TS転生したからロールプレイを愉しむ (ドスコイ)
しおりを挟む

序章 ぷろろーぐ

「……思えば、あなたとも長い付き合いになりましたね」

 

 しとしとと零れ落ちる涙雨の中、俺は傘もささずに佇んでいた。

 目の前には銘も刻まれていない簡素な墓石。

 師匠が自分が死んだ時のためにと庭の片隅に用意していたものだ。

 

「二千年前でしたっけか? あなたが赤子の俺を拉致ったのは」

 

 当時の事は今でも思い出せる。

 異世界に転生した事を理解しテンションが急上昇!

 でも赤ん坊だし、俺まだ何も出来ねえじゃん……とテンションを急降下させていたベビー俺。

 

「嵐の夜、父も母も川の堤防を補修するために出払っていて家には俺だけが残されていた」

 

 そんな時、師匠が現れたのだ。

 突然、開け放たれた扉から吹き込んで来た雨と風。

 しかし、家の中に入って来たのは自然現象が生易しく思える程の超越存在だった。

 ローブを纏った銀髪の厳めしい老女。一目見ただけで分かった、スケールが違うと。

 だがまあ俺としてはそんな事よりも師匠の容姿に目が行っていたけどな。

 

「師匠、今だから告白しますけどね」

 

 師匠見た瞬間、からくりサーカスのルシール(俺的結婚して欲しいババアランキング1位)を思い出しました。

 めっちゃ似てる! やべえ! ってテンション爆上がりでしたよ、はい。

 

「……いや、告白しなくても師匠なら知ってたかな?」

 

 心読むとか朝飯前だし。

 語らう機会がなかっただけで師匠が俺の来歴を知っていた可能性は高い。

 

「俺がこの二千年、師匠に萌え萌えしていた事もまるっとするっとお見通しだったんでしょう?」

 

 皮肉屋で口も愛想も悪ければ指導も死ぬほど厳しい。

 笑顔なんて全然見せない癖にその実、愛情に満ち溢れている。

 こんなババアにキュンキュンするのは当たり前じゃん。

 だから俺は死ぬほど辛い修行にも耐えられたのだ。

 何度死にかけたか……ってか実際死んでるな。今まで食ったパンの枚数よりも多く死んでるのは確かだろう。

 

「師匠、ずるいですよ」

 

 容姿と性格だけでもお腹いっぱい。

 だが師匠のスペックはこの程度で終わらない。

 

 ”始原の魔女”

 

 人の身でありながら理に干渉する神の如き人間。

 長々と説明していれば日が暮れるので詳細は省くが簡単に説明するならそんな感じだ。

 最強属性持ちのババアとかますますたまんねえよ。

 

「属性盛り過ぎじゃないですか? んもう、師匠ってばずるいんだー」

 

 そんなアルティメットババアが俺を拉致ったのは終活の一環だった。

 

 師匠の他にも数人、始原の魔女と呼ばれる存在は居たが彼女らは何も残していない。

 自分が培ったものを伝え、受け止めてくれる人間を見つけられなかったからだ。

 だが最後の魔女たる師匠は運の良い事に、総てを受け止められる器――つまり俺を見つけた。

 そして人生最後の仕事として後継者の育成に乗り出したのだ。

 自分が培ったものだけではない、他の魔女が託せなかったものも全部俺に……やー、キツかったです。

 

「でもまあ、師匠との暮らしは修行も含めて楽しかったですよ」

 

 何度キツイと思っただろう?

 だけど俺は一度たりとて拉致られたことを恨んだり後悔したりはしなかった。

 純粋に楽しかったのもあるが、それ以上に今だから分かる。

 

 仮に師匠に拉致されなければ俺は、そして俺の周りは大層不幸なことになっていただろう。

 

 始原の魔女の後継者たる資質を備えていても、生まれは平民。

 何一つとして特別ではない農村に暮らす農家の一人娘として生を受けてしまったのだ。

 あのまま拉致されずに暮らしていたら抗いようのない大渦に呑まれてボロクズになっていたことは予想に難くない。

 なので魔女の後継者と言うのは俺にとって一番幸運な√なのだ。

 

「師匠に拉致られなきゃ凌辱、しかもリョナグロありのエロゲみてえな展開になってただろうなー」

 

 なので師匠には感謝の言葉しかない。

 だからもっと豪華な墓を用意してやりたいのだが……あの人のことだ。

 

「”何を無駄なことをしてんだか”って悪態吐くんだろうな。んなことする暇があったら修行でもしてなって」

 

 そしてそれを聞いた俺がまた胸をキュンキュンさせてテンションを上げるんだろうな。

 はは! 目に浮かぶよ、その光景が。

 

「………………あぁ、寂しいな」

 

 もう、師匠は居ない。死んでしまった。

 二千年――腐るほど一緒に居た俺達だけど、やっぱりまだまだ傍に居て欲しかったよ。

 でも、こんな弱音吐いてちゃ師匠に叱られちまう。

 悲しいけれど、そろそろお別れしなくちゃ。

 俺はゆっくりと跪き、一度だけ墓石を強く抱きしめた。

 

「師匠と一緒に居られて幸せでした、ありがとうございます。そして、さようなら」

 

 名残惜しさは尽きないが、いつまでもこうしている訳にもいかない。

 俺はゆっくりと墓石から手を放し立ち上がる。

 泥で汚れてしまったけれど、まあ今更だ。

 服だって農村の娘が着ているような粗末なものだしな。

 

「さて、と」

 

 家に戻った俺はポポーンと服を脱ぎ捨てソファーに飛び込んだ。

 

「……遺品の整理は、良いかな。残すつもりのないものは全部始末してるだろうし」

 

 師匠が死去する数日前、俺は世界を丸ごと譲渡されている。

 人間の世界とも人ならざる者達が眠る世界とも違うこの異次元空間。

 隠棲する際に用意したものらしいが、師匠からの引き継ぎは終わっているので俺が生きている限り消えることはない。

 畑も牧場も屋敷もあるし、エターナルニートを決め込むことが出来るだろう。

 師匠自身は弟子を取ったけど俺には何も言わなかったしな。

 だけど、

 

「――――それじゃあ面白くない」

 

 御年約2000歳。老け込むにはまだまだ早いだろう。

 ハッキリ言って始原の魔女を継いだ今の俺に出来ないことなんて殆ど無い。

 得た力を腐らせておくには俺と言う人間は若過ぎる。

 これからは自由に、好き勝手に生きさせてもらうとしよう……師匠に顔向け出来る程度に。

 

「いよし!!」

 

 パァン! と両頬を叩き飛び上がる。

 そのまま等身大の姿身の前まで向かい仁王立ち。

 

「うぅむ……改めて思うが、前世の俺に比べるとビジュアル面での強化が尋常じゃないな」

 

 透き通るような白い肌。

 膝のあたりまで真っ直ぐ伸びた黒髪は特に何もしていないのに極上の手触り。

 何だったか、そうそう緑なす黒髪って表現がぴったりだ。

 次いで身体の起伏。胸は……測ったことはないけど手の平ではとても収まり切らない大きさだ。

 しかし垂れてはいないし……ほら、ブラをめくれば先端の恥ずかしいサクランボもマーべラスな桜色。

 お腹はくびれているし尻も太股も健康的な肉付きをしている。

 

「……自分の身体だけどさぁ、色気半端ねェ」

 

 どこの二次元キャラだっつー話だよ。

 顔だって美人だしな。

 中身がアレなので締まらないが、こう意識して真面目な顔をすれば……ほら、切れ味鋭いクール系美女の出来上がりだ!

 唯一の欠点は瞳の色ぐらいだろう。

 個人的には黒髪には黒目か赤目がベストマッチ! なのだが残念ながら俺の目の色は両方共に黄金だ。

 黄金は完全を示す魔女の継承者としての証なので、瞳ぐらいはこのままにしておかなきゃなぁ。

 

「どうせなら性別そのままでパワーアップだったら嬉しかったんだが」

 

 まあ第二の生をゲット出来たのだし贅沢は言えないか。

 女に生まれてしまったのだから女として生きていくしかないだろう。

 一応魔法で一時的に性別を替えることも出来るが二千年女の身体でやって来たんだ。

 今更男の身体にする方が違和感凄いだろう。や、中身は駄目リーマンのままだけどさ。

 

「それに、女って言うのも悪くはない」

 

 別に女体の快楽をとかそう言うことではない。

 俺は師匠の死期が見え始めた頃から、その後について色々と考えていたのだ。

 そしてあることを思い付いた。

 

 ――――それが”ゴッコ遊び”だ。

 

 趣味の一環としてTRPGをやっていたのだが、俺はロールプレイを重視するスタイルを取っていた。

 自分じゃない誰かを演じると言うのが殊の外面白かったからだ。

 とは言え、幾ら別人に成り切ったところで限界がある。

 脛に傷持つ半人半魔のシノビを演じたところで俺に忍術は使えない。

 あくまでそれっぽい言動をするのが関の山。

 

「だけど今の俺には忍術が使える」

 

 正確には忍術を再現した魔法、だが。

 超能力だろうが陰陽術だろうが呪術だろうが関係無い。

 今の俺にはファンタジックな力を再現出来るだけの土壌がある。

 

 つまりは何だ、超本格的なロールプレイが出来ると言うことだ。

 

 そのために一からキャラシートを書こうかと思っていたが……やっぱり止めておこう。

 選択肢が多過ぎて百年二百年はキャラ作成にかかりそうだし。

 別離の寂しさを紛らわすためにもなるたけ早く現世に向かいたい。

 なのでそう、既存のキャラを演じるとしよう。

 

「……丁度良いのが居るしな」

 

 一番好きなキャラで、尚且つ今の俺の容姿や能力にぴったりなキャラクターが居る。

 

 ”諦観と失望の魔女エレイシア”

 

 とある現代伝奇乙女ゲーの登場人物でエレイシアが気紛れで主人公の少女を助ける場面から物語が始まる。

 立ち位置としては敵でも味方でもないが、どちらにも成り得ると言うよくあるもの。

 性格は尊大且つ皮肉屋の人嫌いで、自分を含めた人間と言う種そのものを”どうしようもない”と思っている癖に人間の輝きに弱い。

 ラスボスより強く、作中で明確に最強と示されたキャラで主人公達にさえ最後の最後まで戦いでは負けていない。

 エレイシアの何が好きか一言で答えろと言われれば俺は迷わずこう答えるだろう。

 

 ――――THEツンデレ。

 

 挙げていけばキリが無いが、幾つか彼女のツンデレポイントを列挙しよう。

 

・人嫌いの癖にちょいちょい人助けをしている。

・主人公以外にも虐待を受けていた双子の兄弟(攻略キャラ)を助け、あまつさえ力までくれてやっている。

・恩返しをしたいと押し掛けて来た双子を傍に置き迷惑そうにしているのだが、彼らが殺されかけた時は静かにキレる。

・主人公が双子のどちらかとEDを迎えた場合、結婚式を挙げるのだが影でコッソリ見守っている。

・底抜けの人好しである主人公を皮肉げに嘲っている癖にピンチの時には五割ぐらいコイツが助けに来る。

・バッドエンドで主人公を殺す際、何でもないことのように振舞いながら涙を流す(FDでは一枚絵追加)。

・行動はともかく主人公への言動は終始ツンツンしているが別の敵キャラが主人公を嘲ると不快感を露わにする。

・バッドエンド以外のどの√でもここは私に任せて先へ行けと言い百万の大軍相手に一人で無双をかます。

・無双の最中、主人公への感情を一目惚れだったと独白する。

 

 他にもまだまだあるのだが、とりあえずはここまでにしておこう。

 公式の人気投票では並居る攻略キャラを抜かし堂々のトップに輝くほどの人気ぶり。

 何でエレイシアEDがねえんだと言うファンの熱い声に答えFDではEDが追加されたぐらいだ。

 乙女ゲーで女キャラの固有EDが追加されるなんて俺が知る限りコイツぐらいじゃないか?

 追加の一枚絵だってエレイシアだけ数おかしかったし。

 

 俺はそんなエレイシアに成り切ってセカンドライフを満喫しようと思う。

 

「……ただ、名前がなー」

 

 俺は日常総てをロールプレイで染め尽くすつもりだ。

 そこまでやるのだから名前も変えるべきだろう。

 しかし、

 

「師匠がつけてくれた名前だし……」

 

 ルークス・ステラエ、星明りを意味する名だ。

 随分とまあ乙女チックな名前だが他ならぬ師匠がつけてくれた名前である。

 気に入っているし、誰かに名を名乗る時はこの名を名乗りたいと思う。

 偽名としてエレイシアを使うことも考えたが、本当の名前を偽るのはな。

 エレイシアも姓こそ捨てているけど名前はそのまま使ってるって設定だし。

 

「ま、そこらは妥協するか」

 

 どの道、師匠に顔向け出来ないようなことはしないと決めているのだ。

 元々制限があるなら今更一つ二つ増えたところで変わりはしないだろう。

 まあ、最終的に世界にとって良い結果に繋がるなら大量虐殺やらかしても”そうかい”で済ます人だからな。

 制限なんてあって無いようなものと言えばその通りなのだが。

 

「兎に角、名前は今まで通りルークスで通そう。よし、キャラを作っていこう」

 

 先ずは形からだ。

 俺はブラとパンツを脱ぎ捨て正真正銘の全裸になる。

 別に露出狂な訳ではない。キャラを遵守するならノーパンノーブラにならなければいけないのだ。

 その設定本当に要る? と当時から疑問だったが設定なので遵守するしかあるまい。

 

「ただ、胸がアレだからクーパー靭帯が切れないように強化して……後は重力を弄れば……」

 

 よし、これで完璧だ。

 単純に固定するのは不自然だから動きに合わせ自然に揺れて、尚且つ負担がかからないように調整してある。

 どんな激しい運動をしても胸が引っ張られて痛いとかクーパー靭帯がブチ切れたりはしないだろう。

 かなりアホなことに高度な技術を用いている気がしないでもないが、力をどう使うかはその人次第だ。

 

「次はドレスだな」

 

 魔力の糸を裸身に絡み付けイメージに合わせて形を編む。

 胸元、肩、背中、腋、脇腹が大胆に開いた透け気味の黒いドレス。

 大事なところが見えないよう光の加減を調整しなきゃな。じゃないと言い訳のしようもない痴女になるし。

 ああ、万が一下から見られた場合でも見えないように闇も操ろうか。

 

「後は大胆にスリットを開けて履物はヒールブーツで……よし完璧!!」

 

 鏡に映る扇情的な出で立ちを見て思う。

 これ、R-15の乙女ゲーに出すキャラデザとしては如何なものだろう?

 

「どう考えてもエロゲのキャラです本当にありがとうございました――っと、忘れてた」

 

 魔力で赤白二枚のリボンを両腕の手首から肘のあたりまで巻き付かせる。

 左が赤、右が白。

 この紅白リボンは亡き妹達が使っていたものだとか。

 

「後は中身を弄るだけか」

 

 馬鹿は死んでも治らないとはよく言ったもの。

 死んでも治らないのだから二千年経とうと馬鹿は馬鹿のまま。

 今の状態ではテンションが上がったりすればすぐにボロを出してしまうことは目に見えている。

 ゆえに――――俺の演技力を改竄する。

 

「”Digitos meum sicut in mundo”」

 

 指をタクトのように振るうと空中に演技力と言う項目と数値が表示された。

 能力の数値化。これもまた始原の魔女が扱う業の一つである。

 

 足の速さや筋力などは魔法を使わずとも数値化は可能だ。

 前者であれば決められた距離をどれだけの時間で走り切れるか。

 後者であればどれだけの重さを持ちあげられるか。

 しかし、明確に数値化出来ない能力も数多く存在している。演技力もその一つだ。

 

 何故魔女がこんな魔法を開発したのか、それは人類を生かすため。

 

 俺が生まれるよりもずっとずっと前、気が遠くなるぐらい昔の話だ。

 混沌の時代と史書に記される人類の黄昏。

 蔓延る怪物達により人類は滅亡の危機に陥っていた。

 師匠を含む始原の魔女達がその気になれば箱庭を造りそこに人間を閉じ込め種として存続させることも可能だっただろう。

 だが、

 

《それは家畜の生き方さね》

 

 首輪を嵌められてまで生きるぐらいならいっそ華々しく散れば良い。

 昔語りをしてくれた時、師匠はそう言っていた。

 だが、黙って滅びろとは言っていない。

 魔女達は人間に戦う力を与えたのだ。

 

 足の速さを鍛えるならどうすれば良い?

 簡単だ、走り込みをこなしていれば限度はあるだろうが誰でもある程度は速くなる。

 ひたすらバットの素振りをしていても足は速くならない。

 伸ばしたい能力にはそれに適した鍛錬が必要なのだ。

 戦う力を培いたいのであればひたすら戦い続けるしかない。

 

 しかし、人類にそんな悠長なことをしていられるだけの余裕はなかった。

 

 ゆえに始原の魔女達は二つの魔法を開発した。

 一つ目は人間が備え得るありとあらゆる能力を項目にしそれを数値化する魔法。

 二つ目は能力を伸ばすための対価たる努力を経験値と言う概念に変換する魔法。

 得た経験値を好きな能力に割り振り成長させられる、それはつまり戦う力のみをピンポイントに伸ばせると言うことに他ならない。

 

 始原の魔女達は即座に二つの魔法を理に書き加え世界を構築する法則の一つとして確立させた。

 

 結果、人類はどうにかこにか混沌の時代を乗り切ることが出来たと言う訳だ。

 何せ料理をする、片足立ちをしてバランスを取っているだけでも経験値が溜まる訳だからな。

 この法則は今日に至るまで人間の世界に大きく貢献している。

 

 まあ、混沌の時代に比べると些か以上に劣化してるけどな。

 

 当時は師匠らが法則を外から更に強化していたので色々融通も利き便利だったが今は違う。

 黄昏の終わりと同時に師匠らは現世から退き外付けの強化を止めてしまった。

 誰しもいっぱしの戦士になれるような甘い時代ではなくなったのだ。

 後々詳しく触れることもあるかもしれないが、今はこれで終わりにしておこう。

 

「うーむ……これ、高いのか? 低いのか?」

 

 表示された数値を見つめ首を傾げる。

 

「まあ良いや。とりあえず一万ぐらい振っておけば大丈夫だろ。後は威圧感、カリスマ……」

 

 普通の人間は数値を加増するために努力と言う対価を要する。

 しかし、始原の魔女やその後継として完成した今の俺には無縁の話だ。

 自分の数値も他人の数値も好きなように弄れるし、成長限界も存在しない。

 分かり易く言うとチートだなチート。

 剣なんて生まれてこの方振ったこともないが数値を改竄してやればインスタント剣豪の出来上がりだ。

 

「モノマネ!? モノマネなんて項目もあるのか!

クッソ、宴会芸用に振っておきたいがロールプレイ的に披露する機会がねえ……!」

 

 少しばかりトラブルもあったがエレイシアを演じる上で必要な能力の割り振りは終わった。

 

「――――いざ、現世へ!!」




作中で出て来る”エレイシア”は架空のキャラクターです。
主人公の前世の日本であった架空の乙女ゲーのキャラです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話(表)獅子の心

 その日、王都は数百年に一度かと言うほどの大嵐に見舞われていた。

 悲鳴のような風雨と、怒号のように轟く雷。

 こんな日は誰もが誰も、家の中に閉じこもって嵐が過ぎ去るのを待つだろう。

 だが王都の人間は少し――いやさ、かなり違っていた。

 

「ったく……どいつもこいつもはしゃいでやがらぁ」

 

 王都で一番高い時計台の天辺にその男は居た。

 逆立つ金の御髪と蓄えられた豊かな顎髭から獅子を連想させる彼の名はザイン・ジーバス。

 ザインの眼下では王都の人々が乱痴気騒ぎに興じていた。

 

「これもお国柄かねえ」

 

 中央に近付けば近付くほど、物理的にも精神的にもハードになっていくのが”スペルビア”と言う国だ。

 

 そんなスペルビアの最も熱い場所である王都に住まう人間が嵐如きで大人しくする訳がない。

 いや、普通の嵐ならば一般人も冒険者も今日は休みだなーと家や宿でダラダラしていただろう。

 しかし、これは普通の嵐ではない。数百年に一度の大嵐だ。

 テンションの上がった人々は誰が音頭を取る訳でもなく、気付けばはしゃぎ出していた。

 秋にある収穫祭にも匹敵するかと言わんばかりの熱気は壁の華を気取っているザインにまで伝わっていた。

 

「いよぉザァイン! 折角だしお前も飲もうぜぇえええええええええええええええええ!!!!」

 

 嵐の音にも人々の嬌声にもかき消されない大声がザインの耳に届く。

 時計塔の下では蒼い髪をした軽薄そうな男が酒瓶を片手に大きく手を振っていた。

 

「……ガルムか。しゃーねえな」

 

 ザインは苦笑を浮かべ時計台のへりを蹴り身を投げ出した。

 100m近い高さがあったが彼に限っては心配は無用。

 王都でも指折り、現役最強の一角と謳われるザイン・ジーバスにとってこの程度の高さは屁でもなかった。

 

「ようガルム、随分とご機嫌じゃねえか」

 

 ズン、と着地の衝撃が走り石畳が蜘蛛の巣状にひび割れる。

 普段ならば公共物破損を見咎められるだろうが今日は無礼講。

 公僕であるガードですらもすげえすげえと笑って見ているだけなので後ほど請求書を送られることもないだろう。

 

「バハハハハ! そりゃ楽しいもん! 楽しい時は全力で笑おうぜ……なあ、兄弟!?」

 

 ガルムは強引にザインの肩に腕を回し酒瓶を差し出した。

 ザインはしょうがねえと苦笑しつつ酒瓶を受け取り躊躇うことなく一気飲み。

 

「ヒュー! カッコ良い!!」

「っぷはぁ……ガハハハハハハ! 雨か酒か分かんねえなこりゃあ!!」

 

 どうやらザインにもお祭りスイッチが入ったようだ。

 壁の華を気取ることを止めて友人と肩を組み歩き始める。

 

「しかし何だ、モンスターどもも今日は大人しいと思わねえかガルムよ」

 

 屋台で買ったビショ濡れの串焼きを齧りつつザインがそう切り出した。

 

「んあ? あー……言われてみりゃあ、確かに……」

 

 モンスターと言うのは中央に近付けば近付くほど、強く賢く気性の荒い者が多くなる。

 王都内部にまで攻め込まれるのなんてしょっちゅうだ。

 今日のように人間達が緩みまくっている日であれば喜び勇んで攻めて来るはずだ。

 そして雪崩れ込んで来たモンスターもこの馬鹿騒ぎの余興に使われることだろう。

 だがザインが時計台の上から見渡していた限りではモンスターを使ったイベントなどは行われていなかった。

 

「あれじゃね? 奴さんも嵐の日ぐらいはヤサでのんびりしてえんじゃないのか?」

「嵐如きで怯むような大人しいタマじゃねえだろ、アイツらは」

 

 お祭りスイッチが入ってはいるが、そこはそれ。

 ”倦んで”しまっていてもザインは根っからの冒険者だ。

 はしゃぎつつも、不透明な何かに反応する勘が働いているらしい。

 

「んなこと言われても知らねーよ! そう言う難しいことは王宮お抱えの”魔女”様にでも任せとけ!!」

「……魔女ねえ」

 

 胡散臭い顔をするザイン。

 その脳裏に浮かび上がるのは何時か見た”銀髪”の美しい熟女の姿。

 

「始原の魔女の弟子に任せときゃ大概のことはどうにかなんだろ」

「そうかねえ」

 

 確かにアレは凄まじい力を持っている。

 正攻法では勝ち目が見えないと言うのはザインも認めるところだ。

 

「……あのアマ、どうにも薄っぺらいんだよな」

 

 偽れぬ歴史が語る始原の魔女は理の外にいる正真正銘の怪物。

 それを継ぐ者としてあの魔女はあまりにも薄っぺらい。

 どう足掻いても貫けそうにない厚みがまるで感じられないのだ。

 

「難しいこと考えてんなよ! ほれ、飲め飲め!!」

「ったく……まあ良いか。今日ぁ祭りだしな!!」

 

 不透明な不安をよそへと蹴り飛ばす。

 酔い潰れていようが何だろうが、自分ならまあ大概のことは何とか出来る。

 ザインは心のどこかでそう思っているのだ。

 実際、それは決して間違いではないのだが……。

 

「ヒック……あ゛ぁ?」

 

 ガルムに浴びるほど酒を飲まされ良い具合に出来上がったのだろう。

 顔は赤く、目もすっかり据わってしまっている。

 そんなヘベレケ状態のザインの目に不可思議な光景が飛びこんで来た。

 

「どうなってんらぁ……?」

 

 中央広場の大噴水広場。

 普段から人々でごった返すその場所は何時も以上に賑わっていた。

 

 だが、妙なことに広場の中心――噴水のあたりだけポッカリと空白が出来ているのだ。

 

 こんな日だ、浮かれた馬鹿が噴水に飛び込んでひと泳ぎしていそうなものなのに。

 よしんば泳ぐのはなしにしても、噴水に腰掛ける連中が居ないのは不自然だ。

 ケツが濡れるから? そんなことを気にする人間はそもそも嵐の日に出歩かない。

 

「あれは……」

 

 気付く。

 今まで目に入っていなかったが一人だけ噴水に腰掛けている者が居た。

 純粋な闇をそのまま削り出したかのような非常識なまでに美しい女。

 娼婦か何かと見紛うような扇情的なドレスに身を包んでいるが、その手の女特有の空気はまるで感じない。

 それどころか浮世離れした品のようなものまで感じる。

 見た目通りの年齢ならば二十前半から半ばと言ったところだが、どうにもそんな気がしない。

 ザインにはどうしてか女の見た目と中身が不釣り合いに思えてならなかった。

 

「……――――」

 

 言葉を失う。

 女を認識すればするほどにその美しさに圧倒される。

 気付けばザインはガルムの腕を振り解き、ふらふらと歩き出していた

 その姿はさながら誘蛾灯に惹かれる羽虫の如く。

 

「よう姉ちゃん、楽しんでるか?」

 

 軽薄な調子で声をかけると女はゆっくりとザインに視線を向けた。

 

「……」

 

 女は無言のまま。

 ザインはそれを気にすることなく下品な笑みを浮かべ言葉を続ける。

 

「よう、一発どうだい? 何、タダとは言わねえよ。

姉ちゃんみたいな別嬪、御高い娼館でもお目にかかれやしねえからな。金ぁ弾ませてもらうぜ」

 

 酩酊に足すことの自身の力に起因する驕り。

 そして認識さえ出来ないほどにかけ離れた彼我のスケール。

 それがザインの第六感が鳴らす警鐘を気付けなくさせていた。

 

 酔っていなければ、倦んでおらず謙虚であったのならば直ぐに気付けていただろう。

 

 まあ、その途方もないスケールゆえ力の全容どころか一端すら掴めまいが。

 それでもヤバイと認識出来るだけの実力をザイン・ジーバスはギリギリ備えている。

 しかし悲しいかな、所詮は”もしも”の話。

 酔っているし驕っている、そんな今のザインに女の危険性が理解出来ようはずもない。

 

「――――現実逃避なら他所でやれよ小僧」

 

 忘我するほど美しい声だった。

 王都の歌劇場で主演を張るトップスターの歌声すら雑音に成り下がるほどの。

 それは声なのか? 声と形容して良いのか?

 そう自問を繰り返したくなるほどに女の声は魔性を帯びていた。

 

「あ、あんだと……?」

 

 酔いが急速に醒めていく。

 ザインはここに来てようやく、本来の己を取り戻し始めていた。

 

「そんなにつまらぬか? 笑えるな、頂点に立った訳でもないのにこんなものかと見切りをつけて」

 

 皮肉げな笑みをたたえ、女はザインの心の奥深くにある”澱み”を射抜いた。

 

「ッ!」

 

 自身の裡側を言い当てられたから動揺した――訳ではない。

 黄金に輝く女の瞳に宿る感情を見て心を掻き乱されたのだ。

 ありとあらゆる事柄に対する失望、それがゆえの諦観。

 その深さは千年も生きていない小僧程度ではとても測り知れるものではない。

 ザインは今、底の無い深淵を覗き込んでいるかのような錯覚に囚われていた。

 

「世界の広さを知らぬがゆえに根拠のない万能感に痴れる幼子のようだ」

 

 恥ずかしい恥ずかしい、ああ恥ずかしい。

 その齢で未だ幼き頃の愚かさに耽溺するなぞ厚顔無恥にもほどがある。

 

「テメェ……!」

 

 恐怖を認識するよりも早くに自負を傷付けられたことによる怒りが顔を出してしまった。

 だがその怒りも、即座に圧し折られることになる。

 

「蒙昧な野良犬風情が跳ねっ返るなよ、万年早いわ」

 

 瞬間、世界が闇に閉ざされた。

 

「え……あ……へあう?」

 

 嵐が消え去った。

 人々が消え去った。

 空が消え去った。

 地面が消え去った。

 光が消え去った。

 音が消え去った。

 

 世界の終わりがあるとすれば、それはきっとこんな光景なのだろう。

 

「(何だ、これ、は……いったい、なにが……)」

 

 蟻のように全身を這いまわる恐怖。

 息が苦しい、視界が明滅する。

 自分は、世界は、一体どうなってしまったんだ?

 ぐるぐると混乱する頭では――いや、例え冷静であったとしても現状に対する答えは導き出せないだろう。

 

「う、ぐぅ……ひぃ……ッッ」

 

 膝から崩れ落ちた。

 だと言うのに地面の感触も何もなく、それがどうしようもなく恐ろしい。

 自分の声も聞こえない。

 頭を抱えて丸まっているつもりだが、それが出来ているかどうかも分からない。

 

 獅子の如き益荒男が子猫の如き有様だ。

 

 このまま放置していれば秒と経たずに心が壊れていただろう。

 だが、ザインの心が砕け散るよりも早くに闇が祓われた。

 

「ッ~~~!!」

 

 五感が復活し、変わらぬ世界が戻ったことで安堵するザイン。

 ぜーはーと短いスパンで何度も呼吸を繰り返しているのは生きている実感が欲しいからか。

 

「あ、あんたは……一体……」

 

 先程の闇。

 アレは幻覚魔法の類か? いいや、違う。

 そんな生易しいものではなかった。

 馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないがザインは一瞬、本気で世界が終わったのだと思っている。

 

「フン、先程よりは”見えるツラ”になったようだが……まあ、私には関係のないことだ」

 

 女はゆっくりと立ち上がった。

 よくよく見れば彼女はまるで嵐の影響を受けていない。

 雨に濡れてもいなければ暴風でその長く美しい髪が揺れてもいない。

 

「ま、待ってくれ! 名前……せめて、名前だけでも教えちゃあくれないか!?」

 

 背を向けて去って行く女を必死に呼び止める。

 あんな理外の、万度生まれ変わっても足元にさえ届きそうもない正真正銘の怪物。

 このまま黙って見送るのが最善だと理性が囁いている。

 だが、ザインには心の叫びを無視することが出来なかった。

 

「……」

 

 女はぴたりと立ち止まり首だけを動かしザインを一瞥する。

 だが直ぐに興味が失せたのか女は二度と振り返ることもなく去って行った。

 別段、何か言葉をかけた訳でもない。

 瞳に宿る失望と諦観もそのまま。

 

 だがザインにとっては――――

 

「お、おいザイン! 大丈夫かお前!? 急にどうしたんだよ」

「……ガルム?」

 

 ガルムが心配そうに膝を突くザインの下まで駆け寄って来る。

 

「もしかして……飲ませ過ぎちまったか? わ、悪い……そんなつもりじゃなかったんだ……」

「(……どう言うことだ?)」

「家まで送るか? 肩貸すぜ?」

「いや、大丈夫だ。それより、さっきとんでもねえ別嬪が居たよな?」

「は? 何言ってんだ?」

「(あの女を認識出来ていたのは俺だけ……?)」

 

 怪訝な顔をする友人を見て思考に耽るが幾ら頭を捻っても理屈は分からなかった。

 

「(いや、考えることすらおこがましいな。あの女はそう言う存在だ)」

 

 心配そうに差し出された手を掴み立ち上がったザインは一度大きく深呼吸をする。

 未だ心臓はうるさいぐらいに鼓動を刻んでいて、少しでも落ち着きたかったのだ。

 

「……悪い、今日はもう帰るわ」

「お、おう?」

 

 そうしてザインは嵐の中、わき目も振らずに駆け出した。

 女を追う――訳ではない。

 追い付けるとは思えないし、仮に発見したところで今度は一瞥もしてくれないだろう。

 

「あぁ……気持ち良いな」

 

 吹き付ける風、突き刺さる雨。

 倦んでいた心から澱が洗い流されているような感覚を今、彼は味わっていた。

 

「……ここに来るのも久しぶりだな」

 

 十年前に購入した自宅に戻ると濡れた身体を拭くこともなく一直線で地下へと向かう。

 地下には錠前で硬く閉ざされた扉があり、少し躊躇うも迷いを振り切るように扉を蹴り破った。

 鞘に収められた剣が壁に立て掛けてある以外、部屋の中には何もない。

 

「久しぶりだな”レオン”」

 

 そう語り掛けゆっくりと剣を取る。

 懐かしさと、そして後ろめたさが混じった声だった。

 

「……」

 

 獅子の意匠が取り入れられた剣。

 正式な銘はレオン・ハート、獅子の心と名付けられたこの剣は主観的にも客観的にも特別な代物だった。

 十年振りに握ったと言うのに愛剣は驚くほど手に馴染む。

 ザインはそのことを嬉しく思いつつ静かに剣を引き抜く。

 

「綺麗だな」

 

 幻想的なまでに蒼く透明な刀身に感嘆の吐息が漏れる。

 久しぶりに抜いたから――ではない。

 何度見たか数えるのも馬鹿らしいぐらいなのに、何度見ても見惚れてしまうのだ。

 

 ザインがレオン・ハートと運命の出会いを果たしたのは十五年ほど前のこと。

 

 駆け出し冒険者としてダンジョンに潜った彼は不幸にも未踏の領域に繋がる道を渡ってしまう。

 初心者向けのダンジョンから一気にMust Dieな地獄へ放り出されたザイン・ジーバス少年。

 彼は地獄に来て直ぐ剣を失った。

 一矢報いんと地獄の中では”雑魚”でしかないモンスターを切り付けた時に砕け散ったのだ。

 当然、掠り傷もつけられなかった。技術や膂力もそうだが、刃としての格が足りなかった。

 ザイン少年が身に纏っている安物の防具なんて掠っただけで全壊なのにアンフェア過ぎるだろう。

 

 そんな彼が生き延びることが出来たのは運が良かったから。

 

 秘めたる能力はあれども刃もなしに磨けるものか。

 息つく間もなく訪れる”死”を傷付きながらも生き延びられたのは運が良かったから。

 運が良かったから――――レオン・ハートと出会うことも出来た。

 ほんの十分でも良いから休息を、縋るように飛び込んだ小部屋の中に当時は銘がなかったレオン・ハートが鎮座していた。

 

 無いよりはマシと無銘の剣を手にした瞬間、栄光へと続く道が開かれたのだ。

 生命維持機能、そして何より心の輝きがそのまま刃の鋭さに変わる力が少年ザインを支えてくれた。

 ”死”を潜り抜ける度に折れて繋ぎ合わせてを繰り返し鍛えられた心。

 それがダイレクトに反映された刃は地獄の悪鬼どもにも通用する鋭さを誇っていた。

 

 そこから先は運だけではない。

 

 傷付き死にかけながらも敵を倒し、その血を啜り肉を喰らい賢明に生にしがみ付いた。

 そうして地獄を脱出する頃には、ザイン少年は獅子の心を持つ立派な益荒男になっていた。

 

 だが今はどうだ?

 

「……ハハ、そうだよな」

 

 ぼんやりと幽かな光が刀身に灯る。

 地獄を彷徨っていた時分に比べるとあまりにも小さくか弱い輝きだ。

 当時と比べるとその目に見える強さは比べ物にならない。

 だが心を映す刃を見れば中身の劣化は誤魔化しようもなかった。

 

「最初はさ、お前にばっか頼ってちゃいけないって思ったんだ」

 

 更なる高みへと至るためにレオン・ハートを封印した。

 

「だけど、心がドンドン腐り始めて……お前に合わせる顔が無くなっちまった。

でも俺は目を逸らして、気付かない振りをして……ごめん、本当にごめんよ」

 

 血沸き肉踊る苦難から遠ざかる度に心が倦んでいった。

 倦んだ心が齎したのは怠慢と驕り。

 気付いていた、気付かない振りをしていた。だってどうしようもなかったから。

 

 ――――だけど今は違う。

 

「今更って怒るかもしれねえが、久しぶりに心に火が点いたんだ」

 

 多少は見れるようになった、だが見苦しいことに変わりはない。

 そんな男にこれ以上かける言葉も、名乗る名もありはしない――そう、言われた気がした。

 

「……あの女は別にそんなつもりじゃないんだろう。ぶっちゃけ、俺の思い込みだと思う」

 

 黄金の瞳に宿る失望と諦観。

 何が切っ掛けで望みを失い、何を諦めてしまったのかは知らない。

 だがそれに比べると自分のことなんて路傍の石ころ以下。きっともう忘れてしまっているだろう。

 そう自嘲するザインだが、その碧眼は静かに燃えていた。

 

「だからこれは俺が勝手に決めたこと」

 

 この感情が何なのかは知らない。

 女を抱いたことはあっても女に惚れたことは一度もない。

 ひょっとしたらこれがそうなのかもしれないが……だとすればこの歳で初恋とはあまりに恥ずかし過ぎる。

 

 だからそれは一先ず置いておこう。

 

「あの女の胸に俺の名を刻みこめるぐれえ強くなりてえッ……心も、身体も!!」

 

 だから力を貸してくれ、そう懇願する主に応えるかのようにレオン・ハートの輝きが強くなる。

 かつての輝きにはまだ及ばない、それでも最初に握った時よりかはマシだ。

 

「……ありがとう、感謝するぜ」

 

 ザイン・ジーバス、32歳のリスタートであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話(裏)苦い思い出

お気に入り登録、評価投票ありがとうございます。
文字なので伝わらないかもですがすごくテンション上がってます。
これを励みに執筆を頑張りたいと思いますのでこれからもどうぞよろしくお願いします。


 降り注ぐ雨を見ているとイキっていた頃の自分を思い出す。

 

 アレは六百年ほど前だったか。

 魔女の後継者を名乗る位階にはまだ達していなかったが自分視点では十二分な力をつけたと思っていた。

 今考えてみると師匠はそんな驕りを圧し折りたかったのだろう。

 

《師匠、此処は?》

 

 連れて来られたのは嵐吹き荒ぶ果て無い荒野。

 草も木も花もない、命というものがまるで感じられない辛気臭い場所に顔を顰めた俺は悪くないだろう。

 

《終焉一歩手前の世界さ》

《……?》

《大昔にね、あったのさ。終末が訪れかけた時代がね。

それを忘れてはならぬと戒めのためあたしらは思い出の世界を作り上げた。

まあ詳しいことはどうでも良い。本気で暴れても問題が無いとだけ認識しておきな》

《へえ、それはそれは》

 

 今の俺は本気出せば地球も破壊出来るべジータクラスだぜ?

 そんな俺の本気を受け止められるってほんとにござるかー?

 なんて調子に乗っていたあの日の俺はとってもヤムチャだった。

 

《さあ、かかって来な。どれだけやれるようになったかを確認したいからねえ》

 

 叩き込んだ力がしっかり身に着いているかを確認する、そんな口実で始まった模擬戦だったかな?

 正直、師匠には勝てないまでも結構良いとこまで追い詰められるんじゃないかなと思っていた。

 だからこそ余裕綽々でパイプを吹かす師匠に若干カチンとなった。

 ゆえに度肝を抜いてやると初手から全力全開、今放てる最高にして最強の技をブッパすることにした。

 

《……ええ、嫌というほど見せつけてあげますよ!!》

 

 ローブを巨大な蝙蝠の翼に変化させ真ゲッターみてえな動きで上空に舞い上がった。

 思い返してみると言動行動何もかもが調子に乗ってやられる雑魚キャラみてえだな。

 

《閉ざせ、閉ざせ、閉ざせ、閉ざせ!!》

 

 瞬きする間に世界が闇で閉ざされた。だがこれはただの闇ではない。

 総てを内包する闇から重力という概念を抽出し”闇は重力”であると定義した黒の超重獄。

 俺ですら自分用にあらかじめ設定していた安全地帯から抜け出せば身動き一つ取れなくなる。

 とはいえこれが本命ではない、技を構成する一要素ではあるが動きを縛る以上の役割は無い。

 

《幾つになっても乙女は乙女、星々に思いを馳せてみるのはいかがかしら?》

 

 などと気取った物言いをしているあたり実にイキっている。

 

《――――魔星運河ッッ!!》

 

 闇を切り裂くように無数の光が流れ出す。

 

 夜空を彩る流星群のようにも見えるがその本質は違う。

 ビジュアルの問題で星に見えるよう弄ってあるがこの光もまた闇だ。

 ただし、これは重力だけを抽出した闇ではない。

 熱量にのみ特化させた純粋なる破壊の力。

 尋常ならざる熱量を孕んだそいつを何千何万と破裂させるのがこの魔法、魔星運河である。

 

《フハハハハハ! 勝ったッ! 死ねいッ!》

 

 素で受け止めれば流石の師匠もやばいはず。

 魔法を行使し防ぐか回避しなければならない、そしてそれらを行うということは俺の魔法がそれだけ脅威ということに他ならない。

 

《フフン♪》

 

 この時、俺の胸は誇らしさでいっぱいだった。

 だってそうだろう? 地球を木端微塵にしてもお釣りが来る攻撃を放ったんだぞ?

 総てを使い果たした心地良い疲労とこれほどの位階にまで達した自分に対する誇らしさ。

 

 ――――それが一瞬で霧散する。

 

《………………え》

 

 魔星運河が終わり元の景色に戻るとそこには技を放つ前と同じくパイプを吹かす師匠の姿が。

 傷一つない姿で佇む師匠、魔法を使っていたのなら納得の結果だ。

 だが使っていない、師匠は魔法を使わず素で俺の魔星運河を――――ッ。

 

《見栄えだけは良い小手先の魔法モドキだ。そんな遊びに現を抜かすのは六百年早いよ》

 

 そう嘆息し、師匠のターンが始まった。

 師匠は呼吸をするように降り注ぐ雨の一粒一粒を魔星運河と同等の破壊の力に変えてのけた。

 当然、何もかもを使い果たした俺にそれを防ぐ力などありはしない。

 いや、仮に万全の状態であっても一粒二粒ならともかく嵐と呼べる規模の雨を防ぐことは出来なかっただろう。

 

 ――――だが俺はその日、一度たりとて死ぬことはなかった。

 

 何故かって?

 師匠は同時に吹き荒ぶこの風を癒しの力に変えていたのだ。

 破壊の雨によって絶命する寸前で癒しの風により全快しまた破壊の雨で絶命寸前まで追い詰められての繰り返し。

 意識を手放せればまだマシだったかもしれないがそれも出来ぬまま俺は蹂躙され続けた。

 そして数時間後には俺の驕りも綺麗さっぱり洗い流されていた。

 まあ代償としてその後三百年は続く深刻なトラウマを刻みこまれたのだが。

 

「(うぅ……心の古傷が……)」

 

 昔ほどではないが苦い思い出なことに変わりはない。

 鬱になりそうな気分を振り払うためにも何か別のことを考えよう。

 

「(そういやさっきの……まさか気付かれるとは思わなかった)」

 

 先ほどの邂逅を思い返す。

 現代の世情に疎い俺はとりあえず一番大きな国の一番栄えている場所に降り立った。

 

 したらどうだ?

 

 何故か人々は大嵐の中、お祭り騒ぎに興じているではないか。

 まるで意味が分からない……とLってしまったものだ。

 

 これがジェネレーションギャップ(二千年)と言う奴か……。

 

 と軽く引いてしまった俺は存在を誤魔化す魔力のベールを纏い、一先ず情報収集に乗り出すことに決めた訳だ。

 別に足で稼がずとも魔法でちょちょいと調べることは出来たのだが、そこはそれ。

 

 二千年ぶりの現世だ、余裕を持って楽しみたいと思うのが人情だろう。

 

 そうしてあちこちを練り歩いて大体のところは理解し、噴水で休憩をしていたその時だ。

 金髪のダンディがバッチリ俺のことを見ているじゃありませんか。

 魔法ですらない、魔力に指向性を与えただけのものとは言え普通ならば気付かない。

 最低でも人間基準で英傑とか呼ばれるレベルは備えていなければ認識出来るはずがないのだ。

 

 つまるところあの金髪ダンディ――ザイン・ジーバスとやらは英雄としての格を備えていると言う訳である。

 

「(でも、愉しかったな)」

 

 エレイシアのロールをすると決めたものの、彼女の設定に近付けるためには色々下準備が必要だ。

 生来の無計画さで何から手をつけるかも考えていなかった。

 なのでロールプレイを愉しむのはもう少し先かな? などと思っていたのだが、望外の幸運である。

 俺を認識出来て、尚且つ”美味しそう”なキャラクターに出会えたのだから。

 

「(テンション上がってついついエレイシアっぽいロールを愉しんじゃったよ)」

 

 一目で分かったよ、あの男がその強さゆえに倦んでいることがな。

 別段読心の魔法を使った訳ではない。

 意識せずとも魔女の瞳には魂の形や感情に起因する色が見えてしまうのだ。

 今こうしてすれ違うモブ程度なら意識するまでもなくスルー出来るのだが英雄レベルの魂はね。

 

「(可愛い子猫を見かけた時と同じぐらいのインパクトがあるんだよな)」

 

 お、可愛いやんけ! 写メ取ったろ! みたいな感じだ。

 その場では盛り上がるが、家に帰って風呂にでも入れば忘れてしまう。

 その程度のものではあるが、意識して記憶していれば忘れることはないだろう。

 そして俺は彼を忘れる気なんてなかった。

 

「(いやぁ、男の子だねえ! 俺ああ言うの大好き!!)」

 

 自分を歯牙にもかけなかった女を振り向かせるために奮起する――如何にもな王道じゃあないですか!

 ロールプレイを遵守するため表面上は興味が失せたように振舞いましたよ。

 だけどあんな、美味しいシチュエーションで別れた相手をそのまま放置出来るか? 出来ねえよ。

 目を飛ばしてその後について見守っていたところに、さっきのアレだ。

 

”あの女の胸に俺の名を刻みこめるぐれえ強くなりてえッ……心も、身体も!!”

 

 台詞もそうだが、シチュエーションも良い。

 負い目から放置してあった無二の相棒と言っても過言ではない愛剣に語り掛けるとか王道過ぎだよ。

 

「(しかし、良いアーティファクトだったな)」

 

 誰が作ったのか知らないがアレは良い物だ。

 見ただけで作者の技量、信念が窺えると言うもの。

 さぞや名のある魔女、魔法使いが作ったのだろう。

 

「(……師匠なら酷評してただろうけど、俺はそうは思わないな)」

 

 魔女、魔法使いなんて看板を掲げていながら使っているのは”魔法”の足許にも及ばない”モドキ”ばかり。

 

 そう辛口な評価を下していた師匠だが、中々どうして。

 カッコ良ければ男の子的には大正義だと思ってしまうものだ。

 股間の剣を失って二千年経つが心の逸物は未だ健在である。

 

「(ま、それはそれとして……これからどうすっかなー)」

 

 エレイシアを演ずる上で欠かせないのは主人公の女の子――つまりは未来ちゃんだ。

 あの子が居なければエレイシアの物語は始まらない。

 まあこれに関しては巡り合わせ、時間は腐るほどあるのだから運命に期待するとしてだ。

 それまでにやっておかなければならないことが幾つもある。

 

「(先ずは俺の名を――ルークス・ステラエと言う名を世界に周知させること)」

 

 原作においてエレイシアは二つ名がついていることからも分かるように裏の世界では有名人だった。

 それこそ知らぬ者なぞ居ないぐらいに。

 完全なるアンタッチャブルとして認識されていて、敵キャラとかも恐れ戦いていた。

 だから俺も力を示し触れ得ざる脅威にならなければいけないのだが……問題はその方法だ。

 

「(冒険者としてやっていく? 馬鹿が、エレイシアは誰憚ることもないニートだぞ)」

 

 労働に精を出すエレイシアなんてエレイシアじゃない。

 

「(ならば、戦争に介入でもして両軍消し飛ばしてやろうか? 否、エレイシアはそんなことしない)」

 

 戦争なんて愚かな行為に耽溺する人間を冷ややかな目で見つめるだけだ。

 

「(……困った、八方塞だ)」

 

 良い演出が思い浮かばない。

 どうやら俺に演出家としての才能は無いようだ。

 能力を弄って演出家になることも可能だが……あれこれ考えるのが楽しい面もあるし止めておこう。

 

「(気晴らしに茶でも飲むか)」

 

 ふと目に入った喫茶店に入る。

 中では店主が退屈そうにグラスを磨いているだけで俺以外の客は居なかった。

 

「随分と寂れた店だな」

「るっせい。いつもはもうちっと混んでるんだよ」

 

 何の変哲もない女として認識させているから店主のリアクションも至って平坦だ。

 

「今日は書き入れ時のように思えるがな」

「美味いコーヒーと美味いケーキを趣のある店内でってのがうちの売りだ」

 

 あぁ、今日の”ノリ”とはそぐわない訳か。

 嵐の中で大騒ぎするのが楽しいのに、静かな喫茶店でカップを傾けるなんてつまらないにもほどがある。

 

「ふぅん……」

「で、注文は?」

「貴様に任せる。自慢の品とやらを見定めてやろうではないか」

「態度のでけえ嬢ちゃんだぜ。うちにゃ自慢出来ないメニューなんざねえっての」

 

 悪態をつきながらも用意を始める店主――おいおい、キャラ被りかよ。

 いや、ツンデレジジイ(店主)とツンデレババア(俺)じゃニーズは違うかな?

 

「ったく、何時まで続くんだかこの嵐は」

 

 見た感じ、数日ってところだろう。

 このツンデレジジイが満足のいく品を出してくれるなら礼代わりに消してやっても良――――

 

「はぁ……魔女様が何とかしてくれねえかな」

「……魔女様?」

 

 聞き逃せない単語だ。

 確実に俺のことではないだろう。店主は何処からどう見ても普通の人間で正体を看破出来る訳がない。

 だが、この規模の嵐をどうにか出来るような存在が俺以外に居るとも思えないんだがな。

 

「知らんのか?」

「ああ。生憎と私は俗世から離れた場所で暮らしていたからな」

「……金、あんだろうな?」

「安心しろ、金も持たずに店に入る程非常識ではない」

 

 今しがた作り出した金貨を数枚、カウンターに放り投げる。

 偽造だがこの偽造がバレることは先ずあり得ない。

 だから安心して受け取ってくれたまへ。

 

「……」

 

 良いとこのお嬢さんか? と思っているのだろう。

 まあ好きに勘違いしてくれれば良いがそれよりもだ。

 

「魔女様とやらについて詳しく聞かせてくれ」

「しょうがねえ……魔女様ってのはその名の通りだ。始原の魔女の弟子にしてスペルビアが有する最高戦力のことさ」

「ほう……」

 

 二千年前の時点で始原の魔女はもう師匠だけになっていた。

 そして師匠の弟子は俺一人だけ、同門なんて居ないし俺が拉致られる以前に居たこともない。

 もし居るのならば俺はあのまま、名も知らぬ故郷でスクスクと成長していただろう。

 魔女の業を総て受け容れられる器を持っていたのが俺だけだから、師匠は俺を弟子に取ったのだから。

 

「”Ex oculis meis”」

 

 魔女を継ぐ者としての責務だ、真偽を確かめねばなるまい。

 別段、俺自身に魔女としてのプライドのようなものがある訳ではないがプライドと責任は別物だ。

 ゆえにわざわざ呪文まで唱えて世界の果てまで余さず見通せる遠見を発動させたのだが……。

 

「(……これなら普通に視るだけでも良かったな)」

 

 あの銀髪のババア(俺より若い)が店主が言うところの魔女だろう。

 成るほど、確かに優秀な魔女ではあるらしい。

 だが森羅万象を操る始原の魔女の後継者を名乗るには不足どころの話ではない。

 少なくともこの規模の嵐を消し飛ばせるような力量を備えていないことは確かだ。

 それでも念のためにと魂の記憶を読み解いてみたが、やはり始原の魔女に師事した事実はなかった。

 

「(だが……うん、確かにこりゃ勘違いはするな)」

 

 魔法モドキを操る術者としては破格の力量だ。

 この世界で一番上手に師匠が言うところの魔法モドキを扱えるのは確実である。

 二百年かそこらしか生きていないのによくもまあ、あそこまで練り上げたものだ。

 記憶を読み解くに常識の範疇とは言え才能に恵まれていたらしく、そこまで苦労はしていないようだがな。

 

「(――――ああ、だけどこれは使えるな)」

 

 魔法モドキを扱う魔女として活躍するのならば、どうぞご自由に。

 しかし、始原の魔女の後継を名乗った以上看過は出来ない。

 その看板を掲げて良いのは師匠を始めとする始原の魔女に認められた者だけ。

 或いは、俺が見出し育成した弟子ぐらいか。

 

「(ん? あれでも、アイツが看板を掲げ始めたのって……)」

 

 師匠存命じゃん。

 お前にはまだ早い! と白戸家のお父さん風に現世を覗くことすら許されなかった俺と違って師匠は知っていたんじゃないか?

 あの糞真面目な糞可愛いババアである師匠が偽物を看過するはずが――――

 

「(いや違う、俺か)」

 

 自身の死後、俺が現世に行くことをあの人は知っていたのだ。

 だからこれは宿題のようなもの。

 一人前となった以上、俺の生き方を縛るつもりはない。

 だがそれはそれとして始原の魔女を継ぐことを受け入れた俺がしっかり責務を果たすかどうか。

 師匠はきっと、それを知りたくてアレを放置したのだろう。

 

”あたしが居なくなっても真面目にやるんだよ”

 

 しわがれた、涙が出るくらい愛おしい声が聞こえたような気がした。

 胸が温かくなる。

 大丈夫だよ師匠、ちゃんと責務は果たすさ。

 俺にとってもこれは都合の良いことだしな。

 

「(アイツを利用して名を売らせてもらおうか)」

 

 銀髪ババアを公衆の面前でぶちのめして名を売ろう。

 

「(名と力を示せるし魔女の後継者としての責務も果たせる、一石二鳥とはこのことよ)」

 

 ただ、そのための舞台をどう整えるかは要検討だな。

 

「おい、出来たぜ」

「うむ」

 

 差し出されたのは蜂蜜とバター、生クリームがたっぷりとかかった大きなパンケーキとコーヒー。

 ミルクポットとシュガーポットも一緒に来たので味は勝手に調整しろってことだろう。

 

「(……しかし、コーヒーとか久しぶりだな)」

 

 前世以来だよ。

 前世では眠気を覚ますためにブラックコーヒーがんがん飲んでたっけ。

 胃が荒れてシクシクしてたけどその痛みで眠気も薄れるしでブラックコーヒーは手放せなかったな。

 

「(師匠が紅茶派じゃなきゃ、こっちでも飲めてたんだが)」

 

 まあ良い、それよりさっさと食べよう。

 パンケーキもコーヒーも温かい内に口に入れないと作ってくれたツンデレジジイに失礼だ。

 

「(ナイフとフォークの使い方も、師匠に教えてもらったっけ)」

 

 食べ易いサイズに切り分けたパンケーキを口の中へ運ぶ。

 テーブルマナーの躾としてボッコボコにされた苦い思い出がよみがえるが、パンケーキの甘さで帳消しだ。

 

「どうだ?」

「……これまで食べて来た中で、二番目に美味い」

 

 これは偽らざる感想だ。

 一番? 一番は師匠が焼いてくれたパンケーキに決まっている。

 前世を含めても師匠のツンデレパンケーキより美味いものはない。

 だがツンデレジジイのパンケーキも美味い、前世を含めても堂々の二番手だ。

 

「そうかい、そりゃ良かった」

「……」

 

 その後は特に会話もなかったが別段苦ではなかった。

 黙々と食事を続ける俺、黙々とグラスやカップを磨く店主。

 風雨の雑音も遮音結界を張ったので気にならない。

 店主が言っていたこの店の”売り”を十分に堪能出来たと言えよう。

 

「おい姉ちゃん、お釣り……」

「釣りは要らん」

 

 そのまま出て行こうと思ったが扉に手をかけたところで思い出す。

 

「嵐を消して欲しいと言っていたな」

「あ?」

 

 怪訝そうな顔をする店主。

 あんたには面白い情報を教えてもらったからな、コイツはちょっとした感謝の気持ちだ。

 

「――――美味いコーヒーの礼だ」

 

 扉を開けると同時に魔法を発動させ嵐を構成する要素を分解。

 後ろで何か言っている店主を無視して店を出る。

 

「(あぁ、良い天気だ)」

 

 雲一つ無い晴天は俺の心を写しているかのようだった。




六百年前のルークスがヤムチャだとすれば
お師匠様はビルス様です
ヤムチャが勝てる訳ねえ・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話(表)あたしに名前なんてねえよ

お供ゲット回です。
残酷な描写が入るのでご注意ください。



 薄暗い地下牢の一室に彼女は居た。

 

「ッ゛ゥ……」

 

 スペルビアでは珍しい黄色い肌をした黒髪黒目の少女。

 年の頃は十一、ニと言ったところか。

 裸では見苦しいと襤褸を着せられているが、穴だらけであちこちから素肌が覗いている。

 

「ち、畜生……畜生……!」

 

 あらん限りの憎悪が宿った瞳。

 顔も身体も傷だらけで、真っ当な性根を持つ人間が見ればその痛々しさに目を背けていたことだろう。

 少女は奴隷であった。ただし、その心まで屈服した訳ではない。

 奴隷商人の下に売り飛ばされて今日で六年。

 珍しい東方の人種、それもかなり整った容姿をしていたため常ならば一月と経たずに売り飛ばされていただろう。

 

 だが少女は違った。

 

 奴隷商人の調教にも牙を折られず抗い続けて来たのだ。

 奴隷商人からすれば躾のなっていない商品を売り飛ばせば信用に傷がつく。

 それゆえ未だ手放されることもなく調教を受け続けているのだ。

 だが、少女は調教を受ける度にあの手この手で大暴れし幾度も独房に叩き込まれていた。

 今日だってそう。祭りと言うことで商品にもちょっとしたご馳走が振舞われることになったのだが、

 

”食いたきゃ上手に媚びてみろ”

 

 と言われて即座に反逆。

 そして即座に鎮圧からの独房送りコンボを決められた。

 筋金入りの狂犬、奴隷商人らとしても珍しい人種でなければサクっと処分していたことだろう。

 未だに生かされているのは希少性と、買い付ける際に支払った金が勿体ないからだ。

 

 だがそれも、何時まで続くことやら。

 

 少女とてそう長くはないだろうと分かっている。

 だが、尊厳を売り飛ばして屑にへつらうなんて真っ平ご免だった。

 かと言ってむざむざ殺されるつもりもない。

 

「(あたしの予想通りなら、今日は……)」

 

 ペタペタと可愛らしい足音が地下に響く。

 少女が収容されている牢にやって来たのは小動物のようにおどおどしている女の子だった。

 

「(やっぱりアイナだ……!)」

 

 これで武器を手に入れられると内心でほくそ笑む。

 

「あ、あの……ご、ご飯持って来ました……」

「……おう」

 

 牢の隙間から差し入れられたトレーの上には黴の生えたパンが二つと干し肉、まずそうなスープが乗っていた。

 少女はそれを受け取ると先ほどまで寝転がっていた奥の暗がりに戻り食事を始める。

 

「…………ね、ねえ」

 

 冷めたクソ不味いスープから攻略してやろうとスプーンを手にしたところでアイナが恐る恐る声をかけて来た。

 

「あんだよ?」

「あ、あなたのお名前は……何て言うの?」

「あたしに名前なんてねえよ」

 

 そう切り捨てスープを口に運ぶ――やっぱり不味かった。

 嫌がらせとしか思えない味。これならばいっそ無い方がマシだ。

 

「えぇ!? な、何で!?」

「……なあアイナ、お前は何で奴隷になったんだよ?」

「え?」

「良いから答えろよ。したらあたしも答えてやる」

 

 パンの黴をこそぎ落としながら淡々と答える少女にアイナは少し逡巡するも、

 

「私の家、貧乏なの。なのに子供が沢山居て……」

「口減らしか?」

「う、うん。パパとママが家族のために頼むって。商品になりそうなの、私ぐらいだからって言ってた」

「……」

 

 まあ、大体の予想はついていた。

 ついていたからこそ理解出来ない。少女からすればアイナは狂人にしか見えなかった。

 

「あたしもそうさ」

「え」

「金のために親に売られた。名前が無いのはそれが理由さ」

「???」

 

 何を言っているか分からない、アイナはそんな顔をしている。

 だが何を言っているか分からないと言うのは少女の方だった。

 

「名前ってのは誰がつける? 親だろ? お前は違うのか?」

「ぱ、パパがつけてくれたけど……」

「だろ? だったら分かるだろ。何で我が身可愛さで子供売り飛ばすような屑がつけた名前を名乗らなきゃいけねえんだよ」

 

 子供を売り飛ばすような親は、その瞬間から親ではなくなる。

 少なくとも少女にとってはそうだった。

 彼女はもう親を親とは思っていない、唾棄すべき屑だと認識している。

 

「穢らわしくてしょうがねえ。お前は違うのか?」

「私は……」

「どんなに言い繕ったところで子供を捨てたことに変わりはない」

 

 奴隷なんてものに身をやつす原因となった親に対して未だ情を持ち続けている。

 少女にはとても理解出来そうもなかった。

 

「(覚悟決めて自己犠牲を選んだってのならともかく……コイツは違うだろうしな)」

 

 上手いこと言い包められて売られたのだろう。

 ”家族のために”――本当にそう願うなら真っ先に身を切るのは親だ。

 それすら出来ない腰抜けはもう家族なんかじゃない。

 

「アイツらのせいであたしはこんな目に遭ってんだ。絶対に赦さない。

敵だ、自由になったら必ずアイツらを殺しに行く。じゃなきゃ気が済まねえ」

 

 迸る殺気にアイナが怖じていると、

 

「――――諦めの悪いガキだぜ」

 

 不機嫌を隠そうともしない声が響く。

 現れたのは豚のような醜い男――奴隷たちの調教係であった。

 

「おいアイナ、片付けは後で良いからテメェは戻ってろ」

「は、はい!」

「(ハ……あたしにも運が巡って来やがった)」

 

 男はアイナを蹴り飛ばすと鍵を開けて牢の中に入って来た。

 少女はスプーンを男には見えないように忍ばせ、じっと”殺す”べき敵を見据える。

 

「嵐がいきなり晴れてよぉ……白けて祭りも終わっちまったんだよぉ……」

「……」

「その上、何時まで経っても商品にならねえガキの戯言まで聞かされて最悪だぜ」

 

 成果を上げないものだから上司にどやされたのだろう。

 だが少女からすれば知ったことではない。

 

「おら立て!」

 

 胸倉を掴まれ無理矢理引き上げられる。

 暗がりのせいで男は気付かない、少女の顔が邪悪に歪んでいることに。

 

「躾のじか――――」

「息が臭えんだよ糞豚ァ!!」

 

 叫びながら少女は隠し持っていたスプーンを男の右目に突き刺した。

 

「ぎゃあぁああああああああああああああああああああああああ!?」

「ぐぅ……ッ」

 

 悲鳴を上げた男に壁へ投げ付けられるが右目はしっかり刳り抜いてやった。

 少女は呻き声を上げながらも、この機を逃すまいと立ち上がる。

 

「(野郎の腰にある短剣を奪って殺す。殺して地下を脱出して……!)」

 

 頭の中で稚拙なプランを確認しつつ走る。

 しかし、少女はあまりにも大人と言うものを見誤っていた。

 幾ら愚鈍そうに見えてもあの豚は大人で男、対して少女は女で子供。

 

「この……糞ガキゃぁああああああああああああああああ!!!」

 

 男は片目を抑えながら向かって来た少女を蹴り飛ばす。

 腹に蹴りを入れられた少女は吐しゃ物を撒き散らしながら再度壁に叩きつけられる。

 

「糞糞糞糞糞! こ、こここ殺す! もう殺す! 絶対に殺す!

だがタダじゃ殺さねェ! 徹底的に痛め付けて殺してくれと懇願させてやらァ!!!」

 

 流れる血もそのままに男は少女に対して殴る蹴るの暴行を始める。

 しかしこれは序の口、下ごしらえのために肉を叩いて柔らかくするようなもの。

 

「う、うぅ……!」

 

 少女は必死に身を丸めて耐えているが、その衝撃はまるで殺せていない。

 それでも、心は折れていなかった。

 少女の瞳は死んでいない。未だ憤怒を滾らせている。

 

「(い、意識が……く、くそ……負けるもんか、あたしは……あたしは自由になる、自由になって……!)」

 

 だが心が折れておらずとも物理的な限界はやって来る。

 何時もの調教よりも激しい暴行は着実に少女を死へと追いやっていた。

 

「(力……力さえあれば、あたしに力さえあればこんな奴、こんな奴……)」

 

 欲しい、欲しい。

 

「――――ぢがら゛が、欲じい゛!!!!」

 

 文字通り血を吐くような叫び。

 少女はこの叫びが誰に届くとも思っていなかった。

 世界が非情であることは嫌と言うほど知っているから。

 だけど、

 

「(あ、れ……?)」

 

 嵐のような拳が、蹴りが、止んだ。

 恐る恐るガードを外して男を見てみれば、

 

「と、止まってる……?」

 

 男は憤怒の形相で拳を振り被ったまま微動だにしていない。

 少女は理解の範疇を超えた状況に唖然呆然と佇むことしか出来なかった。

 

「あまりに喧しいものだから足を運んでみれば、また何とも」

「誰だ!?」

 

 キョロキョロと視線を彷徨わせながら牢内をうろつくが誰も居ない。

 幻聴か? と思ったその時だ。

 

「ッ!?」

 

 女が壁をすり抜けて牢の中に入って来たではないか。

 

「めがみ……さま……?」

 

 その美貌に警戒も忘れて見蕩れる。

 口をついて出た言葉は子供らしい陳腐なものだった。

 

「ックク……女神、女神か。言うに事欠いて女神と来たか!」

 

 女はクツクツと笑っていたが、フッと表情を消して少女に歩み寄る。

 少女の視点からすればいきなり目の前に現れたとしか言いようがない早技で咄嗟に後ずさろうとしたが足が動かない。

 

「雑音の原因はソレか」

「な、何を?」

「癇癪を起こした子を静かにさせるにはどうしたものかな」

 

 腰を折り抉り込むように顔を近付けて来た女に少女は動悸を抑え切れなかった。

 別段この歳でアブノーマルな性癖に目覚めている訳ではない。

 ただ、女の美しさが常軌を逸していたからドギマギしているだけ。

 

「――――ふむ、玩具でもくれてやるのが一番か」

 

 ずぶりと女の左腕が少女の胸を貫いた。

 

「ッ……ああぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 思わず悲鳴を上げる少女だが、あれ? と首を傾げる。

 

「い、痛く……ない……?」

 

 痛みがまるで無いのだ。

 女の細腕とは言え胸に腕が突き刺さっているのに痛くも痒くもない。

 それがまた不気味で自分に一体何をしたのか問い質そうとするも言葉が舌先で解れてしまう。

 

「喚くな」

 

 女はスッと自身の腕を引き抜くがやっぱり痛みはない。

 身体に異常が無いか調べようとして、はたと気付く。

 自分の右腕に何かが握られていることに。

 

「……剣?」

 

 少女の手に握られていたのは禍々しい装飾が施された漆黒の片刃のショートソード。

 もっとも、幼子の背丈だから当人から見れば立派な剣だろう。

 茨が絡み付いた刀身は鼓動を刻むように赤く明滅しており酷く不気味だ。

 

「私の耳朶すら揺らしてのけたその嚇怒。暇潰し程度にはなりそうだ、しばし見届けてやろう」

 

 居丈高にそう言い放ち女は闇に溶けて消え去った。

 しかし、見られている。それだけは少女にも分かった。

 

「な!? あ、あのガキどこに行きやがった!?」

 

 静止していた時間が突然流れ始める。

 男は眼前から消えた少女に動揺するもすぐにその姿を見つけ更に怒りを露わにした。

 

「生意気な……!」

「(……おせえ。何だこれ? まるで止まってるみてえだ)」

 

 迫り来る拳がやけに遅い。

 先ほどまでは避けるどころか防ぐことすら出来なかったのにだ。

 

「(剣なんか使ったことねえけど)」

 

 斬れる、何となくそう思った。

 ゆえに少女は迫る拳目掛けて真っ直ぐ刃を振り下ろす。

 

「え、あ、えぅ……あああぁあああああああああああああああああああ!? 腕が……腕がぁあああああ!!」

 

 肘のあたりまでペロンと真っ二つに分かれてしまった右腕。

 止め処なく噴き出す血が牢獄を真紅に染め上げる。

 

「うるせえ静かにしろ」

 

 今度は慌てふためく男の両足を斬り落とす。

 ずん、と音を立てて倒れる肥満体。更に悲鳴が大きくなった。

 

「ま、待て! お、おお俺にこんなことしてただで済むと……」

「安心しろ、お前らは皆殺しにしてやるよ」

 

 お前には散々甚振られたからな、と少女が犬歯を剥き出しにして嗤う。

 

「ひぃ!? ちが、違うんだ! 俺だって別にやりたくてやってる訳じゃなかったんだ!!」

 

 そんな命乞いも聞かず少女は男の首を斬り飛ばした。

 まだまだ本命が控えているからこんなところで遊んでいる訳にはいかないと言うことだろう。

 

「おい豚野郎! さっきからうるせ――――」

 

 あれだけ大騒ぎしていたのだから様子を見に来る者が居てもおかしくはない。

 だが、やって来た彼が事態を認識することはなかった。

 それよりも早くに少女がその首を刎ねたからである。

 

「あー……良い、良い気分だぜぇ……!!」

 

 返り血を浴びて真っ赤に染まった少女は踊るような足取りで地下牢を後にする。

 

「あん?」

 

 ケタケタと哂いながら階段を上っていると何やら話声が聞こえて来た。

 耳を澄ましてみると……。

 

「な、何だこりゃあ!? おい、どうなってやがる!」

「ど、どうと言われましても……」

「おい、外に出られねえぞ!? そっちはどうだ!」

「駄目です! 窓は開きますが外に出られません! どうやら声も届かないみたいで……」

「あ゛ぁ!? ふざけんじゃねえぞ」

 

 あの女の仕業だ、少女は直感的に悟った。

 

「! テメェは……おい、何だその血は!? ガランとギィはどうした!!」

 

 少女を金で買った奴隷商人が叫ぶ。

 

「見りゃ分かんだろ? ぶっ殺してやったよォ! ギャハハハハハハハハハ!!!!」

 

 哄笑を上げるその姿は正しく悪鬼。

 奴隷商人を始めとする室内に居た大人達は身に着けていた武器を構えるが、

 

「おせぇええええええええええええええんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 閃光と化した少女によって瞬く間に四肢を斬り飛ばされてしまう。

 中には王都でも実力者と呼ばれるような者らも居たが障害にさえならなかった。

 刹那で達磨に変えられた大人達の顔が痛みと恐怖で塗り潰される。

 

「えひゃひゃひゃひゃひゃ……あー……気持ち良いなぁオイ?」

「ひぃ!?」

「あ? おい、何小便漏らしてんだオラァ!!」

 

 近場に居た股間を濡らしている男の脳天に刃を突き立てる。

 

「あたしが気ぃ失って小便漏らした時、テメェら全員怒ってたよな? ああ?

自分に出来ねえことを他人に強制してんじゃねえよ――っと、おいおい。よく見れば全員漏らしてんじゃねえか」

 

 こりゃあお仕置きだなぁ、と少女の口元が歪む。

 

「あばばばば! ま、まで! まってくりぇ! 俺は悪くねえ、悪いのはコーザさんだ!!

コーザさんがやれって言ったんだ! そもそも、お前を買ったのだって……俺らはただ言われた通りに……」

「テメェ!? 今まで喰わせてやった恩を忘れやがったのか!?」

「俺はただの護衛だ! 商売には関わってねえ!!」

「助けて、誰か助けてくれ! こ、殺されちまうよぉ!!」

 

 醜い言い争いと命乞いを始める大人達。

 少女は気持ち良さそうにそれを見つめていたかと思うと嘘のように表情が消える。

 

「駄目だ、テメェらが生きてることに我慢出来ねえ」

 

 今までされたことの仕返しをしてから殺す。

 最初はそう考えていたが怒りが上回ってしまった。

 息をしていることさえ許容出来ないと少女は家畜を処理するように奴隷商人とその配下を皆殺しにする。

 

「あ、あ、あぁ……!」

「ん?」

 

 部屋の片隅に目を向ければガタガタと震えているアイナの姿が。

 少女にとって奴隷商人とその配下は恨み骨髄の抹殺対象だがアイナは別だ。

 

「よォ、見ての通りだ。これでお前も他の連中も自由になれたぜ」

「じ、自由……? わ、私そんなの欲しくない……」

「はぁ? 奴隷のままで良いのかよ?」

「それは……で、でも……どうすれば良いの? ご、ご主人様が死んじゃって私どうしたら良いの……?」

「……」

「わかんない、わかんない! 帰る場所もないのに……どうして、こんなことするの!?」

 

 悲嘆するアイナ。

 同輩の惨め極まる姿を見せ付けられた少女は酷く白けた顔をしていた。

 

「じゃあ死ぬか」

「!?」

 

 ゆっくりとアイナに向けて歩き出す。

 

「い、いや……いやぁああああああああああああああああああああああ!!」

「はぁ」

 

 少女は剣を肩に担ぎ深く溜め息を吐く。

 

「奴隷のままは嫌、かと言って自由も困る、じゃあ死ぬか? それも嫌……もう良いや」

 

 少しは恩があった。

 だからちょろっと気にかけてみたのだがこれ以上は無駄だと頭を振る。

 

「(……もうコイツは人間じゃない)」

 

 人間ではなくなってしまったのだと少女は理解した。

 彼女は気付いていないだろう、今自分がどんな目をしていたのか。

 心まで凍てついてしまいそうな極寒の眼差し。

 それを一身に受けたアイナは恐怖が限界値を越え意識を失ってしまった。

 

「(次は、アイツらだ)」

 

 アイツら、と言うのは両親だ。

 少女は調教を受ける際に両親のことについても聞かされていた。

 

《お前の父親と母親はお前を売った金で店を立てなおして今は幸せに暮らしてるらしいぜ?》

 

 心を折るためのものだったのだろう。

 

《お前のことなんか忘れてなァ! 何たって新しいガキも居るんだ、お前はもう要らねえよ》

 

 だがそれは無駄な行いだったと言わざるを得ない。

 憤怒の炎に薪をくべ逆に心をより強く鍛え上げてしまったのだから。

 

「――――忌まわしき過去は総て燃やし尽くす」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話(裏)君の名は

前話に引き続き残酷な描写があります。


「(ハッハッハ! いやいや、我ながら上手く出来たもんだ)」

 

 自動で背中を掻いてくれる孫の手。

 埃を完全に消し去るまで止まらない不屈のルンバ。

 五分経っても目覚めないと流血を伴う実力行使に出る暴力的な目覚まし時計。

 

 修行以外ではそんなアーティファクトぐらいしか作って来なかった俺だ。

 

 真面目なアーティファクトを創造するのは割と久しぶりだったので少しばかり不安だったが……どうやら杞憂らしい。

 ザインの愛剣たるレオン・ハートを参考に創った剣。

 同じく心を燃料としているがレオンハートはあくまで切れ味を変えるだけ。

 

 だがあの女の子に贈った……そうだな、スカー・ハートとでも名付けるか。

 

 スカー・ハートは別だ。あれは切れ味のみならず身体能力までも強化されるようにしている。

 燃料だって違う。レオン・ハートが心の輝き――正の光を源泉とするのならスカー・ハートは負の業火”怒り”を源泉としている。

 別に意地悪をした訳ではない。

 あの女の子にとって一番強い感情が憤怒だったからそれに合わせただけ。

 

「(誰かのために作るなら製作者の独りよがりはいかんでしょ)」

 

 担い手に合わせて最高のパフォーマンスを発揮してくれるものでなければ。

 仮にレオン・ハートと同じように正の感情を燃料にしたとしよう。

 確実にあの子は力を発揮出来ない。だってそんなもの、どこにもありはしないのだから。

 

「(デザインも良いよね、特に刀身に絡み付く茨なんか超OSR)」

 

 俺の中で息をする中学二年生が暴れた結果だ。

 男なんて何時まで経っても心に中学二年生と言う名の獣を飼ってる生き物なのだ。

 だって俺、前世の享年が…28だっけ? 四捨五入して三十路。

 三十路だったけど中二系の作品大好きだった。バリバリ少年ハート燃やしてた。

 

 ――――さあ、そろそろ現実逃避は止めるとしよう。

 

「(やべえ、やべえよあの子)」

 

 真っ赤に染まった小さな身体。

 顔には狂気を滲ませ歓喜の哄笑を吐き出しながら黄昏の王都を往く少女。

 俺が認識阻害魔法をかけていなければ即座にスタァアアアアアップ! と衛兵に止められていただろう。

 そして皆殺しにされていたことだろう。

 

「(ビジュアルもやばいが、それ以上に中身がやばい)」

 

 そもそもの発端について語ろう。

 

 パンケーキを食べたお陰で腹が膨れ、宿でうとうとしていた時のことだ。

 あ、やばい落ちるって瞬間に突然”叫び声”が響き渡ったのである。

 物理的な声ではない、魂より出ずる心の雄叫びだ。

 魂の形や感情に起因する色が視えると言ったが、視えるだけではない聞こえもするのだ。

 

 意識して耳を傾けてみれば何千何万のノイズがあちこちから吐き出されているように聞こえるだろう。

 

 だがそんなことをしていては人が多い現世での日常生活がままならない。

 なので基本的にガンスルーでシャットアウトしているのだが理屈はザインの時と同じで違いは目か耳か。

 あまりに強い叫びであればついつい耳で拾ってしまうのだ。

 無視したいけど無視出来ない。

 何故か耳に残ってしまう。

 

「(だがこれは……)」

 

 予想以上だと言わざるを得ない。

 良かれ悪しかれ俺が無視出来ないレベルの叫びを放つ人間は現世において潜在的に英雄か魔人になるような人間だ。

 開花すればという但し書きはつくが花開いてしまえば善であれ悪であれ甚大な影響を世界に与えることだろう。

 あの子は力が欲しいと言葉にした、だが本質は違う。何故力を求めたのか。

 根底にあるものは? 彼女の真なる心の叫び――それは”憤怒”だ。

 

「(凄まじいな)」

 

 俺があの子に力を与えた理由は二つ。

 

 一つは知ってしまった以上、あんな境遇の子を見て見ぬ振りをするのはちと後味が悪い。

 そんな自己保身的な同情心によるもの。

 二つ目は尊敬の念を覚えたから。

 だってそうだろう? 劣悪な環境で虐げられながらも心を折らずに牙を磨ける。

 それは誰にでも出来ることではない。普通は心折れてしまうだろうに彼女は諦めなかった。

 感情の向かう先が善か悪かなんて関係ない、その熱量にこそ俺は敬意を抱いたのだ。

 

 だが一つ、誤算があった。

 

「(……まるで変わっちゃいない)」

 

 正の感情と違って負の感情は消費されていくものだ。

 友情、愛情、勇気、慈悲、それら正の感情は減じることはない。

 そりゃ愛した相手がロクでもなかったりとかで愛情が失せていくなんてのはあるだろう。

 だが基本的には減るような代物ではない。

 汲めども汲めども自然と心の裡から湧き出るものだから。

 

 対して負の感情はどうだろう?

 

 それは明確に減るものだ。

 誰かに苛ついていたとしよう。

 そいつを力いっぱいぶん殴ってやればスッキリして怒りは薄れるだろう。

 自分の大切な人を奪った奴をぶっ殺して復讐を遂げたとしよう。

 スッキリするか、結局大切な人は戻って来ないのだと虚無るか……何にせよ憎悪そのものは薄れるか消える。

 

「(奴隷商人皆殺しにしたってのにまるで怒りが減じてねえ……)」

 

 少女は自分を直接虐げて来た連中を軒並み惨殺してのけた。

 過ぎ去った時間は取り戻せないし、与えられた痛みも消えはしない。

 それでも多少はスッキリするものだろう? 怒りが薄れるものだろう?

 

 少女の嚇怒は1ミリ足りとて減っていなかった。

 

 それを証明するのが俺が与えたスカー・ハートだ。

 怒りを燃料にして強化が施される魔剣は怒りが減じれば当然、強化の度合いも減少する。

 アレは常時最高のパフォーマンスを発揮出来る類のものではない。

 握った時がピークで後は下がり続けるのが普通……だったんだけど……ねえ?

 少女は未だピークを保ち続けている。

 

「(まだ復讐対象が残っているから、か?)」

 

 心を丸裸にしてしまうのが手っ取り早い。

 しかし見届けると言った手前、ことが済むまでは静観しておきたいと言うのが本音だ。

 見れば少女は一件の雑貨屋の前で足を止めた。

 恐らくはそこに彼女の両親が居るのだろう。

 

『な……!?』

 

 少女と同じ黒髪黒目の中年の男女が驚きを露わにしている。

 認識の阻害は血縁者に対しては無効になるよう設定してあったので、やはり彼らが少女の両親らしい。

 

『おいおい、何だよ? お化けでも見たようなツラぁしちゃってさぁ』

『ど、どうして……』

『どうして? 自由になったからに決まってるじゃないか』

『じ、自由に……? そ、そうか。それは、良かった……』

 

 言葉と顔が合っていない。

 そりゃそうだ、娘が――しかも奴隷商人に売り飛ばした我が子が血塗れで帰還したのだから。

 幾ら朗らかな顔で笑っているとしても怖いに決まっている。

 何をしたのか、自分達をどう思っているのか。

 今、彼らはかなり追い詰められている。往来に血塗れの人間が居ても誰も不思議に思わないと言う異常にも気付かぬほど。

 

『にしても、あたしの記憶じゃ店は潰れかけだったんだが……何か前より立派になってねえか?』

『え!? そ、そうね。それよりお腹空いたでしょう? ご飯にしましょう?』

『なあ、何でだ? 借金もあったし、とても立て直せるような状況になかっただろ?』

『……』

 

 ただでさえ青かった両親の顔が更に青褪めていく。

 そりゃそうだ、娘売った金で立て直したなんて言えねえよ。

 

『何黙ってんだ?』

『ひっ……!』

『答えろよ、なあ? 何でだ? 言えねえのか? 言えねえならあたしが言ってやるよ』

 

 あどけない表情が一瞬にして悪鬼のそれに変わる。

 

『あたしを売った金でだろうが!!!!』

『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 母親の両手足が切断される――達磨好きだなこの子。

 自由を奪われたと言うトラウマに起因しているのかな?

