

 

元気でな」

 

 

紅葉の頭を撫でると、秋羅は母親を通り過ぎ去って行った。

 

 

「……

 

 

体に気を付けてね……

 

 

 

 

颯人」

 

 

涙声で、母親はそう言った……その言葉を聞いた秋羅は、溢れ出てきた涙を腕で拭うと、二人に振り返り笑顔を見せた。

 

その笑顔は、紅葉が持っていた昔の写真……父親がまだ生きていた頃に撮った写真に写った、かつての秋羅……いや、颯人と同じだった。

 

 

 

去って行く秋羅の背中を見ながら、紅葉は話した。

 

 

「お兄ちゃんね。

 

あのペンダント、持ってたんだよ」

 

「え?ペンダント?」

 

「ほら、近くの町に旅行行った時に、買ったじゃん!

 

私は橙色のペンダント、お母さんは黄色のペンダント、お父さんは緑色のペンダント、お兄ちゃんは赤いペンダント」

 

 

そう言って、紅葉は首に掛けていた橙色の菱形のペンダントを出した。それを見た母親も、首に掛けていた黄色の菱形のペンダントを出した。

 

そして、その時の記憶がフラッシュバックで蘇ると、母親はその場に膝を付き泣いた。彼女に釣られて、紅葉も泣き母親に抱き着いた。

 

 

 

 

 

夕方……汽車に乗る秋羅と幸人。途中駅で、迦楼羅と火那瑪は降り、次の依頼場所へ行った。

 

 

「そういや、前々から気になってたんだが……

 

その左腕の火傷、何なんだ?」

 

「あぁ、これ?

 

 

父さんが死んでしばらくの間、家のことを俺がやってた時期があって……

 

紅葉の奴が、目を離した隙にマッチで遊んでて、そのまま点火。慌ててあいつからマッチを奪ったんだけど、そこから火が移って」

 

「お前の左腕を焼いたと」

 

「そういう事」

 

「てっきり、母親にでもやられたかと思った」

 

「それはなかったな………あれが最後だったな。

 

あいつが、俺のこと心配したの」

 

「……」

 

「何で今頃、聞くんだ?そんな事」

 

「そろそろ聞いてもいいかなぁって」

 

「何だよそれ……

 

あ、そうだ……なぁ、幸人」

 

「ん?」

 

「ひかるって名前、知ってるか?」

 

「ひかる?

 

知らねぇな……その名前がどうかしたのか?」

 

「紫苑の奴、暴走した時に言ってたんだ……

 

 

『私は道具じゃない!!

 

 

帰して!!帰して!!今すぐ!!ひかるがいる所に!!』って……

 

 

あいつ、もしかしたら家族と引き離されたんじゃないかな?ひかるは誰だか分からないけど……」

 

「可能性は高いな……

 

半妖は、このご時世希少価値のある者……都市伝説で、半妖だけが住む村があると、聞いたことがあるくらいだ」

 

「……」

 

「お前のその頬の傷は、暴走した時の紫苑にやられたって事でいいのか?」

 

「あ、あぁ……

 

攻撃……された」

 

「……」

 

「しっかし、紅蓮の奴紫苑を連れてどこ行ったんだ?」

 

「仲間の所に行くって言ってたな?」

 

「……このまま帰って来なかったりして」

 

「それはねぇだろう……」




深い森へ来た紅蓮……エルから降りると、眠っている紫苑を下ろし茂みを歩き、とある池へ着いた。

エルを畔で待たせ、紅蓮は彼女を池へ入れた。浸かった池は、青く光り出し紫苑を包み込んだ。


そこへ、白い毛並みに覆われた大白狼が、茂みから数頭の仲間を連れて出てきた。紅蓮は黒狼へなり、白狼を見た。


『珍しい……黒狼がここへ来るとは』

『近い所が、ここしか無かった。

無断で入ったことを、許して貰いたい』

『別に怒ってはいない……


その子か……お前達が、主として仕えている子は』

『……』


白狼の子供が、群れから飛び出し紫苑に擦り寄った。すると、紫苑はスッと目を開け擦り寄る白狼の子供を撫でた。


『紫苑』


池から上がった紫苑は、スカートの裾を絞り傍に置いてあった靴を履いた。


『平気か?』

「大丈夫。

ごめんね。私達が縄張りに入っちゃって」

『別に良い。

リルに、宜しく伝えといてくれ』

「それは出来ない。

私は今、リル達とはいない」

『やはりな……

人のにおいがついている』

「……嫌い?」

『いや……

我等白狼は、人と共に生きている獣。今更においなど、気にはしない』

「良かった……」


白狼に笑みを見せると、紫苑はエルに跳び乗り紅蓮と共にそこを去った。

白狼は彼等を見送ると、仲間と共に森の奥へと姿を消した。


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祓い屋達の会議

小降りの雨が降る朝。


ネクタイを締めながら、幸人はあくびをしていた。


「ったく、会議に何でスーツ着なきゃいけないんだか……

着流しにしろってんだ」

「お前みたいなだらしない奴等がいるからだろうが!」

『朝から機嫌が悪いな?幸人』

「当たり前だ。

祓い屋の会議なんざ、行きたくねぇっつーの」

「会議?

祓い屋に会議なんてあるの?」

「不定期にな」


椅子に座った幸人は、溜息を吐きながら焼かれたパンを口にした。


そして紫苑が、瞬火の毛の手入れを終えた時だった。突然玄関ドアが開き、外から軍服姿の陽介が入ってきた。


「よ、陽介…さん」

「ん?何だ?」

「まだ食ってたのか……

おら、とっとと行くぞ」

「遅れたっていいじゃねぇか……」

「貴様の不始末を、一体誰が片付けると思っているんだ?」

「……分かりやした。

すぐに支度しますから、少々お待ち下さい」


そう言って、ダラダラと歩く幸人に陽介は、一発蹴りを入れた。痛みにもがきながら、瞬火と共に彼は自身の部屋へ行った。


「す、すみません……何か、うちの師が」

「別にいい。慣れっこだ……?」


ふと目に入った紫苑を、陽介は見つめた。彼女の前で横になっていた紅蓮は、彼をチラッと見ると興味なさそうにあくびをして、紫苑の膝に頭を乗せた。


「今回は、襲う気がないみたいだな」

「はぁ……」

「秋羅ぁ!

上着が見つからない!」

「え?!

いつものところに入ってないか?」

「入ってねぇから聞いてんだろうが!」

「怒鳴るな!」


怒りながら、秋羅は幸人の部屋へと行った。


彼がいなくなると、陽介は紫苑に歩み寄りしゃがんだ。そしてスッと手を伸ばし、彼女の頬を撫でた。


「不思議だな……


お前に会うのは初めてのはずなのに……初めてじゃない気がする」

「……」

「お前はどこかで、俺と会っているのか?」

「……」


目に映る陽介の姿が、一瞬女性の姿と重なって紫苑には見えた。

そして、ある名前を口にした。


「……てんか?」

「?!


お前……どこでその名を」


「陽介さん!幸人の準備、出来ました!」


秋羅の声に、陽介はすぐに立ち上がり玄関へ向かった。

去って行った彼の背中を眺めながら、紫苑は紅蓮の頭を撫でた。


討伐隊本部……

 

その建物の中にある会議室へと向かう、陽介と幸人。

 

 

「本当、相変わらず見た目だけデケぇ本部に、何でわざわざ来なきゃいけないんだか」

 

「文句言い過ぎだ」

 

「汽車で何時間掛かったか」

 

「いつものことだろう」

 

 

会議室へと着き、幸人は戸を開けた。中には、10人の男女が席に座っていた。

 

 

「遅ぇぞ、月影」

 

「朝早いのは苦手なんだよ!」

 

「竜の里以来だね、幸人」

 

「お前、スーツ着るとその辺のナンパ男と変わらねぇぞ」

 

「そういう君は、相変わらずだらしのない格好ですね」

 

「ほっとけ」

 

「あれ?

 

ユッキー、紫苑は?連れて来なかったの?」

 

「連れてくるわけねぇだろう。馬鹿か?」

 

「馬鹿じゃないし!!」

 

「な~んだ……紫苑ちゃん、来てないのか。少しガッカリ」

 

「紫苑って、誰?」

 

「本部名義で買った、半妖だ」

 

「あ~、そんな話あったな」

 

「地下で半妖が売られてるから、引き取れって」

 

「そうそう」

 

「無駄話はそこまでにして、とっとと報告しろ」

 

「ヘイヘイ。分かりましたよ」

 

 

席へ着いた幸人は、用意されていた資料を淡々と読んでいった。

 

 

「……報告は以上だ」

 

「こんなにも、被害が続出するなんて……

 

幸人の地域だけ、何かあるんじゃないの?」

 

「知るか、んな事」

 

「ねぇ、幸人」

 

「?」

 

「このケレフトの件なんだけど……

 

あなたが預かってる紫苑が、妖力を発揮して妖怪を全滅させたって書いてあるけど、本当なの?」

 

「本当だ。

 

弟子の秋羅が、その目撃者だから」

 

「フーン……」

 

「ケレフトに現れた妖怪は、今」

 

「それは」

「僕チンのところで、預かってまーす!」

 

 

そう言いながら、大地が幸人の椅子の背もたれに手を掛けながら現れた。

 

 

「出た、変人研究者」

 

「何で来たの?」

 

「失せろ。

 

茶が不味くなる」

 

「皆して酷い!!

 

キーー!!」

 

「お姉系は止めろ。

 

吐くぞ」

 

「え?男なの?」

 

「嘘……」

 

「名前見て!!僕チンの名前!

 

大地だから!!大地!

 

けど、心は女よ」

 

「あぁ、言われてみれば」

 

「そんなに僕チンの事いじめるなら、こないだ見つけた資料、見せてやんない!」

 

 

頬を膨らませ、いじけた大地に一同は深い溜息を吐いた。それを見かねた陽介は、懐から銃を出し銃口を、いじける彼に向けた。

 

 

「今すぐ、見つけた資料を俺達に見せるか。

 

このままあの世に逝くか……今すぐ、決めろ」

 

「見せます!見せます!

 

だからお命だけはお助けを!!」

 

「とっとと見せろ」

 

「ヒュー!

 

相変わらず、大佐には逆らえないな?」

 

「う~……」

 

 

貰った資料には、ぬらりひょんの子供と書かれた紙が、数枚ファイリングされていた。

 

 

「ぬらりひょんの子供?

 

何これ?」

 

「こないだ研究室の資料庫整理してたら、出てきたんだ。

 

他にもないかなって探したけど、見つかんなかった」

 

「へ~……一度、保護してたんだ」

 

「……今はどうしてんだ?ぬらりひょんの子供は」

 

「知らない。

 

その当たりの資料、どっこにもないんだよねぇ。

 

 

先生に聞いたら、100年前に本部が襲われた時があったから、その時に逃げたんじゃないかって」

 

「襲われた?」

 

「初耳だな。その話」

 

「僕チンも初めて聞いたよ。

 

 

100年前、とある部外者が本部を攻撃。騒ぎに紛れて、ぬらりひょんの子供を連れ去ったらしいよ」

 

「あらら、そんな事が……」

 

「まぁ、詳しい話を聞きたいなら、監察官である雨宮さんに聞くといいよ」

 

「雨宮?誰だそいつ」

 

「雨宮蘭丸(アマミヤランマル)。

 

妖怪討伐隊大将であった人。40年前、80を迎えたことにより、戦場から足を引き監察官へとなり、現在は自宅で療養中とのことだ」

 

「80を迎えたって……」

 

「今……

 

120歳!?」

 

「正確には127歳だ」

 

「めっちゃ長生きするな。その雨宮」

 

「僕チン達の間じゃ、何でも昔妖怪の血を浴びて長寿になったとか」

 

「そういえばありましたね……妖怪の血を浴びると、200年は生きられると」

 

「100年じゃなかったっけ?」

 

「僕チンが聞いたのは、400年だけど」

 

「どっちでもいい。取りあえず、長生きするんだろ?」

 

「まぁ、そうだね」

 

「……一服していいか?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

「そんじゃあ、俺も」

 

 

数人の男が、煙草を出し火を点け口に銜え煙を吐いた。資料を見ていた女性が、ある部分を眺めそして、疑問を感じた。

 

 

「ねぇ、大地」

 

「ん?」

 

「ぬらりひょんの子供……

 

保護した時の年齢、12歳って書かれてるけど……

 

 

保護されるまでは、どこに住んでいたの?」

 

「さぁね……

 

あ、でも……確か、討伐隊関係の人の家で暮らしてたって聞いたな」

 

「もう少し詳しい情報ないのか?」

 

「あのね!さっきも話したけど、その当たりの資料が無いの!

 

 

ぬらりひょんの子供の資料だって、残ってたのその二枚だけなんだから!」

 

「誰が育ててくれたか分かれば、その辺りの地域を調べられたのに」

 

「ホンマ」

 

「ところで幸君……以前会った半妖の子供の血、いつ頃採りに行っていいかな?」

 

 

幸人の隣に立った大地は、しゃがみながら彼を見上げるようにして質問した。

 

 

「テメェが死んだ時にでも来い」

 

「そんな酷い!

 

陽君!やっぱり、君一緒について来てよ!」

 

「無理だ。俺にも仕事がある」

 

「アーン!そんな事言わずに!」

 

「しつこいぞ」

 

「幸君、お願い……採らせてぇ!!」

 

「いちいち泣くな!!

 

 

第一、あいつは注射を嫌っていたの見ただろう」

 

「子供は皆、注射を怖がるものだよ」

 

「あいつの怖がり方は、尋常じゃなかっただろう!」

 

「じゃあ、髪の毛か口の粘膜を」

 

「丁重に断る」

 

 

返事を聞いた大地は、いじけ泣きながら部屋の隅で小さく丸くなり横になった。

 

その姿を見て、一同はまた深い溜息を吐き、幸人と陽介は目頭を抑えた。




「え?会議?」


幸人の家へ遊びに来ていた水輝は、秋羅の言葉を繰り返し話した。


「えぇ。本部から要請があったらしくて、今朝早く陽介さんと一緒に」

「うへー……となると、あの変人研究者も来るって事か」

「お前も変人だけどな?」

「いや~それほどでも」

「褒めてねぇよ!」

「そういえば、シーちゃんは?」

「紫苑でしたら、今昼寝してます」

「昼寝?遊び疲れたの?」

「いや、遊んでません。


何か、ケレフトから帰ってきてから妙に昼寝するようになって……」

「何でだ?」

「夜更かしでもしてるの?」

「いえ。いつも通りに寝て、いつも通りに起きてます」

「……紫苑の中で、何かが起きているのかもな」

「え?」

「どういう事?」

「前読んだ本に書いてあったんだ……

人って、何かが変わる時凄い睡魔に襲われるって……」

「変わる……


紅蓮も、同じなの?」

「いや。

あいつは別に……紫苑が寝てる間は、エルの世話をしてるって感じですね」



目を開ける紫苑……

ぼやける視界の中、誰かが自身が寝ているベッドに座り、自分の頭を撫でてくれた。撫でる感触が気持ちよく、紫苑は再び眠った。


ベッドに座っていた者は、笑みを浮かべるとスウッと姿を消した。


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海に住む妖怪

海が見える茶屋で一息吐く幸人達……

紫苑は物珍しそうに、海の近くを歩いていた。


「あ~あ……


何で、ここはこう暑いんだか……」

「知らねぇよ。んな事」

「異常気象で、この辺りの地域は少し暑いのよ」


金髪を簪で団子に纏めた女性が、お茶を飲みながら幸人達に話した。


「何でお前の依頼を、手伝わなきゃいけねぇんだか」

「だったら、こちらの請求」
「分かりました!!分かりました!!

手伝います!だからその紙引っ込めて!!」



浜辺を歩く紫苑と紅蓮とエル。彼等を見下ろすようにして、畦道を秋羅達は歩いていた。


「しっかし、海にまで妖怪が出るようになったとは」

「仕方ないわよ。そういう時代なんですもの」

「……あ!

紫苑!海に入るな!!」


そう叫びながら、秋羅は坂を駆け下り波際にいた紫苑の元へ駆けていった。

駆け寄ってきた秋羅を、紫苑はのらりくらりと避けた。駆けてきた彼は止まることが出来ずに、そのまま海に入ってしまった。


「何やってんだ?あいつは……」

「……あら、紫苑ちゃんも海に入りましたよ?」

「というか、投げられましたよね?あの変なものに」

「村に着いたら、すぐお風呂に入りましょうか」


祓い屋達の会議が終わってから数週間後……幸人は、金髪の女性と紺色の髪をツーサイドアップにした少女を、連れて帰ってきた。

 

 

『……どちら様?』

 

『依頼人プラス客だ』

 

『こんにちは』

 

 

穏やかに微笑む女性に、秋羅は思わず頬を赤くした。

 

 

『海に妖怪?』

 

『えぇ。南にある村からのご依頼で。

 

女だけでは、少し不安なのであなた方のお力をお借りしたいのですが』

 

『って言ってもなぁ……

 

こないだケレフトから帰ってきたばっかりだし……』

 

『断るというなら、こちらの請求』

『止めろ止めろ!!ここで出すな!!』

 

『幸人、お前何やったんだ?』

 

『な、何でもねぇ……気にすんな』

 

『……』

 

 

疑いの目を掛ける秋羅に、幸人はアタフタしながらぎこちない笑みを浮かべた。

 

 

『……酒?』

 

『!?』

 

 

起きてきた紫苑が、女性の背後に回り後ろに隠していた紙に書かれた文字を、声に出して読んだ。

 

 

『酒?

 

 

幸人、お前まさか』

 

『何でもねぇ!!

 

保奈美、依頼受けるから内容教えろ!』

 

『フフッ……初めから素直に聞けばいいのよ。

 

 

で、この子が例の紫苑?』

 

『まぁな』

 

『年はいくつ?』

 

『もう少しで15だと思う』

 

『あら。弟子の奈々と年は変わらないのね』

 

『アタシの方が、ずっとお姉さんだもん!!』

 

『はいはい。そうですね……

 

 

さて、ご依頼は承るという方向でよろしいでしょうか?』

 

『どうぞ……』

 

 

 

 

海が広がる村へと着いた幸人達。

 

 

秋羅と紫苑、奈々が宿のお風呂に入っている間、幸人達は村長宅で村長達と話をしていた。

 

 

「これが、この近海に出た妖怪の絵です」

 

 

村長が持ってきた絵には、黒い影が描かれていた。

 

 

「何ですか?この、黒いお化けは?」

 

「そいつが、私達の漁船を襲うんです。

 

幸い、まだ死人は出ていませんが……このままだと、この村はお終いなんです」

 

「……明日、船を出して頂けますか?

 

調査はその後で」

 

「は、はい……」

 

 

 

シャワー室でお湯を浴びる紫苑と奈々。蛇口を捻り、お湯を止めると奈々は、体にタオルを巻き出て来た。

 

同時に出て来た紫苑は、髪をタオルで拭きながら出て来た。

 

 

「……アンタ、少しは隠しなさいよ」

 

「隠す?何を?」

 

「……(重症だわ。この子)

 

 

 

ねぇ、この肩の傷、何?」

 

「え?」

 

 

奈々が指差す左肩には、傷痕があった。

 

 

「何かが、掠ったって感じね……昔からあるの?」

 

「分かんない。

 

昔のこと、覚えてないから」

 

「フーン……(話したくないなら、いいか)

 

ほら、服着よ」

 

「うん……」

 

 

服を着て、紫苑達は外へ出た。外には既に上がった秋羅が、エルに水を与えていた。

 

 

「あれ?ママ達は?」

 

「村長の家(ママって……)。

 

依頼内容を、詳しく聞いてくるって」

 

「フーン……

 

あの、それ何なんですか?」

 

「え?」

 

 

奈々が指差した方には、紫苑に甘えるエルがいた。

 

 

「西洋の妖怪で、グリフォンっていうんだ」

 

「へー……

 

あなた達って、妖怪使いなの?」

 

「違う違う。幸人も俺もお前等と同じ、普通の祓い屋だ」

 

「……でも、あの子は……」

 

「紫苑は別。

 

けど、祓い屋としてはかなりの腕だぜ。

 

 

あ!幸人」

 

 

宿へと戻ってきた保奈美に、奈々は駆け寄り抱き着いた。抱き着いてきた彼女を、保奈美は優しく撫でながら笑みを浮かべた。

 

 

「母親みてぇだな?保奈美」

 

「母親みたいな者ですよ」

 

「ママはママだもん!」

 

「ヘイヘイ。そういう事にしときますよ」

 

「幸人、依頼は?」

 

「明日、船を出して貰う。

 

仕事はそっからだ。

 

 

 

あれ?紅蓮は?」

 

「あいつなら、何か用があるからって言ってどっか行っちまった」

 

「用って……こんな所に、何の用があんだ?」

 

「多分、ラルの所に行ってるんだと思う」

 

 

幸人の疑問に、紫苑はエルの嘴を撫でながら不意に答えた。

 

 

「ラル?」

 

「誰だ?そいつ」

 

「南全域に住む、白狼の長」

 

「白狼?

 

この地域は、白狼がいるのか?」

 

「うん。

 

 

白狼は黒狼と違って、人に手を貸しながら森と人を守ってる。逆に黒狼は人に手を貸さず、森だけを守ってる」

 

「へ~……

 

じゃあ、紅蓮はそのラルって奴の所へ挨拶に行ったのか?」

 

「多分」

 

「まぁ、そういう事ならいいや。

 

その内戻ってくるだろうし……風呂入って来る」

 

「あぁ」

 

「それじゃあ、私も。

 

 

変なこと、しないでね」

 

「しねぇよ。誰が婆の裸を」

 

「秋羅さん、こちらの請」

「見ませんよ!若々しいアンタの体なんか」

 

 

幸人の慌てっぷりを見て、保奈美はクスクスと笑いながら彼と一緒に、宿へと入った。

 

 

「何なんだ?あれ……」

 

「さぁ……」

 

 

 

翌朝……

 

 

船の帆を上げる漁師達。港に来た幸人達は、彼等の準備が終わるのを待っていた。

 

 

「まだなんですか?船」

 

「もうちょいだ……

 

 

紫苑、空からの索敵頼んだ」

 

「うん」

 

「え?紫苑、一緒じゃないの?」

 

「彼女には、空から妖怪を探して貰うの」

 

「見つけ次第、彩煙弾を放って貰うつもりだ」

 

「彩煙弾って……紫苑、銃とか使えるんですか?」

 

「今秋羅が教えて」

 

“バーン”

 

 

突然聞こえた銃声に、一同は手を止めた。

 

音がした方では、放った衝撃で地面に尻を着いた紫苑と、驚き腰を抜かした秋羅がそこにいた。

 

 

「何やってんだか……」

 

「あらあら。

 

皆さーん、先程の音は我々の実験なので、気にせず動いて下さい」

 

 

保奈美の言葉に、漁師達は止めていた手を動かし始めた。

 

 

数時間後……

 

 

幸人達が乗った船は、海へと出た。その近くを、紫苑はエルの背に乗り、海を見下ろしていた。

 

 

「とりあえず、出るポイントの所まで頼む」

 

「は、はい!」

 

「こんな静かな海に、妖怪が現れるなんて……」

 

「それだけ、妖怪が凶暴化したのよ。

 

ぬらりひょんが生きていた頃は、共に漁をして共に魚を捕っていたと、聞いたことがあるわ」

 

「そんなに偉い人だったの?

 

そのぬらりひょんって」

 

「えぇ。

 

全ての妖怪は、ぬらりひょんだけには頭が上がらなかったそうよ」

 

「……何で、死んだの?」

 

「残された資料によると、討伐隊関係の人に殺されたと記されているわ」

 

「……」

 

「普通に考えて、今起きてる事って昔の人の尻拭いだよな?俺等って」

 

「いつの時代もそうですよ」

 

 

空を見上げる保奈美……その時、空が揺らいだ。

 

ハッとした彼女は、奈々と秋羅を船の縁から離し手に持っていた錫杖を、海へ構えた。保奈美と同じく幸人も銃を持ち構え、秋羅に手で合図を送り槍を構えさせた。

 

 

「な、何?」

 

「奈々、あなたは中へ入ってなさい」

 

「嫌だ!ママの傍にいる!」

 

「奈々!」

 

 

“バーン”




人物紹介5


名前:金影保奈美(カネカゲホナミ)
年齢:34歳(見た目は20代後半)
容姿:金髪の髪を簪で纏めている。目は緑色。
いつも笑みを浮かべている。
体の所々が、変色している(身体には異状なし)

名前:金影奈々(カネカゲナナ)
年齢:15歳(紫苑と同期)
容姿:紺色の髪をツーサイドアップにしている。目の色は青。
幼く見えるせいか、背伸びをしたがる。


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聞いた名前

銃声の音と共に、波が高く上がり船を持ち上げた。


海から現れ出たのは、黒い鱗に覆われた坊主姿の妖怪だった。


「ありゃぁ、海坊主だな」

「あら、こんな妖怪まで凶暴化したんですか?」

「疑問系に言ってる場合じゃないだろう。

さっさと金の技出せ。俺が近付いて脳天にこの弾撃ち込む」

「相変わらず、やり方が酷いこと」

「手を抜く気はない。

紅蓮!炎を奴に浴びさせろ!」


人の姿から狼の姿へと変わった紅蓮は、口から炎を吹き出し海坊主に攻撃した。

海坊主は、炎を水で消し去った。すると頭上から、氷の矢が海坊主に突き刺さった。


「氷の矢?!どこから!?」

「紫苑だ!

って、上にも妖怪がいる!?」

「さっき放った攻撃は、たまたまあの妖怪達が避けたんでしょうね」

「何でこうも妖怪が集まるんだ?」

「知るか……」


空を飛ぶ妖怪達の攻撃から、紫苑達は逃げていた。

 

 

「(どうしよう……空じゃ、何も出来ない)

 

エル!後ろに回って!」

 

 

放ってきた妖怪の攻撃を、エルは避けそして妖怪達の背後へ回った。一瞬妖怪達の動きが止まった隙を狙い、紫苑は氷の礫を放った。

 

一匹の妖怪の翼に当たり、妖怪はそのまま海へ墜落した。残った二匹は、咆哮を上げると紫苑達を挟むようにして囲い、同時に攻撃を放った。

 

 

“ドーン”

 

 

 

爆発音と共に、黒い煙が空中に上がった。

 

 

「何だ?!今の」

 

「余所見すんな!!

 

来るぞ!!」

 

 

またしても大きく船が揺れた……その時、船が大きく上がりそして、海へ叩き付けられた。

 

叩き付けられた船は、粉々に砕け乗っていた幸人達は、一斉に海へ放り出された。

 

 

海面から顔を出す幸人達……支え泳いでいた保奈美を、幸人は流れていた船の破片に乗せた。

 

 

「あ、ありがとう幸人……

 

奈々達は?」

 

 

保奈美の言葉に応えるようにして、秋羅が奈々と漁師を支えて、海面に顔を出した。彼の元へ幸人は泳ぎ漁師を受け取り、流れていた船の破片に乗せ、秋羅も奈々を破片へと乗せた。

 

 

「敵が強過ぎるわ。

 

幸人、ここは一旦引きましょう!」

 

「賛成だ!」

 

 

その時、空から足に傷を負ったエルが、舞い降りてきた。

 

 

「幸人!秋羅!大丈夫?」

 

「平気だ!

 

紫苑、もう少しエルを下へ降ろしてくれ」

 

「分かっ……?」

 

「?

 

どうかしたか?」

 

「……紅蓮は?」

 

 

紫苑の言葉に、秋羅と幸人はハッと辺りを見回した。だが、どこにも紅蓮の姿は無かった。

 

 

「……まさか、あいつまだ」

 

「紅蓮!!」

 

「秋羅は紫苑と一緒に、エルに乗って助けを呼んでこい!!

 

紅蓮は俺が何とかする!」

 

「分かった!

 

エル!飛べ!」

 

 

飛んでいたエルの足にぶら下がった秋羅は、器用に登り降りようとした紫苑を抑えながら、向こうへ飛んでいった。

 

その間に、幸人は再度海の中へ潜った。見回すと向こうの方に下へと沈んでいく、紅蓮の姿があった。泳ぎ彼の手を掴むと、そのまま泳ぎ海面から顔を出した。

 

 

「おい、紅蓮!しっかりしろ!」

 

「……」

 

「紅蓮!!」

 

「……」

 

 

何の反応も示さない紅蓮……幸人は流れてきた船の破片に手を乗せ、保奈美達の元へ泳いでいった。

 

 

数分後、近くを通っていた別の漁船が彼等を救い上げた。

 

その間に、海坊主は海中へと姿を消していた。

 

 

「紅蓮!!紅蓮!!」

 

 

エルから船へ飛び降りた紫苑は、目を覚まさない紅蓮の元へ駆け寄った。エルは、鳴き声を上げながら船の周りを飛び回った。

 

 

「紫苑、下がれ」

 

「で、でも」

 

「大丈夫よ。すぐに目を覚ますわ」

 

 

紅蓮から離した紫苑を、幸人は保奈美に預け人工呼吸をした。

 

 

 

暗い世界に横になる紅蓮……どこからか、誰かの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

(……誰だ……

 

 

違う……

 

 

違う……

 

 

 

 

違う!!)

 

 

 

 

『ガハッ!』

 

 

口から水を出した紅蓮は、息を乱しながら目を開けた。

 

 

「大丈夫か?」

 

『……るせぇ……

 

俺は……ひかるじゃねぇ』

 

「え?」

 

「紅蓮!」

 

 

起き上がった紅蓮は、抱き着いてきた紫苑を受け止め、笑みを見せながら彼女の頭を撫でた。

 

 

「ひとまず、安心ね」

 

「一旦、港へ戻ってくれ」

 

「は、はい!」

 

 

幸人に言われ、船を操縦していた漁師は船を動かした。

 

 

しばらくして、港へ戻ってきた幸人達は、船から下りた。宿へ行くと、秋羅は眠った紅蓮をベッドへ寝かせた。

 

外にいた紫苑は、降りてきたエルの足を手当てしていた。エルは鳴き声を上げるが、大人しく手当てを受け終えると、紫苑に甘えるようにして頭を擦り寄せてきた。

 

 

「そういや、空で爆発音があったが大丈夫なのか?」

 

「うん……当たる寸前に、エルが避けたから。

 

その後は、妖怪達の首筋を切って倒したから」

 

「……怖くないの?」

 

「別に。

 

怖いって思ったら、何も出来ないし生きられない」

 

「……」

 

「奈々も少しは、見習わないとね」

 

「……」

 

「お前等ここにいろ。

 

村長と今後のことを話してくる」

 

 

そう言って、幸人は保奈美と共に宿を離れていった。

 

そのすぐに、秋羅は宿から出て来てエルの手当てされた傷を見た。

 

 

「こっちは大丈夫か」

 

「紅蓮は?平気?」

 

「今寝てるから、平気だ。

 

その内覚める」

 

「……」

 

「奈々!先にシャワー浴びてこい!」

 

「う、うん!」

 

 

ボーッと立っていた奈々は、秋羅の声に驚きながらも返事をして、宿の中へ入った。

 

 

「……なぁ、紫苑」

 

「?」

 

「……

 

 

 

 

ひかるって、誰だか分かるか?」

 

「ひかる?誰?」

 

「いや、知らなきゃ……いいんだ……知らなきゃ」

 

「……秋羅?」

 

「お、俺もシャワー浴びてくるから」

 

「うん」

 

 

ぎこちない笑みを浮かべながら、秋羅は宿へ入った。紫苑は首を傾げながら、甘えてきたエルの頭を撫でた。

 

 

「ひかるって、誰だろう……

 

ひかる……

 

 

(……何だろう……凄い、懐かしい……でも、胸が締め付けられる)」

 

 

紫苑の表情が暗くなったのに気付いたエルは、小さく鳴きながら彼女の頬を舐めた。驚いた紫苑は、笑みを溢してエルの嘴を撫でた。

 

 

 

村長宅で、幸人は長と話していた。

 

 

「そんなに、強敵なんですか?」

 

「海に住む妖怪は、我々祓い屋にとって最大の強敵です」

 

「最大……」

 

「人は海を歩くことは出来ません。

 

ですが、妖怪は歩くことは愚か自由自在に海を操ることも出来ます。

 

 

中へ逃げ込まれては、私達も攻撃のしようがありません」

 

「……」

 

「この辺りに、入り江はありますか?」

 

「入り江?

 

はい。確か、4箇所あります」

 

「地図で場所を教えて下さい。

 

そこへ行き、海坊主がいるかどうか確認します」

 

「あ、はい」

 

 

地図を広げ、村長は入り江がある場所に印を付けた。

 

その帰り、保奈美は不思議そうに質問した。

 

 

「何故、入り江にいるって分かったの?」

 

「海坊主は俺等を襲わず、どこかへ行った。

 

居所さえ分かれば、そこで攻撃が出来る」

 

「……人を襲う理由は、何だと思う?」

 

「知らねぇよ。

 

どうせ、自分の陣地に入ったから攻撃したんだろう」

 

「……ぬらりひょんが生きていた頃は、陣地へ入ってきても攻撃はしなかったと、言われているわ」

 

「……」

 

「いつまで続くのかしらね。

 

この無駄な戦い」

 

「無駄だと?」

 

「そうじゃない?

 

 

私達人も妖怪も、この世界に生きる生き物。それなのに、何故争わなきゃいけないの?

 

 

争いなんて無ければ、あんな思いすることもなかったのに」

 

 

思い出す過去……保奈美は、己の肩を無意識に掴んだ。

 

 

「あなただってそうでしょ?幸人。

 

あなたが一番、辛い思いをしているんでしょ?」

 

「……」

 

「生きていれば、愛だって」

「それ以上、過去のことを話すな」

 

 

振り返った幸人は、今まで秋羅達に見せたことが無い怒りの形相で、保奈美を睨んだ。その顔を見て彼女は黙ると、先を歩き口を開いた。

 

 

「怖い顔。

 

そんな顔をしていたら、あの子達離れちゃうわよ?」

 

 

ふと目に映る紫苑と秋羅。幸人は、銜えていた煙草を取り煙を吐くと、保奈美の先を黙って歩いた。




海の上……双眼鏡で海を見回す一人の少年。


「う~ん……先生、やっぱり見つかりません!」

「もっと良く探せ。

この辺りで沈没したんだから」


カウボーイハットを深く被った男は、そう言いながら海を見回した。海には、粉々になった船の破片が、浮いていた。


「……死ぬはずねぇんだけどなぁ。

月影の奴が」

「その月影さんて、本当に死なないんですか?」

「まぁな。

脳天にぶち抜かれない限り、死なない。


何せ……地獄の底から蘇った男だからな」

「地獄の底?

鬼ですか?」

「まぁ、そうだな。


地獄の底から這い上がってきた、鬼だな。奴は……




月影幸人……

またの名を……




地獄の祓い屋」


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囚われた紫苑

夜……


部屋で夕飯を食べる紅蓮。傍にいた秋羅は、呆れながら彼を見て、注意した。


「あんまし入れ込むと、詰まるぞ」

『昼食ってねぇんだから、腹減って死にそうなんだよ』

「ヘイヘイ、そうですか」

「慌てて食べなくても、誰も取らないよ」

『うるせぇ!』

「怒鳴らなくていいから、早く食え!」


三人が騒ぐ中、紫苑は紅蓮のベッドで秋羅が剥いた林檎を食べていた。


「何騒いでんだ?お前等」

「あ、幸人」
「ママ!」


幸人の後ろにいた保奈美の元へ、奈々は駆け寄り抱き着いた。


「明日の朝、入り江へ行く」

「入り江?」

「海坊主の住処があるかもしれないんでね。

あるのは4箇所。村を中心として、森を抜けた先に2箇所。浅瀬を超えた先に1箇所と、洞窟を抜けた先に1箇所」

「随分転々としてるな」

「入り江だからな。


浅瀬の所には、俺が行く。洞窟には秋羅と奈々。森の先には、紫苑と保奈美だ」

「分かった。

紫苑、エル連れてっていいか?」

「うん。大丈夫」

「アタシ、ママと一緒がいい」

「奈々、我が儘は言わないで。

明日は、秋羅さんの言うことをしっかり聞きなさい」

「……」

「いいわね。奈々」

「……はい」


翌朝……

 

 

獣道を歩く紫苑と保奈美。

 

後ろを歩く保奈美を気にしながら、紫苑は獣道を紅蓮と歩いていた。

 

 

「……紅蓮、先行って」

 

『あぁ』

 

 

後ろの方でへばっていた保奈美の元へ、紫苑は駆け寄ってきた。

 

 

「大丈夫?」

 

「平気。ごめんなさいね……こういう道に、慣れてない者だから」

 

「……」

 

「紫苑は、慣れてるのね?」

 

「ずっと森に住んでたから」

 

「森に住む前は?」

 

「え?」

 

「森に住む前は、どこに住んでいたの?」

 

「……知らない……

 

 

目が覚めたら、森にいたから」

 

「目が覚めたら?

 

じゃあ、眠る前は?」

 

「……覚えてない」

 

「……じゃあ、ご両親は」

 

「……」

 

「酷い親ね。あなたを捨てるなんて」

 

「……クセニ」

 

「?」

 

「何も知らないくせに、二人のことを決めつけないで!!」

 

 

地面に氷の槍を放ちながら、紫苑は保奈美の方を振り向き睨んだ。

 

だがすぐに、彼女はハッとし目を反らすようにして、前を向くとそのまま歩き出した。

 

 

(何でこんな、胸が締め付けられるんだ……

 

分かんない……

 

 

親のこと何て、何も覚えてないのに……

 

何も知らないのに……何で)

 

 

「キャア!!」

 

 

保奈美の悲鳴に、紫苑は振り返り彼女の元へ駆け戻った。

 

戻ってくると、保奈美の周りに二頭の白狼がいた。傍へ行くと、白狼は紫苑に気付き駆け寄り擦り寄った。

 

 

「白狼達は、何もしないよ」

 

「いきなり出て来たから、ちょっとビックリしちゃって……

 

で、この子達は何で私の周りを?」

 

「迷子かと思ったみたい……

 

早く入り江に行こう」

 

「そうね」

 

 

微笑むと保奈美は立ち上がり、先に歩き出した紫苑の後を歩いて行った。

 

 

森を抜けると、そこは海が広がっていた。

 

 

「ここなの?」

 

「えぇ。

 

こっちの方は私が合図を送るから、もう一つの方をお願いできる?」

 

「うん。

 

 

紅蓮、行こう」

 

 

先に来ていた紅蓮の背中へ乗ると、紫苑は再び森へ入った。

 

 

森をしばらく駆けて行くと、森を抜けそこは浜辺だった。浜辺を走って行き紫苑達は入り江へと着いた。

 

 

『ここか……』

 

「敵はいない……」

 

『とりあえず、合図を送っとけ』

 

「うん。そうする」

 

 

紅蓮から降り、腰に着けていたバックから銃を取り出した紫苑は、銃口を空に向けた時だった。

 

 

 

「はーい、ストップ」

 

「!?」

 

 

何者かに腕を掴まれた紫苑は、声を聞きすぐに振り返った。そこにいたのは、カウボーイハットを被った男だった。

 

 

「……だ、誰?」

 

「フゥー。何とか、見つかりましたね。

 

そんで、この子誰です?」

 

「会議で言ってた月影の所にいる半妖だ」

 

「半妖……えー!?」

 

「は、離して!!」

 

 

暴れ出そうとした紫苑を、男は関節技を使い動きを封じた。そして、手から銃を奪いそれを海へ放り投げた。

 

 

「困るんだよ……ここで、この場所を教えちゃ」

 

「離して!」

 

 

傍にいた紅蓮は、唸りだし男に襲い掛かった。だが、男はそれをものともせず、噛み付いた腕を上げ紅蓮の腹に、蹴りを入れた。蹴り飛ばされた彼は、木に体をぶつけ気を失った。

 

 

「紅蓮!!」

 

「躾のなってねぇ犬だな」

 

「あれ、黒狼ですよ」

 

「犬には違いないだろ?」

 

「まぁ、そうですけど」

 

「紅蓮!!紅蓮!!

 

離して!!紅蓮が!!」

 

「少し黙ってろ」

 

 

手を離し紫苑を自身に向けさせると、腹に膝蹴りを食らわした。膝蹴りを食らった紫苑は、腹を抑えながらその場に蹲り倒れた。

 

 

「さぁて、こいつを離すか……」

 

 

そう言って、男は懐から栓がされた瓶を出し栓を外すと口を、海に向けた。すると瓶から海坊主が出て行き、海へ入るとそのまま大海原へと、出て行った。

 

 

「また襲わせるんですか?」

 

「まぁな。

 

そのガキ、見張ってろよ」

 

「ヘーイ。

 

縛っといていいですか?」

 

「逃げなきゃ、何してもいい」

 

「了解でーす」

 

 

 

 

その頃、洞窟の先にある入り江に秋羅達と一緒にいたエルは、鳴き声を上げ暴れ出した。

 

 

「ど、どうした!エル!

 

 

落ち着け!!」

 

 

暴れ出したエルの手綱を、秋羅は引っ張り大人しくさせようとした。

 

 

「落ち着け!エル!!

 

奈々、離れてろ」

 

「は、はい」

 

 

暴れるエルを、秋羅は引っ張り手綱を岩へ結んだ。エルは手綱を外そうと引っ張り、そして遠くへ響くようにして鳴き声を上げた。

 

 

「どうしたんです?!いきなり」

 

「分かんねぇ。こんなに暴れるのは初めてだ」

 

 

“ドーン”

 

 

突然爆発音が響いたかと思うと、入り江に満ちていた海が引いた。

 

 

「な、何?」

 

 

何事かと思い、秋羅は海が引いた場所へ行き、海を見た。そこには、海面から顔を出した海坊主が、海の水を吸い上げそして、自分達の方目掛けて放った。

 

それに気付いた秋羅はエルの手綱を外し、奈々を乗せ自身も乗るとエルは鳴き声を上げ、翼を羽ばたかせ上へと飛んだ。次の瞬間、海坊主が放った水は入り江を通り、洞窟から水が噴射してきた。

 

 

「危ねぇ……一歩間違えたら、巻き込まれてた」

 

「……エルは、これを伝えようとして」

 

「多分な。野生の勘だろう……」

 

 

秋羅はそう言いながら、エルの首を撫でた。

 

 

「さっきの海坊主、森の入り江の方からでしたよね?」

 

「森だったら、紫苑と」

 

「ママ……!!

 

秋羅さん、すぐにママの所に!!」

 

「分かってる。その前に幸人の所へ連絡を」

 

 

そう言って秋羅は銃の弾を入れ替え、銃口を空に向け煙弾を放った。

 

放つと秋羅は、エルを保奈美の所へ行かせた。

 

 

 

浅瀬に着いていた幸人は、空に広がっていた赤色の煙を見て、すぐにそこから離れ駆け出した。

 

 

「……?

 

そういや……森の方からは、確か煙弾は一発だけ……

 

 

もう一発は?(まさか、紫苑か保奈美に何かあったのか?)」

 

 

疑問に抱きながら、幸人は森の方へと急いだ。




「……」


目を覚ます紫苑……まだ痛む腹部を手で抑えようと、手を動かしたが動かすことが出来なかった。それに気付き、すぐに飛び起きた。


「あ、目覚めた。

少し、大人しくしてて貰うよ」

「……」


前で手を拘束され、口を布で縛られた紫苑は辺りを見回した。

辺りは木造の部屋で、中に木箱が数個積まれていた。


「先生からの命令だから、暴れたりしないでね……って言っても、縛ってるから逃げられるはずがないか」

「……」

「まぁ、変な真似さえしなければ、殺したりはしないから安心して」


そう言って、少年は部屋に置かれていた椅子に座り、紫苑を見た。彼を睨みながら、紫苑は妖気を放ち氷の柱を作り出した。


「凄え……本当に半妖なんだな?

でも」

“バーン”

「!」


顔スレスレを通過し、壁に銃弾が当たった。煙を上げる銃に、少年は息を吹き煙を消した。


「あんまし、反抗的だと怪我するからな?」

「……」


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二つの暴走

空を飛ぶエル……森へ着くと、手を振り合図を送る保奈美の姿が見え、秋羅はそこを指差してエルを誘導した。


地面へ降りると奈々は、一足先に飛び降り保奈美に抱き着いた。彼女に続いて降りた秋羅は、彼女の元へ駆け寄った。


「この辺りから、海坊主が出現したんですけど……」

「私の所は何もなかったわ。


もしかしたら、紫苑の所かもしれない」

「紫苑の……


そういえば、保奈美さんは撃ったんですよね?煙弾」

「えぇ」

「……あの、紫苑の奴はどこへ?」

「もう一つの入り江の方へ……!

ちょっと待って……煙弾が見えたのは、幸人とあなたの煙弾だけよ」

「……まさか。


保奈美さん、ここで奈々と一緒に幸人が来るの待ってて下さい」

「え?」

「エル!紅蓮の所へ!急げ」


エルに飛び乗った秋羅は、エルを飛ばし空へと上がった。


森へと入り獣道を幸人は歩いていた。その時、茂みから白狼が一頭出て来た。幸人の周りを歩くと、ついて来いとでも言うかのように、彼を見ながら前を歩いた。

 

 

(……何だ?)

 

 

不思議に思い、幸人は白狼について行った。

 

白狼に釣られて辿り着いたのは、入り江だった。先に着いた白狼はある所へと駆け寄り、幸人を見た。

 

白狼の元へ行くと、そこにあったのは紫苑のバックとケースに入った小太刀がだった。傍には、弾が入った銃が一丁落ちていた。

 

 

「……何で、これがこんな所に」

 

 

「幸人ー!」

 

 

空から声がし、幸人は空を見上げた。空からエルが舞い降り、乗っていた秋羅が背から飛び降り彼の元へ駆け寄った。

 

 

「何で、幸人がここに?」

 

「そこにいる白狼に。

 

つか、何でお前が?」

 

「紫苑が気になって、ここへ……!

 

これ、あいつの」

 

「何故かここにあって……本人の姿が無い」

 

「どこ行ったんだ?

 

 

紫苑!紅蓮!どこだぁ!」

 

 

二人の名を呼ぶが、返事は無かった……その時、茂みが微かに動き、中から人の姿となり腹を抑えた紅蓮が、姿を現した。

 

 

「紅蓮!?どうした?!」

 

 

地面に膝を付いた彼の元へ、二人は駆け寄った。紅蓮は咳き込みながら、差し出してきた秋羅の手を掴み立ち上がろうとするが、足がふらつきその場に倒れた。

 

 

「おい、しっかりしろ!」

 

「何があった!?

 

紫苑は!」

 

『へ、変な奴等に……さ、さらわれ……ぐぅ!!』

 

「下手したら、肋筋イッてるぞ……」

 

「チッ……今、海坊主が海で暴れてるって言うのに」

 

『あいつ等だ……』

 

「え?」

 

『紫苑をさらった奴等が……海坊主を…瓶から、放って……』

 

「瓶から……

 

 

!!

 

 

まさか」

 

「幸人?」

 

「すぐに保奈美達と合流するぞ!」

 

「あ、あぁ」

 

(最悪だ……よりによって、あの野郎の手に紫苑を)

 

 

案内をした白狼の頭を一撫ですると、幸人はエルの背中へ乗り、秋羅も紅蓮を乗せ共に乗った。エルは翼を羽ばたかせ空へと飛び、保奈美達の元へ向かった。

 

 

保奈美達の元へ着いた幸人は、一足先に飛び降ると保奈美に耳打ちをして、秋羅達から離れた。ついて行こうとした奈々を、秋羅は慌てて引き留め少し待つよう説得した。

 

 

「え?あいつが!?」

 

「あぁ。

 

最悪な事に、紫苑がそいつに奪われた」

 

「そんな……でも何故?

 

あいつは、南西部担当なんじゃ」

 

「その辺りから依頼があったとしたら、不思議じゃない」

 

「……」

 

「とにかく、海坊主を封じることに専念しろ。

 

いいな?」

 

「待って。

 

紫苑ちゃんはどうするの?あの子、人質なんでしょ?」

 

「何とかする。

 

お前は、仕事を優先しろ」

 

「……」

 

 

去って行く幸人の背中が、一瞬若かった頃の彼の背中と重なって、保奈美の目に映った。

 

 

 

とある場所にある小屋へと入る男。地下へと続く扉を開けると、中へ入った。

 

 

「……あ、先生」

 

「ガキは?」

 

「大人しくしてますよ」

 

 

部屋の隅で、紫苑は顔を埋めて蹲っていた。男は彼女の元へ歩み寄り、頭を鷲掴みにすると無理矢理顔を上げさせた。

 

 

「ヒュー……獣みてぇな目付きだな」

 

「……」

 

「あんましからかわない方がいいですよ!

 

さっき、俺に攻撃しようとして氷の柱出したんで」

 

「けど、今は作ってねぇぞ」

 

「当たり前ですよ。

 

これで少し、脅したんですから」

 

「相変わらず、人を痛め付けるの好きだな?」

 

「いや、それほどでも!」

 

「さてと、移動するぞ」

 

「どこ行くんです?」

 

「月影達の所に決まってんだろ?

 

だいたい、今回の依頼はあの村の連中から魚を捕らせるなっていう内容だ。

 

 

その任務中に、あいつ等が邪魔してたんじゃこっちの任務が疎かになる」

 

「まぁ確かに」

 

「ガキ連れて、とっとと出るぞ」

 

「了解でーす。

 

 

さぁて、大人しくしてろよ。痛い目に遭いたくなきゃな」

 

「……」

 

 

小屋から出て来た少年は、紫苑の縛っていた手にロープを縛り、リードのように彼女を引っ張り先を歩く男の後をついて行った。

 

 

 

海坊主が見える浅瀬まで来た幸人達……保奈美はすぐに、地面に封印の陣を描いた。

 

そして陣が完成すると、幸人と手を合わせお経を唱え始めようとしたその時だった。

 

 

“バーン”

 

 

「!?」

 

「はーい、ストップ」

 

 

弾が放たれた方向を見ると、そこにいたのはカウボーイハットを被った男だった。

 

 

「……やっぱり、テメェか」

 

「会議ぶりだねぇ。月影」

 

「何故、あなたがここに?」

 

「普通に依頼でここに来てるだけだ。

 

テメェ等こそ、何でこんな所にいる?」

 

「こっちも依頼だ。

 

あれ、お前のか?」

 

「海坊主?そうだけど?」

 

「とっとと引っ込ませろ。

 

でなきゃ、こっちで封印するぞ」

 

「だから、それ困るんだよ。

 

こっちの依頼が、成功しねぇだろう?

 

 

どうしてもやるって言うなら、半妖の子供が死ぬぞ?」

 

 

そう言って、男は顎で合図を送った。後ろから銃口を頭に向けられた紫苑が、少年に腕を掴まれて出て来た。

 

 

「紫苑!」

 

「さぁ、ガキの命と引き替えに封印術をすぐに止めろ」

 

「相変わらず、汚ねぇ手を使うな?」

 

「お褒めの言葉をどうも」

 

 

笑みを浮かべる男……その時、空からエルが鳴きながら急降下し、背中に乗っていた秋羅は、二人を槍の束で攻撃した。

 

当たった攻撃に、手が緩んだ隙を狙い紫苑は少年の足を強く踏み付け、彼から離れた。頭を振った少年は銃口を紫苑に向けた。

だが次の瞬間、彼等の前に白大狼が紫苑を銜えて、通り過ぎそれに気を取られている内に、少年に後ろから紅蓮が飛び掛かり腕を噛み怪我をさせると、幸人の元へ駆け寄った。

 

 

「さぁ、どうする?

 

人質はもういない」

 

 

幸人の勝ち誇った顔とは裏腹に、男はニヤリと笑うと素早く銃口を向け、弾を放った。弾は秋羅の腕を掠り、海坊主の体を貫通した。

 

 

「秋羅!!」

 

 

掠った傷口から流れ出る血を止めようと、秋羅は手で抑え悲痛な声を上げた。

 

 

「さぁて、お次はそこのお嬢さんに」

 

「ひっ!」

 

「奈々!下がっていなさい!

 

幸人、今は落ち……!?」

 

 

幸人から夥しい霊力が、放たれた……そして、目を鋭く光らせると、手に持っていた銃口を男に向け弾を放った。避ける余裕もなく、弾は男の頬を掠り木の幹に当たった。

 

 

「なるほど……

 

地獄の祓い屋の登場って訳か?

 

 

敬!離れてろ!」

 

 

その声と共に、男は幸人に殴り飛ばされた。

 

 

「先生!!」

 

「そうこねぇとな!!月影!!」

 

 

着ていた上着を脱ぎ捨て、男は幸人に襲い掛かった。

 

 

 

白大狼に銜えられ、森の奥へと連れて来られた紫苑。降ろされた彼女は、辺りを警戒しながら口を縛っていた布を下へ降ろしロープを食い切った。

 

 

『平気か?』

 

「うん……ラル、ありがとう」

 

『どうって事は無い……』

 

「……何だろう、この凄い妖気」

 

『妖気の他に、人の霊力を感じる。

 

 

乗れ』

 

 

身を下げたラルに、紫苑は乗りその場を離れた。

 

 

森を抜けようとした時だった……突如、前に怒りに満ちた目をした幸人と、彼と戦い楽しそうな顔をした男が、通り過ぎた。

 

 

(幸人……何で……)

 

 

森を抜け、ラルから降りると紫苑は紅蓮達の元へ駆け寄った。

 

 

「紫苑!怪我は?」

 

「平気。

 

ねぇ、幸人の様子が」

 

「今行く……紅蓮、紫苑を頼んだ」

 

 

傷口を抑えていた布を取り、秋羅は森へ入った。彼がいなくなったと共に、敬は残った紫苑に向かって銃弾を放った。それをすぐに察知した紅蓮は、彼女を庇うようにして覆い被さった。弾は紅蓮の腹を掠り、彼は血を流しながら倒れた。

 

 

「紅蓮!!」

 

「やっぱ、的が定まらないなぁ……」

 

 

流れ出る紅蓮の血を見て、紫苑は息を乱しながら彼を睨んだ。

 

その時、凄まじい妖力が彼女から放たれ、それに耐えきれぬようにして、手首に着けていたブレスレットの鎖が切れた。鎖が取れたと共に、額の模様が体全体を覆い、紫苑は鋭く光る青い目を敬に向けた。



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もう一匹の敵

森を駆ける秋羅……


茂みを抜けた先にいたのは、倒れた男に馬乗りになり銃口を向けていた。


「幸人!!止せ!!」


秋羅の声に、幸人は引き金を引こうとした手を止めた。


「お、俺平気だから……なぁ!

その銃、下ろして……」

「……」


振り向いた幸人は、秋羅を睨んだ。秋羅は怖じ気着けながらも、ゆっくりと歩み寄りそして幸人が握る銃を、自分の胸に当てた。


「下ろさねぇなら、今ここで俺の胸を撃て」

「……」

「どうした……撃てよ」

「……」


震える手で持っていた銃が、自然と離れた。顔を上げると、幸人は秋羅の頭に手を置き銃をしまった。


「撃つわけねぇだろう……バーカ」

「……馬鹿はどっちだ!」


軽く幸人の胸を殴りながら、秋羅は彼に凭り掛かり嬉し泣きをした。


木にぶつかり、口から血を出す敬。逃げようとした彼の足を、暴走した紫苑は凍り付けにした。

 

そして動けなくなった彼に向かって、紫苑は氷の刃を顔スレスレに突き刺した。

 

 

「お前がさっき、私にやったことだ。

 

次は外さない」

 

 

突き刺そうとした瞬間、追い駆けてきていた保奈美が、彼女の手を掴み止めた。

 

 

「止めなさい……戻れなくなるわよ!」

 

「戻る?何に?」

 

「……」

 

「同じ事をして、何が悪いの?

 

何でこいつがやったことは許せて、私は駄目なの?」

 

「あなたも、同じ道を歩みたいの?その人と」

 

「……」

 

 

見つめ合う二人の隙を狙い、敬は銃口を向け弾を放った。弾は、紫苑の肩を貫通し保奈美の頬を掠った。肩を撃たれた彼女は、肩を抑えながらその場に座り込んだ。

 

次の瞬間、紫苑の脳裏にある映像が流れた。

 

 

とある草原……そこに生えていた桜の花弁が散り、それらと共に傍にいた者が、自分の前から消えた。

 

 

「(何……これ……

 

 

分からない……分からない!!お前は、誰なの?!)

 

 

アアァァァァアアア!!」

 

 

頭を抑え、苦しみ出した紫苑。激しい頭痛の中、彼女は撃ってきた敬目掛けて、小太刀を振り下ろした。

 

振り下ろした先にあったのは、男の腕だった。彼と共に茂みから秋羅達が姿を現し、動揺していた紫苑はすぐに我に戻ると、彼等から離れ睨んだ。突き刺さった小太刀を抜いた男は、それで敬の氷を砕いた。

 

 

「先生!」

 

「ヘマするな!」

 

「すいません!!」

 

「あれがあのガキか?」

 

「あぁ。

 

言っとくが、資料にも書いた通り敵味方関係無しに攻撃してくるからな」

 

「どっちにしろ、俺等はもうあいつの敵だろう?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

二人が話す間、秋羅は保奈美の元へ歩み寄り質問した。

 

 

「あの人、誰なんですか?

 

全然、分かんないんですけど」

 

「彼は私達と同じ、祓い屋の一人……

 

土影創一朗(ツキカゲソウイチロウ)」

 

「祓い屋……

 

 

あれが祓い屋ですか!?」

 

「そうよ。

 

やり方は荒く汚いけど、れっきとした祓い屋よ」

 

「……信じられねぇ(って事は、あの敬って奴があいつの弟子?

 

うわ~……)」

 

 

手に氷の刃作り出した紫苑は、地面を勢い良く蹴りそして、幸人達に襲い掛かった。二人はすぐに避けると、創一朗は紫苑を海へ蹴り飛ばした。宙を舞った紫苑は、海の一部を凍らせその上に立った。

 

 

「わお、凄え」

 

「感心してる場合か!!

 

テメェが蹴ったせいで、離れちまったじゃねぇか!」

 

「悪い悪い」

 

 

二人が言い争っていた時、突如海に立っていた紫苑目掛けて、海坊主が攻撃をしてきた。

 

紫苑が張った氷は、粉々に砕けた。

 

 

「紫苑!!」

 

「保奈美!こいつと一緒に、封印術を完成させろ!!」

 

「分かったわ!」

「ヘーイ」

 

「秋羅は二人の援護だ!」

 

「了解!」

 

 

飛んできたエルの背中に、幸人は乗り空へと上がると海坊主目掛けて、銃弾を放った、海坊主は悲鳴を上げながら、海の触手を伸ばしエルを攻撃していった。エルは、飛んでくる攻撃を難なく避けていき、そして封印術が行われている場所へ誘導した。

 

 

「今だ!!」

 

 

秋羅の合図に、二人は手を合わせお経を唱え始めた。お経に反応するかのようにして、陣は光り出しそこから光りの触手が伸び、海坊主を拘束するとそのまま引っ張り、壺の中へと封じた。

 

一段落着いた保奈美達の元へ、エルは寄り幸人は背中から飛び降り、彼等の元へ歩み寄った。

 

 

「やれやれ。とんだ任務だった」

 

「そりゃこっちの台詞だ」

 

「……?

 

エル!どこ行く!?」

 

 

高く飛んだエルは、そのまま海まで急降下し中へ潜った。しばらくして、紫苑を銜えて上がってきたエル。地面へ降りると、彼女を自身の前に寝かせ嘴で、突っ突き体を揺らした。

 

駆け寄ろうとした時だった……

 

奈々が見ていた傍で、紅蓮の体から青い炎が上がった……炎は人の姿となり、地面に落ちていたブレスレットを手に取り、横になっている紫苑の元へ歩み寄った。

 

 

「な、何だ……あれ」

 

「……」

 

「幸人、あれあの時の」

 

「あぁ……」

 

 

歩み寄ったそれは、横になる紫苑の前にしゃがみ、彼女の手にブレスレットを着けた。

 

するとブレスレットが光り、その光に反応するかのようにして、体に広がっていた模様が収まった。

 

それを見て、傍にいたそれは紫苑の頭を撫で、立ち上がるとエルの嘴を撫で、そしてそこから煙のように姿を消した。

 

 

 

「……」

 

 

目を覚ます紫苑……傍にいたエルは、嘴で彼女を突き擦り寄せた。寄ってきた嘴を、紫苑は撫でながら起き上がった。

 

 

「体は、大丈夫そうね」

 

「……海坊主は?」

 

「この通り、封印しましたよ」

 

 

創一朗と敬の姿を見た紫苑は、傍にいた幸人の後ろへ隠れ、二人を睨んだ。

 

 

「ありゃりゃ、嫌われちまったな」

 

「当たり前です。

 

普通に考えて、気を失わせるために腹に膝蹴り食らわせて、手を縛って口塞がれれば、その人を警戒しますよ」

 

「何で腹に膝蹴りを入れたことを、テメェが知ってんだよ」

 

「あなた、欲しい物を手に入れる時、いつも相手の腹に膝蹴りを入れてたじゃない」

 

「っ……」

 

 

その時、何かの気配を紫苑は感じ振り返った。

 

地へ降り立つ妖怪……その存在に、幸人達も気付きその妖怪を見た。

 

 

「何です?あの妖怪」

 

「……!

 

 

伏せて!!」

 

 

紫苑の声と同時に、妖怪は紫苑を攻撃した。すぐに避けた彼女は、地面に転がっていた小太刀を手に、襲ってきた妖怪に攻撃した。

 

 

「紫苑!!」

 

「何だ!?あの妖怪は!」

 

「知るか!

 

秋羅!保奈美と一緒に、紅蓮達の所に戻ってろ!!」

 

「わ、分かった!」

 

 

弾を追加した幸人は、銃を持って紫苑の後を追い彼に続いて創一朗も弾を追加しながら、ついて行った。

 

 

浅瀬に倒れた紫苑は、妖怪の攻撃を小太刀で受け止めた。

 

 

(つ、強い!)

 

 

その時、倒れていた地面が崩れ、紫苑は海の中へ沈んだ。慌てて海面に顔を出そうとしたが、妖怪が彼女の顔を押し出させないようにした。

 

 

(い、息が……)

 

 

全ての息を吐いた時だった……突然、妖怪が彼女から手を離した。そして、腕を掴まれ海面へ引きずり出された。

 

 

「ゲホ!ゲホッ!」

 

「フゥー……息はあるか」

 

「……!!」

 

 

掴まれていた創一朗の手に、紫苑は小太刀を突き刺そうとした。

 

 

「平気だ、紫苑」

 

「?」

 

「今は、俺がいる」

 

「……」

 

 

遠くから紫苑達を見る妖怪……不敵な笑みを浮かべると、スウッと姿を消した。

 

 

「何だったんだ?あの妖怪」

 

「紫苑の知り合いじゃ……ないよな?」

 

「あんなの、知らない」

 

「だよな。

 

さてと、一旦村に戻るか」

 

「そっちの村行って良いか?」

 

「別に構わないが、そっちの任務はいいのか?」

 

「報酬ケチって少ないから、こっちに移る」

 

「あっそ」

 

 

創一朗の手を振り払った紫苑は、幸人の元へ駆け寄り隠れ睨んだ。

 

 

「本当に嫌われたな、お前」

 

「ほっとけ」




人物紹介6


名前:土影創一郞(ツチカゲソウイチロウ)
年齢:34歳
容姿:焦げ茶色の天パ。普段カウボーイハットを被っている。目の色は黒。肩に火傷の痕がある。

名前:土影敬(ツチカゲケイ)
年齢:20歳
容姿:黄土色の髪に黄色の目をしている。基本チャラチャラしてる。


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川と海の水源

秋羅達が待つ場所へ、幸人達は帰ってきた。腹に出来た傷口を抑えた紅蓮の元へ、紫苑は駆け寄った。


「紅蓮は大丈夫そうだな」

「今さっき、目が覚めたところだ」


紫苑を自身の後ろへやると、紅蓮は狼の姿となり唸りの声を上げながら、創一朗に攻撃態勢を取った。


「暴れようとするな!傷口開くぞ!」

「俺、この犬にまで嫌われたの?」

「先生、普通に蹴り入れたじゃありませんか」

「……」


その時、茂みがざわつき中からラルとその仲間が出て来た。


「あら、あの時の白狼……」

「ラル」

『紅蓮は、こちらで少し預かる』

「え?」

『んな事しなくても、俺は!

痛!』

「紅蓮!」

『さっさとついて来い』

『……』

「紅蓮、行って」

『けど……』

「いいから」

『……』


紫苑の頬を自身の頬で擦ると、紅蓮は先に歩き出したラル達の後をついて行った。


「どこ行ったんだ?紅蓮の奴は」

「あの池に行ったんだと思う」

「あの池って?」

「妖怪達がよく浸かってる池」

「そんな池があるんだ」

「東西南北に、1箇所必ず。

人が踏み入れられない所に」

「場所も特定できないのか?」

「うん」

「話はいいから、とっとと村行こうぜ」

「テメェも行くのかよ……」

「行っちゃ悪いか?」

「……」


大あくびする創一朗の頭を、エルは力強く二三回突っ突いた。痛みで頭を抱えている彼を背に、エルは紫苑の元へ駆け寄り彼女の周りを歩くと、嘴を擦り寄せた。


「こっっのぉ!!いくら何でも、やり過ぎだろう!!」

「ギャーギャー騒ぐな。発情期か?」

「んなわけねぇだろう!!

月影!テメェ、どういう躾してんだよ!?あの妖怪に!!」

「あいつの躾は、全部紫苑任せなんで」


言い合う二人を置いて、保奈美は秋羅達を連れて先に村へと向かった。


「あれ、ほっといていいんですか?」

「いいのよ。いつものことだから」

「……」


事件が起きたのは、翌朝のことだった。

 

 

「月影様!!金影様!!」

 

 

激しく叩くドアの音に、先に起きていた保奈美は戸を少し開け顔を出した。外には血相をかいた村長が、息を切らしてて手を膝に付けたいた。

 

 

「どうかされました?」

 

「た、大変なんです!!

 

海が!!海が!!」

 

 

只事じゃないことを察し、幸人達は外へ出て港へ向かった。

 

 

辿り着いた場所には、海の水が無かった……

 

 

「な、何じゃ……こりゃ」

 

「水が無い……いや、海水が無い」

 

「どっちも一緒だろう」

 

「……干涸らびてる」

 

「いや、見りゃ分かるよ!」

 

「今朝起きたら、この様なんです!

 

依頼料、追加しますから海を元に戻して下さい!お願いします!!」

 

「そう頼まずとも、調べますよ……」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「とりあえず、調べに行くか……

 

秋羅、紫苑と一緒にエルに乗って海の向こう側見てきてくれ」

 

「分かった」

 

「保奈美は奈々と、森の方を頼む」

 

「えぇ」

「はい!」

 

「テメェ等二人は、ここで大人しくしてろ」

 

「何で月影が仕切ってんだよ」

 

「うるせぇ。つべこべ言わずに従ってればいいんだよ」

 

「チッ……何だよ」

 

 

 

空を飛ぶエル……エルに乗っていた秋羅と紫苑は、干涸らびた海を見下ろしていた。

 

 

「本当に無い」

 

「何があったんだ……

 

 

とにかく、戻って幸人に報告だ」

 

「うん」

 

 

幸人達の元へ戻った秋羅は、見たままの光景を説明した。

 

 

「見渡す限り、水が無い……

 

何がどうなってんだか」

 

「保奈美さんの方は?」

 

「こちらも、川や池の水が一滴も……」

 

「動物達が、凄い困ってた」

 

「……

 

 

もしかしたら、昨日の奴が原因か?」

 

「可能性としては、高いな」

 

 

その時、大人しかったエルが顔を上げ耳を澄ませながら、辺りを見回しそして鳴き声を上げ、紫苑の周りを動き回った。

 

 

「な、何だ!?いきなり」

 

「分かんない。いきなり暴れ……!?

 

幸人、あれ!」

 

「?」

 

 

紫苑が指差す方向にいたのは、昨日の妖怪だった。妖怪は空から舞い降り地に足を着かせると、不敵な笑みを浮かべた。その笑みに、奈々は恐怖を感じ保奈美に抱き着いた。

 

 

「何なんだよ!あの妖怪は!」

 

「俺が聞きたいくらいだ!

 

 

なぁ、幸人あれって……?」

 

 

目の前にいる妖怪を見て、三人は固まっていた。

 

 

(……まさか)

 

(そんな事……)

 

(あり得ねぇ……)

 

「ママ!!避けて!!」

「先生!!伏せろ!!」

「幸人!!」

 

 

弟子達の声に、我に返った三人は放ってきた攻撃を素早く避けた。村人達が悲鳴を上げる中、紫苑はエルに乗り妖怪を引き付け村から離れた。

 

 

「紫苑!!

 

秋羅!!追い駆けるぞ!!」

 

「言われずとも!」

 

「奈々!行きますよ!」

 

「はい!」

 

「クソォ……面倒だなぁ」

 

「面倒なのはどっちですか!」

 

 

文句を言いつつも、彼等は紫苑の後を追い駆けていった。

 

 

海辺付近へ来た紫苑は、エルから飛び降りると妖怪を睨んだ。不敵な笑みを溢す妖怪は、上唇を一舐めすると地面を思いっ切り蹴り、紫苑を攻撃した。

 

攻撃を小太刀で防ぎ、紫苑は手から氷の礫を作り妖怪に放った。妖怪は迫ってきた氷の礫を、腕で弾き飛ばしそして、一瞬笑みを浮かべると紫苑を海があった方へ投げ飛ばした。

 

 

空を飛んでいたエルはすぐに彼女の元へ飛び、体で止めると紫苑を嘴で銜え勢いを付けて、自身の背中へ乗せた。

 

 

「エル、ありがとう……(どうしよう……

 

このままじゃ、紅蓮の所にも水が)」

 

 

「紫苑!!」

 

 

後ろから声がし、紫苑はすぐに振り返った。そこには走ってきたのか、息を乱した幸人達がいた。

 

エルの首を軽く叩き、紫苑は指差した方へ向かわせた。舞い降りてきたエルの背中から、紫苑は飛び降り幸人達の元へ駆け寄った。

 

 

「あいつ、強過ぎる」

 

「見りゃあ分かる……

 

大型の封印術を使う」

 

「大型?」

 

「丁度祓い屋は三人。

 

上手くいけば、奴を封印することが出来るはずだ」

 

「確かに……そうですけど」

 

「保奈美、すぐに陣を書け」

 

「えぇ」

 

「テメェ(創一朗)は俺と一緒に、陣を中心に結界張るぞ」

 

「ヘイヘイ」

 

「秋羅達は、こっちの準備は終わるまで、奴を頼む」

 

「了解」

 

「……?」

 

 

何かに気付いた紫苑は、海があった方を見た。ジッと見つめた先には、高波が迫ってきていた。

 

 

「秋羅!あれ!」

 

「え?

 

 

!!高波!?」

 

「どうやら、奴の仕業みたいだね」

 

 

空を見上げながら、敬は指差して言った。指が示す方向には、あの妖怪が水晶を手に海を操っているように見えた。

 

 

「封印させねぇつもりか!」

 

「幸人、すぐに村へ戻って村人達の避難を」

 

「だな。戻……紫苑!?」

 

 

妖怪目掛けて、紫苑は氷の矢を放った。矢は妖怪の手に当たり、手から水晶が落ちた。地面に落ちる寸前に、エルが口でキャッチし紫苑の元へ行くと、水晶を受け渡した。

 

 

水晶を受け取った紫苑は、素早くそこから離れ森の方へと駆けて行った。彼女の後を妖怪は咆哮を上げて追い駆けていった。

 

 

「紫苑!!」

 

「何考えてんだ!あのクソガキは!!」

 

「文句を言っている暇があるなら、早く結界を張るわよ!

 

幸人、あなたは早く紫苑を追い駆けなさい!!」

 

「そのつもりだ!!」

 

 

先に追い駆けていった秋羅の後を、幸人は駆けて行きその間に保奈美達は、結界を張る準備をした。

 

 

 

森の中を駆ける紫苑……慣れた足で、軽々と獣道を駆け、茂みから飛び出すと辺りを見ながら、再び茂みの中へ入ろうとした時だった。

 

突如目の前に、妖怪の攻撃が当たり道を塞がれた。空から舞い降りてきた妖怪は、紫苑を睨みながら手を差し出した。

 

 

『……返して』

 

「嫌だ……これが無きゃ、ここに住む動物達と村の人達が困る」

 

『そんなの、知らない。

 

それが手に入れば、私は人に戻れる……

 

 

さぁ、返して』

 

 

迫り来る妖怪に、紫苑は手に持っていた水晶を強く握った。その時、森がざわつき森林の奥からラルと仲間の背中に乗った秋羅達が、姿を現した。ラルは口から白い息を出すと、辺りを霧で包み込み相手の視界を奪った。

 

その隙に、紫苑はラルの背中へ跳び乗りそのまま秋羅達と森の中へと姿を消した。




「水の根源?それが?」


森を見渡せる高台へ身を隠していた秋羅は、紫苑が持っている水晶を見て驚いていた。


「これを、元の場所から離すと水が涸れちゃう」

「でも、何で海まで」

「分かんない……」

「考えてても仕方ない。


とにかく、そこまで行こう」

「ラル、紅蓮は?」

『まだ眠っている』

「……」

「秋羅」

「?」

「下に戻って、保奈美達の手伝いを頼む。

俺は紫苑と、この水源を元の場所に戻してくる」

「だったら、幸人の方が」

「お前の方が、俺より素早く動ける……だから戻れ」

「……分かった」

『下まで送ろう』


ラルの傍にいた白狼は、秋羅の横へ立ち身を屈めた。秋羅は、白狼の背に乗り下山して行った。


彼を見送った後、二人は白狼に乗ると崖を下り茂みの中へと入った。


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現れた者

ゆっくりと近付く高波に、保奈美と創一朗は結界を張りそれを食い止めていた。


その時、森からあの妖怪が姿を現し不敵な笑みを浮かべると、見張っていた奈々と敬に攻撃を放った。

二人は素早く避け、敬は妖怪に銃口を向け弾を放った。放たれた弾を、妖怪の肩を掠ったが次の瞬間彼の肩に針が刺さった。


「痛!!」

「敬さん!」

「み、右腕が……(これじゃあ、銃が)」




その頃、幸人と紫苑は山の奥深くにある水源に来ていた。そこには、小さなそこの深い池が有りその中に、小さな社が建っていた。


「……こんな所に、社が」


着ていたポンチョを脱いだ紫苑は、池へ飛び込んだ。水の中を泳ぎ、社の戸を開けると紫苑は中にある台の上に水晶を置いた。


次の瞬間、水晶が光り出し辺りを包んだ。そしてそこから大量の水が噴水し、紫苑と幸人を巻き込み流れていった。


揺れる地面……

 

 

食い止めていた波が低くなった……保奈美は創一朗と目を合わせると、結界を解除し飛んできたエルの背中へ飛び乗った。空へ飛ぶと、先程までいた場所に海が押し寄せた。

 

 

「フー、危なかったわ」

 

「何で俺だけ、ここなんだよ!!」

 

「背中に乗せたくないんですって」

 

「ふざけるな!!」

 

 

 

奈々達への攻撃の手を止めた妖怪は、押し寄せてきた海を見て、怒りの表情を浮かべた。

 

 

「やったぁ!海が戻ってきた!」

 

「あの人達、何かやったのか?」

 

 

そこへ茂みから飛び出した白狼は、急ブレーキをかけ止まった。背に乗っていた秋羅は、すぐに降りると海を眺めた。

 

 

「秋羅さん!見て下さい!

 

海が!」

 

「何がどうなってんだ……!

 

伏せろ!!」

 

 

傍にいた奈々と一緒に倒れた秋羅達の頭上を、巨大な針が通過した。顔を上げると、妖怪が容姿を変えて宙に浮いていた。

 

 

(な、何だ……姿が)

 

 

『この地を海に沈めようと思ったが、想定外の奴がいた』

 

「!?」

 

『我が名は濡れ女……

 

と言っても、それは人間が付けた名』

 

「ど、どうして海に沈めようとしたの!!

 

しかも、無関係な人まで!!」

 

『黙れ小娘。

 

ここで、死ね』

 

 

無数の針を、奈々目掛けて濡れ女は放った。当たる寸前に、秋羅は彼女の前に立ち槍で全ての針を弾き返した。

 

その時、エルが空から舞い降り地面に足を着ける際、足で掴んでいた創一朗を投げ、そして着地した。

 

 

「本当、俺の扱い雑だな」

 

「もう諦めなさい」

 

「ママ!!」

「先生!」

 

「後方に下がってなさい」

 

「え?」

 

「おい小僧!

 

テメェ、後ろに下がれ!」

 

「ハァ!?何で?!」

 

「こっからは、俺の出番だ」

 

「俺“等”でしょ。そこは」

 

 

そう言いながら、保奈美は折り畳んでいた錫杖を組み立て、創一朗は持っていた銃に弾を補充した。

 

その様子に、秋羅は後ろへと下がった。

 

 

「さぁ、ゲーム開始だ」

 

 

 

 

水の中……紫苑は目を覚ました。息を吐き泡を吹いた彼女は辺りを見回しながら、水面へ顔を出した。咳き込みながら、息を吸った。

 

 

「……滝壺だ……」

 

 

辺りを見て、紫苑は畔まで泳いだ。水から上がり、水が滴るスカートの裾を絞り、水を払うと辺りを見回した。

 

 

「……どこだろう」

 

「ガハッ!!」

 

「!?」

 

 

水面から勢い良く顔を出した幸人は、咳き込みながら畔に上半身だけを上がらせた。

 

 

「何なんだよ……あれ……」

 

「幸人、平気?」

 

「あぁ、何とか……(マジで死ぬかと思った)

 

 

ここは?」

 

「滝壺」

 

「いや、見りゃ分かる」

 

「多分、ラル達の飲み場だと思う」

 

「そうか……とりあえず、秋羅達の所に戻ろう」

 

「うん」

 

 

上がった幸人は、地に足を着けた……その瞬間、激痛が走り紫苑を待たせ、座り込むと靴と靴下を脱いだ。足首に出来た傷口。そこから出る血で、足首は赤く染まり腫れていた。

 

 

「吹っ飛ばされた時に、どっかに当てたのか……痛!!」

 

「た、立てる?平気?」

 

「どうって事は無い……(見た感じ、骨は折ってねぇみたいだしな)」

 

「……?」

 

 

ざわつく茂みの音を聞いた紫苑は、ケースから小太刀の束を握り、幸人の前に立った。茂みから現れ出たのは、一匹の白狼だった。

 

 

「白狼?」

 

「水を飲みに来ただけだと思う。

 

あいつに頼んでみるから、少し待って」

 

 

小太刀の束から手を離しながら、紫苑は白狼の元へ駆け寄った。何かを言う彼女に、白狼は幸人の元へ駆け寄り身を屈んだ。

 

 

「乗っていいって。

 

それから、秋羅達の所が危険だって」

 

「なら、行くしかないか(保奈美達がいるから、何とかなると思うが)」

 

 

幸人が乗ると白狼はすぐに駆け出し、その後を紫苑は追い駆けていった。

 

 

 

 

秋羅達の所へ辿り着くと、幸人は銃口を妖怪に向け弾を放った。

 

弾は妖怪の胸を貫いた……胸から出る血を手で拭い、放たれた方向を向いた。

 

 

「幸人!」

 

「何であんな濡れてんだ?」

 

 

妖怪が幸人に気を取られている隙に、紫苑は背後から妖怪の背中に小太刀を突き刺した。

 

悲痛な叫び声を上げる妖怪から、紫苑は離れた。

 

 

『己ぇ……』

 

 

幸人の元へ駆け寄った紫苑に、妖怪は雄叫びを上げると無数の針を放った。

 

 

「紫苑!!幸人!!」

 

 

飛んできた針を、幸人は無理矢理立ち上がり傍にいた紫苑を自身の後ろへ行かせると、体全体に針を突き刺させた。

 

 

無言で倒れる幸人……彼の姿を、紫苑は呆然と見ていた。

 

 

「……

 

 

幸人?」

 

「……」

 

「幸人……

 

ねぇ……幸人…幸人!」

 

 

幸人の体を揺さぶりながら、紫苑は彼の名を呼んだ……その時、一瞬何かが過ぎった。

 

 

自身の前から消えた者……次の瞬間、紫苑は目から涙を流し出した。

 

 

「嫌だ……嫌だ……

 

 

死んじゃ……嫌だぁぁああ!!」

 

 

叫び声と共に、ブレスレットの石と額の模様が光り出し辺りに風を起こした。

 

 

「な、何だ!?」

 

「紫苑……幸人」

 

 

 

その時、紫苑達の辺り黒い煙が漂った。そして、そこから現れ出た……

 

 

長く伸びた真っ白な髪……下駄を鳴らしながら、それは煙から出て来た。

 

 

『……貴様か?

 

 

俺を呼んだのは』

 

「……誰?」

 

 

頬を伝う涙を浮かべた紫苑は、振り返りそれを見た。

 

 

 

それは、青き瞳で紫苑の顔をジッと見つめていた。




池に浸かる紅蓮……

何かの気配を感じたのか、目がスッと開いた。そして、姿を変えながら池から上がり茂みの中へと消えた。


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夢の中

不意に吹く風が、その場にいる秋羅達の髪を靡かせた。


「な、何?あれ……ねぇ、ママ」

「……そんなの、私が知りたいくらいよ。

(何なの……

この途轍もない妖気は……今戦ったら、確実に負けるわ)」

(あいつって……あの時の)



それを見上げる紫苑……するとそれは歩み寄ると、彼女の頬を撫でた。


『また面倒な者が現れ出たか……

まぁ良い。ここで殺すまでだ』

『殺すというのは、どういう意味だ?

貴様の胸を、貫いていいということか?』


どこから出した刀で、それは妖怪の胸を刺した。妖怪は口から血を出し、抜こうと刀を掴むがビクともしなかった。


『……失せろ』


握っていた刀の手から、波動を放つと妖怪は消滅した。


跡形も無く消えた妖怪がいた場から、それは刀を下ろし消した。


「あの妖怪を……一瞬で」

「……あいつ。


おい金影、覚えてるか……会議で見た資料」

「資料?

確か、実験中のぬらりひょんが脱走したって」

「それだよ……

今、俺等の前にいるあいつは、本部で極秘に作られていた……




ぬらりひょんのクローンだ……」



振り返るぬらりひょん(クローン)……彼はゆっくりと紫苑の元へ歩み寄った。


見上げる紫苑の手を、ぬらりひょん(クローン)は握ろうと手を伸ばした。

その時、茂みから現れ出た者に、その手を止められた。


「あれって……」



『あなたはもう、ここの者じゃない……


去りなさい。この子は渡さないよ』

『……俺が、誰だか分かるのか?』

『今は知らない方がいい……

でも、時期に分かること』

『……何かあったら、また呼ぶがいい』


そう言うと、ぬらりひょん(クローン)は白い霧を起こして、その場から姿を消した。


その者は紫苑の方を向くと、彼女の額に人差し指を当てた。すると人差し指が光り出し、紫苑を包み込んだ。


『お休み……

目が覚めたら、元通りだよ』


額から指を離すと、紫苑は気が緩んだかのようにして、その場に倒れた。その者は、秋羅達の方を見ると微笑み姿を紅蓮に戻ると、彼もその場に倒れた。

彼等の元へ、秋羅達は駆け寄りすぐに村へと戻った。


夜……

 

 

ベッドで眠る紫苑……彼女の様子を見に来た秋羅は、異常が無いことを見ると、部屋の電気を消し隣の部屋へ行った。

 

 

 

「痛っ!!

 

 

頼む……もう少し、優しく」

「してます」

 

「ギャッ!!」

 

 

背中に出来た傷に、薬を塗る保奈美に幸人は涙ながらに訴え耐えていた。

 

 

「金影は相変わらず、容赦ねぇなぁ」

 

「あなたにも塗りますよ?

 

この薬」

 

「遠慮する」

 

「紫苑どうだった?秋羅……痛っ!!」

 

「……まだ眠ってる。

 

起きるの、いつになるか分かんねぇぞ」

 

「いい。傷が治り次第ここを立ち去る。

 

創一朗、撮ったよな?奴の写真」

 

「ばっちし」

 

「先生、ぬらりひょんのクローンって何ですか?」

 

「そのままの意味だ」

 

「本部が極秘にやってたって……

 

どうして、極秘だったの?」

 

「その実験事態が、禁止なんだよ」

 

 

薬を塗り終え、包帯を巻かれた幸人は言った。

 

 

「禁止なのに、何でやってたの?」

 

「お前の弟子、痛いとこ突いてくるな?」

 

「そういう年頃なのよ。

 

 

禁止でも、やりたくなる時とかってない?

 

例えば、師匠からこの部屋には入るなって言われているけど、気になって入ってしまったり。

禁術だからと言われているけど、つい使ってしまったとか」

 

「……」

 

「……この弟子三人、禁止って言われてること、相当やってるみたいよ?顔からして」

 

「秋羅!」

「敬!」

 

「いや、俺の場合は昔であって今はない……」

 

「お、俺も」

 

「奈々、あなたは?」

 

「……知らないもん!」

 

「それより、話の続き!」

 

「ハイハイ(お説教は、後ね)。

 

その禁止によって、色々なことが制限されてしまった……でも、研究者はそんなの関係ないのよ」

 

「関係ないって……」

 

「禁止事項があろうがなかろうが、無意味だ。

 

自分の実験を成し遂げたいが為に、禁止事項を破り仲間まで危険に晒す奴だっている」

 

「……まさか、そのぬらりひょんって……

 

その人達のせいで、作られたの?」

 

「ま、そうだろうな」

 

「どうやって?」

 

「おおかた、ぬらりひょんの血か肉体の一部が残ってたんだろう」

 

 

 

『君はまだ、知らない方がいい……

 

 

知れば、辛く悲しい記憶が蘇る』

 

 

目を開ける紅蓮……軽く頭を振ると、紫苑が眠るベッドに頭を置き彼女の腕の下に入れて、再び目を閉じた。

 

眠っている間、紫苑は夢を見ていた。

 

 

眠っていた紫苑は、スウッと目を開けた……

 

先に見えるのは、目元に黒い影が掛かった女性の顔。口元は微笑み、後ろで結っていた桜色の髪が、彼女の頬に当たっていた。すると隣から、白髪の男性と黒髪の男がヒョッコリと顔を覗かせて、紫苑を見ていた。覗く男性の垂れた髪を、紫苑は掴み強く引っ張った。男性は、苦笑いを浮かべながら、彼女の手を離そうとしていた。

 

なかなか離さない紫苑の頬を、男性は撫でて手が緩んだのを隙に、男性は髪を後ろへやると幼い紫苑を抱き上げた。

 

 

 

そこで、紫苑は目を覚ました。

 

 

ボーッと天井を見つめると、横を向いた。傍には紅蓮が静かに眠っていた。毛布を手にベッドから降りると、彼の元へ寄り胴に頭を乗せると、再び眠りに入った。

 

 

 

 

数日後……

 

 

「紫苑!起きてるか?」

 

 

部屋のドアを開けながら、秋羅は呼び掛けた。紫苑は毛布に包まって、眠っている紅蓮の胴に顔を埋めて眠っていた。

 

 

「……幸人ぉ!

 

紫苑の奴、まだ眠ってる!」

 

「お前が担いで来い!」

 

「んな、無茶苦茶な!」

 

 

ドアから離れた秋羅の声が遠退いていく中、紫苑はスッと目を開けた。

 

起き上がった紫苑と同じく紅蓮も目を覚まし、大きくあくびをすると彼女の頬に鼻を当て擦り寄った。そんな彼を紫苑は撫でると、彼に支えられながら立ち上がり、着替えた。

 

 

眠い目を擦りながら、紫苑は外へ出た。

 

 

「あ!紫苑、起きたのか?」

 

「さっき起きた……でも、まだ眠い」

 

 

眠そうにあくびをしていた紫苑だったが、創一朗達の姿を見た途端、秋羅の後ろへ素早く隠れた。

 

 

「あらあら。本当に嫌われたみたいね?

 

創一朗」

 

「ほっとけ」

 

 

すると、幸人の傍にいたエルが創一朗の後ろへ回ると、嘴で彼の頭を二三回突いた。

 

 

「こんんんんのぉぉお!!

 

人の頭、突きやがって!!」

 

「俺等が見逃しても、そいつ等は許したくないとさ」

 

「っ」

 

「先生、嫌われ」

 

 

敬が言おうとした瞬間、エルは容赦なく彼の頭を嘴で二三回突き、さらに後ろ足で土を振りかけると、何事も無かったかのように紫苑の元へ寄り、彼女を銜え勢い良く投げ、自身の背中へ乗せた。飛び出さぬよう、紅蓮は人の姿となりエルの手綱を手に取った。

 

 

「当分の間は、こいつ等に会わせない方がいいみたいだな?」

 

「会議以外で会うか」

 

「まぁ、確かに」

 

「写真は後で送っとくから、俺等はここで」

 

「また次の依頼があるんで!」

 

「誰もんな事聞いてねぇよ」

 

「とっとといなくなれ」

 

「さっさと行きなさい」

 

「本当俺等の扱い、酷いな!!お前等!」

 

 

砂を舞い上がらせて、創一朗達は姿を消した。

 

 

 

 

その頃の幸人宅に、ある人物が訪ねようと道を歩いていた。

 

 

その間、瞬火は来ていた暗輝と共に部屋の掃除をしていた。そして、呼び鈴が鳴った……掃除していた手を止め、瞬火はドアを開けた。

 

 

『……あの、どちら様ですか?』

 

『……北西の森の者なのですが。

 

 

 

 

こちらに、半妖の娘が引き取られているかと思われるのですが……ご在宅でしょうか?』

 

 

首に掛けていた鈴が、風に揺らぎ鳴った。被っていた笠を取った者の姿をみて、瞬火と暗輝は目を見開いて驚いた。




エルの背中で、眠る紫苑……

夢の中で、彼女はエルに乗りどこかを飛んでいた。だが、そこは空が透けて見える硝子張りになっている建物の中だった。




不思議な夢を見て、紫苑はスッと目を開けた。眠い目を擦りながら、彼女は体を起こした。



「あ、起きたか?紫苑」

「……ここは?」

「自宅に続く道」

「あと数キロ歩けば着く」

「……奈々達は?」

「三駅前で、依頼人がいるからって言ってそこで」

「……」

「まだ眠いか?」

「うん、少し……」

「相当妖力使ったみたいだな……

帰ったら、水輝さんに診て貰おうか」

「……」

「嫌な顔すんな!」


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尋ね人

幸人達が家に着いたのは、夕方頃だった。家が見えた時、紅蓮は何かの気配を感じたかのようにして、ジッと家の方を見つめていた。


家に着き、エルを小屋へと戻す紫苑を隣に、紅蓮は家の方をずっと気にしていた。


「……やっぱ、あいつ来てるの?」

『みたいだ』

「紫苑!中入るぞぉ!」


秋羅に呼ばれ、紫苑は彼等の元へと駆けていった。そして幸人が、玄関の戸を開けた時だった。


『久し振りー!!元気だったぁ!?』

 

 

そう言いながらそれは、秋羅達を払い避け後ろにいる紫苑に抱き着いた。眠いのか嫌なのか微妙な表情を浮かべた彼女に、それは頬摺りした。

 

 

『心配しちゃったよぉ!

 

姉君から、君が人にさらわれたって聞いて!

 

 

紅蓮はしっかり、この子を守ってるみたいだね。良かった』

 

「……誰だ?こいつ」

 

 

「紫苑の知り合いらしい。

 

お前達が帰ってくる数日前に来たんだよ」

 

 

そう説明ながら、キッチンにいた暗輝は幸人の前へ姿を現した。

 

 

「知り合い?

 

 

紫苑、本当に知り」

『紫苑?

 

 

それは、この子の名か?』

 

「一応な」

 

『なら、僕も。

 

紫苑って呼ばせて貰うよ!』

 

「……天狐は?」

 

『今日は僕だけ。

 

姉君は、忙しくて森から離れられないよ』

 

「……そろそろ離して。

 

苦しい」

 

 

離れようとする紫苑だが、彼は嫌がる彼女を離そうとはしなかった。それを見た紅蓮は、軽く溜息を吐きそして彼の頭に、空手チョップを食らわせた。

 

 

『離さねぇか!!いい加減!』

 

『紅蓮君、相変わらず容赦ない……』

 

 

 

淹れられたお茶を、彼は啜っていた。その間に、暗輝は用事があると言い、帰って行った。

 

 

『ハァ~、お茶が美味しい』

 

「で、誰なんだ?お前は」

 

『僕は北西の森に住んでいる、妖狐……

 

名を地狐(チコ)という』

 

「北西の森って、確か紫苑の」

 

『生まれ故郷と言ってもいいかもね。

 

僕は、そこから来たんだ』

 

「……まさか、迎えにとか?」

 

『それは無い。

 

姉君から、様子を見てくるようにと言われて、ここへ来ただけだ』

 

 

そう言いながら、隣に座る紫苑の頭を撫でた。

 

 

「皆は元気?」

 

『元気だよ。

 

と言うより、元気過ぎて最近腰が』

 

「爺か!!」

 

『爺で何が悪い。

 

僕はこう見えて、400歳は超えている』

 

「……嘘ぉ!?」

 

「秋羅、驚き過ぎだ」

 

「だって、どう見ても……どう見ても、俺と歳変わらねぇじゃん!!」

 

『妖怪だからね。

 

見た目は自由自在に操れるんだよ……?

 

 

紫苑、ちょっと顔見せて』

 

 

眠いのか目を擦っていた紫苑は、顔を地狐に向けた。彼は彼女の頬を手で抑えながら、目や目の周り口回りに額を見た。

 

 

『……今、眠い?』

 

「うん……少し」

 

『それじゃあ、これを飲みなさい』

 

 

そう言ってバックから、小さな瓶を紫苑に渡した。

 

 

「何だ?それ」

 

『森で作った、特別な薬』

 

 

紫苑は瓶の蓋を開けると、中に入っていた液体を飲んだ。苦いのか、彼女は嫌な顔をしながら咳き込んだ。

 

 

「苦い……」

 

『良薬口に苦しってね。

 

一晩寝れば、明日には元通りになるよ。

 

 

紅蓮も、あとでこの薬飲みなさい』

 

『ヘーイ』

 

 

その時、外からエルの鳴き声が聞こえ、紫苑は紅蓮と共に外へ出て行った。

 

 

『あの鳥は……』

 

「西洋妖怪のグリフォンです」

 

『グリフォン。

 

色んなものに、懐かれるねぇ』

 

「で?

 

何の用で来たんだ?」

 

『嫌だなぁ。

 

紫苑の様子を見に来ただけだって。連れて帰りはしないよ』

 

「そんじゃあ、聞きたいことがあるから質問に全部答えろ」

 

『いいよ。

 

但し、答えられる範囲が限られてるから、全部は無理だよ』

 

「それでもいい」

 

『じゃあ、どうぞ』

 

「紫苑の親はどこにいるんだ?」

 

『彼女の親は、もうこの世にはいないよ。

 

 

2歳の時に、父親が……事故死。

3歳の時に、母親が病死してね』

 

「そんな……

 

 

じ、じゃあ今まで誰が育てたんだ?」

 

『お兄さん……と言っても、血の繋がりは無いけど』

 

「その兄さん、今は?」

 

『……それは教えられない。

 

姉君から、口止めされているからね』

 

「そんじゃ次の質問。

 

なぜ、あいつに記憶が無いんだ?」

 

『記憶?』

 

「紫苑から聞くには、彼女は目が覚めた時にはもう、森の中にいたと言っていた。

 

 

目が覚める前の記憶が、何も無いと言っている……何故なんだ?」

 

『そうだねぇ……

 

 

罪を犯したから……とでも、言っておこうかな』

 

「罪?」

 

『紫苑は、数多くの人を殺した……

 

 

その罪によって、我等妖怪族から罰を与えた……

 

全ての記憶を消し、必要最低限の妖力を発揮できないよう、制御装置を着けた』

 

「制御装置?」

 

「何だ?それ?」

 

『……君等は、知っているかな?

 

 

 

 

妖魔石のことを』

 

「ようませき?

 

何だ?それ……幸人、何?」

 

「100年前にあったとされている魔石だ。

 

半妖の者が持つと、己の中に眠っている妖力を引き出すことが出来ると、言われていた」

 

「言われていた?

 

じゃあ、今は」

 

『今はもう、この世には無いもの……というより、人の前から姿を消したんだ』

 

「何で消したんだ?」

 

『総大将が亡くなったからだよ』

 

「……ぬらりひょんか」

 

『そう……君等、人が殺したせいで妖怪の秩序は、一気に崩れてしまった。

 

 

高貴の妖怪達は、自我を忘れることは無かったが、他の者は我を忘れ、人を襲うようになった……

 

まぁ、昔から妖怪は己の地を守るために、人を襲ったことはあった。だが、人を殺すところまで入ったことは無い』

 

「……」

 

『話が逸れたね。戻そう。

 

人の前からは消えたけど、妖怪達の前からまだ消えていないんだ』

 

 

そう言いながら、地狐は傍に置いていたバックから四角いケースを出し、蓋を開け中にある物を二人に見せた。

 

そこに入っていたのは、深海色の掌サイズの玉だった。

 

 

「凄え綺麗……」

 

『先程話した、妖魔石。

 

 

今は、我々妖狐が守っている』

 

「これって、確か紫苑が着けてるブレスレットに……」

 

『妖魔石には、二つの役割があるんだ。

 

 

一つは先程話したように、妖怪と半妖の妖力を最大限にまで引き出せる事が出来る。

 

もう一つは、封印術の鍵となり、封印しているその者の力を最低限までしか、妖力を発揮することが出来ない』

 

「封印術の鍵って……

 

まさか、紫苑は」

 

『額に雪の結晶の模様があったでしょ?

 

 

あれ、彼女の記憶を封じてるんだ。そして、彼女が着けてるブレスレットは、彼女の妖力を抑えているんだ。

 

けど、ブレスレットが外れたりした時は、一部の記憶だけが蘇り、それを糧に妖力を発揮して敵味方関係無しに殺していく』

 

「……」

 

『思い当たる節があるみたいだね』

 

「あるにある。

 

俺等はその光景を、三回見ている」

 

『だからか……

 

封印が解けて、力を解放した後って物凄く体力を消耗してるんだ。

 

眠くなるのは、その後遺症。眠り続けるのは、体力を戻すため』

 

「だから、ここ数日ずっと眠そうだったのか」

 

『そうだね。

 

でも、薬を飲んだからその内戻るよ』

 

「そっかぁ……

 

(あ、そうだ)なぁ、地狐」

 

『ん?』

 

「ひかるって誰だか分かるか?」

 

『ひかる?』

 

「紫苑が力を解放した時に、言ってたんだ……

 

ひかるの所に返せって」

 

『ひかる……

 

残念だけど、今は教えられない』

 

「え?教えられないって……」

 

『姉君から、口止めされているから。

 

そのひかるに関しては。

 

 

まぁ、教えられると言えば……ひかるは紫苑の知り合い。そこまでかな』

 

「……」




妖魔石……


100年前、半妖の妖力を抑えるまたは力を引き出す為の道具として、存在していた。

人が持っていても、意味は無いがアクセサリーとして扱っていた。

売れば、山三つは買えると言われている。


現在は、原石が無く唯一売られている物は、目が飛び出るほどの値段。


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罪の重み

『……一つ聞いていいか?妖狐』

 

 

傍で聞いていた瞬火は、猫の姿のまま地狐の座るソファーの肘掛けに跳び乗り質問した。

 

 

『ん?何だい?

 

猫又さん』

 

『紫苑が罪を犯したと言っていたが……

 

どんな罪を犯したんだ?』

 

「瞬火……」

 

「お前、ストレートに聞くなよ……」

 

『記憶を封じるほどの罪なら、どういうものなのか知りたいだけだ』

 

『そうだね……

 

 

先程話したように、紫苑は数多くの人を殺した』

 

「人を殺したって……どれくらいの人を」

 

『……大きな町と小さな村を滅ぼした』

 

「町と村を……」

 

『そして、そこに住んでいた者を一人残らず殺した』

 

「な、何でそんな事を……」

 

『それは君等人間が、一番知っている事じゃないかな?』

 

「……」

 

『彼女は普通に、“人”として兄と一緒に暮らしていた。

 

しかし、それを壊したのは君等人間。

 

 

人など、殺すような子じゃ無かった……ましてや、当時住んでいた者達と友好な関係だった。

 

遠くから見守っていた僕等も、彼女の楽しそうな顔を見て幸せだった……

 

 

けど、それを壊したのは君等だよ』

 

 

腕を組み話す地狐の後ろから、禍々しい妖気と8本の尾が揺らいでいた。

 

 

「……」

 

『今から紫苑を、連れて帰ってもいいんだよ?

 

君等のことを全て忘れさせて、また森で紅蓮と僕等と共に暮らせばいいんだから』

 

「それは無理だ。

 

妖討伐隊本部から、彼女を保護しろとのご命令が下っている」

 

『討伐隊?

 

まだ、そんなくだらない組織があったのか……

 

 

あれだけのことをしといて』

 

「え?」

 

「……」

 

『君も被害者だよね?

 

君だけじゃない……今の祓い屋は皆、あの事件の』

 

“バン”

 

 

テーブルの上に、幸人は足を勢い良く置き地狐を睨んだ。

 

 

「……」

 

『……ゆ、幸人?』

 

「それ以上、傷(過去)に触れるな。

 

俺等の間でも、その話は禁句だ」

 

『そう……愚問だったね』

 

「……」

 

 

「何かあったの?」

 

 

ドアを開けながら、帰ってきた紫苑は睨み合う二人を見ながら、質問した。地狐はお茶を啜ると、笑みを浮かべて言った。

 

 

『何でも無いよ』

 

「でも、凄い妖気感じた」

 

『ちょっと、妖力を見せつけただけだよ。ね?』

 

「あ、あぁ」

 

『さて、僕はもう帰るとするよ……

 

あ、そうだ……紫苑』

 

「?」

 

『これを。

 

姉君から君にって』

 

 

そう言って、ポケットから桜色の紐に通った黒曜石の首飾りだった。

 

 

『御守りに持っていろって』

 

「これ、黒曜石?」

 

『そうだよ』

 

「そういえば、紫苑の小太刀も黒曜石で作られてたよな?」

 

『あれは、知り合いの者が紫苑にってくれた物だよ』

 

「そうなのか?」

 

「何か、眠ってる間に用があるって、小太刀置いてどっか行っちゃったみたい」

 

「マジかよ……」

 

『じゃあ紫苑。

 

また様子見に来るね』

 

「今度は天狐も」

 

『一応、声は掛けてみるよ。

 

じゃあ、また』

 

 

玄関から外へ出ると、地狐は白い霧を放ちながら道を歩きながら姿を消した。

 

 

「不思議な奴だったなぁ」

 

「……仕事部屋に籠もる」

 

「え?飯は?」

 

「あとで食う」

 

 

適当に返事をしながら、幸人は仕事部屋へ入ってしまった。

 

 

「何だよ、あいつ」

 

『余程、先程の答えが気に食わなかったんだろう』

 

「……」

 

「さっきの答えって?」

 

「いや、こっちの話。

 

 

なぁ、地狐はずっとお前と一緒にいたのか?」

 

「ううん。

 

時々来て、字の読み書きを教えてくれた。それ以外は仕事があるからって、どっか行ってた」

 

「そうなんだ……

 

 

さ、飯食べようぜ」

 

「うん」

 

 

 

 

森の中を歩く地狐……耳に何かを当てながら、彼は話していた。

 

 

『そう、紫苑って呼ばれているみたいだよ。

 

うん……

 

 

見た感じ、ちゃんと大切にされていたよ。とてもいい笑顔だったしね。いつ以来かな……あの子のあんな笑顔見たの。

 

 

 

 

あぁ、その話か……やっぱり、封印が少し緩んできてるみたいだね。

 

今の人達からの話だと、三回は解けてるみたい。

 

 

そろそろ、いいんじゃないかな?記憶を蘇らせても……

 

 

そうだね。ごめん……

 

 

あぁ、そうだ……首飾り、あげといたよ。あれ、何なの?一応、御守りと言っておいたけど……

 

 

 

え?

 

いいの?そんな事して』

 

 

 

『構わん……

 

あいつを倒すのは、あの子の役目だ』

 

 

暗い森の奥深くに生える、大木……そこに座っていた者は、水面に映っていたあのぬらりひょん(クローン)を見ながら、そう言った。

 

 

『けど、そんな事したらあの子だって辛いんじゃ』

 

『なら、記憶をとっとと蘇らせるか?

 

余りの辛さに、紫苑は自害するかもしれないぞ。

 

 

あの時だって、泣き疲れて寝てくれたから死なずに、記憶を封じることが出来て、今生きていられるんだ。

 

今突然、記憶を蘇らせたら錯乱するぞ』

 

『……確かに、そうだけど』

 

『それに、今はそこにいる者達と幸せに暮らしているのだろう?

 

なら、そのままにしておけ』

 

『……』

 

『今度、私も暇が出来たら紫苑の元へ行く。

 

奴の顔を、ちゃんと拝見したいしな』

 

 

そう言いながら、その者は水面に映っていた紫苑の姿を見て微笑んだ。

 

 

するとそこへ、白虎が姿を現しその者に顔を擦り寄せた。

 

 

『奴の名は、紫苑という名になったみたいだ。

 

ご覧。紫苑は楽しそうだ……

 

 

もうしばらくは、我慢だ』

 

 

その言葉に答えるかのようにして、白虎はその者の手を甘噛みした。

 

 

 

その夜……

 

 

窓から見える月に、紫苑は地狐から貰った黒曜石の首飾りを、照らし見ていた。

 

 

『寝ないのか?』

 

「……私のママって、桜色の髪の毛だったのかな」

 

『え?何で?』

 

「何か、そんな感じがしたから。

 

 

夢の中で、桜色の長い髪の毛の人が、まだ赤ちゃんだった私を抱いてたの」

 

 

そう話しながら、紫苑は黒曜石に通している紐を見ながら、紅蓮の胴に頭を乗せて横になった。紅蓮は彼女が持っていた毛布を掛け、話を聞いた。

 

 

「次に白髪の人が、黒髪の人と一緒に顔を出して私を見てた。

 

 

私が悪戯で、白髪の人の髪を引っ張ったらその人、凄い困った感じになって……でも、その人に頬を撫でて貰ったら、思わず手が緩んで……髪を後ろにやると、その人私を抱き上げてくれた……」

 

 

ふと紫苑は、ぬらりひょん(クローン)が、自分の頬を撫でてくれた事を思い出した。

 

 

黒曜石を握ったまま、紫苑は話しながら眠ってしまった。紅蓮は彼女の頬を舐めると、身を丸くして目を閉じ眠りに入った。




白い煙が漂う中……幸人は背中に痛みを感じながら、目を覚まし立ち上がった。


辺りを見回すと、見覚えのある顔がいくつも、唸り声を出しながら倒れていた。


(……何なんだ……一体)


『ユキ……ヒト』


(?!)


聞き覚えのある声……驚き思わず振り返った。


そこにいたのは、人の原状を保たない者が、深い緑色の目から、大粒の涙を流して彼等を見ていた。


『助……ケテ……

ユ…キ……ヒト』

(やめろ……)

『ユ…キ…ヒト』

(やめろ)

『ユキ……ヒト』

(やめてくれ!!)



「!!」


飛び起きる幸人……息を切らしながら、彼は流れ出ていた汗を、袖で拭き取りながら部屋を出た。

着ていた服を脱ぎ捨て、脱衣所で幸人は水を飲んだ。


(……15年か)


フラッシュバックで、頭に過ぎる一人の少女。


(……愛……)


涙を流しながら、幸人はその場に崩れ座った。


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竜の卵

小雪が深々と降る外……そこへ、葵は弟子の時雨を連れて、幸人の家へやって来た。


「はぁ~……お茶が美味しい」

「用件は何だ?」

「まぁまぁ幸人。

そう急かさない。しかし、また一段と冷え込んできたねぇ」

「話さんか!!」

「話す話す!

だから、殺さないで!」


風が出て来たのか、窓硝子を叩く音が響いた。その中、秋羅は時雨にココアを渡しながら、葵の言葉を繰り返した。


「竜の卵?」

「そう。

以前お世話になった、長の息子の竜也君覚えてるかな?」

「馬鹿息子?」

「……紫苑」

「事実じゃん」

「時雨まで……」

「で?その馬鹿息子がどうかしたのか?」

「……息子さんと一緒にいた竜が、卵を産んだんで是非孵化するところを見てほしいって、依頼が来たんだ」

「依頼というより、招待状じゃねぇか?」

「まぁ、そうだけど……

どうかな?一緒に来てくれるかな?」

「報酬は?」

「手数料だけで、お願い。

今回、招待と同然だから依頼料少ないんだ」

「……仕様が無い。

行ってやるか」

「助かるよ!

それじゃあ、早速行こう」


葵の技で、竜の里麓まで飛んだ幸人達。

 

雪山に着いた途端、強風と猛吹雪が吹き荒れていた。

 

 

「キャー!!」

 

「猛吹雪じゃねぇか!!」

 

「こないだ来た時は、こんなんじゃなかったぁ!!」

 

 

風で動けない秋羅達とは別に、紫苑は慣れた手付き筒を空に向けて、矢を放った。辺りに響く矢音……それに答えるかのようにして、遠くから狼達の遠吠えが聞こえた。

 

 

「何だ?」

 

「遠吠えが、どっからか聞こえてくるぞ」

 

「……こっちの方向に、里があるって」

 

「マジかよ」

 

「けど、ここで動かないと皆ここで凍死するぞ!」

 

「……秋羅!紫苑と一緒に行け!」

 

「紅蓮行くよ」

 

 

身を屈めていた紅蓮の背に、紫苑と秋羅は飛び乗った。紅蓮は鼻を動かすと遠吠えし、仲間達の声を聞き取ると走り出した。エルの背中に乗った幸人達は、エルを飛ばし紅蓮達の後をついて行った。

 

 

しばらく走っていると、どこからか別の鳴き声が響いた……

 

紫苑は吹雪く空を見上げた。すると、黒い影が彼女達を覆った。

 

 

「何だ?この影」

 

「……」

 

 

松明の灯りが見え、紅蓮達は麓へ着いた。中から二人の使いが駆け寄り、一礼すると幸人達を里の中へと誘導した。

 

 

 

「お!やっとご到着か!」

 

 

薄暗い部屋に案内された場には、竜也と彼の竜がいた。傍には、タオルに包まれ籠に入った竜の卵が置かれていた。

 

 

「あんな猛吹雪なんて、聞いてないんだけど!!」

 

「ごめんごめん!

 

今、猛吹雪だって事すっかり伝え忘れてたわ!ハハハ!」

 

「笑い事じゃねぇよ!」

 

「長、今ここでお前の馬鹿息子の脳天、撃ち抜いていいか?」

 

「いや、駄目に決まってるでしょ!!

 

何言ってんの!?幸人!」

 

「すいません……幸人の奴、最近機嫌悪くて」

 

 

すると、幸人の代わりとでも言うかのように、一緒に来ていたエルは竜也の後ろへ回ると、彼の頭を二三回突っ突いた。

 

 

「な、何だ!?いきなり!!」

 

「……エルの奴、紫苑に酷い事した奴等は突っ突くって習性がついたみたいだな?」

 

「その習性早く直して」

 

「直す気あるか?」

 

「無い」

 

「おい!!」

 

 

“ドーン”

 

 

突然揺れる部屋。竜也の竜は、籠を銜え守るように自身の傍へ置いた。

 

 

「な、何だ?」

 

「またあの竜だ……」

 

「あの竜って?」

 

「俺等に懐かない、野良竜!

 

ここ最近、里に攻撃してくるんだ……

 

 

つー訳で、依頼。

 

案内すっから、あの竜追い払ってくれ!」

 

「唐突に言うなよ!」

 

 

武器を持ち、幸人達は外へと出た。彼等を見つけてか宙を飛んでいた竜は、彼等の傍へと降り立ち咆哮した。

 

 

「……あれ?

 

紅蓮」

 

『間違いない』

 

 

降り立った竜は、真っ黒な鱗に身を包み、頭に金色の鬣を生やし、片方だけ開いた金色の目を光らせていた。

 

 

「黒い鱗に金色の鬣……

 

100年前にいたとされてる、伝説の竜だ」

 

「え?そうなのか?」

 

「あぁ。

 

100年前、この竜谷を作ったとされている伝説の竜だ。俺等人と手を取り合い助け合い、この地で生活をし生きていた。ところがある日、伝説の竜は人間の手によって連れ去られ、それ以降目撃されていない」

 

「マジかよ……」

 

「そんな竜が、何で今頃……って、紫苑ちゃん?」

 

 

武器をしまいながら、紫苑は紅蓮と共に竜に近付いた。助けに行こうとする時雨を、葵は止め彼女の様子を窺った。

 

 

竜は鳴き声を放つが、歩み寄ってくる紫苑を襲おうとはしなかった。近付き差し出してきた手に、竜は口を入れそして紫苑に甘えるようにして、擦り寄り頬を舐めた。

 

 

「……え?

 

あの伝説の竜、あの子の?」

 

「知らねぇ……」

 

 

舐めてくる竜の頬を撫でる紫苑の元へ、秋羅は駆け寄った。その時、駆け寄ってくる彼の姿を見た竜は、咆哮を上げ口から途轍もない妖力を集め、大きな玉へと成長させていった。

 

 

「秋羅!!来ないで!!」

 

「!?」

 

「紅蓮!お願い!」

 

『分かってる。

 

おら、こっから離れるぞ!』

 

 

人の姿となった紅蓮は、竜の背中へ乗った。紫苑は竜の頭を撫でると、竜から離れた。竜は翼を羽ばたかせて、そこから離れた。

 

離れていく竜を、秋羅は駆け寄り紫苑と一緒に見送りながら、口を開いた。

 

 

「あの竜、紫苑のか?」

 

「……一緒に暮らしてた奴の一人」

 

「……皆に話せるか?」

 

「うん……

 

それに、あいつの傍にいたい」

 

「え?」

 

 

 

「ネロ?

 

それが、あの竜の名前か?」

 

 

大広間に集まった幸人達は、紫苑の話を聞いていた。

 

 

「うん……

 

森に住んでた時、一緒に暮らしてた。

 

 

あいつ、人から酷い仕打ちを受けて、片目が見えない……見えない片目の代わりに、私が傍にいた」

 

「何で、この里を襲うようになったんだ?分かるか?」

 

「……助けを…求めてたのかも……」

 

「助け?」

 

「あいつも多分、卵を産んでる」

 

「!?」

 

「多分、食料だと思う。

 

 

あの猛吹雪じゃ、ろくな食べ物を見付けられない。

 

卵から孵化した子供に、与えなきゃいけない食べ物を確保出来なくて、それでこの里を攻撃したんだと思う。

 

 

攻撃すれば、人はどこかへ行く……その隙を狙って、食べ物を確保しようと」

 

「確かに……秋が終わる頃から、一気に酷くなったから」

 

「そんな早くから?」

 

「あぁ……食糧不足で、危うく俺達が餓死するところだった」

 

「ところだった?」

 

「依頼を受けて、僕等が食糧をここへ運んでいたんだ。定期的に」

 

「おかげで、何とか安泰してる。

 

けど、言い方悪いが……ネロのせいで、結構畑に影響が出てる」

 

「ネロは悪い奴じゃない。

 

本当に、困ってるだけで……」

 

「話聞けば分かるって。

 

子供持てば、是が非でも守りたいものだ」

 

「何一人前の事言っているんだ。偉そうに」

 

「う……親父!!」

 

「そのネロとやらの塒を、こちらでご用意させて貰う」

 

「え?いいのか?」

 

「竜は皆家族。

 

どんな竜であれ、ここにいる竜達と変わりはしない」



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地獄の祓い屋

数時間後……


吹雪が止み、辺りに静けさが戻った頃に、ネロは竜の里付近に降り立った。

背中に乗っていた紅蓮は、二つの卵を手に持ってネロから飛び降りた。そこへ紫苑は駆け寄り、卵を一つ受け取りながら、ネロを誘導した。


長が用意してくれた寝床に着くなり、ネロは辺りを見回し紫苑しかいないことを確認すると、寝床に腰を下ろした。


「……紅蓮、ネロの傍にいて」

『分かった』

「また来るから」


ネロと紅蓮の頬を撫で、紫苑は寝床を離れた。


夜……

 

 

皆が寝静まった頃、ネロは眠りもせず辺りを警戒していた。

 

 

『……寝ないと、体に障るぞ』

 

 

傍で眠っていた紅蓮は、顔を上げながら言ったが、ネロは小さく鳴き声を上げ、辺りを見回した。

 

 

『……?』

 

 

下げていたカーテンを上げ、外から紫苑が入ってきた。

 

歩み寄ってくる彼女に、ネロは首を伸ばし擦り寄った。寄ってきたネロの頬を撫でながら、紫苑は傍に座り置かれていた卵を撫でた。

 

 

「……産まれるまで、傍にいるから」

 

 

そう言いながら、紫苑は目を閉じた。眠った彼女の頬を、ネロは舐め首を丸め眠りに入った。

 

 

 

明け方……

 

 

紫苑を探しに、秋羅は竜の寝床のカーテンを上げようとした。

 

 

『やめとけ。また攻撃されるぞ』

 

「……紅蓮。

 

起きてたのか?」

 

『さっきな』

 

 

カーテンを上げ、紅蓮は中を見た。首を下ろし寝ていたネロは、スッと目を開け紅蓮を見ると、再び眠りに付いた。傍では、卵と一緒に眠る紫苑がいた。

 

 

「あいつ、こんな所で寝てたのか……」

 

『夜に来て、そのまま』

 

「……

 

 

なぁ紅蓮」

 

『?』

 

「お前等、森に帰りたいか?」

 

『……』

 

「話聞いてると、森にとってお前等は必要な存在じゃないのか?」

 

『……

 

 

分かんねぇ……

 

 

俺も紫苑も、天狐のお情けであの森に置いて貰っていたようなものだ』

 

「……なぁ、天狐ってお前等にとってどんな奴なんだ?

 

地狐が来た時、紫苑の奴『天狐は?』って聞いてたけど」

 

『……母親っつーのか?

 

目が覚めてしばらくの間、ずっと天狐が俺等の面倒を見ててくれてたから』

 

「……あいつは、親を恋しがったことないのか?」

 

『別に……

 

俺等がいればいいって、あいつはいつも言ってた……

 

 

あの時だってそうだった……死んだ時、あいつは俺を求めて』

「紅蓮?」

 

『!』

 

「大丈夫か?」

 

『へ、平気だ……(何だ……変な記憶が……)

 

 

?』

 

 

突如、辺りを気にしだした紅蓮は、鼻を動かした。

 

 

「?どうかしたか?」

 

『……火薬のにおいがする』

 

「え?」

 

『ここを頼む!』

 

「紅蓮!」

 

 

狼の姿となり、紅蓮は裏口を抜け崖を駆け上って行った。

 

 

その直後だった……外を見回りに行っていた一部の仲間が、竜から降りるなり血相をかいて、長と竜也に何かを話していた。

 

 

騒がしい音に、ネロは目を開け頭を起こした。ネロの動きに、寝ていた紫苑はムクッと起き上がると眠い目を擦りながら、大あくびをした。

 

 

「ネロ、どうかした?」

 

『……』

 

「ネロ?」

 

『……敵』

 

「え?」

 

 

「紫苑!起きろ!」

 

 

入ってきた秋羅に、ネロは牙を向けて唸り声を出した。

 

 

(あ、ヤバっ……)

 

「この人は平気だよ。

 

どうかしたの?」

 

「すぐに大広間に来い!

 

長から話があるって」

 

「分かった」

 

「急げよ!(早く離れねぇと、食われる!)」

 

 

殺気立つネロに背を向けて、秋羅は逃げるようにしてその場を離れた。

 

 

見えなくなると、ネロは紫苑に顔を擦り寄せた。

 

 

「ここにいる人達は、皆味方だよ」

 

『……味方?』

 

「うん……味方。

 

また、来るね」

 

 

頬を撫でると、紫苑はコートを腕に通しながら外へ出て行った。

 

彼女を見送ったネロは、卵を見つめながら思い出した……

真夜中、泣きながら自分の元へやって来た紫苑。目から出る涙を舐め慰めると、彼女は鼻を啜りながら自分の体によじ登り、鬣に顔を埋めるとそのまま眠ってしまった。

 

 

(覚えてはいない……

 

だが、存在は覚えている)

 

 

首を下ろし、ネロは目を瞑った。

 

 

 

「密漁者?」

 

「それがこの近くの森に?」

 

「そうだ。

 

闇市では、竜は高く売れる。

 

卵だったら、1000万。

子供だったら、1億の値がつく」

 

「凄え……」

 

「紫苑はいくらで買ったんだい?」

 

「その辺りは、陽介に聞け」

 

「ブー……」

 

「師匠……」

 

「で、その密漁者がここに?」

 

「爆音を放って、飛び出してきた竜を生け捕りだ」

 

「どういう対策を?」

 

「一応、寝床に戻し各時竜の傍にいるように言った」

 

「お前はいいのか?」

 

「使いの奴を一人をやってる」

 

「じゃあ、紫苑ちゃんの竜は」

 

「今、エルが傍にいる」

 

「あれ?紅蓮は?」

 

「どっか行った」

 

「朝早く、火薬のにおいがするって言って、森の方に行っちまった」

 

「火薬?

 

 

まさか……」

 

 

紫苑が何か言い掛けた時だった……突然、爆発音が里全体に、響き渡った。

 

 

「な、何?!」

 

「大変です!!

 

里に、煙幕が撒かれて竜達が!!」

 

 

それを聞いて、幸人達はすぐさま外へと出た。

 

出た瞬間、外は煙が広がっていた。

 

 

「クソ!煙で前が!」

 

 

煙で目が眩んでいた時、その中から突如矢が飛んできた。彼等はすぐに、身を低くして矢を避けた。紫苑は氷で陣を描き中心に立った。

 

 

「悲しき風の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !」

 

 

陣から吹き荒れる風が、煙を払った。辺りが見えた幸人達は、目の前にいる浮遊物に乗った者達に目を向け、武器を構えた。

 

 

「ゲッ!まだ竜捕まえてない!」

 

「何だよ!

 

祓い屋がいるなんて、聞いてねぇぞ!」

 

「……へ~。

 

面白ぇ、祓い屋がいるぜ」

 

 

浮遊物を地面へ下ろし、そこから降りた者は顔に着けていたマスクとゴーグルを取りながら、彼等に歩み寄った。

 

 

「久し振りだな?

 

 

 

地獄の祓い屋、幸人」

 

「え?!」

 

「地獄の祓い屋って……」

 

「……」

 

「そんな怖い顔、しないで下さいって!

 

先輩方!」

 

「君みたいな人、二度と僕等の前に現れてほしくありませんでしたね」

 

「酷いなぁ。

 

何?まだ根に持ってるの?15年」

 

 

言い掛けた瞬間、幸人は銃弾を放った。弾は男の頬を掠り、浮遊物を壊した。

 

 

「その口、今から削ぎ落としてやる!!

 

葵!!」

 

「言われずとも!

 

 

時雨と秋羅は、竜也さん達の護衛を!」

 

「はい!」

「あぁ!

 

 

あれ?紫苑!紫苑!」

 

 

先程まで傍にいたはずの紫苑の姿が、消えていたことに気付いた秋羅は、辺りを見回しながら名を呼んだが、返事が無かった。

 

 

「あいつ、どこに……」

 

「もしかしたら、あの竜の所」

 

 

“ドーン”



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密漁者

突然の爆発音……


すると、浮遊物に乗っていた仲間達が、一斉に落ちてきた。ハッとした男は、振り返り空を見上げた。


壊れ煙を上げる浮遊物に降り立ち、小太刀を握る紫苑……


「あ、あの小娘!!」

「こんな所にまで出て来んのかよ!!」

「全員、攻撃対象あいつに向けろ!!」

「させないよ!!」


呪文を唱える葵の声に反応するかのようにして、鏡が青く光り出しそこから大量の水が流れ出てきた。


「うわっ!水だ!」

「おい!上!」

「え?上……」


降りてきた紫苑に、見上げた男は顔を二回踏まれた。彼女は地面に降り立ったかと思うと、素早く崖から飛び降り、裏口からやって来た紅蓮の背中に飛び乗ると、別の所へと、移動してしまった。


「クソ!ちょこまか動きやがって!!」

「10秒やる……

こっから失せるか、この弾丸で脳天ぶち抜かれたいか選べ」

「一時退却!!


また来ますね……先輩」


笑みを溢しながら、男は仲間達と共に援軍が乗る浮遊物に跳び乗り、その場を去っていった。



去って行く敵を、紫苑は紅蓮と共に眺めていた。


『また来てやがったか……』

「森にはリル達がいるから、平気だと思う……」

『奴等が来てたから、ネロは場所を変えたのかもしれない』


壊れた浮遊物を、幸人と葵は手に取り調べていた。

 

 

「……チッ。

 

こんな物作りやがって」

 

「相変わらずの変人だね。

 

 

彼といい大地といい、僕等の周りは変人ばかりだね」

 

「……やっぱり、一発お見舞いしとけばよかったか」

 

「コラ。そういう事言わない。

 

とりあえず、里に被害は無さそうだね」

 

「……」

 

「……

 

 

地獄の祓い屋」

 

「っ……」

 

「懐かしいね。その名前……」

 

「……昔のことに、いちいち触れるな。

 

 

ただ、あの野郎に言われるのだけはごめんだ」

 

「そうかい……」

 

「戻ろう。

 

あいつ等のこと、話さなきゃならねぇし」

 

「だね」

 

 

手に持っていた部品を捨て、二人は中へと入った。

 

 

中へ入ると、広間に集まっていた秋羅と時雨、竜也と長は入ってきた二人は戸を閉めながら、口を開いた。

 

 

「あの密猟者は、俺等祓い屋と妖討伐隊が目を付けてる組織だ」

 

「組織?あれが」

 

「闇市では、名を知らない者はいないほどの知名度。

 

名は“闇”。討伐隊本部の研究所にいるある男を中心として、動いている組織」

 

「本部にいる人間が、何で?」

 

「秋羅には以前話したと思うが、生きた血と引き替えに、口寄せの術を使うと妖怪を呼び出せるも方法があっただろ?」

 

「あぁ。

 

でも、あれは禁術だって」

 

「その他にも、禁術になったものはある。

 

 

その中で、人を使った実験があってね」

 

「人を使った実験?」

 

「多種多様の妖怪の血を、実験台である人間に注入して、妖怪の力を己のものにする……そういう実験があったんだ。

 

 

だけど、実験は大失敗。多くの犠牲者を出した。その後、実験は危険と判断され禁術になった」

 

「その実験のチームに加わっていた一人が、さっきの男……

 

 

名は、藤風翔(フジカゼショウ)」

 

「研究者が何で、密漁を?」

 

「知らねぇよ。

 

大方、金集めだろうな」

 

「……

 

 

そういえば、その藤風……何か、紫苑ちゃんのこと知ってるみたいでしたよね?」

 

「……確かに。

 

紫苑を見るなり『あ、あの小娘!!』

 

 

『こんな所にまで出て来んのかよ!!』って……」

 

 

 

「北西の森で、あいつ等を知らない奴はいない」

 

 

そう言いながら、紫苑は紅蓮と共に部屋に入ってきた。

 

 

「紫苑……」

 

「知らない奴はいないって……」

 

「森に住んでた頃から、あいつ等はよく森に来ては、仲間を獲ろうとしてた……」

 

『その度に、俺等黒狼と住んでる奴等で追い返していたけどな』

 

「だから、紫苑のことを知ってたのか」

 

『捕獲リストの中に、多分紫苑も入っている』

 

「まぁ、物珍しい者がすぐに、目を付けるからね……あの変人」

 

「あいつ等、蛇みたいにしつこいよ。

 

竜の卵、回収するまでここから離れないよ」

 

「分かっているよ」

 

 

心配そうにする紫苑の頭に、葵は手を置き微笑んだ。

 

その時、どこから竜の鳴き声が外から響いてきた。それと共に、民の悲鳴も聞こえてきた。幸人達は顔を見合わせると、慌てて外へ出た。

 

外には、寝床にいたネロが翼を羽ばたかせながら現れ、目の前にいる民に向かって、口に妖気を集め妖気玉を作り出した。

 

 

「ネロ!!駄目!!」

 

 

紫苑の声にネロは、妖気玉を消した。そして誰もいなくなった広場に降り立つと、駆け寄ってきた彼女に頭を下げ擦り寄った。

 

 

「何なんだ?あの竜……」

 

「俺が聞いた話だと、伝説の竜は人に懐くことは無かったって聞いたぞ」

 

「でも、あの伝説の竜紫苑ちゃんに懐いてますよ?」

 

「……」

 

 

紫苑に甘えるネロだったが、歩み寄ってきた幸人に牙を向けながら身構えた。紫苑は慌てて口を抑えて、寄ってきた彼の方を向いた。

 

 

「まだ警戒してるから、近付かない方が……」

 

「どうしていきなり、暴れたんだ?分かるか?」

 

「多分奴等のにおいだと思う。

 

いつも、ネロは真っ先に襲われてたから……

 

 

あ!駄目!この人は、何もしない」

 

 

幸人を襲おうと、紫苑の手を振り払おうとするネロを彼女は、鼻先を撫でながら宥めた。

 

その光景を見て、葵は幸人の元に歩み寄り小声で話した。

 

 

「ネロの傍から、紫苑を離さない方がいいみたいだね」

 

「だな……

 

 

紫苑」

 

「?」

 

「しばらく、そいつの傍にいろ」

 

「え?でも……」

 

「こっちは僕等で何とかするから。

 

君は、この竜の傍にいてあげなさい」

 

「……」

 

 

人の姿になった紅蓮は、ネロの長い首に飛び乗ると頭を撫でた。ネロは紫苑の頬を舐めると、翼を羽ばたかせて寝床へと帰った。入れ違いに、エルが寝床から飛び出し、紫苑の元へ降り立つと身を屈めた。

 

紫苑はチラッと振り返ったが、また前を向きエルに乗り、ネロの元へと行った。

 

 

「ここにいる間は、紫苑抜きで仕事するぞ」

 

「ヘーイ」

 

「え?いいの?

 

あのままで」

 

「あの竜は多分、紫苑がいないと僕等を襲うよ。

 

傍にいさせた方がいい」

 

 

 

ネロの傍に座る紫苑……膝に二つの卵を置き、包んでいた毛布で優しく撫でた。撫で終わると、再び毛布に包み籠に入れネロの傍に置いた。

 

 

ネロは紫苑と紅蓮を包むように、尻尾を回し眠った。眠ったネロの頭を撫でながら、紫苑は小声で歌った。その歌は、他場所で落ち着かなかった竜達の耳に響き、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

 

「何だ?この歌……」

 

「綺麗だけど……聞いたことない」

 

 

頭を撫でていた紫苑は、重くなっていた瞼を閉じネロの胴に体を預けて、眠ってしまった。眠った彼女の傍に、紅蓮は寄り垂れていた腕の間に頭を入れ、眠りに付いた。




とある洞窟……


「聞いてないよ!!あの小娘がいるなんて!」


浮遊物を整備しながら、仲間は翔に文句を言っていた。


「俺だって、知らねぇよ!

だいたい、何で先輩の元にあの小娘が……」

「そういや、闇市で噂になってたよね?

祓い屋が子供を買ったって」

「……それ、いつの話だよ」

「丁度一年前です。

結構話してましたよ。黒狼が一緒じゃなければ、売れた子供だったみたいですし」

「何で、祓い屋が子供を?」

「……そういえば……


直樹、確か本部からの情報あったよな?」

「……これ?」


棒付き飴を銜えながら、直樹は暗号化された資料を手渡した。翔は、字を読みながら数枚捲るとある部分を指差して、皆に見せた。


「『九月末、半妖の子供を祓い屋・月影が保護』

これだ!」

「半妖って……もう、絶滅したんじゃ」

「まだ生き残りがいたって事ね」

「……決まった!


竜の卵とこのガキ捕獲するぞ!」

「元からお前のリストに載ってるだろ?

あの小娘は」

「まぁな!(爺が残した資料が正しければ!)


整備が終わり次第、行くぞ!」

「了解」
「応」
「ハーイ」


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トラウマ

止んでいた雪が降り出す外……


「また降ってきた……」

「紫苑ちゃんの所に、毛布持ってた方がいいんじゃ」

「行きてぇけど、あの竜が攻撃してきたら」

「……」



階段を降りる秋羅……


ネロの寝床に着くと、深呼吸し意を決意した秋羅は、カーテンを静かに開けた。


ネロの胴に体を預けて眠る紫苑と、彼女の膝に頭を置き眠る紅蓮、卵の傍で眠るエル……

とりあえず一安心した秋羅は、音を立てぬよう忍び足で入り、眠る紫苑に毛布を掛けた。


(……紫苑といると、こいつ大人しいなぁ……)


気を緩め眠るネロの寝顔を見ながら、秋羅は立ち上がりまた忍び足で出て行った。

彼が出て行ったのを確認してか、ネロはスッと目を開けると、カーテンをしばらく見つめるとまた、目を閉じ眠りに入った。


“ドーン”

 

 

里に響く爆発音……それと共に、里中に煙が広がった。起きていた紫苑は、漂う煙を警戒しながら部屋の隅にあるだけの毛布を卵に包むと、氷で周りを固めた。

 

 

「これで、ここが発見されても大丈夫」

 

『だが時間の問題だ。

 

あんまり冷たくすると、産まれてこなくなる』

 

「だから、早く片付ける。

 

紅蓮はここでネロと一緒にいて。

 

 

エル、行くよ」

 

 

エルと共に、紫苑は部屋を出て行った。出て行こうとしたネロを、紅蓮は慌てて抑え頬を撫でた。

 

 

『大丈夫だ。

 

紫苑は強い。お前がよく分かってるだろ?』

 

 

 

外へと出た紫苑は、浮遊物に乗る翔達を見付けると、エルに乗り空を飛んだ。

 

下げていたマスクを上げると、紫苑は氷の槍を次々と作り出し、翔達の浮遊物を壊していった。

 

 

「うわっ!!」

 

「と、見せかけて!」

 

「唐辛子爆弾、発射」

 

 

仲間が放った赤い弾が、エルの顔に当たりエルは鳴き声を上げながら、錯乱した。

 

 

「エル!下に降りて!!」

 

 

首を触りながら、エルを落ち着かせ紫苑は地面へ飛び降りると、動けなくなったエルの元へ駆け寄った。

 

 

「半妖、ゲット!」

 

「させるか!」

 

 

寄ろうとした翔の前に、銃弾が通り過ぎ彼は体勢を崩し浮遊物の上で尻餅を着いた。

 

紫苑の元へ、幸人と葵が駆け寄った。葵は鏡から水を出すとエルの目に付いた唐辛子を、洗い流した。

 

 

「秋羅達は?」

 

「竜也さん達の所」

 

「こっちに来ていいの?」

 

「平気だよ。時雨達は強いから」

 

 

「そんじゃあお次は、唐辛子煙幕だ!!」

 

 

マスクをしたと同時に、翔は幸人達の元に煙玉を投げ落とした。玉から放たれた煙は、彼等の目と鼻を容赦なく襲い、彼等は咳き込み目を開けることが出来なくなった。

 

 

咳き込む紫苑の腕を、マスクをした翔は掴みこちらへ引こうとした時だった。響き渡る竜の鳴き声……その声に、翔は辺りを見回した。すると次の瞬間、どこからか黒い影が里を覆い、強風が吹き荒れた。風の影響で、煙が無くなり幸人達はゆっくりと目を開けた。

 

 

「……!?

 

紫苑!!

 

 

テメェ!!離れろ!!」

 

 

放ってきた銃弾を、翔は華麗に避けながら紫苑から離れた。目を擦る彼女の元へ、幸人は駆け寄り後ろへ隠すと、銃口を彼に向けた。

 

 

「そんな怖い顔しなさんな!

 

 

ほら、先輩の真似して作ったんですよ!大剣!」

 

 

背中に背負っていた鞘から、翔は大剣を抜き取り構えた。

 

 

「これで、俺もようやく妖怪退治が出来るっで訳ですよ!

 

いや~苦労しました!これ作るだけで、結構お金掛かりましたからね!」

 

「だったら、もう金必要ねぇだろう……」

 

「必要だよ。まだ……

 

 

退治だけじゃなく、あの実験の続きをしたいんでね」

 

「君はまだ、あの実験を……

 

 

何人死んだと思っているんですか!!あの実験で!!」

 

「さぁ。

 

数えてないからね……実験に死人は付き物だよ。先輩」

 

 

その言い方に、紫苑は恐怖を抱いたのかその場に座り込み体を震えさせ、耳を塞ぎ目を頑なに閉じた。その様子に、葵は心配しながら彼女に手を伸ばした。

 

 

「嫌だ!!」

 

 

葵の手を払い除けた紫苑は、怯えた目で彼を見た。

 

 

「紫苑……」

 

「葵!紫苑担いで、こっから離れろ!!」

 

「逃がさないよ!」

 

 

大剣を振り上げた翔は、幸人目掛けて振り下ろした。彼はすぐに跳び避け、銃口を向けると素早く撃った。

 

翔に続いて、二人の仲間が武器を持って葵達に攻撃してきた。傍にいたエルは、紫苑を守るようにして仲間に後ろ蹴りを食らわせた。

 

 

「何そんな向きになってんの?

 

その子、本部からの命令で買ったんスよね?」

 

「……」

 

「本部の資料、読ませて貰いましたよ。

 

今時珍しい、半妖の子供を祓い屋・月影が引き取ったって」

 

「だから何だ」

 

「じゃあ、本部関係である俺に引き取らせて貰ってもいいですか?

 

その子、俺の手で大地先輩の所に送りますんで!」

 

「嫌なこった。

 

誰が、テメェ等変人コンビにあいつを渡すか」

 

「じゃあ、事故で死亡って事でお願いします!」

 

 

後ろへ行くと、翔は大剣を振り下ろした。幸人は素早く避けると、煙玉を地面へ投げ煙を放った。視界を奪った隙に、彼は紫苑を抱え葵と共にその場を立ち去った。煙に紛れ、エルは飛び立ち彼等の後をついて行った。

 

 

煙を払った翔は、辺りを見回しながら彼等の姿が無くなったのを確認した。

 

 

「相変わらず、逃げ足が速いなぁ……

 

 

鬼の大剣さんは」

 

 

 

広間へと帰ってきた幸人達に、秋羅と時雨はすぐに駆け寄った。

 

 

「幸人、大丈夫か?!」

 

「平気だ……それより、紫苑を」

 

 

抱えていた紫苑を秋羅に渡そうとした時、彼女は幸人の手から離れるとそのまま部屋を飛び出した。

 

 

「紫苑!!」

 

「どうしたんだ……あいつ」

 

「……翔」

 

「?」

 

「彼の声を聞いてから、少し様子が……」

 

「……」

 

 

 

地下へ来た紫苑……ネロの寝床へと続く道を歩き、カーテンを上げると中へ入り、ネロの傍に座ると胴に顔を埋めた。

 

 

『紫苑、どうした?』

 

 

傍にいた紅蓮は、彼女の元に寄りながら声を掛けた。

 

 

『……紫苑?』

 

「……あいつの声、聞いた途端また」

 

『またって……』

 

「……怖い……

 

 

あいつの声聞くと、怖いところに連れて行かれそうで……」

 

『……』

 

「嫌だ……

 

行きたくない……行きたくない!」

 

 

紅蓮に抱き着きながら、紫苑は泣いた。狼から人の姿へとなった紅蓮は、彼女を慰めながら離さないように強く抱き締めた。

 

泣く紫苑の声に反応するかのようにして、彼女の手に着けていた、ブレスレットの妖魔石が淡く光った。




浮遊物に乗り、幸人達を探す翔……


「本当にまだ生きてたとはなぁ……


曾祖父さんの書いた通りの子供だ。

『長い白髪を一つ三つ編みに結い、赤い目を光らせた少女』


髪型は違うけど、髪と目は合ってるしここで捕まえて、大地先輩に渡せばまた実験が再開できる!

俺って、頭いい!」


満面に笑みを浮かべながら、翔は浮遊物を飛ばした。


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砕ける鍵

ネロの寝床へと来た幸人は、ソッとカーテンを開け中を見た。


泣き疲れ眠った紫苑が、二つの卵を抱いて眠っていた。彼の姿に気付いた紅蓮は、警戒するネロの頬を撫でると、幸人を連れ部屋を離れた。


『森にいた頃も、あんな感じだった……


あいつ(翔)の声を聞いた途端怯えだして』

「……昔のことを、少しでも覚えていれば……」

『無茶言うな。

俺も紫苑も、昔のことは何も覚えちゃいない……



あ』

「ん?何かあるのか?」

『いや……あいつ、言ってたんだ。


『あいつの声聞くと、怖いところに連れて行かれそうで……』って』

「……紫苑は、もしかしたら翔と会ってるのかもな」

『森で会ってるはずだけど』

「森じゃない……記憶を無くす前に会ってるんだろう」

『……』

「推測に過ぎないが……

お前と紫苑は、元々別々の場所で暮らしていたんじゃないのか?」

『そんなはず……

だって、俺紫苑と一緒にいるのが当たり前で』
『泣かないで……』

『!?』


どこからか聞こえる声……辺りを見回すと、暗い世界に一カ所だけ光が差し込んでいた。そこには紫苑と瓜二つの姿をした少女と、彼女に凭れるようにして抱かれた男がいた。


『僕は……君の中で生きる……

何……君を好きになる人ぐらい、また現れますよ……


さぁ、お別れだよ……』

『きっと会える……


それまで、待っていてくれ……




必ず、迎えに行く』




「紅蓮!」

『!』


幸人の声で、我に返った紅蓮は彼の方を見た。


「大丈夫か?」

『あ、あぁ……』


「先輩方、発見!」

 

 

翔の声と共に、クナイ付きの網を投げられ、二人は壁に貼り付けられた。

 

 

「油断大敵ッスよ!

 

さぁてと、中にいる半妖を」

 

 

中に入ろうとした翔は、次の瞬間吹き飛ばされた。中から出て来たネロは、口から黒い煙を出しながら浮遊物に乗った翔を睨みそして咆哮を上げた。

 

 

「イヤッホー!!伝説の竜じゃねぇか!

 

 

俺、今回めっちゃツいてるー!」

 

『ネロ!!

 

クソ!この網が』

 

「燃やせ!」

 

『え?!けど』

 

「いいから、早くしろ!!」

 

『分かった』

 

 

指から火を出すと、紅蓮は網を燃やした。幸人は腕に火傷を負いながらも、素早く網から出るとネロの寝床へ行った。

 

ネロは幸人と入れ違いに、寝床から飛び立ち浮遊物に乗り逃げて行く翔を追い駆けていった。紅蓮はネロを追い掛け、そしてネロの背に飛び乗った。

 

 

「ネロ!!駄目!!

 

戻ってきて!!」

 

 

中にいた紫苑は、寝床から飛び出しネロを呼んだがネロは、戻っては来なかった。

 

 

「ネロ!!」

 

「紫苑、来い!」

 

「うん」

 

 

走り出した幸人に、紫苑はついて行った。

 

地下から上がってきた二人は、呼び掛ける秋羅達の声を無視して、外で待っていたエルの背中へと飛び乗った。エルはすぐに翼を羽ばたかせ、助走を付けるとそのまま空へと飛んだ。

 

 

エルは里を出て行き、晴れている空を飛びながらネロ達を探した。

 

 

「……!

 

エル、あの森に行って!」

 

 

 

紫苑が指差す方向に、エルは飛んでいった。高速で飛んでいくと、前方にネロ達を発見した。紫苑は乱れる息を整えながら、ネロの背中に飛び乗った。

 

 

「ネロ!止まって!ネロ!!」

 

 

「半妖ちゃん、捕獲!!」

 

 

ネロの背中に乗っていた紫苑を、翔は浮遊物から手を伸ばし彼女の服を掴み、そのまま里の方へ飛んでいった。

 

 

『紫苑!!』

 

「しまった!!」

 

 

浮遊物に乗った紫苑は、逃げ出そうとしたが手と体に縄で縛られ動きを封じられた。

 

 

「ふー。これで逃げられないだろう?」

 

「……」

 

「さぁてと、このまま俺の研究所にご案……?!」

 

 

突如目の前に現れたネロは、尻尾で彼の浮遊物飛ばした。操作不能になった浮遊物を、何とか操作しようとする翔を前に、紫苑は氷で手の縄を切ると素早く小太刀を抜き体に巻き付いた縄を切り、浮遊物から飛び降りた。

 

 

「嘘ぉ!?」

 

 

飛び降りた先には、ネロの手が有り彼女を受け止めると、里の方へ飛んでいった。

 

 

「逃がすわけには、行かないよ!

 

 

B班!攻撃開始!」

 

 

 

無線で連絡すると、森に潜んでいた仲間達が一斉に、ネロ達に攻撃を放った。攻撃を食らうネロは、鳴き声を放ちながら今にも落ちそうにしていた。

 

傍にいた幸人は、背負っていた筒から大型の銃を取り出すと、それを攻撃が放つ方向に向けて放った。弾は地に落ちると同時に爆発を起こし、そこにいた仲間達はすぐに攻撃の手を止めた。

 

 

里の裏口の森へと着いたネロは、そこへ倒れて着地した。

 

 

「ネロ!」

 

 

浅く息をするネロ……エルから降りた幸人は、ネロの体から出る血を見た。

 

 

(かなりの出血量……下手したら、死ぬぞ)

 

 

すると、倒れていたネロは何かの気配を感じたのか、口から血を流れ出しながら起き上がり咆哮を上げた。咆哮と共に、口から大量の血が流れ落ち血飛沫が、紫苑達の体に飛んだ。

 

 

「ネロ!動いちゃ駄目!」

 

『……奴が来る。

 

この命尽きようと、殺すまで!!』

 

「ネロ!!駄目!!

 

子供はどうするの!?ネロ!!」

 

 

「ここにいたか!」

 

 

煙を上げた浮遊物と共に、大剣を担いだ翔が地面に着地した。ネロは戦闘態勢に入り、体を動かした。その瞬間、傷口から大量の血が流れ落ちた。

 

 

「ネロ!動かないで!!」

 

「そうそう!動くと傷口開くぞぉ!」

 

「誰のせいで、こうなったと思ってんの!!」

 

「そう怒るなよ!

 

君等が大人しく、俺等と一緒に来れば何も攻撃しないって!」

 

「嘘吐き!!

 

 

そう言って、何度騙した!!」

 

「騙したぁ?

 

 

俺、君のことまだ一回も」

 

 

その時、翔の腰に着けていたメーターが、鳴り出した。共に、紫苑の周りに氷の槍が地面から、無数に伸びた。

 

 

「な、何だ!?

 

 

凄い妖力数値!!」

 

 

息を乱す紫苑……その時、手に着けていた妖魔石が割れた。そして、彼女の回りに妖気が吹き荒れネロから離れると、地面を凹ませて青い瞳を光らせながら、顔を上げ翔を睨んだ。

 

 

「妖力数値が、限界超えた!?

 

エラーだ!!先輩!どうなってるんですか?!この半妖!!

 

 

半妖で、ここまでの数値出したの、この子が初めてですよ!!」

 

 

 

彼女の妖気に、別の場所にいた地狐は顔を上げ空を見た。

 

 

『(まさか……)

 

 

姉君?

 

 

うん、感じてる……どうする?

 

 

分かった。そうするよ。

 

それから姉君……

 

 

僕からの提案だけど……もう彼女に、人と暮らすことは、無理だと思うよ。

 

 

これからは、僕等と暮らして奴を倒すべきだと思う』




小太刀を抜き、紫苑は自身の腕を切り血を出すと、その血をネロの致命傷に掛けた。すると、傷口は見る見るうちに回復し、ネロは落ち着きを取り戻したかのようにして、その場に倒れた。


「……傷口が、塞がってる……」


倒れたネロの塞がった傷口を見て、幸人は驚きの顔を隠せないでいた。


乱れる息を整えると、紫苑は翔を睨んだ。翔は少々怖じ気つきながらも、大剣を構えて彼女を見た。


「……お前みたいな野郎の血は、何故途絶えない?


あれだけのことをしときながら、何故?」

「残念だけど、お前が知っている奴は、俺の曾祖父さん。

恨むなら、曾祖父さんを」


言い掛けた翔を、紫苑は力任せに蹴り飛ばした。蹴られ飛ばされた彼は、木々を貫き大岩に体をぶつけた。構え持っていた大剣を、紫苑は折り砕くと彼に歩み寄った。


「曾祖父さんだろうと何だろうと、私はお前達を許さない……


私を苦しめ、私の大事な宝物を壊したお前達を……私は許さない」


蹲る翔に向かって、紫苑は小太刀を勢い良く振り下ろした。


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暴走

とある森の奥……木の枝に座っていたぬらりひょん(クローン)は、スッと目を開けた。


(懐かしい……


この妖気の元に行けば、俺が誰だか分かるかも)


立ち上がると、ぬらりひょん(クローン)はそこから飛び立った。


砕け散る大岩……間一髪避けた翔は、息を切らして地面に転がっていた。

 

 

「……何で避けるの?」

 

「し、死にたくないからに決まってんだろ!!」

 

「人を殺すのは平気のくせして、自分が死ぬのは嫌なんだ」

 

「あ、当たり前だろ!!」

 

「何が当たり前なの?

 

不死身を良い事に、私達を散々痛め付けたくせに!!」

 

 

氷の矢を作り出し、紫苑は翔の体に突き刺そうと振り下ろした。刺さる寸前、彼の前に何かが降り立ちその氷を受け止めた。

 

 

「!?」

 

『あ、あれは……』

 

 

靡く白髪……紫苑は、その姿を見た途端頭を抑えながら、後ろへ下がった。

 

 

『……また、会ったな』

 

「……」

 

「……ぬ、ぬらりひょんのクローン……

 

 

今日、俺本当にツいてる……と言うか、ラッキー過ぎて怖い!!」

 

 

叫ぶ翔を、ぬらりひょん(クローン)は蹴り飛ばした。飛んできた彼を、幸人は足で受け止め踏み付けた。

 

 

向かい合うぬらりひょん(クローン)と紫苑……

 

 

「……お前は、誰?」

 

『さぁな……俺にも分からない。

 

だが、貴様と俺は似ている』

 

「……」

 

 

紫苑の頬を撫でるぬらりひょん(クローン)……彼女は、突如襲ってきた頭痛に、頭を抑えながら彼の手を振り払い後ろへ下がると、叫び苦しみ出した。

 

 

「触るな!!

 

消えろ!!ここから、私の前から消えろ!!」

 

『……』

 

 

戸惑うぬらりひょん(クローン)……その時、浮遊物のエンジン音が聞こえてきた。ぬらりひょん(クローン)は、その音を聞くと素早くそこから離れ去った。

 

 

息を乱しながら、紫苑はその場に座り込んだ。紅蓮はすぐに駆け寄ろうとしたが、それを阻止するかのようにして彼女の周りから、氷の槍が無数に生えてきた。

 

 

『紫苑!!』

 

「ヤバいヤバい!!妖気が溢れてますよ!!」

 

「見りゃあ分かる!」

 

『テメェのせいで、紫苑がおかしくなったんだろうが!!責任取れ!!』

 

「そんな!俺じゃないっスよ!」

 

「ちょっと!

 

どうなってんのよ!!この妖気数値!?」

 

「エラー表示したから、来てみれば……」

 

 

紫苑の額から広がる模様は、ドンドン広がり彼女の体を浸食していった。

 

 

『紫苑!!』

 

 

手に炎を宿しながら、紅蓮は氷の槍を次々と溶かしていった。氷を全て溶かすと、彼は躊躇無く紫苑を抱き締めた。

 

 

「……」

 

『大丈夫だ……もう大丈夫』

 

「……」

 

 

紅蓮とは違う別の声が、紫苑の耳に届いた……広がっていた額の模様が、少し収まり紫苑は紅蓮に凭れ掛かるようにして、倒れ込んだ。

 

彼女を持ち上げると、紅蓮は幸人に手渡し、人から狼の姿になると紫苑から吸い取った妖気を全開に、巨大な炎の玉を作り出すとそれを翔達に放った。炎は彼等を囲うようにして広がり、その中に紅蓮は立ち口を開いた。

 

 

『その機械と共に、立ち去れ……焼かれたくなければな』

 

「立ち去ります!!立ち去ります!!

 

今回は引くぞ!!」

 

「竜の卵と半妖は?」

 

「そんなの、また今度!

 

ほら、早く行くよ!!」

 

 

先に逃げる翔を先頭に、仲間達は次々に去って行った。燃え盛る炎の消失と共に、紅蓮はその場に倒れた。残された幸人は、耳に着けていた無線で、秋羅達に連絡を入れた。

 

 

 

 

夕方……

 

 

各々の竜の卵から、一斉に赤ん坊が産まれた。鳴き声を上げる竜の子は、傍にいた母親と飼い主に擦り寄った。

 

竜也の卵も孵化し、子供を抱きかかえながら彼は、傍にいる母親の元へ子を置いた。母になった竜は、我が子を愛おしく舐めた。

 

 

「良かったなぁ!

 

(あいつ等の所は、産まれたかな?)」

 

 

ネロの寝床の前で待つ秋羅達……目が覚めていた紫苑は、毛布に包んでいた二つの卵をずっと撫で続けていた。

 

 

「……もしかして、駄目なのかな……」

 

「縁起でもねぇ事言うな!」

 

「だって!」

 

「シッ!静かに」

 

「……」

 

 

撫でる紫苑……その時、卵がピクリと動いた。それに気付き、彼女は卵をネロの傍に置き少し離れた。

 

 

動き出した卵は、殻を破り二つ同時に孵化した。

 

 

「……産まれた」

 

 

卵から出て来た二匹の竜の子を、ネロは順番に舐めた。二匹は鳴き声を上げながら、ネロに寄り添った。内の一匹を、ネロは銜えると紫苑に見せるようにして手渡した。彼女は鳴く子供を撫でながら、傍にいた紅蓮に微笑んだ。

 

寝床にいた幸人は、それを見ると部屋を出て外で待っていた秋羅達に、微笑み頷いた。すぐに察した彼等は、歓声を堪えて、秋羅はガッツポーズをし時雨は小さく拍手した。

 

 

 

その頃、里に男女の二人が入ってきた。二人は門番をしていた人を無視して、里へずかずかと入って行くと、長の部屋へ入った。

 

 

「何者だ?」

 

『我が名は天狐。

 

北地域にある森全ての責任者だ。ここにいる、紫苑と紅蓮を引き取りに来た』

 

「……少し待たれよ」

 

 

その事は、ネロの寝床傍にいた幸人達に伝えられ、幸人と秋羅はすぐに、天狐達の元へと行った。

 

 

広間へ着き中に入ると、そこでは椅子に座る天狐と彼女の隣に立つ地狐がいた。

 

 

『やぁ、久し振りだね』

 

「地狐……って事は、そいつが」

 

『そう。噂の天狐。

 

僕の姉君』

 

『自己紹介は後回しだ。

 

紫苑と紅蓮をしばらくの間引き取るから、彼女達の元に案内しろ』

 

「え?何で?」

 

『妖魔石、割れただろ?』

 

「っ……」

 

『今の状態は、非常に危険だよ。

 

いつ、君等を襲ってもおかしくないんだからね』

 

「そんな……」

 

『安心しろ。

 

封印術と妖魔石が直り次第、そちらに返す』

 

「……」

 

 

無言で幸人は、二人を案内した。

 

 

ネロの寝床へ案内すると、幸人は声を掛けカーテンを軽く開けた。カーテンの音に、紫苑は振り返った。

 

天狐は紫苑を見るなり、彼女を抱き締め額に掛かっている前髪を上げた。

 

 

『かなり封印術が弱くなっているな……』

 

『相当妖力を使ったみたいだね。

 

かなり体力が消耗してる』

 

『当たり前だ。

 

 

紫苑を頼む』

 

『うん。

 

紫苑、おいで』

 

 

天狐と入れ替わり、地狐は紫苑を抱き上げた。彼に合わせて、ネロは子供を自身の背に乗せると、体を起こした。

 

 

『それじゃあ、治り次第幸人達の元へ送るよ』

 

「あぁ」

 

 

白い霧を放つと、地狐は紫苑達を連れてそこから姿を消した。一人置いていかれたエルは、鳴き声を放ちながら寝床を歩き回った。そんなエルを、秋羅は手綱を引き留め嘴を撫でながら宥めた。

 

 

「少しの間、留守番だ。

 

すぐ帰ってくるよ」




森へ帰ってきた天狐と地狐……水が浸る平らな岩に、地狐は紫苑を寝かせた。すると、水が光り出し彼女を包み込んだ。


『これで大丈夫だろう』

『だね……妖魔石をもってくるよ』

『頼んだ。

紅蓮、お前も少し休め』

『そのつもりだ』


狼の姿へとなると、紅蓮は茂みを越え池に着くと、人の姿となり畔に倒れ込み、半身だけを池に浸からせるとそのまま深い眠りに付いた。

すると、池から無数の蛍が飛び交いそして人の姿となると、眠る紫苑の元へ行き彼女の傍に座ると、頭を撫でた。


『……そんなにその子が大事か……』


天狐の言葉に、それは深く頷いた。その答えに、彼女は鼻で笑うとその場を去った。

傍にいたネロは、子供を寝かせると自身も眠りに付いた。








……何があっても、この子は守るよ。


そう、約束したんだから。


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監獄

海にそびえ立つ討伐隊本部……


そこに建つ要塞の北の塔の一室。大きな窓辺の台座に、地面から伸びた鎖で足を繋がれた少女が、座りながら恨めしそうに外を眺めていた。

部屋には、絵が描かれた紙やスケッチブック、鉛筆、クレヨン等が床に転がっていた。机の上には、冷めた昼食が手付かずそのまま置かれていた。


「ヤッホー!ぬらちゃん!」


白衣を着た男が、笑顔を浮かべながら部屋へ入ってきた。少女はチラッと男を見ると、また外を眺め無視した。


「……?

ぬらちゃん、またご飯食べてないの?」

「……」

「食べなきゃ駄目でしょ?


君、一週間も食べてないじゃん」

「……」

(本当、手の掛かる子供。


元帥に言って、天花と蘭丸を長期任務に行かせないようにしよう)


ある一室……備え付けられたシャワー室で、女性はシャワーを浴びていた。浴び終えると、水を止めタオルで頭を拭きながら、下着を身に付け部屋着を着た。丁度そこへ、白衣を着た男がノックして入ってきた。

 

 

「天花ぁ!待ってたよぉ!」

 

「近寄るな!変態」

 

 

飛び掛かってきた男を、天花は足で受け止めた。顔面にもろに食らった男は、鼻を押さえながら立ち上がった。

 

 

「相変わらず……ひ、酷い」

 

「用件は何だ。

 

私は長期任務で疲れているんだ」

 

「とか言って、本当はその紙袋持ってぬらちゃんの所に行くつもりなんでしょう?」

 

「……」

 

「ハハ~ン……その顔は、図星だね」

 

「今ここで脳天をぶち抜かれたいか?」

 

「え、遠慮します……」

 

 

制服に着替え、廊下を歩く天花に男は少女のことを話した。

 

 

「一週間!?

 

 

一週間も食べてないのか?!」

 

「そう!一週間!

 

水は、自分で作った氷で摂取してたみたいだけど……食事は手付かず。

 

 

無理矢理食わそうとすれば、噛み付くからもうお手上げ状態」

 

「……まさかと思うが、食事に睡眠薬とか入れていないだろうな?」

 

「入れたよ。

 

ぬらちゃん、何か寝てなかったみたいだから」

 

 

彼がそう答えた瞬間、天花は頭に踵落としを食らわせた。

 

 

「食べるわけ無いだろう!!

 

 

お前、それで一回失敗してるよな!?」

 

「……あぁ、忘れてた」

 

「一度病院へ行け」

 

 

 

外を眺める少女……扉の鍵を開ける音に、彼女は振り向いた。

 

 

「……!」

 

 

暗かった顔がパァっと明るくなり、台座から飛び降りると入ってきた天花に、飛び付き抱き着いた。

 

 

「本当、天花と蘭丸には懐くね」

 

「何でお前まで入ってくる」

 

「だって、実験できてないんだもん。

 

一週間、頑固拒否してて」

 

「今はやめとけ」

 

「えー。いつならいいの?」

 

「落ち着いたら、すぐに連絡する。

 

それと、とっとと出てけ」

 

「ヘイヘイ。

 

じゃあね、ぬらちゃん」

 

 

そう言って、男は部屋を出て行った。いなくなると、天花は隠し持っていた鍵を出し、少女の足に着けていた枷を外し、口に着けていた枷を外した。

 

 

「全く、噛み付くからって口枷をするかってんだ」

 

「嫌なことするから、噛み付いただけだもん」

 

「良い反抗だな」

 

 

笑いながら、天花は紙袋から林檎を取り出すとそれを少女に渡した。受け取った少女は、彼女の服の裾を掴んだ。

 

 

「大将!言われた食事、持ってきましたよぉ!」

 

 

トレインを持った男が、器用に扉を開けながら中へ入ってきた。

 

 

「悪いな蘭丸!

 

彼が作ったご飯だ。食べなさい」

 

 

机に置かれたご飯を、少女は勢い良く食べ始めた。その様子に、見とれながら蘭丸は林檎の皮を剥いた。

 

 

「凄い食べっぷりですね」

 

「一週間、水だけで過ごしてたそうだ」

 

「水だけ?!何で?!」

 

「翔一郎が作った食事だ」

 

「あぁ、納得です」

 

 

ご飯を食べ終え、食後に林檎を食べながら、少女は眠そうにしながら、天花に凭り掛かった。彼女は少女を、自身の膝に寝かせ頭を撫でた。気持ち良さそうな顔をしながら、食後には半分残っている林檎を、床に落として眠りに付いた。

 

 

「眠っちゃいましたね……」

 

「一週間、真面に寝ていなかったみたいだからな」

 

 

眠る少女に、天花は毛布を掛けた。その時、机に置かれていた無線が鳴った。男は無線に出て、少し話すと天花に渡した。受け取った彼女は、少女の頭を枕に乗せると、立ち上がり話をした。

 

 

「……分かった。

 

今そっち行く」

 

「何かあったんですか?」

 

「緊急集会だ。

 

お前はここで、美麗を見ていてくれ」

 

「分かりました」

 

 

制服の上着を手にして、天花は部屋を出ていった。

 

 

 

夕方……目を開ける美麗。誰もいないのに気付くと飛び起きた。

 

 

「……天花?

 

蘭丸?」

 

 

起き上がった美麗は、鍵が外れたドアを開け廊下を歩くと、部屋を飛び出した。

 

 

誰もいない廊下を歩く美麗……ふと通り掛かった兵士が、彼女の肩を掴み呼び止めた。

 

 

「何やってるの?こんな所で」

 

「……」

 

「ほら、早く部屋に」

「嫌だ!!」

 

 

引き戻そうとする彼の手に、美麗は噛み付き痛みで力が緩んだ隙を狙い、振り払うと逃げ出した。

 

 

「ま、待て!!

 

緊急事態発生!ぬらりひょんの子供が脱走!

 

至急応援を頼む!」

 

 

無線から報せを受けた、放送部が直ちに緊急放送を流した。その放送を聞いた天花と蘭丸は、すぐに部屋へ向かった。

 

部屋の前には、慌てふためく翔一郎がいた。

 

 

「ちょっと!!何で!!何でぬらちゃんが、脱走したの!?」

 

「自分で考えろ!!」

 

「分かんないよ!!」

 

(いや、普通に考えて脱走するだろう……)

 

「全兵士に連絡しろ!

 

見付けても、決して刺激を与えないよう放置しろと!」

 

「はっ!」

 

 

知らせに行った兵士と入れ違いに、腕から血を流した兵士が敬礼しながら、部屋へ入ってきた。

 

 

「ご報告します!

 

ぬらりひょんの子供、現在地下にいます!」

 

「地下!?

 

ヤバい!あそこに入られたら、ヤバい!非常に!」

 

「あそこって、どこですか?」

 

「西洋妖怪を保管している檻!!

 

人が来ただけで暴れる始末で仕方なく口枷と足枷を着けてるのに、何でよりによって」

 

「何でそんな危険なものを、ほったらかしにしているんだ!!」

 

「だって!!まだ実験途中で!」

 

「言い訳はいいから、早く行くぞ!

 

蘭丸、ついて来い!」

 

「あ、はい!」

 

 

 

地下牢……

 

 

そこには、無数の西洋妖怪や獣妖怪が鎖で繋がれ牢の中にいた。鳴き声が響く中、美麗は一人歩いていた。

 

 

「……天花ぁ……蘭丸ぅ……

 

どこぉ……」

 

「見付けた!!あそこだ!!」

 

 

兵士の声に、美麗はビックリし慌てて近くの檻の中へ入ってしまった。彼女を見失った兵士達は、周りを見ながら奥へと行った。いなくなったのを確認すると、美麗は物陰から姿を現した。

 

その時、後ろから風が吹き美麗は振り返った。そこにいたのは、グリフォンだった。

 

 

「……えっと」

 

 

見つめるグリフォンは、口枷が着いた嘴で彼女を突き倒すと、そのまま顔を擦り寄せた。寄ってきたグリフォンを、美麗は嬉しそうに頭を撫でながら起き上がった。

 

グリフォンは美麗を自身に寄せると、嘴で彼女を撫でるようにして動かした。

 

 

 

地下へと来た天花達は、群がっている兵士達の元へ駆け寄った。一人の兵士が敬礼して、三人を案内した。

 

 

「ぬらりひょんの子供は、今現在この中にいます」

 

「何で出さないの?」

 

「それは……

 

藤風研究員が、知っているかと」

 

「翔一郎」

 

「人一人近付くと、大暴れ。

 

暴れたせいで、何人も怪我人を出してまーす」

 

「……即撃ち殺す」

 

「止めて止めて止めて!!」

 

「大将!ストップ!」

 

「牢の鍵を開けろ!

 

全員、下がれ!」

 

「し、しかし!」

 

「さっさと開けろ……貴様等の首が飛ぶ前にな!!」

 

「は、はい!」

 

 

一人の兵士が即座に鍵を開けた。天花は中へ入ると、戸を閉めゆっくりと近付いた。彼女の姿に、グリフォンは唸り声を上げながら立ち上がり、翼を広げ威嚇した。グリフォンの足下にいた美麗は、グリフォンを宥め落ち着かせると、天花に向けて手招きをした。

 

 

「ど、どうなっちゃってるの?

 

あの人嫌いのグリフォンが、ぬらりひょんの子供に懐いちゃってる」

 

 

歩み寄った天花の手を握った美麗は、触るグリフォンの首に彼女の手を置かせた。彼女に見習いながら、天花は首を撫でた。すると、グリフォンは気持ち良さそうにしながら、腰を下ろした。

 

 

(威嚇していた私を、もう……)

 

「天花、そろそろ」

 

「分かっている。

 

美麗、部屋へ戻ろう」

 

「また来ていい?」

 

「もちろんだ」

 

「……また来るね」

 

 

グリフォンにそう言うと、美麗は天花に抱かれそのまま檻の外へ出た。受け取ろうと手を伸ばした翔一郎に、彼女は嫌がり天花の胸に顔を埋め、彼と目を合わせないようにした。

 

 

「実験は後日だ」

 

「そんなぁ……」

 

「諦めて下さい」

 

「う~~……実験~」




夜……


蘭丸が剥いた林檎を、美麗は部屋で食べていた。そこへ、 仕事を終えた天花が入ってきた。


「美麗、渡し忘れた。これを」


紙袋から出したのは、赤い鈴の首輪を付けた黒猫のぬいぐるみだった。美麗は不思議そうにそのぬいぐるみを受け取り、それに顔を埋めにおいを嗅いだ。


「……!


晃のにおいだ!」


パァっと明るくなった美麗は、嬉しそうに猫を抱き締めた。


「どうしたんですか?このぬいぐるみ」

「長期任務の帰りに、晃の所に寄ったんだ。

そしたら、誕生日過ぎたけど買っといたプレゼントを渡して欲しいって、預かってな」

「なるほど……流石、幼馴染みですね」

「上司をからかうな」


嬉しそうに猫を抱き締める美麗の姿を、二人はしばらくの間ずっと眺めた。

その後、疲れが出た美麗はぬいぐるみを抱いたまま眠ってしまった。眠った彼女に布団を掛けると、蘭丸と天花は部屋を出ていった。


「足枷は外している。

出て来たら、構わず私の元まで連れて来い」

「はい!」

「じゃあ、夜の番頼んだぞ」

「はっ!お疲れ様です!大将!」


敬礼する兵士に敬礼を返した二人は、そのまま部屋を離れていった。


廊下を歩く中、蘭丸は口を開いた。


「そろそろですか?あれ」

「……


本当にいいのか?手を貸せば、貴様も職を失うかもしれないぞ」

「別にいいですよ。

俺、大将に憧れてこの討伐隊に入ったんです。


その大将がいなくなるくらいなら、辞めます」

「……全く、どこまでお人好しなんだか」

「それはお互い様です!」


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揺れ動く草花

木々に積もった雪が、空に浮かぶ太陽に溶かされ、枝から滑り落ちた。


紫苑は、枯れ葉が盛られた木の根で出来た巣穴の中で、紅蓮と一緒に眠っていた。外から、二人の様子を地狐は覗き見た。


(……今んとこ、妖気は安定してるみたいだね。


後は、姉君の制御装置が完成するのを待つだけか)


「そっかぁ、まだ帰ってきてないのか」

 

 

秋羅達の家へ来た暗輝は、残念そうに綺麗な包装紙で包まれた物を見て、軽く溜息を吐いた。

 

 

「何ですか?それ」

 

「町で見付けたぬいぐるみ。

 

結構可愛かったから、シーちゃんにどうかなって」

 

「見付けるなり、すぐに買ったからな。迷い無く」

 

「女の子でぬいぐるみ嫌いな子は、あんまりいないよ~。

 

早く帰ってこないかなぁ」

 

 

その時、玄関を叩く音が聞こえてきた。秋羅は洗い物を中断して、手を拭きながら戸を開けた。そこにいたのは、帽子に被った雪を払う陽介だった。

 

 

「よ、陽介さん……」

 

「幸人はいるか?」

 

「今、仕事部屋に」

 

「上がらせて貰うぞ」

 

「あ、はい」

 

 

靴を脱ぐと、陽介は慣れた足取りで仕事部屋に入った。その様子を見た秋羅は、リビングにいた二人に質問した。

 

 

「何で、部屋分かるんですか?あの人」

 

「討伐隊に入りたての頃、陽介はここに住んでたから」

 

「そうなんですか!?」

 

「そうそう。

 

 

新入隊員は、規則で必ず家に帰らなきゃいけなくてね。施設を出た陽介には、帰る場所がなかったから地位が上がるまでここに住んでたんだ」

 

「全然知らなかった……」

 

「ま、あの事が起きてからは別々に暮らしてたみたいだけど……

 

すぐに陽介は昇格したし」

 

「あの事?」

 

「その話は、幸人から聞くといいよ。

 

俺等も、彼に合わせて話すから」

 

「……」

 

 

 

仕事部屋に置かれていた椅子に、腰を下ろした陽介に幸人は書きながら口を開いた。

 

 

「用件は何だ」

 

「……察しがいいな?」

 

「テメェがこの家に来るのは、用がある時くらいだ。

 

で、何だ?」

 

「……先日送ってくれた、ぬらりひょんクローンの写真と映像……そして、あの馬鹿研究員の件についてだ。

 

 

情報を提供してくれた礼と、上から下された命令がある」

 

「命令?」

 

 

淡々と話す陽介……話を聞く幸人は、動かしていた手を止め振り返り言った。

 

 

「……それ、本気か?」

 

「……だろうな。

 

 

正直に言っておく。俺は乗り気ではない」

 

 

 

 

巣穴のなかで、寝返りを打つ紫苑……

 

すると、微かに風が吹き彼女の前髪を撫でるようにして、揺らいだ。それはやがて、誰かの手となり手は紫苑の頭を優しく撫でた。

 

 

『〇〇は甘えん坊ね』

 

 

聞こえてくる優しい女性の声……膝枕して貰っていた紫苑は目を開けたが、既に彼女の姿は無かった。

 

 

(……夢?)

 

 

『大丈夫だ』

 

「?」

 

 

後ろから聞こえた男の声に、紫苑は振り返った。そこには、赤ん坊を抱いたあの白髪の男が女性といた。

 

 

『必ず、お前達を守る……

 

この命、尽きようとも』

 

 

そう言っていた……低く優しい声で。

 

 

 

スッと目を開ける紫苑……夕日が差し込む巣穴で、上半身だけを起こすと辺りを見回した。

 

 

「……まだ、眠い」

 

 

地面に倒れると、傍で眠っていた紅蓮の胴に顔を埋め再び眠った。

 

 

 

数日後……

 

 

巣穴を覗きに、地狐はやって来た。穴では紅蓮が既に起きており、大きくあくびをした。彼の胴に頭を乗せていた紫苑は、目を擦りながら起きた。

 

 

『やぁ、紫苑。おはよう』

 

「……」

 

『気分はどうだい?』

 

「普通……

 

ねぇ、帰れる?」

 

『制御装置が完成すればね』

 

「……地狐」

 

『?』

 

「ママって、どんな人だった?」

 

『……どうしたんだい?急に』

 

「何となく……

 

 

ねぇ」

 

『そうだねぇ……

 

 

とても綺麗な人だったよ。紫苑と同じ赤い目をしていていつも笑っていて……

 

君がお腹にいた頃は、いつもお腹を擦って話し掛けていたよ』

 

「……私はどっちに似てるの?」

 

『そうだねぇ……

 

 

やっぱり、お母さん似かな』

 

 

微笑む地狐に釣られ、紫苑は笑った。すると、巣穴に二匹の竜の子供が入ってきた。

 

 

『おや、ネロの子供だね』

 

 

子供は紫苑の膝に上ると、頭を擦り寄せてきた。寄せてきた二匹を、紫苑は同時に撫でてやった。

 

 

『もう大丈夫みたいだな』

 

 

そう言って、天狐は巣穴を覗いた。

 

 

「あ、天狐」

 

『できたぞ。

 

制御装置』

 

 

そう言って、天狐は手に持っていたブレスレットを、紫苑の手首に着けた。そして、額の模様を囲うようにして、広がっていた呪印を解いた。

 

 

『これで元通りだ。

 

地狐、紫苑達を送ってやれ』

 

『了解』

 

『紅蓮、紫苑を頼むぞ』

 

『分かっている』

 

「ねぇ、リルは?」

 

『別の所だ。

 

今日中には、帰れないらしい』

 

「……一目会ってから、帰りたかった」

 

『君等のことは、僕等が伝えとくよ』

 

「うん、お願い」

 

 

ネロの子供達と共に、紫苑は巣穴から外へ出た。外にいたネロは鳴き声を発しながら、紫苑に首を伸ばし擦り寄った。

 

伸ばしてきたネロの頭を撫でながら、紫苑は二匹を渡し手を軽く振ると、地狐の元へ駆け寄った。

 

 

『それじゃあ、行くよ』

 

「うん」

 

 

白い霧を放つと、地狐は紫苑の手を握ってその中へと入って行った。

 

 

 

しばらくして、霧は晴れ目の前には秋羅達の家があった。

 

 

『着いたよ』

 

「……」

 

 

ドアノブに手を掛けようとした紫苑だが、彼女は何かを思い出したのか、その手を止めた。

 

 

『……?

 

どうしたんだい?紫苑』

 

「……帰ってきて…良かったのかな」

 

『?』

 

「だって……勝手に…森に帰って……」

 

『紫苑……』

 

「記憶、曖昧なのに……

 

二人に、迷惑掛けてたら……」

 

 

そう言う紫苑に、地狐は軽く溜息を吐くと、軽く風を起こした。

 

 

 

風の音でガタガタと鳴った玄関へ、秋羅は駆けて行きドアを開けた。

 

目の前にいた紫苑に、彼は驚きながらも笑顔を見せると彼女を強く抱き締めた。

戸惑っていた紫苑は、次第に緊張の糸が解けてきたのか、目に涙を溜めて秋羅の体に顔を埋めた。

 

 

『約束通り、紫苑を送らせて貰ったよ』

 

「もう平気なのか?」

 

『あぁ。

 

それじゃあ紫苑、またね』

 

 

紫苑の頭を撫でると、地狐は白い霧を放ちながら、そこから消えた。




地狐がいなくなると、小屋にいたはずのエルが紫苑の気配に気付いたのか、駆け寄ってくると彼女に擦り寄った。


「こいつ、柵壊しやがったな」

「まぁ、いいじゃねぇか。

柵なんざ、また直せばいいし」

「暗輝さん、簡単に言わない」
「シーちゃん!お帰りー!!」


玄関から紫苑目掛けて飛んできた水輝だったが、傍にいた紅蓮は素早く紫苑を抱き上げた。彼女は、積もっていた雪にそのままダイブし、それをエルは不思議そうに嘴で軽く突っ突いた。


「相変わらずだな……」

「水輝さーん、早く出ないと風邪引きますよ!」

『引かないだろう?

アホは風邪引かないって』

「それを言うなら、『馬鹿は風邪を引かない』だ」


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初代祓い屋

溶けた雪に埋もれていた草花が、顔を出し花を咲かせた。


「祓い屋の故郷?

何で、そこに?」


リビングのソファーに座っていた幸人に、秋羅は不思議そうに質問しながら、お茶を出した。


「紫苑のことについて、色々情報が集まってな。

その中に、気になる情報が入ったんだ。


西の山を一つ越えた先にある町に、亡くなった初代祓い屋の女性と、紫苑の容姿が少し似ているって」

「え?初代祓い屋?」

「俺等祓い屋は、ある一人の祓い屋から作り出された者だ。

その祓い屋の弟子達が、今の俺等の初代祓い屋達」

「へ~」

「と言うわけで、行くぞ」

「え?行くって?」

「西の都に。

とっとと準備しろ。紫苑にも言っておけ」

「唐突すぎだわ!!」


汽車で二晩過ごした幸人達は、ある町で降りた。

 

 

「北寄りだから、まだ少し雪が残ってるな」

 

「だな。

 

紫苑!先行くな!」

 

 

興味津々に先を歩く紫苑を、秋羅は呼び止めながら彼女の元へ駆け寄った。外で待っていた紅蓮は、駅から出て来た紫苑に気付くと、駆け寄ってきた彼女にエルの手綱を渡した。

 

 

「この駅からかなり歩いた場所に、宗の町があるらしい」

 

「前に言ってた、祓い屋達の故郷?」

 

「そうだ」

 

 

歩き出した幸人に続き、秋羅は紫苑達を先に行かせ、自身は二人の後ろを歩いた。

 

 

 

昼過ぎ……

 

 

目的地である宗の町に着いた幸人達は、早速宿を取った。宿帳に名前を記入している間、紫苑は傍にある馬小屋にエルを入れた。

 

 

「珍しいわね。西洋妖怪を飼ってるなんて」

 

 

後ろから聞こえた女性の声に、紫苑は驚き振り向いた。深い緑色の短髪に、青緑色の目をした女性が、エルを見ながら立っていた。

 

 

「……」

 

「この西洋妖怪、アンタが飼ってるの?」

 

「……うん」

 

「誰かから貰ったの?」

 

「……うん」

 

「……」

 

 

「紫苑!行くぞぉ!」

 

 

秋羅の声にハッとした紫苑は、すぐに女性から離れ玄関前にいた秋羅の元へ駆け寄り、そこを離れた。

 

 

道を歩き、石階段を上った先に大きな木の門があった。そこをくぐり抜け、中へ入ると中には大きな寺院が建てられていた。

 

 

「で、デケぇ……」

 

「流石、宗家」

 

 

「月影様」

 

 

声を掛けられ、振り向くとそこには巫女の格好をした女性がいた。

 

 

「お待ちしていました。

 

私は、この寺院の者です。

 

 

さぁ、どうぞ中へ」

 

 

管理人に誘導され、幸人達は寺院の中へ入った。

 

暗い廊下を歩き、ある一室へと案内された。中に入ると、そこには年老いた巫女が一人座っていた。

 

 

「こちらが、現在この寺院の巫女・静華様です」

 

(凄え婆だな……)

 

「ご連絡させて頂きました、月影祓い屋・幸人です」

 

「……例の子は、その女子か?」

 

「はい。紫苑」

 

 

秋羅の傍にいた紫苑に、幸人は手を差し出し彼女を自身の隣へ来させた。静華はゆっくりと立ち上がると、紫苑の元へ歩み寄った。寄ってきた彼女に、警戒した紫苑は幸人の後ろへ隠れ、ヒョッコリと顔を出した。

 

 

「余り、人に慣れていないようだな?」

 

「育ちが森なもんで」

 

「……

 

しかし、よう似とる。初代祓い屋である美優様に」

 

「みゆ?」

 

「弥勒院美優(ミロクインミユ)様。

 

かつて、この地にいた伝説の巫女であり初代祓い屋と呼ばれている女子です」

 

「その美優って巫女と紫苑が、そんなに似ているのか?」

 

「当時の写真だけなら、残っておられます。

 

私が見る限り、彼女の目元が美優様そっくりです」

 

 

スッと伸ばしてきた静華の手を、紫苑は怯え即座に幸人の後ろに身を隠した。

 

 

「……とりあえず、写真を」

 

 

そう言って静華は、傍にいた巫女を呼び持たせていた額縁を受け取り、写真を彼等に見せた。

 

 

「……!?」

 

 

そこに写っていたのは、桜色の長い髪を耳下で結った女性が微笑みを浮かべていた。

 

 

「幸人、こいつ……」

 

「……どうなってんだ……

 

 

あの、遺体とかは?」

 

「ありません」

 

「え…何で?

 

 

偉い奴なら、遺体はそのまま保存してるって聞いたことが……」

 

「無いんです。

 

初代祓い屋の遺体は……」

 

「え?」

 

「話によりますと……

 

 

美優様は、妖怪と恋に落ち妊ったと言われています。その後、一番弟子に全てを与えその妖怪と共に消えたと……

 

それ以降消息不明となり、今どこで何を……いえ、どこで亡くなったかも分かりません」

 

「……」

 

 

写真を眺める紫苑……微笑む美優の写真に触れると、ある言葉が頭に過ぎった。

 

 

「……

 

 

 

 

ママ」

 

「?!」

「?!」

 

 

その時、額に刻まれていた雪の結晶の柱が一つ消えた。それと共に、紫苑の頭からまるで封じられていた蓋が開いたかのように、次々と記憶が蘇っていった。

 

 

『〇〇』

 

『ほら、おいで』

 

『大丈夫。パパはすぐ帰ってくるわ』

 

『〇〇、死んでもあなたの傍を離れないからね』

 

 

 

無意識に流れる涙……紫苑はフッと意識を失い、その場に倒れた。

 

 

『紫苑!』

 

 

傍にいた紅蓮は、慌てて紫苑に駆け寄り抱き上げた。その時、彼にも次々と記憶が蘇っていった。

 

 

『私はもう長くないわ……

 

 

〇〇をお願いね』

 

『勝手なことばかり、あなたに頼んでごめんなさい。

 

 

でも、今頼れるのはあなたしかいないの』

 

『……〇、ありがとう……傍にいてくれて』

 

 

流れる涙……紅蓮は、我に返るとその涙を袖で拭くが、収まる気配が無かった。

 

 

「紅蓮、大丈夫か?」

 

『分かんねぇ……何か、涙が止まらなくて』

 

「すいません、今日の所は帰ります」

 

「またいつでも来なさい」

 

 

紫苑を抱え、幸人は秋羅達と共に寺院を後にした。

 

 

 

夜中……ベッドで寝ていた紫苑は、スッと目を開け起きた。ベッドを降り、靴を片手に紫苑は部屋を出た。

 

外へ出ると、紫苑は寺院へ入った。誰にも気付かれずに中へ入り、ある部屋の戸を開けた。

そこは、美優の写真がある部屋だった。棚に置かれていた彼女の写真を、紫苑は触れた。

 

 

(……お前は、私のママなの?)

 

 

写真に触れながら、紫苑は棚から写真を下ろし床に寝そべった。次第に重い瞼を閉じ、そのまま眠ってしまった。




北西のとある場所にそびえ立つ木……


『?』


その木に登っていた地狐は、蕾を見付けた。


『……姉君!


蕾が出来てるよ!』


下にいた天狐は、すぐに木を登り地狐の隣へ行き蕾を見た。


『ほら』

『本当だ……』

『どういう事?

この木は、彼等がいなくなったと共に咲かなくなったのに』

『……戻ってくるのかもな』

『え?』

『このまま、この木を見てろ。


この木が無くなったら、彼等は帰る場所を失う』

『了解』


木から降りた天狐は、その場を離れある場所へ行った。そこは、蔦が絡まった木の柵で囲まれた二階建ての家だった。門を開け中へ入ると、天狐は戸を開け中に入った。


中は、棚から落ちた本が床に散乱していた。天狐は中を見回ると、チェストの上に置かれていた写真立てを見た。


(……いつ帰ってくる?




美麗……晃)


写真に写っていたのは、美優によく似た女性とぬらりひょんクローンによく似た男、その間に黒髪の少年と少年に抱かれた白髪の少女が笑っていた。


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後輩からの依頼

「キャァア!!」


叫び声に、秋羅と幸人は飛び起きた。部屋を飛び出し外へ出ると、町の広場に無数の妖怪達が群がっていた。


「何じゃこりゃ!?」

「とっとと片付けるぞ!」


幸人に襲ってきた妖怪を彼は、銃弾を放ち倒した。それに続いて、妖怪に襲われている人の所へ秋羅が駆け寄り槍で突き倒した。


「早く逃げろ!」

「は、はい!」

「そういや、紫苑と紅蓮は?!」

「知らん!」


寺院に入り込む数匹の妖怪……気配に気付いた巫女達は、すぐに妖怪を攻撃した。その内の一匹が、紫苑が眠る部屋へ入った。中へ入り、鼻を動かしながら妖怪は、眠る彼女に近付いた。

 

そして、口を大きく開け食らおうとした時だった。

 

 

「気配消せ」

 

『バレバレだ』

 

 

起きた紫苑は、大きく開けた口から小太刀で刺し、後ろにいた紅蓮は、背後から後頭部を鋭い爪で突き刺した。

 

妖怪は白目を剥き、そのまま倒れてしまった。口から引き抜いた小太刀を手に、紫苑は狼の姿になった紅蓮のと傍へ駆け寄った。

 

 

「凄い数の妖気……侵入してるの?」

 

『らしい』

 

 

写真を元の位置戻すと、紫苑は紅蓮と共に部屋を出て行った。寺院を出て行き、広場へ着くとそこでは秋羅と幸人が、妖怪達と戦っていた。

 

自身も戦いに参戦しようとした時だった。背後から肩を掴まれ、そのまま後ろへ紫苑は倒された。彼女を倒した者は、前へ出ると矢を放った。

 

 

「……」

 

「ハーイ!いっちょ上がり!」

 

 

キョトンと座っていた紫苑を、背後から寄ってきた男は持ち上げた。

 

 

「君、どっから来たの?」

 

「……」

 

 

持ち上げた男の顔面を、紫苑は回し蹴りを食らわせた。手が緩んだ隙を狙い、彼から飛び降りると傍にいた紅蓮の背に乗り、茂みの方へ逃げていった。

 

 

「あらあら、随分警戒心強いのね」

 

「鼻血出ました。

 

ティッシュ」

 

「はいよ」

 

 

 

数時間後……

 

一通り退治し終え、その場に腰を下ろす幸人と秋羅。彼等の元へ、紫苑達は駆け寄った。

 

 

「紫苑!?

 

どこにいたんだ?!紅蓮も」

 

「寺院の方に行ってた」

 

『俺は迎えに』

 

「そっちにも出たか?」

 

「うん」

 

「……?」

 

 

何かの気配を感じ取った幸人は、顔を上げ辺りを見た。

 

 

「幸人?どうかしたか?」

 

「……紫苑と一緒に、中に入ってろ」

 

「え?」

 

「早くしろ」

 

「あ、あぁ」

 

 

小屋へ行こうとした紫苑を連れ、秋羅は宿の中へ入った。紅蓮は人の姿になると、小屋の中へ入りエルを落ち着かせながら、幸人の方を見た。

 

 

しばらくすると、彼の前に先程の二人が現れた。

 

 

(……あいつ等、確か)

 

 

 

現れた内の一人は、右目に垂らしていた前髪を上げながら、幸人に話し掛けた。

 

 

「久し振りですね?幸人先輩」

 

「何でテメェがここにいる」

 

「あれ?聞いてないですか?

 

 

私、今こいつと一緒に旅してるんですよ」

 

「とっとと巣に帰れ」

 

「その内帰りますよ。

 

そういう先輩は?」

 

「用があってここにいるだけだ」

 

「フーン……!

 

先輩、見せて下さい」

 

「あ?何を?」

 

「半妖の子供!」

 

「……」

 

「興味あるんですよ。私!」

 

 

八重歯が見えるように微笑みながら、その者は言った。

 

 

「帰れ。

 

俺も帰る」

 

「そう言わずに……あ!

 

じゃあ、仕事手伝って下さい!」

 

「嫌なこった」

 

「そんな事言わずに~!

 

報酬の半分、あげますから!」

 

「断る。

 

早く帰って、風呂に入りてぇんだ」

 

「じゃあいいです!

 

先輩の弟子に頼みますから!」

 

「そんな勝手、許すわけねぇだろう!!」

 

「じゃあ引き受けてくれますかぁ?」

 

「……」

 

 

 

「という訳で、このクソ馬鹿ガキ達の依頼を引き受けた」

 

「変な名前付けないで下さい!!」

 

「どういう訳だよ!!」

 

 

宿の食堂にいた秋羅は、状況が読み込めずに幸人に疑問をふっかけた。彼の傍で、林檎を食べていた紫苑は、幸人の隣にいる者に軽く会釈し、目を逸らし手に持っていた林檎を囓った。

 

 

「……あ!!

 

お前、俺に蹴り入れたガキ!!」

 

「何だ?会ってのか?」

 

「……さっき、さらおうとしたから」

 

「誰がさらうか!!

 

親の所に連れて行こうと思っただけだ!」

 

「……」

 

「何でそんな警戒した目で見るんだよ」

 

「こないだ、腹に肘鉄食らって拘束されたばっかりなんで、俺等に近付く人間ただいま警戒中」

 

「正確には膝蹴り」

 

「膝蹴り……

 

創一郞先輩に会ったんですか?」

 

「仕事先でな(何でこうも、会議で会った奴等にまた会うんだ?

 

しかも、仕事先で……例外はいるが)」

 

「ところで、その女性誰?」

 

「こいつは」

「初めまして!

 

私、木影翠(コカゲミドリ)。幸人の後輩で祓い屋、よろしくね!」

 

「はぁ……」

 

「もう少し真面な自己紹介して下さいよ……」

 

「何よ~」

 

「(こんなのが、師匠って言うのが格好悪)。

 

 

俺は木影邦立(コカゲクニタツ)。この……女の……」

 

「……む、無理に言わなくていいよ」

 

「悪い……」

 

「何でそこ言わないの!?」

 

「そりゃあ嫌だろう。お前みたいなガキが、師匠なんて」

 

「ちょっと!そういう事言うの、本当に止めて!!

 

マジで気にしてんだから!」

 

「何だ?身長をか?」

 

「うるさい!!黙れ!!」

 

 

顔を真っ赤にしながら、翠はポカポカと幸人を叩いた。




「群れの退治?」


席に座り、朝食を食べながら翠は依頼内容を、幸人達に話した。だが、食べながら喋るため上手く聞き取れず、彼女に呆れた邦立が、代わりに話をした。


「この辺りの森に、棲み着いてしまったみたいで……

その妖怪の退治を、ここの人から依頼されたんです」

「巫女がいるのに、何でまた」

「妖力が強く、とても適わないと言っていました。

本当かどうかは、定かではありませんけど」

「要するに、仕事放棄って事か?」

「でしょうね。

調べたけど、ここ数年巫女達の力が弱まってるわ」

「ったく、ろくな修業してねぇな。あの巫女共」

「そんで、いつ住処に行く?」

「検討着いてんのか?」

「当たり前でしょ。

この通り!」


食べ終えた食器を退かしながら、翠は森の地図を広げた。地図には、赤いペンで印が付けられていた。


「住処はここ!

夜にでも、襲撃を」
「やめた方がいいよ」


林檎を食べながら、紫苑はボソッと言った。


「え?何で?」

「今回襲ってきた妖怪、夜行性だと思う。

寺院襲ってきた妖怪の死体、目に遮光板が無かったから」

「し、死体って……


触ったの?」

「見ただけ」

「話が本当なら、今からでも行くぞ」

「え~!

さっき戦ったばっかりなのに~」

「なら、この話は無かったことに」

「しないでしないで!!

邦立、行くよ!」

「あ、はい!」

「お前等も行くぞ」

「ハーイ」

「ねぇ、先輩。

さっきから気になったんですけど、この女の子誰ですか?」

「テメェがさっき会いたいって言ってたガキだ」

「さっき言ってた……あ!!」


自分がさっき言ったことを思い出した翠は、先に行った紫苑の元へ駆け寄り質問詰めし始めた。鬱陶しくなった彼女の顔を見て、小屋にいた紅蓮は狼の姿になると、翠に吠えた。


「ギャア!何この犬!!」

「こいつの相棒、名は紅蓮」

「凄え……狼を相棒にするなんて」

「じゃあ、あの狼君が許さない限り」

「話すのは無理だな」

「そんな~……」


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微かな希望

怖がらなくていいのよ……私は、そこの寺院の巫女。

正確には、祓い屋かな。


怖い?全然。

私は、強いもの。妖怪は皆悪者だと言うけど、そうじゃない者もいる。


あなたもそうでしょ?私も……




一度、人なんて妖怪に滅ぼされちゃえばいいのよ。


そうすれば、差別なんて無いんだから……


森を歩く幸人一行……紫苑は、彼等を気にしながら紅蓮の背に乗り先を歩いていた。

 

 

「仮の名前が紫苑……へ~。結構良い名前じゃん」

 

「偽名がいくら良くとも、本名がな」

 

「見た感じ、『白』と書いて『ハク』って名前かもよ?」

 

「お前の髪が緑色だから、名前が翠って単純な名前じゃねぇだろう」

 

「人の名前馬鹿にしないでよ!!」

 

「騒ぐな、鬱陶しい」

 

 

坂の頂上へ、空から偵察していたエルは舞い降りると、紫苑の元へ駆け寄り、ある方向を見て鳴いた。

 

 

「どうした?何かあったか?」

 

「……何か、様子がおかしいみたい」

 

「え?」

 

「そういえば、この辺り確か初代祓い屋の式神がいるって噂があるわね」

 

「式神?」

 

「そう、式神。

 

本当かどうかは、分からないけど」

 

「……見てくる」

 

「え……危険だから、やめた方が良いよ!」

 

「前みたいに、怪我だったら町を襲ってきた理由が分かるかも知れない。

 

紅蓮、行こう」

 

 

紅蓮を走らせ、紫苑はエルと共に坂を下っていった。

 

 

「前みたいにって……何かあったの?」

 

「猿猴が人をさらった事件があって……調べに行ったら、仲間が怪我してただけでして」

 

「それを助けたって事か」

 

「まぁ」

 

「相変わらず、お人好しですね。先輩」

 

 

 

獣道を通り抜けると、そこには洞穴があった。紫苑は紅蓮から降りると、地面に落ちていた枝を拾いそこに火を点け、中を照らした。

 

 

『どうだ?何かあるか?』

 

「暗くてよく見えない。

 

幸人達呼んでくるから、エルと一緒にここにいて」

 

『……けど』

 

「すぐそこだし、近くに妖怪の気配は感じないから、平気だよ」

 

 

紅蓮の頭を撫でると、紫苑は獣道を戻っていった。

 

 

しばらくして、紫苑は幸人達を連れて洞穴へ戻ってきた。幸人は、紅蓮から松明を借りると、中を照らし見た。

 

 

「先輩、どうですか?」

 

「中を調べてくる。

 

お前等はここにいろ」

 

「分かった」

 

 

中へ入ろうとしたその時だった。

 

 

 

“ドーン”

 

 

突然、雷が鳴り響いた。すると、空ならポツポツと雨が降り出した。

 

 

「げっ!雨!」

 

「最悪~!」

 

「一旦中に入れ。

 

奥は俺が見てくるから、そこで大人しくしてろ」

 

「ヘーイ」

 

 

奥へ入って行く幸人を、秋羅は見送ると外を見た。激しく降る雨と共に、また激しく雷が鳴り響いた。

 

 

「凄い雷だな……?」

 

 

ゴロゴロと鳴り響く雷の音に、 紫苑は傍にいた紅蓮の胴に顔を少し埋めながら、外を見たが再び鳴った雷に身を縮込ませた。

 

 

「あ~らら……紫苑は森育ちだけど雷が苦手みたいだね」

 

「先生、一言余計です」

 

 

傍に駆け寄ってきた秋羅に、紫苑は大きな雷が鳴ったと同時に、飛び付いた。

 

怖がり震える紫苑を、彼は宥めるようにして撫でた。

 

 

「……何か、半妖って聞いてたからもっと妖怪みたいに活発な子かと思ってた」

 

「結構活発ですよ。

 

家にいる時なんか、近くの森に行って駆け回ってますから」

 

「そうは見えないけど……」

 

 

「秋羅!!来い!!」

 

 

奥から響く幸人の声に、秋羅は返事をしながら紫苑達と奥へ行った。

 

 

奥へ行くと、松明を立て何かに触れている幸人が見えた。彼が触れていたのは、長い尾と爪を持った傷だらけの獣だった。

 

 

「……幸人、それ」

 

「恐らく雷獣だ。

 

今外で鳴ってる雷は、こいつが鳴らしてるみたいだしな」

 

「……」

 

「酷い傷……何かあったんですか?」

 

「分からん。

 

ただ、中に何かが入ってる」

 

「何かって?」

 

「それを今から取り出す」

 

「そんなグロテスクな事を」

 

「嫌なら、出てけ」

 

「アーン!手伝うから、ここにいさせて下さい!」

 

 

二人が騒いでいる時、雷獣は閉じていた目をスッと開けた。そして、鼻を動かしながら力を振り絞り立ち上がろうとしたが、思うように力が入らず立ち上がることが出来なかった。

 

 

「傷口が開くぞ!」

 

「いきなりどうしたんだ?」

 

『……ジ』

 

「?」

 

 

何かを察した紫苑は、雷獣の元へ寄った。寄ってきた彼女に反応したのか、顔を上げて灰色の光の無い目を向けた。

 

 

(こいつ、目が……)

 

 

雷獣の頬を、紫苑は優しく撫でた。雷獣は気持ち良さそうに喉を鳴らすと、力が抜けたのか倒れてしまった。

 

 

「あ、おい!」

 

「グダグダ言ってる場合じゃ無い。

 

やるぞ」

 

「分かった」

 

「え~」

 

「先生、文句言わない」

 

 

 

数時間後……

 

 

手当てを終えた雷獣は再び目を開けた。軽く頭を振ると、雷獣は起き上がりふらつきながら、傍にいる紫苑に頭を擦り寄せた。

 

 

「治療した私達より、そっちなの?」

 

「そう言うな」

 

『……主等人間に、礼は言いたくは無い』

 

「っ……」

 

『何年振りか……主の妖気を感じるのは』

 

「主?」

 

『残念だが、お前が甘えてる奴はお前の主じゃない』

 

『……』

 

 

その言葉に、雷獣は紫苑の胸元に顔を突っ込み何かを取ろうとした。彼女は服の下に入れていた黒曜石を取り出し、それを雷獣に近付けさせた。

 

雷獣は黒曜石のにおいを嗅ぎ、そして紫苑の体を嗅いだ。

 

 

『……確かに、少し違うようだな。

 

 

すまぬ。あまりにも似ていた者だから、主が帰ってきたのだと思っていたが……勘違いか』

 

「主って、誰?」

 

『そこの寺院におった、女子だ』

 

「名前は?」

 

『弥勒院美優……

 

 

某の主であるお方だ』

 

「初代祓い屋を知っているのか?」

 

『無論だ』

 

「じ、じゃあ初代祓い屋が今どこで、何をしてるか知ってる?」

 

『それは分からない。

 

 

主は、この森の主となり妖怪達から人を守れと言って、某をここへ放った』

 

『それ、いつの話だ?』

 

『かれこれ、100年以上くらい前だ。

 

 

半妖でありながら、ある妖怪に恋をして妊った。ここでは無い場所で産むと言って、某をここへ放ち、妖怪と共に去って行った』

 

「半妖って……

 

初代祓い屋は、半妖だったの?」

 

『如何にも。

 

 

人と妖怪の間に産まれたが、あまり良い扱いをされなかったらしい。

 

父親であった妖怪から、酷い仕打ちを受けておった。

 

 

限界だったのだろう……母親は、美優の目の前で父親を殺しそして、自身も死んだ』

 

「そんな……」

 

「美優はここを離れて、どこに行くとか聞いてるか?」

 

『詳しくは聞いていない。

 

ただ、北に住んでいる友人の元へ行くと言っていた』

 

「……」

 

「ねぇ、子供妊ってたんだよね?

