キチガイが行くクトゥルフ (ナマクラ)
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1.沼男は誰だ?
沼男は誰だ?-1


 守谷明(モリヤアキラ)は杜或大学に務めるアラフィフの教授である。

 

 

 守谷教授はいつも通り今日の授業を終えた。普段であればそのまま部活に顔を出すか、研究の論文を書くか、飲みに行くか、思うが儘の気ままな夕方を過ごすのだが、今日は珍しく予定が入っていた。

 

 かつての同僚でありここ何年もの間連絡が取れていなかった友人である匂坂文則(サギサカフミノリ)から連絡があったのだ。

 

 連絡があった時、守谷教授はよく行く飲み屋に誘ったのだが、どうやら彼は外に出たくないらしく、友人の家で会う事となった。家の場所は以前と変わりないらしい。

 

「……流石に何の手土産もなしにというのは拙いかね」

 

 そう考えた守谷教授はまだ待ち合わせの時間まで余裕がある事もあり、友人宅への道のりの途中にあったケーキ店でお土産を買う事にした。

 

「ラッシャッセー!」

 

「モンブランを二つ」

 

「ォライォライ!」

 

「うむ、ありがとう」

 

「ザシター!」

 

 店員の対応に内心困惑しながらも目的の品を購入して店を早々に立ち去る守谷の脳裏に一つの人物が思い浮かぶ。それは自身が顧問をしている大学の水泳部にマネージャーとして所属している一人の男子医学部生である。する事為す事が突拍子もなく、正直未だに困惑を隠せずにいる。

 

 そこまで考えて、さすがに彼と一緒にするのは失礼だろうと思い直し、友人宅へと進める足を早めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そうして辿り着いたのは住宅街にある普通の一軒家。表札には『匂坂』の文字が刻まれていた。それを確認した守谷はインターフォンを押す。ピンポーンという電子音の後、少しの沈黙が流れ、ようやく声が聞こえてきた。

 

『……はい』

 

「守谷だ。お呼ばれされたから来たんだが、入ってもいいかな?」

 

『……鍵は空けてあります。悪いですが居間まで入ってきてください』

 

「わかったよ」

 

 

 言われた通り、守谷は鍵の開いた玄関から家の中に踏み入る。

 

 

 家の中は不可思議な空間であった。家という空間を作るにあたってどうしてもできてくる角という角、隅という隅に粘土のようなもので埋めて丸みを帯びさせていた。

 

「はて、彼は陶芸が趣味だったか……?」

 

 そんな疑問を抱きながらも守谷は玄関から角のない廊下を通って居間へと入る。

 

 そこには最後に会った時よりも若干……いやひどくやつれたように見える元同僚、匂坂文則がいた。

 

「お久しぶりです、守谷教授。お変わりないようで」

 

「そういう君は……少し痩せたかね。大体10年ぶりかな文則君。これお土産のモンブラン。よかったら食べてくれ」

 

「……! ……後でいただきます。悪いですが、冷蔵庫に入れてもらってもいいですか?」

 

「客人にさせる事かい? まあ構わないがね」

 

 守谷の買ってきたモンブランに一瞬文則が動揺したようにも見えたが、特にその事を指摘する事もなく冷蔵庫にモンブランを仕舞った後、文則に勧められるままにソファに座った。

 

「今日はわざわざ呼び出してすみません。今の俺が呼んで来てくれそうな人が守谷教授しか思い浮かばなかったもので」

 

「構わないよ。ところで君は陶芸でもやっていたかな? 部屋の角という角が粘土で埋められているが……?」

 

「……いえ、そういうわけではないです。別の理由がありまして……気にしないでもらえると」

 

「わかったよ……それで、話があるという事だったけどどういった話だい? 飲み屋で話すような事ではないみたいだけど」

 

 飲み屋などの人がいる場所ではなく自身の家というパーソナルスペースを指定した辺り、不特定多数の誰かに聞かせたい話ではないのだろうと守谷は考えていた。

 

「そうですね……とはいえ、そう多く話すことがあるというわけではないんです。今回お呼びしたのは利己的な理由なんでね」

 

「利己的?」

 

「ちょっと厄介なモノに目を付けられまして、やるべき事があるのに外に出る事も出来なくなりましてね」

 

「ふむ……」

 

 文則の言葉に守谷は考える。彼の話を聞く限り、彼は誰かに狙われているようだ。それが裏社会の住人なのか、それとも痴情のもつれから来るものなのか、詳しい事はわからない。だが、一教授でしかない自分にそれを解決できるとは思えなかった。もしかしたら第三者を挟めば解決するような案件なのかもしれないが……あるいは解決せずとも誰かに自身の心労を吐露したかっただけなのかもしれない。

 

 

 

 様々な推測が守谷の中で飛び交う中で、文則はこの場に守谷を呼び出した明確な理由を口にした。

 

 

 

「だから、守谷教授……俺の代わりになってください」

 

「……それは、どういう……?」

 

 

 守谷の疑問の声に対して返ってきたのは、聞き取れないほどの小声での独り言であった。

 

 何を言っているのか、聞き取ろうとした守谷の耳に入ってきたのは、聞き覚えのない彼の知っている言語にはないものである。

 

 その不気味な呪文はただ耳にしただけで守谷に言い様のない不快感が襲ってきた。

 

 そしてその小声が終わると、守谷の右手に痛みが走った。まるで焼き鏝を押し付けられているような痛みであった。

 

 その痛みが治まるとそこには円と線で模られた模様が浮かび上がっていた。それは見方によっては的のようにも見えた。

 

「本当に悪いと思ってますよ。恨んでくれても構いません。でもこうでもしなきゃ俺は何もできないんでね」

 

 その言葉と目から守谷は狂気のようなものを感じた。目的のためならどんなものでも犠牲にするような、そんな覚悟をだ。

 

 それだけ言うと文則はもう用は済んだとばかりに立ち上がり、居間から出て行こうとする。

 

「ま、待ってくれ、ちゃんと説明を……」

 

 わけのわからない状況に守谷は説明を求めて呼び止めようとするが、文則が応じる気配はない。

 

「ああそうだ。これは善意からの忠告ですが、命が惜しければこの家から出ない事です」

 

 押し付けた俺が言えることじゃないですが……最後にそう言い残して文則は去っていった。

 

 あまりの出来事に頭が働かなくなっていた守谷は、その姿を見送るしか出来なかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 江戸川貞一(エドガワテイイチ)は杜或大学医学部に所属する6回生である。

 

 今日は高校時代からの旧友である友人と三人で遊びに行く予定であった。が、しかしその内の一人が急に仕事で来られなくなったため、現在もう一人の女友人である綾崎ハーマイオニー花子と二人きりであった。

 

 江戸川は怖れた。このままではハーマイオニーとのデートになってしまうと。彼の好きなタイプは幼女である。決してハーマイオニーのような巨体の顔面偏差値が低い女ではないのだ。

 

 別に江戸川は自身の容姿が優れているとは思っていない。身長は高いが筋力はなく、顔もイケメンどころかフツメンですらない。下の中か精々中の下くらいだろう。

 

 だが自身と同じくらいの身長と顔の女を、ロリコンである自身が好きになるかと言えば当然否である。

 

 なおハーマイオニーは現在飛行機の客室乗務員として働いているのだが、個人的によくその顔で採用されたなと思っているのは秘密である。

 

そんなわけで江戸川たちは本来であれば来るはずだったもう一人の職場へ突撃することにした。

 

 

 どこにでもあるような雑居ビルの一室に構えている探偵事務所。その中を扉からこっそり覗くと、そこにいたのは椅子に座ってジャンプを読んでいる一人の子供とも言える少年であった。

 

 その子供こそもう一人の友人である安藤善哉(アンドウゼンヤ)。子供のような体躯だが、同級生である。

 

 元々同じ大学に進学していたが、手伝いがてらバイトに通っていた親戚の探偵業に興味を持ち、大学を退学してバイト先への就職を選んだ。彼の言葉では「人のいざこざを第三者視点で見るのはとても愉しい」との事。名前に善とありながら中身は腐っているのはどうしてなのか、そして性別が女だったなら見た目はかわいい幼女になっていたのではないか、ロリは大好物だがショタは射程範囲外なだけに残念である、江戸川は内心思っていた。

 

 その腹いせに……というわけではないが、江戸川は安藤を驚かす事にした。まずは隠れて背後に忍び寄ろうとしたのだが……

 

「……何しに来た。邪魔だから帰れ木偶ども」

 

 すぐにバレた。友人相手この口の悪さとは改めてヒドイものだ。バレてしまったのでどうしようかと考えながら、考えが纏まる前に咄嗟に安藤に組付いた。

 

 組付きの技術は修得していなかったが、相手も素人だったためか綺麗に組み付く事に成功した。

 

調子に乗った江戸川はそのままガオガイガーのテーマを歌い出す。

 

「……何のつもりだ。邪魔だ、どけ木偶」

 

 だがやはり素人ゆえの技量のなさが出たのか、あっさりと抜け出されてしまった。

 

 抜け出された際に江戸川の口から変な声が漏れ出たが、このままこの位置に留まっていては安藤に毒を吐かれるのは目に見えていたので逃げるように距離を取った。

 

「せっかく美男美女が来たっていうのにこの探偵事務所は客にお茶も出さないの?」

 

「はっ、美男美女だろうが客でもない木偶どもに出す茶はない。というか貴様らが美男美女など冗談はその顔だけにしておけよ。さっさと帰って鏡でも見てろ」

 

 当たり前のように来客用のソファに座ってお茶を要求するハーマイオニーにそう返して安藤は毒を吐きながら再び椅子に座ってジャンプを読み始める。それに再び茶々を入れようとする江戸川。

 

 これがこのメンバーでの平常運転である。

 

 

 

 そんな日常を打ち破ったのは透き通るような声であった。

 

 

 

「――――ごめんください」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 入ってきたのはまだ幼く見える美しい黒髪の少女であった。

 

 探偵事務所であるここに入ってきたという事はおそらく依頼にきた客であろう。ここの従業員である安藤としては相手をしなければならない。だがしかし他の二人を完全に放置するのも何をしでかすかわからないので怖い。一先ずそちらの様子を確認する事にした。

 

「ちょっと化粧するわ」

 

 いきなりそんな事を言って化粧をしだすハーマイオニーの突拍子もない行動は無視することにした。些末な事である。

 

 問題は何故か江戸川が咄嗟に彼女の背後に取り憑くように姿を隠していたことだ。

 

 相手に全く気付かれていないことに調子に乗ったのか、ポーズを取り出した。どうするべきか考えて――――触れれば面倒になることはわかりきっていたので無視して、依頼客であろう少女を案内することにした。

 

「何か御用ですか?」

 

「ここ、探偵事務所だよね? ちょっと頼みたい事があって……」

 

「はい、所長は所用で席を外していますので代わりに私が詳しい話を訊かせていただきます」

 

 

 彼女を席へと案内する。その背後に当然のようにピッタリ張り付くようについてくる江戸川。

 

 

「それで……えー、お名前を伺っても?」

 

「私は沙耶、だよ」

 

「今日はどういったご依頼で?」

 

「フミノリを探してほしいの」

 

「フミノリ……人探しですか?」

 

 問いかけに対して沙耶と名乗った女性は頷くことで肯定を示してくる。

 

「うん。匂坂文則。この辺りにいるのは間違いないの」

 

「ちなみに貴女とそのフミノリ氏のご関係を伺っても?」

 

「夫だよ」

 

 その言葉に安藤は内心驚く。見た目通りの年齢ではないと思っていたが、まさか既婚者だったとは予想外であった。もしかすると想定以上なのかもしれない。

 

 念のために沙耶の表情を窺ったが本当のような気もするが嘘かもしれない……現時点では相手の言葉を信じるしかなかった。

 

 なお、沙耶の背後に隠れている江戸川は服を脱ぎ捨てて上半身裸になっているが、完全に無視する事にした。

 

「詳しい経緯を伺ってもよろしいですか?」

 

 沙耶は黙ってしまう。どうやらあまり話したくないようだ。

 

「詳しい事がわからなければ調査に余計な時間がかかってしまうかもしれません」

 

少し脅しが入ってしまった気もするが、事実ではあるのだ。

 

それは困ると思ったのか、言いにくそうに沙耶は口を開いた。

 

「実は……私も暫くの間会ってないの。ようやくこの辺りにいるって情報を得られたから……」

 

「ではフミノリ氏の背格好や特徴を教えていただいても?写真があればありがたいのですが」

 

「写真ならあるよ」

 

 何か事情があるのかと推察しながら安藤が少しでも情報を得ようと質問すると、沙耶は一枚の写真を取り出した。その写真からはその男性が好青年であるように感じられた。

 

「今は何してるのかわかんないけど、前は大学の職員をしてたはずだよ」

 

成程……と安藤は考える。依頼人に怪しい所はあるが、依頼を受けない理由になる程のものではない。それにドロドロの人間関係が愉しめるかもしれない。そんな最低な考えを抱きながら、江戸川の頭のフケを上からかけられている沙耶に依頼を受ける事を伝える。

 

「依頼は受けさせていただきます。調査後、わかり次第連絡いたします」

 

「ありがとう! ちょっとでも早く会いたいから私も一緒に行ってもいいかな?」

 

 その言葉に安藤は内心顔をしかめたくなった。

 

 あまり一般人に知られたくない調査方法などもある中で依頼人に同行されるのは好ましくない。そもそもとして結婚相手の住居を知らないなど不審な点も多くあるため、裏取り調査もしたかった安藤としては、沙耶の同行は避けたかった。

 

 

 

「ちょっと江戸川!私が先に聞こうとしてたことを!」

 

 

 

 化粧をし終えて大人しくしていたと思っていたハーマイオニーのいきなりの発言に沙耶は首を傾げる。安藤もついに気でも狂ったかと思い、視線を向ける。ちなみに江戸川は半裸でポーズを取っているだけで一言も言葉を発していない。

 

「安藤に任せるわ」

 

 そして何事もなかったかのように発言するハーマイオニーに、いつもの事かと安藤は気にする事もなく話に戻る。沙耶も少し不思議そうにしながらも特に追及してこなかった。

 

「調査の過程で守秘義務が発生することもありますので、申し訳ありませんが、こちらの報告をお待ち下さい」

 

 依頼人の機嫌を損ねないようにやんわり断ろうとするが、それを聞いた沙耶は何やら不穏な雰囲気を帯びる。

 

「――――探してくれるって言ったのに……嘘吐き……!」

 

 ミシリ、という音を耳にした安藤はふと沙耶の手元を見ると、机が彼女の握っている手形に歪んでいくのが見えた。人の握力で簡単に歪むような素材で出来ていない机が変形している事実に、何か薄ら寒いものを感じる。逆らうとまずいのではないかという危機感を抱く。

 

 それを知ってか知らずか、本来部外者であるはずのハーマイオニーが口を開く。

 

「諦めなさい。さもないと後ろの変態を嗾けるわよ」

 

その言葉に沙耶は後ろに振り替える。振り返ってしまったその視線の先には顔を青くして脱ぎ捨てた服に手を伸ばしている半裸の江戸川の姿があった。

 

 

 

 目と目が合う。通常であれば、ここで響くのは少女の悲鳴であろう。しかしこの場にそれが響くことはなかった。

 

 

 

「――――ウォッラダッアアアイ!!!」

 

 

 

 

 

 響き渡ったのは男の奇声であった。

 

 

 

 

 

「アイッアイッ!アイイッー!」

 

 

 その勢いに任せるままに江戸川はチンパンジーを真似するような動きをして逃げていった。

 

 その予想外の出来事に思わず沙耶は呆けてしまった。

 

 そして江戸川の奇行に慣れてしまっている二人は特に動揺する事もなかった。

 

「ねえ安藤、このままこの人置いていかない?」

 

 ハーマイオニーの提案に安藤としてもそうしたいと思うが、そういうわけにもいかなかった。拠点である事務所に居座られると困るのはこちらである。さらに連絡先も聞いていない以上、調査完了後に報告する術がない。だからこそこのまま置いていくという手段が取れない安藤は沙耶に究極とも言える二択を迫ることにした。

 

「……いいでしょう。同行しても構いません。この変質者どもと同行できるのならば」

 

「……え、アレも来るの……?」

 

「来ますが?」

 

 かなり嫌そうな顔をして聞いてくる沙耶に対して安藤はイイ笑顔で即答する。

 

「………………仕方ない、アレは我慢する。よろしく探偵さん」

 

「こちらこそよろしく」

 

 凄まじい葛藤の末にどうやら嫌悪感の塊を我慢してでも沙耶は着いてくるようだ。そこまで嫌がられている事に驚愕する江戸川を見ながら、安藤は沙耶の同行よりも変質者の同行を赦してしまった事に、少し早まったかもしれないと早くも後悔し始めていた。

 

「それで、まずはどうするの?」

 

「闇雲に動いた所でどうにもならん。まずは身近な所で知ってる人間がいるか確認してみるさ」

 

 

 

 ハーマイオニーの言葉に安藤は携帯を取り出しながら答えたのだった。

 

 




不思議に思われた方もいるであろうハーマイオニーの突飛な言動に関してですが、今回のセッションはリアル友人とやってましたが、リアルで集まれずにライン上でやってました。
なので発言のタイミングがずれたり、行動把握に齟齬が出てきたりしていますが、その辺りを修正せずに、物語に組み込んでいます。


次回の更新は、11月21日の23時を予定しています。


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沼男は誰だ?-2

 依頼を請け負ってからまずスマホを手にどこかに連絡を取っていた安藤は、通話を切るとその場にいる依頼者とその他二名に向かって口を開いた。

 

「フミノリ氏の住居がわかったぞ」

 

「早くない?」

 

 ハーマイオニーの言うことも最もだが、所長に依頼受諾のついでに確認をしてみたら住所を教えてもらえたというだけなのだ。

 

 所長ももしかするとフミノリに関して調べているのかも……と思ったが、特に何かを言及されたわけではないのでその点は一旦置いておくことにした。

 

「車でならここからそう遠くはない。一度向かってみるぞ。おい木偶女、車を回せ」

 

「オッケー。安藤のポルシェを乗り回すわ」

 

「俺のではないが、まぁいいか」

 

「探偵さんは運転できるの?」

 

「出来ますが何か?」

 

 安藤にとって運転免許証は重要なものであった。何せ見た目はどうみても子供の体躯なのだ。何をするにも年齢を確認されてしまう。移動手段として以上に身分証明として免許は適していた。

 

「小さいのに意外だなって」

 

「その小さいのよりも貴女の方が小さいだろうがよ、ロリータ」

 

 失礼な物言いに思わず被っていた猫から悪態が漏れてしまう。というよりも猫を被る必要があるのかと思いながら他の同行予定者に目を向けると、人のジャンプを勝手に読んでいる変質者こと江戸川がそこにいた。

 

「おい変質者、人のジャンプを勝手に読むな」

 

「面白いのある?」

 

 ハーマイオニーへの返答のつもりなのか、江戸川はくだらねぇ、くだらねぇっ! と安藤のジャンプをビリビリに破り捨てた。何度も言っているが、安藤のジャンプである。

 

「おいジャンプ弁償しろよ」

 

 江戸川は逃げるように駆け出し、破いたジャンプの欠片に躓いてその際にズボンが脱げてパンツ一丁の状態になったが、気にすることなく車に乗り込むべく走り続ける。

 

 

 

 同行を指示したのは間違いだったのではないか……早くも後悔し始めている安藤であった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 守谷教授は怒っていた。

 

 置いてきぼりにされた後、外部に連絡をとるために文則宅の電話を探していたのだが、その途中で身体に異変が起こったのだ。

 

 

 

 何故か、ムラムラし始めたのだ。

 

 

 

 急遽電話探しからエロ本探しへと目的をシフトした守谷教授は、一冊のエロ本を見つけ出した。

 

 タイトルは『ババアだってコスプレしたい!』。熟女物である。

 

 

 

「要らねぇよこんなもの! どんな趣味だふざけるなフミノリィ!!」

 

 

 

 守谷教授はエロ本を投げ捨てた。どうやら教授の趣味には合わなかったようだ。

 

 

 

 ……教授はまだまだ若かった。

 

 

 

 この屋敷が魔窟に思えてきた守谷教授は最初の部屋に戻り、ソファで休むことにしたのだが。そこでインターホンらしき音が鳴った。しばらく待ったが家主である文則が出る気配はない。

 

 外部との連絡手段がない現状、手っ取り早く誰かと接触できるチャンスであると考えた教授は来訪者と接触するために玄関へと向かった。

 

 扉を開ける直前、ふと文則の忠告を思い出し、扉を開けるのを隙間ができるくらいに留め、その隙間から覗きこむように外の様子を窺った。

 

 

 外にいたのは四人ほどの集団であり、男女バラバラ、さらには身長も凸凹と、彼らの外見からはどういう集まりなのか判別する事は難しそうだった。

 

