閣下改竄 (アルカンシェル07)
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第1章 改竄の始まり
第0話 ログイン


初投稿です、よろしくおねがいします。
ねつ造設定が多寡ですが、なるべく原作に近付けたいと思います。



 

第0話 ログイン

 

 

「と、いうわけでお主には転生してもらう」

「いや、いきなりどういうわけだよ!」

 

 いつの間にやら、見知らぬあたり一面真っ白な世界に、俺一人と白い長髪と髭を蓄えた爺さんの一人のみしか存在しない場所に連れてこられていた。

 「んで、転生ってもしかして今はやりの(少しありふれてきている)異世界転生ってやつなのか?車にひかれたとか、チートとか貰えるあの?」

 おおよその想像はつくがここでよくあるテンプレものの定番があるかどうか聞いてみて確認しておくことは重要だろうな。

 「まあ、大体そういう事じゃな。異世界といっても二次創作憑依転生になるが」

 「ああ、オリジナルじゃあないんだ、なろう系じゃなく二次ファン系だな。あっちはもうなくなってしまったが。それで原作名と憑依先ってどこなんだ?」

 「転生先は『Infinite Dendrogram』じゃな。なろう小説の。憑依先は・・・まあリアル名だと分かりにくいから、プレイヤー名でいうと『ローガン・ゴットハルト』になるの?」

 

 『Infinite Dendrogram』かー、大好きで結構なファンだがあれって設定過多でまだ現在時点で全然情報でそろってないんだよな。まあ通常プレイでは普通分らない無限エンブリオやフラグマンの情報とかが出ている分まだやりやすいと言えるか?

 そして、『ローガン・ゴットハルト』が憑依先とは、また何とも言いづらい。ローガンといえばスレはおろか、本編でさえも閣下()よびされる自身の全能性を信じた強力な力を持っただけの子供とさえいえるキャラだ。

 そのエンブリオはまぎれも無く本物で、数あるエンブリオの中でも汎用性に満ち溢れたものであり、現時点で詳細を俺が知るエンブリオの中でも隠蔽の極致のアルハザードとならび強いのにうまく使われていない代表のエンブリオだ。

その、ローガンに憑依転生とはねぇ?本人ではなく、俺が扱う以上原作並みの醜態にはならないだろうがどうなることやら。

 とはいってもあくまでも〈超級〉クラスにおいての雑魚であって闘技場内での戦闘では上級には太刀打ちできなかったレベルの戦闘能力はあったし、それに閣下の新戦法とやらも判らないから場合によっては本人以下になることもあり得るのか。

 まあだからと言ってパーソナルで変な物が出てこられても対応に困るが。

 ところで異世界(憑依)転生ならば、チートはあるのだろうか?あるとしたらどういうものになるのだろうか。

 

 「ふむ、長いモノローグ御苦労さまじゃな?さていろいろ考察してくれていたようじゃが、まあ頑張ってくれと応援だけはしておくぞ。さて転生チートについてもはなしておこうか。まず最初に行っておくと、明確なチートがあたえられることはない。これはローガン・ゴットハルトへの転生憑依が最高のチートであるということになるわけじゃの。またそれに対するオプションが3つ与えられる。一つは原作開始時点までには確実に〈超級〉に至るという特典。これは最低限であり、お主の自由次第ではもっと早く〈超級〉に至ることができそのエンブリオの能力は強力になる。一つはリアルでの扱い。本来のローガン・ゴットハルトのリアルでは日本の小学生として学業とゲームを平行に行っていたが、お主に関しては学業を行う必要はなく、いくらでもInfinite Dendrogramを自由にプレイできるようになる。いわゆるご都合主義というやつじゃな。そこらへんの細かい設定は考えるのが面倒だったのでそういうものだったと思っておけ。一つは読心の無効化じゃな。管理AI1号などの心を読まれたらやばい相手は多いじゃろう。それらを無効化し、まったく別の読まれても問題ない心の内容に変換し偽ることでお主の特異性に気づかれないようにするものじゃ。」

 

 なるほど、他作品の能力を得られたりするわけではないが、それでも十分すぎる特典だな。

 まあ2つ目の特典はいろいろと突っ込みたいが、ここは自重しておこう。

 必ず〈超級〉に至れるというだけで並みのマスターからすれば垂涎ものの厚遇だといえるしな。

 

 「それと、特典ではなく転生憑依の際に1つ制限させてもらう。内容としてはゲームスタートの地点をドライフ皇国に限定するというものじゃ。他の国からスタートするのは禁止させてもらう。これは王国等のよその国に行かれて戦力が逆転するのを防ぐ意味合いもある。これに関しては必ず従ってもらうぞ、もっとも開始後に国をでていく分にはペナルティはないが、そのあたりはお主の自由じゃ」

 「ドライフ皇国限定なのか、何も言われなかったら王国に行こうとしたんだが残念だったな。まあ王国だと狩り場に困る気もするが、初期だとフォルステラやゼクスなんかの優秀なマスターが在籍しているからな。その点ドライフだと気をつけるべきは【獣王】くらいのものだから気楽な物だけど」

 「さて、それではそろそろ転生処理に移らせてもらうとするかの。ちなみに転生先は日本のとあるマンションじゃ」

 

 そういうと、俺が立っている白い地面が光り輝き、俺自身を包んでいく。

 

 「これが転生処理か・・・、というかそこってローガンの実家じゃないよな?本当にローガンである必要あったのかよ転生先」

 「ルンペルシュティルツヒェンを他の人間が扱ってる転生ものが見たかったからの!!まぁ、まるっきり関係が無いわけではないが、それは後のお楽しみじゃな」

 

 意味深な内容だな?何かしら理由はありそうだが、それに関して教えてくれることはなそうだ。

 

 「それではな・・・」

 

 そしておれの全身が光に包まれ、意識がホワイトアウトしていき・・・

 

 

□□日本・東京某所□□

 

 気づいたらそこに居た。

 

 「知らない天井だ・・・」

 

 完全にテンプレなセリフだなコレ。

 

 「さてここは一体どこなんだろうか?」

 

 どうやらベットに寝ていたようだ。起き上がりあたりを確認していく。

 自室はそれなりの広さ10畳といったところか?洋室だし、正確な広さを測れる能力なんてないが

 ベットが1つとタンスとデスクトップパソコンと時計とカレンダーそして≪Infinite Dendrogram≫のハード機体と思わしきヘルメットのようなものしかない。この広さでこれだけだと聊か殺風景ではある。または、自分で好きな物を買ってここを彩れという神の思し召しなのだろうか?

 カレンダーを確認すると今日は2043年7月15日、確か記憶に残る≪Infinite Dendrogram≫の開始日だったはずだ。

 他の確認を後回しにして、ハード機体を起動してみる。

 他の確認は後回しでも可能だが、ゲーム開始日のラッシュはその時しか味わえないからな。

 ゲーマーとしてもこの時を逃したくはないし、最強厨のはしくれとしても初期のリソースの奪い合いに負けたくはない。

 ハードを操作した結果、開始があと3分後であるというのが判る。

 どうやら神様はギリギリにこちらによこしてくれたようだ。いや、神様を責める積りは一切なく、むしろ待つ時間が短く感謝しているくらいだが。

 とりあえずは、ハード機体をかぶってベッドに横たわり、いつでもゲームを始められるように準備をしておこう。

 

 その3分も光陰の如く、すぐに過ぎ去る。

 

 『あと5秒・・・4、3、2、1!ゲームスタート!!』

 

 そして、スイッチを入れ、瞬間、世界が暗転する。

 

 

 

 「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」

 

 転生時のような感覚のあと気がつくと、また別の場所に立っていた。

 部屋は木造洋館のような書斎、そして目の前には椅子に座る猫がいる。

 管理AI13号、チェシャか。

 俺は知っている。管理AIの事をあの小説における前半部分の内容しか読めなかったことではあるが、彼らの目的を正体を。

 しかしそれをおくびにも出さず、また特典により悟らせず、別の話を口にする。

 

 「ここはチュートリアルまたはキャラ設定の空間・・・という事で合ってるのか?」

 「その通りだよー。ここは入口―。ここでいろいろ設定してもらってから≪Infinite Dendrogram≫に入ってもらうんだよー。あ、僕は≪Infinite Dendrogram≫の管理AI13号チェシャだから―。よろしくねー」

 

 まあ、知っているのだが悟らせないように演技はしておく。

 

 「ああ、よろしくな」

 「よーし。じゃあまずは描画選択ねー。サンプル画像が切り替わるからどの方法がいいか選んでねー」

 

 その言葉とともに世界が切り替わる。リアル・CG・アニメとどんどん変遷していく。

すごい。その感想がまず思い浮かぶ。

 これが管理AIの1体ダッチェスの力によるものだと知っていて尚、そのすごさに驚く。

 だが、それに驚いているばかりでも居られない。描写選択はそれなりに重要な要素だ。後から変えられる方法があるとは知っているが最初からきちんと選んだほうがいいだろう。

選ぶのはリアル描写。

 ローガン・ゴットハルト本人はCG描写にしていたらようだが、この世界を真に楽しむためにはリアル描写が一番だろう。食事に不都合が出るらしいしな。

 

 「リアルの描写でいい」

 「オッケー、じゃあこれに設定させてもらうよー。あ、後でアイテム使えば切り替えることもできるからねー」

 

 「次はプレイヤーネームを設定してもらうねー。ゲーム中の名前は何にするー?」

 

 さてどうするか。原作通りローガン・ゴットハルトの名前でスタートする気はない。

ローガンの名前はあるゲームの主人公の名前だったそうだからな。

 そんな名前で主人公気分になってプレイする気はさらさらない。

 とはいえさすがに憑依してしまった以上ローガンの名前とまったく無関係なものにするのも気が引ける。

 ローガンの名前を少しもじったものにするか?

 考える。名前はローガンでいいだろうか?家名はなんとしようか。

 スペルをアナグラムしたものを元にするか。

 

 「そう・・・だな。ローガン、ローガン・ゴールドランスにしよう。」

 

 適当ではある。家名を決めるなら人名事典を借りてそこから適当に選べばいいとは思うが、俺はそうはしなかった。

 その理由はただ単にローガンらしいオンリーワンでありたいというつまらない事情からであるのだが。

 

 「じゃあそうするねー。次、容姿を設定してねー」

 

 チェシャがそういうと、目の前にのっぺらぼうなマネキンと沢山の画面が現れた。

 画面の中には「身長」、「体重」、「胸囲」等の言葉とともに並んだスライド式のバーや、目や鼻が収まった画面などがある。

 これがローガンをあの英雄像()に創り替えたキャラメイク画面であろう。

 

 「これはキャラメイク画面でいんだな?」

 「そうだよー。そこにあるパーツやスライダー使って自分のゲーム内での姿(アバター)を作ってねー。あ、僕みたいに動物型にも出来るよー」

 

 ベヘモットみたいなタイプか。

 まあ、人間から離れたアバターだと最初の操作が大変らしいし、自分がどんな体格でも操れるなんてゼクス見たいに頭がおかしい性能をしているとは思わないからここは人間型一択だな。

 

 「ゆっくり悩んでいいんだよー、時間はいくらでもかけていいからねー」

 

 キャラメイクに一カ月もかける気はしないし、リアルモジュールでいいかな?・・・って、俺自分がどんな顔なのか見てないぞ、転生した部屋に鏡とか無かったし。

 まあ一から設定する気にはなれんからものは試しにリアルモジュールから始めるか?

 

「設定が面倒だな。キャラメイキングってリアルモジュールでできるのか?」

 

 出来ることは知っていてもきいておくことは大事だからな。

 

 「出来るよー」

 

 チェシャが尻尾をふりふりすると、目の前のマネキンだったものが見知らぬ少年の姿に変わる。

 見た目は黒髪黒目の中肉中背の平均的日本男児。年の頃は10といったところか?

 容姿は悪くはないが、物凄くいいというレベルでもない。

 少なくともルークよりははるかに劣ると言っていいだろう。リアルで見たことあるわけではないが。

 とりあえず、素体としては悪くない。これをベースにしていけばいいだろう。

 

 「さて・・・。どういったメイクを施すとしようかね?」

 

 悩みはする。さすがに厨二的な容姿はプレイしたくはない。悪魔使いだし黒目黒髪でかまわないかな?

 一応、眼の色や髪の色をいろいろと変えてみたり、身長をいじったりしてみたが、コレジャナイ感がしてくる。

 やはり、黒目黒髪を三つ網で伸ばしてみて、少し容姿をいじって終りでいいだろう。

 

 それから20分ほどかけて俺のキャラメイクは終了する。

 

 「これでいい」

 「オッケー。じゃあ他の一般配布アイテムも渡しちゃうねー」

 

 チェシャは空中に向けて手を振るとカバンが一つ、何もない空間から落ちてきた。

 

 「これがローガンの収納カバン、いわゆるアイテムボックスねー。中は収納用の異次元空間だからー。ついでにローガンの持ちモノなら入るけどー、逆に言うとローガンの物以外は入らないからー」

 「定番だな」

 「まー、PKしてからランダムドロップしたのを拾ったり、《窃盗》スキル使って盗んだりすればいけるんだけどねー」

 「ちなみにねー。《窃盗》スキルのレベルが高い人はこの四次元ポケットみたいなアイテムボックスの中からも盗めるから―。気をつけてねー」

 

 エルドリッジ先輩とかですね、わかります。

というか四次元ポケットと素直に言いやがった。原作だと伏字だったはずなのに。

 

 「ちなみにそれは初心者用だけど、他にも色々種類あるから―。盗まれにくいのとか、小さいのとか、容量が大きいのとか―」

 「基本的にこれで十分そうだがな」

 「教室一個分の容量はあるからねー。まあ、商人とかやると足りないだろうけどー」

 

 商人になる気はないから問題はなさそうだ。足りないなら後々買えばいい。

 

 「あ、アイテムボックスの類は全壊すると中身ばらまかれるから耐久には注意してねー」

 「気をつける」

 「次は初心者装備一式ねー。ローガンはどれにするー?」

 

 チェシャは本棚から取り出したカタログを俺に見せる。

 そこにはいろいろな武具がひとそろいで載っている。

 

 「これにしよう」

 

 選んだのは簡単な軽装だ。どことなく勇者っぽいのは元のローガンの影響だったりするのだろうか?それはこわい。

 

 「オッケー。じゃあ初期武器はどれにする―」

 

 カタログの別のページを開く。

 木刀や刃のつぶした摸擬剣、ナイフ、弓、スリング、杖、その他もろもろの武器が乗っている。

 

 「摸擬剣で」

 

 やはり武器と言えば剣だろう。

 すぐにポイントに変える気もするが。

 

 「オッケー。じゃあ装備と武器を……とりゃー」

 

 気合が入っているのかいないのかわからないチェシャの掛け声と共に俺の姿は一変した。

 先ほど選択した衣装に切り替わり、腰には選んだ武器と同じ摸擬剣を携えている。

 

 「そうそう、これ最初の路銀ねー」

 

 チェシャは俺に5枚の硬貨を手渡す。

 

 「銀貨5枚で5000リルねー。ちなみにオニギリ1つで10リルくらいだよー」

 「最初からこんなにくれるのか……」

 「うん、そのお金がなくなる前にお金稼げるようになってねー」

 「了解した」

 

 「さて、いよいよ〈エンブリオ〉を移植するねー」

 「エンブリオ?」

 

 知ってはいるが、最初だし疑問していたほうがいいだろう。うまく演技で来ているか?

 

 「エンブリオは全プレイヤーがスタート時に手渡されるけれど、同じ形なのは最初の第0形態だけ―。第一形態以降は持ち主に合わせて全く違う変化を遂げるよー」

 

 無限の卵。エンブリオ。

 俺の場合、どんなものになるのかある程度決まっているが、それでも楽しみである。

 やはりゲーマーとしてオンリーワンのユニーク要素には心惹かれる。

 

 「千差万別だけど、一応カテゴリーはあるよー」

 「へぇ、そうなんだ」

 

 一応知ってはいるが、聞いておこう。

 

 「おおまかなカテゴリーで言うと―。

  プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ

  プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー

  プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ

  プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル

  プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー

  かなー」

 「ふむふむ」

 

 俺の場合テリトリー系列ルールだな。

 

 「ちなみにこれらのカテゴリー以外にレアカテゴリーや、〈エンブリオ〉が進化するとなれる上位カテゴリーもあるから―。オンリーワンカテゴリーもあるしー。なれたらいいねー」

 「オンリーワンか!やはりオンリーワンはいいな。それならリセマラもありか?」

 

 出来ないのは知っているけどな。出来たらクマにーさんや醤油みたいなマスターは生まれなかったし。

 

 「あー。このゲーム、キャラの作り直し出来ないんだよねー。だからリセマラは無理なんだよ、ごめんねー」

 「なんだと?」

 「仮にもう一つ機器を買って始めても、その人は一つ目と同じキャラでログインして〈エンブリオ〉もそのままなのさー。何せこっちの方でユーザーの脳波データが登録されているからねー」

 「……おい」

 「もし仮にリセット出来ても結局はその人のパーソナルだからねー。同じような〈エンブリオ〉になると思うよー」

 「でー。話している間に〈エンブリオ〉移植完了ねー」

 「ん?……おぉう!?」

 

 いつの間にか、俺の左手の甲には淡く輝く卵形の宝石が埋め込まれていた。

 これが俺のエンブリオの始まり。最強への第一歩か。

 

 「じゃあ最後に所属する国を選択してくださいねー」

 

 チェシャは書斎の机の上に地図を広げる。

 それは古びたスクロール型の地図だったけれど、広げ終わると変化が起きた。

 地図上の七か所から光の柱が上がり、その柱の中に街々の様子が映し出される。

 

「この光の柱が立ちあがっている国が初期に所属可能な国ですねー。柱から見えているのはそれぞれの国の首都の様子です―」

 

 光の柱の周囲には国の名前や説明が光の文字となって浮かんでいる。

 チェシャの補足を含めて色々と説明がなされた。

 かなうことならいろいろな国から始めてみたい。原作開始国のアルターや修羅の国な天地など始めてみたい国はいくつもある。

 だけど・・・。

 

 「ドライフ皇国で」

 「オッケー。ちなみに軽いアンケートだけど選んだ理由はー?」

 「選ぶことを強いられているんだ!!」

 「えぇ・・・?」

 

 いや、ほんとまじで。

 バランスを崩したくないとかって理由で所属国を強制する神様、ひどいものだ。

 転生してくれたことに感謝はしているけれどな。

 まぁ、所属した後の国の移動に制限を掛けてくれなかったことはうれしいが。

 

 「グランドストーリーはどんなのだろうか?」

 

 答えは知っているが聞いておく。そしてなにより始まりのあの言葉のトリガーになる。

 

 「ないよー」

 

 そして、想像していた言葉が返される。

 

 「は?」

 

 「このゲームに決まったストーリーなんてないよー。プレイヤーのみんなが自分の意思でこのゲームを楽しんでもらう。あえて言うならそれがストーリーなのかなー?プレイヤーのみんな一人ひとり異なった千差万別のオンリーワンな人生(ゲームライフ)なのさー」

 

 そしてその言葉のあとに続けて言う。

 

 「英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、〈Infinite Dendrogram〉に居ても、〈Infinite Dendrogram〉を去っても、何でも自由だよ。出来るなら何をしたっていい」

 

 チェシャの口調が変わった。

 

 「君の手にある〈エンブリオ〉とおなじ。これから始まるのは無限の可能性」

 

 間延びした喋りから、語るような口調に。

 

 「〈Infinite Dendrogram〉へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

 その言葉の直後、周囲から書斎が消え去った。

 机も、書架も、チェシャさえも消失し、俺自身は空に浮かんでいた。

 

 「ちょっ」

 

 言いたいが言えなかった。今の言葉、善人と悪人の順番を入れ替えるようにと!