 

その子供って、今はどうしてるとか分かる?」

 

『某が知りたいくらいだ……

 

 

少し寝かせてくれ』

 

 

そう言うと、雷獣は傍にいた紫苑の膝に頭を置き、目を閉じ眠ってしまった。




人物紹介7


名前:木影翠(コカゲミドリ)
年齢:32歳
容姿:深い緑色の短髪。右目にある火傷の痕を隠すように前髪を垂らしている。目の色は青緑色。
低身長のため、周りから未成年に見られることがしょっちゅう。


名前:木影邦立(コカゲクニタツ)
年齢:16歳
容姿:緑色の髪。目の色は黒。
師である翠が低身長のため、周りから兄妹又は親子と間違われる。


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ぬらりひょんの妻

「あ~らら、眠っちゃった」

「もう少し、美優の話聞きたかったのに」

「……翠、付き合え」

「え?」

「お前等は、ここに残ってろ」

「あ、はい」

「何か調べるのか?」

「まぁな」

「私、調べるよりこっちの方が」
「つべこべ言わずに、さっさと来い」


そう言われながら、翠は幸人に担がれそのまま洞穴から出て行った。何やら騒がしい声が遠退く中、その声に邦立は目頭を抑えて軽く溜息を吐いた。


降り続ける雨……その中を木々に身を隠しながら、洞穴に近寄る数人の者が歩み寄ってきていた。

 

 

その気配に、紅蓮は気付くと耳を澄ませながら、出入り口付近へ寄った。

 

 

「紅蓮、どうかしたか?」

 

『……外に人がいる』

 

「え?」

 

「先生達がじゃないのか?」

 

「違う。

 

別の人達(何だろう……凄く怖い)」

 

「外の様子見てくる」

 

 

槍を組み立て、秋羅は外を警戒しながら外へと出た。すると、人の気配を感じ取ったのか紫苑の膝で眠っていた雷獣が、カッと目を開き唸り声を出しながら立ち上がった。

 

 

『動くな!傷口開くぞ!』

 

『あいつ等だけは、追い出さなねば……

 

あの方を殺した、あいつ等は』

 

「あいつ等?」

 

『あの方って……』

 

 

“バーン”

 

 

「?!」

「銃声!?」

 

 

外から聞こえた銃声に、紫苑はすぐに駆け上がり外へ出た。

 

 

「秋羅!」

「紫苑、下がれ!!」

 

 

紫苑を後ろに、秋羅は槍を構えて立った。目の前にいるのは、妖討伐隊の制服を着た数人の兵隊達が銃を構えて、秋羅の前に立っていた。

 

 

「まだ中にもいたのか……

 

さぁ、そこを退いて貰おう」

 

「さっきも言いましたけど、俺等は依頼によりここにいます。

 

師達がいない今、ここを離れられません」

 

「話の分からないガキだな……我々は妖討伐隊だ。

 

討伐隊の命は絶対。とっとと、そこを離れろ」

 

「無理です」

 

「聞き分けのないガキだ」

 

 

指を鳴らすと、それを合図に銃弾が放たれ紫苑の腕を掠った。

 

 

「紫苑!!」

 

「離れろ。そこにいる雷獣を、我々は駆除しに来たのだ」

 

「雷獣はこの森の守り神だ。

 

駆除するなら、町を襲った妖怪の群れをやれ!!」

 

「貴様に命令される筋合いは無い!」

 

 

兵士の一人が銃口を向けたその時、中から紅蓮が唸り声を上げながら飛び出し、紫苑の元へ駆け寄りつつ、彼等を睨んだ。

 

 

「こ、黒狼!?」

 

「何故黒狼が、ここに?!」

 

『人間共が、この森に何用だ』

 

 

牙を向け口に、炎の玉を溜めた紅蓮の傍に紫苑は寄った。

 

 

「そ、その洞穴の中に妖怪がいると」

 

『いたらどうする?

 

仲間を殺した瞬間、貴様等を焼き殺すぞ』

 

「焼き……殺す」

 

 

怖じ気付いたのか、兵士達は構えていた銃を次々と下ろしていった。

 

 

「怯むな!!お前等、それでも妖討伐隊の一員か!?」

 

「し、しかし」

 

 

「何、人の弟子に攻撃してんだ?」

 

 

茂みから出て来た幸人と翠の姿に、隊員達は一斉に敬礼した。

 

 

「幸人……」

 

「銃声の音が聞こえたから、来てみれば……

 

陽介先輩は?」

 

「今回の討伐には、来ていません!」

 

「何だ……来てないのか」

 

「あいつも色々忙しいからなぁ。

 

今回の討伐は、俺等祓い屋がやると伝えておけ」

 

「し、しかしそれでは」

 

「私達がアンタ等の任務を、引き受けるから!

 

さぁ、帰った帰った!」

 

「は、はい!」

 

「では失礼します!」

 

 

敬礼すると、兵士達はその場を去っていった。彼等を見届けながら幸人は、秋羅達の元へ歩み寄り、紫苑の前でしゃがみ腕の傷を見た。

 

 

「人に銃口向けるなって……ったく」

 

「あいつ等、討伐隊だって言ってたけど」

 

「町からの依頼で、あの雷獣を退治しろとの命令が下ってる」

 

「退治って……あいつ、目ぇ見えないんだよ!

 

人に悪さなんて」

 

「しないことは百も承知だ。

 

あいつの攻撃は、町を襲いに来た妖怪の群れと自身の身の安全の二択」

 

「話してるところ申し訳ないけど、そろそろ日が暮れるから宿に戻った方が先決かと」

 

 

そうこうしている内に、雨雲が空を覆いポツポツと雨が降り出した。

 

 

「降ってきた……」

 

「宿に戻るぞ」

 

「あぁ。紫苑!行くぞ」

 

 

後ろにいた紫苑に秋羅は声を掛けながら、先行く幸人達の後をついて行った。紫苑は、洞穴から出て来たエルの嘴を撫でながら、紅蓮の方を見た。

 

 

『心配すんな。あいつは俺が見てる』

 

「うん」

 

『エル、紫苑のこと頼むぞ』

 

 

紅蓮の問いに、エルは鳴き声を放ち返事をした。エルを連れて、紫苑は秋羅達の後を追い駆けていった。残った紅蓮は、黒狼から人の姿になると洞穴の奥へ行き、眠っている雷獣の傍に座った。

 

 

 

 

夜……

 

 

雨が激しく降り続ける外を、秋羅は窓越しに眺めていた。

 

 

「よく降るなぁ」

 

「そういや、この辺り雨が頻繁に降るって、町の人が言ってな」

 

「フーン……?

 

 

幸人、何調べてんだ?」

 

 

資料を見ていた幸人に、秋羅は歩み寄り広げていた一部の資料を手にしながら質問した。

 

 

「弥勒院美優についての資料だ。

 

さっき、寺院に行って取り寄せて貰ってな」

 

「……なぁ幸人」

 

「?」

 

「この人、以前見たぬらりひょんの妻に似てないか?

 

「それは俺も思った。

 

残ってる資料によると、美優には兄弟(姉妹)はいなかったらしい」

 

「100年前の人だったら、丁度ぬらりひょんが生きていた頃」

 

「……恋した妖怪は、もしかしたらぬらりひょんかもな」

 

「え?」

 

 

鞄から出したファイルから、生前のぬらりひょんの写真と、以前見たぬらりひょんの妻の写真と、残っていた美優の写真を並べた。

 

 

「……似てる……というか、似過ぎだ」

 

「このぬらりひょんの妻と美優が、同一人物かどうか陽介に調べて貰う」

 

 

二枚の写真を手に、幸人は部屋を出ていった。




大事な人が亡くなる日は、いつも雨が降っていた……


祖母が死んだ時も……

あの人が亡くなった時も……


いつも雨が降っていた。



あの日は、晴れていた……だから、一緒に森へ行った。

けど、次第に雲行きが怪しくなって、それを知らせようとあの人の元へ行った。


だが、あの人は帰らぬ人になっていた……


なぜ……


なぜ……


僕がいながら、あの人は……




あの人の墓の前で、初めて怒りを覚えた。


そして、決意した……



何があっても、残った二人は僕が必ず守るって……


必ず、この手で……


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落雷の出会い

夜中……豪雨の中、鳴り響く雷に紫苑は怯え起きた。


「……?」


雷に混じり、何かが聞こえた……紫苑は、隣の部屋へ行き机に伏せ眠る幸人を起こした。


「?何だ……どうかしたか」

「森から銃声が……」

「あ?」


“ドーン”


「……雷に混じって、銃声が聞こえるな」

「紅蓮と雷獣が」


“ドーン”


突然窓前に、稲妻が落ち爆音を放ち地面を焦がした。幸人は窓を開け、下を見た。地面は一部が黒くなっており、ハッと森の方を見ると等間隔に稲妻が落ちていた。


「……雷獣に何かあったのか」

「先に森行ってる!」

「紫苑、待て!」


幸人の言葉を無視して、紫苑は宿を飛び出し小屋へ行くと起きていたエルを出し、飛び乗ると紅蓮達の元へ急いだ。

空へ飛びだった紫苑を見ると、幸人は秋羅達を叩き起こし着替えると、森の方へ向かった。


洞穴近くに降り立つエルから、紫苑は飛び降り洞穴を見た。付近には、昨日町を襲った妖怪の群れが集まっており、洞穴から出て来た雷獣と紅蓮は、襲撃してくる妖怪達を反撃していた。

 

 

「紅蓮!雷獣!」

 

 

小太刀を手に、紫苑は茂みから飛び出し襲ってくる妖怪達を次々と倒していった。二匹の元へ近付く、紫苑は雷獣の傍へ駆け寄った。

 

 

『紫苑、主は下がっておれ』

 

「でも、お前目が」

 

『平気だ。においと気配で敵がどこにいるか分かる』

 

「けど」

 

『紫苑!!後ろ!!』

 

 

飛び掛かろうとした妖怪を、紫苑は小太刀で突き刺し倒すと、雷獣を後ろに紅蓮と共に立った。

 

唸る妖怪達……先頭に立っていた妖怪が、咆哮を上げるとそれに釣られて、鳴き声を放った。

 

 

「な、何?」

 

『……!!

 

紫苑、紅蓮!下がれ!!』

 

 

 

“ドーン”

 

 

森中に響く爆発音……獣道を走っていた幸人達は、その音に足を止めた。

 

 

「な、何?今の爆発音」

 

「あっちの方から聞こえて……って、確かこの方向には雷獣の洞穴が」

 

「……紫苑!!紅蓮!!」

 

 

駆け出した秋羅と幸人に、翠達は慌てて二人を追い駆けた。

 

 

 

黒い煙が上がる洞穴付近……倒れていた紫苑は、目を覚まし起き上がった。

 

 

「……!

 

雷獣!」

 

 

傍で倒れていた雷獣の元に、紫苑は駆け寄った。微かに息がある雷獣に、一安心した彼女を後ろから何者かが拘束した。

 

 

「すっかり忘れていたよ。

 

見覚えがあるかと思ったら、大空大佐の資料にあった半妖の子供じゃないか。君」

 

「離して!!」

 

「暴れない暴れない。

 

君は、我々が保護し本部へ連れて行く」

 

「本部って……

 

嫌だ!!行きたくない!!」

 

 

嫌がる紫苑を、拘束していた兵士が押し倒した。それを見た紅蓮は、彼女を押し倒した兵士目掛けて襲い掛かった。

 

襲ってくる紅蓮に続いて、目を覚ました妖怪達が一斉に攻撃をしてきた。

 

 

「総員戦闘開始!!」

 

 

持っていた銃を兵士達は、襲い掛かってくる妖怪達に向け引き金を引いた。

 

放つ弾を妖怪達は次々と避けていき、兵士から銃を奪い押し倒すと、腕や足、顔を噛み付いていった。

 

 

「な、何故我々に攻撃して、半妖に攻撃しないんだ!?

 

資料には、半妖を攻撃すると書いてあった!」

 

『なら教えてやろう。

 

 

雷獣の野郎の主である、美優が帰ってきたんだからな!!』

 

 

妖怪達の声に、雷獣の目がカッと開き雷を起こしながら、立ち上がると咆哮を上げた。

 

鳴り響く雷は、雨の如く森に落ちた。雷に兵士達は、叫び声を上げながら逃げ回った。

 

 

丁度そこへ、幸人と秋羅が辿り着き目の当たりにした光景に驚いていた。

 

 

『主等を追い出すが為に、一演技していたが……こうも騙されるとは、驚きだ』

 

『貴様等の衣服を見るだけで、我等のボスを殺めた奴に似ておる』

 

「え?」

 

(討伐隊の中に、犯人がいるって事か……)

 

 

雷が鳴り止んだ隙に、地面に伏せていた紫苑は顔を上げ辺りを見回しながら、起き上がり立ち上がると紅蓮の元へ駆け寄ろうとした時だった。

 

 

“バーン”

 

 

「!!」

 

「紫苑!!」

 

 

放たれた銃弾は、紫苑の脚を貫き木の幹に当たっていた。倒れた彼女は、出血する脚の傷口を手で抑えた。

 

 

「攻撃中止しろ!!子供に当たってるんだぞ!!」

 

「ここで妖怪達を倒さねば、また被害が出るんだぞ!」

 

『主等が出て行けば、町に攻撃などせん!』

 

 

目の見えない雷獣は、討伐隊の方を向くと特大の雷を隊へ落とした。

 

凄まじい音と光線に、彼等は目を瞑った。

 

 

 

ゆっくりと目を開ける秋羅と幸人……討伐隊の方に目を向けると、それはいた。

 

 

雷の光に包まれた人影が、討伐隊と妖怪の間に立っていた。

 

 

「……幸人、あれって」

 

「……」

 

 

雷の光はやがて色を付けた……桜色の髪を耳下で結い、赤い目をした女性。

 

 

『あ、主……』

 

『……去りなさい。

 

ここは、雷獣達の住処……人が入ってはならない領域です』

 

「……」

 

『去りなさい。早く』

 

 

落雷に怖じ気付いた兵士達は、一斉に去って行った。残っていた隊長は、瞬時に脇差を抜き動けなくなっていた紫苑目掛けて投げた。

 

彼女に当たる寸前に、人の姿となった紅蓮が飛んできた脇差を払い止めた。脇差は、紫苑の足下の地面へ突き刺さった。

 

 

『……消えなさい。あなたは』

 

 

その声と共に、雷獣が放った雷が隊長の体に当たった。丸焦げになった隊長は、体から煙を上げてそのまま倒れ死んだ。

 

 

「す、凄え……」

 

「……」

 

 

二人が呆気に取られている間に、雨が止んだ。

 

 

女性は、振り返ると地面に座り込んでいた紫苑の元へ歩み寄った。

 

寄ると、女性はしゃがみそして、紫苑を抱き寄せた。涙ぐみながら、女性は紫苑の頭を撫でた。

 

 

『ずっと…傍にいたからね……』

 

「……

 

 

ママ?」

 

『そう……私はあなた達のママよ』

 

 

寄ってきた紅蓮を、女性は抱き寄せた。そして、頭を撫でながら、彼女は雷獣達の方を向いた。

 

 

『ありがとう……ここを守っていてくれて』

 

『美優の頼みを聞かない奴は、ここにはいない』

 

『目が見えずとも、主の顔は分かる』

 

『雷獣……』

 

 

寄ってきた雷獣の頭を、美優は撫でた。すると、彼女の体が徐々に消えだした。

 

 

『……時間ね』

 

「ママ、どっか行くの?」

 

『大丈夫。ずっと傍にいるわ』

 

 

そう言うと、美優は紫苑と紅蓮の額に軽くキスをした。

 

 

『雷獣、またこの地をお願いね』

 

『無論だ』

 

『皆も』

 

『あぁ』

 

『じゃあね。

 

姿が見えなくても、ずっと傍にいるからね……』

 

 

美優が言ったその名に、幸人達は驚いた。

 

 

立ち上がった美優は、光の粒となりその場から消え去った。天へ昇る光の粒を、紅蓮と紫苑は消えるまで眺めた。




「……紅蓮」

『?』

「ママが言った名前って、私達の名前なのかな」

『……さぁな』






『じゃあね。

姿が見えなくても、ずっと傍にいるからね……








みれい……ひかる』


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討伐隊の監察官

翌朝……


宿の外で煙草を吸う幸人……すると宿から、翠が出て来た。

 

 

「あれ?

 

先輩、煙草止めたんじゃ」

 

「考え事すると、ついな」

 

「フーン」

 

「悪かったな。お前等の仕事奪っちゃまって」

 

「いいですよ!今回は、依頼料の半分貰えばそれで万事OK!」

 

「……相変わらず、明るいな」

 

「明るさだけが、取り柄なんで!

 

 

15年経ちますね……」

 

「……」

 

「あの当時、私まだ未熟だったからあんまり理解してなかったけど……

 

結構大変でしたよ。この火傷のせいで、先生が亡くなった後仕事が全く来なくなって……

 

 

 

あー!!暗くなる!

 

ダメダメ!暗くなっちゃ!」

 

「1人で何やってんだか……」

 

「そうだ!

 

 

ねぇ、紫苑は?」

 

「雷獣の所だ」

 

 

 

洞穴……

 

雷獣の胴に頭を乗せた紫苑は、眠っていた。起きていた雷獣は、彼女の頭を撫でるようにして、鼻を擦り寄せた。

 

 

『……傷の方は、平気みたいだな。

 

傷口は塞がってる……というか、傷痕が無い』

 

『自身の血を傷口に垂らすとは……美優にソックリだ』

 

『……なぁ、美優は本当に俺と紫苑の母親なのか?』

 

『さぁな……

 

しかし、半妖は不死身。美優とその子供が今生きていてもおかしくはない』

 

『不死身……』

 

『だが、不死身と言っても……致命傷を負ったり、病に掛かれば普通の人間と同じように、命は尽きる』

 

『じゃあ、重傷とかは平気って事か?』

 

『そうだな』

 

『……』

 

『……何を思い悩んでいる』

 

『美優が言った言葉……どうしても、気になって』

 

『……みれいとひかる。

 

 

これか?』

 

『……

 

俺と紫苑、ずっと森に住んでた。

 

 

だけど、最近思うんだ……俺、本当はこいつとは別の場所で暮らしてて、何だかの理由で一緒になったんじゃないかって』

 

『……某はそうは思わない』

 

『え?』

 

『主等は、ずっと昔から共にいたのだろう。

 

そして、それは今も変わらない』

 

『……』

 

『まぁ、主は以前とは違う姿のようだがな』

 

『違う姿?』

 

 

「紅蓮!」

 

 

洞穴に入ってきた秋羅は、ヒョッコリと顔を出しながら彼の名を呼んだ。

 

 

「そろそろ町出るぞ」

 

『分かった』

 

「紫苑のこと頼んだぞ」

 

『あぁ』

 

 

自身を睨む雷獣に怯え、秋羅はそそくさと洞穴を後にした。

 

 

『……睨まなくとも、あいつ等は平気だ』

 

『体に弾丸を入れられて以降、人を信用できなくなったんだ』

 

『……

 

 

目が見えないのに、よく人の気配とか分かるな?』

 

『気配とにおいだ』

 

『なるほどねぇ……』

 

 

「……」

 

 

話し声に紫苑は目を覚まし、眠い目を擦りながら起き上がった。

 

 

『起きたか』

 

「……」

 

『秋羅達が呼んでる。行くぞ』

 

「うん……

 

 

雷獣、また来るね」

 

『いつでも、某は主等のことを待っている』

 

 

雷獣の頭を撫で、紫苑は紅蓮と共に洞穴を出て行った。

 

見えないが、雷獣のその眼には二人の別の姿が映った。両脇に美優と彼女が恋をした妖怪、そしてその間に紫苑と人の姿になった紅蓮が手を繋ぎ歩いていた。

 

その光景に、雷獣は微笑を浮かべて二人を見送った。

 

 

 

汽車の中……

 

向かい座席に座る、幸人達。一人座っていた幸人は、席で横になり眠っており、向かいに座っていた秋羅も、手掛けに肘をつき頬杖をしながら、眠っていた。

 

彼の隣に座っていた紫苑は、壁に凭り掛かりながら窓の外をボーッと眺めていた。

 

 

 

「やれやれ……大口開けて、眠るとは全く警戒心無い男だ」

 

 

聞き覚えのある声に、紫苑は通路側を向いた。

 

 

そこにいたのは、私服姿の陽介だった。紫苑はすかさず、隣で眠っていた秋羅を起こした。

 

 

「……?どうかしたか?紫苑」

 

「あれ……」

 

「あれ?

 

……!?

 

 

よ、陽介さん!?」

 

 

一瞬にして目を覚ました秋羅は、立ち上がり彼を見た。

 

 

「な、何で?……」

 

「貴様等に会って貰いたい者がいてな」

 

「会って貰いたい?」

 

「そうだ……

 

それより、この馬鹿を早く起こせ」

 

 

大口開けて眠る幸人に、紫苑は飛び乗った。飛び乗った衝撃で、幸人は苦しみ声を上げながら、紫苑の頭に手を置き上半身を起こした。

 

 

「幸人、起きたか?」

 

「こ、この……起こし方…は……やめ…ろ」

 

「他の起こし方だと絶対起きないから、これで起こせって、暗輝言ってたよ」

 

「それ、俺も聞いたことあるぞ」

 

「こいつは、俺等の中でかなりの朝寝坊だったから、今の後輩達が飛び乗って、起こしてたんだ」

 

「朝弱いのは、昔からなのか……」

 

「……って、何でテメェがここにいんだよ!?」

 

「反応遅過ぎだ」

 

 

起きた幸人は、紫苑を抱き上げると秋羅に渡し、座席に座り直した。

 

 

 

 

「監察官?何でまた」

 

 

汽車に乗る前に買った昼食を食べながら、幸人は陽介の話を聞いた。

 

 

「お前は知らないと思うが、一週間後の議会に紫苑を連れて来いと、元帥から命令が下った」

 

「……ハァ!?」

 

 

突然の大声に、秋羅は飲んでいたお茶を吹き出し掛けた。

 

 

「何でまた!」

 

「元帥が直々に、彼女をこの目で見たいんだと」

 

「うわぁ……面倒臭そう」

 

「言っとくが、弟子達も来るようにとのことだ」

 

「え?俺も?」

 

「あと、変人双子もらしい」

 

「暗輝と水輝もかよ……」

 

「けど、何でその議会の前に、紫苑を監察官に見せるんですか?」

 

「監察官がかなりのご老体で、本部まで来るのが少々辛くてな。

 

だから、本部へ連れて行く前に、あの人に会わせたいんだ」

 

「監察官は、何で紫苑なんかに会いたいんですか?」

 

「俺が保護された紫苑のことを話したら、すぐにでも会いたいと血相かいてな」

 

「血相かいてって……」

 

「そういや、昔話してくれたな……

 

 

本部に、小さな子供がいて祖母さんと面倒を見ていたって」

 

「小さな子供?」

 

「……」

 

 

小さな子供……

 

 

その言葉に反応した紫苑は、顔を陽介の方に向けた。彼の顔に一瞬、女性の顔が重なって見えた。

 

 

「……」

 

 

『必ず、〇の所へ返すから。約束する』

 

『またいつか、会おうね』

 

 

不意に聞こえる女性の声……紫苑は、過ぎていく窓の外を眺めた。




とある屋敷の庭……


咲き誇る色とりどりの草花に、その屋敷の主であろう老人が水を撒いていた。


「曾祖父ちゃん!先輩、友達と合流したって!」

「おぉ、そうか」

「曾祖父ちゃん、また庭の手入れ?

昨日もやってたじゃん」

「手入れは毎日じゃ。

スマンが、そこにある鋏と籠取ってくれ」

「ハーイ……何か採るの?」

「ようやく実ったからのぉ。

林檎が。これで林檎パイが作れるわい」

「林檎パイ……(本当、乙女チック)」


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100年越しの再会

数日汽車を乗り継ぎ、幸人達は目的の駅に着いた。


「クソ~……尻が痛い」

「お、俺も……」

「もう乗りたくない」

「だらしなさ過ぎにも、程があるぞ」


「先輩!」


自分達の元へ男が一人駆け寄ってきた。


「長旅お疲れ様です!

えっと……」

「数日前に話した、祓い屋の月影だ」

「あぁ!そうでしたか!


雨宮梗介(アマミヤキョウスケ)です!大佐の部下兼補佐をやらせて貰っています!」

「あ、あぁ……」

「俺、祓い屋見るの初めてなんです!

もっと厳つい方かと思ってましたが……」

「こいつを含む数名はこんな感じだ」

「え……」

「お前なぁ!」

「言われたくなければ、もっとキチンとしろ」


駅から数時間歩き、着いた先は広い庭付きの一軒家だった。

 

 

「無駄に広いな。庭」

 

「そして、綺麗」

 

「曾祖父ちゃん、ガーデニングが趣味なんです。

 

さ、どうぞ!」

 

 

門を開け、玄関の戸を開けると梗介は監察官を呼びながら中へ入った。

 

 

「……お前の部下って、まさか」

 

「監察官の曾孫だ」

 

「……

 

お疲れ」

 

「曾祖父ちゃん、何かいないみたいなんで、とりあえず中に入って下さい」

 

 

梗介に言われ、幸人達は中へ入った。

 

入る前、紫苑は庭から聞こえた音に気付き、庭に続く戸を開けると、庭の方へ行った。彼女の後を、紅蓮は黒大狼の姿になりエルと共について行った。

 

 

色とりどりの花々が咲き誇る中を、紫苑は見ながら歩いた。そして、一本の林檎の木に辿り着いた。

 

 

「……林檎の木だ」

 

 

立派に生えた林檎の木を、紫苑は見上げた。

 

 

その時、何かが地面に落ちる音が聞こえ、紫苑は音の方に振り向いた。

 

真っ白な長髪を耳下で結い、着流しに身を包んだ老人が持っていたであろう林檎が積まれた籠が、地面に転がり落ちていた。

 

 

「……まさか……

 

 

こんな……こんな事が……あるなんて」

 

 

目に涙を浮かべながら、老人はしわくちゃの両手を差し出した。ジッと見つめていた紫苑は、その手に招かれるようにして歩み寄り、彼に抱き着いた。老人は抱き着いてきた彼女を受け止め、しっかりと抱き締めた。

 

 

 

その頃、家の中にいた幸人は棚に飾られたいくつもの写真を見ていた。

 

若かりし頃の写真、家族写真、討伐隊へ入隊した頃の写真等が飾られていた。その中に、一人の女性と写った写真と子供が描いた絵があり、その前には花が添えられていた。

 

 

「……陽介」

 

「?」

 

「この写真に写ってる女って……」

 

 

指差す幸人の元へ、陽介は歩み寄り写真を見た。

 

 

「……あぁ。

 

 

曾祖母だ」

 

「やっぱり」

 

「この写真だと、多分入隊して間もない頃だろう」

 

「じゃあ、この絵は?」

 

「知らん」

 

「……似たようなの、お前持ってなかったか?」

 

「覚えていない。

 

曾祖母が亡くなった後、遺品は全て親戚に引き取って貰ったから。何があったかは」

 

 

「その絵、曾祖父ちゃんが討伐隊にいた頃、世話してた子供に描いて貰ったものらしいですよ」

 

 

茶を入れたカップをテーブルに置きながら、梗介は話した。

 

 

「世話してた子供?」

 

「えぇ。

 

確か、妖怪の総大将の子供だとか」

 

「……ぬらりひょんの子供か」

 

「本名は不明。

 

写真はないが年齢は当時12歳。しかし、それは見た目だけ。中身は3歳から5歳児と同じ精神。

 

この絵から見ると、当てはまるな。精神年齢と」

 

「お前、どこでその情報を取り入れたんだ?」

 

「企業秘密だ」

 

「……」

 

「……なぁ、幸人。

 

紫苑どこだ?」

 

「あ?

 

お前と一緒じゃ……」

 

 

秋羅の方を向くと、そこには彼一人しかいなかった。しばらく二人は無になり、そして事の重大さが分かると、紫苑の名を呼びながらテラスから、庭へ出て行った。

 

 

「どこ行った……あいつ」

 

 

 

「何じゃ?騒々しいぞ!」

 

 

声が聞こえ振り向くと、林檎が積まれた籠を持った男と林檎を食べながら、彼に肩車をして貰っている紫苑がいた。

 

 

(何だ……この光景は……)

 

「曾祖父ちゃん!庭にいたのかよ?!」

 

「丁度林檎が実っておったからな。

 

おぉ!陽介、幸人。よぉ来たな」

 

「ご無沙汰してます。監察官」

 

「堅くなるな。

 

儂は、主等の曾祖母には大変世話になったからな」

 

 

肩車していた紫苑を抱き降ろしながら、籠をテラスに置いていた机に置いた。

 

 

「幸人、この人が……」

 

「あぁ……

 

妖討伐隊前責任者及び監察官の、雨宮蘭丸さんだ」

 

「……色々凄い人」

 

「ほれ、そんなとこに立っとらんで中に入れ」

 

「あ、はい」

 

 

中に入る蘭丸に紫苑は、彼の服の裾を掴みついて行った。

 

 

「凄い懐き様だな」

 

「普段、どういう子なんです?」

 

「知らない奴には、まず懐かない。

 

それに、警戒心強いから自分に何かしようとした瞬間、攻撃されるぞ」

 

「それプラス、そこにいる黒狼とグリフォンから、攻撃を食らう」

 

「……

 

 

それに懐かれてる曾祖父ちゃんって……」

 

 

 

心地良く吹いた風が、庭に咲く草花を揺らした。丁度良い日差しが庭に差し込む中、紅蓮は林檎の木の下で昼寝をし、エルはテラス付近で頭を伏せ眠っていた。

 

 

「ところで幸人、お前の所で保護したこの半妖の名は?」

 

「紫苑って言います。

 

けど、前の主が付けた名で」

 

「付けた名?」

 

「何でも、紫苑には昔の記憶が無いみたいなんです」

 

「……そうか。

 

まぁ、あの様なことをされては、消えて当然かもしれんな」

 

「あの様なこと?」

 

「主等には話してあったじゃろ?

 

昔、討伐隊にいた頃子供の面倒を見ておったと」

 

「一応……」

 

「その子供と紫苑は、同一人物なんですか?」

 

「証拠となる写真は一枚も無いが、正真正銘この子(紫苑)はその時の子じゃ」

 

「え……」

 

「嘘……」

 

「ま、マジ?」

 

「マジじゃ。

 

 

100年振りだわ。この子に会うのは」

 

 

そう言うと、蘭丸は紫苑を自身の膝の上へ乗せた。

 

 

(紫苑が……)

 

(嫌がらない……)



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美麗という少女

「曾祖父ちゃん、ボケた?」

 

「ボケとらん!!

 

間違いない。この赤い目と白髪」

 

「曾祖父ちゃんだって白髪じゃん」

 

 

頭をぶつ鈍い音が、部屋に響き渡った。大きなタンコブを頭に作った梗介は、机に頭を伏せタンコブを手で抑えた。

 

 

「余計なこと言うからじゃ。

 

全く、調子こいた口の利き方は息子ソックリじゃ」

 

「祖父ちゃんは、この性格は曾祖父ちゃんに似たって言ってたよ」

 

「口答えするでない!!

 

で、どこまで話したっけ?」

 

「監察官が面倒を見ていた子が、赤い目と白髪だと」

 

「おぉ、そうだったそうだった。

 

 

儂がこの子の面倒を見ておったのは、入隊してから2年くらい経った頃だった」

 

 

自身が作った林檎パイを頬張る紫苑の頭を、蘭丸は撫でた。紫苑はそんな彼をお構いなしに、パイの次に剥かれていた林檎を食べた。

 

 

「よく食べるなぁ」

 

「紫苑の奴、林檎が好物みたいだからな。

 

家で林檎買うけど、すぐに無くなっちまう」

 

「昔と変わらぬな。

 

 

林檎が大好きで、よく話しておったわい。

 

森に生えてる林檎の木から林檎を採って、よく両親と晃さんの4人で林檎パイを作ったと」

 

「……今、何て?」

 

「4人で林檎パイを作ったと」

 

「その前」

 

「?

 

両親と晃さんの4人で林檎パイを作ったと」

 

「ひかる……幸人」

 

「その晃って方は、何者なんですか?」

 

「初代妖怪博士と言われておる男がおるじゃろ?

 

名は夜山晃。そいつじゃ」

 

「夜山晃……」

 

「あの妖怪博士に、家族いたんですか?」

 

「少々ややこしい話じゃ」

 

「……」

 

「美麗は、元々半妖と妖怪の間に産まれた子じゃった」

 

「みれいって?」

 

「……主等には、話しても良いじゃろう。

 

 

100年前、討伐隊が保護した……いや、無理矢理連れて来られた妖怪界の総大将・ぬらりひょんの子供。

 

その子の名が、美麗(ミレイ)……

 

 

夜山美麗(ヨヤマミレイ)と言う名じゃ」

 

「夜山……」

 

「美麗……」

 

「美麗と晃って、どういう人なの?」

 

 

林檎を食べながら、紫苑は蘭丸の方を向きながら質問した。

 

 

「晃さんについては、主等の曾祖母から話を聞いていただけで、どういう人だったかは何も」

 

「……」

 

「じゃあ、その美麗という子は?」

 

「本部に来た頃は、超がつくほどの暴れ様で……

儂の同僚と二つ上の先輩が、手と腕に凍傷を負ったと聞いた。

 

 

中へ入っても、大暴れして数名に噛み付いて怪我を負った。仕方なく、研究員は地下の西洋妖怪を閉じ込めておった牢屋へ、美麗を入れた。

 

それから数ヶ月後に、顔見知りである先輩……大空天花(オオゾラテンカ)さんが、彼女を迎えに行き、宥めながら自身の部屋に連れて行った」

 

「何で、天花って人には懐いてたんですか?」

 

「先輩は、晃さんの昔馴染みで親御さんが亡くなってから、ずっと気にしておった……

 

美麗の両親が亡くなった後も、まだ幼い彼女と晃さんを心配して、入隊した後ずっと気に掛けて家に通っておったんじゃ」

 

「彼女の両親は、何で死んだんだ?」

 

「確か……

 

まだ2歳の時に、父親であるぬらりひょんが上層部の手により、殺されてしまった」

 

「上層部の手によりって……」

 

「儂も詳しくは知らんが、何でも研究所の責任者がぬらりひょんを殺し、自身の研究所へ持って行ったと聞いておる。

 

 

 

彼が死んだことにより、妖怪界の秩序は乱れ妖怪達は暴れ出すようになり、最終的には人を襲うようになった」

 

「……」

 

「ぬらりひょんが亡くなってから1年後に、今度は母親が後を追うようにして、病気で亡くなった」

 

「母親が病気で……?

 

 

幸人、確か」

 

「言うな」

 

「?何じゃ?」

 

「あ、いやぁ……その……」

 

 

言い辛くする秋羅を見たのか、外で眠っていたエルは鳴き声を上げ、紫苑を呼んだ。

 

紫苑は、林檎を一つ手に取ると蘭丸の膝から降り、エルの元へ駆け寄りその場を離れた。

 

 

「……何つー、気の利くグリフォン」

 

「紫苑いなくなったんだから、とっとと言え」

 

「偉そうに命令するな。

 

 

紫苑が闇市の奴等に捕まったのは、北西の森。

 

紫苑は目が覚めたら、その森に住んでいたという状態だった」

 

「目が覚めたら?

 

どういう事じゃ?」

 

「一緒に暮らし、彼女の面倒を見ていた妖狐が言うには……

 

大きな町と二つの小さな村を滅ぼし、そこに住む人々を一人残らず殺したと。

 

その罪により、彼女は目が覚める前の記憶を封じたと」

 

「……」

 

「紫苑の父親は分かりませんが、母親は先程話した美麗の母親と同じく……病気で」

 

「父親は分からないとは、どういう事だ」

 

「妖狐が詳しく話してくれなかったんだよ。

 

事故で死んだとしか」

 

「本当か?

 

貴様は、大事な話の最中いつも寝ているから、信用できん」

 

「大事な話は起きてる」

 

「どうだか」

 

「テメェ……」

 

「弟子の前で、くだらん喧嘩をするでない!!」

 

「っ」

「っ」

 

「全く、いい歳をして」

 

(100歳超えの爺さんに、何怒られてんだか)

 

「なぁ曾祖父ちゃん。

 

その美麗って子は、今どうしてんの?」

 

「……

 

 

 

 

知らん」

 

「へ?」

 

「そんな昔のこと、忘れたわい」

 

「えぇ!!そりゃあ無いぜ!

 

本当は覚えてんだろ?曾祖父ちゃん!」

 

「覚えとらんことは覚えとらん!」

 

 

そう言って立ち上がった蘭丸は、テラスから庭へ出て行き、丁度空の散歩から帰ってきたエルの元へ行った。

 

 

自身に歩み寄ってくる蘭丸に、エルは甘えるようにして頭を彼に擦り寄せた。

 

 

「……エルが懐いてる。

 

何で?」

 

「そうじゃ……

 

 

言い忘れおったが、このグリフォン……100年前に本部の地下から脱走した、西洋妖怪の一匹じゃ」

 

「……ハァ!?」

 

「思い出すのぉ。

 

美麗は、良く地下に遊びに行ってはこのグリフォンを連れて、本部内にある園庭に連れて、飛び回っておったわい」

 

「エルの奴、そんな昔から生きてたのかよ」

 

「……紫苑がぬらりひょんの子供・美麗だとしたら、あいつに懐いて当然だな」

 

「じゃあ、紫苑の本当の名前は」

 

「確証は無いが……

 

 

恐らく、美麗だろう。

 

 

どういう訳か、本部から脱出後人々を殺しそして、妖狐達の力により記憶を封じられ、100年の眠りに付いた……

 

そんなところだろう」

 

「……」




人物紹介8


名前:雨宮蘭丸(アマミヤランマル)
年齢:128歳
容姿:長い白髪を耳下で結っている(若い頃は黒髪)。目の色は黒。
100歳超えとは思えないほどの、筋肉体。昔は妖討伐隊に入隊しており、数々の功績を残しその後引退した。現在は討伐隊の監察官をしている。

名前:雨宮梗介(アマミヤキョウスケ)
年齢:22歳
容姿:黒い癖っ毛を結い、いつも帽子を被っている。目の色は茶色。
蘭丸の曾孫。入隊したばかりでよくミスをする。今は見張り台として、陽介の下に就いている。


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妖討伐隊の本部

夕方……


夕飯を食べ終えた紫苑は、ソファーの上で蘭丸の膝に頭を乗せて眠っていた。


「うわぁ…寝ちゃってるよ」

「昼間あれだけ遊んだからな」

「それに、数日も汽車に乗ってるんだ」

「まぁ、明日また長期間汽車に乗るがな」

「またかよ」

「乗りたくねぇ……」

「安心しろ。

ファーストクラスの席を用意した」

「わー、ありがてー」

「喜びの他に何か、悔しさも含まれているような気が」

「何じゃ?どっか行くのか?」

「本部で祓い屋の会議があって、そこで紫苑を元帥に会わせるんだよ」

「紫苑を本部へ連れて行くのか?」

「えぇ。

一応、他の祓い屋達にも彼女の存在を知って頂いた方がいいかと思いまして」

「祓い屋つっても、もう何人かは会ってんだよな」

「他会ってない人って、いるんですか?」

「外国の方で、祓い屋を努めている者が2名いて、その者達はまだ」

「まぁ、そいつ等も変人だからな」

「祓い屋って、変人の集まりなの?」

「……その会議、儂も行く」

「え?」

「陽介、元帥に連絡を入れておけ。

今回の会議、監察官も伺うと」

「勝手に決めていいのかよ!?」

「何故、監察官が行ってはいけないんじゃ?」

「いけなくは無いけど……」

「決まりじゃ」


北東の海辺の町。町から少し行った先に橋が架かっており、その向こうには石の壁と巨大な要塞がそびえ建っていた。

 

 

 

数日汽車に揺られ、その町にやって来た幸人達は途中で会った暗輝達と共に、町のホテルで部屋を借り荷物を置いた。

 

 

「ったく、何でまたスーツなんだよ」

 

「お前みたいに、だらしない奴がいるからだ」

 

「うっ……」

 

(言われてやんの)

 

「文句言ってねぇで、とっとと着替えろ」

 

「お前はいいじゃねぇか。

 

着慣れた制服着ればいいんだからよ」

 

「貴様も、討伐隊に残っていれば、制服は着続けたぞ」

 

「誰が残るか。

 

あんな鎖で雁字搦めた所なんかに」

 

「……え?

 

幸人って、討伐隊の人だったの?」

 

「数年だけ。

 

その後、すぐに辞めたよ」

 

「その理由は」

 

「遅刻多過ぎたって話だ」

 

「自分から辞表届けだしたんだよ!」

 

 

ネクタイを締めながら、幸人達は部屋から出た。すると同じように、部屋から出てきた二組の客がいた。

 

 

「……おや?幸ひ」

「ユッキー!久し振り!」

 

「何でテメェ等がここにいるんだよ」

 

「葵さん、迦楼羅さん、お久し振りです」

 

「久し振り、秋羅」

 

「祓い屋は皆、このホテルに泊まることになっている」

 

「帰っていい?」

 

「何でそういう言い方するの!?」

 

「葵はともかく、テメェといたくないんだよ!」

 

「酷っ!!」

 

 

話ながら階段を降りていくと、ロビーには先に着替え終えた水輝が保奈美と先日会った翠が話していた。

 

 

「あら?幸人、あなたも来ていたんですね」

 

「こいつ(陽介)と来たからな」

 

「数日振りですね!先輩!」

 

「何だ?チビだから、ガキの制服着てくるんだと思ってた」

 

「迦楼羅先輩!!言って良い事と悪い事がありますよ!!」

 

「あれ?紫苑は?」

 

「シーちゃんなら、監察官と一緒に小屋にいるエルの所に行ってるよ」

 

「紫苑の奴、相当監察官のこと気に入ったみたいだな」

 

「まぁ、記憶が無くとも感覚と気持ちが落ち着くんだろうよ」

 

「落ち着くって?」

 

「どういう事?」

 

「追々話す」

 

 

 

 

ホテルの外にある、小屋の前で紫苑は中々檻に入らないエルの嘴を撫でていた。

 

 

「やれやれ。

 

檻に入りたがらないのは、昔からじゃな」

 

「家にいる時は、素直に入るよ」

 

「知っている場所じゃったり、信頼できる者がおれば、素直に入るんじゃ」

 

 

「曾祖父ちゃん!そろそろ行くぞー!」

 

「すぐ行く!」

 

「紅蓮、エルのことお願い」

 

『分かった』

 

 

手綱を紅蓮に渡し、紫苑は蘭丸と共に小屋を出た。エルは鳴き声を上げて、彼女を追い駆けようとし、その行為を紅蓮は止めた。

 

 

『すぐ帰ってくるから。大丈夫だ』

 

 

 

『ダメ……あそこへ行っては……』

 

 

 

『?』

 

 

どこからか聞こえた声に、紅蓮は辺りを見回した。小屋にいるのはエルと、檻の中に入った馬達と自分だけだった。

 

 

(……何だ?今の声……)

 

 

 

潮風が心地良く吹いた……門前で陽介達が話をしている最中、紫苑は奈々と共に橋の縁から身を乗り出し、海を見ていた。

 

 

「高ーい!

 

あ!船!

 

 

何か獲りに行くのかな?」

 

「魚じゃない?」

 

「そうかな?」

 

「あんまり乗り出すと、海に落ちるよ」

 

「平気!平気!」

 

 

そう言いながら、前のめりになった時手が滑り、奈々は縁から真っ逆様に落ちた。

 

傍にいた紫苑は、小太刀を橋の縁へ刺し彼女の足を掴み宙吊りになった。

 

 

いち早く2人の異変に気付いたのか、蘭丸は橋の縁の方を向いた。

 

 

「……紫苑?」

 

「蘭丸さん、どうかしました?」

 

「2人がおらん」

 

「え?

 

本当だ……」

 

「縁の方を見てくる」

 

「あ、俺も」

 

 

二人がいた場所へ行き、身を乗り出し下を見ると、橋の縁に小太刀を刺しそこに宙吊りになった紫苑と奈々がいた。

 

 

「紫苑!!奈々!!」

 

 

秋羅が呼び叫んだ直後、蘭丸は縁に手を掛け下へ降りると、紫苑の手首を掴み力任せに持ち上げ橋の上にいる秋羅に手渡した。

 

紫苑を地面に置くと、次に奈々を持ち上げ降ろした。

 

 

奈々の泣き声に、保奈美達は何事かと橋の縁へ駆け寄った。寄ってきた保奈美に、奈々は泣きながら抱き着いた。

 

 

「何があったんだ?」

 

「橋から落ち掛けたんだよ(重かったぁ……)」

 

「怪我は?!」

 

「見た所、怪我無いみたいです」

 

「全く、危機感のない子供じゃ」

 

「すみません……」

 

「あれ?曾祖父ちゃん、どこ行くんだ?」

 

「柱に刺さっておる、紫苑の小太刀を取りに行くだけじゃ」

 

 

そう言って、蘭丸は下へ降り刺さっている小太刀を抜き取った。

 

 

「……?

 

(この小太刀……

 

 

そうか……やはり、主が持っていたのか……

 

 

大将、ずっと傍にいたんですな……)」

 

 

小太刀を手に、縁を登り地面に降りると小太刀を紫苑に返した。

 

 

入城の許可を取れた幸人達は、中へと入った。

 

紫苑が最後に、中へ入った時だった……

 

 

『離して!!

 

帰るの!!帰るの!!』

 

 

どこからか聞こえた悲痛な叫び声に、紫苑は振り返り閉まっていく門を見た。

 

 

(……ここ……

 

 

何で……何で、こんなに胸が苦しいんだろう……)

 

 

「紫苑」

 

 

呼ばれた声に、紫苑はハッとし振り返った。そこにいたのは、蘭丸だった。

 

 

「どうかしたか?」

 

「……分かんないけど……

 

ここに来ちゃ、いけなかったような気がする」

 

「……大丈夫じゃ。

 

幸人達がおるんだから」

 

「……」

 

「さぁ、行こう」

 

 

差し伸ばし手を、紫苑は握り閉まった門を気にしながら、歩いて行った。




現在の祓い屋状況。


月影(ツキカゲ)……月影幸人。月影秋羅。

火影(ヒカゲ)……火影迦楼羅。火影火那瑪。

水影(ミズカゲ)……水影葵。水影時雨。

木影(コカゲ)……木影翠。木影邦立。

金影(カネカゲ)……金影保奈美。金影奈々。

土影(ツチカゲ)……土影創一郞。土影敬。

海影(ウミカゲ)……海影マリウス。海影アリサ。

紅影(ベニカゲ)……紅影花琳。紅影梨白。


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元帥、現る

中へ入った幸人達は、陽介に案内されながらエレベーターで、上へ行き用意された会議室の戸を開けた。


中には、既に創一郞と敬、先に行っていた翠と邦立がいた。席にチャイナパオを着た男とチャイナ服を着た女、窓際にスーツ姿にスカーフを巻いた男とゴシック服を着た女がいた。


「遅いですよ、月影」

「来る前に色々あったんだよ」

「本当か?」

「寝坊とかじゃないんですか?」

「黙ってろ!」

「おー怖」

「翠、お前サイズのスーツあったんだな……」

「本当に怒りますよ!!」

「相変わらず、うるさいチビですね」

「マリウス先輩、チビとか言わないで貰えます?」

「これは失敬」

「あのですね!!」

「どうでもいいから、早く席に着きなさいよ」

「花琳先輩!!どうでもよくないです!!

もう、皆して私をいじめて!!酷い!!」

「文句言いながら、俺を盾にするの辞めて貰います?」

「騒いでないで、とっとと席に着け!

元帥が来るぞ!」


“ガチャ”

 

 

「?」

 

 

大扉が開く音に、皆目を向けた。入ってきたのは、白衣を着た大地と翔だった。二人の姿を見た途端、紫苑は蘭丸の後ろへ隠れた。

 

 

「おっ久し振り~!皆、勢揃いしたみたいだね!」

 

「……

 

 

陽介、俺翔の脳天ぶち抜くわ」

 

「それじゃあ、俺は大地の脳天ぶち抜くとしよう」

 

「待て待て待て!!

 

人を殺そうとしないで!!」

 

「先輩!!人殺しは最低です!!」

 

「竜を売ってる君に、言われたくないんだよ。

 

幸人、心臓は僕に撃たせて」

 

「あぁ」

 

「ぎゃー!!殺されるぅ!!」

 

「コラコラ!!やめなさい!!

 

今回の会議は、ぬらりひょんのクローンとぬらりひょんの妻と、幸君が見付けてくれた初代祓い屋の結果報告なんだから、僕チン達がいなきゃ話にならないでしょうが!!

 

早く銃をしまって!!」

 

「なら、今手に持っているその注射針をしまえ」

 

「さもなくば……

 

幸人、俺の合図で撃て」

 

「了解」

 

「ぎゃー!!しまう!しまう!!」

 

「てか、陽介先輩までやめて下さい!!」

 

「貴様の後始末を、一体誰が片付けていると思っているんだ?あ?」

 

「すみません……もう文句は言いませんので、その不敵な笑みはやめて下さい」

 

 

 

「やれやれ……

 

お前達は、静かにできないのか?」

 

 

その声に、陽介はすぐに反応し敬礼した。他の者達も顔に引き締め、その者に目を向けた。

 

片腕を無くし、左目に眼帯をした男がそこに立っていた。その姿に、秋羅の傍にいた奈々は、怯え彼の後ろに身を隠した。

 

 

(凄え迫力……)

 

(こ、怖い……)

 

「お疲れ様です。元帥」

「お、お疲れ様です!元帥さん!」

 

「大空大佐、これで全員か?」

 

「はい」

 

「そうか……

 

弟子達は、別室へ行きなさい。ここからは我々と祓い屋の話だ」

 

「別室って……

 

俺等も一応、祓い」

「敬、黙ってろ」

 

「っ……」

 

「雨宮一等兵」

 

「は、はい!」

 

「弟子の方々を、案内しなさい」

 

「は、はい!!」

 

 

ぎごちない動きをする梗介に、陽介は軽く背中を叩いた。叩かれた衝撃により、いつも通りになると、彼は秋羅達を連れて会議室を出て行った。

 

 

 

「そういえば……

 

幸人、例の子は?」

 

「あ?」

 

「例の半妖の子よ!

 

どこにいるの?」

 

「知らない奴等ばっかだから、怯えて隠れてる」

 

「えぇ~」

 

「ここにいるのか?」

 

「まぁ、一応」

 

「監察官、そこを退いて頂けますか?」

 

 

蘭丸の前に、元帥は仁王立ちした。彼は眉毛をぴくりとも動かさず、ただただそこに立っていた。二人が睨み合っている間に、蘭丸の後ろから出て来た紫苑は幸人の傍へ駆け寄った。

 

 

「……綺麗な子だ……」

 

「真っ白な髪……それに、真っ赤な目」

 

「顔色、良くなっているね」

 

「こないだ、こいつの知り合いに治して貰ったんだ」

 

「そう」

 

「ご年齢は?」

 

「15だ」

 

「あら。てっきり10歳くらいかと思ったわ」

 

「15にしては、チビだもんな」

 

「木影よりはデカいだろ」

 

「先輩、少し黙ってて貰います?」

 

「お披露目はこれでいいだろう」

 

 

幸人の傍にいる紫苑を、元帥はジッと見つめそして歩み寄った。彼女は彼の気配に怯え、幸人にしがみついた。

 

 

「これが半妖か……

 

資料通りの容姿だな。赤い目に長く真っ白な髪」

 

「……」

 

「あまり近付かない方が良いです。

 

まだ、人に慣れていないんで」

 

「そうそう。

 

一緒にいるグリフォンに、突っ突かれるぞ」

 

「それはテメェだけだ」

 

「っ」

 

「……」

 

「して、この子の血液は採取したのか?雲雀副所長」

 

「……いいえ。まだです」

 

「随分前に、会いに行ったのでは?」

 

「行きましたが、本人が拒否をしたため採取できませんでした(所長に伝えたはずだけど……)」

 

「なら、今すぐに採取しろ」

 

「……分かりました。

 

 

藤風室長、手伝って下さい」

 

「りょーかーい」

 

 

歩み寄ってくる二人に、紫苑は怯え差し伸べてきた翔の目の前に、氷の柱を出した。瞬時に彼は、手を引っ込め後ろへ下がった。

 

 

「び、ビックリしたぁ……」

 

「今はやめた方が良い」

 

 

後ろで腕を組み、元帥に歩み寄りながら蘭丸は言った。

 

 

「知らぬ者ばかり故に、緊迫とした空気……

 

いくら半妖でも、怯えて当然じゃ」

 

 

幸人の元へ歩み寄ってきた蘭丸に、紫苑は駆け寄り彼にしがみついた。

 

 

「どれ……会議が終わるまで、儂がこの子の面倒を見ておる」

 

「なら、案内人を一人」

 

「別に良い。

 

部隊を退いて40年は経つが、この建物は何一つ変わってはおらん。内装はしかりと頭に入っておる」

 

 

そう言って、蘭丸は紫苑を連れて会議室を出て行った。彼の態度に、元帥は不満な表情を浮かべ、陽介は帽子の鍔を掴みながら、軽く溜息を吐いた。

 

 

「全く、大したお方だ」

 

「あれで100歳超えなんだよなぁ」

 

「紫苑、大丈夫かしら?」

 

「平気だ。

 

相当、監察官のこと気に入っているみたいだからな」

 

「僕チンなんて、会って早々狼君に噛まれ掛けたよ」

 

「俺なんて、見付けた早々に氷の刃食らいましたから」

 

「お前等二人は、自業自得だ」

 

「っ」

 

「無駄話はそこまでにして、早く会議を始めましょう」

 

「だな」

 

 

花琳の言葉に、一同は各々の席へ着いた。




庭園へ着た紫苑と蘭丸……

草花と木々が生い茂る光景を見た紫苑は、蘭丸から離れどこか懐かしむようにして、中へ入って行った。


そんな彼女の様子に、蘭丸は微笑みながらゆっくりとついて行った。


草花を見ながら、中を歩いていた紫苑は、後ろにいる蘭丸に笑顔を見せながら、先へ先へと歩いた。


(昔と変わらんのぉ……)


ふと思い出す過去……

庭園へ着た蘭丸は、連れて来た紫苑と瓜二つの容姿をした美麗の、手と足の枷を外した。外された彼女は、籠に閉じ込められていた鳥が、飛び出したかのようにして庭をグリフォンや他の妖怪達と駆け回った。



(今はもう、縛る枷も鎖も無い……

本当に、自由になったんだのぉ)


目に涙を溜めた蘭丸に、紫苑は気付いたのか彼の元へ駆け寄り、顔を覗き込んだ。蘭丸は何も言わず、覗き込んできた紫苑を抱き締めた。そんな彼の行為に、紫苑は大人しくし彼女自身も、蘭丸に抱き着いた。


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クローンの帰還

ワカラナイ……

ワカラナイ……


ナゼ、アノコヲ……


ダレナンダ……


ワカラナイ……






殺ス……アイツヲ


俺ヲ、〇シタ奴ヲ!!


「?」

 

 

窓際に立っていた秋羅は、ふと何かを感じたのか外を見た。吹き荒れる強風が、窓硝子を鳴らしていた。

 

 

「どうかしたか?」

 

「いや……(気のせいか)」

 

「あ~あ!

 

何で祓い屋の弟子達は、こっちの部屋にいなきゃいけねぇんだか」

 

「仕方ないでしょ。そう言われたんだから」

 

「そうですよ」

 

「俺等だって、歴とした祓い屋だっつーの」

 

「でもまだ、師匠の尻に敷かれてるじゃない」

 

「うっ……」

 

 

「皆さん、せっかく何で自己紹介でもしませんか?」

 

 

ゴシック服を着た女が、横髪を耳に掛けながら言った。

 

 

「何故、そんな事を?」

 

「必要なんですか?」

 

「いつかは、我々も弟子を取る身になる。

 

その時に、互いを知っていれば先生達と同じように、コミュニケーションが取れるではありませんか」

 

「まぁ、確かに……」

 

「それでは、私(ワタクシ)から。

 

英国で祓い屋をやらせて貰っています、海影マリウスの弟子……海影アリサと言います」

 

「随分日本語上手いな」

 

「先生に教えて貰っていましたので」

 

「あれ?マリウスさんって、日本の人?」

 

「母親が英国の人だったみたいです」

 

「なるほど」

 

「そんじゃあ、次は俺!

 

南西部担当の土影創一郞の弟子、土影敬だ!」

 

「……こんな奴が、本当に祓い屋なのか?」

 

「正真正銘、土影の祓い屋だ!!

 

秋羅!何とか言ってくれ!」

 

「丁重にお断りする」

 

「オイ!!」

 

「次は俺です。

 

東部担当の火影迦楼羅の弟子、火影火那瑪です。以後お見知り置きを」

 

「じゃあ、次。

 

北部担当の水影葵の弟子、水影時雨です。よろしくね」

 

「北東部担当の木影翠の弟子、木影翠邦立です」

 

「南部担当の金影保奈美の弟子、金影奈々です」

 

「南東担当の月影幸人の弟子、月影秋羅だ」

 

「……志那国担当の紅影花琳の弟子、紅影梨白(ベニカゲリハク)」

 

「長ぇ髪……何だ?志那じゃ、男は皆その長さなのか?」

 

「……」

 

「無視かよ」

 

「無意味な質問は、慎みなさい」

 

「お前に言われたくねぇんだよ、堅物」

 

「……秋羅、本当にこの人は土影の弟子なんですか?」

 

「俺も初め見た時は、疑ったもんだ」

 

「お前等酷くねぇか?!」

 

 

互いと話し合いながら、秋羅達は時間を潰した。

 

その時、秋羅は何らかのまた感じ、窓の外を見た。

 

 

「……な、何だ……あれ」

 

 

彼の言葉に、一同は窓の外を見た。外には橋を覆い尽くす妖怪の群れが、忽然と姿を現し本部を攻撃してきた。

 

 

 

“ドーン”

 

 

 

爆音と共に、本部全体が揺れた……

 

 

会議室にいた幸人達は、一斉に立ち上がり外を見た。攻めてくる妖怪の群れに、門番をしていた兵士が本部に入れまいと戦っていた。

 

 

「緊急報告!!

 

妖怪の群れが、突如の出現!!群れは、本部を攻撃しています!!」

 

「突如って……どうなっているの?」

 

「考えてる暇はない。

 

二組になって、本部に入り込んだ妖怪共をぶっ倒すぞ」

 

「弟子達はどうする?」

 

「自分らで何とかやるでしょう」

 

「危険を察知すれば、早急に対処しますよ。

 

うちのアリサは」

 

「それは、うちの梨白も同じ事よ」

 

「弟子の自慢話はいいから、早く出るぞ!!」

 

 

 

ホテルの小屋……

 

 

エルと一緒に留守をしていた紅蓮は、本部の方から感じる無数の妖気に驚き、近くに生えている木の上から本部を見た。

 

本部を襲う妖怪の群れ……

 

 

その群れを見た紅蓮は、すぐに危険を察知し檻から暴れているエルを出し、彼の背中に飛び乗ると一目散に本部へ向かった。

 

 

 

 

本部の園庭……

 

 

微かな揺れに、紫苑は摘んでいた花を手に立ち上がり、辺りを見回した。同じように、蘭丸も立ち周りを見ると、ジッとドアを見つめた。

 

 

「……蘭丸」

 

「厄介な者が、ここへ来ているようだ……

 

紫苑、こっちへ」

 

 

“パリーン”

 

 

「!?」

 

 

突然、硝子屋根が割れた……見上げながら、紫苑は小太刀の鞘から抜くと、蘭丸の傍へ寄った。寄ってきた彼女を抱き寄せ、彼は腰に挿していた鞘から打刀を抜き、辺りを警戒した。

 

 

その時、黒い霧が辺りに広がってきた。その霧を見た紫苑は、ハッと顔を上げ濃くなっている霧の方へ顔を向けた。

 

霧の中から、現れる人影……

 

 

『見つけた……

 

 

 

 

俺の子供』

 

「え……」

 

 

構えていた紫苑は、体勢を崩しそこに立った。霧が晴れ、現れ出たのは長い白髪を靡かせた、ぬらりひょん(クローン)だった。

 

 

 

廊下を駆け抜け、兵士達を襲っている妖怪を、幸人達は次々と倒して行った。

 

 

「キリが無いな!」

 

「どんだけ妖怪が攻めて来たんだよ……てか、何でいきなり現れ出たんだ?」

 

「本部に張ってる、結界をぶち壊すほどの力を持った妖怪……

 

 

まさか、ぬらりひょんクローン!」

 

「可能性はあるが、何でここへ来たんだ?」

 

「理由なら、あれだろう。

 

 

大地殺しに来たんだろう」

 

「何で僕チンなの!?

 

僕チン、何もしてないから!!第一、あのクローン作ったの所長だし!!」

 

「所長だぁ?」

 

「霧岬奏歌(キリサキカナタ)。

 

この妖討伐隊研究の全責任者。クローンは、彼が独自に進めてた研究で、僕チン達が知ったのはクローンが脱走した時!」

 

「何でそいつ、ぬらりひょんのクローンを作れたんだ?」

 

「何でも、高祖父さんが殺したぬらりひょんの体の一部と血液を保管してたらしくて……それを素に、再びぬらりひょんを蘇らせようと思ったわけよ」

 

「ちょっと待て……

 

その霧岬が、ぬらりひょんを殺した犯人の子孫なのか?」

 

「正確には玄孫。

 

所長の家系、何か皆早死にするみたいだからね」

 

「……そんで、今その所長は?」

 

「確か、今日帰って来るはず……いや、もう帰ってる。

 

あの人の事だから、多分園庭に行ってるね」

 

「何で園庭なんだよ」

 

「だって、所長女の子だもん」

 

「それ、正真正銘の女か?」

 

「もっちろん!」

 

「……

 

 

月影、こんな奴ほっといてとっとと園庭行くぞ」

 

「だな」

 

「ちょっと!!それ酷くない!?

 

 

でも、気を付けた方が良いよ」

 

「?」

 

「所長……

 

 

 

 

研究成功の為なら、多少の犠牲出しても、何にも感じない人だから」




人物紹介9


名前:海影マリウス
年齢:35歳
容姿:黒髪に赤みがかった橙色の目。左肘から手の甲に掛けて傷痕があり、それを隠すようにして白い手袋をしている。
担当場所が英国のため、普段はいない。花琳とは年子の兄妹。


名前:海影アリサ
年齢:20歳
容姿:銀の長髪。赤い花が描かれたバレッタでハーフアップにしている。目の色は水色。


名前:紅影花琳(カリン)
年齢:34歳
容姿:黒髪を一つ団子に纏めている。目は赤みがかった橙色。右脚から膝に掛けて傷痕がある。
担当場所が志那のため、普段はいない。


名前:紅影梨白(リハク)
年齢:21歳
容姿:灰色の長髪を一つ三つ編みにし、右目を隠すようにして、前髪を垂らしている。目の色は紫色。


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重罪

庭園で互いを見る紫苑とぬらりひょん(クローン)……



「いやぁ、驚いたよ……


まさか、自分から帰ってくるなんて思ってもみなかった」


そう言いながら、木の影からウェーブの掛かった赤茶色の髪を結い、水色と黄色のオッドアイを光らせ、白衣を着た者が現れ出た。

その者の姿を見た途端、紫苑は身の毛も弥立つ恐怖が襲い、そして力無くそこに座り込んだ。傍にいた蘭丸は、彼女を守るようにして前へ立った。


『貴様……』

「半年ぶりだね?

ぬらりひょん……




いや、伊吹麗桜(イブキリオ)」

『……いぶき……りお……』

「あなたの名前だよ」


不敵な笑みを浮かべながら、女は紫苑の元へ歩み寄った。彼女の前に立っていた蘭丸は、打刀を構え女を睨み言った。


「これ以上は、近付くでない」

「何故?

あなたに命令される覚えはない。そこを退いて頂戴」

「……怯えておる。怪我するぞ」


忠告する蘭丸を無視し、女は紫苑の前に立ち地面に膝を付いた。


目の前に見える、脚に紫苑は恐る恐る顔を上げた。


「……


あなたが、報告書に書いてあった子ね。


半妖の子供……」

「……誰?」


震える声で、紫苑は女に質問した。


「霧岬奏歌……


妖怪研究所の所長よ」

「……」


奏歌の不敵な笑みが、一瞬男の笑みと重なって見えた……

それと共に、紫苑の額に描かれていた雪の結晶の柱が一つ消えた。あの時と同様に、彼女の頭からまるで封じられていた蓋が開いたかのように、次々と記憶が蘇っていった。


『怯えることはない。


君は刺そうが怪我しようが、死にはしない……まぁ、痛みは感じるがな』

『機嫌が悪い?

そんなもの、枷を着ければ大人しくなるだろう』

『抑えておけ。今から血液採るんだから』

『あれは道具だ……実験して、何が悪い?』

『帰りたいなら、結果を出してからにしろ。


まぁ、帰ることなど一生叶わぬ夢だがな』


思い出す過去……その時、何かに反応するかのようにして、紫苑の手首に着けていたブレスレットが、強く光った。



「……ル」

「?」

「こんな所に……いたくない……」

「紫苑?」

「帰る……


帰る……帰る!!」


叫ぶようにして言った途端、紫苑を中心に無数の氷の刃が生え並んだ。


「だぁー!!もう!!

 

数が多過ぎだ!!」

 

 

既に息絶えた妖怪の亡骸に、座った敬は文句を言った。

 

 

「妖怪の群れが、まさか中に入ってくるとは……」

 

「ちょっとアンタ、討伐隊の人でしょ!

 

何か連絡来てないの?」

 

「そう言われましても、無線に何も……」

 

「……それ、壊れてんじゃねぇの?」

 

「そ、そんなはずは……

 

 

あ!!電源切ってた!!」

 

「馬鹿!!」

「阿呆!!」

 

 

電源を入れた途端、すぐに通知が入り梗介は出た。

 

 

「はい!こちら、雨宮」

《この馬鹿たれ!!

 

何電源切ってんだ!!》

 

「す、すいません!!」

 

(あの怒鳴り声、陽介さんだな)

 

《状況報告をしろ!!》

 

「あ、はい!

 

祓い屋の弟子8人は全員無事です!

 

 

現在、中に侵入している妖怪達を倒しながら、先輩達の元へ進行中であります!」

 

《今どこだ?

 

貴様の場所によって、集合場所を確定する》

 

「南側、三階です!」

 

《四階にある渡り廊下を合流点とする!

 

いいな?》

 

「りょ、了解であります!」

 

 

連絡をしている間、奈々はふと窓の外を見た。

 

 

「……?」

 

 

硝子張りの屋根が、氷の刃で内側から割られていた。

 

 

「……秋羅さん!あれ!」

 

「?」

 

 

奈々が見ていた窓へ行き、外を見て秋羅はその光景を目にした。

 

 

「あの氷……

 

 

紫苑!!」

 

「秋羅さん!!」

 

「ちょっと、どこ行くの!!」

 

「ば、バラバラにならないで下さい!!」

 

「我々が追い駆ける」

 

「あなた方は早く、合流点へ」

 

「わ、分かりました……って、追い駆ける!?

 

ちょっと!!」

 

 

鉄棍棒とレイピアを手に、梨白とアリサは秋羅の後を追い駆けていった。

 

 

 

 

園庭……

 

 

冷気が漂う中、紫苑はスッと目を開けた。

 

 

「……蘭丸?」

 

 

立ち上がり、紫苑は辺りを見回した。生え並ぶ氷の刃と、辺りに漂う霧に視界が奪われ、彼女は刃に触れながら歩いた。

 

前を歩いていると、何かにぶつかった……歩みを止め、紫苑は上を見た。

 

 

そこにいたのは、ぬらりひょん(クローン)だった……

 

 

『貴様は……

 

 

 

 

誰だ……』

 

「……し……紫苑」

 

『……違う……

 

 

その名は、貴様の名では無い』

 

「……」

 

『……

 

 

赤い瞳……』

 

「え……」

 

『アイツも……

 

 

同じ目をしていた』

 

「……アイツって」

 

 

“バーン”

 

 

 

肩を撃たれるぬらりひょん(クローン)……彼の肩から飛び出した血が、転々と紫苑の顔に当たった。

 

 

「これで動けまい。

 

さぁ、大人しく研究所に……!」

 

 

再生する傷口……ぬらりひょん(クローン)は、顔を上げ紫苑に微笑みを浮かべると、振り返り彼女を睨んだ。

 

 

「……マジか……再生能力、ついちゃったか」

 

『……』

 

 

高まるぬらりひょん(クローン)の妖力……黒いオーラを纏う彼の姿が、次第に変わっていった。

 

 

長く伸びた白髪が、逆上がった……そして、後頭部が異様に伸び、それを覆い隠すようにして髪が移動した。

 

深く息を吸うと、ぬらりひょん(クローン)は雄叫びを上げた。

 

 

 

「!!」

 

 

場内を駆けていた幸人を含む祓い屋達は、突如頭を抑えてその場に転がり倒れた。

 

 

「幸人!!創一郞!」

 

 

共にいた陽介は、倒れた二人の元へ駆け付け襲おうとする妖怪達を、銃で倒していった。

 

 

「しっかりしろ!!

 

どうしたんだ!?いきなり」

 

 

声を掛ける陽介だが、二人の耳には彼の声が届いていないのか、頭を抑えながら床を激しく殴った。

 

幸人の肩に触れようとした時だった……

 

 

「……!?」

 

 

服を破り、背中から生えた不気味な翼……禍々しい妖気を漂わせながら、翼は動いた。

 

 

(な、何だ……これは)

 

 

幸人と同様、創一郞の左肩から黒い炎が燃え上がっていた。

 

 

それは他のメンバーも同じだった……

 

 

葵は、右腕にあった傷痕から、鋭い鎌のような物が生え伸びた。

 

保奈美は、変色が体中に広がり痛みに耐えながら、その場に蹲った。

 

迦楼羅は、穴が開いたような傷痕から鋭く尖った角のような物が生えた。

 

翠は、目に遭った火傷の痕が獣のような目付きへと変わり、顔半分が妖怪の顔へと変化していた。

 

マリウスは、腕の傷痕から硬い皮膚が腕を覆っていた。

 

花琳は、脚の傷痕から鋭い皮膚が脚の全てを覆っていた。

 

 

8人全員が、カッと目を開くと荒く息をしながら立ち上がり雄叫びを上げた。

 

 

 

その雄叫びは、合流点に向かっていた梗介達と、園庭に向かっていた秋羅達の耳に響いた。

 

 

「な、何?」

 

「す、凄い妖気ですね……」

 

「何か、今までの奴よりデカくないか?」

 

「な、なな、何が起きてるんですか?!」

 

「慌ててないで、早く案内しなさいよ!」

 

「そんな事言ったって!!」

 

(これで良く、討伐隊に入れたな……この人)

 

 

 

「な、何だ……」

 

「凄まじい妖気……どうなってるの?」

 

「……月影、早く行こう」

 

「あ、あぁ……(何だ……この胸騒ぎは……)」

 

 

梨白の掛け声に、足を止めていた秋羅は再び走り出し、園庭へ向かった。

 

 

 

ぬらりひょん(クローン)の雄叫びの迫力に、紫苑は腰が抜けその場に座り込んだ。

 

その時、割れた天井窓からエルが飛び込み紫苑の前に、エルが舞い降り背中に乗っていた紅蓮が降り立った。

 

 

「……紅蓮……エル」

 

『……あなたは、ここの人ではない』

 

『?』

 

「紅蓮?」

 

 

雰囲気に違和感を感じた紫苑は、彼の名を呼んだ。紅蓮は一瞬振り返ると、微笑を浮かべ再び前を向いた。

 

 

『貴様は……

 

 

俺が誰か、分かるのか?』

 

『あなたはもう、100年以上前に亡くなっている。

 

亡くなっている今、この子との接触は避けて下さい』

 

『死んでいるなら、何故俺は今……』

 

『人の悪しき心が、あなたを作ったからです』

 

『作った?』

 

 

言葉を繰り返したぬらりひょん(クローン)は、ブツブツと何かを言い始めた。その隙に、紅蓮は紫苑の前にしゃがむと、頬を撫で微笑んだ。

 

 

『大丈夫……必ず、守るから』

 

「守る?」

 

 

 

“バーン”

 

 

「……え?」

 

 

紅蓮の体を貫き、紫苑の肩に銃弾が掠った……

 

その光景に、紫苑の脳裏にフラッシュバックで記憶が蘇った。

 

一筋の涙が、頬を伝い手首に着けていたブレスレットに落ちた。ブレスレットは強い光を放つと、粉々に砕けた。




「?!」


遠くの北西の森……


凄まじい二つの妖気を感じた地狐と天狐は、ある方向に顔を向けた。不意に吹いた風が、2人の髪を靡かせた。


『……姉君』

『方向からして、人間共が作ったあそこからだな。


行くぞ。まだ、あの記憶に辿り着くのは早い』

『だね。

ゴルド、プラタ行くよ!』


2人がいる木の下で、二匹でじゃれ合っていた金と銀の鱗を覆った竜が、彼の声に反応し鳴き声を発し降りてきた二人を乗せ、稲妻の如く飛んでいった。


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15年前の事故

場内を歩く梗介達……

見えた渡り廊下に、梗介は安堵の溜息を吐き駆け出そうとした時だった。


“ドーン”


突然渡り廊下の屋根が壊れた……土煙からムクッと起き上がる妖怪に、彼等は素早く武器を構えた。


土煙から姿を現したのは、右腕が鋭い鎌のような物が生え伸びた、葵だった。


「あ、葵さん!?」
「師匠!!」

「な、何で?!」


考えている内に、葵は咆哮を上げると手に妖力を溜め、それを敬達目掛けて投げ飛ばした。彼等は素早く避けると、各々の攻撃を放った。

だが、彼等の攻撃は全て弾き返され、その攻撃と共に妖怪化した葵は、時雨目掛けて鋭い鎌を振り下ろしてきた。


「師匠!!」

「どうなってるんだ……

何で、葵さんが妖怪に……」

「だぁー!!頭が混乱するぅー!!」

「皆は先に行って!

師匠は何とかここで、食い止めるから!」

「だとさ、兵士さん」

「そ、そそ、それ、それじゃあ……行」
「危ない!!」


向こうの廊下から、放たれてきた妖力玉にいち早く気付いた火那瑪は、梗介を押し倒し避けさせた。


前を向くと、そこにいたのは妖怪化した保奈美、創一郞、翠、迦楼羅の四人だった。


「先生!?」
「ママ!!」

「どうなってんだよ!!一体!」

「同じ質問をいちいちするな!!」

「先輩~!!

どこに行ったんですか~!!」


園庭へ向かう秋羅達……

 

 

その時、どこからか激しい銃声が響いてきた。

 

 

「自棄に騒がしいわね」

 

「……凄まじい妖気が、漂っている」

 

(……この妖気、どこかで……)

 

 

その時、壁が破壊され中から銃を持った陽介が転がり出てきた。

 

 

「陽介さん!?何で……!!」

 

 

壁から出て来る、一匹の妖怪……竜のような容姿に翼を動かし、二本脚でそこに立っていた。

 

 

「妖怪……」

 

「……幸…人?」

 

 

そう呟く秋羅の声に、その妖怪は鳴き声を発した。秋羅は構えていた槍を降ろし、歩み寄ろうとした。次の瞬間、妖怪は口から妖力の光線を吐き出した。

 

 

「月影!」

 

 

すぐに避けようとしなかった秋羅を、梨白は襟を引っ張り光線を避けさせた。光線をは石壁を突き破り海を真っ二つに割りながら、近くの無人島の山を破壊した。

 

 

「凄い威力……」

 

「貴様等、早く逃げろ!!」

 

「逃げろって言われても……!?」

 

 

突如アリサの背後から、何者かの攻撃が通過した。すぐに振り返ると、そこには左腕が変形したマリウスと、右脚から鋭い鎌を生やした花琳が、立っていた。

 

 

「……せ、先生……」

「先生……」

 

「下がれ!貴様等には、まだ早い!」

 

 

襲ってきた三頭に、陽介は容赦なく銃弾を放った。

 

 

「陽介さん!これって」

 

「さっき聞こえた雄叫びに共鳴して、幸人含む祓い屋全員が妖怪化した!」

 

「全員が……」

 

「妖怪化……」

 

「な、何でそんな事が!?」

 

「他の部下からの情報だと、ぬらりひょんのクローンが、園庭に現れたらしい。

 

そこへ向かう途中、この様だ」

 

「園庭って……

 

紫苑達は?!」

 

「分からん。

 

ましてや、無事かどうかも」

 

「……」

 

「敵は三体……

 

アリサ」

 

「分かっているわ。

 

秋羅、ここは私達が食い止めますから、先に行って下さい」

 

「え?けど」

 

「とっとと行け」

 

 

後ろへ下がり、先に行こうとした瞬間、妖怪化した幸人が飛び彼の前に立ち道を塞いだ。

 

 

「……やはりか……

 

 

幸人もだが、他の奴等も全く俺等に興味を示さず、代わりに自身の弟子達にはああやって、興味を示している」

 

「他の奴等って……」

 

「暗輝達からの連絡で、去って行く奴等を追い駆けたら、合流地点である渡り廊下にいた弟子達を襲ったらしい」

 

「……」

 

 

唸り声を上げ、秋羅を睨む幸人……咆哮を上げると、幸人は手に妖気を纏い、地面を蹴り秋羅目掛けて拳を振るった。

 

自身に当たる寸前に、秋羅は槍で受け止め踏ん張り幸人を見つめた。

 

 

「……目ぇ、覚ましやがれ!!馬鹿師匠!!」

 

 

手に気孔を溜めると、秋羅はそれを幸人の脇腹に当て攻撃した。もろに食らった彼は、脇腹を手で抑えながら鳴き声を発すと、鋭く尖った爪で秋羅の腕を刺した。

 

刺してきた爪を掴み、秋羅は幸人の肩に槍を突き刺した。

 

 

「秋ちゃーん!!幸くーん!!」

 

 

その声と共に、何かが幸人の首に突き刺さった。彼は項垂れる様にして、秋羅の前で倒れた。

 

 

「何とか間に合った!」

 

「だ、大地さん!?(何か、秋ちゃんって呼ばれた気が……)」

 

「薬効いて良かった!効かなかったら、どうしようかと思った!」

 

「薬って……」

 

「特性麻酔薬!

 

暗輝達にも渡したから、多分今頃は……」

 

「はぁ……」

 

「しっかし、まさか15年前の事故の後遺症がここで発動するとは」

 

「15年前の事故?」

 

「あれ?聞いてない?

 

 

幸君初めとする、祓い屋全員は15年前ある実験台になって貰ったの。

 

懐かしいなぁ!その当時、暗輝も水輝も一緒にいてさぁ!」

 

「ちょっと待って下さい!

 

え?水輝さん達、本部の人だったんですか?」

 

「そうだよ。

 

元、ここの研究員。かなりの優秀な人材でね!

 

 

以前の所長がまだ生きてたら、二人共やめなかったはずよ」

 

「以前の所長って……」

 

「二人の実のお父さん!

 

育てられないからって、二人は施設で育ったけど……何か、見るからに仲の良い親子って感じだったわね!」

 

「……」

 

 

楽しそうに話す大地の声が、段々と聞こえなくなっていった秋羅は、眠っている幸人を見つめた。

 

 

(実験台って……)

 

 

「でも、あの子は残念だったわね」

 

「あの子?」

 

「幸君のガールフレンド!

 

そんで、今はもう亡き祓い屋の一人……」

 

 

言い掛けた瞬間、背後から陽介が彼の頭に踵落としを食らわせた。

 

 

「全く、お喋りインコが」

 

「……」

 

「秋羅」

 

「?」

 

「詳しい話は、幸人本人から聞くといい。

 

今回のことで、もう話してくれるだろう」

 

「……俺、幸人のこと何も」

 

「勘違いするな

 

彼は、余計な心配を掛けたくなかったんだ……だから、何も言わなかった。それだけだ」

 

「……」

 

「さぁ、合流地点へ行こう。

 

大地、さっさと起きろ」

 

「……陽君、相変わらず……容赦ない」

 

 

頭を抑え、千鳥足で大地は花琳を担いだ陽介の後をついて行った。

 

後ろからマリウスを支え、アリサと共に梨白が歩き、彼等に続いて秋羅は槍をケースにしまい、幸人を支え歩いて行った。

 

 

 

その頃、梗介達は水輝と暗輝が放った麻酔針のおかげで、戦闘は終わっていた。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「先生、相変わらず手加減してくれない……」

 

「師匠達、何で妖怪になったんですか?」

 

「あ~、こっちもか」

 

「まぁ……

 

 

説明は後で」

 

「……」

 

「……!

 

先輩!」

 

 

立ち上がった梗介の目の先には、幸人達を担ぐ陽介達がいた。

 

 

「よぉ!無事か」

 

「当たり前だ。

 

貴様等とは、鍛え方が違う」

 

「ヘイヘイ……」

 

 

“ドーン”

 

 

「!?

 

な、何だ!?」

 

「……!?

 

先輩、あれ!!」

 

 

窓の外から見える、硝子を突き破り天へと伸びた氷の柱……

 

 

「何だ、あれは……」

 

「あそこって、確か園庭がある場所じゃ」

 

 

次の瞬間、秋羅は駆け出した。彼に続いて、陽介も駆け出した。

 

 

「先輩!?どこ行くんですか!?」

 

「そこで待機してろ!!」

 

「え?!」




『ったく、何で俺等が実験台になんなきゃいけねぇんだよ』

『だって、所長がそう言うから』

『所長中心の生活か?この研究所は』

『実際は、奏歌君中心だよ。

私は、彼女の実験を中心に動いているだけだから』

『しょ、所長!?』

『久し振りだね。幸人君、創一郞君』

『お久し振りです』

『相変わらず、お元気そうで』

『全然元気じゃないよ。

そろそろガタがきてね』

『何言ってんだよ!親父!』

『さっきまで、脱走した獣妖怪を追い駆けてたくせに』

『暗輝、水輝、少し黙ってて』

『ヘーイ』
『ハーイ』

『久し振りに、お父さんと研究できるから、嬉しいのよね?』

『べ、別にそんなんじゃ!』

『保奈美、からかうな!』

『ハイハイ』

『モテモテだな、親父さん』

『アハハハ……』

『幸人ー!』

『うわっ!』

『動物みてぇに、毎回飛び付くな。愛』

『そして、その被害に遭う幸人も、毎回無防備だね』

『飛び付くな!毎度毎度!!』

『いいじゃん!別に~!

祓い屋になってから、幸人全然会ってくれないんだもん!』

『仕方ねぇだろ。仕事があるんだから』

『月影って、結構依頼来てるわよね?

師匠から聞いたけど』

『月影が、厄介な依頼を受けるから依頼しやすいんだと』

『あのクソ爺のせいで、何度死にかけたことか』

『えー!幸人、死んじゃ嫌!』

『死なねぇよ』

『そうそう。

今回の実験は、死人は出ないから』





死人は……




出ないから……


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亡くした家族

弱い冷風が吹き、気を失っていた蘭丸の髪を揺らした。彼はスッと目を開けると、痛む体に力を入れながらゆっくりと立ち上がり、傍に生えている氷の柱に手を掛けた。


(……何がどうなってるんじゃ……


美麗、どこじゃ)


辺りに掛かっていた白い霧が、徐々に晴れてきた……蘭丸は霧の向こうにある、人影の元へ近付きそして目を見開いて、歩みを止め見つめた。


腰上まで長く真っ白な髪を伸ばした二十歳前後の女性が、血塗れになった黒髪の男を守るように立ち、ある一点を睨んでいた。

そこには、銃口を彼等に向ける奏歌の姿があった。


「……どうなってるの?

妖力が一気に上がったかと思ったら……あなたは、誰?」

「……




みれい……








伊吹……美麗……


それが……私の名前」

「……」


その時、獣の鳴き声が響いてきた……割れた硝子の天井から、二匹の竜が降り立った。そして二匹の背中から、天狐と地狐が降り美麗の元へ歩み寄った。

美麗は振り返り、二人を見つめた。


「……天狐……地狐」

『良かった……間に合った』

「……ひかるは?」

『まだだよ。

ほら、今は眠りなさい』


彼女の額にチョンと地狐は指を当てた。その瞬間、美麗は紅蓮と共に倒れた。意識を失った彼女の体に、天狐は手を当て妖気を吸い取った。すると、美麗の体は元の紫苑の体へと戻った。


『さてと……』

 

 

目付きを変え、二人は奏歌を睨んだ。

 

 

『君か……

 

麗桜を殺し、ひかるを殺したのは』

 

「人聞きの悪い言い方だね……

 

麗桜を殺ったのは、私の高祖父。そこで倒れている、彼を殺ったのは、曾祖父だ」

 

『その犯罪者の血を引いているのは、お前だ。

 

お前のせいで、妖界(アヤカシカイ)は乱れまくりだ。人を襲わなかった妖怪達は人を襲い、襲っていた妖怪はさらに酷くなり、人への被害は尋常ではない。

 

 

何故そうなったか、分かるか?

 

 

お前の先祖達が、ぬらりひょん……麗桜を殺したからだ!!』

 

 

妖力を全開にするかのようにして、妖気を放ち風を起こした二人。夥しい妖気に包まれた二人の背後から、9本と8本の尾が揺らいだ。

 

 

「……これが、俗に言う妖狐。

 

彼女は九尾かな?」

 

 

妖気が漂う中、紫苑の隣で倒れていた紅蓮はスッと目を開け、起き上がると炎を両手に溜め二人の前に立った。

 

 

『……紅蓮?』

 

『違う……』

 

『これ以上、美麗達が苦しむことはしないで欲しい。

 

するなら、今ここで君を殺してもいい』

 

(……凄い妖気だ。

 

今まで、感じたことのない……)

 

『ひかる、やめろ。

 

人になれなくなるぞ』

 

『なれなくなったて良い……

 

 

僕は……麗桜さんを殺した輩を、許したくはない』

 

 

徐々に大きくなる炎の拳……すると、今まで大人しくしていたぬらりひょん(クローン)が、彼の炎を消した。

 

 

『……』

 

『お前は……

 

 

我等の世界に、入ってくるな』

 

『……』

 

 

「紫苑!!」

 

 

駆け付けた秋羅は、柱を避けながら陽介と共に中へ入った。

 

 

「凄い氷の柱だ」

 

「多分、全部紫苑が出したやつだ」

 

「え?」

 

「アイツ、怒りの感情を感じた時に出すんです。

 

威嚇攻撃みたいに」

 

「そんな事が……

 

!?秋羅、伏せろ!」

 

 

突然飛んできた銃弾に、陽介は秋羅と共に地面に伏せた。顔を上げ、見た先にはぬらりひょん(クローン)と紅蓮、天狐達が立っていた。

 

 

「何で、地狐達が……(あの黒髪、確か紅蓮が人になった時の)」

 

「……!?

 

監察官!!」

 

 

柱に凭り掛かるようにして座り込んでいる、蘭丸の元へ駆け寄った。

 

 

『……また、邪魔が入った……』

 

『……』

 

 

黒い霧を漂わせながら、ぬらりひょん(クローン)はその場から姿を消した。消えると、紅蓮は倒れている紫苑の傍へ行き、彼女を抱き上げ温もりを感じるようにして抱き締めた。

 

そこへ、秋羅は駆け付け彼を不思議そうに見つめた。

 

 

「……お前、誰だ?」

 

『……月影か……

 

久し振りだね』

 

「……」

 

『君に会うのは、初めてか……

 

 

僕は、夜山晃(ヨヤマヒカル)。

 

 

美麗の家族だよ』

 

「みれいって……!?」

 

『そう……

 

 

この子の本当の名は、美麗……

 

 

夜山美麗……』

 

 

抱き締めた紫苑…美麗に目を向けながら、晃は秋羅に話した。

 

 

ぬらりひょん(クローン)が居なくなったことにより、場内に侵入していた妖怪達は、皆外へ出ていった。

 

妖怪化していた幸人達の体は、元の体へと戻った。戻ると、梗介は水輝と暗輝の指示に従いながら、彼等を医務室へと連れて行った。

 

 

 

 

夕方……

 

 

ベッドが並ぶ広間に、弟子達はいた。各々の前には、ベッドに横たわり眠る師達がいた。

 

部屋の隅には、落ち着きが無いエルと二匹の竜の頭を撫でる、地狐と天狐がいた。

 

 

場所は変わり、北の塔のある部屋……置かれていたベッドに、寝息を立て寝返りを打つ美麗に、傍にいた晃は毛布を掛け頭を一撫でした。

 

 

『当分は起きないよ。

 

彼女は僕が見ているから、君は皆の所へお帰り』

 

「……お前、本当に紅蓮か?」

 

『え?』

 

「いや、だって……

 

何か、普段と違うというか……」

 

『そうか……そういえば、そうだったね。

 

 

じゃあ、改めて。

 

僕は、夜山晃(ヨヤマヒカル)。美麗の義兄だった者だよ』

 

「……義兄って……

 

本当の兄妹じゃないのか?」

 

『まぁね、ちょっと複雑なんだよ……』

 

「……

 

 

お前が、紅蓮なら……お前の本体って言うのか?体は……」

 

『もう、100年経つかな。

 

僕は、もう今は亡き者だよ』

 

「……」

 

『死んだ当時、残った美麗が心配でね。

 

 

僕が死んだことと僕と過ごした日々の記憶を封じる代わりに、彼女の傍に置かせて貰ったんだよ』

 

「……その封じた記憶って……」

 

『……話したくない。

 

この記憶は、僕はもちろん……美麗にとって、辛く悲しい記憶だから』

 

「……」

 

 

どこか悲しい目で、晃は美麗の頭を撫でた。その様子に、秋羅は何も言えずふと周りを見て、ある物が目に留まった。

 

窓際の片隅に、置かれた机の上に飾ってあったボロボロのぬいぐるみを見るようにして、歩み寄った。

 

 

片耳と片目が取れかけ、白だったであろう部分は黒くなった、赤い首輪を着けた黒猫のぬいぐるみを秋羅はソッと、手に取り見つめた。

 

 

『それは、僕が美麗に送った誕生日プレゼント。

 

そんなになるまで、ずっと抱いていたんだね……彼女、美優さんが亡くなってから、心細くなって何か抱いていないと、寝られなくなってね』

 

「美優さん、やっぱり死んでたのか……」

 

『麗桜さんが亡くなった後、ショックで体を壊してね……

 

1年の療養の後に、そのまま……一人になった美麗を、僕が引き取ったんだ』

 

「麗桜?

 

誰ですか?」

 

『ぬらりひょんだよ』

 

「!?

 

 

じ、じゃあやっぱり……紫苑……

 

 

美麗は、ぬらりひょんの子供」

 

『正解。

 

彼女の本名は、伊吹美麗。

 

 

二人が死んだ後、僕が引き取ったから名字だけを変えて、今は夜山美麗』

 

「あの、引き取った時ってあなた何歳ですか?」

 

『確か、17だったかな?

 

ちなみに美麗は、3歳だよ』

 

「良く17で、そんな幼子引き取れたな!?」

 

『住んでた所、皆顔見知りだったからね』

 

「……」

 

 

その時、秋羅が持っていた無線が鳴り彼は無線に出た。しばらく話すと、無線を切り晃達の方に体を向けた。

 

 

「皆がいる、広間に戻ります。

 

それで……」

 

『大丈夫。ここは任せて』

 

「じゃあ、お願いします」

 

 

無線を手に、秋羅は部屋を出ていった。

 

二人っきりになった晃は、添い寝し彼女を抱き寄せ頭を撫でた。

 

 

(……美麗。

 

 

本当に……大きくなったね……)




人物紹介10


名前:伊吹麗桜(イブキリオ)
年齢:不明。現在故人。
容姿:腰下まで伸びた真っ白な髪を下ろしていた(妖怪化すると、後頭部が伸びそれを覆い隠すようにして、髪が逆立つ)。目の色は青。
説明:通称『魑魅魍魎の主・ぬらりひょん』。
美麗の父親であり、晃の義理の父親。
物静かだが、若干の子供心が残っており、少し好奇心旺盛。穏やかで心優しい性格な為、どの妖怪からも愛され、親しまれており彼を嫌う者はいなかった。また、地狐や天狐とは昔馴染みであり、親友であった。


名前:伊吹美優(イブキミユ:旧姓・弥勒院)
年齢:不明。現在故人。
容姿:桜色の腰まで伸びた髪を耳下で結っていた。目の色は赤。
説明:初代祓い屋。
美麗の母親であり、晃の義理の母親。
明るく清楚で、どこかのお姫様の様な女性だった。草花が好きで、中でも桜が一番のお気に入り。
精霊と妖怪の間に産まれた妖と普通の人間の間に産まれたが、産後すぐに母親が亡くなり、その数年後に父親も亡くなった。
半妖でありながら、父親の血を強く引いていたため、精霊達の力を借りての妖怪退治を得意としていた。その才能が認められ若くして、初代祓い屋となった。

名前:伊吹晃(イブキヒカル:又の名を、夜山晃)
年齢:享年不明。
容姿:短髪に横髪を胸下まで伸ばした黒髪(作業する際は、ハーフアップにしていた)。目の色は紅色。
説明:12歳の時に、実の両親を事故で亡くしてからずっと一人で生活していた。父親が妖怪研究家だった為、父が完成することができなかった妖怪図鑑を完成させ、後に妖怪博士と呼ばれるようになる。

名前:伊吹美麗(イブキミレイ:又の名を、夜山美麗)
年齢:115歳
容姿:腰まで伸びた真っ白な髪を、一つ三つ編みにしていた。目の色は赤。
説明:美優と麗桜の子供であり、ぬらりひょんの子供と呼ばれていた。物心つく前に、父親が死去。後に母親も病に倒れ、1年後死去。その後は周りに助けられながら、晃と穏やかな日々を過ごす。
好奇心旺盛な為、危険なことにすぐ首を突っ込む。産まれた頃から、精霊達を扱いさらに氷を自由自在に操ることができる。

秋羅達と過ごしていた紫苑と彼女は、同一人物。


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もう一人の仲間

広間へ帰ってきた秋羅。扉を開けると、中で暴れるエルを火那瑪と敬が、手綱を引いて落ち着かせようとしていた。


「秋羅さん!

何か、このグリフォンいきなり暴れ出して!!」

「さっきから落ち着きがなくて……」


火那瑪と敬から手綱を貰い、秋羅はエルを落ち着かせた。彼の姿を見たエルは、嘴を近寄らせ擦り寄せた。


「今は紫苑に会えない。少し大人しくしてろ」


その言葉を理解したのか、エルは秋羅の後ろへ行き彼に寄り添うようにして、床に座った。


「やはり、秋羅じゃないと駄目みたいですね」

「敬さんの場合は、突かれるのが目に見えてますからね」

「うるせぇな!!チビ!」

「これから大きくなるから、チビじゃないですぅ!!」

「子供相手に、大人げないぞ」

「本当に、祓い屋の弟子ですか?」

「正真正銘、土影の弟子だ!」


「騒いでるところ申し訳ないけど、そろそろ話してもいいかしら?」

 

 

ヒールの音と共に、奏歌と大地、翔、陽介と頭に包帯を巻いた蘭丸と彼を支えるようにして隣に立つ、梗介がいた。

 

 

「未だに目は覚まさないか……」

 

「そりゃあそうでしょうよ。

 

かなりの体力と霊力を使ったんだから。相当体に応えたはずよ」

 

「少なくとも、今目が覚めても二三日は寝てて貰わないと」

 

「そんな……」

 

「それより、話してくれませんか?

 

15年前の事故のこと」

 

「?」

 

「事故?」

 

「15年前、俺等弟子達と地狐達を除くここにいる人達は知ってますよね?

 

俺等の師匠達と一緒に、実験して失敗した。その結果何人か、死んでいる」

 

 

秋羅の迷いのない言葉に、奏歌は彼を見つめた。その隣で焦りを隠せない大地と驚くあまり、口をポッカリと開けた翔が彼女と秋羅を交互に見た。

 

 

「……あなた達には、何も話していないようね?その師匠達は」

 

「あぁ……」

 

「……良いわ。

 

 

教えてあげましょう。丁度、その当時現場にいた被害者と加害者達がいるんですから」

 

 

ポケットから出した煙草を取り、口に銜え火を点けながら奏歌は淡々と喋り出した。

 

 

「15年前、討伐隊は祓い屋にある実験台になってほしいと申し立てた」

 

「実験台って、どんな?」

 

「単に、妖怪から採取した血液を人の体内に入れ、妖力……人で言う霊力を上げるための実験だ。

 

マウス実験は成功していたから、次の段階である人になったわけだ」

 

「何故、師匠達が?

 

その当時の師匠達がやっても」

 

「15年前当時の祓い屋は、皆既に50を過ぎていた。

 

体力と霊力が明らかに、充分にない。

 

だから、未来を託すようにして、自分達の弟子達を捧げたんだ」

 

「……」

 

「当時、まだ祓い屋の弟子になったばかりだった幸人達からにとっちゃ、普段と変わらない大地の実験台にされて失敗して、死にはしないけど嫌な苦痛を味わうってだけのつもりだった。

 

私も暗輝も、あの時はそう思っていた……」

 

「集められた祓い屋は、計9人。

 

何の疑いもなく、実験に踏み込んだ」

 

「え?9人?」

 

「祓い屋って、確か8人のはずじゃ」

 

「……

 

 

亡くなったんだよ……

 

 

 

 

師弟共々」

 

「?!」

 

「元々、祓い屋は9人。

 

太陽系の星々にちなんで、出来たとされている。

 

 

月を司る祓い屋、月影。

 

水星を司る祓い屋、水影。

 

金星を司る祓い屋、金影。

 

火星を司る祓い屋、火影。

 

木星を司る祓い屋、木影。

 

土星を司る祓い屋、土影。

 

天王星を司る祓い屋、紅影。

 

海王星を司る祓い屋、海影。

 

 

 

 

そして……今は亡き祓い屋。

 

 

冥王星を司る祓い屋、冥影」

 

「冥影……

 

 

聞いたことねぇなぁ」

 

「私も……」

 

「もう15年も前のことだからね……

 

時代と共に、消えた祓い屋だから君等が知らなくて当然だよ」

 

「その冥影って、どういう人だったんですか?」

 

「師の名は、冥影刹那(メイカゲセツナ)。当時にして他の祓い屋より、一回り年上だった女性だ。

気難しい女でね。他の祓い屋達が手を焼いていた」

 

 

ファイルから出した一枚の写真を、奏歌は秋羅達に見せた。そこに写っているのは、灰色のボブカットに黒いサングラスを、頭に掛けた女性だった。

 

 

「……あの、これ本当に一回り年上の女性ですか?」

 

「本当だ。

 

年齢は、当時65歳……亡くなった歳も、同じだ」

 

「嘘……」

 

「ついでに教えとく。

 

 

月影の師は、56歳。

 

水影の師は、50歳。

 

金影の師は、52歳。

 

火影の師は、51歳。

 

木影の師は、54歳。

 

土影の師は、52歳。

 

紅影の師は、53歳。

 

海影の師は、55歳だ」

 

「全員50代って……

 

何か、凄えな」

 

「ママ達と同じように、皆顔見知りなの?」

 

「冥影と月影は昔馴染み。

 

紅影と海影は、血が繋がっていないが同じ一族の者。

 

後は皆、赤の他人だ」

 

「私達は、昔から因縁みたいなのがあったのね」

 

「……だな」

 

「話を戻そう。

 

 

冥影の弟子の名が、冥影愛(メイカゲアイ)。当時17歳。唯一、師の刹那が心を許した弟子だ」

 

 

そう言って、ファイルから出したもう一枚の写真を、奏歌は秋羅達に見せた。そこに写っているのは、若かりし頃の幸人の腕を掴み、笑顔を見せる橙色のミディアムヘアをサイドテールにした少女が写っていた。

 

 

「これが……」

 

「祓い屋の弟子……」

 

「あの……

 

何でこの写真、幸人が写ってるんですか?」

 

「凄い若い」

 

「愛は施設に居た頃から、幸人にゾッコンだったから」

 

「ゾッコン?」

 

「……って事は……」

 

「この愛って人は……」

 

「幸人の……恋人」

 

「正解」

 

「……嘘ぉ!!?」

 

「まぁ、驚くのも無理は無いか……

 

また話がズレた。戻すよ。

 

 

疑いもなく、実験に踏み込んだ彼等の体内に妖怪の血を投与した。

 

 

それから間もなくだった……彼等の体に異変が起きたのは」

 

「異変?」

 

「突然、何かに洗脳されたかのように暴れ出した……

 

すぐに拘束しようとしたが、間に合わなかった……幸人達の体は、見る見るうちに変わっていきやがて妖怪化した。

 

 

そして、1人が暴走した妖力を放ち研究所を爆破した……」

 

「!!」

 

「しばらくして、目が覚めた時……

 

 

泣いていたんだ……」

 

「泣いていた?」

 

「誰が?」

 

「……肉の塊を抱き締めた、幸人が……」

 

「肉の塊って……まさか」

 

「事故の被害者は、俺達6人の研究員と祓い屋9人とその弟子9人の計24人。

 

その内の死者は、3人。

 

前所長であり、俺と水輝の父親だった星空龍輝。

 

そして、冥影刹那とその愛弟子の愛の計3人」

 

「月影が抱き締めていたのは、DNA鑑定の結果冥影だった」

 

「っ!!」

 

「冥影は、妖力に耐えることが出来ずに体内で暴発させてしまい、想像を絶する姿になった。

 

 

そんな彼女を助けようと、冥影の師は爆破する前に彼女の元へ駆け寄った……それを止めようと、前所長は追い駆けた」

 

「そして、爆破に巻き込まれ3人とも死亡」

 

「この事故以降、祓い屋達は後遺症を患ってしまった」

 

「後遺症?何ですか?」

 

「霊力が増幅してしまう後遺症。

 

自分で抑えることが、出来なくなってしまったの……」

 

「まぁ、それを抑えるために薬を出したんだけどね」

 

「……」

 

「それから間もなくだった……

 

私と暗輝が、研究員を辞めたのは」

 

「……」




「……?」


話を聞いていた秋羅は自身の手に、何かが握る感覚があり、ふと手元を見た。幸人の手が自身の手を掴んでいた……そして、彼はゆっくりと目を開けた。


「幸人!!」

「……


また闇だけかと思ったが、今回は違って良かった」

「闇?」

「こっちの話だ」

「悪いけど、15年前の事話したよ」

「別にいい。

この会議終わった後、秋羅に話すつもりだった……多分、他の奴等もそうしただろうよ」

「……」

「さて、15年前の話はこれでいいでしょう。

次の話行くわよ」

「話?」

「単刀直入に言うわ。



紫苑事、夜山美麗を本部で保護させて貰うわよ」


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本当の名前

目を覚ます美麗……ぼやける視界の中、上半身を起こし辺りを見回した。


「……ここ」

『よく眠れた?美麗』

「……」


ようやく見えた景色……自身の前には、晃が微笑みを浮かべながら立っていた。彼の姿を見た美麗は、不意に一筋の涙を流した。


「……何で……涙が……

何で……」

『おいで』


流れ出てくる涙を、懸命に拭く美麗を晃は優しく抱き締めた。肌で感じる温もりが、どこか懐かしさを美麗は感じた……そして、安心したかのようにして再び眠りに付いた。


(……もう少し、お休み)


「単刀直入に言うわ。

 

 

紫苑事、夜山美麗を本部で保護させて貰うわよ」

 

「な、何でそんな唐突に!?」

 

「そんな話、聞いてないぞ!」

 

「僕チンですら、聞いてないわよ!」

 

「先程、彼女の髪の毛から採取したDNAと研究室に残っていた、ぬらりひょんの子供の血液のDNAを鑑定した結果……合致した」

 

「嘘!?

 

じゃあ、紫苑ちゃんは……」

 

「ぬらりひょんの子供……」

 

「そうだ。

 

そして、約100年前に脱走した少女、夜山美麗だということだ」

 

「衝撃的すぎて、頭がついていけない……」

 

「あの子が居れば、今怠っている実験が進むのよ。

 

だから、こちらとしては欲しいわけ。お分かり?」

 

「実験台になる紫苑が、可哀想よ!!」

 

「そうよ!」

 

「そんなの、私の知ったこっちゃない。

 

実験の成功には、犠牲が付き者」

 

『ここに置くというなら、美麗は我々妖狐が保護する』

 

 

今まで黙って話を聞いていた地狐と天狐は、前へ出て奏歌を睨み付けた。

 

 

「……」

 

『また、ここに置くというのなら……

 

美麗はこちらで保護する。そして未来永劫決して人の前に姿を現すことはない』

 

(また?)

 

「……」

 

「それって、どういう事だ?」

 

『僕等妖怪が住む世界に、送らせるんだよ。

 

人が決して踏み込めない、妖怪の世界にね』

 

『簡単に言えば、我等の桃源郷だ』

 

「そんな事されては困る」

 

『それじゃあ、ここに置くという事は無しに。

 

月影の所に戻すというのであれば、美麗はいつも通り君等の傍に置いとく』

 

「……

 

それは私が決めることではない。

 

 

時間だ……副所長、会議には一緒に出て貰うよ」

 

「ハーイ」

 

「もちろん、大佐もね」

 

「貴様に言われずとも、こちらに伝わっている」

 

「なら良いけど」

 

「会議って……」

 

「これだけの被害を受けたからね。

 

先輩達が、今回のことを議題に話し合いするんだ」

 

「その会議で、夜山美麗を今後どうするかを検討する」

 

「どうするって?」

 

「こちらで保護するか、研究員の一人を月影の家に住まわせるかって」

 

「テメェ等の部下なんざ、お断りだ」

 

「まだ決まってないから!」

 

 

その時、部屋の戸がノックされ外から兵士が、彼等に敬礼しながら口を開いた。

 

 

「報告します!

 

予定しておりました会議は、明日に持ち越すとのことです!」

 

「ありゃま」

 

「尚、会議は明日朝一〇〇〇(ヒトマルマルマル)からです!」

 

「了解した。

 

下がって良いぞ」

 

「はい!失礼します」

 

 

陽介と梗介に向けて、敬礼すると兵士は部屋を出ていった。奏歌は、ポケットから古びた懐中時計を手に取り時間を見た。

 

 

「現在午後10時30分……

 

今から会議をやれば、確実に徹夜だな」

 

「流石に徹夜はキツい」

 

「副所長、実験の続きに付き合ってちょうだい。室長、あなたも」

 

「夜更かしは美容の敵よ」

 

「12時前に寝ればいい話よ」

 

「アンタね……」

 

「それじゃあ、先に失礼するわ」

 

 

そう言って、奏歌は二人を連れて出て行った。3人が出て行くと、梗介は安堵するようにして、深く息を吐いた。

 

 

「き、緊張したぁ……」

 

「やはり、まだ諦めてなかったか」

 

「諦めてなかったって?」

 

「前々から出ていたんだよ。

 

夜山美麗事、紫苑を本部で保護するという事案は」

 

「?!」

 

「だが、貴様と幸人と共にいる彼女の様子を見て、しばらくの間保留にして貰っていたんだ。

 

そうしたら、今回だ」

 

「美麗を、本部へ連れて来い……

 

相変わらず、手の込んだやり方じゃ」

 

「まぁ、明日の会議に賭けるしかない。

 

貴様等の部屋は、この隣に要している。休みたければ、隣の部屋へ行くと良い。

 

 

では、俺はこれで」

 

 

軽く敬礼して、陽介は部屋を出て行き彼の後を梗介はついて行った。

 

 

「相変わらず、嘘が下手な野郎だ」

 

「え?」

 

「こっちの話だ。

 

悪いが寝る。あと、頼んだぞ」

 

 

枕に頭を乗せ、数秒も経たない内に幸人は眠りに付いた。彼の体に秋羅は足下に掛けてあった布団を、上半身に掛けた。

 

 

「すぐに眠ったか……まぁ、無理もない」

 

「ここにいる皆より、幸人が一番妖力高いからね。

 

体の負担も、皆より大きいはずだから」

 

「あの、暗輝さん。

 

俺、紫苑の所に行きたいんですけど」

 

「良いよ」

 

「儂も行こう。

 

怪我をしてから、まだ彼女に顔を見せてないからな」

 

『秋羅、僕等も行くよ。

 

今後のことを、彼と話したいからね』

 

 

頷くと秋羅は、部屋を出ていき彼に続いて地狐達も出て行った。

 

 

「……彼って誰?」

 

「さぁ」

 

「紅蓮のことじゃない?

 

ほら、一応人になれるじゃない」

 

「なるほど」

 

「もう遅いし、皆休みな」

 

「あとは俺等が診てるから」

 

「……でも」

 

「傍にいたい気持ちは分かるけど、いざという時君等が動けなければ、誰が師匠達を守るんだ?」

 

「……」

 

 

互いを見合いながら、弟子達は重い足を動かしながら、部屋を出ていった。最後までいた奈々は、保奈美を気にしつつも、時雨に呼ばれ出て行った。

 

 

「全く……師匠と同じく、頑固だな」

 

「だね」

 

 

 

廊下を歩く秋羅達……他の兵士にバレぬよう、地狐と天狐は子狐に化け、秋羅の肩に乗っていた。

 

 

「そういや……何で美麗だけ、あの塔の部屋に置いたんです?

 

他にも部屋あるのに」

 

「あの部屋には、妖力を抑える装置が設置してあるんじゃ。

 

部屋にいれば、多少美麗の妖力が安定するじゃろうと思って、儂が進めたんじゃ」

 

「そうだったんですか」

 

「まぁ、本当は進めたくはなかったんだがなぁ」

 

「え?」




「あ、秋羅」


戸を開けると中では床でパズルをする美麗と、パズルを挟んで美麗の前でピースを分ける晃が座っていた。


「もう起きて平気なのか?」

「うん。平気」

『随分長い、話し合いだったね』

「ま、まぁな……」

『……秋羅だっけ?

君、美麗の傍にいて』

「え?」

『蘭丸、話がある』

「紅蓮、どっか行くの?」

『少しね。

すぐ戻るよ』


見上げた美麗の頭を撫でると、晃は秋羅から天狐と地狐を受け取り、蘭丸を連れて外へ出た。


「……?

なぁ紫苑、このパズルどうしたんだ?」

「その机の引き出しの中に入ってた」


彼女が指差す方向には、ぬいぐるみが置かれた机があり、秋羅は引き出しを順々に開けた。中には画用紙や折り紙、クレヨン、パズルが山のようにあった。


「……何でこんな物が……

この部屋って……」

「私……この部屋嫌い」


ピースを嵌めながら、紫苑は静かに言った。


「さっき、紅蓮が用で外に出て一人になった時……

凄い、胸が締め付けられた……ここにいたくないって。


怖くなって、何故かは分からないけど思いっ切りドアノブを捻った……普通に開いて、飛び出したら目の前に居た紅蓮が、受け止めてくれて……」

「……紫苑?」


ピースを動かす、紫苑の手に一滴、また一滴と涙が落ちた。


「……帰りたい……

家に……


ここに……いたくない」

「……


幸人が良くなったら、すぐに帰ろう。

それまで」
「違う……


あの家に、帰りたい」

「え?」

「……あれ?


どこの家?私……」

「お、落ち着け紫苑」

「家……あの家に」


フラッシュバックで、紫苑の頭に過ぎる映像……

蔦が絡まる、木の柵で囲まれた二階建ての家。庭に咲き誇る草木に水を撒く晃がいた。そして、何かに気付くようにして水を撒きながら、彼は後ろを振り返った。振り返った晃に、幼い自分が飛び付き押し倒した。

二人して、泥だらけになった……互いの汚れた顔に、思わず笑い合った。



「紫苑?

オイ、紫苑!」

「……ひかる」

「?!」

「ひかる……

桜の木……約束」

「紫苑?」

「違う……

紫苑じゃない……




美麗……


私の名前……夜山美麗」

「?!」


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桜の木

二人が中に居る頃、地狐達は園庭へ来ていた。


庭で眠っていたエルと二匹の竜は、目を開け体を起こした。


『やぁ、エル。

久し振りだね』


晃に擦り寄り、嘴を開け自身を舐めるエルを彼は撫でた。


『随分長生きするね、君は。

こんなに立派な姿になって』

『こいつだけ、北西の森に来なかったから心配していたが……

まさか、人の手に渡っていたとは、思いもしなかった』

『あらら。

でも、また会えたんだね』


撫でる晃に、エルは体を擦り寄せ甘えた。


『それで……


どうするんだい?美麗を』

「……

まだ分からん。


儂としては、幸人の元へ返しそのまま平穏に暮らして欲しいと願っておる。

もう……あの子の泣き顔は、見たくは無い」

『……


もし、ここへ再び残すと言うのなら……

美麗はもう、君等の前から姿を消させるよ』

「……」

『それぐらい、簡単だよね?


天狐、地狐』

『まぁね』

『一応、その話はした』

『次暴走すれば、もう止めることは出来ないよ』

「……それでは、やはり」

『二人も気付いてるよね。


彼女の力』

『……』

『力が解放した時、麗桜のクローンを倒す。

そして、新たなぬらりひょんとなるだろうね』

『そうなれば良いんだけどね』

「どういう事じゃ?」

『美麗の記憶は、一部を除いて蘇っている。

それが全て、蘇ったら……

矛先は、父親である麗桜ではなく……




人間』

「……当然かも知れぬな。

あれ程の事をされて、恨まない方が不思議じゃ」

『……だから、封じているんだ。

美麗は、あの力を扱う事を教えられていない』

『だから、天狐の行為は正解だよ』

『……』

『君が生きていてくれて良かったよ。


蘭丸……君だけだよ。あの時のことを知っているのは』


紅く光る目を、晃は蘭丸に向けた。彼は微動だにせず、ジッと彼の目を見つめた。


「嫌だ!!帰る!!

 

帰る!!」

 

 

園庭から帰ってくると、部屋で泣き喚き暴れる美麗を秋羅が抑え宥めていた。

 

 

「あ、蘭丸さん!!

 

手伝って下さい!!美麗の奴が、自分の名前思い出した途端いきなり暴れ出して」

 

『思い出しただと!?』

 

「自分は夜山美麗だって、さっき……痛っ!!」

 

 

自身の手を押さえていた秋羅の手を、美麗は噛み付いた。彼の手が緩んだ隙に、彼女はもう片方の手を振り払い、寄ってきた蘭丸の後ろへ隠れた。

 

 

『名前を思い出した事で、ここにいた頃の記憶が少し蘇ったのかも知れない』

 

「そんな……」

 

『美麗、おいで』

 

 

後ろにいた晃は、震える彼女を抱き上げた。美麗は、彼の胸に顔を埋めしがみついた。

 

 

『しばらく、園庭に行っているよ。

 

 

秋羅、ここはもういいから君のお師匠の所に行きなさい』

 

「けど」

 

『大丈夫。

 

今は感情的になっているだけだよ。美麗は君等が味方だって事、ちゃんと分かっているから』

 

「……」

 

『蘭丸、一緒に着てくれ』

 

 

先行く晃の後を、蘭丸はついて行き部屋を出ていった。

 

3人がいなくなった後、秋羅はバラバラになったパズルのピースを箱の中へ入れた。

 

 

「……なぁ、天狐。

 

この部屋って、まさか」

 

『……恐らく、美麗を監禁していた部屋だろう』

 

 

部屋に置かれていた机に触れながら、天狐は部屋を見回した。

 

 

『床に金具があるだろう?

 

恐らく、その金具に枷の着いた鎖を付けて、それを足首に着けていたんだろう……』

 

「……美麗がここに来たのって、晃が死んだからか?」

 

『だと良かったんだけどな』

 

「え?」

 

『もういいだろう。

 

僕等、あの時の事はあまり思い出したくないんだ』

 

「あ……ご、ごめん」

 

『別にいい。

 

どうせ、100年以上前のことだ』

 

 

 

 

園庭へ来た蘭丸達……園庭にある池の水を飲んでいたエルは、彼等の元へ駆け寄り晃に抱かれている美麗に嘴を擦り寄せた。

 

 

「……エル」

 

『空のお散歩、行ってきなさい』

 

「紅蓮は?」

 

『蘭丸とお話があるから』

 

「あまり、遠くへ行くでないぞ」

 

「うん」

 

『大丈夫。

 

君が戻ってくるまで、ここで待ってるから』

 

「……」

 

 

その答えを聞いて、美麗はエルの首元を撫でた。それを合図にエルは翼を広げ飛び立った。エルに続いて二匹の竜も飛んで行った。

 

 

「随分と、賑やかな夜散歩じゃな」

 

『ちょっとは落ち着いたかな?

 

彼女、小さい頃よく夜泣きしてたから』

 

「ほぉ……」

 

『夜泣きするたんびに、天狐達が住む森に連れて行って、そこで夜景を見て寝かし付けてたっけ』

 

「……晃さん。

 

アンタ、いつまでそうしていられるんじゃ?」

 

『……さぁ。

 

 

出来れば、このままでいたいよ。

 

でも、それは出来ない。天狐達と約束したからね……

 

 

僕は死人……別の形で、彼女と一緒にいると』

 

「……それじゃあ」

 

『多分そろそろ、紅蓮に戻るよ。

 

彼に戻れば、君のことは何も覚えてはいない。

 

 

でも、安心して……君が味方だって事は分かっているから』

 

「……」

 

 

 

医務室へ戻った秋羅……中では、暗輝達が幸人達の看病をしていた。

 

 

「あれ?皆は」

 

「隣の部屋。

 

もう休んで貰ったよ」

 

「ただでさえ、今日は霊力使ってんだ。

 

早めに休んで貰わないと」

 

「秋羅も、ここは私達に任せて休みな」

 

「……あの、ちょっと聞いていいですか」

 

「?」

 

「この近くに、桜が咲いてる所ってありますか?」

 

「桜?

 

 

今の時期はまだ咲いてないとは思うよ」

 

「じゃあ、桜の木がある場所は?」

 

「ウーン……あんまり聞かないなぁ。桜が咲いてる場所は。

 

 

昔は沢山あったんだけど……今は」

 

「昔はって……」

 

「もう100年ぐらい昔のことだよ。

 

北西の地域が、桜の名所だったんだ。春になると、満開になった桜が風に揺られて、桜吹雪を起こすって有名で。

 

時期になれば、観光に来る人が来てその光景を見るんだ。夜になれば、月と桜のがまた格別でね」

 

「けど、北西の町が滅んだ後、桜の木も全部枯れてしまって……

 

今は、所々に散らばっているだけになってしまったんだよ」

 

「北西の森って……

 

確か、紫苑の」

 

「そんで、桜がどうかしたのか?」

 

「いや……その……

 

 

実はさっき……」

 

 

秋羅は、先程の紫苑が自身の名前を思い出した事を話した。

 

 

「……結局、シーちゃんは……

 

あの、夜山美麗だったって事か」

 

「はい……

 

 

それから、紫苑……

 

 

美麗の奴が言ってたんです……『桜の木……約束』って」

 

「約束……

 

美麗は、その消えた記憶の中で誰かと約束したのかもな。桜の木に関わる約束を」

 

「……」

 

「そういえば……

 

あの妖狐達、何で秋羅と幸人にだけあんなに肩持つんだ?」

 

「いや、それは普通に俺等が美麗を引き取ったから」

 

「そうだったとしても、彼女ここでの記憶を封じるくらい、人から酷いことをされていたんだろ?

 

それで普通、人間の君等に預ける?」

 

「……確かに」

 

「昔の月影が、彼女に何かしてそれで信用しているのかもな」

 

「昔の月影って」

 

「幸人の師匠が、まだ弟子だった頃とかさ」

 

「それか、その前の師匠が弟子だった頃とかな」

 

「……」

 

 

その時、部屋に飾られていた振り子時計が音を鳴らした。時間を見ると、針は丁度12を指していた。

 

 

「12時か……

 

秋羅、もう寝な。俺等ももう少ししたら、寝るから」

 

 

幸人を気にしつつも、秋羅は暗輝達に挨拶し部屋を出ていき、隣室へ入った。中では敬達が既に眠っており、開いているベッドへ、秋羅は横になりそのまま目を瞑り眠りに入った。

 

 

 

園庭……割れた窓から、エル達は入り庭へと着地した。エルの背中に乗っていた美麗は、眠い目を擦りながら、体を起こした。

 

 

『よかった……戻る前に眠くなってくれて』

 

 

そう言いながら、晃は美麗を抱き上げた。重くなっていた瞼を、彼女は彼の胸に頭を預けながら閉じ眠った。それを確認した晃は、美麗を強く抱き締めると傍にいた蘭丸に受け渡した。

 

 

『後は頼んだよ……蘭丸』

 

「あぁ」

 

『美麗……少しの間、またさよならだよ。

 

 

でも大丈夫……何があっても、僕は君の傍を絶対に離れないから』

 

 

美麗の額に自身の額を当て、涙を流しながら晃は言った。すると、彼の体は光に包まれ黒狼の姿となり、そのまま眠りに付いた紅蓮の姿へと変わった。

 

 

「(晃さん……)

 

 

エル、ここは任せたぞ」

 

 

エルの頬を撫で、蘭丸は眠っている美麗を持ち直すと園庭を出て行った。残ったエルは、眠っている紅蓮の傍で横になり、目を瞑り眠りに入った。




ここどこだ……何で俺……

『紅蓮……

僕の代わりに、また美麗を頼むよ』

みれい?誰だ、それ……つか、お前も……

『僕は君。君は僕。

美麗は紫苑。紫苑は美麗』

……

『目が覚めれば分かるよ』

俺はお前って……




『美麗を頼んだよ……紅蓮』


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半妖の少女

夜明け……

ベッドで眠る美麗……傍では天狐と地狐が、狐の姿となり寄り沿って眠っていた。


外が少し明るくなり、暗かった部屋に日差しが差し込んだ。その時、差し込んだ陽射しに照らされた、人影が美麗が眠るベッドの前に姿を現した。


人影は、ソッと手を伸ばし美麗の頭を撫でた。微笑みを浮かべると、人影はスッと消えた。


『……?』


その気配に気付いたのか、天狐は目を覚まし辺りを見回した。


(……死んでも尚、傍にいるとは。


本当、お前は愛されているな……美麗)


「あ~クソ~……

 

 

体痛ぇ……」

 

 

会議が始まった頃、先に起きた敬は痛む腰を手で抑えながら起き上がった。

 

 

「アンタ、年の割に爺くさいこと言うのね」

 

「寝起きの顔が、酷い状態だぞ」

 

「うっさい!!」

 

「朝から騒々しいですよ」

 

「お前……

 

眼鏡外すとかなりの美形だな」

 

「あんまり、顔のことに触れないで下さい」

 

 

次々と起きる弟子達……時雨は持っていた櫛で髪を梳かしながら、辺りを見回した。

 

 

「ねぇ、秋羅は?」

 

「知らねぇよ。

 

まだ寝てるんじゃねぇの?」

 

「彼のベッドは、もう物家の空ですけど」

 

「ありゃま」

 

「秋羅、昨日私達より遅かったのに……」

 

「それだけ、あのガキが心配なんだろう」

 

「……」

 

 

その頃秋羅は、園庭へ来ていた。そこでは、生えている木に登る美麗と、それを下から見る紅蓮、彼女の傍を飛ぶ二匹の竜が遊んでいた。

 

 

「部屋にいないから、もしやと思ったけど……

 

すっかり元気になったな」

 

『寝たからね。

 

体力は万端なんだよ。紅蓮も元気になってくれてよかったよ』

 

「……そういえば、天狐は?あと、エルも」

 

『姉君なら、今森に戻って妖魔石を準備しているところ。

 

エルはその付き合い』

 

「あれ?あの竜達って、確か……」

 

『いや、行こうとしたんだよ。

 

でもね、ゴルドとプラタが行こうとしなかったんだよ。二匹共、美麗から離れなくて』

 

「それで、エルを」

 

『そういう事……

 

 

蘭丸は?』

 

「……今、会議に出てる」

 

 

 

会議室……

 

 

各々の席に座る陽介達……立っていた奏歌は、資料を読み上げていた。

 

 

「以上、昨日起きた事件、そして半妖でありぬらりひょんの子供、伊吹美麗による情報です」

 

「あの少女が、ぬらりひょんの子供か……

 

随分と長生きするもんだな」

 

「半妖による寿命は、400年から500年それ以上と言われています」

 

「生きていても、おかしくはない」

 

「……だがなぜ、あの少女は小さいんだ?」

 

「恐らく、妖力を抑えているからだと」

 

「抑えている?」

 

「彼女の妖力を100%とします。

 

しかし、実際に使われている妖力は30%。月影からの報告書による、制御装置を外した際の妖力は50%。

 

 

これらを考えると、妖力を抑える要因で体の成長を止めているのかと思われます」

 

「……監察官、あなたが居た頃はどうでした?」

 

「昔も今も、変わらぬ」

 

「つまり、ここにいた頃と全く変わっていないと言うことか」

 

「それで、あの子をどうします?

 

このまま、この本部で保護という考えでよろしいかと私は思いますけど」

 

「羽鳥大将、その案は少しお待ち下さい」

 

「何だね?大空大佐」

 

「伊吹美麗は、このまま月影の元へ置いとくべきだと、俺は思います」

 

「何故だ」

 

「もし、妖力が暴走した際、あなた方は彼女を止められますか?」

 

「……」

 

「報告書に書いてある、彼女の暴走は全て月影の者……

 

月影幸人と愛弟子である月影秋羅の力により、止められています」

 

「暴走すれば、町一つや二つ軽く無くなります」

 

「……」

 

「美麗をここへ置くというのなら、それなりの覚悟は必要になりますぞ?」

 

「覚悟?」

 

「儂が面倒を見ていた頃の彼女は、年齢は12歳。

 

じゃが、精神年齢はまだまだ甘ったれの3歳児や4歳児、5歳児と同じ。

 

嫌なことがあれば、すぐに暴れ泣き喚く。夜は夜で儂の先輩や、今はもう亡き夜山晃を恋しがって、夜泣きはするわ場内を探すようにして徘徊するわでよく問題なった。

 

 

一番の問題は、自身の足で地下へ行き、かつてそこにいた妖怪達と遊んでおったことくらいなのぉ」

 

(流石、美麗)

 

「これら全てを、今の主等で対処できると言うのであれば、ここへ置いても構わぬ。

 

じゃが、置くとなれば彼女が心から許す者を一人か二人用意する必要がある」

 

「っ……」

 

 

 

園庭の戸を開ける時雨……少しだけ開けた戸の隙間から、彼女と一緒に着いてきた敬と奈々は覗き見た。

 

中では、地狐と一緒に草笛を吹く美麗が見えた。傍では、彼女の膝に頭を乗せるゴルドとプラタがおり、その傍で恨めしそうに、紅蓮がチラチラと見ながら伏せていた。

 

 

「……普通に満喫してるな?」

 

「だね」

 

 

「お前等、何コソコソ覗き見してんだ?」

 

 

ドア付近にいた秋羅は、ドアを勢い良く開け3人を入れた。

 

 

「いきなり開けるなよ!」

 

「コソコソ覗くからだろうが」

 

「だって、どう対応すれば良いか」

 

 

戸惑っている二人を見つつ、奈々は彼女達の元へ駆け寄り草を一つ抜くと、見様見真似で吹いた。音が鳴らないのに向きになり、奈々は思いっ切り息を吹いた。

 

 

「強く吹くと、鳴らないよ?」

 

「え?」

 

「こうやって吹くんだよ」

 

 

優しく鳴る音色を聞きながら、奈々は少し弱く息を吹いた。すると、微かに音が鳴りそれに合わせて吹くと、草の音色が鳴り響いた。

 

 

「鳴った!」

 

 

喜んだ表情を浮かべながら、奈々は美麗を見た。笑いを浮かべながら、二人は草笛を吹いた。

 

 

「普通に接してるよ……あのガキ」

 

「普通に接しれば良いんだよ。

 

何も警戒しなくても、アイツはアイツだ」

 

「……」

 

 

美麗の傍にいた紅蓮は、大きくあくびをし体を伸ばした。そして甘え声を出しながら、紅蓮は顔を彼女の頬に擦り寄せた。

 

 

『ゴルド、プラタ。

 

交代。紅蓮の番だよ』

 

 

そう言って、地狐は二匹の鼻先を撫でた。二匹は美麗の頬を舐めると、彼女から離れ地狐の傍へ行った。空いた膝に、紅蓮は頭を置き擦り寄せた。そんな紅蓮の頭を美麗は撫でながら、歩み寄ってきた秋羅の方を向いた。

 

 

「ねぇ、会議まだ終わらないの?」

 

「まだだ」

 

「帰るの、まだ先?」

 

「幸人が起きるまでだ」

 

「ママ達、まだ起きないよ」

 

「それだけ霊力使ったって事だ」

 

「まぁ、幸人の場合今日か明日には目が覚めると思うぞ」

 

「え?何で?」

 

「大怪我負って、全治一週間掛かる怪我を、3日で治す男だぞ。

 

それだけなら未だしも、出血量からして絶対3日は寝てなきゃいけないのに、アイツは2日で平気な顔をして起きてるんだ」

 

「わぁ……あり得そう」

 

「お前の師匠、本当に人間か?」

 

「さぁ」



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一時の休息

昼過ぎ……


昼食を食べ終えた美麗は、紅蓮の胴に頭を置き奈々と一緒に昼寝をしていた。


「遊び疲れて、眠っちゃったわね」

「呑気で良いよな?ガキは」

「アンタだって、変わらないじゃない」

「っ」

『ここでこの子達見てるから、秋羅達は師匠達の所へ行きなさい』

「オメェ一人で、大丈夫か?」

『平気だよ。彼女の面倒を見るのには慣れているから』

「へ?慣れてる?」

「説明は後でする。

じゃあ、ここ頼んだぞ」

『はい』


眠っている美麗を気にしつつ、秋羅達は園庭を出て行った。


地下……

 

 

牢屋が並ぶ道……その奥にある巨大な牢屋を見張る新米の兵士に、先輩兵士が歩み寄ってきた。

 

 

「あ、先輩。

 

お疲れ様です」

 

「お疲れ」

 

「先輩、この檻の中何が居るんですか?」

 

「ん?

 

何でも、100年以上生きてる獣らしい」

 

「獣?」

 

「妖怪だ」

 

「へ、へー」

 

「何だ?怖いのか?」

 

「そ、そりゃあ怖いですよ!!

 

いつ襲ってくるか、ヒヤヒヤして」

 

「大丈夫だ!

 

確か、中には研究室特製の拘束具を着けているから、ちょっとやそっとじゃ、壊れないらしい」

 

「本当ですかぁ?」

 

「本当だ。それより見張りキッチリやれよ」

 

「あ、はい!」

 

 

去って行く先輩兵士に、新米兵士は敬礼して見送った。

 

暗い檻の中、その光景を金色の目でそれは見つめていた。しばらく見つめると、金色の目はスッと閉じた。

 

 

 

「……」

 

 

割れた窓から通り抜ける風と水が、園庭にある草木の葉を揺らし濡らした。その音と自身の頬に当たった水に、眠っていた美麗はスッと目を開けた。

 

 

「……秋羅?」

 

「あれ……

 

美麗、起きたの?」

 

 

隣で寝ていた奈々は、目を擦りながらあくびをして起きた。

 

 

「ねぇ、秋羅達は?」

 

「へ?

 

あれ?いない……」

 

 

辺りを見るが、秋羅達は愚か時雨と地狐の姿がなかった。

 

 

「……多分、ママ達の所だよ。

 

行こう」

 

「うん」

 

 

奈々に手を引かれ、美麗は園庭を出て行った。

 

その数分後入れ違いに、地狐がどこからか帰ってきて二人の姿が無い事に気付くと、すぐに彼女達を狐の姿となり、眠っていた紅蓮を起こし人の姿になさせ探しに行った。

 

 

薄暗い廊下を歩く、奈々と美麗。ふと窓の外を見ると、強く降る雨が、強風に煽られ硝子を叩いていた。

 

 

「凄い雨……いつの間に」

 

「さっきまで、あんなに晴れてたのに」

 

「早く行こう。ここの人達に見つからない内に」

 

「うん」

 

 

“ドーン”

 

 

歩き出そうとした瞬間、雷が鳴り響いた。その音に、美麗はその場に座り込み、奈々は悲鳴を上げながらその場に座った。

 

 

近くを徘徊していた二人の兵士は、その悲鳴に気付き彼女達の元へ駆け付けた。

 

 

「何で子供がこんな所に?」

 

「そこで何やってるんだ!?君等」

 

 

駆け寄った兵士は、二人の腕を掴んだ。その瞬間、美麗は咄嗟にその兵士の腕に噛み付き、二人から離れた。奈々は泣き喚きながら、兵士の手を振り払い美麗の後ろへ付いた。

 

 

「な、何だこいつ等」

 

「侵入者か?」

 

「わ、私、金影の弟子だもん!!」

 

「金影?」

 

「お前みたいなガキが、祓い屋に勤まるわけないだろう」

 

「子供扱いしないで!!」

 

「つべこべ言ってないで、とっととここを出ろ」

 

 

そう言って伸ばしてきた兵士の手を、美麗は素早く払うと隙が出来た彼の腹に、正拳を食らわせた。それを見たもう一人の兵士が、常備していた銃を構えたが、それを彼女は蹴りで落とすと、左脚を軸に後ろ蹴りを食らわせた。

 

騒ぎに気付いた他の兵士達が、次々に彼女達の元へ集まってきた。

 

 

「な、何かいっぱい来た!!」

 

「奈々、頭下げて!」

 

「へ?」

 

 

下げた瞬間、美麗は彼女を捕まえようとした兵士に踵落としを食らわせた。

 

 

 

そんな騒ぎを、ベッドが並ぶ広間で聞いた秋羅達は、顔を見合わせながら、戸を開け外を見た。

 

 

「何だ?あの群衆」

 

「何か面白そう!」

 

「オイ、変な行動やめろ!」

 

 

嬉しそうな笑みを浮かべながら出て行った敬の後を、秋羅は追い駆けその後を梨白がついて行った。

 

 

兵士の群れの中へ入り、その光景を見て目玉が飛び出しそうになった。

襲ってくる兵士達を、美麗は軽々と蹴散らしていっていたのだ。それを見た秋羅は、野次馬になっている兵士を退かして、彼女の首根っこを掴み止めた。

 

 

「?

 

あ!秋羅!」

 

「何やってんだ、お前」

 

「奈々と一緒に、秋羅の所に行こうとしたら」

 

「部外者だって、追い出されそうになったんです!!」

 

「まぁ、そうだろうな。

 

こんなガキ、弟子だとは誰も思わねぇから」

 

「アンタだって、そうじゃない!!

 

不良変人チャラ男!」

 

「変人じゃねぇよ!!」

 

「事を荒げるようなことを言うな。

 

 

すまない。この者達は、月影と金影の弟子で間違いない。迷惑を掛けた」

 

「いや、こちらこそ……」

 

(つか、子供一人にどんだけやられてんだ?ここの兵士共は)

 

 

兵士達に平謝りをして、秋羅は美麗を抱き部屋へ戻った。

 

 

 

「年上の悪口言うな!!ガキ!

 

お前のせいで、梨白に怒られちまったじゃねぇか!!」

 

「不良変人チャラ男が、アタシの悪口言うからでしょ!!」

 

「ガキにガキと言って、何が悪い!」

 

「やめなさいよ!!こんな所で喧嘩は!」

 

「だって、この男が!」

 

「お前、何向きになってんだよ」

 

「こいつが俺の悪口言うから!」

 

「大人気ないですね」

 

「なっ!」

 

「全くだ」

 

 

自身に突き刺さる目線に、敬は黙り込んだ。奈々は頬を膨らませながら、時雨の傍に座った。

 

静かになった二人に、軽く溜息を吐きながら秋羅は林檎を丸囓りする美麗の頭に手を置いた。

 

 

「そういや、美麗。地狐は?」

 

「どっか行った」

 

「どっかって?」

 

「分かんない。起きたらいなかった」

 

「そっか(どこに行ったんだ?)」

 

「ねぇ、幸人いつ起きるの?」

 

「さぁな。

 

いつになるか、まだ分かんねぇ」

 

「ふーん……」

 

 

食べかけの林檎を手に、美麗は幸人の上に飛び乗ろうとした。その行為を、秋羅は素早く止めた。

 

 

「無理矢理起こそうとしない」

 

「こうやって起こした方が良いって、暗輝言ってた!」

 

「それは緊急事態の時!!」

 

「そういう起こした方があるのか(今度先生に、やってみよう)」

 

「言っとくが、これは“美麗”だから許されることだからな。

 

真似してやろうと思わねぇ方が、身のためだぞ」

 

「っ……」

 

 

引き攣った表情を浮かべる敬に、一同は吹き出し笑いを堪えた。

 

 

 

その様子を、ドア越しから聞いていた地狐は微笑みを浮かべると、紅蓮と共に園庭へ戻っていった。



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陽介と幸人

15時過ぎだった……

暗輝と水輝が、部屋へ戻ってきたのは。


「「だぁ~~~

つ、疲れだぁ~~」」


ヘナヘナと、二人は床に倒れた。


「お、お疲れ様です……」

「会議、終わったんですか?」

「お、終わったぁ……」

「長ぇんだよ、決める如きで」

「蘭丸は?」

「あ?あぁ……

もう、来るよ」


「あ~肩こった~」


そう言って、肩を揉みながら戸を開ける大地と肩を回す翔、目薬を差す奏歌が入ってきた。


「全く、話が通じない爺の相手すんの、本当疲れる」

「同感~」


愚痴を言う二人を見ながら、美麗は秋羅の後ろへ隠れた。

その時、開いていたドアを叩きある者が入ってきた。その者は、羽鳥だった。彼の後ろには陽介と蘭丸が立っていた。


「会議の話をする。

弟子達は、会議室へ来るように」

「え?」


それだけを言うと、羽鳥は部屋を後にした。彼がいなくなると、秋羅の後ろに隠れていた美麗は出て行き、蘭丸の傍へ駆け寄った。


「あ、あの……何、話されるんですか?」

「会議の結果、ここじゃ何だしね」

「主等が話をしている間、儂が美麗を見ておるから行ってきなさい」

「あ、はい」


嬉しそうに蘭丸の手を掴んだ美麗は、その手を振りながら楽しそうに何かを話していた。

その様子に微笑みを浮かべながら、秋羅は時雨達と共に会議室へ行った。


『おや?

 

もう良いのかい?』

 

 

園庭へ来た美麗と蘭丸に、地狐は振り返った。中へ入った美麗は、紅蓮の元へ駆け寄った。彼女に導かれるようにして、地狐の傍にいた二匹の竜も寄っていった。

 

 

「会議の結果を、秋羅達に話しておるんだ。

 

その間の子守を、儂が引き受けただけじゃ」

 

『結果?それって……』

 

「大丈夫じゃ。

 

主が望んでいるとおりの結果じゃ」

 

 

 

「え?引き続きって……」

 

 

会議室で言った羽鳥の言葉を、秋羅は繰り返し言って彼を見つめた。

 

 

「……大佐、後は頼む」

 

「了解」

 

 

無線を手に、羽鳥は会議室を出て行った。彼を見送ると、陽介は振り向き続きを話した

 

 

「会議の結果、夜山美麗は引き続き月影の元に置くことになった」

 

「やったじゃねぇか!秋羅!」

 

「勘違いするな。

 

あくまで、彼女は月影の元へ置くだけだ。我々研究員の実験には、応じて貰う」

 

「それじゃあ、毎回行くの?ここに」

 

「そんな面倒なことはさせん。

 

研究員を2名、送ることにした」

 

「え?それって……」

 

「心配するな。この変人二人じゃない」

 

「じゃあ、誰?」

 

「元研究員である、星野暗輝と星野水輝だ」

 

「随分と、良い方向にいきましたね?」

 

「雨宮監察官が、話を付けてくれたんだ」

 

「ほぼ脅しだったけどね」

 

「慣れている奴なら、美麗も多少は協力してくれるだろうって」

 

「何か、あの監察官凄い人だな……」

 

「一応、元討伐隊の元帥であり、100年前夜山美麗の面倒を見ていた一人だからな」

 

「一人って……もう一人いたんですか?」

 

「まぁな……」

 

「そのもう一人って、今は?」

 

「当に亡くなっている。

 

ま、その一人は俺の曾祖母何だかな」

 

「そういえば、言ってたね。

 

施設来た頃、『俺等は、ずっと祖母様と一緒に暮らしてた』って」

 

「と言っても、あまり記憶は無い。

 

何せ、5歳の時だったからな。亡くなったのは……

 

 

 

話は以上だ。悪いが仕事に戻らせて貰う」

 

 

そう言って、陽介は会議室を出て行った。

 

 

「全く、ああいう一途な所は兄弟ソックリね」

 

「兄弟?陽介さん、兄弟いるんですか?」

 

「あれ?聞いてない?

 

大佐と幸人は兄弟だって」

 

「……はい?!」

 

「マジ!?」

 

「嘘!?」

 

「ちょっと大地、その話本当なの!?」

 

「本当よ。

 

話してるもんだと思ってたけど……

 

 

15年前、実験する前に軽い健康診断をしたの。

 

その時、採取した血液検査で彼のY染色体と幸人のY染色体が一致したの」

 

「それって……」

 

「Y染色体は、本人の父親からしか受け継がない……

 

つまり、父親は同じ人。だけど母親は別」

 

「腹違いの兄弟……」

 

「それ、二人は知ってるんですか?」

 

「さぁ……」

 

「多分、知っているだろう……と言うより、聞かされているだろう」

 

「聞かされてるって……!」

 

「曾祖母……」

 

「そう……恐らく、話は聞いている。

 

けど、あの距離が一番落ち着くんだろうね」

 

 

幸人が眠るベッドの前に立つ陽介……

 

 

 

『兄弟?』

 

 

曾祖母の手に繋がれてやって来た、幼い幸人……彼を前に、陽介は曾祖母の顔を見た。

 

 

『今日から、あなたの弟よ』

 

『……同い年に見えるが』

 

『……お前が午前2時で、俺が午前3時に産まれたんだ。

 

だから……その……』

 

『あらあら、やっと喋ってくれたわね』

 

『……』

 

 

曾祖母はしゃがむと、幸人と陽介を抱き寄せ頭を撫でた。

 

 

『どんなことがあっても、私はお前達を手放したり引き離したりはしないからな』

 

 

優しくほんのりと温かみを感じる二人は、曾祖母の胸に顔を埋め抱き着いた。

 

 

その数年後、曾祖母は亡くなり遺品は親族が整理し、引き取り手がないまま、二人は施設へとやって来た。

 

施設へとやって来たその日の夜……急に曾祖母が恋しくなった陽介は、部屋を出て外へ出た。

だが、そこには既に先客がいた……涙を拭く幸人だった。

 

 

『……男が、泣きべそか?』

 

『そういうテメェもだろう』

 

『……』

 

 

隣へ座った陽介は、ふと空を見上げた。空一面に輝く満点の星達……

 

 

『凄え……』

 

『クソ男が、酒で酔い潰れた日とか、よくこうやって星空眺めてたっけ』

 

『クソ男?』

 

『お袋の恋人。

 

お前の親父と恋に落ちて、俺が出来た頃親父を捨ててクソ男に貢いだんだ』

 

『何で、そんな事を……』

 

『金だろう?

 

俺がお前と腹違いの兄弟だって脅せば、多少の金は毎月入ってくる……そう言う考えだったんだよ。

 

 

けど、計画は上手くいかず……

 

祖母ちゃんに会う前日だった……お袋とクソ男が死んだのは』

 

『……』

 

『あ、言っとくけど……

 

死因は、クソ男はただ単に泥酔してそのまま川に転落した溺死。

 

お袋は、本能の赴くままに妖怪の森を歩き、そのまま妖怪にパクり』

 

『……随分、悲惨な亡くし方だな……』

 

『何かもう、涙のなの字も出なかったよ。馬鹿というか……

 

 

だから、祖母ちゃんが死んだ時……自分の涙で出てビックリした』

 

『……』

 

『お前、将来どうすんだ?』

 

『将来?

 

 

普通に、祖母様と一緒妖討伐隊に入隊するつもりだ』

 

『わぁ、凄いこと』

 

『貴様は?』

 

『俺も一応、討伐隊に入隊しようかなぁ』

 

『一応とは何だ、一応とは』

 

『俺、祓い屋になりたいんだ』

 

『祓い屋……』

 

『でも、祓い屋になるには祓い屋を探して、そいつに弟子入りしなきゃ行けないから、面倒だなぁって』

 

『……本当に、貴様は俺の弟なのか?』

 

『腹違いと一時間違いの弟だ』

 

『……』

 

『なぁ、賭けてみねぇ』

 

『は?』

 

『同い年だろ?

 

どっちが先に死ぬか』

 

『不吉な賭けだな……』

 

『俺はお前より長生きする。

 

はい、陽介負け決定』

 

『俺の方が長生きする!!幸人が負けだ!』

 

『陽介が負けだ!』

 

『幸人だ!』

 

『陽介だ!』

 

 

 

言い争う言葉が、陽介の耳に響いた……スッと目を開けると、部屋を出ていった。




人物紹介11

名前:雲雀大地(ヒバリダイチ)
年齢:34歳
容姿:紫がかった黒の髪を耳下で結っている。目の色は黄色。普段はオネエ系で喋るが、キレると男になる。

名前:藤風翔(フジカゼショウ)
年齢:32歳
容姿:茶髪の短髪。常にゴーグルを着けている。目の色はコバルトブルー。

名前:霧岬奏歌(キリサキカナタ)
年齢:50歳(見た目は20代後半から30代前半)
容姿:ウェーブの掛かった赤茶色の髪を結っている。目は水色と黄色のオッドアイ。
見た目が若く見えるため、よく歳を聞かれる。


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地下に眠るもの

「?」


何かの気配を感じた美麗は、摘んでいた数本の花を手に、辺りを見回した。


「どうかしたか?美麗」

「……呼んでる」

「?」

「来てって呼んでる」


立ち上がり、摘んでいた花を置き美麗は園庭を出ようとした。


「待ちなさい」
『待って』


地狐と蘭丸に呼び止められ、美麗は足を止め振り返った。二人は互いを見合うと頷き、蘭丸は立ち上がると彼女の元へ歩み寄った。


「儂も一緒に行こう。一人じゃ危険じゃ」

「うん!」

『蘭丸、美麗のこと頼んだよ』

「うむ」


蘭丸の手を握り、美麗は園庭を出て行った。二人の後を、人の姿となった紅蓮は、地狐と一瞬目を合わせるとすぐについて行った。


(君も、頼んだよ……紅蓮)


地下を警備する数名の兵士……

 

檻に入っていた獣が目を開けた。そして、着けられていた拘束具を、全て外した。

 

 

「……?

 

え?」

 

 

檻を警備していた新米兵士は、外れた拘束具の音に気付き振り向いた。

 

次の瞬間、檻は粉々に壊された……警備していた兵士は間一髪避けており、すぐに壁に付けられていた警報器を鳴らした。

 

 

鳴り響く警報……廊下を歩いていた秋羅達は、足を止めその音を耳にした。

 

 

「な、何だ?この警報」

 

「……ねぇ、あそこの通り!兵士達が駆けてるよ!」

 

 

角から次々と現れ出る兵士達の元へ、秋羅達は駆け寄った。

 

その時、何かが壊される音と共に建物が揺れた。

 

 

建物が揺れた頃、エレベーターで地下へ向かっていた蘭丸と美麗は、揺れで動かなくなり閉じ込められていた。

 

 

「全然動かないよ……蘭丸」

 

「恐らく、さっきの揺れで緊急停止したんじゃろう」

 

「出られないの?」

 

「いや、出る方法はある(確か、この辺りに……)」

 

 

壁を触りながら、蘭丸は何かを探した。そして何かに触れると、そこを軽く叩いた。すると壁の一部が剥がれ、中からボタンが一つ設置されており、それを躊躇なく押した。

 

押した瞬間、エレベーターは動きそして一番近い階に着き戸が開いた。

 

 

「……凄ぉい……」

 

「全く、まだ直してなかったのか」

 

「直す?」

 

「緊急事態が発生した際、エレベーターを一番近い階で止めるように言ったんじゃが……

 

まだやっていないとは……」

 

「……?」

 

 

何かに気付いた美麗は、辺りを見ながら先を歩き出した。移動した彼女を見た紅蓮は、蘭丸の服を引っ張り、指差して共について行った。

 

 

 

 

「巨大な妖怪が、脱走した!?」

 

 

途中で合流した陽介から、秋羅達は話を聞きながら地下へ続く階段を降りていた。

 

 

「長年監禁していた妖怪が、どういう訳か脱走したらしい」

 

「巨大なら、すんなり見つかると思いますけど」

 

「そう簡単にいけば、こんな騒ぎにはならない」

 

「と、言いますと?」

 

「奴は、姿を消すことが出来る。

 

まぁ、簡単に言うと透明人間だ」

 

「そんなのが、脱走したって事は……

 

 

相当ヤバいじゃねぇか!!」

 

「だから、緊急指令出してんだよ!!」

 

「まだ地下にいてくれればいいんだが」

 

 

地下へ着いた陽介と梗介な、銃を手にして辺りを警戒しながら、先頭を歩いた。二人に合わせて、秋羅達も各々の武器を構え、歩み出した。

 

 

先に角を曲がろうした敬が、顔を覗かせるとそこに誰かの頭が顔面に直撃した。

 

 

「痛ってぇ!!何だ!?」

 

「……蘭丸!敵じゃなかった!」

 

 

聞き覚えのある声に、敬は鼻を押さえながら上半身を起こした。そこにいたのは、後から歩み寄ってきた蘭丸の元へ駆け寄る美麗だった。

 

 

「美麗!?

 

お前、頭突きするな!」

 

「……

 

あ!秋羅!」

 

「無視するな!!」

 

 

敬を横切り、美麗は後ろにいる秋羅の元へ駆け寄った。

 

 

「美麗ちゃん達が、どうして?」

 

「美麗が、声が聞こえると言って声の主を探しに、ここまで来たんじゃ」

 

「今地下は危険です!」

 

「分かっておる、それくらい。

 

それで、今はどういう状況じゃ?陽介」

 

「全部隊に呼び掛け、場内を隈無く探索しているところです」

 

「そうか」

 

「蘭丸、早く声が聞こえる所に行こう」

 

「分かったから、少し待て」

 

「……?」

 

 

何かの気配を感じた美麗は、後ろを振り返った。

 

そこには、何もいなかった……いや、姿形が無かった。

 

 

「……!

 

 

秋羅!皆!ジャンプ!!」

 

 

その声に、敬を除く秋羅達は一斉にジャンプした。訳が分からなかった敬は、足に何かが当たったかのようにして尻を着いた。

 

 

「な、何だ!?今の」

 

「何尻着いてんのよ、アンタ」

 

「い、いや!さっき、何か足に当たって!それで!」

 

「くだらない言い訳はいいから、早く立て」

 

「くだら……

 

梨白!!人を馬鹿にするのもいい加減にし……うわっ!!」

 

「またコケましたね?」

 

「うるせぇ!!」

 

「何もいないのに、何かに当たる……梗介」

 

「アイアイサー!

 

おら、出て来い!!」

 

 

ポーチから出したペイントボールを手にした梗介ほ、それをそこら中に投げた。すると数個のペイントボールに、何かが当たり消していたその姿を、秋羅達の前に現した。

 

 

「み、見付けたぁ!!」

 

「馬鹿!大声を出すな!」

 

「で、デカい……」

 

 

金色の目を浮かべ、長い尻尾を持ち大熊の姿をした妖怪は、見上げている秋羅達を順々に見て行った。そして、美麗を見付けるなり彼女に歩み寄り、周りを歩きながら彼女の匂いを嗅いだ。

 

美麗の元へ駆け寄ろうとした秋羅を、蘭丸は差し止めた。

 

 

匂いを嗅ぎ終えた妖怪は、自身の頭を美麗の体に軽く当てた。尻を着いた彼女は、すぐに起き上がると頬を舐めてきた妖怪の頭に体を乗せ、遊びだした。

 

 

「な、何か懐かれてるな?美麗の奴」

 

「つか、遊んでるぞ」

 

「(まだおったか……)安心せい。

 

あの子は、美麗の友達じゃ」

 

「友達って……」

 

 

遊ぶ美麗の元へ、蘭丸は歩み寄った。寄ってきた彼を、妖怪は匂いを嗅ぐとすぐに心を許したかのようにして、頭を擦り寄せてきた。

 

 

「あらあら、監察官にまで懐いてるわね」

 

「陽介、全部隊に伝えろ。

 

妖怪は、捕獲したと」

 

「はい。梗介」

 

「今連絡してます!」

 

 

妖怪の上に乗っていた美麗は、背中から滑り降りた。降りた彼女の頭を、妖怪は前足を上げ鋭く伸びた爪で撫でた。

 

 

「美麗、声はどうじゃ?」

 

「ん?

 

 

もう聞こえない。代わりに『会えた』って!」

 

 

撫でてくる爪を掴みながら、美麗は蘭丸に答えた。




秋羅達と戯れる美麗を、園庭の水辺から地狐は帰ってきていた天狐達と眺めていた。


『すっかり元気になったな』

『そうだね』

『……記憶の方は、どうなっている?』

『一応、自分が『美麗』だと言うことは思い出している。晃のことは……多分、思い出していないと思う。

紅蓮が晃の時、ずっと『紅蓮』と呼んでたから』

『そうか……


とりあえず、制御装置は今後のことも考えてブレスレットの他に、アミュレットを作ってきた』

『また随分と』

『妖力を取り戻し、あの時の記憶を蘇らせるにはいかない。

やっとここまで、平和に過ごせたのだから』

『分かっているよ』


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異国からの依頼

抜け出した檻の前で、妖怪は美麗に甘えるようにして頭を擦り寄せ、頬を舐めていた。


「あ、あのぉ……そろそろ、檻に」

「鎖付けるの?」

「まぁね」

「じゃあ嫌だ」

「おい!」

「蘭丸さん!美麗を何とかして下さい!」

「これじゃあ、怖くて何もできませんよ!」

「……全く、腰抜け共が」


文句を言う大地と翔に、グチグチと言いながら蘭丸は美麗のところへ行き、彼女に話し掛けていた。

すると、美麗は頷くと妖怪を檻を中へと入れた。


「な、何で?」

「どんな手を使ったんだ?」

「ほれ、突っ立とらんで早く枷を着けんか」

「あ、はい!」


檻の中へ二人が入ると、美麗の前にいた妖怪は唸り声と牙を剥き出しながら、攻撃態勢を取った。


「ヒッ!」
「ウッ!」

「こっち!」


二人を睨む妖怪の顔を、美麗は自身に無理矢理向けさせた。固まっている二人の尻を、蘭丸は軽く蹴った。

我に戻った二人は、急いで前足と後ろ足に枷を着けた。そして、残る首輪を持ち音を立てぬよう抜き足忍び足と歩み寄りながら、首輪を着けた。


「……美麗、そろそろ」

「ハーイ。

バイバイ。また来るから」


頭を撫で、美麗は蘭丸と一緒に檻を出た。全員が出るのを確認すると、扉を示し厳重に鍵を掛けた。


「フゥー。これで平気だと思うわ」

「今まで大人しかったのに……

それに、何で枷が外れたんだ?」

「さぁ。

無理矢理壊したか、老朽化か」

「まぁ、大事になってないから、早急に調べる必要は無いと」

「儂等は部屋へ戻るぞ」

「戻る前に、美麗!

実験に」
「嫌だ!」


蘭丸の腕にしがみつき、美麗は翔を睨んだ。


「実験など、やめておけ。

陽介と幸人が聞いたら、主等脳天ぶち抜かれるぞ」

「そ、それだけは……」

「なら、やめておくんじゃな。

美麗、戻るぞ」


歩き出した蘭丸と共に、美麗は二人を睨みプイッと顔を前へ向き彼に笑いかけながら、部屋へと戻っていった。


二日後のことだった……

 

幸人達が目を覚ましたのは。

 

 

「ママ!」

 

「……奈々」

 

 

目を覚ました保奈美に、奈々はすぐに飛び付いた。飛び付いてきた彼女を、保奈美はしっかりと抱き締め頭を撫でた。

 

 

「……あ!幸人、起きた!」

 

 

起き上がった幸人に、美麗は背を向けていた秋羅に声を掛けた。

 

 

「体、大丈夫か?」

 

「何とかな。

 

まだ怠さが残ってるが、それ以外は」

 

「そうか……」

 

「ねぇ、幸人起きたからもう帰ろう」

 

「今起きて、今からは無理だ」

 

「明日の夕方、帰ろう」

 

「あの部屋にいるの、もう嫌だ~!」

 

「文句言うな!天狐が帰ってくるまで、あそこにいろって言われてんだろ?地狐に」

 

「だって~……」

 

 

『風船みたいな顔、しないの』

 

 

後ろからやって来た地狐は、膨れる美麗の頬を後ろから、軽くつまみながら引っ張った。

 

 

「天狐は?」

 

『さっき帰って』

『遅くなった』

 

 

霧と共に天狐は、敬を踏み付けるようにして立ち、エルと共に現れ出た。

 

 

「天狐!エル!」

 

(な、何で俺の上に……)

 

『思ったより、時間が掛かった』

 

 

駆け寄り抱き着いてきた美麗を、天狐は撫でながら持っていた入れ物の蓋を開け、中を見せた。

 

 

「うわぁ、綺麗……」

 

 

入れ物の中には、二つのブレスレット、アミュレットが入っており、それら全て桜をモチーフに作られていた。

 

 

「あれ?ブレスレットだけじゃないの?」

 

『今回で、妖力がかなり溢れて出てしまったからな。

 

ブレスレット一つじゃ、抑えようが無い』

 

「いいなぁ……

 

アタシも欲しい!」

 

「似たようなのを、今度買ってあげるわ」

 

「ワーイ!」

 

「甘やかすな、お前」

 

「奈々はまだ子供だから、いいんです」

 

「子供って……

 

 

もう15になってんだろ?」

 

「そろそろ親離れしねぇとな?」

 

「変人不良に言われたくない」

 

「お前、口だけは達者だな?」

 

 

騒ぎ出した二人を背に、美麗はブレスレットを手に嵌め、アミュレットを首に掛けた。その時、三つの石から淡い光が放ったが、すぐに消えた。

 

 

『これで安定するだろう。

 

地狐、後は頼む。私は先に森へ戻る』

 

『了解

 

僕ももう少ししたら、帰るよ』

 

『分かった』

 

「仕事放棄か?」

 

『お前等人間みたいに、私達は暇じゃないんだ』

 

「ヘイ、そうですか」

 

『じゃあな』

 

 

白い霧を漂わせ、天狐はその場から姿を消した。

 

彼女が消えると、傍で大人しくしていたエルは、嘴で美麗の頬を軽く突いた。突いてきたエルの頬を、彼女は撫でた。

 

 

「失礼します!」

 

 

ノックと共に、戸が開き外から敬礼をする兵士が入ってきた。

 

 

「海影様!ご依頼の手紙を預かってきました」

 

「おや?何でしょう」

 

 

兵士から手紙を受け取ったアリサは、兵士に礼を言いながら戸を閉めた。

 

彼女から受け取った手紙を、マリウスは広げ読んだ。

 

 

「……フゥー。

 

面倒な依頼ですね」

 

「何ですか?」

 

「魔犬退治です」

 

「またですか?」

 

「まけん?

 

秋羅、まけんって?」

 

「字の如く、魔の犬。

 

この国で言う、犬の妖怪だ」

 

「英国では、最近魔犬被害が多くて……

 

そうだ……

 

 

月影、この依頼手伝ってくれませんか?」

 

「丁重にお断りだ」

 

「決定と」

 

「人の話聞け!!」

 

「火影に水影、金影に木影の依頼を手伝っておきながら、何故我々の依頼を手伝いをしてくれないのですか?」

 

「場所を考えろ!場所を!

 

 

テメェの国まで、どれだけ掛かると思ってるんだ!」

 

「何、西洋の竜に乗っていけばすぐに着きます」

 

「テメェはドラゴン使いか!!」

 

『東洋の竜も負けてませんよ?』

 

「張り合うな!!」

 

 

「起きて、そんなに喋れるなら、もう平気だね」

 

 

そう言って入ってきたのは、大地だった。彼の姿を見た美麗は、警戒しながら秋羅の後ろへ隠れた。

 

 

「何だよ、ド変人」

 

「変な呼び方しないで!

 

折角、薬持ってきてあげたのに」

 

 

そう言いながら、大地は持っていた鞄から注射針を取り出した。それが美麗の目に入る寸前に、地狐は彼女の前に立った。

 

 

「……地狐?」

 

『秋羅、美麗達を連れて園庭に行ってるよ』

 

「分かった」

 

『美麗、行こう』

 

 

伸ばしてきた地狐の手を繋ぎ、部屋を出ていった。二人に続いて、紅蓮もエルを連れて出て行った。

 

 

「あら?どうかしたの?あの子達」

 

「お前が注射出すからだ」

 

 

 

園庭へ来た美麗は、目に入った手作りのブランコに座った。ユラユラと漕いでいると、木の上にいたゴルドとプラタは降り、彼女が乗るブランコの紐を掴み揺らし始めた。大きく揺れてきたブランコに、美麗は嬉しそうに笑った。

 

 

しばらくして、蘭丸が園庭へやって来た。地孤は彼を見ると、軽く会釈をして遊んでいる美麗に目を向けた。

 

 

『そろそろ、僕も姉気味の所へ帰るよ』

 

「やはり、一緒にはいられぬのか……」

 

『森を、姉君一人じゃ任せられないよ』

 

「……」

 

『美麗!おいで!』

 

 

地狐に呼ばれた美麗は、ブランコから降りるとゴルド達と共に彼の元へ駆け寄ってきた。

 

 

「なーに?」

 

『僕もそろそろ、姉君の所へ帰るね』

 

「え~、帰っちゃうの?」

 

『また来るよ』

 

 

膨れる美麗の頭を、地狐は撫でると何かを訴えるようにして、蘭丸の方に目を向けた。彼は何かを捕らえたかのようにして、深く頷いた。

 

 

『それじゃあね。ゴルド、プラタ行くよ』

 

 

寂しそうな鳴き声で、自身に寄り添う二匹を美麗は撫でた。

 

 

「ほら、地狐が呼んでるから行きな」

 

 

そう言うと、挨拶のようにして二匹は頬を舐め地狐の元へ行った。彼は霧を放ちそして、そこから煙のように姿を消した。

 

地狐を見送った美麗は、少し寂しそうに俯いた。そんな彼女を蘭丸は、黙って頭を撫でた。




北西の森……

月明かりが照らす獣道を、地狐は歩いていた。


森を抜け、境目に建てられた柵の戸を開け、中へ入った。石で作られた花壇に木の柵で作られた花壇、柵に吊された植木鉢がいくつも置かれていた。しかし、その花壇と植木鉢には花は咲いていなかった。


『相変わらず、寂しい庭だね』

『仕様が無いだろう。

世話をする者がいないのだから』


二階建ての家から出て来た天狐は、足で玄関の戸を閉めながら言った。


『まぁ、そうだけど。

何か植えて育てれば?


麗桜がよく言ってただろ?

『草木を育てると、心が穏やかになる』って』

『勝手に言ってろ』

『お~、怖い』

『……


あの頃は、毎年春になると彩りの花々が咲いたな』


そう言って、天狐は過去を思い出しながら庭を見回した。雑草が所々に生え、近くに生えていた枯れた木に吊された手作りのブランコは、紐が切れ板が落ちていた。


『よく、遊びに来たよね。


覚えてる?あのブランコで、美麗と晃がよく遊んでたよね』

『……』

『まだ小さな美麗を膝に乗せて、晃が軽く漕いで……』


聞こえてくる小さな子供の笑い声……


壊れる前の姿になったブランコに、若い頃の晃が座り彼の膝に小さい美麗を置き、揺らしていた。揺れるブランコに、美麗はご機嫌だった。彼女に釣られて、晃も花壇の手入れをしていた美優と麗桜も笑った。


『……』

『……帰るぞ』

『うん……』


二人はその家を出て行き、森へと帰った。


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夜山美麗
霧の都・英国


空高く飛ぶドラゴン……

朱いドラゴンの背には、幸人とマリウスと暗輝が、蒼いドラゴンの背には、秋羅とアリサと水輝が乗っていた。


「結局、英国に行かされる羽目になったか」

「文句は国に着いてから、充分に聞きますよ。ウイスキー用意して」

「ソーセージも用意しとけ」

「分かりました。


……それより、大丈夫なんですか?」

「大丈夫?何が?」

「あれです」


マリウスが指差す方向には、エルの背中から飛び降り、ネロの背中へ着地し、ネロの背中から飛び降り、エルの背中へ着地と交互に飛び移りながら遊ぶ美麗と、彼女を見守るようにして、傍でゴルトとプラダが飛んでいた。


「何危ねぇ事してんだ!!

秋羅!!今すぐ止めろ!!」

「いや、無理だろ!!いきなりは!!」

「美麗!!やめろ!!落ちたら死ぬぞ!!」

「平気!平気!」

「平気なわけねぇだろう!!

変人双子、どうにかしろ!!」

「いや、無理だから!!」
「いや、無理だろ!!」


幸人達が騒いでいる間に、ネロの背中に乗っていた紅蓮は立ち上がり、落ちてきた美麗をキャッチした。


『遊びは終わり。

エルの背中で大人しくしてろ』

「え~!もっと~!」

『地上に降りた時、幸人達から雷食らうぞ。それでもいいのか?』

「……嫌だ」

『じゃあ、大人しくしろ』


本部での会議から一週間後。

 

幸人達は、本部から直接マリウスが呼んだ二匹のドラゴンに乗り、英国へと行った。出発直前、エルに乗っていた美麗を、どこからかやって来たネロは銜え、自身の背中へ乗せた。乗せられた彼女の傍へ、ネロの子供のゴルトとプラダが駆け寄り、頬摺りした。

 

 

『……幸人、こいつ(ネロ)に乗って行くわ』

 

『ヘーイ』

 

 

 

ドラゴンに乗り、マリウス宅に着いた頃には辺りは暗くなり始めていた。広い草原に降り立ったドラゴン達は、首を降ろしマリウス達を下ろした。

 

 

「凄え。幸人達の家と同じくらい広いな」

 

「ドラゴン使いは、これくらいの領土を持っていないと、彼等を置いておけませんので」

 

 

遅れて降りてきたネロ……首を下ろす前に、美麗は紅蓮と共に飛び降りた。

 

降りた直後、美麗は幸人から強烈な拳骨を食らった。

 

 

「い、痛い……」

 

「そんな強く殴らなくても良いだろう」

 

「一発で済んだだけでも、有り難いと思え」

 

「相変わらず、厳しいことで」

 

 

痛がる美麗の頭を、水輝は撫でながら彼女を宥めた。

 

 

「しっかし、お前が竜使いだったとは……

 

いつからだ?」

 

「10年前からです。

 

師が亡くなる直前に、ドラゴンの扱い方を教えてくれたので」

 

「ワオー」

 

「弟子はいつからなの?」

 

「同じく10年前です」

 

「へー」

 

「先生ー!早く家へ入りましょー!」

 

 

裏口の門灯を点けたアリサの呼び声に、幸人達は家へと入った。

 

 

「どっかの御曹司の館みてぇな家だな」

 

「我々一族の遺産みたいな物ですよ」

 

「それじゃあ、花琳の奴もここへ来るのか?」

 

「月命日に。

 

彼女のご両親のお墓が、この敷地内にあるんです」

 

「それって、小さい森に立ってた四つの石?」

 

「……えぇ、まぁ」

 

「よく知ってるわね」

 

「空から見えて、気になってさっき行った」

 

「いつの間に……」

 

「でも、何であんな寂しいところに立てたの?

 

ここでもよかったじゃん」

 

「僕の両親も彼女の両親も、静かな場所が好きだったんだよ。だから」

 

「フーン」

 

「それより……

 

椅子の上で膝立ちするのはやめなさい!端たない!!」

 

「相変わらずうるせぇな、そういう所」

 

「あなたの躾が悪いからでしょう、月影」

 

「頭でっかちのテメェみたいに、俺はなりたくないんだよ」

 

「弟子にまで感染させてどうするんですか?」

 

「テメェに言われたくねぇんだよ!」

 

「まぁまぁ、もう夜遅いから喧嘩は明日な!明日」

 

 

暗輝が二人の喧嘩を仲裁している間に、秋羅は美麗を椅子に座らせた。

 

 

「外で膝立てはするな」

 

「家の中でも駄目なの?」

 

「余所の家は駄目だ!」

 

「というより、普通に座りなさい。あなた一応はレディーでしょ?」

 

「なあに?それ」

 

「っ……」

 

「アリサ、あまり気にするな」

 

「あ、は、はい……」

 

 

 

翌日……

 

 

霧が掛かる朝、幸人達は都心へと続く道を歩いていた。

 

 

「流石、霧の都。

 

凄え霧だ」

 

「本当」

 

「これだけ濃いと、どこに誰がいるか分かんねぇな」

 

「ミーちゃんに、紐着けといて正解だったね」

 

 

秋羅の手首に巻き付けられていた紐の先には、紐を腰に縛り辺りを歩き回る美麗がいた。

 

 

「案の定、動き回っている……」

 

「紅蓮達と一緒に、お空のお散歩の方が良かったかな?」

 

「そろそろ都心へ着きます。決して離れないよう、お願いします」

 

 

徐々に霧が晴れ、辺りが見渡せるようになった……それに合わせて、美麗は秋羅の元へ戻り羽織っていたポンチョのフードを被った。

 

 

石畳になった道を歩く幸人達。辺りには、路地裏で煙草を吸う者や、何かを狙っているかのように、ジッと見つめる者がそこら中にいた。

 

 

「この街路は、浮浪者が多くいます。

 

依頼人はこの街路の先にいます」

 

「危険な町だなぁ……」

 

「女子供で歩いてたら、あっという間に餌食になるね」

 

「まぁ、この辺りに殺人鬼が出没したって話は出てますけど?」

 

「ますます物騒だね」

 

「殺人鬼って妖怪なの?」

 

「いいえ。

 

生身の人間よ。5人以上の売春婦が犠牲になっているの」

 

「ばいしゅんふ?

 

それって、女が男に」

「それ以上言わなくて良し!」

 

「着きましたよ」

 

 

そう言って、マリウスはドアノックを叩いた。すると中から、メイドが現れ彼の話を聞き秋羅達を中へ入れた。完全にドアが閉まるのを確認した美麗は、被っていたフードを取り中を見回した。

 

 

「お待たせしました。

 

依頼主のアルフ・オルビーです」

 

「初めまして。祓い屋の海影です。

 

今回は魔犬退治ということで、仲間を数人呼びました」

 

「そうでしたか……

 

あぁ、どうぞ腰掛けて下さい」

 

 

6人が席へ着く中、美麗は部屋から出て行きどこかへ行った。それに気付いた水輝は、すぐに彼女の後を追い駆けた。

 

 

「……どういう躾をしてるんですか?

 

幸人」

 

「俺に振るな」




オルビー宅の中庭……


馬の水飲み場で、エルは水を飲んでいた。その隣で、人の姿となった紅蓮は、退屈そうに大あくびをしていた。

すると、扉が開く音がした。水を飲んでいたエルは、顔を上げ、扉の方を向いた。
中から出て来たのは、美麗だった。彼女の姿に、エルはすぐに駆け寄った。


(何だ……エル達の所に行きたかったのか)


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魔犬と殺人鬼の出現

資料を読む幸人達。資料に沿って、アルフは淡々と話した。


「一ヶ月前から、魔犬が現れたと……」

「そして、同じ頃に殺人鬼が出没した……

偶然か?」

「分かりません……

ただ、私には接点が無いとは思えないんです」

「……」

「魔犬による被害は、まだ家畜程度ですけど……

殺人鬼による被害者は、5人ですね」

「はい……」

「魔犬の被害、広がる可能性は充分にあるな……

出る場所に、決まりや必ず出る所はありますか?」

「場所は転々としてますが……

出没するのは、霧が濃い日です。殺人鬼も」

「同時に出るんですか?」

「えぇ……

魔犬が出たと通報があり、そちらに行くんですが……その数分後に、殺人鬼が現れたと」

「殺人鬼が出る場所は?」

「主に市街地です」


夕方……

 

依頼主の家を後にした幸人達は、近くのカフェテリアで資料を見ながら休んでいた。

 

 

「魔犬の最初の目撃は、墓場近く。二度目は公園。三度目は牧場」

 

「そして、殺人鬼は全て市街地。

 

見張る場所は、計4つだな」

 

「僕は単独で動きますから、残り三つはあなた方で」

「テメェは単独行動禁止だ。

 

美麗、紅蓮達と一緒に公園見張れ」

 

「分かった!」

「幸人!?」

 

「水輝はアリサと一緒に墓地に、秋羅は暗輝と一緒に牧場。

 

俺と湊都は市街地だ」

 

「月影!!その名前で呼ぶな!!」

 

「呼ばれたくなきゃ、単独行動するな」

 

「その前に、美麗を1人にして良いのか!?

 

下手したら、魔犬の餌食になるぞ!!」

 

『餌食になる前に、俺が魔犬を噛み殺す』

 

「わー、おっかねぇ」

 

「そういう事だ。

 

エルもいるし、何とかなるだろう」

 

「おい幸人、奏歌との約束覚えてるよな?」

 

「……あ、すっかり忘れてた」

 

「おい!!」

 

「俺が美麗と一緒に行動するから、エルは秋羅と」

 

「あ、はい」

 

「何で私じゃないの!?」

 

「エルがアリサの言う事聞くと思うか!?

 

だったら、確実に言う事聞く秋羅に任せた方が良いだろう!!」

 

 

正論を言われ、水輝は頬を軽く膨らませながらそっぽを向いた。

 

 

「ったく……」

 

「暗輝!公園!」

 

「分かったから、先に行こうとするな!」

 

「秋羅、危険だって思ったら、すぐ逃げろ。いいな?」

 

「了解。

 

エル、行くぞ」

 

「水輝さん、行きましょう」

 

「ハイヨー」

 

「オラ行くぞ、湊都」

 

「その名前で呼ぶなと言ってるだろう!」

 

 

幸人に怒鳴りながら、マリウスは市街地へと行った。まだ行っていなかったアリサは、水輝の方に向いた。

 

 

「あの、湊都って?

 

先生の名前は確か、マリウスじゃ」

 

「それは自分の師から、聞いた方が良いよ。私達じゃなくて」

 

「……」

 

「さぁ、行こうか……

 

墓地に」

 

 

少し怖じ気つきながら、水輝はアリサと共に墓地へ向かった。

 

 

 

夜……静まり返った夜の町は、薄霧に包まれていた。

 

辺りから聞こえてくるのは、酔っ払いの笑い声や怒鳴り声だった。

 

 

公園の茂みに身を潜めた暗輝達は、辺りを見ながら警戒していた。

 

 

「全然出ないね?」

 

「的外れか?

 

 

こちら暗輝、公園は異常なし」

 

 

自身の耳に着けていた無線から、暗輝は幸人達に連絡を取った。

 

 

連絡を受けた幸人は、返事をしながら市街地をマリウスと歩いていた。

 

 

「本当に霧の都だな。

 

右を見ても左を見ても、霧で覆われて」

 

「無駄な話をしないで、先程の話でもして貰いましょうか?」

 

「何だ?」

 

「あの名前は当に捨てた者です。

 

二度と呼ばないで下さい」

 

「そこまで恨まなくても良いだろう?

 

もう死んでんだしよ」

 

「恨むも何も、あれのせいで僕は酷い目に遭ったんですから……

 

施設の方々はもちろん、先生がいなければ今の僕はいません」

 

「でも、お前が改名したのは日本を発った後だ」

 

「……」

 

「とはいえ、あの施設も今じゃもう物家の空だしな」

 

「仕方ありませんよ。

 

妖怪の餌場になれば、誰だって近付きたくありませんから」

 

「……ま、そうだな」

 

 

「キャァアアア!!」

 

 

その叫び声に、二人はすぐに現場へと向かった。

 

 

遠くから聞こえた叫び声に、美麗は微かに響いてきた方向を向いた。

 

 

「美麗、どうかしたか?」

 

「叫び声が聞こえたよ」

 

「あぁ……確かに、聞こえたけど……

 

そこら中から、酔っ払いに絡まれて叫び声を出す女性達の声がするから、その声じゃねぇの」

 

「……?」

 

 

後ろから、何かの気配を感じた美麗は振り返った。後ろにいたのは周りに建っている二階建ての一軒ほどの大きさの、銀色の毛並みをした犬だった。

 

突然静かになった彼女に、暗輝は振り返り目の前にいる犬を目の当たりにした。

 

 

(あ、現れた……

 

は、早く幸人に連絡入れ……いや待て。

 

 

その前に、美麗をこっちに)

 

 

手を伸ばした瞬間、自身の前にいた美麗は近付いてきた犬の額に手を置き軽く撫でた。犬は気持ち良さそうな顔をしながら、その場に伏せた。

 

 

「……暗輝、こいつ全然大人しいよ!」

 

「み、みてぇだな……」

 

 

犬は美麗を許したかのように、頬を舐め大きい頭を擦り寄せた。頭に当たり尻を着いた彼女は、犬の頭を撫でた。その様子を伺いながら、幸人達に連絡した。

 

 

「こちら暗輝、魔犬に遭遇。

 

だが、危険性は無い」

 

《こちら水輝。

 

了解。すぐアリサと一緒にそちらへ向かう》

 

《こちら秋羅。

 

水輝さんと同様、そちらへ向かいます》

 

「了解。

 

 

おい幸人、聞こえてるか?幸人!

 

おっかしいなぁ……全然応答しない」

 

『無線機に出られない理由でも、あるんじゃねぇのか?』

 

「理由って?」

 

『さぁ……』

 

 

《こちら幸人!!応答しろ!!》

 

 

無線機から聞こえてくる声に、暗輝は耳を向けた。その間、美麗に懐いていた犬が、突然顔を上げると唸り声を出した。そして彼女を守るようにして、自身の足下へ隠した。

 

 

「?どうしたの?」

 

 

 

 

“ピチャン”

 

 

「?」

 

 

背後から聞こえてくる、雫が地面に落ちる音……美麗はゆっくりと、振り返った。




魔犬が現れる数分前……


女性の悲鳴を聞きつけた幸人達は、現場へ辿り着いた。

地面には、体から血を流し倒れる女性と、黒い服とマントに身を包み、シルクハットを被った者が血の付いたナイフを手に、彼女の前に立っていた。


「な、何だあれ……」

「全身を黒い服で包んでいる……

間違いありません。あれが殺人鬼。切り裂きジャックです」

『……何か用?』

(何だ……この禍々しい空気は……

足が鈍りみてぇに重い……)


振り返った殺人鬼から放たれる、禍々しい気配に二人は底知れぬ恐怖を感じ、動けずにいた。


『……?


美味しそうな気配が、公園からする……


また、殺せる』


不敵な笑みを浮かべた殺人鬼は、そこから霧を放ち姿を消した。いなくなってからしばらくして、動けるようになった二人は、すぐに殺人鬼の後を追い駆け、そのまま無線機に連絡を入れた。


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被害者

墓場から出て来た、アリサと水輝……


公園へ向かっている最中、水輝は何かを感じふと辺りを見た。


(……何だ?

胸騒ぎがする)

「水輝さん、何かありましたか?」

「ん?

ううん、何でも無い。早く暗輝達の所に行こう」

「はい」


公園に群がる野次馬……

 

 

その光景を見たアリサと水輝は、野次馬を退かしながら人混みの中へと入り、前へと行った。

 

 

「!?」

「!!」

 

 

左腕から大量の血を流し、浅く息をする暗輝と上から布で止血される紅蓮……そんな二人の姿を見た水輝は、張られていたテープを潜り、中へ入ると医師免許を見せながら暗輝の元へ駆け付けた。

 

 

「アリサ!私のバックから、注射器取って!!」

 

「あ、はい!」

 

「その狼は、私が診るから止血だけお願い」

 

「分かりました!」

 

 

アリサから注射器が入ったケースを受け取ると、水輝はケースから注射器と薬を取り出し、それを暗輝の腕に注入した。

 

 

「……み、水輝?」

 

「兄上?!」

 

「お、俺……

 

 

そうだ……

 

 

美麗は!?紅蓮は!?」

 

「大声出すな!出血が酷いんだから!

 

紅蓮は、そこで止血して貰ってる。後で私が診るつもりだ」

 

「いや、俺が診る。

 

お前、助手頼む」

 

「兄上は動くな!

 

医者の私が、良いと言うまで駄目だ!」

 

「……お前なぁ」

 

 

薬が効いてきたのか、暗輝は重くなっていた瞼を閉じ眠ってしまった。

 

 

「……すぐに、病院へ運んで下さい」

 

「はい」

 

 

救急隊員が持ってきた担架に、暗輝は乗せられそのまま車に乗り病院へと向かった。

 

一段落付いた水輝は、すぐに紅蓮の元へ行き治療をした。浅く息をする彼は、意識が無かった……傷口に消毒液を付けると、傷口を縫い合わせた。

 

 

そんな彼女の行動に、アリサは唖然と見ていた。

 

 

「(これでいい)すみません、お願いします」

 

「はい」

 

「手を貸して頂き、ありがとうございます」

 

「いえ、当然のことをしたまでです。

 

あ、そうだ……あの、彼等の近くに女の子いませんでした?」

 

「女の子?

 

 

えぇ、いましたよ。けど、今は近付かない方が」

 

「え?」

 

「詳しいことは、あそこの警察官に。

 

彼女も、警察官と一緒にいます」

 

 

指差す方向には、数台のパトカーが駐まりその付近に、状況を連絡する警察官と野次馬を通さない様に立つ警察官が数人いた。その近くには、公園の噴水近くに座る女性の警察官とピクリとも動かない美麗がいた。

 

 

駆け寄ると、彼女の体には至る所に返り血を浴びており、地面に座り込み耳を塞ぎ伏せていた。

 

 

「……美麗?大丈」

「触れないで!!」

 

 

婦警の声と共に、美麗の前に氷の柱が鋭く伸び、アリサを攻撃した。ビックリした彼女は、後ろへ飛び下がった。

 

 

「な、何?いきなり」

 

「さっきからこの調子なんです。

 

危険ですから、離れて下さい!」

 

「錯乱状態になってるんだ……

 

 

ミーちゃん、大丈夫だよ」

 

 

注意する婦警を退かし、水輝はしゃがみながら美麗の肩にソッと手を置いた。震えていた美麗は、体をビクらせ冷気を放ち、水輝の手に氷付けさせながらゆっくりと顔を上げた。

 

 

「ミーちゃん、もう大丈夫だよ」

 

「……」

 

「顔に付いた血を拭くよ。

 

もう怖いこと無いから、手を下ろそうか?ね」

 

「……」

 

 

美麗は、震えながら手を下ろした。アリサから鞄を受け取った水輝は、中から大きめのタオルを出し、それで彼女の頬を撫でた。少し緊張が解れたかのように、顔が緩み、気持ち良さそうに当てられていたタオルを掴んだ。

 

 

「先生、鎮静剤打ちますか?」

 

「いいよ。今はもう落ち着いてる。

 

それより、早くその注射針を隠して。彼女は注射が嫌いで、今の状態で見たら暴れ出すよ」

 

「あ、はい」

 

「アリサ、多分幸人達がここに来てるから、探してきてくれるか?」

 

「分かりました」

 

 

鞄を水輝に渡し、アリサは人混みの中へ駆けていった。同時に、空からエルが舞い降り背に乗っていた秋羅が降りてきた。

 

 

「……どういう状況ですか?

 

暗輝さんと紅蓮は?」

 

「病院に運ばれた。

 

今、アリサに二人を探させてるところ。

 

 

これから、暗輝達が運ばれた病院に行ってくるから、後をお願い」

 

「あ、はい」

 

 

一通り美麗の顔を拭くと、水輝は待っていた救急隊員と共に、病院へと向かった。

 

水輝がいなくなると、座り込む彼女にエルは近寄り嘴を擦り寄せた。寄ってきたエルに、美麗は手を上げ頬を撫でた。

 

 

「こっちです!」

 

 

アリサの声と共に、幸人とマリウスが駆け付けた。

 

 

「あれ?水輝さんは?」

 

「暗輝さん達が運ばれた病院に行くって、さっき」

 

「そうか……」

 

「ここは人目につきますから、僕の家へ」

 

「あぁ」

 

「アリサ、彼等を頼みますよ」

 

「はい、先生」

 

 

警察官達の元へ行ったマリウスを見送ると、アリサは肩に掛けていた鞄から、鈴が着いた紐を取り出した。

 

 

「皆さんは、そのままジッとしてて下さい。

 

秋羅さん、美麗をエルに乗せて下さい」

 

「あ、あぁ」

 

 

座り込んでいる美麗を抱き上げ、秋羅は屈んだエルの背中に彼女を乗せた。それを見ると、アリサは鈴が着いた紐を、振り回した。鳴り響く鈴の音と共に、どこからかドラゴンの鳴き声が聞こえてきた。その声に、エルは翼を広げ羽ばたき始めた。

 

 

「皆さん、ジャンプ!」

 

 

アリサの掛け声に合わせて、幸人達はジャンプした。着地した場所が変わり、そこはドラゴンの手の中だった。

 

 

「凄え……一瞬で、ドラゴンの上に」

 

「この鈴は、ドラゴンを呼ぶ物です。

 

ドラゴンは、一般の人に見られてはいけないんです。こういう町に呼んだ際、先程のように目に見えぬ早さでやって来て、我々主を拾うんです」

 

「へ~」




マリウス宅に着き、すぐに眠りに付いた幸人達……


部屋で一人眠っていた美麗は、スッと目を開けた。紅蓮がいないことに気付くと、ベッドから降り表へ出て行った。


しばらく草原を走り、小さな森に着くとその中へ入った。中には、エルとネロ達が眠っており彼女の足音にいち早く気付いたエルは、寄ってきた美麗に嘴と頭を擦り寄せた。

エルの鳴き声に、ネロは目を覚ました。覚めたネロの元へ、美麗は寄ると傍に横たわり、瞼を閉じ眠りに付いた。眠った彼女の頬を舐め、エルは傍に伏せ、ネロは彼女達を囲うようにして丸くなり、再び瞼を閉じ眠った。


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英国の本官

翌日の早朝……髪を上に結い団子にした水輝が帰ってきた。


「フゥー、疲れた~」

「暗輝達の容態は?」


寝起きだった幸人は、ソファに深く腰掛けながら質問した。水輝は、アリサが淹れた紅茶を飲みながら答えた。


「回復待ち。

幸い、二人共傷口が浅かったから大事に至らなかったって感じかな」

「いつ頃退院できるんですか?」

「まだ分からない。

二人共、私が帰るまで意識が戻ってなかったから」

「……」

「あれ?ミーちゃんは?」

「部屋でまだ寝てる」

「寝てるのか……じゃあ、安心だ」

「?どういう事だ?」

「ミーちゃん……

もしかしたら、現場見てるよ」

「え……」

「私達が駆け付けた時、ミーちゃんの顔には血が付いていた。

それに、相当怖がってた……耳塞いで、顔伏せて」

「……そういや、アイツ帰ってきてから一言も喋ってないですよね?」

「そんじゃあ、ちょっと様子見てくる」


そう言って、水輝はティーカップを置き二階へ上がった。


「……誰が、まだ寝てるって?」

 

 

誰もいない部屋を見ながら、水輝は隣に立っている幸人を睨んだ。睨まれた彼は、目を合わさないようそっぽを向いた。

 

 

「見た所、夜中に出て行ったという感じですね?」

 

「もしかしたら、エル達の所に行ったんだろうな。

 

幸人、俺森の方見てくる」

 

「頼む」

 

「1人は危険です。私が案内します」

 

「頼む」

 

「私も行くよ。

 

どっかの誰かさんが、ミーちゃんをほったらかしにしたから、今の彼女の状態がどうなのか知りたいし」

 

「お願いします」

 

 

アリサを先頭に、3人は庭へと出て行った。

 

 

庭を駆け、小さな森へ着いたアリサ達は奥へと行った。

木々に囲まれた小さな広場に、美麗はネロの鬣に顔を埋め眠っていた。

 

 

「やっぱりここで寝てたか」

 

 

その時、スッと目を開けたネロは、彼等の姿を見るなり唸り声を上げながら、首を起こした。寝ていた美麗は、ネロの体から転がり落ちムクッと起きると、あくびをしながら目を擦った。

 

目をパチパチとさせた美麗は、秋羅達に気付くと首を上げ威嚇しているネロを、宥めるようにして首を撫でた。我に戻ったネロは、唸るのをやめ美麗に頭を擦り寄せた。

 

 

「い、命拾いした……」

 

「だね……」

 

「……?

 

あ、秋羅。

 

 

……紅蓮は?」

 

「紅蓮は」

「紅蓮なら、怪我して病院に。

 

何の問題も無いよ」

 

「……病院行く」

 

「あとで一緒に行こう。

 

その前に、体洗おっか」

 

 

そう言って、水輝は美麗を立たせた。彼女の手には、自分が渡した大きめのタオルが握られていた。

 

 

「……さぁ、行こう」

 

 

ネロ達の頭を撫でると、美麗は水輝の元へ行き森を後にした。

 

 

マリウス宅へ戻り中へ入ると、応接室へ入って行く2人の男とマリウス達がいた。

 

 

「誰だ?あの人達」

 

「さぁ……

 

私はあの方々にお茶を出しますので、皆さんはリビングの方へ」

 

「分かった」

 

「シャワールーム、借りていいかな?」

 

「どうぞ。着替えとタオル、ご用意します」

 

「ありがとう」

 

 

キッチンへと行くアリサを見ながら、水輝は顔をニヤニヤさせて、秋羅の肩に手を置いた。

 

 

「嫁として、どう?」

 

「何でそうなるんですか?!

 

つか、アンタは母親か!」

 

「あれだけキッチリしてる子、滅多にいないよ!

 

だから、ここで一つ」

「変なこと考えるんであれば、美麗をこちらに渡して下さい」

 

「絶対嫌だ!」

 

 

 

 

応接室……

 

 

アリサが出した紅茶を一口飲んだ男は、口を開いた。

 

 

「昨夜の通り魔事件、あなたいましたよね?

 

裏通りに」

 

「いましたよ、仕事で。

 

証人なら、こちらの方が」

 

「……日本人?」

 

「えぇ。

 

今回の事件、殺人鬼及び魔犬退治のお手伝いに」

 

「そうですか……

 

話が逸れました。

 

 

実は、昨夜起きた事件の被害者が巨大な黒狼と男性日本人、そして売春婦の計3人」

 

「その内の2人……黒狼と日本人男性が被害に遭った場所には、女の子が1人いたと目撃情報がありました」

 

 

そう言って、若い男は美麗の横顔が描かれた紙を出し、幸人とマリウスに見せた。マリウスの紅茶を淹れていたアリサも、見せられていた絵をチラッと見た。

 

 

「その絵は、被害に遭われる前に、彼等を見掛けたという通行人の証言から描いた物です。

 

この少女が、昨夜あの現場にいたのなら、切り裂きジャックの顔を見ている可能性があるんです」

 

「見ていたとしたら、どうするんです?警察の方々は?」

 

「無論、話を聞きます。

 

どういう顔でどういう容姿をしていたか……」

 

「聞くのであれば、日を改めてお願いできますか?」

 

「何故です?」

 

「それは、ご自身で考えて下さい」

 

「……」

 

「さ、もうお帰り下さい。

 

これから、仕事の準備で忙しくなるのですから」

 

 

そう言って、マリウスは戸を開けた。二人は顔を見合わせ、軽く溜息を吐くと仕方なく席を立ち、家を出て行った。

 

 

「帰ったの?」

 

 

シャワーを浴びた水輝が、首にタオルを巻きながら部屋から出て来てた。

 

 

「一応な」

 

「事件を早く解決したいのは分かりますが、まだ整理がついていない子供に話を聞くなど……」

 

「こっちの警察も、うちと同じだな」

 

「だね。

 

あぁ、そうだ。今からミーちゃん連れて病院行くから」

 

「分かった。

 

秋羅、一緒に着いてってくれ」

 

「分かった」

 

「アリサ、あなたもご一緒に」

 

「それでは仕事が」

 

「昼間だけだ。

 

夕方頃に、また追って連絡する」

 

「分かりました」

 

「あの、失礼ですけど……

 

 

美麗はどこに?」

 

「二階。支度して待ってるように言ったから」

 

 

「水輝、行こう!」

 

 

二階から降りてきた彼女は、段を飛び降りると水輝の元へ駆け寄った。

 

 

「支度するから、玄関で待ってて」

 

「うん!」

 

 

 

数分後、スーツに身を包んだ水輝は、下ろしていた髪を結いながら外へ出た。

 

 

「そんじゃ、また夕方連絡する」

 

「あいよー。

 

ミーちゃんは、このまま私と一緒でいい?」

 

「構わん。

 

秋羅、連絡入ったらアリサ連れて、指定する場所に来いよ」

 

「了解」

 

「アリサ、秋羅の誘導に従って下さいね」

 

「はい」

 

「ねぇ!早く行こう!」

 

「分かった……って、先に行くな!!エルに乗るな!!」

 

 

空へ飛ぼうとするエルの手綱を、秋羅は握り止めた。その様子に、水輝はアリサを連れて病院へと向かった。




そんな彼等を、先程出て行ったはずの警察官達が、茂みから見ていた。


「あの子、似顔絵の」

「着けて、1人になったところで話を聞くぞ」

「はい」


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底知れぬ恐怖

病院へ着いた水輝達……中へ入り、受付で手続きを済ますと、水輝は鍵を持ち3人を案内した。


地下へ続く階段を降り、戸の前に立ち鍵を開け部屋の電気を点けた。中では点滴を打ち体に包帯を巻いた紅蓮が、静かに眠っていた。


「紅蓮!」

「出血の量は多かったけど、命に別状はない」

「そうですか……

眠ってるのは?」

「体力回復のため。

次期に目は覚めるよ。


ちょっと暗輝の所に行ってくるから、ここお願い」

「あ、はい」

「秋羅、2人をよろしくね」

「はい」


とある墓場へ来た幸人とマリウス……

 

マリウスは、翡翠のリングを覗きながら辺りを見回した。

 

 

「湊都、何か見えるか?」

 

「その名前で呼ぶの、やめて下さい。

 

 

そうですね……何もいませんね」

 

「そうか……」

 

「おかしいですね」

 

「?」

 

「この墓場には、必ず一体の幽霊はいるはずなのに、それが1人もいない……

 

 

オマケに、ここにいたはずの妖精までいなくなっている」

 

「魔犬と何か関係でもあるのか?」

 

「可能性はありますね……

 

?」

 

「何だ?」

 

 

辺りを包み込む霧……

 

濃くなっていく霧の中、そこにそれは姿を現した。

 

 

銀色の毛並みをした魔犬……

 

 

魔犬は、幸人達をしばらく見つめると霧の中へと入り、姿を消した。

 

 

「……な、何だったんだ……今の」

 

「さぁ……?

 

 

月影、あれ」

 

「?」

 

 

マリウスが指差す方向に、人影があった。

 

霧が晴れていき、それに合わせてその人影に近付いた。そして、その姿を見て二人は目を見開き驚いた。

 

 

 

紅蓮の傍で寝息を立てる美麗……眠る彼女に、秋羅は傍にあったタオルを掛けた。

 

 

「すっかり安心して、眠ってますね」

 

「普段、紅蓮と離れることないからな。

 

昨日、いなくて寂しくなって……それで夜中、エル達の所に行ったんだろう」

 

「美麗は、寂しがり屋なの?」

 

「さぁ……

 

本部で会った晃の話だと、何か抱いてないと寝られないって」

 

「……そういう所、小さい子と変わりませんね」

 

 

紅蓮の胴に、顔を埋めながら気持ち良さそうに眠る美麗をアリサは見つめた。

 

 

「まぁ、母親を早く亡くしたって話だから……その反動で、甘えがまだ残ってんだろう」

 

「……そう考えると……

 

何故、美麗は晃さんと離れたんでしょう」

 

「え?」

 

「本部に残ってた一部の資料に、本部へ来た頃の美麗は当時12歳。けど、精神年齢は3歳から5歳と記載されてました。

 

そう考えると、育て親であり大好きな人だった晃さんからそう簡単に離れられるわけ無いのに……」

 

「その辺りのことは、天狐達口堅かったなぁ。

 

聞いても、何にも答えてくれなかったし」

 

 

その時、眠っていた紅蓮はスッと目を開けた。ムクッと起きると、自身の胴で眠っている美麗の頬を舐めた。

 

 

「……?

 

あぁ!紅蓮が起きた!」

 

 

嬉しそうに声を上げながら、美麗は紅蓮に抱き着いた。彼は頭を、抱き着いてきた彼女の頬に擦り寄せた。

 

その様子を見て、秋羅はホッとした。すると、無線機が鳴り彼は無線を取りながら部屋を出た。

 

 

「分かった。

 

アリサ、連れてそっち行く。

 

 

 

アリサ!連絡入ったから、幸人達の所に行くぞ」

 

「あ、はい!」

 

「美麗、お前…も……」

 

 

嫌そうな顔をした美麗は、紅蓮に抱き着きながら秋羅を睨んだ。

 

 

「……お前はここに残って、紅蓮の傍にいろ」

 

「うん!」

 

 

嬉しそうに返事をすると、美麗は紅蓮に頬摺りした。二人を見つつも、秋羅はアリサを連れて上へと上がった。

 

そのすぐ後だった……警察官達が、部屋へ入ってきたのは。二人を見て、美麗は警戒しながら紅蓮を抱いた。彼は様子を窺うようにして、二人をジッと見た。

 

 

「怖がらなくていいよ。

 

おじさん達、本官だから」

 

「ほんかん?

 

 

警察の人?」

 

「そうそう。

 

お嬢ちゃんに、聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

 

「何?」

 

「昨日の夜、何があったか教えてくれるかな?」

 

「昨日の夜?」

 

 

その言葉に、美麗の脳裏にフラッシュバックで記憶が蘇った。

 

刃物から滴る血……それを持った者の前には、腕と腹から血を流す暗輝と紅蓮が倒れていた。前にいた者は、振り返ると不敵な笑みを浮かべて、自身に近付いてきた。

 

 

記憶はそこで途切れ、美麗は我に返り二人を見ると、底知れぬ恐怖に見舞われ、すぐさま紅蓮の胴に顔を埋め、怯えだした。

 

 

「あ、あれ?」

 

「オイ、人が話」

「嫌だ!!嫌だ!!」

 

 

嫌がり怯えだした美麗に触れようとした時、突如紅蓮は唸り声を上げながら二人に吠えた。警察官は、伸ばしていた手を引っ込め紅蓮を睨んだ。

 

 

「な、何なんだ、この犬は!」

 

 

「何やってるんですか!?」

 

 

騒ぎに駆け付けたのか、水輝は二人を睨み怒鳴り彼等を部屋から追い出した。鍵を掛けると、水輝はすぐに美麗の元へ駆け寄った。

 

 

「ミーちゃん」

 

「嫌だ……嫌だ……」

 

「もう何もしないよ。

 

だから、ちょっと顔を上げて。ね」

 

 

優しい声で水輝は、怖がる美麗に話し掛けた。彼女は泣きながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

「もう大丈夫だよ、ミーちゃん」

 

「……あいつ等は?」

 

「追い出したよ。

 

だから、安心して」

 

 

そう言いながら、水輝は傍にあったタオルを美麗の頬に当てた。彼女はそのタオルを掴むと、紅蓮の胴に顔を埋め丸くなった。それを見た水輝は、立ち上がると部屋を出て行き、外で待機していた警察官達を睨んだ。

 

 

「誰の許可を得て、ここへ入ったんです?」

 

「そ、それは……」

 

「私の許可が無い限り、この部屋には入らないで下さい。無論、あの少女との接触も禁じます」

 

「本官に、そんな事言っていいと思っているのか?!」

 

「事件解決のために、罪のない子供を傷付けていいんですか?

 

これが、自身のお子さんでも?」

 

「っ……」

 

「……さぁ、もう用はないでしょう。

 

お引き取り下さい」

 

 

何かを言おうとしたが、警察官は水輝のオーラに負けそそくさと出て行った。

 

 

姿が見えなくなると、水輝は中に入った。紅蓮に抱き着いたまま、美麗は眠っていた。

 

 

(落ち着いてるか……よかった。

 

そんじゃ、早速)

 

 

懐からカメラを取り出し、水輝は美麗の寝顔を撮った。

 

 

「さてと……

 

 

紅蓮、ここ閉めるからミーちゃんの事、お願いね」

 

 

そう言って水輝は立ち上がり、紅蓮を見た。彼は何の反応も示さず、鼻先で美麗の頭を撫でていた。その様子に、水輝は疑問を持ち彼の元へ歩み寄りしゃがんだ。

 

 

「……紅蓮?

 

アンタ、言葉どうした」

 

『……』

 

「紅蓮……」




王が帰ってきた!

王じゃない。女王だ!

女王が帰ってきた!

女王様!