 

 その先頭に立つ少年と目があった。

 

 

 瞬間、守谷は例えようのない恐怖に襲われた。少年の胸にかけてあるボールペンからおぞましい悪意が流れてきたのだ。

 

 

 

 どろり、どろりと不浄と悪意の塊とも思える紫色の肉塊が腐臭をまき散らしながら守谷教授の方へと這って来ていた。

 

 

 

 さらに四本の足のような器官を形成して犬に近い形になった肉塊――――否、その化物は、一目散に守谷教授へと跳びかかった。

 

 

 

 口と思しき器官を開いたその奥から、舌のようなものが飛び出し、守谷教授に向かって襲い掛かる。

 

 

 

「――――――!?」

 

 

 

 守谷教授は咄嗟の事に考えるよりも先に身体が動いていた。

 

 それは危機感だけでなく、不浄の化物をこれ以上直視したくないという嫌悪感からというのもあったのだろう。外を覗くために開いた扉を閉めたのだ。

 

 

 

 結果、突き出された舌のようなものは扉に阻まれ、弾かれる事となった。

 

 

 

 それを確認する余裕もない守谷教授は恐怖に駆られるままに家の奥へと逃げていく。その間にも恐怖への対抗のためか思考が途切れることはなかった。

 

 

 ――――あの化物は一体何だったのか……外にいた連中が生み出した生物兵器だったのだろうか

 

 

 ――――まさか、文則君の言っていた外に出ない方がいいというのは……おお、まさか彼は彼らに対抗するために一人動いているのだろうか

 

 

 守谷教授はあまりの恐怖に誇大妄想を抱かずにはいられなかった。自身の中で理屈を合わせなければ自身の正気が保てなかったためだ。そしてそれはたとえ自己防衛のための妄想であっても彼にとっては紛れもない真実であった。

 

 

 

 だが、現実はそれとは関係なく近付いてくるものだ。

 

 

 

 家の中に逃げ込んだ教授を追うように、一つの足音が確実にこちらに近付いていた。

 

 

 

「フミノリはどこ?」

 

 

 

 足音の正体は一人の少女であった。見間違いでなければ彼女は先ほど外にいた連中の一人ではなかっただろうか。

 

 しかし、教授は彼女に見覚えがあった。そう、確か彼女は…………

 

 

 

 

 

「フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ?」

 

 

 

 

 

 彼女の外見、そしてフミノリ、それらによって刺激を受けた守谷教授は思い出す。彼女は文則の妻の沙耶であると。

 

 だがそれはおかしい。もし彼女があの沙耶であるのならばこの場にいるのはおかしい。何故なら彼女は……

 

 

 

 

 

「フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ?」

 

 

 

 

 

 

 ――――沙耶は、死んだはずではなかっただろうか――――

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 目的地である匂坂宅に到着し、早速インターホンを鳴らすと扉から一人の男がこちらを除くように現れた。

 

 その男は写真に移っていた匂坂文則とは別の人物であり、文則氏とはどういった関係なのか安藤は気になったが、それを深く考える時間はなかった。

 

 

 

 何故なら自身の胸ポケットにしまっていたボールペンから、得体のしれない犬のようにも見えなくもない不浄の化物が出現したからである。

 

 

 

 その不浄の化物はこちらには目もくれず、その扉の影にいるその男に向かって舌のような器官を撃ち出すかのように攻撃を仕掛けた。しかし標的にしていた男が扉を閉じて攻撃を防がれたからなのか、すぐさま空気に溶けるようにその姿を消してしまった。

 

 

 

 

 そのあまりにも非日常的な宇宙的恐怖を目の当たりにした一行は精神に多大な負担が掛かる。

 

 

 

 

 江戸川はあまりの恐怖に小便を洩らしながら失神してしまっていた。医学知識を持つ彼だからこそ先程現れた不浄の化物が如何に有り得ないか理解してしまったのだろう。ひきつけを起こしたようにビクビクと震え、白目を向いており、痙攣する様は、普段の彼と大差はなかった。

 

 ハーマイオニーは安藤の持つボールペンに対して極度の嫌悪感あるいは忌避感を抱いていた。得体もしれない化物がいきなりそこから現れたのだ。無理もないだろう。あからさまにそのボールペンを持っている安藤から距離を取ろうとしている。

 

 沙耶は化物に少し驚きながらもそれらを気にする事なく男の後を追うかのように家の中へ入っていった。ここに文則がいるのかどうか、それこそが彼女にとって何より大事な事であるからである。安藤の静止の呼びかけには答える事はなかった。

 

 

 安藤はというと、とりあえず何か変なものが出てきたボールペンを放り捨てた。得体の知れない化物が出現してきたものをいつまでも持っているほど図太い性格はしていない。

 

 

 

 そしてこの状況でまずどうするべきかを考えて、面倒だと思うながらも酷い状態である江戸川を介抱する事にした。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 死んだはずの沙耶を目の前にした守谷教授は先程の恐怖感も相まって混乱していた。

 

――――まさか彼女は外の連中によって新たに生み出された生物兵器なのでは……いや、もしも兵器であるのならばこのような少女の姿にする理由はないだろう。ではまさか死んだと思われていた沙耶は実は生きていたとでも……? いや、そもそも彼女は本当に沙耶なのか……?

 

 想像は尽きないがこのままでは正解に辿り着く事はないので、思い切って守谷は目の前の少女に問い掛けてみる事にした。

 

「き、君は沙耶君だろう? 文則君の妻の。覚えていないかい? 私は文則君の友人の守谷という者だが……」

 

「貴方なんて知らない。フミノリはどこ?」

 

 きっぱりと知らないと言い切られたものの、沙耶であるという事を否定しなかった。という事は友人の妻である沙耶であることには間違いないようだ。そして頑なに文則の居場所を聞いてくる沙耶に守谷は自身の知っていることを返答する。

 

「私は文則君の友人なのだが、彼に招かれてこの家に来た。しかし、彼は私に何かをしてからどこかに行ってしまった」

 

「そう、じゃあここにはいないのね。探偵さんの所に戻らないと」

 

 その言葉を沙耶は信用したようだが、もう用は済んだとばかりに踵を返そうとする。

 

「ま、待ちたまえ。彼らは生物兵器を使用しているとんでもない連中なのだから、友人の妻をそんなところに行かせるわけにはいかない」

 

「……?貴方が何を言ってるかはわからないけど、私はフミノリを探さないといけないから探偵さんの所に戻らないと」

 

「彼らは彼らで勝手に入ってくるだろう。であれば私と共に家の中を探さないかい? もしかするとまだこの家にいるかもしれない」

 

 守谷は沙耶を説得しようとしたが、それに対して沙耶はきっぱりと言い切った。

 

 

 

「フミノリの臭いがしない、ここにはいない。ここにいるのは出来損ないだけ。あいつらを見たくないの」

 

 

 

 臭い?出来損ない? 沙耶が何をいっているのか、守谷には分からなかった。

 

 ただ彼女の行動を止められないのは理解できた。しかし、友人の妻である彼女を一人あの連中の中に放り込むわけにはいかない。

 

 そう考えた守谷はなけなしの勇気を振り絞って口を開いた。

 

「……では、私も君に同行してもいいかね?」

 

「ついてくるの? そうだね、そうするしかないもんね。別にいいよ」

 

 

 

 そう言って家の外へと歩き始める沙耶に着いていきながら、守谷は心の中で決意する。

 

 

 

 

 

 ――――私が彼女を守護らなくては――――

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 介抱しても小だけでなく大まで漏らしてすら起きない江戸川と、恐怖のあまり視野が狭まり行動に余裕のないハーマイオニー。役に立たない木偶共めと内心悪態を吐く安藤の元に一人家の中に入っていった沙耶が一人の男を伴って戻ってきた。

 

「探偵さん、依頼の続きをお願い」

 

「それは構わんが、念のために訊くがこんな成りの探偵よりも警察に頼った方がいいんじゃないのか?」

 

「フミノリに迷惑はかけたくないから」

 

「……まあ、いいだろう」

 

 自身の問いに対して寂しそうに微笑みながらそう答えた沙耶を見て、乗り掛かった舟であるし仕方ないと思いつつ、沙耶に着いてきた謎の男に問い掛ける。

 

「で、貴様は誰だ? フミノリ氏の知り合いか?」

 

 安藤の問いかけに答えようとする直前、守谷はその声に聞き覚えがある事に気付いた。

 

 確か自身の講義で終始グループワークに不和をもたらしていた合法ショタがいたような……名前は確か……

 

「君は確か……安藤君じゃないかね?」

 

 その守谷の言葉に、ハーマイオニーが何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「あなた確か水泳部の顧問の……誰だっけ?」

 

 思い出しそうだったハーマイオニーも肝心の名前が出てこずに中途半端な結果に終わる。

 

 杜或大学の水泳部の顧問という事で今もマネージャーとしてそこに所属している江戸川の様子を見てみるが、モルスァと寝息をたてている状態である。役に立ちそうになかった。

 

 探偵一行が思い出せそうにないのを察した守谷は改めて自己紹介を行う事にした。

 

「私は守谷、杜或大学に務める教育心理学の教授で水泳部の顧問だよ。そういえば君たち全員顔に見覚えがあるな……」

 

「……ああ、あの大学の教師か。思い出したぞ。たかだか講義を受けていただけのかつての一学生の事をよく覚えているものだな」

 

「学生間の不和で中退した生徒のことなどそう忘れられんよ」

 

「はっ、ふざけた勘違いをしているのは癪に触るが、今は置いておくとしよう」

 

 守谷としては自身の教え子が危険な生物兵器を操るような人間だとは思いたくなかったが、しかし実際にその姿を目の当たりにしてしまった以上己を誤魔化すわけにもいかない。できれば更生を促したいが、いざと言う時には沙耶を守護れるように気を付けなければ……と、守谷教授は改めて気を引き締めた。

 

 ……それを置いても色々と体液を垂れ流し過ぎて悲惨な状態になっている江戸川は哀れ過ぎる。いくら生物兵器を使う危険人物とはいえこの有様はあまりに忍びなかった。

 

「それで次はどこにいく? 運転するよ」

 

 ハーマイオニーはいつのまにか車の中に移動しており、既に運転席でハンドルを握りしめて待っていた。それ以外のことは先程目の当たりにした恐怖感によりできない様子である。

 

 その様子を見て沙耶は自然と車へと乗り込んでいった。一刻も早く文則に会いたいのだからそのためには行動するしかない。

 

「私も同行しよう。微力だが力になるよ」

 

 そしてその沙耶を守護ると決意した守谷教授も続けて車に乗り込む。周りが危険人物ばかりの中で彼女だけを置いていくわけにはいかない。

 

 

 そうして気を失っている江戸川を除いた全員が車に乗り込んでいく様子を眺めていた安藤は口を開いた。

 

 

 

 

「手がかりもなしにどこに行くつもりだ馬鹿ども。まずは家探しだ。さっさと全員降りろ」

 

 

 

 

 江戸川がヌルポ……と言いながらにへらーと苦笑した。

 

 




守谷教授のエロ本のくだりですが、あれは守谷教授が安藤達が来るまでに匂坂邸を探索しようとして、目星判定で二連続ファンブルを出したためです。
KPとしてもどうしようかと悩んでの苦渋の決断で、リプレイ化の際にKPに「ここ削ってもいいんじゃない?」と言われましたが、敢えて残しました。


次回の更新は、11月24日の23時を予定しています。


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沼男は誰だ?-3

 家探しの前に一先ず互いの情報の交換を行うことにした。とはいえそこまで重要な情報を持っているわけではないため、それぞれがどういう経緯でここにきたのか、それぞれの目的が何なのかを擦り合わせた程度に終わった。

 

 その中で安藤は守谷教授がこちらに対して敵意のような物を抱いている事に気付いた。おそらくは先程の化け物への恐怖から精神的に参っているのだろうと判断し、守谷教授の心を落ち着かせるように意識して会話をする事で、彼から敵意を取り除く事を試みて、それは成功したと判断した。

 

 それから未だに路上で眠っている江戸川を目覚めさせようと溜息を吐いた。

 

 

 

 その様子を見ている守谷は、どうすれば彼らから沙耶を守護れるだろうかと考えていた。

 

 どうやったのかはわからないが、沙耶は安藤達を信用してしまっている。少なくとも彼女の夫である文則の友人である自身よりも探偵だと名乗る彼らの方が信頼されているのは確かだろう。

 

 まずは沙耶に彼らの危険性を説く事が先決であり、そのためには彼らが如何に危険であるかを自身が見極める事が重要であると守谷は判断した。

 

 そして安藤の介抱のかいがあってか、ようやく江戸川が気を取り戻した。

 

 

 

 

 

 パンツ一丁で小も大も漏らして悲惨な状態にあった江戸川がまずしたのは、とりあえずパンツを脱ぐ事であった。

 

 

 

 

 

 危険性を見極めるために様子を窺っていた守谷教授は無言で顔を背けた。

 

 それに気付いたのか、江戸川は恥ずかしそうに頬を染めている。

 

 

 

「誰かコンビニにでもいって下着くらいは買ってきてやりたまえよ」

 

「何故俺がそこまでこの変質者のために動かねばならんのだ。そこの家に多少は着替えが――」

 

「絶対に嫌。絶対に貸さない」

 

 安藤の提案を聞く前に先んじて拒否する沙耶の姿にそこまで嫌われているのかと江戸川の事が更に不憫に思えた。

 

 その当の本人はというと、取り敢えず手持ちにあったバナナの皮を取りだし、それで股間を隠すことにした。

 

 

 

 ――――江戸川は恥ずかしさから解放されているようだ

 

 

 

 そんな様子を見ていたハーマイオニーはあることに気付いた……気付いてしまった。

 

 バナナの皮が地面に落ちてこないことから、あるおぞましい考えに達する。

 

 

 

 

 

 

 

 江戸川は……江戸川の江戸川は、戦闘態勢になっているっ!

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニーに釣られた結果同じくその事に気付いてしまった沙耶はSANチェック――――正気度が1減少した。

 

 

 

 

 

 そんな身体の一部が戦闘態勢になっている江戸川は守谷教授を見ている。かと思えばブリッジしながらそのままワサワサと守谷の乗る車に近付いてきた!

 

 

 

 意図的に無視している守谷教授を気にせずにスピードを落とす事もしなかった江戸川は、そのまま車にぶつかってしまい、痛そうにしている。

 

 

 

「さて、それで今からどうするかね。もうこんな時間だが」

 

 

 

 守谷教授はそれを無視して安藤にそう問い掛ける。車から外をみれば陽も暮れているようだ。

 

 

 

 その際にふと視界に入ったほぼ全裸状態で仰向けで痛そうにしている江戸川の、股間のバナナから恐ろしい悪意を守谷は感じたが、やがてその悪意は顕現する事なく萎むように消え去った。

 

「さっきも言ったが、まずは家の中を調べんことには始まらないだろう」

 

「ふむ、確かにそうかもしれない。フミノリの行き先の手がかりもあるだろうし、今夜は泊まりがてらに探す一手もあるだろう」

 

 江戸川の股間から目をそらしながら教授は提案をする。

 

「おなかすいたー」

 

 それを聞いてか聞かずか、ハーマイオニーが発言する。江戸川はそっと、バナナの皮をハーマイオニーに差し出した。

 

「い ら な い」

 

「(・ω・)」

 

 

 

 ――――バナナの皮に栄養価は少ない。せめて身を渡したまえよ

 

 

 

 守谷教授はそんなことを心の中で呟いた。

 

 

 

「なら服と飯を買ってきてやるからお前らは馬車馬のように痕跡を探しておけ」

 

 

 

 そう言って安藤は運転席にいるハーマイオニーを追い出してハンドルを握る。

 

 それに続くように江戸川が車の後部座席に乗り込んできた。

 

「お前は残っていろ変質者!!」

 

 安藤の言葉に江戸川は辺りに変質者がいないかキョロキョロ探す。自分が変質者ではないと確信しているようだ。

 

「……もはや、なにもいうまい」

 

 呆れながら教授は先んじて車から降りてフミノリ宅に戻ることにしたのだが、そんな教授を見て江戸川は変質者が誰なのかを悟った。

 

 守谷は不快な勘違いをされたのを察して江戸川の頭頂部に手帳の背を叩きつけた。

 

「お前はまず風呂に入ってろ変態木偶が」

 

 江戸川は息を吐いて車を降りた――――――――車内で屁をこくのを忘れずに。

 

 

 

 ……安藤のストレスがたまった。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 安藤は窓を開けて換気をしながら近くにコンビニか何かないかと探しながら車を走らせる。

 

 何気なくラジオのスイッチを入れると、最近話題の事件~通称魔の金曜日事件~という特集コーナーが流れていた。

 

 

 

 その中の一つに、こんな内容の事件があった。

 

 

 

 この事件は不審な点が多い。その最たる箇所を上げてしまうと、被害者が存在しないのだ。

 

 

 

 この事件を一言で纏めるならば、大量の血痕が道端に作られる事である。それも致死量を遥かに越えている量の血液でだ。

 

 

 

 その血痕を調べてみると、それが複数人の血液を混ぜたものではなく全て一人だけのものであることが判明している。しかし、肝心のその血液の持ち主が誰なのか、それが全くわからないのだ。

 

 

 

 明らかに致死量を越えているのに、被害者は浮かび上がってこない。

 

 警察で把握している行方不明者など、少しでも被害者である可能性のある人物情報と照会しても一切一致しないのだ。

 

 なので、明らかに夥しい量の血痕があるにもかかわらず警察も事件性なしと処理するしかない。

 

 

 

 

 

 道端にただ、血の池ができるだけ。被害者もなく、失踪者や死亡した人間と血液を照合しても一致しない――――故にこの事件はこのように呼ばれていた。

 

 

 

 

 

 ―――血の池事件――――

 

 

 

 

 

 ……いつも通りの、なんの変鉄もないニュースだった。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 一方、家に残った4人はというと、まず何をすべきかを話し合っていた。とはいえ、ある程度すでに決まっているようなものではあったが。

 

「さて、まずすべきことはなんだろうか」

 

「お ふ ろ ?」

 

「だね。そのなんとも汚れた哀れな青年をいれてやってくれたまえよ。女性陣が使う前に、私が掃除するから」

 

 その提案に返事をするかのように江戸川は早速屁をこく。

 

 沙耶は大分ピクピクと頬を動かし、守谷教授は一抹の殺意を抱いた。

 

 ――――そういえば、この青年によく似た自分の部活のマネージャーもこんなキチガイだった気がしないでもない……はず……

 

 

 

 ……どうみても現実逃避であった。

 

 

 

 そんな事を思われているとは露知らず、江戸川は風呂へ向かう――――――――ケツだけ歩きで。

 

 

 

 その結果、廊下には茶色の軌跡ができた。

 

「……沙耶くん、掃除道具はどこかね」

 

 こめかみをひくつかせながら教授は沙耶に尋ねた。

 

 しかし沙耶は「わからない」と頭をさすっている。教授には沙耶が悲しそうな顔をしているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 …………結局掃除用具は見つけることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「茶色いシミを放っておくしかないのか……」

 

 教授は顔をひきつらせながら絶望感に苛まれることになった。

 

 そんな事とは露知らず、江戸川が風呂から上がってくると共に、外から「帰ったぞ」と言う声がした

 

 ちなみに江戸川はバスタオルを見つけられなかったためビショビショだ。

 

 そんな江戸川を見て教授は天井を見上げてどことも知れない神に祈りを捧げる。……誇大妄想が何か電波を受信した気がしないでもない。

 

「とりあえず服を着ろ気狂い木偶。あとなんだこの茶色い……」

 

 買い物から帰ってきた安藤は全裸でびしょ濡れの江戸川を見て嘆息を漏らしながら、靴下のしたの茶色の軌跡に気が付く。

 

「……大体哀れな青年のせい……察してくれ……」

 

 教授は俯いた。その反応で茶色の軌跡の正体を察した安藤は靴下を犠牲に茶色い染みを除去した。

 

 

 

 靴下は捨てた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 江戸川が安藤の買ってきた下着と世紀末ファッションな服に身を包み、頭もモヒカンになった辺りで、一行はまず食事をする事にした。

 

 

 

 安藤が適当に買ってきた食事を匂坂宅リビングにある机に並べて食べ始める。

 

 今日起きた事への様々な事への整理と休養を兼ねての食事は、彼らが一服入れるのに十分なものだっただろう。

 

 

 

 それは、そんな食事の最中にした雑談の一つだった。

 

 

 

 何がきっかけだったのかはわからないが、沙耶がこのような話をし始めたのだ。

 

 

 

「――――これは例えばの話だけど、あなたはある日、公園を散歩しているの。もし、その途中にね、雷に撃たれて死んじゃったら、どう? 嫌だよね。当たり前だよ。でも、もし、不思議なことが起きて、同じ時間にすぐ近く雷が同じ場所に落ちる。化学反応が奇跡を起こして、その近くに落ちた雷が原子レベルであなたとまったく同じ物体ができるの。記憶もなにもかもそのまま。あなたは普段通りの生活に戻るの。普段通りに仕事をして普段通りに誰かと会って普段通りに眠って、そして普段通りにまた起きて普段通りの一日を繰り返す……果たしてこんな奇跡が起きたとき、あなたはどう考える?」

 

 

 

 よかった、と喜ぶかな?

