ぐだ子のぐだぐだ旅 (魂魄せんむ)
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近鉄編
第1話 まずは奈良をめざそうか


この話は作者の実体験をもとにできており、文中には各市町村に対する個人的な偏見がかなり盛り込まれておりますが、これは悪気があるわけではなく、作者なりに沿線市町村をまとめた結果です。ご了承ください。


 10月のある日、私は思いついた。

 

「そうだ、旅に出よう」

 

 その思いつきは唐突だった。

 名古屋に住む私は10月中の休みの多くを実質取れていなかった。カレンダーや手帳には土曜日にも日曜日にもびっしりと予定が埋まっていた。(主にカルデア関係の)

 私はその失った休日たちをそのままにはしておきたくなかった。せめて他の日、他の月でいいから好きなことを思いっきりしたい。そんなことを思っていた。

 カレンダーをめくっていくと、ちょうど11月のあたまに3連休があった。幸いにも予定は何もない。そこで思い切って旅に出てみることにした。

 

 行き先は奈良、大阪、伊勢の3つ。この中から1つを選ぶという選択肢はなかった。全部行こう。

 私は仕事(人理修復)の帰りに近鉄名古屋駅に寄り道(レイシフト)して切符を買った。週末フリーきっぷ。4100円で金•土•日、または土•日•月の3日間、近鉄全線が乗り放題になる夢のような切符だ。特急には別に特急券が必要だが、フルに活用すれば交通費をかなり節約できる。

このお金があれば一体どれくらい聖晶石が買えるのだろうか?そんなことをついつい考えてしまう。

この他に、大阪から名古屋までの特急券を買った。

 私は旅に行くために仕事(FGO)に集中した。

 

 

 11月3日。ついにその日はやってきた。地獄のような1ヶ月(主にイベント)を終えた先にあったのは、夢のような3日間だ。

 朝6時には近鉄名古屋駅に居た。乗る列車は6時10分発の急行 鳥羽(とば)行きだ。

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 朝食は自宅(カルデア)で摂ってきた。電車が到着するまでの間、私は飲み物だけ駅のコンビニで買った。

 ホームに行くと、既に3番線に列車が入線していた。4両編成で赤と白に塗られた列車の車内は、休日出勤のサラリーマンや部活の学生たちで賑わっていた。

 私は前から3両目に乗り、7人掛けのロングシートに腰をおろした。

 しばらくするとドアが閉まり、列車はガタゴトと動きだした。

 急行は蟹江(かにえ)弥富(やとみ)桑名(くわな)富田(とみだ)四日市(よっかいち)塩浜(しおはま)伊勢若松(いせわかまつ)白子(しろこ)江戸橋(えどばし)()津新町(つしんまち)久居(ひさい)伊勢中川(いせなかがわ)松阪(まつさか)宮町(みやまち)伊勢市(いせし)宇治山田(うじやまだ)五十鈴川(いすずがわ)朝熊(あさま)池の浦(いけのうら)、終点•鳥羽の順に駅に停車する。私は奈良方面に向かうので、伊勢中川で乗り換えることになる。

 列車は名古屋市内をどんどん進んでいく。住宅街を通り抜け、庄内川(しょうないがわ)新川(しんかわ)を渡ると車窓から見える景色はガラッと変わる。見渡す限りの田んぼ、畑、ビニールハウス。しかしそこは名古屋市中川区。三つ葉や野崎白菜が名物(だがしかし名古屋市民もあまり馴染みがない)で戸田駅周辺はまさに一大生産地となっている。最近寒くなってきたので、カルデアの食堂でエミヤが作る白菜がたっぷり入ったちゃんこ鍋が食べたいなぁ…。そんなことを思っていると、三つ葉や白菜の畑は姿を消していた。

 名古屋市を出ると再び民家が多くなる。列車の速度も落ちてくる。列車は最初の停車駅、蟹江に着いた。

 蟹江のまちは観光するにも、定住するにも何もない。駅前にはしーんとした空気が1日中流れているイメージだ。都会やカルデアというような賑やかな場所で過ごすことに慣れてしまうと、蟹江は地味だ。

 列車は次の駅に向けて走り出す。

 途中通過する富吉(とみよし)駅には車庫がある。早朝ということもあって、いろとりどりの列車たちが見える。観光特急しまかぜも、まだ眠っていた。

 列車は速度を上げてぐんぐん進む。佐古木(さこぎ)を通過し、弥富にとまる。

 弥富は金魚のまちとして全国的に名の知れた町だ。車窓からは見えないが、至るところに金魚のいけすがある。逆に言えば、地元民には申し訳ないがそれ以外何もない。愛知県とはそういうものである。

 

弥富を発車した辺りから、私は急激な睡魔に襲われた。うと…、うと…、としていると途中から記憶がなくなり、目が覚めたのは伊勢中川駅に着く直前だった。

 ドアが開くと、近くの階段を下り別のホームに向かう。次に乗るのは普通 名張(なばり)行きだ。

 ホームには2両編成の短い列車がとまっていた。ちょうど朝ラッシュの時間帯なのだが、車内は空席が目立つほど空いていた。

 私は1番前の運転席の背後にあたる席に腰をおろした。

運転士がいない先頭車からは複雑な線路配置が見えた。

 時間になると列車は静かに動き出し、伊勢中川を後にした。

 ここから先は名古屋線とは違う風景が広がる。

 まず、民家が少なくなる。車窓から見えるのは山、林、畑。日本を代表する原風景だ。鹿専用の踏切も存在する。名古屋ではありえない。

 流れていく景色を眺めていると、ふとマシュや皆のことが私の頭の中で浮かぶ。今頃どうしているのだろう?

きっとマシュたちも同じようなことを考えているのだろう。

 30分ぐらいすると、青山町(あおやまちょう)駅に着く。私はこの駅でまた別の列車に乗り換える。終点の名張でも乗り換えは可能だが、その場合は違うホームに到着するため、不便なのだ。その点、青山町は同一ホーム上で乗り換えられ、なおかつ始発列車なので必ず座席に座れる。

 青山町のホームに降り立つと、都会とは違う新鮮な空気が感じられる。ここまで名古屋から2時間。少し肌寒い気もするが、10分しか滞在しないので何の問題もない。

 自分が乗ってきた普通列車はもう発車していて、いなかった。そこに入れ替わるかのようにホームに入線してきたのが急行 大阪上本町(おおさかうえほんまち)行きだ。

 6両編成の列車はゆっくりと停車した。ドアが開き車内に入ると、まず見慣れない広告が目に入る。関西方面の広告だ。マンションや老人ホームの広告は、地名が八戸ノ里(やえのさと)生駒(いこま)など、あまり耳にすることがないものが多い。

 他にもたくさんあるが挙げるとキリがないので、気になる読者のみんなはぜひ自分の目で確かめてみてね。

 

 大阪上本町行きの急行は定刻の8時10分に発車した。乗客がほとんどいない車内にはガタンゴトンという音だけが響いている。

 列車は忍者の里•伊賀を過ぎ、どんどん奈良に向かっていく。名張を過ぎ、しばらくして榛原(はいばら)駅にとまれば、もう奈良県内である。このあたりから徐々に車内は混み合ってくる。

 乗り換えてから約50分。名古屋からは約3時間。最初の目的地である桜井(さくらい)駅に到着した。

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 皆さんはじめまして。魂魄(こんぱく)せんむといいます。
 読んでくださった読者のみなさま、この度は目を通していただき本当にありがとうございます。
 いかがだったでしょうか?
 前書きにも書きましたが、この作品は自分の実体験をもとに書いております。この作品に登場する場所や主人公が乗っていた列車には自分も乗ってきました。実際、電車内で書いたところもあります。なので、2次創作と言うより、ノンフィクションと言ったほうがいいですかね?でも、原作があるんだから2次創作だよね、うん。
 まあ、細かいことはどうでもいいんだよ。
 次話以降もなるべく早く、折角読んでくださった読者のみなさまに忘れられないうちに投稿したいと思います。
 では、また。


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第2話 カルデアマスターは北へ征く

この作品には近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が随所で見られますが、悪意は全くありませんので、どうかご了承ください。


 奈良県桜井市。奈良市の南部に位置し、まちの至るところに重要文化財などが点在している。桜井駅はまちの玄関口のようなもので、JR桜井線と近鉄大阪線が乗り入れる。もちろん、特急は通過する。

 

 午前9時、私はまさにそこにいた。

「スゴーイ!何もなーい!!」

 駅の北口。小さなロータリーがあるが、しんとしている。

 静かだ。東を望めば見えるは緑の山。駅前はお洒落なお店が並んでいる…、訳ではなく古びた木造建築の商店がところどころ開いているだけだ。例えるなら、The 田舎。某テレ東の番組に出てきそうな雰囲気だった。

 駅前の駐輪場でレンタサイクルを借りた私は、最初の目的地に向かって、線路伝いに東に自転車を漕いだ。

「きもちいー!」

 涼しい秋風が私の顔を撫でていく。しばらくすると、学校が見えてきた。奈良県立桜井高校だ。古い校舎に広い校庭、まさに田舎だ。坊主頭の野球児達がバットで素振りをしたり、監督に怒鳴られながら走ったりしている。

 学校の角を曲がり、住宅街のなかをとばしていく。やはり静かだが、人の姿はない訳ではない。家と家の間のあちらこちらに三輪素麺(みわそうめん)の看板が見える。

 三輪素麺はこの地域の名産品で、日本三大素麺にも数えられるらしい。本来なら買おうか買うまいかさぞ迷っただろうが、今は11月である。素麺の時期ではない。

「また今度来たときにしよっと」

 独り言をつぶやきながら住宅街を抜ける。

 抜けた先にあったのは小さな川だった。名古屋とは違い、水が澄んでいる。

 川に架かる小さな橋を渡った先に大きな石碑が立っている。『仏教伝来の地』と書かれているこの石碑の他には川沿いには何もなかった。ただ小さな橋が幾つも架かっているのが見えるだけである。