あの子の血が欲しい……

あの子の妖力が欲しい……

あの子の……あの子の……


そうだ……


記憶を辿り、彼女を地獄から救ってやろう。

そのお礼に、僕が欲している物を貰おう。


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二つの影

昼を過ぎた頃、秋羅は幸人を連れて病院へ戻ってきた。

丁度そこに、水輝が暗輝の病室から出て来た。


「あれ?二人共、どうしたの?」

「美麗は?」

「地下で眠ってるけど……何?どうかしたの?」

「紅蓮も一緒か?」

「もちろん……

けど、少し様子が変だ」

「やっぱりか……」

「え?」

「水輝、紅蓮を外に連れ出せるか?」

「まぁ一応……担当医に確認取れば」

「今すぐ取れ!」

「え?何で?」

「説明は後だ!」


急かす幸人を気にしながら、水輝は首から下げていた無線機を耳に当てて、連絡を取った。


地下室……

 

紅蓮に抱き着き眠っていた美麗は、スッと目を覚ました。目を擦りながら、彼女は立ち上がり手にタオルを持って、ドアノブに手を掛けた。

 

 

「……あれ?

 

開かない……何で?」

 

 

開かないドアの前に、佇む美麗……不安と恐怖が押し寄せ、彼女はすぐに後ろを振り返った。

目に映った光景は、本部で過ごしたあの部屋が広がっていた。

 

 

「……紅蓮?

 

紅蓮!紅蓮!

 

 

っ!」

 

 

誰かの名前を言おうとした……だが、その名前が出て来なかった。怖くなり、耳を塞ぎながらその場に座り込んだ。

 

その時、服が何かに引っ張られ、美麗は頑なに閉じていた目を開けた。目の前には紅蓮がおり、彼は慰めるようにして体を擦り寄せた。

 

 

「……紅蓮」

 

 

泣きながら、美麗は紅蓮にしがみついた。その時、ドアの鍵が開く音がし、外から年老いた男が1人入ってきた。彼の姿を見た紅蓮は、唸り声を上げながら攻撃態勢を取った。

 

 

「あぁ!ちょっと、待って!」

 

 

奥から聞き覚えのある声が聞こえ、美麗はその声に耳を傾けた。年老いた男の後ろから、幸人と水輝が姿を現した。二人を見ると、紅蓮は唸るのをやめ美麗の傍に座った。

 

 

「ミーちゃん、この人は紅蓮を診てくれる医者だよ」

 

「医者?

 

暗輝じゃないの?」

 

「暗輝はまだ寝てる。

 

今から診察するから、お前は外に出てろ」

 

 

大人しくしている紅蓮の頭を撫でると、美麗は秋羅の傍へ行った。

 

紅蓮が診察されている間、秋羅は何かが気になり美麗の顔を見た。

 

 

「……美麗、泣いたか?」

 

「うん、少し」

 

「何か、嫌なことあったのか?」

 

「ドアの鍵閉まってて……出られないと思ったら、急に怖くなって」

 

「そうか……」

 

「でも、すぐに紅蓮が傍に来てくれたから平気になった」

 

 

診察が終わったのか、部屋から紅蓮が出て来て美麗に擦り寄った。一緒に聴診器をバックにしまいながら、男は水輝と幸人に二言話すと、その場を後にした。

 

 

「紅蓮の奴、何だって?」

 

「完全に傷口は塞がってる。

 

キッチリ飯を食べれば、元通りだとよ」

 

「さすが、黒狼」

 

「さてと、紅蓮達連れてさっきの所に戻るぞ」

 

「ちょっと!訳聞かせてよ!

 

何があったの?血相かいて来たけど」

 

「いたんだよ」

 

「?

 

いたって?」

 

「人の姿した紅蓮が、俺達が探索してた墓場に」

 

「!?」

 

 

その言葉に、美麗は咄嗟に紅蓮に抱き着いた。

 

 

「ど、どういう事!?」

 

「分からねぇんだよ、どういう事か」

 

「それで、ここにいる紅蓮を連れて来れば何か分かるんじゃないかと思って」

 

「……何だ?そのドッペルゲンガー現象は」

 

「説明は追々話す。

 

紅蓮達連れて行くぞ」

 

「了解」

 

 

外へと続くドアを開け、3人は表へ出て行った。

 

 

 

墓場へ着く幸人達……人の姿をした紅蓮は、木の下に座っており、傍にはアリサとマリウスが立っていた。

 

彼の姿を見た美麗は、黒狼の紅蓮と交互に見た。

 

 

「……そちらが、黒狼の紅蓮」

 

「あぁ」

 

「どうなってるの?

 

二つの姿が、同時に」

 

「何か喋ったか?」

 

「何も……」

 

 

一点を見つめる人姿の紅蓮……その姿を見ながら、秋羅は幸人に小声で話し掛けた。

 

 

「幸人、ちょっと話ある」

 

「あんならここで話せ」

 

「美麗に聞かれたくないんだ」

 

「……

 

マリウス、アリサ、話がある」

 

「美麗、ちょっとここにいてくれ」

 

「うん」

 

 

離れていく4人を見つつ、美麗は振り返り人姿の紅蓮に歩み寄った。彼女の姿に、彼は顔を上げソッと手を伸ばした。伸ばしてきた手を、美麗は握るとその手を自身の頬に当てた。

 

すると人姿の紅蓮は、美麗の頬を撫でた。

 

 

「……っ」

 

 

誰かの名が頭に過ぎった……それを言葉に出そうしたが、その名が思い出せない。

 

 

『……

 

 

君が覚えていなくても、僕は覚えてるよ』

 

「え?」

 

『おいで、美麗』

 

 

頬に当てていた手を伸ばし、人姿の紅蓮は美麗を抱き寄せた。抱かれた美麗は、どこか懐かしい温かみを感じ、彼の胸に顔を埋め、気持ち良さそうにした。その光景を見た黒狼の紅蓮は、大きくあくびをすると二人の傍で丸くなった。

 

 

 

離れた場所へ来た秋羅は、幸人達に晃のことを話した。

 

 

「……つまり、その美麗の家族である晃は、もう死んでる。

 

けど、生まれ変わって記憶と引き換えに『紅蓮』となり、彼女の傍にいると」

 

「あぁ」

 

「不思議な話ですね……」

 

「晃さんという方について、美麗は?」

 

「晃のことは、全部記憶に無い。

 

というより、記憶を封印してるって天狐達が」

 

「何故、封印を」

 

「さぁ……

 

その辺りのことは、何も話してくれなかったから」

 

 

その時、辺りに霧が漂った。

 

四人は霧が濃くなる前に、美麗達の元へ戻った。

 

 

眠る美麗を、地面に置き頭を一撫ですると、人姿の紅蓮は光の粒となり、その場から姿を消した。

 

同時に霧が晴れ、眠っていた美麗はスッと目を開け起き上がった。

 

 

「……」

 

 

「美麗!」

 

 

秋羅の呼ぶ声に、美麗は振り返りながら立ち上がった。

 

 

「紅蓮は?」

 

「ここにいるよ」

 

 

傍で伏せていた紅蓮は、大あくびをし体を伸ばした。

 

 

『何か、変な夢見てたな……』

 

「紅蓮が」

 

「元に戻った……」

 

「美麗、ここにいた男は?」

 

「男?

 

どっか行った」

 

 

そう言って、美麗は寄ってきた紅蓮の頭を撫でると、立ち上がり勢いを付けて背中に乗った。それに合わせて、紅蓮は立ち上がると、辺りを駆け回った。




『あなたには、本当に感謝します。

どうしても、彼女のことが気懸かりだったので……



けどまさか、あなたがここに来ていたとは……少し、驚きです。


約束しましたでしょう……



何があっても、美麗の傍から離れないと』




大丈夫……

どこにいようと、あなたは必ず私の手で守る。


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殺人鬼再び

夕方……


暗輝の病室に集まる幸人達……先程目を覚ました暗輝は、傷口を縫った糸を水輝に抜糸して貰っていた。


「まさか、ここまで大怪我を負っているとは思わなかった……」

「無事で何よりだ」

「今日も見張るのか?」

「あぁ」

「今回は、墓場と市街地、公園の三点に絞ります。

墓場は僕が。市街地は月影。公園はアリサと秋羅でお願いします」

「あれ?美麗は?」

「ここで、暗輝達と待機だ」


窓の外で野良猫と戯れる美麗を、幸人は見た。


「殺人鬼の顔を目撃してる可能性がある。

そんな奴を1人にしておけない」

「まぁ、そうだな」

「牧場の方はどうするんですか?

確か、あそこにも目撃情報が」

「今回捨てる」

「……」


夜……

 

 

暗輝の病室で、静かに本を読む美麗。

ベッドで横になっていた暗輝は、薬の効果で眠っていた。彼と同じように、薬を飲んだ紅蓮は美麗の傍の床下で眠っていた。

 

 

そこへ様子を見に水輝が、病室へ入ってきた。

 

 

「あれ?二人共、寝てるの?」

 

「うん。さっきまで起きてたけど」

 

「時間も時間だし、ミーちゃんも眠れば?」

 

「まだ眠くない」

 

(そりゃそうだ……

 

あれだけ昼寝すれば、眠いはずないよなぁ)

 

「……?」

 

 

何かの気配を感じた美麗は、窓の外を見た。彼女につられて水輝も外を見た。

 

 

漂う濃い霧……その時、美麗が首から掛けていた黒曜石が青く光り出した。すると、霧の一部が窓の隙間から入り込んできた。水輝は美麗を自身の後ろへ行かせ、隠し持っていたメスを手に握った。

 

 

『……ミ……レ……イ……』

 

 

優しい女性の声と共に、入ってきた霧は人の形を作り出した。水輝の後ろにいた美麗は、黒曜石を握りながら前へ出ていきその霧に近付いた。

 

霧は人の姿となり、そして現れた……桜色の髪に赤い目をした女性。彼女は近付いてきた美麗に合わせるようにして、しゃがみ込んだ。

 

 

「……?

 

 

ママ?」

 

 

首を傾けながら美麗は、そう言った。その言葉に、女性は力強く頷いた。

 

パァっと顔を明るくして、美麗は黒曜石を離し女性…美優に飛び付いた。

 

 

その様子に、メスを構えていた水輝は下ろし歩み寄った。

 

 

「水輝、ママが来た!」

 

「この人が……ミーちゃんの」

 

 

水輝はふと思い出した……以前、陽介が持ってきたぬらりひょんの妻の写真を。そこに写っていた女性が、目の前で自身の娘を愛おしそうに抱き締めていた。

 

 

その時、何かを感じた美優は険しい表情を浮かべた。その顔に水輝は疑問を持ったが、すぐに気付き後ろを振り返った。

 

 

『先回りされていたのか……』

 

 

閉められたドアの前にいたのは、黒い服とマントに身を包みシルクハットを被った男……彼の姿を見た途端、美麗は怯えだし後ろへ下がった。

 

 

『消えなさい……娘に触れさせない』

 

『それはどうかな?』

 

 

禍々しい波動が、男から放たれた。その瞬間、美優が消えてしまった。

 

 

「ママ!!」

 

『もう亡き者を、消したまでさ。

 

 

あと……

 

 

ちょっと、あなた邪魔なんだよね』

 

 

そう言いながら、男は水輝の腹部にナイフを刺した。着ていた白衣がジワジワと赤くなりながら、水輝はその場に倒れた。

 

 

「水輝!!」

 

『さぁ、これで邪魔者はいなくなった……

 

君の持ってる物、僕に頂戴』

 

「え?何を?」

 

『代わりに、君の記憶を蘇らせてあげるよ』

 

 

そう言って、男は手を差し伸ばしてきた。美麗は後ろへ下がろうとするが、壁でそれ以上後ろへ行けなかった。

 

 

『大丈夫。痛くないから』

 

「嫌だ……嫌だ……

 

嫌だ!!」

 

 

目の前現れる氷の柱……男は少々驚いたが、すぐに不敵な笑みを浮かべると再び手を伸ばした。美麗の頭に触れようとした瞬間、横から自身の手を止めるようにして腕を掴まれた。

 

 

『?』

 

『人の主に、汚ぇ手で触れるな』

 

「……紅蓮」

 

 

人の姿になった紅蓮は、妖気を放ちながら男を睨み付けた。彼の妖気に、男は身を引いた。

その時、激しく戸を叩く音が響いた。ハッと振り返ると、目を覚ました暗輝が備え付けてあったナースコールのボタンを押していた。

 

 

「観念しろ…殺人鬼が」

 

『僕は欲しい物を手に入れない限り、諦めはしない』

 

 

そう言って、男は窓から飛び降り暗闇に包まれた外へと姿を消した。それと同時に、ドアが開かれ外から幸人が駆け込んできた。

 

 

「幸人!?何でお前」

 

「魔犬についてったら、ここに来たんだよ。

 

そしたら、テメェの病室から禍々しい妖気感じたからそれで」

 

 

駆け寄ってきた美麗の頭に手を置きながら、暗輝に説明した。

 

 

「幸人…殺人鬼の顔見たから、似顔絵描けるぞ」

 

「湊都の家戻ったら、アイツに描いて貰うか」

 

「ねぇ、水輝が……」

 

「あぁ、平気だ」

 

「?」

 

「暗輝」

 

「ヘーイ。

 

 

水輝、早く起きねぇと美麗が泣き出すぞ」

 

 

そう言った次の瞬間、水輝は勢い良く起き上がった。その時に、暗輝の額に額をぶつけ2人はぶつけた箇所を抑えながら、その場に蹲った。

 

 

「何やってんだか……」

 

『何がどうなってんだ?』

 

「水輝の悪戯だ」

 

「悪戯?」

 

「こいつ、よく暗輝と一緒に死んだふりした遊びしてたから」

 

「な、名付けて……」

 

「死体現場ごっこ」

 

「嫌な遊びだな」

 

「でも、血……」

 

「あぁ、これ」

 

 

白衣を脱ぎ、着ていた服の裾を捲り上げると、そこには防刃ベストが着けられ、その上に穴が空いた輸血パックが着けられていた。

 

 

「何かあるなぁって思って、自分の血をこの輸血パックに入れて装備してたんだ。

 

そしたら見事に!」

 

「何ちゅう勘のいい女」

 

「女の勘という物だよ、幸人」

 

 

輸血パックを取りながら、水輝は立ち上がり腰に手を当てながら悪戯笑みを浮かべた。

 

 

「遊びも程々にしろ」

 

「ハーイ!」

 

「秋羅達に連絡してくるから、ここ頼んだぞ」

 

「う~っす」

 

「水輝、お前も早く服着替えろ。

 

美麗が怖がってるぞ」

 

「あ、そうか。

 

じゃあ、暗輝着替えてくるね!」

 

「とっとと着替えてこい、変態が」

 

 

血塗れの白衣を持ち、水輝は外へ出ていった。彼女が去った後、美麗は何かを思い出したかのようにして周りをキョロキョロと見た。

 

 

「美麗、どうかしたか?」

 

「……ママ、どこかなって」

 

「ママ?

 

確か、美麗の母さんって」

 

「ママは、私がまだ小さい時に亡くなった。

 

凄い優しかったんだ……いつも傍にいてくれて。

 

 

ママが作った林檎パイ、凄い美味しいんだよ!」

 

「そういや、お前林檎好きだもんな」

 

「でも……

 

雨の日、ママはいなくなった」

 

「……」

 

「雨の中、ママは土の中に埋まったの……

 

その上に、ママの名前と生きた月日が彫られた石が置かれて、その土の上に百合の花を置いた……」

 

 

ふと蘇る記憶……幼い美麗の隣に、誰かが立っていた。花を添える際、その者は彼女に背丈を合わせるようにして、しゃがみ込みんだ。

 

 

(……あれ?

 

隣にいるのって、誰だろう……

 

 

私、知ってる人なのに……名前が分からない。

 

何で……

 

何で……

 

 

この人、凄い大事な人なのに……何で)

 

 

自然と流れ出てくる涙……美麗は訳が分からず、その涙を拭くが止まる気配がなかった。

 

 

「美麗、大丈夫か?」

 

「分かんない……何か、涙出て来た。

 

何で……」

 

 

涙を流す美麗を、紅蓮は抱き締めた。抱き締められた彼女は彼の胸に顔を埋めながら、声を抑えて泣いた。




『ママはどこ?』

ママはもういないんだ……遠い所に行ったんだ。

『いつ帰ってくるの?』

帰って来ないよ……

『ママに会いたい……』

僕も会いたいよ……


月明かりに照らされた、池の畔に座っていた晃は自身の膝に置き抱いていた幼い美麗の頭を撫でながら、そう言った。


そんな二人を、近くの茂みから地狐と天狐、他の動物や妖怪達は見守るように見ていた。


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無邪気な妖精

「欲しい物?何だそりゃ?」


退院し、マリウス宅へ帰ってきた暗輝は殺人鬼の特徴を言いながら、彼が最後に言った言葉を幸人達に話した。


「知らねぇよ。

いなくなる間際に、言ったんだよ。『自分は欲しい物を手に入れない限り、諦めはしない』って」

「欲しい物ねぇ」

「殺された人達からすると、アクセサリーのことかしら?」

「それはないと思うよ。

殺された被害者達の所持品を遺族の方に確認して貰いましたが、これと言って無くなった物は何も」

「じゃあ、何を……」

「考えても仕様が無い。

先に、こんな感じですか?殺人鬼の顔」


スケッチに描かれた絵を、マリウスは暗輝達に見せた。


「そうそう、そんな感じだった」

「さすがマリウス。相変わらず上手いな、絵」

「一応、似顔絵捜査官になろうとしてましたからね」

「そういや、そうだったな」

「まぁ、この顔を頼りに探せば何か分かるかも知れないな」

「この似顔絵、警官に渡すの?」

「渡すわけねぇだろう」

「手柄を横取りされては、困ります」

「あんな能無し、野放しにしとけばいいんだよ。


明日の朝一から探すぞ。

暗輝は秋羅と、水輝はアリサと、マリウスは俺と美麗で行動するぞ」

「何でミーちゃんと一緒じゃないの!?」

「殺され掛けた奴に、美麗を任せられるか」

「うっ……

死体現場ごっこしてただけなのに」

「身から出た錆だな」


ベッドに座る水輝の膝に頭を乗せ横になっていた美麗は、タオルを握りウトウトしていた。傍にいた紅蓮は、目を瞑り寝息を立てていた。

 

眠そうにあくびをした美麗は、重くなっていた瞼を閉じ眠りに付いた。

 

 

丁度そこへ、幸人が部屋へ入ってきた。水輝は静かにするよう人差し指を立てながら、眠った美麗の頭を撫でた。

 

 

「眠ったか」

 

「今さっきね」

 

「いつもなら一人で、すんなり寝るのになぁ……」

 

「殺人鬼に何かされたんだろうね」

 

「?」

 

「ミーちゃん、ずっとタオル握ったままだし……紅蓮と暗輝が目覚めれば、離すかなって思ったけど全然離す気配が無い」

 

「……嫌な光景でも、見ちまったかな」

 

「そうかもね」

 

「しっかし、よく残ってたな。そのタオル」

 

「長持ちいいでしょう?

 

暗輝もまだ持ってるよ」

 

「相変わらず、物は大事にするな。お前等兄妹は」

 

「まぁね。

 

母さんと父さんが遺してくれた物だから、大事にしたいんだよ……私も暗輝も」

 

 

眠る美麗をベッドへ寝かせ、布団を掛けながら水輝はどこか悲しい目をしながら、幸人に言った。

 

 

 

その夜、皆が眠りに付いた頃だった……

 

 

『……ミレイ』

 

「?」

 

 

眠っていた美麗は、誰かの呼ぶ声に目を覚まし起き上がった。部屋を見回したが、傍に人の姿は無く向かいのベッドでは、水輝が寝息を立てて眠っていた。

 

 

「……誰?」

 

『ミレイ……』

 

 

不意に開くドア……握っていたタオルを離し、美麗は閉まっていたドアをソッと開け廊下を見た。そこには、光る玉がふわふわと飛んでいた。玉は美麗を見付けると、彼女の周りを飛び回り、そしてついて来いとでも言うかのように、先をふわふわと飛んだ。

 

その玉に引き寄せられるようにして、美麗は部屋を出た。出て行く音に気付いた紅蓮は、起き上がると慌てて彼女の後を追い駆けていった。

 

 

玉は、裏庭へと出た。そしてまたふわふわと、飛んで行った。美麗は傍で身を低くしていた紅蓮の背に乗り、玉を追い駆けた。

 

 

塀を跳び越え、行き着いた先は森だった。風に揺れざわつく草木の葉の音に、美麗は警戒しながらその玉について行った。

 

玉はある広場に辿り着くと、フッと上へ上った。そこには、巨樹が生えており木の根元には、いくつもの光の玉が飛び交っていた。

 

 

「凄い……

 

 

こんな大きな木、北西の森以外で見るなんて……」

 

『精霊達が多くいるから、多分奴等の親なんだろう』

 

 

『ほら、見てみて!

 

綺麗な子でしょ?』

 

 

甲高い声と共に、複数の光の玉が美麗の周りを飛び回った。その光は、羽を生やした小人へと姿を変えた。

 

 

「……誰?」

 

『アタシはピクシー。

 

あなた達で言う、妖精!』

 

「妖精?

 

精霊のこと?」

 

『まぁ、そうね!

 

あなた、名前は?』

 

「夜山美麗だよ!

 

そんで、こいつは紅蓮」

 

『美麗と紅蓮か……

 

二人共、不思議な力を持ってるのね!』

 

『美麗は妖怪?それとも人間?』

 

「半妖だよ。クォーターって言った方がいいのかな?」

 

『クォーター?』

 

「うん。

 

ほんの少しだけ、人間の血が混じってるの」

 

『へー』

 

「ねぇ、さっき私のこと呼んだの誰?」

 

『呼んだ?』

 

『あぁ、呼んだのアタシ!』

 

「何で呼んだの?」

 

『あなた、不思議な力を持っているから、それで私達のお願いを聞いて貰おうかなって』

 

「お願い?」

 

『あなたの力で、あの怖いの倒してよ!』

 

「怖いの?何、それ?」

 

『人間達が言ってる、殺人鬼!』

 

「……」

 

『あなた、怖いのに何かされたのね?』

 

「え?何かって……

 

別に何もされてないけど」

 

『されてるよ』

 

『あなたの記憶に、彼の魂がしがみついてるもの』

 

「……え?」

 

『でも、それを誰かが阻止してる』

 

「阻止?誰が?」

 

『この人は多分……

 

!』

 

 

喋っていた妖精達は、突如口を閉ざした。その様子に美麗は、妖精達が見ている方に振り向いた。

 

そこにいたのは、人の姿をした紅蓮だった……だが、彼は黒狼の姿で美麗の隣にいた。

 

 

「……どうなってんの?

 

何で、紅蓮が二人?」

 

『妖精さん、お喋りは程々にね』

 

『は、は~い』

 

『美麗』

 

「?」

 

『ちゃんと、見てるからね』

 

「……うん」

 

 

そう言うと、人の姿をした紅蓮は光の玉となりその場から消えた。隣にいた黒狼姿の、紅蓮は頭を軽く振ると美麗に擦り寄った。寄ってきた彼を、美麗は座ると体に顔を埋めなが抱き締めた。

 

 

 

とある古い屋敷……

 

 

蝋燭の灯が灯る部屋の中、殺人鬼は刃を研いでいた。

 

 

『欲しい……

 

 

彼女の力が……

 

 

妖精王の力が……

 

 

アイツの力があれば、もっと殺れる……

 

 

 

記憶を蘇らせれば、その褒美に貰える……』

 

 

研いた刃に、殺人鬼の不敵な笑みが写された。

 

 

 

妖精達が集う森の中……

 

美麗は、手から氷を放ち妖精達にショーを見せていた。彼等は楽しそうに、そのショーを観覧しており、賑わう声に誘われてか、茂みから動物達が集まりそのショーを見た。

 

 

『美麗、凄い!』

 

『氷なら、私達も!

 

皆、いくよ!』

 

 

一人の呼び掛けに、氷使いの妖精達が一斉に美麗達の周りを飛び交った。そして、氷の粉を振らしながら、氷の結晶を作り、ショーに参加した。

 

 

妖精達が加わったことで、その場は更に盛り上がった。

 

 

「何か、いい!

 

 

悲しき水の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」

 

 

氷で作った陣が、青く光り出した。美麗はポーチから水の入った瓶の蓋を開け、中身を撒いた。それは一つの球体となり、宙に浮いた。

 

 

「清らかなる水よ、それは天の恩恵なり、天より雨を降らし給え!」

 

 

球体は空へと上がると、雨雲を引き寄せた。雷を鳴らしながら広がる雨雲から、やがて雨が大量に降り出した。

 

 

「命の源、天の恩恵よ、我が手に集え!」

 

 

降り出した雨の一部が、天に上げた美麗の手に集まった。集まると彼女は、それを氷と共に地面へと叩き付けた。すると水飛沫が凍り付き、彼女を中心にした場所に水の王冠が出来た。

 

 

『美麗、凄ぉい!!』

 

『天才じゃん!』

 

『美麗、格好いい!』

 

 

褒められ、照れなが喜ぶ美麗……そんな彼女の様子を、紅蓮は近くから眺めていた。



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妖精の森

翌朝……


「は?美麗がいなくなった?!」


起きた水輝は、幸人達の部屋に来てそう言った。3人はすぐに2人の部屋へ行き、中を見た。確かにいなくなった彼女のベッドは、物家の空になっていた。


「朝起きたら、物家の空になってて!!

どこに行ったのか、さっぱり……」

「布団がもう冷たい……

出たのは多分、夜中」

「もしかして、エル達の所に」

「でも、昨日は紅蓮が一緒だったよ!」

「今秋羅に見に行って貰ってるから、それまで」
「幸人!こっちにいなかった!

そっちは!?」


その言葉を聞いた彼等は、膝を付き落ち込んだ。


巨樹の根に出来た、穴に紅蓮と美麗は静かに眠っていた。その時、白い霧が辺りに漂った。霧は人の形へとなり、そして姿を現した……

 

 

『……美麗』

 

 

現れ出たのは、美優だった……彼女は穴へ入ると、傍に座り美麗と紅蓮の頭を撫でた。気持ち良さそうにする、彼女の顔を見て美優は微笑みそして、そこから姿を消した。

 

 

『だから、不思議な力を持ってたんだ』

 

『王女様の子供だったんだね、美麗』

 

『王女様、やっぱり死んでたんだね』

 

『生きてると思ってたのに……』

 

『でも、子供はいるよ!

 

皆で、美麗を守ろう!』

 

『そうだね!』

 

『ここにいる間は、守ろう!』

 

 

 

外へと出る幸人達……

 

 

「とりあえず、殺人鬼捜しながら美麗を探す。

 

もしかしたら、紅蓮と一緒に町に行ったのかも知れない」

 

「分かった。

 

私とアリサは、留守番してるよ。皆が捜索中に、帰ってくるかも知れないから」

 

「頼む、水輝」

 

「美麗も探すと言うことですから、一人行動をお願いします」

 

「暗輝、お前はエルを連れて、美麗を中心に探してくれ」

 

「え?何で?」

 

「殺人鬼はお前の顔を見ている……

 

見れば、多少油断するだろう」

 

「本当かぁ?」

 

「感だ」

 

「感で済ますな!」

 

「時間があまりないんで、そろそろ行きますよ」

 

「湊都、無茶はするな」

 

「月影、いい加減その名前で呼ぶのやめて下さい。怒りますよ」

 

 

騒ぎながら、四人は町へと向かった。見送りに出ていたアリサは、少し心配そうに彼等を見た。

 

 

「……あの、美麗は本当に大丈夫なんでしょうか」

 

「え?」

 

「二度も殺人鬼に襲われて……

 

ここにいたくないから、別の場所に逃げ隠れたんじゃ」

 

「それはないよ。

 

ミーちゃん、怖いことがあった時は、絶対に幸人達の傍から離れないから。

 

 

 

 

そう……

 

必ずってほど、嫌なことされたり怖いことがあると、いつも私の傍に」

「水輝さん?」

 

 

まるで別人の様に見えたアリサは、尽かさず水輝の手を握り、名を呼んだ。彼女はハッとしたかのようにして、アリサを見た。

 

 

「……私、何か変なこと言った?」

 

「いえ……ただ、一瞬水輝さんじゃない人が、そこにいたような気がして……」

 

 

フラッシュバックで蘇る過去……思い出したアリサは、握っていた水輝の手をギュッと握った。

 

 

 

「全く、どういう躾をしているのやら」

 

 

道を歩きながら、マリウスは深く溜息を吐きながら幸人に言った。

 

 

「俺はアイツの親じゃねぇ」

 

「責任逃れする気ですか?

 

いいですか?弟子だろうと保護した子供だろうと、成人を迎えてない子供を傍に置いている時点で、親も同然です」

 

「説教じみたこと言うなよ」

 

「って言っても……

 

美麗の奴、躾けようがないんだよなぁ……

 

 

ずっと森で住んでたって事もあるから、自由行動が多いし。

 

 

けど……無断で行くような事はなかったんですけど」

 

「無断で行ったのも、初めの内だけだしなぁ。

 

後から、俺等に断り入れてから行動するようになったし」

 

「躾が行き届いてないって事じゃないんですか?」

 

「……」

 

 

すると、一緒に歩いていたエルが足を止め、耳を立てながら辺りを警戒した。

 

漂う霧……その中に、人影をエルは見付けた。その人影は手招きをし、エルを呼びつけた。エルは鳴き声を発しながら、急に駆け出した。

 

 

「え、エル?!うわっ!」

 

「暗輝!どこ行く!?」

 

「俺が知りてぇ!!」

 

「追い駆けるぞ!」

 

「言われなくとも!」

 

「暗輝さーん!!待って下さーい!」

 

 

駆け出したエルとエルに引っ張られて行った暗輝の後を、3人は追い駆けていった。

 

 

濃霧を駆け晴れた先に見えたのは、どこかの森だった。エルは走るのをやめ、ゆっくりと歩き出した。そして、ある広場へと出た。

 

 

「……何だ?ここ」

 

「こんな所に、森があったなんて……」

 

 

エルに乗っていた暗輝は、降りながら辺りを見回した。彼が降りたと同時に、エルは巨樹の元へ駆けて行った。

 

 

「あぁ、エル!!」

 

 

駆けて行ったエルの先にいたのは、美麗だった。

 

 

「美麗!!」

 

「?

 

 

あ!暗輝!幸ひ」

 

 

名を呼んでいる途中に、幸人は美麗の頭に拳骨を食らわせた。もろに食らった彼女は、頭を抑えながら涙目で駆け寄ってきた秋羅の元へ行った。

 

 

「幸人、殴らなくてもいいだろう!」

 

「心配させた罰だ」

 

「その辺りの躾には、厳しいようで?」

 

 

すると、幸人の頭に何かが落ちてきた。ぶつかった個所を抑えながら、彼は上を見上げた……だが、そこには何もいなかった。

 

 

「……何だ?」

 

「ピクシーが幸人の頭に、石落っことした」

 

「ピクシー?」

 

「妖精です。

 

あなた方の国でいう、精霊です。

 

 

普通は、このリングを通さないと姿が見えないはずなんですが……」

 

「美麗には見えてるな」

 

 

自身の周りを飛び回っているのか、美麗は首を左右に回しながら何かを追って見ていた。

 

 

「……?」

 

「霧だ」

 

「美麗、こっち来い」

 

 

手招きする秋羅の元へ駆け寄った美麗は、辺りを見回した。濃くなっていく霧は、形を作りそれは魔犬へと姿を変えた。

 

 

「魔犬……」

 

「って事は!」

 

 

各々の武器を構え、四人は辺りを警戒した。霧から出て来た魔犬は、体を振ると美麗の元へ寄ってきた。

 

寄ってきた魔犬を、美麗は手を差し出し頬を撫でた。魔犬は気持ち良さそうにし、地面に体を伏せた。

 

 

「……何か、大丈夫そうだな?」

 

「……」

 

 

『ウィルは、この妖精の森の守り犬だよ!』

 

 

突然聞こえる声……すると、彼等の前にあのピクシーが姿を現した。

 

 

「妖精が……人前に姿を現した……」

 

『あなた達が鈍いから、見えるようにしたのよ!』

 

「魔犬があなた方の守り犬とは、どういう……」

 

『ウィルは、あの怖いのが出ると、私達の森に行かせないように、姿を現して出入り口を塞いでくれているのよ!』

 

「出入り口?」

 

『この森は、私達妖精だけが住む妖精の森。

 

ここに入れるのは、私達妖精が許した者だけ』

 

『それに、この森には人が欲しそうなお宝や不思議な力が、一杯眠ってるの!』

 

『それを全て、妖精王が守ってたんだ』

 

『だけど、今はいない』

 

「いない?何で?」

 

『ずうっと昔に、亡くなったの』

 

『ご子息が森を出て行ってから、数年経った頃に』

 

『ご子息も風の噂で、亡くなったって言うし』

 

「……」

 

『ウィルは、代々妖精王にずっと仕えてる不死身の魔犬なの。

 

だから、亡き王の後もずっとこの森を守っているの!』

 

 

嬉しそうに、妖精達は幸人に話した。話を聞いた幸人は、小声でマリウス達に話しかけた。

 

 

「どうやら、魔犬は殺人鬼と関係無さそうだな」

 

「そのようですね」

 

「なぁ、殺人鬼が現れるようになったのは、いつ頃からって分かるか?」

 

『ずっと前からだよ』

 

『そうそう!

 

ウィルが人間の前に姿を現すようになった時からだよ!』

 

「となると……

 

一月前からになりますよ」




“ピチャン”


「?」


水音に、5人は池の方を向いた。

腰まである長い紺色の髪を揺らし、赤い目を光らせながら水面に立つ、男……彼の姿を見たウィルは、尻尾を振りながら駆け寄った。


「誰だ?あいつ」

『妖精王だ!』

『王が帰ってきた!』


そう喜び叫ぶ妖精達は、彼の元へ行き周りを飛び交った。


擦り寄ってきたウィルの頭を撫でると、妖精王はゆっくりと美麗に歩み寄った。寄ってくる彼に、美麗は怖がり秋羅の後ろへ隠れた。

王がしゃがみ込み、ソッと手を差し出した。ヒョッコリと秋羅の後ろから顔を出した美麗は、差し出した手と王を交互に見てそして、恐る恐る自身の手を王の手に置いた。


『妖精王!この子、王子のお孫さんですよ!』

『王子の孫が、ここへ帰ってきたんです!』

「王子の孫?」

「どういう事だ?」


微笑みを浮かべる妖精王……

だが、次の瞬間険しい顔つきになり、ウィルと共に立ち上がった。


「ウィル?どうしたの?」

『……!!


あなた達、他に仲間は!?』

「え?」

「マリウスさんの家に、水輝さんとアリサが」

『早く戻って!!

怖いのが……怖いのが、その二人の所に行こうとしてる!!』


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憑いてきた者

妖精の森……


そこは、妖精達だけが住む森。人が決して入ることの出来ない森。だが、妖精が導けば、人は森へ行ける。


森には、妖精達の不思議な力や欲深い人が欲しがるような秘宝が眠っているという、噂がある。
それらを手にした者は、全てを操ることが出来るという言い伝えがあった。


……お母様?どうしたんですか?

 

アリサ、お返事をして。

 

お母様、アリサはここにいます。

 

アリサ、どうしてお母さんの言う事が聞けないの?

 

お母様、アリサは……

 

アリサ……アリサ……アリサ……アリサ……

 

 

 

 

“コンコン”

 

 

ドアをノックする音が、家に響いた……その音でハッと我に返ったアリサは、部屋を出て玄関へ行った。階段を降りると、そこには水輝が既に出ていた。

 

 

外にいたのは、あの二人の警官だった。

 

 

「……何か用ですか?」

 

「先日お目にかかった、子供にお話を聞きたくて」

 

「まだ無理です。

 

というより、今出掛けています」

 

「どこへ出掛けたんです?

 

まだ無理だというのに」

 

「仕事です。

 

彼女は一応、祓い屋の子ですから」

 

「でしたら、ここで待たせ」

 

 

途中で言葉が切れる警官……そして、彼の足下に垂れ落ちる血。

 

ハッとした水輝は、目線を上げ前を見た。恐怖で震えている部下の隣に、いつの間にか立っていた……殺人鬼が。殺人鬼は、警官の背中に刺したナイフを抜き取ると、刃についた血を一舐めした。

 

 

『やぁ。

 

僕、あの女の子に用があるんだけど……いるかな?』

 

「……」

 

『何か、おかしいなぁ……

 

君、刺したはずなのに……

 

 

何で、生きてるの?』

 

「アリサ!!二階へ行って!!

 

早く!!」

 

 

怖じ気付いていたアリサは、水輝の声でハッとしすぐに階段を駆け上った。次の瞬間、殺人鬼はアリサ目掛けて刃を向けて突進してきた。すぐに水輝は、手に隠し持っていた寸鉄で、ナイフを持つ手を叩き阻止した。

 

 

『他人を守るなんて……初めてだよ』

 

 

不敵に笑みを浮かべる殺人鬼……水輝は息を整えながら構え、そして彼に攻撃した。

 

 

二階へ行き、自身の部屋へ戻ったアリサは窓から外へ飛び降りた。そして、裏庭で何かを察していたのか、飛ぶ準備をしていたドラゴンが、アリサに向かって鳴き声を放った。

 

 

「お願い!先生達を探して呼んできて!」

 

 

頬を撫でアリサがそう頼むと、ドラクエは翼を羽ばたかせ空へと飛んだ。ドラゴンに合わせてネロ達も飛んで行った。

 

 

 

その頃、幸人達はまだ妖精の森にいた。

 

 

「幸人、早く戻らねぇと!」

 

「この森から湊都の家まで、どれくらいあると思ってんだ!」

 

「けど!」

 

「エルに乗って、先に誰か行くって言うのは!?」

 

『そんな面倒なことしなくても、私達があなたの家まで送るわよ!』

 

『そうそう!』

 

「え?」

 

「どうやって?」

 

 

妖精達が何かをやろうとしたが、それを妖精王が阻止し上を指差した。一同が見上げると、空からドラゴンとネロ達が舞い降りてきた。

 

 

「ネロだぁ!」

 

 

降りてきたネロの元へ、美麗は駆け寄り頭にしがみついた。ドラゴンは鳴き声を発しながら、身を伏せそれを合図にマリウスと幸人はドラゴンへ飛び乗った。同じように、エルに秋羅と暗輝が飛び乗り、彼等は一斉に飛び立った。ネロは紅蓮に向かって鳴き声を発すると、美麗を銜え勢いをつけて投げ自身の背中へ乗せた。そして翼を羽ばたかせ飛び立った。彼等の後を、妖精王は光の玉となり追い駆けていった。

 

 

 

裏庭へ着いた幸人達……そこへ着くと、マリウスと幸人はドラゴンが着地する前に飛び降り、家の中へと飛び込んだ。次の瞬間、ナイフが二人の間をすり抜けた。

 

投げたのは殺人鬼だった……

 

 

「幸人!マリウス!」

 

『へー……こんなに早く、助けが来るなんて……?

 

やっと、あの子を連れてきてくれたんだね』

 

「え?」

 

「幸人!!ミーちゃんをここから離れさせて!!こいつの狙いは、彼女だ!!」

 

 

そう叫んだ瞬間、殺人鬼は二人を張り倒して表へ出た。丁度そこへ、裏庭にネロが着地し、美麗を下している最中だった。

 

 

『やぁ、お嬢さん』

 

「……」

 

 

突然目の前に立った殺人鬼に、美麗は恐怖で震えだした。別の場所で降りていた秋羅は、すぐに彼女の元へ駆け寄ろうと駆けだした。

 

 

「秋羅!!早くミーちゃんを!!」

 

『さぁ、僕のために死ね!!』

 

 

勢いよく振り下ろされるナイフ……美麗は、小太刀の柄までは掴めてはいたがそれを引き抜くことが出来ずにいた。怖気ついている彼女の前に、紅蓮は守るようにして立った。

 

 

 

その時、水輝の周りから強烈な光が上がった。その光の中で、彼女の体から何かが抜け出ていき、光の速さで美麗の元へ行った。

 

 

“パーン”

 

 

宙を舞い、地面に刺さるナイフ……光に驚いた美麗は、地面に尻をついて顔を上げた。

 

 

銀髪の長い髪を耳下で結い、青色の目に討伐隊の制服を着た女性が、殺人鬼の喉仏に銃口を向け引き金に指を構えていた。

 

 

『な、何だ!?こいつは!!』

 

『……この子に傷を付けてみろ……

 

 

貴様の喉仏から、血の噴水を見ることになるぞ』

 

『……

 

 

邪魔が入ったから、今回は退くよ。

 

 

お嬢さん、次こそあなたが持っているものを貰いますからね』

 

 

不敵に微笑みながら、殺人鬼はナイフを拾い霧を放ち姿を消した。

 

 

殺人鬼の姿が見えなくなると、美麗は立ち上がりそして目の前に立っている女性に抱き着いた。

 

 

「……誰だ?あの人」

 

 

人の姿だった紅蓮は、いつの間にか狼の姿へとなり女性の傍へ擦り寄った。

 

 

「紅蓮に懐いているという事は……

 

美麗の知り合い?」

 

「月影、どうな……?」

 

 

目を見開き、驚く幸人……そして、知らずの内に彼の目から一筋の涙が流れ出た。

 

 

「月影?どうした?」

 

「……あり得ねぇ……」

 

「?」

 

「何で……何で……」

 

「月影?」

 

 

放心状態になっている幸人の耳に、マリウスの声は聞こえていなかった。




自身に擦り寄った紅蓮の頭を撫でると、女性は抱き着いていた美麗を抱き上げた。抱き上げられた美麗は、彼女の胸に顔を埋め嬉しそうに頬を擦った。

美麗を抱えながら女性はネロの傍へ行き頬を撫でた。ネロは鳴きながら、撫でてきた彼女に擦り寄り頬を舐めた。


「スゲェ……ネロの奴が、懐いてる」

『貴様、名は?』

「え?」


抱えていた美麗を下ろしながら、女性は秋羅の元へ歩み寄り話しかけてきた。


『……質問しているんだが?

貴様の名は?』

「えっと……

月影…秋羅です」

『月影?


幸輝の弟子か?』

「こうき?

誰?」

『……時代は随分進んだもんだなぁ。


まぁ、詳しい話は幸人から聞くとしよう』

「幸人を知ってるんですか?!」

『知っているも何も……

私は、幸人の曾祖母・大空天花だ』


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殺人鬼の秘密

マリウス宅……


椅子に座る天花……テーブルを挟んで向かいに幸人と秋羅が、中心にマリウスが天花の隣に美麗が座っていた。ソファーでは、気を失った水輝と、彼女の看病をするアリサと暗輝が座っていた。


「……で?

どういう状況?」

「一旦整理しましょう……


目の前にいる、この女性は月影と大空の曾祖母に当たる人」

『その通りだ。

何故だか、昔の姿……というか、若い姿でここにいる』


隣でじゃれる美麗に構いながら、天花は話した。


「記憶はどこまであんだ?婆」

『貴様等二人に見取られた所までだ。

そこからは……


まぁ、記憶がハッキリしない。

気が付いたら、その女に取り憑いていた』

「いつからだ?」

『この地に来た時からだ。

その間は……覚えていない』

「……


駄目だ……まだ、頭がこんがらがってる」

『こんがらがるのも無理は無い。


幸作(コウサク)が、生き返ってきたのかと思ったわ』

「こうさく?」

『幸人と陽介の曾祖父さん。

つまり、私の旦那だ』

「へー……」

「天花ぁ!外行こう!」

『今大事な話をしてるから、先に行ってて。

後で行くから』

「うん!」


嬉しそうに返事をし、美麗は裏庭へと飛び出した。彼女のあとを、大あくびし体を伸ばした紅蓮は追い駆けていった。


『さて、世間話はここまでにして……

 

 

本題に入ったらどうだ?』

 

 

目付きを変え、天花は3人を見た。急に変わった空気に、その場にいた一同は彼女の方に目を向けた。

 

 

『貴様等に問う。

 

あのイカレタ野郎は、何者だと思う?』

 

「え?

 

 

普通の人間なんじゃ」

 

「いや違う」

 

「じゃあ、妖怪?」

 

「正解……

 

 

というより、元々は人間だったが何だかの理由で妖怪になった人間だ」

 

『正解だ、幸人。

 

あれは血に飢えた妖怪』

 

「血に飢えた……それならなぜ、男を狙わず女しか狙わないんです?」

 

『貴様はどっちを選ぶ?

 

 

濁った水と透き通った水があり、そのどちらかを飲めと言われたら?』

 

「……透き通った水を」

 

『だろう?

 

妖怪も、その考えだ』

 

「つまり、女の血の方が綺麗ってこと…ですか?」

 

『そうだ』

 

「美麗が狙われているのは、そんな理由ってこと?」

 

『半分正解だ』

 

「半分って……もう半分は?」

 

『どっちを選ぶ?

 

 

金貨と銅貨が地面に落ちていたら、どっちを拾う?』

 

「そりゃあ、金貨なんじゃ」

 

『全くその通り。

 

 

あの殺人鬼からすれば、美麗は金貨……いや、高価な宝石なんだ』

 

 

窓から見える美麗の姿を見ながら、天花は言った。外にいた彼女は、ネロの頭に乗りピョンピョンとジャンプをしながら遊んでいた。

 

 

「でも、何で美麗を……!」

 

『美麗はぬらりひょんの子供……

 

 

さらに、血筋を調べると面白いことが分かった』

 

「何です?」

 

「……!

 

まさか、美麗は」

 

『幸人の思惑通り。

 

美麗の母親の父親……つまり、美麗の祖父はこの英国に住む妖精王の息子。

 

言いたいこと、分かるよね?』

 

「美麗は、妖精王の力を継いでいる」

 

「殺人鬼は、どういう訳か喉から手が出るほど妖精王の力を欲してる」

 

「しかし、その力を手に入れるには、直接妖精王に会わなければならない……

 

けど、もう亡くなっている」

 

「その血を引く息子も死に、孫も死んでいる」

 

「残るは、曾孫である美麗ただ一人」

 

「だから、狙っている…ってか?」

 

『大正解。

 

というわけで、美麗には私が付いているから貴様等はとっとと殺人鬼の情報集めてこい。

 

幸人、手伝え』

 

「勝手に決めるな!婆!!」

 

『親に向かって何だ!!その態度は!!

 

ちょっと、一緒に来い!!』

 

 

幸人の耳を引っ張りながら、天花は痛がる彼と共に外へ出た。

 

 

「き、肝が据わった人だ……」

 

「口調は陽介ソックリだな」

 

 

「何?何かあったの?」

 

 

額に置かれていたタオルを抑えながら、目を覚ました水輝は起き上がった。

 

 

「おぉ!目ぇ覚めたか?」

 

「一応」

 

「ご気分の方は、いかがですか?」

 

「頭がボーッとする」

 

「そりゃそうだ。

 

いつからか分からんが、ずっと幽霊に取り憑かれてたんだから」

 

「幽霊?

 

 

あぁ、それ多分暗輝達が殺人鬼に襲われた時からだよ」

 

「え?」

 

「自覚あったのか?」

 

「薄々。

 

自分の中に入ってきた時、追い出すかどうか迷ったけど……何か、別に私やアンタ等に害があるわけじゃ無いから、いいやって」

 

「そういう適当なところ、昔と変わりませんね」

 

 

 

 

裏庭……

 

 

引っ張られた耳を触りながら、幸人は地面に座っていた。

 

 

「まったく、何でこの歳になってまで耳を引っ張られなきゃいけねぇんだが……」

 

『貴様が、チャンとしないからだ』

 

「スラム街の様な所で育った俺と、貴族だらけの所で育った陽介とは育ちが違うんだよ」

 

 

「スラム街って何?」

 

 

天花の隣で、紅蓮の顔を撫でていた美麗は首を傾げながら質問した。

 

 

『貧しい人達が住んでいる街のこと』

 

「それプラス、無茶苦茶危険だ。絶対行こうとするな」

 

「ハーイ」

 

『それで、どうやってあの殺人鬼を倒す気だ?』

 

「現れたと同時に、やりあって……弱ったところを、封印しとどめを刺す」

 

『さすが、曾孫。考えが一致するな』

 

「何とでも言え」

 

「あれと戦うの?」

 

「そうだ」

 

「……」

 

『美麗、一つ聞いていい?』

 

「?」

 

『あの殺人鬼に、何かされた?』

 

「え?」

 

『話せるなら、話してごらん。

 

誰も、怒ったり怒鳴ったりしないから。無論嫌な事も。ね?』

 

「……記憶」

 

「?」

 

「アイツに会った時、見覚えの無い記憶が流れてきて……

 

それが流れた途端、頭痛がして……それと同時に、怖くなって」

 

『そっか……分かった。

 

いいよ、もう無理に思い出そうとしなくて』

 

 

しゃがみ込んだ天花に、震えていた美麗は抱き着いた。天花は彼女を宥めるようにして、頭を撫で抱き締めた。

 

 

その時、足音が聞こえてきた。その足音に天花は立ち上がった。

 

 

「……婆、ここ頼む」

 

『分かった』

 

 

家の中へと入った幸人……玄関へ行くと、マリウスが怖じ気つき身動きが取れなかった警官と、別の警官が立っていた。

 

 

「殺人鬼の顔を見たと、部下から聞きまして……

 

すぐに似顔絵制作するので、覚えている特徴を全て話して下さい」

 

「と言いましても、目撃した人はまだ眠ってますし……

 

 

アリサ、覚えてますか?」

 

「……い、いえ」

 

「と言う返答なので、またの機会で」

 

「……」

 

「では、我々は少し用があるので。

 

先程、殺人鬼に刺されたお巡りさんには、お大事にとお伝え下さい」

 

 

そう言ってマリウスは、警官が何かを言おうとする行為を阻止して戸を閉めた。

 

 

「さすがマリウス」

 

「巻き込みたくありませんからね」

 

「だな」

 

「けど、本音は?」

 

「警察が死んだら、僕等の評判がガタ落ちです」

 

「だと思った」




古い屋敷……


ボロボロのカーテンがある部屋で、殺人鬼は鼻歌を歌いながら、別の服を着ていた。そして、壁に立て掛けていた大きな鎌を持ち、刃を触りながら不敵な笑みを浮かべた。


『さぁて……


あの子の記憶をしっかりと思い出させて、それから力を貰おう。




ようやく、長年の夢だった妖精王の力が、僕の物に……』


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暗闇の中

裏庭に生えている木に、美麗は登り辺りを眺めていた。


その木の下で、天花は拳銃の点検をしていた。そこへ幸人が戻り、彼女の元へ歩み寄った。


「あれ?美麗は?」

『木登り……』
「天花ぁ!遊ぼう!」


木の上から降りてきた美麗は、後ろから天花に飛び付いた。


「ねぇ、遊ぼう!ねぇ!」

「美麗、あんまり婆に我が儘言うな」

「婆?

天花は天花だよ」

「……」

『今は仕事中だから、後でな』

「え~!」

「“え~”じゃねぇよ。

俺等も仕事あるだろうが」

「仕事って言うけど、仕事してないじゃん。

来て早々、暗輝と紅蓮刺されて……」

「……痛いところ突くな。お前は」

『次の仕事は、美麗にも手伝って貰うからな』

「天花のお仕事、手伝う!」

「おい婆、変なこと考えてるんじゃねぇだろうな?」

『それじゃあ、早速』

「人の話を聞け!!」


夜……何もない廃牧場へ来た美麗。

 

ポンチョのフードを被り、彼女は辺りを警戒しながらそこに立っていた。

 

 

心配そうな鳴き声を放つネロ達を、天花は宥めながら茂みに幸人と紅蓮と共に隠れていた。空からはエルに乗った秋羅が、ネロ達と同じようにするエルの首を撫で落ち着かせながら、辺りを見張っていた。

 

別の場所からアリサ、マリウス、暗輝、水輝が一人ずつ見張っていた。

 

 

「まさか、婆が美麗を囮に使うとは」

 

『獲物を出すなら、その獲物が好む物で釣るのが傑作だ』

 

「まぁ、そうだが……

 

よく美麗が、承諾したな」

 

『この任務が終わったら、林檎パイ作ってやるって約束した』

 

「こっちも物で釣ったのかよ」

 

『……この任務が終わったら、少し話をさせてくれ』

 

「?」

 

『何故、私がここにいるのか。

 

どうして、この姿なのか』

 

「知ってんのか?」

 

『あぁ。少しならな』

 

 

その時、辺りに霧が漂ってきた。美麗は、小太刀の柄を握りながら、辺りを見回した。

 

次の瞬間、後ろから巨大な鎌が彼女目掛けて振られてきた。美麗はすぐに、小太刀でその鎌を受け止め氷の刃を鎌の向こうへ投げ飛ばした。

 

 

「来たか!」

 

『もう少し、待て!』

 

 

濃かった霧が晴れ、そこに殺人鬼が美麗の前に姿を現した。不敵に微笑みながら、彼はジッと彼女を見ていた。

 

 

「……」

 

『君から出てくれるなんて、思いもしなかったよ』

 

「……」

 

『さぁ、君の封印されている記憶を蘇らせてあげるよ。

 

そのお礼に、君のその力を僕に頂戴』

 

「嫌だ」

 

『!』

 

「封印されてる記憶、別に欲しくない。

 

封印されてるなら、このままが良い」

 

『……』

 

「それから、この力はあげない。

 

これは、ママのだから。

 

 

それに、妖精の力が欲しがったら駄目。妖精達が困ってる」

 

『……君は、あの人と同じ言葉を言うんだね?』

 

「え?」

 

『けどね、君の力を手に入れないと……

 

 

 

 

僕は、あの世へ逝けないんだ』

 

 

美麗の頭を、殺人鬼は鷲掴みにした。暴れる彼女を持ち上げると、呪文を唱え始めた。

 

その瞬間、美麗の脳裏に見覚えのない映像がいくつも流れてきた。

 

 

「嫌だ……嫌だぁ!!」

 

 

叫び声と共に、彼女の周りに氷の柱が出て来た。それでも尚、殺人鬼は呪文を休むことなく言い続けた。

 

 

『幸人!後方に回れ!!』

 

「分かった!!」

 

 

銃を持ち構えながら、幸人は茂みから殺人鬼の背後へと回った。天花は、宥めていたネロを放ち空に向かって閃光弾を放った。

 

光で目が眩んだ殺人鬼は、鷲掴みにしていた美麗を離し、目を腕で覆った。地面に落ちた彼女は、頭を抑えながらもそこから素早く離れ、近くを降りてきたエル達の元へ駆け寄った。

 

 

「美麗を天花さんの所へ!」

 

 

エルの首を軽く叩き、秋羅は槍を構えて殺人鬼の近くへ寄った。エルは傍にいた美麗を、投げ飛ばし自身の背中へ乗せるとそこから駆け出し飛んだ。

 

殺人鬼を囲う幸人達……

各々の武器を構え、彼等は目を擦る殺人鬼を睨んだ。

 

 

茂みへ降りたエルから、美麗は飛び降りると駆け寄ってきた天花に、抱き着いた。

 

 

『もう大丈夫だ。

 

よく頑張ったな。美麗』

 

「アイツはどうするの?倒すの?

 

それとも、あの世に逝くの?」

 

『え?あの世?』

 

「言ってたよ。

 

妖精の力を手に入れないと、自分はあの世へ逝けないって」

 

『……』

 

 

その時、突然黒い霧と共に強風が吹き荒れた。

 

黒い霧が現れ出てくる妖怪……四足歩行に鋭い爪を持った、赤い毛に覆われた獣は咆哮を上げた。

 

 

「な、何?あの妖怪」

 

「マリウス、あれ何だ?」

 

「……初めて見ますよ……あんな妖怪」

 

 

『さぁ、あの子を僕に頂戴。

 

 

あの子の力を手に入れれば、僕はあの世へ逝けるんだから』

 

 

殺人鬼が指を鳴らすと、獣は再び咆哮を上げ鋭い爪を幸人達目掛けて、振ってきた。

 

彼等は素早く避けると、攻撃を放った。だが、彼等の攻撃は、全て擦り抜けていた。

 

 

「攻撃が効いてない!?」

 

『効くわけ無いよ。

 

 

この子は、闇に住む者。君等祓い屋の攻撃も妖怪の攻撃も全て、無効なんだよ』

 

 

獣は闇の炎を、口から吐き幸人達に放った。当たる寸前に、彼等の前に氷の壁が作られ炎を防いだ。

 

 

『祓い屋の攻撃も妖怪の攻撃も効かないのか……

 

 

なら、精霊王の血を引く半妖の攻撃ならどうだ?』

 

 

振り向いた殺人鬼の肩に、銃弾が掠った。振り向いた先には、氷の刃を手に浮かす美麗と、銃口を向けた天花がいた。

 

 

「婆…」

 

『幸人達は、殺人鬼に集中しろ!!

 

獣妖怪は、美麗達に任せろ!

 

 

美麗、紅蓮、頼んだぞ』

 

「うん!

 

 

悲しき炎の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」

 

 

陣から炎が燃え上がり、炎は形を変えながら美麗の周りに広がった。

 

 

「炎の精霊よ、我が手に集い来たれ、敵を貫け!」

 

 

炎は弓矢の形に変化し、炎の矢を美麗は獣に向けて放った。矢は獣の目に当たり、獣は悲痛な咆哮を上げると、美麗目掛けて、闇の炎を口に溜めながら鋭い爪を突いてきた。

 

 

突いてくる爪を、美麗は小太刀で受け止め防ぐと、早々に獣の背中へ周り氷の刃を突き刺した。

 

 

『……そうまでして、僕の邪魔をしようと言うのか?

 

 

なら、君等にはとびきりの闇をあげよう』

 

 

そう言って、殺人鬼は手から黒い霧を辺りに放った。

 

放ってきた霧を、美麗は自身を守るようにして腕で顔を覆った。

 

 

『美麗!!』

 

『さぁ、楽しむが良い。

 

 

暗闇の中、その獣とタップリと』



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妖精王の力

ゆっくりと目を開ける美麗……


辺りは、光一つない暗闇に包まれていた。


「……真っ暗だ……」


『美麗』

「!紅蓮!?」


どこからか聞こえる紅蓮の声に、美麗は辺りを見回し彼の姿を探した。


「紅蓮!どこ?

紅蓮!」

『大丈夫。

姿が見えないだけで、僕はすぐ傍にいるよ』

「……」


美麗がいた場所を中心に、獣と共に辺り一面に闇の霧に包まれていた。

 

 

「な、何だ……あの霧は」

 

『今は殺人鬼に集中しろ!!

 

幸人!』

 

 

天花の呼び掛けに、幸人は両脚に着けていたケースから2丁の拳銃を取ると、すぐに殺人鬼目掛けて銃弾を放った。殺人鬼は、軽々と鎌で回し防ぎ飛び上がると、幸人目掛けて鎌を振り下ろした。

 

 

「幸人!!」

 

(使いたくなかったが……

 

 

こうするしかねぇ!!)

 

 

“キーン”

 

 

「!?」

 

「え?」

 

「あれは……」

 

『……幸人……貴様』

 

 

振り下ろしてきた鎌の先には、赤色に染まった大剣が殺人鬼の攻撃を、防いでいた。

 

 

『へ~、祓い屋が妖刀を出せるなんて……

 

 

しかも、目まで妖怪化してるよ?』

 

 

鎌を持ち、後ろへ下がった殺人鬼を、紅く光る目で幸人は大剣を肩に担いだ。

 

 

 

その頃、美麗は暗闇の中、紅蓮の声を頼りに中にいる獣の攻撃を避けていた。

 

 

「紅蓮!キリが無いよ!

 

何とかならない!?」

 

『光があれば、君に攻撃が出来るんだけど……』

 

「光……!

 

 

(そうだ!これなら!)

 

悲しき光の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」

 

 

美麗が前に出した手から、手の平サイズの光の玉が出て来た。

 

 

「明瞭たる光よ、闇夜を照らせ!」

 

 

辺り一面に、光った玉が照らした。闇から現れ出た獣を見た美麗は、自身の周りに無数の氷の刃を浮かせた。

 

 

「大気に満ちる空気よ凍れ、氷の刃となりて、切り刻め!!」

 

 

四方から飛び交う氷の刃に当たった獣は、悲痛な鳴き声を発しながら美麗を睨んだ。

 

彼女の額から、あの雪の結晶の模様が光り出し、体全体に広がっていた。赤く光る目で、美麗は獣を睨み返した。

 

 

『美麗、心を落ち着かせてね』

 

「大丈夫。全然落ち着いてるよ」

 

 

光る玉に怯える獣……その時、美麗の背後に妖精王が姿を現した。彼女は振り返り、彼を見上げた。

 

 

「妖精…王?」

 

『……ソナタに力を貸す。

 

さぁ、その闇の者を倒せ』

 

 

妖精王から譲り受けた美麗は、強大な妖力を自身を中心に放ち風を起こした。その風は、美麗達を包んでいた闇を吹き払った。そこは、地の無い空の上だった。

 

 

「……空の上?何で?」

 

『美麗、これは殺人鬼が見せている幻術だよ。

 

この獣を倒せば、幸人達の所へ帰れるよ』

 

 

眩く光る玉を持った美麗は、獣の方を向いた。光に怯んでいる獣は、鳴き声を発しながらずっと彼女を睨んでいた。

 

 

「……光を遮る見えなき闇よ、光なくして闇は在らず、聖なる光で闇夜を薙ぎ払え!!」

 

 

天へと上げた玉から強烈な光が放たれ、辺りにまだある闇をその光で覆い尽くした。獣は悲痛な声を上げながら、闇の粒となりそこから姿を消した。

 

 

「消えた……」

 

『闇の世界へ帰ったんだ……

 

 

美麗と言ったな?』

 

「?」

 

『この力で、あの者を導いてくれ』

 

 

そう言って、妖精王は光の玉となり、美麗の体の中へ入った。

 

 

「凄ぉ……

 

力が漲る!!」

 

 

ジャンプをしながら、喜ぶ美麗を紅蓮は微笑みを浮かべながら眺め見ていた。

 

 

すると突然、喜んでいた美麗は飛び跳ねるのをやめた。

 

 

「?

 

何だろう……この妖気」

 

『どうかしたか?』

 

「近くから変な妖気が感じる」

 

『変な妖気?』

 

「何か、人と妖がごっちゃ混ぜになったような……そんな感じ」

 

『……幸人達に何かあったのかもな。

 

美麗、すぐにこの闇を払って、あいつ等の所に行くぞ』

 

「うん。

 

悲しき光の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!

 

 

明瞭たる光よ、闇夜を照らせ!」

 

 

宙に浮いていた光の玉が、再び眩く光り辺りの闇を吹き払った。

 

 

美麗が地面に足を着いた時、横から何かの衝撃波が彼女の髪を靡かせた。美麗は恐る恐る、横を向いた。

 

 

 

自身に向く大剣の尖端……その先には、目を赤く染めた幸人が立っていた。

 

 

「……幸…人?」

 

「……」

 

 

その時、立っていた美麗の首に腕が周った。すぐさま紅蓮が背後の者に襲い掛かろうとしたが、逆に敵の攻撃を食らい飛ばされた。

 

 

「紅蓮!!」

 

『さぁ、どうする?

 

 

僕を殺そうとすれば、この子の命は無いよ』

 

 

美麗の首にナイフを当てながら、殺人鬼は不敵な笑みを浮かべながら幸人を見た。

 

ナイフを見た美麗は、何かを察したのか殺人鬼の体事、前へ倒れた。その瞬間、彼が手に持っていたナイフの柄に、銃弾が当たりナイフを投げ飛ばした。

 

腕が緩んだ隙を狙い、美麗は彼から素早く離れると駆け寄ってきていた秋羅の元へ行った。

 

 

『親友の女を、人質に取るとは良い度胸しているな?貴様』

 

『クッ……』

 

『幸人!!とっととその男を、あの世へ逝かせろ!』

 

「……」

 

『やれるものならやってみろ!!

 

 

僕は不死身だ!胸を刺されようが、頭を貫かれようが!!死ぬ事なんて、無いのさ!』

 

 

「なら、この光はどうだ?」

 

 

その声と共に、強烈な光が差し込んだ。光の方に全員が目を向けると、そこには光り輝く妖精王を背に美麗が立っていた。

 

 

「み、美麗?」

 

『何だ!?その光は!!

 

ち、近付かせるな!!』

 

「『ソナタの魂を、黄泉へ送る。

 

永遠に復活せぬように』」

 

 

美麗の口から出る声は、別の声が聞こえてきた……その声に応じるようにして、彼女の周りに妖精達が姿を現した。

 

 

「何か、ミーちゃんじゃないような気が」

 

『彼女の中に、妖精王の魂が乗り移っているんだ』

 

「と言うことは……」

 

「憑依されている」

 

『妖精王は既に亡くなっているが、恐らく彷徨う殺人鬼の魂を気にして、あの世へ逝けなかった……だから曾孫である彼女の体を借りたんだろう』




スッと目を開ける美麗……


辺りは闇に包まれており、傍にいたはずの秋羅がいなくなっていた。


「……秋羅?」

『美麗』

「?」

『ソナタの体を、しばらく借りる』

「……」


何かを言い掛けた時、後ろから肩に手が置かれた。ハッとして振り返ると、そこには美優が微笑みながら立っていた。


「ママ!」

『美麗……』


抱き着いてきた美麗を、美優はしかりと受け止め頭を撫でながら話した。


『大丈夫よ。

妖精王は、あなた達の味方だから』

「味方?

ママと同じ力を持ってるから?」

『そう……だから、終わるまで待ってましょう』


そう言いながら、美優は美麗を自身の膝に乗せ抱き寄せた。美麗は気持ち良さそうにして、彼女の胸に顔を埋めた。


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英国の桜

光の玉を持った美麗(妖精王)は、それを天高く上げた。


「『命に飢えて光を貪る死神よ、今ここに来たれ、彼の者の精神を喰らい、破壊せよ!!』」


光の玉に集まる無数の黒い影……それは大きくなり、彼女の背後に、大鎌を持った死神が姿を現した。


死神は大鎌を振り上げ、目の前の殺人鬼に目を向けた。


『い、嫌だ!!

僕はまだ、あの世へ逝きたくない!!』

「『人を殺めておきながら、このまま楽にあの世へ逝けると思ったら、大間違いだ。

それ相応の罰を受けてもらう』」


上げていた手を、美麗(妖精王)は指示を出すようにして下ろした。死神はそれを見ると、振り上げていた大鎌を振り下ろした。

鎌の尖端が、殺人鬼の胸を貫いた。するとそこから、闇のオーラが噴水のように噴き出した。悲痛の声を上げる殺人鬼の周りに、いくつもの魂が絡み合い彼を持ち上げた。幽体離脱のように、半透明の体が宙に浮き、地には来ていた服と骨がバラバラと落ちた。


『やめろぉ!!やめてくれぇ!!

僕はまだ……僕は!!』

『あの世へは逝かせない……』

『私達が苦しんだ分、タップリと苦しみなさい』

『全ての苦しみを味わった後、地獄へ行きましょう』

『嫌だぁ!!

た、助けてくれぇ!!助けてくれぇ!!』


その断末魔と共に、辺りに強風が吹き荒れ宙で光っていた玉が激しく光った。

その風に当たった時、妖気に塗れていた幸人は、正気を取り戻したのか、大剣が消えその場に倒れ込んだ。


倒れる秋羅達を撫でるようにして、穏やかな風が辺りに吹いた。

 

 

先に意識を戻した秋羅は、目を開け体を起こした。

 

自分達がいたのは、妖精の森だった。

 

 

「何で……」

 

『危なかったから、ここへ皆を移動させたのよ』

 

 

秋羅の傍へ、ピクシーが寄りそう言った。

 

しばらくして、アリサ、マリウス、暗輝、水輝、紅蓮と目を覚ました。

 

 

「ここ、どこ?」

 

「綺麗な場所……」

 

「妖精の森だ」

 

「ここが、妖精の……」

 

「あれ?そういえば、幸人達は?」

 

「いませんね……

 

美麗も月影の曾祖母も」

 

『美麗達なら、別の場所よ。

 

妖精王と一緒に』

 

 

 

 

心地良い風が、倒れている美麗の髪を撫でた……

 

舞い降りてきた何かが、頬に当たり美麗は目を開け頬に乗った物を手に取った。

 

 

「……花弁?

 

 

?」

 

 

微風が吹く中、美麗は起き立ち上がり前を見た。

 

 

満開に咲き、花弁を参らせる桜の木……そこには、男性が一人立っていた。

 

 

「……誰?」

 

 

首を傾げる彼女に、男性は微笑みながら桜の花弁と共にその場から姿を消した。

 

 

 

『美麗!』

 

 

天花の呼び声に、美麗は目を開けた。

 

彼女の前には、心配する顔をした天花と幸人がいた。

 

 

「……天花?」

 

『大丈夫か?』

 

「うん、平気……

 

あれ?桜は?」

 

『桜?』

 

 

そこにあった木は、若葉が生い茂っていた。

 

 

「あれ?何で?」

 

「今はまだ、桜が咲く時期じゃねぇよ」

 

「え?でも、咲いてたよ!さっき!

 

前に男の人が立ってた!」

 

 

『体を借りた礼に、ソナタの中にあった記憶の一部を、夢の中で見せたのだ』

 

 

その声の方に顔を向けると、光の粒となり消えかかっている妖精王が立っていた。

 

 

「妖精王……」

 

『ありがとう美麗。

 

ソナタが体を貸してくれたおかげで、あの者を逝かせることが出来た』

 

「ねぇ、記憶の一部って?

 

あの男の人は、誰なの?」

 

『……今は知らぬ方が良い。

 

いつか、分かることだ』

 

「……」

 

『では、私はもう逝く……思い残すことはない』

 

 

そう言って、妖精王の体は徐々に光の粒と成り、天へと昇っていった。

 

いなくなったと同時に、空からエルとネロが鳴き声を放ちながら、地に降りてきた。

 

 

「ネロ!エル!」

 

『良いタイミングだな』

 

「あぁ」

 

『……体の方は良いのか?』

 

「怠さが残る。

 

早く帰って、横になりたい」

 

『だと思った。

 

 

行くか』

 

「あぁ……

 

美麗!帰るぞ!」

 

 

二匹と戯れる美麗に声を掛けながら、ネロの背へと跳び乗った。

 

 

妖精の森へ着いた3人……ネロが地へ降りると、美麗は飛び降り駆け寄ってきた紅蓮の顔を撫でながら、抱き着いた。

 

 

「3人して、どこにいたんだ?」

 

「桜の木がある場所。

 

人気の無い所だったな」

 

『そこ多分、妖精王達が好きだった場所だよ』

 

「好きだった場所?」

 

『うん!

 

今からずっと昔、あなた達の国へ行った人が人気の無い高原に、桜の種を植えたのよ。

 

 

しばらくして、桜が満開に咲くようになって、それを見てから妖精王達のお気に入りの場所になったのよ!』

 

『特にご子息様は、桜が大好きだったからね』

 

「ママも好きだったよ!桜!」

 

 

紅蓮達を撫でていた美麗は、嬉しそうに言いながら妖精達の元へ行った。

 

 

『美麗のママも、桜好きだっの?』

 

「うん!

 

小さい頃、桜が咲く季節になると、必ずお花見に行ってたもん」

 

「近くに桜、生えてたのか?」

 

「うん。家に一本と、森にたくさん。

 

昼間は森に行って、夜は家で。

 

ママが作った林檎パイを食べながら、よくお花見したよ!」

 

「へ~」

 

「今じゃ、考えられませんね……」

 

「森に入れば、妖怪に襲われてもおかしくないのに」

 

「襲われたことは無いよ。

 

むしろ、一緒にお花見してたもん」

 

『100年前は、妖怪も人間も分け隔て無く暮らしていたからな。

 

妖怪との恋愛も、数多くあったくらいだ』

 

 

寄ってきたウィルと戯れる美麗を見ながら、天花は静かに言った。

 

 

『さぁ、帰るか』

 

 

そう言った次の瞬間、立っていた幸人は目頭を抑えながら、地面に膝を付いた。

 

 

「幸人!!」

 

「だ、大丈夫だ……

 

目眩が……した……」

 

 

立とうとした幸人だが、再び脚がふらつき前のめりな倒れ、それを慌てて秋羅が支えた。

 

 

『妖気を使い過ぎたんだ……

 

それが一気に、今来たんだろう』

 

「と言うことは、本部にいた時と同じだとすると……」

 

「二三日は、寝込むか動けないって事だね」

 

「まぁいいじゃん。

 

幸人が寝てる間、英国を観光できることだし!

 

 

マリウス、良いよね?」

 

「別に構いませんが……」

 

「やりぃ!!

 

 

俺、海外の医療器具見てぇんだ!」

 

「だったら、暗輝達が入院した病院に頼むか!」

 

「あぁ!頼む!」

 

「盛り上がるのは、寝てからにして下さい」

 

「お前等なぁ……」

 

 

その時、辺りに霧が漂ってきた。ウィルの傍にいた美麗は、警戒しながら歩み寄ってきた天花に寄った。

 

 

『皆を家まで送るよ!』

 

『怖いの、倒してくれたから!』

 

「ありがてぇ!」

 

『でも、もうここへは来られない』

 

「え?」

 

『ここは妖精の森……

 

許された者しか、入ることは出来ない』

 

『危険が無くなったから、ウィルはもう人の前には現れない』

 

『美麗、氷の舞い綺麗だったよ!』

 

『また遊ぼうね!』

 

「うん!

 

皆、元気でね」

 

『じゃあね!』

 

『バイバイ!』

 

 

霧が晴れ、そこはマリウス宅の裏庭だった。

 

急に現れ出た主に驚いたのか、二匹のドラゴンはマリウスとアリサに擦り寄ってきた。

 

 

「驚かせて御免なさい。大丈夫よ」

 

「凄いですね……妖精の力」

 

「あんまり、欲張っちゃ駄目だよ。

 

あの殺人鬼みたいになっちゃうから」

 

「欲張ったりはしません。

 

今の方が、落ち着いてますし」

 

「ならよかった!」

 

「マリウスさん、早く幸人を」

 

「そうですね。

 

アリサ、裏口の戸を開けてきて下さい」

 

「はい、先生」

 

『マリウスと言ったな?

 

今晩、私も泊めてくれ』

 

「もちろん、どうぞ」

 

「じゃあ今日、天花と一緒に寝る!」

 

 

天花の腕を掴みながら、美麗は嬉しそうに言った。

 

その様子を見ていた水輝は、膝を抱えシクシクと泣きそれを慰めるようにして、暗輝は彼女の頭に手を置いた。




青葉が生い茂る桜の木……そこへ現れる、二人の男女。


『こんな所に、桜があったなんて……』

『父から聞いてはいたけど……

よかった……見られて』

『美麗にも会えて、よかったですね。

あなたの祖父にも』

『えぇ……


あの子の記憶は、もう戻らないの?』

『……』

『あなたや天狐達にとっては、良いのかも知れない……


けど、あの子にとっては苦しい事よ。


楽しい日々を思い出す度に、あなたの存在が見えるのに分からないのは……』

『……分かっています。


でも、記憶を蘇らせれば……あの子は人を殺します。

一人残らず……あの国の全てを。


そうなってはいけないんです』

『……』

『それに、人を殺さなくても……


苦しい選択肢を与えられます……僕はそれを、見たくないんです』


男の目に掛かる前髪が、風に煽られ靡いた……紅く光るその目には、どこか悲しい光が灯っていた。

見つめ合う二人はの周りに、咲いていないはずの桜がぼやけて咲き誇り、辺りに舞い散らした。舞い散った桜の花弁と共に、二人はそこから姿を消した。


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天花の記憶

数日後……


マリウス宅の裏庭を、エル達と駆け回る美麗。その様子を天花は、体を伸ばしながら眺めていた。

するとそこへ、家の中から林檎を持った水輝とアリサが出て来た。


『お疲れ』

「お、お疲れ様です」

『そう堅くならなくていい。

たかだか、幸人の曾祖母と言うだけだ。それ以外は何も無い』

「あの陽介の曾祖母であるとなると……敬語しか、出ないんですよね~」

『ハッハッハッ!

アイツは、貴族共がいる中で育ったからな。あの口調は馬鹿息子と馬鹿孫譲りだ。


して、今陽介はどうしてるんだ?』

「討伐隊の大佐に」

『流石陽介。

宣言道理になりやがって……


あぁ、そうだ。

水輝だっけ?服、貸してくれてありがとな』

「サイズ合ってよかったですよ!

戦闘時ならともかく、普段まであの討伐隊の制服は……」

『貴様等には、そうだろうな』


話す自身の元へ、駆け寄り飛び付いてきた美麗を天花は受け止めた。


『だが、この子にはあの格好は日常だったからな』

「……」

「あぁ!林檎!」

「おやつにどうぞ」

「ワーイ!」


アリサが下ろした籠の中から、数個の林檎を取った。


「そんなに沢山」
「エルー!ネロー!

行くよー!!」


美麗が空高く投げ飛ばした林檎を、飛んできたエルとネロは軽々と口でキャッチした。

さらに3個投げ飛ばすと、今度はゴルドとプラタ、紅蓮が口でキャッチした。


「す、凄い……」

「ヒャー……高々と投げ飛ばすねぇ、ミーちゃん」

『相変わらず、上手に取るなぁ……エルは』


外から聞こえる笑い声に、幸人は目を覚ました。

 

 

「……」

 

「お目覚めですか?」

 

 

上半身を起こし、声がした方に目を向けるとそこにはマリウスが立っていた。

 

 

「……あぁ、さっきな」

 

「4日間、眠ってましたよ」

 

「だろうと思った……

 

目が覚めたらちゃんと光があって、少し安心した」

 

「……地獄の祓い屋」

 

「?」

 

「昔、そう呼ばれてましたよね?

 

 

秋羅君を傍に置く前、大剣を片手に数多くの依頼を熟し、妖怪を斬るその姿はまさに地獄から蘇った祓い屋」

 

「そんな昔のこと、とうの昔に忘れた」

 

「おやそうでしたか……

 

 

しかし、あの大剣振っただけで、こんなに寝込むとは……」

 

「寝込むようになったのは、ここ三、四年だ……

 

多分、体がついていかなくなったんだろう。年のせいだ」

 

「……」

 

「そういうお前は、どうなんだよ」

 

「あなたみたいな、特異体質じゃないんで……僕は」

 

「悪かった、特異体質で」

 

「それに、君の妖力には愛する者の魂があり、その者が妖力を抑えている……僕には、そんな人いませんよ」

 

「……」

 

 

服の下から、幸人は手の平サイズのペンダントを二つ取り出した。一つは冥王星のマークが刻まれて、もう一つは月のマークが刻まれていた。

 

 

「……冥影の紋章、あなたが持っていたんですか」

 

「捨てられるわけねぇだろう……

 

捨てたら、アイツの存在が消えそうで」

 

「……」

 

 

『話の途中で申し訳ないが、少し席を外して貰おうか?

 

海影』

 

 

開けっ放しになっていた戸を叩を叩く、天花がそこに立っていた。

 

 

「美麗は良いのか?婆」

 

『海影のドラゴン達と、空の散歩だ』

 

「だから笑い声か……秋羅は?」

 

『その付き添い。

 

水輝は暗輝と一緒に、病院に行くって言ってたかな?』

 

「おや?アリサは?」

 

『秋羅達と一緒』

 

「……珍しいこともあるものですね。

 

彼女、少々大人びているところがあるので、そういう遊びには付き合わないので」

 

『まぁ、半ば美麗が強引に誘ったんだがな……

 

 

で、そろそろいいか?』

 

「はい。

 

それでは月影、また」

 

「あぁ」

 

 

天花に一礼すると、マリウスは部屋を出ていった。幸人と二人っきりになった天花は、戸を閉め窓の外を眺めがら口を開いた。

 

 

『私がこの姿でいるのは……おそらく、美麗が持っている私の小太刀があったからだ』

 

「小太刀に、当時の魂の欠片があったからか?」

 

『私はそう考えている。

 

 

そして、何故私がここにいるのかだ……

 

 

 

 

おそらく、晃の力だろう』

 

「晃……」

 

『……美麗の義理の兄であり、生きていた頃の私の唯一の理解者であり、親友だった……』

 

「……そういや、よく話してくれたよな。

 

 

変人親友の話」

 

『本当に変わった奴だったからな。

 

蝶が羽化するまで、そこに留まったり……面白い本を見付けると、欠かさず私に教えて3時間、その本について語られたり……

 

雨の日なんて、突然森に行こうって誘ってきたりで……あの頃、本当に楽しかった。暇な日なんて、1日も無かったくらいだ』

 

「まるで、美麗だな」

 

『だろう?

 

よく、変人兄妹とからかったもんだ』

 

 

嬉しそうな笑顔を、幸人に見せながら天花は話した。だが、その笑顔はすぐに消え、どこか悲しげな表情で再び外を見た。

 

 

『……けど、そんな幸せな時間は、長くは続かなかった』

 

「……」

 

『……私は、あの二人を不幸にしてしまったんだ』

 

「何があったんだ……

 

二人に」

 

『……悪いが、私の口からは言えない』

 

「……」

 

 

天花が眺める外では、上下に揺らすネロの尻尾に、美麗はしがみつき、笑い声を上げながら遊んでいた。

 

笑い声を上げ、楽しそうにする美麗の姿に彼女は微笑んだ。

 

 

「……話戻すが、晃の力が発動した理由は?

 

それに、晃の力って」

 

『発動した理由は、おそらく美麗が倭国を離れたから。

 

何があるか分からない場所に、紅蓮とエル達だけでは不安だったんだろう。晃だけでなく美優さんも。

 

 

晃は、昔から不思議な力を持った奴でな。物に宿っている、魂を人に蘇らせることができるんだ』

 

「それで婆を」

 

『その通り。

 

消えないのを見ると、多分……まだ、海外の依頼があるんじゃないか?』

 

 

 

裏庭……隅に置かれていたベンチに、疲れたのかアリサは深く座り、履いていたブーツを脱いだ。

 

 

「お疲れみたいだな?アリサ」

 

「当たり前よ。

 

こんなに走ること、あんまり無いもの」

 

「なるほど……貴族のお嬢様は、あまり走らないのか」

 

「そ、そういう意味では!」

 

「ヒヒ!悪い悪い、からかっただけだ」

 

「……」

 

 

心地良い風が、草木を揺らした。原っぱで遊び疲れたのか、美麗はエルの胴に頭を乗せ眠り、彼女の傍に寄り添うようにして、紅蓮やネロ達が座り伏せていた。

 

 

「何か、とても15歳には見えませんね」

 

「え?」

 

「まだ10歳にも満たない子というか……

 

心がまだ、5歳とか6歳くらいの子というか……」

 

「……それはあるかもなぁ……

 

美麗、俺達に会うまでずっと森に住んでたって言うし。

 

100年前は、幸人の曾祖母さんと蘭丸さん、あと晃さんとしか、触れ合ってなかったみたいだし……

 

 

多分、年は取っていても、体と心はガキのまんまって事なんじゃねぇの」

 

「……

 

 

聞いてもいいですか?」

 

「ん?」

 

「美麗ちゃんのご両親って、どんな方だったか、ご存じですか?」

 

「話でしか聞いてないけど……

 

 

父親は、前に話した通り妖怪の総大将・ぬらりひょん。

 

母親は、初代祓い屋で自身も半妖だった人。名前は弥勒院美優。

 

 

美麗の話だと、母親は凄い優しい人で、綺麗な人だったらしい。膝に乗ると必ず、本を読んでくれてたって」

 

「……愛されていたんですね」

 

「だろうな。

 

でなきゃ、あんな笑顔見せないよ」

 

「秋羅のお母様は、どんな方ですか?」

 

「え?俺?

 

 

少し性格キツかったけど、優しかったなぁ。

 

 

アリサのとこは?」

 

「……私の家は、貴族の家でした。

 

父親がこの国の、軍の高層部にいた人で……母親はその軍の医療部にいた人でした。

 

その間に産まれた私は、厳しい英才教育を受けながら育っていました。

 

 

それがある日、一変しました」

 

「?」

 

「……父が、殉職したんです。

 

 

妖怪に襲われて……父が率いていた隊は全滅。任務は失敗。その全責任を、残された私達家族に被されました。

 

母は父が死んで僅か数ヶ月後に、精神を壊しました。傍にあった私の人形を、私だと思い込んでしまうほどに……

 

 

結果的に、母は親戚の方が引き取り精神病院へ入れられ、現在も入院中。

 

引き取り手が無い私を、先生が引き取ってくれたんです」

 

「親戚がいるなら、その人達に引き取って貰えれば」

 

「嫌がったんです。

 

私を引き取るのを。嫌でしょう?

 

 

任務を失敗して隊を全滅させて、その挙げ句に妖怪に食われて死んだ男とその女の子供なんて」

 

「……?」

 

 

空から聞こえる竜の鳴き声に、アリサと秋羅は上を向いた。上空を飛ぶ二匹の竜が、裏庭に舞い降りてきた。

 

 

「……何だ?あれ」

 

「おそらく、花琳さん達かと」

 

「え?何で?」




祓い屋は、紋章を持っている。

名前にある星の色事に、星のマークが刻まれている。


形はペンダントであり、首に掛けている者もいれば腕に嵌めていたり、腰に着けていたりと様々である。


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次なる依頼

威嚇するネロの声に、眠っていた美麗は目を覚まし起き上がった。自身を守るようにして立つネロが、目の前にいる竜に今にも襲い掛かろうと、攻撃態勢を取っていた。


「……

ネロ!駄目!!」


慌ててネロの顔を自身に寄せ、目の前にいる竜を美麗は睨んだ。その後ろから、花琳と梨白が現れ出てきた。


「あら?確かこの子……」

「半妖の美麗です」

「……」

「ねぇ、幸人はどこ?」

「……えっと」


「美麗!」


駆け寄ってきた秋羅の元へ、美麗は寄り後ろへ隠れた。


「あれ?梨白に花琳さん」

「……秋羅、幸人は?」

「部屋で寝てますけど……何ですか?」

「アリサ、マリウスいる?」

「あ、はい」

「ちょっと、中に入らせてくれない?

空の旅で疲れたわ」


マリウス宅へと入った花琳は、アリサが入れた紅茶を飲みながら向かいに座っている、マリウスと幸人に目を向け口を開いた。

 

 

「幸人、マリウス……

 

 

お願いがあるの」

 

「丁重にお断りします」

 

「右に同じく」

 

「人の話を最後まで聞きなさい!!」

 

「嫌なこった。

 

どうせ、依頼手伝えだろう?」

 

「あら?よく分かったわね」

 

「何年、テメェと付き合ってると思ってんだ」

 

「だったら、最後まで聞いてよ!話」

 

「“話”だけな」

 

「僕も、“話”は聞きます」

 

(滅茶苦茶、話を協調してる……)

 

「実はね、私達の国……志那国で、近々王位継承式があるの。

 

その王家から、私達に護衛として王女についていて貰いたいと依頼が来たの」

 

「そんなの自分でやれ」

 

「梨白君は、お強いでしょ?」

 

「話を最後まで聞きなさい!

 

その続きが肝心なのよ!」

 

「とっとと話せ」

 

「もう!

 

 

護衛任務の他に、人身売買をやっている盗賊を潰して欲しいって依頼があるの。

 

いくら梨白でも、そこまで手が回らない。

 

それに、盗賊となれば何人いるか分からない。そこで」

 

「俺達に泣き付いてきたって訳か」

 

「変な言い方しないでよ!!」

 

「事実でしょ?」

 

「マリウス!」

 

「依頼内容は分かりましたけど、僕等は行けません。

 

別の依頼が入っていますので」

 

「俺は体が治り次第、日本へ帰る。

 

帰って、自分のベッドで寝たい」

 

「マリウスは良いとして、幸人……

 

アンタのは、願望よ!」

 

「帰らせろ。

 

本部の会議以降、帰ってねぇんだぞ!!こっちは!!」

 

「確かに……俺等、本部からこっちに来たんだもんな」

 

「そうそう」

 

「手伝いなさいよ!マリウスの依頼は受けたんでしょ!」

 

「依頼料で決まる」

 

「僕の場合、依頼料の他にお酒とソーセージをあげました」

 

「それ相応の依頼料は、貰わねぇとな?」

 

「相変わらず、下水男ね」

 

「そりゃどう…!」

 

 

嫌な笑みを浮かべていた幸人の頭に、天花は強烈な拳骨を食らわせた。

 

 

「……だ、誰?」

 

『人の弱みに漬け込んで、金を毟り取ろうとするところ、あの馬鹿ソックリだ。

 

女が依頼してんだろ!!話を通せ!!』

 

「婆が話挟むんじゃねぇ!!」

 

『親に向かって、婆とは何だ!!』

 

「親じゃねぇだろ!!

 

曾祖母だろ!!」

 

『どっちも一緒だ!!

 

紅影!!』

 

「あ、はい!」

 

『依頼は引き受ける!!

 

こいつに、依頼料と志那国一の酒を褒美として与えろ!いいな?!』

 

「わ、分かりました!」

 

「婆!!」

 

『貴様、脳天ぶち抜かれたいか?』

 

 

銃口を向け、鋭い目で睨んできた天花に、幸人は冷や汗を掻きながら首を左右に振った。

 

 

 

裏庭……花琳達が乗ってきた竜達に対して、ネロは今にも襲い掛かろうとしていた。そんなネロを、美麗は自身の膝に頭を無理矢理乗せ撫でながら、警戒心を解かそうとしていた。

 

 

「ネロ、大丈夫だよ。

 

私が傍にいるから。ね?」

 

 

呼び掛ける美麗の声に、ネロはどこか安心したような表情になり、彼女に甘えるようにして擦り寄った。

 

 

『落ち着いたみたいだな』

 

「うん……?」

 

 

後ろから服を引っ張られ、振り向くとそこにはゴルドとプラタが鳴き声を放った。そして腕に頭を入れると、母親のネロと一緒に、美麗の膝に頭を乗せた。

 

 

するとそこへ、秋羅と梨白がやって来た。

 

 

「秋羅」

 

「幸人が治り次第、梨白達と一緒に志那国行くぞ」

 

「……お家帰らないの?」

 

「依頼が来たから、それを終えてから」

 

「……」

 

 

 

 

数日後……

 

 

ネロとエルの体に、荷物を着ける秋羅。唸り声を上げるネロを、美麗はずっと頭を撫でて機嫌を宥めていた。

 

 

「必要な荷物、全部積み終えたぞ」

 

「分かった。

 

 

おい水輝、いい加減立ち直れ」

 

「立ち直れるわけ無いだろう……

 

お前等は良いじゃん!!ミーちゃんと一緒にいられるんだから!」

 

 

話は数日前に遡る……志那国に行くこととなった幸人達。だが、水輝は自身の仕事の都合のため、帰国しなければならなかった。

 

その事で、水輝は今日までずっと落ち込んでいた。

 

 

「安心しろって水輝!俺がキッチリ、やっといてやるからよ」

 

「やるやらないじゃなくて!!

 

私はミーちゃんの」

「喧しい!」

「お黙り!」

 

 

ウジウジ言う彼女に、花琳と幸人は拳骨を食らわせた。大きなタンコブを作り伸びた水輝を、マリウス達が待つドラゴンの背中へ投げ飛ばした。

 

 

「とっととその馬鹿連れて、日本へ行け」

 

「……君、もう少し丁寧に扱って下さい」

 

『ぐだぐだ言っている暇があるなら、とっとと行動に取れ。そうじゃないと、任務中に死者が出る』

 

「……ごもっともです」

 

 

いつの間にか意識を取り戻した水輝は、悔し涙をハンカチで拭きながら、美麗に手を振りマリウス達と共に、先に日本へ帰った。

 

 

「やっと行った」

 

「兄ながら、毎回手こずる」

 

「あんなのと、よく一緒にいられるな」

 

「兄妹だからな」

 

「……」

 

『時間が無駄だ。行くぞ』

 

「ヘーイ」

 

 

幸人は花琳が乗る竜へ、暗輝は梨白が乗る竜へと乗った。エルの背中に、秋羅と紅蓮が乗り、美麗が飛び乗ったネロの背中に、天花は乗り彼女の後ろへ座った。

 

 

花琳を先頭に、一同はマリウスの家……英国を後にした。

 

飛び立つ彼等の姿を、妖精達は妖精の森から見送り、見届けると森と共に霧の中へと姿を消した。



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志那の王国

岩山の上空を飛ぶ幸人達。


「花琳!いつになったら、国に着くんだ?!」

「もう少しよ!

この山を越えたらすぐだから!」

「随分、山奥にあるんだな?」

「まぁね!」

「全く、何でまた数日間もの間ドラゴンの背中に乗らなきゃいけねぇのか」

「ドラゴンじゃなくて、竜よ!竜!」

「同じだろ?」

「同じじゃないわよ!

東洋の竜と西洋の竜は、そもそも姿が違うわ。

東洋は私達が今乗っているような、蛇の姿に鱗を纏い、そして四つの脚がある。
西洋はマリウス達が乗っていたような、二足歩行のトカゲの姿に、巨大な翼を生やし二本の腕を持っている」

「東洋の竜がその姿なら、美麗が乗っているネロは何なんだ?」

「あれは特異よ。

東洋の竜は、時々翼を生やした竜が産まれることがしばしばあるから」

「へ~」

「さすが、委員長」

「その呼び方、やめて」


岩山を超えた先にあったのは、城がまるで町を見下ろすように建つ場所だった。その近くにある森に、花琳達は竜を下ろさせた。

 

 

「こんな所に、竜を置いといて良いのか?」

 

「この森と土地は、私の所有地だから平気よ」

 

「でも喧嘩は絶えないね」

 

 

花琳達の竜は、ネロ達に向けて鳴き声を放ち、ネロ達も負けじと鳴き声を放っていた。

 

 

「他の竜とは仲良く出来てるのに、何であの子だけ」

 

「ネロ、竜の総大将みたいだから」

 

「総大将?」

 

「日本にある、竜の里にいるある奴の話だと……

 

 

100年前、日本にある竜谷を作ったとされている伝説の竜で、俺等人と手を取り合い助け合い、この地で生活をし生きていた。だがある日、伝説の竜は人間の手によって連れ去られ、それ以降目撃されていなかったそうだ」

 

「だそうだって……

 

ただの伝説じゃない。それが何で竜の総大将なのよ!」

 

「その竜の里いた竜達が、ネロを見た時頭を下げていた。主の命令を無視して」

 

「……」

 

 

睨むネロを美麗は自身に向かせ、頭と頬を撫でた。それを見たゴルドとプラタは、彼女が着ていたポンチョの裾とスカートの裾を銜え引っ張った。引っ張られた美麗は、その場に尻を着きそれを狙ってか、二匹は甘え声を出しながら彼女に擦り寄った。

 

 

「よく懐かれてるわね。この子」

 

「北西の森にいた頃からの仲だそうだ」

 

「ふ~ん」

 

『無駄話いいから、早く行こう。

 

日が暮れる』

 

「だな。

 

花琳、案内頼む」

 

「ええ。

 

けどその前に……」

 

 

ネロの頭を撫でていた美麗の傍へ、花琳は歩み寄りった。そして、彼女のポンチョのフードを頭に被せた。

 

 

「あの町は人身売買の目的に、外から来た者を誘拐する。そして、商品として他国へ売られてしまう。

 

その被害者が、主に女子供。特に子供は値段が高く付くから」

 

「一番狙われやすい……」

 

「そういう事。

 

あとで、顔が隠せる物をあげるわ」

 

 

浅く被されたフードを、美麗は深く被ると天花を見上げ笑顔を見せた。その笑顔に釣られ、天花も微笑み彼女の頭に手を置いた。

 

 

 

森を歩き抜けると、幸人達は花琳を先頭に城下町を歩いた。賑やかな声と、家と家の間の上に提灯がいくつも下がっており、周りには華やかで豪華な飾りが飾られていた。

 

 

「凄ぉ……」

 

「王位継承式があるから、町はそれで賑わっているのよ」

 

「まぁ、賑わってるのはここにいる奴等だけじゃねぇみてぇだな?」

 

 

裏路地へ続く道や、建物と建物の間の道には怪しげに満ちた者達が、何かを窺うように身を潜めていた。彼等の目を美麗は、フードの裾を持って見ないようにしながら、傍にいた天花の手を握った。

 

 

「一部は孤児達だが、過半数は」

 

「人身売人か」

 

「そういう事」

 

「近くに施設とか、ないんですか?」

 

「この国には、孤児を育てる施設はないわ。

 

お金がそこまで行き届いてなくてね。子供を雇ってくれる、仕事も見つからないし」

 

「じゃあ、どうやって」

 

「主に、私の職や探偵、城に仕えている者の駒として、お金を稼いでいるわ。

 

城では特に、城と国を守る兵士からすれば、外部の情報は貴重」

 

「情報を持っていけば、それ相応の金が貰えるってわけか」

 

「そう。

 

 

でも、それは危険がつき物。

 

 

情報を取りに行ったきり、帰って来なかった子供が、この町には多数いるわ」

 

 

どこか悲しい目で、花琳は路地裏から顔を出し人々の目を気にしたり、物乞いをする子供達を眺めた。

 

 

城門前へ付くと、門番に話を付け花琳は幸人達を手招きし、城の中へと入った。

 

 

中は綺麗な草花と木々が咲き誇っていた。道の脇には、いくつもの小さな噴水と池があり、中を覗くと気持ち良さそうに鯉や魚が泳いでいた。

 

 

「外と比べて、中は凄ぇな」

 

「王族だからな」

 

 

「天花、金魚!」

 

 

噴水の縁に膝を乗せ、美麗は水の中を泳いでいる金魚を指差しながら、傍にいる天花に話した。

 

 

「すっかり溶け込んでいる……」

 

「まぁ、外より中の方が安全だからな」

 

 

使用人に案内され、幸人達は応接室へ入った。扉が閉まると、美麗はフードを取りバルコニーへ出て行き、外を眺めた。

 

 

「ワァー!天花!町が見渡せるよ!」

 

「美麗!外に出るなら、フードを被れ!」

 

「風で脱げるから嫌だ!」

 

 

すると、バルコニーへ紅蓮を乗せたエルが降りてきた。エルから降りた紅蓮は、すぐに姿を大黒狼へ変わった。

 

 

「エル達も着いたか」

 

「あまり、私達の前以外では人と狼の姿を交互に見せない方が良いわ。

 

この国じゃ、妖怪も売り物にしてるみたいだから」

 

『分かった』

 

「……?」

 

 

町を見渡していた美麗は、何かに気付いたのか手摺から身を乗り出し下を見た。

 

 

「……幸人!あれ!」

 

 

彼女に呼ばれ、幸人はバルコニーへ出て行き、指差す方向を目にした。

 

 

中庭にいる、数人の討伐隊の制服を着た者達……

 

 

「あれは……討伐隊(だが、制服が少し違う)」

 

『ほぉ、特別部隊か。

 

まだあったとは』

 

「特別部隊?」

 

『海外で妖怪の被害があった時、討伐隊の中で最も優秀な隊員を集め、特殊な訓練をし海外へ出動する部隊だ』

 

「へ~。

 

そんな隊があったのか」

 

『知るのは、少尉になってからだ』

 

「そんじゃ、俺が知るわけねぇか」

 

 

「幸人!

 

城の人が話始めるって!」

 

「分かった!」

 

『私はここにいる。

 

討伐隊がここにいるとなると、私の説明が面倒だ』

 

「そうだな。

 

美麗は連れて行くぞ」

 

『構わん』

 

「美麗、行くぞ」

 

「ハーイ」

 

 

エルと紅蓮の頭を撫で、天花に手を振りながら、幸人と共に部屋へ入った。寄ってきたエルの頬を撫でながら、天花は話した。

 

 

『約束果たしたんだな……幸輝は』




部屋へ入ると、席にはすでに数名の男と討伐対の者が1人座っていた。幸人は軽く礼をすると、美麗を秋羅の隣に行かせ、自身の席に行った。


「全員座りましたので、お話を」

「はい。

では、先に依頼内容の確認を。


我が国は、祓い屋である紅影花琳様とそのお弟子・梨白様に二つの依頼を申しました。

今回王位継承式で、正式にこの国の女皇となる姫様の護衛と、人身売買をしている盗賊を潰す事です。


ここまではよろしいでしょうか?」

「変わり無い」

「皇女様の護衛はするのに、国の護衛はしなくていいの?」

「国の護衛は、こちらにいます倭国から派遣していただいた、妖討伐対の方々にお任せします」


男の隣に座っていた男は、軽く礼をしながら口を開いた。


「今回の任務責任者である、榊真一郎少尉です」

「後で、お時間いただけます?

少々、お話がありますので」

「無論です」

「話を戻させて貰います。


姫の護衛は、どなたが就くおつもりで」

「うちの愛弟子、梨白と月影の子供、美麗を就けさせるつもりです」

「花琳!!てめぇ!!」

「静かにしなさい。

まだ話中ですよ」

「っ……」

「では、姫様をこちらへ連れてきますので、その間榊少尉とお話の方を」

「えぇ」


一部の男は部屋から出て行き、少尉だけとなった瞬間、幸人は花琳の首根っこを引っ張り、バルコニーへ出て行った。


「依頼内容を知っている人が、連れて行かれた」

「先生は、何を考えているんだか……」


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我儘な姫

「さぁ、一体何を考えているんだ?委員長」

「幸人、顔怖いわよ」

「当たり前だ。

ただでさえ、危険な町にいるのに……」

「ここで白状するわよ。

依頼を手伝って欲しいのは、確かよ。

けど、どうしても美麗に手伝って欲しいことがあったの」

『美麗に手伝い?』

「梨白が護衛に就く、姫君。

丁度、彼女と同い年なの。皇女って地位のせいで、友達が1人もいないのよ。ご両親もお仕事でお忙しいし……

そのせいか、かなりの我が儘姫になっちゃったのよ」

「それで、同い年の美麗と友達にさせようと……」

『その姫様にご兄弟(姉妹)は?』

「ウーン……まぁ、掟に従って、兄弟(姉妹)はいない」

「掟?」

「まぁ、追々話すわ。

さぁ、榊少尉がお待ちよ。行きましょう」


少し納得いかない表情を浮かべながら、幸人は中へと戻った。


中へ入ると、そこには特別部隊の制服を着た陽介がいた。

 

 

「うわぁ……面倒な奴がいるわ」

 

「紅影はともかく、何故貴様がここにいる」

 

「幸人は、私の依頼を受けている最中よ」

 

「なら良いが……

 

よくこの町に、美麗を連れて来ようと思ったな」

 

「訳は花琳に聞け」

 

「あとで話すわよ」

 

「つか、何でお前ここにいんだよ」

 

「今回の任務の、監視役だ。

 

つい先日、少尉に上がったばかりだからな。榊は」

 

「相変わらず、上から目線だな……大空は」

 

「仕方ねぇよ。そいつ、貴族出身なもんだから」

 

「君も相変わらずだね。天海」

 

「今は月影だ」

 

「悪い悪い……

 

 

それで、その子が天海…月影の弟子かい?」

 

「そうだ」

 

「月影秋羅です。よろしくお願いします」

 

「よろしく。

 

で、その子は?」

 

 

いつの間にか、部屋に入ってきていた鈴を着けた虎と戯れている、美麗を見ながら幸人に質問した。

 

 

「何だ?教えてないのか?」

 

「少尉になったばかりだからな。

 

教えていないし、資料もまだ渡していない」

 

「そっか……

 

 

ンじゃ、ここで覚えておけ。

 

彼女は、夜山美麗。最後の半妖であのぬらりひょんの、子供だ」

 

「そ、その子が!?」

 

 

驚きのあまり、大声を上げてた榊に美麗は驚き、彼の方を見た。

 

 

「……噂では聞いてたけど、まさか本当にいたなんて……

 

 

確か、こないだ起きた妖怪の襲撃事件で月影が連れてきた半妖の子が、関わってるって聞いたけど……」

 

「まぁ、極一部な」

 

「……」

 

 

 

「た、大変です!!

 

 

姫様が、お部屋からいなくなりました!!」

 

 

血相を掻いて入ってきた男は、息を切らしながら言った。

 

 

「いなくなったって……まさか、さらわれた?!」

 

「ち、違います!!

 

ここ最近になってから、急に城の外が見たいと言い出して……外に出ようと、脱走することが」

 

「何だ?その皇女」

 

「好奇心旺盛なんだな。その皇女さん」

 

 

幸人達が話している最中、美麗は虎と共にバルコニーへ出て行き、天花の元へ行った。

 

 

『ん?どうかしたか?』

 

「姫様がいなくなったんだって」

 

『姫様……

 

 

あれか?』

 

「?」

 

 

手摺から身を乗り出し、下を見ると黒い布で頭と顔を隠した少女が、何かを警戒しながら走っていた。

 

 

「あれ、姫様?」

 

『だろうな』

 

「よし!捕まえる!」

 

 

縁に飛び乗った美麗は、そこから飛び降りた彼女の後をエルが追い駆けていった。

 

 

『……相変わらず、危険きわまりない行動だな』

 

 

 

駆ける少女の前に、エルは舞い降りた。少女は驚き、その場に尻を着き、エルが起こした風で被っていた布が取れた。

 

 

灰色のボブカットに、桔梗の髪飾りを着け、紫色の目で、エルから降りた美麗を見た。

 

美麗は彼女と目が合った瞬間、誰かの姿と重なって見え、そして呟いた。

 

 

「真白?」

 

「え?」

 

「……あ!違った」

 

「だ、誰?」

 

「夜山美麗。

 

月影と紅影っていう、祓い屋の人達と一緒に任務でここに来たの」

 

「祓い屋?

 

私の護衛する人達のこと?」

 

「そうだよ!

 

さ、姫様!城の中に帰ろう!」

 

「嫌よ!!城の外を見たいの私は!!」

 

「……でも今戻らないと」

「いたぞ!!」

 

 

角から現れた数人の兵士を見て、少女は美麗の後ろへ隠れた。美麗は駆け寄ってくる兵士達を、気にしながら彼女を見た。

 

 

「姫様、探しまたよ!

 

さぁ、柳遠様がお待ちです。お部屋へ戻りましょう」

 

「嫌よ!!

 

私は、城の外を見たいの!!見せてくれるまで、お部屋へは戻らないわ!」

 

「姫様!我が儘を言わないで下さい!」

 

 

姫の手を兵士が掴んだ瞬間、美麗は兵士の手に空手チョップを食らわせると、彼女をエルに乗せ飛ばすとバルコニーへ行った。

 

 

バルコニーへ降りたエルの背中から、美麗は飛び降りると駆け寄ってきた天花に抱き着いた。

 

 

『全く、相変わらず危険なことをするな。美麗は』

 

「へへ!

 

天花、ほら!姫様」

 

 

降りようとしている姫に手を貸しながら、美麗は彼女をエルから下ろした。

 

 

「……凄いわね。

 

妖怪を扱うなんて」

 

「エル達は特別だから!」

 

「……」

 

 

「ひ、姫様!!」

 

 

窓を開けて、バルコニーへ出て来た男は、姫の姿を見るなりすぐに駆け寄った。彼の後に続いて幸人と花琳、梨白が出て来た。

 

 

「またお部屋を抜け出して!!

 

このじいや、どれほど心配したか」

 

「部屋を出ようと出まいと、私の勝手でしょ!」

 

「姫様!!」

 

「まぁまぁ、柳遠。

 

姫様が、ご無事だったんですから、良かったではありませんか」

 

「そうよ!この人の言う通りよ!」

 

「姫様!!」

 

「お説教はこのくらいにして。

 

姫様、今日から王位継承式終了まで、私の弟子・梨白と月影の子供・美麗の2名が、護衛させて貰います」

 

「え?

 

美麗が?」

 

 

隣にいた美麗に、姫は顔を向けた。美麗は向いてきた彼女に、笑いかけた。

 

一瞬笑った姫は、梨白を見た。彼は、目が合うとすぐに逸らした。

 

 

「さぁ姫様、お部屋へ戻りましょう」

 

「……嫌!

 

これから、美麗と植物園に行くわ!

 

美麗、行きましょう」

 

 

美麗の手を引き姫は、バルコニーから部屋を出て行った。2人の後を、紅蓮と梨白は追い駆けていった。

 

 

「姫様!!

 

全く、我が儘なんですから」

 

「すっかり気に入っちゃったのね。美麗のこと」

 

「美麗も美麗で、普通に付き合ってるから、互いに気に入ったって事じゃないんですか?」

 

「フフ…そうね!」




バルコニーに目を向ける陽介……花琳達を中へ入れると、幸人は彼の手を引きバルコニーへ出させた。


「……は?」


エルの頬を撫でる天花の姿に、陽介は目を疑った。彼の目に、天花は手を止め歩み寄った。


「……おい幸人!

貴様、俺を騙しているのか!?」

『幸人は騙して等いない。


私は本物だ』

「……だって……

祖母様は、もう30年も昔に……」

「それが、目の前にいるんだよ」


陽介の前に来た天花は、彼を抱き寄せた。


『デカくなったな、陽介。

死んだ祖父さんに、ソックリだ』

「……」


不意に落ちる涙……陽介は、泣き声を上げまいと口を手で抑えた。その様子を見た天花は、ふと泣くのを我慢している幸人を抱き寄せ、2人の頭を撫でた。


撫でられた2人は、天花に手を添え服を強く掴むと、声を殺しながら泣いた。


『……全く、泣き虫だな……

相変わらず』


目に涙を溜めながら、天花は2人をしっかりと抱き締めた。


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人身売人の頭

植物園へ来た姫と美麗は、中を歩くと小さな池とベンチがある広場へ出て来た。


「ここ、私のお気に入りの場所なんだ!」

「綺麗な場所だね!姫様」

「姫様じゃないわ!

私は夜白!」

「やはく?」

「そう!

そう呼んでよ!美麗」

「良いよ!」

「やった!

それじゃあ美麗、私と遊びましょ!」


楽しそうに喋る夜白の様子に、梨白は微笑を浮かべながら眺めた。


会議室で貰った資料を捲りながら、幸人達は陽介達と話し合っていた。

 

 

「とりあえず、国境付近に俺と暗輝が行って、奴等のことを調べてくる」

 

「分かった」

 

「町にも何かしらあるかもしれないから、裏の人達に少し聞いて回るわ。

 

幸人、秋羅を貸して」

 

「あぁ」

 

「我々は、貴様等の邪魔にならぬよう城の内部と外部を警備する。

 

何か問題があったら、俺の名を使え。すぐに対応する」

 

「頼む」

 

『それじゃあ、私は私情のことでも調べるとするか』

 

 

そう言って、天花は庭にいたエルの元へ歩み寄った。

 

 

「何調べんだ!婆!」

 

『調べ終えたら話す』

 

 

エルの背中へ飛び乗ると、天花は慣れた手付きでエルの手綱を引き、空へと飛び出した。

 

 

「婆!

 

ったく、勝手な野郎だ」

 

「自己中なところ、幸人ソックリだな……」

 

 

 

 

その頃、美麗と夜白は広場に咲くシロツメクサで、花冠を作っていた。

 

 

「美麗、作るの上手いね!」

 

「へへ!

 

ママによく、作ってたから。

 

 

でも、夜白の方が凄い上手い」

 

「まぁね!

 

 

小さい頃からの遊びと言ったら、花冠を作ったりお人形で遊んだり、本を読んだり絵を描いたりしてたかな」

 

「一緒に遊んでくれる人は?」

 

「昔は居たけど、今は居ない。

 

 

お母様、お忙しいし」

 

「いた?」

 

「昔、私と遊んでくれた人が居たの。

 

年上だったけど、とても優しくて……

 

 

でも、ある日突然居なくなった」

 

「……」

 

「それからは独りぼっち。

 

城の外に出たこと無いから、私同い年の友達は1人もいなかった。

 

侍女も、皆年上ばかりだったし。

 

 

美麗は?友達、いるの?」

 

「いないよ。

 

 

私は、森で育ったから。友達と言えば、その森に住んでた動物達と妖怪達かな」

 

「……良いわね。外の世界……

 

 

私も、城の外をこの目で見たい」

 

 

作っていた花冠を、夜白は強く握りながら硝子張りになっている天窓を見上げ、空を見た。

 

 

「何で夜白は、外を見たいの?」

 

「次期皇女になるのに、外のことを何も知らないなんて、話にならないじゃない!

 

私は、ちゃんと外のことを知った上で皇女になりたいの!」

 

「……ご立派な意見」

 

「それなのに、皆危険だ危ないだけしか言わないで……」

 

「でも、それ一理あるよ。

 

外の世界って、思ってた以上に危険なことが山盛りだから」

 

「それは分かってるけど……

 

 

そうだ!

 

 

 

美麗!私のお願い、聞いて頂戴!」

 

「?」

 

 

耳打ちする夜白……美麗は、遠くにいた梨白の元へ駆け寄り彼の手を引き、夜白の元へ連れて来た。

 

 

「梨白!

 

外へ行きたいから、護衛をお願い!」

 

「……その様なご命令は、一度先生達から許可を得なければ」

 

「堅いこと言わずに!ね!

 

美麗だっているんだから!」

 

「そういう問題じゃないんです。

 

勝手に抜け出したら、大事になります」

 

「でも!」

 

「姫。

 

 

あまり、ご無理を言わないで下さい」

 

「……」

 

 

頬を膨らませて、夜白は植物園を飛び出した。

 

 

「あ!夜白!」

 

「……手の掛かる姫だ」

 

「何で出しちゃ駄目なの?

 

皇女になるなら、外の現状を知りたいって、夜白は言ってたのに……」

 

「城の奴等は出したいと思っている。

 

だが、未だに外には人身売買の従業員が国の至る所にいる。そんな中に姫を出して見ろ。

 

一発で捕まる。

 

 

それに、どんなに護衛を付けてたって、一瞬隙を見せれば、そこを取られて姫は誘拐される」

 

「…… ?

 

 

だから、私達に人身売買人を退治依頼したの?」

 

「まぁ、そうだ」

 

「……」

 

「?

 

何だ?」

 

「梨白って、無口かと思ってたけど、案外喋るんだね。

 

特に、あの姫様のことになると!」

 

「!!

 

うるさい!」

 

 

そう言って、梨白はプイッと後ろを向いた。そんな彼に、美麗は悪戯笑みを浮かべながら笑った。

 

 

 

 

街中を歩く、花琳と秋羅……裏路地へと入った二人は、ボロボロの服にハンチング帽を被り、木の枝を加えた男に話しかけた。

 

 

「グエンはどこ?」

 

「……奴に何用だ?」

 

「人身売買の盗賊について、話があるの?どこにいるの?彼は」

 

「……

 

ついて来い」

 

「ここに連れて来て頂戴」

 

「勘違いするな。

 

俺が、グエンだ」

 

 

ハンチングのつばを上げながら、グエンは不適に微笑み、二人を誘導した。

 

 

空き家となっている建物の中へ入り、床に敷いていた板を退かすと、グエンは顎で合図を送った。秋羅は花琳を後ろへ行かせながら、前へ行きそっと近づいた。そこにはしたへ下りる、階段が続いており彼は振り向きグエンの方を見た。

 

 

「そのまま下へ行け」

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「俺のことを知ってて、尋ねてきたんだろ?お姉さん」

 

「当然よ。秋羅、行って」

 

「あ、はい」

 

 

花琳に言われ、秋羅は下へ降りていき、彼に続いて二人も降りていった。

 

 

下へ降りると、そこには部屋がいくつかあり、その一室の戸をグエンは開け二人を中へ入れた。部屋には、ベッド、机、椅子に書類が溜まった棚が二つ置かれていた。

 

 

「ここには、人身売買の情報を持つ奴等が住むアジトだ。

 

 

外には、いつどこに奴等がいるか分からない。けど、ここなら話しても平気だ」

 

「なら、早速聞かせてもらうわ。

 

奴等はどこにいるの?」

 

「神出鬼没だ。

 

人をさらった後、奴等を付けるが必ず見失う。

 

 

どこにアジトがあるかは、まだ誰も知らない。どちらかと言うと、こちらもお手上げ状態だ」

 

「じゃあ、もしさらわれたら」

 

「もう諦めろだ。

 

成す術がない」

 

「……」

 

「人身売人の頭がどんな奴かは、分かる?」

 

「……」

 

 

その質問に、グエンは資料棚から、一冊のファイルを出し数ページめくり、あるページを机の上に置き、二人に見せた。そこには、横顔の女の姿が写った写真と、数枚の紙がファイリングされていた。

 

 

「その女が、売人の頭・香月。

 

年齢も出身地も不詳だ。分かっているのは、奴が現れてから、人身売人の動きが活発になった」

 

「……この人が……」

 

(この女……どこかで……)

 

 

“コンコン”

 

 

突然戸を叩く音がし、グエンは扉の裏へ回るよう指示しながら戸を開けた。

 

 

「何だ?」

 

「情報です。

 

香月が、ある子を目に着けたらしいです」

 

「容姿は?」

 

「長い白髪に赤い目をした女性。

 

年齢は10代。傍には倭国にいる大黒狼を連れていると」

 

 

その話を聞いた秋羅と花琳は、互いを見合って驚いた。

 

 

「分かった。

 

引き続き、監視を頼む」

 

「はい」

 

 

扉を閉め、彼が去って行くとグエンは2人の顔を見てすぐに察したのか、香月の写真を差し出した。

 

 

「これを仲間に見せろ。

 

そんでとっとと、あの悪党を捕まえろ」

 

「……何故私達に?

 

あなた、このスラム街では誰一人信用しないはずじゃ」

 

「お前等の目に、嘘が見えない。それだけだ……」

 

「……お前、まさか」

 

「……

 

 

5年前、恋人をな。

 

 

ずっと探しているが、手掛かりが一つも」

 

「……」

 

「ほれ、さっさと行け。

 

見送るからよ」

 

 

机に置いていた木の枝を銜え、グエンは2人を外へ出した。




「キャー!」


夜白の楽しそうな叫び声に、見張りをしていた討伐隊の者達は、そちらに目を向けた。


紅蓮に乗った夜白は庭を駆け回っており、紅蓮の後を虎が追い駆けていた。

駆け回り、紅蓮は美麗の元へ戻り止まった。


「あ~!楽しいー!

こんな大きな狼に乗るのは、初めてよ!」

「私の国には森を守る狼達がいて、その狼達は一匹一匹、凄い大きいの!」

「森を守っているって事は、妖怪なの?」

「獣妖怪。

でも、獣妖怪の一部は人を襲ったりはしないよ。


人が、酷いことしない限り」


ふと頭に過ぎる記憶……ボーッとしている彼女に、紅蓮は体を擦り寄せた。


「私はそんな事しないわ。妖怪が住む場所を、壊すようなことは決して」

「そう言う人だけだったら、良かったのに。

そうすれば、妖怪も人も仲良く暮らせるのにね」

「そうね!

美麗は、倭国のどこに住んでいるの?」

「幸人と秋羅が住んでる家だよ。

2人の家には、猫又っていう妖怪と牛や馬、鶏がいるんだよ!」

「とても広い家なのね。


美麗は、お父様やお兄様と一緒に暮らしているの?」

「え?違うよ」

「違う?」

「幸人は月影っていう性を持った、祓い屋。秋羅は幸人の弟子。

パパでもお兄ちゃんでもないよ!」

「では、ご両親は?」

「いないよ。

小さい頃に、亡くなった。その後、ずっと北西の森で紅蓮達と暮らしてた」

「……


でも、何で2人の元へ?」

「森にいた動物を、悪い奴等が金目当てで捕まえようとして。

その動物を見逃して、その代わりに私と紅蓮を連れてけって。そんで、その闇市場で2人に買われたの!」

「……凄いわ!美麗!

あなた、とても勇気があるのね!」

「へへ!それほどでも!」


楽しそうに話す2人の様子を、どこか羨ましそうにして梨白は眺めていた。


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閉ざされた記憶

とある丘……


エルから降りた天花は、丘を埋め尽くすように生えている若葉が生い茂った木々を見た。


『……凄い数だな。


?』


木々を見上げたエルは、どこか悲しそうな声で鳴き叫んだ。


『……エル?

どうかしたか?』


寄ってきた天花に撫でられたエルは、多少落ち着いたがまた鳴き声を発した。


『また来たか……』


どこからか聞こえる声に、天花は耳を傾けそして振り返った。風に当たり、ざわめく木々の音と共に、それは現れた。

鹿のような強大な体を持ち、顔は竜に似ており、馬の蹄に牛の尾を持った獣が、風で流れる葉っぱの中、そこに立っていた。


『……妖?』

『まぁ、お前達人から見れば、そうだろうな』

『貴様、エルを知っているみたいだが?』

『……100年ぐらい前、ここにその生き物が連れて来た人の子が1人亡くなった』

『亡くなった……

他に連れて来た子は?』

『泣き喚き、そして眠った。


その後、大和から来た妖が、その子を連れてどこかへ行った』

『……』

『まぁ、また来ているようだがな。

一人はあの時のまま。もう一人は、姿形を変えて』

『……!

その子って、まさか』

『さぁ、去れ。

この地は、あの世とこの世の境。


ここに長時間いれば、あの世へ返されるぞ』


激しく吹く風で舞い上がる葉っぱと共に、それは姿を消した。呆気に取られ立っている天花に、エルは嘴を近付かせ、頬を軽く突き顔を擦り寄せた。寄せてきたエルの頬を、天花は撫でながら木々を見上げた。


夜……

 

 

眠りに入った夜白……足下に掛かっていた布団を、梨白は掛けた。しばらく寝顔を眺めると、カーテンを閉めベッドの近くに座った。

 

 

 

会議室では、秋羅達が持ち帰った写真を、幸人達は順々に見ていた。

 

 

「この女が、売人の頭……」

 

「名が香月……」

 

「……何か、横顔だけ見てると、凄え綺麗な女だな」

 

「惚れるな。こいつは悪党だぞ」

 

「分かってるよ!それくらい!」

 

「それで、次の狙いが誰だって?」

 

「容姿からして、恐らく美麗」

 

「容姿って……

 

 

美麗の奴、城の外に出てないぞ!」

 

「ここへ来るまで、ずっと顔を隠していたしね」

 

「……もしかしたら、城内にスパイが?」

 

「可能性はあるわ。

 

 

情報を提供してくれた奴からの話だと、神出鬼没でどこから現れるか分からない。

 

恐らく、城の誰かがそいつ等と関わりがある」

 

『だったら、美麗に護衛就けた方がいいんじゃないのか?』

 

 

庭でエルに餌をやっている美麗を見ながら、天花は幸人達に言った。

 

 

「……まぁ、その方が良いか。

 

いつどこにいるか、分からないし」

 

「姫の次は美麗かよ……」

 

「私がどうかしたの?」

 

 

天花に飛び付いた美麗は、不思議そうに秋羅を見ながら質問した。

 

 

「いや、何でも無いよ」

 

「……婆。

 

美麗の護衛、頼んで良いか?」

 

『構わん。

 

倭国へ帰るまでの間、美麗と一緒にいたかったからな』

 

「え?

 

それって……」

 

 

何かを言おうとした秋羅の口の前に、陽介は手を前に出し静かにするよう人差し指を口の前に立てた。

 

 

「もう遅い。

 

今日は寝て、明日町を調べながら売人の足を掴みましょう」

 

「だな」

 

「俺は引き続き、城内と城外の警備をする」

 

「頼む」

 

 

資料を片しながら、幸人達は順々に部屋を出て行った。その時、まとめた資料の中から香月の写真がひらりと落ち、美麗はその写真を拾い見た。

 

 

(……この人)

 

 

フラッシュバックで、頭に過ぎる記憶……自身を中心に、血塗れになった者達が倒れていた。中心にいた自分の手は、血塗れになった小太刀と氷の刃が握られていた。

 

 

『美麗』

 

「!」

 

 

天花に呼ばれ、美麗は彼女の方に目を向けた。

 

 

『どうかしたか?』

 

「……何でも無い」

 

『……』

 

「ねぇ、この人は?」

 

『人身売人の頭だ。

 

知っているのか?』

 

「ううん……」

 

 

写真を天花に渡し、美麗は寄ってきた紅蓮の頭を撫でた。

 

 

 

翌朝……

 

 

「美麗!ほら、こっち!」

 

 

城内を夜白は美麗の手を引きながら、とある部屋へ案内した。その後を、天花は辺りを警戒しながら付いて行っていた。

 

 

部屋へ着くと、夜白は戸を開け二人を中へ入れた。中は本が綺麗に並べられた、図書室だった。

 

 

「わぁ!!凄い本!」

 

「私の家の歴史や、この国の歴史、倭国から取り寄せた妖怪辞典もあるのよ!」

 

「妖怪辞典!?

 

見たい見たい!」

 

「分かったわ!ちょっと待ってて」

 

 

本を持ってきた夜白は、机の上に本を広げ美麗と一緒に喋りながら、本のページを捲った。

 

その様子を眺めながら、天花は適当な本を選び広げると、中を読み始めた。

 

 

 

町を歩く幸人達……町の至る所の壁に、行方不明者捜索のチラシが、無数に貼られていた。

 

 

「凄い数だな……」

 

「これなんて、もうボロボロで字が……」

 

「ここ5年で、これだけの行方不明者を出すとは」

 

 

眺める秋羅の目に、ある行方不明者が留まった。それは、顔立ちが綺麗な女性だった。特徴として、紫色の目に黒い髪をストレートに伸ばしていた。

 

 

「……幸人!」

 

「?

 

何だ?どうかしたか?」

 

「この人、売人の頭に似てないか?」

 

「え?

 

 

言われてみれば、そうだが……

 

横顔だけしか写ってないから、確定とは」

 

「あぁ、その子……

 

 

まだ、見つかってなかったの」

 

 

幸人の肩に手を置き、覗くようにしてそのチラシを見た花琳は、二人の間に立ちながら言った。

 

 

「見つかってない?」

 

「10年以上前から貼られてる物よ、これ。

 

ご両親はずっと、探していたわ」

 

「いたって……今は?」

 

「……

 

 

5年前、突然姿を消したの。それ以降は消息不明。

 

噂じゃ、金になる仕事が見つかってそこへ行ったって話よ」

 

「……」

 

 

 

図書室の机に体を伏せ、夜白は寝息を立て眠っていた。

 

 

「……夜白?」

 

「スー……スー……」

 

「眠っちゃった……」

 

 

机に置かれていた妖怪辞典を、美麗は手に取りペラペラと捲った。そして、あるページで止め、そこに描かれていた妖怪を見た。

 

 

「……ぬらりひょん。

 

 

パパのことだ。

 

 

妖怪の総大将。どんな強大な妖怪も彼の前では平伏せてしまう。彼は自由自在に、大地の力を使うことが出来た。また、人との交流もあり彼が生きていた時代は、妖怪と人が仲良く暮らしていた……」

 

 

ページに描かれた、ぬらりひょんの姿……満月が輝く夜の森で、岩に座った彼の姿は優しく微笑んでいた。

 

 

「……

 

 

?」

 

 

ふと、表紙に書かれた作者の名前に、美麗は目を止めた。そこに書かれていた名前は、『夜山晃(ヨヤマヒカル)』。

 

 

「……よやま……ひかる……

 

 

(あれ?私、この名前どこかで……

 

 

それに、私と同じ名字……何で……)

 

 

 

 

『きっと会える……

 

 

それまで、待っていてくれ……

 

 

 

 

必ず、迎えに行く』

 

 

「!!」

 

 

不意に流れる涙……肩に何かが触れ、美麗は振り返った。そこにいたのは、心配そうな表情を浮かべた天花だった。

 

 

『どうかしたか?』

 

「天花……私……

 

 

分かんない……この人、知ってるはずのに……

 

 

分かんない……」

 

 

溢れ出る涙を、美麗は腕で拭うが止まらなかった。そんな彼女を見た天花は、隣の席に座ると自身の膝に乗せ抱き締め頭を撫でた。

 

撫でながら、机に置かれていた本を、天花は見た。

 

 

(……晃……

 

 

名前を見れば、辛くなるに決まっている……

 

戻さぬよう、記憶が閉ざされてるんだから)




『殺すぐらいなら、この子は私が引き取ります』

『良いのか?禁忌の子だぞ』

『どこが?

普通の子じゃない』




目を開ける梨白……眠い目を擦りながら、彼は窓の外を見た。


(……何年経つか……

先生に引き取られてから)


開いていた窓から来る風が、梨白の髪を撫でた。


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裏切り者

外から聞こえる鐘を鳴らす音に、夜白は目を開けた。


「……何の騒ぎ?」

『外で何かあったみたいだな……

ここで、美麗と待ってて』

「はい」

『美麗、起きて。

護衛の時間だよ』

「ふぁ~い……」


大きくあくびをしながら、美麗は起き上がった。起きた美麗の頭を軽く撫でると、天花は銃を持ちながら少し戸を開けて外を見た。

その行為に、夜白は美麗の傍へ行き彼女の服の裾を握った。


“パリーン”

 

 

「キャァアア!!」

 

『しまった!!

 

美麗!!姫君!!』

 

 

天井窓が割れ、見上げた美麗は夜白を囲うようにして氷を張り、硝子の破片から彼女を守った。

 

その時、割れた窓から何かが落ちてきた。それは黒い煙を放ち、部屋を覆った。

 

 

「美麗!!」

『美麗!!夜白!!』

 

 

煙に覆われ、視界を奪われた美麗の背後から何者かが手を添えた。

 

 

「!!」

 

 

噴き出る血……鋭い目付きで、美麗は後ろにいた者に小太刀を突き刺し攻撃した。

 

 

「……ただのガキじゃないか」

 

「……

 

 

悲しき風の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!

 

 

大気よ、風を起こし給え!!」

 

 

風を起こし、辺りに漂っていた煙を吹き払った。煙の中にいた者は、素早く天井から釣らされていたロープを引っ張りその場から姿を消した。

 

煙が晴れ、立ち止まっていた天花と外で見張っていた紅蓮は、すぐに美麗達の元へ駆け寄った。

 

 

『無事か?!怪我は!』

 

「平気!

 

そうだ!夜白を」

 

 

夜白の周りに貼っていた氷を解き、美麗は彼女の手を引き天花の元へ行った。

 

 

「夜白!!」

 

 

勢い良く戸を開け、夜白の名を叫びながら女性は駆け込んできた。

 

 

「お母様!!」

 

 

そう言いながら、夜白は母親の元へ駆け寄り抱き着いた。

 

 

その光景を見て、ホッとしながら天花は割れた窓硝子と窓を交互に見た。

 

 

『……(まさか)』

 

「天花ぁ!

 

夜白のママが、王室へ来てって」

 

『分かった』

 

 

 

幸人達がこの事を知ったのは、報せへ来た討伐隊の部下からの報告だった。

 

彼等はすぐに城へ戻り、王室へ駆け込んだ。中には、玉座に座る夜白の母と母の傍に立つ夜白、その近くに梨白、天花、美麗、陽介、紅蓮がいた。

 

 

「あ!幸人!秋羅!」

 

 

天花の傍にいた美麗は、紅蓮と共に2人の元へ行った。

 

 

「襲撃があったって、聞いたが……

 

 

姫君もお前も、無事みたいだな」

 

『誰に教わったかは知らないが、しっかりと戦えていた。

 

そのおかげで、姫君も彼女自身も襲われることもさらわれることもなかった』

 

「流石!」

 

 

「紅影、これで全員か?」

 

 

玉座に座っていた夜白の母は、彼女と共に段を降り花琳の元へ歩み寄った。花琳は軽く一礼をしながら、返事をした。

 

 

「はい、女王様」

 

「堅くならなくて宜しい。

 

美麗と言ったな?

 

 

大事な娘を守ってくれて、ありがとう」

 

「ありがとう!美麗!」

 

「へへ!」

 

「これで確証したな」

 

「あぁ」

 

「確証?」

 

「……今回人身売買の盗賊団の標的は、美麗だ」

 

「え?」

 

「そんな……」

 

「裏の情報から、今回の標的の容姿と彼女の容姿が一致しています」

 

「……」

 

「と言うことだから……

 

梨白、次からは一人でお願い」

 

「分かった」

 

「え?美麗は?」

 

「彼女は、我々と一緒に行動させ」

『美麗は私と行動して貰う』

 

 

不安そうな顔をしていた美麗の頭に、手を置きながら天花は言った。

 

 

「婆……

 

年寄りにそんな事」

 

 

言い掛けた幸人の腰に、天花は強烈な回し蹴りを食らわせた。もろに食らった彼は、腰を抑えながらその場に蹲った。

 

 

『生憎、私は貴様等と歳は然程変わらない。

 

婆扱いするでない!!』

 

「へ、へい……」

 

「幸人、大丈夫か?」

 

「痛そう……」

 

「蹲ってないで、とっとと持ち場に戻れ」

 

『それじゃあ、私達は紅影の森にでも行くとするか』

 

「森?何で?」

 

「森にネロ達がお留守番してるの」

 

「ネロ?」

 

「竜の名前。

 

ママになったのに、まだ甘えん坊なんだ!」

 

「まぁ!私も一度会ってみたい!

 

お母様!私も!」

 

「分かったわ。

 

夜白、私はこれから仕事です。大人しくしていて下さい」

 

「……はい」

 

「梨白、夜白をお願いね」

 

「……あぁ」

 

 

数人の使いを連れて、夜白の母は部屋を出て行った。

 

 

「……梨白」

 

「?」

 

 

美麗に手招きされ、梨白は屈み彼女に耳を近寄せた。美麗は、小声で質問した。

 

 

「夜白と兄妹?」

 

「は?何言っているんだ……

 

そんな訳ないだろう」

 

「え?違った?

 

おっかしいなー」

 

 

彼等の様子を、玉座近くにいた者がジッと見ていた。その目線を、天花は見逃さず美麗を連れて王室を出て行った。

 

 

 

森へ来た美麗と天花……

 

エルから降りた美麗の元へ、ネロ達は駆け寄り頭を擦り寄せてきた。

 

 

「ハハ!くすぐったいよ!」

 

『一時も、離れたくないんだよ。

 

さて……

 

 

出て来たら?じゃないと、帰る時の言い訳、出来ないぞ』

 

 

天花の声に応えるようにして、茂みから黒いフード付きのマントを着た夜白が、フードを取りながら姿を現した。

 

 

「あ!夜白!」

 

『母上から駄目だと言って、城から抜け出すところ……

 

真白ソックリだな』

 

「真白?」

 

「誰?」

 

『貴様の曾祖母様さ』

 

「曾お祖母様?

 

あれ?確か、美麗も私のことを見て“真白”って……」

 

『当たり前だ。

 

貴様の曾祖母様は、一度だけ祖国へ来たことがある』

 

「曾お祖母様が?」

 

『あぁ。

 

美麗にも、一度会っている。覚えてないか?』

 

「う~ん……

 

あんまり……ただ、真白の事は覚えてる。夜白と同じで凄い優しくて明るくい人だったよ!」

 

「まぁ!美麗ったら!

 

 

それより、その竜があなたが言っていたネロ?」

 

「そうだよ!」

 

 

自身に擦り寄るネロの頭を撫でながら、美麗は手招きをし夜白を呼んだ。夜白は恐る恐る近寄り、彼女の隣に立った。美麗は彼女の手を握るとその手を、ネロの頭に乗せた。

 

 

「み、美麗!」

 

「大丈夫!ほら」

 

「……」

 

 

夜白に撫でられたネロは、口を顔に近付けると彼女の頬を舐めた。

 

 

「ね!」

 

「え、えぇ!」




その時、何かの物音に美麗は警戒態勢を取りながら、辺りを見回した。


「美麗?どうしたの?」

「……さっきの奴と同じ気配がする……」

「え?」

『美麗、エルに乗ってすぐにここから』
「させんわ!!」


その声と共に、茂みから黒い盗賊の服に身を包んだ者が姿を現し、前にいた夜白の首にナイフを当て人質に取った。


「夜白!!」

「そこを動くな!姫の命は無い!


美麗と言ったな?」

「……」

「姫を助けたければ、お前が身に着けているバックと小太刀を外せ」

「え……」


戸惑う美麗……その時、美麗の傍にいたエルは、鳴き声を放ち始めた。それに合わせて、ゴルドとプラタも鳴き声を上げ、ネロは盗賊に向かって咆哮を放った。咆哮から来る風で、盗賊の顔を隠していた布が取れた。


「!!」

『やはり貴様だったか……』

「……り、柳遠?」


そこにいる柳遠は、弱々しく心配性な彼ではなく、強靱な体と鋭い目付きになっいた。


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真実と操作

その頃、梨白は城の中で夜白を探していた。


(……どこ行った、あの女)


「なぁ、姫様がどこにいるか知ってるか?」


廊下の角を曲がる際、ふと兵士達の話が聞こえ梨白は咄嗟に身を隠して、耳を立てた。


「姫様なら、さっき柳遠が探しに行ったが……」

「え?柳遠なら、さっき部屋にいたぞ?」

「え?」


「儂がどうかされましたか?」


兵士の背後から現れた柳遠に、二人は驚き声を上げた。


「何じゃ?お化けを見たような声をあげおって」

「いや、さっき部屋にいなかったから」

「ん?

儂はずっと部屋におったぞい」

「え?

けど、さっき姫様が部屋からいなくなってたから、探しに行くって……」

「何!?

姫様がいなくなったじゃと!?」


その言葉を聞いた梨白は、すぐに森へと向かった。


緊迫の空気が漂う森……

 

 

「ど、どういう事……柳遠なら、部屋にいたはず……」

 

『変装して、中に潜り込んでいたんだろう。

 

 

恐らく、私達が着た時と同時に。

 

町で顔を隠している美麗に目を付けた貴様は、容姿が似ている柳縁に成り済ました』

 

「つまり、城には2人居たって事?」

 

『そうだ……

 

図書室には、柳遠は既にいた。

 

だがどういう訳か、柳遠は外から夜白の母親と一緒に現れた』

 

「でも、窓硝子は外側から割れたよ!」

 

『硝子が外側から割れていたのは、外で仲間に騒ぎを起こさせ、その隙に中から外へ出ていき、天窓を壊した。

 

 

その証拠に、図書室の窓の一部が少し開いていたからな』

 

「頭の切れる女だな?

 

やはり、テメェから美麗を引き離すべきだったな?」

 

『気安く呼ぶでない!!

 

汚らわしい盗賊が!』

 

「汚らわしくて結構!

 

さぁ、姫の命が危ないぞ?」

 

 

そう言いながら、盗賊は夜白の首を締め上げ、首にナイフを突き付けた。ナイフの先に触れた首からは、軽く血が流れ出てきた。

 

 

「夜白!(どうしよう……夜白がいるんじゃ何も出来ない)」

 

 

その時、茂みから紅蓮が現れ背後から盗賊を攻撃した。盗賊の手が緩むと、夜白は素早く彼から離れた。同時に駆け付けた梨白が彼女を抱き抱え、木の枝の上に立った。

 

 

「この馬鹿犬!!」

 

『テメェ、人の主に何命令してんだ』

 

「やっぱり、妖怪か……

 

話では聞いていたが、本当だったんだな?

 

 

黒狼は、許した者には忠実に従うと」

 

『梨白!すぐに姫君を安全な場所に!』

 

「させねぇよ!」

 

 

指を鳴らすと共に、四方から煙の如く現れ出てきた盗賊達……木の枝の上にいた梨白は、夜白を横に抱き天花の傍へ降り、彼女を下ろすと守るようにして武器を構え前に立った。

 

 

「凄い……気配消しのプロだ!」

 

 

盗賊に目をやっている時、上から天花目掛けて麻酔針が打たれた。針は彼女の首に刺さり、天花は素早く針を抜き上に向けて銃弾を放った。弾は針を放った者の胸を貫き、打たれた者は木から落ちた。

 

 

「天花!!」

 

『早く……逃げ(ヤバい……意識が!!)』

 

「これで、仕上げだ!」

 

 

盗賊全員が、一斉に煙玉を地面へ投げ付けた。視界を奪われた紅蓮達の上から、網が掛かり動きを封じられた。

 

 

「美麗!」

 

「夜白、離れるな!!」

 

 

煙の中から、突如強烈な光が放った。咄嗟に梨白達は、目を塞いだ。

 

 

「美麗!どこ!?

 

美麗!!」

 

「夜白、傍にいろ!」

 

 

離れようとした彼女を抱き寄せた梨白は、意識を集中させ気を放った。体に纏うオーラと風が、靡かせ前髪を上げ右目を露わにした。

 

 

左目と違う形と色を持った右目が、禍々しく光り辺りの煙と光を払った。

 

 

煙が晴れた場所には、美麗の姿がどこにも無かった。

 

 

「そんな……

 

美麗!!美麗!!返事をして!!」

 

 

紅蓮達に掛かっている網を、梨白は切った。切った瞬間、紅蓮達はすぐに駆け出し茂みの中へと消えていった。

 

 

「わ、私も!!」

 

「やめろ!

 

奴等の足手まといになる。後は任せろ」

 

「でも、美麗は!」

 

「大丈夫だ……

 

それより」

 

 

ポケットから出した布で、梨白は夜白の首に付いた血を拭いた。

 

 

「良く離れたな。流石だ」

 

 

梨白に褒められた夜白は、緊張が解けたのか涙を浮かべて彼に抱き着き泣き出した。泣き出した彼女を、梨白は黙って泣き止むのを待った。

 

 

 

とある洞窟……

 

 

麻袋に入れられていた美麗は、外へ出され彼女は出ると頭を軽く振り辺りを見た。

 

 

「……洞窟?」

 

「そうだ」

 

「!

 

あ!気配消し名人達!」

 

「変なあだ名つけるな!」

 

「捕まって泣かないとは……

 

中々、肝の据わったガキだな?」

 

「さぁて、縛って大将の処に連れて行くぞ」

 

「縛る?!

 

嫌だ!」

 

 

ロープを持った盗賊を見た美麗は、傍にいた柳遠の変装をしていた盗賊の背後に隠れた。

 

 

「おい!逃げるな!」

 

「嫌だ!!縛られるのは!!

 

絶対嫌だ!!」

 

「訳の分からないこと言うな!」

 

「嫌なものは嫌だ!!」

 

 

叫び声と共に、地面から氷の柱が出て来た。それを見た盗賊達は、後ろへ引き武器を構えた。

 

 

「……普通の人間じゃねぇのか?お前」

 

「……」

 

「頭、どうします?」

 

「腰にロープ縛っとけ。

 

そうすれば、行動範囲は狭まる」

 

「あ、はい」

 

「縛ったら行くぞ。

 

 

こっから距離があるんだから」

 

「アジトか?」

 

「まぁな。

 

テメェも、呑気で居られるのは今の内だ」

 

 

 

彼等の会話を、幸人達は小型の無線機から聞いていた。

 

 

「とりあえず、美麗は無事ね」

 

「あぁ。

 

 

しっかし、いつの間に仕込んだんだ?婆」 

 

 

ベッドの上で、銃弾を仕込む天花に幸人は質問した。

 

 

『図書室で襲撃があった直後、小型の盗聴器をピアスにして、彼女の耳に着けたんだ』

 

「よく嫌がらなかったな?

 

アイツ、耳触ると凄い嫌な顔して嫌がるのに」

 

『緊急だったからな。盗賊団のアジトを見付けるには囮が居るって言ったら、快く引き受けてくれたぞ』

 

「引き受けたというか……

 

婆の頼みだから、断らなかっただけだろう」

 

『それもあるな』

 

「それで、これからどうする?

 

後を追おうにも、紅蓮達は美麗の後を追い駆けていったきり、戻ってこず……」

 

『心配するな。場所が把握できればエルが迎えに来る。

 

それで、アジトへ行けば良い』

 

「相変わらず、漏れの無い計画だこと」

 

『当たり前だ。

 

 

こっちは生前、何百何千と人の命を背負っていたんだからな』

 

「確かに……祖母様の残っている任務録を見る限り、死人が一人も出ていない」

 

「わー、凄ぇ」



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国の掟

岩場を歩く盗賊団……


「凄ぉ……

ねぇ!ここって自然に出来たの?」

「いや、10年掛けてこの道を作った。

それまでは、別の道を通っていた」

「別の道?」


盗賊が指差す方向を、美麗は向いた。そこは、断崖絶壁だった。


「あそこを登りながら、崖を歩きアジトまで向かっていた」

「さらった奴は?」

「麻袋に入れて、俺等が担いでた」

「フーン……」


壁を見る美麗……見た方向の、崖の上にある森の中に氷の花を作った。


(……目印に気付けば良いけど)


『さてと、そろそろ真実を聞かせて貰いましょうか?

 

女王陛下』

 

 

会議室へ来た天花は、夜白の母親を見つめながら話した。傍には、梨白と彼にしがみつく夜白が立っていた。

 

 

「真実って、どういう事?」

 

『人身売買をしている盗賊団を、何故今になって盗伐を紅影の元へ依頼したんです?』

 

「……」

 

『時間はありましたよね?タップリと。

 

なのに、王が代わるこの時期に、何故?』

 

「……

 

 

娘に、外の世界を見せたかったからです」

 

「え?」

 

『それで……

 

 

 

 

自分の息子が居る、紅影の元へ依頼した。

 

外の世界を見せることはもちろん……

 

 

もう一度、夜白に兄を会わせたかったから』

 

「え?つまり、夜白と梨白は兄妹?」

 

『100年前、私はあなたの祖母である真白から、この国のことを聞きました。

 

 

大昔、この国は男を王として成り立っていた。

 

だが、ある時期の王が欲望と傲慢に満ちた者だった。町の者から金を取り、自分が満足するまで贅沢をしまくった。

 

そのせいで、国は崩壊寸前まで及んだ……けど、その王は病に伏せそのまま、亡くなった。

 

そして、崩れだ国を正したのが、真白の曾祖母であった』

 

「曾祖母?

 

男じゃなかったのか?」

 

『曾祖母は、一人っ子だった。

 

だから、準備をする前に王が亡くなった……仕方なく、王家は彼女を女王として継承させた。

 

 

そこから、曾祖母は国を但し始めた。

 

まず始めに、人々から金を取るのを辞めた。そして、国で物資を用意し、それらを全て貧しい者に配った。

 

そのおかげか、国の中で争いごとがなくなった……

強盗もなくなった……殺し合いもなくなった……

問題だった事項が、徐々に消えていった。

 

 

数年掛けて、国はようやく昔のように平和になった。それ以降、この国の王は女性がやることになった。

 

 

私が聞いたのはここまでだ』

 

「……全く、その通りです

 

祖母から聞いたのと、同じです」

 

「女王様!」

 

「良いんです、柳遠。

 

 

それに、良い機会です。あなた達にも話しましょう」

 

「……」

 

「盗賊団が現れたのは、白優が産まれる前でした」

 

「白優?」

 

「梨白の本名よ」

 

「……」

 

「私はすぐに対策を練りました……

 

しかし、どうしても彼等を捕まえることは出来ませんでした。そうこうしている内に、白優が産まれました……

 

 

この国として、最悪のこと……それに彼には、妖の力が宿っていた」

 

「妖の力?」

 

 

右目に掛かっていた前髪を、梨白は上げその目を見せた。紅い瞳に黒い十字の模様と、周りに見たことも無い字が書かれていた。

 

 

「……な、何だ……その目」

 

 

その目を見た天花は、彼に歩み寄り顔を自身に近付けさせ、その瞳を見た。

 

 

『……妖眼か』

 

「妖眼?何それ」

 

『極稀に、妖怪と関わったことの無い者から、妖怪の力を以て産まれる子供が居ると聞いたことがある。

 

 

倭国でも、数名が確認されている。

 

本部でも研究員が総出で調べたが、詳しいことは何も。今はどうなっているんだ?』

 

「現時点で、確認されているのは20人程度……しかし、皆邪眼だと言ってくり貫いたと報告されています」

 

「くり貫いたって……」

 

「その方が、幸せを掴みやすくなるからな」

 

「……」

 

「城の者には、彼の目を隠しました。

 

先天性の病で、片目を失ったと伝えました。彼の目を知るのは、ここにいる柳遠と一部の者達だけです」

 

『なるほど』

 

「いつから分かったんですか?

 

彼が……梨白が、私の息子だと」

 

『城に着いた時からです。

 

彼が廊下や庭を歩く度、そこにいる兵士達……新人ではなく、上の者達が彼を見ると必ず動かしていた手を止め、見つめていました。頭を下げることもなく、会釈することもなく、ただジッと見ていた』

 

「……良く見ていらっしゃるんですね。

 

 

この国では……王家の者に男が産まれると、すぐに殺されます。

 

しかし、それが一人目だった時は、女が産まれるまで生かされます。

 

 

白優が5歳の時、夜白が産まれました。

 

しかし……私はどうしても、殺すことが出来なかった」

 

 

目に涙を溜めながら、母親は2人の方を向いた。

 

 

「だからお兄様は、10歳になるまでずっと……」

 

「……けど、すぐにバレた。

 

 

殺され掛けた時、先生が助けてくれた」

 

「スラム街の噂話で、聞いたの。

 

邪眼を持った皇子が居るって……それを聞いて、私は彼を引き取ったの」

 

「でも、俺は国を離れることが出来なかった……

 

だから」

 

「国の外から、2人を守ることにしたの。

 

城の傍の森は、私の所有地。そこから、城を見下ろすことが出来る」

 

「……国の掟として、16の誕生日を迎えた娘がこの国の女王になる……

 

 

けど、その前に……なる前に、どうしても外を見ていて欲しかった……だから」

 

「盗賊団を盗伐しようと、願い出た…か。

 

 

理由はどうであれ、売られる前にアジトを突き止めるぞ」

 

「……少尉、ここは任せる。

 

俺は、この者達と一緒に盗伐をする」

 

「大佐!」

 

「貴様の能力なら、大丈夫だ」

 

「……大佐の言葉、快く承りました!

 

ご武運を!」

 

 

敬礼する榊に陽介は敬礼をして返し、2人に続いて天花、幸人も敬礼した。




話が終わり、皆が会議室を出た……部屋には、梨白、夜白、母親の3人だけとなった。


「……顔見せて、白優」


涙を浮かべながら、母親は梨白の頬に手を添えて顔を近付けさせた。


「……お父さんにソックリ。

白優……良かった、元気で」


梨白を抱き締める母に、梨白はスッと涙を流すと彼女を抱き締め返した。


「追い出されてからずっと、俺はアンタを恨んだことなんか、一度もなかった……


少しの間とはいえ、俺を夜白の傍にいさせてくれた……殺さずに、ずっと傍に……」

「白優……ごめんなさい……

母親らしいことを、何もしてあげられなくて」


頭を下げる母親に、梨白は彼女の頭に手を置き頭を振った。隣で見ていた夜白は、2人に抱き着き涙を流しつつも笑顔を見せた。

彼女に釣られて、二人は笑い少しの間だけその部屋に賑やかな声が響いた。


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タイムミリット

夜……


氷の花を見る、紅蓮。においを嗅ぎ、断崖絶壁に作られていた道を見た。


『……あの絶壁を、歩いたのか』

『だが、もう姿が見えないぞ』

『とっくに移動している。

ネロ達は、そのまま空から美麗を探してくれ。俺はあの道を辿る』

『分かった』


ゴルドとプラタに呼び掛け、ネロは空へ飛び立った。紅蓮はジッと絶壁の道を見つめると、狼の姿へとなり森の中へと消えた。



森の広場で、木に凭り掛かり眠る盗賊達。寝静まった彼等を気にしながら、美麗は腰に縛られていたロープを解くと、近くまで来ていた虎の元へ行き、一緒に木の下に出来た穴へ入った。


「わぁ……

(ここだったら、あいつ等から離れてないからいいよね)」


体を伏せていた虎の傍へ、美麗は寄り胴に頭を乗せると目を瞑り眠りに入った。



その頃、泊まっている部屋の窓の台座に座りながら、天花は夜空に浮かぶ月を眺めていた。


「寝てなかったのか?婆」


部屋へ入ってきた幸人は、窓際の壁に凭り掛かりたった。


『寝られる訳ないだろう……

音声で無事なことは確かめられたが、やはり姿が見えないと』

「母親じゃあるまいし」

『母親のような者だ……


美優さんが亡くなってから、私はずっとあの二人を見ていたんだ……

本部へ来た後、美麗の面倒を見ていたのは私と蘭丸だ。


夜になると、泣きながら私の部屋へ来たものだ。夜泣きが酷くて、自室で寝ることはあまりなかった。

いつも、私達から片時も離れず……ずっと一緒だった』

「……なぁ、婆。

婆は、知ってるのか?」

『何をだ?』

「何故、美麗が本部へ来た理由。

その時、晃はどうしていたか」

『……知ってどうする?』

「……」

『知ったところで、美麗を救えるか?』

「それは……」

『無駄な詮索はやめろ。

知らない方が、幸せな時もある』

「……」

『まぁ、これだけは教えといてやる。



本部は、どんな手を使ってでも欲しい物を手に入れるほどの、強欲だ。

どういう意味か、分かるだろ?』

「……!


まさか!」

『それ以上は禁句だ。


貴様の胸にしまっておけ。私が言えるのはここまでだ』

「……」

『さぁ、もう寝ろ。


明日から、美麗を捜索するんだろう?』

「あ、あぁ……」


翌日……

 

 

半べそを掻きながら、美麗は足場の悪い崖を盗賊達と降りていた。

 

 

「いい加減泣き止め。テメェがしでかしたことだろうが」

 

「虎の巣穴で寝てただけなのに、何で頭殴られなきゃいけないの!!」

 

「朝起きて、金のお前がいなくなったら怒るに決まってんだろう!!」

 

「だから、分かる範囲にいたんじゃん!!」

 

「俺の目から消えるな!!分かったな!!」

 

「頭、そんな怒鳴らなくても……」

 

「アジトに着く前に、体力消耗するぞ」

 

「もう疲れた。

 

ったく、普通のガキなら未だしも……

 

 

このガキ、肝が据わってるせいで全然怖がりもしない」

 

 

一部の盗賊が崖から滑り落ちかける中、美麗は軽々と崖を降りていた。

 

 

「アイツ、どんどん行くぞ」

 

「早くー!!

 

置いて行くよ!!」

 

「少し待て!」

 

 

崖を降りて行く美麗の目に、ふと何かが見えた。その方向に目を向けると、茂みの中に鹿のような強大な体を持ち、顔は竜に似ており、馬の蹄に牛の尾を持った獣が潜んでいた。

 

 

「(……アイツ、どこかで……)

 

 

うわっ!」

 

 

いつの間にか降りていた盗賊に引っ張られ、美麗は足を崩し崖から滑り落ち盗賊の足下に着いた。

 

 

「いきなり引っ張るな!」

 

「足止めるお前が悪い。

 

 

とっとと立て」

 

「……」

 

 

服に付いた砂を叩き落としながら、先に歩き腰に結ばれたロープを引っ張る盗賊の元へ美麗は駆けて行った。

 

 

崖を降りしばらくの森を歩いた。そして、森を抜けた先にあったのは港町だった。

 

 

「……町?」

 

「柳、凛、羅臼はここに残れ。

 

その他の奴等は、先にアジトへ戻ってろ」

 

 

盗賊の指示に、その場にいた者は5人を残し姿を消した。

 

 

「さてと……」

 

 

スッとしゃがみ、盗賊は地面に指を当てた。しばらくして、その行為を分かったのか美麗はある方向に目を向け睨んだ。

 

 

「……ざっと10匹」

 

「妖怪か?」

 

「あぁ。

 

ガキは、気付いてるみたいだな」

 

「どうするの?雷戯」

 

「……ガキ連れて、少し離れてろ。

 

って、おい!」

 

 

腰に巻かれていたロープを解くと、美麗は一目散に茂みの中へ駆け込んだ。

 

駆け込むと、自身に目掛けて妖怪達は攻撃してきた。美麗は小太刀を握り、迫ってくる妖怪達を次々に切り裂き倒していった。

 

 

(これで全員倒した……)

 

 

小太刀を鞘にしまった時、ふと後ろから気配を感じ振り返った。そこにいたのは、あの崖で見た獣だった。

 

 

『……容姿は変わってはいるが、昔のままだな』

 

「誰?」

 

『知らなくて良い。知れば、知りたくないことも知ってしまう』

 

 

そう言って、獣は茂みの中へ歩んでいった。その後を美麗は追い駆けようとしたが、何かに抱き上げられ阻止された。

 

 

「何逃げようとしてんだ……ガキ」

 

「違う!さっき、妖怪に会った!!」

 

「妖怪ねぇ……」

 

「アンタが全部倒してるじゃない」

 

「これ以外の奴!」

 

「ヘイヘイ、そういう事にしとくよ」

 

「あ~!信じてな!」

 

 

突然雷戯に口を塞がれた美麗……彼が向いている方向に目を向けると、エルが天花を乗せて飛んでいた。

 

 

(エル!)

 

「何でここにいるって、分かったんだ!?」

 

「目眩まししたんだろう!?」

 

「やった。

 

だが、こいつのにおいは消してない」

 

「え?におい?」

 

「あの妖怪は、こいつの飼い犬だ。

 

いなくなったと同時に、においを辿ってきたんだろう」

 

「マジかよ!」

 

「急いでアジトに戻るぞ」

 

 

口を塞いでいた美麗を、そのまま地面に叩き付けた。銃口を倒れた彼女の額に当てながら、雷戯は他の3人に目で合図を送った。

 

 

「悪いが、お遊びはここまでだ。

 

仲間が探しに来ている以上、テメェを自由に行動させるのは危険だ。

 

 

何、心配すんな。縛り上げたら、俺が担ぐだけだ」

 

 

 

美麗がいる場所から離れた所で、エルを地へ下ろさせた天花は辺りを見ながら彩煙弾を空に放った。別の場所を探していた幸人達は、すぐに彼女の元へ急いだ。

 

 

撃ち終えた時だった……天花は自身の手に違和感を感じ、黒手袋を外し手を見た。

 

 

(手先が消えかかっている……時間がないって事か)

 

 

考え込む天花に、エルは嘴を寄せ体を擦り寄せた。

 

 

『……大丈夫だ。

 

 

美麗を助けるまで、私は消えない』

 

 

黒手袋を嵌め直しながら、天花は幸人達の到着を待った。

 

 

港町……人々で賑わう市場の中、建物の間の道に顔を隠した雷戯達が、人の目を気にしながらそこに立っていた。

 

 

「……チッ。

 

今日に限って、人が多い」

 

「早く行かないと、大将に怒られるよ!」

 

「分かってる」

 

 

話し合っている中、麻袋にある穴から外を覗き見ていた美麗は、建物の屋根に氷の花を作った。

 

 

(空から見てるから、分かるよね?)

 

 

「あの、よろしいでしょうか?」

 

 

顔を隠していた雷戯達に、突如声が掛けられた。咄嗟に雷戯は、美麗が入った麻袋を後ろへやるように蹴り振り返った。そこにいたのは、ハンチングを深く被ったグエンだった。

 

 

「な、何だ?」

 

「アンタ等、裏の人?」

 

「まぁ」

 

「そうだな」

 

「だったら、忠告しとくよ。

 

城下町からこの港町まで、妖討伐隊が人身売人にさらわれた仲間を、捜索しているらしい。

 

 

心当たりあるなら、早くした方がいいぜ?

 

この人の数も、そいつ等の仕業だって話だ」

 

 

そう言うと、グエンは人混みの中へと姿を消した。

 

 

「流石、倭国の討伐隊」

 

「感心してる場合じゃないよ!!

 

早くしないと、奴等に」

 

「少し黙ってろ。

 

 

道を変える。来い」

 

 

下げていたマスクを着け、雷戯は麻袋を担ぐと裏道の奥へ進んだ。

 

 

 

その話を、幸人達は合流した天花と一緒に小型の無線機から聞いていた。

 

 

「流石、花琳が雇った野郎だな」

 

「裏情報、完璧でしょ?彼」

 

「全くだ」

 

『港町にいることは確かか……

 

 

紅影』

 

「?」

 

『貴様は、エルに乗って港の方の捜索を頼む』

 

「え?」

 

『その他の者は、奴等のアジトに乗り込む。いいな』

 

「いつの間にか、婆に主導権盗られた……」

 

「諦めろ」




人の姿になった紅蓮は、氷の花がある屋根に立っていた。裏道の方を向くと、奥の方に麻袋を担いで駆ける雷戯達の姿が見えた。


(……もう少しか)


彼等に気付かれないよう、紅蓮は後を追い駆けていった。


辿り着いた場所は、港にある一番奥の倉庫……


天井に貼られていた割れた硝子窓から、紅蓮はソッと覗いた。中は木箱が綺麗に並べられており、その一箇所を退かすと、そこから下へ続く階段があった。


(……なるほど


道理で見つからないわけだ。


外の見張りは、ざっと9人か……)


下を気にしながら、紅蓮は森の方へと駆けて行った。


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解け掛ける記憶

地下へ続く階段を降りる雷戯達……

麻袋に出来た穴から、外を見ていた美麗は縛られている手を動かしながら、辺りを警戒していた。

薄暗いランプが照らす中、いくつもの牢屋がありその中に、さらわれたであろう女子供が、手足に鎖の枷を着けられ閉じ込められていた。


彼等がある一室に入る音と共に、美麗は麻袋から出された。雷戯に腕を掴まれ無理矢理立たされると、その部屋は蝋燭の明かりだけで照らされていた。


(……不気味な部屋)

「連れてきたぞ、大将。

お望みの子供」


雷戯の声に、暗闇の中からゆっくりと姿を現す女性……


腰まである長い髪を、ポニーテイルにし隠すように垂らしている前髪から見えるのは、左顔に大火傷の跡かあった。赤く光る目を、美麗に向けながらゆっくりと歩み寄った。


「……この子が、あの例の子?」

「そうだ……


珍しいだろう?白い髪に大将と同じ、赤い目。

結構な高値で、売れると思うぜ?」


キョロキョロと辺りを見ていた美麗の顔を、無理矢理大将に見させながら雷戯は話した。

ジッと見つめ合う美麗と大将……


その時、美麗は何かを思い出したのか、彼女を見つめながら口を開いた。


「李咲?」

「!!」


その名を聞いた途端、大将は顔を隠しながら後ろへ下がり息を乱した。そして、キッと美麗を睨んだ瞬間、彼女の頬を思いっ切り引っぱたいた。


「すぐにそいつを、地下牢に入れろ!!」

「え?」

「た、大将?」

「早くしろ!!」


叩かれた拍子に、座り込んでいた美麗を担ぐと雷戯は3人を連れて、その部屋を出ていった。


1人になった大将は、壁を力任せに殴った。


(何故……何故あの小娘が……

クソ!!)


「おい、幸人どうした?」

 

 

小型無線機を耳に当てていた幸人は、険しい顔をしながら無線機を離した。

 

 

「無線機から、音が聞こえなくなった……」

 

「!!」

 

「それって、美麗に」

 

「アイツの声を最後に聞こえなくなった……

 

無事でいるといいんだが……」

 

『クソ!!アジトはどこにあるんだ!

 

空から偵察しても、それらしき建物は無い……』

 

「婆落ち着け、血圧上がるぞ」

 

 

すると彼等の元へ、ネロが舞い降り背から人の姿をした紅蓮が飛び降りた。

 

 

「紅蓮!」

 

『奴等のアジトが見つかった』

 

「!!」

 

『どこだ!?そこは!』

 

『ついて来い』

 

 

ネロに向けて、紅蓮は頷くと町の方へ駆けて行き、その後をネロと幸人達は追い掛けていった。

 

 

 

地下牢……

 

鉄の扉がある部屋の前で、凛は見張るように立っていた。そこへ、腕に包帯を巻いた雷戯がやって来た。

 

 

「ガキの様子は?」

 

「ん~……大人しく寝てますね」

 

 

ドアにつけられていた鉄格子の小窓から、凛は中を覗きながら言った。

 

中では、置かれているベッドの上で、美麗は毛布に包まって眠っていた。

 

 

「薬が効いてるみたいですね」

 

「効かなきゃ困る。

 

 

ったく、注射如きであんな暴れるか?」

 

「嫌いなんだろう?」

 

「嫌いでも、あんな暴れるガキ初めてだ。

 

クソ、噛み付かれた傷がまだ痛む」

 

「3人掛かりで抑えて、やっとでしたもんね?」

 

 

2人が外で話している中、美麗は毛布の中で体を震えさせながら、丸まっていた。

 

 

(嫌だ……嫌だ……

 

 

帰りたい……帰りたい……

 

 

 

 

帰る?どこに?

 

 

どこでもいい……帰りたい……

 

 

あそこに……

 

 

 

 

晃)

 

 

 

港に来た幸人達……

 

紅蓮は、指を差しながら説明した。

 

 

『あの奥の倉庫に、地下へ行く階段がある。

 

美麗はその中だ』

 

「倉庫の地下ねぇ……

 

道理で、見つからないはずだわ」

 

『入るには、あの見張り9人を倒すことだ』

 

『なるほど……

 

幸人、陽介、準備しろ』

 

「了解」

「応」

 

「え?何、するの?」

 

「俺なんか、スッゲぇ嫌な予感がするんだけど」

 

「私も……」

 

 

 

見張りをしていた盗賊の一人が、足音に気付き振り返った。次の瞬間、脳天が撃ち抜かれた……倒れた盗賊に気付いた他の仲間達が、武器を構える余裕もなく次々に撃ち抜かれ、襲撃の報せを報告する前に、見張りは全員倒された。

 

全員いなくなり、安全を確保すると幸人は、建物の影に隠れている秋羅達に合図を送った。

 

 

「うわぁ……本当に殺っちゃった」

 

『こういう輩は、捕まえて檻にぶち込んでも、また同じ事を繰り返す。

 

 

殺って当然だ』

 

「……」

 

『それで、どこなんだ?

 

地下へ続く階段は』

 

『ここだ』

 

 

積まれていた荷物を、炎で燃やし紅蓮はそこから現れ出た階段を指差した。

 

 

「……ちょっと、ヤバいな」

 

「だな……」

 

「暗輝、ここで花琳と待機だ。

 

下手したら、外にいる仲間が戻ってくる可能性が高い」

 

「分かった」

 

「待って。

 

これは私の依頼よ。依頼主の私が行かなきゃ、意味がないじゃない」

 

「また地獄を見るぞ。

 

それでもいいのか?」

 

「別に構わないわ」

 

「……

 

 

 

 

分かった。

 

 

秋羅、代わりに残れ」

 

「わ、分かった」

 

 

互いを見合い頷くと、紅蓮を先頭に地下へ入って行った。

 

 

 

暗い空間……そこで丸まっていた美麗は、ゆっくりと目を開けた。

 

目に映る光景……暗い世界の中、一筋の光が差し込んでおり、そこに目を向けた。

 

 

近付く光……その光に辿り着いた時、彼女の足に地が着いた。

 

 

(……どこだろう……

 

ここ……?)

 

 

風に乗って、ヒラヒラと飛んでくる花弁……花弁が飛んでくる方向を、美麗は振り返り見た。

 

そこは、木の柵で囲まれた2階建ての家だった。小さい木の扉に手を掛け、中へ入り見回った。

 

 

 

花が咲き誇る庭に立つ一人の男……

 

 

(……あの人……知ってる。

 

 

それに、ここも知ってる……

 

 

 

でも、思い出せない……)

 

 

男は、振り返り笑顔を見せた。そこへ駆け寄ろうとした時、自身が立つ横から小さい少女が駆けてきた。

 

 

『晃ー!』

 

 

呼びながら、少女は晃に飛び付いた。尻餅を着く彼は、受け止めた少女の頭を撫でながら、抱き上げた。

 

 

その光景を見た美麗は、不意に涙が頬を伝った。

 

 

(……何で……

 

分からない……分からない……

 

 

思い出せない……)

 

 

 

スッと目を開ける美麗……上から掛けていた毛布を取りながら、彼女は起き上がった。

 

 

(……)

 

 

ふと自身の手を見ると、手袋の手枷が嵌められ、足にも枷が着けられ、地面の金具に繋がれていた。

 

 

「……まただ……(あれ?何で、また?

 

私、昔もこんな事されたのかな……

 

 

何で、普通に生きてちゃいけないんだろう……

 

ただ、あそこで暮らしたいだけなのに……

 

 

あそこ?

 

あそこって、どこ?)」

 

 

ダラリと下ろしていた手首に、着けられていたブレスレットの妖魔石が不気味に光った。

 

 

 

地下へ入ってきた幸人達は、見張りにいた盗賊達を次々に倒していった。その騒ぎと共に、雷戯達がいる部屋へ下っ端が駆け込んできた。

 

 

「侵入者です!!

 

それもかなり強豪の!」

 

「全員配置に付け!

 

 

地下牢の見張り達にも、徹底的に警戒しろと伝えろ!」

 

「は、はい!」

 

「凛、テメェはガキの牢屋を頼む」

 

「了解」

 

「その他は、侵入者を見付け次第殺せ。いいな?」

 

「はっ!」

 

 

 

地下の廊下で、見張りをしていた盗賊達は、銃口を向け引き金を引こうとするが、引く直前に彼等の体に次々と弾丸が貫いた。

 

 

『全く、最近の奴は銃の扱いを知らないのか?』

 

「婆が異常なんだよ」

 

『私のどこが異常だ?』

 

「全部だよ!!」

 

『私は普通だ!』

 

 

幸人の背後から襲ってきた盗賊に、幸人と天花は同時に裏拳と正拳を食らわした。

 

 

「……お見事」



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香月の正体

地下牢へ来た大将……

美麗がいる牢屋の前で見張っていた凛は、軽く会釈をした。


「あの小娘は?」

「まだ寝てますが……」

「牢を開けて」

「え?でも……」

「いいから、早く」

「……」


数個の鍵穴に鉤を差し込み、解錠していき思い鉄の扉を開けた。

中へ入った大将は、扉を閉めベッドで丸まり横になっている美麗に歩み寄った。


「……あなた、名前は?」

「……


聞いてどうするの?


どうせ、お前もあいつ等と同じだろ?」

「あいつ等?誰の事だ?」

「……分かんない」

「……


あなたは、私に会ったことがある?」

「……


良く覚えてない……




でも、お前と同じ奴になら会った」


起き上がりながら、美麗は大将に目を向けた。目に映った彼女の姿が一瞬、別の姿となった。


「……何で、その姿?


お前は、香月じゃない……




李咲だ」


その言葉を聞いた瞬間、香月は美麗を引っぱたいた。

息を乱しながら、香月は倒れた彼女を無理矢理起こすと、睨みながら言った。


「私は香月だ。

人身売人の大将・香月。それが私の名だ。


李咲という名は、とうの昔に捨てた!!」


起こしていた美麗を壁に向けて、投げ飛ばすと香月は外へ出ていった。


「厳重に閉めておけ!

絶対に逃げられぬようにな!!」

「あ、はい!」


「随分と好き勝手やってくれたじゃねぇか?」

 

 

廊下で暴れていた幸人達の背後から、仲間を引き連れた雷戯が武器を持ち現れた。

 

 

『貴様!!

 

美麗をどこにやった!!』

 

「悪いが、特別な牢屋に入れてる」

 

「結構暴れたけどね。

 

まぁ、注射打ったらすぐに大人しくなったが」

 

「注射!?」

 

『何を打った!!』

 

「鎮静剤だ。

 

 

牢屋入れるってだけで、暴れまくって……おかげで、注射打つ如きで、こんなに噛み付かれた」

 

『当たり前だ!!

 

彼女は、注射と牢屋にトラウマを持ってる。暴れて当然だ!』

 

「注射はともかく、何で牢屋にトラウマがあんだよ」

 

『貴様に教える筋合いは無い。

 

とっとと、美麗がいる場所を教えろ』

 

「無理だと言ったら?」

 

『貴様の脳天に、弾をぶち込むだけだ』

 

 

銃声を合図に、雷戯達は一斉に攻撃してきた。その騒ぎの中、人の姿から狼姿へと変わった紅蓮は、踵落としをし伸びた盗賊の上を跳び越え、駆けてきた天花と共に美麗を探しに行った。

 

追い駆けようとする盗賊達を、幸人達は足止めをし、彼等を見送った。

 

 

 

その騒ぎは、地下牢にいる美麗にも聞こえていた。

 

 

(……何の音だろう)

 

 

「こちら凛!

 

何か、凄い音したけど?」

 

 

無線機を耳に着けていた凛の話し声に、美麗は扉の近くへ行き聞いた。

 

 

「え?侵入者が、あの小娘の仲間?!

 

状況は?

 

 

見張りが皆、やられた?!どんだけ強いんだ!

 

 

え?犬と女が、乱戦に紛れて小娘を探しに!

 

分かった!警戒する!

 

女は銃使いの、討伐隊だね!了解!

 

 

 

 

恵まれてるねぇ!アンタ!

 

仲間が助けに来るなんて!しかも、うち等のアジトを突き止めるなんて」

 

「……

 

 

何も分かってないんだね」

 

「?」

 

「何で、皆がアジト突き止められたか分かる?

 

 

神出鬼没のお前等のアジトを」

 

「……」

 

「私の耳に着けてるピアス……

 

これね、小型の盗聴器なんだ」

 

「!!」

 

 

それを聞いた凛は、扉を勢い良く開けると傍に座っていた美麗を叩き倒し、耳に光っていたピアスを引き千切るようにしてもぎ取った。

 

耳たぶから出る大量の血と激痛に、美麗は耳を抑えた。

 

 

「ふざけた真似しやがって!!」

 

 

ピアスを握り潰し壊すと、凛は外へ出ていき扉を閉め施錠した。そして、無線機を取りながら先程のことを話した。

 

 

(……痛い……

 

 

もう、痛い事はしたくない……)

 

 

出ていた血はいつの間にか止まり、傷口も既に塞がっていた……

 

何かを思い出した美麗は、手枷を取ろうと足で力強く押した。

 

 

(……取れない……

 

 

嫌だ……やりたくない……やりたくない!!)

 

 

 

薄暗い廊下を歩く紅蓮と天花……

 

 

『一気に敵が減ったな……』

 

『においが全然無い……

 

 

 

天花、こっち』

 

 

鉄格子が続く道に、一つの木の扉を見付けた紅蓮は、前に止まり天花を呼んだ。

 

 

『この奥から、美麗の気配がする』

 

『ここか……

 

紅蓮、下がってろ』

 

 

下がる紅蓮を確かめ、天花は木の扉目掛けて助走を付けて跳び蹴りを食らわせた。

 

木の扉は粉々に砕け、そこに続く階段に、天花は着地した。蝋燭が照らす階段は下まで続いており、2人はゆっおくりとその階段を下った。

 

 

廊下に響く彼等の足音に、凛は持っていたナイフを手に構えた。

 

そして、廊下の角から現れたのは、狼姿の紅蓮だった。

 

 

「……何だ、ただの犬か。驚かせやがって」

 

 

ナイフを下ろした次の瞬間、背後に降りた天花は彼女が振り向く間もなく首を思いっ切り叩き、気を失わせた。そして、腰に着けていた鉤の束を取った。

 

 

『油断禁物だ。

 

例え動物であろうと、油断するな』

 

『気ぃ失ってるから、聞いてねぇぞ』

 

『だな……』

 

 

扉の鉤を開け、天花は中へ入った。中には、美麗が部屋の隅で手枷を外そうと、必死に足で力強く押していた。

 

 

『美麗』

 

「!!」

 

 

呼ばれた美麗は、体をビクらせながら恐る恐る振り返った。振り返った彼女に、天花は笑みを見せながら手を差し伸ばした。

 

 

「……天花」

 

 

目の前にいる彼女に、美麗は飛び付いた。飛び付いてきた美麗を、天花は受け止めた。

 

 

『お待たせ。

 

 

良く頑張ったな』

 

「ここ嫌だ。

 

早く帰りたい」

 

『分かってるよ。

 

さぁ、手を出して』

 

 

枷の鍵穴に鉤を差し込み、解錠した。手が使えるようになった美麗の傍に、紅蓮は顔を近付けさせ擦り寄った。寄ってきた彼の顔を、美麗は撫でそして首に手を回し抱き締めた。

 

足の枷を外すと、天花は美麗の手を引き外へ出ようとした時だった。

 

 

“バーン”

 

 

『うっ!』

 

「天花!!」

 

 

打たれた腕を押さえながら、天花はその場に倒れた。

 

紅蓮は唸り声を出しながら、2人の前に立ち敵を睨んだ。

 

 

「やはり、見に来て正解だったわね」

 

「!!」

 

 

そこにいたのは、銃を手に持った香月だった。彼女は、腰に着けていた鞭を伸ばすと、それを振り紅蓮を叩いた。寄ろうとした美麗の腕に、鞭を巻き勢い良く引っ張り、自身の足下に倒すと腕を掴み立たせた。

 

 

「悪いけど、この子は渡せないわ」

 

『み、美麗!』

 

『美麗を返せ!!』

 

 

襲い掛かってきた紅蓮に向けて、香月は銃弾を放った。放たれた弾は、足を掠り彼はその場に倒れた。

 

 

「紅蓮!!」

 

「半妖の血を浴びた者は、長生きが出来るって話よね?

 

この子の血は、正にそれ。

 

 

私の実験には、相応しい存在よ」

 

「実……験……

 

 

 

 

嫌だ……嫌だ!!

 

実験は嫌だ!!」

 

 

離れようと暴れ出した美麗に、香月は頬を引っぱたき大人しくさせると、辺りに煙を撒き散らし姿を眩ました。




『美麗!!』


煙が晴れると、天花は腕を押さえながら立ち上がり部屋を見た。2人の姿はどこにも無く、すぐに外へ出て辺りを見た。


『クソ!!どこに行った!!

紅蓮!!早く後を……?』


人の姿となった紅蓮は、ゆっくりと立ち上がった。足の傷はいつの間にか治り、彼は顔をスッと上げ天花を見ると笑みを浮かべた。


『……


まさか……




晃……なのか?』

『久し振り、天花』

『……』

『さぁ、美麗を助けに。

多分、李咲の部屋だよ』

『李咲?


アイツを知ってるのか?』

『……体は確かに香月という子の者だけど……

中身は違うよ。


100年前、僕等に会った事がある』

『え?

美麗も?』

『……100年前、志那国は女性の人が行方不明になっていた。


調べていたら、李咲という名を持った妖怪が、女性の血を浴びて永遠の若さを保とうとしていたんだ』

『つまり、あの女は妖怪……』

『中身はね。

多分、肉体を無くして魂だけで彷徨っていたんだろう。

そして、どういう訳か、香月という子に取り憑いた』

『……』

『とにかく、早く彼女を探そう。

美麗の血を浴びたら、もう終わりだ』

『分かっている』


互いを見合い頷くと、2人は部屋を出ていき駆けて行った。


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解放した妖力

気を失っていた美麗は、目を覚ました。逃げようと体を動かしたが、ビクともせず自身の体を見ると、椅子に手足が拘束されていた。


「暴れない方がいいわよ?


怪我するから」


注射器を手に、香月は美麗の前に姿を現した。


「まさか、また会えるなんて……


あなたも聞いたことがあるでしょう?

半妖の血を浴びると、長生きになれるって。


じゃあ、その血を体に入れたら、どうなるのかしら?」

「……知らない……


そんなの知らない!!」

「ほら、暴れない……


血を採るのに、このブレスレットは邪魔だから外しましょうか?」

「!!

駄目!!外しちゃ!!」

「大丈夫。すぐに返すわ」

「駄目!!駄目!!」


ブレスレットに香月の手が触れた……美麗は何とか逃げようと暴れるが、無駄な行為に終わり留め具が外された。


「!!


嫌だ……




嫌だぁぁあ!!」


額に描かれていた雪の結晶の模様が、美麗の体全体に広がった。


「!」

 

 

何かを感じた幸人と花琳は、攻撃の手を止め辺りを見回した。

 

 

(……何だ?

 

 

この妖気)

 

「……幸人、この気配」

 

「……

 

とっとと美麗探すぞ」

 

 

弾を補充しながら、幸人達は奥へと進んだ。

 

 

 

その頃、外では異様な空気が漂っていた。その空気を、外で見張りをしていた秋羅と暗輝は感じ取り、警戒するようにして辺りを見回した。

 

 

「何だ?この空気……」

 

「……同じだ。

 

 

美麗が、妖力を発揮した時と」

 

「え?

 

それって、ヤバいんじゃ……」

 

「……?!

 

暗輝さん、あれ!」

 

 

侵入時に倒したはずの、盗賊達が次々と起き上がった……姿を変えて。

 

 

「な、何だ……あれ」

 

「秋羅!戦闘準備しろ!!」

 

「あ、はい!」

 

 

同じ頃、志那国王家に妖怪達が侵入していた。待機していた討伐隊は、全隊員出動し襲ってくる妖怪達を次々と倒していった。

 

城に残っていた梨白は、王室に入ってくる妖怪達を倒しながら、夜白と母親達を避難させていた。

 

 

(……やっぱり、残って正解だった)

 

「お兄様、上!!」

 

 

天井から飛び降りてくる妖怪を、梨白は鉄棍棒で突くと地面へ突き刺した。

 

 

「ここは危険だ。

 

早く避難するぞ!」

 

 

彼等を誘導しながら、梨白は王室から出て行った。

 

外へ出た時だった……

 

 

「お兄様、あれ!!」

 

「?

 

!!何だ……あれ」

 

 

港付近から空へと禍々しい煙が上がっていた。

 

 

「お兄様、美麗達……大丈夫ですよね?」

 

「……大丈夫だ。

 

先生も皆も強い……無事だ。

 

 

(先生……)」

 

 

 

 

(……帰りたい……帰りたい)

 

 

壁に手を掛けながら、美麗は歩いていた……彼女が歩く箇所には、一瞬氷が張るが溶けて水になっていた。

 

 

 

彼女が歩いている頃、幸人達は香月の部屋に着いていた。中には、気を失い倒れた彼女がいた。

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……」

 

 

幸人の呼び掛けに、香月はゆっくりと目を開けた……

 

彼女は、何かが抜けたような目で彼を見ながら、辺りを見た。

 

 

「……ここは?」

 

「?」

 

「あなた、名前は?」

 

「……香月」

 

「……」

 

「ねぇ、お父さんとお母さんは?」

 

「え?」

 

「あれ?

 

 

お父さんとお母さんが、私を助けに来て……それで……」

 

「香月、そのくらいにしときましょう。

 

さぁ、立って」

 

 

花琳の手を借りて、香月は立ち上がった。何かに怯えているのか、震える手で花琳の腕を掴んだ。

 

 

「大丈夫よ。もうすぐ外へ出られるわ」

 

「本当?」

 

「えぇ」

 

「……」

 

「話がごちゃごちゃになってるな?花琳」

 

「……何か訳があるかもしれない……

 

急いで、美麗を探しましょう」

 

 

その時、ここへ近付く足音が聞こえてきた。幸人と陽介は銃を手に、ドア付近に立ち構えた。足音に怯えた香月を、花琳は宥めながら後ろへ行かせた。

 

近付き、入ってきた者に2人は銃口を向けた。同時に2人にも、銃口が向けられた。

 

 

「婆……」

 

『貴様達か……ビックリしたぁ』

 

「……?

 

後ろにいるのは?」

 

『君の曾孫、君ソックリだね』

 

『からかうな』

 

「……その容姿……紅蓮か?」

 

『まぁ、半分正解だな』

 

「え?」

 

「……まさか」

 

『そのまさかだよ。

 

それより、美麗はどこ?』

 

「この部屋にはいないわ。

 

いたのは……」

 

 

花琳にしがみついている香月に、晃は天花と顔を見合わせた。晃は歩み寄り、怖がっている彼女の頬を撫でながら、目を見た。

 

 

『……彼女からは、いなくなってるよ』

 

『美麗を追い駆けたって事か?』

 

『それか、次の器を探しているか。

 

 

よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。

 

僕等といれば、安全だから』

 

 

優しく掛ける晃の声に、香月は薄らと微笑んだ。

 

 

『彼女を早く、外に』

 

「だな。

 

花琳、頼む」

 

「えぇ。

 

香月、一緒に外へ出ましょう」

 

「……うん。

 

ねぇ、私のお父さんとお母さんは?

 

 

この牢屋にいるはずなの」

 

「後で、この人達が見付けたら連れてくるわ。

 

今は、先に外に出ることを優先しましょう」

 

「……」

 

 

頷くと香月は、花琳と一緒に外へと向かった。

 

 

後ろにいた天花は、ふと地面に落ちている物に目を向け、それを拾った。

 

 

『……幸人。

 

 

早く美麗を探し出さないと、ヤバいぞ』

 

「?」

 

 

首を傾げる幸人に、天花は拾ったものを見せた。それは、留め具が壊れたブレスレットだった。

 

 

「……ヤバいどころじゃない。

 

 

下手したら、俺等を攻撃するぞ」

 

『彼女を見付けたら、逃げないように見張っててくれ。

 

後は、僕がやるから』

 

「平気か?

 

妖怪化した美麗は」

『敵味方関係無しに攻撃する…だろ?

 

大丈夫。それはね……そうでもしないと、酷いことをされるって、記憶してるからだよ』

 

「……それって」

 

『無駄話している暇は無い。

 

とっとと探しに行くぞ』

 

『そうだね』

 

 

幸人に一瞬、微笑みを浮かべた晃は先に歩き出した天花の元へ駆け寄り、並んで歩いて行った。




壁に凭り掛かり、座り込む美麗……息を乱しながら、自身の手を見た。


(……周りが……凍ってく……


早く……逃げないと……


また、実験台に……嫌だ……嫌だ)


ふらつきながら立ち上がった美麗は、歩き出そうとした時だった。

目の前に立つ人に、美麗はゆっくりと顔を上げた。


そこにいたのは、雷戯だった……


「テメェ、どうやって……」

「……」

「こちら雷戯。

逃げ出したガキ、見付けた。合流地点へ連れて行く。


と言う訳だ……大人しくして貰うために、こいつを打たせて貰うぞ」


そう言いながら、出した注射に美麗は怯えだし震えながら目に涙を溜めて、後ろへ下がり逃げようとした。

だが、後ろには既に羅臼が待ち構えており、彼は美麗の腕を掴み関節技で拘束し、雷戯の元へ連れてきた。


「テメェ、さっきと何か様子違うな?」

「嫌だ!!嫌だ!!

帰る!!帰る!!」

「悪いが、帰れねぇよ。

連れてくぞ」

「応」

「嫌だ!!嫌だ!!」

「(あんまり、着けたくはなかったが……)

抑えてろ」


床へ倒した美麗の口に、猿轡をした。声が出せなくなった彼女は、さらに暴れ手を縛っていたロープを解こうともがいた。


「しっかし、何なんだ?


この異様な空気は」

「そこら中に、妖気が漂ってるって感じだな」

「流石半妖。

感じるのか?」

「まぁな」


美麗を担ごうとした時だった……彼女を囲うようにして、現れ出た氷の柱。

生え出た柱の一部が、美麗の縄を切り手が使えるようになった。すぐにロープを解くと、一目散に怯んでいる雷戯を横切り、駆けて行った。


「逃がすな!!追え!!」


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青い瞳

とある部屋へ辿り着き隅で蹲りながら、美麗は猿轡を外そうと弄ったが、留め具が施錠されているせいか外すことが出来なかった。


(……逃げなきゃ……

逃げなきゃ……早く)


取れかけていたもう一つのブレスレットを、美麗は手に掛け外そうとした。




“ガチャ”


美麗が閉じ込められていた部屋の前で、倒れている凛……

彼女の周りに、黒い魂がフワフワと飛び回ると、体の中へスッと入って行った。

 

黒いオーラが一瞬放たれた……凜はスッと目を開けた。

 

 

「……あなたの体を、借りるわ。

 

 

今から、私は凜……さぁ、美麗を探さなくてわ」

 

 

 

開く扉……外から入ってきたのは、天花と幸人だった。同時に、ブレスレットが外れた。美麗は入ってくる二人に警戒しながら、ふらつく足で立ち上がった。

 

 

「婆、本当にこの部屋にいるのか?」

 

『間違いない。気配はする』

 

「気配って……」

 

『いるのは間違いないよ。

 

幸人だっけ?足元、見てごらん』

 

 

足元を照らすと、床には水溜りが点々としていた。陽介に部屋の戸を閉めさせ、幸人達はランタンの明かりを辺りに照らし、彼女を探した。

 

 

「……?

 

 

 

 

美麗!」

 

 

部屋の隅で立っていた美麗を、幸人は見つけた。

 

 

「探したぞ。さぁ」

 

 

近づこうとした幸人に、美麗は氷の柱を立たせ威嚇した。咄嗟に後ろへ下がった彼は、ランタンの明かりを美麗に照らした。

 

青い瞳に、涙を溜め体を震えさせながら、美麗はそこに立っていた。

 

 

「美麗……!(もう一つのブレスレットが外れてる……

 

やばい……今妖力を抑えてるのは、あのペンダントだけだ。もし、あれも外れたら)」

 

「……」

 

『幸人、下がって』

 

「え?」

 

『ドアの前に、陽介と立っててくれ』

 

「……」

 

『天花は後からお願い』

 

『分かった』

 

 

ランタンを置き、幸人はドアの前に立った。彼を目で追っかけた美麗の前に、晃と天花は立った。

 

 

「……」

 

『おいで、美麗。

 

 

何も怖いことはしないよ』

 

 

優しく声を掛ける晃に、美麗は身を縮込ませてもう後がない後ろへ下がろうと必死だった。

 

 

『何もしないよ。

 

 

一緒に帰ろう。ね』

 

「……」

 

 

“帰ろう”……

 

その言葉に、反応した美麗は浅く息をしながら晃と天花を見た。

 

 

『一緒に帰ろう。美麗』

 

 

差し伸べてくる晃の手に、美麗は恐る恐る手を出し触れた。その瞬間、彼の手が凍り付いた……それを見て、怯え出した美麗だったが、晃は後ろへ下がろうとした彼女を引き寄せ、しっかりと抱き締めた。

 

 

『ほら、もう大丈夫。

 

 

僕等と居れば、安全だからね。だから、怯えることはないよ』

 

「……」

 

『もう、実験はしないよ。

 

 

だから美麗、一緒にここから出て帰ろう』

 

 

晃の問いに、美麗は頷き彼に抱き着いた。彼女を抱き直し、晃は地面に落ちていたブレスレットを拾い、ドアの前に立っている幸人達を呼んだ。

 

 

「平気なのか?」

 

『もう大丈夫だよ。

 

天花』

 

『あぁ。

 

美麗、ちょっと後ろ向いててね』

 

 

懐から針金を出した天花は、美麗の頭を掴み猿轡の鉤を解錠しようと、鍵穴に差し込み弄った。怖がり動こうとする美麗を、抱いていた晃は宥めなが大人しくさせた。

 

 

『大丈夫、大丈夫。

 

口に着けてる物を、外すだけだから。少し我慢しようね』

 

 

美麗を宥める晃を見て、陽介は隣にいた幸人に言うように口を開いた。

 

 

「まるで、親が怖がる小さい我が子を宥めているようだな」

 

「ああ見えても普通に100を超えている大人だ。だが、妖力を抑えてる関係上、幼く見えるのは仕方ない事。

 

それに、今は妖力を解放している状態……恐らく、今の美麗は100年前、本部で保護されていた頃の姿だろう」

 

「貴様に説明されずとも、理解している」

 

「だったら、説明させるな」

 

 

『よし、外れた』

 

 

猿轡を外された美麗は、晃の肩に頭を置いた。

 

 

「晃は良くて、俺は駄目ってか?」

 

『そう言うな』

 

「それより、体は大丈夫なのか?貴様」

 

『え?どういう事?』

 

 

陽介が指差す方に目を向けると、晃の体は一部が氷付けになっていた。

 

 

『ありゃま』

 

『足はともかく、手に何か嵌めておくか』

 

『さっきの枷でも、嵌めておく?』

 

『冗談でも、それは止せ』

 

『だよね……』

 

 

枷という言葉に、美麗は怯えだし晃の服を強く掴み冷気を放った。

 

 

『それ見ろ、晃が変なこと言うから怖がってるじゃないか』

 

『ゴメンゴメン。

 

ほら、氷溶かすから降りよっか』

 

 

そう言いながら、晃は美麗を降ろした。降ろされた彼女は、晃の服の裾を掴みながら、辺りを警戒するように警戒するように、キョロキョロしていた。

 

 

「かなり警戒しているようだな……」

 

「何か、別の奴見ている様だ」

 

『ブレスレット着けて、二・三日寝れば元通りになる』

 

『天花の言う通り』

 

 

体から淡い炎を出し、晃は氷を溶かした。少し煙を出しながら、一息吐くとしがみついている美麗の頭を撫でた。

 

 

『少し、落ち着いたみたいだね』

 

「どういう事だ?」

 

『陽介、美麗の足下を見てみろ』

 

「?」

 

 

立っている美麗の足下には、水溜まりも水も氷も何も無かった。

 

 

「……」

 

『妖力が落ち着いた証拠だ』

 

『さぁ、外に出よう。

 

ここ、あまりいたく……

 

 

そう簡単に、出られそうに無さそうだね』

 

「?……!」

 

 

振り向くと、そこには数匹の妖怪が立っていた。妖怪の姿に、美麗は晃の後ろへ隠れ怯えだした。

 

 

『あ~らら、美麗の妖気に寄って来ちゃったのかな?』

 

『呑気なことを言ってないで、とっとと逃げる準備をしろ。

 

幸人!陽介!戦闘用意!』

 

 

妖怪の鳴き声を合図に、3人は銃弾を放ち襲ってくる妖怪達を倒していった。咄嗟に美麗の耳を塞いだ晃は、彼女に微笑みながら目隠しになるように、前に屈んだ。

 

 

『大丈夫、大丈夫。

 

すぐ終わるからね。

 

 

天花、派手にやるのもいいけど、程々にね。一応、子供が見てるんだから』

 

『だったら、目隠しでもしていろ。

 

戦場に、大人も子供も関係ない』

 

『相変わらず、厳しいこと言うねぇ、君は』

 

 

ムッと晃を睨み付けながら、天花は懐から煙玉を出しその場から陽介達と走り出した。モクモクと煙が上がる中、晃は美麗を抱え先に行く彼等の後を追い駆けていった。




出口へ続く階段を、花琳は香月と上っていた。その時、上から物音が聞こえ香月は怯えた様子で、花琳の服の裾を掴み後ろに隠れた。


「大丈夫よ。そのまま私の後ろに隠れてて」

「……はい」


鉄扇を手に、警戒しながらゆっくりと登って行った。すると、上から傷が出来た盗賊が転がり落ちていき、花琳はふと、上を見上げた。出入り口付近に立つ、秋羅は暗輝息を切らしながら、そこに立っていた。


「花琳!?何でお前が」

「子供を保護したの。

暗輝、この子を連れて一旦城へ戻って頂戴。

秋羅、私と一緒に来て頂戴」

「いいのか?ここが無防備になるけど……」

「構わないわ。

これから、地下で戦闘が始まるから、人手が必要なの」

「それだったら、秋羅が必要だな。

あ、そうだ……


港に留まってる奴等の船から、さらわれた奴等救い出して、城に連れてくぞ」

「構わないわ。

できるなら、全員助け出して城に連れてきなさいと、女王様からのご命令よ」

「そうこねぇとな!!

ほら、行くぞ!」

「あ、はい!」

「香月、その人について行けば、安全な場所へ行けるわ。そこで会いましょう」

「え?香月って」

「後で説明するわ。

秋羅、行くわよ」

「は、はい!」


下へ降りていく彼等を見送ると、不安そうな表情を浮かべた香月に、暗輝は微笑みながら肩に手を置いた。


「大丈夫。花琳は強いんだぜ!

今まで、何人もの強靭を倒してきたんだ。心配いらねぇよ!」

「……きょうじん?

どういう意味?」

「……


後で、教えてやるよ。それより、城へ行こう」

「はい……」


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施錠される記憶

奥へと走った幸人達は、ある場所へ辿り着いた。そこは大部屋で、中に拷問器具がいくつも置かれていた。


「……なるほど。


ここで、痛め付けて大人しくさせて……売りに出してたって訳か」

『こんないくつ物、拷問器具にやられちゃ誰だって精神が崩壊する』

『でも半妖がいた頃は、こんな事日常茶飯事じゃなかった?』

『そんな訳ないだろう』


話をしながら、晃は美麗を降ろした。拷問器具を目にした彼女は、フラッシュバックで次々と思い出した。


「……嫌……」

「?」

「嫌だ……嫌だ」

「どうかしたのか?」


気になった陽介が手を差し伸ばした時、叫び声と共に氷の柱が生え伸びた。咄嗟に手を引っ込めたが、氷の柱の一部が、彼の皮膚を切った。


『美麗!』
『陽介!』

「嫌だ!!嫌だ!!

帰る!!帰る!!」


逃げようとした美麗を、慌てて晃は引き留め自身に寄せると、落ち着かせるようにして宥めた。抱き寄せられた彼女は、晃にしがみ付き泣きながら何かを拒否していた。


「さっきといい、今といい……

ここに来てから、すごい拒否反応だな」

『妖力が開放しているせいで、封印している記憶の一部が蘇ってるんだろう……

それで、自身に見覚えのないことを思い出して、混乱しているんだ。


場所といい環境といい、本部にいた頃の条件とほぼ一致している。思い出して癇癪を起こすのは、当然だ』


「へ~、討伐隊の本部って、私のアジトと同じなんだぁ」

 

 

その声に、幸人達は銃を構えながら素早く振り返った。そこにいたのは、武器を持った雷戯と羅臼、さらに容姿が変わった凛が立っていた。

 

彼等の姿を見た美麗は、晃の後ろに隠れ怯えだした。

 

 

「何か、見覚えのない男がいるな?」

 

「別行動していた仲間なんでね。

 

見て無くて当然だ」

 

「……単刀直入に言う。

 

そのガキを寄こせ」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「テメェ等を殺して、手に入れるまでだ」

 

 

動き出したと同時に、3人は銃弾を放ち武器から手を離させた。怯え、今にも泣き出しそうになっていた美麗を、晃は抱き締め宥めるようにして頭を撫でた。

 

 

『大丈夫だよ……何も怖がることないよ。

 

 

ちょっとの間、目を瞑ってて』

 

 

晃に言われた通り、美麗は目を閉じた。立ち上がった晃は、手から炎を出し懐に忍ばせて置いたダイナマイトを手にした。

 

 

『これ以上、美麗を傷付けるならこのアジト、爆破するよ?』

 

『晃!!』

 

「テメェ等の命も無いぞ!!」

 

『平気だよ……美麗の氷を使えば、僕等は生還できる。この天井を爆破すれば、上で待ち構えているネロとエルが僕等を運んでくれるよ』

 

「どこまで考えてんだ?アンタは……」

 

 

「調子に乗るのも、いい加減にしなさい!!」

 

 

怒鳴り声と共に、幸人と陽介の間を擦り抜けた何かが、晃の腹部に突き刺さった。

 

 

『晃!!』

 

『ありゃりゃ……刺され…ちゃった』

 

 

そう言いながら、晃は腹部を抑えながら倒れた。

 

倒れる音に、美麗は目を開け倒れた彼を見た。その光景が一瞬、別の場所と重なって見えた。

 

 

「……嫌だ……

 

駄目……駄目……」

 

「美麗?」

 

「駄目……

 

駄目……

 

 

 

 

駄目ぇぇええ!!」

 

 

叫び声と共に、美麗の体から妖気が噴水のように噴き出した。強風を起こす中、立ち上がった彼女は凛目掛けて攻撃した。

 

 

『美麗!!』

 

「いくら肉体を消しても、私は何度でも蘇るわ!!

 

この魂が、消えない限りね!」

 

「だったら、その魂永遠に葬ってやる!!」

 

 

手から黒いオーラを出し、それを凛の胸に当てた。その瞬間、凛の体から黒い魂が飛び出し、それは人の姿へと変わった。

 

 

『己ぇ!!』

 

「100年前も、こうやって人を盗み奴隷として売るって表に出していたけど……

 

裏では、盗んだ人達を殺して、自分の美貌を保つために殺した奴等の血を浴びていた。

 

 

そして、それは今も同じ!!」

 

「!?」

 

『う、嘘だろう……』

 

「そんな事が……」

 

「だからあの時、お前の体を消した!!

 

だがお前は、魂ごと姿を眩ました!!その取り逃がしたお前が、100年の月日を得て、今目の前にいる!!」

 

『……

 

 

 

 

連れはどうした?』

 

「連れ?」

 

 

李咲の言葉が引き金のようにして、次々と美麗の脳裏に自身に見覚えの無い記憶が、フラッシュバックで蘇った。ハッと顔を上げた彼女の目から、大粒の涙が滝のように流れ出てきた。

 

 

「な……何で……何で、こんなに涙が……」

 

『……へ~。

 

あなた、あんなにあの人のこと大事にしていたのに、忘れているんだ~』

 

「……!!」

 

 

脳裏に移る記憶……

 

満開の桜の中、血塗れになった男を抱く自分。男は口から血を流しながら、微笑み言った。

 

 

『僕は……君の中で生きる……

 

 

何……君を好きになる人ぐらい、また現れますよ……

 

 

 

さぁ、お別れだよ……』

 

 

『きっと会える……

 

 

それまで、待っていてくれ……

 

 

必ず、迎えに行く』

 

 

 

 

「……紅蓮」

 

 

彼の名を呼んだ時、美麗の目が赤色に戻り、彼女は力が抜けたかのように、その場に座り込んだ。

 

座り込んだ彼女に手を掛けようとした雷戯に、陽介は銃弾を放ちそれを阻止し、天花は座り込む彼女を抱き上げ幸人達の後ろへ下がった。

 

 

「……紅蓮……紅蓮」

 

『大丈夫。

 

紅蓮は、ここにいるよ』

 

 

腹部を抑え、座り込む晃の傍に天花は美麗を降ろした。立ち上がった天花は、二人の間に立ち手に持っていた銃を挙げ、李咲目掛けて銃弾を放った。飛んでくる弾を、李沙はギリギリで避けたが額に幸人の銃口が当てられた。

 

 

「殺人罪により、テメェの命はここまでだ」

 

『ま、待って!!まだ死にたくない!!