 

 

 

 こんなひどい話があるか、と憤るかな?

 

 

 

「私は、なにも感じないよ。だって、例え前のあなたが死んでも、あなたはまだ確かに存在してるのだから、ソレは紛れもなく、あなただよ」

 

 

 

 

 

 そんな沙耶の話に対してまず反応したのは守谷教授だった。

 

「その通りだね。意識が連続しているのならば、それは間違いなくその人本人だよ」

 

 その教授の肯定に対して、安藤が馬鹿にしたような口振りで反論した。

 

「馬鹿か。例えあらゆる特徴が全く同じだったとしても、雷に打たれたソイツは間違いなく死んだ事に変わりはないだろう」

 

「でも誰もあなたが偽物だって、死んだって気付かないんだよ? 親も、友達も、同僚も、自分自身でさえも。これってあなたは死んだことになるのかな? ならないよね。だってあなたが死んだことにあなた自身も気付かないんだから」

 

「例え誰にも気付かれてなかろうが、雷に打たれたヤツが死んだ事に変わりはないだろうが」

 

「でも意識は継続しているんだから、それは死んでいないと言えるのではないかね?」

 

 

 

 これは、あくまで雑談ではあるものの、思いのほか盛り上がっていた。

 

 

 

 守谷教授は沙耶の考え方に肯定的な意見であり、安藤は否定的な意見でそれぞれ主張をぶつけ合う。

 

 

 

 それを見ていたハーマイオニーにはどちらの意見が正しいのかわからなかった。どちらの言い分も間違っていないように思えたからだ。

 

 

 

 そして江戸川は、考える人のポーズを取って深く考え始め――――そのうち江戸川は、考えるのをやめた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 食事も終わり沙耶が食事の後片付けをしている間に、一行はリビングを始めとした一階の部屋を捜索したが、特にこれといった成果はでなかった上に、幼女嗜好の江戸川がリビングで大の字になって横になり少しずつ移動することでこっそりと沙耶の下着を覗こうと画策して、探索の邪魔になり時間も無駄に浪費していた。

 

 少しでも今日の間に成果を出しておきたい安藤としては不本意ではあるが、目を離しておくのも面倒であり、かつ人手が必要なのも事実なので江戸川を引き連れて二階を探索する事にした。

 

 ちなみにハーマイオニーはさらなる一階の探索を、教授はというと、内心の三人への不信感と沙耶を守護るという目的のために沙耶が見えない場所に移動しようとしなかった。

 

 

 

 そうしてようやく二階へと足を進めようとする安藤に対して、いつの間にかついてきていたのか、沙耶が声をかけてきた。

 

「ちょっと待って、探偵さん」

 

「何だ?」

 

「二階はきっと汚いから、今夜の内に私が掃除しておくよ。二階の探索は明日にしたらどう?」

 

「少しでも早くフミノリ氏に会いたいのだろう? なら少しでも出来る作業を進めるべきだ。違うか?」

 

「……そう。なら私は止めないよ。でも無理はしない方がいいと思うな」

 

 そう言い残して、沙耶はリビングへと戻っていった。

 

 それを見送った安藤と江戸川は、改めて二階への階段と向き合った。

 

 

 

 二階はカーテンも閉め切られているのか完全に真っ暗闇で、下からでは様子を窺う事もできなかった。

 

 しかし上から下へ何か異臭が漂って来ており、何か異質なものが二階にある事も推測できた。

 

 立ち止まっていてもどうしようもないので二人は階段へと足をかける。

 

 一段、一段、暗闇に包まれている二階へと階段を踏み進めるたびに生臭い臭いがさらに漂ってくる。さらには何か擦れるような、掠れたような不気味な音まで聞こえてきた。

 

 さらに一段、一段、足を進めると、何か柔らかい、そして弾力のあるものを踏みつけたような感覚が足から伝わってきた。

 

 

 

 安藤は無意識に明かりを求めて電気のスイッチを探して、手を壁に向けて伸ばし、そして、触れた。

 

 

 

 

 

 ――――ぐにっという、まるで肉に触れたような弾力と滑り気が手から伝わってきた。

 

 

 

「――――!?」

 

 それは、間違っても家の壁を触った感触などではない。

 

 

 

「ゥ…………ィ…………ォ…………ィ…………」

 

 

 

 さらに先程から微かに聞こえていた擦れるような音が、その音源に近付いた事でより聞き取れるように耳へと入り込んでくる。

 

 その音―――聞き覚えのある声に反応して壁に置いた手の方へと目をやった安藤は気付いてしまった。

 

 

 

 

 

「フ……………ミ…………ノ…………リィィ…………」

 

 

 

 

 

 ――――その声が、手のすぐ側の、剥き出しになった人の声帯のようなものから発せられていることに。

 

 そしてそれは、彼が手の付いている部分だけの話ではなく、壁や天井、床さらには扉といった二階部分全ての面に至り、生々しい脈動している状態でこびり付いている事に――――

 

 

 

 そんな常識では考え付かないような冒涜的な光景を目にした安藤は――――その手の感触と塗れた手に思わず顔を顰めた。

 

 

 

「気持ち悪いな、何だこの物体は……?」

 

 

 

 

 

「――――失敗作だよ」

 

 

 

 

 

 そんな安藤の疑問に答えたのは一階から追いかけるようにやって来た沙耶であった。

 

「これは、『沙耶』になれなかった『沙耶』の出来損ない。『沙耶』は私なのに」

 

 沙耶はいまだ声を上げる肉の床を踏みにじりながら嫌悪感を隠すことなくそう口にした。

 

「それは、どういう意味だ?」

 

「……これは私が今夜掃除しておくよ。ここの探索は明日にしたらどう?」

 

「……いや、今からする」

 

「……そう、わかった」

 

 今の時点で安藤は沙耶を信用するか悩んでいた。

 

 依頼内容や依頼人として信用できないわけではない。沙耶の様子を見る限り以上そこを疑う必要はない。

 

 しかし掃除の最中、沙耶が気付かずに、あるいはカッとなってフミノリに繋がる物証を始末してしまう可能性は否定できない。

 

 安藤は沙耶が軽度の怒りに任せて事務所の机に皹を入れた事を忘れていなかった。

 

 

 

 しかし掃除というがどうするのか、掃除道具どころか何も持っているように見えないが、どうやってこの空間にこびりついた肉塊群を除去しようというのか。

 

 

 

 

 

 その答えは、すぐに彼らの目の前で判明した。

 

 

 

 

 

 沙耶が片腕を前方へと向けると、人の身体からは決して鳴らないような異音と共に変化を始めた。

 

 その華奢と表現するに相応しかった少女の腕が、ボコり、ボコリ、と内側から気泡が膨れ上がるかのように膨張していき人体や通常の生き物では考えられない巨大な肉塊へとに変形していったのだ。

 

 そしてその異形の腕で壁や天井など至るところにこびりついている生きた血肉を吸い込んでいく。

 

 

 

 そんな明らかな常識ではあり得ない冒涜的な光景を目の当たりにした二人はというと――――江戸川はそんなことより沙耶が可愛いなーと夢中になっており、安藤は吸引力の変わらないとはまさにこのことだななどと思いながらいまだに沙耶に見とれている江戸川を伴い手前の部屋へと入っていった。

 

 

 

 ちなみに沙耶を守護るために一緒に二階に来て二階の有り様と沙耶の変貌を目の当たりにしていた守谷教授がいたのだが、精神的にまずいのでは、と勝手に判断をした江戸川の不思議な踊りによって取り憑いていた狂気が祓われ、誇大妄想から解き放たれて正常な判断ができるようになった。……不思議とMPが減ったような気がした。

 

 

 

 

 

 その後、沙耶の掃除二階の探索の結果、文則の物だと思われる研究資料を手に入れた。

 

 成果としてはまずまずと言ったところだろう。

 

 だがその数は膨大であり、読み解くには結構や時間がかかりそうなので明日にすることにした。

 

 ちなみに一階を探索していたハーマイオニーだが、ライターを見つけたくらいで特に成果はなかった。

 

 

 

 

 

 沙耶は掃除した二階の一室を寝室として使用し、一行はリビングで毛布を羽織って床の上で一夜を過ごした。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌朝、安藤が目覚めると、目の前に下着姿のハーマイオニーが同じ毛布で隣で眠っていた。

 

 ――――確かに昨夜眠った時は一人で一つの毛布を使っていたはずだが……変態木偶の仕業か

 

 そう嘆息して、隣のハーマイオニーを完全に無視して起き上がり、早速昨日見つけた研究資料を調べることにした。

 

 そこに声を掛けてきたのは、昨晩に江戸川の不思議な踊りによって正気に戻り、安藤たちへの警戒心の解かれた守谷教授であった。

 

「手伝おうかい?」

 

「当然だ。時間がないんだ、さっさとしろ」

 

「人の親切にはそんな態度じゃなくてちゃんと感謝を言葉するべきだと私は思うんだけどネェ……」

 

 そう言いながらも守谷教授も研究資料の解析に加わった。

 

 そんな最中、突如として二階から断末魔のような江戸川の叫び声が上がった。

 

 その叫び声に眠っていたハーマイオニーが飛び起き、教授も思わず上に視線を向けたが、安藤の視線は資料を見つめたままで、特に気にした様子もなかった。

 

「……見に行かなくてもいいのかい?」

 

「知らん。あの変態木偶が何をしてようと俺に関わりはない。それより今は調査が優先だ」

 

「そうか。なら急いで調査を終わらせるとしよう」

 

 友人と教え子が危機かもしれない状況で特に動こうとしない薄情な男二人を横目に見ながら、ハーマイオニーは江戸川を心配して急いで服を着て二階へと向かうことにした。

 

 

 

 今、居間にいた三人を除いてこの家にいるのは、同じ部屋で寝ていたはずだが姿の見えない江戸川と二階の一室を寝室として使っていた沙耶の二人だけである。

 

 つまり江戸川に断末魔を上げさせたのは沙耶である可能性が一番高い。

 

 ……ハーマイオニーとしては最初から沙耶を信用することができなかった。今フミノリ探しをしているのも友人の付き合いと暇潰し程度のことでしかない。

 

 たとえ完全な変質者であっても友人である江戸川に何かしたのならば、沙耶を許すことはできないだろう。

 

 

 

 そして何かどたばたと音が溢れてきていた半開きの扉に手をかけた。その先にあった光景とは――――

 

 

 

 腕を異形のそれへと変化させ、顔を赤くしながら怒りの形相でそれを振るう沙耶と、片手に白い布のようなものを握りしめながら、必死に沙耶の腕をかわし続ける血まみれになった江戸川の姿であった。

 

 

 

 ――――わけがわからない

 

 

 

 しかし原因はどうあれ、江戸川が沙耶に襲われているのは間違いなかった。

 

 ハーマイオニーは江戸川を守るためにその拳を沙耶へと振るった。その不意をついた拳は沙耶が気付いたときにはその顔面へと向かっていき――――突如割り込んできた江戸川へと突き刺さった。

 

「「!?」」

 

 さらに沙耶の咄嗟の迎撃ももろに喰らった吹き飛んだあと江戸川は地面へと倒れ付した。

 

 あまりの予想外の展開に頭に血が上っていた沙耶も呆然としていた。

 

 

 

 血塗れで倒れる江戸川の表情は不思議と達成感に溢れていた。

 

 彼の右手には、戦利品が握り締められていた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 文則が残していた研究資料――半ば日記のようなものであったが、それを読み解いていった結果、様々な事が判明した。

 

「スワンプマン、死んだはずの沙耶君、そして私たちと共にいる沙耶君……」

 

「現実は小説より奇なりとは言うが、これは……」

 

 研究日誌の内容を簡単に掻い摘んでいくと、次のようなものになる。

 

 文則は死んでしまった妻の沙耶を生き返らせるために職場である大学を辞め、様々な可能性に手を付けていった。それこそ医学などの現実的なものから呪術や伝承のような世間一般ではオカルトと呼ばれる分野にまで。

 

 その過程で、一人の女と出会った。その女は世間一般に語られるような眉唾物などではない正真正銘本物の外法(オカルト)知識を有しており、それを文則に授けたのだ。

 

 

 

 その中の一つが『スワンプマン』。

 

 

 

 その『スワンプマン』が具体的にどういう物なのかは明記されていなかったが、それと沙耶の死体を用いることで文則は沙耶を生き返らせようとするが、最初に生み出したものは人の形状にすらならず、その後も上手くいかなかった。

 

 それでも諦めずに実験を続けていく最中で、時間跳躍すらもしようとした結果、『猟犬』とやらに見つかってしまい狙われることになり、家に結界を張って急場を凌いだものの、そのまま引き篭もらざるを得なくなり、外に出る事も出来なくなってしまった。

 

 

 

「つまりはあの化け物はフミノリ氏から貴様に押し付けられたものらしいな、教授」

 

「みたいだね……まあそれは一旦置いておこう」

 

 

 

「わかったことはフミノリ氏がスワンプマンとやらを研究していたこと、そのスワンプマンとやらに死者――――死んだ妻を生き返らせられる可能性が秘められていること、そしてそれらの情報をフミノリ氏に提供した女がいること」

 

 色々と判明した事も多いが、文則が向かいそうな場所に繋がるモノはなかった。

 

「強いて言えば、この協力者らしきこの女が手がかりになる、か……今も諦めていないのであればまだフミノリ氏はこの女と一緒に行動しているだろうしな」

 

 二人が読み込んだ研究日誌の内容を纏めていると、安藤の背後から何かぽとりと音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「――――フミノリが他の女と一緒にいる……?」

 

 

 

 

 

 今の音は、沙耶がタオルを落とした音だったようだ。先程の安藤が口にした『文則が女といる』発言を聞いてしまい動揺を隠せずにいる。

 

「た、たたたた探偵さん、ははは早くフミノリををををを」

 

 そんな沙耶は動揺を抑える事もなく、呂律の回らない状態で、さらに顔面を蒼白にして安藤の両肩を掴んで揺すり始めた。

 

 その速度はどんどん早くなり、隣にいた守谷教授から見て残像が見える程に頭ががくがくと揺られていた。

 

 当然ながら非力な合法ショタである安藤に人外染みた筋力持ちの人妻ロリである沙耶の拘束を物理的に逃れる術はない。

 

「落ち着け肉塊ロリ、まだそう決まったわけではないし、心配せずともフミノリ氏はあんた以外眼中にないだろう」

 

「沙耶君落ち着きたまえ、そのままだと安藤君が死んでしまう」

 

 守谷教授のとりなしもあって、何とか揺すりから解放された安藤はぐわんぐわんと未だに揺れる視界を治めるために深呼吸を繰り返す。

 

 安藤はこういったドロドロとした人間関係を第三者視点で観察して愉悦に浸りたいがために探偵という職を志したと言っても過言ではないが、それに巻き込まれたり八つ当たりを受けるのは好きではないのだ。

 

 一応言動には気を付けておこうと決心した。

 

「で、肉塊ロリ、その女に思い当たりはないか」

 

「ない……あったら放っておかないよ、泥棒猫なんて」

 

 そういうのは潰しとかないと、と若干怖い事を口走るのを聞き流しながら文則と旧知の仲であるという教授にも聞いてみた。

 

「教授の方はどうだ? 仮にもフミノリ氏が自宅に呼ぶほどの仲だと思われていたわけだろう?」

 

「うーん、そうだね……」

 

 そう言って目を瞑り記憶を探る守谷教授を安藤と沙耶がジッと無言で見つめ続ける。

 

 そしてスッと目を開いた教授は次の言葉を発した。

 

 

 

「……………………すまないが、特に思い浮かばないね」

 

 

 

 つまりは、手詰まりだった。

 

 

 

 




次回の更新は、11月27日の23時を予定しています。


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沼男は誰だ?-4

「では出発するぞ」

 

「あれ? 江戸川君はどうしたんだい?」

 

「ヤツは置いてきた。これからの探索に着いてこれそうにないんでな」

 

 あの騒動の後に、ハーマイオニーが江戸川の応急手当をしたのだが、それでも重症である事に変わりはなく、大事をとってこの家に一人残していく事になったのだ。

 

 沙耶としては、江戸川がいなくなったことを喜びながらも、自宅(仮)に一人江戸川が居続ける不快感という矛盾した感情を抱く事になった。

 

「幸いというべきか、一日休めば回復すると変態木偶自身が自己診断したようだし、放っておいても構わないだろう」

 

「で、結局どこに向かうの?」

 

「とりあえずは以前勤めていたという大学へ向かう」

 

「そこにフミノリがいるの?」

 

「知らん。痴呆教授の痴呆が進んでいなければ他の選択肢もあっただろうが……全く、揃いも揃って役立たずばかりだな、おい」

 

「ハハハ、面目ないネ。まさか呆けが進んでいたとは私自身驚いているよ」

 

 守谷教授を痴呆教授と呼ぶ理由としては、文則が向かいそうな場所を守谷教授が思い出せなかったからだ。

 

 それどころか、どういった経緯・媒体を用いて教授が文則に呼び出されたかという質問にすら答えられなかった。

 

 まるで記憶を思い出す行為において致命的失敗(ファンブル)をしてしまったかのようだ。

 

 沙耶にしても何も思い付く事がなく、どこに向かうべきなのか、手がかりが全くない状態であった。

 

 故に一行はかつて文則が勤めていた杜或大学へと向かう事にした。

 

 大学に文則がいる可能性は低いが、今ある情報でフミノリが行きそうな場所で思い当たるのがここしかない以上、一縷の望みに賭けるしかなかった。

 

 

 

 そうして車で移動する事数十分ほどで、一行は杜或大学へと到着した。

 

 安藤やハーマイオニーにとっては母校、守谷にとっては職場であるので、どこに何があるかというのは大体把握している。なのでこの場での行動方針を立てるのも容易い。

 

「まずは守衛に話を聞くぞ。今のフミノリ氏は部外者である以上、守衛が仕事をしない無能な給料泥棒でもない限り覚えてないなどということはあるまい」

 

 そう、今のご時世、学生や教師でもない部外者は何の手続きもなしに大学構内へ入れないものだ。それは沙耶のような大学に関わりのない人物はもちろんの事、安藤やハーマイオニーのようなOB・OGも無断で侵入する事はできない。それは、かつてこの大学に所属していた文則であっても例外ではない。

 

 

 

 簡単な手続きであっても、大学の出入り口にある守衛辺りにでも入構許可を取る必要がある。

 

 

 

 なのでまず文則がこの大学に来ているのならどうしても立ち寄らざるを得ない場所である守衛室に向かおうと集団の最後尾から付いていこうと守谷教授も歩き出して――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――誰かが守谷教授の手を掴み、彼だけをその場に引き留めてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 一体誰が……そう思って守谷教授が振り返ると、そこで自身の手を掴んできたのは銀の長髪を携えた絶世の美女(APP18)と呼んで差し支えのない程の美少女であった。

 

 

 

 守谷教授はその少女を見た時に、一瞬既視感に捕らわれたが、その正体が何なのかわからず、その感覚は次第に消えていった。

 

 

 

「いやー、ようやく遭遇できましたね。ずっと機会を伺ってたのに中々ひとりにならないどころか家からでて来ないんですもん。お話的にどうなんですか、それ? 探索者失格ですよ」

 

 その少女の言葉を聞いてからハッとなって教授は振り返ると、そこにいたはずの同行者たちの姿がなくなっていた。おそらく守谷教授が足を止めた事に気付くことなくそのまま目的地へと向かっていったのだろう。

 

 目的地はわかっているのではぐれたとしても合流は難しくないが、この少女が何故己だけを引き留めたのか、教授は気になった。

 

「私に用があるみたいだが……私はキミを何と呼べばいいのかな?」

 

「私は……ナイアとでも呼んでください。今はそう名乗っていますので」

 

 ――――そう名乗っている。まるで偽名であるかのようにも思える言い方であるが、そこに突っ込んでも時間の無駄だろうと割り切り、守谷教授は要件を聞くことにした。

 

「ナイア君、だね。それで私に何の用かな? 連れが先に行ってしまったので追いかけたいんだが」

 

「ではまどろっこしいのもなんなんで、単刀直入に用件をいいますね」

 

 

 

 

 

 

 

「――――あの出来損ないの沙耶を引き渡してください」

 

 

 

 

 

 

 

 出来損ないの沙耶……『出来損ない』の意味はわからないが、『沙耶』というのは先程まで同行していた旧友の妻の事なのは間違いないだろう。しかしこの言い方であればまるで『沙耶』が物であると言っているように聞こえる。

 

 少なくとも守谷教授はこれだけでは判断のしようがないと、ナイアと名乗った少女からさらに詳しい話を聞きだそうと試みることにした。

 

「私は彼女の同行者に過ぎないし、そもそも彼女は物ではないのにその物言いはどうかと思うのだが……」

 

「え? 何言ってるんですか? あれはモノですよ。沙耶という人間を模したただの肉塊にすぎません。つまらない罪悪感なんてこれっぽっちも感じる必要はないですから」

 

 守谷教授には目の前のナイアが何を言っているのかわからなかった。

 

 いや、意味がわからないわけではない。おそらくあの沙耶は真っ当な人間ではないという事だろう。

 

 彼も沙耶の腕が歪な肉塊に変形した所は目撃している。記憶は上手く思い出せないが、しかし少なくともまだ文則と交流があった頃の彼女はそんな芸当はできなかったはずだ。

 

 だがそれでも沙耶がただのモノであるというナイアの言い分は理解できなかった。

 

 いや、そもそもとして自身に彼女の所有権などありはしないのだから渡せと言われてもどうしようもないのだが……というのが守谷教授の本音であった。

 

 それを知ってか知らずか、ナイアは守谷教授を説得するためか、さらなる持論を展開する。

 

「その顔、あんまり信じてないですね。ならアレが最初どういう状態だったか教えてあげますよ。アレはフミノリさんが最初に作った作品で、最初は人の姿すらしてない肉塊で、あまりのショックで文則さんが私に処理を頼んできたくらいですよ。私も引き取りはしたものの場所取るはフミノリフミノリうるさいはで山に捨てたんですけど、まさかそこから自力で可愛らしい外見に変形して山を下りてくるなんて予想外でしたよ。これも愛のなせる業とでも言うんですかねぇ……出来損ないの偽物なのには変わりないのにね」

 

 今の話を聞いた守谷教授は、文則やナイアにとってあの沙耶が失敗作であるという事は理解できた。

 

 しかし本当に出来損ないの偽物であるのだとしたら、果たして自力でかつての姿を取り戻すことができるのだろうか?