 少女は崩れ落ちた母親の頭を踏み付けにしてゲラゲラと嗤っている。

 

『りゅ、リュクス! 母さんに何を……!?』

『うるせえ屑が! 二度とその名で呼ぶんじゃねえよ!!』

『痛い、痛い痛い痛い痛い……た、助けて……あなた……!た、助けてぇええええええええ!!』

『お、おい誰か! 何で私達を無視するんだ!?』

 

 ここで彼らも気付いたようだ。

 道行く者らが誰一人として自分達を見ていないことに。

 

『ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ喧しいんだよ!!』

 

 母親の肩に剣を突き立てぐりぐりと傷口を穿る。

 失血死やショック死――出来れば楽なのだろう。

 

「(えっぐいな)」

 

 スカー・ハートは担い手である復讐鬼の少女に最大限応えている。

 茨で傷口を塞ぎ、魔力を注ぎ込み心も身体も死なぬようにと母親を無理矢理に生かしている。

 

「(こんな機能をつけた覚えは無いんだが……)」

 

 即席とは言え真の魔女たる俺が創ったアーティファクトだ。

 拡張性があるのは頷ける。

 頷けるが、だとしてもそれを活かせるほどの怒りは並大抵のものではない。

 

『パパ! さっきママの声が聞こえたけど一体……』

『! 駄目だリーン!』

『ママ!? お前、ママに何を……!』

 

 店の中から五歳ぐらいの男の子が姿を現す。

 少女はその姿を見るや否や剣を握っている手とは逆の腕から茨を伸ばし男の子を絡め取った。

 

『あぁああああ!?』

『ヒヒヒヒ、はじめましてぇ……リーンくぅうううん。お姉ちゃんですよぉおおおおおおおおおお!?』

『お、おねえ……?』

『ん? そこの屑どもに教えてもらわなかったのかな? おいオッサン、説明しないとババア殺すぞ』

『ッ!』

『ああそう、殺して良いんだ。分かった。じゃあ……』

『ま、待て! り、リーン……この子は、父さんと母さんの子供で……お前のお姉ちゃんだ』

『嘘だよ! だってお姉ちゃんなら何でこんなことするの!?』

『そ、それは……』

『説明しろよ、早く。はーやーく!』

 

 最早父親の顔色は青を通り越して白になっていた。

 母親も同じで、息子が現れたからだろう。

 自分の痛みを後回しにして息子を案じているようだが、どう考えてもそれは逆鱗だ。

 

「(子供を売り飛ばすような親が何を……)」

 

 いや、売り飛ばしたからか。

 その後悔が元で心を改めたのかもしれない。自分のことよりも我が子を、と。

 だがそれは少女にとっては関係のないことだ。

 改心したところで事実は覆せない、少女は親に捨てられたのだ。

 

『そ、そんな……』

 

 リーン少年は両親の所業を知って顔を真っ青にしている。

 噛み砕いて分かり易く説明していたとは言え、あの年頃で随分聡明だな。

 

『よう塵屑ども、このガキ寸刻みにして良いよな?』

『ま、待って! 悪いのは私達よ!? リーンは関係ないじゃない!!』

『そ、そうだ! 憎しみをぶつけるなら俺達だけで……』

『許しを乞うこともなく反論たぁ嗤わせる』

 

 両親にとって少女は後ろめたい存在ではあっても、過ぎ去ったものなのだろう。

 だからこそ謝罪よりも先にそんな言葉が出て来る。

 少女の指摘に両親らはギョっとする、更に火を注いでしまったことに気付いたのだ。

 

『まあ良いさ。あたしも可愛い弟を好んで殺したい訳じゃない。

だから……そうだな、おいオッサン。この阿婆擦れを徹底的に痛め付けて殺せ。

したらこのガキの命は見逃してやる。切り捨てるのが得意なお前らだし、ぴったりだろ?』

『な……!? そ、そんなこと……』

 

 妻と息子の間で視線を彷徨わせる父。

 

『お姉ちゃん! 止めて!!』

『何で?』

『な、何でって……パパもママも悪いことをしたけれど……で、でもパパとママが居なきゃお姉ちゃんは生まれなかったんだよ!?』

『そうだな』

 

 うんうんと頷き、

 

『――――で、それがどうした?』

『ッッ……!』

『あたしはコイツらのせいであんな目に遭ったんだ。不幸だよな、子供は親を選べねえ』

『で、でも……でも……』

『おいオッサン、早くしろよ』

『う、うぅ……』

『はい時間切れ』

 

 父もまた手足を失い地面を這う芋虫へと変わった。

 仮に父親が要求を呑んでいたとしても少女に約束を履行する気はさらさらなかっただろう。

 

『じゃ、このガキ寸刻みにするわ。足から頭の天辺までゆっくりゆっくり削り取って殺してやるよぅ』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許してください許してください!!』

『嫌だね。お前らはあたしの大切なものを全部踏み躙った。だからあたしも同じことをする……と言いたいがやっぱ止めた』

『『!』』

 

 地獄に仏を見たかのような顔をしているが、それは虚構だ。

 俺の目で見る限り少女に情なんてものは一切無い。

 

『殺すのはお前らだけで、コイツは孤児にしよう。

この王都じゃ身よりのないガキの未来は真っ暗だからな――――まあ、ただの孤児になれるかどうかは分からないが』

 

 ここでようやく理解したようだ、少女が何を考えているのか。

 

『女だからってのもあるが、歯向かい続けて来たあたしですら六年も飼われてたんだ。

よくは知らんがよっぽど貴重なんだろうなぁ、あたしらみたいな人間は。

だからたんまり金も貰えたと。このガキは男だが、中々どうして変態爺や変態婆に受けそうな顔してやがる。

希少性と容姿、良い玩具になるだろうな。売る側も当然、高く飼ってくれそうなド変態向けに調教を施すだろう』

 

 あぁ……やっぱその手のテンプレ悪徳貴族とかも居るんだな。

 

『お、弟を自分と同じ目に遭わせるつもりなの!?』

『いやいや、大人しくしてりゃあたしよりはマシだろうぜ? 従順にやってりゃ調教も早く終わるだろうし。

まあ、変態の性玩具になる訳だから売られた後についちゃ知らんがな。五年か、十年か。

男だからどこまで可愛がってもらえるかは知らんけど、そこそこ幸せな暮らしが出来るんじゃねえかな?』

 

 ゲラゲラと嗤いながら少女はリーン少年の腹に拳を突き刺した。

 手加減していたので穴は開いていないが、数日は目を覚まさないだろう。

 

『じゃ、お前らの処刑を始めるか。ガキの代わりに寸刻みにしてやるよ』

 

 そうして少女は宣言通りの処刑を始めた。

 動けぬ両親をゆっくりゆっくり……日が沈み月が真上に昇るまで。

 

「……」

 

 ふと気付いたのだが俺はこんな光景を目にしてもビビらないような人間だったかな?

 前世では映画のスプラッタなシーンですら反射的に目を瞑っていた記憶があるのだが。

 そしてこの事態を招いた罪悪感ぐらいは覚えても良いんじゃないか?

 卑しい小市民的に俺も悪いけどそもそもアイツらが悪いとか気まずい思いをしながら責任転換していそうなものだが。

 

「(……俺自身は変わっていないつもりだけど二千年も普通の人間と接してなかったからおかしくなったのかな?)」

 

 魔女になり力を得たことも関係しているのかも。

 ……いや、自分自身のことなんて分からないし気にするだけ無駄か。

 

「(それより、問題はリーンくんだな)」

 

 とりあえずリーン少年についてはこのままにしておくのは忍びない。

 まだ幼いせいか目につき難かったが姉とは真逆の正の輝きを放つ魂を備えている。

 まず間違いなく今日の悲劇を乗り越えて正道を歩いていくだろう。

 この齢で俺なぞよりもよっぽど強い、敬意に値する。

 

「(ん? よくよく考えれば姉と同じ理由で手を出そうとしてるのか)」

 

 悲劇を招いた俺なぞの手を借りたくはないだろうが俺は魔女だ。

 魔女らしく好き勝手に振舞おう。

 とりあえずリーンくんは姉がこの場を離れた後に意識が戻るようにしておこう。

 その後は成り行きに任せつつ問題が起きそうなら適時フォローを入れれば良いな。

 あ、フォローと言えば奴隷の人らも……自助努力で何とかなりそうなのはともかく子供の方はフォローしておくべきか。

 

 そう結論付け視線を姉に戻す。

 

「(……ここまでやっても怒りは減らないのか)」

 

 血の海に立ち尽くし月を眺める少女の顔は無表情だった。

 だがその心の奥底では変わらず憤怒の炎が燃え滾っている。

 最早奴隷商人や奴隷商人に自分を売り渡した両親なんて括りで収まるものではなかったのだろう。

 怒っているのは、憎んでいるのは、一個人ではなく非道が罷り通る世界そのものか。

 

「(おっかねえなぁ……この怒ロリ)」

 

 今更力を取り上げるのもな、キャラ的にどうなのよって。

 かと言ってこのまま放置すれば、それはそれでヤバイ気がする。

 復讐を果たせたと今は勘違いしているが、時間が経つにつれ無意識下にある憤怒が顔を出すだろう。

 そうなればさて、どんな行動を取るか。 社会的には抹殺されるべき対象となるのは予想に難くない。

 

「(どんな理由であれ一度手を差し伸べた子供がそうなるのはちょっと……)」

「! 女神様!!」

 

 俺が姿を現すと少女はパァっと顔を輝かせた。

 信仰と憤怒、この二つか。今の彼女を構成しているのは。

 

 どうやら少女は言葉通りに俺を神格化しているらしい。

 

 絶望の暗闇の中で手を差し伸べ力をくれた。

 その時点で救いの神と認識することに否はなく。

 尚且つ表層(エレイシアとしての演技)に無意識ながらシンパシーを感じたのだろう。

 彼女からはちょっと引くぐらい俺への熱い憧憬と感謝、信仰を感じる。

 

「(しかしこれなら……)」

 

 手元に置けそうだ。

 俺が何を言わずとも勝手に着いて来そうな凄味を感じるもの。

 エレイシア的にもそんな子供を振り切り放置するとかはしないし、OKOK。

 

「あの……あたし……じゃねえ。私、女神様のお陰で復讐を果たせたでございますです!」

「何だそれは? 私を馬鹿にしているのか?」

「ッ……ご、ごめんなさい。でもあたし、本当に……」

「上澄みを吐き出し少しは落ち着いたか」

「???」

 

 ふわりと髪を靡かせ少女に背を向ける。

 この靡かせ方にこだわりがある。

 綺麗に見えるように、絵になるように、入念なシミュレートを重ねて魔法の補助も使い髪を靡かせているのだ。

 

「あ、あの! これ、この剣……」

「くれてやると言ったはずだが?」

「で、でも……」

 

 意外と殊勝だな。

 すんげえ柄悪いけど俺の前じゃ借りて来た猫みてえ。

 

「道化の三文芝居とは言え無聊の慰めにはなった。その褒美だと思えばよかろう」

「ご褒美、ですか? それなら別のお願いが……」

 

 殊勝かと思ったら存外厚かましい。

 いや、お願いの予想は出来るし俺自身にも都合は良いんだけどさ。

 だがそうなるとポジション的にこの子は魔女の双騎士、その片割れになるのか?

 

「何だ?」

「……お、恩返しを」

「?」

「恩返しをさせてください! あたし、何でもやります! だから女神様の傍に置いてください!!」

「は?」

「め、女神様にとっては気紛れだったのかもしれません……でも、あたしにとっては……!」

 

 屈辱の日々、そしてそこからの解放。

 溢れ出る雑多な想いは津波のようで、上手く言葉に出来ないのだろう。

 

「……好きにするが良い」

「!」

「だが、女神様は止めろ」

「なら、何とお呼びすれば……」

「ルークス」

「え?」

「ルークス・ステラエ、私の名だ。貴様の好きに呼ぶが良い」

「で、ではルークス様と!!」

 

 さっきまでの怒ロリっぷりが嘘のような忠犬ぶりである。

 だが何にせよこれで、確保は完了だ。

 俺の傍に居る限りは怒りを自覚しても俺を優先するだろう。

 

「貴様の名は?」

「……あたしに名前はありません。ルークス様の好きなように呼んでください」

 

 エレイシア的には貴様と小娘でこと足りる。

 しかし、それでは万が一彼女が何かがありツンデレロールをする際に不便だ。

 

「シン」

「し、ん……?」

「罪か真か――――貴様はどちらなのであろうな?」

 

 皮肉げに笑ってみせる。

 とりあえずシンちゃんの更生は将来出会うであろう(期待)未来ちゃんポジに放り投げよう。

 

「(俺みたいな自分の都合で生きてるガキにティーンを更生させるとか無理ゲーだし)」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二.五話

「ハッ……!」

 

 短く息を吐き出すと同時に剣を振り下ろす。

 もう、何時間こうして無心で剣を振り続けているのだろうか。

 夜の帳が下りて空に真円の月が浮かび上がっても尚、剣を振り続けて気付けば深夜になっていた。

 

「ふぅ……一息入れるか」

 

 キリの良い数字まで振り終えたところでザインは剣を鞘に収める。

 

 彼は愛剣に再起を誓った後、自宅の庭で今に至るまでずーっと素振りをしていた。

 最初は外に出て実戦の中で錆を落とそうと考えていたのだが直ぐに却下した。

 腐り始めてからは経験と身体能力にものを言わせてなあなあの剣を振っていた。

 そんな馬鹿者が実戦に出るなぞおこがましい。

 剣の振り方を修正し、意識しなくても正しく剣を振れるようにもう一度身体に覚え込ませるのが先だ。

 そう判断し、地道な素振りに精を出していたのである。

 

「んぐ――っかーっ!!」

 

 庭の隅に置かれていた切株に腰を下ろし用意していた水を流し込む。

 火照った身体の隅々にまで行き渡っていくような心地良い感覚。

 水ってこんなに美味いものだったのか? ザインは小さな感動を覚えていた。

 

「それにしても……何だ? 急に晴れたよな」

 

 レオン・ハートに会いに行くために王都を疾走していた時は酷い嵐だった。

 素振りを始める前の腹ごしらえをしている最中にいきなり嵐が消えたのだ。

 あの様子だと数日は嵐が続くだろうと思っていただけに驚きだった。

 

「まあ、気持ち良く素振り出来たのはありがたいけど」

 

 嵐の中であろうとも素振りはするつもりだったとは言えその点はありがたかった。

 嵐の後の澄み切った風を浴びながら朝日が昇るまで剣を振るう。さぞや気持ちが良いことだろう。

 

「っし! 水分補給も済んだし再開すっか!!」

 

 そう意気込むザインであったがこちらに近付いて来る人の気配を感じ取り顔を顰める。

 それは見知った気配。だが別段、そいつを嫌っている訳ではない。

 ただ、家まで訪ねて来るというのは初めてで……どうにも嫌な予感がするのだ。

 

「……やっぱお前か、ギャビー」

「あん♪ つれないわねえ」

 

 片目が隠れた栗色のフワフワウェービングヘアー。

 その豊満な肉体を惜しげもなく晒すやたらと露出度の高い衣服。

 鼻にかかるような甘ったるい声。

 パッと見、娼婦のように見えるかもしれないが彼女は公務員である。

 

「それで、何の用だ? 俺ぁ何もやってねえぞ」

 

 ギャビーは王都の治安を維持する役割を担った騎士団の長を務めている。

 ザインとは色々あって腐れ縁のような中なのだが……そこらはいずれ語るとしよう。

 

「やぁね、別にあなたをしょっ引きに来た訳じゃないわよ。って言うか、どうしたの?

あなた……何て言うか……雰囲気変わってない? 男ぶりが上がった――いや、男前に戻った……と言うべきかしら?」

 

 腐る前からの付き合いだ。

 ザインの青春時代も、そして腐れ堕ちていく過程もしっかりと見ていた。

 彼の倦みが簡単にどうにかなるものではないから敢えて干渉はしていなかっただけに驚きだった。

 ギャビーは興味深そうに仔細を聞きだそうとするもザインはそれをのらりくらりとかわしていく。

 誓いというものは軽々しく口にするべきではないからだ。

 

「ケチー」

「良いから早く。俺だって暇じゃねえんだよ」

 

 と唇を尖らせるギャビーに軽くイラつきながらも再度本題を促す。

 

「……コーザ・ノストって知ってる?」

「裏町の顔役もやってる大物の奴隷商人だろ? 何をしてなくても奴の悪い噂ぐらい耳に飛び込んで来るさ」

 

 表の顔こそただの商人だが裏で奴隷を扱っていることぐらいは耳聡い人間なら誰でも知っている。

 その商いで有力貴族とも繋がりを持ち随分と甘い汁を吸っているという噂だ。

 以前のザインならどうでも良さそうに流していただろうが、再起を決めた今の彼にとってコーザの名は耳触りの良いものではなかった。

 

「彼、殺されたのよね」

「は?」

「彼と、彼の配下全員皆殺しにされてたの。生存者は奴隷だけで、目撃者と思わしき奴隷の女の子が一人居るんだけど」

 

 よっぽど怖いことがあったのだろう。

 呆然自失で事情聴取どころではなかったと肩を竦める。

 医者の診断では仮に正常な状態に戻ったとしてもショックで記憶を失っている可能性が高いとも言われてしまった。

 つまり奴隷の少女はあてにならないと言う訳だ。

 

「ちなみにその子はどうなるんだ?」

「何かの縁だし、私が引き取ろうかなって考えてるわ。

まあ他にも子供の奴隷が居たようだけど全部引き取れるほど私は裕福じゃないから目撃者の子だけだけど」

「へえ……」

 

 かなり意外だった。

 ギャビーはその少女に一体何を見たのか。

 気になったザインであったがギャビーは構わず本題に切り込む。

 

「で、話を戻すわよ? 多分時間的にはその少し後……ぐらいだと思うんだけどね? 第四下層地区で惨殺事件があったの」

「……話の流れ的に同一人物か?」

「ええ。死体の様子を見るにまず間違いはないわ。で、そっちの方も生存者が居たの。

ショックを受けてはいるようだけど話せなくはなかったわ。事情を知っている様子だし聴取しようと思ったのだけど……」

 

 はぁ、とギャビーは深い溜め息を吐いた。

 

「あなたが来るまで絶対に話さない、だそうよ」

「俺ぇ?」

「正直、下層地区の殺人事件についてはどうでも良いのよ」

 

 下層地区という名からも分かるようにそこに住まう人間は底辺の人間だ。

 治安がよろしくない下層地区では殺人事件なんてそう珍しいことでもないし、誰が殺されたところで問題はない。

 だがコーザが殺された件については別だ。

 繋がりがあった複数の大物貴族がせっついて来るのは目に見えていた。

 

「加えてこの二つの事件、どうもおかしいのよね。下手を打つ訳にはいかないの」

「おかしい?」

「コーザは数え切れないほどの怨みを買っているから誰に狙われても不思議ではない」

 

 だが当然、コーザ自身もそれは理解しているので身辺警護には気を使っていた。

 彼を守る腕利きを殺そうと思えば数を用意するか、図抜けた質を用意するかのどちらかだ。

 

「死体の様子を見るに単独犯。で、単独で殺れそうな連中は私もそれなりに把握しているわ」

 

 そういう意味ではザインも容疑者だが彼ではないだろう。

 犯行に使われた凶器はまず間違いなく剣。

 殺された連中を検分したギャビーだが、その傷にザインの剣筋を感じられなかった。

 いや、ザインどころか他の心当たりも同じだ。

 

「じゃあ、誰も知らない外からの人間か?」

「かもしれないわね。でもまあ、そこはどうでも良いの。問題は誰も知らない内に殺されたってこと」

 

 現場はコーザが経営する商館の一つ。

 当然、周辺には他にもよろしくない店が幾つも存在しているし人通りも多い。

 

「全員の顔に恐怖と絶望が張り付いていたわ。

即死だった訳じゃない、多分ある程度甚振られてから殺されたんだと思う。

ねえ、そんなことされたら普通は悲鳴なり何なりをあげるでしょう?

だけど誰もそんな悲鳴を聞いてない。窓は開いていたから音は漏れているはずなのにね。

いやそもそもからしてヤバイと分かれば逃げようとするはずよね?」

 

 本命がコーザだとすれば彼が殺されるのは分かる。

 だが、その護衛はどうだ?

 命を捨ててまでも雇い主を守ろうとするか? 相手は金払いが良いだけの屑だぞ?

 

「だけど誰一人として逃げられていない。外に出ることすら出来ていなかった。

相手が凄腕で一瞬にして手足をもいで動けなくしたとかなら分かるけど……うーん、どうなのかしら?」

 

 護衛の何人かはザインには及ばずともかなりの腕利きだ。

 彼ら全員を相手取り脅威を感じさせる前に一瞬で動きを封じるなんてかなりザインにも不可能だろう。

 

「殺した連中とは別個に、サポート役も居たんじゃねえのか? 魔法使いや魔女なら……」

「逃げ道を封じることも音を遮ることも出来るでしょうね。けど、魔力の痕跡が皆無なのよ」

 

 先にも述べたように被害者が被害者だ。

 調査員として連れて行った魔法使い連中も一流揃い。

 彼らが痕跡を見つけられないということは、魔法は使われていないということだろう。

 

「二件目もそう。こっちは外で殺されてる、コーザ達と同じようなやり方で。

被害者は店を構えていて殺されたのは店先。当然、人通りも絶えないような場所よ。

だけど誰も気付かなかった。周囲の証言ではいきなり死体が現れた……だって」

 

 コーザの方はまだ室内だったからという苦しい言い訳も出来る。

 だが二件目に関しては屋外だ。それも人の往来が絶えないような道端。

 

「じゃあやっぱり……」

「こっちでも魔力の痕跡が無かったの。ね、おかしいでしょ?」

 

 なので事件解決のためにも唯一の情報源である少年の扱いを丁寧にせざるを得ないのだ。

 

「協力してくれるかしら?」

「ふむ……まあ、俺を指名するってぐらいだから知り合いかもしれねえしお前にも色々借りがあるからな。付き合ってやるよ」

「ありがたいわ。じゃあ着いて来て」

 

 塀を飛び越えて出て行ってしまったギャビーを追いザインも家を飛び出す。

 

 少年が保護されている詰所への道すがら自分を指定したと彼のことについて聞いてみると、

 

「リーンって黒髪黒目の男の子よ。本人は要求以外口にしなかったけど近所の人間がそう呼んでたわ」

「リーンだって!?」

「どんな関係?」

「アイツの親父さんとお袋さんがやってる雑貨屋にちょくちょく通ってたんだよ……なあギャビー」

「想像している通りよ。下層地区で殺されたのはあの子のご両親でしょうね」

「……」

 

 両親とは世間話をする程度の間柄でしかなく、リーンにも何度か冒険の話をしてやった程度だ。

 それでも知己であることに間違いはない。

 知己の子供が親を殺されて面倒なことになっているとなれば、見過ごすのは後味が悪い。

 ザインの足は自然と早くなっていた。

 

 詰所に辿り着くと取調室へ急行。

 室内では椅子に座らされたリーンが俯き唇を噛んでいたがザインが声をかけると勢い良く顔を上げた。

 

「よう、リーン……その……何だ……何と言って良いか分からないが……」

 

 連れて来てやったからさっさと事情を話せ。

 それでは少年の心象を悪くするだけだ。

 そこでギャビーはザインに事情聴取を一任することを決め自らは部下と共に静観の構えを取っていた。

 

「だい、じょうぶです」

「いや、大丈夫ってお前……」

「ザインさんを連れて来てくれたから、ちゃんと話します」

「(この目……)」

 

 何故、自分を指名したかについては分からない。

 だがリーンの瞳には並々ならぬ覚悟の光が宿っているように見えた。

 

「……パパとママを殺したのはお姉ちゃんです」

「お姉ちゃん? いやいや、お前んとこは一人っ子だろ?」

 

 何時だったかまだまだ若いんだしリーンに弟か妹を作ってやったらどうだ?

 なんて話をした際、子供一人を養うだけでも厳しいのでと彼の父親は笑っていた覚えがある。

 

「居たんです、僕が生まれる前に。パパとママに売られた……お姉ちゃんが……」

「!」

 

 ”売られた”、その言葉を聞き大方の事情を察した。

 コーザが殺されたこともリーンの父母が殺されたことにも納得がいく。

 片や自分を虐げて来た奴隷商人とその仲間達、片や自分を売り払った屑親。

 殺さない理由が無いだろう。

 

「(彼のご両親の年齢から考えるに、よっぽど早く産んだならともかく……多く見積もっても……)」

 

 どれだけ才に溢れていたとしても不可能だ。

 両親の殺害はともかくコーザ達を殺せるとは思えない。

 何せ件の少女はこれまで奴隷だったのだ。誰が奴隷に剣を学ばせようとする?

 やるとしても絶対に逆らえないように処置してからだろう。

 だが状況は一件目の犯人も少女であると示している。

 

「(坊やのお姉さんをサポートする誰かが居たのは確実だわ)」

 

 力を与え、確実に殺せるようにと隠蔽を施した見えない第三者。

 だが、そいつは何者だ? 一体誰が同じことを出来る?

 

「(そんなことが出来るとしたら魔女様ぐらいのものだけど……)」

 

 こんな回りくどい方法を使う必要は無いだろう。

 王から与えられた特権を行使すれば好き放題に振舞えるのだから。

 大物貴族とも繋がりがある奴隷商人だろうと関係無い。魔女の方が絶対的に地位が上なのだから。

 

「(ああもう訳分からない)」

 

 少年の話を聞きながらも必死で頭を捻ってみるが何一つとして分からない。

 これはまた面倒なことに巻き込まれてしまったとギャビーは頭を抱える。

 一方のザインだが彼は事件の真相よりも気になっていることがあった。

 

「なあリーン、何だって俺を呼んだんだ? 俺にこの話を聞かせてどうして欲しい?」

「……ザインさんはとっても強い冒険者なんですよね?」

「んー……まー……うん、それなりにやる方ではあるんだろうな」

 

 本当の規格外を目にした今、自分を強いなどとは思えなくなっていた。

 だからこそ心も身体も強くなると誓いを立てたのだ。

 とはいえここでリーンの言葉を否定しても話が進まないので曖昧な返事を返した。

 

「僕を鍛えてください――――僕も、強くなりたいんです」

「そいつは、復讐……あー、パパとママを殺した姉ちゃんに仕返しするためか?」

「違います。お姉ちゃんを、止めたいんです」

「?」

 

 元凶である奴隷商人と両親は抹殺した。

 これ以上、リュクスと呼ばれていた少女が一体何をすると言うのか。

 ザインのみならずギャビーらも首を傾げている。

 

「最後に見たお姉ちゃんの目が、燃えてたんです……怒ってたんです……。

怖かった、とってもとっても……この部屋に居る誰よりも恐ろしかった……」

 

 上手く説明は出来ない。

 それでも、姉を放置しておけばきっと取り返しのつかないことになってしまう。

 そうなる前に自分が姉を止めなければいけない。

 拙い言葉で必死にそう主張するリーンを見てザインは疑問を抱いた。

 

「……お姉ちゃんのこと、怨んでないのか? 許せるのか?」

「パパとママはいけないことをしたけど、僕にとっては大切なパパとママでした。

大切な……家族でした。でも、お姉ちゃんだって僕の家族なんです」

 

 どちらも全面的には肯定出来ないが否定も出来ないということか。

 リーンはしっかり受け止めているのだろう、幼い身体と幼い心で今日の悲劇を。

 

「……ねえ坊や、お姉ちゃんとは今日初めて会ったんでしょ? なのに、家族なの?」

「今日初めて会った人だけど、僕にとっては世界で唯一人のお姉ちゃんなんです」

 

 今日を境に姉が何もかもを忘れて幸せを目指して歩き出すのならばそれで良い。

 だが、リーンにはどうしてもそうは思えなかった。

 目蓋の裏に焼き付いた姉の瞳は人生をやり直すような人間には見えない。

 だから止める。取り返しのつかないことをしてしまう前に姉を止める。

 

 彼が明確に自分の気持ちを説明出来たのならそう語っていただろう。

 

「だから僕は強くならないといけない。心も身体も、強く――――ッ!」

 

 立ち上がろうとしたリーンの頭にポンと手が置かれる。

 ごつごつとした大きな手、ザインのものだ。

 

「ザイン、さん……?」

「お前はもう強いよ。少なくとも心は、俺よりもずっとずっと強え」

 

 こんな小さな身体ではとても受け止めきれないであろう悲劇に行き会った。

 だというのにリーンはもう立ち上がった。

 痛みを抱えたまま、真っ直ぐな気持ちを支えにして前へ進もうとしている。

 それを強いと言わずして何と言うのか。

 仮にレオン・ハートをリーンが使えば今の自分よりも強い輝きを灯すことだろう。

 

「(師は弟子を育て弟子もまた師を育てる……俺に足りないものを埋めるためにも……)ギャビー」

「なぁに?」

「今日から俺がコイツの保護者だ。手続きやら何やらは頼むぜ?」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 もう聞けるだけのことは聞いたのでリーンの身柄は自由だろう。

 面倒事を増やされて狼狽するギャビーを無視しザインは真っ直ぐリーンの瞳を見つめる。

 

「今日はもう腹いっぱい飯食って、風呂入って、涙が枯れるまで泣いて……そんでたっぷり寝ろ。鍛えるのはそれからだ」

「――――」

 

 目を白黒させるリーン、子供ながらに彼もすんなり受け入れてくれるとは思っていなかったのだろう。

 

「返事は?」

「は、はい」

「声が小さい!」

「はい!」

「腹の底から声出せ!!」

「はいっっ!!」

「良い返事だ」

 

 ぐしゃぐしゃと乱暴にリーンの頭を撫で、ザインはニカッ! と笑う。

 

「よし、帰るか!!」

 

 魔女と憤怒の少女、獅子と慈愛の少年、彼らの道が再び交わるのはまだ先のことであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話(表)――――だが僕と言う例外が存在する

「(……ルークス様は本当に綺麗だな)」

 

 部屋の隅に控えるシンはソファーに腰掛け酒瓶を呷る主を見つめ色っぽい溜め息を零す。

 彼女がルークスの押し掛け”奴隷”となって一週間。

 ルークスは特に何をするでもなく拠点として奪い取った貴族の屋敷でぼんやりとしていた。

 

「(未だに分かんないけど、ルークス様は一体何をどうしたんだろ?)」

 

 シンはルークスが屋敷を奪う瞬間を見ていた。

 見ていたが何一つとして理解が出来なかった。

 無遠慮に屋敷に入ったルークスを誰が咎めるでもなく素通し。

 元の主やその家族、使用人らは何をするでもなく大人しく屋敷を去って行った。

 事前に話が通っていた? いや、どう話を通せばそうなると言うのか。

 第一、

 

”此処で良いか”

 

 あの口振りから察するにルークスはテキトーに拠点を見繕った可能性が高い。

 事前に話を通すなんて不可能だ。

 

「(……あたしにそう見せ掛けたってんなら筋は通らんこともないが)」

 

 ルークスがそんな真似をするとは思えない。

 だからこそ不可思議なのだ。

 とは言えシンにも分かることがある。

 

「(きっと、考えても無駄なんだろうな)」

 

 時間を止めたり特定の個人を認識出来なくしたりなど常軌を逸した力を振るうのだ。

 ”出来ないことはない”と考える方が自然だろう。

 それでもついつい考えてしまうのは、少しでもルークスを知りたいから。

 

 ルークス自身は何も言わないがシン本人は己をルークスの奴隷だと認識している。

 

 あれほど自由を願った彼女が、だ。

 自由を差し出しても構わないと思うほどにシンはルークスに惹かれていた。

 恩もあるがシンにとってルークス・ステラエは揺ぎ無い”真実”なのだ。

 自由を奪われ最底辺に叩き落とされたことでシンは世界の本質を悟った。

 

 腐っている、どうしようもない、欺瞞と嘲りに満ちた掃き溜めこそが人と世界の本質なのだと。

 

 総てに価値無し、確かなものなんて何一つ無い。

 目に映るものは何もかも虚構で、硝子細工のようにあっさり砕け散る虚しいもの。

 だからこそルークスの絶対さにどうしようもなく心を惹かれた。

 どんな悪意も彼女を損なわせることは出来ない。

 至高にして永久不変の輝き、世界が滅びたってルークス・ステラエだけは変わらず存在し続ける。

 そんなある種の安心感にどうしようもなく胸が焦がれた。

 

「……何だ?」

 

 見蕩れるシンに怪訝な顔をするルークス。

 

「い、いえ! 何でもありません!!」

 

 慌てて頭を下げるとルークスは興味を失ったようにまた視線を宙に彷徨わせ始めた。

 瞳には今日も今日とて消えぬ失望と諦観。

 あの目を見る度、シンは思うのだ。

 

「(……やっぱり優しいよな、ルークス様って)」

 

 ルークスにはきっと瞬きする間にこの世界を終わらせてしまえるだけの力がある。

 なのにそれをしていない。失望し、諦めきっていると言うのにだ。

 

「(あたしもきっと似たような目をしてる……いや、あの御方ほどの深さは無いかもだけど)」

 

 もしも自分が同じ力を持っていたらきっと世界を終わらせていた。

 こんな世界に意味も意義もありはしないと。

 たかだか十年少し生きた程度の自分ですらこれだ。

 気の遠くなるような時間を生きて来たルークスはもっと多くの醜いものを見て来たのだろう。

 だけど、未だ世界は続いている。

 

 それはルークス・ステラエと言う人間の根底にある優しさゆえだろう。

 

「(……あたしの声を聞き届けてくださったのもそう)」

 

 奴隷の小娘が上げた叫びなど拾い上げる必要なぞどこにもありはしない。

 だけどルークスは無視せず聞き届けてくれた。

 手を差し伸べ、力と自由、そして名前をくれた。

 最初は気紛れだと思っていたし、シンとしても別にそれで構わなかった。

 例え気紛れであっても自分にとっては生涯を尽くし恩を返すべきだと思った相手だから。

 だが名を貰った直後にそれが誤りであったことを知る。

 

”小汚い野良犬に傍をうろつかせるような趣味は無い”

 

 そう言い放つや血や垢で汚れ放題だったシンの身体を浄化。

 後で鏡を見れば伸び放題だった髪も肩のあたりで綺麗に切り揃えられていた。

 

「(あれはびっくりしたな)」

 

 それだけでもシンにとっては十分だった。

 だと言うのにルークスは更に服や靴まで与えてくれたのだ。

 その衣装のデザインを確認した瞬間、シンは確信した。

 

 あ、この人すっげえ優しいと。

 

 人生の大半を掃き溜めで過ごして来た彼女にお洒落なんてものは分からない。

 それでも、服を並べられれば好きな色やデザインぐらいは判別出来る。

 その漠然とした好みを酌み取り編み上げてくれるのだから頭が上がらない。

 

「(……他にも野垂れ死にされたら掃除が面倒だってお金もくれたり)」

 

 口も態度も傲岸不遜極まるが中身はえらく優しい。

 威に溢るる風格とそれに見合う力を備えた超越者からそんな優しさを向けられてみろ。

 シンのような境遇の少女がドップリとハマってしまうのも無理はないだろう。

 

「……」

 

 シンが想いを募らせているのを知っているのか知っていないのか。

 ルークスは気怠るげな顔で宙に何かを描いていた。

 

「(何やってるんだろう?)」

 

 白く細い指が踊る度に光の筋が走り何もない空間に幾何学模様が刻まれていく光景は中々に美しい。

 だがそれはそれとして、その行為に何の意味があるのか。

 

「(学が無い……いや、あっても分からなさそうだな。聞いたら教えてくれるかな?)」

 

 だが直ぐに思い直す。

 説明されても自分の頭じゃ一割も理解出来そうにないと。

 

「……鬱陶しいな」

「ひゃう!? あ、あの……あたし、何か気に障るようなことでも……」

「何か言いたげで、その癖言葉にせず黙って飲み込む。それを何度も繰り返している人間が視界の隅に居て快いと思う者が居るか?」

 

 居るとすればよっぽど奇特な阿呆だとルークスは嘲る。

 この魔女は別に心を読んだ訳ではない。

 心を読まずともそうと分かるぐらいシンが百面相をしていただけである。

 

「ご、ごめんなさい!」

「謝罪は要らぬ。至らなさを指摘されたのであれば改めることだけを考えればよいのだ」

 

 埃を払うように軽く手を振り幾何学模様を消し飛ばす。

 そこでようやくルークスの視線がシンに向けられた。

 

「……」

 

 黙って己を見つめる主、

 

「(えーっと……改めろって言うのは表情に出すなとかそう言うことじゃなくて……)」

 

 言いたいことがあるなら口にしろ。

 話ぐらい聞いてやる――無言の視線はそんな意思表示なのだろう。

 素直じゃないから分かり難いが、考えれば察せないこともない。

 

「(えへへ、嬉しいな)じゃ、じゃあ良いですか?」

「何だ?」

「その……あの、不敬かもしれませんが……あ、あたしもルークス様みたく強くなれるでしょうか?」

「…………それが私に聞きたいことなのか?」

「さっき何やってたとかも気になりますけど、他にもお聞きしたいことが沢山あったので」

 

 その中から優先順位の高いものを見繕ったのだ――と言っても別にこれが一番と言う訳ではない。

 

 どうして自分を助けてくれたのか。

 何を考えて生きているのか。

 一体何者なのか。

 どうして望みを失い諦念に身を委ねることになったのか。

 今投げた問いより優先順位が高いものは幾らでもある。

 ただ、心の奥深くに立ち入るような質問については答えてくれないだろうと省いただけ。

 

「更なる力を望むのか?」

「……はい」

 

 嘘偽らざる想いだった。

 力を得てどうしたいのかは分からない。だけど、どうしようもなく力が欲しいのだ。

 シンは自らの裡で燻り続けている憤怒を自覚していない。

 自覚していればそれに起因するものだと理解出来るだろうが気付ける日が来るのかどうか。

 

「それで、その、どうでしょう……?」

 

 不安げな瞳で問いを重ねる。

 強くなれるかどうかなんて流した血と費やした時間に比例する、ゆえに明確な答えを出せるはずがない。

 シンもそれぐらいは承知の上だがルークスほど規格外の存在ならば話は別だ。

 理屈をすっ飛ばして結果だけを教えてくれるような気がしてならないのだ。

 

「知らん」

「え?」

「貴様が強くなるかなぞ知らんと言ったのだ。そも、私からすれば皆同じようなもの」

「(あー……それは確かに……)」

 

 ルークスぐらいになれば蟻も人も変わらない。

 何の抵抗も出来ずに蹂躙されることを定められたか弱き命だ。

 

「だが、私のようにと言うのならばそれは不可能だろう。

私が師から受け継ぎ、己で育んだものを受け止められるだけの器が無い」

「ルークス様の、お師匠……?」

 

 しぱしぱと目を瞬かせるシン。

 才能が無いと言われたことよりも、ルークスに師匠が居たと言う事実の方が衝撃的だったらしい。

 

「何だ?」

「い、いや……ルークス様は生まれながらにルークス様だったと思ってたから……」

 

 語彙の貧弱さえゆえ曖昧だがニュアンスは分かるだろう。

 ルークス・ステラエは常識の外に座する存在だ。

 女の胎から生まれたとも思えないし、赤子の時代があったとも思えない。

 努力するまでもなく力は傍に在り、誰に教わるでもなくそれを十全に振るう。

 常識的に考えればあり得ないことだが、シンにとってのルークスはそんな桁外れの怪物だった。

 

「ククク――アッハッハッハッハ!!」

「る、ルークス様!?」

「いやいや、貴様は愉快な存在だな。女神だ何だのとほざいたり……フフ、諧謔の才はあるようだ」

 

 突然笑いだすものだから自分は気に障るようなことを言ってしまったのでは?!

 と一瞬焦るシンであったがどうにもそんな感じではない。

 本当に心の底から愉快な冗談を聞いたと思っているようだ。

 

「期待外れだろうが、私にも師は居たさ。私なぞ足許にも及ばぬ立派な御方がな」

「(あ……)」

 

 初めてその黄金の瞳に失望と諦観以外の感情が宿った。

 それは深い尊敬の念であり愛情であり哀愁であった。

 

「(過去形、なんだな)」

 

 申し訳なさで思わず目を伏せるシンであった。

 だが一方のルークスは瞳こそ何時も通りのそれに戻ってしまったものの上機嫌だ。

 

「それで? 他に聞きたいことはないのか? 今は気分が良い、もうしばし付き合ってやらんこともないぞ」

「え? じゃ、じゃあ……」

 

 折角、主の機嫌がよいのだ。

 もっと上機嫌になってもらうために笑えるような質問を。

 そう意気込み口を言葉を紡ぐシンであったが、

 

「ルークス様みたいに胸が大き――――ッッ!?」

 

 ズン! と強烈な揺れを感知する。

 

「じ、地震!? いや、これは……!」

 

 地面が揺れている訳ではない。

 空間だ。空間自体が大きく震えている。

 何の前触れもなく起こった異常に警戒を露わにするシンだがルークスは違った。

 

「私の胸がどうした?」

「い、いやルークス様……こ、これ……」

 

 グラスを傾けながら続きを促すルークス。

 不思議なことにグラスの中を満たす葡萄酒は波紋一つ立っていない。

 

「ん? ああ……蜥蜴が一匹迷い込んだだけだろう」

「と、とかげ……?」

「存外肝が小さいな」

 

 左手にグラス、右手にボトルをぶら下げたまま立ち上がったルークスはそのまま窓際へ。

 手も触れていないのに窓が開かれバルコニーへの道が現れる。

 

「ほれ、あれだ」

 

 顎で空を指す主、正直な話をすればシンは動くのも手いっぱいだった。

 それでもどうにかこうにかバルコニーまで這い出て、空を見上げる。

 

「――――」

 

 言葉を失った。

 空には王都を丸ごと覆い尽くさんばかりの巨体を誇る白銀の竜が居た。

 美しく、雄々しい。

 言葉にすればそれだけだが、その度合いが違う。

 

「(る、ルークス様と同じぐらいやべえ……!)」

「ああそうだ、アレを殺すことが出来れば強いと言えるのではないか?」

「(んな無茶な……!?)」

 

 からかうような口調、本気ではないことぐらいは分かっている。

 それでも無茶だとツッコまざるを得なかった。

 

「さて、どうするのかな?」

「(……ホント、どうすんだアレ)」

 

 今のところ竜は何もしていない。

 しかし、何かしようと思えば王都は一瞬にして地獄へ様変わりするだろう。

 仕掛けないのが一番、だが放置するにはあまりに危険過ぎる。

 

「冒険者への召集がかかってる! おら、さっさと行くぞ!!」

「ックショー! 何なんだよアレ!?」

「魔女様に任せときゃ大丈夫じゃねえのかよ!!」

「非戦闘員は誘導に従って!!」

 

 傍観者を気取っているルークスらと違い人々は実に慌ただしい。

 

「! ルークス様、気のせいか、アイツこっち見てないですか?」

 

 ビリビリと鳴動する大気。

 大きく開かれた口の奥では小さな太陽の如き熱量を秘めた光球が不気味に輝いている。

 

「チッ、面倒な」

 

 世界が凍て付く。

 シンはこの感覚を知っていた、ルークスが時間を止めたのだ。

 だが静止した世界の中においても竜の動きは止まらず破壊光線が放たれた。

 迫り来る破壊光線、その速度は音を越えていた。

 しかしそれがルークスらを呑み込むことはなかった。

 半ばほどで圧し折られたようにその軌道が変わり破壊光線は空へと昇っていく。

 

「(す、すげえ……!)」

 

 唐突に始まった生態系の頂点に立つ最強達の対峙。

 力を渇望するシンはじゃれ合い程度ですら神話の領域に達する二頭に心を奪われていた。

 

『成る程、貴様がそうであったか』

 

 地響きのような声が空より降り注ぐ。

 声だけで心を折られてしまいそうな威圧感にたじろぐシンであったが、

 

「(無様は見せられねえ……!)」

 

 自分はルークス・ステラエの奴隷だ。

 あの竜に自分が見えていないとしても無様を晒す訳にはいかない。

 その一心でグッと歯を食い縛って竜の声に耐える。

 

「やかましい、息が臭い、とっとと失せろ」

 

 いっぱいいっぱいのシンと違いルークスは実に何時も通り。

 態度がデカイのも口が悪いのも何一つとして変わっていない。

 

「(やっぱ半端ねえ……自分とタメ張るような奴相手にも堂々としてて超カッケーよ!!)」

『今しがた、時間が止まったような気がした。寝惚けていたので勘違いかとも思ったが……ククク』

 

 今しがた、と言うのは先ほど光線を放つ際に時間を止めたことではない。

 シンが閉じ込められている地下牢に赴いた時のことである。

 規格外の寿命を持つ竜であるがゆえに時間の感覚も人のそれとは違うのだ。

 

「それで? だからどうしたと言うのだ」

『我は生命の極点。誰が異を唱えることも出来ぬ至強である』

 

 竜はさも当然のように言ってのけた。

 傲慢? いや違う、最強を自認するに相応しい力の持ち主なのだとシンは唇を噛む。

 

「(一番すげえのはルークス様だって信じてるけど……)」

 

 そのルークスですらアレを倒そうと思えばその力の総てを見せざるを得ないだろう。

 その事実がシンにとっては悔しくて悔しくてしょうがなかった。

 

『極みに至った者には責務がある。ただ怠慢に耽るは愚者の所業なり。

誰も辿り着けぬ頂に在ろうとも、更に上を目指さねばならぬ。

立ち止まることが許されぬのだ。それこそが至強の責務である。

嗚呼、だが悲しいかな。皆、餌でしかないのだ。”敵”と成り得る者には中々出会えぬが現実。

餌を幾ら喰らったところで肥え太るのみ。高みへと至るための糧にはならぬのだ』

 

 だがようやく、気の遠くなる時を経て”敵”が現れたのだと竜は笑う。

 

『我には届かずとも敵と成り得るだけの力を貴様は備えている。光栄に思え、貴様は我が力の糧となるのだ』

 

 大上段からの物言い、しかし不遜さではルークスも負けていない。

 

「話が長い、つまらない。図体がデカイだけで威厳も何もあったものではないわ」

 

 グラスのワインを呷りながら竜を煽る。

 

「ああだが物珍しくはあるか。お喋りな蜥蜴、見世物小屋に売り飛ばせば小遣い程度にはなろうさ」

『何時の時代も人間と言うものは愚昧よな。まるで己が万能の神にでもなったかのような振舞いをしおる。

しかし、赦そう。貴様にはそれだけの力がある。我には及ばぬとて勘違いしてしまうのも無理はない』

「……はぁ。場所を変えるぞ」

『ほう、同族に対しての情か』

「戯けが。年甲斐もなく蜥蜴と戯れている姿なぞ誰に見せられるか」

 

 ルークスが空を指でなぞると竜と地上との間に次元の裂け目が出現する。

 竜は一度愉快そうに嘶いたかと思うと躊躇うことなく裂け目の中に飛び込んだ。

 

「貴様はどうする?」

「え……あ、あたしは……」

 

 シンは少し逡巡するものの意を決した瞳でルークスに願う。

 

「……お赦し頂けるのであれば見届けたく」

「そうか」

「わわ!!」

 

 シンを小脇に抱えルークスは次元の裂け目に飛び込んだ。

 裂け目の向こうにあったのは不毛の荒野。

 果て無く続く死に絶えた大地と分厚い雷雲が空を覆い尽くすその場所は……成るほど確かに気兼ねなく暴れられそうだ。

 

「アイタ!?」

 

 荒野に辿り着くと同時にポイ捨てされたシンが尻もちをつく。

 雑な扱いではあるが文句はまったくなかった。

 

「(あ……これ……)」

 

 ルークスは最早欠片もシンに意識を向けていなかった。

 だが無関心と言う訳ではない。

 その証拠に、今シンを温かな光が包み込んでいた。

 

「(あたしを護るための結界だ)」

 

 戦いの余波で塵のように消し飛ばぬようにとの配慮だろう。

 主の慈悲に胸を熱くさせながらシンはその場に座り込んだ、しかも正座である。

 これから始まる戦い、その一挙一動を見逃さぬと言う強い意思を感じる。

 

『フフフ、餌はともかく敵に対して手を抜くような礼を失した真似はせん』

「御託の多い奴だ。何かするならさっさとしろ」

『ハハハハ! 何千……いやさ、何万年振りだ? 我がこの姿を見せるのは!!』

 

 その巨体が光に包まれたかと思えば、竜は少年に姿を変えた。

 銀髪銀眼、背はシンより少し高いぐらいでその身体つきは華奢の一言。

 中性的な顔立ちはその手の性癖を持つ変態にとっては垂涎ものだろう。

 

「……ふぅ、久しぶりだから上手く出来るか不安だったけど、ちゃんと出来て安心したよ」

 

 鈴が鳴ったような愛らしく澄んだ声。

 先ほどまでの威厳溢れる低音とは大違いだ。

 しかし、この少年が竜であることに疑いはないだろう。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 シンの呼吸が荒くなる。

 少年の姿をした竜が無意識に発する圧に怯えているのだ。

 

「垂れ流しにしていた力を凝縮したと言う訳か」

「御名答。罪なものだね、力に指向性を持たせるだけで此処まで極まってしまうのだから」

「……アホらしい」

 

 右腕に巻かれていたリボンが両刃の長剣に形を変える。

 ルークスは具合を確かめるように軽く振るい、その切っ先を竜に突き付けた。

 

「さっさと始めるぞ」

「その前に名を名乗りなよ。闘争の作法と言うものだ」

「……ルークス・ステラエ」

「極殲竜バハムート――――いざ、参る!!」

 

 侮りはしない、本気で戦う。

 竜――バハムートのその言葉に偽りはなかった。

 ルークスが仕掛けるよりも先に大地を蹴り彼女に接近、嵐のような拳打を繰り出す。

 

「……」

 

 一撃一撃が大陸を砕いても尚、余りある力を備えた連打だ。

 その余波だけで大地が抉れ、雲が吹き飛ぶ。

 そんな攻撃を涼しい顔で受け止め続けているルークスだが、

 

「(ぼ、防戦一方だ……)」

 

 表面上は余裕があるように見える。

 だがそれなら何故、反撃しないのだ?

 シンの目には二人が何をやっているかなんて見えてはいない。

 それでも攻撃や防御と言う過程を経ての結果であれば、ある程度は理解出来る。

 攻撃の余波で小さくではあるが傷を負っていくルークス、傷一つ負わぬバハムート。

 どちらが優勢かなど子供にも分かる。

 

「時の氷結、それが君の得意技であり切り札なのだろう?

時を凍て付かせる、それだけでも人の身には余る業。

だと言うのに君は更にその先を行っている。世界規模で時間を止めてしまうなんてね、素直に凄いと思うよ」

 

 時間さえ止めてしまえば後はやりたい放題だ。

 無敵の盾にして無敵の剣。

 それを備えるルークス・ステラエに届き得る者なぞ居ないだろうとバハムートは笑う。。

 

「――――だが僕と言う例外が存在する」

 

 無敵の盾も無敵の剣も意味を成さない。

 それは何故か、

 

「格の違いだ。時間停止に縛られるような弱者とは違うんだよ」

「……」

「ああ、君が時間停止だけの女だと言っている訳ではないよ?

それしか取り柄が無いなら、こうして僕の攻撃を受け続けることすら出来やしないからね」

「……」

「見事な剣の腕だ。君が餌ならば、信条には反しないから受けてあげても良かったんだけどね」

 

 戦闘形態を最後に取ったのは随分と前だ。

 しかし、その時の敵もそれ以前の敵もこれほど長くは耐えられなかった。

 シンプルな殴る蹴るを突き詰めて最強の武器と化した自分を前にすれば、皆容易く砕け散ってしまう。

 その点でもルークス・ステラエは規格外だとバハムートは惜しみない賛辞を贈る。

 

「……」

 

 大上段からの見下した物言いにもルークスは無言を貫く。

 いや、喋る余裕すらないのだとシンは思った。

 

「ルークス様! あたしのことは構いません! 全部の力を使ってください!!」

 

 シンは自分がルークスの足を引っ張っているのだと考えている。

 結界に回している力も注ぎ込めば、戦況は変わるのだと。

 しかし、

 

「ハハハ! お嬢さん、その程度の力を加算したところで意味は無いよ」

 

 バハムートの一際強い一撃によりルークスが彼方へ吹き飛ぶ。

 

「完全に防いでいたようだけど受け止め切れなかったようだね」

 

 そう言ってバハムートは間髪入れずに最大出力のブレスを放つ。

 真っ直ぐ放たれた光線はルークスが消えた方角を進み、やがて甚大な爆発を巻き起こした。

 夜のように薄暗い荒野が一瞬にして昼間になったかのような光と総てを焼き尽くさんとする熱が荒野を渦巻く。

 

「やれやれ、今のを囮にして最高の一撃を叩き込むつもりだったんだけど……駄目だったか」

 

 苦笑するバハムートの左拳には最大限度にまで圧縮した力が注ぎ込まれていた。

 ド派手な目くらましを囮に使ってそれを叩き込むつもりだったと本人は言っているが……それは嘘だろう。

 言動の節々からも分かるようにバハムートの気位は高い。

 礼を尽くしているように見せ掛けてその実、どこまでも相手を見下し切っている。

 ハナからブレスだけで終わることは分かっていたのだ。

 

「る、るーくす……さま……?」

 

 結界のお陰かシンは無傷だった。

 だが、その表情は絶望で塗り潰されている。

 誰にも、何にも損なわれぬはずの”絶対”がやられたことが信じられないのだ。

 

「――――呼んだか?」

 

 聞こえるはずのない声がシンとバハムートの耳朶を揺らす。

 

「「!?」」

 

 ルークスは健在であった。

 ドレスがボロボロになり傷が増えていてはいても、五体満足でバハムートの背後に佇んでいた。

 

「ッ!」

 

 バハムートは咄嗟に身体を捻りその勢いで”最高の一撃”を放つ。

 力の籠め方、重心の移動、何もかもがパーフェクトだった。

 しかし、

 

「ふむ」

 

 それはまるで意味を成していなかった。

 無防備に顔面を打ち抜かれたと言うのに、その頭部は原形を保っている。

 一応、額からだらだらとかなりの血を垂れ流しているがそれだけ。

 重傷なのは事実だが、その命の火は変わらず燃え続けている。

 

「――――で、それだけか?」

 

 ぺロリと血を舐め取りながら呆れたようにそう言い放つルークス。

 そう、誤解していたのだ。

 シンも、バハムートも、ルークス・ステラエと言う最強の魔女を見誤っていた。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 唖然とするバハムートに更なる追い打ちが放たれる。

 瞬く間に傷が塞がりドレスも新品同然に修復されたのだ。

 まるでお前の行いに何一つとして意味は無かったのだと嘲笑うように。

 

「やれやれ、極限まで防備を薄くしてやったのにこの程度とはな」

 

 ルークスの口から更に信じられない言葉が紡がれた。




負けフラグを積み上げ続けていくのは書いてて楽しいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話(裏)なあ樺地?

「なん……だと……?」

 

 目と口をめいっぱい見開きバハムートはそう呟いた。

 

「(これこれ! こう言うリアクションを待ってたんだよ!!)」

 

 俺としてはテンション爆上げである。

 先に本気出した方が負ける、お約束だよね。

 べジータがドヤ顔かましたり、花弁が散っても実は大紅蓮氷輪丸が解除されないとか言い出したら負けフラグなんだよ。

 

「見え透いたハッタリだな。それで僕を動揺させようって?」

「(んなことする必要もねーっつの)」

 

 千年攻撃続けても処女膜(二千年物)一つブチ破れねえよ。

 しかし、我がことながらアレだけど二千年物の処女って酷いな。

 腐ってるとか黴生えてるとか通り越してもう化石になってんじゃね?

 

「フン……時間停止だけじゃなく回復と防御にも長けていた訳か――だがそれだけだ」

 

 必死で心を立て直そうとしているのが見え見えである。

 バハたん可愛いな、銀髪ショタってのもポイントたけーし俺コイツ好きになりそうだわ。

 

「君の攻撃力では僕にダメージを与えられないし、速さでも僕が勝っている」

 

 じゃあ何で俺はお前の背後に立ってたんだっつー話。

 無理があるにもほどがあるだろ、バハたんよぉ。

 

「そしてスタミナと言う面でも! 良いだろう、持久戦だ。

所詮は人間、何時までも超回復と防御力の底上げを続けられるか……ぐあああああああああああああああああああ!!!」

「(彼女は瑠璃ではない)」

 

 言葉を遮るように無言で腹パンを叩き込む。

 尚、この際、背後から重力をかけているので吹っ飛んでから戻って来ると言う尺の無駄はありません。

 

「げほ! ごほっ、うぉええええ……!!」

 

 膝から崩れ落ち吐瀉物を撒き散らすバハたん。

 見た目的にかなりニッチな性癖にセールスを仕掛けているような気がしないでもない。

 

「ハッタリか、強いて言うなら――――今日初めて剣を使ったことぐらいか?」

「な……!?」

 

 ドレスに剣って組み合わせからしてもうポイント高いじゃん?

 絵になるかなーって思ったんですよ、はい。

 それにほら、シンちゃんが剣使ってたからね。言ってみたい台詞があったんだ。

 

”小娘、これが剣の使い方と言うものだ”

 

 的なアレをね、言ってね、決めたかったの。

 ただまあ、よくよく考えればあの子の動体視力じゃ捉え切れないよね。

 どんな美麗な剣技を披露しても、見せたい相手に見てもらえないんじゃ意味は無い。

 

「(まあ、シンちゃんを強化するって手もあったけど)」

 

 わざわざそんなことするのも露骨かなって。

 そんなにドヤりたいんですか? みたいなサムシングがね。

 『何……だと……?』もやりたかったしな。

 

「見事な剣の腕だと言われた時は……クク、申し訳なさで胸が痛かったぞ?」

「っっ!」

 

 嘲りましましで、超上からの物言いを意識する。

 するとどうだ? 見事にバハたんの顔が屈辱に歪んでいくではないか。

 

「何せ本職は魔女だからな。どちらかと言えば本来の得物は杖だ」

 

 まあ杖も使ったことないんだが。

 だって杖用意したって何も変わらないし。

 精々『うわぁ! すっげー魔女っぽい!!』って印象が変わるぐらいだろう。

 魔法の発動速度や精度、威力なんかが上昇するとかそう言うのは皆無である。

 師匠だって杖なんか使ってなかったしな――あ、いや俺をシバくために杖や鞭は使ってたか。

 

「そして……ああ、何だったか。私の時間停止についても何やら言っていたな」

 

 パチン! と指を鳴らす――勿論意味は無い。

 指パッチンしなくても時間を止められる、こんなもんは見栄え優先の無意味な動作だ。

 

「な……か、身体が……!?」

「意識と、発声に必要な部分のみを残し時の鎖で縛り付けた」

 

 バハたん何て言ってたっけ?

 そうそう、アレだ――――

 

「で、格の違いが何だって?」

「~~~~!!」

 

 にしても、正直見通しが甘かった。

 時間停止を行動を許可した者以外で認識出来る奴が居るとはな。

 しかしまあ、竜ならば納得だ。模造品とは言え、それなりに鍛えればコレぐらいにはなるだろう。

 認識させてしまったのは俺の不注意だ。

 お陰で面倒なのを呼び寄せてしまった。

 

「(いやまあ、結果だけ見ればショタドラゴンとか中々に美味しいキャラと出会えたんだけどさ)」

 

 乙女ゲー的にはありじゃない? こう言うのが人間にデレたら破壊力大きいと思うんすよ。

 未来ちゃんポジションと絡ませるキャラとしてバハたんは中々に優秀だ。

 

「私より長く生きている割に、貴様は随分とものを知らないな。

高みを目指すのは結構だが、その阿呆さでは片手落ちなんて話じゃないだろう」

 

 シンちゃんのように教育らしい教育を受けられなかったのならば分かる。

 だが、普通の人間でさえこうして力を振るう俺を見れば嫌が応にも理解するだろう。

 始原の魔女本人、もしくはその後継者であると。

 だと言うのにバハたんを見る限りでは始原の魔女なんて単語すら知らないように見える。

 

「だ、黙れェ!!」

 

 声が裏返っている。

 圧倒的な実力差に怯えているのだ。ただ、プライドゆえそれを認められない。

 だからこうして虚勢を張っている。

 

「無知な貴様に一つ教えてやろう。

ある領域にまで達すると人間、人外問わず身体の一部分が変色するのだ」

 

 瞳か、毛髪か、爪、人間ならば大体そのあたりだろう。

 竜の場合は――バハたんを見るに全身と言う可能性が高い。

 

「その色を、証を指して我らはこう呼んでいる」

 

 瞳を閉じて溜めを作り言葉と共に見開く。

 

「――――超越の黄金(トゥルー・ゴールド)

 

 完全を象徴する黄金をその身に宿すことで初めて、理に囚われぬ超越者へと至るのだ。

 俺の師匠も髪の一房が黄金だったし、他の始原の魔女もそう。

 直接の面識は無いが師匠と同じで髪の一房だったり片目だったりどこかしら変色していたと言う。

 

「……!」

 

 息を呑むバハたん。

 爛々と輝きを放つ俺の瞳に気圧されたのだろう。

 ちなみに前に出会ったザインくん、彼は金髪だがアレは別に超越の黄金と関係はない。

 ああ言う生まれつきの金髪や金目(髪はともかく目は居るのかな?)は単なる色素欠乏症だ。

 見比べてみれば違いは一目瞭然である。

 

「師の言によれば黄金の竜を見たこともあるそうだが……」

 

 多分、今の世には存在していないのだろう。

 もしそうならばバハたんがイキれるとは思えない。

 別に黄金の竜が何かをするとかじゃなく、バハたん本人のプライドがそれを許さないだろう。

 挑んで返り討ちにされてさよならバイバイするんじゃないかな。

 

「ひるがえって、貴様はどうかな?」

「ぼ、僕は……み、認めよう。今は君より下かもしれない。だが僕もいずれは黄金に――――」

「私は二千年で辿り着いたぞ」

 

 正確には千九百年ぐらいだが、百年なんて誤差誤差。

 

「万年生きてもそれでは、底も知れると言うもの。

もしも可能性があると言うのであればそれは今この瞬間だろう」

 

 共鳴? 共振?

 超越の黄金へ至る器であるならば先達たる俺に触発されて前借のような形で黄金に至る可能性がある。

 とは言え一時的なもので、直ぐに戻ってしまうだろう。

 だが一度、無理矢理にとは言え道をこじ開けられたのだからそこからは時間をかけて己を練磨すれば良い。

 そうすればいずれは本当に黄金を宿すことも出来るだろう。

 

「ふむ、試してみるか?」

 

 バハたんの首根っこを掴み空へ放り投げる。

 

「があぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?」

 

 突き出した手の平から絶え間なく放たれ続ける魔弾がバハたんを貫き続ける。

 俺からすりゃ雪合戦の雪玉投げてるような”お遊び”だがあの子からすれば別だろう。

 イジメみたいで趣味が悪いとは思うが、ここで完全に心を折っておかないとな。

 寛いでる時にまーた襲撃かけて来られたらたまんねえよ。

 一々あしらうのも面倒臭い。かと言って殺すのも勿体ないしな。

 

「そら! どうしたどうした!? 黄金に辿り着くのではなかったのか!?

機会はくれてやったぞ、貴様がそのプライドに見合うだけの力を備えていると言うのであればやってみせろよ!!」

 

 嘲りをこれでもかと盛り込んだ哄笑&罵倒セットに攻撃も添えて。

 

 俺個人の心情はともかく、エレイシアロール的にも間違ってないしな。

 力試しなんて個人的な理由でいきなり喧嘩売って来るような相手に容赦はしない。

 基本的には失望と諦観にドップリだからな。その精神に光るものでもなければ慈悲などかけやしない。

 

「(あぁでも、シンちゃんに怖がられるのは嫌だなぁ……)」

 

 視線は向けずに黙り込んでいるシンちゃんに意識を向けてみる。

 すると、

 

「(ん、んんん……?)」

 

 何とも言い難い感情が雪崩の如く流れ込んで来た。

 文字に起こすならばこんな感じか。

 

”畜生、畜生畜生畜生! あたしは馬鹿だ! ルークス様があの蜥蜴と同格だって!?

何て勘違いをしてたんだよあたしは……クッソ! あたしはあたしが恥ずかしい!

あの御方を何にも損なわれぬ絶対不変の存在だって……そう思っておきながら何だこのザマは!?

嗚呼! ルークス様カッケー! つえー! 綺麗! おっぱい大きい! だってのにあたしはあたしは―――”

 

 こんな感じで自責と俺への賞賛がループし続けている。

 ループが途切れたら『おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!!』になりそうだ。

 

「(……バハムートよりよっぽど強敵じゃねえか)」

 

 上手くフォローしてあげなければガチでヤバイ。

 背筋に冷たいものを感じつつ、一旦シンちゃんからは意識を外す。

 

「あばばばばばばばばばばば!!」

「……やれやれ。このまま小石を放り投げていても意味は無さそうだ。どれ、少し強いのをくれてやろう」

 

 バハたんを空中で磔にし身動きが取れないように固定。

 無造作に垂れ流している魔力を指で絡め取り綿菓子のように形を整える。

 傍目から見れば大き目の光弾に見えるだろうが綿菓子と形容したように中身はすかすか。

 

「黄金の階に手をかければ生き残ることが出来よう」

「あ、あぁ……!」

 

 威力調整はバッチリだ。

 師匠から受け継いだ神懸かり的コントロールを舐めちゃいけない。

 過不足なく超越の黄金の一端を掴み取れば耐えられるだけの威力にしてある。

 ぶっちゃけ俺も似たような感じで覚醒させられ……あぁ、心の古傷が開いてしまった。

 

「――――期待しているぞ」

「ぼ、僕の負けだ! 許してくれ! 許してくださいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 光弾を放つ寸前で、バハたんはそう叫んだ。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔面――これまた特殊性癖を持つ方々垂涎のワンショットである。

 

「……」

 

 心底白けた顔をして光弾を握り潰す。

 そしてそのままバハたんを俺の眼前に叩き付けて平伏させる。

 

「バハムート、貴様程度には過ぎた名だな」

「は、はひ……?」

「そうだな、ポチだ。貴様の真名は今よりポチだ」

「ら、らにを――――」

 

 恐怖に打ち震えながら俺を見上げるバハたん。

 正直、かなり可哀想だが……まあここまでやったのだから念入りにな。

 

「犬になれと言ったのだ」

「な!?」

 

 恐怖の中に僅かな怒りが灯る。

 やはり、完全には圧し折れていなかったらしい。

 まだまだプライドが残っている、俺に歯向かおうとするだけのプライドが。

 

「不服か?」

「うっ……」

 

 後頭部を踏み付けてみたのだが絵面がやばい。

 男日照りの非モテババアがショタ相手にSMプレイかましてるようにしか見えねえぞ。

 客観的に俺の要素と現状を組み合わせたらそれ以外の何ものにも見えない……まずいっすよこりゃあ。

 流石の俺もピーポくんを前にすれば逃げの一手を打つしかないもの。

 

「ならば、その頭蓋をこのまま踏み砕いて――――」

「ぼ、ぼきゅは犬です! りゅーくす様の犬になりましゅ!! だからおねがい、ゆるしてぇ!!」

 

 女の子みたいな声しやがってこの野郎。

 かなり複雑な胸中を隠したまま、俺は最後の仕上げに取りかかる。

 踏み付けていた足をどかし、つま先でバハたんの顔をかち上げる。

 そして足の裏を突き出し、

 

「舐めろ」

 

 どう足掻いても変態ショタコンババアです本当にありがとうございました。

 

「は、はひぃ!!」

 

 ブーツの裏をぺろぺろと舐めはじめたバハたん。

 今度はどこにも怒りなど混じってはいなかった。純度100%の恐怖だけ。

 

「(精神的にかなりキたけど……これで仕事は終わりだな)」

 

 もう、いきなり馬鹿をやらかすようなことはないだろう。

 

「ポチ、その姿のままで居るか。犬の姿になるか、どちらが良い?」

「……こ、この姿のままで居させて頂ける、のですか?」

 

 ぷるぷると小動物のように震える彼を見て王都上空に現れたあの竜を重ねる者は居ないだろう。

 

「邪魔にならなければどちらでもよい」

「な、ならこのままでお願い致します!!」

「フン」

 

 俺の許可無く力が漏れ出さぬよう封印の首輪を首に括り付ける。

 即席のアーティファクトだが、スカー・ハートよりは作るのが簡単だった。

 スカー・ハートは感情を原動力にしたり何だりで色々多機能だからな。

 

「あ、るーくすさま……」

 

 呆然とシンちゃんが呟く。

 

「どうだ、この程度であれば殺せそうだろう?」

 

 皮肉げな笑みを浮かべてそんな言葉を贈る。

 王都で見物していた際に発した『アレを殺すことが出来れば強いと言えるのではないか?』と言う台詞と絡めた発言である。

 まあようは、シンちゃんならコイツを倒せるぐらい強くなれるよ! と言う迂遠なツンデレだ。

 分かり難いかもしれないが、

 

「あ……は、はい! 頑張ります!!」

 

 花が咲いたような笑顔とはこのことか。

 シンちゃんは学は無いけれど察しは良いからツンデレもちゃんと拾ってくれるんだよな。

 ちなみに先のツンデレは別段リップサービスと言う訳ではない。

 フォローも兼ねてはいるがシンちゃんならいずれはと言うのも本音だ。

 

「(この子の憤怒を鑑みるに……ねえ?)」

 

 今はスカー・ハートと言う補助輪ありきでしか憤怒の力を顕現出来ない。

 たが長じれば、スカー・ハートは本当にただの玩具に成り下がるだろう。

 火を点けたのは俺だからなるたけ面倒は見るつもりだが、

 

「(未来ちゃんの登板が待ち望まれる……)」

 

 いや切実に、頼むぜ運命。

 

「(しかしあれだな、これでお供がもう一人――いやさ一匹増えた訳だが、どうせなら寡黙なタイプが良かった)」

 

 具体的には樺地だな。

 なあ樺地? ウス、の黄金パターンに憧れを抱かざるを得ない。

 

「(なあ樺地?)」

 

 ウス、心の中の樺地がそう答えてくれたような気がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話(表)フィクトスの憂鬱

 王都は混乱の坩堝に叩き込まれていた。

 他国からいきなり宣戦を布告されてもこうはならぬだろうと言うほどに。

 竜――それも伝説でしか語られて来なかった終末クラスの化け物が突然、王都上空に出現したのだ。

 破滅主義者でもなければ混乱し、恐怖するのが当然だろう。

 ある意味で今の王都の心は上から下まで統一されていると言って良い。

 

 ――――あの竜をどうにかしなければ。

 

 現状は沈黙を貫いているが、竜に人間の常識は通じない。

 何が切っ掛けとなって王都が火の海に包まれるか分からないのだ。

 何の前触れもなく訪れた亡国の危機、それでも制御不可能なほどに人々が混沌していないのには理由があった。

 

 そう、魔女の存在である。

 

 これまで幾度も絶大な力を示してのけた始原の魔女と言う伝説を継ぐ者。

 上から下まで皆が皆、彼女に期待していた。

 白銀の魔女フィクトスであれば終末級の竜ですら何とかしてくれると。

 

「(……無理、無理よ。あんなの……どうしようもない……)」

 

 だが当事者たる彼女からすれば堪ったものではなかった。

 人類最強を名乗れるだけの力はあるし大抵の竜も余裕で退治出来る。

 しかし、王都上空に留まっている竜は別だ。

 終末級、その名の通り世界を終わらせられるだけの力を持っている相手になど勝てるはずがない。

 

「(何で私がこんな目に遭うの!?)」

 

 誤解を恐れずに言うならフィクトスは俗物だ。

 

 誰よりも美しくなりたい、美味しい食べ物を食べたい、良い洋服を着たい、綺麗な宝石を身につけたい、皆に認められたい。

 物質的な欲望と承認欲求、それが彼女の全てだ。

 俗な欲望を満たすためだけに、彼女はこれまで頑張って来た。

 誰よりも我が身が可愛い、だから今すぐにでも逃げ出したい。

 だがここで逃げてしまえば折角手に入れた富、名声、権力を手放してしまうことになる。

 

 姿形を変えて別の国でお抱えになる?

 

 否、スペルビアこそが最大の版図を誇る強国なのだ。

 それ以外の国に行っても今以上の待遇は望めない。

 それに何より、魔女の後継者を名乗ることが出来なくなってしまう。

 魔女の後継者、それは何にも勝る威光だ。

 

 それを掲げていた者が逃げ出してしまえばどうなる?

 

 次にその看板を掲げる者が出て来ても猜疑の視線を向けられてしまう。

 別の国でフィクトスがその看板を掲げ国家のお抱えになることを目論んだとしよう。

 当然、逃げた偽物と言う前例があるのでそう簡単には信じてくれない。

 証明するために彼の竜を討ち取れとでも言われたらどうする? どうしようもないではないか。

 

「魔女殿、どうか我らに御助力を」

 

 王を始めとする国家の重鎮が集う会議室。

 皆が縋るようにフィクトスを見つめていた。

 

「……結論から申しますと、わたくしであればあの竜を倒すことは可能ですわ」

 

 おお! と室内が俄かに湧き立つ。

 流石魔女様だと言う賞賛の声も今の彼女にとっては煩わしいだけだった。

 

「話は最後まで御聞きになって?」

「こ、これは申し訳ない」

 

 薄笑いを浮かべたまま眼光だけを鋭くし、室内を見渡すと誰もが委縮してしまう。

 この光景を見てフィクトスは強く思う、手放したくはない……と。

 

「倒すことは可能。しかし、わたくしとアレがぶつかればどうなるかぐらいは想像出来るのではなくて?

最終的に倒せはしても、そう直ぐに殺すことは出来ませんわ。

時間が経てば経つ程、わたくしと竜の戦いによる被害は拡大していきスペルビア全土――いえ、世界規模にまで被害が及ぶことになる」

 

 そうなった時、この世界が砕け散らないと言う保証はない。

 そんなフィクトスの言葉に湧き立っていた者らの顔が真っ青に変わる。

 

「そ、そんな……!」

「では、ではどうすれば良いのです!?」

「落ち着きの無い方々ですわね。何も倒すだけが問題の解決法ではないでしょうに」

 

 扇子を広げ呆れたように溜め息を吐く。

 内心でかなり追い詰められていながらも演技をする余裕があるのは年の甲、或いは執念がゆえか。

 

「……どう、なされるおつもりなので?」

「この世界から放り出してしまえば良い」

「放りだす?」

「――――異次元に追放してしまうのです」

 

 フィクトスが高速思考を用い、何度も何度もシミュレーションを繰り返した末の結論がこれ。

 異次元への追放、これが最も勝率の高い方策だった。

 

「そのようなことが可能なのですか!?」

「わたくしの力を疑いになるので?」

「そ、そう言うことでは……」

「とは言え、終末級が相手ですもの。生半なことでは成らぬのも事実」

 

 薄笑いが消え、真剣な顔に変わる。

 

「あれを放り込める程の”道”を開くのであれば半日は必要ですわ」

 

 先ほど最も勝率の高い策だと述べたが成功する確率は二割――多く見積もっても三割ほどだ。

 まず第一に、異次元への道を開けるかどうか。

 異次元へと続く道を開くのであれば時間と空間というあやふやな”概念”に手をかけねばならない。

 火や水などの目に見える自然現象などとは桁が違う難度だ。

 一応、過去に拳大の道を開いた経験はあるがあのドラゴンを呑み込める規模なんて未知の領域だ。

 更に言えば代償も気にかかる。拳大の道を開くのですら一週間寝込む羽目になったのだ。

 帝都を丸々覆い尽くすような規模の道を開けばどうなるか。

 

「(まあ、代償を払うつもりなんてさらさらないのだけど)」

 

 保身のために竜をどうにかしようとしているフィクトスだ。当然、死ぬ気はない。

 代償については不安は残るものの、解決策はある。

 だが代償をどうにかしても、まだ問題は残っている。

 そもそもの問題として、仮に異次元への道を開けたとして竜が素直に飛び込んでくれるか?

 

 フィクトスは頭痛を堪えながら指示を出す。

 

「それまでは決してアレに手を出さぬよう周知を徹底なさってくださる?」

「将軍!」

「ハッ! かしこまりました!!」

「そして王都に存在する全魔法使いにわたくしの指揮下に入るよう通達も」

「それは何故でしょう?」

「事が事ですもの。今のわたくしはスペルビアに御仕えする身。この国の守護に万全を期すのは当然。

無いよりはマシ程度ですが、他の魔法使いらの力も注ぎ込もうと思いまして」

「成る程、では早速ギルドに……」

 

 話がまとまり各人が動き出そうとしたその時だ。

 会議室の扉が乱暴に開かれたのは。

 

「何事だ!? 竜に何か動きが――――」

「りゅ、りゅ……竜が突如として消失致しました!!!」

 

 その報告に王や重鎮らの顔がは? となる。

 顔にこそ出していないものの、フィクトスも同じ気持ちだった。

 

「と、兎に角此方へ!!」

 

 促されるままに空が見える場所へ移動すると……。

 

「ほ、本当に居ないぞ!」

「幻でも見ていたのか……?」

「そんな訳がないだろう! 確かに竜は居た! 俺も君も見ただろう!?」

「じゃあ一体何処に行ったんだ!?」

「落ち着け皆の者! これは一体どう言うことだ?」

 

 王が報告にやって来た兵士に仔細を問い質すも、

 

「それが突然消えたとしか……」

 

 当人にもよく分かっていないらしい。

 あんなものが空に浮かんでいたのだ、嫌が応にも見てしまうもの。

 しかし他の者に聞いても突然消えたとしか返って来ない。

 困り果てた王がフィクトスに問うも、当然彼女にも分かるはずがない。

 

「竜が存在していたことは確かですわ。ただ、竜が去った理由についてまでは。

人の精神構造とは異なるもの。何を考えているのか頭を捻っても答えは出て来ないでしょう。

独自のルールに基づき生きる彼らを理解したいのであれば、それこそ竜になるしかありませんもの」

 

 素直に分からないとも言えないので”らしい”言動でお茶を濁す。

 ただ、これだけだとあまり印象がよろしくない。

 

「とりあえず、わたくしが独自に竜の行方を調べてみますわ。

そして、それと並行して次またこのような事態が起きた時のための準備も」

 

 メインとなるのは異次元へ続く裂け目を開くための仕掛けだ。

 魔力を流せば起動出来るように備えをする、手を抜くつもりは一切無い。

 

「(今回は運良く、何も起こらずに終わったけど……)」

 

 次またあんなことがあれば堪ったものではない。

 築き上げた地位を奪われる恐怖を二度も三度も味わってたまるか。

 フィクトスは出来る限りの備えをしておくつもりだった。

 

「おお、これは心強い。頼みますぞ、魔女殿」

「お任せあれ」

 

 一礼し、フィクトスは自身の屋敷へと転移した。

 

「……ふぅ」

 

 屋敷に戻るや彼女は糸が切れたようにソファーへと倒れ込んだ。

 魔女としてこのような姿を他人に見せることは出来ないが、人目は無いので問題ない。

 フィクトスは身の回りの世話をゴーレムにやらせているので使用人などは雇っていないのだ。

 

「もう、最悪の一日だわ……」

 

 予兆があったのであれば対策も打てるし覚悟も決められる。

 だが何の前触れもなく、足許が崩れ去るかもしれないような事態は勘弁して欲しかった。

 フィクトスは愚痴愚痴と誰に向けたものかも分からない文句を吐き続ける。

 そして一通り吐き出したところでキッと表情を引き締めた。

 

「”εχΑολκ ΚυλζζγθΙΜΩΧ”」

 

 ぶつぶつと呪文を唱え始めるフィクトス。

 王に告げたように竜の居所を探っているのだ。

 スペルビアに対する愛国心は皆無だが、自分にも関わることなので手抜きは無しだ。

 しかし、幾ら探しても竜の姿がどこにも見当たらない。

 

「ッ……どう言う事?」

 

 あれだけ大きな力の持ち主だ。

 一度力の波長を覚えてしまえばどこに居たって見つけられる自信がある。

 現に、竜が住みかとしていたであろう遥か天空の巣だって発見出来た。

 竜本体以外ではそこが一番力の痕跡が強い場所だからだろう。

 だが力の大元なる竜本体を見つけられないのはどう考えてもおかしい。

 

「倒された? 馬鹿な、あり得ない」

 

 あんな化け物を倒せる存在なんてこの世に居る訳がない。

 

「そんなことが出来るのは、それこそお伽噺に出て来る始原の魔女ぐらいのものよ」

 

 フィクトスは始原の魔女の実在を信じていない。

 よしんばかつては存在していたのだとしても、今はその系譜が途絶えていると確信していた。

 勿論、何の根拠もなしにその存在を否定している訳ではない。

 魔道を極めていく中で力と知識を積み重ねた末の結論だ。

 

「倒されたと言う線は無いにしても……じゃあ、何なのかしら?」

 

 幾ら頭を捻ってみてもこれだ! と言う答えは出て来ない。

 

「……やっぱり、竜自身が自主的に去ったって考えるべきなのかしら?」

 

 だとすればその理由は? 分からない。

 結局はフィクトス自身が王に語った以上の推論は立てられなかった。

 

「分からないことを考えていてもしょうがないわ」

 

 行方を追うと言った以上、報告はしなければいけない。

 なら、巣に戻ったと報告しておけば良いだろう。

 リアリティを出すために正確な場所もついでに伝えておけば問題はない。

 どうせ自分以外に巣を確認出来る者など居ないのだから、真偽は確かめられない。

 

「大事なのはこれからどうするか」

 

 今までは自身の築き上げた地位が盤石なものだと思っていた。

 だが、今日の一件でそうではないことを思い知らされた。

 だからと言って諦めるつもりは毛頭ない。

 何が何でも今あるものを手放すものか。

 

「次元の裂け目以外にも防衛機構を配置するべきね」

 

 怠惰に贅を貪っていたいと言うのが本音だが、それにかまけて将来を閉ざしてしまうのは馬鹿のすること。

 フィクトスは頭の中で幾つもの対策を練り上げていく。

 始原の魔女を継ぐ者、と言う看板は偽りだが紛れもない実力者であることは事実なのだ。

 彼女が本気を出して守りに入ればそれを突き崩せる者など誰も居ないだろう。

 

 ――――正真正銘の”魔女”以外には。

 

「はぁ……これから忙しくなるわ」

 

 フィクトスが真の絶望を知るのは、もう少し先のことであった。





お気に入り登録4000件突破しました、ありがとうございます。
私的な話で申し訳ありませんが私は小説は元々なろうで書いてました。
ただまあ、私生活でのしんどい事やら何やらでスランプに陥っていました。
一番最初に書いた作品に比べてブクマや評価がパっとしなかったり
他のをブクマや評価してくれてるのは最初の作品と同じ作者だからってだけでなんじゃないかとか悩んだり
楽しんでもらえてる作品を書けてるのかと悶々として何も書けませんでした。
ユーザー名変えてもなろうだと作者ページに飛べるしお気に入りユーザー登録していたら意味もありません。
気晴らしも兼ねて頭空っぽにして読めるおバカな作品をここで投稿したのですが……皆さんのお陰で少し自信が回復しました。
十話にも満たない話数で4000件とか私的に初めての経験です。活力を頂き本当にありがとうございます。



ちなみにこのフィクトス
ポチがサイヤ人編のZ戦士だとするならレッドリボン軍のブルー将軍。
良いとこ桃白白って感じですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話(裏)そうさ、今の俺はタバサだ!

あらすじ書くとこにも書きましたが気付かない方も居るかもなので
此処でも紹介させて頂きます。

海鷹さんから主人公ルークスのとても素敵なイラストを頂きました。
是非、ご覧になってください。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=66176435


「マスターマスター! 今日は天気も良いしお散歩に行こうよ!!」

「(懐 か れ た)」

 

 ソファーに寝転がって酒を呷っている俺の下にやって来て散歩の誘いをかけるバハたん改めポチ。

 その名に違わぬ犬っぷりだ。

 だってもう、何か尻尾見えるもの。尻尾めちゃブンブン振ってるもの。

 

「(……存外メンタルつええなこのドラゴン)」

 

 ポチが王都に進撃して来た日から既に二週間が経過していた。

 最初の一週間はイジメられっ子もかくやと言うほどのビビりっぷりで常時俺を警戒していたのに今じゃこの有様である。

 最初は恐怖の方が勝っていたようだが、よくよく考えればコイツは力の信望者だ。

 落ち着いて振りかえった時、圧倒的な力と自分を倒した際の大物ムーブにコロっと行ってしまったらしい。

 

 チョロ過ぎて将来が心配になるわ――ポチのが年上だけど。

 

「オラァ! ルークス様の邪魔してんじゃねえぞ馬鹿蜥蜴ェ!!」

 

 俺に対する馴れ馴れしい態度が気に食わないシンちゃんが喰ってかかる。

 ここ数日ですっかり見慣れてしまった光景だ。

 

「うるさいよヒューマン。雑魚が僕に意見するな」

 

 ポチはポチでシンちゃんを毛嫌いしている。

 俺の(押し掛け)奴隷ゆえ直接手を出すようなことはないが、言うても相手は人間だ。

 基本的に自分以外を見下すスタンスはまるで変わっていない。

 そのスタンスに加え自分より弱いのに俺がシンちゃんを傍に置いていることが気に入らないものだから態度が刺々しいものに。

 

「(そういや……)」

 

 先のじゃれ合いにおいて俺は超越の黄金について言及した。

 しかし、よくよく考えれば竜の場合はどうなのだろう?

 師匠も黄金の竜については語ってくれたけど、思い返してみれば超越の黄金だとは言ってなかった。

 

「(件の黄金の竜が俺達と同じ領域に立っていたなら師匠も説明してくれただろうし)

 

 竜と言う種族の成り立ちや祖を鑑みるに頂に至った場合は――――

 

「(赤、かな?)」

 

 本質的には超越の黄金と同じなんだろうけど色が異なる可能性は高い。

 完全を意味する黄金だが、竜に限っては別の極点があるはずだし。

 だとすればポチ――むしろ遠ざかってないか?

 

「(いや、黄金を経て赤に至るのかな?)」

 

 興味深いな。

 別段魔女だから知識に貪欲、と言う訳ではない。

 これはそう……あれだ、育成ゲームをプレイしている時の心境に似ていると思う

 

「(学校にまでデジモンを持ち込んでた小学生時代を思い出すぜ)」

 

 当時はネットとかもよく分かってなかったからな、完全に手探りだった。

 手探りで強くカッコ良いデジモンになるよう自分なりに最善だと思う育成をしていた。

 ああ、この子はどんな進化をするのだろう? カッコ良いデジモンになってくれるのかな?

 胸をドキドキさせながら餌をやりプロテインを与えウンコの掃除をしていた。

 

「(まあ、だからと言ってポチを使ってリアル育成ゲームをするつもりはないが)」

 

 自分を殺せる可能性を持つ者を育て上げたくはない……なーんてことは別にない。

 エレイシアは最強だが、別段その強さに固執している訳ではないからな。

 仮に同格の相手が現れたとしても平然としているだろう。

 ポチを育てないのは単純に面倒だから、そして俺に指導者としての資質がないからだ。

 

「雑魚」

「負け犬」

「チビ」

「小便漏らし」

「ブス」

 

 子供か! いや、片方はガチロリでもう片方も見た目は子供だけどさ。

 デコをくっつけメンチを切り合いながら雑な罵倒を繰り返す様は小学生のそれである。

 

「……やかましいぞ」

「「ごめんなさい!!」」

 

 そして俺に対しては微塵もブレない忠犬ぶり――結構!(児玉清風)。

 

「そんなに元気が有り余っているのなら遊びにでも行け、金はくれてやる」

「遊びに行くならマスターと一緒が良いな!」

「邪魔なら外に行きますが、あたしはなるべくルークス様のお傍に……」

 

 可愛いなコイツら!

 だが慕ってくれるのは嬉しいけど、俺は俺で考えなきゃいけない事があるのだ。

 特にポチ、コイツのせいで色々と予定が狂ってしまった。

 

「(まさか出兵計画が白紙になるとはな……)」

 

 スペルビアはシンケールスと言う国への侵略を計画していたのだ。

 ちょっと本気を出せば軽く踏み潰せるような小国ゆえ今までは見逃されていた。

 しかし、近年シンケールス領内で発掘された資源がスペルビアの領土的野心を煽ったのである。

 シンケールスから資源を買う、なんて発想は無い。

 大国ならばまだしも小国ならば滅ぼし領土諸共に奪うのがこの国のやり方だ。

 いや、大国であろうとも本気で欲しいのなら平気で喧嘩を振り掛けるだろう。国際的な非難なぞお構いなしに。

 

 まあそこらについての是非はさておこう。俺に戦争云々を真面目に語れなんてのはどだい無理な話だから。

 

 問題はその出兵計画が白紙になったことだ。

 俺は今回の侵略を利用して銀髪のババア(年下)をその座から引き摺り下ろすつもりでいた。

 だが王都にポチが出現したことでスペルビアは侵略やってる暇はねえ! とばかりに自国の防備の充実を進め始めたのだ。

 勿論、落ち着けば派兵を行うのだろうが今のところその見通しは立っていない。

 

「(ポチめ、何てことをしてくれんだ……いや、元を正せば俺が悪いんだけどさー)」

 

 折角無い頭であれこれ考えて、これならいけるやん!