 

 

と言うか、そんな銃で私を』

 

 

“バーン”

 

 

銃弾の音が、中に響いた……幸人達がいる部屋へ続く廊下を走っていた秋羅は、その音を耳にした。

 

 

「(銃声……)花琳さん!!」

 

「もう着くわ!!武器の準備、しときなさい!!」

 

「はい!」

 

 

駆け付け、そこに広がる光景に、二人は息を吞んだ。

 

 

白目を向き、動かなくなった李咲……彼女の体は塵となり、そこから跡形も無く消え去った。

 

 

煙を上げる銃を、3人は煙を消すように息を吹きかけケースにしまった。

 

 

「ったく、何で3人でやるんだよ」

 

「俺と幸人だけでもよかったのに」

 

『可愛い曾孫に、汚れ仕事をさせられるか。

 

死人の私がやった方がいいだろう?』

 

「……」

 

『さてと、貴様等には色々聞きたいことがあるから、一緒に城へ来て貰うよ』

 

「構わねぇよ……

 

 

大将亡くなった今、俺等は用無しだ」

 

 

そう言って、雷戯達は武器を捨てその場に座った。それを見た陽介はポーチから手錠を出すと、3人の手にそれぞれ着けた。

 

 

「私達が来ること、なかったみたいね」

 

 

部屋へ入りながら、花琳は秋羅と共に幸人達の元へ歩み寄った。

 

 

「お前等」

 

「さらわれた人達は、今暗輝が保護しているから大丈夫よ」

 

「……」

 

『そろそろ戻ろう。

 

一応、解決しているし』

 

「だな……」

 

 

美麗がいる方を見ると、いつの間にか晃はいなくなり、そこには紅蓮が人の姿で倒れその隣で、彼に寄り添うように美麗は横になっていた。

 

 

「今は、落ち着いているようだな……」

 

「あぁ……

 

秋羅、婆と一緒に美麗を頼む。

 

 

俺が、紅蓮を運ぶ。陽介はあいつ等を頼む」

 

「分かった」

「了解した」




各々が動こうとした時だった……どこからか聞こえる、何かの鳴き声に彼等は足を止め、辺りを見回した。


「な、何だ?」

「……」


その時、陽介の無線が鳴り彼は耳に着けていた無線機の電源を着けながら、幸人達から少し離れた。横になっていた美麗は、その音でスッと目を開け起き上った。


『美麗、起きたか』

「……李咲は?」

「そいつなら、倒したよ」

「……!




幸人!陽介!そこから離れて!!」


“ドーン”


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魑魅魍魎

突然起こる地震……城へ戻っていた暗輝は、梨白と共にテラスへ出ていき、外の様子を見た。


「おいおい……あれ、なんだ?」

「……俺が、知りたい」


港付近へ集まる無数の妖怪。その光景は、まるで百鬼夜行のようだった。


「幸人!!ねぇ!」

 

 

気を失っていた幸人は、美麗の声でやっと目を覚ました。起き上がり辺りを見回すと、壊れた壁の破片がそこら中に散らばっており、その上に秋羅達が座っていた。

 

 

「……何がどうなってんだ?」

 

「妖怪が壁をぶち抜いて、ここに突進してきた」

 

「?」

 

「秋羅達は何とか避難できたけど、陽介と幸人は一歩遅れて……」

 

「崩れる瓦礫に巻き込まれたってわけか……陽介は」

 

「あの三人を地上に連れて行くって、花琳と」

 

「そうか……

 

お前は平気か?」

 

「……よく分かんない。

 

何か、頭の中がグルグルしてて……変な記憶が混ざってるって感じで……

 

 

そうだ……ねぇ、紅蓮は何で刺されたの?

 

私、何も」

「いっぺんに質問するな。

 

城に戻ったら、一つ一つ説明する。いいな?」

 

「……うん」

 

 

立ち上がり瓦礫の間を通りながら、幸人は秋羅達の元へ駆け寄った。

 

 

「妖怪共は、どういう状態だ」

 

「突進した奴なら、さっき天花さんが」

 

『ゆっくり話してる暇は無い。

 

早くここを』

 

 

“ドーン”

 

 

『逃さん!!』

 

 

突然どこからか飛び降りてきた妖怪は、美麗に目を付けると力任せに吹き飛ばした。飛ばされた彼女は、壁に体を叩き付けられ、そのまま瓦礫と一緒に地面へ落ち倒れた。

 

 

『美麗!!』

 

「何だ!?いきなり!!」

 

『極上の餌のにおいがして来てみたら……

 

美味そうだな?その女子』

 

「におい?

 

 

!!まさか!」

 

『ブレスレットが二つ取れてるせいで、美麗は今自分の妖力を抑えきれてないんだ……』

 

 

咳き込みながら起き上がった美麗は、傍にいた天花に抱き着いた。

 

 

『秋羅、美麗を頼む!

 

 

幸人!まだ戦えるな!?』

 

「バッチリだ!」

 

「天花待って!私も…痛!」

 

 

立ち上がろうとした美麗は、足に激痛が走りその場に尻を着いた。

 

 

『怪我しているんだから、大人しくしていろ!』

 

 

2丁の銃に弾を補充すると、天花は襲い掛かってきた中級の妖怪の脳天を撃ち抜いた。

 

2人が妖怪達を足止めしている隙に、秋羅は美麗を抱き上げ部屋を出ようとしたが、そこへ回り込んでいた数匹の妖怪が道を塞ぎ、彼等に襲い掛かった。

 

 

その時、炎が襲い掛かってきた妖怪達を消し去った。振り向くと、そこには炎を纏った紅蓮が大黒狼の姿で立っていた。

 

 

「紅蓮……なのか?」

 

 

すると、その姿を見た妖怪達が次々と、後ろへ下がりだした。

 

 

「な、何だ?

 

妖怪が、下がってる」

 

「……

 

 

秋羅、降りる」

 

「怪我は?」

 

「平気」

 

 

降ろされた美麗は、痛む足を引きずりながら、手を差し伸べた。だが、紅蓮は彼女の手を見向きもせず、妖怪達の方へ向くと咆哮を上げた。

 

 

「紅蓮?」

 

『何だ?

 

この咆哮は……』

 

 

咆哮に、妖怪達は攻撃をやめ後ろへ下がった。唸り声を上げながら、美麗を突き飛ばした妖怪に向けて、炎の玉を吹き出し攻撃した。咆哮に怯んでいた妖怪は、玉をもろに当たり焼け倒れた。

 

 

「……嘘だろう……」

 

『……自我を忘れているな……

 

 

幸人、美麗を担いでこの部屋から出るぞ。退路を開く!!』

 

「分かった。

 

秋羅、走れ!!」

 

 

自身達に襲い掛かってくる妖怪達を、次々と撃ち抜いていった。銃声に紛れて、幸人は美麗を担ぎ先に走っていた秋羅と共に、部屋を出て行った。

 

 

『行ったか……

 

 

紅蓮、こっちに』

 

 

差し伸ばした手が、光の粒となり始めた。天花は、自身の両手を眺めた。両手両脚の先から、光の粒がフワフワと空へ運ばれ、自身の体が消えかかっていた。

 

 

『嘘だろう……

 

紅蓮!!すぐに』

 

 

突如空から雷が鳴り響いた……その音に、走っていた秋羅達は足を止めた。

 

 

「な、何だ?」

 

「雷?」

 

 

 

雷で壊れた天井から、舞い降りる一匹の獣……

 

 

『……貴様は、確かあそこで』

 

『……時間だ。

 

 

お前も、分かっているだろう?』

 

『……』

 

『だがその前に、この黒狼を正気に戻すか……

 

さぁ、戻れ。お前には、やらなければならないことがあるだろう』

 

 

そう言い、生え伸びていた角を紅蓮の額に当てた。すると、そこから妖気が吸い取られていった。吸い取られた紅蓮の目は正気に戻り、頭を激しく振りながら辺りを見た。

 

 

『……俺、何が』

 

『……』

 

『これでいい。

 

さて……お前等は、どういう罰を与えようか?』

 

 

数発の雷を落とす獣に、攻め込んでいた妖怪達は怖じ気つき、一斉に身を引いた。

 

 

『……紅蓮』

 

『?』

 

『美麗のこと、頼んだぞ』

 

 

それだけを伝えると、天花は粒になり天へと昇って逝った。

 

 

『……月が真上に昇った時、あの場所へ来い。

 

小娘を連れて』

 

『え?あの場所?』

 

『場所は、あの西洋妖怪が知っている』

 

『……』

 

 

雷を放ち、獣は妖怪達を引き連れてその場を去った。

 

 

 

地下から出て来た幸人達……秋羅が出た直後、出入り口になっていた階段が崩れた。

 

 

「……!

 

紅蓮!!天花!!」

 

「先に城へ戻ってろ!!

 

陽介、来い!」

 

 

崩れた階段を跳び越え、陽介と共に幸人は建物の裏にある森へ行った。

 

秋羅の腕にいた美麗は、追い駆けようとした時だった。突如森から、出て来た妖怪は咆哮を上げてそこにいた美麗達に攻撃した。

 

 

「消えろ!!邪魔するなぁ!!」

 

 

秋羅の腕から降りた美麗の体から、妖気のオーラを放ちその力を糧に手から氷の刃を出しその妖怪に攻撃をした。倒れた妖怪を前に、美麗は地面に座り込み自身の手を見た。

 

 

「……何……今の」

 

 

座り込んだ彼女を、秋羅は抱き上げた。抱き上げられた彼女は、スッと目を閉じそのまま眠ってしまった。

 

 

「眠っちまった……」

 

「妖力を使い過ぎたのね」

 

「……」

 

「ここは2人に任せて、私達は城へ戻りましょう」

 

 

ふと空を見ると、晴々とした青空から数発の雷が大きい音と共に落雷した。それを合図に、町を襲っていた妖怪達が、次々と撤退していった。

 

 

「妖達が、去って行く……」

 

「あの雷……ここの妖怪達の親玉か何かか?」




森へ来た幸人達……土煙が上がる所へ行くと、崩れた天井を伝い出て来た紅蓮が、頭を振りながらそこに現れた。


「紅蓮!」

『?

幸人か……美麗は』

「秋羅達と一緒だ」

『そうか……』

「それより、曾祖母様は?」

『……消えた』

「え?」
「は?」

『時間制限があったみたいだ。

それで、時間が来てさっき』

「……」

「……婆らしい、別れだな」

「……」


被っていた帽子の鍔を掴み深く被りながら、陽介は下を向いた。幸人は、ポケットから煙草を取り出し、それを吸いながらしばらく空を眺めた。


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約束と別れ

日が沈む頃、行方不明となり囚われていた者達は、皆家族の元へ無事返されていった。


城へ帰ってきた秋羅達は、すぐに傷の手当てをされた。その数時間後、遅れて幸人達は帰ってきた。怪我を負っていた紅蓮を、暗輝に受け渡すと幸人と秋羅は誰とも会話を交わすこともなく、部屋へ閉じ籠もってしまった。


数日後……

 

 

部屋で眠っていた美麗は、目を覚ました。ボーッとする中、部屋を一通り見回すと何かに気づいたのか、ベッドから飛び降り部屋を出た。

 

 

「あれ?起きたかい?」

 

 

声が聞こえ振り向くと、数枚の資料を持った榊が立っていた。

 

 

「随分、ゆっくり寝てたね?

 

起きれるって事は、体の方はもういいのかな?」

 

「えっと……

 

 

天花達は?」

 

「天花?

 

 

その人は知らないけど……

 

秋羅君は多分、外に……って、おい!」

 

 

榊の横を通り、庭へ出た。庭へ出ると、そこには討伐隊の兵士が見回りしており、彼等と目が合いそれと同時に、後から追い駆けてきた榊の言葉に、兵士達は一斉に美麗を捕まえようとし出した。

 

 

美麗は華麗に避けながら、兵士達に攻撃し庭中を逃げ回った。角を曲がった際、何かにぶつかり頭を軽く振りながら見上げた。

 

 

「……あ!

 

秋羅!」

 

「何やってんだ?お前……」

 

 

「いたぞ!」

 

 

追い駆けてきた兵士達の声に、美麗はすぐに秋羅の後ろへ隠れた。

 

 

「な、何てすばしっこいんだ……」

 

「あの、美麗が何かやりましたか?」

 

「急に部屋を飛び出したから、追い駆けちゃって……」

 

「そのまま追いかけっこ!」

 

「……」

 

「ねぇ秋羅、天花は?」

 

「そ、それは……」

 

「?

 

 

あと、紅蓮はどこ?」

 

「紅蓮なら、別室だ。

 

行くか?」

 

「うん!」

 

 

 

紅蓮が眠る部屋で彼の治療をしていた暗輝は、戸が開く音に気付き振り返った。

 

そこには、美麗と秋羅がおり先に入ってきた彼女は、まだ眠っている紅蓮に抱き着いた。

 

 

「紅蓮の様子は?」

 

「今んとこ、問題は無い。

 

寝てるのは、多分妖力を使い過ぎたんだろう。美麗と同様に」

 

「……」

 

「ねぇ、紅蓮いつ起きる?」

 

「もう少ししたら起きるよ」

 

「よかった!

 

ねぇ!天花は?天花は、どこにいるの?」

 

 

美麗の言葉に、二人は困った表情をしながら互いを見合った。その様子に、彼女は首を傾げると秋羅の元へ行った。

 

 

「ねぇ、秋羅。天花は?」

 

「……」

 

「秋羅?」

 

「……

 

 

美麗、落ち着いて聞いてくれ」

 

「……」

 

「天花さんは……天花さんは、もういないんだ」

 

「え?」

 

「地下から出たあの日に、突然いなくなってな……

 

幸人達が探しに行ったんだけど、どこにも」

 

「……何で……」

 

「?」

 

「何で天花、いなくなっちゃったの!

 

何で!」

 

「美麗……」

 

 

大粒の涙を流しながら、美麗は秋羅の服を引っ張りながら言った。

 

 

「何で!!何で、皆いなくなるの!!」

 

「美麗!」

 

「パパは森に行ったきり、帰って来なかった!!

 

ママだって、突然いなくなった!!

 

 

何で!!何で、皆」

 

 

言い掛けながら、美麗はフラッと倒れた。倒れた彼女を、慌てて秋羅は支え横に抱き上げた。

 

 

「まだ回復しきってなかったんだな……」

 

「……」

 

「無理もねぇよ。

 

 

突然、大事な奴がいなくなったんだ……混乱するに決まってる。

 

ましてや、美麗は中身がまだ甘ったれのガキと変わんねぇんだ」

 

「……確かに、そうですよね。

 

 

俺も、親父が死んだ時全然信じられませんでしたから」

 

 

 

 

眠っていた美麗は、暗闇の中をゆっくりと落ちていた。

 

スッと目を開けると、映画のスクリーンのように記憶が流れた。

 

 

母・美優に抱かれた幼い自分が、父・麗桜を見送っていた。しかし、それを最期に麗桜が自分達の元へ帰ってくることはなかった。

 

その1年の後、ベッドに寝込んでいた美優に頼まれ、美麗は花を摘みに行きその花を持って帰った。だが、その間に美優は亡くなった……理解できなかった幼い自分は、亡くなった彼女の周りに、摘んできた花を並ばせた。

 

 

 

その事を思い出した美麗は、涙を流しながら目を覚ました。外は既に暗く、涙を拭きながら美麗は起き上がった。その時、不意に戸が開き外から人の姿をした紅蓮が入ってきた。

 

 

「紅蓮!?何で……」

 

『……ちょっと来い』

 

「え?」

 

『早くしろ』

 

「え、待って!」

 

 

先行く紅蓮について行くと、庭にエルがいた。寄ってきたエルの頭を撫でる美麗を、紅蓮は問答無用で背中へ乗せ自身も乗ると、エルに合図を送った。

 

紅蓮の合図に、エルは翼を羽ばたかせある場所へと向かった。

 

 

 

 

とある丘へ辿り着くと、エルは身を低くし鳴き声を発した。美麗は恐る恐るエルから降り、辺りを見回した。彼女に続いて降りた紅蓮は、黒狼の姿へなり彼女の傍に立った。

 

辺りには、丘を埋め尽くすよう若葉が生い茂った木々が生え並んでいた。

 

 

「……凄ぉ……

 

 

(あれ?ここ、前にも……)

 

 

?」

 

 

風に当たりざわめく木々の音と共に、それは現れ振り返った。

 

 

「……!!

 

天花ぁ!!」

 

 

木の前にいた天花に、美麗はすぐに駆け寄り飛びついた。飛び付いてきた彼女を、天花は受け止め屈みながら撫でた。

 

 

『ごめんな。急にいなくなって』

 

「どこに行ってたの?

 

どこを探してもいなかったって」

 

『……美麗』

 

「?」

 

『私はもう、傍にはいられない』

 

「え……

 

何で……私が悪いから?」

 

『違うよ。

 

 

私は、元々この世の者じゃない。それは美麗も分かるだろう?』

 

「うん……」

 

『この世界の節理で、死んだ者は美麗や幸人達が住むこの世界にいちゃいけないんだ』

 

「じゃあ何で、天花は……」

 

『美麗を、守りたかったから。その願いで、この世に来れたんだ。

 

 

だが、その役目はもう果たした』

 

「……!

 

天花、体」

 

 

天花の体は徐々に光の粒となり、粒は天へと昇っていくようにフワフワと飛び出した。

 

 

『時間だ……』

 

 

そういって、天花は後ろに挿していた物を抜き、美麗に手渡した。それは、彼女が持っていた小太刀だった。

 

 

『私は消える……だが、魂はずっとこの小太刀の中で生きる。

 

ずっと傍にいるよ、美麗』

 

 

受け取ったと共に、天花は空へと消えていった。小太刀を強く握りながら、美麗は泣き喚いた。その泣き声は辺りの山々、森、そして志那国まで響き渡った。




スッと目を開ける幸人……


何かが光りその光を気にしながら起き上がると、目の前に半透明の天花が立っていた。


「……婆。


陽介、起きろ!」

「何だ……騒々しい…」


目を擦りながら起きた陽介は、彼女の姿を見て声を失った。固まっている二人に、天花は抱き寄せた。


『別れを言いに来た……

陽介、働き過ぎて体を壊すんじゃないよ。
幸人、手抜きもいいがたまにはビシッとしろよ。


あと二人共、美麗のことを頼んだぞ。










おい、泣くな……




貰い泣きするだろう。




貴様等にまた会えてよかった。立派に成長していて……私の自慢の曾孫だ。




じゃあな』


声を殺して泣く、二人の頭を撫でながら天花は静かに、天へと昇って行った。消えると共に、二人は地面に塞ぎ込み、明け方まで人知れず泣き続けた。


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王位継承式

昼花火が上がる、志那国……


城の門が開き、港町から城下町からとワラワラと人々が集まっていた。

控え室にいた夜白は、王の正装服へ着替えていた。手を挙げながら退屈そうにあくびをしているとノックがされ外から、花琳が入ってきた。


「あら!花琳!」

「とても、ご立派な姿で。女王様」

「女王になるのは、この後!


あれ?美麗達は?」

「彼等なら……

今、ちょっと頑張ってるわよ」

「?」


ある一室……ブレスレットの留め具を、幸人は直していた。その間、彼の近くにいた美麗は遊びに来ていた虎と戯れていた。

 

 

「……

 

 

 

よし……な、直ったぁ」

 

 

目に着けていた片目の虫眼鏡を取りながら、幸人は体を伸ばした。

 

 

「直った?」

 

「直った直った。

 

美麗、両手出せ」

 

 

差し出した彼女の手首に着けられていたミサンガを外し、幸人は直った二つのブレスレットを着けさせた。

 

 

「ありがとう!

 

夜白の所、行ってくる!」

 

 

嬉しそうに言い、美麗は虎と共に部屋を出ていった。その入れ違いに、暗輝が部屋へ入ってきた。

 

 

「何だ?直ったのか?ブレスレット」

 

「あぁ、さっきな」

 

 

目薬を差しながら、幸人は答えた。その様子に、暗輝は鼻で笑いながら、机に凭り掛かった。

 

 

「流石に、二日酔いはキツいってか?」

 

「うるせぇ」

 

「自棄酒飲むからだぞ。

 

けどさっき陽介見たが、あんまり酔ってるようには……」

 

「いや、アイツ多分陰で吐いてるぞ。

 

 

伍長に昇進した時に、俺のおごりで仲間達と酒場に行って、明け方まで飲み明かしたんだ。

 

そしたら、その日の任務中……ずっと吐いてたって話だ」

 

「あんな堅物でも、弱点はあるんだな」

 

「あるだろう。

 

無きゃ、怖い」

 

「まぁ、その堅物の傍で寝てた美麗は只者じゃないな……」

 

 

 

 

一週間、部屋から出てこなかった幸人と陽介を気に掛け、秋羅は暗輝と共に部屋の戸をノックして中をソッと覗いた。

 

中では、テーブルの上に空の酒瓶が数本転がっており、ソファーで横になる幸人と、ベッドで眠る陽介、さらに彼の腕を枕代わりに眠る美麗がいた。

 

 

『……何やってんだ……この馬鹿2人は』

 

『何か、心配して損したような気が……』

 

『そんで……

 

何で美麗が、ここにいるんだ?』

 

『俺が聞きたいです』

 

 

 

楽器の音色が、城内に響き渡った。

 

 

「夜白様、お時間です」

 

 

控室で待機していた夜白は、傍にいた香月の手を借りて椅子から立ち上がり、テラスへと向かった。

 

 

 

 

『え!?引き取る?!』

 

 

さらわれた者達が無事家族の元へ帰された中、香月はただ一人城に残っていた。そんな彼女を、夜白達が引き取ると言っていたと、花琳は秋羅達に話していた。

 

 

『誰も迎えに来なくて、家来に彼女の素性を調べに行って貰ったらしいの。そしたら』

 

『そしたら?』

 

『誰も、家族が残ってないのよ。

 

彼女の話だと、ご両親は5年前に前の人身売人の頭に殺されているみたいで。

 

 

2年前まで、祖母が生きていたみたいだけど、流行病でもう……

 

それにあの子、少し成長が遅れているのよね』

 

『遅れてる?

 

どういう事ですか?』

 

『話し言葉といい、行動といい、まるで美麗ね』

 

『え?』

 

『見た目は夜白様と同じ15歳の女の子。

 

だけど、中身は10歳に満たない子供』

 

『……それって』

 

『あのチラシが貼られたのが10年前……

 

 

その当時の年齢が5歳で、真面な教育を受けていなかったら、そうなるわ』

 

『……』

 

『でも、夜白様にとっては嬉しい事ね。

 

 

だってそうでしょう?

 

同じ年の女友達が出来たんですもの』

 

 

 

 

テラスへ出て行き、壇上に上った夜白は下に集まる民達に、手を振り挨拶をした。

 

 

「夜白女王陛下!!万歳!!」

 

「バンザーイ!!」

「バンザーイ!!」

 

 

歓声が響く中、テラスの隅で幸人達は笑顔で手を振る夜白を眺めていた。

 

 

 

大いに盛り上がる継承式……楽しげに笑い合う民達の声に紛れて、幸人達は花琳が管理する森へ来ていた。

 

 

「本当に行くの?もう少しいてもいいのよ?」

 

「とっとと帰って、自分のベッドで寝たい。

 

それに、今じゃないとあの女王陛下が離れたくないって泣き喚く」

 

「まぁ、確かに」

 

「この式が終わり次第、我々も祖国へ帰還する」

 

「あら?てっきり、もう少しいるのかと思ってた」

 

「緊急招集が掛かっている。

 

終わり次第、すぐに帰還せよと命が」

 

「相変わらず、お忙しいことで。

 

 

ところで、美麗は?」

 

「ん?

 

あれ?そういや……」

 

「エルと紅蓮もいないぞ」

 

「……どこ行きやがった……」

 

 

 

木々が生い茂る丘へ来た美麗……

 

 

辺りを見回しながら、彼女はそこを歩いていた。

 

 

『美麗、そろそろ帰らねぇと幸人達が怒るぞ』

 

「もう少し……

 

 

(何だろう……

 

何で、こんなに胸が締め付けられるんだろう……)」

 

 

胸を強く握りながら、美麗は風でざわつく木々を見上げた。

 

 

「……紅蓮」

 

『?』

 

「私にさ、兄弟(姉妹)いたのかな?」

 

『何だ?いきなり』

 

「だって……

 

最近、思うんだ……100年前、私にはパパやママの他に、もう一人誰かいたんじゃないかって……」

 

『……』

 

「パパと過ごした日々の記憶は曖昧だけど、ママと過ごした日々は微かに覚えてる。

 

 

でも、ママが亡くなった以降の記憶が、全然無い。

 

 

何で、その時の記憶が無くて……100年もずっと寝てたんだろう」

 

『……』

 

「紅蓮も同じでしょ?

 

目が覚めたら、私がいた……」

 

『……俺にも分かんねぇ。

 

 

けど、無い記憶はお前にとって嫌な物なのかも知れない』

 

「嫌な物?」

 

『天狐と地狐は、その記憶を思い出させたくなくて、消したんだよ。

 

そんで、そのポッカリ空いた穴に、俺を入れて塞いだんだ』

 

「……でもその記憶、私」

 

『時期に思い出すさ。

 

1年前まで“紫苑”って、名乗ってたけど……ちゃんと、自分の本名思い出して、今は“美麗”として生きてるじゃねぇか』

 

「……」

 

 

どこからか竜の鳴き声が聞こえ、上を見上げると空からプラタが降りてきた。

 

 

「プラタ!」

 

『迎えに来たみたいだな。

 

 

帰るか』

 

「うん!」

 

 

エルの背に乗り、美麗達はそこを去って行った。

 

彼等が去って行った後、そこへあれが現れた……雷を使う獣が。

 

 

獣は引っ込めていた額から角を生やすと、天から雷を数発落とした。

 

 

 

その雷は、志那国にまで轟いた。その音に、夜白達は空を見上げた。

 

 

「雷?こんなに晴れているのに……」

 

「あれは、この地に住む麒麟様の雷よ」

 

「麒麟?」

 

「えぇ。

 

 

妖怪の裁判官と呼ばれている神の妖怪。きっと、あなたが女王になったから、そのお祝いに起こしておるのかもね」

 

 

「……

 

 

 

 

ところで、美麗は?それに秋羅さん達も……」

 

「あいつ等なら、もう帰った」

 

「えぇ!!

 

何で!!私、まだお別れ言ってないのに!」

 

「ビービー泣かれるのが、嫌だ何だとさ」

 

「泣きません!」

 

「まぁまぁ、夜白様。

 

また機会がありましたら、こちらへ遊びに来ますと幸人達は申しておりましたし」

 

「それ、本当?」

 

「えぇ」

 

「じゃあ、また会えるのね!

 

よかったぁ!

 

 

今度来たら、香月も一緒に遊びましょうね!」

 

「……はい!」




空の上……ネロの背に乗り、手で頭を抑え半泣きをする美麗を、一緒に乗っていた紅蓮は宥めていた。


「いつまでも泣くな。ったく」

「だって幸人が思いっ切りぶった!!」

「当たり前だ!!勝手な行動したんだからな!」

「まぁまぁ、そう怒るなって」

「美麗も美麗だぞ。

勝手に一人でどっか行ったんだから」

「一人じゃないもん!紅蓮とだもん」

「紅蓮は妖怪だろうが!」

「違うし!人だし!


てか、別にいいじゃん!!妖怪達と戦えるし!」

「今回で、散々な目に遭った挙げ句、人質に取られたのは、どこの誰だ?」

「……



ごめんなさい」


シュンとした美麗に、秋羅と暗輝は苦笑いを浮かべた。


去って行く彼等を、半透明の姿をした天花は見届け、姿が見えなくなると、空へと登りながらその姿を消した。


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後遺症

「美麗、美麗。起きてるか?」


志那国から帰ってから、一ヶ月が過ぎた。

遠出の依頼も無く、簡単な依頼を熟す日々を幸人達は過ごしていた。


そんなある日、お昼を過ぎても美麗が起きてこなかった。不思議に思った秋羅は、部屋の戸をノックをしながら彼女の名を呼んだが、中からは何も反応が無かった。


「(どうしたんだ?いつもなら、もう起きてエル達に餌やってる頃なのに……)

美麗、入るぞ」


中へ入り、明かりを点けベッドを見た。頭から毛布を被った美麗が眠っていた。


「……美麗、どうした?」

「……」

「調子悪いのか?

ちょっと、顔見せて見ろ」


秋羅の言葉に、美麗は目元だけ毛布から顔を出し、秋羅の方を向いた。出た彼女の額に手を置くと、手が燃えるように熱かった。


「酷ぇ熱じゃねぇか!」


秋羅が額から手を離すと、美麗はすぐに毛布を被った。


「顔出せ!顔!


幸人!ちょっと来てくれ!」


美麗の部屋へ来た幸人は、彼女の熱を測った。真っ赤になった顔を出した美麗の額に、秋羅はタオルと氷を置いた。


「……かなり高いな。


今から水輝呼んでくる」

「分かった」


数時間後……玄関を勢い良く開けた水輝は、すぐに二階へ上がり、美麗の部屋へ入った。

 

 

「水輝さん!早く、美麗を診て下さい!」

 

「すぐに診るから、そこを退いて。

 

ミーちゃん、ちょっと体触るよ」

 

 

手を伸ばしてきた水輝に、美麗は嫌がるようにして毛布を被った。

 

 

「美麗!それだと、水輝さんが診られねぇだろう!」

 

「秋羅、いいよ。

 

この熱、いつからか分かる?」

 

「気が付いたのが、昼過ぎなんで……いつからかは」

 

「まだ詳しくは分からないけど、パッと診たところ、熱以外の症状が無いみたいだね。

 

咳はしてないみたいだし……

 

 

嘔吐とかは?」

 

「してないです」

 

「食欲は?」

 

「……あるとは思うんです。

 

今朝から、何も食べてないんで」

 

「そっか……

 

 

ミーちゃん、お腹減ってる?」

 

 

水輝の問いに、美麗は首を左右に振った。その答えを見た水輝は、着ていた白衣を脱ぎ、腕捲りをしながら美麗の毛布を剥ぎ、顔だけを出させた。

 

 

「ちょっと首を触るよ。大丈夫、痛い事はしないから」

 

「……」

 

 

丸まっていた美麗は、水輝の方に体を向かせた。水輝は、首を軽く押すようにしながら触り、首に掛けていた聴診器で、彼女の胸やお腹の音を聞いた。

 

一通り終わると、眠ってしまった美麗に毛布を掛け、秋羅と共に部屋を出た。

 

 

 

「ストレスからくる熱?」

 

 

椅子に座った水輝は、美麗の診断結果を秋羅と幸人に話していた。

 

 

「私の結果ではね。

 

胸やお腹の音を聞く限り、至って正常。

 

首も触ってみたけど、別に腫れてるわけではなかった……

 

 

けど、あの熱は異常。普通の人であの熱が出たなら、何かしらの症状があってもおかしくない」

 

「それで、ストレスからくる熱って訳か……」

 

「最近、ミーちゃんに何かした?

 

彼女が嫌がるような」

 

「最近って言っても、別に嫌なことはさせてないし。

 

あると言ったら、志那国でちょっと」

 

「ちょっと?

 

何かあったの?」

 

「敵に捕まって、鎮静剤打たれた」

 

「……それだね。原因」

 

「けど、一ヶ月も過ぎてるから別に」

 

「そう簡単に、忘れられないよ。

 

特にそれ(注射器)にトラウマがあるというなら、尚更。その時平気でも、後々になって体に出ることはある。

 

 

それから、もう一つ。

 

ミーちゃん、もしかしたら半妖にしか掛からない病気にかかっているのかも知れない」

 

「!?」

 

「私は“人”専門の医者。

 

半妖に関しての知識は、皆無だ。人からの目線で言えば、ストレスからくる熱だけど、半妖として診るなら原因不明だ」

 

「……」

 

「とりあえず、解熱剤は置いて行く。気休めにしかならないかも知れないけど。

 

 

とにかく、あの熱をどうにかしないと。あと、無理矢理にでもいいから、何か食べさせて。

 

多分、あの熱で体力をかなり消費しているはずだから」

 

「分かった」

 

 

解熱剤を渡し、水輝は帰っていった。

 

 

「……薬置いてったはいいが、美麗の奴飲むかな」

 

「何か問題か?」

 

「美麗、薬飲むの凄ぇ嫌がるんだよ。

 

 

前も、飲ませるだけで2時間掛かったし」

 

「だったら飯に混ぜれば良いだろう」

 

「それが出来たら苦労しねぇよ!」

 

「とにかく、何か食べさせて薬飲ませろ。

 

俺はその間、報告書書いてくる」

 

「お前も少しは手伝えよ!幸人!!」

 

 

秋羅の言葉を無視して、幸人は自身の仕事部屋へ入った。

 

秋羅は、深く溜息を吐きながら、瞬火と共にキッチンへ行った。

 

 

 

 

数時間後……

 

 

「さぁて、お粥は作ったはいいが……

 

果たして、この薬を飲んでくれるか」

 

『お粥に混ぜて、食べさせるのが手っ取り早いんだが……』

 

「だから、それが出来ないから困ってんだよ……」

 

 

 

部屋へ入り、机の上にお粥と水が乗ったトレイを置き、眠っている美麗を起こした。

 

秋羅に起こされた美麗は、不機嫌そうな表情を浮かべて起き上がった。

 

 

「そんな顔すんなよ。

 

飯食ったら、すぐ寝ていいから」

 

「いらない」

 

「食わなきゃ駄目だ。

 

水輝さんから、薬貰ってんだから」

 

「飲まない」

 

「飲まねぇと、その熱下がらないぞ」

 

「嫌だ!!」

 

「美麗!!」

 

「嫌だ!!飲まない!食べない!」

 

「薬はともかく、飯は食わねぇと!」

 

「嫌だ!!」

 

『凄い嫌がりっぷりだな……

 

子供でいう、イヤイヤ期か?』

 

「ただ単に、熱で頭が混乱してんだと思う。

 

混乱というか、昔の性格が引き出てるのかも知れない」

 

『……』

 

「仕様が無い、お粥ここ置いとくから食べたくなったら食えよ。

 

 

俺、少し買い物行ってくるから。瞬火、手伝い頼む」

 

『大丈夫か?美麗一人で』

 

「一人で……

 

 

そういや、紅蓮の奴はどこ行った?」

 

『エルの所にでも、いるんじゃないのか?』

 

 

 

エルがいる小屋の戸を開けた秋羅は、瞬火と一緒に中を覗いた。

 

 

『……物家の空だな』

 

「どこ行きやがった……アイツは」

 

『あれだな……

 

紅蓮がいない分、誰に甘えていいのか分からなくなってるんだろうな、美麗は。

 

風邪で弱っている子供は、いつもの倍以上親に甘えたいものだ』

 

「子供でも、アイツは100歳超えだぞ」

 

『妖の世界で、100歳はまだ子供だ。

 

 

私は200歳を超えているがな』

 

 

 

毛布を頭から被り、眠ってた美麗はスッと起き毛布の中から顔を出し、部屋を見回した。

 

 

「……紅蓮?

 

紅蓮……紅蓮」

 

 

応答が無いのを不思議に思った美麗は、重い体を起こしベッドから降りた。

 

 

「……紅蓮……

 

紅蓮……(どこ行ったんだろう……)」

 

 

ふらつく足で、部屋を出ようと戸を開けた。すると目の前に、幸人が立っていた。

 

 

「そんなフラフラで、どこ行こうとしてんだ?」

 

「紅蓮がいないから……探しに」

 

「アイツなら今、出掛けてる。

 

 

時期に帰ってくるから、布団に戻れ」

 

「……」

 

 

ボーッとしていた美麗は、フッと意識が無くなり倒れた。倒れてきた彼女を、幸人は慌てて支え横に抱くと、そのままベッドに寝かせた。

 

 

(……お粥、冷めてるな……

 

手は付けてないと……薬も飲んだ形跡がない。

 

 

本当に嫌いなんだな……)

 

 

ベッドに置かれていた猫の抱き枕を、紅蓮代わりに抱き着くようにして、眠っている美麗を幸人はしばらく眺めた。




『幸人、陽介、ほら!

林檎擦ってきたよ』

『擦ってきても、それ食った後どうせあの苦い薬だろう?嫌だよ』

『ガキ』

『何だと!』

『コレ!喧嘩するな!


大丈夫。お前達は私の自慢の曾孫だ。

薬なんて、平気なはずさ!』

『……』


渡された皿に盛られた擦られた林檎……それを二人は、息を合わせるようにして口に入れた。

甘酸っぱい味が、口の中に広がった……風邪で食欲が無くなっていたのに、不思議と食べられた。


『ほら、やっぱり飲めた』

『?』
『?』

『その擦り林檎、お前達の嫌いな薬が掛かってるんだよ』

『嘘……』
『マジかよ……』

『だけど、ちゃんと食べて薬も飲んだ。

流石、私の曾孫だ!』


しわしわの手で、天花は陽介と幸人の頭を撫でた。二人は互いを見合うと、笑みを浮かべて天花に微笑んだ。


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昔の料理

夕方、秋羅は瞬火と共に買い物から帰ってきた。キッチンへ行くと、流し台に洗われた包丁、まな板、おろしが干されていた。


「?

瞬火、お前おろし使った?」

『使うわけ無いだろう。

ずっと、お前と買い物行っていたんだから』

「だよな……




粉薬が一個無くなってる……美麗の奴、飲んだのか?」


気になり、二階へ上がり美麗の部屋を覗いた。中では、ベッドに凭り掛かり眠る幸人と、彼の手を掴みながら美麗が眠っていた。


「……」


ふと、机の上を見ると置かれていたお粥は手付かずだったが、その横に置かれた皿は綺麗になくなっていた。


「……何食ったんだ?


幸人、幸人、起きろ」


秋羅の呼び掛けに、幸人は目を開け寝惚けた顔をしながら、大あくびをした。


「何だ?帰ってたのか」

「さっきな。

何食わせたんだ?お粥は手付かずみたいだけど」

「婆直伝の飯。


あぁ、あと薬は飲ませた」

「……え?!

飲んだのか?!薬」

「飯に混ぜて飲ませた。

そしたら、すぐに眠った」


握れていた美麗の手を離させ、ベッドに転がっていた猫の抱き枕を抱かせ、半分剥いでいた毛布を掛けた。


(……何か、美麗の奴……

天花さんと再会して別れてから、妙に幸人に懐いてるよなぁ。


やっぱり、曾孫だからにおいとか雰囲気が一緒なのか?)


それから、薬を飲み続けるが美麗の熱は一向に下がる気配が無かった。

 

発熱してから一週間後、診察に来た水輝は計り終えた体温計の温度を見ながら、渋い顔をして美麗の額に手を置いた。

 

 

「解熱剤はちゃんと飲んでるよね?」

 

「あ、はい」

 

「……それでも、熱が下がってない。

 

別の薬を試してみるか」

 

「嫌だ!!もう飲まない!!」

 

「そんな事言わないで。

 

飲まないと、その熱下がらないんだよ?ミーちゃん」

 

「嫌だ!」

 

「ミーちゃん……」

 

「……

 

 

 

 

注射しない?」

 

「え?」

 

「……治っても、注射しない?

 

実験もしない?」

 

「何言ってんだよ。俺等そんな事」

 

 

言い掛けた秋羅を、幸人は人差し指を口の前で立てて黙らせた。

 

 

「何もしないよ」

 

「本当?」

 

「うん。

 

それより、私達は早くミーちゃんに元気になって貰いたいんだ」

 

「……」

 

「だから、お薬飲もう。ね?」

 

 

黙って頷くと、美麗は毛布から出て来た。水輝はスプーンに、液状の薬を入れそれを彼女に渡した。渡された薬を、美麗は嫌な顔をしながら、一気に飲んだ。

 

 

「苦い……もう飲まない!」

 

 

そう言って、美麗は毛布を頭から被った。毛布の上から、水輝は彼女を撫でると、幸人達と共に部屋を出た。

 

 

 

「なぁ幸人」

 

「?」

 

「美麗の奴、何でさっきあんな事聞いたんだ?

 

俺等、実験だの注射だのやったことないのに」

 

「熱で記憶が混乱してんだろう。

 

昔の記憶とごちゃ混ぜになってんだよ」

 

「確かにそうだね。

 

最初に診察しようとした時、ミーちゃん、私の白衣姿を見ただけで怯えて、拒否してたけど……

 

私が白衣脱いだら、すんなり診察させてくれたし」

 

「……」

 

「それで、あの解熱剤で熱下がるのか?」

 

「分からない。

 

この解熱剤も効かなきゃ、最終手段として注射するしかない」

 

「え……ま、マジですか?」

 

「大丈夫。

 

彼女を眠らせてから、注射はするから。まぁ、素直に薬を飲めばの話だけど」

 

 

その時、突然玄関のドアが勢い良く開いた。中へ入ってきたのは、掠り傷を所々に付けた紅蓮だった。

 

 

「紅蓮!?」

 

「どこに行ってたんだよ!今まで」

 

『美麗は?まだ熱、あるか?』

 

「まだあって、今寝てるけど……

 

 

ねぇ、その瓶に入ってる水は?」

 

『薬だ』

 

 

そう言って、紅蓮は二階へ上がり美麗の部屋に入った。戸を開ける音に、目を開けた彼女はすぐに起き上がった。

 

 

「紅蓮……傷」

『美麗、口開けろ!』

 

「え?」

 

『飲め!』

 

 

瓶の蓋を開けた紅蓮は、美麗の口を無理矢理開けると、薬を流し入れた。苦い味が口に広がった美麗は咽せ、そして凄い吐き気に追われた。

 

紅蓮は傍にあった、空の桶を取りそれを彼女の口元へ持ってきた。それを待ってましたかのようにして、美麗は勢い良く嘔吐した。

 

口から出て来たのは、黒い泥のような物だった。

桶の半分まで吐いた美麗は、疲れ切り倒れた。虚ろな目で目の前にいる紅蓮を見つめながら、彼の伸ばしてきた手を軽く握ると、深く息を吐きながら眠ってしまった。

 

 

 

黒い泥のような物が入った桶を、紅蓮は牧場の真ん中へ置いた。彼は人から黒狼に姿を変えると、口から炎を噴き出し、その泥を桶ごと燃やした。

 

 

 

「妖力の溜め過ぎ?美麗が?」

 

 

リビングで、呼んで貰った暗輝から手当てを受けながら、紅蓮は話していた。

 

 

『ここへ来る前に何度か美麗の奴、高熱出したことがあったんだ。

 

その度に、体内に溜め込んでた妖力をさっきの薬を使って、吐き出させてたんだ』

 

「さっきの薬って……あれ、何の薬?」

 

「テメェ、今までどこに行ってた。

 

エルをあんなに、疲れさせて」

 

『一度に質問するな。

 

 

エルに手伝ってもらって、北西の森に行ってた。

 

あの薬は、半妖の妖力を安定にさせる効果がある草から、作ったものだ。探すのに苦労したんだぞ』

 

「まぁ、これで熱が引いてくれれば、いいんだけどね」

 

『引くに決まってんだろう。

 

美麗は、あの薬で何度も高熱治してるんだから(なんだ……美麗の熱は、今回が初めてのはずなのに……)』

 

 

 

夜……

 

 

秋羅が作ったお粥を、嫌がらず普通に美麗は食べていた。食べながら熱を測っており、時間が経つと水輝は体温計を取り温度を診た。

 

 

「……凄い……

 

 

もう微熱になってる」

 

「マジかよ……」

 

「私の解熱剤は、一体何だったんだ……」

 

「そう落ち込むな、水輝」

 

「吐いたら楽になった」

 

「本当に、妖力が堪ってたんだな……」

 

「ごめん……ごめんよぉ、ミーちゃん!

 

そうとは知らず、無理矢理苦い薬飲ませて!

 

 

お詫びに、何か欲しいのある?」

 

「林檎!」

 

「それ食ったら、剥いてきてやるよ」

 

「天花のがいい!」

 

「え?天花さんの?」

 

「それって、何?」

 

「あぁ、あれか。

 

作ってくるから、ちょっと待ってろ」

 

 

そう言って、幸人は下へ降りた。その後を、秋羅と暗輝はついて行った。

 

 

「幸人は、何を作ったの?」

 

「ん?

 

擦り林檎。天花と同じ味がするの!」

 

 

キッチンへ来た幸人は、籠に盛られていた林檎を一つ取り洗うと、慣れた手で皮を剥いていった。

 

 

「天花さんの林檎って、擦った奴だったのか」

 

「ガキの頃、風邪引きゃこれ食わして貰ってたからな。

 

擦った林檎に、レモンと少量の砂糖を入れてな」

 

「幸人でも、風邪引くのか……」

 

「引くわ!

 

まぁ、しょっちゅう引いてたのは陽介だったがな」

 

「あぁ、確かに。

 

アイツ、施設にいた頃しょっちゅう引いてたもんなぁ」

 

「そんで、幸人がずっと傍にいて」

 

「くだらねぇ事言うと、テメェ等の首引き千切るぞ」

 

 

 

幸人が作った擦り林檎を食べ終えた美麗は、紅蓮の胴に頭を乗せ眠ってしまった。そんな彼女に、水輝はベッドから毛布を取りそれを掛けた。

 

 

「明日か明後日辺りには、熱は引いてると思うよ。

 

ご飯もしっかり食べてたし」

 

「そうか……」

 

「妖気堪ったのって、やっぱり海外の妖怪から」

 

「かも知れねぇな。

 

知らず知らずの内に、取り込んでたんだろう」

 

「そんじゃあ、また明後日来るよ」

 

「あぁ、ありがとな」

 

「いいって」




数日後……


「エル!こっち!」


晴々とした青空の下、美麗はエル達と牧場を走り回っていた。


「すっかり元気になったな。美麗の奴」

「先週まで、高熱で弱ってたなんて思えないな」

「そういえば、幸人は?」

「本部に送る報告書書いてます。

何か、書いてなかったみたいで」

「またかよ……」



机に無造作に置かれた書類の山……その横で幸人は、ソファーで仮眠を取っていた。

眠る彼の前に、現れる天花……彼女は、微笑み浮かべると、幸人の頭に手を置き何かを囁くと、スッと消えた。


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生存者

深々と小雪が降る外……


「は?!


半妖がまだ生存してた!?」


幸人の声に、お茶を運んでいた秋羅は危うくコップを落としかけ、傍で本を読んでいた美麗は恐る恐る、彼の方に顔を向けた。

資料を片手に話しに来ていた陽介と大地は、片耳に指を入れながら、話を続けた。


「調査隊からの情報だ。

まだ、確証はない」

「準備が整え次第、僕チンそこへ行こうと思うんだけど……」

「どうぞ勝手に行って下さい」

「冷たくしないで幸君!!」

「本部からの要請で、俺とこいつの他に、貴様と保奈美、葵が今回の任務に同行しろと」

「何で俺等、祓い屋まで行かなきゃいけねぇんだよ」

「その半妖がいる所が、妖怪の出現数が他よりも多いからだ」

「だから、祓い屋が来いってか?」

「そういう事だ。

今、仕事が入っていないのが貴様等3名だけだったんだ」

「何か、貧乏くじ引いた感じだな」

「文句を言うな」

「その任務、受けるとして報酬は?」

「倍は出す」

「……その任務、引き受ける」

「どうも」

「でも、今回暗輝さん達行けないはずだぞ。

仕事が立て込んでて、一月はうちに来られないって」

「その辺は大丈夫。

僕チンが行くから、ぬらちゃんのデータ収集は任せといて」

「……」

「そいつ行くなら、私行かない」

「ぬらちゃん、そう言う事言わないで!」

「ぬらじゃないし。私行かない」

「ぬらちゃん……

幸く~ん!何とか、説得して~!」

「自分で何とかしろ」


雪が深々と降る中を、汽車は汽笛を鳴らしながら、線路を走っていた。

 

 

「美麗!見てみて!

 

ほら、海!」

 

「わぁ、凄ぉ!」

 

 

海沿いを走る汽車の窓から、美麗と奈々は外を眺めていた。

 

 

隣の個室席には、疲れ切ったかのように座る大地と、彼を無視してお茶を飲む保奈美と葵、幸人が座っていた。

 

 

「やれやれ。何とか汽車に乗れてよかった」

 

「本当ね。

 

大地、奈々に感謝しなさい」

 

「ぼ、僕チンの努力って一体……」

 

「無理矢理連れて行こうとするから、暴れて噛み付いたんだろうが」

 

「だって、君等何にも手伝ってくれなかったじゃん!!

 

だから無理矢理引っ張って、連れて行こうとしたらこの歯形だよ!」

 

 

そう言いながら、腕に出来た噛まれたであろう痕を、大地は幸人達に見せた。

 

 

「それはそれは、お可哀想に」

 

「全然思ってないでしょう!!」

 

「少しは感謝してね。

 

奈々のおかげで、汽車に乗ったんだから」

「それは感謝してますよ。それは」

 

 

「ママ!

 

美麗と一緒に、家畜車の方に行ってくる!」

 

「分かったわ。

 

あんまり騒がしくしちゃ駄目よ」

 

「うん!

 

行こう!」

 

 

先に行く奈々の後を、美麗は追い駆けていき一緒に家畜車へ向かった。

 

 

「本当、仲いいなぁ」

 

「年が一緒だからね」

 

「それは言えてる」

 

「ねぇ、陽介は?」

 

「何か、本部の方に連絡入れるとか言って、どっか行ったな」

 

 

家畜車へ来た美麗と奈々は、車の扉を開けた。中では、箱座りをしたエルが伏せていた顔を上げ、小さく鳴き声を放った。

 

誰もいないのを確認すると、美麗と奈々は中へ入った。美麗は、エルの元へ歩み寄りエルの頬を撫でた。

 

 

「私も妖怪使いになりたいなぁ」

 

「あ!それ、いいかも!」

 

 

奈々の言葉に、エルは嘴で彼女を軽く突っ突き頬を寄せた。それを見て、二人は見合って笑い合った。

 

 

「奈々!美麗!

 

そろそろ着くぞ!」

 

 

 

目的の駅へ着く汽車……中から、次々と乗客達が降りて行った。

 

 

「フゥー、やっと着いた」

 

「ここから、少し歩いて行った先にある村に」

 

「半妖がいるのか」

 

「そうだ」

 

「……

 

それにしても、凄い雪ね」

 

「北国だからね。

 

 

この駅は、最北端の一歩手前の駅だからね」

 

 

ふと騒がしい声に、幸人は声がする方に振り向いた。家畜車からエルを出した美麗が、エルに乗り紅蓮の周りを走っていた。

 

 

「犬は喜び、庭駆け回る?」

 

「あいつ等……

 

 

美麗!駅でエルに乗るな!!降りろ!」

 

 

 

駅を出ると、町は雪で覆われていた。小雪が降る中を、幸人達は歩いていた。

 

 

「ワァー!

 

ママ!雪が凄いよ!」

 

「走ると転ぶわよ!奈々!」

 

「平気よ!平気!」

 

 

物珍しい店のショーウィンドーを見ながら、奈々は美麗と一緒に幸人達の先を歩いていった。

 

 

しばらくして、町を抜け広い高原の道を幸人達は歩いた。雪が本降りになり、先を歩いていた奈々は保奈美の傍へ駆け寄り、彼女の隣を歩いた。

 

 

「……?」

 

 

先を歩いていた美麗は、足を止め辺りを見回した。傍にいた紅蓮とエルは、耳を澄まして辺りをキョロキョロとすると、攻撃態勢に入った。

 

 

「美麗、どうかしたか?」

 

「……何かいる」

 

「え?」

 

「真っ白で、何も見えないわよ」

 

「……!

 

そこから離れて!!」

 

 

美麗の叫び声と共に、地面から妖怪が飛び出し現れた。

 

間一髪そこから離れた幸人達は、すぐに武器を構えその妖怪に攻撃した。

 

咆哮を上げた妖怪は鋭い爪で、幸人達目掛けて攻撃した。振り降りてくる爪に、彼等は転がり避けた。地面に降りた爪の上を、美麗は跳び乗り妖怪の顔元まで駆け上ると、顔に小太刀を突き刺した。

 

悲痛な声を上げながら、暴れる妖怪から美麗は飛び降り、駆け寄ってきていたエルの背中へ移った。

それを狙い、幸人と陽介は、左右から目を目掛けて銃弾を放った。放たれた二つの弾は、妖怪の目を貫いた。

 

 

妖怪は断末魔を上げながら、その場に倒れ塵となった。

 

 

「早速、襲撃か」

 

「確かに、この辺りは狂暴な妖怪がいるみたいだね」

 

「美麗が気付かなかったら、皆今頃こいつの腹の中だぞ」

 

 

深く積もった雪の上を歩き、幸人達はようやく目的地である村へ着いた。村をしばらく歩いていると、どこからか飛んできた石が、美麗の側頭部に当たった。

 

 

「美麗!」

 

「帰れ!!化け物!!」

 

「忌み子は、とっとと死んじまえ!!」

 

 

投げてくる石を、瞬時に紅蓮は払い唸り声を上げながら、投げてきた者達を睨んだ。

 

今にも攻撃しようとする紅蓮を、美麗は慌てて止めるようにして、彼に抱き着いた。二人の前に、陽介が立ち話し出した。

 

 

「妖討伐隊大佐の大空陽介だ。

この半妖は、本部の保護観察官により、我々の元にいる者だ。

 

次攻撃をしてみろ。傷害罪として、刑務所行きにする」

 

「討伐隊が保護……」

 

「祓い屋の月影だ。

 

不安だというのなら」

 

 

傍にいた幸人は美麗の腕を上げ、彼女の手首をロープで縛った。解こうと美麗は手を動かしたが、その行為を大地が阻止し、縛られている手を掴んだ。

 

 

「こうしとけば、逃げられないでしょ?

 

 

それとも、あなた達が討伐隊本部の研究員の実験台になってくれるかしら?」

 

 

不敵な微笑みと声に、石を持っていた者達は次々に石を捨て、各々の家へ入った。

 

 

周りから人がいなくなるのを確認すると、幸人は美麗の手を掴む大地の手に、空手チョップを食らわし離れさせた。離れた美麗は、すぐに幸人にくっつき後ろへ隠れた。

 

 

「ちょっと!空手チョップはないでしょ!!空手チョップは!!」

 

「いつまでも美麗の手、掴んでるからだろうが」

 

「何よ!助けてあげたのに、その言い方無いんじゃない?」

 

「陽介には助けて貰ったな」

 

「陽君だけかい!!」

 

 

幸人と大地が言い合っている間に、葵は美麗の手を縛っていたロープを解いた。

 

 

「悪いね、我慢して貰って」

 

「平気!」

 

「ねぇ、あれ止めなくていいの?」

 

「馬鹿はほっとけ。

 

行くぞ」




一つの窓から光が差し込む、とある一室……

窓際に置かれた椅子に座っていた者は、窓の外を見た。


(……3人、生き残っていたのか……


よかったぁ)


探るようにして、窓硝子に触れながらその者は、微笑んだ。


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半妖の目印

村長の家へ来た幸人達は、中で生き残っている半妖について話を聞いた。


まだ妖怪と人間が共に暮らしていた頃、この村は妖怪と人が共に暮らしていた。ところが、自我を失った妖怪達は、次々に自身の家族を襲い亡き者にしていった。

生き残った村人で、どうにか妖怪達は倒すことに成功した。だが、半妖は生き残ってしまった……


「その半妖を、退治して欲しいと?」

「まぁ、そうですね」

「半妖にご家族は?」

「……」

「?

どうかされましたか?」

「いや……いたには、いたんですが……

まぁ、年で」

「……」

「とりあえず、その半妖に会わせて下さい」

「え?すぐに退治してくれないんですか?」

「半妖となれば、半分は人間。

話を聞き、こちらの判断で保護します」

「保護って……

倒してくれるんじゃないのかよ」

「何か言った?」

「あ、ううん。

何でも無いよ」


家を出て、村の外れにある林を歩き、その中に建つ塔へ着いた。村長は持ってきていた鍵の束から、一つの鍵を選び、施錠されていた扉を開けた。


「この塔の、最上階の部屋に半妖はいます」

「何でこんな所に」

「……まぁ、色々あったんですよ」

「……」

「それじゃあ、私は別の仕事があるので」


そう言って、村長は陽介に鍵の束を渡すと、そそくさとそこから去った。


「何なの?あれ」

「何か、関わりたくないって感じだな?」

「それより、早く美麗の目隠し取れ」

「あぁ、そうだった」


手を繋いでいた美麗の目隠しを、秋羅は外した。美麗は瞬きすると、塔の中を見回った。


「村長、彼女が半妖に気付かなかったわね?」

「目を怪我してるって伝えただけで、すぐに無関心になってたもんな」

「半妖だっていう、目印でもあるのかしら?」


「や、やっと……着いた」

 

 

長い階段を上り終えた幸人達は、膝に手をつきながら息を切らしていた。

 

 

「さ、流石に……三十路を過ぎている僕チンには、キツい」

 

「だらしねぇ」

 

「全くだ」

 

「同い年なのに」

 

「君等と一緒にしないでよ!!」

 

「騒がないの!

 

この奥の部屋に、半妖がいるんだから」

 

 

保奈美が注意している時に、美麗は何の躊躇もなくドアを開けた。

 

 

大きな窓から差し込む外の明かりが、部屋を照らしていた。その窓近くに、ベッド、キャビネットが置かれ、向かいには書棚が二個置かれていた。ドア付近には、小さいキッチンと引き戸が開けっ放しになった、シャワールームがあった。

 

 

『誰?』

 

 

声の方に目を向けると、窓際に置かれた椅子に座る一人の男性がいた。

 

無造作に伸びた青い髪から、赤く染まった目を彼は美麗に向けた。

 

 

「美麗!勝手に……」

 

『やけに外が騒がしいと思えば……

 

君等、誰?』

 

「えっと……」

「お初にお目に掛かります。

 

私(ワタクシ)、妖討伐隊大佐の大空陽介と申します。

 

 

この度、こちらの村長からご依頼を受け、あなたにお会いに来たまでです」

 

『討伐隊……

 

 

君は、僕を殺すの?』

 

「いえ。

 

上から、あなたを保護するようにとご命令が下っております」

 

『そうか……

 

 

紹介が遅れたね。

 

僕は柊。草花に命を与える妖怪と人の間に産まれた者さ。

 

 

ねぇ、そこに麗桜がいるの?』

 

「え?」

 

「りお?」

 

「誰だ?」

 

 

「パパはもう亡くなってるよ」

 

 

書棚の前にいた美麗が、そう答えた。その声に柊は、美麗の方を向いた。

 

 

『……今、何て?』

 

「?

 

パパは亡くなってるよって……」

 

『……君の名前は?』

 

「美麗。

 

よ……伊吹美麗だよ」

 

 

名を聞いた途端、柊は持っていた杖を倒し美麗に向けて、手を伸ばした。彼女はすぐに何かを理解したかのようにして、彼の傍へ行き伸ばしてきた手を握った。

 

柊は握ってきた美麗の手を触り伝い、頬に手を当て優しく撫でた。

 

 

『……そうか……

 

 

麗桜、子供出来たんだ……よかったぁ』

 

「?

 

パパを知ってるの?」

 

『麗桜とは、友達だよ。

 

 

目が見えていた頃、色々な場所へ一緒に行ったんだよ』

 

「柊さん、目が……」

 

『……20年前、ある事故でね』

 

 

光の無い赤い目で、柊は美麗を見つめながら頭を撫でた。

 

 

『髪の質は、お母さん譲りかな?』

 

「本当?!」

 

『うん。麗桜は少し固かったけど、君は柔らかい』

 

「ねぇねぇ、パパのこともっと教えてよ!」

 

「お、おい、美麗」

 

『いいよ別に。

 

麗桜の子供に、僕も会いたかったし、お話したかったから』

 

「……」

 

「一つ聞いていいか?」

 

『ん?』

 

「半妖と人間の、判別ってできるのか?」

 

『できるよ。

 

 

半妖は、真っ赤に染まった眼を持って生まれるんだ』

 

「美麗も赤いもんな。目の色」

 

「ママも赤かったよ」

 

『え?赤いの?美麗の目』

 

「あぁ。柊さんと同じ、赤い色」

 

『……おかしいなぁ。

 

 

ぬらりひょんの血を引いた子供は、ぬらりひょんと同じ目……麗桜と同じ青い目を引き継ぐはずなのに』

 

「え?」

 

『てっきり、麗桜と同じ色かと思っていたんだけど』

 

「私はママ似だって、天狐がよく言ってたよ!」

 

『天狐が言うなら、何か秘密があるのかもね』

 

「秘密?」

 

『君には内緒のことだよ』

 

 

楽しそうに話す美麗を置き、幸人達は部屋を出た。

 

 

「すっかり懐いたな、美麗」

 

「まさか、生き残りの半妖が美麗の父上と知り合いだったとは」

 

「ねぇ、あとで彼調べてもいい?」

 

「限度を考えるなら、調べてもいいが」

 

「ちゃんと制御するわよ」

 

「……お前、オカマになるか男になるか、どっちかにしろよ」

 

「どっちでもいいでしょ。僕チンは僕チンの道を突き進んでいるだけ」

 

「……気色悪」

 

「奈々ちゃん!!」

 

「ガキに何言わせてんだよ」

 

 

 

テーブルに広げた背景の絵を、柊は並べていった。並べられた絵を、美麗は物珍しく眺めた。

 

 

「凄ぉい……

 

これ全部、柊が描いたの?」

 

『目が見えていた頃にね。

 

絵を描くのが好きで、よく麗桜に色々なところへ連れて行ってくれては、絵を描いていたよ』

 

「……何で目が見えなくなったの?」

 

『ちょっとね……

 

 

美麗』

 

「?」

 

『彼等と一緒にいて、幸せ?』

 

「うん!」

 

 

嬉しそうに返事をした美麗に、柊は微笑みを浮かべながら彼女に手を伸ばした。伸ばしてきた手を、美麗は握り傍へ行った。

 

 

『……その優しいところは、麗桜ソックリだね。

 

 

あ、そうだ……美麗、一つ聞いてもいいかな?』

 

「何?」

 

『君と一緒にいた仲間の中に、半妖は何人いるんだい?』

 

「半妖は私だけだよ。

 

 

というより、生き残っている半妖は今まで私以外いないって、幸人達が言ってたよ」

 

『……おかしいなぁ』

 

「それがどうかしたの?」

 

『君等の中に、二人半妖の気配がしたんだ。

 

気のせいだったのかな……』

 

「二人?

 

今一緒に着てるのは……幸人と秋羅、葵と時雨、保奈美と奈々、陽介と変人研究員の8人だよ」

 

『他は?』

 

「あとは、黒狼の紅蓮とグリフォンって言う妖怪のエルだよ」

 

『……そうか。

 

 

ねぇ、美麗』

 

「ん?なーに?」

 

『君のお母さんのこと、話して貰っていいかな?』

 

「ママのこと?」

 

『うん。お願いしていい?』

 

「いいよ!」

 

 

美麗は覚えている限りの、母・美優の話を柊にした。彼女の楽しそうな声に、笑みを浮かべながら柊は黙って聞き続けた。




え?恋人?

『あぁ……スッゴい綺麗な女性でね。

桜色の長くて綺麗な髪を、腰下まで伸ばしてるんだ。

目の色は、柊みたいな綺麗な赤い目で』

赤い目って……

その人、まさか半妖?

『そうだよ』

……いつか、君の恋人に会いたいなぁ。

『今度連れてきてあげるよ!

無論、恋人じゃなくて……










妻として』


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逆らえない掟

夜……


夜空に浮かぶ月が、地に積もった雪を照らしていた。

雪に反射した月明かりが、柊の暗い部屋を照らしていた。


「……柊、ここ電気無いの?」

「多分、もう切れてるよ。

目が見えていた頃は、変えていたんだけど……


見えなくなってからは、もう」

「……」

「暗いのは、嫌い?」

「ちょっと苦手」


その時、戸が開き外から陽介と幸人が入ってきた。


「あ!幸人、陽介!」

「柊、貴様にはしばらくの間護衛を付けることにした」

「護衛?

何で?僕には必要ないかと……」

「明日、研究員の大地がテメェの体を調べて、異常が無ければ本部へ連れて来いと、ご命令が下った」

「本…部……


待って……それって、柊に酷いことするの?」

「え?」

「何もしないよね?柊に。

ねぇ!何もしないよね?ただ、保護するだけだよね?ねぇ!」


陽介の服を掴み、美麗は必死に訴えた。その様子に、陽介は幸人と目を合わせた。幸人はすぐに美麗の方に向くと、彼女を自身の方へ向かせた。


「何もしねぇよ。

本部で、キッチリ保護する」

「……本当?


本当に何もしない?」

「しない」


幸人の答えを聞いて、美麗は深く息を吐きながら落ち着きを取り戻した。


「美麗?どうかした?」

「……何でも無い」

「……」

「柊……

護衛に、夜山美麗を就ける」

「え?

いいの?」

「大丈夫だ。

大地の調べの時は、俺が来る」

「……」

「じゃあ、俺等はこれで。それだけを伝えに来ただけだから」

「ねぇ、紅蓮達は?」

「エルは小屋で大人しくしてる。紅蓮は、何か用があるって言って、山の方に行ったな」

「多分、リルに会いに行ったんだ」

「リル?」

「誰だ?」

「黒狼の長。

あと、北西の森の守り主」

「そうか……

それじゃあ、俺等はこれで」

「失礼する」


「こ、殺さずに保護する?」

 

 

翌朝、幸人達は柊を保護すると、村長に話していた。

 

 

「半妖は、今では希少な人間。

 

殺す訳にはいきません。本部の準備が整え次第、柊を連れていきます」

 

「そ、それは困ります!!」

 

「なぜ、困るんですか?」

 

「そ、それは……」

 

「?」

 

「と、とにかく困るんです!

 

連れて行くのは、やめて下さい!!」

 

「……」

 

 

 

柊宅……

 

土の入った植木鉢を持った美麗の手を触り、植木鉢を触ると、柊は妖気を放った。

 

すると土から、芽が出てそれはすぐに成長し綺麗な赤い花を咲かした。

 

 

「ワァー!」

 

「凄ぉい!

 

時雨さん、見てみて!何もなかった土から、花が咲いたよ!」

 

「本当……」

 

「今は、これくらいしか使えないよ。

 

あまり多く使うと、体力が持たないから」

 

「そっかぁ……」

 

「ねぇ、柊のパパとママはどっちが妖怪だったの?」

 

「父上だよ。

 

20年前に、亡くなったけどね」

 

「ママは?」

 

「母上も。

 

 

と言うより、僕の家族は皆20年前に、亡くなったよ……」

 

 

キャビネットの方を向きながら、柊は話した。彼と同じ方に、秋羅達は顔を向けた。キャビネットには、写真がいくつも飾られていた。

 

その中に写るのは、美麗の父と自身の両親と写る柊、紫色の長い髪に桃色の目をした女性と二人の子供と一緒に写る柊……時が経ったのか二枚の内、一枚はベッドで横になる女性を中心に、二つの家族と柊が写り、もう一枚は四つの家族とその中心に柊が写っていた。

 

 

「……これって」

 

「皆家族だよ。

 

20年前、あんなことが無ければ、今頃曾孫に恋人が出来ていたと思うよ」

 

「何があったの?20年前」

 

「……この村が、僕等を殺したのさ」

 

「え?」

 

「……ごめん、今の話聞かなかったことにしてくれ」

 

「……」

 

「美麗」

 

「何?」

 

「ちょっと、傍に来て。

 

 

すまないけど……少しの間、彼女と二人っきりにしてくれないかな?」

 

「え?構いませんけど」

 

「じゃあ、お願い」

 

 

互いを見合い、秋羅達は部屋を出た。

二人っきりになった柊は、美麗を自身の膝に乗せるようにして、抱き締めた。その際、握っていた杖が倒れ、美麗はそれを目で追い掛けながらも、柊の顔を見上げた。

 

 

「……?

 

 

柊?泣いてる?」

 

「ごめん……

 

 

ちょっとの間、こうさせて……」

 

 

強く抱き締められた美麗……彼女の頬にポツポツと水が滴った。その際、美麗は母が亡くなった時のことを不意に思い出した。自然と出て来た涙に、彼女は柊の胸に顔を埋めた。

 

 

 

 

幸人達が去りしばらくした後、村長は村人数名を集め、話をしていた。

 

 

「何!?殺さないだと!」

 

「本部の方で、保護するらしい」

 

「そんな事したら、大鳥様の怒りが……」

 

「やはり、20年前に全てをやっておくべきだった……」

 

「全くだ……

 

アイツだけ、取り残したのは間違いだったな……」

 

 

 

場所は変わり、柊が住む塔……

 

彼の元へ来ていた大地は、簡単な健康診断をしていた。その間、美麗はずっと幸人の後ろに隠れヒョッコリと顔を出しながら、様子を窺っていた。

 

 

「……あの、そんな隠れなくても何もしないよ?」

 

「来て早々、採血しようとしたのはどこの誰だ?」

 

「はいはい!悪うござんした!」

 

「で?どうなんだ?体の様子は」

 

「調べたところ、眼以外は別に問題無いわ。健康そのもの。

 

血液は、帰って詳しく調べてみるわ」

 

 

血が入った試験管をケースに入れた大地は、幸人の元へ歩み寄った。それと入れ違いに彼の後ろに隠れていた美麗は、離れていき柊の傍へ寄った。

 

 

「……何か、心の傷が」

 

「自業自得だ」

 

「うぅ……」

 

「そんじゃ、美麗。

 

あと宜しくな」

 

「ハーイ」

 

 

大地の背中に蹴りを入れながら、幸人は部屋を出ていった。

 

 

「……美麗」

 

「何?」

 

「人は好き?」

 

「え?

 

 

嫌いな奴はいるけど、好きな奴もいるよ!」

 

「……そうか」

 

「柊は?」

 

「……僕は人が嫌いだね。

 

 

自分達のために、他人を犠牲にしてまで生きようとして」

 

「柊?

 

 

!」

 

 

石壁の間から生え伸びる、蔦……それは徐々に成長していき、部屋を覆っていった。

 

 

「柊……柊!」

 

「!」

 

 

美麗の声で、ハッと我に返ったのか生え伸びていた蔦が、成長を止め引っ込んでいった。

 

 

「柊、大丈夫?」

 

「……」

 

「柊?」

 

「……美麗」

 

「?」

 

「君、記憶封じられてるね?」

 

「え?」

 

「いつか、その記憶蘇らせてあげるよ。

 

 

君にも、大事な人がいたんだね」

 

「大事な…人?」

 

 

その時、どこからか妖怪の咆哮が響いてきた。美麗は、窓の縁に手を置き硝子にへばり付く様にして、外を見た。遠くにある木々が、何かに押し倒されたかのようにして、次々と倒れていた。

 

 

「妖怪だ……

 

幸人達に知らせてくる!」

 

 

そう言って、美麗は部屋を飛び出した。部屋を出ていく寸前に、柊は彼女の服に小さな種を付けた。

 

 

(……安心して、麗桜。

 

君の子供は、必ず守るから)

 

 

当の外へ出た美麗は、外にいたエルに飛び乗り、幸人達が止まっている宿へ向かった。

 

人気のない所へ、エルを着陸させると、美麗は背中から降り敷地へ入ろうとした時、ちょうど宿から秋羅と時雨、奈々が出てきた。

 

 

「秋羅!時雨!」

 

「美麗!」

 

「よかった!

 

今、様子を見に行こうと思ってたの」

 

「森から、妖怪の声が」

 

「お前にも聞こえたか。

 

幸人達が、今調べに行ってる。俺等はこの村の警護だ」

 

「村は私達に任せて、美麗ちゃんは柊さんのところに」

 

「うん」

 

 

待たせていたエルに乗り、美麗は塔へ戻った。

 

塔へ戻り、美麗は柊の部屋へ入った。窓際に座る、彼の元へ寄ろうとした時、閉めたはずのドアが突然、勢いよく開いた。

 

 

「柊……

 

 

悪いがもう、我慢の限界だ」

 

 

そこに立っていたのは、村長を中心に立つ、村人達だった。




村の掟。

1.夜は出歩いてはならない。
2.大鳥様を怒らせてはならない。
3.村の秘密を、他言してはならない。
4.半妖を自由にしてはならない。


大鳥様。

最北端一歩手前の森に住む天狗様。雪と氷を自由自在に操ることができる。


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捧げる命

森の中を歩く幸人達……奥に、倒れている木々を見つけた彼等は、その場所を見て驚いた。

何かに切り落とされ、幹に禍々しい巨大な傷を付けた木々がいくつも並んでいた。


「な、なんだ……これ」

「この傷……


もしかしたら、この村天狗が住んでるのかもね」

「天狗?」


木の幹に出来た切り傷に触れ、大地は辺りを見ながら話した。


「この切り傷、多分この地域に住んでるって言われてる大鳥様の仕業よ。


研究室にあった資料に、同じ傷の写真がいくつもあったわ」

「じゃあ、この被害は」

「可能性は高い。


でもおかしいわね……大鳥様は、確か何もない限り暴れたりはしないって聞いたけど」

「暴れたってことは、何かあるんだろう」

「とりあえず、村へ戻ろう」

「だな。


?」


どこからか聞こえる、聞き覚えのある鳴き声に幸人は、ふと空を見上げた。

空を猛スピードで飛んでくるエル……幸人達の前に降り立つと、彼等の背後に回り背中を押し出した。


「お、おい、何だ?」

「ついて来いって、意味かしら?」

「……!


まさか」

「幸人、どうかした?」

「すぐに村へ戻るぞ!!

陽介!!」

「ちょ、ちょっと!幸人!」

「相変わらず、息がピッタリ」

「また走るの!?

研究員には、キツいよ~!!」


「柊!!」

 

 

彼の傍から引き離された美麗は、自身を止める村人達から離れようとしていた。

 

 

「美麗!」

 

「とっとと立て!」

 

「祭壇に連れて行け」

 

「はい」

 

「祭壇?

 

 

待って!!祭壇って何!?何で柊が…!」

 

 

大声を上げた美麗の頬を、村長は引っぱたき黙らせた。勢いで倒れた彼女は、頬を抑えながらすぐに起き上がった。

 

 

「美麗?大丈夫?

 

美麗!」

 

「……?

 

そういや、アンタの眼……赤いな?

 

 

半妖か」

 

「だったら何?」

 

「……

 

 

 

 

二人共、やるぞ」

 

「え?」

 

「待って!!その子は、祓い屋の子だ!!

 

 

勝手にそんな事を決めては」

「黙れ!!化け物!」

 

「うっ!」

 

「柊!!」

 

「アンタは大人しくしてろ!」

 

 

抑え込もうとした村人に、美麗は目付きを変えて後ろ蹴りを食らわせた。それを見て、怯んだ村人の気配を感じた柊は、彼等から腕を振り払い妖気を放った。

 

すると、壁の隙間という隙間から蔦が生え伸び、村人達を攻撃した。攻撃を食らった彼等は、すぐに部屋を出ていきそれと同時に、扉が勢い良く閉じ内側から蔦で施錠した。

 

 

息を切らしながら、柊はその場に膝を付いた。そして苦しみ出し、自身を中心に蔦が生え伸び、部屋を覆い始めた。柊の元へ寄ろうとした美麗の足元にも、蔦が生え道を塞いだ。蔦から逃げようと後ろへ下がる彼女の服に付いていた種から芽が出ると、それは後ろから美麗を覆う様にして囲い、蔦の中へ閉じ込めた。

 

 

生え伸びていく蔦は、塔を覆い尽くすようにして伸びていった。その状況を見た、森の方から駆けつけた幸人達は、立ち尽くしていた。

 

 

「な、何だ……これ」

 

「……!

 

美麗!!」

 

 

幸人が塔の扉に手を掛けた時、中から血相を掻いた村人達が飛び出してきた。

 

 

 

「そ、村長さん!?」

 

「は、祓い屋!助けてくれ!!」

 

「いきなり襲ってきたんだ!!」

 

「半妖は理性があるから、何かしない限り攻撃なんかしないはずよ!」

 

「そう言ってるが!

 

俺達は攻撃されてんだ!!」

 

「それだけじゃない!

 

あの中に、アンタの仲間がいるんだぞ!!」

 

「!!」

 

 

 

辺りが静かになり、恐る恐る美麗は目を開けた。

 

 

(……ここって……)

 

 

腰ポーチから、携帯用の松明を出し美麗は中を照らした。周りは蔦で覆われており、彼女は小太刀を鞘から抜くと、覆われている蔦を切り中から出た。

 

 

「……柊……

 

柊!柊!

 

 

柊!!」

 

 

美麗の声に応答するかのようにして、窓を覆っていた蔦の一部が引っ込んでいき、外の光が差し込んだ。

 

手で顔を覆い、椅子に座り凹む柊の姿があった。

 

 

「柊?大丈」

「近寄らないで!!美麗!!」

 

「!」

 

「ごめん……大声出して。

 

 

僕、もう抑えられないんだ……下手をすれば、君の妖力を奪いかねない。

 

今こうして、君に攻撃しないようにするだけで、手一杯なんだ……」

 

 

柊の泣き声が、美麗の耳に届いた……腕に嵌めていたブレスレットを取った彼女は、ズカズカと柊の元へ寄り、顔を覆っている手を掴み、その手にブレスレットを嵌めさせた。

 

 

 

「……美麗、これは」

 

「妖魔石で作ったブレスレット……」

 

「妖魔石……

 

まだ、あったんだ」

 

「これで……妖力、抑えられるでしょ?」

 

「……」

 

「地狐達が言ってた……

 

私は、妖力が他の妖怪達より多いって……それを自分で抑えられないから、妖魔石を着けてるって」

 

「そうか……」

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

「何があったの?

 

 

20年前」

 

「……」

 

 

 

 

村長の家へ集まる、村人達……

 

 

「……つまり、あの塔に住んでた柊の妖力が暴走して、今に至るって事か」

 

 

塔に行った村長を含む数名の村人から、話を聞いた幸人は、簡潔に話をまとめそれを彼等に伝えた。幸人の言葉に、村長達は強く頷いた。

 

 

「暴走した原因は?」

 

「え?」

 

「半妖って、人と同じように理性がちゃんとあるから、理由が無いと人を襲ったりはしないよ?

 

 

そうだよね?ママ」

 

「えぇ」

 

「現に、私達といる美麗ちゃんは、普通に大人しいもの」

 

「そ、それとこれとは」

 

「彼女も半妖。

 

あなた方は、目を見ていますよね?美麗の」

 

「……」

 

「まぁ、その事については後でだ。

 

 

本題に入る。陽介」

 

「先程、塔を調べたところ……

 

入り口は、あの門一つという事が分かりました。

 

 

そして、その門は内側から厳重に施錠がされている」

 

「現在、中にいるのは……

 

塔に住む半妖・柊と仲間の美麗の2名。中の問題はもちろんだが、一番に片付けなきゃいけねぇのは、森にいる天狗の封印だ」

 

「天狗の封印の前に、柊をどうにかしろよ!!」

 

「そうよ!!そうすれば、大鳥様は」

「馬鹿!!それ以上、喋るな!」

 

 

話そうとしていた女性を、傍にいた男性は慌てて止めた。その様子に、疑問を持った陽介と幸人は互いを見合い、アイコンタクトを取ると、口を開いた。

 

 

「あなた方、何か隠してませんか?我々に」

 

「いえ、それは……」

 

「……

 

話せねぇなら、俺等祓い屋は仕事をしない」

 

「!?」

 

「月影の言う通り。

 

僕等祓い屋は、人や村、街を壊そうとする妖怪達から、君等人を助けることが仕事」

 

「訳も無く、人を襲う妖怪はこの世に数多くいます。

 

しかし、極一部には己の住処を荒らされ、そのことに怒りで我を失った妖怪もいます。

 

 

言いたいことわかりますか?」

 

「……」

 

「あなた方、この村の住人じゃありませんよね?」




半妖の村……


100年前、ぬらりひょんが生存していた頃、半妖だけが住む村が多数あった。

その村は、そこに住む妖怪達により人間や狂暴な妖怪達から守られていた。


だが、ぬらりひょん亡くなった後、半妖の暴走を恐れた人間達により、次々と村を壊し半妖を殺害していった。
討伐隊は、半妖は一人の人間と見なしており、殺害すれば殺人罪として罰されていた。


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大鳥村と秘密

保奈美の言葉に、村人一同が顔を強張らせた。その顔付きに、保奈美の傍にいた奈々は順々に彼等の顔を見ていき、そして言った。


「この村って、元々大鳥様と、柊の家族が住んでたんじゃないの?」

「!!」

「そ……それは」

「こんな雪の国、普通の人間じゃ何の対策もしなきゃ、住めないよ?

それに……




何で美麗見た時、半妖だって分かったの?」

「!!」

「半妖が最後に目撃されたのは、約50年前。

お前等の歳から言って、ギリギリ誰も生まれてない。または生まれて間もない頃だ」

「……」


口を一文字に結ぶ、村人達……痺れを切らした幸人は、前に置かれていた机を蹴り倒した。


「選択肢与える。


今すぐに、この村の事を全て俺等に話す。
何も喋らないのであれば、俺等は仲間を助け出し、妖怪退治をせず柊を連れて、この村から去る」

「そ、そんな!!」

「じゃあ話せ」

「っ……」

「話の内容によっては、我等討伐隊から罰を与えることもあるから、それなりの覚悟をしておけ」

「……」


「50人?

 

そんなにいたの?」

 

 

ベッドに座った美麗は柊の手を握り彼を落ち着かせながら、話を聞いていた。

 

 

「元々、ここは雪の多くて、人が近寄らない場所だった。

 

そこで、僕等半妖とこの村の守り神である大鳥様だけが村に住んでいた……

 

 

毎日が幸せだった……

妻がいて、子供達がいて、友がいて……1日も、暇な日なんて無かった……毎年、夏と冬になれば祭壇に果物やお酒をお供えして、その前で大鳥様の感謝を込めてお祭りをやった」

 

「……パパが死んだ後も、ずっと続いてた?その幸せ」

 

「もちろんだよ。

 

100年前、この辺りにはまだ線路は通ってなかったから。僕等半妖と大鳥様だけで、互いに助け合って暮らしていた」

 

「柊達の他にも、半妖はいたの?」

 

「もちろんいたよ。

 

と言うより、僕等一族ともう一つの一族が一緒に暮らしていたから。

 

 

僕等一族は、草木に命を与える事が出来る

もう一つの一族は、水を作り出すことが出来る」

 

「その二つの一族が、一緒に暮らしてたの?」

 

「そうだよ……

 

 

でも、20年前突然その幸せは壊された」

 

 

その言葉を発した柊は、閉じていた目を開き美麗の手を強く握った。

 

 

「……20年前……

 

 

人の集団が、この村へ来た。ここは辺境。調査隊ですら、入らなかった場所。

 

だから、僕等はてっきり討伐隊の者かと思っていた。

 

 

でも、それはすぐに違うって分かった……彼等の仲間の一人が、僕の娘の脳天に銃弾を入れた。

 

それが始まりの合図だった……

 

 

 

僕等は一斉に、あいつ等に攻撃した。水、草、木と……自分達が使える技を使って。

僕等だけじゃない。大鳥様も合戦してくれた。

 

 

だけど、あいつ等は……」

 

 

黙る柊……彼の頬に一筋の涙が伝った。その涙を流しながら、柊は隣にいた美麗を抱き締めた。出ようとする声を、彼は必死に止めながら泣いた。

 

 

 

柊と同じ話を、幸人達は村人達から聞いていた。

 

 

「酷い……

 

人の村を盗るなんて」

 

「人の村って……

 

 

妖怪の村だろう?別にいいじゃねぇか」

 

「妖怪は妖怪でも、半分は君等と同じ人間。

 

君等も、妖怪から自分達が築き上げてきた村を奪われて、どんな気持ちだった?

 

 

怒りや悲しみ、悔しさがあっただろう?」

 

「……」

 

「陽介、こいつ等どうする?」

 

「やむを得ん。

 

 

柊はこちらが保護をする。もちろん、大鳥様と呼ばれている天狗もだ。

 

そして、この村を閉鎖した後、貴様等を殺人罪として拘束させて貰う」

 

「殺人罪って……」

 

「どうしてよ!!妖怪を倒しただけなのに!」

 

「半妖だって、立派な人間だよ!!」

 

「ガキが偉そうなこと言うな!!

 

何が人間だ!見た目だけじゃねぇか!!

 

 

中身は化け物のくせして……」

 

「化け物じゃないもん!!普通の人間だもん!!」

 

 

目に涙を溜めた奈々は、村人達を睨みながらそう怒鳴った。傍にいた保奈美は、すぐに彼女を宥めながら、幸人達の顔を順々に見ていくと、彼女を連れて外へ出た。

 

 

「半妖だって、お前達と同じ人間だ。笑ったり、泣いたり、怒ったりして普通に生活して……

 

お前等、それを妖怪に壊された時、どう思った?

 

 

悔しくなかったのか?自分の家族は救われたけど、自分達が築き上げてきた家が壊されて、住み慣れた土地を壊されて……

柊も、お前等が敵だって言ってる天狗も……お前等に壊されて怒ってんだろ!!」

 

「……」

 

 

 

 

「……

 

 

 

 

ねぇ、柊」

 

 

全てを話した柊に、美麗は静かに彼の名を呼んだ。呼ばれた彼は返事をしながら、彼女の方に顔を向けた。

 

 

「柊は、パパがどうして亡くなったか知ってる?」 

 

「え?」

 

「誰も教えてくれないんだ……

 

事故で亡くなったてことしか聞いて無くて……でも、皆が話す内容と違うんだ」

 

「違う?」

 

「……パパは、事故で死んだんじゃない……

 

 

 

 

人に殺されたって」

 

「……」

 

「ねぇ、柊は何か……?」

 

 

自身を抱き寄せる柊……何か言おうとした美麗を、彼は優しく頭を撫でた。

 

 

「……柊?」

 

「美麗」

 

「?」

 

「……立派なぬらりひょんになって、皆をまとめてね」

 

「え?」

 

 

何かを言おうとした美麗の額に、手を置き淡い光を出した。その瞬間、彼女はフッと意識を無く柊に凭り掛かるようにして倒れた。

 

倒れた美麗を、ベッドへ寝かせ一撫でした。

 

 

(……麗桜、君の子供は死なせないし殺させない。

 

僕は大鳥様と一緒に全てを使って、この村を壊すよ……もう疲れたよ、生きるのは。

 

 

噂は本当だったんだね……君が人に殺されたって言うのは。

 

 

 

 

よかった……最期に、君の子供に会えて。

 

目が見えないから、顔は見られなかったけど……

 

 

 

 

 

 

彩愛……皆……僕も、そっちへ逝くよ。

 

 

 

 

全てを、片付けて)

 

 

 

 

宿のベッドで眠る奈々に、保奈美は毛布を掛け直した。そこへ、幸人と陽介が戸を叩き入ってきた。保奈美は二人をチラッと見ると、すぐに目を逸らした。

 

 

「……奈々、やっと落ち着いて今は眠ってるわ」

 

「そうか……」

 

「保奈美……」

 

「分かってるわ……

 

この子が、何であんなに取り乱したか……聞きたいんでしょう?」

 

「……」

 

「……奈々は、12年前依頼主から引き取った子なの」

 

「引き取った?」

 

「奈々の産まれた所は、小さな町でね。

 

ご両親は、彼女を産んだ後妖怪に殺されてしまって、引き取り手がなくて、仕方なく町長が引き取って育てていたの。

 

 

でも、その有様が酷かった……

 

妖怪の血が通っているからと、その辺にいる野良猫や犬と同じ扱いをして……依頼内容を町長から聞いてる時、彼女が何か失敗しただけで暴力を与えて……」

 

「半妖には、偏見を持つ奴等がいたからな……」

 

「依頼を受けながら、私は奈々のことを調べた……

 

確かに、奈々は半妖……だけど、クォーターなのよ。

 

 

奈々の高祖父が妖怪で、そこからずっと人。目が赤いだけで、それ以外は何も継いでいなかったわ」

 

「赤?

 

彼女の目は、青だが……」

 

「半妖っていう事を隠すために、私が渡した御守りの力で、青になっているの。

 

外せば、美麗と同じ赤よ」

 

「それで、任務完了後奈々を引き取ったって事か?」

 

「えぇ……」

 

「奈々がお前のこと『ママ』って呼ぶ理由が、話で分かった。

 

 

陽介」

 

「金影奈々は、引き続き金影の元に置いておけ。

 

彼女が半妖だという事は、極秘にしておく」

 

「……ありがとう、陽介」




紅蓮、後は頼んだよ……


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開花

塔から出て来た柊……

彼の元へ、天狗が舞い降りてきた。互いを見合うと、柊は姿を変えた……天狗も同じく金剛杖に姿を変え、その杖を柊は手に持った。するとそこから強風が巻き起こり、辺りの草木を撒き散らした。

風が止み、スッと目を開ける柊……その目は光は無いが、殺意に満ちていた。


“ドーン”

 

 

突然鳴り響く爆発音……その衝撃で、村全体が揺れた。

 

宿にいた幸人達はすぐに、外へ飛び出した。彼等と同じように、村人達も各々の家から外へ出た。

 

 

「な、何だ……」

 

「物凄い妖気だな」

 

「……!!

 

ママ、あれ!」

 

 

奈々が指差す方向に、保奈美達は目を向けた。

 

空から舞い降りる、妖怪……舞い降りた妖怪は、殺意に満ちた目で、村人達を順々に見ていった。

 

 

「……まさかお前、柊?」

 

 

誰かが言った言葉に、妖怪……柊は幸人達に目を向けた。

 

 

『……話は聞いただろう?

 

 

この人達から』

 

「……」

 

『ここは、元々は半妖だけが住む村だった……

 

 

ここを守り、共に暮らしていた大鳥様と……平和に暮らしていた。

 

けど、ある日突然こいつ等が現れた……そして、問答無用で僕の娘を殺した。

 

 

次々と、僕の仲間、家族を殺していった。

 

最後に残った僕を殺そうとした時、大鳥様が怒りこの人達の仲間を数人殺した。

 

 

マズいと思ったんだろうね……僕を殺すのをやめて、あの塔に閉じ込めた。逃げ出さないように、目を潰されてね』

 

「潰されたって……」

 

「つくづく、酷いわね。アンタ達」

 

「だ、だって」

 

「ガキみてぇに、言い訳すんな!!」

 

「っ!」

 

『もう生きるのは疲れた……

 

 

あなた方には、ここで今から死んで貰います』

 

 

目を光らせた瞬間、地面から無数の木の蔓が生え、村人達に攻撃していった。その攻撃から、彼等は叫び声を上げながら、逃げ出した。

 

 

「何て妖力……」

 

「こんな妖力、一体どこから」

 

「考えてる暇はない。

 

早く、止めるぞ」

 

「だな。

 

秋羅、お前は時雨と奈々を連れて美麗を頼む。

 

 

ここは、俺等がやる」

 

「分かった」

 

「暴走止めたら、すぐにこの制御装置着けるから、なるべく早くね」

 

「自分でやるか?大地」

 

「暴走を止めて下さい。お願いします」

 

「よろしい」

 

 

 

塔へ着く秋羅達……扉に手を掛けようとした瞬間、扉に地面から生えた蔦が絡み合い施錠した。

 

 

「是が非でも、美麗ちゃんを渡したくないみたいね……」

 

「……」

 

「……ねぇ、紅蓮は?」

 

「え?

 

 

そういや、いないな……

 

 

 

 

なぁ、誰か今日紅蓮の奴を見たか?」

 

「いいえ……」

 

「見てないよ……」

 

「ねぇ、紅蓮は美麗ちゃんと一緒じゃないの?」

 

「いや、紅蓮の奴確か、黒狼の長に挨拶して来るって言って、山の方に……」

 

「行ったのって?」

 

「昨日、この村についてしばらくした後」

 

「……」

 

「……

 

 

 

 

お前等、ここで塔を開ける方法を考えといて!!

 

俺は、紅蓮達を探してくる!!」

 

 

そう言って、森へ行こうとした時だった。

 

茂みから現れる、三本の尾を持った大黒狼……その異様な大きさに、奈々は秋羅の後ろへ隠れ、時雨は彼の腕に引っ付いた。

 

 

すると、大黒狼の後ろから紅蓮が姿を現した。軽く首を振ると、紅蓮は口から炎を吹き出し塔の扉を焼き払った。

 

 

「す、凄ぉ……」

 

「探しに行く必要、無くなったな……」

 

「そうみたいね……!!

 

 

秋羅!!」

 

 

燃やされた扉の破片から、蔦が生え伸び入り口を塞いだ。

 

 

「そ、そんな……」

 

「本当に美麗を……!!

 

 

伏せろ!」

 

 

そう言って、秋羅は二人を押し倒した。その直後、雷の光線が倒れた3人の頭上を通過した。

 

秋羅達の前に現れる、天狗……槍を手に、天狗はゆっくりと地面へ降り立った。

 

 

「天狗って、一匹だけじゃなかったの?!」

 

『やはり、闇に手を染めたか……秋風』

 

 

三本の尾を持った大黒狼は、静かに言った。そして、歩みを進め秋羅達の前に立った。

 

 

『さっさと美麗を、あの塔から連れ出せ。

 

ここは、我々が引き受ける』

 

「え?何で……」

 

『柊の奴、やはり雷流達と手を組んだか……

 

ぬらりひょんの子供が現れたことをいいことに』

 

「それって……」

 

『小僧、早く美麗を連れ出せ。

 

この塔から、妖力が溢れ出ている……』

 

「溢れ出てるって……!!」

 

 

何かを察した秋羅は、すぐに塔へ向かった。同時に紅蓮は、塞がれていた蔦を燃やし彼を中へ入れた。彼の後を奈々達は追いかけていった。彼等を攻撃しようとした雷流に向かって、エルは翼を羽ばたかせ、風を起こし辺りに雪を撒き散らした。

 

 

『さぁ、この塔には誰も入れはしないよ』

 

 

 

鎌鼬を起こす柊に、幸人達は攻撃を順々に放っていた。だが、攻撃は風と彼が全てを防いでいるせいで、攻撃が一向に当たらずにいた。

 

 

「クソ!!弾が当たらない!!」

 

「残念ながら、水も全然出せないよ!

 

水を出せば、氷漬けだ」

 

「こちらも無理よ!

 

 

大地、何とかならないの?」

 

「ちょっと待って!!今調べてるんだから!!」

 

「それにしても、これだけの妖力いったいどこから……」

 

「……」

 

「……まさかとは思うが」

 

「え?何?」

 

「出たぁ!!

 

 

!?

 

そうか!!

 

 

幸君!陽君!そいつを倒す前に、ぬらちゃんを助け出して!!」

 

「あ!?

 

どういう事だ!」 

 

「彼の腕に着いている何かが、塔から出てる妖気を吸収してるの!

 

そこにいるのは、恐らくぬらちゃん!」

 

「親友のガキを、餌にしてるって事か!?」

 

「そんな事をしてまで……」

 

「相当恨みが強いって事ね」

 

「それより、腕に着いている何かとは何だ?」

 

「うーん……

 

ブレスレットみたいなやつだね。ぬらちゃんが嵌めてるような」

 

「まさか、妖魔石!?」

 

「妖魔石って、確か妖力を抑えるんじゃなかったっけ?」

 

「それもあるけど……

 

 

最近の調べで、分かったことがある。

 

妖魔石は、抑えることも出来れば、放出することも出来る。

 

でもそれだけではなく、自身が持っている妖魔石を誰かに、渡すことで妖力の受け渡しが可能になるの!」

 

「美麗はその事を知って?」

 

「知らないはずだ!」

 

「だが、記憶を取り戻していたとしたら?」

 

「!?」

 

「一部が戻り、その能力を知っていたとしたら、美麗は彼と手を組んだことになる」

 

「あり得るね!

 

 

何しろ、ぬらちゃんは部分的に記憶を取り戻しているから、妖魔石の事を知ってておかしくないわ」




「……」


目を開ける美麗……腕を動かそうとした時、何かが巻き付き動かせなかった。

それだけではなかった……足に頭、腹に何かが巻き付き身動きが出来ない状態だった。


(……何、ここ……

柊?)


声を出そうにも、口にも何かが巻かれ声が出せなかった。

辺りは暗く、自分がどこにいるのかも分からないでいた。


『美麗』

「!」


声がし、振り向こうとしたが、頭が動かせず目で辺りを見た。


『大丈夫。姿が見えなくても、すぐ傍にいるよ』

「……」

『怖がらなくて大丈夫。

この中にいる方が、安全だと思ってね。


さぁ、もう寝なさい』


その言葉に答えるかのようにして、何かが動き美麗の目を塞ぐようにして巻き付いた。振り払おうとするが、頭を拘束され、身動きが取れない彼女は、必死に声を出そうとした。


『お休み。


大丈夫。君が眠っている間、ずっと傍にいるよ』


首にチクッと何かが刺さった……その瞬間、強烈な睡魔に襲われた美麗は、そのまま意識を失った。


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恨み辛み

動けない……嫌だ……


痛いのは嫌だ……帰りたい……


暗い……早く終わって……


怖い……嫌だ……


帰りたい……


帰りたい……


日が沈み、雪が月明かりを反射させ辺りが明るくなった頃……

 

 

村長家の中で、大怪我を負った幸人と陽介を、保奈美と葵が手当てをしていた。家には、生き残った数名の村人が、体を震えさせながら隠れていた。

 

 

「まさか、あんなに強いなんて……」

 

「正直、あんなに強いのはぬらちゃんの妖気を吸っているから。

 

ぬらちゃんを救出しない限り、アイツは弱くならない」

 

「あそこは秋羅達に任せて、俺等は柊の動きを止めることに専念するぞ」

 

「えぇ」

「うん」

 

 

「動きを止めるって、殺してくれるんじゃないんですか?」

 

「そうよ……あの半妖は、私達の仲間を殺したのよ!!なのにどうして!」

「先に手を出したのは、テメェ等だろうが!!」

 

 

幸人に怒鳴られ、村人達は身を怯ませた。手当てを終えた彼は、彼等を睨みながら懐から一枚の写真を見せた。

 

それは、かつてここに住んでいたであろう半妖の一族が、並び立った古い写真だった。

 

 

「柊の本棚の中から見つけた。

 

妖怪と半妖が、分け隔て無く平和に暮らしていた村だった。それが、テメェ等の身勝手な理由で、一瞬で壊された。

 

 

それがどういう意味か、村を一度奪われたテメェ等なら分かるだろう?」

 

「けど、半妖じゃない……」

 

「半妖は一人の人間として扱っている。

 

同じ説明を何度もさせるな。ゴミ共が」

 

「ゴミって……」

 

「陽君、空は少し言い過ぎよ~。

 

せめて、こう呼びなさいよ~

 

 

 

 

“殺人者”って!」

 

 

和やかに言う大地に、村人達は一斉に目を逸らした。

 

 

 

塔に入った秋羅達……階段を上り、柊の部屋に通じる扉の前で、立ち往生していた。

 

 

「駄目!やっぱり、ビクともしないわ」

 

「昼間はあんな素直に開いたのに!」

 

「蔦を全部切っても開かねぇって事は、中で施錠しているって事か……

 

せめて、中の様子でも見られれば」

 

「……ねぇ、何か中から音がするよ」

 

「え?」

 

 

扉に耳を当て中の音を聞く奈々と同じように、二人は耳を当てた。

 

 

「……足音?

 

誰の?」

 

「美麗なんじゃ……」

 

「シッ!

 

声が聞こえる」

 

 

『……イ

 

イデ』

 

 

微かに聞こえる声と共に、何かが蠢く音が聞こえた。

 

 

「……柊」

 

 

「!!」

 

「秋羅!」

 

 

中から聞こえる美麗の声……弱々しく力無しに放った声に、秋羅は驚いた。

 

 

 

部屋の中……蔦で作られた繭の中から出された美麗は、傍にいた柊に抱えられて、ベッドの上に座っていた。

 

 

『……ごめんね。

 

君の力を借りてしまって』

 

「……借りた?」

 

『朝になったら、また入って貰うよ』

 

「入る?

 

 

!!

 

嫌だ!!入りたくない!!」

 

 

力無い声で叫んだ美麗は、柊から離れようとした。だが、体に巻き付いていた蔦が、彼女の動きを止めるようにして、ピンと張った。

 

彼女を隣に座らせ、柊は彼女の頬に触れ撫でながら話した。

 

 

『君を拘束して、監禁したことは謝るよ。ごめん……

 

 

でも美麗の力が無いと、ここにいる人達に復讐できないんだ』

 

「復讐?」

 

『話しただろ?20年前のこと……

 

 

もう、全てを終わらせたいんだ』

 

「……

 

 

力は貸す……貸すから……

 

 

貸すから、拘束しないで!!」

 

 

目から涙を流しながら、美麗は柊に訴えた。泣く声に柊は、美麗の頬を撫でている手で、流れていた涙を拭き取り、彼女を抱き締めた。

 

 

『ごめんね……怖がらせちゃって……

 

君が逃げるんじゃないかって思って……』

 

 

柊の胸に顔を埋めながら、美麗は彼にしがみついた。彼女の頭を撫でながら、柊は蔦で扉前にいる秋羅達に、攻撃した。

 

 

「うわっ!気付かれてた?!」

 

「一旦引いた方がいいわ!」

 

「あぁ!奈々、行くぞ!」

 

 

蔦で歩きにくくなっている階段を、3人は駆けて行き追い駆け攻撃して来る蔦を払いながら、駆け下りていった。

 

 

(これで、邪魔者は消えた……)

 

「柊、誰かいたの?」

 

『何でも無いよ』

 

 

優しく微笑みながら、柊は泣き止み少し落ち着きを取り戻した美麗を、自身の膝に寝かせ再び頭を撫でた。

 

 

(……願わくは、麗桜……

 

君の子供の顔を、僕は見たかった……また、この目に光が宿るなら、どんなことでもするよ)

 

 

 

 

村長宅……

 

自分達が見たもの聞いたものを一通り、秋羅は幸人達に説明した。

 

 

「予想通りだったって事ね……

 

どうする?このままだと、ぬらちゃん力尽きるまで、妖力吸われちゃうわよ」

 

「まぁ、柊を止める他ないだろうよ。

 

秋羅達は、引き続き美麗を頼む。こっちが弱らせれば、力が弱まって扉が開くかも知れない」

 

「分かった」

 

「大地、秋羅達について行ってくれ」

 

「はいはーい」

 

「テメェ等は、この家から出るな。

 

戦いの邪魔になる」

 

「っ……」

 

 

 

 

明け方……

 

薄らと目を開ける美麗。あくびをしていると、姿を変えた柊が彼女を抱き上げた。

ベッドの傍に蔦で作られた繭が、スッと開いた。その中を見て、美麗は怖がり柊に抱き着いた。

 

 

『大丈夫。何も怖いことはしないよ』

 

 

開いた繭の中に、柊は美麗を置いた。頭と頬を順々に撫でると、微笑みを浮かべて言った。

 

 

『お休み』

 

 

その言葉と共に、美麗の首に何かがチクリと刺さった。彼女は、強烈な睡魔に襲われそのまま、意識を失い繭の中で倒れた。すると、地面から蔦が伸び彼女を身動きが取れないように拘束し、目と口を塞いだ。そして縛り上げた腕から、妖気を吸い取っていった。

 

 

それを見届けると柊は繭の口を閉じ、傍にいた二人の天狗を見た。

 

何か通じたのか、天狗達はそれぞれ姿を変えた。一人は金剛杖にもう一人は羽団扇へと……




柊は、二つの武器を持ち蔦で覆われていた窓から外へと、飛び降りた。いなくなった部屋に再び、蔦が絡み厳重に施錠された。


雪で覆われた森の中を歩く柊……巨大岩にあの大黒狼が上半身だけを起こし座り横になり、声を掛けてきた。


『行くのか?』

『……君がここにいるって事は、もしかして』

『相変わらず、察しのいい男だ』

『……これから先、どうするんだい?』

『さぁね。我々の役目は、この北西と北全域の森を守ること。

これからのことなど』

『……


僕は、間違っているかい?』

『私には分からない。

まぁ、人を殺している時点で、間違っているのかも知れない』

『責められても、恨み辛みは消えないよ。

僕はもう、人を愛せないし好きになれない……


この雪と氷は、僕が死んだ者達の力を借りて、降らせているもの。死ねば、すぐに止むさ……




また、妖怪と人が仲良く暮らせる日が来るのかな?


麗桜が生きていた頃みたいに』

『そんなもの、新たな総大将がいない限り来やしない』

『総大将か……


美麗は、立派な総大将になると思うよ。麗桜のような』

『……』

『君と話せてよかったよ。




さよなら、リル』


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憎しみ

麗桜が死に、美優までもが死んだのに……


それでも尚、その子を育てるのか?

『育てるよ……

この子は、二人が残した大事な子供。


それに時が経てば、何れこの子は君達妖怪の、総大将になるよ』

……

『僕は、この命が尽きるまで彼女の傍にいるつもりだよ。

だから、心配しないで……リル』


突如として、地面が激しく揺れた……震動に、村人達は騒ぎ出し数人が外へ出た。その瞬間、地面から生え伸びた木の根が、彼等の胸を貫いた。

 

 

『逃しはしないよ。

 

 

罪は償って貰うから』

 

 

宙に浮く柊に、木の根から逃れた村人達は、腰を抜かし恐怖に満ちた表情で、彼を見上げた。

 

 

次の攻撃を仕掛けようとした時、突如後ろから銃弾が彼の横を通過した。振り向くと、そこには銃口を彼に向ける幸人が立っていた。

 

 

「相手にするなら、まずこっちからにしろ」

 

『君等を相手にして、僕に何の得があるの?』

 

「まぁ、ないな。

 

 

だが、こうやってやっておかないと、討伐隊への報告が、後々面倒になるんだ」

 

『フーン……とてもそうには見えないけど』

 

「まぁ、これは建前だ。

 

 

美麗を返して貰おうか?」

 

 

目付きを変えた幸人の前に、柊は舞い降り不敵な笑みを浮かべながら答えた。

 

 

『嫌だね。

 

君等人間に、彼女を渡すわけにはいかないよ。

 

 

あの子は、麗桜の子供……次期妖怪の総大将になる子だ。そして今、僕のために色々力になってくれてるし』

 

「……

 

 

憎いか?人が」

 

『憎いさ……殺したいほど。

 

 

ずっと抑えていた……けど、美麗を傷付けられたら、いても立ってもいられなかった。

 

 

それだけじゃない……もっと昔から、抑えていたものが、今回のことで全部噴き出したんだ!

 

僕の妻や子供、家族に仲間をこの憎くて仕方の無い人間共が殺したんだ!!』

 

 

狂ったかのように発狂する柊に、村人達は怖じ気付いていた。

 

 

『人間が妖怪を殺しても、罪にはならないのに……何故妖怪が人間を殺したら、殺されるんだ!!』

 

「そんなの当たり前じゃない!!

 

あなた達妖怪には、私達人間には無い力をいくつも持っているわ!!そんなの使ってやり合ったら、ズルいじゃない!」

 

 

前へ出てきた女に、柊は木の根を操り攻撃した。飛ばされた彼女は、木の幹に体を打ち付け雪の上へ倒れた。

 

 

『人に無い力?

 

あって当然だろう?僕等妖怪は、その力を使って大地に、緑や水を絶やさないようにしていたんだから。

 

 

ここは、元々森も湖も無い山地だった。

 

そこに、僕達一族と水を使う一族、そして数名の人間がここへ来た……初めは失敗ばかりだった。何度も何度も挑戦して、やっとここまで来た。

 

雪は止まないけど……木々は生い茂、水は豊富。強力な妖怪が来ても、雷流と秋風が村を守ってくれた。

 

 

何十年も掛けて、僕達が作り上げた村を君等人間は奪ったんだ……何もしていない、君等がね!!』

 

 

怒りに任せ、柊は金剛杖を天へ翳した。すると尖端から雷の球が浮かび、それを村人達が群がっている場所へ投げ落とした。

 

落とした瞬間、凄まじい音と共に雷が彼等の体に当たった。

 

 

『流石麗桜の子供だよ!!

 

本当に素晴らしい妖力だ!!』

 

 

高らかに笑う柊……銃口を向けていた幸人と陽介は、銃を下ろし彼をしばらく見つめた。

 

 

 

 

塔へ来た秋羅達……幸人から借りた火炎放射器で、入り口の蔦を燃やすと中へ入り、階段を駆け上った。そして問題の扉へ着いた。

 

 

「……あれ?

 

何か、違うよ」

 

「え?」

 

 

扉に違和感を感じた奈々は、扉に近付きソッと触った。すると扉は、音を立てながらゆっくりと開いた。

 

 

「開いた……」

 

「どうして……昨日は開かなかったのに」

 

「その前に、早く美麗を連れ出そう。

 

考えるのはその後だ」

 

 

そう言って、秋羅はランタンに明かりを灯し、部屋の中を照らした。部屋は前回とは全く異なり、そこら中に蔦が生い茂、家具類には以前の面影が一つも無かった。

 

 

「何か、不気味な部屋」

 

「この部屋、かなりの妖気が充満しているね……

 

警戒を怠らないように」

 

「はい」

 

「こないだ来た時は、もっと綺麗な部屋だったのに……」

 

「……?

 

 

秋羅さん、あれ」

 

 

何かを見付けた奈々は、指を差しながら秋羅の裾を引っ張った。

 

指を差した方向に顔を向けた……天井から床にびっしりと伸びる蔦。その中腹部分に、蔦の繭が作られていた。

 

 

「何だ?これ……」

 

「大っきい繭」

 

「どうやら、この繭から妖気を放出しているみたいね。

 

……?

 

 

秋君、中から生命反応が!」

 

「!?」

 

 

持っていた携帯用のナイフを手に、閉じている蔦を切り裂き、中を見た。

 

背中と腕を覆う無数の管……壁に凭り掛かるようにして、美麗は座っていた。

 

 

「美麗!!」

 

 

覗いた穴をさらに大きく開き、秋羅は中へ入り美麗をそこから引きずり出した。

 

横に抱き、床へ下ろし背中と腕を繋ぐ管を、全て引き抜いた。

 

 

「美麗!!目を開けろ!!美麗!!」

 

「ちょっと失礼」

 

 

秋羅の隣に座り、大地は彼女の首を触り閉じていた目に、ペンライトを照らした。

 

 

「脱水症状起こしてるわね。

 

少し弱いけど、脈はあるから問題無い」

 

「よかったぁ……」

 

「早く美麗連れて、ここを出よう!」

 

「あぁ」

 

 

美麗を抱き上げ、秋羅達は外へ出ようとした。次の瞬間、秋羅は足を取られ上へと引き上げられていき、上がる寸前に美麗を時雨に渡した。

 

 

「秋羅!!」

 

「何あれ!?」

 

「妖気が充満してるから、妖怪化しやすいのよ!」

 

「つまり、この蔦は柊が動かしているんじゃなくて、妖気が動かしているって事ですか?」

 

「……多分そうだと思うけど」

 

「分からないなら、分からないって言って下さい!!」

 

「お前等騒いでないで、俺を助けろ!!」



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暴走する力

「……」


意識を取り戻したのか、美麗はゆっくりと目を開けた。


「あ!美麗、起きた!」


奈々の声に、攻撃して来る蔦を防ぐ時雨の後ろにいた大地は、すぐに彼女の元へ駆け寄った。


「ぬらちゃん、大丈夫?」


顔を覗き込んできた大地に、美麗は驚き思わず顔面に拳を食らわせた。鼻から血を流しながら、彼は仰向けに倒れいなくなると、美麗はすぐに起き上がり部屋の隅へ隠れた。


「相当警戒してるね。おじさん」

「おじさん言うな!!


クソ!血が止まらない!」


ポケットからティッシュを出し、それで鼻血を大地は止めていた。


「顔近付けるから、そうなるんですよ!」


攻撃して来る蔦を槍で切り落とすと、秋羅は美麗の元へ駆け寄った。


「立てるか?」

「……柊は?」

「アイツなら、外にいる」

「!

頭下げて!!」


そう言われ、咄嗟に秋羅は頭を下げた。その直後、彼の頭上を勢い良く振ってきた蔦が、通過した。


「ここ出る前に、この蔦をどうにかしねぇと」

「風で蔦を切るから、準備して!」


そう言って、美麗はふらつく足で立ち上がると、足下に氷で陣を描いた。


「悲しき風の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !!」


美麗の周りに吹き荒れる風……その風を、美麗は自身の差し伸べた手に集めた。


「鋭い刃と為せ、その者を切り刻め!」


吹き荒れる風は、襲ってきた蔦を全て切り裂いた。退路が開くと、秋羅は倒れかけた美麗を担ぎ、時雨達と共に部屋を飛び出し、階段を駆け下り外へと飛び出た。


暴走する柊の力……風と雷を交互に放ち、逃げ惑う村人達を攻撃した。放たれる攻撃が、民家や畑に当たり壊していった。

 

 

「どうにかしてくれ!!討伐隊だろ?!アンタ!」

 

「少し黙れ!!

 

貴様等が巻いた種だろうが!」

 

 

攻撃してきた根に、陽介は銃弾を放ち防いだ。すると、四方から鎖が伸び、柊の動きを封じた。

 

 

「四方縛り、成功」

 

「少し、暴れ過ぎだよ」

 

「思い出の家まで、壊すことないでしょう?」

 

『彼等が住んでいる時点で、もうこの村の家全てが汚れているよ』

 

 

静かに言いながら、柊は目から一筋の涙を流した。

 

 

 

 

塔から出て来た秋羅達は、近くの森に身を潜めていた。疲れ切り横になっていた美麗の傍に、エルは心配そうな声を発しながら顔を覗かせた。覗き込んできたエルの顔を、美麗は優しく撫でた。

 

その時、茂みがざわつき秋羅と時雨は美麗達の前に立ち身構えた。

 

 

「……紅蓮」

 

 

出て来たのは、紅蓮とリルだった。紅蓮は横になっている美麗の元へ寄り、顔を擦り寄せた。紅蓮の頬を撫でる彼女の元へ、リルは近付きその気配に紅蓮は退くようにしてエルの元へ行った。

 

 

『……妖気はかなり吸われているが、平気のようだね?』

 

「柊は?」

 

『村の方だ』

 

「……行かなきゃ」

 

 

起き上がり、ふらつきながら美麗は立ち上がった。

 

 

「ちょっと!

 

そんな体で行けるわけないでしょ!

 

 

ただでさえ、妖気を吸われて同時に体力も吸われているのよ!!」

 

「うるさい!!

 

 

お前等がここに調査しに来なかったから、柊の家族も仲間も、皆お前等人間に殺されたんだ!!」

 

 

大地に怒鳴る美麗の目が、一瞬青くなった……その目に、彼は驚き黙り込んだ。

 

 

(何で、目が……)

 

(ブレスレットもアミュレットも外れてないのに……)

 

「何のための討伐隊だ!

 

半妖は人と同じ扱いなんだろう?何で柊の仲間が、人間に殺されなきゃいけないんだ!!」

 

 

その怒鳴り声に反応したのか、突然木の根が無数に生え美麗の周りを囲った。木の根に覆い被さるようにして、氷の壁が張られた。

 

 

「美麗!!」

 

「な、何?!これ!」

 

『……柊、暴走しているな』

 

「え?」

 

『紅蓮!早く氷を溶かしな!』

 

 

傍へ駆け寄ってきた紅蓮は、すぐに炎を吹き氷を溶かした。氷が無くなると同時に、木の根が生え伸び紅蓮達を攻撃してきた。

 

 

「またかよ!!」

 

「アンタ科学者でしょ!何とかしなさいよ!!」

 

「そう言われても、こっちだって今策練ってる最中だ!!」

 

 

 

『美麗……』

 

 

どこからか聞こえる声……

 

目を閉じていた美麗は、ゆっくりと目を開いた。

 

 

「……木の根?

 

 

柊!柊!」

 

 

その声に応答するようにして、後ろから物音が聞こえた。恐る恐る振り返ると、木の根が人の姿を作りその姿は柊の形となった。

 

 

「……柊」

 

『美麗』

 

 

柊の姿となった木の根に、美麗は抱き着いた。抱き着いてきた彼女を、柊は受け止めしっかりど抱き締めながら、探るようにして頭を撫でた。

 

 

『ごめん……君の妖力を奪ってしまって』

 

「平気……

 

 

ねぇ、もうやめよう。こんな事してたら、柊の体持たないよ?」

 

『そうだね……

 

 

でも、もう無理なんだよ。

 

僕の体と心は、復讐と恨みで染まってしまった』

 

 

そう言って、柊の周りに黒い炎が沸々と燃えだした。美麗はすぐに、柊から離れた……その瞬間、彼の姿を形作っていた木の根が、黒い炎に包まれ燃え出した。

 

ハッと気付いた時には、周りは既に黒い炎に包まれていた。逃げられずにいた時、突如光が差し込みその中から、手が差し伸ばされその手は、美麗の襟を掴み彼女を持ち上げた。

 

 

炎の中から出された美麗は、秋羅に抱えられて外へと出た。

 

 

「怪我は?」

 

「見たところない」

 

「ねぇ、柊は村の方にいるんだよね?」

 

「幸君達が止めてるから、そのはずよ」

 

「……紅蓮、お願い」

 

 

駆け寄ってきていた紅蓮の背に、美麗は乗ろうとした。だが、その行為を秋羅がすぐに止めた。

 

 

「美麗!待て!

 

妖気を奪われてる、今のお前に」

 

「助けなきゃ!!

 

柊が戻れなくなる!」

 

 

青い目を秋羅に向けて、美麗は言った……彼は掴んでいた美麗の手をソッと離し、彼女を見つめた。

 

 

「……昔、聞いたことがある。

 

 

妖怪は、闇に堕ちると二度と元には戻れなくなるって……敵味方関係無しに、暴れて襲い掛かって、最後には討伐隊の手によって、殺される。

 

 

それが多くに見られるのが、半妖。

 

人でもない妖怪でもない彼等は、双方から虐げられて行き場を失った。

 

 

だから、いなくなったんだよ……半妖は。

 

どんなに国が、半妖は一人の人間として扱うって言っても、偏見は変わらない!」

 

「美麗……」

 

「柊は……柊は、私の知らないパパのことを、いっぱい知ってる。

 

もっと聞きたい…もっと知りたい……

 

 

それに、もう誰も失いたくない!!いなくなるのは嫌だ!!

 

 

だから、死なせたくない!!」

 

「……

 

 

 

 

先に行け」

 

「え?」

 

「秋羅!」

 

「俺等は後から行く。

 

先行け」

 

 

しばらく秋羅を見つめると、美麗は紅蓮の背に乗り森を駆けていった。

 

 

「秋羅!いいの?!」

 

「……誰だって、大事な奴を亡くしたくない」

 

「秋羅さん?」

 

「……」

 

『話の分かる小僧のようだな?』

 

「そういや、お前誰?」

 

『北全域の守る黒狼の長だ』

 

「長……

 

 

って事は、まさか……リル?」

 

『その通りだ』

 

「こんな所でお目に掛かるとは……」

 

『麗の扱いが酷ければ、紅蓮に言ってこちらへ連れ戻そうと思っていたが、聞くと相当お前達を気に入ったようだな?』

 

「ハハハ……そりゃどうも」

 

『だが、これからどうなるか』

 

「?」

 

「どういう事?」

 

『……柊は、あの子の記憶を少し弄ったみたいだな』




木の影に隠れ、陽介は無線で誰かと連絡を取っていた。


「分かった、すぐに伝える。


幸人、あと一時間したら救援隊がこちらへ到着する」


「わぁー、ありがてぇ」

「絶対思ってないでしょ?」

「あいつ等、余計なことしかしないからな」

「事実でも、そういう事言わない」




“バーン”


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同じ

銃弾の音?


あぁ……嫌な音……


この音の直後、娘は死んだんだ……それを合図に、次々に死んでいった。

殺す……


撃った奴も、ここにいる奴等全員!!


滴り雪の上に落ちる、赤い血……

 

宙に浮いていた柊は、目を光らせ二つの武器に、全ての妖力を吹き込み四方八方に攻撃した。

 

生き残っていた村人達は、逃げ惑うも次々と胸を貫かれていった。さらに、幸人達にも攻撃の手が伸び彼等はすぐに防ぎながら、自身達に助けを求めてきた村人を守護した。

 

 

「ありゃ完全に、暴走しているな」

 

「いや、見れば分かるよ」

 

「呑気に話してないで、何とかしろ!!アンタ等、祓い屋と討伐隊だろう!!」

 

「そう言われてもね、半妖だから攻撃は出来ないんだ」

 

「そうそう」

 

「まぁ、もうちょっとの辛抱だ。

 

時期に救急隊が来る」

 

 

その時、雷と風の攻撃が同時に、彼等を襲い掛かってきた。武器を構え、防ごうとした時だった。

 

 

「柊!!」

 

 

響く声……柊は攻撃を止めゆっくりと、声の方へ振り返った。

 

 

紅蓮から降りる美麗……見えない彼女の姿に、柊は地へ足を着かせ手で探りながら歩き出した。

 

息を整えながら美麗は柊の元へ駆け寄り、そして探る手を握ると、彼に抱き着いた。握られた手で、柊は抱き着いている彼女の頭を触り、頬、首と順に触るとその場に膝を付き彼女の頬を包むようにして手を置いた。

 

 

「美麗……ああ、美麗」

 

「柊……

 

 

もうやめよう。やめて、北西の森に帰ろう」

 

「北西の森……あぁ、麗桜が住んでた森だね」

 

「皆いるから、そこへ帰ろう。ね?」

 

 

静まり返る木の根……荒ぶっていた風と雷は、その光景を見ると力を収めた。宙に浮いていた二つの武器は、天狗の姿へと変わり彼女を見た。

 

 

「落ち着いたみたいだな」

 

「そうみたいね」

 

「……?」

 

 

葵の隣にいた村人は、隠し持っていた銃を彼等に向けそして、震える手で引き金を引いた。

 

 

 

 

“バーン”

 

 

 

 

貫く弾……血飛沫が、美麗の顔に付いた。そして、貫いた弾は彼女の腕を掠り、雪に埋もれた。彼の姿を見た天狗達は、己の力を振り絞り、銃弾を放った村人を八つ裂きにした。村人は血塗れとなり、その場に倒れた。

 

 

「……ひ…柊?」

 

「とうとう……撃たれちゃった……」

 

「……!」

 

 

美麗の前で、力なく倒れる柊……仰向けに倒れた彼は、最後の力を振り絞って手を挙げた。美麗はすぐにその手を握り、自身の頬を撫でさせた。

 

傍にいた天狗達……雷流と秋風は、彼の傍に座り顔を見た。その時、曇っていた空から、太陽が顔を出し辺りを照らした。

 

 

「……!

 

 

柊、目」

 

 

無造作に生えた前髪の間から見えた、柊の赤い瞳に光が戻っていた。彼は両眼から涙を流して、美麗の頬を撫でながら微笑んだ。

 

 

「あぁ……やっぱり、同じだ」

 

「え?」

 

「青い目……

 

やっぱり、麗桜の子供だ……」

 

 

そう言い、美麗の頬を撫でた……やがてその手は、力無く雪の上へ落ちた。半開きとなった目からは光が消え、流れ出た涙は、寒さゆえに静かに凍った。

 

 

「……柊?

 

柊……ねぇ、柊……柊!

 

 

起きてよ!ねぇ!

 

もっと、パパの話をしてよ……もっと、家族のことを話してよ……私、まだ聞いてないこと、いっぱい……

 

 

柊ぃ!」

 

 

大粒の涙をポロポロと流しながら、美麗は彼の体にしがみつき泣き喚いた。その泣き声は山中に響き渡った……

 

後から駆け付けた秋羅達は、すぐに状況を呑み込んだ。

時雨は口を抑えて、涙を流した。奈々は彼女のコートの裾を掴みながら、声を抑えながら泣き、秋羅は悔しそうに涙を流した。

 

 

『……また一つ、消えたか。

 

紅蓮、後は任せる』

 

 

そう言って、リルは森の中を駆けていった。

 

 

その時……彼女の泣き喚く声に応えるかのようにして、柊の体に突如異変が起きた。

 

体から生えてくる、無数の草花……美麗は、とっさに体から離れた。雷流は彼女を抱き上げ、その場から離れさせた。彼の体は草で覆われて行き、やがて巨木へと成長していった。辺り一面に生えている木々を覆うような、巨大な木へと。

 

 

 

 

その数時間後だった……救急隊が到着したのは。

 

殺された村人達の亡骸を全て回収をしていく、救急隊……柊の木は、大地達研究員の手の下、調べられていた。近くで巨木も見上げていた幸人は、傍で調べている大地に声をかけた。

 

 

「大地、どうだ?」

 

「どうって……別に、その辺に生えている木々と変わらない。まぁ、違うって言うなら柊の木を含めてこの辺り一帯の木々には全部、妖気があるってことくらいね。後、森の中にあった池も」

 

「妖気がある?

 

それって……」

 

「恐らく、全部の木が柊の一族の亡骸からなったもの。池はその水を使う一族から出たもの」

 

「……なるほどな。

 

力を使って大地に、緑や水を絶やさないようにしていた……柊の言う通りだったってことか」

 

「とりあえず、この村全体は討伐隊の保護区にしたわ。

 

 

まだ、調べたいことは山ほどあるし。それに、彼等から住処を奪ってはダメよね?」

 

 

美麗の傍から離れようとしない、二人の天狗を見ながら大地は言った。

 

 

紅蓮の胴に顔を埋め横になる美麗……心配そうに、傍にいたエルは嘴を彼女に近付け、頭を軽く撫でた。

 

 

「さっき、陽君付きで彼女の体調べたけど……

 

 

相当妖気を吸われたみたいね。それと一緒に体力も吸われていて……

 

目は元の赤になっていたけどね」

 

「そうか……」

 

「まぁ、僕チンからの診断だからちゃんとは言えないけど……

 

 

当分の間は、絶対安静。妖力を回復させることに専念してね」

 

「そうした方が良さそうだな。

 

その間の依頼は、俺と秋羅でやるか」

 

「頑張れー。

 

アッ、そうそう……これ、彼女に渡しといて」

 

 

そう言って、大地は蓋が閉まった試験管を、幸人に渡した。その中には、数個の種が入っていた。

 

 

「何だ?これ。種か?」

 

「柊の木から取れたの。

 

 

と言うより、落ちてきたって言えばいいかしら?」

 

 

巨木を見上げながら、大地は言った。微風が吹き周りの木々を揺らした。木々は木の葉をざわつかせ、ユラユラと揺らいだ。




二人が話している中、暖かいお茶が入ったカップを持った秋羅は、美麗の元へ歩み寄った。


「お茶だ。飲めるか?」


ムクッと起き上がった美麗は、腫れた目を擦りながら、差し出されたお茶を受け取りゆっくりと飲んだ。


「調査が終わり次第、家に帰るってさ」

「……」

「傷、痛むか?」

「平気……」


彼女を見下ろす秋羅に、鋭い視線が刺さった。鋭く睨み、今にも攻撃しそうな雷流と秋風に、彼は見ながら苦笑いした。


「秋羅は私達の味方。

敵視しなくていいよ」


美麗の言葉に、二人は武器を下ろし彼から目を離した。


「……扱いに慣れてることで」

「……ねぇ」

「ん?」

「……




晃はどこ?」


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半分の記憶

汽笛を鳴らし、線路を走る汽車……


幸人に凭り掛かり、美麗は寝息を立てて眠っていた。同じようにして、奈々は保奈美の膝に頭を置き眠り、秋羅は手摺に凭り掛かり眠っていた。


「疲れたのね……よく眠ってるわ」

「……」

「気にしてるの?


秋羅君から聞いた、美麗の言葉」

「あぁ……


今まで、晃のひの字も触れなかったのに、何だって急に」

「今回のことで、封印してた鍵が開いたのかしら?

その晃のことだけを」

「まぁ、まだ晃の存在だけを思い出しただけだ。

これが、本部にいた頃の記憶まで思い出していたら、大変なことになっていた。


晃のことは、どうとでも誤魔化せる」

「相変わらず、頭の回転が速いな」

「貴様の考えが遅いだけだ」

「今疲れ切って、頭の回転が遅いんだよ」

「言い合いはそれくらいにしなさい。


3人が起きちゃうわよ」


「皆さーん!間もなく駅に、着きますよー!」


ドアを勢い良く開け大声を上げながら入ってきた大地の声に、奈々と美麗は不機嫌そうな声を出しながら、目を開け起きた。幸人の隣で寝ていた秋羅は、驚いた表情をしながら、起き上がりアタフタした。


「何でこの子達を起こすのよ」

「折角、気持ちよく寝ていたのに」

「おじさん、嫌い」

「……消えろ」

「ちょっと二人共、酷くない!?

特にぬらちゃん!酷いよ!!言い方!」

「うるさい!」


幸人の腕にしがみつき、袖に顔を埋めながら美麗は不機嫌そうな表情を浮かべた。


「完全にご機嫌斜めだな……

秋羅、美麗連れて家畜車に行け」

「ヘーイ。

美麗、行くぞ」

「あ、アタシも行く」


眠い目を擦りながら、美麗は秋羅の手を握り部屋を出ていき二人の後を、奈々はついて行った。


「何で家畜車?」

「エルと紅蓮がいるからだ。

つうか、テメェが機嫌悪くしたんだろうが」

「僕チンはただ、知らせに来たんだよ!」

「着くって言ったって、幸人の最寄駅でしょう?」

「あれ?寄らないの?」

「寄るわけないでしょ。

私も葵も、次の依頼が来てるんだから」

「う……」

「だから言っただろう?

秋羅君達、寝てるから静かに入りなって」


大地の後ろから、ヒョッコリと顔を出しながら葵は言った。


「いや、もう起きてるかと」

「そんなわけないだろう?時雨だって、まだ寝てるんだから」

「……すんまんせん」


柊の村から帰ってきて数日後……

 

冷たい風が吹き暖かな日差しの中、美麗は花壇の前に座り、植えた種から芽が出ないかと待っていた。

 

 

眺めていた時だった……花壇に覆い被さる人影に、美麗は顔を上げた。

 

そこにいたのは、天狐と地狐、さらに陽介と蘭丸だった。

 

 

「……何で、天狐と地狐が?

 

それに……」

 

『幸人と秋羅、いる?』

 

「二人共、中で仕事してるよ」

 

『そうか……』

 

「ねぇ、天狐」

 

『?』

 

「晃は、いつ帰ってくるの?」

 

『仕事が終わり次第だ』

 

「どこにいるの?」

 

『外の国だ』

 

「何で?」

 

『討伐隊からの依頼で、外の国の妖怪の資料を書かなきゃいけなくなったんだ』

 

「エル以外の?」

 

『そうだ』

 

「陽介、後を頼む」

 

「はい」

 

 

敬礼し、陽介は天狐達と共に家の中へ入った。3人に着いていこうとした美麗を、蘭丸は呼び止め彼女に話し掛けながら、彼等から気を逸らさせた。

 

 

中へ入った天狐と地狐は、秋羅と幸人が座る向かいのソファーに座り、その間に置かれていたシングルソファーに陽介は座った。

 

 

『何故僕等が来たか、分かるよね?』

 

「把握はしている」

 

『なら良かった』

 

『それじゃあ、すぐに本題へ入らせて貰う。

 

お前達、誰に会った?』

 

「草花に命を与える妖怪と人の間に産まれた半妖で、名は柊」

 

『柊……

 

そうか、まだ生きていたのか』

 

「だが、もう死んだ。

 

そこに住んで……いや、柊達の住処を奪った村の奴に殺された」

 

『……気の毒なことをしたな。

 

 

麗桜が死んだ後、柊を含む半妖達のことはずっと後回しだったからな。気に掛けてやれなかった……

 

 

話が逸れた。

 

 

それで、柊の奴死ぬ前に美麗に何かやったか?』

 

「さぁな。

 

柊、美麗以外の人間を中へ入れようとしなかったし。俺等も俺等で、美麗が奴に懐いていたから、ほぼほぼほったらかし状態だったからな」

 

「やっぱり、何かされたのか?」

 

『晃の記憶が、蘇っている』

 

「……」

 

『彼と過ごした日々を思い出したと言っていいかな?

 

肝心な記憶は、まだ封印されたまま』

 

『とは言え、美麗は半分の記憶が蘇ってしまった。

 

 

そこで、お願いがあるんだ』

 

「お願い?」

 

『美麗を、しばらくの間返して貰えないかな?

 

勿論、要件が済んだらすぐに君等の元へ返すよ』

 

「連れて帰る理由は?」

 

『封印を少し強化する。

 

期間は1週間から2週間。それ以上かかることもある』

 

「俺は構わねぇが……

 

陽介、のめるか?」

 

「体調を崩し、療養のため一時的に故郷へ帰したことにしておく。

 

その方が、上も納得するだろう」

 

『決まりだね』

 

「ちなみに聞く……

 

 

その封印されている記憶って、どんなのだ?」

 

 

幸人の突然の質問に、2人は少し驚いた。だがすぐに、天狐は目付きを変えて幸人を見た。

 

 

『知ってどうする?

 

お前に、あの子の傷を癒やせるのか?』

 

 

立ち上がり、天狐は窓の外を見た。外では、花壇の前で楽しそうに、何かを話す美麗と彼女の話を聞く蘭丸がいた。

 

 

『全ての記憶を取り戻せば、美麗は完全に闇へ落ちる。そうなれば、お前達祓い屋があの子を消さなければならなくなるんだぞ。

 

それだけじゃない。彼女を亡くせば……妖怪達はどんどん活発化し、被害は増幅する。

 

 

だから、あの記憶を蘇らせるにはいかない』

 

「でも、晃さんのことを思い出したなら、その……」

 

『その部分がなくても、別に何とでも言い訳は出来る。

 

今回のように、誤魔化せばいい話だ』

 

「その辺、適当だな……」

 

『長居は無用だ。

 

美麗を連れて、帰らせて貰うぞ』

 

 

そう言って、天狐と地狐は外へ出た。軽く溜息を吐きながら、幸人は煙草を吸いながら同じように吸い出した陽介を見た。

 

 

「そんで、お前等は何の用で来たんだ?」

 

「美麗の発言が気になって、雨宮監察官に話したんだ。

 

そしたら、様子を見に行きたいと言いだして」

 

「それで来たと……」

 

「まぁな」

 

「他は?」

 

「大地からの報告で、柊の村にいた天狗達は、時々廃村へ来ては森と水を見回りして、どこかへ行っているらしい」

 

「何だ、留まってないのか?」

 

「どうやら、北西の方に身を置いているらしい」

 

「何でまた?」

 

「リルが呼んだんじゃねぇのか?」

 

「リル?誰だ?」

 

「黒狼の長で、美麗の……まぁ、育て親のような奴だ」

 

「あと、北地域の長」

 

「そんな奴に、美麗は育てられたのか……

 

どうりで、獣妖怪の扱いに慣れているはずだ」

 

「そのリルっていうのが、自身の住処に天狗達を呼んだ……

 

無くもない話だな」

 

 

手摺に乗ってきた、猫姿の瞬火の頭を撫でながら幸人は、煙草を口から取り煙を深く吐いた。

 

 

 

「え?帰る?」

 

 

天狐からの話を聞いた美麗は、言葉を繰り返しながら彼等の方を向いた。

 

 

『少し体調が悪いからね。

 

柊から、妖気を吸われたんだろう?』

 

「……でも、平気!

 

まだ、不完全だけど……」

 

『美麗、ちゃんと治そう。

 

じゃないと晃が帰ってきた時、もし体調を崩していたら、彼は悲しむよ』

 

「……幸人達は、何て?」

 

『別に構わないって』

 

「……」

 

 

彼の言葉を聞いて、美麗は驚きながら段々と落ち込んでいった。その様子を見た蘭丸は、彼女を自身の方に向かせ話した。

 

 

「美麗、幸人は別にお前のことが邪魔で、別に構わないと言ったんじゃない。

 

 

ちゃんと治して、元気になるのなら構わないと言ったんじゃ」

 

「……本当?」

 

「そうじゃ。

 

じゃなければ、儂が後で雷を落としても構わん。

 

 

幸人と秋羅にとって、美麗はもう大事な家族じゃ」

 

「家族……」

 

「あぁ。

 

だから、ちゃんと治してこい」

 

「……

 

うん」




その夜……


霧を出し、準備をする地狐。美麗は秋羅に手綱を引かれたエルの頬を撫でながら、宥めていた。


「すぐ帰ってくるから、大丈夫だよ」

「なぁ、本当に連れて行かれねぇのか?」

『連れて行った所で、私達は面倒を見られない。

紅蓮はリルがいるからいいが、エルは美麗以外誰もいない』

「まぁ、言われればそうだけど」

『そろそろ時間だよ』

「うん。

エルのこと、お願いね?」

「任せとけ」

「しっかり治してこいよ」

「うん!」


地狐の元へ駆け寄り、美麗は彼等と共に霧の中へと姿を消した。


やがて霧が晴れ、外に微風が吹いた。エルは少し哀しげな鳴き声を発しながら、消えた箇所を歩き回った。


「お前の主、すぐ帰ってくるから。

少しの辛抱だ」


そう言って、秋羅はエルの頬を撫でた。


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爽籟

これは、幸人が秋羅を弟子として引き取った頃の話。


「オーイ!幸人、いるかー?」

 

 

買い物袋を担いで、暗輝は水輝と共に幸人の家へ来ていた。鍵を開け、足で戸を開きながら2人はズカズカと中へ入った。

 

中は物家の空になっており、2人は持っていた荷物をテーブルの上へ置くと、庭の方へ出た。

 

 

そこでは、馬達に遊ばれる男の子と、その隙に幸人が小屋の掃除をしていた。

 

 

「うわー、早速扱き使ってるわー」

 

「オーイ!幸人ー!」

 

 

水輝の声に気付いたのか、幸人は小屋から出て来た。彼女の声に、馬の手綱を握った男の子は、こちらに顔を向けた。

 

 

「頼んだ物、買ってきてやったぞ」

 

「悪いな。

 

ここんとこ忙しくて、買いに行く暇が無かったから」

 

「別にいいけど……

 

 

その子?弟子として、迎えたって言う子は」

 

 

馬の手綱を引き、幸人の元へ行くと男の子は、素早く彼に引っ付き、後ろへ隠れた。

 

 

「あらま……恥ずかしがり屋さんかな?」

 

「いや、大人に慣れてないだけだ。

 

俺の知り合いだ、挨拶しろ」

 

 

後ろに隠れているこの背中を押しながら、幸人は男の子に言った。前へ出た彼は、不安そうな表情で軽くお辞儀をすると、すぐに幸人の後ろへ隠れた。

 

 

「慣れるまで、少し時間がかかりそうだね?」

 

「地道にやってくさ。

 

秋羅、馬戻しといてくれ」

 

 

頷き秋羅は、幸人が持っていた手綱を手に、馬を小屋へと戻しに行った。

 

 

「アイツ、秋羅って言うのか?」

 

「あぁ。先に中入っててくれ」

 

「はいよー」

 

 

 

数分後、家へ戻ってきた秋羅は、椅子に座っている2人を気にしながら、秋羅は幸人の傍へ駆け寄った。

 

 

「本当、大人に慣れてないんだね?」

 

「一ヶ月前に、引き取ったばかりで俺以外の大人とはまだ」

 

「フーン……」

 

「秋羅、部屋行ってろ」

 

 

2人を気にしながら、秋羅は階段を上り自身の部屋へ入った。

 

 

「そんで、引き取った理由は?」

 

「先日行った、依頼先でゴミみたいな扱いをされてたから。

 

丁度時期的に、弟子を取ろうと思ってたからな。いい機会だった」

 

「本部の方には?」

 

「2年間、休暇取った。

 

弟子を育てるには、それくらいの期間が必要だと、あの爺から口酸っぱく言われたからな」

 

「なるほどねぇ……見込みは?」

 

「素質はある」

 

「まぁ、弟子が取れれば『月影』は安定だな」

 

「うるさい」

 

 

「月影さん!いるか!?」

 

 

突然ドアが勢い良く開き、外から男が1人入ってきた。

 

 

「何だ?どうかしたか?

 

悪いが、今は休職」

「助けて下さい!!

 

うちの牧場に、妖怪の群れが出たんです!!」

 

「!」

 

「幸人」

 

「……秋羅!

 

ついて来い!」

 

 

フックに掛かっていた上着を手に、幸人は駆け付けてきた秋羅と男と共に、家へと向かった。彼等の後を暗輝と水輝は追い掛け、後をついて行った。

 

 

 

依頼人の家へ行き、中から庭を見るとそこには妖怪の群れが、においを嗅ぎ何かを探るようにして、動き回っていた。

 

 

「ざっと見ても、6匹はいるな……」

 

「ここんとこ、静かになってたかと思ってたけど……そうでもなかったみたいだね」

 

「とりあえず、退治する。

 

秋羅、後方から援護頼む」

 

「え?秋羅も戦わせるの?」

 

「経験だ。

 

秋羅、来い」

 

 

投げ渡された槍を組み立てながら、秋羅は幸人について行った。

 

 

「……水輝、治療の準備しとけ」

 

「私等、まだ見習いだぞ」

 

「緊急事態だ」

 

「……了解」

 

 

庭へ出た二人の元へ、妖怪達は咆哮を上げて襲ってきた。先に幸人が銃弾を放ち一等を占め、後から来た二匹の妖怪は、後方にいた秋羅に攻撃を仕掛けてきた。

 

襲ってきた妖怪の一匹を槍で刺し倒し、もう一匹を自身の腕に噛み付かせると、そのまま槍で串刺しにした。

 

 

襲ってくる妖怪達を、次々と倒していく秋羅……だが、その背後にボスであろう、妖怪が彼目掛けて攻撃してきた。同時に前からも、攻撃をしてきた妖怪に秋羅は戸惑い、思わず槍を強く握り頑なに目を瞑った。

 

 

“ピチャン”

 

 

頬に何かが当たった……秋羅は、恐る恐る目を開けた。

 

 

「……な……何…で?」

 

 

自身を守るようにして、四方の攻撃を体で幸人は受け止めていた。ハッとした秋羅は、すぐに立ち上がると後ろにいる妖怪を倒し、同じく幸人は前にいた妖怪に銃弾を食らわせた。

 

全ての妖怪を倒し終えると、幸人はその場に力無く倒れた。

 

 

「な、何で……何で、俺を」

 

「弟子助けない師匠が、どこにいるんだよ……

 

 

怪我無いか?」

 

「無い……」

 

 

溢れ出てくる涙……幸人は痛む腕を動かし、秋羅の頬を流れる涙を拭った。

 

 

「男だろう?泣くな」

 

「だ、だって……俺……」

 

 

必死に涙を止めようとする秋羅だが、涙は止まる気配がなかった。

その時、心地良い風が吹き彼等の髪と頬を撫でた。その風のおかげか、秋羅の涙は自然と止まった。

 

 

「あれ?涙が……」

 

「親父さんが、涙止めてくれたんだよ。

 

 

あんまり、大泣きするもんだから」

 

 

悪戯笑みを溢しながら、幸人はそう言った。秋羅は彼に釣られて笑顔を浮かべた。

 

その笑顔は、幸人の元へ来て初めて見せた笑顔だった。

 

 

夕方……眠ってしまった秋羅を、包帯だらけの幸人は背負い帰路を、暗輝達と歩いていた。

 

 

「父親が妖怪に殺されて、その現場にいた息子が犯人扱い……酷い話だな」

 

「それが原因で、町の連中はともかく母親まで人殺し扱いだ」

 

「それで、不憫に思って引き取った……

 

幸人らしいね」

 

「ほっとけ」

 

「けど、秋羅君いるならまた賑やかになるね!」

 

「秋羅も、幸人のだらしなさ見たら、さぞ口うるさくなるだろうな」

 

「お前等、俺を何だと思ってんだよ!」




現在……


ソファーで寝る幸人……


「寝るなら自分の部屋で寝ろ!」


そう怒鳴りながら、秋羅は掃除道具を手に彼を叩き起こした。


「いいだろう、俺がどこで寝ようと」

「その後片づけしてるのは、どこの誰だ!」

「その辺に関しては、感謝しても仕切れません」

「幸人!」

「相変わらず、騒がしいねぇお前等」


そう言いながら、暗輝は水輝と共にリビングへ上がった。


「無断で入ってくるな」

「いいじゃねぇか、別に」

「そうそう!」

「ったく……」

「そういやお前、本部の方から命令が下ったんだって?

闇市で、買い物とか何とか」

「闇市で珍しいガキが売られてるから、それを買い取って保護しろと」

「よく行けるよね?弟子連れて」

「亡くなったクソ親父のおかげで、慣れてるからな」

「そういや、商人だったもんな。

親父さん、闇市の」

「下っ端だったがな」

「あれ?でも、確か闇市って親子か親族関係で行かないと、駄目だったんじゃなかったっけ?」

「それだったら平気だ。

倅と言っとけば、何とかなる」

「おいおい……」


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雷の国

辺りに積もっていた雪が溶け始め、木々に積もっていた雪がずり落ち、草花が顔を出し始めた。

美麗が、幸人達の元へ来て2回目の春を迎えた。


「美麗が北西の森へ帰ってから、三ヶ月……


全く、連絡無いな?」


遊びに来ていた暗輝は、秋羅が出したお茶を飲みながら言った。


「そうですね……

結構かかるって言っていたんで」

「エルの様子は?」

「一応、飯は食べるんですけど……


半分残して、そのまま大人しくしてるって感じですね。


無断で小屋から出ないし、騒がないし……」

「完全に飼い主がいなくて、寂しくなってる病だな」

「紅蓮いてくれたら、まだよかったんですけどね……」


「絶対お断りだ」

 

「受けろ、依頼」

 

 

とある日、突然来た創一郞と幸人は言い合っていた。その様子を、別席から敬と秋羅は観戦していた。

 

 

「中々依頼受けてくれないな?お前の師匠」

 

「美麗奪って、仕事妨害した奴に手なんか貸したくない」

 

「いつまでも引っ張るなぁ、お前等」

 

「俺等はしつこいんでね」

 

「あれ?肝心の美麗は?」

 

「療養で、北西の森に戻ってる」

 

「療養?何でまた?」

 

「お前に答える必要は無い」

 

 

 

「いい加減折れろよ。

 

二時間も話してて、疲れたぞ」

 

「そんじゃあ、とっとと帰れ。

 

そして、二度と来るな」

 

「お前……

 

俺以外の祓い屋の依頼を受けて、何で俺の依頼を受けない?」

 

「あいつ等は、俺の条件を呑み込んでくれるし、報酬をくれるからなぁ」

 

「……条件は?」

 

「倍の依頼料と報酬料だ」

 

「人の足見やがって……」

 

「嫌なら、とっとと帰れ」

 

「……」

 

 

 

汽車に乗る幸人達……目的の駅へ着き、列車から降りる幸人と秋羅を前に、深く溜息を吐きながら煙草を吸う創一郞が敬と共に駅を見回していた。

 

 

「何深い溜息吐いてんだよ」

 

「当たり前だ。人の足見て、あれだけ金の請求すれば、誰だって溜息は吐く」

 

「だったら別の奴に頼めばいいだろう」

 

「他の奴等は、全員仕事だ。

 

海影と紅影は、海外だし」

 

「なるほど、それで絶対に頭を下げたくない月影に、頼んだって訳か」

 

「一言余計だ!」

 

 

敬の頭に拳骨を二発食らわせながら、創一郞は怒鳴った。家畜車から出したエルは、彼等を見ると隙を見て、頭を二・三発突っ突いた。

 

 

「いい加減、こいつを躾け治せ!!」

 

「無理無理。

 

こいつが言う事聞くのは、美麗だけだ」

 

 

駅を出て、しばらく道を歩き、彼等はとある一軒家に着いた。家の中へ入り、庭が見える部屋へ案内された。

 

庭では秋羅がエルの傍に就き、エルは庭を見回しながら箱座りし、彼に頭を寄せた。

 

 

「お待たせしました。

 

依頼人の、守部と言います」

 

「祓い屋の土影だ。

 

依頼内容は、手紙で読んで一応把握はしている」

 

「それでは、こちらの鍵を」

 

 

少し錆びた鍵を、守部は創一郞に渡した。鍵を手に、創一郞は幸人達に話をしながら、人気の無い所を歩いていった。

 

 

「雷神様?」

 

「この国は、雷が多い国でな。名前もその名の通り、雷の国。

 

 

その雷神様が、この国の守護神として、崇められているんだが……

 

 

どういう訳か、最近攻撃的な雷が町に落ちるようになった」

 

「何でまた?」

 

「俺が知りたいくらいだ。

 

そして、今回の依頼はその雷神様を退治して欲しいという内容だ」

 

「退治って……

 

雷神様って、この町の守護神なんですよね?何で?」

 

「邪魔になったんだろう。

 

ましてや、攻撃してくる妖怪だ。いらないも同然なんだろうよ。守護神だろうと何だろうと」

 

 

鍵の掛かった柵を解錠し、彼等が中へ入ろうとした時だった。

 

 

“ドーン”

 

 

「うわっ!」

 

「な、何だ!?」

 

 

突然落ちてきた雷……それと共に、森の影から何かが飛び出ていった。

 

 

「何か町の方に行ったぞ!」

 

「追い駆けるぞ!

 

敬、来い!」

 

「あ、はい!」

 

「気を付けろよー」

 

「テメェ等も来い!月影!!」

 

 

 

“ドーン”

 

 

町へ着くと、四方八方に雷が落ちていた。近くに立っている避雷針に当たるも、次の雷に応じることが出来ないでいた。

 

 

「避雷針が全く役に立ってねぇ……」

 

「とりあえず、あの飛び回ってる雷神を止めるぞ」

 

「ヘイヘイ。

 

秋羅、住人の避難頼む」

 

「分かった」

 

「敬、お前も行け」

 

「ウーっす」

 

 

武器を組み立てながら、秋羅は敬と共に町の中へと駆けていった。

 

 

「俺は空から奴を攻めるから、創一郞は下から攻めろ」

 

 

幸人はエルの背に乗ると、銃を片手に空へと飛び上がった。

空から襲ってくる雷神を幸人は、銃弾を放ち攻撃した。雷神は放ってきた弾を軽々と避けると、幸人目掛けて雷を撃ち放った。

 

 

「エル、上だ!!」

 

 

手綱を引き、エルは上昇し雷を避けた。その時、エルは何かの音に気付いたのか、辺りをキョロキョロと見回すと、鳴き声を発しながらどこかへ向かいだした。

 

 

「エル!どこに行くんだ!?」

 

 

エルが行き着いた場所は、国から離れた森だった。何かを探し回り、そして見付けたかのようにそこへ駆け付けた。

 

駆け付けた場所には、地狐がいた。2人の姿に少々驚きながらも、彼は微笑んだ。

 

 

「何でお前が?」

 

 

エルから降りた幸人は、驚きながら地狐に問い掛けた。彼は、寄ってきたエルの頬を撫でながら、答えた。

 

 

『美麗の治療が終わってね。

 

彼女を君等の元へ返そうと思って、霊気を辿ったらここに』

 

「そんで、美麗は?」

 

『彼女なら、紅蓮と一緒に町へ行ったよ。

 

すれ違いになったかな?』

 

 

地狐の言葉を理解したのか、エルは幸人の背中を突っ突き自身の背中に顔を向けながら、鳴き声を発した。

 

 

『早く会いたいって』

 

「分かった分かった」

 

『僕も乗せて貰うよ。

 

美麗と君等に、話しておきたいことがあるからね』

 

 

2人が乗ると、エルは助走を付け翼を広げると飛び立った。

 

 

 

国へと到着する幸人達……戻った頃には、既に雷は収まっていた。人気のない場所に、エルを着陸させ降りた。

 

 

「……創一郞の奴、止めたのか?」

 

『妖怪の気配はないみたいだね』

 

「そうだな……」

 

 

別のケースから銃を取り出し、彩煙弾を上へ向けて放った。

 

 

「これで、来るとは思うが……」




彩煙弾の音に、振り返る秋羅と敬と創一郞……


「彩煙弾だ!」

「見りゃあ分かる」

「幸人の奴、あっちにいるみたいだな」

「みてぇだな。

行くぞ」

「ヘーイ」


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主の帰還

幸人の元へ着く創一郞達。彼等は、地狐の姿に驚きながら、交互に見た。


「何で、化け狐が?」

『化け狐って……

僕は妖狐。そんで名前は地狐。変な呼び名は付けないでくれ』

「妖狐でも、結局化け狐と変わらねぇじゃん」

『……』

「何で地狐がここに?」

『それはね』


「キャァァアア!!」


突然響き渡る悲鳴……彼等の元へ駆け寄ってくる女性に、秋羅は寄り彼女に手を貸した。


「どうかしたか?!」

「よ、妖怪が!

妖怪の群れが!!」

「まだいたのかよ……」

「どこにいた?」

「あ、あっち」

「秋羅、その女を安全な所へ」

「分かった」

「敬、行くぞ」

「あ、あぁ!」


妖怪の群れがいる場所へ来た幸人達……

 

銃口を妖怪達に向けようとした時、群れが次々と倒れていった。

 

 

「な、何だ?」

 

 

群れの中で、何かが暴れていた……その何かに、妖怪達は倒されていた。外側にいた妖怪を倒し中を見ると、そこにいたのは、小太刀を振り回し妖怪達を次々と倒していく美麗だった。

 

 

「あれ?美麗じゃね?」

 

「だな……」

 

 

屋根から飛び降りてきた大黒狼は、口から炎を吹き残りの妖怪達を焼き払った。

 

 

「……?

 

 

あ!幸人!」

 

 

彼の姿に気付いた美麗は、小太刀をしまいながら飛び付いた。

 

 

「随分、顔色良くなったな?」

 

「地狐に治して貰った!

 

ねぇ、秋羅とエルは?」

 

 

幸人から降り、美麗は近くを見回した。ふと、創一郞達の存在に気付くと、素早く幸人の後ろへ隠れた。

 

 

「相変わらずの反応ですね?先生」

 

「テメェモだろうが」

 

「何でいるの?」

 

「仕事の依頼だ。

 

詳しいことは、秋羅に聞け」

 

「はーい」

 

 

その時、空からエルの鳴き声が聞こえ、見上げると秋羅と地狐がエルに乗って、幸人達の元へ来た。秋羅達を降ろすと、エルは一目散に美麗の元へ駆け寄っていった。

 

 

「エル!」

 

 

美麗は、寄ってきたエルの頭を撫でた。エルは美麗の周りを駆け回りながら、彼女に体と頭を摺り寄せた。

 

 

「何で美麗が?」

 

「説明しろ」

 

『ここじゃなんだし、ちょっと別の所でお願いしてもいいかな?

 

外だと、周りの人にも聞かれちゃいそうだし』

 

「それもそうか。

 

地弧、さっき俺とエルが行った所で頼む」

 

『了解。

 

 

土影だっけ?この2人、借りるよ』

 

「え?」

 

 

何か言おうとした創一郞を無視し、地狐は白い霧を放ち、幸人達を包み込んだ。

 

やがて霧は晴れえると幸人が、先程地狐と出会った場所へ着いた。

 

 

『はい、到着』

 

「さ、とっとと説明しろ」

 

『そう慌てない』

 

 

話そうとする地狐に気を使ったのか、エルは美麗を加え勢いをつけて投げ、自身の背中へ乗せるとそのまま飛びだった。二人の後を、大黒狼の姿をした紅蓮は追い駆けていった。

 

 

「あんまり遠くに行くなよ!」

 

「いなくなったんだから、とっとと話せ」

 

『ハイハイ。

 

 

まず始めに、美麗は一応完治はした。でも、無理は禁物。

 

一部を残して、記憶は全部蘇らせた。それと一緒に、妖力を少し解放した』

 

「だから、雰囲気が少し違うのか……」

 

『まぁね。

 

少し、大きくなったでしょ?』

 

「言われてみれば……そうだな」

 

『妖力を抑えている分、体が小さいんだよ。

 

少し妖力を解放したから、そうだなぁ……丁度、普通の14歳の女の子と同じかな』

 

「丁度って……今まで、いくつだったんだ?」

 

『10歳前後って所かな。

 

年齢は116歳だけどね』

 

「成人した時の美麗って、どんな感じなんですか?」

 

『うーん……

 

絶世の美女って感じかな?

 

 

まぁ、僕等妖怪からの視点からの感想だけど。

君等人からは、どういう風に見えるかは分からないよ』

 

「めっちゃ見てみたい……」

 

『解放した時は、この世の終わりだと、思った方が身のためだよ』

 

「遠慮しときます」

 

『他に知りたいことは?』

 

「晃のことは、何て言っている?」

 

『外国に仕事。

 

帰ってくる日は未定って、伝えているよ』

 

「そうか……」

 

『彼の事聞いてきたら、さり気なく話を合わせて。

 

彼女、凄い寂しがり屋だから。晃が仕事で二・三日帰って来ないだけで大泣きして、天花がよく手を焼いていたくらいだから』

 

「婆の手を焼かせるとは……」

 

『あ、そうそう。

 

紅蓮のことを話しておくよ。

 

 

晃の記憶を蘇らせたから、彼の記憶を少し消したから』

 

「消したって……何を?」

 

『人になれていた頃の記憶。勿論、美麗のその部分の記憶も消したよ』

 

「何で?

 

消さなくても」

 

『紅蓮は晃の生まれ変わり。

 

人になった紅蓮の姿と、晃は瓜二つ。彼がいない今、美麗が見たらぬか喜びするだけだよ?

 

だから』

 

「消したって事か……

 

なるほどな」

 

『まぁ、普通の黒狼に戻っただけだよ』

 

 

鳴き声を発しながら、エルは幸人達の元へ帰ってきた。エルから降りた美麗は、地狐の元へ行き彼に飛び付いた。

 

 

『久し振りの散歩は、楽しかった?』

 

「うん!」

 

『それじゃあ、後は頼んだよ』

 

「あぁ」

 

「帰っちゃうの?」

 

『森での仕事、姉君だけに任せられないからね』

 

 

霧を起こし、幸人達を元の場所へ送ると、地狐はそのまま霧と共に去って行った。

 

 

消えた霧の所を見つめていた美麗に、エルは嘴で軽く突っ突くと、彼女に頭を擦り寄せた。

 

 

「どこ行ってんだ?お前等」

 

 

目の前に現れた幸人に絡むようにして、後ろから肩に腕を乗せながら、創一郞は質問した。

 

 

「ちょっと近くの森に」

 

「何話してたんだ?」

 

「テメェには教えられない、美麗の情報だ」

 

「一応俺も祓い屋だぞ。美麗の情報、俺にも寄こせ」

 

「嫌なこった。

 

変に利用されちゃ、こっちが困る」

 

「お前なぁ……」

 

「それより、この事依頼人に報告しなくていいのか?」

 

「とっくにした。

 

引き続き、頼むとさ」

 

「マジかよ……

 

あ、そうだ。水輝か暗輝呼ぶぞ」

 

「何でだよ」

 

「こいつのデータを送る研究員だ。

 

いなきゃ、約束果たせねぇだろうが」

 

「ったく、そこだけは律儀だな?」

 

「あっちから、変人2人を送り込まれて美麗が怖がるより、慣れてる2人がいた方がいいだろう」

 

「ヘイヘイ」

 

「泊まる宿教えろ。

 

そこから連絡する」

 

「了解」

 

「美麗!宿に行くぞ!」

 

 

エルと遊んでいる美麗に、秋羅は声を掛けながら幸人達の後をついて行った。彼の声を聞いた美麗は、紅蓮の背中へ乗り後を追い掛けた。

 

 

 

「ハァ!?美麗が帰ってきた!?」

 

 

電話越しから大声を出す暗輝に、受話器を耳に当てていた幸人は、彼の大声に一瞬耳を離し再び話し出した。

 

 

「そうだ。

 

そういう訳だから、お前か水輝どっちか来られねぇか?」

 

「俺は隣町から仕事入ってるから、今患者の所に行ってる水輝に言って、そっちに行かせるよ」

 

「頼む」

 

 

受話器を本体へ戻し、幸人は傍にいた創一郞に、悪戯笑みを浮かべながら言った。

 

 

「水輝が来るってさ」

 

「最悪だ。この世の終わりだ」

 

「言い過ぎだ。

 

性格はああだが、腕はプロだ」

 

「どれくらいで着く?」

 

「明日の昼間か、夕方には着くだろう。

 

仕事が終わり次第だから」

 

「あっそ……」

 

 

“ドーン”

 

 

突然鳴り響く雷……先に部屋にいた秋羅は、外を見ながら部屋を出て行き、裏口から外へ出て小屋の方へ行った。小屋には、雷の音で身を縮込ませる美麗が、紅蓮に抱き着いていた。

 

 

「やっぱりか……

 

美麗」

 

 

秋羅の呼び声に、美麗は怯えながら顔を上げた。半べそを掻いていた彼女は、歩み寄ってきた秋羅にしがみつき、再び鳴り響く雷に怯えた。

 

 

「よしよし。大丈夫だ。

 

さ、部屋に行こうな」

 

 

しがみつく美麗の肩に手を置きながら、秋羅は宿の中へ入った。




夜中……


鳴り響く雷……小さいながらも、その音に美麗は耳を塞ぎ布団を頭から被り怯えていた。

聞こえなくなった雷に、美麗は布団から顔を出し、ベッドから降りると、向かいのベッドで眠っている幸人の布団へ潜り込んだ。


入ってきた美麗に気付いた幸人は、目を開け自身にしがみつき雷の音に怯えている、彼女の頭を宥めるように撫でた。


「(成長しても、雷の音には慣れないか……)

なぁ、美麗」

「ん?」

「晃と一緒に暮らしてた時、雷鳴ったら晃の布団に潜り込んでたのか?」

「ううん。

雷鳴る前に、リル達がいる住処に行ってそこで一晩過ごしてた。

不思議なんだよね……
リル達に囲まれて、晃と一緒にいる時……雷の音気になら…なか…った」


その話を最後に、美麗は眠りに付いた。眠った彼女に、幸人は布団を掛け起き上がった。


(そういや、愛も怖がってたな……雷)


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雷神様

翌朝……


まだ雷がゴロゴロと鳴る中、幸人達は鍵が掛かった森の前に集まっていた。


「雨は降らないのに、雷は本当に凄いな」

「おかげで、美麗の奴はビビりまくりだ」


自身に引っ付き、片耳を塞ぐ美麗の頭に手を乗せがら、秋羅は言った。


「女の大半が、雷怖がるよな?

時雨もあのチビも。


女って、そういう生き物なのか?」

「知らん」


鳥達の鳴き声が、響く森……空からエルに乗った美麗が、辺りを見回していた。その間、森の中を幸人達は別れて、四方を探索していた。

 

 

森を抜け、川へ着いた幸人は辺りを見回した。ふと、ある方向を見た。そこには、山が聳え立っていた。

 

 

「デカい山だなぁ……

 

 

おい、美麗聞こえるか?」

 

 

耳に着けていた無線機を、手で抑えながら幸人は美麗に声を掛けた。

 

 

《ん?どうかした?幸人》

 

「お前今、どこ飛んでる?」

 

《エーッと……

 

山付近だよ》

 

「山……あぁ、あれか。

 

美麗、その山どうなってる?」

 

《ちょっと待ってて。近くに行ってみる!》

 

 

エルの首元を軽く叩き、美麗は山の近くまで飛んだ。山頂に降り、辺りを見ながら彼女はエルと探索した。

 

そして、ある場所を見付けそこへ駆け付けた。

 

 

「……凄ぉい……

 

幸人!この山、火山だよ!!」

 

《火山!?》

 

「今、火山口の近くにいるんだけど、スッゴい熱いよ!それに、マグマが凄い活発だよ!」

 

《……

 

美麗、すぐにそこから離れろ!》

 

「え?」

 

《離れたら、俺の所に来い》

 

「わ、分かった。

 

どこにいるの?」

 

《山から飛んだら、近くに川がある。

 

そこにいる》

 

「川だね。分かった」

 

 

通信を切り、美麗はエルの背中へ乗るとそこから離れた。

 

 

しばらくして、幸人がいる川にエルは着陸した。エルから降りた美麗は、無線機で連絡する彼の元へ駆け寄った。

 

 

「そうだ、火山だ。

 

お前聞いていたか?

 

 

は?聞いてない?

 

そうなれば、雷神様はもしかしたら、味方かも知れないな……

 

詳しい話は、合流地点で話す。通信を切る」

 

 

一旦通信を切ると、幸人は自身に抱き着く美麗の頭を撫でると、彼女達と共に合流地点へ向かった。

 

 

合流地点へ着き待っている間、幸人は煙草を吸いながら資料を読み、彼の傍にいた美麗は低級妖怪達と遊んでいた。

 

 

「フー、やっと着いた」

 

 

ようやく着いた創一郞の声に、美麗と遊んでいた低級妖怪達は、一斉に姿を消しながら去って行った。

 

 

「で?話は?」

 

「資料をザッと読んだが……

 

この雷神、大昔からこの地にいたみたいだな。

 

 

この森は、この雷神の住処。柵を付け鍵を付けたのは、彼のため。ここまではいい配慮だ。

 

 

だが、問題は別にある」

 

「別?何だ?」

 

「この先にある山が、火山だ。

 

美麗の話だと、マグマが活発になっていたらしい」

 

「……まさか」

 

「可能性は高い。

 

まぁ、あくまで俺の……!!

 

 

美麗!!」

 

 

危険を察知した美麗は、素早く跳び上がり枝に手を掛け、一回りし飛び乗った。すぐに、どこからか雷の刃が木の幹に突き刺さり、ビリビリと音を鳴らしてスッと消えた。

瞬時に避けた幸人は、焦げた幹を気にしながら辺りを見回した。

 

 

「……特に妖怪の気配は無いな」

 

「何だったんだ?今の……痛!」

 

 

突然自身の首に、何かが刺さったかのような痛みが走り、幸人は思わず首を触った。だが、痛みはすぐに引き首元を触るが、何も異常は無かった。

 

 

「ん?どうかしたか?」

 

「いや、首に何かが……(気のせいか……)」

 

「幸人、平気?」

 

「平気だ。それより、猿みたいにぶら下がるな」

 

「ハーイ。

 

ねぇ、さっきの雷何?」

 

「妖怪の悪戯だろう」

 

「フーン……」

 

「とりあえず、探索は終了させる。

 

敬達呼ぶぞ」

 

「頼む」

 

 

創一郞が無線機で、敬達に連絡している間に、美麗は木からエルの背中へ降りた。すると、エルの背中に姿を消した低級妖怪達が、姿を現し再び美麗と遊び出した。

 

 

(……妖怪も、人を見るのか)

 

 

 

しばらくして、創一郞から連絡を受けた敬達が戻ってきた。だがその時、突如敬達の背後に何者かが降り立ち、敬の後ろにいた秋羅の後頭部を強く殴った。

 

 

「秋羅!!」

 

「な、何だ!?」

 

 

エルから降りた美麗を、幸人は素早く伏せさせその前に紅蓮は駆け寄り立ち、エルは彼女に跨がるようにして立ち、辺りをキョロキョロと見回した。

 

 

「これはこれは、懐かしい容姿ですこと」

 

「誰だ!!」

 

 

影から、赤いセミロングヘアに丈の長いコート、編み上げブーツを履いた男が、気を失っている秋羅の背中に足を乗せながら、現れ出てきた。

 

 

「ひ、人?」

 

「ここは立ち入り禁止区域だ。何故いる?」

 

「ここに住んでいる希少価値のある、動物や妖怪を捕獲しているんです。

 

闇市では、高く売れますからね」

 

 

不敵に笑みを溢す男……エルの足下から見ていた美麗は、その男の顔に見覚えがあった。

 

 

(……アイツ、あの時の)

 

 

その時、美麗の足を何かが引っ張った。咄嗟に後ろを振り向くと、そこには羽衣を着た妖怪が、身を屈め静かにするよう口前に人差し指を立てていた。

 

妖怪に手招きされた美麗は、エルの下から恐る恐る出た。完全に出ると、彼女の手を引っ張り抱えると、稲妻のようにそこから立ち去った。その直後、エルの足元に稲妻が当たりエルは、鳴き声を発しながらそこから避けた。

 

 

「……おや?

 

そこに何かがいたように、思えたんですが……気のせいだったようですね」

 

「さっきから放ってる雷……

 

まさか、ここ最近起こっている落雷は」

 

「そう、私。

 

捕獲しようとすると、あの雷神とか言う妖が私達の邪魔をしてくるんですよ?」

 

「それで追い出そうと、騒ぎを起こした……

 

なるほどな……」

 

「話は分かった。

 

とっとと、俺の弟子の上に乗せてる汚ぇ足、退かせ」

 

「それは無理なお願いですね」

 

「?」

 

「あなた方には、あの雷神を追い払って貰いたいんです。それがしっかり実行するまで、この者はしばらく預からせて頂きます」

 

「?!」

 

「それでは、また。

 

成功を祈っていますよ?信吾」

 

 

煙幕を放ち、男は姿を眩ました。

 

空から見ていた美麗は、すぐに妖怪に下へ降りるよう頼み、幸人達の元へ戻っていった。




エルが煙を翼で起こした風で払ったが、そこには秋羅達の姿は無かった。


「嘘だろ……」

「おい月影、信吾って誰だ?

アイツ、お前のこと」

「詳しい話は後で話す。

それより……?」


降り立つ妖怪……幸人達に礼をすると、抱いていた美麗を降ろした。降ろされた美麗は、妖怪を気にしながら幸人の元へ駆け寄った。


「雷神だ……」

「雷神は俺達の味方って事?」

「そうだな」

「怪我は……無いみてぇ……だな」

「?」

「幸人?顔色、悪いよ?

あれ?


ねぇ、秋羅は?」

「……」


美麗の問いに答える間もなく、首を押さえながら、幸人は倒れた。


「幸人!!」
「月影!!」

「幸人!幸人!!」

「敬!美麗を離れさせろ!!」


美麗は敬に抑えられ、幸人から離れさせられた。首を押さえる彼の手を無理に退かし、創一郞はその辺りを見て驚いた。

彼の首から背中に掛けて、皮膚が紫色に変色していた。


「毒?いつの間に……」

「そ、それ…大丈夫なのか?」

「知らねぇよ。

俺は医学に関して皆無だ。あの変態が来るまで、手の施しようが無い」

「そんな……」

「ひとまず、宿へ戻るぞ」

「わ、分かった」


宿へ戻ろうと幸人の体を支え、立たせようとした創一郞の前に、雷神は立ち雷を起こし彼等を宿へ送った。


「凄え……

まさしく、稲妻のようなスピード」


彼等を送ると、雷神は稲妻のようにそこから立ち去り森へ帰った。


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酸っぱい林檎

水輝が着いたのは、翌日の昼過ぎだった。


「話は迎えに来た敬から聞いたよ。

容態は?」

「汗が凄い。昨日の夜から、熱も出て来てる」

「……皮膚の色は?」

「昨日と変わらない。

治るか?」

「とりあえず、毒抜きする。

創一郞、幸人を抑えて。敬、アンタも!」

「あ、はい!」


手帳を取り、何かを書くと水輝は紙を一枚破りながら戸を開いた。外には、開けようとしていた美麗が驚き、水輝を見つめていた。


「ミーちゃん、ここに書いている物買ってきて」

「幸人は?」

「今から治すから、その間に。ね?」

「うん」


紙を手に、美麗はマントに付けられていたフードを被り、階段を下っていった。


「何で、美麗を」

「苦しんでる彼の声を、聞かせる訳にはいかないよ。

ただでさえ、幸人と秋羅が傍にいなくて不安なんだから」

「なるほど……」

「ほら、とっとと抑える。

創一郞も抑えて!」


洞窟……その中で、あの男は火を焚いていた。それを囲うようにして、他の仲間達が座っていた。

 

 

「旦那、本当に祓い屋達はあの雷神を追い払ってくれるんですか?」

 

「追い払って貰わないと、困りますよ。

 

何せ、大金が掛かっているのですから」

 

 

拘束具を付けられた白狼の子供が、怯えた目で彼等を見ていた。

 

 

「この森にも、白狼がいたなんて……」

 

「大金だけではありません。

 

 

こちらには、人質がいますからね」

 

 

未だに意識を取り戻さない、秋羅の顔をじっくりと見ながら、男は不敵な笑みを溢した。

 

 

 

袋を手に美麗は宿へ戻ってきた。部屋の戸を開けると、背中に包帯を巻いた幸人が、俯せて横になっており傍には丁度ビニール手袋を取る水輝と、肩と首を回す創一郞、壁に凭り掛かり真っ青な顔を浮かべる敬がいた。

 

 

「お帰り、ミーちゃん」

 

「買ってきたよ。頼まれた物」

 

「ありがとう。そこの机に置いといて」

 

「うん!

 

ねぇ、何でこいつ顔真っ青なの」

 

「ちょっと、色々あったんだよ」

 

「いや、俺……」

 

「敬、少し風に当たってこい」

 

「は、はい」

 

 

フラフラと歩きながら、敬は部屋を出て行った。

 

 

「それで、今現在の状況は?」

 

「月影の弟子…秋羅が人質として、敵側にいる。

 

返す条件は雷神を追い払うこと。

 

 

だが、雷神は町に攻撃的な雷を落としていなかった。落としていたのは、敵の主犯。雷神が起こしていた雷は、森の中にある火山がいつ噴火してもおかしくなく、それを伝えるためのもの」

 

「噴火って……知らせたのか?その事は」

 

「一応。でも、あんまし信じてはくれなかったがな」

 

「濡れ衣の方を晴らさないと、無理だろう。

 

敵の情報は」

 

「さっき言った通り、雷を使う奴だ。それ以外は、闇市の関係者とまでで他は不明だ。

 

ただ、その敵……月影のことを知っているようだった。月影も、アイツのことは知ってるみたいだったしな」

 

「……」

 

「アイツ、知ってるよ」

 

 

袋から林檎を取り出した美麗は、不意に言った。二人は驚き、互いを見合い美麗に問い掛けた。

 

 

「知ってるって……何で?」

 

「アイツ、北西の森に来た奴だもん。

 

 

そこにいた動物をさらおうとしてて、咄嗟に私と紅蓮が身代わりになるって言ったら、すんなり聞き入れてくれて。

 

私達を売った時、予想より良い値段がついたって、あいつは言ってた」

 

「値段って……」

 

「そういや、お前闇市に売られてたって話だもんな?

 

奴の名前とか、聞いてないのか?」

 

「知らなーい。

 

 

あ、そういえば……熊って呼ばれてたよ」

 

「熊?」

 

「そんなにガタイがよかったのか?」

 

「ヒョロヒョロだ。

 

他は?」

 

「無い。

 

水輝、林檎!」

 

「ちょっと待っててね。すぐ剥くから」

 

「おい甘やかすな。

 

まだ質問の途中だろうが」

 

「君の質問なんて、答える気無いだろう?」

 

「あ?」

 

「ねぇ、秋羅はいつ助けに行くの?」

 

「月影が起き次第だ。

 

火山をどうにかしないと」

 

「探索とか、しなくて良いの?」

 

「する場合、単独は無理だ。

 

あの野郎の仲間がいて、この中の誰かが捕まったら元も子もない」

 

 

創一郞が真剣な話をする中、皮を剥いて貰った林檎を、美麗は丸かじりし美味しそうに食べた。

 

 

「テメェ……」

 

「君の話は、聞きたく無いとさ」

 

「……」

 

「エル達の所、行って来る!」

 

 

二つの林檎を手に取った美麗は、部屋を出ていった。擦れ違いに外から帰ってきた敬は、駆けて行く彼女を見送った。

 

 

「元気そうだね~、ミーちゃん」

 

「……」

 

「どうした?何か、心配事?」

 

「いや……

 

 

アイツ、相当無理してるなぁって」

 

 

 

小屋へ来た美麗は、エル達がいる所へ行き林檎を差し出した。エルは林檎を嘴で銜えると、そのまま勢い良く上へ投げ口でキャッチし食べた。紅蓮は地面で少し転がすと、一口で食べた。

 

ずっと笑顔を保っていた美麗……しかし、その表情は徐々に崩れていき、不安に満ちていった。

 

 

(……幸人……秋羅)

 

 

手に持っていた林檎を、美麗は一口囓り口に入れた。

 

 

「……何か、酸っぱい。

 

この林檎」

 

 

座り込み目を擦る美麗に、紅蓮は慰めるようにして頬を舐めた。舐めてきた彼を、美麗は笑みを浮かべて頭を撫でた。すると、傍で見ていたエルが自分も撫でて欲しいと言わんばかりに、美麗に頭を擦り寄せきた。

 

美麗は空いていたもう片方の手で、エルの頬を撫でてやった。

 

 

 

夕方……

 

美麗の様子を見に、水輝は小屋へ来た。小屋では、紅蓮のお腹を枕に眠る美麗と彼女が外から見えないように、前へ座っていた。

 

 

「やっぱり寝てるか」

 

「創一郞、やっぱりって?」

 

「こいつ、昨日の夜寝てなかったんだ。

 

 

俺が月影達の部屋であいつを看ている間、俺達の部屋で寝かせてたんだ。

 

だが、敬の話だと寝てなかったらしい。

 

雷が多い国だ。特に夜は。その雷の音で、眠れなかったんだろうな」

 

「何でそんな事知ってるんだ?」

 

「半分は寝ていたが、もう半分は起きていた。

 

その起きていた時に、そいつが部屋に入ってきて月影の様子を看に来て、ずっと部屋にいたからな」

 

「その間、寝たふり?」

 

「まぁな」

 

「あれだけ荒れてたのに、弟子が出来てから、まぁ丸くなって」

 

「ほっとけ」

 

「昨日の敵は今日の友って?

 

 

ミーちゃん」

 

 

小屋の柵を開け、エルの喉を一撫でし退かすと、水輝は美麗を起こした。彼女は眠そうな目を擦りながら、ムクッと体を起こし、水輝を見た。

 

 

「もう遅いから、お部屋行こう。ね?」

 

「……幸人は?」

 

「大丈夫。静かに寝てるよ」

 

 

水輝の手を借り立ち上がったその時……

 

 

“ドーン”

 

 

激しい雷の音に、美麗は耳を塞ぎその場に座り込んだ。空を見ると、そこには雷神……ではなく、あの男が雷を起こしていた。

 

 

「また起こしやがって……

 

宿に戻ってろ。敬!来い!」

 

 

どこからか帰ってきた敬を呼びながら、創一郞は駆けて行った。彼に続いて、何か文句を言いながら敬は走って行った。

 

 

「ミーちゃん、立てる?」

 

 

座り込んでいる美麗を立たせた水輝は、彼女と共に宿へ戻った。




夜中……


ベッドで眠っていた美麗は、スッと目を開けた。ゴロゴロと鳴る雷に怯えながら、彼女は幸人が眠るベッドへ行った。俯せから仰向けに寝かされた彼の手に、美麗は触れ頬を付けながらそのまま目を閉じ眠りに付いた。


夜の散歩をしていた水輝は、あくびをしながら部屋へ戻ってきた。幸人のベッドで眠る美麗を見た彼女は、隣に置かれていたベッドの毛布を、彼女に掛け自身も布団へ入り眠りに付いた。


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指切りゲンマン

海にそびえ立つ討伐隊本部……


その中を、首から月のマークが描かれたペンダントを下げ、まとめてある書類を団扇代わりに煽り歩く大柄の男と、小柄で右目に眼帯をした男が、廊下を歩いていた。


「全く、何で報告書をこのクソ遠い所に、届けなきゃいけねぇんだよ」

「仕方無いでしょ?本部がそう決めてるんだから」

「ここからうちまで、片道1週間から2週間。

帰る時もまた……

あーあ、汽車がもっと早く走ってくれねぇかな~」

「また無茶なことを……」


男2人が、角を曲がろうとした時だった。大柄の男に、何かがぶつかってきた。 

 

ぶつかってきた者……それは、まだ幼い美麗だった。頭を軽く振り、顔を上げ自身を見てきた。

 

 

「ん?子供?」

 

「誰のだ?」

 

「さぁ……

 

お嬢ちゃん、名前は?」

 

「美麗!」

 

「親の名前は?」

 

「親?」

 

「親父さんとお袋さん。

 

エーッと、お父さんとお母さんって言えば良いのかな?」

 

「お父さん?お母さん?

 

 

パパとママのこと?」

 

「そうそう!」

 

「パパは麗桜でママは美優だよ!」

 

「……誰だ?

 

祓い屋に、そんな奴いたか?」

 

「いや、いないはず……」

 

「祓い屋?何、それ?」

 

 

「いたぞ!!」

 

 

突然響く兵士の声に、美麗は振り返り何かから逃げようと駆け出した。その行為を、小柄の男は慌てて止め、道を塞がれアタフタする彼女を、大柄の男は自身に抱き寄せ後ろへ隠した。

 

 

「月影様!

 

こちらに、子供が来ませんでしたか?」

 

「子供?どんな奴だ」

 

「女の子で、背は6・7歳くらい、背中までの白い長髪に、赤い目をしています」

 

「白い長髪……」

 

「赤い目……」

 

 

大柄の男から、ヒョッコリと顔を出した美麗とその容姿が全て一致していた。

 

 

「いた!!」

 

「お前、また!!

 

 

さぁ、部屋へ戻るぞ!」

 

「嫌だ!!」

 

「我が儘言うな!!」

 

「嫌だ!!」

 

「聞き分けの無い奴だな!!

 

大空大佐達が帰ってくるまで、大人しく部屋にいろ!」

 

「嫌だ!!」

「ちょいストップ!

 

俺を挟んで口喧嘩するな!

 

 

このガキは何だ?説明しろ」

 

「そ、それは……

 

特別な子だとしか、まだ……」

 

「実験のためとか何とか……」

 

「答えが曖昧だな……

 

大空だっけ?そいつのことなら、知ってるから……」

 

 

後ろに隠れている美麗を、大柄の男は抱き上げ自身の右肩に乗せた。

 

 

「帰ってくるまでの間、俺達が遊び相手になってる。それなら文句ないだろう?」

 

「し、しかし……」

 

「何か文句あんの?」

 

「い、いえ……」

 

「じゃあいいな。

 

ほら、とっとと持ち場へ戻れ」

 

「は、はい。

 

それでは、よろしくお願いします」

 

 

敬礼し兵士2人は、自分達の持ち場へ戻った。

 

いなくなると、一息吐いた男は美麗を降ろした。

 

 

「美麗だっけ?

 

どこに行こうとしてたんだ?」

 

「地下室!

 

エルと遊ぶ約束してるの!」

 

「地下室?

 

確か、実験のために集められた世界中の獣妖怪がいるって……」

 

「ねぇ行こう!ねぇ!」

 

「分かったから、そう引っ張るなって!」

 

 

エレベーターへ乗り、地下まで降りる美麗達……地下へ着くと、彼女は慣れた足で廊下を走り、とある檻の前で立ち止まった。

 

 

「こいつか?エルって言うのは」

 

 

檻の中には、地面から繋がれた枷を四つの足に着けられ、口に枷を着けられたグリフィンが格子の前まで寄り、格子の間から伸ばしてきた美麗の手に頬摺りした。

 

 

「随分とお前に懐いてるみたいだな」

 

「ねぇ、早く開けて!」

 

「ねぇって……あのな、俺等にも名前があるんだよ」

 

「名前?」

 

「俺はコウキ。そんで、こいつがシュウト」

 

「どういう字?」

 

「字?そうだなぁ……」

 

 

後ろにいたシュウトは懐から、手帳とペンを取り出しそれをコウキに渡した。

 

 

「いいか。

 

俺のコウキは“幸”と“輝”。

そんで、シュウトは“秋”と“人”」

 

「秋と幸が入ってる……」

 

「まぁな」

 

「そんじゃあ!

 

幸輝!早く開けて!」

 

「お前なぁ……

 

まぁいいや。待ってろ、すぐ開けてやるよ」

 

 

二本の針金を手に、幸輝は格子戸の鍵穴に突っ込み弄ると、戸はすぐに開いた。一番に入った美麗に、エルは体を擦り寄せた。

彼女に気を取られている隙に、幸輝は足に着けられた枷の鍵穴に針金を入れしばらく弄ると、枷を外した。その行為を他の枷と、口枷にやり外した。外されたエルは、頭を軽く振ると、幸輝の頬を一舐めした。

 

 

「ありがとうだって!」

 

「別にいいって」

 

「幸輝!庭園行こう!

 

エル飛ばしたい!」

 

「……(まぁいっか)

 

いいぞ。その前に、エルにこの手綱着けさせてくれ」

 

 

近くにあったロープを、手綱代わりに着け幸輝は、美麗をエルに乗せると、手綱を引き庭園へ行った。

 

 

庭園に響く笑い声……

 

出入り口付近に置かれたベンチに座り、煙草を吸いながら幸輝は飛び回るエルと美麗を眺めていた。

 

 

「あんな楽しそうに……」

 

「まぁ、無理もないですよ。

 

さっき、研究員脅してあの子の資料を借りてきたんですが……

 

 

どうも、いい扱いを受けてないみたいです」

 

「?」

 

「大空大佐だっけ?

 

その人とその人の下にいる雨宮一等兵以外の人には、まず懐かない。何かしようとすれば攻撃する。

 

実験も、2人のどちらかがいる時だけしか出来ないらしい。それに、部屋から出ることを許されてないみたいです」

 

「それじゃあ、部屋から逃げ出すわな。

 

あんな遊び盛りの子供に、部屋で大人しくしていろって言う方が酷だ」

 

 

地面へ降り立ったエルから降りた美麗は、頭を寄せてきたエルの頭を撫でた。

 

 

その時、突然扉が開いた。その音に、幸輝達は立ち上がり、扉の方を見た。外から入ってきたのは、黒縁眼鏡を掛けた男だった。

 

男は2人を見向きもせず、2人の研究員を引き連れて、中へと入りエルの傍にいた美麗の元へ歩み寄った。今にも逃げ出そうとする彼女の手を、男は思いっ切り握った。嫌がり抵抗する美麗を引っぱたき、無理矢理引っ張りながら歩き出した。鳴き声を発し、追い駆けようとしたエルを2人の研究員が取り押さえ、動きを封じた。

 

 

庭園を出て行こうとした時、美麗の手を握る男の手を、幸輝は掴み引き留めた。

 

 

「待てよ。

 

嫌がってるだろう?こいつ」

 

「君に関係のない話だ。

 

これから、実験の時間なんだ」

 

「実験は確か、大空大佐か雨宮一等兵のどちらかががいないと、出来ないと聞いていますが?」

 

「……君、名は?」

 

「月影だ」

 

「祓い屋か……

 

祓い屋の君に、とやかく言われる覚えは無い。用が済んだなら、とっとと帰り給え」

 

「大空大佐に話があるから、それまでは帰らない。

 

ほれ、2人いないんだからとっとと、そのガキの手を離せ。それとも何か?実験に使う頭はあって、常識に使う頭はないってか?」

 

「……

 

言葉は慎重に、選び給え」

 

 

そう言って、男は乱暴に美麗を突き放した。投げられた彼女を、秋人は慌てて受け止めた。

 

 

「グリフィンから手を離せ。

 

 

大空大佐が来たら、すぐにこちらへ来るように」

 

「そう伝えときますよ」

 

 

駆けてきた研究員2人を連れ、男は庭園を出て行った。

 

 

解放されたエルは、心配そうな鳴き声を発しながら幸輝達の元へ駆け寄った。

 

 

「何なんですか?あれ」

 

「完全に美麗を、道具としかみてねぇな。

 

美麗は?」

 

「少し落ち着いてきてます」

 

 

秋人にしがみつき、不機嫌そうな表情を浮かべて美麗は、歩み寄ってきた幸輝を見た。

 

 

「……なぁ、美麗」

 

「?」

 

「家来ねぇか?」

 

「え?」

 

「先生!?」

 

「例え話だ。

 

迎の奴が来たら、そいつと帰れば良い。

 

どうだ?」

 

「晃に会えるの?」

 

「まぁ、すぐにとはいかないが……会えるさ」

 

「本当!?」

 

「あぁ」

 

「じゃあ行く!

 

行って、晃の迎え待つ!」

 

「決まりだな!

 

 

ほら、小指出せ」

 

 

差し出した幸輝の小指を見て、美麗は自身の小指を出した。2人に続いて、秋人も小指を出した。3人は小指を絡ませ、軽く2回腕を振った。

 

 

「ほい、ゲンマン」

 

「げんまん?」

 

「これはな、指切りって言うんだ」

 

「必ず、約束は守りますよ」

 

「指切りゲンマンだな!」

 

「そうだな」

 

 

嬉しそうに笑う美麗……ふと顔を上げ、扉の方を見た彼女の顔はパァっと明るくなり、駆け出した。

 

しゃがんでいた幸輝達は、立ち上がり振り返った。そこにいたのは、遠征から帰ってきた天花だった。

 

 

「世話になったみたいだな」

 

「ガキの扱いには、慣れてるから平気だ」

 

「天花!さっきね、幸輝達と指切りゲンマンしたの!」

 

「何を指切りゲンマンしたんだ?」

 

「秘密!」

 

「こーら、喋らないと……こうしちゃうぞ!」

 

 

しゃがんだ天花は、美麗の脇に手を入れ擽った。彼女の笑い声が、しばらくの間庭園に響き渡った。




誰もいなくなった部屋……その中を見回す幸輝と秋人。


「本当に、いなくなったんですね……」

「だな……」

「兵士の話だと、今現在も捜索隊が出されているとか」

「こんな所、いたくないだろう」


「全くの同感だ」


部屋へ入りながら、天花は彼等の意見に同意する返事をした。


「大空……事件当時、お前はどこにいたんだ?」

「生憎、私は蘭丸と遠征に行っていた。だから、現状は知らない」

「偶然が重なったって訳か……

お前がいない日、襲撃を食らうとは。


地下にいた獣妖怪達もか?」

「あぁ……」

「……


大空、お前何か隠してるか?」

「何故そう思う」

「声が震えてる」

「っ……」

「まぁ、別に俺には関係の無いことだ」

「……」

「大空、もし俺達の手で美麗を見付けたら、家に置いといてもいいか?」

「好きにしろ」

「させて貰います」

「大佐!」

「今行く!

あまり、長居はするな」

「承知しました」


呼ばれた声の元へ、天花は去って行った。見送った幸輝は、深く溜息を吐きながら、机に置かれていた猫のぬいぐるみを手に取った。


「……ったく、いつにもなく無理しやがって」

「師匠?」

「何でも無い。

行くぞ」

「はい」


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刻まれた記憶

スッと目を開ける幸人……


(……夢?)


痛む体を動かしながら、彼は起き上がった。ふと、手に何かが触れているのに気付き、手元を見た。

自身の手に頭を乗せ、眠る美麗……その姿が一瞬、夢で出て来た美麗と、同じ名を名乗ったあの少女と重なって見えた。


(……まさかな)

「あれ?幸人、起きたの?」


外から帰ってきたのか、髪を結いながら水輝は、部屋の中へ入ってきた。


「今さっきな」

「変な夢でも見た?」

「何で?」

「顔にそう書いてある」


眠っている美麗に、水輝はずり落ちていた毛布を掛けた。


「そんで、何の夢?」

「……よく分かんねぇ。

婆が出て来た……それから」


先程見た夢を、幸人は眠っている美麗の頭を撫でながら、覚えいる限り水輝に話した。


「不思議な夢だな……」

「全くだ」

「……もしかしたら、ミーちゃんの封じられてる記憶の一部が、何らかの力で幸人に見せたのかも知れないね。


刻まれた記憶……

それを見たんだろうね」

「かもな……幸輝と秋人って言ったら、100年前の月影だからな」

「一文字ずつ、2人の名前が入ってるね」

「まぁ、言われてみれば……」


「遅い!!」

 

 

洞窟の外にいた熊と呼ばれている男は、傍にあった小石を蹴り飛ばしながら、イライラしていた。

 

 

「信吾の倅、何をやっていやがる!」

 

「未だに雷神の攻撃が、来ますね……」

 

「仲間を人質に取れば、さっさとやってくれるもんだと思っていましたが……

 

やはり一筋縄では、いきませんね」

 

 

外で彼等が話している間、意識を取り戻していた秋羅は、どうにか縄を解こうと必死に手を動かしていた。

 

 

(クソ~、全然解けねぇ。

 

助けを呼ぼうにも、口枷着けられてるし……

 

 

オマケに、歩き回ろうにも岩に縛り付けられてちゃ、動けねぇし。

 

 

しっかし)

 

 

秋羅は、ふと下を見た。自身の膝に頭を置き、丸まり眠る白狼の子供がいた。

 

 

(白狼って、人に懐くのか?

 

美麗には、懐いてるみたいだが……でも、あいつ元々森育ちだから、しょっちゅう白狼に会ってただろうし。懐いて当然か……

 

 

あ~あ、さっさと助けに来いよ)

 

 

 

柵の鍵を開け、中へ入る創一郞達……

 

幸人は弾を補充しながら、あの男の事を創一郞達に話した。

 

 

「ウルス……それがあの男の名か?」

 

「正確には、コードネーム。

 

あいつの本名は、俺も知らない」

 

「何であいつ、月影さんの事『信吾』って呼んだんですか?」

 

「信吾は、俺の生みの親の恋人の名前だ。

 

ガキの頃、何回かそいつに釣られてよく闇市に顔を出してたからな。

 

多分、そん時に会ってんだろうよ。俺が覚えてないだけで」

 

「フーン……」

 

「俺は空から探索する。いいな?」

 

「別に構わねぇよ」

 

「美麗、エル借りてくぞ」

 

「うん」

 

「水輝、美麗を任せるぞ」

 

「ハイヨー」

 

 

そう言い残し、幸人はエルに乗り飛び立った。創一郞は敬と共に別の方向へと向かい、美麗は水輝と紅蓮と共に森の中へと入って行った。

 

 

森の中を歩く美麗達……

 

自身達が歩く道に、低級妖怪達が歩き回っていた。

 

 

「随分と、低級妖怪達が多いね。この森」

 

「雷神の森だから、いるんじゃないかな。

 

あの町、ちゃんと雷神と自分達の住処を分けてるから、全然妖怪被害がないみたいだよ」

 

「なるほど。妖怪とちゃんと共存できてるって事か……

 

このご時世に、珍しい町もあるんだな」

 

「共存できてないよ」

 

「?」

 

「私が晃と住んでた町は、妖怪達が野良猫や野良犬みたいに、いつも道端や屋根にいたもん」

 

「それは凄いな」

 

「でも襲うこと無いよ。

 

住処もちゃんとあるし……悪戯はしてたけど、人を襲ったりはしなかった」

 

「本当に、妖怪と共存が出来ていたんだね」

 

「うん!」

 

 

すると、紅蓮が突然足を止め耳を立て辺りを見回した。彼と同じく、美麗も辺りを警戒し始め小太刀の柄を掴み、水輝の傍へ行った。

 

 

「何?どうしたの?」

 

『こっちに何かが近付いてくる』

 

 

不意に吹く風が、辺りの木々をざわつかせた。その時どこからか、雷の鎖が飛んできた。鎖は水輝を巻き込み、木の幹に巻き付いた。

 

 

「水輝!」

 

「動くな!」

 

 

突然聞こえる声……紅蓮は唸り声を上げながら、聞こえてきた方を睨み美麗の傍に立った。

 

茂みから出て来たのは、あの男……ウルスだった。

 

 

「……お前」

 

「あなたから出向いてくれるとは……

 

随分と成長しましたね?お嬢さん」

 

「……早く水輝を離して」

 

「えぇ、もちろん。

 

私の願いを聞いてくれるのであれば」

 

「願い?何?」

 

「また、闇市で売られてはくれませんか?」

 

「……」

 

「あなたを売った後、色々なものを売りました。

 

けど、あなたに匹敵するほどのものが一つも無いんですよ。

 

あなたが私の願いを叶えてくれるのであれば、仲間を解放しこの森から退散致しましょう」

 

「……」

 

「残念だけど、その子は今討伐隊の手の中にいるから、さらったりでもしたら、討伐隊が黙ってないよ!!」

 

「!?」

 

「水輝を離して!!今すぐ!!」

 

「……ならば、死んで貰います。

 

 

あなたに!!」

 

 

身動きが取れない水輝の首目掛けて、ウルスは短剣を振りかざした。

 

次の瞬間、彼の足下に銃弾が当たった。放たれてきた方に向くと、空からエルが降り立った。エルの背中から、銃を持った幸人が降り、銃口を彼に向けた。

 

 

「今すぐそいつから離れろ」

 

「おやおや……毒を食らっても、まだ動けたとは」

 

「まだ体に痺れは残っているがな。

 

美麗、エルに乗れ」

 

 

後ろへ下がり、エルの背中へ美麗は飛び乗った。紅蓮は、幸人の傍へ行き攻撃態勢を取った。

 

 

「どうする気ですか?私を撃つんですか?

 

撃てば、あなたの仲間は返せません……そしてなりより、この女が一緒に死ぬことになります」

 

「秋羅がいる場所なら、既に知っている」

 

「何?!」

 

「それに……」

 

 

何かを言い掛けた幸人の視線に、ウルスは視線の方向を見た。そこには、雷神が水輝の鎖を切り裂き、彼女を抱え幸人達の元へ戻るところだった。

 

 

「雷神をいつの間に!?」

 

「そういう事だ……

 

あばよ」

 

 

煙玉を投げ付け、辺りに煙を放った。黒い煙が漂っている隙に、幸人達はその場から去って行った。

 

しばらくして、煙が晴れ誰もいないのを見たウルスは、傍にあった木を思いっ切り蹴った。

 

 

「小癪なガキが!!すぐに追い付いてやる!!」

 

 

怒鳴りながら、ウルスは当たりに雷を当たり散らし、そこから去って行った。




彼等が辿り着いた場所……そこは、洞窟付近にある、川だった。


「フゥー、何とか逃げ切れたか」


紅蓮の背から降りた幸人は、一息吐きながら辺りを見た。同じように、エルから降りた美麗は幸人の元へ駆け寄った。雷神から降ろされた水輝は、彼に礼を言いながら幸人の元へ行った。


「さっきはどうも」

「あぁ。

ギリギリ間に合ってよかった」

「とか言って、本当はエルに乗って上から私達を見てたんじゃ無いのぉ?」

「んな訳ないだろう。

勘だ、勘」


2人が話していると、雷神が歩み寄ってきた。彼等をジッと見て、軽く会釈した。


「本当に雷神は、私達の味方みたいだね」

「だな……?」


自身に近寄る雷神に、幸人の後ろにいた美麗は、スッと顔を出し雷神を見た。


「ミーちゃん、雷神さんとお知り合い?」

「ううん。会ったこと無い」

「そうか……」

「さぁて、とっとと秋羅救い出すぞ」

「ハーイ」


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遠い日

洞窟の前で見張りをする2人……


茂みから不意に出て来た、美麗と紅蓮の姿に気を取られその隙に、背後から幸人と水輝が2人の溝と首を殴り気を失わせた。


「油断しない」

「全くだ。

水輝、紅蓮達とここ頼む」

「アイヨー」

「美麗、行くぞ」

「うん」


エルと紅蓮の頬を撫で、美麗は先に行く幸人の後をついて行った。



中へ入り、岩に縛り付けられている秋羅元へ着き、幸人はすぐに縄を切り立たせた。口に着けられていた布を取り、彼は一息に吐いた。


「見た所、大丈夫そうだな」

「あぁ。ただ、後頭部がちょっと」

「外に水輝待たせてるから、あとで診て貰え」

「あぁ……あ、そうだ。

こいつのも、解いてくれないか?」


そう言って、秋羅は足下にいた白狼の子の方を向いた。白狼は、美麗の甘えるようにして体を擦り寄せ鼻先で、しゃがんだ彼女の頬を突っ突いていた。


「白狼?」

「あいつ等が売ろうとしてる商品?って言っていた」

「枷取れる?」

「外出たら、口枷は外す。

先に」


岩に繋がれていた鎖を切り、幸人は白狼の子を抱き上げた。


「こっから出るぞ。

いつあの野郎が戻ってきても、おかしくない」




“バーン”


「銃声?!」

 

「まさか!!」

 

 

白狼の子を秋羅に渡し、幸人は銃を持って外へ向かった。

 

外には、銃口を出て来た幸人に向ける、ウルスがいた。見張りをしていた水輝達にも、彼は雷の刃を向け動けなくしていた。

 

 

「全く、人の可愛い部下を痛めるとは、いい度胸をしていますね?」

 

「だったら何だ」

 

 

「幸人!大丈……!?」

 

 

中から出て来た秋羅に、躊躇無くウルスは雷の刃を向けた。それを見て、何とも思わなかった彼が動こうとした時、幸人は慌てて動きを止めさせた。

 

 

「合図送るまで、動くな」

 

「り、了解」

 

「さーて、洞窟にいるお嬢さんを捕まえにでも、行きますか」

 

 

銃口を幸人に向けながら、ウルスは洞窟の中へ入ろうと足を踏み入れた時だった。

 

 

「凍てつく氷の槍よ、貫け!!」

 

 

その声と共に、奥から氷の槍がウルス目掛けて飛んできた。氷の槍に怯んだウルスは銃口を下げ、その隙に幸人は銃を取り出し、水輝達を囲んでいる雷の刃目掛けて、弾を撃ち放った。

 

 

「幸人!秋羅!」

 

 

奥から出て来た美麗は、ウルスの目を盗み外へ出て行き、入り口付近にいた幸人達の元へ駆け寄り身構えた。

 

 

「小癪な!!」

 

「観念しろ。

 

秋羅とテメェが売ろうとしていた白狼の子供は、こちらに返して貰う」

 

「何?!」

 

 

既に紅蓮の背後にいる白狼の子を見たウルスは、驚きの顔を隠せないでいた。やがてその顔は、怒りに染まり激しく指を鳴らした。

 

次の瞬間、四方八方に雷が落ちた。雷の音に、美麗は耳を塞ぎその場に座り込んだ。

 

 

「その白狼を渡さない限り、雷は止みません!」

 

「相変わらず汚い野郎だな……」

 

 

さらに威力を上げる雷は、やがて近くの木々に当たり火を点けた。

 

 

「嘘だろう!!」

 

「いいんですか?森が燃えても?