 

 人の姿すら取れなかった彼女がかつての姿を取り戻す事ができるようになるほどの文則への愛を、果たして偽物であると断ずることができるだろうか?

 

 今なお文則の妻として、夫を愛し求めるあの沙耶を、果たして『偽物』と言えるのだろうか……?

 

 そんな事を考えていた守谷教授の表情を、沙耶に対しての同情を抱いていると勘違いしたのか、ナイアはさらに警告とも聞こえる言葉を口にする。

 

「ああ、馬鹿な同情心とかで私と敵対するなんてことは思わない方がいいですよ。沙耶に同情を抱いて私と敵対を選んだ探索者パーティーが全滅したお話もありましたしね」

 

「しかし……」

 

「ああ! そういえば貴方、厄介なワンちゃんに狙われてるんでしたね。それなら報酬の前払いに私が何とかしてあげましょう」

 

 

 

 守谷教授の手の甲に刻まれた紋様を目にして思い出したかのようにそう言った少女が守谷教授の眼前に掌を広げる。

 

 すると、突如として教授の視界が暗転――――――――

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ………………したかと思えば、すぐさま意識が覚醒した。

 

 感覚的には一瞬の事であり、周囲の様子や時計などから判断できる実際の時間もそこまで多くの差異は存在しないようだ。せいぜい立ち眩み程度と言えるだろう。

 

「――――はい、これで貴方はあのワンちゃんから狙われなくなりました。これでダイスロールに怯えることなく思う存分探索できますね」

 

 彼女が自身に何をしたのか、それはわからなかったが、ナイアはこちらが理解するかどうかなどどうでもいいようで、一仕事が終わったとばかりに背伸びをした。

 

「という事で、この住所に廃ビルがありますので、そこに明日の昼頃にあの出来損ないを連れてきてくださいね」

 

 待ってますからと、守谷教授に住所の書かれた紙を渡してきたナイアは、その場から立ち去っていった。

 

 

 

 守谷教授はそれを止める事も声を掛けることもできず、どうするべきかに悩み、その場で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 一方、守谷教授とはぐれていた安藤達は守衛へと文則が来ていないか確認をしていた。

 

「こ、この男は……!!」

 

 文則の写真を見せると、守衛は驚いたような、ハッとしたような表情を浮かべ、真剣な表情でわなわなと身体を震わしていた。

 

 これは何か知っているのではと安藤は矢継ぎ早に質問を繰り出す。

 

「見たんだな? いつ頃だ? 彼は何の用で大学に……」

 

 

 

 

 

「――――見てないですねぇ」

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 その安藤の質問をぶった切る形で守衛は真顔でそう言い切った。先程までの反応はなんだったのかと言わんばかりの真顔だった。

 

 その思わせぶりなその回答に安藤は思わずイラっとしてしまったのは仕方ないだろう。

 

 (ねえ)(どんな)(気持ち)(ねえ)(どんな)(気持ち)? と、安藤の周囲を周りながら煽ってくる守衛を、苛立ちを抑えながらも無視して離れながら車まで戻る道すがら、いつの間にかはぐれていた守谷教授を発見した。

 

 

 

「おい、どこに行っていた痴呆教授。無駄足とはいえ人が働いている時に暢気に呆けおって」

 

「ああ、すまない。ちょっと人に捕まっていてね。だけど収穫はあったよ」

 

「ほう、どんな成果だ? 呆けで忘れる前にさっさと教えろ」

 

「酷くないかい? まあいい。じゃあ順を追って説明するよ。まず――――」

 

 

 

 空振りの上に守衛に煽られて苛立っている安藤達と合流した守谷教授は、先程までのナイアと名乗る美少女との話を安藤達に伝えた。

 

 それを聞いた安藤たちの反応はというと……

 

 

 

「……明らかに罠だろう」

 

「あ、やっぱりそう思う?」

 

「というか私明日仕事なんだけど……」

 

「知るか木偶女。というか勝手に仕事に行けばいいだろうが部外者め」

 

「今の所何の手掛かりもない以上、私は誘いを受けるべきだと思うが、どう思うかね?」

 

「手がかりがないのは確かだが、罠とわかっている誘いにわざわざ踏み入るくらいなら、一度別方面から探ってみるべきじゃないか?」

 

「別の方面って?」

 

「他のオカルト染みた事件……例えば『血の池事件』。これにフミノリ氏が関わっている可能性はないか?」

 

 文則がオカルト方面の研究に没頭しているのであれば、こういったオカルト染みた事件に関わっている可能性もあるだろう。

 

 そう思っての発言だったのだが、それは沙耶によって完全に否定された。

 

「ああ、多分それは食事の下手なスワンプマンの仕業だよ」

 

「スワンプマン……確かフミノリ氏の資料にあった……」

 

 ここでもまた『スワンプマン』という存在が浮上する。

 

 文則の研究日誌にも記述があった、彼の研究の根幹部分とも言える存在だが、その具体的な全貌は不明のままであった。

 

「結局、スワンプマンとは何だ? 人間の形態をとる何かだとは推測できるが……」

 

「そうだね。あ……丁度いいかな。あそこを見て」

 

 沙耶が指で指し示した先にいたのは、薄暗く細い裏路地へと入っていった小さな男の子と、それを追いかけて裏路地に入ろうとしている母親らしき女性だった。

 

「こらマー君、どこに行くの? 危ないからこっち戻って――――」

 

 女性が子供を追って裏路地へ足を踏み入れ、こちらから姿が見えなくなった瞬間、甲高い女性の断末魔の叫びのような声が一瞬聞こえてきたかと思えば、それを掻き消すように、ぐちょり、ぐちょりと、何か瑞々しいものを頬張るような音が響いてくる。

 

「――――来なさい。もう、好奇心旺盛なんだから」

 

 そして何事もなかったかのように親子は裏路地から出てきた。その様子からは、先程聞こえた音から考えられる猟奇的な出来事が起きたとは思えなかった。

 

 先程聞こえた猟奇的な音は空耳だったのか……そう思いたい一行の考えは沙耶の解説によって否定される。

 

「スワンプマンはあんな風に二人きりになった時に人を捕食してその人に成り代わるの。本当なら血痕なんて残らないんだけど、捕食が下手な個体だと食べ残しが出ちゃう事もあるんだよ」

 

「成る程……」

 

「そういえばいつのまにか何匹かスワンプマンが逃げ出していたと日誌にもあったね」

 

 つまり、血の池事件の真相は捕食の下手なスワンプマンによる食べ残しである。

 

 血痕の被害者を探しても、その人間に成り代わったスワンプマンがいるために被害者が出てくることはない。

 

「……ちょっと待て。あのガキはあの母親を自分の意思で食ったのか? 腹が減って我慢が効かなくなった、みたいな事で」

 

「それは違うよ。あれはスワンプマンにとって無意識の行動だから。本人の意思がどうこうってものじゃないよ」

 

「つまり呼吸と同じようなものだと?」

 

「ちょっと違うかな? どういえばいいんだろう……? あの捕食はスワンプマン自身の意思は一切介在してないの。本能というか……意識があってもなくても心臓が動いているのに近いのかな?」

 

 生物の心臓の動きが意識だけでオンオフできないように、スワンプマンの捕食行為も意識的にオンオフできるようなものではない。

 

 つまり、『第三者の目のない場所』で『人間と二人きりになる』という条件を果たせば、スワンプマン本人の意識外で捕食行動が為されるという事だ。さらに当のスワンプマン自身すら相手を捕食して仲間を増やしていると知覚出来ていない。何らかの要因で知覚した所で対策を練る事は本人にもできない。

 

「……厄介だな。本人に自覚なく突発的に捕食していく……隣を通り過ぎたヤツがいきなり襲ってくるなどゾッとしない」

 

「でも捕食されても意識は捕食された人と同じだよ」

 

「それでもそれとは別に大本は死んでいるだろうが。俺はそんな突発的な死と隣り合わせの生活など御免被るぞ」

 

「私は意識が連続しているのなら問題はないとは思うが……まあ君の考え方を否定はしないよ。それよりも今はどう行動するか、だよ」

 

「……だったな。脇道に逸れてしまったが……どうするべきか」

 

 道筋を示すためだと思われた謎の一つが然したる成果を残す事もなく解決してしまい、文則への道筋がナイアの甘言しかなくなってしまった。

 

 今の沙耶たちが取れる手は最早ナイアのあからさまな誘いに乗る事しかない状態であるが、ナイアとの約束の時間まで一日弱という時間がある。

 

 ハーマイオニーは仕事の都合で離脱してしまうが、江戸川が復活することを考えれば戦力的には問題ないだろう。

 

 戦力としては沙耶がいれば問題ないのだが、その沙耶に対抗あるいは無力化する手段を罠にかけようというナイアが持っていないとは思えない。

 

 何があっても対応できるように入念に準備を整えなければ……という場面で、安藤が口を開いた。

 

「一つ提案がある」

 

「何だね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その指定された廃ビル、今から行かないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

「……その発想はなかった」

 

「それ最高。貴方、フミノリの次に素敵だわ」

 

「しかし、向こうは明日の昼に来いと言っていたんだけど、いいのかね……?」

 

「住所はわかっているんだし早いに越したことはないだろう。それにわざわざ相手の思惑に乗ってやる必要もない」

 

「そうだね。泥棒猫は早めに駆除しなきゃ」

 

「違う。そうじゃない」

 

 

 

 一先ず今から指定された住所に向かう事に対して、反対意見は出てこなかった。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 件の住所にある廃ビルの前には荷物を中に運び込む運送業者たちの姿があった。

 

「ハーイ、お渡しした図面通りにお願いしますねー! あ、そっちの荷物は割れ物なんで注意してくださいねー」

 

 そして彼らに指示を出している例の銀髪の美少女ナイアもそこにいた。

 

「アレがナイアとやらか……一先ずアイツに気付かれないように中に忍び込みたいが……」

 

「巧くいくかね? 何なら私が彼女の気を引いておく方がいいかな?」

 

「でも中からフミノリのニオイはしないよ」

 

 ナイアに気付かれないようにまずビルの中を調べるたい安藤と守谷教授は沙耶に意見を聞く事で勝手に暴走しないようにしながらどう行動するか画策していた。

 

 今回の目的はカチコミなどではなくあくまで調査だ。文則の手がかりがあれば相手の目の前で罠に踏み入る必要はなくなるし、文則の手がかりがなくとも相手の用意している罠がどんなものかわかればそれを無力化する対抗策を練られる。

 

 故にナイアに見つからないようにする事が肝心で、それには沙耶を飛び出さないように注意する事が何より重要であると考えていたからである。

 

 

 

 

 

 ――――その考えが誤りであったとこの後気付かされることになる。

 

 

 

 

 

 一緒に来ていたハーマイオニーも銀髪の美少女ナイアの姿を目にした。すると途端にハーマイオニーの様子が変化した。

 

 

 

 作戦を立てている三人に目もくれずに、今すぐにでも銀髪の女に殴りかからんとする勢いで彼女の前に出て行こうとしたのだ。

 

 

 

 それに気付いた安藤と守谷の二人は咄嗟にハーマイオニーを物理的に引き留める。口で止まるとは思えない程の勢いだったからこその行動だったのだが――――――――二人の想定はそれでも甘かった。

 

 

 

 

 

「――――あんた、こんな所で何してるのよ!!」

 

 

 

 

 

 身体が動かないとなれば口が出る。少し考えればわかる事だったが、いきなりの事でその発想が浮かばなかった彼らに口を塞ぐという発想が浮かぶはずもなかった。

 

(貴様、何故口を塞がなかった!?)

 

(わかるはずがないだろう!?)

 

 身長の関係から口には手が届かない故に教授に任せるしかなかった安藤の責める気持ちはわかるが、しかし教授の言い分ももっともである。

 

『今から隠密行動しようぜ!』と作戦会議をしている最中に、まさか大声で自身の居場所をバラすなんて誰も思わない。

 

「えー、うるさいですねー誰ですか?」

 

 どんな理由があるか全くわからないが、今のハーマイオニーの行動でナイアにこちらの存在が完全に認識されてしまったのは間違いなかった。こちらを見て、彼女の目に入ってきたのは、彼女が要求していた沙耶の姿であった。

 

「あー、誰かと思えば出来損ない……ってええええええ!? 何で沙耶の出来損ないがここにいるんですか!? 明日の昼って私言いましたよね!?」

 

 予想外の出来事だったのか、想像以上に驚きのあまり大声を上げて教授に向けて責めるような口調で怒鳴りかけるが、守谷教授は開き直ったかのように朗らかに笑いかけた。

 

「ははは、愛する者同士の再会は早い方がいいと思ってネ。来ちゃった♪」

 

「来ちゃった♪ じゃ、ないですよー! まだ準備出来てないじゃないですかーヤダー! しかも花子までいるし……!」

 

 花子と呼ばれたハーマイオニーを厄介そうな表情で見ながら頭を抱えるナイアに対して、沙耶は一歩前に進んで近付き、彼女に対して口を開いた。

 

 

 

「貴女が泥棒猫ね……フミノリはどこ?」

 

 

 

 潰すべき泥棒猫だという確信と、文則への執着の込められたその言葉に、慌てふためいていたナイアの口から笑い声が漏れ出す。それは決して喜びや面白いといった感情から来るものではなく、どうしようもない苛立ち・怒りから来るものなのだと、傍から見ている者も理解できた。

 

「ふ、ふふ……初めてですよ……ここまで私を虚仮にしてくれたお馬鹿さん達は……!」

 

 そう言ってナイアは自身の敵の姿を改めて見渡す。

 

 案内役として選ばれた守谷は笑みを浮かべたまま懐から煙草を取り出していた。

 

 狙われている沙耶は好戦的な笑みを浮かべて自然体で佇んでいた。

 

 何か因縁があるようなハーマイオニーは興奮冷めやらぬ様子で今にも飛び掛からんとタイミングを計っていた。

 

 そして互いに面識のない安藤は内心混乱しすぎて全然口を挟めないと傍観者に徹していた。

 

 

 

「――――絶対に許さんぞムシケラ共! じわじわとなぶり殺しにしてくれる! …………あ、荷物の運び込みは続けてくださいねー」

 

 

 

 

 

 その配達業者への指示が終わると共に、戦闘が始まった。

 

 






次回の更新は、11月30日の23時を予定しています。


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沼男は誰だ?-最終回

「……あっさり終わったんだが」

 

 

 

 戦闘はすぐさま終わっていた。

 

 安藤が護身用に持っていたスタンガンを食らってナイアはそのまま意識を失ったのだ。

 

 あれだけの大言を吐いておきながら自らの手番に回る事もなくこのザマである。

 

 守谷教授に至っては一番最初に行動できたくせに煙草を吸っていたくらいだ。

 

 

 

 こうして戦闘は終わったが、しかし事態はまだ終わらない。何せこの場にいたのは沙耶一行とナイアだけではないのだ。

 

 その場にいた配送業者の人たちがこの一連の戦闘を見てざわついている。いきなり依頼主が第三者に失神させられたのだ。まともな精神なら警戒するのも当然である。実際現状の一行は通り魔とさして違いはない。

 

 どうやって言いくるめ、もとい説得するか……そう悩んでいた安藤と守谷教授だったが、しかしそれに関しては思わぬ方向から解決する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、この人私の行方を眩ましてた姉なんで」

 

 

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

 ハーマイオニーが放ったこの一言は、配達業者だけでなく守谷教授や友人である安藤すらも驚愕に包んだ。

 

 それを知ってか知らずか、ハーマイオニーはさらに言葉を続ける。

 

「病院から抜け出した後行方がわからなくなってたんです。何なら警察呼んでもらってもいいですよ」

 

 安藤は一瞬ブラフかとも思ったが、もし本当ならハーマイオニーがいきなり暴走した事にも納得がいく。

 

 要は姉への心配……というか怒りで何も考えずに飛び出したというだけなのだろう。

 

 ……それにしても似てない。本当に姉妹なのだろうか……やはりブラフなのでは……? 安藤はそう思わざるをえなかった。

 

 それはさておき、ハーマイオニーの説明を聞いた配送業者たちは、それならまあ問題ないか……と判断して、依頼主の身内の指示のもと作業を終了・撤収していった。

 

「まさか彼女が君の身内だったとはね……ブラフとかじゃないよね?」

 

「嘘じゃないわよ。こいつの名前はナイアなんかじゃなくて、綾崎アスミス松子。正真正銘、血の繋がった姉妹よ」

 

 ハーマイオニーによると、ナイアこと綾崎アスミス松子は何年か前に急に「私は『ナイ何とか(ハーマイオニーがよく覚えていない)』の化身なんです!」とか頭のおかしなことを言い出したので、家族会議の結果精神病院に入院させることになったらしいが、いつのまにか病院を抜け出してそのまま行方不明になっていたのだとか。

 

「まさかこんな所で見つかるなんて……」

 

「……一体どうやったらこうも顔に差がある姉妹が生まれるんだ……?」

 

「はっ倒すぞショタ」

 

 なお安藤はまさかの姉妹関係にショックから抜け出せずにいた。

 

「……とりあえず。彼女が目覚める前に念のために拘束しておかないかね?」

 

「なら配達業者から紐でももらえないか交渉してみるか」

 

 守谷教授の提案に対してそう考えた安藤だったが、迅速な撤収作業によって既にこの場に配達業者はいなくなっていた。

 

 仕方ないので上着を使って気を失っているナイアの両手を縛り上げて、そのまま沙耶の変形した腕で持ち上げられて車に放り込まれた。

 

「さて、彼女が起きないとフミノリに関して聞けないわけだけど、まずはここから移動しようか。どこに向かう?」

 

「一先ずこっちの事務所か、フミノリ氏の住居だな……」

 

「江戸川もいるし、匂坂宅でいいんじゃない?」

 

「そうだな。では運転は代わってやる。精々久方ぶりの姉妹の再会を顔面偏差値の差とともに噛み締めるといい」

 

 そう言った安藤の顔面に右ストレートが突き刺さった。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 安藤が運転する車内、廃ビルから出発して少し経ったくらいの頃に気絶していたナイアこと綾崎アスミス松子が目を覚ました。

 

「……はっ!? こ、ここは……!?」

 

 目を覚ましたアスミスは自身を取り巻く状況を把握すべく周囲を見渡す。

 

 まずここは車の中で、自分は後部座席の真ん中の席に手足を縛られた状態で座らされている。

 

 車の前にある助手席に約束をしておきながら時間を前倒しにした守谷教授が、運転席には戦闘の時にスタンガンを押し付けてきたショタがいた。……子供が運転してるのはいいのか、と思いながらも状況把握を続ける。