 この石碑の詳細は省くので、是非とも自分の目で確かめてきてほしい。ここに書かないのは、決して面倒くさいからではない。

 石碑を通り過ぎ堤防を下ると、先程までの道よりもさらに細い道になっていく。

 本当にこの道で合っているのか心配になってくる。何度も何度もグーグル先生に聞いてみるが、一向にその道を先生は指している。

 先生を信じて私はどんどん進んでいく。またまた急に道が狭くなっていく。両側は家ばかり。まさに住宅密集地帯だ。

 しばらく進むと、突然看板が現れた。その看板通りに自転車を漕ぐ。坂道になっていて進むのがキツい。

 登りきると、そこが目的地だった。

  海柘榴市観音(つばいちかんのん)。海柘榴市は古代から栄えた交易市で、「源氏物語」などの古代小説や歌垣にも登場している。建物自体は新しく、まだ建て替えたばかりのようだった。

 観音には、自分以外は誰も居なかった。駅前よりも静かだ。鳥の囀る声が聞こえる。

 自分はお賽銭箱に5円玉を入れた。そして、「早く人理修復が終わりますように」と、お願いしておいた。

 

一休みし、私はまた自転車を漕ぎ出した。次に向かう場所はさっきの場所からはさほど遠くない。しかし、道はエグいほどキツくなっていった。

 坂道が続き、住宅街が雑木林になり、しまいにはアスファルトが砂利道に変わっていた。気分としては山の中を自転車で駆け抜けているようだった。

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 10分ぐらいして、ようやく着いた。距離はないのに、私はもうヘトヘトだった。

 大神神社(おおみわじんじゃ)だ。周りには神社以外に何もないが、立派な本堂が見える。境内にはたくさんの人がいた。時期も時期なので、袴や振り袖を着た子どもたちが、千歳飴を持って境内を走りまわっていた。

 私は、おみくじがあったので引いてみることにした。引いた番号を社務所の巫女さんに伝えると、細長い紙切れが渡された。

 ゆっくりとおみくじを開いて見てみる。

 大吉だ。

 ああ、何でこういうところだけ良いのが出るんだろう。ピックアップガチャでは☆5サーヴァントはほとんど出たことがないのに。

 大吉を引いたのに、何か余計な運を使ってしまったような気がして、私は複雑な気持ちになった。

 

 また自転車を漕ぐ。ひたすら北に向かって。風もほとんどなくスイスイ進む。

 住宅街を抜け、やっと車の通りが多い大きな道に出た。しかし、景色はあまり変わらなかった。

 畑、畑、畑、1つとんでまた畑。人通りも信号も少ないので、次の目的地には3キロほど離れていたにもかかわらず、15分足らずで到着した。

 大和神社(おおやまとじんじゃ)だ。ここはかの有名な戦艦「大和」と深い結びつきがある神社として、一部の人たちの間では名の知れた場所だ。戦死した「大和」の乗組員、約2000人もの御霊を祀っている。

 境内にはそれほど人の姿はなく、静かだった。どこからか列車の通る音が聞こえる。

 境内の端の方に、大和の資料室のようなところがある。中に入ると、私のテンションは一気に上がった。

「すごい…!」

 木で作られた大和の模型だ。主砲、副砲、艦橋に至るまで緻密に作られている。しかも大きい。私が腕をめいっぱい広げても、それよりも大きかった。なかには木製のものもある。

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 それ以外にも資料室の中は大和の模型で埋め尽くされていた。

 私は15分ほどまじまじとそれらを見つめていた。

「かっこいい…。」

 それしか言葉が出なかった。




 魂魄せんむです。
 第2話である今回は奈良の北をメインに書いてみました。
 読んでみて、どこか行ってみたい場所はあったでしょうか?私のオススメは大和神社です。資料室、好きな人は本当にテンション上がりますよ。JR桜井線 長柄駅から徒歩数分なのでよかったら行ってみてくださいね。
 また3話の後書きで会いましょ。


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第3話 チャリで山越えはキッツいよ

 この作品には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が多数盛り込まれておりますが、決して悪意はございませんので、どうかご了承ください。


 大和神社(おおやまとじんじゃ)は奈良県天理市に位置する神社である。日本大国魂大神(やまとおおくにたまのかみ)大地主大神(おおことぬしのおおかみ))、八千戈大神(やちほこのおおかみ)御年大神(みとしのおおかみ)を御祭神とし、毎年4月1日には例祭(通称•ちゃんちゃん祭)が行われる。御正殿は宮中三殿式の特異な御社殿となっており、5社の摂社(せっしゃ)と4社の末社(まっしゃ)がある。また戦艦大和には、この神社の御分霊が祀られた。

 戦艦大和は、誰もが一度は聞いたことのある名前だろう。日本の国力を傾注して建造された巨大な戦艦は、大東亜戦中において輝かしい戦果を上げた。帰還のたび毎に艦長以下幕僚等がこの神社に特別参拝していたという記録もある。

 そのため大和神社には、戦艦大和と巡洋艦矢矧外(やはぎ)駆逐艦8隻の戦没将士英霊3721柱が合祀されており、国家鎮護の神として祀られている。

 鳥居から本殿まで続く参道の長さは戦艦大和と同じ長さであり、道幅は戦艦大和の4分の1である。

 私は境内にある戦艦大和の資料室にいた。資料室内には、大中小の大和の模型が展示されている。大きいものだと乗組員まで再現されており、製作者のこだわりを感じる。

 15分ぐらい見ていたが、そろそろ移動しなければ今日の予定が狂ってしまうので、もう少し見ていたい気持ちを抑えながら、私は大和神社を後にした。

 

 次に私が向かうのは、飛鳥寺(あすかでら)。場所は大和神社がある天理市から南に下り、近鉄大阪線の線路を超えた先の明日香村になる。距離にして約10キロの道のりである。

 私は自転車でひたすら国道169号線を南に下った。JR桜井線の線路を越え、イオン桜井店を通過し、近鉄大阪線の線路をくぐり、ようやく「阿部」という交差点で右に曲がった。

 「阿部」と聞いて一瞬とある男性の姿が頭の中に浮かんだが、すぐに消え去った。ホモに用はない。

 交差点の辺りは、線路の北側とは違い、飲食店などが立ち並んでいた。

 しばらく直進し、ガソリンスタンドの角を左に曲がると、景色は一気に変わった。

 建物が見当たらない。一面が畑で、どこからか何かを焼いている臭いがする。平坦だった道が急に坂道に変わる。キツい…。自転車でこの坂はキッツい…!

 それもそのはず、私が越えようとしていたのはただの坂ではなかったのだ。気づいたのは後になってからだが、そもそも坂ではなかった。

 天香久山(あまのかぐやま)。古代の和歌などに詠み込まれた、日本人なら一度は耳にしたことがある名だろう。

標高自体はさほど高くないが、大阪の天保山(てんぽうざん)よりは高い。自転車で越える人はまずいない。

 このことを後日、カルデアの職員に話したところ、からかい混じりに、

「さっすが立花ちゃん、俺達にできないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れるぅ〜!」

 と、言われてしまった。

 とにかく、この山を自転車で越えるのは正直言って、オルレアンやセプテムで1日中歩くよりも辛かった。

 やっと下り坂になると、一気に足の力が抜けた。

「もう…、漕げないよぉ…」

 息を切らしながら私は独り言をつぶやいた。

 道がようやく平坦になると、私は再び足を忙しく動かした。

 あぜ道を抜け、広い道路に出た。飛鳥寺はもうすぐそこだった。

 昔ながらの建造物が並ぶ密集地帯の一角に、飛鳥寺はあった。

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 規模は小さく控えめだが鐘があり、つくことができる。

 ゴーンという音が響く。煩悩がこれで消えるのか。とある英雄王のサーヴァントなら、

「貴様自身の頭で鐘をついてみろ。煩悩が(他の記憶と共に)消えるぞ」

 とか言いそうだ。

 

 飛鳥寺を出発し、次に向かったのは奈良県立万葉文化館(ならけんりつまんようぶんかかん)だ。

 飛鳥寺からすぐのところにあり、建物内はとても広く、奈良時代の文化や生活を中心に展示があり、とても興味深かった。時間がなかったので、あまり見れなかったが、また時間があるときに来たいな。

 

 万葉文化館から自転車を漕いで、橿原神宮前(かしはらじんぐうまえ)駅に向かった。途中には古墳がたくさんあったが、ぶっちゃけ誰の墓だかわからなかった。

 駅前の駐輪場で自転車を返し、駅の中に入った。時間は13時05分を過ぎたばかりだった。

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 私の乗る予定の列車は、13時24分発の特急 吉野(よしの)行きだ。特急券はまだ買ってなかったので、駅の発券機で座席をとった。

 一段落ついてふぅ、とベンチに腰を下ろすと、私のおなかがぐぅぅ〜と鳴った。

「おなかすいたなぁ〜」

 気づけば自宅(カルデア)を出てから何も口にしていなかった。しかし、あと20分足らずで列車は来てしまう。私は駅の売店に向かった。

 すると、柿の葉寿司が目に入った。迷わず私はそれを買った。

 私はホームで列車が来るのを待った。隣のホームから、列車の接近を知らせる放送が流れている。普段なら聞き流しているが、聞き流せなかった。

 しばらくして入線してきたのは、見たことないブルーの車両だった。

 「青の交響曲(シンフォニー)」。近鉄が去年から走らせている人気の観光特急だ。チケットをとるのが難しく、車内ではスイーツなどが食べられる。

 ちょうど私のいるホームにも、乗る予定の列車が入線してきた。

 2つの列車はきれいに並んだ。青の車体と黄色の車体。見れただけでも、感動のあまり私の目頭は熱くなった。

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 私は列車に乗り込み、座席についた。しばらくして、発車した。青の交響曲は大阪阿倍野橋(あべのばし)方面へと消えていった。