 しかし間に合わない。もうここまで来たらあとはあの世界に移動するだけだろう。

 内心思う。心底思う。あの犯罪王がサイコロで5の目をだすようにと。かなわない願いでありながら思わずにはいられない。

 

 世界が変わり、落ちていく。

 行き先は俺が選んだ国。ドライフ皇国の首都だろう。

 吸い込まれるように、高速で落下している。

 

 そして、俺は〈Infinite Dendrogram〉の世界に足を踏み入れた。

 

 To be Continued

 




(=○π○=)<ニセチェシャですよー
(=○π○=)<とりあえず、一章分投稿します
(=○π○=)<今回の本物の僕の所のせりふが丸パクリですけどご容赦をー


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第1話 ドライフ皇国

(=○π○=)<捏造設定過多ですよー


第一話 ドライフ皇国

 

□ドライフ皇国皇都 ローガン・ゴールドランス

 

 「もう少し、穏便にこのログインできないのか、ここの運営は」

 

激しく打つ心臓の鼓動を抑えながらそんな言葉を吐き出す。

 いきなり空の上から落っことされれば、たいていの人は似たような感想を抱くだろう。

 超高高度からのフリーフォールを楽しいと思える人はそうはいないはずだ。

 ないとは知っていたが、少しデスペナを覚悟したぞ。

 

 心臓を落ち着けながら、地面に立って。周囲を見渡す。

 現実と同じ、光景が眼に映る。

 現実と同じ、風の臭い。

 現実と同じ、太陽の輝き。

 現実と同じ、喧騒。音の響き。

 そして現実の人間と同じ用に行動するティアンの人々。

 

 そして空を見上げると、太陽の眩しさとともに上から何かが落ちてくる。

 空からいろいろな人間が降って来る。

 彼らは俺と同じ初期の〈Infinite Dendrogram〉を所得し、この世界に降り立ったマスターたちなのであろう。

 あの中にベヘモットやクソ白衣なんかもいるかと思うと、すこしわずらわしくなる。

 まあ気にすることでもない。

 それら尻目に周囲を見渡す。

 

 ティアンの人々が驚き、話し合っている。

 おそらくマスターの大増殖に驚き、それに関して話し合っているのだろう。

 

 その中の一人、おそらくこの国の兵士であろう軍服らしい服装を着た男性のティアンに話しかけてみる。

 

 「すまないが、すこしいいか?」

 茫然としていたのか、その言葉にはっとなると。おっかなびっくりなのか少しずつ応えていく。

 

 「っああ。なんだろうか?」

 「この国はドライフ皇国でいいんだよな?少し情報を得たくてな。時間があるならつきあってほしんだが」

 「構わないよ。その通り、この国は機械帝国ドライフ皇国。その首都である皇都ヴァンデルハイムだ。ちなみに私はこの皇都の中央広場の警備を臨時で任されているものさ。今日限りではあるがね。この場を離れることは職務上出来ないが、質問に答えるくらいならいくらでも応えるよ」

 

 そう言い、右手を差し出し左腕を腰に当て胸を張る。

いくらでも質問をどうぞというジェスチャーなのだろう。

 その好意に甘えさせてもらい、いくつか質問をさせてもらおう。

 

 「まず一つ。この世界にはジョブみたいのはあるのか?」

 

 基本の一つ。この世界にジョブがあるのは知っている。

だが最初からジョブがある前提で話をするのは、はたから見ておかしいだろう。

内心を悟らせない特典を持つとはいえ、行動や会話の内容から俺の異質感に気づかれてはかなわない。

アリスはその性質ゆえに俺に対し何かをすることはないだろう、なにせ管理AIにとってはマスターの自由こそが何よりも重要なのだから。

 だがこの世界における危険は管理AIだけではない。

 すでに語られている内容から先々史文明の名工にして復讐者【大賢者】フラグマンや、妖怪とも称されるカルディアの議長ラ・プラス・ファンタズマなどティアンだけでも懸念すべき相手はいる。

マスターのなかにもその情報を得て悪用しようとする手合いはそれなりに居るだろうし、そもそもマスターの自由を尊重する管理AIとて俺の味方になりえるわけでもない。

 結論から言うと、いくら特典により内心を悟らせないとはいえ、細心の注意を払い知られないように行動することは基本であるといえる。

だからと言って、その知識を知らないまま進もうとすることは出来ない。

ジョブに関してはエンブリオとおなじくらい重要なこの世界の要素なのだから。

なによりジョブについて話をしないと、俺が知りたい情報を聞き出せない。

ゆえに、面倒でありながら手順を踏んで情報を知り得なければならない。面倒だが。

 

「ジョブかい?ああ、もちろんあるよ。この僕も、【大戦士】のジョブについているしね」

 「あるのか……。ならそれに関して簡単に聞かせてほしい」

 

「ジョブには下級職、上級職、超級職の3つがあるんだよ。下級職は全部で6つ、上級職は全部で二つまでつくことができ、下級職1つのレベルの上限は50で、上級職のレベルの上限は100になる。だからレベルの合計は下級・上級を全部上げたとして500になる。ちなみに僕のついているジョブ【大戦士】は戦士系統の上級職だよ。まだレベルは32しかないけどね」

 

なんとなく察していたが、上級職には付いているのか、そこそこ強いのか?

あと一応超級職についても聞いておこうか。

 

「超級職というのもあるんだよな?それについての説明はないのか?」

「ああ……。超級職は就ける人がほとんどいないからね。省いてしまっていたけど、君が望んでいるようだし簡単に説明しておくかな?」

 

そう言い。こちらの反応をうかがうようにして見つめる。それに対し、俺は構わないという態度をこめて沈黙し次を促す。

 

「そうか、なら説明しておくよ。超級職とはいわゆるバランスブレイカーというやつさ。レベルの上限はなく、つける超級職の数に限りはない。それでいてひとつひとつのジョブの性能が規格外なんだよ。ジョブに付く条件が難しいということもあって就ける人はそんなにいないんだけどね。ちなみにこの国の王である皇王陛下は超級職の一つである【機皇】を戴いているんだよ。超級職はすごいからね、いつか君も超級職に就けるといいね」

 

知っている情報のオンパレードだったな。まあいい、知りたいのは次の情報だ。

 

「そうか、俺もそうなればいいと思うよ。それで俺は悪魔を召喚するジョブに就きたいんだがそういったジョブに就くためにはどうしたらいい?そしてそういったジョブに就いている人たちの集会といったものはあるのか?」

「え…?ああ、【悪魔戦士(サタニスト)】っていうジョブがあるよ。持ち物をささげて悪魔を一定時間召喚するジョブだったはずだけど。でもあのジョブに就くのは止めておいた方がいいと思うよ、ささげるコストがきついって噂だし、あそこのギルドの人間は性格に難がある人が多くてね。見たところ最初のジョブに就くようだし、【戦士】とかの方がお勧めだよ」

 

酷評されているな【悪魔戦士】。まあ活動報告でもコストパフォーマンスが悪いという話は聞くが。というかギルドの連中は問題がある人が多いのかよ。

 

「問題ない。俺はそのジョブに就きたいんだ」

 

俺が原作のローガンと同じ道を歩もうとする理由はただ一つ。

この目の前の男性も言っていた〈超級エンブリオ〉と同じバランスブレイカ―である超級職に就くためである。

ジョブの完全リストなんかがあったら。ルンペルシュティルツヒェンを最大限生かせるジョブ構成にもしたが、そんなものは持っていない。

基本的な、下級・上級職のスキルさえ、現時点ではどういったものかもわからない。

 

ならば成功者の足跡をたどるしかない。

ローガンはたしかにプレイヤースキルがかけらも無かったが、そのジョブとエンブリオのシナジーは確かにあった。

まああのエンブリオとシナジーしないジョブの方が無い気がするが。

であるならば、超級職という最強への道の一つを得るならば、悪魔使いとしての道を行くしかあるまい。

魔将軍の条件の詳細が原作で語られることはなかったが、召喚数と一定以上の個体の召喚という条件は記されている。

条件の一切が判らないジョブを突き進んで、砂漠の砂の一粒を探すことに比べれば、遥かに簡単な道といえるだろう。

まあ、【破壊王】に関しては正確な条件を知ってはいるのだが、あんなジョブを使いこなせるとは思わないので、考慮はしないでおく。

 

「そうか、君がそこまで言うんだったら僕が止めるのもおかしいね。【悪魔戦士】は基本的な下級職の一つだった気がするから、そこらへんのジョブクリスタルでも就くことは出来るよ。ここから1番近いのは、この広場の出口にあるあの赤い屋根の建物の中にあるから、そこを使えばいい」

 

そう言い、その赤い屋根の建物を指さす。

 彼が指さす方角を確認する。そこにはやはり赤い屋根の建物が建っていた。あの中にジョブクリスタルが存在するのだろう。

 

 「それから、悪魔戦士ギルドの場所はここから少し歩いた先の裏通りにあるよ。少しわかりにくい場所だからね、地図を書いてあげよう」

 

 紙とペンをとりだし、簡単に書いていく。

 

 「はい、これが【悪魔戦士】ギルドへの道順だ。この広場からでて書いてある道順通りに進めば着くはずだからね。まあもし迷ったら、道すがらの人に聞いてみるといい。皇都に住む大抵の人は知っていると思うからね。悪い意味でではあるけれど」

 

 今の短時間で書き終わったのか、B5サイズ程度の用紙をこちらに渡してくる。

 そんなに悪名が街中に轟いているのか、すこしギルドに行くのをためらってしまうぞ。

 

「何から何まですまないな。恩にきるよ」

 

 我ながら尊大な感謝だとは思うが、感謝しているのは間違いない。

 この性格は嫌いではないし、折り目も付いているが、初対面のいい人に対してこの態度は少し悪い気がしてくる。だからと言って治す気はないのだが。

 

 「なに、悩める若人を導くのも大人の仕事だからね。まあ、僕もこの前20になったばかりなんだけども」

 

 その言葉のあとに、そうだ…と付け加えてこちらに質問をしてくる。

 

「こちらからも聞きたいんだが、君たちは〈マスター〉なのかい?」

 「ああそうだ。俺は〈マスター〉だ。あと上から降って来る奴らもそうだろう。よく俺たちが〈マスター〉だとわかったな。空から降って来る不審者だとは思わなかったのか?」

 

 その言葉に警備の男は口元を押さえて笑う。

 

 「不審者とは思わなかったさ。まあ、何にもわからず、こんなことがあれば混乱もしただろうがね。今日この日に〈マスター〉がたくさんやって来るという事はすでに各国に周知されているんだよ、アルター王国の決闘王者を取材した≪DIN≫っていう新聞会社が、〈マスター〉がたくさんやって来るっていう記事を出したばっかりだったからね。各国も胡散くさいとは思いながらも準備は進めてきたから、君たち〈マスター〉が来ても問題はなにもないさ」

 

 そんな事情があったのか。というか決闘王者と≪DIN≫ってあいつら、隠す気あるのか?

 

 「そうか……。それではな、これからジョブに就いてくる。これ以降会う事があるのかどうかはわからないが」

 

 必要な情報は得られた、クリスタルの位置とギルドの位置は把握しておきたかったからな。

 もうこれで話すことはないと思い、会話を切り上げて移動しようと口にする。

 

 「うん。がんばってね、僕はたいていこの場を任されているから。もし聞きたいことがあれば遠慮なく来るといい」

 

 本当にいい人だなこの人は。こちらが10に行くかという年齢の少年であるというのに、この対応をできるのか。もしこの人に何か困ったことがあったら助けに来るとしよう。

 その前に名前を聞いてなかったな。必要ないと思い省いてしまったが、ここまで丁寧にしてくれたのだ、名前を交換しておこう。

 

 「そういえば、名前を言ってなかったな。俺の名はローガン。ローガン・ゴールドランスだ。そっちの名前を聞いてもいいか?」

 「確かに名前も行って無かったね。僕の名前はジャック・バルトだ。よろしくね」

 

 自然とお互いに右手を出し、握手する。

 

 「それではな、ジャック。もし何かあったらこのローガンを頼るといい」

 

最後にそんな尊大な言葉を口にしてこの場をあとにする。

 

 

□■皇都中央広場 ジャック・バルト

 

 「いったのか」

 

 いましがた話をしていた十代に行っているのかという少年のことを思い出す。

 話していた時間は数十分程度だが、彼のことは印象に残るものだった。

 マスターが見た目通りの年齢ではないとは知っていた。

 いまだに名高き3強時代の英雄のひとりにして唯一の〈マスター〉、かの【猫神】も十数年ずっと年をとらなかったと英雄譚で読んだことがある。

 だがそれでも、彼のことは異質に見えた。

 年齢にそぐわない尊大な口調。

年齢に相応の時折垣間見える好奇心。

年齢にそぐわない老練な心。

年齢に相応の世界知らずの自尊心。

まるで、50を過ぎた人間がある日突然、少年の体を取り戻し、さらにそれとはまた別の少年の体に入っていったかのようなそんなちぐはぐさ。

 

「これでも、人を見る目はかなりあったんだけどなぁ」

 

そんな言葉を口にする。

別にあの少年。ローガン・ゴールドランスと名乗った〈マスター〉が悪人だったと思ったわけではない。

善人とはいえないかもしれないが、悪人でもない。

すくなくとも、今の第一皇太子や第二皇太子の周囲にはびこっている、利権と地位を得るために、他者を落とそうとする典型的な悪徳貴族どもにくらべれば、百倍善良といえるだろう。

あくまでこの言葉は、自分が今まで見たことが無いタイプの人間に出会い、どう区別するべきか戸惑っているというだけの、そんな言葉。

 

「おもしろい子供だったな。あとで姫様(…)に話しておこうかな。彼見たいなタイプはお気に召しそうだし。っとそろそろちゃんと仕事をしようかな」

 

そして彼はそこまでの思考を打ち切り職務に励む。

自分が仕える第4皇子の忘れ形見である、皇女の為に。

 

□□皇都ジョブクリスタル前 ローガン・ゴールドランス

 

 「ここか」

 

 木でできた扉を開けて中に入る。

 そこは教室一つ分といった大きさの木造の空間の中央に人間大の大きなクリスタルが威風堂々と鎮座している。

 あれがジョブクリスタルなのであろう。

 一応ここにも、警備らしき人は存在する。こっちに居るのは40台ぐらいの男性だ。

 話しかける必要もないので、ここはスルーし目の前のジョブクリスタルへと歩いて行く。

 今は人が少ないため、すぐにジョブクリスタルをつくことができた。

 ティアンは今の時期に使う必要があまり無く、マスターはまだジョブのシステムのことを知らないのであろう。

 行列に並び、待つのが嫌いな俺としては、すぐに使えるというのは少しばかり気持ちがいい。

 

 「これだな」

 

 俺は大型のクリスタルに触れる。

 そうするとメニューが出てくる。その中にはいろいろな文字列が無数に出てくる。

 これがジョブの一覧であろう。

 

 「多いな」

 

 実際多い。少なくとも百は超えていそうだ。

 上級職や超級職の条件は当然満たしておらず、下級職もレアなジョブは入っていないというのに。

 それにアルター王国とくらべドライフ皇国は機械系にジョブを含めて特化しているため、ある程度でてくるジョブは絞られているとは思うんだが、それでも多い。

 

 長く続いている習得可能なジョブの一覧の中から、30秒ほどかけてお目当てのジョブを見つける。

 一応、他のジョブも流し見てみたが、得に就きたいというジョブはなかったので、【悪魔戦士】でいいだろう。

 

 また大型のクリスタルに触れて、ジョブチェンジのためのメニューを実行する。

 迷わずに【悪魔戦士】を選び、そのジョブへの転職を実行する。

 光や音が出るといった演出も無く、実にあっさりと終了した。

 上級職や超級職ではエフェクトがすごくなるという情報だったので、これからそれらが楽しみだ。

 

 「これで終了か。なんとも味気が無いものだな」

 

 そう呟きながら、自身のステータスを開く。

 この世界に来た時点で開いていなかったため、これが最初のステータス確認になる。

 メニュー画面を開き、自身の詳細ステータスを開く。

 

 「これが詳細ステータスか」

 

 そうすると新たにウインドウが出現し、現在の俺のステータスを表示している。

 

 ローガン・ゴールドランス

 レベル:1(合計レベル:1)

 職業:悪魔戦士

 

 HP(体力) : 101

 MP(魔力) : 35

 SP(技力) : 18

 

 STR(筋力) : 15

 END(耐久力): 14

 DEX(器用) : 18

 AGI(敏捷) : 16

 LUC(幸運) : 10

 

 ……弱いな。

 自身のステータスを一目見た感想が、弱いという感想しかない。

 当然と言えば当然だが、レベル1のステータスならこんなものだろう。

 まあレベル1でこの世界における物理ステータスの頂点である獣王たちのようなステータスをしていたらそれはそれで問題だが。

 

 自身のステータスを確認を終了させた後、そのウインドウを閉じ別のウインドウを表示する。

 表示するのは職業のもつウインドウだ。

 メニューから職業の項目を探し、見つけたその項目をタップする。

 すると、それまでとは異なる新しいウインドウが表示される。

 そこには自分が今就いている職業である【悪魔戦士】のジョブ名とこのジョブで使えスキルがいくつか表示されている。

 そこでさらに今持っているスキルを次々にタップし、スキルの性能を全部確認しておく。

 現時点で持っているスキルは4つある。

 

 一つ目はこのジョブの基本的なスキルであろう悪魔を召喚するスキルである≪コール・デヴィル・チーム≫。

 このスキルの詳細は以下の通りだ。

 『≪コール・デヴィル・チーム≫:消費ポイント『100』

   【レッサー・デビル】(平均ステータスは別途参照)を3体召喚し、10分間使役する。』

 【レッサー・デビル】のステータスを確認すると、そのステータスはHPが150、LUCが3であり、それ以外のステータスが50しかない。

 現時点では俺より強いが、レベルが50を超える頃には俺のステータスより圧倒的な核下になるしかない。

 消費ポイント500がどれくらいのコストであるかはまだ試してないからわからないが、やはりこのスキルもコストパフォーマンスが悪いのであろう。

 

 二つ目は原作で聞いた将軍系ジョブの基本スキルである≪軍団≫スキルの下位スキルらしい≪旅団≫という名前のスキル。

 この≪旅団≫という名前のスキルの能力は、「パーティーが己と配下のみ」という条件で発動可能なスキル。

 効果は“パーティー枠の拡張”。

 その拡張数は現時点で10枠。

 このスキルは【将軍】系がもつ≪軍団≫スキルと同様に、スキルのレベルが上がれば枠数も増えるのだろう。

 数体・数十体の悪魔を使役し戦う悪魔戦士らしいスキルといえるだろう。

 

 3つ目はパーティー強化スキル。

 スキル名は≪エンチャント・デヴィル・パワー≫。

自身の≪旅団≫スキル枠内にいる悪魔のステータスのうちSTR・END・AGIの3つの物理ステータスを強化するスキル。

強化値は一律5%。

今俺が呼び出せる戦力である【レッサ-・デーモン】を強化しても2しかアップせず、それでいてこのスキルを発動させるために必要なMPは30も必要だ。

魔力特化の超級職ならこの程度のMP消費は問題にはならないだろう。

あの魔法最強【地神】ならこんなスキルいくつ発動しても、MPが尽きることはないかもしれない。【地神】の性能を知らないがためにあくまでも「しれない」だが、まず確実にMP切れにはならないとは思う。