 

さぁ、白狼を渡しなさい。そうすれば、雷は止みますよ?

 

さぁ!!」

 

 

勢いが収まらない雷に、耳を塞ぎしゃがんでいた美麗は、鳴り止まない音に耐えられず、ついに泣き出してしまった。泣き声に共鳴するかのように、彼女から妖気が放出し出した。

 

 

その時、鳴り響く雷を巨大な雷が止んだ……

 

 

「な、何だ?!」

 

「雷が……」

 

「止んだ……のか?」

 

 

するとそこへ、雷神に釣られ創一郞達が駆け付けた。雷神は、幸人と創一郞を交互に見ると、手に雷を溜め出した。

 

 

「……!

 

創一郞!!」

 

「分かってる」

 

「え?え?な、何?」

 

「説明は後でする。

 

水輝!」

 

 

既に察していたのか、水輝は座り込んでいる美麗を持ち上げ、エルに乗せると自身も乗りエルを飛ばした。

 

その場から逃げていく幸人達を追い駆けようと、前へ出たウルスだったが、足下にバチバチと稲妻が走り、道を塞がれた。

 

 

「ど、どうなっていやがる?!」

 

 

手に雷を溜めた雷神は、微笑みを浮かべて雷を地面へ叩き付けた。

 

 

“ドーン”

 

 

 

 

爆発のようにして、雷が落ちた……それと共に雨が降り出し、木々を燃やしていた火を消していった。

 

その中を、幸人達は離れた場所にあった岩場で、雨宿りをしていた。

 

 

「す、凄い雷でしたね」

 

「そして、こんな時に雨……」

 

「でも、この雨のおかげで森の火は消えてるみたいだよ」

 

「まさしく、天の恵みだな」

 

 

微かになる雷の音に、美麗は幸人にしがみ付き鳴り響く度に、彼の服の裾に顔を埋めていた。

 

 

「すっかりビビってるな?」

 

「さっきまで、私に引っ付き虫だったのに」

 

「いちいち文句言うな」

 

「何で私じゃなく、幸人なのさ!!」

 

「知らねぇよ!!んなもん」

 

 

その時、雷神が岩場へ降り立ち、幸人達の前に姿を現した。雷神は雷の音を止ませ、幸人にしがみ付いている美麗を見詰めた。

 

 

「……やっぱり、あいつお前のこと知ってるみたいだな」

 

「でも私、本当に知らない」

 

「とか言って、忘れてるだけじゃないのか?」

 

「一度会った妖怪は、妖気ですぐに分かる!!!」

 

「その記憶が、物心つく前だったら話は別じゃねぇのか?」

 

「え?」

 

「可能性は高いな。

 

お前の親父さん、結構知り合いいるみたいだし」

 

「いて当然だよ!

 

晃が言ってた!私のパパは妖怪の総大将だから、色んな地に知り合いや友達がいるって!」

 

「その内の一人なんじゃねぇのか?」

 

「その内の一人……?」

 

 

不意に撫でられ、美麗は振り返った。

 

控え目だが、優しく彼女の頭を撫でる雷神……頭から頬へと手を移した時、バチッと何かが当たりそれは幸人達にも感じた。

 

 

電流のように伝わった彼等の脳裏に、ある映像が流れた。

 

 

 

生前のぬらりひょんに抱かれた幼い美麗……

 

彼女を抱かせて貰えた雷神は、嬉しく思わず雷を放ってしまった。

その音に驚き、美麗は大泣きし暴れた。慌てて彼女をぬらりひょんに返し、申し訳なさそうに雷神は頭を下げた。落ち込む彼に、ぬらりひょんは微笑みあやし泣き止みかけた美麗を、再び見せた。

恐る恐る、雷神は手を伸ばし人差し指を差し出した。その指を、彼女は握った。

 

その行為に雷神は、嬉しく笑いぬらりひょんを見た。彼も釣られて笑みを見せ、美麗と雷神を交互に見た。

 

 

遠い日……彼等に笑みを残して、映像はそこで途絶えた。

 

 

 

「……い、今のって……」

 

「雷神の……記憶?」

 

「……」

 

 

彼等の反応に、雷神は慌てて手を引っ込めて後ろへ隠した。彼の行為に、美麗は疑問を持ち首を傾げながら、見詰めた。

 

 

「赤ん坊の頃に、会っていたのか……」

 

「ぬらりひょんが死んだ後、お前何してたんだ?」

 

『……』

 

「……なぁ、妖怪って喋れるんじゃねぇの?」

 

「そのはずだけど……」

 

 

「ねぇ、口開けて」

 

 

おもむろに、水輝は雷神に近付き言った。雷神は引き攣った顔をしながら、首を傾げた。

 

 

「水輝、近い。少し離れろ」

 

 

近過ぎていた彼女を引き離し、幸人は口を指差しながら少し開いた。その行為を理解した雷神は、口を開けた。開いた口を、美麗は興味津々に覗いた。

 

 

「……あ。

 

 

 

 

舌が無い」

 

「え?」

 

「やっぱり……」

 

「何がやっぱりなんだ?」

 

「水輝、何か知ってるのか?」

 

「書物で読んだから、本当かどうかは分からなかったんだけど……

 

 

昔、国や村で災いが起きるとその土地に住む妖怪の舌を切る風習があったって……」

 

「舌を切る?!」

 

「本当かどうかは、定かではない。

 

そう言った記録は、何も残ってないから。話だけが充満しているってだけ」

 

「そんじゃあ、この雷神は昔災いの為に、舌を切られたという事か」

 

「恐らくね」




彼等が話をしている間に、美麗は後ろで組んでいる雷神の手に触れた。雷神は驚き、彼女を見た。


「……何か、懐かしい。


パパのこと、あんまり覚えてないけど……この温もりは、何か覚えがある」


そう言いながら、美麗は彼の手を自身の頭に乗せた。雷神は、恐る恐るその手で彼女を撫でた。

嬉しそうに笑う美麗……その笑顔に釣られ、雷神は微笑み彼女の頭を撫で続けた。


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流氷の波

雨が止んだ時、それは起こった。


激しく揺れる地面……同時に山から、巨大な爆発音が鳴り響いた。


「な、何だ!?」

「……!!

幸人!!あれ!」

「?……!!


ふ、噴火だ!!」


黒い煙と燃え盛るマグマが、山の口から上がり広がっていた。


噴火の様子は、町の人々も目の当たりにしていた。

 

 

「や、山が噴火した!!」

 

「皆逃げろ!!」

 

「キャー!!」

 

 

町は逃げ惑う住民で、溢れかえった。森から出て来た幸人達は、逃げ惑う人混みを駆け抜け、町長の家へ向かった。勢い良く戸を開け、中にいた町長を見付けると、創一郞はすぐに、状況を話し自分達が対処するから、すぐに住人を安全な場所へ避難させろと言い、外で待っている幸人達と、再び森へ行った。

 

 

「お、お気を付けて!土影様!

 

守部!直ちに、避難所を作れ!!」

 

「はい!」

 

 

 

森へ戻ってきた幸人達……

 

森では、奥から逃げてくる動物達が、次々と柵の外へと出て行った。

 

 

「凄い動物の数……」

 

「こんなのが、今逃げてる人達と出会したらヤバいんじゃねぇの?!」

 

「紅蓮!すぐにラルの所に、案内させて!」

 

『分かった!

 

おい、来い!』

 

 

傍にいた白狼の子を呼び付けながら、紅蓮は先に逃げていく動物達の前へ立ち、咆哮を上げ大人しくさせると自身を先頭に、町の外へ出て行った。その群れを待っていたかのように、ラルと白狼達が待ち構え動物達を誘導した。

 

 

「凄え、的確な指示……」

 

「流石、森に長年住んでるだけのことはあるな」

 

「感心してる暇があんなら、テメェ等お得意の土でマグマをどうにかしろ」

 

「ヘイヘイ。

 

敬、行くぞ」

 

「ウース」

 

「私は避難所へ行って、怪我人の手当てをするよ」

 

「頼む。秋羅、手伝えに行け」

 

「あぁ」

 

 

水輝と共に、秋羅はその場を後にした。

 

 

「……さぁて」

 

「幸人?」

 

「……

 

 

美麗、エルに乗って空から氷を放て。それでマグマを凍らせろ」

 

「うん、やってみる」

 

 

エルの背に飛び乗り、美麗は空へと飛び立った。一人残った幸人は、深く息を吐くと禍々しい妖気を放った。そして大剣を作り出し、赤い目を光らせた彼は、そこから森の中へと入った。

 

 

空を飛ぶエル……火山から出るマグマを見た美麗は、エルをその場で待機させ、背中の上に立つと息を整え意識を集中させた。

 

 

「悲しき氷の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ!!

 

 

凍える冷気の衣よ、覆い尽くせ!!」

 

 

冷気を放つ美麗……冷気は大気を冷やし、そしてマグマを凍らせていった。だが、マグマの熱に耐えられず、氷は溶けマグマは再び流れ出した。

 

 

「まだまだ!!

 

蒼き水の波紋よ!我が足元に広がれ!そして、針と成せ!!」

 

 

地面に向けて氷の刃を、美麗は投げ付けた。氷は地面を凍らせ無数の針を生えさせた。

 

針に絡まれたマグマは、所々止まったもののまだ止まらずに流れていくものが多かった。

 

 

「全然、止まらない……」

 

 

息を切らす美麗に、エルは心配そうに鳴き声を放った。

 

その時、美麗の目に何かが通った。直後、エルは痛々しい鳴き声発しながら、バランスを崩したかのようにして空から彼女と一緒に落ちた。

 

 

木がクッションとなり、美麗とエルは掠り傷程度で済み、地面へ落下していた。

 

 

「エル!!」

 

 

エルに駆け寄ると、広げた翼に焦げた後があった。

 

 

「何、これ……」

 

 

「命中しましたね?

 

あなた方に怪我がなくて、よかったですよ」

 

 

聞き覚えのある声に、美麗は小太刀の束を握り振り返った。そこにいたのは、怪我を負ったウルスだった。

 

 

「な、何で……あの雷に当たって」

 

「死んだはず……と思っているみたいですが、大間違いです。

 

 

現に、私は生きています」

 

「……!」

 

 

モクモクと向こうの茂みから、煙が上がっていた。エルは落ち着きを無くしたかのように、美麗の周りを歩き回り、心配そうに鳴き声を発した。

 

 

「噴火ですか……

 

 

 

 

!!

 

逃しません!!」

 

 

逃げようとした美麗に、ウルスは雷の刃を放った。刃は途中で砕け、火花のように舞った。舞った火花は、腕に突き刺さった。

 

痛みで地面に倒れる美麗……ウルスが、もう一発雷の刃を放とうとした時だった。突然作り出したはずの刃が、跡形も無く消えた。

 

 

空から舞い降りる、羽衣を靡かせた雷神……

 

 

「ら、雷神……」

 

「またあなたですか……」

 

「……

 

 

?」

 

 

何かを察知した美麗は、エルの傍へ行き辺りを警戒した。彼女と同様に、何かを察知したエルは落ち着きを無くし、鳴き声を上げた。

 

 

「エル!大丈夫だよ!!」

 

 

宥めようと、手綱を引き美麗はエルを落ち着かせようとした。その時、地面が激しく揺れ地割れが起きた。

 

地面が大きく割れ、足下の土を無くした美麗は出来た穴に落ちた。落ち掛けた瞬間、瞬時に駆け付けた創一郞が、彼女の腕を掴み一気に引き上げた。

 

 

地割れに気を取られていたウルスの前に、大剣を持った幸人が現れ出た。問答無用に、大剣を幸人は思いっ切り振り下ろした。ウルスはすぐにそれを避け、雷の剣を作り出すと、それを武器に幸人と一戦交えた。

 

 

「幸人!!」

 

「奴の事はいいから、早くマグマを止めてこい!」

 

「でも!」

 

「行け!!

 

雷神、早く連れてけ」

 

 

美麗を抱き上げ、雷神は空へ飛んだ。

 

空から見ると、一部のマグマが町へ流れ出ていた。

 

 

「そんな……」

 

 

何かを決意したかのように、深く息を吸った美麗は手首に着けていた妖魔石のブレスレットを一つを外した。

 

外した瞬間、溢れんばかりの妖気が美麗を包み込んだ。何とか抑えた彼女は、氷の板を宙に作りその上へ立った。

 

 

「エル達の所に行って。ここは私が何とかするから」

 

 

目付きを変えた美麗は、手に冷気を溜め始めた。雷神は心配しつつも、そこから離れエル達の元へと戻った。

 

息を整え、美麗は力をため始めた。手から冷気を放ち、彼女は天に大きな玉を作り出した。

 

 

「悲しき氷の聖霊よ……我が失いし心の傷よ……

 

古き契約に従いて、我が意に従い嵐を運べ!!

 

 

大地の水よ、氷河となり全てをを凍りつくせ!!」

 

 

玉から出る、巨大な氷の波がマグマを飲み込んだ。街に出ていたマグマは、氷の波にのまれ動きを止め凍った。



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雷神の力

「……」


スッと目を開ける、幸人……傍には、切り刻まれた巨樹と、体を伸ばす創一郎がいた。


「……?

気が付いたか?」

「……!!


あの男は!!」

「とっくに追い払った。

いきなり起きると、体に響くぞ」


彼の言葉通り、体に激痛が走り幸人は体を抑えて蹲った。そんな彼を心配してか、エルは幸人の頬に嘴を当て、頭を擦り寄せた。


「……美麗は?」

「マグマ止めに行った。

もう、止まったみたいだがな」

「……」

「地獄の祓い屋になるなら、事前に言え。

止めるこっちの身にもなれ」

「うるせぇ。

テメェが鈍ってるだけだろうが」


エルの嘴を撫でながら、幸人はそう言った。

するとそこへ、雷神が降り立ち少し慌てた様子で、幸人達を交互に見ると、先を飛び振り返り彼等を見た。


「……ついて来いってか?」

「らしいな」


身を屈めたエルの背中へ、幸人は乗った。エルは雷神の傍へ行き、その後を創一郞はついて行った。


マグマを凍らせた美麗は、息を切らしながら氷の板に膝をついた。顔を上げ、何とか再び立ち上がった彼女は、氷を作りながら、火山口へと向かった。

 

 

火山口付近へ着いた美麗は、辺りを見て誰もいないのを確認すると、氷で陣を作り出した。

 

 

「悲しき水と氷の精霊よ……我が失いし心の傷よ……

 

古き契約に従いて、我が意に従い嵐を運べ !!」

 

 

右手に水の玉、左に氷の玉を作り出した美麗はそれを合わせるようにして、両腕を上げ重ねた。

 

二つの玉は一つとなり、激しさを増していた。

 

 

「霰雹霙!!」

 

 

水と氷の玉を、美麗は火山口へ投げ入れた。玉は途中で激しく光り、一面を凍らせた。中を凍らせた玉の光りは、流れ行くマグマも凍らせ流れを止めた。

 

氷から出る煙を、縁から美麗は見下ろしていた。

 

 

「と、止まった……

 

ハァァァ……」

 

 

深く息を吐きながら、その場に座り込み、外していたブレスレットを嵌めた。

 

 

すると、美麗の髪を撫でるように風が不意に吹いた。

 

 

そして、それは突如として起きた……

 

 

“ドーン”

 

 

「!?」

 

 

飛び起きる美麗……凍らせたはずの口から、燃え盛る炎とマグマが、勢い良く噴火していた。

 

 

「何で……

 

さっき、止めたはずなのに……」

 

 

再びブレスレットを外すと、美麗は手に冷気を溜め氷を放ち、炎を消そうとした。だが炎は消えることなく、勢いを増していった。

 

 

そこから逃げようにも、走る体力が残っていなかった美麗は、その場に膝を付いた。

 

 

「……無理……走れない」

 

 

炎に呑み込まれそうになった時、何かが美麗を抱え空へと上った。

 

 

上から見える、先程まで自身がいた場所には、火の粉が飛び散っていた。抱かれている者に、美麗は顔を向けた。

彼女を抱えていたのは、雷神だった……

 

 

「……雷神」

 

『……』

 

 

安堵の息を吐きながら、雷神は美麗の頭を一撫ですると、近くの森へ降り立った。そこには、エルと幸人達がおり、降り立ち雷神から降りた美麗は、歩み寄ってきた幸人に体を預けるようにして、倒れ込んだ。

 

 

「かなり体力、減ってるな。

 

顔色も悪いし」

 

「噴火を止めるために、妖力を解放したんだろう」

 

 

エルの傍に寝かせ、幸人は銃に弾を補充すると、火山を見た。

 

 

「創一郞、まだ動けるな?」

 

「当然だ」

 

「だったら行くぞ。

 

エル、ここを頼む」

 

 

エルの頬を撫でると、幸人達は雷神と共に火山へ向かった。

 

 

 

火山へ来た幸人達……だが、そこには無数の妖怪とウルス達が立っていた。

 

 

「何だ?妖怪の大将にでも、なったのか?」

 

「えぇ。少し特殊な技を手に入れたので……指を鳴らせば、ここにいる妖怪達は私の下部同然」

 

「……雷神、早く行け。

 

お前なら、この噴火を止められるんだろう?」

 

 

幸人の言葉に、雷神は力強く頷いた。その答えに、幸人は自身に襲ってきた妖怪を、撃ち倒した。

 

 

「行け!!」

 

 

襲い掛かってきた妖怪達に、雷を放った雷神はそこから飛び立ち、火山へ向かった。

 

 

火山口へ辿り着いた雷神は、両手を挙げ妖気を溜め始めた。妖気に釣られるようにして、明るかった空が曇り始め、そこから雷が何発も鳴った。

 

鳴り響く雷は、雷神の溜めている玉に当たり、玉は大きくなっていった。一定の大きさになった時、バチバチと鳴る玉を、火山口へ投げ入れた。

 

 

“バーン”

 

 

激しい爆音と共に強烈な光が、辺りを照らした。

 

 

 

鎮まる火山……

 

 

息を切らし、それを見た雷神は幸人達の元へ行った。

 

戻った雷神は、攻撃をしているウルスの背中に手を当て、そこから何かを引き出した。

 

 

「ば、馬鹿な……」

 

 

引き出されたウルスは、白目を向き力無くその場に倒れた。

 

 

「……なる程……

 

妖怪の力だったって事か」

 

「禁忌を犯したって訳か」

 

 

引き出した力を、雷神は空へ放ちそれは巨大な雷を起こした。

 

 

「終わったか……」

 

 

「先生!!

 

やっと見つけた!酷いですよ!!俺を置いていくなんて!!」

 

 

茂みから文句タラタラ言いながら、敬が現れ創一郞に歩み寄った。

 

 

「置いて行かれるお前が悪いんだ」

 

「またそうやって、責任逃れをして!!」

 

 

ギャーギャー文句を言う敬と言われている創一郞を無視して、幸人は雷神と共に先を歩いた。

 

 

 

 

エルの傍で横になる美麗……

 

何かの気配を感じた彼女は、スッと目を開けた。

 

 

そこには、自身の頭を撫でる母・美優の姿があった。

 

 

「……ママ」

 

『お疲れ様。

 

よく頑張ったわね』

 

「噴火は?」

 

『止まったわよ。

 

あの人のお友達が、止めてくれたの』

 

「……

 

 

ねぇ、ママ」

 

『?』

 

「私、そんなにパパに似てるの?」

 

『どうして?』

 

「今まで会ってきたパパの知り合い、皆私を見て必ずパパと間違えるの」

 

『……そうねぇ……

 

 

お父さんの若い頃に、美麗はとても似ているわ』

 

「……

 

私、パパよりママに似たかった」

 

『あらあら、この子ったら』

 

 

美麗の前髪を撫で分けると、美優は額に軽くキスをした。

 

 

『お休み。

 

ママはいつも、美麗の傍にいるからね』

 

 

そう言って、美優は風と共に去って行った。その後、激しい眠気に襲われた美麗は、重くなった瞼を閉じ眠りに付いた。傍にいたエルは、嘴で彼女の頬を軽く突っ突くと、傍に座り寄り添うようにして眠った。




避難所で、怪我人の手当てをする水輝と秋羅……


「ママー!

晴れてるのに、雷鳴ったよ!」

「鳴った鳴った!」


外から中へ入ってきた子供達が、そう言いながら怪我をした親の元へ駆けて行った。

そんな子供達に聞かせるようにして、一人の老婆が話し出した。


「そりゃきっと、雷神様ね」

「雷神様?」

「なーに、それ?」

「雷神様は、ずっと昔からこの国の守り神だよ。

雷を鳴らしている時は、悪い妖怪達から私達を守ってくれているんだ」

「へぇー」

「凄ぉい!」


楽しそうに話す彼等を見て、秋羅は水輝と顔を合わせて、ホッと安堵の息を吐いた。


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白狼の怒り

揺れる体……

眠っていた美麗は、薄らと目を開けた。


「とりあえず、今回の騒動はあの闇市の野郎の仕業だったって、依頼主には報告する」

「頼む」

「にしても、凄いッスよねぇ。

火山だった山が、氷山になっちまって」

「まぁ、あの氷なら溶けないさ。

永久にな……」


何かを知っているかのようにして、幸人は話ながら、ずり落ちてくる美麗を背負い直した。


(氷……

そういえば……晃が言ってたな……


私の氷は、私が死なない限り溶けないって……)


数日後……

 

 

森へ来た幸人達は、辺りを見回りながら歩いていた。

 

 

「見た所、異常ないみたいだな」

 

「そうだな」

 

 

 

彼等が森へ行っている頃、宿に残っていた水輝は眠っている美麗に、ずり落ちた布団を掛けた。

すると、開けていた窓の縁に座る、雷神が心配そうに美麗を見詰めていた。

 

 

「大丈夫だよ、雷神。

 

ミーちゃん、妖力を使い過ぎるといつもこうだから」

 

『……』

 

 

縁から降りた雷神は、恐る恐る手を伸ばしソッと頭を撫でた。

 

すると、美麗はスッと目を開けた。ビクッとした雷神はすぐに手を引っ込め、窓から外へ出て隠れた。

 

 

「雷神?」

 

「あらあら、隠れちゃった」

 

「……あれ?

 

幸人達は?」

 

「森を見に行ってるよ。

 

ミーちゃんも行く?」

 

「行く」

 

 

靴を履いた美麗は、窓を開けるとそこから飛び降りた。飛び降りた先には、エルがおりエルの背中に彼女は跨がっていた。

 

 

「ナイスタイミング」

 

「森行くね!」

 

「あぁ。私は残ってるから。

 

 

雷神、ミーちゃんのことよろしくね」

 

 

先に行くエルの後から出て来た雷神は、頷くと彼女達の後を追っていった。

 

 

 

森へ着いた美麗は、エルから降りると辺りを見回しながら、雷神と共に歩いた。

 

 

「綺麗な森……

 

北西の森みたい!」

 

 

嬉しそうに話す美麗の表情に、雷神は微笑んだ。しばらく歩き、森を抜けると川へ着いた。

 

同じようにして、川を挟んだ反対側の森から幸人達が出て来た。

 

 

「あ!幸人!秋羅!」

 

「何でお前、ここに?!」

 

 

川を突っ走り彼等の元へ駆け寄った美麗は、秋羅に飛び付いた。受け止めた彼は少々驚きながらも、すぐに安堵の表情を浮かべて彼女の頭を撫でた。

 

 

「体調の方は良いみたいだな」

 

「うん!全然平気!

 

雷神達と一緒に、ここまで来たの!」

 

「いねぇと思ったら、美麗の所に行ってたのか」

 

「森の中、見回したけど……特に異常は無い。

 

必要な箇所には、手は出したが」

 

「ラルが来てないから、多分平気だよ。

 

この森に何か異常があれば、すぐに飛んでくるし!

 

 

それより、紅蓮は?」

 

「白狼の子供を送り届けるって言って、外の森の方に行ったきりまだ……」

 

「外の森……?」

 

 

ざわつく森……雷神は警戒するようにして、辺りを見回した。

 

 

その時、茂みから飛び出て来た大白狼・ラル……その影から出て来た白狼の子供は、秋羅を見付けると一目散に彼の元へ駆け寄った。

 

 

「どうしたんだ?お前」

 

「ママと一緒じゃないの?」

 

『母親は、もういない』

 

「え?」

 

 

寄ってきたラルの頬を、美麗は撫でた。すると、後ろから紅蓮が現れ彼女の元へ寄ると体を擦り寄せた。

 

 

「ラル、さっきの意味って……」

 

『母親は、数日前に別の人の手によって殺られた』

 

「そんな……」

 

『見付けたら、すぐにそいつの頭を噛み砕くつもりだがね』

 

「こ、怖ぇ……」

 

「噛み砕く前に、私が刺し殺しとくよ」

 

「そんな笑顔で、怖いことを言うな!」

 

『しかし、この町から贄でも貰うか』

 

「!?」

 

『何を驚いている……

 

白狼を一匹殺すという事は、人の子一人消えるという事だ』

 

「だからって、この町から」

 

『運がなかったんだな……』

 

「イヤイヤ、そんな言い方しなくても」

 

「何でそんなに嫌がるの?」

 

「え?」

 

「普通じゃん。

 

他人の物奪ったら、奪い返すなんて」

 

「……あのな、美麗。

 

人の世界と妖怪の世界は、ルールが違うんだ」

 

「でも、生きてることには変わらないじゃん。

 

私が住んでた北西の町は、自分達で育てた果実や野菜をあげる代わりに、森の木を倒したり川の水を貰ったり、動物達の命を貰ってたよ。

あと、木を倒して住処を無くした鳥達のために巣箱と餌場を設置したし。

 

 

白狼を殺したなら、誰か犠牲になるか森に何かを捧げるかどっちかしないと妖怪から守って貰えなくなるよ」

 

『流石、美麗だ。よく分かっている』

 

「晃達から、よく言われてたから」

 

「でも、そんな事聞き入れてくれるか……」

 

「とりあえず、町長に取り合ってみよう」

 

 

幸人達が話している間、白狼の子供は秋羅から美麗に擦り寄り甘えるようにして、伸ばしてきた彼女の手を甘噛みしてきた。

 

 

「こいつ、警戒心まだ無いのか?」

 

「うん。

 

このくらいの頃は、まだママ達にベッタリだから」

 

 

『美麗は相変わらず、美優さんにベッタリだね』

 

 

ふと聞こえる晃の声……それと共に、蘇る記憶。

 

思い出した美麗は、顔を曇らせて甘えてくる白狼の頬を撫でた。

 

 

「……晃が言ってた。

 

 

私は小さい頃、ママにベッタリだったって」

 

「え?」

 

「パパが死んだ後……

 

ママが傍にいないと、いつも大泣きしてたって。

 

 

だから病気になった時私、片時も離れなくて凄い大変だったって、晃がよく言ってた……」

 

「そうか……

 

お前、結構甘えん坊だもんな。16になってんのに」

 

「実感が無い。

 

 

奈々も16だけど、保奈美にベッタリだよ」

 

「ハハハ……そうだったな」

 

「秋羅、俺と創一郞で町長に話し付けてくる。

 

その間、敬と一緒に森の見回り頼む」

 

「分かった」

 

「こいついるなら、私雷神と別行動取る」

 

「そんな言い方しなくても良いだろう!!」

 

「フン!」

 

「美麗!!」

 

「まぁまぁ」

 

「そんじゃ、頼んだぞ」

 

「あ、あぁ」

 

 

幸人と創一郞がいなくなると、美麗は紅蓮の背中へ乗った。

 

 

「紅蓮達と一緒に、森の中駆けてくる」

 

「危ない所、行くなよ」

 

「うん!」

 

 

返事をしながら、美麗は紅蓮を走り出させた。その後を、白狼の子供は追い駆けていった。

 

 

「何か、すっかり森の人って感じだな……」

 

「森の生活が長かったからな」

 

 

擦り寄ってきたエルの頬を撫でながら、秋羅は敬に言った。

 

 

 

夕方……

 

 

森入り口付近に、作られた祭壇。そこにはいくつもの供物が置かれていた。

その様子を、森の高台から美麗は紅蓮の背中から見下ろしていた。

 

 

バチバチと鳴る、松明の音と共に大白狼……ラルが姿を現した。供えられた物のにおいを順々に嗅いでいき、置かれていた肉の塊を銜えると、そのまま森の中へと姿を消した。

 

 

「い、良いのか?もう……」

 

「平気だよ!」

 

 

高台から降りてきた美麗は、紅蓮から降りると秋羅達の傍へ駆け寄りながら言った。

 

 

「今回は大目に見てくれたみたい。

 

まぁ次は無いよ」

 

「怖いこと言うな……お前」

 

「あの白狼の子供は、どうなるんだ?」

 

「ラル達が育てるから、平気だよ」

 

「そうか」

 

「依頼終わったから、明日には帰るぞ」

 

「全く、余計な仕事増やしやがって……

 

依頼料、プラスにするからな」

 

「何でそうなんだよ。

 

だったら、美麗の面倒見たんだから、その世話代寄こせ」

 

「知るか、んなモン」

 

「テメェ!」

 

「創一郞に世話なった覚え、無い」

 

「この小娘!!」

 

「ちょ、師匠!子供に暴力は!!」




彼等が依頼を行っている頃、各祓い屋達と討伐隊本部に、一通の手紙が届いていた。


それは、彼等にしか分からない手紙……




決して、届くはずの無い所から届いた、手紙。


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手紙

幸人宅の庭に降り立つ2頭のドラゴンと2頭の竜……

そこから、マリウス達と花琳達が降りた。


互いを見合うと、彼等は幸人の家へと入った。


家の中には、既に4人以外の祓い屋達が集まっていた。祓い屋達だけで無く、大地に翔、陽介、水輝に暗輝もが彼の家にいた。

 

 

「お!やっと来た!

 

遅いぞ!マリウス!花琳!」

 

「これでも、超特急で来たんですが」

 

「こっちはさっきまで、依頼があったんだから仕方ないでしょ?」

 

「ヘイヘイ」

 

「無駄話良いから、とっととこっち来て例の物出せ」

 

「はいはい」

 

 

懐から出した、青い手紙を2人は出しテーブルに置いた。

 

 

「やっぱり、お前等の所にも来ていたか」

 

「これで、全部って事か」

 

「あぁ」

 

「同じ手紙が、いっぱい」

 

「本当だ」

 

「奈々、あっちに行ってなさい」

 

「美麗もいるじゃん」

 

「大人の話だ。

 

秋羅の所に行け」

 

「ヤーダ」

 

「美麗」

 

「林檎剥くから、こっち来い」

 

「林檎!」

 

「あ!ズルい!

 

秋羅さん、私も!」

 

 

キッチンへと駆けて行った二人を見送り、彼等は再び話し出した。

 

 

「全員に送られてきたこの手紙……

 

内容は全部一緒か……」

 

「君等祓い屋達だけなら未だしも、私達の所にも来ているという事は」

 

「誰かが、意図的に送ってきたって事だ。

 

俺達が、この『アスル・ロサ』から」

 

 

「なーに?それ?」

 

 

保奈美が座るソファーの背もたれに、奈々は顔を覗かせるようにして立ち、首を傾げて質問した。

 

 

「盗み聞きするな!」

 

「別にいいじゃん!!

 

私も祓い屋だもん!」

 

「これはママ達のお話。

 

奈々には、関係」

「幸人、アスルの出身なの?」

 

 

手紙の封を手に取り、字を読みながら美麗は幸人の方を見ながら言った。

 

 

「何だ?知ってるのか?」

 

「小さい頃、晃に釣られて1回だけ行ったことがある」

 

「小さい頃って……」

 

「いくつの時だ?」

 

「6歳か7歳くらいの頃だよ」

 

「何の用で行ったんだ?」

 

「知らなーい。

 

晃のお仕事だったから」

 

「なぁ、そのアスル何とかって、何なの?」

 

 

切られた林檎を口にしながら、敬は質問した。その林檎を見た美麗は、もう一つ取りに秋羅の元へ駆けて行った。

 

 

「『アスル・ロサ』。

 

ここにいる奴全員の、育った施設だ」

 

「皆、この施設の出身なの」

 

 

そう言いながら、大地は懐から一枚の写真を出した。

それは、ここにいる若かりし頃の幸人達が、揃った写真だった。

 

 

「この後ろに写ってる建物が、その施設。

 

 

これは、18と17の時に撮ったものよ」

 

「へー。

 

うわ、師匠若っ!」

 

「当たり前だ」

 

「わぁ!ママ、凄い美人!」

 

「ありがとう、奈々」

 

「なぁ、この手前に並んでる2人は……」

 

「幸君と陽君!」

 

「やっぱりか……」

 

「わぁ、顔構えが天花ソックリ」

 

「じゃあ、この幸人の腕組んでる女の子は……」

 

「愛だ」

 

「昔話はそれくらいにして、とっとと本題進めるぞ」

 

「そうね。

 

何で、この手紙が今頃来たのか……」

 

「え?何で?」

 

「別に来ても、おかしくねぇじゃん。

 

『元気にやってるか?』ってくらい、施設の人だったら聞いてくるだろう?」

 

「その施設があればの話だけどね」

 

「え?」

 

「施設は、12年前に無くなっているんだよ」

 

「……」

 

「妖怪の襲撃があってな。

 

生き残りは0。建物も焼けちゃって……」

 

「今残っていると言えば、焼け残った柱と壁、あと庭くらいですね」

 

「そうなんだ……」

 

「あれ?

 

そうなると、なぜ手紙がそこから届いたんです?」

 

「だから、今全員集まって話してんだろうが。

 

つか、弟子共は家出てろ。話の邪魔だ」

 

「邪魔って……」

 

「除け者にしなくても良いだろう」

 

「あのなぁ」

 

「気になるんだったら、行けば良いじゃん!」

 

 

写真を見ながら、美麗は言った。何かを言おうとした幸人達だが、少し考える素振りをすると口を開いた。

 

 

「美麗の言う通り、確かめに行った方がいいのかもな」

 

「だな」

 

「そういえば、卒業してから一度も帰ってませんでしたもんね」

 

「ここにいる奴等は、皆顔を合わせてたけどね」

 

「仕方ねぇだろう。

 

仕事関係上、嫌でも顔を合わせなきゃいけなかったんだから」

 

「幸人先輩と陽介先輩は、普通に一緒でしたもんね!」

 

「幸君はすぐに辞めたけど」

 

「ほっとけ」

「フン」

 

「行くと決まれば、いつ行く?」

 

「僕等は仕事無いので、今日にでも行けますよ」

 

「俺等も平気だ」

 

「私達も」

 

「俺の方は、長期休暇を出しているから平気だ」

 

「こっちも!」

 

「決まりだな」

 

「行くのか?」

 

「あぁ。

 

弟子共どうする?」

 

「そうねぇ」

 

「アタシ、ママと一緒に行きたい!」

 

「俺も!」

 

「弟子抜きで、行こうと思ってませんよね?師匠」

 

「毎度毎度、面倒事に巻き込まれているんですから、こちらとしては慣れっこですよ」

 

「そうそう!」

 

「私がいないと、ドラゴン達は呼べませんよ?」

 

「同感だ」

 

「俺いなきゃ、自分のこと何も出来ないだろう」

 

「100年前にも行ってるから、何か手掛かりが掴めるよ!」

 

「こいつ等、どこで育て方を間違えたんだが……」

 

「いっちょ前の事言いやがって」

 

「誰が何も出来ないだ。出来るわ」

 

「仕様が無い。

 

連れて行きますか」

 

「ヤッター!」

 

「俺と水輝は、後から行くよ」

 

「病院に休むって看板、提げなきゃいけないし」

 

「分かった」

 

「私達とマリウス達は、竜に乗って向かいますわ」

 

「了解」

 

「私、エルに乗って行く!」

 

「良いなぁ!

 

奈々も!」

 

「テメェは俺等と一緒に汽車だ」

 

「奈々、あなたもよ」

 

「えぇー!」

 

「嫌だ!

 

エルが駄目なら、紅蓮に乗って行く!」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

「この変人2人は俺と一緒に行くから、貴様は幸人達と一緒に行け」

 

「それなら良い!」

 

「何!?その扱い!!」

 

「創一郞先輩達はよくて、俺等は駄目なんですね」

 

「キー!!」




彼等を見る一つの人影……


人影はしばらく家を見下ろすと、姿を消しそこから離れていった。


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旅立った場所

汽車内……


窓の外を見る、奈々と美麗。彼女達の隣には、秋羅と時雨が座っていた。

隣席では、鼾をかく幸人と創一郞、本を読む葵と保奈美が座っており、少し離れた別席には、翠と迦楼羅が座り、その隣席には火那瑪と邦立、敬が座っていた。


「本当に乗る汽車を変えるとは……」

「凄く残念がってたよね。


大地さん達、滅茶苦茶悔しそうにしてたし」

「だね」

「そろそろ、降りる準備をして頂戴。

後二駅で着くから」

「ハーイ」

「美麗、幸人起こしてこい」

「うん」


通路側に座る幸人に、美麗は座ると大きく開く口に氷の礫を入れた。

突然の冷えに、幸人は飛び起きた。隣で寝ていた創一郞の口にも、同じように氷の礫を入れた。彼も飛び起き、口から礫を出した。


「な、何だ!?」

「い、いきなり冷たいのが……」

「起きた?」

「美麗、テメェ」

「良い目覚ましじゃない」

「暗輝の目覚ましより、マシだろう?二人共」

「……」


駅を降りると、そこは喉かな場所だった。

 

 

「凄い静かな所……」

 

「本当……

 

駅以外、何も無い……」

 

「ここから少し歩いた先に、小さな町があってその先に施設があるの」

 

「じゃあ、結構歩くんだ」

 

「まぁ、そうね」

 

「先行ってる!」

 

「あぁ……って、先行くな!!

 

 

秋羅!止めろ!!」

 

「美麗、待てぇ!!」

 

「あらあら、相変わらず猪突猛進ですね」

 

「そう言うなら、どうにかしろ」

 

「子供は一人で充分です」

 

 

追い駆けていた秋羅の前で、エルに乗った美麗はエルを飛ばした。飛んで行く2人を、彼は何も出来ずオロオロした。

 

 

すると、エルを止めるようにして竜が目の前に飛び止まった。

 

 

「コラコラ、お父さんから離れちゃいけませんよ」

 

「エルと一緒だから、平気だよ!」

 

「空から追撃あるから、下がれ」

 

「……嫌なこった!!」

 

 

手綱を思いっ切り引き、上へと美麗はエルを飛ばした。彼女の後を、梨白とアリサはすぐに追い駆けていった。

 

 

その様子を、下から見ていた幸人は軽く息を吐きながら、先に行った迦楼羅達の後に続いて歩き出した。

 

 

「あれ?幸人、美麗は良いの?」

 

「花琳達に任せる」

 

「人任せはいつも通りだね」

 

「ほっとけ」

 

 

しばらく歩き、小さな町で道を聞くと出て行き喉かな林道を歩いて行った。

 

 

「何か、妖怪が一匹も出て来ませんね……」

 

「本当……

 

今まで、依頼場所まで行く道々に必ずって程現れたのに」

 

「この辺りは、昔から妖怪があまりに近付かない土地だからね」

 

「え?何で?」

 

「詳しくは知らないけど……

 

噂だと、美麗の父ちゃんがこの辺りに結界張ったって話だ」

 

「美麗のパパさん、凄ぉい!」

 

「迦楼羅、あまり奈々に変なこと吹き込まないで!」

 

「ヘイヘイ」

 

「そろそろ着くぞ」

 

 

林道を抜けた先にあったのは、壊れ草だらけになった柵。その柵を越えた先には、巨木の隣に焼け落ちた屋敷が2軒あった。

 

 

「何も、変わってないわね……」

 

「本当」

 

 

広い庭に降り立つ2頭の竜と2頭のドラゴン……それに釣られて、エルが降り立った。

 

 

「あ、美麗達着いた」

 

「拳骨、食らわせるか?お父さん」

 

「迦楼羅、脳天ぶち抜かれたくなければ、すぐに撤回しろ」

 

「すみません……何も言いません」

 

 

「さっさと娘引き取って下さい、お父さん」

 

 

首根っこを掴まれた美麗を差し出しながら、マリウスは幸人に言った。怒りを抑えているのを察したのか、美麗はマリウスから離れると一目散に駆け出し、その後を幸人は何も言わずに追い駆け、追い付くと一発拳骨を食らわせた。

 

 

「やっぱり拳骨を食らわせたか」

 

「幸人はあれだな……お父さんには、向かないな」

 

「ある程度成長すれば、まだ平気かも知れないけどね」

 

 

しばらくして、水輝達が到着し中へ入ると彼等は幸人達と同じように、中を探索しだした。その間、秋羅達は焼け残っていた部屋や物を見たりしていた。

 

 

「どこも真っ黒だな」

 

「随分、長い間放置されていたみたいですね。

 

焦げた箇所に、草が生えています」

 

「言われてみれば……」

 

「焼けた家が、蔦の家になったって感じね」

 

 

蔦を触りながら、時雨は辺りを見回した。焼けた部屋には、煤が着いた人形が落ちており、それを彼女は手に取った。

 

 

「この施設には、何人孤児がいたんですか?」

 

 

焼かれた壁を指で触れていた暗輝に、時雨は質問した。

 

 

「俺達がここを出た頃には、ザッと20人から30人近くはいた。

 

 

下は0歳から上は18まで」

 

「それが一夜で……」

 

「火が点いたのって、やっぱり妖怪が」

 

「まだ分かってない。

 

 

火の不始末も考えられたが、見回りの奴が自分が寝る前に、火元は必ず確認していたし、出火場所を調べたが特に酷い所が見つかっていない……

 

検証の結果、施設の奴等も施設の建物も、妖怪の仕業だろうって話になったんだ。

 

 

火事の日、夜だったから目撃者もいないし……施設の奴等には生き残りがいない」

 

「真実は闇の中って事ですか」

 

「まぁ、そうだな。

 

 

部屋に3人いるはずなのに、誰一人火事に気が付かないなんて事、あんのかな」

 

「え?3人?」

 

「3人で部屋を使ってたんだ。年はバラバラだけどな。

 

だから、煙とかで上が気付いてもおかしくないんだけどな……」

 

「……確かに」

 

「言われてみれば」

 

「って言っても、もう12年前の事だから調べようが無いし!」

 

 

 

その頃2階の部屋では、焼け残った本棚と棚に並べられた本を、美麗と奈々、保奈美と葵は見ていた。

 

 

「本が残っているなんて、不思議ね……全部燃えてもおかしくないのに」

 

「残ってるだけでも、有り難いよ。

 

火事は嫌いだ……何もかも、奪ってしまうから」

 

「そういえば、あなたのご家族も確か」

 

「妖怪が放った炎で、皆燃えたよ。

 

しばらくの間、炎が駄目でよく幸人達の後ろに隠れて、料理してたっけ」

 

「火を使う料理は皆、私達の担当で、野菜を洗ったり切ったり、食器を洗うのがあなたの担当でしたものね」

 

「今はちゃんと、火を使えるよ」

 

「奈々も料理できるよ!」

 

「はいはい、そうね」

 

「美麗は?」

 

「出来るよ!

 

小さい頃から、晃と天花に教わってるから!」

 

「それじゃあ、秋羅がいなくても安心ね」

 

 

しばらく本棚を見ていると、ある一冊が目に留まった。美麗は、その本を手に取り慎重にページを開いた。そこには、掠れた字で男女の名前が書いてあった。

 

 

「美麗、何か見つかったの?」

 

「何か本に、字が書いてる」

 

「字?

 

何て書いてあんの?」

 

「うんとね……

 

 

『ほなみ……こう』」

「ハーイ、そこまで!」

 

 

前から保奈美は、美麗から本を取り上げた。

 

 

「これ以上は読まなくて良い」

 

「アーン。まだ読んでたのにー!」

 

「2人共、隣の部屋を見てきて頂戴」

 

「ママ達は?」

 

「もう少し調べたら、行くよ」

 

「分かった。

 

美麗、行こう!」

 

「うん」

 

 

2人は部屋を出ていった。

 

出て行った後保奈美は、ソッと本の表紙を開き、中を見た。そこには確かに、『ほなみ・こういち』と書かれており、2人の名前の間に線が一本引いていた。

 

 

「……」

 

「保奈美、こういちの事好きだったんだね」

 

「!!

 

そ、そんなんじゃ!」

 

「恋なんて、個人の勝手だよ」

 

「葵!!」

 

「怒らない怒らない。

 

顔、真っ赤だよ」

 

「もう!!からかわないで頂戴!」




『ここは確かに安全だよ。

けど、いつかは襲われる』

『それは百も承知しています。

しかし、手を貸せるのは祓い屋達だけです』

『……残っていた書物には、こう書かれていました。










禁忌を犯したぬらりひょん、地獄の底から地上に蘇りし時は、9人の祓い屋の命を持って、これを鎮めよ』


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アスル・ロサ

巨木に集まる幸人達……


「なーんも、手掛かり無し」

「当たり前だ。

12年前に焼け落ちているんだ」

「過去に戻って、調べてぇ……」

「無理言うな」

「……

そういや、この木まだ残ってたんだな」

「みたいだな。

遊具も、当時のままだ」


草が絡み錆付いている遊具で、奈々と美麗は遊んでいた。彼女達の傍で、エルと紅蓮は見張るようにして移動しており、それを見た保奈美は、少々呆れながら彼女達を止めに行った。


「ガキは呑気で良いよなぁ」

「そう言うあなたも、顔に余裕がありますね?」

「何だと」

「ほら、喧嘩しない。

マリウス、喧嘩売らない」

「僕は喧嘩売ってません」

「アンタのその言い方が、喧嘩を売ってるの!

ガキ大将だった太蔵にもそうやって喧嘩売って、いつも私が止めたんじゃない」

「あのゴリラが勝手に怒って、理不尽な言い掛かりを付けて殴ってきたんです」

「あのね!!」

「兄妹喧嘩は底までにしとけ」

「そうだそうだ。

30過ぎて、何喧嘩してんだ」

「兄妹じゃないわよ!!」
「兄妹じゃありません!!」


「しかし、これだけ探しても無いとなると……

 

この手紙は、一体誰が」

 

「他の卒業生が送ったとか?」

 

「真っ先思い、卒業生を徹底的に調査し発見し手紙について聞いたが、そんな手紙は送っていないとのことだ」

 

「ありゃりゃ……」

 

 

「ねぇ、院長室ってどこ?」

 

 

甘えてくるエルの頭を撫でながら、美麗は誰振り構わず聞いた。

 

 

「院長室?」

 

「さっき調べた建物の1階よ。

 

確か、玄関から入って角を右に曲がった、奥の部屋がそうよ」

 

「分かった。ありがとう!」

 

 

エルの頬と嘴を撫で彼等から離れると、美麗は建物の方へと駆けて行った。

 

 

「おい、美麗!」

 

「どこ行くんだ!」

 

「屋敷!」

 

「もっと詳しく言え!」

 

「呼び止める暇があるなら、追い駆けるぞ」

 

「だな……あ~、面倒臭ぇ」

 

「秋羅達は、ここで待機」

 

「あ、あぁ」

 

「言っとくが、大地達もだからな」

 

「何でよ!!」

 

「美麗の奴が怖がるから、一生傍に来るな」

 

「言い方!!」

 

 

焼けた施設の中へ入り、焼け落ちた木材があちこちに落ちている部屋に、美麗は入った。

 

 

「えっと……」

 

 

黒くなった机を動かし、美麗は床を手探りした。そこへ幸人達が辿り着き、何かを探る彼女を幸人は掴み上げた。

 

 

「やっと捕まえた」

 

「ん?」

 

「“ん?”じゃねぇよ」

 

「何探してんの?」

 

「地下室の入り口!」

 

「地下室?」

 

「こんな部屋に、そんなのあるわけ」

「昔、晃が入って行くの見たんだもん!」

 

「!?」

 

「美麗、それ本当?」

 

「本当!

 

この机の辺りで、2人が下に行くのが見えて……」

 

「それで地下室か……

 

 

まぁ、噂にはあったけどな。

 

院長室に、秘密の部屋があるって」

 

「それ、僕も聞いたよ。

 

でも、誰も院長室に真面に入ったことが無いから、本当かどうかは……?」

 

 

床を探っていた葵は、何か気付いたのか床を指でなぞった。

 

 

「葵、どうかしたか?」

 

「ここの床だけ……妙な一本線が」

 

「……水影、ちょっと良いか」

 

「うん」

 

 

携帯用の灯りを照らしながら、創一郞は地面を調べた。調べていくと、金具が見つかり彼はその取っ手を引き上げた。

 

 

線が引かれた部分の板が、取っ手と共に上がり大人一人が入れる穴が、そこから現れ出た。

 

 

「地下室だ!」

 

「本当にあったとは……」

 

「数十年の時を得て、知るとはな」

 

 

幸人から降ろされた美麗は、葵が開けた隙間に入り、穴を覗き込んだ。

 

 

「……!

 

 

灯りだ!」

 

「!?」

 

 

彼等が驚いている間に、美麗は穴へ飛び込んだ。

 

 

「美麗!!

 

ったく、ジッとしていられないのか!あのガキは!」

 

「葵、ロープを頼む。上へ上がる際、必要になる」

 

「分かった」

 

「保奈美はここで待機しててくれ」

 

「え、えぇ」

 

「陽介、行くぞ」

 

 

幸人が先に穴へと飛び込み、彼に続いて陽介、創一郞、迦楼羅と飛び込んでいった。

 

 

 

先に穴の中へ降りた美麗は、携帯用のライトを点け辺りを照らした。道を見付けると、彼女はその先を歩いて行った。

 

歩いている最中、ふと昔の記憶が蘇った……

 

 

 

 

『あら、この子……』

 

『美麗……

 

仕様が無いなぁ。ほら、おいで』

 

 

小さかった彼女を、晃は抱き上げ抱っこした。一緒にいた院長は、不意に彼に質問した。

 

 

『お嬢さん、お年は?』

 

『もうじき、7歳です』

 

『それでは、学校の手配は?』

 

『無理ですよ。

 

 

この子、僕の傍から離れられないんです』

 

『大丈夫ですよ。初めは皆』

『皆と違うんです……

 

 

傍を離れれば、大泣きです。手が付けられないほどに暴れて』

 

『しかし、それでは』

 

『大丈夫ですよ。

 

 

僕が、責任を持ってゆっくりとこの子を育てていくつもりです。

 

僕はこの事同じくらい、長く生きられますから』

 

 

抱かれ自身にしがみつく幼い美麗を、晃は愛おしそうに抱き締め頭を撫でた。

 

 

 

それを思い出した美麗は、自身の頭に手を置いた。

 

 

(……晃、今どこにいるんだろう。

 

 

ちゃんと、ご飯食べてるのかな)

 

 

灯りを先の道に照らしながら、美麗は奥へと進んでいった。

 

 

美麗が奥へ行った頃、幸人達は穴の中へ降りていた。

 

 

「本当に地下室があったんだな……」

 

「院長の部屋は、一部の人しか入れなかったからな」

 

「そういえば、悪戯で入ろうとしたらクッソ怒られたっけなぁ」

 

「お前はいつも怒られていたもんな」

 

「うっ」

 

「道はあるか?幸人」

 

「奥に続いている。進むぞ」

 

「あぁ」

 

 

各々の灯りを照らしながら、彼等は奥へと進んでいった。

 

 

奥へ歩くと、開けられたドアが一つあり中へ入った。

 

 

「あ!幸人!陽介!」

 

 

中には、部屋を見回す美麗がおり彼女は先に入ってきた幸人の元へ歩み寄った。

 

 

「何だ?この部屋」

 

「灯り追い駆けてきたら、ここに。

 

それより、机の上に本が置いてある」

 

 

彼女が指差す方向には、言う通り机に本が一冊置かれていた。幸人はその本を手に取り、表紙を捲った。

 

 

「何か書いてあるな……」

 

「何て書いてあるんだ?」

 

「……『これを読んでいる方へ。

 

あなたがこの本を取り、読んでいるということは私はもちろん、アスル・ロサはもうこの世にはいないという事ですね』

 

 

迦楼羅、保奈美達を呼べ。秋羅達に見張り任せて。

 

美麗、秋羅の所に戻ってろ」

 

「う、うん」

「わ、分かった」




数分後、保奈美達が部屋へとやって来た。全員が揃ったのを確認すると、幸人は本に書かれている文字を再び読み出した。


「『まず始めに、この施設はぬらりひょんと祓い屋達の手で建てられた、建物です』

「え?ぬらりひょんと?」

「『建てられた理由は、ぬらりひょんの実父と祖父が闇の力に陥っていた。そんな彼等を、祓い屋達は己の力と命を引き換えに、闇に陥ったぬらりひょん達を代々封じていた。


その力を受け継ぐために、この施設には祓い屋になれる素質を持った者達、またその可能性がある者達を育てるための施設だった』」

「つまり、私達は試されていたって事か……」

「『その事を歴代の院長達は、後継者へ伝えていった。

そんなある日、妖怪博士である夜山晃がぬらりひょんの娘を連れて、やって来た』」

「もしかして、美麗のこと?」

「ちょっと待って……

それ書いた人ってまさか……」

「恐らく、美麗が幼少期に訪れたことがあると言っていた時期……100年前の院長の遺書か、又は日記」

「『彼は忠告しに、この施設へやって来た。

その忠告は……




『100年後、ぬらりひょんは別の姿で復活する』」

「……晃は、予知していたの?」

「婆の話だと、晃は不思議な力を持った奴だったらしい」

「予知しても、おかしくない……」

「幸人、続き」

「いや……

ここで、終わってる」

「……ハァ!!?」

「何でよ!!」

「知らねぇよ!!次のページ捲ったら、真っ白なんだよ!」

「何なんだよ!!このクソ院長!!」

「三日坊主か!?」

「死人に怒鳴るな」


“ガタン”


突然何かが落ちた音に、彼等は驚き辺りを見回した。

地面に目を向けると、そこには写真立てが落ちており、陽介はそれを拾った。それは、院長を真ん中に生徒達が写った写真だった。


「……これって……」


落ちてきたであろう棚を見ると、そこには同じような写真が何枚も飾られていた。写真立てから、壁に飾られた写真がいくつもあり、一番端に飾られた写真には、翠達が写っていた。


「アタシ達の写真?

つか、これ卒業した時に取った集合写真ですよ!」

「そうなると、隣のは俺等か……」

「こんなに卒業生がいたのね……」

「皆、祓い屋の素質があった奴等だったのか」

「……?


ねぇ、陽介、幸人」

「ん?」

「何だ」

「この写真、私の見間違いなら良いんだけど……


この写真に写っている、この男女……どっかで見たこと無い?」

「?」


壁に飾られた写真に写る、左腕の無い逞しい体の男と、ウェーブの掛かった髪を下ろした女を水輝は指差した。


「……元帥?この男」

「隣に写ってるの、所長じゃね?」

「……」

「え?

待って……


あの2人、ここの出身だったって事?」

「みたいだな……」

「えー……」

「元帥、この頃から腕が無かったのか」

「だな……」

「なぁ先輩。

何で写真、俺達の代までしかないんだ?」

「?」

「だって、俺達の一つ下の後輩達いたんですよ?

それが何で、そいつ等の写真がないんだ」

「……役目を終わったか。

もしくは、撮る必要が無いと判断したか」

「それはあるかもな」

「あくまでも、祓い屋の跡継ぎを育てるための施設。

俺達が出た時点で、多分もういなかったんだろう。



ここに並べられている写真を見る限り、恐らく祓い屋になる又はなった奴等が写った写真だけが、ここに残っている」

「え?何で分かるの?」

「この写真に写ってる男、多分師匠だ」

「え?!」

「他の写真にも、恐らく歴代の祓い屋達が写っているわ」

「……本当に、祓い屋育成のための施設だったのか」

「……」


並べられた写真達に写る、自分達と歴代の卒業生達……

写っている彼等は、この施設の真実など知らずに育ち、楽しい時を施設で過ごし、そして卒業していった。
自分が、施設へ来た理由など知らずに……


写る彼等の顔は、純粋無垢な笑顔に満ちていた……それは、幸人達の写真の自身達もそうだった。


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土地神

「とりあえず、その書物こっちで調べるから頂戴」

「あぁ」

「何か、パンドラの箱を開いた気分」

「そう言うな」

「となると、美麗の母親はぬらりひょんが生まれる前から、生きていたって事か?」

「いや……

もしかしたら、まだ“祓い屋”という言葉がなかった頃だろう。祓い屋紛いの者がいても、不思議じゃない」

「なるほど」

「ということは……

この日記は、“祓い屋”という言葉が伝わった頃に書かれたって事か」

「だろうな」

「それじゃあ、上へ戻りましょうか。

奈々がそろそろ飽きてる頃」
「ママ!怖い人が来た!!」


涙目になり、そう叫びながら奈々は部屋の戸を勢い良く開けた。


「怖い人って?」

「討伐本部に行った時にいた、片腕のないおじさん!」

「!?」

「元帥が何で!?」

「あと、髪がクルクルした人」

「まさか、所長?」

「何で、2人が」

「すぐに上がるぞ」


垂れているロープを伝い、上へと登った幸人は穴から出た。その部屋にいた梨白が、手を貸し彼を引き上げた。部屋は辺り一面氷付けになっており、幸人は見回りながら驚いた。

 

 

「な、何だ……これ。

 

秋羅、状況説明」

 

「えっと……

 

 

元帥?とあの大地さん達の所長が、その突然ここに来て……二人を見たら、美麗の奴が怯えだして」

 

「怯えてる美麗ちゃんに所長さんが近付いたら、妖気を放っちゃって」

 

「そのまま、外に」

 

「……」

 

「それで、元帥達は?」

 

「アリサと敬が、外に出た美麗を追って……

 

それに合わせて、二人も」

 

 

上がってきた陽介と共に、幸人は外へ出ていった。

 

外へ出ると、所々が氷付けになっておりそれを辿りながら行くと、巨木に彼等はいた。

 

2人の姿に気付いた敬は、奏歌の肩を叩き彼等を指差した。

 

 

「あら、月影」

 

「何やってんだ、アンタは」

 

「水輝達から今まで送って貰っていた資料映像と、前回送られてきた映像に写っていたぬらりひょんの子供が、成長していたように見えてね。

 

確かめたくて、彼女を本部へ連れて行こうとしたんだけど、凄い妖気を発しちゃって」

 

「捕まえるだけで、一苦労だ」

 

 

美麗の片手を掴み引きずりながら、元帥は二人の元へ歩み寄った。

 

 

「ら、乱暴にしない方が」

 

「貴様は黙っていろ、土影の弟子」

 

「は、はい……」

 

「元帥、その子の手を離して下さい。

 

痛がっています」

 

「こうでもしないと逃げるだろう」

 

「俺が捕まえときます。

 

早く離さないと、ここいら一帯が消えますよ」

 

「……」

 

 

スッと手を離す元帥……離された美麗は、すぐに腕を引き幸人の元へ駆け寄ると、彼にしがみついた。

 

 

「やはり、貴様には懐くか……

 

 

本部にいた頃も、そうだったな。弱っている妖怪は、必ず貴様に懐き、貴様が窮地に陥ると真っ先に助けに来ていた」

 

「……」

 

「大空大佐もそうだったな」

 

「はい」

 

「して元帥。

 

何故、このような場所へ霧岬所長と?」

 

「私達の元へ、この手紙が届いたからだ」

 

 

そう言って、2人は幸人達が貰ったあの青い手紙を出し彼等に見せた。

 

 

「先生のと同じ手紙……」

 

「これが届き、仕事がある程度片付いたから、岬と来た」

 

「み、みさき?」

 

「霧岬所長の事だ」

 

「失礼。長い付き合いでな」

 

「約30年前、私は元帥とこの施設を卒業した。

 

 

元々、一二を争う仲でね。私が研究員となり、彼が討伐隊に入隊した」

 

「手紙は誰かからか、分かっていますか?」

 

「いや、分からない。

 

ここへ来れば、出した本人が来ているだろうと思ったが……」

 

「的外れだったみたいね」

 

「……」

 

「さて、長居しても無駄だ。

 

 

早く、そのぬらりひょんの子供……美麗を渡せ」

 

「無理だ。

 

この状態を見て、それ言うか?」

 

 

「必要な検査なら、私達の所でやる」

 

 

そう言って、暗輝と水輝が幸人達の元へ辿り着き、彼等の隣に立った。

 

 

「あらいいの?

 

あなた達にはあなた達の仕事があるのに」

 

「別に。どうせ仕事の合間にやるだけ何で、負担にもなりませんよ」

 

「物好きね。

 

あなた達と良い龍輝と良い、何故そうまでして妖怪の味方になる」

 

「俺も妹も親父も、考えが一緒だからですよ。

 

妖怪と人は、また共存することが出来るって」

 

 

しがみついている美麗の頭を、2人は交代に撫でた。

 

 

 

『やはり、手紙を出せば人は来るものだな?』

 

 

どこからか聞こえる声に、幸人達は辺りを見回した。

 

すると、エルの背中に乗るようにして、声の主が現れ出た。

 

 

そこには、幼女の姿に赤い着物に青い帯を締め、肩下まで伸ばした髪を下ろした者が、悪戯笑みを浮かべながら幸人達を見ていた。

 

 

「だ、誰だ?」

 

「妖怪か?」

 

『妾はこの土地の神だ』

 

「土地神?」

 

『そうだ。

 

 

大きくなったな?ぬらりひょんの娘。

 

やはり、ぬらりひょんだけあって、容姿と妖気は父親譲りだな』

 

「……誰?」

 

『覚えていないのも無理はないか。

 

最後に会ったのは、お主が産まれた頃だったからな』

 

「それで、何で俺等をここへ呼んだんだ?」

 

『お主達に知って貰いたかったからさ。

 

読んだんだろ?あの日記を』

 

「まぁ……」

 

「一応……」

 

「なぁに?日記って」

 

「こっちの話だ。

 

 

来たか」

 

 

巨木へ集まる葵達……駆け付けてきた秋羅に、幸人は美麗を渡し、後ろに下がるように言うと、前を向き土地神を見た。

 

 

『これで全員揃ったという訳か……

 

 

お主等をここへ呼んだのは、ある者を消して欲しいからだ』

 

「何を偉そうに」

 

『偉そうに?

 

 

では、問う。

 

一体、誰のせいでこの世界がこんなにも乱れているんだ?』

 

「っ……」

 

『昔は妖と人は共存し合い、互いの領域を弁えていた。だが、ある日を境にその秩序は乱れ、今の形になっている。違うか?』

 

「それは……」

 

「迦楼羅、少し黙ってろ」

 

「はいぃ……」

 

『お主等に見せてやろう……

 

 

この地で、大昔何が起きたのかを……』

 

 

突如、辺りが暗転した……怖くなった奈々は、すぐに保奈美の元へ駆け寄り、くっついた。

 

 

「な、何だ?」

 

 

暗闇が消え、辺りは巨木以外何もない草っ原が広がっていた。

 

 

「ここって……」

 

『ここは、アスル・ロサが建つ前の所だ』

 

「建つ前って……あら?」

 

 

草っ原に現れる一人の男……白い短髪に、青い目をした男は地面へ座った。

 

 

 

「この人って……」

 

『初代ぬらりひょんだ。

 

 

美麗の曾祖父さんだ』

 

「へー……だってさ、美麗…!?」

 

 

自身に抱き着いていた美麗の姿がないことに、秋羅は気付いた。

 

 

「み、美麗がいない!!」

 

「何!?」

 

「元帥と所長もいない!!」

 

「嘘!?」

 

「水輝達もいねぇぞ!!」

 

『邪魔者は、別のものを見せている。

 

心配するな』

 

「別のものって……」

 

『そうだなぁ……お主等人で言う、思い出…とでも言っておこう』

 

「思い出……」

 

『さぁ、このまま見てもらおう。

 

初代ぬらりひょんと、お主等祓い屋の歴史を』



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追憶

『美麗……』


懐かしい声……美麗はスッと目を開けた。

彼女がいた場所は、晃と自身の家だった。庭には、彩りの花が咲き乱れ、その奥に生えている桜の木から下がったブランコに、幼い自分が座っていた。すぐ近くには、実った野菜を収穫する、晃の姿があった。


「あ!晃ー!」


駆け寄ったが、美麗は彼を通り抜けた。


「……あれ?

何で?」


自身に気付いていない晃は、ブランコに座る幼い自分の元へ歩み寄ると、伸ばしてきた彼女の手を握り家の中へと入った。


「……そういえば、晃がよく言ってなぁ。


小さい頃、私は片時も目を離せなかったって。




あれ?そういえば、秋羅達は……」


『今映っているのは、お主の追憶だ』


現れる土地神……美麗は、半透明の姿で現れた土地神を、不思議そうに見た。


「追憶って……私の記憶?」

『そうだ。

しばらく、思い出に浸っていろ。こっちはこっちで、説明しなければならないのだからな』


そう言って、土地神は姿を消した。

暗かった周りが明るくなり、そこは家の中だった。食卓に座っている幼い自分は絵を描き、その向かいの席で晃は、書物を読みながら何かを書いていた。


「……




晃」


地面に座った男は、笛を奏でた。その音は森全体に響き渡り、やがて茂みから動物や妖怪達が姿を現し、彼の元へ歩み寄っていった。

 

 

『初代ぬらりひょんは、物静かな奴でな。

 

 

ああやって、いつも一人で笛を奏でていた』

 

「綺麗な音色……」

 

「何か、竜の里で聞いたあの歌に似ているなぁ……」

 

『幾年もの月日が流れていき、やがてぬらりひょんは多くの妖怪を率いて人里へと、降りた。

 

これが、人と妖が出会った瞬間とでも言える』

 

 

ぬらりひょんを前に、背後に立つ無数の妖怪達。その中には、今まで会ったことのある妖怪の先祖が、数多くいた。その中には、今と姿が変わらない天狐と幼い地狐が彼の隣に立っていた。

 

 

「あれって……天狐?」

 

「あの狐女、こんな昔からいたのか」

 

『何だ?天狐に会ったのか?

 

天狐は、ぬらりひょんや他の妖怪達がが生まれる前から、この地に住んでおる妖狐だ』

 

「どんだけ長生きなんだよ……こいつ」

 

『ざっと千年は生きている』

 

「スゲェ」

 

『やがて、このぬりひょんは恋した雪女と結ばれ、子を宿した。

 

 

それが、二代目ぬらりひょんであり、美麗の祖父だ』

 

「雪女と結婚したの!?初代ぬらりひょん!!」

 

『そうだが?』

 

「美麗が氷系統の技が得意なのは、曾祖母からの受け売りなのね……」

 

 

幸せに満ちた表情をする、ぬらりひょんと雪女。母親に抱かれた子供は、無邪気に笑っていた。彼等を見守るようにして、妖怪達が周辺に集まっていた。

 

 

「美麗のお祖父ちゃん、何か幸せそう……」

 

『この幸せが長く続けばいいと、ずっと思っていた……だが、そう簡単には続かなかった』

 

 

突然と暗くなる周囲……再び照らされた場所には、血塗れになった妻が、我が子を守るようにして倒れていた。

 

 

「……え」

 

「どういうこと……」

 

『この近くにある村の者が、彼等に恐れを乱して初代ぬらりひょんの妻と子を殺したんだ。だが、幸運な事に、二代目は傷を負っていたものの、命に別条はなかった。

 

 

最愛の妻を殺されたぬらりひょんは、怒りで我を失い…そして』

 

 

黒いオーラに包まれる初代ぬらりひょん……彼は、禍々しい妖気を放ちながら村へ赴き、自身の姿に怯え逃げ惑う村人達を、次々と滅多刺しに殺していった。やがて村は、漆黒の炎に包まれ滅びた。

 

自身の家へ戻ってきたぬらりひょん……そこには、かつてのあの温厚な彼はいなかった。

 

 

眠る子供の傍にいた天狐は立ち上がり、涙ながらに彼の頬を引っ叩いた。

 

 

『何やってんだ!!闇の力を使って!!

 

使ったら、もう後戻りは出来ないんだよ!!息子に会えなくなるんだぞ!!』

 

 

何も答えないぬらりひょん……天狐は、悔し涙を流し掌から血が滲み出るほど拳を握った。

 

 

 

『これが、初代ぬらりひょんが闇に染まった瞬間だ……

 

 

間もなくして、彼は子供を置いて忽然と姿を消した。誰にも行先を伝えずに……煙のように、そこから姿を』

 

「子供は……美麗のお祖父ちゃんは?」

 

『二代目ぬらりひょんは、天狐の他に交流のあった妖怪達の手によって、育てられた。

 

 

成長した彼は、まるであの時……若き頃の初代ぬらりひょんとよく似ていた』

 

 

天狐の傍で、寝そべる二代目ぬらりひょんは氷で色々なものを作り、傍にいる妖怪達を楽しませていた。無邪気に笑う顔は、初代ぬらりひょんが見せていた笑顔がそこにあった。

 

 

「凄い幸せそう……」

 

「……あれ?

 

でも、確かぬらりひょんって、大昔祓い屋達の手によって封印されたんじゃ……」

 

『それはまだ、先の話だ。

 

 

やがて、二代目ぬらりひょんは桜の守と恋に落ち、そして子を宿した』

 

「桜……」

 

 

舞い上がる桜の花弁……その中に、二代目ぬらりひょんと妻である桜の守は、自分達の子供を抱いていた。

 

 

「……なぁ、幸人」

 

「?」

 

「あの桜の守、晃に似てないか?」

 

「あ?晃に?」

 

「ほら、顔立ちというか雰囲気というか……

 

何か、こう……」

 

「……気のせいだろう」

 

 

『何年もの月日が流れていき、子供……

 

 

麗桜が、5歳になった頃だった……

 

お主等人間達の中に、祓い屋と呼ばれる前の者達……9つの星から力を貰った者達が、闇に染まった2人のぬらりひょんを封じたのは』

 

「2人って……

 

まさか、美麗の親父さんと祖父さんが」

 

『違う。

 

 

 

 

曾祖父と祖父だ』

 

「?!」

 

 

突如として現れ出た闇に染まった初代ぬらりひょん……彼等を囲うようにして、結界を張る九人の男女。

 

 

 

「どうして!?

 

どうして、二代目が!!」

 

『植え付けていたんだ……

 

 

初代が二代目に、闇の力の種を』

 

「闇の力?」

 

「それって、何なの?」

 

『本来、妖怪の妖力は自然の力から作られている。

 

一部を除いて、自然の中に属しているのは、その為だ。

 

だが、人間が誕生してから事態は変わった……

 

 

 

 

彼等から出る、負の力が自然の力を消してしまった……』

 

「負の力?」

 

「憎しみや妬み、恨みと言ったものだ」

 

「まぁ確かに、この世はそればかりで溢れかえってるもんな」

 

『初代ぬらりひょんは、最愛の妻を殺された人間への恨みと憎しみで、負の力を手に入れてしまった。

 

 

妖怪にとって、負の力……闇の力は、禁忌の力。

 

その力を手に入れたら最後、もう元には戻らぬ』

 

「元には戻らないって……じゃあ」

 

『破壊と殺戮を糧にして、この地を滅ぼす妖怪になる。

 

そして、それを止められるのは、神の領域の力を手に入れた者だけ』

 

「その領域に入ってるのが」

 

「僕達、祓い屋」

 

『そうだ』

 

 

凄まじい光と共に、闇に染まった二人のぬらりひょんは、消滅した……彼等と共に、祓い屋達もそこから塵のように消えていった。

 

 

『9人の祓い屋達の命と引き換えに、ぬらりひょんは封印された……

 

 

残された三代目ぬらりひょん……麗桜は、故郷を離れ放浪の旅へ出た。

 

何十年何百年と、旅を続けた彼の周りには、かつて初代ぬらりひょんと同じように、妖怪達が集まった。そして、彼は人にも恵まれた。

 

きっかけは、困っていた人々に手を差し伸ばし手伝った。それが徐々に広がり、人に恵まれた。やがて、人は妖怪に恋をするようになった。人に限らず、妖怪も人に恋をした』

 

 

広がる妖怪と人間が、和気藹々に時を過ごす風景……

 

産まれた子供を抱え買い物をする家族……

赤い目をした子供達と駆けっこをする人間の子供達……

妖怪とお喋りをする人達……

 

 

「スッゲぇ、幸せそう」

 

「美麗が言ってたな。

 

 

小さい頃、よく妖怪達と一緒に花見をしたって」

 

『長い月日が経った頃だった……

 

 

麗桜に、恋人が出来たのは』

 

 

桜色の長い髪を風に靡かせた美優が、桜の木の下で本を読み、彼女の膝を枕代わりに頭を乗せ、心地良さそうに麗桜は眠っていた。

 

 

『この頃が、一番平和だった……妖怪も人も、誰も争うことも無い、本当に幸せな日々だった。

 

 

だが、幸せというのは、やはり長くは続かないものだ』

 

 

次の追憶へ行こうとした瞬間、閃光弾の様に突然辺りが光り出した。




『生き残ったの、あの2人だけなんですってね』

『可哀想に』

『1人はまだ軽傷だけど、もう1人は左腕を亡くすほどの重傷を負ったそうよ』

『生きてるのが不思議だって言ってたわね』




安心して……私が必ず、あなたの左腕になるから。










絶対に……不自由はさせないから……


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昔の思い出

眩しさに目を閉じていた幸人だったが、何かに気付いたのか目を薄らと開けた。


「!?」


燃え盛るアスル・ロサ……燃えた柱に下敷きとなり、息絶えた教員、生徒達。

その火の中を、誰かが歩いていた。


着流しに身を包み、長い髪を降ろした者……鼻歌を歌いながら、体から黒いオーラを放っていた。その者は、不意に振り返った。


「……は?

何で、テメェが」


再び強烈な光に包まれて、幸人は目を閉じた。


眩しさが消え、ゆっくりと目を開ける幸人達……

 

そこは、元の場所…アスル・ロサだった。

 

 

「も、戻ったのか?」

 

 

『随分と、余計な話をしてくれたな?』

 

 

地面に降り立つ、天狐と地狐。彼等の姿に、土地神はクスッと笑うと、腰下まで伸ばした白髪に、狐の面を頭に着け、浅葱色の着流しに身を包み肩に桜の柄が描かれた羽織りを掛けた男に、姿を変えた。

 

 

「き、狐!?」

 

『やはり、人というのは騙されやすいな?

 

からかいがあって面白い』

 

「何だと!!コラァー!!」

 

「向きにならないで下さい。恥ずかしい」

 

「なっ……」

 

『美麗には、何を見せたんです?』

 

『楽しかった日々……それだけだ』

 

 

そう言って、手を差し伸ばした。すると宙が光り、そこから美麗が落ち、差し伸ばした彼の腕に着地した。

 

 

「……あれ?」

 

 

彼女と同じように所々の宙が光り、そこから水輝達と元帥達が落ちてきた。

 

 

「戻ってきた……みたいだな」

 

「テメェ、何者だ」

 

『小生は、空狐。

 

 

そこにいる、天狐の弟だ』

 

『正確には、双子の弟だ』

 

「マジかよ……」

 

『小生は神に近い存在。

 

崇めてもよいぞ』

 

「いや、それは…(絶対、遠慮したい)」

 

『それで兄君、そろそろ美麗を返して貰えませんか?』

 

 

自身の腕の中で、キョロキョロする美麗を空狐は降ろした。降ろされた彼女は、彼を気にしながらそこから離れ、幸人達の元へ駆けて行った。

 

 

『主達に話したのは真実。

 

 

刻一刻と、その時は迫っている。ゆっくり考えている暇はないぞ?祓い屋達よ』

 

 

そう言って、空狐は白い煙を放ちその場から姿を消した。

 

 

 

『全く、余計な話を』

 

『姉君、顔怖いよ』

 

『黙れ。

 

 

お前等が見たであろう出来事が、この施設がある地で起きた』

 

「……」

 

「何が起きたの?」

 

「ちょっとね」

 

「?」

 

「美麗は何見てたの?」

 

「昔の思い出。

 

スッゴい懐かしかった!

 

 

家で晃達と過ごしてた思い出が、いっぱい流れてね!

 

 

 

でも、何か変な所で途絶えちゃったんだよね」

 

「変な所?

 

それって、どんな所?」

 

「何かね……

 

庭に咲いてた花に、水あげててそしたら……」

 

「そしたら?」

 

「そこで途絶えちゃった」

 

「何それー!めっちゃ中途半端!」

 

 

楽しそうに話す美麗と奈々を見ながら、地狐は天狐に耳打ちをした。

 

 

『本当に、楽しい日々しか見せてないみたいだね』

 

『あぁ……少し冷や汗掻いた』

 

 

 

「楽しいお喋りはそこまでだ」

 

 

立ち上がり、幸人達に歩み寄る元帥と奏歌。2人に、美麗は素早く秋羅の後ろへ隠れた。同時に、走り寄ってきたエルは鳴き声を放ち落ち着きがない行動を取り、紅蓮は唸り声を出し牙を剥き出しにしながら2人を睨んだ。

 

 

「狐に嫌なものを見せられた。

 

 

その代償として……夜山美麗」

 

「?」

 

「即刻、本部へ来なさい」

 

「え?」

 

『どういうつもりだ』

 

「つもりも何も、送られてきたデータを見て以前と容姿がまるで違う。

 

今あるデータを全て書き換えなければならない。その為には、本人が必要だ」

 

「言ってる事が、さっきと違うぞ」

 

「黙れ。こっちは機嫌が悪いんだ。

 

 

雲雀、とっとと連れて来い」

 

「おまけ付きでも良いかしら?」

 

「好きにしろ」

 

 

無線機で何かを話す元帥の元へ、奏歌は歩み寄った。

 

 

『相変わらず、勝手な奴等だ』

 

「全くだ」

 

「まぁ、所長命令だから、ぬらちゃん連れて行くけど……

 

 

付き人、誰連れて行きたい?」

 

「とりあえず、水輝達は絶対だ。この二人じゃないと、テメェ等に検査何ざ無理な話」

 

「へいへい、そうですね」

 

「その次に……

 

天狐、地狐、どっちか行けるか?」

 

『僕が行くよ。姉君は長期間森を離れられないし』

 

「分かった」

 

『頼んだぞ』

 

『了解』

 

「言っとくが、エルと紅蓮は留守番だからな」

 

 

その言葉に、エルは連れて行けと言わんばかりに、幸人の頭を甘噛みした。

 

 

「人の頭を噛むな!!無理なものは無理だ!」

 

「そうそう。

 

エルはともかく、紅蓮が来たら真面な検査ができないからね!」

 

『テメェの頭を、今すぐにでも噛み砕いていいんだぞ?』

 

「やめて!!殺さないで!!」

 

「秋羅、仕事任せていいか?」

 

「べ、別に構わねぇけど……え?幸人、ついていくの?」

 

「当たり前だ。このド変人と変人に、美麗を任せられるか」

 

「俺は正常だ!!」

 

「ちょっと!!変人って何よ!!」

 

 

騒ぐ彼等を見ていた秋羅の服を引っ張り、美麗は不安げな表情で口を開いた。

 

 

「本部に行かなきゃ駄目なの?」

 

「ちょっと検査が必要みたいだからな。

 

大丈夫、幸人達が付いてるし、それに地狐も」

 

「……行きたくない」

 

「え……」

 

「行きたくない。お家帰る」

 

 

寄ってきたエルの頭を撫でながら、美麗は不機嫌顔で言った。

 

その事ににいち早く気付いた幸人は、彼女の様子を見ると言い争っている大地と水輝達の仲裁にするようにして、間に入った。

 

 

「言い争い中、申し訳ないが……

 

大地、元帥達に美麗は体調崩したから連れて行くの無理だって、伝えといてくれ」

 

「ハァ!?」

 

「どういう事?幸人」

 

「本部って聞いて、急にご機嫌斜めに」

 

「……」

 

 

その場に座り込み、不機嫌顔でいる美麗に、エルはただ傍で座り時々嘴を擦り寄せた。

 

 

「あの調子じゃ、絶対に行かない…つか、行けねぇな」

 

「説得しても無駄って事?」

 

「何日かかるか」

 

「……

 

 

分かったわよ。その代わり、水輝と暗輝、やって貰いたいことを説明するから、ちょっと来なさい」

 

「ヘーイ」

「ハイハーイ」

 

「翔、アンタも!」

 

「ウーッス!」

 

 

去って行く4人に、軽く溜息を吐く幸人に葵と保奈美は、彼の肩に手を置いた。

 

 

「お疲れ」

「お疲れ」

 

「さっさと帰って、自分の布団に寝たい」

 

「まぁまぁ、もう少しよ」

 

 

ふと美麗の方を見ると、彼女は狐の姿になっている地狐の尾っぽに、顔を埋め気持ち良さそうに横になっていた。横になる美麗の頭を、天狐は薄らと微笑みながら優しく撫でた。

 

 

「呑気に横になってるし」

 

「気が緩んだんでしょ?

 

元帥と所長がいないから」

 

 

「幸人、この1週間の期間、ミーちゃんを私に貸してくれ」

 

 

手書きで書かれた資料を、突き出しながら水輝は血走った目で、幸人に話した。

 

 

「水輝、顔怖いわよ?」

 

「何だ、この数は……これを全部、調べろって言うのか?」

 

「そうよ。

 

さっき、所長に聞いてそれを水輝達にそのまま伝えたんだから」

 

「所長、マジで顔が怖かったッス……」

 

「連れて行く予定の子が、連れて行けなくなったからね。

 

所長、予定が狂うのが一番嫌いだから」

 

 

八つ当たりなのか、奏歌は元帥に何度も正拳突きを当てており、その突きを彼は右手で対処していた。

 

 

「……ねぇ、あの2人どういう関係?」

 

「同じ施設出身ってだけで、あそこまで親しくなるか?」




夕方……


幸人達と別れた奏歌は、元帥と共に馬車で本部へ向かっていた。


「あーあ、予定が狂ってイライラする」

「相変わらず、細かい女だな」

「アンタが雑なんでしょ」

「ほっとけ」

「煙草、吸うわよ」

「俺にも寄こせ」


ポケットから出した煙草ケースから、煙草を一本取りだした奏歌は火を点けた煙草を、元帥の口に入れた。入れると自分も煙草を加え、火を点け息を吸った。二人同時に煙草を口から取り、煙を吐き出した。


「煙草嫌いだったお前が、煙草を吸う様になるとは……世の中何があるか分からないもんだな」

「吸ってないと、やってられないのよ。

どっかの誰かさんが、次々に仕事を入れてくるんですもの」

「もう音を上げたか?」

「馬鹿にしないで。


アンタの左腕なんだから、これくらいのことで音を上げるわけないでしょ」

「まぁ、そうだな。




寝る。着いたら起こせ」

「了解。お休み」


顔を伏せると、元帥はそのまま寝息を立てて眠ってしまった。落ちかけている、彼のコートを奏歌は掛け直した。


(本当……私と一緒の時だけしか、気を抜かないのね)


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クローンの再来

暖かな日差し外を包み込み、森や草原に春の草花が咲き出した頃。

庭に置かれた鉢植えに咲いた赤い花に、美麗は嬉しそうに水を上げていた。


その時、馬の鳴き声と馬車の音が聞こえ美麗は顔を上げた。馬車から降りてきたのは、陽介と翔だった。


「……あれ?

陽介、何で?」

「幸人達はいるか?」

「秋羅は、単独で任務に。

幸人は、仕事部屋」

「彼をすぐに呼んで来い」

「え……あ、うん」


「そんで、話ってなんだ?」

 

 

大あくびをしながら、幸人は頭を掻いた。キレかけている陽介は、翔から資料を奪うとそれをテーブルの上に叩き付けた。

 

 

「その資料に目を通せ」

 

「……

 

 

 

 

!!?」

 

 

資料に目を通した幸人の顔が、見る見るうちに強張った……読み終えると、しばらく黙った後口を開いた。

 

 

「……事実か?」

 

「数多くの目撃情報が、本部へ来る」

 

 

3人が話をしている間、美麗は庭でエルを洗っていた。洗い終えると、エルは体を激しく揺らし水飛沫を立てた。飛んできた水に、美麗は掛かり軽く頭を振ると甘えてきたエルの頭を撫でてやった。

 

 

「……?」

 

 

何かに気付いた美麗は、ふと顔を上げた……

 

目の前に降り立つ、ぬらりひょん(クローン)。

 

 

彼の姿に固まっていた美麗の前に、エルは立つと威嚇するようにして鳴き声を放ち前足を上げ翼を羽ばたかせた。

 

 

「ん?

 

何か、外騒がしくない?」

 

「?

 

 

!!美麗!!」

 

 

外にいるぬらりひょん(クローン)に気付いた幸人は、戸を勢い良く開け陽介と共に外へ飛び出した。

 

彼女に触れようとしたぬらりひょん(クローン)の足下に、陽介は銃弾を放った。銃弾に驚いた彼は、撃ってきた陽介の方に目を向けた。

 

 

銃声に美麗は驚き耳を塞いだ。その様子を見たぬらりひょん(クローン)は、突然苦しみ出し頭を押さえて叫び出した。

 

 

「な、何だ?!」

 

「先輩、大変ッス!!

 

ここ一体の妖力が一気に上がってる!!」

 

「?!」

 

 

苦しむぬらりひょんから放たれている黒いオーラが近付いてくる幸人に攻撃をし、さらにエルにまで攻撃してきた。

 

 

「エル、逃げて!!」

 

 

逃げるのに戸惑っているエルを、美麗は氷の道を作りそこから逃がした。黒いオーラはエルが出て行ったと同時に、氷の道を壊し彼女を完全に閉じ込めた。

 

 

その時、黒いオーラが彼女目掛けて攻撃してきた。

 

 

「美麗、避けろ!!」

 

 

“パーン”

 

 

彼女の周りに出来た、氷の壁……壁は次々とくるオーラの攻撃を防いでいった。苦しく息切れをするぬらりひょん(クローン)に、突然火の球が飛んできた。球を素早く避けた彼は、黒いオーラを押さえ攻撃をやめた。

 

消え掛かっているオーラを飛び越え、美麗の前に降り立つ紅蓮。氷を消した美麗は、紅蓮の元へ駆け寄り目の前にいるぬらりひょん(クローン)を見た。

 

 

『去れ。ここはテメェがいるような地ではない』

 

『……お前は、俺を知っているのか?』

 

『知っていようといないと、関係ない。

 

こいつに危害を加えるのであれば、早々に立ち去れ』

 

 

紅蓮の体から燃え盛る炎に、ぬらりひょん(クローン)は黒い霧を放ち、それと共に消え去った。

 

消えると、美麗は腰が抜けたかのようにしてその場に座り込んだ。

 

 

「び、ビックリしたぁ……」

 

「何でいきなりあいつが……原因は分かるか?」

 

「あいつが来たと同時に、ここいら一帯の妖力が上がったって事があるくらいで原因までは……」

 

「……とりあえず、中に入ろう。

 

翔、馬達入れるの手伝ってくれ!」

 

「俺、研究員ですよー」

 

「言い訳するなら、テメェの脳天撃ち抜いても良いんだぞ」

 

「手伝いますから、銃口を向けないで下さい」

 

「陽介、美麗頼む」

 

「あぁ」

 

 

走り回っている馬達の元へ、幸人達は駆けて行った。その間に、陽介は美麗を立たせ一緒に家の中へ入った。

 

 

しばらくして、外は雨が降り出した。ザーザーと降る中、水輝と暗輝は幸人達の家へやって来た。2人は彼等から、ぬらりひょん(クローン)の話を聞いた。

 

 

「ぬらりひょんが!?」

 

「あぁ……」

 

「み、ミーちゃんは?!」

 

「自室にいる。

 

まぁ、ちょっと整理付いてないみたいで横になってる」

 

「……」

 

「先輩方は、何故ここへ?」

 

「……テメェの上司から、美麗の一ヶ月の健康状態を送れって命令があってね」

 

「毎日この時間に、それをやりに来てんだよ」

 

 

顔は笑っているが、声が怒りに満ちている2人に翔は素早く陽介の後ろへ隠れた。

 

 

部屋に籠っていた美麗は毛布を頭から被り猫の抱き枕を抱きながら、ボーッと横になっていた。戸をノックする音に目を向け、毛布の中からの外を覗いた。中へ入ってきたのは、水輝達だった。

 

 

「とりあえず、いつも通り診察するから。

 

まぁ、時間は掛かるだろうけど」

 

「分かった。

 

 

美麗、水輝達来たぞ」

 

「……」

 

 

ムクッと起きた美麗は、不機嫌そうな顔で抱き枕を抱きながらこちらを見てきた。

 

 

「スッゲぇご機嫌斜めだな」

 

「さっきの事があってから、ちょっと機嫌がな」

 

「ミーちゃん、検査するよー」

 

「……」

 

 

チラッと水輝を見ると、美麗はプイッと背を向けた。

 

 

「……駄目だこりゃ」

 

「明日に……」

 

「伸ばしたところで、あの所長が許すか?」

 

「ですよねー」

 

「時間が経てば、多少機嫌直るだろう。

 

それまで、待ってろ」

 

「そうするわ」

 

「ミーちゃん、また来るよ」

 

 

パタリと戸が閉まると、美麗は抱き枕を抱いたまま横になった。

 

 

(……あいつ、知ってる……

 

 

でも、分からない)

 

 

『大丈夫。

 

晃と森に行くだけだから』

 

「?」

 

 

聞こえる声……

 

場所が変わり、美麗は見覚えのない部屋にいた。

 

 

窓の隣に置かれたベッドの上に、自分は横になっていた。向かいに机と本棚が置かれ、床には木の玩具やぬいぐるみが転がっていた。

 

 

(……ここ、私の部屋……

 

 

何で)

 

 

床に落ちている狼のぬいぐるみを、美麗は不意に持ち上げた。

 

 

(……これ……

 

 

ママが作ってくれた奴だ)

 

 

その時、外から物音が聞こえ美麗は外へ出た。

 

部屋を出た途端、戸は消えそこは森の入り口付近だった。そこには、美優に抱かれた幼い自分とぬらりひょんと晃が森の前に立ち、ぐずっている幼い自分の頭を交代に撫でていた。

 

 

『そんなに泣かなくても、もう少し大きくなったら連れて行ってあげるよ』

 

『美麗は、大人しく美優さんとお留守番しててね』

 

『ヤー!

 

ミレも行く!』

 

『そう言うなって。

 

美麗は良い子に、ママと一緒にお留守番してて』

 

 

泣く幼い自分の頭を、ぬらりひょんは撫でた。そして、晃と共に森の中へと入って行った。

 

 

「……パパ?」




「……」


目を開ける美麗……元の部屋に置かれたベッドから起き上がり、彼女は部屋を見回した。外はすっかり暗くなり、月明かりが外を照らしていた。


「……」


意を決意したかのようにして、美麗は必要な物をバックに入れると部屋の窓から外へと出た。

外には、さも何かを悟っていたかのように紅蓮が待ち構えていた。


『お前がどこに行きたいか分かってる』

「……あのぬらりひょん、多分パパだよ。


パパは、小っちゃい頃に亡くなってるから覚えてなかった。写真でしか、見たこと無かった」

『とりあえず、確かめに行こう』

「……うん」


髪を結うと、美麗は紅蓮の背中に乗りそのまま森の中へと姿を消した。


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追跡

誰だ……

ワカラナイ……


『氷華……

必ず仇は討つ』


『消して許さない……


この恨み、一生消えることは無い』


『ねぇ、母上……父上は、どこに行ったの?』

『すぐに帰ってくるわ。

それまで、待ちましょう』


『麗桜』


大事な人……守らなければ、ならない人……


『僕の……とあなたの……』


『美麗……


この子の名前、それでいいかしら?』


ミレイ……


ミレイ……



ミレイミレイミレイミレイミレイ……




お前は、誰だ……


翌朝……

 

 

帰路を歩く秋羅。すると、背後から討伐隊の馬車が、一台通り過ぎていった。

 

 

「……あれって」

 

 

先を走る馬車が気になり、秋羅は急いで帰った。

 

 

家へ着くと、馬車は門前に止まっていた。馬の世話をする隊員に会釈しながら、秋羅は中へ入った。

 

中には、ソファーに不機嫌に座る奏歌と彼女の隣に座る大地、彼等の後ろに梗介立っていた。

 

 

動かない彼に気付いたのか、向かいのソファーに座っていた幸人が後ろを振り向いてきた。

 

 

「おぉ、帰ったか」

 

「あぁ……

 

なぁ、これどういう状況?梗介達はともかく、何で本部の人が?」

 

「それはな」

「あなたの師匠が、貴重な研究材料を逃がしたのよ」

 

「け、研究材料?」

 

「言い方を考えろ。通じるわけねぇだろうが。

 

 

 

 

美麗がいなくなった」

 

「え……」

 

「今朝、部屋を見に行ったら物家の空になってて……

 

近くを探し回ったが、結局。

 

 

エルは小屋にいたが、紅蓮の姿が無い」

 

「な、何でいきなり……」

 

「恐らく、昨日会ったぬらりひょんが原因かも知れない」

 

「え?どういう事?

 

ぬらりひょんって……」

 

「説明は後だ。話を進める。

 

 

翔から連絡を貰って、速攻捜索隊を出した。すぐに見つかればのいい話だがな」

 

「え…」

 

「まぁ、そうよね。

 

すぐに見つかれば、苦労はしないもの」

 

「ど、どういう事?なぁ、幸人」

 

「考えても見ろ。

 

 

100年間、討伐隊が血眼に探していたんだぞ。

 

その討伐隊が見付けられず、途方に暮れていた時に、闇市で売られているって情報が入ってきたんだ。

 

 

今回、それで見付けられるか?」

 

「……無理に一票」

 

「そういう事だ」

 

「私はまだ仕事がある。

 

陽介、しばらくここに滞在しろ。見付け次第、連絡を寄こせ。元帥には私から話を通しとく」

 

「分かりました」

 

「雲雀、藤風、帰るぞ」

 

「え?俺も?」

 

「当たり前だ。

 

文句でもあるのか?」

 

「……ありません」

 

 

前に止められていた馬車に乗り、4人は去って行った。

 

いなくなると、陽介と幸人は同時に煙草を吸い出した。

 

 

「あ~、ムカつく。

 

何なんだよ、あの態度」

 

「そう怒るな」

 

「そんで、どうするの?

 

ミーちゃん、早く見付けないと討伐隊に取られちゃうよ」

 

「んなモン、百も承知だ。

 

秋羅、そのまま来い」

 

「え?」

 

「水輝、暗輝、小屋の掃除手伝ってくれ」

 

「了解」

「応よ」

 

「イヤイヤイヤ、美麗を探しに」

「先に行っている」

 

 

首根っこを掴み、陽介は秋羅と共に小屋へと行った。2人に続いて、水輝と暗輝も小屋へ行った。

 

しばらくして、身支度を整えた幸人は、小屋の中へ入り手綱を手にしながら口を開いた。

 

 

「……誰もいないな」

 

「あぁ」

 

「え?何、どういう」

 

「盗聴器……

 

仕掛けられている可能性が、高かったからこっちに来たんだよ」

 

「……」

 

「美麗が行くとしたら、恐らく北西の森。

 

だが、討伐隊が出した捜査隊の現状は?」

 

「北西の森を調べたが、美麗は発見されなかった」

 

「と言う、状態だ」

 

「だったら、探しに行っても」

 

「一部は、まだ調べていない」

 

「え?」

 

「北西の森といっても、調べられる場所は限られている。

 

捜査隊が調べたのも、その一部だ」

 

「さらに奥を調べるとなると、所有者の許可が必要になる。それに、噂で奥には昔討伐隊が捕らえていた西洋妖怪が、棲み着いているって聞いた」

 

「……まさかとは思うけど、その奥を」

 

「調べに行く」

 

「許可は?」

 

「たった今、出した。

 

ほら、許可証だ」

 

「応」

 

「……え?!

 

所有者って、陽介さん!?」

 

「北西の森は、曾祖母が若い時に町と山、川を含む全ての土地を買ったんだ。

 

今は俺が引き継ぎ、誰も入れないようにしている」

 

「天花さん、どんだけ金持ちだったんですか……」

 

「その他の詳しい説明は、空の上でする。とっとと乗れ」

 

「陽介さんは、どうするんですか?」

 

「汽車に乗っていく」

 

 

 

とある森に入った幼い兄妹。泣きながら、薄暗い森を歩いていた時、突如妖怪が現れた。2人は泣きながら、逃げ出しその後を妖怪は追い駆けていった。

 

走る2人だが、妹が地面から突き出ていた木の根に引っ掛かり転び、兄は立たせようとしたが、既に妖怪の牙が2人に近付いていた。

 

 

「だ、誰か助けてー!!」

 

 

次の瞬間、妖怪は横へと飛ばされ倒れた。

 

2人の前に降り立つ、紅蓮と美麗……美麗は、2人を立たせ紅蓮の背中へ乗せると、指示を出しそこから離れさせた。立ち上がった妖怪は、咆哮を上げて美麗を睨んできた。彼女は睨み返し、妖気のオーラを放ちながら妖怪を睨んだ。

 

 

「『2人は子供だ。

 

お前の住処を荒らしたのか?

 

 

荒らしていないだろう。襲う必要は無い』」

 

 

禍々しく出るオーラと現れる男の姿に、妖怪は怯みそしてそこから去って行った。

 

妖力を抑えると、深く息を吐きその場に座り込んだ。

 

 

『日に日に、妖力が高まってるな?』

 

 

子供を人里へ送り届けた紅蓮は、美麗の元へ寄りながら頬摺りした。

 

 

「妖魔石が、全然抑えてくれない……

 

 

やっぱり、あいつに会わないと駄目なのかな」

 

 

ふと首から下げていた黒曜石のペンダントを、美麗は持ち上げ手に取った。

 

 

「……先急ごう」

 

『あぁ』

 

 

紅蓮の背中へ乗り、美麗は森の奥へと姿を消した。

 

 

 

人は嫌いだ。必ず争いをする、そして住処を奪う。

 

人というのは、良いな。少し、気に入った。

 

 

やはり……人は……嫌いだ……

 

 

必ず……必ず、人を滅ぼす!この命尽きようと、この身が闇に蝕まれようと!!

 

 

こんな事して、あいつが喜ぶとでも言うのか!!

 

 

天狐、母様と父様はどこに行ったの?

 

 

その内、帰ってくるさ。

 

 

自分だけでなく、息子にまで……何という、愚かなことを。

 

 

天狐、泣かないで。

 

私の子供……ううん……

 

 

私の孫が、必ず彼等を救ってくれるわ。

 

 

桜……

 

私は大好きよ、桜。それじゃあ、桜が沢山咲いている所へ行きましょう。

 

 

麗桜さんが……殺された……




ママ、パパはどこに行ったの?

その内、帰ってくるわ。大きな猪と沢山の林檎を持って。


ママの隣で寝んねしたい。

美優さんは病気だから、僕と寝ようね。


早く元気にならないと、パパが心配するよ。

そうね……治さなきゃね……


ママ、お花がいっぱい咲いてるよ!

……美麗



お花……見たいわ……
摘んできてくれない?

うん!

それから……晃を呼んできて頂戴。

ハーイ!
晃ー!ママが来てーって!




ママー!お花、摘んできたよ!

……

ママ?どうしたの?

……

ママ?

美麗、美優さんは眠ってるから……ソッと……!!

晃、ママお花置いてるのに全然、目開けないよ?
前は置いてたら、においで目が覚めたのに……何で?



晃……どうしたの?

何で、目から水を流してるの?

晃?ねぇ、苦しいよ……晃。


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妖狐

秋羅と幸人が北西の森付近の町へ着いたのは、その日の夕方だった。

同時に陽介が、駅に到着し2人と合流した。


「最速スピードで来たつもりが、この時間だ」

「俺も少々権限を使って乗り継いだが、この時間が限界だ」

「俺は、アンタ等の偉大さに驚いた」


新たな器……

 

 

我等の血を引く者……

 

 

その身体、貰い受ける。

 

 

「!!」

 

 

暗い森の中、熊の巣穴で眠っていた美麗は飛び起きた。

 

大量の汗を掻き、美麗は傍で眠っている紅蓮に抱き着いた。抱き着いてきた彼女に、彼はスッと目を開けた。そして自身の胴に顔を埋める美麗の頬を、鼻で撫でると頬を舐めた。

 

 

『怖い夢でも見たか?』

 

「……知らない声が聞こえてきて……私の身体を貰うって」

 

『……』

 

「もう平気……大丈夫」

 

 

そう言いながら、美麗は眠りに付いた。眠った彼女の頬を、紅蓮は舐めると尾を体に置きそのまま自身も眠りに付いた。

 

 

 

翌朝……

 

泊まった宿を後に、幸人達は森の中へ入っていた。しばらく森の中を歩いていると、森を抜け桜の木であろう木々が生い茂る広場へ出て来た。

 

 

「何だ……この場所」

 

 

不意に吹く風……地に咲き誇る夏の草花が揺らぎ、花弁を舞い上がらせた。その花弁を目で追うと、置かれている岩の上で身体から禍々しい黒いオーラを放ちながら、ぬらりひょん(クローン)がもがき苦しんでいた。

 

 

「ビンゴだな」

 

「だけど、美麗がいない」

 

「その内……?

 

 

!!

 

避けろ!!」

 

 

幸人の怒鳴り声に、2人はすぐにそこから離れた。突如として、放たれ暴れる黒いオーラ。オーラは、幸人達を攻撃するようにして、槍のように次々と地面へ突き刺さった。

 

 

「氷壁!!」

 

 

次の攻撃が来る瞬間、彼等の前に現れた氷の壁が、その攻撃を防いだ。氷の壁の前に、美麗と紅蓮は降り立った。

 

 

「美麗!」

「紅蓮!」

 

 

紅蓮から降りた美麗は、駆け寄ってきた幸人達の方を見た。

 

 

「ごめん……どうしても、調べたくて」

 

「話は後で聞く。

 

それより、怪我は無さそうだな」

 

「うん、平気。ずっと紅蓮が守ってくれてたから」

 

「そうか」

 

「話はここまでにして、奴をどうするか」

「陽介、待って!」

 

「?」

 

「あれ、クローンなんかじゃない」

 

「?」

 

「どういう事?」

 

 

氷の壁の一部を溶かし、美麗はぬらりひょん(クローン)の元へ歩み寄った。彼は彼女の姿を見た途端、攻撃を止め寄ってくる美麗をジッと見つめた。

 

 

(誰だ……分からない……

 

 

けど……襲っては駄目……傷付けちゃ駄目……

 

 

誰だ……誰だ)

 

 

再び苦しみ出したぬらりひょん(クローン)は、地面に膝を付き、頭を抑えながら地面を叩いた。

 

近付いた美麗は、握っていた黒曜石のペンダントをぬらりひょん(クローン)の手に握らせた。

 

 

『!!』

 

 

何かを思い出したのか、ぬらりひょん(クローン)は、ハッと顔を上げ美麗を見た。

 

 

『……これは』

 

 

『はい、あげる』

 

『黒曜石、よく見付けたね?』

 

『黒狼達に手伝って貰っちゃった』

 

『美優らしい。

 

 

綺麗な紐だね……どうしたの?』

 

『実は……

 

それ、私の髪の毛』

 

『え?髪の毛、切ったの?』

 

『何本か抜いて、束にして紐に。

 

平気よ。すぐに伸びるわ』

 

『でも……』

 

『心配しないで。

 

 

いつでもあなたを守るように、思いを込めたんだから』

 

 

『……美優……

 

 

俺は……』

 

 

 

 

『名前、決まったよ』

 

 

 

 

『美麗。

 

 

あなたと私の娘』

 

 

 

 

『美麗……』

 

 

彼女の名を口にした瞬間、身体に纏っていたオーラが消え、正気に戻ったかのように青い目をしたぬらりひょんは、手を握り涙を流す美麗を見た。

 

 

『……美麗』

 

「パパ……」

 

「美麗!!」

 

「パパ!!」

 

 

飛び付いた美麗を、ぬらりひょん……麗桜はしっかりと受け止め思いっ切り抱き締めた。

 

 

「美麗、ごめん。

 

パパ、すぐにお前のこと」

 

「いい……いい……

 

私だって、すぐにパパのこと分からなかったから」

 

「美麗……こんなに大きくなって」

 

「パパ……会いたかった!」

 

 

2人の光景を見た秋羅達は、驚きの顔を隠せないでいた。

 

 

「クローンじゃなかったって事か?幸人」

 

「……恐らくな」

 

「死んでいなかったという事か……」

 

「けど、何でクローンって……」

 

 

 

 

“バーン”

 

 

「!!」

「パパ!!」

 

 

突然鳴り響く銃声……銃声の方に目を向けると、そこには銃口を向ける、捜索隊の隊員がズラリと囲むようにしてそこにいた。

 

 

「いつの間に!?」

 

「感謝するぞ、月影。

 

 

クローン……

 

 

いや、ぬらりひょんである伊吹麗桜を見付けてくれて」

 

 

銃を持ち現れ出たのは、元帥だった。

 

銃弾……麻酔銃を撃たれた麗桜は、座る美麗の傍に倒れた。倒れたのを確認した捜索隊は、一斉に茂みから出て来ると、彼等の元へ近付いた。

 

 

「嫌だ……駄目……

 

 

駄目ぇぇえ!!」

 

 

叫び声と共に、いくつもの氷の刃が地面から現れ、近付いてくる隊員を攻撃した。

 

 

「流石、麗桜の娘」

 

「元帥、あなたは全て知っていたんですか?」

 

「この日記に書かれていたんだ。

 

 

114年前、総大将ぬらりひょんを手に入れたと」

 

「手に入れた?」

 

「ぬらりひょんは不死身……心臓を貫かれようが八つ裂きにしようが、決して死ぬことは無い。

 

無論、祓い屋達に封印されても身体は亡くなるが、魂だけは生き残る……と」

 

「……まさか、我々がぬらりひょんクローンと呼んでいたあの者は」

 

「察しの通り……

 

 

三代目、ぬらりひょん…伊吹麗桜だ」

 

「!?」

 

 

息を切らす美麗……その時、麗桜の身体から禍々しい黒いオーラが溢れ出てきた。秋羅の傍にいたエルは、手綱を持つ彼に攻撃し、手綱から手を離れさせた。自由になったエルは、翼を羽ばたかせて座り込んでいる美麗を飛びながら銜え、そして勢いを付けて自身の背中へ乗せるとそこから離れさせた。

 

次の瞬間、黒いオーラは近付いていた隊員達を、次々と攻撃していった。

 

 

「麻酔銃が効かないだと!?」

 

「パパ!!」

 

 

美麗の呼びの声に、応答するかのように攻撃するオーラの一つが、彼等目掛けて飛んできた。

 

 

「美麗!!」

『美麗!!』

 

 

“パーン”

 

 

当たる寸前、突然目の前に現れ出た尾っぽ……

 

 

『子供を殺す気か?

 

それとも、こう言うべきか……孫であり息子である彼の子供を』

 

 

9本の尾を揺らす天狐が、黒いオーラを放つ麗桜を睨みながら言った。遅れて、彼女の元へ8本の尾を揺らした地狐、同様9本の尾を揺らした空狐が降り立った。

 

 

「す、凄え……妖狐の勢揃いだ」

 

 

地面へ着地したエルから降りた美麗は、すぐに天狐達の元へ駆け寄った。

 

 

「天狐、あれはパパだよ!だから」

 

『攻撃はしない。

 

それより、下がっていろ。怪我をしたら麗桜が悲しむ』

 

 

寄ってきた地狐の背に乗り、美麗は秋羅達の元へ戻った。地狐は人の姿へ変わると、抱き抱えた彼女を幸人に渡し、そして元の所へ帰った。

 

 

『……やはり、生きていたか……』

 

『昔と変わらない姿だね。麗桜』

 

『祖父と父に、よく似ている』

 

『……だが』

 

『闇に染まってしまったんだね』

 

『闇に染まった妖怪は、この世にいてはならぬ存在』

 

『ここで消えて貰う』

 

 

妖狐達が放つ光線に当たった麗桜は、声を上げながら苦しんだ。

 

 

「パパ!!

 

天狐、止めて!!パパが苦しんで」

『今いるのは、麗桜ではない!』

 

「?!」

 

『息子であり孫である麗桜の身体を乗っ取っている者がいる』

 

『さぁ出て来い。

 

その姿、今こそ見せよ!』

 

 

纏っていた黒いオーラが、空へと上がった。オーラは人の形を作り出すと、粉吹きのように弾けた。

 

 

真っ黒に染まった2人の妖怪……スッと目を開けると、天狐達を睨んだ。

 

睨んできた2人に、3人は狐から人の姿へとなり彼等を見て微笑んだ。

 

 

『……久しいなぁ……』

 

 

 

 

『藤閒』

 

 

 

 

『李桜莉』



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蘇る記憶

黒く染まった藤閒と李桜莉……彼等を、妖狐達は目から涙を流し見詰めていた。

 

 

 

「……天狐達、泣いてる」

 

 

『流石妖狐……何百年経っても、姿は変わらないな』

 

『俺達が、人に封印されて何年経つ?』

 

『500年……いや、それ以上かも知れない』

 

『そんなに……

 

月日が経つのは、やっぱり早いね~。

 

 

 

 

あ……あの子、麗桜の子?』

 

 

李桜莉はそう言いながら、美麗の方に目を向けた。そして、彼女に向けて手を差し伸ばしてきた。すると、幸人と秋羅はまるで何かに操られているようにして美麗の前に立ち、幸人は彼女を抱き寄せ彼を睨んだ。

 

 

『……いつの世も、人はやはり己の都合でしか動かないのだな』

 

『これでは、新たな器が手に入らぬ』

 

『……!?

 

 

月影!!すぐに美麗を連れて、ここから離れろ!!』

『逃しはしない』

 

 

逃げようとした彼等の前に、黒く染まった氷の壁が現れた。その氷の壁は、捜索隊を含む全て者を囲むようにして、立ち揃え逃げ道を消した。

 

 

『新たな器』

 

『我等は、ソナタの身体を貰い受ける』

 

 

突如幸人達の前に、李桜莉が現れ美麗の周辺にいた彼等を全員突き飛ばした。

 

 

「皆!!」

 

『これで邪魔者はいない』

 

『さぁ、その身体我等に』

「嫌だ!!」

 

 

差し伸ばした手を振り払うようにして、強風が吹き彼等の手を攻撃した。少し距離を置いた彼等に、美麗は小太刀を抜き構えた。

 

 

『……反抗するのか?我等先代ぬらりひょんに』

 

「うるさい!!

 

 

私は、誰の物でも無い!!」

 

『……

 

 

ソナタ、記憶を封印されているな?』

 

「え?」

 

『闇の力の源である、その記憶を封じられていれば力は発揮しない』

 

「封印?

 

(……あれ?確か、柊がそんな事)」

 

『……蘇らせてやろう』

 

 

そう言うと、藤閒は美麗の背後へ回り退路を塞いだ。逃げ道を失った彼女の周りに、黒いオーラが上がり彼女を包み込みだした。

 

 

『藤閒!!李桜莉!!止めろ!!

 

そんな事をして、何になる!!』

 

『我等の目的……』

 

『全ての人を、亡き者にすること』

 

『その為には、器が必要なんだ。

 

最も強力な器が』

 

 

美麗の頭を鷲掴みにした李桜莉は、彼女を軽々と持ち上げた。

 

 

『美麗!!』

 

『さぁ、思い出せ。

 

ソナタの過去を!』

 

 

額の模様が見る見るうちに消えていった……暴れていた美麗は、段々と大人しくなっていき、そして目から大量の涙を流し始めた。

 

 

勝ち誇ったかのようにして、微笑む藤閒と李桜莉……だが次の瞬間、彼等の闇を追い払うかのように何かが輝きだした。

 

 

『な、何だ!?』

 

 

地面に振り落とされ倒れる美麗の前に現れたのは、強烈な光を放った美優だった。

 

 

『祓い屋の力、甘く見るな!!』

 

「あ、あれって……」

 

「み、美優…さん?」

 

 

突然苦しみ出した2人は、闇のオーラと共に麗桜の身体へと戻った。すると、周りを囲んでいた氷が溶けた。倒れた彼を、捜索隊はすぐに捕獲し檻の中へと入れた。

 

 

「貴重なデータが取れた。

 

後日、夜山美麗のデータを取りに行く。準備をしておけ」

 

「……」

 

「引き上げろ」

 

 

元帥の掛け声と共に、捜索隊は麗桜が入った檻と共にそこから離れていった。

 

 

 

静まり返る広場……美優は、倒れる美麗を抱き上げ駆け寄ってきた天狐に渡した。渡された彼女は、涙を流し静かに眠っていた。

 

 

『……記憶は恐らく、晃が死んだ部分だけが蘇っている。

 

あの日々の記憶の封印は解かれていないわ』

 

『厳重にしといて、よかったみたいだね。姉君』

 

『あぁ』

 

『私は麗桜の元へ行く。あとは天狐達に任せる』

 

『分かった』

 

『……月影』

 

「?」

 

『娘をお願いします』

 

 

一礼をして、美優は光の粒となり風と共に消えた。

 

 

静かに吹く風……天狐に抱えられた美麗の元へ、エルは駆け寄り心配そうに、嘴で彼女の頬を軽く突っ突いた。

 

 

『エル、止せ』

 

『ひとまず、ここを離れた方が良さそうだね』

 

『あぁ。

 

月影、家まで送る』

 

「頼む」

 

「無論、お前等妖狐達も来るんだろう?」

 

『一応』

 

『記憶を蘇った彼女を、1人にしてはおけないからね』

 

 

白い霧を放ち、地狐達は幸人達を家へ送った。

 

 

家で待っていた水輝と暗輝は、帰ってきた彼等を出迎えるようにして、外へ出てきた。天狐に抱かれている美麗を、水輝は受け取り彼女の部屋へ行きベッドへ寝かせた。

 

 

「さてと、今後どうするかだ」

 

「これから、討伐隊がどう動くか……

 

正直、皆目見当も付かない」

 

「……」

 

「なぁ、天狐。

 

美麗の親父は、何で闇の力を……」

 

『闇の力は伝染しやすいんだ。

 

 

ぬらりひょんは不死身。心臓を貫かれようが八つ裂きにしようが、身体が亡くなろうが、魂だけは生き残る。

 

だが、傷が回復し意識を取り戻した時、記憶障害が起きることが稀にある』

 

「……まさか」

 

『そのまさか。

 

李桜莉は不治の病に掛かった際、闇の住人となっていた藤閒から、闇の力を与えられそして幼い麗桜と妻を残して消えてしまった』

 

『けど、その後すぐに祓い屋達が闇の力と共に2人を封じた。

 

お主達にも見せたであろう?封印された彼等を』

 

「……」

 

『その後は、特に変動も無く平和だった。

 

 

 

 

麗桜が生きていると、風の噂を聞くまではな』

 

「え?」

 

「知ってたのか?」

 

『風の噂だ。

 

ぬらりひょんは不死身。もしかしたら生きているんじゃないかって、噂が流れるようになっていた』

 

『探そうにも、姉君は北西の森の管理。

 

僕は美麗の見張り。どちらにせよ、確かめには行けなかった』

 

「何で?

 

空狐に、頼めば」

 

『小生はその頃、この地にはいなかった。

 

 

天狐の命で、北東へ行っていたのでな』

 

「……」

 

『そして、お前達から聞いたぬらりひょんクローンが逃げ出したと聞いて、すぐに捜索した。

 

だが、どうしても見付けることが出来なかった』

 

『けど、紅蓮から聞くと……会っているみたいだね?彼に』

 

「確かに……

 

初めは、エルが保護されてた村。

次に、竜の里。

そんで、漁師の町」

 

「あとは本部で会った」

 

『まぁ、それだけ会っていれば……消えている記憶が、沸々と蘇るわけだ。

 

 

 

 

美麗の記憶は、晃が死んだ部分だけが蘇っている』

 

「……晃と美麗に、何があったんだ?」




暗い空間を流れるようにして、眠る美麗……

そこに、一筋の光が差し込みその光は人の形となった。


光は晃へとなり、彼は眠る彼女の頭を撫でながら耳元で囁いた。


『姿が見えなくても、僕はずっと君の傍にいるからね』


それだけを伝えると、晃は光の粒となりそこから消えていった。




『次に咲く、あの桜の木の下で、僕は君を待っている。




必ず、君がここへ来ることを……僕は信じている』


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晃の最期

「……晃と美麗に、何があったんだ?」

『話すより、見せた方がよい』


そう言って、空狐は光の玉を出した。するとその光が反射し、部屋が消えある場所へと幸人達は移動した。


「……こ、ここって」

 

 

彼等が着いた場所……そこは桜の木々が咲き誇る、丘だった。

 

 

『志那国の秘境にある、丘だ』

 

「志那国にこんな所が……!

 

 

幸人!あそこ!」

 

 

桜の大木の下に、降り立つグリフォン……そこから、2人の者が降りた。

 

 

『あれが、晃と102年前の美麗だ』

 

「あれが……」

 

「ねぇ、あのグリフォンって」

 

『エルだよ』

 

「……」

 

『エルはね、本部にいた西洋獣妖怪の一匹なんだ』

 

「……え?

 

本部にいたって……

 

 

美麗の奴、本部から逃げ出したんですか?

 

それに……」

 

『……無理矢理、連れて行かれたんだ。

 

本部へ』

 

「!?」

 

『詳しい話は、もう少し時間が経ってからだ』

 

「……そんな事言わないで、全部話せよ!!

 

全部知らなきゃ」

 

“バーン”

 

 

突然響き渡る銃声……幸人達は、すぐに美麗達の方を向いた。

 

胸を銃弾で背後から撃ち抜かれ、そこから血を流しながら晃は倒れた。倒れる彼を、美麗は抱きながらその場に座り込んだ。

 

 

「……だ、誰が撃ったんだ!?」

 

『……

 

 

 

 

分からない』

 

「え?」

 

『ずっと、美麗の記憶を辿った……だが、どうしてもそこだけが、分からないんだ』

 

「……」

 

 

口から血を流した晃は、ゆっくりと口を動かして美麗に何かを伝えた。彼女は晃を抱き締めながら、大量の涙を流した。

 

その時、強風が吹いた。強風に揺られ桜の花弁を舞い上がった。そして、舞い上がった花弁と共に美麗に抱き締められた晃は消えた……花弁は天高く、舞い昇っていった。

 

消えたと同時に美麗は、目から大粒の涙を流し大声で泣き喚いた。

 

 

「……美麗」

 

『晃は、こうして死んだ。

 

 

美麗は、晃の最期を見届けているんだ。

 

本当なら、もっと後に見るはずだった光景を、まだ幼心が残る彼女は……』

 

「……」

 

「目の前で、大事な人が亡くなるくらい辛い事なんて……

 

 

無いよ」

 

 

涙を流す水輝を、暗輝は黙って抱き寄せ肩を擦った。

 

 

 

しばらくした後、そこへ天狐が舞い降りた。泣き喚いていた美麗は、泣き疲れたのか眠っていた。

 

 

『晃が亡くなって数日後、私は彼女を迎えに行った。

 

そして、彼女から本部での記憶と晃達の記憶を全て封じた。次に目覚めた時、何もない無から……始まって欲しかった』

 

 

彼女を抱き上げた天狐は、白い霧を放ちその中へと入り姿を消した。

 

 

 

 

映像はそこで終わり、彼等は自宅へと戻ってきた。

 

 

空狐は光の玉を消し、袖の中へ手をしまった。

 

 

『短いが、これが晃との別れだ』

 

「……」

 

「晃は死んだ後、美麗のことが心配で生まれ変わったって」

 

『まぁ、そうだな。

 

美麗の記憶が無い間だけ。

 

 

蘇ったら、紅蓮の記憶と魂から晃は消える』

 

「そんな……」

 

『紅蓮はね、元々2頭の黒狼だったんだ。

 

晃と美麗がまだ、あの家にいた頃よく遊びに来ていた……

 

 

でも、本部へ連れて行かれた時、邪魔をしたという理由で……』

 

「……殺されたのか」

 

『……

 

 

1頭は駄目だったけど、もう1頭の身体は辛うじて……

 

でも、どうしても土に葬ることが出来なくてね。

 

 

晃の魂を入れて、2頭の黒狼に名付けられていた名前の頭文字を並べて、『紅蓮』と付けた』

 

「……」

 

『……?』

 

 

ふと階段の方に目を向けると、目を擦る美麗がそこに立っていた。

 

 

「美麗」

 

 

階段を降りた美麗は、歩み寄ってきた地狐に抱き上げられ、彼の肩に頭を乗せた。

 

 

『どれ、少し外を歩いてくる。

 

その間に、話すことを話せ』

 

『分かった』

 

 

地狐から美麗を受け取り、空狐は外へ出た。

 

 

『さてと、話を最初に戻す。

 

 

今の美麗は、軽い記憶障害を起こしている。まぁ、時間が経てば元には戻る』

 

「記憶障害って……具体的に?」

 

『晃と別れたあとの記憶が空白なのと、今自分が何故、ここにいるのかと言うものだ。

 

記憶の空白は、明日私達が話す。その経緯で、お前達のことを話す』

 

「分かった」

 

 

その時、陽介の無線機が鳴り彼は失礼と言いながら、対応した。

 

 

「……分かった、伝えておく。

 

貴様は職務に戻れ。ご苦労」

 

「陽介、無線誰から?」

 

「梗介だ。

 

幸人、明日緊急会議を開くため、祓い屋全員本部へ来いとのご命令が下った」

 

「マジかよ……つーか、今から汽車に乗らなきゃ間に合わねぇぞ」

 

「とっとと支度しろ。

 

俺はお前を連れて来いと、元帥から言われた」

 

「相変わらず、忠実犬ですこと」

 

「ウダウダ言ってないで、支度しろ」

 

「ヘイヘイ」

 

 

重い腰を上げた幸人は、面倒臭そうにしながら自室へ入った。

 

 

 

外へ出ていた空狐は、美麗を自身の膝に乗せ地面に座っていた。傍には、紅蓮が寝そべっており空狐は彼の頭を撫でてやった。

 

 

『少しは落ち着いたか?』

 

「……」

 

 

泣いていたのか、目を腫れさせた美麗は涙を拭きながら、軽く頷いた。

 

 

「……晃は、死んだんだよね?」

 

『……あぁ』

 

「……晃に、もう会えないの?」

 

『……』

 

 

何も答えず、空狐は美麗の頭を撫でた。撫でられた彼女は、声を抑えて彼の胸に顔を埋め泣いた。

 

 

『全てを吐け。

 

その方が、心は軽くなる』

 

「……ンデ」

 

『?』

 

「何で、ママもパパも晃も……皆いなくなっちゃうの?」

 

『……』

 

「初めはパパがいなくなって……

 

次にママがいなくなって……

 

 

 

 

会いたい……

 

 

晃に、会いたい」

 

 

声を発しながら、美麗は泣いた。慰めるようにして、紅蓮は彼女の頭を鼻で撫でた。

その泣き声をかき消すようにして、エルは遠くに響くような鳴き声を上げた。



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傷のお見舞い

翌日……


庭に置かれている植木鉢を眺める美麗……
先程、天狐達から話を聞き一応頭では理解しているものの、やはり気持ちの整理が付かないでいた。


そんな彼女の様子を、秋羅は瞬火と窓越しから見ていた。


「……」

『ずっと、ああしているな』

「柊の花だから、少しは気が楽なのかも知れねぇな」


すると、牧場からエルの鳴き声が聞こえてきた。座り込んでいた美麗はスッと立ち上がると、彼女の元へエルが駆け寄ってきた。

エルは彼女の周りを駆け回ると、後ろへ回り銜えると勢いを付けて後ろへ投げ、背中へ乗せると一目散に駆け出し空へ飛んでいった。


『……空の散歩だな』

「ちゃんと、帰って来いよ……」


昼過ぎ……

 

馬車の音と馬の鳴き声に、食器を棚にしまっていた秋羅は、手を止め表へ出た。

 

 

馬車から降り、門に手を掛け開ける蘭丸が、出て来た彼を見て微笑んだ。

 

 

「蘭丸さん!?何で」

 

「妖狐達から話を聞いて、美麗の様子を見に来たんじゃ」

 

「天狐達が?」

 

「ところで、美麗は?」

 

「あぁ、今エルと……!

 

帰ってきました」

 

 

牧場に降り立つエル……エルの背中から降りた美麗は、彼の頬を撫でた。

 

 

「美麗!!」

 

 

秋羅の声に、こちらを向いた美麗は蘭丸に気付いたのか、一気に駆け出し近くまで寄るとそこから勢い良く跳び、彼に飛び付いた。

 

 

「オーオー!

 

元気みたいじゃな?美麗」

 

「空の散歩したから、少し顔色良くなったな!」

 

「お腹空いた!」

 

「分かった分かった。

 

蘭丸さんもどうですか?」

 

「少し、頂くとするかな」

 

「そんじゃあ、すぐに用意します」

 

 

蘭丸の周りを駆け回る美麗に、ホッとしながら秋羅は中へ入り2人も続いて中へ入った。

 

彼等の様子をエルは眺め、中へ入ったのを確認すると頭を軽く振り、他の馬達と牧場を駆け回った。

 

 

 

昼食後……

 

美麗は、ソファーの上で蘭丸の膝に頭を乗せて眠っていた。そんな彼女に、秋羅は毛布を掛け床に落ちていた猫のぬいぐるみを抱かせた。

 

 

「すっかり蘭丸さんに甘えちゃって……」

 

「たまには良いじゃろ」

 

 

気持ち良さそうに眠る美麗の頭を、蘭丸は撫でた。そして撫でながら、口を開いた。

 

 

「……話は、全て妖狐から聞いておる」

 

「……」

 

「その後の美麗の様子はどうじゃ?」

 

「……

 

一応、何となく整理は付いているみたいなんですが……

 

まだ」

 

「そうか……」

 

「あの、蘭丸さんは知ってますか?

 

 

美麗が、何で本部へ連れて来られたか」

 

「……さぁなぁ……

 

 

詳しい話は全て、上層部にしか伝わらなかったからのぉ。

 

ただ、この子が来た頃はずっと大泣きで大暴れじゃった。連れてきた先輩達は大怪我を負い、その事で危険だと判断されて、地下牢に入れられて……

 

 

連絡を受けた儂は、先輩より一足先に本部へ戻り、先輩が任務から帰ってくるまでの間、ずっと面倒を見ておったわい」

 

「そりゃーそうなりますよ……

 

勝手に連れて来られて……」

 

「昔、儂もそう思った。

 

暴れるのも泣き喚くのも、説明無しにここへ連れて来られたのが原因。

 

 

先輩が、何度も返すよう上に訴えたが結局聞く耳を持ってはくれなかった」

 

「……天花さんって、美麗が本部からいなくなった後どうしたんですか?」

 

「しばらくは、妖怪の討伐と人による犯罪の取締をやっておった。

 

その後、同期の男と一緒になりそのまま除隊した。

 

 

最後に会ったのは、先輩のご主人が殉職した葬儀の時だった」

 

「……」

 

「それから、儂も上に立つようになり、先輩と交流が途絶えてしまった。

 

次に会ったのは……

 

 

亡くなった後じゃ」

 

「……そこで、幸人達と?」

 

「あぁ。

 

 

大人しい子達じゃった。葬儀中、涙一つ見せないでジッと下を向いたままじゃった。

 

 

だから、儂が声を掛けた。そしたら2人は、すぐに顔を上げた。

 

葬儀が終わり、親族が部屋から出て行った後、彼等から先輩の色々な話を聞いた。話していく内に、2人は溜めていた何かを吐き出すようにして、泣き出した」

 

「……そりゃ無理ですよ。

 

家族が1人いなくなるって、凄い辛いことですよ……」

 

 

話をしている時、突然強風が吹き窓を叩いた。気になった秋羅は、立ち上がり表へ出た。牧場に降り立つ3頭の竜……走り回っていた馬達は、少し離れ竜達を見詰めていた。

 

 

「あれって……まさか」

 

「ほぉー、ネロか。

 

ん?何じゃ、ネロの奴子供を産んだのか」

 

「はい……って、知ってるんですか?!ネロのこと!」

 

「エルと同じく、地下に閉じ込められていた妖怪の一匹じゃ」

 

「……」

 

「ん~……秋羅?」

 

 

眠い目を擦りながら、美麗は秋羅の元へ歩み寄った。

 

 

「ごめん、起こしちまったか」

 

「誰か来たの?」

 

「ほれ、お前さんにお客さんじゃ」

 

「?

 

 

あ!ネロ!」

 

 

一気に眠気が吹っ飛び、美麗は外へ飛び出しネロの元へ駆け寄り、頭に飛び付いた。

 

 

「妖狐、心の傷を癒やすために行ける者をここへ、来させておるのじゃろ。

 

人で言うならば、見舞いじゃな」

 

「気が利くというか、何というか……」

 

「まぁ、気が紛れるんじゃ。少しは感謝せんとな」

 

 

ネロとしばらくじゃれていると、美麗はエルに乗り彼等と空へ飛んでいった。

 

 

「さて、いない間に馬達を少し走らせるとするか。

 

1頭、借りるぞ」

 

「あ、はい」

 

 

一頭の馬に手綱と鞍を着けると、蘭丸はそれに乗り走らせた。その馬に続いて、他の馬達もついて行った。それを見届けた秋羅は、寄ってきた牛を撫でながら牛の綱を引き小屋の方へ行った。

 

 

 

 

陽が沈む空を飛ぶ美麗とネロ達……ネロの背中に乗っている紅蓮の頭を撫でながら、夕陽を眺めていた。

 

 

『またいつか、会えるよ』

 

 

フッと聞こえる晃の声……無意識に流れ出てきた彼女の涙を、紅蓮は慰めるようにして、頬を舐め擦り寄った。

 

 

『そんな顔してたら、晃の奴が心配するぞ』

 

「……だって」

 

『晃がいつも言ってただろ?

 

例え、死んで消えても魂はいつも、お前の傍にいるって』

 

「……ママみたいに?」

 

『あぁ。

 

現に、美優はいつもお前の傍にいたじゃねぇか』

 

「……

 

 

 

 

また、会えるよね?晃に」

 

『会えるさ』

 

 

紅蓮の言葉に、美麗は微笑み彼を抱き締めた。空を飛ぶエル達は、鳴き声を放ち空一面に響き渡せた。



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幼い子供

数日後……


「ぬらちゃーん!早速検査」
「させるかー!!」


突然飛び込んできた大地に、後ろから暗輝は跳び蹴りを食らわせた。もろに食らった彼は開けてあった裏口から外へ飛び、木の柵に顔面を当てた。


「……な、何なんですか?

一体」

「長期出張で、この変態がこっちに来ることになった」

「マジ…かよ……




ここ泊めるの?」

「泊まらせて貰うわよ!秋ちゃん」


鼻血を止めながら、大地は中へ入ってきた。そこへ、幸人と陽介が到着したのか、銃口を彼に向けながら煙草をの煙を吐いた。


「陽介、俺右目やるわ」

「それじゃあ、俺は左目」

「待て待て待て!!僕チンを殺すな!!」

「この家の中では、この俺が頭だ。

逆らったら、問答無用で銃弾を放つ」

「はい……分かりましたから、その銃口を降ろして下さい」


秋羅が剥いた林檎を食べる美麗は、幸人の隣に座っていた。そんな彼女に、向かいの席に正座した大地は手を合わせながら、様子を窺っていた。

 

 

「ぬらちゃ~ん、林檎食べ終わったら検査」

「嫌だ」

 

「陽君、何とかして~!」

 

「自分でどうにかしろ」

 

「そんな冷たくしないで!」

 

「だから、会議中に言っただろ?

 

美麗の検査は、引き続き水輝と暗輝に任せとけって。それをお前が

 

『心配することないわ!何回も会っているんだから、流石に僕チンに懐くはずよ!』

 

とか言って、強引に来たんだろうが」

 

「幸人達が何回も言っただろ?

 

貴様と翔は、美麗から敵視されているから、例え頼んでも断られると……」

 

「それを聞かねぇ、お前もどうかと思うよ」

 

「そ、それは……

 

って、何知能テストやらせてんのよ!?」

 

 

後ろから水輝に教えて貰いながら、美麗は紙に書かれている問題を、次々に解いていた。

 

 

「本当、2人の言う事は素直に聞くな」

 

「ねぇ、次の問題!」

 

「えーっと、これはね」

 

「水輝!そこ、僕チンの立ち位置!」

 

「欲しければ、自分で取るんだな?じ・ぶ・ん・で!」

 

「キー!!」

 

「終わった!」

 

「よーし、そんじゃあこの問題行ってみよー!」

 

「オォー!」

 

「その問題やるなら、この機械着けて!!」

 

「脳波測ろうとすれば……

 

ミーちゃん、機嫌損ねちゃうよ?」

 

「うぅ……」

 

「そんで、いつまでここにいるんだ?」

 

「ふぇ?」

 

「とっとと帰れ、変人野郎」

 

「ぬらちゃん!!口の利き方!!」

 

「ほらな、効果的だろう?」

 

「ホントだ」

 

「暗輝!ぬらちゃんに変な事教えないで頂戴!!」

 

「林檎ご馳走様!」

 

「ぬらちゃん、早速!」

「ヤーダ!」

 

「ぬらちゃん!」

 

「ぬらじゃないもん。美麗だもん」

 

 

そう言って、美麗は裏口から外へ出た。その後を追い掛けようとした大地を、陽介は首根っこを掴み阻止した。

 

 

「これじゃあ検査が出来ないじゃないの!!」

 

「ギャーギャー騒がしいなぁ」

 

「何?発情期?」

 

「違ぇよ!!」

 

「お!男に戻った」

 

 

「オッスー!幸人!」

 

 

突然玄関の戸を勢い良く開ける音と共に、誰かが中へと入ってきた。リビングへ来たのは、迦楼羅達と保奈美達だった。

 

 

「あら?迦楼羅と火那瑪君に保奈美と奈々ちゃんじゃん。どうかしたの?」

 

「ゲッ……キモいオッサン、いたんだ」

 

「オッサン言うな!!」

 

「何の用だ。一体」

 

「依頼。ちょっと、人手が必要なの」

 

「?」

 

 

 

馬小屋にいるエルの傍で、美麗は紅蓮の毛をブラッシングしていた。

 

 

「うわぁ……毛玉スゴ」

 

『俺もういいから、エルをやってやれ。

 

まだかって、尻尾振ってるぞ』

 

「ホントだ。

 

今やるから、待ってね」

 

 

立ち上がり、箱座りしているエルの毛を美麗は撫でるようにして梳かした。エルは気持ち良さそうに鳴き声を発しながら、美麗の頬を舐めた。

 

 

「エル、くすぐったいよ!」

 

 

笑う美麗に、紅蓮は安堵するように大あくびをしながら、地面に伏せた。

 

 

 

「妖怪退治?

 

それ、本当だろうな?」

 

「本当よ。

 

数が多くて、とても私と奈々だけじゃ駄目だと思って。

 

 

一応、他の皆にも声を掛けたんですが……手を挙げてくれたのが、迦楼羅だけだったので」

 

「迦楼羅以外の祓い屋は?」

 

「他の祓い屋さん達、皆仕事が入ってて無理だって」

 

「それで、こいつか」

 

「どうかしら?引き受けてくれる?」

 

「……まぁ、久し振りの妖怪退治だし、無条件で引き受けてやるよ」

 

「あら、嬉しい」

 

「ヤッター!美麗と一緒だぁ!」

 

「そういえば、美麗は?」

 

「ぬらちゃんなら、お外に行ってるわよ」

 

「なぁ、何でこいつここにいてこんなに不機嫌なんだ?」

 

「緊急会議が終わった直後、あなたと帰ったかと思ったら」

 

「ぬらちゃんの検査しようと思って、来たのに……」

 

「来たのに?」

 

「……ぬらちゃんに、拒否られました」

 

「やっぱりな」

 

「もう、どうして僕チンには懐かないのよ!

 

同じ職に就いてる、水輝や暗輝には懐いてるのに!!」

 

「お前と違って、俺等は毎日のように会ってるから懐かれて当然だ」

 

「そうそう」

 

「水輝なんて、初め変な行為したせいで一時期距離置かれてたもんな」

 

「うっ……」

 

「まぁ、最近は懐くようにはなったみてぇだな?」

 

「変な行為が、収まったからな」

 

「暗輝!!」

 

「じゃあ何?変な行為を直せば、僕チンも懐く」

「懐かない」

 

「何でハッキリ言えるのよ!!」

 

 

その時、裏口から美麗が中へと入ってきた。入ってきた彼女に、大地が近寄ろうとした。その瞬間、彼の頭上に小さな妖怪が落ち彼に攻撃した。

 

 

「あら?妖怪?」

 

「低級霊の妖怪だな」

 

「害は無いの?」

 

「悪戯する程度の妖怪よ。

 

でも不思議ね。祓い屋の家に、すんなり入ってくるなんて」

 

 

頭を抑え蹲る大地を、美麗は無視しながら低級霊の妖怪を肩に乗せ、再び外へ出た。彼女の後を、奈々は追い駆けていった。

 

 

「低級霊の侵入は、美麗が来てからだよ」

 

「え?それって……」

 

「彼女の妖気が、低級霊共のを呼び寄せてるんだ。

 

結界を張っても、美麗の周りには結界なんて無意味みたいでな」

 

「それで、そのままって事か?」

 

「あぁ。

 

別に動物や俺等に攻撃するわけでもないし、害をもたらすような真似も、したことは無い」

 

「そうなの」

 

「妖気を抑えることは、出来ないのか?」

 

「ぬらちゃんの場合、まだ幼い子供だから自分で抑えることができないのよ。

 

でも、妖魔石だっけ?あれで少しは抑えてるけど、やっぱり漏れてるみたいでね」

 

「フーン……」

 

「それで、話戻すが……

 

依頼は、いつからなんだ?」

 

「明日行こう思っているけど、どうかしら?」

 

「だってさ。

 

陽介、お前等は?」

 

「残念だが、俺は本部へ戻って遠征の準備をするから、無理だ」

 

「僕チンは行けますけど!」

 

「幸人、俺等も行って良いか?

 

 

この変態を野放しにしておけない」

 

「あぁ、来い来い」

 

「どうして僕チンを信用してくれないの!!」

 

「信用するわけ無いだろう」

 

「テメェの実験で、何度死にかけたことか」

 

「本当本当」

 

「キー!!」



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昔の同期

馬に乗り、町へと向かう幸人達。


「馬での移動距離に、依頼してきた村があるなんて……」

「今まで、汽車の距離だったからな。

たまには良いんじゃねぇか?」

「馬達も久し振りの遠出だから、大喜びだな」


「美麗待って!早いよ!」


美麗を乗せた紅蓮は獣道をエルと共に走り、その後を奈々は馬に乗って追い駆けていた。


「奈々!こっちに来なさい!馬はそんな所通れないわよ!」

「でも美麗が……あ!美麗!そこ崖!」


崖と言われた箇所を、紅蓮は軽々と下りエルは翼を広げ降り、途中で止まると後ろを向き幸人達を待った。


「流石黒狼……高い段差もへっちゃらてか?」

「何か、小さくなったから……凄い心配」

「初めの頃は、俺等もそうだった……」

「あの蛍の村に行った時は、寿命が縮んだ」

「確かに……」


水飲み場で、水を飲む馬達。その中に、エルと紅蓮も混ざり、飲んでいた。その見張り役として、奈々と美麗、暗輝は外で待ち、幸人達は依頼人の元へ行きそこで話を聞いていた。

 

 

「随分と質素な村だね」

 

「長閑な所で、良いでしょ?」

 

「まぁ、確かに……」

 

 

「どうも、お待たせしました。

 

村長はただいま出ておりまして……私から説明をさせて貰います。

 

 

妖怪が出るようになったのは、先週のことです。それまでは、何事も無く平和に暮らしていたのですが……」

 

「何事も無く?」

 

妖怪に襲われたこと無いのか?この村は」

 

「えぇ、全く。

 

どういう訳か、妖怪の被害に遭ったことはありません」

 

「珍しいわね。妖怪に襲われない村があるなんて」

 

「村に、祓い屋関係の仕事をしている人とか、いますか?」

 

「祓い屋関係……

 

 

あ、1人います。イタコの血を引いている方で……

 

そういえば、その方が来た頃からここを妖怪が襲うことは無くなりました」

 

「そんじゃあ、その人と話をして妖怪退治と行きますか」

 

「だな」

 

「それで、妖怪はどこから現れるの?」

 

「村の奥にある森からです。

 

ちょっと待ってて下さい。地図出しますから」

 

 

 

その頃、外では暗輝が大あくびをしながら、体を伸ばしていた。

 

 

「話長ぇな、あいつ等」

 

「アタシも話聞きたかった。

 

何で秋羅さんと火那瑪さんが聞けて、アタシが聞けないんですか?」

 

「そう言うなって」

 

「幸人達まだぁ?」

 

「もうちょっとだ」

 

 

「あら?

 

もしかして、暗輝君?」

 

 

そう呼ばれ、彼は声がした方に顔を向けた。そこにいたのは、赤い三つ編みに緑色の目をした女性だった。

 

 

「……」

 

「誰?」

 

「やっぱり、暗輝君だ。

 

どうしたの?こんな所に」

 

「い、いや……それは……」

 

「暗輝、顔赤いよ」

 

「少し黙ってろ!」

 

「あら?暗輝君、子供いるの?」

 

「いや、こいつ等は……」

 

「アタシは祓い屋の弟子!

 

美麗は違うけど、この人の子じゃないよ!」

 

「そう」

 

 

「あれ?杏子じゃん!」

 

 

家から出て来た水輝は、女性の姿を見るなりその名を言いながら、彼女の元へ歩み寄った。水輝に続いて、幸人達も家から出て、女性の元へ行った。

 

 

「水輝ちゃん!

 

あれ?もしかして、幸人君に大地君、迦楼羅君に保奈美ちゃん?

 

久し振り!」

 

「杏子、久し振りね」

 

「どうしたの?皆でこんな所に」

 

「仕事でちょっとな」

 

「仕事?」

 

「俺と保奈美、幸人は祓い屋やってるんだよ」

 

「祓い屋!凄ぉい!

 

あれ?でも確か、幸人君は陽介君と一緒に討伐隊に入ったんじゃ」

 

「すぐ辞めた、あんな所」

 

「そうなの……

 

 

陽介君は?元気?」

 

「ピンピンしてる」

 

「ちなみに、僕チンは討伐隊本部の研究員で、水輝と暗輝は人と動物の医者をやっているんだ!」

 

「まぁ、凄い!

 

流石、水輝ちゃんと暗輝君!」

 

 

賑やかに話す幸人達を、秋羅と火那瑪は奈々達の元へ行った。

 

 

「見るからに、師匠達のお知り合いみたいですね」

 

「そうみてぇ……オッと」

 

 

幸人の元へ行こうとした美麗を、秋羅は寸前で抱き上げエルの背中へ乗せた。

 

 

「少し待ってろ」

 

「あいつ、違う」

 

「え?」

 

「何か、違う」

 

「違うって、何が?」

 

「分かんない」

 

 

しばらくして、幸人達は話し終えたのか秋羅達の元へ戻った。馬達の綱を引き、彼等は宿へと向かった。

 

 

「幸人、あの人誰?」

 

「昔の同期だ」

 

「施設にいた頃のな!」

 

「こんな所に住んでるなんて、驚き」

 

「え?何で?」

 

「卒業した後、連絡してなかったから」

 

「フーン」

 

 

後ろを振り返る美麗……そこには、手を振る杏子がいた。

 

 

(……何か、変)

 

 

 

宿へ着いた幸人達は、部屋で村の地図と森の地図を広げ、印を付けていた。

 

 

「さてと、イタコを探す奴と森に罠を仕掛ける奴に分けるぞ」

 

「イタコの方は、いる場所が検討着いているから2人くらいで良いんじゃないの?」

 

「そうだな」

 

「女性の方が話しやすいから、保奈美達で良いんじゃねぇか?」

 

「じゃあ、水輝と美麗も行け」

 

「分かった」

「美麗も森行きたい」

 

「だったら僕チンも」

「おい暗輝、この馬鹿見張っとけ」

 

「了解」

 

「暗輝と変態は、町の聞き込みだ」

 

「ヘーイ」

「何でよ!!」

 

「残った奴等は、森に罠仕掛けるぞ」

 

「ハーイ」

 

「ちょっと幸君!!僕チンがぬらちゃんの傍にいないと、記録が取れないでしょう!!」

 

「俺が取っとくから、安心しとけ」

 

「出来るわけないでしょ!!」

 

「んじゃ、私が行くから。それで安心だろ?」

 

「それも出来ない!!」

 

「うるせぇ。

 

森に行くぞ。保奈美、そっち頼んだぞ」

 

「えぇ。奈々、行くわよ」

 

「ハーイ!」

 

「美麗、行くぞ」

 

「うん!」

 

「幸君!話はまだ!」

 

「オラ、聞き込み行くぞ」

 

「そんなぁ!

 

ぬらちゃん、幸君を説得」

 

 

大地の言葉を無視して、美麗は幸人の後を嬉しそうについて行った。

 

 

「ぬらちゃん……」

 

「行くぞ」

 

「うぅ……」

 

 

 

住所が書かれた紙を頼りに、保奈美は奈々と一緒にイタコの家へ向かっていた。通り掛かる人に聞きながら、2人はようやく家に着いた。

 

 

保奈美は家の扉をノックするが、中から物音一つしなかった。

 

 

「……留守かしら?」

 

「お仕事に行ってるんじゃないの?」

 

「かも知れないわね。

 

別の日に来ましょう」

 

 

帰ろうとした時、人が通り掛かった。保奈美は通り掛かった人の元へ駆け寄り、イタコの家のことを聞いた。

 

 

「え?帰ってない……」

 

「もう、10年くらい前かしら……森へ行ったきり、帰ってきてないのよ。

 

 

奥さんが行方不明になってからは、ずっと旦那さん1人で暮らしてたみたいだけど……

 

今度は旦那さんが、森に行ったきり帰って来ず……今はどうしているか」

 

「それじゃあ、この家は10年間物家の空なの?」

 

「そうよ。

 

でも、最近灯りが点いている時があるから……もしかしたら、帰ってきてるのかも知れないわ」

 

「……」




良い餌……




流石、大将の子供……




あいつ等、邪魔だな……




どうにかして、引き離すか……


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甘えん坊

森の中……


木の幹に、幸人達は札を貼っていた。


「こんなに罠張って、平気か?」

「一応、村長代理から許可は貰っている」

「けどなぁ」

「ほらほら、手が止まってるよ!」

「あ、はい……」

「しかし、この森凄い静かですね。

妖怪が現れ出ても、おかしくないのに」


風でざわつく木々……
動物達の鳴き声に、足音……
鳥が羽ばたく音……


そんな音が、森に響いていた。


「確かに、静かだな」

「妖怪はいっぱいいるよ?」


木に登っていた美麗は、枝に足を絡めぶら下がり、顔をヒョッコリと出した。


「いるって……どこ…

!」


美麗と同じように、木の葉や木の枝に低級霊の妖怪達が、ぶら下がった。


「……」

「ね?いるでしょ?」

「……はい」

「猿みたいにぶら下がるな。すぐ降りろ」

「ハーイ」


枝に座り直り、枝を器用に使いながら美麗は木から降りた。彼女の傍に降りた妖怪達は、足下を走り回ったりエルや紅蓮の背中によじ登ったりと、遊んでいた。


「……低級霊の妖怪というのは、自由奔放ですね」

「こいつ等は、誰の言う事も聞かないよ。

晃が言ってた」

「へー」

「さてと、これくらい貼っとけば良いだろう。

宿に戻るぞ」

「美麗、森で遊ぶ!」

「帰るって言ってんだろ!」

「えぇー!!」

『幸人、俺はラルの所に行ってくる』

「分かった」

「美麗も行く!」

『お前は幸人達といろ。

安全が確認するまでな』

「安全?」

『こっちの話だ』


振り返ると紅蓮は、森の奥へと駆けていった。追い駆けようとした美麗を、エルは銜え自身の背中へと乗せた。


「エルは随分と、小さい子の扱いに慣れていますね?」

「昔から一緒だったみたいだから、小さい美麗の扱いには慣れてんだよ」

「昔から?」

「追々話すよ」

「そろそろ日が暮れるし、早く宿に戻ろう。

暗輝達も戻ってきてる頃だろうし」

「だな。

秋羅、行くぞ」

「あぁ」

「火那瑪ー行くぞー」

「師匠、とっとと歩いて下さい」

「幸人、弟子交換しない?」

「秋羅は火那瑪より、口うるさいぞ」

「うぅ……」


森を抜けると、そこへ昼間に出会った杏子が歩いてきた。

 

 

「あれ?幸人君、こんな所でどうしたの?

 

迦楼羅君も水輝ちゃんも」

 

「仕事でちょっとな」

 

「そういう杏子は?」

 

「私、この近くに住んでいるから……散歩かな?」

 

 

雑談する幸人達……その様子を秋羅達は、遠くから眺めた。

 

 

「まーた、俺達蚊帳の外だな」

 

「ですね。

 

しかしあの女性、妖怪が出ているというのに1人でこんな所まで来るとは……」

 

「怖い物知らずか、ああ見えて強靱か……

 

 

って、美麗?」

 

「秋羅君、あそこ」

 

 

エルに乗っていたはずの美麗がいなくなっており、辺りを見回すと、火那瑪が見付け指差した。彼女は幸人の元へ駆け寄ると、後ろから彼の腕に飛び付いた。

 

 

飛び付いてきた美麗に、杏子は目を向けた。

 

 

「この子、確か暗輝君と一緒にいた……」

 

「幸人が討伐隊本部から預かってる子供だよ」

 

「子供?討伐隊は何で……」

 

「色々事情があるんだよ」

 

 

杏子を見詰める美麗……目が合うとすぐに逸らし、幸人の後ろへ隠れた。

 

 

「今日はもう遅ぇから、また後日仕事終わったら話そうぜ」

 

「えぇ」

 

「じゃあな」

 

「またね」

 

 

別れを告げ、幸人達は歩いた。幸人の服の裾を握りながら、美麗はチラッと後ろを見た。手を振っていた杏子は、振るのを止めると振り返り向こうへ歩いて行った。

 

 

「……」

 

「ミーちゃん、どうかした?」

 

「……何でも無い」

 

「?」

 

 

美麗の行為を不思議に思いながら、水輝は歩いた。幸人の隣を歩いていた迦楼羅は、彼に近付き小声で話し掛けてきた。

 

 

「幸人」

 

「……調べる必要がある。

 

結果が出るまで、誰にも言うな」

 

「あいよー」

 

 

 

 

夜……

 

森の地図を広げ、そこに印を付けながら幸人は話した。

 

 

「この印を付けた箇所に、罠を仕掛けた。

 

人間に効かない、妖怪だけに効く罠だ。通ればそいつを捕まるようになっている」

 

「意外に簡単ね。

 

捕まったと同時に、殺しちゃえば良いのに」

 

「殺さずに捕獲。これは鉄則よ」

 

「だそうなんで」

 

「あらあら」

 

「保奈美達の方は?

 

イタコには会えたのか?」

 

「それが……」

 

 

保奈美はイタコの家が留守だったこと、通り掛かった人に聞いたら、10年前にいなくなった事を話した。

 

 

「行方不明ねぇ……」

 

「けど、帰ってきてるって話なのよね?そのイタコ」

 

「まだ見てないから分からないけど、夜は灯りが点いているから恐らくそうだろうって」

 

「そうか……

 

暗輝、そっちは?」

 

「妖怪に関しては、前は襲われたことあったみたいだが、どういう訳か30年前からパッタリと襲われなくなったらしい」

 

「それ以外は」

 

「あとは……

 

行方不明になったイタコが、村長と掛け合って森を出入りするのを禁止したってくらいかな。

 

 

大地、そっちは?」

 

「何もございませーん」

 

「何拗ねてんだよ」

 

「だってー、ぬらちゃんの検査出来ないんだもん」

 

「あのなぁ」

 

「せめて脳波だけでも測らせてよ!

 

じゃないと、所長に怒られちゃう!」

 

「知らねぇよ。

 

美麗が嫌がってんだから、仕様がねぇだろう」

 

「そこを何とか説得して!」

 

 

土下座する大地に、幸人達は軽く溜息を吐いた。

 

 

 

「これなーに?」

 

 

コードとテープを手で触りながら、美麗は水輝に質問した。彼女は機械の電源を入れながら、答えた。

 

 

「ミーちゃんの脳波を測る物だよ」

 

「フーン」

 

「ほら、それ貸せ」

 

「これどうするの?」

 

「お前の頭に着けるんだ。ジッとしてろ」

 

 

椅子に座る美麗の頭に、暗輝はコードを額に貼った。大人しくしている彼女を、大地は悔しそうに見ていた。

 

 

「何で……何で僕チンの言う事は聞かないで、2人の言う事は」

 

「最初の無理矢理注射を、根に持ってんだよ」

 

「だったら、水輝達は」

 

「あいつ等は、何もしてない。

 

水輝はいきなり抱き着いたけど、まぁ時間が解決したな」

 

「やはり、泊まり込む必要が」

「脳天ぶち抜くぞ」

 

「大地、悔しがってねぇでこれ見ろ。

 

お前が測りたいって言ったんだろう?」

 

「そうですけど……」

 

 

覗き見ていた大地が姿を現した瞬間、美麗はすぐに水輝の後ろへ隠れた。

 

 

「ぬ、ぬらちゃん……何もしないから、出て」

「嫌!」

 

「……」

 

「相当ダメージ食らったな?こいつ」

 

「固まってるよ」

 

 

大あくびをした美麗は、眠いのか目を擦りながら水輝の服の裾を握った。

 

 

「眠くなったみたいだな……

 

水輝、頼んで良いか?」

 

「良いよ」

 

「大地、行くぞ」

 

「……」

 

「大地!」

 

「!!

 

ぬらちゃん!嫌って言わないでよ!!

 

まだ何もしてないじゃない!!」

 

「うわっ!正気に戻った!!」

 

 

大声出した瞬間、美麗は手から氷の礫を出しそれを大地に投げ付けた。鼻に当たった彼は、仰向けに倒れ鼻血を出しながら素早く起き上がった。

 

 

「大声出すな!

 

美麗の奴、ぐずりだしたじゃねぇか!!」

 

「年齢は116歳のはずなのに、何でこうも幼児みたいになってるんだ……」

 

「知らねぇよ。

 

オラ、行くぞ。美麗が眠れねぇだろう」

 

 

首根っこを引っ張り、暗輝は大地を連れて部屋を出ていった。2人が出て行った後、幸人は中へと入りぐずる美麗を抱き上げた。

 

 

「やれやれ、余計な事しやがって」

 

「いつもの事。

 

どうする?散歩してくる?」

 

「あぁ」

 

「何か、本当にお父さんって感じだね。

 

ミーちゃんは、甘えん坊の娘って感じで」

 

「ほっとけ」

 

「そういえば、愛も昔そうだったよね。

 

 

アンタと一緒じゃないと、夜1人でトイレに行けなくて」

 

「昔の話だ」

 

「……あれ?

 

 

散歩、必要なくなったみたい」

 

「?」

 

 

幸人に抱かれた美麗は、大きくあくびをすると、重くなっていた瞼を閉じ、寝息を立て始めた。

 

 

「寝ちゃった……

 

 

幸人が抱くと、ミーちゃんすぐに寝るね」

 

「偶然だろ」

 

「あとは私が見るから、幸人はやることやりな」

 

「そうさせて貰う」

 

 

眠った美麗を、水輝に渡すと幸人は宿を出た。そして、外で待っていた迦楼羅と共に、彼は夜道を歩いて行った。




ラルの所へ来た紅蓮。


住処へ来ると、彼の元へ中くらいの狼の子供が駆けてきて体を擦り寄せた。


『おや?また来たのか?』

『あぁ。

ちょっとした仕事でな』

『空孤から話は聞いている……


美麗の様子はどうだ?』

『普通にしてる。


まぁ、ちょっと変な癖が付いたがな』

『癖?』

『いや、こっちの話』

『そうか……


紅蓮、お前達が今身を置いている村を早く去った方が良い』

『?

何でだ?』

『あれが解かれている。


そうなれば、美麗の身が危ない』


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操り人形

翌朝……


あくびをしながら、起きた大地は水輝と美麗の部屋に入った。ところが、美麗が寝ているはずのベッドは物家の空になっており、もう一つのベッドでは水輝が寝息を立て眠っていた。


「ギャァァアアア!!

ぬらちゃんがいなーい!!」


大地の叫び声に、眠っていた水輝は飛び起きた。別室で寝ていた迦楼羅は、部屋から出ると彼の頭を思いっ切り殴り黙らせた。正気に戻った彼は、ズカズカと部屋へ入り脳波を測っている機械を調べた。


「……と、途中までしか撮れてない」

「ミーちゃん、もしかしたら幸人の部屋に行ったのかもね」


眠い目を擦りながら水輝は言い、彼女の言葉に大地はすぐに彼等の部屋へ行き、扉を勢い良く開けた。


中では既に起きた秋羅と、眠っている幸人を起こそうとする美麗がいた。


「大地さん、どうかしましたか?」

「ぬらちゃん!コード取っちゃ駄目でしょ!

ちゃんと大人しく、測ってよ!」

「……嫌!!」


歩み寄ってくる大地に、美麗は手に持っていた氷の礫を投げ付けた。見事顔面に当たった彼は、鼻を押さえながら持ち堪えた。


「ぬらりひょんのクソガキが!!

調子扱いたことすんじゃねぇ!!」



大地の怒鳴り声に、美麗は泣き出した。その泣き声に慌てて駆け付けた水輝は、すぐに中へ入った。怒鳴り荒息を立てる大地を、暗輝は落ち着かせようと話し掛けた。


「お前落ち着けよ、子供相手に」

「イライラすんだよ!!こっちが優しくすると、調子扱きやがって!」

「お前“男”出てるぞ」

「黙れ!!だいたいお前等が」


言い掛けた彼の頭を、幸人は拳骨を一発入れた。目を回しながら床に倒れた彼をあとから来た迦楼羅は、支え歩き部屋へと行き同じように水輝も美麗を連れて部屋を出ていった。


「……寝起き、最悪?」

「……最低だ」


森へ来た幸人達……

 

 

設置した罠を確かめると、そこには低級霊の妖怪達が引っ掛かったているだけで、他の妖怪はいなかった。

 

 

「外れか……」

 

「幸人、こっちもだ」

 

「こっちも!」

 

「こっちもです」

 

「迦楼羅と火那瑪の所もか……」

 

「あとは、美麗が仕掛けた所だけだぞ」

 

「確かめに行ったきり、まだ戻ってきてないからな……

 

 

 

 

なぁ、美麗が仕掛けた罠の所に行ったのって、どのくらい前だ?」

 

「え?

 

1時間くらい前だったかな。森全体って言っても、この森小さいから、そこまで広くないし」

 

「……」

 

 

気になっていたその時、突如木々がざわつき彼等は上を見上げ、武器を構えながら辺りを警戒した。

 

すると、木の枝と木の葉と共に何かが上から落ちてきた。落ちてきたのは、息を乱した美麗だった。

 

 

「美麗?」

 

「何か、様子おかしくない?」

 

「美麗、どうした?」

 

 

秋羅が歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。すると、美麗は正気に戻ったかのようにして、震える体で秋羅に抱き着いた。

 

 

「美麗……

 

どうした?何か、あったか?」

 

「……」

 

 

何も答えない美麗は、体を震えさせながら、ずっと秋羅にしがみついていた。

 

 

「怖いもんでも見たんじゃねぇの?」

 

「かもな。

 

 

……」

 

 

何かを察したのか、幸人はケースから銃を取り出すと、銃弾を美麗と秋羅の足下に撃った。

 

驚いた美麗は、すぐに離れた。尻餅を着いた秋羅は、幸人の方を向き怒鳴った。

 

 

「何やってんだよ!!俺はともかく、美麗に当たったら」

「テメェ、誰だ?」

 

 

幸人の言葉に、秋羅は顔を顰めた。離れた美麗は、スッと立ち上がると、その姿を変えた。

 

 

巨大な蜘蛛の姿となり、蜘蛛は鳴き声を放ちながら幸人達に、毒針を放った。

 

幸人は秋羅の首根っこを掴みながら、迦楼羅達と共にその攻撃をかわした。

 

 

「え?美麗が?

 

何で?」

 

「あの蜘蛛妖怪が化けてたって事か?」

 

「だろうな」

 

「同じ祓い屋のはずなのに……師匠」

 

「気付いてたわい!!」

 

 

襲ってきた蜘蛛に、幸人は銃弾を放った。弾が体に貫通しても尚、蜘蛛は毒針を放った。その毒針を、秋羅と火那瑪は槍と脇差で全て払い避け、隙を見せた瞬間、迦楼羅と幸人は銃弾と火の玉を放ち、蜘蛛を倒した。

 

 

「……この森、まさか」

 

「あぁ……

 

秋羅、火那瑪と一緒に美麗を探せ」

 

「え?幸人は?」

 

「親玉を探す。

 

迦楼羅、行くぞ」

 

「ヘーイ」

 

 

その場から去る4人……去って行く彼等を、木の上から何者かが眺めていた。

 

 

 

獣道を歩く美麗……鼻歌を歌いながら、彼女は1人幸人達がいるであろう場所へ、辿り着いていた。

 

だが、そこには誰もおらず、美麗は辺りを見回した。

 

 

「……幸人?

 

秋羅?」

 

 

「こんな所で、1人で何やってるの?」

 

 

声の方に振り向くと、そこには杏子が立っていた。

 

 

「……」

 

「幸人君達は?」

 

「いなくなった……

 

 

 

 

お前、誰?」

 

「ん?

 

私は」

「お前、幸人達が知ってる杏子じゃない」

 

「どうして、あなたにそれが分かるの?」

 

「だってお前、人の血とは別の匂いがする」

 

「血とは別のにおい?」

 

「……本で読んだことがある。

 

 

妖怪の中には、人の生気を吸って生きている奴がいるって。吸った後、それを自身の子供に食べさせる……

 

 

 

 

お前、土蜘蛛だね?」

 

「土蜘蛛?

 

それは、妖怪なの?」

 

「惚けるな!」

 

 

手に持っていた氷の刃を、美麗は杏子の後ろへ投げ付けた。後ろの何かが切れ、杏子の体は力無くそこへ倒れた。

 

 

『フン、流石ぬらりひょんの子供だよ』

 

 

木の上から何かが降りてきた。上半身は女の体だが、下半身は巨大蜘蛛の体を持った妖怪だった。

 

 

「やっぱり、操り人形だったって事か。

 

その人」

 

『私の変装を見破るとは、流石だね』

 

「初めから、何かが違うと思ってたけど……

 

その人、どうしたの?」

 

『なーに、木の下で息絶えていた哀れな女さ』

 

「木の下?」

 

『お喋りはそこまでだ。

 

さぁ、アンタの妖気を頂くよ!!』

 

 

 

幸人達が森にいる頃、村にある図書館で暗輝と大地は調べ物をしていた。

 

 

「ハァ……

 

 

これだけ調べても、何も無いなんて……暗輝、そっちは?」

 

「新聞記事調べてる最中だ。

 

暇ならテメェも調べろ」

 

「ハイハイ。

 

 

 

 

へー、ここで行方不明者が出てるんだ」

 

「え?」

 

「ほらここ。

 

10年前、村外れの家にいた奥さんが雨の日に森へ入って以来、行方不明らしいよ」

 

「村外れ?

 

確か、イタコの家も村外れだったはず……」

 

「そういえば、篠田も確かイタコの血を引いていたわね」

 

「?篠田?

 

誰?そいつ」

 

「あら?覚えてない?

 

杏子の名字。

 

 

彼女、イタコの元で産まれたんだけど、育てる人がいないって理由で、施設に来たんじゃない。

 

卒業後は、ここへ戻ってきたって。旦那になった太蔵と」

 

「……」

 

「どうしたのよ?

 

そんな、呆気に取られたような顔して」

 

 

何が思い出したかのように、暗輝は新聞記事を漁った。そして、記事を見付けそれを大地に見せた。

 

その記事にはこう書かれていた。

 

 

『篠田太蔵、横転した木の下敷きになり死去。

 

行方不明になった妻を捜索中にか』

 

 

「……え?

 

太蔵、死んだって事?」

 

「それだけじゃない……

 

これ」

 

 

再び見せられた別の記事。

 

 

『篠田杏子、森へ入った後大雨による土砂崩れに寄り、生き埋めに。旦那の死後、掘り返されたが巨木が乗っており、遺体回収を断念』

 

 

「……え?

 

杏子、死んだの?」

 

「おかしいと思ってたんだ……

 

 

俺、この記事読んだんだよ。この2枚。

 

 

だから違和感があったんだ……杏子は死んでいるはずなのに、何で今ここにいるのか。

 

そして、この村に来てから……誰も、杏子のことを話してない」

 

「……」

 

「これが事実だとしたら……!!

 

 

大地!!」

 

「水輝達には、僕チンが知らせるから、アンタは早く行って!!」

 

「頼む!!」



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蟲妖怪

森の中を駆ける美麗……その後ろから、土蜘蛛が毒針を放ちながら追い駆けてきていた。


『逃げても無駄よ!この森は、私の可愛い子供達が、そこら中にいるんだから』

「クモ恐怖症になりそう……」


美麗を囲うようにして、周りの茂みを蜘蛛達が駆けてきていた。


森の広場へ出てきた美麗は、地面に陣を描いた。


「悲しき風の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ!!」


手に溜まる風の玉……茂みから飛び出てきた蜘蛛達目掛けて、その玉を投げ付けた。


「風よ!!

鋭い刃と為せ、目の前の者を切り刻め!!」


玉に近付いた蜘蛛達は、次々と八つ裂きになり傷口から赤い血を流しながら、ボタボタと落ちていった。雨のように血は降り、美麗の体を赤く染めた。


「……!!」


突然、腕に激痛が走った美麗は、その場に膝を付いた。腕を見ると、斬られた口から血が流れ、紫色に変色していた。


『仕込み毒が、体に渡ったか。

どうだ?私の子供達の毒は?』

「……」


毒で動けない美麗に、土蜘蛛は尻から糸を放った。起き上がることが出来なくなった彼女の上に、土蜘蛛は跨がり牙を向けた。


『さぁ、頂くとしよう!!』


「させるか!!」


木の上から、飛び出てきた二つの影。

一つは銃弾を土蜘蛛に放ち攻撃をした。土蜘蛛は、悲痛な叫び声を発しながら、そこから跳び上がり離れた。


「美麗、無事か!?」


駆け寄ってきた迦楼羅は、体に巻き付いている糸を切り、彼女を持ち上げた。


「迦楼羅、こっから離れる!」

「応!」


離れ体勢を崩した土蜘蛛の前に、幸人は煙玉を地面へ投げ付けた。投げられた玉から煙が上がり、土蜘蛛の目を眩ました隙に、彼等はそこから去って行った。


『小癪な人間め!!


逃しはしない!!』


杏子の亡骸の前に立つ、秋羅と火那瑪……秋羅はしゃがむと、彼女の首元を触り脈を探った。

 

 

「……死んでる」

 

「この人、確か先生達の」

 

「あぁ……でも、何で」

 

「……不思議ですね……

 

 

こんな体で、良く歩けたものですね」

 

 

倒れる彼女の下半身は、半分腐敗していた。

 

 

「……?」

 

 

しゃがんでいた秋羅は、スッと立ち上がると辺りを見回した。同じように、火那瑪も警戒しながら見回した。

 

その時、茂みから幸人達が飛び出してきた。幸人は彼等にハンドサインを送ると、再び茂みの中へと駆け込んだ。2人はすぐにそのサインを理解し、彼等の後を追い駆けていった。

 

 

 

森へ来た、水輝達……何かを察した保奈美は、すぐに錫杖を掲げ、呪文を唱え始めた。彼女と同じように奈々も両手を挙げ、呪文を唱えた。

 

すると、森を覆うようにして結界が張られていった。

 

 

「結界?何で……」

 

「見て!」

 

 

結界が完全に張られる寸前、幸人達が森から飛び出てきた。それと同時に森に結界が張り、彼等を追い駆けてきた蜘蛛達は、結界の壁に次々に衝突した。

 

 

「た、助かった~」

 

「何とか間に合った……」

 

 

迦楼羅に抱えられていた美麗は、彼から降りると幸人の元へ寄った。

 

 

「全員、無事みたいだね」

 

「良かったー!」

 

「あ、水輝。

 

美麗の腕の傷、診てくれねぇか?何か、さっき妖怪から攻撃食らってたみたいだから」

 

「分かった。

 

 

ミーちゃん、ちょっと腕診るよ」

 

 

服の袖を上げ、水輝は美麗の傷付いた腕を診た。既に血は止まっていたが、傷口を覆うようにして皮膚が紫色に変色していた。

 

 

「……毒に犯されるね。

 

すぐに解毒した方が良い」

 

「分かった」

 

 

美麗を抱き上げ、幸人は水輝達と森を離れた。森の中から、息絶えていた杏子の遺体を持ちながら、土蜘蛛は彼等を見続けた。

 

 

 

 

宿へ戻った美麗はベッドの上で、大地が自身のバックから道具を取り出す行為に、怯えるようにして身を縮込ませ、傍に座る幸人の腕にしがみついていた。

 

 

「……あの、幸君。

 

何か、ぬらちゃんが凄い睨んでくるんですけど」

 

「テメェが持ってるその注射に、反応してんだよ」

 

「解毒剤と解熱剤打たないと、治らないわよ?」

 

「だからって、注射使う必要あるか?」

 

「注射打った方が、早いでしょ。

 

さぁぬらちゃん、注射するわよー」

 

 

針を向けた瞬間、美麗は氷の礫を放った。礫は注射を持っていた手に当たり、手から離れた注射は、地面へ落ち割れた。

 

 

「ギャー!!注射が~!!

 

ぬらちゃん!!」

 

「何、人の患者勝手に診てんの!!」

 

 

大地は頭に水輝の拳骨を食らい、彼は頭を抑えながらその場に蹲った。

 

 

「全く……

 

注射怖がってる患者に、注射見せるな!!」

 

「子供は、眠らせてから治療した方が早く終わるのよ」

 

「そういう医者の所に、患者は来ない」

 

「っ……」

 

「お前、それが原因で研究員になったんだろう?」

 

「余計なお世話よ!!」

 

「幸人、ミーちゃんの腕抑えてて」

 

「分かった」

 

「ミーちゃん、ちょっと痛いけど我慢してね」

 

 

傷口を消毒すると、水輝はメスで腫れている部分を切った。切った口から、血と一緒に毒が出て来た。美麗は平気な表情で、手当てする水輝の手と傷口を交互に見た。

 

 

「……え?

 

泣かないの?普通泣くでしょ」

 

「泣く訳ねぇだろう。

 

お前、美麗の資料見てねぇのか?」

 

「一応読んでるわよ」

 

「資料に書いてあっただろう?

 

 

彼女は、森に住んでたんだ。そうなれば、医者に掛かる事なんて滅多に無い。

怪我すれば、自分でやるしかないだろう?毒の治療なんて、特に」

 

「……あ!」

 

「今頃気付いたのかよ、お前」

 

「注射で打つより、こっちの方がミーちゃんは慣れてんの。

 

ミーちゃん、もう終わったよ。飲み薬持ってくるから、ちょっと待っててね」

 

 

水輝が離れると、美麗は大きくあくびをし眠い目を擦った。

 

 

「眠たそうだな?」

 

「少し熱あるからな。毒抜きして、気が緩んだんだろう?」

 

「あとは私がやっておくから。

 

 

暗輝、皆に話すことあるんでしょ。話な」

 

「お前は良いのか?」

 

「平気。

 

後で聞くから」

 

 

 

隣の部屋へ集まる幸人達……

 

暗輝は図書館で借りた、新聞の記事2枚を広げ彼等に見せた。

 

 

「……死んでいたのか……」

 

「太蔵まで……

 

森の土砂って、普通に事故なのか?それとも」

 

「そこまではまだ……

 

ただ、滅多に人が入らない所だから……」

 

「何もしてなかったって事か……」

 

「じゃあ、ママ達と話してたあの人は、何者なの?」

 

「あの妖怪が操っていた…としか、言い様が無い」

 

「そんな……」

 

「それじゃあ、あの家の近くを通った人も」

 

「恐らく、土蜘蛛の手下」

 

「……」

 

「とりあえず、土蜘蛛のデータは必要だから、封印でそのまま僕チンに頂戴!」

 

「封印ってなぁ」

 

「あれ、凄ぇ体力使うんだぞ」

 

「いいじゃない。

 

疲れるんだったら、秋ちゃん達にやらせてみれば?」

 

「え?俺等?」

 

「……良い機会だな。やらせるか」

 

「俺、賛成」

 

「私も」

 

「幸人!!勝手に決めるな!!」

 

「そうやって、考え無しに決めるのは止めて頂けませんか?」

 

「アタシ、まだママとしかやったことない!」

 

「体で覚えろ」

 

「火那瑪、怖いから……ちゃんと教えますから、その脇差納めて」

 

「大丈夫よ。すぐに慣れるわ」

 

「保奈美、3人に教えろ」

 

「分かったわ。

 

皆、いらっしゃい」

 

 

先に出て行った保奈美に続いて、奈々達は外へと出た。




残った幸人と迦楼羅は、大地と暗輝に目を向けながら、話し出した。


「あの森について、調べた。

調べていて、分かったことがある」

「?」

「あの森を中心とするここいら一帯は、蟲妖怪の住処だったらしい。


途中から、人が来て村を作った。ぬらりひょんがいる元で、森の半分を人に与えた」

「あら、そうなの?

昔は共存できていたって事?」

「土蜘蛛は、子育ての時期以外は人を殺さず生気だけを吸う妖怪だ。

ギリギリ生かしておく。吸われた奴は、1週間で元通りだ」

「子育て時期になると、村の奴等が肉や村で取れた果物や野菜を、定期的に供え物として供えてくれていたらしい。


だが、イタコが来てからその風習がなくなってしまった」

「イタコ……まさか、杏子の」

「そう……

杏子の祖母だ」

「杏子の祖母さんが、その風習を止めさせたのか?」

「そうらしい。

この村に長く住む、爺からの話だと……」

「今の状態をやっていると、いつか妖怪に食われる。


そう言われたらしいよ」

「……」

「つまり、その言葉が原因で供え物を辞めた……

そして、今に至る」

「ここに妖怪が襲いに来なかったのは、蟲妖怪達が足止めをしていてくれていたから」

「何か、半分可哀想ね」

「杏子の遺体は……どうするんだ?」

「村の奴に聞いて、太蔵の墓の隣に埋める。

しっかり、供養しねぇと」

「……」


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墓と封印

ベッドで眠る美麗……寝息を立てながら、寝返りを打った。眠っている彼女の頭を、水輝は撫でてやった。


その時、戸が開く音が聞こえ後ろを振り返ると、幸人が入ってきた。


「話し終わったの?」

「あぁ。

美麗の奴は?」

「薬が効いて、眠ってるよ」

「そうか……?

何だ、またお前のタオル握ってるのか?」

「眠そうにしてて、中々寝なくてね。このタオル、握らせたんだよ。

そしたら、すんなり」


握っているタオルを、頬に当てながら美麗は大人しく寝ていた。


「でも、時々寝言言ってるよ。


晃って……」

「……」

「やっぱり、会いたいんだろうね。


ミーちゃん、昼間は全然だけど、夜になると何振り構わず、甘えてくるから」

「……婆がよく話してたなぁ。


美麗は、夜になると泣きながら婆の部屋へ来たって……」

「そっか……

それじゃあ、私暗輝達から話を聞きに行くね」

「あぁ。任せて悪かったな」

「良いって!」


夕方……

 

目を覚ます美麗。あくびをしながら、起き上がり周りを見た。

 

 

「……」

 

 

自分以外、誰もいない部屋……ベッドから降りるとテーブルの上に、置かれている自身のバックを手に取ると、部屋を出ていき裏口から表へ出た。

 

 

出た美麗は、小屋へ行き戸を開けた。すると、彼女の姿を見たエルが鳴き声を発した。

 

戸を閉じ、中へと入った美麗はエルの元へ行った。エルは、柵から出した嘴で彼女の頭を噛み、頬を舐めた。

 

 

「くすぐったいよ!エル!

 

ハハ!」

 

 

小屋から聞こえる彼女の声に、通り掛かった大地が気になり、中へと入った。

 

 

「あら、ぬらちゃん!

 

もう起きて平気なの?」

 

 

彼の声に、美麗は柵を跳び越えエルの後ろへ隠れた。

 

 

「ぬ、ぬらちゃん……

 

何もしないから、出て来てよ」

 

「……」

 

「ぬらちゃーん、ねぇったら~」

 

 

近付こうと柵に身を乗り出した大地に、エルは嘴で突っ突いた。

 

 

「痛ったぁぁぁあああ!!」

 

 

彼の叫び声に、外にいた暗輝が駆け付けた。頭を抑え蹲る彼に、少々呆れながら話し掛けた。

 

 

「何やってんだ?お前」

 

「ぬらちゃんに近付こうとしたら、このグリフォンが突っ突いてきたんだ!」

 

「そいつ、美麗を怖がらせる奴には容赦なく攻撃するぞ」

 

「ンもう~!!」

 

「気色悪……」

 

「ぬらちゃん!!」

 

「美麗、幸人が森に来いってさ」

 

「ハーイ」

 

 

柵を潜り抜け、美麗はエルの頬を撫でると暗輝の元へ駆け寄り、一緒に小屋を出て行った。出て行く間際に、大地は彼女のフードに何かを投げ着けた。

 

 

「……ちょいと、撮らせてね」

 

 

 

森の前で、陣を描く秋羅……

 

そこへ、暗輝に釣られて美麗が森に到着した。同時に、白狼を連れた紅蓮が着き、彼女の元へ寄った。

 

 

「あ!紅蓮だ!」

 

「随分、長かったな?」

 

『少し、話し込んでな』

 

「何のお話?」

 

『お前のことだよ。

 

それより、この森について分かってんのか?お前等』

 

「一応」

 

「蟲妖怪のことも」

 

『なら良い』

 

「保奈美と迦楼羅は、外で奴等が逃げないよう結界を張っといてくれ」

 

「分かったわ」

「了解」

 

「暗輝達は、外で待機を頼む」

 

「応」

 

「その他は、森に入って楽しい封印だ」

 

「楽しかねぇよ!!」

 

 

 

森の中へと入った火那瑪と奈々は、指定された位置へ行き待機していた。秋羅は森の広場に陣を描き、美麗は紅蓮達と、辺りを見張り警戒していた。

 

 

「凄え静かだな」

 

「昼間、あんなにざわついていたのに」

 

「何も無きゃ良いが……」

 

「……

 

何か変」

 

「?」

 

 

『「何をやっているの?

 

幸人君」』

 

 

その声に、2人はすぐに振り返った。そこにいたのは、赤い目を光らせた杏子だった。彼女は、不敵な笑みを浮かべながら、口から毒針を放った。瞬時に美麗が、氷の壁で毒針を防いだ。

 

 

「……杏子」

 

「幸人、あいつは」

 

「分かってる」

 

『「どうしたの?幸人君」』

 

「気安く人の名前、呼ぶな。

 

もう正体は分かってんだよ」

 

『「あら……」

 

それは残念』

 

 

杏子の体から抜け出る土蜘蛛……彼女の体は、力無くそこに倒れた。

 

 

「死人か……」

 

『もう10年前ね……

 

この森に入ってきてね、何だろうって思ったら……私達を敵と見做した、あの憎きイタコの孫だったんだ』

 

「杏子を事故に見せかけて殺したのも、太蔵……そいつの旦那を殺したのも、テメェの仕業って訳か……」

 

『おめでとう……その通りよ。

 

騙すなら、まず身近な人が良いでしょ?』

 

「……」

 

『まぁ……極上の餌を、連れてきてくれたから少しは感謝するわ』

 

「目の前にいるのは、お前等妖怪の総大将の娘だぞ」

 

『そんな昔の男なんて、知らないわ

 

大将が亡くなって以来、私達蟲妖怪は苦しい生活をしてきたのよ』

 

 

茂みに現れ出てくる、蟲妖怪達……攻撃態勢に入った紅蓮は、唸り声を出しながら周りにいる彼等を睨んだ。

 

 

『既に、お前達は包囲されている。

 

ここから、どうやって逃げる?』

 

「……美麗」

 

「うん……

 

 

悲しき光の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ!!」

 

『な、何だ!?』

 

「目を眩ませ!!閃光!!」

 

 

辺り一面が眩く光った。目を眩ませた隙に、幸人は駆けて行き、美麗は紅蓮の背に飛び乗りながら森の中を駆けていった。

 

 

広場へ来た幸人……辺りを警戒していると、上から杏子が舞い降り、彼の前に不敵な笑みを浮かべながら立った。

 

 

「いい加減、その化けの皮を外せ!!」

 

『「あら?そんなに、この子が嫌いなのかしら?」』

 

「ダチを妖怪に好きなように扱われるのが、嫌い何だよ、俺は。

 

 

秋羅!火那瑪!奈々!

 

今だ!!」

 

 

彼の掛け声と共に、地面が光り出した。光った箇所から、鎖が伸び彼女の体をがんじがらめにした。

 

 

『「な、何だ!?」』

 

「封印術!!」

 

「発動!!」

 

 

光り輝く陣に置かれた壺に、ゆっくりと引きずり込まれていった。

 

 

「止めて!!幸人君!!」

 

 

その叫び声に、突如封印術が弱まった。勝ち誇った笑みを浮かべて、土蜘蛛はその陣から離れ木の枝に飛び乗った。

 

 

「嘘!?どうして結界が!?」

 

「わ、分かりません!」

 

「幸人!!」

 

『封印術は、人の声や気配を感じ取った時、極稀に弱まることがあるのさ。

 

やはり、この女に乗り移っといて正解だった』

 

 

「死人はあの世へ逝け!」

 

 

後ろから現れた美麗は、土蜘蛛を体当たりし弱まった結界の中へ入れた。

 

出ようとした土蜘蛛の周りを、覆うようにして白狼の群れが集まった。

 

 

木から落ちる杏子の遺体を、幸人は受け止めた。そして、後ろを振り返り叫んだ。

 

 

「封印だ!!」

 

 

彼の掛け声に、3人は再び構え経を唱えた。すると、結界が強くなったのか、地面から鎖が伸び土蜘蛛をがんじがらめにし、強い風と共に引きずり込まれていった。

 

 

壺に封じ込められ、蓋に封印札が貼られた。一息吐いた秋羅達は、その場に力無く座り込んだ。

 

 

「せ、成功した……」

 

「い、一時はどうなるかと思いましたが」

 

「た、助かったぁ……」

 

 

座り込んでいる秋羅の元へ、子狼の白狼は駆け寄り頬を舐めた。舐めてきた白狼を、秋羅は撫でてやった。




村の隅にある墓場……そこに新たに建てられた、墓石の前に幸人達は立っていた。


「ようやく、眠りに就けたな。

杏子」

「私達のおかげで、愛する人の隣にいられる様になったんだから、今頃太蔵と一緒に感謝しているでしょうね」

「だな」

「まぁ、とりあえず……

あの森は、僕チン達討伐隊本部の研究所が責任持って、管理するわよ!」

「任せたぜ!」

「それはさておき……


どうする?彼等」


水輝が指差す方向には、木に凭り掛かった秋羅達が、仲良く寄り添いながら眠っていた。


「相当疲れたみたいだね」

「2日は起きないぞ」

「んなもん、分かってる」

「何日か、泊まっていきましょう」

「あぁ。

秋羅、宿戻るぞ」

「ん~……」

「ほら、奈々。

こんな所で寝てたら、風邪引くわよ」

「眠い~……」

「火那瑪、起きろ。

ベッド行くぞ」

「あ、はい……今…すぐ」


眠い目を擦りながら、3人は立ち上がり幸人達に支えられながら、宿へと戻っていった。


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淡い恋心

翌日……


蟲妖怪達が住む森へ来た、美麗……

森にある小さな花畑で、鼻歌を歌いながら花を摘み何かを作っていた。

傍で、池の水を飲んでいたエルは何かを察知したのか、作業している美麗の元へ寄った。


「……?」


落ち着かせようと、エルの嘴を撫でながら美麗はふと森の方を見た。

茂みに潜み、襲うわけでも無くジッと彼女を見詰める無数の目。


「大丈夫だよ、エル。


出ておいでよ!何もしないから!」


彼女の呼び掛けに、茂みにいた目が動き出て来た。それらは全て、蟲妖怪達の眼だった。彼等の姿を見た瞬間、エルは威嚇するように攻撃態勢を取った。


「エル、駄目。座ってて」


立ち上がった美麗は、エルを宥めながら座らせた。エルの胴を背もたれに、美麗は座ると再び手を動かし鼻歌を歌い出した。その鼻歌が心地良いのか、蟲達は彼女の傍に身を置きその歌を聞いた。


杏子の墓の前に佇む暗輝……

手には、ボロボロになった御守りが握られており、虚ろな目で墓を見詰めていた。

 

 

『はい、あげる』

 

『……何、これ?』

 

『見ての通り、御守り。

 

 

暗輝君、水輝ちゃん達と一緒に討伐隊本部の研究所に入るんでしょ?』

 

『そうだけど……』

 

『凄いなぁ。私なんて、故郷に戻ってお祖母ちゃんがやり残したこと、やらなきゃいけないし』

 

『残したこと?』

 

『祓い屋と似たようなお仕事。

 

 

ねぇ、卒業して暇が出来たら、是非来てよ』

 

『うん、絶対行くよ!そんで』

『私達、待ってるから』

 

『……え?

 

私達って……』

 

『杏子!』

 

 

駆け寄ってきた太蔵……杏子は嬉しそうに、立ち上がり楽しそうに彼と話した。暗輝はすぐに悟り、無理に笑いながら2人に祝福の言葉を贈った。

 

 

『暗輝君ったら!』

 

『まだお祝いの言葉は、早ぇぞ!』

 

 

 

2人の笑い声が、遠くから聞こえてきた……暗輝は振り返り、墓場を後にした。

 

 

その頃、迦楼羅と幸人は馬の手入れをしながら話をしていた。

 

 

「なぁ、幸人」

 

「?」

 

「暗輝の奴、杏子の墓場に行ったみたいなんだけど……

 

 

アイツって、杏子のこと好きだったのか?」

 

「何だ?藪から棒に」

 

「アイツ、この村に来て杏子と話している時、凄えタジタジだったからさ。

 

 

そういう、淡い恋心でも持ってたのかなぁって。

 

動物には優しかったけど、俺等人には全然だったじゃん」

 

「……まぁ、持ってたんじゃねぇの?

 

アイツが、人から動物の医者に転職したのは、俺達の後だ」

 

「……確かに」

 

「けど、好きだったと思うぜ。

 

アイツ、花摘んでは杏子にあげてたから」

 

 

 

村の中を、転々とする暗輝……畑仕事をする男性、買い物をする女性、地面に絵を描き遊ぶ子供。

 

村は、何事もなかったかのような時間が過ぎていた。

 

 

(……何か、虚しいなぁ。

 

 

もう一回、行こう)

 

 

墓場へ来ると、杏子達の墓の前に美麗が立っていた。彼女は、気配を感じ後ろを振り返り暗輝を見た。

 

 

「あ!暗輝」

 

「何やってんだ?こんな所で」

 

「花冠、供えてた」

 

「花冠?」

 

 

墓の前には、二つの花で出来た冠が置かれていた。彼女の傍には、数匹の蟲妖怪が寄り添っていた。

 

 

「どうしたんだ?これ」

 

「さっき作った。

 

 

エル達と」

 

「……

 

凄えな……誰から教わったんだ?花冠の作り方」

 

「ん?

 

 

ん~……晃だよ」

 

「晃さん、花冠作れたのか?」

 

「うん。

 

ママから教わったって言ってた。

 

 

私も小さい頃教わったんだけど、あんまり覚えてない。でも、晃から教わったのは覚えてるんだ。

 

 

晃が生きてた……まだ、傍にいた頃ね。四季の花でね冠作って、いつもママとパパとお墓に供えてた」

 

「……」

 

「でも、不思議だった。

 

私、2人が死んでも……そこまで、寂しいって思ったことなかった。

 

 

悲しかったのは、ほんの少し間だけ。でも、それ過ぎたら……全然、悲しくも…寂しくもなかった……

 

 

 

 

だけど……」

 

 

目から涙を流す美麗……涙を腕で拭きながら、話を続けた。

 

 

「ひ、晃がいなくなってから……凄い、寂しい。

 

昼間は何ともないのに……夜になると」

 

「……」

 

「会いたい……

 

 

晃に、会いたい!」

 

 

その場に座り込み、美麗は声を上げて泣いた。暗輝は、そんな彼女を抱き寄せ、宥めるようにして頭を撫でた。

 

 

しばらくして美麗は泣き疲れたのか、暗輝の胸の中で眠っていた。すると、そこへ花束を持った水輝達がやった来た。

 

 

「あれ?暗輝」

 

「やっぱり、ここだったんだ」

 

「あぁ……」

 

「ミーちゃん、眠っちゃったの?」

 

「泣き疲れてな」

 

「泣き疲れたって……何かあったのか?」

 

 

眠る美麗を、幸人に渡しながら先程のことを話した。

 

 

「……思い出しちゃったんだね。

 

晃のこと」

 

「俺達より年上なのに、心はまだ甘ったれのガキって事か」

 

「施設にいた頃、いたよね。

 

昼間は何ともないのに、夜になると泣き始めて先生達の所に行ってた子。

 

 

ま、陽介と幸人の場合は互いのベッドに行き来してたみたいだけど」

 

「一言余計だ」

 

「そう怒鳴るなって。

 

娘、起きるぞ」

 

 

そう言った次の瞬間、迦楼羅の体に幸人の蹴りが入った。倒れている彼の頭に、銃口を当てながら笑みを溢して言った。

 

 

「誰が父親だ……オイ」

 

「すみません……ふざけすぎました」

 

「ほらほら、喧嘩しない。

 

美麗が風邪引くわ。早く宿に戻りましょう」

 

 

言いながら、保奈美はエルの手綱を持ちながら、迦楼羅と幸人の背中を押し、墓場を後にした。

 

残った水輝は、暗輝に供え用の花束を差し出した。

 

 

「ほら、アンタが供えなよ」

 

「……」

 

「……まだ好きだったんでしょ?

 

 

杏子のこと」

 

 

墓の前に花束を供えると、暗輝は手を合わせた。

 

 

「……もう、吹っ切れてたつもりだったんだけど。

 

 

やっぱり駄目だわ。

 

 

 

アイツの顔見た瞬間、言葉が出なくなって……」

 

「……まさかと思うけど……

 

暗輝、分かってたんじゃ無いの?

 

 

 

杏子が操られているって」

 

「薄々な。

 

アイツ、いつも太蔵と一緒だったのに。あの時だけ、一緒にいない上に、誰にも言わなかったじゃん。太蔵は元気だって」

 

「勘が鋭いこと」

 

「だから……

 

 

やべ……無理だ……

 

水輝……」

 

 

歩み寄った水輝は、暗輝をソッと抱き寄せた。彼は彼女に抱き着くと、子供のように泣いた。泣き喚く暗輝を、水輝は黙ったままずっと、頭を撫でてやった。




翌日の昼頃……


小屋から、幸人達は馬を出していた。宿から出て来た秋羅達は、大きくあくびをしながら体を伸ばした。


「まだ体の怠さがとれねぇ……」

「うぅ……まだ、頭痛い」

「しばらくは、任務休みね」

「次期に馴れる。

初めの内はそんなもんだ」

「火那瑪、大丈夫か?

何か、二日酔いの親父みたいだぞ」

「師匠、ちょっと黙っててもらいますか」

「お、応……」


「幸人!

こいつ、連れて帰っていい?」


森の方から帰ってきた美麗は、頭に蛾の妖怪を乗せながら幸人の元へ駆け寄った。


「デカ!!」

「な、何……それ」

「アゲハ」

「いや、名前じゃ無くて!」

「あの森から連れて来たのか?」

「ううん。ついてきた」

「犬猫じゃあるまいし」

「まさか、他の奴等も……」

「森にいる蟲妖怪達は、ラルが面倒見るって」

「で、何でそいつだけ」

「分かんない」

『キー?』


鳴き声を発したアゲハは、触角を伸ばして美麗の頬を撫でた。


「見た所、悪さしなそうだな……」

「家の中にいても、問題無さそうだし……


良いぞ、連れて帰って」

「ヤッター!」

「お前の家、妖怪屋敷だな」

「ほっとけ」


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同じ容姿

とある村……

中心に生える、一本の大きな桜の木。


その前に、少年が佇んでいた。風が吹くと共に、枝が揺らぎ彼の髪も靡いた。


「ねぇ幸人!

 

桜見に行こうよ!」

 

 

リビングで本を読んでいた幸人の背後から、美麗は背もたれに腕を乗せて声を掛けた。

 

 

「桜?

 

そんなもん、この辺りに生えてねぇよ」

 

「じゃあ、エルに乗って北西の森に」

 

「何日かかると思ってんだ、こっから。

 

第一、秋羅はどうする?アイツ、仕事で出てるんだぞ」

 

「秋羅帰ってきてから」

 

「それでも駄目だ」

 

「えー!

 

見に行きたい!見に行きたい!」

 

「うるせぇぞ」

 

『キーキーキー!』

 

「テメェもうるせぇ!!」

 

 

「騒々しいぞ。

 

 

外まで聞こえている」

 

 

そう言って、戸を開け入ってきたのは、陽介だった。

 

 

「あ!陽介!」

 

「何だよ、お前」

 

「依頼だ。

 

少し、付き合って貰いたい」

 

「何だ?」

 

「調査隊の報告書で、気になるものがあってな。

 

 

ここから南東にある小さな村で、数年前にある少年が保護されたらしい。

 

その少年を、写真に撮って貰ったんだが……どうも見ても、半妖に見えるんだ」

 

 

ファイルから、陽介は写真を出し、幸人達に見せた。その写真には、黒いセミロングに赤い目をした少年が写っていた。

 

 

「……確かに、半妖の特徴である赤い目をしてるな」

 

「それを確かめるべく、今からその村に行くんだが……

 

付き合って貰えないか?」

 

「別に行ってもいいが……

 

 

オマケ付きだがいいか?」

 

 

そう言いながら幸人は、写真を見る美麗を指差した。

 

 

「秋羅君はどうした?」

 

「別の依頼に行かせてる。

 

水輝達も、遠出に出ていてしばらくの間は帰って来ない」

 

「……世話する者がいないというのなら、仕方が無い」

 

「悪いな……」

 

「彼を保護したら、そのまま本部へ連れて行く」

 

「何で?」

 

「健康状態と親の鑑定だ」

 

「健康状態だったら、水輝達にやって貰えばいいじゃん」

 

「水輝達にも、限度がある」

 

「でもー」

 

「心配するな、変な事はさせない。

 

時間が勿体ない。今日にでも行くぞ」

 

「準備するから、ちょっと待ってろ。

 

 

美麗、馬達を小屋に戻せ」

 

「うん……」

 

 

幸人から渡された写真を見ながら、美麗は裏口から牧場へと出た。

 

 

「……ところで、美麗の頭に乗っているの何だ?」

 

「杏子の故郷にいた、蟲妖怪だ。

 

懐いて、連れて来た」

 

 

 

牧場から小屋へと、馬を入れた美麗は写真を見ながら、柵から乗り出したエルの頬を撫でた。

 

 

「……ねぇ、エル。

 

 

これ、似てない?

 

 

 

 

晃に」

 

 

彼女の問いに答えるように、エルは甘え声を発し嘴で、写真を突っ突いた。

 

 

「やっぱ……似てるよね。

 

 

何でだろう……」

 

 

 

 

昼を過ぎた頃、幸人達は汽車で移動し少年がいる村へやって来た。

 

 

「随分と、静かな村だな……

 

 

妖怪からの被害が無さそうに見えるが」

 

「何回か襲われているらしい。

 

だが、ここ数年は襲われていないと報告書に書かれている」

 

「フーン……」

 

 

 

村長宅へ来た幸人達……

 

案内された部屋に、年老いた男と中年男が入ってきた。年老いた男は、深々と礼をした。

 

 

「初めまして。

 

儂はこの村の村長を務めさせている者です」

 

「妖討伐隊准将の大空陽介です。

 

こちらで保護されている、この少年を見に来ました」

 

「お待ちしておりました。

 

彼をここへ」

 

「はい」

 

「お前、いつ准将になったんだ?」

 

「つい先日だ」

 

 

奥の部屋から、あの写真に写っていた少年が連れて来られた。

 

 

「彼が、問題の子です」

 

「親御さんは?」

 

「分かりません。

 

 

気付いたら、もうこの村に住んでいたので……」

 

「見た目からして、年齢は10代後半から20代前半。

 

 

どこから来たとかは、聞いていませんか?」

 

「何も……

 

 

というより、一言も話さないんです」

 

「え?」

 

「耳が聞こえてないんですか?」

 

「いいえ。

 

 

保護した時、一応村の医者に診せたんですが……目は見えていて、耳も聞こえていると仰ってました」

 

「……」

 

 

赤い目で、少年は垂れる髪の間から幸人達をチラッと見ると、すぐに目を逸らした。

 

 

「……本部へ一度、連れて行くしか無いか」

 

「だな」

 

「すみませんが、この少年を本部の方で保護させて頂きます。

 

保護する際、彼の持ち物などを渡してはくれませんか?」

 

「はい、今すぐに」

 

「こいつ連れて、先に外出ててくれ」

 

「分かった」

 

 

連れて行こうとした時、少年は突然辺りをキョロキョロと見回した。そして、何かに導かれるようにして、外へと出ていった。

 

 

「……出てったぞ……アイツ」

 

「……何してる!!早く追い駆けろ!!」

 

「やべ!!」

 

 

 

外へ出た少年……立ち止まり、あるものを見た。

 

それは、家を囲う柵に凭り掛かって、鼻歌を歌う美麗の姿……傍では、紅蓮とアゲハが気持ち良さそうにその歌を聴きうたた寝をしていた。

 

 

「……?」

 

 

少年に気付いた美麗は、歌を止め彼の方を見た。

 

 

「……

 

 

 

 

晃?」

 

『?』

 

 

「いました!!こちらです!」

 

 

村長と一緒にいた中年男が、少年の元へ駆け付け彼の腕を掴んだ。遅れて、幸人と陽介が駆け付けた。

 

 

「な、何なんだ……いきなり」

 

「さぁ、大人しく戻ろう」

 

 

手に触れた瞬間、少年は中年男の手を払った。驚いた彼は、その豹変振りに声を失った。すると、近くにいた美麗がソッと少年の手を掴んだ。

 

 

「行こう」

 

『……』

 

 

彼女の問い掛けに、少年は頷いた。陽介と幸人の元へ彼を連れて行き、美麗はそのまま宿へと戻った。

 

 

 

夕方……

 

用を済ませ宿へ戻ってきた陽介は、聞き覚えのある歌声を聞き、その歌の元へ向かった。

 

辿り着いた場所は、宿の外れにある小さな広場だった。そこでは、美麗があの歌を歌いながら少年と歩いていた。

 

 

「……」

 

「終わったか?仕事」

 

 

近くで横になっていた幸人は、起き上がり陽介を見上げた。

 

 

「あぁ。

 

明日、彼を連れて本部へ行く。貴様達も来るか?」

 

「行くよ……というより、俺等が行かないとアイツ行かねぇだろう。

 

 

すっかり、美麗に懐きやがって」

 

 

いつの間にか広場に座った少年は、美麗の歌を心地良さそうに聞いていた。紅蓮も大きくあくびをして傍で丸まり、紅蓮の頭にアゲハは止まり、触角で彼女の腕を巻きウトウトとしていた。

 

 

「……あの歌、懐かしいな」

 

「あぁ……婆が良く、子守歌に歌ってくれたよな」

 

「……」

 

 

歌い終わった美麗の髪に、少年はソッと触った。

 

 

「?

 

 

何?何か付いてる?」

 

『……』

 

「……同じ容姿だね」

 

『?』

 

「夜みたいな黒い髪に、透き通った紅い目。

 

 

お前、晃と同じなの?」

 

『……』

 

 

「美麗!

 

そろそろ宿に戻るぞ!」

 

「ハーイ!