 どうも、魂魄せんむです。
 今回はここで文体のことを1つお話しましょう。
 皆さんは私の文章を見てどのように感じましたか?大体の人は「堅苦しい」だとか「古くさい」と思ったかもしれません。自分でもうすうす思ってます。
 では、なぜこんな文章になってしまったのか?私はもともと本を読むのは好きでした。特にミステリーが好きで、小学生のときから西村京太郎さんの作品を読んでました。そうなんです。私の小説のルーツは西村京太郎なんです。なので、影響された私はこのような昔ながらの文章になっているのです。
 最近は少しずつですが、ラノベを読んだりして、みなさんが「読みやすい」と思えるような文章づくりを日々研究しています。
 でも、この作品ではあまり文章づくりは変えたくないですね。ほら、統一感は大切でしょ?
 では、今回はここまで。次回をお楽しみに〜。


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第4話 吉野行って御所行って

 この小説には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が多く含まれておりますが、悪意はございませんのでご了承ください。


 私が乗った特急 吉野行きは2両編成だった。リニューアル工事を終えた古い車両だ。

 列車は緩やかなカーブを描きながらゆっくりと進んでいく。特急とは思えないほどのゆっくりさである。カーブを抜けても、依然として列車のスピードは変わらない。

 岡寺(おかでら)駅を通過し、飛鳥(あすか)駅に到着する。飛鳥駅は思ったより大きな駅ではなかった。どこにでもあるような、いたって普通のまちの駅だった。

 列車が再び動き出すと、私は座席の肘掛けからテーブルを出して、その上に橿原神宮前駅の売店で買った、柿の葉寿司を広げた。箱を開けると、柿の葉のいい香りがする。

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私が買った柿の葉寿司は6個入りで、鮭、鯛、鯖の寿司がそれぞれ2個ずつ入っていた。口いっぱいにほうばると、自然と笑みがこぼれる。美味しい。やはりそこらの100円寿司とは格が違う。ゆっくりと走る特急列車内から自然の風景を見ながら食べる柿の葉寿司は絶品だ。ああ、これが旅情というものか。そう思いながら景色を眺めていると、ごはんが喉に詰まった。

 

 近鉄吉野線は山あいに沿って走るため、カーブが多い。スピードこそ出ないが、停車駅が少ない分すぐに終点の吉野駅に着いてしまった。所要時間は約30分ほどだ。

 私はホームに降り立つと、ゴミ箱に空の柿の葉寿司の容器を入れた。幸せな時間は実に短い。

 吉野駅はそれほど大きな駅ではないが、終着駅特有の風情が漂う。

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駅前には土産物店が並んでいるが、人の姿は少なく、どこか寂しさを感じた。桜のシーズンなら、きっとすごく混んでいるのだろう。

 私は立ち並ぶ土産物店の1つに入り、お土産を探した。カルデアのみんなには何を買っていこう?思い切って店員に聞いてみることにした。

「すみませーん。お土産を探しているんですけど、何か吉野名物的なものはありませんか?」

 店員は少し考えて、

「そうねぇ、吉野葛(よしのくず)とかどうかしら。きな粉をかけて食べると美味しいんよ」

「じゃあ、それを1つください」

 お金を渡して受け取った箱は、かなり大きかった。この大きさなら、みんなも満足だろう。

 他にも柿を使った最中などを買い、私は店を出た。

 

 吉野駅に戻ってきたのは、改札を出てからわずか20分後だった。もう少し長く居たい気もするが、今回の旅はなるべく多くの列車に乗ろうと、心の中で密かに決めたのだ。気持ちを抑え、私は急行 大阪阿倍野橋行きに乗り込んだ。

 定刻通り列車は発車した。急行といえども、橿原神宮前までは各駅にとまる。

 左右に揺れながら、列車は山あいを進んでいく。ガタンゴトンという音が気持ちいい。次第に眠くなってくる。ふわぁ〜、と大きなあくびをすると、私の記憶はそこから途切れた。

 

 目が覚めたのは私が降りる駅の1つ前、薬水(くすりみず)駅を発車したときだった。そのとき、私は何もわかっていなかったので、多少焦った。しかし、流れた放送でホッと安心した。

 駅に着いてホームに降りる。私が降りた駅は吉野口(よしのぐち)駅だ。JR和歌山線に乗り換えるために下車したが、不思議な駅だ。改札口までまわると、JRと近鉄の駅舎が同じだ。それに自動改札機が無い。券売機は縦長の簡易的なもので、近鉄とJRは別になっていた。私は御所(ごせ)までの切符を買った。ICカードは持っているが、JR和歌山線では未だ非対応区間がある。吉野口はその区間に含まれる。2018年の春から使えるようになるらしいが、使えない今はとても不便に感じる。

 和歌山線のホームは近鉄の隣だった。地下通路で乗り換え自体はすぐだ。

 列車はもう着いていた。青い塗装の古い車両だ。2両編成の短い列車は乗り込むとすぐに発車した。

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昼間だが、かなり人が乗っていた。のどかな田園風景の中をガタンゴトンと走る。約10分ほどで、目的地の御所駅に着いた。

 

 御所駅は小さな駅である。駅員はこの時間不在だった。駅前にはタクシーが2台ほど停車しており、客がいないからか、運転手同士で煙草をふかしながら談笑していた。

 駅前から続く商店街を歩いていく。ほとんどの店がシャッターが下りており、唯一やっていたのはヤマザキストアぐらいだった。乗ってきたJR線の線路の手前で、商店街は途切れていた。踏切から向こうは個人商店が並び、まだ営業していた。どこの店も昔から続いている風な古い店だった。

 狭い道から広い道に出ると、信号を渡った先に駅らしき建物が見える。その建物こそ、近鉄御所線の御所駅である。駅前はJRに比べれば賑やかだった。バスが発着する小さなバスのりばがあり、駅員も配置されている。2両編成の短い列車が20分に1本のペースでやってくる。

 私は改札を抜けると、停車していた列車に乗り込んだ。車内は混んでいなかった。

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 ロングシートに腰をおろし、窓から外を見る。駅舎の裏側には住宅街が広がっている。

 やがて列車は動き出した。単線の線路を進む。わずか数駅で終点の尺土(しゃくど)に到着した。

 尺土駅のホームは人で賑わっていた。南大阪線との乗り換えもあるためか、今まで見てきた駅の中で1番活気があった。

 私は反対のホームに移り、再び御所に折り返した。近鉄御所線に乗った意味は特にないが、乗るだけでも充分楽しかった。




 どうも、魂魄せんむです。
 いつもあとがきをみっちりと書くせいか、ここに書くことがなくなってきました。早すぎますね(笑)。
 さて、いよいよ奈良の南編、クライマックスですね!あまり字数はないですが、書いているこちらとしては、会話が少ない分、とても厳しいです。次は3000字超えられるように頑張ります。
 では、また次回。


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第5話 田原本線と大和八木

 この作品には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が多数盛り込まれておりますが、悪意は全くもってございませんので、ご了承ください。


 御所駅から再びJR和歌山線に乗り、王寺(おうじ)駅を目指した。夕暮れの陽が車内に入ってくる。普通列車だから各駅に停車するのだが、焼畑が盛んに行われているせいか、車内が煙たい。しかし、他の乗客たちは慣れているのか、咳の1つもしない。

 揺られること約20分。王寺駅に到着した。もう太陽も沈んでいる。関西線との乗り換えもあり、駅は大きい。

 改札を出ると、私はもうひとつの王寺駅、新王寺(しんおうじ)駅を探した。近鉄には2つの王寺駅が存在する。生駒(いこま)線の王寺駅と田原本(たわらもと)線の新王寺駅である。場所はほとんど変わらないものの、改札と駅舎は別になっていて、別もの扱いされている。JR王寺駅からは2つとも一緒ぐらいの距離だ。

 しかし、私は新王寺駅を見つけられないでいた。王寺駅はあったものの、なぜか見つからない。

 「おかしいな」と、首を傾げつつ、JR王寺駅から通路が続く商業施設に入った。すると、意外なものを見つけてしまった。

「なんで…、こんなところにスーちゃんが…?」

 名古屋人なら誰もが知ってる。スーちゃんとは、名古屋のソウルフード、「スガキヤ」のマスコットキャラクターだ。愛知、岐阜、三重と台湾ぐらいでならよく見かけるが、まさか奈良で出会うとは、私も思っていなかった。あの独特な魚介豚骨スープがクセになるラーメンが恋しい。

「食べたいけど…、またねっ!」

 独り言を呟きながら、私はダッシュで階段を下りた。列車の発車時刻は、刻一刻と近づいていた。

 

 やっと駅を見つけたときには、もう発車ベルが鳴っていた。仕方なく1本を見送り、私は次の列車を待つことにした。駆け込み乗車は危ないからね、やめようね。

 列車が行ってしまった後のホームは、どこか寂しげだった。駅員の靴音だけがホームに響く。寂しげな雰囲気だったのは、この駅だけではなかったが、日が暮れていたせいか一段と、しんとしていた。

 列車がやってくると、また賑やかになる。西田原本(にしたわらもと)行きの普通列車。

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学校帰りの学生たちの姿が車内には目立つ。私は空いている、今日見慣れた赤いロングシートに腰を下ろした。窓から見える外の景色は、黒一色だった。