1体1体ではなく、自分の≪旅団≫枠内の召喚魔全部を強化できるスキルとは言え、どう考えてもコストパフォーマンスが悪い。

これもまたこの【悪魔戦士】系列の評価が下げられる理由の一つとなりえる。

 

4つ目は、スキルと言っていいのかはわからないが、このジョブの根幹といえる自身の所有物をコストに、保有するポイントに変換するというもの。

スキル名としては≪悪魔生贄≫。

とくにいうことがないものであるため、ここで詳しく説明をする気はないが、簡単に言うならば、特定の文言を用いて自身の所有している物・生命をコストとしてロストさせることでこのジョブが直接行使できるリソースに変換するというもの。

一応試しにこちらへ来るときに貰った、手持ちの儀礼剣をポイントに変換してみたところ、そのポイント数は25にしかならなかった。

第一の悪魔召喚スキルである≪コール・デヴィル・チーム≫を発動させるために必要なコストの値は100であるため、このスキルを発動させるためには後、儀礼剣をさらに3つ用意しなけらばならない計算になる。

どう考えても、重いコストだ。まだ武器屋等を覗いておらず、あの儀礼剣がどれほどの値段の武器かはわからないが、初期に貰えるだけあって1000以上はすると考えてもいいだろう。もちろんそれ以下の場合もあり得るのだが、一応1000以上であるという仮定で考えを進める。

初期に貰える金額は5000リル。現実での値段だと5万円相当になる。

最初のスキルを1回1回発動するために、わざわざ1000リル以上の値段を払って発動させなければならないとするならば、効率が悪すぎる。

これもまたこの【悪魔戦士】系列の評価が下げられる理由の1つだろう。

 

総評すると、この【悪魔戦士】のジョブはどこまで行っても効率とコストパフォーマンスが悪い。

早く超級職に就くためにこのジョブを選んだとはいえ、もしちゃんとしたビルドを考えるのならば、もっと他にいいジョブがあったのかもしれない。

 現時点でジョブを変更する気が無いとはいえ、最強への道は一つではないのだから。

 

 

ジョブのスキルウインドウを眺めながら、長々とそんなことを考えていた俺は一度そこで思考を中断し、この巨大なクリスタルがあるジョブ部屋ですることがなくなったため、場所を移動するためここからでる。

行き先は【悪魔戦士】ギルド……ではなく。そのまま外を目指す。

ちゃんと情報を収集するのなら、ギルドに行った方がいいし、【悪魔戦士】のジョブ専用のクエストなんかもあるだろう。それにジャックからもらったギルドへの経路図を無為にしかねない行為でもある。

それでも、外を目指す理由はある。

とはいっても、別にそんなに体それた理由ではなく、単に戦いの空気を知りたいというのが理由だ。

ゲーマーとしてではなく、子供としての好奇心が強い。

一応ゲーマーとしても、初期リソースの奪い合いで後れをとるわけにもいかないという理由が無いわけでもないが、一番の理由はやはり好奇心である。

時計を確認すると、今の時点でこちらに来てから1時間がたとうとしている。

それならば外に出る頃にはエンブリオも孵っているだろう。

 

そしておれは、この部屋に入ってきた時と同じように、木でできた扉を開け外の大通りに歩いて行った。

 

To be continued

 

 




(=○π○=)<原作ではまずいない第4皇子とかのことに関しては今はスルーで
(=○π○=)<聞かれても♪~としか答えられないからね
(=○π○=)<他にも色々、捏造設定やオリジナル設定あったりするけど、とりあえずはそういうものだとおもっていただけるとありがたいですー


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第2話 ルンペルシュティルツヒェン

第2話 ルンペルシュティルツヒェン

 

□□皇都中央大道路 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 巨大なクリスタルがあった部屋からでて、中央広場から続く広い通りを南に歩いて行く…前に中央広場によってセーブポイントに登録しておいておいた方がいいだろう。

 ジャックはどこかに行ったようで、見ることは出来なかったがとりあえずセーブポイントを設定してから再び南門に向けて足を進めた。

 歩きながら道すがらに存在するさまざまな店舗を眺めながら、足を止めず道を歩いて行く。

 RPGなら定番の武器屋や防具や道具屋といった店や、パン屋や八百屋や花屋といった現代地球でもみかける日常生活的な店もある。

 店舗だけということもなく、一軒家なんかも立っているあたり、ただのゲームではないということがうかがえる。

 大道路中にならぶ幾つもの店をながめながら、ふと考えなおす。

 そのまま直行で門に向って外に出ようとしていたが、〈エンブリオ〉が進化するのにはまだ時間があるだろう。

ここはさっき就いたジョブである【悪魔戦士】で戦うために必要なポイントを増やすために、必要なコスト調達を先にした方がいいだろうと思いなおす。

 途中で見えた一軒の武器屋に進路を変更しその店の中に入り、とくにこの時点ではいい剣なんかはわからないので、そこまでこだわらず簡単な儀礼剣と同等位の強さの初心者用の剣を1000リルで4本購入する。

 ただし一応保険として1000リルだけは残しておく。

 購入を終えたら、再び進路を南門に変更して外に出る。

 道中で購入した剣4本をポイントに変えながら、街並みを眺めながら足を動かして行った。

 

□□皇都南門 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 歩き始めて十数分ほどたつと、目の前に大きな門が見えてくる。

 豪華な装飾というよりは機械的な機能美があるような無機質な鉄の扉だ。

 当然ではあるがその門は開けはなれていて誰もが通れるようになっている。

 門の外は一帯が荒野になっているようで、そこにたくさんの人間がいろいろなモンスターと戦闘をしているのが見て取れる。

 マスターたちだろう。おそらくジョブに就いておらず、エンブリオが覚醒していないのか、雑魚のようなモンスターたちに殺されているマスターも何人かいる。

 レイ・スターリングのように差し迫った事態で時間が無い訳でもないだろうに、特に準備を進めていなかったのだろう。

ジョブは事前情報が無いから仕方がないとしても、エンブリオぐらいは進化させてから戦闘に進めばいいのにと思いながら足を進め、戦闘区域に入る。

 そして門をくぐり外に出た時、異変が起きる。

 

 「これは……」

 

 管理AIに埋め込まれた右手の〈エンブリオ〉が光り輝く。

 ついに、〈エンブリオ〉が進化するのか、丁度いい時間だと思いながら刹那の時であるがその進化を待つ。

 その〈エンブリオ〉はやはり最初に想像した通り【ルンペルシュティルツヒェン】で、

 

 「おはようございます。マスター(・・・・・・・・・・・・・・)」

 

 ―そんな想像だにしない言葉を口にした。

 左手の甲から〈エンブリオ〉が消失し、かわりに紋章が残っている。

 俺の目の前に現れたのは、黒い青年だった。

 背は俺より高く、170cm程の中肉中背。

 髪は桎梏を塗り固めたかのような漆黒に染まり、瞳は汚れが一切ないかのような黒曜石を思わせる綺麗な瞳で肌は浅黒い。

 燕尾服を少しおしゃれにしたかのような、細部に少し装飾や刺繍を入れた執事のような青年。

 年齢などないだろうが、もし年齢を数えるならば18歳程度であろう。

 男が男に評価する内容ではないのだが、その評価を一言で表すと“美しい”といえるタイプの男がいた。

 

 原作の通りにただのテリトリーとして生まれたのであるならば、決してあり得ない姿と言葉をもって生まれた、俺自身が生み出した分身といえるその青年。

 その疑問とまったくもって想像しなかった状況に俺は数秒の間、身体の動きと頭脳を停止させていた。

 生み出された青年は、自分が何よりも大切に思う動きを止めた自身の主に対し、生み出されたが故の主に対する理解を持ってこの状況を改善するべく、自身のことを説明するべきだと理解した。

そしてその男は、そのまま自身のことを、自身を生み出した己のマスターに対し説明する。

 

 「よろしくお願いします。私はTypeアポストルwithテリトリー。【改竄悪魔ルンペルシュティルツヒェン】です。この身は主様の血肉と意思を持って生み出された、主様の奴隷にして使徒。いかようにもお使いください。」

 

 そう言いながら、往年の熟練した執事のような無駄のない動きを持って一礼する。

 

 それである程度理解する。

 俺が生み出したのは原作通りの【ルンペルシュティルツヒェン】などではなく。

 理由が判らないが、俺のエンブリオはアポストルとしての性能を会得したのだと。

 疑問はまだいくつかあるが、いくら自身の主を絶対とするアポストルとはいえ、どこぞの迷宮に巣くうマスターと違い、エンブリオを嫌っていたりどうでもいいと思っていたりするわけでもなく放置したままにする気もないので会話を選択することにする。

 

 「ああ……。よろしくな、俺はローガン・ゴールドランスだ」

 「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 俺の言葉に対し、にこやかにだけどこちらに対して最大の敬意をもってそんな言葉を口にする。

 それに対しまた返礼すると、堂々巡りになりかねないので、最初の挨拶を切り上げて最大の重要事項である、エンブリオの性能確認をしようと話をかえる。

 

 「あーっと、お前の性能を見てみるかな?疑問があったら答えてくれ」

 「了解いたしました、いくらでもお聞きください」

  

 『詳細ステータス』のメニューを開くと先ほど見た一覧に加えて、新しく『〈エンブリオ〉』という項目が増えている。

 それをタップし開いてみると、ルンペルシュティルツヒェンの姿とパラメーターが並んでいた。

 

 ルンペルシュティルツヒェン

 TYPE:アポストルwithテリトリー

 到達形態:Ⅰ

 

 ステータス補正

 HP補正:-C

 MP補正:-C

 SP補正:-C

 STR補正:-C

 END補正:-C

 DEX補正:-C

 AGI補正:-C

 LUC補正:-C

 

 「っつはあ?」

 

 自分のエンブリオのステータス補正を一目見たとたん、驚いた。

 その理由は単純で、そこにはステータス補正-Cという見たことのない数値がずらりと並んでいたからだ。

 通常のアルファベットではなく前にマイナスがついている表記という状況に驚く以外ができない。

 

 「おいっ!ルンペルシュティルツヒェン、このステータス補正はどういう事だ?!」

 

 少し声を荒げてルンペルシュティルツヒェンに対して問いかける。

 仕方がないだろう。補正は〈エンブリオ〉を保有している限り常にステータスに対してかかる補正の倍数。基本的にG~Sまであり、これが高いほどステータスも同様に高くなるのだから。

 原作においても、マリー・アドラーがマスターの強さの一つとして、エンブリオの特殊性、マスターの不死身性と同様に上げていた極めて重要な要素の一つであるのだから。

 それがこんなわけのわからない補正になっていれば、こんな問いかけになっても仕方がないだろう。

 

 「それに関しては申し訳ございません、現在私のステータス補正は1/3になっております。主様のステータスを見ていただければわかるとは思いますが、ステータスにマイナス補正がかけられている状況になります」

 

 本当に申し訳なさそうに、眼を閉じ腰を曲げて丁寧に頭を下げながら、その男は謝る。

 その言葉を聞き、自身のステータスを見てみるべきだと思い、今開いている『〈エンブリオ〉』の項目を閉じて、自分自身のステータスをすぐさま表示する。

 自身のステータスを開いた途端、その変化に一目見て気付いた。

 

 ローガン・ゴールドランス

 レベル:1(合計レベル:1)

 職業:悪魔戦士

 

 HP(体力) : 33

 MP(魔力) : 11

 SP(技力) : 6

 

 STR(筋力) : 5

 END(耐久力): 4

 DEX(器用) : 6

 AGI(敏捷) : 5

 LUC(幸運) : 3

 

「っなあ!?」

 

 低い。元々対して高くなかったとはいえ、自身のステータスが〈エンブリオ〉が進化する前よりも格段に低い。それこそ本当に1/3になっているのだとわかる。

 なぜ?とおもう。確かに原作のルンペルシュティルツヒェンもステータス補正はそれほどなかったとはいえ、こんなマイナスステータスになっているとは言われてない。

 もしかして?とおもう。こんなマイナスステータスになっているのはアポストルとしての特性を会得したからではないかと。原作でもアポストルのステータス補正はさして高くないといわれている。だがいくらなんでもマイナス補正がかけられるほどではなかったはずだ。

 俺の知る限り、ステータスにマイナス補正がかけられているのは【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルの身体にして〈超級エンブリオ〉Typeボディの【始原万変ヌン】くらいだった。

 ゼクスのエンブリオがマイナス補正を食らった理由は単純である。

 それは汎用性の高いスキル2種類を会得したがためのリソース不足。

 俺の場合もそうではないかと、その可能性を追うため〈エンブリオ〉のスキルを確認する。

 もう一度、『詳細ステータス』のメニューの中から『〈エンブリオ〉』の項目を開き、さらにその中に存在する『保有スキル』という項目をみてみる。

 そこに表示されていたのは以下の通りであった。

 

 『保有スキル』

 《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》:

 自身の選んだジョブのスキルの数字、2カ所を2倍にする。

 パッシブスキル。

 

 表示されていたスキルはこの1つのみであった。

 他にスキルはなく、これのみで終わっている。

 ただしこれを見て、どうなっているんだとは思わなかった。

 その理由が察することが出来てしまったから。

 

 一つ目の理由は、このスキルの名前である。

 《我は偽証より黄金を紡ぐ》とは原作でローガン・ゴットハルトが使用した【技巧改竄ルンペルシュティルツヒェン】の必殺スキルの名前である。読みは当然ながら「ルンペルシュティルツヒェン」になる。

 おそらくこのスキルは俺がルンペルシュティルツヒェンの在り方の究極の一つをしるがゆえに、生まれたスキルなのであろう。

 必殺ではなく、一つのスキルとして。

 

 二つ目の理由は、このスキルの効果である。

 原作において、ローガンの第一形態のスキルは「一カ所を2倍にする」というささいなものであったと語られている。

 1カ所ではなく2カ所を同時に、最初から改竄出来るようになっているのは、一つ目の理由が当てはまるのだろう。

 もう一度言うと、必殺ではなく一つのスキルとして、『10カ所10倍化』に届くための選択である。

 

 最終進化を見据えたための第一形態は、そのために多大なリソースを要求し、最初に用意されたリソースを食いつぶし足りない分をマスターのステータス補正から分捕ったといったところだろうか。

 スキルに時間制限やストックを要求するアクティブスキルにならなかった分、まだましと思えてしまう。

 なにしろ悪魔使いとして大成するのであれば、自身のステータスはある程度、度外視出来てしまうから。

 ステータスが全くいらないとは言わない。

 ステータスもまた重要な強さの一つである。

 だが悪魔使いとしてならば召喚にも維持にもMPやSPを使わず、前線で戦闘を行わないのならばある程度物理ステータスが低くても問題はなく、後方での支援をしようとも悪魔使い系は純粋に一人で発動できる攻撃魔法がさほどないとは思うし、ステータスの支援に関しても悪魔使い系が元より持つステータス強化の魔法はそれほど強力ではない為、積極的に使用する必要が無いという事情もある。

 もしかしたらこれが3つ目の理由だったのかもしれない。

 ステータスに寄らない、スキルの強さに特化したマスターへの道。〈エンブリオ〉の形を目指したのかもしれない。

 

 長々とした思考から抜け出して、気を取り直す。

 これは決して、悪い道筋ではないと。

 俺の前に立つ、俺の声を聞いて粛々として、頭を下げたままでいたルンペルシュティルツヒェンをみて、一応訂正をしてフォローしておく。

 

 「ルンペルシュティルツヒェン、そんなに気に病むことはない。確かに俺のステータスが激減していたのは驚いたが、別にお前自身に問題があるわけではない。お前のスキルは確かに俺が求める強さを秘めている俺が望んだ力だ」

 

 その言葉を聞き、ルンペルシュティルツヒェンは顔を上げ、喜びを隠すことも無く笑顔で感謝を口にする。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると何よりの喜びでございます。私が主様に与えるステータスの補正は確かに最悪な物ではありますが、私が持ちえるすべてを行使して主様の御為に、主様がこれからゆく世界をその御意志のもとにいくらでも改竄して見せましょう」

 

 そう言って涙ぐみながら、両の拳をぐっと胸の前で握りしめて全力で宣言して見せた。

 一応言っておくと、男のそんな姿はすこしきもい。

 少女がやるのなら可愛くもあるのだが、男がやってもな。

 

 「んっ?」

 

 今の思考で疑問が一つ湧いた。

 少女という事で想像したが、そういえばなぜ俺のエンブリオがアポストルなのであろうか?

 別にこの世界を「ゲームだと思ってない」、「この世界の命を現実と同一視している」わけではなく、この身に生命への危機感があるとは思ってないので、TYPE:メイデンにならないのは仕方ないとあきらめることは出来る。

 でも現時点で俺は「この《Infinite Dendrogram》が嫌い」と思っておらず、このゲーム内で果たすべき使命感があるとは思えない。

 心の奥底でそういう思いが全くないとは言えないが、それでもこの俺のエンブリオがアポストルの性能を獲得したのはどういった理由なのだろうか?

 

 「どうかされましたか?主様」

 

 俺の疑問の声に不安を感じたのか、ルンペルシュティルツヒェンが声を投げかける。

 

 「ああ、なんでもない……いや、ルンペルシュティルツヒェンお前は俺の考えを全く読めないのか?」

 

 先ほどから少し感じていたが、どうやらこいつは俺の考えが読めないのかもしれない。

 アリスなどから考えを読ませないのは有用ではあるが、自分のエンブリオに対しても、その特典が成立するのであれば面倒だ。

 

 「いえ、確かに読めないところもありますが、基本的に主様の考えは読めています。ただしいくつか主様の思考の途中でノイズが走っていたりしますが」

 

 しかし、ルンペルシュティルツヒェンはこちらの懸念が無意味なものであると告げる。

 とはいえ、それに対し少し疑問に感じる。こちらの考えをある程度読めるのであれば、先ほどの俺の思考に対するルンペルシュティルツヒェンの疑問は一体何だったのであろうか?

 

 「主様が私の持ちえる“アポストル”を会得した経緯に対し疑問を感じておられるのは理解しております。ですが残念ながら私にその疑問に答えられる回答はございません。そのため主様に対し“どうかされましたか?”という返答をさせていただきました。こういった回答でも構わないでしょうか?」

 

 なるほど、基本的な思考は読み取れているのか。ならば、ノイズが走っているのはどんな内容なのか?

 

 「ああ問題ない。もう1つ2つ程聞かせてもらうが、ノイズが走るのは一体どこら辺の内容だったのだ?」

 

 「ノイズが走るのは私のスキルである《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》に対しての主様の考察です。他の部分でも多少ありましたが、このスキルにおいての主様の考察では半分近くにノイズが走っていてうまく読み取れませんでした」

 

 俺の考察?そういえば、ステータスがマイナス補正がなされた理由とあのスキルが発現した理由を考えていた時、原作知識を多分に含んでいた気がする。

 もしかして、自分のエンブリオに対しては原作知識関連の情報のみをノイズという形でシャットダウンするのか?そうであるのならば、情報は秘匿しながら戦闘においての連携も可能になるし好都合だ。

 とはいえ試してみなければ、確かなことは言えないか。

 

 「ルンペルシュティルツヒェン。今から俺がいくつか思考してみる。俺が合図をしたらどんな内容を考えていたか応えてみろ」

 

 その言葉に対し、ルンペルシュティルツヒェンは頷く。 

 

 「かしこまりました、こちらの準備はいつでも大丈夫です」

 

 いつでも大丈夫と言いながら、ルンペルシュティルツヒェンは少し緊張した面持ちで、こちらからの言葉または思考を待つ様子に対し、アポストルにとってのマスターの重要性を思いしる。

 

 「まずは1回目だな」

 

(とうきょうとっきょとかっきょく)

 

 内容としては、物凄く適当な言葉。ちなみになぜ俺がこれを選んだのかは俺にもわからない。

 

「さあ、応えてみろ」

 

内容は大したことはないが、一応クイズのようなものであるし、ルンペルシュティルツヒェンの答えを促す。

 

「はい、これは主様のもとの世界における早口言葉というやつですね。とうきょうとっきょとかっきょく。これでよろしいでしょうか?」

 

なるほど、こういったどうでもいい内容は知ることができるのか。

 

「ああ、問題ない。次に行くぞ」

 

 (〈超級〉被害担当管理AI無限増殖グリマルキン)

 

 次もまたかなり適当な言葉。原作知識のオンパレードであり、一部掲示板などの界隈でネタとして定着しているチェシャをいじった内容。

 

 「さあ、どうだ」

 

 こちらからの答えを促す言葉に対し、そこで内容が終わったのだと知り、残念ながらという風で応える。

 

 「ん。申しわけございません。ノイズがひどくて読み取れませんでした」

 

 これはさすがに読み取れないのか。こういった原作知識は無理なのか?

