ダークポケモンヲツカイナサイ……サン&ムーン (ヌオー来訪者)
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001 海外旅行は気候気温に気を付けろ

 本作の時系列は、主人公が旅に出るちょっと前ぐらいの出来事。ちょっと前なので原作本編の話も絡む。
 勿論、コロシアムの続編であるポケモンXDの出来事から結構経っている設定。
 XD→→→現在→SM本編


 タイトルであるものを思い出した方は多分年齢がバレる。


「……あぢぃ」

 

 そこまで歩いていない筈なのにそれはそれはとても長い旅路のように思えた。

 アローラという地方はここまで暑いものなのか。

 

 ホウエン地方カイナシティ発、アローラ地方メレメレ島ハウオリシティの船から降りた青年は15分歩いた先に広大な砂漠を横断し切った旅人のような顔をしていた。

 アスファルトの上、フラフラと男は歩き進む。

 

 視界に広がる長大な道路が揺らいで見え、すぐ横を通り過ぎる車たちはもわっとした熱気と排気を残していく。息を吸うと海の匂いが鼻を突く。

 汗が髪を伝い、眼に入りそうな所を首をぶんぶんと振って防ぐ。何者にも遮られる事なくさんさんと降り注ぐ陽光は絶えず青年の肌を服越しに焼き続けていた。

 

 この場に於いて青年はひどく浮いていた。

 浮いていたというのは物理的にでは無い。道行く人々が半袖で薄着なのに対し、青年は黒い長袖シャツに、茶色の長ズボン、その上に軽い紺色の上着を羽織っているという出で立ちだったのだから当然だ。

 言うなれば真夏に秋ごろの服装で歩いているようなものである。

 

「あーくそ。冬だろうになんなんだ……」

 

 はっきり言おう。このアルトという名の青年はアローラ地方を舐めていた。そんなアルトを責めるように肩に掛けたバッグの紐が重々しくのしかかり、陽光は容赦なく肌を苛め続ける。

 

「あ゛っ゛つ゛い゛」

 

 尋常ならざる暑さがアルトの気力を削いで行く。

 最初こそ手持ちのグレイシアに抱き着いて冷気で耐え凌ごうとしたものの、グレイシアはそれを当然の権利の如く拒否。『暑苦しいから触んじゃねぇ』と思春期の娘の如く拒否されたのでご破算だ。

 

――グレイシアさん、体のみならず心まで冷たくなったのか。

 

 同じくイーブイから進化した別の手持ちのリーフィアとは大違いである。あいつはデレデレだというのに。

 こうなれば最早手持ちポケモンの力でクールダウンさせる事は期待出来ない。こまごまと店によって冷房で身体を冷やせば暑さはある程度防げるはずだ。……が、アルトが目指しているのは1番道路ハウオリシティ外れのポケモン研究所である。つまるところ寄れる店は自然と少なくなっていく訳で……

 

「あーもう!」

 

 アルトは一旦荷物を降ろして上着を脱いで腰に巻き、長袖のシャツの腕をまくり、気合いを入れ直す。

 これから数か月間この地方に仕事で滞在するのだ。この暑さに耐えずしてこの先生きのこれない。全身から力を振り絞り、バッグを持ち直しアスファルトを踏み締め走り出した。

 

◆◆◆

 

 30分近くアスファルトの上を疾走し、段差のある逆道を駆け下りた先には砂浜が拡がっていた。そこに幾度となく修繕されたであろうボロボロな木製の小屋が立っている。そこがアルトが目指したポケモン研究所である。

 そんな馬鹿な、と初見は己が目を疑った。しかし目の前の光景は真実であり、看板にはデカデカとポケモン研究所と書かれていた。

 なんでポケモン研究所がこんなにボロボロなのか。疑問は尽きないが内装は割と綺麗でどんな幽霊屋敷なのかと身構えたのは杞憂に終わった。

 

 で、そんなポケモン研究所で待っていたのは屈強な浅黒い肌を風に晒した所謂半裸の上に、白衣を羽織った奇妙な出で立ちの男であった。

 彼の名はククイという。このような出で立ちながらも博士という称号を持っている辺り人は見かけによらないものだ。

 

 体力を使い果たしたアルトはポケモン研究所の応接スペースのソファに座ってぐったりとしていた。ククイ博士は水の入ったコップをアルトの前の机に置く。

 

「大丈夫かい?」

「大丈夫じゃないです。暑かったです」

 

「はははは……今日は一際暑いからね。多分明日には落ち着くとは思うけどね。しかしアルト君その服じゃぁフィールドワーク中に熱中症になって倒れてしまうぞ?」

 

 ククイ博士の言う通りであった。これから草むらだけでは無く洞窟に潜ったり山を登ったり海を渡るであろうことは容易に想像できる。というかフィールドワークというものは得てしてそう言うモノだ。とはいえ比較的温暖なホウエンですら冬らしく寒かったのでアローラの暑さは想定外だった。

 

「肝に銘じます……」

 

 差し出された水を一気に飲み干す。エアコンの冷えた風と、喉の中を流れる冷水が心地よい。飲み干した所でククイ博士が切り出した。

 

「オダマキ博士から話は聞いているよ。何でも、課題を出されたそうじゃないか」

 

「えぇ。これが終われば晴れて見習い卒業って所です。ただ、今回は大規模というか長時間に渡るフィールドワークという形になります。数か月間の滞在は間違いないです」

 

「そうか。アローラにもまだ未知のもの沢山転がっている! もしかしたらぼくたちが見つけられなかったものを見つけられるかもしれないな!」

 

 嬉々とした口調でちょっと大げさな身振り手振りを交えて話すククイ博士の勢いに当てられてアルトもアローラの熱気で萎えかけていた好奇心と気力のようなものが戻って行く。

 アルトは研究者の端くれだ。そう言ったものに対する好奇心の種火を持っていた。

 

 

 この世界にはポケットモンスター縮めてポケモンと呼ばれている不思議な生き物たちが、海、山、平原、森、火山、異次元いたる所に住んでいる。その種類は多種多様で、数は100、200、300、400……その数を知る者はいない。

 人間たちはポケモンと一緒に遊んだり、力を合わせて仕事をしたり、そしてポケモン同士を戦わせ、絆を深めて行ったりしている。科学技術の進歩もポケモン無くしては成し得なかっただろう。

 有史以前からポケモンと人間は共に在ったという伝説すらもあるほどに人間とポケモンは切っても切り離せない存在なのだ。

 しかし未だに人間はポケモンについて分かっていない謎な部分が沢山ある。その謎を解き明かすべく研究を日々続けている者たちがいる。

 アルトやククイ博士もまたその一人である……アルトはまだまだ見習いではあるが。

 

「暫くお世話になります」

 

「あぁ。困った事があったら何でも言ってくれ。出来る事なら力を貸すぜ」

 

 白い歯を見せ爽やかな笑顔でそう言ってのけるククイ博士。

 気持ちのいい性格をしているとの研究者の間では専らの噂だったがまさにその通りのような人物だ。人に好かれやすいオーラがひしひしと出ていた。

 

「所で()()()()はしないのかい?」

 

 ククイ博士の問いにアルトは首を横に振った。

 

「そこまでやり切る時間はちょっと無いと思います。レポート提出期限もありますしフィールドワークに大分時間持って行かれそうなので……資料とかまとめなきゃならない時間もありますから」

 

 アルトも一応トレーナーの心得は持っている。何せ、仕事柄強力な野生のポケモンがうようよ居る地帯に足を踏み入れなければならないなんて事もよくあるのだ。フィールドワークをやる以上自衛手段を持って居なければ命を落とす事だってざらだ。

 ポケモンによって命を落とす……という事例は意外にも沢山あり、帰らぬ人となったフィールドワーカーも割と居る。

 そのためポケモンジムで自衛用のポケモンを鍛える研究者も割と居る。なお、アローラ地方にはその問題のポケモンジムが無い。そう、無いのだ。そのためポケモンリーグも――無い。

 一応鍛える手段が現地のトレーナーと試合したり、野生のポケモンと戦う以外にも存在はする。先ほどククイ博士が言っていた島めぐりというものもその鍛える手段の一つである。元々子供が一人前に成長するために存在する儀式で、11歳以上なら誰でも出来る所謂アローラ地方版ポケモンジムというべきものだ。ジムリーダーの代わりにキャプテンという試練の案内役が配置されている。

 

「そうか、そいつは残念だ。気が向いたらいつでも挑戦してみてくれ。島はいつでも君を待っているぜ」

 

「はい。覚えておきます」

 

 

 アルトはもう11歳をとっくに越しており今年で17だ。挑戦する資格は持っている。しかし残念ながら今回はパスだ。

 

「最近良くない噂を聞く。何やら比較的温厚なはずなのに異常に凶暴化したポケモンが各地を荒しまわっているとね。気を付けてくれ」

 

「凶暴化?」

 

「そう。警察や島のキャプテンが調査に当たっているから恐らくは大丈夫だとは思うけれども、どうもよくない予感がする。先行を取れたときにカウンターが来そうな予感ぐらいにね」

 

 凶暴化したポケモンというのは些か気になる話でアルトは神妙な表情になる。

 元々凶暴なポケモンならいざ知らず、温厚なポケモンが凶暴化するなど余程の事があったのは明白だ。環境破壊か、それとも……

 