 発車すると、列車はカーブを描く。田原本線はところどころに小さなカーブが多い。列車は今まで以上に左右に揺れながらゴトゴトと進んでいく。ワンマンなので、車掌の車内巡回もない。

 終点の西田原本駅に着くと、気温はぐっと下がっていた。薄着なので、肌寒く感じる。

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 さて、私は橿原(かしはら)線の田原本駅まで歩かなければならない。駅までは相当距離があるのかな?とかいう心配は無用だった。ロータリーを挟んですぐのところに灯りが見える。大きさからみて、一軒家ではなさそうだ。近づいていくと、次第に輪郭がハッキリしてきて、その建物が駅であることがようやくわかった。西田原本駅からわずか徒歩2分足らずである。

 近すぎる!駅を分ける必要があるのか?王寺駅と新王寺駅もそうだが、そういうところが近鉄の不可解な点だと私は思った。まあ、そういうのがあるから鉄道は面白いのだが。

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 田原本駅から橿原神宮前行きの急行に乗った私は空腹だった。昼から水さえも飲んでおらず、これが夏だったら倒れていただろう。

 時間ももう18時を過ぎていたので、あとは帰るだけなのだが、なにぶん計画をそこまで緻密に立てていた訳ではない。夕食まで考えてなかった。

 無計画のまま、乗り換え駅である大和八木(やまとやぎ)に到着した。

 せっかくなので、フリーきっぷの特権を活かし改札外に出てみる。

 どこか飲食店があればいいと思っていた。しかし、それが裏目に出た。

 女子が1人が入れるような店が無い。居酒屋はよく見かけるが、ファーストフード店のようなところは見つからない。ミスタードーナツはあったが、夕食に甘いスイーツはやめておこう。最近体重が増えたので、甘いものは極力控えるようにしている。

 唯一見つけたのは、喫茶店だった。駅の1階、バスターミナルに面して店を構えている。店に入ると、煙草(たばこ)珈琲(コーヒー)の香りがする。狭い店内には、店員と談笑する常連客らしき人の姿があり、雰囲気は明るかった。

「空いてる席どーぞ」

 私に気づいた店員はそう言うと、いそいそと厨房に向かった。

 厨房からほど近い席に座ると、先程の店員が水の入ったコップと水差し、メニューを持ってきた。私より少し背が高い女性で、どこがとは言わないが、私より大きい。無意味にも湧き上がる憤りと無力さを圧し殺しつつ、メニューを受け取り、開いて眺める。まあ、私も無い訳ではないんですけどぉ?「無い」とか言ったら他の人たちに殺されかねないぐらいはありますけどぉ?

 ハンバーグステーキとナポリタンで迷った挙句、結局は焼飯を注文した。

 しばらくすると、他の客は勘定を済ませて出ていってしまったので、店内には厨房にいる店員2人と私の3人だけになっていた。

 厨房からは炒め物を作っているときのジュワァァァーという音と、野菜を塩コショウで炒めているときの独特な香りが、余計に空腹を刺激する。

 出された焼飯はできたてで、ボリュームがあり、ホカホカと湯気がたっている。

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口の中が火傷するのを覚悟で、スプーンで焼飯を掻き込む。口の中に野菜の旨味と塩コショウで味付けされたごはんの風味が広がる。具材は至ってシンプルだが、塩コショウで味付けされた素朴な味が、どこか懐かしい。熱さも忘れて、一心不乱に焼飯を掻き込んだ。

 美味い、美味すぎるっ!まさに隠れた名店だ。

 あっという間に食べ終わってしまった。水を1杯飲み、口を紙ナプキンで拭くと、私は席を立ち、会計に向かった。

「600円になります」

 私はマシュの顔を形どった小銭入れから100円硬貨を6枚出した。

「その小銭入れ、かわいいですね」

 店員が私の小銭入れに気づいた。

「私の大切な人が作ってくれたんです」

「じゃあ、宝物ですね」

 ニッコリと笑って話してくれる店員のお姉さんは、とても美人だった。

「ごちそうさまでしたっ!」

 私も知らずしらずのうちに、笑顔になっていた。

 

 大和八木から再び近鉄に乗車する。19時過ぎの快速急行 五十鈴川(いすずがわ)行きだ。2人掛けシートの8両編成で、伊勢中川まではたっぷりと時間がある。車内は空席が無いほど混雑していた。しかし、混雑していたのは途中の赤目口(あかめぐち)までで、それ以降は乗ってくる人はおらず、また降りる人もほとんどいなかった。

 長い長い青山のトンネルを抜け、林の中をズンズン進めば、伊勢中川である。

 伊勢中川では、多くの人が列車から降りた。私も、その人々に混じって下車した。降りたホームの向かい側には、名古屋行きの急行が停車していた。しかし、私はあえて別の列車に乗ることにした。

 1日頑張った私へのご褒美に…。急行の後から来る特急のきっぷをホーム上にある自動券売機で買った。

 伊勢志摩(いせしま)ライナーやアーバンライナーではないが、ゆったりとリクライニングシートの特急で帰りたかった。

 列車が来るまではしばしの時間がある。ホームのベンチに座り、私は待った。11月の伊勢中川は、名古屋よりも気温が低く感じられた。薄着で出かけたことを、ほんの少し後悔している。

 しかし、伊勢中川という駅は夜でも賑やかだ。都会というほど栄えている訳ではないが、列車がやってくる頻度は、今日見てきたどの奈良の駅よりも多い。行ってしまったと思ったら、またすぐにやってくる。

 何本も何本も列車が行き交うのを見ているうちに、私が乗る予定の特急がやってきた。

 車体更新工事がされていない、昔ながらの近鉄特急だ。折りたたみ式の扉が開き、乗車する。

 始発駅は鳥羽のはずだが、私の乗る1号車は誰1人乗っていなかった。

【挿絵表示】

この駅から乗ったのも、1号車は私だけである。こんな特急は初めてだ。まるで貸切のよう。

 列車は動き出した。ポイントを抜け、名古屋線に入っていく。

 津は思っていたよりも、伊勢中川からずっと近い。津からは1号車に2人が乗車した。

 その後も特急は白子、四日市、桑名と停車していく。しかし、津から以外には乗客は乗ってこなかった。

 

 名古屋に近づいてきた。見慣れたスーパーのサイン看板が真っ暗闇のまちなかを照らしている。地下に入れば、もう終点だ。

 終着放送が流れ、駅に着く。扉が開けば、もうそこは私がよく知っているまちである。

「ただいま、名古屋」

 私は誰にも聞こえないような声で、ボソリと呟いた。




 どうも、作者の魂魄せんむです。
 奈良の南編、ついに完結しました!しかし、物語自体は終わってませんよ。奈良の北編と伊勢編がありますからね。
 引き続き、お楽しみください!では、また。


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第6話 ミケとブル

 この作品には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が多数盛り込まれておりますが、悪意はございませんのでご了承ください。


 11月4日、7時過ぎ。

 私は特急列車に揺られていた。やっぱり特急は楽だ。乗り換えせずに大和八木(やまとやぎ)まで行ける。

 大和八木で橿原(かしはら)線に乗り換えて、私は奈良を北上する。さらに普通列車を大和西大寺(やまとさいだいじ)で乗り換えて、生駒(いこま)を目指す。

 大和西大寺駅は奈良線、京都線、橿原線が乗り入れる大きな駅ということもあり、乗り換えに少し手間取った。

 奈良線の快速急行 神戸三宮(こうべさんのみや)行きは8両編成でやってきた。クロスシートで灰色の車体は、名古屋では見られないものだ。

 私が乗り込むと、後ろでドアが閉まった。

 列車はぐんぐんスピードを上げ、気がつけば生駒に到着することを知らせる放送が流れていた。

 列車を降り、階段を上がって改札を通る。

 私は生駒ケーブル線の駅を目指した。生駒ケーブル線の駅は、生駒駅からほど近い場所にあり、駅名は鳥居前(とりいまえ)。ぶっちゃけ駅名一緒でいいじゃんとか思うが、それには何か事情があるんだろう。

 生駒ケーブル線の改札は自動改札ではなく、係員が立っていた。改札前には子供向けの顔出しパネルが置かれている。ホームは子供らで溢れていた。

「乗れるかなぁ?」

 生駒ケーブル線は本数がマジで少ない。また車両も1両編成なので、この人数が乗れるのか不安だった。乗れなかったら、20分待たなければならない。

 ゆっくりと、何かがホームに入ってくる。いや、車両に間違いないが、何かと表現したのは、普通の車両ではなかったからだ。

 ブルドッグを型どった車両は実にユニークだ。子供たちはキャッキャとはしゃいでいた。

【挿絵表示】

 

 車両はどちらかといえば小さめで、座席は階段状に配置されていた。

 ドアが開くと、我先にと子供たちは車内に駆け込んでいく。座席はあっという間に子供たちだけで埋まった。

 だけど、何でこんなに子供たちがいるのだろう?この先に何かがあるのか?

 生駒ケーブル線は生駒〜宝山寺(ほうざんじ)と宝山寺〜生駒山上(いこまさんじょう)の2つの区間に分けられる。鳥居前から宝山寺までは1駅で、宝山寺から生駒山上の区間は途中駅が2つほどある。

 発車すると、車体は大きく上下に揺れはじめた。それに合わせて私のモノも揺れる。

 生駒ケーブル線は日本で1番古いケーブル線なのだが、線路が古いのか知らないが、今まで乗ってきたどの列車よりも揺れる。乗り物に弱い人はきっと乗れない。

 ちょうど中間地点あたりで1本だった線路が2本に分かれ、そこで反対側の列車とすれ違う。

 こちらがブルドッグに対して、反対側の列車はネコだった。名前があるらしく、私が乗っているのが「ブル」、あちらが「ミケ」というらしい。

 5分ほどで宝山寺に到着すると、皆一斉に階段を昇り、生駒山上方面へと向かう。

 次に待っていたのは、ケーキのデザインが施された、なんとも可愛らしい車両だった。

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 反対側の列車はどのようなデザインなのだろうか?少し、楽しみになってきた。

 このケーキも先ほど同様に、めちゃくちゃに揺れる。

 周りが私の一部分に注目しているのは気のせいだろうか?

