『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」 (城元太)
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第百拾七話

 白く伸びる軌道エレベーターを、寄生虫の体節に形容できるかもしれない。

 惑星の防衛本能が生み出した死竜は、宇宙より飛来する異物とともに、表皮に巣喰うヒトという寄生生物を排除する抗体として覚醒したと言えよう。

 弥勒下生の劫火として地上に降臨した裁断者は、争いを止めない生物種の浄化を担う使命を帯びていた。既得権益に囚われた巨大官僚組織には、小惑星衝突の脅威も、不死山噴火に伴う火山性地震の群発も、政策を改める動機にはなり得ない。極々限られた者達だけが、成層圏に浮遊するスカイフックの胎内に籠もる事に執着し、国の礎たる民の救済に手を差し伸べようとはしなかった。虚空より飛来する異物を排除しようと試みたのは宇宙海賊藤原純友であり、民を思い大地に種を蒔き、明日の糧を育もうとした救済者(メシア)は、逆賊の汚名を負った平小次郎将門のみであった。

 己の安息のみに囚われる人々は、新たな創世(ジェネシス)に挑む救済者さえも『悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)』へ導く。例えその先に、惑星全ての破滅が待ち構えていようとも。

 

 払暁。国境の定時哨戒を行っていたソウルタイガーは、下野から常陸に向け疾走する獅子の機影を捉えた。

「機体照合――零・イェーガー」

 大出力の噴射装置を背負い、高速走行用の整流翼を備えた機体である。操る者は、主君将門にとっての宿世の敵、度重なる戦いにも厭くことなく挑み続ける平太郎貞盛に相違ない。目標は単機、優速を生かした強行偵察と推測される。

 ソウルタイガーを操る坂上遂高に慢心があったことは否めない。連戦での勝利と、ネオ・カイザー政権成立による気の弛みとが、無欲な俘囚の武士の判断力さえも鈍らせていた。遂高は気付くべきであった。強行偵察であれば、零はイェーガーに非ずイクスの具足を纏う筈であることを。

 漆黒の獅子に追い縋るには、速度に劣るソウルタイガーにとって地の利を活かすしか方策はない。獅子の進路を予測した上で迂回路を利用し、遂高は白虎を街道沿いに潜伏させた。聴音装置を鋭敏にし、獅子の跫音に耳を(そばだ)てる。跫音は着実にソウルタイガーの潜んだ繁みに接近する。

 前肢のソウルバグナウを剥き出しにし、襲撃の刻を息を潜めて待ち侘びる。獅子の正面に勇躍せんと身構えた瞬間、遂高は跫音が消え去っていたことに狼狽した。

 敵の策略と察した時には、既に頭上に白い翼を備えた漆黒の獅子が舞っていた。

「空飛ぶ具足、鳳凰(フェニックス)か」

 だがそれは、藤原惟条(これつな)のバイオヴォルケーノを運び去り、良子のレインボージャークが放ったパラクライズによって撃墜された具足とは著しく異なっていた。高速機には不釣り合いな巨大な爪・バスタークローを翳し宙を舞う。足場がない空中より、前肢のザンスマッシャークローの一撃がソウルタイガーに打ち込まれた。大地を穿ち、空駆ける獅子の爪痕が刻まれる。強大な破壊力に戦慄する遂高の、辛うじて躱した白虎の背後より、濃紅の獅子が襲来していた。

 回避行動に移るには遅すぎた。幾多の戦場を駆け抜け、歴戦の勇士として名を轟かせた坂上遂高に出来たのは、「敵奇襲」の電文を放つのが限度であった。繰り出されたエナジークローの衝撃により集光板を飛散させ、ソウルタイガーの機体は無残に大破沈黙した。

 

 遂高の最後の電文は、同じく常陸~下総間を哨戒していた藤原玄茂率いるランスタッグ部隊によって辛うじて受信される。坂東広域に亘り激しいジャミングが施され、石井営所の小次郎の元まで届くことはなかったのだ。玄茂は手勢のランスタッグ1機を伝令にたて、急ぎ営所へと向かわせる一方、ジャミングを発する敵勢を求めに下野方面に兵を進める。舎弟である玄明に比べ冷静である筈の玄茂だが、彼にも油断と慢心があったと言える。本来であれば棟梁小次郎の判断を仰ぐべきだが、遂高の件もあり部隊単独での行動を取ってしまったのである。

 藤原玄茂が率いるのはランスタッグ18機。内1機を伝令で欠いたものの、セイスモサウルス撃破等、小次郎の従類の中でも特に精強で知られたゾイド部隊である。ソウルタイガーからの最後の電文を元に、下野方面に斥候2機を先行させ敵の動向を覗う。

「敵艦見ゆ」の報告が玄茂に届くのは、朝日が山の端を離れようとする頃であった。利根水系が連綿と刻んできた沖積台地を圧し、無数の歩脚を蠢かす酷く扁平で巨大な物体が出現していた。

「敵艦をディグと確認。常陸方面へ向け進行中」

 玄茂は相馬御所への打電を行うが、ディグの発する激しいジャミングにより完全に本隊と分断されていた。遠望すれば歩脚の上の飛行甲板は遥かに高く、僅かランスタッグ15機で敵う相手ではない。漸く小次郎の部隊と合力を図るのが最善と判断した玄茂は、目視によって部隊に後退の指示を通達する。轡を下総に向けた時、1機のランスタッグが突然火を噴き爆発した。

「敵襲、それも地上攻撃。零イクスか」

 微かな熱源反応がある。

 身構えた玄茂の背後より、再び砲撃が起こる。

 イクスではない。潜伏型の小型ゾイドだ。

「各機、メガレオンを警戒。グラビティーホイールによる重力障壁を展開せよ」

 短時間であればあらゆる攻撃を防御可能な重力障壁(グラビティー・バリア)は、謂わばランスタッグにとって最後の楯である。見えない敵に追われる白き鹿の群れの上空を、同じく白い孔雀が飛び去って行く。

「あれは良子殿のレインボージャーク……否、レインボージャークに非ず、白孔雀とは」

 周囲に一斉に爆撃の火柱が上がる。数十発の直撃にも持ち堪えた重力障壁も、その数倍の爆撃を超えた辺りより綻びが現れる。障壁が破れ、1機、また1機と爆撃に斃れていく。

 メガレオンによる奇襲攻撃とホワイトジャークの猛爆を受け、玄茂のランスタッグ部隊は消息を絶った。

 

 信太流海に、巨大喇蛄(ざりがに)ドラグーンネストが現れた。家舟の民を後方に退かせ、『南無八幡大菩薩』の幟を立てた大江弾正重房が迎え撃つ。

「我ら霞ヶ浦湖賊を、将門殿と分断させるつもりか」

 瀬田の唐橋よりスタトブラスト化を解除し復活された巨大ゾイドは、坂東の湖沼を圧し下野の大蜈蚣(むかで)と同時に挙兵した。喇蛄を操るのは貞盛に非ずその配下のみ。決定的な戦闘力を欠くものの、その巨体こそが最大の武器である。小次郎の増援に向かうべき鋼鉄の(わに)も、水路を巨大要塞に閉ざされてしまえば移動する術はない。歯ぎしりする思いで相馬御所の方角を睨んでみても、願いが通ずるわけもない。そして弾正も目撃していた。

「空飛ぶゾイドが、相馬御所へ向かっている」

 地上攻撃用に爆装したホワイトジャークの編隊は、紛れもなく石井に向かっていた。

 

 相馬御所、つまり石井営所に玄茂配下のランスタッグが到着したのは、遂高が消息を断ってより一刻を回った頃である。時を同じくして、弾正重房からのドラグーンネスト出現の報せも届く。

 小次郎は直感した。秀郷は小次郎配下のゾイド部隊分断による各個撃破を狙っている。帰農を促し兵力が手薄になった下総への総攻撃を開始したのだ。

「三郎と好立は檄を飛ばし動員可能な兵とゾイドを結集させよ。好立はその後サビンガでソウルタイガーの探索にあたれ。六郎のレオゲーターと七郎のディメトロプテラを呼び戻す。兵を集中し、秀郷の軍を迎え撃つ。員経、御厩(みまや)の多治経明に連絡を取れ」

「既に手は打ちましたが、敵の妨害電波により連絡が取れませぬ。伝令を走らせますか」

「ゾイド部隊を割くのは避けたい。已むを得ぬ、興世王殿のエレファンダーをファイタータイプではなくスカウタータイプに換装、ディバイソンであればマルチレーダービークルの指向性通信を受信できるはずだ。

 営所の守りを固めよ。良子にもレインボージャークの準備をさせておけ。

 員経、デッドリーコングを馬場に引き出せ。村雨ライガーの出撃準備が整い次第、敵の進行方向を見極め打って出る」

 承知、の一言を残し、員経は主君の指示通りに行動を起す。予想外の進行速度であった。敵の虚を突くのが戦の倣いだが、秀郷は定石通りの戦術で挑んで来た。手勢を分散させた小次郎にとって苦戦を強いられるのが予測される。蒼空を流れる雲の速さに一抹の不安を抱き、視線を戻したその先、白濁した眼で(まなじり)を決した桔梗の姿があった。ふらつく足元を回廊の柱で支え、見えない筈の小次郎を探している。

「小次郎様、敵は空から来ます。大軍です、すぐにここからお逃げください」

 桔梗の絶叫に近い懇願であった。

「空からだと」

 再び蒼空を見上げ見まわしてみても、敵影らしきゾイドの姿は捉えられない。

「孝子よ、やはりバイオプテラなのか」

 桔梗は激しく首を横に振る。

「バイオゾイドではありません。この音はレインボージャークに近いゾイド。しかしかなりの重量を帯びています。爆弾を抱えています、しかも大量に」

 小次郎には何も聞こえない。桔梗が空の彼方を指さす。力が入らず、微かに震える細い指先を追い目を凝らす。

「白いレインボージャーク――」

 小次郎の背筋に冷たい感覚が奔る。蒼空に溶け込んでいた白孔雀が、群れを成して現れたのだ。淡く青みがかった白孔雀の機体色は航空迷彩であり、相馬御所上空に接近するとマグネッサーシステムを停止した滑空による消音飛行を行ったのだった。

「――敵襲。飛行ゾイド部隊出現。機体は白いレインボージャーク、各自掩体壕に避難、空襲に備えよ」

 優美な白い翼の下に醜悪な爆弾を抱えたホワイトジャークの大編隊が、相馬御所上空に達する。白い翼から火薬の塊が次々と切り離され、雄大な弧を描き御所の建造物に殺到した。

 



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第百拾八話

 雷雲貫き、黒い怪竜が舞い上がる。

 翻る『南無八幡大菩薩』の幟が絡みつく雲を引き裂き、嵐に洗われた全身に、透けた羽衣の如き水煙を纏う。

「トライアングルダラス空域より離脱。クラスターコアの出力及び磁気振動装置への動力供給、安定」

 雄々しく逆火(バックファイア)を後肢付け根の集合排気管より噴出し、黒い海賊戦艦が再び浮上した。

「〝舟の澱み〟も終わったという事か」

 艦橋で推力計を睨んでいた佐伯是基が純友を振り返る。

「起工直後の〝獅子の澱み〟と、摂津須岐駅で羽化した〝鷹の澱み〟を経ましたので、これでビームスマッシャーも撃てます。忠平のギルドラゴンに後れを取ることもありません」

 純友は拱手したまま、艦橋の天蓋越しに広がる天空を見上げた。

「果たさねばならぬ務めを怠ったが為に、惑星の意志が齎した死竜を目覚めさせてしまった。俺たちの敵は最早、ギルドラゴンなどという卑小な存在などではない。

 死竜が完全なる覚醒に至る前に、俺たち海賊衆の手で飛来する全ての小惑星を打ち砕かねばならぬ。

 だがその前に一つ、俺の勝手を聞いてくれるか」

 純友の視線が東の水平線に向けられる。水平線の先には、中央大陸が広がっていた。

「トライアングルダラス界隈を飛び回っていた追捕海賊師のデカルトドラゴンどもが一斉に退いていった。ソラは俺に従五位下を寄越した。俺たちを懐柔し大人しくしている間に、役立たずの征東軍まで派遣し、討伐したい奴がいるのだ。

 ネオカイザーなどと名乗っているが、朴念仁な奴だ。大方取り巻きに煽てられて僭称したのだろうが、ソラが周章狼狽する姿は傑作だった。

 奴は帝の血をひいていると言うが、そんなことはどうでもいい。俺の野望を叶えるに欠かすことの出来ぬ男、真の剛毅を持つ漢だ。

 俺はその漢を同胞(はらから)として迎えたい」

 藤原三辰、小野氏彦、紀秋茂、津時成、佐伯是基、藤原文元、藤原文用、三善文公、海賊衆を纏める魁師達の目が一斉に藤原純友を振り返る。堪え切れずに津時成が告げた。

「船長、坂東の平将門のことだろう」

 純友の貌に豪胆な笑みが浮かぶ。

「傀儡によれば、いま奴は俵藤太の巨大蜈蚣と戦っていると聞く。(ホエールキング)一匹持たぬくせに、奴は俺を頼ろうともせずに。気に入らんとは思わぬか」

「気に入らぬ。海賊衆と合力するのを拒むというなら、無理やりにでも押しかけ戦に割り込んでやりましょうぞ」

 嘗て三郎将頼と刃を交えた紀秋茂は、舵輪を持ち直していた。

「皆、異存はないか」

 海賊衆は無言で応えた。「答える迄もない」を答えとして。紀秋茂が一際声高く告げる。

「巽方向へ回頭。船長、進路先を願います」

 拱手した両腕を解き、純友は見つめる東方の水平線に向け右手を差し伸ばした。

「目標、東方大陸南方、坂東下総。アーカディア號、全速前進」

 ダラス海を越えれば中央大陸に達する。中央山脈上空を飛越し、アクア海を経て東方大陸に到達するのである。国境も空域も無視し、怪竜は一路坂東に向け飛び去って行った。

 

 優美な白孔雀の投下する塊が、豪雨となって降り注ぐ。相馬御所の敷地はもとより、周辺域の家屋や耕地にも無差別に落下し、紅蓮の焔となり地上を焼き尽くしていく。

 対空装備に乏しい石井のゾイド群に抗う術はない。十七門突撃砲を有する、頼みの綱の多治経明のディバイソンとは、未だに連絡が取れない。

 だが無為に蹂躙され続ける程、小次郎たちは軟弱ではなかった。

 炸裂する火柱の間を縫い碧き獅子が緋色の繭を纏う。

「疾風ライガー!」

 出現した緋色の獅子は、ムラサメディバイダーとムラサメナイフを翳し、落下する火薬の塊に躍りかかる。信管部分と炸薬を分離すれば炸裂に至らないと判断した小次郎は、疾風ライガーの優速を活かし、落下直前の爆弾の切断を試みた。

 疾風迅雷の斬撃が火薬の塊を裁つ。切断された円筒が乾いた金属音を響かせる。

 信管より分離された炸薬は、(たたら)より流れ出る溶鉄然となり、激しい閃光を放ち炎の溜りを大地に残す。炸裂は寸前で阻まれた。しかし切断できる数にも限りがある。

(きり)がない」

 疾風ライガー同様に、三郎のワイツタイガーがエレクトロンハイパースラッシャーによって弾頭を切り裂き、七郎のディメトロプテラも空中迎撃に向かうが、焼け石に水である。激闘の最中、小次郎は車宿りの前に立ち塞がるエレファンダーを確認する。焦燥に駆られた良子がレインボージャークで出撃することを予測し、小次郎はスカウタータイプに換装し迎撃兵器を持たないエレファンダーを楯としレインボージャークの発進を阻んでいたのだった。但し妻の行動は予測できても、もう一人の女人の行動は掴み取れなかった。

「誰だ、バンブリアンを動かしているのは」

 特殊兵装のジャイアントホイールを利用した自走砲形態のバンブーランチャーと、背負ったままのランチャーにバンブーミサイルを満載した白と黒の熊型ゾイドが出撃する。自走砲の原型になったのは、嘗てたった一人で平良正率いるアイスブレーザーの軍勢と戦い、命を散らした丈部子春丸のバンブリアンが遺したものである。小次郎は直感した。

「孝子……桔梗か。無理だ、そんな身体では」

〝やれます、聴音機能を最高にすれば、敵機の飛来方向は見当がつきます。耳を澄ますので、暫し御容赦を〟

 通信が途切れた。バンブリアンは、下総の黄土には目立ち過ぎる。恰好の目標を発見した白孔雀の群れが、バンブリアン目掛け火薬の詰まった塊を一斉投下した。

 敵を惹き付けるのも謀であった。敵弾の投下より一瞬早く、背中と自走砲に装備された二基合計二十二のバンブーミサイルが弾道を放射状に花開く。それぞれの筒内に詰められたリーオの刃が散開し、落下直前の爆弾と、その上空を飛び去ろうとする白孔雀の群れに突き刺さった。

 翼を切り刻まれた機体、首を捥ぎ取られた機体、胴体中央に風穴を開けた白孔雀が次々と落下する。放物線の延長上にぽっかりと空隙が開き、ホワイトジャークの編隊が陣形を崩した。

 バンブリアンの開けた空隙の中央に割り込んだ菫色のゾイドが翼を広げる。

「良子! まさかお前、いつの間に」

〝面目ない将門殿、儂が僅かに油断した隙に……〟

 見ればエレファンダーが車宿りから押し出されていた。良子はやはり堪え切れず、興世王を振り切り出撃したのだ。

 操縦者たる良子は同種の白孔雀を一瞥しただけで、量産機故にレインボービームテイルが装備されていないことを看破した。

〝みなさん、できればお下がりください〟

 言葉に裏に「できなければ巻き込みます」の意味が隠れている。一際高く舞い上がり、レインボージャークが尾羽を展開させた。

 虹色のパラクライズが周囲一面に注がれる。空を飛ぶ白孔雀の多くが、ゾイドの機能を麻痺させる輝きに巻き込まれ失速し、ばたばたと地上に落下を始めた。

〝義姉上、やられました〟

 地上で回避が叶わなかったレオゲーターが硬直し、六郎将武が泣き言を漏らす。妻の奮闘に負けじと、疾風ライガーは更なるエヴォオルトを為していた。

「将門ライガー!」

 再び空に舞い戻ろうとする白孔雀目掛け、霰石色の獅子の太刀二振が斬り掛かった。縦に横に斜めに、白孔雀が翼や首を吹き飛ばされ、白い金属の塊となって落下する。デッドリーコングもヘルズボックスから四本の稼働肢を伸ばし、アイアンハンマーナックルを翳しホワイトジャークを叩き落としていく。

「員経、あれをやるぞ」

〝承知〟

 デッドリーコングが将門ライガーに背を向けた。全力疾走で死の猩々に向かう獅子が、ヘルズボックスを足場に跳躍した。虹色の旋風となり七つに分離した将門ライガーが、残るホワイトジャークの群れを薙ぎ払う。

 宙を舞った獅子が地上に再び降り立った時、あらかたの敵は滅していた。生き残った白孔雀が飛び去るのを確かめる頃、将門ライガーとデッドリーコングの間に菫色の孔雀が舞い降りた。