「恐らく君なら大丈夫だろう。オダマキ博士から聞くに元々腕の立つポケモントレーナーだったという話も聞くしね」

 

 ククイ博士とオダマキ博士の評価に苦い笑みが出る。

 

「買いかぶり過ぎです。昔の話ですよ、それに俺は()()()()()()ですので」

 

 トレーナーになって目指すものに成れなかったからこそ、今のように研究者の道に走った。とはいえ、それまでの経験が無駄だったとは言いたくはない。研究者を目指したのはそれまでの旅路をきっかけに得たものなのだから。

 

 

「そろそろ俺、行きます。貴重な話有難うございます」

 

 それからククイ博士と数時間ほど研究などの話をした後、そろそろ頃合いだとアルトは立ち上がった。長旅と熱気で奪われた体力はそれなりに取り戻せた。するとククイ博士はアルトを引き留めた。

 

「ちょっと待った。キミに渡したいモノがある。それと……原付の免許持ってるかい?」

 

「……へっ?」

 

◆◆◆

 

 どっどっどっどっどっ……

 

 ノリに乗って吹いてみた口笛は風とエンジンの音にかき消された。

 押し寄せる温い風を浴びながらアルトはククイ博士から借りたスクーターに跨り、長い長い海沿いの道路を引き返すように走る。

 海特有の匂いにも慣れて来た。

 

「……いやーぬっっっるい」

 

 湿気を含んだ風は涼むにはあまりにも温すぎた。一応全力疾走するよりはずっと楽ではある。

 

――ククイ博士……ありがとうッ……!

 

 ククイ博士の厚意に感激しつつ、道路を走っていると間もなくしてハウオリシティの街並みは近づいて来た。当然といえば当然だが走っているよりずっと早い。

 

 今日のスケジュールはハウオリシティに一度引き返してから必要なものを買い揃え、明日から行動開始だ。

 まず予約を取っていたホテルに赴いてチェックインを終え、重い荷物をホテルに置いて、スクーターはホテルの駐輪場に置いて街に出る。

 

 件の凶暴化したポケモンとやらも気掛かりなので心持ち多めの道具を買い揃えておこう。手持ちに不安があるという訳ではないが、また己の不用心で後手に回るというのは避けたい。

 攪乱用の煙玉に餌、予備のライト用電池、やや高級なきずぐすり、モンスターボール……

 それとアローラ地方でやっていくための服。ククイ博士曰く、今日は一際暑かっただけで、明日はまだ抑えめな気温になるらしい。とはいえ今の服装はちょっと辛いものがある。半袖の上着とTシャツを買い、さぁ準備完了だ。

 

 ブティックを出るともう日が暮れかけていた。

 買い物袋を両手にハウオリシティの夜道を歩いていると――

 

 

 後ろの物陰から妙な人の気配を感じた。

 

「YO!YO!YO!」

 

 何故かラップっぽい声と一緒に……




 現在判明しているアルトの手持ち
 グレイシア、リーフィア
 他に手持ちはあるとかなんとか。

 一応主人公の名前は植物由来。アルカネットとかアルストロメリアとか
 名前になりそうな植物を調べたら大分使われてて四苦八苦しました……


 次回、『人は誰もがポケットにモンスターを飼っている』12時に予約投稿予定
 下ネタではない、断じて。


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002 人は誰もがポケットにモンスターを飼っている

「……えっと、何です?」

 

 突然のラッパーにアルトは眼が点になっていた。七分丈の黒いズボンに黒いタンクトップ、髑髏の帽子にマスクの男二人組。何だろうか、現地のパフォーマーさんだろうか。

 

「お前のポケモン、俺たちにくれないッすか?」

 

 それは――いかにもと言うべきか。物言いはカツアゲのそれだった。

 もしかしたらこれはパフォーマンスかもしれない。ここはまず相手のアプローチに返事をしてみる事が異文化コミュニケーションの基本である。

 そう思い至ったアルトはチェケラと両手指三本立てて、拒否の意を示した。

 

「それは、出来ないYO!」

 

「な、な、な、なんで、なんで、なんで、出来ないんだ?」

 

「そっ、そっ、それは、俺がポケモン、持って、ないんだZE!」

 

 勿論嘘だ。

 リーフィア、グレイシア他自衛用のポケモンを持っている。今も小型化したモンスターボールを腰のポーチに収めている。このまま諦めてくれれば良いかな、とタカをくくったアルトであったが現実はそうそう甘くは無かった。

 

「嘘吐き、泥棒の始まりだ! お前昼間でポケモンに、そっぽ向かれてた、ジャン!」

 

 ……ばれていた。まさかグレイシアに拒否された顛末を見られていたとはトレーナーとしてなんだか恥ずかしい限りである。もうそろそろ即興のエセラップを辞めたいものの、乗ってしまった以上中々降りられない。

 

――というか周囲の視線が地味に痛いんですが……

 

 DJもビートもない即興のエセラップをやっている内に通行人がこの見苦しい対決を遠巻きに見ていた。2人組に合わせてアルトも踊っているがどう見てもデタラメな身振り手振りの盆踊りで、一方二人組は慣れているのかキレのあるラップの仕草を見せつけていた。

 後でラップの勉強をした方が良いなと内心思う始末だ。

 

「悪いね、でもね、お前にね、やるポケモンが、ないんだぜ! 人のポケモンを、取ったら泥棒YO!」

 

 疲れて来た。

 デタラメな盆踊りなだけあって無駄に体力を使う。なお対する二人組はぴんぴんしていた。

 

――くっ、これが本場のアローラップ……!

 

 根を上げたアルトは身体をくの字に曲げてはぁっ、と溜息を吐いた。

 負けた……完敗だ。アローラップの真髄を叩き込まれた気分だ。敗北感と同時にこの世は広いと痛感した。まさかカツアゲネタで絡んでくるラッパーが居ようとは。

 

「お前のものは俺のもの、俺のものは――」

「負けだッ! この勝負……俺の負けだ……!」

 

 地面に膝を付き、敗北宣言を口にする。全身からこれまで抑えていたのであろう疲れがドッと出る。精神的にかなり体力を使った気分だ。

 素人が安易に真似をするものではないと心底後悔した。

 

「ラップって難しいんだな……所でポケモン寄越せってマジ?」

 

 ふと冷静になって旅行者にカツアゲめいた物言いで絡みに来るラッパーなど居たものかと思い至る。常識的に考えて居ない。……という事は本気なのか?

 そう考えに漸く至った所で男は肯定した。

 

「俺は何時だって本気だ一本気? お前のポケモンいただくぜ!」

 

 男二人組はポケットからモンスターボールを取り出し臨戦態勢を取る。

 これまでラップに付き合って来た自分が馬鹿みたいだ、というか馬鹿だ。先ほどのエセラップで単に赤っ恥かいただけではないか。

 

――俺は何をやってんだ……

 

 地に手をつきがっくりとして暫く自己嫌悪モードに入ったもののハッ、と我に返り即座に立ち上がった。

 

「ポケモンは駄目。流石に駄目。ラップは凄いなとは思ったけどさぁこれはこれそれはそれよ」

 

 と、カツアゲを拒否しつつ線引きしつつ褒めた所、二人組突然沈黙した。妙な沈黙の後、2人組は顔を見合わせ――

 

「初めてラップ褒められた……!」

「俺は人生産まれて初めて褒められた……ぜ」

 

――この人らどんだけ屈折した人生送ってんだ!?

 

 感動したらしい2人組は「どうしよう」とあわあわし始める。女子かこの人らは。

 なんだか可哀想に思えてきたもののこれはこれ、手持ちのポケモンは絶対に渡せない。こればかりは譲れないのである。

 アルトから注意が逸れている内にさっさと退散しようと、背を向けそそくさとこの場を去ろうとしたその時だった――

 

「ちょっと待った! 褒めてくれたって逃さないぜ!」

 

 ぎくり。逃げきれず。気付かれてしまった。

 びくっ、と足を止め油のないロボットの如くカクカクとした首の動きで振り向く。二人組は完全に臨戦態勢で既にポケモンを出していた。

 片方はどくトカゲポケモンのヤトウモリ、もう片方はゴミぶくろポケモンのヤブクロンだ。

 

「えっと……やっぱり駄目?」

 

 試しにダメ元で聞いてみる。

 

「「駄目」」

 

 やっぱり駄目だった。アルトは渋々ポーチから手持ちポケモンが収納されたモンスターボールを取り出す。

 

「本当にカツアゲだってんなら正当防衛だよな……!」

 

 こうなれば全力で手出しできないようにするまでだ。2つのモンスターボールを高く投げるとボールが開き、アルトのポケモンが姿を見せた。

 

 はどうポケモン、ルカリオ。いろへんげポケモン、カクレオン。

 雄叫びを上げながらルカリオは、手に青い骨型のエネルギー体を出現させる。十八番のボーンラッシュを何時でも撃てるように即座にスタンバっていた。一方カクレオンは暗くなったこの夜道に紛れるように体色を景色に同化した。

 

「やっちまえヤトウモリ!」

「ヤブクロン!」

 

「ルカリオ、ボーンラッシュ。カクレオン、不意打ち」

 

 一気に襲い掛かる2匹のポケモンたち。しかし――ルカリオたちの方が速かった。

 