 

 そして両隣には、怒りの形相の妹、ハーマイオニーと『沙耶』の出来損ないである筋力お化けの人外が鎮座していた。

 

 一通りの状況を把握したアスミスの口から出てきた言葉は次のものであった。

 

「――――やべぇ、犯られる!?」

 

 ……状況把握を完了させた後の第一声がこれである。

 

 この一言で安藤に「こいつ、エロゲ脳だな」と断定された。

 

「……目が覚めたようなので早速、色々と聞かせてもらうぞ、くっ殺娘」

 

「くっ殺娘!?」

 

 安藤からのまさかの呼び方に驚くアスミスだったが、隣からの殺意に驚いている暇もなくなってしまった。

 

「――――フミノリはどこ?」

 

「あの場所にはいないようだったが、どこにいるんだ?答えた方が身のためだぞ」

 

 真横からまさに生殺与奪の権利を握られている沙耶の質問に、アスミスは渋々ではあるが安藤達が思っていたよりもすんなり口を開いた。

 

「……フミノリさんなら滞在先のホテルにいます」

 

「すんなり口を割るんだな」

 

「まあ私負けましたし、それに無駄にひどい目に合いたいわけじゃないですしね」

 

「では今からそのホテルに――――」

 

「向かって」

 

「どこのホテルだ?」

 

「えっと……」

 

 沙耶の要望もあり、進路を匂坂宅からフミノリの滞在するというホテルへと変更する。

 

「そういえば君たちは沙耶君を捕まえてどうしたかったんだい? 彼女を君は出来損ないだと言っていたけど」

 

「確かにコイツは出来損ないですが、外見だけなら今までの中でも一番近いですし、自力でこの姿まで変貌する事ができた個体でもあります。なのでこれを素体に利用する事で、完璧な沙耶を作り出す……というのが文則さんの目的です」

 

 つまりアスミスに引き渡したとしても行き着く先は文則の所であったという事だ。

 

 その場合には沙耶はおそらくは何らかの方法で拘束はされていただろうが、その場合でも依頼達成と言っていいのだろうか……などと思いながらも、安藤は依頼とは別で個人的に知りたい事に関して質問をする事にした。

 

「話は変わるが、町に溢れているらしいスワンプマンを消す方法はあるのか?」

 

 その質問にアスミスは先程よりも若干顔を顰めながらしながらも答えた。

 

「まあ、ありますけど……おすすめしませんよ」

 

「ひとまず話せ」

 

 安藤のその横柄な言い方に引っかかる所があったのか、少し間があったがアスミスは説明を始めた。

 

「……結論から言えば、全てのスワンプマンの核とも言える『母体』を殺せば、スワンプマンは消えます」

 

「つまり、スワンプマンを消そうとするとそこの肉塊ロリータも死ぬ事になるのか」

 

「多分、私は大丈夫だと思う。前まで声が聞こえてたけど、最近は聞こえなくなったから」

 

 そんなものなのかと思いながら、安藤はその沙耶の言葉にそうか、と相槌を打った。

 

 この言葉を信じるのならば、つまり他のスワンプマンが死んだとしてもこの沙耶に何の影響もないという事だ。

 

 ……一瞬、母体を殺そうとすれば死にたくないであろう沙耶と敵対して縊り殺されるのではと思ってしまった安藤は安堵の息を吐いた。

 

「母体を殺す事自体はやろうと思えば誰でもできます。けど、結果として大惨事になるでしょうね」

 

「大惨事?」

 

「この町にいる人間の中にどれだけのスワンプマンがいるか、わかりますか?」

 

 アスミスの問いに、そのすぐ隣に座っているハーマイオニーが首をかしげながら答える。

 

「血の池事件は騒がれてるけど、事件自体はそこまで数が多くないから判、明してないかもしれないのも入れても精々十件強くらい……?」

 

「はっ、そんなもので済むと思ってる辺り、どれだけ頭お花畑なのか…………あの、すいません頭を掴まないで……アタタっ!? 痛い痛いッ!? や、やめっ、ヤメてくだしアーーーッ!?」

 

 ハーマイオニーの答えを鼻で嗤うアスミスに、ハーマイオニーは無言で頭部を鷲掴みしてギリギリと締め上げていく。

 

 しかしハーマイオニーの考えもあながち間違いではないはずだが……そう考えた安藤と守谷教授は、ふと、ある事に気付いた。

 

「……ああ、そうか。血の池事件はあくまで捕食が下手な個体によるもの。つまり捕食が上手い個体であれば血の池事件すら起きないのか」

 

「さらに言えば、スワンプマンの増え方自体、一人増えれば次は二人増え、その次は四人、八人と、ネズミ講みたいに倍々に爆発的に増えていくんだったか……なら十件程度で収まるはずがないネ」

 

「いたたぁ…………まあ、おそらく今となっては町の人間の半数はスワンプマンになっているでしょう」

 

 この、アスミスが口にした町の半数という数字も正確な統計を取ったわけではないだろうが、それが大げさであるとは決して切り捨てられなかった。

 

 それだけ被害者が出ていたとしても、その事に誰も気付けない。何せその被害者は全てスワンプマンに成り代わられ、スワンプマン本人もそれに気付いていないのだから、露見するはずがない。

 

「そして母体を殺せば全てのスワンプマンも死んでしまいます。つまり、それだけの人が一斉に溶けて消えてしまうわけです。そうなれば町中パニックになるでしょうね。ここにいる人たち以外はスワンプマンの事なんてこれっぽっちも知らないんですから」

 

 スワンプマン云々を除いても、急に人がいなくなるという事はそこから連鎖的に何らかの事故が起こる可能性も十分すぎるほどにある。

 

 例えばバスや電車の運転手がいきなり溶けていなくなれば、運転手がいない状態で走り続ける事になり、事故へとつながりかねない。それを抜きにしてもいきなり目の前の人間が溶けてしまう光景をみれば、トラウマになったとしても不思議ではない。事前に何かをした所で、パニックは避けられないだろう。

 

 それでもやるんですか?というアスミスからの質問に対して安藤の返答は簡潔だった。

 

「当然だ。要はそれだけ町に突如食われる危険が転がっているという事ではないか。やらない理由はない」

 

 もしも母体を殺せばスワンプマンは全て死滅して町の人間の半数ほどがいなくなって町が機能しなくなりパニックに陥る。しかし、このまま放置すればいずれ人類は全てスワンプマンに成り代わられる。

 

 それは、安藤にとって認められるはずがなかった。

 

「……で、貴様がフミノリ氏に協力していた理由はなんだ? まさか惚れたどうこうという話でもなかろう」

 

 そして、この文則に外法知識を与えた魔術師だというハーマイオニーの姉が、文則に手を貸した理由が何なのか。たとえスワンプマンの件を解決しても、さらなる命の危機が訪れるのなら意味がないのだから、それを知りたいと思うのは当然の事である。

 

 もしかすると、スワンプマン以上に何か危険なものを生み出すための実験か、人身御供にしようとしているのではないか。

 

 そう危惧した安藤は、答えないにしてもその反応でその真意を探りたいと思って、その質問を投げかけたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスミスは、顔を赤らめていた。まるで、秘めたる想いを暴かれたかのように。

 

 

 

「わ、私と文則さんの馴れ初めを聞きたいんですか? し、仕方ないですねー!初めて出会ったのは私のハンカチを文則さんが拾ってくれた事なんですけどね! その時の文則さんったら――――」

 

「…………」

 

 

 

 目的のホテルに着くまでの間、アスミスの惚気話と沙耶から発せられる無言の重圧が車内を支配していた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 文則のいるホテルまでやってきた一行は、アスミスの案内の下、文則の部屋の前まで辿り着いた。

 

 そしてアスミスがドアをノックすると、ドアが開いて中から文則が現れた。

 

「……ナイアか。予定より早いがどうした?」

 

「えーっとですね……」

 

「失礼、初めまして。貴方が匂坂文則さんでお間違いないでしょうか」

 

「……誰だ、お前は?」

 

「私は探偵の安藤と申します。今回は彼女の依頼で貴方の居場所を捜査させていただきました」

 

 アスミスとの会話を途切れさせた安藤の自己紹介とここに来た経緯を聞いた文則はその横にいた沙耶を一瞥する。

 

 沙耶はというと緊張をしているのか、口を真一文字に閉じて手は服の裾を握っていた。それでも、期待に満ちた目で文則を見つめていた。

 

「……そうか。依頼が終わったんなら早く帰るといい」

 

 しかし文則は安藤に対してそれだけ言い捨てると、沙耶に何かを言う事もなく、その隣に立っていた守谷へと向き合った。

 

「ああ、守谷教授。面倒事を押し付けて申し訳なかった。謝罪もしたいし、よければ中へどうぞ。……ナイア、ソイツを連れて準備をしておいてくれ」

 

 そんな文則の様子をみて守谷はアスミスの行動を片手で制して、口を挟んだ。

 

「おいおい、私よりも招く相手がいるんじゃないのか? 君の妻の沙耶君がいるんだぞ。私よりもまずは彼女を中に入れてやるべきじゃないかね?」

 

「沙耶? ソイツが? はは、冗談はよしてください。ソイツは沙耶じゃない。沙耶であるものか」

 

「ふむ、私にはどう見ても彼女が沙耶君であるようにしか見えないが……」

 

「違うさ。その証明も簡単だ。おいお前」

 

「――――!」

 

「俺と沙耶の行きつけだったレストランの名前を憶えているか? 沙耶が好きな料理は何だったか? ああ、出掛けた時に俺がよく沙耶に注意されていた事もあったよな? 何だったか、答えられるか?」

 

「………………っ」

 

 文則の質問に沙耶は口を開かなかった。いや、開くことができなかった。沙耶は文則の質問の答えを一つとして持ち合わせていなかったからだ。

 

「答えられないのか? お前が沙耶だったら簡単に答えられるだろうことだろう? こんなことも答えられないコイツが、沙耶であるものか。俺との思い出もない。ただ何の根拠もなく俺を好きだというコイツが、俺の愛した沙耶であるものか!」

 

 激昂する文則に、沙耶は俯き、何かを堪えるように服の裾をぎゅっと握りしめる。

 

 

 

 そんな文則の様子を見て、守谷教授は何かに納得したかのように

 

 

 

「今の君の言葉で理解したよ。はっきり言ってやろう、文則君――――君に完璧な沙耶君は作れない」

 

「―――――――」

 

 守谷の言葉に文則は絶句する。その表情は憤怒とも、驚愕とも、困惑とも、何とでも読み取れるようなものだったが、守谷は自身がそう思った理由を語っていく事にした。

 

「それは何故か。簡単だ。どれだけ完成度が高くなろうが、君自身が絶対に納得しないからだ。君の知っている沙耶君でなければ君は満足せず、そして君の知らない沙耶君の要素を組み込めない君では、絶対に君の納得のいく沙耶君は作り出せない」

 

 いくら愛し合おうとも互いに知らない部分がある以上、他人を完璧に再現する事などできはしない。

 

 おそらく文則の知る沙耶の側面を全て再現できたとしても、文則の知らない部分を再現できない以上その沙耶も文則の理想になり得ない。

 

「では君はどうするべきなのか。その答えも至って簡単だ。君はこう考えれば良かったんだよ――――俺の嫁が記憶喪失になったから俺好みに染め直せるってネ」

 

 

 

 

 

「――――違う。違うんだよ守谷教授。そうじゃないんだ」

 

 

 

 

 

 ああ、守谷の考えも正しいのだろう。この沙耶で妥協して、新たな思い出を作っていくのも一つの正解なのだろう。だが、もしそのように結論付けてしまえば、文則は一つの疑念を抱かざるをえない。

 

「もし、ソイツを沙耶だと認めてしまったら……今まで失敗作だって処分してきたアレは、一体何だったんだ?」

 

 失敗作と聞いて守谷の脳裏に思い浮かんだのは、匂坂宅の二階の壁にこびりつき、ひたすらに文則の名を呼び続ける肉塊たち。

 

 あれも、きっと沙耶の失敗作だったのだろう。そして、ここにいる沙耶も、元はあのような肉塊だったらしい。

 

「もし、失敗作だったソイツが沙耶なのだとしたら、他の失敗作は? アイツらも、沙耶だったってことになってしまうじゃないか」

 

 あれは失敗作だから処分した。これは記憶喪失になった沙耶だから……などと果たして本当に言えるのか?

 

 元々同じようなものだったのに、片方はかつての姿になったから認めて、他は姿が変わらないから出来損ないの失敗作だ……と話して本当に言えるのか?

 

 少なくとも、文則にはできなかった(、、、、、、)

 

「だったら、認められるわけないじゃないか……! もし、ソイツを沙耶だって認めてしまったら、俺は沙耶を、あいつを、数えきれないほど殺してきたことになるんだよ!」

 

 肉塊へと変じてしまったモノを失敗作と口にしながら、心の中ではあれが沙耶ではないと否定し切ることも出来ず、愛する者を手にかけたかもしれない事実に怯え、それを否定するために自身の理想に届かないモノをより強く失敗作と切り捨て、ついには妥協など出来なくなってしまった。

 

 少しでも妥協してしまえば、今まで殺してきた失敗作もまた『沙耶』であったのだと認めるようなものだから。

 

「だからこそ俺は、完璧な沙耶を生き返らせるまで、諦めるわけにはいかないんだよ! 今まで殺してきたアイツラのためにも!」

 

 狂気に染まった研究をしている文則は、どうしようもなく正気を保っていた。

 

 愛ゆえに狂気に走った男は、その愛ゆえに狂い切る事が出来なかったのだ。

 

 

 

 その文則の様子を見ていた沙耶は、悲痛な表情を浮かべて何か声を掛けようとして、しかし何かを言う事はなく、そのまま静かに足を進める。

 

 その姿は、自らの望みを叶えるようとするものではなく、まるで今から自らの身を捧げようとしているようにも見えて……

 

「――――お前は、負けを認めるのか?」

 

「……負け?」

 

 それをただ見送る事を良しとできなかった安藤は、気付けば口を開いていた。

 

「お前は今しようとしている事は、自分が昔の女に勝てないと認めるような行為だろう」

 

「――――」

 

「諦めていいのか? 捨てられても肉塊から今の姿になって、どうしてもフミノリ氏に会いたかったんだろう? 自分がフミノリの妻なんだと、会いたいと、好きなんだと、その一念でここまで来たんだろう? それなのに、お前は昔の女に勝てないと認めてしまうのか? そんな都合のいい女になっていいのか?」

 

 一度は失敗作だと打ち捨てられた身でありながら『愛する人に会いたい』という願いによって、姿を変え、ここまで辿り着いたというのに、その愛する者が昔の女に会いたいからその身を犠牲にするなど、安藤にとっては馬鹿げているとしか思えなかった。

 

 本来であれば、当事者でない安藤にとって関係ない事ではあり、口を挟む理由もない。

 

 しかしそれでも何故口を挟んだのかと聞かれれば、『第三者のいざこざを見るのは愉しいが、しかし、この諦念からの献身はきっとつまらない』、とでも答えるのだろう。

 

「認めろよ。お前はかつての沙耶とは別人だ。その上で昔の女を超える気概を見せろよ。このままだと、お前は負けを認めた事に……」

 

 

 

 

 

「――――違うよ」

 

 

 

 

 

 その安藤の言葉を、沙耶は静かに、そして安らかな声色で遮った。

 

 

 

「確かにフミノリの求める『沙耶』は私じゃないのかも知れない。フミノリの言う失敗作や出来損ないなのかも知れない。けど、私は『沙耶』だから」

 

 そう言って沙耶は、何か大事なものを抱えるように胸の前で両手を握りしめ、何かを噛み締めるようにその目を瞑り、言葉を続ける。

 

「確かに『沙耶』としての記憶はほとんどないけど……でも、それでも覚えてる事だってある。偽物の体だとしてもこれだけは本物だって言える」

 

 

 

 ――――フミノリを好きって気持ちとフミノリが恥ずかしそうにプロポーズをしてくれた時の記憶だけは、忘れる事のない本物だから

 

 

 

 そう言い切った沙耶は、とても爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

 決して激情や勢いで語ったわけではない。本心からそう思っているのだろうという事がすぐに理解できた。

 

「……そうか、なら好きにするといいさ。『沙耶』」

 

 その表情を見た安藤は、もう沙耶を引き留めることはしなかった。

 

 諦めたからではない。呆れたからではない。

 

 その答えが、安藤にとって納得できる答えだったからだ。

 

 

 

 

 

 同じくその言葉を聞いていた文則の目から光る物が流れるのが見えた気がした。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 陽が傾き始めた頃、ホテルの中から出てきたのは、沙耶と文則を除いた四人であった。

 

 

 

 沙耶は文則と共にいる事を選び、ナイアことアスミスはハーマイオニーに捕まったままなので、ハーマイオニーと共にホテルから出てきて、ホテルに残る選択肢を与えられなかった。このまま連れて帰られて家族会議にかけられ、再び病院に閉じ込められるのかもしれないが、それは家族間での問題である。

 

 今は大人しいが隙を見て逃げようとするかもしれないと思った守谷教授はアスミスに声を掛ける。

 

「妹に心配をかけるのもほどほどにするといい。やりたい事があるにしても家族と連絡くらいはとるべきだよ」

 

「あ、はい……」

 

 そう諭すように守谷教授はアスミスの頭にポンと手を乗せるが、アスミスは何か嫌なモノを我慢するかのような様子に、年頃の女性は難しいものだなぁと、少しだけショックを受けていた。

 

 

 

 さて、文則の居場所を突き止め沙耶を送り届けた以上、一行の依頼・目的は達成という事になる。

 

 つまりは、ここに居続ける目的もなくなったという事だ。

 

 安藤はスワンプマンを消すためにアスミスの案内の下、母体の場所に向かい、ハーマイオニーはアスミスを逃がさないために同行することになったが、スワンプマンをそこまで危険視していない守谷とはここで別れることになった。

 

「では私はこれで帰るとするよ。また何かあれば会おう」

 

「ああ。ではな、痴呆教授」

 

 徒歩で帰る事にした守谷教授を見送った後、安藤達はアスミスの案内の下、車でスワンプマンの母体がいる場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 その場所は、例の廃ビルの最上階であった。

 

 

 

 

 

 アスミスが先導する形で階段を上り、最上階である殺風景な部屋の中に、裸の女がそこにいた。

 

 

 

 その女は、安藤達が部屋に入ってきても何も反応せず、ただ虚空を見つめていた。まるで、安藤達を見えていないどころか、彼女に意思などないかのようにも感じた。

 

「あれが母体とやらか、くっ殺娘」

 

「その呼び方辞めてもらえません? ……そうです。あれが母体です。あれを殺せばスワンプマンは全て溶けて死滅します。母体には特殊な能力どころか生存のための意志もありませんので非力な人間でも何の問題なく殺せるでしょう」

 

「そうか」

 

「……本当にやるんですか? 町中がパニックになりますよ?」

 

「当然だ。俺は常に死に晒され続ける日常など御免被る」

 

 アスミスの警告を聞きながらも決意は変わらず、安藤はその足をスワンプマンの母体の目の前まで進ませる。

 

「……それに、死んだのに死んだと認識されない奴らも不憫だしな」

 

 そうポツリと呟いた安藤は、目の前にいる母体の首に両手を添え、そのまま力を込めていく。

 

 母体は息を吸おうとしているのか、口をパクパクと開閉させるが、しかし安藤の手を解こうとはしない。

 

 さらに手に力を込めて、首を絞める。酸素を取り込めず、その目が見開かれていく。それでも、母体は何もしない。

 

 

 

 

 

 そして、ついに母体の身体から力が抜けて、息絶えた――――

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 それは、なんの前触れもなく、唐突に起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 町ですれ違うどこにでもいるような赤の他人が、溶けた。

 

 

 

 職場で切磋琢磨して競い合っていた同僚が、溶けた。

 

 

 

 さっきまで楽しく隣で話していた友達が、溶けた。

 

 

 

 楽しく一緒にバカ騒ぎをしていた仲間が、溶けた。

 

 

 

 長い時間を共に過ごしてきた無二の親友が、溶けた。

 

 

 

 今まさに口付けを交わそうとしていた恋人が、溶けた。

 

 

 

 仲良く手を繋いで家に帰ろうとしていた親子が、溶けた。

 

 

 

 性別、年齢、性格、体格、素行、地位……など、一切の境なく、多くの人間が、何の前触れもなく溶けた。

 

 

 

 町中で溶けなかった人間の悲鳴が鳴り響く。阿鼻叫喚の騒ぎとなる。

 

 

 

 

 

 ――――隣人が、同僚が、友達が、他人が、仲間が、親友が、恋人が、家族が――――

 

 

 

 

 

 消えていく。溶けていく。

 

 

 

 跡に残るのはその人が身に付けていた服や持ち物、そして血とかつては筋肉や脂肪だったであろう液状化した肉だけだった。

 

 

 

 人間が溶けたという事実を目の当たりにして、パニックになった溶けなかった者たちの脳裏に、考えたくもない様々な疑問が浮かび上がってくる。

 

 

 

 これは何だ? 災害か? テロか? 神罰か? 世界の終わりか? 毒物か? 未知の病原体か? ウィルスか? あるいは兵器なのか? 溶けた者と溶けていない者の差は? 無差別なのか? 何かの共通点があるのか? これに対する対応策は? これから溶ける可能性は? 溶けた者が元に戻る可能性は?