「馬鹿者が。あれほど出るなと申したではないか」

〝あなた、それより孝子様を〟

 妻の言葉に我に返り、風防を開けバンブリアンの姿を探す。白黒の熊型ゾイドは、パラクライズの閃光を浴びたのか、自走砲を押す二足歩行形態のまま硬直している。傍らには既に、いつの間にか駆け寄ったデッドリーコングが横付けし、跳び移った伊和員経が操縦席内の桔梗を抱きかかえていた。かかえられた桔梗は、力なく四肢を投げ出したままである。

「員経、孝子は如何に」

 バンブリアンの操縦席に立つ老兵は、腰を屈め両膝を支えに桔梗を横たえ、穏やかに手を振った。「無事ナリ」の意を汲み取った小次郎は、深い安堵の溜息をつく。

 将門ライガーが四肢を踏み締め勝鬨の咆哮をすると、エヴォルトを解き碧い獅子へと姿を戻していた。

 辛うじて、ホワイトジャーク第一陣の攻撃を凌いだものの、既に相馬御所は拠点と為すことは出来なくなった。見渡せば、館は無残に破壊され、畑の作物に野火が燃え広がり続けている。掩体壕から這い出した郎党や家人たちが、呆然と惨状を見詰めていた。

 民を救うために戦ってきたが、白孔雀の無差別爆撃によって裏目に出てしまった。小次郎は激しい自責の念に駆られていた。

 ユニゾンを解いたソードウルフが接近する。

「思ったほど怪我人は少ないが、このままではレッゲルの補給も儘ならぬ。兄者、陣形を整え敵襲を迎え撃とう。何処かに適した地を探さねばなるまい」

「まずは栗栖院常羽御厩に行き、多治経明の無事を確認したい。それと坂上遂高と藤原玄茂の無事もだ。御厩であれば補給も出来よう。俺が先行する、三郎は良子たちのグスタフを護衛してくれ。至急鹿島の玄明に増援を要請、編成を練り直す」

 野火を鎮火させようと、七郎のディメトロプテラが懸命に炎を踏み付けていた。程なくして、黒煙が燻る上空に梟型のブロックスゾイドが飛来する。

「ナイトワイズ、四郎か」

 除目の件で兄小次郎と袂を分けた学者肌の舎弟が、前触れもなく現れた。己の決意を曲げてまで飛来した四郎の真意を、小次郎は図りかねた。

 村雨ライガーの直上を、ナイトワイズが輪を描いていた。

 



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第百拾九話

 小次郎たちが到着した時、既に葦原に囲まれた美しい牧場(まきば)は無残に焼かれ、爛れた牧の中央に残骸となったディバイソンが横臥していた。

 常羽御厩の別当であった多治経明は、小次郎のネオカイザー宣言にて上野守の除目を授かったとはいえ、依然御厩を拠点としてゾイドの繁殖飼育に励み続けていた。湿地帯に囲まれた牧場(まきば)は天然の垣として良質ゾイドの育成には最適であったからだ。実直な官牧の別当は、職責を全うすることに努めたが為、孤立してしまったのだ。

「この破壊痕は、爆撃によるものではございませぬ」

 踞った伊和員経が、切断されたディバイソンの装甲を検分し呟く。

「かなり強力なレーザークローによる打撃、それも左右から破壊されています。敵は二匹以上で、ディバイソンに同時攻撃を掛けたに相違ありません」

 開放された装甲式操縦席に人影はなく、搭乗者は戦功の(しるし)として引き摺り出されたとも思われた。上兵として、常に相馬御所に詰めていれば難を逃れられたかもしれない。

「すまぬ、経明」

 小次郎は指を揃えた左掌を額の前に立て、鎮魂の祈りを捧げた。

 補給を成すことを目的と兼ねて、漸く辿り着いた御厩であったが、併設されていた屋敷は焼き払われ廃墟となっていた。秀郷の焦土作戦の一環である。

「興世王殿、敵の動きは探れるか」

「ジャミングの到達範囲から察するに、恐らくディグの位置は武蔵と下総の境付近であろう。ドラグーンネストと共に坂東の流通の重要拠点を押さえ、我らへの増援部隊の合流を妨げる魂胆やも知れぬ。邪知深い事よ」

 弾正重房のバリゲーター部隊以外にも、小次郎を支援する漂泊の家舟の民は多い。従って石井勢への水運による補給路をも寸断し、完全に孤立させようとしたのだ。

「已むを得ぬ、鎌輪に向かうぞ。あの場所ならばレッゲルの補給もできるであろう。ディバイソンを破壊した敵を警戒しつつ回頭せよ」

 小次郎は隊列を転回させ、嘗て営所を置いた地へと変針した。バイオゾイドによって蹂躙されて以降規模は縮小し、相馬御所ほどの賑わいはなくなった。奇しくも常陸国衙陥落より元国司藤原維幾と為憲を逗留させるため整備し直したので、最低限度の物資補充は可能である。

 追い立てられる様に転々と移動する間にも、エレファンダースカウタータイプを通して悲痛な報が伝えられる。

「大国玉の真樹殿の館も爆撃されたそうです」

 小次郎の母、犬養氏に繋がる平真樹は、文屋好立が元来仕えていた筑波の麓の地方豪族である。嘗て源家三兄弟とも対立し、小次郎との関係性が取り糺されたことにより、機先を制しホワイトジャークの爆撃を受けたに違いない。

 次第に狭まっていく包囲網に、率いられる伴類達は焦燥感を募らせていく。先の戦闘の如く、例え空飛ぶゾイドと謂えど決して敵わぬ相手ではないのだが、補給が尽き空腹を堪えて行軍する兵のなかには勝手に隊列を離れる者も現れていた。

 引き留めることはしなかった。引き留めても当てにならないからだ。

 夕刻鎌輪に到着した時、兵力の凡そ三割が脱落していた。変わらぬ山野の風景の中、鎌輪の営所だけが小次郎たちを温かく迎え入れるのであった。

 鎌輪が空襲を免れていたのは僥倖だったが、理由はあった。元常陸介藤原維幾とその嫡子為憲を軟禁しているため、押領使秀郷達は元国司を巻き添えに迂闊に爆撃を行うことはできない。小次郎にとって屈辱的ではあったが、家臣を休息させるには致し方ない選択であった。

 問題は、意識を失っている桔梗が目覚めれば量子転送によって小次郎の軍勢の様子が秀郷の元に伝達されてしまうことである。病床に就いてからは同伴することはなく、行軍の情報に触れることなく済んで来たが、今回桔梗は共に移動しているので筒抜けになる。

 だがそれを防ぐための手掛かりを、四郎将平が齎していた。

 

 疲弊し切った兵とゾイドが入居するが、密集状態への被害を避けるため、村雨ライガーとソードウルフは鎌輪の門前での警護を行っていた。

 棟梁として真っ先に休むか、それとも兵の休息を優先するか。

 小次郎が選ぶのは後者であった。

 操縦席にもたれつつ、小次郎は村雨ライガーの座席脇の一角を見つめる。そこにあったタブレットが、四郎の進言によって桔梗の元へと移されていた。

〝殿、三郎殿、只今戻りました。どうかお休みになってくだされ〟

「員経こそ早すぎはせぬか。身体が持たぬぞ」

 屋敷からデッドリーコングが現れ、伊和員経が立哨の交替を申し出る。三郎のソードウルフを先に下げさせ、小次郎は下がり際に、村雨ライガーの頭部をデッドリーコングの間近に寄せた。

「桔梗の容体は」

 員経は俯きがちに首を横に振る。

「嚥下するのが辛くなったと言っておりました」

 食事が喉を通らない、と、素気なく答える口調には「持ってあと数日」という意味が取れた。返す言葉もなくいると、主君の当惑を察し員経は巧みに話題を逸らした。

「四郎殿が言われるように、あのタブレット板を孝子に預けることで記憶の転送を妨げることなどできるのでしょうか」

 

――ナイトワイズより降り立った四郎は、桔梗の容体を確認し、タブレットを桔梗に持たせることを提言した。

「孝子様の記憶が量子化され、俵藤太の元に転送されているとすれば、同じ量子暗号を発する装置によって干渉し、情報の転送を阻むことができるはずです。暫しの間、孝子様の傍に置くことを願います。その時が、来るまでは」

 嗚咽を殺して語る四郎は、まだ袂を分かつ前の頃、病床で語られた桔梗の言葉を兄小次郎に伝えた。

「二度と蘇らぬことが、桔梗殿の願いなのです。全ての記憶を消し去り、宿業(しゅくごう)(まみ)れた輪廻(リーンカーネーション)より解放されたいのだと仰っていました」――

 

「俺も量子暗号に関してはよく判らぬ。四郎の言葉を信じよう」

 丁度、六郎のレオゲーターも交替に到着し、小次郎は素直に休息を得ることにした。

 棟梁として、今は鋭気を養わねばならない。

 相馬御所を破壊され、多治経明を失い、坂上遂高、藤原玄茂は行方不明。更には桔梗の命まで尽きようとしている。

 それでも守らねばならぬものは無数にある。

 嘗てない強大な敵を前に、小次郎は気力を奮い立たせた。

 同時刻、鹿島よりランスタッグブレイクを率いた藤原玄明の大軍団が合流し、小次郎の軍は増強される。

 

「メガレオンの報告では、小次郎は鎌輪に逃げ込んだという。叔父上(※藤原維幾)や為憲がいる手前、空襲はできません。秀郷殿、夜襲をかけますか」

「村雨ライガーを筆頭に、将門軍にはまだワイツタイガーとデッドリーコングが無傷のまま残っておる。特にデッドリーコングの封印武装を解かれれば、零やエナジーライガーとて無傷では済むまい。

 将門のことだ、牒(※宣戦の通達書)を送れば必ず営所を離れ出陣する。出陣後にホワイトジャークの地上攻撃で弱体化させた後、我らが直々に手を下せばよい。将門にとって今宵の憩いが現世(うつしよ)での最後の宴となろう。

 時に、征東軍の位置はどうなっているか」

「案じた通り、未だ相模の辺りで燻っております。死竜の出現は最良の逃げ口上になったようです」

 幾分皮肉めいた貞盛の口調通り、駿河から相模に入った征東軍は、武蔵の境を越えられずにいた。最初から戦意も低く、村岡五郎良文の巧みな引き留めも手伝い、戦功だけを望む烏合の集団であっては当然の帰結とも云える。唯一気炎を吐いていたのは、小次郎と興世王への雪辱に燃えるゴジュラスギガの源経基のみであり、征東大将軍藤原忠文に「これでは、将門が討たれてしまう」とどれほど進言してみても、ジェノリッターが出陣することはなかったのだった。

 

 藤原玄明は、所領より集められるだけのゾイドを掻き集めて参陣していた。

「小次郎、俺に兄貴の仇を取らせくれ」

 爆撃前、相馬御所へ伝令として生き残った玄茂麾下唯一のランスタッグより、玄明は兄玄茂の討ち死にを知らされた。

 粗野で豪胆な鹿島の土豪も、兄の戦死に猛然と怒り狂い、復讐の炎を燃え滾らせていた。

「斥候に確認させた。ムカデの化け物は今、武蔵と下総の境にある。夜間に利根を渡河し一気に下総に侵入するつもりだろう。俺たちは対岸の川口村に陣を張り、白孔雀が飛び立つ前に迎え撃つ。川沿いであれば、弾正重房達が合流すればバリゲーター部隊の活躍も期待できる。どうだ、小次郎」

 地形図と陣形配置を見比べても、玄明の戦略に異存はない。

「わざわざ陸上空母に搭載して運用しているということは、爆装したあの白孔雀の航続距離はさほど長くはないということだ。空戦性能もレインボージャークとは比較にならないと良子も言っていた」

「殿、ディグ単艦での作戦行動は考えられないので、地上部隊の護衛は必ずいます。経明殿のディバイソンを斃し、遂高殿のソウルタイガーの件にも関わる敵がいるはず。予想されるのは、秀郷のエナジーライガーと貞盛の零ですが、零のストライクレーザークローはあれほどまでに強力ではなかったはず。となれば、別の強力なるゾイドかも」

「いや、恐らくは新たな具足(チェインジングアーマー)であろう。太郎は俺が討った父国香の遺したあの零で戦い抜くつもりなのだ」

 他ならぬ貞盛のことである。竹馬の友として心通わせた記憶が、敵の心を悔しい程に察知させてしまうのだ。どちらかが斃れるまで続く鬩ぎ合いの円環は、もはや断ち切ることはできなくなっていた。

 矢倉門の方から突然喧噪が起こる。七郎将為が評定の場に慌ただしく駆け込んだ。

「小次郎兄上、たった今、メガレオンが姿を現し、牒を置いて去っていきました!」

 騒然となる評定の場で、七郎より差し出された牒の文面を確認する。

「玄明、俵藤太もお前と同じことを考えたようだ」

 小次郎から手渡された書面には、利根の乱流逆巻く川口村の一角が合戦場所として示されていた。

「これまでで最大の戦となろう。矢合わせ(※開戦)まであと一日半だ。引き続き機体の整備を行うと共に、休める者は休め。食い物は出し惜しみするな。但し動けなくなるほど食い過ぎるなと付け加えよ」

 評定の座に笑いが起こる。小次郎にとっての精一杯の諧謔である。

 己と、己の郎党、家人全ての行く先を担う大戦(おおいくさ)を前に、小次郎は早まる鼓動に胸が圧される感覚であった。幾つもの絡み合う人々の意識が集中する。

 天慶三年卯月。『川口村の戦い』の二日前の夜であった。

 



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第百弐拾話

 川口村の戦いに臨む小次郎側の全兵力を確認する。

 村雨ライガー(平将門;指揮、棟梁)

 デッドリーコング(伊和能員;上兵)

 ソードウルフ(平将頼;上兵)

 サビンガ(文屋好立;上兵)

 エレファンダー・コマンダータイプ・ガトリングユニット装備型(興世王;兵)

 ディバイソン(平将文;兵)

 レオゲーター(平将武;兵)

 ディメトロプテラ(平将為;兵)

 ランスタッグブレイク(藤原玄明;従類)

 ランスタッグ量産型(兵、従類)×33 

 予備兵力にレインボージャーク、及びバンブリアン・自走砲装備型。

※藤原重房率いる霞が浦湖賊のバリゲーター部隊は、ドラグーンネストの閉塞によって参集することは適わず。

 一方の秀郷・貞盛連合部隊の主だった編成は以下の通り。

 エナジーライガー(藤原秀郷;指揮、棟梁)

 ライガー零シュナイダー(平貞盛;上兵)

 ダークホーン(平公雅;上兵)

 ダークホーン(平公連;兵)

 アイアンコングPK(橘遠保(たちばなのとおやす);上兵)

 ホワイトジャーク(土魂)×30以上(※総数未確認)

 バイオプテラ(土魂)×4

 バイオトリケラ(土魂)×2

 バイオケントロ(土魂)

 主力となるゾイドの数こそ拮抗しているが、ソラよりの追捕状と朱紫(しゅし)(ひん)に誘われた無数の伴類が小型中型ゾイドを引き連れ続々と参集し、追討軍総勢は計八百機に及ぶ大部隊に膨れあがっていた。これに陸上空母ディグと貞盛のドラグーンネスト、遠保のホバーカーゴが加えれば、兵力差に於いて小次郎軍を遥かに陵駕する。

 小次郎が兵力を鎌輪に集中させたため、国衙にはネオカイザーの除目によって派遣された兵は残っていない。坂東統一は朝露の如く夢と散り、秀郷は空白となった下野国衙に入居し陣を構える。

 無頼の伴類達は、軽率に参集したことを悔やんだ時には遅すぎた。秀郷は激烈な軍事訓練を行い、指示に従わない、若しくは指示通りに動けない伴類を容赦なく粛清したのだ。演習による死傷者は裕に百人を超え、予想外の苛烈さに脱落を図る者も現れる。だが脱落者が小次郎軍へ合流することを恐れ、秀郷の配下によって有無を言わさず処刑された。下野周辺であればバイオプテラにより空から捕捉され撃破、運良く下野を脱出することが適おうとも、何処ともなく現れるメガレオンの連装エネルギー砲によって討ち取られた。

 烏合の伴類は命の代償を払った上で、戦《いくさ》の前日には精強な軍団へと変貌する。練兵によって疲弊仕切ったゾイドと兵はディグに搭載され、途中離脱はできなかった。移動中に充分な補給と休息を得て、戦場となる川口村に赴くのである。

 

「流石は俵藤太、見事な布陣だ。付け入る隙が見当たらぬ」

 大利根の源流に展開された秀郷の陣形を一目見た小次郎は、思わず呻り声を上げた。嘗て秀郷は『悪と狂気と毒を持たぬ変革の思想など、結局は現状の権力擁護に加担するに過ぎぬ。愚民の命に(かま)けていては、己の身の破滅を招く』と言い捨てた。血まみれの恐怖と暴力によって、圧倒的な兵力を短期間で纏め上げたのだ。

 矢合わせの空砲が下野勢から放たれる。小次郎はムラサメブレードの柄に装備されたソードキャノンを構えた後、村雨ライガーの頭部に立ち上がり肉声で全軍に告げた。

「俵藤太は強敵だ。だがこれは、絶対に勝たねばならぬ戦だ。みんな、俺に力を貸してくれ」

 雄叫びが怒涛となって湧き上がる。全員が小次郎を慕い、小次郎を信じる証しである。

 人を信じぬ者と、人を信じる者との闘争。矢合わせに応じ村雨ライガーのソードキャノンが放たれる。決戦の火蓋が切られた。

 

 

 アーカディアが中央大陸を過ぎアクア海に到達する頃より、純友のタブレットには奇妙な量子暗号通信が次々と入電していた。

「神経伝達系の回路図を要求しているだと」

 佐伯是基の報告に、純友は半信半疑の表情を浮かべる。

「将門殿にお渡ししたタブレットよりの報せなのですが、発信者は将門殿に非ず〝桔梗の前〟を名乗っています。彼の女がタブレットを盗み、アーカディアの情報を秀郷に漏らそうとしているやもしれません」

「情報を漏らそうとする者が、自ら名乗ると思うか」

「そこが私にも解せぬのです」

 拱手する純友の脇でタブレットを盛んに操作しながら、是基が頻りに首を捻る。

「量子の干渉によって暗号解読の途中で情報が破壊されてしまい、解読に時間がかかりましたが、どうやら桔梗の前はアーミラリア・ブルボーザの構成まで察知し、クラスターコアへの接続をも要求しています。これを知ったところで、サークゲノムがなければ役に立たぬものを」

「伝えてやれ」

 意表を突く答えに、タブレットに視線を落としていた佐伯是基が顔を上げた。

「宜しいのですか。アーカディアの構造を桔梗の前に晒すことになります」

「減るものでもあるまい。将門に惚れた女の願い、叶えてやれ」

 海賊衆を統べる魁師は、時に理不尽な指図をする。だがその理不尽さにも必ず意味あるを知る是基は、反論はしなかった。

「では直接クラスターコアに接続致します。〝庭の澱み〟を迎えぬ内は、所詮空虚な容器に過ぎぬので」

 是基の告げる此れまでにない最高の皮肉である。「まだゾイドになっていない以上、ゾイドコアになりきれないクラスターコアに接続しても意味はない」という事である。建議の意味を知ってか知らずか、純友は拱手した姿勢のまま東方大陸の方向を見詰めたままであった。