 ヤトウモリの背後に回り込んでいたカクレオンはその拳をヤトウモリの背中に叩き込み、道路を転がり気絶。

 ヤブクロンはルカリオのボーンラッシュをもろに喰らい15m近くまでバットで打たれた野球ボールの如く吹っ飛んだ。

 

「――へっ」

 

 何が起こったのか瞬時に理解しかねた二人組はしばらくの間、フリーズしたパソコンの如く口をポカンと開けていた。そして既に勝負に敗北していた事に二人組は数テンポ遅れて気が付いた。

 そんな馬鹿なと言いたげな顔をしてから、二人は再び顔を見合わせる。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい……」

「何なんだこいつマジ何なんだコイツ」

「おい相棒! 無かった事にしてズラかるぜ! ケッ!」

「敗者は大人しく退散解散、ランナウェイ!」

 

 などとラップ調で逃走の算段を即座に立てた後、アルトたちに一瞬で伸されたポケモンをボールに収めて、コソクムシもかくやと、眼にも止まらぬ速さで逃げ出した。その様はまるでマンガのようだ。

 ……先ほどの出来事のようにポケモンを強奪する為に襲い掛かる手合いは悲しいながら存在している。それは個人に留まらず組織単位で強奪行為を行う連中も居るので要警戒だ。

 

「ルカリオ、カクレオン。お疲れさん」

 

 労いの言葉を受けたルカリオは無言で頷き、カクレオンは表情一つ変えず舌をピュッと出して直ぐ引っ込めた。

 モンスターボールに仕舞い、買い物序でに買ったのど飴を自分の口の中に放り込んだ。少し舐めてから吸い込んだぬるい空気がほんのちょっとだけ冷たかった。

 

「にしても変なチンピラだったなぁ……」

 

 しばらくは忘れられなさそうな気がした。何せラップで絡んできてカツアゲかますチンピラなぞ前代未聞だ。すると先ほどのバトルを見ていた住民らしい小太り中年の男が安全を確認してからこちらに寄って来た。

 

「あんた、観光かい? 災難だったな。まぁポチエナに噛まれたと思ってくれ……あいつら基本そんなに強くないし見る限りあんたなら大丈夫だとは思うけど」

 

「あれ、ここじゃよくあるんですか」

 

「昔からね。まぁ、ここ島巡り経験者多いから巧く退けられるんだけどな」

 

 じゃぁ助けてくれよ。と毒を吐きたくなったものの要らない恨みを自ら買いに行こうとはそうそう自分でも思わないので吐き出す前に呑み込んだ。

 

「……まぁあいつらはドロップアウトしてから立ち直れないような脆い奴らだ。大したことないさ」

 

 男の侮蔑の篭った最後の一言が、アルトの喉の奥で魚の小骨の如く引っ掛かった。

 

 

◆◆◆

 

 翌日。余分な荷物をホテルに残し、最低限の荷物だけで出発した。野生ポケモンの襲撃を喰らった時に対する対策の煙玉、餌、携帯食料と簡易サバイバルキット、仕事道具の望遠鏡とカメラ、メモ帳、研究員用のポケモン図鑑、ククイ博士から貰った研究員用通行証をリュックに詰め込み、スクーターに乗ってハウオリシティを出発した。

 

 スクーターに跨ってカッスカスのヘタクソな口笛を吹きつつ、沿岸の道路を走る。

 昨日の暑さは鳴りを潜め、比較的過ごしやすい空気になっていた。ぬるくも冷たくもない潮風を浴びながら目標の2番道路まで走った。長い斜面が続き、徒歩ならそれなりに時間を食ってしまいそうな程だ。スクーターを貸してくれたククイ博士に改めて感謝した。

 

 さて。

 

 このアローラの地で特筆すべき点は木の実が大量に手に入るという点である。

 このアローラでは木の実のなる木というかなり特殊な品種の木が至る所に生えており、かなりの量の木の実を手に入れる事が出来る。しかもたった一本の木に複数の品種の木の実をもぎ取る事が出来るという冷静に考えれば恐ろしいシロモノだ。

 恐らくホウエンやシンオウより木の実は楽に手に入りやすいと思われる。

 1日に片っ端取って行くなどといったルール違反レベルの乱獲をしなければ困る事はない筈だ。

 

 それほどの木がある以上ポケモンたちも自ずと寄って来る。特にここ2番道路ではあのチコリータやフシギダネが居ると専らの噂だ。初心者トレーナーが博士から貰う3匹のうち1体であり、そうそう新しく手に入らない種類のポケモンが平然とこの地方には居るのだ。

 自然豊かでかつ、かなり特殊な立地ゆえ課題のネタに関しては困る事は無さそうである。

 

 オダマキ博士から与えられた課題はアローラ地方の生態について纏めろというものだ。謎の凶暴化についての理由も出来ればついでに掴んでおきたい所だ。

 

 

 

 スクーターを降り物陰にポジションを取ってから、手持ちポケモンの一匹であるとっしんポケモンのマッスグマを出してから、望遠鏡を覗きこむ。

 広大な草むらにニャースが一匹。それもただのニャースなどではない。

 それもリージョンフォームと呼ばれるアローラ地方限定のもので体色が灰色だ。

 

 文献によると、元々この地方には居なかったらしいが当時の権力者への献上品として、他の地方から持ち込まれ当時の権力者により甘やかされて育ち、当時の権力者が衰退し消滅したのち野生化、繁殖したという。

 現在問題視されている外来種による生態系の変容の一例とも言えるそれは中々興味深いものだ。

 ちなみに、通常の野生ニャースがこの地に居る事はほぼ無いらしい。

 

「ほかに居るのはヤングース、ニャース、ケーシィ……マクノシタも。噂が本当ならチコリータやフシギダネも居るって事か。アローラ地方からトレーナー始める奴恵まれてんな……その分自然が厳し気なぶん相ッ当大変そうだけど。なぁマッスグマ君、カクレオン君」

 

 手持ちのマッスグマとカクレオンはアルトの唐突な振りにギョッとしてから首を傾げた。突然話を振られたら困惑するし当然の反応だった。

 

「あ、そうだ。偵察頼む」

 

 その言葉を訊くや否や身体にカメラを付けたマッスグマは「この瞬間を待ってたんだぜ」と言わんばかりに嬉々として草むらに突撃して行く。同じくカメラを持ったカクレオンは少し間を置いてから体色を周辺の景色に溶け込んでいく。流石にカメラまで隠しきれないが草むらの中でならカモフラージュ性能は抜群だ。

 案外人間もポケモンも気づかないものである。

 

 二体の持ったカメラが映した光景をノートパソコンが映す光景から記録する。

 特に警戒心のあるポケモンはカクレオンをもってしても困難だ。ケーシィとか過去何度気付かれて観測失敗した事か。

 黒い眼差しや影縫いでも使えば足止めこそ出来るが、それは捕獲する行動前提の行動なので観測には全く向かない。

 

「さてと……」

 

 勝負はこれからだ。これから長丁場になるのだから。

 

◆◆◆

 

 数時間後、マッスグマが帰って来た。

 ポケモンにだって体力はあるし、ずっと偵察出来る訳ではないのだ。なお、カクレオンは依然として黙々と偵察中。奴の忍耐力は尋常ではない。勿論倒れるまでやる事はなく帰って来るし、無茶な命令は拒否するだけの自己判断能力は持ち合わせている。

 

 先に根を上げたマッスグマはお腹が空いたと足をちょこちょことつついてくる。

 

「はいはい……マサラダ食うか。所で何拾ったんだお前?」

 

 出発前ハウオリでテイクアウトで買って来たアローラ名物の揚げパン、マサラダを差し出しマッスグマが持ち帰って来た球体状のナニカと交換する形で受け取る。マッスグマの特性『ものひろい』が発動したらしい。

 それは外気に晒されて何週間も経っている程に泥や砂埃が所々についていた。

 

「……ボールかこれ?」

 

 汚れを布で擦ると、それは灰色と黒い装飾が施された凸凹のあるモンスターボールだった。

 試しに開けてみると中身はカラッポだ。

 

 見た事の無いタイプだ。恐らく市販されているような代物ではない事は確かだ。

 オーダーメイドだろうか。よくトレーナーが個性を表現する為にボールに細工をしたり独自のカスタマイズを行うらしい。帰りに交番に届けるべきだろう。

 謎のボールをリュックに仕舞うと、ノートパソコンから正確に聞き取れない男の怒声が聴こえた。

 

「いっ!?」

 

 何か拙いものでも見てしまったのか。最悪の事態を想像して鳥肌が立ち、慌ててカクレオンのカメラが映しているウィンドウを見るも、実際のところは違ったようで白服の女性が何かから逃げている。

 女性が画面外に消えた直後、見覚えのある風貌の男が何人も走っていた。

 

――あいつら昨日の!

 

 昨日、アルトに絡んで来たカツアゲ二人組に似た風貌の男たちが白服の女性を追うようにカクレオンの映した画面を横切っていく。ざっと数えて5人。

 

「……まさか」

 

 また自分にやった(カツアゲ未遂)と似たような事をやろうとしているのか。

 あの住人らしき男曰く彼らは大した事はないとの事だが、穏やかじゃない。これを放置しようにも心の何処かが咎めるのだ。確認するだけでいい。何事もないのなら大人しく戻ってフィールドワークを再開すればいい。ちょっとの手間だ。

 

 アルトは慌ててリュックに荷物を詰め込み、カクレオンのもとへと走り出した。




 ダークポケモンの出番は次回で。
 アルトの腕前は一応ジムは普通に制覇出来る程度の腕前(チャンピオンになれるとは言っていない)
 一応オダマキ博士の教え子なので結構アグレッシブに外に出ますが見習いという事もあって、経験は浅め。
 
 手持ち
 ルカリオ♂ 
 カクレオン♂ 
 リーフィア♂
 グレイシア♀
 マッスグマ♀

 次回『熊見ても死んだふりはするな』18時投稿予定です
 それはそうと……エーテル財団の女職員可愛い……可愛くない?


