出会い、別れと残ったもの (PPlaper)
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短剣

彼女は、高嶺の華であった。

少なくとも、彼女以上の女性を私は知らなかった。

彼は、最良の友であった。

少なくとも、私にとってはそうだった。


彼女に振られた。

 

 

 

彼女と付き合っていけるようにあらゆる努力をした。

 

 

勉強もした。卒業するまでずっと首席だった。

 

 

運動もした。在籍していた部は全国ベスト8に入った。

 

 

身形も整えた。少なくとも蔑まれる事はなかった。

 

 

就職もした。安定した公務員に就くことができた。

 

 

そして、私は、彼女に、一世一代のプロポーズをした。

 

 

ここまで努力したのだから、断られる可能性は低いだろう。断られるにしても私に原因があるのだろうと思っていた。

 

 

彼女は、こう言った。

 

 

「私では、貴方に釣り合わない。貴方は高すぎる」

 

 

そう、言ったのだ。

 

何度も聞き間違いではないかと疑った。

 

聞き間違いではなかった。

 

 

彼女は、私の努力を拒絶した。

 

彼女は、私よりも高みに居たというのに。

 

 

 

私は、彼女の為の努力で彼女に振られたのだ。

 

 

 

私は、どうすれば良かったのか。

 

この理不尽に対し、私は酒を飲んで忘れるしか術を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

私には、友がいた。

 

 

 

共に切磋琢磨し、高めあった友だった。

 

少なくとも私はそう思っていた。

 

 

彼女に振られたとき、私は相当落ち込んでいた。

 

そんな私を見かねて、彼は飲みに行こうと誘ってくれた。

 

飲めば忘れるだろうと。

 

辛い記憶は酒で流そうと。

 

 

私は感動した。彼は本当に私を心配してくれているのだと。

 

彼女への想いが届かなくとも、彼との友情は永遠だと。

 

 

一杯目に口をつけ、軽く酔いも回ったところで私は彼女に振られた事を話した。

 

彼は、笑ってこう言った。

 

 

 

「まあ、お前に釣り合う女ではなかったんだよ。誰が見てもお前と彼女は釣り合っていなかった。仕方ないさ。お前は高すぎたんだよ」

 

 

 

私は、信じられなかった。

 

彼はそんな目をする男ではなかったはずだった。

 

彼は、そんな、邪悪な目をする男ではなかった。

 

 

 

彼は、私を憐れみ、蔑んでいた。

 

彼は、私が彼女に振られて喜んでいた。

 

 

 

 

私は、彼が信じられなくなった。

 

 

 

 

 

 

私には友がいた。

 

今は、友ではない。

 

 

 

 

 

 

 

私は、この二つの出来事により、深く傷ついた。

 

体ではなく、心が。

 

私は、この傷を癒やさねばならないと考えた。

 

何か、他のことをしていなければ死んでしまいそうだったのだ。

 

私は、長期休暇を取り、傷心旅行に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで私は、得難い出会いと別れを経験することとなった。

 

最もそれは、序章に過ぎなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、イタリアに行くことにした。

 

北は寒いだろうし南に行くことにした。

 

そして、最終的にシチリア島に行くことに決めた。

 

特に何も理由はなかった。

 

 

 

 

 

 

シチリア島は楽しかった。

 

美味しいご飯。これを機に料理を始めようかと思うほど美味しかった。

 

美しい海。入って遊ぶのが躊躇われるほど透き通っており、美しかった。

 

荘厳な歴史的建造物。思い出に残そうと躍起になってシャッターを切った。

 

明るい人々。私が立ち直れたのは、彼らがいたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして、『彼』。

 

 

 

 

 

 

 

『彼』はそう悪い男ではなかった。

 

寡黙ではあったが、誠実さを持ってもいた。しかし、どこか炎のような熱も感じた。

 

『彼』は不思議な男だった。

 

まるで太古の昔から島にいた様に私と話した。しかしその語りには躍動感があり、嘘には思えなかった。

 

 

 

 

 

 

ただ酒場で話が合っただけではあるが、『彼』と私はまるで昔からの友の様に意気投合していた。

 

『彼』は、これが酒の力だと言った。

 

私は、『彼』になら話してもいいかと思った。

 

私は、話を聞いてくれるか、と聞いた。

 

『彼』は、構わない、と言った。

 

 

 

 

『彼』は、何も言わずに聞いてくれた。

 

なんとなく心が軽くなったので、ありがとう、と伝えた。

 

 

 

 

『彼』は、構わない、しかし、お前だけが語るのもなんだろう。私の話も聞いてくれるか、と言った。

 

私は、もちろん構わない、と言った。

 

 

 

 

『彼』は、私に、『彼』の隠していた秘密を打ち明けた。

 

なんでも、『彼』は人ではないらしかった。

 

ただ、それだけであった。

 

 

 

 

 

どうだ、軽蔑したか、と『彼』は言った。

 

別に、と私は言った。

 

『彼』は、では恐ろしいのか、と聞いた。

 

私は、アホか、と言った。

 

『彼』は目を見開いて、怖くないのか、と聞いた。

 

私は、別に、君は君だろう、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、『彼』の纏う空気が変わった。まるで、燃え盛る炎の様であった。

 

『彼』は、これでもか、と言った。

 

私は、ああ、何も違わないさ、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼』は、そうか、と言って酒を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、こんな俺を受け入れてくれて。このままいけば、俺は消え去る存在だった。だが、お前に出会えた。お前になら、コイツを託してもいいと思えた。だから、ありがとう。お前に、コイツを託す。受け取ってくれるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、構わない、友の頼みだ、と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼』は、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日から、『彼』に会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼』の託した短剣には、Hephaestos、と銘が打ってあった。

 

 




彼は、彼女と結婚したそうだ。




私は、彼が彼女を好きなことを知らなかった。




彼は、私を友とは思っていなかったらしい。


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天秤

槌を振るう。


硬く、硬く、硬く。


意志を貫ける様に。


槌を振るう。


堅く、堅く、堅く。


何ものにも負けず、傷つかぬ様に。


槌を振るう。



強く、強く、強く。




友を傷つけさせるほど、腕は鈍っちゃいない。


シチリア島を出た私は、イタリアを北上することにした。

 

 

 

 

 

『彼』のその後と、託された短剣について考えていると、一人の女に出会った。

 

 

女は、何か必死になって探している様だった。

 

 

私は、どうかしたのですか、と聞いた。

 

 

女は、貴方には関係の無いことだ、と言った。

 

 

私はムキになって、関係無い事は無い。私と貴女はここでこうして出会ったのだ。それは何かの意味があるのだろうと思う。だから、私にも何か手伝わせてくれないか、と少し格好をつけて言った。

 

 

女が、顔をあげた。

 

 

女は、目を見開いた。

 

 

女は、驚いた様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これもまた、出会いと別れの一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は、天秤を探しているのだと言った。

 

 

私は、それはなくす様なものか、家のどこかにしまったままではないのか、と聞いた。

 

 

女は、詳しいことは言えないが、それは無い、と言った。

 

 

私は、そうか、と言った。

 

 

私達は、黙々と探し続けた。

 

 

しかし、天秤のての字も見つからなかった。

 

 

私は、今日のところはやめにしよう、夜に探すのは効率が悪い、と提案した。

 

 

女は、仕方あるまい、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

近くの街で、私達は宿をとった。

 

 

あまり高い宿ではなかったが、ご飯は美味しかった。

 

 

女は、なんのつもりだ、私に何がして欲しいのだ、と聞いた。

 

 

私は、乗りかかった船だ、途中で降りるのは性に合わないだけだ、と言った。

 

 

女は、私をジロリと睨むと、嘘ではない様だな、と言った。

 

 

私は、言い返そうとしたが、やめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、私達は、同じ場所を探した。

 

 

しかし、全く見つからなかった。

 

 

ふと思いついて、地面の下を探してはどうか、と提案した。

 

 

女は、その手があったか、という顔をしていた。

 

 

私は、休憩がてらスコップでも買ってこよう、と言った。

 

 

女は、私も行く、と言った。

 

 

私は、そうか、とだけ答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は、道を歩いていた。

 

 

なんだか、彼女と付き合っていた頃を思い出して、辛くなった。

 

 

女は、そんな私を気遣ったのか、少し休むか、と聞いた。

 

 

私は、意地を張って、大丈夫さ、と言った。

 

 

女は、そうか、と言って、歩く速さを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天秤を探していた場所からほど近い、ホームセンターにやって来た。

 

 

女は、見るもの全てが新しいとでも言うように、目を輝かせていた。

 

 

私は、不思議な女だ、と思いながら、少し探してくるから、その間見ているといい、と言った。

 

 

女は、ああ、と言った。

 

 

私は、くれぐれも壊すなよ、と言った。

 

 

女は、ああ、と言った。

 

 

生返事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、その日は、スコップを二人分買っただけで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、さっそく地面を掘って見た。

 

 

数時間後、私が何かを掘り当てた。

 

 

 

なにやら、箱の様だった。

 

 

 

私は、女に、探し物はこれか、と聞いた。

 

 

 

女は、ああ、そうだ、と答えた。

 

 

 

その箱には、天秤と剣を持った女性が描かれていた。

 

 

 

 

 

私は、女に、開けるか、と聞いた。

 

 

女は、首を縦に振った。

 

 

 

 

 

箱の中には、天秤が入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は、天秤を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、女の纏う空気が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでここが、裁判官の前かの様な雰囲気であった。

 

 

 

 

 

 

女は、厳粛な雰囲気を纏いながら、こう言った。

 

 

 

 

 

 

「我が名はテミス。法と掟の神。本来なら、肩入れを私は許されていない。しかし、我が神器を見つけてくれた恩は返さねばなるまい。まつろわぬ身であれど、そこはしっかりとしておかなければな。望みを言え。我が権能の許す限り叶えてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、見返りを求めたのではない、気にしないでくれ、と言った。

 

 

女…いや、テミスは、それでは私の気が済まない、と言った。

 

 

私は、それでも、望みなど無いのだ、と答えた。

 

 

 

 

テミスは、ならば、押し付けることにしよう、と言った。

 

 

テミスは、天秤を差し出して、こう言った。

 

 

 

「これを、お前に渡しておく。せっかく見つけたが、これ以外はお前に返せそうに無い。神としては情け無いことだが、あまり与えられるものを持たないのだ。この感謝を伝えるには、我が半身をしか渡せるものが無い。あまり大きいものでは無いが、大事にしてくれると嬉しい」

 

 

 

 

 

笑ってそう言った。

 

 

 

 

 

私は、受け取れない、必死に探すほど大事なものなんだろう、と言った。

 

 

テミスは、これよりも、私が受け取った恩の方が大事だ。所詮この身はまつろわぬ身。どこぞの蛮族に剥奪されるくらいなら、お前に渡したい、と言って、無理矢理私に手渡した。

 

 

 

私は、よろめきながら受け取った。

 

 

 

テミスは、そうだ、それでいい、と言った。

 

 

 

 