 

 「それじゃあ最後に、もうひとつだけ答えてみろ」

 

 今度は完全におふざけの内容。半分くらいはいじわるも含まれる。

 

 (ガーベラの胸はパッド入り)

 

 なろう小説発祥のライトノベル小説「この素晴らしき世界に祝福を!」のある神様に対して言われた誹謗である。ちなみに俺はパッド入りでもかまいませんよ?

 っは!なぜか今、おかしな思考が紛れ込んでいる気がする。気にしないようにしよう。

 

 「どうだ!」

 

 「すいません。前半にノイズが入っていて全部を聞きとれませんでした。後半はその……」

 

 残念さと恥ずかしさを兼ね備えたような変な表情でこちらに答えようとするが、

 

 「ああ、いや言わなくていい」

 

 さすがに後半だけ言わせるのはかわいそうだろうと思いそこまでにする。全部含めてならネタとして言わせるのもありだが。

 こいつもさすがに羞恥心とかはあったのだな。もっとも使徒(アポストル)としての特性のせいで、こちらが強要すれば問題なく言うのだろうが、いくらなんでもセクハラとパワハラを行うつもりもないので、このままにしておく。

 

 「そうか、実験に感謝するぞ」

 

 「いいえ、主様の為に役立てたのなら本望です」

 

 これまた、嬉しそうにこちらに答える。こいつらってホントチョロいよな。アポストルなのが最大の難点だが。

 

 「それでだが、これ以降俺の考えている内容にノイズが走っても、気にするな。決して話せない内容なのでな」

 

 その言葉に続けてさっきから思っていた言葉をつなげる。

 

 「ああ、それから毎回毎回ルンペルシュティルツヒェンというのも面倒だから、これ以降お前のことはシュテルと略させてもらうぞ」

  

 いや、結構名前長いし、ルンペルシュティルツヒェンって。

 

 「かしこまりました。どうぞ私のことはシュテルとお呼びください」

 

 「さて、現状確認が終わったのだ。そろそろ初戦闘と行こうか、お前の力を存分に使わせてもらうぞシュテル」

 

 それでルンペルシュティルツヒェンが進化してから行って来た確認と話し合いを終わられると言葉に込め、身をひるがえし南門の方をむく。

 

 「はい、どこまでもお供します」

 

 ルンペルシュティルツヒェンも了解し、俺の後に続く。

 そうしてルンペルシュティルツヒェンを伴い、俺たち二人は南門を抜けて初めての戦闘を行うべく荒地を歩いて行く。

 

 これが俺たちの物語の始まりになるのだ。

 

 

 To be continued

 




(=○π○=)<原作とは異なり、アポストルになったり、補正がおかしかったり、スキルがおかしかったりなルンペルシュティルツヒェンになりました
(=○π○=)<これからどうなっていくのかご期待いただければ―

追記1
(=○π○=)<書き忘れていたので追記―
(=○π○=)<ルンペルシュティルツヒェンの特性はあくまでもジョブスキル改竄ですー
(=○π○=)<称号?なんかが変わっていたりしますけど、その基本は変わらないです
(=○π○=)<他の自分のステータスや装備スキルなんかも改竄出来たりすると、リソースの観点から考えてそこらへんはどうしようもないのです


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第3話 初戦闘

 

第3話 初戦闘

 

□□皇都郊外 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 南門から5分ほどかけて歩いて行くと、周囲にいろいろな〈マスター〉と思える人間とすれ違う。

 ほぼ全員が初期カタログで手に入れることが可能な、初心者用の装備を着ている。

 だが全員が全員、同じではない。同じではあり得ない。

 

〈マスター〉の中には伸縮するハンマーで敵をなぐり飛ばすものがいる。

触れた敵を通常の物理法則ではあり得ない、現時点のステータスではあり得ない程にふっ飛ばす力をもつ武器をふるう。

初期に手に入れる性能としてはあり得ないその武器はやはり〈エンブリオ〉だろう。

 

〈マスター〉の中には猪の動物と一緒に戦うものもいる。

猪の突進にあわせ電気がほとばしっている。

初期にテイムすることは出来ないだろうその性能は、やはり〈エンブリオ〉なのだろう。

 

〈マスター〉の中には足もとに魔法陣らしきものを常に描きながら戦う物もいる。

 魔法を使うのにあんなものが常時出ているとは思えない。

 あれもやはり〈エンブリオ〉なのだろう。

 

他にも、いろいろな〈マスター〉たちが、6人でパーティーを組み、2人でコンビを組み、中には俺と同様に、一人で戦っている者もいる。

 

「戦い始めている奴も、もう結構いるな。俺たちは後発組ってことだ」

 

ゲーマーとして初期リソースの奪い合いに遅れ、後追いの形になってしまったことは残念だが、初期準備である情報や準備の大切さも含めて考えれば、まだ挽回のチャンスはいくらでもあるだろう。

 

「はい、ですがこれから私と主様でなら先発組を追い越せますでしょう」

 

ルンペルシュティルツヒェンもそう意気込みを見せて、問題ないと胸を張る。

 俺もそれに対し軽くうなずくと戦いの準備をする。

 俺たちの前には他のマスターからの攻撃から、からくも逃れることができた1体のモンスターが近づいてきていた。

 そのモンスターを確認すると、上に【ティール・ウルフ】という名前とそのモンスターレベルとHPが見える。

 レベルは2であり、俺たちより高いが……問題はない。

 ティアンなら互角かもしれないが、俺たちは〈マスター〉なのだから。

 

 「さて、モンスター1体だけか、俺たちよりレベルは高くとも、弱小モンスター1体相手に使うのは少しもったいない気もするが、初戦闘だシュテル少し派手に行こうか」

 

 ルンペルシュティルツヒェンも敵を認識し、己の〈マスター〉が全力で戦えるように自身の形を本来のものに変化させる。

 

 「はい、行きましょう。mode change 内包形態いきます」

 

 そういうと、ルンペルシュティルツヒェンの身体が光り輝く。

 身体を光の粒に変え、その光の粒が俺の体の中に入っていく。

 それこそがルンペルシュティルツヒェンの本来の戦闘形態。

 アポストルにならなければ、もとからこの状態で存在したルールとしての姿。もっともまだ第一形態のため、現時点でのカテゴリーはテリトリーのままだが。

 数秒もたたないうちに光の粒は俺の体の内に入り終え、形態変化の終了を知らせる。

 

 『主様、私の固有スキル《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》の発動行けます!』

 

 身体の中のルンペルシュティルツヒェンの声が響く。

 外には一切声を漏らさず、俺たちだけで共有する秘密の回線がつながる。

 

 俺はそれと同時に自分の準備を進める。

 『詳細ステータス』から、ジョブのスキルを開き、決めていた項目をすぐに見つけると、その数字をなぞり己のエンブリオのパッシブスキルである《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》を自動発動させる。

 なぞる数字は2つ。

 

 1つは、【悪魔戦士】のジョブにたまったポイント。

 最初のコストのやりくりに苦労するであろう点を、軽減するためには必須の雑魚狩り用の選択。

 初期にもらった儀礼剣の25ポイントと、その後店で購入した1本50ポイント程になった初心者用の剣4本で、現時点で合計225ポイントを持つ。

 最初に仕える唯一の悪魔召喚スキルである《コール・デヴィル・チーム》に必要なポイントは100ポイントなので、このままでは2回分しか悪魔を召喚できない。

 そのため、ポイントを倍加して550ポイントにしておく。

 

 2つ目は、召喚に使うスキルである《コール・デヴィル・チーム》のスキルの文面の一つである召喚数。

 俺という弱点があるため、ステータスを直接強化するより、現時点では数を増やした方が隙をなくせるのではないかという判断によるものだ。

 ポイントの消費を抑えられる召喚時間ではなく、あくまで召喚数なのは【悪魔戦士】のジョブスキルの一つである《旅団》スキルの為だ。

 スキルレベルがあるスキルは、ジョブにより上限が決められ、その行使した数によりレベルが上がる。

 ならば《旅団》スキルの上げ方は、数多くの悪魔を何度も繰り返し召喚することだと推測したのだ。もっとも、当たっている保証はないため、のちに【悪魔戦士】ギルドに行った時に確認するつもりではあるが。

 

 この2つをエンブリオの力で倍加し、改竄し終えた後、ようやくこのスキルの発動となる。

 

 「さあ行くぞ、“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 同時に、地面から闇が泡のように浮かび上がり、破裂する泡の中から悪魔が現れる。

 自分が望んだとおりに出てきた、合計6体の悪魔を眺め知れず口をゆがめ喜ぶ。

 

 「よし――いけ悪魔ども、あのモンスターを蹴散らせ」

 

 その言葉とともに呼び出された悪魔は行動を開始する。

 一体は飛び上がり、ティール・ウルフの頭上から。

 一体は少し迂回し、右側から。さらに一体は直接正面から突破する。

 六体それぞれが全く異なった方法で、ティール・ウルフに襲いかかる。

 それに対し、ティール・ウルフも応戦するが、数の暴力におされそのまま光の塵になって消えうせる。

 おそらくティール・ウルフと呼び出した悪魔一体一体に戦闘能力の差はない。

 あくまで違うのは数であろう。だがその数の差によってティール・ウルフは倒された。

 

 『主様!我らの軍勢は圧倒的ですね!』

 

 ルンペルシュティルツヒェンはそう喜ぶが、このくらいの数では軍勢とは呼べないだろう。それにそこまで圧倒的でも無かった。

 

 ティール・ウルフが光の塵になって消えた後に残されたドロップ品を拾い上げ、すぐさまポイントに変える。

 このくらいの場所に居るモンスターのドロップは売るよりも、ポイントに変えてリサイクルした方が効率がいいだろう。一回一回皇都に戻るのも面倒だしな。

 

 「シュテル、このまま南下しながら進んでいくぞ。悪魔共もそのまま進んでいけ」

 

 その言葉を聞き悪魔たちは命令通りに前に進み、ルンペルシュティルツヒェンも心の中でうなずく。

 

 『はい、このまま行きましょう。主様と私ならどこまででもいけるでしょう』

 

 おまえは少し俺たちの力を過信している気がする。

 

 そして南下し続けながら、悪魔たちに俺たちの前に出てきたモンスターたちを倒し続けてもらいながら10分がたった後。

 悪魔たちは出てきた時のように泡につつまれ、その後、霧散して消えてしまった。

 

 「10分がたったか。とりあえず走り続けて南下したが、皇都から結構離れたみたいだな」

 

 『そのようですね。周囲の他のマスターたちもあまり見かけなくなってきました』

 

 とりあえず、ここで一休憩しながら、自身のステータスを開く。

 レベルをみてみると、どうやらいまのレベルは3に上がっているようだ。

 10分ほどしか狩りをしていないとはいえ、この最初のレベル帯で走りながら何体も倒し続けていたおかげなのか、レベルの上りが早い。

 【悪魔戦士】のジョブを見てみると、合計ポイントが57ポイント分たまっている。

 十数体程のモンスターを倒し、でたドロップ品をすべてポイントに変換したというのに、ポイントを倍にしなければ赤字確定なその収支なのは、どうしてもため息が出てしまう。

 ステータスも見てみると、初期ステータスにはまだ及ばないが、そこそこに上がっていた。

 ステータスの確認を終了し、ステータスを閉じた後、次の戦闘を行う前に戦闘中に疑問に思っていた点をルンペルシュティルツヒェンに確認する。

 

 「シュテル、一つ確認したい。前回俺は、ジョブの文面をなぞり数字を倍加させたが、その倍加は口頭でも可能か?」

 

 そう、それは戦闘中における隙の一つを無くすことができ、高速戦闘においての一助になりうる技。それが可能なのかどうかを確認する。

 

 『はい、可能です(・・・・・・・)』

 

 俺の問いに対してのルンペルシュティルツヒェンの回答は、俺の希望に沿った断定の一言だった。

 

 「そうか!可能なのか」

 

 元々、原作においての【技巧改竄ルンペルシュティルツヒェン】はアポストルでも何でもない、ただの意思を持たないTYPE:ルールのエンブリオであった。

 基本的にこの《Infinite Dendrogram》において、エンブリオのスキルを発動するためには、使用者の意思が必要である。発声が必要でないスキルはエンブリオのスキルであるのならば数多く存在するが、スキル自体を発動させるのにマスターの意思を無視して発動可能な物はそれほど多くはない。もしくは無意識化で使用しているのだろう。

 だが例外はいつでも存在する。それこそがTYPE:メイデンなどの意思を持つエンブリオの存在である。

 彼女ら、彼らは意思を持つがゆえにマスターの意思とは無関係に行動をすることができ、マスターの代わりにスキルを発動することが可能となる。余談だが、マスターをひき殺すエンブリオも存在する。おそらく事故であろうが()。

 ゆえに意思を持たないエンブリオであるルンペルシュティルツヒェンのマスターであるローガンはスキルを使用する度に、わざわざジョブのウインドウを開き、スキルの数値をなぞり、倍加をしなければならなかった。

 

 しかし原作と異なり、意思を持つTYPE:アポストルのエンブリオを持つこの俺ローガンなら可能であった。ジョブスキルの数値をなぞらずにスキルを発動させることが。

 それは俺たちの最強への道の一路となる。

 その喜びを胸に、新たな狩りを、スキルを起動させる。

 

 「よし、ではシュテル。《チーム》を使うぞ、今度はポイントと詳細ステータスのAGIを倍加させてみろ」

 

 俺の言葉を聞くやすぐに行動を起こす。

 

 『はい……、設定完了しました、発動行けます』

 

 その内に響く声を聴いた後、俺はそのスキルを起動する。

 

 「さあ、もう一度行くぞ、“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 また闇の泡が地面から噴き出て、その泡の中から悪魔が出てくる。

 ただし、今回は6体ではなく3体。

 ルンペルシュティルツヒェンに命じた通り、召喚数が変化しているのがわかる。

 呼び出した悪魔に対し命令をする。

 

 「悪魔どもよ、俺たちの行く先に現れるモンスターを倒せ」

 

 特に凝った命令ではないが、命令をしないと始まらないため口にする。

 その言葉を聞き終えた後、前回召喚したのとは段違いのスピードで、悪魔たちが飛び立つ。

 移動速度が上昇しているのを確認した後に、成果の達成を確信する。

 

 速いスピードで動きまわる悪魔たちを追いかけながら、悪魔たちが倒していったモンスターのドロップ品を間髪いれずポイントに変換し続けながら、次の問題点を口にする。

 

 「うまくいったな、シュテル。後は、お互いに内心で話せるかどうかか」

 

 そうこのまま口にしていたのでは、敵になにをどう強化するのがばれてしまう。

これからは敵に知られないように、強化項目に関しては心の中で話しかけた方がいいだろう。

 そう口にした後、しゃべるのを止めて走りながらではあるが、心の中に存在するものと話す気持ちで語りかける。

 

 『……シュテル、聞こえるか?』

 

 はじめて心の中で会話を試みていく。やったことがなかったので、すぐにできるかどうか不安ではあったが、無事にできて何よりだ。

 

 『はい、もちろんです』

 

 ルンペルシュティルツヒェンもその成功を喜びながら、出来ていることを教えてくる。

 

 『心話だけなら問題ないが、通常の会話と混ぜるとすこし難しいか?戦闘中も後方に居るならまだいいが、集中しなければならない時は少し怖いな』

 

 どうしようか?

 少し考える。一応は慣れればそれで済む話ではあるが、慣れるまでに時間は必要であるだろう。

 それならば…。

 

 『よしならプロトコルを決めよう。俺たちの間で、召喚する区別ごとに簡単に記号を決めておけばいいだろう』

 

 『プロトコルですか?』

 

 『ああ、そうだ。そうだな、まず倍加の一カ所はポイントで固定する。あとはもう一つの指定個所を簡単に記号で言う。《コール・デヴィル・チーム》を使用し、召喚数を倍にするのなら、「チーム・N」とかだな。ちなみにNはナンバー、つまり数を適当に略したものだ』

 

 『なるほど、それはいい考えだと思います』

 

 『悪魔召喚のスキルが新しく増えたり、お前が進化して指定個所を増やすことができるようになれば、またその都度決めればいいだろう。あとはプロトコルによらない指定をするときは、そのまま一からいうさ』

 

 その後、呼び出した悪魔が消えるまで、走りながらプロトコルの設定とドロップのポイント化を続けていったのであった。

 

 

 To be continued

 




(=○π○=)<アポストル化によるルンペルシュティルツヒェンの強化ポイントその1、会話による強化ポイントの指定
(=○π○=)<いちいちリストを開かなくてもいいため、高速戦闘にも向いている。
(=○π○=)<残りの強化ポイントもおいおいでてくると思います


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第4話 小山狩り

 

第4話 小山狩り

 

□〈エディア丘陵〉 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 あれから俺たちは、12時間程を掛けて《偽証》の対象をポイントと召喚数に固定しながら進んでいった(いちいち《偽証》の対象を変えるのが面倒になっていったという理由が大きい)。

 目の前にはそれなりの大きさの山丘がみえる。地図はないのでここが皇都からどれくらい離れた場所にあるのかは不明だが、12時間ほどかけて走りも含めて移動したのだ、それなりに遠くに来ているだろう。今のところ倒せない様な敵には出合っていないため、そこまで遠くでもなさそうだが。

ほぼ12時間モンスターを倒し続けていたが、そろそろ疲れととある問題が見えてきたため、山のふもとにある人が寝そべることも可能な程の大きさの切り株の上に座り休憩することにした。

12時間の成果を確認するため、ステータスを開きどう変わっているか見てみる。

 成果はというと、どうやらレベルが10まで上がり、《旅団》のスキルレベルが2に上がり、【悪魔戦士】のスキルも2つほど増えていたようだ。

 スキルの詳細としては、以下の通り。

 

 一つは《コール・レッサーデヴィル》。

 これは名前で察することも可能かもしれないが、《コール・デヴィル・チーム》で召喚される悪魔を1体のみ召喚するスキルである。

 《チーム》が3体を同時に召喚可能なのに比べてこっちはデメリットが多い。

 召喚に必要なポイントが《チーム》の半分でしかない50ポイントも必要であり、当然1体しか召喚されない。一応、利点として召喚時間が《チーム》より5分ほど長いが、15分の間召喚できるとしても、このスキルを使う必要が無いため、基本死にスキルである。

 