 純友の眦が決した。雲海の切れ目に、螺鈿色の輝きと玻璃の青が垣間見える。警戒警報が艦内に響く。

「前方、ギルドラゴン出現」

 アーカディアの前方に、再び白い天空龍が現れた。蒼穹に浮かぶ翼が日光を乱反射させ、神々しい輝きを纏う。

「動きが違う。あれは摂政忠平ではない」

 誰もが気が付いた。優速を活かしてアーカディアの周囲を旋回する姿は、成層圏で対決した時と異なり洗練されている。

「ギルドラゴンより入電、読みます。

『従五位下の位階を賜るにも関わらず、ソラの承認無く東方大陸に戻ること許さず。

 正五位下・右近衛少将・追捕山陽南海道両凶賊使小野好古』。以上です」

「遂に現れたな、好古め」

 読み上げの間に、ギルドラゴンの周囲に雲霞の如き黒点が取り巻く。胸部格納庫より、翼を持つ無数のゾイドが出現していた。見慣れた黒い蝙蝠型に混じり、薄緑に光る獣脚類が2機発艦する。

「敵機体より多数のゾイド発艦。機種、ザバット及び……バイオメガラプトル」

「氏彦、秋茂、時成、エアウルフ発艦準備。三辰はストームソーダージェットで先行せよ。全艦迎撃態勢。バイオメガラプトルと言ったな、陸戦用ではないのか」

「機体認識に誤りはありません。機影拡大します」

 投影装置に映し出された画像には、無数のザバットに囲まれ浮遊する骸骨竜の姿がある。その背中には、薄紅色に光る翼が生えていた。

「あれは子高のグリアームド、なんだあの翼は」

 画像を食い入って睨んでいた佐伯是基が看破する。

光子翼(フォトンウィング)、あの様なものまで装備させたとは。

 船長、光装甲(ホロニックアーマー)への実体弾攻撃は無効です。エアウルフはザバットとギルドラゴンに攻撃を集中、メガラプトルはアーカディアのビームスマッシャーでしか倒せません」

「どうあっても将門に合流させない魂胆か」 

 アーカディアの行く手を遮り、ギルドラゴンが宙を舞う。光る身体と翼を持つ骸骨竜と無数の蝙蝠型ゾイドが周りを取り囲む。

 川口村で小次郎が秀郷と戦端を開いた同時刻、大気圏内で黒い怪竜と白い天空龍との激突も開始された。

 



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第百弐拾壱話

 一つの村落を呑み込む程の巨軀が突風を巻き起こす。音速の数倍で蒼穹を行き交う衝撃波は局地的な気圧の低下を招き、直下の海面に鋭い三角波を屹立させる。低下した気圧により雷雲が生じ、澄み渡った空が一転、激しい風雨を伴った嵐を巻き起こす。

 赤い光輪と青い光輪が飛び交う。二重螺旋を描き空中格闘を繰り広げる黒い怪竜と白い天空龍の光景は、(さなが)ら闇と光、悪魔と神との最終戦争(ラグナレク)を想起させた。

 その驚異的な機動飛行を行う巨躯の周囲には、無数の機影が飛び交う。空征く餓狼エアウルフ、剣を持つ嵐の翼竜ストームソーダージェット、無人機なればこそ自滅を恐れぬザバット、そして燐光を放つ骸骨竜バイオメガラプトルグリアームドである。風雨に紛れ、陀羅尼の詠唱が響く。

 

 アシャアシャ ムニムニ マカムニムニ アウニキウキウ マカナカキウキウ

 トウカナチコ アカナチアタナチ アダアダ リウズ キウキウゾリウ キニキニキニ 

 イククマイククマ クマクマキリキリキリ キリニリニリ マカニリ ソワカ

 

 骸骨竜は詠唱に合わせ流体金属装甲の燐光を明滅させる。羽ばたく薄紅の翼より光の粒を撒き散らし、追い縋る翼竜を嘲笑い舞い踊る。

〝此奴、手足を振って勢いを殺し旋回半径を縮めておる。このような空中機動(マニューバ)を行うとは……。ザバット部隊がアーカディアに向かっている、迎撃を頼む〟

 無数の蝙蝠が黒い怪竜目掛け突入していく。餓狼(エアウルフ)が行く手を阻み横一列に割り込むと、一斉に砲門を開く。次々に銃弾に撃ち抜かれ、空の藻屑と消えて行く蝙蝠の群れは、しかし雲霞の如く湧き上がり尽きることがない。トップソード、ウィングソードを抜き身にした翼竜が骸骨竜へ斬り込む。

「三辰、深追い無用だ。グリアームドはビームスマッシャーでしか倒せぬ」

〝我が愛機のソードはリーオの刀身、バイオ装甲であれば断ち切ることもできるはず〟

 忠告も聞かず、右翼のウィングソードとヒートハッキングクローが交錯した。

 銀色の細片が飛び散る。光装甲に弾かれ、右翼の中程まで捥ぎ取られた翼竜が錐揉みとなって落下した。

「三辰!」

 三角波の波濤に呑まれる寸前、翼竜は辛うじて体勢を戻し緩やかに上昇に転じた。戦闘不能と判断し、戦闘空域の離脱を試みる。今まさに、ギルドラゴンとの激戦中であるアーカディアへの着艦はできない。翼を持つ骸骨竜は猛禽の如く傷付いた獲物目掛け襲い掛かる。弱者を狙うは野獣の常であった。

 衝撃波と共に、ベイパーコーンが骸骨竜を吹き飛ばす。超低空で過燃焼装置(ターボブースト)を起動させた津時成のエアウルフが音の壁を突破したのだ。失速するグリアームドの背中に、紀秋茂のエアウルフがストライククローを叩き込み墜落させる。

(かたじけな)い〟

「早く戦闘空域を離れろ。あの程度で倒せるような相手ではない」

 眼下の海面に発光器を持つ怪魚が蠢く如く、燐光が泳ぐ。

 

 リウムリウムリウム リウマリウマ キリキリ キリキリ キリキリ

 クナクナ クナクナクナ クトクト クトクト クルクル クルクル

 キウルキウル キリ ボキウボキウ ボキリボキリ ボキリホキリ

 キウムキウム キウムキウムキメイテイ マメイシマカテイカラメイト ソワカ

 

 陀羅尼の詠唱が高まり、水沫を上げて骸骨竜が浮上する。光装甲には傷一つ付かず、物理的攻撃は一切無意味であることを証明していた。

「これでは埒が開かぬ……。船長、坂東は遠過ぎるぞ」

 時茂が見上げる先の高高度、黒竜白龍が絡み合う二重螺旋を描き続けていた。

 

 

「疾風ライガー!」

 緋色の獅子はランスタッグ部隊が護る前衛を擦り抜け突出した。小次郎に呼応し、ユニゾンを成したワイツタイガーイミテイトと翼竜形態のディメトロプテラが随伴する。地上に群がる押領使秀郷のゾイド群は、烏合の衆と思えぬ程息の合った連係攻撃を仕掛けてきた。ブロックス部隊の波状攻撃の後方からハイブリッドバルカンの曳光弾が降り注ぐ。

「公雅殿、それでは義兄を倒せぬぞ」

 今は亡き良兼の嫡子にして義理の舎弟の平公雅の乗るダークホーンの砲撃である。疾風ライガーより大きく逸れた位置に着弾するが、硝煙の奥よりクナイの群れとビーストスレイヤーが出現し疾風ライガーに襲い掛かる。

「バイオケントロ、先刻のバルカン射撃は陽動か」

 一度破った敵とはいえ、ソードダンスは疾風ライガーの速攻を減殺するには充分であった。ビーストスレイヤーの切っ先を避け、剣竜の胴体を三つに切断し終えた時には、頭上に青く透き通る翼を翻すバイオプテラが飛来していた。爆装準備の為かホワイトジャークはまだ戦場に現れない。先頭を走る疾風ライガーに狙いを定め、バイオプテラがグラップフットを構え急降下する。

「その手は喰わぬ。村雨ライガー!」

 瞬時にエヴォルトを解除し、碧き獅子が四肢を溜めて跳躍した。大刀ムラサメブレードを大上段に振り上げ、空飛ぶバイオゾイドを真っ向両断(からたけ)竹割(わり)にする。バイオゾイドコアを破壊された翼竜は、撒き散らす流体金属より黄色い鬼火を上げて崩壊した。碧き獅子は瞬時に緋色の獅子にエヴォルトし、再び敵陣に斬り込んで行く。進む先には禍々しく歩脚を蠕動(ぜんどう)させる巨大蜈蚣空母の船体が聳える。

 飛行甲板を征すれば勝機を見出せる。

 跳躍力に優れた疾風ライガーとワイツタイガーによって甲板上の白孔雀を破壊、同時に発艦装置を破壊し、動く鉄屑と化すのが小次郎の狙いである。HYTブースターを全開にし、緋色の獅子が駆け抜ける。行く手を阻むのはウネンラギアとジーニアスウルフ、レブラプター等の小型ゾイドのみ。濃紅の獅子、強敵エナジーライガーの機影はない。

 やれる。

 下唇を軽く嘗めた瞬間、小次郎は背後から迫る凶悪な殺意を感じた。咄嗟にブースター噴進口を下向きにした直後、頭上を幾つもの閃光が突き抜け、数機の小型ゾイドを巻き込み薙ぎ倒していった。

「超長距離集束荷電粒子砲、またもセイスモサウルスか」

 疾風ライガーの進路の左右に四匹ずつの地震竜が出現し、八条の光芒が見境無く乱れ飛ぶ。

 予測外の強力な伏兵に、小次郎は進撃を留めざるを得ない。味方の犠牲も厭わぬ、俵藤太らしい戦い方であった。

「三郎、七郎、進路右翼のセイスモサウルスの群れに溶け込む。俺に続け」

 漸く敵の前衛を突破したデッドリーコングとランスタッグブレイクが合流するが、合流と同時に再度分散し、小次郎達は右翼へ、員経達は左翼のセイスモ群に向かう。相対する地震竜同士であれば撃ち合いはできない。長距離攻撃兵器攻略の定石である。小次郎が叫ぶ。

「将門ライガー!」

 最強形態となった霰石色の獅子は七色の残像で幻惑し、全身からレーザー機銃を撃ち放つ地震竜の懐に潜り込むと一閃の刃風を吹かせた。

 頚部を付け根から切断され、一体のセイスモサウルスが横臥した。

「ひとぉーつ」

 左側、二匹目のセイスモサウルスまでの距離は凡そ二町(≒200m)。ワイツタイガーイミテイトのエレクトロンハイパースラッシャーが地震竜の側面装甲版を圧し折っていたが止めを刺すには至らない。備えられた無数の火器が行く手を阻む。

 このゾイド、この愛機将門ライガーであれば、やれる。

 ムゲンブレードとムラサメブレイカーを両脇に広げ、刃の翼を二匹目の地震竜に叩き付けようとした時であった。

 斃れたセイスモサウルスの屍に乗り上げ、全身から七本の電磁剣を逆立てた漆黒の獅子が現れた。輝く刀身が微細な振動を纏う。

「太郎――」

 踵を返した霰石色の獅子が、漆黒の獅子と睨み合う。

「――貞盛、今度こそ決着をつける」

 咆吼する獅子と獅子。七色の影を操る将門ライガーと、七本の剣を持つライガー零シュナイダーとが激突した。

 

 濃紅の獅子はディグ上にあった。艦橋からではなく、飛行甲板の淵に立つ秀郷は、眼下の地上で繰り広げられる死闘を見下ろす。

難陀(なんだ)が将門ライガーに斃されました。父上は八大龍王さえも捨て石にされるつもりですか」

「ネオカイザーを僭称する逆賊を討つのだ、龍宮に血を流させるには良い口実であろう」

 秀郷が鼻で息をつく。

「貞盛の零シュナイダーも将門ライガーと接触した。跋難陀(ばつなんだ)に貞盛の援護は可能か」

「ワイツタイガーとディメトロプテラが跋難陀と格闘中です。沙羯羅(しゃがら)を向かわせます」

「構わずともよい。これで将門に敗れるようであればそれまでの武士に過ぎぬということだ。沙羯羅は和修吉(わしゅきつ)と共に砲撃を継続、左翼に向かったデッドリーコングとランスタッグブレイクへの精密射撃を行わせよ。

 遠保殿のアイアンコングPKに伝達、右翼の徳叉迦(とくしゃか)阿那婆達(あなばった)の防御、コングにはコングだ。摩那斯(まなし)優鉢羅(うはつら)は砲撃をしつつ後退し、ディグよりの発艦航路を確保させろ。

 我らも頃合いだ。千晴、ホワイトジャークを率いて出陣せよ」

 秀郷の号令に応え、着陸脚を立て駐機していた背後の大型飛行ブロックスに藤原千晴が搭乗する。甲板上にひしめく爆装した白孔雀が一斉に射出装置へと移動する。

「ジェットファルコン及びホワイトジャーク爆撃部隊、出陣」

 白い隼を追って、白孔雀が重々しく発艦する。坂東の空を白い影が覆う中、地上には濃紅の獅子エナジーライガーの紅玉の翼が閃く。

 

 西と東。純友と将門の絆は、桔梗の放つ量子暗号を除き分断されたままである。

 

 人の意志とは無関係に、不死山の噴煙が靡き、再び天空より凶星が接近していた。

 



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第百弐拾弐話

 ゾイド同士の戦闘――厳密には、未だ〝庭の澱み〟を迎えぬアーミラリア・ブルボーザゆえに『金属生命体』同士と呼ぶべきか――は、まるで地球上の歴史で近世と呼ぶ時期に繰り広げられた小型戦闘機の巴戦を彷彿とさせた。異なっていたのは、互いの機体が小型戦闘機の50倍以上であることだ。ベイパートレイルを曳く竜と龍は、赤と青のビームスマッシャーを武器にし、互いにブレイク・ターン及びローリング・シザース等の空中機動による追尾回避を繰り返していた。

「海賊どもめ。大人しく日振島に戻っておれば良いものを」

 追尾する先で蛇行を繰り返す黒い怪竜に、白い天空龍を指揮をする小野好古が嘲り漏らす。重力制御の効いたギルドラゴンの艦橋は、アーカディアと異なり慣性に引き摺られることはない。摂政忠平を乗せ軌道エレベーターのジオステーション及びペントハウスステーションまで容易に到達し、永年に亘り宇宙開発に貢献してきた天空龍にとって、加速による機体への負担軽減機能は完璧に備えてあった。性能差は歴然としており万に一つの敗北も考えられない。好古が懸念したのは、戦闘開始より間断なく撃ち続けられている赤い光輪の行方であった。

「温羅(ギルベイダー)は何処を狙って撃っているのだ」

 好古が告げる間にも、赤いビームスマッシャーはアクア海の先に広がる東方大陸の地平の稜線へ飛び去って行く。

「東方大陸方向、ほぼ水平発射しております。子高殿のグリアームドとも、また軌道エレベーターとも射線が全く被っておりませぬ。我らに命中せぬと判っていても、苦し紛れに撃たねば気が済まぬのでしょう。

 間もなく東方大陸上空に達します。海賊は瀬戸の内海に引き籠ろうと向かっているやもしれませぬ」

(いささ)か戯れ過ぎた。包貞(かねさだ)、ギルドラゴンのビームスマッシャー出力と精度を上げ、温羅の目障りなあの旗を毟り取れ。多少破壊しても構わぬ」

 アーカディアの謎のビームスマッシャー連続射出と、忌々しくはためく『南無八幡大菩薩』の文字に気を取られ、巨艦の繰り広げる戦闘空域は東方大陸に達しようとしていた。途端に好古の態度が厳しくなり、火器管制を担う藤原包貞は躊躇いをみせた。

「宜しいのですか。純友は従五位下の官位を授かった伊予掾でありまするが……」

「懸念は無用。所詮平将門の騒擾を収める間だけの仮の官位、今後海賊共を二度とソラに昇らせなくする為の威嚇だ。貴君が案ずることではない」

 好古の有無を言わせぬ口調に、包貞が抗うことはない。青いビームスマッシャーの照準の中心に、アーカディア頭部の旗が据えられていた。

 

「船長は何処を狙って撃っているのだ」

 奇しくも小野好古と同じ問いを、エアウルフを操る海賊衆の魁師、津時成が発していた。依然苦戦は続いている。無人機ザバットを数十から百数十撃墜したが、未だに無数の蝙蝠型ゾイドは押し寄せてくる。

〝時成、(ひつじさる)よりグリアームドが接近している〟

 機関砲を放ちつつ擦違(すれちが)い様に小野氏彦が告げた。焼夷剤を含んだ火球、ヘルファイアーが思いがけぬ方向から飛来する。ロースピード・ヨーヨーと呼ばれる機動(マニューバ)、光る骸骨竜は一度急降下し、死角を狙って直下から競り上がって来たのだ。

――ノウボウ タリツ ボリツ ハラボリツ シャキンメイ シャキンメイ タラサンダン オエンビ ソワカ――

 身を躱して同高度に着いたグリアームドは、薄紅色の翼を翻し脚部ヒートスパイクを振り翳す。咄嗟に回避行動をとったものの、エアウルフのジャイロリフターのフレームの一部が切り裂かれる。

〝大事無いか〟

 問われたところで応じる余裕はない。制動をかけ無言の間合いで三機が空中集合する。

〝いつまでこれを繰り返せば良いのだ〟

 機関砲を放ち、矢継ぎ早にザバットを撃墜し続ける氏彦と、残り二人の魁師は同じ葛藤を抱いていた。

 機体の完成度が雲泥の差の状況にあって、アーカディアの船体は悲鳴を上げ続けている。

「船長、プロトタキシーテスの剛性が持ちません。竜骨髄内の神経節同調も不安定になっております」

 重力制御機能を有しない巨軀であるがゆえに、間接への負担は膨大となる。空中戦による遠心力が機体を軋ませ、黒い怪竜を粉微塵に引き裂かんと伸し掛かる。

「俺の指示する方向へビームスマッシャーの放出を続けろ、〝奴〟を刺激できさえすればいい」

 エアウルフによって出撃した魁師達に代わり、舵輪を握る純友が艦橋で下令する。ギルドラゴンとは対照的に必死の操艦が続く中、折り悪しくアーカディアの泉門が開口した。

「クラスターコアの臨界限界、磁気振動装置の出力低下、敵に追い付かれます」

 機関室より艦橋に就いていた佐伯是基も悲痛な声を上げた。急激に速度を落としていくアーカディアの後方に、ギルドラゴンがぴたりと追随する。

 屈辱であった。勝ち誇る天空龍は青いビームスマッシャーを直ぐに撃とうとはしない。

「小野好古より入電――」

「読む必要はない。大方〝日振島に戻れ〟とでもほざいているのだろう」

 沈黙した伝令を尻目に、屈辱に眉間に皺を寄せる。旋回するアーカディアの前方を睨む純友の視線は、何かを待ち望むように一点に注がれていた。

 小径の青いビームスマッシャーがアーカディアの頭上を通過した。円環を成した荷電粒子の大気摩擦が『南無八幡大菩薩』の海賊旗を激しく揺さ振る。

「俺たちの旗を引き裂くのが狙いだろうが、その侮りが、己の命取りになることを思い知れ」

 純友の眉間の皺が消えていた。俄に蒼穹が奇妙な光明を帯び、極光(オーロラ)にも似た光の神殿が空中に建立される。純友が叫ぶ。

「エアウルフ及びストームソーダージェット、至急アーカディアとギルドラゴンの居る空域から死ぬ気で離れろ。いいか、離れなければ死ぬぞ。是基、失速覚悟で急降下。磁気振動装置を含め動力全てをウィングバリアーへ接続し最大出力で障壁展開。海面突入の衝撃に備えよ」