私は、テミスの方を向いて、何か言ってやろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テミスは、私の目の前から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手の中の天秤が、妙に熱く感じた。




やはり、俺は間違っていなかった。


アイツは、いい奴だ。


少し、固くしすぎたかもしれない。


やるなら完璧に、だ。


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不思議な、男だった。


この時代の普通の人よりも、少しだけ優しいのだろう、と思った。


何か下心があるのかと疑ったが、別にそんなことはなかった。


それは、無償の親切だった。


受け取った分、返したくなった。


しかし、彼の親切は、見返りを求めない、押し付けのような親切だった。


だから、私も、押し付けてしまうことにした。


法と掟の権能が形を変えた天秤。


まつろわぬ神として顕現した時に持っていなかったのは、このためかもしれないな、と思った。


私は、そろそろ日本に帰ることにした。

 

休暇がそろそろ終わりだったからだ。

 

 

 

 

 

女神テミス。

 

あの女との別れから一夜明け、私は、天秤を荷物の中にしまうのに苦労していた。

 

 

あの女どうしてこう収納に困るものを、と考えながら、新しい荷物を手に持った。

 

 

 

別れくらい、言わせて欲しかったな。

 

 

ふと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリアを北上していた私は、そこから一番近い空港へ向かった。

 

 

しかし、日本へ直行の便は、一番近くても二日後だった。

 

 

とりあえず、その便を予約した。

 

 

ちょうど日が暮れた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後、私は、宿を探していた。

 

 

運悪く、持っている金額で泊まれそうな宿が全て埋まっていた。

 

 

なんでも、近くでスポーツの大きな大会が開催されるそうだ。

 

 

私は、なんと間の悪い、と愚痴をこぼした。

 

 

 

 

すれ違う女性の、足が止まった。

 

 

 

 

女性は、私に、どうかしたのですか、と尋ねた。

 

 

私は、貴女には関係のないことです、と言った。

 

 

女性は、関係ないなんてことはありません、貴方はなにやら困っておられる様子、私に、少しばかりの助力をさせてはいただけないでしょうか、とひと息に言った。

 

 

私は、目を見開いて、驚いた。

 

 

女性は、なんだか得意げであった。

 

 

私は、思わず笑ってしまった。

 

 

女性の顔が、不機嫌そうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これもまた、出会いと別れの一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、思わず笑ってしまったことを謝罪した。

 

 

女性は、全く、最近の子は、などと言いながらも、許してくれた。

 

 

女性は、それで、何に困っているのですか、と私に聞いた。

 

 

私は、宿がなくて困っているのです、と言った。

 

 

女性は、では、私の家に来ますか、と私に聞いた。

 

 

私は、その申し出を、ありがたく受けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

女性の家は、周囲の家と、そう変わりなかった。

 

 

強いて言えば、暖炉があるくらいか。

 

 

女性は、お腹が空いたでしょう、少し待っていてください、と言った。

 

 

何か作り始めた様だった。

 

 

私も手伝おうとしたが、私の手伝いなど必要なさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今どき珍しい、竃でご飯を作っていた。

 

 

女性は、得意げに、特注なんですよ、と言った。

 

 

私は、そうなのですか、と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

女性の料理は、とても美味しかった。

 

 

まるで、母親のような味付けであった。

 

 

私は、すぐさま完食した。

 

 

女性は、満足そうであった。

 

 

 

 

 

私は、せめて洗い物くらいは手伝おうとした。

 

 

しかし、女性に、そこで待っていてください、と言われた。

 

 

あまり、反抗しようという気は起きなかった。

 

 

 

 

 

 

 

女性は、手早く洗い物を済ませてくると、貴方のことを聞かせてください、今夜の宿泊費はそれで結構です、と言った。

 

 

私は、少し考えたが、泊まらせてもらっている恩を返すために、少しずつ、話すことにした。

 

 

 

 

 

 

失恋したこと。

 

 

 

 

 

 

彼とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

『彼』とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

女とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

大事な部分はぼかしたが、でき得る限りを語った。

 

 

 

 

 

 

女性は、コロコロと表情を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

失恋の話では、悲しみの表情で。

 

 

 

 

 

 

かつての友の話では、憤りの表情で。

 

 

 

 

 

 

『彼』の話では、驚きの表情で。

 

 

 

 

 

 

 

女の話では、微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

女性は、全ての話が終わった後で、こう言った。

 

 

 

 

「貴方は、とても、大変だったのでしょう。今日はもうおやすみなさい。夜も遅くなりましたから」

 

 

 

 

 

 

私は、そうさせてもらう、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、誰もが寝静まった頃。

 

 

 

寝ている男の横に、女性が腰掛けていた。

 

 

 

「貴方は、これから、大変な目に遭うのでしょう。その中で、少しでも助けになるように、私の力を与えましょう。なんだか不器用な子供のようで、放って置けないのです。貴方の行く先に、幸せがありますように」

 

 

 

 

女性は、髪を切った。

 

 

 

 

 

 

切られた髪は、ひとりでに宙を舞い、燃え始める。

 

 

 

 

 

 

女性の纏う空気が変わる。

 

 

 

 

 

 

まるで、暖かく包み込む暖炉の火のような雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 

女性は、言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はヘスティア。竃と家庭の女神。我が権能(ちから)のかけらをここに。願わくば、この火が、貴方の道しるべとならんことを」

 

 

 

 

 

女性ーヘスティアは、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、私は女性に、昨日のことは誰にも話さないでほしい、と頼んだ。

 

 

女性は、快く了承した。

 

 

私は、何かいいことでもあったのか、と尋ねた。

 

 

女性は、別に何も、と優しく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

私は、そろそろお暇しよう、と言った。

 

 

女性は、もっといてもいいのですけど、と言った。

 

 

私は、後六日で休暇が終わるのだ、だから帰らねばならない、と伝えた。

 

 

女性は、そうですか、できればまたいらして下さい、と言った。

 

 

私は、喜んで寄らせてもらおう、と言った。

 

 

女性は、微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

女性の家を出て、空港から近い宿の予約をとった。

 

 

明日の昼にはもうこの国には居ない、と考えると、無性に何かしたくなった。

 

 

 

 

 

身体が、火照っていた。

 




天秤に、私が顕現できる限界ぎりぎりまで削った神格と、私の持つ権能の全てをつぎ込む。


予見、法と掟、裁き、などなど。


あの簒奪者どもにくれてやるよりよほどいいだろうと思う。


残った私は、『まつろわぬテミス』という名を持つ神に過ぎなくなった。






渡した、渡した、渡してしまった。


私の本体、私そのものとでも言えるものを、だ。


どう、思っただろうか。


喜んでいてくれると、嬉しいのだが。


速く離れなければ。


あの男に、醜い姿を見せたくはないからな。


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雄羊の羊毛

無垢な、男だった。


顕現してから二カ月ほど。


せっかく現世に降りたのだから、と家庭の真似事をしていた中で、出会った子。


困っているのを見かけて、声をかけたのが始まりだった。


彼は、驚いた様子だった。


彼は、泊まる場所に困っているようだった。


私は、家族ごっこの相手を見つけた気がして、少し喜んでいた。


女性と別れた私は、宿の周りを散策していた。

 

 

女性のことを考えていた。

 

 

まるで、母性のかたまりのような女性であった。

 

 

思わず、色々なことを話してしまった。

 

 

私は、失敗したなぁ、と思った。

 

 

 

 

 

もっと、優しい言動を心がけてみようか、と思った。

 

 

まあ、すぐにぶっきらぼうな口調に戻ってしまうのだろうな、とも思った。

 

 

 

 

 

 

散策しながら、思う。

 

 

 

 

これまでは、こんなに人と深く関わったことはなかった。

 

 

人を助けても、何も言われないことが多かった。

 

 

これまでは、漠然と、そんな社会なのだろう、と考えていた。

 

 

 

 

 

しかし、彼らと出会った。

 

 

 

 

 

 

ぶっきらぼうで、だけどどこか優しい、『彼』

 

 

偶然見つけたバーで、意気投合したのだったか。

 

 

彼に託された短剣は、今も持っている。

 

 

ただ、日本に持って入れるだろうか、と心配になった。

 

 

 

 

 

 

厳格な法のようでありながら、どこか子どものような面も持ち合わせていた、女、女神テミス。

 

 

あの女が神様とか言い出した時は、どうかしてしまったのか、と思ったが、私の前から一瞬で消えたところを見るに、本当に神様だったのだろう。

 

 

あの女の天秤は、今も持っている。

 

 

ただ、これは日常生活では使えないため、インテリアになるのだろうが。

 

 

 

 

 

 

全てを優しく包み込むような雰囲気でありながら、コロコロと表情を変える、女性。

 

 

その、包み込むような雰囲気に任せて、色々話してしまったなあ、とまた、思った。

 

 

 

 

 

 

 

と、ここまで考えて、『彼』と女性から名前を聞いていなかったな、と思った。

 

 

 

 

 

 

人とぶつかる。

 

 

 

 

 

その少年は、意外と力強く、私が倒れてしまった。

 

 

自然と、少年を見上げる形になった。

 

 

少年は、おぬし、面白いことになっておるのう、と言った。

 

 

私は、不思議な口調の少年だ、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これもまた、出会いと別れの一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、立ち上がって、何がだ、と尋ねた。

 

 

少年は、まさか気づいておらぬのか、と驚きの表情をした。

 

 

私は、寝ぐせでも付いているのか、と聞いた。

 

 

少年は、一瞬固まった後、大笑いした。

 

 

私は、どこについているのだ、と焦って髪を手当たり次第に撫で付けた。

 

 

少年の、笑いが増した。

 

 

 

 

 

 

 

少年は、ひとしきり笑った後、すまぬな、おぬしには分からんことじゃ、と言った。

 

 

私は、寝ぐせではないのか、と聞いた。

 

 

少年は、寝ぐせではない、気にせずともよい、と言った。

 

 

私は、そうか、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は、ところで、ここらで何か見なかったか、と言った。

 

 

私は、何かとは何だ、と聞いた。

 

 

少年は、なんでもいい、山羊とか、雄羊とか、そういったものを見た覚えはないかの、と答えた。

 

 

私は、山羊はわからないが、羊なら見た、と答えた。

 

 

少年は、本当か、嘘であったら承知せんぞ、と言った。

 

 

私は、嘘なものか、時間もあるし、案内してやる、と言った。

 

 

少年は、よかろう、案内せよ、と言った。

 

 

私は、なんか偉そうだな、と思いつつ、こっちだ、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

道中、少年は、私を見つめていた。

 

 

私は、何か用か、と尋ねた。

 

 

少年は、身体に異常はないのか、と聞いた。

 

 

私は、ない、と言った。

 

 

少年は、本当にか、と再度聞いた。

 

 

私は、ああ、と返した。

 

 

 

 

 

 

 

30分ほど歩いて、目的地に着いた。

 

 

 

 

この街の郊外の牧場だ。

 

 

あまり、人はいなかった。

 

 

私は、少年に、どうだ、と聞いた。

 

 