 二つ目は《コール・デヴィル・ビギナースカウト》。

 これは特殊な性能の悪魔1体を30分間召喚可能なスキル。

 これは《スカウト》の名前の通り、【斥候】をもした悪魔召喚スキルのようだ。

 《スカウト》のステータスは、AGI以外は《チーム》とほとんど変わらないステータスだが、AGIは大きく異なる。

 そのAGIの数値は150。その速度はかなり早く、AGIを2倍化すれば他の下級を相手にしても速度で劣ることはすくないだろう。

 スキルも優秀なスキルを2つ持っており、《罠感知》と《気配察知》の二つをレベル3で習得している。

 これだけ優秀でありながら必要なポイント数は80ポイント程度であるため、安くて強力な戦力である。《コール・レッサー・デヴィル》もこのスキルを見習った方がいい。

今現在は雑魚狩りを優先しているため、《チーム》しか使用していないが、ダンジョン探索やボスモンスターが相手ならこのスキルの出番だろう。

 

ポイントのやりくりも少しずつ余裕が出始めてきているので、このままならいくらでもモンスターを討伐することが可能だろう。

少し前から出てきていた、とある問題を無視すればだが。

 

ぐぅと腹の虫がもう中に何もないという事を告げるかのように音を奏でる。

ちなみにこの音が奏で始めたのは現時点からではなく、もう1・2時間まえからその存在を主張していた。

そう、その問題とは腹が空いたことによる飢餓状態である。

別に食糧が奪われたとか、食糧が食べられなくなったとかそういった特殊な事情はなく、この事態に陥ったのは単に、食糧を買わずに連続で戦闘を行ったからである。

このゲームを始めてから、ジョブに就くことや、スキルを発動するために必要なポイントを得ることや、戦ってレベルを上げることに集中しすぎていたせいで、初心者がもつべきアイテム一式を購入することを思いつかずにまるまるスルーして戦闘を始めてしまったわけだ。

 

「腹が減ったな……。なんで食糧類だけでも買わなかったかなぁ?12時間前の俺は」

 

腹が減ったことにより、少しイライラとした気持ちを愚痴という形で放出する。

一応、スキルを発動させるためのポイントを貯めるために、4000リル使用したことについては、それほど悔んではいない。

ただし、残りの万が一の保険として残しておいた1000リルで食糧は買っておくべきだと、いまさらながらに思った。

 

『申しわけありません、主様。私も主様との戦闘で自分の力をアピールしたいとしか考えておらず、遠征に必要なアイテム一式をそろえるという発想に至りませんでした。自身のエゴで主様を困らせてしまうとは、私は従者失格です』

 

戦闘の連続のせいで12時間ずっと俺と同化したままの、ルンペルシュティルツヒェンはそんな言葉を口にして自虐する。

そんなことを考えていたのか、こいつは。

〈マスター〉とアポストルは内で繋がっているから、心話でいくらでも話しのやり取りができるけど、エンブリオが〈マスター〉からは一方通行的に感情や記憶そして思考を読み取れるけれど、〈マスター〉はエンブリオ側からは感情や記憶そして思考といったものは読み取れないのだ、口にして初めてこいつらの意思を感じることができる。

雰囲気で気持ちや秘めた感情を感じ取れる、某みたらしとかは例外なのだ。

だからルンペルシュティルツヒェンがこの言葉を口にして、自身のことを自虐し責めているとこの時知りことができた。

いやアポストルの性質的にこういう事を考えてしまうのは、当たり前のことなのかもしれない。

だけどそれは勘違いだ。

 

 『食糧のこと(こんなこと)を持ち出した俺が言うのもなんだが、お前が自分を責める必要は一切ない。お前が進化してから、すぐに戦闘をしようと思ったのは、誰よりも一番でありたいという俺が選んだ自分の自由だ。たとえ何者であろうとも、この思いを改竄(かきかえ)させはしない。食糧を忘れたのは俺のドジで、俺のミスだ。そこにシュテルが犯したミスは一つたりともない』

 

 そんなすこしクサイ科白をはき、ルンペルシュティルツヒェンの勘違いをただす。

 口に出して言うのが恥ずかしいため、心の内の会話にとどめて外部には一切知らせない、知らせるものか。

 うん、本当にどうしたのかね?今日の俺は。

 こんなクサイ科白をはくようなタイプじゃないだろうに。

 こういうのは某みたらしの役割だろうに。

 

『はい、ありがとうございます。そういっていただけてうれしいです。主様の自由の行く道であるならば、もう私は自虐したりしません』

 

 

 「さて、休憩が長すぎたな。食糧の問題に関しては、死にそうになるかポイントがつきたらログアウトして皇都に直接戻る。そうすれば、移動の時間は関係ないだろう。それまではモンスターを狩る時間だ。今日の最後の目標は俺たちの前にあるこの丘にする。この小山を山狩りするとしようか。装備やアイテムを購入したいからな、ここからはポイントに変換せず、ドロップを収集しておこうか」

 

 狩り場の独占はMMOにおいてルール違反であるが、俺たちが先行したのか、もしくは狩り場がばらけているのか、周囲にほかの人間は一人もいない。

 それならば、狩りを終えるまで独占しても文句をいう人間は一人もいないだろう。管理AIの中にはいるかもしれないが、それは俺の知るところではない。

 問題あるか?という意味を込めて内に存在するルンペルシュテルツヒィエンに問いかける。

 

 『はい、今日中にこの山を更地にしてやりましょう』

 

 ルンペルシュティルツヒェンもまた、「いいえ、ありません」という意図を込めてこちらに返事する。

 広域殲滅型でないし、山を焼き払う気も無いから更地にはならないとは思うがな。

 ポイントを全消費するのに、現在のポイント数が判った方がいいと思い、『詳細ステータス』からジョブを開き、今何ポイントあるか確認しておく。

 

 「いまあるポイントは合計1590ポイントか」

 『結構たまっていましたね』

 

 ほとんど流れ作業同然に、モンスターのドロップ拾いとドロップのポイント変換を行っていたため、今どれくらいあるのか全然把握してなかったが、結構ポイントがあったのに驚いた。

 一応、一度の召喚で十数体ずつぐらいのペースで倒していたんだが、倍加を除いた分の50ポイントに加えて余分に20ポイント程度を稼いでいたようだ。

もしかしたらレアアイテムなんかも変換してしまっていたのかもしれない。もしそうなら少しもったいなかった。

 《偽証》による倍加を含めると、合計3180ポイント。

 単純に《チーム》を31回分も召喚することができる。

 今日の狩りの締めとしては十分だろう。

 

 「シュテル、いくぞもう一度雑魚狩りタイプだ。〈チーム・N〉」

 

 今日何度も発動してきた定番のセットをルンペルシュティルツヒェンにオーダーする。

 ポイントと召喚数の2倍化設定。すでに設定してあるだろうが、指定しておく。解除している可能性が無いわけではないからだ。

 

『はい、設定はすでに完了しています』

 

もっとも俺の心配は全く無用だったようだが。

ルンペルシュティルツヒェンもすぐに完了の知らせを届ける。

それならばいい。あとは悪魔どもを呼びだすだけだ。

 

 「“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 これまた今日何度も見てきた光景が眼に映る。

 ただし泡の中から現れた6体の悪魔たちに、この時点では命令を下さない。

呼び出した悪魔を待たせて、俺はいままでに行わなかった方法をとる。

それは悪魔の二重召喚。

別にそれ自体は特殊な物ではない。原作でもローガンは《コール・デヴィル・レジメンツ》で2回に分けて2000の悪魔を召喚していたのだ。

俺が今までしなかったのは単に移動を兼ねていたためであり、道中にそれほどモンスターがあふれていたわけではないからだ。

だが今は違う。これから行うのは一点にとどまりながら、ポイントを全消費して行う広範囲の制圧戦だ。まだ広域制圧と呼べるほどには力が備わっていないが、未熟な卵なりにやってやろう。

 

 「もう一度だ“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 そしてまた6体の悪魔が呼び出される。

 だがこの時点でもまだ命令は下さない。

 なぜなら今の俺の《旅団》スキルのスキルレベルは2である。

 これにより、俺のパーティーメンバー枠は15まで拡張している。

 そう《旅団》枠はあと3枠開いている。消費戦なのだ、残りの枠すべてを使いつぶしてみてもいいだろう。

 

 「最後だ“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 そして三度、地面より黒い泡が吹き出す。

 《旅団》の3枠と俺がもともと持つ残りの5つのパーティーメンバー枠の内、3枠を使用しその悪魔たちが現れる。

 

 総勢18体の悪魔たちが、俺が王であるかのように跪き命令を待ちながら礼をとる。

 うん、これは気分がいい。原作のローガンのことも馬鹿には出来ないな。

 その悪魔たちに命令を下す。

 

 「悪魔たちよ、そこの丘にいるモンスターをすべて倒せ」

 

 殲滅の為の号令を下す。そして。

 

 「倒したモンスターからドロップが落ちたらそのアイテムを、倒した悪魔が俺に届けろ」

 

 荒野でならドロップが見えるから拾いやすかったが、この木々が生い茂る小山の中でドロップしたアイテムを確認するのは至難の業だ。

だから呼び出した悪魔にアイテムの回収も命じる。

 その命令を聞き届けると、悪魔たちは四方に飛び立ち、モンスターたちと戦闘をし始める。

 

 『壮観ですね。あれだけの悪魔が主様に傅く様を見るのは気持ちがいいです』

 

 いや、まあ俺もそう思っていたけども、他人に指摘されると恥ずかしいな。

 自分の中の厨二心とか大人げない部分とか指摘されているような気もしてくる。この身体は子供だが、心は大人だからな。

 それにこのくらいまだまだだ。あれだけの悪魔といってもまだ18体程度、いつの日か万を超える悪魔が傅くようになるさ。

 そう思いながら、戦闘の状況を確認する。悪魔の姿は見えないが、耳を澄ますといろいろな方向から戦闘音と思わしきものが聞こえてくる。

 

 「どうやら、順調のようだな」

 『はい、このくらいのレベル帯であれば、あの悪魔たちの能力を持ってすれば問題はないでしょう』

 

 移動中に簡単に検証していたが、どうやら《チーム》によって呼び出される悪魔たちの1体の性能はレベル1のモンスターと同等ではなかったらしい。

 最初はステータスを見てレベル1モンスターと同じくらいだろうと思っていたが、確かに敵のモンスターのステータスは確認できないからな。《鑑定》スキルはとってないし。

 ステータスはレベル1より上回り、現時点でのレベル帯のモンスターよりわずかに劣る程度。

 そしてステータスが僅かに劣るのに戦える理由もある。それが《チーム》が保有するスキルである《三位一体》である。

スキルと言っても、ステータス画面に表示されていたわけではない、それなら最初の時点で気付けたし。これは「三位一体の悪魔」という召喚文言から推測したものだ、スキルというより特性に近いかもしれない。

 それは、他の悪魔が危機に陥った時に、その危機を周囲に知らせる物だ。

 テレパシーのように、会話をするのではなく。《気配察知》スキルのように、察することができるもののようだ。

 移動中に《チーム》の悪魔が、2対1に追い込まれた時、姿が小さく見えていた悪魔たちがすぐに駆けつけてきてくれたから知ることができた特性だ。

2対1なら劣勢になるが、2対3になればこちらが優勢になる。《チーム》に備わっているのは、その数の優位性を生かすための特性である。

他の悪魔ともこの特性が有効に働くかはわからないが、とりあえず今はこれでいいだろう。

 

そうしているうちに、悪魔が数体こちらに戻ってきていた。その悪魔が持つアイテムを受取りアイテムボックスにしまうと、再び悪魔は飛び立ち狩りを継続する。

 

 これの繰り返しを続けて、1時間半後。

前のセットで呼び出した悪魔が消えるのが判る。

続けて最後のセットである悪魔の召喚をしようと《チーム》の召喚文とスキル名を口にしようとした。

しかし、その途端俺たちの後ろにある藪からガサッと云う音とともに、何者かが吠えながらこちらに突進してきた。

 

「ガウッウ」

 

それは、1体のティール・ウルフだった。

 

「なっ!」

『くっっ』

 

 不意を突かれ、予想だにしないモンスターの攻撃に、俺もルンペルシュティルツヒェンも対応することができず、体が硬直してしまう。

 その隙をつき、ティール・ウルフは俺の目の前にまで近づきながら、こちらをかみ殺すとばかりにアギトを開け―――

 

 「があぁあアア」

 

 そして俺の喉に食らいつく。

痛覚設定をOFFにしてあるため、痛みこそないが喉を噛みつかれたが故の衝撃と呼吸ができない苦しみは受けてしまう。

ティール・ウルフに喉に噛みつかれたまま、その噛みつかれた反動で俺は後ろに仰向けで倒れこんでしまう。

 

 『主様っ』

 

 ルンペルシュティルツヒェンもこの事態に驚き、主が噛みつかれたことに動揺する。

 だが、動揺したままでは困る。

 自分のHPバーを確認すると、がりがりと削れてしまっている。

 小山のふもとで確認した時、俺のHPは150近くあり、ENDも30あった。

 最初の半減した状態から、ここまであげられたのはよかったが、この程度は初期のステータスにエンブリオの補正が加わることでもクリアしてしまう位、低いステータスだろう。

 この数秒の間にも、HPバーの1/3が削れてしまっている。時間の余裕はない。

 召喚スキルを唱えられず、今の俺の攻撃力でこいつが離れてくれるとは思わない。

 だから、この状況を打開すべく俺に残された唯一の方法をとる。

 

 『シュテルっ。融合を解け、アポストルの状態でこいつを引き剥せ』

 

 そう、命令する。

 戦闘中におけるテリトリー系列の融合解除。

 ガードナーを除き、エンブリオはメイデン・アポストルの状態では本来の力を発揮できない。

 特に俺のエンブリオである、ルンペルシュティルツヒェンはアポストルの状態では、その能力の一切を行使できない。

 基本的に戦闘中においては悪手といえる一手。

 しかしこの状態ではその一手を選ばざるを得ない。

 

 『っはい!かしこまりました。モード・アポストル』

 

 ルンペルシュティルツヒェンも俺の言葉に答え、アポストル形態に移行し始める。

 俺の身体の中から光の粒がいくつも現れ出て、それが一つにまとまり男の形になる。 

 その男、ルンペルシュティルツヒェンは俺に駆け寄り、俺の上にのしかかるティール・ウルフを引きはがそうとする。

 

 「離れろっ、この離れてくださいっ」

 

 ルンペルシュティルツヒェンもティール・ウルフに手をのばし引き剥そうとする。

 だが、それでも離れない。俺のステータスは初期のステータスとほとんど同じくらいであるし、ルンペルシュティルツヒェンはガードナーではないので、そのステータスは貧弱なものだ。最もおれよりは高いが。

 ステータスが低い二人の力を合わせても、俺たちよりステータスの高い俺の喉深くに牙を埋め込んだティール・ウルフを剥すことは出来ない。

 HPももう2/3以上が削られていて残りが少ない。

 引き剥がすためには力押しだけでなく。手を凝らす必要がある。

 それならば……

 

 『シュテルっ。顎だ、上あごをもち上げろ。俺は下あごを下げる』

 

 牙が食い込んでいるなら、その牙を引きはがさないといけないだろう。

 ルンペルシュティルツヒェンが俺とティール・ウルフの上にまたがり、両手で上あごをもち上げる。同様に俺も二人の重さを感じながら、ティール・ウルフの下あごに何とか片手を挿しこみ口を広げる。

 二人の力をもってしても、すぐにはティール・ウルフの口は開かないが、それでも諦めることは出来ない。

ここで諦めてしまうと、デスペナになってしまう、3日間のログイン不可によって、その強くなる時間を奪われてしまう。

それはだれよりも強くなりたいと願う俺には受け入れられない選択だ。

 デスペナになってしまう事もあるだろう。絶対に死なない、なんて思わない。強くなるためには死線を何度もくぐる必要があるだろう。

逃げて逃げてその先にあるものが最強だとは思わない。

 だからここではあきらめない。

 残りのHPがどんどん削れて行って後、数センチの所でようやくティール・ウルフの顎が外れる。

 

 「がぁっ“地獄より…来だ…れ、三位一体の…小ざ…き悪魔”《コール・デヴィル・ヂーム》」

 

 掠れながら、ところどころ間のあいた声で何とか悪魔召喚を実行する。

 ルンペルシュティルツヒェンと融合していないせいで、《偽証》による2倍化がなされず、通常の100ポイントを消費して召喚された悪魔たちは呼び出されるやいなや、俺の命令を待たず、俺の上にのしかかるティール・ウルフとついでにルンペルシュティルツヒェンを引きはがす。

 

 「グワッウ」

 

 『そこにいると、悪魔どもの攻撃に巻き込まれる。俺の中に入れシュテル』

 

 その言葉をきいたルンペルシュティルツヒェンは光の塵になり、俺の中に入っていく。

 それと同時に悪魔たちは引き剥がしたティール・ウルフを遠方に投げ、のこりの2体が跳びかかり襲う。

 そしてティール・ウルフはさほど時間をおかず、HPを全損させ光の塵となって消えていった。

 

 「がはっ」

 

 『ここまでだな、シュテル。俺は一度ログアウトするぞ』

 

 HPも残り少なく、腹の状態も最悪に近い。

 俺はティール・ウルフのドロップの回収も、ルンペルシュティルツヒェンとの融合解除もせず、すぐにメインメニューから『ログアウト』を選択した。

 

 【ログアウトします】

 【次回ログインポイントはセーブポイントと現在位置のどちらかにしますか?】

 

 『セーブポイントだ』

 

 【承知しました】 

 【またの御帰還をお待ちします】

 

 そうして俺の体がこの世界から消失し、この〈Infinite Dendrogram〉からログアウトした。

 

 

 

 「帰って来たのか」

 

 時計を見てみるとまだ4時間しかたっていない。

 時間を3倍化する【無限時間】の凄さに驚く。

 まだ現実世界で腹は減っていない。

 移動の為なのだ。すぐにログインしよう。

 そしてログアウトしてから30秒もたたずに再び、〈Infinite Dendrogram〉の世界に足を踏み入れた。

 

To be continued

 




(=○π○=)<まあ悪魔召喚ジョブが近寄られたらこうなるよねーって話だね
(=○π○=)<襲って来たティール・ウルフは本当に雑魚だったけどあの状態からどうにか出来るステータスじゃあないからね
(=○π○=)<ちなみに《レッサー・デヴィル》は本当に使い道が無い。こっちのローガンなら余計に。多分今後でてくることはないんじゃないかな?