 

 

行こう」

 

 

自身の髪を弄る少年の手を掴み、美麗は幸人達の元へ帰った。




夜中……


ベッドで眠る幸人達……

寝静まった部屋から少年はソッと出て行き、ある場所へ向かった。外へ出てきた音に、小屋で眠っていた紅蓮は起き上がり、彼の後をついて行った。


少年が向かった先は、村から離れた小さな林の中だった。

その奥には、ポツンと一本の桜の木が生えていたが、花はまだ咲いていなかった。


(……こんな所に、桜があるなんて)


少年は、桜の元へ歩み寄ると幹に凭り掛かり根元に座り込んだ。


(……朝になったら、知らせに行くか)


そう思いながら、紅蓮は座り込みいつの間にか眠ってしまった少年の傍へ、寄り添うようにして座り伏せ眠りに付いた。


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絶滅した妖怪

翌朝……


眠っている美麗の顔に、アゲハは触角と口吻を当て起こした。彼女は、顔に当たってくるそれらを退かし、布団の中へ潜り込んだ。


『キー?』


アゲハは、布団に出来た穴から中へ入り、再び顔を弄りだした。


「……




もー……


起きるよ~」


眠い目を擦りながら、美麗は起き上がった。大あくびをしながら、隣に二つ並ぶベッドで眠る幸人と陽介を見た。


「……2人共、まだ起きてないんだ。


あれ?アイツは?」


向のベッドで寝ていたはずの少年がいないのに気付いた美麗は、部屋を見回しベッドの下を見たがいなかった。


「……どこ行ったんだろう」


服を着替えると、美麗はアゲハを連れて外へと出た。出ると、そこに紅蓮がおり彼女を見ながら先を歩いて行った。


「紅蓮、待って!」


紅蓮の後をついて行くと、あの桜の木が生えている所に来た。紅蓮は、根元で眠っている少年の元へ行き、後ろを振り返り美麗を見詰めていた。


「うわぁ……桜だ。


何だ、まだ咲いてないんだ……?」


桜の木の元へ歩み寄りながら、眠っている少年を見た。


「……こいつ、ここで寝てたの?」

『夜中起きて、ここに』

「……」


眠っている彼の顔を覆うようにして垂れる髪を、美麗はソッと上げた。


「……やっぱり似てる……

晃に」

『……』


その時、少年の目がスッと開いた。ハッとした美麗は、上げていた髪をすぐに離し、身を引いた。


「え、えっと……その」

『……』


少年は美麗をジッと見ながら、口を軽く動かし手を伸ばした。


「?」

『……イ……ツ』

「いつ?


!」


伸ばす少年の手を握りながら、美麗はあの歌を歌い出した。林中に響くその歌声は、その林に住む小動物や鳥が集まってきた。


(……やっぱ……

いい歌声だ……美麗は)


「あ~……寝過ごした」

 

 

スーツに身を包みながら、幸人は眠そうにあくびをした。その隣で、上着を着ながらあくびをする彼を陽介は、呆れながら溜息を吐いた。

 

 

「貴様が一緒だと、こちらまで気が緩む」

 

「あ?」

 

「何でも無い。

 

ところで、美麗は」

「あ!2人共起きてる!」

 

 

声と共に、中へ入ってきた美麗……二人は、彼女のその容姿に少々驚いた。

 

腰まであった長い白髪は、綺麗に丁寧に一つ三つ編みにされていた。

 

 

「……その髪」

 

「美麗、誰にやって貰ったんだ?」

 

「アイツだよ。

 

何かね、歌歌った後2人で桜見てたの。そしたら、アイツまた私の髪触りだして、弄ってたらやってくれた!」

 

「そりゃ良かったな。

 

そんで、アイツは?」

 

「紅蓮と一緒にいるよ」

 

「そうか。

 

 

先に外出てろ。着替えたらすぐに行く」

 

「ハーイ」

 

 

揺った髪を左右に振りながら、美麗は外へと出た。

 

 

しばらくして、幸人達は表へと出て行き、外で待つ美麗達を連れて、その村を後にした。

 

 

 

汽車に乗る幸人達だが、少年はずっと耳を手で塞ぎ顔を俯かせていた。汽車が駅に停まる度、降りようとする彼を隣に座っていた陽介は宥めるようにして、背中を擦っていた。

 

 

「汽車に乗るのは、初めてだったみたいだな。今の様子だと」

 

「汽車では無く、馬車にするべきだったか」

 

「そうだな」

 

 

トンネルに入った時、中に響く音に少年は耳を塞いだまま、身を屈め縮込まった。

 

すると、幸人の隣に座っていた美麗は、席から降り覗き込むようにして下から彼を見た。目が合うと少年は、耳から手を離し彼女を抱き上げ、自身の膝に乗せると落ち着きを取り戻した。

 

 

「……落ち着いた…ようだな」

 

 

少年の膝に座った美麗は、振り返り頭を撫でながら微笑んだ。

 

 

目的の駅へ着くと、そこには既に陽介の部下が数名おり、隊長である彼を見るとすぐに敬礼した。

 

 

「お疲れ様です!准将!」

 

「ご苦労。

 

馬車を用意している。乗れ」

 

 

走らせる馬車から、美麗は外を見た。先程まで晴れていた空が、急に曇りだし暗くなっていた。

 

 

「さっきまで、あんなにいい天気だったのに……」

 

「嫌な天気だな」

 

 

本部へと到着する馬車……扉が開くと同時に、美麗は飛び出し先に出た。

 

 

「うわっ、ぬらりひょんの!」

 

「?」

 

「何事も無かったかのように、すっかり元通りだな」

 

「さっさと直さないと、いつまたあの様な事が起きないとは限らない」

 

「ごもっとも」

 

 

中へと入った幸人達は、研究室へと入った。そこにいた大地が、嬉しそうに駆け寄り美麗に抱き着こうとした。その瞬間、幸人は彼女を持ち上げ避けられた彼は、そのまま壁に顔をぶつけた。

 

 

「先輩、大丈夫ッスか?」

 

「ゆ、幸君……いきなり、避けさせないでよ~」

 

「変人に抱き着かせる馬鹿が、どこにいる」

 

「うぅ……そんな」

 

「……?

 

 

そいつですか?例の村にいたっていう」

 

「そうだ。早速頼んでいいか?」

 

「ヘーイ。

 

大地先輩、やりますよー」

 

「はーい。

 

幸君、彼をその椅子に座らせて」

 

「分かった」

 

「あとぬらちゃん、その頭の上に乗ってる蟲妖怪、そこの台に乗せて頂戴」

 

「何で?

 

嫌なことするんじゃ……」

 

「しないしない。軽い検査よ」

 

「蟲妖怪って言っても普通の蟲と変わらないから、体調崩してないかの検査だから、心配すんな」

 

「……」

 

「その疑いに満ちた目で、俺を見るな!」

 

 

台の上に乗るアゲハ……体を震えさせながら、辺りを見つつ美麗の腕にしがみついていた。

 

 

「はーい、アゲハちゃんちょっとごめんね」

 

『キーキー!!』

 

「あ、暴れないで頂戴!!

 

ぬらちゃん、ちょっと抑えて」

 

「抑えてるもん!」

 

「もっと強く!」

 

「嫌だ!アゲハが痛がる!!」

 

「翔君、抑えて!!」

 

「無理っす!今、この半妖擬き奴の検査で、手一杯ッス!」

 

「もう!!」

 

 

数時間後……息を切らす大地。傍にいた美麗は、彼を無視するかのようにして、アゲハを抱え頭を撫でていた。

 

 

「む、蟲妖怪を検査するだけで……こ、こんなに体力使うなんて」

 

「アゲハ、偉かったぞ!良い子良い子!」

 

『キー!』

 

「どこが偉かったのよ!!」

 

「まぁまぁ、そう怒るなって。

 

検査結果は?」 

 

「異常なし。

 

至って健康よ。

 

 

翔君、彼はどう?」

 

「今検査してますけど、別にこれといった問題は何も」

 

「そう。

 

血の採血した後、保管されてるサンプルに同じDNAが無いか、調べるからもう少し借りるわよ?」

 

「分かった。

 

美麗、しばらくここにいろ」

 

「えー!

 

私、パパの所に行きたい!」

 

「また今度な」

 

「ブー」

 

「そう膨れるな。ちゃんと連れてってやるから」

 

 

 

夕方……

 

 

園庭で、草原に座る紅蓮の胴に頭を乗せて、美麗は昼寝をしていた。彼女と同じように、少年も紅蓮の胴に頭を乗せ美麗の隣で、気持ち良く眠っていた。

 

 

 

「桜の守って、信じる?」

 

 

検査結果が書かれた書類を見ながら、大地は陽介と幸人の方を向いて言った。

 

 

「桜の守?」

 

「100年以上前に、絶滅した妖怪だよな?」

 

「そう。

 

毎年春になると、国中にある桜を咲かせていた妖怪。

 

 

容姿は人と変わりは無いけど、黒髪に紅い瞳が特徴的で、しばしば昔から半妖と間違えられたらしいわ」

 

「その妖怪が、何だと言うんだ?」

 

「彼、それよ」

 

「……」

 

「100年以上前に採取された、桜の守の血液サンプルがあって、そのDNAと彼のDNAを照合したら、一部が合致したわ」

 

「マジかよ……」

 

「夜山晃が書いた、妖怪辞典によると……

 

 

桜の守は、闇を封じる力を持っているらしいわ」

 

「闇を?」

 

「数少ない彼等は、ぬらりひょんの下に就き、生涯を共に過ごしていたらしいわ。

 

まぁ、要するに……妖怪達の闇を抑える代わりに、ぬらりひょんが彼等を守っていたの。

 

 

でも、最期に確認されたのが……102年前。それ以降は、まるっきり」

 

「それで、その滅んだはずの桜の守が、あの少年だと言うことか?」

 

「ハッキリ、断言できるわ。

 

 

と言う訳で、彼をここで保護させて貰うわ。貴重な桜の守だしね」

 

「お前に扱えるんであれば、別にいいが」




闇の力が、消えることは無い……


力を発動した時から、我々はあなたに仕えているんです。


本当は嫌い?嫌いじゃありません。


あなたと生涯を共にする……数少ない我等にとって、これほどの幸福はありません。


総大将……


例え、我々はあなたから離れても……時間を掛けて、あなたの元へ戻ります。




姿形が変わっていても……必ず。


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少年の名前

目を覚ます美麗……


「……あれ?


アイツは?」


傍で眠っていたアゲハは、立ち上がった美麗の頭に乗り、彼女と共に園庭を出た。


しばらく、廊下を歩いていると声が聞こえてきた。足を止め、耳を澄ますとその声は、自身の名前を呼んでいた。


「……誰?」


声に導かれながら、美麗は紅蓮と共に廊下を歩いていった。


「そっちにいたか?!」

 

「居ない!」

 

「クソ、どこに行ったんだ……2人して」

 

 

場内を、幸人と陽介は大地達と園庭からいなくなった美麗と少年を探していた。

 

 

「ぬらちゃーん、どこ行ったの!!出て来て!!」

 

「先輩、あんまり大声上げると、所長達に怒られますよ」

 

 

 

その頃、地下へと降りた美麗は声がする部屋の戸を開けた。その部屋は暗く、外から差し込む電気の光が置かれている機械類を照らした。

 

 

「……暗い」

 

『キー』

 

 

頭に乗っていたアゲハは、壁を歩き伝い電気のスイッチを入れた。灯りが点いた部屋は、機械類だけでは無く、ガラス張りの部屋があった。ガラス越しからその部屋を見ると、中には置かれた台の上に、機械のコードに繋がれた何かが寝かされていた。

 

 

「……」

 

『……

 

 

ミ……レ……イ』

 

「……?

 

 

誰?」

 

『……ミ……レイ』

 

「……

 

 

 

 

パパ?」

 

 

ガラスに手を付けて、美麗は中を覗いた。灯りに照らされて機械のコードに繋がれた者は、麗桜だった。

 

 

「パパ!」

 

 

その部屋の戸を開けようとしたが、ドアノブが固く開けることが出来なかった。

 

 

「……パパ」

 

 

「そこで何やってるの?」

 

「!?」

 

 

声に驚き振り返ると、そこにはファイルを持った女性研究員が立っていた。

 

 

「……え……えっと」

 

「あなた、誰?

 

どこの子?」

 

「そ、それは……」

 

『キーキー!!』

 

「え?!何で妖怪が!?

 

ち、ちょっと!!誰か来て!!妖怪が!!」

 

 

目を離した隙に、美麗は部屋を出て行った。出て行ったと同時に、地下を見回っていた兵士が駆け付けた。

 

 

「すぐにあの子を捕まえて!!妖怪を連れてるの!」

 

「あ、はい!」

 

 

廊下を駆けていた美麗は、非常階段を駆け上った。戸を勢い良く開けると、そこを見張っていた兵士に当たった。

 

 

「あ、ごめん!」

 

「な、何だ!?」

 

「緊急事態発生!

 

地下から何者かが、侵入!至急捕獲をお願いします!」

 

 

その騒ぎに、少年と一緒に居た紅蓮は、耳を澄ませた。すると、角から美麗が後ろを気にしながら駆けてきた。彼女は、少年に気付くと彼に飛び付き後ろへ隠れた。2人を守るようにして、紅蓮が唸り声を上げながら、前へ行き後から追い駆けてきた兵士を睨んだ。

 

 

「な、何だ?!」

 

「妖怪が侵入!直ちに報告!」

 

「は、はい!」

 

 

動こうとした瞬間、兵士は銃弾を放った。その音に、美麗は耳を塞ぎその場に座り込んだ。

 

 

銃声の音に、幸人達はすぐに駆け付けた。陽介の姿を見た兵士達は、すぐに身を引き壁に並んだ。

 

 

「幸人!」

 

 

陽介の後から来た幸人に、美麗はすぐに彼の元へ駆け寄り抱き着いた。

 

 

「この者達は、俺達の知り合いだ。

 

すぐに持ち場へ戻れ」

 

「はい!」

「はい!」

 

「研究室に戻るぞ」

 

「あぁ。

 

行くぞ」

 

 

体を振り、紅蓮は先を歩いた。美麗は幸人から離れると、少年の手を引き彼等の後を歩いて行った。

 

 

「逃げ出したかと思った……」

 

「本当に見つかって良かったわ……」

 

 

疲れ切っている大地と翔を前に、美麗は台の上に座り足をブラブラとさせながら、お饅頭を食べていた。

 

 

「ねぇ、何でパパあの部屋で寝てたの?」

 

「あの部屋?」

 

「地下にあった部屋。ガラス張りになってる部屋と、その部屋を見張るための部屋がある」

 

「あー、あの部屋。

 

 

万が一、力が暴走してもあそこで、制御できるからよ」

 

「……制御?」

 

「あの部屋は特別で、お前の親父さんにとっては理に適ってんだ」

 

「フーン。

 

 

会いに行けないの?」

 

「生憎、まだ妖力が安定してないから無理ね。

 

 

会えるようになったら、幸君に連絡するわ」

 

「……」

 

「さてと、この子をここに置くとして……

 

ねぇ、名前は?あるの?」

 

「無い」

 

「というか……発見されてから、一言も喋っていないらしい。だから、あるのか無いのかが分からない」

 

「あら、そうなの?」

 

「検査したけど、声帯や耳には異常は見つからなかったッスけど……」

 

 

頭を悩ませている彼等を背に、美麗は台から降りると椅子に座っている少年の元へ駆け寄った。寄ってきた彼女を彼は抱き上げ、膝に乗せると頭を撫でた。

 

 

「へへ!くすぐったい!

 

 

……ねぇ、名前ある?」

 

『……ナ…マエ?』

 

「そう、名前。

 

ある?」

 

『……』

 

 

机の上にあった紙に、少年は字を書いた。

 

そこに書かれていたのは……『愁』。

 

 

「……何て読むの?」

 

『……』

 

「……

 

 

幸人!」

 

「?」

 

「これ何て読むの?」

 

 

美麗が指差す字に、幸人は見た。彼に続いて陽介も、その紙に書かれている字を見た。

 

 

「“シュウ”って、読むが……」

 

「いつの間にこんな字を?」

 

「ぬらちゃん、凄い……」

 

「私が書いたんじゃ無いよ。

 

 

愁が書いた」

 

「シュウ?」

 

「誰のことだ?」

 

「こいつの名前」

 

「……お前、字書けるのか?」

 

 

幸人の問いに、愁は頷いた。その答えを見た大地は、少し考えてから翔と顔を合わせた。彼はすぐに、何かを取りに、部屋の奥へと行った。

 

 

「ちょっと、テストをさせて頂戴」

 

「……何するの?」

 

「簡単なテストよ。変な事はしないわ。

 

ぬらちゃん、ちょっと降りて」

 

 

愁の膝から降りた美麗は、幸人の傍へ行き彼を見つめた。

 

しばらくして、翔は紙と文字と生き物や物の絵が描かれた紙を持ってきた。

 

 

「簡単な知能テストやるよ。

 

 

これは?」

 

『……ウ…マ』

 

「じゃあ、これ」

 

『……イ…ノ…シシ』

 

「……これは?」

 

『……スミ…レ』

 

「どうやら、字は読めるみたいだね」

 

「ねぇ、愁ちゃん。

 

字は誰に教わったの?」

 

『……ヒ…ト』

 

「人……」

 

「通りすがりの人とか、旅人って事ッスかね?」

 

「多分ね。

 

ここで、十分な教育をすればちゃんと喋れるようになって、僕チン達が聞きたいことが聞けるようになるかも知れないわね」

 

「そうッスね」

 

「愁、連れて帰らないの?」

 

「あぁ」

 

「……」

 

 

すると、愁は美麗の髪を握った。突然握られた彼女は、床に尻を着いた。

 

 

「あらあら、愁ちゃんはぬらちゃんと離れたくないのかしら?

 

じゃあ」

「ここに置くわけ無いだろうが」

 

「うぅ……」

 

「……幸人、貴様の家には確か」

 

「空き部屋はあるにはある。

 

だが、掃除しねぇと……

 

 

それに、暮らすんであれば、必要最低限の家具類セットしねぇとだし」

 

「やれ。俺も手伝う」

 

「へい」

 

「という事だ。

 

大地、愁は幸人達の元に置く」

 

「置くのは構わないけど、これやって貰うわよ」

 

「だったら、月一で来い」

 

「あら、素敵!」

 

「言っとくが、愁限定だからな。

 

美麗にまで、手を出したら……テメェの脳天ぶち抜くからな」

 

「は、はい……」




幸人達の話を理解したのか、愁は美麗の髪から手を離した。離された美麗は、彼の膝の上に座ると、垂れている髪を触った。


「……晃と同じ、サラサラ」

『ヒカ…ル?』

「そう、晃!

晃もね、よく髪の毛やってくれたんだ!


こうやって、三つ編みにして……」


三つ編みになった髪の毛先を弄る美麗の頭を、愁は撫でながら言った。


『昔……


似た子の髪を……三つ編みに…した』

「……どんな子?」

『……分から…ない。


覚えて……ない』

「……」

『……でも……


髪の長い……人…だった』

「私くらい?」

『うん……』


ずり落ちてきた美麗を、愁は持ち直し彼女を抱き締めた。傍にいた紅蓮は、愁の頬に鼻を突くと彼の足下に伏せた。


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桜のビー玉

夜汽車の中……


自身に凭り掛かり、ウトウトしている美麗を陽介は自身の膝に頭を乗せさせ、横にならせた。彼の膝を枕に、美麗は頭を乗せ膝に顔を埋めるとそのまま眠りに入った。

彼女の向に座っていた愁は、眠った姿を見るとそれに釣られてから壁に凭り掛かり、眠りに付いた。


2人が寝付いた後、幸人は少し疲れた様子で、席へ戻ってきた。


「連絡着いたか?」

「何とか。


先に到着するから、始めておくとさ」

「そうか。

あれだな。貴様の家は、いつの間にか賑やかになったもんだな」

「ほっとけ」

「俺も帰るのが、少し楽しみだ。


昔は、貴様と月影師匠しか居なかった……」

「……そういや、アイツ言ってたな。


あの家は、元々下宿として建てられたって。前は広すぎたが、今となっては丁度いい」


眠る2人の寝顔を見ながら、幸人は微笑を浮かべながら言った。


牧場で日なたぼっこをするエル……

大人しく寝ていたかと思いきや、エルは突然立ち上がり家に向かって鳴き声を発すると、そのまま柵を跳び越えて駆けて行った。

 

 

帰路を歩く幸人達。美麗は飛び回るアゲハを、道脇にある花畑で、追い駆け回っていた。

 

紅蓮の隣を歩いていた愁は、初めて見る光景に少々驚いた様子でいた。

 

 

「お前が住んでた村より、静かだろ?」

 

 

幸人の問いに、愁は頷いた。その時、聞き覚えのある鳴き声と共に、空から何かが花畑に降り立ち美麗に寄った。

 

 

「察知の早い、グリフォンだな」

 

 

花畑で転がった美麗は、笑いながらエルに飛び乗った。エルは飛ばずに、幸人ではなく何故か愁の元へ駆け寄り、嘴を彼に擦り寄せた。

 

 

「おい……

 

 

あのグリフォン、確か初回の奴には懐かないんじゃなかったか?」

 

「俺に聞くな……」

 

 

 

家に着くと、中は物で溢れかえっていた。その山積みになった物の中から、秋羅が呆れ顔で帰ってきた幸人達を迎えた。

 

 

「おい、この荷物どうする?」

 

「……」

 

「貴様、随分と整理していなかったようだな」

 

「……」

 

「物がいっぱーい!」

 

「あ、こら!入るな!」

 

「一日掛けてやるか。

 

美麗、愁に牧場を案内しろ」

 

「はーい!

 

愁、行こう!」

 

 

愁の手を引き、美麗は牧場へと行った。秋羅は彼を見ながら幸人に質問した。

 

 

「アイツが例の?」

 

「そう」

 

「見た感じ、俺とあまり変わらないように見えるが……」

 

「まぁ、調べたところ10代後半から20代前半。

 

君の兄弟と言っても、差ほどおかしくは無い」

 

「フーン」

 

「さてと、とっとと片付けるか」

 

 

 

日が沈み、辺りが暗くなり始めた頃……外に出していた馬達を小屋へと入れた美麗は、エルの手綱を引き中へ入れようとする愁の所へ行き、一緒に小屋へと入れた。

 

 

「お家入ろう」

 

『……花……』

 

「花?

 

花、見たいの?」

 

『……うん』

 

「じゃあ、行こう」

 

 

牧場を出て行き、植木鉢が置かれた庭へ美麗は愁を連れて行った。鉢には、土に埋めた種から芽が出て花を咲かせていた。

 

 

「ほら、綺麗でしょ!

 

 

この花はね、柊の花なんだよ」

 

『柊?』

 

「私のパパのお友達。

 

 

でも、もういない……」

 

『……美麗、寂しい?』

 

「分かんない……

 

パパは離れてるし、ママも晃もいない……

 

 

愁は?」

 

『……分からない……

 

 

家族……いたのか…いないのか』

 

「……

 

 

ハックション!

 

寒い……中、入ろう」

 

 

そう言って、美麗は愁と共に家の中へ入った。

 

中は多少片付いたものの、まだ物が置かれていた。その山積みの中に、幸人は陽介と共に物を整理していた。

 

 

「うわぁ……まだ物がいっぱい」

 

「ったく、よくここまで溜め込んだもんだな」

 

「貴様、師匠が死んだ後遺品整理したのか?」

 

「面倒だったから、してない」

 

「それが原因だ!!」

 

「……?」

 

 

段ボールに入っていた古い巾着袋を、美麗は目に入りそれを手にとり、袋の口を開け中を見た。中には、桜のビー玉がいくつもあり、その中に布で包まれたものがあり、それを開くとそこには桜の形をした氷が、大事に包まれていた。

 

 

「……これ」

 

「何だ?それ」

 

「幸人、これは?」

 

「あ?

 

 

あぁ……確か、随分前の師匠が弟子だった頃に、誰かから貰ったって……」

 

「誰かって、誰?」

 

「知らね」

 

「肝心なところだけは、抜けているな」

 

「ほっとけ!」

 

「これ、どうするの?」

 

「どうするって……捨てるのもなぁ……」

 

「桜の氷は、こちらで引き取る。

 

ビー玉は、美麗。貴様が持っておけ」

 

「はーい」

 

「まだ掃除終わらないから、エル達と一緒に散歩しててくれ」

 

「分かった。

 

愁も連れてっていい?」

 

「あぁ」

 

「ワーイ!

 

行こう!お散歩!」

 

 

氷を布に包み直し美麗はそれを陽介に渡すと、そのまま裏口から外へと出た。

 

 

「……ところで陽介、何でそれを引き取った?」

 

「似たようなのを、曾祖母の遺品にあったんだ。

 

それを、俺が持っている」

 

「じゃあ、それを美麗が作った?」

 

「可能性は高い。

 

彼女の記憶は、確か本部にいた頃の記憶は無い」

 

「見覚えが無くて、当然だな」

 

「まぁ、この話はまた今度だ。

 

さっさと部屋を片付けるぞ。

 

 

元後言えば、貴様が整理していなかったのが」

「分かったから、いちいち言うな!!」

 

 

 

夜が更けた頃、散歩をしている内に眠った美麗を愁は抱えながらエルから降りた。エルの手綱を引き、小屋へと入れると、彼は家の中へ入ろうとノブに手を掛けた時だった。

 

 

『桜の守とは、君のことかな?』

 

『?』

 

 

振り返った先には、地狐が立っていた。彼を見た愁は、咄嗟に抱えていた美麗を守るようにして自分の背を盾にした。

 

 

『……襲いもしないし、その子を奪いはしないよ。

 

僕は、その子の父親の友達なんだ』

 

『……』

 

 

「美麗!片付いたから、そろそろ……

 

あれ?地狐、何で」

 

 

家から出て来た秋羅は、少々驚きながら外にいる二人を交互に見た。

 

 

『久し振り、秋羅。

 

中に、入ってもいいかな?』

 

「構わねぇけど……

 

どうしたんだ?いきなり」

 

『美麗の様子見』

 

 

愁に抱えられていた美麗は、起きたのか目を擦りながら体を起こした。

 

 

「秋羅、腹減った」

 

「家に入ったら、食おうな」

 

「……あれ?

 

何で、地狐がここにいるの?」

 

『お話をしに来たんだよ』

 

「お話?」




夕飯を食べた後、美麗は自室のベッドで寝かされた。寝息を立て眠る彼女に布団を掛けた秋羅は、戸を閉め下へ降りた。

リビングでは、お茶を飲む地狐と彼を不思議そうに見る、愁が向かい合って座っていた。


「そんで、話は何だ?」

『率直に聞くね。まぁ、その方が手っ取り早いんだけど……


彼、桜の守でしょ?よく見付けたね』

『桜?守?』

『君のことだよ。


君は、とても珍しい希少価値のある妖怪なんだ』

『希少……価値』

「話じゃ、確かこいつの一族は100年前に滅んだって、聞いたが?」

『確かに、僕等が彼等……というより、彼等の血を引いた者を見たのは、102年前。


それ以降は、全く確認がされなかった。彼等は普通の妖怪と違って、繁殖方法が変わっていたからね』

「変わっている?」

「妖怪は変わってるだろう?」

『君等人間や動物と同じように交尾して、子孫を産む妖怪もいれば、卵を産みそれから孵化する妖怪もいるし、蟲のように幼虫から蛹、蛹から成虫になる妖怪もいる。


でも、彼等は別。

彼等は、木から生まれる』

「木?」

『木と言っても、何でもいいって訳じゃ無い。

今では、数カ所しか生えていない木……桜。


桜の木から、彼等は生まれる』

「桜……」

「100年前には、確か美麗が生まれ育った北西の森が、桜の名所だったって聞いたけど」

『その通り。


桜の守の先祖が、あの森で生まれたからだよ。


大昔は……そう、美麗の曾祖父が生きていた頃は、それは綺麗な場所だった。

毎年、春になると桜が咲き乱れて、いつも木の下で花見をしたなぁ。その地の酒を仲間達と飲んで……本当、幸せだった』

『桜?

どんなの?』

「ん?

そうだなぁ……」


リビングに置かれた本棚から、植物図鑑を取りページを捲り、あるページで手を止めそれを愁に見せた。


「この、白い花を咲かせた木が、桜だ」

『……この木、村にあった』

「え?」

『村の…外れの…林に……』

「そんなところ、あったか?」

「知らない」

『……どうやら、愁君。

その木から、生まれたみたいだね。


桜の守は、生前していた守の魂が洗い流されて、また新たな命として蘇る……


輪廻転生って奴だね、君等で言う』

「……」

「誰の魂なのか、分かるか?」

『それは、僕等にも分からないよ。

知っているのは、多分仏だね』

「……」

『でも、君が生まれてきてくれて、よかったよ。


これで、しばらくは安泰だね』

「どういう意味だ?」

『その内、分かるよ。


まぁ、僕には……




彼が……


あの人に見えるよ』


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重なる形

愁を見つめる地狐の目は、どこか悲しそうに見えた。


その時、2階から半べそを掻いた美麗が降りてきた。それを見た秋羅は、慌てて駆け寄ろうと立ち上がった。

だが、彼より早く愁は立ち上がり、美麗の元へ寄ると彼女を抱き上げた。


(……晃?)


彼女を抱き上げる愁の顔が、一瞬幼い美麗を抱く晃と重なって見えた。


「また起きちまったか……

どうすれば、朝まで寝るかなぁ」

『美麗の夜泣きは、今に始まったことじゃないから』

「……」

『晃が生きていた頃は、全然寝付けなくて。

寝かせても、夜中起きてきてね。よく、森に来てはリル達の中で一緒に、眠っていたっけ』


あくびをした美麗は、愁の肩に頭を乗せ寝息を立てた。眠った彼女を、愁は持ち直してソファーに座った。


「愁でも、素直に寝るのかよ」

『幸人や陽介は、天花と同じにおいがするから、落ち着くんだよ。

愁は分からないけど』

「俺だけ、仲間外れ?」

「落ち込むな」

「うぅ……」


「幸くーん!来たわよー!」

 

 

陽介と地狐が帰ってから数週間後、大地は翔と共に幸人の家へやって来た。

 

 

「来て欲しくなかった」

 

「幸君!そんな事言わないで!」

 

「話いいんで、早く検査しましょうよ。あんまり時間を掛けると、所長に怒られるッスよ」

 

「そ、そうね……

 

 

あれ?愁君は?」

 

「美麗と一緒に、牧場にいる」

 

「じゃあ、早速……愁くーん!」

 

 

彼の名を呼びながら、大地は裏口から牧場へ行った。

 

牧場では、妖怪辞典を美麗が愁と読んでいた。彼等を囲うように、エルと紅蓮が座っており紅蓮の頭にはアゲハが止まっていた。

 

 

「愁君!久し振り!」

 

『……誰?』

 

「ありゃりゃ……

 

 

もう、愁君!数週間前に、君を検査した雲雀大地だよ!」

 

『……』

 

「……何…その無反応」

 

 

本を閉じた愁は、大地を無視して牧場から去って行った。

 

 

「え?ちょっと、愁君!」

 

「愁、待って!」

 

 

呼びながら駆けてきた美麗を、愁は待ち着いた彼女の手を握って歩いて行った。そんな彼等の後を、慌てて大地は追い駆けていった。

 

 

 

「幸君!愁君を説得して!!」

 

 

中へ入った愁は、頑なに検査を受けようとしなかった。膝を立てて座る彼の足の間に座っていた美麗は、植物図鑑を広げ読んでいた。

 

 

「説得しろって言われてもなぁ」

 

「……!

 

 

なぁ、美麗!」

 

「?」

 

「愁と一緒に、検査受けねぇ?」

 

「嫌」

 

「う……

 

あ、あのね……注射はしないッスよ?だから」

「嫌!」

 

「無理だぜ。そいつの検査していいのは……というより、検査を許してんのは水輝達だけだ」

 

「じゃあ、その2人を」

 

 

「翔!!大地!!

 

人の患者に、手ぇ出してないでしょうね!?」

 

「来たぞ」

 

「来るの早!!」

 

 

大地が持ってきた問題集を愁は次々に解いていった。解いていく彼のスピードと、解かれた問題集を大地は口を開けながら見た。

 

 

「……す、凄い……

 

短期間で、もう年相応の問題が出来るなんて」

 

「先輩、何か教えたッスか?」

 

「何にも」

 

「言っときますけど、俺も教えてませんよ。何も」

 

「……」

 

「美麗の奴、レベル上がってるぞ」

 

「嘘!?」

 

「いや、マジ。

 

前回の記録が、確か5歳から6歳程度だったんだろ?

 

 

 

それが今回、10歳前後の問題をスラスラ解いてるぞ」

 

「嘘!?

 

 

ちょっとぬらちゃん!いつこんなの、教わったの?」

 

「分かんない!」

 

「分かんないじゃなくて!」

 

「このレベルだと、彼の私生活に問題は無いっスね。ただ、誰かの手助けがまだ必要っスけど」

 

「引き続き、彼をよろしくね!幸君!」

 

「テメェに頼まれると、嫌だと言いたくなる」

 

「幸君!」

 

 

1人で問題集をやっていた美麗は、次第に飽き鉛筆を置くと机に向かっている愁の元へ寄り、彼の膝に飛び乗った。

 

 

「ぬらちゃん、まだ愁君検査中だから、後でね」

 

「嫌だ」

 

「ぬらちゃん!」

 

「先輩、彼普通にやってますよ?」

 

 

美麗を膝に、愁は問題集を淡々とやっていった。やり終えると、愁は彼女を連れて牧場へ出て行った。

 

 

「わぁ、凄ぇ。

 

全部合ってる」

 

「短期間で、あんなに変わるんですか?」

 

「変わるというか……

 

 

今まで、得ていなかったものを一気に吸収してんだろう」

 

「フーン……」

 

「半分、ミーちゃんが教えてるんじゃないの?

 

愁君、ミーちゃんと何かやってる時が、一番楽しそうだから」

 

「あれだけの初診で、よく分かるね」

 

「まぁね」

 

 

 

夕方……

 

 

用が済んだ大地達は、幸人に何か言いながら帰って行った。

 

 

牧場にいた美麗は、自分に寄ってきた馬の手綱を引き、小屋の中へと戻した。彼女に続いて、愁は牛を連れて来た。

 

皆を小屋へ戻し、扉を閉めた美麗は、待っていてくれた愁と一緒に、家へ戻ろうとした。

 

 

その時、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。音にビクついた美麗は、足を止め怯えた表情で空を見上げた。雨雲が空一面を覆い、美麗は不安になりながらも、先を歩いて行く駆けていった。

 

 

“ドーン”

 

 

鳴り響く雷の音……美麗は耳を手で塞ぎ、その場に座り込んだ。座り込んだ彼女の元に、愁は歩み寄った。そして、立てなくなった美麗を抱き上げ中へと入った。

 

 

戸を開け外へ出ようとした秋羅は、美麗を抱えて帰ってきた愁を見て、少々驚きながらも中へと入れた。

 

 

 

夕飯を食べ終えた後、美麗は雷の音に怯えずっと秋羅に引っ付いていた。ゴロゴロと鳴る度、美麗は彼の体に顔を埋め耳を塞いだ。

 

 

「凄い鳴るな、雷」

 

「……」

 

「お前、本当雷は駄目なんだな?」

 

「雷は嫌だ……早く止んで」

 

「その内止まるから」

 

 

鳴り響く振り子時計の音。ふと時計を見ると、22時30分を過ぎていた。

 

 

「ほら美麗、もう寝ろ」

 

「……」

 

 

顔を上げた美麗は、体を起こし秋羅から離れ部屋へと行った。

 

 

全員が寝静まった頃、ゴロゴロと鳴る雷に美麗は頭から毛布を被り、耳を塞いで身を縮込ませていた。

 

毛布から顔を出そうとするが、鳴り響く雷に怯えまた中へ隠れた。

その時、部屋の戸がソッと開いた。

 

 

「?」

 

 

棚の上に置かれたクッションで眠っていたアゲハは、触角で入ってきた者の頭を撫でると、再び眠りに付いた。

その光景を見た美麗は、毛布から恐る恐る外を見た。そこにいたのは、愁だった。

 

キョトンとしていた時、また落雷の音が響き美麗は思わず、毛布から飛び出ると愁に抱き着いた。抱き着いてきた彼女の頭を撫でながら、愁は座った。そして、ベッドに美麗を寝かせ、布団を掛けると手を握りながら優しく頭を撫で続けた。

 

 

(……何だろう……

 

 

凄い懐かしい……

 

 

 

 

そうだ……晃に似てる……

 

 

晃なのかな?)

 

 

時折聞こえてくる、雷の音に怯えていた美麗だが、愁の手を握ってからしばらくして、その音は次第に小さくなっていき、同時に瞼が重くなってきた。

 

 

『こうやって、手を握っていれば怖くないだろう?』

 

 

懐かしき日々の中、晃はリルのお腹に頭を置き横になる幼い美麗の手を握りながら、頭を撫でて言った。

 

 

昔のことを思い出しながら、美麗は愁の手を握ったまま寝息を立てて眠った。眠った彼女の頬を撫でると、愁は猫の抱き枕を彼女に抱かせた。

 

立ち上がった愁に、アゲハは小さく鳴き声を放った。そんなアゲハに、愁は撫でると部屋を出て行き自室へと戻った。




そんな彼等の様子を、地狐は天狐達と水面から眺めていた。


『直接会ってみたけど、まだまだ生まれたての子供って感じだったね。

まぁ、美麗を大事にしていたみたいだけど』

『……重なるな、2人に』

『やっぱり、姉君もそう思う?


あの桜の守、きっと美麗の良いパートナーになってくれるよ』

『かつての、李桜莉と麗奈の様にか?』

『そう……

傍にいれば、闇の力は生まれない……生まれても、彼が彼女を守ってくれる』

『……そうなってくれれば良いが』

『なれるさ。

麗奈が言っていたじゃないか。


『自分達は、例えどんな事が起きても必ず、闇の力からあなた方を守る』って』

『……そうだな。


それを信じるか』


安らかに眠る、美麗の寝顔に微笑みを浮かべながら、地狐と天狐はしばらくの間、水面に映る彼女を眺めた。


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北国の鬼

牧場で、低級の妖怪達と日なたぼっこをする美麗。彼女の傍で、愁は甘えてくるエルの頬とお腹を交互に撫でた。


「鬼退治?」

 

 

お茶を飲む葵が言った言葉を、幸人は繰り返し言った。

 

 

「そう、鬼退治」

 

「お腰に付けたきびだんごを、3匹に渡せば良いだろう?」

 

「冗談言わないで。

 

ちょっと、人数が必要なんだよ。協力頼むよ」

 

「人数が必要って……

 

あと、誰が来るんだよ」

 

「マリウスと花琳とその弟子達」

 

「わざわざ外国から来るんですか?!あの人達」

 

「仕事がしばらく無くて、その間こっちに来てるんだ」

 

「それで、あの2人に依頼したと」

 

「その通り。

 

彼等とは、現地で合流する予定なんだ」

 

「行っても良いが、2人オマケが付くぞ」

 

「2人?

 

1人は美麗だとして、もう1人は?」

 

 

その時、裏口から美麗と泥だらけになった愁が中へと入ってきた。

 

 

「何があった?その泥」

 

「馬達が愁を引きずり回しちゃって……

 

ドロドロになっちゃった」

 

「とりあえず、風呂に入ろうか」

 

 

秋羅に釣られ、愁は風呂場へと行った。美麗は、先に飛んで行ったアゲハを追い駆け、テーブルの上に置かれていた林檎を一つ手に取りながら、幸人の元へ寄った。

 

 

「……彼、誰?」

 

「愁だよ」

 

「シュウ?誰?」

 

「美麗と同じ理由で、ここに置いてる」

 

「……後で、詳しく聞かせて貰うよ」

 

「んで?2人共、良いか?」

 

「構わないよ」

 

「どっか行くの?」

 

「北国に、鬼退治だ」

 

「北……

 

 

ねぇ、鬼退治終わったら北西の森に行きたい!」

 

「え?北西の森?」

 

「美麗、無茶なこと言うな」

 

「えー……行きたい!行きたい!」

 

「うるせぇぞ!!」

 

 

幸人に怒鳴られた美麗は、頬を膨らませながらシュンとした。

 

 

「幸人、そんな怒鳴らなくても……

 

 

美麗、良いよ。仕事終わったら、北西の森に行こう」

 

「ヤッター!!」

 

「悪いな、葵」

 

「別にいいよ。

 

少し、様子を見に行きたいしね。北西地域に」

 

『北西?』

 

 

お風呂から上がった愁は、言いながら首を傾げた。

 

 

「ちょ、ちょっと!!服着てよ!」

 

「下は穿いてるぞ」

 

「幸人!女の子いるんだがら、上半身裸は止めて!!」

 

「だとさ。

 

愁、シャツ着ろ」

 

 

手に持っていたシャツを、愁は着た。美麗は手を引き、彼の部屋へと行った。

 

 

「身体に問題は無いが、まだ誰かの手を借りねぇと私生活は少し困難だ」

 

「見れば分かるよ」

 

「そういえば、美麗ちゃんの髪秋羅がやったの?」

 

「違ぇよ。

 

愁がやったんだよ」

 

「え?彼が?」

 

「アイツ初めて会ったには、妙に美麗に懐いてんだよなぁ」

 

「へー」

 

「暗輝か水輝に連絡入れるから、どっちかが着たら出発で良いか?」

 

「構わないよ」

 

 

 

数時間後……

 

 

準備をし終え、幸人達は牧場へ集まっていた。

 

 

「水輝さん、残念でしたね」

 

「仕様がねぇよ。

 

今月と来月に、この辺り一帯の健康診断の手伝い任されてて、予定がびっしりなんだから」

 

「大変だね、医者は」

 

「獣医師の君は?」

 

「しばらく無いが、多分そろそろ来る」

 

「お疲れ」

 

「さてと、そろそろ出発するよ」

 

 

そう言って、葵は地面に陣を描くと、首に掛けていたオカリナを手に取り、それを吹き出した。清らかに奏でられるオカリナの音色に反応して陣が輝きだした。すると、地面から水が噴き出し、それは幸人達を包み込んだ。

 

そして、外の景色が次々に変わっていき、着いた先は雪が積もった山の麓だった。

 

 

「はい、到着」

 

「雪だぁ!」

 

「この辺りは、まだ雪が溶けてないんですね」

 

「北国だからね。

 

中間か来月辺りで、歩けるくらいには溶けるよ」

 

「雪が完全に消えることは、無いんですね」

 

「あるよ。

 

夏の間は、ずっと。だけど、ここんところ異常気象で、夏でも雪が降るから」

 

「……」

 

「そんで、依頼主はどこだ?」

 

「ここから少し歩いた先にある、町だよ。

 

北国では珍しく、発展している町だよ」

 

「歩くのかよ」

 

「どうせなら、町の前まで飛ばせよ」

 

「そんな無理言わないで。

 

水星に、そんな力あるわけ無いだろう?」

 

「だったら、月にもねぇよ」

 

「文句言ってる暇があるなら、足を動かす。

 

ほら、美麗をご覧よ」

 

 

紅蓮とエル、アゲハを連れて美麗は真っ白な雪に足跡を付けるようにして、歩き回っていた。

 

 

「アイツは、雪に慣れてるからだ」

 

「オマケに、疲れれば紅蓮かエルが背中に乗るだろう」

 

「さぁ、文句言わずに出発!」

 

 

雪の中を歩く一同……

 

美麗は、辺りの積った雪に片っ端から突っ込んでは、足跡を付けたり小山に突っ込んだりと遊んでいた。

 

 

「美麗ちゃん、普通に遊んでるね……」

 

「久し振りの故郷だから、嬉しいんだろ」

 

「この辺り、妖怪がいねぇな」

 

「北国には妖狐が住んでるから、余り妖怪被害はないんだ。

 

まぁ、時々被害はあるけど」

 

「さすが、天狐と地狐」

 

「トップクラスは、格が違うわ」

 

 

しばらくして、町を囲う壁が見えてきた。雪で遊んでいた美麗は、壁が目に入るとすぐに秋羅達の元へ駆け寄り、隣を歩いた。

 

関所に着いた時、葵達が先に話を付けに警備している者の所へ行った。その間に、幸人は美麗に髪の毛を隠すようにしてフードを被せた。

 

 

「一応、被っとけ。

 

何があるか、分からねぇからな」

 

「珍しいからって、さらわれたりしたら元も子もねぇからな」

 

 

フードを弄る美麗を、愁はヒョイと抱き上げた。

 

 

「……まぁ、こっちの方が安全だな」

 

「オー!高ーい!」

 

『キー!』

 

 

愁の頭に乗ったアゲハは、鳴き声を上げながら触角で美麗と愁の頬に触れた。

 

 

その時、背後から何かが美麗のフードを引っ張ってきた。引っ張られるフードを抑え、振り返るとそこにはドラゴンと竜、合わせて4頭いた。

 

 

「あぁ!梨白達の竜だ!」

 

 

顔を寄せてきたドラゴンと竜達の頬を、美麗は撫でた。撫でる彼女の頬を、彼等は交互に舐めた。

 

 

「時間ピッタリだね」

 

「まぁ、これでも紳士なのでね」

 

「紳士だから、何だよ」

 

「お前等の竜が、飼い主以外に懐いてて良いのか?」

 

「知りません」

 

「勝手に懐いてるのよ」

 

 

愁から降りた美麗は、竜の背中へ乗り飛ばそうとしていた。

 

 

「勝手に飛ばそうとするな!!

 

梨白!!」

 

「やれやれ……アリサ」

 

 

命令された2人は、すぐに竜達の元へ駆け寄り飛び立つ寸前で、手綱を引き止めた。

 

 

「あぁー」

 

「勝手に飛ばすな」

 

「ほら、降りなさい」

 

「ブー」

 

 

竜から降りようとした時、美麗は足を滑らせ落ちた。慌てて梨白が受け止めようと手を伸ばすが、瞬時に傍にいた愁が、落ちた美麗をキャッチした。

 

 

『平気?』

 

「平気だよ!」

 

「……誰?」

「……どちら様?」

 

「うちで一緒に暮らしてる、妖怪の愁だ」

 

「一緒にって、どういう事?」

 

「あとで説明するよ」

 

「君、少しは躾けて下さい」

 

「してるつもりだ」

 

「どこがよ」

 

「……」

 

「まぁまぁ、喧嘩しないで。

 

 

ほら、中に入るよ。

 

 

あ、幸人、紅蓮に首輪着けといて。エルは手綱。

竜達は、外で待機」

 

「紅蓮に首輪着けるの?何で?」

 

「町の決まりだよ。

 

竜は……言わなくても分かるよね?」

 

「分かってますよ」

 

「アゲハは?」

 

『キー?』

 

「……風船みたいに、紐を着けて連れて」




町近くにある、森……

木の影から、4つの目が彼等を見つめていた。


その視線に紅蓮は、振り返り森を見た。


『……』

「紅蓮、どうかした?」

『……いや、何でも無い』

「?」


振り向いた先の森から、既に視線は感じなかった。紅蓮は辺りを警戒しつつ、秋羅に首輪を着けて貰いそのまま彼等と町の中へと入って行った。


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子供の遊び

町長宅……


馬繋ぎ棒に、エルと紅蓮を繋ぎその傍で暗輝は美麗と愁と外で待機し、その他は中で話を聞いていた。


「鬼退治と聞きましたが、この町によく現れるんですか?」

「いえ、ここに現れるんじゃ無くて……

この町の外れにある、森に棲み着いているんです」

「森?

あぁ、あそこか」

「あそこから、嫌な妖気は感じなかったけど」

「今は休息しているのかと……


とにかく、すぐにでも森へ入って鬼を退治して下さい」

「退治は保留にします。

鬼達が町を襲う原因を、突き止めてからです」

「そ、そんな……」

「祓い屋と言っても、問答無用でやるのはちょっとね。

ちゃんと原因を突き止めてから、祓いますよ」

「……しかし」

「心配でしたら、この町に二人置いときます。

あとの者で、森を偵察します。これでよろしいでしょうか?」

「い、いえ、そこまでしなくても……


まぁ、いいでしょう」


外で待っていた美麗は、首輪を嫌がる紅蓮を宥める様にして撫でていた。その時、向こうから笑い声が聞こえ、彼女は気になりその声の元へ駆けて行った。

 

 

そこでは、子供達が地面に丸を書きそこに、石を投げて遊んでいた。そんな中、遊んでいた1人が美麗の存在に気付き一緒に遊んでいた仲間に呼びかけ、話をした。すると、その1人が彼女に向かって手招きをした。美麗は嬉しそうに、その中へ入り遊びだした。

 

 

「ハァ、面倒な依頼内容だな」

 

 

怠そうな声を上げながら、幸人達は町長の家から出てきた。転寝をしていた暗輝は、口から出ていた涎を拭きながら大あくびをし、体を伸ばした。

 

 

「あれ?

 

暗輝さん、美麗と愁は?」

 

「ん?その辺にいねぇか?」

 

「いませんよ」

 

「……」

 

「テメェ、寝てたからいなくなったとか言うんじゃねぇよな?」

 

「……すいません」

 

「阿呆!!」

 

 

「スゴォイ!!」

 

 

子供の驚く声に、秋羅達は耳を向け声のへ行った。そこでは、町の子供達と美麗が、楽しそうな声を上げながら遊んでいた。その様子を、愁は離れたところから見ていた。

 

 

「すっかり溶け込んでるな……アイツ」

 

「でもこうやって同い年の子供と遊んでると、美麗ちゃん普通の子ですね」

 

「……そういや、うちの近所に子供いねぇもんな」

 

「いつも誰と遊んでるの?」

 

「手伝いさせながらだから、大抵エルか紅蓮、馬と牛達。あと、今愁の頭に乗ってるアゲハと、時々遊びに来る低級霊の妖怪達だな」

 

「人と遊ぶって言う選択肢は、無いんだね。幸人」

 

「仕様がねぇだろう。

 

 

祓い屋だから、町や村から離れるんだろう」

 

「まぁ、そうだけど」

 

「暗輝より、愁の方がずっと美麗を面倒みてくれてるね」

 

「こっちは徹夜続きだったんだよ」

 

「ヘイヘイ」

 

「美麗!仕事いくぞ!」

 

 

秋羅の呼び掛けに、美麗は遊びを中断し、手を振る子供達に手を振り返し秋羅の元へ駆け寄った。

 

 

「遊んでるの中断して悪いな」

 

「全然平気!話、終わったの?」

 

「あぁ。これから隣の森に行くんだ」

 

「森?

 

森に鬼が住んでるの?」

 

「らしい」

 

 

 

森へ来た幸人達。入る前に、秋羅達は中にいる妖怪達が逃げないよう四方に結界を張った。

 

 

「幸人!結界張ったぞ!」

 

「あぁ!

 

 

さて、入る準備は出来たが……」

 

「随分と、入り組んでる見たいね。

 

 

入ったら迷いそう」

 

「そうだね。

 

 

誰か1人、入り口付近で待機して貰って、あとは2人組んで中を調査って感じかな」

 

 

「幸人!先行ってる!」

 

「愁、捕まえろ」

 

 

森の中に入ろうとした美麗を、愁はヒョイと抱き上げ幸人の元へ連れて行った。

 

「先に行くな。それで何度酷い目に遭った?

 

今作戦会議中だ。大人しくしておけ」

 

 

連れて来られた美麗の頬を、幸人は引っ張り怒りの笑みを浮かべながら言った。引っ張られた頬を撫でながら美麗は愁から降り、紅蓮とエルの元へ駆け寄った。

 

 

「本当に躾けはしているんですね」

 

「してるって言っただろ」

 

「そうでしたね」

 

 

幸人達が話している間、美麗はふと森から視線を感じ森の方を見た。

 

 

「……」

 

『どうかしたか?』

 

「誰かいる……」

 

『……さっきの奴等か?』

 

「分かんない」

 

「美麗!森に入るぞ!」

 

「はーい!

 

 

エルはここで、愁と待ってて」

 

 

紅蓮と一緒に、美麗は先に行く幸人達の後を追い駆けていった。彼女の後を追い駆けようとしたエルの手綱を、愁は引き宥めるようにして頬を撫でた。

 

 

森の中へ入り、しばらく歩いていると薄らと霧のようなものが出て来た。美麗はすぐに幸人の服の裾を掴み、小太刀の柄を握り辺りを警戒した。

 

 

「霧が出て来たね」

 

「あぁ」

 

「……

 

!?

 

 

幸人、避けて!!」

 

 

掛け声と共に、美麗は幸人を突き飛ばし突っ込んできた何かを、小太刀で受け止めた。舞い上がった雪の中にいたのは、金砕棒を担いだ鬼だった。

 

 

「鬼?!」

 

「美麗!!」

 

「まだ来る!!

 

 

8……!!上から来る!」

 

 

言葉通り、8人の鬼が舞い降りるやいなや、幸人達に攻撃した。彼等はすぐに武器で、対抗し攻撃を避けた。

 

 

「どこから湧いた?この鬼共」

 

「全く、気配を感じませんでした」

 

「こんなにいるなんて、聞いてない!」

 

「妖気は感じてないのに、どうして」

 

「もしかしたら、鬼達は妖気を消せるのかも知れないね」

 

「嘘!?」

 

 

交戦する幸人達……振り下ろした金砕棒が、美麗に当たろうとした。当たる寸前に彼女は転がり避け、転がった拍子に被っていたフードが脱げた。態勢を整えた美麗は、勢い良く鬼に小太刀を差そうと振り下ろした。

 

その瞬間、鬼の体が煙のようにして擦り抜け、そして消えた。

 

 

「え?!」

 

「き、消えた?」

 

 

幸人達を攻撃していた鬼達が、煙のように消えていった。

 

 

「何で?

 

どうなってんの?」

 

 

戸惑っている彼等の前に、またしても霧が掛かった。辺りを白く包み込んでいき、美麗は慌てて幸人の元へ駆け寄ろうとしたが、既に周りが見えなくなるくらいまでに濃くなっていった。

 

 

「あ……

 

幸人!秋羅!」

 

『霧が濃い……美麗、背中に乗れ』

 

「うん」

 

 

紅蓮の背中に乗り、美麗は辺りを警戒した。頭に乗ったアゲハは、触角を下げ怯えるようにして体を震えさせ、鳴き声を放った。

 

 

『キー……』

 

「何にも見えない……ねぇ、幸人達の気配が感じないんだけど、においある?」

 

『いや、無い。

 

動いてないはずなのに』

 

「……」

 

 

 

 

『お久し振りです、大将』




霧の中を歩く秋羅……やがて、霧が晴れ何かにぶつかった。


「痛っ!

な、何だ?」


鼻を押さえながら、顔を上げた。ぶつかったのは、エルの体だった。


「え、エル?何で」

「あれ?秋羅、お前どうした?」

「え?暗輝さん?

何で?」


「キャ!」


自身にぶつかってきた者の方に目を向けると、そこにいたのは鼻を押さえる時雨だった。


「し、時雨?」

「痛った~……え?秋羅!何で?」


「あれ?変なところに……


あら?秋羅に時雨!」

「アリサ!」


「ここは?」

「梨白!?何で?」

「おいおい、何で弟子のテメェ等が森から出て来てんだ?」

「いや、霧が深くて」

「その中を彷徨ってたら」

「ここに……」

「師匠達は?」


「あれ?ここって」

「何だ?ここ」

「どうなってんの?」

「変なところに、出ましたね?」


「何4人仲良く出て来てんだ!」


暗輝が幸人達の元へ駆け寄っていた時、エルの手綱を引いていた愁は、辺りをキョロキョロと見回した。


「……?

愁、どうかしたか?」

『……美麗、どこ?』

「幸人達の所だろ?」

『……』


「秋羅!美麗は?!」

「え?幸人達と一緒じゃねぇのか?」

「は?テメェと一緒だろ?」

「いや一緒じゃねぇし。

つか、幸人の傍にいたじゃん。アイツ」

「……」

「傍にいないって事は」

「置いてきたんですね。彼女を」

「というより、追い出されたんじゃ無いの?

私達」

「……」


エルの背に飛び乗った愁は、エルを飛ばさせ森の方へ行った。


「愁!!戻ってこい!」

「……?


雪?」


突然と、雪が降ってきた。雪は次第強くなっていき、それと共に霧が出て来た。


「マズい……


幸人、一旦町に戻ろう。吹雪が来る」

「町つったって、この霧じゃ」

「それでは、野宿ですか?」

「馬鹿!

こんな寒いところで野宿何てしたら、皆凍死よ」


「あんた方、こんな所で何やってんだ?!」


ランタンを手にし、大型犬を連れた年老いた男性が幸人達に、声を掛けてきた。


「もうすぐ吹雪になるぞ!」

「仲間がまだ、この森にいるんです!」

「何?!


と、とにかく俺のアトリエがすぐそこだから!こんな所で待ってたら、皆凍死するぞ!」

「……」

「幸人、ここはあの方のお言葉に従いましょう」

「だな」

「お言葉に甘えさせて頂きます」

「こっちだ、離れるな!」


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大将の右腕

この森は危険な森だよ。

俺は、同じ地にはずっといられない。だから、この森に棲んで人を守って欲しいんだ。


あの町の人達を。


お前達2人なら、大丈夫だよ。


だって、俺の右腕だから。


洞穴……

 

敷かれた藁の上に、美麗は寝かされていた。彼女を守るようにして、紅蓮は傍で横になっていた。

 

 

『まだ目が覚めないのか?』

 

『あぁ』

 

『全く、アンタが溝に一発入れたりするから』

 

『逃げようとするから、つい』

 

『ついじゃ無いよ!』

 

 

「……」

 

 

その大声に、美麗はスッと目を覚ました。顔を近付けてきた紅蓮の頬を、撫でながら彼女は起き上がった。

 

 

『目ぇ覚めたか?大将』

 

 

顔を近付けてきた者に、美麗は驚き後ろへ下がった。

 

 

「だ、誰?」

 

『誰って……

 

 

覚えてねぇのか?』

 

『頭、やっぱりこいつ大将じゃないような』

 

『え?大将だろ?

 

こんな綺麗な白髪、大将以外無いだろう?』

 

 

肩から垂れている三つ編みにされた髪を触りながら、その者は言った。触れるその手に、紅蓮は攻撃し唸り声を出しながら威嚇した。

 

 

『気安く主に触るな!』

 

『うわっ!おっかねぇ』

 

『頭!』

 

『平気!平気!

 

 

じゃあ、質問。アンタ名前は?

 

 

ウチは、酒呑童子』

 

「……しゅてん?

 

 

鬼の頭なの?」

 

『そうそう!

 

何だぁ!大将、やっぱり分かってるじゃん!』

 

「……私、お前が知ってる大将じゃないよ?」

 

『え?

 

じゃあ何で、ウチの名前知ってんの?』

 

「晃が書いた妖怪辞典に載ってたから」

 

『ひかる?

 

あぁ、麗奈の所のガキかな?』

 

「……れな?誰?」

 

『桜を咲かす、妖怪さ。

 

ウチ等と違って人の姿をした』

 

「桜を咲かす?

 

それって、桜の守のこと?」

 

『まぁ、そうだな』

 

「……」

 

『そんで、名前は?』

 

「……美麗」

 

『美麗……

 

 

なぁ、アンタの父さんの名前は?』

 

「?

 

り、麗桜だよ」

 

『……やっぱり』

 

『どうりで似てるわけだ』

 

「?」

 

『うち等、アンタの父さんの知り合いなんだ!』

 

「パパの?」

 

『あぁ!』

 

 

嬉しそうな笑みを見せる酒呑童子に、美麗はパァっと顔が明るくなった。

 

 

「じゃあじゃあ、昔のパパのこと知ってるの!?」

 

『もっちろん!』

 

「パパのこと、聞きたい!」

 

『良いよ!そんじゃあまず』

 

 

自慢気に話し出した酒呑童子を見て、傍にいた者は寄ってきた紅蓮の喉を撫でながら、彼女達を眺めた。

 

 

 

吹雪く外……森近くにある小屋から、アリサ達はそんな外を眺めていた。

 

 

「凄い吹雪ですね」

 

「早く中に入って正解だったね」

 

「吹雪の前に、まだ森にいる美麗が心配だ。俺」

 

「その彼女を、探しに行った愁も心配だね」

 

 

「仲間の誰か、あの森に入ったのか?」

 

 

テーブルにお茶を置きながら、老人は彼等に質問した。

 

 

「えぇ。

 

子供と彼等と同い年の少年が」

 

「そりゃあ大変だ。

 

鬼達に見つかってれば、良いんだが」

 

「鬼達に見つかればって……

 

俺等、鬼退治するためにこの森に入ったんだけど」

 

「退治?!とんでもねぇ!!

 

あの森に棲んでる鬼達は、俺等人間をるから守って下さってる、大事な守り神だ!」

 

「?」

 

「守り神って……」

 

「何か、ややこしいな」

 

「爺さん、あの森について知ってることがあるなら、話してくれねぇか?」

 

「え?」

 

「話の内容によって、やり方を少々変えたいので」

 

「……わ、分かった。

 

 

あの森には、昔なら厄介な妖怪が住んでるんだ」

 

「厄介な妖怪?

 

鬼達じゃなくて?」

 

「別の妖怪だ。

 

 

名前は、メアといってな。あの森に入った者達を眠らせ、夢を見させるんだ。そして、その心地良く眠っている間に、人の生気を吸い死へと誘うおっかない妖怪だ」

 

「眠ってる間に、死ぬねぇ」

 

「怖ぇ……」

 

「でも、夢ってどんなの夢なの?」

 

「嫌な夢だったら、普通起きますよね?」

 

「良い夢なんだ、個々にとって。

 

 

眠らされた人が、一番会いたい者。一番幸せだった頃。将来に希望を持っていた時期。

 

まだあるが、今分かっているのはこの3つの夢。この夢を見せられている間に、生気を吸われて……」

 

「死ぬって事か……

 

 

最高の一時だな」

 

「その夢を見せる妖怪と、守り神って言われている、鬼の関係は?」

 

「あの森の鬼達は、生前ぬらりひょんの右腕として称えられていた妖怪だ」

 

「え?!」

 

「ぬらりひょんの!?」

 

「この地に来たぬらりひょんは、メアを鎮めようと試みたが、駄目だった。そんで、人があの森に入らぬよう、見張り台として鬼達を置いたんだ

 

 

だから、あの森に棲む鬼達は人が森に入らぬよう守っているんだ」

 

「その話、本当かい?」

 

「本当だ。

 

俺の曾祖父さんは、あの森に入って死にかけているところを、ぬらりひょんに助けられたんだ。その恩返しに、森を管理して鬼達の負担を減らしているんだ」

 

「……その話が本当なら、町長は何で鬼退治を」

 

「あの森に、何かあるのか?」

 

「爺さん、森に珍しい物があるとか聞いたことあるか?」

 

「森の奥に、ぬらりひょんが植えた桜の木がある程度で、他には特に……」

 

「何か、あるな。町長の奴」

 

「ちょっと、森を探る必要があるね」

 

「吹雪が止み次第、探索と行きますか」

 

「捜索も兼ねてな」




酒呑童子が美麗と話しに夢中になっていた時、紅蓮達は何かの気配を感じ、洞穴の出入り口に目を向けた。紅蓮達と同じように気付いたのか、酒呑童子は話すのをやめた。


「……?

酒呑童子、どうかした?



!」

『人……ではないな。

獣が一匹』

『……来るぞ』

『美麗、ウチの後ろにいな』


出入り口を警戒する酒呑童子達……吹雪の中から、鳴き声が聞こえるそれはそのまま、洞穴に入った。


「……あ!

エル!愁!」


駆け寄ってきた美麗に、エルは体を擦り寄せエルから降りた愁は、彼女の顔や体を触りながら怪我が無いか探った。


「愁、平気だよ!

怪我してないよ!」

『……』


その時、愁が持っていた鞄がガサガサと動き、彼は鞄を開けた。開いたと同時に、中に入っていたアゲハが一目散に、美麗に飛び付いた。


「アゲハ!」

『キー!』

『草むらに隠れてたから、連れて来た』

『愁、ありがとう!』

『流石、大将の娘。

色んな妖怪を、引き連れてるんだね』

『へへ!』

『……お前等、誰?』

『ウチ等は、この森に棲む鬼。

名は酒呑童子。そんでこっちは』

『茨城童子だ』

『しゅてん……いばらき』

『そうそう!』

『パパのお友達だから、大丈夫だよ』

『……?』


突如、吹雪が止んだ。異様な状況に、愁は美麗を傍に抱き寄せた。


『……厄介な奴が目覚めたな。

美麗、すぐに仲間の所に戻ろう』

「でも……」

『この森は危険だ。

増して、アンタみたいな子供だけど強大な妖力を持った奴にとっちゃ』

「……」

『森の外まで送る。

茨城、美麗達はウチが連れていくから、敵の誘導お願い』

『あぁ』

『そいつ1人で平気なのか?』

『平気さ。


何だって、茨城はウチの右腕だからな!』


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悪夢(ナイトメア)

吹雪が止んだのは、小屋で待機していた幸人達にも分かった。


「止んだか」

「お前さん方、森に行くなら鈴を付けて入るといい。

鈴の音を聞いて、もしかしたら鬼達が現れて助けてくれるかも知れねぇ」

「分かりました」


鈴を受け取ると、彼等はすぐに出て行き森へ向かった。


森に入ってしばらくすると、辺りに霧が漂い始めた。足を止めた幸人達は、武器を構え警戒した。

 

 

その時、心地良い音が聞こえてきた。眠気を襲うような、メロディに幸人達はウトウトとし始めた。

 

 

「ね、眠くなってきた」

 

「何なの……これ」

 

 

眠らないよう必死に堪えていた時、突如幸人の背後から何者かが肩を叩いてきた。驚いた彼は、素早く振り向いた。

 

 

「……は?」

 

「どうした、幸人?そんな驚いた顔して」

 

 

目の前に立っていたのは、生前の姿をした天花だった。

 

 

「な、何で婆が……」

 

「何でって……

 

アンタが森に行ったきり帰って来ないから、陽介と探しに来たんだよ」

 

「陽介?」

 

 

ふと下を向くと、天花の傍に幼い陽介が彼女の裾を掴んで立っていた。

 

 

「ど、どうなってんだ……だって」

 

「幸人、中に入るぞ」

 

「……」

 

 

見覚えのある小さな家……いつの間にか、幼くなった幸人は嬉しそうに、中へ入ろうとした。

 

 

だが、次の瞬間時腕に激痛が走った。

 

 

「!!」

 

 

目を覚ました幸人は、辺りを見回した。目に入ったのは、自身の腕に噛み付く紅蓮だった。

 

 

「紅蓮……(夢だったのか)」

 

『無理矢理起こすには、痛みをと思って。

 

痛かったか?』

 

「……いや、大丈夫だ。

 

ありがとう」

 

『他の奴等は?』

 

「分からねぇ。

 

探さねぇと、俺と同じ状況なら……美麗は?」

 

『鬼達と一緒だ』

 

「鬼?」

 

『説明は後でする』

 

 

先に行く紅蓮の後を、幸人は噛まれた腕に布を巻きながら、追い駆けていった。

 

 

 

「秋羅」

 

(何だ……この声)

 

「秋羅、そろそろ起きないと、母さんに怒られるぞ」

 

(この声……まさか…そんなはず)

 

 

ゆっくりと目を開ける秋羅……そこにいたのは、ネクタイを締める生前の父親だった。傍には背広を持った母親がいた。

 

 

「……」

 

「やっと起きたか。朝ご飯、出来てるぞ」

 

「……」

 

「アラアラ、この子ったらまだ寝ぼけてるのかしら。

 

 

ご飯出来てるから、着替えて下へ降りてきなさい」

 

「…あ、うん」

 

 

久し振りに聞いた、母の優しい声。秋羅は、いつの間にか幼くなりそして、嬉しそうにベットから降りようとした時だった。

 

 

「起きて!!」

 

 

ハッと目を覚ます秋羅……目の前には、自身の手を握った美麗が、心配そうな表情をしていた。

 

 

「美麗……!?

 

何だ…これ」

 

 

秋羅の足元を覆う、黒い土のようなもの……美麗の傍にいた酒呑童子は、持っていた巨大徳利を傾け中から水を、その土に垂らした。土は、水に反応して硝子のようにパリーンと割れた。

 

 

「凄え」

 

『さてと、歩けるか?』

 

「あ、あぁ。

 

 

お前、誰?」

 

『あぁ、そうか……

 

ウチは酒呑童子。この森を守ってる鬼』

 

「鬼……

 

 

鬼!?」

 

「酒呑童子は、パパの右腕だから悪い奴じゃ無いよ!」

 

「わ、分かってるよ」

 

『アンタを森の出口まで案内するよ』

 

「いや、時雨達もまだこの森にいるんだ。俺1人だけ、出るのは」

 

『仲間が?』

 

「酒呑童子……」

 

『……安全は確保できないかも知れない。それでもいい?』

 

「構わない」

 

『じゃあ着いてきて』

 

 

そう言って、秋羅は美麗達とその場を後にした。

 

 

 

 

2人目が生まれたばかりなのに、大変ねぇ。

 

 

大丈夫じゃないの?息子さん、しっかりしてるから。

 

 

父さん、僕は必ず母さん達を守るよ……絶対に。

 

 

離してくれ!!まだ、母さんと蒼空が!!

 

 

2人を助けてくれ!!見捨てないでくれ!!

 

 

やめて……燃やさないでくれ……あそこには、まだ母さんが!!蒼空が!!

 

 

何で、僕の家を……何で、僕の家族を……

 

 

許さない……あの妖怪……

 

 

白髪の……あの妖怪だけは!!

 

 

 

 

「!?」

 

 

目を覚ます葵……目の前には、エルと愁、茨城童子が立っていた。

 

 

「……君等」

 

『気が付いたか?』

 

「……」

 

『立てる?』

 

「肩を貸してくれれば」

 

 

愁の肩を借りながら、葵は立ち上がった。バリバリと体を包んでいた黒い土のようなものが、粉々になり消えていった。

 

 

「……これは」

 

『メアの力だ』

 

「メア?」

 

『この森に棲む、妖怪だ。

 

 

俺達鬼は、大将に頼まれてここへ、人が入らないようにしているんだ』

 

「……そっか。

 

 

ありがとう」

 

『出口まで案内する。

 

ついて来い』

 

「いや、それは出来ないよ。

 

花琳達がまだ」

 

『……じゃあ、来い。捜すぞ』

 

 

先を歩く茨城童子の後を、愁はふらついている葵を、エルの背中へ乗せると手綱を引きついて行った。

 

 

 

奥へと来た秋羅達。木の傍に凭り掛かるようにして座り、黒い土に包まれていく時雨達を彼等は見付けた。

 

 

「時雨!梨白!アリサ!」

 

 

体を揺らし、彼等を起こそうとするが、3人が目覚める気配が無かった。

 

 

『……秋羅といったな?』

 

「え?」

 

『3人の口を開けろ』

 

「は?」

 

『眠らされている奴等を、叩き起こすには口に液を入れるのが手っ取り早い』

 

「な、何を飲ませる気だ?」

 

『酒だ、安心しろ』

 

「……」

 

『早く開けろ。助けたくないのか?』

 

「あ、はい」

 

 

酒呑童子の言う通り、秋羅は美麗と一緒に彼等の口を開けた。その口に、酒呑童子は巨大徳利から酒を流し込み、そして飲ませた。

 

 

飲ませた直後、3人は咽せ激しく咳をしながら飛び起きた。飛び起きた衝撃により、体を覆っていた黒い土が、粉々に消えた。

 

 

「あ!3人、起きた!」

 

「み、美麗ちゃん?!」

 

「何故あなたが、ここに?」

 

「お前等、平気か?」

 

「べ、別に何とも……

 

 

いえ……頭が少し、くらくらします」

 

「俺も」

 

「私も」

 

『そのくらくらは、歩いている内に治る。

 

 

他に仲間は?』

 

「あと、幸人達だけど……」

 

「幸人なら、紅蓮が助けに行ってるよ!」

 

「本当か!?」

 

『あとの者には、ウチの仲間がエル達と一緒に探している。

 

 

それにしても、少しおかしいな』

 

「おかしいって?」

 

『メアの奴、さっきから食糧となるはずの人間を、次々に解放しているのに……

 

 

一向に襲ってこない。普段なら、人を2人か3人解放すると、攻撃してくるのに』

 

「何か、訳があるのでしょうか?」

 

「訳って?」

 

「……先生」

 

「?」

 

「先生達の妖力で、満足してるんじゃ」

 

「!」

 

「可能性はありますわ。

 

 

本部の実験で、妖怪の力を手に入れたと言ってましたし」

 

『つまり、アンタ等の先生は、人でありながら妖怪の力を持ってるって事?』

 

「まぁ、簡単に言えば」

 

『……マズいね。

 

 

それが本当なら、4人が危ない』

 

「じゃあ、早く先生達を!」

 

『ウチについて着な!

 

遅れるんじゃないよ!』



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夢の糧

兄妹(姉弟)じゃないのに、何で同じ名字なの?


良いよな。お前等は、家族がいて。


何で、あの子達は同じ部屋なのに私達は、同じ部屋じゃ無いんですか?


ズルいよ!


兄妹(姉弟)だったら、同じ服着ろよ。



お前等、うるせぇぞ。


何故名字が同じこいつ等が、兄弟(姉弟)だと言うんだ?


ハッキリした理由が無いなら……

テメェ等をぶち殺すぞ
テメェ等をぶち殺すぞ



ったく、手応え何にもねぇ。

全くだ。


ほら、立てよ。あっちで、皆と遊ぼうぜ。

俺等のグループは、ちょっと変人が多いがな。






湊都……


あの人と同じ名前……同じ名前を付ければ、あの人は帰ってくる。


帰ってきませんよ。だってもう……


いいえ、帰ってくるわ。私の元へ……


どうして……どうして帰って来ないの?

何で、私の元に……


あの人の隣にいるのは、あなたじゃ無い。この私……


息子と父親が同じな前なんて……


名前ならともかく、文字まで一緒とは……

一字足しているだけだしね。


悪いが、あの男の血が流れている子を引き取るのは、こちらとして困る。

我々〇〇家には、相応しくないわ。


なら、この俺が〇〇家に恥じぬ者に育ててやろう。文句ねぇだろう?


あなた、湊都って言うんだ。私は花琳。


同じ血筋とは言え、この者達が次期後継者……


花琳はともかく、湊都は心配だわ。


まぁ、あの男の目が黒い内は、従わねぇとな。



可哀想に……子供を残して、死ぬなんて。


この世の中だ。仕様が無い。


2人は、どうするんだ?


何でも、湊都君の母親の故郷にある施設に、送られるそうよ。


そりゃまた、遠い所に。


仕方ないわよ。まだ未成年だもの。


その他にも、理由あるだろう?


あいつ等、妙な力持ってるし。誰も引き取りたくねぇよ。

それもそうね。




結局、皆僕を置いて逝く……嫌なものを残して。


森の中を歩く秋羅達……

 

 

行き着いた先は、森の外だった。彼等と同時に、幸人と紅蓮、葵と茨城童子達が出て来た。

 

 

「え?何で?」

 

『これ以上は危険だ。

 

茨城、行くよ』

 

「ま、待って!!

 

私達も!」

 

『危険だ!

 

 

この森に棲むメアは、人の負を糧に生きているんだ。

 

その負に包まれたら、最期だ』

 

「そんな……」

 

「け、けど……この近くに住んでる爺さんが、メアが見せるのは心地良い夢だって……」

 

『爺さん?』

 

『……頭、多分源だ』

 

『あの爺、余計なことを』

 

「それより、さっき言っていた負って、どういうのだ?」

 

『人にとっての負は、不幸。

 

心に残っている傷から取り出し、その一部を見せるもの。

 

 

例えば、目の前で大事な人を亡くした思い出、自分を不幸にした過去……そんなところかな』

 

「けど、俺が見た夢は親父がまだ生きていた頃の」

 

「私も、まだパパやママがちゃんと仕事をしていた頃の」

 

『多分、幸せ絶頂からどん底へ落とすつもりだったんだろう。

 

でも、見せる前に起こした』

 

「……」

 

「じゃあ、マリウスと花琳は」

 

『負のどん底に、ハマりかけている』

 

「……」

 

『と言う訳で、美麗借りて退治しに行くよ!』

 

 

美麗を抱き上げると、茨城童子は酒呑童子と共に森へ入ろうとした。

 

 

「待て!

 

 

俺と葵も行く。良いな?」

 

「構わない」

 

「師匠!!」

「幸人!!」

 

「お前等はここで待機しておけ。

 

万が一を考えて、結界を張って封印の準備を頼む」

 

「けど……」

 

「心配しないで。

 

君等の師匠は、必ず助けるから」

 

『時間がないから、行くよ!』

 

 

駆け出した酒呑童子達の後を、幸人達は追っていき、彼等の後を愁はエルの背に飛び乗ると、紅蓮を連れて付いていった。

 

 

「ねぇ、あの子達行っちゃったけど」

 

「……平気だろ。

 

 

何とかなる」

 

 

 

あなたは、この〇〇家を継ぐんです。私達に、恥を欠かせないで頂戴!

 

 

あの子達は、あんなに出来るのに……何でこの子だけが。

 

 

不良品は、不良品同士……お似合いね。

 

 

 

 

私は別にあなたのために、頑張ったんじゃない。

 

 

この世の中を生きて行くには、知識が必要。それを手に入れるために、あなたの言う通りにしているだけ。

 

 

花琳、この子があなたの許婚よ。ご挨拶なさい。

 

 

本当に同い年?年上にしか見えない……

 

 

〇〇湊都です。初めまして、花琳さん。

 

 

さんは無し。花琳で良いわ。

 

私、固いのは苦手なの。

 

生まれがどうであれ、私はあなたが気に入ったわ。

 

 

 

 

趣味が悪いですね。

 

僕のような、その辺の買春野郎の子を、好きになるなんて。

 

知識が豊富ですね。一生懸命、勉強なさってきたんですね。

 

あなたといると、全然疲れませんよ……気が休むというか。

 

 

あなたも精霊が見えるの?同じね。

 

この近くに、確か祓い屋がいたはずよ。

 

そこに弟子入りしない?

 

 

 

あなたは、どこへ行くの?

 

僕は、父の故郷にある施設へ。

 

私も、あなたと同じ所へ行きたい。

 

行きますか?どうせ、1人いなくなったところで、〇〇家は滅んだも当然ですから。

 

本家はどうするの?

 

僕が引き継ぎます。一人息子ですから。

 

彼等の墓は?

 

庭の隅にでも、立てますよ。

 

 

 

これが、あなた方2人の記憶……

 

暗いようで、幸せな記憶……

 

全てを吸い取り、糧にしてあげるわ。

 

 

 

森の中を歩く幸人達……茨城童子の肩に座っていた美麗は、辺りを見回しながら小太刀の束を握った。

 

 

『嫌な空気だね……

 

 

茨城、美麗を地面に降ろさないでね』

 

『了解』

 

「えー!降りたい!」

 

『ダーメ。

 

アンタ等も、足下気をつけな』

 

「足下って言われても……」

 

「さっきから、沼歩いてるみたいだ」

 

『沼?』

 

 

彼等の言葉に、酒呑童子は足を止めた。辺りの気配に、エルは落ち着かない様子で鳴き声を発した。

 

 

『愁、エルを少し黙らせて。

 

茨城、美麗を祓い屋達に渡して戦闘用意!』

 

 

幸人に美麗を渡すと、茨城童子は腰に挿していた鞘から刀を抜き、攻撃態勢を取った。

 

 

突然と止む風……自分達の息、心臓の音だけが響いていた。

 

異様な静けさに、美麗の頭に乗っていたアゲハは体を震えさせながら、愁が肩から掛けていた鞄へ入った。

 

 

(静か過ぎる……何だ)

 

「……!

 

酒呑童子!茨城!そこから離れて!!」

 

 

美麗の叫び声と同時に、地面から尖った黒い木の根のようなものが生え伸びた。

 

 

「な、何だ!?」

 

『お出で擦ったな?メア!!』

 

 

巨大徳利の酒を一口飲んだ酒呑童子は、手刀で襲ってきた黒い木の根を叩き割った。

 

 

「酒呑童子、凄ぉい!!」

 

『どんなもんだ!』

 

 

『また、お前等か!!妾の邪魔をするのは!!』

 

 

女性の声が響き渡ると、黒い木の根が花の蕾の形をして生え、その中から黒く染まった妖怪が現れた。

 

 

『ようやく、姿を現したね?メア』

 

『よくも妾の糧を……

 

他の者を手放したとしても、この2人は返さぬ!!』

 

 

メアの左右に現れる黒い繭の中に、マリウスと花琳は入っていた。

 

 

「マリウス!!」

「花琳!!」

 

『さぁ、妾の糧となれ!!』

 

 

襲い掛かる黒い木の根を、幸人は美麗を抱えて銃弾を放ち受け防いだ。

 

 

「……酒呑童子、降りる!」

 

『駄目!!降りたら』

 

 

幸人の腕から降りた美麗を、紅蓮は背中へ乗せた。襲い掛かってきていた黒い木の根を、美麗は八つ裂きにした。

 

 

「どんなもんだ!」

 

『美麗、絶対に地面に降りるな!!紅蓮、彼女を頼んだよ』

 

「何で彼女を降ろしてはいけないんです?!」

 

『アンタ等、この地面が沼って言ったよね?』

 

「あぁ」

 

『けどね、うち等の足下は普通の地面なんだよ。沼じゃ無くて』

 

「……まさか」

 

『アンタ等、普通の人間とは違うね。半分妖力を持っている。

 

こいつにとって、妖力は餌。アンタ等は微弱だからあんまり影響は無いけど、強大な妖力を持った美麗が、この地面に降りたら』

 

「呑み込まれるな」

 

『そういう事!』

 

 

自分に攻撃をしてくる黒い木の根を、美麗は次々と氷の礫を放ち防いでいった。

 

 

彼等に攻撃をするメアを、愁はジッと見つめるとエルを飛ばした。

 

 

「エル!愁!」

 

「何考えてんだ!?あいつ等!」




桜の守。


今では絶滅した妖。
伝書には、『闇を消す力を持っている』と記されている。

闇の力を手に入れてしまった妖怪達を、黄泉へ返していく行いをしていた。
だが、我が身を守ることが出来ず、その数は年々減っていくばかり。その為、総大将ぬらりひょんの傍に就き、護られつつ闇から彼等を護っていた。

彼等の容姿は男女問わず美しく、特徴的なのが漆黒の長髪。そして、紅色の瞳をしている。


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差し込む光

軍の者が、妖怪に襲われたと聞きましたが、その者はどこに?


そう、亡くなったんですか……





おや?あの子は?


引き取り手がいない?こんなに親族の方が来ているのに?


そうですか……引き取りたくないと……




お嬢さん、僕の所へ来ませんか?


神々しく光る弓矢を、手から作り出した愁は矢を弦に嵌め引き、黒い木の根の中心部目掛けて放った。

 

 

『ギイャァァアアア!!

 

い、嫌だ!!光は!!』

 

「凄い嫌がってる……」

 

「あの姿って」

 

「まさか」

 

 

黒い木の根の中心部に現れた、黒い鬼……愁はエルから降り、その鬼の前に立った。

 

 

『……闇は、消えろ!』

 

 

光る矢を、愁は再び弦に嵌めた。鬼は咄嗟に、繭に包まれたアリサとマリウスを引き寄せ、刃を向けた。

 

 

『良いのか!?攻撃するなら、この者達の命は無いと思え!!』

 

「遠慮無く行け!!愁!!」

 

「2人を返して貰いますよ!」

 

 

繭に飛び乗った幸人と葵は、同時に繭を切り開き2人を引っ張り出した。苦しみながら焦る鬼は、咄嗟に地面を揺らし、そこから木の根を出し攻撃した。突然来た攻撃に、彼等は慌てて避けた。避けた衝撃に、美麗は紅蓮の背から落ち、地面に尻を着いた。

 

 

『美麗!!』

『捕らえた!!』

 

 

地面から伸びた木の根が、美麗を包み込もうとした。一筋の光までもが、黒い木の根で塞がれかけた時、そこから入ってきた手が、彼女を引っ張り出した。

 

 

『な、何!?』

 

 

引っ張り出した美麗を抱き寄せる愁……髪を靡かせながら、紅く光る目を鬼に向けながら、口を開いた。

 

 

『これ以上、大将を傷付けることは許さねぇ』

 

 

鋭く光るその目に、鬼は一瞬怖じ気付いた。

 

愁は美麗を自身の後ろへ行かせると、光る矢を弦に嵌め引き放った。矢は鬼の胸に突き刺さり、黒く覆っていたオーラ消え、本来の姿になりながら倒れた。

 

 

その鬼の元へ、酒呑童子と茨城童子はすぐに駆け寄り、彼を起こした。

 

 

『……頭……。

 

 

俺、どうしても皆の仇が取りたくて……それで』

 

『もういいよ。分かってるから。

 

 

後は、うち等に任せて……アンタはもう休みな』

 

『……』

 

 

その言葉に安心したのか、鬼は目を閉じた。すると、鬼の体は闇の粉となり、酒呑童子と茨城童子の周りを飛び交った後、空へと消えた。

 

 

『この森には、うち等の仲間が眠ってるんだ。

 

 

その仲間の魂が、闇に染まって……長い間苦しんでるんだ。

 

何とか救おうと、色々やったけど駄目だった……

 

 

やっぱ、凄いな。大将の傍に就いてたくらいの事はあるよ。桜の守』

 

 

不意に背後に立った幸人達に言う様に、酒呑童子は話した。そして、流れ出ていた涙を拭うようにして、腕で顔を拭いた。

 

 

「先生!」

「先生!」

 

 

幸人達の元へ、アリサ達は駆け付けた。

 

 

「君達」

 

「外で待っていろと」

 

「外で待って何て、いられません!」

 

「先生は?!」

 

 

地面に寝かされたマリウスと花琳。不意に吹く風が、2人の髪を靡かせた。

 

 

「……先生?」

 

「あの、先生は……

 

先生は、いつ目を」

 

「ちょっと待ってろ、起こすから。

 

おいマリウス、花琳起きろ」

 

「こんな所で寝てたら、風邪引きますよ?」

 

「……」

「……」

 

 

ピクリとも動かない2人……その様子を見た美麗は、不意に口走った。

 

 

「……2人共、死んじゃったの?」

 

「そんな……

 

先生!!目を開けて下さい!!先生!」

 

 

涙を流しながら、アリサは座り込みマリウスの体を揺らした。疑った幸人と葵は、すぐに2人の脈を測った。

 

 

「……脈が…」

 

「動いてない……」

 

『ちょっと退いて!

 

アンタ等、こいつ等の弟子?だったら、呼び掛けながら手を握ってろ!』

 

「は、はい!」

 

 

行動に出た茨城童子は、マリウスとアリサの口を開けた。そこへ、酒呑童子は巨大徳利に入っている酒を、一滴飲ませた。

 

飲ませてからしばらく待ったが、2人は目覚めなかった。

 

 

『……駄目か……』

 

「駄目って……」

 

『あの黒い繭に包まれたら、最期なんだ。

 

永遠の眠りに付いてしまう』

 

「それって……」

 

「……死」

 

『うち等が、もっと早く助けに行けば……』

 

「……嫌よ……

 

 

こんなの嫌よ!!」

 

「アリサ」

 

「嫌よ!!嫌!!

 

先生!目を開けて下さい!!先生!!

 

 

私を……

 

 

私を1人にしないで……」

 

 

涙を流し、師の手を強く握るアリサと梨白……

 

すると、美麗はブレスレットを1つ外すと、寝かされたマリウスと花琳の間に座り、胸に手を当てた。

 

 

「美麗、何を?」

 

「悲しき光の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ……」

 

 

翳した手から白い玉が現れ、それは2人の胸の中へと入って行った。

 

 

「光を遮る見えなき闇よ、光なくして闇は在らず、聖なる光で闇夜を薙ぎ払え!」

 

 

中へ入った白い玉は、その呪文と共に強烈な光を放った。

 

 

 

 

光?

 

 

あぁ……そういえば、同じものを昔感じましたっけ。

 

 

暗かった僕と花琳の心に、差し込んだ光……

 

その先にあったのは……

 

 

『先生!』

 

 

アリサ?

 

 

そうだ……早く戻らないと。

 

 

 

 

光……

 

 

そういえば、私の所に差し込んだのは、2つの光だったっけ……

 

 

1つは、湊都……マリウスが現れた時。

 

もう1つは、幸人達と……

 

 

『目を開けてくれ……先生』

 

 

梨白?

 

 

そうだわ……早く戻らないと。

 

 

 

 

握っていたマリウスと花琳の手が、ピクリと動いた。それに2人はすぐに気付き、顔を上げ彼等の顔を見た。動いた手は、握るアリサと梨白の手を握り締めた。そして、ゆっくりと瞼が開いた。

 

 

「そんな顔したら、綺麗な顔が台無しですよ」

「そんな顔したら、綺麗な顔が台無しよ」

 

 

そう言って、2人は微笑んだ。起き上がったマリウスと花琳に、アリサと梨白は周りの目を無視して飛び付いた。

 

 

『さっすが大将の娘!!

 

上出来だよ!』

 

「本当?」

 

『あぁ!』

 

 

酒呑童子と茨城童子に褒められている美麗の元へ、愁はブレスレットを持って寄ってきた。

 

 

「あ!愁!

 

ブレスレット、ありがとう!」

 

 

美麗はブレスレットを受け取り、手に着けた。着けたのを見た愁は、彼女を抱き上げ頭を撫でてやった。すると、彼の鞄に入っていたアゲハがヒョッコリと顔を出し、美麗の頭に乗り触角で彼女の頭を撫でた。

 

 

「それにしても愁、今回は大活躍だったな!」

 

「本当。君があんな力を持っていたなんて」

 

『……力?』

 

「エルも、よくやったな」

 

 

秋羅の褒め言葉に、エル鳴き声を発した。立ち上がった美麗は、寄ってきたエルの頬を撫でた。

 

 

喜びに満ちる彼等を前にして、愁は自身の手を見つめた。

 

 

(……俺の…力)

 

 

「秋羅達待たせるし、とっととこの不気味な森から出るとするか」

 

「だね」

 

『出口までは、うち等が案内するよ!』

 

「頼む」

 

 

アリサと梨白に支えられながら、マリウスと花琳は立ち上がった。

 

美麗は紅蓮の背に飛び乗り、愁はエルの手綱を引くと、酒呑童子達の後をついて行った。




雅……


いつも髪の毛梳かしてくれて、ありがとう。


切ろうと思ったんだけど、あの人が長いのが好きだから嫌だって言うんだ。全く、人の気も知らないで。


本当、アンタは器用にやるね。纏まってて、邪魔じゃ無いよ。




白い花が、赤い花に変わった……


いつもの様に、髪をやっても褒めてくれない……


あの人は、倅を残してどこかへ行った……


何で……


どうして……




結局、あの方は帰ってこなかった……戻ってこなかった。

生きている間に、もう一度……あの笑顔を見たかった。



また、巡り会えたら……今度こそ。


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裏と表

明け方……
まだ、皆が眠っている頃に愁は目を覚ました。隣には、気持ち良さそうに眠る美麗の寝顔があった。


顔に垂れる彼女の髪を、耳に掛けると額に掛かる前髪を退かし、自身の額を当てた。


(……暖かい)

「……ヒカル…」

(……まただ……)


『同じ容姿だね』

『夜みたいな黒い髪に、透き通った紅い目。


お前、晃と同じなの?』


美麗の言葉を思い出した愁は、起き上がり部屋の隅に置かれた鏡を見た。


(……黒い髪に、紅い目……


俺は、晃なのか?)


「……ヒカル……

ヒカル……晃?」


彼の名を呼びながら、美麗は半べそを掻きながら起き上がった。秋羅と幸人、暗輝に起こさないように、愁は彼女を横にさせ、手を握りながら隣に横になった。

しばらくして、鼻を啜りながら泣いていた美麗は、愁の手を握りながら眠りに付いた。眠った彼女の顔を眺めながら、愁も眠りに付いた。


「えー!!北西の森行けないの!?」

 

 

突然の美麗の大声に、愁は目を覚ました。

 

 

「創一郞と迦楼羅から、依頼があったんだよ」

 

「迦楼羅ならともかく、創一郞の任務なんて放棄すれば良いじゃん」

 

「合同任務だ」

 

「だから、北西の森はまた今度な」

 

「……ブー」

 

「そう膨れるなって。

 

連れて行かないって言ってねぇだろう?」

 

「……」

 

 

膨れる美麗に、起きた愁は宥めるようにして頭を撫でた。

 

 

「お、愁の奴起きたか」

 

「ならいいや。

 

秋羅、葵達と町長の所に行ってくるから、あと頼んだ」

 

「分かった」

 

 

コートに腕を通しながら、幸人は部屋を出ていった。

 

 

『キー!キー!』

 

 

外からアゲハの鳴き声が聞こえ、秋羅は戸を開けた。すると外からアゲハと、アゲハを追い駆けてきた時雨は突然開いたドアに驚き、急ブレーキを掛けられずそのまま秋羅の胸にダイブした。

 

 

「……時雨、大丈夫か?」

 

「ごめん……

 

アゲハ追い駆けたら、突然ドアが開いて……」

 

「何か、ごめん」

 

 

「あ!アゲハ!」

 

『キー!』

 

 

飛んできたアゲハは、美麗の頭に留まると触角で彼女の顔を撫でた。

 

 

「エルと同じく、美麗から離れたくないんだな」

 

「くすぐったいよ!アゲハ!」

 

『キー?』

 

「美麗、アゲハ連れて部屋戻れ」

 

「何で?」

 

「着替えてこい」

 

「ハーイ」

 

「愁、お前も着替えろ」

 

『うん』

 

「時雨、頼んで良いか?」

 

「ええ。

 

美麗ちゃん、行こう」

 

「うん!」

 

 

ベッドから降りた美麗は、時雨の元へ駆け寄り彼女と共に部屋を出て行き、隣の部屋へ行った。

 

 

 

その頃、町長宅から出て来た4人は、並んで宿へと向かっていた。

 

 

「やれやれ、話が何とかついてよかった」

 

「幸人は相変わらず、無理を強いるわね」

 

「ほっとけ」

 

「この貸しは必ず、返しますね」

 

「こっちもよ」

 

「ヘイヘイ」

 

「……ねぇ、幸人。

 

ちょっと聞いていいかな?」

 

「ん?何だ?」

 

「……美麗は、100年間北西の森で寝ていたって言っていたよね?」

 

「まぁ、そう聞いてる」

 

「……起きてたって事無いの?」

 

「え?」

 

「葵、どうかしたの?」

 

「メアの森で見た夢で、思い出したんだ。

 

 

母さんと蒼空を焼死させた炎を点けた、犯人の姿を」

 

「!?」

 

「後ろ姿だったけど……

 

 

犯人は、美麗と同じ真っ白な髪をしていた。

 

燃え盛る炎の中、その姿を僕は見たんだ」

 

「……視野に入れといても、おかしくないな」

 

「月影!」

 

「あり得ることだ。

 

 

俺も、似たようなのを空孤に見せられた」

 

「え?」

 

「どういう事?」

 

 

歩む足を止め幸人は、彼等の方を見て空孤に見せられた、最期の『アスル・ロサ』の風景を伝えた。

 

 

「……それが、犯人って事?」

 

「可能性はある。

 

美麗は妖力の関係上あの姿だが、年齢は俺達より100も上の116歳。もうすぐで117歳だ。

 

 

天狐と地狐の言い分だと、美麗の本来の姿は10代後半から20代前半の女性。妖怪からすれば絶世の美女と称えてもおかしくないほどの、容姿らしい」

 

「彼女には、裏と表の顔があると言うことですか?」

 

「まぁ、そうだろうな。

 

 

その方が、目の色に関しての辻褄が合う」

 

「……」

 

 

「幸人ー!」

 

 

呼び声に振り返ると、宿から駆けてくる美麗の姿があった。飛び付いた彼女の頭を、幸人は雑に撫でながら微笑んだ。

 

 

「……ここから見れば、普通の女の子と変わらないわね」

 

「少し、違う目で見た方が良いのかも、知れませんね」

 

「……そうですね」

 

 

 

 

昼過ぎ……

 

 

メアの森へ来た愁。彼の手には、数本の花が握られ、それは立てられていた墓石の前へ置いた。

 

 

『花を添えてくれるのかい?』

 

 

同じように、花を持った酒呑童子と茨城童子がそこへ降り立った。

 

 

『……ここには、桜の木はあるのか?』

 

『あるよ。

 

桜は、大将の好きな花だったから』

 

『大将だけじゃない……

 

 

彼を尊敬していた奴等も、桜が好きだった。毎年、春になれば皆でよく、花見をした』

 

『……その、大将の奥さんは、どんな人だった?』

 

『確か、美優って言ってたな。

 

 

凄い、綺麗な半妖でね。精霊の長って言うの?精霊の姫で、桜が大好きだって言ってたっけ』

 

『……2人の傍に、桜の守はいなかったのか?』

 

『いたよ。

 

というか、そいつの元に行くために麗桜は、旅をやめたんだよ』

 

『そいつの名前、分かるか?』

 

『えっと……

 

 

何だっけ?』

 

『確か……

 

 

静葉と言っていた』

 

『静葉……』

 

『ちなみにさ、アンタは美麗を守る気ある?』

 

『え?』

 

『藤閒の傍にいた桜の守も、李桜莉の傍にいた麗奈も、皆彼等を守ろうとした。

 

 

己の命に代えて』

 

『……

 

 

俺には、分からない。

 

 

 

 

美麗に会う前の記憶は無い……だけど、アイツを1人には出来ない。

 

いや、しちゃいけないんだ』

 

『……長生きしてよ、アンタは』

 

『?

 

それって?』

 

 

「愁!」

 

 

茂みから花冠を持った美麗が現れ、彼女は愁の本へ駆け寄った。

 

 

『よぉ!美麗!』

 

「あ!酒呑童子に茨城童子!

 

見てみて!雪の下に花が咲いてたから、それで花冠作ったの!」

 

『凄いな!流石、大将の子供!』

 

 

褒められた美麗は、嬉しそうに笑顔を見せながら、花冠を墓石の前に置いた。

 

 

「皆が待ってるよ!

 

愁、行こう!」

 

 

愁の手を引き、美麗は2人に別れを言いながら、森の外へと出ていった。

 

 

『……本当、長生きしてよ。

 

 

桜の守、愁』




ねぇ、聞いたことある?


妖怪に育てられた子供の噂。


妖怪に育てられた子供はね、知らない内に妖怪と同じ力を持つんだって!


けど、1つだけ力を消す方法があるの。


それはね………


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暗い森

山に建つ町……

そこにある広場のベンチに、幸人と秋羅は座っていた。彼等の視界に入る所で、美麗は水輝達と一緒に、広場に植えられた草花を眺めていた。


「ヤッホー!ユッキー!」


聞き覚えのある声に、幸人は反応し振り向いた。そこには、手を振る迦楼羅と彼の後ろに火那瑪と創一郞、敬の姿があった。


「うわ、嫌な奴が来やがった」

「幸人!」
「幸人!そんな事言わないで!!」

「帰りたい」

「美麗!」

「とっとと依頼内容言え」

「ヘーイ。


大型妖怪の封印。依頼主は、討伐隊本部から」

「本部から?何でまた」

「今回のターゲットが、必要らしいよ」

「何の実験やんだか、あいつ等」

「それで、何で東担当のお前と南西担当のお前に、当てられたんだ?」

「俺は暇だったからだけど……創一郞、お前は?」

「この町に、1度来たことがあるからだろうよ。


それはそうと、何でこの変態双子の妹が来てんだよ。兄はどこ行った?」

「暗輝は仕事だ!

入れ違いに、私が来たんだ」


崖を降りていく幸人達……

 

下へ下へと降りて行く幸人達を背に、美麗は軽々と降りて行った。

 

 

「幸人!早く!」

 

「少し待て!

 

愁、先に行ってくれ」

 

『あぁ』

 

「こんな絶壁を降りるなんて、聞いてないんだけど」

 

「この下の森を住処にしてるんだ。仕方ねぇだろう」

 

「その大型妖怪、いつからいたの?」

 

「話によると、100年前からいるらしい」

 

「フーン……

 

(だとすれば……)

 

 

紅蓮」

 

『分かった』

 

 

前を歩いていた紅蓮は、方向を変え崖を飛んで行きながらどこかへ行った。

 

 

「紅蓮の奴、どうしたんだ?」

 

「ラルの所に行ったの。

 

 

ねぇ、早く!置いて行っちゃうよ!」

 

「あ!こら!」

 

「なんちゅう身軽さなんだ、美麗の奴」

 

「森育ちだからな」

 

「そう言う敬も、意外と早いな」

 

「まぁ、アイツも森育ちだからな」

 

「え?」

 

「いや、こっちの話だ」

 

 

崖を降りていき、ようやく地面に辿り着いた美麗は、段差から飛び降りた。空を飛んでいたエルは、美麗の元へ降り立ち彼女に擦り寄った。

 

しばらくして、次々と地面へ幸人達は降りた。降りた敬は、辺りを見回した。

 

 

(……ここって)

 

「敬、どうかしたか?」

 

「……いや、何でもねぇ」

 

「かなり暗い森だな……」

 

「この山のせいで、陽があんまり当たらないんだ。

 

 

けど、なぜから草木が芽生えている。不思議だろ?」

 

「確かに」

 

「……幸人!

 

 

愁と一緒に、この森空から見て良い?!」

 

「頼む!」

 

「愁、行こう」

 

 

エルの背中へ乗ると、2人は空へと飛び立った。

 

 

「水輝、2人のことお願いして良いか?」

 

「了解した」

 

「そんじゃあ、俺等は探索と行きますか」

 

「とっとと行きますよ、先生」

 

「火那瑪!酷いこと言わないで!

 

てか、置いてかないで!」

 

「相変わらず、下に敷かれてるな」

 

 

 

森を歩く敬と創一郞……辺りを見ながら、敬は生え並ぶ木々を見た。

 

 

「……なぁ、先生」

 

「ん?」

 

「この森に、鳥みたいな妖怪いなかったか?」

 

「鳥?

 

何で?」

 

「いや、ちょっと気になって……」

 

「……敬」

 

「……悪い!

 

 

やっぱ、何でもねぇや!」

 

 

自身に見せる敬の笑顔は、無理矢理作られている……創一郞には、そう感じ取れた。

 

 

エルの背に乗り、空を飛んでいた美麗と愁は、そこから森を眺めていた。

 

 

「暗い森……

 

何でこんなに」

 

『……微かだけど、人の気配がする』

 

「幸人達じゃなくて?」

 

『うん……』

 

「……誰かいるのかな……

 

 

一旦、戻ろっか」

 

『うん』

 

 

エルの手綱を引き、美麗は方向を変えると幸人達の元へ戻った。

 

 

丁度、水輝がいる元へ降り立った時、森を探索しに行った幸人達が、帰ってきた。

 

 

「お!グッドタイミング!」

 

「美麗、何か収集あったか?」

 

「森が暗いのと、多分この森に人が住んでると思う」

 

「え?人?」

 

「こんな所に?」

 

「愁が、人の気配がするって。

 

私達以外の」

 

「こんな真っ暗な森にいる人間って、誰だよ」

 

「文句言わない。

 

 

とっとと調べに行けば良いでしょ?」

 

「他人事だと思って……」

 

「もう一回、偵察だな。

 

 

?」

 

 

場の空気が変わった……その空気に、美麗の頭に乗っていたアゲハは怯えだし、愁が肩に掛けていた鞄の中へ隠れた。

 

 

「……幸人」

「少し黙ってろ。

 

 

(何だ……この気配)」

 

(妖怪だが……

 

強大過ぎる)

 

 

キョロキョロとしながら、美麗は小太刀の束を握った。

 

 

その時、森の方から鎖が美麗の腕に巻き付くようにして飛んできた。

 

 

「美麗!!」

 

 

傍にいた愁はすぐに、その鎖を掴み引っ張った。すると、木から黒装束の者が落ちてきた。鎖を持つ手が緩んだ時、愁は鎖を高く投げそれを幸人は弾を撃ち、鎖を切った。

 

 

「一体何だ!?」

 

 

「その女子を、ここへ置いて立ち去れ」

 

 

黒装束の者は立ち上がり、クナイを構えながら言った。

 

 

「そいつは無理な話だ」

 

「置いて行けと言ってるんだ」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「力尽くで、奪うまで!!」

 

 

飛んできたクナイを、幸人達は素早く避けた。だが、美麗の背後には既に、クナイを飛ばした敵が彼女目掛けてクナイを振り下ろしてきた。

 

 

“キーン”

 

 

振り下ろされてきたクナイを、美麗は小太刀で防いだ。後ろへ下がった美麗は、暗い森の中へ入って行きその後を、敵は追い駆けていった。

 

 

「美麗!!」

「美麗!!」

 

「何でこんな真っ黒な森に、人がいるんだ?」

 

「前来た時は、いなかった……あ」

 

「創一郞、どうかした?」

 

「いや、気になる集落が一戸あったわ」

 

「え?!」

 

「この森にあんのか?!集落!?」

 

「あぁ。

 

確か、妖怪を守護神として称えてる集落で……ヤバい」

 

「何?何がヤバいの?」

 

「その集落、自分達で贄を出さずこの森に入った部外者を妖怪に捧げてるんだ」

 

「それって……」

 

「奴が美麗を狙ったのは」

 

「……生贄!?」

 

「正解」

 

「正解じゃねぇよ!!

 

とっとと追い駆けて、この森から抜けるぞ!!」

 

「出直しですね」

 

「先生、大事な話はもっと早く話せ」

 

 

 

森の中を駆ける美麗……暗い中を、彼女は手当たり次第に駆けていた。

 

駆けていた時、美麗は足を踏み外して溝へ落ちた。

 

 

「痛ったぁ……」

 

 

痛めた足を押さえながら、美麗は見上げた。夜のような真っ暗な空が、外に広がっていた。

 

 

「あの山のせいで、太陽の光が入ってこないんだ……

 

 

(そういえば、この森昔来たなぁ。

 

いつだったっけ……確か、晃と一緒に……あの妖怪)」

 

 

ウトウトとしていた美麗は、重くなった瞼を閉じ横になった。




夕方……完全に陽が山の向こうに隠れてしまい、森は一面暗闇に包まれた。


「すっかり暗くなったな……」

「これ以上、美麗を捜すのは危険だ」


森から出て来た秋羅と幸人は、ランタンを片手にしながら森の方を見た。


「エルと愁は?!」

「もう少ししたら……あ」


地面へ降り立つエルから、愁は降り幸人達の元へ駆け寄った。


『美麗、どこにもいない』

「そうか……」

「あの輩に、捕まってなきゃ良いんだが」

「美麗のことだ、捕まってないだろう」

「とにかく、一旦町に戻ろう。

準備を整え次第」
『俺は残る』


幸人の言葉を遮るようにして、愁は言った。


「危険だ!」

「そうです!

この暗さです!どこから敵が襲ってくるかも分からないんですよ!!」

「愁、今は俺等と」
『それじゃあ、美麗が泣く!


母親が亡くなった後、アイツは夜中必ず……


あれ……


何で、俺……




美麗の親を……』

「愁、大丈夫か?」

『俺……俺……』


フッと意識を無くした愁は、その場に倒れた。


「愁!!」

「愁!しっかりしろ!!」


呼び続ける秋羅と幸人の声が、愁の耳に響いた。その声はやがて、別の者の声になった。


どこか懐かしく、優しい女性の声……

その声はやがて消え、同時に彼は意識を失った。


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大型妖怪

眠る美麗……ガサガサと草が風に揺れる音に、彼女は目を開けた。


真っ暗な世界……月明かりが無く誰もいないその場所に、美麗は急に不安になり起き上がり身を縮込ませた。


「……幸人……

秋羅……愁……」


3人の名を小声で呼びながら、美麗は膝を抱えた。その時、またしてもガサガサと物音が聞こえた。彼女は咄嗟に耳を塞ぎ頑なに目を瞑った。

近付いてくる足音……荒い息が、自身の顔に触れた。美麗は息を殺して、身を縮込ませた。


荒い息は、しばらくすると移動し彼女の後ろへ回り寝そべった。


「……」


恐る恐る目を開け、美麗は後ろを向いた。黒い何かが、自分の後ろで寝そべっている……彼女は音を立てぬよう、そこから少し離れ見張るようにして、膝を抱えて座った。

しかし、次第に眠気が襲い何とか頑張って起きるものの、やがて力尽き横になり眠ってしまった。すると、向で横になっていた何かは、起き上がると彼女の傍へ寄りそのまま横になり目を瞑った。


相変わらず、綺麗な髪の毛……羨ましい。

 

 

俺等桜の守なんて、桜色じゃなくて漆黒の色だから変なんて言われて……

 

 

『でも、アンタにこの綺麗な赤い目があるじゃないか。

 

アタシは、そっちの方が羨ましいよ』

 

 

 

 

「……」

 

 

目を覚ます愁……額に置かれた濡れたタオルを握りながら、彼は起き上がった。

 

 

『キー?』

 

 

枕元で寝そべっていたアゲハは、心配そうに鳴き声を発しながら、触角で彼の腕を撫でた。それを安心させるかのようにして、愁はアゲハを抱き上げ撫でた。

 

 

「あれ?

 

目が覚めた?」

 

 

扉を開け中へ入ってきた水輝は、彼の元へ歩み寄りながら様子を窺った。

 

 

「一晩中魘されてたから、心配したよ。

 

気分はどう?落ち着いた?」

 

『……!

 

 

美麗!』

 

 

アゲハを下ろし、愁はベッドから降りようと体を動かした。だが、体は思うように動かず、床にずり落ちるようにして、彼は倒れた。

 

 

「駄目だよ!まだ安静にしてないと!」

 

『でも、美麗が!』

 

「ミーちゃんなら、今幸人達が探しに行ってるから!」

 

『けど!』

 

「心配なのは分かるけど、今のアンタの状態を見たら、ミーちゃん心配するよ!」

 

『……』

 

 

水輝の説得に、愁は大人しくした。そして、力無くベッドに座った。

 

 

『キー?』

 

 

心配そうに、アゲハは彼の隣に行き触角で腕を撫でた。

 

 

「アゲハも心配してるんだ。

 

 

ミーちゃんのことだから、ちゃんと無事だよ」

 

 

愁の肩に手を置き、水輝は優しくそう言った。彼は理解し頷くものの、その顔から不安が消えることは無かった。

 

 

 

 

暗い森に、陽の光が差し込み、辺りを照らした。溝の中にいた美麗は起き上がり、その光を頼りに中から出た。

 

 

「陽が高いって事は、昼頃か……」

 

 

すると、傍で寝そべっていたものが、穴を出て行き美麗の方をチラッと見た。それは大熊だった。

 

大熊は頭を下げ、それを見た美麗は慌てて一緒に頭を下げた。鳴き声を発した大熊は歩き出し、突っ立っている美麗に向かって、もう一度鳴き声を発した。彼女は、すぐに大熊の隣に行き、大熊は美麗が来たのと同時に再び歩き出した。

 

 

行き着いた場所は、荒れ果てた集落だった。熊に連れられながら、美麗は集落を見回した。

 

 

「……何これ……酷い」

 

 

荒れた家がいくつもはあるが、中はもう何年も人が住んでいない様だった。牧場には数頭の馬や牛、山羊が牧草を食べ生き長らえていた。

 

 

「……誰か、まだ住んでるのかな」

 

 

集落を見回すが、そこには人の気配は無かった。それを確認すると、美麗は大熊と共に後にした。

 

 

明るく照らされていた森は、やがて陽が沈み始めた。

 

 

「……また、暗くなってきてる」

 

 

周りを見て不安がっている美麗に、大熊は足を止め身を屈めた。彼女は大熊を見つつ、背中に飛び乗った。乗ったのを確認すると、大熊は身を起こし歩き始めた。

 

 

「……紅蓮の奴、どこ行ったんだろう。

 

ねぇ、この辺りに白狼達はいないの?」

 

『……いない』

 

「あ、やっと喋った」

 

『この辺りに、人はいない』

 

「今まで警戒してたって事?」

 

『そうだ』

 

「相変わらず、用心深いね。

 

 

ねぇ、紅蓮と会わなかった?」

 

『いや、黒狼には会ってない』

 

「……紅蓮、どこ行っちゃったんだろう」

 

『時期に戻るだろう。

 

彼奴は、主の傍から離れたりはせん』

 

「……

 

ねぇ、秋羅達の所にはすぐに着く?」

 

『においを辿っているが、散らばってる。

 

安全である森の外へ、連れて行く』

 

「……ねぇ、あの集落は何なの?」

 

『古くからある村だ。

 

この森に住む大型妖怪に、生け贄を捧げて生き長らえていた』

 

「大型妖怪?」

 

『だが、数年前この辺りに発生した流行病により、村に住む者達は1人を除いて、息絶えた』

 

「……

 

その、生き残った人は?今は、どうしてるの?」

 

『仕来りを、忠実に守ろうとしている』

 

「……だから、私を狙ったのか」

 

『その者の呪縛を、私は解きたい』

 

「……」

 

『そういえば、ぬらりひょんの倅よ。

 

 

あの村の出身の者が、いるようですな?』

 

「え?」

 

 

 

 

贄になるなんて、駄目……

 

 

見つからない、所へ……

 

 

 

 

ボウヤ……ワタシノカワイイコドモ……

 

 

 

 

「……」

 

 

ランタンで、荒れた家の中を照らしていた敬は、ハッと意識を取り戻し部屋を見回した。

 

 

「敬!そっちどうだ!?」

 

「駄目だ!何にもねぇ!!」

 

 

家から出た敬は、広場へ向かった。

 

美麗達と入れ違いに、幸人達は荒れた集落に来ていた。ランタンを手に、辺りを照らしながら彼等は美麗を捜していた。

 

 

「森の奥に、こんな集落があったとは」

 

「創一郞さんが言ってた、村なんじゃ」

 

「可能性は高い」

 

「こんなに荒れてるって事は、滅んだのはもう何年も前か」

 

「墓はしっかり作られている……

 

あの黒装束、この村の生き残りか」

 

「そんじゃあ、見付け次第とっとと葬るか」

 

「え?何で?」

 

「こんな、妖怪に贄捧げるような村の出身だ。

 

今更、俺等の世界に来たってやっていけねぇさ」

 

「死んだ方が、楽って事か」

 

「そういう事」

 

「……?

 

 

敬、お前大丈夫か?」

 

 

ボーッと立っている敬を、秋羅は呼び掛けた。呼び掛けられた敬は、我に返り彼の方を向いた。

 

 

「あ、あぁ……大丈夫だ」

 

「君、ここへ来てから少し様子がおかしいですよ?」

 

「お、おかしくねぇよ!いつも通りだし!」

 

「いや、お前ここに来てから変だぞ」

 

「変じゃねぇよ!

 

うわっ!」

 

 

どこかへ行こうとした敬を、創一郞は担ぎ上げた。

 

 

「とっとと戻るぞ」

 

「オイ!!降ろせ!!

 

先生!!降ろせって!!」

 

「頭冷えてからだ。降ろすのは」

 

「はぁ!?

 

降ろせ!!先生!

 

 

降ろせつってんだろうが!!クソ親父が!!」

 

「オーオー、生きが良いねぇ」

 

「クソが!!離せ!!」

 

 

騒ぐ彼等を、秋羅達はキョトンとした表情で眺めた。

 

 

「……あの、クソ親父って」

 

「バーカ、本当の親子な訳ねぇだろう」

 

「敬って、確か捨て子だよな?」

 

「あぁ。

 

どっかの森に捨てられて、それを拾ったって」




森の外へ着いた美麗……

暗くなった外から、彼女は空に輝く星を眺めた。


「うわぁ!綺麗!」

『人里のように灯りが無いから、綺麗に見えるだろう?』

「うん!

それにしても、この森はいつからこんな真っ暗に?」

『この山が出来てからだ』

「あの村も?」

『あの村は、その前からだ』

「……?


じゃあ、この山は突然出来たって事?」

『まぁ、そうだな』

「山って、火山が噴火して出来る山と沢山の山が連なってる山があるけど……


この辺りには、山らしき山は無いし……」

『火山も無い』

「となると……この山って」


突如飛んできたクナイ……大熊の背に立ち上がった美麗は、小太刀でそのクナイを弾き返した。


「出て来い!卑怯な攻撃しやがって!!」


木の茂みから出て来た黒装束の者は、刀を抜きながら美麗の前に現れた。


「どんだけ贄が欲しいんだが……」

『倅』

「リーチュ、下がってて。


ねぇ!大型妖怪って、どんな奴なの?」

「何故聞く?」

「私達は、その大型妖怪を退治するために、ここへ来た」

「……無理な話だ」

「何で?」

「以前にも、ここへ祓い屋が来た。

だが、そいつは仕事もせず去って行った」

「だから、まだ贄を?」

「そうだ……」

「その祓い屋の名は?

覚えてない?」

「今回も来ていたであろう。


あの帽子……

あの髪……


1度だって忘れたことは無い。




南西部担当の祓い屋……土影創一郞」


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過去の依頼

うたた寝する水輝……


ベッドで横になっていた愁は、アゲハを連れて音を立てず部屋を出た。


小屋の戸を開け、中にいるエルを外へと出した愁は、エルに乗ると彼を飛ばし森へ向かった。


それから数時間後、幸人達は宿へ帰ってきた。部屋へ入ろうとした瞬間、戸が勢い良く開き開けようとした迦楼羅の顔面に思いっ切り当たった。

 

 

「どうした水輝?そんな慌てて」

 

「愁が消えた!!」

 

「は?!」

 

 

すぐさま、小屋へ行くと中は物家の空になっていた。

 

 

「アイツ、まさか森に……」

 

「マジかよ……

 

すぐに戻るぞ!!」

 

「了解!」

 

 

暗くなっている道中、幸人達は再び森へ向かった。

 

 

 

 

「土影……」

 

「奴のせいで、不治の病が流行り全員死んだ。

 

運良く、俺は掛からなかった……だから生き残った」

 

 

創一郞の姓を聞いた美麗は、驚きの余り動けないでいた。

 

 

その時、突然地面が揺れ始めた。リーチュは美麗を背に乗せると、そこから離れた。彼等と共に黒装束の男も、その場から避難した。

 

揺れる地面と共に、聳え立つ山がユラユラと揺れ、それはやがて空へと上がり出した。

 

 

「山が動いた!?

 

 

って事は……」

 

「出やがった……八岐大蛇」

 

 

山は崩れ、それは丸まった7つの頭だった。そして、地面からもう1つの頭が抜き出てた。8つの頭は森に響くように、咆哮した。

 

 

耳を塞ぎ、何とか耐えた美麗はフードを被りながら、山を見上げた。

 

 

「……大蛇だ」

 

「早く来い、テメェを捧げる」

 

「妖怪に贄をやったって、太陽が顔を出すわけ無いじゃん!!

 

リーチュ!幸人達を案内してきて!」

 

 

リーチュから降りた美麗は、ブレスレットを外し小太刀を手に持ちながら、彼を行かせた。

 

 

「何をする気だ?」

 

「ちょいと足止め。

 

 

悲しき光の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ !

 

明瞭たる光よ、闇夜を照らせ!!」

 

 

手に浮かぶ光の玉を、美麗は空高く投げた。光の玉は強烈な光を放ち、辺りを照らした。

 

 

その光に導かれるようにして、空を飛んでいたエルはスピードを上げ、鳴き声を発しながら美麗の元へ降り立った。

 

 

「あ!エル!」

 

 

エルの元へ駆け寄った美麗だが、彼の背中から降りた愁の姿を見ると、彼女はすぐに飛び付いた。

 

 

『怪我は?傷は?』

 

「無い、平気。

 

愁は?平気?」

 

『……俺は』

 

 

“ドーン”

 

 

地面に激しく落ちる物体……愁は美麗をエルの背に乗せると、飛び乗り空を飛び出した。

 

地面へ落ちたのは、八岐大蛇の尾っぽだった。大蛇は咆哮すると、尻尾をブンブン振り回し攻撃した。

 

 

大蛇の攻撃を避ける彼等を、男は地上から眺めていた。

 

 

(……何者なんだ、あいつ等は)

 

 

 

咆哮を耳にした幸人達は、その咆哮を頼りに歩いていた。その時、茂みからリーチュが現れ、鳴き声を発すると彼等を案内した。

 

 

激しく揺れる地面に、幸人達は驚き足を止めた。

 

 

「な、何だ!?」

 

「地面が揺れてる!?」

 

「地震?!」

 

 

すると、空からエルの鳴き声が聞こえ、彼は幸人達の元へ降り立った。

 

 

「愁!!テメェ、何……!?

 

 

美麗!!」

 

 

愁に降ろされた美麗の元へ、3人はすぐに駆け寄った。真っ先に駆け寄った水輝は、美麗に抱き着き頬摺りした。

 

 

「ミーちゃん!無事でよかったぁ!」

 

「水輝、苦しい……離して」

 

「さっきから、この地面の揺れは何だ?!」

 

『アイツ』

 

 

愁が指差す方向には、光に照らされた大蛇が8つの頭を動かしながら、移動しようとしていた。

 

 

「デケぇ、蛇」

 

「あの山、アイツの背鰭だったのか……」

 

 

「アイツを鎮める。

 

とっとと、その子供を寄こせ」

 

 

そう言って現れ出たのは、あの男だった。幸人と秋羅は、水輝と美麗の前に立ち武器を構えた。

 

 

「贄を捧げたところで、あの妖怪は鎮まるのか?」

 

「やらなきゃ、分からない。

 

ずっと……俺達は、あの妖怪に苦しめられた。

 

 

 

 

だから、そこにいる土影に依頼した八岐大蛇を倒して欲しいと!

 

 

それなのに……テメェは」

 

 

覆面を取り外しながら、男は目に涙を溜めながら言った。男の顔半分は、黒く石のようになっていた。

 

 

「!?」

 

「その顔……」

 

「皮膚の病さ。

 

 

俺は、黒くなり固くなるだけで症状が終わってるが、死んでいった奴等は……

 

 

高熱に魘され、体中の皮膚が黒くなって硬くなって、吐血しそして死んだ……親も兄弟姉妹も妻子も友も……皆、この奇病にかかって死んだ。

 

 

 

 

あの時、お前が八岐大蛇を退治してくれれば、死なずに済んだんだ!!土影!!」

 

「!?」

 

「まさか仕事放棄したのか?」

 

「……」

 

「祓い屋は、如何なる時でも、依頼を決して断ってはならぬ……」

 

「え?」

 

「祓い屋の掟だよ」

 

「断ったんじゃねぇ。

 

俺は、無理だと言ったんだ」

 

「そんなの、言い訳にしか過ぎない……

 

テメェのせいで、皆は……

 

 

 

 

!?」

 

 

男の胸を貫く剣……咆哮した大蛇は、口から炎を吹き幸人達を攻撃した。すぐに転がり避けた幸人と創一郞、敬は銃弾を大蛇目掛けて放った。

 

 

「秋羅!封印の準備!」

 

「分かった!」

 

「火那瑪も!!早く!」

 

「はい!」

 

 

秋羅達が動き出すと共に、水輝の傍にいた美麗は、彼女から離れた。そしてフードを脱ぎながら、氷の刃を大蛇目掛けて投げた。

 

1つの頭に当たった大蛇は、咆哮すると美麗を襲おうと向かってきた。

 

 

「ミーちゃん!!」

 

 

美麗はすぐに駆け出した。すると茂みから、リーチュに連れられ現れた紅蓮は、大蛇に向かって炎を吹いた。大蛇が怯んだ隙を狙い、美麗を自身の背中へ乗せると、距離を置いた。

 

 

「紅蓮!」

 

『この大型妖怪、どうする?』

 

「秋羅が結界張ってる。

 

奴を弱らせる!」

 

 

大蛇の攻撃を跳び避けた紅蓮の背から、美麗は飛び降り大蛇の背中に着地した。

 

 

彼女を振り払おうと、大蛇は頭を振り回し暴れ出した。

 

 

「美麗!!

 

秋羅!!火那瑪!!結界は?!」

 

「もう少しだ!」

 

「月影!火影!

 

奴の目を潰せ!敬、テメェもだ!!」

 

「テメェに命令されなくとも」

 

「準備できてるよ!

 

 

火術!鬼灯籠!!」

 

 

無数の火の玉を、大蛇目掛けて迦楼羅は放った。それに続いて、幸人達は大蛇達の目に銃弾を放った。弾は大蛇の目に当たり、彼等は苦しみの咆哮を上げながら暴れ出した。

 

 

「大人しくしろ!!」

 

 

大蛇の頭の上に乗っていた美麗は、暴れ回る大蛇の頭に小太刀を突き刺した。すぐに小太刀を抜き、次の頭へと移動し同じ行為を次々と美麗はしていった。

 

 

『小賢しい真似を!!』

 

 

どこからともなく聞こえる声……すると、大蛇の尾っぽが切れ、それは巨大な一体の蛇の形となった。蛇は鳴き声を放つと、地面へ着地した美麗目掛けて襲ってきた。

 

小太刀をしまいながら、彼女はすぐに茂みの中へ逃げていった。

 

 

「美麗!!」

 

「愁!彼女を頼む!!」

 

 

走り出すエルに跳び乗りながら、愁は逃げていった美麗の後を追い駆けた。



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人としての妖怪

森から出た美麗は、息を切らしながら集落の中を駆けていた。そして、崩れかけていた家の隙間へ入り、そこに身を潜め息を殺した。


這いずる音が、集落に響いた……荒くなる息を、何とか抑えようと浅く息をするが治まらず、美麗はパニック状態になっていた。


「!」


背後から、何者かの手が自身の口を塞ぎ、後ろへ引っ張られた。暴れようとした時、聞き覚えのある声で静かにするよう言われ、美麗は大人しくした。


近かった音が、だんだんと遠くなっていった……安堵の息を吐きながら、美麗の口を塞いでいた者は、彼女から手を離した。美麗は、振り向きその者を見た。


「……愁?」

『怪我、無い?』

「平気!」


頬を撫でながら、愁は美麗を抱き寄せ抱き締めた。抱き締められた彼女は、安心したのか手を震えさせながら、彼にしがみついた。


「愁……愁!」

『もう、大丈夫』


咆哮した大蛇は、8つの口から黒い煙を吹き出した。幸人達は素早く避け、その攻撃の矛先を見た。

 

明るかった部分が、黒くなり暗い森へ変わった。

 

 

「この辺りの黒い森は、全部アイツの息だった訳か」

 

「目を潰しても尚動くとは、流石だな」

 

「とっとと封印するか、被害が出る前に。

 

 

秋羅!火那瑪!結界の準備は?!」

 

「完了です!」

「いつでも大丈夫!」

 

「弟子共全員、結界の外に出ろ!」

 

「今回は、俺等で封印しますか!」

 

「腕、鈍ってないだろうな?」

 

「当ったり前だ!!」

 

 

3人は位置に着くと、10枚の札を出し宙に浮かせると、お経を唱え始めた。すると、札から鎖が飛び出し大蛇の体に巻き付き動きを封じた。

 

 

「秋羅!頼む!!」

 

 

札が貼られた鏡を、秋羅は陣の所へ置いた。陣に置かれた鏡は、強烈な光を放ち大蛇を取り入れようと、中から帯びが飛び出した。

 

 

『拙僧が封印されても、我が意志は継がれる!!』

 

 

その言葉を残し、大蛇は鏡の中へと封印された。大蛇を封印した鏡には、宙に浮いていた札が一斉に張り付いた。

 

 

「封印」

 

「完了ッと!」

 

「フー、疲れたぁ」

 

「美麗達が戻り次第、宿に戻るぞ。

 

迦楼羅、創一郞、緊急会議開くぞ」

 

「ウィーっす」

「……」

 

 

一息吐きながら、敬は拳銃をケースにしまった。

 

 

『逃げて!!』

 

 

どこからか聞こえた声に、敬は辺りを見回し声の主を探した。その次の瞬間、背後から大蛇が現れ、彼を丸呑みにした。

 

 

「敬!!」

 

 

その光景を見ていた秋羅は、すぐに大蛇を攻撃しようと駆け寄ったが、風のように素早くそこから消えた。

 

 

「嘘だろ……大蛇は、全部封印したはずなのに」

 

「『封印されても、我が意志は継がれる』

 

まさか、この事を言っていたのでは」

 

「話は後だ。すぐに追い駆けるぞ!」

 

 

弾を補充すると、幸人は創一郞と共に大蛇の後を追い駆けていった。

 

 

 

 

『キシャァアアア!!』

 

 

森に響く鳴き声……幸人達は、速度を上げ大蛇の元へ向かった。

 

 

着いた場所には、頭が取れた大蛇の亡骸が転がっていた。亡骸の傍には、取り出したのか腸から上半身を出した敬が、横たわっていた。

 

 

「敬!!」

 

 

創一郞はすぐに駆け寄り、彼を抱き起こした。

 

 

「息はしてるし、脈はある。

 

気を失っているだけだよ」

 

「……」

 

「しっかし、誰がこんな事を」

 

 

『拙僧を殺したところで、何も救われはしない!!』

 

 

大蛇の声に、幸人達は音を立てずソッとそこへ向かった。

 

 

茂みから声の方を見ると、そこには頭だけで動く大蛇と彼の前に、小太刀を持った者がそこに立っていた。

 

 

「救われない?

 

 

いや、救われるよ。お前が作り出した人の魂がな」

 

『な、なぜそうまでして、人の味方を!?』

 

「人の味方?

 

 

するわけないじゃん。お前みたいな野郎に、楽しみを奪われたくないんだよ」

 

 

そう言って、大蛇の目に小太刀を突き刺し、素早く引き抜く止めを刺した。大蛇は断末魔を挙げ、その場に倒れた。

 

 

「……安心しろ、八岐大蛇。

 

 

お前の嫌いな人は、いつか私が殲滅させる……不死身をいいことに散々痛めつけてきた、あの人間共を。

 

 

 

 

出て来い、人の子。隠れているのは分かっている」

 

 

既に、自分達の存在に気付かれていたのを知った秋羅と火那瑪は、怖気付いてしまい出ていこうとするが、足が動かなかった。そんな彼を安心させるようにして、幸人は前へ出ていきその者の前へ現れた。

 

 

「盗み聞きとは、いい度胸だな?人にしては……いや、人ではないか」

 

「何者だ」

 

「知ってどうする?

 

 

私を殺すのか?」

 

「……」

 

「まぁ、殺せるものなら、殺してみよ。

 

 

そうだ、良いことを教えてやろう」

 

「良い事?」

 

「お前達の中にいた、土影の少年。

 

 

アイツは、元々八岐大蛇によって作られた人の1人だ。

 

だが、彼は祓い屋の手で育てられたことによって、人になった。元は妖怪だかな。

 

今後、人としての妖怪がどう生きるか見物だな?」

 

 

その時、その者の体から黒い煙が上がった。

 

 

「時間か。

 

 

私は、お前達の傍にいる。ずっと見ておるからな。

 

 

祓い屋」

 

 

黒い煙と共に、その者は姿を消した。

 

やがて、空が明るくなり、東から陽の光が差し込んできた。暗い森は陽の光に当たるや否や、黒い塵となり辺りに散らばった。

 

 

「全ては、八岐大蛇が見せていた、まやかしだったって訳か」

 

「大蛇がいなくなって、浴びたことの無い陽の光に当たって、森は消えたって事か」

 

「だろうな」

 

「幸人、さっきの奴の姿見えたか?」

 

「全然。

 

 

ただ、青い目は見えた」

 

「……」

 

 

何も無くなった平地に、リーチュと紅蓮は幸人達の元へ駆け寄った。それから間もなくして、空からエルが降り立ち、そこから美麗を抱えた愁が降りた。

 

 

「無事だったか……」

 

『美麗、疲れて眠ってる』

 

 

愁の腕の中で、美麗は寝息を立てて眠っていた。

 

 

「ひとまず、町に戻ろう。

 

話はその後」

 

「あぁ」

 

 

 

 

あいつ等のせいで、パパは死んだ……

 

 

あいつ等のせいで、ママは死んだ……

 

 

あいつ等のせいで……

 

 

憎い……

 

 

私を道具みたいに扱った奴等が……

 

 

殺してやる……全てを。

 

 

 

絶対に、許さない!!

 

 

 

 

「……」

 

 

目を覚ます美麗……ボーッとする彼女を、傍で看病していた愁は、微笑みを浮かべながら優しく撫でた。

 

 

「……愁。

 

 

あれ?皆は?」

 

『別部屋』

 

「……八岐大蛇は?」

 

『幸人達が封印した』

 

「……」

 

『もう少し、寝た方が良い』

 

 

そう言って、愁は美麗を寝かせた。愁の手を握りながら、美麗は重くなっていた瞼を閉じ、眠りに入った。

 

垂れ下がる髪を、愁は美麗の耳に掛け頬を撫でた。そして、自身の額を彼女の額に当てた。すると、一瞬愁の額が光った。スッと目を開けた愁は、再び頬を撫でた。

 

 

(ずっと、離れないから)




よかった……無事で。


ワタシノカワイイボウヤ……




「……」


フワフワと何かが触る感触に、敬は目を覚ました。


『キー?』

「……!

うわっ!!何だ、こいつ!?」

「月影の所にいる、妖怪だ」


椅子に座っていた創一郞は、煙草を吹かしながら敬に言った。


「先生?何で……!!

大蛇は……八岐大蛇は?!」

「とっくに封印した」

「……あ、そういえば……」

『……?

キー!キー!』


翼を羽ばたかせながら、アゲハは扉の前で鳴き叫んだ。創一郞は戸を軽く開け、鳴き叫ぶアゲハを外へと出した。


「飼い主も、お目覚めか」

「飼い主?誰?」

「美麗だ。


気分は?」

「普通……というより、何か若干変」


腕を目の上に乗せながら、敬は横になった。


「……呑み込まれる前に、声が聞こえた」

「……」

「多分、死んだお袋の声だ……


情けねぇよな。この歳になってまで、母親に心配されるなんて」

「母親は、そう言うもんだ」

「逃げろって聞こえたんだ……でも、すぐに動けなかった。


呑み込まれた瞬間、暗い中にいて彷徨ってた。

そしたら、光が見えて……」

「……」

「俺、死ぬのかな?


大蛇に作られた人間だから……」


涙を流す敬……そんな彼を、立ち上がった創一郞は起こし抱き寄せた。


「死ぬわけねぇだろう。

誰が何と言おうとお前は、俺が育てた自慢の弟子だ。


大蛇が作り出した人間じゃねぇ……秋羅達と変わらない、普通の人間だ。


現に、死んでねぇだろう?お前は生きてる」


大粒の涙を流す敬は、創一郞の服を強く掴みながらしばらくの間泣き続けた。


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向かう場所

宿の外で煙草を吸う幸人……


すると、中から創一郞が煙草箱を持ちながら出て来た。


「敬の容態は?」

「さっきまで起きてたが、すぐに寝た。

ガキの記憶力って、凄いねぇ……昔のこと、しっかり覚えてやがって」

「任務放棄の件か?」

「放棄したんじゃねぇ。断念したんだ」

「どうだか……」

「……


今から話すのは、全部俺の独り言だ。聞きたきゃ勝手に聞いてろ。




依頼を受けた日、あの暗い森へ行った。ところが、突然別の妖怪に襲われた。後で知ったが、そいつは産女鳥。


産女鳥の対処に追われた俺は、いつものように銃弾を放った。

弾は産女鳥に命中。だが、そのすぐ後だった……茂みから、小さい敬が出て来たのは。


一瞬、そいつの親を探した……だが、周りには誰もいなかった。
それで悟ったんだ……敬は、妖怪に育てられてるって。


俺はすぐに、敬を連れて宿へ戻った。その後、宿に敬を置いて村へ行った。だが、連中の話じゃ危害を加えている妖怪の姿、能力を知る奴が1人もいなかった。

対処のしようが無いと、奴等に伝え任務を断念した。

そんで、宿に残してた敬を連れて帰った」

「随分と、長い独り言だな」

「ほっとけ」

「敬は、最初っからお前に懐いてたのか?」

「懐くわけねぇだろう。

野生児その者だ。半年から1年は手の付けられないクソガキだった」

「あれだな。


弟子達の代は、皆拾われっ子だな」

「?

火影の所の弟子もか?」


「火那瑪もだよ~」


大あくびをしながら、迦楼羅は幸人達の前に現れた。


「ユッキー、俺にもタバコ~」

「ヘイヘイ」

「サンキュー。


火那瑪は、裏の店で働いていた子だったんだよねぇ」

「裏の店?」

「男女交際が頻繁な所。

依頼主の奢りで、その店に来たんだ。そんで、俺の相手が火那瑪だった。


一瞬、女の子かと思ったよ。あんな綺麗な顔立ちの持ち主でしょ?


でも、ちょっと嫌な仕事をやらさえれてたみたいでね」

「まだ、そんなことをしてる店があったとは」

「俺も当時はびっくり。


ほっとくのも嫌だったし、そろそろ弟子を取らなきゃいけない時期だったから、オーナーに話をつけて買っちゃった!」

「女子みたいな買い方するな」

「すげぇよな。弟子全員が、拾われっ子だったなんて」

「それ、さっき俺が言った言葉」

「俺等の代は、貰われっ子だったのにな」

「人生、何があるか分からねぇな」

「だね」


昼過ぎ……

 

ベットの上で、水輝から傷の手当てをして貰っていた美麗は、飛び回るアゲハを目で追っていた。飛び回るアゲハに、目を動かしていた美麗は後ろへ倒れた。

 

 

「ほらミーちゃん、じっとして!

 

 

足の傷はすっかり良くなったか……」

 

「他の傷は?」

 

「診るから、ちょっと大人しくしてて」

 

 

動こうとした美麗を、傍にいた愁は彼女を抱き上げ自身の膝に乗せた。すると美麗の膝に、飛び回っていたアゲハが降り乗った。

 

 

「仲良しさんだね。

 

 

腕の傷も、良いみたいだ……もう包帯取って平気だよ」

 

「じゃあ、北西の森行っていい?!」

 

「それは幸人に、聞いてごらん」

 

 

アゲハを頭に乗せ、美麗は幸人の元へ行った。

 

 

「幸人!北西の……」

 

 

部屋へ飛び込むと、そこには陽介と奏歌がいた。彼女の姿を見た美麗は、警戒し少し怯えながら幸人の元へ駆け寄り、彼に抱き着き後ろへ隠れた。

 

 

「寝てると聞いたが、起きているな?月影」

 

「さっき起きたんだよ」

 

「まぁ良いが。

 

そういえば、絶滅したとされている桜の守がいると聞いたけど」

 

「そいつなら」

 

 

タイミング良く戸が開き、外から愁が部屋へやって来た。

 

 

「絶妙なタイミング」

 

『?』

 

「彼が例の?」

 

「あぁ」

 

 

愁を見つめる奏歌……次の瞬間、愁は彼女に向かって回し蹴りをしてきた。突然の出来事に、幸人も陽介も対処することが出来ずにいると、奏歌は愁の回し蹴りを難なく受け止めた。

 

 

「……!」

 

 

すぐに状況把握した幸人は、愁の元へ行き彼を抑えた。愁は怒りに満ちた目で、奏歌を睨み付けていた。

 

 

「報告書には、大人しいと書いてあったけど?」

 

「そのはずなのですが……」

 

 

陽介の傍にいた美麗は、愁達の元へ駆け寄った。そして、愁の手を引き彼女は部屋を出た。

 

 

「……あの桜の守、夜山美麗には懐いているようだな?

 

 

まぁ、彼のことは後で良い。引き続き頼んだぞ、月影」

 

「了解」

 

「大空准将、帰るぞ」

 

 

鏡が入ったケースを手に、奏歌は出て行った。幸人は、深く息を吐きながら頭を掻いた。

 

 

「他人に攻撃する事なんざ、無かったのに。愁の奴、どうしたんだ?」

 

「何かが疼いたんだろう」

 

「中二病か?」

 

「黙れ。

 

引き続き、頼んだぞ」

 

「ヘーイ」

 

 

陽介が部屋を出て行ってからしばらくして、幸人は宿の外へ出た。

 

外では、擦り寄ってくるリーチュを撫でる美麗と愁がいた。

 

 

「あ!幸人!

 

話し終わったの?」

 

「終わった終わった。

 

愁はどうだ?」

 

「今んとこ平気だよ」

 

 

美麗の傍で、アゲハの頭を愁は撫でていた。2人の後ろでは、横になっていた紅蓮が大あくびをした。

 

 

「ねぇ!任務終わったから、北西の森行こう!」

 

「まだ諦めてなかったのかよ」

 

「約束は約束!

 

ねぇ行こうよ!ねぇ!」

 

「分かったから、手を離せ。

 

葵に連絡してくるから、行くのはそれからだ」

 

「ワーイ!ヤッター!」

 

 

喜びながら、跳ね回る美麗の様子を見て、幸人は軽く溜息を吐いた。

 

 

 

暗い森の跡地へ来た敬と創一郞……

 

建てられていた墓に、敬は花を供えた。何もない平地には、所々から草花が芽を出し始めていた。

 

 

「なぁ、先生。

 

この辺りも、いつか森になるのかな」

 

「なるだろうよ。

 

風乗って飛んでくる種が、この地に根を宿し、いつか森になる」

 

「そっか……

 

死んだ奴等も、やっと太陽を拝めるってことか」

 

「だろうな」

 

「それにしても、大蛇から俺を助けた奴、誰だったんだ?」

 

「?

 

助けた?」

 

「あぁ。

 

飲み込まれた意識朦朧とはしてたんだけど……大蛇の声が一瞬聞こえたんだ。

 

 

『何故お前がここに!?』って」

 

「……大蛇はそいつを知っていたのか?」

 

「かもしれねぇ。その後大蛇の腸を切り裂いて、中にいた俺を引っ張り出してくれたんだ」

 

「容姿は覚えてるか?」

 

「いや……暗かったから、全然。

 

 

でも、聞き覚えのある声だったな……美麗が暴走した時と同じ声だったような気が」

 

「それ、本当か?」

 

「う~ん……

 

うろ覚えだから、あんまり自信は」

 

「……」

 

 

 

「え?北西の森?」

 

 

幸人からの電話に、葵は思わず言葉を繰り返した。

 

 

「あぁ。一応約束しちまってるから、連れて行かねぇとうるせぇんだよ」

 

「良いお父さんしてるね、幸人」

 

「引っぱたくぞ」

 

「オー怖い」

 

「お前、今暇か?」

 

「う~ん、どうかなぁ。

 

今、ちょっと調べものしてるから」

 

「無理ってことか?」

 

「そうだね。

 

 

あぁ、だったら時雨だけ向かわせようか?彼女、今暇そうにしてるから」

 

「師匠?!」

 

「嘘嘘、冗談。

 

 

陽介に話は?」

 

「あとで連絡する」

 

「そう……じゃあ、気を付けてね」

 

「あぁ」

 

 

電話を切った葵は、深く息を吐いた。そして、机に広げられた資料を眺めた。

 

 

(……まだ、伝えるべきじゃ無いよね)

 

 

 

 

夕方……

 

 

宿を後にし、創一郞達と別れた後、幸人達は暗い森の跡地へ来ていた。

 

 

「そんで……

 

何で、テメェ等までついてくるんだ?迦楼羅」

 

「まぁまぁ、良いじゃん!

 

仕事、当分無いし」

 

「師匠、暇暇とうるさくなるんで、連れて行って下さい」

 

「火那瑪!!」

 

「お前、本当大変だな」

 

「そんで、どうやって行くんだ?

 

こっから北西の町って、相当遠いぞ」

 

「今、そこまで連れて行ってくれる奴を呼んでるところだ」

 

「呼んでる?誰を?」

 

 

木笛を吹く美麗……木笛の音は遠くまで響いていた。

 

しばらくすると、どこからか竜の鳴き声が響き空からネロ達が、美麗の元へ降り立った。

 

 

「ネロ!」

 

 

ネロの頭に美麗は飛び付いた。共に来ていたゴルドとプラダは、飛び付いた美麗の服の裾を掴み引っ張った。

 

 

「あ!ゴルド!プラダ!」

 

「あの2匹の竜、デカくなってねぇか?」

 

「竜の成長は、早いらしいからな」

 

「そういや、生まれて半年経つと、人1人を乗せられる大きさに成長して、1年経つと普通の竜の大きさになるって、梨白が言ってたな」

 

「凄い成長速度ですね」

 

「普通の竜の大きさって、どのくらいなの?」

 

「そんなの事良いから、早く乗れ」

 

「迦楼羅と火那瑪は、ゴルドに乗って」

 

「え?大丈夫なの?」

 

「平気だよ。何もしなければ。ねー」

 

 

顔を撫でられたゴルドは、甘え声を発しながら美麗の頬を舐めた。

 

 

「水輝はプラダに乗って。

 

幸人達はネロ」

 

「平気なのか?俺等で」

 

 

『攻撃はせん』

 

「……へ?

 

今、誰が喋った?」

 

「ネロだよ」

 

 

紅蓮と顔を合わせるネロは、彼等をチラリと見るとすぐに目線を逸らした。

 

 

「私達は良いとして、ミーちゃんはどうするの?」

 

「私は愁と一緒に、エルに乗っていく。

 

紅蓮はネロの背中。

 

 

ねぇ、早く行こう!」

 

「分かったから、裾から手を離せ」

 

 

幸人達は、ネロ達の背に飛び乗った。自身の頭に乗っていたアゲハを、美麗は愁の鞄の中へ入れた。

 

全員が乗ったのを確認すると、ネロを先頭にエル達は一斉に飛び立った。




北西の森……

水面に映る彼等を、天狐と地狐、空孤は見ていた。


『北西の森、来るみたいだね』

『まぁ、見られても問題は無いが』

『他の者達に、知らせてくる』

『頼んだ。

地狐、ちょっと来い』

『はーい』


森から出た2人は、美麗と晃の家へと行き玄関の戸を開けた。


『久し振りに来るね、ここ』

『窓を開けろ。全て』

『了解』


全ての部屋の窓を開ける地狐と天狐……2階の窓を開けた天狐は、ふと外を眺めた。


広がる一面の森……不意に吹いた風が、天狐の髪を靡かせた。


(……久し振りだ……


この部屋で、この風を浴びたのは)


『あれ?天狐。

どうしたんだい?こんな時間に』


蘇る記憶……窓から入った天狐を、晃は動かしていた手を止め、迎え入れるようにして笑顔を浮かべて向いた。


『別に、私が何時に来ようと勝手だろう?』

『構わないけど。

あぁ、美麗は起こさないでね。さっき寝付いた所なんだから』


晃のベッドで、幼い美麗は猫のぬいぐるみを抱いて眠っていた。


『まだ、お前と寝ていたのか』

『別にいいだろう。僕が一緒に寝たいんだから』

『とか何とか言って、夜泣きされるのが嫌なんだろう?』

『鋭く付くね、天狐は。

でも、一応は成長してるんだよ。


僕か添い寝しなくても、1人で寝られるようになったし』

『それは成長というのか?』

『成長は成長。

小さな成長を見ないと、子供はすぐに大人になっちゃうから』

『父親みたいだな』

『兄のはずだったんだけどね』



その部屋に、あの日の思い出の光景が天狐の目には映った。彼女は、しばらくその部屋にいたが、すぐに別の部屋へと行った。


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北西の国

平地へ降り立つネロ達……


「や、やっと着いた……」

「北西の地に着いただけだ。

こっからまだ歩くぞ」

「だったら、近くの町まで送ってくれれば良いのに……」

「それ、無理だよ」

「へ?」

「北西に住む妖怪達は、皆町へ行かないようにしてるんだもん。

一部がそれ破ったら、皆行っちゃって問題になっちゃうよ!」

「何か、ちゃんとしてるんだな……ここの妖怪達」

「こっからは、エル達は別行動!


紅蓮、お願い」


エルの手綱を外すと、美麗は頭に乗っているアゲハを紅蓮の頭へ移した。紅蓮は彼女の頬を一舐めし、エル達を目で誘導しながら、森へ入った。ネロ達は翼を羽ばたかせ、紅蓮の後について行った。


「凄え……

エル達、しっかり紅蓮の言う事聞いているよ」

「北西の森は、主に黒狼達が仕切ってるから。

ねぇ、早く行こう!」

「分かったから、そう急かすな」


夕方……

 

 

町へ着いた幸人達は、その町の光景に驚いた。

 

屋根に留まる、低級霊の妖怪達。賑わう市場にも妖怪達はいたが、決して人間に害を加えるようなことはせず、ただただ野良猫達のように、悠々としていた。

 

 

「ど、どうなってんだ?一体」

 

「妖怪と共同生活してる」

 

「この町、大丈夫なのか?」

 

「平気だよ!

 

北西地域は、全部天狐と地狐と空孤、あとリル達がいるから安全なんだ!」

 

「さすが、妖狐」

 

「ねぇ、早く行こう!」

 

「待て待て。

 

先にここの役所に行って、北西の森の通行許可証を貰わなきゃいけねぇんだ」

 

「面倒だな、それ」

 

「北西の森一帯は、陽介が管理しているような者だ。

 

奴の許可書を提示の上で、役所からの許可書を発行して、それで入れるんだ」

 

「前回、そんな事しなくてもすぐに入れたじゃん」

 

「あれは、持ち主である本人がいたからだ」

 

 

役所へ来た幸人達は、窓口で必要の書類を受け取っていた。

 

 

「あれ?

 

幸人先輩に迦楼羅先輩!」

 

 

聞き覚えのある声の方を振り向くと、そこには翠と邦立がいた。

 

「オー、チビ子!」

 

「変なあだ名つけないで下さい!!」

 

「何でお前等がここに?

 

担当区域じゃねぇだろう?」

 

「旅が終わって今は仕事無いんで、少し旅行を。

 

北西の地域には、前々から来てみたかったし!

 

 

先輩方は、何で?」

 

「美麗の故郷がここで、彼女が行きたがってたから、今回な」

 

「へー……!

 

先輩、でしたら私達も!」

 

「……まぁ、仕事じゃねぇし……

 

構わねぇよ」

 

「ヤッター!さっすが、幸人先輩!」

 

「ちょっとユッキー、俺と扱い何か違くない?」

 

「良いから、行くぞ。

 

美麗がうるさくなる」

 

「幸人!」

 

 

外へ出ると、美麗は低級霊の妖怪達と戯れていた。傍にいた愁は、幸人達に気付くと戯れる妖怪の群れから美麗を抱き上げ、彼等の元へ歩み寄った。

 

 

「相変わらず、妖怪に懐かれるな」

 

「もう行ける?」

 

「あぁ、行ける行ける」

 

「ワーイ!

 

あれ?翠と邦立だ!」

 

「よっ!美麗!

 

久し振り!」

 

「どうしたの?こんな所で?」

 

「小旅行だとさ」

 

「フーン……

 

ねぇ、早く行こう!」

 

「さっきからそればっかりだな、お前」

 

「……じゃあ、先行ってる!」

 

 

愁から降りた美麗は、低級霊を連れて一目散に町の中を駆けていった。

 

 

「待て!美麗!!」

 

「余計なことを言うな!迦楼羅!!」

 

「え?!俺なの?!」

 

「ミーちゃん、待って!」

 

 

町を駆け抜ける美麗……その時、擦れ違った女性が不思議そうに彼女の背中を見つめていた。

 

 

(……あの子)

 

 

「美麗!待ってぇ!!」

 

「早いよー!」

 

「テメェ、何とかしろ!」

 

「俺に振るなぁ!」

 

 

 

町を出た美麗は、森の中にある川辺で休んでいた。しばらくして、息を切らした幸人達が到着した。

 

 

「あ!幸人!

 

遅…」

 

 

言い掛けた瞬間、美麗は幸人から強烈な拳骨を食らった。それを遠くから見ていた迦楼羅は、殴られたのかタンコブを撫でながら、眺めていた。

 

 

「美麗、可哀想に」

 

「アンタが余計なこと言ったからでしょうが」

 

「俺、何言ったんだ?」

 

「あのね……

 

ミーちゃんは、自由行動を制限されてるの。

どこ行くにも、幸人に聞いてから行動するか、彼か秋羅君、愁君と一緒に行動するかのどっちかなの」

 

「だから、彼女ずっと急かしていたのですね」

 

「あぁ。

 

前までは単独行動させてたけど、やっぱり彼女を狙う輩が多くなったし……1人でいる最中に、もしもの時があったら、陽介さんに殺されるって幸人が……」

 

「陽介先輩らしい」

 

「それを、アンタが『そればっかりだな』何て言ったから、ミーちゃんは『じゃあ、言わなくても良いんだ!』って、思い込んじゃって行動に移したの!!分かった!?」

 

「は、はい」

 

 

その時、茂みから獣が姿を現した。右目に傷痕を付け額に三日月の痣を作った大熊が、幸人達を睨み警戒しながら、川の水を飲んだ。

 

 

「ど、どうしよう……」

 

「動けねぇ……」

 

「何か、今にも攻撃しそうな……」

 

 

水を飲み終えた大熊は、幸人達の方を見てきた。緊迫する空気が漂う中、風にに揺らぐ草木と流れる水の音が響いていた。

 

 

すると、幸人の傍にいた美麗は、そっと大熊の元へ歩み寄った。大熊は、鳴き声を発しながら彼女の方に体を向け、鼻で突っ突いた。

慣れた手付きで、美麗は大熊の頬を撫でた。大熊は甘え声を発し彼女の頬を舐めると、川を渡り茂みの中へ帰って行った。

 

 

「三日月は、この辺りの森の警備してるんだ」

 

「警備?」

 

「間違って入っちゃった人や、遊んで入っちゃった子供を、町の近くまで案内するんだ。人が北西の森に入ってこないように」

 

「へー」

 

「じゃあ、先に」

「行こうとするな」

 

「ウー」

 

「この先にある、廃墟の村で一泊する。

 

 

役所の奴の話だと、村にはまだ使える廃屋がいくつかあるから、野宿するならそこでとのことだ」

 

「そこで泊まって、大丈夫なのか?

 

妖怪に襲われたりしないか?」

 

「そん時は、そん時だ」

 

「オイ!」

 

「平気だよ!

 

寄っては来るけど、攻撃はしないよ!」

 

「……確かに。

 

ミーちゃんが帰ってきてるって、紅蓮達が伝えているなら私達に攻撃はしないとは思うけど」

 

「でも、万が一って事も」

 

「チビの割に、臆病だな?お前」

 

「先輩!!

 

怖いものは怖いんです!祓い屋になろうと何になろうと!」

 

「無駄話は、歩きながらしろ。

 

美麗抑えるこっちの身にもなってみろ!」

 

 

美麗は抜け出そうと、握られている腕を引っ張り幸人の手を外そうとしていた。

 

すると、傍にいた愁は彼女を抱き上げ持ち幸人達をチラッと見ると、そのまま森の中へ歩いて行った。

 

 

「……って、待て!!」

 

「えー?!行くんですか!?」

 

「文句言わずに、歩く歩く!」

 

「ウー」

 

「先生、行きますよ!」

 

「もー!

 

邦立!今夜、隣で寝かせて!」

 

「半分、お断りしたいです」

 

「邦立!!」




陽が沈み辺りが暗くなった頃、幸人達は廃墟になった村に辿り着いていた。


「ふぇー、どの家もボロボロだな」

「野宿するには丁度良さそうだな」

「ウー、何か怖い」

「先生、引っ付かないで下さい」

「俺と迦楼羅、美麗で薪取ってくる。

その間、ここを頼む」

「ヘーイ」

「え?美麗、連れて行くの!?」

「妖怪に出会したら、俺等が死ぬ」

「この森で、銃でも使えば怒りを食らう」

「無駄な戦いは避けたいからね!」

「何かあったら、すぐに逃げろ。いいな」

「分かった」


月明かりが照らす夜道を、美麗は幸人達を気にしながら慣れた足取りで、歩いていた、


「美麗!あんまり遠くに行くな!」

「ハーイ!」

「本当に分かってんのか?アイツ」

「良い父親してるね~、ユッキー」

「そのニヤニヤしている口を、引き千切るぞ」

「そう怖いこと言うなって!

いいじゃねぇか!成長が見られて!


考えても見ろ、弟子達はもう二十歳過ぎだぜ?成人してるんだぞ」

「1人を除けばな」

「そう考えると、また子供を育ててる幸人が羨ましいよ、俺は」

「そういうもんかね」

「そういうもんだ。




お前さ、弟子に言ったの?あれ」

「言う訳ねぇだろう。


時が来たら、言うつもりだ」

「遅れないようにね?」

「ヘイヘイ」


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変わらぬ故郷

焚かれた火が、メラメラと燃えていた……


物音で起きた翠は、あくびをしながら廃屋から外へ出た。


「あれ?先輩方、何やってるんです?」


焚き火の前には、水輝が淹れたコーヒーを飲む迦楼羅と幸人が座っていた。


「お!チビが起きた」

「先輩、いい加減怒りますよ?」

「悪い悪い」

「翠も飲む?コーヒー」

「頂きます!

久し振りですね!こうやって、水入らずでほのぼのするの」

「そうだな。

弟子が出来たから、何かと集まれなかったからな!」

「変人双子は普通に、俺の所に遊びに来てたけどな」

「まぁね!あそこ、居心地よかったから!」

「弟子取って10数年か……


早いものだね~弟子達はもう大きくなって、だらしない俺等の尻を蹴るようになったんだから」

「主に幸人と迦楼羅ね」

「俺はそんな蹴られちゃいねぇよ」

「どうだか」


水輝から受け取ったカップを手に、翠はふと空を見上げた。空には、満天の星空と月が輝いていた。


「凄ぉ……


こんな光景、見たこと無い」

「町も村も、近くに無いからな」

「人が作った灯りがない分、空の星が凄く綺麗に見えるんだ」

「へー……


美麗も、昔はこうやって晃って人と見てたのかな?」

「かもな」


廃屋に目線を移す幸人……中では、愁の腕を枕に頭を置き眠る美麗は、気持ち良さそうに丸まって眠っていた。


「こうやって見ると、普通の子供と変わらないですね」

「中身は、100歳超えた女の人間なんだけどな」

「確かに」

「何か、不思議ですよね。

今こうやって野宿してると、普通に妖怪が私達を襲いに来てもおかしくないのに……


この森は、なぜか何も襲ってこない」

「それだけ、この森が安定してるって証拠だよ」

「この森というより、この北西地域が安定してるんだ。


……祓い屋がいないのに、被害数は0だ」

「あれ?北西の担当祓い屋って、誰でしたっけ?」

「……愛だよ。

北西地域担当は、冥影……」

「……」

「亡くなってからは、討伐隊が担当している」

「……


先輩、今でも愛が好きですか?」

「知らねぇよ、そんな事。


先に休む」

「あ~、幸人先輩!誤魔化さないで下さいよ~!」

「早く寝ないと、背が伸びねぇぞ」

「もう手遅れです!」


早朝……

 

 

林に囲まれた道を幸人達は歩いていた。その林を抜けると、そこは廃墟となった街だった。

 

 

「見るからに、随分と発展していた町だったみたいだね」

 

「この町抜ければ、もう北西の森だよ!」

 

「そうか」

 

「ねぇ、美麗と晃の家はどこにあるの?」

 

「この先」

 

「え?

 

この先って、北西の森でしょ?」

 

「森の中にあるの」

 

「……」

 

「……あ!

 

幸人!こっち!」

 

 

茂みを指差しながら、美麗は中へ入った。幸人達は、慌てて彼女の後に続いて、茂みの中へ入った。

 

 

茂みを抜けた先は、木々に囲まれた広場だった。するとそこへ、鳴き声を発したエルとネロ達が舞い降り、美麗の元へ寄ってきた。

 

 

甘えてくるエルの喉を美麗は撫で、頭に乗ってきたアゲハの体に手を置いた。エル達の鳴き声に呼ばれたのか、茂みから次々と獣妖怪達が姿を現し、美麗の元へ駆け寄り、飛び付いていった。

 

 

「凄ぉ……多種多様の妖怪だらけ」

 

 

『全て、この森に住む妖怪達だ』

 

 

声の方へ振り返ると、そこには紅蓮と共に来た天狐と地狐が立っていた。

 

 

「天狐、地狐」

 

『久し振り、秋羅、幸人』

 

「その顔……全部、お見通しってか?」

 

『もちろん。

 

彼女の我が儘を聞いてくれて、どうもありがとう』

 

「あ!天狐!地狐!」

 

 

頬を舐めてくる虎を退かした美麗は、地狐達の元へ駆け寄り飛び付いた。

 

 

『元気だったかい?』

 

「うん!

 

ねぇ、リルは?」

 

『いつもの所だ。

 

紅蓮にでも、連れて行って貰え』

 

「そうする!

 

 

紅蓮!行こう!」

 

 

紅蓮の元へ駆け寄り、彼に飛び乗った美麗は奥へと入って行った。彼女の後を追い駆けようと、愁はエルの背中に飛び乗った。

 

 

「愁!美麗のこと、頼んだぞ!」

 

『何かあれば、彼等が守ってくれるよ』

 

『それよりどうだ?

 

2人が過ごした、家でも見るか?』

 

「え?

 

お家、あるの?」

 

『あるよ。

 

いつか、帰ってくる彼等のために』

 

「……」

 

『どうする?』

 

「見学させて貰う」

 

「お前、即答だな」

 

 

 

川を渡り、紅蓮は近くにある洞穴に着いた。そこに着くと、美麗は彼から降りた。

 

 

「……リル?」

 

『……美麗か』

 

「リル!」

 

 

洞穴の置くで、横になっているリルの元へ、美麗は駆け寄り抱き着いた。抱き着いてきた彼女を、リルは鼻先で撫でた。

 

 

『元気そうだな』

 

「うん、元気だよ!

 

 

リルは大丈夫?元気ないの?」

 

『何、少し体調を崩しただけだ。時期に治る』

 

「よかった!

 

あ!ちょっと待ってて!

 

 

愁!愁!」

 

 

彼の名を呼びながら、美麗は降り立つエルの元へ駆け寄った。

 

 

『……あれか?

 

桜の守は』

 

『あぁ』

 

 

美麗に手を引かれ、歩み寄ってくる愁の姿が、リルの目には一瞬晃の姿と重なって見えた。

 

 

(……晃?)

 

「愁、リルだよ!」

 

『リ…ル?』

 

『生き残っていてよかった、桜の守よ』

 

『桜……守?』

 

「愁、まだ分かってないよ?」

 

『そうか……

 

愁、少し森を歩いてきたらどうだ?

 

 

ここは、お前達の先祖の故郷だ』

 

『故郷?

 

ここが……』

 

『美麗、久し振りの帰還だ。

 

母の墓参りに行かなくて良いのか?』

 

「あ!行く!

 

 

お花、咲いてる?」

 

『咲いてる。

 

紅蓮、案内しなさい』

 

『あぁ』

 

「愁、一緒に行こ!」

 

『うん』

 

 

愁を連れて、美麗は紅蓮と共に茂みの中へ入って行った。彼女の後を、エルとゴルド達はついて行った。

 

 

『お前の子供達も、ついて行ったぞ?良いのか?』

 

『構わない。

 

それより、体の具合はどうだ?』

 

『何……平気さ。

 

 

あの子が、総大将になるまでは死にはしない』

 

 

 

森の中を歩き、倒れた大木を跳び越えた美麗は、後からついて来る愁を気にしながら、歩いていた。

 

しばらくして、森を抜け草原に出た。そこには、色とりどりの花々が、咲き誇っていた。

 

 

「ワーイ!咲いてる!

 

何も変わってなーい!」

 

 

花畑へ走った美麗の姿を目にしながら、愁は花畑を見回した。

 

その時、走馬燈の様にある映像が、愁の頭に流れた。

 

 

同じ花畑で、子守歌を歌う女性……膝には、白髪の男が横になっており、彼等の隣で自分は座っていた。

 

 

『……!

 

美麗?』

 

 

花畑から突然、美麗を見失った愁は辺りを見回しながら、彼女を探した。

 

 

『美麗……美麗……

 

美麗!!』

 

「プハァ!」

 

 

花に埋もれていたのか、美麗は勢いよく起き上がり姿を現した。彼女を見つけた愁は、すぐに駆け寄った。

頭に付いた花弁を落としながら、美麗は駆け寄ってきた愁を見上げた。彼に続いて、ゴルドとプラダが寄り彼女に甘えるようにして、鼻先で頬を突っついてきた。

 

 

「へへ!くすぐったいよ!」

 

『美麗、花付いてる』

 

 

そう言って、愁は美麗の頭に付いていた黄色い花を手に取った。

 

 

「ありがとう!

 

 

ねぇ、花摘もう!ママ達のお墓にお供えするの!」

 

『達?』

 

「昔ね、晃が言ってたの。

 

 

愁と同じ、桜の守が眠ってる土地だから一緒にお参りしようって」

 

『俺と一緒……』

 

「お墓行けば、何か思い出すかも知れないね!

 

摘もう!愁」

『摘もう!〇』

 

 

一瞬、別の女性と美麗が重なって見えた。愁は頭を抑えながら、その場に座り込んだ。

 

 

「愁?どうしたの?

 

大丈夫?」

 

『……平気。

 

 

 

 

美麗』

 

 

呼びながら、愁は美麗を抱き寄せ抱き締めた。不意に流れ落ちてくる涙が、美麗の頬に辺り彼女は顔を上げ彼を見た。

 

 

「愁、泣いてるの?」

 

『分からない……

 

 

ただ…凄い、ここが痛い』

 

 

胸を手で触れながら、愁は美麗の頬を撫でた。流れる涙を、美麗は愁の頬に手を触れさせながら拭いだ。

 

 

「消えないよ。

 

私は、愁の前から」

 

『……』

 

「だから、泣かなくて良いよ」

 

『……うん』

 

 

すると彼を慰めるようにして、アゲハは愁の顔を触角で撫でた。アゲハに続いて、美麗の傍にいたゴルドが愁の膝に頭を乗せ甘える様にして頭を擦り寄せ、エルも彼の頬を嘴で撫でた。

 

愁は寄ってきた3匹の頭を、交互に撫でた。微笑を浮かべた彼に、美麗は笑顔を向け笑った。釣られて、愁も笑顔を浮かべた。



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2人の家

天狐……

僕等が帰ってくるまで、家を頼むよ。

必ず、帰ってくる。約束するよ。



結局、お前は帰ってこなかった……

まだ幼い、美麗を残して……


見えるか?彼女、お前が死んでから何日も泣き喚いたんだぞ。こんなに目が腫れるまで……


お前が生まれ変わり別の姿で帰ってくるのを、私は待とう。美麗と地狐、空孤、そしてあの妖怪達と。




お前が好きだった、あの桜の下で……


美麗と愁が花畑にいる頃、幸人達は森を抜けとある高原に着いた。

 

そしてそこには、2階建ての大きな家がありその家を囲うようにして、柵が立てられていた。裏口の戸を開け、彼等は地狐に案内されて、中へと入った。正面にした家の傍には、林檎の木がありその傍にはいくつもの鉢植えが置かれていた。

 

 

「凄え……」

 

「デケぇ家だな」

 

『ここが、美麗と晃……2人の家だよ』

 

「ここが?」

 

「何か、蘭丸さんの家みたいだな」

 

『蘭丸は多分、この家をモチーフに建てたんだと思うよ。

 

新兵だった彼は、よく天花に連れられてここへ来ていたから』

 

「へー……

 

しっかし、やけに鉢植えが多いね。

 

 

オマケに、畑まで」

 

『晃の家は、自給自足だ。

 

鉢植え類は、花を育てていたから』

 

「晃が花を?」

 

『いや、美優だ。

 

 

美優の奴、花々が好きでよく種を拾ってきては色々育てていた』

 

「美麗の花趣味って、母親譲りだったのか」

 

『中、見るかい?』

 

「え?

 

良いの?俺等が見て」

 

『構わん』

 

 

そう言って、天狐は鍵穴に鍵を入れ戸を開けた。

 

中は、入ってすぐの部屋には4つの椅子と机が置かれており、その奥には台所があった。

 

その部屋の左には、2階へ続く階段とすぐ傍に1つドアがあり、右にももう1つのドアがあった。

 

 

「随分と、綺麗にされているね」

 

『一応、定期的に掃除してるからね』

 

「凄い数の本だなぁ……」

 

『晃は読書家だったから、暇があるといつも読んでいたよ。

 

 

そういえば、彼の真似して美麗もよく本を読んでいたっけ』

 

「……あの、この棚に置かれている写真って」

 

 

火那瑪が指差す棚には、いくつもの写真立てが置かれていた。幸人と秋羅は、不意に写真を手に取った。

 

幸人の取った写真には、2人の男女と年老いた女性、その隣に無表情の少年が写っていた。

 

 

「……これって」

 

『晃が、まだ麗桜達に会う前に撮った写真だよ』

 

「晃の後ろにいる人達が、ご両親?」

 

『そう。

 

彼の父親は、独自の妖怪研究をして自身の辞典を出していた。母親はその研究の手伝い。

 

 

晃は幼少期、面倒を見られない両親に変わって、祖母の静葉さんが彼の面倒を見ていたんだ』

 

「よく詳しいね」

 

『ちょっとね……

 

 

静葉さんと僕等、知り合いだったから』

 

「へー」

 

 

秋羅が取った写真には、麗桜と美優に挟まれた晃と彼に抱かれた幼い美麗が、写っていた。

 

 

「数年で、こんなに変わるんですね……人って」

 

「うわぁ、本当だ。

 

先輩の写真と偉い違いだ」

 

「秋羅、お前も来た頃と今とは偉い違いだぞ」

 

「幸人!!」

 

「そうそう。

 

火那瑪も来た頃は、そりゃあもう」

「それ以上余計なことを言いますと、その口切り落としますよ?」

 

「オー怖」

 

「そんな事言うなら、うちの邦立なんて!」

「あんまり余計なこと喋ると、もう一緒に寝ませんよ?」

 

「キャー!邦立!!」

 

「お前、まだその癖治ってなかったのか」

 

「うぅ……だって」

 

「まぁまぁ良いじゃん!

 

 

ねぇ、2階には何があるの?」

 

『晃達の部屋だよ』

 

 

地狐達に案内され、幸人達は2階へ上がった。2階は廊下が左右に続き、いくつものドアが並んでいた。

 

 

『こっちだよ』

 

 

先を歩いた地狐のは、一番奥にある部屋のドアを開け中を見せた。

 

中は、正面に窓がありその隣にベッドが置かれており、隣には衣装戸棚が置かれていた。向かいに机と本棚が置かれ、その隣に置かれた棚には、木の玩具が入った箱や動物のぬいぐるみ、そして二つの写真立てが綺麗に置かれていた。

 

 

『ここが、美麗の部屋だよ』

 

「何か、幸人達が用意した部屋と然程変わらないな?」

 

「ねぇ、この写真に写ってるのって……」

 

 

2つの内1つの写真には、赤ん坊の美麗を抱える美優とその隣に晃、彼等の肩に手を掛け抱き寄せる麗桜が写っていた。もう1つの写真には、討伐隊の制服を着た2人の男女と、女と晃の手を繋ぐ美麗が写っていた。

 

 

『その写真は、美麗がまだ赤ん坊の時に撮ったものだよ。

 

もう1つは、天花が蘭丸をここへ連れて来てね。その時に撮った写真だよ』

 

「この家、写真がいっぱいだね」

 

「だな」

 

「えーっと……本棚には、絵本にスケッチブックに小説に……

 

 

おいおい、こんな難しい本まで読んでたのか?あいつ」

 

『美麗は、晃に似て読書家だったから。

 

難しい本も、難なく読めたんだよ』

 

「この木の玩具って……」

 

『それ類は、この下にあった町の人が、美麗のために作ってくれた物だよ。

 

美麗、幼少期はまだ自分の力をコントロール出来なかったから、町の子供達と遊べなかったんだ。それを可哀想に思った町の人が、玩具類を作ってくれたんだよ。寂しくないようにって』

 

「へー」

 

 

何気なく、秋羅は本棚に並べられていた1冊のスケッチブックを、手に取り広げて見た。

 

そこには、クレヨンで描かれた花や木、2匹の黒い犬に2人の人が描かれていた。

 

 

「……なぁ、地狐。

 

 

この2匹の黒い狼って、今は?」

 

『……もういないよ。

 

以前に話したよね?紅蓮は、ここへ遊びに来ていた黒狼達の名前の頭文字をとって、名付けたって』

 

「……まさか、この二匹が」

 

『そう……

 

 

この、頬に傷がある奴が紅羽(クレハ)……そして、もう一匹が蓮実(レンマ)。

 

この2匹は、2人によく懐いていて……必ず、彼等の元に来てきた。

 

 

あの日も、そうだった』

 

「あの日?」

 

『何でも無い』

 

『晃の部屋でも見るか?

 

 

貴重だぞ、妖怪博士の部屋は』

 

「入る!」

 

「迦楼羅!」

「迦楼羅先輩!」

 

 

 

晃の部屋へ来た幸人達……

 

美麗の部屋と然程変わりは無いそこには、本でいっぱいの本棚が2つと、整理された机、窓際の壁にベッドが置かれていた。

 

 

「凄え本の数……」

 

『様々な本を読み比べながら、妖怪辞典を作っていたからね。

 

あの頃は、今みたいに狂暴な妖怪は数えるほどしかいなかったから』

 

「そういや、北西地域から妖怪被害があったって、あんまり聞いたことねぇな」

 

『この地域は、僕等はもちろん麗桜の娘である美麗がいるから、彼等は暴れたりはしないんだ。

 

大将がいるのに、暴れる人なんていないだろう?』

 

「まぁ、確かに」

 

『……?

 

 

どうやら、帰ってきたみたいだね』




ガタガタと窓硝子が鳴った。気になった秋羅達は、表へ出た。

皆が庭先へ向かう中、幸人はリビングに置かれていた写真を思い出しながら、美麗の部屋に行きそこに飾られた写真をもう一度見た。


(……おかしい。

赤ん坊の頃と幼少の美麗は、瞳が青なのに……


成長し普通の少女となった美麗の瞳は、赤くなっている……


何でだ?)


写真を気にしながらも、幸人は遅れて庭先へと向かった。


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桜の守の墓

庭に出ると、そこにはエルとネロ達が空から降り立ち、四方の森から獣妖怪達と動物達が、ワラワラと出て来ていた。


エルに乗っていた愁は先に降りると、あとから降りる美麗に手を貸し、彼女を降ろした。


「……!

あ!秋羅!幸人!」


歩み寄ってくる2人の元へ、美麗は駆け寄った。


「リルの奴、元気だったか?」

「うん!

でも、何か体調崩したみたいで横になってた」

『歳が歳だからね。

体調を崩すことが、しばしあるんだよ』

「?

美麗、その花どうしたんだ?」

「さっき、愁達と花摘んでたの!


こっちに、ママと桜の守達のお墓があるから、そこにお供えしようと思って!」


美麗が指差す方の森には、獣道がありそれは奥へと続いていた。


「幸人達も来る?」

「……折角だから、行かせて貰うか」

「だな」



獣道を、あとから来る幸人達を気にしながら、美麗は先を歩いていた。

しばらくして、彼等は小さな広場へ着いた。そこには、桜の大木が生えており、その下には墓石が3つ置かれていた。


「凄え……こんな立派な桜の木、初めて見たわ」


墓石の前に、美麗は摘んできた花を供え、手を合わせ目を瞑った。彼女に合わせて、幸人達も手を合わせた。


晃達の家へ幸人達は戻った。久し振りに帰ってきた家に、美麗は嬉しそうに家の中を見回っていた。

 

 

「美麗、スッゴい嬉しそう!」

 

「3年振りだからな、ここに来るのは」

 

「……なぁ、今思ったんだけど、その部屋何なんだ?」

 

 

迦楼羅が指差す方には、戸が1つあった。

 

 

『そこは、晃と彼のお父さんの仕事部屋だよ。

 

物が多いから、入るのはお勧めしないな』

 

「仕事部屋……」

 

 

その時、階段から駆け下りてきた美麗は、天狐の元へ駆け彼女に飛び付いた。

 

 

「……

 

 

天狐」

 

『?』

 

「晃の仕事部屋、行って良い?」

 

『別に構わないが……

 

大丈夫か?』

 

「うん、平気」

 

 

美麗は天狐から離れると、仕事部屋の戸を開けた。

 

中は、窓際に勉強机と真ん中にテーブル、部屋の壁一面には天井まである本棚が置かれていた。

 

 

「……凄過ぎて、言葉が出ねぇ」

 

「これ全部、妖怪に関する本ばかりだ」

 

「晃、このテーブルに本棚にある本を広げたり、討伐隊本部から取り寄せた資料を広げて、いつも何か調べてた」

 

「そっか……

 

その間、ミーちゃんは何してたの?」

 

「庭で黒狼達と遊んだり、本読んだり、お絵かきしたりしてた……

 

 

晃」

 

 

今にも泣きそうな美麗を、傍にいた水輝は抱き寄せ慰めるようにして肩を擦った。

 

 

部屋を見回していた愁は、ふと机の引き出しが気になり中を開けた。

 

中を開けると、置くからビー玉サイズの玉が転がってきた。愁はそれを手に取った。

すると、玉が突然光り出した。驚いた彼は、思わず玉を落とし光に気付きこちらを向いた秋羅達の所へ駆け寄った。

 

 

「な、何だ!?」

 

「愁、お前何やった?!」

 

 

光っていた玉はやがて、ある人を写した。その者を見た美麗は、水輝から離れ駆け寄った。その者に触ろうと手を伸ばすが、透けているのか触れられなかった。

 

 

『ごめんね、これは幻影だから君に触れることは出来ない』

 

「……晃」

 

『晃、お前』

 

『僕の魂の一部を、この玉に封じていたんだ。

 

同じ桜の守の妖気で、目覚めるようにして』

 

「それを触った愁は」

 

『彼は、雅さんの生まれ変わりだよ』

 

「雅?」

 

「誰?」

 

『僕も詳しくは知らない。

 

話では、麗桜さんの祖父・藤閒さんに仕えていた桜の守だとしか』

 

『雅の……

 

 

どうりで、似ているわけだ』

 

「晃、パパが生きてた」

 

『そうみたいだね。

 

 

美麗、エル達を散歩させてきてくれないかな?』

 

「え?何で?」

 

『多分、そろそろ…』

 

 

言い掛けた晃の言葉を遮るようにして、エルとゴルド達が鳴き声を上げた。

 

 

(毎度ながら、何ちゅー気遣いの良い妖怪)

 

『ほら、一緒に散歩しようって』

 

「うん、行って来る!」

 

 

晃から離れ、美麗は表へ出ると待っていたエルに乗り彼等と共に空へ飛んで行った。

 

 

「アイツ1人で、大丈夫か?」

 

『平気だよ。

 

彼等は、美麗の遊び相手であり用心棒だから。何かあれば、彼等が彼女を守ってくれるよ。

 

 

さてと、少しお話しても良いかな?』

 

「アンタは、どこまで知ってるんだ?今の状況を」

 

『紅蓮から見ていたから、大体は目についているよ。

 

 

何を知りたい?辞典に載せていないことなら、多少話せるよ?』

 

「じゃあ、まず……桜の守について。

 

元々は、どういう妖怪だった?」

 

『春を呼ぶ妖怪……

 

僕等は、春の訪れを桜の木に知らせるんだ。桜は蕾を開花させて、花を咲かせる……そうすると、自然と人が集まって、春の宴をしていた。僕等はそれを見て楽しむ……そんな感じの妖怪だよ』

 

「いつから、ぬらりひょんに仕えていたんだ?」

 

『ある日、狂暴な妖怪に襲われた時、僕等だけじゃ対処できなかった……

 

 

そんな時、麗桜さんの祖父が僕等を助けてくれた。

 

 

それからは、ずっと彼に……

 

と言っても、話は全部祖母から聞いたんだけどね』

 

「え?晃のお祖母さん、桜の守なの?」

 

『そうですよ。

 

君等の記録だと、多分桜の守は僕の血で途絶えているよ。あの当時、桜の守で生き残っているのは、もう僕1人だけだったと、聞かされていたから』

 

「……

 

討伐隊本部にあった、桜の守のDNAは」

 

『僕のものだよ』

 

「……」

 

「アンタは、ずっとぬらりひょんと一緒に居たの?」

 

『いや……

 

 

僕の父親が人でね、僕を含む一部の桜の守は故郷である、この北西の森に身を置いたんだよ。

 

 

一部と言っても、僕の両親と祖母の3人だけ。

 

麗桜さんのことは、全て祖母から聞いたんだ』

 

「……晃さんの、祖母の名前って分かる?」

 

『……静葉。

 

 

夜山静葉。祖母の名前だよ。

 

 

ちなみに、美麗の祖母の名前は麗奈。

 

 

他に聞きたいことは?』

 

「闇の力って何?

 

妖怪辞典には、その力に関して載っていないけど」

 

『載せるわけ無いよ。

 

 

あの力は、人が知ってはいけないものだから。知れば最期、死ぬだけ』

 

「けど、お前等一族はその…闇の力を封じることができる一族だって、お前の辞典に」

 

『封じる……確かに、できるにはできる。

 

けど、それは……君等の力を借りて、ようやく封じることができること』

 

「君等?」

 

「誰のことです?」

 

『普通に分かってるよね?

 

僕が何を言っているか。君等のお師匠さんは、ちゃんと伝えているはずだよ』

 

 

怪しげに光る紅い目に、幸人達は目線を反らした。その様子に、晃は鼻で笑いながら書棚に入れられていた本に触れようと、手を伸ばした。だが、本には触れられず、手はスッとすり抜けてしまった。

 

 

『……やっぱり、幻影だと現世のものには触れられないみたいだね。

 

祖母が言った通り』

 

「その幻影は、何の為に?」

 

『死んだ際、もう一度美麗に会うためだよ。

 

 

でも、もうこの手じゃ彼女を抱きしめる事も、撫でる事もできないみたいだね』

 

「……」

 

『天狐、美麗は何歳になった?』

 

『117歳だ』

 

『……もう、そんなになったのか。

 

時が経つのも、早いもんだね』

 

「最期に会ったのは、いつなの?」

 

『彼女が14歳の時さ。

 

 

討伐隊に撃たれて、彼女に最期の言葉を言ってそれっきり。

 

 

泣いていたな……

 

目に沢山の涙を溜めて……拭おうとするんだけど、腕に力が入らなくなってね』

 

「……」




ガタガタと鳴り響く、硝子窓が風に叩かれる音……晃は、ふと外を見た。外には空から地へ舞い降りる、エル達が見えた。


『どうやら、帰ってきたみたいだね。


愁といったね』

『?』

『君は、美麗が大事?』

『大事?』

『言い方を変えよう。

いる時といない時、どっちが落ち着く?』

『いる時』

『じゃあ、大事だね』

『?』

『君に、彼女を任せるよ。


傍を離れないでね、愁』

『……俺で、平気…なのか?』

『君は桜の守。

ぬらりひょんの傍にいるのが、一番幸せなことだよ』

『幸せ?』

『その内分かるよ』


「晃ー!散歩終わったー!」


部屋へ飛び込んで来た美麗……幸人達が振り返ったと同時に、晃の幻影はスッと消えてしまった。


「煙のように、消えやがった……」

『晃らしい』

『全くだ』

「晃?

ねぇ、晃は?」

「時間切れで、消えちまった」

「……お話、したかった」


落ち込む美麗……慰めようと、秋羅が傍に行こうとした時、先に愁が彼女の元へ行き、抱き上げ部屋を出ていった。


「美麗のことは、愁に任せておくか」

「だな」


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雪女

やめて……

もう、やりたくない……


『やらなきゃ、晩飯は抜きだ』


食欲ない……

いらないから、もう嫌だ……


「!!」

 

 

目を覚ます翠……汗だくとなった彼女は、ふと隣で寝ている水輝を見た。

 

 

(……夢か。

 

 

?)

 

 

向のベッドに寝ているはずの美麗の姿が、どこにも無かった。起きた翠は、その足でベッドから降り部屋を出て、宿の表へ出た。

 

 

「……!」

 

 

宿から少し離れた所にある公園で、翠は美麗と愁、幸人の姿が見えた。

 

 

近付いてくる足音に、幸人は振り返った。

 

 

「何だ?翠、こんな夜中に」

 

「ちょっと、悪夢に魘されてね。

 

美麗達は?」

 

「美麗が、夜ぐずって外行こうとしたから、俺と愁であやしついでに散歩」

 

「美麗、まだぐずるの?」

 

「あぁ。

 

頭では、晃は死んだって理解してるが……やっぱり気持ちが、追い付いてないんだろうな」

 

 

地面に何かを描きながら、美麗は傍にいる愁と遊んでいた。

 

 

「家族が死んで悲しむか……悲しまなかった私は、普通じゃないのかな」

 

「お前のは、例外だろう」

 

「ハハハ!例外か!」

 

「……未だに、独りは無理か?」

 

「駄目だね。

 

男性恐怖症が治っても、独りになるのはまだ無理。

 

 

この低身長で、もう30過ぎてるのにさ。情けないよね」

 

「弟子が嫌がってなきゃ、別にいいんじゃねぇの?」

 

「まぁ、そうなんだけど」

 

 

話ながら、翠は空を見上げた。空には満天の星が輝き、丸く大きな月が辺りを照らしていた。

 

 

「凄ぉい……こんな星空、初めて見る」

 

「この辺りの地域、町があそこだけらしい。

 

だから、夜になれば灯りなんざ無くなるから、綺麗に見えるんだとさ」

 

「え?誰から聞いたんですか?」

 

「天狐達」

 

「あぁ、あの妖狐さん……

 

あれ?彼等は?」

 

「自分達の巣に帰った」

 

「……」

 

 

『幸人』

 

 

彼の名を呼びながら、愁は眠そうに目を擦る美麗を抱いて歩み寄ってきた。

 

 

『美麗、眠くなってる』

 

「みてぇだな。

 

翠、お前等の所に愁入れて良いか?」

 

「別に構わないけど……

 

ベッド、3つしか無いよ?」

 

「同じベッドに寝かせる。

 

愁、美麗達の部屋に行け」

 

 

落ちそうになる美麗を持ち直し、愁は翠と共に宿へと帰った。幸人はしばらくの間夜風に当たり、そして宿へと戻った。

 

 

 

翌朝……

 

 

フワフワと何かが顔を、撫でていた。翠はそれを手で退かしながら、目を覚ました。

 

 

『キー?』

 

「……うわっ!ビックリした!」

 

 

目の前にいたアゲハに、翠は飛び起きた。アゲハは彼女が起きるのを確認すると、今度は向で眠ってる美麗と愁を同じようにして、起こした。

 

 

「良い目覚まし時計でしょ?」

 

「水輝先輩……

 

 

まさか、先輩もあの起こされ方を?」

 

「される前に起きた。

 

愁、着替えるから部屋戻って」

 

 

ムクッと起きた愁は、大あくびをするとベッドから降り、部屋を出ていった。

布団に包まっていた美麗に、アゲハは再び触角で彼女の顔を撫で起こした。

 

 

「ほらミーちゃん、起きな。

 

 

愁、着替えに行っちゃったよ」

 

 

不機嫌そうな表情をして、美麗はムクッと起き上がった。起き上がった彼女の元へ、アゲハは頭を擦り寄せた。

 

 

「何か、凄いご機嫌斜めだな」

 

「昨日のが、響いてるのかも……

 

 

ミーちゃん、着替えちゃいな」

 

「……」

 

 

無言で服を着替えると、美麗は部屋を出ていった。

 

2人が服に着替え、部屋の外へ出てロビーに行くと、先程まで不機嫌だった美麗は、嬉しそうな顔でソファーに座っている愁の膝に座っていた。

 

 

「機嫌、治ったみたいですね?」

 

「起きた時に、愁がいなかったら機嫌悪かったのかな?」

 

 

「木影様」

 

 

宿の主が、電話の子機を持ちながら2人を呼んだ。邦立と翠は振り返り、カウンターへ行った。

 

 

「木影は私達だけど、どうかした?」

 

「お電話が入っております。美羅様という方から」

 

「……何の用だろう」

 

 

子機を受け取った翠は、耳を当て話し出した。しばらくすると、翠は段々と面倒臭そうな表情を浮かべて、頭を掻きしゃがみ込んだ。

 

 

「……ユッキー、あれ」

 

「可能性大だな。

 

お前、時間は?」

 

「ハッキリ言って無理だ。

 

 

俺の地域の依頼がある。ユッキーは?」

 

「連絡無いから、今の所は」

 

 

暗い表情で、翠は電話を切った。そして振り返ると、助けを求めるような眼で幸人達の前で土下座した。

 

 

「お願いします!!任務、手伝ってください!!」

 

「やっぱりな」

 

「俺は無理だよ」

 

「私も。というより、仕事が入っている」

 

「幸人先輩は?」

 

「入ってないが……報酬は高くつくぞ」

 

「……お願いします」

 

「水輝、暗輝に連絡できるか?」

 

「連絡してもいいけど、多分無理だよ。

 

私も暗輝も、仕事が立て込んでるから」

 

「マジかよ……」

 

「そういえば、二人がダメな時って、どうするんです?」

 

「……」

 

「……あれ?幸人先輩?」

 

「とっとと向かうぞ」

 

 

先に出た幸人に続いて、美麗は愁と共に表へ出た。彼等に続いて、迦楼羅達も外へ出ていった。

 

 

町を後にし、広場へ行くとそこにはネロ達が待っていた。

 

 

「あれ?妖怪達のお見送り?」

 

『まぁな』

 

『また、美麗を頼むよ』

 

「あぁ。

 

秋羅、美麗、愁。今から、このチビ介の依頼受けけるからそのつもりで」

 

「……だそうです」

 

「先輩!!」

 

「え~、帰んないの~」

 

「このまま、北東に行く」

 

「北東?」

 

「北東の奥の方に山があって、その山にある村から最近雪女が頻繁に、村人を襲うようになったからそいつ等を退治してくれって」

 

「雪女?

 

珍しいな、この時期に」

 

「そうだよね」

 

「ほら、駅に向かうぞ。

 

あいつに、連絡しなきゃいけねぇんだから」

 

「あいつって?」

 

「美麗は知らない方がいい」

 

「……北東に行く前に、蘭丸の所に行きたい!」

 

「また今度な」

 

「ブー」

 

『雪女か……

 

少し、気を付けた方がいい』

 

「?どういうことだ?」

 

『空狐に見せられただろう?

 

美麗の曾祖母』

 

「……」

 

『雪女は、仲間意識が強い妖怪だ。

 

何もないとは思うが……』

 

「それで、気を付けろ……

 

まぁ、頭の片隅に置いとく」

 

『くれぐれも、美麗を頼んだぞ』

 

「ヘイヘイ。

 

行くぞ」

 

「あ!幸人!

 

 

美麗、愁!行くぞ!」

 

 

ネロ達の頬を撫で、別れを告げると美麗は愁と共に先に行った幸人達の元へ駆けて行った。

 

彼等の背中が見えなくなるまで、天狐と地狐、空狐は見届けた。そして、ネロ達を連れて、彼等は北西の森へと帰っていった。



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雪山の母親

汽笛を鳴らし、線路を走る汽車……


美麗は、窓際で愁の膝の上に座り、外を眺めていた。愁は彼女を抱きずっと頭を撫でていた。


「……秋羅、こいつ大丈夫なのか?」

「汽車が苦手でな。

美麗を膝に乗せておけば、何とか平気なんだ」

「……」

「まぁまぁ、いいじゃない!

気長に、向かいましょうよ!邦立!


そういえば先輩、水輝先輩達の代わりは誰が」
「おっ久し振りでーす!先輩!!翠!!」


個室の戸を勢いよく開け、入ってきたのは荷物を持った翔だった。


「……」

「……」

「あれ?何で、皆黙りなの?」

「何で寄りによって、こんなうるせぇ奴なんだよ」

「本当。

翔より、大地先輩の方が有能なのに」

「翠、テメェ!!

俺は俺だぁ!!」

『お前、嫌い』

「愁!!」

「秋羅、愁達連れて家畜車行って来い」

「ヘーイ」

「エル達の所に行く!」

「おぉー、行って来い」

「先輩!!」


「ちょっと、何大声出してるの?

こっちまで、丸聞こえよ」


そう言いながら、横からヒョッコリと現れたのは保奈美と奈々だった。


「保奈美先輩!」

「久し振りね、翠」

「何でテメェがここにいんだよ。

担当地域じゃねぇだろう?」

「翔から連絡があったのよ。翠の所で、仕事が入ったけど人手不足だから助けてくれって」

「人数多い方が、賑やかになるじゃないですか!」

「本当は、北担当の葵先輩を呼ぼうと思ったんですが、別の仕事が入っていたみたいで!」

「それで、暇そうにしている私の所に連絡を?」

「そうそう!保奈美先輩は」
「翔、その口切り落とされたくなければ、少し私語を慎みなさい」

「は……はい」

「ママ、美麗と一緒に家畜車行ってくる!」

「はい、行ってらっしゃい」

「奈々、行こう!」

「うん!」


先に行く2人の後を秋羅はついて行き、保奈美をジッと見ていた愁は、彼女を気にしつつも秋羅達の後を追い駆けた。


「……あの子が、例の?」

「あぁ」

「不思議な子ね。

最近の様子は?」

「至って普通だ。

まぁ、あの霧岬って奴に攻撃したくらいだな」

「所長、何かしたんすか?」

「いや、何も」

「じゃあ、何で……」

「知らねぇよ、んな事」


目的地の駅へ着く汽車……

 

 

「……え?」

 

「どうなってんの?」

 

「今何月だ?」

 

「6月よ?確か」

 

「寒……」

 

「凍え死ぬ」

 

 

線路に積もる雪……

 

深々と小雪が降っていた……薄着をしていた彼等は、順々にくしゃみをした。

 

 

駅近くにあった服屋で、彼等は防寒服を購入した。

 

服を揃えていた亭主は、色々と幸人達に話をしてくれた。

 

 

「驚かれましたでしょ?この時期にこの雪で」

 

「あぁ」

 

「妖怪の仕業ですか?」

 

「え、えぇ。

 

数日前から、雪山に住んでいる雪女達がこの先にある村に姿を現すようになったんです。

 

理由は分かりませんが……」

 

「その村に、何か変わった風習とかはあるか?」

 

「特には。

 

あるといえば、雪祭りくらいです」

 

「雪祭り?」

 

「詳しくは知りませんが、それがこの辺りの名物となっており、毎年観光客が来ます」

 

「……そうか」

 

「幸人!秋羅!早く行こう!」

 

「すぐ行くから、少し待ってろ!」

 

「可愛い娘さんですね」

 

「ま、まぁ。

 

世話になった」

 

「よい旅を」

 

 

服屋から出た幸人は、外で待っていた保奈美達と共に、村へと向かった。

 

 

深く積もった雪の上を、美麗と奈々は面白おかしく歩き回っていた。深くなっていた雪に足を入れた美麗は、そのまま腰までハマってしまった。

 

 

「かなり積もってるみたいだな」

 

「無闇に足突っ込むな」

 

 

雪から持ち上げた美麗を、幸人は寄ってきた紅蓮の背中へ乗せた。

 

 

「6月なのに、何なんだ?この雪は」

 

「普通に考えて、妖怪だね。犯人は雪女!」

 

「勝手に決めるな。

 

翠、あとどのくらいで着く?」

 

「この雪道を越えれば、もうすぐのはずです」

 

「はずって何だよ、はずって」

 

「この視界だから、周りが分からないの!

 

文句あるなら、アンタが案内しなさいよ!」

 

「俺に八つ当たりするな!」

 

「コラ、喧嘩しない!」

 

 

喧嘩をしている時だった……突如、紅蓮が耳を立て辺りを見回し始めた。紅蓮に続いて、美麗と愁、エルも何かに気付いたのか、キョロキョロとした。

 

 

「?

 

美麗、どうかしたか?」

 

「……何か、いる」

 

「え?」

 

『仲間の遠吠えが、微かだが響いてくる』

 

「遠吠え?

 

私には、聞こえないけど」

 

「普通の人じゃ、聞こえないよ。

 

 

紅蓮、炎で皆に合図」

 

 

空に向かって、紅蓮は火を吹いた。すると、あちらこちらから遠吠えが聞こえ響いてきた。

 

 

「村、あっちの方!」

 

「凄えありがてぇ」

 

「美麗、全員誘導しろ」

 

「分かった。

 

紅蓮」

 

 

後ろをチラッと見た紅蓮は、美麗を乗せたまま歩き出した。彼の傍にいたエルは、奈々を乗せ愁に手綱を引かれながら、ついて行きその後を幸人達は歩いた。

 

 

ようやく、村へ着いた幸人達は、飲み屋のテラスに入り体に付いた雪を払った。

 

 

「小降りでも、やっぱり積もりますね」

 

「そりゃそうだろう」

 

「村長の家を聞いてくるから、ちょっと待ってろ」

 

 

そう言って、幸人は中へ入った。体の雪を落とした紅蓮は、まだ雪を払う美麗の傍へ寄った。

 

払い終わると、愁が持っていた鞄が動き、彼は蓋を開けた。中にいたアゲハは、開けられた蓋から触角を出し辺りを見ながら、身を乗り出した。

だが、出た途端冷気に触れたアゲハは、体を震えさせながら、中へ身を潜めた。

 

 

「ありゃりゃ、中に入っちゃった」

 

「寒かったんだよ。虫って、寒さに弱いもん」

 

「でも、前は平気だったのに。

 

 

?」

 

 

視線を感じた美麗は、深々と小雪が降る外を見た。その中に、1人の女性が佇んでいた。

 

 

(……誰?)

 

 

女性はしばらく彼女達を見詰めると、スッと消えた。

 

 

アッと思い、そこへ行こうとしたが、すぐに戸が開く音が聞こえ振り向いた。

 

 

「村長の家、聞いたが……誰行く?」

 

「普通に考えて、依頼頼まれた翠達でしょ?」

 

「どなたでもいいんで、先輩のどっちか来ていただけませんか?」

 

「あら、どうして?」

 

「そ、それは……」

 

「この背なんで、行く処行く処……俺と先生の立場が逆転するんです」

 

「あ、納得」

 

「納得しないで下さい!!」

 

「保奈美行って来い。

 

俺はこいつ見張っとかなきゃいけねぇし」

 

 

今にも何かをしようとする、翔の首根っこを掴みながら幸人は言った。

 

 

「……普通に考えて、美麗が機嫌損ねたら大変ですもんね」

 

「そうね。

 

分かったわ。奈々は置いていくけど、いいかしら?」

 

「構わん」

 

「奈々!少し出るから、留守番お願いね」

 

「はーい!」

 

「俺等、店で待機してるから」

 

「分かったわ」

 

「じゃあ、あとお願いします!」

 

 

フードを被り、翠達は村長宅へ向かった。その後、愁と美麗で店の傍にある、ヤク小屋へエルと紅蓮を入れ、そのまま店の中へ入った。

 

 

 

 

懐かしい、妖気……

 

でも、違う……

 

何で?

 

何で、あの人が殺されなければいけなかったの?

 

何で?

 

妖気は同じなのに、容姿が違うの?

 

彼女は、あの人の元へ行った。そして、殺された。

 

 

憎い……

 

 

人が……

 

 

『ここの人達を、守ってやりな。それが、あの人の願いだからね』




深々と小雪が降る外を、ココアを飲んでいた美麗は、カップを手に持ったまま見ていた。


「なかなか止まないね、雪風」

「吹雪にならなきゃ良いが」

「6月なのに?!」

「山の中に入らない限り、吹雪はそうそう起こらないよ」


そう言いながら、店のマスターは秋羅達にコーヒーを出しながら言った。


「え?何でですか?」

「この辺りに出る雪女達は、この雪山を作った妖怪なんだ。まぁ、簡単に言うと雪山の母親だ」

「雪山のママ……」

「雪女達は、何で攻撃を?」

「うーん……それは分からないな、俺等にも。

今まで、攻撃したことはなかったから」


話をしている最中に、愁の鞄の中にいたアゲハが、ヒョッコリと顔を出し触角を動かしながら、身を乗り出してきた。


「……あ!アゲハ!

鞄から出る?」


身を乗り出したアゲハを、美麗は抱き上げ膝に乗せた。


「おや?珍しい生き物だね。虫かな?」

「え、えぇ…まぁ」

「お店の中、暖かいから出て来たんだね!」

「随分、大きな虫だね」


触角を動かし、アゲハはキョロキョロとすると、美麗の体を伝い頭に乗った。


「お、定位置に着いた」

「やっぱ、そこが落ち着くみたいだな」


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氷の柱

村長宅から戻った翠達は、店で待っていた幸人達に村長から聞いたことを話した。


「話の内容からして、すぐにやった方がいいな」

「そうですね。

けど、今日はもう遅いですし」

「実行は、明日からにしましょう」

「だな。

おい翠、いつまで落ち込んでんだ?」

「どうせ…どうせ、私は」

「駄目だこりゃ。完全に落ち込んでる」

「ねぇ幸人、奈々は?」

「奈々なら、美麗達と一緒にヤクの小屋に行った」

「あらそう」

「そうだ……

幸人先輩、美麗にこの薬飲ませて下さい!寝る前に」


そう言って、翔は粉末剤を1袋出した。


「……自分で飲ませろ」

「いや、俺が差し出すと飲まないから、先輩にお願いしてるんじゃないですか!」

「嫌なこった」

「先輩!!」

「翔、その薬何なの?」

「知らない。

所長が、寝る前に飲ませろって、持たされたから」

「明らかに危険じゃない!」

「絶対、美麗の奴飲まないぞ」

「だから先輩にお願いしてるんです!!」

「自分で何とか飲ませろ。

俺は手伝わねぇからな」

「先輩!!」


村長に用意された部屋で、幸人達は寛いでいた。

 

 

「村に宿がないなんて……」

 

「駅近くの町に、宿が沢山あるからここに建てる必要がないんだってさ」

 

「観光客は何も無い村より、ちゃんと設備が整った町の方が良いんでしょ」

 

 

「ハァ~~~~~……

 

何とか、飲ませた」

 

 

疲れ果てた様子で、翔は部屋へ入り床に敷かれた布団に倒れた。

 

 

「あの薬、飲んだの?」

 

「村に売ってた果物に紛れ込ませて、それを食わせた」

 

「よく食ったな」

 

「秋羅が買ってきて、幸人先輩が剝いた物って言って渡したら普通に食った」

 

「……

 

 

保奈美、そいつの頭抑えとけ」

 

「ハイハイ」

 

「え?な、何を……あ!保奈美先輩!!あ、頭!」

 

 

“バーン”

 

 

「?」

 

 

隣の部屋で、枇杷を食べていた美麗は、後ろを振り向いた。

 

 

「何か、隣から凄い音したよ?」

 

「何やってんだ?幸人達は……」

 

 

 

大きいタンコブを作り、布団の上で伸びる翔……

 

 

「普通に、自業自得ですね」

 

「チッ、手ぇ痛ぇ」

 

「あとで冷やしてあげるわ」

 

「頼む」

 

「撃ち殺されなかっただけでも、良しとしますか!」

 

 

 

 

その夜……

 

 

各々の布団で眠る保奈美達……

 

部屋の奥に敷かれた布団で、寝ていた美麗に覆い被さる1つの影。影は窓をソッと開け中へと入り、彼女を見下ろすとゆっくりと座り込み、頭に手を差し伸べた。

 

 

「……寒っ。

 

窓開いてるの?」

 

 

そう言いながら、奈々は起き上がった。ハッとした影は、差し出した手を引っ込め窓から逃げた。

 

 

「……あれ?