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003 熊見ても死んだふりはするな

 ダークポケモンヲツカイナサイ……
 ツヨクナリタインダロウ? 
 ツカイナサイ……


「おめーよー! そのアタッシュケースを寄越せよー!」

 

 追われていた女性は昨日見た二人組に似た衣装をした男たちに囲まれていた。

 昨日見た時より増えている、……ヒトという性質上増殖したとは考えにくいので元々そういう集団だったのだろう。結束を明確化しているように見える。

 

「……駄目です! これは渡せません! これはポケモンを救うための……!」

 

 白服の女性は抱えたアタッシュケースを抱えて離さない。今度の標的はポケモンではないらしい。

 カクレオンの道案内を受けて現地に辿り着いたアルトは「お疲れ」と言いカクレオンをボールに引っ込めた。今、この瞬間どうすれば良いかは決まっている。

 

「おーいそこのラッパー軍団。ちょっとこれはヤな感じだぞ。女の人囲い込んでカツアゲしちゃって……」

 

「ゲェッ!? お前昨日のスカした盆踊りヤロー!?」

 

 アルトの乱入にアタッシュケースを持った女性を取り囲んでいた男たちの一人が関羽でも見たかのようなする。中に一人昨日会った奴もいたようだ。殆ど同じ服装をしているものだから全然判別がつかないが。

 というか盆踊りで覚えられたとは何たる屈辱。一時の勢いに身を任せるものじゃなかった。昨日の自分は暑さで脳みそがやられていたに違いない。振り返ってみれば本当に馬鹿だった。

 

「悪かったな盆踊りで! ジョウト生まれで悪かったなァ!」

 

「別にジョウト生まれなのを馬鹿にしてねぇよ!? 良いじゃねぇかジョウト!」

 

 一般通行人の逆ギレと至極真っ当なカツアゲラッパーのツッコミ。アルトは気を取り直し咳払いした。一応助けに来たつもりなのに何故そっちのけでカツアゲラッパーと漫才をやっているのか。

 

「……で、またカツアゲか」

 

「カツアゲ? 違うぜ! こりゃビジネス! あのアタッシュケースを奪えってな!」

 

 人からモノ強奪するビジネスとは何なんだ。かつてカントー地方を荒しまわっていたロケット団めいた物言いに、アルトの立ち位置は決まった。

 

「どんな理由であれ――それが許される訳ないだろ。っていうかバックの有無対象関係なく普通にカツアゲじゃねぇかコラ」

 

 取り出した2個のボールに、5人のカツアゲラッパーも1個ずつ手持ちのボールをポケットから取り出す。5対2の不利な構図に、アルトは舌打ちする。

 流石にこちらも対抗して5体呼び出して同時に指示するという芸当は無理だ。

 トリプルバトルなる芸当は人生で碌にやった事はないし、ダブルバトルなら辛うじてよくやった程度だ。

 

「袋叩きだァァァァァァァァッ!」

 

 スカル団が5体――ズバット、ヤブクロン、アーボ、ヤングース、ヤトウモリ。殆ど毒の多種多様なポケモンの群れで一斉に飛び掛かり、アルトはグレイシアとルカリオで迎え撃つ。

 戦いは数だと誰かが言った。先日、瞬殺したとはいえ相手はこちらの手のうちを知っているハズ。あまりグズグズしてはいられない。速攻でカタをつける。

 

「ルカリオ、バレットパンチを! 離脱後グレイシアは吹雪ッ!」

 

 指示通りルカリオが先に地面を蹴り、一気に押し寄せる5体の軍勢を弾丸の如く勢いですれ違いざまにバレットパンチで殴る。それは一瞬の出来事で反撃の間も相手ポケモンたちには与えない。一気に5体も殴らせたのでそこまで深手にはなってはいないが本命はこの後だ。

 ルカリオがバレットパンチの勢いのままに離脱した直後グレイシアがその技の名の通り吹雪を吐き出し、5体とも次々と冷たさに耐えられず目を回し気絶した。

 

「っし! ……まだやるかお前ら」

 

 それは一方的な試合だった。吹雪で一気に倒された5人のカツアゲラッパーたちは顔面蒼白になる。

 ポケモンのパワーと反応速度の差で勝負が決まったようなものだ。練度の差が露骨に出ていた。

 

「俺ら逃げるッスカ!? さよなら告げるっスカ!?」

 

「おう。追わないから帰っ……!?」

 

 横から得も言われぬ威圧感がアルトの肌を刺した。鳥肌が立つ。背筋が危険を察知して凍り付く。アルトは先ほどまで紡いでいた言葉をぶつ切りにし、サッと圧のした方を向く。……誰だ。

 威圧感を感じたのは人気のない森の中。ずしり、ずしりと地面を踏み締める重い音が徐々に近づいてくる。そして――

 

「――リ、リングマ……だと」

 

 威圧感の持ち主――とうみんポケモンのリングマが現れた。森を出てアルトたちを一瞥するや否や威嚇ともとれるような雄叫びを上げた。咄嗟に7人とも耳を塞ぎ、鼓膜を守る。

 地を割かんばかりの獰猛な雄叫びにピリピリと、肌が僅かに痺れる。本能が危険を察知したか心臓が早鳴る。

 逃げなければ――殺られる。

 

「リ……リングマって……まさか」

 

 白服の女性がポケットから取り出した眼鏡を掛ける。こんな状況で悠長に眼鏡を掛けている事を不思議に思ったが、今はそれどころでは無い。リングマは黒いオーラを出した右腕で、リングマらしからぬ機動力でルカリオに肉迫し、一撃を入れると敢え無く咄嗟に防御姿勢に入っていたルカリオが吹っ飛ばされた。

 

「なッ!?」

 

 ルカリオは鋼と格闘タイプ。対するリングマはノーマルタイプ。相性は非常に悪くルカリオの方が圧倒的に有利な筈が、こうも簡単に吹っ飛ばした事にアルトは己が目を疑った。だが眼前で起こっている出来事は現実だ。

 ルカリオとグレイシアがリングマとやりあっている内に、自衛能力を喪った5人を逃がさなければ拙い。

 

 

「お前ら逃げ……あっ」

 

 カツアゲラッパー5人組は既に豆粒になるぐらいまで遠くまで逃げていた。速い。

 手間こそ省けたが、何だか複雑な気分だ。後は悠長に眼鏡を掛けてリングマを見ている白服の女性だった。

 

「貴女も逃げるんですよ……!」

 

 アルトが女性の腕を掴むと、女性はそれを振りほどいた。

 

「駄目……! この仔は放っておけない!」

「何言ってんだ! やられますよ!」

 

 仕方ない、とアルトは捕獲用のボールを取り出し、暴れ狂うリングマを睨む。

 この凶暴化はおろか、ルカリオを一撃で吹っ飛ばしたリングマは捕獲して原因を探るなりしておきたい。女性はそれを見て口を開いた。

 

「ただのボールじゃ役に立たないわよ」

 

「ただのボールって……」

 

 彼女は嘘や冗談で言っている風には見えなかった。

 ボールを棄てるつもりで投げてみたものの、捕獲機能が発動しないままリングマの身体にこつん、と当たってから地面に落ちた。確かに本当だった。

 投げた事は無いが人の持っているポケモンにモンスターボールを投げてもセーフティが作動して捕獲機能が発動しないのは有名な話だ。

 まさかあれは人が持っているポケモンだとでもいうのか。

 

 女性はアタッシュケースを地面に置き、カチャカチャとロックを外し開く。ケースの中には灰色の鈍い光沢を放つ機械とユーザーズガイドが入っていた。

 見た所腕に取り付ける、騎士や武士が腕に取り付けるような手甲を思わせる機械だった。手甲から伸びているケーブルと思しきパーツは肩に付けるパーツまで伸びていた。

 

 そんな機械でどうしようって言うのか。

 

「――ッ」

 

 既にリングマはグレイシアをも跳ね除けていた。吹雪を喰らい脚元が凍りつくものの、それを力づくで解除しこちらにのしのしと迫っていた。咄嗟にアタッシュケースを漁る職員がそれに反応する事は叶わず。

 

「ぶっ!?」

 

 リングマの衝動のまま、一方的に薙ぎ払われた。女性は悲鳴を上げるより先に身体はルカリオよりも簡単に木の葉の如く吹っ飛び木に衝突する。女性を吹っ飛ばした次の標的はアルトだ。咄嗟の反応でリングマの巨体を掻い潜り事なきを得るも、やはりギリギリで耳元で風を切る音がして、己が身の危険をひしひしと感じた。

 あんなものを貰ったら確かに無事では済まない。

 

「――ッ」

 