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第5話 悪魔戦士ギルド

注意:捏造設定過多です


第5話 悪魔戦士ギルド

 

□皇都中央広場 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 この世界に初めて来た時と同じに、この皇都に戻ってきた。

 俺の手の甲の紋章から光の球が出てきて、人の形をとりルンペルシュティルツヒェンとして現れる。

 

 「主様、この世界にお戻りいただけて嬉しいです。主様?どうしたんですか主様!」

 

 ログインしてからすぐ、俺は跪き右手で喉を押さえる。

 

 『デスペナから復活したわけではなく、ログアウトからの移動だけだから治らない』

 

 この状況を簡単に心の中でルンペルシュティルツヒェンに説明する。

 ステータスを開き自分のHPを確認すると、残りがかなり少ない。

 さらに喉頭外傷と出血の二つの状態異常が出ている。

 喉頭外傷はおそらくこのとおり、うまく喋れなくなる傷痍系状態異常だろう。

 だが今の問題はもう一つの状態異常。

 出血は基本的に大した状態異常じゃあない、出血に応じてHPが少しずつ減っていくというのは高レベルでHPの高い人間からすれば何も問題のない状態異常だ。

 ただし俺のHPがあと残り少ない状況であるこの場合はこの状態異常は俺への死の宣告に等しい。

 これも食糧と一緒に回復薬等も買わなかった俺のせいだ。

 だが今はそんなことを反省する時間も無い。

 約束された死が2秒後に迫ろうとして……。

 

 「ファースト・ヒール」

 

 俺の体が光り、HPが全快する。

 

 「これは……」

 「助かったのですか?主様」

 

 周囲に居た人間の中からこの中央平場に跪いたままの俺に一人の男が近づいてくる。

 

 「大丈夫だったかい?緊急時らしかったから辻ヒールさせてもらったよ」

 

 その男は初心者の服にこのレベル帯ではあり得ない程の意匠をした杖を持っていた。

 年齢としては20代ごろだろうか、茶色の肩まで伸びた髪に赤い瞳をしている。

 容姿としては結構いい部類に入るだろう。

最も自分の容姿を自由に設定できるこの〈Infinite Dendrogram〉ではリアルの容姿の保証は出来ないのだが。東方の一カ月キャラメイクのような人もいるだろう。

 

 「ああ、ありがとうな」

 「主様を助けていただいて有難うございます」

 

 俺も立ちあがって、その〈マスター〉らしい男にお礼を言う。

 

 「そうか助けた甲斐があってよかったよ。この程度お礼をされるほどのことでもないし、回復魔法の練習にもなったしね。僕の名前はレオン・アーノルドだよ、よろしくね」

 「よろしくなレオン。俺の名前はローガン・ゴールドランスだ」

 「私は主様のエンブリオのルンペルシュティルツヒェンです」

 「へえ君はエンブリオだったのか。男性のガードナーなんて初めて見たよ、モンスターっぽくないんだね」

 「私はガードナーなどではなく、Type:アポストルwithテリトリーです。ガードナーなどとは一緒にしないでいただきたい」

 

 どうやらレオンの言葉がルンペルシュティルツヒェンの琴線に触れたようである。結構真剣な表情でレオンに訂正を求める。

まあ、アポストルなんてそうそういないからな、ガードナーと誤解されても仕方ないだろう。

それとかってにカテゴリーをばらすなよな。

 

 『あっ!申しわけありません。私のことをガードナーと同一に見られたのでつい明かしてしまいました』

 「えーと、ごめんね間違えてしまって。でもアポストルなんてカテゴリーがあったんだね、最初のチュートリアルで教えてもらえなかったからレアカテゴリーだよね?僕のは普通のアームズだからそういったレアなエンブリオはうらやましいよ」

 

 自分のエンブリオに後悔はなさそうだが、少しだけうらやましそうにする。やっぱり、ゲーマーなのであろう。

 

 「やっぱその杖がアームズのエンブリオなのか?」

 

 一応気になったので聞いてみる。

 

 「ああ、そうだね。まあこっちもそっちのエンブリオの名前を聞いちゃったから教えてもいいかな、【太陽獣杖ラー】それが僕のType:アームズのエンブリオだ。能力に関しては…明かさなくていいよね?お互いにまだしゃべっていないし」

 「そうだな、俺もこいつの能力を教える気はないし、ゲーマーなら情報の秘匿は当然だろう」

 

 俺もその言葉に同意する。知られてしまったり、推測されてしまう事は防げないが原作のローガンのような他者に能力をばらす行為をする気はない。

 

 「おーい、レオンまだなのかー」

 

 周囲の群衆の中から若い男の声が聞こえる。

 群衆の中からひょこっと赤い髪の少年が顔を出してこっちをみて手を振っている。

レオンを呼んでいるようだ。

 

 「ああごめんフレンドを待たせているんだ。これで別れるとしようか」

 「そうだな、そうしよう」

 

 そういうとその後、俺たちはフレンド登録して別れた。

 

 

 「主様、これからどうなさるのですか?」

 「とりあえず、悪魔戦士ギルドにいってみるとするさ。ジャックからメモを貰ったからな」

 

 そう言い、アイテムボックスからメモを取り出しひらひらとルンペルシュティルツヒェンの前に出して見せる。

 クエストにも興味があるし、聞いておきたいこともいくつかあるからな。

 そうして俺は悪魔戦士ギルドに向けて足を踏む出す…が、そのとき腹がぐぅと音を立てる。

 

 「ああ、そういや飯食っていなかったな」

 「そうですね、結構おなかがすきました」

 「これはギルドに行く前に、腹ごしらえだな。どこかのレストランに入るとするか」

 

 腹を押さえながら、レストランを探しだしそこで食事をすることにした。

 会計は400リルだった。結構したな、残りは後600リルか。

 食事を終えた俺たちは、再び悪魔戦士ギルドに向かって歩きだした。

 

 ちなみにルンペルシュティルツヒェンの食癖は「お肉を食べない」だった。菜食主義者なのかな?

 

 

 ジャックからもらったメモを見ながら、道を歩く。

 今歩いているのは人通りの少ない裏道。

ところどころ窓が割れていたり、地面の舗装がはがれていたりと少しばかり治安が悪そうなイメージがする。

歩きながら道中に存在する家屋をみていくと、盗賊ギルドや暗殺者ギルドや毒薬師ギルドなどの看板が見て取れる。

やはりこの道に存在するのはそういった暗い部分もあるジョブを取り扱うギルドなんだろう。

たまに浮浪者や目元深くまでローブをかぶった怪しい人間とすれ違うし、死体らしきモノも時折見れる。

はっきり言って心臓に良くはない。

原作のローガンがどうだったかはよくはわからないが、俺はこういったダークな雰囲気に気後れしてしまうタイプだ。

ローガンへの憑依転生ではなく普通に転生していたらまっとうな【戦士】とかに就いていただろう。

内緒話ではあるが昔プレイしたゼルダの伝説の時のオカリナというゲームで闇の神殿が怖くてクリアを諦めたことがあるほど怖がりだった。

今は改善しているとはいえ、理由も無くそういったものに進んでかかわる気はなかった。理由ができてしまったのでこの道を進むしかないが。

 

「結構、治安が悪そうですね主様。正直に言うと、いつ主様が悪党どもに襲われないかとこの道に入ってからは常に不安に駆られています」

 

二人して歩いていた途中、ルンペルシュティルツヒェンがそんなことを言う。

なるほど確かにそんな懸念が無いわけでもない。

だがおそらく大丈夫だろう。

 

「おそらく、襲われないさ俺たちは〈マスター〉だからな。ただの子供なら襲われているだろうが、常識外の力を行使する〈マスター〉を相手に向かってくる犯罪者はそうは多くない、もし襲って来て死んだとしても3日後に復活して報復してくると考えれば大抵のやつは襲撃を諦めるだろう。それでもなお襲ってくるとしたら、そいつは自分の実力に自信がある熟練のティアンか、自分の実力も俺たちを襲ったらどうなるかということもわからない愚か者か、俺たちと同じ〈マスター〉くらいだろう」

 

一息に俺たちがなぜ襲われないかを説明する。まあこういった説明は原作を読んだからこそわかる事情なのだが。

 ルンペルシュティルツヒェンもなるほど、と頷くと懸念が晴れたのか少し気楽になったようだ。

絶対に襲撃されないとは思っていないようだが……それでいい、絶対に襲撃されないというわけでもないので、そんな慢心をして襲撃死などしては笑えない。

俺とて、そう言いながら常に周囲に気を配っているわけなのだから。

 

 そんな気を配っていたわけだが、幸か不幸か、まず幸の方であろうが襲撃などなく、何事も起こらず悪魔戦士ギルドの本部にたどり着いた。

 ギルドは地下に存在するらしく酒場の横に設置された地下へと続く階段を降りると、鉄の門があった。

 合図はいらないのかな?と思いながら、意を決して鉄の扉を開けるとそこには、大きな会堂があった。今居るのは2階部分で飲食をしたり談話している人がいる。

どうやら酒場部分のようで、宿泊施設などにはなってなさそうだ。

下に降りる階段を見つけ、広い会場のような部分に移動する。

どうやらこの部分が悪魔戦士ギルドの本部に当たる場所なのだろう。

この地下ギルドをコンサート会場のように見立てるならば、そのステージ部分に存在する広いカウンターに『悪魔戦士ギルド受付』と書かれた看板があり、数人の男性が書類作業をしている。

 

「どうやら主様と同じ〈マスター〉はいないようですね」

「まあ〈マスター〉が最初からこういった職業につくことはそうそうないだろうな。見栄え良くないし、【戦士】とか【魔術師】のような職業に就くやつが多いんじゃないかな?」

 

周囲に居るのは年季が入った人間ばかりだからな、〈マスター〉はいないだろう。

一番若く見えるのがカウンターを除けば40台あたり、顔の容姿も言っては何だが悪いといえる。〈マスター〉でそんなキャラメイクをするやつはそうはいないだろう。

と、そんな会話をしながら、受付に向かって歩く。

 

「すまないが少しいいか?」

 

全員何かの作業に従事しているようで、俺がカウンターに向かっても気づかれなかったので、何かの作業をしていた一人の男性に声をかける。

どうやらその男は今俺に気付いたようで、あわてて作業を中止して対応をしてくれる。まあ、このカウンターが結構高くて、俺の背の高さぐらいあるからな。

もう少し低くてもかまわないと思うんだが。

 

「いやあ、お待たせしてごめんなさいねお客様。いやあ、お客様のような方が来られるとは思わなくて申しわけありませんね。さて依頼は何でしょうか?村の周囲にはびこったモンスターどもの掃討ですかな、それともどこかの建物の破壊依頼ですかな?それとも誰かへの嫌がらせでしょうか、私たち悪魔戦士ギルドはある程度法にのっとっているのなら何でも受け付けしましょう!人員が必要な場合、他のギルドでは複数の人間を雇う人件費がかかりますが、我ら悪魔戦士ギルドなら一人分の料金で複数人分の仕事をこなせるのです。私どもに依頼するほかないでしょう!ね!ね!」

 

なんかすごい剣幕で捲し立てられた。一応行っとくがこのギルドは合法だよな?建物の破壊とか嫌がらせとかまっとうなギルドへの依頼とは思えないんだが。

ルンペルシュティルツヒェンも押されているし。

 

「いや、残念ながら客じゃなくて俺も【悪魔戦士】だ。このギルドの登録と、クエストの発行といくつかの情報を仕入れたい」

 

そう言いながら簡易ステータスを開き相手に見せる。

 

「へぇ、あんたも【悪魔戦士】だったんだね。そんな若さでこのジョブに就くなんて珍しいねえ、ってあんた〈マスター〉だったのかい。それなら納得なのかね、最も現時点であんた以外の〈マスター〉は一人も登録して来てないけどもさ」

 

同じジョブに就いているとわかったのか最初の営業全開の剣幕は鳴りをひそめ、普通な感じの結構気易い喋り口調になっている。

俺の手の紋章にも気づいたようだ。

それとやっぱりティアンでもこのジョブに就いている人間は珍しいんだな。

〈マスター〉も俺一人か、まあゲームがリリースされてからそこまで時間が経ってないし、原作開始時点ならもう少し増えるかもしれないが。

 

「っと、これで登録は完了だな、ちゃんと持っとけよ」

 

そう言ってギルドの会員証らしきものを手渡してくる。

結構普通なんだな。

 

「それでクエストの発行と情報の仕入れだな、クエストは今のあんたのレベルだと3つ……いや〈マスター〉なら1つしか受けられないな。クエストの内容はこの皇都から東に行ったところにある〈ヴァニリア村〉ってとこの周辺のモンスター退治だ、受けるつもりならこの紙にサインしな。そこに正確な情報も載っているから見ておくといい。ちなみに残りの2つは長期間の潜入捜査と信用問題だね。悪いけどどちらも任せられないよ」

 

そういいながら1枚の紙がこちらに差しだされたのでそれを見てみる。

どうやらこの受付の男が簡単に説明してくれたように、ここからほぼ東に馬車で1日程の距離にある〈ヴァニリア村〉というところの周辺に最近モンスターが多く住み始めたので少なくしてほしいという内容で期間は3日。

他のギルドではなくこちらに依頼して来たのは、周囲を荒らすわけには行かず弱いくせに数が多いせいで長い期間に多い人員を雇う金が無かったからのようだ。

こういうのは広域制圧型の出番である。

報酬も悪くない。

のこりの2つのクエストである、長期間の潜入捜査と信用問題があるクエストに〈マスター〉であるこの俺が受けられないのは当然だな。これも問題ない。

 

「わかった、この〈ヴァニリア村〉でのクエストを受けよう」

 

そういい、差し出された紙にサインをして男に差しだす。

 

「ほいよ、これでクエストの受注完了だ。3日以内にあっちにたどり着けなくても、あっちでモンスターを討伐しきれなくてもクエスト失敗だからな気をつけてくれよ。まあイレギュラーがあったら場合によっては大目に見るが出来る限り依頼を完遂してくれ」

 「了解。気をつけるとするよ」

 「これでクエストの受注完了ですね、主様」

 

 契約を後ろから見ていたルンペルシュティルツヒェンが、「さあ、すぐに行きましょう」という感じでこちらを見てくる。

 だが、まだだよ。まだ情報を仕入れて居ないんだからな。

 

 「そんで、情報を仕入れたいってことだが、何を聞きたいんだい?」

 「とりあえずは2つだな。1つは【悪魔戦士】の上級職・超級職の転職条件。2つ目はこのジョブに必要なポイントの効率的な蒐集方法だな」

 

 俺の言葉に対し、受付の男は片目の眉をぴくっとさせながらこちらの質問に答える。

 

 「まあ、良く聞かれる質問ではあるな。じゃあ1つ目からだ」

 

 そう前置きして、視線を下にさげてゴソゴソと何かを探し始めながら会話を続ける。

 

 「【悪魔戦士】の上級職である【悪魔騎士(サタニックデビル)】の転職条件は1・召喚した悪魔の数が666体を超えること。2・自分と悪魔たちだけで亜竜級の単独討伐。3・悪魔戦士のジョブレベルが50になること。この3つだ」

 「2つ目と3つ目はともかくとして1つ目はかなり難しいな。普通のやつが満たすのはかなりきついんじゃないか?」

 「まあ、だから他のジョブに就きながら少しずつ満たしていくしかないな。あああと【悪魔戦士】のレベルが40になったら今までよりもっと召喚数を満たせる召喚スキルを習得できるから。……て普通のやつなら?」

 「へぇ、40でそんなスキルを覚えるんだな。ああ、俺はもうすでに1つ目の条件をほとんど満たしているよ」

 

 12時間の狩りで10分ごとに6体の悪魔を召喚し続けたから、それで432体分。それに最後の狩りで大体200位は召喚しているからもう少しで達成可能だと思う。

 

 「はあ。全くマスターってのは空恐ろしいねぇ。普通なら自分でも戦ってクエストやバイトなんかもやりながらレベルを上げていくから、悪魔戦士のジョブがカンストするころになっても合計召喚数は300にもいかないっていうのに」

 「まあ、おれはマスターの中でもこういったことには向いているからな」

 「んでまあ、超級職である【魔将軍(ヘル・ジェネラル)】に関して何だが、一つ目の悪魔の合計召喚数が10万体を超えるっていうのはわかっているんだが、残りの二つの条件は全く分かっていないんだよな。まあ3つ目の条件は他の超級職と同様に特定クエストのクリアだとは思うんだが、2つ目の条件がまるでわからねぇ状態だな」

 「10万体ってかなりきついな」

 「ああ、ポイントのやりくりもきつくてな。今うちにいる熟練の【悪魔騎士】でも合計召喚数はやっとこさ1万いったかどうかって話だぜ」

 

 そうか、条件が一部ロストしているんだな。

面倒だが頑張って条件を見つけるしかないな。

 それと10万体っていうのはかなりきつく感じるが、【悪魔騎士】の召喚数条件をかなり簡単にクリアしそうになっている現状を考えると、悪魔騎士のスキルとルンペルシュティルツヒェンの進化によっては結構簡単に達せそうだな、と思いルンペルシュティルツヒェンの方を見てみる。

 

 『はい、確かに難しい条件ではありますが、私が進化し続ければこの程度の条件簡単にクリアして見せましょう』

 

 ああ、お前もそう思うか。

 原作でもローガンは【魔将軍】の条件をあっさりクリアしたって話だからそこまで難しく考える必要はないのかもしれない。

 

 「んで、ポイントの収集方法に関しただが、ほらこれだ」

 

 そういい、さっきからがさごそと探していたものをとりだし、俺に渡してくる。

 アイテムボックスのようだが、何なんだろうかこれはいったい。

 

 「うちのギルドが低レベルの初心者用にやっている支援の一環ってやつだな。このジョブは何かと初期費用がいるらな、その分の負担をなるべく軽減してやろうってことで出来た制度だぜ」

 

 そう言いながらもう一つアイテムボックスをとりだすと、そのなかからアイテムを出して言ってこちらに説明する。

 

 「まず1つ目の支援としてアイテムボックスだな。お前さんは初めからアイテムボックスを持っているようだが、一応そのアイテムボックスは渡しておく。何かと便利だからな。

 2つ目は初期に使うであろう500ポイント分の素材アイテムだな。これも最初に5回分でも悪魔を召喚できるようにって入れてある。

 3つ目はこの周辺とレベル50までに戦うであろうモンスターのドロップ一覧とそのポイント数・売却金額だな。抜けはそれなりにあるが、まあ普通にモンスターを倒す分にはそれほど問題ないな。ちなみにレベル50以上は有料だ、っていっても150を超す位になると情報全然なくてむしろこっちが情報を買いたいくらいだがな。

 4つ目は最初のお勧めポイントとか変換や売却した方がいいっていうもののリストだな。

 これで全部になる」

 「へぇ、ずいぶん手厚い支援をしているんだな。結構意外だったぞ」

 「そう思われても仕方ないとは思うがな、結構ダークな部分もあるし。まあでもいまいる【悪魔戦士】系統についている奴って本当に少ないからな。新規のやつを引きとめるためにもこっちはいろいろと大変なのさ。ああちなみにそれは初心者支援だからな。レベルが50を超えたら新しい初心者用の費用として二万リルを徴収するからな」

 「金とるのかよ」

 

 まあ、当たり前と言えば当たり前なのか?奨学金のようなものか。

 

 「ただより怖いものはないからな。ああ、レベルが50超えたらすぐ返納する必要はないが、なるべく早くな。ある程度期間たったら返済の催促をして、それに拒否したらこっちから刺客送りこむから。まあ、〈マスター〉相手だとあんまり意味ないかもしれないが」

 「怖いな、おい。いやまあちゃんと返済はするさ」

 『むむっ。主様に対して刺客をさし向けようというのですかこの男は。いいでしょうそれなら相応の対応という物を教えて差し上げましょう』

 

 借りっぱなしも気持ち悪いからな、そこはある程度ちゃんとするさ。

それとシュテル?そんなことしてくれるなよ。ちゃんと返しに来れば刺客なんてこないんだからな。

 ルンペルシュティルツヒェンにこっちの考えが読みとれたのか、むむっとしたままであるが、行動に移すことは止めてくれたらしい。まったくもって助かったよ。

 

 「これであんたが知りたがっていたことは全部だな。他になんかあるか?」

 「そうだな、いまの熟練のティアンってどんなやつなんだ?」

 「うん?それは【悪魔騎士】のだよな。いまの最高はヴィクター・ミルキオーレって名前のやつだな。今のレベルは500カンスト、次点が200代だからかなり高レベルだな」

 「うわ、カンストしているのか。それでも召喚数10万にはまるで届いていないんだな」

 「それだけ厳しい条件ってことだな。ああそれと忠告しておくがヴィクターにはあまりかかわらないようにしておけよ、優秀だがそれに輪をかけて問題を起こすやつだからな」

 「問題って何してるんだ?」

 「ああ、まああまり大声で言える内容じゃないんだが、ポイントに使用する生贄に奴隷を使ったりな。違法ではないんだが、少し倫理的にまずい。強くなるためには手段を選ばないやつだからな、俺たち悪魔戦士ギルドが悪くいわれる理由をいくつも作っていたりするんだ。だからなるべく関わらない方がいい」