 って演出を思い付いたのに行動に移せないとか……。

 いや、待てば良いだけの話なんだけどさ。

 それでも気分的にはもう、バリバリやるぞー! ってなってただけに脱力感が酷い。

 

「(もういっそ直接……)」

 

 いやいや、それは駄目だ。

 ロールプレイやってんだから魅せ方にこだわらないでどうするよ。

 

「(熱くなれよ俺ェ!!)」

 

 現世にやって来てもう一月近く経ってんだぞ。

 ザイン、シンちゃん、リーンくんと面白い人間には出会えたけど本筋から逸れまくってんじゃねえか。

 

「(長く生きるってのも考えものだな……)」

 

 ついつい気が長くなってしまう。

 前世を思い出せ、追われるように日々を過ごしてたじゃねえか。

 趣味を充実させるための金を稼ぐために馬車馬の如く仕事をこなす。

 稼いだ金で充実させたオタ趣味を存分に楽しむ。

 時間は幾らあっても足りなかった、寝る時間さえ惜しいと思うぐらいだ。

 

 俺は今、あの頃の情熱を忘れている。

 

「どうかされましたか?」

「散歩? 散歩に行ってくれるの?」

 

 突然立ち上がった俺に驚くシンちゃんと期待し始めるポチ。

 

「……王都に居るのも飽きた」

「「え」」

 

 積極的に動こうじゃないか。

 出兵計画が白紙になったのだとしても、いずれ再開することは目に見えている。

 ならば今の俺にだって出来ることはあるはずだ。

 シンケールスに味方をする口実となるような人間を探しに行こう。

 

「ポチ、足になれ」

 

 ポチの首根っこを引っ掴んで持ち上げる。

 

「へ?」

 

 封印を緩めると同時にガッチガチの認識阻害を施し開かれた窓から空目掛けて放り投げる。

 

「うええええええええええええええええええええええ!?」

 

 ある程度の高さまで上昇したところでポチが竜の姿に変わった。

 と言っても王都を覆い尽くすほどの馬鹿デカさではない。

 人が数人、余裕を持って乗れる程度の常識的なサイズだ。

 

「行くぞ」

「は、はい!!」

「(……?)」

 

 ポカーンとしているシンちゃんに声をかけたところ、何やら期待の籠った眼差しが返って来た。

 

「(はて? 一体何を……いや、まさか、でも……)」

 

 幾ら何でもそれはないだろうと思いつつ他に思い当たることがない。

 なので試しにとシンちゃんを荷物の如く小脇に抱えてみると、

 

「えへ、えへへ♪」

「(うせやん……)」

 

 SAG●WAでも、もうちょっと丁寧だろって雑な運び方だぞ。

 怒ロリの闇にちょっと引きつつ、俺も窓の外に出て滞空しているポチの背へ飛び乗った。

 その際にシンちゃんをポイっと雑に放り投げたのだが……やっぱり嬉しそうだった。

 

「もう、酷いよマスター……まあでも、一緒にお出かけ出来るなら良いか! ねえ、どこに行くんだい?」

「とりあえずは、東だな。あまり急がなくて良い、ゆっくり飛べ」

「はーい!!」

 

 こうして空の旅が始まった。

 ワープ出来んだろ? ああん? と言われたらその通りだが、転移ではい到着じゃ味気ないからな。

 

「そう言えばルークス様、お屋敷はどうするんです?」

「知らん」

「そ、そうですか」

 

 演技でも何でもない、本気でどうでも良いと思っている。

 だってとりあえずの拠点ってことで奪い取っただけで思い入れなんか無いし。

 じゃあ返してやれよっと言われるかもしれないが、それはそれでな。

 あの屋敷は糞みてえなお貴族様から奪ったものだ。

 で、そんな奴にわざわざ返してやるのも面倒臭い。

 かと言って何が何でも手元に置いておきたいって訳でもないので放置安定だ。

 

「(王都に戻った時、屋敷が使えなくなっててもまた奪えば良いだけだし)」

 

 全員がそうとは言わないが貴族街を見るに腐った連中はうじゃうじゃ居たからな。

 奪う家に事欠かないのはありがたいこった。

 いや、善人ぶるつもりはない。

 ただどうせ奪うなら気持ち良く奪いたいというのが人情だろう?

 善良だったり中庸な人間から搾取するより屑から搾取した方が気持ち良いではないか。

 

 わざわざ糞をターゲットにするのは気持ちが良いから、それ以外の理由は皆無だ。

 

「(我ながらロクでもねえな)」

 

 やっぱこんな大人に子供の教育なんて無理ですよ、はい。

 これから向かうシンケールスで真っ当な大人に出会えれば良いのだが……。

 

「(未来ちゃんクラスのぐう聖じゃなきゃ根本的な解決は無理だろうけど)」

 

 それでも多少は考える切っ掛け、心のしこりになるような何かをくれる大人との出会いを期待したい。

 狂信と憤怒、それだけで心を埋め尽くされた現状はあまりに不憫だから。

 憤怒だけよりかは良い。狂信を通して喜びや楽しみを感じられるのならばまだマシ。

 そう捉えることも出来るかもしれないが、この子はまだ十二歳かそこらだ。

 

「(他の道があっても良いじゃん)」

 

 シンちゃんは人生の半分を屈辱と痛みに塗れて過ごして来た。

 無条件の愛情を受け取ることが許される子供だと言うのに、だ。

 これから先も続いていく人生を憤怒と盲信に捧げることはあるまいよ。

 

「ルークス様?」

 

 不思議そうな顔で俺を見上げるシンちゃん。

 こうして見ればただの子供にしか見えないのが性質の悪いところだ。

 俺とて特別な眼を持っていなければ感違いしていただろう。

 

「……いや、何でもない」

 

 ドラゴンの背に乗って空を飛ぶとか地味にファンタジーっぽいことやってるんだ。

 そうさ、今の俺はタバサだ! シルフィードに乗って空を往く魔女っ娘!

 難しいことは後回しにして景色を楽しもうじゃないか。

 

「オラァ! くたばれ化け物が!!」

「範囲魔法撃つから巻き込まれたくなければ、とっとと逃げなさい!!」

「おい、回復遅れてんぞハゲー! この、ハゲー!! 違うだろー!?」

 

 う る せ え。

 

「マスターマスター、小蠅がやかましいし地上を焼き払っても良いかな?」

 

 良 い 訳 ね え だ ろ。

 

 地上から聞こえる怒号、それは俺達に向けられたものではない。

 冒険者らがモンスターと戦っているだけである。

 

「……あたし王都から出るの初めてだけど、外はこんなんなのか」

 

 フィールドを歩いていればモンスターにエンカウントする、それはお約束だ。

 しかし、王都とその周辺のエンカウント率が尋常ではない。

 どこを見てもモンスターがうろついてて、それを狩る冒険者もうようよ蠢いている。

 母なる大地が人間とモンスターの血で真っ赤じゃねえか。

 しかも何が恐ろしいって、これ別に今日が特別とかそう言うんじゃないってことだよ。

 これが日常なのだ。こんな戦いが毎日毎日、繰り返され続けている。

 

「おいおい、王都に侵入しようとしてるのも居やがるぞ。アグレッシブ過ぎだろモンスター」

「君、王都で暮らしてたんでしょ? 何でそんな驚いてるんだよ」

「ルークス様に助けられるまでずっと地下暮らしだったんだからしゃーねーだろ」

「でもマスターのお陰で外に出られたんでしょ? だったら気付いても良さそうなものだけどね」

「それはしょうのないことだ」

 

 俺がフォローを入れると二人はどう言うこと? と首を傾げる。

 シンちゃんは良いけどポチは前見ろ前。

 前方不注意は自損事故の元だからな。

 

「王都をぐるりと囲む巨大な防壁、あれには結界の術式が刻まれていてな

物理的な防御力を上げるだけではなく、外からの騒音を遮断する効果も編み込まれているのだ」

 

 中々に優秀な結界だと思う。

 俺としては特に遮音部分を評価したいね。

 一定の音量を超えると音が遮断されるだけでなく必要な音は通す仕組みは実に見事だ。

 アレを組んだ人間はよっぽど繊細なのだろう、利点に伴うマイナスをなるたけ減らそうと言う工夫が各所に見られる。

 

「あの壁、そんな力があったんですね。知らなかったです」

「一般の市民が知らぬのも無理はなかろう」

 

 わざわざ説明するようなことでもないしな。

 一般ピーポーからすれば問題なく日々を営めればそれで良い。

 どうして日常を過ごせているのかを詳しく調べる人間なんて稀だろう。

 

「だが、そのお陰で無用な混乱を招かずに済むのだから為政者からすればありがたいことだろうて」

「無用な混乱、ですか?」

「遮音機能に問題は無いが単純な守護と言う意味であの結界は今、大幅に劣化している」

 

 眼下の地獄絵図は何時も通りなのだろうが、王都の外縁に配置されている兵の数が多い。

 表向きの理由はポチの再襲撃を警戒してとかそんなだろうが、内情は違うはずだ。

 

「(国が結界の劣化を把握していないはずがないしな)」

 

 モンスターが王都内部にまで侵入して来る事例は珍しくもないが、今は不味いだろうし。

 何時もは結界全体の被害を抑えるため意図的に作ってある穴から王都に侵入されてるから対処も容易い。

 だが結界全体が劣化した今、どこからでも結界に穴を穿ち易くなっている。

 主導権を握れていない現状でモンスターを招き入れるほど国も馬鹿じゃない。

 

「劣化って、何かあったのかい?」

「貴様のせいだろうが」

 

 ドラゴン――その中でも今の時代の最上位がポチだ。

 そんなポチが力を抑えることもなく無遠慮に垂れ流しながら王都に現れれば影響が出るに決まってるだろう。

 俺みたいに力を抑えたり、力を発露しても結界に影響を出さないように出来るなら問題ないんだがな。

 

「ただそこに在るだけで多くに影響を与えることを自覚しろ、馬鹿者め」

「いやー、ハハハ! 強いってのは罪だね!」

「糞蜥蜴、テメェはホントロクなことしねえな」

「え? 今何か言った? ごめんね、蟻の声なんて聞こえないんだ!」

「こ、この……!」

 

 また口喧嘩を始める二人。

 止めるのも面倒なのでそっと視線を外す。

 

「(上も下も大騒ぎだな……ん? 待てよ……)」

 

 地上で暴れ回る冒険者らを見て、俺はあることを思い付く。

 

「(…………シンケールスに着いたら試してみるか)」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話(表)優しい世界

「いやぁ、ここも随分寂しくなっちゃったねえ」

「……ですねえ」

 

 シンケールス領内、スペルビアとの国境に位置する街の冒険者ギルドで二人の男女が雑談に興じていた。

 一人は三十半ばほどの草臥れたオッサンで名はロッド。

 もう一人は二十三歳だが実年齢よりも幼く見える女性、名はフレイ。

 共にギルドの職員なのだが、仕事をしている様子はない。

 サボっている訳ではない、冒険者が少なくなってしまったせいで仕事がないのだ。

 

「ホント、嫌ですね。戦争って」

 

 フレイが深く溜め息を吐く。

 二ヶ月ほど前から、シンケールスではある噂が蔓延していた。

 それは近々スペルビアによる侵略が始まると言うものだ。

 大国と小国、ぶつかり合えばどうなるかなんて語るまでもないだろう。

 

 国境のこの街で活動していた冒険者らは戦火に巻き込まれては面倒だと逃げ出したのだ。

 

 この街で生まれ育ち冒険者になった者。

 他所から来たが根を下ろし簡単には手放せない生活基盤を築いたり愛着を持った者。

 それらの理由が無い多くの冒険者はこの街を去ってしまった。

 冒険者を生業にする人間はモンスターが居る限り、どこであろうとやり直せるからだ。

 

「まあでも、向こうさんも色々あったみたいだし当面は大丈夫でしょ」

「……ああ、終末クラスのドラゴンがいきなり現れたんでしたっけ?」

「そうそう」

 

 数年は猶予が生まれたとロッドは読んでいる。

 与えられた猶予の中で国のお偉いさんがどんな方針を示し、どう備えるか。

 その如何によってシンケールスが歴史の大海に散るかかどうかが決まるだろう。

 

「ケッ、どうせならそのままスペルビアを焦土にしてくれたら良かったのに」

 

 心底忌々しげに吐き捨てるフレイ。

 別に彼女の血の気が特別荒いと言う訳ではない。

 シンケールスで生まれ育った人間は大体こんな感じで、スペルビアと言う国を心底から嫌悪している。

 他を省みず好き勝手振舞っているスペルビアは世界の嫌われ者だが、一番嫌っているのはシンケールスの人間だろう。

 嫌いな理由を挙げていけばキリがないが、根っこの部分にあるのはただ一つ。

 

 ”気持ち悪い”のだ。

 

 どうにもスペルビアと言う国が、そこで生きる人間が自分達とは異なる”ナニカ”に見えてならない。

 どうしてそう感じるかは分からない。しかし、本能的に相容れないのだ。

 

「そうなりゃ抑え付けられていた他の大国が暴れ出すから、おじさんとしては勘弁かなぁ」

「まー……それはそうですけどぉ……」

 

 舌打ちをかますフレイにロッドは苦笑いを返すことしか出来なかった。

 

 ロッド・レオーネはシンケールスの出身ではない。

 スペルビアで生まれ、スペルビアで育ち、そしてスペルビアを去った人間だ。

 シンケールスに移住した当初こそ風当たりが強かったり、ロッド自身もシンケールスの空気に違和感を覚えていたが今は違う。

 フレイが過激な発言をしているのも、ロッドをすっかり受け入れてしまっているからだろう。

 

「でも、あの国はいっぺん天罰を受けるべきですよ。今回だって結局被害は無かった訳ですし」

「(参ったな……いや、気持ちは分かるけどね。あの国は確かに酷い……)」

 

 ロッドがこの国に来て驚いたことは数多いが一番は治安の良さとそれに付随する民度の高さだ。

 悪徳が罷り通り、欲望のままに好き勝手振舞う人間が大半を占めるスペルビアとは比べ物にならない。

 

 その例の一つがギルドにおける”指導員”の存在だ。

 

 仕事は駆け出し冒険者に同行し安定するまでサポートを行うこと。

 冒険者なんてものは自己責任の極み、野垂れ死んでもお前が悪いで済まされてしまうのがロッドの常識だった。

 強制ではなく選択制、希望した場合も依頼の報酬から幾らか天引きされてしまうとは言え彼の常識からすれば信じられないものだ。

 ゆえに指導員の存在を聞いた時、最初はその正気を疑ったほどである。

 だが今は少しでも人死にが減りますようにと言う優しいその制度を好んでいる。

 好んでいるからこそ自らもまた指導員の職に就いたのだ。

 

「最低でも首都消滅とか……ってあら、いらっしゃいませー!!」

「フレイちゃん、そんな飲食店の店員じゃないんだから……」

 

 カランコロンと入口のベルが鳴り扉が開かれた。

 仕事だと意気込むフレイであったが現れたのは、

 

「はぁ……何で僕がこんな……」

「ぐだぐだ言ってんじゃねえぞ。テメェ、それでもタマぁついてんのか?」

「(子供……?)」

「えっと、君達、どうしたのかな? お使いか何か?」

 

 フレイも面喰っていたが彼女は生来の子供好き。

 直ぐにニコニコ笑顔を浮かべて彼らに歩み寄った。

 威圧感を与えないようにと子供達の目線に合わされているが好印象だ。

 

「ちげーよ、あたしらは冒険者になりに来たんだ」

「ぼ、冒険者に……? え、えーっと……」

「年齢制限とかは特にないって聞いてるよ。早く手続きしてくんない?」

「登録料もあるぜ、ほら」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね? ロッドさん!」

「あ、ああ」

 

 部屋の隅まで移動し、二人は顔を寄せ合う。

 

「私、子供が冒険者になりに来るとか受け付け史上初めてなんですけど!

幾ら人手不足だからって子供に危ないことさせられませんよね!? 説得した方が良いですよね!?」

「それは、まあ……」

 

 スペルビアにおいてはそう珍しい事例でもない。

 底辺のストリートチルドレンらが現状打破を夢見てギルドの門を叩くなぞざらだ。

 まあ、その夢が叶うかどうかは別として。

 だが、治安も良く福祉にも力を入れているシンケールスにおいてはあり得ないこと。

 フレイが言うように子供が危険な仕事に就くなぞ言語道断と言うのが常識だった。

 

「で、でもこう言う時何て言えば良いんですかね?」

 

 チラリと二人を見やる。

 フレイには黒髪の少女も、銀髪の少年も、大人の言うことを簡単に聞くような手合いには思えなかった。

 受付嬢として多くの人間を見て培った観察眼ゆえだろう。

 

「とりあえず検査してみたらどうだい? 子供相応の能力しかないだろうし、それを理由にしてさ」

「あぁ、もう少し大人になってから……みたいなことを言えば良いんですね」

「そうそう」

 

 密談を終え、子供達の下へ。

 受け付けのフレイはともかくロッドの仕事はないので彼は静観の構えを取っている。

 

「まずはこの書類に名前を書いてくれるかな? うん……そう。シンちゃんに――ポチ!?」

「(ポチ!?)」

「マスターにつけてもらった名前に文句ある訳?」

「い、いえ……ご、ごめんね?」

 

 不機嫌そうにフレイを睨み付けるポチ少年。

 だが本当に不機嫌になるべきはポチと言う名前そのものではなかろうか。

 そう思ったロッドであったが、本人が気に入っているなら……とツッコミを入れたくなる衝動を必死に堪えた。

 

「えっと、二人共苗字は……」

「あ? んなもんねーよ」

「強いて言うならステラエ、だけど……勝手に名乗ったら怒られるかもだし……」

「ルークス様の苗字使おうとか百万年はえーんだよ!!」

「使うなんて言ってないだろクソチビ」

「(一体どう言う関係なんだこの二人は……?)」

 

 疑問が尽きないロッドであった。

 

「じゃ、じゃあ次は魔女の鏡に手を触れてくれる?」

「鏡? 黒い石板にしか見えねえんだけど」

「あはは、まあそう言う名前のアーティファクトってだけだから」

 

 二人が滑らかな黒いモノリスに小さな手を重ねると光の文字列が浮かび上がった。

 それは冒険者として必要な能力を可視化したもので……。

 

「! ろ、ロッドさん!」

「ん? 何だい何だい」

「これ、これ見てください!!」

 

 フレイに促され石板を覗き込むとロッドもまた驚きを露わにする。

 

「(これ、は……特別凄いって訳じゃあないが……)」

 

 駆け出し冒険者の平均値よりもそれなりに高い数値が記されていた。

 子供としては破格のもので数値だけを見るなら問題なく冒険者を始められるだろう。

 つまるところ先ほど考えた説得は難しいと言うことだ。

 

「……」

 

 フレイが困ったようにロッドを見つめる。

 どうしましょうロッドさん? そんな声なき声が聞こて来そうだ。

 

「(嘘を吐いて……ってのも、後味悪いしな……)」

 

 スペルビアに居た頃ならまだしも、今ではロッドも立派なシンケールスの国民だ。

 嘘を、それも子供相手に虚言を弄したくはなかった。

 

「なあおい早くしてくんね? あたしらも暇じゃねえんだからよ」

「そうそう。何? 僕らそんなに駄目だった訳?」

 

 かったるそうな表情の子供達。

 かなりふてぶてしいが、それでもロッド達からすれば子供には変わりなかった。

 

「あー……その、君達は何で冒険者になろうと思ったんだい?」

 

 結論の引き延ばしプラス彼らへの理解を深めるためロッドが問う。

 

「「強くなるため」」

「何で強くなろうと?」

「それをあんたに説明する必要あんのか?」

「それとも説明しなきゃ冒険者にはなれないの?」

「い、いやぁ……そんなことはないんだけどさぁ……アハハ」

 

 子供達の機嫌がますます悪くなっていく。

 ロッドにも覚えがあった。

 これぐらいの時分は、とかく大人が鬱陶しくてしょうがない。

 真っ当な説教をしたところで意味は無いだろう。

 

「(となると……)」

 

 ”指導員”としての立場を利用するしかない。

 ロッドはそう決意し、顔に愛想笑いを貼り付けた。

 

「フレイちゃん、二人の手続きを済ませてカードを発行しちゃってよ」

「ロッドさん!?」

「気持ちは分かるよ? でも、このまま問答を続けても多分無駄だ」

 

 冒険者になることを諦めたとしても、勝手に戦いを求めてモンスターの下へ向かうだろう。

 目的が金銭ならばともかく、彼らの目的は強くなるため。

 冒険者と言う立場は必ずしも必要ではないのだ。

 金も稼げるし丁度良いと言う程度の重みしかないだろう。

 

「さて、シンちゃん。ポチくん」

「「馴れ馴れしい」」

「……ごめん」

 

 何と刺々しい子供達だろう。

 だが生意気だと切り捨てるほど、ロッドもフレイも非情な人間ではなかった。

 

「改めて、君達が冒険者になることは認めよう」

「そりゃどーも」

「ただ、オジサン達も若い命を無駄に散らせたくはないんだ。そこで一つ提案がある」

「あ゛?」

「落ち着け駄犬。悪いなオッサン、続けてくれ」

「う、うん。えーっと、この国のギルドには指導員と言う制度があってだね?」

 

 ロッドが思い付いたのは指導員と言う制度を利用することだった。

 能力はあっても戦いに向いていない人間と言うのはどうしても存在する。

 

 指導員としての立場でシンとポチがやっていけるかどうかを見極めるつもりなのだ。

 

 もしも向いていないのであれば、冷徹にそれを指摘し冒険者を廃業するように促す。

 普通にやっていける、向いているのならば仕方ない。

 止められる理由がないのならば傍で教導して生存の確率を少しでも底上げしてやれば良い。

 子供が冒険者になるのは好ましくはないが、どこかで妥協点を見つけなければ何時までも平行線だ。

 

「それ、僕らが受けるメリットある? よくは分からないけどお金って大切なんだろ?」

「本来なら報酬から天引きさせてもらうが、今は特例だよ。見ての通り、ギルドは閑古鳥が鳴いててね」

 

 残っている冒険者は居る。全員が居なくなった訳ではない。

 ただ駆け出し連中に関してはゼロで残っているのはベテランばかり。

 

「オジサンもやることがなくてね。いや、お茶くみだったり掃除だったり書類仕事を手伝ってるんだけどね」

 

 それでも本業の仕事はゼロだ。

 だからこそ、多少の融通は利かせられる。指導対象が子供とあれば尚更だ。

 

「報酬の天引きは行わない。君達が子供だと言うのもあるし……何より人手不足なんだよ」

「あぁ、確かに元々天引きの値下げも検討されてましたからね」

「ふぅん。でも、僕らには必要な――――」

「待てよ駄犬」

「何だよチビ」

「(……協調性が無さそうなのは、冒険者としては減点かな?)」

 

 一歩引いて二人を見守るロッド。

 もしここで跳ね除けられたのなら、こっそりと彼らを見極めるつもりでいた。

 

「ルークス様に言われたことを忘れたのか? 強くなるために必要なこと」

「……あの人間が役に立つのかい?」

「少なくとも今のあたしらよりは強いだろうぜ。何か役に立つこともあるかもしれねえだろ」

「ふむ……僕には分からないから、君に任せるよ」

「(ルークス様、ねえ)」

 

 ちょいちょい話題に出ていた名前だ。

 様付けされていたりマスターと呼ばれているところを見るに、

 

「(彼らは奴隷……だと考えるのが自然だろうけど……)」

 

 それにしては自由過ぎる。

 身なりも良いし、何より子供達は相当ルークスとやらを慕っているように見えた。

 イマイチ関係性が読めない、と言うのがロッドの素直な感想だった。

 

「話はまとまったかい?」

「おう、オッサンの手助けを借りることにするよ」

「それは何より。じゃあ早速だけど、簡単に依頼を受けてみないかい?」

「あたしらがどれだけやれるかを見てえんだな?」

「その通り。フレイちゃん、何か良いのはあるかい?」

「そう、ですねえ……コボルトの討伐依頼なんてどうです?」

「ああ、良いね。よし、それにしよう」

 

 話はまとまった。

 ロッドは子供達の身分証明になるカードの発行をフレイに任せ自身は依頼の手続きを行う。

 

「これで準備完了。君達も心の用意は出来たかな?」

「おう」

「何時でもどうぞ。誰とだってやるよ」

「OK! それじゃあ出発しようか」

 

 心配そうな視線を送るフレイに手を振り、ロッドは子供達を伴ってギルドを後にする。

 

「(……願わくば、戦いに向いていない人間であってくれよ)」




今話の表裏と次話の表裏で役者が出そろって
その次から事態が動き始めてルークスVSフィクトスに繋げる予定です。
大人しめの展開が続きますが、付き合ってくださると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話(裏)学術的興味と言うやつである

《良いかえ? 人間は皆、それぞれ生まれながらに得手とする”属性”を備えているのさ》

 

 五歳の誕生日を迎えたその日、俺の魔女としての本格的な修行が始まった。

 黒板の前でチョークを片手に講義をする師匠の姿は正に熟練の女教師。

 英国あたりの格式ある学園学院の教頭先生ってこんな感じなのかなーって。

 

《属性……性癖ってことですか?》

 

 師匠は無言で俺を張り倒した。

 痛みが後からやって来て気付けば床を舐めていると言う電光石火の平手打ち。

 

《剣士であろうが魔法”モドキ”を使う連中であろうが主婦だろうが絵描きだろうが、皆属性を備えている》

 

 師匠ってどんな下着つけてるんだろう?

 倒れ伏す俺はそんなことを考えていた気がする。無論、性的な欲求に基づくものではない。

 心に逸物を備えているとは言え老婆相手に欲情するような奇特な属性の持ち主ではないのだ。

 ゆえにこれは純粋な好奇心、学術的興味と言うやつである。

 

 ――――そんなこと考えてたらヒールで顔面踏まれました。

 

《痛い痛い痛い痛い!? ごめんなさい師匠! 私が悪かったです!!》

 

 師匠は無言で俺を座席まで放り投げた。

 体罰かよ! 暴力教師かよ! と抗議しようかとも思ったがよくよく考えなくても悪いの俺である。

 

《ルークス、属性とはどう言うものだと思う?》

《え? そりゃまあ……》

 

 真面目に考えるならあれだろう。

 魔女になるための修行してんだからRPGとかでよく使う魔法の属性そのままじゃねえの?

 

《火、水、風、土、闇、光――とかですか?》

 

 とりあえずオーソドックな六つを挙げてみた。

 

《惜しい、光を除けば満点だったよ》

 

 言いつつ師匠は俺の机にキャンディを一つ置いた。

 その場で包装紙を剥がして口の中に放り込んだが師匠がそれを咎めることはなかった。

 

《光は入らにゃいんでふか?》

 

 正直、腑に落ちない。

 火と水、風と土、闇と光、先ほど挙げた六つはそれぞれが対になっている。

 闇が入らないならともかく闇を入れてあるのに光を除くのは……何か据わりが悪い。

 

《んぐ……光と闇とかどう考えても切り離せないっしょ。光がうっちゃんなら闇はナンちゃんじゃないっすか》

 

 もしくは光のきよし、闇のやすしか。

 

《お前が何を言っているかは分からないが、まあ順序立てて説明してやるからお聞きよ》

《Hai!》

 

 元気良く返事をしたつもりだが頭にゲンコツを落とされてしまった……解せぬ。

 

《確かに火や水は対になっていると言う考え方も出来るだろう。

実際に対であることを基礎とした概念も後々教えるつもりだしね。

だが今回の話に限って言えば対がどうとかを考える必要は無いのさ》

 

 言って師匠は黒板の前にキャンバスを出現させた。

 そしてその手には絵筆とパレット……音楽の先生っぽいが美術教師も案外似合うなこのババア。

 

《火、水、風、土、この四つは万物の基礎さ、総ての物質はこの四つから構成されている》

 

 赤、青、緑、黄、パレットの中には四色の絵の具が注がれている。

 師匠はそれらを混ぜ合わせながら多種多様な色をキャンバスに描いていった。

 

《沢山の色が生まれたね。じゃあ、これを全部一緒くたにしてしまえばどうなると思う?》

《そりゃ黒になるっしょ》

 

 小学生の時、絵の具で遊ばなかった人間は居ないはずだ。

 思い付く限り全部の色混ぜたらどんな色が出来るんだ!? すげえ色出来るんじゃね!?

 と期待して混ぜていった結果のガッカリ感を俺は覚えている。

 

《その通り。単に黒を作るだけなら組み合わせは色々あるが……》

《”色”だけに!?》

 

 チョークが俺の額を撃ち抜いた――解せぬ。

 

《話を戻すよ、黒へと至る道は多種多様。何を組み合わせて行っても最終的には黒に至る。

それはつまり黒は総てを内包しているとも言い換えることが出来ると思わないかい?》

《始点であり終点ってことですか?》

《その通り。それが闇の本質さ》

 

 火、水、風、土、この四つは物質の基礎。

 それも含めた形の無い概念ですら内包した原初にして終末の混沌――それが闇。

 始まりであって終わりだが終わりでも始まりでもない。

 そう考えると対も何もあったものではないなと俺は納得した。

 

 おおう、俺の中に眠る中学二年生が疼きやがるぜ!

 

《じゃあ光の立ち位置は? それについては後々説明するとしよう。今日の講義には関係の無い話だしね》

《はーい! それで、何でしたっけ? 人はそれぞれ属性持ってるって話でしたよね?》

 

 先ずは属性についての理解を深め、その後本題に。

 話の流れ的にはそんな感じだろう。

 

《ああそうさ。己の属性を知ると言うのは重要なことでね。

自覚の有無によってその後の人生がガラリと変わる。

火の属性を持つ人間が水の属性に沿った道を進んでも意味は無い。

火の属性を持つ者は火の道を、水の属性を持つ者は水の道を。

何処をどう目指すにしても己の属性に沿ったやり方でなくば大成することはあるまいよ》

 

 ようは向き不向きってことか。

 

《ルークス、お前は火の属性を持つ人間と言われて何を思い浮かべる?》

《えーっと……やっぱ感情の起伏が激しい人とかですかね》

《普通はそう思うだろう? だが、そうとは限らないんだよ。

この話の性質が悪いところは本人の気質と属性が必ずしも合致する訳じゃないってところさね》

 

 あー……確かにその通りだ。

 自分の性に合ったやり方してれば上手く行くなんて分かり易過ぎるからな。

 もしそうなら、誰だって成功を手にしている。

 

《ルークス、お前は最終的に始原の魔女を継ぐことになる》

《Hai!》

《だがその道のりは遠い、千年経っても修行は終わらんだろう》

《Hai!》

《……もう面倒になって来たから前振りは無しだ。本格的な修行を始める前にお前の属性を調べるよ》

 

 その属性に沿って俺を育成する訳か。

 しかし、俺の属性ねえ……イマイチ想像が出来ないや。

 

《Hai! でもその前に一つ、師匠の属性って何なんです?》

《あたしかい? あたしは闇さ》

 

 闇属性のツンデレババアとかたまんねえな!!

 

《クッ! あたしの右腕がギザ震えりんぐ……!!》

《……お前には仕置きが必要らしいね》

《ドンと来い!!》

 

 と威勢よく啖呵を切った俺の額に師匠は人差し指を押し付けた。

 すると、

 

《お? おぉおおお? な、何か身体から力が溢れて……師匠、これどうなってんです?》

《あんたの中に宿る属性の力を暴走させた》

《暴……!? え、ちょ……それって……》

 

 ずずず、と俺の肉体から闇が噴き出した。

 決壊した堤防から噴き出す濁流の如き勢いで青空教室が漆黒に染め尽くされていく。

 

《あたしと同じ闇属性のようだね》

《そ、それは良いんですけどやばくね!? これやばくね!?》

 

 ほーんと暢気かましてる師匠だが俺はそれどころではない。

 何がやばいかは分からないけど本能が警鐘鳴らしっぱなしなんですけど!?

 

《反省しました! ごめんなさい! ホントもう心から悔い改めます! だから……》

《折角だ。お前がどれ程の器なのかを見極めるとしよう》

《はぁ!?》

《暴走させたままにしておけば、自ずと底も見えて来るだろうて》

 

 だろうてじゃないんですけど!?

 

《うっそ、やべ!? これマジで危険な感じなんですけど!!》

 

 空が消えた。

 大地が消えた。

 手足の感覚が消えた。

 音が消えた。

 何もかもが黒で塗り潰されていく。

 

《あばばばばばば……!!》

 

 こうして俺は記念すべき二度目の死を迎えたのである。

 

 

 

 

「(……自分を見失って死ぬ羽目になるとはお釈迦様でも予想出来めえ)」

 

 むくりとベッドから起き上がる。

 随分と懐かしい夢を見たものだ。

 あの後、生き返った俺は五歳児に対してハード過ぎないかと抗議したのだが当然スル―された。

 だがまあ、俺が今こうして魔女を継いでいるんだから師匠の指導は間違っていなかったのだろう。

 

「(あの二人は上手くやってるかねえ)」

 

 シンちゃんもポチも力を欲している。

 だもんで、折角環境も変わったんだしと冒険者になることを勧めてみた。

 俺が鍛えてやれれば良かったんだが、生憎とそのノウハウが無い。

 

 最初は師匠の真似をしてみることも考えたが、それはそれで問題だろう。

 

 第一にあの修行は強くなるものではなく魔女になるためのもの。

 結果として力も身に着くが純粋な強さを手に入れるには遠回りにもほどがある。

 第二に師匠の指導は俺に合わせたもので他人に適用出来るものではないと言うこと。

 まんま同じことをしても多分……いや間違いなく二人は壊れてしまうだろう。

 乙っても蘇らせることは出来るが、その前に心がぶっ壊れる。

 

「(他に俺が出来ることと言えばパラメーターを弄って強くするぐらいだが……)」

 

 流石にそれは身も蓋も無さ過ぎる。

 シンちゃんにはスカー・ハートを与えたけど、あれはあくまであの子の心ありきの代物だからな。

 

「(だったらもう、他人に丸投げするっきゃねえよ)」

 

 心・技・体、シンちゃんの場合は良かれ悪しかれ心は強いが他は未熟。

 体に関してはスカー・ハートで補えるとしても技術に関してはからっきし。

 ポチの場合は体は整っているが他は駄目。

 圧倒的な力で技を押し潰すことも出来るが、格上にはそれも通じない。

 

 各々が欠けている何かを見出せるように俺は彼らの力を封じた。

 強くなりたいと言う意思が本物であれば冒険者達から勝手に学習するだろう。

 そのついでに、僅かなりとも心動く良い出会いがあればとも期待しているが。

 

「(心配なのは問題を起こさないかどうかだが……)」

 

 そん時は俺が尻を拭けば良いだけの話だ。

 

「(しかし、あんな懐かしい夢を見たのは……)」

 

 二人のことがあったから――ではない。

 

 どうやら俺は俺が思う以上に女々しい男だったようで。

 まだまだ師匠との別離を呑み込めていないのだ。

 だから輝ける日々を夢に見てしまう。

 これがただの人間であったなら記憶の整理をしていた、関連付けられる出来事があったから呼び起された。

 

 そう解釈することも出来るが生憎と俺は魔女だ。

 

 人がましい脳の機能なぞとうに喪失してしまっている。

 真っ当な人間の構造では深淵を覗けない。

 世界の理にすら干渉してのける始原の魔女を継ぐ者とはそういう生き物なのだ。

 

「(うっわ、超恥ずかしい……やっべ、俺マザコンみてえじゃん)」

 

 頬が熱くなる……まあ演技力の数値を弄ってるので傍目には分からんだろうが。

 

「…………朝飯でも食うか、時間的には昼だが」

 

 この街で長期滞在するにあたって問題になったのは拠点だ。

 スペルビアの王都に居た際は貴族の屋敷を奪って根城に出来たがここだとそうはいかない。

 まずデカイ屋敷みたいなのが殆ど存在しないし、お国柄なのか気持ち良く奪えそうな相手も……。

 かと言って普通に宿に泊まるのはエレイシア的にNON!

 

 なのでちょぉおおおおっとだけこの街の空間を弄って無理矢理スペースを捻出させてもらった。

 そしてそこに面倒だが一から屋敷を築き生活の拠点に仕立て上げた。

 数年規模の長期滞在を見込み家事用の使い魔も作ったし、生活のクオリティは中々だと自負している。

 

「(オムレツおいひ~♪)まあ、食えぬこともないな」

「……」

 

 エレイシア的な賞賛に執事服を纏った黒猫がぺこりと頭を下げる。

 コイツこそが二人の世話用使い魔とは別途で仕立て上げた俺専用の使い魔。

 名はノクティス、不規則に変化する俺の生活パターンにも対応して世話焼いてくれる優れ物だ。

 どこからどう見てもネコにゃんにしか見えないがパラメーター弄ってやればネコだろうと一流のバトラーに早変わり。

 四足歩行でも魔術もどきを使えるようにしてやれば料理も掃除も問題なくこなせてしまうのだ。

 

 ん? 何でネコにしたのかって? 魔女と言ったら黒猫だろキキとジジ的に考えて。

 

「しばらく工房に籠る」

 

 食事を終え、ノクティスの頭を軽く撫でてから地下の工房へと足を運ぶ。

 まあ、工房と言ってもだだっ広いだけでなーんも無い地下室なんだがな。

 

「(さて、やるか)」

 

 ポチの襲来により一旦棚上げとなったシンケールス侵略計画。

 今は次またポチが現れても退けられるようにと対策を立てているが侵略は必ず行われる。

 だから俺はシンケールスに味方をする口実となるような人間を探すためこの国にやって来たのだ。

 

 とはいえ、計画が再開されるまで最低でも2,3年はかかるだろう。

 

 その間、良さそうな人間を探すことだけに時間を費やすのも勿体ない。

 他にも何か出来ることがあるのではないか? じゃあ何が出来るんだ?

 昨夜酒を呷りながらそう自問自答し……俺は天啓を得た。

 

 ――――NPCを作ろう。

 

 極論、ロールプレイをするために必要なのは他人と演じるキャラクターの設定だけ。

 だがロールプレイを輝かせるのは物語(ぶたい)だ。

 俺や俺と相対する誰かが上がるステージを整えるための手足としてNPCを作成・利用する。

 

「(我ながら罰あたりなことやってんなー)」

 

 部屋の中央から出現した作業台、その上には一糸まとわぬ老人の死体が転がっていた。

 身よりも何もなくスペルビアのスラムで放置され腐り果てるのを待つだけだったこの死体がNPCの材料だ。

 

「(でも、魔女だからね。是非もないよネ!)」

 

 そっと手を触れ力を流し込む。

 すると陸に挙げられた魚のようにビクンビクンと震え始めボコボコと死体が隆起し始める。

 念入りに――それこそ細胞レベルで肉体を改造しているのだ。

 

「(……よし、器は出来たな)」

 

 小柄で枯れ枝のようだった老人の死体が今はどうだ?

 

 若々しい肌、肩まで伸びる艶やかなアッシュブロンドの髪、野性味滲む整った顔立ち。

 180cm半ばほどの長身と、イケメンキャラとして成立するギリギリまで搭載された高密度の筋肉。

 誰がこれを見て爺の死体だと思うのか。

 

 さあ、次は器を満たす中身の封入だ。

 

「ん」

 

 あらかじめ用意していた俺の魂の断片。

 それを口移しで死体に封じ込め命として成立するレベルにまで魂を増幅する。

 人造の魂を用意しても良かったが、造るよりも切り取る方が早いからな。

 魂切り取ったところで魔女である俺にはデメリットもないし。

 後は人格を設定し、必要な能力を弄って――――っと、完成だ。

 

「……」

 

 うっすらと瞳が開かれた。

 生まれたばかりなのでぼんやりとしているようだが、直に一個の人間として活動を始めるだろう。

 

「自分の名前が分かるか?」

「俺は……俺は……ダンテ……ダンテ・マルティーニ……ッ!!」

 

 獣性滲む獰猛な笑みを浮かべ、ダンテは己が名を高らかに謳い上げた。

 設定通りに動いているようだと満足していると、

 

「どうした?」

 

 真顔のダンテがじーっと俺を見つめていた。

 

「……服くれね?」

 

 そういやフルチンだったなコイツ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話(表)暗い森の中で

風邪ひきました。
今日の分は間に合いましたが明日は投稿出来ないかもしれません。



「(ったく、こんなの冒険者の仕事だろうに……)」

 

 ドラゴンの襲来より二ヶ月、スペルビアは国防充実のため上から下まで大忙しだった。

 こうして愚痴っている彼、ロニ・レオーネもその内の一人である。

 三ヶ月前に騎士団に入団したロニだが本来の役目は王都の防衛だ。

 だが今は国防計画の陣頭指揮を執るフィクトスの命により彼の所属する隊は素材集めの遠征に出ていた。

 ロニが言うように本来の冒険者の役目で、実際に依頼も出しているがそれでも人手が足りないのだ。

 

「(王都の防衛に就けば楽出来るって聞いたのにさ)」

 

 他国との国境上、或いはモンスターの動きが活発な地域であれば騎士団も忙しい。

 だがロニの所属する王都の防衛を担う終盾騎士団は違う。

 モンスターの動きはスペルビアで一番活発で、その質も段違いだが王都には多くの冒険者が詰めている。

 モンスターの相手をする機会なんて精々、実戦訓練の時ぐらいだ。

 それ以外では訓練と貴族街の警邏ぐらいしかやることがない程楽で、その癖給金は高い良いとこ尽くめの部署なのだ。

 

 まあそんな部署だからこそ今回遠征に駆り出されたのだろうが。

 

 とは言え団が丸ごと駆り出された訳ではない。

 美味しい部署だけあって貴族の子弟らも多く所属しているので、その辺の人間は王都に残留している。

 王都から放り出されたのは言い方は悪いが特権階級に属さない者ばかりだ。

 

「(一人で考え事してても気が滅入るし、誰かと駄弁るかな)」

 

 だが運の悪いことにロニが所属する遠征部隊には知己が居なかった。

 まだ入団して三ヶ月、そこまで交友範囲は広くないのだ。

 誰か話しかけ易そうな奴は居ないかなと視線を彷徨わせ……そいつを見つけた。

 

「(うお! 何か柄悪い感じ……)」

 

 アッシュブロンドの長髪を後ろで括りつけたどこか獣を想起させる男。

 目つきがよろしくないせいで柄が悪いと言う印象を受けるものの、

 

「(ホントに柄悪いならそもそも騎士団に入れないよな)」

 

 装備の具合を見るに恐らく自分と同じく新入りであろう。

 ならば遠慮する必要はないと考え、ロニは笑みを浮かべて男に歩み寄った。

 

「よ! 暇か? 暇だよな? ちょっとお喋りでもしようぜ。あ、俺ロニってんだ。お前は?」

「あん? ダンテ・マルティーニだが」

「じゃあダンテって呼ぶわ。俺のこともロニって呼んでくれよ。なあダンテ、ダンテも新入りだろ? 何時入ったんだ?」

 

 矢継ぎ早に言葉を繰り出すロニ、会話というものに餓えていたのだろう。

 次々言葉を放られたダンテだが気分を害した様子もなくやや気だるげに口を開く。

 

「一ヶ月前」

「めっちゃ最近! じゃ俺の方が先輩じゃん♪ ロニ先輩って呼べよ! って冗談冗談。三ヶ月も一ヶ月も新入りと変わんねえよ」

「お前、お喋りだな」

「お喋りにもなるさ。ただでさえ遠征なんて面倒臭いことやらされてるのに……」

 

 ぐるりと周囲を見渡す。

 視界に映るのは木、木、木、木、木、木――つまりはまあ、森だった。

 それも緑香る爽やかな感じではなく、陽の光もロクに差さない気が滅入ってしまう鬱蒼とした森だ。

 滞在拠点としてこの広場の中央では明かりの火がごうごうと燃え盛っているがそれでもまだ暗い。

 時間的にはまだ昼を少し過ぎたばかりなのに。

 

「俺ァ別に気にならねえがな」

「ああ、何となく獣っぽいし森の中のが落ち着くのか?」

「んな訳ねーだろ。酒も飲めなきゃ女も抱けねえしな」

「暢気してるな。ひょっとして”此処”の情報何も知らねえのか?」

「知らないって……何がだよ?」

 

 ダンテがそう聞き返すとロニは得意げな顔をして喋り始めた。

 

「べスティア大森林、スペルビアが誇る世界で一番でかい森だ。

なあ、何でうちの国はこの森を開拓してないと思う?

戦争仕掛けてあちこちに領土広げるスペルビアが自国に手つかずの土地を遊ばせておくっておかしくねえか?」

「他所から奪った方が楽だからじゃねえか?」

 

 森を切り拓くよりも既に開拓が成され人が住まう場所として整えられた土地を奪う方が安上がりだ。

 ダンテの指摘にロニはチッチッチッ、と舌を鳴らし指を振る。

 

「そりゃ街を作るってんならその言い分にも一理あるさ。

実際、位置的に言えばここに街作ってもそこまで利益が上がる訳じゃねえしな。

だがそれ以外の部分。資源って意味で言えば話は変わって来る」

 

 単純な木材もそうだが、これだけ広く深い森林だ。

 隈なく探せば木材以外にも魔法資源やら何やらが見つかる可能性が高い。

 だと言うのに国がそれをしていないのは何故か。

 

「建国から今に至るまで、何度か開拓計画が立ち上がって実際に派兵もされてんだよ」

 

 だがその悉くに失敗している。

 

「森の中心に向かって進めば進むごとに出現するモンスターが強くなることが分かったんだ。

それで初めて派遣された調査隊は隊が半壊して逃げ帰る羽目になった。

じゃあ外側から木を伐採していって拠点を築きながら徐々に削り出せばどうだ?」

 

 切り出した木も利用出来るので費用は幾らか節約出来る。

 余った材木を本国へ送ればそれで儲けも出るしで良いこと尽くめだ。

 

「二度目の開拓計画はその方針で進められたんだが……その時、ご先祖様達は虎の尾を踏んじまった」

「もっとやべえのが見つかったのか?」

「ああ。流石にこの間王都に現れた終末クラスのドラゴンほどじゃねえが、天災クラスのモンスターが森の奥から出て来たんだ」

「出て来たってことは……」

「そう、自分から出向いて森を伐採しようとする連中を片っ端から殺し続けた。

そいつは馬鹿でけえ白い狼をした姿をしてるらしく、ヌルと名付けられたそうだ。

大規模な攻撃方法や特殊な能力こそ持ち合わせていないが単純に強く硬く速いという厄介極まる相手でな」

 

 当時の人間は傷一つ負わせることも出来ず蹂躙されたそうだ。

 数千人が動員された第二次開拓計画は失敗し、その生き残りは僅か十名ほど。

 全員が殺されなかったのは森に手を出せばどうなるかを示すためだったのだろう。

 

「それでも時代時代の王様が軍や冒険者を動員して何度もこの森に挑んだが全て失敗に終わった」

 

 どうだ? 怖くなっただろう? とロニがニヤニヤとダンテの横腹を小突く。

 ちょっとビビらせてやろうとの腹積もりなのだろう。

 

「ほう……じゃあ俺らもヤバイ訳か」

 

 ダンテは楽しげに笑うだけで期待していたリアクションは返って来なかった。

 

「つまんねえの」

「悪かったな。それで、どうなんだ? ヤバイのか?」

「血の気多いなぁ……まあ大丈夫だよ。全部が失敗に終わったって言っても情報だけは集められたからな」

 

 多くの犠牲によってヌルの出現パターン――何が彼の怒りに触れるかも把握出来た。

 その法則に抵触しなければヌルが出現することはない。

 

「今回の探索での狙いはこの森に生息している特殊なモンスターの討伐とその死体から獲れる素材だ。

冒険者も何度か同じ依頼をこなしてるしヌルが出て来ることはないだろう。

他の危険な連中もそうさ。比較的浅い場所で暮らしてるらしいからな、標的は」

 

 ただ、浅い場所と言ってもこの広さだ。

 探索だけでもかなりの日数を要することだろう。

 それがロニにとっては一番の問題だった。

 

「こんなとこで長期滞在とかホント勘弁して欲しいぜ……」

 

 そう思っているのは何もロニだけではない。

 他の騎士らも――それこそ下っ端だけでなく指揮官クラスの人間も面倒臭さを隠そうとしていない。

 

「給料貰ってんだからしゃーねーだろ」

「見た目に似合わず真面目!」

「失礼な」

「つかさ、何でダンテは終盾騎士団に入ったの?」

 

 ロニとしてはそこが疑問だった。

 先ほどヌルの話を聞かされて不敵に笑っていたところを見るにダンテは間違いなく血の気が多い。

 バトルジャンキーの気があるのは間違いないだろう。

 だが終盾騎士団の役目は主に王都の防衛であり戦うことは皆無だ。

 そんな場所にダンテがやって来たのは普通に疑問だった。

 ゆえにそこら辺を深く突っ込んで訪ねてみたのだが……。

 

「んなもん仕事が楽で給料が良いからに決まってんだろ」

 

 返って来たのはあんまりにも普通の理由だった。

 

「えー……」

「戦いたいなら休みの日にでも王都の外に繰り出せば幾らでもやれるからな。

趣味趣向も大事だが人間食わなきゃやってけねえだろ?」

「冒険者は?」

「社会的地位で言えば騎士団の方が良いじゃん」

 

 一発ドカンと稼ぐなら冒険者も良いかもしれない。

 だが社会保障やらも考え始めると安定した収入もある騎士団の方がずっと良い。

 

「そういうお前はどうなんだ? 冒険者を目指したりはしなかったのかよ」

「俺? まあ俺も昔は――――」

 

 これまで吹いていた風がぴたりと止んだ。

 そのことに嫌な予感を覚えるよりも早く、変事は起きた。

 

「うわあああぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 少し離れた場所から悲鳴が轟く。

 完全に弛緩していた騎士達の中には咄嗟のことに慌てふためくことしか出来ない者も居たがダンテは早かった。

 即座に腰の剣を抜き戦闘態勢に移行したのだ。

 ロニもまた混乱していたが、それでも一番近くのダンテが行動を起こしたからだろう。

 混乱したまま倣うように立ち上がって剣を抜いた。

 

「来るぞ、気合入れろ」

「く、来るって何が!?」

「――――敵に決まってんだろ!!」

 

 その叫びと同時に野営地を取り囲むようにモンスターの群れが雪崩れ込んで来た。

 狼に似た姿を持つだけあって気配を絶つことに長けているらしい。

 先ほど聞こえた悲鳴は偶然それを見つけてしまったがために殺された不運な誰かのものだろう。

 

「(何で、何でこんな……! 面倒だけど簡単な任務だって……!?)」

 

 野営地は混沌の坩堝に叩き落とされていた。

 統率が取れていれば退けることぐらいは出来ただろうが、指揮官からして気が緩んでいたのだ。

 そんなところにこうも見事な奇襲を仕掛けられれば崩れるのは自明の理。

 ダンテを始めとして戦えている者も居るには居るのだが、如何せん足手纏いが多過ぎてロクに連携も取れていない。

 次々と仲間達が倒れていく光景に恐れ戦くロニ。

 

「に、逃げ……逃げろ! 無理だ! こんな状態じゃ無理だ!! 全員、バラバラにして的を絞らせないように逃げるんだ!!」

 

 誰かがそう叫んだ。

 その叫びを皮切りに恐慌している者たちの心が逃走一緒に染まっていく。

 だが、染まり切るよりも早くに再度叫ぶ者が居た。

 

「逃げるなッ! 全方位から襲撃仕掛けて来たんだぞ!?

後詰が居ないとどうして言い切れる!? 各個撃破の良い的にしかならねえよ!!」

「(だ、ダンテ……)」

 

 敵を斬り倒しながら声を張るダンテに視線を向けた途端、ロニの背後からモンスターが迫る。

 だがそのモンスターもダンテの蹴りによって吹き飛ばされロニは九死に一生を得た。

 

「じゃあどうしろと言うんだ!? 隊長や副隊長も殺されたんだぞ!?」

 

 誰かがそう返した。

 そしてダンテはこう返す。

 

「――――戦うんだよ! 此処で、敵を皆殺しにする! それ以外に活路はねえッ!!

お前ら良いのか!? こんなとこで死んじまって! それで本当に良いのか!? 良かねえだろ!

畜生の餌になるために生まれて来たのか!? お前らの命の値段は銅貨一枚よりも軽いのか!?

違うだろ!? なら、立ち上がれ! 剣を取れ! 心を奮い立たせろ!!」

 

 自身の負傷を厭うこともなく敵を振り切り、一番脆い部分の手助けに向かう。

 鮮血を撒き散らしながらも剣を振るい、皆を叱咤するその姿はこの上なく頼もしいものだった。

 

「力を貸せ! そしたら俺が全員お前らを生きて返してやるからよォ!!」

 

 救援に向かう際に切り裂かれ血で視界が塞がれ死角となった左方から攻撃が迫る。

 ダンテも少し遅れてその殺意に気付くが完璧な対応は出来なかった。

 しかし、

 

「う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 悲鳴染みた雄叫びと共に駆け出していたロニが攻撃を防ぎ切る。

 

「お前……」

「た、戦う! 俺も! お、おおお俺は……俺達は王都を護る最後の盾だ!!

そ、そんな俺達がこの程度でやられてちゃ話にならねえ! だ、ダンテェ! お前の背中は任せろ!!」

 

 言葉の内容は実に勇ましいもの。

 だがつっかえつっかえで、それに加えて声が上ずっている。

 滑稽だ、実に滑稽だ――だがその滑稽さが皆に勇気を与える。

 

「チンピラ隊長! どうすりゃ良い!? 俺らを生かしてくれんだろ! 指示くれよ!!」

「誰がチンピラだ! 訓練通りにやりゃ良い! 一番近くに居る奴らと死角を補い合って敵に当たれ!!

んで腕に覚えがあって精神的に余裕がある奴は俺と一緒に遊撃に就け! 大丈夫だ、お前らは戦える!!」

 

 その指示に上下の区別なく頷き、身を寄せ合う。

 ダンテは勇敢な仲間達を見渡し、誇らしげに笑った。

 

「行くぞテメェらぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「「「「「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」

 

 この戦いを契機にダンテ・マルティーニは新人の身ながら異例の出世を果たすこととなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話(裏)初任給で母親に何かを買ってあげる息子の如く

まだ回復はしていませんが続きを。


『とまあ、そんなことがあってだな』

 

 俺はその日、外に出していたダンテからの報告を自室で受けていた。

 スペルビアに放り出してから基本的に放置していたのだがあっちも色々あったらしい。

 リーンくんやフォローを入れた奴隷達についてはあれからも様子を窺っていたのだが、ダンテはね。

 ある使命を果たす以外では好きにして良いと申しつけていたから特に気にしていなかった。

 

「(にしても貴様、騎士団に入ったのか。いや、私からすれば都合は良いのだが)」

『安定した職、安定した給料、生きて行く上でコイツは欠かせねえからな』

 

 世知辛いねえ。

 

『アンタみてえな無敵さと万能さがあれば何をしても好きにやれるんだろうが、生憎と俺はそうでもないからな』

 

 一応、ダンテの潜在的な能力はザインとタメを張るぐらいには設定してある。

 いきなり頭角を現すのも不自然だから経験を積み段階的に強くなるよう仕掛けが施してあるが……。

 

『まあそれはともかく話を戻すぞ。俺らを襲ったモンスターは未確認の新種でな。

その強さは森林の統計的に考えるともう少し先、少なくとも表層に出て来るようなレベルではないみたいだ』

「(それなりに強い訳か。にしても、よく退けられたな)」

 

 集団を纏め上げるために必要なカリスマをダンテは持ち合わせている。

 なので慌てふためく連中を落ち着かせることは出来るだろうが、少し意外だ。

 話を聞いていると、その騎士団の人間はどうにもふぬけた印象を受けてしまう。

 まとまったとしても、そこから全員が生還出来るとは思えなかった。

 

「(貴様、よっぽど身を削ったのか?)」

 

 初期状態の彼では無双をかますというのは厳しい。

 だから、相応の自己犠牲を課したのだと思ったが――――

 

『バーカ。んな訳ねえだろ。全員が出せるもん絞り尽くした結果さ』

「(ほう……)」

『人間を低く見過ぎだぜ魔女様よォ。そりゃアンタからすれば英雄だろうがパンピーだろうがどれも一緒だろうさ。

だから見えねえんだろうな。人間ってのは存外、根性のある生き物なんだぜ?

魂まで燃やし尽くすような情熱を以って臨めば、出来ないことなんざそうそうねえ』

 

 ”人間”を語るダンテの言葉には確かな熱が籠っているように思えた。

 

『アンタ自身もそれを証明してるはずだぜ?』

「(と言うと?)」

 

 不思議なものだ。

 ダンテは肉体の組成こそ人間だが、その本質は人間のそれではない。

 限りなく人間に近付けどもそこまで。それ以上は無い。

 だと言うのに俺は人間と語らっているような錯覚を受けていた。

 

『魔女になる前は人間だった。人間から魔女になったんだ、アンタは』

「(そらまあ、そうだろうよ)」

 

 しかしそれが何だと言うのか。

 

『人間として気が狂うような修練と執念の果てに森羅万象を操る境地に辿り着いた。

才能があったから? 良い師に恵まれたから? 当然、それらもあるだろうさ。

だが才気に溢れ良い師に恵まれた程度で至れるような存在じゃないだろう? 始原の魔女なんてのは。

今回俺達が覆した劣勢なんぞ比にもならねえ。才気とそれを伸ばす師なんてのは最低限度の条件にしか成り得ない』

 

 俺の記憶を与えはした、だが経験した訳ではない。

 だと言うのに語ってくれるじゃないかダンテ・マルティーニ。

 苛立ちか、好奇心か、今彼に抱いている感情の正体は俺にも分からない。

 

『とどのつまり最終的に必要になるのは意思の力だ。

師に――愛する母に応えたい、あの人の笑顔が見てみたい。

その一心で、その情熱でアンタは超えられない壁を幾つもぶち抜いたんじゃねえのか』

「(……買い被りだな)」

 

 師匠を母親のように慕っていたのは事実だし、喜ばせたいと思ったのも事実だ。

 だがダンテが語るような大層なものではない。

 

『買い被り? 世辞を言えるような器用さはねえよ。本心さ。アンタは何にも負けぬ意思を持っていたからこそ最後の試練を――――』

「そ れ 以 上 は 止 め て お け」

 

 自分でも驚く程に無機質な声だった。

 だが、このまま続けさせていれば俺はダンテどころか……いや、止めておこう。

 

『アンタは……』

「(何だ?)」

『いや、何でもねえさ。だが、俺がアンタを尊敬してるのは確かだぜ』

 

 心を読んでやろうか――とも思ったが止めた。

 これまでの発言が単なるおべっかなら所詮は被造物でしかないし気にもしない。

 だがダンテは自らの意思で自らの言葉を紡いだ。

 ならばそこに敬意を表して無粋は止めておこう。

 

「(フン、話の腰を折って悪かったな。続きを話せ)」

『ん? おう。とりあえず難を逃れた森を出たんだがな。その後、興味深い話を聞いたんだよ』

「(と言うと?)」

『似たような事例がちょいちょい報告されてんだとさ。べスティア大森林だけじゃなくあちこちで』

 

 RPG風に言えばその地域のレベルに見合わないようなモンスターが出る事例が頻発してる訳か。

 それはちょっと、気にかけておいた方が良いかもしれないな。

 問題は無いと思うけどそれでまた出兵計画に支障をきたされたら困るし。

 スペルビア上層部の動向を注意深く見守るとしよう。

 

 だがそれはそれとして、

 

「(そう言うことなら貴様の潜在能力を解放しておくか? もしくは任意で段階的に解除出来るようにしても構わんぞ)」

 

 経験積んで徐々に強くなっていくんじゃ、いざって時間に合わないかもしれないしな。

 今回だってそう。運良くギリギリ対処出来る敵だったから良かったものの、そうでなければ無残に殺されていただろう。

 

『いや必要無い。俺は俺でやっていくさ。ああ、面白い連中と一緒にな』

「(そうか、貴様がそう言うならそれで良いさ)」

『アンタは良いのか?』

「(どう言うことだ?)」

『おいおい、忘れたのか? 俺ぁアンタに造られたNPCだぜ? 役割果たす前におっ死んじまったら意味ねえだろうが』

 

 ああ、言わんとしていることは理解した。

 だが必要は無いだろう。その時はその時だ。

 別の誰かが同じ役割を担ってくれることを期待するか、片手落ちだが当初の想定通りに済ませれば良い。

 NPCについて思い付いたのはシンケールスに来てからだしな。

 

「(構わん。貴様の好きにすれば良い)」

 

 課した役割については出来そうならやってくれればそれで良い。

 あれだ、行けたら行く的なふんわりとした認識で問題は無い。

 

『……』

「(どうした?)」

『いや、アンタまるで”エレイシア”だと思ってな』

 

 ロールプレイしてんだから当たり前だろ。

 

『そう言うことじゃねえんだが……まあ良いや。んじゃ俺はこれで。そろそろ行軍再開だし』

「(そうか。しかし、貴様王都に戻ったら今回の功績で出世するか金一封でも貰えるのではないか?)」

『ん? あー……そうかもな』

「(折角だ、何か奢れ)」

 

 初任給で母親に何かを買ってあげる息子の如く。

 

『ふざけんじゃねえぞ!? 着の身着のままで放り出しやがった癖に!! テメェなら金なんぞ幾らでも用意出来るだろうが糞が!!』

 

 と一方的に念話を切られてしまった。

 ちょっとした冗談だったのだが、ダンテの奴……俺の知らないところで金に苦労したのか?

 奴を王都に放り出してから騎士団に入るまでに辿った道が気になるな。

 

「(しかし……ふむ……)」

 

 ダンテから聞いたモンスターについての話。

 基本的に静観するつもりだが、俺の目的とは別の部分で気にかかることがある。

 

「(……シンちゃんとポチは大丈夫かな?)」

 

 何の制限も無ければまずあの二人を害せる存在は居ないだろう。

 シンちゃんならザインを始めとする英傑クラスと当たればどうにもならないがポチは違う。

 ポチをどうにか出来る存在なんてそれこそ俺ぐらいだ。

 だけど今は二人共に枷を嵌めて力を制限している。

 今日も、

 

”そんじゃ行って来ますね!”

 

 と元気に出て行った二人だ。

 冒険者になってからそこそこ経つが毎日楽しげに討伐依頼をこなしている。

 これまでも傷を負って帰って来ることはあったが、身の丈に合わない依頼は受けていない。

 指導員のロッドと言う人が無理そうなのは止めているからだ。

 しかし、あんな話を聞いた後ではどうにも気になってしまう。

 

「(こんなところに居るはずのない、だからな)」

 

 可能性としては皆無ではないのだ。

 

「(…………確か今日は遺跡に蔓延るモンスターの駆除に行くとか言ってたな)」

 

 どうせ家に居るだけなのだ、少しばかり外出するのも悪くはないだろう。

 そう決断し、二人の居所を探り転移魔法を発動する。

 

「カビ臭えし辛気臭え……オッサン、どうにかならねえのかよ?」

「いや、遺跡ってこんなもんだからね? オジサンに言われても困るよ」

「気にしなくて良いよオッサン。チビのワガママは無視すれば良い。つか、不満があるなら帰れば?」

「あんだと糞蜥蜴!?」

「何だよ糞チビ」

 

 外でもこんな感じなのかぁ。

 いや、俺の目が無い分余計に遠慮が無いように見えるな。

 互いに敵愾心剥き出しだもの。

 

「(と言うか、仮にも目上の大人をオッサン呼ばわりて……)」

 

 シンちゃんの境遇で大人を敬えと言うのは難しいだろう。

 ポチの正体を鑑みれば人間を敬えと言うのは難しいだろう。

 それでもこう、表面上ぐらいは取り繕って……いや、そんな世間の機微を察するのは難しいか。

 ああ言うのは教育ありきで、そして今それが出来るのは俺ぐらいのもの。

 だけど俺のキャラ的に人に合わせてとか言えないし仮に言っても俺が言うから従うだけ。

 子育てって難しいなあ。

 

「(唯一の救いは二人共、彼に心を許しているところか)」

 

 見た感じ、シンちゃんもポチもロッドを嫌っているようには見えない。

 多少なりとも認めてやっていると言う感じだ。

 それは多分、ロッドの人柄によるものだろう。

 こうして見る限り、彼は随分と二人を気にかけてくれているようだし。

 

「(見た目通りにちゃんと子供扱いをしてくれている、大人の責務を果たそうとしている)」

 

 好印象だ。

 大人の責務を果たせていない俺からすれば頭が下がる思いである。

 

「はいはい、そこまでにしようね。それよりほら、今日の討伐対象は覚えてるのかい?」

「あ゛? 忘れてる訳ねーだろ。あれだろ、アンデッドだろ?」

「そうそう。遺跡に蔓延るアンデッドの駆除だ。ちゃんと武器に聖水は撒いたかな?」

「遺跡に入る前も確認したよね? やったって言ってるじゃないか」

「アハハ、ごめんごめん。いやね、オジサンは心配性なんだ。だからついつい……ね?」

 

 言葉通りの意味ではないだろう。

 冒険者としての心構えをそれとなーく伝えているのだと思う。

 直接、何度も何度も気にするぐらいが丁度良いと言っても素直に聞いてくれなさそうだし。

 

「っと、敵の気配がするよ。二人共、戦闘準備だ」

「おう、殺って殺るよ!!」

「雑魚なんてパパっと片付けてやるさ」

 

 そうして戦闘が始まった。

 見た所、俺の目論み通り二人は技術を学び始めているようで以前までの雑さは薄れている。

 だがそれよりも目を引いたのはロッドだ。

 

「(……良い大人で、良い指導者なんだな)」

 

 大人として子供を心配してはいる。

 だが、それを押し付け過ぎれば子供の自由意思を殺すことになりかねない。

 シンちゃんやポチの強くなりたいと言う強い意思を尊重し、ついつい手助けしたくなるだろうに我慢している。

 我慢し、私情を交えないように甘過ぎず辛過ぎない適切なタイミングで助言を飛ばしている。

 良い大人で良い指導者という俺の評価は間違っていないと思う。

 

「(この分だと大丈夫かな?)」

 

 戦闘をこなしながら遺跡を進み、目的であるアンデッドモンスターも問題なく駆逐していく一行。

 時に冷やりとする場面はあったもののロッドのサポートのお陰で問題はなかった。

 

 ――――だが噂をすれば影が差すと言う言葉から逃れることは出来なかったのだ。

 

「うお!? な、何だ!?」

「二人共! オジサンに掴まるんだ!!」

 

 突如として床が崩落し、三人の身体が投げ出された。

 突然のことに驚く二人とは違いロッドは直ぐに冷静さを取り戻した。

 空中で手を伸ばし自分の身体にしがみつくよう子供達に言い含めると眼下に視線を向ける。

 

「底が見えない……この遺跡に地下なんてなかったはずなんだがねえ……!」

 

 多少の焦りはあるもののロッドの瞳に絶望の色は見えなかった。

 培った経験と機転により何とか出来ると言う自負があるのだろう。

 ならばここは彼に敬意を表し、もう少し静観を続けるのが正解か。

 

「シンちゃん、ポチくん。ちょっとデカイ衝撃が来るけど手を離さず我慢しておくれよ?」

「……分かった」

「君に任せるよ」

「OK! こんな時でも落ち着いてるようで何よりだ。大物の風格だねえ……!」

 

 軽口を叩きつつロッドは呪文を唱え始めた。

 道中で見た彼のスタイルはショートソードを使った二刀流だったが魔法も使えるらしい。

 

「(ああ、大規模な魔法を下に撃ち込んで落下の衝撃を殺すつもりなのか)」

 

 その予想は正しく、地面が視界に見えた時点でロッドは極限までチャージしていた魔法を発射。

 多少傷は負ったものの落下の衝撃を殺せたお陰で最低限のダメージで留めることが出来た。

 

「ったた……何だい此処はぁ……地底湖? こんなの見たことも聞いたこともないよ……」

 

 広大な地下空間に広がる巨大な地底湖。

 亀裂から差し込む太陽の光が水面に反射する様は酷く幻想的だ。

 

「ようオッサン、どうするんだ? かなりの高さだから昇るのは無理そうだぜ」

「……僕が飛べたら楽なんだけどなあ」

 

 ポチは首輪を触りながらそう漏らした。

 

「とりあえず警戒しつつ周辺の探索を――ッ!?」

 

 凶事は手を繋いでやって来る、そう言いたいのか更なる不運が彼らを襲う。

 20mほど前方の大地に黒い魔法陣が浮かび上がったのだ。

 魔法陣から姿を現したのは全長10mはあろうかと言う四本腕の巨大な髑髏だった。

 髑髏はその四腕に朽ちた大剣を持ち、瘴気が漏れ出す眼窩で三人を睨み付けている。

 

「対軍級!? 馬鹿な、何だってこんな場所に……!」

「言ってる場合か、あの骨野郎。あたしらを逃がすつもりはないようだぜ」

「ああ、やるっきゃないね」

 

 今の自分達では勝てないとシンちゃんもポチも理解している。

 だが前者は生来の不屈さで、後者は竜種であるがゆえの矜持で立ち向かうつもりで居た。

 しかし、

 

「馬鹿野郎! 何言ってやがる! お前らはさっさと逃げやがれ!!」

「お、オッサン……?」

 

 普段の柔らかな態度から一変、荒々しい口調で子供達を叱り飛ばした。

 そんなロッドに戸惑っているのかシンちゃんもポチも目を丸くしている。

 

「……奴の背後に小さな横穴が見えた。パッと周囲を見た感じ、道らしい道はあそこにしかねえ。

俺があのモンスターを引き付けるからお前らは横穴に迎え。

何処に続いているか分からんが、兎に角遠くへ遠くへ逃げろ。行き止まりだったら……息を潜めて隠れるんだ。良いな?」

 

 反論は許さない、そんな態度だ。

 ロッドは子供達から視線を外すと今にも襲い掛かって来そうな巨大髑髏を睨み返す。

 

「……暴走(バースト)

 

 そう呟いた瞬間、ロッドの痩躯が膨れ上がった。

 身体のあちこちに血管が浮かび、肌からは蒸気が立ち上っている。

 この姿を見れば一目瞭然だろう。

 

「(肉体のリミッターを外し、その上にドーピングまで重ねているみたいだな)」

 

 今も絶え間ない激痛が全身を苛んでいるはずだ。

 だと言うのにその表情は冷静そのもの。

 彼は極自然に自身の終わりを定め、死を受け入れていた。

 

「……俺が仕掛けると同時に走れ。良いな?」

 

 返事は聞かず、ロッドは走りだした。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 戦意に呼応し、髑髏もまた動き出した。

 この場で最も強い存在であるロッドに視線が釘付けられた瞬間である。

 

「チィッ……!」

 

 生来のセンスと積み重ねた努力、そこに命を投げ捨ててまで強化を施した。

 それですらどうにかこうにか避けるのが精一杯の攻撃の嵐。

 文字通り手数が違う。その上、一撃でも当たれば致命を避けられない。

 そんな絶望的な状況で尚、悪態を吐きながらも目は死んでいなかった。

 

「お、おい……オッサン……」

「……」

 

 そんな光景に二人は戸惑っていた。

 理由は違えど結論は同じ、何故ロッドが命を懸けているのか分からないのだ。

 

「何してやがる!? 早く逃げろォ!!」

「に、逃げろって……オッサン、何でこんな……」

 

 シンちゃんは俺に恩があるし、絶大な好意を抱いている。

 だが彼女は俺を人間だとは思っていない。

 だからこそ、分からなかった。

 自分の知る人間と言う生き物の本性は唾棄すべきもののはずなのに。

 何故、ロッドは自分のために命を捨てようとしているのか。

 

「何でも何もねえ! 大人が子供を護るなんて当たり前の事だろうが!!」

「ッッ!」

 

 ショックを受けたようによろめいたシンちゃんをポチが支えに入る。

 彼もまたシンちゃん程ではないがロッドの言葉に衝撃を受けたようだ。

 

「何なんだ……人間って……って、危ない!!」

 

 これまで四本の腕しか使って来なかった髑髏が足を使った。

 ただの足払い、だが人間にとっては絶命に至る一撃だ。

 咄嗟に飛び上がって回避したは良いものの、今のロッドは完全に無防備だ。

 身動きの取れない空中、相手の腕は完全フリー。必ず死ぬ、必ず殺される。

 

 ――――そう、俺が居なければ。

 

「!?!?!!」

 

 髑髏の巨体が吹き飛び壁面に叩きつけられる。

 それと同時に空中に浮かび上がっていたロッドが子供達の下まで引き寄せられた。

 

「うちの下僕が世話になったな」

 

 ロッドと言う男に敬意を表しその面子を立てて今まで動かなかったが、もう十分だろう。

 もう十分に彼は男を見せたし、大人の背中を教えてくれた。

 ここからは力を振るう事しか出来ないババアの出番だ。

 

「あ、あなたは……?」

「ルークス様!?」

「マスター! 何で此処に!?」

 

 三人の言葉を無視し、軽くロッドの身体を撫でる。

 暴走の停止、並びに傷付いた身体の修復はこれで終わった。

 

「亡霊風情が一体誰を見下している?」

 

 立ち上がった髑髏の視線はロッドから俺に固定されていた。

 その眼窩の奥に燃ゆる殺意は完全に俺だけを貫いている。

 

「――――頭が高いわ愚か者」




王都に放り出されたダンテは心優しい美人シスターと出会い
彼女がいる貧しいながらも温かみのある孤児院で世話になり
シスターや子供達と触れ合ってていく内に……
みたいな経緯があって前話のダンテになったって感じですが
そこらについての詳細は機会があれば外伝か何かで書きます。

ただ詳しく描写するとコイツ、創造主よりリア充になるんですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六.五話

「はぁ……」

 

 今日も今日とて閑古鳥が鳴くギルド。

 カウンターに陣取り頬杖を突くロッドの顔はだらしなく緩み切っていた。

 

「……」

 

 そんなロッドに冷ややかな視線を向けるフレイ。

 最初こそ、珍しいこともあるものだと気にも止めていなかったが一週間もこの調子だと流石に鬱陶しい。

 だがロッドはそんなフレイの視線にも気付かず、今日も今日とて一週間前の邂逅を思い出していた。

 

《――――頭が高いわ愚か者》

 

 突如として現れたむせ返るような魔性を漂わす美女、ルークス・ステラエ。

 対軍級のモンスター相手にそう尊大に言い放つ姿に見惚れ、だが直ぐに心中が焦りで染まった。

 

《ひ、一人じゃ無理だ! 子供達を連れて逃げ……!!》

 

 今思い返せば冷静ではなかったとロッドは自嘲する。

 ルークスが姿を現した段階で、彼女は髑髏を吹き飛ばしていたではないか。

 巨体に見合わぬ敏捷を持つ髑髏ですら反応が出来ずに喰らってしまうような一撃。

 そんなものを放てる相手が自分より弱いはずもない、彼女は紛れもない強者だ。

 そして強者が彼我の力量差を見誤るなぞあり得るものか。

 

《く、糞……身体が動かない……!》

 

 怒り狂った髑髏が雄叫びを上げながらルークスに迫る。

 何が起きたのか傷は癒え痛みは消えていたので動こうとしたのだが座ったままの体勢から指一本動かせない。

 焦るロッドとは対照的に子供達は冷静だった。

 

《大丈夫だっつの》

《逃げる? マスター馬鹿にしてるなら殺しちゃうよ》

 

 何時の間にか両脇に座っていた子供達は笑っていた。

 お前達の大切な人なんじゃないのか!? そう口走るよりも早く、証明が成された。

 

《んな!?》

 

 微動だにしないルークスの脳天目掛けて振り下ろされた刃。

 あろうことは彼女はそれを指一本で止めてみせたのだ。

 髑髏はすぐさま残りの三本を使い別方向からも刃を振るうが身体に触れる寸前で跡形も無く砕け散ってしまった。

 そして指で止めている刃にも亀裂が入り遂には粉々に。

 

《おい、私が何と言ったか忘れたのか?》

 

 ドレスをはためかせフワリと飛び上がったルークスはそのまま髑髏の頭上に躍り出て、

 

《頭が高いと言ったのだ》

 

 拳を振り下ろした。

 殴打の音とは思えない轟音と、離れた場所に居るロッドらの肌を刺すような衝撃が走り髑髏は頭から地面に突っ込んだ。

 それに少し遅れて自由落下に身を任せ音もなく降り立ったルークスは興味が失せたと髑髏に背を向けた。

 

《!!?!?!?!?!!》

 

 髑髏は立ち上がり、背後から攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、見えない衝撃が何度も何度も頭部に叩き付けられて起き上がることさえ出来やしない。

 あの巨体を地面に縫い付け続けるような衝撃が何度も何度も加えられているのだ。

 この地下空間に影響があってもおかしくはない。

 恐らくはルークスが何かやっているのだろう。

 現に髑髏が叩き付けられている地面は砕けていても不思議ではないのに罅一つ入っていないのだから。

 

 そうして幾度目かの衝撃の末、髑髏は跡形も無く砕け散ってしまった。

 

《……》

 

 ロッドは言葉を失っていた。

 自分が差し出せるものは全て差し出して挑んでも戦いの体すら取れなかった髑髏。

 それがどうだ? まるで駆け出し冒険者に苛められる雑魚モンスターのような有様ではないか。

 ルークスはまるで本気を出していない、見れば分かる。

 戯れ程度で対軍級のモンスターを相手取り、蹂躙してのけたのだ。

 

《帰るぞ》

《はーい!》

《はい! あ、あの……出来ればこのオッサンも……》

《フン》

 

 ルークスは小さく鼻を鳴らすだけで何も言わなかった。

 だが、一瞬視界が暗転したと思えば遺跡の入り口に立っていたので気にかけてもらえたのは確かだろう。

 

《あ、あの人は!?》

 

 そこにもうルークスは居なかった。

 キョロキョロと辺りを見渡すロッドの脛に子供達が蹴りを放つ。

 

《良いから街に戻るよ。依頼達成の報告しなきゃだし》

《そうだな。あたしも早く家に帰りてえし、ノロノロしてんなよ》

《あ、あれー? 気のせいかな? 何時も通りの君達に戻っちゃってない?》

 

 そこはかとなく心の距離が近付いたと思っていただけに少しショックだった。

 だがそれよりもショックなのは、あの邂逅以来一度もルークスに会えていないことだ。

 助けてもらったのにありがとうの一言も言えなかったので是非、御宅に伺わせてもらいたい。

 そう下心交じりに子供達に頼んでみたのだが、

 

《は? やだよ》

《ルークス様をイヤらしい目で見てんじゃねえよ殺すぞ》

 

 にべもなくバッサリ切り捨てられてしまった。

 感謝の言葉をと言うのも本心だが、子供達の目には下心の方が強く見えたようだ。

 なのでロッドはどうする事も出来ずあの邂逅を思い出してはニヤニヤすると言うのを繰り返していた。

 

「会いたいなぁ……」

 

 ゾっとするような目をした人だった。

 だが、それも含めて美しい人だった。

 ロッドとて初心なガキではない、むしろ人並み以上に恋愛経験は豊富だ。

 だがその彼をして初心なガキになってしまう程、ルークスは規格外だった。

 

「恋煩いなら他所でやってくれません? 正直ウザいんですけど」

「おいおい、酷いじゃないかフレイちゃん」

「酷いのはロッドさんの頭の中じゃないですか? すっかり色ボケしちゃって」

「い、色ボケって……」

「色ボケでしょ。そんなだからシンちゃんやポチくんも最近はギルドに来てないんじゃないですか?」

 

 そう、あの日から子供達は依頼を受けていなかった。

 対軍級のモンスターにトラウマを抱いた――なんて可愛いタマではないだろう。

 不屈と反骨の塊みたいな子供達なのだから。

 だとすれば自分の尊敬する人にイヤらしい目を向けるオッサンに失望したとしか思えない。

 フレイはそう指摘するのだが、真実は違う。

 

「いやいや、それは違うよ。オジサンの家にしばらく休むって言いに来たもん」

「は? そんなの聞いてないんですけど?」

「え……あー……ごめん、忘れてたや」

「……」

 

 子供達を気にかけているのは何もロッドだけではない。

 フレイも同じぐらい、彼らの事を心配していたのだ。

 だと言うのにその動向を伝え忘れるとは何事か。

 ロッドを見つめる視線が冷たくなるのも止む無しだ。

 

「はぁ……しばらく休むって例のモンスターに怪我でも負わされたんですか?」

「いや、報告通りあの子達は無傷だよ」

 

 酷かったのはむしろロッドの方だろう。

 仮にルークスが治してくれなければ一命は取り留めても寝たきりになっていた可能性が高い。

 

「仮に何かあってもルークスさんがどうにかするだろうしね」

「じゃあ何で?」

「あんな事があったからだろうね、自分の力不足を痛感したらしい」

 

 二人はルークスに鍛えて欲しいと申し出たそうだ。

 話を聞く限りでは難色を示されたらしいが、結局彼女が折れてくれたらしい。

 

「しばらくはルークスさんの下で力を磨くらしい。

まあ、それが終わって戻って来てもオジサンはもうお役御免だろうけど」

 

 対軍級をものともしない強さを誇るルークスに鍛えられるのだ。

 確実に以前より、数段――いや数十段はステップアップしていてもおかしくない。

 そうなれば自分の出る幕はもう無いだろうとロッドは苦笑を零す。

 

「……出来れば、巣立つところまで面倒を見たかったんだけどねえ」

 

 ルークスの事を抜きにしてもロッドは子供達に思い入れがある。

 出来るなら自分の手で巣立たせてやりたいと言うのが本音だった。

 

「寂しく、なりますねえ」

「だが喜ばしい事さ」

 

 何時までも足踏みをしている子供達を見ていても悲しいだけだ。

 大人の想像なんて軽く飛び越えて行けば良い。

 

「そうですね……他所に行っても元気でやってくれると良いんですが」

 

 これが生活のために冒険者をやっていると言うのならばこの街に留まり続けるかもしれない。

 だがシンとポチが冒険者をやっているのは強くなるため。

 ならば、もっと歯ごたえのある敵とやり合える場所に向かうのは自明の理だ。

 二人の間に少しばかりしんみりとした空気が流れる。

 

「郵便でーす」

 

 空気を壊すように陽気な声が響き渡った。

 

「はいこちら、ギルド宛ての郵便物です。サインを頂けますか?」

「はいはい……これでよろしいですか?」

「ありがとうございます! それじゃあロッドさんもこちらを」

「俺にもあるのか?」

 

 郵便屋から手渡された手紙を見てロッドが意外そうな顔をする。

 郵便物を受け取る事自体はそう珍しくはない。珍しいのは差出人の名だ。

 

「(……ロニからか)」

 

 ロニ・レオーネ、歳の離れた弟だ。

 祖国を飛び出す際、ロッドは家族を含む多くの縁を絶った。

 いや、正確には絶たれた。

 自分の存在など無かった事にしたいであろう弟から手紙が来るなんて思いもしなかったのだ。

 

「へえ、ロッドさんに弟さんが居たんですね」

 

 表情に出ていたせいかフレイが手元を覗き込んでいた。

 

「まあ、な」

 

 一体何の用なのか。

 親でも死んだのかな? などと考えつつ封を切り中身を検め――ロッドは更に驚いた。

 

「……」

「何て書いてあったんです?」

 

 野次馬的好奇心を滲ませながら訪ねて来るフレイ。

 差出人がスペルビアの人間だと分かってはいても、ロッドの弟と言う先入観があるからだろう。

 悪感情のようなものは見えなかった。

 

「……ついこないだ死にかけたらしいねえ」

「えぇ!? 暢気に話す事ですかそれ!?」

「いや、手紙送ってるって事は助かった訳だし」

「あ、そっか」

 

 久しぶり兄貴、なんて有り触れた書き出しから手紙は始まっていた。

 だがその有り触れた文言も、親しい間柄であればこそ。

 嫌われていると思っていただけに冒頭から驚きだった。

 

「どうもいっぺん死にかけて色々思うところがあったみたいだ」

 

 そしてどうやら良き出会いがあったらしい事も窺えた。

 機密に触れるのか仔細については書かれていない。

 だがダンテなる人間のお陰で死なずに済んだ、戦うと言う事を理解したと書かれている。

 

「(危なくなったら帰って来い……か)」

 

 一度死にかけた事で隔意が薄れた。

 何のかんの言っても自分達は家族だから。

 もう二度と会えないと言うのは寂しい。

 だから、戦争が起きそうなら帰って来い。出来る限りのフォローはする。

 ロニの気遣いはありがたいし、この手紙を読んでいたら弟の顔も見たくはなった。

 

「(だけど、俺は此処で良い)」

 

 シンケールスと言う国はこの上なく居心地が良かった。

 それこそ、骨を埋めても良いと思える程に。

 戦争が起きればロッドはシンケールスの人間としてスペルビアに立ち向かうだろう。

 例え勝ち目が無いと分かっていても、この国を愛しているからこそ退けはしない。

 

「(ありがとよ、ロニ。お前はお前で元気にやってくれや)」

 

 今は懐かしき王都を目蓋の裏に映しながら想いを馳せる。

 優しくも悲しい時間が流れている頃、その王都では目に見えない不穏が渦巻いていた。

 

「(ああもう……! どいつもこいつも役立たずばっかり……!!)」

 

 偽りの魔女フィクトスは憤慨していた。

 それもこれも、自身の描く国防計画がまるで進んでいないからだ。

 主な原因は調達班である。

 術式を敷くための基礎工事などは進んでいても、肝心の素材が中々集まらない。

 ついこの間もそう。べスティア大森林に向かわせた遠征組が任務に失敗し逃げ帰って来た。

 

「(アンタらの命なんかどうでも良いのよ! 任務を果たしなさい任務を!!)」

 

 最悪、全滅しても良い。

 それでも必要な素材だけは持って来いと憤慨するフィクトス。

 彼女は王を含めあらゆる者を見下しているので誰が何人死のうとも知ったことではなかった。

 

「(ああもう、いっそ私が動こうかしら? いや駄目ね。軽く見られてしまうもの)」

 

 フィクトスが素材集めに乗り出せば一週間とかからず必要な物は調達出来るだろう。

 その方が手っ取り早いと一瞬考えるものの、プライドによって却下されてしまった。

 泰然と構えている魔女が自ら些事に乗り出すなんて格に関わってしまう。

 その事が切っ掛けで便利に使われるようになってしまえば堪ったものではない。

 何を頼まれようとも大概の事は軽くこなせてしまうが、他人に良いように使われるのは真っ平ご免。

 見事なまでの自分本位、実に人間らしいと言えよう。

 

 だが自己保身が絡んでいるとは言え妙に勤勉なところもあるのがフィクトスだ。

 

「(はぁ……言っててもしょうがないわ。研究を続けなきゃ)」

 

 今フィクトスは新たな魔法の開発に勤しんでいた。

 王に提出した国防計画はあくまで現段階で実現可能なもの。

 だがそれだけでは天災級の竜を相手取るには不安は拭えない。

 ならばもっと凄い魔法を! と奮起し、新魔法の開発に取りかかったのだ。

 

「(一応、雛型は出来たのだけど問題は魔力ね)」

 

 一般の魔女・魔法使いに比べると無尽蔵とも言える魔力を備えているフィクトス。

 だがそんな彼女を以ってしても今開発中の対竜魔法は発動が困難なものだった。

 一応、発動は出来ても八割は魔力を持っていかれてしまう。

 しかもそれは発動出来るだけ。期待値ほどの効果を望むならば十割、或いはそれ以上の魔力が必要だ。

 

「(でもそれじゃ意味が無い。確実に異次元へ放逐するためには私が余力を持っていなければ)」

 

 今開発中の魔法は竜に特化した弱体魔法だ。

 人間やその他一切の生命にはまるで効果を及ぼせないが竜に関しては覿面。

 発動するだけでも並の竜であれば蜥蜴に成り下がってしまうような優れ物だ。

 しかし、帝都に襲来したあの竜は別だ。発動だけでは足りない、注ぎ込む魔力は多ければ多い程良い。

 だがその魔力をどうやって賄えば良いのか。そこが目下の課題だった。

 ああでもないこうでもないと考えていたのだが、

 

「(待てよ……人間を素材に……拷問、凌辱……負の感情を喚起させ……怨念を……)」

 

 妙案を思い付く。

 

「(自国の犯罪者を……いや、足りない……数は多ければ多い程良いし……)」

 

 フィクトスの唇が弧を描く。

 

「(……少し前に何処ぞへの侵略計画が持ち上がっていたっけ)」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話(表)戦争の足音

「やぁっ!」

 

 雲一つ無い青空の下、幼いながらも意気に溢れた掛け声が響き渡る。

 

「速く振ろうとしなくても良い。大事なのは形だ。最初は遅くても正しく剣を振るよう意識しろ」

「は、はい……!」

 

 その日、ザインは自宅の庭でリーンの稽古をつけていた。

 と言っても彼自身も弟子の横で剣を振っているので一緒に稽古をしていると言うべきか。

 

「腕は痺れるし、身体は重くなっていく。どんどん疲れて来るよな?」

「……」

 

 返事を返す元気もなく頷きだけを返すリーン。

 昼食を摂った後から素振りを初めてもう二時間。

 ザインならばともかく五歳児のリーンにとっては疲れるなんてレベルではなかった。

 足下には零れ落ちた汗の水溜まりが出来ているし身体も鉛のように重い。

 今にも座り込んでしまいたいはずなのに剣を手放さないのは胸に抱いた決意ゆえか。

 

「だが、それでこそ良い稽古になる。疲労で余分な力が抜けた状態で振る剣をよーく覚えとけ。返事は?」

「は、はい!!」

 

 普通ならば身体の出来ていない子供にこんな鍛錬を課すべきではない。

 肉体の成長に悪影響を及ぼすかもしれないから。

 しかし、それでも稽古をやらせているのはそこらの問題を解決出来る手段をザインが持ち合わせているからだ。

 少し前まで腐っていたとは言え名うての冒険者で尚且つ浪費癖もなかったものだからその資産は莫大である。

 金にあかせて治癒系の回復アイテムを大量に買い込んであるのだ。

 アイテムの中には身体の歪みを矯正しちゃんとした方向に伸ばすと言うものもある。

 それを含めた幾つかのアイテムを併用させればリスクを解消出来、頑張れば頑張った分だけ成果を出す事が出来るのだ。

 

「(……やっぱ根性あるなコイツ)」

 

 駆け出し冒険者が見れば土下座してでも頼みたくなるような育成環境。

 元は知人の息子と言うだけのリーンにここまでの投資をしているのは彼を高く評価しているからだ。

 剣の才能を――ではない。流石のザインでも何もかもが未熟な子供の才能を看破出来る程出鱈目ではない。

 彼が買っているのは心の強さだ。

 沢山泣いた、沢山悲しんだ、それは知っている。

 だが五歳の子供があんな悲劇を乗り越えて真っ直ぐな気組みで剣を振るえるだろうか?