 やがて、反対側の列車とすれ違う。反対側の列車は楽器や音符がデザインされていた。コンセプトは「森の音楽」らしい。

 途中の2駅では誰も乗らないし、そして誰も降りなかった。

 終点の生駒山上駅に着くと、ホームからは麓の民家や生駒駅などが見える。

 ドアが開くと同時に子供たちは駅の改札をダッシュで抜けていった。

「子供は元気だなぁ…」

 そう呟きながら、私も改札を出る。

 なるほど、子供が多いのはこのためか。

 駅の前に広がる光景を目の当たりにし、ようやく合点がいった。

 遊園地だ。しかも、かなり広い。

 しかし、なぜか列車は40分に1本ほどしかない。不便な場所だなぁ。

 そんなことを思っていると、駅の時刻表には

「11月3日から5日までは10分おきに運転します」

 という紙が貼られていた。

 私は次の列車で折り返し、鳥居前まで戻った。

 帰りも行きと同じ2両に乗った。帰りの列車は寂しいぐらい静かで、ただただ車輪が線路を通過する音だけが車内に響いた。




 どうも、魂魄せんむです。
 ようやく新章突入です!いやぁ、長かった。
 今回は生駒ケーブル線を中心に書きましたが、いかがだったでしょうか。少し短い気もしますね。
 生駒ケーブル線は乗ってるだけでも楽しいので、大阪にお出かけの際はぜひとも乗ってみてくださいね。
 また次回の後書きでお会いしましょ。


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第7話 気づけば奈良じゃなかった。

 この小説には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が含まれておりますが、悪意はございませんのでご了承ください。


 生駒駅に戻ってきた私は、けいはんな線に乗ることにした。

 特に行きたい場所はないが、せっかくのフリーきっぷだ。時間があるなら乗ればいい。

 近鉄けいはんな線は大阪市営地下鉄中央線と相互直通運転をしており、また電気を車両に取り入れる方式も、他の近鉄各線がパンタグラフで集電するのに対し、唯一けいはんな線のみサードレールといわれる第3のレールから集電する第三軌条方式を採用している。これは地下鉄に合わせたためである。

 学研奈良登美ヶ丘(がっけんならとみがおか)行きの列車が入ってきた。車両は大阪市営地下鉄中央線の緑のものだった。

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 ドアが開くと、客がゾロゾロと降りてくる。

 私が乗り込むと、すぐにドアは閉まってしまった。

 列車は眩しい陽射しの中を走る。しかし、その陽射しは途端に消えてしまった。別に地下を走っているわけではない。

 これもけいはんな線の特徴なのだが、やたらとトンネルが多い。しかも長い。駅もまた半分がトンネル内で、明るい日光はなかなか見えない。

 10分ほどで終点の学研奈良登美ヶ丘に到着する。駅からほど近い場所にはイオンモールが見えた。

 私はすぐに折り返しのコスモスクエア行きに乗る。

 車両は近鉄のものだった。近鉄の車両には白い車体に青や黄色のラインがはいっており、それはなんだか異質な存在だと私は思った。

【挿絵表示】

 

 

 新石切までの長いトンネルを抜け、やっとまともにひなたが当たるようになったと思えば、高速道路に沿って走るため、また車内が若干暗くなる。

 地下鉄線との境界駅である、長田(ながた)駅に着くと、私は一旦改札を抜けた。ここから先はフリーきっぷが使えないため、ICカードに持ち替える。

 今から向かうのは鶴橋(つるはし)である。鶴橋までは近鉄ではなく、他社線を使う。

 再び改札を通りホームに下りると、列車はもう来ていた。

 3駅ほど走り、途中の森ノ宮(もりのみや)でJR大阪環状線に乗り換える。

 最近古い車両が引退したばかりで、やってきたのは新型でピカピカのものだった。

 車内には大きなディスプレイがドア上と連結部分に設置されており、日本語の他にも英語、ハングル、中国語で案内が流れる。つり革も黄色の大きなもので太いのでとても握りやすかった。

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 鶴橋まではすぐなので私は座席には座らなかった。

 鶴橋に着くと、近鉄の乗り換え改札はすぐ目の前だった。

 そういえば、おなかがすいてきたような…。

 ホームの時計を見ると、時間は12時を回っていた。

 とりあえず、近鉄の改札を通る。すると、コンコースに1軒の飲食店を見つけた。

 私は吸い込まれるように、その店に入っていった。

 その店はうどんやそば、はたまた中華を取り扱っていた。

 私は券売機でうどんのセットの食券を買い、店員に手渡した。かわりに番号札を受け取る。

 札を貰ったあと、私は窓近くのカウンター席に腰を下ろした。

 窓からは、改札口が見える。

 しばらくすると私の番号が呼ばれた。

 取りに行き、ついでに水をコップに注ぐ。

 うどんからはホカホカと湯気が立っていた。

 うどんに鶏飯が付いているこのセットは、500円出せばお釣りが帰ってくるので、コスパが良い。

【挿絵表示】

 

 箸をとり、うどんをすする。

 名古屋の濃い出汁とは違い、関西特有の薄い出汁はただ薄いだけではなく、そこにはしっかりと素材の旨味が詰まっていた。

 鶏飯もどちらかといえば薄味だが、変にうどんの旨味を邪魔しないので、ぴったりだ。

 私は5分ほどで食べ終わると食器を返却し、また新たなホームへと向かった。

 

 奈良線はいかにも通勤路線といった感じだ。しばらくはまちの中の高架線を進んでいく。

 やがてわたしの乗る快速急行は東花園(ひがしはなぞの)駅を通過する。

 東花園はラグビーで有名だ。しかし、それ以外何かあると問われれば、何もないかも知れない。

 東花園を過ぎると、少し傾斜が多くなりカーブが増える。石切(いしきり)からは長いトンネルに入り、抜ければ生駒である。

 私は流れていく景色をなんとなく眺めていた。都会から少し離れ、丘の上の住宅街を通るこの列車は決して行楽路線ではないと思った。

 大和西大寺を過ぎ、列車は平城京跡(へいじょうきゅうせき)の中を走る。

 かつての都を東西にぶった切って走る奈良線は異様だ。何故このようになったのかは知らないが、歴史には興味がある。

 終点の近鉄奈良駅は地下にあった。

 改札から続くコンコースには、柿の葉寿司だの大仏プリンだのという店が並んでいる。

 地上に出ると、そこは観光客で溢れかえっていた。

 さすが奈良の中心部といった感じだ。特に中国からの観光客が非常に目立つ。

 昨日のようなどこか寂しげな雰囲気は微塵も感じなかった。

 私は駅からほど近い場所にある、奈良交通のきっぷ売り場へ足を運んだ。そこで1日乗車券を買い求める。

 奈良交通の1日乗車券は所定の区間ならば500円で乗り放題という大変お得だ。東大寺(とうだいじ)春日大社(かすがたいしゃ)、平城京跡、唐招提寺(とうしょうだいじ)といった主要な観光地もしっかりとカバーしている。しかし、法隆寺(ほうりゅうじ)だけは行けないようになっている。法隆寺へは、拡大版の1日乗車券が有効だ。

 いつもは2つに折り畳んだ紙製の乗車券が渡されるのだが、私が受け取ったのは木片だった。紫色の紐が通してあり、首からかけられるようになっている。

「あの、これは…?」

 私が困惑しながら尋ねると、係員は笑って、

「今は数量限定で木簡(もっかん)を型どったものになっとるんです」

 と、若干関西弁が混じったイントネーションで答えた。

 なるほど、木簡か。たしかに言われて見れば見えなくもない。

 木簡とは、奈良時代の今で言う手紙のようなものである。木の板を紐で繋ぎ合わせ、そこに筆で文章が書かれている。

 有名なもので言えば、聖徳太子(しょうとくたいし)厩戸皇子(うまやどのおうじ))が(ずい)の皇帝に送ったものである。きっと読者のみなさんも歴史の授業で習っているだろう。

 乗車券の真ん中には、紫色の文字で今日の日付が刻印されている。

 私は首に紐を通すと、早速バス停に向かった。




 毎度どうも。魂魄せんむです。
気づけば7話目ですね。早いですね。
 では、また次回もお楽しみに!