少年は、呆れた様子で、そうじゃなあ、羊とか聞かれたら普通そうじゃよなあ、と言った。

 

 

私は、違うのか、と聞いた。

 

 

少年は、いや、間違ってはないんじゃが、と困った様子で返した。

 

 

私は、まあ、せっかくだから、少し見ていこう、と言った。

 

 

少年は、ああ、うん、そうじゃな、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牧場には、多種多様な家畜たちがいた。

 

 

搾乳や、ふれあいなど、そういったものはあまりなかった。

 

 

一番驚いたのは、羊がハーレム状態だったことだ。

 

 

 

 

 

私は、少年に、見ろ、羊だぞ、と言った。

 

 

少年は、いや、ただの羊ではなくての、わしが探しとるのはもっと、こう…、とここまで言って、足を止めた。

 

 

少年は、頭を抱えて、なんでそんなとこにおるんじゃ…お前神獣じゃろう…、と言った

 

 

 

 

そこにいた羊の中でも一番毛並みが美しく、ハーレムの中心にいた羊が、何かに気づいた様子で、こちらを向いた。

 

 

羊は、少年の方を向くと、メェー、と嘶いて、猛然と突進してきた。

 

 

 

 

 

 

運悪く、近くに牧場の人がいないときだった。

 

 

私は、危ない、逃げるぞ、と言って、少年の手を引いた。

 

 

少年は、必要ない、と言って、そこから動かなかった。

 

 

私は、いいから行くぞ、と言って、少年を抱き抱えようとした。

 

 

しかし、少年は、ビクともしなかった。

 

 

少年は、必要ないと言っておろうが、と言った。

 

 

そうこうしてるうちに、羊はもう目前まで迫ってきていた。

 

 

私は、もはやこれまでか、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思った瞬間、羊が輝いた。

 

 

羊が、光の玉になり、少年へと迫っていく。

 

 

光の玉と、少年が、一つになる。

 

 

 

少年が光り輝いた。

 

 

 

少年の欠けたなにかが、少し埋まった気がした。

 

 

 

 

 

 

光が収まると、少年は、こちらを向いて、だから大丈夫だと言ったじゃろう、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、思わず、こう聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

君は、神様か何かなのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は、こう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その問いには是、と答えよう。我が名はウルスラグナ、東方の軍神にして、英雄神である。というか、おぬしに言われたくないんじゃがのう」

 

 

 

 

 

 

私は、どういうことだ、と聞いた。

 

 

 

 

少年は、じきにわかる、というばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は、今日は付き合わせてしまってすまんかったの、と言った。

 

 

 

私は、べつに、と言った。

 

 

 

少年は、ふむ、何か困っとることはないか、でき得る限りではあるが、力になろう。化身を見つけてもらった礼もあるしの、と言った。

 

 

 

私は、特にはない、と言った。

 

 

 

少年は、ふむ、ならば、これをやろう、と言って、両手にすっぽり収まるくらいの大きさの、毛玉を渡してきた。

 

 

 

 

 

私は、何だこれは、と言った。

 

 

 

 

 

少年は、神の力のこもった毛じゃ、もらっておけ、と言った。

 

 

 

 

私は、まあ、もらっておこう、と言って、受け取った。

 

 

 

 

 

少年は、うむ、と頷くと、おぬしと再び合間見えることを楽しみにしておるぞ、と言って去っていった。

 

 

 

 

 

私は、ああ、またな、と言って、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、不思議な口調の少年じゃったなあ、と思った。

 

 

 

おっと。

 

 




彼は、私の作ったご飯を、まるで食べ盛りの子のように食べてくれた。


彼は、おそらく大事な人にしかしないような話を、私にしてくれた。


彼は、私に、本当の家族のように接してくれた。


私には、親族はいたが、こんな暖かい関係ではなかった。


彼は、私のことを、母親のようだ、と言ってくれた。


だから、私も、母親のように、何か力になってあげたかった。


だから、彼に、私の権能を分け与えた。


彼に、道を見失ってほしくなかったから。


彼に、私を忘れてほしくなかったから。


そして、血よりも重いものを分けたなら、血を分けていなくても、本当の家族になれるような気がしたから。


さよなら、私のかわいい子。


願わくば、次は、こちらを尋ねてほしいな、なんて。


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閑話:彼女/彼の話

彼女のせいで、彼は傷ついた。


彼は、私が悪いのだ、と考えた。


だが、本当にそうだろうか。


彼女にも、原因はなかっただろうか。


これは、未練を引きずった女の話。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


彼は、別れ際、邪悪な目をしていた。


しかし、本当にそうだろうか。


彼の友は、そんなつまらない男だったのだろうか。


これは、不器用な男の話。



私は、選ばれている。

 

 

そう思い始めたのは、いつだったか。

 

 

幼少の頃、祖母に媛巫女のことや、カンピオーネのこと、呪術のことを教えてもらってから、だったか。

 

 

最も、その思い上がりは、直ぐに砕け散ることになったが。

 

 

私が五歳の時、母は、私にこう言った。

 

 

「貴女には、呪術の適性がない。降霊、予見、霊視、その類は一切出来ないでしょう。呪力も体に僅かにしか貯められないから、他の媛巫女の負担の肩代わりすら出来ない。死ぬほど踏ん張ってもライターほどの火を灯せるかどうか、といったところでしょう。だから、貴女は一般の人々の中で生きなさい。それが、お互いにとって、一番良い」

 

 

 

私は、大きなショックを受けた。

 

 

そして、その時思い知ったのだ。

 

 

私は特別でもなんでも無く、ただのひとりのちっぽけな人に過ぎない、と。

 

 

私は、選ばれていなかった。

 

 

 

 

それからは、呪術に関することを忘れようとするかのように、勉強に打ち込んだ。

 

 

しかし、諦めきれず、各方面の神話に手を出した。

 

 

そんな私の様子を見て、弟は、私の真似をした。

 

 

私の真似をして、呪術に興味を持ち、その才を開花させた。

 

 

私の真似をして、各方面の神話に手を出し、いつしか私の知識量を超えた。

 

 

私は、弟に、勝てない、と思った。

 

 

しかし、弟は、無邪気に笑って、私を、姉ちゃん、と呼んだ。

 

 

私は、弟の姉でいることに、耐え切れなかった。

 

 

私は、弟を突き飛ばし、家から追い出された。

 

 

その時の弟の顔が、今でも忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

住み慣れた場所から離れて数ヶ月。

 

 

未だに未練を断ち切れない私に、彼氏ができた。

 

 

高校一年の、春だった。

 

 

彼は、真面目な人だった。

 

 

彼は、どこからか私が入試で一位だったことを聞いて来ると、私に追いつけるように、一生懸命に努力するようになった。

 

 

私は、その様子を、微笑ましく見ていた。

 

 

私だって相当頑張ったし、たった一カ月で追い抜かれるとは思いもしなかったからだ。

 

 

しかし、彼の努力は常人のそれをはるかに超えていた。

 

 

文字通り、寝食を削りながら、勉強したのだ。

 

 

その甲斐あってか、彼は、中間試験では、私を抑えて一位に輝いた。

 

 

彼は、その後も努力を続け、終ぞ一位を譲ることはなかった。

 

 

私は、自信を喪失していた。

 

 

 

 

 

彼は、一緒に遊びに行ったり、といったことをあまりしてくれなかった。

 

 

しかし、愛が無いというわけではなかった。

 

 

私が、どうしても遊びに行きたい、と言うと、彼は、仕方ないな、と言って付き合ってくれたし、誕生日には、素敵なプレゼントをくれた。

 

 

しかし、それでも、彼との触れ合いは少なく、私が、彼の私への愛を疑うには十分な素っ気なさだった。

 

 

だが、彼は私を一心に見つめていた。

 

 

まるで、私よりも優れていることが私への愛の証明だ、とでも言うように、一心不乱に努力をしていた。

 

 

私が、軋む音が、聞こえる気がした。

 

 

 

 

 

 

大学を卒業して、私達は社会人になった。

 

 

私は、私の家が良家だったこともあり、大企業に就職することができた。

 

 

彼は、彼自身の弛まぬ努力で、公務員になった。

 

 

私の努力に、価値など無いのだと、言われた気がした。

 

 

 

 

 

数年経ち、私は勤務年数にしては高い地位についていた。

 

 

彼は、地域課のトップに立っているのだとか。

 

 

私の、軋む音が聞こえた。

 

 

 

 

彼から、私に連絡があった。

 

 

大事な話だから、聞いてほしい、と。

 

 

 

 

私は、行くことにした。

 

 

 

 

 

予想通り、彼は私にプロポーズをしてくれた。

 

 

だが、私はもう耐え切れなかった。

 

 

私が、こわれる音がした。

 

 

 

 

 

私は彼より上ではないし、彼よりも心が醜い。

 

 

だから私は、彼にこう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私では、貴方に釣り合わない。貴方は高すぎる」

 

 

 

 

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

 

その時の彼の顔は、一生忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

俺は、選ばれた人間だ。

 

 

そう思ったのは、ガキの頃だった。

 

 

皆がわかんねぇような問題も必ず解けたし、喧嘩でも負けたことがなかった。

 

 

その自信が砕かれたのは、高校一年の頃だった。

 

 

俺は初めて、俺以外の奴に負けた。

 

 

悔しかった。

 

 

しかし、俺は外ヅラは良くしていたので、そいつに関する情報を得ることができた。

 

 

なんでも、美しい女で、才色兼備とは彼女の為にあるような女だそうだ。

 

 

それは楽しみだ、と思った。

 

 

ある時、その女とすれ違うことがあった。

 

 

 

俺は、生まれて初めて、良い女だ、と思った。

 

 

 

 

そして同時に、欲しい、とも思った。

 

 

 

 

 

 

しかし、情報では、彼女には既に付き合っている男がいるらしかった。

 

 

俺は、好都合だ、と思った。

 

 

次のテストで、男よりもいい点数を取れば、彼女は俺の方が彼氏にふさわしいことに気づくだろう、と考えたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、予想に反して、俺は男に負けた。

 

 

 

次こそは、と思った。

 

 

 

が、次も負けた。

 

 

 

その次も次も次も次も次も次も次も、俺は負け続けた。

 

 

 

 

何故勝てないのか、理解できなかった。

 

 

 

彼女を諦めきれなかった俺は、彼女や、あの男と同じ大学に入った。

 

 

手始めに、男の弱点を知るため、男と友達になることにした。

 

 

孫子曰く、敵を知り、己を知れば百戦危うからず、と言うように、奴のことを知れば、まだ勝ち目はあると考えたからだ。

 

 

奴は、無愛想で、人との関係に慣れてないようであった。

 

 

俺は、突くならそこだ、と考えた。

 

 

この分なら、コイツと彼女は、遠からず破局するだろう。

 

 

俺は、熟した果実が落ちるのを待つように、ただ待つだけでいい。

 

 

よし、と気合いを入れ、この作戦で行くことに決めた。

 

 

 

 

お互い社会人になり、数年が経った。

 

 

俺は、有名商社のエリートとなって、日々を過ごしていた。

 