 

「(数年――下手すりゃ一生もんのトラウマだろうに)」

 

 心の傷はまだ存在しているのだろう。

 だが痛みを抱えて前に進もうとしている。愛する家族のために。

 どれだけ嫌われ、どれだけ憎まれていようとも純粋な愛情を胸に一つ抱いてリーンは戦っている。

 尊敬の念を抱かずには居られなかった。

 とは言え、純粋な善意だけでリーンに投資をしている訳ではない。

 彼の傍で彼を指導する事で自らもまた強くなれるだろうと期待していると言う理由も存在している。

 

 まあ、打算ありきでも十分過ぎる程の厚遇なのだが。

 

「よっしゃそこまでだ! 水飲みながらゆっくり庭を三周回って休め」

「は、はひぃ!」

 

 リーンは言われた通りに置いてあった水筒を拾い上げ、それを飲みながら亡者のような足取りで歩き出す。

 激しい運動をした後だ、急に休むのではなく段階を経て。

 正しい指導だが、ザインがその手の専門的な知識を持っている訳ではない。

 経験則でそうした方が良いと身体が知っているだけだ。

 

「(さて、こっからは俺もペースを上げるか)」

 

 ザインはこれまでペースを落としていた。

 横で剣を振っている自分のペースにリーンが釣られてしまわないために。

 その分は素振り用に誂えた鉄棒につけた重りで補っていたのだがここからは速さも追加である。

 

「……ザインさんは凄いなぁ」

 

 上半身裸で馬鹿デケエ重りをつけた鉄棒を振るうザイン。

 服を着ていれば分かり難いが、脱いだら分かる。

 無駄なく絞り込まれた高密度の筋肉とそこに刻まれた無数の修羅場を想起させる沢山の傷。

 歴戦の戦士! と言う形容がぴったりの威容だ。

 

「僕はこれ……うーん……」

 

 ザインに引き取られてからそれなりの時間が経った。

 休みの日を入れながらもハードな鍛錬をこなしていると言う自負がある。

 しかし、自分の肉体を見てもイマイチ筋肉がついているようには見えない。

 その指導を疑う訳ではないが、自分の身体が戦いに向いていないのではと不安になるリーンであった。

 

「安心しろ! 見た目の変化はまだあんまねえが、内側は随分と変わってる!」

 

 師匠はそんな弟子の悩みを正確に見通していた。

 

「内側、ですか?」

「おう。内臓器官がそうだな。お前、俺のところに来るまでそんなになるまで剣を振れたか?」

 

 激しい運動をした後で大量のご飯を食べられたか?

 答えは否だ。

 

「それは……無理です」

 

 数十回木剣を振るうだけでも限界だっただろう。

 ご飯なんて少しも食べられない、無理矢理押し込んでも吐き出していただろう。

 

「な? お前はちゃんと成長してる、だからそうしょげるなよ」

 

 とは言え気持ちが分からない訳でもない。

 若い時程自分の成長が実感出来難いものだ。

 それに加えてリーンには姉の事もある。焦りが生じてしまっても無理はない。

 

「焦るな、遠回りに見えるようでこれが一番近道なんだ」

 

 回り道が一番の近道。

 リーンを弟子にした事でザインは一つの答えを得た。

 ザイン自身、元は錆落としを終え基礎の確認が終わったら実戦で上を目指すつもりだった。

 リーンを引き取ってからも同じだ。指導をしつつも、空いた時間で実戦を繰り返す。

 それが初期の方針だったがリーンを見ている内に認識が改められた。

 

「(俺はまだ基礎を積み切っちゃいねえ)」

 

 基礎を積めば積む程、器は広く深く大きくなっていく。

 基礎を疎かにして小さな器のまま高等な技術を身に着けたところで受け止めきれない。

 それでは何の意味も無いだろう。

 ザインは世間一般では十分過ぎる程に基礎を積み終わっている。

 だが、まだまだ基礎を――器を拡張出来るだけの余地は残っていた。

 

「(あの規格外に追い付くのは無理だとしても……振り向かせてやりてえのなら……)」

 

 自身の器を完全なものにするのは最低条件だ。

 時間はかかるかもしれないが、その時間は決して自分を裏切らない。

 基礎をしっかりと積み上げる、それは当たり前の事だが強くなればなる程に忘れがちになってしまう事でもある。

 だがひたむきに頑張るリーンを見てそれを思い出せた。

 

「今頑張れば頑張った分だけ後々お前は大きく羽ばたける。

逆に急いて目先の成果を追い求めるようになっちまったら最初は上手く行っても後から泥沼だ」

 

 どんどん姉は遠ざかって行く。

 そして、何時しか追い付く事すら出来なくなってしまうかもしれない。

 そう指摘されたリーンは顔を青くして黙り込んでしまう。

 

「……」

「実際、俺もそうだったからな」

 

 それまでが順風満帆だっただけにレオン・ハートを封印してからの日々で躓いてしまった。

 強くなった自分の相手になるような奴が何処にも居ない。

 居なければ高みには昇れない。

 つまらない、何と戦ってもどうにか出来てしまう。

 

 今考えれば何とおこがましい事か。

 

 相手が居ないなら原点に立ち返れば良いだろう。

 いや、そもそもの話更なる高みを目指すのであれば封印したその日から基礎のやり直しをするべきだった。

 だがザインはその後悔も決して無駄ではなかったと考えている。

 だって、こうして先達として道を示す事が出来るのだから。

 

「随分と無駄な時間を過ごした。俺ァ、弟子にはそんな思いをさせたくねえ」

「ザインさん……はい、分かりました」

「おう、それで良い。そら、そろそろ座ってゆっくりしな。何なら家の中で昼寝してても構わないぜ」

「いえ、見る事も鍛錬の一つですから」

「そうかい? ま、無理はするなよ」

 

 ちなみに話をしながらもザインの剣筋には微塵の緩みもなかった。

 その事実が、未だ止まらぬ彼の成長を証明していると言えよう。

 

「……それにしてもザインさん」

「ん?」

「ザインさんって毎日陽が昇り始めた頃から鍛錬を始めてるんですよね?」

「おう」

 

 朝早くに起きて夕方までのエネルギーとなる大量の食事を摂取。

 テーブルの上にリーンが起きてからの指示を書いたメモを残し鍛錬を開始。

 これがザインのライフワークだった。

 

「…………体力、どうなってるんです?」

 

 大人だと言う事を差し引いても異常だと言わざるを得ない。

 よくもまあ、ここまでハードな日々を送れるものだと呆れ半分感心半分のリーンであった。

 

「キツクないんですか?」

「いや、そんなこたぁねえけど……一番キツイ時期と比べると大した事ないかなって」

 

 辛い時、しんどい時、もう嫌だと思いたくなるような瞬間は誰にでもあるだろう。

 ザインにも当然、覚えがある。

 だがその度にかつて味わったどん底を思い出すとどうでも良くなってしまうのだ。

 

「一番キツイ時期、ですか?」

 

 興味がある、リーンは子供特有の好奇心で目を輝かせていた。

 

「聞くか?」

「是非」

「あれは駆け出しの頃の話だ。俺は強くなりたくて依頼もソロでこなしてたんだがな」

 

 ある時受けた依頼でその運命が一変した。

 内容はダンジョンに住むとあるモンスターの肝を持って来て欲しいと言うもの。

 

「そういや調達系の依頼はやった事なかったなと依頼を受けダンジョンに潜った。

初めてだったから少しばかり不安ではあったが、言うても初心者向けの探索され尽くしたダンジョンだ。

事前に情報をしっかり集めて行けば問題無いと思っていたんだが……なあ?」

「何かあったんですか?」

「運の悪い事に俺は暴かれ尽くしたそのダンジョンで新たな発見をしちまった」

「運の悪い事って……凄い事の間違いなんじゃないですか?」

 

 もうとっくに新たな発見は無いと思われていたダンジョン。

 そこで新たな何かを見つけたとなればそれは立派な功績だろう。

 

「そうでもない。俺が見つけたのは未知の領域でな、しかもそこは初心者向けなんて難易度じゃなかった。

駆け出しの冒険者が踏み入れば十分と経たずにくたばっちまうようなデンジャラスゾーン。

しかも行き道は一方通行でな、いきなりポンと地獄に放り出されちまったのさ」

「ええー……何で生きてるんですかザインさん」

「幾つもの幸運が重なった結果って感じだな。それでも人生で一番ハードな数ヶ月を過ごす羽目になったよ」

 

 太陽が差さない場所に閉じ込められると言うだけでも人間にとってはかなりキツイ。

 その上、飲食や睡眠もままならず常に気を張っていなければ死んでしまう。

 安全な場所、安心出来る場所なんてどこにもありはしない。

 帰り道を見つけるまではひしめく凶悪なモンスターと戦い続けるしかなかった。

 

「喉が乾いても飲めるのは殺したモンスターの血ぐらい。

腹が減っても食えるのはモンスターの生肉ぐらい。

魔法が使えれば火を熾せたし水も調達出来て少しはマシになったかもしれないが俺は生粋の剣士だ」

 

 それでも持って来ていた荷物があればまだマシだった。

 保存食と最低限の飲料水があったし味気ない保存食に使う塩や胡椒などの調味料、火を熾すための道具もあったのだから。

 

「う、うわぁ……うわぁ……」

「時々、毒にもあたって糞尿撒き散らしたりもしたっけか」

 

 鍛錬の傍ら思い出話に花を咲かせつつ数時間。

 日が沈み王都のあちこちに明かりが灯り始めた頃、ようやっとその日の鍛錬が終わった。

 途中で鍛錬に復帰したリーンはもうヘトヘトになっていたが、歩けない程ではない。

 

「(……頑張ってるし、今日はちょっと外食でもするか)」

 

 と親心を見せザインは弟子を伴って街へと繰り出した。

 

「いやぁ、シンケールス様様よね」

「ああ、特需だ。こりゃあしばらくは稼ぎ時になるだろうぜ」

「新しい領土、新たな利権、大量の奴隷、これだから戦争は止められません」

「むしろ遅過ぎるぐらいだと思うけどね。何だってあんな小国をこれまで放置して来たのか」

「家畜は肥えさせてから食うものさ。骨ばっかりじゃ食べた気にならないだろ?」

 

 ここ数日、王都は祭事があった訳でもないのに浮かれ気分が蔓延していた。

 それは何故か、道行く人々の話に耳を傾ければ直ぐに分かるだろう。

 戦争だ、戦争と言う名の蹂躙による得られるものに夢中になっているのだ。

 

「僕はこれまで自分の家の近くしか知りませんでしたけど……」

「まあ、言いたい事は分かる」

 

 直接従軍しなければ恩恵が少ない底辺の人間ばかりが住まう下層地区では戦争が起きても盛り上がる事はあまりない。

 そこで育ったリーンにとってこの空気は初めて味わうもので、異様且つ不愉快なものであった。

 

「スペルビアってのはこう言う国なのさ。

自分とこの国が最強で最高、他の国、他の人間は自分達の餌だと当然のように考えてる。

戦争に負けるなんて思いつきもしない。自分達は生まれながらの勝者だと疑ってすらいない。

他所からこっちに移り住んだ人間もそう。気付けばこの国の傲慢さに染まっちまう」

 

 ザインが腐っていたのもそう。

 この国に流れる空気に影響を受けたからと言うのも原因の一つだろう。

 まあ、悪いのは影響を受けて流されてしまった自分であり他に責任を求めるつもりはないのだが。

 

「全員が全員、そうと言う訳でもないぜ? 中には真っ当な連中も居る」

 

 リーンも知る人間で言えばギャビーなどがそうだ。

 善良と言う訳でもないが、傲慢さに痴れている訳でもない。

 離れた場所からつまらなさそうに浄不浄を見つめている傍観者、それが彼女だろう。

 

「お姉ちゃんは……」

 

 この国の悪い部分を煮詰めたような場所にいたのだろうか。

 これでもかと汚いものを見せつけられ続けていたのだろうか。

 掃き溜めのような場所で傲慢な悪意に心身を苛まれていたのだろうか。

 

 そうなのだろう、きっとそうなのだ。でなくばあんな目をするはずがない。

 

「リーン?」

「(僕も……そうだ……お姉ちゃんはどう思ったんだろう……)」

 

 事情を聞かされた知った風な口を利き両親を庇った自分。

 無神経で傲慢な発言――殺されなかったのが不思議なぐらいだ。

 

「……ザインさん」

「どうした?」

「僕、頑張ります。だから、これからもどうかよろしくお願いします!!」

「(……スペルビアを離れる事も視野に入れておくべきかもな)」

 

 勢い良く頭を下げるリーンを見てザインはそう思った。

 世界の広さ、美しさを知る事でこの子はもっと強くもっと優しくなるだろう。

 行方知れずの姉の情報を探すためにも他所へ行くのは間違いではない。

 

「ああ、よろしくな。さ、気持ちを切り替えようぜ。今日は肉だ肉。男は肉を食って強くなるもんだ!!」

「はい!!」

 

 再会の時は、もう直ぐそこまで近付いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話(裏)やっぱつれぇわ……

 数年は動きが無いと思っていたシンケールス侵攻計画が再開した。

 その報告をダンテから聞いた際は正直、喜びよりも戸惑いが勝ったものだ。

 スペルビアがそう言うお国柄だとは分かっている。

 しかし、人間からすれば終末級と位置付られるポチの出現は不可避の災厄だろう。

 

 ”竜が来たのはたまたま、もう大丈夫”、或いは”自分達は特別な人間だから竜に害されなかった”。

 

 などと囀るのは傲慢を通り越して白痴と言わざるを得ない。

 喉元過ぎれば熱さ忘れるとは言うけれどまだ一年も経っていないのに驕り昂れるものだろうか?

 流石におかしいと思ったものの終盾騎士団十三小隊隊長に任命されたとは言えダンテは下っ端も下っ端。

 再開についての仔細は知らないようだった。

 なので調べてみると、答えはあっさり見つかった。

 とりあえずスペルビアの首脳部は白痴ではなかったらしい。

 

 結論から言おう、出兵計画を再開させたのは偽りの魔女フィクトスだ。

 

「(ホント、あれこれ思い付くもんだね。力はともかく頭は俺より良いんじゃねえの?)」

 

 再開の理由はポチの襲来に端を発する国防計画に関わるものだ。

 従来の国防計画でもまだ不安だったのか、フィクトスは新たな魔法を開発した。

 竜に特化したデバフ――中々に良い出来だと思う。

 仮に想定通りの出力であの魔法がポチに降り掛かれば二割は力を減らせるだろう。

 だがそもそも発動の時点で手いっぱい、ポチに効果を与えようものなら魔力がまるで足りない。

 国中の冒険者を動員すれば何とかなるかもしれないが、彼らには他にも使い道がある。

 

 ――――だからこその人柱。

 

 フィクトスは人間を燃料にする事を思い付いたのだ。

 とは言えスペルビア内で服役中の犯罪者だけではまるで数が足りない。

 では底辺の人間を使うか? それも否。道徳と言う観点からではない。

 被差別層と言うのは存在するだけで国の安定を担っている。

 見下せる誰か、虐げても良い誰か、そう言う層を意図的に作る事で上への不満を散らす事が出来るのだ。

 ならばどうしよう?

 

「(自国が駄目なら他国から連れて来れば良いじゃない……か)」

 

 スペルビアとシンケールスの国力差は圧倒的だ。

 局所的な戦場全てで奇跡が乱発されるぐらいでなければ押し返す事さえ出来やしない。

 スペルビアにはそれだけ余裕があるのだ。

 流石に全国民――兵も含めて全て生け捕りにとはいかないが人間狩りは容易だろう。

 

「(少なく見積もっても例の魔法を発動させるには十分な数を得られるだろうな)」

 

 シンケールスの人間からすれば堪ったものではないだろう。

 

 人柱――ただ殺されるだけならまだマシだが、フィクトスは更に工夫を凝らしている。

 単純に人間を搾りかすにするのではなく、怨念と言う負のエネルギーを集めようとしている。

 拷問、凌辱、思い付く限りの方法でシンケールスの人間は尊厳を踏み躙られる事だろう。

 トコトンまで絶望させてから殺す、そうする事でデバフと言う性質によく馴染むエネルギーを抽出しようと言うのだ。

 

 亡者の怨念、その本質は”足引き”だ。

 

 自分はこんな目に遭ったのにどうしてお前は。

 生きているお前が憎い、幸せそうなお前が憎い。

 お前も不幸になれ、お前も死んでしまえ。

 亡者はそうして生者の足を引くのだ。それの本質はデバフを発動させるエネルギーとしては最上に近い。

 更に言えば亡者の怨念は貯めておくと言う観点からも非常に優秀だ。

 

「(減らないどころか勝手に増大していくからな)」

 

 フィクトスは抽出した怨念をプールするつもりだ。

 プールされた怨念はどうなる? ますます恨み辛みを募らせて膨れ上がるのだ。

 貯め過ぎれば危険だがフィクトスは狡猾だ。

 ポチ用の魔法以外でも怨念を使える術式を幾つか開発し定期的に吐き出させる環境を整えている。

 善悪を度外視すれば一片の無駄もない、実に効率的なやり方だ。

 

「(行き当たりばったりの俺とはまるで違うな)」

 

 思考の海から回帰しカップを傾ける。

 少し前までは熱かったのだが、紅茶はすっかり冷めてしまっていた。

 

「テメェ! コラァ! ポチィ!? あたしに動きを合わせろって言ってんだろ糞が!!」

「はぁ!? 何で竜の頂点たるこの僕が君なんかに合わせなきゃいけないのさ!?」

 

 いやぁ、食事も睡眠もロクに出来ていないのに元気だねこの子達。

 庭の片隅で俺の作成した怪人相手にバチバチやっているシンちゃんらを見て若さと言うものを実感する。

 

「(いや、ポチは俺より年上だけどさ)」

 

 地底湖での一件があったその夜、二人は俺に頼み事をしてきた。

 自分達がどこまで強くなったかの確認、並びにもっと強くなれるよう直接指導をして欲しいと頭を下げたのだ。

 だが前者はともかく後者はどうにも……ね。

 以前にも言ったが俺に指導者としての資質は皆無である。

 なので苦肉の策として”敵”を用意してやる事で妥協させた。

 確認用の敵を一体、更なるステップアップを目指すための敵を段階ごとに十体。

 

「(技術や連携、培った経験、機転があればクリア出来るようにしてあるが……)」

 

 六段階目の敵で躓いている真っ最中だ。

 シンちゃんの制限は全部取り払い、ポチはシンちゃんと同程度まで解除してある。

 流石にポチの全力に耐え得る相手となると、シンちゃんではまだまだ不足だからな。

 

「お前が囮になって隙作るんだよオラァ!」

「嫌だ! トドメを刺すのは僕だ! お前が囮やれ!!」

 

 うーん、この足並みの揃わなさ。

 冒険者としての日々とは一体何だったのか。

 この状態から憎まれ口を叩きながらも戦闘では息ピッタリ! みたいになるのが理想なのだろう。

 しかし、まだまだ情操的に未熟な二人には難しいようだ。

 

「ノクティス、片付けを頼むぞ」

 

 もうしばらく凸凹コンビを眺めていたいが、そろそろ俺も動かないとな。

 

「ニャア」

 

 近寄って来ていたノクティスが軽く俺の足に頬ずりをし、小さく鳴いた。

 (可愛過ぎて)やっぱつれぇわ……。

 

「がぁ!? あ、る、ルークス様……!?」

「うぉお!? ど、何処か行くのぉおおおおおお!?」

 

 全方向から繰り出される刃の檻を潜り抜けながらのリアクションである。

 

 何だよ……結構余裕あるんじゃねえか……。

 俺は止まんねえからよ。

 俺がロールプレイを止めない限り勘違いの輪は延々と広がって行く。

 だからよ、止まるんじゃねえぞ……。

 

「(ってのはともかくとしてだ)」

 

 ある意味でこの子達にも関わりがあるだろうし、一応確認はしてみるか。

 

「貴様らも来るか?」

「「はい!!」」

 

 貴様らには関係の無い事だと言われれば大人しく戦いをしていたのだろう。

 だが確認されたのだから来ても良いと言う事。

 強くなる事よりも俺の傍にって事なのだろうが……シンちゃんはともかくポチお前それで良いのか。

 

「では行くぞ」

 

 毎度お馴染み指パッチンでボロボロの二人を回復させる。

 空腹や眠気、疲労の解消、服も新品同然に戻った。

 ついでに枷も嵌め直したし、これで外を出歩いても問題はなかろう。

 

「…………何か人居ませんね」

 

 二人を伴って外に出た俺達の前に広がっていたのは誰も閑散とした街並み。

 文字通り人っ子一人もいないゴーストタウン状態だ。

 俺よりもこの街に馴染んでいた二人からすれば信じられない光景なのだろう。

 困惑を隠そうともせずキョロキョロと周囲を見渡している。

 

「皆、避難したからな」

「避難って……何かあったの?」

「戦争だよ」

 

 総勢二十万のスペルビア軍が侵攻して来ているのだ。

 その数を見ればスペルビアの本気具合が窺えると言うもの。

 国境付近の一般人は皆、安全な首都に向かっている真っ最中だ。

 そしてそんな彼らが逃げる時間を稼ぐためにと自らの意思で残った正規の軍人と義勇兵が最前線になるであろう砦に籠っている。

 絶望的な状況、しかしその士気は高い。

 お国柄だろう、正しい事のためならその命を燃やし尽くしても後悔が無いと言うのは。

 

「「……」」

 

 複雑そうな表情をする二人を見れば分かる。

 この街で過ごした時間は決して無駄ではなかったのだと。

 だからこそ俺は二人が口を開くよりも早くに転移を発動させた。

 

「何者だ!?」

「スペルビアの魔法兵か……!」

「だが単騎で乗り込んで来るとは良い度――――」

 

 転移先は最前線に築かれた砦の中。

 突如出現した俺に一瞬時間が止まるも、直ぐに警戒も露わに俺を取り囲んだ。

 

「黙れ」

 

 そんな彼らを見下すように一言。

 言葉は力を持つ。

 それが魔女のような規格外の存在から発せられたものであれば抗う術は無い。

 普段は意図して力をかき消しているが今回は別だ。

 まあ、力を発露していると言っても彼らの常識の範疇に抑えてはあるのだが。

 

「貴様らに用は無い」

 

 ぐるりと砦の内部を見渡し、目的の人物を発見する。

 仲間達を止めようと腰を上げかけた体勢のまま固まっているロッドだ。

 

「久しぶり、と言う程でもないか」

「る、ルークスさん……? な、何故此処に……」

 

 ロッドは中途半端な体勢のまま困惑顔を晒す。

 とりあえず立つか座るかハッキリした方が良いと思うのだが。

 

「それは私の台詞だ。貴様、何故此処に居る?」

 

 嘲りの色を声に乗せて言葉を紡ぐ。

 

「相対する敵は二十万、迎え撃つ貴様らは二千にも満たぬ小勢」

 

 子供でも分かるだろう、勝ち負けは明白。

 どれだけ粘っても物量差で押し潰されるのが関の山だ。

 足止め出来ても数日、更に言えばその足止めも全軍と言う訳ではない。

 真っ当な指揮官ならば幾らか手勢を残して、そのまま進軍するに決まっている。

 潰すだけなら二万もあれば十分、彼らも捕縛すると言うのなら四万五万居れば十分。

 

「大した成果も挙げられぬまま果つるが定めの死地に何故留まる?」

「……」

「貴様、元はこの国の人間ではなかろう? 付き合う義理もあるまいて」

「そ、そうだよオッサン! 馬鹿な事は止めとけって!!」

「負けるのが分かっていて戦うのは馬鹿のする事だよ?」

 

 子供達が俺に追従する。

 この二人は砦に居る全員ではなくロッドのみを案じているのだろうが……それでも十分だ。

 十分なアシストだし、十分な成長である。

 

「貴様には借りがあったな」

 

 ロッドが望むのならば今からでも安全な場所に飛ばしてやっても構わない。

 そう提案してみるが、返って来たのは予想通りの答えだった。

 

「……折角だけど、遠慮しておくよ。そりゃあ、オジサンはこの国の生まれじゃあない。

だが、この国とそこに住まう善き隣人を愛する気持ちに嘘は無いからねえ」

 

 例え全軍を足止め出来なくたって少しでも数を減らせばそれだけ避難する人々に及ぶ危険が減る。

 例え待っているのが確実な死だとしても自分のやるべき事、やりたい事を貫いたのならその死は決して無意味ではない。

 そんな言葉にはしない強い意思がこの砦全体から感じられる。

 シンちゃんの叫び一つで掻き消されてしまうような儚いもの、だがそこに宿る輝きは確かな真実だ。

 

「オジサンだけじゃない、此処に居る全員が同じ気持ちさ。だからまあ、気遣いはありがたいけど……」

「良かろう」

「え?」

「言ったであろう? 貴様には借りがあったと」

 

 軽く地面を蹴って砦の壁上に飛び上がる。

 中々の眺めだ、長閑な自然が広がる光景は心を穏やかにしてくれる。

 これで十数キロ先に無粋な連中が群れを成していなければもっと良いものが見れたはずだ。

 

「ルークス様、枷を外して頂ければあたしがやりますけど……」

 

 俺の後を追って来たシンちゃんが少し躊躇いがちにそう提案する。

 俺の手を煩わせるまでもない。

 それが主な理由だが、心の何処かに――いや、それは置いておこう。

 

「君なんて剣を振るだけでしょ? 僕の方が直ぐに片付けられるよマスター」

 

 ああ、それはそれで面白そうだ。

 ポチへの対策のために侵略して来てるのにそのポチが迎え撃つとか最高の皮肉である。

 だが生憎と、このステージを譲るつもりはない。

 

「構わぬ。少しばかり戯れを思い付いたのでな」

「戯れ、ですか?」

「”アレ”は些か頭に乗り過ぎた。私も責務を果たさねばならぬ」

 

 俺の個人的な欲求に基づく事情もあるが責務を、と言うのも嘘ではない。

 

「とは言え阿呆相手に真面目にやるのも馬鹿らしいからな。遊びでも織り交ぜねばやってられぬわ」

 

 はてな顔の子供達を無視しフワリと浮かび上がる。

 

「しばし留守にする。後の事はノクティスに任せるゆえ、何かあればあ奴を頼れ」

 

 返事も待たず飛翔を始める。

 瞬きする間もなく詰められる距離だが、それでは面白くない。

 余人でも”認識出来る程度”の力を発露しながら、ゆっくりゆっくりと近付いて行くのが大切だ。

 

「な、何だこの魔力は……!?」

「空だ! 空を見ろ!!」

「女……こ、これは……敵か!? だとすれば……!」

「あんなもの魔女様ぐらいしか太刀打ち出来ぬぞ!!」

 

 良い反応だ、諸君。

 耳に届く兵士らの声に口元を歪ませ、彼らの上空へと躍り出る。

 そして片手を天に突き出し数キロにも及ぶ巨大魔法陣を空に形成。

 ハッキリ言うとこれに意味は無い。

 従軍している魔法使い達は読み取れる内容を見て顔を青くしているが、これは見栄え重視の演出でしかない。

 

 ”見栄えだけは良い小手先の魔法モドキ”

 

 師匠が言うところのそれだ。

 あの時は六百年早いと叱り飛ばされたが、既にその月日は流れ去った。

 であれば何も問題は無い。無意味な魔法モドキに興じたところで師匠も俺を叱りはしないだろう。

 

「天より注ぐは邪なる悲哀、こうべを垂れて因果を受け止めよ」

「け、結界だ! 動ける者は今直ぐ結界を張れー!!」

 

 星光の輝きを借りて今、必殺の! スター……ってパクリだこれェ!?

 

「――――凶星落涙ッ!!!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話(表)わたくしに弱い者イジメをしろと、そう仰るのですね?

「…………シンケールス侵攻が失敗した、ですって?」

 

 それは正に青天の霹靂だった。

 自然と目が険しくなるフィクトスにビクリと身体を震わせる王と将軍。

 

「は、はい」

「将軍様、一体どう言う事なのかしら? インウィディアかイラが好機だとばかりに軍事介入でもして来たので?」

 

 考えられる要因なんてそれぐらいのものだ。

 インウィディア帝国、イラ連合国、その二つはスペルビアに次ぐ大国だ。

 もっとも、両者単独ではスペルビアに伍する事は出来ず手を組めば互角と言った感じなのだが。

 

「それは……その……」

 

 気まずそうに視線を逸らす王の態度がフィクトスの癪に障った。

 

「王様、王様? 何故そのように言葉を濁されるので?

強国の支配者足る男がそのような有様でどう世界と渡り合って行くと言うのでしょう」

 

 不敬極まる発言だ。

 魔女であるフィクトスでなければ即座に処刑されていただろう。

 

「……」

「はぁ……話になりませんわ。将軍様、あなたが軍事の責任者でしょう? 何をあたふたとしているのです」

 

 さっさと説明なさい、言葉と共に魔力を放ち将軍を威圧する。

 ひぃ! と言う小さな悲鳴が上がりフィクトスは少しだけ溜飲を下げた。

 

「し、失礼」

 

 天を突く髭が特徴的な厳めしい顔の将軍様。

 彼は純粋な実力で軍事の最高責任者にまで上り詰めたタフガイだ。

 例え百万の軍と対峙する事になっても怖じはしないし、死も恐れはしない。

 だが格が違い過ぎるフィクトスを前に本能的な恐怖を抑えられずに居た。

 

「ふぅー……謎の女が突如、軍の上空に出現し広域破壊魔法を用いたのです。

各々の魔法兵の機転で結界を張ったは良いものの……十五万の兵が犠牲となりました。

全員が全員死んだ訳ではありませんが、重傷者も多数……現地の最高責任者はこれ以上の進軍は不可能と判断したようです」

 

 当たり前だ。

 損耗率が40%を超えれば全滅判定が下されるのに十五万の死傷者が出たのだぞ。

 しかも一瞬で。士気だってダダ下がりだし、そのような状態で戦争など出来るものか。

 幾らシンケールスが小国とは言え不可能に決まっている。

 

「ほう、それはそれは。中々やるようですわね。して、その謎の魔女はどうなったのです?」

 

 十五万の死傷者を出すような広域破壊魔法を用いた。

 そう聞けば普通はビビるだろう。

 だがフィクトスはどうとも思っていない。だって自分も出来るから。

 十五万と言わず二十万を消し炭に変える事が出来るから、それも軽々と。

 

「一撃で力を使い果たしたのか墜落、意識不明のままだそうです」

「捕らえたのですか?」

「ええ……幸いにして魔女・魔法使い用を捕縛するために用意していたアーティファクトの類は無事だったので」

 

 それを全て用いて無力化し、捕縛したのだと言う。

 

「(その程度の相手に全部使う事もないでしょうに……力持たぬ方達にとっては無理もありませんわね)」

 

 一般的に件の魔女レベルになると世界有数の実力者と言っても過言ではない。

 現地の者らが捕縛のためにこれでもかとアーティファクトを使い込んだのは無理からぬ事だ。

 

「トドメを刺してしまえば良かったでしょうに」

「…………意地悪な事を仰らないでください、魔女殿」

 

 王が困ったように顎髭を撫でる。

 フィクトスも馬鹿ではない、例の魔女を捕縛した理由は承知している。

 シンケールスに侵攻したのは対竜弱体魔法を発動させるために人間と言う燃料を欲したがため。

 そう言う面で言えば例の魔女は良い素材だ。

 だが、後顧の憂いを絶つと言う意味では意識を失っている内に殺しておくべきだろう。

 だが現地の指揮官はそれをしなかった。それは何故か、先を見据えていたからである。

 

「わたくしに弱い者イジメをしろと、そう仰るのですね?」

 

 スペルビアは自他共に認める世界最強にして最大の国家だ。

 どんな戦場でも常勝無敗とまでは言わないが戦争をした場合は必ず勝利を収めて来た。

 局所的に負ける事はあっても大局では必ず勝って来た――――だが今回、初めての敗北を喫してしまった。

 全軍を動員した訳ではないし、兵を集めて再度侵略する事も出来る。だが直ぐには不可能だ、年単位の時間が必要になる。

 ならば今回の戦争は敗北したと言っても過言ではない。少なくとも王や将軍はそう捉えている。

 

「そ、それは……」

「言わんとしている事も分からないではありませんわ」

 

 これに乗じて他国が調子に乗らないか、具体的には喧嘩を売って来ないかを心配しているのだ。

 インウィディアとイラを筆頭に他、スペルビアから見れば小国としか言えない連中が徒党を組む可能性は十分にあり得る。

 何せスペルビアは世界の嫌われ者だから。

 滅ぼした国の人間が世界各地に散らばっているだろうし、滅ぼされずとも領土を奪われた国は多々存在する。

 

「(何時もならそれでもよろしいのでしょうけど)」

 

 は? 何調子に乗ってんの? 全員返り討ちにしてやんよ!

 と血気盛んに迎え撃っていただろう。

 だが今回は一気に十五万もの兵を減らされた上に、国防計画を推進している真っ最中だ。

 雑魚どもに関わっている暇は無いのだ。

 かと言って攻めて来られれば対応せざるを得ない。

 

「(売られた喧嘩に全部勝ってもかなりの消耗を強いられ、国防計画が滞ってしまう)」

 

 領土や人足を手に入れても分配や統治に時間を割かれて国防計画は後回しに。

 かと言って疎かにすれば反乱が起きて……と負のループに入ってしまう。

 そうなる前に分かり易く力を示したいのだ。

 

「正直な話、わたくしが自ら力を振るうのであれば強者以外は真っ平ご免ですわ」

 

 始原の魔女の後継者たるフィクトスの存在は誰もが知っている。

 しかし、戦争に出た事は一度もないし、そもそも出る必要がなかった。

 そんな彼女がこのタイミングで自らの力を大々的に示したとしよう。

 

 それだけで抑止力となるのだ。いざとなれば自分が出るぞ……と。

 

 だが魔女がその力を示すのであれば、有象無象では足りない。

 都合良くどこぞの国が大軍を動かしてくれればそれを消し飛ばして力を示せるだろう。

 だが現状、どの国も軍事行動を起こしてはいない。

 かと言ってこちらから仕掛けるのは論外だ。喧嘩を売らせないために喧嘩を売るなんて本末転倒である。

 だからこそ、シンケールス侵攻の指揮を執っていた者は件の魔女を捕らえたのだ。

 大軍を消し飛ばす事が出来ないなら、大軍を消し飛ばしてみせた強者一人を圧倒的な力で蹂躙するために。

 

「例のお嬢さんも……まあ、皆さんからすればお強いのでしょうけど……ねえ?」

 

 などと口では文句を言っているがフィクトスに断るつもりはなかった。

 スペルビアと言う大国ありきの贅を尽くした暮らしなのだ。

 屋台骨を揺るがせられてはたまったものではない。

 何より、公衆の面前で力を示すと言うのは自己顕示欲を満たす事にもなる。

 

「そ、そう仰らずに。どうか、どうか御頼み申し上げる……!」

「(フフン、良い気分ですわ。王に頭を下げさせると言うのは)」

 

 表面上は難色を示しつつ、懇願する王に向かって大きな溜め息を一つ。

 

「分かりましたわ。友人の孫であるあなたはわたくしにとっても孫のようなもの。

そんなあなたに此処まで頭を下げられては否とは言えませんわ」

 

 フィクトスがスペルビアに接近したのは先々代の頃だ。

 幼かった現在の王の祖父に接近し、圧倒的な力を以って彼を王位に就けた。

 そこから楽しい楽しい生活が始まったのである。

 

「おお! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「(徹底的に痛め付けて差し上げましょう)」

 

 自身の計画滅茶苦茶にした魔女に対してはかなりムカついている。

 泣いて許しを乞うても許さないつもりなのだが、

 

「ですが一つ気になる事が」

「な、何でしょう?」

「件の魔女さん、わたくしが相手と知ってまともな戦いになるのかしら?」

 

 フィクトスとしてはそこが疑問だった。

 魔女を痛め付けるのは頼まれなくてもやるつもりだ。

 しかし、王や将軍の意図を叶えようとするなら戦いの形にならねば意味が無いだろう。

 例え大軍を消し飛ばせる力を持つ者であっても、無抵抗ならば誰にでもやれる。

 

 そんな彼女の指摘に将軍はニヤリと笑みを返した。

 

「そこは問題ありません。彼の者は我が身を犠牲にしてでもシンケールスを守りたかったのでしょう。

であれば脅し付けてやれば良いだけの話。全力で戦わねば再度シンケールスを攻めると。

とは言え鞭だけでは意味もありません。飴として、フィクトス様に認められる程力を示せればシンケールスは見逃してやるとでも言えば」

「そのお約束を履行する気はありまして?」

「ありませんな。しかし、縋らざるを得んでしょう。今回の一件も所詮はその場凌ぎに過ぎぬと理解しておるはずですし」

「そうですか。まあ、好きになさってくださいな。わたくしとしては素材が調達出来るならどの国でも構いませんし」

 

 などと言っているが当然嘘である。

 フィクトスはトドメを刺す瞬間にこの事を伝えて更に絶望させてやる腹積もりだった。

 

「ふふ、これから忙しくなりますな。各国の人間も招かねばなりませんし」

「うむ。魔女殿が力を振るうとなれば意図は分かっていても、見に来ざるを得ぬしな」

 

 魔女の力を直に目にした事がある者は少ない。

 一目でヤバイとは分かっても、具体的にどれ程ヤバイのか。

 仮想敵国が抱える最高戦力を見定めたいと思うのは当然だろう。

 

「ああ魔女殿、場所は我が国が誇る大闘技場を使う予定なのですが……」

「分かっていますわ。観客席には決して被害が及ばぬよう、結界を張り巡らせておきましょう」

「ありがたい!!」

「(何を楽しそうにしているのやら)」

 

 コイツらは分かっているのか。

 シンケールス侵攻が失敗したのだぞ?

 それによってただでさえ遅れがちだった国防計画更に遅れてしまう。

 

 傲慢さに起因する能天気さにフィクトスが苛立っている頃、シンケールスでは更に憤怒を燃やしている少女が居た。

 

「……分かっている、分かってはいるさ。ルークス様がわざと捕らえられたってのはさぁ!!」

 

 数日前は二人がかりでも相手にならなかった六番目の怪人。

 シンはそれを真正面から両断してのけた。

 攻撃を喰らう事も厭わず真っ向から攻撃の嵐を突っ切って真っ二つ。

 この急成長の原因、それはスカー・ハートに因るものだ。

 

 塵屑みてえな糞ったれどもが敬愛する主、ルークスの身体に無遠慮に触れた。

 その上、あんな野暮ったい拘束具を嵌めこんでその美しさを翳らせた。

 それがシンの中で常に滾っている憤怒を更に燃え上がらせたのだ。

 ルークスをして認めざるを得ないシンの憤怒には本当に底が無いのかもしれない。

 

「……あのさ、うるさいんだけど」

 

 木の上で寝転がっていたポチが不機嫌そうに抗議の声を上げる。

 彼もまた、先ほど単独で六番目の怪人を殴殺したばかりだ。

 

「あぁ!? テメェはどうとも思わねえのかよ!?」

 

 一見すればポチはまだ落ち着いているように見える。

 苛立ちを滲ませていても物には当たっていないから。

 だが、その胸中は別だ。

 

「今直ぐ奴らの国ごと灰燼に帰してやりたいに決まってるだろ」

 

 歳の功で感情を露わにしていないだけで内心ではかなり憤っていた。

 物騒が極まっているもののポチの場合は枷を外されればいとも容易くやってのけられるのが恐ろしいところだ。

 どれだけ怒りを燃やしていても未だ人間の範疇にあるシンとは比べ物にならない。

 

「でも、マスターには何か考えがあるんだろうし……それは邪魔しちゃいけないじゃん」

「あたしもそれは分かってるつってんだろ!? 分かってるけど腹立つんだよ!!」

 

 倒れ伏す怪人の死体を蹴り飛ばし壁に叩きつける。

 それでも尚、怒りが収まらないところを見るにルークスの存在がどれだけ大きかったかが窺えると言うものだ。

 

「ハン! 見苦しいね、みっともないね。

それでマスターの下僕をやってるんだから……止めてよね。君の下品さのせいでマスターの品位まで疑われちゃうじゃないか」

 

 口が悪いのは何時もの事だが今は三割増しだ。

 そして、何時もならシンも表面上は怒りつつも本気にはならないのだが今は別だ。

 二人共に時間が経つごとに苛立ちが増していってるので致し方ない。

 

「……やんのか?」

「……君には常々格の違いってのを教えてやろうと思ってたんだよ」

 

 一触即発の空気、だが二人の衝突が起きる事はなかった。

 

「ニャア!」

「「がっはぁ……!?」」

 

 ぶつかり合うよりも先にノクティスが二人の顔面をぶっ飛ばしたからだ。

 

「い、いてえ……つか……えぇ……? お前、そんな強かったの……?」

 

 柔らかな肉球が触れたと思った瞬間、頬に甚大な衝撃と痛みが走り気付けば倒れていた。

 顔を殴られたはずなのに全身が痺れて指一本動かせやしない。

 可愛い猫だと思っていたノクティスのまさかの実力にシンが慄く。

 

「き、君も僕らと同じ下僕だろ……? どうとも思わないのかい?」

「なーご」

「確かにそうだけどさ……」

 

 ノクティスは人語を話せない。

 話せないが意思疎通が出来ない訳ではない。

 不思議と何を伝えたいのかが伝わって来るのだ。

 ちなみに今のなーごは『主のような規格外を知らぬまま抱え込んでしまった連中が可哀想』と言っている。

 

「うなー」

「本人が気にしてない事で他人があれこれ言うのはみっともないって……。

それはその通りなんだろうが……理屈じゃねえんだよ。お前、クール過ぎねえか?」

「ニャ」

 

 お前達が感情的過ぎるだけだと一刀両断。

 器用に前足で執事服の襟元を緩める姿もとってもクールだ。

 

「……マスターは何をする気なの?」

「ふにゃ」

「知らん……じゃあ何時帰って来るとかは……」

「ンニャ」

「これも知らない……じゃあ何を知ってるんだよ……え? マスターから伝言がある?」

「それ早く言えよ! 何だ? 何て言われてんだ? っておい! 何処行くんだよ!?」

 

 来客だ、と告げノクティスは前足を軽く振るう。

 すると庭園内にロッドの姿が現れた。

 

「うお!?」

「ニャアオ」

「あ、これはご丁寧に――って猫が喋ったぁ!? いや喋ってはいない!?」

 

 ロッド様ですね? 話は窺っております。

 何時も当家の者がお世話になっているようで恐縮です。

 とノクティスは伝えたのだ、執事猫として見事な慇懃さである。

 

「オッサン……何だよ?」

「シンちゃんか……ああ、ごたごたしてて感謝も謝罪も出来なかったからねえ」

「感謝はともかく謝罪?」

「――――俺のせいで君達の大切な人が捕まってしまった、本当に申し訳ない。

君達が何を考えているかは分かる、止めろとは言わない。だがどうか……俺にも手伝わせてくれないか?」

 

 ロッドは二人がルークス奪還のためにスペルビアに向かうと踏んでいた。

 普段の態度から彼らがどれだけルークスを慕っているかを知っていたからだ。

 だが子供だけでは危険過ぎる、だが止める事はきっと出来ない。

 ならばせめて、自分にも手伝わせてくれと万全の準備を整えてやって来たのだ。

 あんな力を示したルークスをスペルビアが――ひいてはあの”魔女が”放って置く訳がないから。

 魔女を相手取る可能性を視野に入れるのならばどれだけの備えをしても足りないぐらいだ。

 

「「……」」

 

 深々と頭を下げるロッドに二人は顔を見合わせ、

 

「アンタが謝る事じゃないよ。そもそも、捕まったって言ってもわざとだしね」

「え……?」

 

 キョトンとするロッド。

 彼はルークスが対軍級のモンスターを遊びで屠った場面を目撃した一人だ。

 だと言うのにこのリアクション、冷静さを失っているのか? いや、そんな事はない。

 

 ロッドが本気でルークスが捕まったと勘違いしたのは、他ならぬルークスのせいだ。

 

 彼女が用いた広域破壊魔法、魔道の心得があるロッドには多少なりとも理解する事が出来た。

 あれは人間が単独で行使出来る魔力を限界まで使った規格外のものだと。

 精強を誇るスペルビアの大軍を一度で退けるためにあれぐらいは必要だったのかもしれない。

 だが、あんな魔法を使い魔力を使い果たしてしまえばしばらくの間、動けなくなってしまう。

 意識を失い動けなくなってしまえば、後はやりたい放題だ。

 捕らえられ、王都に運び込まれてしまえばもう”魔女”との衝突は避けられない。

 如何なルークスでも魔女相手では万全であって……だからこそ、王都に移送される前に奪還する。

 ロッドはそう考えていたのだが、

 

「ちょっと強えモンスター小突いたとこしか見てないから分かんねーかもだがルークス様に勝てる奴なんざこの世に居やしねえよ」

 

 例え世界全てと戦っても軽々と勝利を収めてのける。

 それがルークス・ステラエと言う女だ。

 ゆえにロッドの罪悪感はまったく以って見当違いだと二人は鼻で笑い飛ばす。

 

「いや、でも、それは……!」

 

 力の一端とさえ呼べないものしか見せられていないロッドは納得が出来ないようだ。

 その常識を粉微塵にするような業を見ていれば話は別だったのかもしれないが……所詮はもしもの話である。

 

「だから良いって。それよかノクティス、ルークス様の伝言ってのは何なんだ?」

「ニャア」

「その内帰る、留守の間は好きにしろ……か」

 

 好きにしろとは言うものの、普段から好きにさせてもらっている。

 ルークスが自分達に何かをしろと言うのは稀だ。

 

「…………なあオイ、ノクティス。ルークス様はあたしらに好きにしろって言ったんだよな?」

「ンナ」

「それならさ、スペルビアに行っても良いって事にならないかな?」

 

 二人の問いにノクティスの目が細められる。

 

「勿論、ルークス様の邪魔をするつもりはねえ」

「ただ少しでも傍にいたいだけなんだよ、僕らは」

 

 ”戯れ”とやらが何を指しているかは分からない。

 だが、その邪魔をする事を良しとしないであろう事は二人にも分かっている。

 

「ブミャー」

 

 何があっても責任は持たない、ため息混じりにノクティスがそう告げると子供達は満面の笑みで頷きを返した。

 

「あ、ちょっと……!」

 

 ノクティスが発動した転移によって二人は姿を消し、ロッドもまた外に放り出されてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話(裏)くっ、殺せ!

 くっ、殺せ! 虜囚の辱めを受け尊厳を奪われるぐらいならば私は死を選ぶ!!

 

「(なーんてシチュエーションなのにだーれも来やしねえ)」

 

 折角、ロールプレイの上に別のロールプレイおっ被せるチャンスだってのによ。

 今の俺見てみろよ。

 アーティファクトらしき鎖で全身を縛り付けられて……ほら、胸とかすっごい強調されてる。

 シンちゃんもお気に入りのビッグバストが三割増しでエロくなってんぞ。

 その上手枷つけられて吊るし上げられてるとかもうこれ完全にエロゲシチュじゃん。

 

「(どいつもコイツもタマついてんのか? ああん?)」

 

 牢獄の中によー、こんな別嬪さんがあられもない格好で緊縛されてるんだぞ。

 略奪上等の国家に属する兵隊なら空気読めよ。

 王都の監獄に護送されるまでの間、意識失った振りしてたけど誰も俺んとこ来なかったぞ。

 見張りは居たけどゴジラ見るような目してたもの。気の毒なぐらい怯えてたもの。

 スペルビアの国民として恥ずかしくないの? 傲慢さが売りなんでしょ? ただでさえ暇なんだから俺と遊んでくれよ。

 

「(折角開発した俺に不埒な事をしようとするとチンコが根元から腐って落ちる魔法が無駄になったじゃん)」

 

 ショタ、少年、中年、老人(執事系がマーべラス)。

 老若問わずイケメンは好きだ。乙女ゲーやるぐらいだしな。

 男に好意を抱かれたり……まー……キスぐらいなら平気だ。

 とは言え流石にエロい事かませる程、どっぷり腐っている訳でもない。今でも中身男のつもりだし。

 なのでいざと言う時に備えて対人魔法を更に局所的に鋭敏化させた対チン魔法を開発したのだが、出番が無いまま終わりそうだ。

 

「(何せ、護送中とは違って見張りすら居ないし)」

 

 王都が誇る難攻不落の大監獄。

 その中でも更に堅牢無比な最下層に繋いだから逃げられる心配はない――と思っているのだろう。

 

「(スペルビア軍に襲撃仕掛けた時に設定したレベル的にはその認識も間違いではないんだけどな)」

 

 それでも油断し過ぎと言うか何と言うか。

 

「(全滅させてた方が良かったかな?)」

 

 いや、それはそれで駄目か。

 目論み通りに事を進めるのであればあのぐらいが一番丁度良いだろう。

 実際、思惑通りにフィクトスがやる気になってくれて望み通りの舞台が整えられようとしているし。

 スペルビアだけでなく他所の国の重鎮も見守る中で力を示す、これで俺の当初の目的は達成される。

 色々紆余曲折はあったが、中々に感慨深いものがあるな。

 

「(感慨と言えば――どうとも思わなかったな)」

 

 シンちゃんの時は間接的で、直接手を下した訳ではない。

 だが今回は違う。

 万単位で人を……それも自らの意思で殺したと言うのに驚く程に落ち着いている。

 罪悪感も無ければ達成感もない、ただ目的のために殺したのだと言う認識しか存在しない。

 

「(以前覚えた違和感は間違ってなかったと言う訳か)」

 

 俺自身は、俺として変わらず続いていると認識していたがそれは誤りのようだ。

 やはりどこかしら、何かしら変わっている。

 それを具体的に把握は出来ていないが……別に問題は無いだろう。

 今のところ何か支障が出てる訳でもないし。

 

「(っと――誰か来たようだな)」

 

 コッツ、コッツと薄暗い牢獄に靴音が響き渡る。

 靴音は俺が入れられている牢の前で止まった。

 シチュエーションに合わせるため俯かせていた顔を上げれば――――

 

「(ぶふぉ! サリーちゃんのパパかよ!?)……貴様は?」

 

 偉く豪奢な軍服に身を包んだ厳めしいダンディが一人、ランプを片手にこちらを窺っている。

 その容姿はパパそっくりで、正直噴き出しそうになった。

 

「スペルビアの鬼将、リオン・オールディスとは儂の事よ」

「(いや知らんけど……ああでも、どっかで見た覚えあると思ったら……)」

 

 将軍だ。

 フィクトスにヘコヘコしてた将軍様。

 モブの顔なんて一々記憶してなかったから直ぐに思い出せなかったよ。

 あの時は他の事に夢中でその髭がツボる事もなかったから印象薄かったんだよな。

 

「して、そのリオンとやらが何用だ?」

 

 などと問い返すが、用件は分かっている。

 

「貴様に一つ、取引を持ち掛けに来た」

「……スペルビアの下僕になれとでも?」

「ハ! 随分思い上がった事を言うな小娘。フィクトス様が居らねば……まあ、それも考えてやっても良かったがな」

「では何だ? 取引と言うぐらいだから処刑の日程でもあるまいし」

「フン、生意気な小娘よな」

 

 不愉快そうに鼻を鳴らす態度がどうにも癪に障る。

 俺からすればお前は生意気な小僧なんだよ。

 公開処刑の時に小便どころか大便漏らす勢いでビビらせてやるから覚悟しとけ。

 

「貴様の処刑は免れぬ。当然だ、誉れ高きスペルビアの精鋭に対する蛮行は千の死を以ってしても償えぬ」

「ッハハハハハハ! 精鋭! 精鋭と言ったか!? 藁のように死んでいったあの者らが!!」

「貴様……!」

「スペルビアの力もたかが知れているな。ああいやすまない、別に買い被っていた訳でもないのだが」

 

 お前の言を聞いてついつい嗤ってしまったよ。

 そう付け加えてやると、ただでさえ不機嫌な顔が更に悪くなってしまう。

 可哀想になぁ、顔面偏差値が高ければそんな表情でも絵になるだろうに。

 

「クッ……! ま、まあ良い。話を戻すぞ。貴様は死を免れぬが、その死を選ぶ事は出来る」

「ほう? 貴様らの事だ。公衆の面前で私を辱めとことんまで尊厳を貶めた後に首でも刎ねるのかと思っていたが」

「ああ、それも選択肢の一つだ。しかし、我らは寛容だ。そして、力持つ者には敬意を払う」

 

 つーか前置き長い。

 俺が勿体ぶって話すのは良いよ? だってちゃんと絵になるから。

 中身オッサンでも外見は絶世の美女だからな。

 ペラペラ長話垂れるだけでも美女ならば絵になるが内外共にオッサンがベラベラ長話しても鬱陶しいだけ。

 

「小娘、貴様も端くれとは言え魔道の徒。ゆえ、それに見合った最期をくれてやろうと思ってな」

「と言うと?」

「貴様も知っておろう。我が国におわす、最高にして最強の魔女。

そう、あの始原の魔女の弟子にして後継者――フィクトス様を知らぬ訳があるまい」

「……ああ、そうだな。無論、知っているとも」

 

 ようやっと本題だ。

 つか、確認のために覗き見してたから用件知ってるんだよ。

 早く済ませてくれ。

 さっきまでは一人ぼっちで暇だったけどオッサンが来ても楽しくない。

 なので話を円滑にするためにもこちらからアシストを出そう。

 

「どうせ死ぬなら魔女殿と戦って死にたいものだ。何せ相手は世界で唯一、魔道の最高峰まで上り詰めた者。

力及ばずとも己の総てをぶつけ、全力を引き出せずともその力の一端に触れて死にたい。

私だけではない、果てなき魔道を歩む者は皆そう思っているだろう……まさか!」

 

 今気付いたかのように表情を崩す。

 これまでの不遜な態度から期待を露わにするような顔に。

 リオンは恐れ戦いて欲しかったのか、不満そうな顔をしていたが直ぐにニヤリと嗤った。

 本来の目的を考えれば好都合だ、と。

 

「その通りだ。貴様の如き大罪人にとっては身に余る光栄であろう」

「……だが、私如きのために魔女殿が動いてくれるのか?」

「クク……フィクトス殿と違い、本当に魔道の才しかないのだな」

 

 フィクトスが動く意味も察せない俺を嘲笑っているのだろう。

 だが、笑いたいのは俺の方である。

 寸分違わず目論み通りに動いてくれているのだから。

 

「どう言う意味だ?」

「何でもない。ああ、貴様の才はフィクトス殿も高く買っておるのだ。

死が避けられぬのであればせめて先達として、魔道の真髄に触れさせてやりたいと慈悲をおかけくださった。感謝しろよ」

「無論だ。それより何時だ? 何時魔女殿と……!」

「そう焦るでない。貴様も先の戦いで消耗しておろう。一週間、一週間時間をくれてやる」

「む……一週間か……長いな……だが魔女殿に無様は見せられん」

 

 我ながら心にもない事を言っている。

 エレイシアもこんな気分だったんだろうか?

 

「(昔の、何も知らない純朴な村娘だった時分の己に成り切って未来ちゃんに近付いていたものな)」

 

 初めてプレイした時は面影もあるしエレイシアの縁者か? と思ったがまさかの本人。

 エレイシアも今の俺のように微妙な気分を味わっていたのだと思うと変な笑いが出そうだ。

 あそこら辺、エレイシア視点でスピンオフ出してもらいたかったが……俺の死後に出てたりするのかな?

 

「その通り。精々無様を晒さぬよう英気を養っておくのだな」

 

 ハン! と嘲笑を浮かべ、リオンは去って行った。

 

「(はぁー……ようやくだ。ようやっと本格的にエレイシアを始められる)」

 

 一週間後、俺の存在は全世界に畏怖と共に知れ渡るだろう。

 これでようやっと設定的にエレイシアに並ぶ事が出来る。

 

「(魔女としての責務も果たせるしで一石二鳥だわ)」

 

 まあ比率としては魔女としての責務を果たす方が上なのだが。

 この茶番についてもエレイシアより”魔女の掟”を遵守する上で効率的なやり方だと思うし。

 

「(やっぱ師匠の存在はデケェや)」

 

 だがそれはそれとして、一週間が途轍もなく長く感じてしまうな。

 遠足や修学旅行を楽しみにする学生のように気が逸ってしまう。

 我が事ながら良い歳してんだし落ち着けよと思わなくもない。

 

「(これから一週間、どうやって時間を……ああそうだ! 良い暇潰しあるじゃん)」

 

 王都に来た事で思い出した。

 アフターフォローのためにと途中までは見守っていたが何やかんやと丸く収まったのでそこからは彼らを見ていなかった。

 

「(ザイン&リーンの師弟コンビ!!)」

 

 詰所で師弟関係が結ばれた事で俺のフォローは必要無いと判断した。

 次会う時までのお楽しみにと見るのを止めていたが……ちょっとだけ……ちょっとだけ。

 つまみ食いをするようなノリで遠見を発動させてみると、

 

『……ザインさん、趣味悪いですよ』

 

 どこかの御屋敷だろうか?

 そこの客間にリーンくん、ザイン、そしてエロいお姉さんギャビーが居た。

 

『そうねえ。ちょっと前のあなたなら無関心だったでしょうし今のあなたにしてもそう。

嫌いでしょ? こう言うの。何だって例の公開処刑のチケットを欲しがるのよ。それも大枚をはたいてまでも』

 

 どうやら公開処刑の話はかなり広まっているらしい。

 まあ、魔女の力を内外に示す目的だから当然と言えば当然だが。

 

『……るっせえな。それで、どうなんだ?』

『そりゃ、私の伝手なら一番良い席取る事も出来るわよ? でも、理由が知りたいわね』

 

 相手が俺だと言う事を知らされているのならばザインとしては来ざるを得まい。

 だが、あの日出会った俺とスペルビア軍を壊滅させた俺とでは繋がらないだろう。

 捕らえられると言うのもおかしいし、スペルビア軍に生き残りがいると言うのも不自然だ。

 

『……』

『何? 人に話せないような理由なの?』

『いや、そうじゃねえよ……ただ、理由って程明確なもんでもなくてな……』

 

 実際、ザインも俺がフィクトスの相手だとは思っていないようだ。

 ならば何故なのか。リーンくんやギャビーも気になっているようだが俺も気になる。

 更生した彼が趣味の悪い見世物を見たがる理由は何なのか。

 

『……予感がするんだよ』

 

 何か主人公みてえな事言ってんぞ。

 

『予感、ですか?』

『ああ、良いものか悪いものかも判別がつかねえが……第六感が囁くのさ。公開処刑を見に行けってな』

 

 成る程、確かにそんなあやふやな説明はし難いな。

 予感なんて曖昧なもの、理由にさえなりやしない。

 

「(だが……ふむ……十中八九俺の事だろうな)」

 

 一度会っただけ。

 だが、存外ザインと俺の間には強い縁が結ばれているのかもしれない。

 無粋なので確認はしないが……たった一度の出会いで縁が結ばれたのか。

 いや、袖摺り合うだけでも縁が結ばれると言うし、一度の邂逅でも意識の変遷が起きる程ならそれも当然か。

 

『何も無かったら直ぐに帰るつもりだ。国の茶番に付き合う程、俺も暇じゃねえし』

 

 わしゃわしゃと隣に座るリーンを撫でるザインの顔はまるで父親のそれだ。

 ……もし、この光景をシンちゃんが見たらどう思うのか。

 自分の思い通りに弟が破滅への道を辿っていない事を知って怒り狂うのか。

 或いは有象無象のそれと変わらずどうでも良いと思ってしまうのか。

 

「(シンちゃんも温かいものに触れて多少は変わってるみたいだが……)」

 

 根っこの部分にある憤怒に陰りはないからな。

 どう転ぶのか俺にも予想が出来ない。

 一つ、分かる事があるとすればどんな姉であってもリーンくんは手を伸ばし続けるだろうと言う事ぐらいか。

 

『はぁ、分かったわ。一等席が取れるよう手配しましょう』

『すまねえな。金だけは腐る程あるからよ、幾らでも払うぜ』

『良いわよ、お金なんて。特別裕福と言う訳でもないけれどお金には困っていないもの』

『いや、流石にそれは……』

『なら借り一つ。それで良くって?』

『……お前相手に借りかよ。高くつきそうだ』

『あら、嫌なら別に良いわよ? タダで恵んであげるわ』

『俺がどう答えるか分かってて言ってんだろ? 性格の悪い女だぜ』

『そう言うあなたは女々しい男ね』

 

 何だろう、この距離感。すっごく良い。

 腐る前のザインも知ってるようだし、昔は甘酸っぱいキャッキャウフフがあったりしたのだろうか?

 恋愛なんて画面の中でしかやった事ないからな、すっごく気になる。

 

「(こ、この後二人っきりになったりしねえかなぁ……?)」




次がフィクトスとの茶番です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 上

最終話と言っても序章最終話と言う意味なので話はまだ続きます。
本当はいつものように表裏にしたかったのですが
表の部分が予想以上に長くなってしまったので上・中・下になります。
いつもの表に当たる部分が上と中で、下が裏になります。
とりあえず今日は上と中を投稿します。


またしても素敵なイラストを海鷹さんから頂きました。
素足の奴隷ルックが個人的にフェチ心をそそる、二話時点のシンちゃんです。

https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=66372200


 その日、王都は異様なまでの盛り上がりを見せていた。

 先のシンケールス侵攻における敗戦は周知の事実だと言うのに何を浮かれているのか。

 答えは簡単、敗戦なんてどうでも良くなる程のイベントがあるからだ。

 始原の魔女を継ぐ女、現代における魔道の最高峰フィクトスが初めて公に力を振るう。

 国事などでフィクトスの姿を目にした者は数多く、また一目で規格外と理解出来るのでその力を疑う者はいない。

 だがそれはそれ、本物の魔法を――最強の名を欲しいままにする力を目にしたいと思うのは当然だろう。

 

 その力の矛先が偉大なるスペルビアに土をつけた憎き相手ならば尚更だ。

 

「まだかー!? 早くしろー!!」

「こっちは三日前から並んでんだよ!!」

「フィクトス様ー! 直ぐに終わらせないでくださーい! あなたの魔法を沢山見てみたいんでーす!!」

 

 スペルビア大闘技場は満員御礼。

 地鳴りのような声と呼吸するだけで喉が焼けるような熱気が場内を満たしていた。

 観客席の人間は、一握りを除き皆が皆、痴れている。

 

「…………正直、僕もう帰りたいです」

 

 一等席でジュースを啜っていたリーンがポツリと呟く。

 その顔は嫌悪感と憐れみで塗り潰されていて、とてもこの年頃の子供がするような表情ではない。

 

「まあ、気持ちは分かる」

 

 リーンを連れて来たのはザインだ。

 彼も本来、スペルビアに染まっていない子供をこのような場所に連れて来て良いとは思っていない。

 だが、何となく……そう、何となく連れて来た方が良いような気がしたのだ。

 確たる理由はない。自らが足を運んだのと同じあやふやな勘だ。

 それでも、その勘を無視すべきではないと思い……悩みに悩んだ末、リーンを同行させたのである。

 

「何もなければ直ぐに帰る。もう少し、我慢してみねえか?」

「……はい」

 

 コクリと頷きを返したリーンの頭を何時ものようにわしゃわしゃと撫でる。

 すると彼も少しは落ち着いたのか、表情が和らいだように見えた。

 

「…………始まるぞ」

 

 アナウンスがあった訳ではない。

 百戦錬磨の戦士だからこそ察知出来る空気の変化による発言だ。

 

「光の……蝶?」

 

 誰かがそう漏らした。

 東西南北、あちらこちらからひらひらと光の蝶が迷い込んで来たのだ。

 一匹、二匹、三匹――ドンドンドンドン、蝶蝶は増えていく。

 呼吸も忘れてしまいそうな幻想的な光景に誰もが息を呑む。

 蝶は中央により集まり、天を突くような光の柱を形作り始めた。

 総ての蝶の原形が溶け完全な柱となり、一際強く輝いたかと思うと光が爆ぜた。

 雪のように降り注ぐ燐光の中から現れたのは、

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 当然、フィクトスだ。

 割れんばかりの歓声を受け、彼女は優雅に一礼。

 

「……アッホらしい」

「え、ええ!? す、すっごく綺麗だと思うんですけど」

 

 白けた顔をする師に頬を引き攣らせる弟子。

 先ほどまでの不満を忘れてしまうかのようなパフォーマンスだっただけにザインの反応は意外だった。

 

「まあ確かにそうだが……何でかな? 好きになれねえんだ、これがな」

 

 倦んでいた時期からフィクトスに胡散臭さを感じていたザインだ。

 どうにも、印象が先立ってしまうのだろう。

 

「そうですか……あ、それよりほら! 対戦相手の方が出て来るようですよ!!」

 

 対戦相手、と呼称したのはせめてもの抵抗だろうか。

 フィクトスとは違い、普通に通路から歩いて現れたのは……これまた女だった。

 事前に女とは知らされていたが、フィクトスとはまた違ったタイプの美女である。

 

「綺麗な人だなぁ……ってザインさん? どうしたんですか?」

「――――」

 

 ザインは言葉を失っていた。

 これでもかと目を見開き、呆けたように顎を落とすその姿はかなり間抜けだ。

 長い付き合いと言う訳でもないが、リーンはこんな顔をするザインを見たのは初めてだった。

 

「ひゅー! 別嬪さんじゃねえかオイ!!」

「フィクトス様ー! 殺すぐらいだったら痛め付けた後で俺にくれませんかねー!?」

「つか、殺す前にヤらせて欲しいんだが!!」

 

 下卑た野次さえどこか遠くに聞こえる。

 

「(あ、あれは……あの時の……いや、だが……)」

 

 何であんなに矮小な存在に見えるのだ?

 美しさも、力も、何もかもがフィクトス程度では足下にも及ばない真なる超越者。

 名も知らぬあの女はそんな馬鹿デカい存在だった。

 偽者? いや違う、ならば答えは一つしかない。

 

「(偽装している、己を……だが、何のために?)」

 

 仮にザインが知るままに現れれば常識的な熱狂なぞ巻き起こるはずがない。

 水を打ったような静寂が広がり、誰もが呼吸を忘れて見入ってしまうはずだ。

 

「……リーン」

「は、はい?」

「――――予感は当たっていたようだ」

 

 そう短く告げ、ザインは黙り込んでしまった。

 リーンは何か言いたげにしていたが対応する余裕はない。

 瞬き一つすら惜しいと眼下を見つめるザインには最早、他の総てがどうでも良い事に成り下がっていた。

 

「あぁ……これはこれは、中々に優秀な御方のようで」

 

 リング上では語らいが始まり、一言一句も聞き逃さぬと観客達も口を閉ざす。

 

「出会い方が違えば、あなたを弟子にしていたかも」

 

 軽く目を見開き、若き魔女を賞賛するフィクトスだが、当然おべっかである。

 彼女はどれだけ優秀な人間であっても弟子など取るつもりはない。

 自分に並び得る存在を自ら育てるなぞ、天地が逆さになってもあり得ないだろう。

 

「過分な言葉だ。だが生憎と、私が師と仰ぐ人間は一人だけと決めている」

「まあまあ! 善き師と巡り合えたのですね。その結果が今のそれだと考えると……不幸な出会いであったかもしれませんが」

 

 パタン、と扇子を閉じて胸元に差し込む。

 

「わたくしはフィクトス・アーデルハイド。お名前を聞かせて頂ける?

運命は最早変わらぬとしても、生涯で初めて出会えた強者と呼ぶに相応しい貴女の名を知っておきたいの」

「ルークス・ステラエ。地獄に堕ちても、その名を忘れる事はなかろうよ」

「口調の無骨さは、少々減点ね。紛い物であろうとも魔女は魔女、淑やかさを忘れてはいけないわ」

「口と性格の悪さは生来のものだ。死んでも治るまいて」

 

 友人同士の気楽な語らいにも見える時間が終わった事を、誰もが確信した。

 互いの魔力が渦を巻き始めたからだ。

 

「わたくしと戦う事を望んでいたのでしょう? 時間の許す限り、付き合ってさしあげますわ」

「ほう……」

「ゆえ、全力で来なさい。わたくし相手に全霊を尽くさぬ事こそ非礼と知りなさい」

 

 二人は弾かれたように中央からそれぞれリングの端まで距離を取った。

 そして、今日を逃せば二度とは見れぬであろう魔法合戦が始まる。

 

「業火よ!!」

 

 空に突き上げた左手の平に外側から見たコロシアムと同程度の大きさの火球が形成される。

 容量的におかしくないか? 当然、疑問に思うだろうが問題は無い。

 魔法によってリングの空間が拡張されており、どれ程大規模の魔法を使おうとも大丈夫な構造になっているのだ。

 

「(へえ、中々やるわね。何の防備も無いと仮定すれば王都を丸ごと灰に出来る規模じゃない)」

 

 どこまでも大上段からの物言い。

 フィクトスは微塵も疑っていない、自身の絶対的な優位を。

 

「御見事――ですが、わたくしからすればまだまだですわね」

 

 自身に迫る極炎に向けピッ、と人差し指を突き出す。

 その先から流れ出した魔力が魔法陣を構築しその中心から比喩でも何でもなく大津波が出現する。

 津波は炎をあっさりと呑み込み、その激流を以ってルークスを凌辱した。

 

「(咄嗟に障壁を張ったようですが、それでも完全には防ぎ切れなかったようね。ま、当然だけど)」

 

 本気は当然、出していない。

 だがルークスではギリギリ対処し切れない規模の魔法を放ったからだ。

 

「これで終わりかしら?」

 

 衝撃を殺し切れずバウンドしながら転がっていたルークス。

 しかし、ある程度のところで地面を殴り付けその衝撃で浮かび上がりクルっと一回転し体勢を整える。

 

「まさか!」

 

 ドレスがボロボロで、唇の端から血を流すルークスだが見た限りでは軽傷。

 誰の目にもまだ戦えるのは明らかだった。

 

「これなら……どうだァ!?」

 

 一度胸の前で両手を合わせ、次いでそれを大地に叩き付ける。

 大地震が巻き起こり、隆起した大地が牙となってフィクトスに襲い掛かった。

 だが彼女はそこから一歩も動かぬまま障壁を張り、涼しい顔で完全に防いでのけた。

 

「これまた御見事、わたくしも少しだけ出力を上げて差し上げましょう」

 

 口元に艶やかな笑みをたたえ、フィクトスは胸元から引き抜いた扇子を振るう。

 たったそれだけの動作で強風、いやさ狂風が巻き起こり大地を根こそぎ抉り飛ばしながら風の刃がルークスに飛来する。

 

「……こ、これ程か。始原の魔女を継ぐ者とは……これ程までに……!」

 

 招かれた他国の重鎮が顔を歪め、絞り出すように呻き声を上げる。

 ルークスが弱くないのは誰の目にも明らかだ。

 黄金を山と積んでも自国に迎え入れたい程に、優秀な魔女である。

 だが、フィクトスは規格外過ぎた。

 

「まるで、まるで本気を出していないのに……あ、あんな……何よ、この出鱈目は……!?」

 

 こんな化け物が最終ラインで待ち受けているのだ。

 先の敗戦によって高まったスペルビアへの戦意を圧し折るには十分過ぎた。

 

「ふふふ、目論み通りですな。王よ」

「うむ。どいつもコイツも間抜けな顔を晒しておるわ!」

 

 ルークスが放った魔法を悉く打ち破っていくフィクトスと言う体の魔法合戦は次の段階へ移行していた。

 攻守交替し今度はフィクトスが攻め始めルークスが守りに入るも、

 

「ぐぅ……!?」

 

 圧倒的劣勢。

 先程のフィクトスのように相反する属性魔法をぶつけてはいるものの相殺さえ出来やしない。

 焦れたルークスが攻守を無視し、先んじてスペルビア軍に放った最強魔法を放つもそれさえ完全に防がれてしまった。

 

「最早これまで。逆立ちしても、これ以上は出そうにありませんわね」

「……」

 

 片膝を突き、息を荒げるルークス。

 最早喋る気力さえ残っていないのだろうとフィクトスがほくそ笑む。

 

「せめて最期は、わたくしの最強魔法を以って葬り去ってあげますわ」

 

 空を抱き締めるように両手を広げる。

 全身から立ち上る魔力が空へと昇り、上空に巨大な魔法陣を描いていく。

 

「これが何か、お分かりかしら?」

 

 数秒程で完成した魔法陣の中心からズズズ、と黒い球体が顔を出す。

 

「…………重力の塊」

「その通り。仮にそのまま地上にぶつければ何もかもを巻き込み圧殺し無に還してのけるでしょう」

 

 その言葉に観客がざわめくも、

 

「ご安心を。本気で放ちますが敬意を払うべき強者たるルークスさん以外に被害が及ばぬように致しますので」

 

 微笑みを浮かべ動揺をなだめてみせる。

 

「さあ、覚悟はよろしくて?」

 

 右手を掲げ、

 

「ダーク・ジャガンナート!!!!」

 

 一気に振り下ろす。

 魔法陣より撃ち出された黒点が地面に接触した瞬間、リング内部が漆黒で染め上げられた。

 音も光も通さない完全なる闇の中で何が起きているのか。

 言われずとも理解させられてしまう説得力。誰もが魔女の恐ろしさを思い知った。

 

「(嗚呼! 嗚呼! 最高、最高よ! 最高の気分だわ! 跪き頭を垂れ私を崇めなさい愚民ども!!)」

 

 扇子を口元に当て、あくまで優雅を装うフィクトス。

 だがその内心は絶頂寸前であった。

 

『――――フィクトス・アーデルハイド』

 

 声が、聞こえた。

 

『貴様は始原の魔女を継いだ者らしいな』

 

 ビキ、ビキキ! 闇に亀裂が入る。

 

『だが……ふむ、おかしいな』

 

 刻まれた亀裂がドンドン広がり――――跡形もなく砕け散った。

 

「――――」

 

 何が起きたか理解も出来ぬまま呆然とするフィクトス。

 誰もが言葉を失っていた。

 何だあの女は?

 先程までフィクトスに追い詰められていた者と同一人物なのか?

 力も、美しさも、何もかもが違う。

 命の質量が違い過ぎる。ただそこに在るだけで指一本動かす事さえ出来やしない。

 

「ああ、実におかしい。この程度で魔女を名乗るのもそうだが、それ以上に――――」

 

 魂まで凍て付いてしまいそうな冷たい声を受けフィクトスはようやく再起動を果たす。

 

「ま、まさか……そんな……で、でも……う、嘘……」

 

 ガタガタと震えるフィクトスの顎を左手人差し指で持ち上げ、視線を無理矢理合わせる。

 

「私 は 貴 様 を 知 ら ぬ ぞ」

「ひぃいっ!?」

 

 無慈悲な輝きを放つ黄金の瞳に射抜かれ悲鳴を上げるフィクトス。

 逃げ出そうとするもまるで身体が動かない。

 呼吸をするのもやっとの有様だ。

 

「ち、ちが……わた、私……!」

 

 理解した、誰もが本能的に理解させられた。

 ルークス・ステラエこそが真なる継承者、フィクトス含め世に蔓延る紛い物とは違う本物の魔女であると。

 

「ほう、偽者だと認めるのか? 中々に度胸があるな」

 

 長い長い歴史の中で始原の魔女、或いはその弟子を騙った者はフィクトスだけではない。

 大昔にも、片手で数えられる程だが……存在していた。

 そしてその者達の末路も知っているはずだ。

 始原の魔女と言う存在を――例えお伽噺であっても知っているのならば。

 

「ッッ……!」

 

 フィクトスの顔色が青を通り越して白に変わる。

 ただ、ただ殺されるだけならばマシだ。

 だが違う。彼女は知っている、始原の魔女を騙るために多くの知識を仕入れたから。

 与太話から一定の信が置ける情報まで余さず調べ尽くし偽りの”魔女”を形作ったのだ。

 

「貴様も奴らに連なる覚悟が出来たと言う訳だ」

 

 誰に言われた訳でもない。

 ルークスを除く全員の視線が空に向けられた。

 空間がうねりを上げ上空に出現したのは巨大な門。

 頭を垂れたくなるような荘厳さを滲ませながら、それは鈍い音を立ててゆっくり大口を開ける。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!』

 

 何万枚もの刃を同時に擦り合わせたってこうはならないだろうと言う程に不快極まる音にも似た叫びが木霊する。

 それは黒い靄だった。無数の血走った瞳が浮かび上がる黒い靄。

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!?」

「助けて、助けて、助けてくれぇええええええええええええええええええええ!!」

 

 あちこちで阿鼻叫喚が巻き起こった。

 ギョロギョロと忙しなく動き回る瞳が。

 頭の中で鳴り響く不愉快な音が。

 理解したくもないのに理解してしまった事実が人々の正気を千々に引き裂いたのだ。

 

 アレは人だ、人間だ。何千何万何十万の人間の集合体なのだ。

 

 だがああ! 狂えない! 狂わせてくれない!

 あの門から放射される力が無理矢理正気を繋ぎ止めて来る!

 どう足掻こうとも正気と理性を捨て去れない事実に人々はやがて項垂れる事しか出来なくなった。

 

『≠<→◎<▽▽ ☆∠>←□■!?!?!』

 

 逃げられる、解放される――――ようやく死ねる。

 そんな安堵と共に地上に降り注ごうとしていた黒い靄。

 だが、彼らの望みは叶わない。

 門の向こうから現れた巨人の如き無数のかいながベチャベチャと靄に張り付き彼らを引き摺り戻したのだ。

 助けを求める叫びを吐き出しながら黒い靄は完全に虚無の果てに消え、再び門は煙のように消え去った。

 

「ある時は魔女を騙った者とその故郷を」

 

 水を打ったかのように静まり返る中、ルークスは歌うように言葉を紡ぐ。

 

「ある時は偽りの魔女とその故国も」

 

 フィクトスの顎を持ちあげていた指をそっと離すと、彼女は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「ある時はその地位を利用し仕えていた国ごと」

 

 巡りの悪い者でも大体は察せるだろう。

 

「ある時はその者が暮らしていた大陸諸共に」

 

 魔女が語るのは歴史だ。

 魔女を騙った者と、それに巻き込まれた人々が辿った歴史。

 

「――――始原の魔女は罰を下した」

 

 どの時も生き残りは片手で数えられる程だった。

 そして、彼らが生き残ったのは運が良かった訳でも実力があった訳でもない。

 生かされたのだ、メッセンジャーとして。

 生き残った者らはこの万分の一で良いから伝わってくれと恐怖を後世に託した。

 だが悲しいかな。時と共に人間の傲慢さがそれをお伽噺へと追いやったのだ。

 

「あ、あ、あ」

 

 気の毒なぐらいに身体を震わせているフィクトスを見つめルークスは嗤う。

 

「だが何もプライドを傷付けられただとか、身の程を知らぬ愚か者に報いを。

紛い物を崇める、受け入れる連中も同罪だ……などと言う理由で仕置きを下した訳ではない。

我が師も、その同胞もな。皆が皆、淡々と己が責務を果たしたまでの話」

 

 そこに悪意は一切介在しない。

 少なくとも、ルークスの師やその同胞達についてはそうだった。

 

「”魔女の掟”と言うものがある。我が師らが極点に至った際に制定したものだ」

 

 ルークスもまた真なる魔女へと至った際、それを師から叩き込まれている。

 

「フィクトス・アーデルハイド、貴様は知っているかな? 教えを受けたのならば知っているはずだが」

「……」

 

 今度は言葉を発する事も出来なかった。

 当たり前だ、肯定すればその内容を問われるだろう。だが知らぬ。

 否定すれば偽者だと認める事になる。ああはなりたくない。

 最早ルークスが自分を偽者であると断じていると分かっていながらも、フィクトスは淡い希望を捨てられなかった。

 それ程までに門の向こうから現れたアレは冒涜的だった。

 

「”真なる魔女とは絶対の禁忌でなければいけない”掟の一つに、そう言うものがあってな」

 

 過去に名を騙った者はそれに抵触し、制裁を受けたのだ。

 ルークス達からすれば彼は皆、十把一絡げ。蟻と変わらぬような矮小の存在だ。

 児戯と呼ぶのもおこがましい力をひけらかしたところで永劫真なる魔女には至れないと知っている。

 だが、超越者の視点を持たぬ者達の目にはどう映るだろう?