 

 そうかジャックがいろいろいっていたが、そいつが一番の原因なのかな。

 まあ俺にはあまり関係ないが。

 

 「それじゃ、もうこれくらいでいいかな?いろいろと教えてくれて助かった。それじゃあこれで失礼するが構わないな」

 

 これでこのギルドでやっておきたいことも全部済んだ。とくに用事があるわけでもないし、そろそろ帰るとしようか。

 

 「ああ、構わねぇよ」

 

 受付の男ももう問題ないというし、ルンペルシュティルツヒェンを伴って、身をひるがえし、ギルドの外に出る。

 

 

 悪魔戦士ギルドから外に出ると、もともと暗かった路地がさらに暗くなっている。

 空を見上げると、もう日が暮れて夕焼けも残っていない。

 結構時間がたったなと思いながら、今日の成果を喜ぶ。

 

 「さて、いろいろ情報を仕入れられてよかったな。結構有意義だったぞ」

 「よかったですね主様。それでこのまま、クエストの地に行くのでしょうか?」

 「いや今日は行かない、もう暗いしな。どっかで宿屋をとって、明日の朝一番に出るとしよう。今日は宿屋で貰った情報の精査だな、手伝っても貰うぞシュテル」

 「はい、かしこまりました主様。お手伝いいたします!」

 

とりあえず、ここには宿屋はないだろうし中央広場に戻るとするか。

もっともこんな場所に宿屋があっても絶対に泊まらないが。

 

 それから来た道を戻り中央広場に戻ってから、宿屋を探すことになる。

 いくつかの宿屋が埋まっていたりもしたが、ようやく宿屋を見つけ宿泊費が足りないためすぐ近くの店でいくつかのアイテムを売却しながらそこに泊まることにするのだった。

 

 

To be continued

 




(=○π○=)<今回出てきたレオンとかヴィクターとかはまたでてきます。
(=○π○=)<当然ながら完全オリキャラです


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第6話 ヴァニリア村

 

第6話 ヴァニリア村

 

 

□皇都中央広場 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 あのあと深夜近くまで俺とルンペルシュティルツヒェンの二人で、貰った情報を読みながら、効率のいい方法をいろいろと模索していた。

合い間の息抜きがてらにステータスなども確認してみたがレベルが14に上がっていたこと以外にはたいしていうこともなかった。

新しいスキルも覚えていなかったしな。

それと初心者パック代わりのアイテムボックスに入っていたのは、本当に500ポイント分の素材アイテムだった。

後に調べた情報によると、この素材アイテムは使用する状況が少ないため換金アイテムとしては価値が低く売却金額がかなり低いとのことだ。

 一度、食事と排泄のためにリアルに戻ったが、すぐにこちらに戻ってきた。

まあリアルの眠りなんてずっとこっちに居れば問題ないしな!すごい廃人思考ではあるが、他にもそういうやつがちらほらといる所に〈Infinite Dendrogram〉を含めたMMOの闇があると思う。

俺はこういうのは好きだからいんだがな。

 

 夜遅くまで起きていたせいか、朝早くに目覚めることは出来ず、俺たちが目覚めたのは朝の7時くらいだった。

5時起きが目標だったんだが。

 起きてから宿屋を出た後、まず初めにもらったリストをもとに換金用アイテムとして目星をつけたアイテム数十個をそれぞれに別れて、これまた貰った情報をもとに一番売却による利益率が高い店を探しだして売却した。

アイテムボックスも最初に貰えるのとギルドで貰ったやつの2つがあったので、別々に持つことができたという理由もある。

 昨夜に効率化の為に別れて行動することをルンペルシュティルツヒェンに説明した時、「主様と別行動をしたくないです」とかいってかなり嫌がっていたが、安全だという事を説明して効率の為に分けさせた。

結構最後の方まで反対はしていたが。

 分担して売却が終わった後、お互いに合流して保有リルを共有したあと、また食糧や回復アイテムなど数点を別れて購入した。

こういうときはフレンド等と違い、マスターと意識を持つエンブリオはどんなに離れていても心の中で会話ができるので便利だと思う。

 その後は、お互いに近い位置での合流ではなく南門に直接集合をした。

クエストのある地方である東門ではなく南門にした理由は2つ、俺たちが売却・購入をしていた商業区域が南門のすぐそばであり、これからすぐにクエストに行かないからである。

 ルンペルシュティルツヒェンより用事がすぐ終わり、あいつに「先に南門でまっている」と心の中の会話によって伝えた俺は、ルンペルシュティルツヒェンの「申しわけありません、すぐにそちらに向かいます」という焦った声を何度も聞きながら南門で少し待つことにした。

 

 

 特にやることも無く、南門の端っこの方でのんびり青空を眺めながら10分ほどしていたら、皇都の商業区の方から何度も大声で謝りながらルンペルシュティルツヒェンが走りながらこっちに向かっているのが見えた。少し恥ずかしいんだがな。

 ちなみに恥ずかしいのは大声の方で、10分前から10秒おきにルンペルシュティルツヒェンから内声で何度も謝って来ていたのでそっちの方に関してはもう何とも思っていない。

もうあいつの性格に関して、そういうものだと諦めかけている。

 

 「申しわけありません、主様。不肖、この私主様を10分もまたせてしまうとは……」

 「ああ、もういいよ謝らなくて、別にシュテルが悪かったなんて思ってないから、ただ単にお互いに振った仕事の量がそっちが若干多かったっていうだけの話だろう?もうこの話はおしまいにするぞ、クエストにすぐ行かずこっちに来たのはいくつか実験をしたかったからなんだからな」

 

 また長い懺悔になりそうなルンペルシュティルツヒェンの科白を途中で打ち切り、こっちの意思を伝える。

というかさっきからそのセリフは十分前から何十回何百回と聞いていて耳に残っているんだよ、あの後の科白を一文たがわずに当てられる自信があるぞ。

 

 「実験ですか?それはもしかして昨日の夜に主様がおっしゃっていた、あのやってみたいことという奴でしょうか」

 「ああ、そうだ。とりあえず昨日はモンスターを倒すこと一辺倒だったからな、道中ではやりづらい課題だったからな。今日はここであと1時間くらい一通り試してみるぞ」

 「わかりました主様。モード内包形態移行します」

 

 そういいながら、ルンペルシュティルツヒェンは光の塵となり俺の中に入る。

 上手くいくかな?と思いながら俺はいくつかの試してみたいことをやってみるべく、悪魔を召喚する呪文を唱え始めた。

 

 

 あの後、いろいろと試したいことを行っていたらいつの間にか1時間がたとうとしているのに気付き、今召喚している悪魔を消して、クエストの地へ向かうべく歩きだした。

 最初はこの皇都から〈ヴァリニア村〉まで馬車に乗っていく積りだったんだが、さっきの買い物の時についでに話を聞いた限りでは、ここから村まで馬車で1日位はかかるそうだ。

さらに俺たちは〈マスター〉のため、半日以上の長距離移動はログアウトが気にならないように共同ではなく個別に馬車を借りることになるため、かなり割増しになるようで通常なら1日1000リルのところを5000リルくらいまで値上がりするそうだ。

払えない金額ではないがいろいろと入用だし、そこまで急ぐ旅でもないのでのんびりと歩いて移動することにする。

それに場合によってはこのほうが早いしな。

 ちなみに馬車以外にも竜車なんかもあるが、そちらは通常1日10000リルで個別にチャーターすると10万リルもするらしい。そんなお金持ってないし、持っていたとしても俺なら装備やポイントに変換するだろう。

後半の億単位を簡単に稼げる位にレベルがたかければ話は別だが。

 場合によっては、非常食(コスト的な意味で)兼移動手段として、亜竜でも買おうかな?まあ、今の所持金事情だとそんな高価な物は買えないんだが。

 

 「実験の成果は成功と言っていいのでしょうか?」

 

 歩きながらルンペルシュティルツヒェンはそう問いかけてくる。

 ちなみにもう内包形態は維持していない。

ずっとあの状態になっていると、俺がエア友達と話しているような感覚に襲われる。

必要な時ならいいが、別に通常の移動時ならアポストル形態のままでいいだろう。

このあたりに出てくるモンスターで奇襲をしてくるモンスターはいないし、周囲にはモンスターはいない。

どうやら〈マスター〉たちに近場のモンスターはある程度倒されてしまったようだな、と思いながらルンペルシュティルツヒェンの言葉に返す。

 

「成功と言っていいのかはわからないけどな。まあ一番確かめたいことは確かめられたしいいか」

 

一時間という短時間で調べたため不明な点もまだまだあるのだが、ここは最大の疑問を確かめられたことをポジティブに喜ぼうか。

 

「そういえば主様。聞いていなかったですが、ここから村まで結構ありますよね。馬車で1日かかかるのに歩いて行くのは時間がかなりかかりませんか?」

「ああ、そういえば説明していなかったな。昨日貰った初心者用セットの中に地図があったのは覚えているな」

「ええ、そういえばしれっとありましたね。」

「んで、皇都のすぐ横側、ようは皇都と村の間に北西から南東にかけてそこそこの大きさの亀裂があったんだけど判っていたか?」

「いえ、申しわけありません。まったくもって気づきませんでした」

 「まあ、俺も昨日の夜に地図を見た時はあれ?っと思っただけだったんだが、今日馬車小屋の人に話を聞いた限り、皇都と村の間はそれほど距離が離れてはないらしい。それなのにここから村まで時間がかかる理由はその亀裂なんだ。〈クリエラ渓谷〉っていわれているらしいんだがその亀裂があるせいでまっすぐ進めないせいで、迂回しなくてはならないから余計に時間がかかるらしい。天竜とか怪鳥とか従魔にしている人は1時間もかからずに到着できるという話だったな」

 

ちなみに〈クリエラ渓谷〉ができた原因は伝説によると、時の【覇王】と【猫神】がぶつかったかららしい。

まあぶつかるというか【猫神】の分身を一掃するために【覇王】が吹き飛ばしたって感じじゃあないかな。

ちなみにカルディナに向かう場合は普通に迂回しながら進めばいいせいで、その渓谷に橋なんかを掛けることはなかったそうだ。

まあ一部の村の為に大規模工事をするのは国政上きついかもしれないな。

ルンペルシュティルツヒェンは俺の説明を聞き、なるほどと納得していたようだが気になることができたようで「あれ?」という言葉とともに質問をしてくる。

 

「主様。ここから村まで近いというのは解りました。ですがその渓谷はどうやって超えるというのでしょうか?私たちもまた天竜や怪鳥を従魔にしてはおりません」

 

 ああ、何だそんなことか。

まあ確かに疑問ではあるのかもな。

 でもそんなことは全然問題じゃあない。

確かに俺たちに従魔はいない。

でも決して空を飛べないわけじゃあないんだ。

一応説明しておいてやろう、つまり―――

 

 

皇都から歩いて13時間後、空は完全に陽の光を落とし完全な夜になっている。

周囲が荒地で障害物も何もなかったから歩き続けることができたが、そうでなかったらもっと早めに休む準備をしていただろう。

 現在の時間は夜の10時。

目の前には大きな亀裂、というか崖がある。

夜目に見ることができる範囲に対岸が見えないので、どれくらいの幅があるのかは見当もつかないがかなりあることは確かだろう。

 

 「とりあえず今日は野宿だな。一応野宿の為のアイテム一式を購入して置いて正解だったな。値は張ったが」

 

 そう言いながらルンペルシュティルツヒェンと一緒にテントを張りその中でくつろぐ。

 野宿のアイテムの中にあった、使い捨てのモンスターよけの結界をアイテムボックスより取り出し起動させる。

この結界はレベル20以下の通常のモンスターという狭い範囲ではあるが、モンスターを近寄らせないという優秀なアイテムだ。

その分使い捨てではあるが。

 

 「今日は結構歩きましたね主様」

 「そうだな、昨日は合間に休憩をはさんでいたが、今日は道中のモンスターを倒し続けながら歩いていたからな結構疲れた。とはいえ明日は朝早く起きるぞ、この結界もそれほど長く持つものではないそうだからな」

 

 そう言いながらアイテムボックスから買っておいた二人分のサンドイッチをとりだして食事をとる。

 食事をしながらアイテムドロップを軽く整理しておく。

覚えているポイント交換リストと照らし合わせながらいくつかのアイテムを交換しポイントの残存数を3000ポイントまで回復させておく。

食事をとり終えたら、軽くルンペルシュティルツヒェンと雑談をした後二人して寝ることにしたのだった。

 

 

 「おおすごい大きいですね主様!」

 

 あの後何事も無く朝起きた俺たちはテントの外に出て、その光景に驚いた。

俺たちが見たのは広大な割れ目だった。こちらの崖から向こう側の崖までゆうに数kmはあり、その底は全く見えない。

確かにこれに橋を架けるのは大事業だな。

モンスターもいるだろうし数百年単位で国庫を使いつぶす必要があるだろう。

今日はこれを越えなければならないが、その前に。

 

「まずはこのテントを片付けるぞシュテル」

 

 まあ後始末は基本だな。

 

 テントを片付けて、簡単に食事をとってから移動をする。

 もちろんこの割れ目を歩いて行くのは不可能だ。

だからこの手をとる。

 

 「さあ俺たちの足となれ“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 その言葉とともに泡が噴き出て3体の悪魔が出てくる。

 そう今回は数を倍加してはいない。

 今回倍加しているのは召喚時間とAGIの二つ。

 昨日、ルンペルシュティルツヒェンに説明した通り、倍加の箇所を変更して生み出された俺たちの移動手段(・・・・)だ。

 俺たちに天竜や怪鳥と言った従魔は存在しない。だが空を飛べるのはそれだけではない。

俺たちが創りだせる《チーム》の悪魔もまた空を飛び移動することができる。

長距離を移動するためにポイントの箇所を減らし、長距離を飛ぶために生み出されたその3体の悪魔の内1体に俺を持たせて、残り2体を俺たちの護衛とする。

ちなみに速度で勝る《ビギナースカウト》は飛ぶ能力を保有していないため今回は《チーム》1択となった。他のスキルも同様に飛べないしな。

 

悪魔に抱えさせて空を飛ぶ。

速度はそれほど速いわけではないのだろう。

AGIも並みの戦闘型下級マスターと同程度だ。

だがいままで歩いて走ってきたのに比べれば、それは画期的ともいえる。

いままでにない経験というものに心を僅かばかりだがふるわせて空の旅を楽しむのだった。

 

 

 割れ目を超える積りで長距離飛行用の《チーム》を生み出したのだが、どうやらすこしばかり余分をとりすぎたらしい。

 割れ目を超えた時点でまだ半分ほど召喚時間が余り、楽だからと空を飛びながらいくと近道を結構できてしまったようで、《チーム》が消える頃には〈ヴァニリア村〉のほとんど目の前に着いてしまった。

 

 「予想外に早く着きましたね主様」

 「そうだな、考えてみれば今の俺の5倍近いスピードを出せるんだものな。そりゃはやいよな」

 

 ちなみに俺の今のAGIは19である。

金やポイントに余裕ができたらブルジョア移動も悪くはないか?ないな。

 空から眺めながら来た感じだと、風星なんかがまわっているという事も無いし、この村の第一印象は普通の山間の村といった印象ではある。

 建物の数が少なく、農地や牧場がそれなりにある。

もちろんRPGのような2・3軒しかたっていないわけではなく百軒くらいは建っているが。

 どうやら朝の仕事があるようで、何人かがまわりで農作物を育てたり家畜の世話をしていたりする。

 仕事中に俺たちに気付いた人間もいるようだが、それほど気にせずにまた仕事に戻っていく。

警戒心が薄いのか、歓迎する心が無いのやら。

まあ盛大に歓迎してほしいとも思わないし、警戒されまくるのは困るからこれくらいでもいいんだが。

 とりあえず、クエストを達成するために村長に話を聞くとしようか。

 仕事中の人間に声をかけるのは少し気が引けるので、誰に話しかけようかと思っていたが、ちょうど建物の中から40くらいの女の人が出てきたのでその人に村長が居る所まで案内してもらうことができた。

 

 

 案内してもらったのは、一軒の高床式の木でできた家だった。

イメージとしては軽井沢にある別荘やコテージのような感じであるだろうか、少し違うかもしれないが。

 女の人に案内してもらった礼を言うと、階段を上り木製のドアをノックすると、少し間があいてから中から一人の老人が出てきた。

 背は腰が曲がっているせいか、それほど高くはなく俺より少し高い程度で髪は禿げていて白くて腰まで届くほどに長いひげを蓄えている。

 この人が村長なのだろう。

 

 「何だ坊主ども、見かけない顔だな」

 

 いの一番に、そんな失礼なことを渋い声でぶつけてきた。

まあ相手は依頼人だ、我慢してこちらから挨拶するとしよう。

 

「俺は悪魔戦士ギルドから依頼を受けてやってきた【悪魔戦士】のローガンだ。こっちはルンペルシュティルツヒェンだ」

 「よろしくお願いします。主様の〈エンブリオ〉のルンペルシュティルツヒェンです」

 

 そう言いながら簡易ステータスとクエストの控えを見せる。

 

 「悪魔戦士ギルドの人間じゃと?はて、わしが依頼したのは一人のみという話だったが、なんでお主らは二人もおるんじゃ。それにいくら下級で構わないという契約だったとはいえ、少しレベルが低くはないかの」

 「俺は〈マスター〉だからな、そこらへんの下級よりずっと強いぞ?それとこいつは俺の〈エンブリオ〉だから契約した人数には数えなくていい」

 「〈マスター〉とはなんじゃ?まあいい、お主らが一人として換算されるのならば、こちらとしても問題はない。では契約の内容を確認するとしようかの」

 

 そういい、中に案内される。

 どうやら家というより集会場のような感じらしい。

 中に物はそれほどなく、広い木張りの床が続いている。

 イメージ的には体育館だろうか、まあ普通に集会場をイメージしてもいいが。

 村長はアイテムボックスをとりだすと、その中から座布団を3枚と地図を1枚取り出した。

 村長が座るといいと促したため、俺たちは座布団に座って村長の話を聞くことにした。ちなみに俺は胡坐でルンペルシュティルツヒェンは綺麗な正座だ。

 

 「さて、お主らのギルドに依頼したのはこの周囲に存在する森の中のモンスターの一掃だ。少し前からモンスターが増えてきたのか森の中から出てきて、この村に悪さをかなりしおっての、既に村人に怪我をする者も出ている。さすがにすべて除去しきれるとは思えないから、3日という期限の中でモンスターを可能な限り倒してくれ」

 「いくつか質問をしていいか?」

 「構わんぞ」

 

 とりあえず、今の話の中でまたはこのクエストを受けた時から気になっていることをいくつか聞いておこうか。

 

 「まずはモンスターを討伐した証についてはどう証明する?する気はないが討伐結果を騙る奴もいるだろう」

 「それに関しては雰囲気かの。とりあえず、森からモンスターが出てこなければいい。もしお主が一掃した後にもモンスターが変わらずに出てくるようならギルド伝手で請求しなおす気じゃったからな。まあそんな事を言い出すのならお主に関してはそんなことも気にしないでいいじゃろうが。ああ、報酬に関してこっちが難癖つけるのも気にしなくてよいぞ、基本的に前払いする気じゃったからの。悪魔戦士ギルドのマスターからも言われておったが、お主たちは先に報酬があった方がいろいろと戦いやすいのであろう?」