そして時たま奴と会い、彼女の近況を聞き出す日々だった。

 

 

 

 

 

 

だが、今日で終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

ついに奴が彼女にフラれた。

 

 

ようやく、ようやくだ。

 

 

俺は、ようやく彼女に想いを伝えられる。

 

 

しかし、その前に形だけでも奴を慰めておこう。

 

 

奴は今かなりのポストにいるらしいからな。

 

 

関係を保っておいて損はないだろ。

 

 

そう思って、俺は奴を、飲みに行こう、と誘った。

 

 

奴は喜んでついて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

予想通り、奴はあらゆる希望を全て打ち砕かれたかのような顔をしていた。

 

 

電話口では相当酷い声をしていたが、今は少し持ち直したらしかった。

 

 

 

奴は、愚痴を吐いた。

 

 

私が悪かったのだ、私のせいだ、私がもっと努力していれば…。

 

 

 

奴の口から出るのは、自身を責める言葉だけだった。

 

 

だから、俺は、慰めるような表情をしながら、しかし目だけは怒りに染めて、こう言ってやった。

 

 

 

 

「まあ、お前に釣り合う女ではなかったんだよ。誰が見てもお前と彼女は釣り合っていなかった。仕方ないさ。お前は高すぎたんだよ」

 

 

 

 

 

と。

 

 

 

その時の奴の顔は、酷いものだった。

 

 

まるで、信じていたヤツに裏切られたかのような顔をしていた。

 

 

 

 

だが、必要だった。

 

 

言って置かなければならないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

奴は、俺を、彼女を、軽く見すぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、負の感情をぶつけられた程度で狼狽える男じゃねえ。

 

 

彼女だって、俺の見込んだ女だ。

 

 

その程度、笑って流す筈だ。

 

 

 

 

それが何だ、あの男は。

 

 

いつまでも自分一人でうじうじしやがって。

 

 

 

 

 

俺は彼女への愚痴を聞くつもりでここにいたのだ。

 

 

そのくせ、まるで自分にたくさんの欠点があるから振られたみたいに言いやがって。

 

 

 

 

 

 

じゃあ、そんなお前に負けた俺はどうなる。

 

 

 

 

 

 

そう、ただその一点だけが許せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には、友がいた。

 

 

今は、もういない。

 

 

できれば、これで人に感情をぶつけられるようになればいいんだが。

 

 

そう思って、二人分の酒を呷った。




彼女は、私よりもいい女がいる筈だ、と思った。


彼は、彼女以上の女はいないと思った。


彼は、もっと人に感情をぶつけていいのに、と思った。


彼は、人に感情をぶつけることを嫌った。


彼女/彼の想いは、届かなかった。


















だが、彼は心の友を持った。


願わくば、その出会いと別れが、良い結果を導かんことを。


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接触(前)

面白い、男だった。

神の如き能を持ちながら、それに気付かず、呑気に生きている。

そう思えば、身の丈に合わない勇気を出して、行動する。

どこまでも人で、だからこそ、あれは……、いや、これはまだわからぬか。

ただ、まあ、好ましくは、あったな。

ああいった奴は、神としては、応援したくなる。

しかし、思わず毛のまま渡してしまったが…あれ、どうするつもりなのかのう。


その日、甘粕冬馬は、至って平穏な休日を過ごしていた。

 

 

朝から撮り溜めたアニメを消化し、

 

 

昼から秋葉原に繰り出して、好きなアニメのグッズを買う。

 

 

 

 

そんな悠々自適な一日を送っていると、こんなところで会うには珍しい人物に出会った。

 

 

 

 

確か、最近長期休暇を取って、外国に旅行に行ったと聞いたが、帰って来たのだろうか。

 

 

気分も良かったし、他人というわけでもなかったので、甘粕冬馬は彼に声をかけることにした。

 

 

 

「やあ、こんにちは。こんなところでどうしたんですか?貴方はそんなにアニメを見ない人だったと思っていたのですが。はっ、もしや、貴方も遂に目覚めましたか!」

 

 

 

 

 

 

そうやって聞くと、彼は、いや、そういうわけではない、と言った。

 

 

 

そして彼は、ふむ、と一言頷くと、背負っていたリュックを前に回して、上部分のチャックを開けながら、君は、確かこういうの詳しかったろう、ちょっと見てくれないだろうか、と言って、手招きしながら、リュックの中を見せてきた。

 

 

甘粕は、気分が良かったのもあり、何ですか、お宝でも発掘してきましたか、なんて軽口を叩きながら、リュックの中を覗き見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中身は、最高峰の刀匠ですら膝を折るほどの迫力を持つ短剣と、素人でもわかる程の圧倒的な美しさを持つ天秤であった。

 

 

 

しかも、どちらも恐ろしいほど濃密な神気を纏っていた。

 

 

日本各地の神社に祀られている普通の神具とは比べ物にならない。

 

 

濃すぎてわからないまである。

 

 

神そのものと見紛うほどであった。

 

 

そのくせ自身の周囲にだけしか纏っていないものだからタチが悪い。

 

 

私くらいの隠密がここまで近づいてようやく、といったくらいにまで濃密に神気が圧縮されているようだ。

 

 

この分では、委員会の方も気づいていないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アカン。

 

思わず悲鳴が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、思わず崩れ落ちそうになる脚を懸命に支えながら、彼に、これ、どちらで?と震える声で聞いた。

 

 

彼は、ふむ、と呟き、暫し逡巡した後、これは、そこまですごいものなのか、と聞いた。

 

 

甘粕は、ええ、はい、かなり、と言って、私の知り合いにこういうのが得意な方がいるのですが、どうですか、と聞いた。

 

 

彼は、少し考えて、できるなら頼みたいが、あまり手放したくはないので、私もついていっていいだろうか、と答えた。

 

 

甘粕は、リュックを返しながら、ええ、どうせなら、ついでに手に入れた時のことを聞いてもいいですかね、と聞いた。

 

 

彼は、かなり悩んだようであったが、まあ、君なら大丈夫か、と言って、じゃあそこのカフェででも話そう、と言って、指をさした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、おもむろに携帯を取り出すと、ちょっと電話いいですか、と聞いた。

 

彼が、ああ、構わないが、先にいっているぞ、と言う言葉を聞くや否やすぐさま電話を耳にあて、コールし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、五回目のコールでようやく繋がった。

 

 

「すいません!沙耶宮さんですか!至急お伝えしたいことがあるのですが!」

 

 

『なんだい君は!私は今学校だぞ!しかも君休暇中だろ!なんの用だ!』

 

 

「大至急人員をこちらにお願いできますか!隠蔽工作に長けた人でお願いします!あ、あと今日か明日くらいで彼女への面会も申し込んでおいてください!今すぐです!とうとう日本にもまつろわぬ神が降りてしまうかもしれません!」

 

 

『はあ?君は一体何を言って「冗談じゃないくらいの神気を纏った物品を私の知り合いが所持しているのを発見しました!まつろわぬ神襲来の危険があるので人員を回せって言ってるんですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっ、マジで?』

 

 

「マジです。詳しい話は後でしますから、今は車とある程度の人員をこちらにください。事情聴取などは私がやっておきますんで、周辺で待機させておくようにお願いします」

 

 

『わかった。君のことだから嘘じゃないだろう。今すぐに私も本部に向かう。くれぐれも、下手に刺激してマズいことにならないようにね、頼むよ。しかし、いつになくやる気だね、いつもなら、「給料分しか働きません」と言いそうなものだけど』

 

 

「了解です。それについては、まあ、僕にとっても、無関係な人ではないので、とだけ」

 

 

『そうか、まあいいさ。だが、あまり肩入れし過ぎないようにね』

 

 

「ええ、わかってますよ」

 

 

 

 

 

 

電話を切ると、彼は、カフェに入るところであった。

 

 

甘粕も、急いでカフェへ向かった。

 

 

 

 

 

 

店員さんが、お一人ですか、と聞いた。

 

 

甘粕は、いえ、二人です、と答えた。

 

 

店員さんが、お連れ様は、どちらに、と聞いた。

 

 

甘粕は、先程きたはずなのですが、と聞き返した。

 

 

店員さんは、でしたら、こちらです、ご案内します、と答えた。

 

 

甘粕は、ええ、お願いします、と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、そうだな、まずは、と前置きして、彼女に振られたことから話そう、と言った。

 

 

甘粕は、一瞬固まって、えっ、と聞き返した。

 

 

彼は、不思議そうな顔で、君、彼女から聞いていなかったのか、と聞いた。

 

 

甘粕は、驚いた様子で、き、聞いていませんでした…、と返した。

 

 

彼は、まあ、それはいいだろう、と言って、それで、だ、と話を仕切り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、イタリアに行き、『彼』と会って友になったこと、女に会って、一緒に探し物をしたことを話した。

 

 

それ以外については話さず、話したことについてもぼんやりとしか話さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、こんなところだ、と彼は区切りをつけた。

 

 

甘粕は、彼が、自然に裏の人物と接触していることに驚愕を押し殺し、努めて平静を装いながら、これまでの人生経験的な直感で、彼はまだ何か隠しているな、と感じた。

 

 

 

 

 

 

彼は、黙り込んでしまった甘粕を見て、それで、これの鑑定をしてくれる人というのは、どんな人なんだ、と話題を変えた。

 

 

甘粕は、え、あ、はいっ、えっと、私の同僚の知り合いでして、万理谷さん、という方です、と言って、お茶を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、たわいもない話をして。

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、一息つくと、お兄さん…では、なくなったんでしたか、じゃあ、先輩、先輩は、それを手放す気は無いんですよね、と聞いた。

 

 

彼は、ああ、絶対にないだろうな、と断言し、だが、まあ、価値くらいは知っておきたくてな、ちょうど鑑定に行こうとしていたんだ、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、彼の言葉を聞いて、彼に、暗示を使うことを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗示とは、掛けた対象に自分の言葉が信じやすくなるようにして、都合の悪い記憶を消したり、記憶を改竄したりする、魔術的な催眠術の一種である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、これを用いて、彼の旅行の記憶を消し、失恋の記憶に目を向けさせることで、彼が何かに巻き込まれる前に、短剣と天秤を取り上げ、危険から遠ざけようとしたのだ。

 

 

まだ、学生だった頃、とてもお世話になったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、暗示をかけつつ、それで、先輩、旅行なんて行きましたっけ、と聞いた。

 

 

甘粕の中では、旅行?行ってないはずだが…というような反応が返ってくることを予想していた。

 

 

甘粕の覚えている限りでは、彼に魔術的な耐性はないはずだからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼はこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今話しただろう?痴呆になるには早過ぎやせんかね」

 

 

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く暗示が効いていなかった。

 

 

何度か試したが、結果は変わらなかった。

 

 

これは、二つの神具の穏便な回収が難しくなったことと同時に、彼が何らかの事件に巻き込まれており、魔術に対する耐性を得ていることを意味していた。

 

 

 

 

 

 

甘粕は、頭を抱えたくなった。

 

 

 

 