 

 

 

 

 

 ――――わからない。何もかもわからない。わかることは、ただ人が溶けたという事実だけだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 そんな地獄と化した町中を歩いていた守谷教授の身体にも、変化が起こった。

 

 

 

 皮膚が溶け、靴の中にドロッとした液体のような物が溜まり、姿勢が、視界が、思考が、崩れ始めた。

 

 

 

「ああ、そうか……私は……」

 

 

 

 最後に己が何者だったのかを悟った守谷教授は、そのまま溶けていなくなった――――――――

 

 





以上でクトゥルフ神話TRPG『沼男は誰だ?』のリプレイは完結となります。


色々と疑問点などあるかと思いますので、登場人物紹介にその辺りの疑問への回答を加えてまた次話に投稿したいと思います。


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沼男は誰だ?-登場人物詳細

ここでは主にプレイヤーキャラクターの講評や裏話をしていきたいと思います。
ちなみに諸事情のため、プレイヤーキャラクター名は一部を除いてセッション時の物からそれらしい名称に変更しておりました。

なおシナリオの内容や設定に関しては、ma34様の『沼男は誰だ?』を確認していただければと思いますので特に言及はしないでおきます。シナリオ元との差異点としては、ヒューマンショップが登場しない、文則やナイアが●●●●●●●していない、人型の沙耶が一人しかいない……くらいかと思います。
元のシナリオとどこか違うのかを探すのも楽しみの一つにしていただければと思います。



PC(プレイヤーキャラクター)

 

・守谷明 (PL:ウルリヒト)

安定したロールプレイで物語を進めて行ってくれたキャラクター。

KPとしても安心して楽しんで見れたロールプレイだったという事。

 

個人的な印象としては、安定したロールプレイと反して、地味にファンブル率が高いというかダイス運が悪かったような気がします。最初の一人で匂坂邸に残された時の探索でまさかの連続ファンブル。ティンダロスの猟犬遭遇での発狂。文則の向かいそうな場所へのアイデアロールでファンブル。おまけに安藤からの精神分析でもファンブルで発狂のままなのに正気に戻ったと思われるなど……最後は教授ではなく安藤のファンブルですが。

 

スワンプマンに対する方針は『放任』。教授としてはスワンプマンに捕食されたとしても意識は継続する以上問題にはならないという考え。とはいえスワンプマンを忌避する考えも理解できるので、スワンプマンを消す事にも否定はしないというロールプレイでした。(なおその結果)

 

エピローグの最期の最期でまさかのキャラロスト。死んだ理由は当然母体の死亡に連動するスワンプマンの死滅です。ちなみに教授がスワンプマン化したのはナイアとの会話シーンで暗転した辺りらしいです。スワンプマンになれば人間の教授を追っているティンダロスの猟犬から解放されるから、らしいです。「そう簡単に逃れられる方法があるなら文則に使ってるよね」とKPに言われて納得してしまいました。

しかし教授が死んだのは一体誰のせいになるのか……

 

 

・安藤善也 (PL:ナマクラ)

作者ことナマクラがロールプレイしたキャラクター。

個人的には毒舌キャラなのに毒舌が足りなかったというか、そもそもキャラ性が弱かったと反省。毒舌合法ショタ探偵でキャラが弱いとは一体……。

KP曰く、一番嫌なロールをされたとの事。プロットもといKPの予定を壊していったプロットブレイカーだったらしいです。具体的には、沙耶の提案を蹴って二階の探索を強行した事と、廃ビルにナイアが指定した日時の前日に突っ込んでいった事。そんなつもりなかったのですが……。

 

個人的な印象としては、キャラ性が弱かったのとロールプレイが甘かったというのが反省点。あとは異常なまでにSAN値が減らなかったです。今作のPCの中で唯一発狂しなかったキャラになります。元SAN値が65と中々の数値だったのもありますが、ティンダロスの猟犬との遭遇、家の壁面いっぱいの生きた肉塊、そこからの囁きと触覚、沙耶の腕変形、スワンプマンの真実、スワンプマン母体の殺害とそれに伴う大量死など……最後の母体殺害イベントはエピローグ扱いでチェック回避しましたが、その他様々なSANチェックイベントを作中PCの中で一二を争うくらいで受けたのにも関わらず、成功しまくった結果10も減ったかどうかという鋼の精神っぷり……シナリオクリアでのSAN回復もいれたら合計で2しか減っていなかったと思います。

 

安藤のスワンプマンに対する方針は『排除』。安藤にとってスワンプマンは日常に潜む危険である以上、方針はぶれる事はありませんでした。ただスワンプマンへの方針の決め手は『自分の生死』であるため、安藤自身が既にスワンプマンになっていて、かつそれを自覚している場合は、スワンプマンへの方針も『排除』から『保護』へと180度変わります。なおPCがスワンプマンになっている可能性がある事にPLが気付いたのが、母体を殺す選択肢をロールプレイした後で、教授がスワンプマンの可能性はこれっぽっちも考えていなかった模様。

 

エンディング後は、これまで通り探偵事務所で働いていく日常に戻った形になります。まあ町は大騒ぎでしょうが……

 

 

・綾崎ハーマイオニー花子 (PL:リアルの友人→KP)

中の人がTRPGにそこまで嵌まらなかった + 忙しいリアルの事情で途中からNPCと化しました。具体的に言えば4話あたりから。PC名がほぼ変わっていないキャラクター。

実は中の人とKPのネタで、ハーマイオニーは『教授が海外で作った愛人との隠し子で互いにそれを知らない』という設定が完全な悪ノリによって作られていました。この設定どう考えても死に設定だろうと思っていたのですが、実は……

 

このセッション、LINEを通して行っていたせいで、発言のタイミングが遅れて空気読めないキチガイになってしまった感があります。リプレイ作成にあたってその発言のタイミングを直したらとも言われたのですが、敢えてそのままにしております。じゃないと前半空気になってしまいかねなかったので……

 

スワンプマンに対する方針は……ちょっとわかりません。中の人がそれを考える前に離脱してしまいましたので。ただキャラクターの性格的には友人である安藤と江戸川に同調・協調する形になるかと思います。

 

エンディング後は、町が大騒ぎになる中、連れ戻した姉とともに日常に戻っていく事でしょう。その姉がそのままいるとは限りませんが。

 

 

NPC(ノンプレイヤーキャラクター)

 

・江戸川貞一 (PL兼KP:サンキューカッス)

今回、プレイヤーが初心者だらけだったことを考慮して初心者のKPがお助けキャラとして加えてくれた完全な味方のNPC。……お助けキャラとは何だったのか、小一時間くらい問い詰めたいキャラでした。かつこの話の面白い部分はコイツに集約しているのでは?とも思えるキャラでした。話を動かす切っ掛けにはなってましたが、話が動いても全然進まないんだけど……と、当時のKPも頭を抱えていたいう……。というか神話生物のSAN値減らすとか何なん?

 

個人的な印象としては……まあ、うん、タイトルが物語っていると思います。ちなみにタイトルとあらすじはサンキューカッスさんが考えてくれました。ありがとうございます。

PLでありKPであったサンキューカッスさんに自分が記憶をたどって書いた小説の途中経過を見てもらうと「何やこのキチガイ……!?」と戦慄していました。それアナタです。

 

特殊技能『ロリコン』を所持しており、幼女に関わる事に関してダイスロールが補正されるという強キャラかつ幼女には危害を加えない+加えさせないという紳士。完全な余談ではありますが、所持技能に隠れるは持っておらず、沙耶登場時に初期数値でダイスをロールしてクリティカルを出すという奇跡も……。

ちなみに作中の台詞は奇声しかなく、江戸川の総台詞文字数も下手するとマー君のお母さん(作中でスワンプマンに食われた通りすがりのNPC)よりも少ない可能性もあります。

 

お助けキャラなのに途中離脱した理由としては、KPが実際にセッション前に戦闘試してみようと、三人いたラスボス候補の内二番目に強いキャラと江戸川でタイマンを張らせてみると、一人で勝利を掴んでしまった事で、これゲームバランス調整しないと……!と弱らせようと決意した結果らしいです。特殊技能『ロリコン』は強かった……!

ちなみに最終戦には間に合う予定でしたが、安藤の一言でその予定は潰れました。

 

スワンプマンに対する方針は特になかったそうです。お助けキャラなのでプレイヤーの方針に従う予定だったとの事。

 

エンディング後は、当時KPサンキューカッスさんに「そういえば文則ん家に置いてきた江戸川どうなったん?」と聞いてみたら、「さあ? たぶん溶けてるんじゃない?」との事。まさにシュレディンガーの江戸川状態。

要は特に何も考えてない模様。

 

 

・匂坂文則

嫁が大好き過ぎる人。今回のセッションでは人間。

あの沙耶を認めない理由は、自分が今まで殺してきた肉塊が沙耶であると認める事になってしまうから。肉塊を失敗作と処分していながら、それらの死も背負ってしまっている辺り、ちゃんと狂い切れなかった人。

 

ラスボス候補の一人で、候補の中では二番目に強いキャラ。ボスとして出てくる場合はナイアと一緒な事が多い予定だったそうです。ただKPの模擬戦闘では江戸川にタイマンで負けてしまったようで……。

なお彼も特殊技能『ロリコン』を持っているそうで……まあ嫁が完全にロリですし……。

 

エンディング後は、スワンプマンという沙耶を生き返らせる手段を完全に失ってしまい、唯一残った沙耶を愛でながら余生を暮らしていくとの事。

 

 

・匂坂沙耶

夫が好き過ぎる人。ここでは元の人間の沙耶ではなく、スワンプマンとなった沙耶の事を指します。ちなみにオリジナルの沙耶の死因は単なる交通事故で、オリジナルの文則への愛も相当なものだったそうです。

 

ラスボス候補の一人で、候補の中では圧倒的に最強。ラスボスになる条件は沙耶との敵対をPLが選ぶことだったそうです。なので今卓では問題なかったですが……。

 

エンディング後は、完璧な沙耶を生き返らせる手段を失くしてしまった文則を支えながら共に暮らしていくとの事。

 

 

・魔術師ナイア  本名 綾崎アスミス松子

沙耶を事故で失って悲嘆にくれる文則にスワンプマンを始めとした外法知識を授けた魔術師。ナイアと名乗り、ナイラルラトホテップの化身であると自称する。今作では人間。

 

その正体はハーマイオニーの種違いの姉。セッション中はニャル子さんの画像をイメージとして使われていたため、初心者の作者は「やべぇよやべぇよ……!」と戦々恐々としていました。なお教授の中の人はニャル様の偽物だなと察していた感はありました。

 

ちなみに教授がナイアを最初に見た時の謎の既視感は、アスミスとハーマイオニーの母親である教授の愛人の面影を彼女に見出したかららしいです。アイデア判定に成功していれば気付けたらしいですが失敗……ここで成功していれば、まさかの親子関係設定が生きていたという……。

 

最後に教授に頭をポンとされて我慢しているような表情をしたのは、彼女がスワンプマンにしたせいでこれから溶けてしまうだろう教授への罪悪感かららしいです。決して母親との肉体関係を知っていたからではない。

 

ラスボス候補の一人で、候補の中では最弱。沙耶に対しては『鏡の魔術』で完封できたはずが、前日の準備中に襲撃されて涙目。「明日って言ったじゃないですかー!!」

……今思うと、安藤のスタンガンで仕留められてなかったら、沙耶に【ミンチよりひでぇや】にされていた可能性も……?

 

エンディング後は家族に捕まってまた病院に閉じ込められたものの、また脱走しようと画策している、との事。

 




以上で、クトゥルフ神話TRPGリプレイ小説『沼男は誰だ?』のキャラ設定公開を終えたいと思います。

他にも何か気になる事があれば、感想かメッセージにでも書き込んでいただければできる範囲で返答させていただこうとは思います。

今回のお話は、個人的には動画作成技術があれば動画化したかったのですが、そんな技術は毛ほどもないので、リプレイ小説として投稿させていただきました。
また機会があれば他のセッションもリプレイ化したいなぁとは思っておりますので、その際はまたよろしくお願いいたします……久しぶりにTRPGしたいけど集まる人も時間もない……。


短い話数の物語ではありましたが、ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。この物語が皆さまに楽しんでいただけたのなら幸いです。ご愛読、本当にありがとうございました。



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2.悪霊の館
悪霊の館-1


今回のリプレイはルールブック付属のサンプルシナリオ『悪霊の家』こと『悪霊の館』です。


 時は1920年代。場所はアメリカ、アーカムシティ。

 

 アーカムシティの駅に列車が到着する。そこから降りてくる群衆に紛れるように下りてきたのは、一人の絶世の美幼女であった。

 

 

 彼女の名前はアリス・メガトロン。幼子のように見えるが、きちんと成人している少女である。

 

 

 アリスは両親からは大切に育てられ、アリスもその愛情を受けてまっすぐに育った。所謂箱入り娘という奴である。

 

 そんな彼女が実家を出てこのアーカムシティまでやってきた理由は、簡単に言えば社会体験のためであった。

 

 箱入り娘のように大切に育てられてきたアリスは、本を読む事が好きで、本に書かれた外の世界に憧れを持った。

 

 いずれは自身も誰かに嫁いで家族を支える立場となる事は理解していたし不満もない。しかしその前に外の世界を少しでも感じたいと思ったのだ。

 

 その想いを両親に打ち明け、相談をした結果、アリスは故郷から離れたこのアーカムシティで図書館の司書として勤めることになり、そのために汽車に乗ってここまでやってきたのだ。

 

 アリスは一人荷物を運びながら、まずは駅からアーカムシティでの住居へと向かう事にした。

 

 慣れない街を地図を片手に歩き回り、ようやくその家に着いた頃には、すでに日が沈み、辺りは暗くなっていた。

 

 ガス灯の明かりを頼りにたどり着いたアーカムシティでの家は、中心街から少し離れた場所にある少し古めかしい二階建ての一軒家であった。

 

 借家であるとは聞いていたが、一人で暮らすには大きいのではないかと、箱入り娘のアリスも思ったが、そこを気にしても仕方がないだろうと開き直って中へと足を踏み入れる。

 

 家の中は多少埃っぽいが、思ったほどに荒れておらず、少し時間をかければ一人でもきれいにできるように思えた。

 

「ふう……でも掃除とか明日にしても、いいかな」

 

 本当は今から部屋の確認や掃除をするべきだとわかってはいるものの、慣れない長旅のため疲れていたアリスはその家の探索・掃除を明日することに決め、二階の一室に備え付けられたベッドへと入り込み、心身ともに疲れていたためか、すぐに眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……その夜、ふとアリスは目を覚ました。

 

 

 

 何か前触れがあったわけではない。しかし不思議と意識が覚醒し始めたのだ。

 

 寝惚けながらも薄く瞼を開いた自身のその視界に――――何本かのナイフが宙に浮かんでいるのが目に入ったのだ。

 

 

 

「え……っ!?」

 

 

 

 頭が状況を把握し切る前に身体が咄嗟にベッドから転げ落ちると、先程までいた場所にナイフが勢いよく付き刺さった。

 

 

 

「き、きゃああああああ!?」

 

 

 

 アリスは訳の分からない状況に思わず悲鳴を上げてしまうが、そんな事など関係ないとでも言うかのように、ベッドに突き刺さっていたナイフがひとりでに浮かび上がり、その刃先をアリスへと向けた。

 

「ひっ……!?」

 

 

 アリスは急いで扉を開けて部屋から飛び出る。背後から鋭い物が固い物に軽く刺さる音が響くが、それを気にするほどの余裕はなかった。

 

 背後から迫りくる殺意を感じながらアリスは階段を駆け下り、外へと繋がる扉を開けて家の外へと倒れ込むように飛び出した。

 

 アリスが外へ出ると、宙に浮かぶナイフは外まで追ってくることはなく、開きっぱなしになっていた扉が独りでに閉じて、先程までの静寂が戻ってきた。

 

 先程までの異常な現象がまるで夢であったかのようにも思えるが、しかしアリスの脳裏には先程の独りでに動いて此方を刺し殺そうとするナイフがこびりついており、この静寂すらもその異常な状況の一つのようにも感じられてしまった。

 

「な、なに……!? 何なの……!?」

 

 アリスは混乱していた。今起きた事は何なのか、この家には何か潜んでいるのか、今からどうするべきなのか……

 

 そんな中、ふと背後に誰かがいるような気がして……

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 アリスは背後を振り向いて――――

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 

 アーカムシティのとある公園、その一画にある林、その木の枝の上で一人の大柄な男が器用にも横になっていた。

 

 

 

 男の名はオシリスク・()・不審兵。かつては軍隊に所属していた元兵士であり、今はアーカムシティのホームレスの一人であった。

 

 

 

 枝の上で人目を避けるように身体を休めていた彼の耳が、微かに絹を裂くような悲鳴を聞き取った。

 

 彼の感性に間違えがなければ、その声は間違いなく幼い少女のものであった。

 

「――――」

 

 その声を聞きとった彼の行動は早かった。

 

 すぐさま周囲の状況を確認し、枝から飛び降りて地面へと降り立ち、悲鳴の聞こえた方角へと駆け出したのだ。

 

 人気のない通りを、目立たぬように、なおかつ全速力で走り抜ける。足音を完全に消す事は出来ていなかったが、それでもかつて軍の訓練で身に付けた技術は未だにオシリスクの身体に染み付いており、その動きに澱みはなかった。

 

 

 そしてついに、オシリスクの視界に一人の少女の姿を捉えた。

 

 

 それは、家の前で何かに怯えたように座り込んでいる幼い少女だった。その少女の可憐さは、オシリスクが今まで見てきた少女の中でも群を抜いているものであった。

 

 

 そんな少女へと近付いていく。周囲に人影は見当たらないが、もし人が見ていれば事案になりかねない光景だろう。何せ何かに怯えている絶世の美少女に一人の大柄な男が話しかけようとしているのだ。勘違いされかねない。

 

 彼はそう考えながら慎重に近づいていき、そして後ろから少女へ手を伸ばす。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 オシリスクの伸ばした手が届く直前に少女――――アリスは後ろにいるオシリスクの存在に気付き振り向いたが、それよりも前に――――オシリスクの手刀(、、)がアリスの意識を刈り取った。

 

 

 

 オシリスクの一撃を受けて気を失った少女の身体は力を失って地面へと倒れ込んだ。その様子を冷静に観察していたオシリスクは、上手くいったとほくそ笑む。

 

 

 

 

 ――――オシリスク・()・不審兵。彼は夜な夜な街を見回り、夜道を彷徨う幼い少女を保護(拉致監禁)して可愛がる(殺害)する行為を幾度となく繰り返して、今アーカムシティを騒がしている幼女連続誘拐殺人犯(ロリコンのシリアルキラー)であった。

 

 

 

 

 少女の意識が完全に失われている事を確認したオシリスクは、人のいない間にこの場を早く離れるべく彼女を抱えようとしゃがみこみ――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――待ちな。そこのお前、何してやがる?」

 

 

 

 

 ――――背後からかけられたその言葉に動きを止めた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 再び、時を少し遡る。

 

 

 夜のアーカムシティを一人で歩くガタイのいい青年の姿がそこにあった。

 

「まったく、所長(先生)も面倒な仕事を押し付けてくれるぜ。もっと楽な仕事にしてくれりゃいいものをよー……」

 

 彼の名前はヨセフ・ジョブスター。このアーカムシティを拠点にしている探偵事務所にて見習いとして勤めている青年である。

 

 今彼は探偵の先生でもある所長に任せられた仕事がようやく終わり、肩の荷が下りたかのような清々しい気持ちで岐路についているところだった。

 

 

 そんなヨセフの耳に、何か声のような音が入り込んでくる。

 

 

「……? 何か、声が聞こえたような……?」

 

 

 悲鳴のようにも聞こえたが、その確証が持てず、しかし無性にその声のような音が気になったヨセフは、その声が聞こえただろう方向へと進路を変えた。

 

「まっ、何もなければまた帰ればいいしなぁ」

 

 そんな軽い気持ちで歩みを進めていると、ヨセフの目に一つの光景が映しだされた。

 

 

 

 

 

 それは、一人の男が倒れた少女を抱えようとしている姿だった。

 

 

 

 

 

 その光景を見たヨセフは、気付けば考える前に行動に移していた。

 

 

 

「――――待ちな。そこのお前、何してやがる?」

 

 

 ……ヨセフ自身理解していた。状況だけみれば、このセリフを口にする場面ではないと。

 

 少女に意識がない様子ではあるが、この男がどうこうしたという証拠は何一つないのだ。故にまずかけるべき言葉は「どうした?」や「何かあったのか?」などの状況確認のための言葉であるべきだった。

 

 

 しかし、ヨセフの勘が強く訴えていた。この瞬間、まさに一人の少女の命運が左右される場面であると!