 グレイシアとルカリオが持ち主(アルト)を助ける為に、各々冷凍ビームと波動弾を放ちリングマにダメージを与えていく。このままグレイシアの氷技で一瞬でも良いので隙を作りつつ、ルカリオの格闘技で効果抜群の一撃を着実に与えて行けば勝ち筋は見える。

 とはいえ、先ほどリングマに直接殴られた彼女が気になって駆け出した。

 

「ちょっと大丈夫か!」

 

 木に凭れるように倒れた女性は手に持っていた手甲型の機械を左腕に嵌めようとしている。……しかしそれを見過ごす事は出来なかった。何せ彼女の身体はリングマの一撃を喰らってその純白の衣装を血に染めていた。褐色の肌にも血が伝い、機械を取り付ける為の左腕はもろにに喰らった所為で血だらけだ。そんな腕でどうにかなるとは到底思えなかった。

 

「逃げて。あいつは倒しますから……」

「倒すだけじゃ……駄目。あのまま放って置けば生態系も、リングマ自身も……」

 

 無理に立ち上がろうとする彼女の姿にアルトは苛立った。何が彼女をそうさせるのか。それを放置して勝手にやらせるほどアルトとて薄情でもない。

 

「その機械でどうしようって言うんだ! 何が出来るって言うんだ!」

 

 苛立ちと怒りのままに叫ぶ。

 

「スナッチ……」

「スナッチ?」

 

 あの最新型ゲーム機スイッチ……じゃなくてスナッチ。snatch。意味はひったくる、強奪する。

 あまり聞こえの良い単語では無かった。アルトは顔を顰める。カツアゲラッパーからすれば必涎のアイテムかもしれない。

 

「今のリングマは普通じゃない……このまま放って置けばリングマ自身にも負担が掛って死んでしまう。限界まで暴れ狂い続けるから他のポケモンも自然も不用意に傷付く。だから……そうなる前にこれを使ってスナッチを……捕獲しないと」

 

「その腕でボールを投げるって。いやどう見ても無理でしょう……」

 

「無理でもやるのよ……! それが、あの仔を助ける事に繋がるなら私は……! あぅっ!?」

 

 額に脂汗を浮かべ、フラフラと歩きはじめるものの痛みで脚を止める。アルトはそれでも行こうとする彼女の右肩を掴んだ。振りほどけるほどの体力は無いらしく、そこから一歩も前へと進めなかった。

 

「何が貴女を駆り立てるのかは知らない。でも今の貴女を行かせる訳にはいかない。だからソイツの使い方を教えてください。……俺が、俺が行きます」

 

 今この瞬間、彼女がやろうとしている事には嘘は無い。スナッチという単語が未だ脳裏に引っ掛かり続けていたが、リングマを救おうという意志はきっと本物だ。そう信じてみたかった。

 

 

 

「スイッチを入れて」

 

 左腕に取り付いた手甲型の機械――その名もスナッチマシン。運よくアルトの手のサイズが合っていた。ここでサイズが合わなければ目も当てられないので少し安堵しつつ、指示通りに起動の手順を踏んでいく。

 《ready》

 低い電子音が鳴り、起動したように手の甲に嵌められた丸いクリアパーツが黄色に点灯する。

 

「ボールを持って5秒経てばスナッチボールは完成する……本来ならわたしたちエーテル財団がやるべき事なのに通りすがりのポケモントレーナーに全部任せてしまう形になって……我ながらほんと情けない話よ」

 

 エーテル財団。ラジオのニュースで聴く限りポケモン保護を行っている団体だとか。虐待されたポケモンや絶滅危惧種の保護活動を主としている。

 彼女をそうさせる意味が分かり腑に落ちた気がした。

 

「せめてこれだけでも。ニンフィア、お願い」

 

 木に凭れ、せめてこれだけはとボールを投げむすびつきポケモンのニンフィアを呼び出す。イーブイから進化する数多くの分岐の一つ。ポケモンに好かれてなければニンフィアに進化したりはしない一匹だ。

 ニンフィアはアルトを見上げて、鳴く。アルトは無言で頷き返した。

 

「まずポケモンを……リングマを弱らせて!」

 

 既に消耗戦と化していた。

 異様に強いリングマの猛攻はグレイシアをも疲弊させ、ルカリオは既に戦闘不能寸前になるまでグレイシアを庇うように立ち回っていた。

 

「ルカリオ、戻れ……! 行けリーフィア!」

 

 ルカリオは即座にモンスターボールに戻し、リーフィアを入れ替わりに呼び出す。3体のイーブイの進化形が揃い、揃いも揃って鳴き声を上げた。

 

「ニンフィアって攻撃は出来ますよね?」

 

 一応確認するように訊くと、エーテル財団職員の女性はこくりと頷いた。

 

「ムーンフォース、ハイパーボイスが撃てるわ……!」

 

「……リーフィア、もろに当てなくて良いからリーフブレードで攻撃しつつかく乱を。グレイシアはリングマの腕を狙って冷凍ビーム。ニンフィアはリングマの動きが鈍った所を狙ってハイパーボイス」

 

 それぞれに指示を飛ばすとこの中で最もスピードのあるリーフィアが真っ先にリングマに飛び掛かり、リングマの攻撃を避けつつ、尻尾を自然の刃と変え、リーフブレードを掠めるように当てていく。

 そして遠距離から隙を狙うようにグレイシアが冷凍ビームでリングマの腕を狙って狙撃。徐々にリングマの腕が凍り付いて行き、その重さに耐えられず攻撃が大振りになり、隙が増えていく。

 

 既にルカリオとグレイシアが相当ダメージを与えていたので案外簡単に狙い通りに事が進んだ。グレイシアはルカリオがやられた事に腹を据えかねていたのか冷凍ビームの威力が心なしか上がっているように見えた。

 そして一頻りリーフブレードで刻んだリーフィアが離脱した所を狙って、トドメのニンフィアのハイパーボイス。ニンフィアから吐き出される振動波を受け、リングマのダメージは限界点を迎えた。腕にこびり付いた氷は砕け、どさりと重く倒れ込む。

 

――勝った!

 

「空のボールを持って!」

 

 言う通り、捕獲用の空のボールを左手で持つと、肩部パーツから伸びるケーブルに何かしらのエネルギーが走り、手の甲に入って行く。するとランプが黄色からに緑色に切り替わった。

《Full Charge》

 

「投げて!」

「行けよ……スナッチボールッ!!!」

 

 地面を踏み締め、臍に力を入れる。左手に持ったボールが砕けんばかりの力を込めて握りしめ大きく振りかぶって――投げた。

 ボールが一直線にリングマ目掛けて飛んで行き、命中前にボールが開き手を思わせるエネルギー波がリングマの身体を持って行くように掻っ攫い、ボールの中に納まった。

 

 先程の騒ぎが嘘のようにボールは地面に転がり、ゆらり、ゆらりと動く。恐らく内部でリングマが抵抗している証拠だ。1分に渡る抵抗の末――

 

――やってしまった。

 

 スナッチボールは制止した。これでもう捕獲は出来ただろうが、ポケモントレーナーとしては間違いなく最低の行為ではある。一応リングマやこの地の生態系を救うという大義名分こそあるがやや後ろめたいものは確かにあった。

 アルトは制止したボールを拾い上げ、ぼんやりと左腕に付いた灰色の機械を見る。スナッチマシン……これは危険過ぎる機械だ。

 これが量産、悪用されようならこの世界は瞬く間に大変な事になってしまう。

 

「ねぇキミ! ……ありがと」

 

 でも。しかし。それでも。

 エーテル財団職員の女性が優し気に微笑み、感謝してくれたのも確かで後ろめたさと達成感の入り混じった、それはとても複雑な気分であった。

 ポケモンたちをボールに仕舞って、空のアタッシュケースも回収し彼女の止血などの応急処置をしてから背負い、スクーターのもとまで歩きながら、本当にこれでいいのかと思い悩む。

 そこに答えは無い。堂々巡りの悩みだ。思春期男子特有の背負った所で女性の柔らかさにおどつくような余裕も無かった。

 

「キミは悪い事してないからね……悪いのはダークポケモンなんてものを売ってそれの誘惑に負けて買った人だから……」

「……」

 

 ダークポケモンとは何なのか。恐らくヘルガーとかデルビルの事ではないんだろうなと、気負っている事を察した彼女の慰めの言葉を耳にしながら沈みゆく夕日を見て思った。




 エーテル財団女職員は褐色可愛い。ツリー仕様はもっとかわいい

 補足ですが、アルトはジョウト生まれホウエン育ち。つまりRSE主人公に近い境遇となっています。

 ダークポケモンってなんぞやって方向けの説明は追々します。

 実はリングマって本来図鑑説明ではそこまで凶暴な要素は見ないんですよね……縄張りを作りはしますけれど。素の危険度ではヌイコグマとかキテルグマの方が多分上じゃないかな、と(今回のリングマは暴走していたので素の性質がどうあれ関係は無いです)
 7世代に新規テキストがあったら変わっていたのでしょうか……まさかUSMになっても全国図鑑無いままとは思いもしませんでしたけど仮に実装されても新規テキストが入る保証もありませんし。

※ここからはコロシアムシリーズ既プレイまたは知っている方向けのメタ説明。
 本作のダークポケモンは技術の進歩でコロシアム及び、XD時代より強化されています。かがくのちからってすげー!
 全能力2段上昇というと言い過ぎかもしれませんがそれくらいだと思うと良いかも。
 その代償にポケモンに与える負荷は尋常では無く最悪死に至る可能性があるとかないとか。その上暴走する危険性もあり、今回のリングマのように暴れまわる可能性があります。
 ルカリオが一発で大ダメージを喰らったのは当然XDの仕様。