 

「正直な話、貴様の真贋はどうでもよいのだ。始原の魔女の教えを受けずとも同等の力を持っているのならば問題はなかった」

 

 そこでルークスは王の隣に侍る将軍リオンに視線を向けた。

 黄金に射抜かれた彼はふえっ!? と情けない悲鳴を上げて身を竦ませる。

 

「先だって、牢獄にて何とほざいたか覚えているよな?」

「あひぃ!? そ、それは……あ、貴女様が魔女だとは知らず……お、御赦しを……どうか御赦しをぉおおおおおお!!」

「魔道の真髄を見せてくれると言うから期待していたのにこの有様だ」

 

 明確な頂点を知らぬまま上を目指し続けられる人間はほんの一握りだ。

 それ以外の人間で魔道を歩む者、或いは魔道に関わろうとする者にとってフィクトスの存在は良い目印になる。

 実際、才ある魔女・魔法使い達の多くはフィクトスを最強だと認めてはいても自分がそこに並び立てないとは思っていない。

 

「目指そうと思う事にすら忌避を覚える……いやそもそも目指そうなどと考え付かぬ程の力を貴様は持っていない」

 

 所詮フィクトスは人間だ。

 どこまで極めても他の誰かが辿り着く可能性は十二分に存在する。

 ルークスや始原の魔女達は違う、彼女らは正しく神の領域に存在するのだ。

 ルークスと言う前例がある以上、可能性は零ではないだろう。

 だが、その圧倒的な力を見せられれば不可能だと思わざるを得ない。

 

「貴様は真なる魔女を騙りその存在を貶めた」

「ち、違います! そんな、そんなつもりじゃなかったんです!」

 

 最早だんまりは決め込めない。

 歳の功で致命的に変化した空気を察知し腹の底から声を張り上げるも、

 

「貴様がどんなつもりであったかなどに興味はない」

 

 必死の自己弁護が始まる前に一刀両断。

 既にルークスの中では決定事項、覆る事は決してない。

 

「何だ……地鳴り……? それに、空が、裂けて……!?」

 

 魔道に精通する者は即座に理解した。

 それが異次元の道であると。

 だが問題はその規模だ。王都を丸々呑み込んでも尚、余りある程の道なんてあり得ない。

 スペルビアの国家予算、その半分を注ぎ込み数ヶ月の時間をかけて大規模な仕込みをし、優秀な魔女・魔法使いを多く揃えれば開けるだろう。

 だがルークスは一人で、しかも一瞬で、微塵の消耗も見せずにやってのけたのだ。

 

 だが衝撃はそれだけに留まらない。

 

「空が近付いてる」

 

 呆然と誰かが呟く。

 それだけで現状を察した者らの一部が逃げ出そうとするもその目論みは軒並み破壊される。

 ただそこに在るだけで重圧を与えるルークスだが、力と心を備える者が生存本能を極限まで発揮すれば動けない訳ではない。

 だと言うのに圧だけで縛られてしまう一般人のみならず実力者達も軒並み動けずにいる。

 聡い者らが原因不明の硬直の理由を悟る切っ掛けとなったのは、ある子供が漏らした一言だった。

 

「あ、鳥」

 

 今、抉り抜いた王都ごと次元の狭間に呑み込まれようとしている。

 それは同時に空を生活圏とする者らの領域と重なっていると言う事でもあった。

 翼を羽ばたかせ、果てない青の世界を泳いでいたであろう数羽の鳥。

 彼らはその場で制止していた。空に迫る大地に叩きつけられようとしているのに翼を広げた体勢で宙に止まっていた。

 

「時間を、止めたのか!!」

 

 感覚を研ぎ澄ませば直ぐにその違和感に気付けた。

 世界が呼吸を止め、死んでしまったような感覚。

 それが自分達ごと世界の時間を奪われたのだと言うのならば納得だ。

 認識機能と、言葉を発する事だけが許可されているのもルークスの話を思い出せば察しがつく。

 

 禁忌を知らしめるための贄とされたのだ。

 

 スペルビア軍への襲撃から彼女にとっての茶番は始まっていたのだろう。

 魔女としての責務を果たすために、こんな回りくどい真似をした。

 持ちあげて持ちあげて、痴れさせて痴れさせて、最後の最後で奈落に突き落とすため。

 ボキリボキリと音を立ててあちこちで心が折れていく。

 この絶望の中でメッセンジャーとして生かされた者は己が味わった闇を余す事なく世界に広めるだろう。

 そうしなければ死よりも恐ろしい目に遭わされてしまうから。

 

「偉大なる魔女様、どうか私めの話を聞いて頂けませんか?」

 

 貴賓席に座っていた妙齢の女が恐怖を顔に貼り付けたままルークスに語り掛けた。

 海千山千の政治家ではあるが、本能を容赦なく苛む力を前に取り繕う事は出来ないようだ。

 とは言え、時間すら止めてのける化け物相手に交渉を持ちかける時点で肝の据わり方が尋常ではないのだが。

 

「貴様は……?」

「私はイラ連合国、賢人評議会の末席を汚しておりますラスティ・アーブラと申します」

 

 ラスティは正直、いっぱいいっぱいなのだろう。

 内臓ごと吐き出してしまいそうな吐き気に堪えながらどうにかこうにか交渉に持ち込もうとしている。

 こんな精神状態では本来の能力は発揮出来ないだろうに……健気なものだ。

 

「先ずこちらのお願いを、どうか私を裁きの対象から外して頂きたく」

 

 過去の事例を鑑みるに、メッセンジャーが残される事は確かだ。

 その席に何とか食い込みたいと言う事だろう。

 

「ふむ、それで?」

「代わりに魔女様の崇高なる使命を、国を上げて御手伝いしたく存じます」

 

 スペルビアに交渉の余地はない。

 魔女の掟に抵触する偽者を擁し、それを大々的に広めていたのだから。

 だがイラは違う、スペルビアに次ぐ大国の一つで国が総出で情報をばら撒けば世界の隅々に行き渡る事だろう。

 そして今回の出来事をイラ連合国が主導で広めたとなれば……さて、聞いた者はどう思うか。

 何かしらの繋がりが生まれたのでは? そう勘繰ってしまうのが当然の帰結だろう。

 この場を脱し、尚且つ自国の益にも繋がる一手だ。

 

 ――――まあだからどうしたのだと言う話だが。

 

「却下だ」

「そんな……何故!? ご不満なら、他にも――――」

 

 意味が分からなかった。

 誰一人として生かして帰さぬと言うのは自らが立てた計画を台無しにする事と同義ではないか。

 そんなラスティの疑問に答えるようにルークスが語り始める。

 

「最古にして最強の国家、その首都が人間ごと綺麗さっぱり消え失せる。それだけで十分だろう」

 

 滅ぼすだけならばスペルビアが国防計画を推し進める原因となったドラゴンにも出来る。

 しかし、どうしたって破壊の痕跡は残ってしまう。

 王都のみを綺麗に抉り取って、中に居る人間もどこかへ消してしまえば……完全に理外の存在だ。

 

「何なら、私が存在した痕跡を跡地に刻みつければ良い」

 

 少し――と言っても真なる魔女以外の人間にとっては未来永劫及ばぬ魔力を残すだけでも十分。

 聡い者は理解するはずだ。無数に散らばった判断材料を繋ぎ合わせ真なる魔女が出現した事、そして何が起こったのかも。

 既にルークスの師やその同胞達が歴史に事実を刻み付けているのだ。

 それはもうお伽噺になってしまったが、今回の一件でそれが現実だと嫌が応にも思い出す事だろう。

 

「そ、それは……」

 

 姿形や何が起きたかが具体的に分からない事もプラスに働く。

 交渉の余地はあるのか、性質は秩序なのか混沌なのか、何を基準に行動しているのか、何故こんな事をしたのか。

 事が事だけにまず魔女に良い印象を抱く者は居ないだろう。

 消されたのが世界の嫌われ者とは言え、何一つ分からないままならば自分達に矛先が向く可能性も十分にあるのだから。

 ”絶対の禁忌”を目的とするのであればそれでも問題はないだろう。

 

「う、うぅ……」

 

 言葉に窮する内に、王都は――そしてそこに住まう人々は異次元に呑み込まれた。

 

 辿り着いたのは世界の終わりを記憶した思い出の箱庭。

 人間にとっての絶望が敷き詰められたそこに叩き込んだ時点でルークスは時間停止を解除した。

 だと言うのに、誰一人として動こうとしない。動けないのではない、動こうとしないのだ。

 

「…………最初は先達の例に倣い、何人かを生き残らせるつもりだったのだがな」

 

 ポツリと漏れた呟き。

 左手で顔を覆っているのは自分の表情を見せたくはないからか。

 

「嗚呼――――貴様らを見ていると吐き気がするんだ」

 

 魔力でも、命の質量でもない、倦怠感だ。

 諦観と失望に起因するそれは物理的な重さを伴って人々に圧し掛かった。

 

「私も、貴様らも……いや、人間と言う種そのものが……」

 

 一筋の光も見えない闇、人はそれを絶望と呼ぶのだろう。

 誰もが膝を屈し、何もかもを諦めてしまうような暗闇の中でも光を信じ、歯を食い縛って立ち上がる者。

 そんな者が居るのだとすれば。

 

「もう良い、終わらせよう」

 

 人は彼らをこう呼ぶのだろう――――”勇者”と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 中

 再度絶望の門が召喚された。

 アレが開き切った時、何もかもが終わる。

 自分達もあの中で責め苦を受けている者達と同じモノになってしまうのだ。

 多くの者が抗えぬ絶望に沈んで行く中、観客席から飛び出す三つの影があった。

 

「……?」

 

 ここに来て初めて、ルークスの顔に人間らしい表情が浮かんだ。

 軽く目を見開いただけだが僅かばかりその心を波立たせる事が出来たと言う訳だ。

 ある意味、どんなモンスターを討伐するよりも凄まじい偉業と言えるのではなかろうか。

 

「ハッ……覚えちゃいねえか。分かってた事だが……まあ、だからこそ燃えるって言うべきかな? 男としては」

 

 ぽたぽたと冷や汗を垂れ流しながら。

 それでも、心奪われた女の前でぐらいはと言う男の矜持ゆえか。

 ザイン・ジーバスは引き攣らせながらも笑みを浮かべ、軽口を叩いてのけた。

 

「あなたの奪還を……と思って故郷に舞い戻ってみれば……いやはや、人生何があるか分からないもんですねえ」

 

 顔面は蒼白、それでも努めて何時も通り困ったように笑うロッド・レオーネ。

 ザインには劣るものの、彼とて一流以上の冒険者だ。

 だが、一流だろうが二流だろうが三流だろうが真なる魔女を前にすれば皆同じ虫けらのようなもの。

 とは言え一寸の虫にも五分の魂、ザインと同じくこの場に立っている時点で他とは一括りに出来まい。

 

「終盾騎士団第十三小隊隊長、ダンテ・マルティーニだ」

 

 今にも意識を手放したくなるのを堪えながら、騎士鎧に身を包んだ青年が名乗りを上げる。

 ダンテ・マルティーニ、とある事件を機に新人ながらもその能力を買われ小隊長へと異例の出世を果たした若き騎士。

 彼ら三人に共通しているのは考えるよりも先に身体が動いていたと言う事。

 ザインやロッドなどは今更自分が飛び出した理由を考えているぐらいだ。

 

「貴様らが何者かなぞどうでもよいが……何故、我が前に立った?

諦めない限り可能性は零ではない、或いは結末は変えられぬとしても最後の最後まで抗ってみせる」

 

 そんな安っぽいヒロイックな感情に突き動かされたか?

 嘲りをこれでもかと塗り込んだ言葉に真っ先に答えを返したのはダンテだった。

 

「そこの女を殺るってんなら好きにすれば良い。王や将軍の首が欲しいってんならそいつもつけてやらぁ。

それでも足りねえなら金払ってここに来てる奴らもくれてやる。仕事だからやってるが、俺だってこんな悪趣味な見世物に来るような奴ら守りたくねえしな」

 

 騎士としては問題発言なんてレベルではない。

 この特殊な状況下でなければ即座に首を刎ねられていただろう。

 

「だが、アンタはこの闘技場内どころか王都に生きる人間全員を踏み躙ろうとしている」

「だから何だと言うのだ? 貴様らが消えたところで世界も人も何も変わらんよ。変わらず……醜いままだ」

 

 そう吐き捨てると同時にルークスの倦怠感が影を強め重圧が増した。

 離れた場所に居る観客達、闘技場の外にいる王都の民達ですら動けないのだ。

 間近であてられているダンテ達が感じている闇は如何程のものか。

 

「そう……ッ……だろうな。アンタにとっちゃどいつもコイツも大差ないんだろうぜ」

 

 途切れそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら言葉を絞り出す。

 

「だが、俺は違う。この王都には、命を懸けてでも守らなきゃいけねえ大切な輝きがある」

 

 ルークスにとっては……いや、それ以外の人間にとってもくだらないものかもしれない。

 だが、ダンテにとっては何にも変えられない大切な宝なのだ。

 

「そいつが踏み潰されようとしてんだ。黙って指を咥えて見てられるかよ」

「ほう……貴様らも同じか?」

「まあ、似たようなものですよ」

 

 ロッドが苦笑交じりに否定を返す。

 ようやっと、自分が飛び出した理由を見つけられたようだ。

 

「さっきも言いましたが元は攫われたあなたを奪還するために来たんですよ」

 

 ルークスがスペルビアに捕らえられた責は己にある。

 だからこそ、奪還を目論むであろう子供達の下を訪れたのだ。

 

「あの二人には心配要らないって言われたんですがねえ」

 

 はいそうですかと信じられる程、ロッドはルークスを知らない。

 彼女が対軍級のモンスターを戯れで倒した事は事実だが、スペルビアと魔女を知る彼からすれば不安は拭えなかった。

 

「子供達が俺を巻き込むまいと気を遣ってくれたんだと思ったんですよ」

 

 主が借りを返すために守った人間だ。

 そんな人間を危険に巻き込めない――まあ、子供らにそんな気遣いは皆無なのだが少なくともロッドはそう受け止めた。

 加えて黒猫の転移で二人だけが転移した事もそれに拍車をかけていた。

 

「だからまあ、単身彼らを追って乗り込んだ訳ですが……本当に杞憂だったようで」

「それで? 借りがあった自分なら命乞いを受け入れてくれるとでも思うたか?」

「まさか! 自分のケツも拭けない赤子じゃあるまいし。俺ぁ良い歳をしたオッサンですよ?」

 

 自分の行動には責任を持つつもりだし、何よりルークスがいなければ死んでいた身だ。

 二度も命を拾われた、拾った彼女にならば捧げても構わないと思っている。

 そうしても良いと思える程に、心奪われてしまったから。

 自身の思慕は秘めつつ、ロッドは嘘偽りない気持ちを言葉にした。

 

「ならば何故?」

「…………シンちゃんとポチくんも、この会場の何処かにいるはずだ」

 

 ルークスを追って王都に向かったのだから当然だ。

 残念ながら人が多過ぎて発見は叶わなかったが、必ずいる。

 そして、だからこそルークスの蛮行を見逃せなかった。

 

「あなたなら二人が会場の何処にいるかも把握しているんじゃないですか?」

「それがどうした?」

「――――把握していながら何故、あの子達も巻き込もうとしてるんです」

 

 今のルークスを見れば分かる。

 シンもポチも、諸共に絶望の闇へと叩き込もうとしている。

 彼らだけを除いて、なんて気遣いを見せる気配が微塵も窺えない。

 今のルークス・ステラエは胸の裡で渦巻く絶望の衝動そのままに取り返しのつかない事をしようとしている。

 だからこそ、ロッドは動いたのだ。

 

「見過ごせる訳がないでしょう」

「アレらは私のものだ。何をどうしようと貴様にとやかく言われる筋合いはない」

「俺は彼らの指導員だし、それ以前に俺は一人の大人だ」

 

 だがルークスの前に立った理由は子供達のためだけではない。

 

「子供達を守るのは、あなたのためでもある」

「……何だと?」

「その身を苛む失望と諦めに身を任せあの子達を”あんなもの”にしてしまえばあなたは必ず後悔するでしょうよ」

「何だ貴様? 私が子供を殺したところでそれを悔やむような善人にでも見えたのか?」

 

 クツクツと喉を鳴らすその姿が、ロッドの目にはどうしようもなく悲しいものに映った。

 

「まあ、百万人殺したところで心が波立つ事もないでしょうよ……だが、愛する者なら話は変わって来る」

「私はもう誰を愛する事もないさ」

「ならば何故、あの時彼らを助けに来たんです?」

 

 自分も救われたが、それはあくまでオマケ。

 ルークスが本当に助けたかったのは子供達だけだろう。

 

「気紛れだよ」

「いいや違う、あなたがあの子達を心の底から愛しているからだ。二人を見ていればよーく分かる」

 

 特にシン、あの子が悲惨な境遇に在った事はまず間違いない。

 直接何かを聞いた訳ではないが時折見せる世界を憎むその瞳を見れば察せてしまう。

 そんな彼女が一途な愛情を向ける相手、それがルークス・ステラエだ。

 ルークスがシンを地獄から救いだしたのだろう。

 だが、それだけであそこまで真っ直ぐな愛情を向けられるはずがない。

 

「片思いで誰かをあそこまで慕えはしない。

見え難いが、それでも確かに存在するあなたの深い愛情を受け取っているからこそ心の底からあなたを愛せるんだ」

 

 愛し愛される、それを指して人は絆と呼ぶ。

 ルークスと子供達の間に結ばれた愛情に欺瞞が介在する余地はない。

 

「愛する事が怖いのか、愛される事が怖いのか。

今のあなたは自分の愛も他人の愛も真っ直ぐ受け止める事が出来ていない」

 

 どうしてそうなったのかは分からない、きっと自分には及びもつかない何かに触れ人や世界に対する望みを失い諦めの泥に沈んだのだ。

 仮に理解したところでその闇を晴らしてやる事も出来ないだろう。

 

 ――――だがそれが何もしない理由にはなり得ない。

 

「そんなあなたが子供達を手にかけてしまえば取り返しのつかない後悔を抱く事になる」

 

 だから出来る限りを尽くす。

 そのために命を燃やす事に否はない。

 そう語るロッドの瞳には純然たる決意の炎が宿っていた。

 

「……」

 

 ルークスは不愉快そうに顔を顰めている。

 だが、どうしてかロッドには痛みを堪えているようにも見えた。

 

「参った。何処の誰だか知らねえが、アンタ良い男だな」

 

 彼は良い男だ。

 こんな状況だと言うのにザインは名も知らぬ彼の肩を抱いて今直ぐ大笑いして、酒をかっ喰らいたくてしょうがなかった。

 自分達はきっと良い友達になれる。

 

 だって、同じ女に惚れているのだから。

 

「……そう言えば、貴様には問うていなかったか」

「生憎とそこのナイスガイや騎士の兄ちゃんみてえに立派な理由はねえよ」

 

 肩を竦めるザイン、ダンテとロッドに触発されたのだろう。

 顔色も悪いし、冷や汗もだらだら、吐き気と眩暈も消えちゃいないが心が燃え始めていた。

 

「この会場にいるダチや、可愛い愛弟子……護りてえもんがないのかって言えば嘘になる」

 

 だが、それは二の次だ。

 じゃあ自分の命? いいや違う。二の次どころか三の次、四の次……有体に言ってどうでも良かった。

 長く生きた訳じゃないが、この世には死ぬよりも耐え難い事があるのだ。

 

「けど、俺はあれもこれもと器用な性質じゃねえ。真っ直ぐぶち抜きてえ想いはただ一つ」

 

 腰に手を当て、胸をそびやかすようにルークスを指差してのけた。

 

「意味が分からんって顔だな。まあそうだろうよ、アンタにとっちゃ俺なんぞ路傍の石くれ以下」

「復讐でもしたいのか? 貴様のような者と関わった覚えはないが」

「まさか! 方向性としちゃむしろ正反対――――俺はアンタに惚れてる」

 

 嵐の日、初めてルークスを見た時から心を奪われてしまった。

 

「有象無象のまま終わりたくねえ。他ならぬアンタに、一緒くたにされたくはねえんだ」

 

 誰とも知れぬまま大勢の内の一人として片付けられるなんて耐えられない。

 死ぬ事よりも、門の向こうで悶え苦しむ”奴ら”と同じになる事よりも辛い。

 

「逝くならアンタの心に俺を刻み付けてからだ」

 

 だから、今は名乗らない。

 ルークスの方から聞かせてみせる、そして堂々と名乗りを上げてやるのだ。

 ザイン・ジーバス――永劫の果てでもその名を忘れるなと。

 

「…………成る程。揃いも揃ってくだらん自己満足か」

 

 言葉を紡ぐのも億劫だ、そう言わんばかりの態度だ。

 きっと自分達の誰一人としてその心を動かす事は出来なかったのだろう。

 だが悲観はしていない、始めから分かっていた事だ。

 言葉程度で真の絶望を知る魔女の心には何も届けられない。

 

「自己満足? 大いに結構! 男なんてのはその自己満足のために命を懸ける馬鹿な生き物なのさ!!」

「一緒にすんなよオッサン」

「いやいや、君も彼もオジサンも……こんなとこまで来ちゃってる以上、同じ穴の狢だよ」

 

 そうして彼らは剣を抜き、その切っ先をルークスへと突き付けた。

 

「……――――」

 

 ルークスが何かを言いかけて、だがそれが言葉になる事はなかった。

 

『テメェら――――』

 

 静寂の中に響いたその声は特別大きなものではなかった。

 だが、今にも噴火しそうな不吉さを孕んでいると男三人は感じ取った。

 そしてその予感は正しく、

 

「誰に剣を向けてやがる!!!!!」

 

 ルークスと男達の間に割り込むように二つの影が飛来した。

 

 一人は漆黒の剣を右手に携え全身から血のように紅いオーラを立ち上らせる少女――シン。

 刀身に巻き付いていた茨は主の意思に呼応するかの如く肘の半ばまで浸食していた。

 絡み付く茨が肉を裂き血を滴らせているが憤怒に染まる彼女の眼中にはないらしい。

 もう一人は背中から身の丈の倍はあろうかと言う竜の翼を生やし白銀のオーラを纏う少年――ポチ。

 頬の一部は銀色の鱗に覆われ、左手の肘から先は鋭い爪を持つ竜のそれに変化している。

 彼もまたシンと同じくそのあどけない顔を怒りで塗り潰していた。

 

「(おねえ……ちゃん……?)」

 

 予想だにしない乱入者の存在により、リーンの心が息を吹き返した。

 観客席の一角でリングを見つめる彼は今にも飛び出したくてしょうがなかった。

 だが、動けない。ルークスに起因するものではない、姉の総てを拒絶するかのような怒りがその足を縫い付けたのだ。

 

「(糞……糞! 動け、動けよ……!!)」

 

 リーンが己の不甲斐なさに怒っている間も状況は進み続ける。

 

「思い上がりも甚だしいぞ、ヒューマン」

 

 シンの方は完全に枷が外れていた。

 独力ではルークスの封印を解けなかっただろうが、彼女が扱うスカー・ハートはルークスの作品だ。

 主の怒りに呼応したスカー・ハートが封印を喰い破ったのである。

 共にルークスの力で、そこに意思が加算された結果、スカー・ハートが勝った。

 そしてその恩恵を受けたポチもまた、不完全ではあるが枷が外れ竜の力を顕現させる事に成功した。

 流石にこちらは封印のために注いでいる力の桁が違ったものの、シンの全力と遜色ない程度には力を取り戻していた。

 

「君達は……」

 

 ロッドは言葉に詰まっていた。

 この乱入があまりにも予想外だったから。

 

「べらべら何かくっちゃべってたがよぉ――誰が頼んだそんな事ォ!?」

 

 シンとポチ、この二人もまたその他大勢と同じくルークスに縛り付けられていた。

 だがその他大勢と違い、絶望もしていなければ恐怖もしていない。

 ただただ静かに、淡々と、当たり前のようにルークスの”理不尽”を受け入れようとしていた。

 

「力を、自由を、誇りを、名前を、あたしはルークス様に総てを貰った」

 

 一寸先も見えない闇の中。怒りと渇き以外は何もない。

 奴隷商人の怒りが限界を超えて殺されるか、朽ち果てるか以外の選択肢なんてどこにもなかった。

 そんな絶望の中で差し伸べられた手の温かさは生涯忘れる事はないだろう。

 

「あたしの命はルークス様のものだ! ルークス様が是と仰るならあたしは喜んで地獄に堕ちてやる!!」

 

 歪なまでの純粋さ。

 それは確かに愛、だが決して正方向のそれではなく不吉と不幸を孕んだ危ういものだ。

 

「僕は彼女のように救われたとかそう言う訳じゃない……むしろその逆だ。

喧嘩売って殺されかけてプライドを放り捨てて命乞いをし生きる事を許されたんだもの」

「それなら、何故……」

「別に、何て事はないよ。と言うより、そもそも僕はそう言う生き物だったのさ」

 

 生まれて初めて出会った自分より強い生き物。理外の存在。

 それによって恐怖と言うものを知ったポチだが、彼はそれ以前に力の信奉者なのだ。

 ファーストコンタクトでは未知の感情であった恐怖が上回ったが所詮それは一時的なもの。

 直ぐに己の本分を取り戻し、ルークスをマスターと仰ぎ始めた。

 

「マスターの絶大なる力に惹かれた。あの力を前にすれば総てが等しく塵となる」

 

 並び立とうとさえ思えない。

 唯一無二、絶対、決して揺るがぬ真理そのもの。

 力を信奉するポチにとってルークスは本能的な恐怖さえも凌駕する甘美な存在だった。

 

「その力に踏み躙られるのであれば……ああ、それはむしろ福音と言えるだろうね」

 

 つまりはまあ、余計な御世話なのだ。ありがた迷惑ですらない。

 二人の主張を聞き届けたロッドは一瞬顔を顰めるも子供達の背後に控えるルークスの表情を見て気を取り直した。

 

「……」

 

 勘違いじゃない、今、彼女は明確に苦痛に顔を歪めた。

 望みを失くし諦めに身を任せ目を逸らしたとしても捨てられぬ生来の優しさ。

 それが子供達の歪さに反応したのだ。

 

「(あぁ……やっぱり、間違ってはいなかった)」

 

 ならばもう迷いはない。

 

「……御二方、子供達の相手は俺に任せてくれるかな?」

「あ゛? オッサン……テメェ、一人であたしらと殺る気か?」

「思い上がりも甚だしいと、そう言ったはずだぞ」

 

 一触即発の空気。

 ほんの少しの切っ掛けがあれば即座に戦端は開かれただろう。

 だが、

 

「…………貴様らは下がっていろ」

「ルークス様!? いや、でも……」

「二度は言わん」

「わ、分かったよ」

 

 子供達を押し退け前に出たルークスが三人を見据える。

 男達は張り詰めていた気を更に張り詰め、油断なく魔女を見返す。

 体調、精神状態、何もかもが最悪だったがこれまでの人生で一番研ぎ澄まされていたと言っても過言ではなかった。

 なのに、

 

「「「え」」」

 

 ルークスがすり抜けて行った。

 目にも止まらぬ速さではない。

 ゆっくりと、散歩にでも行くような気軽さで三人をすり抜けて行ったのだ。

 間抜けな声を漏らしてしまった三人だが、

 

「「「~~~!!?!」」」

 

 それは即座に苦悶の叫びへと顔を変える。

 身体をずたずたに引き裂かれ、構えていたはずの得物が粉々に砕け散った。

 倒れ伏す男達は息こそあるものの、立つ事さえままならない重傷を負わされてしまった。

 何をしたかさえ分からない、本当にただすれ違っただけとしか思えない。

 なのにこの有様だ。

 

「…………その蛮勇に免じ、貴様らだけは見逃してやると言ったらどうする?」

「糞喰らえだ」

 

 息も絶え絶えに上半身を起こし、中指を突き立ててみせるダンテ。

 

「この程度じゃ、駄目だ……まだ、足りねえよ……!!」

 

 やっとの事で立ち上がったザインの手に握られたレオン・ハートの柄。

 そこに砕け散った刃が集まっていく。

 心を力に変える獅子の刃はザインが折れぬ限りは何度でも蘇るのだ。

 

「まあ、子供達はもう大丈夫そうですが……ええ、この機を逃したらあなたに何も伝えられないかもしれませんし……ッ」

 

 双剣は既に砕けた、ここからは徒手空拳。

 ぷるぷると震えながらも構えを取るロッド――誰一人として安易な救いに縋るつもりはなかった。

 

「――――」

 

 ルークスは瞳を閉じ、しばしの沈黙の末口を開いた。

 

「……興が殺がれた」

 

 パチン、と彼女が指を鳴らすと景色が一変した。

 雷雲立ちこめていた暗い空はどこへやら、雲一つない青空が広がっている。

 戻って来られたのだ! 元の世界に! ひょっとしてこれは……と人々の心に光が差し込む。

 

「帰るぞ」

「は、はい!」

「マスターに剣を向けた奴らをそのままにするのは嫌だけど……ま、いっか!」

 

 目を開けていられない程の強い風が吹き抜けたと思えば、ルークス達の姿は消えていた。

 人々は呆然とし、そして理解する。自分達は助かったのだと。

 涙を流し生への感謝を捧げる人々、だが一番喜びが大きかったのは彼女だろう。

 

「あ、はは……アハハ! 生きて、生きているのね! わたくし、わたくしは……!!」

 

 看板が偽物である事が知れ渡ってしまったがどうでも良い。

 これまでのような暮らしは出来ないだろうが、それでもまだやり直せる。

 そうだ、今度は顔を変えて力を抑えて別の国で甘い汁を啜ってやろう。

 そんな事を考えているフィクトスだが――――甘いにも程がある。

 

「え……? あ、あぁ――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!! 

やめ、やべでえ! 食べないで、わたくしをたべ……いぎぃいいいああああああああああああああああ!!!!!」

 

 フィクトス・アーデルハイドの肉体と魂を闇が裡から喰らい尽くす。

 人々の歓喜は一瞬で鎮火し、その恐ろしい光景に身を竦ませる事しか出来なかった。

 ああ、偽りの魔女は”アレ”と同じものになってしまったのだ。

 あまりに凄惨な光景。フィクトスがこの世から消滅した後に残ったのは痛い程の沈黙だけだった。

 

 そんな中、最初に口を開いたのはザインだった。

 

「……そういや騎士の兄ちゃんはともかく、アンタの名前聞いてなかったな」

「俺かい? 俺はロッド、ロッド・レオーネってケチな中年さ」

「レオーネ? レオーネだって? おいオッサン、アンタひょっとして……」

「弟が世話になってるらしいねえ。まあ、これからもよろしくしてあげてよ」

「おいおい、話についてけねえぞ。仲間外れにされたみてえで寂しいんだが」

「別に仲間じゃねえだろ」

「おや? 一緒に馬鹿をやらかした仲じゃないか」

 

 彼らもフィクトスの末路に思うところがなかった訳ではない。

 それでも、努めて表に出さぬようにしているのだろう。

 

「折角だ、この後三人で飲みにでも行かねえか?」

「オッサンらの奢りなら良いぜ」

「あー……オジサンは金欠なんだよねえ」

「じゃ、俺の奢りって事にしといてやらぁ!!」

 

 この日を境に世界は変わっていく、だが今の彼らには知るよしもない事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 下

次のエピローグが年内最後の投稿になります。
キリが良いところまでは何とかと執筆時間捻出して来ましたが流石に無理なので。
皆さんもお忙しい日々をおすごしでしょうが、この作品がちょっとした慰めになれれば幸いです。


 ステージを降りた俺はシンちゃんとポチを伴って本来の家へと帰還した。

 あの空気でシンケールスの拠点に向かうのも変だし、何より師匠への報告を済ませたかったからな。

 

「(師匠、宿題は終わらせましたよ)」

 

 旅立ちの日と変わらず涙雨が降り注ぐ空の下、あの日と同じく傘もささず墓前に立つ。

 胸の中に満ちる寂しさはやっぱり拭えないけれど……ちゃんと報告しなきゃな。

 

「(とりあえず掟に則り、俺なりのやり方で人々の胸に絶望を刻んだつもりです)」

 

 現場――闘技場で始終を見せ付けられた者は心に生涯消えない傷を負った事だろう。

 後は何をせずとも俺の影に怯え、それから少しでも遠ざかるため勝手に話を広めるはずだ。

 パンピーだけならば与太話と切り捨てられるかもしれないが、あの場には世界各国のVIPも居たからな。

 

「(いや、居たってか集まるように段取りを組んだんだけどさ)」

 

 各国の重鎮はメッセンジャーとしては最上に近いと思う。

 一国や二国ならばともかく、大国と呼べる国が総て話を拡散すればどれだけ非現実的であっても信じざるを得まい。

 真なる魔女が新たに歴史に刻んだ傷が再びお伽噺に堕するまで、さてどれだけの時を要するんだろうな?

 

「(まあ、その時が訪れる前に……いや、どうでも良い事か)」

 

 何にせよ俺は魔女の責務をしっかり果たした。

 目的であった真なる魔女を目指そうと思う事にすら忌避を覚える程の恐怖は刻み付けたつもりだ。

 誰もが理解したはずだ、真なる魔女を騙ればどれ程の絶望が降り注ぐ事になるかを。

 それは俺の前に立ったあの二人ですら例外ではない。

 確かに彼らは俺の前に立った、だがそれは決して絶望を振り切れたからではないのだ。

 本能に刻み付けられた絶望を抱えたまま剣を取った事を俺は知っている。

 

「(嗚呼、それにしても――――うん、愉しかったな)」

 

 彼らの事を考えていたからだろう。

 師匠への報告を優先して胸の中に仕舞いこんでいた歓喜が顔を出した。

 

「(まさか……あそこまでやってくれるとは)」

 

 当然の事ながら、俺は王都に居た者らを皆殺しにするつもりなどなかった。

 しかし、ダンテの見せ場を作るためにはポーズを取る必要があったのだ。

 

 諦観と失望にどっぷり浸った超越者が総てに価値なしと衝動的に何もかもを消し去ろうとする。

 そんなシチュエーションで一番映えるのは不屈と希望を掲げる”人間”だ。

 化石みてえなババアの勝手な絶望で俺達を測るんじゃねえと叫ぶ者が居なければ片手落ちだろう?

 ちっぽけな人間では到底力では及ばない、だが心の刃はきっと届く。

 超越者は胸に突き立てられたその刃に何かを想い手を引く――実に王道なシチュエーションだと思わないか?

 

 俺がダンテに求めた役割、それは振り上げた拳の下ろし所だ。

 

 単にフィクトスをシバいて帰るのでは芸がないだろう?

 折角、大舞台を整えたのだ。〆もドラマチックにやりたいじゃないか。

 だからこそ俺はダンテを作ったのだが……蓋を開けてみればどうだ?

 ダンテは見事、求められた役をこなしてくれた。

 あの時、奴が切った啖呵は嘘偽りのないものだった。

 人の世界に紛れた事で見つかった輝きが、言葉を紡がせたのだ。

 

「(誰かに別の役割を期待しても良いだなんて言ってたが……)」

 

 正直、そんな人間は現れないとハナから決めつけていた。

 だが、俺の浅薄な予想はあっさりと裏切られた。

 ザイン・ジーバス、ロッド・レオーネ、彼らもまた舞台に上がって来たのだ。

 籠めた想いに嘘はなくても、筋書きを知っていたダンテとは違う。

 

 あの二人は混じりっ気のない純粋な輝きを示してのけたのだ。

 

「(……ちょーたのしかった)」

 

 愉しかった、本当に本当に愉しかった。

 相手が居てこそのロールプレイだと改めて実感したよ。感謝の言葉しかない。

 

「(強者のお約束台詞である”興が殺がれた”も言えたし……これで後十年は戦えるぜ)」

 

 や、何と戦えば良いのかは分からないけどさ。地球連邦かな?

 

「(ああでも、これからどうするかなー)」

 

 師匠からの宿題は果たしたし、俺の存在も世界に知らしめる事が出来た。

 当初のプランは総て達成された訳だ。

 だが俺は達成した後の事を考えていなかった。

 

「(そうだよ、これからどうすりゃ良いんだ俺……?)」

 

 強いて挙げるならエレイシアロールに欠かせない未来ちゃんポジションの誰かだが……。

 そう都合良くそんな存在が現れるとは思えない。

 よしんば、ぐう聖の誰かが現れたとしても……そこからどうしよう?

 ゲームのように絶体絶命の危機が都合良く訪れるとも思えないし、物語のような人生を送る可能性も低いのでは?

 

「(俺が物語を――レールを敷く?)」

 

 無理無理無理!

 今日の一件だって、ぶっちゃけ上手い事流れに便乗しただけのようなものだぞ。

 行き当たりばったりのフンワリとした計画しか立てられない奴がGMなんて向いてない。

 そんな奴がGMしたら粗だらけで目も当てられんシナリオになってしまうもの。

 

「(それに……なあ?)」

 

 よしんば納得の行く筋書きを用意出来たとしても……何か違うんだよな。

 あらかじめ用意されたレールの上を走って、想定通りの場所に辿り着く。

 それは未来ちゃんのポジションに収まるような子にはきっと似合わない。

 一から十まで手の平の上で踊ってるような子じゃ、面白くも何ともないだろう。

 

「(そう、今回のザインやロッドのような……)」

 

 俺の想定にはなかった二人だ。

 良いキャラだとは思っていても主役にはなり得ない。

 そんな存在が俺の想定を飛び越えて真っ直ぐな輝きをぶつけて来たからこそ、俺は愉しめたのだ。

 これが主役を張るに相応しい者ならばもっと――――

 

「(ん?)」

 

 こちらに向かって来る気配を感じる、シンちゃんだ。

 

「家の中で待っていろと言ったはずだが?」

 

 振り返る事もなく語り掛ける。

 背後でビクリと身体を震わせる気配を感じたけど……別に怒ってる訳じゃないよ?

 家の中に居ろって言ったのは雨降ってるからだし。

 

「ご、ごめんなさい……あの、その……」

 

 まあ、シンちゃんがやって来た理由にも察しはつく。

 雨の中、何時間もじーっと立ち尽くしてる俺を心配してくれたのだ。

 ポチが一緒じゃないのは雨というものに対する認識の違いだろう。

 多分、何でシンちゃんが俺を心配しているのかも分かっていないんじゃないかな。

 

「まあ良い、戻るぞ」

 

 名残惜しさは尽きないが……丁度良いと言えば丁度良い。

 シンちゃんが様子を見に来なければ何時までも立ち尽くしていただろうしな。

 

「あ、はい!!」

 

 シンちゃんを伴って屋敷の中に戻る。

 勿論屋内に入る際は自分とシンちゃんの雨に濡れた身体や服は何とかした。

 魔法を使えばちょちょいのジョイやでってなもんよ。

 これが俺だけならば全裸かましてたんだが……流石にね、人目があるとね。

 見られて喜ぶ癖もないし、シンちゃんが真似でもしたら大変だからな。

 

「(ただでさえお淑やかって言葉からは程遠いんだし)」

 

 なのに全裸と言うスタイルまで身に着けてしまったら目も当てられない。

 いや、それ以前にやべえ事になってるだろと言われればその通りなんだけどさ。

 

「ノクティス、私にも紅茶を」

「ナーブ」

 

 リビングに入るとポチがソファーの上にちょこんと座ってクッキーを貪っていた。

 どうやら家探しなどはしなかったらしい。

 見られて困るものはないが、見ると見た側がやばい事になる代物はあるんだよな。

 

「ねえマスター、聞きそびれてたんだけどここって何処?」

 

 対面のソファーに深く背を預け行儀悪く紅茶を啜っているとそんな質問が飛んで来た。

 

「人の世と人ならざる者が眠る世界、そのどちらにも属さない次元の狭間だ」

「前に僕と戦ったのとはまた違う場所?」

「ああ、あそこは我が師と同胞が合作で編み上げた場所だが此処は師が単独で拓いた場所よ」

 

 終末を記憶したあの世界は実に便利だ。

 世界自体の強度もそうだが、絵的に映えるんだよね。特に今回のようなシチュエーションの場合はさ。

 若干のトラウマで嵐は封印してあるものの”終わり”をより強調するのであれば封印を解いても良い。

 

「へー、始原の魔女って凄いんだねー」

 

 感心したように何度も頷くポチ。

 強大な力を秘めているとは言え破壊特化だからな、この子は。

 曖昧な次元を区切って中身を弄り回すなんて器用な真似は出来まいよ。

 

「マスターも始原の魔女なんだよね? 同じような事出来るの?」

 

 キラキラとした眼差し。

 こうしていると本当にただの子供のようだ。

 あ、それはそうと言い忘れてたんだけどさ。

 ポチ、中途半端に力が解放されたあの状態のビジュアル中々良かったぜ。

 こう、継ぎ接ぎ感がたまんない。男のロマンだわ。

 心の中でポチに賞賛を送りつつ、疑問に対する答えと訂正を口にする。

 

「出来る――と言うか既に幾つかある。そして私は始原の魔女ではない」

 

 始原の魔女は文字通り、始まりの魔女だ。

 同等の力を備えているが俺はその後に続く魔女。始まりにはなり得ない。

 

「始原の魔女の後継者、もしくは真なる魔女だ」

 

 自分で名乗るのはアレだけどな。

 勘違いをされては困るから訂正を口にしたが、こう言うのは他人に呼ばれるから良いんだ。

 

「(よく分かってないって顔だなポチ)」

 

 そしてシンちゃんの方は……何時もより饒舌な俺が気になってるらしい。

 まあ、普段なら素っ気なく話を切り上げていそうなものだからな。

 俺も敢えて口数を多くしている、そうする事で心が本調子ではないと示しているのだ。

 

「……」

 

 気遣わしげな顔だ。

 俺は普段からロールプレイの一環として失望と諦観に起因する倦怠感を纏っている。

 だが、今日見せたそれは普段の比ではない。

 明らかに己の感情を制御出来ていないように見せ掛けていたからな。

 シンちゃんとしても心配でしょうがないのだろう。

 

「どうした?」

「え! あ、えっと……その……」

 

 あたふたとするシンちゃんに心が和む。

 でもこの子、ヤンデレ気質なんだよな。

 そうじゃないかとは思っていたがロッド相手に切った啖呵を聞くに愛が重過ぎる。

 

「(あたしの命はルークス様のものだ! ……か)」

 

 殆ど告白みたいな宣言だ。

 シンちゃんは本当に、俺が言えば何でも喜んで受け入れるだろう。

 抱かせろと言えば純潔を捧げ。

 死ねと言えば命を捧げ。

 何もかもを捧げ尽くして、何の後悔もないまま……むしろ幸福と共にあの子は零になる。

 

「(うーん、愛が重い)」

「し、始原の魔女って……真なる魔女って何なんですか?」

 

 少し悩んでいたようだが、とりあえず話題に乗っかる事にしたようだ。

 しかしふむ、真なる魔女とは何か……ねえ。

 その始まりや、担うべき役割、何を成して来たのか、語れる事は幾らでもある。

 だがそれらを語ったところで面白くも何ともない。

 

「(何時もより口数を多くしているとは言え、流石にな)」

 

 説明を始めると一日二日じゃ終わんねーよ。

 それに、知っても意味のない事……いや、知るべきではない事だ。

 その始まりも、担うべき役割も――真実を知るは最後の魔女たる俺だけで良い。

 だからそう、一言だ。一言でその本質を説明しつつ二の句を継がせないようにしなければ。

 

「……」

 

 顎に手を当て思案顔を作る。

 聞いてはいけない事だったのかと顔を青くしているようだけど、大丈夫。

 良い感じの台詞が思い付かないだけ……いや、あったな。

 

「そうだな、強いて言うのであれば」

 

 皮肉げなそれではなく、枯れ切った薄笑いを顔に貼り付ける。

 

「――――度し難い愚か者だよ」

 




「戯れ」「興が殺がれた」
この二つは強キャラのお約束台詞だと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

前話でも書いたようにこれが今年最後の投稿です。
それと、何時だったかあとがきで書きましたが私は元々なろうで小説書いてました。
誰も自分を知らない所で書いても読んでくれるのか、評価されるのか
それを知りたくてハーメルンに投稿しました。
皆さまのお陰でスランプは脱せました。
なので生存報告がてらなろうの方でもこの作品をマルチ投稿するかもしれません。
見つけたらお気に入り登録等、してやってくれると嬉しいです。


 真なる魔女ルークス・ステラエが歴史の表舞台に姿を見せてより十年の月日が流れた。

 ”魔女の楔”と称されるあの事件を境に世界は大きく形を変えた。

 

 まず真っ先に挙げられるのが最古にして最大最強の国家スペルビアの分裂。

 

 偽りの魔女を擁し国を――民を危険に晒した王の下に未来はない。

 当時の王をそう糾弾したのは良く言えば穏やか、悪く言えば気弱な第十三王女だった。

 周囲の者が王女を傀儡にし、権力を握ろうと目論んだのか……と言えばそれには首を傾げざるを得ない。

 

 王女は自領にて独立を果たしたのだが、どう贔屓目に見てもそれは行き当たりばったり。

 

 離反する家臣達こそいなかったものの、独立当初の動きはてんやわんやの一言。

 影の王となるような人間がいたのならば、もう少し計画的に動いたはずだと言うのが大方の見解だ。

 そんな状態でも荒波を乗り越え国を軌道に乗せられたのは王女のお陰だろう。

 自ら立つ事によってその王器を開花させたのだと人々は語っている。

 

 スペルビアとしては王女の独立は決して看過出来ないものだった。

 

 シンケールスでの敗戦から魔女の襲来によるフィクトスの喪失。

 好き勝手に振舞っていたツケが降り掛かって来る事は目に見えていた。

 王女への賛同が少なければ即座に鎮圧も可能だったのかもしれないが、予想以上に離反者が出てしまったのだ。

 その原因の一つは勇者ダンテ・マルティーニが王女の側へと就いたからだろう。

 それでも戦えばスペルビアが勝利するのは目に見えていたが勝っても後が続かない事もまた目に見えていた。

 

 結果、栄華を誇ったスペルビアは真っ二つに分かたれる事に。

 

 継続を選んだスペルビア王国。

 変化を望んだアケディア帝国。

 両国は同じ血をその身に宿しながらも、二度と交わる事はないだろう。

 

 だが分裂したのは何もスペルビアだけではない。

 

 離反者を許してしまったのはイラ連合国も同じ。

 弱体化したスペルビアに今こそ積年の恨みと共に刃を突き立てるべきだ!

 いいや、何が魔女の逆鱗に触れるか分からない以上、深く魔女と関わったスペルビアは放置すべきだ!

 前者の言い分については説明するまでもないだろう。

 後者の主張は魔女と言う禁忌に触れるべきではないので他所の国にやらせろと言うもの。

 ただし、一国がスペルビアの領土を独占してしまうのは望ましくないので複数の国を扇動するつもりだ。

 

 他所の国を太らせてどうする!? 貴様らは馬鹿か!

 後で回収するために大丈夫かどうか様子を見るべきだって言ってんだよダラズが!!

 

 連合の意思決定機関である評議会は荒れに荒れた。

 だが、何もこれだけで分裂が起こった訳ではない。

 この問題を機に、これまで抱えていた他の諸問題による対立が表面化し結果として複数の国が連合を離反したのだ。

 そして離反した者達による新たな国家群こそがアワリティア連邦。

 

 ならばイラと並び健在であったスペルビアに次ぐ大国であったインウィディア帝国の一人勝ちか?

 

 いいや違う、そうはならなかった。

 インウィディアの皇帝が急死したのだ。

 それにより御家騒動が勃発し、他所と戦争をやる暇がなくなってしまったのである。

 皇帝の座を巡り対立する者らはスペルビアやイラのように国を物理的に割るつもりはないのが救いか。

 

 そして大国が乱れる事により抑え付けられて来た小国の動きも活発となった。

 

 とうの昔に滅びた国が再度興り、シンケールスと同盟を結んだりと息つく暇もなく世界は動き続けた。

 動乱の時代、それ以外に言いようがないだろう。

 魔女の楔に端を発し幕を開けた動乱の時代は十年経った今も続いている。

 むしろ激化していると言っても過言ではないだろう。

 

 そんな荒波の中、新たな門出を迎えようとしている三人の少女がいた。

 

「うーん! 今日も良い天気だなー!!」

 

 ガタガタと揺れる馬車の荷台。

 その屋根の上で胡坐をかき、大きく伸びをする少女がいた。

 綺麗に切り揃えられた深い藍色のショートボブ、髪と同色のクリクリとした瞳には隠し切れない期待が灯っている。

 一目見ただけで元気な子なのだなと分かる彼女の名はマリー・スペーロ。

 

「ちょっとマリー! あなた女の子なんだから胡坐は止めなさい! はしたないでしょ!!」

 

 ヒョコリと荷台の中から顔を出した少女がマリーを咎める。

 燃えるように赤い髪を両サイドで括り付けたツリ目の彼女を見れば誰もが理解するだろう。

 あ、この子は気が強いんだな……と。

 そんな分かり易い彼女の名はマレウス・スペーロ。

 

「だいじょぶだいじょぶ。だって……ほら!」

 

 ペロンとスカートを捲って見せるマリー、中身は下着――ではなくスパッツだ。

 だが、スパッツだからとスカートを捲って見せるのは淑女として如何なものか。

 

「そう言うとこがはしたないって言ってるの!」

「いやぁ……荷馬車の屋根に上ってる時点で十分はしたないと思うんですけど……」

 

 そう控え目に進言したのは長い栗色の髪を後ろで三つ編みにした眼鏡の少女。

 如何にも大人しそうな彼女はジャンヌ・スペーロ。

 同じ姓を名乗っているものの少女三人に血縁はない。

 とは言え同じ孤児院で赤子の頃から共に育ったので姉妹と呼んでも間違いではない間柄だ。

 

「だって中で座ってるよりこっちの方が気持ち良いじゃん」

 

 少女らは数日前、全員が十四歳を数えたところで生まれ育った孤児院を出た。

 別に追い出されたとかそう言う事ではない。

 全員が十四歳になったら孤児院を出ると以前から決めていたのだ。

 孤児院にかかる負担を軽くするため、そして何時か恩返しをするため。

 

 三人が育った孤児院は、決して裕福ではない……と言うか普通に貧乏だ。

 

 それでも院長は誰一人として子供を見捨てず愛情を以って皆に接している。

 子供達が自立する際も、働き口を紹介したり自立した後も相談に乗ったりと頭が上がらない存在だ。

 巣立って行った先輩方も無理がない程度に寄付をしているのだが経済状況が劇的に良くなる事はない。

 そんな中でも頑張っている院長の背中を見て来た三人は一念発起、一攫千金を目指し、冒険者になる事を決意したのだ。

 

 世界を知らない子供の無謀だと思うかもしれないが、少女らもそこまで馬鹿ではない。

 

 死んでしまえば元も子もない事を知っているし、それが一番大恩ある院長を悲しませると理解している。

 だが、何も考えなしに冒険者になろうとした訳ではないのだ。

 彼女達の孤児院は治安のよろしくない場所にあり、ごろつきやモンスターなどの危険が身近にあった。

 ゆえに院長は最低限の自衛手段を子供達に教え込んでいた。

 そして、中でも才ある者には特別な指導も。三人は才ある子供だった。

 

 マリーは速さ。

 マレウスは魔法。

 ジャンヌは膂力。

 それぞれ冒険者として立派な武器になるものを備えていた。

 だからこそ院長も最初は難色を示したものの、決して無理をしないと言う約束で最後には折れたのだ。

 

「だからって毎日のように上るのはどうなんでしょうか」

「だって、見える景色は毎日違うじゃない?」

 

 これまでは孤児院がマリーの世界と言っても過言ではなかった。

 だが、駆け出しの冒険者が集まる街へ向けての旅が始まり、彼女の世界は急速に広がって行った。

 何もかもが真新しく、キラキラと輝いて見える。一分一秒でも目を閉じるのが惜しいぐらいだ。

 本当なら自分の足で歩いてみたかったが……院長が折角、旧知の隊商に頼み込んでくれたのだ。

 勝手に抜け出す訳にもいかない……三食ご飯も出してくれるし。

 

「綺麗だよ? 世界はとっても綺麗」

 

 この感動は今を逃すともう味わえないかもしれない。

 何も知らない自分達だから胸を打つのかもしれない。

 それなら今の内に楽しんでおかねば損と言うもの。

 

「二人もおいでよ」

 

 屈託のない笑顔で手を差し出すマリー。

 その手を取るべきか否か迷っているマレウスと違いジャンヌの行動は早かった。

 

「ちょ、ちょっとジャンヌ!?」

 

 マリーの手を取り急に荷台の上によじ登り始めたジャンヌに目を丸くするマレウス。

 三人の中でも優等生気質なジャンヌがこんな事をするとは予想もしていなかったのだ。

 

「マリーの言う通りかなって思ったんです。

今しか見えないものもきっとあるから……それに、悔しくないんですか? マリーだけ楽しそうにしてて」

 

 冗談めかした笑みを向けられマレウスは顔を顰めるも、

 

「うー……い、行くわよ! 私も行くから!!」

 

 結局はそうなった。

 

「……何の変哲もない、ただの街道じゃない。こんなもの、直ぐに見慣れちゃうわよ」

 

 三人が眺める景色は、ハッキリ言って何一つ特別なものではない。

 世界中のどこに行ってもありそうな光景だ。

 

「なら見慣れるまでは楽しめるよね?」

「ま、まあ……そうね」

 

 実際、マレウスの胸は躍っていた。

 荷台の中でただ座っているよりはこちらの方がよっぽど楽しい。

 

「だいじょぶだいじょぶ。私は結構見てるけど全然飽きてないからまだまだ楽しめるよ」

 

 孤児院を出て二週間、これまでの道中でも似たような街道を通った事はある。

 だが、そこではそこの感動が、ここではここの感動がそれぞれあった。

 そう語るマリーにジャンヌとマレウスは羨望を抱く。

 この子の瞳に映る世界は今自分達に見えているものよりずっとずっと美しいのだろうなと。

 

「それより、見てください二人とも! あの鳥、すっごく美味しそうです!!」

「ちょっと止めなさいよみっともない!!」

 

 決して裕福ではない家庭だ。

 三人は時折、野生動物を探しに行ってはその肉を食卓に上げていた。

 獲物の中には野鳥もいて、空を自由に泳ぐ鳥も彼女達からすればただのご馳走でしかなかった。

 

「もー、マレウスは直ぐそうやって世間体を気にするー」

「当たり前でしょ!? これからは私達だけでやってかなきゃならないのよ!?

それに、私達が恥ずかしい真似をすると私達を育ててくれた院長先生の顔にも泥を塗る事になるんだから!」

 

 見事な優等生発言だが付き合いの長い二人は知っている。

 常識人ぶってはいるが、プッツンすれば一番非常識なのがマレウスだと。

 こうと一度思い込んでしまうともう何を言っても聞かないのだ。

 

「アハハハハ! お嬢ちゃん達は本当に仲が良いねえ」

 

 下で会話を聞いていた御者の老人が堪え切れずに大笑いをし始めた。

 マレウスは顔を真っ赤にして頭を下げるも、

 

「あわわ! ご、ごめんなさい……うるさくしちゃって……」

「すいません、この子は直ぐ周りが見えなくなっちゃうんです」

「ちょっとジャンヌぅ!? 何自分は悪くないみたいな顔してんのよ! ってああまた!?」

「いやいや、良いよ良いよ。若い子は元気が有り余ってるぐらいで丁度良いのさ」

「ありがと! ねえおじさん、エデって街までまだかかるの?」

 

 エデと言うのは駆け出しの冒険者達が集まる始まりの街。

 三人の旅、その一先ずの終着点である。

 

「そうだねえ……このペースなら、今日の夜には到着するんじゃないか」

「夜かー、それなら冒険者登録は明日になるのかな?」

「でしょうね。夜でもギルドはやっているでしょうが長旅の疲れも溜まっていますしゆっくり休みましょう」

「美味しいもの食べたいなー」

「馬鹿! お金が無い訳じゃないけど生活が安定するまでは切り詰めるに決まってるじゃない!」

「無理して心が参らないようにするのも大切じゃない? ただでさえ冒険者は大変な仕事なんだし」

「正論ですね。あの、お爺さん。よろしければエデについて色々聞かせてくれませんか?」

「おうともおうとも。じゃあ先ずは――――」

 

 年齢を重ね、多くのものを見て来た商人だからだろう。

 老人の語り口は非常に上手く、気付けば三人はどっぷり話にのめり込んでいた。

 

「とまあ……こんなところかねえ」

 

 小一時間程、エデについて語ってくれたが流石に話題も尽きたらしい。

 それでもマリー達にとっては十分な内容だった。

 これからの生活、マリー以外は期待と不安が半々だったが今では他の二人も期待の比率の方が大きくなっていた。

 

「ところで、お嬢ちゃん達には荷台で寝てもらっとるが問題があったりはせん?」

「問題……ですか?」

 

 イマイチ不明瞭な問いにジャンヌが小首を傾げる。

 

「うむ……まあ、今になってこんな事を言うのもあれだが……荷台にある鎖で雁字搦めにした木箱があるだろう?」

「アレ、呪いのアイテムか何かなの?」

「いやいや、そんな事はありゃせん。流石にそんな物を載せた荷台に寝泊まりはさせんよ」

 

 とは言えまったく危険がない代物かと言うとそれも違う。

 老人は少しバツが悪そうな顔で語り始めた。

 

「ありゃあ、とある錬金術師に商いのついでに届けてくれと託された特殊なポーションでな」

「特殊なポーション?」

「うむ、何でもモンスターを誘き寄せる効果があるらしい」

「! お、お爺さん! それ、とんでもない代物じゃないの!?」

 

 モンスターの行動を薬品で誘導出来る。

 それが本当ならマレウスの言うようにとんでもない代物だ。

 誘導自体は魅了魔法や幻影などを使えば簡単に出来るが、あくまでそれは魔女・魔法使いの特権である。

 だが件のポーションがあれば誰でもそれが出来るようになるマレウスが興奮気味に詰め寄るも、

 

「いやぁ、どうだかねえ。実際に効果を発揮するかも怪しいし」

「それは……まあ、確かにそうね」

 

 マレウスが落ち着きを取り戻す。

 そうだ、よくよく考えればそのような試みがこれまでに研究されて来なかった訳がないのだ。

 なのにそんな話を聞かないと言う事は……老人の疑惑は至極尤もだった。

 

「うむ。まあ、仮に効果を発揮しても役には立ちそうにないが」

「え? どうして?」

「詳しい事は理解出来んかったが、あのポーションの効果を発揮させるにゃあ人間にぶっかけるしかないのよ」

 

 人間に付着する事によってポーションが特殊な反応を起こし、その人間にモンスターが群がり始めるのだ。

 マレウスが考えているような安心安全にモンスターを狩るのに役立てると言う事は不可能なのだと老人は語る。

 

「…………あの、それってかなり危険じゃないですか?」

 

 悪用の方法を思い付いたのかジャンヌが青い顔をしている。

 

「ああ。だがまあ、個人が作っとるもんで世に出回っとる訳じゃあない。

荷台に積んであるのも、信頼の置ける個人に向けてのものさね。それで、どうかね? 何か問題はなかったかい?」

 

 勿論、衝撃で容器が壊れても外に漏れださないようしっかり保管してある。

 それでも物が物だ。半信半疑とは言え老人も気になるのだろう。

 今になって聞いて来たのは……言い出し難かったのだろう、しょうがない。

 

「問題はなかったよ? ちょっと狭いかなってぐらいで」

「それにしたって孤児院で雑魚寝していた時よりは随分快適でしたけどね」

「って言うか、私ら割と危険な代物の横で寝泊まりしてたんだ。いや、タダでお世話になってるから文句はないんだけど」

「いやいや! 君らは古い友人からの預かり物だからね?」

 

 一番安全で一番快適な場所を割り当てたのだ。

 ただ、一番安全と言う事は件のポーションを保管しておくにも打ってつけでもある。

 老人は無理のない範囲で融通を利かせてくれたのだ。

 

「まあでも、問題がなかったのなら何よりだよ」

「って言うか積んであるポーション、一体何の用途で使うのかしら?」

「さあ? わしも届けてくれとしか言われてないからなあ」

 

 ポーションについての話題はそこで流れ、その後はポツポツと取り留めのない話をしていたのだが……。

 

「わわ!?」

 

 突如、馬車が急停止した。

 幸い、三人は咄嗟にしがみついたお陰で振り落とされる事はなかった。

 

「……まずいな、お嬢ちゃんら。荷台の中に戻りな」

 

 遠く前方で赤い狼煙が上がっている、それを視界に入れた老人の顔が苦いものに変わった。

 あの狼煙は進路の安全を確認するため先行していた冒険者達から上げられたものだ。

 有事の際に使う事になっていて、幾つかの色があるのだが……赤は最上級の警戒を知らせるものだった。

 

「わ、分かったわ! マリー、ジャンヌ!!」

 

 三人が荷台の中に転がり込んでから程なくして怒号が轟き始めた。

 それなりの規模の隊商で、安全を買う金もケチっていない。

 なので質の良い冒険者が護衛に就いているのだが、どうにも雲行きがよろしくない。

 

「糞! サイクロプスにグレンデルだと!? 何だってこんな奴らがいやがる!?」

「噂になってる”異変”でしょうよ……! チッ、ついてないわね!!」

「少数なら何とでも出来るが、この数は……まだ増えるのか!?」

 

 外の様子は窺えない。

 しかし、漏れ聞こえる会話が加速度的に少女達の不安を煽っていく。

 三人は震える身体を寄せ合って、嵐が過ぎ去るのを待った。

 しかし、嵐は過ぎ去るどころか勢いを増すばかり。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 あちこちで悲鳴が上がり始める。

 

「……私達、ここで終わっちゃうんでしょうか」

 

 今にも泣きそうな顔でジャンヌがそう漏らした。

 

「馬鹿! 弱気にならないの! こ、こんな時こそ気をしっかり持たなきゃ……いけ、ないんだから……」

 

 ジャンヌを叱咤するマレウスも恐怖に顔が歪んでいた。

 何時もの気の強さを感じさせる声も、今は見る影もない。

 

「……」

 

 マリーは何も言わなかった。

 恐怖がない訳ではないし理不尽への怒りと嘆き、もう駄目なのかと言う諦めだってある。

 それでも、それでもだ。

 

「(私は……私は、ジャンヌが好き)」

 

 真面目な優等生のように見えて、その実イイ性格をしていてノリも良い。

 孤児院の弟達と共に悪戯を企てて、それに巻き込まれて説教を受けた事がある。

 沢山叱られたけど、沢山笑った。

 

「(私は、マレウスが好き)」

 

 ツンツンしているように見えて、その実とっても優しい。

 妹達が町で孤児だと馬鹿にされた時は一緒に仕返しに行ったものだ。

 孤児だからと俯く必要はない、私達は血は繋がらないけれど立派なお父さんに愛情を注いでもらっている。

 だから胸を張れ! と気丈に妹達を叱咤する姿に自分も勇気を貰った。

 

「(色んな話をしてくれたお爺さんが好き)」

 

 道中で冒険者のイロハを教えてくれたちょっとスケベなおじさんが好き。

 年頃の女の子なのだからと自分達にお洒落を教えてくれたお姉さんが好き。

 一つ一つ、マリーは大好きな誰かを指折り数えていく。

 恐怖、怒り、嘆き、諦め、それは胸の中からどうやっても消えてくれやしない。

 足が竦む、身体の震えが止まらない、口の中は痛いぐらいカラカラだ。

 

「(それでも……それでも……!)」

 

 ”それでも”と何度も何度も繰り返す。

 失いたくないものがある、失われてはならないものがある。

 だから、灯すのだ。勇気と言う光を、その胸に。

 

「っし!」

 

 両頬を勢い良く叩きつけ、後ろ向きな自分を追い出す。

 

「ま、マリー……?」

「ちょ、ちょっと! あんた、何やってんのよ!?」

 

 しっかり保管されているとは言え雁字搦めにされている訳ではない。

 例のポーションが仕舞われている木箱の一つを開け中身の詰まった瓶を数本取り出す。

 

「ジャンヌ、マレウス――――大好きだよ」

 

 制止の声を振り切り屋根の上に飛び上がる。

 外は正に乱戦と言った有様で、自分の事なんか誰も見てやしない。

 血と臓物の香りで今にも吐き出しそうだが、気合で持ち堪える。

 間に合う、これならまだ間に合う。

 

「ッッ!!」

 

 折れそうになる心を無理矢理繋ぎ止め、マリーはポーションの中身を自分にぶち撒けた。

 変化は劇的だった、戦場が止まったのだ。

 

「私はここに居るぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 叫ぶと同時に唯一使える加速魔法を自分に付与し駆け出す。

 屋根を蹴って一番近場にいたモンスターの頭部を踏み付けて、もうひとっ飛び。

 それを繰り返して包囲を抜け地面に着地した瞬間、

 

「「「「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」」」」」」

 

 総てのモンスターが雄叫びを上げ、マリーの背中を追い始めた。

 

「(走れ、走れ、走れ、走れェ! 兎に角遠くまで……走れ私ィ!!)」

 

 後ろは振り返らない。

 何十もの殺意が背中を刺しているのが分かるから振り返る必要は無い。

 

「うぅぅううう……!!」

 

 幸いな事に飛び道具を持つ敵はいないようで、そちらに警戒を割かずに済んだ。

 しかし、大の大人の心さえ容易に圧し折ってしまうような殺意を一身に受けてタダでは済まない。

 吐き気、眩暈、恐怖、心身を苛むそれに足を取られてしまえばその瞬間に終わってしまう。

 死神の足音を振り切るように前へ前へ。転がるように前へ前へ。

 

「(嘘……まだ増えるの……?)」

 

 背中に圧し掛かる殺意がどんどん増していく。

 だがそれも当然、今のマリーはそう言う”臭い”を放っているのだから。

 彼女も、別の場所にいたモンスターを誘ってしまう事は想定していたが、予想以上の数だ。

 

「(後ろからだけじゃなく、左や右からも……!?)」

 

 唯一の救いは前方からは敵が来ていないと言う事か。

 前からも来られたら完全に囲まれてしまう。

 どうにかこうにか潜り抜けられても、決して小さくはないダメージを負うだろう。

 そうすれば足が止まってしまう、もう、走れなくなる。

 

「――――ッッ!!」

 

 息が苦しい。

 空気が足りない。

 手足が鉛のように重い。

 胸が痛い。

 心臓が今にも張り裂けてしまいそうだ。

 

 もう、何もかも投げ出してしまえと心のどこかで誰かが囁いた。

 

 加速魔法をかけているので速度は出ているが、あくまで強化されているのは速度だけ。

 心肺機能までカバーされている訳ではない。

 だと言うのに無数の殺意に心を削られながら全力疾走しているのだ。

 その消耗は尋常ではない。

 

「(でもまだ、まだ……! まだ、駄目……!!)」

 

 屋根の上で戦場の状況を確認した時、酷い有様だった。

 ギリギリで持ち堪えているように見えてその実、今にも崩れてしまいそうだった。

 怪我人を全員回収して、その場から離れるにはそれなりの時間が必要のはず。

 どれだけ走ったかを考える余裕なんてマリーにはなかった。

 

「(それでも、本当に動けなくなるまでは……走らな……きゃ!)」

 

 命が燃え尽きるまで足を止めない。

 そう決意したその時である。

 

「え」

 

 前方に女が立っていた。

 疲労も、悲壮なまでの決意も、何もかもを忘却の彼方に追いやってしまう程に美しい女が。

 心奪われた状態であっても足は止まらずそのまますれ違ってしまうが、

 

「って駄目ぇ!!」

 

 無理矢理立ち止まる。

 ぶちぶちと筋肉が断裂する嫌な音が耳に響く。

 マリーの目的を考えるなら愚かな行為だ。

 感情に身を任せた失敗と断じられてもしょうがないが、当人にそんな事を気にする余裕はなかった。

 急停止の勢いを殺し切れず大地を削りながらも振りかえるマリーであったが、

 

「――――」

 

 言葉を失い、その場にへたり込む。

 女がモンスターの津波に接触した瞬間、総てが弾け飛んだのだ。

 何十……いや、既に百を優に超えていたモンスターが一匹残らず弾け飛んだのだ。

 

「……」

 

 血の雨が降りしきる中を、女は悠然と歩を進める。

 そしてマリーの下で立ち止まり、口を開いた。

 

「呆れた小娘だ。身の程も弁えられんらしい」

 

 尊大な物言いに滲む、これでもかと言う嘲り。

 だがマリーはまるで気にならなかった。

 遠くから馬に乗り、自分の名を叫びながら近付いて来る親友二人の存在すらも今はどうでも良かった。

 それよりも何よりも、気にかかる事があったのだ。

 

「(何で、この人は今にも――――)」

 

 疑問が心の中で形を成すよりも先に、女は背を向けた。

 ふわりと靡く濡れ羽の御髪から漂う甘い香りがマリーを現実に引き戻す。

 

「あ! ま、待って……私、マリー! マリー・スペーロ! 貴女の名前を教えてくれますか!?」

 

 感謝を告げたいのか。

 それとも他に何かを伝えたいのか、聞きたいのか。

 自分でも分からない。それでも今は兎に角、その名前が知りたかった。

 

「……ルークス、ルークス・ステラエ」

 

 絶望の縦糸、希望の横糸、交差する二つの糸が綴れ織る物語が今――――始まった。




最初はジャンヌがヨナ、マリーをイザベルにしようと考えてましたが
前二人に倣った場合の三人目が思い付かず……流石にワルコはねえなって思いまして
それで何となしに見てたFGOのフランス編の動画から取る事にしました。
二人はそのままダイレクトに、三人目のマレウスはオルタの二つ名竜の魔女から
ちょっと捻って魔女→魔女狩り→マレウス・マレフィカルムからマレウスにしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次章予告

皆さま明けましておめでとうございます、本年もどうぞよろしくお願い申しあげます。



 

━━十年と言う歳月は良かれ悪しかれ人を変えるには十分過ぎる時間だ━━

 

 

「――――大の男が情けないにも程があるね」

 

 空から聞こえた軽蔑しきった声に全員の視線が上を向く。

 建物の屋上、その縁に月光を背負い佇む影が一つ。

 

「これ以上の醜態を晒す前に腹を切る事をお勧めするよ」

 

 三人を庇うように影が降り立つ。

 フード付きの外套を纏っているせいでその表情は窺えないが、不快感を露わにしているのが分かる。

 

「ま、君らのような手合いに言葉は意味を成さないんだろうけど」

「誰だテメェ!?」

 

 憤る男達と突然の事で呆気に取られる少女達。

 そんな彼らの耳にキィン、と澄んだ音が響いたかと思うと――――

 

「んな!?」

 

 男達の得物、そして身に纏っていた防具や衣服がバラバラに切り刻まれたのだ。

 

「これは警告。次はその首を貰う」

 

 殺意が乗せられたその言葉に男達は一瞬唖然とし、直ぐに蜘蛛の子を散らしたようにこの場から逃げ去った。

 

「ふぅ。怪我は……うん、無いみたいだね」

「あ、ああはい。えっと、ありがとうございます!」

 

 一番早くに立ち直ったマリーが頭を下げると残る二人もそれに続く。

 

「どういたしまして――それより、マリー・スペーロさんって言うのは誰かな?」

「え? わ、私……ですけど、あなたは……?」

 

 エデに来てジャンヌとマリー以外の知己も増えたが、外套の彼に心当たりはない。

 声からして男――年齢は自分達と同じか少し上ぐらいだろうなと言うのは分かるが……やはり思い当たる人物はいない。

 

「ああ、これは失礼。先ずは名乗るのが礼儀だよね」

 

 少年がフードを外すと、三人は期せずして同時に息を呑んだ。

 黒髪黒目、整った顔立ち、物憂げな表情――陳腐な表現だが王子様のようだった。

 

「――――僕の名前はリーン・ジーバス」

 

 

━━だが、決して変わらないものもある。それが幸か不幸かは分からないが……━━

 

 

「何で――――何で、お姉ちゃんが弟を殺そうとするのよ!?」

 

 二人の間に横たわる過去をマリーは知らない。

 それでも、聞こえていた会話から二人が姉弟である事は理解出来た。

 だからこそ、理解出来ない。何故、姉が――弟や妹を護るはずの姉がこんな暴挙に出たのか。

 

「随分と恵まれたご家庭で育ったんだな、テメェは」

 

 涙目で自分を見上げるマリーにシンは嘲笑を浴びせかけた。

 

「家族を愛し愛される、それが当たり前――普通の事な訳だ。

他所様も当然、そうなんだって思ってるんだな。いやいや、めでてえ頭してやがる。

幸せな箱庭の中で育てばそうなるのか? ものを知らないにも程がある」

 

 血で血を洗う事しか、憎む事しか出来ない忌まわしい血の繋がりもこの世には存在している。

 いいや、むしろその方が多いのでは? 何せ何にも恵まれた王族皇族達ですらそうなのだから。

 

「私がものを知らないのは……確かだけど……」

 

 マリーにも何となく察せはする。

 自分を見下ろす彼女には家族を憎むだけの悲惨な何かがあった事ぐらいは察せる。

 だがそれでも、それでもだ。

 

「自分の不幸を”当たり前”みたいに語るな!!」

 

 マリーが赦せないのはそこだった。

 さも悲劇が罷り通るのがこの世界の真理だと言わんばかりの態度。

 それが癪に障ってしょうがない。何で、何でそれを良しとして受け入れる事が出来るのか。

 

「何だと……?」

「確かに、憎み合ったり傷付け合う事しか出来ない家族も居るんだろうね……」

 

 親だから、子供だから、無条件に肉親を愛せるとは限らない。

 マリーはそれを知っている。

 シンは彼女を恵まれたご家庭で育ったなどと揶揄したが、そんな事はない。

 親に捨てられた子供、このままでは殺されると親から逃げて来た子供達が居る。

 自らもまたその中の一人で、同じ痛みと悲しみを抱えている”キョウダイ”達を知っている。

 

「でも、それでも! それはおかしい事だ! 間違ってる事だ!!」

 

 家族は愛し合うのが、慈しみ合うのが正しい事で”普通”であって然るべきなのだ。

 自分達がそうではなかったからと言って在るべき姿を否定して良いのか? 違う、それは違うだろう。

 間違った形を許容しそれが当たり前なのだと受け入れてしまえば世界は本当にそんな形になってしまう。

 自分が不幸だから他人も不幸になれなんてみっともないにも程がある。

 

「黙れ!!」

「黙らない!!」

 

 マリーは決して綺麗事を言っている訳ではない。

 当たり前の事を当たり前だと。

 間違っている事を間違っていると――そう言っているだけ、ただそれだけなのだ。

 

「あなたにどんな事情があったかなんて知らないよ」

 

 知ったところで何が出来るとも思わない。

 

「でも一つだけ分かる事がある。あなたは逃げた……一番辛くて険しい道から逃げたんだ!!」

 

 

━━(えにし)の糸が複雑に絡み織りなす新たな物語、どうぞ御笑覧あれ!━━

 

 

「ふむ、このぐらいで良いか」

 

 シンちゃんも大好きな俺のビッグバストは見る影もなくペッタンコ。

 顔立ちや身体のラインを含め”女”ではなく”少女”のそれになっている。

 この状態でも身長は160に届くか届かないかぐらいはあるのがちょっと減点だが……まあ良い。

 今の俺の外見年齢は――多分、十二、三歳かそこらだろう。

 確か十四歳過ぎたあたりから胸やら尻やらに肉がつき始めた覚えがあるし。

 

「――――ルークス・ステラエじゅうさんさいです、キャハ☆」

 

 ブリっこポーズ&スマイルで声まで変えてみたのだが、我が事ながらキッツ!

 二千歳超えたババアがするこっちゃねえよ。

 見た目は若くても内面の加齢臭がプンプン漂ってんだよババアと唾を吐きたくなる。

 

 

 

 

 

 

※注意

 

今頭にある書こうかなと思ってる話の一場面を切り取って予告にしてみたので

本編を投稿した際には微妙に描写が変わったりするかもしれません。

まだ新章書き始められてないので……はい。

とりあえずなろうの方に序章を投稿し終えた翌日あたりから新章始められるよう頑張りたいと思います。




以前言っていたように、生存報告がてらなろうの方でも投稿を始めました。
https://ncode.syosetu.com/n2967em/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 わかれみち ぷろろーぐ

大変お待たせ致しました、新章開始です。



 王都でやらかした盛大な茶番から十年。

 ぶっちゃけた話、あれから特筆すべきような事はなかった。

 世界は大きく動いていたようだが、俺自身は何をするでもなく漫然と日々を過ごしていた。

 何一つとして出会いがなかった訳ではない。

 一応、ロールプレイがてらほう……と思った者らと接触する事は幾度かあった。

 

 ――――だが足りない。

 

 少なくとも十年前のザインやロッドのように歓喜を与えてくれはしなかった。

 ちょっとの間は気持ちが沸き立っても直ぐに押し流されてしまうようなものばかり。

 シンちゃんやポチのように傍に置くような事もなかった。

 ああそうだ、その二人と言えば俺のオマケとは言えこの十年で結構な有名人になった。

 

 ”魔女の双騎士”――世間ではそう呼ばれているらしい。

 

 十年前の一件、ついで今に至るまでにあった目撃報告の中での二人の態度を見てそう名付けたのだろう。

 面識のない第三者であっても痛い程に伝わって来る忠誠心とその力。

 成る程、確かに騎士と言っても過言ではあるまい。

 中身は騎士道精神とは程遠い黒騎士みたいな子達だが、魔女のお供には相応しいのかな?

 

 だが、名と顔が売れた事で冒険者稼業に支障が出るようになったのは申し訳なく思っている。

 

 ロッドとは一悶着あったものの、二人は冒険者を辞める気はなかった。

 修行のためにも冒険者稼業は継続。

 だがそれには魔女の騎士と言うのが邪魔になって来る。

 なので第三者が二人を正しく認識出来なくなる指輪型のアーティファクトを作って二人に与える事にした。

 

「(まあ、俺と一緒に行動する時は指輪つけてないようだけど)」

 

 っと、話がずれた。

 俺にとってこの十年は実に起伏のないもので、これからも起伏のない日々が続くと……そう思っていた。

 

 ――――だけど俺は出会ってしまった。

 

「(…………マリー・スペーロ)」

 

 本当に、特に何か理由があった訳ではない。

 引き篭もってグダグダやってるのも不健康だなと思い、ポチの背に乗って空の散歩に出かけたのだ。

 雲一つない青空を眺め、柔らかな風を感じながら俺は竜の背で酒を嗜んでい……おや? 結局不健康な気がするぞ?

 まあ良い、そこはとりあえず置いておこう。

 自分の駄目さを再確認したところで虚しくなるだけだし。

 

 兎に角! お空の散歩を楽しんでいた時だ。

 

《何か騒がしいな》

 

 ポチの鱗を執拗に一枚一枚剥がしていたシンちゃんがそう呟いたのだ。

 千里眼やデビルマンもビックリな地獄耳を持つ俺だが日常で十全に扱う事はない。

 拾えてしまう情報が莫大過ぎるからよっぽどの事がない限りは受け流しているのだ。

 ゆえに成長と共に超人的な感覚を有するようになったシンちゃんよりも、気付く事が遅れてしまった。

 

《うっわ、ついてねえなあの連中》

 

 シンちゃんの視線の先を辿ってみれば、十数キロ程離れた場所で隊商がモンスターの襲撃を受けていた。

 俺は冒険者じゃないのでそこらの知識は皆無だが、シンちゃんによると襲っているモンスターの種類がおかしいそうだ。

 分布的にこんな平和な地域で出現するはずもない連中……ようは十年前のダンテが行き会った不運である。

 十年前に比べて一般人の間でも異常発生が周知される程度には増えているらしいが俺にはどうでも良い事だった。

 

《……》

 

 俺の目を引いたのは、中央にある馬車の荷台――その中で震えている一人の少女だった。

 夜空と同じ色をした髪を持つ彼女は恐怖に身を震わせていた、だが恐怖に膝を屈しているようにも見えない。

 

《ルークス様?》

 

 シンちゃんが怪訝な顔をしているが、俺はあの少女に夢中でそれどころではなかった。

 何をした訳でもない、だがどうしてか目が離せないのだ。

 そうこうしている内に状況が動いた。

 少女は荷台の中にあった木箱から取り出したポーションを手に外へ飛び出したのだ。

 伊達に魔女はやっていない、見ただけでそのポーションの本質は理解出来た。

 そして、少女が何をしようとしているのかも……。

 

《――――》

 

 察しがついていたはずなのに、駆け出した少女を見て俺は形容し難い感情に囚われた。

 そして気付けば地上へと降り立ちあの子に追い縋る残骸を一つ残らず消し飛ばしていた。

 

《はぁ……はぁ……》

 

 傲岸な物言いをした俺を、息も絶え絶えに見上げる少女。

 あの時彼女は何を考えていたのだろう?

 助かったと言う安堵、一気に牙を剥いた疲労、大上段からの物言いに対する怒り。

 そのどれもがどうでも良いものに成り下がる程、何かを想っていたように見えた。

 逃げるように背を向けた俺だが、あの子はそれを許してくれなかった。

 

《あ! ま、待って……私、マリー! マリー・スペーロ! 貴女の名前を教えてくれますか!?》

 

 何時もなら鼻で嗤い飛ばして名乗り返す事さえしなかっただろう。

 だけどあの時の俺はすんなりと名を預けてしまった。

 

「(……言っちゃ何だが、あの子は別に特別って訳じゃあない)」

 

 ザインのように英傑クラスの力を持ち合わせている訳ではない。

 シンちゃんのように魔女の耳朶を揺らす叫びを上げられる訳ではない。

 善にしろ悪にしろ、俺がこれまで現世で関わった者らを大輪の花とするならマリーはどこにでもある野に咲く花だ。

 

 その献身が勇気ある行いである事は認めよう。

 清廉な心根を持っている事には疑いの余地はない。

 だが、俺は知っている。

 彼女よりも遥かに清い魂を持つ、それこそ聖人としか言いようがない者が居る事を。

 彼女よりも遥かに勇敢な魂を持つ、それこそ勇者としか言いようがない者が居る事を。

 

「(なのに、そんな奴らと出会った時よりも――――)」

 

 ああ、最早目は逸らせまい。

 彼女こそがそうなのだろう、出会いを渇望していた正真正銘の主役。

 上手く理屈を立てられそうにはないが……いや、だからこそか。

 簡単に言葉で括ってしまえない何かを持つ者、それこそが主役と言うものだ。

 

「(だけどああ……参ったな……)」

 

 フィクトス討伐を師匠に報告した時も考えていた。

 いざ出会えたとして、そこからどうしようかと。

 そしてそれは今もそう、未を以ってして明確な答えは出せていない。

 少なくとも試練を与えて舞台を整えてやろうとかそう言う気はないのだが……。

 

「(じゃあ無関心を貫くのかって言われたらそれもねえ)」

 

 関わりを放棄するにはあまりにも”美味しい”キャラクターだ。

 ザインやロッドの時とは違う、あの子が相手ならさぞや愉しく踊れるだろうと言う期待がある。

 だからとて厄介事に巻き込まれて俺が介入するチャンスを与えてくれとも思えない。

 

「(ああ! やめだやめだ! 馬鹿の考え休むに似たりってね!!)」

 

 なるようになるさの精神で行こう。

 俺みたいなのが変に頭回してもドツボに嵌まってぷぎゃーwwwになるだけだし。

 当面はマリーちゃんを覗き見しつつ、機会があったら絡みに行くって感じでええやろ。

 

「(……覗き見っつーと何か変態臭いな。あれだ、見守る! 見守ってるだけだからこれは!)」

 

 ストーカーの常套句みてえな気がしないでもないが……気のせいだろ。

 

「あの、ルークス様?」

「ああ、帰っていたのか」

 

 声をかけられなきゃ気付かなかったな。

 俺はソファーに寝そべったままシンちゃんに答える。

 今日はポチとは別行動で依頼を受けに行くと聞いていたが、シンちゃんのが早かったのね。

 

「……はい」

 

 しかし何だ、十年……十年かぁ。

 そりゃシンちゃんも大きくなるはずだよな。

 

「(うーむ、あの時拾った奴隷の子供も今じゃ成人だもんな。時間の流れってはえーわ)」

 

 男と比較しても長身の部類に入る俺より頭一つ小さいぐらいの背。

 キュッと引き締まったボディライン――その胸は平坦であった。

 髪の毛も今じゃセミロングぐらいには伸びてるし、後ろで纏めるためにリボンもつけている。

 

 あらあらまあまあ、この子ったら本当に女の子らしくなっちゃって!

 小さい時はもう、男の子も顔負けのやんちゃさんだったのにねえ(近所のおばさん並の感想)。

 

「(ただまあ、服装はちょっと……ねえ?)」

 

 下はあちこちが破れている黒のダメージパンツにロングブーツ。

 上は素肌に白シャツ一枚でブラもつけてないしボタンもテキトーだからヘソとか胸元見えてるじゃん。

 そりゃ様になってはいるけどさぁ。

 年頃の娘さんとして、ちょっとはしたないんじゃないかしら?

 

「(そりゃあ俺だって痴女みてえなドレス着てるよ? ノーパンノーブラだよ?)」

 

 でもこれはエレイシアの設定をなぞっただけで俺の趣味ではない。

 俺の趣味趣向を反映するならジャージだよジャージ。

 ……いや、それはそれで女子力皆無だな。

 で、でも良いもん! 外見美女でも中身はオッサンやし!!

 

「あの、あたしの顔に何かついてますか?」

 

 頬を赤らめながらおずおずとそんな事を口にした。

 どうやら何も言わずにじーっと見つめられて勘違いしたようだ。

 

「いや」

 

 ちなみに相方のポチだが、あっちは十年前と変わらず。

 人型を取っているとは言っても中身は竜だからな。ショタっ子のままだ。

 本人にその気があれば外見年齢も弄れるんだろうが……いや待て。

 そもそも何でアイツ、ショタの姿取ってんだ?

 

「(……俺に喧嘩売って来た時点で既にショタ形態だったよな、確か)」

 

 本気出すとか言ってショタの姿見せられてテンション上がったけどさ。

 よくよく考えるとおかしくねえか?