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第8話 東大寺と生駒線と

 この小説には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が多数含まれておりますが、悪意は全くもってございませんので、ご了承ください。


 苦しい…。

 ふんッ、という掛け声とともに力を入れ、なんとかしようとする。が、どうにもならないでいた。

 

 事は遡ること少し前…。

 1日乗車券を手に入れた私は、そのまま東大寺方面行きのバスに乗り込んだ。

 東大寺に来たのはとても久しぶりで、来たことがあるのに、なんだか無いような気もしてきた。

 紅葉のシーズンでもあってか、境内は観光客で溢れかえっていた。

 ゆっくりと参道を歩き、本殿に入る。かの有名な大仏は入ってすぐのところに鎮座していた。

 大仏は本当に大きい。下から見上げて,やっと顔が見えるといった感じだ。

 薄暗い本殿内を歩き、大仏の後ろを通ってあの柱のところに着く。

 その柱には、大仏の鼻の穴と同じ大きさの穴が大きく空いている。

 私は小学生のときと同じような感じで、穴をくぐり抜けようとした。

 しかし、途中でつっかえてしまった。という訳だ。

 

 完全に忘れていた…。

 そう、昔の私と今の私とはでは大きく異なるところが1つある。

 それは胸だ。

 たわわに育った胸は穴をくぐり抜けるうえで、とても邪魔になっており、私がいくら力を入れようとも、身体は動かなかった。

 悪戦苦闘すること5分。結局、係員の人に引っ張ってもらいなんとか抜け出したが、一部始終を見ていた他の人々は私を見て、クスクスと笑っていた。私の顔はきっと赤くなっていたことだろう。

 あと、私の衣服は少し汚れてしまった。白い服だったのだが、引っ張ってもらった際にできてしまった、引っ掻いたような木の色が残ってしまった。

 

 薄暗かった大仏殿から出ると、柔らかな陽射しが眩しい。

 鹿は気持ち良さそうに道の端で寝ている。

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 私は近くのバス停まで行くと、バスに乗り、JR奈良駅を目指した。

 本当はまだ興福寺(こうふくじ)などにも行く予定だったが、東大寺で想定外に時間を使ってしまったので、そこは我慢してスケジュール通りに進める。

 駅に着くと、私はすぐに改札口を通り、まっすぐ関西線のホームに向かった。

 大和路(やまとじ)快速 の難波(なんば)行きが停まっており、発車ベルが鳴り始めていた。

 私が乗り込むと同時に後ろでドアが閉まり、動き出す。

 3つほど通過すれば、昨日も来た王寺(おうじ)に着く。

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 王寺で乗り換え、近鉄生駒(いこま)線に乗る。

 時間は17時頃でちょうど帰宅ラッシュだったが、客はあまり乗っていなかった。

【挿絵表示】

 

 発車すると、列車はすぐにカーブに差し掛かる。悲鳴にも似たような音を出して、ゆっくりと曲がる。

 私は暗くなりつつある景色を眺めていたが、特に変わり映えしなかったので、なんとなく眺めていたが、途中で景色はすっかり変わってしまい、そこから先の風景はさっきとは違って、しっかりと眼に焼き付いていた。

「何…、これ…?」

 見えるのは嫌と言うほど見てきた田んぼではなかった。ブルーシートだ。一面がブルーシート。そして列車はそれらを見せつけるようにスピードを落とす。

 これは後から知ったことだが、この区間ではつい最近土砂崩れが起きたそうだ。原因は台風で、数日間は近鉄生駒線も不通となっていた。そして、このブルーシートはその爪痕を物語っていたのである。

 近鉄生駒線は私が乗る2日ほど前にひとまず復旧し、完全復旧を目指して工事の真っ最中だった。

 ブルーシートの区間を抜けると、そのあとはなんら変わらない普通の見慣れた風景が続いた。

 

 終点の生駒に着き、私は奈良線に乗り換えた。そして急行列車に揺られ、夜の鶴橋(つるはし)にやってきたのだった。




 作者の魂魄せんむです。
 今回は今までで1番短くなってしまいました。でも、こうしないとなんか区切りが悪そうだったので、分けました。
 その分、次回も早めに投稿したいと思います。
 では、また次回の後書きでお会いしましょ。


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第9話 飯テロアーバンライナー

 この作品には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が含まれる場合がありますが、悪意はありませんのでどうかご了承ください。


 大阪•鶴橋。日が暮れた後も賑やかなまち。

 ところどころに焼肉屋のネオン看板が見え、派手に光っている。

 駅から続く昔ながらの商店街には様々な店が並び、なかには店先でおっちゃん達が酒を片手に談笑しているところもある。

 そろそろお腹が空いてきた私は、グルメを求めて商店街を彷徨った。

 あちこち彷徨った末にたどり着いたのは商店街に入ってすぐのところ、駅からほど近いタコ焼き屋だった。

 店自体はとても小さいが、イートインスペースがあり、そこでも2人の男が酒を飲んでいた。もちろん、肴はタコ焼きだ。

 鉄板でおっちゃんとおばちゃんが慣れた手つきでコロコロとタコ焼きを作っていく。

「すみません、タコ焼き10個入りを1つ」

 私が注文すると、おっちゃんたちは「あいよ」と、手際よく白い容器にタコ焼きを詰めていく。

 ホカホカのタコ焼きにドロっとしたソースをつけ、そこにマヨネーズをたっぷりとかける。極めつけに、ごっそりと削り節をかければ完成だ。

「ほな、おおきに」

 タコ焼きが入ったビニール袋を渡しながら、おばちゃんはそう言った。

 

 私は近鉄に乗り、鶴橋から1駅の上本町にやってきた。

 駅直結の近鉄百貨店に入り、目当ての店を探す。するとデパ地下の一角に、一際行列ができている店を見つけた。

 551蓬莱(ほうらい)。豚まんが有名な中華料理店だ。大阪に来たら絶対に買おうと思っていた。

 もう閉店に近い時間だったが、まだ10人ほどが並んでいた。

 私も並び、順番を待つ。

 本日最後の豚まんが蒸しあがったのか、途中から列の流れが早くなった。

 私は2個入りを買い、急いで駅に引き返した。

 気がつけば、もう特急がやってくる時間だった。

 

 アーバンライナーは大阪難波と名古屋を結ぶ、近鉄を代表する特急列車だ。

 停車駅が少なく、一部を除けば大阪上本町、鶴橋、津、終点 名古屋だけだ。

 現在、アーバンライナーPlusとアーバンライナーNextの2種類が存在するが、所要時間などあまり大きな違いはない。

 名阪直通特急自体の歴史は長く、近鉄が私鉄で初めて有料特急を走らせたことに始まる。2017年で70周年という節目を迎え、現在は大阪難波〜名古屋間を約2時間で結ぶ。

 20:02発のアーバンライナーはPlusの方だった。

 私は1号車に乗り込んだ。

 1号車は他の車両と違い、デラックスカーと呼ばれている。料金もレギュラーシートに比べると500円ほど高い。

 座席は2人掛けの4列シートではなく、1人掛けの3列独立シートで、コンセントが完備されている。また、座席が広く、前後との幅もゆとりがある。さらにテーブルが大きいため、非常に快適だ。

 その快適さゆえに、500円高くとも利用する人は多い。

 座席に座ると、一度に全身の力が抜けた。あとはもう名古屋に帰るだけだ。

 列車が動き出す。地上に出れば、直に鶴橋のまちのネオン看板が見える。会社帰りのおっちゃんたちが歩く姿が見える。

 鶴橋を出れば、この列車は津までとまらない。

 列車はすぐに発車し、スピードを上げる。気がつけば、スピードは120キロにも達していた。

 …それにしても美味しそうな匂い。

 どこからか、タコ焼きのソースやホカホカの豚まんから漂う香りは私の空腹を刺激する。

 肘掛けの蓋を開けテーブルを出すと、買ってきたものを広げた。

 私が買ったタコ焼きと豚まんはまだ温かった。

 割り箸を割って、タコ焼きを口に運ぶ。

 口に入れた瞬間に広がるのはドロっとした独特のソースの味と、削り節の香り。火傷になりそうながらも、箸を持つ手が止まらない。

【挿絵表示】

 

 あっという間に平らげてしまい、続けて豚まんを食す。

 蒸しあがったばかりの豚まんはまた格別だ。もうたまらない。

 一通り大阪のグルメを楽しんだ私は、満腹になると強烈な睡魔に襲われた。

 

「…先輩、このタコヤキというものは美味しいですね」

「…ブタマンというのもなかなかいけます」

「先輩はズルいです。こんな美味しいものを教えてくれないなんて」

「今度の旅は私も連れて行ってくださいね、先輩」

 

 …聞き覚えのある声がする。

 …マシュが呼んでいる。

「…きゃくさま」

 えっ?

 私が目を開くと、そこにマシュの姿はなく、代わりに車掌さんの姿があった。

「終点の名古屋です。この列車は車庫に入るので、お急ぎ願います」

「あっ、ハイ」

 夢…か。いや、夢というより幻聴か。多分疲れてるんだなぁ…。

 私は重い身体を支えながら、列車を後にした。




 作者の魂魄です。
 奈良の北編もついに終わり、いよいよ伊勢編に入っていきます!と言っても、伊勢編はすぐに終わりそうですけどね。
 次回もお楽しみに!
 