 

 

顔色の悪い甘粕を心配したのか、彼は、大丈夫か、気分でも優れないのか、と聞いた。

 

 

甘粕は、ええ、少し、と言って、ちょっとトイレに行ってきます、と言った。

 

 

彼は、心配そうに、そうか、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、トイレに入ると、上司へと電話をかけた。

 

 

「もしもし、沙耶宮さんですか、緊急事態です。一般人の筈の対象に暗示が効きませんでした。そして、彼は神具を手放しそうにありません。なので、これから対話によって穏便に交渉し、そちらへ連れて行きます。そちらはどうですか」

 

 

 

『大丈夫、準備は万端だ。ただ、彼女がまだこちらに着いていない。あと十分ほど、時間を稼いでくれ』

 

 

 

「了解です。後、場合によっては、こちら側について説明して、協力を要請しますが、いいですか」

 

 

 

『ああ、それについては許可しよう。しかし、いいのかい?親しいんだろう?その人と、さ』

 

 

 

「仕方ありません。日本か彼かであれば、日本を選ぶのが私の仕事ですから」

 

 

 

『そうか、まあ、止めはしないよ。その選択は、最善手の一つではあるわけだから。ただ、君に言うまでもないかもしれないが、いざとなって躊躇わないでくれよ』

 

 

 

「了解です。では、失礼します」

 

 

 

電話を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、さて、頑張りますか、と言って、頰を叩いた。

 

 

 

顔色は、戻ってきていた。




手元に残った化身は三つ。

見つけた化身は一つ。

あと、六つか。

先は長いのう。

まあ、雄羊が見つかっただけでも良しとするか。

鳳とか、どこにおるんかのう…。

とりあえず、怪しい事件があった所から回るとするかの。

その後は、そうじゃなあ…まあ、奴との決着が最優先かのう。

そのためにも、化身を速く見つけなければな。

やれやれ、本当に、どこへ行ったのやら。


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接触(後)

カチ、カチ、カチ。


ここを、こうやってっ、こうだ!


カチッ。


音が止まる。



バンダナを巻いた男が、息を吐く。



やっと完成した。

後はアイツ次第だ……。

お前がどうするのか、楽しみにしてるぜ。



男は、炉の中の火花が散るように、笑った。



万里谷祐理は、急いで下校していた。

 

 

普段から品行方正な彼女が、誰にも何も言わず、この大事な時期に早退する、という事態に、学校は揺れた。

 

 

が、しかし、彼女にそれを気にする余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 

事の発端は、三十分ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

午後一時くらいのことだった。

 

 

突然、万里谷家に電話がかかってきた。

 

 

非通知ではあったが、電話を取った万里谷家当主である万里谷の母は、その番号がなんなのかを知っていた。

 

 

正史編纂委員会である。

 

 

あの子の霊視の予定は入っていないと記憶していたが、と思いつつ、電話を取った。

 

 

 

なんでも、一刻も早く、万里谷祐里の霊視能力を貸して欲しい、という要件であった。

 

 

 

始めは、まあ、祐里を貸し出すのは構わないが、彼女にとって大事な時期であるし、ということで、夜に行うようにして貰ってもいいか、という方向で話を纏めようとしていた。

 

 

だが、次に放たれた言葉で、そんな甘い考えは捨てざるを得なくなった。

 

 

 

 

まつろわぬ神、降臨の危機迫る。

 

 

 

 

この言葉を聞いて、万里谷母は、祐里をすぐに呼び戻すことを決めた。

 

 

大事な時期ではあるし、トラウマもあるだろうが、我慢して貰わねば。

 

 

日本の危機にそんな悠長なことは言っていられない。

 

 

まさか、と疑いもしたが、いつも余裕綽々としている沙耶宮の麒麟児のあの焦った声を聞く限り、まず間違いないだろう。

 

 

いい加減、祐里にも携帯を持たせよう、と決心しながら、彼女は学校へと電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、今に至る。

 

 

祐里は、母から、学校を通じての緊急の連絡を受けて、急いで階段を駆け下りていた。

 

 

校門を出ると、黒塗りの車が道端に停まっていた。

 

 

ドアが開いたので、急いで飛び乗る。

 

 

ドアが閉まるや否や、車は急発進した。

 

 

運転していた、黒服の女性が、今回の件の詳細を説明します、と言った。

 

 

万里谷祐里は、強い決意と、僅かな怯えを秘めた目で、お願いします、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙耶宮馨は、焦りを感じつつも、努めて冷静に今回の件について考えていた。

 

 

甘粕からの報告を思い出す。

 

 

報告のあった神具の形状は二つ。

 

 

 

 

 

天秤と、短剣。

 

 

 

 

 

甘粕によれば、天秤の方は割と予測がつくらしい。

 

 

曰く、対象の旅行先を参照して考えるならば、恐らく、女神ユースティティアの天秤であろう、とのことだ。

 

 

 

 

ユースティティアとは、ローマ神話の神々の中の一柱で、テミスやアストライアー、ディケーなどの、法と正義の女神が習合して生まれた神らしい。

 

 

 

 

ユースティティアだ、と考える根拠としては、

 

 

対象は、シチリア島からイタリアに入国し、イタリア西部のナポリ・カポディキーノ国際空港から出国している。

 

 

ということから、イタリアから出ていないのを見るに、イタリア圏の神だと考えるのが自然だろう、ということらしい。

 

 

 

 

甘粕は、いまいち掴めていない私のことを察したのか、少し詳しい説明をしてくれた。

 

 

イタリア、というのは、かなり沢山の神が流入した土地だ。

 

 

しかし、その中でも天秤を持った神は、かなり限られる。

 

 

細かい民間伝承まではわからないが、イタリアでメジャーなのはユースティティアだ。

 

 

そもそも、天秤とは、法や掟が形をとったものである。

 

 

法が複数種類あると、国にとって、好ましくない。

 

 

従って、天秤がいくつもあるのは神話においてあまり好まれない。

 

 

だから、天秤を持った神は数が少ないのだ。

 

 

そして、女神ユースティティアには、天秤を手放した逸話が残っている。

 

 

対象の持つ天秤は、おそらくその天秤だろう、ということらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか勉強をサボっていたツケがこんな形で回ってくるとは…、と思いつつ、考察を進める。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、これまで欧州の魔術結社で公開されている情報の中には、天秤型の神具が発見された、という記録はない。

 

 

従って、天秤に関しては、魔術師の関与の可能性は低いだろう。

 

 

私なら、そんなに隠し通している神具を使わせるなら、ズブの素人ではなく、もっと優秀な人材に使わせるからね。

 

 

案外、フリーマーケットとかで購入したとかかもしれない。

 

 

まさかとは思うが。

 

 

 

 

推測しやすい天秤に対して、推測しにくいのが、短剣である。

 

 

こちらは単純に、該当する神話が少ないことが原因らしい。

 

 

意外とありそうだが、そうでもないそうな。

 

 

短剣そのものが出てくる神話は割とあるのだが、『誰々が作った』とか、『逸話や名』があったりする短剣が少ないのだと。

 

 

やはり、騙し討ちなどの印象がある短剣よりも、堂々とした剣の方が人気があったのだろう。

 

 

短剣で有名なのは、英雄テーセウスのミノタウルス退治くらいしかないが、その短剣も、ミノス王の娘アリアドネーが差し入れた、という記述しかなく、候補にはならない。

 

 

いったい何の神の持ち物なのか……。

 

 

 

 

 

と、色々考えを巡らせていると、砂利を踏む音が聞こえ、思考を中断する。

 

 

おまたせしました、と彼女は言った。

 

 

私は、では、行こうか、と言って、本殿へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘粕がトイレから帰ると、甘粕の携帯が鳴り始めた。

 

 

打ち合わせ通りである。

 

 

 

甘粕は、出来るだけ穏便に事を済ませるため、彼に裏のことを隠したまま、なんとか媛巫女に霊視してもらい、対処を進める、という案を馨に提案した。

 

 

馨は(面白そうだから)これに乗り、正史編纂委員会も、初めは渋ったものの、甘粕が理由を説明すると、納得して、計画を承認した。

 

 

理由としては、暗示が効かないので、他の魔術も効かない可能性があるということと、かなりの地位にいる人物なので、消すにしても影響力が大きく、まつろわぬ神に対応した後では手が回りきらない可能性がある、というものである。

 

 

そうして、ここに今、秘密作戦一号が発動された。

 

 

 

 

これは、その第一段階で、偶然を装って、霊視の誘いをかける、というものだ。

 

 

因みに、提案は馨である。

 

 

 

 

 

彼に、今日の予定はありますか?と聞いた。

 

 

彼は、いや、特にはないな、それがどうしたんだ、と聞き返した。

 

 

甘粕は、さっき話した、それの鑑定をしてくれる方の予定が空いたそうで、どうですか?と勧めた。

 

 

ここで断られれば、無理にでも連れて行くしかないが……。

 

 

甘粕は、緊張を呑み込んで答えを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、ああ、うん、その方には申し訳ないが、頼んで貰ってもいいだろうか、と答えた。

 

 

甘粕は、ガッツポーズをしたい気持ちを堪えながら、わかりました、では、そのように、と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、電話から耳を離すと、後十分ほどで時間が空くので、それから来てください、だそうです、今から向かってちょうどいいくらいですね、と彼に伝えた。

 

 

彼は、そうか、それで、目的地はどこなんだ、と聞いた。

 

 

甘粕は、芝公園の近くなんですけどね、と説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が運転しますよ、ちょうど車で来ましたし、と甘粕は申し出た。

 

 

彼は、すまない、恩に着るよ、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

車の中で、彼は、そういえば君、公安やめて何してるんだ、と聞いてきた。

 

 

甘粕は、なんてこと聞くんだ、と思いつつ、古物商の会社です、これでも社長秘書なんですよ、と言った。

 

 

嘘ではない。

 

甘粕は、正史編纂委員会のダミーカンパニーの一つで、そういう事になっているからである。

 

 

 

彼は、疑った様子もなく、そうか、何処のだ、と聞いた。

 

 

甘粕は、佐野山古物商というところです、とダミーカンパニーの名を言った。

 

 

 

 

彼は、そうか、と言って、それからは目的地に着くまで、黙ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘粕は、芝公園近くのパーキングに車を停めると、こちらです、と彼を手招きした。

 

 

彼は、物珍しそうにしながら、甘粕について行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が階段を登ろうとしているのを見て、甘粕は、先輩、こっちですよ、こっち、と彼を呼んだ。

 

 

彼は、少し目を見開いて、エレベーターなんてあるのか……、と言った。

 

 

 

 

 

 

エレベーターを降りると、そこはもう境内だった。

 

 

甘粕は、こっちです、と言って、歩きだす。

 

 

彼は、ああ、と言って、追従する。

 

 

 

 

 

 

靴を脱ぎ、本殿の中に入ると、甘粕は、ここからは私の上司が案内してくれます、ちょうど知り合いに会いにきていたらしくて、鑑定の時は席を外すので、安心していただいて大丈夫ですよ、と伝えた。

 

 

彼は、むっ、そうか……、と言って、君の上司というのは、その、彼か?と前方から歩いてきた馨を見た。

 

 

馨は、目を見開き、動揺を隠すように彼を見て、どうも、こんにちは、貴方が彼の友人の方かな、と聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらですよ、と馨は彼を案内する。

 

 

彼は、何も言わず、ついて行く。

 

 

そして馨は、扉の前にくると、ここの和室です、じゃあ、あとはご自由に〜、と言って、去っていった。

 

 

 

 

彼は、ああ、ありがとう、と言って、扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこでは、美しいものの、何処からどう見ても中学生か高校生くらいにしか見えない少女が、お茶の用意をして、座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、訝しげに、甘粕に目線を向けた後、少女に目線を合わせて、今日はよろしくお願いします、と言って頭を下げた。

 

 

 

彼女は、万里谷祐里と申します、今日は宜しくお願い致します、と綺麗な礼をした。

 

 

 

甘粕は、続けて、よろしくお願いします、と言った。

 

 

 

祐里は、甘粕に向けて、よ、宜しくお願い致します、と慌てて言った。

 

 

 

リュックが、少し熱く感じた。




男が、突然立ち上がる。


ッ!気取られたか?