 下手な腕前では恐らくスナッチは困難なレベル
 一体誰がダークポケモンをばら撒いたんでしょうかね……(すっとぼけ)


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004 アフロ、それは男の生き様

 アフロと言えばオーバさん。


 幸い2番道路にポケモンセンターがあったので、センカという名前らしいエーテル財団職員の手当てを医者に頼んだ。

 周知の通りポケモンセンターはトレーナー支援設備だ。しかしポケモンのみならず、人間の手当ても受け付けているし、ホテルに比べれば非常に簡素ではあるが宿泊施設や飲食店も配置されている。

 

 センカの怪我は一応先に応急処置で止血していたとは言え所詮素人の真似事だ。プロの処置の方がずっといい。加えて、ルカリオをはじめとするダメージを食らったポケモンの手当てと、落ち着いた場所で彼女に訊きたい事もあった。

 

 しかしアルトはポケモンセンター到着後、待機していたらしい別のエーテル財団職員から数時間ほどの事情聴取を受けさせられた。顔写真をも撮られたのは悪い意味でマークされたのか。スナッチマシンなる危険なマシンを部外者が使えば警戒したくもなるので当然の帰結だろうけれども。

 

 事情聴取から解放された時には日は完全に沈みきっていた。併設された喫茶店の一角のテーブル席に処置を終えたセンカに呼び出され向かい合うように(隣で座るような間柄な訳がないが)座る。センカは左腕に三角巾を下げており、額にも包帯を巻いていたりと見ただけでも痛々しい姿となっていた。足も軽く捻っていたので杖も突いているという有様だ。

 医者曰く、リングマにぶん殴られて外傷だけで済んでいる事が奇跡だという。本当に危なかったようだ。最悪内臓をやられても不思議では無かったらしい。

 

「大丈夫じゃ……無さそうですね」

 

「いやいや大丈夫大丈夫。それより、ほんとごめんなさい色々負担掛けてしまって……」

 

 アルトはスナッチマシンというこの世界に於いては間違いなく禁断のそれを取り扱えば事情聴取を喰らう言う覚悟はしていたのでほとんど気にしていなかった。それより気になるのはアローラ地方に一体何が起こっているか、と言う事に尽きる。

 

「いや別に覚悟はしてました。あのまま逃げてたら殺されてるか、被害が別のところに行ってたでしょうしそこら辺はもう良いです」

 

「……色々訊きたい事あるんじゃないかな。何でも訊いて。出来る限りは答えるつもりだから」

 

 怪我したとはいえ、どうしても弱くは見せたくはないらしく気丈に振る舞って質問に応える姿勢に入り、アルトも姿勢と表情を正し事前に用意した質問のネタを頭の中から引き出した。

 

「まず一つ。リングマが俺のルカリオを一撃で大ダメージを負わせた技について。あの技はデータに無かった。見るからにルカリオの弱点であるほのお技やじめん技のそれじゃない。ましてやかくとう技があんなドス黒いオーラを出すなんて初めて聞く。あくタイプなら効果はいまひとつ、尚の事効かないハズ……アレは何なんです? ダークポケモンって奴と何か関係が?」

 

「……それはまずダークポケモンが何なのかについて説明する必要があるわね。ダークポケモン……勿論、デルビルやヘルガーの事では無いのは言うまでもないか。ダークポケモンというのはポケモンを戦闘マシンへと強化措置を行った生物兵器よ」

 

 強化措置、生物兵器。余りにも強烈な単語にアルトは言葉を詰まらせた。ポケモンを兵器として運用する思想自体は存在している。風の噂では古代のポケモンを改造して現代兵器を搭載した兵器に変えられたポケモンもこの世のどこかに存在している事や、太古の戦争の文献を紐解けば分かるものではある。しかしそれでも実際に相対してみるのとでは訳が違う。

 センカは話を続ける。

 

「強化措置を行った事でありとあらゆる感情は抑制され、ポケモンの能力を最大200%にまで引き上げる事が出来る。リングマがそのダークポケモンとしての処置を受けており、今回キミのルカリオを追い詰めたのはそう言った要因もあるし、ダーク技と呼ばれる専用技の存在も大きい」

 

「……ダーク技?」

 

 心の整理がなんとか付き、声を出す。

 センカは頷いた。

 

「そう。ダークポケモンに強化措置を行った場合専用の技が割り振られる。それがダーク技。見た所リングマが撃ったのはダークラッシュ系統ね。ダーク技は全てのポケモンに効果抜群のダメージが入る。恐らくクリーンヒットしたのもあってキミのルカリオを追い込んだんでしょうね」

 

「……道理で」

 

 ルカリオが弱いという訳では無い。元々この手持ちの中では最も強い部類だ。だというのに一撃で追い込まれたのはダーク技という特殊な性質を持つ技が原因だという事を突き付けられ、安堵と同時に危機感めいたものを覚えた。……まだあのリングマが最後ではないとしたら今後も脅威となりかねないという事だ。

 いずれまた同じようなことが起こるのではないかという懸念がアルトの胸の内にあった。

 

「ただこれには致命的欠陥があって、リバース状態……所謂暴走状態になってトレーナーの制御から離れる可能性が低確率ながらも存在していると言う点がある。リングマが今回のように暴れていたのはリバース状態でトレーナーの手元から離れてしまったという背景もあると思われるわね。それにポケモンの限界を無視した強化措置だから下手すれば命を落とす可能性や生態系を破壊してしまう事だってあるのも無視出来ないわ。しかもそんなダークポケモンが裏で売買されているらしいのよ」

 

「やっぱりこれで終わりって訳じゃないんですか」

 

「そう。寧ろここから始まりかもね。オーレ地方のポケモン総合研究所及び国際警察の協力もあってわたし達エーテル財団開発部が完成に漕ぎつけたスナッチマシンを投入し、実戦投入したのはこれが初めて。わたし達の最終目的はダークポケモンを全て没収(スナッチ)し元のポケモンに戻す事……だけどまぁ情けない話出鼻くじかれたわね。まさかスカル団に絡まれた挙句早々にリングマと遭遇するなんて誰が……」

 

 センカは嘆くように愚痴り、苛立ちに荒れ始めた気をエネココアを一口啜る事で落ち着かせる。

 確かに運が悪すぎるにも程がある。出鼻をくじかれた挙句大怪我してしまう憂き目に遭うなどと。些か可哀想に思えたものの、それより先に引っ掛かる単語が一つあった。

 

「そう言えばスカル団って……なんですか」

 

「え?」

「え?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で彼女はフリーズし、質問したアルトも何故そこでフリーズされるのか分からずオウム返しをかまし、お互い何故疑問符を上げたのか理解できずしばしの沈黙が訪れた。そしてアルトが先に我に返った。

 

「いやスカル団って何なんですかって」

 

「あー……ホウエンから来たんだっけ……あぁ、そりゃ知らないか」

 

 得心が行き、センカは「そういえばそっか……」と頷いてから、エネココアを一口啜ってから語り始めた。

 

「大雑把に言うとチンピラと言えばいいのかな……暴走族とかに近い奴。迷惑行為やらかしたり、具体的に言うと標識に落書きしたり標識そのものを盗んだり、人からカツアゲしたり、ヤドンの尻尾を資格も持ってない上に無断かつ強引に引っこ抜いたり」

 

「うわぁ、随分とはた迷惑なチンピラだ事……」

 

「中々地味だけど迷惑よ。何せ奪ったポケモンをどっかに売ってるんだから……被害に遭った旅行者とかちょくちょく居るし」

 

「……アローラの警察は何してはるんですか」

 

 ロケット団を一回り二回り縮小化させてグダつかせたような組織像がアルトの脳裏で構築されていく。とはいえ、あの通行人に大したことは無いという言う辺り現地ではさして危険視はされていないのだろう。とはいえ警察は何をやっているのやら。放置していい事案も無いだろう。

 

「っと、脱線したから話しを戻すけれどダークポケモンはオーレ地方から入って来た人間が流したものだったりするのよ」

 

「なんで判るんです」

 

「ダークポケモンの製造技術はオーレ地方発祥のモノだからよ」

 

 オーレ地方。それは不毛の地としても非常に有名で、広大な砂漠が広がっているような地方だ。アローラ地方とはまさに正反対の地方で、野生のポケモンは一部の場所以外では一切確認されていないような場所だ。ただコロシアムなどポケモンバトルの大会が盛んらしく、基本形式がダブルバトル故、ダブルバトルにおいては右に出るものが居ないとの評判だ。しかし治安も劣悪だという影の部分もある。

 

「大方ダークポケモンを製造した組織が居場所無くしてアローラに流れたものだとは思うのだけれども」

 

 センカの言うことが真実だとしたらはた迷惑な話だった。

 スカル団以上に迷惑だ。暴走したダークポケモンが自然を無為に荒らしまわるのだから迷惑を被る範囲で言えばその組織が製造したダークポケモンの方が上だ。

 

「これからどうするつもりで?」

 

 ふと、気になったので訊いてみる。

 シャドーとやらがどのような組織なのかは知る由もないが、得体の知れなさはあった。ダークポケモンを売って一体何をしようと言うのだろう。

 