 

 ギルドラゴンの艦橋では、天空に建ち上がった光の神殿に誰もが目を見張っていた。

「ライトピラー現象、なぜこのような状況で……」

 文武に長けた小野家出自の好古は、多分に漏れず豊富な知識を有し、光柱(ライトピラー)と呼ばれる希少な自然現象にさえ動揺することはない。だが書物に拠って得た知識は、海賊衆の粗野で粗暴な直感に僅かに及ばなかった。

 矢庭に東方大陸の地平線上に、雄大積乱雲――入道雲――の如き明確な輪郭を持つ茜雲が湧き上がる。

 雲が動いた。風に流されたのではない。意志を持つ生命体の様に動いている。

 雲が光る。意志を持つ生命体の放つ光にも見える。

 雲が(あぎと)を開放し、光の神殿を光背として空気中の荷電粒子吸収を開始する。もはやそれが雲などではない事は、誰の目にも明らかだった。

 雲に見えた破壊の魔獣は、噴火口然とした(おとがい)より、灼熱の火砕流を放っていた。

「東方大陸方向より膨大な熱量体接近。荷電粒子――いえ、これは先に不死山で観測されたバイオ荷電粒子砲です!」

 藤原包貞が告げると同時に、光背を負う魔獣の赤黒い光の奔流が迫っていた。光の速さより僅かに遅いバイオ荷電粒子は、破壊の脅威に恐怖を携え、標的となった竜と龍とに殺到した。

 熱波と衝撃波と轟音がギルドラゴンを呑み込む。

 粒子砲の中心軸線からは外れてはいたものの、完全に光の奔流に覆われた。ウィングバリアーに守られた天空龍の周囲に球殻状の防御壁が可視化される。グリアームドは辛うじて射線を回避したが、ギルドラゴンの周囲を群れ飛んでいたザバット部隊は一瞬にして蒸発した。

「馬鹿な。これが純友の、海賊戦法なのか……」

 最初から死竜の覚醒を図り、ビームスマッシャーを不死山目掛け放ち続けていたことを知り、好古は慄然とした。

 地獄の光輪と称される荷電粒子の塊が、海賊達は天空より降り注ぐ災厄にも似た特性を持つことを皮膚感覚で知っていた。アーカディアは、浅い眠りに就いていたバイオデスザウラーを覚醒するため、持ちうる限りの動力を注ぎ込み、ギルドラゴンもろともバイオ荷電粒子砲に巻き込ませる捨て身の策略を発動させたのだ。

 小惑星一つを消滅させる業火は、見る間にギルドラゴンのウィングバリアーを蝕んでいく。

「好古様、このままではギルドラゴンが持ちません」

 バリアの裂け目より雷霆が飛び交い、螺鈿色の装甲に無数の亀裂が生じている。摂政忠平より貸与された貴重な天空龍を破壊することは到底許容し難い。万全の防御を打ち破られた艦橋の中、好古は純友に手玉に取られた無念を噛み締めた。

「温羅は、確認できるか」

 光の奔流の中、黒い怪竜を目視することは既に不可能だった。

「バイオ荷電粒子砲に呑まれ蒸発したかと」

 好古の直感が「在り得ぬ」と告げた。吐き捨てるように、ギルドラゴンの変針を命ずる。

「メガラプトルグリアームドを収容の後、戦闘空域より即刻脱出せよ。ソラシティにて修繕せねばならぬ」

 バリアの球殻は半分以上蝕まれ、全身より焔を噴きつつ、ギルドラゴンは軌道エレベーターの末端、スカイフックへ向け飛び去って行った。

 程なくしてバイオ荷電粒子の奔流が収縮した。バイオデスザウラーは、新たに来襲する小惑群の接近を悟り、迎撃の為の力を温存するため再び眠りに就いたのである。

 赤黒い奔流の途切れた頃、ザバットの残骸に紛れた海面に波浪が生じた。海面を裂き金属生命体の巨体が現れる。翼竜と三機の餓狼、そして『南無八幡大菩薩』の海賊旗。旗の浮上に引き続き、満身創痍ながらも不敵な口角を上げる黒い怪竜が飛沫を散らし浮上した。

 餓狼の操縦席で立ち上がる魁師達と、怪竜の頭部で翻る海賊旗の下に立つ純友らが、互いに高らかな勝利の雄叫びを上げた。

「坂東に赴くには暫し時間が必要なようだ。それまで死ぬなよ、平将門」

 波間に浮かぶ東方大陸は、アーカディアにはまだ遠い場所であった。

 



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第百弐拾参話

 俄作りの軍勢は、精強な小次郎の従類の前に鍍金の地金が露呈した。整然と攻めていた寄せ手の波は、頑迷に抵抗を続ける石井勢の奮闘により次第に隊列を崩していく。楔となって敵を蹴散らす丹色の虎ワイツタイガーイミテイトと、若獅子レオゲーターに続き、従類のコマンドウルフが雪崩れ込む。セイスモサウルス和修吉(わしゅきつ)を瞬く間に粉砕すると、並進するバイオトリケラが蛇腹剣を振るった。

「うぬらの技など見切っている」

 勢い付けた丹色の虎は、怒りを込めたエレクトロンハイパースラッシャーを骸骨竜の襟目掛けて叩き込んだ。強烈な刺激が、バイオゾイドを形成する流体金属装甲を活性化させる。醜い水膨れが粟立ち、二匹の骸骨竜は自己崩壊を起こし溶けて行った。

「これが四郎が言っていたヘイフリック限界の成れの果てか。

 皆も見よ、バイオゾイド恐るるに足りん。敵陣左翼を突破にかかる、セイスモサウルスを車掛かりで沈めるぞ」

 怒涛となって進撃する石井勢の上空に、白い機影の群れが舞う。

「白孔雀、今更になって」

 石井勢の先頭に、ホワイトジャークの腹部に抱かれた白い円筒が投下される。無差別に黒煙を上げていく爆弾の豪雨と、超集束荷電粒子砲の閃光に、戦場となった川口村が包まれる。

「なんだあの光の輪は」

 三郎は、ホワイトジャークの舞う空に過る、赤い荷電粒子の光輪を見上げていた。

 

 零と無限のと戦いの火蓋は、零からの全力技より切られた。七本の電磁剣全てを前方に向け、展開した電磁障壁ごと零が迫る。ゾイドの基本性能に劣るを知る太郎貞盛は、シュナイダー具足の大技、セブンブレードアタックを繰り出したのだ。

 躍動する漆黒の獅子に、霰石色の獅子は迷わず一振目の太刀ムゲンブレードを斬り下ろす。雷霆が奔り、電磁障壁が消滅する。

「脆い」

 消滅した障壁の奥で突き立てた七本の電磁剣を、もう一振の太刀ムラサメブレイカーで切断する。切断の勢いによって前半身を下げられた零の頭部に、横払いのストライクレーザークローが叩き込まれた。

 シュナイダーの具足を撒き散らし、漆黒の獅子は滑稽なまでに横転した。

 小次郎は己自身の強さに圧倒されると同時に、無性に悲しくなった。「これが、俺が永年追い続けた相手なのか」と。

 その悲しみは小次郎の願いが込められていたに違いない。自分と同等か、或いは自分以上に強力な相手に、太郎貞盛には成っていて欲しかったという願いである。

「立て、太郎。この程度で俺たちの決着を終える心算か」

 宿世の敵にして竹馬の友である太郎貞盛に、小次郎は立ち上がる余裕を与える。

「小次郎……それがお前の弱さなんだ」

 将門ライガーの眼前を一陣の突風が吹き抜け、錐状の爪が二本同時に襲い掛かる。咄嗟に太刀で受け止め、空からの襲撃を受け流す間に、瞬時に立ち上がり疾走する零の姿があった。

「Zi―ユニゾン、ライガー零・隼(ゼロファルコン)

 飛来した白い隼型のゾイドが分離していく。イェーガーの残されていた具足全てを払い除け、零の素体が磁気旋風に舞い上がる。分離した隼が新たな具足となり、次々と零に纏い付いていく。

 旋風が去り、小次郎の見据える先、背中に錐状の巨大な三叉の(はさみ)を二丁持ち、前肢には猛禽の爪を、四肢の付け根には隼の翼を持つ零が構えていた。

 小次郎は悟った。貞盛に下賜された最後の唐皮。これが遂高のソウルタイガーを葬り、経明のディバイソンを破壊したゾイドということを。

「零隼か。俺との勝負の相手に不足ない」

 その時小次郎は、棟梁としての立場を、目先の戦闘に奪われるという愚を犯していた。

 本来の目的であるディグ攻略作戦を忘却してしまうと共に、敵が正正堂堂と一騎打ちを行うと思い込んでいたことである。

 飛来したホワイトジャークの攻撃目標は、石井勢のゾイド群ではなかった。

 兵と百姓との区別なく出陣する小次郎の軍勢では、ゾイドに駆って戦場に駆け付けるのも、兵糧を支える田畑を育むのも、全ては麾下の民であった。下総を弱体化させるには、民が耕し、切り開いた耕地を根絶やしにすれば事足りる。

 秀郷は小次郎を支える民の育む田畑目掛け、醜悪な爆弾を投下したのだ。

 焼夷剤を含む炸薬が、初夏の風に靡く早苗を焔の舌で嘗め尽くす。燃え上がる耕地を前にして、軍役で出払い、手持ちのゾイドを残さぬ農民たちは、ただ黙って稲が燃えるのを見守る他なかった。

 そして小次郎のもう一つ過ち。

 ライガー零・隼のバスタークローが、将門ライガーの二振の太刀と火花を散らす。最強形態にユニゾンしたとはいえ、〝無限なる力〟を持つ将門ライガーには分が悪い。圧され気味となり、跳躍力を生かし飛び退いた真横より、強烈な曳光弾が将門ライガーに降り注いだ。

 霰石色の装甲に黒い弾痕が刻まれ、ゾイドの感覚を介し小次郎にも痛みが伝わる。同様の閃光が二条飛来し、小次郎は直撃を避けライガー零・隼との間合いを取って閃光の方角へ身構えた。

 紅玉の翼を広げた、黄金の角と濃紅の装甲を持つ獅子が現れる。

「おのれ藤太、一騎打ちに割り込むとは卑劣なり!」

 叫んだところで応えは無い。将門ライガーの前に、貞盛のライガー隼と、秀郷のエナジーライガーが立ち塞がった。零の操縦席の中、貞盛が呟いていた。

「そろそろエヴォルトも限界だろう。将門ライガー形態を解除して、この零・隼(ゼロファルコン)とエナジーライガーを同時に相手はできまい。小次郎よ、これがお前の最期の戦だ」

 上空に白孔雀が舞う中、二匹の強敵に挟まれた将門ライガーのエヴォルト継続時間は着実に削られていた。空を過る赤い光輪など、気に掛ける事もなく。

 

 老兵に似付かわぬ狂気が戦場を駆け巡っていた。

 赤と黒との豪腕が激突し、鋼の巨体が弾け飛ぶ。構えた連装電磁砲より放たれる磁気の塊を遣り過ごし、死の名を有する猩々は左腕を軸に身を翻した。騎士を称する猩々の左腕の銃身を握り潰すと、掴んだ右腕を強引に捻じ込み、パイルバンカーの杭頭を赤い胸元の装甲に突き付ける。

「覚悟」

 打撃用炸薬の紫煙を漂わせ、撃ち出された鋒が赤き猩々を穿つ。胸部装甲が拉げたが、赤き猩々は二三歩退き下がっただけで踏み留まった。

 咄嗟にデッドリーコングの機体を(うずくま)らせる。ゾイドの持つ野生の勘と、古武士とも言える伊和員経の積み重ねられた戦の経験が殺気を察知したのだ。

 飛来した閃光が、背負う棺桶の端の彫金細工の一部を溶解させ掠めていく。八大龍王沙羯羅(しゃがら)が放ったゼネバス砲である。姿勢を崩したデッドリーコングの隙を狙い、赤い猩々が長大なビームキャノンを構えていた。

「――!」

 文字に表せぬ叫び声を上げ、員経は愛機を敵の懐に飛び込ませる。絶叫と照射は同時であった。猛烈な勢いで俯角の取れない距離にまで接近を試みたが、照射されたビームキャノンの光芒は、棺桶に巣喰うもう一つの生命体を苛む。

 ヘルズボックスより六本の稼働肢が生える。隻眼からレッゲルを血の涙の如く流し、組付いた射撃直後のPKを高々と掴みあげた。

 五本の稼働肢に持ち上げられ、抵抗の出来ないPKを、残り一本の稼働肢が代わる代わるに切り刻む。鉄の爪・斧・鋼鉄球が、砲を、腕を、脚を、そして首を。

 切断された赤い肢体が散乱し、残った胴体を精密射撃を続ける地震竜に向け放り投げる。死の猩々は身体を横滑りさせ、次なる獲物に八大龍王沙羯羅を定めた。

「ネオカイザーへの不敬、この伊和員経が断じて許さぬ」

 沙羯羅の首を捩じ切り、振り返って主君の行方を追う。

 員経は、濃紅の獅子と、翼を得た獅子とに圧される霰石色の獅子の姿を捉える。

「エヴォルトが」

 将門ライガーが、碧い獅子へと変化した。活動限界を越えたのだ。主君の危機を救おうと身を翻した時であった。

 視界が真っ赤に染まった。衝撃が操縦席を直撃する。僅かな隙を見せたデッドリーコングを、セイスモサウルス摩那斯(まなし)の放ったゼネバス砲が襲った。頭部ヘルズアーマーを吹き飛ばし、前のめりに倒れ込む。意識が朦朧とし、立ち上がる操作さえできない。

 主君を救えぬ悔しさに、員経は男泣きに血の涙を流した。

「殿、あなたは私の夢です。坂東を開放し、新たな時代を作らねばならぬ方。それをこんな戦でむざむざと……」

 指の一本さえ満足に動かない。絶叫しようにも声が出ない。前方より摩那斯が迫って来る。自分が死ぬことより、主君を失い、そして桔梗の最期を看取れぬ悔悟に歯噛みした。

「これまでの命か」

 

 摩那斯の胴体が上下に切断され、発射直前の荷電粒子が体内より放散された。

 爆炎を上げる地震竜の残骸の中から、青い獅子が現れる。

「村雨ライガー……否、別のゾイドか」

 両脇に輝く刃を翳す青い獅子が、切断したセイスモサウルスの骸を背にして立つ。

〝平八郎将種、出羽の地より唯今見参〟

 少年の声、それも最年少の七郎将為よりも更に幼い声であった。

〝同じく外戚父なる伴有梁、征東大将軍平良持様のゾイド、(ブレード)ライガーと共に推参し、下総勢に加勢する〟

 少年の声に続き、老兵の声が響く。少年が操る青い獅子は、残るセイスモサウルス目掛け刃を閃かせた。

〝八郎、八郎将種なのか。それに亡き父上の(ブレード)ライガーではないか!〟

 ユニゾン解除直前のワイツタイガーイミテイトより、三郎将頼の驚嘆の声が響く。通信を聞きつけ、全てを納得した員経は、臥したデッドリーコングの操縦席より、残る力を振り絞り叫んだ。

「陸奥へと移られた殿の末弟、平将種殿とお見受けする。我に構わず、殿に御助力くだされ」

 必死で叫ぶものの、か細い声しか出てこない。だが往信には、少年の鋭気に満ちた答えが返って来た。

〝伊和員経様、御懸念は無用です。自分よりも遥かに精強な援軍が、小次郎兄上の元に向かっています。員経様も良く知る方です〟

「それは僥倖。では我は少々、ここで休ませて頂きます」

 意識を失う直前、青い虎が見えた。員経の意識はそこで途絶えていた。

 

 



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第百弐拾四話

 ムラサメブレード一太刀のみで、零・隼とエナジーライガーの同時攻撃を防ぐのは成し難い。

 力の優位を頼みにする二匹の獅子は、決着を急ごうとはしなかった。激烈な攻撃を間断なく続け、生命体としてのゾイドの疲労を蓄積させれば自ずと相手に隙ができる。既にエヴォルトを強制解除した村雨ライガーは、チャージャーガトリング着弾への回避行動に精彩を欠き、バスタークローを受け止めるにも圧され気味となっている。混戦の中、鎌首を擡げ打ち込まれた三叉の錐を払い除けるが、村雨ライガーは不覚にも脇腹を濃紅の獅子正面に晒していた。

 グングニルホーンが村雨ライガーのコア目掛けて突入する。コアが死滅し活動を停止する瞬間を狙い、眼前で零・隼の前肢が振り翳されていた。

「俺はまだ逝けぬ、逝けぬのに……」

 やり残したことは幾らでもある。脳裏に猛烈な勢いで記憶が巡った。それが死の直前に訪れるという邂逅と悟り、小次郎はあまりに呆気ない一生の最期を悔やんだ。

 見開いた瞳に妻子と郎党と民の姿が重なる。

「……良子、すまぬ」

 瞬く刹那、小次郎は不可思議な浮揚感を覚えていた。

 

 標的を失ったグングニルホーンとザンスマッシャークローが互いの機体を削り相打ちとなる。激突し横転する獅子達を尻目に、小次郎は村雨ライガーごと宙を舞っていた。気付けば、翼を持つ青い虎に抱えられ空を飛んでいた。

〝遅れ申した将門殿。坂上遂高、只今参上仕った〟

「生きていたのか!」

 青い虎ジェットレイズタイガー。ソウルタイガーとほぼ同機種にありながら、萌葱色の集光板を持ち、広大な翼によって飛行能力を有する精強なゾイドである。下総と下野の国境で襲撃され、生死不明となっていた手練れの上兵が、強力なゾイドと共に舞い戻って来たのだ。

〝あの程度の攻撃で俘囚は死にませぬ。然れど愛機ソウルタイガーを失ったため、陸奥に帰り新たなゾイドを手配するのに多少猶予がいりました。その際出羽にて、舎弟の八郎将種殿と養父伴有梁殿には篤く世話になりました。舎弟殿は刃ライガーにて参じられ、今頃三郎殿たちに合流した頃です〟

「そうであったか」

 歓極まり、それ以上の言葉に詰まる。

 僅か二機のゾイドに過ぎない。だが今の小次郎にとって、百万の味方を得たに等しい援軍であった。

〝油断召さるな。後方より貞盛のゾイドが追撃して来ます〟

 衝突によって右脚の爪を欠いたものの、隼の能力を持つ零は宙駆けて浮上する。更には紅玉の翼を開いたエナジーライガーも猛烈な速度で追撃していた。遥か上空には、満載に爆装したホワイトジャークが無辜の百姓の育む大地を狙い乱舞する。

 ジェットレイズタイガー単機であっても到達できない高高度である。航空性能に特化したゾイドには、所詮陸戦用ゾイドに翼を持たせても敵う筈もない。

 小次郎は己の無力さが恨めしかった。

 この村雨ライガーが空を飛べれば。純友の誕生させたアーカディアという空飛ぶ巨大ゾイド(※現時点ではアーミラリア・ブルボーザ)が手元にあれば。

「甘えるな。俺は今持てる力を振り絞り、民を守らねばならぬ。これ以上坂東を荒らさぬためにも、俺が戦わなければならぬのだ」

 戯論(けろん)(かま)ける暇など無い。己の拘泥を払い除ける。その時小次郎は、坂東の空を駿河・相模方面へ向け飛行する赤い光輪をはっきりと見止めた。

「天啓か」

 小次郎は知らない。川口村での死闘のさなか、遠くダラス海より東方大陸北島に亘り、藤原純友の操る宇宙海賊戦艦アーカディアと、小野好古の座乗する天空龍ギルドラゴンも苛烈な空中戦を繰り広げていたことを。