 

何かいた?」

 

「どうかしたの?奈々」

 

「窓が開いてる」

 

「え?

 

あら、本当」

 

 

布団から出た保奈美は、窓を閉めようと手を掛けた。

 

その時、微かに妖気を感じ取った彼女は、窓の外を見た。外は小雪が深々と降り、静まり返っていた。

 

 

「……」

 

「ママ?」

 

「何でも無いわ。寝ましょう」

 

「うん……」

 

 

布団から出ていた美麗の手を、保奈美は中へと入れた。ふと、掛け布団を見ると、小さな雪の結晶が落ちていた。

 

 

(……まさか、美麗を?)

 

「ママ、どうかした?」

 

「何でも無いわ」

 

 

布団へ入った保奈美は、奈々を寝かせ眠りに付いた。

 

窓から影の主は、部屋を見ていた。しばらく美麗を見つめていると、影の主は暗い外へ姿を消した。

 

 

 

翌朝……

 

 

雪山への入り口付近で、山へ入る支度をする幸人達。 秋羅の傍にいた美麗は、眠そうにあくびをし目を擦った。

 

 

「何だ美麗、眠いのか?」

 

「ううん……眠くない」

 

「でも、凄え眠そうな顔してるぞ?」

 

「昨日の夜、美麗ずっと寝てたよ。

 

まぁ、起きたらいなくなってて驚いたけど」

 

「俺等の部屋にいた時には、驚いたぜ」

 

 

心配そうに、エルは彼女に顔を擦り寄せた。擦り寄せてくるエルの顔を、美麗は撫でた。

 

 

「支度できたよー!」

 

「はーい!

 

美麗、立てる?」

 

 

フラフラとしながら美麗は、奈々に支えられながら立ち上がり、傍にいるエルの背中へ乗った。エルの手綱を愁は手に持ち、美麗を心配しながら先に行った、幸人達の後を歩いて行った。

 

 

 

山の中へと入ると、先程まで小降りだった雪が増し、風が吹いてきた。

 

 

「風が出て来ましたね!」

 

「この調子だと、吹雪になるぞ!」

 

「どうする?一旦降りる?」

 

「いえ、これが原因で山に入れなくなってるんです!

 

このまま突っ切りましょう!」

 

 

先頭に立つ翠は、行く先を指差しながら言った。

 

向かおうとした時、エルに乗っていた美麗は滑り落ちるように降りると、雪の上で嘔吐した。

 

 

「美麗!?」

 

『大丈夫?』

 

「き、気持ち悪い……」

 

「幸人!」

 

 

秋羅に呼ばれた幸人は、すぐに彼女達の元へ駆け寄った。

 

 

「風邪引いたか?お前」

 

「額触ってみたけど、熱は無い」

 

「……保奈美!

 

美麗連れて、戻ってくれ!」

 

「あなたはどうするの!?」

 

「任務続行する。

 

翠!ここは保奈美達任せて、俺等は先を急ぐぞ!」

 

「あ、はい!」

 

「保奈美、あと頼む」

 

「分かったわ。

 

美麗、立て」

 

 

伸ばしてきた保奈美の手を、美麗は叩き払った。そしてフラフラと立ち上がると、両手を上げ勢い良く振り下ろした。

 

 

「保奈美!!」

「奈々!!」

 

 

振り下ろす寸前に、傍にいた二人を幸人と秋羅はそこから離れさせた。同時に、エルは愁を自身の背中へ乗せるとそこから離れ、紅蓮もそこを離れた。

 

次の瞬間、美麗の周りに氷の柱が生え彼女を囲った。ゼエゼエと息を切らしながら、美麗は地面に膝を付いた。

 

 

「な、何?!

 

美麗、どうしたの?!」

 

「……!?

 

幸人!美麗の目が!」

 

 

赤から青、青から赤へと変わり写る美麗の目を、秋羅と幸人は目の当たりにした。

 

 

「ヤバい……

 

 

保奈美!!翠達連れて離れろ!

 

秋羅!!」

 

 

槍と銃を構えた2人は、美麗が出す氷に警戒しながらゆっくりと近付いた。

 

近付く2人に、美麗は息を切らしながら後ろへ下がった。威嚇するようにして、氷の柱を出した。

 

 

2人が何も手が出せない時、避難していたエル達が美麗の傍へ行った。エルの姿を見た彼女は、少し落ち着きを取り戻したかのようにして、近寄ったエルの頬を撫でた。

 

エルから降りた愁は、エルを撫でる美麗の元へ駆け寄り、彼女の前に座り頬に触れた。

 

 

『皆味方、大丈夫』

 

「……」

 

 

愁が触れた頬を撫でていくと、変換していた美麗の目が元の赤い目に留まった。深く息を吐きながら、美麗はその場に座り込んだ。

 

 

「……お、治まったのか?」

 

「秋羅、美麗を頼む」

 

「分かった」

 

「翔、話があるからちょっと来い。

 

翠と保奈美、お前等もだ」

 

「危険アンテナがビンビンに立っているのは、気のせいッスか?」

 

 

怯える翔の首根っこを掴み、幸人は保奈美達と共にその場から少し離れた。

 

 

「何がどうなってんだ?」

 

「さぁ……」

 

「美麗、大丈夫?」

 

 

美麗の傍へ奈々は、心配そうに歩み寄った。近寄ってきた彼女に、美麗は傍にいた愁にしがみついた。

 

 

「あれ?何で?」

 

「今はソッとしといてくれ」

 

「え?」

 

「まだ、混乱してるんだ。ソッとしとこう」

 

「うん……」




『こっち』


微かに聞こえた声……美麗は、顔を上げながら辺りを見回し立ち上がった。


「美麗、どうした?」

「……聞こえた」


『こっち』


「ほら、また!」

「え?」

「何か聞こえるか?」

「いや、全然」


すると、突然吹雪が治まり辺りに静けさが戻った。

不穏な空気に、秋羅達の傍を離れていた幸人達は、辺りを見ながら彼等の元へ戻ろうとした時だった。


突然と揺れる地面……揺れに驚いた秋羅達は、地面に尻を着いた。すると、止んでいた小雪が降り始めた。


「雪?

!奈々!!邦立!!」


バタバタと、2人は倒れた。2人の元へ行こうとした秋羅も、強烈な眠気に襲われ地面に倒れた。3人を起こすようにして、美麗と愁は彼等の体を揺さぶった。だが、起きることはなく、次第に2人も眠気に襲われ、そのまま地面に倒れてしまった。


彼等と同じようにして、幸人達も地面に倒れていた。


そこへ2人の女性が、彼等の前に姿を現した。彼女達はジッと彼等を見つめると、吹雪を起こし幸人達と秋羅達と共に姿を消した。


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初代の雪女

本当に、アタシなんかで良いのかい?


アタシ、性格キツいから嫌いになるよ?


アンタ、変わり者だね。


アタシを、氷の世界から連れ出してくれて、


ありがとう………




藤閒。


「……」

 

 

冷たい何かが、自身の額に当たった。秋羅はスッと目を開け、額に触れた。

 

 

「……雪?」

 

『あ!起きた!』

 

『起きた!起きた!』

 

 

雪ん子の格好をした子供達が、そう言いながら秋羅から離れた。ボーッとしていた彼は、ようやく状況を理解し飛び起きた。

 

 

「な、何だ?ここ」

 

 

氷で出来た部屋に、秋羅は奈々と邦立と川の字になって、寝かされていた。

 

 

「……」

 

「ん~~……あれ?ここどこ?」

 

 

目を擦りながら、奈々は起き上がった。彼女に続いて邦立も、大あくびをしながら起きた。

 

 

「ねぇ、秋羅……ここ、どこ?」

 

「俺が聞きたいくらいだわ」

 

「凄ぉい……

 

これ、全部氷だよ!」

 

「微かに妖気感じるな……

 

妖怪の家か?」

 

「多分な。

 

 

でなきゃ、こんな立派な氷の部屋出来るわけがねぇだろう」

 

「……ねぇ、美麗はどこ?」

 

「そういや、アイツいねぇな……」

 

「美麗の前に、この部屋から出よう!

 

彼女はその後」

 

「あぁ」

 

 

『壊そうとしなくとも、出してやる』

 

 

どこからか聞こえる声……一瞬吹雪が起きたかと思うと、そこには白い着物に水色の帯を締めた女性がいた。

 

 

「……ま、まさか」

 

「雪女?」

 

『他に何に見えると言うんだ?』

 

「マジかよ!

 

秋羅!奈々!戦闘……って、武器がねぇ!!」

 

「え?!

 

あ!本当だ!!」

 

『落ち着け。

 

 

私は、別にお前達を喰らうために、この城へ呼んだわけではない』

 

「え?」

 

「城?」

 

『ここは氷で出来た城……

 

 

我等雪女の住処だ』

 

 

降りてきた雪女の傍へ、雪ん子達は駆け寄った。

 

 

「雪女の住処……」

 

『お前達、祓い屋か?』

 

「あ、はい」

 

『なら、ついて来い。

 

何、心配するな。お前達の仲間もここにいる』

 

「ママ達もここにいるの!?」

 

『そうだ』

 

 

そう言って、雪女は氷の戸を開け外へ出た。3人は顔を見合わせ、彼女の後をついて行った。

 

 

雪女に案内された部屋には、幸人達がいた。彼等の他に、エルと紅蓮を宥める愁もいた。

 

 

「ママ!!」

 

「……奈々!」

 

 

一目散に、奈々は保奈美の元へ駆け寄り彼女に抱き着いた。邦立の姿を見た翠はすぐに駆け寄り、彼の顔や頭を見て怪我がないか確認した。

 

 

「怪我は無いみたいだね……よかったぁ」

 

「愁達もここにいたのか……」

 

「目が覚める前に、紅蓮に起こされた」

 

『秋羅、美麗どこ?』

 

『キー?』

 

「え?

 

美麗の奴、愁達と一緒じゃねぇのか?」

 

「俺等の所には、いなかったぞ」

 

「じゃあ、どこに……」

 

『美麗という者は、白髪の子か?』

 

「あ、はい。そうです」

 

『彼女なら、別室だ。

 

お前達、あの少女がどういう人物かを知っていて、ここへ連れてきたのか?』

 

「え?」

 

 

突然の質問に、秋羅達は戸惑った。すると、部屋に巨大な吹雪が起こり、そこから1人の女性が姿を現した。彼女は数人の侍女を連れながら、地面へ舞い降り幸人達を見た。

 

 

『氷雨、此奴等が祓い屋か?』

 

『はい。

 

けど、彼は桜の守です』

 

『そうか……』

 

「だ、誰?」

 

『申し遅れた。

 

妾は氷柱。主等が言う雪女の長だ』

 

「長……」

 

『色々聞きたそうだが、追々話す。

 

 

初めに聞きたい。主等、あの少女をどこで見付けた?』

 

「闇市だけど……

 

でも、その前はずっと北西の森に住んでたって」

 

『……やはりか』

 

「やはりって?」

 

『……率直に言う。

 

 

あの少女は、初代雪女……氷華様の曾孫だ』

 

「氷華……って、確か初代ぬらりひょんの妻だった」

 

『ほぉー、藤閒を知っているのか……

 

なら、話が早い。曾孫は妾達雪女が保護する。

 

 

主等は、即刻彼女を置いてここを出て行くが良い』

 

「待て待て!!話が急過ぎる!」

 

「美麗は、私達と一緒に居るの!だから、ここに置いていくわけないじゃん!!」

 

『先程も言ったが、美麗は氷華様の曾孫。

 

 

言わば、次期雪女の長だ』

 

「そんな理由で、ここへ置いていけるわけないでしょ。

 

 

血筋がそうであっても、美麗はあなた方の長では無いわ。次の……次の4代目ぬらりひょんになる子よ」

 

『では問う。

 

 

何故、我等の初代雪女、氷華様を主等は殺した?』

 

「そ、それは……」

 

『氷華様……我が姉は、ぬらりひょんに恋したが故に、命を落とした。

 

 

雪女は本来、子孫を残す者……子供はいたと聞いてはいた。だが、そこからは何も分からずじまい。

 

 

それが、今日』

『長!!大変です!

 

すぐに来て下さい!!』

 

 

突然飛び込んできた雪女と雪ん子達に、氷柱達はすぐに気付くと彼女達に案内されながら、部屋へ向かった。

 

 

 

案内された部屋には、鋭い氷の柱を出し近付こうとする雪女と雪ん子達を次々と攻撃する、美麗がいた。

 

 

『妖力が乱れている!?

 

目覚める前に、何かしたか?!』

 

『何もしてません!

 

 

起きてしばらくしたら、こんな事に……』

 

 

唖然とする雪女達……すると、愁の肩に留まっていたアゲハが、鳴き声を発しながら美麗の元へ飛び寄った。

 

 

『キー?キー?』

 

「……」

 

 

暴れていた美麗は、アゲハの姿を見ると攻撃の手を止めた。アゲハは、鳴き声を発しながら彼女の胸に飛び込み、顔を触角で触れ撫でた。

 

尻を着いた美麗は、くすぐったいのか笑い声を出しながら、アゲハの触角を退かし頬を頭を撫でた。

 

 

「……秋羅」

 

「あぁ」

 

 

アゲハと戯れる美麗の元へ、秋羅は歩み寄った。彼の姿に美麗は、嬉しそうに抱き着いた。

 

 

「よしよし、もう大丈夫だ」

 

「愁達は?」

 

「皆あっちにいるよ」

 

 

答えながら、秋羅は美麗を抱き上げ幸人達の元へ戻った。戻ってきた彼女達の元へ、愁は一目散に駆け寄り秋羅から美麗を受け取った。美麗は嬉しそうに愁に抱き着き、寄ってきたエルの頬を、彼に抱かれながら撫でた。




『……あれだけ乱れていた妖力を、一瞬で』

『氷柱様、あれを頼んではいかがでしょうか?

丁度、氷華様の曾孫様がいらっしゃいます』

『……




祓い屋』

「?」


氷柱に呼ばれた幸人達は、彼女の方を向いた。不安そうな表情を浮かべた美麗を、愁は見せぬよう彼等に背を向かせ、彼女を宥めるようにして、頭を撫でた。


『頼みを聞いてくれ。


今、妾達が行っているこの吹雪と関係していることだ。これを解決するには、氷華様の力を受け継いだ、美麗の力が必要なんだ』


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太古の妖怪

氷張りの部屋へ幸人達は、案内された。


「わぁ!美麗、外が見えるよ!」


氷の窓に駆け寄った奈々に、愁に抱かれていた美麗は、彼から降り彼女の元へ駆け寄り、一緒に外を見た。


「本当だ!

あれ?雪が止んでる」

「さっきまで、吹雪だったのに」

『今は力を抑えて、吹雪を止ませているんだ』

「流石雪女」

「それで、頼みとはどういうものなんだ?

美麗がいなきゃ、出来ないって言っていたが」

『頼みを言う前に、話をさせてくれ。


何故、妾達が吹雪を起こしているか』


一瞬、場の空気が変わった事に美麗は瞬時に気付いたのか、秋羅の元へ駆け寄り抱き着いた。彼女と共に、奈々も保奈美の隣へ行った。


『元々、妾達が住むこの地には、恐ろしい妖怪がいた。

名は氷象。


人がこの地に村を作り出したことにより、氷象は活発化した』

「どういう経緯で、活発化した?」

『人がこの山に入り、氷雪花を採るようになったからだ』

「氷雪花?」

「何それ?」

「雪山にだけに生える、氷の花。

管理してるのは、雪女達って晃が前に話してくれた!」

「氷が作れる妖怪が、作るんじゃ無いの?」

「自然に生える花なんだよ。

凄い珍しいし、生える本数も限られてる。オマケに咲いている時期も短いんだよね」

「言ってる事、正しいか?」

『正解だ。


氷雪花は、氷象の食糧だったんだ。

とは言え、氷象は全てを食べるわけでは無く、ある程度の本数を残すんだ。そうすれば、子孫を残せる。

妾達雪女は、氷雪花を薬として育てていた。そのおかげで、本数は年々増すようになっていた。


だが、人がこの山へ来るようになった途端、花は激減した。それを知ったのか、氷象は怒り人を喰らうようになった』

「まんま、あの村のせいじゃん」

「けど何で、あの村の人達その氷雪花?

採るようになったんだ?」

『氷雪花は、人にとって万能薬のようだ。

だから、採っては薬にしていたのだろう。詳しいことは知らぬが』

「成る程」

『手に負えなくなった村人達は、妾達に助けを求めに来た。姉はすぐに、氷象を相手に戦った。

だが、強過ぎた……倒すことが、出来なかった。



姉は倒すことを断念して、氷象を氷付け……永久冷凍したのだ』

「それが溶けたって事か?」

『封印が解けたとしか、言い様がない。

千年も経てば、封印は弱くなる……


何度か、妾達で封印を試みたが駄目だった』

「……話は分かった。

要は、太古に封印した妖怪・氷象を再び封印して貰いたいって事だろう?」

『頼みを聞いてくれるか?』

「もっちろん!


封印すれば、吹雪を止ませるんでしょ?」

『まぁな』

「吹雪を起こしていたのは、被害が起きない様にか?」

『そうだ。

姉が、あの人と約束をした。妾はその約束を守っただけだ』

「約束?」

『時が来たら、話す。


案内及び助っ人として、氷雨を連れて行くがいい』

「そうさせて貰います!」


城から出た幸人達……山道を歩く秋羅の傍を、美麗は離れようとせず、ずっと彼の服の裾を掴み、隣を歩いていた。

 

 

先を歩いていた翠は、それを見ながら傍を歩いていた幸人に耳打ちをした。

 

 

「何か美麗、凄い大人しくなってません?」

 

「そうか?」

 

「いや、そうですよ!

 

 

雪女達に会うまで、ずっと好き放題に雪で遊んでたじゃないですか。それが、何か……」

 

 

振り返り見る翠の目に映るのは、秋羅の隣を歩いていた美麗が傍へ来た愁の元へ寄り、彼は寄ってきた彼女を持ち上げると、紅蓮の背中へ乗せた。

 

 

「あくまでも推測だが、どっかの馬鹿が飲ました薬の影響で、一時的に出会った頃のアイツに戻ってるだけだと思う」

 

「え?美麗って、出会った頃あんな感じだったんですか?」

 

「1度だけ、1人で留守番させたことがある。

 

ほんの数時間程度だったんだけど……経緯は忘れたが、紅蓮と一緒に俺等を迎えにきて、姿を見てホッとしたのか大泣きさ」

 

「……何か、今の彼女からは余り想像が出来ない」

 

 

山道を抜けた時、エルと紅蓮が歩みを止めた。2匹に続いて、氷雨も足を止め辺りを見回した。

 

 

「?

 

どうかしたんスか?氷雨さん」

 

『……何か、いる』

 

「何かって?」

 

「……!?

 

 

皆、伏せて!!」

 

 

美麗の叫び声と共に、彼女の横を突っ切り何かが秋羅達目掛けて吹っ飛んできた。彼等は慌てて、地面に伏せその攻撃を避けた。

 

 

「な、何?!」

 

「幸人、後ろ!!」

 

 

美麗が指差す方向にいたのは、巨大な体に鋭い牙を持った象の姿をした妖怪が彼らを見下ろし、そして咆哮した。

 

 

「す、凄い響く!」

 

『次の攻撃が来るぞ!!』

 

 

咆哮した氷象は、長い鼻幸人達目掛けて振り回した。避けた美麗は、紅蓮の背中から降りると鼻の上へ登った。

 

 

「美麗!!」

 

「んもー!!視界が悪いから、ボウガンが打てない!」

 

『すぐに吹雪を止ませる!』

 

「頼んだ!」

 

 

氷雨は宙へ飛ぶと、吹雪いている雪を手の中へと吸収していった。

 

鼻を伝い象の頭に登った美麗は、手から氷の礫を作り出し攻撃をしようとしたが、次の瞬間象は彼女を落とそうと、頭を激しく振り暴れた。

 

 

吹雪が止んだと同時に、美麗は雪の上へ落ちた。象は咆哮を上げると、彼女を踏み潰そうと前足を上げた。

 

 

『美麗!!』

 

「晴れた!

 

今だ!先生!!」

 

 

木の葉を纏った矢を、翠は引き金を引き放った。矢は氷象の上げた前足に刺さり、痛みで狙いを外したかのように、美麗が倒れている場所より少し離れた場所に足を勢い良く降ろした。

 

 

雪飛沫が上がる中、紅蓮は美麗を自身の背に乗せると、素早くそこから離れ幸人達の元へ行った。

 

 

「視界潰そうと思ったけど、駄目だった!」

 

「見りゃ分かる!」

 

『美麗!特大級の氷を出せるか?』

 

「特大?

 

 

出せる!」

 

 

そう言うと、紅蓮から降りた美麗はブレスレットを1つ外した。

 

その時、以前にも感じたことのある感覚が、彼女の身体に走った。沸々と湧き上がる妖力……息を乱しながら、美麗は、手を地面に叩き付けた。

 

次の瞬間、特大の氷の槍が地面から生え伸び、氷象に攻撃した。

 

 

「な、何だ!?今の……」

 

「凄い、妖気を感じたけど……」

 

「……?

 

み、美麗?」

 

 

美麗の額にあった、小さな雪の結晶の模様が体全体に広がっていた。覆われた彼女の目は、獲物を捕らえたかのような目付きで、ギラギラと青く光っていた。

 

 

「(ヤバい!!)

 

 

奈々!!離れろ!!」

 

「え?何……キャア!!」

 

 

突然攻撃された奈々は慌てて避けたが、足を雪に取られ彼女は地面に尻を着いた。

 

 

「奈々!!」

 

「秋羅!!すぐに美麗を抑えろ!!

 

 

翠!!そのまま邦立と一緒に、攻撃を続けろ!」

 

「えぇ!?せ、先輩!?」

 

 

奈々に攻撃しようとする美麗を、駆け付けた秋羅は背後から抑えた。彼女は小太刀を振り回しながら暴れ、自身を抑える彼の手を振り払おうとした。

 

 

「大人しくしてろ!!幸人!!」

 

「札貼る!そのまま抑えてろ!!」

 

 

お経が書かれた札を、幸人は美麗の額に貼ろうとした。だが、その瞬間地面から氷の槍が生え、秋羅達を攻撃した。彼等は素早く美麗から離れ距離を置いた。

 

 

「クソ!!」

 

「幸人!どうする!?」

 

「近付けなきゃ、何にも出来ねぇ!」

 

 

息を乱す美麗……その時、どこからかアゲハが鳴き声を発しながら、彼女の前に舞い降りた。

 

アゲハを見た美麗は、落ち着きを取り戻したのか乱れていた息が元に戻り、アゲハに手を差し伸べた。アゲハは伸ばしてきた手の平に、頭を擦り寄せた。

 

 

「……

 

 

愁、エルを美麗の所に」

 

『分かった』

 

「秋羅、ここを頼む」

 

「あぁ」

 

「保奈美!ここは2人に任せる!!」

 

「分かったわ!

 

奈々、行くわよ」

 

「う、うん」

 

 

幸人達が氷象の元へ行ったと同時に、エルは美麗の元へ歩み寄り嘴を寄せた。寄せてきたエルの嘴を、彼女は優しく撫でた。落ち着いたのを見た秋羅は、武器をしまい美麗の元へ歩み寄った。

 

 

『……!

 

 

秋羅!下がって』

 

 

愁に後ろへ引っ張られた秋羅は、地面に尻を着いた。その時、氷象が放った氷の礫が、秋羅が立っていた場所に落ちた。

 

 

氷象は鼻を上げ、大地に響く咆哮を上げた。そして鼻から複数の氷の礫を放ち、幸人達を攻撃した。

 

 

『地面に伏せろ!!』

 

 

氷雨の怒鳴り声に、幸人達は地面に伏せた。同時に彼女は、彼等の前に立ち次々と飛んでくる氷の礫を、地面から出した氷の壁で防いだ。そして、吹雪を起こすと氷象の目を眩ませ、そこから幸人達を連れて離れた。

 

 

視界が戻った氷象は、氷の壁を壊し辺りを見回した。幸人達がいないのを確認すると、吹雪の中姿を消した。




森の中にある洞窟……


そこに、幸人達は避難していた。奥の方で焚き火を囲い、休息していた。


「ひぇー……何とか、助かったぁ」

「邦立、礫が当たった箇所見せて」

「あ、はい……痛!」

「打撲になっているわね。


奈々の腕と同じく」

「誰も俺の心配をしてくれないんスか?」

「する価値無し」

「同じく」

「俺の扱い!!」


大声を出した瞬間、翔の背後から彼の頭を拳で殴る、索敵をしてきた幸人と秋羅がが現れた。


「静かにしろ。美麗の奴、寝てんだぞ」


洞窟の奥で、愁とエルの傍で美麗は丸まって眠っていた。


「寝てるって言っても、ただ丸くなって横になってるだけですけどね」

「誰のせいで暴走してると思ってんだ」

「お、俺のせいにしないで下さい!」

「テメェの盛った薬のせいで、ああなってんだろうが」


騒ぐ2人を背後に、秋羅は愁達の元へ歩み寄った。近付く足音に、美麗は抱え持っていた小太刀の束を握り、彼を攻撃しようと鞘から抜こうとした。


『美麗、秋羅は味方。

大丈夫だよ』


束を握る美麗の手に、愁はソッと手を置き静かに言った。彼女は、束から手を離し愁の手を握った。


「美麗の奴、どうだ?」

『まだ、秋羅達を敵って見てる。


暴走してる、妖力収まれば……』

「元通りになるか……


外した制御装置が、あれば良いんだが」

『今の状態、あまり良くない。


さっきまで小太刀の束、握ってたから。今は大丈夫だけど』

「完璧に敵として、見做されてるな」

「それで、外はどうだったの?」

「一応、氷雨の吹雪で目眩ましにはなってる。

氷象の姿も無い」

「しばらくの間は、ここで待機だね。

怪我と美麗のこともあるし」

「しょ、しょーっスね」


幸人にボコボコにされた翔は、腫れた頬を雪で冷やしながら話に参加してきた。


「あの、翔さん大丈夫ですか?」

「こ、殺しゃれかけ…まひた」

「一番は所長さんだけど、次に悪いのはあなただからね」

「んな、理不尽な」

「自業自得だな!翔!」

「翠!!お前くらい、俺を心配しろ!!同期だろ!」

「嫌なこった!」

「翠!!」


2人の声がうるさいのか、美麗は愁からタオルを取りそれを頭から被り、耳を塞いだ。


『美麗、うるさいって』

「う……」

「こんな所で、喧嘩しないで頂戴」

「は、はい……」


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御守り

寝息を立てる美麗……眠る彼女の頭を、エルは嘴で撫でた。傍にいたアゲハは、美麗の腕を頭で上げるとその中へスッポリと入った。


『アゲハ、美麗起こさないでね』

『キー?』


すると、伏せていたエルが頭を上げ外の方を見た。外から紅蓮が戻り、体に付いた雪を振り払い氷雨に一撫でされると、秋羅達の元へ駆け寄った。


「紅蓮、見つかったか?」

『あぁ、何とか』


口を開けると、牙に掛かるようにしてブレスレットはあった。それを銜えたまま、紅蓮は愁の元へ行った。

紅蓮の足音に、美麗は目を開け腕の中にいたアゲハを撫でながら、起き上がり振り向いた。


「……」


口に銜えられているブレスレットを、受け取ろうと美麗は手を伸ばした。その瞬間、ブレスレットが一瞬氷付いた。


「!!」

「な、何で?!」


驚いた美麗は手を引き、地面に付いた。すると、地面の一部が凍り始め、美麗は咄嗟に手を離し戸惑っているかのように、息を乱しキョロキョロと辺りを見た。


「(志那国の時と、同じだ……

という事は)


テメェ等、一旦外に出るぞ」

「え?」

「説明は後でする」

「先輩、説明なら今…グヘ!」


服の襟元を持ち、幸人は翔を引きずって外へ出た。彼等に続いて、秋羅達も外へ出ていき最後になった奈々は、美麗を気にしつつ、保奈美に呼ばれ外へ出た。


誰もいなくなり、美麗は少し落ち着きを取り戻したかのように、愁の傍へ寄った。


『……美麗』

「?」


震えている彼女の手を、愁は自身の頬に触れさせた。頬は氷付いりついて行き、美麗は離れようと手を引くが抜くことが出来なかった。


『皆、味方。

誰も、美麗を傷付けない』

「……」

『だから、安心して』


紅蓮からブレスレットを取った愁は、それを彼女の手に着けた。そして、そのブレスレットを包むようにして、愁は手を添えた。


『この力は、大事なものを守るためのもの。


傷付けるものじゃないから、大丈夫』


淡い光と共に、愁の手から白い花弁が舞った。花弁に包まれた美麗は、意識を無くし愁の胸の中へ倒れた。


(……美麗。


絶対、守る)


『はい、美麗。

 

あげる』

 

?なーに?これ。

 

『御守り。

 

麗桜さんと美優さんが、君が7歳になったらあげてって言われてね』

 

パパとママが?

 

『その御守りが、美麗を守ってくれるよ。

 

 

 

 

僕と一緒に』

 

 

 

 

フワフワと何かが顔に当たり、美麗は当たってくるそれを手で退かした。

 

 

「アゲハ、駄目だよ!

 

美麗、まだ寝てるんだから!」

 

 

薄らと目を開けると、目にはアゲハが奈々に持ち上げられている光景が映った。

 

 

「……アゲハ?」

 

『キー!』

 

 

奈々の手からアゲハは抜け出し、美麗に飛び付いた。飛び付いてきた勢いで、彼女は後ろへ倒れた。

 

 

「美麗!

 

ママ!美麗が起きた!」

 

 

奈々の声に、幸人と秋羅は一目散に彼女の元へ駆け付けた。

 

 

「あ!幸人!秋羅!」

 

 

起き上がった彼女の目は、元の赤い目になっていた。

 

 

「お前、気分は?」

 

「?

 

頭少し、クラクラする」

 

「それ以外は?」

 

「何にも」

 

 

自身の手を伝い、頭へと乗るアゲハを美麗は撫でながら、秋羅の質問に答えた。顔を寄せてくる紅蓮とエルを撫でる彼女を、2人は安堵の表情を浮かべて、交互に頭を撫でた。

 

 

「ねぇ、あの妖怪はどうなったの?」

 

「まだ戦闘中だ」

 

「今は休戦中だけどな。

 

 

あれ?愁の奴、寝てるのか?」

 

 

エルのお腹に頭を乗せ、愁は眠っていた。美麗の頭に乗っていたアゲハは、愁の元へ飛び移り触角で彼の顔を触った。

 

 

「愁、愁!」

 

『……

 

 

 

 

 

 

美…麗?』

 

 

目覚めた愁に、美麗は抱き着いた。愁は抱き着いてきた彼女を受け止め、頭を撫でた。

 

 

『美麗、体調平気?』

 

「うん!」

 

『……よかった』

 

「愁も起きたことだし、戦闘開始していいんじゃねぇの?」

 

「あ、あぁ……

 

愁、行けるか?」

 

『平気』

 

「私も!」

 

「それじゃあ、俺翠さん達に伝えてくる」

 

「頼んだ」

 

 

出口付近にいる翠達の元へ、秋羅は行った。立ち上がった愁と共に、エルも立ち上がり体を振るうと、顔を座っている美麗に寄せた。

 

 

「……美麗」

 

「?」

 

「寝る前のこと、覚えてるか?」

 

「寝る前?ううん」

 

「そうか……」

 

「でも……

 

ブレスレット取った途端、何か目の前が真っ暗になって……

 

 

 

頭の中で、何かがグルグルして……

 

 

気が付いたら、寝てた」

 

「……」

 

「でね!

 

夢に、晃が出て来たの!」

 

「晃が?」

 

「うん!

 

ずっとね傍にいてくれてた。昔みたいに、晃の膝に頭置いて横になって、晃に頭を撫でて貰って!」

 

 

嬉しそうに話す美麗を、幸人は鼻で笑い彼女の頭を一撫ですると、立ち上がった。

 

 

「先輩!大変です!」

 

 

翠は慌てた様子で、幸人の元へ駆けてきた。美麗はその間に立ち上がり、アゲハを愁の鞄の中へ入れながら、不安げに2人を見た。

 

 

「村人が山の中に入ったって、氷雨が」

 

「は?!」

 

「それで氷雨、出口を防ぎに森全体に吹雪を起こすって」

 

「あの村長、何考えてんだ……」

 

「氷象が襲う前に、私等で食い止めましょう!先輩!」

 

「言われなくともそうする」

 

 

外へと行く幸人達の後を、美麗は身を屈める紅蓮の背中へ乗り、愁は鞄の隙間から出してくるアゲハの触角を撫でながら、エルの手綱を引きついて行った。

 

 

出入り口付近に着くと、外は猛吹雪になっていた。

 

 

『仲間からの連絡で、村人は4人この森に入ったらしい』

 

「何で入ったんだ、村人の奴等」

 

「吹雪が止んだからじゃないの?

 

さっきまで、太陽出てたし」

 

「そういう事か」

 

「……?」

 

 

何かの音に、美麗と紅蓮は反応した。その音は、愁とエルにも聞こえていた。

 

美麗は、目を凝らして猛吹雪の中を見た。その時、吹雪の中を突っ切った何かの破片が、美麗の頬を掠り幸人の頬を通り過ぎた。

 

 

「な、何だ!?」

 

「あそこ!!」

 

 

美麗が指差す方向には、吹雪の中氷の礫を飛ばす氷象がいた。

 

 

「嘘でしょ……氷雨、何とか吹雪を止ますことは出来ない?!」

 

『無理だ!

 

今止ませば、村人がこの地に入ってくる!』

 

「あ~!!面倒な、村人!!」

 

「氷雨!

 

あいつの気、私が引くから吹雪止ませて!」

 

『え?!』

 

「何考えてんのよ!そんな事すれば」

 

「何もしないよりは、マシ!」

 

 

そう言って、美麗は紅蓮を走らせ吹雪の中へ出て行き、出たのを見た氷雨は、慌てて吹雪を止ませた。止んだと同時にエルの背中に飛び乗った愁は、彼女達を追い駆けていった。

 

 

「愁!!」

 

「何であの二人、自分勝手なんスか!」

 

「知るか!!

 

保奈美と奈々は、氷雨と一緒に村人の救出!」

 

「分かったわ!」

 

「他の奴等は、美麗達を追い駆けるぞ!」

 

「え~」

 

「文句言う奴は、脳天ぶち抜く」

 

「はい!今行きます!」

 

 

 

 

これ以上、人を襲うならアタシが許さないよ。

 

永眠するがよい……もしこの氷が溶けても、私の子孫が必ず氷漬けにする。

 

 

 

 

氷象の目に映る、美麗……解けた長い髪が、風に靡きその姿が氷華と重なって、氷象の目に映った。

 

その姿に、氷象は鼻を上げ咆哮を上げた。咆哮が辺りに響くと、氷象は前足を上げ、美麗を潰そうと思いっ切り踏んだ。彼女はすぐに転がり避け、そして手の平から氷の礫を放った。

 

 

「紅蓮!下がって!」

 

 

氷で陣を描く美麗の傍へ来た紅蓮は、彼女の後ろへ行き身構えた。

 

 

「悲しき火の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ!

 

 

炎の精霊よ、我が手に集い来たれ、敵を貫け!」

 

 

炎は弓矢の形に変化し、炎の矢を美麗は氷象に向けて放った。矢は氷象の耳に当たり、氷象は悲痛な咆哮を上げると、鼻を振り美麗を攻撃した。鼻に当たった彼女は、吹っ飛ばされ雪に埋もれた。

 

美麗は顔に付いた雪を振り払い、起き上がろうとした時だった。

 

 

「そのまま伏せて!」

 

 

翠の声に、美麗はすぐに伏せた。すると頭上を、矢が通り過ぎ矢は、氷象の鼻に突き刺さった。

 

 

「やっと刺さった!」

 

 

起き上がろうとした美麗の頭に、駆け付けた幸人は拳骨を食らわせた。ジンジン痛む頭を押さえながら、美麗は駆け付けてきた愁に抱き上げられた。

 

 

『美麗、保護』

 

「そのまま抱っこしとけ」

 

『うん』

 

「動き止めるまで、大人しくしてろ」

 

「準備できたら、お前の出番だ!」

 

「えー、戦いたい!

 

 

妖気放ちたい!」

 

「大人しくしてろ!さっきまで寝てただろうが!」

 

「ブー」



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吹雪の幻覚

攻撃してくる幸人達に、氷象は全てを振り払い鼻から氷の礫を放った。飛んでくる礫を、幸人達は次々に避けていき、攻撃の手を止めなかった。


すると氷象は突然、氷の礫を放つのを止めた。


「何だ?急に動き止めて」

「エネルギー切れ?」


動きを止める幸人達……ピクリとも動かない氷象は、目を赤くしそして、鼻から赤い吹雪を放った。猛吹雪に、幸人達は顔の前に、腕を持っていき風を防いだ。


「な、何だ!?この吹雪!」


『翠』

「!?」


その声に、翠は怯えだした。そして、恐る恐る後ろを振り向いた。

そこにいたのは、体中から血を流した男だった。


「な、何で……アンタが……」

『テメェ、よくもこの俺に』

「止めて、来ないで!!」

『許さねぇ……絶対に、許さねぇ』

「イヤァァア!!」


耳を手で塞ぎ、目を固く瞑った翠はその場に座り込んだ。


「師匠!!」

「アイツ、まさか……

邦立!翠の傍に行け!!」

「は、はい!」

「クッソ、何がどうなってんだ……」


『どうして』

「?!」


聞き覚えのある声……幸人は顔を上げた。そこにいたのは、血塗れになりぐちゃぐちゃになった体をした、愛が目から赤い涙を流して立っていた。


「あ、愛……何で」

『どうして、私を助けてくれなかったの』

「そ、それは」

『どうして、あなたは生きてるの?』

「……」

『どうして、私は死んだの』


立ち尽くす幸人……自然流れ出てきた涙に、秋羅は驚き彼の肩を掴み揺らした。


「幸人!どうした!?」

「俺は……俺は」

「こんな時に、何言ってんだよ!!」

「わ、悪い愛……俺は……俺は」

「幸人?」


辺りに響き渡る咆哮……氷象は動けなくなっている秋羅達に目掛けて、氷の礫を放った。当たる寸前、彼等の前に氷の壁が作られ礫を防いだ。


『一旦城へ戻る!

来い!』


動けなくなった幸人と翠を、駆け寄ったエルと紅蓮の背に乗せると、秋羅達はその場から立ち去った。


『お前、また変な奴に懐かれたな』

 

ほっとけ

 

『何か、妹みたい』

 

うるせぇ

 

『愛、幸人離れしてみれば』

 

『嫌』

 

『即答かよ』

 

『まぁ、良いんじゃねぇの?

 

 

先生達の話じゃ愛の奴、幸人と同じ部屋にしてから1回も夜泣きしてないって、感心してたし』

 

『オー、凄い成長』

 

 

 

 

城へ戻ってきた幸人達……意識を失った幸人と翠は、氷の台に寝かされていた。2人は、悪夢でも見るようにずっと魘されている状態だった。

 

 

『氷象の赤い吹雪に当たったようだな?この様子だと』

 

「赤い吹雪?」

 

『氷象の技だ』

 

『一番心に残った深い傷の原因になっている人物が、死んだ当時の姿で現れて……ずっと、責めるんだ』

 

「……2人は、それに」

 

『そうだろうな』

 

「どうすれば、治ります?」

 

『正直無い。

 

赤い吹雪の毒が抜ければ、治るとは思うが……

 

 

大抵の人間は、耐えきれず自害する』

 

「……」

 

 

 

猛吹雪となった外を、秋羅達は城の中から眺めていた。この吹雪により山へ入っていた村人達は皆、無事に村へ戻ったと、保奈美達から伝えられた。

 

氷の台に寝かされた2人を、秋羅達はジッと眺めていた。

 

 

「……どうすれば良いんだ……」

 

「薬か何か、あれば良いんだけど……

 

 

治療法が無いとなると何も出来ないわ」

 

「……」

 

「ねぇ、美麗が使える技で悪夢から目覚めさせるやつとかないの?」

 

「思い当たるの無い……」

 

「……やっぱり、先輩方が起きるの待つしかないッスね」

 

「いや……

 

 

1つだけ、方法がある」

 

「え?」

 

「夢祓いって、知ってるか?」

 

「夢祓い?」

 

「確か、人の夢の中に入って悪夢を祓う……だったかしら?」

 

「はい、そうです」

 

「それをやるって言うのか?」

 

「はい」

 

「いやいや待て、邦立君。

 

その技を使えるのって、春日原っていう一族しかつかえないんスよ!

 

 

まぁ、生き残りがいればの話だけどね」

 

「今はいないの?」

 

「10年ほど前、妖怪の襲撃に遭って全滅したって話ッス」

 

「それはそっちの記録ですよね?」

 

「?」

 

「邦立さん、どういう意味?」

 

「……俺、今は木影ですけど……

 

木影になる前は、春日原だったんです」

 

「……え?

 

それって」

 

「俺、春日原の生き残りなんです。

 

妖怪の襲撃に遭う前に、俺は師匠の元へ行きました。その数年後です……里が襲われて全滅したのは」

 

「……ちょっと研究員、あなた達どんな調査をしているの?」

 

「さ、さぁ……」

 

「仕事放棄しない!使えない研究員のくせして!!」

 

「コラ!!大人を馬鹿にするな!!」

 

「杜撰な調査をした結果が、生き残りまで殺していたってことか」

 

「うるさい!!」

 

「出来損ない研究員!」

 

「んだと!!このクソガキ!!」

 

 

「2人はほっといて、早くやっちゃいなさい。邦立」

 

「あ、はい。

 

 

準備するんで、少々時間下さい」

 

 

 

 

数時間後、氷の台に寝かされた2人を中心に、大きな陣を描いた邦立は一息入れながら立ち上がった。

 

 

「準備できました。

 

皆さん、離れて下さい」

 

 

両手を合わせた邦立は、意識を集中させた。すると、陣が光り出した。

 

 

「天つ神天の磐門押し開き天つ神八雲をかき分け聞こしめさむ夕霧朝霧書き散らし、天つ神ここに待ちいでなむ。祓い給え清め給え!」

 

 

2人の体から透明な球体が浮き出てきた。不思議な球体を見ながら、秋羅は邦立に話し掛けた。

 

 

「な、何だ?この玉」

 

「先生達が今見ている夢だよ。

 

ほら、さっき一番心に残った深い傷の原因になっている人物が、死んだ当時の姿で現れてその人を責めるって」

 

「じゃあ、この玉に映ってる映像が……」

 

「先生達のトラウマです」

 

「……」

 

「これって、どうやって祓うわけ?」

 

「今浮いている球体に入り、その原因となっているやつを祓うんです」

 

「全員で?」

 

「いえ、全員じゃなくていいです。

 

4、5人いればよろしいかと」

 

「何で人数制限?」

 

「俺に全員を運ぶ力が少ないからです」

 

「とりあえず、翔はここに残りなさい。

 

行くのは、私と秋羅と邦立、それから美麗と愁」

 

「何で美麗と愁まで?」

 

「美麗を連れて行けば、何かの助けになるわ。

 

愁は彼女の見張り台」

 

「……」

 

「奈々はここに残って、私達の援護をお願いね」

 

「はい!」

 

「これ、術者がいなくて平気なのか?」

 

「一応、平気ですよ。

 

陣を勝手に消さなければ」

 

「……あの獣妖怪3匹が、陣を消しそうで怖いんですけど」

 

「エル達はアンタみたいに、馬鹿じゃないから平気よ」

 

「んだと!このクソガキ!!」

 

「何よ!!杜撰な捜査したヤブ研究員のくせに」

 

「うるせぇ!!」

 

「奈々!馬鹿に付き合わなくていいわよ」

 

「保奈美先輩!!今、馬鹿って言いました?!」

 

「あの、早く行きませんか?

 

 

時間、余りありませんよ?」

 

 

 

モヤモヤとした霧が流れる空間へ、秋羅達はやって来た。辺りをキョロキョロと見回していると、遅れて邦立が現れ出た。

 

 

「な、何とか成功した……」

 

「練習中だったのか?」

 

「まだまだ、未熟なんで」

 

「ねぇ、あの玉何?」

 

 

宙に浮かぶ二つの玉……その背後に、翠と幸人が目を閉じて立っていた。

 

 

「この玉に触れれば、先生達が見ている夢の中へ行けるんだ」

 

「へー」

 

「それで、誰から助けに行く?」

 

「先に翠さんでいいよ。

 

幸人だったら、多分持つだろうし」

 

「いいのか?本当に、俺の師匠が先で」

 

「平気だ。

 

図太い神経持ってる先生だから、俺の」

 

「……」

 

「それじゃあ、先に翠の方へ行くわよ」

 

「あ、はい」

 

 

翠の前に浮かぶ玉に、5人は手を触れた。玉から強烈な光が放たれ、彼等を包み込んだ。




夢祓い


趣は悪い夢を消していい夢を見せることで開運に導く祓い。

しかし本当は、幻術にかかった者を治すために、かかった者の中へ入り、見せられている記憶からその者を助ける、言わば幻術解除の祓い屋。


だが10年前、妖怪の手によりその血を継いだ集落が消され、生存者0とされている。


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身長と母性

光が弱くなり、秋羅達はゆっくりと目を開けた。


「……何だ、この部屋」

「広ーい!」


暖炉を前に、ローテーブルとシングルソファーとダブルソファーが置かれた部屋……
様々な置物が飾られた棚に、花が飾られた花瓶、更には高そうな壺や甲冑、置物が置かれていた。

走り出そうとした美麗を、傍にいた愁は抱き上げ阻止した。


「何か、マリウスさんの家で似たような部屋がありましたけど……

翠さんて、外国出身?」

「そんな話は聞いたこと……」

「邦立さん、ここにいる私達はこの世界にいる人からは見えているの?」

「いえ、見えてないです。

透明人間だと思って貰えれば良いかと」

「分かったわ。

部屋を探索してみましょう。とにかく、この世界にいる翠を探すのよ」

「はい」

「愁はそのまま、美麗を抱っこしててちょうだい」

『分かった』
「えぇ!降りるー!」

「今は駄目よ。

私が良いと言うまで、大人しくしてなさい」


優しく言う保奈美の、見たことの無いオーラに美麗は怯え愁に抱き着いた。


「そう、それでいいの」

(何か、一瞬夜叉を見た……様な気が)

(怖ぁ……)


廊下を歩く秋羅達……その時、どこからかピアノの音が聞こえてきた。

 

 

「この音色……」

 

 

音を頼りに歩いていると、ある部屋の前へ来た。ソッとドアを開け中を覗くと、中には大きなグランドピアノが置かれており、その前にピアノを弾く1人の少女がいた。

 

深い緑色の髪をお下げに、長袖の白いフリルが着いた青いワンピースに身を包んだ少女は、ピアノを弾き終わると閉じていた青緑色の目を開いた。

 

 

「……もしかして、翠?」

 

「何か、今と全然容姿が……」

 

 

『私に、何か御用?』

 

 

その言葉に驚いた秋羅達は、すぐに顔を上げた。席から立った翠は、まるで自分達が見えているかのようにこちらを見つめながら不思議そうな表情を浮かべていた。

 

 

「……おい邦立、俺等見えないんじゃ」

 

「そのはず……なんだが」

 

「名前、何て言うの?」

 

 

知らぬ間に愁から降りていた美麗は、幼い翠の所へ行き質問した。

 

 

『私?

 

 

私はヴェルディアナ・ヴィスコンティ』

 

「え?ヴェルディアナ?」

 

「翠って名前じゃないの?」

 

『みどり?

 

私はヴェルディアナよ。誰かと間違えているのかしら?』

 

「……保奈美、本当にこいつ翠なの?」

 

「その話は後にしましょう。

 

愁、美麗を」

 

 

保奈美がヴェルディアナの傍へ行くと共に、愁は美麗を抱き上げ彼女の傍から離れた。

 

 

「あなたは、私達が見えるの?」

 

『え、えぇ……

 

 

また、その類いなの?あなた方は』

 

「類い?」

 

『幼少の頃から、ずっと普通の人には見えない生き物……

 

日本で言う、妖怪と言ったものが見えるんです』

 

「そう……

 

何故、私達が日本の人って分かるの?」

 

『雰囲気が、そんな感じしたので……

 

それに以前、父の仕事関係で日本人がいたので』

 

「そう……

 

あなた、歳はいくつ?」

 

『8歳です』

 

 

そう答えるヴェルディアナに、保奈美は戸惑ってしまった。

 

8歳にしては、小柄な体型をしていた。背は低く見た目からは4歳から6歳ぐらいの少女にしか、見えなかった。

 

 

『……あの、よろしければ私の部屋へ行ってお話しますか?』

 

「え?

 

え、えぇ。そうさせて貰うわ」

 

『それでは、今使用人にお茶を持ってくるよう頼んできます』

 

 

秋羅達に一礼すると、ヴェルディアナは部屋を出ていった。

 

 

「……おい、邦立。

 

ここ、本当にお前の先生の記憶か?」

 

「そのはずなんですが……」

 

「でもあの子、名前が『翠』じゃなくて『ヴェルディアナ』って……」

 

「保奈美さん、何か知ってますか?」

 

「いいえ。

 

彼女のことに関しては、施設の人達何も話さなかったから」

 

「何で?」

 

「さぁ……

 

あの頃は、私達はまだ幼かったから詳しくは……」

 

 

鍵盤の音が響いた……振り返ると、そこには美麗が椅子に座り鍵盤に触れていた。

 

 

「美麗!」

 

「秋羅、これ何?」

 

「ピアノって言う楽器だよ。

 

ほら、降りる」

 

 

美麗を持ち上げ、秋羅は彼女を降ろし傍にいた愁に渡した。

 

 

「……俺、どっかでやり方間違えたんですかね?」

 

「あなたが分からなければ、誰にも分からないわよ」

 

「うぅ……そうですね」

 

「ねぇ、名前変えたんじゃないの?翠」

 

「え?」

 

「私、そんな話聞いたことは……邦立は?」

 

「自分もその様な話は全く……」

 

「美麗、何でそう思うんだ?」

 

「昔読んだ小説にあったの。

 

 

とある王族の姫が、お城から抜け出して名前を変えて町娘として生きる物語」

 

「何だ?その話」

 

「邦立、昔の小説だ。あんまり突っ込むな」

 

 

『お待たせしました。

 

用意が出来たので、部屋へ』

 

 

戸が開きヴェルディアナが、姿を現し秋羅達を自身の部屋へ案内した。

 

 

 

案内された部屋には、天井突きベッドを中心に右に衣装戸棚に硝子細工が飾られた棚が置かれ、左には勉強机に書棚が置かれていた。

 

中央には丸いテーブルが置かれ、その上には可愛らしいティーセットにクッキーが用意されていた。

 

 

「凄ぉい……

 

 

アリサの家みたい」

 

『どうぞおかけ下さい』

 

 

ヴェルディアナに言われるがまま、3人は椅子へ座った。美麗は愁に降ろさせて貰うと、一目散に書棚へ駆け寄り棚から1冊本をとり、中を読み出した。

 

 

「コラ!美麗!」

 

『気にしなくていいですよ。

 

あの書棚にある本はほとんど読んでしまいましたから』

 

「……アンタが、そう言うなら」

 

『それで……

 

 

あなた方は何故、私の家に?』

 

「そ、それは……」

 

「その前に、いくつか質問してもよろしいかしら?」

 

『答えられる範囲なら』

 

「では……

 

ここはどこ?」

 

「イタリアの北部にある小さな土地です。

 

私の家が地主で、父はここから少し下った先にある村を管理しています」

 

「そう……

 

あなたは、いつも1人でいるの?」

 

『はい。

 

 

私は上流階級の女性です。余り、外へ出ることは許されていません。

 

学校も行ったことがありません。そのせいで、友達もいません』

 

「……あなた、ピアノが上手なのね。

 

いつから、習っているのかしら?」

 

『物心ついた頃からです。

 

母と弾いたのが、一番楽しかったです』

 

(8歳なのに、滅茶苦茶しっかりしてる)

 

 

「ヴェル、この本読めない」

 

 

ヴェルディアナのスカートの裾を引っ張りながら、美麗は本を持ちページを見せながら、彼女に話し掛けた。

 

 

(ヴェルって……)

 

「美麗、自由奔放過ぎません?」

 

「幸人がいないから、半分暴走だ」

 

「監視役がいないと、自由人って凄く自由人になるのよ。

 

簡単に言えば、陽介がいない幸人がそんな感じね」

 

「え、そうなんですか?」

 

「そうよ」

 

 

美麗に本を読むヴェルディアナ……美麗は、傍にあった椅子に座り話を聞いた。

 

その姿を見た邦立の目には、一瞬自分と翠の姿に写った。

 

 

「……やっぱり、ヴェルディアナは先生だ」

 

「……」

 

「俺、小さい時に先生が引き取ってくれたんだ。

 

新しい土地に、中々馴染めなくて……

不安で夜眠れなくて……そんな俺に、先生は毎晩本を読んでくれた。俺が眠くなるまで何冊も…

 

 

本読んでる時の顔が、ヴェルディアナと同じなんだ。先生と」



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父という名の鎖

ヴェルディアナから本を読んで貰っていた美麗は、何かに気付いたのか顔を上げ部屋の戸を見た。


「美麗、どうかしたか?」

「……何か、嫌なのが来る」

「嫌なの?」

「……?」


突然本を落とすヴェルディアナ……保奈美は、落としたことに彼女の方に目を向けた。震える手を治めようと両手を握り、落ち着こうと浅く吸って吐いてをヴェルディアナは繰り返していた。


「ヴェルディアナ?

どうかしたの?苦しいの?」

『い、嫌……もう、あれは』

「ヴェルディアナ?」




“バン”


部屋の戸が乱暴に開いた……そこには、オロオロする使いの者とその前に、鋭い目付きをした男が立っていた。

 

目の前にいる彼の容姿に、ヴェルディアナは怯えた状態で、素早く立ち上がった。

 

 

『随分、楽しそうだな?ヴェルディアナ』

 

『お、お父様……』

 

『また、テメェだけ見えてる変な奴等と遊んでたのか?』

 

『い、いえ…決して、その様なことは』

『黙れ!』

 

 

テーブルを勢い良くひっくり返す父の姿に、ヴェルディアナは身を縮込ませた。

 

置かれていたティーセットは粉々に割れ、破片が散乱した。椅子から立ち上がった邦立は、その父親を止めようと身を乗り出すが、傍にいた秋羅に抑えられ阻止された。

 

 

『さぁて、仕置きが必要みてぇだな?』

 

『い、嫌です……お願いします!

 

もう何も…!』

 

 

頬を叩かれ、ヴェルディアナは床に倒れた。頬を抑えながら蹲る彼女の手を、父親は無理矢理引っ張り立ち上がらせ、どこかへ連れて行った。

 

 

「……秋羅さん、邦立さん達と一緒にここで待っていて頂戴。

 

私が様子を見てくるわ」

 

「わ、分かりました」

 

 

そう言って、保奈美は部屋から出て行き彼等の後を追い駆けていった。

 

 

誰もいなくなった部屋を、オロオロしていた男は片付けだした。そして口を開き、まるで秋羅達に話し掛けるようにして話し出した。

 

 

『ヴェルディアナお嬢様が、あなた方を目にするようになったのは、奥様が亡くなってしばらくしてのことです。

 

 

亡くなった日、旦那様は奥様の最期を見届けることができませんでした。悲しく泣かれている旦那様に、ヴェルディアナお嬢様は、慰めようと思いお声を掛けたんです。

 

 

『お父様、お母様は私達の傍にいるよ。今もここに』

 

 

その言葉を聞いた旦那様は、娘である彼女には見えているのに、何故旦那である自分は見えていないのか……

 

 

旦那様は、昔からプライドが高いお方……恐らく、自分に見えなくて娘に見えているのが、許せないんでしょう』

 

 

硝子の欠片を全て拾い、テーブルと椅子を元に戻し、床に溢れたお茶を拭くと、男は部屋を出て行った。

 

 

「……そんな理由で、あんな暴力を?」

 

「……」

 

『秋羅、美麗が出て来ない』

 

「?」

 

 

ベッドの傍にいた愁に呼ばれ、秋羅はベッドの下を覗き込んだ。下には、怯えた様子で美麗が蹲り隠れていた。

 

 

『さっきの騒動で、隠れた』

 

「マジかよ……

 

 

美麗、出て来い。もう平気だから」

 

「……」

 

「美麗?

 

 

どうした?ちょっと、こっち向け」

 

 

ベッドの下に手を入れ、秋羅は美麗の頬を触りながら顔をこちらに向けた。向いた彼女の目は、青く染まっていた。

 

 

「……み、美麗」

 

『秋羅、俺が対応する』

 

「た、頼む」

 

 

離れた秋羅と入れ替わり、愁は美麗に手を伸ばした。彼女は怯えた様子で、恐る恐るベッドの下から出るとすぐに愁に抱き着いた。

 

 

「また、妖力の暴走?」

 

「分かんねぇ。

 

しばらく、ソッとしとくしか……」

 

「……けど、何かさっきと雰囲気違うな?」

 

「そうか?」

 

「前のやつは、凄い攻撃的だったじゃん。

 

お前が来ただけでも、攻撃しようとして愁に宥められてて……

 

 

でも、お前が普通に触っても攻撃しなかっただろう?」

 

「……言われてみれば、そうだな……」

 

 

 

数時間後……

 

 

ボロボロになったヴェルディアナは、部屋へと戻ってきた。戸を閉めフラフラと歩きながら、彼女はベッドに座ると声を抑えて泣き出し、枕に顔を埋め伏せた。

 

後から来た保奈美は、泣く彼女を慰めるようにして頭を撫でた。

 

 

「保奈美さん、一体……」

 

「……あなた達は知らない方が良いわ。

 

 

でも、これだけは言える。この子が背が小さいのは、父親のせいよ」

 

「……」

 

 

その時、辺りが光に包まれた。秋羅達は、眩しさの余り腕で顔を覆った。

 

 

 

しばらくして、光が弱くなり彼等はゆっくりと目を開けた。

 

 

着いた場所は、先程と同じ部屋……ヴェルディアナの部屋だった。

 

 

「……何で、いきなり?」

 

「何か、さっきと雰囲気が違う……」

 

 

『キャァアアア!!』

 

 

部屋の外から聞こえる悲鳴……

 

保奈美はすぐに、部屋を飛び出し悲鳴が聞こえた場所へ向かった。彼女に続いて、秋羅達も向かった。

 

 

腰が抜けたメイドが、真っ青な顔で部屋から出て行き逃げて行った。

 

 

「な、何だ?」

 

 

少しだけ開いたドアを、保奈美はソッと押し中を見た。

 

 

所々赤く染まった、元は白であっただろうネグリジェに身を包んだヴェルディアナは、その場に座り込んでいた。手には血塗れになったナイフが握られ、傍には血塗れになり倒れる父がいた。

 

 

「な、何だ……これ」

 

「せ、先生?」

 

「やっぱり……そうよね」

 

 

涙を流す保奈美……ヴェルディアナは、乱れた髪の間から彼女達を見た。

 

 

『またいるの?』

 

「……ヴェルディアナ」

 

『とうとう殺っちゃった……

 

 

駄目だった……お父様、お母様を亡くしてからずっと、殴ってきたの。

 

 

毎晩毎晩……殴って、縛って、暗いところに閉じ込めて……

 

数時間の時もあれば、一日中の時もあって、時には数日の時もあった……

 

 

何度謝っても駄目だった……どんなに私の物を壊しても、私を痛め付けてもお父様は満足しなかった。

 

私はお母様が亡くなった日から、ずっとお父様という鎖に繋がれていたの。

 

 

でも、限界だった……

 

 

私とお母様の……一番の思い出を、壊した……

 

 

もう、許せなかった……頭の中が真っ白になって、それで……』

 

 

血塗れになった自分の手を見ながら、ヴェルディアナは怯えた声で淡々と話した。

 

そんな彼女を、保奈美は抱き締めようとした時、一足先に邦立が寄り抱き締めた。

 

 

「何も、悪くないですよ……

 

 

先生は、何も悪くないです……」

 

『……でも、私のせいでこの村は……もう』

 

「何も、悪くないです。

 

だって、先生はまだ子供ですよ?

 

 

虐待を受けていた……まだ親に守られなきゃいけない年齢ですよ?」

 

『でも……』

 

「誰が何と言おうと、俺は先生の味方です。

 

先生、俺は未来であなたが迎えに来るのを待っています」




その時、倒れていた父親の遺体が動き立ち上がると、落ちていたナイフでヴェルディアナを刺そうと振り下ろした。


刺される寸前、2人の前に愁に抱かれていた美麗が、ナイフを防いだ。


「み、美麗?」

「こいつ、妖怪」

「え?」


腰に着けていたケースから、小太刀を抜き襲ってきた妖怪の胸を突き刺した。妖怪は断末魔を上げながら、黒い煙と共に消えた。


すると、秋羅達の体が光の粒となり消えていった。


その時、駆け付けた警察と使用人が部屋へ入ってきた。


『これは……』

『ひとまず、子供の保護を!』

『は、はい!』

『た、大変です!

音楽室に置かれているピアノが、壊されています!』

『な、何で?!

あれは、亡くなった奥様の唯一の形見ですのに!』


警察官が伸ばしてきた手を、ヴェルディアナは握り引かれるがまま、部屋を出ていった。


「師匠!!」

『……私、大人になったらあなたを迎えに行くわ。


妖怪だから、長く生きるよね?』


そう微笑んだのを最後に、邦立達は元の場所へ戻った。


戻る前、保奈美はヴェルディアナの過去が見えた。
そこには、鎖に繋がれた彼女を前に黒ずくめの男が、目の前に立ち煙草を吸っていた。


『……その容姿で、人1人殺したとは……』

『私、いくらで売れたの?』

『さぁな』

『……ねぇ、売られるなら名前を変えても良い?』

『?

ヴェルディアナ・ヴィスコンティって名前を、捨てるのか?』

『ヴィスコンティ家はもう終わった。

だから、新しい名前で新しい人生を歩みたい。


だって、これから行く所って日本なんでしょ?』

『まぁな』

『その国に相応しい名前が良い』

『別に良いが、字はこっちで適当に決めるぞ。

名前の欄、まだ空白だったからな』

『……』

『で?名は?』

『……みどり。

名字は、勝手に決めて』

『承知した』


その光景を見る保奈美……彼女は、ヴェルディアナ…みどりの傍に座るとソッと抱き締めた。


「みどり……私も、あなたを未来で待ってるわ」


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あの日

玉から外へ出た邦立達……翠の前に浮かんでいた玉は白くなり、彼女の姿はスッと消えた。


「……消えた」

「これで多分、成功したんだと思います。


1回外に出ますか?」

「そうしましょう。

翠が多分、目を覚ましていると思うわ」


そう言って、邦立は術を解き元の世界へ戻ってきた。


球体から出て来た邦立達に、翔は驚きながらも彼等の元へ駆け寄った。


「どうだった!?」

「一応、元凶となるものはやったわ。

後は、彼女次第」

「そ、そうッスか……


あぁ、そうだ。翠の奴、さっき呼吸が安定して眠ってます」


寝かされている翠は、穏やかな表情で寝息を立てていた。保奈美はそんな彼女を見て、微笑を浮かべて頭を撫でた。


「彼女はもう平気ね。

邦立さん、幸人の元へ行きましょう」

「は、はい」

「美麗、どうする?幸人起こしに行くけど」

「行く!」


元気よく返事をした美麗の目は、いつの間にか元の色に戻っていた。


「……お前、体調の方は大丈夫か?」

「平気!」

「なら良いけど」




再び夢の中へと入った秋羅達……

幸人の元へ行き、彼の前に浮かぶ玉に5人は手を触れた。玉から強烈な光が放たれ、彼等を包み込んだ。


光が弱くなり、秋羅達はゆっくりと目を開けた。

 

 

「……ここは」

 

「討伐隊本部?」

 

「研究室みたいね。見た所」

 

 

研究員の休憩室なのか、その部屋には簡易流し台に小さな冷蔵庫、ローテーブルとソファー、ソファーの上には枕と毛布が無造作に置かれていた。

 

 

「……完全な翔達の休憩室ね、ここ」

 

「見覚えあるんですか?」

 

「一応」

 

「ここ嫌い」

 

 

愁にしがみつきながら、美麗は言った。愁はしがみつく彼女を抱き上げた。

 

 

「そういえば、以前来た時もそんな感じだったな?」

 

「美麗にとって、ここは何か因縁があるみたいだからな。

 

愁、そのまま美麗を頼んだぞ」

 

 

 

『ったく、長ぇんだよ。検査』

 

 

文句タラタラと言いながら、休憩室に入ってきたのは若かりし頃の創一郞だった。その次に、彼を宥めるようにして話す、葵が部屋へと入ってきた。

 

 

『そう文句言わない。

 

検査は大切だよ?』

 

『そうそう!

 

備えあれば憂い無しってね!』

 

『迦楼羅、使い方間違ってるわよ』

 

『え?そう?』

 

『相変わらずですね!迦楼羅先輩!』

 

『オメェも変わらず、背が小せぇこと』

 

『背のことは言わないで下さい!!』

 

『迦楼羅!後輩を虐めない!』

 

『へいへい。

 

相変わらず、うるせぇな?花琳は』

 

『君、もう少し大人になったらどうです?』

 

『お前は一言余計だ!えっと……湊都?』

 

『マリウスです!』

 

 

「に、賑やかですね……」

 

「皆、若い……」

 

「検査って事は、恐らく15年前の実験……

 

多分、19と20の時よ」

 

「て事は……幸人達が、今の俺等くらいの時」

 

 

『注射するなんて、聞いてない!』

 

 

部屋へ入ってくる4人の男女……1人の女が泣きながら、先に入ってきた若い頃の水輝と暗輝にそう訴えていた。

 

 

『だから、悪かったって!

 

俺達だって、注射使う検査だとは思わなかったんだ』

 

 

暗輝は宥めるようにして、若い頃の幸人の腕にしがみつく、涙を浮かべた女性に謝っていた。

 

 

『暗輝の嘘吐き!』

 

『本当に悪かったって!!』

 

『その辺にしとけ。

 

注射やられてねぇんだから、それぐらいで良いだろう?』

 

『ウ~』

 

『幸人が宥めると、すぐ大人しくなるんだからこいつ』

 

『相変わらずだね、愛』

 

 

『検査ご苦労様、皆』

 

 

そう言って入ってきたのは、白髪交じりの黒髪を耳下で結った男だった。その後から、50代の男女9名が幸人達の傍へ立った。

 

 

『所長』

 

『ごめんね、注射の件。伝えたつもりになっていたんだけど……』

 

『……もういいです』

 

 

少し膨れながら、愛は幸人の腕を抱き締め引っ付いた。膨れる彼女の前に、灰色のボブカットに黒いサングラスを目に掛けた女性が、飴玉を見せ付けた。

 

 

『これ舐めて、少しは機嫌直しな』

 

『ワーイ!先生、ありがとう!』

 

『お前、本当に19か?』

 

『あと二ヶ月で、20歳だよ!』

 

『それじゃあ、二ヶ月後に皆で集まって誕生日会でもする?愛の』

 

『良いの?!』

 

『賛成!

 

先生、集まって良いか?』

 

『別に構わないが』

 

『仕事を頑張ったら、良いわよ』

 

『ヤッター!

 

ねぇ、幸人も来るでしょ!?』

 

『えー、俺か?

 

どうしようかなぁ……』

 

『絶対来てよ!ねぇ!』

 

『辰幸、お前さんところ別に仕事ねぇだろう?』

 

『二ヶ月後ねぇ……

 

まぁ、予定は空けといてやるよ』

 

『ヤッター!!』

『爺!』

 

『交流は大事だぞ?幸人』

 

『っ……』

 

『楽しみー!

 

ねぇ!陽介も来てよ!』

 

『休みが取れ次第だ』

 

『来るって約束してよね!

 

幸人だって来るんだから!』

 

『……まぁ、頑張ってはみるが』

 

『決まり!』

 

 

 

 

賑わう部屋……保奈美は懐かしそうに、その光景を目にし口を開いた。

 

 

「本当に楽しかったわ。

 

先生達の代はあんまり交流が無かったけど、私達の代は皆顔見知りだったから、いつも集まってた」

 

 

ソファーに座る若い幸人の隣に、愁から降りた美麗は近寄り彼の顔を覗き込んだ。

 

 

「……?」

 

 

美麗の方を見つめる幸人……手を伸ばしてきて、美麗は咄嗟に後ろへ下がった。伸ばしてきた手は、地面に落ちていた煙草の吸い殻に触れ、それを傍に立っていた水輝に幸人は渡した。

 

 

「……どうやら、俺達の姿は見えてない…みたいですね」

 

「これで見えてたら、誤魔化しようが無い」

 

「秋羅、別の部屋がいい。ここ嫌い」

 

「もうちょっとな」

 

 

嫌な顔をする美麗に、秋羅は宥めるようにして頭を撫でた。

 

 

全員が寛いでいる時だった……突然戸が開き、外から胸下まで伸びた紫色がかった黒髪を下ろした者と、左側の茶色の横髪をピンで留め右目を隠すように前髪を垂らした男、そしてウェーブのかかった赤茶色の短髪に、水色の目をした女性が入ってきた。

 

 

3人の姿を見た美麗は、秋羅から離れ愁にしがみついた。彼は彼女を抱き上げると、目付きを変えて3人を睨み付けた。

 

 

『検査、お疲れ様!

 

良いデータが取れたよ!』

 

『オカマ、お前消えろ』

 

『煙草が不味くなる』

 

『ここは禁煙ッスよ!創一郞先輩!』

 

『月影も吸ってるじゃねぇか。火影も』

 

『ここ禁煙!!早く消して!!

 

じゃないと』

『とっとと消せ。話が出来ないだろうが』

 

 

煙草を口に銜えた、若い姿をした元帥が3人を睨みながら言った。

 

 

『ギャー!!出たぁ!!』

 

『貴様!元帥に向かって!!』

 

『陽介、銃を下ろせ!!

 

愛、テメェは引っ込んでろ!』

 

『そんな怖い顔してたら、子供が怖がっちゃうよ。

 

院瀬見君』

 

 

水輝と暗輝の傍にいた父親…龍輝は、院瀬見に優しく言った。

 

 

『元帥、お話があるのであちらへ。

 

雲雀、後は頼んだぞ』

 

『了解でーす』

 

 

院瀬見を連れて、女性…奏歌は部屋を出ていった。子鹿のようにして怯える愛を、幸人は宥めながら煙草の火を消した。

 

 

『相変わらず、迫力のある元帥だ』

 

『あんな顔されちゃ、誰だって怖がるっつうの!』

 

『水輝!』

 

『うっ』




「この実験の後、私と葵、迦楼羅と愛と幸人の5人で依頼を受けるつもりだった……


いつも通りの実験だったら、あと数時間で終わる予定だった。



終われば、この日からの二ヶ月後……皆で集まって、愛の誕生日会を開こうと思ったわ。

休憩室で、私は翠と花琳でその話で盛り上がってた。



でもまさか、あんな悲劇が待っていたなんて……


誰も、想像がつかなかったでしょうね……」


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愛する者の死

休憩室から出て来た幸人達は、実験室に連れて来られた。

そこは、硝子張りの部屋になっており中には人数分の台が置かれていた。幸人達は台の上に座ると、研究員から様々なコードが、体中に張られていった。


『モルモットみてぇだな?俺等』

『時間がない。

とっとと作業を開始しろ』


マイク越しに聞こえる奏歌の声に、傍にいた研究員は、注射器を取り出し、乗った彼等の腕に液体を注入しようとした。


『大地、水輝寄こせ。

愛が暴れてるぞ』


注射器を持った研究員を蹴り飛ばした愛は、隣にいた幸人の台に乗り彼に抱き着いていた。


『しまった……また言うの忘れてた』

『所長~』

『水輝、お願いできるかな?』

『ハーイ。

幸人、愛をそのまま腕から目を逸らしておいて』


実験室へと入ってきた水輝……彼女が入ってくる音に、愛は振り向こうとしたがその行為を、幸人は阻止し自身の方に向かせた。


『しばらくこっち向いてろ』

『な、何するの?

注射は』
『愛、こっち見てろ』


水輝に合図を送った幸人は、顔を向かせないよう両手で愛の頬を触り、自身の額を彼女の額に当てながら宥めた。その間に、水輝は注射針を愛の腕に刺し液体を注入した。
同時に、研究員全員が幸人達の腕に液体を注入した。終えると、幸人達以外の者達は皆部屋の外へと出た。


『これで全員打ったと……

状態は?』

『心拍数、脳波、共に問題ありません。脈のズレもありません』

『今の所、問題無しか』


資料を書き込んでいく、研究員達……その光景に、美麗は愁から離れようとせず、ずっと体を震えさせていた。


「美麗の奴、ここに来てからずっとこの調子だ」

「もう少し、我慢してね。

幸人を助けるためだから」

「……うん」


刻々と時間が過ぎていく……外から愛の様子を見ていた刹那は、何かを悟ったのかモニターに近付き見た。

 

 

『どうかしましたか?刹那さん』

 

『他の奴と比べて、愛だけ異様に心拍数が早い』

 

『緊張してからじゃなくて?』

 

『いや違う……

 

 

愛、どうした?何か変か?』

 

『……何か、変な声が聞こえる』

 

『声?』

 

『それどんな声だ?』

 

『分からない……変な言葉で、理解できない』

 

『……妖怪の言葉かしら?』

 

『可能性としては高い』

 

『……!?

 

愛!!どうした、その顔は!?』

 

 

腫れ上がる愛の顔……触ると、愛の手に血が付いていた。

 

 

『愛?』

 

『幸人、何か変……

 

私……何か……ガハ!!』

 

 

口から大量の血を吐き出す愛……幸人は台から降り、すぐに愛の元へ駆け寄った。

 

 

『な、何だ!?一体!!』

 

『すぐに実験を中止しろ!!

 

幸人!愛を頼む!!』

 

『た、大変です!!

 

冥影愛さんの脳波に異常が見だしてます!!

 

 

彼女に続いて、他の方達の脳波にも!!』

 

『え?!』

 

『直ちに中止!!

 

水輝!暗輝!すぐに薬の用意を!』

 

『すぐに睡眠薬を部屋に!!』

 

『は、はい!』

 

 

慌ただしく研究員が操作をしている間、愛の体はどんどん膨れていった。膨れていく彼女の手を、幸人は握り締め呼び掛けた。

 

同時に、保奈美達の体にも異変が起きた。苦しみ出す彼等の体から、角や爪が生えたり体の一部が変色したりとし始めた。

 

 

『な、何?これ……こんなはずじゃ』

 

『愛!!』

 

『刹那さん!駄目です!!部屋に入っては!』

 

 

扉を開け、中へと入る龍輝と刹那……

 

幸人の背中から禍々しい翼が生えた時だった……微かに意識がある中、幸人は息を切らしながら顔を上げた。

 

 

『あ、愛……』

 

『…ゆ……ユギ…ヒ……ド』

 

 

“ドーン”

 

 

愛の体が爆発した……爆発が起こる寸前、龍輝は扉を勢い良く閉めた。だが、爆発の勢いにより硝子が飛び散り、その欠片が奏歌の目に突き刺さり、その直後に院瀬見が彼女を守るようにして抱き伏せた。暗輝は龍輝を追い掛けようとした水輝を地面に伏せさせ破片から身を守り、陽介もすぐに地面に身を伏せ手で頭を守った。大地と翔もテーブルや椅子、機械の影に隠れ身を守った。

 

部屋の外からその様子を見ていた、幸人達の師匠達も爆風から身を守ろうと地面へ伏せた。

 

 

「な、何で……何で、愛さんの体は」

 

「……推測としてあったのは……

 

愛は異様な恐怖心を持っていて、それが糧となって妖怪に取り憑かれたんじゃないかって」

 

「……」

 

 

数分後、実験室へ駆け付ける兵士達……外で伏せていた師匠達は、すぐに起き上がると中へ入って行った。

 

愁の傍にいた美麗は、彼から離れ中へ入った。

 

 

「美麗!」

 

 

中へ入って行く彼女を、秋羅と愁は慌てて追い駆けていった。

 

 

『すぐに怪我人を運べ!』

 

 

駆け付けた兵士達に、陽介はすぐに指示を出した。彼は目から大量の血を流しながら、彼はすぐに実験室へ入った。

 

院瀬見は気を失っている奏歌を抱き上げ、駆け付けた医療班に彼女を託した。水輝と暗輝は頭に包帯を巻き、陽介の後に続いた。

 

 

実験室には、傷だらけとなり床に横たわる保奈美達の姿があった。先に着いていた師匠達は、彼等を抱き上げ必死に声を掛けていた。壁には変わり果てた姿となった、龍輝と刹那が横たわっていた。

 

 

『嘘だろう……』

 

『父さん!!刹那さん!!』

 

 

一目散に、水輝は父・龍輝と刹那の傍へ駆け寄り脈を測った。

 

 

『……そんな……』

 

『水輝!

 

親父達は……』

 

 

手で顔を覆い涙を流す水輝の様子に、暗輝は言葉を失った……息絶えている龍輝と刹那の顔に、彼は白衣とジャケット被せ、水輝と共に涙を流した。

 

 

『医療班!早くこっちに来い!!』

 

『早く弟子を診てやってくれ!!』

 

 

遅れて入ってきた医療班は、弟子を抱き上げる師匠達の元へ駆け寄りすぐに応急処置をすると、担架に乗せ治療室へと運んでいった。

 

運んでいく中、陽介は瓦礫を避けながら幸人と愛を探した。

 

 

そして、そこにいた……

 

 

『……幸人?

 

 

それは、何だ……』

 

 

彼の手に握られている手らしき肉の塊……座り込むその体には大量の血が浴びられ、幸人は一点を見つめながら原形を保たない人の死体を、ずっと抱き締めていた。

 

 

『……よぉ、陽介。

 

 

俺は平気だ……愛を……

 

 

愛を診てやってくれねぇか?こいつ、心臓の音も呼吸音も聞こえねぇんだ。

 

それだけじゃねぇ……

 

 

さっきまであったはずの髪の毛も、目玉も、歯も抜けちまったらしくてな』

 

 

笑顔を見せる幸人に、陽介は一瞬恐怖を感じた。

 

 

その光景に秋羅は、涙を流して彼の肩を掴み膝を付いた。

 

 

「こんなの……無理に決まってるよ……

 

 

精神、保ってられねぇよ……

 

幸人……俺、何にも知らなくて…お前の所に来た時、ずっとお前に俺の親父の死に様を……

 

 

お前だって、こんな……愛する者の死を目の当たりにしてたのに……」

 

 

幸人の手に残る愛の手……美麗はそれに触れながら、彼女の遺体を見た。

 

 

「……これ……

 

?」

 

 

肩を叩かれ、美麗は後ろを振り返った。そこには、笑みを浮かべた愛が立っていた。

 

 

「……」

 

『あれ、倒して』

 

 

指差す方向には、黒く染まった愛が幸人に抱き着いていた。

 

 

「……え?

 

何で、2人?」

 

『あれは闇……

 

突然、入り込んできたの。あれが無くなれば、私が幸人の傍にいる。

 

 

あそこは、私の指定席』

 

 

幸人に目を向ける美麗……スッと立ち上がると、手から光の玉を出しながら寄った。

 

 

「……美麗?」

 

「退け。

 

こいつは、私が貰う」

 

「……」

 

 

離れる秋羅……雰囲気の違う美麗は、光の玉を黒く染まった愛の体に当てた。玉は強烈な光を放ち、秋羅と美麗、そして駆け付けた保奈美達を包み込んだ。




『幸人……』


『幸人……』


何だ……この声……


『幸人……

私、幸人に会えて幸せだったよ』


……愛?


『ほら、お弟子さんの所に帰りな!

寂しがってるよ』


……俺のせいでお前は…


『私は、幸人のせいで死んだなんて思ってないよ。


幸人が傍にいて、ずっと私の手を握っててくれたから、凄く安心できた。




大好きだよ!幸人!』


満面な笑みを浮かべた愛は、幸人の体を押した。


『大丈夫。姿が見えなくても、私はちゃんと幸人の傍にずっといるよ』


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氷華の封印

目をゆっくりと開ける幸人……


目の前には秋羅が、心配そう表情で顔を覗かせていた。


「……秋…羅」

「幸人!」


秋羅の手を借りながら、幸人は起き上がった。傍に座っていた保奈美は、ホッとしたように胸をなで下ろした。


「全く、師匠が弟子に心配掛けてどうするのよ」

「ほっとけ……

秋羅、心配掛けたな」


涙ぐむ秋羅の頭に、幸人は手を置きながら言った。


「そういや、翠は?」

「あなたより先に起きて、今邦立さんとお話してるわよ」

「……あれ?

美麗は?」

「彼女なら、あそこよ」


保奈美が指差す方に、美麗は愁の脚に頭を置き寝息を立てて眠っていた。


「翠とあなたを眠らせた原因を、あの子が全部取り払ったのよ」

「そうか……

寝込んで何日経つ?」

「まだ数時間よ。

でも、体のことを考えると今日1日はゆっくり寝なさい」

「……」

「あぁそうだ、俺氷柱さん達に幸人達が目が覚めたこと伝えてきます」

「お願いするわ」


袖で涙を拭った秋羅は、部屋を出ていった。起き上がっていた幸人は、再び横になり腕でで目を覆った。


「長い夢を見ていた……」

「……」

「最悪なことに、あの事故の時の夢だ。


事故の前と事故が起きた時の光景が、いつも毎晩見る夢の中で、広がってた」

「そう……


ずっと、罪意識でもあったの?愛に対して」

「……あったさ。


隣にいたくせして、体が変化していくアイツの手をただ握り締めて、ずっと呼び掛けることしか出来なかった。


次に意識を取り戻した時には、愛は消えていた……

夕陽と同じ色の髪の毛も、桃の花と同じ目の色も……何もかも、消えていた」

「……」


「あ!幸人、起きてる!」


起き上がった美麗は、幸人の元は駆け寄り彼に飛び付いた。飛び付いてきた彼女の頬を、幸人は撫でながら笑みを溢した。


「体の方は良いのか?」

「全然平気だよ!

幸人はもう平気なの?体」

「あぁ、テメェ等のおかげでな」

「……幸人」

「?」

「愛って子が言ってたよ」

「え?」

「『大好きだよ!』って」


一筋の涙が、不意に幸人の頬を伝った……笑いながら、幸人は顔を手で覆った。


「幸人?どうかしたの?」


美麗の質問に、幸人は答えられなかった……傍にいた愁は彼女を抱き上げると、保奈美と共に部屋を出ていった。

1人になった幸人は、目から流れ出る涙を拭きながらしばらくの間、涙が止まるのを待ち続けた。


翌朝……

 

 

「よっしゃー!復活!」

 

 

小降りの雪の中、クロスボウガンを片手に翠は仁王立ちした。

 

 

「病み上がりのくせに、元気ですこと」

 

「とっとと氷象、封印して温泉入るよ!」

 

「何だ?温泉あるのか?」

 

「駅近くにあるらしいわよ。

 

名所の温泉が」

 

『今、村付近の森に吹雪を起こしているから、村人が森に入ってくることは無い。

 

今の内に、封印して貰う』

 

「分かった」

 

「あれ?

 

そういえば、秋羅君達は?」

 

「奴等には封印の準備をして貰っている。

 

 

けど今回、封印を行うのは美麗だがな」

 

「とりあえず、あの赤い吹雪に気を付けないと!」

 

「病み上がりでもテンション高ぇな、アイツ」

 

「温泉が楽しみなんでしょ?」

 

 

 

封印の陣を作り終える美麗……一息する彼女の元へ、秋羅は駆け寄った。

 

 

「これで陣は完成か?」

 

「うん。

 

あとはあの氷象が来れば」

 

 

“ドーン”

 

 

突然振ってきた氷の礫……雪飛沫が上がる中、美麗は小太刀を抜き礫が飛んできた方を見た。そこには、鼻から再び氷の礫を放つ、氷象の姿があった。

 

 

「氷象、見っけ!」

 

 

放ってきた氷の礫を跳び避けた美麗は、いつの間にか作っていた炎の槍を、氷象目掛けて投げ飛ばした。飛ばされた槍に、氷象は難なく鼻から氷の息を吐き槍を凍らせた。

 

 

「ありゃ!?火が効かない!!」

 

「一晩休んだから、少しパワーアップしたのかもしれないですね」

 

「なら、こっちもパワーアップ!」

 

 

そう言って、美麗はブレスレットを外した。溢れ出る妖気を身に纏いながら、彼女は特大の炎を作り出すと、それを思いっ切り投げ飛ばした。

 

投げ飛ばされた炎は、氷象の背後の雪の上に落ち雪飛沫を起こした。飛んできた火玉に氷象が気を取られている隙に、美麗はそこから勢い良くジャンプし空中で、大量の氷槍を作り出した。

 

 

「氷術…氷姿雪魄!!」

 

 

振り下ろす手と共に、宙に浮かぶ氷槍は一斉に氷象目掛けて雨のように降り注いだ。

 

 

「美麗の奴、凄え……」

 

「アイツ、何かいつもと違うような気が……」

 

「そんなの気にしない気にしない!

 

遅れ取らないでね!」

 

 

クロスボウガンを氷象に向けた翠は、矢を放つと手から木の葉と花弁を出すと、目眩ましにそれを放った。

 

 

氷槍と矢に当たった氷象は、咆哮を上げながら攻撃を避けようと巨大な体を動かした。

 

 

「怯みだした!」

 

「後方に回って、陣へ誘導しろ!」

 

 

全員が、氷象の背後へ回り攻撃をし陣へと誘導した。

 

 

陣近くに降り立つ美麗……その時、背後に何かが現れ彼女は素早く振り返った。

 

 

白掛かった青い長髪に雪の結晶の髪飾りを着け、白と水色の着物姿をした女性が、そこに立っていた。

 

 

「……誰?」

 

『アンタの体、少し借りるよ』

 

「え?」

 

『大丈夫だ。

 

アタシは、あの氷象を封印したいんだ。その為に、体を貸しておくれ』

 

 

美麗に目線を合わせる様にして、女性は座り彼女の手を握り頬を撫でた。

 

 

「……氷華?」

 

『あら嬉しい。

 

アタシの名前を知ってるなんて』

 

「じゃあ、パパのお祖母ちゃんだから……」

 

『アンタの曾祖母ちゃんだよ』

 

 

パァっと明るくなった美麗は女性…氷華に飛び付いた。氷華は飛び付いた彼女の頭を撫でると、体に憑依した。

 

 

赤い目から黄色の目へと変わった美麗は、振り返り近付いてくる氷象を見つめた。

 

 

「『やれやれ、また大暴れとは良い度胸じゃないか?』」

 

 

氷象が完全に陣の中へと入った瞬間、美麗……氷華は雪の結晶を手に作り出すと、それを陣に重なるようにして空に広げた。

 

 

「いつの間に、あんな技を?」

 

「さ、さぁ……」

 

 

その時、雪の結晶から氷の礫が雨のように地面へ落ち氷象の足下に落下した。落下した氷から鎖が伸び氷象の開きや体に巻き付き、動きを封じた。

 

 

「『氷術極氷棺!!』」

 

 

足から凍っていく氷象は、咆哮を上げると目の前にいる氷華を見た。

 

 

「『もう眠りな。人を消すなんて、出来ないよ。

 

その行いは、大将……藤閒の役目だから。

 

 

 

 

氷術究極奥義!!

 

 

永久凍土!!』」

 

 

凍らせた氷象の回りを更に凍らせた。そして辺り一面に、人が入れないよう氷山を作り上げた。

 

 

 

 

吹雪が止み、雪が深々と辺りに降った。

 

 

『姉上!!』

 

 

血相を掻いて、氷柱はそこへ駆け付けた。雪の上へ降りてきた氷華は、美麗から離れると彼女と手を繋ぎ駆け寄ってくる氷柱を見た。

 

 

『氷柱か。立派になったな』

 

『姉上……

 

 

子孫がいたからですか?』

 

『そうだな。

 

彼女の体を借りられたから、封印が出来た』

 

「……あ!

 

幸人!」

 

 

いち早く駆け付けてきた幸人の元へ、美麗は駆け寄り抱き着いた。自身に怪我がないのを確認する幸人に、彼女は氷華達を指差しながら手を引っ張り、傍へ歩み寄った。

 

 

「ほら幸人!見てみて!

 

美麗の曾祖母ちゃん!」

 

「曾祖母さんって事は……

 

藤閒の」

 

『氷華だ。

 

アンタ達かい?美麗と一緒に居るのは』

 

「まぁな」

 

『良い人そうでよかったよ。

 

アンタ達からは、嫌な人間の気配がしないから』

 

「……」

 

 

その時、氷華の体が雪の結晶となっていき消えようとしていた。

 

 

『おや、時間のようだね』

 

『姉上、妾達はこれからもこの地を守っていく。

 

だから』

 

『大丈夫。アンタはしっかりしてるから、アタシがいなくてもやっていけるよ。

 

 

まぁ、姉として心配だから時々様子を見に来るよ』

 

『はい!』

 

「曾祖母ちゃん、もう逝っちゃうの?」

 

『時間だからね。

 

美麗、もう一度顔を見せてくれ』

 

 

そう言いながら、氷華は膝を付き美麗の頬を撫でた。するとそこへ、愁が遅れて駆け付けた。彼の姿を見た氷華は、目を見開いて驚いた表情をしていたが、すぐに笑みを浮かべると彼の元へ歩み寄った。

 

 

『アンタが、美麗の桜の守かい?』

 

『うん……』

 

(美麗の?)

 

『可愛い曾孫のこと、頼んだよ』

 

 

愁の肩に手を置き、笑顔を見せた氷華はそのまま雪の結晶と共に消え、空へと上がっていった。




氷華を見送って数分後、空からエルが舞い降り美麗の元へ駆け寄ると、嘴を寄せ甘え声を出しながら体を擦り寄せた。
エルの後から、秋羅達が駆け寄ってきた。


「さてと……


翠、どうする?一旦村に帰るか?」

「村通過して、駅近くに行こう!そんで、温泉入ろう!」

「そういえばそうだったな」

「温泉?!行きたい!」

「それじゃあ、村に行って報告しましょうか。

雪女はもう、吹雪は起こさないって」

『氷雪花を採り過ぎない限りな。

氷雨、皆を麓まで送れ』

『はい』

「世話になったな」

『こちらこそ。

美麗、またいつでも遊びにお出で』

「うん!」


嬉しそうに返事をする美麗を、氷柱は愛おしく頭を撫でた。


そんな彼女達を、保奈美な不思議そうに見つめていた。傍にいた幸人は、小声で彼女に話し掛けた。


「どうかしたのか?」

「……私の目がおかしいのかしら。


何だか、美麗がとても幼く見えるの」


保奈美に言われた幸人は、美麗の方に目を向けた。着ているコートが少し大きいのか、先程まで袖から出ていた手が、袖の中に隠れており紅蓮達を撫でる度に、袖を捲り撫でていた。


「言われてみれば、そうだな……」

「薬の副作用ッスかね?」


隣で顎を持ちながら考える仕草をする翔は、彼女を見ながら言った。


「最近の研究で、分かったことがあるんですよ。


妖力を使い過ぎた人型の妖怪は、一時的に幼児化するって」

「ほぉー。

つまりテメェが飲ませた薬の影響で、本来使うはずの無い妖力を大量に使ったから、背が縮んだと」

「まぁ、結論からするとそーッスね……って、俺のせいじゃないッス!

あの薬は所長が!」

「責任逃れをするんじゃねぇ」


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幼き記憶

“カコン”


日が傾き、段々と暗くなる空を覆い隠すように舞い上がる湯煙……





「あ~~~極楽~」

 

 

露天風呂に浸かる翠は、体を伸ばしながら言った。その隣に、体にタオルを巻いた保奈美は浸かり、一息吐いた。

 

 

「やっと一段落ついたわね」

 

「そうですね~(保奈美先輩、いつ見ても綺麗だなぁ)」

 

「私の体に、何か付いてる?」

 

「な、何も!」

 

 

「プハー!」

「プハー!」

 

 

浸かる2人の前から、潜っていた美麗と奈々は息を吸いながら出て来た。

 

 

「何やってんの?アンタ達」

 

「どっちが潜って長く耐えられるか、競争してたの!」

 

「そう言うのは危ないから止しなさい」

 

「平気だよ!今は、ママ達がいるんだから」

 

「奈々、もう一回!」

 

「こら!

 

大人しく浸かってなさい」

 

「ハーイ……」

「ハーイ……」

 

「師弟というより、親子みたいですね」

 

 

談話する保奈美達を見ながら、美麗は桶に入っているアゲハに少しずつ温泉をかけた。アゲハ気持ち良さそうに、触覚を動かし羽をバタつかせた。

 

 

「気持ちい?」

 

『キー!』

 

「あら?アゲハを入ってるの?」

 

「うん!」

 

「今日はお客さん、私達だけみたいなんで特別にと」

 

「そう」

 

 

再び湯に浸かる保奈美……熱くなったのか、翠は並べられている岩に座り、足を浸けながら夕陽を眺めた。

 

 

「……先輩、私の記憶見ました?」

 

「どうして?」

 

「目が覚めた時、邦立から聞いたんです。

 

夢祓いを使ったと」

 

「……」

 

「いや、いいんです!見たら見たで!

 

話さない、私がいけない」

「ヴェルディアナ・ヴィスコンティ」

 

「!!」

 

「夢祓いで、あなたの過去を見たわ。

 

 

でもいいじゃない。過去なんて……今のあなたは、『翠』として生きているわ」

 

「先輩……」

 

「あそこ(アスル・ロサ)にいた子達は、皆何かしらの暗い過去を持っているわ。特に、私達のグループは。

 

 

だから、今更過去を話しても何も変わらないわ。昔も今も」

 

「……」

 

 

水が流れる音が、静けさが増す外に響いた。

 

縁に腕を置き眠そうにあくびした美麗は、幼き頃の記憶を思い出していた。

 

 

森の奥深くにある、温泉……幼い美麗は、晃と天狐、地狐、空孤、2匹の大黒狼と一緒に浸かっていた。

 

 

 

思い出に浸っている美麗を、保奈美は横目で見た。

 

 

「!?」

 

 

自身と同じ背丈の彼女が、湯に浸かっていた。白い肌にスレンダーな身体、下ろされた長い白髪は半分が湯に浸かっており、もう半分は湯の外から出ていた。髪の間から見える青い目は、どこか思い詰めているように一点を見つめていた。その隙間から見える顔立ちは、少し大人びていた。

 

 

目を疑った保奈美は、瞬きをし目を擦りもう一度美麗の方を見ると、彼女はいつもの姿に戻っていた。

 

 

(今のって……)

 

「ママ、どうかしたの?」

 

「な、何でも無いわ」

 

 

 

その頃、男湯では……

 

頭を洗った愁は、お湯を頭から掛け水気を切るようにして頭を振った。

 

 

縁に腕を置き豪快に浸かる幸人を、翔は鼻まで潜りながらジーッと見ていた。

 

 

「何見てんだよ。珍しくねぇだろう?

 

施設にいた頃、ずっと一緒に入ってんだから」

 

「いや~改めて見ると、逞しい体だなぁって」

 

「変態か?」

 

「違ぇよ!!

 

 

まぁ、施設の頃より更に鍛え上げてはいますね!

 

何せ、元討伐隊の軍曹なんスから」

 

「へー、幸人って軍曹まで上がってたのか」

 

「まぁな」

 

「そういや先輩、俺聞いてないんですよね……

 

先輩が討伐隊員を辞めた本当の理由」

 

「聞く必要は無い」

 

「教えてくれたっていいじゃないッスか!!

 

皆知りたがってましたよ!特に、先輩の下に就いていた隊員達は!」

 

「いいんだよ、知らなくて」

 

「先輩、隠蔽はよくないです!」

 

 

幸人達が賑やかに話している中、愁達はいつの間にか温泉に入ってきていたエルと紅蓮を洗っていた。

 

気持ち良さそうに、エルは鳴き声を上げると洗う秋羅の頬を舐めた。

 

 

「気持ちいいか?エル。

 

 

それにしても、入れていいのか?動物を」

 

「お客さんは、俺等だけみたいなんでお湯に浸からせなければ問題無いと」

 

「へー」

 

 

洗い終えたエルの体を、秋羅達はお湯で流した。水気を払おうと、エルは体を激しく振った。エルに続いて紅蓮も体を激しく振った。

 

 

顔に付いた水を手で拭きながら、愁達は温泉に体を浸からせた。浸かった愁は、縁に凭り掛かるようにして腕を置き浸かり、彼の傍に紅蓮とエルは座り伏せた。

 

 

「グリフォンにしては、凄い人に懐くな」

 

「お前の知ってるグリフォンとは、やっぱり違うのか?」

 

「辞典に書かれていた説明文には、『自分が許した者以外、決して懐くことも己に触ることも許さない』と。

 

 

だから、初めてエルに会った時珍しいなぁって」

 

「こいつの場合、多分美麗が良ければ自分も良いって思ってんだろうよ。でなきゃ、俺等を乗せることはねぇよ」

 

「そうだよな」

 

 

愁に撫でられるエルは気持ち良さそうな表情を浮かべ、嘴で撫でる彼の頬を軽く突っ突いた。

 

 

 

数時間後……

 

 

宿のロビーで、ソファーに横になる翔。彼の目の上には、タオルが置かれ唸り声を上げていた。

 

 

「全く、サウナで男気対決とか……何やってんだか」

 

「何か、空気がそうなったんで」

 

「そんで、長くサウナ室にいたのが翔と……

 

本当、昔から負けず嫌いだね」

 

「ほ、ほっとけ~」

 

 

向のソファーでは、奈々と美麗は買って貰った牛乳を飲みながら、伸びる翔を眺めていた。

 

牛乳を飲み干した美麗は、眠そうに大あくびをし目を擦った。

 

 

「美麗、眠い?」

 

「ううん……」

 

(絶対眠いじゃん)

 

 

すると、秋羅の隣に立っていた愁が眠そうにしている美麗の様子に気づいたのか、彼は彼女の元へ歩み寄った。

 

 

「愁さん、美麗なんか眠そうです……?」

 

 

目を擦る美麗を、愁は抱き上げ自身の膝に乗せると、奈々の隣に座った。彼女は大きくあくびをすると、愁の腕の中で寝息を立て眠ってしまった。

 

 

(何か、美麗が凄い幼く見える……)

 

「あれ?美麗の奴、眠っちまったのか?」

 

「さっき眠っちゃいました」

 

「そりゃそうだろうな。

 

変な薬飲まされてそれで妖力全快の一歩手前まで解放されて、先生達の幻術解いて、そんで最後は氷象の封印ですからね」

 

「普通に疲れるな」

 

「先に部屋戻って寝てろ。

 

秋羅、頼む」

 

「分かった。

 

愁、行くぞ」

 

 

眠った美麗を持ち上げ、愁は先に行く秋羅の後をついて行った。

 

 

「この馬鹿ほっといて、俺等ももう休もう」

 

「そうね」

 

「酷くねぇッスか?!俺の扱い!!」

 

「邦立、部屋戻るよー」

 

「了解でーす」

 

「翠!!少しは同期の心配もしろ!」




『人を信じなければ、アイツは死なずに済んだ』


『俺はとうとう、闇に手を染めた……


もう愛するアイツの傍にはいられない。



悲しい……淋しい……かなしい。

 

許さない……許さない』




「……」


目を覚ます美麗……床に敷かれた布団を見ると、向の床には秋羅と幸人が眠っており、自分の隣には愁が眠っていた。


「……愁」


小さい声で彼の名を呼ぶと、愁はすぐに目を開け起きた。


「そっちで寝ていい?」

『うん……』


捲った愁の布団の中に、美麗は潜り込んだ。愁は布団を掛けると、彼女の頭を撫でた。


「……愁はさ、寝てる時に変な声が聞こえてくること無い?」

『声?

どうして?』

「翔に変な薬飲まされてから、何か声聞こえるの。

聞き覚えの無い声でね……」


眠い目を擦りながら、美麗は自身の頭を撫でる愁の手を握り指を弄った。


『……俺も、時々夢を見る。

毎晩同じ夢を』

「夢?どんなの?」

『黒い人を前に、俺がそこに立っていて……その人に向かって何か叫んでんだ。でも、何を叫んでいるか分からない。


黒い人は、振り返ろうとするけどすぐに前に向き直って、そのまま……』

「……そのまま歩いて行っちゃうの?」

『うん……手を伸ばしても』

「届かない?」

『……うん』

「愁に会う前、ずっと夢見てた。

晃がずっと遠くにいて、寄ろうとして走るんだけど……

全然追い付かなくて……」


弄るのを辞めた美麗の目に、いつの間にか涙が溜まっていた。


『美麗?大丈夫?』

「ひか……晃……


晃……」


泣きながら、美麗は愁の胸に顔を埋めた。愁は泣く彼女を優しく抱き締め、泣き止むのをただジッと待った。


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傍にいる者

雪女達の元から帰ってきて数日後……


「酷え熱だな」


体温計を見ながら、幸人は美麗の額に手を置いた。高熱のせいか、顔を赤くした彼女は自身の額に置かれた幸人の手を甘えるようにして握った。


「翔さんが飲ました、あの薬の副作用か何か?」

「可能性は有る。

秋羅、すぐに水輝を呼べ」

「分かった」


すぐに幸人達の家へ着いた水輝は暗輝と共に、美麗の部屋に入った。水輝はすぐに自宅で用意した解熱剤を飲ませようとするが、美麗は頑なに口を閉ざし拒否した。

 

 

「マジか……」

 

「水輝が用意した薬を飲まねぇなんて……」

 

「翔の奴、何飲ませたんだよ……」

 

「仕様が無い。水輝、ちょっと来い」

 

「ん?何で?」

 

「いいから」

 

 

自身の手を握る美麗の手を離させ、幸人は水輝と共に部屋を出た。彼等の後を追おうと起き上がった美麗だが、ふらつき倒れ掛けた。暗輝は慌てて手を差し出し、彼女を支え寝かした。

 

 

「すぐ戻ってくるから、大人しくしてろ」

 

 

俯せに寝た美麗に、アゲハは心配そうに鳴き声を発しながら、彼女の元へやって来た。

 

 

『キー?』

 

「お前はこっち」

 

 

触覚で美麗の頬を撫でるアゲハを、秋羅は持ち上げ部屋から出した。

 

 

「アゲハ……ドコ?」

 

「風邪引いてるから、一時避難だ。

 

治ったらすぐに戻ってこれるよ」

 

「……」

 

 

しばらくして、幸人と水輝が戻ってきた。美麗を自身に凭り掛からせ起こした幸人は、器に盛られた摺り林檎をスプーンで掬い、彼女の口に近付けさせた。

一瞬だけ見る美麗だが、すぐにそっぽを向いた。

 

 

「え?!幸人の摺った林檎だよ!?」

 

「美麗、一口だけでもいいから食え」

 

 

暗輝の言葉に、美麗は激しく首を左右に振った。

 

 

「完全に警戒心持っちまってるな……」

 

「翔の奴、本当に何の薬飲ませたんだ?」

 

「グチグチ言うな。

 

暗輝、俺抑えてるから食わせろ」

 

「え?」

 

 

自身の腕にしがみつく美麗を持ち上げ、幸人は膝に乗せた。ボーッとしている彼女の口を無理矢理開けさせ、その隙に暗輝は摺った林檎を入れようとした

 

 

「美麗、食べ…!!

 

痛っ!!」

 

 

幸人の腕を噛み付き、美麗は彼から離れるとその場で大泣きした。

 

 

 

「今回の美麗、最悪な状態だな……」

 

「翔が飲ませた薬が、よっぽど酷い物だったって事かな」

 

 

『美麗、大丈夫?』

 

 

アゲハを抱えた愁は、心配そうに部屋を覗き込んだ。

 

 

「大丈夫大丈夫。

 

高熱でちょっと、機嫌悪いだけだから」

 

「ちょっとって程じゃねぇけどな」

 

「薬は後だ。

 

先に寝かせるぞ」

 

 

泣き喚く美麗に幸人は歩み寄った。次の瞬間、彼の頬に氷の刺が擦り壁に突き刺さった。

 

 

「ゆ、幸人?!」

 

「痛……平気だ、掠り傷だ」

 

 

咳き込んだ美麗は、流れる涙を拭きながらベッドに横になった。鼻を啜り、傍にあった猫の抱き枕を抱き締め丸まり顔を埋めた。

 

 

「機嫌が直るまで、しばらくほっとくか」

 

「だな」

 

「私、ここにのこ」

「1人にさせろ」

 

「はい……」

 

 

部屋を出ていく幸人達を見ながら、愁は美麗を見つめた。

 

 

「おい愁、行くぞ」

 

『……俺、美麗の傍にいる。

 

アゲハ、頼む』

 

「あ、おい!」

『キー!』

 

 

部屋の戸を閉め、愁は机に置かれたランプに明かりを灯した。

 

 

しばらく泣き続ける美麗だが、次第に鼻を啜りながらフラフラと起き上がった。

 

起き上がった彼女の元に、愁は歩み寄った。近付いた途端、愁の頬に氷の刺が掠った。傷口から出る血を拭い、彼は美麗の隣に座り自身の脚に頭を乗せるようにして横にならせた。

 

横になった美麗は、鼻を啜りながら涙を拭き自身の頭を撫でる愁の手を握った。落ち着きを取り戻した彼女は、彼の手を弄っていく内に、眠くなったのかあくびをすると目を閉じ眠りに付いた。

 

 

その様子を、ドアの隙間から秋羅達は覗き見ていた。

 

 

「寝入っちゃった……あんなに泣き喚いていたのに」

 

「やっぱ、晃さんと同じ桜の守だから安心するんですかね」

 

 

 

 

夕方……

 

 

不機嫌かつ眠そうな表情をした大地と傷だらけの翔が、書類を持ってやって来た。

 

 

「……えっと……」

 

「幸君いる?それと水輝達」

 

「い、いますけど……」

 

「オー、来たか」

 

「来たかじゃないわよ!

 

突然連絡して、ぬらちゃんに飲ませた薬のデータ持って来いだなんて……人使いが荒いわよ!!」

 

「その様子だと、陽介の奴かなりやりまくったな?」

 

「やられまくったわよ」

 

「おかげで徹夜明けだったのに、更なる重労働ですよ」

 

 

ベッドで横になる美麗を、水輝は診ていた。診られている間、診察する水輝を美麗は愁に抱かれながら警戒していた。

 

 

「熱以外は、大丈夫そうだね。

 

あとで冷たいタオルで、首と脇の下を冷やしてあげてね、愁」

 

『うん』

 

 

「水輝~いる~?」

 

 

酷い顔をした大地が部屋を覗きながら、水輝を呼んだ。彼の姿に、美麗は愁の後ろに隠れると毛布に包まった。

 

 

「何でアンタ等2人がいるの?」

 

「俺が呼んだ」

 

 

入ろうとする大地を引き留めながら、幸人は水輝に言った。水輝は器材を片付けると、すぐに部屋を出て行き廊下で話した。

 

 

「例の薬の成分、分かった?」

 

「この成分表を見て、判断して。

 

正直、所長がこんな事するなんて思ってもみなかったわよ」

 

 

大地から受け取った成分表を、水輝は捲り読みながら下へと下りリビングに置かれているソファーに腰掛けた。

 

 

 

下へ降りていった彼等を見届けた愁は、ウトウトする美麗の元へ戻り彼女を寝かし付けた。

 

 

 

「興奮剤?」

 

 

書類を何度も見直しながら、水輝は向に座る幸人達に話した。

 

 

「人間で言うとね。

 

この薬の成分は、死んだ父さんの研究資料と100年以上前の研究資料を合わせて、作られた物だと思うよ」

 

「何でそこまで分かるんすか?

 

ただの医者なのに」

 

「医者である前に、俺等は元研究員だ。

 

この辺りの薬を知ってて当然だ」

 

「父さんの研究室に入っては、よく資料を暗輝と読み漁っていたからね。

 

まぁ、これで何の薬を与えればいいかは分かった。

 

けど」

 

「問題は、それを飲むかどうかだ」

 

「あら?ぬらちゃん、水輝達の薬は素直に飲んでたじゃない」

 

「どっかの馬鹿研究員のせいで、水輝達の薬も受け付かなくなったんだよ」

 

「幸人特製の摺り林檎に混ぜて飲ませようとしたけど、噛み付いて攻撃して失敗に終わった」

 

「だから包帯してたのね」

 

 

秋羅から貰ったコーヒーを飲みながら、大地は幸人の腕を見た。

 

 

「一番手っ取り早いのは、寝てる最中に注射で薬を注入する事なんスけどね」

 

「だったら、今してこいよ」

 

「え?いいんすか?」

 

「別にいいわよ。出来ればの話だけどね」

 

「それじゃあ、お言葉通り解熱剤注射してきます」

 

「僕チンも付き合うわ」

 

 

コーヒーのマグカップを置き、大地は翔と共に器材を持ち美麗の部屋へ向かった。2階へと上がる彼等を、幸人達はお茶を啜りながら眺めた。

 

 

 

“ドン”

 

「グヘ!」

 

 

激しく壁に強く当たる翔……その直後、大泣きをする美麗の声が部屋から響いた。

 

 

「やっぱりな……」

 

「ほっとけばいいのに」




夜……


苦しそうに息をする美麗。秋羅が彼女の熱を測り見ると、昼間より高熱になっていた。


「夜になったから、熱が上がったな」

「薬飲んでくれれば、いいんだけど……」


秋羅達が部屋を出ていくのと入れ違いに、ベッドに座った愁は美麗の頭を撫でた。トレイに置かれ摺った林檎が盛られた器を持ち、スプーンで一口掬うと、それを美麗の口に近付けた。だが、美麗はすぐに顔を背け口を閉ざした。


『……美麗、食べないと治らないよ?』

「いらない……」

『薬、入ってないよ?』

「……」


その言葉に、美麗はフラフラとしながら起き上がり愁の方を見た。彼は摺った林檎を一口食べて見せ、起き上がった彼女の方を見た。


「……苦くない?」

『苦くない。

ほら』


差し出されたスプーンに、美麗は一瞬身を引いた。愁とスプーンに盛られた林檎を交互に見ると、恐る恐る口に入れた。薬の苦みが無い事が分かった彼女は、愁からスプーンを受け取り林檎を食べた。

食べ終えた美麗は、眠そうにあくびをした。愁は眠い目を擦る彼女の頭を、枕に乗せ布団を掛けると頭を撫でた。撫でられる美麗は、重くなっていた瞼を閉じ眠りに付いた。


眠ったのを確認すると、愁はトレイを持ち部屋を出た。



「ハァ!?食った!?」


空になった器を見て、秋羅は驚き思わず声を上げた。


「俺等の苦労って一体……」

「どうやって食わせた?」

『先に俺が食った。

そしたら食べた』

「……幸人、俺今凄え翔を殴りたい」

「奇遇だな。

俺もだ」

「私は胸を切り裂きたい気分よ」

「あの、お三方……怖いですよ?」


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掛け替えのない存在

数日後……



ベッドで寝息を立てて眠る美麗の額を、秋羅は手で触れ自身の額にも触れた。


「熱は引いたみたいだな」


彼の言葉に傍で、彼女の手を握りながら座っていた愁は、安堵の息を吐いた。


「もう熱引いたんだから少しは寝ろよ、愁」

『もう少ししたら寝る』

「あんまり無理するなよ」

『うん』


愁の答えを聞いた水の入った桶を持って、秋羅は部屋を出た。

部屋に残った愁は、美麗の頭を撫でると傍に置かれていた猫の抱き枕を、彼女に抱かせ握っていた手をソッと離した。美麗は抱き枕を抱き締め、眠ったまま顔を埋めた。
床に敷かれている布団に入った愁は、美麗を気にしつつそのまま目を閉じ眠った。


「ミーちゃん、熱下がってた?」


リビングで薬を作っていた水輝は、二階から降りてきた秋羅に話しかけた。


「熱下がってましたよ。今眠ってますけど」

「良かったぁ!


この薬が効くかどうか心配だったけど、効いて良かったよ」

「あのバカ研究員のせいで、薬を拒む羽目になって大変だったわ」

「お前の腕、傷だらけになったもんな!幸人」

「ほっとけ」


フワフワとした物が、顔を撫でた……美麗は手でそれを振り払うが、何度退かしてもそれは当たり目を擦りながら彼女は起きた。

 

 

『キー?』

 

 

目の前にいたのは、触角で顔を撫でるアゲハだった。美麗が起きたのを確認すると、アゲハは前足を器用に上げ触角を整えた。

 

 

「……」

 

 

アゲハの頭を撫でながら、美麗は起き上がり部屋を見た。

 

暗い部屋……ベッドから降り、閉まっていたカーテンを美麗はソッと開けた。

 

 

外は暗く、月明かりが外を照らしていた。

 

 

 

美麗はアゲハを頭に乗せ、部屋を出た。

廊下は暗く、美麗は壁に手を付けながら歩いた。そして階段をゆっくりと降りた。

 

 

「……秋羅?

 

幸人?」

 

 

リビングには誰も居らず、美麗は咄嗟に各々の部屋にいると思い、部屋の戸を開けるが誰もいなかった。

 

 

「……秋羅、幸人。

 

 

愁?」

 

 

最後に愁の部屋の戸を開けるが、そこにも誰もいなかった。

不安になりながら、美麗は裏口の戸を開け外を見た。

 

 

季節は夏のはずなのに、真冬のような冷たい風が吹いた。外へ出た美麗は、小屋へと向かった……

 

 

ふと牧場の中心を見ると、そこに人が立っていた。

 

白髪の一つ三つ編みを揺らし、青い着流しに身を包んだ女性……

 

 

「……誰?」

 

『……あと少し』

 

「え?」

 

『あと少しで、お前は私の物』

 

 

振り返った女性の目は黒く染まっていた。あまりの恐怖に、美麗はその場に座り込んだ。

 

 

『キー!キー!』

 

 

アゲハの鳴き声に、美麗は耳を塞ぎ目を瞑った。慌てふためくアゲハの鳴き声が響く中、それは届いた。

 

 

 

『美麗』

 

 

聞き覚えのある声に、美麗はゆっくりと目を開けた。

 

心配そうに、自分の顔を覗く愁の姿……飛び起きた美麗は、すぐに彼に泣きながら抱き着いた。慰めるようにして、愁は美麗の頭を撫でた。

 

 

『……美麗、大丈夫』

 

「変な夢見た。

 

 

起きたら誰もいなくて……怖くて……

 

 

外に出たら……」

 

『分かったから、もう何も喋らなくて良いよ』

 

 

落ち着いてきた美麗を離した愁は、彼女を横に寝かせた。順番を待っていたかのように、枕元にいたアゲハは触角で彼女の頭を撫でた。撫でてきたアゲハの頭を、美麗は撫でてやった。

 

 

「……愁、どっかに行ったりしない?」

 

『しない。

 

美麗の傍にいる』

 

 

横になっている美麗の手を、愁は握った。彼の手を握りながら、美麗は瞼をゆっくりと閉じた。

 

しばらくして、寝息が立った……愁は美麗の手からゆっくりと自身の手を抜き、代わりに猫の抱き枕を抱かせた。

眠る彼女を前に、愁は妖怪辞典を読み漁っていた。1冊を読み終え、別の物を読もうとした時まだ読んでいない積まれた本の中に、しおりを挟んだ本が1冊あった。

 

 

その本を手に取った愁は、しおりが挟まれたページを開いた。

 

 

『……桜の守。

 

 

桜の木から生まれる特殊な妖怪。容姿は男女問わず美しく、特徴的なのが漆黒の長髪。そして、紅色の瞳をしている。その他は普通の人間と変わりない』

 

 

説明文の隣には、長い黒髪をブラシで梳かす女性の絵が描かれていた。その絵と見比べるかのようにして、愁は部屋に置かれていた姿見で、自身の容姿を見た。

 

 

『……俺と同じ。

 

 

桜の守に己を守る力は無い。だがそれと引き換えに闇を消す力を持っている。

 

闇を持つぬらりひょんにとって、彼等は掛け替えのない存在である……

 

 

 

闇……』

 

 

思い出すメアの森での出来事……自身の手から放たれた神々しく光った矢。その矢は闇に染まった鬼を浄化し、あの世へと送れた。

 

 

『……?』

 

 

小さな声に、愁は後ろを振り返った。目を擦りながら、美麗は起き上がろうと体を動かした。それを阻止するようにして、愁は左手で彼女の頭を撫で頬を撫でながら彼女を横にならせた。

 

 

『怖い夢、見た?』

 

「ううん……

 

何か、急に心細くなっただけ」

 

『そうか……』

 

「ねぇ、秋羅達は?」

 

『仕事でちょっと出てる。

 

すぐ帰るって言ってたから』

 

「……その本、読んだの?」

 

 

膝の上に広げた本を見ながら、美麗は愁に質問した。彼女の質問に、彼は頷いた。

 

 

「その本、この家に着た時に幸人が買ってくれたんだ。

 

それ、桜の守が書かれているでしょ」

 

『うん』

 

「晃の本は、北西の森で読んだんだけど……その本だけ、読んだことがなかったんだ」

 

『傍にいたのに?』

 

「うん……

 

晃がそれを書いてるところは見たんだけど、売ったのは全然知らなかったんだ……」

 

『……しおり挟んだのは、晃のページだから?』

 

「……掛け替えのない存在って書いてあるけど……

 

 

嘘だよ……

 

 

だって、晃はもうこの世にはいないもん……」

 

『……』

 

「ねぇ、愁は知ってる?

 

 

そこに書かれてる、闇について」

 

『分からない……』

 

 

半べそをかく美麗を慰めるようにして、愁は彼女の頬を撫でた。

 

気持ち良さそうにする彼女を、愁はどこか愛おしそうに眺めた。寄ってきたアゲハに微笑みかけながら、彼はずっと頬を撫で続けた。

 

 

 

 

「フィー、やっと仕事終わったー」

 

 

夜遅く、仕事から帰ってきた秋羅と幸人は豪快にソファーに座った。

 

 

「久し振りの近辺とはいえ、やっぱり仕事は疲れる」

 

 

擦り寄ってきた瞬火の頭を撫でながら、幸人は首に絞めていたネクタイを緩めた。

 

 

「ちょっと美麗の様子見てくるわ」

 

「分かった」

 

 

立ち上がった秋羅は、階段を上り部屋の戸をソッと開けた。

中は、積み重ねられた妖怪辞典と開いたままの本、猫の抱き枕が床に転がっており2人の姿はどこにも無かった。

 

 

「どこ行ったんだ……あいつ等。

 

 

幸人!!」

 

 

ランタンを片手に、秋羅と幸人は裏口から牧場へ出た。辺りを照らしながら2人を探し、そして馬小屋の戸を開き中を見た。

 

照らしながら2人は、エルと紅蓮の寝床へ向かった。

 

 

「……いた」

 

 

眠る紅蓮の胴を枕代わりに、寝息を立てる美麗と愁……

 

秋羅達に気付いたエルは、顔を上げ小さく鳴き鳴いたエルを、幸人は撫でてやった。

 

 

「しばらく外出てなかったからな……

 

寂しくなったんだろうよ」

 

「ご丁寧に毛布まで持ってきてる……

 

 

持ち帰るか?」

 

「いや、良いだろう。

 

丁度夏場だし。風邪がぶり返す心配もないし」

 

「じゃあ、このままにしとくぞ。

 

エル、2人を頼むぞ」

 

 

頬を撫でながら頼んできた秋羅に、エルは返事をするかのようにして鳴き声を放った。




明け方……


眠っているエルは、何かの気配を感じたのか目を覚まし顔を上げた。


隙間から差し込む日の光に照らされ、そこに現れ出た。




晃が……美麗の傍に。


首を傾げ、エルは小さく鳴きながら晃の元へ寄り嘴を擦り寄せた。

寄せてきた嘴を、晃は撫でながら眠る美麗と愁を眺めた。


『……小さな妖は見えるのに、死んだ者は見られない……


僕はずっと、美麗の傍にいるのに……死んだ時から』


気持ち良さそうに眠る美麗の頭を、晃はソッと撫でた。エルは不思議そうに首を傾げながら、鳴いた。エルの疑問に答えるようにして、晃は2人の寝顔を見ながら話した。


『契約で、僕は特別なことをしない限り美麗の前には現れないんだ。

今は眠っているから、姿を君等に見せることは出来るけど……目覚めれば、消える。




聞いているんだろう?愁』


晃に背を向けて狸寝入りをしていた愁は、恐る恐る振り返り起き上がった。


『……ごめん。

盗み聞きする気は』

『分かってるよ。


愁』

『?』

『これからは、君が美麗の傍にいてあげてね。

僕はもう、彼女の傍にはいられない。やることがあるから』

『やること?』


その時、朝日が昇り小屋の隙間から日差しが差し込んだ。起きたのか、美麗は目を擦りながら大あくびをした。


『起きたみたいだね。


じゃあね。あとは任せたよ、愁』


桜の花弁と光の粒と共に、晃はそこから姿を消した。起きた美麗は寝惚けながら、辺りを見回した。


「……あれ?晃は?」

『晃?』

「さっき、晃の声が……


じゃあねって……愁」


不思議そうに自身の方に向いた美麗を、愁は自分の膝に乗せ抱き締めた。美麗は彼の顔を見上げながらも、胸に顔を埋め愁に抱き着いた。










(……俺は……










美麗の傍を……離れない)


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西領域

蝉の鳴き声が響く真夏日……


熱い日差しの中、すっかり体調が元通りになった美麗は愁と共に馬達の水浴びをしていた。


馬達と一緒に水浴びをしていたエルは、翼に着いた水気を吹き飛ばすようにして羽ばたかせた。びしょ濡れになった美麗は、顔に着いた水を腕で拭き彼女の傍にエルは擦り寄り甘えるようにして頬摺りした。

その光景を見た愁は、微笑を浮かべ水浴びをする馬達の体を洗ってあげた。




響き渡る蝉の鳴き声……馬達の水浴びを終えた愁は木陰で美麗に膝枕をしながら、本を読んでいた。牧場では、放し飼いにした馬達が走り回り、牛達は草を食べていた。


『……?』


不意に吹く風に、愁は読書を辞め空を見上げた。二羽の鳥が空を自由に飛び交う中、空から5匹の竜が牧場に向かって下降してきた。


『……

美麗、起きて』

「ん~~……な~に?」

『ネロ達…』

「え?」


寝惚けた表情をしながら、美麗は空を見上げた。牧場を駆け回っていた馬達は、愁達の元へ駆け寄り愁は怯える彼等を落ち着かせるかのようにして、体を撫でてやった。


「ネロ!プラダ!ゴルド!」


舞い降りたネロ達の元へ、美麗は嬉しそうに駆け寄りネロの頭に飛び付いた。ネロの傍にいたプラダ達は、彼女の元へ駆け寄り頬を舐めた。


「この辺りで竜を飛ばしてると、必ずこの子達がついてくるシステムなのかしら?」


離れた所に降りた竜から飛び降りた花琳は、そう言いながら牧場を見回した。


「あ、花琳」

「久し振りね、美麗。

幸人は在宅かしら?」

「いるけど……

今、陽介が来てるよ」

「あら好都合。

お邪魔するわよ」


家の中へと入って行く花琳達の後を、美麗達は追い駆けていった。

 

 

 

家の中へ入ると、リビングには面倒くさそうに頭を掻く幸人とやって来た花琳達に資料を渡す陽介がソファーに座っており、奥の台所では食器を洗う秋羅と彼を手伝う瞬火が立っていた。

 

 

美麗はふと花琳の肩から降りた白い小猿に興味を持ち、小猿は彼女に気付くと恐る恐る近寄り差し伸べてきた手のにおいを嗅ぐと、ヒョイと肩に飛び乗った。

 

 

「あら?この子が私達以外の人に懐くなんて」

 

「人と言っても、半妖だからな」

 

「そうだったわね」

 

「花琳、こいつ何?」

 

「猿の妖怪よ。体は小さいけど50年以上は生きているのよ」

 

「名前は?」

 

「ルイって名前よ」

 

「花琳、無駄話してないで話を戻すぞ」

 

「ハイハイ。

 

話し中、ルイの面倒をお願いして良いかしら?」

 

「うん!」

 

 

自身の肩を移動するルイと共に、美麗は愁と一緒に再び外へと出た。

 

 

「さてと、お邪魔虫は消えた……

 

 

陽介、花琳も来たことだからもう一度一から話せ」

 

「そのつもりだ。

 

 

事件の発端は、志那国から遙か西の地域。

 

 

かつて大昔、凶悪な妖怪・牛魔王に支配されていた。ある日、3匹の式神を連れた法師の手により牛魔王は倒され、西領域は平穏な日々を送れるようになった」

 

「ところが、その牛魔王の弟である如意真仙が、その牛魔王を復活させようとしているという情報だ……

 

噂では、かつて法師の式神であった3匹の妖怪を手下にしたという話だ」

 

「随分と、大変なことになっているようね……

 

 

それで、何で私達が呼ばれてこんなに詳しく話を聞かされているのかしら?」

 

「察しろ」

 

「花琳、貴様は志那国を中心に動いている祓い屋だ。

 

外国から依頼が来たんだ。祓い屋を2人雇いたいとな」

 

「フーン。

 

私は良いとして、何で幸人まで?」

 

「こいつは1度、志那国の西領域に行ったことがあるからだ」

 

「あら、そう」

「嘘!?」

 

「行ったって言っても、もう10年以上前の話だ」

 

「今回の任務には、俺と大地が同行する。

 

そこで貴様等に相談だが……」

 

「?」

 

「今回の任務は、志那国の西領域。

 

花琳は既に把握はしているかもしれないが、あの辺りは別名妖怪の巣窟と呼ばれている程、跋扈している。

 

 

そこへ、今回美麗を連れて行くかどうかだ」

 

「確かにそうだな。

 

一応、この日本妖怪の総大将の器だが」

 

「果たして、それが海外で通じるかどうか」

 

「英国に行った時はどうだったんだ?」

 

「あの時は、美麗の母親があそこの妖精王の孫だった事もあって、妖怪に襲われる前に妖精達が助けてくれたから」

 

「既に助っ人がいたと……」

 

「あなたも分かっているとは思うけど、志那国の時はあなた達の曾祖母がずっと一緒に居たから、襲われることはまず無かったわ」

 

「英国の時も、途中から婆がいたからな」

 

「……」

 

「お前はどうしたいんだ?陽介」

 

「討伐隊の隊員としては、是非連れて行きたい。貴重なデータが取れるかもしれないからな。

 

 

だが本音は、正直連れて行きたくない。そんな危険な領域に何でわざわざ餌を放り込まなきゃいけないんだ」

 

「テメェが真面な回答をしてくれて良かった」

 

「それじゃあ、今回は留守番させます?」

 

「幸人、宛はあるか?」

 

「水輝達に頼んでみる。

 

それで駄目なら……秋羅、今回残れ」

 

「平気なのか?それ」

 

「やむを得ない」

 

「わ、分かった」

 

「決まりだな。

 

では」

「ちょっと待ちなさい!!」

 

 

突然、陽介の肩を掴み息を切らしながら大地は話を阻止した。

 

 

「び、ビックリした……」

 

「お前、いたのかよ」

 

「正確には、さっき走ってきて勢い良く飛び込んできたって感じね」

 

「何故来た?

 

話は俺が進めるから、貴様は来なくて良いと」

「行くって言ったでしょうが!!

 

何話進めてるのよ!

 

 

第一、今回はぬらちゃんいないと話が進まないでしょうが!!」

 

「話が進まない?

 

何のことだ?」

 

「ヤバっ!」

 

「大地、あなた何か隠してる?」

 

「い、いや、そ、それは……」

 

「正直に吐け。

 

吐かなければ、今後一切テメェ等の研究に美麗は貸さない」

 

「そんな幸君!!」

 

「この俺にも話せない事か……

 

 

大地、選択肢を与える。今ここで正直に吐くか、この俺に脳天をぶち抜かれたいか……どっちがいい?」

 

 

懐から銃を取り出した陽介は、銃口を大地の額に当て睨み付けた。大地は冷や汗を掻きながら震え声で正直に幸人達に話した。

 

 

「つまり、あっちにいる貴様の研究員仲間が美麗の話を聞いて、ぜひ総大将の娘である彼女に会いたいと……」

 

「だけど、単独で連れ出すのは無理な上、この事を俺等に話せば確実に阻止される……」

 

「そんな時、そこ地域から依頼が入りこれは絶好のチャンスだと思った……

 

 

こんな感じかしら?大地」

 

「はい、そうです」

 

 

その時、草花を手に持った美麗が裏口から入り帰ってきた。彼女の姿を見た大地は一目散に飛び付こうとしたが、その瞬間後ろからついて入ってきた愁が美麗を持ち上げその行為を阻止した。突っ込んだ大地は顔面を壁にぶつけ、鼻から血を出しその場に伸びた。

 

 

「何やってんだが……あの馬鹿は」

 

「幸人、薬草採ってきた!」

 

「おう、サンキューな」

 

『どっか行くのか?』

 

「依頼でまた海外にな」

 

「ぬらぢゃん、一緒に行ぎまじょう」

 

 

顔面血だらけになった大地に、美麗は幸人に抱き着き怖がった。

 

 

「鼻血を止めろ!大地!」

 

「美麗が怖がってるわよ!!」

 

「大地さん、とりあえずティッシュ」




鼻にティッシュを詰めた大地は、大人しく席に座った。美麗は秋羅から林檎を貰い、それを幸人の隣の席に座り食べていた。


「落ち着いた?」

「落ち着きました……」

「海外ってどこ行くの?」

「志那国から遙か西の地域よ」

「天竺のこと?」

「……そ、そうね」

「美麗、よく知ってるな?」

「昔読んだ本に書いてあった。

志那国の西領域、天竺を中心とした所は妖怪の巣窟だって」

「流石本の虫」

「そこ行くの?」

「まぁね。

あなたはお留守番だけど」

「委員長!!」

「えぇ!何で!!」

「今回の所は危険過ぎる。

英国や志那国の時は、テメェの母親や婆が居たから安全だったが……今回はそうはいかない」

「嫌だ!行きたい!!」

「我が儘言うな。

今回は無理だ」

「嫌だ!!」

「美麗!!」

「っ……」


頬を膨らませながら、美麗はソファーの上で体育座りをし幸人から目を逸らした。

それを見て陽介は、軽く溜息を吐いた。その時、嫌な視線を感じ彼は目だけで隣を見た。キラキラと目を光らせた大地の目線が、ずっと自分に向けられていた。


「陽くーん」

「気色悪い声を出すな!」

「じゃあ」

「……ハァ。


幸人」

「?」

「美麗の同行を、こちらか許可する」

「……ハァ!?」
「ヤッター!」

「但し、条件だ。

美麗」

「?」


彼女の額に銃口を当てながら、陽介はドスの利いた声で言った。


「向こうに行ったら、決して幸人達の傍から離れたり隠れたりしないように。単独行動は無論禁止だ。

した場合、どうなるか分かっているよな?」

「……は、はい……」

「ちょっと、美麗怖がってるわよ」


銃口を外された美麗は、隣にいた幸人の腕にしがみついた。幸人は怖がる彼女を宥めるようにして、頭を撫でた。


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荒野の夜

空を飛ぶネロ達……


プラダに乗った美麗は、幸人と花琳が乗る竜の周りを飛び回っていた。


「また竜達に乗って旅とは……」

「気持ち良くていいじゃない」

「乗り慣れている貴様等からすればな」

「陽君、顔色悪いわよ?」

「少し黙れ」

「はい」

「地上に降りたら、酔い止め飲む?」

「飲ませて貰う」

「ところで陽君……


何で水輝までついてきてるの?今回の任務、メンバーは確か幸君達と陽君、花琳達と僕チンのはずじゃなかったかしら?」

「医学に長けた者が必要だと、上から命令が下ってな。それで水輝にしたまでだ。

知っている彼女の方が、素直に診察を受けてくれるだろう?美麗が」


エルに乗る水輝の周りを、プラダに乗った美麗は飛び回り遊んでいた。


「ぬらちゃんはいつになく、自由人ねぇ」


一通り飛び回ると、美麗はネロの元へ行きプラダから降りると愁の前に座った。振り返り自身に笑みを見せる彼女を愁は微笑みを浮かべながら、頭を撫でてやった。


夕方……

 

 

夕日に染まる荒野の岩場に、ネロ達は羽を休ませていた。

 

 

「一日中空の上は、流石にキツい……」

 

「ほれ陽介、水」

 

「情けないわね。

 

仮にも討伐隊の准将でしょう?」

 

「馬鹿野郎。

 

今は少将だ」

 

「あら?いつの間に上がったの?」

 

「今の討伐隊どうなってんだ?」

 

「ここ最近、やたらと妖怪共が凶暴化してな。

 

任務も増えたんだ。その実績の結果だ」

 

「凶暴化?」

 

「黒い霧を纏った妖怪だ……

 

感情が無く、殺戮マシーンのように次々と人を殺していく。人だけでなく、仲間である妖怪ですら」

 

「そんな狂暴な」

 

「俺等祓い屋には、まだ情報が来てねぇぞ」

 

「次の会議に提示する予定だ。

 

貴様等はもう、頭に入れておけ」

 

「強引な奴」

 

 

「あのー、お三方……

 

休憩中申し訳ないんだけど、そろそろ出発しない?」

 

 

気まずそうに、大地は幸人達に声を掛けた。彼の声に、アゲハと遊んでいた美麗は気になり、幸人達の元へ駆け寄った。

 

 

「もう今日は飛ばないわ」

 

「は?!」

 

「今夜はここで野宿。

 

 

一応結界は張っとくけど、どうする?

 

不安なら交代で見張りを付けるけど」

 

「イヤイヤ!!ちょっと待ちなさい!!」

 

「何よ?」

 

「妖怪の巣窟と呼ばれているこの地に、よく野宿しよう何て言えるわね!!」

 

「仕方ないじゃない。

 

これ以上、竜達を飛ばすのは無理よ。早朝からずっと飛ばしっぱなしなんだから」

 

「昼休憩は取ったがな」

 

「一番近い村と町は?」

 

「今日中には着かないわ。

 

明日の昼頃には、大きな町に着く予定よ」

 

「珍しいね。こんな荒野に村が1つもないなんて。

 

あってもおかしくないのに」

 

「全部妖怪に襲われて崩壊したの。

 

跡地ならあるけど……行く?」

 

「好んで食われるようなところに、行きたくはない」

 

「俺もだ」

 

「あんた方がよくても、僕チンは不安で堪らんの!!」

 

 

 

夜、皆が寝静まる中寝られない幸人は1人、空に浮かぶ満面な星空を眺めていた。

 

 

(何にもねぇから、星が綺麗に見える……)

 

「何だ?貴様も起きていたのか」

 

 

口に煙草を加えた陽介は、幸人の隣に立つと煙草に火を点けふかした。

 

 

「ちょっと寝られなくてな。

 

俺にも火貸してくれ」

 

「ほらよ。

 

 

しかし、荒野の夜はいつ見ても綺麗だな」

 

「全くだ。

 

今回で何度目だ?ここへ来たのは」

 

「5回目だ」

 

「流石少将。俺なんざ、1回で終わった」

 

「それは貴様が部隊を除隊したからだろうが」

 

「う……」

 

「ったく……

 

 

まだ恨んでいるのか?元帥と大将を」

 

「そりゃあね。

 

 

でなきゃ、除隊するわけねぇだろう」

 

「確かにな」

 

 

煙草をふかす幸人と陽介……

 

その時、微かな物音に2人は気付いた。すぐに煙草の火を消し懐から拳銃を取り出すと、音がした方を警戒しながらゆっくりと歩み寄った。

 

そこには、小石を弄るルイと眠そうにあくびをしながら、ルイと同じく小石を弄りそれを手に取ると軽く岩に投げる美麗がいた。

 

 

「何やってんだ?美麗」

 

「何か目が覚めた」

 

「何かって……

 

もう少し寝てろ。明日もまた早いんだから」

 

「ヤダ……もう少し起きてる」

 

 

目を擦りながら、美麗はルイの尻尾を掴み撫でた。軽く溜息を吐いた幸人は、彼女を抱き上げ背中を摩った。

 

 

「まるで赤ん坊だな」

 

「晃の記憶が戻ってから、ずっとこの調子だ」

 

「仕方ないことだ。

 

 

親が死んだ後は、寂しくなる」

 

「……陽介は寂しかったの?天花が死んだ後」

 

「……

 

 

あぁ……寂しかったな……

 

 

突然、胸にポッカリと穴が開いたようになって」

 

「それをいつも、何かで埋めようとしていた……」

 

「貴様が共に過ごしていた頃の曾祖母は、どんな人だった?」

 

「えっとね……

 

凄い優しくて、強くて……晃や私がいけないことすると、頭に一発殴って怒ってくれて」

 

(俺等の時と変わらねぇ……)

 

「天花と一緒にいた時ね、ママが居たらこんな感じなのかなって思った」

 

 

思い出す過去……自分を真ん中に、右に晃、左に天花がおり彼等と楽しく森の花畑を歩いていた。

 

美麗だけでなく、陽介と幸人も過去を思い出していた。

 

 

岩を背もたれにして地面に座った幸人達は、夜空を見上げた。空に輝く星々を見ながら、美麗は何かを思い出したかのようにして話した。

 

 

「小さい頃夜寝られなかった時ね、私と晃と天花の3人で夜の森で星見たんだ。今みたいに、空に満面に輝く星を、リルや天狐、地狐に空狐、ネロ達と一緒に」

 

「俺等も、ガキの頃よく婆と見てたな」

 

「本当?」

 

「あぁ……

 

俺達も、夜寝られなくてな。そんな時曾祖母が外に連れ出して今日みたいな、星空を一緒に眠くなるまで眺めたものだ」

 

「天花、よく言ってた……

 

星は……亡くなった人が……自分達の大切な人に『自分はいつもここから見てる』っていう合図で…輝いてるって……

 

 

ママも晃も……この……星の……」

 

 

喋っている途中で、美麗は幸人の膝を枕にして眠ってしまった。

 

 

「やれやれ、寝たか」

 

「婆が言った通りだな……

 

 

喋らせておくと勝手に寝るって」

 

「だな。

 

 

俺等もそろそろ寝るか」

 

「そうだな。明日も早いだろうし」

 

 

立ち上がった幸人は、美麗を抱き上げ寝床へと向かった。

 

 

彼等の足音に、寝ていたネロは目を覚まし唸り声を上げた。

 

 

「唸り声を上げるな。

 

お前の主、返しに来たんだ」

 

 

ネロの傍で添い寝していたエルの胴を枕に、幸人は美麗を寝かせた。エルは小さく鳴き声を発し、その鳴き声にネロは横になると眠りに付き、エルも美麗の頬を嘴で一撫ですると眠りに付いた。

 

 

「……そういや、紅蓮の奴どこ行った?」

 

「別の場所で寝てるんじゃないか?見張り台みたいに」

 

「そうしとくか……

 

 

俺等も寝ようぜ」

 

「あぁ、そうする」




明け方……


どこからか戻ってきた紅蓮……眠る美麗と愁に体を擦ると、ネロの元へ行き横になった。


『……随分とお疲れのようだな?』

『何だ?起きてたのか』

『まぁな』

『テメェの背中から地上を見た時、群れを何個か見掛けてな』

『それで殲滅か?』

『あぁ……

ほとんどの奴等が、美麗の妖力を狙いにここへ向かっていた』

『そうか……


私も参戦できれば良いのだが……』

『テメェは大人しく寝ておけ。

この地にいる間は、空を飛び続けるんだから体力の温存のためにも』

『申し訳ないな』

『美麗の守りたい気持ちは一緒だ。

もう少し寝てろ。また今日も飛ぶんだから』


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空からの襲撃

早朝……


「こ、腰が痛い……それに足も」


起きて早々、大地は腰を抑えながら言った。長い髪を梳かしていた花琳は呆れるようにして、溜息を吐きながら言った。


「全く情けないわね。たかが地面で寝ただけなのに」

「これだったら、ソファーの上で寝た方がよっぽど良いわよ」

「文句言ってないで、とっとと支度しなよ!」


大地が眠たそうに大あくびをしながら体を伸ばしていると、ふと美麗が目に入った。ネロの尻尾を滑り台のように滑っては地面に落ち、またネロによじ登るとまた滑って遊んでいた。


「朝から元気ね、ぬらちゃん」

「診察したけど、いたって平常。

問題はないみたいだよ。朝ごはんもしっかり食べてたし」

「いつの間に!?」

「アンタがブーブー文句を言っている間に、ちゃっちゃかやっといたよ」

「キー!!僕チンも一緒に診察したかった!!」


陽介と共に乗る大地は、頬を膨らませながら頭上を飛ぶネロを見上げていた。

 

 

「何を膨れているんだ?」

 

「せめて頭上じゃなくて、横を飛んで欲しい」

 

「無理だ。サイズが違うだろう?」

 

「ブー」

 

 

ネロの背中で美麗は、被っていたフードを取り風に当たり髪を靡かせた。

 

 

「気持ちいい!」

 

『美麗、フード』

 

 

外れていたフードを愁は、美麗の頭に被せた。立っていた美麗は、愁の前に座り被ったフードの鍔を掴みながら振り返り笑みを見せた。愁は彼女に釣られて笑い、フードを被った頭に手を置いた。

 

 

空を飛んでいたネロは突然目付きを変え、鳴き声を発しながらゆっくりと下降した。

 

 

「?

 

ネロ、どうしたの?

 

 

!?」

 

 

何かの気配を感じ取った美麗は、立ち上がり辺りを見回した。彼女に続いて、花琳や幸人、秋羅、梨白、陽介も気配を感じ取り、武器に手を掛け辺りを見回した。

 

 

「何々?何か気配感じるの?陽君」

 

「少し黙っていろ」

 

「……」

 

「……!!

 

 

うわっ!!」

 

 

突如愁の前から美麗が消えた。キョロキョロと見回した愁は、空を見上げた。

 

無数に飛ぶ妖怪の群れ……その中に、美麗は捕らわれていた。

 

 

「美麗!!」

 

「秋羅、掴まってろ!」

 

 

竜の綱を引っ張り向きを変えさせると、梨白は妖怪の群れに突っ込んでいった。梨白に続いてエルに乗っていた幸人も突っ込んでいった。

 

 

「幸人!秋羅!梨白!」

 

「ギャー!!ぬらちゃんが妖怪の餌食にぃ!!」

 

「貴様は黙っていろ!!」

 

 

近寄ってきたプラダの背中に、陽介は飛び移ると美麗の元へと向かった。

 

 

「空の方が安全じゃないの?!花琳!!」

 

「空からの襲撃なんざいくらでもあるわ!!

 

それくらい分かりなさいよ!研究員が!」

 

 

 

捕らわれた美麗は激しく暴れ、自身を捕らえる妖怪は彼女から攻撃を食らい、手を緩め離してしまった。すると、落ちる美麗を別の妖怪が掴み捕らえた。

 

 

「離して!!」

 

 

思いっ切り妖怪の腹に、美麗は蹴りを入れた。妖怪は痛みから彼女を離し、美麗は下へと落ちていった。

 

 

「秋羅!受け取れ!!」

 

 

秋羅と梨白を乗せた竜が通り過ぎ、落下していく美麗を彼等はキャッチした。

 

 

「美麗、無事か!?」

 

「な、何とか……」

 

「秋羅、そっち任せたぞ!」

 

「あ、あぁ」

 

 

エルを飛ばす幸人はプラダを飛ばす陽介と共に、銃を持ち構えながら群れの中へと突っ込んでいった。

 

乱射する銃声を背に、秋羅達は下へと降りて行った。寄ってきたネロの背中へ、美麗は飛び移った。

 

 

数分後、倒した群れから戻ってきた幸人はエルを花琳が飛ばす竜に寄せた。

 

 

「一旦、地上に降りるわよ!

 

さっきの戦いで、飛行妖怪がこっちに向かってるわ!」

 

「分かった!」

 

 

地上へ降りる竜達……先に降りた美麗はネロの足下へ移動し、ネロは自分達向かって突進してくる飛行妖怪達に向けて妖力玉を放った。

 

 

その玉に怯んだ飛行妖怪達は、尻尾を巻いて逃げていった。ネロは自身の足下にいる美麗に顔を近付け、口先で頬を撫でた。

 

 

「凄え、ネロの力」

 

「本当」

 

「空を飛ぶのは危険ね……あいつ等、まだ飛んでるわ」

 

「歩いた方が良さそうだな」

 

「え?!歩くの!?」

 

「もうそんなに遠くないわ。

 

 

3時間くらい歩けば、もう町に着くわ」

 

「なら、歩きだな」

 

「そんなに歩くの?もう少し空を飛んでからの方が」

 

「梨白、あなたは竜に乗って空からの見張りをお願い。

 

1匹だけなら妖怪共も襲っては来ないでしょう」

 

「はい」

 

「僕チンも空の見張りが」

「貴様は俺の目の届く範囲にいるのが条件で、今回連れて来ていることを忘れるな」

 

「は、はい」

 

「秋羅、テメェも空からの見張りで頼む」

 

「分かった」

 

 

梨白の元へ行った秋羅は、彼から竜の綱を受け取り竜に乗ると彼等と共に空へ飛びそれに続いて、美麗に撫でられていたネロ達も飛んで行った。そんな彼等を恨めしそうに眺める大地を無視して、花琳は竜の頭に乗り先頭を歩き出し、幸人は紅蓮に乗った美麗を誘導しながら歩き愁はエルの綱を引きながら水輝と陽介の後をついて行った。

 

 

「……ちょっと!!置いて行かないでよ!!」

 

 

先行く彼等の後を、大地は慌てて追い駆けていった。

 

 

 

荒野を歩く一行……

 

 

「暑ーい」

 

 

紅蓮に乗っていた美麗は暑そうに、フードをばたつかせ風を起こしていた。

 

 

「町に着くまでの辛抱だ。もう少し我慢しろ」

 

「ウ~……」

 

「妖怪共の気配は感じるが……なかなか姿を見せないな」

 

「普通に考えて空にも地にも竜がいて、最高級の餌の傍には大黒狼とグリフォンがいるんじゃ、襲いたくても襲えないでしょう。

 

 

普通に返り討ちに遭うに決まってるじゃない」

 

「フーン」

 

 

その時、空からプラダが舞い降り美麗の周りを飛び回ると、彼女のフードを引っ張り出した。

 

 

「プラダ、引っ張らないで!」

 

「ぬらちゃんとお空のお散歩をしたいみたいね」

 

「ほら、ネロ達の所に戻って!」

 

 

押し返すも、プラダは甘えるようにして美麗に頬摺りした。

 

 

「甘えん坊ちゃんね、プラダちゃん」

 

「も~……」

 

 

後ろを歩いていた愁は水輝にエルの綱を渡し、彼はプラダの元へ駆け寄り頬を撫でると、プラダに乗った。首を撫でるとプラダは美麗の頬を一舐めし、そのままネロ達の元へ飛んで行った。




このフードを被った少女が?


そう……日本、または倭国の妖怪の総大将の娘であり君達が会ったことのある、初代総大将の藤閒の曾孫。


確かに強い妖気を感じるな。


周りだけでなく、奥底に邪悪な妖気を感じる。


本当にこいつをさらえば良いのか?


もっちろん。そうすれば、君達の主を呼び戻してあげますよ。


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研究員仲間

3時間後……


「つ、着いた~」


町を囲う外壁を前に、幸人達は目的地の町に到着した。
空を飛んでいた竜達は地面へ降り立ち、乗っていた秋羅と梨白、愁は竜から降りた。


「門番に話を付けてくるから、ちょっと待っててちょうだい」

「分かった」


花琳と梨白は、門へと向かった。幸人の傍にいた紅蓮は地面に伏せ、紅蓮に乗っていた美麗は彼から降りると彼の頭を撫でた。


「お疲れ、紅蓮」

『早く寝たい』

「もうちょっとしたら、寝られるよ」


撫でる紅蓮を羨ましく思ったのか、愁に撫でられていたエルが彼女の元に歩み寄り、嘴で頬を突いた。突いてきたエルの頬を、美麗は撫でてあげた。エルに続いてプラダとゴルドが彼女の元に擦り寄ってきた。


「皆、すっかりミーちゃんに甘えちゃって」


体を伏せ休んでいたネロは、ふと目を開け体を起こすと3匹に埋もれている美麗を加え、自身の足下に置いた。


「どうしたんだ?ネロの奴」

「上見て見ろ」


幸人に言われ秋羅は上を見た。空には先程襲ってきた飛行妖怪が、自分達の上を飛び交っていた。


「げっ、まだいたのかよ」

「懲りない奴等ねぇ」


「許可は取ったけど……

 

 

問題が2つ出来たわ」

 

 

紐の着いたベルトを持ちながら、花琳は機嫌悪そうに言った。

 

 

「何だよ、問題って」

 

「1つは言うまでもなく、2人ここに残って竜達の見張り役。

 

これはまだ良いわ。

 

 

問題なのは、美麗よ」

 

「?」

 

 

ネロの顎を撫でていた美麗は、花琳の声にこちらへ顔を向けた。

 

 

「……どういう事だ?それは」

 

「私としては、そのベルトが凄い疑問なんだけど」

 

「あの町、今現在15歳以下の子供の外出を禁止しているの」

 

「ぬらちゃん、117歳よ?」

 

「見た目を見なさい!見た目を!

 

どう見たって、12・3歳の少女でしょうが!」

 

「何で禁止なんだ?」

 

「子供をさらう妖怪がいるみたいでね。

 

町のルールに、15歳以下の子供は特別な用がない限り外出禁止にしているのよ。

 

 

どうしても子供と移動したいというのならば、このベルトを子供の腰に着けて……まぁ、犬みたいにリードを引いて移動する手段しか無い」

 

「マジかよ……

 

大地、美麗ここに置いていって良いか?」

 

「連れて行きなさい!!

 

目を離して、もしも何かあったらどうするのよ!?」

 

「うるせぇ……」

 

「陽介、依頼人とはどこと待ち合わせなの?」

 

「この町の中にある、役所の中だ」

 

「大地の研究員仲間は?」

 

「あの町から少し離れた森の中に住んでるわ」

 

「仕方ねぇ……

 

 

秋羅、ここで愁と水輝と一緒に待機しててくれ」

 

「分かった」

 

「美麗はベルト着けての移動だ」

 

「えー、嫌だ~!」

 

「我が儘言うな!」

 

『幸人、俺も一緒に』

 

「ネロ達の言うこと聞くのは、お前と美麗ぐらいだ。

 

だから残れ」

 

 

自身の服の裾を引っ張るゴルドの頭を、愁は撫でながら幸人の言葉に渋々頷いた。

 

 

「ベルト着けて移動なら、私も残りたい」

 

「ぬらちゃん、ちょっと間我慢しててね」

 

「お前に言われると、余計嫌だ」

 

「ぬらちゃん!!その口の利き方は何?!」

 

「暗輝の影響だね」

 

「花琳、ベルト貸せ」

 

 

頬を膨らませる美麗の腰に、幸人はベルトを着けた。腰に着けられたベルトを、彼女は不機嫌そうに触り弄った。

 

 

「少しの辛抱だ。我慢しろ」

 

「ウ~……」

 

「じゃあ、ここ頼んだぞ」

 

「分かった」

 

「何かあれば、ここから離れるようにしとくから」

 

「あぁ」

 

「愁、ネロ達お願いね」

 

『うん。

 

美麗、気を付けて』

 

「うん!」

 

 

花琳を先頭に、幸人達は歩き出した。美麗は幸人の元へ駆け寄り、彼の服の裾を掴み歩いて行った。

 

 

 

賑わう町中……多くの人々が歩く中を、花琳達は歩いていた。人混みのせいか時折姿が見えなくなる美麗を、幸人は途中から抱き上げ歩いた。

 

しばらく歩いて行くと、鉄の柵に囲われた建物に辿り着いた。

 

 

「ここか?役所って」

 

「地図だと、ここみたい」

 

「中入ろう。人多くて外嫌だ」

 

「だな」

 

 

「君等ですか?

 

日本から来た祓い屋と討伐隊員というのは」

 

 

声を掛けられ振り向くと、そこには金色の髪をハーフアップにし、青い目に眼鏡を掛け紺色の神父姿をした男が立っていた。

 

 

「……あなたは?」

 

「申し遅れました。

 

僕はこの西領域を任されております、悪魔祓いのランス・フリードと申します」

 

「祓い屋……じゃああなたが、私達に依頼をしてきた」

 

「はい。

 

 

というより、僕に依頼してきた者がいて手が足りないと思い君達をここへお呼びしたのです」

 

「依頼主は別にいるという事か?」

 

「そうですね。

 

とりあえず、その依頼主のところまでご案内します」

 

 

ランスはそう言いながら先を歩き出し、幸人達を連れて役所を出た。

 

 

「ところで、あなたの傍にいるその子供は?」

 

 

町外れの道を歩いていたランスは振り返り、幸人の傍を歩いていた美麗に目を向けながら、質問した。

 

 

「訳あって、俺等と暮らしてるガキだ」

 

「へー……お嬢さん、お名前は?」

 

「……美麗」

 

「ミレイ……どういう字を書くのかな?」

 

「字?」

 

「『美』しいに綺麗の『麗』だ」

 

「綺麗な名前だね。

 

美麗……

 

 

確か、桜の花言葉であるね」

 

「え?そうなの?」

 

「ぬらちゃん、自分の名前の由来くらい知っときなさい」

 

「晃から聞いてたのと違うんだもん」

 

「晃?

 

 

それって、妖怪辞典を作ったあの夜山晃のことですか?」

 

「そうだよ」

 

「……君、いくつ?」

 

「え、ひ」

 

 

答える前に、幸人が美麗の口を手で塞いだ。そして、2人の前に陽介は立ち説明した。

 

 

「申し訳ありません。

 

この子に関する情報は、国家機密なのでこれ以上の模索はご遠慮頂きたい」

 

「わ、分かりました」

 

 

後ろの方で、人差し指を口の前で立てながら、幸人が美麗に何かを話す光景を、ランスは目にしつつも先を歩いた。

 

 

しばらく歩いていると、町外れの森の中へと入り少し歩いた先に、木で出来た家が一軒ポツンと建っていた。

 

 

「町外れの」

 

「森の中に住んでいる……

 

 

大地、貴様の研究仲間は」

 

「ここね……普通に」

 

「ランスの雇主って、大地の研究員仲間だったのね……」

 

「明依さーん、連れて来ましたよー!日本の祓い」

 

 

ドアを叩きながらランスが言っていると突然勢いよく戸が開き、彼は戸に顔面をぶつけた。中から出てきたのは、ぼさぼさの長い髪を結い、口に煙草を加えチューブブラに長ズボン、ズボンの裾を入れるようにしてブーツを履き、その上から白衣を着た女性だった。

 

 

「誰?あんた等」

 

「日本から来た祓い屋の者ですが……」

 

「祓い屋……日本……」

 

「明依ちゃーん!久しぶりー!」

 

「あら!大ちゃん!」

 

 

後ろにいる大地に向かって、明依は駆け出し思いっきり飛びついた。

 

 

「もう!着いたなら着いたって連絡くれればよかったのに!」

 

「できるわけないでしょ……連絡手段、何もないんだから」

 

「あ、それもそうか!

 

 

ねぇねぇ、それよりどこ?総大将の曾孫」

 

「え?総大将の曾孫?」

 

 

戸にぶつけた鼻を撫でながら、ランスは涙目で首を傾げた。悪寒がした美麗は、被っていたフードを深く被り幸人にしがみついた。

 

 

「強烈なあなたにビビって、幸君の後ろに隠れてるわよ」

 

「幸君?誰のこと?」

 

「討伐隊の後ろにいる、オッドアイの男よ」

 

 

跨がっていた明依は立ち上がり、幸人に歩み寄った。そして彼の後ろに隠れている美麗を見るなり、目を輝かせながら抱き着こうとした。着く寸前に、美麗は幸人から陽介の元へと逃げ彼の後ろに隠れた。

 

 

「あらあら、かなりの人見知りなのね!」

 

「普通に言って、テメェの行動が異常だからだ」



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3匹の用心棒

「では、改めて……


李明依(リーメイ)、僕チンの研究員仲間で以前うちに半年だけ研修に来てたの」

「大ちゃんとは話がすぐに合って、こっちに帰ってきてからずっと手紙のやりとりをしてたの!ねぇー!」
「ねぇー!」


家の中へ入り、向に座る大地と明依の行為に幸人達は呆れ顔をした。幸人の隣に座っていた美麗は、彼の腕にしがみつきながらルイとアゲハと戯れていた。


「総大将の曾孫って、動物に好かれやすいんだね。

あと、小物妖怪にも」


身を乗り出し自身に顔を近付けさせようとする明依に、美麗は顔面に頭突きを食らわせ、怯んでいる隙に幸人から離れ窓付近に立っている陽介の元へ駆け寄った。


「げ、元気ね~総大将曾孫」

「明依ちゃん、鼻血出てるわよ」

「依頼主がここなら、町の外で待たせてる仲間達を呼んできて良いかしら?」

「全然良いわよ!むしろ、大歓迎!」

「竜がいるけど、よろしいのかしら?」

「平気よ!


この森、アタシの所有地だから問題無いわ」

「かなりの強者だった……」

「梨白、行ってきてちょうだい」

「分かりました」

「俺は秋羅達が来るまで外で煙草吸ってる」

「相変わらず好きねぇ、煙草。

寿命、縮むわよ」

「ほっとけ」


外に出る幸人の後を、美麗はアゲハを頭に乗せて追い駆け一緒に外へ出た。


「あ~!ぬらちゃん……」

「残念だったな」

「ウ~」


数分後、空からネロ達が舞い降り彼等の背中に乗っていた秋羅と水輝、梨白、愁は降りた。

 

彼等を下ろしたネロは、辺りを警戒しながら幸人と一緒に歩み寄ってきた美麗を加え、自身の足下に置いた。

 

 

「ネロ、美麗を貸せ。

 

 

中に入るんだから」

 

 

鳴き声を上げるネロの顎下を、美麗は宥めるようにして撫で足下から離れ鼻先を撫でた。

 

 

「家の中だから大丈夫だよ」

 

『俺も入っていいか?』

 

「暴れないんであれば、別に良いぞ」

 

『じゃあ入る』

 

 

そう言って、紅蓮は家の中へ入り美麗も彼の後について行った。幸人は煙草の吸い殻を消しケースにしまうと、寄ってきたネロ達の頬を一撫でし、家の中へと入って行った。

 

 

「キャー!

 

 

大黒狼!!初めて見るー!」

 

 

飛び付いてきた明依に、紅蓮は唸り声を上げると彼女を噛み付こうと口を大きく開けた。噛まれる寸前に、陽介が慌てて彼女と紅蓮を引き離した。

 

 

「貴様は死にたいのか!?」

 

「あ~、大黒狼」

 

「おい!!」

 

 

明依を警戒しながら、紅蓮は美麗の傍へ行き守るようにして前に立った。

 

 

「あの、そろそろ仕事の話して下さらない?

 

全員揃ったので」

 

「明依ちゃん、ほら依頼内容!」

 

「は~い……」

 

 

席に座り明依は依頼内容を話し出した。美麗はつまらなそうに部屋を見回していた時、本棚が目に入った。その中に並べられていた本を1冊手に取り、彼女はその場に座りその本を読み始めた。

 

 

 

陽介から聞いた話を、再び詳しく聞いた幸人達は深く息を吐きながら、椅子の背もたれに寄り掛かった。

 

 

「牛魔王の弟が、とんでもないことを行おうとしていることは分かったけど……」

 

「気懸かりなのは、やはりこの3匹の用心棒」

 

 

渡された資料の中に、猿・河童・豚に服を着させた絵が描かれた紙を陽介は見た。

 

 

「あの、写真とかはないんですか?」

 

「ないない!

 

 

だってその用心棒、もう1000年以上前の妖怪なんだよ」

 

「え?!そんな昔から!?」

 

「今、総大将曾孫が読んでる本に出て来るくらいだから」

 

 

床に本を広げ、読んでいた美麗は明依の声に反応するかのようにして、顔を上げ幸人達の方を見た。

 

 

「お前、いつの間に」

 

「総大将曾孫って、本の虫なのね!」

 

 

席から立った幸人は、美麗が読んでいる本を借り本を表紙を見た。

 

 

「……西遊記……

 

これか?」

 

「正解!」

 

「それって、絵本の」

 

「誰もが読み聞かせや、親に1度は読んで貰ったり自分で読んだりしたことがあるであろう、法師様と3匹の妖怪が繰り広げる冒険物語!

 

これは、その3匹の主である玄奘三蔵法師が牛魔王を倒すために彼等と共に旅をするという内容!」

 

 

熱く語り出した明依に、苦笑いをする幸人達を気にしながら、美麗は座っている秋羅の膝に乗り、テーブルに広げられていた3匹の絵を見た。

 

 

「秋羅、これ?

 

三蔵法師の用心棒って」

 

「あぁ、その3匹。

 

猿が孫悟空、河童が沙悟浄、豚が猪八戒だ」

 

「フーン……

 

こいつ等探しに行くの?」

 

「そのつもりなんだけど……」

 

 

 

夕方……

 

 

外へ出た美麗は、ネロ達の元へ駆け寄り頬を撫でた。

 

 

「ったく、テメェ等研究員は話が長いな」

 

「明依ちゃん、スイッチ入ると長話になっちゃうからね」

 

「今日はもう、宿を取って休みましょう。

 

何か、疲れたわ」

 

「だな」

 

 

「この町の宿、ちょっと特殊だよ!」

 

 

見送りに出て来た明依は、そう言いながら紅蓮を触ろうと手を伸ばすが、その行為を陽介に止められていた。

 

 

「特殊って、どういう事?」

 

「建物が玄関を中心に左右に分かれていてね、男女に部屋が分かれてるのよ」

 

「特殊だな、本当に」

 

「1度、どっかのカップルが不正行為した時に何か問題起こしたみたいで、それに宿主が怒っちゃって」

 

「別れさせたと」

 

「そういう事。

 

ま、明日からよろしくお願いしますね!祓い屋さん!」

 

「ハイハイ」

 

「あれ?ランスさんは?」

 

「彼はここに泊まるの。

 

ちょっと、調べ物を一緒に手伝って貰いたくて!」

 

「じゃあ、お前もか?」

 

「そうでーす!」

 

「変態がいなくて、清々するわ」

 

「全くだ」

 

「ちょっと、その言い方はないでしょ!!」

 

 

 

宿に着き水輝達は、部屋で一息吐いた。美麗は肩に掛けていたポンチョを脱ぎ、纏めていた髪を振った。

 

 

「涼しい!」

 

「やっとフード地獄から解放されたね、ミーちゃん」

 

「何で被らなきゃいけないの?」

 

「白髪で目立つし、妖怪に狙われやすいからよ」

 

「日本より?」

 

「そう」

 

「ミーちゃん、髪の毛梳かしてあげるから解きな」

 

 

水輝に言われ、美麗は腰辺りにある毛束をの結ゴムを取り、三つ編みを解いた。

 

 

「相変わらず、綺麗な髪ねぇ。

 

その髪、いつも自分で結ってるの?」

 

「ううん。

 

愁がやってくれる」

 

「幸人の話だと、愁の奴ミーちゃんに初めて会った時この髪をセットしてくれたらしいよ」

 

「あらそうなの」

 

 

椅子に座った花琳は、団子に纏めていた髪を解き下ろした。

 

 

「花琳の髪の毛、長ーい……」

 

「美麗程じゃないわよ」

 

 

髪を梳かす花琳の元へ、アゲハと遊んでいたルイが駆け寄り彼女の肩に駆け上ると、髪を弄り遊びだした。

 

 

「あ!コラ!

 

髪の毛で遊ぶんじゃない!」

 

 

戯れるルイを見てか、アゲハは美麗の膝に乗り触角で彼女の手の甲を撫でた。

 

 

「ルイの前だから、すっかり良い子になっちゃって」

 

「ルイ、アンタも見習いなさいよ」



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狙われる妖気

皆が寝静まる夜……


馬小屋でエルと眠っていた紅蓮は、不意に吹く生暖かな風に目を覚ました。


(……何だ、この気配)


立ち上がった紅蓮は、馬小屋から出て行った。


宿の後ろに広がる牧場に、降り立つ3匹の妖怪……そこへ紅蓮は、炎の玉を放ち彼等に攻撃した。当たる寸前に、彼等は飛び上がり攻撃を避けた。


『どういうつもりで、ここへ来た?』


そう言いながら、紅蓮は口から煙を吐きながら3匹を睨んだ。


『我々は、使命のために来ただけだ』

『使命だと?』

『いるんですよね?

闇の力を多く持った、倭国の妖怪の総大将曾孫様が』

『……(やはり狙いは、美麗か)』

『さぁ、死にたくなければ早くここから立ち去りなさい』

『テメェ等に主を渡す気はない』

『あ~らら、話が通じねぇ見てぇ。


ちょいと痛め付けるか……


良いか?』

『殺すなよ?』


武器を出す2匹を前に、紅蓮は攻撃態勢を取り口に炎を溜め、作り上げた玉を放った。


「……?」

 

 

外から聞こえる騒音に、美麗は気付き目を覚ました。

 

 

「……何だろう……

 

凄い妖気……」

 

 

服に着替えた美麗は、ソッと部屋を出ていき表へ出た。

 

 

静けさが漂う暗い外……辺りを警戒しながら、美麗は気配を感じた馬小屋の方へ向かった。

 

馬小屋へ行き中へ入った美麗は、自身の気配に気付いたのか起き上がったエルの頬を撫でながら、傍にいるはずの紅蓮を探した。

 

 

「紅蓮?」

 

 

彼を探すべく、美麗は小太刀の束を握り外へ出た。

 

 

 

「総大将曾孫、見っけ」

 

「!?」

 

 

背後から声が聞こえ、素早く振り向いた美麗は小太刀を構え後ろにいる敵に目掛けて、勢い良く突いた。突かれた小太刀は、2本の指で止められ防がれていた。

 

 

「え……嘘……」

 

 

呆気に取られている時、目の前から突き出された手が美麗の口を覆い掴み持ち上げられた。

 

 

(ち、力が)

 

『武器持ってるなんて、聞いてねぇぞ』

 

『か弱い少女と感じましたが、戦える女性みたいでしたね』

 

『あんま暴れると、怪我するぞ?』

 

 

足をばたつかせ、口を塞ぐ手を外そうと美麗は手を動かした。

 

 

『オーオー、元気良いねぇ』

 

『時間の無駄だ。

 

とっとと……?!』

 

 

“バーン”

 

 

突如銃弾が3人の間を通り、後ろの地面に打ち込まれた。前方を見ると、そこには銃口を自分達に向けた幸人と陽介、鉄扇を構えた花琳が立っていた。

 

 

「何人の者、盗ってんだよ」

 

「窃盗で捕まりたいのか?」

 

『気配は消していたはずなのに』

 

『さっきの戦闘で分かったんじゃねぇの?』

 

『軽めにしろと言ったはずが、どういう訳か力を解放したせいだろうな』

 

『力なんざ、ほんの5割程度だ』

 

『それが駄目なんだよ!!』

 

「ごちゃごちゃ喋ってないで、さっさとその子を返しなさい」

 

『だってよ。どうする?』

 

『お前は先に行っていろ。

 

ここは俺等が……!?』

 

『うわっ!!な、何だ!?』

 

 

突如地面に生えている草が伸び、3人の体に巻き付き動きを封じた。敵の力が緩んだ隙に、美麗は握っていた小太刀で口を封じている手を刺した。

 

痛みで敵は手を離し、美麗は解放され地面に落ちた。その瞬間、彼女の周りに草が伸び包み込んだ。

 

 

『ヤベ!』

 

『何離してるんだ!?』

 

『こいつが手を刺したんだ!!』

 

 

身動きが取れない彼等に、突如火の玉が飛び彼等の腕や足に当たった。

 

 

『熱っ!!』

 

『人の主を断りも無しに奪おうとは、良い度胸してるじゃねぇか?』

 

 

傷だらけになった紅蓮と、木で作り上げた弓矢を持った愁がそこに立っていた。

 

 

『チッ!出直しだ!!』

 

 

手から光の玉を出した男は、それを地面に叩き付けた。その瞬間、辺り一面に強烈な光が放たれ幸人達は目を瞑った。

 

 

『主を守りたいのは、俺達も一緒だ』

 

『我々も、主を救いたいんですよ』

 

『その為には、総大将曾孫が必要なんだよ』

 

 

光が治まり辺り見回したがそこに、3人の姿は無かった。その言葉を残したまま……

 

 

「クソ!」

 

「逃げられたか」

 

「でも、美麗は奪われてないわ」

 

 

伸びていた草が枯れ、草に包まれていた美麗は駆け寄ってきた愁に抱き着いた。

 

無事を確認した紅蓮は、力尽きたのかその場に倒れた。

 

 

「紅蓮!!」

 

 

すぐさま幸人達は駆け寄り、紅蓮を診ると体中に切り傷があった。

 

 

「傷だらけじゃねぇか」

 

「さっきの奴等にか?」

 

『ちょっとやり合っただけだ……』

 

「紅蓮……」

 

「一旦馬小屋に行く。紅蓮立てるか?」

 

 

幸人の声に、紅蓮はふらつきながら立ち上がり、彼に支えられながら馬小屋へ向かった。その間に、花琳は水輝を起こしに部屋へと戻った。

 

 

しばらくして、花琳は水輝を連れて戻ってきた。

 

 

「凄い傷だらけ……(でも、ほとんどが致命傷って訳じゃない……

 

殺す気なんてないって感じ……)」

 

「傷の具合はどうなんだ?」

 

「傷口が塞がるまで、安静。

 

致命傷じゃないけど、良いって訳でも無いから」

 

『美麗……いるのか……』

 

「いるよ。愁が抱っこしてる」

 

 

傷の手当てをする水輝の横に、愁は歩み寄りしゃがみ抱いていた美麗を降ろした。

 

 

「……紅蓮」

 

『無事で……よかった……』

 

 

頭を起こした紅蓮は、美麗の頬を舐めた。美麗は愁の服を掴みながら、紅蓮の頬を撫で頭を撫でた。撫でられた紅蓮は安心したのか、横になった。

 

 

「ここは私に任せて良いから、皆はもう寝て良いよ」

 

「そうだな……明日も早いしな」

 

「部屋に戻って休みましょう」

 

「……愁と一緒がいい」

 

 

愁にしがみつきながら、美麗はボソッと言った。

 

 

「無理だぞ。宿の決まりで」

「嫌だ!一緒に居る!!」

 

「ちょっと、聞き分けないこと」

「嫌だ!!」

 

 

しがみつく美麗の様子に、3人は驚き互いを見合った。

 

 

「手当て終わったら、私が後で部屋に連れて行くから」

 

「良いのか?」

 

「別に構わないよ。

 

ミーちゃん、あとで一緒に行こうね」

 

 

手当てを始めた水輝と美麗達を残して、幸人達は部屋へと戻った。




『クソ、まだ痛むぜこの傷』

『後で手当てしますから、あまり触れないで下さいよ』

『あぁ……


にしても、飛んだ邪魔が入ったな』

『そうですね……こっそり連れて行くつもりが、こんな大事になるとは』

『捕まえるチャンスはまだある。

俺は一旦アジトへ戻るが、追跡と見張りは任せたぞ』

『りょーかい』

『早く手に入れたいものですね。


彼女の力があれば、もう一度主に会えるんですから』

『どんなことをしてでも、主を蘇らせるのが俺等の使命ってもんよ』

『長い年月を掛けたからな……』


3人の記憶に蘇る風景……


1人の法師を中心に、彼等は寄り添っていた。そして、いつも笑みが絶えなかった。


『必ず、成功させたいですね』

『させたいんじゃなくて、するんだよ』

『あの日々を、取り戻すために』


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妖怪化

紅蓮の手当てが終わった水輝は、眠たそうにしている美麗の方を向いた。


「ミーちゃん、ちょっと頬触るよ」


頬を触りながら、水輝はポケットからペンライトを取り出し頬を照らした。


(……鬱血してる……


相当強い力で、口を塞がれていたか……


こりゃあ、普通に我が儘になるわけだ)


頬を触り終えると、水輝はバックから湿布を取り出し美麗の両方の頬に貼った。


「はい、終わり。

さ、ミーちゃん部屋に戻ろう」

「……嫌だ……愁と一緒がいい」

「何で愁と一緒に居たいのかな?」

「……怖いから」

「何が怖いの?」

「……あいつ等」

「あいつ等?


ミーちゃん達を襲った妖怪?」

「うん……」

「どうして怖いの?


ミーちゃん、今まで何度か妖怪や人間に襲われて、捕まったりしたよね?」

「……あいつ等、妖怪だけど妖怪じゃない」

「妖怪だけど……妖怪じゃない?」

「藤閒……


曾祖父ちゃんと同じ力感じた」

「そっか……」

「だから、愁と一緒がいい」


自身の服を掴む美麗に、愁は着ていた上着を肩に掛けさせた。寝惚けていた美麗は掛けられた上着を握りながら、目を閉じ眠ってしまった。


「眠っちゃったか……


愁、ミーちゃんを」


眠った美麗を愁は、水輝に渡した。眠る彼女の前髪を、愁は撫でる様にして分けた。


「さ、部屋に戻ろう。

明日も早いんだし」

『うん』


翌朝……

 

 

準備をしながら、水輝は幸人達に昨晩の事を話していた。

 

 

「妖怪だけど妖怪じゃない……

 

本当に美麗の奴、そう言ったのか?」

 

「そうだよ。

 

それに昨日襲ったその3匹、ミーちゃんの曾お祖父さんの藤間と同じ力を感じたって」

 

「同じ力……」

 

「闇の力か?」

 

「可能性は高い」

 

「あのさ、何なの?その闇の力って」

 

「さぁな。

 

詳しくは分からねぇ」

 

「そもそも、詳細が書かれた書物や資料が無いから調べようがないのよねぇ」

 

「そうそう。私も調べようとするんだけど、全然何もないんだよねぇ」

 

「やっぱり?」

 

「そうなの!

 

闇の力について、調べようと頑張って資料かき集めるんだけど、全然見つからないのよ!」

 

「分かるわ~!」

 

 

話し合う大地と明依の姿に呆れながら、幸人達は溜息を吐いた。

 

 

全ての荷物を詰め終えた幸人達は、ネロ達の背に次々と乗った。

 

 

「ヤッター!竜に乗れるなんて最高!」

 

「はしゃぐな!

 

美麗、プラダをこっちに」

 

 

綱を付けたプラダを、美麗は宥めながら幸人に綱を渡した。

 

 

「明依ちゃん、どの子に乗ればいいの?」

 

「花琳の竜だ。

 

ランスはプラダに俺と乗って貰う」

 

「あら、水輝はどうするの?」

 

「1人でエルに乗って貰う」

 

「何か、いつの間にか勝手に決められていたんだけど……」

 

「ひょっとしてぬらちゃん、愁君にベッタリ?」

 

「まぁな。

 

今朝起きてからずっとだ」

 

「あら、可愛い!」

 

「美麗と愁、陽介とテメェの2人だけ、別ルートで行って貰う」

 

「……はい!?

 

聞いてないんだけど!?」

 

「さっき陽介と話して決めた」

 

「ちょっと幸君!!そういう話は、もっと早くしないと!」

 

 

後ろでギャーギャー騒ぐ大地を背に、幸人は陽介の傍へ行き小声で話した。

 

 

「俺達は地上から近い所を飛ぶ。

 

何かあったら、すぐに彩煙弾を打て」

 

「了解した。

 

そっちは任せたぞ」

 

「了解。

 

そっちも任せた」

 

 

陽介の肩を軽く手を置き幸人は、プラダの元へと行った。

 

 

 

空を飛ぶプラダ達……コミュニケーションを取るようにしてプラダとエルは鳴き声を発していた。

 

 

「今日はやけに騒がしいな、あいつ等」

 

「主の姿が見えないから、自分達はここにいると合図を送っているんだろう」

 

 

花琳の後ろに乗っていた明依は、空から見る地上を眺めながら大きく息を吸った。

 

 

「空の上は気持ちいいね~!」

 

「それはよかったわ」

 

「まさか、人生で空の散歩が出来るなんて!

 

やっぱ、繋がりは大事ね!」

 

(騒がしい女)

 

「ねぇ、日本の妖怪は今どういう状況なの?」

 

「どういう状況と言うと?」

 

「被害数って言うのかな。

 

こっちは、村は亡くならないけど……人が消えるからね」

 

「消える?」

 

「元々人だったのが、妖怪化するの」

 

「……」

 

「悲しいわよね。

 

目の前で、愛する人が家族が突然妖怪化して、更にその人達を襲うのよ」

 

「妖怪化ね……

 

 

日本では、妖怪化なんてしないわ。その場で皆、殺されるのよ。彼等の話だとね」

 

「それはそれで嫌ね……

 

 

本で読んだんだけど、この地は昔人が妖怪化したり人と一緒に暮らしていた妖怪が狂暴化する地で有名だったらしいよ。

だけど、三蔵一行が牛魔王を倒してくれたおかげで、それらは無くなりまた妖怪と人が楽しく暮らせるようになった……

 

 

はずだったんだけど、ここ数百年の間同じ様な事が起こり始めた。それだけじゃない……人の子供が1人、また1人といなくなる日々」

 

「それだったら、日本も同じよ。

 

妖怪を仕切っていた総大将が亡くなったせいで、あそこは酷い有様よ。

 

 

詳しいことは、幸人に聞いてみる事ね」

 

「幸人?

 

それって、あの月影の人?」

 

「そうよ」

 

 

 

別ルート……

 

 

ネロに乗っていた美麗は、フードを深く被った状態で愁に寄り掛かるようにして、胸の中で眠っていた。

 

 

「ぬらちゃん、ずっと寝てるわね~」

 

 

ネロの下を飛んでいたゴルドに乗る大地は、上を見上げながら言った。

 

 

「話だと、最初は寝ていたが明け方早く起きたらしく、そこからずっと起きていたらしい」

 

「あらま。

 

そういえば、前に読んだ本に書いてあったわね」

 

「?」

 

「ぬらりひょんと桜の守は、昔から縁があってね。

 

親友として終わる組もいれば、妻または旦那として迎えた組もあったらしいわよ」

 

「ぬらりひょんは、美麗の家系だけではないのか?」

 

「えぇ。

 

ぬらりひょんは、もっと沢山いたらしいわ。

 

 

日本のどこかに、彼等がいてもおかしくないのに……

何故か、その姿を見た者はいない。

 

目撃証言があるのは、ぬらちゃんの曾お祖父さんである藤閒から」

 

「……彼等に、何かあったと言うことか?」

 

「可能性は高いわね。

 

まだ調べ途中だけど、ぬらちゃん以外のぬらりひょんがいてもおかしくないわ」

 

「……」

 

 

その時、大人しく飛んでいた竜が何かを感知したのか、耳を立てながら辺りを見回した。

 

 

「あら?どうしたの?」

 

「……何かおかしい」

 

「へ?」

 

「上を飛んでいる竜の傍に行ってくれ」

 

 

陽介の指示に従い、ゴルドはネロの元へ飛んだ。竜から飛び降りネロの背中へ移った陽介は、傍にいた愁と美麗の顔を交互に伺った。

 

 

『陽介、どうかしたか?』

 

「嫌な気配を感じたが……(気のせいか?)

 

美麗の様子は」

 

『まだ、寝てる』

 

 

寝息を立てる美麗は愁の服を掴みながら、気持ち良く眠っていた。

 

 

「俺達は下にいるから、何かあったらすぐに呼べ」

 

『うん』

 

 

寄ってきた竜に飛び移り、陽介は定着へと戻っていった。




陽介が戻ってしばらくすると、眠っていた美麗は目を覚まし、あくびをしながら目を擦った。


『美麗、起きた?』

「うん……皆は?」

『下に陽介達がいる。

あと、別の場所に幸人達が』

「……紅蓮は?」

『後ろでまだ寝てるよ。


寝られた?』

「うん……


ねぇ、愁」

『?』

「愁は、死んだ人を蘇らせたいって思ったことある?」

『……俺には、そういう人がいたっていう記憶にないから、分からない』

「あいつ等、主を救いたいって言ってた」

『あいつ等?』

「昨日襲った奴等。


主を救うには、私の力が必要だって」

『……』

「私の力って、何なんだろう……


氷の技のことかな?それとも、精霊達から借りている力のこと?」

『どちらでもないと思うよ。

美麗の中にある、美麗だけの力を彼等は欲しているんだと思うよ』

「私だけの力……


じゃあ、あいつ等は何で私の力を」

『それは彼等に聞かないと分からないよ』


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悪魔祓い

湖の畔で休む幸人達……羽を休ませる竜達は、湖の水を飲み休憩していた。


「何か、ここ最近とても地面が恋しいわ」

「ずっと空の旅だからな」

「陽君、顔色少し悪いわよ?」

「半分、酔っているからだ……」

「酔い止め、もう1錠飲む?」

「貰う」


湖の水を飲むネロの傍ら、目を覚ました紅蓮を美麗はずっと彼の頭を撫でていた。

 

 

「傷、痛い?」

 

『昨日よりはマシだ』

 

 

「その様子だと、傷はもう大丈夫そうだね」

 

 

傷薬を持ってきた水輝は、2人の様子を窺いながら歩み寄ってきた。

 

 

「紅蓮、包帯取るから体触るよ」

 

『頼む』

 

「水輝、紅蓮はもう平気なの?」

 

「傷口がもう、かさぶたになってるから平気だよ。

 

 

ただ、無理は禁物。なるべく安静にね」

 

「……」

 

「さ、次はミーちゃんの番だよ」

 

 

頬に張ってある湿布を、水輝は取り痣の状態を見た。

 

 

「(腫れは治まってるなぁ……)

 

ミーちゃん、頬痛い?」

 

「少し……押すとまだ痛い」

 

「そっか……また湿布貼っとくね」

 

 

湿布を貼る水輝の元へ、愁の肩に留まっていたアゲハが飛び寄った。

 

 

「アゲハ、大丈夫だよ。

 

湿布、貼り替えただけだから」

 

『キー?』

 

 

貼り終えると、アゲハは美麗の頭に乗った。自身の頭に乗ったアゲハを、美麗は撫でてやった。

 

 

その時、水を飲んでいたネロが唸り声を上げながら攻撃態勢に入った。ネロに続いて、ゴルドにプラダ、花琳の竜達も唸り声を上げながら攻撃態勢に入り、秋羅の傍にいたエルは美麗の傍へ行った。

 

 

「何だ?一体……」

 

「妖気は感じないけど……」

 

「……いや、いるよ」

 

 

首から下げていた十字架を手にして、ランスは湖の畔を歩き自分達に近付く妖怪の方を向いた。

 

 

「いつの間に?!」

 

「あれは人から妖怪になった者だよ。

 

ここは僕に任せて」

 

 

十字架を翳すランス……何やら呪文を唱えると、十字架が光り出した。その光に、妖怪は嫌がるようにして顔を腕で覆い、後ろへ下がった。

 

 

「さぁ、もう苦しむことはありません。

 

逝きなさい」

 

 

更に強くなった光に、妖怪は叫び声を上げながら消滅した。消える中、人の姿が現れその者も安心したかのような表情を浮かべて、彼等の前から消えた。

 

 

「消えた……」

 

「妖怪になった人は、二度と人には戻れません。

 

共にあの世へ逝かせるのです」

 

「……」

 

 

 

 

『ヒャー、危うく当たるところだった』

 

 

空の上……青い雲の上に乗る、昨夜美麗を襲った男達が彼等を見下ろしていた。

 

 

『また面倒な輩を連れ込みましたね』

 

『総大将曾孫、かなり警戒しまくってるな』

 

『彼女だけじゃありません。

 

 

周りにいる者達も、僕等に警戒していますよ』

 

『襲うのは無理そうだな……』

 

『隙が出来れば、襲えますよ。

 

それまで見張りです』

 

『ヘイヘイ』

 

 

 

夜……荒野にあった森に、幸人達は休んでいた。メラメラと燃える焚き火を囲いながら、彼等は辺りを見回していた。

 

 

「こんな所で、まさか野宿なんて」

 

「当たり前でしょ。

 

1日で着けるわけなじゃない」

 

「う……」

 

「まぁまぁ、気ままに行きましょうよ!」

 

「そういや、さっきやってた祓い方やっぱこっちと違うな?」

 

「俺等のやり方って、数珠と札を使って封印するか結界張ってそこで倒すかのどっちかだもんな」

 

「他にもあるけどな」

 

「我々の方では、祓い屋のことを悪魔祓いと呼ばれています」

 

「悪魔祓い?

 

 

確かそれって、マリウスの国にいる奴等のはずじゃ」

 

「どこにでもいますよ。

 

僕は、ここで祓い屋をやっているだけなので」

 

「ランスさんって、生まれは?」

 

「さぁ……元々捨て子だったので。

 

教会にいた牧師様が、僕を拾ってくれて。それからずっと」

 

「そのまま引き継いだって事か?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 

バチバチと焚き火が鳴り響いた……幸人の傍に座っていた美麗は、辺りを気にしながら彼にしがみついた。

 

 

「何か、総大将曾孫の割にはビビりだね」

 

「普段ビビりじゃないわよ。

 

記録だと、大型妖怪に立ち会ったくらい逞しい子よ」

 

「うっそー?!」

 

「本当本当」

 

「前夜の事が原因か?」

 

「だろうな」

 

 

すると彼女を慰めるようにして、ゴルドとプラダが彼女の元へ寄ると、頭を擦り寄せた。擦り寄ってきた2匹の頭を、美麗は撫でてやりそのお返しに2匹は交互に彼女の頬を舐めた。

 

 

「すっかり甘えちゃってる、2匹共」

 

「本当に好かれるのね、美麗って」

 

 

寄ってきた自身の竜を、花琳は撫でながら美麗を見つめた。

 

 

 

夜が老けた頃……

 

 

幸人と陽介は見張り役として起き、それ以外の者は眠りに付いていた。美麗は紅蓮に抱き着くように眠り、彼女を守るようにしてエルが傍で眠り、エルの胴を枕代わりに愁は眠り、彼等を囲うようにしてゴルドとプラダ、ネロが丸まって眠っていた。

 

 

その様子を、空から彼等は眺めていた。

 

 

『夜になれば少し隙が出来るかと思ったが……完全守備で、隙がねぇ』

 

『仕方ないですよ。

 

前夜の事もありますからね』

 

『ま、まぁな……

 

そういや、キャプテン遅いな?』

 

『えぇ。

 

もう、戻ってきていいはずですが』

 

『……アイツ、またあそこにいってんじゃねぇだろうな?』

 

『可能性高いですね。

 

三蔵と一番長くいたのは、彼ですから』

 

『……』

 

 

 

 

『あなたが、総大将……藤閒の曾孫ですか?』

 

誰?

 

『その髪、藤閒ソックリですね』

 

曾祖父ちゃん、知ってるの?

 

『えぇ……一時、お世話になりました。

 

 

少しの間、あなたの中にいさせて下さい。

 

 

何、悪いようにはしませんよ』

 

何かするの?

 

『時が来た時、あなたの身体をお借りします。

 

 

私には使命があるんです……

 

 

 

彼等を導かなければならない使命が』




「……」


目を覚ます美麗……既に起きていたアゲハが、触角で彼女の頬を撫でていた。


「ん~……アゲハ、くすぐったい」


アゲハの触覚を手で退かしながら、美麗は起き上がった。寝惚ける彼女の前に、花琳の竜が寄り鼻で頬を突っついた。突っつかれた美麗は後ろに倒れ、それを見たゴルドとプラダは鳴き声を発しながら、守るようにして彼女の前に立った。


「ゴルド、プラダ、大丈夫だから退いて」

「あら、ぬらちゃん起きたの?」


近寄ってきた大地に、美麗は身を引き歩み寄ってきた幸人の元へ駆け寄り彼にしがみ付いた。


「あ~、ぬらちゃん」

「気色悪い声を出すな」

「だって~」

「水輝の所に行ってろ」


大地を気にしながら、美麗は水輝の元へ駆け寄った。水輝の元へ寄ってきた美麗に、明依はジーっと見つめながら寄ってきた。


「ちょっと明依、寄り過ぎ。

怖がってるよ、ミーちゃん」

「寝起きの顔って、ずいぶん不機嫌な顔ね。総大将曾孫」

「ミーちゃん。朝苦手みたいだからね」


目を擦っていた美麗は、茂みから出てきた愁の姿を見るなり、彼の元へ駆け寄り抱き付いた。


「ねぇ、あの愁って曾孫の兄弟か何か?」

「いや違うよ。

彼は桜の守。名前くらい、聞いたことあるよね?」

「闇を消す妖怪だっけ?

でも、ずいぶん前に絶滅したって聞いたけど」

「何か、生き残ってたみたいだよ」


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三蔵法師

飛行している時だった……


「……?」

「何か、空気変わってない?」

「やけに静かね……」


別ルートを飛んでいたネロは、異様な気配を感じ突如地面へ降り立った。彼に続いて陽介達も地面へ降りた。

 

 

「ど、どうしたの?ネロちゃん」

 

「分からん」

 

 

ネロの背中から降りる愁と紅蓮……美麗が降りようとした時だった。

 

 

『成る程、別ルートで行っていた訳か……

 

道理であいつ等の所にいないはずだわ』

 

 

聞き覚えのある声に、美麗は小太刀の束を握りながら振り返った。

 

 

黄色い曇から降りる男……彼の姿に紅蓮は唸り声を上げながら、愁と共に美麗の前に立った。

 

 

「大地、すぐに彩煙弾を打て!」

 

「今用意してるわよ!」

 

 

片耳を塞ぎながら、大地は空に向かって彩煙弾を放った。

 

 

陽介は銃を構えながら美麗と愁を、自身の後ろへ行かせた。

 

 

「貴様に問う。名は?」

 

『……名乗ってどうするんだ?

 

 

この俺を捕まえるのか?』

 

「良いから名を名乗れ」

 

『……斉天大聖……

 

 

俺は、斉天大聖・孫悟空だ』

 

(やはり……)

 

「孫悟空って、まさか明依ちゃんのところで見たあの三蔵法師の式神の1人、猿の容姿をしたあの?!」

 

「貴様等、主を救うには彼女が必要だと言っていたが、彼女の何が必要なんだ?」

 

『さぁな。

 

俺等は、主……三蔵を救うには総大将曾孫の力が必要だと、聞かされているだけだ』

 

(聞かされているだけ?

 

やはり、彼等だけで動いているのではなく、バックがいたという事か)

 

『お喋りはここまでだ。

 

とっとと、総大将曾孫を渡して貰おうか』

 

「残念だが、渡せないな。

 

と言うより、彼等が彼女を渡さないさ」

 

 

紅蓮の横に立つネロは、荒い息を吹きながら悟空を睨んだ上で、咆哮を上げた。ネロに続いてゴルドも咆哮を上げた。すると2匹は口に妖力を溜め、玉を作り出すとそれを悟空目掛けて放った。

 

 

爆風と煙が立ち上がる中、そこに無傷の悟空が如意棒を手に持ち立っていた。

 

 

「嘘!?」

 

「全然効いていないだと」

 

『テメェの力は、そんなモノか?』

 

 

その言葉にネロは目の色を変え口に妖力を溜め、ネロに合わせて、紅蓮も口に炎を溜めた。それを見たゴルドは、ネロの傍にいる美麗と愁、陽介を連れて遠くへ飛んだ。

 

 

「ちょ、ちょっと!!置いて行かないでちょうだい!!」

 

「ゴルド、戻って!!ネロと紅蓮が!」

 

 

遠くへ離れた時だった……放たれる炎の玉と特大の妖力玉。二つの玉が混合し一つの玉となり、それは悟空に当たった。

 

 

「す、凄ぉい……あんな特大な妖力玉、初めて見たわ」

 

 

鳴き声を発したゴルドは、ネロ達がいる付近に戻り降り立った。ゴルドの背中から降りた美麗は、煙が立ち上がる中へ駆け込み紅蓮達を探した。

 

 

「紅蓮!ネロ!」

 

『美麗、待って!』

 

 

徐々に晴れていく煙……その中から、影が見えた。

 

 

「ネロ?紅蓮?

 

だいじょ……!?」

 

 

傷だらけになり、倒れるネロと紅蓮……ネロの体に腕に火傷を負った悟空が座っていた。

 

 

「これは……」

 

「ちょっとちょっと……竜谷を作ったと言われてるあの伝説の竜が、こうも簡単に……

 

 

 

!!

 

ぬらちゃん、駄目よ!」

 

 

2匹の元へ駆け寄ろうとした美麗を、大地は慌てて抑えた。

 

 

「何という強さだ……ちょっとやそっとじゃ敵わないぞ……(幸人達は何をしているんだ!?)」

 

『言っとくが、仲間は来ないぜ。

 

 

俺の仲間が、あいつ等を足止めしている』

 

「!?」

 

「三蔵法師を復活させるには、彼女の力が必要だと言っていたが……一体、誰が貴様等に言ったんだ?」

 

『何故知る必要がある?

 

テメェが知る必要は無い』

 

「なら、貴様に彼女を渡すわけにはいかない」

 

 

銃を構える陽介……悟空は陽介を見ながら、ネロの体から降りゆっくりと歩み寄った。

 

 

 

降りたのを見た美麗は、大地の手を振り払いネロ達の元へ行った。

 

 

「ネロ!紅蓮!」

 

 

美麗の呼び掛けに、ネロはゆっくりと目を開けた。紅蓮はふらつきながら立ち上がり、ネロの元へ歩み寄った。

歩み寄ってきた紅蓮を、愁は撫でながら座らせ横にならせた。

 

 

「ネロ……ネロ?」

 

『平気だ……』

 

「ネロ……」

 

『紅蓮……ゴルド……

 

早く美麗と愁を連れて、ここから逃げろ』

 

『そのつもりだ』

 

「ネロ動いちゃ駄目!!

 

そんな傷で……待って、治療するから!」

 

 

小太刀を抜くと、美麗は腕を切り血を出した。垂れる血を彼女は、ネロの体に垂らした。

 

美麗の血に触れたネロの傷口は、すぐに塞がり跡形も無く治っていった。

 

 

『変わりの無い力だ……』

 

 

そう言うと、ネロは頭を降ろし目を閉じ眠ってしまった。傷口を全て塞ぐと、美麗が紅蓮の方を向いた時だった。

 

 

“バーン”

 

 

聞こえる銃声……振り返るとそこには、如意棒に腹を突かれたのか、腹を抑えながら倒れる陽介と腕から血を流す悟空がいた。

 

 

「陽介!!」

「陽君!!」

 

『邪魔者は消えた……さてと』

 

 

振り向く悟空……愁は美麗の小太刀を鞘から抜き、彼女の前に立ち、歩み寄ってくる悟空を睨んだ。

 

 

“バーン”

 

 

「!?」

 

「それ以上、うちの総大将に近寄るならこっちも容赦しねぇぞ?」

 

 

目付きを変えた大地が、陽介の銃口を悟空に向けて立っていた。

 

 

『使えねぇ研究員かと思えば、何だ……普通に戦えるのか?』

 

「研究員やる前、俺ちょっとは名の知れたアサシンなんだよね~」

 

 

白衣の懐にしまっていたナイフを出しながら、大地は美麗と愁の前に立った。

 

 

「……大地?」

 

「愁君、ちょっとの間ぬらちゃんの目を塞いでてちょうだい」

 

「……」

 

「俺が良いって言えば、もう終わってるから」

 

 

あまりの変わりように、美麗は手で耳を塞ぎ目を瞑った。愁は目を瞑った彼女を抱き寄せ、大地に背を向けた。

 

 

「さぁて、ゲームを始めようじゃない」



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赤黒い刃

『この男なら、必ず任務を熟してくれる』

生まれて教えて貰ったこと……生きるには、人を殺すしかない。

『ガキのくせして、良くやるよな?』

あの中での唯一の楽しみ。それは本。

『また難しい本を読んでるな、お前。

って、お前もかよ!』

本を読んでいる間、『人』になれた。ここしか知らない俺を、未知の世界に連れて行ってくれた。




『本は良いよね。


読んでいる時が、一番幸せだった』


誰かがそう言った……


その後、所属していた組織は壊滅した。

生き残ったのは、俺等2人だけ……そのまま、施設へ行かされた。


目を覚ます陽介……起き上がり、辺りを見回した。

 

 

「……?」

 

 

生暖かい液が、手に触れた……陽介は手に着いた液を見た。

 

 

「……ハ?」

 

 

赤黒く染まった手……その時、脚に重みを感じ目線をやった。

 

首から血を流す梗介……彼と自分を中心に、辺りには部下が血を流し倒れていた。倒れる部下の中に、如意棒を持った悟空と武器を持つ他の2人。

 

 

振り向いた3人は振り返ると、ニタァと笑った。

 

 

 

「!?」

 

「やっと起きた……

 

 

陽介、大丈夫?」

 

「水輝、何で……痛!!」

 

 

腹を抑えて陽介は丸くなった。何とか痛みを我慢しながら起き上がり、彼は周りを見た。

 

 

「まだ起きちゃ駄目だよ!」

 

「美麗は!?愁は!?大地は!?」

 

「いっぺんに聞かない!

 

大地なら、隣で寝てるよ」

 

「え?」

 

「ウ~……死ぬぅ……」

 

「何かやったみたいだよ?

 

こっちに駆け付けた時には、誰かのナイフを赤黒く染めて倒れてたし」

 

「……美麗と愁は?」

 

「ミーちゃん達なら、あそこ」

 

 

水輝が指差す方向には、目が覚めているネロの頬を撫で、彼女に気を取られている隙に、花琳と幸人はネロの傷の手当てをしており、梨白と秋羅は愁と共に紅蓮の手当てをしていた。

 

 

「貴様等、何故こっちに……」

 

「血塗れになった孫悟空が、息ガラガラで私達の元に現れて、ボロボロになりかけていた2人を連れて逃げてったの」

 

「……血塗れ?