 

 

「…………」

 

 

 対する男――――オシリスクは内心舌打ちを付きたくなった。

 

 今まさに目的を果たせるという所での邪魔だ。不愉快になるのも仕方ないだろう。

 

 だが同時に今それをすべきではないという事もオシリスクは理解していた。

 

 何せ今オシリスクの体勢は悪い上に、相手に背後を取られている。この状況で襲い掛かられたなら、自身の不利になる事は明白であった。

 

 さらにヨセフの言葉から決定的な状況は見られていないものの、完全に怪しまれている事も理解していた。

 

 その証拠に少しでもオシリスクが体勢を整えようとすると……

 

 

「おっと、変に動くんじゃね~ぜ!」

 

 

 このように釘を刺してくる始末。決定的な何かがあればすぐにでもヨセフが攻撃してくるだろうことをオシリスクは察していた。

 

 

「さて、もう一回だけ聞くぜ? テメ~、何してやがる?」

 

 

 ヨセフとオシリスク、その両者の間の空気が張り積めていく。もはや対立は避けられないようにも思えた。

 

 どちらかが何か行動を起こせば、それを合図に戦闘に発展しかねない状況……そんな緊迫した状況の中で、先に行動を起こしたのはオシリスクであった。

 

 

 

「……何をしていると言われても、悲鳴が聞こえたので急いで駆けつけて倒れていた彼女を介抱しようとしていただけだが?」

 

 

 

 ――――意外! それは対話! 完全に怪しまれているこの状況でオシリスクが選んだのは、ヨセフを言いくるめる事であった。

 

 ヨセフから逃げる事が困難であるのなら、その逃げなければならないこの状況自体を変えてしまえばいい。まさに逆転の発想である。

 

 確かにこの状況、怪しまれる要素はあるものの、決して断定できるものではない。オシリスクの言い分を否定できる要因は何一つ存在しなかった。

 

 

 

「――――うるせぇ!! 信じられるか!!」

 

 

 

 ただし、それをヨセフが信じれば、の話である。

 

 

 

「臭うんだよ、プンプンと臭う! 探偵見習いの俺でもわかるね。テメェからはドブみてーな犯罪者のニオイがプンプンしやがる! テメーを逃がすなと、俺の勘が叫んでやがる!!」

 

 

 何を言っても無駄なようだ……オシリスクはそう思った。しかしそれを口にはしない。それを口にしてしまえば相手が攻撃を思い留まる理由がなくなるからだ。

 

 逆に言えば、ヨセフが断定できる決定的な何かがない限り、攻撃を抑制する事ができる、そうオシリスクは考えた。

 

 戦闘に入る前にせめて、この体勢から立ち上がるか、振り向いておきたい所であるが――――そう考えていたオシリスクだったが、しかしこのまま待っているだけでは状況が好転しない事も理解していた。

 

 であれば、この場から逃げ出して体勢を整えることが最善の選択だろう……普段のオシリスクならばそのように考えただろう。

 

 そのまま逃げるのもよし。追いかけてきた相手を叩きのめすのもよし。今取るべき最善はこれである。

 

 しかし、少女――――アリスの存在が、オシリスクにその選択を取る事を躊躇させていた。

 

 アリスの容姿は、最上の物であった。今まで犯してきた少女たちと比べても群を抜いて素晴らしかった。

 

 この少女を手放してしまう事、それがオシリスクの選択を鈍らせていた。

 

 

 しかし、オシリスクは選択した。多くの葛藤と欲望に苛まれながら、彼は一つの行動を選択した!

 

 

 

 

 なんと、オシリスクは気を失ったアリスを抱えて逃げ出したのだ!

 

 

 

「な、何ィ!?」

 

 

 

 これにはヨセフも驚きを隠せなかった。逃げるにしても荷物になるだろう少女を連れて行こうとするとは思わなかったのだ。

 

 しかし、オシリスクはそんな損得勘定よりも自身の欲望を優先した! この魔性とも思える美貌を持った幼き少女を己が物にしたい! そんな欲望を抑えることができなかった!

 

 

 しかし、それは自殺行為に等しかった。いくらオシリスクが軍隊出身で体力に自信があろうと、人一人を抱えて走れば当然その速度は落ちてしまう。

 

 そして、ヨセフもまた体力自慢の男であった。

 

 

 

「逃がすかよォ!!」

 

 

 

 逃げ出したオシリスクを追ってすぐさまヨセフは駆けだした。その速さはオシリスクの予想を超えていた。

 

 故に、すぐさま追いついたヨセフの繰り出した拳をオシリスクが躱す事は叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 拳の音が、そして倒れ込む音が、静寂な夜道に鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、連続少女誘拐殺人事件の犯人は捕縛される事となった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 数日後、アリスは駅にいた。

 

 

 連続少女殺人犯であるオシリスク・N・不審兵に連れ去られかけて心に傷を負った彼女は、アーカムシティを去ることにしたのだ。

 

 確かに彼女を襲った犯人は捕まった。しかし同じようにアリスを狙う犯罪者が他にもいるかもしれない。それがアリスの心を蝕んでいた。あるいは理性を保てる程度の傷であったことも要因かもしれない。

 

 とてもではないが恐怖に怯えながら頼れるもののいないこの町で独り暮らしていく事は出来ないと自身で判断したのだ。

 

 

「じゃあな。元気でな」

 

「はい、色々とありがとうございました……さようなら」

 

 

 汽車は走る。アリスを乗せてアーカムシティを離れていく。

 

 それを見送るヨセフもまた自らの波乱に満ちた日常へと戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

――――始めたかった悪霊の館  完――――

 

 




という事でCoCリプレイ『始めたかった悪霊の館』は完結です。
……うん、マジでこんな感じで終わったのです。なので続かないのです。

後日キャラの簡単な紹介と物語の裏側でのPLたちの簡単なやり取りを投稿させていただきます。


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悪霊の館-1・裏

今回は前話での悪霊の館セッション中のプレイヤーたちの簡単なやりとりです。

前話を楽しむのに必須というわけでも隠された設定が出てくるわけでもありませんので、身内特有のよくわからないやりとりや盛り上がり、裏側のバカ騒ぎなどが苦手な方はブラウザバックをお勧めします。


<キャラ紹介>

 

「じゃあPCの紹介をしてください。まずはPC1からお願いします」

「アリスです。SIZ8のAPP18の絶世美幼女です。身体能力が低い代わりに頭脳面は高いので探索はまかせてください」

「まさかのロリとは」

「EDUも高いのでまさに合法ロリですね。せっかくのステですしやってみました」

「PC1だし、館に住む設定も考えてもらっていい?」

「えー、なら図書館の司書として実家から出てきたとかでいいでしょうか?」

「いいんじゃない? 教養も高いし、良い所のお嬢さんかな?」

「なら家名もいりますね。適当にメガトロンで。良い所のお嬢さんという事なら箱入り娘設定もいれますか……多分気は弱いでしょうね」

 

「続いてPC2の紹介お願いします」

「ヨセフ・ジョブスター! 探偵見習いとして活躍中。波紋もどきも使えるぜ!」

「ヨセフ……ジョセフか。J〇J〇好きだな」

「好きだよ。探偵技能と戦闘技能を取ってるから、そこそこ使えると思う。ちなみに波紋も使えるぜ!」(※波紋技能:ゾンビや幽霊などの冒涜的存在に対してDBが発生する武術技能。対人ではただの武術として扱う。KP許可済)

「波紋使いでもまだ見習いって、今回の舞台の街ってどんな魔境なんですか?」

「アーカムだから仕方ない」

 

「ではPC3の紹介お願いします」

「オシリスク・()・不審兵。元軍属のシリアルキラー。ロリコンです」

「!?」

「まさかの犯罪者PC。どう見ても敵対フラグ」

「え? 大丈夫なんですか? たぶんロリコンキャラ来ると思ったからロリキャラ作りましたけど、シリアルキラーって……え、大丈夫?」

「まあ大丈夫やろ。ちなみにガチ戦闘職で作ってるから戦闘は任せろ」

「もしもの時に逃げ出せる気がしないです。その時はヨセフに頼るしかないですね」

「ガチ戦闘職と戦えとか酷くない?」

「体格は同じくらいだからセーフ」

 

「ではセッション始めていきます」

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

 

<アリス、館に到着>

 

「じゃあ家に着いたアリスは何をしますか?」

「んー…………特に何もせず寝ます」

「え?」

「え?」

「どっか調べないの?」

「いや、夜遅いみたいですし、家探しは次の日でもいいかな、と」

「お、おう……じゃあアリスは二階の寝室で就寝しました。すると……ふと夜中に目が覚めたアリスの視界に、宙に浮くナイフが数本移りました。刃先はアリスの方を向いています」

「!? と、咄嗟に転がって避けます!」

「では幸運か回避で振ってください」

「こ、幸運で」

(幸運ロール……成功)

「ではアリスはベッドから転がり落ちる事で運よく飛んできたナイフを躱しました。ナイフはベッドに突き刺さりましたが、再び宙に浮かび、照準をアリスに合わせてきます」

「扉を開けて逃げます。とりあえず家の外を目指す感じで」

「ではアリスは宙に浮かぶナイフを背に感じながら家の外へと逃げ出せました」

「助かりました」

「では常識では考えられない現象を目の当たりにしたアリスはSANチェックです」

「知ってた」

 

 

<オシリスク導入シーン>

 

「では場面をオシリスクの導入シーンに移します。オシリスクはどこにいる?」

「アーカムシティの公園とかの木々の上で横になってる。犯罪者やから身を隠すようにしてるよ」

「なら、アリスの家からそこまで離れてない位置って事にしようか」

「KP、オシリスクがアリスの悲鳴を聞き取れたか、技能で振っていい?」

「いいよ。じゃあ聞き耳で振って」

「いや、ロリコン技能で振りたいんやけど」(※ロリコン技能:ロリに関する行動などに補正が掛かる。KP許可済)

「お、おう……?」

「ロリコンの超常的な感覚で聞き耳に補正欲しい」

「な、ならロリコンロール成功で聞き耳に補正+でいいよ」

「よっし!」

(ロリコンロール……成功。聞き耳ロール……成功)

「ではオシリスクは少女の悲鳴のような声を微かに聞き取りました。どうしますか」

「すぐさま木の上から飛び降りてその場所に向かう。もちろん忍び足で」

「その前に高所からの着地で跳躍ロールです。忍び足失敗したら幸運ロールを」

(跳躍ロール……成功。忍び足……失敗。幸運……成功)

「ではオシリスクは難なく着地し、走り出したものの、音を立てずに走る事は出来なかった。ただ運よく人がいなかったから誰にも見られてないね。そのままへたり込んでいるアリスのいる所まで行けます。どうする?」

「周囲に人気がないか確認して忍び足で近付き、アリスにノックアウト攻撃を仕掛けるぞ」

「!?」

(目星……成功。忍び足……失敗。拳ノックアウト攻撃……成功)

「……で、では人目がない事を確認したオシリスクはアリスに近付く。しかし音を立ててしまい直前でアリスに気付かれてしまうが、それに構わず攻撃を仕掛ける」

「か、回避します!」

(回避……失敗)

「はい、回避失敗したアリスはオシリスクの攻撃を受けて気絶しました」

「知ってた」

「オシリスクはどうする?」

「アリスをアジトに連れて帰ります」

「あれ? これやばくない? アリスやばくない?」

「まあ……シリアルキラーやからね(ニッコリ)」

「うあああああ!? 死にたくない!? 死にたくなーい!? 誰か助けて!?」

 

 

<ヨセフ導入シーン>

 

「じゃあここでヨセフの導入に入るね。ヨセフは何してる?」

「仕事帰りで外を歩いてるぞ」

「ならヨセフは聞き耳で振って」

(聞き耳……成功)

「ヨセフの耳に少女の悲鳴のような声が微かに聞こえるね」

「ならそっちに向かうぜ」

「ではヨセフは向かった先で倒れたアリスとその少女を抱きかかえようとするオシリスクの姿を見つけるよ」

「当然止める!」

「おい待て。何で勝手に危害を加えようとしてると判断してんの?」

「いや、これはどう見たって事案だろ。少なくともヨセフはそう判断するぞ」

「被害者が目を覚ませば事案の立証は確実なんだが……」

「KP、アリスは目を覚まさないですか?」

「覚まさないね」

「つまりアリスの運命はヨセフに掛かっているわけですね。そしてヨセフとオシリスクの敵対不可避……何でこれPvPになってるの?」

「さあ?」(完全に観戦モード)

「お前が助けを求めたからだろ!」

「そもそもオシリスクがアリスを襲わなければ起きなかったんですがそれは」

「シリアルキラーだから仕方ないね」

 

 

<オシリスク撃退後>

 

「さて、ヨセフの活躍によってオシリスクが退場したけど、アリスはどうする? 館に戻る?」

「……実家に帰らせていただきます」

「……おう?」

「いや、気弱な箱入り娘が、初めて来た町で心霊現象と誘拐という恐怖体験をしたわけで。それに耐えられるとは思えないわけで」

「……うん」

「というわけで、帰ります」

「……うん。じゃあエンディングに行きます」

 

 

<エンディング後>

 

「……という事で、シナリオ『悪霊の館』終了です」

「おい悪霊の館どこいった?」

「お前が言うな」

「忘れられたコービットさん不憫やな……」

「シリアルキラー設定が悪いよー。何で許可したんです?」

「いや、その設定でやりたい事でもあるかと思ったから許可したけど……」

「特に意味はない。なんとなく面白そうやったからやで。深い理由はない」

「……確認作業って大切やな」

 

 

 

 

《キャラクター解説》

 

 

KP:ウルリヒト

 

今回のセッションで一番苦労したであろうお方。

予想外に次ぐ予想外の展開でまさかの導入時点で終了という結末に。

でもまずシリアルキラー設定を許可したのが悪いと思うんだ。

 

 

PC(プレイヤーキャラクター)

 

・アリス・メガトロン(PL:ナマクラ)

 

今回のセッションが導入で終わる事になった原因。まあ気弱な箱入り娘がロリコンシリアルキラーに狙われたんだから仕方ないね(言い訳)

SIZ8、APP18というまさしくなステータスから幼女キャラにする事を決めました。おそらくロリコンキャラがいるだろうと確信していたので繋がりを作りやすくするためという理由もありましたが、まさかの逆効果に。

ちょっと不安だった幼女ロールをする暇もなくセッションが終わるという悲劇。

 

 

・ヨセフ・ジョブスター(PL:帝督)

 

今回のセッションで周囲に振り回されることになった苦労人。

中の人がジョジョ好きという事でジョセフをイメージして作られており、『波紋』という対霊特攻技能を持っていたのですが、日の目を見る事はありませんでした。

ちなみにオシリスクの中の人に途中まで書いたリプレイ小説を見せると、「やっぱりヨセフの思考回路おかしくね? 状況証拠だけで殴りかかってくるとかおかしくね?」と言っていました。

冷静に考えるとその言い分も間違いではないですが、シリアルキラーには言われたくないと思います。

 

 

・オシリスク・N・不審兵(PL:サンキューカッス)

 

今回のセッションがまさかのPvPとなった原因。まさかロリコンシリアルキラーとは、この海のリハ(ry

シリアルキラーにした理由は「なんとなく」「面白そうだったから」「特に深い理由はない」との事。……この辺りはリアル友人同士の身内卓だから許される事なのではなかろうか?

当然の如くロリコン技能持ち。

 

 



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3.アクセス
アクセス-1


今回のシナリオは、bubudog様が作成・公開されています『アクセス』を使用させていただいております。


 とある昼下がり、杜或高校に通うナタリー・ランペイジは、学校の食堂にて友人である麻月加奈子とともに昼ごはんを食べながら雑談をしていた。

 

 ナタリーは目が見えない。耳も聞こえない。足も不自由な少女だ。

 普段から車椅子で行動し、目には『心眼』と書かれたアイマスクをしている、可憐な少女で、そんな彼女を溺愛している兄のロローシュ・ランペイジは普段からナタリーのサポートを率先して行なっており、そんな兄を妹ナタリーも好ましく思っている。

 ナタリーは耳が聞こえない。しかし会話が成立する。彼女は血の滲むような努力によってなんと、読唇術を身に付けたのだ。 ……あれ?目も見えないはずじゃ……

 

 今は昼食のサーモンのお造りを食べながら最近ロローシュにおねだりして買って貰ったマグロ養殖路について熱く語っていた。

「マグロ養殖路? それってどういうものなの?」

「止まったら死んでしまうマグロのためにジェット水流を人工的に起こす装置のことだよ。これに切れ味のいいマグロを入れたんだけど、物凄い勢いで流されてしまって……ふふ。あ、このマグロおいしい」

「ナタリーはマグロが好きなんだねー……あれ、マグロ?」

 そんなニッチな話題にも朗らかに対応しながら、お母さんお手製の弁当を食べ終えた加奈子は思い出したように鞄から和菓子の袋を取り出した。

 加奈子は食べる前に成分表を見ましたが、ため息を付きながらそれを開けることなく机の上に置いた。

「ナタリー、これよかったら食べる? これソバが入ってるから私食べられなくて……」

「これには蕎麦が入っていないから、交換してあげる」

 なら、とナタリーもデザートとして準備していたビチビチと動いているヒラメをまな板ごと加奈子に差し出した。

「う、うーん……遠慮しておくよ」

「残念……、おいしいマグロなのに」

 そう言ってナタリーはビチビチ動いているヒラメに加奈子からもらった饅頭を食わせる事にした。

「私アレルギーでソバ食べられないんだよ。昔蕎麦を食べて本当に死んじゃうと思ったらこともあるんだ。一応もしもの時のためにエピペンっていう薬も持ってるんだけど……というかデザート?」

 ナタリーの奇行に少し戸惑う加奈子にナタリーも答える。

「以前旅行にいった後、なぜかマグロ以外のものを体が受け付けなくなって。うっかり普通の食べ物を口にするとアレルギーで失神してしまうの」

 そうはにかむナタリーの後ろでロローシュが「マグロとマグロとマグロで、マグロが被ってしまったな……」と呟いている。

「ナタリーもアレルギー持ちなんだ。……あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんだけど」

 と、加奈子はナタリーたちにある話を持ちかける。

「実はね、携帯代とかネット代が無料になるアンケートがあるんだけど、協力してくれないかな?」

 加奈子の話によると、携帯代やネット代が無料になるアンケートがあるらしい。無料の恩恵を得るためには自分が答えるだけではなく、友人を紹介してその友人にもアンケートに答えてもらう必要があるという。

 加奈子は自分も無料の恩恵を受けるためにアンケートに答えてくれる友人を探しているとのことだった。

 その話を聞いたナタリーは「良いですよ」と答えながら、デザートであるお饅頭ヒラメを飲み込む。

 腹の中がグルグルと音を立てている。

「ホント!?じゃあ……」

 と詳しい話をしようとしたときに休み時間が終わるチャイムがなった。

「あ、じゃあ続きは放課後で!」

「うん、じゃあ教室に戻りましょうか、お兄様」

 と言うことで一旦お開きとなった。

 

 そしてその日の放課後、ナタリーの席に加奈子がやってきて

「ごめん、さっきのアンケートのことだけど、やっぱりいいや。よく考えたら何か怪しいもんね。ごめんね、それじゃまた明日!」

 と笑って足早にさっさと帰ってしまった。

 ナタリーとしては昼休みのアンケートが気になっていたが、まあまた明日にでも聞けばいいかと思い見送る形となった。

 

 

 

 次の日、加奈子は学校を休んだ。翌日も、その翌日も、学校に来なかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 加奈子が3日連続で学校を休んだ日の放課後、教室にいたナタリーに担任の先生が声をかけた。

「ランペイジ、悪いけどプリントとかを麻月のところに届けてやってくれ。頼んだぞ」

 そうしてナタリーは加奈子宛のプリントを渡して去っていきました。

 何故足の不自由な私に……と思ったが、加奈子の事は気になっていたので別にいいか、と担任の横柄さを許すことにした。

 一度自宅に寄って見舞い品としてビチビチのマグロを持って行く事にしたナタリーは、ロローシュに車椅子を押して貰い、新鮮な魚介を手に持ってお見舞いにいく。

 ……お見舞いに意識を向けすぎたせいで頼まれたプリントはうっかり学校においたままだった。

 