 人の心は悪しくも良くも移ろい易い。アーカディアの放ったビームスマッシャーの出現を、八郎の刃ライガーと遂高のジェットレイズタイガーの合流に連なる吉兆と捉えた小次郎は、心身に気力が漲るのを感じていた。

 村雨ライガーを着地させ、四肢を踏みしめる。滑空後のジェットレイズタイガーが傍らに立つ。

 小次郎も村雨も疲れ果てていた筈だ。疲れていた筈なのに、憑き物が落ちたかの如く回復している。

 これが人の持つ強さ、真なる〝無限なる力〟なのか。

 小次郎は告げた。

「叢雨ライガー」

 碧き獅子が燐光を纏い、静寂のうちにエヴォルトを成した。

 外見上の変化は無いが、黄金の鬣が鮮烈な輝きを放つ。空気中の荷電粒子を吸収し、背負う一太刀のムラサメブレードに集束させていく。

 究極形態、真・叢雨ライガーの顕現であった。

「行くぞ遂高」

〝承知〟

 叢雨ライガーとジェットレイズタイガーが、ライガー零ファルコンとエナジーライガーとの命運をかけた決戦に挑んだ。

 

 若芽の息吹く深緑の畝が燃える。

 優雅に編隊を組み、遥か上空を征く白孔雀の翼下から放たれた焼夷弾は、見る間に下総の大地を火の海と化した。

 先の相馬御所空襲の際は低空侵入であったため、桔梗が命を削って放ったバンブーミサイルによって多数撃墜することができた。だが無差別爆撃が目的の今回の出撃では、手の届かない高々度を悠々と飛行し、レインボージャークを除く小次郎の軍勢には、全くを以て迎え撃つ術がなかった。

 既にユニゾンの限界時間を超え、ワイツタイガーより形態を戻したソードウルフの中、三郎は兄同様惜涙に噎び空を見上げていた。黒煙が蒼穹を閉ざし、隣接する屋敷森や鎮守森にも延焼していく。

 立ち昇る黒煙を追う先に、唐突に光の神殿が現れた。坂東からも目視された、ライトピラー現象である。

「不死山の異形が、再び目覚めたか」

 黒煙と霞によって、地平の果ての不死の峰を臨む事は叶わない。しかし相模・駿河の方角より建ち上がる光柱が、その源に巣喰う死竜の存在を三郎達に悟らせた。

 惑星の球体表面の描く弧により、人の背の高さから見渡せる水平線までの距離は凡そ一里(約4km)程と言われる(単調な水平線と異なり、陸上より遠望できる地平線は立つ者の海抜水準によって異なるのは自明であるが)。

 下総川口村は不死山の頂を辛うじて望める位置であった。全身のクリムゾンヘルアーマーの輻射熱は水蒸気を払い視界を切り拓き、末法の世の浄化を司る劫火の主の所在を察知させた。坂東各地には〝不死見〟の地名が多く残るが、藤原純友の陽動によって再び不死の麓に姿を現したバイオデスザウラーの威容は、幾つかの偶然も重なり、川口村からも微かに視認することができたのだ。

 不死山の方角より、赤黒い閃光が迸る。ギルドラゴンを仕留めたバイオデスザウラーの一撃である。直接坂東に被害を及ぼすことはなかったが、影響は意外な形で現れた。

 何かが風を切り、直上より接近する音を聞こえた。見上げれば、先程まで優雅な爆撃編隊を組んでいたホワイトジャークが、乱雑な螺旋を描き落下している。爆弾を抱いたまま墜落し、機体諸共誘爆する機体も幾つもある。

「奇瑞の顕れなのか」

 三郎は、暫し目の前の光景を唖然として見つめた。

 純友が行ったバイオデスザウラーへの陽動は、図らずも下野勢の軍略にとって大きな誤算となり、小次郎にとってはその言葉通り天啓となった。桁違いの威力を持つバイオ荷電粒子が、惑星の磁界に著しい磁気異常を発生させ、マグネッサ―システムによって飛行するホワイトジャークの浮揚力を奪い次々と落下させたのだ。

 ソードウルフの横に、満身創痍のランスタッグブレイクが駆け寄る。バイオプテラ頭部骨格がトウィンクルブレーカーに突き刺さったままであった。

「何やら知らぬが、この機を逃す手はない」

「爆弾の炸裂に巻き込まれぬよう警告を発した上で討ち取りましょう。玄明殿、行きますぞ」

 三郎はソードウルフのダブルハッキングブレードを展開させる。

「誰に向かってものを言う。先駆けは俺達に譲れ」

 藤原玄明率いるランスタッグ部隊が堰を切って突入する。飛行能力を失ったホワイトジャークに、下総のゾイド群が一斉に襲い掛かった。

 目指す先には、傲然と巨大蜈蚣空母ディグが聳えている。

 将門軍の反撃が開始された。

 



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第百弐拾五話

 征東軍は未だに相模を発つことが出来ずにいた。

 バイオデスザウラーの再出現が、部隊の出撃を妨げたというのが表向きの理由ではある。だが、その実、坂東の覇者ネオカイザー将門との直接対決を先延ばしにしたいというのが本音であった。不死山の死竜の出現は、征東軍にとってもまさに天啓であったと言えよう。

 相模の村岡五郎良文の歓待に惰眠を貪り、日々を無為に過ごしていく征東軍の群れの中、只一人六孫王源経基だけが気炎を吐いていた。

「征東大将軍殿はいつになったら腰を上げるのだ」

 武蔵武芝、興世王、そして小次郎に受けた屈辱を晴らす絶好の機会を得られたにも拘わらず、藤原忠文は一歩たりとも動こうとはしない。

「虚仮威しの破邪の剣め」

 ゴジュラスギガに装着された二門のバスターキャノンが、無聊を託つが如き鈍い鉄の輝きを放っている。傍らのジェノリッターは、獰猛な本性を覆い隠す仮面を被り佇むだけである。

「これでは下野押領使の藤原秀郷に手柄を横取りされてしまうではないか。雪辱を晴らさずにはおけぬ。死ぬなよ将門、貴様の首は俺が必ず取ってやる」

 主の憤りを知ってか知らずか、格闘モードのギガの双眸に赤い光が点る。

 宇宙海賊藤原純友と相反する理由で、小次郎の生存を強く願う者が此処にいた。

 

 

 傷付くことのなかった濃紅の装甲に、刃傷が次々と刻まれていく。

 避来矢エナジーライガーのビーム偏光障壁さえも、荷電粒子を纏い燐光を放つムラサメブレードはたやすく貫いた。

 接近戦では分が悪いと判断した秀郷は、エナジーチャージャーの出力を上昇させると共に機体を浮揚させ、刀身の届かぬ距離まで滑走した。仮想粒子タキオンを操るエナジーチャージャーは、謂わば龍宮より与えられたロストテクノロジーである。陸戦用ゾイドに於いてエナジーライガーの速度を超える機体は無い。紅玉の翼エナジーウィングを展開し、後退りの姿勢でチャージャーガトリングと二連装チャージャーキャノンによる猛烈な行進間射撃を行った。幾多の蝦夷を掃討してきた強力な光学エネルギー弾道兵器は、確実に標的に命中している筈だった。

 

 銃撃によってたちこめた紫煙の奥、秀郷は己の視覚を疑う。そこには、無傷のままに悠然と立つ、輝く碧き獅子の姿があったのだ。

 

 機体の性能差が違い過ぎる。

 

 百戦錬磨の秀郷も、今の叢雨ライガーには到底敵わぬことを悟った。 

 

 

 小次郎にとって対決を望むのは、貞盛の乗るライガー零・隼である。だがジェットレイズタイガーと共闘する以上、より強力な機体エナジーライガーと組み合うのが真・叢雨ライガーの責務であり、飛翔能力を有する零・隼にはジェットレイズタイガーが対峙するのが適確と判断された。

 ユニゾンを成さぬ青い虎では、零・隼に劣勢を強いられるに違いない。だが、幾多の死地を潜り抜けてきた俘囚の上兵は、小次郎の意図を汲み零・隼へと挑んでいく。

「藤太を倒す。それまで耐えてくれ」

『叢雨』の文字が輝く操縦席の中、小次郎は冷徹に濃紅の標的を追った。

 

 

 紫煙の中に叢雨ライガーが消える。

「ぐっ」

 秀郷が言葉にならない呻き声を漏らす。

 黄金の鬣が轡の鼻先にまで接近している。グングニルホーン打突の間合いも取れない距離であり、驚異的瞬発力に悪寒が趨る。

 物理的打撃には、ビーム偏光障壁は意味をなさない。間髪入れぬ横殴りのストライクレーザークローに、濃紅の獅子は派手な横転に陥った。秀郷は反射的に奥歯を噛み締める。舌を噛むのは避けられたが下唇から出血した。

 チャージャーガトリングが取り付け基部より捻じ切られ脱落する。エネルギー伝導管に引き摺られた銃身は、地表と本体と衝突し甲高い金属音を響かせ落下した。崩された機体の体勢を戻そうとエナジーライガー前後右側の脚を縮めた刹那、大上段に振り翳したムラサメブレードが頭上に迫るを知る。

 凡庸な武士であれば、切先を躱さんと足掻く間に斬られていた筈だ。斬撃を避けられないと諦観した秀郷は、横転する機体を仰向けにし、ムラサメブレードの峰を蹴り上げ刃の重力加速度を減殺する。勢いを付けたまま半回転し、二連装チャージャーキャノンを楯に本体を庇う。

 目論見は半ば成功し半ば失敗した。切断され宙を舞ったのは、チャージャーキャノンを装備したままの前脚であった。三本脚となったエナジーライガーが翼を展開して立ち上がる。上空を舞うのは漆黒の獅子と青い虎のみ、空中支援を行うべきホワイトジャークの機影は一羽としていない。

「所詮は土魂、頼りにならぬ。愚図愚図すれば再び荷電粒子を帯びた刃が襲い掛かって来る」

 再び優速を活かし全力後退を行うエナジーチャージャー尾部コネクターより白煙が噴き上った。

〝退き際です〟

 狼煙としての白煙の合図を視認した藤原千晴が、ユニゾン中の貞盛と呼応する。空中戦でジェットレイズタイガーを圧していた零・隼にとって、矛を収め撤退するのは容易であった。後衛に聳えるディグへの方向へ進路を取ると、地上の碧き獅子に目も呉れず飛び去っていく。

「藤太、太郎、また逃げるのか」

 追撃を試みる小次郎の前に、無数の伴類のゾイドが立ち塞がった。ジャミングが継続されていたため撤退情報は追討軍内に共有されず、後退するエナジーライガーにも気付かず闇雲に叢雨ライガーに突入してきた。烏合の兵とはいえ、膨大な追討軍のゾイドを果てることなく薙ぎ払い続け、二匹の獅子との距離も見る間に広がっていく。ブロックスゾイドを掃討し、ディグ追撃への移行を試みた時であった。

 横合いから黒いゾイド二機が叢雨ライガーの進路上に侵入し、小次郎の行く手を塞いだ。体節の隙間よりディオハリコンの燐光を放つ角竜型ゾイドである。高々と屹立させたハイブリッドバルカンを互いに交差させ、跳び越すことも妨げようとしている。疾走していた叢雨ライガーが脚を留めた。回避することも、斬り捨てることも出来たにも関わらずに。その機体に乗る者達を、小次郎は良く知っていた。

「公雅、公連、そこをどけ」

 回線は閉じられており、小次郎の声が伝わる筈もないが、叫ばずにはいられなかった。妻の実弟にして亡き平良兼の後嗣。嘗て捕らえられた良子を多岐共々に解放し、存命だった良兼に逆らい道理を通し、小次郎との真正面からの対決を望んだ従弟達が乗るダークホーンである。

 またこれも、秀郷の策略であった。万が一にも秀郷達が窮地に陥った際の、小次郎を食い止めよという命令を与えられていた。

 ダークホーンと叢雨ライガーでは、戦力的に雲泥の差があり到底太刀打ちできるものではない。だが妻子を解放した義理の弟達を無情に斬り捨てることはできないばかりか、必ずや小次郎の心は揺れ動くと予測した上で伏兵としたのだ。貞盛という、小次郎の特性をよく知る智将を得た秀郷の謀略は悉く有効に機能し、そして謀略は更に二重三重に張られていた。

 

 青々と茂っていた畝が爆裂し、炎の海原に巨大蜈蚣の艦体が紅蓮の陽炎を纏い揺らぐ。

 民が拓き育てた田畑と、細やかな幸せと団欒を育んだ家屋が燃えて逝く。

 巨大空母ディグの装備する対空兵装を全て地表に向け、艦の全周囲を火の海と化していた。発艦叶わなかったホワイトジャークの焼夷弾も簡易な射出装置によって無差別に放出された。合成樹脂を混入させた粘着質の炎の波に民家は呑まれ、黒々とした消し炭となっていく。炎に巻かれ取り残された者達は、家族全員焼き殺される惨禍が相次いで表出した。 

 名も無き多くの民を楯にすることこそが、小次郎の最大の弱点と知る秀郷の容赦なき謀略であった。

 惨状を前に、唇を震わせ小次郎が呟く。

「やめろ」

 怒りが沸騰し、冷静な感情が消滅していく。

「やめろ、民に何の罪がある」

 激情は〝無限なる力〟の顕現を揺り動かし、究極体の叢雨ライガーを変化させていく。

 延焼を食い止めたいという一念。小次郎が叫んだ。

「疾風ライガー!」

 炎の如き緋色の獅子が出現し、目の前のダークホーンと組み合うことなくに吹き飛ばす。火焔逆巻く大地に向かい、疾風ライガーは突風を巻き起こし疾駆した。

 より強烈な炎によって野火を薙ぎ払った伝説の宝剣の如く、疾風ライガーは両の前肢に装備したムラサメディバイダーとムラサメナイフによって、燃え盛る炎を切り裂いていく。

 咄嗟に取った行動だった。疾風ライガーにそんな能力があることなど知らなかったが、小次郎の想いに、村雨ライガーはエヴォルトによって応えたのだ。

 燃上する大地を縦横無尽に走り抜け、緋色の獅子が装甲の彼方此方を煤に染めた。

 緋色が碧に戻る頃、火勢はかなりの範囲で削がれていた。既に秀郷の軍は去り、ディグも止めを刺されることもなく悠々と戦場を後にしていった。

 残存していた小次郎のゾイド群も、必死の消火活動に参加するが、消火機能を持たない戦闘ゾイドでは、精々残り火を踏み潰し延焼を防ぐのがやっとである。

 期せずして水流が迸り、残り火の上に飛沫が舞い蒸気の白煙を上げる。川口村に面する飯沼より、鋼鉄の鰐が群れを成して上陸して来た。

〝将門様、あとは我ら湖賊衆にお任せくだされ〟

 貞盛の率いたドラグーンネストによって信太流海に閉じ込められていた霞ケ浦湖賊、大江弾正が到着したのだ。

〝水を扱うのであればバリゲーターが適任、どうか敵を追ってくだされ〟

「重房、お前達も生きていてくれたか。有り難い……」

 弾正の到着が、張り詰め続けた緊張の糸を弛めた。愛機に抱かれたまま小次郎は意識を失う。

 限界までの酷使を耐え抜いた村雨ライガーも、主と同じく力尽き、その場で頽れ横臥した。

 

 

『川口村の戦い』は、辛うじて秀郷軍を撃退した形で終息するが、下総から常陸の地は焦土と化し、小次郎の軍勢は正しく満身創痍であった。

 

 



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第百弐拾六話

 焼き尽くされた耕地を前に、人々は呆然と肩を落とした。セイスモサウルスの荷電粒子砲による地上掃討、ホワイトジャークによる無差別爆撃、ゾイド同士の格闘戦による土地の荒廃。焼かれ、穿り返され、踏み潰された作物が無残に地表に転がる。小次郎の配慮によって農事が優先され、豊作が期待された分、虚脱感は大きい。相馬の御所と呼ばれた住み慣れた館も廃墟と化し、石井に隠れ住んでいた僧侶や住民も繰り返される絨毯爆撃によって焼け出され、逃げ道を失い途方に暮れた。

 荒んだ民の心に、流言飛語が追い打ちをかける。

「田畑が焼かれたのは、平将門がソラに楯突いたからだ!」

「将門さえ余計なことをしなければ、被害はなかった筈だ!」

「全ての災いは平将門のせいだ!」

「悪いのは皆、平将門だ!」

 小次郎を(おとし)める噂が坂東を駆け巡る。小次郎を支え続けてきた民との連携を分断させ、頻りに〝平将門〟への恨みを煽り立てる文言を繰り返し、民の主体的な思考を凍結させようとする。冷静に考えれば、秀郷と貞盛が恣意的に流した、押領使側にとって都合の良い理屈であるのは簡単に推察できる。だが、絶望に打ち拉がれた民の心の隙間に「将門憎し」の感情を植え付けるには効果的であった。それでも猶、小次郎への支持を棄てようとしない村々には秀郷配下のブロックスゾイドが侵入し、暴力による徹底した抑圧と言論統制を行った。強き者に弱く、弱き者に強き〝(さぶらい)〟の本領発揮である。

 小次郎を心より慕う民にとって屈辱的な仕打ちであったが、ただ一つ、民は声に出さずに安堵していた。

〝小次郎様は御無事だ。だからこそ此奴達は小次郎様を探し回っているのだ〟と。

 

 

 小次郎達の残存部隊は、飯沼の端、猿島広河の江に広がる葦原の中にあった。奇しくも、嘗て良子と多岐、そして最初の桔梗が身を潜めた場所である。鬱蒼と茂る葦原は傷付いたゾイド群を覆い隠し、飯沼の湖面に遊弋するバリゲーターが敵勢の侵入に備える。さしもの秀郷も、大宅弾正重房の率いる湖賊衆には迂闊に手出しは出来ず、疲れ切った部隊は束の間の休息を得ていた。

 小次郎は、村雨ライガーの脇に並ぶ(ブレード)ライガーを見上げ、青い獅子の足元に立つ少年と老将に視線を移す。

「立派になったな八郎。見事父上の刃ライガーを乗りこなせるようになったか」

 だが既に八郎将種には、格好の遊び相手を見つけた多岐が頻りにまとわりついていた。初対面の姪に戸惑う少年に、兄小次郎と養父伴有梁が微笑むと、八郎は多岐と手を繋ぎ刃ライガーの元へ走って行く。石井と鎌輪の営所を失っても、屈託の無い笑顔を失わない多岐の存在は何ものにも代え難い救いであった。

有梁(ありはり)殿も御壮健で何よりです。弟をここまで育てて頂いたこと、兄として、また一族の棟梁として礼を言います」

「勿体なき御言葉、畏れ入ります」

 陸奥権介の位を持つ老兵は、小次郎の言葉に片膝を着き頭を垂れた。

「早速ではありますが、ネオカイザー将門様に建議致します。お味方のゾイドも著しく損耗し劣勢の御様子。此処は一時退き、出羽で兵力を纏め捲土重来を図っては如何かと」

「兄者、俺も同じことを考えていた」

 真っ先に三郎将頼が同意した。療養中の伊和員経を除き、文屋好立、五郎将文、六郎将武、七郎将為も大きく肯く。

「貴様が悔しいのはわかるが、今の俺達ではあの大百足は倒せぬぞ。俺も鹿島に戻り、もう一度軍勢を掻き集めて参じてやる」

「玄明殿の言うように今は雌伏の時。陸奥の我ら坂上一族の里にはジェットレイズタイガーの如き精強なゾイドも残っております。俘囚と(さげす)まれては居りますが、出羽の有梁殿の軍勢を加えれば強力な援軍となり申す」