 

誰にやられた?」

 

「それが分からないんだよ。

 

ミーちゃん達が落ち着くまで、何があったか聞けないし」

 

「……」

 

 

 

夜……腹を抑える陽介に、水輝は飲み物をあげた。

 

 

「お前、相変わらず鳩尾弱いな?」

 

「ほっとけ……痛……」

 

「水輝~……僕チンにも飲み物を……」

 

「ヘイヘイ」

 

「お前は何にやられたんだ?」

 

「それ、聞かないで……何れ話すから」

 

「……」

 

 

「やれやれ、やっと終わったわ」

 

 

手を拭きながら、花琳は幸人達の元へ戻ってきた。

 

 

「何が終わったの?」

 

「ネロの治療。

 

やっと落ち着いて、今眠ったのよ。

 

 

美麗の膝に頭乗せてね」

 

「容体はどうなんだ?」

 

「一命は取り留めてるわ。二三日安静にしとけば完治するわ」

 

「そんじゃあ、ここに二三日留まるって事か」

 

「まぁ、そうなるわね」

 

「ミーちゃん、落ち着いてる?」

 

「えぇ、一応」

 

「陽介、聞きに行く?」

 

「あぁ」

 

 

幸人の手を借りて、陽介は立ち上がり美麗の元へ行った。残っていた明依は、弱くなる焚き火に枝を追加した。

 

 

「ハァーぁ、何か長旅になりそう」

 

「そうですね……

 

しかし、あの3匹はどうして三蔵法師と共に、天界へ帰れなかったのでしょう」

 

「天界へ?」

 

「西遊記の最後はご存じですか?」

 

「牛魔王を倒して、天竺に到着してお経を貰うじゃなかったかしら」

 

「そうです。

 

お経を貰った後、彼等は天界へ帰り神になったと言われています」

 

「ランスと花琳、半分正解だよ」

 

「半分?」

 

「あの4人は、元々前世で出会ってたんだよ。

 

悟空はあのままだけど、三蔵法師と猪八戒、沙悟浄は元々天界で地位の高い者だった。

 

 

ところが、罪を犯したことにより彼等は天界から追放され人へと転生した」

 

「悟空はあのままって、彼何年生きてるの?」

 

「斉天大聖・孫悟空。

 

彼は、岩から生まれた異端な存在。

人でも妖怪でも無い彼は、自然が生み出したものだった。生まれながらに災いの象徴として、天界へ連れて来られたのが、500年前とされているわ」

 

「そんな昔から」

 

「美麗と、あまり年齢変わらないのね……」

 

「けど残念なことに、彼等には天界での記憶1つも無い。

 

覚えも無いから、出会ったのは運命でしょうね」

 

 

 

眠るネロの頭を撫でる美麗……歩み寄ってくる陽介達に、彼女の膝で眠っていたネロは目を開け、唸り声を上げながら頭を上げようとした。

 

 

「駄目だよ!まだ動いちゃ」

 

「これだけの傷を負っても尚、美麗を守ろうとは」

 

「ネロ、寝てて良いよ。

 

敵、いないから」

 

 

撫でられるネロは、頭を美麗の膝に乗せ目を閉じ眠りに入った。ネロを撫でながら、彼女は幸人達の方に顔を向けた。

 

 

「傷は負ってないみたいだな……良かった」

 

「大地がアイツを追っ払ってくれたみたいだから」

 

「大地が?」

 

「大地、突然目付き変えて陽介の銃を撃った後、白衣の懐からナイフを取り出した。

 

 

こっから見てない。大地が、良いって言うまでずっと目ぇ瞑ってたから」

 

「そうか……」

 

『一部始終なら、俺見てた』

 

 

紅蓮の手当てを終えた愁は、立ち上がりながら幸人達に言った。

 

 

「話はあっちで聞く」

 

『分かった』

 

 

幸人達と焚き火の方へ行く愁を、美麗は不安そうな表情を浮かべて見た。そんな彼女を慰めるようにして、エルと共にやって来たアゲハが、美麗の頭に乗りエルは彼女の後ろに腰を下ろし嘴で頬を撫でた。

 

 

 

焚き火の場所へ来た愁は、見たままの光景を幸人達に話した。傷だらけとなった悟空は、息カラカラそこから逃げていった。去って行く彼を見送った大地は、赤黒く染まったナイフを、手から落とすとまるで電源が落ちたかのようにして、その場に倒れてしまった。

 

 

「……だ、大地の豹変振りに、私凄い驚いてるんだけど」

 

「俺もだ……」

 

「アイツが元アサシンだったとは……」

 

『秋羅、アサシンって何だ?』

 

「暗殺者のことだよ」

 

「この研究員、何を隠してるんだ?」

 

 

少し離れたテントの中で、未だに眠っている大地に目を向けながら、幸人は呟いた。

 

 

 

全員が寝静まった頃……見張りとして起きていた愁は、毛布を手にネロの元へ行った。ネロの傍で眠っている美麗を抱き上げると、彼女を眠っているエルの胴の上に頭を乗せ寝かせ、毛布を掛けた。

 

美麗を撫でると、愁はネロの頭に自身の額を当てた。

 

 

『ネロ、美麗にはまだお前が必要だ。

 

だから、早く治って。美麗が待ってるよ』

 

 

合わせている額から、一瞬淡く光り消えた。額から離すと、愁は焚き火のところへ戻っていった。




彼等を見下ろす沙悟浄……岩の影で岩に寄り掛かり座る悟空を手当てする猪八戒に話し掛けながら、彼は歩み寄った。


『悟空の容体は?』

『今やっと、呼吸が安定してきました』

『そうか……』


安定した呼吸をしながら、悟空は眠りに付いていた。


『しっかし、何にやられたんだが……


総大将曾孫と一緒に居た奴の中に、こんな凄い奴いたか?』

『さぁ。

僕等も僕等で、やられ掛けていましたけどね』

『まぁな……


祓い屋5人を相手にするのは、ちょっと荷が重過ぎた』

『彼等が辿り着く前に、彼女を連れて行こうと思いましたが、無理そうですね』

『悟空がこんなんじゃ、無理だろ?

せめて、総大将曾孫が1人になれば連れて行くの簡単なんだけどな……』

『少々荒くなりますが、1つだけ手段はありますよ?』

『お前の荒いって言うのは本当に荒いから……』

『大丈夫ですよ。

殺しはしません。少し離れさせるんです。その隙に、彼女を連れて行くだけです』


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砂嵐

明け方……眠っている美麗の頬に、何かが当たった。彼女は目を開け、起き上がると目の前には元気になったネロが頬を舐めた。


「ネロ!」


飛び起きた美麗は、ネロに抱き着いた。ネロは鳴き声を発しながら、彼女の頬を舐め顔を擦り寄せた。傍で寝ていたゴルドとプラダは鳴き声を上げながら、ネロの背中に乗り頬を舐めた。


美麗の騒ぎ声に、先に愁は起き彼女達の元へ駆け寄った。彼に続いて、幸人と陽介、秋羅、水輝と次々に起きた。


「愁、ネロが起きた!」


駆け寄ってきた愁にネロは顔を寄せ頬を舐め、彼は舐めてきたネロを撫でてやった。様子を見に来た幸人達にネロはチラッと見るがすぐに顔を背け、美麗の方に擦り寄った。


「相変わらず、俺等には興味ないって感じだな」

「花琳、こいつの容体どうだ?」

「昨日まであった傷、全部完治してるわ(一晩で何があったの?)」

「それじゃあ、目的地に行けるね」

「そうね。顔色も良さそうだし」


空を飛ぶ幸人達……ネロは幸人達が飛ぶ位置より高い所を飛んでいた。

 

 

「やはり、一緒に行動した方が安全だな」

 

「だね。

 

すぐに対応できるし」

 

「き、気持ち悪い……」

 

「ちょっと大地、吐かないでよこんな所で」

 

「吐かない吐かない……」

 

「陽介はもうピンピンしてるのに、お前だけ何でそんな治りが遅いんだよ」

 

「し、知らないわよ」

 

「……?

 

 

あれ、何かしら」

 

「?」

 

 

花琳が見る方向に、砂の渦が数個でき活動していた。

 

 

「砂の竜巻か?」

 

「そうみたいね……全員、一旦降りて!

 

岩の影に隠れるわよ!」

 

 

近くの岩場に降りた花琳達は、岩の影へと竜達を誘導した。誘導している最中、砂の竜巻はこちらへ近付き、それにより風が強くなっていった。

 

 

「こ、こんな強い砂嵐初めてー!!」

 

「喜んでんじゃないわよ!!」

 

「やっぱり変態だな、研究員」

 

「変態研究員がいるのは、うちの管轄だけだ」

 

「あぁ、言われてみれば」

 

「納得するんじゃないわよ!」

「納得するんじゃないよ!」

 

 

吹き荒れる風……砂を巻き込み、辺り一面の視界を奪った。砂嵐が強くなっていく中、美麗は薄らと目を開けた。

 

 

「……え?」

 

 

砂嵐の中にいたと思われる場所は、いつの間にか嵐が収まり静けさが広がっていた。

 

 

「何で……砂嵐は?

 

 

愁、砂嵐は?」

 

 

後ろにいたと思い、振り返ったがそこに愁達の姿はどこにも無かった。

 

 

「愁……秋羅……幸人!

 

陽介!水輝!

 

 

何で……さっきまで近くにいたのに」

 

 

『異空間に入ったからですよ?』

 

 

聞き覚えのある声……振り返った瞬間、美麗は意識が遠退いた。倒れる彼女を、いつの間にかいた沙悟浄が横に抱き上げた。

 

 

『フゥー、相変わらず八戒の幻術は優れてるな?』

 

『お褒めの言葉、どうも。

 

早かったでしょ?幻術を掛けて、彼等から引き離すのは』

 

『確かにそうだな。

 

砂嵐を起こせって言われた時は、何のことかと思ったが』

 

『これで、三蔵を蘇らせるのが早まるでしょう。

 

さぁ、悟空の所に戻りましょう』

 

『だな』

 

 

彼等が去った後、砂嵐は徐々に収まっていった……

 

目を開いた愁は、傍にいたはずの美麗がいなくなっていたことに、彼は岩陰から飛び出し彼女の名を呼び叫びながら探した。

 

 

『美麗!!美麗!!』

 

「どういう事?何で、美麗がいないの?」

 

「知るか。

 

秋羅、この辺り周辺をエルに乗って見てきてくれ」

 

「分かった」

 

「ぬらちゃんが消えたー!!どうしよう!!」

 

「総大将が消えたら、牛魔王復活しちゃうじゃない!!」

 

「何でそっちの方向にいくのよ!!」

 

「明依さんが言ってる事は一理あります。

 

彼女の妖力を牛魔王を復活させる為に利用されれば、すぐに復活しますよ!」

 

「かなりヤバいな、それ……」

 

「さっきの砂嵐、もしかしたら奴等の仕業かもしれないわね」

 

「可能性は高いな」

 

『幸人、美麗探してくる』

 

「愁、お前はここにいろ!

 

紅蓮、探せるか?」

 

『さっきから鼻を利かせてるが、全然においが無い』

 

「え?」

 

「彼等の方が上手だったって事かしら」

 

「花琳、どういう事だ?」

 

「3人の中に、幻術を使える子がいるみたいね。

 

特殊な幻術でね、狙った獲物を別空間に行かせてそこで捕まえるって方法が1つあるのよ」

 

「美麗は、それに掛かったって事か?」

 

「おそらくね」

 

『幸人、早く美麗を探しに!』

 

「分かってるから、落ち着け!

 

 

いや、探すよりも先に進んだ方が早い」

 

「!?」

 

「確かにそうだな……

 

奴等の目的地も、俺達が向かっている目的地も同じだ。

 

 

牛魔王の所へ行けば、美麗は必ずいる」

 

「そうと決まれば、花琳。

 

目的地まで、後どれくらい掛かる?」

 

「猛スピードで行けば、明日には着くわよ」

 

「それで行く」

 

「よ、酔いそう……」

 

「酔い止めなら、タップリあるよ」

 

「大ちゃん、頑張ろう!」

 

「お、応……」

 

 

テンションMAXの明依を余所に、テンション駄々下がりの大地は顔色を悪くしていた。

 

 

「アイツ、顔色悪いぞ」

 

「明依のテンションに、完全に押されてるわね」

 

「心の準備終わったら、とっとと竜に乗れ。

 

ゴルド達が早くしろと、俺の服を引っ張ってくる」

 

 

幸人の服の裾を、ゴルドとプラダは引っ張っていた。2匹だけでなく、愁の頭に止まっていたアゲハも、幸人を持ち上げようと服を引っ張っていた。

 

 

「信頼されてるのね、幸君」

 

「変なこと考えてると、テメェの脳みそぶち抜くぞ」

 

「そういう怖いことを言わないの!」

 

「秋羅が戻り次第、出発するぞ」

 

 

 

 

悟空……悟空……

 

 

やっと起きた。

 

 

『……三蔵?』

 

 

あなた、違えた道には歩んじゃ駄目だよ。ちゃんと八戒と悟浄を導いて、正しい道を行きなさい。

 

 

私はいつも、あなた達を見ていますから。

 

 

 

 

『……』

 

 

目を開ける悟空……目の前に、美麗が覗き込むようにして見ていた。

 

 

『……ワァッ!な、何だ!?』

 

『お?起きたか?』

 

 

起き上がった悟空は、寄ってきた八戒に抱き上げられた美麗を驚愕した表情で見つめた。

 

 

『ちょいと記憶封じてんだよ』

 

『記憶を?』

 

『こっちが仲間と認識させてるんです。

 

 

アジトに戻るまで眠らせるのは、流石に無理があるので』

 

『……時間を食ったな。

 

すぐに行こう』

 

『体はもう大丈夫ですか?』

 

『何とかな(俺と対等にやれる人間がいたとは……油断した)』

 

 

口笛を吹くと、空から黄色の曇と青い曇、更に赤い曇が飛び寄ってきた。

 

3つの曇に各々が乗ると、彼等はその曇を飛ばした。



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牛魔王の弟

夕暮れ……

炎に包まれた城へと着く、悟空達……


城にあるバルコニーに降りると、彼等は中へと入った。


八戒の腕の中で眠る美麗を、沙悟浄は何気なく見た。


『すっかり寝ちまってるわ、総大将曾孫』

『さっきまで散々はしゃいでましたからね。

疲れたんでしょう』

『その辺は、普通のガキと変わらねぇな』


『あれ?やっと連れてきてくれたんですか?』


その声に、眠っていた美麗は目を覚ました。覚ました彼女の頬を、寄ってきた者は撫で頭を撫でた。


『君等、何か術使ったんすか?』

『一時的に記憶を封じてます』

『そうなんすか……

とりあえず、実験室に運んで。どれくらい力を持ってるか調べたいから』

『そのつもりだ』


不安げにする美麗の頭に、悟空は手を置きながら答えた。


『随分と、懐かれたみたいっすね?』

『チビの割に、誰にも人見知りしねぇんだよ』

『フーン……』


先を歩き出す者の背を見つめる美麗に、答えるようにして八戒は言った。


『あの人は、如意真仙。牛魔王の弟さんだよ』

『三蔵の件が無ければ、あんな奴とっくにあの世行きだ』

『悟浄』

『冗談ですよ、冗談』


実験室に入ると、目の前に経文で体を封じられた巨大な妖怪が座っていた。その威圧に、美麗は身を縮込ませた。

 

 

『怯えることないっすよ。

 

兄君は、300年前からずっとこの経文により深い眠りに付いてるんすよ』

 

『……』

 

『彼女をその台に置いて下さい』

 

 

指差す台に、八戒は美麗を座らせた。座らせた彼女に、その者はテープの着いたコードを体中に貼っていった。

 

 

『悟空、ちょっと彼女を抑えてて下さい』

 

 

コードを引っ張り取ろうとする美麗の手を、悟空は抑えた。

 

 

『猪八戒、台に設置している枷を彼女の手足に着けて下さい。

 

今から動きを封じます』

 

『そこまですることですか?』

 

『暴れてコード外されるの、困るんすよ』

 

『……』

 

 

設置されている枷を、八戒は美麗の足首に着けた。枷が着けられた音に、美麗は怯えだし外そうと悟空の手を振り払おうとした。

 

 

『おい!暴れるな!』

 

『悟空、そのまま抑えてて下さい』

 

 

脚の枷を着け終えた八戒は、目の色を変え美麗の目を見つめた。不気味な光を放った途端、彼女は意識を無くし悟空に寄り掛かるようにして倒れた。

 

 

『流石、猪八戒。

 

幻術には、長けてますね』

 

『あまり、女子供に使いたくはないんですが』

 

『それはそれ。

 

子供と言っても、彼女確か100年は生きてますよ?』

 

『は?このチビが?

 

何かの間違えだろう?』

 

『いいえ。

 

藤閒が、この国に訪れたのは500年か600年……もっと前かも知れ無いっすね

 

 

その次に来た、藤閒の孫だと言っていた麗桜が来たのが、200か300年くらい前。

 

 

その後に確か、英国の妖精王の血を引く女とくっつき、子供が産まれたって風の噂で聞きましたから』

 

『……』

 

『そろそろ数値測るんで、離れていて貰って良いですか?』

 

 

言われた悟空と八戒は、枷を着け終えると美麗を台の上に寝かせ離れた。

 

如意真仙が機械のスイッチを入れ、ガチャガチャと機械を操作しているとコードに電気が流れた。

 

 

流れ出て自身の体を包む電気に、美麗は激痛を感じるのか悲痛な叫びを上げながら、体中に貼っていったコードを外そうと枷で封じている手足を激しく動かした。

 

 

『おいおい、尋常じゃねぇぞ。この苦しみ方……』

 

『いくら何でもやり過ぎだ!止めろ!!』

 

『これが普通なんですよ。

 

何せ、彼女の中には闇の力が存在してるんですから』

 

『闇の力?』

 

『妖怪の世界には、禁断の力……闇の力が存在するんですよ。

 

 

悟空、君の頭に着けている緊箍児(キンコジ)。それも本来の君の力を封じているもの。何故封じているか、ご存じですか?』

 

『それは……』

 

 

フラッシュバックで蘇る過去……緊箍児が外れ、大暴れした自分を止める三蔵達。

 

 

『ご存知のようですね?

 

 

まぁ、その力が彼女の中に眠ってるんですよ。それを覚まさせて、力が発動したらそれを兄君に送るんですよ。

 

 

こんな小さいのに、凄い量の力ですね……

 

 

体力的に、持ちそうにもないので力を兄君に与えるのは明日にしましょう』

 

 

機械のスイッチを切ると、電気は消え苦しんでいた美麗は乱れた息をした。倒れた瞬間、悟空達の目にある者が映った。悲しそうな表情を浮かべる者……3人を見たその者は、静かに倒れ美麗の中へと入って行った。

 

 

『用意した部屋に、入れといて下さいね』

 

 

紙に何かを書きながら、如意真仙は実験室を出て行った。

 

残った3人は、呆然と台の上で気を失う美麗を見ていた。

 

 

『……おい、さっき見えたか?』

 

『えぇ……見えましたよ』

 

『何故こいつの中にいるんだ?

 

 

三蔵……』

 

『とりあえず、枷を外しましょう』

 

 

八戒の呼び掛けに、悟浄は枷を外した。同時に悟空と八戒は体中に貼られていたコードを外した。

 

 

『ガキ起きそうか?』

 

『いえ、気を失っていますね……』

 

『そりゃそうか……あんだけの電撃食らったんだもんな』

 

『意識あったら、化け物ですよ』

 

 

意識が無くなった彼女を、八戒は持ち上げ抱いた。八戒の腕の中で眠る美麗を、悟空は疑いの目を一瞬向けたがすぐに逸らし、彼等と共に実験室を出た。

 

 

 

 

あなた、記憶を封じられているのね。

 

凄い頑丈な封印……解かない方が良さそうね。

 

でも、少し妖力を解放させて貰うよ。

 

大丈夫……私が付いているから、安心して使いなさい。

 

 

 

 

自室で資料を眺める如意真仙……

 

 

『わぁ……凄い数値。

 

 

闇の力をここまで持っているとは、なかなかの大物っすねぇ。

 

 

あんな小さい子供の中に、これだけの闇があるとは……

 

 

何か、暗い過去でもあるんですかねぇ……』

 

 

赤い目を不気味に光らせながら、如意真仙は窓の外を眺めた。外は曇1つない夜空になっており、空には満天の星が輝きその中心に月が輝いていた。

 

 

その月を屋上から、悟空達は眺めていた。

 

 

『お!綺麗な月』

 

『今晩は満月みたいですね』

 

『……懐かしいな……

 

よく三蔵と、星空見たよなぁ』

 

『今日みたいに、晴れた日に皆で横になりましたね』

 

『そういやお前、月見た時『太陽みてぇ』って言ったよな?』

 

『あれは直感的に、そう思っただけだ!』

 

『お子様だねぇ、悟空君』

 

『悟浄、これ以上俺も馬鹿にするなら、ただじゃ置かねぇぞ』

 

『オ~、おっかねぇ』

 

 

2人のやりとりを見て、猪八戒は噴いた。彼に釣られて悟空も沙悟浄も噴き笑い合った。

 

笑い合う中、悟空はふと目を開けた。自分達の輪の中に、笑う三蔵がいた。ハッとしそこを見るが、そこにはもう三蔵の姿は無かった。

 

 

『……何で、俺達は行けなかったんだろうな』

 

『……』

 

『牛魔王を倒せば、三蔵と一緒に天界へ行けたはずなのに』

 

『……まだ、罪が重たかった……

 

 

そういう事じゃないでしょうか?』

 

『……』

 

『神様も、酷ぇなぁ……

 

三蔵いなくなっちまったら、路頭に迷うの分かってるくせして』

 

『そうですね……』



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過去の記憶

とある部屋……壁に下げられていた、美麗のバックからルイが飛び出た。ルイは毛繕いするように前足で頭の毛を撫で、頭を軽く振ると閉まっていたドアを器用に開け、場内の廊下を飛んで行った。


角を曲がった時、ルイは何かにぶつかり床に落ちた。ルイは顔を振ると飛び立ち、進もうとしたが目の前にいた八戒に止められた。


『君、どこに行こうと?』

『キー!!キー!!キー!!』

『コラコラ!暴れない。


……もしかして、総大将曾孫の所かな?』

『キー!』

『それじゃあ、ご案内しますよ。

君のこと、覚えてくれれば良いのですがね』


ルイを抱き、八戒は美麗が寝ている部屋へ向かった。

しばらく歩き、部屋へ着いた八戒はルイを降ろすと、ドアに掛かっている錠に気孔を当てた。すると錠は外れドアが開き、同時にルイは中へ飛び込んだ。


『ここは、僕以外は開けることは出来ません』

『キー?』


部屋の中へ入ったルイは、部屋に置かれたベッドに登り眠っている美麗の頭を撫でた。


『起こさないで下さいよ?

朝まで、寝かせて置かせたいんですから』


掛け布団から出ている彼女の手を、八戒は布団の中に入れた。


『こんな小さいのに、もう闇の力を持っているなんて……』

『キー?』


しばらく見つめていた八戒は、部屋を出ていき錠を閉めた。ルイは美麗の枕元に身を置くと、彼女に寄り添うようにして眠りに入った。


夜中……

 

 

美麗は目を覚ました。起き上がった彼女は、一緒に起きたルイを抱きベッドから降りた。すると、床に着いた足から氷が出て足の周りを張った。

 

 

「何で……」

 

『キー』

 

「い、嫌だ……」

 

 

咄嗟に美麗は足を引っ込め、ベッドの上で膝を立てて座った。

 

 

「……ここどこ?

 

 

愁は?秋羅は?幸人は?

 

何で……何でいないの?

 

何で夜なの?

 

 

愁……秋羅……幸人」

 

 

不安になった美麗は、ベッドの下へ潜り込んだ。ベッドの上に置かれたルイは、心配そうに鳴き声を上げた。

 

 

(帰りたい……帰りたい)

 

 

その時、部屋のドアが開き外から猪八戒が入ってきた。

 

 

『……あれ?

 

何で、いないんだ?』

 

 

中へと入った猪八戒は、一部の床が凍った箇所を見付けると、ベッドの所へ行き下を見た。

 

 

次の瞬間、氷の刃が彼の頬を掠った。尻を着いた猪八戒の横を、ベッドの下から出た美麗は素早く通り過ぎ、開けっ放しになっていた戸から部屋を飛び出た。

 

 

『あ~あ……

 

やっぱり記憶の封印、解けちゃってましたか』

 

 

場内を走り回る美麗……ルイが誘導する部屋へ行き、中の壁に掛けられたバックを取ると、部屋を出た。

角を曲がった時、何かにぶつかり頭を振り顔を上げようとした途端、手で口を覆い掴み持ち上げられた。

 

 

『危ねぇ危ねぇ。危うく逃げられるところだったぜ』

 

『逃げようにも、こっからは抜け出せないがな』

 

『まぁ、そうだな』

 

『しかし妙だな?

 

八戒の術で、記憶は封じられていたはずだが』

 

 

『解けちゃったんですよ、その封印』

 

 

後からやって来た猪八戒は、傷が出来た頬を親指で撫でながら悟空と沙悟浄はの元へ歩み寄った。

 

 

『あれ、やっぱり時間制限あるのか?』

 

『当然ありますよ。

 

悟浄、目を瞑って彼女をそのまま上げといて下さい』

 

『あいよー』

 

 

覆う手を外そうと、もがく美麗の目を猪八戒は一心に見つめた。見つめる彼の目を見ないように、目を瞑ろうとするが瞼が閉じることが出来ず、その目を見た。沙悟浄の腕を掴んでいた手が、力無く落ちた。

 

 

『眠ったか?』

 

『催眠は成功です』

 

『キー!!キー!!』

 

『暴れるな!』

 

『そういや、こいつ何なんだ?』

 

『彼女のバックに潜んでたみたいなんです。

 

低級の妖怪ですし、彼女の傍にいさせた方が大人しいみたいなので』

 

『成る程ねぇ』

 

『無駄話は良いから、早くこいつの記憶封じろ』

 

『ハイハイ』

 

 

横に抱いた美麗の額に、八戒は気功で光らせた指で触れた。すると目を覚ました美麗は、何事も無かったかのように周りをキョロキョロと見た。

 

 

『はい、封印終わり』

 

『封印しちまうと、大人しいガキだな』

 

 

悟空から離れたルイは彼女の頭の上に飛び乗った。飛び乗ってきたルイを、美麗は嬉しそうに胸に抱いた。

 

 

『本当、大人しいな』

 

『小物妖怪を人形みてぇに、抱いてやがる』

 

『流石、総大将曾孫』

 

『部屋に連れて行くんで、彼女を』

 

『ハイよ』

 

 

沙悟浄から猪八戒に移された美麗は、降りようと足をばたつかせた。

 

 

『こ、コラ暴れない!』

 

『すっかり目ぇ冴えちまったてか?』

 

『屋上に連れて行って、夜風にでも当てるか』

 

『そうですね……

 

ハイハイ、今降ろしますから暴れないで下さい』

 

 

降ろした美麗だったが、足下から氷の刃が彼女を守るようにして生え伸びた。

 

 

『うわ!』

 

『氷?』

 

『彼女の部屋にも氷が張ってありましたが……

 

 

もしかしたら、妖力が暴走しているのかもしれませんね』

 

『さっきの実験でか?』

 

『はい』

 

『それで封印が解けたって事か?』

 

『その可能性は高いです』

 

 

生え伸びた氷を、猪八戒は砕きどこかへ行こうとした美麗を抱き上げた。

 

暴れようとした彼女を、猪八戒はすぐに催眠を掛け眠らせた。

 

 

『フー、小さな子供の面倒を見るのは大変ですね』

 

『こいつは格別だろう』

 

『八戒、あと頼んで良いか?』

 

『えぇ、良いですよ』

 

 

美麗を抱き直し、猪八戒は彼女の部屋へと戻っていった。

 

開けっ放しになっていた部屋へ入った猪八戒は、眠っている美麗をベッドに寝かせた。寝かされた美麗は、目を覚ましベッドから降りようと起き上がった。

 

 

『ベッドから降りない!

 

もう寝る時間だよ』

 

 

寝かせるが、目を瞑ろうとしない美麗に、猪八戒は軽く溜息を吐きながら部屋の戸を閉め、ベッドの横に座った。

 

 

『仕方ありませんね。

 

 

寝るまで、一緒にいますよ』

 

 

美麗は猪八戒の方を向きながら、横になった。横になった彼女に、掛け布団を掛け頭を撫でた。その行為を真似するかのようにして、ルイも頭を撫でた。

 

 

 

『猪八戒は、子供をあやすのが本当上手いよね』

 

 

ふと思い出す過去……旅先で寄った村の子供を、猪八戒が相手していると三蔵は笑みを浮かべながら言った。

 

 

(そういえば、微かに残る記憶の中に覚えのないものがありましたっけ……

 

 

もうずっと……ずーっと昔の記憶)

 

 

『ほら悟空、走ると転びますよ!』

 

『あの、君少しは止めるという事をしては?』

 

『先へ行きなさい……僕は後から行きます……』

 

 

大きくあくびをした美麗は、ルイを抱き目を瞑りしばらくして寝息を立てた。

 

 

(寝ましたか……)

 

 

立ち上がった猪八戒は、部屋の戸を閉め錠を掛けそこを去って行った。




暗く月明かりが照らす荒野……風を起こす勢いで、幸人達は竜達を飛ばしていた。


「ゆ、幸君!!早いわよ!少しスピードダウ」
「無理に決まってんだろ!!


止まれるなら、とっくに止まってる!!」

「愁!!ネロ!!

スピードを落としなさい!!私達の竜が、追い付かないわ!!」


先を飛ぶネロは、花琳に言われてもスピードを落とさず逆に更にスピードアップした。愁に留まっていたアゲハは、飛ばされまいと必死に留まっていた。


「愁!!ネロを止めなさい!!」

「花琳、止めときな!!

彼の耳に、今は誰の声も入らないよ!


美麗が見つかるまでは!!」

「プラダ、スピードを落とせぇー!!」

「秋羅君、すっかり竜に遊ばれてるよ……」

「ゴルド、ネロに合わせようとするな!!」

「あっちもあっちで、災難な事になってるな」

「本当、美麗の言う事しか聞かないんだから……あの3匹」

「イヤッホー!!

大ちゃん、風超気持ちいいよ!」

「明依ちゃん!ちゃんと座って!!」

「す、少し早過ぎませんか?!」

「さっきから僕チンが言っている言葉を、言わないでランス君!!」


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復活の儀式

明け方……


暗い空が、段々と明るくなっていた。




飛ばす幸人達の目に、炎に包まれた城が目に入ってきた。


「何だ!?あの城!!」

「あれが牛魔王の住処だと言われている、城です!!」

「炎に包まれてるじゃねぇか!!」

「丸焦げになって、入らなきゃ行けないの!?」

「一旦竜を止めて!!

消す方法を……って、愁!!ネロ!!」


口に妖力玉を溜めたネロは、ゴルドとプラダと共に玉を放った。玉は炎を一瞬で消し去り、ネロ達は空いていたバルコニーに降り立った。


「消すなんて……」

「流石、伝説の竜とその子供達」


彼等に続いて、花琳達の竜とエルもバルコニーへ降り立った。梨白の竜から降りた大地は、ヨロヨロになりながら降り、地面に倒れ込んだ。


「し、死ぬかと思った……」

「もう一回乗りたいなぁ」

「明依ちゃん!!そういう怖いこと、言わないで!!」

「とりあえず、二手に分かれて探した方が良さそうね」

「だな……

幸人、秋羅と愁、水輝連れて美麗を頼む」

「分かった」

「他は牛魔王の復活を阻止するぞ」

「りょーかい!」

「陽君、出来れば僕チンもぬらちゃん捜索に」
「大ちゃん、行っくよー!」

「明依ちゃん!腕を引っ張らないで!!」


明依に引っ張られ、大地は彼女に言われるがまま中へ入って行った。愁はネロ達を撫でると、先に行った幸人達と共に中へと入った。


幸人達が着いた音に、悟空達は気付き別の所からバルコニーを見ていた。

 

 

『竜でやってくるとは……流石だな』

 

『足止めするか?』

 

『やっちゃって下さい』

 

 

あくびをしながら、如意真仙は紙を手にして悟空達に命令した。

 

 

『足止めと言うより、彼等を実験室に近付けさせないで下さい』

 

『……分かった』

 

『最終確認だが……本当に三蔵を蘇らせることが出来るんだよな?あのガキを使えば』

 

『もちろんですよ。

 

 

猪八戒、彼女を実験室に』

 

『……分かりました』

 

 

場内に響く騒動に、部屋で寝ていた美麗は目を覚ました。起き上がった彼女は、傍にいたルイを抱きベッドを降りた。その瞬間、床が凍り付き彼女の周りに氷の柱が立ち囲った。

 

丁度猪八戒が中へ入ってきた時、美麗は柱の隙間から彼の方を向いた。

 

 

『また氷……

 

藤閒の奥さんは、雪女か氷を使う妖怪だったんでしょか?』

 

 

氷を砕き、中にいる美麗を抱き上げた猪八戒は、部屋を出て行き実験室へ向かった。

 

 

 

場内の中を駆ける幸人達……美麗のにおいを辿り、紅蓮は閉められていたドアを炎で燃やした。だがそのドアは何かに覆われており、焦げた後がどこにも無かった。

 

 

「炎が効かない!?」

 

 

『効くわけねぇだろう?

 

それには、ちょいと仕掛けがあるんだからよ』

 

 

半月型の刃が棒の先に着いた降魔の宝杖を持った沙悟浄と、如意棒を持った悟空が姿を現した。

 

 

「テメェ等……」

 

『さっさと美麗を返せ!』

 

『残念ながら、総大将曾孫は今手元にはございませーん』

 

「どこにいる……言え!!」

 

『言う訳ねぇだろう』

 

『俺等だって、三蔵に会いたいんだよ』

 

「何だテメェ等?三蔵が蘇るとでも、思ってんのか?」

 

『どういう事だ……』

 

「死者は蘇ったりしない」

 

『……』

 

「どんな手を使っても、死んだ人が蘇る」

『黙れ!!』

 

 

如意棒で地面を叩く、悟空……顔を上げた彼は、怒りに満ちた目突きで、彼等を睨んだ

 

 

『それ以上デタラメを言うなら、たたじゃおかねぇ』

 

「……やり合うしかねぇみてぇだな。

 

 

水輝、この中に美麗がいるのは確実だ。秋羅達と一緒に探しに行け」

 

「分かったけど……1人で平気?」

 

「平気だ……いざとなれば、あれを使う」

 

「……頼むから、無理はしないでね」

 

「ヘイヘイ。

 

 

秋羅、水輝と愁達を連れて探しに行け」

 

「けど」

 

「良いからとっとと行け!」

 

 

怒鳴られ、秋羅は水輝達を連れて先を急いだ。銃に弾を補充した幸人は、2匹目掛けて銃弾を放った。素早く避けた悟空は、先に行った秋羅達を追い駆けていった。

 

 

「幸人!!

 

水輝さん、先に行ってて下さい!」

 

「あ、秋羅君!?」

 

 

槍を抜いた秋羅は、襲い掛かってきた悟空に対抗した。

 

 

「……愁、行くよ!」

 

 

戦う秋羅を気にしながらも、水輝達は先を急いだ。

 

 

 

実験室……

 

台の上に座る、美麗の足に枷を着ける猪八戒。彼女は不安そうにしながら、着けられた枷を触った。

 

すると寄ってきた如意真仙は、美麗が抱いていたルイを奪い取り、檻の中へ入れた。

 

 

『如意真仙、子供相手に乱暴過ぎます!!』

 

『邪魔なんですよ、小猿。

 

猪八戒、君が掛けてる封印解いて下さい』

 

『え?

 

そんな事したら、大暴れしますよ?』

 

『手の枷を着けたらっすよ。

 

彼女、幼いくせして相当な闇を持っているんですよ。

 

 

封印した状態だと、完全ではないので』

 

『……』

 

 

自身の腕にしがみつく美麗を台の上に寝かせ、彼女の手に八戒は枷を着けた。そして、頭と腰をベルトで動きを封じた。気孔を纏った指で、八戒は美麗の額に触れた。

 

 

「……な、何ここ……

 

何で……」

 

『お!一気に闇の力の数値が上がりましたね』

 

「嫌だ……外して!!これ!!

 

外して!!」

 

『さてと、復活の儀式といきますか。

 

猪八戒、そこから離れて下さい』

 

 

美麗の言葉を無視して、如意真仙は機械のスイッチを入れた。体に電気が流れ、美麗は苦痛な叫び声を上げながら暴れ出した。

 

 

『キー!!キー!!キー!!』

 

 

檻に入れられたルイは、扉を開けようと必死にドアを弄ったり檻の中を駆け回った。

 

 

『凄い闇の量……これなら、兄君の復活もすぐっす』

 

『……本当に、彼女の力で三蔵は生き返るんですか?』

 

『さぁ、どうでしょうね』

 

『さぁって……』

 

 

“バン”

 

 

突然開く扉……外から陽介が中へ入ってきた。

 

 

「これは一体……」

 

「ぬらちゃん!!

 

ちょっとアンタ、早く機械を止めなさい!!こんな事したら、命が」

『別に良いっすよ。

 

子供1人の命なんて』

 

「……」

 

『……ご苦労様ッス。

 

 

 

 

君等3人、本当よく働いてくれたっすね』

 

『どういう事ですか……』

 

 

席から立った如意真仙は、体を少しずつ動かす牛魔王を見上げながら話した。

 

 

『兄君を蘇らせるには、闇の力を持った者が必要……

 

 

持った者は、倭国……つまり日本にいる妖怪の総大将ただ1人。

 

とある人から、日本に知り合いがいるからその人に頼んでみると言われ、実現したのが今』

 

『……まさか、僕等を使っていたのって』

 

『牛魔王……兄君復活のためっすよ』

 

『じゃあ、三蔵は……』

 

『三蔵?

 

 

あんなクソ坊主、蘇るわけ無いじゃないっすか』

 

 

高笑いする如意真仙……猪八戒は絶望し、その場に立ち尽くした。

 

 

『やっぱり、引き留めて正解でしたね。

 

君等を天界へ行かせるの、僕が妨害したんですよ。

 

 

 

君等、数百年の間だけ寝かせといて、良い時期を見て起こしたんすよ。よく働いてくれましたねぇ』

 

「……1つ聞きたいが、貴様が言うとある人とはどの奴だ」

 

『いるじゃないっすか……傍に』

 

「傍?」

 

 

 

 

“バーン”




放たれる銃弾……弾は、ランスの腕を貫いた。振り向いた先にいたのは、銃を持った明依だった。


「ランス!!」

「明依ちゃん、どうして!?」

「ごめんね、大ちゃん。


アタシ、もう駄目だったの……」

「駄目って……」


歩みながら、明依は苦しむ美麗をチラッと見るとすぐに振り返り、陽介達を見た。


「アタシね、妖怪化した弟を救いたかったの。

それで、あらゆる分野の書物を読み漁った……でも、良い方法が全然なかった。ヒントも手掛かりも何も……


そんな時、彼がアタシを救ってくれたの。

自分の研究に手を貸してくれるなら、弟を人に戻してあげるって……」

「明依ちゃん、それ本気で言っているの?」

「弟を助けたいの……


仁を……助けたいの!!」

「それで弟さんは喜ぶの!?

1人の命を犠牲にして、人に戻った仁は?!」

「もう嫌なのよ!!

大事な人が……大事な人が、妖怪化して自我を失って人を襲って、殺されていくのなんて……見たくないのよ」


一筋の涙を流す明依……大地はズカズカと彼女の元に歩み寄りそして……


“パァン”


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経文と力

渇いた音が辺りに響いた。明依の頬は見る見るうちに赤く腫れ上がった。頬を抑えながら、彼女は恐る恐る大地の方を見た。
こちらを見た明依の肩を掴みながら、大地は怒鳴った。


「そんなの、日本にいる俺等だって一緒なんだよ!!


毎日毎日、一分一秒に妖怪に殺される人がいんだよ!!
仲間達の家族が犠牲になったかもしれねぇ……討伐隊の隊員の家族が犠牲になったかもしれねぇ。

家族の敵討ちのために、討伐隊に入った奴等なんざごまんといる……


そいつ等のために、死人が出ず平和を取り戻すために、俺等研究員が総出でいつも夜遅くまで妖怪達を調べて、今起きている騒動を鎮めようと懸命に動いてるんだよ!!研究してるんだよ!!

総大将の子供見つかった時なんざ、研究員全員歓声上げての大喜びして、朝方まで飲みまくったくらいだわ!!


明依!テメェが日本に半年滞在してた時、言ってたよな!?


『妖怪化した人を救いたい』って……あれは嘘か!?


こんなクソみてぇな妖怪に騙されて……人を犠牲にして……研究員として、恥ずかしくねぇのか!?」

「……アタシはただ……仁を……救いたくて」

『うるさいっすね……


人って』


如意真仙のその声と共に、明依の体が一瞬揺らいだ。下を見ると、背後から突かれた槍が腹を貫通していた。


「明依!!」
「明依ちゃん!!」

「な、何で……」

『もう用済みっすよ。


皆、よく働いてくれたっす。


これでようやく、兄君が復活ですよ』


揺れる建物、封じられていた経文が破け目を瞑っていた牛魔王がカッと目を開き覚ましたかのようにして、立ち上がり雄叫びを上げた。

 

 

「そんな!!」

 

「花琳!!何とかならないか!?」

 

「今やる!!

 

梨白、行くわよ!!」

 

「はい!」

 

「ランス、立てるか?」

 

「な、何とか」

 

 

『腕を見せて下さい』

 

 

駆け寄ってきた猪八戒は、血塗れになったランスの腕を見るなり、手から気功を出し彼の腕に当て傷の手当てをした。

 

 

「貴様、どういう真似だ」

 

『どうもこうも……三蔵が蘇れないのであれば、僕等はもう君等に用はないんですよ』

 

「僕等って……」

 

『念には念を。

 

僕等、裏切りが出ないように互いの体に盗聴器を付けて、それを互いに聞かれるようにしていたんですよ』

 

「……まさか」

 

『えぇ……

 

そろそろ来ますよ、僕の仲間達が』

 

 

“バーン”

 

 

飛ばされるドア……外から、幸人と秋羅を連れた悟空と沙悟浄が入ってきた。

 

 

『チッ……遅かったか』

 

『目覚めたばかりで、まだ完全とは言えません。

 

オマケに……

 

 

彼女から、まだ力を抜いています』

 

『……八戒、ここを任せる』

 

『片付いたらすぐに加勢します』

 

『悟浄、行くぞ』

 

『応よ!』

 

 

口笛で筋斗雲を呼び、それに飛び乗った悟空と沙悟浄は武器を手にして、まだ目覚めたばかりの牛魔王に攻撃した。2人に続いて、花琳に梨白、幸人も加勢した。

 

 

機械の前に立った猪八戒は、機械を操作し電源を落とした。美麗の体を纏っていた電気が消え、彼女は疲れ切ったかのようにして、息を切らしていた。

 

 

「美麗!!」

 

「秋羅!!美麗を頼む!」

 

「分かった!」

 

 

駆け寄る秋羅の後に、猪八戒は駆け寄り気功でベルトと全ての枷を外した。外した瞬間、美麗は手に氷の刃を作り上げそれを、猪八戒目掛けて刺し掛かった。

刺さる寸前、彼の前に秋羅は立ち腕で氷の刃を受け止めた。刺された秋羅は、美麗の目を見て驚いた……彼女の目は、青くなっており怯えきった表情を浮かべていた。

 

 

『どうして……目の色が赤から青に?』

 

「嫌だ……帰る……」

 

「あぁ、帰るよ。

 

もう大丈夫だから。な?」

 

 

差し伸べる秋羅の手に、美麗は怯え後ろへ下がり身を縮込ませた。

 

 

「嫌だ……嫌だ!!」

 

「美麗!

 

俺だ……秋羅だ」

 

「知らない……お前なんか、知らない!!」

 

「美麗……

 

 

アンタ、何かしたのか?彼女に」

 

『一時的に記憶を封じたくらいです。

 

それ以外は何も』

 

「記憶を封じたって……」

 

 

『八戒!!避けろ!!』

 

 

悟空の声に振り向くと、目の前に牛魔王の攻撃が迫っていた。当たる寸前、目の前に無数の経文が3人を囲い攻撃を防いだ。

 

 

『経文……まさか』

 

 

放たれている経文の方を見ると、美麗の前に現れた銀髪の長い髪を耳下で1つに結った者が、指で印を結び立っていた。

 

 

「だ、誰だ?」

 

『やはり、蘇りましたか。

 

 

藤閒の曾孫、苦しめてしまい申し訳ありません。

 

すぐに元に戻しますよ』

 

 

額に手を置き、その者はお経を唱えた。すると美麗の目の色が青から赤へと変わり、彼女は少々怯えているが元に戻っていた。

 

 

「み、美麗?大丈夫か?」

 

「……秋羅?

 

 

秋羅!!」

 

 

泣きながら美麗は、秋羅に抱き着いた。抱き着いてきた彼女を、秋羅は怪我をしていない腕で抱き締めた。

 

 

『猪八戒……良く、彼女の面倒を見てくれましたね。

 

やはり、子供の面倒を見るのはあなたが一番上手ですね』

 

『そんな事は……』

 

 

筋斗雲で猪八戒の元へ戻ってきた悟空と沙悟浄は、目の前にいる人物を見て驚きの顔を隠せないでいた。

 

 

『何で……だって、蘇るはず』

 

『何言っているんですか……あなた方を置いて、この私が1人で天界へ行くとでも思ったんですか?』

 

『……』

 

 

不意に流す、3人の涙……悟空達は流しながらその者…三蔵の前に膝を付き頭を下げた。

 

 

『さぁ、力を解放して牛魔王を倒しなさい。

 

 

さすれば、あなた方3人の罪は消え天界へ行けますよ』

 

 

そう言って、三蔵は3つの光る玉を悟空、沙悟浄、猪八戒と各々に与えた。与えると三蔵はそこからスウッと消えてしまった。

 

 

力を解放したかのようにして、辺りに風が吹き荒れた。

 

3人は姿を変えて、筋斗雲に乗り牛魔王に突っ込んでいった。

 

 

「今の内に、ここから逃げるぞ!」

 

「は、はい!」

 

 

台の上から降りようとした美麗を、支えようとした時だった。

 

 

『逃がしはしないッスよ』

 

 

その声と共に、美麗の体に電気が流れた。足元を見ると外したはずの枷が着けられ、そこから彼女の力を吸い取っていた。

 

 

『最高級の餌を、そう簡単には逃がさないっすよ』

 

「牛魔王復活してんだろ!!もう美麗の力は必要ねぇだろう!!」

 

『まだ必要っすよ。

 

今の兄君は、まだ完全ではないっす。そうですね……20%くらいの力しか出てないっす』

 

「嘘だろう……」

 

 

咄嗟に外そうと手を掛ける秋羅だが、枷には鍵穴どころか閉めている錠すらなかった。

 

 

『普通の人間が外すのは無理っすよ。

 

その枷は、猪八戒の気功じゃないと開かないようになっているんすよ』

 

「そんな……」

 

『だから、彼がここへ来ないと助ける事なんざ、出来ないっすよ?』

 

 

電気を纏った美麗は、徐々に弱まっていき台の上に倒れ込んでしまった。

 

 

「美麗!!」

 

『凄い量っすね。闇の力……

 

 

ぬらりひょんは、相変わらず凄い闇の量を持っているっすね。

 

 

こんな小さいのに、もう闇の力を持っているとは……ある意味驚きっす』

 

 

 

筋斗雲で牛魔王に攻撃していた猪八戒は、美麗達の方に目を向けた。美麗から未だに力を吸い取っているのを見た彼は、悟空と沙悟浄に指で合図した。彼等は頷くと、牛魔王の意識を自分達に移させ、猪八戒はその隙に彼女達の元へ向かった。




腹から血を流しながら明依は、大地の腕の中で横になっていた。


「結局……アタシは、彼の道具に過ぎなかったんだ……」

「明依ちゃん、それ以上喋ったら傷に障るわ」

「もういいよ大ちゃん……血の量と傷口からして、アタシ助からないから」

「……」


俯く大地の頬を、明依は力無しに手を挙げ撫でた。自身の頬を撫でる彼女の手を、大地は握った。


「アタシね……仁を人に戻したら……


大ちゃんに、伝えたいことがあったの……


でも、今伝えないと……二度と」

「明依ちゃん、もう良いわよ」

「ううん……言わないと、アタシが後悔する」

「……」

「……大ちゃん……










大好き……」


力無く、大地の手からすり落ちる明依の手……


大地は、生気の無い目を開けたままになった彼女の目を手で閉じ、大粒の涙を流して彼女を抱き締めた。


「馬鹿……そう言うのは、男の俺の役目だろう……




……俺も……


……俺も……




大好きだ……










明依」


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白い花弁

秋羅達の元へ急ぐ猪八戒……その時、牛魔王が再び雄叫びを上げた。

 

 

すると、部屋に無数の妖怪達が集まり、幸人達に攻撃していった。

 

 

「クソ!!敵が増えやがった!」

 

 

襲ってくる妖怪達を、花琳と梨白は向かい撃ち、幸人は銃弾を放ちながら秋羅達の元へ駆け寄った。猪八戒も気功術で、自身に襲ってくる妖怪達を攻撃していった。

 

 

 

その時、外から水輝と愁が駆け付けた。愁は弱っている美麗を見ると一目散に彼女の元へ駆け寄ろうとした。だが、目の前に2匹の妖怪が降り立ち彼の道を塞いだ。

 

 

「何これ!?どうなってんの?!」

 

「牛魔王が復活したんだよ!!」

 

「見りゃ分かるよ!!」

 

 

弓矢を手に、愁は襲い掛かってきた2匹の妖怪の体を貫いた。地面へ倒れる2匹を背に、彼は美麗の元へ駆け寄った。

 

 

『美麗!!』

 

 

猪八戒に守られながら、水輝は肩にルイを乗せて彼と共に美麗の元へ駆け寄った。猪八戒はすぐに、枷に気功を当て外させた。

 

 

『美麗!美麗!』

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…

 

し、愁?」

 

『美麗……』

 

「愁!」

 

 

フラフラで起き上がろうとした美麗を、愁は抱き寄せた。遅れて駆け付けた幸人は、美麗が無事だという事を確認すると、台に繋がれている既に外された枷を銃弾で撃ち壊した。

 

 

「秋羅、水輝達連れて先にこっから離れろ」

 

「幸人達はどうするんだよ!?」

 

「あとから行く。

 

ただでさえ美麗が危険な状態だ、とっとと行け」

 

 

愁に抱かれた美麗は、疲れ切った表情を浮かべて浅く息をしていた。

 

 

『逃しはしないと言ったはずっすよ!』

 

 

姿を変えた如意真仙は、どこからか出した如意鉤を手にして秋羅達に攻撃してきた。

 

彼の攻撃を、牛魔王と戦っていた沙悟浄が駆け付け降魔の宝杖で防いだ。

 

 

『悟浄!』

 

『悟空からの伝言だ!

 

ここにいる人間、全員逃せとさ』

 

『だから!逃さないって、言ってるじゃないっすか!』

 

 

沙悟浄から離れた如意真仙は、白衣のポケットに手を入れ何かのスイッチを入れた。次の瞬間、壁の一部が開きそこから矢が飛び愁の太股を刺さった。

 

 

『痛!!』

 

「愁!!」

 

 

膝から崩れる愁に抱えられていた美麗は、地面に座り込みながら彼に寄り添い名前を呼び叫んだ。

 

 

『まだ隠し球があったのかよ!!』

 

『念には念をッス。

 

君等が裏切るなんて、想定済み……』

 

 

ただならぬ気配を感じた如意真仙は、咄嗟に振り返りながら避けた。頬に傷を負い、そこから出る血を手で抑えながら目の前にいる者を見て驚いた。

 

紫掛かった黒い髪を下ろし、前髪から見える鋭く光る黄色い目をした者が、持っていたナイフに付いた血を軽く舐めて立っていた。

 

 

「避けるなんて、流石妖怪」

 

(な、何すか……この、居たたまれない恐怖は……

 

本能で分かる……こいつとやり合ったら確実に死ぬって!!)

 

「陽介、退路を開くからとっととそいつ等誘導しろ」

 

 

襲い掛かってくる妖怪を、ナイフ一本で次々と倒しながらその者は言った。彼に続いて、幸人と陽介は自身の背後から襲ってくる妖怪に、銃弾を放ち倒した。

 

 

「花琳!!退路を開く!!

 

お前等2人先に行って、竜達を連れて来い!!」

 

「分かったわ!梨白」

 

 

棍を妖怪に突き刺した梨白は、すぐに花琳と共に実験室を出て行き竜達の元へと急いだ。

 

 

動けなくなっている愁を襲おうと、次々と妖怪達がか彼目掛けて飛んできた。飛んでく彼等を、秋羅と沙悟浄、猪八戒はすぐに対応し倒していった。

 

 

「クソ!キリがねぇ!!」

 

 

戦闘中、水輝は愁の傷の手当てをずっとしており、その傍ら美麗は2人を交互に見ていた。

 

 

「水輝、愁死なないよね?」

 

「大丈夫大丈夫、死なないよ。

 

(とは言え、ここで出来るのは応急手当と痛みを緩和させるための鎮痛剤しかない……)」

 

 

その時、彼等の元に悟空が牛魔王に吹っ飛ばされてきた。2人はハッと牛魔王の方を見ると、彼は武器を振り回し悟空達目掛けて突いてきた。

 

 

“パリーン”

 

 

飛び散る割れた氷の破片……何かが落ちる音と共に、愁の傍にいた美麗が立ち上がった。その時、彼女を覆うようにして白い花弁が舞い上がった。

 

 

「……み、ミーちゃん?」

 

「美麗?」

 

 

覆われた花弁から出て来たのは、容姿の変わった美麗だった。

20歳前後の容姿に、腰まで伸びた白髪を下ろした彼女は立っていた。美麗は手から無数の氷の刃を作ると、それを牛魔王に向かって放った。怯む牛魔王を見た悟空達は互いを見合うと、各々の筋斗雲に飛び乗り攻撃を開始した。

 

 

牛魔王と同じく怯む妖怪達に、秋羅達は反撃を開始した。彼等と同じく、美麗は攻撃の手を止めなかった。

 

水輝に支えられながら、愁は立ち上がり攻撃する美麗の手を止める様にして、彼女を自身の方へ向かせた。

 

 

『美麗、もういいよ』

 

 

そう言いながら、愁は美麗の額に自身の額を当てた。

すると、額にある模様が光り彼女を包み込んだ。光が消えると、美麗は元の姿に戻り地面に膝を付き倒れた。

 

愁を座らせた水輝は、彼女の元へ寄り抱いた。薄らと目を開けた美麗は、辺りを見た。

 

 

「……愁は……」

 

「すぐ傍にいるよ、ミーちゃん」

 

「……」

 

 

顔だけを動かした美麗は、力を振り絞りながら愁に向かって手を伸ばした。愁は伸ばしてきた彼女の手を握り、微笑を浮かべた。薄く笑った美麗は、手を下ろし眠りに付いた。

 

 

『美麗!』

 

「大丈夫だよ、愁。眠っただけだ」

 

『……』

 

 

傍へ寄ってきた紅蓮は、彼女の頬を鼻で軽く突くと頬摺りした。その様子を見て、水輝はホッと溜息を吐き美麗を撫でた。



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満月の夜

もう一度……もう一度、会えるなら俺は……

『ほら、泣かないよ。

悟空、私はちゃんとあなたの元へ行きますよ。


どんな姿形になろうと、必ず……』

また会えるか?2人にも……

『えぇ、必ず……


彼等は、先に行きました。私も先に行きます。


ちゃんと、良い子にして待っているんですよ』


揺れる城……天井から次々と瓦礫が落ちてきた。

 

 

「ヤバい!崩れるぞ!!」

 

「一旦この部屋から出ろ!!」

 

 

攻撃の手を止めた秋羅は、愁を支えながら歩き部屋を出て行き、陽介とランス、幸人も攻撃を止めて外へ出た。

 

 

「大地、出ろ!!崩れるぞ!」

 

「先に行け!とどめを刺してから行く」

 

 

腹から血を出し倒れる如意真仙は、軽く笑いながら大地を見上げた。

 

 

『人って、やっぱり強いっすね。

 

 

何百年も前に、同じ事をやったのに……

 

 

 

兄君と戦ってるあいつ等に、邪魔されて……今度も同じように』

 

「……」

 

『まぁ、これでようやく……この地に少しは平和になりますよ。

 

 

でも、本当の平和が来るのいつなんでしょうね』

 

「さぁな。

 

 

その平和を作るのは、俺等人間次第だからな」

 

『そうっすね……』

 

 

如意真仙は最後の力を振り絞るようにして、如意鉤を大地目掛けて突いてきた。

 

如意鉤の先端が、大地の胸辺りで留まった……彼が突いたナイフが、如意真仙の首を刺しており傷口から血が溢れ出ていた。

 

 

『が……は……』

 

 

如意鉤を手から落とし、如意真仙は力尽きた様にして倒れた。首ならナイフを抜いた大地は、血を振り払いながら部屋を出て行った。

 

全員がいなくなったのを確認した悟空達は、力をさらに開放するかのようにして、各々の武器を光らせ牛魔王にとどめを刺した。

 

 

崩れゆく城内を、幸人達は駆け抜けていた。その時、外から竜の鳴き声が聞こえ外を見ると、花琳達が竜を達を連れて城の窓付近へ寄ってきた。

 

 

「竜を寄せるから、全員乗って!」

 

 

寄ってきた花琳の竜にランスと陽介は乗り、プラダに水輝と愁が乗り、梨白が乗る竜に秋羅が乗り、ネロの背中に紅蓮と幸人、美麗が乗った。

 

 

「幸人、大地は?!」

 

「後から来る!先に離れろ!!」

 

 

崩れる城から、竜達はすぐに離れて行った。すると、エルが鳴き声を発しながら城へ戻った。崩れかけているバルコニーへ行くと、エルの背中に駆け付けた大地が飛び乗った。

 

 

「大地!?」

 

「野生の勘か?エルの奴」

 

 

 

崩れゆく城……辺りを燃やしていた炎が徐々に消えていった。城が崩れ跡地となった場所に、月の光と共に三蔵法師が現れた。瓦礫の下敷きになった悟空達を見付けると、彼等の近くに立ち微笑んだ。

 

 

『良く、頑張りましたね』

 

『三蔵……俺等……』

 

『えぇ……もう行けますよ。

 

 

その為に、迎えに来たんですから』

 

 

光の玉に包み込まれる悟空達……ボロボロの体のまま、三蔵の元に引き寄らされた。

 

 

『やっと……行けるのか』

 

『長かったですね……』

 

『さぁ、行きましょう。

 

 

天界で、皆が君等を待っていますよ』

 

 

悟空達の光の玉を先に天界へと行かせた三蔵法師は、消滅した牛魔王と如意真仙の魂も天界へと送り、最後に残った明依の魂を包むようにして手を添えた。

 

 

『さぁ、あなたは私と共に行き魂を洗い流しましょう。新たな魂としてまた生き返れますよ。

 

 

あなたの弟さん、姿形が変わっていますがまだ理性が残っています。あなたが生まれ変わり、迎えに来ることを心より待っていますよ』

 

 

そう言うと、明依の魂は天へと旅立っていった。

 

 

『今日は、満月の夜ですね。

 

 

そういえば……最初の牛魔王を倒した時も、満月でしたね。

 

 

(そしてあの日も……)』

 

 

フラッシュバックする記憶……三蔵法師は、しばらくの間空を見上げ月を眺めると、月の光と共にその場から姿を消した。

 

 

 

 

数日後……

 

 

明依の森で羽を休める竜達……幸人と陽介、花琳は明依の家の中の遺品を整理していた。

 

 

 

「凄い書物の数だな……これ」

 

「流石研究員ね」

 

「陽介、これ全部本部に持って帰るのか?」

 

「後程手配した部隊に、貨物用の船を用意させて全て持ち帰る。

 

 

所長と元帥からの命令だからな」

 

「やっぱりあの2人か」

 

「ねぇ、そういえば大地は?」

 

「3日も寝込んだ奴なら、今外にいる。すぐに戻ってくるだろうよ」

 

「なら良いけど」

 

 

木々の隙間から太陽の光が溢れる広場……そこに建てられた墓石の前に、花を持った大地が立っていた。

 

 

(……明依ちゃん、僕チンは日本へ帰っても研究を続けるよ。

 

君がずっと調べていた人から妖怪へ変わってしまう事も、僕チンが引き継ぐよ。

 

 

だから、安らかに眠っててね)

 

 

赤い薔薇を大地は、墓石の前に置きそこを去って行った。

 

 

 

 

心地良い風が吹き、窓に掛かるレースのカーテンがヒラヒラと揺らいだ。窓の傍らに置かれたベッドに、美麗は静かに眠っていた。眠る彼女の傍に置かれた椅子に、秋羅は座り看病をしていた。

 

その時、水輝が部屋の中へ入り様子を見に来た。

 

 

「水輝さん……」

 

「ミーちゃんの様子は?」

 

「時々目を覚ますんですが、すぐにまた」

 

「そっか……」

 

 

枕に顔を埋め、気持ち良さそうに美麗の寝顔に、水輝は微笑みながら彼女の頭を撫でた。

 

 

「これだけ気持ち良さそうに寝てるんだ。大丈夫だよ」

 

「……

 

 

あ、そういえば愁は?」

 

「まだ抜糸してないから、もう少し掛かるかな。

 

今は起きて、ネロ達の傍にいるよ。じゃないと、彼等ここへ来る勢いだったから」

 

「やっぱり……」

 

 

ドアを軽く叩く音が聞こえ、その音と共にランスが部屋へ入ってきた。

 

 

「ランスさん」

 

「傷の方は良いみたいだね、ランス」

 

「はい、お蔭様で」

 

「すみません、部屋を借りてしまって」

 

「良いよ良いよ。

 

教会だから、部屋が余ってるんだよ。

 

 

それに、あの宿に泊まるより君等が自由に出入りできる、こっちの方が都合が良いでしょ」

 

「確かに」

 

「私はともかく、目が覚めて花琳がいたら騒ぎ出す可能性は高いね。ミーちゃん」

 

「ハハハ……」




明依の墓場……

そこへ、近寄る影……供えられた薔薇を毛深い手で撫でると、墓を守るようにしてそこに座り丸くなった。


その様子を、紅蓮は眺めていた。しばらく見守ると振り返りそこから去って行った。


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2つの人格

夕方……


カーテンから差し込む夕陽が顔に当たった美麗は、目を擦りながら目を覚まし、陽に背を向けた。


「眩しい……





あれ?幸人…秋羅…愁」


部屋を見回しながら、美麗はベッドから降りた。だが足に上手く力が入らず、その場に尻を着いた彼女はベッドに手を付けながら、フラフラと立ち上がった。


「力……入らない……


紅蓮!」


その声に、反応するかのようにしてドアが開き、外から秋羅が入ってきた。


「美麗!起きたか?!」

「秋羅……


足に力入らない」

「そりゃそうだ、5日も寝っぱなしだったんだから」

「……あいつ等は?」


不安がる美麗を、秋羅はベッドに座らせた。


「もういないよ。全部片付いた」

「……


ここ、どこ?」

「ランスさんの教会。


お前、あの時からずっと寝っぱなしだったんだ」

「……

愁達は?」

「皆森の方にいるよ」

「愁の所に行きたい!」

「もう少し休んでからの方が」

「嫌だ、行く!」

「分かったから、立とうとするな!」


立とうとした美麗を背負い、秋羅は外へ出て行った。


「フゥー、やっと半分終わった」

 

 

息を吐きながら幸人は懐から煙草を取り出し吸い、彼の隣で、陽介と大地も同じく煙草を吸い出した。花琳は少々嫌な顔をしながら、彼等から少し離れた場所で休んだ、

 

 

「明依ちゃん、資料多過ぎ」

 

「てか、整理しなさすぎ」

 

「……お前、本性はどっちなんだ?」

 

「こっちに決まってるでしょ。

 

あっちは、精神的に疲れるから嫌なのよ」

 

「……二重人格って云うの?」

 

「まぁ、そうね。

 

2つの人格を持ってるから」

 

「あっちの人格は、自分は元アサシンだって言ってたけど?」

 

「事実よ。

 

 

僕チンと翔、元々同じ組織にいた子供なの」

 

「え?翔が?」

 

「初耳だ、その話」

 

「当たり前よ。

 

保護された時、別々の所に送られてその後アスル・ロサに来たのよ」

 

「全然気付かなかったわ……」

 

「俺は薄々気付いていた」

 

「え?!」

 

「言っとくが、俺もだ」

 

「何でアンタ達兄弟は、こうも勘が良いのかしら?」

 

 

眉をピクピクさせながら、花琳は2人を交互に見た。

 

 

「翔の奴、施設に来た頃……ずっと大地の周囲に必ずいたし」

 

「甘えるでも嫌いでもなく、大地の目に入る範囲に必ずいた」

 

 

同期達と楽しそうに話す幼い頃の大地の姿……その周囲に必ず、幼い翔がいた。その光景を幸人と陽介は思い出していた。

 

 

「そりゃそうよ。物心ついた頃から……いいえ……

 

つく前から、彼とは一緒だもの。任務をやる時も御飯を食べる時も寝る時も……」

 

 

思い出す過去……暗い部屋に灯る蝋燭の火で、書物を読む大地の傍ら、彼に寄り掛かるようにして翔は眠っていた。

 

 

「もう1人の貴様は、どういう経緯で目覚めるんだ?」

 

「さぁね。

 

ずっと薬で抑えてるから、分からないわ。

 

 

発動するならば……今回みたいに、戦える者が周りにいなくなった時かしら」

 

「……あら?」

 

 

何かに気付いた花琳は、声を上げながら前を見た。

 

美麗を背負い森へ秋羅は、彼女を降ろした。2人の姿に幸人は煙草を消し、彼等の所へ行った。

 

 

「起きたのか」

 

「今さっき。

 

愁の所に行くって聞かなくて」

 

「愁は?」

 

「抜糸するために、さっき水輝と一緒に病院に行った」

 

「……いないの?」

 

「すぐ戻ってくる」

 

「……!

 

紅蓮!」

 

 

美麗の元へ駆け寄ってきた紅蓮は、体を彼女に擦り寄らせ頬を舐めた。

 

 

「あの様子だと美麗、体の方は平気みたいね」

 

「まだ完全じゃないわ」

 

「え?」

 

「足下、フラフラよ。

 

おそらく、起き上がれる程度の回復でしょうね」

 

「見ただけで分かるなんて、流石ね」

 

「水輝達から送られてくるデータと映像資料、毎回目を通せばだいたい分かるわよ」

 

 

紅蓮の背中に乗り、体を伏せていたネロの元へ美麗は行った。ネロは彼女の気配に気付くと、体を起こして顔を寄せ頬摺りした。

ネロに続いて、エルにゴルド、プラダ、アゲハも美麗の元へ寄り頬を舐めたり体を擦り寄らせた。

 

 

「すっかり美麗に甘えちまって……」

 

 

美麗をジッと見つめる大地……彼は隣にいる陽介に言うようにして話した。

 

 

「陽君、僕チンからも2人にはお願いしてみるけど……

 

 

ぬらちゃんをこっち(討伐隊本部)で引き取る話、無しして貰うわ」

 

「……どういう風の吹き回しだ?」

 

「明依ちゃんの資料の一部に、あったの。

 

各国の妖怪達が持つ闇の力は全て、大将が保持するって」

 

「……」

 

「その事に関して、翔と極秘に調査するつもりよ。

 

 

もしそれが本当なら、ぬらちゃんにとって今の生活が1番闇の力を抑えられている……維持できているの。

 

もっと詳しく分かれば、最近出て来た黒いオーラを纏った妖怪の対処方法が分かるかも知れないわ」

 

「……」

 

 

 

数時間後……

 

 

水輝と共に明依の家へ帰ってきた愁。騒がしいネロ達の姿を見て、愁は一目散に駆け出した。

 

 

「愁!!そんなに激しく動かすと、傷口開くよ!!」

 

 

帰ってきた愁の元に、エルは駆け寄り出迎えた。エルの様子に、美麗は紅蓮に支えられながら立ち上がり振り返った。

 

 

「……!

 

愁!」

 

 

駆け付けた愁に美麗は抱き着いた。愁は抱き着いてきた彼女を、傷がないか探るようにして、頬や頭、腕などを触り見た。

 

その様子を伺いながら、水輝は2人の元へ行き離れた場所にいた幸人と秋羅も行った。

 

 

「一応、傷口は塞がって抜糸はしたけど……

 

激し動くのは禁止。1週間は絶対安静」

 

「分かった。

 

当分の間は、仕事は俺と秋羅でやるつもりだ」

 

「その方が良い。

 

起きてからのミーちゃんの様子は?」

 

「足に力が入らないみたいで、上手く歩けないって……

 

それ以外は特に」

 

「足に力が入らない……」

 

 

気になった水輝は、美麗達の元へ歩み寄った。歩み寄る彼女の後を、幸人と秋羅はついて行った。

 

 

「愁、ちょっとごめんね」

 

『?』

 

「ミーちゃん、私の腕に捕まりながらで良いから、立ってみて」

 

 

足に力を入れ立ち上がる美麗……ふらつき倒れ掛けた彼女に紅蓮は助け船を出そうとしたが、愁がそれを阻止し立とうとする美麗を見守った。

 

 

「多分、まだ体が回復しきってないから、立てないんだと思うよ」

 

「やっぱりですか」

 

「今起きてるのも、やっとだと……」

 

 

水輝が説明している傍から、眠くなったのかあくびをしながら美麗は目を擦った。

 

 

「言ってる傍から」

 

 

眠たそうにする美麗を、愁は自身の足を枕に寝かせた。撫でる彼の手を美麗は軽く握りながら、眠りに付いた。




その様子を頬杖をつきながら、大地は見ていた。


(……ぬらちゃんにも、2つの人格があるのかしら……


闇の力を発揮した時のぬらちゃんと……

自分の妖力を発揮した時のぬらちゃん……


どっちが先に目覚めたのかしら)


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闇の力

青く生い茂っていた木々が、赤や橙色、黄色へと変わっていく頃……


枯れ葉を踏みながら、美麗は牧場を馬達と駆け回っていた。


「あんまりはしゃぐと、転ぶぞー!」

「平気!」


動物小屋を愁と掃除していた秋羅は、走り回る美麗を注意した。


数ヶ月間、しっかりと身体を休めたおかげで、美麗は牧場を駆け回るほど回復した。

山積みになっている落葉に、美麗は飛び込んだ。舞い上がる落葉の中に埋まった彼女を、一緒に走っていた紅蓮は加え出した。頭に乗っている葉っぱを、振り落とした美麗は寄せてきた紅蓮の頬を撫でた。


「すっかり元気になったな、美麗の奴」

『でも、まだ夜中飛び起きる。泣きながら』

「それは時間が解決してくれるのを、待つしか無い」

『……?


秋羅、お客さん』

「?」


玄関の方に目を向けると、門を開け中へと入ってくる2つの人影が見えた。


「誰だ?

出迎えてくるから、ここ頼んだ」

『分かった』


去って行く秋羅の背中に、美麗は愁の元へ駆け寄った。


『お客さん来たから、中に入ろう』

「誰来たの?」

『さぁ……』


討伐隊本部……

 

 

会議室に集まる、幸人達。資料を読み上げ終えた大地を前に、一同は深く息を吐いた。

 

 

「以上が、西領域で起きた事」

 

「何か、知らない間にそんな壮大なことをしていたなんて」

 

「驚きです」

 

「牛魔王復活の際に、美麗の力を使ったって書いているけど……

 

 

その力って」

 

「そこには書いていないけど……

 

 

闇の力よ」

 

「……」

 

「現在、この日本で黒いオーラを纏った妖怪の目撃情報がいくつもあるの知ってるでしょ?

 

 

普通の妖怪とは異なり、狂暴化で敵味方関係無しに殺戮を楽しむ妖怪」

 

「バーサーカー状態ッスね」

 

「その狂暴化した妖怪と闇の力、何が関係してるの?」

 

「してるにはしてるけど……まだ詳しいことは」

 

「そう……」

 

「幸人、今美麗はどういう状態だ?」

 

「体力は回復して、今頃走り回ってるだろうよ」

 

「あら、やっと起きたの?」

 

「まぁな。

 

けど、夜泣きが酷い……」

 

「何だ?赤ちゃん返りか?」

 

「んな訳ねぇだろう。

 

傷がまだ癒えてねぇんだよ、心の」

 

「それは可哀想に」

 

「確かに、ここ数ヶ月のデータに『夜泣き有り』って、記載されてるわ」

 

「時間が解決してくれるのを、待つしか無いという事か?」

 

「だろうな……

 

陽介、煙草良いか?」

 

「構わん」

 

「そんじゃ俺も」

 

「2人に続いて!」

 

 

換気のために、陽介は窓を開けそれと同時に幸人と創一郞、迦楼羅は煙草を吹かした。

 

 

「本当、煙草好きだね」

 

「早死にするわよ?」

 

「ほっとけ」

 

「そういえば、愁君は?少しはマシになったかしら?」

 

「普通だ。

 

その辺にいる成人男性と変わらない」

 

「あら?じゃあもう、1人で生活できるの?」

 

「そこまではまだ無理だ。

 

まぁ、買い物と留守番くらいは出来るようになったかな」

 

「随分と成長しましたね」

 

 

 

「一度は会ってみたいのぉ」

 

 

そう言いながら、会議室に蘭丸と梗介が入ってきた。陽介と大地、席から立ち上がった幸人は敬礼した。

 

 

「来るのであれば、迎えに行きましたのに」

 

「何、たまたまこっちに用があって、そのついでに寄ったんじゃ。

 

大地、今幸人が話しておった愁と言う者の写真はあるのか?」

 

「え、えぇ。ありますよ」

 

 

書類の中から、愁が写った数枚の写真とデータを、大地は蘭丸に見せた。

 

愁の顔写真を最初に、彼の写真には美麗が一緒に写っていた。写る彼女の表情に、蘭丸は薄らと微笑を浮かべた。

 

 

(まるで、晃さんと写っているみたいじゃな)

 

「なぁ蘭丸、アンタは闇の力を知ってるか?」

 

「闇の力?

 

確か、妖怪の世界では禁忌の力だと聞いたことがあるが……」

 

「やっぱり、そこまでか……」

 

「闇の力についての資料、昔はありましたか?」

 

「いや……

 

儂が若い頃、それについて調べようとした研究員は、何人かいたが……それ以降、発展は何も」

 

「本当に資料がないのね、そうなると」

 

 

 

 

場所は変わり、幸人達の家……

 

 

ソファーの上で眠る美麗に、愁は毛布を掛け頭を撫でた。彼の肩に留まっていたアゲハは、彼女に寄り添うようにして傍に降り、眠りに付いた。

 

 

「じゃあ愁、夕飯前には帰ってくるからあと頼んだ」

 

『分かった』

 

 

そう言って、秋羅は仕事道具を持って家を出た。出て行った後、愁は外から聞こえてきた馬達の鳴き声が気になり外へ出た。

 

 

しばらく馬達を宥めていた時、家の方から美麗の泣き声が響き、愁は慌てて戻った。中へ飛び込むと、ソファーの上に座り込み涙を流し泣き喚く美麗と、彼女を宥めようと必死にアゲハが周りを飛び回っていた。

 

 

『美麗、俺ここにいるよ』

 

 

そう言いながら、愁は美麗の隣に座り彼女を抱き寄せ背中を擦った。擦られた彼女は、徐々に落ち着きを戻していき、しゃくり上げながら愁にしがみつき肩に顔を埋めた。

 

 

『キー?』

 

『美麗、少し外出る?』

 

「……うん」

 

 

鼻を啜りながら、美麗は愁の手を握りながら表へ出た。牧場で馬達を見ていた紅蓮は、彼女に気付くと駆け寄り体を擦り寄せた。

 

 

「愁、秋羅は?」

 

『仕事で出てる。夕飯前には帰ってくるって。

 

もう少し落ち着いたら、買い物行こう』

 

「うん」

 

 

微風が吹き、草木や愁達の髪や紅蓮達の毛を靡かせた。気持ち良さそうにする美麗が着けている妖魔石が、一瞬光を放ったがまた暗くなり、元の色に戻った。

 

 

 

夕方……

 

街灯に明かりが灯る町の中を、愁は美麗と歩いていた。買い物袋を抱える愁の服の裾を掴み歩く美麗は、紙を見ながら袋を見た。

 

見ながら歩いていた時、何かに気付いた美麗は顔を上げ前方を見た。体を伸ばしながら歩いてくる、秋羅の姿があった。

 

 

「あ!秋羅!」

 

「?

 

あれ?お前等」

 

 

駆け寄ってきた美麗を受け止めた秋羅は、彼女の頭を撫でながら愁から買い物袋を1つ受け取り帰路を歩き出した。

 

町を離れ草木に囲まれた道を、アゲハと遊びながら美麗は秋羅達の先を歩いていた。

 

 

「そっか……また泣いたのか」

 

『でも、俺が来たらすぐ泣き止んだ』

 

「それは夜中でもそうだろう?

 

俺や幸人が来たら、すぐに泣き止むし……

 

 

やっぱ、ちゃんとした所で診て貰った方が良いのかなぁ」

 

『診る?

 

水輝達、診てるよ?』

 

「違う違う。

 

心の傷を治す医者に、診せるんだよ。

 

 

水輝さんは体に出来た傷を治す医者で、暗輝さんは動物の傷を治す医者。

 

心は専門外」

 

『こころ?

 

こころって、何?目に見えないの?』

 

「目には見えないな。

 

そうだなぁ……

 

 

愁はさ、美麗と一緒に居る時どういう感じになる?」

 

『……不安じゃなくなる。

 

安心するし、この辺りが軽い』

 

 

そう言いながら、愁は自分の胸辺りに手を置いた。

 

 

「それが心だよ。

 

嬉しかったり悲しかったり、怒ったり泣いたり……

 

 

感情や知識、精神のことを心って言うんだ」

 

『……俺にも、心あるのか?』

 

「あるだろう。

 

お前、美麗が危険な身になったりいなくなったりすると、幸人や俺達の意見無視して速効で助けに行こうとするじゃねぇか。

 

 

西領域の時だって、悟空達にさらわれた美麗助けに行こうとしただろ?」

 

『だって、美麗を危険な目に遭わせちゃいけないって……』

 

「そういう気持ちがある限り、心は存在するよ」

 

 

アゲハを追いかけ回す美麗の、楽しそうな表情に秋羅は微笑んだ。同じように見ていた愁は、一瞬別の者が映った。

 

小物妖怪と駆け回る、1人の女性……笑う口元が見えるが、目元が見えなかった。そんな彼女の元へ、1人の男が歩み寄り女は彼の元へ駆け寄った。振り返った2人は、自分に向かって手招きをした。

 

目に見えた光景はそこで途絶え、気付くと美麗がアゲハと共に、自分と秋羅の元へ駆け寄ってきた。

 

 

(……今の、何だ?)

 

「愁?大丈夫?」

 

『うん……平気』

 

 

空いていた手で、愁は出していた美麗の手を握り帰路を歩いていった。




闇の力……

またの名を負の力。


妖怪にとって闇の力は、禁忌の力。

その力を手に入れたら最後、二度と元には戻らない。

破壊と殺戮を糧にして、この地を滅ぼす妖怪と化する。

そして、それを止められるのは、神の領域の力を手に入れた者のみ。


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伊吹美麗
過去を知る者


あの子が、町を……村を……俺の家族を……
 
 
でも違う……あの子を、あんな風にしてしまったのは……俺達のせいだ。
 
 
『その子は、今どうしているの?』
 
 
分からない……あれ以来、会っていないし見ても無い。
 
 
また会えるなら、謝りたいよ。
 
 
あの時、守れなくてごめんって……


幸人が本部の会議に行ってから数日後……

 

 

「え?美麗に会いたい人?」

 

 

本部から幸人と一緒にやって来た葵の言葉を、秋羅は繰り返しながら彼にお茶を出した。

 

 

「依頼かな?

 

 

以前、北西に行っただろう?

 

その時に、擦れ違い様に彼女を見掛けて……」

 

「是非会いたいと……

 

そいつ、何者なんだ?」

 

「さぁ……

 

僕も詳しく聞こうと思ったんだけど、依頼人がどうしても美麗に会ってからって」

 

「そういえば、美麗ちゃんと愁は?」

 

「美麗なら、今愁と一緒に牧場で馬達の世話。

 

多分そろそろ」

 

 

裏口の戸が開く音が聞こえた。外から、美麗と愁が入ってきた。

 

 

「あ!時雨と葵だ!」

 

「やぁ、美麗。元気そうだね」

 

「どうしたの?

 

また幸人に依頼?」

 

「そうだよ。

 

美麗、君に会いたいって人がいるんだ」

 

「私に会いたい?」

 

 

不思議そうに言葉を繰り返しながら、美麗は幸人の方を見た。

 

 

「前に北西の森行っただろう?」

 

「うん」

 

「その時通った町で、お前を見掛けた人が会いたいって葵の所に依頼できたんだ」

 

「何で私に?」

 

「さぁな」

 

「その依頼、引き受けてくれるかな?」

 

「……良いよ!

 

北西の森、行きたいし!」

 

「それじゃあ決まりだね」

 

「出発は明日にしてくれ。

 

会議で疲れた」

 

「良いよ。

 

僕等、今晩泊まっても良いかな?」

 

「構わん」

 

 

すると、牧場からエルの鳴き声が聞こえ、愁は美麗と一緒に外へ出た。

 

 

「愁にベッタリね。美麗ちゃん」

 

「美麗の気持ちが落ち着くだろうから、なるべく一緒に居させてんだよ」

 

「そんなに酷いの?夜泣き」

 

「仕事に響くレベルだ」

 

「それはそれは……」

 

「会議行ってる間は?」

 

「昼寝してた時に1度だけ。

 

 

でも、そっからは愁がずっと添い寝してたから、夜泣きはしてない」

 

「おや?

 

幸人が会議で話した内容と、少し違うね」

 

「愁が添い寝するようになってから、夜泣きはなくなってますね」

 

「いない間に、状況が変わってるみたいだね」

 

「今度報告する。

 

水輝達の所に行ってくるから、秋羅後任せた」

 

「分かった」

 

 

そう言って、傍に置いていたバックとコートを手に取ると、幸人は家を後にした。

 

 

 

翌日……

 

 

汽車に乗る幸人達。美麗は座席の上で愁の足を枕代わりに頭を置き眠っており、愁も窓に寄り掛かるようにして寝息を立てていた。

 

 

「朝早くの汽車に乗っても、着くのが夜になるだなんて……結構掛かるのね」

 

「そうだな。前回はネロ達に乗って行ったからすぐだったけど……」

 

「何事も無く、安全に着いて欲しいわ」

 

「それは言えてる」

 

「……それにしても、よく寝るわね。

 

2人共」

 

「朝早かったし、また美麗の奴が寝なかったみたいだし。

 

多分、その寝不足だろう」

 

 

そう言いながら、秋羅は大きくあくびをした。それに釣られて、時雨もあくびをし2人はそのまま眠りに入った。

 

 

その頃、別の席にいた幸人達は他愛のない話をしていた。

 

 

「そういえば、幸人達はいつ振りなの?北西に行くのは」

 

「4ヶ月か5ヶ月ぶりだ」

 

「もうそんな経つのか」

 

「北西の森に連れてけ連れてけって、美麗の奴がうるさかったからな。ここ数ヶ月」

 

「故郷に1度戻ると、やっぱり何回も行きたくなるもんだよ」

 

「俺は初めてだなぁ。美麗の故郷」

 

「前回行ったのは、水輝だったもんな」

 

「アイツから話は聞いたけど……何か、凄かったって事は分かった」

 

 

引き攣った表情をした暗輝を見て、幸人達は全員察したのか、それ以上の質問はしなかった。

 

 

「は、話は変わるけど……

 

美麗に会いたい人って、どういう人なんだ?」

 

「依頼状が来ただけだから、まだどういう人かは……

 

 

あぁそうだ。美麗がいないから、今話しちゃうね。

 

 

実はその会いたい人、彼女の過去を知っているみたいなんだ」

 

「……は?!」

 

「やっぱ驚くよね。僕も驚いたよ」

 

「その人、半妖か?」

 

「まさか」

 

「行ってみなきゃ、分からないよ。

 

依頼人、何にも教えてくれないんだもの。本人が来るまで」

 

「そいつもそいつで怪しいな」

 

 

 

夕方……

 

 

“キー”

 

 

「うわっ!」

「キャ!」

 

 

突然急ブレーキが掛かる列車……席に座っていた秋羅と時雨は、停まった衝撃で滑り落ち床に尻を着いた。向に座っていた美麗は、落ち掛けたが肘掛けを掴んだ愁が彼女を抱き寄せ抑えた。

 

 

「な、何だ?」

 

「さ、さぁ」

 

 

立ち上がった秋羅は、引き戸を開け外を見た。すると廊下を歩く幸人達が、彼等の元へ駆け寄ってきた。

 

 

「秋羅、すぐに外出ろ」

 

「何かあったの?」

 

「線路に獣妖怪がいるらしくて、それを退治して欲しいって」

 

「さっき、車掌さんが頼みに来たんだよ」

 

「……暗輝さん、頭大丈夫ですか?」

 

「でっかいタンコブ!」

 

「急ブレーキ掛かった時に、向かいの席の背もたれに額ぶつけたんだよ、勢い良く」

 

「うわぁ、痛そう」

 

「秋羅行くぞ」

 

「あ、あぁ」

 

「時雨、君も」

 

「は、はい」

 

「私も行く!」

 

『あ、美麗』

 

「お父さーん、娘がそっちに行きますよー」

 

 

 

外に出ると、線路の上には巨大な身体と角を持った鹿が倒れていた。

 

 

「デケぇ……」

 

「紅蓮達と比べると、デカいな」

 

「祓い屋さん、何とかして下さい!

 

このままでは、列車を動かせません!」

 

「そう言われましても……」

 

「悪さをしてるわけじゃねぇしなぁ」

 

「封印でも何でもお願いします!」

 

「流石に悪さをしていない妖怪を、封印するのはちょっと……」

 

 

人混みの間から見ていた美麗は、愁に耳打ちをした。彼は頷くと、貨物車の方へ行き扉を開いた。

 

その間に、美麗は人混みをかき分けて前へ出た。被っていたフードを取りながら、鹿に近付いた。

 

 

「ちょ、ちょっと!子供が!」

「少し静かにしてて下さい」

 

「え?」

 

 

近寄る美麗……鹿はスッと目を開けると、寄ってくる彼女に顔を上げ立ち上がろうとした。

 

 

「あぁ!立ち上がらなくて良いよ!

 

そのまま」

 

 

鹿に寄った美麗は、鹿の頬を撫でた。鹿は落ち着いたのか立ち上がらず頭を下げ、深く息を吐いた。

 

 

「……暗輝」

 

「分かってる」

 

 

器具が入ったバックを手に、暗輝は美麗の元へ歩み寄った。美麗は彼が寄ってきたのを気にしながら、警戒する鹿の喉下を撫でた。

 

 

「後ろ足、怪我してるみたい」

 

「やっぱりか……

 

立ち上がろうとした時、後ろ足を庇ってたからな」

 

「手当てできる?」

 

「大丈夫だ。

 

それより、そいつを抑えててくれ」

 

「うん」

 

 

背後へ回った暗輝は、後ろ足に出来ていた傷をすぐに治療した。するとそこへ、紅蓮を連れた愁が人混みから現れ、美麗の元へ駆け寄った。

 

 

「紅蓮、この子の手当て終わったら森に」

 

『分かった』

 

「そのまま、先に北西の森に行ってて」

 

『あぁ。気を付けろよ』

 

 

自身の頭を撫でる美麗に、紅蓮は体を擦り寄せた。




数分後……手当てを終えた暗輝は、器具を持ちながら美麗の方へ行った。
 
 
「ほら、もう立てるよ」
 
 
頬を撫でられた鹿は、怪我をした足を庇うようにして立ち上がった。手当てをして貰った足を引きずりながら、鹿は暗輝に頭を寄せた。
 
ビックリした暗輝だったが、すぐに鹿の額を撫でてやった。撫でられた鹿は、頭を振ると足を引きずりながら先導する紅蓮の後をついて行き、森の中へと帰って行った。
 
 
「ほれ、線路開いたぞ」
 
「……あ、ありがとうございます!」
 
 
笛を鳴らしながら、車掌は外に出ている乗客を列車に乗せた。汽笛が鳴る音に、森の方を見ていた美麗は遠くで待っている幸人達の元へ駆け寄り、一緒に列車へ戻った。


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生存者の曾孫

夜……梟が鳴く頃、北西地域の駅に列車が停まった。
 
 
駅へ降りた幸人達は、外へ出ると体を伸ばした。
 
 
「やっと着いた」
 
「ここからまだ、距離はあるんだけどね。
 
北西の町までは」
 
「歩くのか?」
 
「いや、今日はこの町に泊まるよ。
 
小さいけど、宿はあるし」
 
「なら良いけど」
 
 
家畜車からエルを出した愁は、手綱を引きながら幸人達の元へ寄った。寄ってきた愁から、秋羅はエルの手綱を受け取った。手綱を渡すと、愁は自身から落ち掛けていた眠っている美麗を抱き直した。
 
 
「列車の中で、夕飯食べて正解だったな」
 
「まぁ、緊急停止があったから」
 
「2時間遅れの到着ですからね」
 
「……あれ?
 
着いたの?」
 
 
眠い目を擦りながら、美麗は起き愁から降りた。
 
 
「一応な」
 
「今日はこの町に泊まって、明日君等が北西の森に行く時に通った町に行くよ」
 
「今日じゃないの?」
 
「もう遅いからな」
 
 
そう言いながら、幸人は周りを歩く乗客達に警戒しながら浅く被っている美麗のフードを深く被らせた。彼等から隠すようにして、葵と暗輝が美麗の周りに立った。
 
 
「……嫌な気配がしますね」
 
「おそらく、闇市場の奴等だろ……」
 
「愁、美麗から絶対目を離すな」
 
 
幸人の言葉に、愁は頷きフードの裾を弄る美麗を抱き寄せた。


翌日……

 

道なき道を幸人達は歩いていた。

 

 

「な、何で……」

 

「森の中、歩くんですか?」

 

「美麗を守るためだから、我慢してね」

 

「昨日夜、ちょいと辺り調べたらザッといたからな。

 

闇市場の奴等が」

 

「お前、よく鼻が利くな」

 

「幼少期から、闇市に行かされてたからな。

 

においが分かるんだよ」

 

「ここを通ってから、エル達を行かせるべきだったな」

 

「それは分かる……」

 

 

先頭を歩いていた美麗は立ち止まり、辺りを見回した。

彼等が立ち止まると、茂みから巨大な猪が子供を連れて出て来た。

 

鼻を動かしながら、猪は美麗達の方に体を向けた。動こうとした幸人達に、美麗は手で動くなと合図を送りながら、ゆっくりと猪に近寄った。猪達はジッと美麗を見つめ、そして彼等をチラッと見ると茂みの中へと入って行った。

 

 

「大きい猪」

 

「この辺りを管理してるんだよ。

 

道を知ってる奴か、礼儀を知っている奴しかこの森を通さないから」

 

「じゃあ、今のって挨拶なのか?」

 

「うん。

 

 

この森抜ければ、町に着くよ」

 

 

しばらくして森を抜けると、ようやく目的地の町に幸人達は着いた。

 

 

「フゥー、やっと着いた」

 

「依頼人はどこにいるんだ?」

 

「町の真ん中にある噴水の前で、待ち合わせだよ」

 

 

森から出た幸人達は、町の裏口から入った。町の中を歩いていき、中心街に着くとそこには噴水があった。

 

 

「ここか?」

 

「多分そうだと思うけど……」

 

 

幸人と葵が辺りを見回している間、噴水の縁から美麗は身を乗り出し、中に入っている水に手を入れた。するとそれを真似するかのようにして、傍にいた低級の妖怪達が次々と水の中に入り水飛沫を上げた。

 

 

「うわっ!」

 

『美麗、大丈夫?』

 

「水が掛かった」

 

 

顔に付いた水を美麗は袖で拭き、それを見た愁はバックからタオルを取り出し、彼女の顔を拭いた。

 

 

「あの、祓い屋の水影様ですか?」

 

 

その声に、葵と時雨は振り返った。橙色と毛先が赤くなった髪を耳下で結った女性が、そこに立っていた。タオルの隙間から彼女の姿を見た美麗は、一瞬誰かと重なって見え、そして口にした。

 

 

「あさひ?」

 

「え?」

 

「美麗!」

 

「何言ってんだ?お前はいきなり」

 

 

「あの」

 

「?」

 

「旭陽は私の曾祖父の名前です」

 

「え?」

 

「あなたが、美麗?」

 

「うん」

 

「……私は、旭陽の曾孫。

 

陽咲(ヒナタ)。山方陽咲って言うの」

 

 

美麗に近寄り、屈んだ女性は自身を指で指しながらそう言った。

 

 

「あの、あなたがこの子の過去を知っていると依頼書に書いてあったのですが」

 

「その事でしたら、私の家で全て話します。

 

曾祖父から受け継いだ話があるんです」

 

「あなたの曾祖父は、何者なんですか?」

 

「北西の森に行く途中に、村と町が2つありましたよね?跡地が」

 

「えぇ」

 

「その町の唯一の生き残りだったんです。曾祖父は」

 

「?!」

 

 

その言葉に、幸人達は開いた口が閉じず驚きの顔を隠せないでいた。

 

 

 

陽咲の家へ来た幸人達……部屋に置かれた棚には、優しそうな年老いた男が写った写真の前に、花が添えられていた。

 

 

「この男の人って……」

 

「曾祖父です。

 

曾祖父は、数ヶ月前に亡くなりました」

 

「数ヶ月前って……今まで生きていたんですか?!」

 

「えぇ。

 

120歳で、生涯を閉じました。沢山の曾孫や玄孫に囲まれて、幸せそうでした」

 

「陽咲は何で、旭陽と一緒に住んでたの?」

 

「私は、10歳の時に両親が事故で亡くなって曾祖父に引き取られたんです」

 

「そろそろ、君の話を聞かせて貰おうかな」

 

 

席に着いた葵に言われ、陽咲は美麗をチラチラと見ながら言いにくそうにしていた。それを見た幸人は、葵と目を合わせた。

 

 

「愁、美麗連れて北西の森に行ってろ」

 

「いいの?!」

 

「仕事の話が始まるからね。

 

美麗はちょっと退屈だろ?」

 

「ワーイ!ヤッター!

 

愁、早く行こう!」

 

『あ、美麗!』

 

「危険なこと、すんじゃねぇぞ!」

 

 

愁の手を引きながら、美麗は外へ飛び出し森の中へと入って行った。

 

 

「これで少しは、話しやすくなりましたか?」

 

「すみません……」

 

「良いんですよ。

 

さぁ、話して下さい」

 

 

葵の言葉に、陽咲は席に着き静かに口を開き話した。

 

 

「曾祖父は、北西の森に近い町で生まれました。

 

北西は気候が良く、とても住み易い町だと言っていました。春になると、観光客が多く来ては、町中に咲く桜を見ながらお花見をしていたと、良く聞かされました」

 

「その辺りは、美麗達の話通りだな」

 

「曾祖父が美麗と会ったのは、5歳の頃でした。

 

ある日突然、父親がまだ幼い美麗を連れて来たと……それが出会いだったって」

 

「え?」

 

「晃と一緒じゃないのか?」

 

「何でも美麗の母親が亡くなった時、晃さんはまだ17歳だったので子供が子供を育てるのは無理だと言われて、当時町長であった曾祖父の父が引き取ったんです」

 

「何か……美麗が晃から引き離された時の状況が、俺凄く見えるんだけど」

 

「悪いが俺もだ」

 

「おそらく、ご想像通りかと……

 

 

引き取られた初日から、大泣きで大暴れして手が付けられない子だったと」

 

「やっぱり……」

 

「今の美麗見れば、よく分かる」

 

「結局1ヶ月預かっただけで、後はもうお手上げ状態だったようで……すぐに晃さんが迎えに来たと」

 

「ハハハ……」

 

「しかし、その1ヶ月だけだったとは言え、曾祖父は妹が出来たみたいで嬉しかったらしく、1人で外に行けるようになってから、毎日のように美麗の所に行っていたみたいです。

 

晃も快く歓迎してくれてたと、曾祖父は嬉しそうに話していました」

 

「何か、寂しい幼少期を過ごしていたかと思ってたけど案外普通に楽しんでたんだな」

 

「そうみたいね」

 

「でも、彼等の家に行けたのは幼少期だけです。

 

成長するにつれ、美麗の妖力が強力になってしまって近寄るのは控えてくれと言われたそうです。

 

 

それを機に、曾祖父は行くのを控えるようになったと……

 

 

 

 

町の人達は、美麗の成長を見るのが生き甲斐で、楽しみで幸せだったそうです……

晃さんと一緒に歩く彼女の姿は、兄に甘えるような可愛い妹のようでしたと、曾祖父は言っていました。

 

 

 

 

でも、幸せはそう長くは続きませんでした」




北西の森……じゃれるエル達の相手をしながら、美麗は森の中を駆けていた。愁は辺りを警戒しつつ、先を走る美麗の後をついて行った。
 
 
「愁!早く!」
 
『美麗、待って!走ったら』
「うわっ!」
 
 
木の根っこに足を引っ掛けた美麗は、地面に倒れた顔に付いた土を振り払いながら立ち上がった彼女の傍に、愁は駆け寄り頭に付いている木の葉や土を落とした。
 
 
『走ったら、転ぶよ』
 
「はーい……」
 
 
心配そうに駆け寄ってきたエルの頬を、美麗は撫でた。
 
すると、茂みから2匹の黒狼が現れ美麗の傍へ行き体を擦り寄せた。2匹に続いて、地狐と空狐が現れた。
 
 
「あ!
 
地狐!空狐!」
 
『お帰り、美麗』
 
 
2匹の黒狼を退かしながら美麗は、地狐に空狐と順番に飛び付いた。空狐に甘える彼女を気にしながら、愁は2人に軽く礼をした。
 
 
『全部見ていたから、事情は知っているよ』
 
『……
 
天狐は?』
 
『姉君は今、森の見回り』
 
「リルは?」
 
『リルも一緒に。
 
さぁ、森を見回ろう』
 
 
先に行く黒狼達を追い駆けるようにして美麗は駆け出し、その後を愁達はゆっくりとついて行った。


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総大将の証

『晃、この痣は何?』
 
君を怖いものから守るものだよ
 
『怖いもの?』
 
そう、怖いもの……
 
 
 
 
発動しても良い時期なのに……どうして。
 
 
教える人がいないから、どう使えば良いか分からないんだと思うよ。
 
 
いつか、美麗が心の底から守りたいという気持ちが芽生えれば、力は発動すると思うよ。


暗く重くなる空気……その中で、一瞬黙り込んでいた陽咲はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「あの日……

 

 

美麗が12歳になった頃、突然討伐隊が町にやって来たそうです。

 

曾祖父は、彼女の家に向かう討伐隊の後をこっそりつけて行き遠くの茂みから彼等を見たそうです」

 

「……討伐隊は、どの要件で来たんですか?美麗の元に」

 

「私も同じ質問をしました。

 

でも曾祖父は死ぬまで、分からないと言っていました……

 

 

度々、討伐隊に入った晃と幼馴染みの方とその方の後輩がよく、家に来ていたのは自分を含む町の皆が知っていたらしいです……けど、あの時来た討伐隊は誰一人として見たことも無い人達だけだったと」

 

「……」

 

「茂みから見ていた時、家の方から叫び声が聞こえてきたらしいです。

 

目を離せなかった曾祖父は、見たそうです。

 

 

枷を着けられ、無理矢理討伐隊に連れて行かれる美麗を」

 

「無理矢理って……」

 

「まさか……引き離したの?晃さんと」

 

「どうやら、嫌な事実が隠されてたみたいだね」

 

「だな……」

 

「そのまま、曾祖父の故郷の町、村へと降りて行き……

 

 

それ以降、美麗を見た者はいなかったそうです。

 

 

町や村に響いていた美麗の笑い声が消えてから、数年後……今度は晃さんが姿を消したんです」

 

「……」

 

「その日を最後に、二人は帰ってくることはなくなりました。

 

 

1年…また1年と月日が流れていき、気付けば10年経った時です……あの悲劇が起きたのは」

 

「……まさか、あの消えた村と町が」

 

「はい……

 

 

曾祖父が、この町に届け物をしていた時だったそうです。

 

突然どこからともなく、町と村を包み込むようにして黒いオーラが噴火したと……」

 

「黒いオーラ……」

 

「噴火してすぐ、我に返った曾祖父は危険を顧みずに、すぐに現場へ向かったそうです。

 

 

建物は一部が破損していただけでしたが……村人も町人も、皆いなくなっていたんです」

 

 

震える声で、陽咲は言った。目に涙を浮かべながら、彼女は曾祖父の遺影を撫でた。

 

 

「曾祖父はよく、その日の気持ちを言っていました。

 

 

地獄を見ているようだったと……

 

父が…母が…弟が…妹が…友達が……皆…皆一瞬で消えたと」

 

 

 

“ドーン”

 

 

突然、家が揺れた……揺れが収まると、幸人達はすぐに外へ飛び出た。

 

 

外には、中心街に出て来た黒いオーラを纏った鬼熊が、咆哮を上げていた。

 

 

「こんな所で、黒いオーラを纏った妖怪に出会すなんて……」

 

「おいおい、北西は天狐達がいるから安全じゃ無かったっけ?!」

 

「俺に聞くな!

 

葵」

 

「分かってるよ」

 

 

銃を取り出しながら、幸人は鬼熊の元へ行き彼の後に続いて、秋羅と時雨はついて行った。

 

 

 

中心街へ行くと、そこでは逃げ惑う人々で広場は溢れかえっていた。その中を、幸人達は駆け抜け近くまで行くと、逃げ遅れている人に攻撃をしようとする鬼熊の前足に幸人は銃弾を放った。

 

 

「命中した!」

 

「時雨!秋羅!鬼熊の気を引いて!」

 

「はい!」

「はい!」

 

 

奏でるオカリナの音色に、水は生きているようにして動き座り込んでいる女性を、葵の元まで連れて行った。

 

 

「ここは我々に任せて、早く逃げて下さい」

 

「は、はい」

 

 

逃げていく彼女の足音に気付いたのか、鬼熊は咆哮を上げて口に妖力玉を作り上げると、それを放った。

 

 

「危ない!!」

 

 

当たる寸前、目の前に氷の壁が作られ攻撃を防いだ。転んだ彼女の傍に愁が駆け寄り、立ち上がらせた。

 

 

『大丈夫?』

 

「は…はい」

 

「幸人、帰ってきたー!」

 

 

そう言いながら氷の壁の上で、美麗はぴょんぴょん跳ねていた。

 

 

「森に戻ってろ!!ここは危険だ!!」

 

「危険?」

 

 

首を傾げながら、美麗は氷の壁から飛び降りた。降りた瞬間、目の前に鬼熊が立ち前足で攻撃してきた。美麗は素早く避け、後ろへ下がりながら幸人の元へ駆け寄った。

 

 

「分かっただろ?危険だから、森に戻ってろ」

 

 

そう言う幸人の背後から、鬼熊は前足を上げ攻撃を仕掛けてきた。振り返る彼の肩を踏み台に、美麗は前に立ち攻撃を一身に受けた。攻撃の勢いから彼女は吹っ飛ばされ、市場に並ぶ商品棚に体をぶつけた。

 

 

「美麗!!」

 

 

飛ばされた彼女の方に目を向ける幸人達だが、鬼熊は前足を振りかざしていた。

 

 

 

「駄目ぇぇええ!!」

 

 

 

響き渡る美麗の声……その声に、鬼熊は攻撃の手を止め彼女の方を見た。瓦礫から出た美麗は、破れた服の袖を切り捨てながら鬼熊に歩み寄った……奇妙な模様をした痣を左腕に浮かべながら。

 

 

「何だ……あれ」

 

「た、助かったでいいの?」

 

「わ、分かんねぇ……まだ気ぃ抜かない方が良い」

 

 

鬼熊の前に立った美麗は、左腕の模様を光らせると鬼熊の額に手を置いた。

すると、鬼熊を覆っていた黒いオーラが左腕の模様に吸収されていった。唸り声を上げていた鬼熊は、次第に唸るのをやめ気を失ったかのようにしてその場に倒れた。

 

左手に黒いオーラを纏った美麗は、そのオーラを自分の中へと取り込んだ。取り込むと、彼女は力無くその場に座り込んだ。

 

 

「……た、助かったのか?」

 

「暴走していた妖怪を……美麗が止めた」

 

 

その時、噴水の上に地狐と空狐が降り立った。空狐は鬼熊の元へ、地狐は美麗の元へと行った。

 

 

『美麗、大丈夫?』

 

「……地狐……私」

 

『今は何も考えなくて良いよ』

 

 

混乱する美麗を宥めていると、愁が彼等の元に駆け寄ってきた。地狐は彼をジッと見ると頷き、愁も何かが分かったかのようにして頷いた。寄ってきた愁がしゃがむと、美麗は彼に抱き着いた。

 

 

『さぁ、そなたは小生と森へ帰ろう』

 

 

空狐が頭を撫でると、鬼熊は正気に戻ったかのような目を開け、起き上がった。鬼熊は空狐に連れられて、森の方へ帰って行った。

 

 

抱き着く美麗を、地狐は撫でながら左腕に目を向け、そして微笑を浮かべた。

 

 

(……ようやく、現れたね。

 

 

 

 

総大将の証が)




数時間後……
 
 
遠征に通り掛かった陽介率いる討伐隊が、北西の町へ寄り修復作業に当たっていた。
 
 
「全く、騒ぎを聞きつけ来てみれば……
 
 
何故祓い屋が二組もいたくせして、何故被害が出た?」
 
「だから、何度も言ってるだろう」
 
「お前等の所で問題視してる、黒いオーラを纏った妖怪に出会したって」
 
「それで何で貴様等は無事なんだ?
 
怪我人が出ても、おかしくないレベルだ」
 
「だから……
 
あ~もう、テメェと話すの面倒になった。葵、頼む」
 
「君が出来ないなら、僕も出来ないよ」
 
 
討伐隊の救護班から、手当てを受ける幸人は煙草を吹かしながら葵と共に、半ギレしている陽介の相手をしていた。
 
 
「見てんだから、説明しろよ!」
 
「面倒なんだよ、こいつと話すの」
 
「あのなぁ」
 
「それとは別に幸人、何故俺が美麗の手当てをしなければならないんだ」
 
 
彼の前に愁の膝に座っていた美麗は、彼から傷の手当てを受けていた。
 
 
「仕様が無いだろ?
 
救護班が手を出そうとしただけで、攻撃しようとしたんだからよ」
 
「貴様がすればいい話だろうが」
 
「俺は怪我人だ」
 
 
睨み合う二人の視線に、秋羅達は腫れ物を触れるようにしてしばらく眺めていた。


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発揮された力

山方陽咲の家……


傷の手当てをして貰った幸人達は、彼女の家へと戻った。陽咲はあるものを、彼等に見せた。


「これって……」

「写真?」


写真に写る3人の男女……1人の男を中心に両脇に立つ2人の10歳くらいの男女が、桜の木をバックに写っていた。


「その写真は、曾祖父が12歳、美麗が10歳、晃が24歳の時に撮ったものだと聞きました」

「……確かに、言われてみれば美麗と晃さんだ」

「美麗ちゃん、何かちょっと大人びてるわね?」

「……?


なぁ、美麗の左腕……痣ねぇか?今出てる同じものが」


七分袖のワンピースを着た美麗の左腕には、今出ている痣と同じような痣が刻まれていた。


「本当だ……」

「この時にはあって、今まで消えてて……また復活?


訳分かんねぇ」

「あの、1つ質問良いですか?」


写真をジッと見ていた秋羅は、それを見ながら質問した。


「はい、私に分かることでしたら」

「この写真に写ってる、桜の木はどこにあるかご存知ですか?」

「さぁ……曾祖父の話では、2人の家近くの森の中だと言っていましたが……


多分、その桜はもう無いかと思います」

「黒いオーラの噴火が原因?」

「はい。

今残っている桜はこの辺りにはもう無いかと……


ごめんなさい……ここに長く住んでいるんですが、桜を一度も見たことが無いので」

「いいえ、大丈夫ですよ。

今回は、貴重なお話をして頂きありがとうございます」

「こちらこそ、聞いて頂きありがとうございます。

それから、美麗を連れて来てくれてありがとうございます。お目にかかれて光栄でした」


馬車の中……美麗は不機嫌顔で外を眺めていた。

 

 

「そんな不機嫌な顔すんな」

 

「だって……北西の森、行けなかったんだもん」

 

「仕様が無いだろう。

 

その痣が何なのか、調べなきゃいけなくなっちまったんだから」

 

「痛くもないし痒くも無いんだから、別に調べなくていい!!」

 

「今は良くても、後々から何かあったらしゃれにならねぇだろうが!!」

 

「いいもん!北西の森には、地狐達がいるから」

 

「お前なぁ」

 

「簡単な検査だ。大人しくしていろ」

 

「……」

 

 

頬を膨らませながら、美麗は幸人と陽介に背を向けた。隣に座っていた愁は、心配そうに彼女と幸人達を交互に見た。

 

 

 

馬の蹄と馬車の写輪の音が鳴り響いていた……暇そうに外を眺めていた美麗は、何かを見たのかゆっくりと窓から離れ、フードを深く被り隣に座っている愁の腕にしがみついた。

 

 

『美麗?』

 

 

不思議に思っていた愁だったが、何かの気配を感じたのかしがみつく美麗を自身に抱き寄せた。

 

2人の行為より前に、幸人と陽介は懐にしまっている銃に手を掛けながら、目だけで外を見ながら小声で話した。

 

 

「……奴等か?」

 

「あぁ……ザッと20はいる」

 

 

その時、馬車を引いていた馬の足下に爆竹が投げられ爆発した。爆発に驚いた馬は、鳴き声を上げて暴れ出し勢い良く走り出した。停まらせようと御者は慌てて綱を引くが止まることなく、馬は木を避けたが幸人達が乗る馬車は避けきれずそのまま木に当たった。

 

 

先を歩いていた馬車を止め、中にいた葵達は出ると彼等の元へ駆け寄ろうとしたが、目の前に黒い装束に身を包んだ者達が彼等の首に刃を向けて降り立った。

 

 

「少しでも動けば、命は無い」

 

 

動けなくなっていると、前で倒れている馬車の中に向けて銃弾を放つ者達がそこに立っていた。

 

 

「幸人!!陽介!!」

 

「動くな!」

 

 

葵達が心配で見守る中、馬車近くにいた敵が突然倒れた。手銃を構えた幸人と陽介が、美麗と愁を支えながら外へ出てきた。

 

 

「あ~くそ、いきなり撃つな。

 

怪我するだろうが」

 

「既に怪我人は出たがな」

 

 

馬車から降りた幸人と美麗は、周りを囲う黒装束の者達を睨んだ。頭から血を流す愁は陽介に支えられながら、馬車から降りた。

 

 

「幸人!!美麗!!愁!!」

 

「この森は、討伐隊の配下にあるものだ!

 

貴様等は、不法侵入及び密猟・密輸で今この場で逮捕するぞ!」

 

「……出来るものならやってみろ」

 

「?」

 

 

刀を構えていた1人がスッと消えたかと思うと、幸人の背後に周り刀を振り下ろした。その攻撃を、陽介は腰に挿していた脇差で防いだ。

 

 

「陽介!」

 

「美麗!下がれ!!」

 

 

言われた矢先に、四方から敵が一斉に攻撃してきた。触れられる寸前、目の前に桜の花弁が美麗を包み込むようにして舞い上がった。

 

 

『美麗には……指一本、触れさせない』

 

 

紅い目を光らせながら、愁は美麗の前に立った。だが、それ虚しく彼に敵は攻撃した。血を流し倒れる愁に、彼女は駆け寄った。更に攻撃をしようとした敵に、美麗は氷の刃を放ち小太刀で攻撃した。

 

小太刀を構え自分を囲う敵達を、美麗は怒りに満ちた目で鋭く睨んだ。睨む彼女の感情に共鳴するかのようにして、左腕の痣が光った。

 

 

「な、何だ!?」

 

「美麗の痣が……光ってる?」

 

「……」

 

「光に怯むな!!撃て!!」

 

「こちら側も撃て!!」

 

 

敵が撃ったと同時に、討伐隊の隊員も陽介の声に従い撃ち出した。

 

 

“バーン”

 

 

突然空から何かが落ち、弾を全て焼き尽くした……

 

巨大な音にビックリした美麗は、尻を着き目の前に立つ者を見た。

 

 

「……ら、雷神?」

 

 

両手に雷を放つ雷神が、美麗の前に立っていた。彼に続いて、森の奥から2本の尾を揺らしながら、大黒狼が姿を現した。

 

 

「リル……何で?」

 

「大黒狼の主だ!!」

 

「雷使う妖怪がいるなんて、聞いてねぇぞ!!」

 

「チッ!

 

一旦引け!!」

 

「させるか!!」

 

 

幸人と陽介は逃げようとする敵達の足に、弾を撃ち放ち動きを封じた。身動きが取れるようになった秋羅達は、自分達を囲う敵に容赦なく攻撃した。

 

 

全ての敵を拘束する、討伐隊の隊員達……別の馬車に乗せると彼等は一足先に本部へと向かった。

 

 

「これで、闇市場の情報でも吐けばいいんだがな」

 

「とか言って、凄え尋問すんだろ?」

 

「当たり前だ」

 

「容赦ねぇ」

 

「それより……何故ここにいる」

 

 

振り返った先には、暗輝から手当てを受ける愁に美麗は心配そうに見ていた。そんな彼女を宥めるようにして、雷神は頭に手を置き撫でた。

 

 

「さぁな……どういう経緯で来たかは、全く分からん」

 

「……あの痣と関係しているのか?」

 

「可能性は高い」

 

 

 

手際よく愁の頭に、暗輝は包帯を巻いた。鎮痛剤を打たれた彼を、暗輝は折り畳み枕代わりとなっていたタオルに頭を乗せ横にさせた。

 

 

「一応、応急処置はした。

 

あとは、本部の方で見て貰った方が良い」

 

「そんなに酷いの?」

 

「銃弾が頭に掠ってるからな、2発も」

 

「……」

 

『不安な顔せずとも、桜の守は死にはしないよ』

 

 

安心させるようにして、傍にいたリルは美麗に頬摺りした。それに合わせて、雷神も彼女の頭を撫でた。すると、茂みから紅蓮が現れその後からエルとアゲハが姿を現した。

 

 

「エル!アゲハ!」

 

『キー!』

 

『森にはまだ、あいつ等の仲間が彷徨いている』

 

『人の住処に、ノコノコと……

 

紅蓮、お前はこのまま美麗の傍にいておやり』

 

『分かった』

 

 

立ち上がったリルは、迎えに来ていた2頭の黒狼と共に森の中へと消えていった。同じように立ち上がった雷神は、美麗の頭をもう一度撫でると稲妻を起こし姿を消した。

 

 

「大空少将!

 

 

荷馬車と馬車の準備が出来ました!」

 

「分かった。

 

 

暗輝、愁は動かせるか?」

 

「一応な。

 

でも、なるべく寝かした方が良い」

 

「じゃあ、暗輝と秋羅達はそのまま荷馬車の方に乗ってくれ」

 

「分かった」

 

「俺と幸人、葵、美麗は馬車の方に。

 

その他の隊員は、外側の警備だ」

 

「はっ!」

 

 

陽介が命令を下す中、意識朦朧としている愁は美麗の服を軽く引っ張った。不安がっていた彼女は振り返り、自身の方を見た。

 

微笑みを浮かべながら、腕に力を入れて手を挙げ、美麗の頬を軽く撫でた。




こちらの大将はいないと聞いたが……


いるではないか。


だが、まだ幼い……?


何だ?妖魔石で、力を封じているのか……




流石だな、藤閒の子孫よ。


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引き継がれる

人と妖怪が、一緒に暮らすなど出来ないことだ……


でも、いつか出来ると俺は信じてる。


出来もしないことを……夢みたいな事を言っている暇があるなら、大将になる修業をしろ。




だから言っただろう……人を信じるなと……




愚弟が……


北西の森を抜け、北地区に入りとある町に馬車は止まった。

 

 

馬車から降りた葵は、荷馬車から降りた秋羅と時雨に歩み寄った。

 

 

「今日はこの町に泊まるよ。

 

馬達を休ませないとね」

 

「そういえば師匠、私達このまま討伐隊本部に行くんですか?」

 

「あぁ。

 

というより、緊急会議が入るみたいだからね」

 

「……

 

 

美麗の……痣ですか?」

 

「それもあるよ」

 

 

葵に続いて幸人は、眠っている美麗を抱きながら馬車から降りた。

 

 

「美麗ちゃん、寝ちゃったんですか?」

 

「馬車乗って、しばらくしたらね。

 

昼間の力で、予想以上に体力が消費したんだろうね」

 

 

美麗に抱かれていたアゲハは、彼女の腕から出ると頭を軽く振り秋羅の肩に飛び移った。自身の肩に移ったアゲハを、秋羅は撫でてやった。

 

 

 

 

闇は決して消えない……

 

その者が消えても、闇は消えず次に引き継がれる……

 

例えその人が、闇を持っていなくとも。

 

 

 

 

目を覚ます美麗……寝起きでしばらくボーッとしていた彼女は、布団から出ると部屋のドアをソッと開け外へ出た。

 

 

宿の外では、幸人と陽介、葵、暗輝は宿の前にある広場の煙草を吹かしていた。

 

 

「暗輝、愁の容態はどうだ?」

 

「今の所、大人しく眠ってるよ。

 

薬が効いてるみたいだ」

 

「なら良いが……?」

 

 

玄関口が開く音に、幸人は振り返った。中から出て来たのは、美麗だった。

 

 

「美麗?」

 

「おや?起きたのかい?」

 

 

煙草の火を消した幸人は、寄ってきた美麗を抱き上げベンチに座った。

 

 

「美麗の奴、何か幼くなってないか?」

 

「妖力の影響じゃないかな?」

 

「何か、色んな歳を行き来してるな?美麗って」

 

「……言われてみれば、そうだね。

 

僕が初めて会った時の美麗は、10歳に満たない子かと思ってましたよ。

 

 

小柄な上に、まだ幼さが残るその顔立ちで……

 

とても、114歳には見えませんでしたよ」

 

「俺もだ。

 

というより会った当初、紅蓮に噛み付かれかけた」

 

「その顔だからじゃねぇの?」

 

「暗輝、貴様のこめかみをぶち抜くぞ?」

 

「すみません……もう言わないので、銃を下ろして下さい」

 

 

幸人に抱かれていた美麗は、左腕に巻かれていた包帯の留め具の上に、貼ってある札を外そうとした。

 

 

「おいコラ、外そうとするな」

 

「痒い」

 

「我慢しろ。変に力が発動して、訳の分からねぇ妖怪達が集まったら大変だ」

 

「ウ~」

 

「かなり不機嫌だな……」

 

「お前……眠いんだろう?」

 

「眠くない」

 

「だったら、服の裾を離せ」

 

「嫌だ」

 

 

降ろされても尚、美麗は幸人の隣に座り、彼の服の裾を掴み抱き着いた。

 

 

「ガキみてぇな行為だな」

 

「眠くなると、親から離れなくなるって聞きますね」

 

「テメェ……」

 

「ねぇ、愁は?」

 

「薬飲んで、今寝てるよ」

 

「傷、治らないの?」

 

「ちょっと深いからな。

 

鎮痛剤入の水飲まして、寝かした。

 

 

寝かすまで、かなり苦戦したけどな」

 

「それはまたご苦労なことで」

 

「他人事だと思って!

 

 

起きてる間、血ィ流してんのに『美麗の所行く』って聞かなくて、大変だったんだからな!!

 

人が手当てしてる最中に動くから、傷口縫おうとしてもズレるし……」

 

「……君、確か獣医だよね?」

 

「外科と内科の知識も携わってるよ。

 

死んだ親父から、ガキの頃から叩き込まれたからな」

 

「あ、そう……」

 

「言っとくが、水輝もだ。

 

 

つか、部門が違えど2人で同じ知識持ってるから、自分達で開業できたんだよ」

 

「言われてみればそうだね」

 

「小せぇ病院の割に、お得意様がゴロゴロいるもんな」

 

「小さいは余計だ!小さいは!

 

 

あ」

 

「?」

 

 

目を擦りながら、美麗は大きくあくびをした。眠くなってきている彼女の頭を撫でながら、幸人は自身の膝に寝かせた。

 

寝かされた美麗は、重くなっていた瞼を閉じ眠ってしまった。

 

 

「眠りましたね?」

 

「ひとまず、明日の朝まではこれで眠ってくれる」

 

「寝てる時が1番可愛いと言いますけど、本当ですね」

 

「お前は母親か」

 

「弟子1人育てていれば、母性ならぬ父性が芽生えますよ。

 

君みたいにね」

 

「俺は父性なんざ、芽生えてねぇよ」

 

「それはどうでしょう」

 

「葵」

 

「冗談ですよ。

 

さぁ、僕等ももう寝ましょう。明日も早いですし」

 

「そうだな」

 

 

眠った美麗を抱き上げ、幸人は暗輝達と共に宿へ戻った。

 

 

 

 

翌朝……

 

 

愁の傷の具合を診る暗輝……彼は、傷口にガーゼを当て包帯を巻きながら、一緒に居る幸人に話した。

 

 

「流石妖怪だな……

 

傷口はもう塞がってる」

 

「マジか」

 

「でも頭掠ってるから、やっぱり大地達に診て貰った方が良い」

 

「その方が良いだろう」

 

『……暗輝、美麗は?』

 

「今エル達を、小屋から出してる」

 

「さてと、そろそろ外に出るぞ」

 

 

暗輝に支えられながら、愁は宿の外へ出た。

 

外では、既に荷馬車と馬車の準備が完了しており、馬車を引く馬達を美麗はエル達と一緒に撫でていた。

 

 

「相変わらず、動物に好かれることで」

 

 

愁達に気付いたのか、美麗は顔を上げ自分達の方を見てきた。そして、嬉しそうに駆け寄り前に出て来た愁に飛び付いた。愁は暗輝から手を離し、飛び付いてきた彼女の頭を撫でた。

 

 

しばらくして、幸人達を乗せた荷馬車と馬車は出発した。何事も無く、青天下の中馬車と荷馬車は道筋を走らせていた。

 

 

「随分と平和な移動だね」

 

「このまま、何事も無ければ良いんだが……」

 

「確かにそうだね」

 

「……ねぇ、今美麗がいないからちょっとばかし、僕が調べたぬらりひょんの話聞いて貰っても良いかな?」

 

「ぬらりひょんの話?」

 

「妖怪は大昔からいることは、承知しているよね?」

 

「まぁな。

 

古い書物に、数多くの妖怪の絵が描かれているから」

 

「それがどうかしたのか?」

 

「どの妖怪にも、出生記録というか何故生まれたのかという書物はある……無くても、妖怪自身が知っていたり語りで伝わる者もある。

 

 

けど、ぬらりひょんには何も無いんだよ」

 

「……」

 

「夜山晃が作成した妖怪辞典は、彼に会った後から書いたもの。

 

 

じゃあ、その前のぬらりひょんは?」

 

「……確かに、書物もそう言った記録も何も無いな」

 

「妖狐達が見せてくれた過去の記憶は、ある日突然の事。

 

 

じゃあ、彼等はどこで生まれてどうやってここへ来たのか……そして、何故彼が総大将になったのか」

 

「少し、謎だな」

 

「闇の力とぬらりひょんは、何か関係があるんじゃ無いかな?

 

僕はそう思っているよ」



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二つの一族

夜……


荷馬車と馬車は、本部がある町にようやく着いた。町を通っていく中、だんだんと近付いてくる本部の要塞に、美麗は怯えだし愁の腕にしがみついた。

そんな彼女を宥めるようにして、愁は自身に抱き寄せ肩を擦ってやった。


巨大な門を潜り、馬車は本部前に駐まった。荷馬車から先に暗輝が降り、その次に時雨が暗輝の手を借りながら降り、美麗と共に愁も彼の手を借りながら荷馬車から降りた。秋羅に綱を引かれていたエルは、降りてきた美麗に擦り寄ってきた。


「ぬらちゃーん!!

お久し振りー!!」


そう叫びながら、建物から大地が飛び出し美麗目掛けて駆け寄ってきた。彼が飛び付く寸前に、傍にいたエルが彼女を加え自身の背中へ乗せた。

避けられたことにより、大地は見事に地面にダイブし倒れ込んだ。


「ここの研究員の挨拶は、抱き着くのが礼儀なのか?」

「知らないッス。

ちなみに言っときますけど、俺はああいう挨拶はしないッス」


エルに乗っていた美麗は、エルから降りた。エルから降りた彼女の元に、幸人の傍にいた紅蓮が歩み寄り体を擦り寄せた。


「相変わらず、ぬらちゃんには飛び付くことが出来ないのね」

「抱き着く行為を、いい加減辞めろ」

「まぁいい……


それで、ぬらちゃんの左腕に例の痣が?」

「あぁ。

一応、封印札貼って力を抑えてるって感じだ」

「成る程ねぇ……

とりあえず、今日はこのまま本部に泊まって貰って明日」
「今晩検査するわよ、雲雀副所長」


腕を組みながら現れた奏歌に、美麗はすぐさま隠れるようにして愁の後ろへ行った。同時に彼女を守るようにして、エルと紅蓮は2人の前に立った。


「所長、夜更かしはお肌に悪いですよ?」

「午前0時までに終わらせればいい話。

さっさと彼女を、研究室に連れて行きなさい」

「はーい……」


それだけを言うと、奏歌は他の研究員と共に本部へ戻った。


「身勝手な女だな、相変わらず」

「まぁまぁ」


研究室にある診察台に美麗は、不安げに周りを見ながら座っていた。

 

 

「そんなに不安がらなくても大丈夫ですよ。

 

怖いことするわけじゃありませんし」

 

 

そう言いながら、女性研究員は検査器具が入った籠を置き中から注射器を数本取り出した。それを見た瞬間、美麗は今にも泣きそうな顔で、診察台から降り幸人の後ろに隠れた。

 

 

「え?何で?」

 

「ちょっと羊子ちゃん、ぬらちゃんの資料読まなかった?」

 

「ぬらちゃんって……

 

 

ぬらりひょんの資料は、まだ途中までしか読んでいませんが」

 

「じゃあ今覚えて。

 

 

ぬらちゃんは、注射が大の苦手よ」

 

「……え?そうなんですか?」

 

「そうなのよ。

 

検査中、彼女の前で絶対に注射を出しちゃ駄目よ。

 

 

あと、痛い事をするのも」

 

「は、はぁ……」

 

「……って、羊子ちゃんここじゃなくて桜の守の子の手当てでしょ?」

 

「わ、私もぬらりひょんの子供を検査したいです!」

 

「駄目よ駄目。

 

彼女を検査するのは、所長と僕チン達だけなんだから」

 

「そんなぁ!」

 

「文句は室長に言いなさい。

 

 

さぁ、用が済んだなら行った行った」

 

 

頬を膨らませながら、羊子は研究室から出て行った。入れ違いに、奏歌がカルテを手にしながら中へ入ってきた。

 

 

「あら?

 

 

どうして彼女、診察台から降りてるの?」

 

「ちょっと色々とな」

 

 

幸人の後ろにいる美麗を、葵は持ち上げ診察台に座らせた。

 

 

「とりあえず、痣を見たいから……

 

 

月影、彼女の腕の包帯を外しなさい」

 

「封印札もか?」

 

「無論」

 

 

封印を解除すると、幸人は札を取り包帯を外した。包帯が取れた腕を、美麗は爪を立て軽く掻いた。

 

 

「不思議な痣……

 

掌まであるみたいね」

 

「あぁ」

 

「掌、見せてちょうだい」

 

 

寄ってきた幸人の腕にしがみつきながら、美麗は奏歌に掌を見せた。興味深そうに、奏歌は彼女の左腕を見回した。

 

 

「腕全体と言うより、肘下から掌までみたいね。

 

二の腕の方は、微かに出ているけど……」

 

「見た感じ、未発達みたいね」

 

「そうね……念入りに調べる前に、痣を調べた方が良いみたいね。

 

彼女の痣が出てからの様子は?」

 

「ご覧の通り、幼児化してる」

 

「見た目からして、4歳~6歳ぐらいね。

 

前来た時は、10代前半くらいだったのに……

 

 

 

 

まぁ、あの時は20代ぐらいだったけどね」

 

「あの時?」

 

「こっちの話よ。

 

 

かなり疲れ切っているみたいね……この痣で、体力が削られてるのかしら?」

 

「ぬらちゃん、ちょっと顔上げて」

 

 

下を向いていた美麗の顔を、大地は上げさせ耳下や顎の辺りを触りながら診た。

 

 

「……所長、ぬらちゃん普通にもう寝かせた方が良いです。

 

相当疲れ切ってます」

 

「見れば分かるわ、それくらい。

 

昨夜、寝るの遅かったのかしら?」

 

「宿に着いたのが、22時過ぎだったが」

 

「美麗は馬車の中で、着く前に眠っていたよ」

 

「そう考えると、星野研究員達が書いた報告書通りになるのね」

 

「まぁ、夜中に1度起きましたけどね」

 

「どれくらい?」

 

「10分か15分くらいだったと思いますよ」

 

「夜中と言っているけど、何時なの?」

 

「午前1時過ぎだと思いますよ。

 

断言は出来ませんが」

 

「何故?」

 

「テメェみてぇに、いちいち時計なんざ見ねぇよ」

 

「そう言うのを、だらしないって言うのよ」

 

 

バインダーに挟んでいる紙にメモをする奏歌に、幸人は今にもキレそうな顔をしながら必死に怒りを抑えた。

 

 

「幸人、顔。

 

美麗、怖がって僕の所にしがみついてるよ」

 

「……」

 

「ねぇ大地」

 

「ん?(珍しい、名前で呼ぶなんて……というより、名前で呼ばれるの初めてかも)

 

 

どうしたの?ぬらちゃん」

 

「パパの所に行きたい」

 

「あら……

 

 

連れて行きたいのは山々だけど……所長?」

 

「駄目よ。

 

今の彼に触れて、この痣に反応したら大変なことになるわよ」

 

「デスよねー」

 

「……じゃあ帰る」

 

「美麗」

 

「帰る!」

 

 

診察台から降りようとした美麗を、大地は慌てて阻止した。暴れ出そうとした彼女に、奏歌は隠し持っていた注射器で薬を打った。

痛みを感じた美麗は、咄嗟に腕を引っ込め診察台から降りると幸人の後ろに隠れた。

 

 

「ちょっと所長!!

 

注射器は禁止って!!」

 

「暴れるからよ。

 

それにしても、他のことに気を取られていれば普通に注射は使えるみたいね」

 

「そういう問題じゃないです!!」

 

「悪いが検査はもう終わりだ。

 

 

流石に、もう無理だ」

 

 

泣き出した美麗を、葵は宥めながら抱き上げた。抱かれた彼女は嫌がるようにして海老反り返り、隣に立っている幸人に手を伸ばした。

 

 

(本当に赤ん坊だわ……)

 

「明日また検査するけど、それでもいいかしら?」

 

「機嫌が治り次第だ、こいつの」

 

 

オロオロする葵から美麗を受け取ると、幸人は研究室を出て行った。彼等の後を、慌てて大地は追い駆けていった。

 

 

(……あの痣、あの時と同じやつ。

 

 

元々あった一族が、2つに別れたのかしら。

 

 

人を襲う一族と妖怪を守る一族……

 

 

 

二つの一族……)

 

 

蘇る記憶……炎に包まれる中、その中心に妖怪と怪我を負った自分と腕を亡くした男が対等に立っていた。

 

 

(……決して消えない……

 

 

あの時の傷も記憶も絶望も……

 

 

 

憎しみも怨みも……)



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あの時の……

別の研究室へ入った幸人……そこには、翔から手当てを受ける愁と付き添いに着けた秋羅と時雨がいた。


「あれ?先輩、どうしたんスか?」

「ちょっとゴタゴタが起きたのよ」

「ゴタゴタ?」

「おかげで美麗はご機嫌斜めだ」


鼻を啜りながら、美麗は嫌そうな目で翔を見るとすぐに目を逸らし、幸人の胸に顔を埋めた。


「相当機嫌悪いな……」

「所長が最悪なことをしたせいよ。


ぬらちゃん、機嫌直して。ね?」

「……る」

「ん?」

「帰る!!お家帰る!!」


大声で言われた大地は、彼女の声が頭に響いたのかその場に倒れた。


「せ、先輩?!」

「被害に遭っちゃいましたね」

「帰る……お家……

帰る」

「会議があるから、しばらくは無理だ」


頬を膨らませながら、美麗は不機嫌そうな表情を浮かべた。そんな美麗を、診察台から起き上がった愁は彼女の頭を撫で頬を撫でた。美麗は頬を撫でる彼の手を掴み、眠そうにあくびをした。


「あら?薬が効いてきたのかしら?」

「そういえば、所長が打った薬は何なの?」

「鎮静薬よ。

さっき、注射器の液調べたら同じ成分だったから」

「いつの間に……」

「そんな事どうでも良いから、早く泊まる部屋に案内しろ。

こいつ寝かせたい」

「君等の部屋は案内するけど、ぬらりひょんのガキは別の部屋っすよ」

「またあの部屋か?」

「あそこ、100年前に設置してる妖力制御装置が設置してあるんで、丁度良いんすよ!」

「今の美麗に、大丈夫かどうか」

「ん?」

「夜泣きでしたっけ?」

「大泣きされると、かなり厄介だぞ」

「じゃあ、この薬を」
「脳天ぶち抜かれたくなければ、そのピルケースをしまえ」

「は、はい……」

「部屋より紅蓮達の所行きたい」

「じゃあ、秋羅達と一緒に行って来い」


降ろされた美麗は、差し伸ばしてきた愁の手を握りながら研究室を出て行き、その後を秋羅と時雨はついて行った。


「さぁ、どうしたもんか」

「所長にも困った者よ。

あれだけ注射は駄目って言ったのに」

「……ねぇ、所長が言った言葉気にならない?」

「言葉?」

「『あの時……』。

所長は、美麗に会ったことがあるのか?」

「でも彼女、妖狐達からの話だと100年間寝ていたんだよね?」

「以前お前が言っていた、美麗が100年の間で起きていた期間があったんじゃないか……

それがもし事実なら、話は合う」

「あまり……あって欲しくないね」


庭園へ来た秋羅達……エルの背中に留まっていたアゲハは、一目散に美麗の元へ飛び付き頭に留まった。アゲハに続いてエルと紅蓮が擦り寄り、彼女は2匹の頭を撫でるとブランコの元へ駆けて行った。

 

 

「さっきまで眠そうだったのに」

 

「いや……多分、もう紅蓮の腹を枕にして寝てるよ」

 

「え?」

 

 

ブランコの元へ歩み寄り、生えている木の裏に回った。秋羅の言う通り、美麗は紅蓮の胴を枕にして眠っていた。

 

 

「ほらな」

 

「本当……」

 

「多分、部屋に行きたくなかったんだろうな。

 

 

前に言ってたから、部屋に居たくないって」

 

 

眠る美麗の頭を、愁は撫でた。気持ち良さそうな表情を浮かべながら、美麗は撫でる彼の手を無意識に握った。

 

 

「美麗ちゃん、気持ち良さそう」

 

「何もないからな」

 

 

その時、扉が開く音が聞こえ振り返ると、陽介と梗介が園庭へ入ってきた。

 

 

「陽介さん、それに梗介」

 

「会議は3日後に決まった」

 

「え?間に合うんですか?皆」

 

「水輝は明日の朝一、花琳達とマリウス達は明日の夕方にはここへ着く。

 

その他の迦楼羅と翠は、2日後の昼過ぎ、保奈美と創一郞は夕方に着くと先程連絡あった」

 

「も、物凄いスピード……」

 

「討伐隊持ちで、快速の高い列車に乗って来るんだ」

 

「先輩、顔怖いです」

 

「この事、幸人達には?」

 

「既に連絡済みだ。

 

部屋の用意が出来たから、いつでも休める」

 

 

彼等の話し声に、美麗は薄らと目を開け起き上がりながらあくびをした。起きた彼女を、愁は抱き上げ秋羅の隣に立った。抱き上げた美麗に気付いた陽介は、彼女の頬を触りながら顔色を窺った。

 

 

「……かなり疲れ切っているな」

 

「もう11時過ぎなんで、眠いんですよ。

 

いつも11時前には、寝ちゃうんで」

 

「秋羅達の所で寝たい……」

 

「お前には用意された部屋があるか、そこで休もうな」

 

「あの部屋嫌だ……秋羅達の所がいい」

 

 

ぐずりだした美麗は、抱かれていた愁にしがみついた。彼女にしがみつかれた愁は、背中を擦りながら泣き止ませようとした。

 

 

「うわぁ……報告書に書いてた通り本当、母親が恋しい赤ん坊みてぇ……」

 

「梗介」

 

「は、はい。一言余計でした……すみません」

 

「貴様の妖力を抑えるには、あの部屋が1番適しているんだ」

 

「……」

 

『寝るまで一緒に、俺が部屋にいるから。な?』

 

「それでも嫌だ。

 

目ぇ覚めたら、居ないんだもん」

 

「……」

 

「……仕様が無い。

 

 

あの部屋に、簡易ベッドを置く。愁、良いか?」

 

『うん、大丈夫』

 

「美麗、それでいいか?」

 

「……うん」

 

 

 

 

本が積まれた机に伏せ眠る奏歌……その時、彼女の部屋の戸がゆっくりと開いた。部屋の中に入る足音と戸を閉める音が、部屋に響いた。入った足音は、眠る奏歌に近付いた。

 

 

「女性の部屋に入るなら、先にノックぐらいしなさいよね」

 

「何だ?起きていたのか」

 

「さっき起きたのよ」

 

 

部屋の電気を点けた奏歌は、淹れてあった珈琲を二つのマグカップに注いだ。

 

 

「よくわかったな?

 

俺が珈琲飲みに来たって」

 

「あなたが私の部屋に来るのは、珈琲飲んで気を休めるか、ぬらりひょんと妖怪の資料を見に来るくらいでしょ?元帥」

 

 

部屋に置かれているソファーに座った元帥は、奏歌からマグカップを受け取ると珈琲を一口飲んだ。

 

 

「相変わらず、よくストレートで飲めるわね?」

 

「甘党のお前には、酷だろうよ。この苦みは。

 

 

で?何か分かったか?」

 

「彼女の左腕に出たこの痣……

 

 

該当するものとしたら、これよ」

 

 

奏歌から受け取った開いた本のページには、美麗の腕に現れた痣と同じ絵が、描かれていた。

 

 

「……これは?」

 

「夜山晃の父、夜山輝陽が最後に記したものよ」

 

「総大将の証……

 

 

自身の妖力を集中させると、そこから放たれる電波のようなものが仕えている妖達の頭に走る。

 

妖達は互いにテレパシーを使うことが出来、遠くに居ても連絡を取ることが可能。1番に反応した者が、大将の元へ駆け付け助ける……」

 

「報告書に書かれている通りの事が、今現実に起きているわ。

 

 

あの時の痣と一緒ね」

 

「……」

 

 

肘掛けに腰を下ろした奏歌を、元帥は自身の方に引き寄せる様にして、腕を引っ張り自身の足を枕に寝かせた。

 

 

「どういう風の吹き回し?」

 

「俺が落ち着く。しばらくこうしとけ」

 

「私はあなたのぬいぐるみでも人形でもないわよ?」

 

「別に良いだろう」

 

「……本当、素直じゃないわね。

 

義手は着けないの?」

 

「着ける必要は無い」

 

「着けた方が、仕事に支障がなくなるんじゃない?」

 

 

横になった奏歌は、自身の頬を撫でる元帥の手を握りながら目を瞑り眠りに入った。眠った彼女の頭を撫でると、微笑を浮かべながら自身も背もたれに体を預けて眠りに入った。

 

 

 

 

北の塔の部屋……

 

ベッドに寝かした美麗に、秋羅は布団を掛けた。

 

 

「やっと寝た……」

 

「いつもなら、すんなり寝るのに……

 

じゃあ愁、美麗のこと頼んだぞ」

 

『うん』

 

「愁君、お休み」

 

『お休み』

 

 

秋羅達が部屋を出て行くと、愁は用意して貰った簡易ベッドに座った。すると眠っていた美麗は、薄らと目を開け起き上がろうとした。

 

 

『美麗、起きなくて良いよ。

 

俺、傍にいるから』

 

 

美麗を再び寝かせると、愁は彼女の頭を撫でた。あくびをしながら、撫でる愁の手を握り重くなっていた瞼を閉じ眠りに入った。

 

 

自身の手を握る美麗の手に、愁は自身の着ていた上着を脱ぎそれを握らせた。握らせると、簡易ベッドに横になりしばらくして愁は、目を閉じ眠りに入った。



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集結

翌朝……


大地の部屋に置かれたテーブルに伏せる水輝……疲れ切っている彼女に、大地は珈琲が入ったマグカップをテーブルに置いた。


「ちょっと水輝、アンタ大丈夫?」

「眠い……疲れた……暗輝は?」

「俺、お前の隣にずっと居るぞ」

「昨日の徹夜で仕事を終わらせ、最終便の列車に乗った……凄い体力っすね」

「本部からの連絡と同時に、所長から連絡があったのよ……『あなたが来ないと、研究と検査が進まない』ってね」

「所長、そんなものを」

「大地、ベッド貸して。寝たい」

「羽毛布団の心地良い寝床へ、どうぞ」

「ワーイ」

「テメェ、男の部屋で堂々と寝るのやめろ」




夕方……


本部の庭先に竜とドラゴンが降り立った。竜達から降りた花琳達は、歩み寄ってきた陽介と幸人の方を向いた。


「随分と遅いご到着で」

「任務中に呼び出したのは、どこの誰よ」

「マリウスと一緒だったのか?」

「私の任務を手伝って貰っていたのよ」

「ですから、同じ時間に来たんではありませんか」

「ヘイヘイ」

「ところで、竜達はここで良いのかしら?」

「園庭の方に回してくれ。

天窓は開けておく」

「分かったわ」

「月影、美麗はどうしたんですか?」

「アイツなら今寝てる」

「昼寝?」

「いや、昨日からだ」

「まだ寝てるんですか?」

「まぁ、色々とな」

「フーン……」


2日後……

 

 

「いやぁ、よく寝たよく寝た!

 

気分絶好調だよ!」

 

 

肩を回しながら、水輝は暗輝と共に奏歌の研究室に入った。少しキレた顔で、奏歌は入ってきたご機嫌な彼女を睨んだ。

 

 

「随分と上機嫌のようね?星野研究員?」

 

「えぇ。沢山睡眠を取りましたからね!

 

徹夜明けだったので」

 

「良いわよね。あなたは面倒な患者がいなくて」

 

「いますよ?

 

薬に文句を言ってくる奴、待ち時間が長い、診察が雑、獣臭がするってね……

 

 

その中、私は患者に1番ベストな治療と診察をしてきたので、お得意様がわんさか居るんですよ」

 

「言葉の通じる人だからでしょ?

 

 

こっちは、言葉の通じない化け物相手よ?」

 

「化け物はどっちかな?」

 

「水輝!!」

「先輩!!」

 

「それで、夜山美麗の診察は進んでいるのかしら?」

 

「……」

 

 

 

ベッドに座る愁の足に頭を乗せ、美麗は横になっていた。扉が開く音が聞こえると、彼女はすぐに布団の中に潜り込んだ。

 

 

「まだ機嫌が治らないのか?」

 

 

入ってきて早々奏歌は、布団を剝がそうと手を伸ばすがその手を、愁は止めるようにして握った。

 

 

「何だ?一体」

 

『……』

 

「そうやって、無理矢理やろうとするから言う事聞かなくなるんですよ?」

 

 

一緒に入ってきた水輝を見ると、愁は手を離した。

 

 

「さぁ所長、夜山美麗のカルテを貸して下さい。

 

残っている診察、全て引き受けますから」

 

「研究室に連れて行かなくて良いのかしら?」

 

「機嫌が治り次第、雲雀の研究室に連れて行きます」

 

「じゃあ、お願いするわね」

 

 

手に持っていた資料を水輝に渡すと、奏歌は部屋を出て行った。

 

 

「ミーちゃん、お布団から顔出そうか?」

 

 

ゴソゴソと布団の中で動くと、美麗はムクッと起き上がった。

 

 

「ミーちゃん、昨日一日中寝てたんだって?」

 

「うん……凄い眠かったし、何か凄い疲れてて」

 

「そっか」

 

「庭園行きたい」

 

「診察したら、行こうね」

 

 

 

昼過ぎ……

 

 

本部へ到着した迦楼羅と翠は、庭園へとやって来た。そこでは、アリサと梨白がドラゴンと竜の世話をしていた。世話する竜の尻尾で、美麗は遊んでいた。

 

 

「あれ?超ご機嫌斜めって聞いたけど?」

 

「普通に機嫌良いですね」

 

「朝ご飯食べて、ずっとここであの子等が遊び相手になってくれてたからね」

 

 

資料を見ながら、水輝は2人に話し掛けてきた。

 

 

「ずっと……昼ご飯は?」

 

「今、愁が持ってきてくれるよ」

 

「……あれ?

 

ユッキーは?」

 

「陽介達と今、会議に使う報告書を作成中。

 

秋羅はその付き合い」

 

「うわ、それはまた」

 

「その間、美麗はほったらかしって訳ですか」

 

「そういう事。

 

で、何用でここに?」

 

「ユッキー達がここにいるかと思ったから」

 

「私はただ、美麗に会いに来ただけです!

 

美麗!」

 

 

名前を叫びながら駆け寄る翠に、美麗は尻尾から降りると嬉しそうに彼女へ飛び付いた。

 

 

「何か、何年かぶりに再会した姉妹に見えるな……」

 

「とりあえず、写真撮っとこ」

 

 

その時、庭園のドアが開き外から御飯を乗せたおぼんを手に持った愁と彼の後に大地と翔が入ってきた。

 

 

「……何でアンタ達が?」

 

「所長からの伝言です……

 

『とっとと資料、持って来い』と」

 

「相変わらずせっかちな人だ……

 

まぁ、愁も戻ってきたし……持ってくから、アンタ達付き合いなさい!」

 

「えっ!?ちょっと!!」

 

「ぼ、僕チンはぬらちゃんに用が!!」

 

「用はこっちが済んでからねー」

 

 

騒ぐ声にドラゴンの尻尾で遊んでいた美麗は、庭園から出て行く水輝達に目を向けた。尻尾から降りた美麗の元に、愁と迦楼羅が歩み寄ってきた。

 

 

「水輝は?」

 

「資料を所長の所に持ってんだよ。すぐに戻ってくる」

 

「……ねぇ、幸人達まだ仕事終わらないの?」

 

「まだやってるって聞いた」

 

 

愁からご飯が乗ったおぼんを受け取ると、美麗は美味しそうに頬張った。

 

 

 

 

夕方……

 

 

机に伏せる幸人と秋羅、ソファーに腰を掛け背もたれに寄り掛かる葵と時雨……疲れ切っている2人に、水輝と暗輝、陽介は呆れ顔になっていた。

 

 

「大変だったな、ここまでの報告書作成」

 

「全く、俺と葵達がが目撃していたから良かったものの……

 

 

これが、貴様1人だったらどうなっていたことか……」

 

「さっき、丁度良く保奈美達が到着したみたいだぞ」

 

「これで、祓い屋全員集結したって訳か」

 

 

「ユッキー……もう終わった?」

 

 

疲れ切った様にフラフラで、迦楼羅は陽介の部屋に入ってきた。

 

 

「何で貴様が疲れ切っている?」

 

「美麗の遊び相手してたら、疲れた……」

 

「そりゃまた、ご苦労なことで」

 

「何で他人事のように言うんだよ!

 

お前、父親だろうが!!」

 

「誰が父親だ!!」

 

 

 

庭園でブランコに揺られながら美麗は愁の膝に座り、あくびをしてウトウトとしていた。そこへ幸人と秋羅が、庭園に入ってきた。2人の姿に気付くと、ウトウトとしていた彼女は目を擦りながら愁の膝からから降り、歩み寄ってくる彼等に駆け寄った。

 

 

「随分と迦楼羅に遊んで貰ってたみたいだな?」

 

「もう仕事終わったの?」

 

「まぁな……」

 

 

「美麗!」

 

 

声の方に目を向けると、奈々と保奈美が自分達に歩み寄ってきた。

 

 

「あ!奈々!」

 

 

寄ってきた奈々の元へ美麗は駆け寄り、彼女の手を引き竜達の元へ行った。

 

 

「あらあら、もう連れて行かれちゃった」

 

「任務中だったか?」

 

「終わって帰ろうとした所よ。

 

それより、また随分幼くなったわね」

 

「……」

 

「幼くなればなるほど、妖怪達には都合が良いのかもね。

 

 

純粋無垢な彼女を連れ回すのなら、あのくらいの大きさが丁度良いのかしら」

 

「連れ回すって……」

 

「妖怪にとっては、あの子お姫様でしょ?」

 

「……」




夜……


『え?俺が会議に?』


園庭で眠ってしまった美麗を抱いた愁に、幸人は陽介達と共に明日の会議について話した。


「今回の会議は、かなりの大型だ。

全部隊の隊長に、貴様の存在を知らせるには会議に出て貰った方が良いと、大将からのご命令でな」

『……会議に、美麗は?』

「出させないつもりだ。


今の状態で出ても、ガキみてぇな事をするだけだ。

会議中彼女の相手は、誰も出来ない。弟子である秋羅達も今回出るから無理だ」

『その間、美麗はどうするの?』

「会議中は、俺が面倒を見るつもりです。ご心配なく」


陽介の隣に立っていた梗介は、敬礼しながら愁に言った。


「そういう事だ。

会議は明日朝10時からだ。


寝坊するなよ?幸人」

「ヘイヘイ、寝坊しませんよ」


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小隊長

翌日……


スーツに身を包む秋羅と幸人……ネクタイを締めながら、幸人は部屋から出て行き美麗達が眠る部屋へ向かった。


「ファ~……眠い」

「俺が起こさなかったら、何時まで寝てたつもりだ?」

「さぁな」

「あのなぁ」



気持ち良く眠る美麗に、スーツに着替えていた愁は毛布を掛けてやった。


「愁、着替えたか?」


ネクタイに手間取っている愁の元へ、秋羅は部屋の戸を開けた。


『秋羅、これいらない』

「いらないじゃ無くて、締めなきゃ駄目なんだよ。

ほら、貸してみろ」


秋羅が愁のネクタイを締めていると、美麗はスッと目を開け起き上がった。


「あれ?どっか行くの?」

「(ヤベ!起きちまった)

会議があってな。それに出るんだよ」

「……愁も?」

「あぁ。部隊長の人達も出るから、こいつを知らせておかないとって事で」

「……」

「会議中は、俺が一緒に居るんで大丈夫手ですよ!」


ヒョッコリと顔を出しながら、梗介は部屋の中へ入ってきた。


「……」

「そんな嫌な顔するな!」

「園庭行きます?そこなら、君が飼い慣らしてる黒狼やグリフォンがいますし」

「……うん」

「何か、曾祖父ちゃんと同じくらい頑固だな」


「誰が頑固じゃ」


突然の声に梗介は、恐る恐る振り返った。そこにいたのは、蘭丸と陽介だった。


「ひ、曾祖父ちゃん!?な、何で?!」

「儂が会議に出ちゃいかんのか?」


駆け寄ってきた美麗を、蘭丸は頭を撫でると抱き上げた。


「監察官も出るのか?」

「まぁな」

「出る必要が無ければ、儂が面倒を見る予定だったが……

元帥が出ろと言ってきたからのぉ」

「……なぁ、何で梗介は出ないんだ?」

「少尉以上しか、今回の会議には出席できない」

「要するに、まだこいつは青っぱなって事か」

「俺一応、伍長に昇進しました!」

「この討伐隊は、伍長までは簡単に上がれる」

「先輩~!」

「事実だ」


会議室……

 

 

席に座り身構える祓い屋達の向かい席に、10人の男女が鋭い目付きで睨んだ。

 

 

「……何か、凄い睨まれてるんですけど」

 

「気に入らないんじゃないの?私達が」

 

「まぁ、そうだろうね。

 

祓い屋は好き勝手やっておきながら、本部に来ること滅多に無いからね」

 

「こうやって全部隊の隊長にお目に掛かるの何て、一生に1度あるかないかだ」

 

 

会議室のドアが開き、外から幸人と秋羅、愁が入ってきた。

 

 

「……随分と、偉くなったもんだな?天海」

 

「今は月影だ。名前間違えるな」

 

「やる気の無さそうな顔は、相変わらずね。

 

 

同じ施設出身の、大空と雲雀と1つ下の藤風は立派になったのに」

 

「一緒にするな、あいつ等と」

 

「おぉー、怖い怖い。

 

祓い屋になると、キレやすくなるんですね」

 

「……馬鹿に付き合ってられねぇ」

 

「あぁ!?」

 

「その歳にもなって、まだ小隊長止まりですか」

 

「っ」

 

「君等が自慢気に話していた3人とも、地位は凄い高いよね?

 

 

なのに、同期の君等全然じゃん」

 

「ちょっと、余計な口挟まないでよ!」

 

「大口叩く前に、彼等を超えれば?

 

超えられればの話だけどね」

 

「この女!!」

 

「小隊の隊長さんなのに、売られた喧嘩は買うんだ……」

 

「ガキは黙ってろ!!」

 

「ガキじゃないし!!祓い屋の弟子だし!!」

 

 

奈々が席を立ち刃向かっていた時、会議室のドアが開き陽介と大地、翔が入ってきた。

 

 

「ちょっと何?騒々しいわよ?」

 

「この人達が、さっきからアタシ達の悪口ばかり言ってくる!」

 

「このガキ!!」

 

「貴様等、立場を弁え」

 

「っ」

 

「妖怪を討伐しているもの同士だ。

 

争うな」

 

「……ケッ、偉そうに」

 

「少将になったからって、いい気にならないでよ」

 

「人を妬む暇があるなら、妖怪の群れ1つでも破滅させろ」

 

「脱退したアンタに言われたくないんだけど!!」

 

「いい加減にしろ!!」

 

 

陽介の怒鳴り声に、一同は身を縮込ませた。席を立っていた奈々は、半怯えながら保奈美に抱き着いた。

 

 

「陽介、少し落ち着きなさい」

 

「……」

 

(久し振りだわ……陽君の怒鳴り声)

 

「君の怒鳴り声で、弟子達が怯えしまったよ」

 

 

宥めるように言う葵の傍には、怯えた表情で自身を見る時雨と、ポカーンとしている敬と邦立、驚いた表情のまま固まってしまったアリサと梨白、火那瑪、そして心配そうにして見る秋羅の姿が、陽介の目に映った。

 

 

「……すまない。

 

少々声を荒げてしまった」

 

「い、いえ……大丈夫です。

 

(ここに美麗がいたら、絶対大泣きだ)」

 

 

 

庭園……

 

 

顔を擦り寄せる竜の頬を、美麗は嬉しそうに撫でていた。

 

 

(何か今、先輩の怒鳴り声が聞こえたような気が……)

 

「良い遊び相手がいて良かった……」

 

「曾祖父さん、ここにいていいの?

 

大空先輩、先に行っちゃいましたけど」

 

「そろそろ行くわい。

 

梗介、これを渡しておく」

 

 

そう言って、蘭丸はスケッチブックとクレヨン、2冊の絵本を差し出した。

 

 

「……小さい子の玩具じゃねぇか。

 

って、この絵本俺が子供の頃曾祖父ちゃんに読んで貰った」

 

「今は紅蓮達が相手しておるが、彼等にも限界はある。

 

その間のものじゃよ。

 

 

絵本は読んでやれ」

 

「……え?!俺が!?」

 

「他に誰がおる」

 

 

少々呆れながら、蘭丸は園庭を出て行った。出て行く蘭丸の後ろ姿を見た美麗は、竜から離れると彼の後を追い駆けた。庭園から出ようとした彼女を、梗介は慌てて引き留めた。

 

 

「あ!駄目ですよ!」

 

「蘭丸、どこ行ったの?」

 

「会議ですよ。

 

大事な。終わるまで俺がここにいますから」

 

「……」

 

 

不安そうにする美麗に、歩み寄ってきたエルは彼女を加え自身の背中に乗せると翼を広げ飛び立った。

 

 

「俺より……あいつ等の方が、面倒見るの上手くね?」

 

 

突っ立っている梗介を、紅蓮はチラッと見るとあくびをして彼の傍に寝そべった。

 

 

 

ゴロゴロと雷を鳴らしながら、黒い雲は空を覆いポツポツと雨が降り始めた。

 

 

硝子張りの天井に当たる雨に、絵を描いていた美麗は天井を見上げた。

 

 

「雨だ……(ぬらりひょんの子供が本部に来る時って、必ず雨降るなぁ)

 

?」

 

 

竜達の傍にいた美麗は、スケッチブックを手にして梗介の元へ歩み寄った。傍に座り込むと再び絵を描き始め、彼女を追い駆けてきたアゲハは背中に留まった。

 

 

「……あっちにいなくていいのか?」

 

「いい」

 

「何描いてるんですか?」

 

「竜達……

 

 

ねぇ、会議っていつ頃終わるの?」

 

「予定だと、12時には終わるけど……

 

正直、分からない」

 

 

 

会議室……

 

淡々と喋る幸人と葵、陽介……資料を見ながら、付け加えるようにして読み上げていった。

 

 

「以上が、我々が目撃した状況だ」

 

「ワー、天海が作ったには良く出来た資料」

 

「私語を慎め!」

 

「っ!」

 

「……あの一つよろしいでしょうか?」

 

「?」

 

「ぬらりひょんの子供……夜山美麗の左腕に現れた痣が、妖怪を呼び寄せたと仰っていましたが、元々持っていたものなんですか?」

 

「痣が現れたのを見ると、おそらく……」

 

「その痣に関して、2つ目に配った資料にまとめたものがある」

 

 

奏歌の言葉に、小隊長達はファイリングされた2つ目の資料をペラペラと捲りながら、中を読んだ。

 

 

「……総大将の」

 

「証?」

 

「あの痣が?」

 

「夜山晃の父・夜山輝陽(ヨヤマテルハル)が作成した妖怪辞典の中に、この痣のことが書かれていた」

 

「?!」

 

「え?妖怪辞典って、夜山晃さんが書いたんじゃないの?」

 

「以前まではそう思っていたけど……違ったのよ。

 

 

現在、妖怪辞典は5冊確認されているけど、あと1冊あったのよ。それが、輝陽が作成したと思われる妖怪辞典第1巻」

 

「つまり、晃は父親の仕事を受け継いでいたという事か」

 

「この1冊の本は、妖怪の能力や技等が書かれていた。

 

痣については、先程月影達が話した内容と同じ事が、書かれていたわ」

 

「これを読む限り、あの痣は元々あったという事でよろしいでしょうか?」

 

「そう捉えて良いわ」




土砂降りの中、宙に浮かび本部を見下ろす1人の者……


その者は姿を消し、建物内へ入って行った。


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役割

眠っていた竜達は、スッと目を開けると頭を起こし天井を見上げた。

同時に水を飲んでいたエルは、顔を上げると美麗の元へ駆け寄り傍に座った。


(大人しくしてたと思ったら、またこの子の傍に……

変なの侵入したか?


まさかな)

「梗介、続き!」

「あ、はい!」


「次の本題に入る。

 

所長」

 

「えぇ……

 

 

既に耳に入っている者もいると思うが……

 

先日、絶滅したとされていた妖怪・桜の守の生存が確認されました」

 

「桜の守?」

 

「確か、花咲か爺さんみたいな妖怪だよな?」

 

「……陽介、こいつ等知能下がったか?」

 

「天海、テメェ」

 

 

他人を馬鹿にするような表情を浮かべる幸人に、陽介は拳骨を食らわせた。

 

 

「口を慎め」

 

「痛……」

 

「失礼しました。続きを」

 

「分かったわ」

 

「桜の守と断定した根拠は?」

 

「特徴である漆黒の髪に、紅色の瞳を持っている。

 

そして、決定付けたのは闇に染まった妖を正気に戻した事だ」

 

「正気に戻したって……」

 

「メアの森に住んでいた鬼の仲間が、闇の力を手にして襲撃してきた。襲われる寸前、桜の守である愁がその力を消し去った……」

 

「愁って誰?」

 

「天海さんの隣にいる方ですか?」

 

 

そう言いながら向いた先には、キョロキョロと辺りを見回し落ち着かない愁を秋羅は落ち着かせようとしていた。

 

 

「綺麗な子ね」

 

「真っ黒な髪に真っ赤な目……西洋でいう悪魔ってやつか?」

 

「悪魔と彼を比べないでくれませんか?」

 

「おっと、これは失敬」

 

「何か、落ち着きがないようですけど……」

 

「ぬらりひょんのガキがいなくて、不安がってんだよ」

 

「お子さん、今は?」

 

「自分の部下である、雨宮梗介伍長が面倒を見ている」

 

「あら、来ているの?」

 

「お目にかかりたかったわ」

 

「どんなガキか、見ておきたかったのに。

 

連れてこられねぇのか?」

 

「ジッとしてられねぇんだよ。

 

それに、ここに来た途端泣くぞ」

 

「そうなれば、会議にならなくなる。

 

以前の会議でも、怯えすぎたあまり力を発動し危うく怪我人が出るところだった」

 

「総大将の子供にしては、案外臆病者なのね」

 

「話途中悪いが、会議を続けるぞ。

 

 

霧岬」

 

「えぇ。

 

桜の守に関しては、引き続き月影の元に置く」

 

「了解した」

 

「最後の本題に入る。

 

夜山美麗の事だ」

 

「……」

 

 

その言葉を聞いた途端、幸人を含む祓い屋達の目の色が変わった。

 

 

「先程話した痣の事もあるため、本部での保護を求める」

 

「それに関しては、保護はよろしくない……

 

引き続き、月影の元に置いておくのがベストかと」

 

「何故?」

 

「以前からのデータを見る限り、夜山美麗の力が暴走した時、止められるのは月影だけかと思われますが?」

 

「前の会議で、そこにいらっしゃる監察官が仰っていたと思いますが……

 

保護するなら、彼女が心から許している者を2人以上用意する必要があると……ですよね?監察官」

 

「いかにも」

 

「言い分は分かるが、もし下手に痣が発動し妖怪を呼び寄せてしまったらどうします?

 

今現在でも、低級の妖怪が月影の家に滞在しているという報告がある」

 

「悪さは一切してねぇ」

 

「獣妖怪を飼う家なら、悪さとかしてても分かんねぇんじゃねぇの?」

 

「あ?」

 

「そこ、私語を慎め!」

 

 

怒りで体を震えさせる幸人の肩に、陽介は手を置き小声で話した。

 

 

「抑えろ」

 

「お前いなかったから、多分八つ裂きにしてるところだ」

 

「幸人、何か今回怖い」

 

 

「所長、お話途中少しよろしいでしょうか?」

 

「何かしら?副所長」

 

 

眼鏡のブリッジを上げながら、大地は隣に座っている翔から資料を受け取った。

 

 

「西領域の任務後、李明衣の調査物をこちらで独自に詳しく調べました」

 

「いつの間に……」

 

「知っていたか?」

 

「全く」

 

「その調べ物の中に、気になる書物が見つかった。

 

室長」

 

「あ、はい!

 

その書物は、闇の力に関しての物でした」

 

「?!」

 

「書物があったのか?!」

 

「えぇ。その書物を解読するのに、数ヶ月掛かりましたけど……」

 

「書いていた内容は?」

 

「闇の力は、妖怪の世界では禁忌の力。

その力を手に入れたら最後、二度と元には戻らない。

破壊と殺戮を糧にして、この地を滅ぼす妖怪と化する。

 

ここまでが、自分達が知っている情報。

 

 

ここからが、俺達が調べて分かった事があります」

 

 

目の色を変え鋭い目つきで、大地は全員を見回した。彼の変化に幸人達はいち早く気付き、目を向けた、

 

 

「……

 

妖怪は、元々闇の力を持ってこの世に生まれる。

 

その闇の力は、本人達には抑えきれない。その為、その闇を吸収する者がいる。そしてその闇を吸収し、自身の中で抑えきれなくなった所で、闇を消す力を持った者がその闇を消す……」

 

「闇を消す力を持った者は、桜の守だと思うが……」

 

「闇を吸収する者は?」

 

「それが……

 

 

 

 

総大将の役割なんです」

 

「!?」

 

「この件について、夜山美麗の家系図を詳しく調べました。

 

 

初代総大将・伊吹藤間には、雅という男性の桜の守が傍にいました。

そして、2代目総大将・伊吹李桜莉には、妻である麗奈という女性の桜の守が傍に」

 

「美麗のお父さんには、誰が?」

 

「伊吹麗桜には、短期間だけ静葉という女性の桜の守が傍にいました。しかし彼女は、麗桜に会って数ヶ月後に死去。

 

その後は、彼女の孫である夜山晃が彼等の傍にいました」

 

「妖狐に聞いた通りだな」

 

「えぇ」

 

「だが、その晃も何者かにより殺害され死去。

 

残された美麗には、桜の守はいなかった……約103年もの間」

 

「……」

 

「その間、美麗は妖怪達の闇の力を吸収してたの?」

 

「恐らくしていない。

 

その結果が、今の妖怪達に影響しているかと」

 

「それじゃあ、今目撃されている黒いオーラをまとった妖怪達は、闇の力を制御できなくなった奴等って事?」

 

「そう捉えていいと思う」

 

 

 

 

『ホォー、人の世界には禁忌の力に犯された妖怪達で溢れかえっているのか』




報告書1


伊吹藤間
初代総大将。雪女である氷華を妻に迎え入れ一人息子・李桜莉と共に幸せな日々を過ごす。
数年後、氷華を人に殺されその復讐心から闇の力に手を染める。


初代総大将・藤間の傍にいた桜の守。

伊吹李桜莉
2代目総大将。妖狐や他の妖怪達に育てられ立派な大将となる。自身に仕えていた雅の娘・麗奈に惚れ妻に迎え入れ、一人息子の麗桜が生まれる。
数年後、自身の中で闇を抑えきれなくなりその力に手を染め2人の前から姿を消した。

麗奈
2代目総大将の傍にいた桜の守。長年李桜莉に仕えていたが、妻として迎えられた。

伊吹麗桜
3代目総大将。母・麗奈から溢れるばかりの愛情を受けて育った。美優を妻に迎え入れた数日後、麗奈は死去。
麗奈は死ぬ間際に、静葉の事を麗桜と美優に伝えた。2人は彼女の元へ行くが、彼女もまた病にかかり持って数ヶ月の命。静葉の死後、既に死去した彼女の娘夫婦の一人息子である晃を、義理の息子して引き取った。
数年後、愛娘・美麗が生まれるがその1年後、忽然と姿を消した。森に晃と共に入っていたが、森の中で彼のものと思われる血が散乱していたという晃の証言がある。

夜山晃
亡くなった静葉の孫。父が人間、母が桜の守という半妖として生まれる。ほったらかしにされて育ったせいか、親の愛や家族愛というものに飢えていた。その為、義理の妹に当たる美麗を溺愛していた。
経緯は未だに明かされていないが、何者かの手により銃殺され死去。


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望まぬ後継者

目の前にいる者は、赤黒い長髪に白目の部分が黒く時間が経った血の色の目をしていた。

会議室に置かれた円卓の中心に、その者はつま先で立っていた。丈の長い黒と赤の羽織をなびかせて……


「な、何……こいつ」

「妖怪の気配はしたか?」

「し、してない……です」

(ど、どこから侵入した?!

出入り口であるドアには、見張りがいる……


どうやって)


『闇に溢れかえってはいるが……消す者は蘇ったようだな?』


一瞬姿が消えたかと思いきや、愁の目の前にその者は現れた。討伐隊の隊員達は一斉に銃口をその者に向け、祓い屋である幸人達は各々の武器を構えた。


『……まだ、生まれたばかりか?』

『……(美麗と同じ、妖気感じる。

でも違う……何だ、この禍々しい気は)』

『して、藤間の子孫はどこだ?』

「?!」

(藤間を知っている!?)

(何者だ……こいつ!!)


廊下を歩く梗介……目に涙を溜め、鼻を啜る美麗の手を引きながら。

 

 

「ほら、もう少ししたら会議室着くんで泣き止んで下さいよ」

 

「……うん」

 

(1時間半もほったらかせてたら、限界来るよなぁ……

 

小さい子は特に)

 

 

会議室の前に着くと、見張っていた隊員が無線機で何かを言いながら、慌てふためいた。

 

 

「(……何だ?)

 

何かあったんですか?」

 

「中から物音が聞こえて、無線機で呼びかけているんだけど、誰も応答しないんだ!」

 

「……」

 

「こちら、会議室前!応答お願いします!」

 

「応答ないなら、開けて下さいよ!!」

 

「しかし」

 

「緊急事態だ!早く開けろ!」

 

「あ、はい!」

 

 

会議室の隣部屋である応接室に、梗介は美麗とアゲハを入れた。

 

 

「ちょっと、ここにいて下さい。

 

すぐ戻るんで!」

 

 

戸を閉めた時、頬に生暖かい液が当たった。飛んできた方向に目を向けると、そこには怪我を負った隊員が床に倒れ、破壊された戸の前にあの赤黒い長髪の者が立っていた。

 

 

(よ、妖怪?

 

何で……どうやって、この中に)

 

 

呆気に取られている梗介の前に、その者は立った。

 

 

(い、いつの間に……

 

ヤバい……震えが止まらない……

 

足が竦む……銃が出せない)

 

『藤間の子孫はどこだ?』

 

「……し、知らな…ガハッ!」

 

 

その者は梗介の首を手で掴み、ゆっくりと持ち上げた。握られる手を剥がそうと、手を掛けた梗介は息を吸おうと必死にもがき苦しんだ。

 

 

『知らぬなら、ここで死ね』

 

(い、息が……)

 

 

“バーン”

 

 

肩にかする銃弾……痛みから、その者は手を離し肩を抑え膝を着いた。床に尻を着いた梗介は、咳き込みながら駆け寄ってきた陽介の手を借りながら、その者から離れた。

 

 

「梗介、大丈夫か?!」

 

「な、何とか……ゲホ…

 

 

あれ、何なんですか?先輩」

 

「分からん。突如現れた妖怪だ」

 

「……」

 

「美麗は今は?」

 

「今、応接室に」

 

「何でそこにいる!?」

 

「す、すみません!!

 

泣き出してしまったもので、会議室に連れて来てそれで……」

 

「現在に至るという事か……

 

 

まだ場所はバレてない」

 

「幸人?」

 

 

後ろを振り返り、会議室から出て来た葵達に目線を送った。彼等は各々の武器を手にして、陽介達を含む討伐隊員の前に立った。

 

 

「陽介、こいつは俺等が相手する。

 

 

隊員の手当を優先的にしろ。今水輝達が手当に当たってる」

 

「今回は弟子達も参戦か?」

 

「あぁ。

 

こいつ、俺等9人だけじゃ無理だ」

 

「了解した。

 

 

死ぬなよ」

 

「そっちこそな」

 

 

幸人の肩を軽く叩くと、陽介は梗介と共にその場を離れた。

 

息を整えた幸人達は、一斉に札を取り出すと印を結び札から鎖を出し、その者の身柄を拘束した。

 

 

(な、何この力)

 

(強い)

 

(気を緩めれば、瞬殺される)

 

 

 

会議室に戻ってきた陽介は、怪我をした隊員の手当をする暗輝と翔の元へ駆け寄った。

 

 

「こいつ等の様態は?」

 

「怪我はしてるけど、命に別状は無い。

 

問題なのは」

 

 

腹部と首から血を流す元帥……首からの出血を、奏歌は止血しようと白衣を強く押し当てた。その間に水輝は腹部の傷口を縫っていた。同時に腕から大量の血を流す蘭丸を、大地は手当てをし止血をしていた。

 

 

「曾祖父ちゃん!!」

 

「(あっちは無理か……)

 

暗輝、少し付き合え」

 

「分かった。

 

翔、ここ頼む」

 

「あ、はい!」

 

 

会議室の奥にある書棚に行くと、陽介は一冊の本を取り出し何かを回した。すると書棚が動きドアのように開き、とある部屋に着いた。

 

そこは会議室の隣部屋である、応接室だった。部屋の隅に隠れていた美麗は、陽介を見ると一目散に駆け寄り抱き着いた。

 

 

「こんな所に、続いてたなんて」

 

「隠し通路だ。

 

以前、監視官に教えて貰ってな」

 

「流石、蘭丸さん」

 

「怖い妖気感じる……外で何かあったの?」

 

「少しな」

 

「愁は?

 

幸人は?秋羅は?」

 

「大丈夫だ」

 

 

美麗を抱き上げた時だった……破壊されたドアの破片と共に、応接室に置かれた家具が飛ばされてきた。飛ばされた家具の中には、傷だらけになった幸人と秋羅だった。

 

 

「幸人?秋羅?」

 

(……まずい!!)

 

 

危険を察知した陽介は、美麗を暗輝に渡すと彼等を会議室の方に押し入れ戸を閉めた。

 

銃を持った陽介は、無傷でそこに立っている敵に向けて銃弾を放った。

 

頬に当たった敵は、スッと陽介の方に振り向くと手から妖力玉を放った。当たる寸前に、起き上がった幸人は陽介を押し倒し、その攻撃をギリギリ避けた。

 

 

会議室に押し戻された暗輝は、応接室から聞こえる爆音に驚き呆気に取られていた。

 

 

「嘘だろ……」

 

「暗輝……さっきの」

 

 

その時、アゲハは何かを察知したのか怯える美麗から離れどこかへ飛び去って行った。

 

 

「アゲハ!待って!」

 

「美麗!!ここを動くな!」

 

 

飛んでいくアゲハを追い掛け、会議室から飛び出た美麗……応接室から出て来た敵は、彼女を見つけると床に黒い糸を巡らせ動きを封じた。

 

 

「な、何……

 

!?」

 

 

目の前に立つ敵……禍々しい空気に、美麗は目に涙を溜め恐怖から震えだした。

 

 

『藤間の子孫は、汝か?』

 

「……」

 

『汝は……

 

 

 

 

望まぬ後継者だ』

 

「……え?」

 

 

振り下ろされる刀……美麗は咄嗟に小太刀を抜き構えたが、小太刀は真っ二つに折れ避けた拍子に、床に尻を付き何とか攻撃をかわした。

 

 

(本気で美麗を殺そうとしてる!?)

 

「……て、天花の……小太刀が」

 

『刀では駄目か……

 

なら、これで楽になれ』

 

 

手に妖力玉を溜めた敵は、それを美麗目掛けて放った。

 

 

“ドーン”

 

 

「美麗!!」



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居てはならぬ存在

『女は総大将にはなれない』


昔、誰かが言った……

女は闇に呑まれてしまうから、総大将にはなれないと……


『桜の守がいるなら、間に合うのでは?』

そうじゃない……桜の守だけでは、間に合わない。

だから何百年もの間、女が産まれればそこで殺すだけだ。産声を上げる前にな……


もしまた、女が生まれた時それはもう……殺された女達の怨念が闇の力へと代わり、それに浸食された者だ。


『だったら、そんな闇を弾き返すくらいの愛情を注げばいい』


失敗するに決まっている。

闇に染まったら、某が消すまでだ……


爆音と共に上がる土煙……

 

 

徐々に晴れていく煙の中、そこにいた……美麗を守るようにして彼女を抱き締める愁と、妖力玉を放った手を打ち落とし攻撃をずらした3代目ぬらりひょんの姿をした、麗桜がそこに立っていた。

 

 

(3代目ぬらりひょん…麗桜)

 

(なぜ、あれがここに)

 

「……パ…パ?」

 

 

震える声で美麗は麗桜を呼んだ。チラッと振り向いた彼は微笑むと、すぐに前にいる敵に向かって口を開いた。

 

 

「次期当主である我が愛娘を、何消そうとしているんですか?」

 

『……闇に染まっているからだ。それ以外、理由など無い』

 

 

話をする父の姿を、心配そうに見つめる美麗を愁は宥めるようにして頭を撫でた。その時、鳴き声を発しながらアゲハが美麗の元へ飛び寄ってきた。

 

 

「アゲハ!」

 

『キー!』

 

 

寄ってきたアゲハを、美麗は胸に抱いた。攻撃が休止している最中に、愁は美麗の足下の黒い糸を外そう手に触れた時、鋭い針が生え伸び彼を攻撃した。

愁が美麗から離れた瞬間、鋭くなった黒い糸が無数に増え彼女目掛けて攻撃してきた。

 

攻撃を防ごうと手を上げた時、痣が光り出した。それに反応するかのようにして、アゲハが美麗の腕から離れその光に触れた。

 

 

『この光!!』

 

『美麗!!』

 

 

光が収まった中から現れたのは、鮮やかな羽だった。羽はゆっくりと動き、中には美麗がおり彼女を守るようにして抱くのは、牙を持ったアゲハだった。

 

鳴き声を荒げながら、アゲハは彼女の前に立ち毛を逆立てた。

 

 

「あ、アゲハ?」

 

『ほぉー……蟲妖怪を操るとは』

 

 

敵がアゲハに気を取られている隙に、愁は手から光る矢を作りそれで美麗の足下の拘束を突き破った。

 

 

『逃すか!!』

 

 

敵の手から放たれる黒い無数の矢を、突如敵の背後から通り越して炎が矢を燃やした。そして敵を飛び越え、麗桜の隣に傷だらけになった紅蓮が降り立った。

 

 

「紅蓮!」

 

『黒狼か……

 

総大将にしか心を開かない汝達が、何故その女子を庇う?』

 

『我等黒狼と白狼は既に、彼女を新たな総大将として認めているからだ』

 

 

愁の手を借りながら立ち上がる美麗を、敵はジッと見つめた。立ち上がった美麗は麗桜の前に立つと、手に妖力を溜めそこから無数の氷の刃を放った。その攻撃を防ぐようにして、敵は地面から黒い針を作り出した。

 

立ち上がる煙……その時、応接室から秋羅と幸人、陽介は出て来た。頭から血を流す3人は、立ち上がる煙の元へ駆け付けた。

 

 

晴れる煙から現れ出たのは、容姿が変わった美麗がそこに立っていた。

腰まで伸びた長い白髪……10代後半の女性の姿になった美麗は、手から氷の刀を作り出すとそれを敵に目掛けて振り下ろした。その攻撃を黒い刃を弾き返し、敵は後ろへ下がった。

 

 

『力に目覚めたとでも言うのか?』

 

「これ以上、ここで暴れるなら容赦しない」

 

『汝は居てはならぬ存在……

 

汝の運命は、死だけだ』

 

 

美麗を囲む無数の刃……彼女は咄嗟に氷の壁を作り、それとほぼ同じく麗桜も氷の刃を作り抵抗し、アゲハは口に妖気を溜めて小さな妖力玉を放った。

 

 

爆発音が場内に響き渡った。爆風の中には傷を負った敵が、壊れた壁の外に浮かんでいた。

 

 

『……一時退散する。

 

 

某は、必ず汝を消す』

 

 

スッと消える敵……麗桜は力無くその場に倒れ、美麗は力が抜けたかのように地面に座り込んだ。心配そうにアゲハは鳴き声を発しながら、彼女の頬を触覚で撫でた。

 

 

「美麗!!」

『美麗!!』

 

「救護班、早く怪我人を診ろ!!」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

女は、決して総大将にはなれない……かつて、この国を創った女神も闇に落ちた。

 

必ず、汝を闇へ葬る……伊吹美麗。

 

 

 

 

虫の鳴き声が鳴り響く、満月の夜……

 

 

場内の修復工事をする、討伐隊員。その様子を、頭に包帯を巻いた陽介と暗輝は眺めていた。

 

 

「死人が出なかったなんて、何ちゅう運の強さ」

 

「奇跡とでも言ってろ」

 

「へいへい」

 

「怪我人達の容態はどうだ?」

 

「一応、全員命に別状はない。

 

 

元帥と大将も呼吸安定してるし、監察官の雨宮蘭丸さんも今落ち着いて眠ってる。他の隊員も今目を覚ましてる……それとは別に、ここの小隊長達は弱くなった?」

 

「かもな。ここ最近、昇格してから訓練を怠っていたらしいから」

 

「やっぱり……」

 

「幸人達の容態は?」

 

「まだ眠ったままだ。

 

弟子達は、起き始めてる」

 

「そうか……美麗の様子は?」

 

「……

 

 

正直、まだ混乱してるっぽい。

 

 

今、部屋に水輝しか入れてないんだけど……彼女にすら、まだ話ができないみたいでな」

 

「……?

 

愁はどうした?」

 

「あいつなら、今頃……」

 

 

 

 

庭園……身を隠すようにして、木の後ろにいるアゲハを愁は慰めるようにしてずっと撫でていた。

 

 

「以前検査した時と比べて、大差は無いわね。

 

あると言ったら……その大きさかしら」

 

 

その言葉に反応したのか、アゲハは落ち込んだようにして触覚をダランと垂らした。

 

 

「ますます落ち込みましたね」

 

「相当気にしてるみたいね……」

 

『ねぇ、美麗のところに連れていけないの?』

 

「肝心のぬらちゃんが今、思考停止してお布団頭から被って話しかけても全部黙秘状態だからね」

 

「簡単に言うと、拗ねてるってことですよね?」

 

「そういう事言わないの」

 

『……アゲハ、多分美麗に嫌われたと思い込んでる』

 

「何で?」

 

「頭に留まるくらいのアゲハちゃんが、いきなりエル君と同じくらいの大きさになったら、誰だってビックリするでしょ?」

 

「まぁ、確かに」

 

 

「副所長」

 

 

他の研究員に呼ばれた大地は、振り返り声を掛けた者の所へ行った。彼が何かを話している最中に、頭に包帯を巻いた秋羅が庭園へ入ってきた。

 

 

『秋羅……起きて、平気なの?』

 

「あぁ、平気だ」

 

 

恐る恐る擦り寄せてきたアゲハの触覚を、秋羅は撫でてやった。アゲハは嬉しそうに鳴き声を発しながら、彼の手を触覚で撫で返した。

 

 

『美麗の所、行っていいか?』

 

「あぁ。ここは俺に任せて行って来い。

 

多分美麗の奴、頭の中整理つかなくなってるから」

 

 

体を擦り寄せた紅蓮の頭を撫でると、愁は庭園を出ていった。彼が出て行って少しした後、大地は翔を残して庭園を後にした。




「あれ?愁、どうしたの?」


ドア付近に置かれた椅子に座っていた水輝は、部屋の中へ入ってきた愁の方を振り向いた。


『秋羅が起きたから、交代してきた。

美麗は?』

「今眠ったところ。

ずっと布団に包まってて、誰とも話そうとしないのに……私が部屋を出て行こうとすると、起き上がってそれを阻止したりしててね」

『……』


掛け布団から少し出ている美麗の顔は、どこか幼さが残る女性の顔立ちをしていた。


『……水輝』

「?」

『少しの間2人っきりになって良い?美麗と』

「……」

『……お願い』


真剣な眼差しで見つめる愁の姿に、水輝は少々驚いた。だが、しばらく考えた彼女は笑みを浮かべて椅子から立った。


「良いよ。

ミーちゃんの護衛、しっかりね」


そう言って、水輝は部屋を出て行った。2人っきりになった愁は、美麗の額に自身の額を当てながら、手を握り頭を撫でた。


『美麗、必ず俺が守るから。


だから、そんなに怖がらなくていいよ』


美麗の額に刻まれた模様が、光りその模様は雪の結晶から桜の花弁の模様へと変わった。


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責任

『彼女はいてはならぬ存在』


いていい存在だ。それに、あの子は総大将を継ぐ者だ。


『彼女は総大将になれない』

『彼女は消されていった総大将に成れなかった器の怨念の他に、多くの闇を抱えている』


多くの闇?何で、美麗に?


『生かしたからだ』

『産声を上げる前に、殺せばいいものをあの男は生かした』


あの男って……先代の総大将?


『それに、彼女はもう無理だ』

『時間が迫っている』


時間?何の?


『もうじき、闇が蘇る』

『蘇れば、あの子は柱となる』

『食い止められるのは、9人の贄』


そんなことさせない。必ず、俺が闇を消す。


『無理な話だ』

『桜の守がいようと、彼女の闇は消せはしない』

『何せ、あの子は……』


『……』

 

 

目を覚ます愁……窓から差し込む太陽の日差しに、目を細めながら体を起こした。ふとベットの方を見ると頭から布団を被った美麗が、自身の手を握っていた。

 

 

『美麗、どこにも行かないから手ぇ離して』

 

「……」

 

『……離したくないなら、離さなくていいよ。

 

その代わり、顔を出して。今は俺しかいないから』

 

「……」

 

 

布団から顔を出した美麗は、起き上がりベッドの上でアヒル座りをした。俯く彼女の頬を、愁は撫でながら微笑んだ。

 

 

『髪の毛、梳かす?』

 

「……あとでいい」

 

『どっか痛い?』

 

「痛くない」

 

『……』

 

「……あれは何だったの?」

 

 

震える声で、美麗は愁の手を強く握りながら質問した。

 

 

『正直、俺も分からない』

 

「あれが言ってた……私は、いらない存在だって。

 

 

だから、晃は私を『人』に会わせなかったの?」

 

『美麗』

 

「天狐達も、その為に私を」

 

『違うよ』

 

「じゃあ何で……」

 

『それは美麗が、大事だったからだよ』

 

「……」

 

『晃と天狐達は、美麗を大事にしてた。大事に大事にしてたらそうなっちゃっただけ。

 

美麗が悪いわけじゃないよ。晃は、美麗が自身でコントロール出来ない力で、他人を傷付けさせない様にしていたら、そういう行動をとっちゃっただけだよ』

 

「コントロール出来ない力?」

 

『美麗は大事なものを守ろうとした時、そういう力が出てきて時々我を失って力が暴走しちゃう時があるんだよ』

 

「……それって、知らない間に戦闘が終わってたのと関係があるの?」

 

『うん』

 

「じゃあママが死んじゃったのは、私の力の暴走のせい?」

 

『それは違うよ。

 

美優さんは、病気だったんだよ。晃が言ってたよ。美麗が生まれる前から、月に何回かは寝ていたって』

 

「……」

 

『美麗は自分の事、責めなくていいよ。

 

 

誰のせいでもない。美麗がいらない存在だなんて、誰も思ってない』

 

「……」

 

『……それが怖かったから、ずっと布団の中に籠ってたの?』

 

「うん……

 

いっぱい力使って、建物壊しちゃって……パパは倒れちゃったし、頭の中グチャグチャになっちゃって。

 

 

でも一人になるのが嫌で、ずっと水輝に」

 

『少し落ち着いたら、皆に顔出そう。心配してるから』

 

「うん」

 

 

 

 

休憩室……ソファーに座り大あくびをする大地に、水輝はコーヒーが入ったマグカップを渡した。

 

 

「毎度毎度、よく徹夜するね。ここの研究員は」

 

「下にはするなって言ってるけど、調べが進むとついね」

 

「ハイハイ」

 

「水輝、ぬらちゃんの様子は?」

 

「ミーちゃん、今愁と一緒だよ。

 

 

だいぶ落ち着いたみたいでね。さっき、私が行ったら顔出してて」

 

 

そう言いながら、水輝は写真を見せた。そこに写っていたのは、愁に髪の毛を結ってもらう白い肌に白髪を伸ばした、綺麗な女性だった。

 

 

「……え、誰?」

 

「ミーちゃんですけど。

 

まぁ、驚くのも無理ないね。私もさっき驚き過ぎて連写しまくってたから」

 

「ちょっと、これ1枚頂戴」

 

「どうしようかなぁ」

 

「水輝!!」

 

「朝っぱらから、何やってるんですか?」

 

 

ファイルを手にした翔は、少々呆れた様子で研究室に入ってきた。

 

 

「成長したぬらちゃんの写真を見てたのよ」

 

「成長?

 

 

うわっ!!何こいつ?!滅茶苦茶美人じゃないっすか?!

 

 

え?!あのチビが、これなんですか?!」

 

「そうよ。身長と体重測らないと」

 

「そういえば、所長は?」

 

「まだ元帥を看てるわよ。

 

未だに、彼だけ目を覚まさないから」

 

「蘭丸さんは目を覚ましたの?」

 

「明け方目を覚ましましたよ。

 

今、梗介が看てます」

 

「それは良かった。

 

 

さてと、私ミーちゃんの所に行ってくるから」

 

「待って!僕チンも行くわ」

 

「来てもいいけど、変なことしないでね」

 

 

 

 

「あれ?水輝、どうしたの?」

 

 

部屋で窓辺の台座に座っていた美麗は、部屋に入ってくる水輝達の方に体を向けた。

 

 

(うわ……本当に美女だわ)

 

「体調の方は、もう大丈夫?」

 

「うん、平気」

 

「ならよかった。

 

ちょっと、一緒に来て貰える?」

 

「え?」

 

『何するの?』

 

「身長と体重を測るんだよ。ずいぶん変わってるからね」

 

「……注射しない?」

 

「しないしない!

 

今後ろにいる、この馬鹿は私についてきただけだから」

 

「水輝!馬鹿って何よ!!」

 

「とりあえず、研究室行こうか!」

 

 

 

研究室では、あくびをしながら書類を見る翔が椅子の背もたれに寄りかかりながら読んでいた。ドアが開く音に彼はマグカップを口に付けながら、振り向いた。

 

 

「あれ?先輩、何……って、その美女ってまさか?!」

 

「はい、妖界の絶世の美女事、ぬらちゃんです」

 

「……」

 

 

フリーズする翔を無視して、水輝は身長計に彼女を立たせた。

 

 

「ミーちゃん、顎引いて。

 

 

160cm」

 

「凄い……12cmも伸びてる」

 

「発見当時は、142cm

1年後は140cm

1年半後は143cm

2年後は145cm

そんで、今年の4月頃に測った時は148cm」

 

「そんで、妖力を使い過ぎ縮んだ時の身長は、120cm~130cmの間」

 

「凄い速度の成長ですね」

 

「それか、これが本来の身長なのかもしれないわね」

 

「妖魔石で抑えられていた妖力が開放されたからかもね」

 

 

トレイに置かれている粉々になった妖魔石の欠片を、美麗はソッと触れた。妖魔石は修復不可能なくらい、粉々になっていた。

 

 

「粉々だ……

 

ねぇ、天花の小太刀は?」

 

「あれなら、今蘭丸さんが持ってるよ。少し預からせてくれって言われてね」

 

「……壊したから、蘭丸怒ってた?」

 

「全然。むしろ、天花さんがミーちゃんを守ってくれたって喜んでたよ」




自身のベットで眠る梗介の頭を、目を覚ましていた蘭丸は愛おしく撫でた。膝元に置かれたトレイには真っ二つに折れた美麗の小太刀が乗っていた。


(役目を果たしたんですね……先輩)


『先輩、よかったんですか?』


蘇る記憶……遠征中、武器の手入れをしている天花に蘭丸は話しかけた。


『何がだ?』

『あの小太刀、美麗に挙げて本当によかったんですか?

あれって、亡くなった父上の』

『別にいい。

父の遺品など、実家に帰ればゴロゴロある。


それに、あれには私の意思を吹き込んだ。必ず守ってくれるはずだ……私がいなくとも』

『……』

『まぁ、もし私達のどちらかが長生きした時、あの小太刀があった方が会いに行きやすいだろ?』

『会いに行くって、行けるんですか?』

『全部片付いたらだ。

討伐隊が解散され、妖怪に怯えることのない世界になった時、会いに行けるだろ?』

『……そうですね!先輩!』


懐かしき記憶に浸りながら、蘭丸は小太刀を撫でた。





※いつも読んでいただきありがとうございます。
この場を借りてご報告があります。今年から社会人となるため、執筆時間が取れなくなるおそれがございます。今まで通り、毎週とは行きませんが不定期で更新させていただきますので、今後とも宜しくお願いします。


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少女の声

「ねぇ、紅蓮達の所に行って良い?」

体重計から降りた美麗は、水輝の方を振り向きながら質問した。


「検査終わったから、良いよ」

『俺、連れて行く』


扉の前に立つ愁の元へ駆け寄った美麗は、彼と共に研究室を出て行き庭園へ向かった。


「仲の良さは、変わらないようね」

「それが1番」

「とっとと記録書書きなぁ。

私も、アゲハ達の所に行って来るから」

「ちょっと水輝、ずるいわよ!!」

「庭園には、暗輝がいるので行く目的はあります」

「キー!」

「先輩、アゲハの鳴き声の真似しなくて良いんで、早く記録書書き直して下さいッス」


庭園で寛ぐエル達……紅蓮の手当てをしていた暗輝が一息吐いた時、扉が開く音がした。振り返ると、そこには愁と美麗が立っていた。

 

 

「あれ?愁、何で……?

 

そいつ……まさか」

 

『?

 

美麗』

「ミーちゃんだよぉ!暗輝」

 

 

あとからやってきた水輝は、美麗の肩に手をのせながら笑顔で言った。固まっている暗輝とポカーンとしている秋羅は、美麗から目を離させずにいた。

2人の目線を気にすることなく、美麗は擦り寄ってきた紅蓮を撫でながら駆け寄ってきたエルの頬を撫でた。その様子を、2人は目で追いながらもう一度水輝の方に目を向けた。

 

 

「あれが……」

 

「美麗?」

 

「身長は、20cmも伸びてました」

 

「完全な大人じゃん!!」

 

「100引けば、美麗は17歳だ」

 

「そうそう。奈々と同期なんだよ」

 

「100足してください」

 

 

エルに頬を舐められる美麗を、木の陰からアゲハは恐る恐る見ていた。舐めてくるエルの顔を抑え嘴を撫でると、木の場所まで行き隠れているアゲハを見た。

 

 

「……アゲハ?」

 

『キー?』

 

 

鳴き声を発したアゲハに、美麗は微笑を浮かべながら触覚を撫でた。撫でられたアゲハは、嬉しそうに美麗に飛び付いた。

 

 

「アゲハ!お前、自分の大きさを考えろ!」

 

 

彼女達の元へ秋羅は慌てて駆け寄り、美麗に乗っかるアゲハを退かそうと持ち上げた。起き上がった彼女は、自身の膝に頭を乗せるアゲハを撫でてやった。

 

 

「アゲハの問題は、解決したみてぇだな」

 

 

 

 

夕方……

 

 

庭園のドアが突如開き、外から梗介と陽介に支えられた蘭丸が入ってきた。

 

 

「監察官」

 

「そのままでよい。

 

 

それより、美麗は?」

 

「あそこで、アゲハ達と遊んでます」

 

 

ブランコに座り軽く揺らしながら、美麗はアゲハ達と遊んでいた。2人から離れた蘭丸は、ゆっくりと彼女の元へ歩み寄った。歩み寄ってくる彼に美麗は気付くと遊ぶのをやめ、共に遊んでいたアゲハ達は美麗から少し離れたところへ行った。

 

 

「……蘭丸?」

 

「無事で何よりじゃ、美麗。

 

 

ほれ、これを返しとく」

 

 

そう言いながら、蘭丸は懐から鞘に収まっている短刀を差し出した。美麗は、短刀と蘭丸を交互に見ながらそれを受け取り、鞘から抜き刃を見た。

 

 

「天花の小太刀だ……でも、折れたんじゃ」

 

「先程、知り合いの鍛冶屋で打ち直してもらったんじゃ。

 

 

折れてしまって、所々欠けていたから元の小太刀に戻すことはできず少し小さくなってしまったが……

 

気に入ったかの?」

 

「……気に入った!

 

蘭丸、ありがとう!」

 

 

嬉しそうに礼を言いながら、美麗は蘭丸に飛び付いた。嬉しそうにする美麗に、蘭丸は微笑みながら飛びついた彼女を優しく抱きしめた。

 

 

 

 

その日の夜だった……幸人達が目を覚ましたのは。

 

幸人の傍で心配していた秋羅は、目を覚まし体を起こす彼に手を貸した。

 

 

「秋羅……何日経ったんだ?」

 

「まだ一日しか経ってねぇ。それより、体の方は大丈夫か?」

 

「何とか……美麗は?!」

 

「無事だよ。今、水輝さん達と一緒に庭園に」

 

 

その時、ドアが開き外から水輝と彼女につられてやって来た美麗が、中へと入ってきた。

 

 

「……水輝、その女性どなた?」

 

「やっぱり、そういう反応になるのか」

 

「秋羅、まさか」

 

「本来の姿に戻った、美麗です」

 

「……ハァ?!」

 

「これが美麗!?」

 

「めちゃめちゃ美人じゃねぇか!!」

 

 

皆が騒ぐ中、葵は彼女を見つめたまま固まっていた。次第に彼は息を乱していき、胸を押さえながら咳き込んでしまった。

 

 

「師匠?大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈…ゲホゲホ!」

 

「葵、大丈夫か?」

 

「葵?」

 

「……翠」

 

「分かった」

 

「奈々、一緒に行ってあげて」

 

「はい」

 

「美麗!庭園行こう!」

 

「え?でも……」

 

「大きくなったアゲハ、見せてよ!美麗!」

 

「うん!」

 

 

奈々と翠と共に、美麗は部屋を去って行った。水輝と一緒にいた暗輝は彼女とアイコンタクトを取ると、何かを察したのか互いに頷いた。暗輝は立ち止まっていた愁と共に美麗達の後を追い、水輝は葵の元へ行った。

 

 

「葵、ゆっくり息を吐いて。そのまま横になって」

 

 

水輝に言われるがまま、葵はゆっくりと息を吐きながら体を丸めて横になった。保奈美は水が入った吸い飲みを持って行き、それを水輝に渡し彼女から受け取った吸い飲みを、葵の口に入れた。

 

 

「葵、ゆっくり飲んで。ゆっくり」

 

 

水輝が葵の対応をしている頃、美麗は庭園で奈々にアゲハを見せていた。アゲハはご機嫌なのか宙を舞い、奈々の周りを飛び回った。

 

 

「アゲハ、凄いご機嫌!」

 

「さっきまで、凄い落ち込んでたのに。

 

奈々が怖がらなかったから、嬉しいんだね」

 

「大きくなっても、アゲハはアゲハだもん。

 

それに、ここの触覚のふわふわがもっとふわふわで気持ちいい!」

 

 

アゲハの触覚を嬉しそうに触る奈々につられて、美麗は笑った。

 

 

 

 

『来て』

 

 

小さな子供の声が、美麗の耳に聞こえた。声の主を探す様にして辺りを見回すが、庭園にいるのは愁と奈々、紅蓮達だけだった。

 

 

(気のせい?)

 

『こっち』

 

 

また聞こえた声の方を向くと、庭園の前に長い黒髪に白いワンピースを着た少女が手招きをしていた。少女は彼女を手招きしながら、庭園の外へと出て行きその少女につられるようにして、美麗は立ち上がり庭園から出て行った。

 

 

『?

 

美麗?』

 

 

出て行く彼女の姿を見た愁は、紅蓮と共に庭園の外を出て追い駆けて行った。

 

 

 

その頃、水を飲み落ち着いた葵は深く息を吐き心配そうに背中を擦る時雨に、薄く笑みを浮かべながら礼を言った。

 

 

「落ち着いたみたいだね。

 

どう?少し楽になった?」

 

「何とか……すまないね、見苦しい所を見せて」

 

「別にいいって。長い付き合いでしょ」

 

「どうした?美麗見て、惚れて過呼吸になったか?」

 

 

冗談交じりに発言した迦楼羅の頭を、幸人と創一朗は拳骨を食らわせた。二つの大きなたんこぶを作った迦楼羅は、涙目になりながら後ろへ下がった。

 

 

「何があったか話してみろ」

 

「……同じだったんだよ」

 

「?」

 

「美麗が、僕の家に火を点けた妖怪と」

 

「……」

 

「み、見間違えとかじゃ」

 

「はっきり分かるよ。

 

 

燃え盛る炎の中、蒼空と母さんがいてその前に二人を見下ろすようにして立っていた、白髪の女の姿をした妖怪が美麗と瓜二つなんだ」

 

「……」

 

「可能性はあるな」

 

「幸人」

 

「創一朗と迦楼羅には以前にも話しただろう。

 

 

美麗は100年間眠っていたと天狐達は言っていた。けど、それが本当かどうかはまだ分からない」

 

「じゃあ、師匠の家族を殺したのが……美麗ちゃんってこと?」

 

「決定付けるのはまだ早い」




「そういう考えは、あっていいと思うよ」


突然聞こえた声に、幸人達は辺りを見回した。すると、幸人が寝ていたベットの上に地狐と天狐、脇に置かれていた椅子に空狐が座っていた。


「い、いつの間に」

「あれだけ強力な妖力を感じたら、すっ飛んでくる」

「まぁ、そうですね」

「姉君、そろそろ話してもいいんじゃないか?」

「……」

「美麗がもう、あの時と同じ容姿になっている。

話して、これからの対策を考えるのが筋ではないか?」

「そうだな。


もう話しても、害はないだろう」

「美麗の過去って事か?」

「それも話すが、その前に少し知っておいてほしい。


私達、妖怪について」

「……」

「空狐から、歴代のぬらりひょんたちの過去を見せて貰っただろう?」

「あぁ」

「その前に話がまだあるんだ」

「え?」

「私達妖狐一族は、ぬらりひょん達より遥か昔からこの地に存在している。


ぬらりひょんがこの地に来た時も、覚えている。だが……その前に、彼等……


いや……藤間はこの地に来る前、ある場所に住んでいた。むろん私達もだ」

「どこに住んでたの?」

「妖の世界とか?異空間というか、異世界というか」

「まぁ、そう捉えていい。

その世界は、私達妖しか住んでいない世界だった。藤間は、その世界を治めている長の4番目の子供。


藤間は、私達妖怪と人間が共に過ごせることを夢に見て、私達の世界からこの世界へと出てきた」

「見張り役として、僕達3人がこの世界へ来たんだよ」

「その世界から、俺等の世界って見えてんのか?」

「もちろん。

特殊な力を持った水があってね。そこからこの世界を見ることが出来るんだ」

「だからあの妖怪、美麗の事分かってたのか」

「でも麗桜の奴、アイツの事知ってたみたいだったけど」

「甲間は度々、この世界に来ては藤間とその親族の様子を見に来ていた。

だから、麗桜も知っていた」

「そうだったのか」

「なぁ、質問」

「?」

「甲間って妖怪?あいつが言ってたんだけど……


美麗が望まない後継者とか、居てはならぬ存在とかって……どういう意味か分かるか?」

「……まだ、信じていたとは」

「信じてた?」

「私達の世界で、ある言い伝えがあってな」

「言い伝え?」

「闇の力は、男より女の方が倍の力を発揮すると言われている。


闇の力を吸い取る者として、女が生まれた際産後すぐに殺される」

「え?嘘……」

「妖怪の世界にも、男女があったのか」

「まぁね。

ちなみに、藤間が生まれるまでの間に3人の女の子が生まれたけど、全員殺されたよ」

「……」

「美麗が生まれた当初、甲間は彼女を殺そうとした。

でも、麗桜は美麗の未来を信じて生かした」

「けどまさか、信じていた人間に自分達が裏切られるとは思わなかっただろうね」


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