クソッ!

………………。

仕方ねぇ、表に出るか。

久々に、酒も飲みたいしな。




男は、少し屈伸すると、バンダナを外した。

近くのタオルで、汗を拭く。



楽しみだなぁ。



男は、心底楽しみで仕方ない、というように、笑った。


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顕現

あいつは、全てが終わると、俺たちにその欠片(メダル)を託した。

俺には雄牛、猪、白馬。

あの女には、山羊と鳳。

権能を神獣として独立させ、それらの信頼関係を依り代にうんぬんかんぬんと言っていたけど、ほとんど分からなかった。


でも、これだけは覚えている。


雄羊と駱駝。

これを、ある人に届けなくちゃならない。


東京都港区、七雄神社の、ある一室。

 

 

そこで今、日本の趨勢を決めるかもしれない事が起こっていた。

 

 

 

祐里が、顔を僅かに強張らせて、それで、例のものは、と言った。

 

彼は、その様子に気圧されたかのように、あ、ああ、これです、と言って、リュックを開いた。

 

 

 

 

 

 

よろしくお願いします、と言って、男が神具と思しき短剣を置く。

 

 

美術品として見るのならば、なんて置き方を!と言わなければならない程の代物であるのは美術品の鑑定の素人である祐里にも分かったが、今ここでそんな事を気にできるような余裕は彼女には無かった。

 

 

拝見致します、と言って、祐里が、短剣を恭しく手に取った。

 

よく見れば、彼女の手が震えているのが見て取れただろう。

 

しかし、気づかなかった男は、なんだか大げさだな、と思ったが、口にはしなかった。

 

 

 

 

 

短剣を手に取った瞬間、祐里は、すうっと消えるような感覚に包まれる。

 

霊視の予兆だ。

 

今回はきちんと発動したらしい、と安堵しながら祐里は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー炎。

 

強い炎。いや、これは火山か?

 

 

鉄。いや、雷?違う、これは剣だ。

 

 

火花?いや、槌?これは一体ーーーー

 

 

 

場面が変わる。

 

 

 

 

……鍛冶場、のようだ。

 

 

一人の男が、何かの部品を弄っているようだった。

 

 

カチ、カチ、カチ、カチ。

 

 

男の手が止まる。

 

 

何となく、これはもう見ない方がいい気がした。

 

 

意識が溶ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

突然、彼女の雰囲気が変わった。

 

 

そして、まるで、夢遊病のように虚ろな目になった。

 

 

 

 

そして、少し間を置いた後、彼女は、先程までのガチガチした様子が嘘の様に、淡々と、そして朗々と言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

「その神は燃ゆる炎にして、大地の怒り。その炎は鋼を鍛え、技を産む、火山と鋼の化身にしてーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おっと、その先は言わないでいいぜ。嬢ちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が、響いた。

 

 

 

 

どこか懐かしい声だ、と男は思った。

 

 

 

 

 

声を聞いて、彼女の目が、弾かれたように正気に戻る。

 

 

 

それと同時に、短剣が、彼女の手元からゆっくりと離れて、宙に浮いた。

 

 

 

 

 

私たちが、まるで空想のような事態に唖然としていると、短剣から、炎が吹き出してきた。

 

 

 

 

それは本物のようだったが、全く熱く感じられなかった。

 

 

 

 

炎は、踊るように短剣の周りを回る。

 

 

 

甘粕でさえも、思わず、僅かにではあるが気を抜いてしまう程の美しさであった。

 

 

 

幻想的な光景だった。

 

 

 

 

ふと気づくと、炎は短剣を中心として、人を形作っていた。

 

 

 

 

 

炎が、一際燃え上がる。

 

 

 

そして、炎がかき消えると、人型の炎は、人の肉を持っていた。

 

 

 

その男の姿は粗末な作業着のような服装であったものの、滲み出る神気は見る者を圧倒させるものだった。

 

 

 

 

 

 

男神からしてみれば僅かでしか無いであろうものの滲んだ神気に、甘粕と祐里があてられていると、徐ろに男が立ち上がった。

 

 

 

 

甘粕は、足がすくんで動かなかった。況や祐里もである。

 

 

 

 

 

男は、神の前だというのに、全く萎縮することなく、久しいな、友よ、と言った。

 

神は、まるでその言葉を待っていたかのように、応!兄弟!久しいなぁ!と嬉しそうに言って、だがその前に、と呟いて二人の方を向いた。

 

 

 

 

 

 

「そこな嬢ちゃん。今俺を視たのは、お前か?」

 

 

 

 

そう言って、祐里を見る、男神。

 

 

 

しかしながら、少し洩れただけとはいえ、百戦錬磨の猛者でさえ慄くような気に当てられた祐里は、気絶はしなかったものの、身体を動かすことが出来なかった。

 

 

 

 

 

すっと、自然に甘粕が祐里の前に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、甘粕冬馬は給料分以上は働かないと豪語する男である。

 

 

それはひとえに、日々の任務にさらされる中で、任務よりもなによりも、命あってのものだねである、と甘粕が考えるようになったからである。

 

 

いつもならば、ここはスタコラサッサと煙に撒き、彼を犠牲にしてでも媛巫女を助け出すところだ。

 

 

 

 

しかし、今回はダメだ。

 

己の上司には大丈夫だと言ったが、どうやら、私は彼を犠牲にすることはできないらしい。

 

なぜなら、始めこそ姉を介しての関係ではあったものの、あの頃の自分に親身になってくれた人は彼だけだったのだ。

 

 

 

彼を……、いや、彼も守りたい!

 

強く、そう思った。

 

 

これまで磨いた技は敵わず、使える武器は口八丁手八丁のみ。

 

 

だがしかし。

 

 

ここでやらねば誰がやる。

 

 

私は、未だーーーー

 

 

 

(この胸の熱まで捨てた覚えは無い!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前に出た甘粕が、顔を伏せたまま口を開く。

 

 

「恐れながら、偉大なる神よ、発言を許して頂きたく存じます」

 

 

男神は、鷹揚に頷いて、許そう、と言った。

 

 

「では。まず、こちらの神具を通して、御神を霊視致しましたのは、こちらの媛巫女であります万里谷祐里にございます。不躾に御神を視てしまいましたこと、平にお詫び申し上げます」

 

 

 

男神は、何、顔を上げろ。そんなに気にしていない、答えてもらって悪かったな、と言って、バツが悪そうに視線を逸らした。

 

 

 

 

ここからが勝負。

 

甘粕は、僅かに顔を上げ、言葉を紡ぐ。

 

 

「重ねて、恐れながら申し上げます。御神はそちらの方を、どうされるおつもりでしょうか。どうか返答頂きたく存じます」

 

 

 

 

男神は、怪訝そうな顔をして、お前さん、どうした?別に『お前等』は一人までこだわる奴らじゃあなかったと思うんだが、と言った。

 

 

 

 

甘粕は、顔を完全に上げきって、男神の目を見て、口を開いた。

 

「恐れながら、その方は、私にとって非常に大事な方なのでございます。ですので、どうか、どうかご返答頂きたく存じます……!」

 

 

 

 

 

 

甘粕の、その様子を眺めながら男神は、ニヤリと笑って、言った。

 

 

「何、友人を悪いようにする男はいねぇさ。それより、お前さん、冷たい男だと思ってたが、中々に良いな。よし、おい、こいつも一緒でいいか?」

 

 

聞かれた男は、ああ、構わない、彼のことを紹介もしたかったしな、と言った。

 

 

 

 

そして、彼がまつろわぬ神と友誼を結んでいるとか、そう言ったことに甘粕が呆気に取られている内に、あれよあれよと言う間に甘粕は二人に連れて行かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

一人残された祐里から事の顛末を聞いた馨は、女の子を一人置いていくとかないわー、と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、彼らはそれから、甘粕のおすすめだと言う居酒屋でしこたま飲んで、食って、談笑したのだが、本筋にはあまり関わり合いがないので、割愛する。

 

 

ただ、男神と甘粕は、中々に気が合ったことは記しておく。

 

 

 

 

 

 

帰り道。彼も男神も甘粕も、皆酒には強い方なので、へべれけにはならなかったが、ほろ酔い気分であった。

 

 

しかし、兄弟がまさか魔術結社の端くれと知り合いだったなんて、驚いたぜ、と男神が言った。

 

 

 

 

 

男は、怪訝そうな顔をして、魔術結社とはなんのことだ?と聞いた。

 

 

 

 

えっ、と同時に男神と甘粕は声を出した。

 

 

 

ちょっと待っててな、と言い残して、男神は甘粕を連れて行った。

 

 

 

 

 

道の端で、ひそひそと話す二人。

 

 

「お前ら事情説明とかしてないの!?」

 

「してないですよまさかそんなに深くまで関わってるなんて思いもしなかったんですから!!」

 

「説明責任果たせよぉ!?」

 

「普通魔術とかは隠すものなんですよ!大体、そんなに言うなら自分で説明すれば良かったじゃないですか!?」

 

「うるせぇ!仕方ないだろ!?忘れてたんだよ!!」

 

「じゃあ私のこと言えないじゃないですかー!」

 

「そんなこと言ったらお前だって俺のこと言えないじゃねぇか!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「この話はやめましょう」

 

「おう、そうだな。それよりどうやってバラそうか……」

 

「偶然を装う」

 

「ダメだな。そんなことの為に騒動は起こせん。……黙ってるってのはどうだ?」

 

「それもどうですかねぇ。喫緊の事態が迫っている時だと説明する余裕なんてありませんよ。……うーん、やっぱり、正直に全部話すのはどうですかね?」

 

「もうそれしかないかー……。信じてくれるかねぇ……」

 

「術の類いを見せれば信じてはもらえるんじゃないですかね。これでも私、そこそこ術はできますから」

 

「そうだな。…………なぁ」

 

「なんですか?」

 

「アイツの事とは別件で、お前に頼みたい事があるんだが、受けてくれねぇか?」

 

「…………内容によりますね」

 

「おう、その言葉だけで充分だ。じゃあ戻ろうぜ、だいぶ話し込んじまった」

 

「そうですね。内容はまた今度にしましょう。……ん?あれっ、ちょっと待ってください。先輩からメールが来てます」

 

「? なんて言ってる?」

 

「えーっと、『二人が話し込んでるようだから、私は先に帰ります。明日から仕事なので。何か用があればLINEで連絡お願いします。

追伸:時計ありがとう、と伝えておいてくれ』ですって」

 

「あー、悪いことしちまったかな」

 

「そうですね……、次はきちんと皆の都合が合う日にしましょう」

 

「そうだな。ところで冬馬、お前、明日休みか?」

 

「仕事ですけど」

 

「あ、そう……」

 

「…………二次会くらいなら付き合いますよ」

 

「マジか!ありがとよ。で、どこ行く?」

 

「えっとですねぇ……、ここからもう少し先を右に曲がった所に良いとこがあるんですよーーーーーーー」

 

 

 

 

夜は、更けて行く。

 




ようやく見つけたぞ、ゴルゴネイオン。

これで私は力を取り戻せる……!