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第10話 近鉄鈴鹿線はあの鈴鹿御前とは関係ない

 この小説には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が含まれる場合がありますが、悪意は全くございませんので、ご了承ください。


 昼の名古屋駅は賑やかだ。ここ2日間は朝早かったから忘れていたが、名古屋駅は終着駅(ターミナル)なのだ。たくさんの人が近鉄に乗って、それぞれの場所へ行く。

 私はいつも通りの3番線から急行に乗る。13:21発の急行 五十鈴川(いすずがわ)行きは6両編成で、車内は座席が空いてぐらい混雑しており、百貨店の紙袋を下げたマダムの姿が目立つ。

 つり革を握り、ぼんやりと外を見る。窓からは、特急列車が停まっているのが見える。

 特徴のある近鉄特有の発車ベルが鳴り、扉が閉まる。ガタンという音とともに列車はゆっくりと動き出した。名古屋駅独特のポイントを渡り、地下から地上に出る。車窓から見える風景は、もう見慣れたものだ。

 急行は蟹江(かにえ)弥富(やとみ)桑名(くわな)を過ぎ、列車はどんどん南下していく。四日市(よっかいち)を過ぎれば、混雑していた車内には少しの余裕ができてくる。

 四日市は日本最大の工業地帯である、中京工業地帯(ちゅうきょうこうぎょうちたい)に含まれており、石油コンビナートやガスの丸いタンクなどを車窓から見ることができる。

 塩浜(しおはま)を出れば、次は伊勢若松(いせわかまつ)だ。先程の工業地帯とは変わって、民家が多くなってくる。

 伊勢若松は近鉄鈴鹿(すずか)線との乗り換え駅である。

 鈴鹿といえば、F1のイメージが強い。鈴鹿サーキットは世界的にも有名なサーキットだ。子ども向けの遊具もあり、F1好きだけでなくちびっ子達も楽しめる場所となっている。逆にFGOが好きな読者のみんなは気づいたと思うが、鈴鹿のまちはあの鈴鹿山の(ふもと)にあるのだ。鈴鹿山といえば、鈴鹿御前(すずかごぜん)が有名だ。

 鈴鹿御前は鈴鹿山を根城とした舞姫だ。恋人であった坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)と共に鬼退治を行ったとされている。絶世の美女とされており、当時は天女や鬼などと言われた。しかし、彼女は第四天魔王の愛娘であった。地上に来たのは、日本を魔国にするためであり、父親である第四天魔王から人間を滅ぼすよう使命を授かっていた。最終的には、恋人であった坂上田村麻呂の手によって倒されてしまう。まさに悲恋の天女とも言えるのだが、何故かうちのカルデアにやってきたのは、狐耳を生やしたJKだった。彼女曰く、JKが美の最先端であるらしい。

 しかし、そんな鈴鹿御前と近鉄鈴鹿線は全くと言っていいほど無関係である。鈴鹿線の終点は、伊勢若松から4つ先の平田町(ひらたちょう)で鈴鹿山は結構遠い。

 では、何故鈴鹿御前について書いたか?そんなの、文字数稼ぎに決まっているじゃないか。

 

 伊勢若松を過ぎ、しばらく走れば津である。

 津は三重県の県庁所在地だが、あまりイメージがつかない。そう、津というまちは地味なのだ。

 まちの人口でいえば、四日市の方が多いし、これといった観光スポットもない。私自身も車内から見えた駅の案内板を見て、津城の存在を知ったぐらいだ。

 名物は餃子だが、やはり餃子が名物のまちといえば、栃木(とちぎ)県の宇都宮(うつのみや)だとか静岡(しずおか)県の浜松(はままつ)が有名だ。

 津には何もない。名古屋も何もないが、それ以上に何もない。

 人だけがやたらと多く、乗客のほとんどが津で降りた。

 私はまだまだ先を往く。やがて2日間お世話になった伊勢中川(いせなかがわ)を過ぎ、松阪(まつさか)に着く。私はそこで降りることにした。

 松阪駅は、近鉄とJRとの共同駅舎である。南口はJRのホームを通らなければならない。

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 時間は14時過ぎだった。ちょうど、JRのホームに立ち食いの店があったので、私はランチをそこでとることにした。

 のれんをくぐり、ガラス戸を引くと、割烹着姿のおじさんが出てきた。

 何を頼もうか迷ったが、最終的には伊勢うどんと和牛肉うどんに絞られ、結局和牛肉うどんを注文した。

 480円の和牛肉うどんはすぐに出てきた。美味しそうな匂いが、ホームに漂う。

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 割り箸を割って、麺をすする。和牛の肉汁の旨味がつゆによく合っている。牛肉と青ネギだけのシンプルな具材だが、出汁の味を邪魔せず、丼鉢のなかのもの全てが一体となって美しいハーモニーを奏でているようだった。それだけでも十分美味しいのだが、聞こえてくる客の話し声や駅の放送、気動車のディーゼルエンジン音がまた旅情を感じさせ、より一層うどんを美味しくする。これもまた旅の醍醐味だ。

 つゆまで飲み干し、余すことなくうどんを味わった私は、また近鉄のホームに折り返すのだった。




 作者の魂魄せんむです。
 さて、今回は何故か鈴鹿御前がメインのようになってしまいましたが、私は和牛肉うどんの方をメインにしたかったんですよ。
 和牛肉うどんを売ってるのは松阪駅のJRのホームにある「汽笛亭」というお店なんですが、実は今年の春に閉店してしまいます…。食べてみたいと思った方は、お早めに。
 それでは、また次回のあとがきでお会いしましょー!


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第11話 おかげ横丁?ナニソレオイシイノ??

 この小説には、近鉄沿線市町村に対する作者の偏見が多数含まれておりますが、悪意は全くもってございませんので、あらかじめご了承ください。


 近鉄山田(やまだ)線をご存知だろうか?伊勢中川(いせなかがわ)宇治山田(うじやまだ)間は鳥羽(とば)線ではなく、正式には山田線である。一方の鳥羽線は宇治山田〜鳥羽間にあたる路線のことだ。2つの路線は一体化して運転されることが多いので間違われることがしばしばある。

 わざわざ区切っているのは、何故なのだろうか?私は正直、「一体化して鳥羽線でいいじゃん」とか、カルデアに帰ったあと路線図を眺めながら思ったのだが、多分歴史的背景があるのだろう。深くこの小説では突っ込んではいけない気がしてきた。

 そして、いま私は山田線の普通列車に揺られている。

 ろくに放送を聞かなかった私が悪いのだが、たった今あとから発車した急行列車に追い抜かされていった。少し無駄な時間を過ごしているみたいで、若干後悔している。私は目的地には早く行きたい派だ。

 伊勢市(いせし)を過ぎれば宇治山田に到着する。

 宇治山田は伊勢神宮の最寄り駅である。駅前のバス乗り場からは、内宮(ないくう)へのバスがたくさん出ている。

 伊勢神宮といえば、多くの人はおかげ横丁がある内宮を思い浮かべる。しかし、私は外宮(げくう)に行くことにした。何故なら、内宮は遠いからだ。

 時間は16時を過ぎていた。今からバスで行っても、内宮は本殿に辿り着くかさえあやしい。

 外宮は、内宮に比べればバスの本数は少ないが、宇治山田から近いので、本殿までなら行ける。

 駅を出て、乗り場でバスを待つ。乗り場からは、歴史ある宇治山田の駅舎がよく見える。

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 宇治山田駅舎は、重要文化財に指定されている。

 綺麗な駅舎だが、実は私が訪れる1週間程前に台風の影響で、駅舎内が浸水してしまっていたらしい。

 しかし、そんなことは無かったかのように、爪痕は残っていなかった。私が見つけられなかっただけで、実はあったかもしれないが。

 やがて、三重交通のバスが来た。だが、それはただのバスではなかった。

 何かデザインが施されている。それはまるで昔の路面電車のようだった。

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 後ろの扉が開き、車両に乗り込む。

 車内も木を基調としており、青いソファがまた懐かしく感じる。

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 照明も、ノスタルジックな丸いものになっていた。

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 やがて扉が閉まる。そのときも、路面電車のように「チンチン」という音がする。

 あとから調べたのだが、このバスは神都(しんと)バスといい、昔この伊勢を走っていた三重交通の路面電車•神都線をイメージして2013年の式年遷宮(しきねんせんぐう)のときに造られたそうだ。木製の車内はもちろん、パンタグラフなどもしっかり再現されている。イベント時には、運転士の制服も路面電車時代を再現したものになるらしい。

 バスには、私以外の客は乗っていなかった。

 伊勢市駅を経由して、約10分ほどで外宮前に着いた。

 閉門時間ギリギリということもあってか、外宮前の人通りは少なく、静かだった。

 信号を渡り、薄暗い外宮の杜に入っていく。参道には行灯があまり設置されていないので、奥に進むにつれてだんだんと暗くなっていく。

 参道を抜けると、授与所がある。穏やかな明かりがついていて、それがどこか幻想的である。

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 授与所を過ぎると立派な門があり、その奥には拝殿が建っている。

 門をくぐって拝殿前まで行き、賽銭箱に5円玉を入れる。

 ゆっくりと2礼•2拍手•1礼をする。

 一連の動作が済むと、私は入り口に引き返すのだった。

 

 外宮前からまっすぐに延びる参道は、伊勢市駅まで続いている。道の両脇には飲食店や土産物店が立ち並んでおり、昼間なら賑わいを見せていたことだろう。しかし、時間は17時を過ぎ、陽も沈みかけていた。

 もうあとは名古屋に帰るだけなのだが、せっかくなので伊勢名物でも食べていくことにした。

 伊勢名物と言っても、伊勢うどん、てこね寿司、赤福、お福餅などいろいろある。

 私は、安易に店が見つかるだろうと思っていたが、ほとんどの店が神宮と同じ時間で営業しているため、20分ほど探して歩いた。

 迷った結果、奮発しててこね寿司を夕食にすることにした。

 入ったのは、大きな生け簀がある海産物店だった。

 券売機で食券を買い、席につく。

 てこね寿司には、大きく2種類が存在する。1つ目はカツオのてこね寿司である。てこね寿司は、もともとカツオで作っていたものがはじまりとされている。

 2つ目はマグロのてこね寿司である。これは観光客向けの店に多い。

 しばらくして、運ばれてきたてこね寿司はマグロのてこね寿司だった。

 鮮やかな赤色が食欲をそそる。

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 一緒にあおさの味噌汁がついて950円なら、安いものだ。

 私はゆっくりとてこね寿司を味わった。

 美味しいものを食べているときが、今は1番の幸せだ。

 

 伊勢市駅から列車に乗る。急行 名古屋行き。

 楽しかった3日間はあっという間だったと、流れていく車窓を見つめながら私は思っていた。

 この静かな車内も、しばらくの間お別れだ。

 津からは、また客が大勢乗ってくる。

 伊勢市から1時間と30分ほどで車内放送が終点を告げる。

 ドアが開き、客が一斉に降りていく。

 私もあとに続いて、改札を目指す。

 改札まで来たとき、私は改札の外に見覚えのある姿を見つけた。

「おかえりなさい、先輩」

 改札を抜けると、私はマシュの胸に飛び込んだ。

 マシュの胸のなかは、ほんのりと温かかった。

「ただいま、マシュ」

 

 

 私たちと近鉄は、いつまでも走り続ける…。

 

 

                     完 




 どうも、魂魄せんむです。
 ついに最終回を迎えることができました!書いてる方は結構あっという間だったな、という感じがしてます。
 次回作も書きますので、また読んでくださいね。
 では、また!