 いや、人型を取る理屈は分かるぞ? だが何故、ショタになったのかが分からない。

 

「(十年目にしてこんな疑問が出て来るとはな……)」

 

 うん、でもまあ別に良っか。

 レディになったシンちゃんと絡むポチを見てるとおねショタみを感じてほっこりするし。

 

「じゃ、じゃあ何で……」

「それはともかく、だ。スカー・ハートを出せ」

「え? スカー・ハートを、ですか? わ、分かりました」

 

 キョトンとした顔で首を傾げつつも素直に従ってくれるんだからホント忠犬だよな。

 

「これでよろしいでしょうか?」

 

 右腕に刻まれた茨の刺青が光を放つと、シンちゃんの手にはスカー・ハートが握られていた。

 こんな機能をつけた覚えはないので、剣の側が勝手に追加したのだろう。

 

「ああ」

「えっと、一体何をなさるんでしょうか?」

「調整だ。私が手を加えずとも剣が勝手に最適化しているだろうが一度も見ておかぬと言うのは、な」

 

 十年と言う節目を越えたのだ。

 その記念がてら、Ver2にアップデートしてあげようではないか。

 過剰戦力にも程があるが、俺の予想だとこのままじゃいずれ問題が出そうだし。

 

「ルークス様ぁ……!」

 

 じーんと瞳を潤ませますます顔を赤くする……うーん、百合の香りがしますねえ。

 いや、昔から忠誠心とか以外にも俺に母性を覚えているような雰囲気はしてた。

 だが成長するにつれ更に感情が追加されたような気がしてならない。

 

「勘違いするな、別に貴様のためではない。魔女としての矜持ゆえだ」

 

 これも間違いと言う訳ではない。

 アホアーティファクトならともかく、スカー・ハートは真面目な作品だからな。

 こう言うのまでテキトーに扱うのは魔女としての沽券に関わる。

 

「ふむ」

 

 手元に引き寄せたスカー・ハートを検める。

 かつてはショートソード程のサイズしかなかったが今は違う。

 主の成長に合わせて柄と刀身が伸び、太刀程のサイズになっていた。

 変わったのはサイズだけではない、デザインもだ。

 洋剣風だったのが日本刀のそれに近付いている。外見に関しての自己調整は完璧だ。

 主の望み、好みに合わせて見事に最適化してある。

 

「(だがやはり、中身は別か)」

 

 スカー・ハートを魔剣足らしめているのは怒りを力に変換する機能だ。

 主であるシンの怒りを受け取り、それを燃料に様々な形で力を発揮出来る事が強みである。

 

「(怒りを受け止める器も拡張してあるが、流石に俺の手を入れなきゃ十全にとはいかないらしい)」

 

 シンちゃんの怒りはあの日から一ミリ足りとて減っていない。

 いいや、それどころかむしろ増大している。

 スカー・ハートの様子を見るにここ最近もまた怒りの火が大きくなったようだ。

 仮にも魔女たる俺が作ったアーティファクトだ怒りが許容量を超えて砕け散るような事はないだろう。

 だが、あくまでそれだけ。受け止めた怒りを十全に活用出来なくなる可能性が高い。

 単に器を広げれば良いと言うものではないのだ、もっと繊細な改修が必要になる。

 

「(流石にそれをコイツ自身にやれってのは酷だろう)」

 

 魔力を流し込み原子単位でスカー・ハートを作り変えていく。

 作業自体は数秒で終わったので、後は仕上げだ。

 スカー・ハートの切っ先を俺の手の平に向け――ひと息で貫く。

 

「る、ルークス様!?」

「問題ない」

 

 突然の凶行に驚いたようだが、本当に問題はない。

 血を与え、血を馴染ませているだけなのだから。

 鍔のあたりまで刀身を喰い込ませたところでそのまま真横に手を引き抜く。

 手がぺローンと分かれてしまったが無問題、何をするまでもなく勝手に修復される。

 

「(んじゃ、試運転と洒落込もうか)」

 

 今のシンちゃんの怒りと同程度の魔力を燃料にし、スカー・ハートを振るう。

 

「えぇ!?」

 

 短剣、長剣、斧、槍、大鎌、弓、メイス、鞭。

 振るう度に姿を変えるスカー・ハートを見てシンちゃんが驚きを露わにする。

 変幻自在の武器、我ながら中々に浪漫武器ではなかろうか?

 漫画やゲームとかでも偶にこう言う武器あったけど、良いよね。浪漫感じるよね。

 だがコイツは形だけじゃない、魔法――と言ってもモドキレベルだが、それを放てるようにもなった。

 

「……」

 

 シンちゃんのためだけに誂えられた怒りを力に変える魔剣スカー・ハート。

 コイツを見ていて、ふと思った。

 

「……マリー・スペーロ」

「ッ!」

 

 もしもあの子に、同じような剣を託すとしたら俺はどんな物を作るのだろうか。

 レオン・ハートのように正の感情を燃料とするのか、スカー・ハートのように負の感情を燃料とするか。

 前者の方がマリーに似合っているような気がしないでもないが、どうにもしっくり来ない。

 正負どちらかに割り切れる二元論よりも……そうだな、いっそその時の心をありのまま映すようなのが良いかもしれない。

 銘はどうしようか?

 

「冠は心剣、後に続くのは……フッ、私は何を考えているのやら」

 

 軽く頭を振って妄想を外へと追いやる。

 それよりさあ、調整が終わったのだからシンちゃんに返さなきゃな。

 

「終わったぞ」

「え、あ……はい」

 

 乱雑に放り投げたスカー・ハートを受け取るとそのまま待機状態の刺青へと戻してしまった。

 この子の性格上、早速試し殺しでもして来ます! とか言いそうなものだが……。

 

「(ひょっとしてゲテモノ武器渡されたとかショック受けてたりするのか?)」

 

 だとしたら――ど、どうしよう……?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話(表)や、野郎! ぶっ殺してやる!!

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 鬱蒼と生い茂る木々の隙間を縫うように疾走するマリー。

 その背後からは彼女の何倍も大きい、身体のあちこちに植物を生やした猪型のモンスターが迫っていた。

 

「ブモォオオオオオオオオオオオオオ!!」

「何か私、走ってばっかなんだけど! 走ってばっかなんだけど!?」

 

 勾配もあれば障害物もある野山だ。

 全力疾走するには、し続けるには向いていない環境。

 それでも速度を緩めずに走り続けていられるのは経験ゆえか。

 少しでも孤児院の食卓を豊かにするためにと野山に入っていた経験が今のマリーを支えているのだ。

 

「まあでもあの時と比べたら全然だけどね!」

 

 何故、モンスターに追われているのか。

 以前のように已むにやまれず――と言う訳では、勿論ない。

 れっきとした依頼である。

 始まりの街エデでマリーらが冒険者稼業を始めてから三ヶ月。

 そろそろ小慣れて来たし、少し実入りの良い依頼を受けようではないかと言う話になった。

 実入りが良いと言う事はそれだけ危険度も高いと言う事だが、足踏みをしていたら前には進めない。

 三人は熟考の末、ある依頼を受諾し、街から半日程の場所にある山へと踏み入った。

 

 そして現在、その依頼を果たすため必死に囮をこなしているのだ。

 

「(まだかな?)」

 

 背後から突き刺さる殺意の数も質も、あの時と比べると段違いだ。

 とは言えそれでも一歩間違えば死ぬ事に変わりはない。

 肌がひりつくような感覚を鼻歌交じりにこなすには、まだまだ経験が足りていなかった。

 

「来た! 合図だ!!」

 

 仲間達からの合図が空に浮かぶ。

 するとマリーはその場で急停止からのターンを敢行。

 迫り来るモンスターと真正面から向かい合い、そのまま背後へとすり抜けて行く。

 突然の方向転換、短い四本足ではそれに対処出来ずモンスターはマリーにかなりの距離を稼がれてしまう。

 

「よし、よしよし……おいでおいで」

 

 モンスターが諦めてどこかへ行ってしまわないよう、視認可能な距離を保つ事を心がける。

 そうしてマリーの体力の底が見え始めた頃、ようやっとゴールが見えた。

 200m先で、地面に描かれた魔法陣の上に立ち杖を構えるマレウス。

 ジャンヌの姿は見えない、だがそれで良い。

 

「(私とマレウスは真っ直ぐ、直線上に並んでる。だから後は……!)」

 

 マレウスとの距離が20mを切ったところでマリーはモンスターから見て左へと飛び退いた。

 

「!!」

 

 モンスターの瞳がギョロリとマリーを追うも、

 

「オラァ!!!!」

 

 反対側の草むらから飛びだしたジャンヌが勇ましい掛け声と共にその横っ面へバトルメイスの一撃を叩き込む。

 耳が痺れるような轟音が木霊するも、モンスターは健在。

 

「!?」

 

 左方のマリー、右方のジャンヌ、前方のマレウス。

 ターゲットが一瞬にして三つに増えた事でモンスターの気が散らばってしまう。

 本能に従い再起動を果たすまでのほんの少しの完全制止――最早詰みだ。

 

「穿て! ライトニング・ネェエエエエエエエエエエエエエエエエイル!!!!」

 

 マレウスの持つ杖の先から放たれた紫電の槍がモンスターの脳天を穿った。

 他の部位に当たっていれば、今少し暴れまわれたかもしれないが的確に急所を貫いた事によりモンスターは即死。

 小さな嘶きを上げ崩れ落ちた標的の姿を確認し、三人が安堵の息を漏らす。

 

「か、勝ったんだよね……? 私達」

「はい……はい……これで死んだ振りとかだったら、もう打つ手なしです」

 

 メディスンボア、今回標的となったモンスターの名だ。

 身体の表面に多様な薬草を自生させ、内臓の幾つかも薬効として使える事から見た目と合わせそう名付けられた。

 それなりにやれる冒険者であれば、倒すのは容易だがまだ駆け出しの域を出ない三人にとっては別だ。

 急所を正確に射抜く以外ではまず勝ち目がないだろう。

 

 と言うのも、メディスンボアは傷を負った際、表面の薬草を体内に取り込み効果のある薬に変え自身の傷を癒す習性があるのだ。

 通常攻撃でダメージらしいダメージを与えられるのは力持ちのジャンヌだけで、それにしたって微々たるもの。

 どう足掻いても削り切る事は不可能だ。

 そんな相手を標的とするのは無謀かと思うかもしれないが、無論勝算あっての事。

 三人の勝算、それは先程マレウスが使ってのけたライトニング・ネイルだ。

 

「ま、まあ私達にかかればこんなものよ!」

 

 ライトニング・ネイルはマレウスが使える魔法の中で一番威力と貫通力がある技だ。

 しかし、発動のためには詠唱だけでなく地面に魔法陣を書く必要があり、尚且つ一直線にしか飛ばせない。

 熟達すれば手を放れた後でもコントロール出来るのだろうが現段階では不可能。

 ゆえに少女らは一計を案じた。

 

「主に頑張ったの私だけどね!」

 

 先ずはマリー、その役目は囮だ。

 メディスンボアの巣に単身で喧嘩を売りに行き、準備が完了するまで散々に引っかき回す。

 準備が整ってから囮をすると言う案も出たが……それでは万が一がある。

 縄張りに敏感なメディスンボアが準備をしている真っ最中にやって来るかもしれない。

 そうなれば準備どころの話ではなくなる。最初からその行動を握っている方が(マリー以外は)よっぽど安全だ。

 

「いや、私も頑張りましたよ? 動けない間、マレウスの護衛してたの私ですし……ま、敵は来ませんでしたが」

 

 ジャンヌの役割は二つ。

 一つはライトニング・ネイルの発動準備に取り掛かっていて無防備になっているマレウスの護衛。

 二つ目はマリーが誘引して来たメディスンボアの横っ面に不意打ちをかます事。

 これによってメディスンボアの意識に空白を作り、

 

「し、仕留めたのは私よ!?」

 

 そこをマレウスがズドン! と言う寸法だ。

 

「……美味しいところを」

「……目立ちたがり」

「ハッキリ言いなさいよ!!」

 

 顔を合わせ聞こえるようにヒソヒソ話をする二人に青筋をおっ立てて叫ぶマレウス。

 緊張の糸が切れたからだろう、こんなやり取りが出来るのは。

 

「冗談冗談。私達の三人の勝ちだって分かってるよ!」

「っとにもう……ほら、さっさと解体するわよ」

 

 生きている状態のメディスンボアには三人の装備では刃一つ通せないだろう。

 だが死体となった今ならば話は別だ。

 どう言う仕組みかは解明されていないが、死ねば途端に耐久力が普通の猪と変わらなくなってしまうのだ。

 猪を解体した経験もある三人は手際良く毛皮を剥ぎ取り、その腹を裂く。

 

「納入しなきゃいけないのは睾丸、心臓、それと……ああ、こっちは私がやるから二人は……」

「毛皮の表面に自生した薬草の採取ですね? 分かってます」

「私達で使う分とお金に変えちゃう分で分けなきゃねー」

 

 てきぱきとした手付きながらも、サイズがサイズだ。

 中々作業は終わらない。

 本来ならもっと安全な場所でやりたいのだが、この巨体を移動させる手段がなかった。

 周囲に気を配りつつ黙々と作業をしていた三人だが、ふとマリーが口を開く。

 

「これ、お肉は食べられないの?」

「食べられるわよ。何? 食べたいの? でも宿じゃ焼き肉なんて出来ないし外でやる事になるわよ」

「女三人で肉を囲む光景と言うのは……何とも言えませんね」

「いや、それもあるけど孤児院にさ。送れないかなって」

 

 距離が距離だ。

 流石に生肉をそのまま送る事は出来ないだろうが干し肉にすれば日持ちさせられる。

 ただでさえ肉が食卓に上がる事の少ない孤児院だ。

 干し肉であっても喜んでくれる事は想像に難くない。

 

「あー……そう、そうね。うん、良い考えだわそれ」

「血抜きして、お肉を小分けにすれば……何とかいけそうですね」

 

 三人が腰につけているポーチはギルドから冒険者に支給されるもので、これが中々優れ物だったりする。

 ちょっとした道具を詰め込めば直ぐに限界が来そうなものだが、このポーチは見た目通りの容量ではない。

 ポーチの口を通す事さえ出来れば、かなりの容量を詰め込む事が出来るのだ。

 更に入れた物を取り出す際、意識して手を入れればちゃんと望み通りの物を取り出す事も出来たりする。

 

「三人で分担すれば何とか……持ち帰れるかしら?」

「じゃあ決まりだね。作業は増えるけど頑張ろう!」

「「おおー!!」」

 

 作業が追加された事で時間は更に伸び、三人がエデに帰る頃には夜になっていた。

 マリーもジャンヌもマレウスも、かなりの疲労が蓄積しているものの、その表情は満足げだ。

 ギルドで依頼の品を納入し報酬を受け取り、薬草も売り払う頃にはすっかりホクホク顔になっていた。

 

「結構お金も貯まりましたし……これはそろそろなんじゃないでしょうか?」

 

 興奮気味にジャンヌが切り出した。

 

「うん……うん! 初の仕送りだね!? 皆きっと喜んでくれるよ! あ、お金だけじゃなく私達の活躍も手紙にしなきゃ!」

「活躍と言う活躍はしてませんが……ああでも、例のアレは話のタネにはなりそうですね」

「ちょい待ち」

 

 テンションを上げる二人にリーダーのマレウスから待ったが入る。

 

「何? まだ貯めるつもりなの? ある内に送っておいた方が良いと思うんだけど」

「ですね。手元に置いておくと使ってしまいそうですし」

「仕送り自体は良いわ。でも、単にお金を送るだけじゃ芸がないわ」

「いや、仕送りに芸なんて求めてないと思うよ?」

「言葉のあや! そこはスルーなさい!!」

 

 と突っ込みを入れ咳払いを一つ。

 マレウスは二人を手招きし、顔を近付けさせる。

 

「……アンタ達、CVシリーズって知ってる?」

「何それ? 人名?」

「それとも歌ですか?」

「な訳ないでしょ。通称気狂い野菜って言ってね、とある錬金術師が開発したものなんだけど……」

 

 痩せた大地で作物は育たない。

 育っても小さかったり味が悪かったり量が少なかったりと散々だ。

 だが、どんな条件も無視して豊饒な実りを得られる作物があるとすれば……どうだろう?

 

「味は普通だけど、苗を一つ植えるだけでも一度の収穫で孤児院の子供達全員をまかなえるぐらいの量が確保出来る」

 

 そしてそれが最低でも十年は続くのだ。

 貧乏人にとってはありがたいなんて代物ではない。

 

「……そんな凄い野菜がホントにあるの? 私聞いた事ないよ?」

「同じく」

 

 怪訝な顔をする二人にマレウスが補足説明を入れる。

 

「そりゃ御禁制だもの。餓えてる人には好都合だけどそうじゃない人らにとっては別」

 

 詳しい事は省くが様々な立場の人間が利権を護るためにその存在を闇へと押しやったのだ。

 更に世に出たのが何十年も前の事だ。マリーらが知らなくても無理はない。

 

「製法も難しくて一度に出回る数が少ないってのもあるわね」

「ふぅん……それで? その苗を見つけたの?」

「ええ、この間裏町に足を運んだ時にね。品種はカボチャとジャガイモ、確保出来ればかなり助けになると思わない?」

「まあ、そうかもしれませんが……それ、本物なんですか?」

「って言うか一人で裏町行ったの!? ギルドのお姉さんも危ないから女の子は近付いちゃダメって言ってたじゃん!」

 

 裏町、官憲の目が届き難い治安のよろしくない場所。

 それなりに規模の大きな街ならば大抵は存在していて、エデもその例には漏れていなかった。

 

「そりゃ普通の子はそうでしょうけど、私らからすれば見慣れた光景よ。それと、真贋についても問題はないわ」

「でも、お高いんでしょう?」

「うん。私らが貯めた仕送り貯金の八割が消し飛ぶわ」

 

 貯金の中にはマリーが身を呈して救った隊商からの謝礼金も入っている。

 三人からすれば目玉が飛び出るような金額で、仕送り貯金の大半がそれだ。

 

「高ッ!!」

 

 だが御禁制の代物なので当然と言えば当然である。

 

「私は現物とお金の両方で仕送りをしたらどうかと思うんだけど……二人はどう思う?」

「良いんじゃない? お腹いっぱい食べられるってそれだけで嬉しい事だし」

 

 満腹感と言うものを知ったのは冒険者稼業を始めてからの事だった。

 その時は三人揃って感動に震えたものだ。

 マリーとしてはその感動を弟妹達にも是非知ってもらいたかった。

 

「私も異論はありません」

「じゃあ今からお金下ろしてそのまま裏町まで行きましょ。一応、昨日までは売れ残ってたけど、確保するなら早い方が良いわ」

 

 銀行に向かい貯金を下ろし、三人はその足で裏町へと向かった。

 だが裏町へと続く人気の少ない路地でお約束とも言えるガラの悪い男達に絡まれてしまう。

 

「やあ、ちょっと良いかな?」

 

 へらへらと下卑た笑みを浮かべる男達。

 それを見てマリーは確信した。

 

「……これ、あれだよ。私達に乱暴する気だ」

「いや、しねーよ。出方次第で痛め付けるつもりだが、嬢ちゃんが考えてるような”乱暴”はしねーよ」

「ああ、肉が無さ過ぎるよな」

「あの眼鏡の子はまー……及第点だが他二人はな。あれに手を出したら普通に変態だもの」

 

 マリーとマレウスの胸は平坦であった。

 

「や、野郎! ぶっ殺してやる!!」

 

 男達の心無い発言がマレウスの逆鱗に触れた。

 その髪よりも顔を真っ赤にし、殴りかかろうとする友人を羽交い締めにしジャンヌが説得を試みる。

 

「落ち着いてくださいマレウス! しょうがないです、栄養状態が改善したのは最近ですし! 未来は明るいです!!」

「うっさい! 何で同じ物食べてるのにアンタだけ……うぎぎぎ!」

 

 火に油を注いだだけのようだ。

 

「じゃあ美少女三人組に何の用なの?」

「美少女って……いや、まあそこは置いとくが。金だよ金」

「君ら、不用心だよね? 金下ろすにしても、もっと周り見なきゃね」

 

 それなりの額を引き出すところを目撃され、尚且つその相手が裏町の方へと向かったのだ。

 彼らからすれば美味しい餌以外の何ものでもなかった。

 

「今回はその勉強代って事で大人しく渡してくれると、手荒な真似はしないで済むんだがな」

「「「……」」」

 

 三人は顔を見合わせ、

 

「「「死ねバーカ!!」」」

 

 男達に中指を突き立てた。

 

「警戒心もなけりゃ、身の程も知らねえ。ちょっと痛い目見なきゃ駄目らしいな」

「ああ、こんなんじゃこの先やってけねえ」

「先輩として優しく教えてやんねえとな」

 

 得物を取り出す男達。

 三下臭い態度を取ってはいるが、その実力は一人一人を見てもマリーらより上。

 その上数まで揃っていて三人は重い疲労を抱えている、状況を打開するのは絶望的と言っても良い。

 それでも三人は決して諦めるつもりはなかった。

 

 こんな奴らに家族のために使うお金を渡してなるものかと心を奮い立たせ戦闘態勢に移行しようとしたその時である。

 

「――――大の男が情けないにも程があるね」

 

 空から聞こえた軽蔑しきった声に全員の視線が上を向く。

 建物の屋上、その縁に月光を背負い佇む影が一つ。

 

「これ以上の醜態を晒す前に腹を切る事をお勧めするよ」

 

 三人を庇うように影が降り立つ。

 フード付きの外套を纏っているせいでその表情は窺えないが、不快感を露わにしているのが分かる。

 

「ま、君らのような手合いに言葉は意味を成さないんだろうけど」

「誰だテメェ!?」

 

 憤る男達と突然の事で呆気に取られる少女達。

 そんな彼らの耳にキィン、と澄んだ音が響いたかと思うと――――

 

「んな!?」

 

 男達の得物、そして身に纏っていた防具や衣服がバラバラに切り刻まれたのだ。

 

「これは警告。次はその首を貰う」

 

 殺意が乗せられたその言葉に男達は一瞬唖然とし、直ぐに蜘蛛の子を散らしたようにこの場から逃げ去った。

 

「ふぅ。怪我は……うん、無いみたいだね」

「あ、ああはい。えっと、ありがとうございます!」

 

 一番早くに立ち直ったマリーが頭を下げると残る二人もそれに続く。

 

「どういたしまして――それより、マリー・スペーロさんって言うのは誰かな?」

「え? わ、私……ですけど、あなたは……?」

 

 エデに来てジャンヌとマリー以外の知己も増えたが、外套の彼に心当たりはない。

 声からして男――年齢は自分達と同じか少し上ぐらいだろうなと言うのは分かるが……やはり思い当たる人物はいない。

 

「ああ、これは失礼。先ずは名乗るのが礼儀だよね」

 

 少年がフードを外すと、三人は期せずして同時に息を呑んだ。

 珍しい黒髪黒目、整った顔立ち、物憂げな表情――陳腐な表現だが王子様のようだった。

 

「――――僕の名前はリーン・ジーバス」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話(裏)オレでなきゃ見逃しちゃうね

「(リーンくんキタ━━━ヽ( ゚∀)人(∀゚ )人( ゚∀)人(∀゚ )ノ━━━!!!)」

 

 何やねん、滅茶苦茶王道な登場しおったぞあの子!

 ザイン! お前弟子に何教えてんだ!? クッソカッコ良いやんけ!!

 暴漢に襲われる婦女子、颯爽と現れるイケメン。

 目にも止まらぬ速さで抜刀し、得物と衣服だけを切り裂き誰も傷付けずに場を収めるとかもうね……もうね!

 

「(ヤバイヤバイ、これはどう考えても攻略キャラの風格ですわ……)」

 

 乙女ゲーの攻略対象としては申し分ないですよ、ええはい。

 

「(まさか、あの小さな男の子が此処まで立派になるたぁ……おばちゃん、感慨深いよ)」

 

 十年前の茶番をやらかした以降、俺は一度しか彼らの動向を見ていなかった。

 あれの少し後かな? 姉のシンちゃんを前にして動けなかったリーンくん。

 彼がどう思っているのか、これからどうするのか。

 それを知りたくてザインとの会話を覗いたのだが……まあ、結論は察せると思う。

 リーンくんは変わらず家族を想い続ける道を選び、もっと強くなる事を師と己に誓ったのだ。

 

 あれから十年、リーンくんもまたしなやかな成長を遂げていた。

 

「(つか、ジーバスって……養子になったのかな?)」

 

 そこら辺も色々妄想してみると楽しいかもしれない。

 

「(にしても、やっぱり血の繋がりを感じるな)」

 

 目つきはシンちゃんが鋭くてリーンくんがちょい垂れ気味で正反対だが他の部分。

 耳や鼻の形なんかはそっくりだ。

 性格の影響が出そうな部位と性別による差異が出易い場所以外は、どうにもダブる。

 

「(得物も同じだし)」

 

 リーンくんも日本刀っぽいものを腰に差している。

 柄から刀身まで純白で染め上げられた、スカー・ハートとは正反対の聖性を感じさせる佇まいだ。

 レオン・ハートやスカー・ハートのようなアーティファクトではないものの、中々の業物である。

 示し合わせた訳でもないのに似通ってしまう。

 

「(それはつまり、目には見えない繋がりが確かに存在してあると言う事で……)」

 

 リーンくんに教えてあげたらさぞや喜ぶだろう。

 最悪の状況でしか言葉を交わせなかったが、自分達は確かに繋がっているのだと。

 一方のシンちゃんは――どうするかな?

 少なくともリーンくんにとって喜ばしい事は何一つとして起きないのは想像に難くない。

 思えばあの子、まだ十代そこそこだってのに苦労してるよな。

 

「(ま、それはさておき……マリーちゃんに何の用なんだ?)」

 

 そもそも何故、リーンくんはマリーちゃんの名前を知っていたのか。

 彼女が冒険者を始めてからずっと見守って来たけれど、

 

「(別段、期待の超新星とかそう言う立ち位置でもねえしな)」

 

 今日はちょっとばかり冒険した依頼を受けたものの、これまでの稼業は実に地道で堅実。

 目的が目的だけに一山ぶち当てたいのだろうが、死んでしまっては元も子もないからな。

 煌めく才がある訳でもないから、慎重にと言うのは正しい判断だ。

 尚更興味をそそられた俺は彼らの会話に耳を傾けた。

 

『えっと、リーンさん……ですか』

『同い年ぐらいだし敬語は要らないよ。敬われるような立派な人間でもないしね』

 

 そう語る彼の顔に一瞬、走った苦みを俺は見逃さなかった。

 

「(恐ろしく速い自己嫌悪の発露と隠蔽、オレでなきゃ見逃しちゃうね)」

 

 団長の手刀を見逃さなかった人の気持ちになるですよ!

 

『じゃあ、リーンくん?』

『ああ、それで構わない』

『うん。リーンくんはどうして私の名前を知ってるの?』

『噂を聞いてね、少し聞きたい事があったから君を探していたんだが……日を改めた方が良さそうだ』

 

 ジャンヌちゃんとマレウスちゃん、置いてけぼりだな。

 いや、リーンくんが用あるのはマリーちゃんだけだからしゃーないと言えばしゃーないんだけど。

 

『え? 何で?』

『こんな事があった後だし、何より随分とお疲れみたいだからね。今日はもう宿に戻って休んだ方が良い』

 

 うっわ、紳士ィ!

 リーンくんはどうやらザインの豪放磊落な部分は受け継がなかったようだ。

 初対面で一発ヤらせてくれよとか言っちゃうデリカシーのなさだからな、アイツ。

 腐っていたのに加えて酔っていたとは言え俺は忘れちゃいねえぞ。

 

『助けて貰った事には感謝するけどそうはいかないわよ。お金も下ろしちゃったし』

『ですねえ……早いところ目的のブツを買って使ってしまわないと、宿に戻っても不安ですから』

 

 ここでようやっと二人も会話に加わって来る。

 ああ、そう言えばこの子達買い物に来てるんだったな。

 

「(気狂い野菜ねえ)」

 

 現物を見ていないからどうとも言えないが、名称や性質からしてケミカルな感じが凄いんだよな。

 何かヤバイ農薬とかヤバイ品種改良してんじゃねえかなって。

 

「(土壌汚染とかも心配だわ)」

 

 だが、救荒食としては最上の部類に入る代物だ。

 手に入った苗に問題がありそうならば、俺が弄って真っ当な代物に変えてあげよう。

 べ、別に覗きやってる申し訳なさとかそう言うんじゃないんだからね!

 

『と言う訳だから、ごめんね? 私達行かなきゃ……あ、でも私に話あるんだよね?

それなら宿の場所教えておくよ。今日頑張ったから明日はお休みにするつもりだしさ』

『是非そうさせてもらう――と言いたいけど、もう少し付き合うよ』

 

 おや?

 

『僕の用件は明日でも良いけど、流石にこのまま君達と別れてはいさよならと言うのもね。

さっきあんな事があったばかりだ。買い物が済んで表通りに出るまでは付き合うよ』

 

 またしても紳士ィ!

 何やねんこの子、めっちゃええ子に育っとるやないけ!

 十年前の時点でもかなり良い子だったけど、良い子のままスクスク成長しとるやないか!

 おいザイン、俺の子育てが上手く行ってねえ事へのあてつけか!?

 

『いや、それは流石に悪いよ。今助けてもらっただけでも十分なのに』

『気にしないで。僕がそうしたいってだけだからさ』

 

 俺が十五の時、何してたよ……?

 前世は確か……受験勉強そっちのけで学校サボって新作ゲーム買いに行ったり公園でラノベ読んだり……。

 今世では細か過ぎて伝わらない師匠のモノマネシリーズを師匠の前でやって殺されたり……やっべ、ただのアホガキじゃねえか……。

 

『でも……』

『それならこう考えれば良い。君から話を聞きたい僕としては少しでも心象を良くしておきたい。

そしてそれを抜きでも君達は見目麗しいお嬢さん方だ、仲良くなりたい――ま、男の情けない下心ってやつだね』

 

 クスクスと笑うリーンくんを見て思う。

 

「(何や!? 何やコイツ!? くっさい台詞を手足のように操りよる!!)」

 

 下心? んなもん皆無だよ!

 全方位どこから見ても優しさしか感じねえよ!

 正統派だよ! 正統派のイケメンだよ! パッケージ飾れるよ!

 

「(声も良いしさぁ……)」

 

 ゲームならこれ女性声優だな。

 まだ完全に声変わりしてないのか、元々そうなのか。

 女性のハスキーボイスって感じがな。容姿も男の子だって分かるけど女装とか凄く似合いそうだし。

 何だろ……あれだ、綺麗な薔薇には棘があるのさとか言いそう。すっごく言いそう。

 

「(ちょっと天! 二物も三物も与え過ぎじゃない?)」

 

 いや、両親を実の姉にぶち殺されたり実の姉に変態の奴隷になれば良いとか言われたりしてるしそうでもないか。

 ガープス的に言えば不利な特徴が多いから有利も多く取れてるって感じだろうね。

 嫌な具合に帳尻は合わせられている……のかな?

 

『フフ、あなた良い子ちゃんかと思ったら……存外、冗談なんかも言えるのね』

『おやおや、早速家の子が。やり手ですね。リーンさん』

 

 女の子達の好感度が上がる音が聞こえるようですねえ。

 

『マレウスが欲しかったら私とジャンヌを倒す事だね!』

『万全の状態でやっても二秒で瞬殺されそうですけど』

『馬鹿言ってないでさっさと用事済ませるわよ。付き合ってくれるんでしょ? 王子様』

『王子様ではないけれど、喜んで』

 

 何だろ、前世も今世もロクな青春送ってねえ俺的にすっごく胸が痛い。

 こう言うボーイミーツガールをリアルで見せ付けられると心臓が締め付けられる……。

 

『ところでさ、リーンくんって私らと同い年ぐらいなのにすっごく強いよね』

 

 リーンくんを加え歩き始めた三人娘達。

 道中で、マリーちゃんがそう切り出すもリーンくんの表情は優れない。

 

『……いや、まだまださ』

 

 師匠と比べてって――感じではないな。

 彼の目に映っているのは、今も昔もシンちゃんだけ。

 十年前に遠目で見る事しか出来なかったあの子の姿を思い出しているのだろう。

 

「(確かに分が悪いわな)」

 

 酷な評価かもしれないが、今のリーンくんは強い。

 確かに強いがそれでも常識の範疇。十年前のシンちゃんにすら及ばない。

 現在の彼女に至っては……語るも憚られる程の差がある。

 普段は枷を嵌めていて、その状態でスカー・ハートを差し引いたとしても正直厳しいと言わざるを得ない。

 

『僕程度じゃ、刃も想いも届ける事は出来ない』

 

 シンちゃんと語らいたいのならば力は必要不可欠だろう。

 それがリーンくんならば尚更だ。

 相対し、正体を悟った瞬間に殺しにかかりそうだもの。

 殺されないように凌ぎ続けながら会話をする以外に方法はないと思う。

 

『あなたも、色々大変なのね』

『楽に生きている人の方が少ないと思うよ』

『ご尤もですね』

『ところで、気になっていたのだけど……ジーバスってあのジーバス?』

『何? マレウス、リーンくんの事知ってたの?』

『初対面よ。ただ、名前にちょっと心当たりが――って言うかアンタらは何も気付かないの?』

『『?』』

 

 はてな顔の二人に大きな溜め息を吐きながらもマレウスちゃんは説明を始めた。

 マリーちゃんを見守る傍ら、マレウスちゃんの事も見てたけどさ。この子、ツンデレだよね。胸が温かくなりますわ。

 

『ジーバスと聞けば真っ先に思い浮かぶでしょう。ザイン・ジーバスの名前がね』

 

 何? あのオッサン、ティーンの間にも名が知れ渡ってんの?

 

『誰それ?』

『歌ですか?』

『アンタ達は……! 特にジャンヌ、この流れで何で歌の名前を口にするのよ!? 脈絡がないでしょ!!』

『どうどう、落ち着いてください。ほら、どうぞドヤ顔で説明してくださいな』

 

 敬語ですっとぼけた事言う子、俺、結構好きかもしれない。

 

『うぎぎ……! ま、まあ良いわ。ザイン・ジーバス、世界に三人しか居ない勇者の一人よ』

『勇者、魔王とか倒したの?』

『魔王なんてお伽噺の中だけの存在に決まってるでしょ。勇者と言っても彼らは別に誰かを倒した訳じゃないわ』

 

 まあ、俺が魔王ロールをしていたら殺されてやっても良かったんだけどな。

 魔王ってキャラクターは倒されるまでが大事だし。

 俺は純粋な悪役ロールも嫌いじゃない。

 惜しむらくは誰がどうやっても俺を殺してくれる位階にまで達せない事だが。

 

『じゃあ何をしたの?』

『…………アンタを助けてくれた魔女に輝きを示し、手を引かせる事に成功したのよ』

 

 ん? 何で複雑そうな顔したんだこの子?

 

『その偉大な功績を讃え、各国がザイン・ジーバスを含む三人に勇者の号を送ったのよ。

他二人は、以降はあんまり派手な動きは見せていないけどザイン・ジーバスは別。

各地でその武勇を示す逸話を残し続けている。奈落島での決闘なんかが特に有名ね』

 

 何それ? 奈落島での決闘って何?

 

『ふぅん、そうなんだ』

『反応が薄い! っとに……で、どうなの?』

 

 畜生! 説明してくれなかった! 奈落島での決闘について説明してくれなかった!

 これはググレカスって事なのか!? グーグル先生いねえよ!

 先生が存在してても、ツンデレ美少女に説明される方が嬉しいよ!

 

『ああ、ザイン・ジーバスは僕の師であり義父さ。でも、よく師匠と僕を関連付けたね』

 

 確かに普通なら偶然の一致で済ませるだろう。

 師匠とか義父とか説明されたとしても胡散臭く思うのが自然な気がする。

 

『あなたが正確にどれ程の力を持っているかはまるで分からないけど。それでも、普通じゃない事ぐらいは分かるわ』

 

 そんな普通じゃない奴の縁者が普通のはずはないって事か。

 成る程、一々尤もだ。

 比較対象がシンちゃんだからつい低く見てしまいがちだが、リーンくんはこの年齢では破格の強さだからな。

 

『リーンくんって凄いんだね』

『凄いのは僕じゃなくて師匠さ』

 

 謙虚だなー、憧れちゃうなー。

 

『そのザインさんと言う人はどのような御方なんですか?』

『豪快な性格で、でも僕の知る誰よりも努力家で……とても優しい人さ』

 

 ザインを語るリーンくんの顔は誇らしげだ。

 無論、何もザインの事を全肯定している訳ではない。

 十年も寝食を共にしていれば駄目な部分も両手では足りないぐらいに知っているだろう。

 だが、ザインの良さはそんな瑣末な事とは関係のないところにある事も知っている。

 だからこそ真っ直ぐな好意と敬意を向けるのだろう。

 

『私達にとっての院長先生みたいな人なんだね』

『院長先生?』

『ふふふー、リーンくんのお父さんを自慢されたんだから今度は私達のお父さんを自慢したげる!』

 

 眩しい……若さが、純真が、眩しい……。

 

 ババアの薄汚れた心にはかなりクるものがあったけれど我慢。

 彼らが買い物を済ませ、宿の前で別れたのを見届け俺は一旦覗きを中断した。

 自室を出てリビングに行くとポチがソファーに寝転がって読書をしている姿が目に飛び込んで来た。

 

「あ、マスター! ただいま!!」

「ああ……依頼とやらは終わったのか?」

「まあね。今回は竜が相手だったよ。まったく、最近の竜は根性のない奴ばかりなのかな? やれやれ……嘆かわしい事だよ」

 

 同族ぶち殺した揚句駄目出したぁ、ポチさん辛辣っすね。

 しかし、見た目はこんなだけどポチって竜の中では古株なんだよな。

 一歩間違えれば老害臭い感じになりそうだが……まあ竜とか俺には関係ないし別に良いか。

 

「ところで、貴様だけか?」

「うん。シンの奴はご飯食べたらどっか行っちゃった。試し切りにでも行ったんじゃない?」

「そうか」

 

 何かを期待するような目で俺を見上げるポチ。

 常々スカー・ハートを羨ましがってたからな、コイツ。

 武器そのものより、俺から何かを貰ったって意味で。

 けど、ポチの場合はアーティファクトなんぞ要らねえだろ。

 

「(それより飯だ飯。それと特別苦いコーヒーも飲みたい)」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話(表)深夜のお誘い

 草木も眠る深い夜。

 トラブルはあったものの、概ね満足の行く一日を終えたマリーらは心地良い疲労に抱かれて眠っていた。

 寝間着などを買う金も惜しいのだろう。全員が下着姿なのだが、悲しい事に色気もクソもない有様だった。

 

「こ、殺す……私の胸……胸ェ……!」

「zzz」

 

 ツインベッドに無理矢理三人で入っているからだろう。

 腕も足も絡まりまくりで決して快適とは言えない有様だが、少女らにとっては慣れっこだ。

 このまま昼前までグッスリコースを外れる事はないだろう――――何も無ければ。

 

「!」

 

 突然、マリーが目を覚ます。

 跳ねるように起き上がったせいでジャンヌとマレウスがベッドから転げ落ちてしまったものの、二人は眠ったままだ。

 

「……」

 

 二人の事を気にかける余裕もないまま険しい顔でキョロキョロと辺りを見渡すマリー。

 

「……何、今の?」

 

 胸を抑える、傷なんて一つもありはしない。

 だが何だ? 先程のアレは。まるで心臓に刃を突き立てられたかのような……。

 気のせいか? いや違う。

 眠気も一瞬で吹き飛ぶような鋭く冷たい何かを自分は味わった。

 晴れない胸のモヤモヤに顔を顰めていると、

 

「! まただ」

 

 また感じた。

 荒々しく、燃え滾るようなそれは――敵意だ。

 自分にのみ向けられた敵意。だがマリーには心当たりなどまるでなかった。

 強いて言うなら今日……いや、日付が変わったので昨日か。昨日絡んで来たチンピラぐらいだが、

 

「違うよね」

 

 あんなチンケな輩にこんな敵意を飛ばせる訳がない。

 マリーはしばしの間、逡巡し、そっとベッドから降り立った。

 そして床に転がる二人をベッドに戻し、音を立てないように着替えを始める。

 

「(行こう)」

 

 万全の支度を整えたマリーは一度だけ腰に差したショートソードの柄を撫で、忍び足で宿を後にした。

 言葉で何かを伝えられた訳ではない。

 だが言葉よりも雄弁な意思が伝わった。

 呼んでいる、誰かは知らないけれど、誰かが自分を呼んでいる。

 

「……ホントは、宿で大人しくしてた方が良いのかもだけど」

 

 万が一、ジャンヌやマレウス――他の宿泊客が巻き込まれたら悔やんでも悔やみきれない。

 不安と恐怖に苛まれながらも他者を想う気持ちの方が勝ってしまうのがマリーと言う少女なのだろう。

 

「(何処に居るんだろう……?)」

 

 日中の活気が嘘のように静まり返ったエデの街を往くマリー、明確にどこへ行けば良いかなんて分かっていない。

 ただ、向けられた殺意に導かれるがまま走っているだけ。

 そうして走り続け、気付けば大手門前までやって来てしまった。

 普段冒険者や商人らが出入りしている門は閉じているが、警邏のために衛兵が使う通用口は開きっぱなしだ。

 

「(どうしよう――なんて考えるまでもない、か)」

 

 ここで退くぐらいなら最初から宿で大人しくしている。

 意を決して通用口に入ったマリーは途中で咎められるかもと不安に思っていたが、それは杞憂だった。

 

「(い、居眠りしてる……)」

 

 通路の中は無人。出口に立つ衛兵も壁に背を預けて鼻ちょうちんを作っている。

 エデは駆け出しの街と称されるように、周辺で出没するモンスターの危険度も大したものではない。

 とは言え、流石にこれはどうなのかと頬が引き攣る。

 世の中にはほんの少しの居眠りで大惨事に繋がりかねない程に緊迫した所もあるのだ。

 だと言うのに、この間抜けヅラ。

 

「(これがマレウスの言ってた……あー……うー、格差社会ってやつなんだね)」

 

 しみじみと頷き、長居は無用と外に飛び出す。

 

「(モンスターも眠ってるのかな?)」

 

 静まり返った草原をひた走る。

 モンスターに絡まれそうな地点に踏み入っても接触がない事で疑問を抱いたマリーだが、それは違う。

 モンスターは眠っている訳ではない。ただ怯え”それ”の標的とならぬよう息を潜めているだけだ。

 

 走り続けて十数分、街の影すら見えなくなったところでマリーは立ち止まった。

 

「――――」

 

 言葉を失う。

 雲の切れ間から差し込んだ月光が照らし上げたのは自分の何倍も大きい黒いドラゴン。

 それにも目を引かれたが、ドラゴンの存在が霞む程に無視出来ない者が居た。

 

「……」

 

 竜の頭に片膝を立て胡坐をかく女が自分を見下ろしている。

 珍しい黒髪黒目と黄色の肌。

 ちょっと――いや、かなり刺々しい印象を受けるものの街ですれ違えば十人中十人が足を止めるような美女と言って良いだろう。

 だが、マリーはどうしてか綺麗だとかそんな風には思えなかった。

 それは彼女の美醜の価値観が狂っているとかそう言う事ではなく、

 

「(怖い)」

 

 これに尽きる。

 怒りと言う概念が人の形を取ったかのような存在だと思った。

 分かり易く激している訳ではないけれど、それでも確信が持てる。彼女は怒っていると。

 自分に? それもあるだろう。

 だが、きっとその怒りは広く深く――――

 

「……マリー・スペーロだな」

「!」

 

 魔性に惹かれかけていた意識が急速に浮上する。

 名を呼ばれた事でマリーは幾分か冷静さを取り戻した。

 

「(どうして私の名前を知ってるの?)」

 

 当然の事ながら女に心当たりはない。

 黒髪黒目、かなり目立つ容姿だ。面識を持てばまず忘れはしないだろう。

 だがマリーの知っている黒髪黒目と言えば日付が変わる前に出会ったリーンぐらいだ。

 

「(あれ?)」

 

 リーンを思い浮かべたからだろう。

 女の顔立ちがどこかリーンに似ている事に気付いた。

 縁者なのだろうか? いや、だとしたら何故だ?

 自分の名前を知っているのがリーンの縁者だからとして、何故彼女から敵意を向けられなければいけない?

 次から次へと浮かび上がる疑問、今のところどれ一つとして答えは導き出せなかった。

 

「確かに私がマリーだけど……あ、あなたは?」

 

 とりあえず会話をしてみない事にはどうにもならない。

 怯えを必死で噛み殺しながら何者かを問うた。

 

「あたしはシン。だが、別に覚えておく必要はねえ」

 

 そう言ってシンは竜の頭から音もなく大地に降り立った。

 

「タマ、お前は散歩でもしてろ」

「グルァ!」

 

 タマと呼ばれたドラゴンは短く鳴き声を返し、夜空へと消えて行った。

 これで完全に二人きり。

 竜が居なくなり感じている重圧も少しは薄れるかと思ったが別にそんな事はなかった。

 むしろその逆、強くなった気さえする。

 

「テメェは……何だ?」

「は?」

 

 苦み走った表情で女――シンが口にしたのはあまりに不明瞭な問いだった。

 何だ、何だ、何だと言われて何と答えれば良いのか。

 名前はもう名乗った。家族構成を答えれば良いのか? 出身も? それとも夢を? いいや、どれも違う。

 シンが求めている答えはそんなものではない。

 それぐらいは分かるが、ちゃんと言葉にしてもらわなければ何一つとして答えられはしない。

 

「……オッサンみてえに、世間一般で言うところの善人だってのは分かる」

「(オッサン?)」

 

 会話は投げて返しての繰り返しだ。

 だが、受け取れないと返す事も出来やしない。投げたところで受け取ってもらえなければ成立しない。

 今は正にそんな状況だ。受け取る事が出来ない、投げても受け取ってくれない。

 

「だが、それだけだ」

「(何なの、この状況?)」

 

 敵意に導かれて結構な決意の下に飛び出して来た。

 未だ敵意はあるものの、困惑の色が強くなったせいで少しは気が楽になったがこのままじゃ埒が明かない。

 さあどうしたものかと悩んでいたその時だ。

 

「オッサンに比べりゃ力もねえ。なのに、何でテメェは――――」

「嫉妬?」

 

 ここに来て初めて読み取れた怒り以外の感情をつい、口にしてしまった。

 瞬間、空気が爆ぜた。

 

「きゃっ!?」

「違う……あたしは……!」

 

 目に見えない衝撃に叩かれ吹き飛ばされた。

 そのままゴロゴロと転がり、岩にぶつかり――ようやく止まった。

 痛みに呻き声を漏らしながらも顔を上げると、そこには憤怒で塗り潰されたシンが立っていた。

 

「何でも良い……様を苦しめる奴はあたしが殺す!!!!」

 

 振り上げられた禍々しい黒刃が月光を浴び妖艶な殺意を映す。

 自分を両断せんと振るわれた刃。

 恐怖のあまり咄嗟に目を瞑るマリーだったが、その刃が彼女を切り裂く事はなかった。

 

 ガギィン! と鳴り響いた甲高い金属音。恐る恐る目を開けると、

 

「――――嫌な予感は的中だった訳だ」

 

 火花を散らしながら刃を押し留めるリーンの姿が。

 痛みを堪えるような苦しげな表情に、マリーは二の句を繋げる事が出来なかった。

 

「僕も少しは師匠に近付いてるって事かな?」

 

 などと軽口を叩いているが、リーンに余裕はなかった。

 シンは片手で剣を握っているが、リーンは両手で剣を握り刃を受け止めている。

 それでも尚、拮抗状態から押し戻せない。

 それどころか徐々に徐々に押され始めている。

 単純な膂力の差が如実に見える競り合い――しかし、最初に刃を引いたのはシンだった。

 

「……誰だテメェ?」

 

 刃を引き、軽く距離を取ったシンだがリーンに怖じたとかそう言う事ではない。

 自分と同じ黒髪黒目に何かを感じた訳でもない。

 単純に、どうでも良い雑魚を殺すような趣味がなかっただけ。

 その無関心はリーンにも伝わっていて、

 

「(……やっぱり、僕はその程度の存在なんだね)」

 

 刃で穿たれるよりもずっと胸が痛かった。

 

「いや、誰でも良いか。オイ、斬られたくなきゃ失せろやクソガキ」

「状況はよく分からないし、貴女が何を考えているかも分からない」

 

 背後のマリーを庇うように立ち塞がったリーンは臨戦態勢を維持したまま語り掛ける。

 

「それでも、これが八つ当たり染みた何かだって事は分かる――――ガキはどっちだよ」

「……」

「ッ!」

 

 すぅ、っと細められたシンの瞳から迸る殺意がリーンを射抜く。

 気当たりだけで意識を半ば程まで持っていかれそうになったものの、寸でのところで踏み止まった。

 彼には退けない理由があるのだ。

 

「マリーさん、彼女の相手は僕が引き受ける。君は今直ぐ、街へ戻るんだ」

 

 下手をすれば被害が拡大しかねない――それはリーンにも分かっている。

 だが同時に、シンの良心を信じたくもあった。

 正面から軽々とエデを陥落させる事が可能なのに、手間のかかる方法を取ってまでマリーだけを誘導した。

 それはつまり他の人間を巻き込みたくはないと言う事なのではないか?

 希望的観測、都合の良い妄想じゃないかと囁く自分が居ない訳でもない。

 

「(それでも、僕は……)」

 

 家族を信じたかった。

 御し切れぬ複雑な感情が渦巻き冷静さから遠ざかっていくリーンを引き止める声があった。

 

「ご、ごめん……私、腰が抜けて……」

「……そうか。そうだよね」

 

 涙声で告げられた言葉にリーンはしょうがないと笑ってみせる。

 実際、それなりの修羅場を潜って来た自分ですら気圧されてしまう程なのだ。

 冒険者としてまだ駆け出しの域を出ないマリーには酷が過ぎると言うもの。

 

「(今は全部後回しだ。マリーさんを護る事にだけ専念しなければ)」

 

 これがリーン・ジーバスと言う少年だった。

 それがどれだけ重い決意であっても、それを押し殺してしまえる根っからの人好し。

 

「(でも参ったな、まるで隙が見えない)」

 

 冷静さを取り戻したリーンは油断なくシンを見据えるものの、彼女は完璧だった。

 刃を肩に担ぎ無造作に佇んでいるようにしか見えない。

 それなのに、どう打ち込んでも自分の首が飛ぶビジョンしか浮かばなかった。

 

「お喋りの時間をくれるなんて存外優しいんだね。ああ、それともさっきのガキ発言気にしての事かい?」

 

 少しでも流れを掻き乱したいと舌戦を仕掛ける。

 師であるザインはこの手の小技にも長けているが、リーンは性格ゆえそれ程でもない。

 それを自覚していて尚、縋らざるを得ないのが現状だ。

 

「は? あー……うん、まあそれで良いんじゃね?」

 

 呆れたように雑な返しをするシン、その真意を読み取れたのはリーンだけだった。

 

「(…………僕が死ぬからか)」

 

 自分が誰かを理解していないシンにとっては自分は何か紛れこんで来た雑魚その1でしかないのだ。

 その発言に苛立ちを掻き立てられたものの、基本的にはどうでも良い人間である。

 だが、眼前に立ち刃を交えると言うのならば殺す以外の結果はない。

 シンにとってリーンは最早、死が確定した人間なのだ。

 どう足掻いても死が避けられない事を知っている。

 だからこそ、最期のお喋り程度に目くじらを立てる必要はない……とでも考えているのだろう、きっと。

 

「(これがただの驕りなら良かったのにね)」

 

 性質の悪い事に、事実だ。

 血反吐を撒き散らすような修練の果てに同年代から見れば規格外とも言える力を手に入れたリーン。

 だが、その規格外ですら有象無象に数えられてしまう程の規格外こそがシンだった。

 

「(だけどああ、僕はこんなところで死ぬつもりはないよ)」

「んじゃまあ――――逝けやクソガキ」

 

 無造作に振るわれた首を薙ぐ一撃。

 マリーの目には見えなかった、リーンの目にも見えなかった。

 

「何……?」

 

 しかし、リーンは回避してのけた。

 斬撃を滑らせるように身体を傾けながら回避してのけたのだ。

 だが回避するだけでは終わらない。

 身体を傾ける勢いに遠心力を加えて鞭のように腕を振るいシンがそうしたように首への薙ぎ払いを放っていた。

 回避と反撃が合わさった見事な動き。並の相手であればそのまま首を絶たれていただろう。

 だが、シンは困惑こそしてはいるものの軽々と攻撃を回避してみせた。

 

「チィッ!」

 

 困惑は直ぐに消え、微かな苛立ちに変わった。

 一撃で終わらないのであれば二撃三撃と放てば良い。

 嵐の如き連撃が繰り出される。

 一見すれば乱雑に剣を振るっているように思えるがその一撃一撃には確かな術理があった。

 速さと鋭さ、刀剣の殺意がシンプルに突き詰められた無数の軌跡は溜め息が出る程に美しい。

 岩だろうが鉄だろうが軽々と切り裂くそれは、当然の事ながら人間が受ければ致命。

 

 しかし、リーンはその総てに対応してのけた――――それも目を瞑ったまま。

 

「……!」

 

 対応しているとは言えそれは完全に捌けている訳ではない。

 リーンの身体には無数の裂傷が刻まれ、血が赤い霧となって夜に飛散している。

 それでも彼は一秒たりとて動きを止めずシンの攻撃を捌きつつ反撃を繰り出し続けていた。

 リーンの刃がシンに届く事はなかったが、明らかな異常事態だ。

 

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ……成る程、ザインさんの言う通りだ」

 

 剣戟の嵐の中、ぽつりと漏れた呟き。

 リーンは今、完全に己を捨てシンが作り出す殺意の激流に乗っている。

 捨己従人――武術における一つの極意を体現しているのだ。

 それゆえ圧倒的に格上であるシンに喰らいつけているのが現状である。

 

「……あたしとした事が、読み違えたか?」

 

 シンもまた”異常”のカラクリに思い至っていた。

 だが彼女の見立てでは、リーンは未だその境地に辿り着ける位階ではなかった。

 

「いいや、間違いではないよ。他の誰にやっても僕は同じ事を出来やしない」

 

 例えば師であるザインと本気で殺し合ったとしよう。

 今と同じような状況を作り出す事はまず不可能だ。

 それはシンの方が強いとか弱いではなく、リーン自身に幾つもの不足があるからだ。

 己を捨てる、言うは易し行うは難し。

 単純に恐怖を捨てて水のような心と身体で殺意に己を晒せば良いと言うものではない。

 言語には出来ない”呼吸”を会得しない限り流れに乗る事は出来やしない。

 

「相 手 が 貴 女 だ か ら 出 来 る ん だ」

 

 シンはリーンにとって剣を取った理由そのものだ。

 強さを求めたのはひとえに彼女の背を追うため、彼女の怒りを受け止めるため。

 

「あ゛?」

「意味が分からない、そんな顔をしてるんだろうね」

 

 恐怖がある。

 脱力だって不完全。

 呼吸も分からない。

 リーンが抱える諸々の不足を補い高みに導いたものの正体――それは愛。

 十年間、片時も絶やさなかった愛こそが現状を作りだしたのだ。

 

「(とは言え、もう一つ二つギアを上げられたら終わりだな)」

 

 冷静に現状を分析する。

 シンはまだ本気を出していない。

 雑草を刈り取る程度の認識で剣を振るっているに過ぎず、そんな状態の彼女に何とか喰らい付いているのが現状だ。

 

「(だが、光明がまるで見えないって訳でもない)」

 

 可能性は極小で、それにしたって後の事を考えたら未だ伏せておくべき札だ。

 だが、自分とマリーが生きてこの窮地を脱するためには是非もない。

 

「何を言ってやがる……いや、何が言いたい?」

「分からないのかい?」

 

 慎重に慎重に、言葉を交わしながらその時を待つ。

 カードを切るタイミングを見誤れば地獄へ一直線。決してミスる訳にはいかない。

 

「僕が、誰か分からないの?」

「……待て」

 

 絶え間ない斬撃の中、リーンは確かに剣筋の乱れを感じ取った。

 

「テメェ、まさか……!」

 

 流れが途切れる。

 その刹那にリーンは呼吸を整え、自らが放てる最高の技を放つ準備に入った。

 

「――――十年ぶりだね”リュクスお姉ちゃん”」

 

 悲しい事だが、リーンは確信していた。

 姉は自分の事など、とうに忘れ去っていると。

 そして、その事実が武器になる事も。

 

 姉を光差す場所へと引き戻すためには決して戦いは避けられない。

 

 だが、十年前に見た時点でもその力の差は瞭然だった。

 時間は決して自分だけの味方にはならない。

 追い付こうと鍛えたとしても、姉自身も更に更にと力を求める事は分かっていた。

 

《一度しか見てねえから、絶対に正しい見立てとは言えねえが》

 

 身動ぎ一つ出来なかった一方的な再会の後、師であるザインはこう語った。

 

《才、気質、執念、どれを取ってもお前さんの姉貴のが遥かに上だ》

 

 悉く闘争向きの姉。

 本来は戦いなんてものとは無縁の闘争に不向きな弟。

 同じ時間を費やしても得られる成果に差が出てしまうのは当然の事だ。

 

《決してお前に才能がないとは言わねえよ? その執念だって大したもんだと思う》

 

 戦いに不向きな優しい性格を除けば、十分過ぎる程に強くなる素養を秘めている。

 

《ただ、あっちが規格外なのさ。ありゃあ人間を外れちまってる。比べる事自体が間違ってんだ》

 

 劣悪な環境が育んだ業火のような気質。

 それは世界を灼き尽くしても尚足りぬと言わんばかりの出鱈目な熱量を誇る憤怒だった。

 その憤怒が才能と力への執念を常人の域から魔人の領域にまで引き上げたのだ。

 

《……ザインさんよりも、強いんですか?》

《経験で押し切れるだろうさ――――今ならな》

《今、なら?》

《ああ、俺も歩みを止めるつもりはねえがあっちも同じ事だ。つっても、俺は年齢もあるからな……いや、俺の事はどうでも良いんだ》

 

 大事なのはそんな規格外の相手とどう渡り合うかだとザインは言う。

 

《殺す事なら俺には出来るかもしれねえ。だが、お前は違うんだろ?》

《…………はい》

《だったら、話聞かせるためにも一回は力で捩じ伏せるっきゃない》

 

 ただ、その一度が果てしなく遠い。

 

《だが何も勝算が皆無って訳でもねえ》

《ホントですか!?》

《クリアすべき条件は三つ。一つは当てさえすれば勝てるって一撃を身につける事》

 

 これ自体はそう難しい事ではない。

 基本的な技術であっても自分に合ったものを選び取り、それを愚直に磨き続ければ辿り着く事が出来る。

 問題は二つ目だ。

 

《二つ目は?》

《その一撃を確実に当てられる状況を作り出す事。

で、三つ目はその場を作り出すまで死なずに凌ぎ切るだけの技量を身につける事だ》

 

 正攻法では埋められない差を埋めるにはそれ以外に方法はなかった。

 師から告げられた条件――特に二つ目をクリアするため、リーンは考え続けた。

 そうして数年に及ぶ熟考の末に導きだした結論が、自分を忘れ去っているであろう姉にその存在を思い出させる事だった。

 一度しか使えないが、確実に刹那の空白を生みだす事が出来る鬼札だ。

 

「(一当てして、マリーさんを抱えて離脱すれば……!)」

 

 リーンが”一撃”に選んだのは居合だった。

 それ以外の技は捨て、基礎と居合のみを磨き続けて来た。

 そうして練磨し続けた居合は刹那を狙い打つ速さと必殺の領域に手をかけた威力を備える事となった。

 

「……あたしの間抜けも極まったもんだな」

 

 極限にまで高まった集中力により引き延ばされた体感時間の中、リーンは確かに聞いた。

 怒りよりも呆れ滲む、そんな言葉を。

 

「がぁ……!?」

 

 頭部を中心に衝撃が走る。

 居合を放つよりもシンが彼の頭を地面に叩きつける方が速かったのだ。

 

 結論から言おう、リーンの見立ては甘かったのだ。

 

 確かに剣筋を乱させる事には成功したが、完全な刹那を生む程でもなかった。

 一瞬沸き立つ程の怒りはあったが、それで頭が真っ白になる程ではなかった。

 つまりはまあ――――シンにとって”弟”なんてものはその程度の存在でしかないのだ。

 思い上がりと嘲笑うべきか。

 虚しい一方通行の家族愛だと憐れむべきか。

 

「はぁ……そうだよ。よくよく考えたら、別に奴隷商人とこに直接放り込んだ訳じゃねえもんなぁ」

 

 倒れ伏すリーンの頭を踏み付けながら気怠るそうに愚痴るシン。

 彼女からすれば既に灼き尽くした過去の残骸なのだ。

 今更、その燃え残りに出て来られたとしても面倒なだけ。

 シンの塵を見るようなその目は、決して血の繋がった弟に向けて良いものではなかった。

 

「運が良ければそりゃ、こうもなるわな。あーあ、めんどくせえ」

 

 くるりと刀身を一回転させ、逆手に得物を持ち替える。

 そしてそのまま蟲を踏み潰すかのような気軽さで刃を突き立てようとしたその時だった。

 

「だめぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 宵闇に木霊する悲痛な叫び――マリーだった。

 何時の間にか立ちあがっていた彼女はヘッドスライディング染みた勢いで刃とリーンの間に身体を滑り込ませる。

 

「うぐぅ……!?」

 

 覆い被さるようにして刃からリーンを庇い立てると刃がその肩を貫いた。

 焼けるように熱い傷口から広がる痛みに呻き声を漏らすマリーを見てシンは呆れたようにこう言った。

 

「……テメェ、馬鹿か?」

 

 シン自身、完全にマリーから意識を外していたと言う自覚がある。

 その間に逃げる事も出来たはずだ。

 殺されるのを待つだけだった現状を打開出来るかもしれない唯一の可能性。

 それを捨ててまで何をやっているのか……まるで理解が及ばない。

 

「バカは……はぁ……うっ……! そ、そっちでしょ……?」

「あ?」

「何で――――何で、お姉ちゃんが弟を殺そうとするのよ!?」

 

 二人の間に横たわる過去をマリーは知らない。

 それでも、聞こえていた会話から二人が姉弟である事は理解出来た。

 だからこそ、理解出来ない。何故、姉が――弟や妹を護るはずの姉がこんな暴挙に出たのか。

 

「随分と恵まれたご家庭で育ったんだな、テメェは」

 

 涙目で自分を見上げるマリーにシンは嘲笑を浴びせかけた。

 

「テメェの中じゃ家族を愛し愛される、それが当たり前――普通の事な訳だ。

他所様も当然、そうなんだって思ってるんだな。いやいや、めでてえ頭してやがる。

幸せな箱庭の中で育てばそうなるのか? ものを知らないにも程がある」

 

 血で血を洗う事しか、憎む事しか出来ない忌まわしい血の繋がりもこの世には存在している。

 いいや、むしろその方が多いのでは? 何せ何にも恵まれた王族皇族達ですらそうなのだから。

 

「私がものを知らないのは……確かだけど……」

 

 マリーにも何となく察せはする。

 自分を見下ろす彼女には家族を憎むだけの悲惨な何かがあった事ぐらいは察せる。

 だがそれでも、それでもだ。

 

「自分の不幸を”当たり前”みたいに語るな!!」

 

 マリーが赦せないのはそこだった。

 さも悲劇が罷り通るのがこの世界の真理だと言わんばかりの態度。

 それが癪に障ってしょうがない。何で、何でそれを良しとして受け入れる事が出来るのか。

 

「何だと……?」

「確かに、憎み合ったり傷付け合う事しか出来ない家族も居るんだろうね……」

 

 親だから、子供だから、無条件に肉親を愛せるとは限らない。

 マリーはそれを知っている。

 シンは彼女を恵まれたご家庭で育ったなどと揶揄したが、そんな事はない。

 親に捨てられた子供、このままでは殺されると親から逃げて来た子供達が居る。

 自らもまたその中の一人で、同じ痛みと悲しみを抱えている”キョウダイ”達を知っている。

 

「でも、それでも! それはおかしい事だ! 間違ってる事だ!!」

 

 家族は愛し合うのが、慈しみ合うのが正しい事で”普通”であって然るべきなのだ。

 自分達がそうではなかったからと言って在るべき姿を否定して良いのか? 違う、それは違うだろう。

 間違った形を許容しそれが当たり前なのだと受け入れてしまえば世界は本当にそんな形になってしまう。

 自分が不幸だから他人も不幸になれなんてみっともないにも程がある。

 

「黙れ!!」

「黙らない!!」

 

 マリーは決して綺麗事を言っている訳ではない。

 当たり前の事を当たり前だと。

 間違っている事を間違っていると――そう言っているだけ、ただそれだけなのだ。

 

「あなたにどんな事情があったかなんて知らないよ」

 

 知ったところで何が出来るとも思わない。

 

「でも一つだけ分かる事がある。あなたは逃げた……一番辛くて険しい道から逃げたんだ!!」

 

 別にそれが悪いとは言わない。

 ただ、そんな人間に見下されて偉そうに説教される謂われはどこにもありはしない。

 

「テメェ……!?」

 

 灼熱の怒気が降り注ぐ。

 呼吸をするだけで喉が焼け爛れていくような錯覚を受ける。

 怖くて怖くてしょうがない、身体の震えが止まらない。

 刃を引き抜かれた際に広がった傷口が痛くて痛くてしょうがない。

 

「(でも、それでも!!)」

 

 歯を食い縛り、挑むようにシンを見上げ――叫ぶ。

 

「あなたみたいな弱虫、怖くない! 負けるもんか!!」

「それが遺言で良いんだなァ!? クソアマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「ッ!」

 

 振り下ろされる刃、本当は目を閉じてしまいたい。

 だけどそれをしてしまえば大事なものを失ってしまう。

 涙に滲む視界の中でも目を開け続ける事を選んだマリーに、

 

「――――君の負けだよ、シン」

 

 救いの手が差し伸べられた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話(裏)――――ポチ、色を知る年齢かッッ!!

いつもは書き終わったら予約してるのに今回は予約投稿忘れてました。


 あれ? マリーちゃんが使ったあのポーションの製作者ヤバくね?

 いや、件の錬金術師が”網”に引っ掛かってないって事は致命的な事実に思い至ってるって訳ではないんだろうけどさ。

 それでもあんなものを意図してか偶然かは知らんが、出来てしまう時点で色々ヤバい。

 ポーションを入り口にして知らなくても良い事を知ってしまう可能性が十二分にある。

 俺個人としちゃクソどうでも良い事ではあるが魔女的には看過できない事態だ。

 

 と寝る前にふと気付いたのが発端だった。

 

 かったるいし、師匠からの宿題って訳でもねえし差し迫った事態も訪れていない。

 なのでスルーしても良かったのだが、一度考えてしまうと中々頭から離れない。

 なので俺は渋々ベッドから降りて現世に繰り出そうと玄関先まで行ったのだ。

 したら何故か、ポチとバッタリ出くわしてしまう。

 

《何をしている?》

 

 と問えば、

 

《んー、ちょっと眠れないから散歩に行こうかなって》

 

 ニコニコ笑顔でこう返って来た。

 

《そうか》

《うん、じゃあ行って来るね!》

 

 手を振りながらポチは玄関から出て行った。

 何て事のない、直ぐにでも記憶から消えてしまいそうな日常のやり取りだ。

 だが、真なる魔女ルークス様はビビ! っと来た訳よ。

 奴が夜の散歩に出かける事はそう珍しくもない。

 だが、散歩に行く時は断られるのが分かっていても俺のところにまでやって来て散々おねだりするのだ。

 ねえねえ、マスターも一緒に行こうよ! ね? 良いでしょ? と愛され系馬鹿犬の如くにベタベタベタベタと。

 そのポチが俺を誘う事もなく出て行った。そこから導き出せる事実はたった一つ。

 

 ――――ポチ、色を知る年齢かッッ!!

 

 言うても、十年だからね。

 人間の社会に紛れ始めて十年。

 そりゃ今でも世間様的に非常識な部分もあるけど馴染んでいる事は確かだ。

 竜特有の価値観で些か傲慢だが見た目は可愛いショタだからな、生意気さも可愛げと取れない事もない。

 年上のお姉さんとかに受けそうな要素はバッチリある。

 ポチも好奇心旺盛だから、ものは試しにと告られたら受けそうだからな。

 

 この時点で俺は錬金術師の事なぞどうでも良くなり自室にゴーバック、デバガメを開始したのだが……。

 

「(えぇー……これ、どう言う状況……?)」

 

 ポチを目で追い辿り着いた先ではまるで意味不明な状況が展開されていた。

 傷だらけで地面に倒れ伏すリーンくん。

 リーンくんの頭を踏み付けにするシンちゃん。

 庇うようリーンくんに覆い被さりながら涙目でシンちゃんを睨み付けるマリーちゃん。

 シンちゃんがマリーちゃんに振りおろそうとしている刃を片手で受け止めているポチ。

 

 …………何やねん、このカオス極まった状況は。

 

 こんな時間に何やってんだ少年少女。

 草木もスリーピングなウシミツタイムだってのにホントマジで何してんの?

 唖然とする俺を他所に、状況は進んで行く。

 

『テメェ、何だって此処にいやがる――ポチィ!?』

『うるさいなぁ。もうちょっと声落としなよ。静かな夜が台無しじゃないか』

 

 ギャリギャリと不快な金属音が鳴り響く。

 刃とそれを掴む手で力が拮抗しているせいだろう。

 剣と剣ならまだしも、片方手だぜ? おかしくね? どっこいおかしくありません。

 ポチは手の平を部分変化させ竜の皮膚を顕現させているのだ。

 十年前の茶番では感情に引き摺られての発露だったが今は違う。

 腕のみ、爪のみ、牙のみ、人に学び細やかな力の制御を覚えたお陰で今は自由自在だ。

 

『何故、邪魔をする?』

『言っただろ? 君の負けだって』

 

 そう笑ってポチはチラリと眼下のマリーちゃんを見やる。

 一体何があったのか、状況の把握が急務だと悟った俺は周辺の記憶を読み解いた。

 空間が観測した出来事は刹那と経たずに俺の脳髄へと叩き込まれ――理解した。

 

「(えぇー……嫉妬からマリーちゃんを殺そうとしてたの……?)」

 

 リーンくんのヒーローっぷりと彼に対するシンちゃんの塩対応。

 マリーちゃんの啖呵とか色々滾るところはあるのだが、今はそれどころではない。

 大事なのはシンちゃんがマリーちゃんをぶち殺そうとしたと言う事だ。

 

「(嫉妬って言葉に反応してたから多分図星なんだろうけど……)」

 

 俺、マリーちゃん、シンちゃん、この三者の関わりの中でそれが生まれる理由が分からない。

 俺がマリーちゃんを助けたから? いや、助けたと言うのなら彼女だけじゃないだろう。

 それに、あれからそこそこ時間経過してんぞ。

 

「(いやそれ以前にだ)」

 

 シンちゃんは嫉妬だけで自分よりも圧倒的に弱い人間を殺すような子ではない。

 だから、それを上回るだけの何かがあったと言う事に他ならない。

 そして、思い当たるのは――――俺以外にはあり得ないんだよな。

 自惚れみたいで恥ずかしいけど、あの子が自分を殺してまでも何かするのなら俺関係だろう。

 

「(いやでも、俺のためにマリーちゃん殺す理由って何処にあるよ?)」

 

 ますます以って意味が分からない。

 

『道すがら耳を澄ましてみたら色々聞こえて来たけどさ。これ以上は醜態を晒すだけだよ?』

 

 ああ、こんな時間帯だからな。

 人の営みは静止し、多くのものが死んだように眠る夜の中。

 他の音が皆無と言う訳ではないが、まあポチのスペックならば聞こえなくもないか。

 魔法などの術理を操る事は出来なくてもアイツ竜だしな。五感だって人のそれとは比べ物にならん。

 

『…………邪魔すんじゃねえよ』

 

 ポチの指摘を無視し要求だけを告げるあたり、本人にも自覚はあるのだろう。

 身内的にシンちゃんを擁護してあげたくはあるが、記憶を読み解いた限りでは……ねえ?

 舌戦と言うのならばシンちゃんの完敗だろう、あれは。

 マリーちゃんの主張の是非はともかくとして何も言い返せず実力行使に出た時点で誰の目にも敗北は明らかだ。

 

『テメェは気付いてねえだろうが、この女は――――』

『いや、気付いてるよ? ああ、僕だって初めて見たよ。マスターのあんな顔』

 

 あんな顔? あんな顔ってどんな顔?

 何で二人して分かり合ってんの? 何で当人たる俺が現状を理解出来ないのに通じ合ってるの?

 

『そう言う意味で言うなら、この子は誰にも成し得なかった偉業を打ち立てたと言っても過言ではないだろうね』

 

 そう言う意味ってどう言う意味?

 激情を発しているせいで、想念とかは伝わって来なくもないんだがどうにも要領を得ない。

 だからと言って心を丸裸にして読み解くのは……抵抗がある。

 

『なら……!』

『――――マスターが殺せって言ったの?』

 

 言ってない。少なくとも俺はシンちゃんにマリーちゃんを殺せなんて言ってない。

 と言うかマリーちゃんの事を話題に上げた覚えすらない。

 だからこそ、現状に戸惑いまくってる訳なんだが。

 

『ッ! それは……』

 

 ポチの指摘に顔を歪め、言葉を詰まらせる。

 やはりシンちゃんとしても自身の行動に色々と思うところはあったようだ。

 

『言ってないでしょ? 何も、何も語らない。マスターはそう言う人だもの。だからこれは君の独断。勝手な行動だ』

『じゃあお前はこのまま放置しろってか!?』

『さっきからそう言ってるじゃないか』

 

 物分かりの悪いクソガキめと悪態を吐かれシンちゃんの顔が更に凶悪なものへと変わる。

 

『後さ、そもそもの疑問なんだけど……バレないように始末出来るとでも思ってたの?

マスターは全部把握してるよ。その上で君の行動に口を挟まなかっただけだって気付いてる?』

 

 いやいやいやいや! 把握してなかったよ? ルークス様今の今までご存知じゃなかったよ!?

 たまさか下卑た動機でデバガメってたら偶然、知っちゃっただけだもの。

 この偶然がなければシンちゃんがマリーちゃんを殺そうとしてるとか知る由もなかったと断言出来るわ。

 

『じゃあそれは黙認したかって言えばそれは違う。まあ、君が事を成したとしても咎め立てはしないだろうけどね』

『……』

『それは何でか、分かるよね? 僕なら、君なら。一番近くでマスターを見て来た僕達なら』

 

 場違いな感想かもしれないが、今ようやく実感した。

 この十年はポチにとって大きな実りがあった十年なのだと。

 凪いだ表情で淡々と語るその姿には確かな重みがある。それが何よりもの証明だろう。

 

『図らずも、あの時のオジサンと似たような状況だね。まあ、あの時は僕らがそれを否定する側だったけど』

『……チッ』

 

 葛藤の末、シンちゃんは剣を引く。

 茨の刻印となりスカー・ハートは腕に溶けていった――完全に戦闘の意思はなくなったようだ。

 いや、あの子からすれば戦闘と言う認識ではなかったのかもしれないが。

 

『……』

 

 足として使っている竜を呼び寄せその頭上に飛び乗ったシンちゃんは一度だけマリーちゃんに視線を向けるも、

 

『な、何?』

 

 何を告げる事もなく視線を逸らしそのまま飛び去って行った。

 まったく意に介されなかったリーンくんが辛そうにしているのが、また何とも……。

 

「(まあ、色々思うところはあるけれど……誰も死なずに済んで良かった)」

 

 ホッと胸を撫で下ろしたのは俺だけではない。

 マリーちゃんも緊張の糸が切れたのかリーンくんから離れ尻もちをついている。

 

『やあ、うちのチンピラがすまなかったね』

 

 マリーちゃんらに向き直ったポチが軽く頭を下げた。

 チンピラってのはアレだけど、うちの……うちの、ねえ。

 止めてよ、そう言う何気ないデレ。当事者じゃなくてもすっごいキュンキュンするから。

 

『い、いえ……助けて頂いてあり……ッ!?』

 

 噴き出していた脳内麻薬が切れたのだろう。

 肩を貫かれた痛みに顔を歪める。

 ああそうだと俺も思い出し回復魔法を施そうとするが、

 

『……着の身着のままで来ちゃったから今は何もないんだよね』

 

 苦笑しつつポチは自分の手の平を切り裂いた。

 そして流れ出る血をマリーちゃんの傷口に垂らすと、みるみる内に傷が塞がっていく。

 普通、竜の血――それもポチクラスの竜の血を希釈もせず飲んだり塗ったりするのは危険だ。

 しかし、本人が自らの意思で分け与えた場合はその限りではない。

 

『えぇ!?』

 

 突然、傷が塞がり痛みも消えた――それどころか体力まで回復している。

 マリーちゃんが驚くのも無理はないだろう。

 

『何で!? 何が……えぇえええええええええええ!?』

 

 常々思ってたが表情豊かだなこの子。

 コロコロと表情を変えるマリーちゃんが面白いのかポチもクスクスと笑っている。

 

『とりあえずこれで問題はないと思うけど、不安だったら一応医者に行くと良いよ』

『あ、いや私貧乏なので……ってそれはどうでも良くて! あ、あの……えーっと……』

『ん? 僕かい? 僕はポチ。さっきのクソザコとは――同僚、になるのかな?』

『ぽ、ポチ……さん……』

 

 ポチと言う名前に軽く引いてるらしい。

 うん、俺も今になってちょっと後悔してるよ。でも、今更改名するのもね。

 ポチ本人は気にしてないどころか、気に入ってるみたいだし。

 

『うん、何だい?』

『えと、その……無理じゃなければ、リーンくんにも血を……』

『リーンくん――って言うのはそこの彼かい? 僕は別に構わないけど……』

 

 薄笑いを浮かべながらポチがリーンくんに視線をやる。

 

『要らないよ。そうでしょ?』

 

 何処か楽しげに紡がれた言葉は問いと言うよりも確認だった。

 

『…………ああ』

『リーンくん!? 何で!? 貰えるなら貰っとこうよ! 酷い怪我なんだし!!』

『彼は忘れたくないのさ』

『忘れたくないって何を……』

『今感じている悔しさだったり、次を見据えた上での決意をね』

 

 ああ、成る程。

 

「(男の子だなぁ)」

 

 リーンくんにとって今回の予期せぬ再会は決して良いものではなかった。

 いや、最悪と言っても良いだろう。

 何一つとして果たせぬまま自分の意思に関係なく終わってしまった。

 姉は自分の事なんて眼中にもない、路傍の小石以下の存在だ。

 悔しいに決まってる、悲しいに決まってる、でも、だからって止まるつもりは毛頭ない。

 また力強く歩き出すために、今日の痛みを身体に刻み付けたいのだろう。

 

『……』

 

 シンちゃんとリーンくんの間に横たわる複雑な事情と男の子の決意。

 それを知ってしまえばマリーちゃんとしても何も言えないのだろう。

 

『それより、あなたに聞きたい事がある』

『僕に? 何かな』

『あなたは魔女の双騎士――その片割れである白殲竜に相違ないか?』

『まあ、世間じゃそう呼ばれてるみたいだね』

 

 ドヤるなドヤるな。

 そんな嬉しそうな顔されたらこっちまで恥ずかしくなって来る。

 

『人間を……見下してる、あなたが……何故、僕らを……助けた?』

 

 十年前の発言を思い出しての事だろう。

 

『ふむ……まあ、確かに僕は人間を見下してるよ。でも、人間総てをって訳でもない。

いや、前はそうだったけど人の世界を見ている内に多少は認識も変わったのさ』

 

 成長したなぁ……ホント……。

 シンちゃんと違って見た目変わってねえから分かり難いけど中身は初対面の時とダンチだよ。

 

『君達のような人間は強いって事を知った。そして僕は強者には敬意を払う』

 

 まあ強さが絶対の基準である事には変わりないのだが。

 

『君達はまだまだ強くなるだろう。期待してるよ――それじゃ、縁があればまた会おう!!』

 

 竜の翼を顕現し、ポチもまたこの場を去って行った。

 行きはともかく帰りは何処からでも直ぐに戻って来れるのだが……気分が良いから少し散歩でもするのだろう。

 

「(ふぅ、一先ずは一件落ちゃ――――)」

 

 コンコン、と静かに扉が叩かれた。

 驚き気配を探ってみると自室の外にはシンちゃんが立っていた。

 俺は即座に時を止め、何時もの飲兵衛スタイルを構築し時間停止を解除。

 

「入れ」

 

 ソファーの上で何食わぬ顔をしグラスを傾けながら入室許可を出す。

 

「し、失礼します……」

 

 おずおずと部屋の中に入って来たシンちゃんの顔は実に酷いものだった。

 今にも捨てられてしまいそうな不安に苛まれる子犬のようだ。

 

「あ、あの……あたし、その……」

 

 もごもごと言い淀み、結局は何も言わず俯いてしまう。

 俺は気怠るげに立ち上がり、シンちゃんの下までゆっくりと歩み寄る。

 死刑執行を待つ罪人のような顔に心が痛むけれど……別に咎め立てする気はない。

 

「小娘が夜遊びなぞ百年早いわ」

「いっっだぁ!?」

 

 デコピンを受けて吹っ飛んだシンちゃんはそのまま俺が使っているベッドにシュー! 超エキサイティン!!

 

「る、ルークスしゃま……」

 

 涙目でベッドから降りようとするシンちゃんだが身体が痺れて動けないようだ。

 そんなに強く打ったつもりはないんだけど…………今度からは気をつけます。

 

「酷い顔だ」

 

 ベッドの脇に立ちシンちゃんを見下ろす。

 俺の言葉を受けた彼女はビクリと身体を震わせた。

 

「今日はもう寝ろ」

「あ……」

 

 軽く頭を撫でながら睡眠導入魔法を発動する。

 無理矢理に緊張の糸を断ち切った訳だが、どうやらこれで正解だったらしい。

 

「はい……おやすみなさい……るーくす、さま……」

 

 穏やかな顔で寝息を立て始めたシンちゃんを見て、俺も自然と笑みが零れた。

 

「(さぁて、今日は何処で寝るかな)」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話(表)夜が明けてからのお話

「……別に一人でも良かったのに」

 

 シン襲撃の翌朝――いや、もう昼過ぎか。

 マリーは改めてリーンを訪ねるべく友人二人と街を歩いていた。

 

「男が一人で泊まってる部屋に女の子一人を行かせられないでしょ」

「リーンさんに限ってそう言う心配は要らないと思いますけど」

「それはそうだけど、体裁ってもんがあるでしょ」

「いや、女三人で向かうのもそれはそれで……って感じですけどね。デリバリーですか?」

「な、な、な、何言ってんのよアンタ!?」

「まあまあ落ち着いて落ち着いて」

 

 ジャンヌのシモい発言に顔を赤くして怒るマレウスを宥めつつマリーはどうしたものかと溜め息を吐く。

 

「(……昨日の事、知られたくないのに)」

 

 マリーは昨夜の襲撃を二人には告げていなかった。

 だが、リーンの下に行けばそれも露呈してしまうだろう。

 昨日の今日で傷だらけの彼を見て事情を聞こうとしない方が不自然だ。

 そこから自分の事にも話が及ぶのは目に見えている。

 

「(口裏合わせ頼んでおくんだった)」

 

 ポチが去った後、リーンに肩を貸して街まで戻ったのだがとても口裏合わせを頼めるような雰囲気ではなかった。

 と言うかそれ以前に、口裏合わせなんて思いつきもしなかった。

 

「(こう、色々察してテキトーに誤魔化してくれたりは……出来るタイプじゃなさそうだよねえ)」

「? どうしたのよアンタ」

「う、ううん。何でもない。それよりほら、此処じゃない?」

 

 マリーが指差す宿は三人が泊まっている宿とは比べ物にならない高級宿だった。

 実力差から考えて当然ではあるのだが、複雑な表情になるのを止められなかった。

 

「……羨ましいね」

「……此処で一泊するなら、今泊まってる宿の何泊分必要なのかしら」

「……出て来る食事だって段違いなんでしょうね」

 

 強さ=金と言う現実をまざまざと思い知らされる少女達であった。

 

「私達も何時か、お金持ちになろうね」

「孤児院を改築して豪邸にしてやりましょう」

「毎日肉出すわよ肉」

 

 現実に打ちのめされるのではなく、奮起するあたりが実に若さと言うもの。

 気を取り直した三人は若干キョドりながらも宿に入り受け付けで用件を伝えると、すんなりとリーンの部屋へと通された。

 

「やあ、こんにちは」

「こんにちは――じゃないわよ! あ、あなた何それ!? 大丈夫なの!?」

 

 ベッドに腰掛けにこやかに語り掛けるリーンだが、その姿は痛々しい。

 全身に包帯が巻かれており、うっすらと血も滲んでいる。

 顔を真っ青にするマレウスを見てリーンがチラリとマリーを見る。

 

「(お願い! 心配かけたくないから上手く誤魔化して!!)」

 

 そう目で訴えるものの、

 

「……」

 

 リーンはフルフルと首を横に振った。

 

「君の気持ちも分かる。家族に心配をかけたくないんだよね? でも、昨夜のアレで完全に解決したと決めつけるのは早計だよ」

「それは……」

 

 昨夜、確かにマリーは命を拾う事が出来た。

 だがそれはポチのお陰であり、自分達だけでどうにかしたと言う訳ではない。

 シンもポチの説得で思うところはあったように見えたが……さて、どうだろう?

 言葉で簡単に翻意出来るなら、自分の流儀を曲げてまで殺しには来なかったはずだ。

 

「姉さんの弟である僕がこんな事を言えた義理ではないのは分かってるけど」

「違うよ! リーンくんは何も悪くないでしょ!?」

 

 正直な話、マリーはシンに対して良い印象を持っていなかった。

 訳も分からぬまま命を狙われた事もそうだが、それ以上に弟を殺そうとした事が何よりも赦せない。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 話についていけないんだけど!? アンタ達何言ってるのよ!?」

 

 自分達を置いてけぼりにしてヒートアップするマリーらに声を荒げるマレウス。

 ジャンヌもまた、声にこそ出していないがその目は誤魔化しを許さないと告げている。

 

「う、それは……」

「マリーさん?」

「…………もう誤魔化すのは無理だし、説明は任せて良いかな?」

「分かった」

 

 一度咳払いをし、リーンは昨夜の出来事を語り始めた。

 自分の姉がマリーを殺そうとした事。

 助けに入ったものの自分は一蹴され、歯牙にもかけられなかった事。

 絶体絶命の危機に陥ったが偶然が味方し、九死に一生を得た事。

 

 総てを語り終えた瞬間、

 

「アンタ私達の事、舐めてんの!?」

 

 マレウスが怒りも露わにマリーの胸倉を掴み上げた。

 

「ち、違うよ! 私はただ……」

「心配かけたくなかったって!? ふざけないで! そんなに私達は頼りないの!?」

 

 馬鹿にされたと怒っている訳ではない。

 大切な家族が自分の知らない場所で危険な目に遭っていて、何も出来なかった自分が赦せないのだ。

 目じりに涙を溜め、涙声で自分に詰め寄るマレウスにマリーは何も言えなかった。

 そんな状況で助け船を出したのはジャンヌであった。

 

「ねえマレウスさん、逆に私達が同じ状況に陥っていたらどうしてたと思います?」

「それは……」

「私はマリーさんと同じ事をしますよ。だって、御二人が傷付く姿なんて見たくありませんから」

 

 それはマレウスも同じなのでは?