「今後もスナッチを続けていくつもり。一応そう言う仕事だしね」

 

「その腕でですか……」

 

「ポケモンバトルの腕はそれなりにあるつもりなんだけど……結構強いと思うのよわたしのニンフィア」

 

 明らかに強がりの笑みを見せてあからさまにズレた回答をしては居るも、三角巾で下げられた左腕が痛々しく映る。そんな腕でスナッチマシンを運用する事自体無茶だ。加えてこのままダークポケモンを野放しにしていれば今後フィールドワークに影響が出かねない。外部からの異物で現在進行形で荒されまくっている生態のレポートをオダマキ博士に提出する気にはなれなかった。

 

「や、そう言う意味じゃなくて、その左腕でボールを投げるって言うんですかって」

 

「大丈夫、何とかなる」

 

 そう口だけは雄弁に語る彼女の眼は泳ぎに泳ぎまくっていた。

 

「もしもの代行とか居ないんですか」

 

「一応居るけど?」

 

「じゃぁその人に任せれば良いじゃないですか」

 

「それはそうなんだけど……」

 

 センカは困ったように作り笑いをする。何故そこで困るのか分からず、アルトは眉を顰める。

 

「何か問題でも?」

 

「ううん。何でもない。あまり民間の人を不安がらせる訳にはいかないので話した事については他言無用という事でお願いね……キミは流石に話さなきゃ拙かったけどさ。キャプテンとか島キングはもうその辺は知ってるんだけど。……もう時間だから今日はここで話はお仕舞い。今日は本当にありがとう」

 

 そう言って残ったエネココアを一気に呑み干したセンカは席を立った。流石に正規装着者が大怪我したようでは上層部も多少は焦るだろう。

 

 さて、要点を纏めよう。

 このアローラ地方にはダークポケモンなる強化措置されたポケモン何者かによって持ち込まれた。

 ダークポケモンとは通常のポケモンの限界以上の力を引き出した戦闘マシンと化したポケモンの事であり、その力こそ凄まじいが、デメリットが幾つかある。

 一つ、限界以上の力を常時引き出している為過度な負荷で死に至る危険性があるという事。

 二つ、暴走しトレーナーの制御から離れてしまい見境なく破壊活動を始めるという事。この点についてはポケモンのもとの性質は関係ない為温厚なポケモンであろうが暴れ倒す。

 

 状況を重く見たエーテル財団はスナッチマシンを開発。これに対抗した。

 

 

 ククイ博士やオダマキ博士の言動からして、ダークポケモンがアローラに居る事は知らないの確実だ。現状島キングとキャプテンしか知らない辺りまだ情報開示されている範囲はたかが知れている。とはいえ博士たちを欺けるのは時間の問題だろう。

 

「にしてもなんか引っ掛かるなぁ……なんかスッキリしないというか」

 

 アルトは長話で冷めた自分のエネココアを啜る。色々説明を受けたのにもかかわらず喉に小骨が引っ掛かっているような気分だった。

 

 

 ◆◆◆

 

 それから5日が経過した。エーテル財団による事情聴取や監視もあり、遠くへは行けず5日丸々無駄にした。

 ポケモンセンターに併設された簡易宿泊施設で一夜を明かしたアルトは2番道路の散歩に出かけた。特に行く当てがあった訳では無い。

 強化措置を施した生体兵器ダークポケモン。アローラ地方を荒しまわる暴走する個体が未だこのアローラ地方に何匹も居て、各地で暴れ回っているという。ここ、メレメレ島には確認されている持ち主のコントロールから離れた暴走ダークポケモンはまだ居る。そう思うとあまり気が落ち着かなかったし、拘束期間もあってすっかり鈍ってしまった身体に喝を入れたかった。

 

 

 

「……悪いがここからは立ち入り禁止だ」

 

 しばし二番道路をあてもなく歩いているとバリケードが配置されていた。バリケードの前にはエーテル財団の制服を着た職員の男性が数名が見張っていた。

 

「何があったんですか」

 

「凶暴化したポケモンの暴れた跡でかなりの数の野生のポケモンたちが傷ついて、道も荒された。まだ凶暴化した奴が残っているかも知れないとの報告もあるので島めぐりでもしているのなら調査と整地が終わるまで少し待ってくれ」

 

 ここから先通る事が無理なら大人しく引き下がるしかないだろう。別にエーテル財団に喧嘩を売りに来た訳でも無く単に散歩しているだけなのだから。バリケードから背を向け他の所へと行こうとした矢先、見張りの男性職員に再び声をかけられた。

 

「ちょっと待ちたまえ。君もしかして……リングマを捕獲した例のアルトという男か?」

 

「……そうですが」

 

「知っているのだろう? この島に起こっている事を」

 

「ダークポケモン、そしてそれの暴走ですか」

 

「そうだ。なら通ってくれ。可能であれば君には協力して貰いたいんだが……」

 

 そう言いつつ、職員はバリケードを人が1人程通れるぐらいに開ける。

 ここでバリケードの先を通らないという選択肢もある。しかしそれよりも暴走状態のダークポケモンが齎すものについてもう少し知っておきたいという知的好奇心的なものが勝った。百聞は一見に如かず、という奴である。

 それに自分とは無関係だとは今更居ないふりをしたりシラを切れなかった。アルトは「考えて置きます」と曖昧な返事をしてから作ってくれたバリケードの隙間を通り抜けた。

 

 

 

 

 バリケードの先をしばらく歩くと、その道は生々しい傷跡が徐々に姿を現していく。

 爪が木々の肌を裂き、耐え切れず倒れ伏したものもあれば、倒れ伏すのも時間の問題なまでに傾いた木もある。爪痕の形状からしてスナッチしたリングマがやったのだろう。それが奥へ奥へと進むたびに増えていく。

 リングマがここまで破壊魔の如く暴れるなど通常ならおかしな話だ。

 胴体に生々しい傷跡を持った野生のガーディが爪痕が付いた木の陰でこちらを睨みつけている。アルトはそれを尻目に奥へと奥へと歩を進めていく。道中、二人組の財団職員が先のガーディより酷い傷を負った野生のポケモンたちを治療している姿も見かけた。その二人は憂鬱げに何かを話しており、アルトは聞き耳を立てた。

 

「このまま情報を隠ぺいしておくには無理があるよなぁ……少しずつだけどアローラがおかしくなって行ってるのは素人目でも分かるし現地民が気付かない訳がない」

「あぁ。リングマは保護したとはいえ、同様の暴走状態のダークポケモンはアローラ各地に何体も残っていて現在進行形で暴れてるか休眠してるかだものな。その上スナッチマシンの正規装着者が嫌なタイミングでスカル団に絡まれた挙句、ダークポケモンの攻撃で大怪我を負ったって言う」

「オイオイ……スナッチマシンの装着者、まともなの怪我した奴しか居ないって噂なのに大丈夫か……とはいえダークポケモンの存在を公表してしまうとおのずとカプがダークポケモンにやられたなんて結論に至る奴も出てくるからなぁ……」

「カプがアレを放置する訳が無いものな……あれは島に厄を齎すモノだ。それなのにカプが出ずに状況が悪くなっていく一方だとそういう結論に出てもおかしくは無い」

 

 2人の職員の諦観混じりの話し声から察するに事態はかなり深刻のようであった。

 カプというのはアローラ地方の守り神とされる伝説のポケモンだ。合計4体おり、アローラ地方4島に1体ずつ配置されている。それらがやられるなどと想像するのも難しい話だが、カプの介入が確認出来ないとされる以上職員たちの言う通りそう言った結論に至ってもおかしくはない話だった。カプが島を破壊して回るダークポケモンなるものを放置するとは到底思えないのだから。

 無用な混乱を避ける為の情報隠ぺいだろうけれども、限界は迎えつつあるのは目に見えていた。

 

 

 

「キミなんでいんの」

 

 思考に耽りつつ暫く2番道路閉鎖区域を彷徨っていると、聞き覚えのある声がアルトを我に返らせた。

 声の主、センカが不審げにアルトの顔を覗きこむ。怪我せず無事な片手には機能と同じスナッチマシンが入っていると思われるアタッシュケースを提げていた。足はどうやら回復したらしく杖はもう持っていなかった。

 

「ここ立ち入り禁止じゃなかったっけ」

 

「職員が通してくれました。大方事情聴取後に撮った写真から知ったんでしょう。スナッチの件も知ってました」

 

「あー…………」

 

 センカは溜息を吐き額に手を当てる。

 明らかに困っている人のそれである反応に、アルトはどうしたものかと立ちすくむ。すると手を降ろしたセンカは辺り一帯の惨状を見渡してから口を開いた。

 

「この通りダークポケモンが暴れた結果よ。悪い事は言わないからホウエンに帰った方が良いと思う。ただ……しばらく帰れるかどうかは分からないけれど」

 

 彼女なりの気配りなのだろう。しかしアルトとしてはその言葉を素直には受け入れ難いもので、表情がやや苦々しくなる。

 

「そう言う訳には行くものか、こちとら見習い研究員卒業の為にここに来たんです。それに博士にも機密保持で話せないってんならどう言い訳すりゃいいんですか」

 

 怖気づいて戻ったなどと言い訳すればそれこそ永遠の見習いで終わる。それに一応ホウエンを旅した身、そんな言い訳を成立させるには余りにも苦しい。

 