力を取り戻した暁には…………うん?


ふむ、興味深いな。

力を取り戻した暁には、まずは奴の所へ向かうとするか。


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相談

いつでも、時が経つのは速いものだ、と一年前と様変わりした街を歩きながら、男は思う。


時計は回る。チク、タク、チク、タク。


今回は自身の都合で途中離脱してしまったが、次は絶対に最後まで付き合いたいな、と男は思った。


短針は回る。チク、タク、チク、タク。


いつか、あのーー彼、とも、よりを戻せたら、彼女とも、よりを戻せたらいいな、と男は思った。


長針は回る。チク、タク、チク、タク。


明日も頑張ろう、と男は思った。


秒針が回る。チク、タク、チク、タク。



時計の針は、止まらない。


それは、二件目の居酒屋の酒の席でのこと。

 

甘粕は、ある質問をされた。

 

 

 

曰く。

 

 

 

『ーーーーーまつろわぬ神とは、どうやって生まれると思う?』

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「へっ?」

 

思わずポカン、とする甘粕を箸で指しながら、男神は言う。

 

「いや、まつろわぬ神ってのは、どうやって生まれると思う?」

 

甘粕は一瞬逡巡するものの、答えを返す。

 

「人の生み出した、神話…から?いい感じに」

 

「そこがおかしいんだ」

 

静かに、男神は続ける。

 

「神ってのは、語り継ぐ人々の話の中から生まれる存在だ。とりあえずはそうなってる。じゃあ、じゃあよ、なんで俺たち(まつろわぬ神)はその神話よりも超常的なんだ??」

 

「えっ……それは……まつろわぬ神は自身によってその能力が操作出来るから?」

 

「答えになってねえ。神ってのが神話が生んだ存在ならば、その枠組みから逃れられない筈だ。しかし俺たちは神話を超えている。それは、何故だと思う? 俺たちが生まれたのは、何故だと思う?」

 

考え込む甘粕を見て、砂ズリを齧りながら男神は助け船を出す。

 

「ヒント。神ってのは何だかんだ力を失うことが多い。何故だ?」

 

それでも黙々と考える甘粕を横目に、男神はニラ玉に舌鼓をうちながら更に助け船を出す。

 

「ヒント2。精霊って何だ?」

 

精霊とは、その土地の霊脈から漏れ出た魔力などが意思を持ったものだと考えられている存在だ。

 

現代でも秘境や奥地にでも行けば運次第で割と会える存在である。

 

全く関係なさそうな言葉が出てきて、ウンウン唸り始めた甘粕を見かね、チューハイを呑みながら男神は最後の助け船を出す。

 

「ヒント3。精霊と神の違いって何だ?」

 

 

三十分ほど熟考して、はっと顔を上げる甘粕。

 

「まさか!?」

 

その頃には大体めぼしいものは食べ終えて、爪楊枝で歯と歯の隙間をいじくっていた男神がうなづく。

 

 

「そう、そのまさかさ」

 

「そんな!?これが、これが事実だとするならば、それは、正しく、文字通りに、人が神の下にあったということですよ!!?」

 

 

「そう、そうなんだ」

 

気に入ったらしき砂ズリを齧りながら、男神は我が意を得たりとばかりに首を縦に振る。

 

そうして、一旦甘粕を制止すると、彼は話をはじめる。

 

 

「まぁ聞いてくれ。これは、俺の話なんだがーーー」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

恐らく、神ってのは、あれは正しく自然現象に近いものだと思う。

 

そして、さっきのお前の推測通り、俺は、神の元々の姿ってのは、精霊だろう、と考えている。

 

 

何故なら、俺は、俺が人間であった時の事を覚えているからだ。

 

 

順を追って話そう。

 

俺は、元々は、鍛治とか物を作ることに才を持った、ただの人だった。

 

鍛治や発明に関しては特別だったが、それ以外は普通の男だったんだ。

 

皆と同じように、飯を食い、酒を呑み、笑って、寝て、起きて、神を崇める。

 

そんな、男だった。

 

 

 

 

 

……ある日、いつものように村で共用の祭壇に行くと、様子がおかしかった。

 

皆の、俺を見る目が、なんだが気持ち悪く感じた。

 

 

 

原因は、一目でわかった。

 

神の像が、取り替えられていたんだ。

 

いつもあった、火の神を奉る像は無くなり、そこにあったのは俺の像だった。

 

誰が作ったのかは直ぐ分かった。

ウチの隣の、石屋の親父だ。

 

俺は、石屋の親父に詰め寄った。

俺たちにとって、神様はこんな扱いするもんじゃねえだろ、何考えてやがるテメェ、ってな。

 

そんで、それで、だ。アイツは……こう言ったんだ。

 

『何を言っておられるのですか?貴方様こそ神ではありませぬか』ってな。

 

俺は、その親父を突き飛ばすと、村中を駆け回った。

 

色んなとこを探した。

共同広場。

墓。

村の外壁。

武器庫。

食料庫。

畑に井戸。

知り合いの家族の家。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー結果、どこにも、その火の神の姿は無かった。

 

それまであった火の神の意匠は、全て金床と槌を模したものに変えられていた。

 

俺の崇めていた神は、居なくなっちまったんだ。

 

 

 

 

ふらふらと家に帰り、寝床に横になる。

 

嘘だ、嘘だ、嘘だ。

俺が、俺が神様だなんて。

 

そんな言葉ばかり頭に回っていた。

 

 

 

 

しばらくして、ふと真横を見た。

 

そこには、女神がいた。

 

 

比喩ではなく、幻想でもない。

 

確かに、実体のある、肉のある人間として、存在していた。

 

 

 

 

 

彼女は、慌てて距離を取ろうとする俺の顔を掴んで、強引に接吻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

全く理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分にも、数十分にも感じる時間の中で、唇を通して流れ込んできたものがあった。

 

なんだか判らないが、とても、あたたかい息吹。

 

それからは、大地のような力強さと、竃のようなあたたかさを感じた。

 

 

 

そうして、唇が離れると、その女の姿は崩れおちる灰のように消えてしまった。

 

 

呆然としていた俺は、その瞬間、唐突に理解した。

 

 

 

俺はーーーーーー神になったのか、と。

 

 

 

そうして、一人の男が消えて、一柱の神が生まれた。

 

一柱の神が消えて、一人の女が生まれた。

 

 

 

めでたし、めでたし、ッてな。

 

 

そんな話さ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「それは……!」

 

豚バラを器用に串から外して、間に挟まれていた玉ねぎと一緒に食べながら、甘粕は驚きに目を見開く。

 

「つまり、『蛇』は元々精霊で、『鋼』はその地位を簒奪し、神となった存在である、と」

 

「そうだ。そして、世の中にこの分類で分けられない神はいない」

 

甘粕の真似をして、砂ズリを串から外してムシャムシャ食べながら、その通りと頷く。

 

「そして、まつろわぬ神ってのは、その神話から堕ちてきた、文字通りまつろわぬーーつまり、人の信仰とは全く違う、その信仰を冒涜するような姿と態度をし、現世に降り立った神のことだ」

 

相槌をうつ甘粕を見ながら、男神は話を進める。

 

「そして、その落伍者どもに対抗すべく産み出されたのが、『始まりの女』パンドラなんだ」

 

 

 

「そして、俺が頼みたいのは他でもない。このパンドラを仕留めるのを、手伝ってほしいんだよ」

 

 

 

 

 

甘粕は、思わずビールを吹き出した。




女も、男も、女神も、男神も。

幸せなど何一つなかった。

しかし、不幸せもなかった。

それが神。

技術のブレイクスルーという役割を持たされた炎の神の始まりと、終わりである。

炎は、継がれてゆく。

リレーのように。


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賢明

「結局……彼は、一体?」

万里谷祐里は、目の前に座る沙耶宮馨に向けて、至極当然の質問を投げかける。
何故なら、神そのものと見紛う神器(うち一つは本当に神そのものだったが)を持つ男が、それだけで不可解なものであるからだ。
何故正史編纂委員会が没収していないのか。
何故私に霊視の依頼が回ってきたのか。
何故。何故……。
ーーなんて。
そんなごちゃごちゃとした悩みを押し込めた媛巫女の言葉を、沙耶宮の麒麟児は事も無さげに突っぱねる。

「貴女には関係の無い事です」

「そう、ですか……」

疑問を押し込めた質問を心の奥底にしまい込んで、祐里は少し俯く。

そんな祐里を見かねたのか、馨は珍しく親切心から口を開く。

「そんなに悪い事にはならないと思いますよ。ええ」

「えっ?」

「確かにまつろわぬ神は降臨してしまった。いや、すでに降臨していたのかな?まあいいや。ともかく私は、被害は最小限にとどめられると、確信しています」

「……どうしてですか?」

「私の、自慢の懐刀が付いてますからね」

麗人はふっ、と得意げな笑みを浮かべると、ニヤリと笑った。

「そう、ですか……いえ、そうですね。きっと、そうなるでしょう」

巫女は険しかった表情に柔和な笑みを浮かべて、微笑んだ。

きっと、彼らがこの事件を解決に導くと信じて。
そして信じれば、そうすればどんなことでもきっと叶うと、信じて。







なおその頃男衆は飲みまくっていた。


かの神は、ヘパイストス。

 

ギリシアのオリンポス十二神に名を連ねる、偉大なる鍛治、発明、炎の神である。

 

古くは雷と火山の神であったようだが、ギリシア神話に集合される際に鍛冶の神とされた。

最高神ゼウスとその妻ヘラの子という来歴を持ちながら、両足がきかないという奇形児であったため天界から追放されてしまう(一説には醜かったためとも言われる。また両足は天から落とされた時に障害を負ったとも)。

しかし海の神テティスに助けられることで一命を取り留め、その後鍛冶の神としてオリュンポス十二神に加えられるほどの力を身につける神だ。気性は頑固であったとかなんとか。