 藤原玄明に加え、普段評定(ひょうじょう)では口を差し挟まない坂上遂高も訴えかける。

「ネオカイザー様、皆の申す通りここは一旦退きましょう」

 小次郎もそれが最善策と理解はしていたが、抱え込んだ(わだかま)りが退く事を拒んでいた。

 遠雷の如き地響きが腹を衝く。ホワイトジャークによる空襲である。

「敵の位置は」

 サビンガでの偵察より戻った文屋好立が答える。

「改修成ったディグを軸に利根川中流域に進出。石井営所跡に程近い菅生沼辺の北山に陣を設営し、周囲への無差別爆撃を繰り返しています。奴ら下総を焼き尽すつもりです」

 旧知の仲である宿敵、太郎貞盛の意図は明確であった。小次郎が愛し、小次郎を慕う無辜の民を生贄にして(あぶり)り出そうとする見え透いた罠だ。下総全域が灰燼と化していく様子を看過出来ないと知った上での焦土作戦である。

 ここで逃げれば犠牲者は更に増えてしまう。

 小次郎の意志は決していた。

「有梁殿、そして弾正に頼みがある。八郎と共に女子供や傷付いた家人達を連れ陸奥に(のが)れて欲しい。これより俺は村雨ライガーの出陣に備える」

「まだ戦うと仰せられるのか!」

 興世王が甲高い声を上げ、家臣の間にも動揺が広がる。小次郎は喧噪を制し告げた。

「良子、多岐、小太郎、桔梗、それに伊和員経。病人、怪我人を含め有梁殿に続け。

 興世王殿にも世話になりました。もう我らと別れる頃合いです。貴方は都人ゆえ秀郷達も無下にはせぬでしょう。

 俺は戦う。俺を慕い、俺を信じてくれた民を守る為に、俺は一人でも、最後まで戦う」

 小次郎の顔には、透徹とした笑みが浮かんでいた。

「だから貴様は痴れ者と言われるのだ」

 玄明が蕨手刀(わらびてとう)を放り投げた。顔の前で受け止めると、小次郎は(さや)を真横に掴む。

「勝てぬ戦を避け、皆が貴様を逃がそうとしているのに、一向に察しようとせぬ。貴様一人で何ができる。戦には俺が付き合う」

 玄明が緩んでいた短甲の肩紐を縛り直した。

「敵は村雨ライガーとランスタッグ部隊だけで引き受ける。足手纏いは無用、小次郎の細君を守るには手勢は必要だ。舎弟達は陸奥まで伴ってやれ」

「戯言を言われては困ります。義姉上(あねうえ)達は八郎が守るとして、残る兄弟一同、決して陣より離れませぬ」

「私も大国玉の平真樹殿より名簿(みょうぶ)を移し、ここまで小次郎殿に仕えて来た身。今更去れと仰せられても聞くわけにはいきませぬ。何よりサビンガは、三郎殿のソードウルフとのユニゾンに必須のゾイド故に」

「私も、将門殿と共に」

「やれやれ。坂東武者の粗野で無骨と一途さは変えられぬか。

 この興世王、武官として都の押領使を勤め上げた身。我にも誇りはある。ネオカイザー様、いや、相馬殿に最期まで従いましょう」

 玄明、三郎、五郎、六郎、七郎、好立、遂高、そして興世王。皆が小次郎と同じ(かお)をしていた。

「相判った。有梁殿は湖賊と呼応し海に出て陸前浜街道を下ってくれ。必ず俺達も戦に勝って後を追う。弾正、皆を頼む。是より軍議を開き、北山での各ゾイドの配置を定める」

 小次郎の決意を受け取った伴有梁と大宅弾正重房は、言葉を発せぬまま首肯する。

 最終決戦に挑む小次郎は完全に失念していた。虚空より飛来する脅威と、坂東を目指す宇宙海賊の存在を。

 

 

 タブレットの画面を無数の機械語が流れ、アーカディアの大量の諸元を呑み込んで行く。使用者名は〝平将門〟で登録された〝桔梗の前〟とある。クラスターコアと接続された中央制御装置の前で、佐伯是基は何度かタブレットとの接続を切断しようとして手を止めた。藤原純友は信じるものの、不条理な指示に未だ納得がいかず、一人制御室の中でタブレットの状況を見つめていたのだった。

「〝庭の澱み〟を迎えぬ、アーミラリア・ブルボーザの神経系を解析してどうするという」

 クラスターコアの同調が成立せず、統一個体としてのゾイド以前の、未だサークゲノムを埋め込まれた菌糸の集合体に過ぎないアーカディアの情報を収集しても然したる意味はない。

「未開の坂東に膨大な情報を保存できる記憶媒体が存在するとすれば、人工蛋白で形成され有機記憶装置にした桔梗の前自身の脳髄だけだ。しかしあの身体は間もなく寿命が尽きる筈。何が目的なのだ」

 閉ざされた空間に微かに空気が流れる。人の気配を感じ、是基は扉の方に視線を移した。

「――他人には無価値と思えても、人は往々にして誰にも譲れないものがある」

 扉の前に人影があった。醸し出す気迫は疑い様もない。

「よい機会です、船長(キャプテン)にお尋ねしたい。船長は『将門に惚れた女の願いを叶えろ』と言いましたが、桔梗の前は本来藤原秀郷が送り込んだ間者(かんじゃ)です。アーカディアの構造を知らせてしまっては、こちらの手の内を曝け出すようなもの。今すぐ情報の流出を停止し、量子転送を切断すべきです」

 艦内通路燈を背にする純友の表情は覗えない。拱手した姿勢を崩さず、叙事詩を朗読するが如くに低く語る。

「俺も白浪(しらなみ)に出逢うまで、女には酷い目に遭ってきた。俺にも負い目はあるが、裏切られ、騙され、煮え湯を呑まされたこともある。だが桔梗という女は、生まれてまだ一年にも満たぬ複製人という。純なる女人は、男を騙せるほど狡猾には成れぬ」

 純友の顔は影に隠れたままであるが、僅かな口調の変化が感じた。

「死を目前にしても、愛した男を救いたいと願う女の心を、俺は信じる」

「油断が過ぎます。それが我らアーカディア號に搭乗する海賊衆全員の命を奪う事態になってでも信じると言うのですか」

 是基は拳を握り締めていた。帰納的に物事を分析する者の、初めての海賊の頭目への反論であった。

「奪われることはない。寧ろ桔梗の前は、どの様な形であっても我らの力になる筈だ」

(しか)してその論拠は」

「無い」

 背を向け、通路の灯りに一瞬照らされた純友の口元は笑っていた。

「磁気振動装置の調整が終了した。これよりアーカディアは再度坂東を目指す。直ぐに艦橋に来い。将門を救うぞ」

 それ以上の反論は出来なかった。去りゆく純友が、仮にそこに残って居たとしても。

 是基は、純友もまた将門に憧憬を抱いていることを朧気に理解した。

 アーカディアの機関部が唸り声を上げ、浮上が間近と知る。

 タブレットの画面には、桔梗の前の名で機械語が流れ続けていた。

 

 

「小次郎兄上、私も刃ライガーで一緒に戦いとうございます」

「駄目だ。八郎は岳父有梁殿と共に行け。父良持の残したゾイドによって多岐たちを守るのだ」

 半ば泣きそうな表情で懇願する八郎将種であったが、小次郎と兄弟、そして家臣全員に諭され、袖で目元を拭いながら承諾した。

 湖賊重房の組んだ大筏に積載されたグスタフには、レインボージャークとバンブリアンが固定されていた。デッドリーコングを積むことも可能であったが、逃避行には目立ち過ぎるため、止むを得ず広河の江に残していくしかなかった。

「父上、早く戻ってきてください」

 多岐が小次郎に抱き着いた。幼いながらも、状況を呑み込めるほどに成長し、永遠の別れになるかもしれないという予兆を感じ取っていた。

「父上がいなければさみしいです。絶対、元気で帰ってきてください」

「そうだな……多岐、母上と小太郎を頼むぞ。陸奥には美しい滝が多くあると聞く。これからは滝姫と名乗るがいい。きっと母上のように美しくなれるぞ」

「はい」

 小次郎は大人の狡さに責められた。名を変えるのは追っ手を逃れる為である。また〝滝姫〟となった多岐は、その狡さを受け入れたかのようであった。

「小太郎をここへ……おお、よお育った。もうそんなに歩けるようになったか」

 おぼつかない足取りながらも、小太郎良門は父の元へと歩き、滝の隣に座り込む。小次郎が両肩に二子を担ぎ上げると、二人の子は歓声を上げた。

「必ず戻るぞ……」

 涙を見せてはならない。今はやらねばならぬ責務があるが、必ず父として妻子を守るのだと己に言い聞かせる。

 一頻り歓声を上げた後、二人を侍女に預けグスタフに組まれた庵に向かわせた。手を振る夫の背中を良子が見詰めていた。

「皆を頼む」

「はい。桔梗殿、そして伊和員経殿はお任せください。あなた様もどうか御無事で」

 応えることが出来なかった。「無事で帰って来る」とは言えなかった。

 無言のまま、良子は素早く小次郎の胸板に身を寄せた。大鎧の直垂越しに体温が伝わる。

「生きて。どうか生きてください」

 小次郎は応えぬまま、そっと良子の背に腕を回す。抑えなければ抱き潰してしまう程の愛しく強い想いであった。

「苦労をかけ通しだった。許してくれ」

 漸く小次郎が告げることの出来たのは、囁くような一言だった。

「いいえ、私は坂東一の、この惑星随一の果報者です。幸せでした、あなた様と添い遂げられたこと。

 でも、この幸せをもっと続けていきたい。だから、必ず帰って来て」

「信じてくれ、俺と村雨ライガーに秘められた〝無限なる力〟を」

「はい。良子はあなた様を信じます」

 寄せた頬に涙の跡が滲む。気丈な妻は、涙を流しても戦場に向かう夫に泣き顔を見せることはなかった。抱き留めた小次郎から身を離すと、良子は凜と背筋を伸ばし手を振る。

「御武運をお祈りします」

「必ず帰る」

 共に歩んで幾星霜が巡ったが、小次郎は妻良子が変わらず美しいと思った。

 

 

 平将門最後の戦い、『北山の合戦』決戦前夜。

 人間の争いなど無関係に、先の再接近を遥かに上回る規模の小惑星群が、ゾイド星系のアステロイドベルトより惑星Ziの公転軌道に迫っていた。

 



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第百弐拾七話

【アセノスフェア内部にパイロバキュラム及びオーガノイド・モルフォゲンの発生を新たに確認。生体反応は不死山の死竜に酷似】

【パイロバキュラムのバイオリーチングにより、クリムゾンヘルアーマーの大量精製を確認。中央山脈、グランドパロス山脈、オリンポス山、イセリナ山、ニザム高地、イグドラシル山脈、グニタ高原、ゲフィオン山脈、他海洋底海嶺付近にもゾイドコア反応が発生】

【ゾイドコア、リソスフェアへ向け上昇。相互の距離はほぼ等間隔。バックミンスターフラーレン状の二十面体トポロジー形態形成】

【各ゾイドコア、面の重心点付近に移動。惑星Ziの意志は地表全てを死角無く覆う意図かと想定される】

【不死山の死竜が二十匹とは。ギルドラゴンは出撃可能か】

【現在修復状況四割、再出撃は未だ不能】

【ザバットのバインドコンテナも利用して地上との往来を集中させ、選民を早急にソラシティへ移送するよう通達。小惑星衝突と死竜の蹂躙により、惑星は弥勒下生の劫火に覆われる。せめて地表に残される者達が苦しむことなく成仏遂げることを祈る。南無阿弥陀仏】

【南無阿弥陀仏】

【南無阿弥陀仏】

【移送作業を続ける】

 

 

 ディグ艦内の艦載機格納庫の一角に、奇妙に仕切られた区画が設けられていた。ホワイトジャークに赴く土魂(つちだま)が内部より現れる為、搭乗員控室にも思えたが、入る者は無く出て来るのみであり、その区画に戻っていく姿を見た者はいない。進入を許されていたのは、例外としての藤原秀郷ただ一人だけであった。

 仄暗い隔壁の内部に数十基の素焼きの甕が列を成す。人が入れる程の大きさの甕には無数の管が張り巡らされ、何らかの液体を送り込むため、頻りに管に繋がった鞴が踏まれている。多々羅衆にも似た身形の人影が、隔壁を開いて現れた秀郷を一瞥するも無言で作業を続けていた。

「貴様らは桔梗の寿命は早々に尽きると申したであろう」

 一切反響のない空間で、抑揚の無い声が応じる。

「急激な肉体劣化の痛みに耐えてまで、生への執着を見せるとは想定外でございました。我ら土師(はじ)が桔梗の前の忍耐力を見(みくび)ったことは認めます。だがそれも持ってあと数日。将門は量子干渉などという小賢しい真似をしておりますが、桔梗が死して体組織が崩壊すれば自ずと諸元は入手できます。急くことはありません」

「将門は次こそ死に物狂いで挑んで来る。このディグでさえ轟沈させるほどの底力を有している奴だ。真正面から闘っては避来矢エナジーライガーとて太刀打ち出来ぬ。その為にもホワイトジャークの強化が必要と判らぬか」

「お戯れを申されるな。このディグが敗れるなど在り得ません。我らを守るのが侍の務めでございますれば、どうかこの後も精進なさいませ」

 幾分声を荒げるものの、人影からの返答に感情の起伏は覗えない。憤りを隠しきれず背を向けた弾みに鎧が甕に当たり、素焼きの表面を僅かに削った。

「培養槽を傷つけられては困ります。土魂の増殖が滞ればホワイトジャークの乗り手が減る事をお忘れなく」

 振り返らず隔壁の外に戻った秀郷は、露骨に舌打ちをし吐き捨てた。

「早く死ね桔梗」

 嘗て妹として過ごした者の命は、繰り返された死と再生によって悼む価値など微塵も無い代物と化していた。

 

 

 信太流海の漣の揺蕩(たゆた)いにさえ脊髄から内臓に激痛が奔る。プロジェリア症によって更に劣化が進行した身体には耐え難い責めである。桔梗の肉体はぼろぼろだった。壊疽により足の指先に感覚が無く、胸に抱えるタブレットの軽ささえ圧し潰すような痛みを伴う。

 この苦しみを断ち切るのは簡単である。

(死んでしまいたい) 

 自ら命を絶てば、痛みから解放されるだけでなく、新たな若々しい肉体を得ることが約束されている。但し全ての記憶と引き換えに。

(死にたくない)

 呻き声さえ上げられないほど衰弱していたのは救いと思った。

(苦しんでいても、これなら誰にも気に留められずに済む)

 タブレットに量子暗号化された情報が滔々と流れ込む手応えを覚え、桔梗は自分の最期の務めを果たす機会を探っていた。

 御簾の向こう側に足音を聞く。

「お父様ですか」

「そうだ」

 御簾を上げずとも仄かな消毒薬の匂いが漂う。小次郎に最も近しい忠臣伊和員経は、『川口村の戦い』にて重傷を負い、以来意識を失い戦列を離れた。漸く目覚めた時にはグスタフの庵の中であり、良子と重房に狂ったように戦場に復帰する事を懇願したが、傷は癒えておらず戻る手立てもなかった。主君を守る術を失った老兵に残されていたのは、その妻子たちを守ることであり、桔梗もそこに含まれていたのだった。

「気分はどうだ」

「良くはありません。此処はどの辺りでしょうか」

 桔梗の言葉はこれまでになく弱気であった。

「利根を下り、間もなく鹿島灘に出る。揺れが大きくなるが耐えられるか」

「無理と思います。もうこの身体は持ちません」

 半身を起こし、見えない養父の姿を探る。痩せ細った桔梗の掌を、皺が寄った掌が受け止めた。

「私の命は間もなく尽きます」

 員経に返す言葉が無い。無言の間合いを己の鼓動で計り、桔梗が切り出した。

「お父様、いえ、伊和員経様。共に戦った兵として願います。小次郎様の元に参じ、俵藤太の軍と戦いましょう」

 唐突な懇願に、思わず員経は手を離す。

「馬鹿を言うな。その身体で何が出来る。――それにどうやって殿の元に参じるというのだ」

 手段を聞いた時点で、員経は桔梗の術中に嵌っていた。

「レインボージャークがあります。以前の私が京に上る際に使用した記憶により、良子様ではなくとも操縦できます。私の命は尽きますが、お父様はまだ戦えます。広河の江にはデッドリーコングが残っています。小次郎様をお守りするため、この願い、どうかお聞き届けください」

 

 桔梗の提案は、老兵の心を激しく揺り動かした。目が見えずとも員経の顔色が変わるのが感じ取れる。

「やれるのか」

「やれます。私の最期の務めとして、どうかレインボージャークにお連れください」

「――暫し待て。手筈が整い次第ここに戻る」

「お待ちしております」

 慌しく去って行く員経の足音を確認した後、桔梗は力を振り絞って立ち上がった。ふらつきながらも周囲から探りあて、痩せ細った身体に衣服を纏う。

 香りで判る。員経が孝子に贈った衵であった。

 支度を終えた員経が迎えに来る。手を牽いて移動しようとしたが、足の親指の壊疽のため、満足な足取りは望めない。

「そのまま身を倒せ」

「お願いします」

 傾けた身体の前に員経の背中があった。挂甲(かけよろい)を具しているらしく、幾分硬い感触がある。桔梗を背負って立ち上がった員経が、一瞬戸惑う。

「其方、こんなにも軽く……」

 支えた左手が桔梗の腰から離れる。員経は涙を拭っていたのかもしれない。

 

 

 レインボージャークは、湖賊大宅弾正重房の組んだ筏の最後部に繋がれていた。

「員経様、お怪我は宜しいのですか?」

 レインボージャーク同様に固定された(ブレード)ライガーの操縦席で、少しでもゾイドと過ごしたい少年、八郎将種が怪訝そうに尋ねる。

「孝子がゾイドを見たいと言うので連れてきてやったのです。八郎殿と同じです」

 純真な少年は、員経の言葉を疑う事はなかった。

 菫色の孔雀を繋ぎ止めているのは二本の索のみであり、縛めを解くのは容易である。頭部風防を開き、員経は背負っていた桔梗を操縦席に座らせる。

「縛めを解いて来る」

「はい、お待ちしています」

 レインボージャークの足元に降りた員経が、索を解く音が聞こえた。

 直後に員経は、頭部風防が閉じられていくのを目にする。ゾイドコアが活性化し、菫色の孔雀が背伸びして羽ばたく。

「孝子、其方、まさか!」

 気付いた時には手遅れであった。桔梗は員経を残し、レインボージャークで飛び去って行った。

「お許しください、お父様」

 そこに居ない養父の名を唱え、知らぬ間に涙が頬に流れるのを感じる。

「これより小次郎様の元に参ります、宇宙海賊戦艦アーカディア號と共に」

 桔梗の胸には、タブレットだけが握り締められていた。

 