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関東編
第1話 富士山と横浜と


 この小説は、全て作者の実体験を元に書かれています。なお、列車のダイヤなどは2017年7月当時のものです。


 2017年7月30日午前6時30分。私は名古屋(なごや)駅の新幹線ホームにいた。

 

 

 事の発端はある日、私が呟いた一言から始まった。

 私は毎日、種火の周回をしては、綺羅星(きらぼし)のようなサーヴァント達のレベルを上げるという地味な作業に没頭していた。しかし、それが30何回という回数にもなると、流石に私もウンザリしてくる。

 ようするに、気分転換がしたかったのだ。

 気分転換に旅行はうってつけだ。しばしの間、カルデアのことを忘れて、存分に羽をのばそうと考えていた。

 私は早速そのことをロマニに伝えに行った。

 

「ロマン居るー?」

 

「ああ、居るよ。何せ手が離せないほど忙しいからね」

 

 壁際の机の上から、ロマニはゆっくりと顔を上げた。

 

「もしかして寝てた?」

 

「いや〜、徹夜しちゃってね…」

 

「そんなに仕事ありましたっけ?」

 

「失礼だな〜、まるで僕が何もやってないみたいじゃないか」

 

 やってないことはないけど…、と私は思ったが口に出すのはやめた。

 

「で、用件はなんだい?」

 

 ロマニは寝癖がついた頭を掻きながら私を見た。

 

「旅行に行くので、少しの間カルデアを留守にするということを伝えに来たんです」

 

「へぇ〜、旅行かぁ。どこに行くんだい?」

 

「それがまだ決まってなくて…」

 

「決まってないなら、東京(とうきょう)横浜(よこはま)あたりはどうかな?オリンピックが開催されたとか歴史上ではそうなってるから、僕は気になっててさぁ」

 

「じゃあ、そこ行ってきます」

 

「決めるの早くない!?」

 

 そう、私は決めるのがとても早い。おかげで戦闘中とかは何かとスムーズに進むわけだが。

 

「そういえば、1人で行くのかい?」

 

 ロマニが私にそう尋ねた。

 

「ええ、今のところは」

 

「たまにはマシュと2人で行ってきなよ。マシュ、最近リフレッシュできてないみたいでね。昨日も夜中に寝れないとかで睡眠薬を貰いに来たから」

 

「じゃあ、あとで誘ってみます」

 

「うん、行っておいで。他の人たちには僕から伝えておくから。お土産よろしくね〜」

 

「ありがとう、ロマン」

 

 このあとマシュを誘ったら、「いいんですか!?」と目を輝かせながら誘いにのってくれた。

 

 

※※※

 

 

 そして今に至る。

 

「先輩、私を誘ったくださってありがとうございます」

 

「お礼なんかいいよ。たまには私もマシュと2人きりで過ごしていたいし」

 

 私がそう言うと、マシュは頬を赤らめた。

 可愛いなぁ、マシュは純粋で。

 

「先輩。私、生まれて初めて新幹線なるものを乗るんです。楽しみです。先輩は乗ったことあるんですか?」

 

「あるよー。マシュは知らないかな?東京の隣には夢の国があるんだよ」

 

「夢の国…、ですか?」

 

「うん、そこに行くときに乗ったかな。また今度連れてってあげるね」

 

 私の言葉に反応してくれるマシュは本当に可愛い。私の横で子供のようにはしゃいでいる。

 

 しばらくして放送が流れると、16両編成の列車がホームに入線してきた。6時41分発 のぞみ268号東京行きだ。白い車体に青のラインが映える。

 ホームドアが開くと、私たちは7号車から乗り込んだ。

 

 

※※※

 

 

「先輩、あれ見てください、あれ。富士山(ふじさん)です!」

 

 私は、マシュの元気な声で起こされた。寝ていたのか。どこから寝ていたのかは知らない。やっぱ朝早くは苦手だなぁ。

 

「ほら、富士山ですよ。とってもキレイに見えます」

 

 窓の外を見ると、大きな山が堂々とすわっていた。雲ひとつない空に向かって頂きをのばすその山の姿は、初めて見た。季節はもう夏なので山頂の雪は溶けていた。

 この立派な姿を見ると、静岡(しずおか)県民と山梨(やまなし)県民が取り合うのも、何だか分かる気がした。

 

 新幹線は7時58分に新横浜(しんよこはま)に到着した。

 私たちはこの駅で降りると、乗り換え改札を通り、JR横浜線に乗った。今思えば、新横浜駅は乗り換え以外に使ったことがない。

 

「そういえば、今からどこに行くんですか、先輩?」

 

横須賀(よこすか)

 

 私の答えを聞いて、マシュはキョトンとしている。ああ、そうか。マシュは日本のことはあまり知らなかったか。

 

「横須賀はね、海軍のまちなんだよ」

 

「海軍…、ですか?」

 

「うん」

 

「あの…、ドレイクさんとか、いませんよね?」

 

「マシュ、ドレイクは海賊。横須賀にいるのは海軍。役割が違う」

 

 マシュは気づいたのか、頬を赤らめた。

 

「そうですよね!私うっかりしてました。まさか極東の国のヨコスカというまちが野蛮なところだったら、先輩は行かないですもんね」

 

 先輩は、ということは、誰かそんな野蛮なところに連れて行く奴が思い当たるのか?マシュの言動は偶に意味深だ。

 

 横浜線のホームに降りると、ちょうど乗る列車がやってきた。東神奈川(ひがしかながわ)行きの普通列車だ。

 ラッシュ時間帯にも重なって、車内はごった返していた。

 

「マシュ、乗れる?」

 

「はい、なんとか…」

 

 私とマシュはお尻でグイグイ押し、なんとか扉が閉まるまで車内に入った。

 列車はゆっくりと動き出した。

 途中、大口(おおぐち)菊名(きくな)でドアが開く度に、私たちはホームに降りなければならない。終点の東神奈川まではすぐなのに、どっと疲れた気がした。

 

 列車の終点、東神奈川駅に着くと、ホームは人で溢れかえった。もともとホームが狭いためか、向かい側に停まっている列車に乗り換えることすら困難だった。

 やっとの思いで列車に乗ると、後ろでドアが閉まる音がした。

 

『次は、横浜。横浜です』

 

 車内放送がそう告げた。

 よかった。間違えずに乗れたようだ。

 実は、東神奈川駅は初見殺しの罠が仕掛けられていることがある。

 東神奈川行きの列車のほとんどは、横浜方面の京浜東北(けいひんとうほく)線へ乗り換えられるような設定になっている。東神奈川駅のホームで、到着した横浜線の向かい側に京浜東北線の横浜方面行きが停車しているのだ。

 しかし、一部の列車は違うホームに入るときがある。その場合、到着した横浜線の向かい側のホームに停まっているのは、川崎(かわさき)方面へ行く京浜東北線なのだ。何も知らずに、車掌の放送もロクに聞かずに乗り換えると、横浜とは逆方向に連れて行かれるのだ。

 私は、はじめて1人で横浜に行ったときに、嵌められた。

 

 ドアが開くと、そこは都会の空気で満たされていた。

 横浜駅に着くと、目的を達成したような感覚に襲われるが、あくまでも目的地は横須賀だ。ここからさらに南下する。

 階段を降りて、一旦改札を出た。そして、京浜急行(けいひんきゅうこう)の改札を目指す。

 横浜駅には、日本でも珍しい6社もの鉄道会社が乗り入れている。

 JR東日本、京浜急行、東急(とうきゅう)電鉄、相模(さがみ)鉄道、横浜高速鉄道、横浜市営地下鉄が1つの駅に集中しているので、それなりに駅の構造も複雑だ。

 京浜急行の改札口は、JRの改札口からそんなに離れてないので、極度の方向音痴でもなければ迷うこともないだろう。

 改札口を抜けてホームに上がると、やはりそこは人でいっぱいだった。

 京浜急行の横浜駅は路線内屈指のターミナルだが、ホームは2面2線しかない。1日に何万人と利用する駅としては規模が小さすぎるのだ。しかし、ここで全ての列車を捌ききるという。

 列車が入線してきた。普通・浦賀(うらが)行きだ。これには、私たちは乗らないので見送った。

 普通列車が発車してすぐに、私たちが乗る列車、快特・久里浜(くりはま)行きがやってきた。

 2扉の車両は座席が全て2人掛け、クロスシートの豪華仕様だ。これが特別料金無しで乗れるのはありがたい。

 横浜で、品川(しながわ)方面から乗ってきた客はほとんど降りたので、座席にはすんなりと座れた。

 

「これで横須賀に行くのですか?」

 

 マシュが私に聞いた。

 

「そうだよ。あっという間に着いちゃうからね」

 

 間もなくドアが閉まった。そして、列車は横須賀へ向けて走り出した。




 どうも作者の魂魄せんむです。
 久しぶりに旅の小説を書いてみました。理由は前まで連載していた小説が煮詰まってしまったからです。またそっちの方は追々復活させようと思います。とりあえず、筆休めということで。
 また次回もお楽しみに!


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