 そう目で問い掛けられ、マレウスは何も言い返す事が出来なかった。

 

「三人揃って似た者同士。それなら、マリーさんを責めるよりも気付けなかった自分を改めましょう」

 

 もし次も同じような事があったとしても、三人で危機に立ち向かえるように。

 そうジャンヌが締め括り、この話題は一先ずの決着を見た。

 そうなると次は当然、

 

「……何でリーンさんのお姉さんはマリーさんの命を狙ったんですか?」

「マリーだけじゃないわよ! 実の弟を殺そうなんて何考えてんの!? あなたには悪いけど、あなたの姉最低ね!!」

 

 この二人もシンに対しては悪感情を抱いていた。

 家族を傷付けた事、そしてマリーと同じく姉でありながら弟を殺そうとしたと言う事実がどうしても赦せない。

 

「それを説明するには……そうだね、僕と姉さんの関係から話すべきだろう」

 

 好んで口にしたいような事ではない。

 それでも当事者たる彼女らに対して説明をしないのはあまりにも不義理が過ぎる。

 胸に痛みを覚えながらも、リーンは静かに語り始めた。

 

「僕はスペルビアの王都で生まれた――と言っても、中心街じゃなくて底辺の人間が住む地区でだけどね」

「へえ……ちょっと意外ですね。物腰が柔らかで品があるものだから良いとこのお坊ちゃんだと思ってました」

「はは、そうでもないさ。実の両親は雑貨屋を営んでいてね、まあ何とか暮らしてけるって感じだったんだと思う」

「(思う?)」

 

 僅かな引っ掛かりを覚えるマリーだったが話の腰を折ってはいけないと胸の中に仕舞い込んだ。

 

「父さんと母さん、そして僕。それなりに幸せな日々だったよ」

「ちょっと待って。お姉さんはどうしたの?」

「ひょっとして隠し子とかでしょうか?」

「そうだね、それだったらどんなにマシだった事か」

 

 少なくとも今に至るまで拗れるような事はなかっただろう。

 

「物心がついた時から僕は三人家族だと思っていたよ。でもね、知っての通りそれは違った」

「ちょ、ちょっと……大丈夫? 顔色悪いわよ?」

「平気さ。僕が姉の存在を知ったのは十年前で…………ッ」

 

 血溜まりに沈む母、恐怖する父、そして凄絶な笑みをたたえた姉。

 あの日の光景が脳裏に蘇り呼吸が荒くなる。

 

「姉さんが……復讐にやって来た時だった……」

「「「ふ、復讐……?」」」

 

 物騒な単語に慄く三人。

 確かにそうだろう、家族が家族に復讐なんてまるで意味が分からない。

 王侯貴族ならば血肉の争いもあるだろうが、貧乏人には無縁の話だから。

 

「姉さんはね、僕が生まれる前に実の両親に奴隷として売り払われていたんだ」

「「「な!?」」」

「そして酷い虐待を受けていた。それこそ、心の中に怒り以外の感情がなくなってしまうぐらいにね」

 

 関係者の殆どが殺されたのでリーンも詳しく知っている訳ではない。

 それでも、凄惨な日々であった事は予想に難くなかった。

 

「どう言う経緯があったかは分からないけど、姉さんは真なる魔女の助けを得て自由と力を手にした。

そして奴隷商人とそれに関わる者らを皆殺しにして、その足で父と母を殺しに来たんだ。

結論から言って、父さんと母さんは殺された。原型も残らない程に切り刻まれてこの世を去った」

「で、でもリーンさんは……無事、だったんですよね?」

 

 シンにとってリーンは自分の居場所を奪ったと言っても過言ではない存在だ。

 殺されていてもおかしくはなかった、だがリーンはこうして生きている。

 僅かながら情が残っているのでは? ジャンヌはそう言いたいのだろう。

 だがそれは違う。

 

「…………姉さんは僕が自分と同じような目に遭えば良いと思っていた、だから見逃したんだよ」

「あ」

 

 聡いマレウスが察したようだ。

 珍しい特徴を持つリーンのような子供が庇護者を失えばどうなるか。

 シンケールスのような国ならばまだしもスペルビアでは……。

 

「でも、運が良い事にそうはならなかった。姉さんが殺した奴隷商人は有力な貴族とも繋がりがある奴でね。

殺された事で上からかなり圧力がかかったらしい。

けど、ルークス・ステラエが復讐の助力をしていたお陰で憲兵は何の証拠も掴めずにいたんだ」

「だから唯一の手掛かりであるリーンさんは……」

「そう、真っ先に保護されたんだ。そこで僕は自分の立場を利用して当時、店の常連だったザインさんに接触を図った」

 

 もしもザインに接触していなければその後、施設に入れられ……良からぬ人間に拉致され商品になっていただろう。

 我ながら随分と上手く事が運んだと笑うリーンだが、三人からすればとても笑えるような話ではなかった。

 

「僕がザインさんに接触を図ったのは身の安全ってよりも力をつけるためだった」

「力……と言うのはその……復讐のため、でしょうか?」

「いいや、違うよ。確かに父と母を殺された憤りや悲しみはあった。だけど姉さんを責める事が出来るかい?」

「少なくとも私なら無理ね。こんな事言いたくないけど、あなたのご両親がそうなったのは自業自得だわ」

「だよね。身内だからそこまでは割り切れないけど、僕自身父さんと母さんに責任がある事は分かってたからね」

 

 復讐なんて考えは思い浮かびすらしなかった。

 そう語るリーンだが、それならば何故力を求めたのかとマリーが問う。

 

「姉さんを止めるためさ」

「止めるって……お姉さんの復讐は終わったんでしょ?」

「いいや、終わっていない。その程度で終わるような”怒り”ではなかった」

 

 劣悪な環境で育まれた怒りは誰それを殺せば終わると言う小さなものではない。

 

「当時の僕は幼さゆえか上手く言葉に出来なかったけど、今ならば分かる。あれは世界への怒りだ」

「世界への……怒り……」

「非情非道の不条理が罷り通る世界への憤りこそが姉さんの本質なのさ」

 

 それでも、不条理を糺そうとするのならばまだ良い。

 正の感情に起因する、真っ当な行動だ。咎め立てする必要はどこにもない。

 だが姉の憤怒はそんな生易しいものではない。

 こんな糞みてえな世界ならいっそ消えちまえ、そんな世界を灰にするような危うさを孕んでいたとリーンは語る。

 

「当時は魔女との関係も明らかになっていなかったからね。

あのまま放置していればきっと、取り返しのつかない事になると思ったんだ。

いや、それは今でも同じだ。恩義ある魔女への感謝、忠誠、愛が怒りを上回っているようだけど……」

 

 問題はその魔女だ。

 十年前の闘技場でのやり取りや姉の態度を見るに根は善良なのだろう。

 だがそれ以上に、途方もない絶望を抱えている。

 

「魔女の楔と称される事件の現場にはね、僕も居たんだ。正直、思い出すだけでも震えが止まらないよ」

 

 失望と諦観に起因する倦怠感。

 物的な質量を伴って圧し掛かったそれは決して忘れる事が出来ない。

 一筋の光も見えない底なしの闇に囚われたかのような気分だった。

 あの場に居て絶望以外の感情を胸に灯す事が出来た人間は勇者と称される三人ぐらいだろう。

 

「そんな人の傍に居る。正直、かなり危うい状態だと思う」

 

 何時、世界がどうなったとしても不思議ではない。

 そう語るリーンに三人は息を呑む事しか出来なかった。

 

「だから僕は力を求めた、今も求め続けている。姉さんを光差す場所へと引き戻すために」

 

 なのにこの有様だと笑うリーンだが、その瞳に諦めの色は見えない。

 

「とは言えそのためには力もそうだが、何よりも姉さんの所在を掴む必要がある。

だから僕は修行がてら諸国を回り魔女についての情報を収集しているんだ」

「じゃあ、マリーに話があるって言うのは……」

「ああ、この街に来た理由は別にあるんだけど酒場で偶然魔女に助けられたって子の話を聞いてね」

「……でも、私役に立ちそうな情報は持ってないよ?」

 

 マリーが申し訳なさそうに肩を落とす。

 彼女からすれば偶然出会っただけ、何で助けてくれたのかさえ定かではないのだ。

 

「ルークス・ステラエは名こそ知れ渡っているが謎に包まれた存在だからね」

「どんな些細な事でも、って訳?」

「うん。それに何より、本人に自覚はないようだけどマリーさんは稀有な存在なんだ」

「それはどう言う事でしょうか?」

「僕の知る限りあの魔女が誰かを助けた事があるのは三回だけ」

 

 一つは先にも述べたシンだ。

 

「二例目は勇者の一人であるロッド・レオーネ。三例目が……」

「マリーな訳ね? でも、何でこの子だけが稀有なの?」

 

 少しばかり刺々しい態度をマレウスから感じ取ったものの、リーンは構わず話を続ける。

 

「姉さんは世界を業火に包みかねない程の怒りを持っている。

ザインさん曰く、その精神性は魔人の領域だと言う。恐らくはその声なき叫びに魔女が応えたんだと思う。

で、二例目のロッド・レオーネさんだが……これは本人曰く、借りを返されただけ。

市井に紛れて冒険者をやっていた双騎士が世話になったからってのが主な理由だ。

ただ、話を聞くにロッドさんの――勇者と称されるだけの輝きが魔女を動かしたのだとも思う」

 

 それに比べてマリーはどうだろう?

 

「マリーさんが皆を救うためにやった事は素晴らしいと思う。正直、尊敬しているよ」

「いや、そんな……えへへ」

「だけど、心根が清らかなだけと言うのなら世界を見渡せば幾らでもいると思わないか?」

 

 その者が絶体絶命の危機に陥っているとなれば可能性は低くなるが皆無ではないだろう。

 場所や距離などが意味を成さず、どこに居ても世界の総てを識る事が出来るであろう魔女にとって発見は容易なはず。

 実際、旅をする中でリーンも聖者と呼ぶに相応しい誰かの悲劇を幾らか耳に挟んだ事がある。

 だが、彼らに魔女から救いの手は差し伸べられなかった。

 

「それ自体は納得出来る。不思議じゃない。魔女は人間に失望しているようだからね」

「でも、マリーさんは手を差し伸べられた……」

 

 リーンが大きく頷きを返す。

 

「数少ない手を差し伸べられた三人の内、三人全員と僕は面識がある。

だけどマリーさんを除く二人は相対しただけで特別なんだと分かるような熱量があった」

 

 ロッドはともかくシンについては心当たりがあるのでは?

 リーンが目でそう問い掛けるとマリーは重々しく頷いた。

 

「……うん。一目見た瞬間、怒りが人の形をしているみたいだって思った」

「ああ、僕もそうさ」

 

 ザインの伝手でロッドに会った時はシンとは真逆の印象を受けた。

 優しげで、少しうだつの上がらなさそうな中年に見えたが柔らかな日差しを浴びる大樹のようだと思ったものだ。

 

「だけどマリーさんは探せば何処にでも居るような、ただの優しくて可愛い女の子だ」

「か、可愛いって……照れるなぁ」

「決して馬鹿にしている訳じゃないけど君は二人に比べると”特別”じゃない」

 

 なのに魔女が――ルークス・ステラエが自らその命を掬い上げた。

 

「僕らの目から見て特別じゃないけど魔女にとっては違うんだろう。

魔女に最も近しい人間である姉さんがマリーさんの下へ来て独断で命を奪おうとしたのが良い証明だ」

「……」

 

 力説するリーンに聞き入っているマリーとジャンヌだが、マレウスだけは様子が違った。

 複雑な表情で、心なしか負の感情を滲ませながらマリーを見つめているように思える。

 だが、それに気付いている者は誰も居なかった。

 

「僕としては君の傍に居ればひょっとしたら魔女に会えるかも、なんて考えてたんだ」

「そこからお姉さんに、って事だね?」

「うん……まさかいきなり本命が出て来るとは思わなかったけど」

 

 そして本命を前にして何も出来ず己の無力さを痛感させられたと苦笑する。

 

「改めて、御三方に謝罪させて欲しい。僕の家族が取り返しのつかない事をしようとして本当に申し訳ない」

「ちょ、ちょ! 頭を上げてよ! 困るから! そう言うのホント困るから!!」

「殺されかけたのはあなたもでしょうに……私としてはあなたも可哀想でしょうがないんだけど」

「言っちゃ何ですけどリーンさん、あなたかなりハードな人生送ってますよ」

 

 三人も自分達が中々にキツイ人生を送って来たと言う自覚はある。

 だが、それにしたって血は繋がらなくても温かな家族と出会えた幸せがあった。

 しかしリーンは違う。親の罪を知り親を姉に殺され、再会出来た姉に何の感慨もなく殺されかけるとか不幸にも程があるだろう。

 シンへの悪感情はその過去を知り多少軽減はしたものの、未だ残ってはいる。

 だが代わりにリーンに対する三人の同情度は跳ね上がっていた。

 

「いやでも……」

「丸く収まった訳だし、ね? 気にされると逆に辛いから」

「……分かった。気遣い、ありがたく受け取るよ」

「良いって良いって。えーっと、それじゃ私はあの時の事を話せば良いのかな?」

「ああ、それもお願いしたいけど……もう一つ、良いかな? これはマリーさんじゃなくて三人になんだけど」

「あなたには借りもあるし別に構わないわよ」

「ですね。それで、何でしょう?」

 

 承諾を得たリーンは気恥ずかしそうに咳払いをしてお願いを口にする。

 

「その……君達と行動を共にさせてくれないかな?

いや、女の子三人の中に男が混じるって言うのはあんまりよろしくないんだろうけど……!」

「大丈夫大丈夫、分かってるから。分かってるから、ね?」

「一先ずは見逃されたけど、また襲撃がないとも限らないものね」

「仮にお姉さんの襲撃がなくても真なる魔女がマリーさんに接触する関わる可能性もありますからね」

 

 行動を共にしたいと言う理由は理解出来るからと三人がフォローを入れる。

 するとリーンも安心したのかホっと胸を撫で下ろす。

 下心ありきのお願いと受け取られないのか不安だったのだ。

 

「まあそう言う事なら私は別に良いよ。二人は?」

「別に構いませんよ」

「こっちもOK。ただ、パーティを組むなら実力差があり過ぎるから……」

「本当に危険そうな時以外は手を出さないし、報酬も僕の分は考えなくて良いよ」

「良いの? いや、私達からすればありがたい事だけど」

「うん。生活費は修行がてら一人で依頼を受けて稼ぐつもりだからね」

 

 とは言え怪我を治すのが先決だろう。

 今の状態でも動けない訳ではないが無理をしたって良い事なんか一つもありはしない。

 焦る気持ちがないと言えば嘘になるが、それで目的が遠ざかったら本末転倒だと言う事ぐらいはリーンも分かっている。

 

「それじゃリーンくん、改めてこれからよろしくね」

「うん、よろしく頼むよ」




気付けばお気に入り6000件超えてました、ありがとうございます。
これからもお付き合い頂けると幸いです。

感想欄でキャラのイメージについて質問がありましたので軽く触れておきます。
師匠、ザイン、マレウスとかは容姿のモデルになったキャラはいますが
やっぱりこういうのは自分が想像し易いのを思い浮かべて頂けるのが一番だと考えてます。
シンちゃんにあの作品のキャラが被るな、でもあのキャラは胸が大きいぞ?
ってなったら胸を削ってイメージすれば良いと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話(裏)つか金とか物で解決って、毒親そのも――んん!

感想欄で皆様色々と想像しておられるようで私としても嬉しい限りです。
読者の方がキャラをどんな風に頭の中で思い描いているかを知る機会なんてそうそうありませんしね。

それはさておきちょっと更新頻度落ちます。
最近ちょっと忙しくあまり家に帰れていないものでして。
申し訳ありませんがご了承ください。


 俺は今、鍛冶場に居る。

 わざわざ異次元に新築したもので俺以外の人間は誰も立ち入る事が出来ない。

 仮に次元間の移動を身につけたとしても座標が分からないだろうし、偶然転移出来たとしても辿り付けはしない。

 何故かって? そりゃ色々と罠を仕掛けてあるからさ。

 一番軽いので宇宙空間への放逐、それなりにヤバいので魂魄単位での消滅――セ●ムもビックリだぜ。

 

「(つか、暑い……本気で暑い……)」

 

 鍛冶師の気持ちになるですよ! とか言って温度調節してなかったけど……やっぱつれぇわ。

 馬鹿でかい製鉄炉の淵に立っていると心底気が滅入る。

 人目がないけど独り言を呟くのも億劫だ。

 

「(ゴポゴポゴポゴポ元気に滾りやがってよぉ、ホントムカつくぜ)」

 

 炉の中で煮立つ熔鉄が癪に障ってしょうがない。

 いや、俺だって普通の鉱石やら木炭を火にくべてるとかなら平気だったよ?

 ただ、製鉄のために生成した材料は普通じゃない代物だ。

 俺が本気で作り出したものゆえ、俺が本気で熱さなければ溶けるどころか燃えもしない。

 やっぱ温度調節しようかな? いやでも、それだと何か負けた気分に……む?

 

「(そろそろ良い塩梅だな)」

 

 純粋な鉄になるにはまだ程遠いが、次の材料をぶちこむには良いタイミングだ。

 そう判断した俺は左手でクソ長い髪をうなじあたりで掴み上げ、右手のリボンを短刀に変え切断。

 

「(…………大量の毛髪って、何かそれ単品でホラーだよな)」

 

 我ながら手入れも特にしてねえのに綺麗だとは思うけど、そこはそれ。

 束になった髪の毛って何か気持ち悪い。

 そんな事を考えつつ俺から離れた事で金色に戻った頭髪の束を炉の中に放り込む。

 

「(って熱ッ!?)」

 

 投げ入れた瞬間、噴火かってぐらいの勢いで沸き立ちやがった。

 髪の毛の反逆だろうか? こっちで止めなきゃ切っても直ぐに生えて来る癖によぉ。

 おめー、まだ綾波の方が代わりがきかない存在だからな。

 あの子は碇くんにとって……いや、碇くんはどうでも良い。暑さで頭が茹だってるようだ。

 

「(……つかこのクソなげえ髪も暑さを助長させてるよな)」

 

 瞬きする間もなく元の長さまで伸びた髪を魔力のリボンで編み上げる。

 気休め程度だが、ないよりはマシだろう。

 

「(さあ、次は骨だ)」

 

 右手で左肩を鷲掴み、一気に腕の骨を剥がす。

 鮮血が噴き出すものの、意を込めた血液ではないため炉の中に入る前に蒸発してしまった。

 

「(立派な鉄におなり)」

 

 左腕の骨をポポーイと炉の中へ。

 これで、材料に使うと決めていたものは全部ブチ込んでやった。

 後は更に熱を加えて不純物が排出されるのを待つだけだ。

 

「(よっこらせっと)」

 

 腰を下ろし一息――こうして物作りをしていると、改めて彼らの偉大さを痛感させられる。

 万能に等しい力を持っている俺なのに、この有様。

 その点T●KIOってすげえよな、最後まで全力全開だもん。

 

「(だがまあ、俺も手抜きはするつもりはないけどな)」

 

 今更ながらに何だって製鉄をしているのかと言う疑問に答えよう。

 答えは一つ、実にシンプルな答えだ――慰謝料のためである。

 誰のため? 無論、マリーちゃんだ。

 

「(ポチが居てくれたから良かったものの……)」

 

 居なければどうなっていた事やら。

 いや、俺ならば蘇生も可能だがそう言う問題ではない。

 自分のとこの子供が他所様の子供をぶち殺そうとしたんだもん。

 そりゃ保護者としては申し訳ない気持ちになりますよ。

 死んでも――ふぅん、そう……で流れるような奴ならともかく、あの子はそうじゃない。

 

「(曲がりなりにも一度は命を助けた相手でもあるしな)」

 

 直接謝罪に向かうのが筋なんだろうが、そこはほら……あれだ。

 あー……そう、ロールプレイ的にね? やー、俺が真っ当な大人ならロールプレイなんざかなぐり捨ててたんだけどな。

 なので駄目過ぎる俺は、駄目な謝罪方法――つまりは物品による誠意を示す事に決めたのだ。

 

「(つか金とか物で解決って、毒親そのも――んん!)」

 

 と、兎に角だ。

 謝罪なのだからそれ相応の品を贈るべきだと俺は考えた。

 それで思い付いたのが何時だったか妄想した事もある正と負どちらにも偏らないありのままの心を映すアーティファクトだ。

 と言っても、規格外の――所持しているだけでチート臭い力を手に入れられるような代物ではない。

 基本的にはスカー・ハートを同じく心を糧とする剣だが、アレをチート足らしめているのはシンちゃん本人の憤怒だ。

 俺の耳朶すら揺らしてのけるような熱量だからこそ、現世基準でチートになっているだけ。

 

「(普通の人間が使っても平常時ならば一級品の武具でしかないからな、アレ)」

 

 で、キレるとおぉ! っとなる程度には力を発揮するが人類最強とかそこまではいかない。

 同種の剣をマリーちゃんに贈ったとしても同じ事。

 だが、窮地でこそ輝きを放つその心には必ず応えてくれる。

 どれだけの輝きを剣に灯せるかはあの子次第だが、無意味な代物ではないはずだ。

 

「(単なるチート武器渡したら、逆に迷惑かかるだろうしな)」

 

 マリーちゃんはマレウスちゃん、ジャンヌちゃん、三人で歩いて行くのだ。

 これまでがそうだったように、これからも共に。

 歩調を乱すような代物を渡せば、得られるはずだった実りを得られなくなってしまう。

 だから心を映す鏡となり共に成長してゆける、しかし此処ぞと言う時には本人次第で可能性を切り開ける力を秘めた剣を贈ると決めた。

 使わないならそれはそれで良い。

 

「(普通に良質な品だからな、売り払えば金になるだろう)」

 

 どうするかはあの子次第だが、邪魔にはならないはずだ。

 だが、使ってくれると言うのであれば……正直、悪い気はしない。

 

「(っと、そろそろか)」

 

 本来は抽出を繰り返すらしいが、使っている物質が物質だ。

 そのような手間をかけるまでもなく純粋な鉄が吐き出された。

 吐き出された鉄を再度加熱し、加熱されたそれを今日のために誂えた槌でひたすら叩いていく。

 槌を振るう度に火花が飛び散るが、これは通常の製鉄で言うところの鉱滓ではなく魔力の滓だ。

 コイツを残留させたままにしておくと非常に危険だ。

 俺が使う分には問題はないが、真の担い手であるマリーちゃんが使う際、確実に制御を狂わせる。

 本人に害が及ぶ事はないとしても、街一つが綺麗さっぱり消滅とか洒落にもならん。

 

「(………………べ、別次元でやってて良かった)」

 

 叩いている内に気付いたのだが、鍛冶場の中がヤバい事になってる。

 滓と言えども真なる魔女の魔力だ。

 普段のように周囲に影響を与えないように制御しているのならばともかく、まったくの野放図。

 鍛冶場の大気が完全に俺の魔力で汚染されてしまった。

 

「(どっかテキトーな鍛冶屋を借りてやろうかなとか思ってたけど……やんなくて正解だわ)」

 

 現世の魔女魔法使いがどれだけ魔力を行使しても人体に影響はない。

 だが、俺の場合は違う。直ちに影響が出る放射能みてえなものだ。

 シンちゃんやポチであろうとも、この鍛冶場に足を踏み入れれば瀕死状態待ったなし。

 これを普通の街でやってたら国――いや、大陸規模で……うわぁ……うわぁ……。

 

「(しょ、所詮はもしもの話だ。俺はちゃんと人様の迷惑にならんところでやってるし!)」

 

 次の工程に移ろう。

 成形された板金を剣の形に変えていかなくちゃな。

 

「……」

 

 下手な事を考えると胃が痛くなりそうだったので、そこからはもう無心だった。

 時の流れが狂った鍛冶場ゆえ、正確な時間は分からないが少なくとも年単位は費やしたのではなかろうか。

 だが、出来上がった剣のデザインは実にシンプルだ。

 両刃の真っ直ぐな刀身を持つ……正直、どこにでも売っていそうな普通の剣にしか見えない。

 

「銘を刻もう、汝の名は”心剣・黎明”」

 

 宙に浮かんだまま静止している剣に向け言葉を以って銘を刻む。

 すると刀身に日の出前、薄明の空を思わせる光が灯った。

 ぼんやりと輝くこの形態こそが心剣のベーシックスタイルだ。

 

「(さあ、試運転だ)」

 

 宙に浮かぶ黎明の柄を俺が握り締めた瞬間、漆黒の魔力が奔流となり鍛冶場を蹂躙した。

 一瞬にして鍛冶場は無に還り、次元の狭間に放り出されてしまったが……もう二度と使う事もないし、別に良いだろう。

 

「ふむ」

 

 心剣・黎明は微塵の面影すら窺わせない変貌を遂げていた。

 刀身も鍔も柄も漆黒に染まり、形状も禍々しく俺の身の丈並の長さに変化している。

 

「(……中二心を擽るな)」

 

 二度三度軽く振るってみせると、その度に空間が軋みを上げた。

 ガチで作っただけはあって、俺が武器として振るっても使用に耐え得るだけの力は備えているらしい。

 耐久実験と言うのならば本気で使ってみるべきなのだろうが……。

 

「(壊れたら……ねえ?)」

 

 苦労して作ったプレゼントを自分でぶっ壊すとか虚しいにも程がある。

 つか、俺の本気に耐えられるかどうかなんて知る必要は無い。

 今の段階でもマリーちゃんが扱うには十分――ってか過剰だ。

 少なくともあの子では今の領域まで持っていけるとは思えない。

 

「(試運転はこれで十分だろう)」

 

 浸透している力を漂白し心剣を黎明の状態へと回帰させ鞘に収める。

 なんだか久しぶりに働いた気がするなと心地良い満足感に浸っていた俺だが、はたと気付く。

 

「(………………これ、どうやって渡せば良いんだ?)」

 

 夜中に宿の中に忍び込んで枕元に?

 翌朝目覚めたマリーちゃんはこう言うのさ、わぁ! サンタさんからのプレゼントだよ♪

 って馬鹿! サンタの爺もメリークリスマスもありゃしねえんだよ。

 

「(朝起きて枕元に剣なんて置いてあったらこえーよ!)」

 

 大体、夜中にティーン女子の部屋に忍び込むとか変態じゃねえか。

 肉体的には同性だけど、それでも血縁がある訳でもない人間がそんな事すりゃ普通に犯罪だ。

 この俺をして分が悪いと言わざるを得ないピーポくんと正面から事を構えるのはちょっと……。

 

「(シンちゃんに持って行かせ――いやいや、そんな酷な真似は出来ねえよ)」

 

 動機は今を以ってしても不明だが、俺を想い凶行に及んだ事は理解している。

 そして嫉妬があった事も……そんなシンちゃんに詫びとして持って行けとか鬼畜過ぎるだろう。

 俺が言えばやるだろうけどさ! 文句一つ言わずにやるだろうけどさ!

 ごめんなさいしろって言えば頭下げるだろうけどさ! ものっそい心が傷付くよ!

 多分の俺の目が届かないとこで半年――いやさ、年単位で凹みかねない。

 折角俺のベッドで寝て、良い感じに精神が持ち直したんだし、そこから突き落とすとか……俺には無理だ。

 

「(なら神話に倣ってモンスターの体内に仕込んで剣で切り付けた時におや? 剣が欠けたぞ? これは!)」

 

 的なヤマタノオロッチ作戦を実行してみるか?

 もしくはダンジョン探索の依頼を受けた時にでも宝箱を用意してそれを開けるよう仕向ける?

 

「(うーむ、どれもしっくり来ない)」

 

 こう言うとこさ、我ながら無計画だなって痛感させられるわ。

 作る前に考えておけよ、このぐらいは。

 

「(はぁ……とりあえず、家に帰ってから考えよう……)」

 

 ホント成長してねえな、俺。




若いツバメに貢ごうとする喪女(二千歳)の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話(表)休日の過ごし方

「院長先生へ、御手紙ありがとうございます。

無理をしていないかと心配なされていたようですが大丈夫です。

親より子供が先に死ぬ事程、親不孝な事はありませんもの。自分達の歩幅で堅実に……」

「ねえねえ、私の活躍ちゃんと書いてよ?」

「自分達の歩幅で堅実に――ってまあその通りですけど、どうせなら具体的に何をして来たかを書いた方が良くないですか?」

「アンタらうるさい! 書いてるの私!!」

 

 ある日の休日、三人は孤児院から送られて来た手紙の返事を書いていた。

 実際に筆を取っているのはマレウスだが、それは彼女が三人の中で一番字が上手いからだ。

 マリーとジャンヌは内容のリクエストぐらいしかしていない。

 

「もう、マレウスは直ぐ怒るー」

「怒るー……短気は寿命を縮めますよ?」

「うぎぎぎぎ! 一回本気でシメるわよ!?」

「言うても私達前衛だもんね?」

「ねー? 呪文唱える前に腹パン一発で返り討ちですよ」

 

 ギャアギャアと騒ぎながら手紙を綴る少女らの顔は常よりも明るい。

 孤児院を離れまだそこまで時間は経っていないが、他の家族と会えない時間がこんなにも続いたのは初めてだった。

 だからこそ文とは言え家族の元気な姿を知れ、また自分達の近況を伝えられる事が嬉しいのだ。

 書きたい事が沢山ある、伝えたい事が山程ある。

 勿論、心配はかけたくないので伏せておきたい事も多々あるがそれを省いても便箋の一枚や二枚じゃ全然足りない。

 

 早朝から書き始めた手紙が書き終わったのは結局、午後に入ってからだった。

 

 手紙を書き終えた三人はその足で街へと繰り出した。

 手紙を出す事もそうだが、手紙を書く事に夢中で昼食を摂っていなかったからだ。

 と言っても時間的には昼食と言うよりはもうおやつの時間帯なのだが。

 

「手紙、どれくらいで届くかな?」

「そうね……タイミングも良かったみたいだし二、三日もあれば届くんじゃないかしら」

「途中で寄り道をしたと言っても、私達は二週間もかかったのに物や手紙は数日と言うのは複雑ですね」

「郵便は障害の少ない空を選んでいるんだもの。そりゃあ時間も短くなるわよ」

「グリフォンだっけ? あれってそんなに速いの?」

「ええ、それはもう」

 

 更に言えば強くもある。

 空でグリフォンに勝てる種なぞ、それこそドラゴンぐらいのものだ。

 

「と言うか郵便局――エデだけじゃなく、世界中のものも含めると凄まじい数のグリフォンが居ますよね?」

「それがどうかした?」

「国が徴収したりはしないのかと、少し気になったもので」

「ああ、それは大丈夫よ」

 

 冒険者ギルドと並び郵便局はどの国にも存在するがどの国にも属さない組織だ。

 その国々に合わせてアドリブを利かせてローカルルールを設定したりはするものの、原則特定の国家には組しない。

 なので相争っている国家間であろうとも自由に行き来する事が出来る。

 それはその有用性が認められているからに他ならない。

 だからこそ、一国家でもそんなには保有していないだろうと言う数のグリフォンを有する事も認められているのだ。

 

「理解した?」

「ええ、ですが昔のスペルビアとかならば平気で破りそうですよね」

「しないわよ。十年前のあの国は確かに世界最強。だけど、他の国を全て敵に回せるかと言えば話は別」

 

 多少の条約違反ならばスペルビアは平気で踏み躙るだろう。

 だが、ギルドや郵便局などに関わるものであれば仮想敵国にとっては良い”口実”だ。

 大国が反スペルビア連合に参加をと音頭を取れば、かなりの数が集まる。

 そうなればさしものスペルビアとて敗北は必至だ。

 

「あのさー、難しい話はそこら辺にしてご飯食べに行こうよご飯」

「別に難しくも何ともないのだけど……はぁ、それで? 何処で食べる?」

「何時も通りクレアの大鍋で良いんじゃないですか?」

 

 クレアの大鍋とは何十年も前からエデの冒険者達を支え続けている大衆食堂の名だ。

 メニューはそこまで多くはないし家庭料理の域を出ないものしかないが味良し、量多し、値段安し。

 駆け出し冒険者達にとってはたまらなくありがたい店で、エデで冒険者を始めた者は誰しもが世話になっている。

 ある程度小慣れて来ると離れてしまうが、時たま初心を懐かしみ大鍋に足を運んでしまう中級冒険者も多いとか。

 

「今日は身体動かしてないけど、全部食べられるかな?」

「それなら昼食を抜きにして、夕食をちょっと豪華にって手もあるわよ」

「一食分浮いたお金でちょっと良い店に、かぁ……それも悪くないかも」

「ジャンヌのをA案、私のをB案にするとして――さあ、どうする? 私はあなたに任せるわ」

「あ、同じく私も」

「ずるい! 何で私にだけ悩ませるの!?」

 

 やいのやいのと姦しい三人娘だったが、ふとマリーがあらぬ方向を見た。

 

「どうしたのって……リーンじゃないの」

「おーい! リーンくん! 何処行くのー!!」

 

 少し離れた所に居たリーンの下に駆け寄る三人。

 行動を共にし始めてからそこそこ経ったが、休日に彼を見かけたのはこれが初めてだった。

 

「こんにちは。今さっき依頼を片付けて来たところでね。これから鍛錬に向かおうかと」

「依頼が鍛錬を兼ねてる訳じゃないんですね」

「うん。仕事は仕事。私情を持ち込むのは依頼を出した人に失礼かなって」

「真面目ね。でも、鍛錬ねえ……」

「うん、ちょっと気になるかも」

「あれだけ強い方が普段どんな鍛錬をしているのか、後学のためにも知っておきたいですね」

 

 基本的には手を出さないリーンだが、昨今の”異常”もあり幾度か三人の前で剣を振るった事もあった。

 そしてその強さをまざまざと思い知らされたものだ。

 マリーだけはシンとの戦いもあったので、ある程度は知っていたものの……あれは相手が悪かった。

 実際に無双をかますシーンを見せ付けられて、改めてその強さを痛感した。

 

「「「じゃ、B案に決定って事で!!」」」

「B案……?」

 

 リーンが不思議そうな顔をしているが先程の話を知らないので無理もない。

 

「気にしない気にしない! それより、邪魔じゃなければ私達も一緒に行って良いかな?」

「ん? それは別に構わないけど……折角の休日に良いのかい?」

「休日だからよ」

 

 ある程度小慣れて来たとは言え、冒険者としてはまだまだ。

 その日の依頼を終えて街に帰る頃にはくたくたになっている。

 リーンに稽古をつけてと頼める余裕も、リーンの鍛錬に同行する余裕も残っていない。

 だからこそ、ステップアップの意味でもこれはまたとない機会だ。

 

「それに、休日と言っても今からお昼ご飯食べに行くぐらいしか予定ありませんでしたし」

「分かった。じゃあ、一緒に行こうか。一応、自衛のためにも装備は整えて来てもらえるかな? 正門前で待ち合わせしよう」

「「「了解」」」

 

 華の十代が四人も揃っていながら色気もへったくれもない休日。

 そう苦言を呈するには、少年少女らの背負う荷が些か重過ぎる。

 まだ子供で居られるはずなのに、大人にならざるを得なかった。それは紛れもない不幸だ。

 救いがあるとすれば、彼ら自身がその不幸を嘆かず前向きに生きている事だろう。

 

「ねえ、何処まで行くの?」

 

 街を出てしばし、四人は青天の下をのんびりと歩き続けていた。

 

「他の冒険者に迷惑をかけたくないからね、狩場からは外れている場所を狙うつもりだよ」

「迷惑?」

「ああ、これを使うつもりだからね」

 

 そう言ってリーンがバッグから取り出したものを見て、マリーの顔が盛大に引き攣る。

 その手に握られたフラスコのような瓶――その中に満ちる液体は彼女にとってトラウマ級の代物だった。

 

「そ、それって……私が前に使ったポーション、だよね……?」

「はぁ!? ちょ、ちょっとアンタ何でそんなもん持ってんのよ!?」

「話す機会がなかったけど、このポーションの届け先は僕だったんだ」

「何だってこんな欠陥品を……いえ、戦う相手に事欠かないと言う意味では有用なんでしょうか?」

 

 例の一件もあってか、三人からすればこのポーションは危険極まりない代物と言う印象しかなかった。

 軽く距離を取っているのも、まさかの事故を恐れているからだろう。

 

「うん、まあジャンヌさんの言う通りだよ。

モンスターと戦ってまた次のモンスターを探すよりもこれを使った方が効率的だからね。

何せ向こうから勝手に来てくれる。しかも、数まで揃えてくれるんだから最高だよ」

「そう簡単にやられるとも思えないし別に良いんだけど、あなたそんな代物を作れる錬金術師とも伝手があるの?」

「僕ってよりザインさんだね。と言うか、このポーションを作らせたのもザインさんなんだ」

 

 理由は当然、修行のためだ。

 一々モンスターをその足で探すのが面倒臭い、向こうから来るようにしろ。

 そんな理不尽なオーダーを錬金術師にぶつけて開発されたのがこの誘引ポーションだった。

 

「でも、それを使うと言う事は他の依頼を受けてる冒険者の獲物を横取りしてしまうのでは?」

「ちゃんと考えてあるよ」

 

 リーンは事前にギルドに貼り出されている全ての依頼に目を通してある。

 その上で、要らぬ軋轢を生まないための位置取りを考えたのでジャンヌが心配しているような事はまず起きないだろう。

 

「さて、と。此処らで良いか。皆は巻き込まれないようあそこで見ていると良い」

 

 そう言って指差したのは小高い丘だった。

 リーン自身は平野に残り、三人がちゃんと丘に上がったのを確認しポーションの栓を外す。

 

「……よし」

 

 これからの事を考えると些か身体が硬くなる。

 だが、危険を侵さずしてシンに近付く事は出来やしないのだ。

 リーンが意を決してポーションを頭から被ると、十分程で臭いに釣られてモンスター達が押し寄せて来た。

 

「ちょ、ちょっと! 何で目ぇ瞑ってんの!? リーンくん! リーンくん!?」

 

 四方から押し寄せるモンスターの群れを捌くリーン。

 それ自体は別に構わないし不思議でもない。

 だが、何故わざわざ視覚を閉ざすのか。

 マリーらにはまるで理解が出来ず、思わず叫んでしまった。

 

「これは、殺意を肌で感じるための鍛錬でね!」

 

 視覚情報の遮断は一段階、まだまだ余裕のあるリーンが大声で答えた。

 

「戦う上では見て躱すんじゃ遅過ぎる事もある。だから、反射の域にまで行動を落とし込む事が理想なんだ!

だけど、一朝一夕で身に着くものでもない。だから先ずは感覚を一つ一つ閉ざし、他の感覚を鋭敏にしていくのさ!!」

 

 そうして死に接近し感度を上げて行く事で、やがては反射の域にまで辿り着くのだ。

 リーンの説明を聞いたマリーはあの夜の事を思い出した。

 あの夜も彼は、シンと剣戟を繰り広げている間、ずっと目を瞑っていた。

 成る程、あれにはそう言う意味があったのかと納得は出来たが……。

 

「(……危険な事には変わりないよね?)」

 

 正面から突進して来たモンスターの腹に足を食い込ませてリーンが飛翔する。

 飛び上がると同時にシャツを脱ぎ捨てたのは、より死へと近付くためだろう。

 

「…………リーンさんのお姉さんがとても強いのは話に聞いていましたけど、あそこまでしなければいけないんでしょうか?」

「そう、なんだろうね」

 

 マリーは見たままの強さしか感じ取れなかった。

 凄く速くて、凄く鋭い、表面的な事実からでしかシンの強さを測れない。

 それは彼女が未熟だからに他ならない。

 だがリーンは違う。

 シンの強さ――力の底が今の自分では見通せない程に深い事を理解出来た。

 共に正確な力を把握した訳ではないが、精度で言えばリーンの方が近い事ぐらいは分かるはずだ。

 

 そのリーンが粛々とこの鍛錬をこなしていると言う事はここまでしなければ……いや、これが最低限度なのだろう。

 

「滅茶苦茶ね。私達からすれば彼もそうだけど、それ以上にシンって女は出鱈目が極まってるわ」

 

 ポーションを使った鍛錬は今日が初めてなのだろう。

 だが、感覚を閉ざしながら敵と対峙する事自体は今日が初めてではない――見れば分かる。

 心身に馴染む程、馬鹿げた鍛錬を繰り返しても尚、シンの足下にさえ手が届かない。

 これを出鱈目と言わずして何と言うのか。

 

「(でも、真なる魔女に目をかけてもらうなら……)」

 

 人間基準で出鱈目と称される程の何かがなければいけないのだろう。

 高過ぎる壁を思い知り、マレウスは我知らず苦い顔になっていた。

 

「やるべき事、やりたい事、そのために一直線。迷いなんて欠片も見えないや」

 

 リーンは耳栓で聴覚を、臭い薬で嗅覚を麻痺させ既に三感を閉じている。

 この段になると無傷とはいかなくなり、その肌に傷が刻まれていく。

 心情的には危な過ぎるから止めて欲しいと言いたい。

 だがリーンの決意を果たすには必要な事。

 彼の覚悟を覆せる程の何かを今の自分は持っていない――そう痛感するマリーであった。

 

「……マレウス、ジャンヌ」

「……何?」

「私達の夢って何だった?」

 

 三人はリーンに視線を釘付けたままポツポツと語り出す。

 

「孤児院の新築、新しい孤児院は少しでも治安の良い場所に建ててあげたいわ」

「院長先生や他の皆さんが毎日お腹いっぱいご飯を食べられるようになれば良いですよね」

「今居る弟や妹、これから増えるかもしれない家族が夢を諦めなくても良いようにしてあげたいよ」

 

 他の人間からすれば鼻で笑われるようなものかもしれない。

 だけど、自分達にとっては命懸けで追うに値する確かな夢なのだ。

 

「無茶をして皆を悲しませるような事は本末転倒だけど……それでも……」

 

 あの光景を見ていると胸が熱くなるのを止められないのだ。

 

「「「頑張ろう、もっともっと」」」

 

 実りも豊かに、少年少女らの休日は過ぎ去っていった。




19時にもう一本予約投稿してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話(裏)ルークス・ステラエじゅうさんさいです、キャハ☆

 俺は十年ぶりに師匠から譲り受けた屋敷に居た。

 今はとある古城を拠点としているのだが、あそこでは万が一があるからな。

 

「……ふぅ」

 

 全身が映る姿身の前に全裸で立ち、軽く深呼吸。

 今までやろうとも思わなかった試みを、これからしようと思う。

 

「”喚起せよ”」

 

 その言葉と同時に鏡に映る俺の姿に異変が訪れた。

 身長、胸や尻の起伏が時計を逆回しにしたかの如く縮み始めたのだ。

 今俺が行っているのは魂に刻まれた肉体の記憶――それの再現である。

 と言っても、変わっているのは見た目だけで培った力までもが肉体に合わせて失われている訳ではない。

 力を制御し、出力を低下させたりする事は出来るが”失わせる”事はどう足掻いても出来ないのだ。

 真なる魔女になった時点で、神域の力を捨て去る事は不可能になってしまう。

 

「ふむ、このぐらいで良いか」

 

 シンちゃんも大好きな俺のビッグバストは見る影もなくペッタンコ。

 顔立ちや身体のラインを含め”女”ではなく”少女”のそれになっている。

 この状態でも身長は160に届くか届かないかぐらいはあるのがちょっと減点だが……まあ良い。

 今の俺の外見年齢は――多分、十二、三歳かそこらだろう。

 確か十四歳過ぎたあたりから胸やら尻やらに肉がつき始めた覚えがあるし。

 

「――――ルークス・ステラエじゅうさんさいです、キャハ☆」

 

 ブリっこポーズ&スマイルで声まで変えてみたのだが、我が事ながらキッツ!

 二千歳超えたババアがするこっちゃねえよ。

 見た目は若くても内面の加齢臭がプンプン漂ってんだよババアと唾を吐きたくなる。

 

 さて、何だって俺がこんな事をしているのかと言うと……話は昨日の朝にまで遡る。

 

 昨日も常と変わらず昼過ぎに起床。

 のそのそと気怠るげにベッドを降りて食堂に向かうとノクティスが何時ものように食事を用意してくれていた。

 食堂にはノクティスだけでなくシンちゃんとポチも居て俺の姿を見るや眩い笑顔と元気な声で挨拶をしてくれた。

 

《おはようございますルークス様!》

《マスター、おはよっ!》

《…………ああ》

 

 俺は何時もの如くテキトーに返事をし、席に着いた。

 そして俺が座ると同時に二人は立ち上がった。

 

《それじゃあ、行って来ますね》

《帰るのは多分、二日か三日ぐらい後になると思う》

 

 そう言って食堂を出て行った。

 察しがつくかもしれないが表の顔である冒険者としての活動に向かったのだ。

 二人は何時もこうなのだ、冒険者稼業に限らず用事があって拠点を出る際は必ず俺に挨拶してから出て行く。

 本当ならもっと早くに出た方が良いだろうに、それでも俺を待っている。

 ぶっちゃけ待たずに扉の前で寝てる俺に言うだけでも良いと思うんだがね。

 俺に合わせ、俺の顔を見てちゃんと挨拶をして行く。

 

 律儀なもんだと思いながらスープを啜る俺だったが、

 

《……》

 

 はたと気付く。

 あれ? 俺ってすんげえ駄目人間じゃね? と。

 いや、普段から自覚はしているが……それでも、こうあるだろ?

 何か時々、だらしのない己に対して無性に罪悪感のようなものを覚える時が。

 昨日の俺が正にそれだった。

 ここ最近、連日二人が仕事に精を出しているのもあってニートな自分がどうしようもない粗大ゴミに思えてしまったのだ。

 

 真面目に働いてる子供らを昼過ぎまで待たせてのんびり昼食とか舐めてんの? あの子ら絶対、朝早くから起きてたぜ?

 

 欠片も生産性がない粗大ゴミが勤勉な人間の足を引っ張るなよ。

 むしろ、お前が早く起きて二人が円滑に仕事へ迎えるようにしろや。

 この二千年でお前は働いて金を稼いだ事あるのか?

 ないだろ、金を使う時もその場で作り出してんじゃん。

 物が欲しい時は通貨偽造も含めた魔法でゴリ押してんじゃん。社会舐めてんの?

 子供らが働いてお金を稼ぐと言う事をしているのに恥ずかしくないの?

 

《う、ぐぅ……!》

 

 考え出すともう、止まらなかった。

 

 次から次へと己の駄目さが顔を出して来やがる。

 生活を滞りなく進めるための力を手に入れるために、苦労をしたと言う自負はある。

 普通に働くより何万倍もキツイと胸を張って言える。

 だが……必死こいて働き、労働で得た対価を払って人生を謳歌していた前世の自分だって負けちゃいねえ。

 

 労働の辛さ、喜び、尊さを俺は覚えている。

 

 就職したての頃、慣れない仕事で毎日毎日辛かった。

 何度辞めてやろうかと思った事か。

 それでも、初めて給料が振り込まれた日の嬉しさは今でも鮮明に思い出す事が出来る。

 覚えてるよ、入ったばかりの給料で新作ゲームを買ってその足で焼き肉を食べに行った時の得も言われぬ充足感を。

 そうして俺は今生初の労働を決意した。

 

 ルークス・ステラエ(にせんさい)はじめてのおしごとである。

 

 日常をエレイシアロールで染め尽くすと十年前に誓ったが……まあセーフだろう。

 作中で昔の自分になって未来ちゃんの傍でJKやってたりもしたしな。

 

「外見のベースはこれで良いか」

 

 流石にそのままの姿で働くのはね、気分的にね。

 認識弄れば誰にもバレずに外出歩けるけど……重ねて言うが、俺の気分的によろしくない。

 世間様の認識で俺の素の容姿は失望と諦観に沈む禁忌の魔女なのだ。

 

 例え認識されなくても、何かしっくり来ない。

 

 だから外見を変える事にしたのだ――と言ってもこれまた俺本人の問題だが、かけ離れ過ぎるのもしっくり来ない。

 容姿も性別も年齢も自由自在だが、自分の原型が消える程の偽装は尻の据わりが悪い。

 なので若返りを目論んだのである。

 とは言えただ若返るだけなのもつまらないし、ここから多少の変化は加えるつもりだ。

 

「髪や目の色は……このままで良いか……」

 

 外見は昔の姿そのままなので瞳は黒だし、髪も偽装ではない素の黒髪である。

 シンちゃんの件でも分かるように黒髪黒目――それも女となると、色々良からぬ輩を引き寄せそうだが……。

 

「それはそれで”美味しい”な」

 

 ついぞ使わなかった対チン魔法をお披露目出来るチャンスがやって来るかもしれない。

 あれは割と本気で構成した魔法だけに、一回ぐらいは使いたいんだよな。いや冗談抜きで。

 容姿で気になる点としては真なる魔女、始原の魔女を継ぐ者としての証たる黄金が何処にも見えない事だが……。

 働くつっても、シンちゃん達みたいに定期的に仕事をこなすつもりもないしな。ほんの少しなら目を瞑ろう。

 

「髪型ぐらいは変えてみるか」

 

 良い機会だ。

 女らしく髪型を弄るとかついぞして来なかったからな。

 二千年間、基本的に伸ばしっぱなしだ。

 時たま前髪が鬱陶しくなったりしたらちょいちょいと鋏を入れて調節してたが、そのぐらいだろう。

 前世でもそう、髪型にこだわりがなくニートにでもなっていたら伸ばしっぱなしになっていたはずだ。

 まあ実際は社会人ゆえ見苦しくする訳にはいかなかったので駅にある十分千八十円のカット専門のとこで整えてたけど。

 

「……どれもしっくり来ないな」

 

 ツインテール、サイドテール、ポニーテール、シャギーショート、ボブカット、etcetc……。

 色々と髪型を変えてはみたものの、どーにも頭が落ち着かない。

 ショート系統の髪型は前世では男だったし、しっくり来るかと思ったんだけどな。

 ロングヘアーで居る期間が長過ぎて、これが自然になってしまったらしい。

 

「基本ロングで細部を変えるか」

 

 膝のあたりまで伸びている髪をケツのちょい上程度まで調整。

 後は自然に流している前髪をデコがちょっと見えるぐらいまでの短さで均一に整えて……よし。

 やっぱり違和感は拭えないが、他の髪型よりは随分とマシだ。

 

「次は服装か」

 

 ……ふと思った。

 エレイシアが過去の自分を演じていた際、下着はどうしていたんだろう?

 設定的には基本ノーパンノーブラだけど未来ちゃんの傍でJKやってた時はどうなんだ?

 

「ノーパンノーブラの女子高生って……お前、それ……」

 

 かなり将来有望な変態性を感じさせるワードだと思う。

 はいているのか、はいていないのか。

 俺はどうするべきだろうか? そこらの設定も分かってたからそれに準じれば良いんだけど、分からないからな。

 

「うーむ……とりあえず、着けておくか」

 

 上はぺったんこなのでブラをする必要もないがパンツだけは穿いておこう。

 飾り気も色気もない黒の下着を魔力で編み上げて装着――さあ、次だ次。

 

「ビジュアルだけを優先するならこれだよな」

 

 黒い着物にフォームチェンジ!

 魔力で編み上げているから着付けの知識がなくてもオールオッケーだ。

 

「何か座敷童みてえだな」

 

 もしくは”いっぺん、死んでみる?”とか言って地獄流ししそうな感じ。

 悪くない、中々悪くないぞ――――動き難いと言う点を無視すれば。

 一応、俺は初めての仕事としてシンちゃんらと同じく冒険者をやってみるつもりでいる。

 だが、ガッチガチの着物で激しい運動とか出来ねえよ。普通に歩き難い。

 スリット入れたり遊女チックな改造を施せばまあ、出来なくもないが……却下だな。

 少々――いやかなり惜しくはあるが、和服は没である。

 

「ゴスロリ……にするならツインテールとかにした方が良いし……これならどうだ!」

 

 肩と腋だけを露出させた黒いワンピースドレス。

 足首近くまで丈はあるが普段のそれとは違ってスリットは入れていない。

 それでも割とゆったりしているのでそこまで動き難くはなかった。

 

「もう少し露出を絞るか」

 

 おみ足を覆い隠すストッキングを追加する。

 これで露出している部分は肩から指先までと腋のみになった。

 だが、まだ肌色面積は減らさせてもらう。

 二の腕あたりまでを覆うワンピースと同色のアームドレスを追加。

 手首にさりげなくリボンをあしらっているのがお洒落ポイントだ。

 まだ露出を削るなら半透明のベールとかを被るのも悪くはないが、まあそれは良いだろう。

 後は足下だが普段のロングヒールブーツも動き難くはないが……普通の編み上げブーツにしておこうか。

 

「ふむ」

 

 くるりと鏡の前で一回転。

 自分で言うのも何だが、これは中々良いんじゃないかな。

 

「やっべ、何かすっごい楽しいぞコレ」

 

 そして覚えがある、この楽しさ。

 これはそう……キャラメイクだ。

 主人公の容姿を自分で決められる系の洋ゲーで、ああでもないこうでもないと試行錯誤していた時と似ている。

 PCじゃない据え置きゲーム機でやる場合はMODを入れられないからイケメンや可愛い女キャラを作るのに苦労するんだよな。

 かなり苦労するが、それでも良い組み合わせが出来た時の達成感と言ったらもう。

 ただ、今やってるリアルキャラメイクではそのあたりの面倒臭さは楽しめないのでちょっと残念だな。

 

「武器は何にしよっかなー」

 

 種類からデザインまで自由自在だ。

 いや、問題がある銃を始めとした近代兵器系はアウトなので自由ではないか。

 

「…………これは、セーフになるのかな?」

 

 俺の手に握られているのは手の平サイズの金属で出来た円筒だ。

 は? これが武器? と思うかもしれないが、大丈夫、ちゃんとした武器である。

 ブォン! と言う効果音と共に形成された光の刃――そう、スターでウォー……んん! なアレだ。

 

「あんたが憎い!!」

 

 いや、名前的に俺は息子の方か。ルークスのスが余計だけど。

 ま、それはさておき真面目にこれはこれで面白い武器だと思うんだよな。

 一見すりゃSFチックに見えるが形成された青い光刃の正体は魔力だ。

 今は何の指向性も持たせていないが刃に使っている魔力の属性を変更すれば色々な局面に対応出来る。

 熱にすれば本家と同じく焼き切れるし、氷にすれば切った部分を凍結させる事が出来るだろう。

 

「一先ず保留で次はこれだ!」

 

 同じ刀剣類だが他の剣には妖しい魅力と美が存在するもの――そう、日本刀である。

 女の子が日本刀を引っ提げて大立ち回りをすると言うのは浪漫だ。

 そしてこれは俺の個人的なこだわりなのだが、女の子が日本刀を使うのならば大太刀が一番映えると思う。

 小太刀、脇差、打刀、太刀、どれもそれぞれ魅力はあると思うが女の子には大きな武器が似合うと言うのが個人的な見解だ。

 身の丈以上の大太刀を担ぐ俺の姿は中々様になっていると思うのだが……どうだろう?

 

「フホホ! 良くってよ良くってよ!!」

 

 今具現化した大太刀の個人的にグっと来るポイントを上げるなら、だ。

 妖刀感を際立たせる真紅の刀身、濡れたような輝きがまた何ともゾクゾクする。

 そしてそんな刀身に絡み付くボロボロの白い包帯も良いアクセントになっている。

 包帯には得体の知れぬ不思議な文字が刻印されており、如何にも力を抑えてますって感じがしてとてもグッド。

 

「担い手の血やら生命力やらを吸って形状変化する機能とかもつけてやろうかな?」

 

 演出的には封印されていた力が徐々に開放されてく的な感じで!

 ついでにその段階になると刀を握った手を起点に刃に浸食されているかのような黒い刺青が浮かび上がるようにもしよう。

 顔あたりまで刺青に浸食された状態で刃を振るうとかもう……もう!

 

「ああ、イイ……実にイイ……」

 

 とは言え、だ。世にはまだまだ中二武器が溢れている。

 この大太刀に決定してしまうのは些か気が早過ぎると言うもの。

 

「女の子が扱う巨大武器つったら、これもそうだよな!?」

 

 大太刀の次に現れたのは……そう、大鎌だね!

 色は黒、デザインは用途不明の突起をふんだんに散りばめたものがお約束だろう。

 これもまた個人的なこだわりなのだが大鎌の柄は長ければ長い程良くて、刃はデカければデカい程良いと思う。

 こんなん屋外でしか振れねえよって感じだが、浪漫の前には是非もないよネ!

 

「わーい! たーのしー!!」

 

 結局、リアルキャラメイクが終わったのはそれから五日後の事であった。




ダース・ルークス……語呂が悪いですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話(表)魔女を知るために

19時にもう一話投稿します。


「依頼達成確認致しました。それでは此方、報酬になります」

「ありがとうございます」

 

 今日の依頼を終え、ギルドのカウンターで報酬を受け取るマレウス。

 その場で過不足ないかを確かめた彼女は嬉しそうに頷き、カウンターを後にした。

 多かったり少なかったりなんてそうそうある事でもないのだが、確かめてしまうのは生真面目な性分ゆえだろう。

 

「お待たせ」

「うぇーい。今日の稼ぎもバッチリだね」

「ええ、生活費と装備代とかの分を抜いたら銀行に預けに行きましょ」

「はい。しかしあれですね、報酬の額が増えると自分達の成長を実感出来ますね」

 

 しみじみと頷くジャンヌ。

 今日受け取った報酬は、最初の頃に受け取ったものと比べるとかなり多い。

 つまり、それだけ実入りの良い依頼をこなせるようになったと言う訳だ。

 強さ自体は劇的に変わったと言う程でもないが、着実に駆け出しの域を出ようとしている事は確かだろう。

 

「そうね。ま、お金で実感って言うのはちょっとアレだけど」

「自分の成長と言うものは中々に見え難いからね」

 

 苦笑気味のマレウスにしょうがない事だとリーンがフォローを入れる。

 まだまだ基礎を出ない段階では自分の成長は実感し難い。

 三人が力を合わせればギリギリで何とかなりそうな強敵と戦いでもすればよく分かるのだが……それは無謀だろう。

 堅実な道を行く三人にはとても薦める事は出来ない。

 

「リーンくんはどうだったの? 私らみたいに強くなってるのかなぁ……とか悩んだ時期は?」

「勿論あるさ。基礎だけを積み上げ続けていた時分は特にね」

 

 今も基礎は続けているが、それと並行して実戦的な鍛錬をやったりもする。

 しかし、以前――特に十を数えるまでは素振りや走り込み、筋力トレーニングなどの基礎鍛錬ばかりだった。

 これで本当に強くなっているのだろうかと首を傾げ、焦った時期は当然ある。

 

「だけどその度、回り道こそが一番の近道だって言うザインさんの教えを思い出して自分を律して来たんだ」

 

 そしてそれは間違っていなかった。

 あれは十歳の時だ。

 ザインに連れられ、リーンは初めて実戦に出た。

 

「いきなり、あそこにモンスター居るだろ? じゃあ倒せって言われてさ。

基礎ばっかでちゃんとした戦い方も教えてもらってないのにそりゃ無茶だよって思ったね」

 

 更に運の悪い事に、リーンはそのモンスターを知っていたのだ。

 彼は鍛錬以外の時間を主に読書に費やしていた。

 その中でモンスター図鑑などにも目を通していた事があり、自分が対峙するモンスターについての知識にも覚えがあった。

 小慣れて来た冒険者がそこより上に行けるかどうかの物差しにも使われるモンスターで弱点らしい弱点は皆無。

 これまで培って来た力と経験をフルに活用せねば、まず勝ちはあり得ない。

 そんな相手に一人で挑めとは無茶が過ぎると思ったものの、師は大丈夫だと笑うだけ。

 

「で、どうしたの?」

「半ば自棄気味に突っ込んだよ――――そして、普通に勝った」

 

 楽勝とは行かなかった、正直苦しい戦いだった。だが、不思議と自分が死ぬ未来は想像出来なかった。

 戦っているリーン自身、不思議に思ったものだ。どうして自分はここまで戦えているのかと。

 そして直ぐに気付いた。これまで積み上げて来た基礎のお陰だと。

 師の教えを決して疎かにはせず丁寧に丁寧に脇目も振らず、積み上げて来た。

 だからこそ、戦闘経験がなくても眼前のモンスターと渡り合えるだけの力を得られたのだと。

 

「ボロボロになって……それでも、最後に立っていたのは僕だった」

 

 そこでようやく己の強さと言うものを実感出来た。

 何も知らないあの日の自分ならば、成す術もなく殺されていただろう。

 だがそうはならなかった、無様な姿だけれど生と勝利を掴み取る事が出来た。

 これまでの時間は決して無駄ではなかったのだ。

 

「だから大丈夫。パーティを組むようになってまだ一ヶ月と少しだけど、君達は確かに強くなっている」

 

 お世辞でも何でもない、純然たる事実だ。

 討伐系の依頼を受ける度に動きが良くなっている事をリーンは知っていた。

 戦う事に慣れ、妙な力みがなくなったと言うのもあるが、身体の動かし方を本能的に理解し始めたからだ。

 少しずつ最適化されていく立ち回りは傍で見守っているリーンにも良い刺激になっていた。

 

「うーん……」

「どうしたんだい?」

「いや、マリーとジャンヌはそりゃバリバリ身体動かす立ち位置だから成長も見えやすいでしょうよ。でも私は……」

「ああ、マレウスさんは後衛だからね。うん、確かに僕も魔法には詳しいとは言えない」

 

 だが、専門外であるリーンにもマレウスの成長は見て取れていた。

 淀みのない魔法発動であったり、冷静に場を分析する胆力であったりと。

 後衛に位置する者に必要な部分は確かに伸びている。

 

「そう、そっか。ふふ、ありがと」

「素直な感想を述べたまでさ――っと、ところでマリーさん、この後時間あるかな?」

「え? うん。銀行にお金預けに行くぐらいしか用事はないけど」

 

 前日に見繕った依頼を受ける上で、今日は早朝から業務を始めていた。

 そして依頼を終えた今、おやつ時を少し過ぎたあたりでまだまだ日は高い。

 一日に受ける依頼は一つなので、この後は特にする事もない。

 

「それなら、ちょっと付き合ってもらえるかな?」

「あら」

「まあ」

 

 リーンの誘いに反応したのはマレウスとジャンヌであった。

 二人は少し驚いたような顔をしたかと思うとニマニマと笑い始める。

 

「マリー、銀行には私とジャンヌで行くから付き合ってあげなさいな」

「ええ。そっち方面で一番後塵を拝しそうなのはマリーさんですからね。院長先生も心配してましたし」

「は?」

「……」

 

 キョトンとするマリーと頬を引き攣らせるリーン。

 前者はまるで気付いておらず、後者は勘違いされている事に気付いたようだが……。

 

「ほら、良いから良いから!」

 

 と背中を押されてしまったので弁解は出来ず。

 

「(まあ、二人も本気でそう思ってるって訳でもなさそうだし……良いか)」

「何だったんだろあの二人?」

「さあ? 細かい事は気にしない方が良いよ」

 

 マリーに変な誤解をされて空気がギクシャクするのも気まずい。

 彼女の深くは考えない性質を利用し、話題を流そうとするあたりリーンも微妙に狡い。

 

「そうだね。それで、何処行くの?」

「前にこの街に来た理由は別にあるって言ったの覚えてるかい?」

「え? あー……確かそんな事言ってたような……」

 

 シンの襲撃があった翌日に宿を訪ねた時の事だ。

 ぼんやりとだがそれを思い出したマリーはそれがどうしたの? と首を傾げる。

 

「その本命を今日、果たしに行くのさ」

「あれから結構時間経ってない?」

「運悪く会いたいと思っていた人が街を離れていたみたいでね」

「その人が帰って来たから会いに行くって事? でも何で私?」

 

 まさか一人で会いに行くのが寂しいなんて可愛い理由ではないだろう。

 年相応に繊細な面がある事も知っているが、リーンはその物腰に似合わず肝が据わりまくっている。

 マリーには同行を求めた理由がどうにも分からなかったが、

 

「その人は始原の魔女を研究している人なんだよ」

 

 その答えを聞き直ぐに得心がいった。

 

「ご機嫌取り? もしくは餌?」

 

 マリーは歯に衣着せるのが苦手であった。

 単刀直入ドストレートな物言いに顔を引き攣らせながらもリーンは頷きを返す。

 

「ま、まあそうだね。うん……でも、そんな言い方されると……ちょっと、心にクるね」

「アハハ! 気にしなくても良いよ。友達じゃん、私達。友達は助け合うものでしょ?」

 

 出汁に使われると言う自覚はある。

 だが、この程度の事で目くじらを立てる理由はどこにもなかった。

 リーンには色々助けられているし、マリーとしてもそろそろ恩返しがしたいと思っていたのだ。

 

「……友達、友達か」

「どうしたの?」

「いや、嬉しいなって」

 

 照れ臭そうにはにかむリーン――彼にはこれまで友達らしい友達なんて居なかった。

 いや、別に彼の人格に問題があるとかそう言う事ではない。

 単純に同年代の子供と接する機会がなかっただけだ。

 強いて言うなら姉と共に奴隷商人の下に居て、師であるザインと交流のあるギャビーに引き取られたとある少女だが……。

 

「(……何か、友達って感じじゃなかったし)」

 

 少しでも姉を知りたくて色々と話を聞きはしたが気安い関係にはなれなかった。

 

「あー、でもさ。私がルークスさんに会った事、信じてもらえるかな?」

「ん? ああ、そこは大丈夫さ」

 

 真なる魔女ルークス・ステラエの名は絶対の禁忌だ。

 魔女の楔を切っ掛けに広がった絶望は、生きるのに精一杯だったマリーのような人間以外は誰でも知っている。

 

 具体的な例を挙げるとしよう。

 

 ある時、自分は魔女に――ルークス・ステラエに会った事があると吹いた者が居た。

 彼はその夜、謎の発狂を遂げ自らの身体を切り裂きその命を散らしてしまった。

 このような原因不明の死亡事例は一つだけではない、十年の間に両手で数え切れないぐらい起きている。

 そんな事が世界中のありとあらゆる場所で起きたのだ、自然とその名を口にする者も居なくなってしまった。

 

「あ、あの……私、それ大丈夫……?」

 

 リーンの説明を受けたマリーは真っ青な顔で気の毒なぐらい震えていた。

 

「大丈夫さ。謎の死を遂げたのは魔女に関する事で偽りを口にした者のみ。

実際に魔女と関わった人間がその事を誰かに話しても何も起きなかった。僕だってそうさ」

「リーンくんが?」

「ああ、姉さんを介してだけど僕はあの魔女と関わっていると言って良い」

 

 情報収集の際に、そこら辺を口にした事もあるが見ての通り。

 リーン・ジーバスは今日も元気に生きている。

 

「口にする事自体が証明なのさ。ま、他にも物的な証明が出来ない事もないけどね」

「って言うと?」

「これさ」

 

 リーンが懐から取り出したのは手の平に収まるサイズの水晶玉だった。

 

「これはメモリアと言うアーティファクトでね。頭に思い浮かべた記憶をそのまま映す事が出来るんだ。

元は亡夫との記憶が日に日に薄れて行く未亡人を憐れんでとある魔法使いが贈った物らしいけど……これを使う」

 

 リーンは件の研究者に三つの記憶を見せるつもりだ。

 一つは自身の姉であるリュクス――いやさ、シンと初めて出会った時の記憶。

 二つ目は闘技場に乱入し怒りも露わにザインらに敵意を向けていた記憶。

 最後は十年振りの再会を果たしたあの夜の記憶。

 

「僕が会いに行くご老人は副業で魔法使いとして活動していてそっち方面でも名が売れていてね」

 

 メモリアの真贋も見抜けるはずだ。

 見抜けたのならばそこに映しだされた記憶が真実である事も証明される。

 

「じゃあ私もそれにあの日の事を映し出せば良いの?」

「うん、出来たら……でも抵抗があるならそれでも構わないよ。

さっきも言ったけどルークス・ステラエについて言及するだけでも証明としては十分っちゃ十分だしね」

「いや、協力するって言ったしそれぐらいはするよ」

 

 流石に頭の中を丸裸にされるのは困る。

 しかし、思い浮かべた記憶を――と言うのならば別段問題はない。

 

「ところで副業って?」

「ん? ああ、本人としては若い頃から始原の魔女の研究が本職だったんだけど……その、お金がね?」

 

 十年前の事件が起きるまでは始原の魔女の存在はお伽噺のようなものだと認識されていた。

 一応、フィクトス・アーデルハイドと言う始原の魔女、その後継者を名乗る存在は居たが誰もが信じていたかと言えば話は別。

 フィクトスにしたって圧倒的な力にこそ、敵味方問わず信を置いていたのだ。

 大事なのは力でそれが示されたならフィクトスが何者かなんて極論、どうでも良かった。

 

「そんなものを研究のテーマにしたところで、お金を出してくれる人居ると思う?」

「居ないと思う」

 

 魔女の研究は一応、考古学に分類される。

 だが、魔女にのみ焦点を当ててもスポンサーになってくれる者は居なかった。

 それ調べて何の得になんの? 大体そんな感じだったのだ。

 

「だからご老人は自分で研究費を捻出するために冒険者になったんだよ。

幸いにして、そちらの才には秀でていたからお金を稼ぐのには困らなかったそうだね」

「今も昔も、どんな事柄でもお金お金――世知辛いね」

「それは……うん、僕もそう思う」

 

 重々しく頷くリーンの説得力は尋常ではなかった。

 両親が金のために売り払った姉が巡り巡ってああなったのだから、ちょっともう笑えないレベルだ。

 

「まあでも十年前のあの事件以降はお金にも困らなくなったみたいだけどね」

「事件って言うと、えーっと、魔女の楔ぃ……だっけ?」

「そう。あれ以降、頼んでもないのに噂を聞き付けた各国のお偉いさんが情報と引き換えにって資金を提供してくれてるみたいだ」

「ふーん、って言うかさ。魔女の楔って具体的に何なの? マレウスは知ってるみたいだけど……」

 

 名前と簡単な概要ぐらいは説明してもらった。

 だが、そもそもどうしてそうなったのかがマリーには分からなかったのだ。

 

「ん、そうだね。じゃあ、道すがら軽く説明しようかな」

「よろしくお願いします」

「詳細を語る前に、先ずは当時の世界情勢を知ってもらおうか。その方が分かり易いからね」

 

 世界情勢、その単語が出た瞬間の変化は劇的だった。

 そう言う難しいのはマジ勘弁してくれよ……と言いたげなマリーに苦笑を禁じ得ない。

 

「大丈夫、簡単な事さ。スペルビアって国が世界で一番強くて世界で一番嫌われていた国だって認識してくれれば十分だ」

「それだけで良いの?」

「ああ、どの国も自分のところだけではとてもスペルビアには敵わなかった。

連合を組むにしても、大国が手を組みその上で他の中小国家も徒党を組まなきゃとてもじゃないが太刀打ち出来ない国だった」

 

 それだけを覚えていれば十分だと言われマリーはコクコクと首を振った。

 

「そんな最強スペルビアはとある魔法資源を目的にシンケールスと言う小国への侵略を開始した。

誰もがシンケールスが蹂躙されると思っていた、誰もがスペルビアの勝利を疑わなかった。

だけど、国境沿いの戦いでスペルビアは大敗を喫する事になったんだ」

「何で?」

「――――ルークス・ステラエさ」

 

 ルークスがシンケールスに加担した事で攻め入って来ていた軍隊は壊滅。

 スペルビアは局所的ではない――初めての戦争による敗北を知ってしまった。

 

「下手人であるルークスを捕らえたものの、スペルビア上層部としては看過出来る事態ではなかった」

「ん? ちょっと待って。捕らえられた?」

「勿論、わざとさ。と言っても彼女の正体を誰も知らなかったので、当日になるまでは誰一人として気付く事はなかったけどね」

「わざと捕らえられたって何で?」

「そこはこれからの話で説明するよ。兎に角、スペルビア上層部は件の敗戦をとても重く捉えたんだ」

 

 局所的な戦場での敗北はこれまでもあった。

 だが、一度始めた戦争を敗北で終えた事はなかった。

 この事実が世界へ齎す影響はとても大きい。

 

「スペルビアはこれまで力に物を言わせて好き勝手に振舞っていた。

当然、他国からすればムカつくなんてものじゃない。

さあ、そんなムカつく国が十数万もの兵を消耗し負けたとなればどう思う?」

「チャンスかなって思う」

 

 マリーの相槌に満足げに頷き、リーンは続きを語り始める。

 

「スペルビアからすれば堪ったものじゃない。そこで彼らは一計を案じた。

始原の魔女の後継者、現代の真なる魔女を名乗るフィクトス・アーデルハイドの力を大々的に示そうとしたんだ」

「え、真なる魔女って……ルークスさん以外にも……」

「今確認されているのはルークス・ステラエだけで、結論から言うならフィクトス・アーデルハイドは偽物だよ」

 

 そしてこれは個人的な見解だが、リーンはルークス以外に真なる魔女はもう存在しないと考えている。

 同じ力、同じ視点を持つ同胞が居るのならば、あの絶望を分かち合えるはずだ。

 だが十年前に見たルークスからは絶対の孤独を感じた。

 

「話を戻すと、スペルビアはフィクトスの力を示す事で他国を牽制しようと考えたんだ。

その手段こそが、シンケールス侵攻軍を壊滅させたルークス・ステラエの公開処刑。

万軍を屠る敵を軽々と殺してのける存在が居るうちに手を出せばどうなるか分かるよな? ってね。

そのために世界各国のお偉いさんを集めて、王都にある大闘技場で公開処刑を催したんだけど……」

「だけど?」

「――――それこそがルークス・ステラエの狙いだった」

「あの、リーンくん……? 大丈夫?」

 

 顔面は蒼白で、心なしか身体が震えているようにも見える。

 ただならぬ様子に心配するマリーだが当人にとっては慣れた事で大丈夫と微かに笑ってみせた。

 

「そ、そう? なら良いんだけど……でも、目論み通りって?」

「最初から公開処刑の場を作り出す事が彼女の狙いだったんだ」

 

 誰も彼もが欺かれ、気付いた時には逃れ得ぬ大渦に囚われてしまっていた。

 

「戦いは当初、フィクトスが優勢に進めていた。

だが、彼女が自身の最強魔法を繰り出したところで状況は一変する。

ルークス・ステラエが遂に自らの力――その一端を明かしてのけたんだ。

総てを圧殺する闇を砕き、別次元への道を出現させ、時間と言う絶対の法にすら干渉してのけた」

 

 微塵も色褪せぬ記憶をそのままマリーに語り聞かせていく。

 最初はそうでもなかったが、話が進むにつれドンドンと彼女の顔色が悪くなっていった。

 

「公開処刑の場は”魔女の掟”を遵守するために仕組まれた舞台だった。

あの場に居た誰もが生涯拭えぬ絶望を刻み付けられた。僕だって例外じゃない」

 

 何をしていても影が拭えない。

 表面上は真っ当に日常を送れてはいるが、頭の片隅には何時だってあの日の悪夢が。

 例え死ぬ間際であろうとも、忘れる事は出来ないだろう。

 だがリーンはそれで良いと思っている。

 

「…………その掟って、何のためにあるんだろう」

 

 ポツリとマリーが呟く。

 彼女はルークスが行った”裁き”を聞いて恐怖と同時に違和感を覚えた。

 たった一度しか顔を合わせていない。

 それでも、あの日出会ったルークス・ステラエが好んで誰かに絶望を刻み付けるような人間だとは思えなかった。

 原因は魔女の掟とやらだろう。

 

「何で真なる魔女は絶対の禁忌でなきゃいけないの?」

 

 何か理由があったはずだ。

 そうせざるを得なかった、そうしなければいけないと思った理由が。

 ”あんな顔をする人”が凶行に及ばなければならない程の掟。それが定められた理由を知りたい、マリーは強くそう思った。

 

「そうだね、僕もそれを知りたい。そうすれば彼女が抱える絶望の理由が分かるかもしれないからね」

 

 もしもそれを理解し、取り除く事が出来たのなら。

 ルークスに従う姉の危険度も格段に下がるのではないだろうか?

 主たるルークスが穏やかな生活を望めばシンも……リーンはそう考えていた。

 

「(出来るのならば僕の手で姉さんを直接救いたいけど、結果的に姉さんが救われるのなら僕はそれでも構わない)」

 

 絶望を超えたルークスならば必ずシンの心も救うはずだ。

 どうしようもない虚無を抱える現状ですら、シンに対する愛情を持っているのだから。

 とは言え現状ではあくまで選択肢の一つ。

 基本的には自分の力で姉をどうにかしたいと言うのが本音だ。

 

「(どうするにせよ情報が必要だ)」

 

 立ち止まったリーンの視線の先には来る者を拒む雰囲気を漂わせる一件の屋敷が佇んでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話(裏)むずかしいことわかんにゃい

「やあお嬢さん、こんにちは。他所から来たのかい?」

「ええ、そうよ」

 

 ルークス・ステラエ改めルーナ・プレーナちゃんじゅうさんさいが正門を潜ろうとした時、衛兵の一人が親しげに声をかけて来た。

 今の俺は美少女形態だが、下心はなさそうだ――残念。

 一体何時になったら俺は対チン魔法を行使出来るんだよクソが。

 

「はは、だと思った。何となく別の国から来たんだなって空気がしたんだ」

「……」

「どうだい? この国は良い所だろう?」

 

 衛兵の言葉に手を振り、止めていた足を動かす。

 冒険者としての仕事を始めるにあたって、俺が活動の場所に選んだのはアケディア帝国。

 今居る場所はアケディアの首都、ルクトゥだ。

 ちなみに活動場所をどうやって選んだかだが、ジョージ・トコロリスペクト――つまりはダーツだ。

 主要国家の名前を書き込んだルーレットに目隠しでダーツを投げたらアケディアに突き刺さったのである。

 首都を選んだのは単純に、実入りが良さそうな依頼を受けたかったからだが……。

 

「(…………こりゃあ、失敗だったわ)」

 

 道行く人々は皆がその顔に笑顔を浮かべている。

 テキトーに視線を彷徨わせるだけでも、日本で言うとこの交番のようなものがあちこちに設置されてある。

 かと言って監視社会のような堅苦しさは皆無で朗らかな空気が満ち溢れている。

 無愛想な顔をしている生意気そうなガキに見える俺にだって色んな人が親しげに挨拶をしてくれる。

 どんな鈍い人間でも十分もあれば、この国の治安の良さと民度の高さを実感する事だろう。

 これは首都だから、ではない。先ず間違いなく領内にある他所の街もそうだ。

 

「(気持ち悪いな)」

 

 上辺だけを取り繕っている訳ではない事は明白だ。

 これは俺の察しの良さか、或いは魔女として物事を見通してしまう目を持っているがゆえか。

 理由はどちらでも良い、ただ一つ言えるのはアケディアと言う国は酷く歪だ。

 

「(とは言え、破綻が訪れる事はそうそうないだろうが)」

 

 システムと言うよりは統治者のカリスマか。

 これがまだ計算づくの行いならばまだ良いが性質の悪い事にこの国の女帝様はこれが正しいと心の底から信じ抜いてやがる。

 いや、どんな奴かは知らないし見た事もないが……首都の様子を見るに俺の推測は間違いではないと思う。

 

「(ダンテは何だってこんな国を支持したんだ?)」

 

 あの日の茶番を最後にダンテとは顔を合わせるどころか連絡すら取っていない。

 NPCとして求めていた役割を果たしてもらったのだ。

 お役御免、後は好きに生きてもらっても何の問題もない。

 変に繋がりを残したままだとアイツも気にするかと思ってノータッチだった。

 

「(気付いていない? いやまさか)」

 

 ダンテ・マルティーニと言う男が獲得した自我、人間性。

 それがこの国の現状を許容するようにはどうしても思えなかった。

 気付いていないのかとも思ったが、その線もないだろう。何か妙に察しの良い奴だったし。

 力で従わせられているとか、人質って線もあり得ないだろう。

 この国を治める女帝と、それに心酔しているであろう連中が”そのような行い”を許容するとは思えない。

 だから自発的にこの国を支持したのだろうが……独立当初は歪さが分からなかった?

 

「(だとしても十年の間に見えて来るし、見えて来たなら行動を起こすだろう)」

 

 だがそのような痕跡はまるで見えない。

 かと言って国を捨てていずこかへ去ったのかと言われればそれも違うだろう。

 さっきチラリと小耳に挟んだが、ダンテはアケディアの要職に就いてるっぽいし。

 

「(…………いや、どうでも良いか)」

 

 今の俺はルーナ・プレーナちゃんじゅうさんさいなのだ。

 国の在り方とかダンテがどうとか、そう言うのに考えを巡らせる必要はないだろう。

 ダンテにはダンテの人生がある、好きに生きろと解き放ったのだからそっとしておこう。

 

「(だっておれ、じゅうさんさいだもん)」

 

 むずかしいことわかんにゃい。

 じゅうさんさいなのに厨スペックな冒険者ルーナちゃんは依頼の事だけを考えていれば良いのだ。

 

「(しかし、うーむ……やっぱり違和感あるわ)」

 

 何かとルーナ・プレーナちゃんじゅうさんさいを連呼しているのには理由がある。

 冒険者として活動するにあたり、ルークスの名前は当然使えない。

 正直偽名を名乗るのには抵抗があった。

 エレイシアロールをすると決めて現世に旅立った時も、名前だけはと守り通したぐらいだからな。

 だがまあ今回は仕方ないので短期間だけだからと偽名を名乗る事に決めた。

 まったくかけ離れ過ぎているのもあれだから、天体繋がりで満月を意味する名をつけてみたのだが……。

 

 兎に角違和感が凄い。

 

 だから俺はルーナと何度も自分に言い聞かせているのだ。

 だが、ルークス・ステラエは前世の名である松風健太郎(あだ名はマツケン)よりも長く使った名。

 二千年ルークスで通して来ただけに中々、ルーナと言う名は馴染まない。

 

「(ま、しゃあないか)」

 

 大体、偽名を用意したけど他人に名乗るかどうかは怪しいしな。

 冒険者としてのライセンスなんぞ持ってないが魔法でごり押すつもりだし。

 依頼も誰かと組むとか……ちょっと緊張するし、ソロでこなそう思っている。

 ルーナ・プレーナの名前を使う機会があるかは怪しい。

 

「(っと、此処だな)」

 

 剣と盾が刻印された看板を掲げている建物の前で立ち止まる。

 一国の首都に設置しているからか、このギルドの建物はちょっとした豪邸並にデカイ。

 内心の緊張を押し殺しながらドアを潜ってみると……これまた、凄い熱気だ。

 

「おい姉ちゃん! まだ注文届かねえんだけど!?」

「こっちもグラス空なんですけどー?」

 

 一階部分はまるまる酒場になっているらしくかなりの賑わいを見せている。

 事前に調べた情報によると、大体どこのギルドも掲示板に依頼が貼り付けてあるそうだが……二階っぽいな。

 

「(クラブかビアホールって感じだな、俺も前世では付き合いでこう言うとこ来たが……)」

 

 あんまり得意ではない、根がオタクだからだろうか?

 とは言え妙な懐かしさを感じるのもまた事実。

 依頼が終わったら軽く一杯ひっかけていくのも悪くないかな。

 などと考えつつ二階に上がり依頼が貼り出されている掲示板の前へ。

 規模が規模だけに、めっちゃ多い。

 

「(何か大学の求人情報貼り付けてある掲示板を思い出す)」

 

 ずらーっと並んだものからどれが良いかと頭を悩ませたものだ。

 

「(とりま重視するのは報酬だわな)」

 

 実力的にこなせない依頼は皆無だ。

 そうなるとどれでも良いとなって逆に選び難くなってしまう。

 だから条件を設定してみたのだが……それでも迷うな。

 首都にあるギルドなだけに高額報酬の討伐依頼が十も二十もある。

 

「(お、これとかええやん)」

 

 森の古城を占拠しているアンデッド・ジェネラル討伐。

 難度は最高だが、それに見合うだけの報酬が出るみたいだし。

 それに森の古城って言うのが個人的にグッド。

 殺人事件とか起きそうなスポットだ、観光がてらアンデッドをぶち殺しに行くのも悪くはない。

 モンスターを駆除し終えたら、一人で名探偵ゴッコとかやってみようかな?

 

 ウキウキしつつ手を伸ばすと、

 

「「ん?」」

 

 誰かの手が重なる。

 思わず横を見ると、そこには二十代前半ほどの女が立っていた。

 琥珀色の瞳とウェービーな紫色のロングヘアーが特徴的な品を感じさせる彼女は端的に言って美人だった。

 後、これは完全に主観なんだけど”あらあらまあまあ”とか言いそうだな。

 

「あらあらまあまあ」

 

 って本当に言った!?

 困ったように頬に手を当て苦笑する女に軽く感動を覚えてしまう。

 

「(つかコイツ……いや、どうでも良いか)」

 

 今の俺はルーナ・プルーナちゃんじゅうさんさいだ。

 この女が何者かなど考える必要はない。

 

「その、お嬢さん? えーっと、あまり無理をするものではないと思うのだけど」

 

 必死に言葉を選んでいる感がありありだな。

 まあ確かに俺の今の外見は子供のそれだ。

 最高難度の依頼を受けようとするのを見れば止めようとするだろう。

 例えこの女の価値観が”常識”から外れていても。

 

「あなたの目、硝子玉か何かなのかしら。役に立たないなら取り換えた方が良いんじゃない?」

 

 刺々しい言葉と共に左手を突き出す。

 ルーナちゃんは無表情系ツンツン毒舌美少女と言うキャラ付けなのだ。

 

「えっと……」

「頭の巡りが悪そうなあなたに言葉を重ねる気はないわ。分かり易く教えてあげる」

 

 突き出した左手をパーにすると女も言わんとしている事を理解したらしい。

 ゆっくりと右手を突き出し、俺の手と真正面から組み合う――ようは単純な力比べだ。

 

「ッ!?」

 

 秒と経たずに女が膝から崩れ落ちた。

 外見に惑わされて油断していたのだろう、今更必死に力を入れているが……無駄だ。

 信じられないと言う顔をしている女を見下ろし、

 

「お分かり?」

 

 パッと手を放す。

 そしてそのまま依頼の貼り紙を剥ぎ取りカウンターへと歩き出そうとしたところで声がかかった。

 

「ま、待って!」

「……まだ何か?」

「ごめんなさい。決して馬鹿にしたつもりではなかったの」

 

 申し訳なさそうな顔で頭を下げられてもね。

 今のキャラ的にツンツンしてるからアレだけど、アンタの気持ちが分からないでもない。

 この外見で強いとか普通は想像し難いもの。

 

「別に。気にしてないわ、慣れてるもの」

 

 と言いつつも不機嫌顔をするのがポイントだ。

 気にしてないと言いながらも子供だからと侮られる事に対して不機嫌になる。

 可愛いキャラ付けだとは思わないかね?