 



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第百弐拾八話

 立秋を過ぎた(※坂東は南半球)天慶三年卯月十四日。筑波峰を遠望する下総国猿島郡北山に於いて、巨大蜈蚣空母ディグを中心に総勢三千二百人、総ゾイド数五百機にも及ぶ押領使秀郷の大軍団が布陣した。

 無差別爆撃を担う優美な白孔雀は、新たにアイアンロックから追加配備を受け航空甲板上に翼を寄せ犇めく。避来矢エナジーライガー、貞盛の小鴉丸ライガー零、千晴のジェットファルコン、平公雅兄弟のダークホーン、『川口村の戦い』で残った八大龍王の徳叉迦(とくしゃか)阿那婆達(あなばった)摩那斯(まなし)優鉢羅(うはうら)に加え、セイスモサウルスとのユニゾンを前提にしたスティルアーマー、レーザーストーム、シザーストームが増援されていた。

 対する小次郎の残存部隊は四百人弱。主力として戦えるのは、村雨ライガー、ソードウルフ、ジェットレイズタイガー、ランスタッグ八機。兵力差は圧倒的で、小次郎側に勝機は微塵もないと思われた。

 だが、合戦に先立って開かれた軍議に於いて、藤原秀郷が渋面を崩すことはなかった。

「将門は必ず仕掛けてくる。最初から犬死覚悟の勝負を挑む程、奴は愚かではない」

 小次郎の布陣が奇妙に西に寄っている。そこに仕組まれた意図を感じたが、真髄を見抜くには至らなかった。

 (わだかま)りを抱えたまま搭乗した愛機エナジーライガーの風防に、五匹程の赤蜻蛉が翅を休めては飛び去っていた。飯沼、蘭沼等無数の利根川水系に囲まれた地域では、渡来人の持ち込んだ有機体昆虫の大量発生は風物詩であった。蒼空は黒い点で染まり、時折吹く風に煽られ急激な上昇を繰り返している。筑波峰を駆け降りる乾燥した風は、冬季であれば筑波(おろし)と呼ばれ常陸国下総国に著しい冷気を運ぶが、その季節にはまだ早い。

 地平の先に目を凝らす。青い稜線の麓に、太刀を背負った碧き獅子と翼を持つ青と丹色の虎、槍と楯を具えた白き鹿の群が現れた。

(ちょう)で申し合わせた刻限より大分早い。将門め、何を企んでいる」

 従類の小型ゾイドを合わせても、三十弱の機数である。秀郷と貞盛を除き、「衆寡敵せず」の感情が湧くのは必然であった。

 偃月(えんげつ)の陣を組む後衛のエレファンダーの砲座より空砲が打ち上げられる。小次郎は早急の開戦を求めている。応じる責は無いが、劣勢の相手側に合わせるのが戦の倣いであり、更に秀郷が怖じ気付いていると思われれば、味方の士気の低下にも繋がる。

「矢合わせと同時に発艦せよ」

 応じたダークホーンのハイブリッドバルカンが螺旋状の曳光を天空に刻み、戦端は開かれた。

 先鋒として出撃したジェットファルコンとホワイトジャークの戦爆連合(ストライク・パッケージ)が敵上空に到達し、急降下爆撃を開始する。白孔雀の懸架を離れた火薬の塊は、認識した標的に導かれ、小次郎達のゾイド群に殺到する。無数の子爆弾が炸裂し大地を炎が舐める中、緋色に染まった壁を越え、炎の矢となった獅子が顕現した。

「疾風ライガーで中央突破を狙う魂胆か」

 緋色の獅子の両翼を担い、翼を持つ二匹の虎が舞い上がる。爆撃直前の白孔雀数匹を纏めて叩き落とすと、湧き上がる爆煙に紛れ上昇した。二匹の虎を上辺に、疾風ライガーを下の頂点とした逆三角形の壁が築かれ、侵蝕する楯となって秀郷の陣に斬り込んで来る。

 攻め込む楯を破らんと、濃紅の獅子の頭上を越えて荷電粒子の線条が宙空を貫く。摩摩那斯(まなし)優鉢羅(うはつら)がゼネバス砲によって攪乱する間に、徳叉迦(とくしゃか)阿那婆達(あなばった)がユニゾンを開始した。二匹の甲虫型ブロックス、及び角竜型ブロックスが機体を分解させ、次々と地震竜の武装へと変化する。ハイブリッドバルカンに匹敵する結束銃身を二基有し、長大な電磁砲塔を一基具える地震竜の究極形態=アルティメットセイスモ二匹が完成した。小次郎にとって二度目の対決であり、奇しくも初めて疾風ライガーにエヴォルトさせた相手である。全身より放つ砲火が周囲を照らし、目視叶わぬ炎と煙の中心に実体弾の弾道が緩やかな弧を描き濯がれた。

 橘遠保(たちばなのとおやす)麾下のホバーカーゴより、パンツァーの具足を纏った貞盛の零が射出され、大地に四肢を踏み締める。

〝バーニング・ビッグ・バンを放ちます、暫しお下がりください〟

 紅蓮の炎に覆われる標的に向かい、一斉に隔壁を開放する。零の操作盤には、硝煙を透過し複数の標的を捉える画像が表示されていた。貞盛にしても、この程度で宿敵小次郎が斃れる筈が無いと知っている故の攻撃である。全身の具足から誘導弾が放たれ、火の玉となって降り注ぐ。上辺二頂点の虎は最終回避運動(ラスト・ディマッチ・マニューバ)を開始し、激しいジンキングに秀郷の軍が目を奪われた瞬間、硝煙上に描かれていた逆三角形の重心点より、霰石色の獅子が二振の太刀を翳して降臨した。機体に損傷は見当たらない。闇雲の攻撃など将門ライガーには全く通じなかった。仕留める事叶わずとも、幾許かの被害は与えられると思えた目論見は瓦解した。

 後落する零・パンツァーに代わり、エナジーライガーが陣頭に立つ。具足の排除と零・隼へのユニゾンまでの時間稼ぎが必要だった。先の戦では、究極態の真・叢雨ライガーには追い詰められたが、その前段階である将門ライガー形態であればエナジーライガーでも互角に戦えると判断した。

「勝負だ、将門ライガー」

 2連装チャージャーキャノンとチャージャーガトリングが猛烈な弾幕を張るが、霰石色の獅子は射線より陽炎の如くに身を逸らす。身を逸らすばかりではなく、やがて七色の残像となって分身し、秀郷を幻惑する。

 間合いが掴めない。怯んだ隙を衝き、巨大な鉄槌を下されたが如き激しい衝突がエナジーライガーを襲う。

 古代ゾイド文字が刻まれた頭部エクスブレードに、同じく古代文字が刻まれたムゲンブレードが振り下ろされていた。エネルギー障壁を展開していなければ、確実に頭ごと切断されていたに違いない。

 久しく忘れていた「死への恐怖」が秀郷の脳裏を過ぎる。

 将門ライガーの双眸は、怒りに満ちていた。

 

 怛姪他(たにゃた)

 晡律儞(ほりに)

 曼奴喇剃(まんどらてい)

 独虎(どっこ)・独虎・独虎。

 耶跋蘇利瑜(やばつそらゆ)

 阿婆婆薩底(あばばさち)

 耶跋旃達囉(やばせんだら)

 調怛底(じょうたち)

 多跋達(たばだ)

 洛叉(らくしゃ)

 (まん)

 

 金光明経の陀羅尼(だらに)を詠唱する死の猩々が疾駆する。

 背負う棺には、稼働肢によって菫色の孔雀が捕まえられている。眼光は狂気を帯び、左腕の封印武装シザーアームは既に剥き出しになっている。

 搭乗席の桔梗の身体は、千切れんばかりに激しく揺さ振られていた。結束帯を手探りで結わえ付け、念入りに身体を固定したものの気休めに過ぎない。健常者でも嘔吐する程の振動だが、皮肉にも吐く胃液さえ枯渇した桔梗に怖れはなかった。

 レインボージャークを自在に操った桔梗にとって、デッドリーコングを暴走状態に導くなど容易であった。あとは機械生命体自身の闘争本能が、殺意渦巻く戦場に只管に導いてくれる。

 砲声が韻々と響き、鋼鉄の猛獣の慟哭が聞こえる。北山の合戦場は間近である。

 その際桔梗は、戦場とは異なる方向、それも遥か上方を横切る轟音を耳にした。

 前世の記憶が蘇る。『下野国府の戦い』の顛末を巡り、都の検非違使庁に召喚された小次郎と共に都に昇る際、操るレインボージャークの近傍を掠め飛んで行った隕石の落下音である。

 盲いてなければ、大気との断熱圧縮で熱せられ蒸発し、即座に大気中の水蒸気によって冷却凝固する航跡を目にしていた筈である。

「また『神々の怒り』なの」

 集束荷電粒子砲を上回る閃光を放ち、白い隕石雲を延々と曳く落下物が天空より飛来する。音速の数十倍で大気圏に進入した物体の衝撃波が坂東一帯に轟き渡った。進入角度が浅く、地表面への直接落下こそなかったが、坂東全域を騒然とさせるに殊足りた。

「別の隕石、今度はもっと大きい」

 二度目の衝撃波が、デッドリーコングの詠唱さえも掻き消し天地を揺るがす。惑星重力によって衛星軌道上に捉えられた小惑星がロッシュ限界を越え崩壊し、隕石群を無数に生み出す病巣となっていたのだ。

 三度、四度。それ以上桔梗が数えることはなかった。

「アーカディア號は必ず来る。それまでこの肉体が持ちさえすればいい」

 タブレットは素肌に抱かれていた。

 

 

 小次郎と秀郷の一騎打ちが続く最中、秀郷麾下の兵が遭遇したのは、小次郎軍が背にする筑波峰の奥より降り注ぐ灼熱の閃光と膨大な隕石雲、そして衝撃波であった。

 隕石の降下は惑星の自転によるコリオリの力に牽かれ従う。丁度筑波から北山方向、つまり小次郎の進撃する背後から、秀郷軍を追い落とす形で降り注いだのだ。

 秀郷の懸念が的中した。飛来した隕石の衝撃波は、押領使のゾイドの殆どにシステムフリーズを発生させ、活動を停止させた。対照的に、あらかじめ隕石の飛来を予測していた小次郎の少数精鋭のゾイド群は、衝撃波への防御装備を施していたのだ。

 天空を漂う岩塊が、いつ何時落下するかを予測するのは極めて困難である。それでも落下軌道や重力加速度など、気の遠くなる計測と計算を重ねれば不可能ではない。人智の及ぶ限りの離れ業を成し遂げたのは、他でもない小次郎の舎弟、平四郎将平の頭脳であった。

 小次郎と袂を別ち、恩師菅原景行の元に隠遁した四郎ではあったが、決して兄を見捨てたわけではない。兄の危急を知り、飛来する天空からの災厄を利用し、圧倒的な押領使の軍団への対抗策を提言していたのだ。

 棒立ちとなった四匹のアルティメットセイスモが、為す術無く二匹の虎の爪と牙に切り刻まれ、追って到来した白い鹿の群れに針山の武装ごと破壊された。未開拓の樹林地帯を切り拓くが如く、活動を停止した押領使のゾイド群を薙ぎ倒し、ランスタッグ部隊、及びエレファンダーが旗艦ディグへと猛進する。稼動可能な秀郷軍のゾイドと小次郎軍のゾイドの数は、この時点では拮抗していた。

 将門ライガーとの一騎打ちの途中、戦場を覆った衝撃波によって一時の間を得られた秀郷は、硬直した味方のゾイド部隊が無残に破壊されていく光景に愕然とした。形勢は予想に反し、押領使側が守勢に回っている。

 息継ぐ暇なく二振の太刀が濃紅の獅子に振り下ろされた。真・叢雨ライガーの荷電粒子の太刀程の威力は無いが、エネルギー偏光障壁に微細な稲光が奔る。避来矢さえ、将門ライガーの太刀を防ぐことはできなかった。

 唐突に空間が揺らぎ、虚無から高密度の光弾が撃ち込まれた。将門ライガーの霰石色の機体表面で弾かれるが、僅かにエナジーライガーへの攻撃の手が緩む。直後に三叉の錐が二機の間に楔となって打ち込まれた。

〝父上、御無事で〟

〝ここは我らが引き受ける。秀郷殿は一旦退き、部隊の立て直しを願う〟

 隼の具足を纏いユニゾンを終えた貞盛の零が割り込んだ。一騎打ちへの干渉ばかりではなく、痺れを切らした龍宮直属のメガレオンによる援護射撃まで受けたのは屈辱であった。

 武者として、秀郷は小次郎に敗北していた。

「必ず将門を仕留めよ、全軍の攻撃目標を将門ライガーに集中、メガレオン部隊も我らと共に攻撃を開始せよ」

 だが、将としての駆け引きは残っている。最早形振(なりふ)り構っている状況ではない。エナジーチャージャーが唸り、激しく鬩ぎ合う零・隼と将門ライガーに向かい、濃紅の獅子は再び身を躍らせた。

 

 

 未だ以て駿河に足止めを食らう征東軍の陣営の中、源経基はゴジュラスギガの直上を飛ぶ黒い怪竜を見た。

「温羅……」

 怪竜の飛び去って行く方向から、閃光と白い航跡を曳く隕石群が飛来する。

 経基は、自分が時代の傍観者に成り果てている虚無感に襲われた。証として名乗りを上げるが如く、背後に魔獣の咆哮が起こる。振り返った経基が呟く。

「……末法の世の、弥勒下生が始まる」

 隕石落下は、不死山の浅い地底に眠っていた死竜まで覚醒させた。バイオデスザウラーの咆吼は、惑星各所に眠る同種個体のコアと共鳴し、胎動と降誕を導いていく。

 

 惑星の破滅は着実に近づいている。

 



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第百弐拾九話

 練度を上げた秀郷の兵の戦闘力は、小次郎の兵に比べて遜色はない。だが兵力差8倍にして、両軍は対等に戦っていた。「戦闘開始時に、敵対する両軍の兵力に差があり戦闘能力が同一であれば、戦闘終了時の勝者の残存兵力数は開始時の兵力の2乗の差の平方根の値に従う」。これは〝ランチェスターの二次法則〟によるもので、彼我の兵力差が4倍を超えれば、寡兵側は全滅に至るという計算結果が導かれる(※奇襲等を除く)。

 法則に誤りはない。隕石落下の衝撃波によって秀郷側のゾイドがシステムフリーズを起こした影響もあるが、小次郎の背中には無数の民の想いが宿っていた。小次郎を慕う人々の心が〝無限なる力〟を発現させ、支えていた。兵力は実質、拮抗していたのだった。

 ムゲンブレードとムラサメブレイカーの太刀筋は、グングニルホーンとバスタークローの攻撃を同時に受け止め、冷徹に二匹の獅子を追い詰めていく。支援攻撃を行うべき他の押領使のゾイド群も、桁違いの三匹の獅子の激闘を固唾を呑んで見守るしかない。唯一の支援攻撃は、虚無の空間より放たれる光弾だけであった。

 

 嘽荼(たんだ) 鉢唎訶藍(はりからん) 矩嚕(くろ)

 莎訶(そわか)

 怛姪他(たにゃた)

 嗢篅里(うんたり)

 質里(しつり)・質里。

 嗢篅羅(うんたら)

 篅羅喃(たらなん)

 繕覩(ぜんと)

 繕覩。

 嗢篅里。

 虎嚕(ころ)

 莎訶。

 

 目に見えないゾイドが次々と撃破された。

「員経か」

 鬼神が戦場に仁王立ちした。飛び散った潤滑油に塗れた機体に、破砕された半透明の装甲がこびり付く。デッドリーコングは着実にメガレオンを葬って行く。暴走状態(バーサーカーモード)のゾイドを自在に操る技術を伊和員経は会得していない。

「……桔梗なのだな」

 レインボージャークを背負った姿を見て全てを悟る。命を削り参じた乙女を、小次郎は拒まなかった。

「背中は預けた」

「はい」

 聞こえた筈もないのに、答えていた。言葉は無用であった。獅子達の決闘へ干渉しようと攻め寄せる敵を迎え撃つべく、デッドリーコングが立ち塞がる。

「早く、早く来て、アーカディア號」

 迎撃戦は、桔梗にとって潮時を待つ間でもあった。

 

 

 隕石落下の混乱に勢いに乗じブロックスゾイドを蹴散らし、遂にランスタッグ部隊は、空母ディグの歩脚に接触した。

「俺に続け」

 跳躍する白き鹿達は、歩脚の突起を足掛かりに垂直に登っていく。ランスタッグが取り付く歩脚を損傷させても敵が飛行甲板に達することを阻止するため、ディグの対空レーザー砲が一斉に降り注いだ。

 跳躍中により回避行動が限られるランスタッグが、次々と焼き払われていく。攻撃力に於いて最強の藤原玄明の機体を庇うことが優先され、そそり立つ蜈蚣の巨木の如き歩脚から、レーザー光線に貫かれた白き鹿達が落下を続けた。

 飛行甲板に達したのは、ローリングスパイクシールドを欠いたランスタッグブレイクのみであった。

「生き残ったのは俺だけか」

 玄明の試練は続く。未出撃のホワイトジャークの一群が、飛行甲板に現れた異物を排除せんと一斉に躍りかかったのだ。

 孔雀の鋭い嘴と爪は毒蛇(ステルスバイパー)さえも容易に仕留める。最初の数匹こそスラスターランスで貫いたものの、ランスタッグブレイクは忽ち九匹の白孔雀に(たか)られた。(ホワイトビーク)が装甲を穿ち、(アイアンフットネイル)が鹿の身体を引き千切らんと掴み掛かる。追い払うこと叶わず、間断なく打ち込まれる嘴と爪に全身穴だらけになっていく。

 ランスタッグの頭部装甲が破られ、玄明自身が露わとなった。頭上に白孔雀の嘴が迫る。生身の肉体にゾイドの武器は過剰に脅威であった。

「無念」

 観念の言葉を思わず口にした時、集っていた白孔雀が纏めて吹き飛んだ。翼を持つ丹色の虎が、突入と同時にエレクトロンハイパースラッシャーを叩き込んでいた。渾身の一撃の末、虎は狼に姿を戻し、剥脱した装甲は甲板を滑り落下していく。ユニゾンの限界であった。

 開放された操縦席で玄明は思い切り毒突く。

「何をしに来た三郎、貴様は小次郎を守っておれば良いものを」

「玄明殿だけでは心許ない故に。好立殿も居りますぞ」

 鋭い眼光を放つ小型ブロックスが浮上する。ワイツタイガーイミテイトより剥脱した装甲を得て、ムササビ型ゾイドに形態を戻していた。空中から俯瞰するサビンガより文屋好立が告げる。

〝三郎殿、玄明殿、甲板中央に艦内に通ずると覚しき穴が空いております〟

 サビンガのマルチアイは、巨大蜈蚣空母の急所である艦載機格納用の昇降機を捉えた。攻めるべきソードウルフもランスタッグブレイクも既に満身創痍である。内部からの破壊を行えば、ディグの撃沈も可能だろう。しかし、生還する可能性も限り無く低くなる。