 

 

 加奈子の家は学校から徒歩圏内にあり、ナタリーたちは散歩がてらに徒歩で――正確には車椅子をロローシュに押してもらう形で向かっていた。

 

 二人が加奈子の家に向かう途中、葬儀をしている家の前を通過する。

 ロローシュはそれが「石塚家」の葬儀だということ、また参列客がナタリーたちとは違う学校の制服を着た学生が多い事を見て判断できた。

 しかし目の見えないナタリーにはわからなかった。車椅子のスピードが変わった事に疑問を抱いたナタリーは兄に尋ねる。

「どうかしたお兄様?」

「……葬式だ」

「……! では、参列しましょう」

「……? ああ、わかった」

 ロローシュにはナタリーが参列しようと言い出した理由がわからなかった。しかし溺愛する妹の言う事だ。ならばその希望はできるだけ叶えてあげなくては……、そう考えた。

 

 一方ナタリーは、何故かこの葬式が加奈子のものであると早とちりをしてしまっていた。

 

 加奈子が休んでいた事、葬式が石塚家の物だと知れなかった事……理由は様々あるが、この葬式が加奈子の物であると思い込んでしまったが故に、ナタリーの中でこの葬式に参列する事は当然の事であった。

 

 しかしそれはあくまでナタリーの中での事だ。当然、葬儀の関係者には何ら関係のない事である。

「あの、どういったご関係の方ですか……?」

 参列しようとするナタリーは、当然の如く喪服を着た関係者に止められる。

 葬式が加奈子のものだとだと思い込むナタリーは「友達でした」と涙を流す。

 その際に思わず漏れた「加奈子、加奈子」という泣き言は関係者の耳に届いていた。

「加奈子……? もしかして、麻月加奈子ちゃんのこと? ……ふざけないでください! こっちは娘が死んだというのに、まるで加奈子ちゃんまで死んだみたいに……! 茶化しにきたのならもうここに来ないで!!」

 と激怒されて追い出されることになった。

 そこでようやくナタリーは気付いた。「あっ、これ加奈子の葬式じゃねーわ」と。

 加奈子の死が誤解とわかって「ならここに用はねぇ」と唾吐いて加奈子の家に向かう事にした。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 塩を撒く石塚家を背に、ナタリーたちは加奈子の家を目指して進んでいく。

 そして、目的地である麻月家が見えてくると、その玄関でなにやら揉めていた。玄関口でもみ合っているのは加奈子とその母親のようだった。

 それを見つけたナタリーは車椅子のスピードを速める。しかし急ぎ過ぎたためかバランスを崩して車椅子が横転してしまった。

 その間に加奈子の背後から追い縋る母親を、加奈子は容赦なく突飛ばし走り去ってしまった。その時の加奈子の表情は悪意にとりつかれたかのような形相をしていた。

 

 泣きながら加奈子に助けを求めたが、聞こえていたのかいなかったのか、ナタリーが倒れてロローシュがそれに対応してきる間に加奈子の姿はどこかに行ってしまった

 

 泣きたくなる気持ちを我慢してナタリーは地面に座り込んだ加奈子の母親に声を掛けることにした。

「救急箱……貸してください」

 思わず出た一言であった。倒れた時の怪我が痛かったのだ。

「え……あの、どちら様で……?」

 加奈子の母親はナタリーに対応しながらもその憔悴した様子を隠すこともできていなかった。目の下には隈ができており、手足にはどす黒い痣が散見された。

「加奈子の、友人で……届け物が……、ですがその前に……手当てを……」

 しかしナタリーは息も絶え絶えで、その母親の様子を気にする余裕はなかった。とりあえず加奈子の友達である事を明かして救急箱を貸してもらおうと思っての発言だった。

「加奈子の!? あの、加奈子の様子がおかしいんです! 3日前から人が変わってしまったようで、異常な食欲で何でも食べるようになって、少しでも口答えすると家の中で暴れて……う、ううううう……!」

 しかし加奈子の母親はそれだけ口にすると泣き崩れてしまった。彼女も娘である加奈子のことでいっぱいいっぱいのようだ。ナタリーの様子に注意を払えていない。

 仕方ないとはいえそんな扱いにナタリーも静かに泣き出した。ロローシュも泣き出した妹のために応急手当をしようとするが道具がないのでできずオロオロしていた。

 すこし泣いて落ち着いたのか、ナタリーは車椅子からウネウネと蠢く8本の触手の生物を取り出した。

「加奈子はマグロがどうしても欲しいと言っていたから……」

 冒涜的なヌメヌメとした肌を変幻自在に動かす、おおよそ骨らしいモノの見当たらない謎の生物が少女の手の中で上下している。

「加奈子はこれを、最近よく踊り食いしているの」

 ナタリーは静かに、泣きわめく母親を見つめてそう言うよ

「そして私も、これを踊り食いするのが大好きなの。加奈子がいないなら構わないよね……」

 そう言って、『見舞い品のマグロ』を踊り食いし始めた。

 その様子を見て少し落ち着いたロローシュは加奈子の母親に改めて声をかけ、落ち着かせることに成功した。

「す、すみません。取り乱してしまって……救急箱、いえよろしければ上がってください」

 ロローシュの言葉に落ち着いたもののナタリーの奇行にちょっと引き気味の加奈子の母親は、ひとまず二人を家の中に案内する事にした。

 

 ナタリーたちは加奈子母の案内で家にあげてもらうことになった。

 玄関に入った所でロローシュは運悪くあるものを見つけてしまう。

 

 

 それは引きちぎられた鳩の首であった。

 

 

「なっ……!?」

「どうしましたお兄様?」

「い、いやなんでもないよ」

 思わず声を上げたロローシュだが、妹のナタリーに気付かせてはいけないと誤魔化す。

 鳩の首を見つけたロローシュに対して加奈子の母親はこう説明した。

 ――――食事に満足できなかった加奈子が腹いせに公園で捕まえてきた鳩を生きたまま貪り食ったのだ、と。

 ロローシュは加奈子が自身の知る人間と大いに違っている事にゾッとしてしまった。

 その話を露とも知らないナタリーは生きた八本足の海産物を咀嚼していた。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 リビングに案内されたナタリーたちに加奈子の母親は救急箱を持ってきてくれた。

 手当を受けながらナタリーは加奈子の母親に質問をしてみることにした。

「加奈子が行きそうな場所とか、加奈子が変化する前によく話題にしてたこと、最近妙な付き合いは無かったか、教えてもらえませんか?」

「今の加奈子がどこに行ってるのかは私にもわからないの。夕御飯の時間には帰ってくるんだけどね……。変な話題も特にはしてなかったし、それに変な付き合いもなかったと思うわ。強いて言えば幼馴染みの子が訪ねてきたくらいかしら」

「幼馴染み、ですか? どういった人なんです?」

「えっと尚美ちゃん……石塚尚美ちゃんって言うんだけど、近所に住んでる幼馴染みで、昔から仲が良かったわ。今は違う高校に通ってて中々会う機会は減ってたみたいなんだけど……でも、その子数日前に亡くなって……あの子、尚美ちゃんのお葬式にも出ようとしなくて……」

 加奈子の母親は加奈子の変貌ぶりを思い出したのか、また少し涙を流しながら説明してくれた。

 その説明を聞いてナタリーは加奈子の変貌にその幼馴染の石塚尚美が関係していると考えた。

 また先程ひと悶着を起こした石塚家がその尚美の家で、あの葬式が尚美の葬式だったことにも気が付いた。

「尚美ちゃんのお葬式にもで出ないでどこかにいこうとしてたから呼び止めたけど……」

 調べようにも葬式に参列したせいで葬式場では動きづらい……そう思ったナタリーは加奈子母に石塚の高校名を確認する。そして、石塚の死因についても聞いておく。

 加奈子母は石塚尚美の高校の名前についてはまあ教えてくれたが、今は尚美の死亡の件もあるから学校関係者とかでもない限り取り合ってくれるかも怪しいと教えてくれた。

 しかし尚美の死因については難色を示している。

「加奈子の苦しみを少しでも理解してあげたい」

 ナタリーは親友アピールしつつ説得しようとするが、口からタコの触手を生やしながらでは説得力が足りなかった。

 それでも何かに縋りたいのか、加奈子母からお願いされる。

「こんなことをお願いするのはおかしいと思いますが、加奈子がおかしくなった理由を調べてもらえないでしょうか? なんとか元の加奈子に戻ってほしくて……」

「それを調べる為にも石塚尚美の死因の情報教えてほしい」

 その言葉に何を感じたのか、加奈子母は重い口を開いた。

 

「…………尚美ちゃんは、学校の屋上から飛び降りたの」

 

 石塚尚美の死因は学校の屋上からの飛び降り自殺だったらしい。詳しい事は加奈子母も知らないようだった。

 そして死因と関係があるかはわからないが、石塚尚美は一週間前に交通事故にも遭ってるそうだ。その時は運よくほぼ無傷の軽傷で済んでいて、入院した当日に退院してるが、加奈子がお見舞いに行くと悪態をつきながら追い返されたらしい。

 

 そこまで聞いたナタリーは、どうしたものかと考える。

 今の加奈子をナタリーたちは知らない。故に加奈子がどこにいったのか、予測すら立てられないのが現状である。

 試しに加奈子に電話してみるが、一向に出ない所か、どこからか携帯の着信音が聞こえてくる。どうやら可奈子は携帯を部屋に放置しているようだった。

 ……これは一度石塚尚美の事を調べた方がいいかもしれないと考えたナタリーは、加奈子母と連絡先を交換して一度家を出ることにした。

「何か分かったら連絡します」

「わかりました……私も何か思い出したら連絡しますね」

 あと可奈子の部屋を調べたいならそれも構わないと加奈子母は言ってくれたが、やめておいた。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ナタリーたちは一先ず先程の葬式場に戻って、尚美の同級生であろう生徒たちに話を聞く事にした。

 先程のナタリーの行動から石塚家の親族に見つかると追い出される可能性もあったが、ナタリーたちは運よく石塚親族に見つかることなく生徒に接触できた。

「実は加奈子という、亡くなった石塚と仲の良い女生徒が行方をくらましたのだが、この葬式に来ていなかったか?」

「可奈子……? いや、知らないな。同じ学校以外だと誰が来てるのかわかんないから家族の人に聞いてみたら?」

 ナタリーの望む答えは返って来ない。どうやら彼らは可奈子が誰なのか自体知らないようだ。

「分かった、それは家族の方に聞こう」

 ナタリーはその返答に頷いて、続けて問い掛ける。

「これは石塚さんの同級生に聞きたいことなんだけど、最近加奈子は石塚さんとの関係性で悩んでいたらしい。石塚という生徒に何か亡くなる前に変わったことはなかったか?」

 しかし生徒たちは流石にナタリーを怪しみ始めたのか口を噤んでしまった。

 もしかしたら学校側で緘口令でも出されているのかもしれない。故人について詮索しているナタリーを不審に思ったのかもしれない。

 真相はわからないが、話を聞けないのでは仕方ないと、生徒たちと別れ、ダメ元で家族に同じ内容の話を聞きに行く事にした。

 

 しかし話を聞く前に門前払い、というか追い出されてしまった。当然塩も撒かれた。

 

 撒かれた塩を、もう一匹もっていたマグロ(軟体動物)に刷り込んで食しながらナタリーたちはその場を後にした。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 石塚家を後にしたナタリーたちは次はどうするかと頭を悩ましていると、携帯から着信音が鳴り響いた。相手は可奈子母だった。

『思い出した事があるんですけど……3日前に尚美ちゃんが家を訪ねてきたの。突然だったから娘にすぐ帰って来てもらったんだけど、その時の尚美ちゃんの様子が少しおかしかったの。洋服とかも汚れてて、年頃の女の子らしくない不潔さがあって……ちょっと心配になったから様子を伺ってたら、娘の部屋から大きな音がして、「殺される!」って娘の叫び声が上がったの。私、慌ててドアのノックしたんだけど、中から元気な声で「何でもない」って返事がきて……それでも心配だったからドアをあけたら娘の胸にナイフが刺さってたの。慌てて駆け寄ったんだけど、そのナイフは手品とかである押すと刃が引っ込む偽物で。尚美ちゃんは悪戯だったって笑ってた。加奈子も「死ぬほどビックリしただけだっつーの、バカ!」と大声で笑ってた。よく考えたら、娘の様子がおかしくなったのはそれからかもしれないわ』

「そのナイフは残ってますか?」

『ごめんなさい、ちょっとわからないわ』

 その時のナイフに関して、尚美が持って帰ったのか、可奈子が持ってるのか、加奈子母は知らないようだ。

 その話を聞いたナタリーは、この出来事があった三日前というのが可奈子からアンケートの話を出して撤回された日のことで、可奈子が急いで帰っていった理由が加奈子母に呼び戻されたからだということに気付いた。

 加奈子が今の加奈子になった事に石塚尚美が関わっているのは間違いなさそうだが、ナタリーはそこから先へ進めずにいた。

 もしかするとあの時話していたアンケートが関係しているのでは……そう考えたナタリーは加奈子母にその事を聞いてみるが、加奈子母はその事に関して知らないようだった。

 

 一先ず加奈子母との通話を切ったナタリーはネットで色々と調べてみることにした。

 

 まずはこの街近辺の事件……具体的に言えば石塚尚美の自殺やそれに類似したニュースなど無いか調べる。

 しかし特にこれといった事件は見つからない。石塚自殺もそれらしき噂話はあるもののニュースにはなってない。おそらく個人情報とか人権とかの関係であまり大事にはなってないのではないかと推測できる。

「でも石塚尚美のその時の環境はわからない……」

 次にナタリーは加奈子から聞いたアンケートについて調べてみることにした。

 断片的に聞いたwifiが無料になるだののキーワードでネットを調べてみると、そういう怪しい話がたくさん見つかったものの、どれも怪しい噂の域を越えておらず、詳しいことはわからなかった。

 気になった噂話の中には、掲示板やSNSでアンケートに答えたらネット代がタダになったという話題になっているものがあったが、「嘘乙」とか「ねずみ講じゃねーか」とか「明らかに詐欺です」みたいな批判とそれに対する反論の応酬の末に、結局は最終的に批判コメントを打ち破ることができず、ネタだの嘘だと結論付けられていた。

 ナタリーはよくそのやり取りを見てみると、実際にタダになったと主張する人たちは、否定派の意見に押し負けたというより、書き込みをやめてしまったのではないか、と感じた。

 意見として勝てないから黙るように消えたんじゃなくて、急に議論に興味がなくなったように感じた。

「……でもこれだけじゃ肝心のアンケートについてわからない」

 

 ならば石塚尚美の自殺も関係があるかもと、全国での自殺件数の推移を調べてみることにしたが、特に誤差の範囲でしか増減はしてない。

 

 ダメ元で知り合いのクラスメイト達に加奈子を見かけたら連絡をよこせとメールを流しつつ、付近で人だかりが出来ていないか捜索開始する。話に聞いた今の加奈子ならトラブルを起こしていてもおかしくはないと考えたからだ。

 

 しかし探索しても見つからなかった。クラスメイトへのメールも「加奈子休んでただろ」という返信はきても目撃情報はこない。

 

 色々と方策をとったナタリーだったが、完全に行き詰ってしまった。

 ……これは日が悪いのかもしれない、とナタリーは今日の所は探索を切り上げて帰る事にした。

 

 帰宅後、加奈子居なかったなぁ、明日には学校に来るかなぁ、とつぶやいてナタリーは眠りに落ちた。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 その夜中、ナタリーたちの携帯電話が鳴り響いた。

 

 ナタリーたちが携帯に目を向けると、特に操作はしていないにも関わらず着信音は消え、画面に映像が映し出された。

 画面は暗い闇に囚われた一人の少女を映し出している。

 ディスプレイに写し出された少女の悲鳴がスピーカーから大きく響いた。彼女は画面の向こう側で、近代的なユニットバスの洗い場に転がされていた。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

 

 彼女の全身は赤黒く焼けただれている。足元からは白い湯気がもうもうと立ち上がっていた。湯気の濃さは尋常ではない。まるで熱湯だ。それを頭から浴びせかけられ、また少女は絶叫した。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

 

 やがて、画面は違う場面へと切り替わる。長い髪を振り乱した女に、少女は殴られている。

 それは古い和室で、少女がどれだけ嫌がっても、のっぺらぼうの女に引き戻されて殴られた。両目は青梅のように腫れ上がり、前歯は折れ、裂けた唇には歯がのぞいている。ごつん、ごつん、と鈍い音を立てながら少女の肉体は変形していく。

 やがて断末魔の悲鳴とともに、通話はプツリと切れた。

 

 今の映像がどこで映されていたのか、何故自分の携帯に映されたのか、わからない。

 

 ただ一つ理解できたこと、それは可奈子がもう二度と戻ってこないことだけだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 温泉旅行に出掛けたあと、ありとあらゆる海産物を「マグロ」と表するようになってしまった盲目で耳の聞こえない妹。兄である自分だけでも、優しく接してやろうとそう決めていた。

 だがそんな妹の容態は、ある日を境に急変した。ガタガタと震えが止まらず、とうとう言葉をしゃべることすら出来なくなってしまったのだ。

 大好きだったスマートフォンを触ることすらしなくなり、無言のままに部屋の隅で怯えている。

 やがて学校にすら顔を出せなくなった妹を、どうにかして立ち直らせようと今日もカウンセラーを呼んでいるのだが……

 

「……」

 

 やはり、ナタリーの部屋が開く様子は無かった。

 

 

 







 ――BAD END――


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アクセス-キャラ紹介

今話は前話の『アクセス』でのプレイヤー・キャラクターの紹介やちょっとした裏話になります。


PC(プレイヤーキャラクター)

 

・ナタリー・ランペイジ(PL:サンキューカッス)

目が見えないのに相手の動きが見えていたり、耳が聞こえないのに音を聞き取れたり、足が不自由なのに立ち上がれたりする、三重苦を背負った女の子。なおあらゆるものをマグロと認識するキチガイである。

あらゆる海産物をマグロと認識したり、友達である加奈子をお見舞いに向かったはずなのに通りすがりの葬式を加奈子の葬式だと勘違いしたり……きっと思い込みの激しい女子なのだろう……それでもマグロ(ヒラメ)やマグロ(八本足)の踊り食いとかおかしいと思うんですがそれは。

バッドエンドを迎えたナタリーは常軌を逸した友人の死を目の当たりにしてSANチェックをした結果、失語症となってしまった。

なおPLであるサンキューカッスさんは、状況が動かなくなると「加奈子が死ぬまで待つか」「加奈子死んだら動き始めるやろ」など、加奈子の死待ちだった模様。いやこれ友達を助けるシナリオだから。

 

・ロローシュ・ランペイジ

ナタリーの持ち物。    持ち物。

ナタリーがロストした場合、ナタリーと同じ能力値(キャラシート)で継続する、代わりのPCになる予定だった。

設定としては妹のナタリーを溺愛する兄で、妹の意思を尊重し、妹が望む事は可能な限り叶えようとする兄の鑑である。そしてナタリーの持ち物。 持ち物。

ちなみに幸運ロールで鳩の生首を見つけた際、ナタリーは目が見えないから見つけられないゾと言われたので代わりにロローシュがSAN値チェックを行なった。まさに兄の鑑。

なおナタリーと同様加奈子の死に様を見たはずだが発狂どころかSANチェックすらしていない。まあ持ち物だから当然である。

 

ちなみに最後のロローシュによるエピローグはサンキューカッス先生からいただいたものになります。ありがとうございます。

 

 

 

 

 

・KP(ナマクラ)

珍しくナマクラこと作者がKPをしたセッションでした。

『アクセス』のリプレイ動画を見て、さらに公開されているシナリオを読んで、「これ一人プレイできるのでは? 特定の選択肢さえ選ばなければキャラロストもないし」と思いCoCソロプレイにてこのシナリオを起用しました。ちなみにこのシナリオの推奨人数は3~5人。

 

そう、実は今回のセッション、PL一人のソロプレイだったのです。

 

今回の前に一度同じシナリオで別の友人がソロプレイをしたのですが、その友人はキャラロストするバッドエンドになり、その時の反省も活かしつつKPしていこうと思ったのですが、まさか選択肢を選ぶ場面にすら向かわないのは完全に想定外でした。

でも今回の結果は再三進めて最後通告までしたのに加奈子の部屋を頑なに調べようとしないナタリーが悪い。(断言)

とはいえPLはKPの思い通りにならないものだとわかっていながら、PLが加奈子の部屋を調べようとしない可能性を全く考慮していなかったので、今回の事は勉強になったと考えて今後に活かしていければと思います。

 



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