 

彼の作った武具は神話にいくつも登場する。

ゼウスからアテナに受け継がれた無敵の盾アイギス。

ゼウスの代名詞である雷霆(ケラウノス)

アポロンとアルテミスの扱う矢。

神速の英雄アキレウスの『盾』を含む武具一式。

ゼウスが愛人エウロペに与えた青銅の巨人ターロス。

ペルセウスが怪物ゴルゴン退治に用いた魔鎌ハルペー。

『始まりの女』パンドラの肉体を造ったのも彼だ。

ギリシア神話では、彼の作った武具は一種のステータスだったようである。

 

ギリシア神話には珍しく、目立った……というか目立つ要因となるロクでもない逸話がそんなにない神だ。

ロクでもない話はエリクトニオスの生誕についてくらいで、後はアフロディーテへの復讐くらいしか特に目立つ逸話はない。

それでもオリュンポス十二神の末席に名を連ねるのは、そのような逸話がなくとも信仰されたという証だろう。

 

しかし、神話ではそのように語られる神でさえ、まつろわぬ神となれば全てが変わる。

在り方が反転したりするのではなく、ただ歪むのだ。

『人を殺すことこそ人を救うことである』とかなんとかちょっとおかしいことを突然宣いかねない。

例えどんな神性であろうとも、だ。

故に、まつろわぬ神とは、往々にして己以外を気にもかけず暴虐の限りを尽くす、天災とか台風見たいな連中であるのだ。

 

だが、この(ヘパイストス)は違う。

 

一般的な常識ーーやや外国的ではあるがーーを持ち、神特有の威を無差別に放つこともなく、フレンドリーで。

理不尽でもなく、情緒不安定とかでも無く、全く話が通じないとかも無い。

何も説明しなければ、気のいい外国のおっさんで通じるだろう。

そういった態度を取った後に突き落として愉悦する……とかでもなさそうである。

 

 

 

異常だ。

 

まつろわぬ神としてこれはありえない。

 

まつろわぬ神とは人々の祈りや請願に背を向けた神が(堕ち)る物。

 

断じてこんな……こんな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はみんなで一緒に遊ぼうねー!(野太い声)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

断じて、こんな着ぐるみ被って子供を喜ばせるようなまつろわぬ神とか……聞いたことないんですけど……。

 

 

甘粕は、いつもの薄ら笑いを引きつらせながら、こうなった顛末に思いを馳せる。

 

それは、昨夜の神による講話が終わった後、二人してフラフラしながら甘粕の家に帰りつき朝になって二日酔いに唸りながら起きた時のことだった……。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「え?バイトですか?」

 

衝撃の日から夜が過ぎ、朝になって着信に震える携帯を反射的に取ると、そこからは先輩からの頼みごとが聞こえてきた。

 

『ああ、急遽頼める人を知らないだろうか』

 

なんでも、都民広場での着ぐるみショーのアクターが足りないそうだ。丁度先日大きめの事故の怪我で休んでしまった人達の分の空きができてしまったのだとか。

しかもそのイベントの着ぐるみは人気の物を沢山集めたせいで一人二人ならともかく十人単位だと抜かそうにも抜かせず、片っ端から知り合いに電話をしているらしい。

別にそんな都合のいい人物も思いつかず、返事が少し申し訳なさそうなる。

 

「あー、あんまり心当たりはないですねぇ」

 

流石に正史編纂委員会を動かすほどではあるまい。

というかこんな事で動かしたら職権濫用もいいところである。

 

『そうか……』

 

「力になれなくて申し訳ないです」

 

電話が終わったらへパ◯ーゼ買いに行かなきゃ……なんて、胃の痛みに気が逸れつつ応対する甘粕。

 

彼の言葉に生返事を返していると、ガシッ、と手元の携帯が強奪された。

 

「……ん?え?あれ!?」

 

困惑する甘粕を尻目に、電話を交代する男神。

 

「よオ、おはよう!ところでそのバイト俺が行ってもいいか?」

 

『ん?ああ、構わないが…冬馬君はどうしたんだ?』

 

「あー、アイツは寝ぼけてるから俺が変わったんだ」

 

『そ、そうか…』

 

「で、だ。バイトはいつくらいに何処に行けばいいんだ?」

 

『ああ。9時くらいに都民広場に来てくれれば……』

 

「良し!じゃあ行くからな!」

 

『あー…来てくれるなら、遅れないように頼む』

 

「了解!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

……なんて事があったのだ。

 

「…………ハァ……」

 

思わず溜息も出るというものだ。

一見温和ではあるが男神ヘパイストスはまつろわぬ神であるので、突然『うっとおしいわぁっ!』とか言ってうじゃうじゃ集っている子供達に何かするのではないかと気が気ではない。

大丈夫だろうか……心配だ。

いや、もしそんなことが起こったら私達にはどうしようもないが。

 

沢山配置されたヘパイストスを監視する人員達と逐一連絡を取りつつ、まつろわぬ神ヘパイストスの動向に気を揉んでいると、昼休憩でこちらの様子を見に来た先輩が、コンビニの袋を傍に置き私が座っていたベンチの隣に座った。

 

「……やあ、冬馬君。今日はありがとう」

 

「えっ!?いやいや、こちらこそすいません。あの方がワガママを言ったもので……」

 

「いや、今回はこちらの都合で振り回してすまなかった。お詫びに今日はご飯を奢ろう。日給が出るのは彼だけだからね」

 

「いや、そんな……」

 

「こういう時は奢るのは年長の義務のようなものだ。黙って奢られておきなさい」

 

「でも……いえ、ありがとうございます」

 

「君も好きなあそこのラーメンでいいかい?」

 

「はい、ゴチになります」

 

彼は懐かしむように目を細める。

 

「前にもこんな事があったな。あの時とは大分違うが」

 

彼の言葉に、甘粕は苦笑を返す。

 

「そうですね。あの時のラーメンは美味しかったなぁ……」

 

昔の思い出を思い返していた甘粕は、ふと、気になった事を聞いてみた。

 

「先輩」

 

「なんだ?」

 

「姉さんとは……本当に別れたんですか?」

 

甘粕の言葉に、彼は何かを堪えるように下唇を噛み、そして口を開く。

 

「………………ああ。そう…だ」

 

「そう、ですか……」

 

彼の苦々しい表情を見て、甘粕は嘘や冗談ではなく本当に別れてしまったのか、という驚愕を感じた。

 

彼は、本当に良い人だ。

もちろん人格もそうだが、それを除いても優良物件と言っていいだろう。

優しく、誠実で真面目。頑固で一直線な所もあるが、その頑固さも甘粕の姉に向いていたから彼女の害になるようなことはなかった筈だ。

甘粕がもし姉のように一般人として生きるなら、そう簡単に逃がしはしないだろう男である。

それ故に、手酷く振ったことが理解できなかった。

 

これは、考え方の違いだ。

かつての居場所への執着があり、それを諦め切ることができない普通の感性の姉と、その居場所を倦厭していて、常々やめたいなぁとボヤいている甘粕冬馬の。

 

彼女はかつてからの憧れを追い続けることを目的として行動し、甘粕冬馬は今の自分が楽しくなることを目標として生きようとする。

そもそもの目標が違うのだ。

 

だから、姉がもう魔の道を諦めたと思っている甘粕冬馬には、甘粕春香の気持ちはわからないのだ。

 

悲しい、すれ違いであった。

 

 

 

「……まあ、その話はいいだろう」

 

彼はそう言って話題をそらすと、今日はこれからどうするのかという話題を甘粕に振った。

 

 

「私はチャーシュー麺にするつもりだが、君はどうする?」

 

すくっと立った彼は手に持った未開封のアクエリアスのボトルを手渡して、緩やかに口角を上げた。

 

「そうですね、じゃあ私も同じもので」

 

ありがたくアクエリアスを受け取り、甘粕はそれを一息に半分程まで飲み干し、一息ついて立ち上がる。

 

「さて、お互い午後もがんばろう」

 

肩を軽く叩いて、彼が去っていく。

その後ろ姿を見送りながら、甘粕もゆっくりと歩みを進める。

 

「そうですね。私も頑張りますか……!」

 

甘粕はそう独りごちると、懐から取り出した小型の通信機に二、三言呟いて、そしてもう一度懐に仕舞う。

 

前を見据える甘粕の顔は、なんだかやる気に満ちているようであった。

 

 

 




都内某所、個人経営のラーメン屋。
カウンター席にて。

「チャーシュー麺2つでー!ヘパさんは何にします?」
「そーだなー……じゃあ同じのをもう1つー!」
「あいよー」
「ここのラーメン、特にチャーシュー麺は絶品だからな。きっと貴方も気にいるだろう」
「ほほーう?そいつは楽しみだな」
「あまりの旨さに伝説すら生まれるほどですからね!ねぇ!親父さん」
「そうだなぁ。結構根も葉もないのが多いけどなー」
「へえ、例えば?」
「この店は実は旨味成分を研究するための実験施設でその実験の為にグルタミンが増やされてるから旨いとか!」
「ラーメンの神、則ちラーメン神に気に入られてるから何をどうしても旨くなるとか」
「ああ、そういやここのラーメン食べ始めてから急激に健康体になる人が多いからうちのラーメンは実は旨味成分を配合した完全食品なんじゃないかってのもあったなー。栄養バランスよくしてるだけなんだけど」
「……流石に誇大広告すぎないか?ちょっと胡散臭くて信じられんぜ」
「そんなことないですって!ね!先輩!」
「そうだな。先ずは一度食ってみるべきだろう」
「お前らがそこまで言うなら……食ってみるかな」
ーーーーーーーーーーーー
「うーーーまーーーいーーーぞーーー!!!!」
「あははは、ですよねー!」
【チャーシュー麺 野菜入り 800円】
「こってりとした印象のスープが麺に絡みつき味を際立たせていて、しかし野菜のおかげで後味はサッパリとしており幾らでも食べられる!うまい!」
「スープがこってりしているとは言ったがしかし、それはスープがどろっとしていると言うわけではなく寧ろスープは透明感があり清潔な印象を受ける……しかしそこからの破壊力抜群のこってりとしたコクのある味の奔流!!これに堕ちない男はおるまい!うまい!」
「麺も素晴らしい!敢えて固い麺を使うことで伸びるのを防ぐと同時に味が染みすぎることをも防いでいる!うまい!」
「添えられたチャーシューは敢えて脂身の少ない部位を使い、味付けを薄めにすることでこってりとした味の中に一種の清涼感を与えている!箸が止まらないぞ!うまい!」
「こってり→サッパリ→こってりの無限機関!胃袋の容量が尽きるまでこの快楽を続けられると思うと……ゾクゾクするなぁ!!」

「……大絶賛ですね。あっ替え玉ひとつー!」
「そうだな。やはり旨いものに貴賎はないと言うことだろう。こちらにも替え玉をひとつお願いします」
「あいよー」
「神でも人でも、旨いものは旨いんですねえ」
「はははは、違いない」


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