 激闘の狭間に三郎が溜息を漏らした。

「玄明殿、今だからこそ言うが、私も兄者のように、良子様の如き優しく美しき嫁が欲しかった」

「なんだ、女か。この戦を生き残れば、半玉(はんぎょく)でも年増でも、好きな女を好きなだけ宛がってやるぞ」

「駄目だ。私を心底愛してくれて、刹那の快楽などではなく、健気で献身的で優しい(ひと)がいいのだ」

「……世迷言も大概にしろ。そんな女など居らぬわ、俺には面倒見切れん」

「然らば、理想の嫁を娶るまでは死ねませぬな。玄明殿、参りますぞ」

「主は俺に命令する癖を直さぬか」

 残存する白孔雀を蹴散らし、鹿と狼は甲板中央に開いた奈落に消えた。

「二人とも、お頼み申しまするぞ」

 文屋好立が呟く。直後、サビンガは対空レーザーの豪雨に撃ち抜かれ、空の藻屑となって散華した。

 

 

 エレファンダーとディバイソンは予想外の善戦を続けていた。ディメトロドン形態のディメトロプテラのジャミングが、ホワイトジャークの誘導爆弾攻撃を防いだことが功を奏し、敵を釘付けにしていた。飯沼を背にした文字通りの背水の陣により、水中戦用ゾイドの少ない押領使の軍勢の、背後からの襲撃を防ぐことができた。強引に飯沼を渡って攻撃を仕掛けようとする敵には、鰐型に変形したレオゲーターが水辺より襲撃し、大顎によって何機ものゾイドを悉く引き裂いた。だが、それ以上持ち堪えるのも限界であった。

 密集する部隊の眼前に火線が奔り、焼夷弾(ヘルファイヤー)の火炎が燃え上がる。それまでと異なる戦術であり且つ見覚えのある戦術でもある。

 螺鈿色と溶岩色が(まだら)となったバイオメガラプトルが一匹だけ突出する。嘗て小野諸興(もろおき)に率いられ、バイオヴォルケーノと共に小次郎に襲い掛かった赤いメガラプトルの生き残りで、龍宮より貸与された最後のバイオゾイドに違いない。

 エレファンダーファイタータイプを強引に押し退け、五郎将文はディバイソンを前進させた。

〝此奴の相手は私に任せてください〟

「ディバイソンはバイオゾイドに分が悪いと聞くが、やれるのか」

〝策があります。興世王様たちは隙を見て離脱を願います〟

 興世王が止める間もなく、鋼鉄の猛牛は突撃を強行した。猛烈な加速をつけ疾走し、十七門突撃砲を一門ずつ正確に放ち、斑のメガラプトルの接触を阻む。超硬角さえ切断する凶悪なヒートハッキングクローも、接近戦に持ち込めなければ効果はない。一斉射撃ばかりが目立つ十七門砲ではあるが、発射の間隔を調整すればダークホーンのハイブリッドバルカンにも匹敵する連射能力を発揮する。射撃によって骸骨竜の跳躍を許さぬまま、次第に突撃砲の射線を上体に集中し、斑のメガラプトルの胸を反らさせる。

 弱点を晒した瞬間を逃さず、頭部に翳した超硬角が、メガラプトルのバイオゾイドコア貫いた。

 流体金属装甲が急激に溶解し、斑のメガラプトルは留めを刺されたかに見えた。

 刹那、ヒートハッキングクローが振り下ろされディバイソンの頭部を切断する。流体金属装甲に混入したクリムゾンヘルアーマーが、僅かに斑のメガラプトルの耐久性能を上げていたのだった。(くずお)れ四肢を折って(うずくま)る鋼鉄の猛牛と共に、骸骨竜は妖しい断末魔の炎を燃やして朽ち果てた。ディバイソンの犠牲によって、エレファンダー達は飯沼の淵から離脱していた。

 

 白雲を曳き閃光と衝撃波が奔る。降り注ぐ隕石群の中、息つく暇なく獅子達の激闘が続いていた。依然戦線は膠着し、将門ライガーの勢いも衰えを見せず、零・隼とエナジーライガーを圧している。

 貞盛は生涯究極の賭けに出ようとした。

――意表を突く戦法でなければ、小次郎は倒せない。

「奥の手を使う。千晴殿、隼とのユニゾンを解除する」

〝無理です、今解除など出来ませぬ〟

 素体となった瞬間に攻撃を受ければ、零も隼も一溜りもない。鬼神と化した小次郎が手加減するとも思えない。

――下野の豪族藤原秀郷の助力と圧倒的兵力を得て、龍宮から入手したドラグーンネストやディグを擁してまでも小次郎は倒せないとは。

 貞盛は己の非力さと星の巡りの不幸を呪う。

「最後まで私はお前に勝てないのか」

――憎みながらも、惹かれ合ってきた竹馬の友に止めを刺されるのであれば、本望かもしれない。

 諦観が脳裏を過る。貞盛は己自身を憐み瞑目した。視界を閉ざしたことで鋭敏となった聴覚に、低い異音が捉えられた。

――隕石とは別の音。竜の唸り声、死竜?

 格闘の最中、降り注ぐ隕石が地表近くで爆発する。それまでの隕石飛来に伴う衝撃波とは明らかに異なっていた。見開いた貞盛の視界に、赤黒い光の奔流が映る。ほぼ水平に伸びる閃光が地上物を巻き込み薙ぎ払い、その延長上にある隕石群を破砕していた。

 惑星の意志を委ねられた死竜のバイオ荷電粒子砲は、地磁気によって偏向する通常の荷電粒子砲と異なり直進可能であった。惑星表面の浅い角度で飛来する隕石群迎撃のため、駿河・相模方向から放たれたバイオ荷電粒子砲の射線は、偶然にも下総・常陸の地が、直線と弧との接線となった。接点の地で小次郎と秀郷の戦が行われていることなど意に介せず、轟然と直進するバイオ荷電粒子砲が『神々の怒り』を迎え撃ったのだ。

 バイオデスザウラーの砲撃は小次郎の斬撃を寸断させ、貞盛達に僅かな猶予を与えた。

「今度は我らに、神が天啓を授けてくれた!」

 気まぐれな神の導きを受け、貞盛はすかさず橘遠保(たちばなのとおやす)のホバーカーゴに発光信号を送る。同時にそれは、秀郷への合図にもなっていた。

 ホバーカーゴより真紅の鳳凰が飛来する。零・隼の具足が弾け飛び、エナジーライガーに吸い寄せられる。貞盛、そして秀郷も叫んだ。

「Zi―ユニゾン、ライガー零・鳳凰・炎(ゼロ ファイヤーフェニックス)

「Zi―ユニゾン、エナジー(ファルコン)

 零より離脱した隼の具足が、エナジーライガーに装着される。エナジーチャージャー伝導管が接続され、バスタークローが競り上がる。エナジーライガーは、三叉の刃を二振持つ濃紅のゾイド、エナジーファルコンへとユニゾンした。

 素体となった零には、飛来した赤い鳳凰ファイヤーフェニックスの具足が覆い、ライガー零・鳳凰へとユニゾンを行う。

「小次郎よ、お前のような手強い敵には、最後まで伏兵を残しておくのが定石だ」

 貞盛に与えられた鳳凰の具足『唐皮』は、黒と赤の二つがあったのだ。

 二匹の新たな赤い獅子が、将門ライガーの前に出現した。

 弥勒下生の先兵たる不死山の死竜は、隕石落下を受け完全なる覚醒に至り、将門ライガーの後方から、隕石全てを打ち砕くバイオ荷電粒子砲の奔流が迫る。

 秀郷のエナジーファルコン。貞盛のライガーゼロ・ファイヤーフェニックスと巨大蜈蚣空母ディグ。不死山の死竜バイオデスザウラー。そして『神々の怒り』。

 

 平将門は、幾つもの強大な敵と、同時に戦わねばならなかった。

 



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第百参拾話

 ヒトの短い生涯で、激烈な天変地異との遭遇は稀である。また仮にそれに遭遇できても、ヒトの生涯は更に短くなる場合が多い。

 不死山の峰を溶岩が流れ落ちるが如く、クリムゾンヘルアーマーに覆われた死竜が雲を棚引き動いている。対流圏高度を飛行するアーカディアから見下ろすバイオデスザウラーの威容は、大地震により変容する「地形」にも見えた。美しい成層火山の山体とほぼ同じ標高のゾイドが移動する光景は、生命の定義を超越した狂気であった。

「ばけものだ」

 津時成の形容も虚しく響く。

 バイオデスザウラーにとって、空征く巨大海賊戦艦など眼中になく、只管に地平の彼方より接近する天空からの異物排除を続けていた。死竜の周囲には凝集した水蒸気が傘雲となって纏わり付くが、吐き出される閃光が雲海を吹き払い、全身を常に露わにしていた。

「船長、これでは坂東に到着しても手遅れではないのか」

 バイオ荷電粒子砲は、凡そ坂東の方向を掠め放たれている。惑星意志の代弁者たる死竜にとって、ヒトの命など無に等しい価値に過ぎない。

 坂東まであと僅かであった。嘗て空也と重太丸と共に訪れた、筑波の峰に連なる青々とした草原が、藤原純友の脳裏に浮かんでいた。

「俺は行くと決めた。約束は守る」

 込められた意志の強さに抗言する者はない。

 純友は拱手したまま、伸びゆく閃光の先を睥睨し続けていた。

 

 

 ライガー零・鳳凰・炎(ゼロ ファイヤーフェニックス)とエナジー(ファルコン)は巧みに前衛後衛を交代する完璧な連携攻撃を仕掛けてきた。ユニゾン形態での零・鳳凰との戦闘は小次郎にとって初めてではあったが、具足が軽装な分、格闘性能に於いて零・隼にも劣らなかった。後衛に構えたエナジー隼が、チャージャーガトリングとチャージャーキャノンの援護射撃によって将門ライガーの機動性を奪う。貞盛に狙いを定めていた小次郎は、反射的に踵を返しエナジー隼に向かう。

「これ以上太郎との対決を邪魔立てさせぬ」

 将門ライガーが七色に分かれた。

 エナジー隼のバスタークローが六本の爪を展開させる。グングニルホーンを加え、計七本の刃となって分身した将門ライガーを迎え撃つ。ジェットファルコンを背負い、重量が増したにも拘わらず、エナジー隼は将門ライガーの速度に勝る俊敏さで、襲い掛かる七色の獅子を的確に捕捉し突き刺した。

 幻影が消滅する際、バスタークローの爪一つが甲高い音をたて欠落する。残る幻影が集束すると、刃毀れしたムゲンブレードを背に収める霰石色の獅子の姿に戻った。七つの影には七つの刃。秀郷は将門ライガーの戦法にも万全の構えで臨んでいたのだった。

 必殺の技を破られた屈辱とは裏腹に、小次郎の身体は小刻みに震えていた。

「我が生涯最高の仇敵――太郎と藤太――最高のゾイド乗りに、遂に出逢えた」

 危険な歓喜が小次郎の身心を侵食し、己の命の遣り取りが掛かっていることさえ見失わせた。

「村雨よ、真の力を開放せよ」

 鋼鉄の獅子は主の想いに応え、操作盤に〝叢雨〟の文字を浮き上がらせる。

「叢雨ライガー」

 決意を込めた静かな叫びに、霰石色の獅子は、黄金の鬣と太刀を荷電粒子で輝かす究極形態、真・叢雨ライガーへとエヴォルトした。

 

 

 タキオンとは、常に光を越える速度で移動しているという仮想粒子であり、理論上は通常粒子タージオンとの共存が許されない。相反する粒子が接触すれば、励起する次元波動によって対消滅反応(※「反物質」とは別種)が起こるはずである。エナジーチャージャーで精製させる〝タキオン〟が、果たして光速より早く移動する仮想粒子なのか不明だが、バスタークローの付け根で集束され、三つの爪の間より発射される線条は、光線兵器と呼ぶのも躊躇うほどの代物であった。

 空間に突然青白い帯が出現し、消滅する瞬間に激しいプラズマ爆発の残滓を刻む。橙色に輝くエナジーチャージャーに蓄積された仮想粒子を、光速と時空をも越えるかにして撃ち出している。

 叢雨ライガーが疾走する。黄金の鬣が荷電粒子の繭を紡ぎ、輝く碧き獅子を覆う。E-シールドを上回る防御力を誇る、スーパーキャビテーションが形成された。バスタークローの付け根より線条が二本迸る。プラズマ爆発の轟音を残し、叢雨ライガーの繭に殺到した。

 背後より奇襲した零・鳳凰・炎のストライクレーザークローが打ち込まれる。

「小次郎、覚悟」

 貞盛の策略とは裏腹に、光る爪は空を切る。体勢を崩した零に、繭を破って突出した荷電粒子の刃が鳳凰の翼を切断した。地表近くで落下した零・鳳凰は錐揉みの後地表に叩き付けられ横転した。真・叢雨ライガーの操縦席の中、小次郎が唇を噛み締める。

「太郎、最後まで俺との一騎打ちを拒むというのか」

「戦は奇麗ごとでは済まぬ。お前は潔癖過ぎた」

 聞こえぬ筈の問いに、貞盛もまた答えていた。横臥する零・鳳凰に意識を奪われ、僅かに叢雨ライガーの疾走が緩む。

「秀郷殿、今だ」

 貞盛は自らを囮にしていたのだった。

〝タキオン〟で形成された二本の線条が交差する地点に、叢雨ライガーのスーパーキャビテーション障壁が重なる。荷電粒子とタキオン粒子が激しく反応し爆発する。

 導火線を口火が奔るが如く、タキオンの線条をプラズマ爆発が逆走しエナジー隼に至った。バスタークローの残った爪五本すべてが弾き飛ぶ。極小域での対消滅連鎖反応を起こし、エナジー隼は爆発に巻き込まれ擱座した。老獪な秀郷であっても、高度な物理現象まで予測するには至っていなかった。

 横転から体勢を戻し、貞盛は零を身構えさせた。

 濛々たる硝煙が晴れると、頭部装甲が毟り取られた真・叢雨ライガーと、操縦席内部で顔面血塗れとなった小次郎の生身が晒されていた。露わとなった小次郎の口元の動きが読み取れた。

〝勝負だ、太郎〟

 淡緑色に光るムラサメブレードを翳す叢雨ライガーと、片翼を捥がれた零・鳳凰・炎が激突した。

 

 

「小次郎さま!」

 デッドリーコングの感覚と直結したことにより、視覚中枢に戦場の様子が浮かび上がった。自らの視覚野をゾイドに直結することは、ゾイドの痛覚をも共有する禁じ手である。だが、最早失うものが無くなった桔梗にとって、痛覚の共有など些細なことであった。

 叢雨ライガーの頭部装甲が破られ、血塗れの小次郎の姿を捉えた。

 時間が無い。

 桔梗は信じがたい事に、暴走するデッドリーコングの操縦席を離れ、背負ったレインボージャークに乗り換えた。死を覚悟した者の為せる業であった。

「デッドリーコング、後は頼みます」

 暴走する黒い猩々を戦場に残し、棺桶に固定されていた菫色の孔雀が飛び立つ。レインボージャークは一際高い声で啼いた。

「見えた」

 レインボージャークを介し、桔梗の視覚野に天空の彼方より飛来する黒い怪竜が映る。手にしたタブレットを握り締める。

「小次郎様、唯今参ります」

 

 

 零・鳳凰と、半壊した叢雨ライガーの力は拮抗していた。

 爪と牙、斬撃と翼が鬩ぎ合い火花を散らす。

 延々と続く格闘は、見る者によっては、まるで鋼鉄の獅子同士の(たわむ)れにも思われた。

 衝撃に機体が激しく揺さぶられ、小次郎の全身から血潮が噴き出す。叢雨ライガーの操縦席は既に血で溢れていた。

「笑っている」

 貞盛の瞳には、戦いながらも穏やかな笑みを浮かべる小次郎の顔が見えていた。

〝悔いることは多いが、一つだけ望みが叶った。太郎、お前と戦えたことだ〟

「やめろ小次郎、聞きたくない」

 貞盛の心に迷いが生じた刹那、眼前に荷電粒子を纏うムラサメブレードの刃が迫る。咄嗟のストライクレーザークローでは払い除けることも出来ない。

 貞盛は知る。

「小次郎、お前は妻子を救うために、自らの命を以て押領使の軍を引き留めたのか。我らが苦戦すれば陸奥への追撃も遅くなる。最初から死ぬ気で」

 死を覚悟した人間の強さと脅威は計り知れない。

「これまでか」

 貞盛もまた、死を受け入れる覚悟をした。

 

 

 唐突に赤黒い閃光に包まれ、叢雨ライガーが吹き飛んだ。

 無差別に地表を焼き払うバイオ荷電粒子の砲撃が坂東に注がれ、貞盛との対決に集中し、無防備に横腹を晒していた叢雨ライガーは光の奔流に呑まれていた。

 残されたのは、零・鳳凰・炎だけであった。

「私を残して、逝ってしまったのか」

 呆然と立ち尽くす零の中、貞盛の視界が眩み、込み上げる嗚咽を必死で抑える。

 隕石は未だに降り注ぎ、バイオ荷電粒子砲の無差別砲撃は継続していた。

 

 

 真・叢雨ライガー頭部から、血塗れの塊が放り出されていた。バイオ荷電粒子砲の直撃を受けたにも拘わらず、肉体が残ったのは奇蹟である。しかし塊の腹部からは内臓が垂れ下がり、右半身と両足を失っている。死は必然であった。

「素気ないものだな」

 少年時代に野山を駆け巡り、青年となって京に昇り悪戦苦闘した。妻を娶ってからは戦いの連続で、穏やかに日々を過ごした時間は僅かであった。

 約束を果たせなかった。必ず生きて帰るという、家族との約束を。

 意識が遠退き、虚ろになる視界に、純白の翼を広げた菫色のゾイドが映った。

「レインボージャーク……孝子か……」

 小次郎は瞑目した。

 飛来した菫色の孔雀が風防を開く。操縦席に立ち上がり、大きく両手を広げる乙女の姿がある。肉塊の落下速度に合わせ降下し、小次郎の身体をそっと受け止めた。

「小次郎様」

 桔梗は半分に引き千切られた小次郎の身体を抱きしめる。飛び散った血潮が薄紫の(あこめ)を赤く染め、伸びた臓物が華奢な身体に(まと)わりつく。血の(けが)れを(いと)うことなく、桔梗は小次郎の顔を引き寄せる。愛しい者の生きた証を(いつく)しみ、両の手で静かに包み込む。桔梗が僅かに陸奥の地を向き呟いた。

「良子様、お許しください」

 桔梗は唇を重ねた。

 

 

悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)

 創世(ジェネシス)の後に厩戸(うまやど)に降誕した神の子を洗礼し、神の子に先立ち為政者(ヘロデ)によって命を絶たれた前駆者(ヨハネ)の末路。

 乙女(サロメ)は前駆者の首を欲し、断ち切られた首に口づけをしたという。桔梗は命尽きようとする肉体に、恋に狂った乙女の如く、深い――深い口づけをした。

 血糊の混じった唾液の糸を引く唇で、桔梗はタブレットを握り締め叫んだ。

 

「エンタングルメント」

 

 次の瞬間、レインボージャークの機体ごと、桔梗も、小次郎の千切れ飛んだ身体も、バイオ荷電粒子砲の劫火に焼かれ消滅した。

 真・叢雨ライガーの機体だけが、元の村雨ライガーに姿を戻し、大利根の流れの中に落下し沈んでいった。

 

             第十部「ヴィア・ドロローサ」了

 

 



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