 

「わたくしはティナ。あなたのお名前を教えてくださる?」

「ルーナよ。話は終わり? 私、暇じゃないんだけど」

「えっと、その……無礼を働いておいて、厚顔だとは分かっているけれど……お願いがあるの」

「何?」

「わたくし、どうしてもその依頼を受けなければいけないの。どうか、同行を許可して頂けなくて?」

「……」

 

 さて、どうしたものか。

 先にも述べたがソロでパパっと依頼をこなすつもりだったからな。

 名探偵ゴッコをするつもりだったからな。

 ただ、ここで断っても勝手に着いて来そうな予感がひしひしと……。

 尾行されても撒けるし、何なら森の中を延々彷徨わせてやっても良い。

 いや、ちょっと頭の中を弄り回してやればもっと早く片付くか。

 

「報酬は要らないわ。同行をさせて貰えるだけで良いの」

 

 うーむ、パーティを組むのも冒険者っぽくて良いとは思うが……コイツは……。

 いや、飽きっぽい俺の事だ。次に冒険者をやる機会なんて巡って来ないかも。

 それならパーティを組む人間がアレでも我慢するべきかも。

 

「しょうがないわね」

「ありがとう! 感謝致しますわ!!」

 

 不安げな表情から一転、花が咲いたような笑顔とはこの事か。

 ツラは良いし、中身がアレじゃなければ俺もキュンキュン出来たんだがな。

 

「じゃあ、さっさと行きましょ」

「ええ」

 

 そんなこんなでパーティを組み、受け付けで依頼を受諾。

 古城がある森は首都から結構離れた場所にあるとの事で馬を貸し出してもらい俺達はルクトゥを発った。

 俺が調べた限りでは遠方であっても足を用意してもらうなんてのは滅多にないらしいが……まあ、お国柄だろう。

 力ある者、戦える者を遇するのがアケディアの国是だ。

 とは言え、それは力無き者を軽んじる訳ではない。適材適所。

 力ある者には力ある者の、力無き者には力無き者の担う役割があると言うだけ。

 単純に力を至上と掲げるだけの国であれば人々はあんな顔で笑えはしないだろう。

 

「(だからこそ性質が悪いとも言えるが)」

 

 何でダーツでこの国当てちゃったかな、ホント。

 

「ルーナさん、乗馬がお上手なのね」

「別に」

「ふふ、そう謙遜なさらずとも」

 

 ちなみに乗馬なんて前世を合わせても今日が初めてだ。

 それでもジョッキーの如く馬を操れているのは、ひとえにパラメーターを弄ったからである。

 反則技を褒められたところでバツが悪いだけだ。

 これが魔法の技量とかなら自分の努力で掴み取ったと(ない)胸を張れるんだけどな。

 

「そう言うあなたも、見苦しくない程度には出来るようね」

 

 馬上で、しかも速度を緩めないまま群がってくれるモンスターを槍で蹴散らすだけの技量があるのは凄いと思う。

 キャラ的にもティナの人格的にも真正面からは褒められないけど。

 

「乗馬は小さい頃から嗜んでいましたもの、少しは自信がありましてよ」

「……へえ、あなた良いところのお嬢様なのかしら?」

「え゛? い、いえ……そ、そんな事はありませんわ。何処にでもあるような家の生まれでしてよ、ええ」

 

 普通の家庭で育ったお嬢さんが”でしてよ”だとか”ありませんわ”なんて言うものかね。

 

「ふぅん? ま、別に良いけど。それより、速度を上げるわよ」

「了解ですわ」

 

 鞭を入れ、速度を上げる。

 ドラゴンの背に乗って風を感じるのも良いが、馬と言うのも中々に良いな。

 今度は純粋に遠乗りにでも出かけてみようかなと思う程度には気に入った。

 

 そうして走り続けてしばし、地図に示された森を見つけそこに突入。

 奥へ奥へと進む度に空気が澱んで行くのを感じる。

 一般人であれば先ず近寄ろうとさえ思えないだろう。

 

「此処からはわたくしが先導致しますわ。ルーナさんは、地元の人間ではないでしょうし」

「好きになさい」

 

 普通に見通せるし、目を飛ばして空から俯瞰する事も出来る。

 別に迷う事はないのだが、ここで否定を返すのもおかしいだろう。

 少しだけ速度を緩め、ティナのケツを追うように位置取りを改める。

 

「(……そういやコイツ、何で同行を願い出たんだろ?)」

 

 強者を求めて――と言うのもあるように思うが、本命ではなさそうだ。

 少なくともこの依頼を受けたい、受けなければいけないと言う使命感を覚えている事だけは確かだと思う。

 

「ルーナさん、馬はこの辺りに繋いでおきましょう。此処からは徒歩ですわ」

「分かった」

 

 広大な湖の中心に佇む古城を視界に捉えてはいるものの、まだ距離はある。

 なのに馬を置いて行ったのはその安全を考慮しての事だろう。

 古城を占拠するアンデッド・ジェネラルの影響か、森に他のモンスターは居ない。

 周辺に眷属であるアンデッド・ナイトやアンデッド・ウィザードをウロつかせているが城に近付かなければ無害だ。

 逆に近付けば馬だろうが人だろうが容赦なく襲って来るだろう。

 

「なるべく戦闘を避けて内部に侵入出来るルートがありますが……」

 

 将軍ぶち殺せばそれで終わり、無益な戦闘は避けるのが定石だろう。

 ああ、ティナの言わんとしている事は勿論理解している。

 

「結構よ。正面からブチ抜けば良いだけだもの」

 

 まあ、理解したからとてそれを酌むかどうかはまた別の話だが。

 そもそも無理を言って着いて来たのはティナだ、俺がそちらに合わせる義理はない。

 

「あなたは好きになさい」

 

 城へと続く跳ね橋に足をつけた途端、周辺のアンデッドどもが一斉に視線を向けて来た。

 髑髏の眼窩にくゆる赤い光は殺意の証か――是非もなし、かかって来いよ残骸ども。

 

「見苦しい連中ね」

 

 長さ百メートル、幅数十メートルの跳ね橋を埋め尽くすアンデッドの群れ。

 それが一斉に殺到して来る光景は中々に壮観だ。

 無双系のお遊びに興じるのには打ってつけである。

 

「もう、空はとっくに別の色だと言うのに」

 

 拳を振るいその風圧で敵を吹き飛ばす。

 回し蹴りを放って近くに居た連中諸共、カマイタチで切り刻む。

 空から魔法を放って来る敵には手近な敵を引っ掴んでそれを投擲し撃墜。

 

「(たーのしー!!)」

 

 本当の無双(あい)はここにあったんだね、かばんちゃん!

 

「(やっばい、これやっばい……あー……脳筋スタイルが癖になりそうだわ……)」

 

 これまでにもスペルビア軍相手に無双かましたりはしてた。

 だけどあれって、単なる広範囲攻撃じゃん?

 直ぐに終わるから楽しさも達成感もないって言うの?

 こう、無双って言うのは物理で数を蹴散らすのが一番なんだな! って僕は思いました、まる!

 

「(っと、もう終わりか……良い前菜だったぜ。ありがとよ)」

 

 跳ね橋の終点、閉ざされた城門の前に立ち感謝を捧げる。

 そういやティナはどうしてんだろ? とふと疑問に思い背後を振り返ると跳ね橋の入り口でポカーンと大口を開けていた。

 

「(まあアレはどうでも良いや。問題は、どう門を開けるかだ)」

 

 どうすればカッコ良く門を開けられるのか。

 ゲーム中にポーズボタンを押すかのように時間を止め、しばし熟考。

 DIO様でもやらねえよってレベルの贅沢な時停めをしているような気がしないでもないが便利なんだからしょうがないよね。

 

「(――――シンプルイズベスト)」

 

 奇を衒う必要はないとの結論に達した俺は時間停止を解除すると同時に城門にヤクザキックを叩き込んだ。

 

「(扉は蹴破るものだってばっちゃが言ってた)」

 

 バラバラと降り注ぐ破片の中、悠然と歩を進め城内に侵入。

 進路上を阻もうと襲撃を仕掛けて来るアンデッド達だが、俺の進撃は止められない。

 両手にアンデッドを引っ掴んでそれを武器のように振り回して敵を蹴散らす。

 壊れても次の武器は直ぐにやって来てくれるので補充も容易だ。

 

「(さて、次の角を左……かな?)」

 

 一見すればあてもなく彷徨っているように見えるだろうが、どっこい違います。

 脳内マッピングで一番絵になる場所へと向かっている真っ最中なのです。

 何か気付けばティナがどっかに行ってしまっているが奴は奴で何某かの目的を果たしているのだろう。

 わざわざ調べようとも思えない。

 

「敵わないって事ぐらいは分かっているだろうに、それでも向かって来るのね」

 

 アンデッドを放り投げ扉を破壊し中に踏み入る。

 そこは広大なダンスホール――往時はここも随分と賑わっていたのだろう。

 この場所こそが、俺の目的地だ。

 

「そんなに憎い? いや、憎しみさえ自覚出来ていないのかしら」

 

 薄暗いダンスホール、これはこれで悪くないがもう一花添えさせてもらおう。

 そう心の中で呟き、ダンスホールに無数の鬼火を出現させる。

 無数の青白い鬼火が啼くように揺れ照らす室内。

 現世と幽世の狭間に迷い込んだかのような心を不安にさせてくれるこの光景は実に良い。

 アンデッドとの戦いなんだ、こう言う雰囲気がなきゃ片手落ちだろう。

 

 ……本来は向こうが自主的にしてくれる方が嬉しいんだけどな。

 

 とは言え、たかだか残骸風情に風流を介せとは無茶が過ぎるか。

 そんな事を考えながらステップを刻むようにアンデッドの群れをすり抜け中央へと躍り出る。

 

「憐れね。でも良いわ」

 

 異空間からこの日のために用意した得物を引き抜く。

 

 それは、剣というにはあまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた――いや、大雑把ではないな。

 思わずベルセルクっちまったけどこの大剣に仕込んだギミックは決して雑じゃないぞ。

 丸い切っ先、刀身を覆うようにぐるりと敷き詰められた一つ一つが拳程の大きさを誇る乱杭歯のような鋭い突起。

 勘の良い方であれば、コイツがどんなものかを即座に理解出来るだろう。

 とは言え、まだコイツの本領を発揮させるつもりはないけどな

 

「――――さあ、踊りましょう?」

 

 付き合ってあげる、踊り疲れて眠ってしまうその時まで。

 

 俺の誘いに応じるかのように耳触りな鳴き声を上げアンデッドらが殺到する。

 最早統制も何もない。狂える想念がままに吶喊しているだけ。

 魔法を使える奴らに至っては味方ごと俺を攻撃している。

 だが、無謀な吶喊も味方を省みない非情の攻撃も――俺には届かない。

 

 先程までの力押しとは一転、俺は流麗さに重点を置いた立ち回りをしていた。

 

 ステップを刻むような足捌きで合間を縫い一時足りとて一所には留まらず。

 その流れに逆らわず身を任せ淀みなく大剣を振るう。

 第三者が居れば踊っているかのようだ、と形容した事だろう。

 

「(っと、ようやくか)」

 

 数百体は屠っただろうか、ようやく待ち人がやって来た。

 これまで我武者羅に攻め続けていたアンデッドらが手を止め俺から離れて行く。

 そうして広がった視界の向こう――重厚な金属音を立てながらそれは現れた。

 三メートル近い巨躯をすっぽり覆い隠す豪奢な黒い甲冑。

 血で赤黒く染まった大剣を引き摺るようにして近付いて来るそいつは、成る程確かに将軍(ジェネラル)だ。

 

「……」

 

 髑髏の眼窩に宿る赤い光が不気味に揺らめいた。

 瞳が無いのでそうとは分からないが、多分俺を睨みつけているのだと思う。

 

「ッ!」

「下僕がやられて怒ったの? ああ、そんな事を考える頭はないか。空っぽだものね」

 

 振り下ろされた大剣が床を砕き瓦礫を巻き上げた。

 肉体の制約がない将軍様は返す刀で剣を振り上げ怒涛の連撃を繰り出す。

 目的は語るまでもなく、俺の命だ。

 風圧だけで身体が切り裂かれてしまいそうな斬撃の嵐はしかし、決して俺には届かない。

 紙一枚分の距離で躱し続けているからだ。

 

「(骸骨っつーと……思い出すな)」

 

 ロッドが決死の攻勢を仕掛けようとしていた巨大な髑髏。対軍クラスだったか?

 目の前の将軍は単体ではあの時の髑髏には及ばないものの、冒険者達からすれば脅威の一言だろう。

 無数のアンデッドを使役する能力に加えて単体の戦闘能力も頭抜けている。

 やりようは幾らでもあるんだろうが真正面から戦う事を選ぶ奴はそうそう居ないだろう。

 

「おっと」

 

 下段への薙ぎ払いを真上に跳躍して回避する。

 だがこれは奴の誘導だ。思考能力はないようだが空中では身動きが取れない事を本能的に察知しているのだろう。

 

「だけど残念」

 

 俺は空中でも自由自在に動ける……が、まあ今回に限っては動くまでもない。

 大上段に振り上げた剣を落下の勢いと共に将軍へ叩き付ける。

 一刀両断――とはならず、剣で受け止められてしまったものの問題はない。

 柄から魔力を流し込む。

 

「詰んでるのはそっちだもの」

 

 瞬間、ギャリギャリと甲高い音をダンスホールに響き渡る。

 発生源は俺の大剣と奴の大剣。

 原因は刀身に敷き詰められていた乱杭歯が駆動し始めたからだ。

 火花を散らしながら徐々に徐々に喰い込んでいく剣、奴もマズイと気付いたようだがもう遅い。

 

「(チェーンソーは男のロマン……!!)」

 

 女の子にデッカイ武器はお約束。

 だが、そのデッカイ武器がチェーンソーとしての機能も備えていたら?

 完璧だ、非の打ち所がない、最早無敵と言えよう。

 

「おやすみシンデレラ、舞踏会はもう終わりよ」

 

 将軍の大剣が切り砕かれ、俺の刃が脳天から股間までを一直線に駆け抜けた。

 

「――――……」

 

 両断された肉体が煙となって消滅した。

 同時に、俺達の戦いを見守っていたアンデッドらも後を追うように消えた。

 他の場所に居たアンデッドらも同様の末路を辿った事だろう。

 役目を終えた鬼火が消え、ダンスホールには再び闇と静寂が満ちる。

 

「……今、モンスターが何か喋りませんでしたか?」

 

 困惑したような声が耳に届く。

 二階に目をやればティナが大き目の袋を片手にこちらを見下ろしていた。

 

「気のせいじゃない? それより、あなたの用事は終わったのかしら?」

「え? え、ええ。お陰さまで、滞りなく」

 

 沈痛な面持ちでティナが頷いた。

 この古城に向かったものの帰って来なかった者達の遺品でも回収に来たのだろう。

 袋の中身を見るに、俺の推測は多分当たっている。

 

「そう。なら、とっとと帰るわよ。何時までも辛気臭い場所に居たくないもの」

「ま、待ってくださいまし!」

 

 そんな声を背中に受けながら俺は古城を後にした。

 少し――いやさ、かなり残念だが名探偵ゴッコと観光はまた別の機会にしよう。

 流石にギャラリーが居る中で探偵ゴッコはやれねえもの。

 

「どうしたのよ?」

 

 依頼も達成、後はもうルクトゥに帰るだけ。

 馬を繋いである場所まで戻りその背に飛び乗ったのだが一緒に来たはずのティナが居ない。

 見れば彼女は少し離れた場所でしゃがみ込んだまま微動だにしていない。

 

「(あれは、小鳥か?)」

 

 彼女はじっと自分の手の平に居る傷付いた小鳥を見つめている。

 よくよく観察してみれば、その小鳥は命の灯火がつきかけていた。

 生きていられても後十分か二十分程、絶命は免れない。

 

「……」

 

 ティナはそっと瞳を閉じ、

 

「――――弱い子は空を飛んではいけないのよ」

 

 優しく小鳥を絞殺した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話(表)籠の中の鳥に自由な羽ばたきは望めぬよ

「「……」」

 

 呼び鈴を鳴らして十数分、二人は門の前に佇んでいた。

 

「……出ないね」

「……うん」

 

 タイミング悪く家を空けていて留守――なんて事はあり得ない。

 リーンの鋭敏な感覚は屋敷の中にある人の気配、もっと言うのなら強者の気配を確かに察知していた。

 つまりはまあ、居留守だ。

 だが、それに屈するつもりは毛頭なかった。

 他人の事情を優先しがちなリーンと言えども譲れないものがあるのだ。

 

「すいませーん!!」

 

 ベルを鳴らす、連続で鳴らす、リズムを刻んで鳴らす。絶え間なく鳴らし続ける。

 殆ど嫌がらせの領域だが、これぐらい強引でなければ顔を合わせる事さえ出来やしない。

 

「HEY!」

 

 ご機嫌なリズムで奏でられる呼び鈴に思わず合いの手を入れてしまうマリー。

 リーンも何だか楽しくなって来たらしく小刻みに身体を揺らし始めた。

 すれ違う人々が何やアイツら……と言う顔をしているがまるで気にならないようだ。

 ちょっと変なテンションになっているのは先程の重苦しい空気を払拭するためなのかもしれない。

 

 そんな二人のソウルが通じたのか、演奏開始から十分後。ひとりでに門が開かれた。

 

「入って来いって事かな?」

「みたいだね」

 

 鉄扉を潜りぬけて玄関の前まで行くと扉が半分だけ開いた。

 隙間から顔を覗かせているのは片眼鏡をかけた七十代手前程の翁。

 彼は一目でそうと分かる程偏屈そうなツラをしていた。

 

「…………何の用じゃ?」

 

 出てけや小僧、小娘、と言う本音を隠そうともしないやぶ睨みの瞳。

 そりゃリーン達の態度にも問題はあるだろうが、そもそもの原因は居留守を使ったこのジジイである。

 

「ルイン・サイファー先生ですね? 始原の魔女について研究を成されているあなたに是非、お聞きしたい事があるのです」

 

 リーンはルインの刺々しい視線をどこ吹く風と受け流し用件を切り込んだ。

 それを聞いた老人は、

 

「ハン!」

 

 嘲るように鼻で笑い飛ばした。

 

「十年前は見向きもせんかったくせに魔女の楔以降、こぞってこう言うのが来おる」

 

 ぶつくさと文句を垂れ始めるルインを見てマリーはこう思った。

 めんどくせえ、ひどくめんどくせえ――と。

 道中で聞いた話で、苦労していたのは分かる。

 理解者も得られぬまま孤独な研究を続けていたのだろう。

 だがこの態度はない、初対面の人間……それも自分よりも何十歳も年下の子供にこの態度はない。

 

「何もタダで話を聞こうと言うつもりはありませんよ。あなたの研究の一助となるかもしれないものを見せる事が出来ます」

「! そいつは……」

 

 さっさと利を示し話を円滑に進めるのがベスト。

 そう判断したリーンが懐から取り出したメモリアに自身の記憶を少しだけ投影して見せた。

 すると、面白い程にルインの表情が変わった。

 

「立ち話も何ですし、中に入れてくれますか?」

「…………ええじゃろ。茶ぐらいは馳走してやるわい」

 

 扉が完全に開かれ、二人は屋内へと招き入れられた。

 

「え? な、何あれ?」

 

 豪華な御屋敷に入ると言うのは初めての経験でマリーはどうにも落ち着かない。

 だが、廊下を進んで行くと更に心を乱すようなものが現れた。

 人間大のデッサン人形が黙々と窓を拭いているのだ。

 

「ああ、あれは多分家事手伝い用に誂えたゴーレムだと思うよ」

「へ、へえ……でも、何であんな……」

 

 もうちょっとマシなデザインがあったのでは?

 そう思うマリーであったが、

 

「求めた仕事をやってくれるなら外見なんぞ些細なものよ」

「えー……」

 

 ルインは興味のある事柄以外には頓着しない性質のようだ。

 

「さて、話を聞かせて貰おうかの」

「分かりました。先ずは名前から名乗らせて頂きますね、僕はリーン。リーン・ジーバス」

「ま、マリー・スペーロです」

 

 客間に通された二人。

 そわそわしているマリーとは対照的にリーンは落ち着き払っていた。

 

「先の記憶を見るに直近で魔女の双騎士――その片割れである”憤怒の黒狼”シンとやり合ったようじゃな」

「……ええ」

「如何なる理由があっての事かえ? いや、それ以前にどう言う関係じゃ?」

 

 メモリアが見せられるのは映像だけで音声は入っていない。

 だが、その映像をほんの少し見ただけでもリーンとシンが浅からぬ仲である事が窺えた。

 ルインの観察眼に舌を巻きつつ、リーンはその疑問に答えを返す。

 

「姉弟です」

「ほう……!」

 

 ルインの瞳に好奇の色が宿る。

 憤怒の黒狼などと言う二つ名がつく程度にはシンの存在は周知されていた。

 だが、その来歴を知る者は少ない。

 片割れの白、あれはまだ竜だから良い。

 だが何故人間を? それも幼い子供の時から傍に置いている? 神器と呼んでも差し支えないアーティファクトを与えている?

 同じ黒髪だが血縁ではないだろう、ならば何故? ――ルインも含め多くの者が疑問に思っていた。

 

「是非とも詳細をお聞かせ願いたいのう。んん?」

「……」

「大丈夫さ」

 

 ルインの無遠慮な視線にマリーは眉をひそめた。

 この人に話しても大丈夫なのか? とリーンに目で問うが彼に隠しだてする気はなかった。

 対価たる情報を貰うために好悪を選べる程、余裕はないのだ。

 

「姉は僕が生まれる以前、店を立て直すため両親に売られた奴隷でした」

「ほう、奴隷とな……つまりお主はある時期までは姉の存在さえ知らんかったと」

「ええ、姉の存在を知ったのは自由を得、報復のために実家を襲撃して来た時でした」

「自由を得た、か」

 

 ルインが顎をしゃくりあげる。

 彼にシンと直接の面識はないが伝え聞く性格からして主人に媚びを売って”枷のある自由”を得た訳ではないだろう。

 となると――――

 

「御察しの通り、姉の何某かが魔女を動かしたのでしょう。

姉の居た商館には同年代の他の奴隷も居たようですが、手を差し伸べられたのは姉だけ。

ルークス・ステラエは姉に何かを感じ、力を与えて自ら檻を破壊する機会をくれてやったんです」

「姉は奴隷商人とそれに侍る者らを皆殺しにし、その足で自分を売り飛ばした両親を殺しに来ました」

「己がおらぬ間に生まれておった弟……よくもまあ、無事じゃったな」

「殺すよりも同じような目にと見逃されただけです。当時の僕は五歳かそこら。どうなるか察しはつくでしょう?」

 

 うむ、とルインが頷く。

 研究者なんて世俗とは疎そうな職業をしているこの老人だが、先にも述べた世知辛い事情により冒険者をやっていた。

 人並み以上に世の汚い部分も知っているのでリーンの言わんとしている事は容易に理解出来た。

 

「運が良かったのでそうはなりませんでしたがね。まあ、そこらは僕個人の事情なのでどうでも良いでしょう」

 

 ルインが知りたいのはあくまで魔女に関する事柄のみ。

 その従者であるシンの事ならばともかく、シンの弟たるリーンが辿った道などに興味はないだろう。

 

「じゃな。しかし、ふむ……成る程、伝え聞く黒狼の嚇怒。

それを育んだのは父母の裏切り、そして奴隷として過ごした劣悪な環境ってところかのう」

「でしょうね。特に後者、僕も直接聞いた訳ではありませんが姉はどうやら六年もの間、商館で調教を受けていたようですからね」

「六年!? 確かにお主らのような人種は貴重じゃろうが……いや、払った金とかけた時間で後には引けなくなったと言う感じか」

「……」

 

 傍で会話を聞いているマリーの表情は苦々しい。

 リーンから既に事情は説明されているものの、内容が内容だ。

 真っ当な善性を持つ者にとっては何度聞かされても慣れず嫌悪を覚えるものでしかなかった。

 

「それだけの期間、調教を受けていた、調教を施す必要があった」

 

 つまり自分は奴隷などではなく一個の人間であると言う自負を捨てなかったと言う事だ。

 

「元々心が強かったんでしょうね。でも、その心の強さは心無い悪意により歪んでしまった」

「生来の強さがゆえ劣悪な環境へ己を追いやり”怒り”を育む時間になった訳じゃな」

「ええ、そして恐らくは……」

「その育んだ怒りが魔女を動かす呼び水となった可能性が高いの」

 

 そこからルインは一人ぶつぶつと呟きながら思索を始めた。

 リーンによって齎された情報は、実に有益なもの。

 これまでに自らが得ていた情報と組み合わされば見えなかったものが幾らも見え始めて来る。

 

「しかし……ふむ、何だってこれだけの情報がわしの下へ入らんかったのか」

「ああ、言い忘れてましたがね。僕と姉の生まれはスペルビアの王都なんです。

そして、殺された奴隷商人と言うのは多数の有力貴族とも付き合いがあったそうで……此処まで言えば察しはつくでしょう?」

 

 かつてスペルビアに存在していた大物奴隷商人コーザ・ノスト。

 有力貴族らにせっつかれた憲兵らが調査し、リーンに辿り着いた結果、下手人がシンである事が露見した。

 しかし、そのシンが魔女の従者である事を知った途端、保身のため彼らは手の平を返した。

 事件記録を揉み消し圧力を以って、時には殺害と言う手段に及んでまで情報を知る者の口を閉ざさせたのだ。

 

「ふぅん……まあええわい。それより続きじゃ続き。

先程、メモリアに映っておった記憶でお主はつい最近黒狼とやり合ったそうじゃが、如何なる理由でかの?

お主が黒狼の望む通りの道を辿っていなかったから殺しに来た――と言う訳ではあるまいて」

 

 もしそうなら十年もの間、放置されているだろうか? 答えは否だ。

 リーンは最早どうでも良い存在だったに違いない。

 何か別の――リーンには関係のない出来事があった。

 そこに首を突っ込んで来たからもののついでに殺しておこう程度のものだったのでは?

 そんなルインの見立てにリーンは苦い顔で頷いた。

 

「……その通りです」

「ふむ、察するに先の戦いに関わっておるのがそこなお嬢ちゃんと言う事かの?」

「ええ――マリーさん」

「う、うん! 分かった。えっと、これに触って思い出せば良いんだよね?」

 

 メモリアを手に取り初めてルークスと出会った時の事を思い返す。

 

 自分達が世話になっていた隊商に襲い掛かった不運。

 仲間を護るためにやった無茶。

 その果てに紡がれた出会い。

 

 最初から最後までを思い返し、余す事なくメモリアに映しだして見せた。

 

「……」

「あ、あの……サイファーさん?」

「続きを頼む」

「え? 続きって?」

「黒狼がお主を襲い、事が終息するまでの仔細を映像と言葉で語って見せてくれい」

「わ、分かりました」

 

 言われるがままシンとの邂逅を思い出す。

 そして記憶にある通りのやり取りを口にしつつ事の顛末まで説明し終えると、ルインは難しい顔で俯いてしまった。

 

「………………んでお主ら、と言うよりは小僧か。小僧はわしに何を聞きたいのかね?」

 

 ようやく口を開いたかと思えばマリーの件にはノータッチ。

 これには流石の彼女も肩透かしを食らったらしく、しぱしぱと目を瞬かせている。

 

「僕の用件に入ってもよろしいので?」

「ご機嫌取りじゃ。お主らとは良い付き合いをすべきと判断したまでの事」

 

 更に言えば何からマリーに尋ねようかと決めあぐねてもいた。

 もっと詳しく知りたいし、彼女が魔女を見てどう思ったのか、何を感じたのか。

 あまりにも衝撃的な事実を知ったため、ルインは考えをまとめる時間が欲しかった。

 ゆっくりと今日知った事を己の中に落とし込み、その上で改めて話を聞くべきだと判断したのだ。

 

「何ならあれじゃ、金を払ってもええぞ。幾ら欲しい? ん?」

「な、何かいかがわしいなぁ。別にお金は良いです。

リーンくんの力になってくれるなら私もサイファーさんに協力しますから……まあ、私が役に立つかは分かりませんけど」

「ほーん、何じゃ? お主らデキとるんか?」

 

 ジジイは若者の恋愛事情にも割と興味津津だった。

 

「デキ……!? 何でそう言う誤解を……違います! 僕と彼女は友達なんです!」

「ま、ええわい。して、お主は何を聞きたいのかね?」

「魔女について知り得る限りの事を教えてください」

「こりゃまた偉く曖昧な。いや、話せぬ事はないがそもそもわしの研究に明確な答えが出た事は少ないぞ」

 

 推論を立ててもその答え合わせが出来ないのだ。

 あくまで断片的な事実から導きだした私見ばかりだとルインは肩を竦める。

 

「それでも構いません」

「ふむ、良かろう。だが何から話したものか……ああそうだな、お主は真なる魔女とは何だと思う?」

 

 曖昧な要求に返されたのはこれまた曖昧な問いだった。

 何だと思う? 分かり易いようで分かり難い問いだ。

 思案顔のリーン、煙に巻かれている訳ではないだろう事は分かるがどう答えたものか。

 

「意思ある天災寄りの自然現象……でしょうか」

「ほう、どうしてそう思った?」

「抗えぬ程大きな力は天然自然が齎すそれにも似ていると思います。ですが、単なる自然現象とは違い魔女には明確な意思がある」

 

 他の魔女の人格について語れる事はない。だって知らないから。

 だが、ルークス・ステラエについてならば僅かばかりは語る事も出来る。

 失望と諦観により倦んではいるが、その本質は恐らく善寄りだろう。

 だからこそ、シンは救われ師であるザインを始めとする勇者らは見逃された。

 

「とは言え、その行いが善なるものかと問われれば……首を傾げてしまう」

 

 確かにルークスは名も無き奴隷の少女を救った。

 だが、その代償として決して少なくはない血が流れた。

 確かにルークスはシンケールスと言う国を救った。

 だが、結果として十数万の命が消えた挙句その後の事件で多くの人々に生涯拭えぬ絶望を刻み付けた。

 恵みを齎すが一方で害も成す。正に天然自然のそれだ。

 害を成された者の中には報いを受けたと言っても良い者も居るが、それとこれとは話が違う。

 

「その時々で一個人を救う事はあれども、本質的には人間の味方でも敵でもない。

いやそもそも敵味方なんて簡単な枠に収まるような小さな存在ではない、人の形をした森羅万象そのもの」

 

 何を基準に動いているかすら不明瞭。

 輝ける人の意思なのか、確かにそれに動かされたと思わしき事例もある。

 だが真にそれを行動原理としているのならば救われた者がもっと居ても良いはずだ。

 それに何よりそれが根本にあるのだとすれば何故、シンは救われた?

 彼女は酌むべき事情はあれども負の想念の塊だ。

 ならば弱者救済? 重ねて言うがそれならば救われた者が少な過ぎる。

 

「言葉で説明されたとしても理解出来るかさえ怪しい」

 

 総じて、その存在は矮小な人間が理解するにはあまりにも膨大(でか)過ぎる。

 

「これが僕の見解です。サイファー先生、あなたは魔女をどう捉えているのです?」

「お主の意見にも頷ける部分はある。抗えぬ程に巨大な力は正に森羅万象のそれじゃて」

 

 じゃが、と言葉を区切りルインは自身の見解を述べた。

 

「小僧、お主は人間の味方でも敵でもないと言うたな?

わしの意見は真逆じゃ。真なる魔女とは人と世界の味方――守護者、或いは調停者だと考えておる」

「それは……大昔にあったと言う混沌の時代を指しての事ですか?」

 

 千年、万年、或いはもっと前か。

 気の遠くなるような大昔の話、人類は滅びに瀕していた。

 あまりにも昔の事ゆえ、正確な記述を示す資料などは残っていなくて殆どお伽噺のようなものになっているが二つだけ。

 どれにも共通している事実がある。

 一つはモンスターの大量発生によって人類の生存圏が極限まで小さくなり滅ぶ一歩手前まで行った事。

 二つ目は始原の魔女を名乗る者らによって齎された現代で言う冒険者システムのお陰で滅びを免れた事。

 

 ルークスを調べる中で、リーンも当然それら知識は仕入れていたが、

 

「ですが、あれは本当に人類のためなんでしょうか?」

 

 人類を存続させたいから力を与えたとはどうしても思えない。

 純粋に人類を守護したいのであれば始原の魔女らがモンスターを滅ぼしてしまえば良かった。

 時すら操るルークスの力を見るに魔女達だけ――いやさ、魔女一人だけでもやれたはずだ。

 だがそうはならなかった、人類は自らの手で滅びを覆した。

 そしてモンスターは今を以ってしても存在している。

 

「その後の事を鑑みても、僕には気紛れだったとしか思えません」

 

 人類が自らの存続を確かなものにした後の事である。

 ある程度の復興が進むと、今度は人間同士の戦争が始まった。

 まだ魔女達の力が色濃く残っていたので、誰もが簡単に戦士となる事が出来た。

 そのせいで戦争は人類が滅びに瀕する以前のそれと比べ物にならない程激化し夥しい程の血が大地に流れたのだ。

 それこそ、またしても滅びがチラつく程に。

 

「魔女に戦争を止めろとでも?」

「そこまでは言いませんが……」

 

 ある程度の安定を取り戻したところでシステムを劣化させるとかは出来たはずだ。

 現に今では力を得るために便利なシステムではあるが、大昔のように誰もが戦う力を手に出来る程の利便性はなくなっている。

 

「いや、でも……そうかもしれません。始原の魔女らが人類を統治していれば恒久的な平和が実現出来たんじゃないでしょうか?」

 

 あの国が強い、この国が弱い、優劣がつくから国家間の争いが起きてしまう。

 個人の間で相争う分にはまあ、人の性ゆえ致し方ないのかもしれない。

 だが国同士の戦争は違う。

 圧倒的な力を以って総てを支配する誰かが居れば戦争など起きようはずもない

 

「人と世界を守護すると言うのであれば魔女による統治が最善ではないでしょうか?」

 

 しかし現実は違う。

 歴史を紐解けばうんざりするぐらいに戦争が起きている。

 そして、魔女は何もしなかった。

 それどころか掟とやらのために国を、酷い時は大陸を丸ごと消し去ったりもしていた。

 

「第一、味方だと言うのであれば何故魔女は絶対の禁忌で在らねばならないのです?」

 

 魔女を騙った者だけを殺すのならばまあ、納得出来なくもない。

 だが無関係の人間を巻き込み絶望を世界に拡散する必要がどこにある?

 そんな指摘にルインはその言葉が聞きたかったとばかりに笑みを浮かべた。

 

「そう、そこじゃよ。わしも以前は差異はそれなりにあるがお主と似通った捉え方をしておった」

 

 とは言えその仮説にも拭えない違和感があった。

 それを解消したのが、

 

「じゃが十年前の事件で真なる魔女ルークス・ステラエから魔女の掟なる存在が語られ認識が変わった」

 

 それは長年魔女について研究していたと言うだけでなくルイン自身が魔道の徒であったと言うのもあるだろう。

 

「フィクトス・アーデルハイドは何百年に一人の逸材よ。

限りなく高みへ近付いた人間だと言っても過言ではない。

千年に一人、万年に一人の逸材であっても同じ。

そりゃあフィクトスより強くはなるじゃろうが時にさえ手をかける程の非常識は体現出来ん」

 

 どれだけ才があっても到達出来る限界は同じ。

 才能の差が生じるのはそこに至るまでの時間程度のものだ。

 

「じゃが、ルークス・ステラエは違った。

十年前の事件で師についても軽く言及しとるそうではないか」

 

 つまりは最初は只人で、そこから神域へ至ったと言う事に他ならない。

 勿論、神域へと至るためには才能が最低条件なのだろう。

 それも百年千年では足りぬ程の。

 ひょっとしたら”人間”ルークス・ステラエは億年に一人の才能の持ち主であったのかもしれない。

 尋常ならざる才に加えて執念があった――だがそれだけではまだ足りない、届かない。

 

「始祖たる始原の魔女がどうやってそこに至ったのかについては置いておくとしてじゃ。

まず間違いなく神域へと至るためには先達たる真なる魔女の導きが必要不可欠。

才と執念を持ち合わせた者だけが、その導きを経て真なる魔女へと至る可能性を秘めているとわしは推測しておる」

 

 これはそう的外れな推測ではないと言う自信があった。

 神域へと至る最後のピースはもう先達の導きぐらいしか考えられない。

 

「さあ、そうすると気にならんかの?」

「何がでしょうか?」

「”目指そうと思う事にすら忌避を覚える”、”そもそも目指そうなどと考え付かぬ”と言う魔女の言じゃて」

 

 真なる魔女の導きなくして辿り着けぬのならば何を思おうと自由だろう。

 プライドを守るため? 馬鹿な、結局至れぬのなら気にするまでもない。

 そもそも伝え聞くルークスの人柄からして傲慢ではあるものの、そこらを気にするとは思えない。

 実際、当人もプライド云々については否定している。

 

「魔女自身にはなーんの益もない。ならば、何のためにそんな掟がある? 誰のために?」

「人類のため、だと言うんですか? だとしても……」

「のう小僧。あるところに裕福な家庭で生まれ何不自由なく育った子供がおるとしよう」

「は? はぁ」

「親の家業を継げば将来も安泰。本人も乗り気――さあ、親はそんな子供に冒険者になって欲しいと思うかね?」

 

 真っ当な良識を持つ者ならばそのまま育って欲しいと思うだろう。

 あれやこれやと耳触りの良い冒険譚を聞かせて憧れを誘発する者が居れば先ず間違いなくそいつは悪意ある人間だ。

 

「それは……」

「似たようなものじゃとわしは考えておる。もっとも、魔女の場合は随分手の込んだ事をしておるからな」

 

 放置しておけば個人ではなく人類全体に禍が及ぶ可能性が高いのでは?

 ルインは自身が立てた推論にかなりの自信を持っていた。

 

「ついでじゃ、先の疑問にもわしなりの見解を述べるとしよう。

混沌の時代において魔女が直接手を出さなかった事、その後の戦争に介入しなかった事。

それはひとえに人の在り方を尊重したからではなかろうか」

「人の在り方……?」

 

 ルインの言葉に反応したのはマリーだった。

 何か思うところがあるのか、これまで以上に真剣な顔をしている。

 

「善か悪かその行いによって返って来る報いに違いはあるじゃろう。

さりとて、己が命は誰のものでもない――――己がものよ。誰に生き方を定められる筋合いもない」

 

 人は人が思う以上に自由なのだ。

 自由で在るべきなのだ。

 自由であるがゆえに過ちを犯す事もある、しかしそれを省みる事も出来るのが人間だ。

 険しい道のりだ、苦しい歩みになるだろう。

 それでも、それこそが人の強さで人の美しさなのではなかろうか。

 

「人ならざる場所に至ってしまった魔女が管理する世界に人間の輝きは生まれるかね?」

 

 魔女の統治と、人間の王の統治では随分と違う。

 前者はどんな統治をしようとも人は抗えない。

 後者はどんな暴君であろうともそれに逆らい国を打ち倒す自由がある。

 

「籠の中の鳥に自由な羽ばたきは望めぬよ」

 

 ルインは人付き合いが得意ではないし、好んでいる訳でもない。

 だが人間を嫌っている訳でもなければ絶望もしていない。

 美徳悪徳を理解し、在るがままに受け止めている。

 

「だからこそ真なる魔女は最低限の干渉しか行わぬのではないか?」

 

 本当はその最低限でさえしたくないのではないか?

 だが、そうせねば本当に何もかもが途絶えてしまうからやっているのでは?

 良い方向に考え過ぎなのかもしれない。

 しかし、長年の研究を振り返り魔女の行動原理について説明するならこの結論が一番しっくり来るのだ。

 

「ふぅ」

 

 持論を語り終えたルインは渇いた喉を潤すべくカップを傾けている。

 一方のマリーとリーンは思うところがあるのか黙り込んだままだ。

 

「まあ、何じゃ。もう日も暮れて来た。わしにもお主らにも色々と考える時間が必要じゃろう。

また日を改めて訪ねて来るとええ。しばらくは遠出の予定も入っておらんからの」

「そう、ですね。今日は貴重なお時間を頂き、本当にありがとうございました」

「あ、ありがとうございました!」

 

 立ち上がったリーンが深々と頭を下げるとマリーもまた慌てて頭を下げる。

 二人のどこか心ここにあらずな表情。ルインが言うようにしばらくは考える時間が必要なのだろう。

 

「それじゃあ……帰ろうか」

「……うん」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話(裏)違うのよ

 人であれ虫であれ、大小問わず命を奪った際は魂に”澱み”が生じるものだ。

 それは気質などは関係ない。

 殺人に対してまるで忌避感や罪悪感を覚えない悪人やサイコパスなども例外ではない。

 その類の人間であっても壊れているのは所詮、表層部分だけ。

 命を奪ったと言う事実が齎す”痛み”を深層で覚え、その痛みが魂を澱ませるのだ。

 いや、表層だけであってもハタ迷惑だし改心する可能性も殆どないのだが。

 これは別に救いようのない人間など居ないなんて綺麗な理屈ではない。

 

 単純に人間が――いやさ、命ある者がそう言う構造になっているだけの話。

 

 だが稀に、存在するのだ。

 十年に一人とか百年に一人とか、そう言うレベルでは括り切れない。

 真っ当な人間として極点へ限りなく近づいたフィクトスよりもある意味で稀かもしれないが、存在するのだ。

 逃れ得ぬ宿業を引き千切ってしまう人間が。

 初期不良、生まれながらの欠陥品……と言う訳ではない。その在り方によって形が変わってしまうのだ。

 

 深浅の区別なぞまるでなく完全なる地続き。

 生粋の悪か生粋の善、人がましい”灰色”を許容せぬ到達者。

 前者はまだ分かり易いだろう。完成した純粋悪であるがゆえに命を踏み躙る事に痛痒を覚えない。

 では後者は何だろうか? 生粋の善、完全なる善意で命を奪える人間だ。

 いや、命を奪うと言う表現すらその手の人間にとっては正確ではないのかもしれない。

 正鵠を射ているかは分からないが、それらしい表現を使うのであれば――――

 

 抱きしめる、だろうか?

 

 慈愛と憐憫を以ってその命を抱擁し終わらせる。

 自らを構築する法則(ルール)に添い生より救い上げた結果が死に繋がるのだ。

 勿論、善である以上は基本的には誰の生をも望むのだろう。

 だが自らの法則によって生死の天秤が傾いた時に、それは途端に殺さぬ事が悪となる。

 

 とは言え、知識はあっても実際にそう言う人間と出会った事もなければ見かけた事もなかった……んだけどなぁ。

 

「? どうかしまして」

 

 馬を駆り隣を走るティナが不思議そうに首を傾げる。

 

「……別に」

 

 出会ってしまった、殺人聖女に。

 コイツは死を待つだけの、それでも尚、最後まで空を目指し足掻こうとしていた気高き小さな命を躊躇なく刈り取った。

 癒し掬い上げるでもなく看取るでも介錯するでもなく殺したのだ。完全なる善意を以って。

 だがその魂に一切の澱みはない――初見で何かキナ臭いとは思ってたんだよ。

 だがまあ、深く考えるのも億劫だったから努めて見ない振りをして来た。

 しかし、先の出来事を間近で見せ付けられては最早言い訳のしようもない。

 

「(ゲロ吐きそうだわ)」

 

 長い目で見ればここで殺っちまった方が世のため人のため悪の野望を打ち砕くダイター……じゃなくて、世のためだと思う。

 ただ、性質の悪い事に短期的に見ればそうではない。

 今ここでコレが死ねばこの国を途轍もない混乱が襲うだろう。

 更に言えば現状では、その性による明確な害が発生していないんだよな。

 

「(実に性質が悪い)」

 

 純粋悪はまだ良い……いや、世の皆さま方にとっちゃ良くねえか。

 だが、誰にとっても明白な悪をやらかしてくれるからさっさと排除されてしまう。

 よっぽどの強さがなければ”多”に排斥されるのが関の山。

 だが、この殺人聖女様は違う。

 

「(あまりにも見え難いんだよ)」

 

 危険な性を備えていても、それが発露する場がなければ誰の目にも映らない。

 むしろ平時では普通に明白な善行を積み上げているのだ。

 純粋なる善であっても自分を構築する法則が”このような醜い世界で生きる事こそ悪、死こそ救い”――みたいな感じならまだ良い。

 しかし、殺人聖女様は違う。

 普遍的な善に大部分が重なりながらも決定的に違う”ズレ”を持っているから兎に角見え難い。

 

「(ああ、本当に性質が悪い)」

 

 大事な事だから二度言うぞ。

 いやまあ、さっきの世のため人のためってのは嘘だけどさ。

 そもそも俺がそんな事を言えた義理じゃないし。

 だが、ここで殺っちまいたいと言うのは本音だ。生理的に無理なんだよ。

 

「(クッソ! 何でこうなったんだか……)」

 

 折角さー、ニートの俺がやる気を出して働きに出たのにさー。

 何で俺に気持ち良く労働をさせねぇんだ!!

 ……うん、自業自得やな。

 冒険者っぽくパーティ組んでみるのも悪くないんじゃなくって? などと考えコイツの同行を許可したの俺だし。

 

「ところでルーナさん。ルーナさんはどちらからいらしたので?」

「それがあなたに関係あるの?」

「い、いえ……それは、ありませんけど……」

 

 ちらちら俺を見るな。

 

「と言うか何でそんな事を聞くの?」

「……その、こう言っては失礼かもしれませんが」

 

 そう前置きしティナは私見を述べた。

 

「ルーナさんは行く場所も、帰る場所も持たない……そんな悲しい放浪者のように感じましたの」

 

 まあ、当たらずとも遠からずだ。

 悲しくも何ともないが、俺はどこかを目指している訳でもなければ生まれた場所もとうの昔に滅び去っている。

 滅ぶと言ってもあの村に悲劇が舞い込んだとかではなく過疎化でそうなっただけだが。

 しかし、帰る場所ならある。師匠と過ごしたあの家が俺の帰る場所だ。

 

「(……いや、違うかな。もう、あそこに師匠は居ない訳だし)」

 

 あの家が確かに心安らぐ事は事実だ。

 しかし、迎えてくれる者は誰も居ない。真の意味での帰る場所ではなくなったとも言えるだろう。

 ならば放浪者と言うのも、あながち間違いではないのかも。

 

「ですが、それは悲し過ぎますわ」

 

 悲しげに目を伏せるティナ、彼女は純粋に俺の事を想ってくれている。

 出会って数時間の相手にここまで心を砕けると言うのは凄い事だ。

 並の人間であればこの時点でティナに惹かれ始めてしまうだろう。

 そうして蜘蛛の糸に囚われ……ああ、本当に性質が悪い。

 

「目指す場所が見つからぬのはまだ良い。

ですが、心が帰る場所を持たぬ事はあまりにも辛過ぎましてよ」

 

 まあ、人間にそう言う場所が必要だってのには同意しよう。

 寄る辺を持たずして生きていくには人間はあまりにも弱過ぎる。

 

「だから、もしもルーナさんがこの国に留まってしばらく活動を続けるなら……少し、考えて欲しいなと思ったんですの」

「…………アケディアに腰を落ち着けるかどうかを?」

「ええ。まあ、祖国贔屓と言われればそれまでですがアケディアはどの国にも負けない素敵な国ですもの」

 

 ティナは笑顔で胸を張った――そういやコイツ、乳でけえな。

 何か自分の除けばペッタンコなのばっか見て来たからちょっと新鮮だわ。

 

「言わずと知れた首都ルクトゥ、中央からは離れますが葡萄酒が名産の山間にある街ウィティウム」

 

 ティナは柔らかな笑顔でつらつらと街の名を美点と共に挙げていく。

 

「アケディアの何処に行っても、必ずルーナさんを温かく迎え入れてくれますわ」

「誰がどう思うかなんて他人には分からないものなのに随分と確信があるような言い方じゃない」

 

 この国の民を上から下まで心底信じ切っていると言うのもあるのだろう。

 だから断言出来るのだと本性を知っている俺には分かる。

 だが普通はこの短時間でそこまで見抜けまい。

 ゆえにロールがてらちょっとからかってやろうと思う。

 

「ひょっとしてあなた偉い人? 国の意思決定にすら携われる程の」

「え゛!? い、いえ……そんな事は……わたくしは一介の冒険者でしてよ。ええはい」

「そうなの? 偉い人間だから断言したのだと思ったわ。上がこうと決めたら下の人間は逆らえない訳だし」

「や、やですわ。わたくしはただ、同じ国に住まう善き隣人の方々を信じ切っているだけですわ」

「ふぅん」

「と、ところでルーナさん? ルーナさんの好きな食べ物は何かしら? わたくしはベリーのタルトが大好物でして……」

「(雑な話題転換だな)」

 

 その後は特に踏み込んだ話をする事もなく普通にルクトゥへと帰還した。

 いよいよお待ちかねのお給料である。

 

「それでは、こちらが報酬になります」

「ありがと(何でギルドの受付って綺麗なお姉さんばっかなんだろ?)」

 

 どうでも良い事を気にしつつずっしりと重みのある袋を受け取る。

 ニコニコ現金一括払いってのはたまりませんねえ。

 いや、にしても久しぶり……実に久しぶりだ、労働の対価として金銭を得るのは。

 

「(悪くない気分だ)」

 

 おいそこ、働いてねえだろ。殆ど遊んでただろとか言わない。

 しましたー、冒険者としてちゃーんと仕事しましたー。

 金を貰って内心小躍りしている俺の横ではティナが持ち帰った遺品をギルドの人間に渡していた。

 

「これは……氏の。こちらの短剣は……」

「はい、はい。しかとご遺族の方にお届けしますね」

 

 身分証みたいなのが残ってる奴も居たが、それは稀な事例だ。

 だと言うのにティナは淀みなく誰の遺品であるかを伝えている。

 持ち物だけで誰の物か分かるのか? 分かるんだろうな。

 

「(ま、あてくしには関係のない事ですわ)」

 

 それより金が入ったんだ、使わなきゃな。

 この世界にオタグッズはねえからな、漫画もアニメもゲームもウ=ス異本も買えやしない。

 依頼に出る前はここで一杯ひっかけるのも悪くねえかなと思ったが……腹が減った。甘い物が食べたい。

 

「(そうだ、久しぶりにスペルビアに行ってみるか)」

 

 俺の人生において二番目に美味しかったあのパンケーキを出してくれた茶店に行こう。

 ああでも、結構な歳だったからな。あのマスター、生きてても店畳んでるかも。

 いや、とりあえず行ってみるか。

 などと楽しく金の使い道を考えてると、

 

「ルーナさん! お待ちになって!」

 

 ギルドを出る直前でティナに引き止められてしまった。

 

「…………何? もう依頼は終わったでしょ?」

「ええ、そうですけど……その、よろしければこの後、食事でも如何?」

「結構よ――ん? やけに外が騒がしいわね」

 

 喧嘩か? いや、賑わいの質が違うな。

 見れば酒を飲んでた冒険者連中も嬉しそうな顔で外に出て行くし。

 

「ああ、勇者様の凱旋でしょう」

「勇者様?」

「終盾騎士団団長、ダンテ・マルティーニ様が遠征から御帰還なされたのですわ」

「(ダンテねえ……ん? あれ? ダンテ?)」

「折角ですわ、わたくし達も御出迎えに参りましょう」

「あ、ちょっと!」

 

 嬉しそうなティナに手を引かれ外へと連れ出される。

 いや、止めろって。マズイって。

 アイツ俺の事知ってんだぞ、二千歳のババアだって知ってんだぞ。

 二千歳のババアがええ歳こいてティーンの振りして冒険者やってるとかバレたらハズいだろうが!!

 

「(いや、でも気付かないか)」

 

 凱旋の邪魔をせぬよう人々は道の両端に寄っているが……凄い人だかりだ。

 この中で俺を見つけるのは容易じゃないし、見つけたとしても気付けないんじゃないか?

 

「(そうだよ、よくよく考えれば俺の事知ってても今の俺を見てルークスとか言う美魔女だとは気付かんだろ)」

 

 面影あるっつっても美魔女のルークス様がわざわざティーンの振りして市井に紛れこんでるとは思わんだろ。

 大体、十年も会ってないんだし向こうから連絡して来る事もなかったんだ。

 ぶっちゃけもう、俺の事はどうでも良いと思ってるんじゃねえか?

 忘れ去るのは不可能だとしても頭の片隅にでも追いやってる可能性が高い。

 んな奴に気付けるとは……とてもとても。

 

「(なら良いか)」

 

 遠目であろうとも久しぶりに顔を拝むのも悪くはない。

 パンケーキはダンテの壮健な姿を見てからでも遅くはないだろ。

 

 ――――なんて考えてた俺がバカだった。

 

「……」

「団長、どうなされたのです? 急に止まられて」

「団長! 何やってんだよ団長!」

「オイ今の誰だ、何でそんな気安いんだオイ」

「道の往来で、止まるんじゃねえぞ……」

「オイだから誰だ、何で仮にも上司に向かってんな口利いてんだオイ」

 

 何だよ、結構気付くんじゃねえか……じゃねえ!

 馬上でこちらをガン見しているダンテの何か言いたげな顔。

 嘘だろマジかよ気付いたのかよ――――焦らず騒がず俺は時を停めた。

 

「違うのよ」

「いや、こんなくっだらねえ事で時間停めてんじゃねえよ」

 

 ご尤も!

 

「つか……え? 何? アンタ何やってんだ? 何その姿?」

 

 引いてる引いてるぅ! ちょっとは隠せよ傷付くだろ!?

 

「違うのよ」

 

 つかお前、良い歳の取り方してんな。

 チンピラ風味の兄ちゃんが、今じゃ野性味溢れるダンディになってやがる。

 地位に相応しい防具やマントを着けてはいるが下品な華美さは皆無。

 上等な代物に着られているような感じでもなく、バッチリ着こなしている。

 

「違うの、変な趣味とかそう言うアレじゃないわ。これはあくまで必要な偽装なの」

「いや、認識阻害でどうとでもなるだろ……姿形まで変える必要皆無だろ……」

「私は形から入るタイプなのよ」

「いや、にしても女の子の姿って……男とかならまだしも、十代前半の少女になる必要はどっこにもねえ気が……」

「細かい事を気にする男ね。そんなだと大成しないわよ」

「いや、これでもこの国じゃ結構偉いんだけど……」

 

 ああ言えばこう言う。

 ダンテくんはさぁ、何時からそんなくだらない野郎になっちゃったの?

 昔は違ったよね? もっと良い男だったよね? がっかりだー、がっかりなんだー。

 

「と言うか、あなたこそ何をやっているのかしら?」

「あ?」

「気付いていない、とは言わせないわよ」

 

 見下ろされているの癪だったので浮かび上がり視線を周囲に走らせる。

 それだけでダンテも俺が何を言いたいのか分かったようで渋い顔になった。

 

「ある意味で、どの国よりも性質が悪いわ。

何? 私が知らないだけで実はあなたもこんな趣味の悪い鳥籠が好みだったのかしら?」

「……」

「それとも、悪いのは女の趣味?」

 

 時間の牢獄に囚われ静止しているティナを見やる。

 奴は認識阻害のアーティファクトを装備しているがダンテには通じない。

 正しくその正体を認識しているはずだ。

 俺のように魂の澱み云々の知識はなくても接する機会から考えてその異常性ぐらいは看破出来ているだろう。

 アレと並び立てる”我”を持っていなければ流れ流され十年経っても気付く事はあるまい。

 気付かぬままに染め上げられて自分が変わった事にすら気付けやしない。だが、ダンテは違うだろう。

 コイツが獲得した”己”はティナ程度に塗り潰されるようなものではない。

 

「…………色々あるのさ、俺にもな」

 

 困ったように笑うその顔を見て、俺は安堵を覚えた。

 どうやら堕落してしまった訳ではないらしい。

 詳しくは分からないが、色々と葛藤を抱えているようだ。

 

「そう」

 

 ならば俺がこれ以上何かを言う必要もあるまい。

 

「私はそろそろこの国を出るわ」

「そうかい? まあ、そうだろうな。アンタにとっちゃ酷く気に障るだろうし」

 

 奴も俺を引き止める気はないようだ。

 まあ、引き止めたところで話すような話題もないだろうし当然と言えば当然か。

 互いに気になる事はあっても互いに触れて欲しくはない話題だからな。

 

「精々、後悔しないように生きると良いわ」

「ああ、アンタもな」

 

 背を向ける俺だが、

 

「…………いやでも、やっぱアレはねえわ。歳考えろよ」

 

 おい、聞こえてっぞ十歳児!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六.五話

ここ最近しんどいなと思って病院行ったらインフルでした。
次の投稿は一週間以上、間が空くかもしれません。申し訳ないです。
とりあえず今出来上がってる分、二話投稿します。


「おや、おかえり。他の二人はどうしたんだい?」

 

 宿に戻るとカウンターで頬杖を突いて船を漕いでいた店主が語り掛けて来た。

 

「別に四六時中一緒って訳じゃないわ」

「そりゃそうだ。けど、マレウスちゃんとしては色々心配なんじゃない? お姉さん的な立ち位置なんだし」

 

 ニヤニヤと笑う店主。

 三人を知る者らが少女らの間柄を問われた時、大体はマレウスがリーダーでまとめ役だと答えるだろう。

 しっかり者の長女と、どこか抜けてて何かと気を揉ませる次女三女。これが大体の共通見解になるはずだ。

 だが、当人らはどう思っているのか。特に、リーダーだと目されているマレウス自身は。

 

「まあ、多少はね」

 

 少し困ったように笑い、それ以上は何も言わずマレウスは階段を上がって行った。

 店主は、はて? 何か気に障る事でも言ったかな?

 と首を傾げていたが直ぐにどうでも良くなったのか再びまどろみの海へと旅立った。

 

「…………はぁ」

 

 髪をまとめているシュシュを外しベッドに倒れ込み溜め息を一つ。

 マレウス・スペーロはここ最近、誰にも言えない悩みを抱えていた。

 いや、最近ではないか。悩み自体はずっと前からあったのかもしれない。

 それがエデに辿り着く前に起きた事件で僅かに顔を出し、その後のあれやこれやで自覚をするに至った。

 

「(このままで、良いのかな……)」

 

 ずっと、小さな時から自分達は対等だと思っていた。

 

「(私も、ジャンヌもホントはずっと前から気付いていたのかも)」

 

 三人の中で精神的な柱になっているのが誰なのかを。

 一番、強い心を持っているのが誰なのかを。

 土壇場で本当に頼りになるのが誰なのかを。

 

「(あの時、私は動けなかった。ジャンヌも動けなかった。だけど、あの子は動いた)」

 

 震えながらも自分達を護るために立ち上がったのだ。

 多くの殺意に身を晒しながら終わりの見えない疾走を始めたその背中を見送る事しか出来なかった。

 果たして、自分に同じ事が出来ただろうか?

 

「(…………出来ない。私には、きっと、出来ない)」

 

 賢しい頭がきっと邪魔をしてしまう。

 やりたいと思っても不可能だと、その先がないのだと見切りをつけてしまう。

 無論、マリーが取った行動は勇敢と無謀を履き違えたものだと分かってはいる。

 本人も後先を考えずに突っ走ったと反省しているし、マレウス自身もその通りだとは思う。

 

 だがそれとこれとは話が違う、これは感情の問題なのだ。

 

 窮地においてこそ、その人間の本質が表れるもの。

 例えばこの先、自分達がどうしようもない状況に陥ったとしよう。

 だが、自分が命を捨てる事で大切な誰かを護れるとして自分にそれが出来るのか?

 あの場で動けなかった自分と、あの場で動いたマリー。結論は明白だ。

 

 悔しい、不甲斐ない、ずっと隣で歩いていたはずの友であり家族でもあるマリーが今は遠く感じてしまう。

 

「(嫉妬してる……あの子に……私、嫌な子だ……)」

 

 動けたマリーと動けなかった自分を比べての事――だけではない。

 それだけならば、密かに思い悩む事もなかっただろう。

 マレウスが強い嫉妬を覚えているのは動いたマリーが引き寄せた運命だ。

 

「(…………ルークス・ステラエ)」

 

 マリーが飛び出した後、しばし遅れてマレウスはジャンヌと共に馬を借りて駆け出した。

 無事だろうか? ひょっとしたらもう……この上ない不安が胸中を渦巻いていた。

 

 だが、モンスターの群れを捕捉したと思ったら総てが終わった。

 

 眼前を塞いでいたモンスターの群れが爆ぜ、血の雨が降り注ぐ。

 晴れた視界の先に居たのは、この世のものとは思えない程に美しい女だった。

 ああ、白状しよう。マレウス・スペーロは一瞬にして心を奪われてしまった。

 生まれて初めて我を忘れると言う経験をし、この上ない胸の高鳴りを覚えた。

 

 ――――嗚呼、あれが私がずっと渇望し続けて来た”力”そのものなのだ。

 

「(あの人は、私の事なんてまるで眼中になかった)」

 

 本能はとうに女の正体に気付いていたが、頭がそれを認識したのは少し遅れてからの事だった。

 桁違いの熱量を備える彼女こそが、真なる魔女ルークス・ステラエ。

 話しかけようとする前に消えてしまったので言葉すら交わせなかった。

 だが、マレウスは何となく気付いていた。

 仮に言葉を交わす時間があったとしても自分なんかには目もくれなかったであろうと。

 それだけ、遠く、美しい存在だった。

 

「(だけど、あの子は違った)」

 

 ルークスとの邂逅を終えへたり込んでいるマリーに駆け寄ったマレウスは無事を確かめると仔細を問い質した。

 そして、聞くべきではなかったと直ぐに後悔した。

 マリーはあの魔女に名を名乗らせたのだ。

 もしも自分が尋ねていたとして、答えてくれただろうか? 何度想像してもルークスが名を名乗る姿を想像出来なかった。

 だと言うのにマリーには名乗った、マリーに”だけ”は名乗ったのだ。

 

「(それでも、あの子が特別だとは信じたくなくて……)」

 

 一先ずは無理矢理胸の奥底に仕舞い込んだ。

 だが、リーン・ジーバスとの出会いにより再び顔を出してしまった。

 自分やジャンヌが知らぬ所で繰り広げられていた憤怒の黒狼との戦い。

 黒狼がマリーを殺しに来たのは彼女なりにルークスを想っての事だと言う。

 魔女に最も近しい存在がそんな行動に出ると言う事は最早疑いようはない。

 どんな感情を抱かれているのかは分からないがルークス・ステラエにとってマリー・スペーロは特別な存在なのだ。

 

「(何で、何であの子が……あの子だけ……!)」

 

 マリーを嫌いになった訳ではない。

 変わらず大切な家族として愛している。

 だが、その傍らには同時に負い目や嫉妬、焦燥のようなネガティブな感情も存在している。

 相反する感情がせめぎ合って生じる葛藤が、密かにマレウスの心を苛み続けていた。

 

「(あーあ、情けない……情けなさ過ぎるよ私……)」

 

 なまじ高い理性を備えているからこそ強い自己嫌悪を覚えてしまうのだろう。

 マレウスが感情的に生きる人間であれば良きにしろ悪しきにしろ振り切れて幾らか楽になっていたはずだ。

 敢えて苦しい場所に心を置き続けると言う事も立派な強さなのだが、彼女はそれに気付けない。

 ただただ今の自分が嫌で嫌でしょうがなかった。

 

「(強く、強くなりたいなぁ……欲しい、力が欲しい……)」

 

 理性的で常識的なマレウスだが強さに対する渇望は三人の中でも抜きん出ていた。

 表面的な性格ゆえ気付かれ難いがその胸の内では何時だって貪欲に力を求めている。

 

 何故力を求めるのか。それは決して恵まれているとは言えない生い立ちに起因している。

 

 幸せがなかったとは言わない。

 血の繋がらない家族を愛しているし愛されている自信だってある。

 だが、どう足掻いても自分達は社会的な弱者でしかない。

 そのせいで何度辛い思いをしたか、そのせいで何度泥を飲まされたか。

 自分だけならばまだ良い、我慢もしよう。だけど愛する家族が辛い思いをするのは耐え難い苦痛だ。

 

 だけど、どうすれば良いか分からない。そんな時に知ったのが真なる魔女ルークス・ステラエだった。

 

 幼いマレウスにとってその存在は衝撃的だった。

 たった一人で国を――いやさ、世界を捩じ伏せる事が出来る者がいるなど想像もしていなかった。

 そして彼女は答えを得た、力こそが総ての悲劇を拭い去る最適解なのだと。

 世界を捩じ伏せる力なんてものには届かないかもしれない。いや、届きはしないのだろう。

 だが、世界を相手取れる程でなくとも力があれば皆を護れる。

 自分達を虐げて来たものを粉砕し安寧を与えられる。

 

「(ルークス・ステラエ……)」

 

 答えを得たその日から、マレウスにとってルークスは神にも等しい――いや、神そのものになった。

 

 何度その姿を夢想した事か。

 何度その声を夢想した事か。

 何度その力を夢想した事か。

 秘めたる信仰は狂信の域にまで達していた。

 

「(私に貴女の、万分の一でも力があれば……!)」

 

 こんな懊悩もせずに済んだとマレウスは本気で考えている。

 それ程までに、彼女は”力”と言う概念に侵されていた。

 致命的なまでに”ズレ”ている事にさえ気付けない。

 そして誰にも明かさぬがゆえ、誰から指摘される事もない。

 ハッキリ言って危険な兆候だ。

 しかし、心で繋がった姉妹達と共に在る限りは道を踏み外す事はないだろう。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 ルークスの事ばかり考えていたからだろう。

 気付けば諸々の葛藤は片隅へと去りルークスの事だけしか考えられなくなっていた。

 

 幽玄なる闇を閉じ込めたかのような艶やかな黒髪。

 超越性と完全性を示す覇者の黄金を宿す瞳。

 妖しく瑞々しい形の良い唇。

 永劫の果てまで貪り続けても飽きが来ぬであろう豊満な肢体。

 美と力の極致――彼女にこそ、その形容が相応しい。

 

「ん、くふぅ……ッ」

 

 無意識の内に伸びた手は下腹部へ。

 母の子宮に居る胎児のように身体を丸め夢想に耽るマレウス。

 

 幼くも淫らな微熱に浮かされる彼女にはもう、何も見えていなかった。

 

 例えばそう、微妙に開かれた扉の事とか。

 隙間から覗いている瞳とか。

 

「(? ……?????? え、え、え、え、え)」

 

 空白、困惑、遅れて理解、

 

「(うえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?

 

 そして絶叫。

 魚の干物を咥えたまま心の中で絶叫を上げる少女の名はジャンヌ・スペーロ。

 

「(ちょ、これ、おぉぉおおおおおおおおおおおおお!?)」

 

 銀行でお金を預けた後、ジャンヌはマレウスと分かれ食べ歩きに出かけていた。

 そして一日のお小遣いを使い果たしたところで宿に帰還したのだが……。

 

「(お、おおおお落ち着きなさい私。落ち着いて落ち着いて……ど、どうすれば良いってんですか!?)」

 

 普段すっとぼけた言動をするジャンヌだが、この時ばかりは普段通りにとはいかなかった。

 そりゃそうだ。帰って来たら姉妹がベッドの上で一人……んん! をしているなど誰が想像出来る?

 だらだらと流れ出る脂汗、こんな時にどうすれば良いかなんて誰も教えてくれなかった。

 

「(と、ととととととりあえず……この場を離れなければ……)」

 

 開いていた扉をそっと閉じ、足音を立てぬよう細心の注意を払いながら部屋を離れる。

 そうして一階へと続く階段の辺りまで退避したところでジャンヌはぺたんと尻もちをついた。

 

「(……何? 何がどうしてああなったんです……?)」

 

 干物をくちゃくちゃと噛みながら必死に考えを巡らせるが答えは見えて来ない。

 普段の理性的なマレウスを知っているだけに本気で意味が分からなかった。

 

「(い、いや……確かに私達も年頃ですし……そう言う事への興味がないと言えば嘘になりますけど……)」

 

 院に居た頃、シモの話題で盛り上がっている兄貴分だって居た。

 それを白い目で見ながらも女同士でドキドキしながらその手の話に興じたりした覚えだってある。

 だが、それにしたって――まさか、まさかあのマレウスが!

 それも何時誰が来るかも分からないような部屋で鍵もかけずに!

 

「…………とりあえず、もう何時間か外をぶらぶらして来ましょう」

 

 ジャンヌはお気遣いの淑女であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話(表)君らをここで全裸にして帰宅させる方がよっぽど価値があると思わないかい?

二話投稿ですので、見ていない方は前話からごらんください


 アワリティア連邦に属する遊興国家ソドム。

 その大都市にある会員制の冒険者専用高級Barバッカスの一室に、シンとポチは居た。

 

「ははは、悪いなPくんよォ、テメェの快進撃もここまでだぜ!」

「最後の最後で、お前は負けるのさ」

「炎の逆転ファイターとはこのおれちゃんの事を言うのよ!」

 

 ポチは薄暗い室内の一角でパンツ一丁の男達とポーカーに興じていた。

 ちなみにPと言うのは世を忍ぶ仮の名前である。

 

「御託は良いからほら、さっさとカード出しなよ」

 

 背の高い椅子の上で足をブラつかせながら先を促す。

 まんま子供っぽい仕草だが、実年齢は後期高齢者を優に超える終末高齢者である。

 

「フラッシュ!」

「フォーカード!!」

「ストレェエエエエトフラァアアアアアアアアアッシュ!!!」

 

 男達がドヤ顔でカードをテーブルに叩きつけていく。

 別にこれはチーム戦でも何でもないのだが、ポチの一人勝ちが続き気付けばこんな形になっていたのだ。

 ポチは示された役を見渡し、うんうんと頷く。

 

「成る程成る程――――で、それだけかな?」

「「「なん……だと……?」」」

 

 ピッ! と指で弾かれたカードが宙を舞いヒラリヒラリと時間差で落ちていく。

 キング、キング、キング、キング――そして、ジョーカー。

 道化師が嗤い、男達が慄く。

 

「はい、ファイブカード。お疲れ様ー」

 

 大ジョッキになみなみと注がれた麦酒を呷りつつの勝利宣言であった。

 だが、納得がいかない男達が抗議の声を上げる。

 

「おかしくね!? おかしくね!? さっきから手役おかしくねえかテメェ!?」

「何で最低でもストレートとかフラッシュなんだよ! ブタはおろかツーペアすら見た事ねえぞ!!」

「イカサマよ! この子ったらイカサマしてるわ!」

「カード用意したのは君らで配ってんのも君らじゃないか。一体何時何処で仕込めるって言うのさ」

 

 もしもこれがルークスなら時間停止と言う反則技でイカサマもやりたい放題だろう。

 凍り付いた時間の中を認識出来るのはルークスだけなので立証も不可能だ。

 だがポチには当然、そんな技は使えない。

 技術を身につけ繊細さが増したと言っても時停めなんてものは使えやしない。

 つまりは純粋な幸運だ。

 

「「「う……そ、それは……」」」

 

 冒険者――いや、人の社会に紛れる中でこの手のお遊びにも色々手を出していた。

 人間の営みは色々と複雑で付き合いと言うものがあるのだ。

 しかし、不思議と一度たりとて負けた事はなかった。

 別段意識した訳ではないのに、だ。テキトーにやっているだけでも何故か勝利してしまう。

 

「悪いね、君ら(人間)とは幸運の総量が違うらしい」

 

 ポチは幸運の高さを自分の種族に起因するものだと考えているらしい。

 気位の高さは結構な事だが、竜と幸運は別に何ら関係性はないだろう。

 ちなみに、シンがこの手のゲームをやると必ず負ける。

 悲しい程に運がないのだ。え? 嘘だろ? 冗談じゃないの? ってぐらいに運がない。

 

「ま、それはさておきこれでゲームセットだ。君達、分かってるね?」

「「「……」」」

 

 男達が視線を逸らしながらテーブルの上に金貨を乗せる。

 一般人からすれば数ヶ月毎日必死に働いてと言った目が飛び出るような金額だが、

 

「違うだろう?」

 

 ポチの目的はそうではなかった。

 そもそもこれは金銭を賭けて始めたゲームではないのだ。

 ニコヤカな顔で契約の履行を迫るポチに男達がだらだらと冷や汗を流す。

 

「……待て、落ち着けPくん。俺達を見てくれ、コイツをどう思う?」

 

 殆どゴリラみてえなツラと肉体を持つ巨漢。

 殆どゴリラみてえなツラとゴリラにしてはマッスルが足りてない肉体を持つ巨漢。

 殆どゴリラみてえな肉体と犯罪者みてえなツラをした巨漢。

 卓を囲むメンバーの中でポチだけがあまりにも異質だった。

 

「こ、これが女とかならまだ分かるぜ? だけど……」

「良いから脱ぎなよ」

 

 そう、これは脱衣ポーカーだった。

 ゴリラ三兄弟はノーマルな性癖をしていたが、それはそれとして男の娘にもちょっとした興味があった。

 ポチを剥いて恥ずかしそうにしている姿を妄想し、興が乗ったので脱衣ポーカーに誘ったのだ。

 

「で、でも!」

「脱げよ」

 

 だが結果はこの通り。

 ポチは靴下一枚脱ぐ事なく、勝利を積み重ねてゴリラ三兄弟を崖っぷちへと追い詰めた。

 追い詰めて今にもそのケツを蹴り飛ばして叩き落とそうとしている。

 

「…………分かった、これの倍払おう」

「嫌だ」

「な、何でだよ!?」

「僕は生まれてこの方、金のために勝負をした事は一度たりとてない」

「クッソ! 何かカッコ良いけどムサイオッサンのパンツ脱がそうとしてんの忘れんなよ!?」

 

 などと言う抗議は当然スル―。

 

「僕は君達から尊厳や誇りと言ったものを巻き上げたくて勝負に乗ったんだ」

「やだ、真顔で何て事言ってるのかしらこの可愛子ちゃん!?」

「大体君らから金巻き上げたところで大した痛手でもないでしょ?」

 

 会員制の酒場に入れて、パン一になっても追い出されない時点でゴリラ三兄弟が上客である事は明白だ。

 会員になれる時点で一定の実力は担保されていると言っても過言ではない。

 そんな彼らが例え全財産を吐き出したとしても、また稼げば良いだけの話だ。

 

「君らをここで全裸にして帰宅させる方がよっぽど価値があると思わないかい?」

「「「思わねえよ!!」」」

「まあ君らの価値観はともかくとして、だ。さっさと脱げ」

「「「う、くぅ……!」」」

 

 恥辱に震える女騎士のようなツラでゴリラ三兄弟は最後のモラルを取り払った。

 カウンターには女バーテンダーが居るのだが、伊達にこんな酒場で従業員をしていない。

 冷静に男達の逸物を品評していた。

 そしてそれがゴリラ三兄弟の恥辱を更に煽り立てるのであった。

 

「あ、お姉さん。おかわり。ついでにおつまみにチーズも食べたいかな」

「かしこまりました」

 

 麦酒のおかわりをテーブルに運び奥へと引っ込んで行ったバーテンダー。

 戻って来る頃には大量のおつまみがその両手に乗っていた。

 

「あれ? 僕チーズ以外は頼んでないよ?」

「こちら、サービスとなっております」

「わぁ! ありがと、お姉さん♪」

 

 ポチは無邪気な笑顔を浮かべ感謝を告げた。

 

「……い、いえ。それでは」

 

 ポチに背を向けてカウンターに戻って行くバーテンダー。

 どうでも良い情報を告げるが彼女はショタコンである。

 なので今、割と引くレベルでニヤケ顔をしているのだが……まあ、ホントにどうでも良い話だ。

 

「(しかし、まだ依頼人は来ないのかな……)」

 

 シンとポチがこの酒場に居るのは私事ではなく仕事だ。

 アワリティアで活動をしていく内に功績が認められあちこちにある会員制の酒場に入る権利も得たが、さして興味はない。

 こんなところで遊ぶよりも家で――もっと言えばルークスの傍に居る方が何十倍も幸福だからだ。

 

「(ったく、僕を待たせるなんて良い度胸してるよ)」

 

 二人がソドムに来たのは昨日の朝。

 早速ギルドに向かいダンジョンの探索とだけ書かれた刺激的な香りをする依頼を発見した。

 難度が高く、尚且つ説明が簡素なものは危険な依頼である可能性が高い。

 これは楽しめそうだと喜び勇んで依頼を受諾したは良いものの、直ぐに現場へ向かえる訳ではなかった。

 詳細は依頼人から直に、と受け付けで言い渡されたのだ。

 指定された日時と場所を遵守し、依頼人を待っているのだが……待ち人は未だ顔を見せず。

 

「(もう一戦やるかな)ねえ、もうワンゲームしてみないかい?」

「はぁ!? こ、これ以上俺達から何を巻き上げようってんだ!? ケツの穴か!?」

「んな訳ないでしょ。僕にそんな趣味はない」

「じゃ、じゃあ何を……」

「そうだね、今度僕が勝ったらぁ」

 

 キラキラと輝く笑顔でポチはこう言ってのけた。

 

「――――二ヶ月間パンツ着用禁止ね」

「「「はぁ!?」」」

 

 この下半身へと注がれる情熱は一体何なのか。

 

「お、おい……おい! そんな事をして何の意味があるってんだ!?」

「ん? いや、服は着れるのにパンツだけ穿けないってこれ中々キツイかなーって」

 

 ノーパン原理主義者でもない限り、割と堪えるだろう。

 一日二日ならともかく、二ヶ月間だ。二ヶ月間もノーパンで過ごせとか割と正気ではない。

 

「馬鹿が! んな勝負受けるかよ!!」

「良いの? 僕が負けた場合は何でもしてあげるつもりだったんだけど」

 

 可愛らしく小首を傾げる仕草に男達の頬がほんのり赤く染まる。

 ちなみにバーテンダーは何を妄想したのか、鼻を押さえながら俯いていた。

 

「い、いや待て! そんな甘言に乗るんじゃあない!!」

「じゃあこんなのはどうかな? 今度は僕、カードをチェンジしない。最初に配られたカードだけで勝負するよ」

「「「……」」」

「ね、しよ? オ・ネ・ガ・イ♪」

「「「やぁあああああああああああってやるぜ!!!!」」」

 

 人外の癖に下手な人間よりよっぽど人間社会に馴染んでいるドラゴン。

 では、生粋の人間たる相方はどうなのか?

 

「……」

 

 シンの方はソファーに大股開きで踏ん反り返り、不機嫌なツラで葡萄酒の瓶を呷っていた。

 ドラゴンよりもコミュ能力が低いとか言ってはいけない。

 成長したのは身体だけですね、ああでも胸は成長してないか(笑)とも言ってはいけない。

 

 ともあれ、シンが不機嫌な理由――それはマリー・スペーロにあった。

 

 ルークスの言葉なき赦しを得た事で精神的な安定は取り戻した。

 今のところ、マリーを再び殺そうとも思っていない。

 だが、それはそれとしてルークスの事を抜きにしてもマリーが気に喰わない存在である事は確かだった。

 見ているだけだけ無性に癪に障るのだ。

 

「(……現実知らねえ甘っちょろい物言いが苛つくのかな?)」

 

 半分正解で半分外れと言ったところか。

 シンもマリーも、当人達は気付いていないがこの二人は根っこの部分でかなり似通っている。

 

”怒っているのは、憎んでいるのは、一個人ではなく非道が罷り通る世界そのものか”

 

 かつてルークスはシンの抱える怒りについてそう評した。

 マリーはあの夜、例外であるべき悲劇を当然のように語ったシンに激怒した。

 だが、シンもまた形は違えども例外が罷り通る世界の歪な形に怒りを抱いている。

 自覚がないのは己の怒りの形を正しく把握出来ていないからだ。

 そして自覚していないからこそ、言い返す事が出来なかった。

 

 もっとも、自覚したとしても二人の道が重なるとも限らないが。

 

 その怒りは何をも灼き尽くす炎のそれだ。

 世界自体がどうしようもなく歪んでいるのならばいっそ総てを灰燼に還せば良い。

 ルークスと言う枷のないシンであればその結論に達する可能性が高い――いや、確実にそうなるだろう。

 まあ、ルークスが傍に居る限りは怒りの形を自覚してもそうはならないだろうが。

 愛するルークスは自分以上に深い絶望を抱いているのに何もしていないのだ。

 だと言うのに自分程度が事を起こすなぞ愚の骨頂だと自制するだろう。

 

「(っとに、何なんだよアイツは……!)」

 

 同族嫌悪染みた理由があると言うのは分かってくれたと思う。

 だが、自覚していないし自覚しても尚、上に来るのはやはりルークスに関する事だろう。

 思い出すのは数ヶ月前の事。

 ルークスが自ら誰かを救い上げた事についてはまだ良い。

 自分もそうやって救われたし、気紛れなのだと納得出来る。

 

 だが、マリーとの邂逅を終えて帰還した際のルークスの顔は明らかに何時もと違った。

 

 強いて言うのであれば十年前、ザイン達と対峙していた時と似ていた。

 だが、あの時とは明らかに感情の揺れ幅が違った。

 喜びのようであり、悲しみのようでもあり、苦痛にも見えて、救いにも見えた。

 大きく心を乱している事は明白で、シンはその後個人的にマリーの調査を開始した。

 

「(人好しの、何処にでも居そうなガキだってのに)」

 

 名を知り、その生活を少しばかり観察していたのだが特筆すべき事は何もなかった。

 モヤモヤとしつつも、一旦はそこでマリーに関する調査は中止。

 再度動き、それも抹殺までしようとしたのはしばし時が流れてからの事。

 完全に無意識のまま、ルークスがマリーの名を口にした事で嫌な予感を覚えたのだ。

 嫉妬……はある、その感情が大きいのは否定しない。

 だがそれよりもルークスがこれ以上マリーと関われば何かもっと――――

 

「(…………やめだやめだ)」

 

 ふるふると頭を振り思考を中断する。

 ただでさえ待たされて苛立っている時に、こんな事を考えていても余計に気分が悪くなるだけだ。

 

「(つか、アイツら何してやがんだ)」

 

 三匹のゴリラが全裸でテーブルを囲む絵面は控えめに言ってクソだった。

 心なしか空気も酸っぱくなっているような気さえする。

 

「おいポチ、あたしはちょっと散歩して来る。依頼人が来たら連絡入れろや」

「ん? 良いけど……暇なら君も混ざらない?」

「混ざるかクソが!!」

 

 と店を出たは良いものの、シンは直ぐに後悔した。

 ソドムは遊興国家などと称されるように兎に角騒がしい。

 音と光、あちこちで垣間見える悲喜こもごも。

 昼過ぎに目覚め、夜明けまで騒ぎ通す生活リズムに支配された国と今のシンでは相性が悪過ぎた。

 

 とは言え散歩に行くと言って直ぐに帰るのもバツが悪い。

 

 ふらふらとあてもなく彷徨う。

 今の気分的に、自然と喧騒から離れて行くのが当然の帰結だった。

 だが忘れるなかれ。強い光の裏には色濃い影がつきものなのだ。

 

「何でこうなるかなぁ」

 

 人気の無い裏路地で、シンは二人の男をシメていた。

 一人は顔を鷲掴みにされ宙吊りに、もう一人は足下に転がり頭を踏み付けられている。

 血気盛んなシンとて流石に誰彼構わず喧嘩を売る程、狂犬ではない。

 男達がいきなり背後から仕掛けて来たのだ。

 察するに痛め付けて拉致ろうとしていたように見えたが……さて。

 

「あががががが……! は、離しやがれ! お、俺らに手ぇ出せばどうなるか分かってんのか!?」

「足を……足をどけろや、クソアマが!!」

 

 などと囀っているのがそんなものは右から左に聞き流している。

 それよりもシンとしては気になる事があった。

 

「臭う、臭うな。ああ、久しく嗅いでなかったが……」

「おいゴルァ! き、聞いてんのか!? 俺らは――――」

 

 足下の男が何かを言い切るよりも早く、

 

「――――覚えのあるクソみてえな臭いだ」

 

 シンがその頭蓋を踏み潰した。

 トマトのように爆ぜた頭部があちこちに血と肉片を撒き散らす。

 相方が殺された事で未だ宙吊りにされている男の顔が一瞬で蒼白になった。

 

「ひ、ひぃい!? ま、待て……落ち着け、悪かった。だから……!」

「テメェ、奴隷商人の手下だろ?」

 

 ルークスから貰った指輪はその人物を正確に認識出来ないと言うだけで姿形を変える効果はない。

 あくまで出歩いていてもシンが魔女の双騎士の片割れであると認識出来ないだけ。

 ゆえに男達は不運にも目をつけてしまったのだ、良い商品になると思って。

 

「本拠地は何処にある?」

「お、おおお教えたら見逃してくれるのか!?」

「喋らねえなら殺すつもりだ」

「わ、分かった! 話す、話すから!!」

 

 男は吊るされたまま持ち得る情報を全てぶち撒けた。

 どこに店を構えているのか、トップは誰なのか、規模はどれぐらいなのか。

 全てを聞き終えたシンは小さく頷き――――その頭部を握り潰した。

 

「話したからって殺さないなんて言ってねえんだがな」

 

 運が悪かった、そうとしか言いようがない。

 ただでさえ不機嫌な時に、シンの逆鱗を逆撫でるような手合いが喧嘩を売って来たのだ。

 最早一人二人の流血で終わろう