「…………」

 

 畳み掛けるように言葉を紡ぐアルトに返す言葉が無くセンカは黙り込む。しかし、この物言いはただの八つ当たりだ。自身の発言を振り返りアルトは慌てて気を落ち着かせ、己の不慮を呪った。

 

「……すみません、当たってしまいました」

 

「いいよ……こっちが後手に回っているのもあるし」

 

 続く言葉は無く、両者は黙り込む。センカはアタッシュケースの取手が軋む程に握りしめ、アルトはどうしたものかと途方に暮れる。アルトとしてもダークポケモン関連は迷惑千万も良い所で、生態系の時間による変化とは違い、現在進行形で研究対象を破壊されているのだ。邪魔も良い所だった。

 しかしまともなトレーナーがセンカ以外いないらしいという噂を真実とするなら思ったより状況は切迫しているという事だ。こんな状況を打開するには……

 

 

「うわぁッ!?」

 

 突如誰かの、悲鳴が二人の耳朶を打つ。咄嗟に声のした方へアルトとセンカが躍り出ると、エーテル財団職員たちが野生と手持ち共々ボロボロの姿で辺り一面に転がっていた。

 

「な……なにこれ……ッ」

 

 誰も答えてくれないのは分かっているのに口から出てしまうのは人の常らしい。センカは状況を確認するべく倒れた職員たちのもとへと駆け寄り、アルトもそれを追い駆け寄る。

 

「一体何があったんですかっ」

 

 センカは倒れた職員を抱き起し、揺さぶると職員は弱弱しい動きである方向を指さした。

 そこには――

 

 金色一色の、いかにもディスコ辺りで踊り狂ってそうな珍妙奇怪な服装でグラサン。しかも頭には左側が赤く、右側が白いというモンスターボールを思わせる色合いの巨大なアフロが乗っているという、文字にするだけでもおかしな男が、ルンパッパ4匹と、ストリート系ファッションの若者2名引き連れて森の中をムーンウォークしていた。しかも微かではあるが軽快なミュージックが聴こえる。

 あまりにもおかしな光景にお互い目を合せてからその男を二度見し、再び顔を見合わせた。

 

「なんだアレ? 財団の人?」

「あんな不審者財団に見た事ないわよ……!」

 

 センカの返しから察するにあのアフロ男は財団とは無関係、となるとバリケードを強行突破でもしたのか。

 倒れた職員が二人の疑問に答えるように絞り出すような声で返した。

 

「あいつに……やられた。ふざけたナリの癖して強いぞ……しかもあいつ怪我したポケモンを()()()()()で捕獲して行きやがった」

 

「……オイオイ何の冗談だ」

 

 あんなふざけた外見の男に職員が悉くやられたという事実に己が耳と目を疑った。とはいえ人間もポケモンも見た目だけで全ては決まらない。一見弱そうなものでも凄まじい力を秘めている事も多々ある。

 

 アフロの男はこちらに気付いたらしくムーンウォークをやめてこちらへと向き、向かって来る。

 まずい、逃げろ、とアルトの中のアルトが警笛を鳴らす。関わると絶対碌な事にならないぞ、とも叫んでいる。

 しかしアルトの身体は逃げず、センカと職員の前に立ち、男がやってくるのを待っていた。ここで逃げれば倒れた職員はどうなるのか

 

「そこのキミたち~スナッチマシンを持っているね? 困るんだよね~ボクたちそのマシンの所有者たちに何度も迷惑したからね~」

 

 男が指さした先はセンカの持っていたアタッシュケースだ。スナッチマシン狙い。つまり、スカル団の関係者かもしくはダークポケモンをアローラに流した組織か。確かな事は奴が敵であるという事だ。

 アルトは身構えポーチに仕舞った手持ちの入ったボールに手を触れる。すると敵意を察知した男の矛先はアタッシュケースからアルトの方へと変わった。

 

「そこのキミ~アルトとか言ったね? 悪いけどォ、そのマシンはこのまま放って置く訳にはいかないんだよね~さっき言った通りボクたちの仕事の邪魔を何度もしてきたからさ~痛い目に遭いたくなかったらキミもつまらない事には首を突っ込まないほうがいいよ~」

 

「ふざけんなマルマイン頭。こちとら俺や現地住民はダークポケモンに迷惑してんだ、ダークポケモンはとっ捕まえて元に戻すというのが道理じゃないのか。普通感謝すれど迷惑はするもんじゃないだろ。……何モンだお前ら」

 

 アフロの男はチッチッと指を振った。

 

「それはちょっと話せないな~? それに言ったよね~? つまらない事には首を突っ込まない方がいいよ~って」

 

「生憎首突っ込んで引っ込みが効かなくなりつつあるんでね。毒を食らわば皿までとも言う、お前を縛り上げて色々聞き出してやる。ダークポケモン流した連中側であるって自分から自白しているようなモンだからな」

 

「言ってくれるね~。ミュージックストーップ~!」

 

 アフロの男は高らかにパチンと指を鳴らして手下と思われる金髪グラサンのストリートファッションの男にラジカセの音を切るよう指示すると、命令通りぷつりと軽快な音楽は途切れた。

 

「じゃァ力づくで退いて貰うよ~、ミュージックゥ! スタート~!」

 

「ストップした意味は!?」

 

 ストップした意味はあったのか。アルトの悲鳴混じりのツッコミが虚しく響く。

 再びいちから流れ始める軽快なBGMに調子を狂わされ困惑しながらアルトは2個のモンスターボールを取り出した。対しアフロの男は引き連れたルンパッパ2体を前衛に出す。

 

「おいそこのガキんちょ、ミラーボさんに勝てると思うなよ? 逃げるんなら今のうちだぜ!」

 

 腰巾着ストリートファッション調の男の片割れで金髪グラサンがどや顔気味に挑発する。――曰くあのアフロ男はミラーボという男らしい。

 アルトは金髪の警告を無視してリーフィアとグレイシアをボールから出した。

 

「悪いけどイーブイ系使いにはちょっとばかり恨みがあってね~手加減はしないよ~」

 

 2体を見るや否や、ミラーボの声色が少し変わり険の入ったものとなる。まさに一触即発の空気でリーフィアとグレイシアのアルト側と、ルンパッパ2体のミラーボ側が睨み合う。

 そして――

 

「ルンパッパ、《あまごい》!」

 

 先に沈黙を破ったのはミラーボ側のルンパッパ、かくして戦いの火蓋が切って落とされた。

 ルンパッパ(便宜上あまごいを撃ったルンパッパをルンパッパAと呼称する)が吐き出した水色のエネルギーの球体が空高く舞い、パチン、と弾けた。すると中から鉛色の雨雲が止め処なく溢れだし、たちまち大雨が降り出した。

 大粒の雨粒がアルトたちの髪と服を濡らしていく。

 そんな中でミラーボはコミカルな風貌に見合わぬ邪悪な笑みを浮かべていた。




・ミラーボ
カテゴリ:人物
出典:ポケモンコロシアム、ポケモンXD
 コロシアムでは悪の組織シャドーの幹部の一人として主人公の前に立ちふさがった。モンスターボールっぽい色合いのアフロが特徴的で、服装も金色一色の風変りな男。
 トロイとヘボイという結構あんまりな名前の部下を引き連れている。
 続編のXDではシャドーを脱退したのか追放されたのか不明だが、さすらいのミラーボと肩書が変わり服装も金色から紫にとちょっと地味なものになり、シャドーとは無関係に行動している。
 主人公がスナッチし損ねたダークポケモンを回収して戦力にしていた。が、XD主人公に徹底的に邪魔され、集めたダークポケモンは結局全てスナッチされた。
 エースポケモンはルンパッパ。

 今話で彼が「イーブイ使いにはちょっとばかり恨みがあってね~」と言っていたのはコロシアム主人公の初期手持ちがエーフィとブラッキー、XD主人公はイーブイだった為。ヘボイとトロイ共々アローラ地方に何故か上陸している。その理由は不明。
 今回の服装はコロシアム仕様。


・ポケモン総合研究所
出典:ポケモンXD
カテゴリ:地名
 XD主人公の家も兼ねている研究所。クレイン所長を筆頭に条件付きではあるがダークポケモンを自動でリライブするシステムの開発や小型スナッチマシンの製造を行った。

・スナッチマシン
出典:ポケモンコロシアム、ポケモンXD
カテゴリ:アイテム
 モンスターボールをスナッチボールに改造し、その名の通りポケモンを()()()()()()()()()()禁断の装置。
 本来はシャドーと呼ばれる組織がスナッチ団というポケモン窃盗団に提供したものだったが、スナッチ団団員だったコロシアム主人公が組織を裏切り、マシンを強奪。以降主人公がダークポケモンのスナッチの為に使用した。
 続編、XD主人公が使用するスナッチマシンはまた別の物で最初からダークポケモンをスナッチする為の機械としてポケモン総合研究所にて製造された。そのためダークポケモン以外はスナッチ出来ないようにセーフティが掛っている。

 本作に於けるスナッチマシンは、ポケモン総合研究所と国際警察の協力と監修のもとでエーテル財団によって製造された物。正規装着者はエーテル財団職員のセンカ。臨時でアルトが使用している。当然通常のポケモンにスナッチマシンは機能しないセーフティが掛っている。



 次回、005『踊るアフロに見る阿呆』


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