 

 大雑把だな。

まあ先に貰えるというのなら有り難く受け取るが。

 それに確かに俺たちのジョブは最初に報酬を受け取った方が戦いやすいな。

 さてこの質問はいいとして、その次はどうかな。

 

 「それじゃあ次だ、なんで悪魔戦士のギルドに頼んだんだ?クエストを依頼してくれたことはうれしいが、普通の冒険者じゃあだめだったのか?」

 「だめじゃの、冒険者ギルドに連絡するといろいろな人間が来る。こっちは一人を雇う金しかないのに数人に来られても困るんじゃ、一人のみ指定も玉石混合だからの。それに十数年前に冒険者ギルドに依頼した時、魔法使いが一人きおっての。そいつがモンスターを一掃しようと森の中で火属性の魔法を唱えおったのじゃ、あのときは火を鎮火するのにかなりの労力が必要になった。あの森も資源の宝庫じゃし、広範囲を一気に破壊するようなタイプには来てほしくはないんじゃよ。だからジョブを指定できるお主らの所に依頼したのじゃ、一人でかつ複数人分の仕事ができて広範囲を攻撃できないジョブであるお主らにの」

 

 へえそんなことがあったのか、その魔法使いは何を考えていたのやら。

 やっぱり広域殲滅型はこういうのには向いていないな。

マップ破壊はモンスターを倒すことには向いているけれど、破壊してはいけない場所があると一気にその価値を落とすからな、市街戦とか。

 

 「それじゃあ最後かな。なんで下級でいいんだ」

 「さっきも言ったが上級を雇う金なんてないからの。それに出てくるモンスターが弱いのばっかりという事情もある。内には戦闘型の人間などいないのに怪我をするだけで済んでいるのがその証左じゃの。もっともモンスターが一度に2~3体しか来ないというのも理由じゃが」

 

 なるほどね、まあ問題はないな。

 

 「ふむ、了解した。それじゃあやらせてもらおうか。っとその前にもうひとつだけいいか?」

 「うん?まだあったのかの」

 「この3日の間、俺の食事と寝床はどうすればいい?」

 「なんじゃ、そんなことか。そうじゃのお主にはここに泊まってもらおうか、もちろん寝具などの一式は貸し出すぞ。食事も朝・夜用意してやろう、といっても普通の食事じゃがの。ちなみに今日の朝はいるのか」

 「ここか、そうだなそれじゃあ有り難くここに泊まらせてもらうとしようか。いや今日はもう食べたからいいさ。明日から頼む」

 

 少し広くて夜が寒そうな気もするが、贅沢も言えないな。

 この家は夕方まで村長が使うという事なので、家を出てクエストをクリアーするべく外に向かう事にする。

 戦闘を開始する前に、一旦この村にセーブポイントを移した後、ログアウトして食事なんかを終わられてから再びログインした。

あっちの時間でも10時間位はログインしっぱなしだったからな。

 

 ログインをした後、外に出て《チーム》の数倍加とポイント倍加の基本コンボでモンスターを倒しながら、ポイントが高いものを変換し続けていた。一度ログアウトも

夜深くまでモンスターを倒し続けていたおかげでレベルも一つ上がり、スキルも一つ覚えていたようだ。

 夜が深いため、試すことは出来ずにスキルの内容だけ確認してから用意された食事をとり就寝をすることにしたのだった。

 

◆◆◆

 

■〈ヴァニリア村〉郊外・森林奥地 ■■■■・■■■■

 

 それはまどろみから目を覚ました。

 それは最初からこんな所に居たわけではない、もともとは〈厳冬山脈〉に生息していた。

 ここに居る理由は生存競争に負けたから。

 その地である怪鳥に負け、仲間に頼ることなどもできず、この地まで逃げて来たのだった。

 手ひどい傷を負いながらこの地までやっとのことで辿り着いたそれは、この地で傷がいえるまで休眠をとることにした。

 村にモンスターがあふれ出した理由は増えすぎたからではない。

確かに十数年前のモンスターがあふれ出した理由は、森に収まらないほどに増殖したからである。

 だが今回はそうではない、その理由はそれが森の奥地に住み着いたからである。

 それの傷はまだ癒えてはいない。

 傷が治るまで休眠をとろうとしたそれが起きたのは、先ほどから周囲のモンスターたちが騒がしいからである。

 それは人間がモンスターを倒していくのを感じ取っていた。

 別に周りのモンスターがいくら人間に倒されようと問題はない。

それにとってとるに足らない雑魚がいくら倒されようと自身に関係が無い。それは間違いなくその森の中における絶対強者なのだから。

 だからその人間をどうかしようかという思いはただの気まぐれ。

 自身が傷をいやすのに周囲がうるさくてはかなわないから、その原因を取り去ってやろうというどこまでも上から目線の、当然の決定。

 そう決めたそれは、その身を起こした。

 それが足を踏み出すたびに地面は陥没し、地響きが鳴り渡る。

 

『GURURURU GAOOOOOOO!!』

 

 それは咆哮する。己の強さを示すために。

 その咆哮によって周囲のモンスターがチリジリに逃げるのを視界の端でとらえる。

 そして、それ――純竜と称される絶対強者は村に滅びをもたらすべく動き始めた。

 

To be continued

 




(=○π○=)<1章ボス登場。
(=○π○=)<最初の予定では亜竜だったけど、それだと簡単に倒せそうなんでグレードアップしました


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第7話 純竜

 

第七話 純竜

 

□〈ヴァニリア村〉 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 その異変は突然だった。

 時刻は朝の5時近く。

 空が白み始めて、太陽が見えてくるかという時間帯。

 今日も一日いい日でありますように、と願うそんな村人の思いを嘲け哂うかのように森から多数のモンスターがあふれ出した。

 用意されていた会議場で眠っていた俺だが、あせる村の人に叩き起こされ、食事や準備を惜しんで外に飛び出しその光景を目にした。

 それは数十体からなるモンスターの群れ。

 千や万に遥かに届かずともここに居るのは下級の〈マスター〉と戦闘能力を持たないティアン数十人のみ、数十のモンスターの群れははっきりいって脅威である。

この脅威は決して通常の物ではない、いままでに森から出てきたモンスターの数は1度に2・3体が関の山だったというのに、いきなりこの数が出てくるというのははっきりいって異常事態だろう。

 だがこの光景に物怖じなどしてはいられない、ただ黙って見て居ればそこに立っているのは村が全滅するという絶望の未来なのだから。

意を決して戦おうと前線に赴いてみれば、すでに数人の村人が鍬や銛なんかを持ってモンスターと戦い始めている。

 俺もすぐさま《チーム》を3回連続で唱えて、18体の悪魔をだしその戦線に加わることにした。

 

 

 それから約1時間後、あふれ出したモンスターをやっとのことで倒し終えた俺たちは傷を負ったティアンたちの治療をしながら今回のことについて話し合っていた。ちなみにルンペルシュティルツヒェンはまたモンスターの群れが襲ってくることを警戒して内包形態のままになっている。

 

 「ふむ、これは一体どういうことなのかの?今までにこんなことはなかったのじゃが」

 「おい、坊主どもお前ら昨日なんかしたんじゃないのか!」

 『なっ!この男主様に向かってなんという事を』

 

 一人の村の男性がそんなことを言いながら俺に詰め寄る。

 確かに異変が起きたのは俺が来た日の次の日のことだ。

 そう思われても仕方のないことかもしれないけど、だが違う。

 

 「ハッ、本当にそう思っているのか?俺たちが請け負ったのはモンスターの一掃で、昨日はそれ以外はしてはいないさ。確かに俺たちがモンスターを何体も倒していたせいで、モンスターが結託して襲って来た可能性も無いわけではない。だが今回は違うだろう」

 「なんでそんなことが言いきれるんだ!」

 「簡単なことだ。モンスターが徒党を組んでいない(・・・・・・・・・・・・・・・)。いくらモンスターとはいえ、狩りをするための知能はあるんだ。包囲をしたり隙を窺ったり、他のモンスターを助けるなんてのはそこらのモンスターたちでもしている。なのに、今日のモンスターたちはただ一直線にこっちに向かってくるだけで、それ以外はなにもしなかった。これは結託して襲ってくるモンスターの動きではない」

 『さすが主様です。男の無理な主張を理路整然と弾丸の如く論破するその姿、このルンペルシュティルツヒェン見惚れてしまいました』

 

 シュテル少しうるさい。それと弾丸で論破はやめてくれ、俺はそこまでやっていない。

 俺の発言を聞いて考え込んだ村長がこちらに向いて疑問を投げかけてくる。

 

 「ふむ、お主ならこの動きはどう見る?」

 「とりあえず、考えられる理由としては2つ。1つ目はモンスターたちを統率する強力なモンスターの存在。2つ目はモンスターたちの住処を脅かす強力なモンスターの存在」

 

 そう言いながら指を立てて説明をする。

 1つ目の理由は人界の【覇王】のように冷徹で冷酷それでいて強大な王がいる場合は、ああいった特攻的な手段をとることはありえる。違う性格に関してはとりあえず考慮しない、軍師のような存在ならもっと違った方法をとるはずだし。

 2つ目はモンスターたちの住処に強力なモンスターが住み着き、それが先住のモンスターたちと友好的でない場合。まあ友好的なモンスターというのも想像しにくいが、それはともかくとして強力なモンスターをどうにかすることもできず、それの近くに居ることもできないばあい、とる手段は逃げるという選択肢のみだろう。

 ちなみに他の可能性に関しては2つまで考えたが切り捨てている。

 内容としては、モンスターの許容量を超えた増殖と食糧がなくなったことによる飢餓の行進。

 だが、昨日は結構倒してモンスターの総数をかなり減らすことができたはずで、あの状態で大増殖による暴走がおこりえるとは思えない。また飢餓による理由についても、昨日簡単に探索をしたかぎり、結構食糧となる物については残っていたのでこれもあり得ない。

 よって先にあげた2つの可能性のみを追う事ができる。もちろん、俺の思いつかないそれ以外の理由があった場合もあるが。

 

 「なるほどの、ということは強力なモンスターが住み着いているのはほぼ確定と思っていいわけかの?」

 「おそらくそうだろう。それに強力なモンスターと一口にいってはいるが、どの程度の強さかはわからないからな。もし仮にこれが俺に手が出せるレベルではなく、村に害意をもたらす思考をしている場合、この村から立ち去るということも検討しておいた方がいい」

 

 そう本心から忠告しておく。

 もしここにいる強力なモンスターがたとえば神話級のUBM等の場合、俺には手が出せないし出してその勘気に触れてしまったら、俺はデスペナになりこの村は消滅するだろう。

 今の俺はまだまだ弱小の〈マスター〉だ、現時点で手が出せない不可侵領域はあまりにも広い。いつかはこの領域を0にまでしてみせると思うが、今はその時ではないしそんなことができるはずもない。

 だから覚悟しておく必要がある、逃げることを。

 

「っなぁ!おまえはこの村にモンスターをすべて倒すために来たんだろ、それなのになんで倒せないんだよ。ちゃんと報酬分働けよな」

 「よさぬか、ディルグ。儂らがギルドに頼んだ依頼は弱いモンスターの一掃、それのみに限定したおかげで安い依頼料でこの僻地に来てもらえたのじゃ。決して強力なモンスター相手への決死の戦闘を依頼したわけではないし、そんな大金を払う余裕はないというのがこの村の一致した認識だったはずじゃ」

 「いやでも、なぁ」

 『主様、もう帰ってしまいましょう。村の男はどうも主様に対しての礼儀がなっていません、こんな村を守る必要はないでしょう!』

 

 シュテルの言葉もわかるな、よくもまあ俺たちのヘイトをのきなみ稼ぐなあの男は。ここまでやる気がそがれるとどうかしようかとも思うぞ。まあしないけどな、さすがにこの段階で放り出して皇都に戻るのは目覚めが悪いし、なるべくなら最初のクエストは成功で終わらせたい。

 それに対して村長はいい人だったんだな。最初は結構失礼な態度かとも思ったんだが、偏屈なだけだったのかもしれんな。この感想も失礼だろうけど。

 村長とディルグとかいう男はあーだこーだと二人で話しているが、堂々巡りであまり話が進んでないな。

 さてどうしようかここで考え続けてもはじまらないし、まあ提案はさせてもらおうかな?

 

 「さてそっちの話は終わりでいいのかな?ひとつ、まあひとつじゃないかもしれないが提案をさせてもらおうか」

 

 そう言い一区切りをつけて他の人が話を聞くかどうかを確認する。

 全員、村長やディルグとかいう男も黙ったので、自分の目の前に人差し指を立てて説明をするポーズをする。

 

 「よしいいな。で、提案なんだがこれから俺とシュテルで森の異変を調査する。それで強力なモンスターを見つけて倒せそうなら俺たちで受けたクエストの範囲内で倒す。倒せそうにない場合、俺が皇都に向かって倒せる人員の募集か村人の保護のいずれかを依頼する。もし何も見つけられなかったら、見つかるまで最大1週間までここにとどまってモンスターを一掃しよう。その場合依頼料はそのままでいい、まあ寝るところと食事は用意してもらいたいがな。これでどうだ」

 

 そう言い周りの反応をうかがう。ディルグはこの提案に対して特に異論はなさそうだが、村長はどうだろうか?そう思いながら答えを待つ。

 

 「ふむ、いたしかたないか。反対する村人もおらぬようじゃし、お主に調査を任せよう。儂らはここで防衛をしながらいつでも移動できるように準備をしておくとしよう。とはいえ儂はお主が異変を解決して戻って来るのを待っておるがな」

 

そんな事を言って俺に託すと決定してた。

 

 『そんなことを言われたら頑張らないわけにはいかないな。シュテル、準備はいいな。これから向かうのは死地かもしれないが、だからといって引くわけにはいかん』

 『もちろんです主様。主様が行くのであればどのような死地であれ、ことごとくを改竄してみせましょう』

 

 そう心の中で会話をして、俺たちは身を翻して森へ向けて足を踏み入れた。

 もう話す必要はないと村長たちと言葉を交わさずに足を進めていく。

 

 

 「ギャピュウ」

 

 モンスターが変な鳴き声を上げながら光の塵となって消えていく。

 これで森に入って30分程が経過して、5度目のモンスターとの戦闘になる。

 もっとも、出てくるのは弱いモンスターが2・3体で昨日倒してきたモンスターとさほど変わらず、昨日と同じように《チーム》を繰り出して速効で倒す。

 これだけなら異変も何もなくただいつも通りの日常の風景なのかもしれない、だが違う。

 およそ10分前から断続的に響いてくる音が日常の一コマであることを否定している。

 最初はかすかに立ったものが、1秒ごとにどんどん大きく、そして近づいている。

 これは間違いなく、巨大なモンスターの足音(・・・・・・・・・・・)。

 

 『主様の推察が当たっていましたね、喜んでいいのやら苦々しく思っていいのか反応に困ってしまいますね』

 『これは苦々しく思っていいだろう。全く、俺も外れればいいのにと思っていたというのに当たってしまうとはな。それにもう一つ最悪な推測ができる。モンスターを倒すでもなく、食べ物を貪るでもなく、村に対し一直線に歩いて行くという事は、こいつは村に対して害意をなす気があるということに他ならない。つまりこのまま放っておいてはおけない』

 

 音が出る方に向かって歩いて行きながら、ステータスを開きポイントとスキルを確認する。

 現在のポイントは積もり積もって3690ポイント存在する。倍加を含めればそのポイント数は7000を超える。 相手がどれほどなのか分らないからこれだけあっても安心は全くできないが。

 スキルは増えていないが、その代わり《旅団》スキルのスキルレベルが3に上がっている。これなら同時に20体まで枠内に入れて召喚できるだろう。

 木の根っこなんかの障害物や腐葉土などの悪い足場を進み、ついにその脅威が目の前に現れる。

 

 一目みて思ったのはデカイだった。

 俺の身長が相手の膝ほどしかなく、顔は木の葉っぱの所まで優に届いている。

 身体は黄土色の鱗におおわれ、腹は膨れているものの筋肉質であることがうかがえるほどに局所に筋肉が着いているのが見える。

 手や足に備わっている爪は硬く鋭利であることが誰から見ても想像でき、その威力は俺を蘇生可能時間など悠長な間を持たせず一瞬で死に至らしめることができると分かる。

 尻尾は長く太くそいつが道を進むたびに地面をこすり、足跡とともに太い一本の轍を形作っている。

 ところどころに傷があり、頭に生えている角の一本が半ばで折られているのが、何者かに敗れてまたは接戦を強いられた手負いの獣であるという証だろう。

 それは翼こそないものの、まさに昔から続く何回も新作が続いているあのロールプレイングゲームに出てくる竜の姿そのものである。

 その二足でそびえたつ威風をみて一瞬驚き、そして俺のはるか頭上に存在するそのモンスターの名前をみてさらに驚く。

 

 「【グランド・ドラゴン】だと?!」

 

 驚くのも無理はない。

 それはある種を示す名前の一つ。

 亜竜(デミ)ではなく純粋な地竜種の純竜。それが俺たちの前に立ちふさがっている、村に絶望をもたらさんとする絶対強者の名。

 

 この〈Infinite dendrogram〉の世界には強さを示す区分がいくつか存在する。

 絶対的な強さを持つUBMの位階を示す5つの段階。

 逸話級・伝説級・古代伝説級・神話級そして超級。

 神話級や超級のUBMは〈超級〉といえど勝てるかどうかわからない規格外であり、古代伝説級もかみ合わなければ〈超級〉でも負ける可能性がある。

 逸話級・伝説級も十分に強敵であり油断など出来るはずもない。

 そしてこの5つの区分にはそれぞれ強さの目安が存在する。

 逸話級は上級の〈マスター〉のパーティーと同程度。

 伝説級は準超級。すなわち上級エンブリオと超級職をもつ〈マスター〉と同程度。

 古代伝説級は準超級複数人によるパーティーと同程度。

 神話級は〈超級〉と同程度。

 超級は〈超級〉複数人と同程度。

 そう基本的には言われている。もちろん古代伝説級を下級の〈マスター〉が討伐したりとイレギュラーはいくらでも存在するが。

 

 そしてそれよりひとつ下位の強さを示す2つの区分が存在する。

 それが亜竜級と純竜級。

 それぞれ亜竜と純竜と同程度の強さを持つモンスターの区分として用いられるものであり、こちらでも強さの目安が存在する。

 亜竜級はティアンの下級職6人パーティーと同程度。

 純竜級はティアンの上級職6人パーティーと同程度。

 あくまでティアン換算であり、ジョブと〈エンブリオ〉次第ではレベル0で亜竜級を倒したりすることも可能と言えば可能である。

 ただしけっして容易なことではない。いくら格上を倒すことができるといっても、自身より圧倒的に強い存在であることに変わりはないのだから。

 

 俺の目の前に存在するその純竜もまぎれも無く圧倒的な格上である。

 だからといって引くわけにはいかない。

 別に俺が目の前の悲劇を見過ごせないなんていう、お人よしなわけではない。

 純竜は強力だが、まだ倒せる相手である。これが神話級なんかであれば、クエスト失敗を覚悟で引いていただろう。だが倒せる可能性があるのにわざわざ引いてやる必要なんてない。

だから俺はこいつに挑んで倒してやろう。そう思い、勝つための方法を模索する。

まず俺が堂々と目の前に出て行くのはNGだ。

鑑定なんかのスキルをとっていないため、相手のステータスを看破することはかなわないが、俺とのステータスの差は歴然である。何せそこらのティアンにもステータスで負けるからな。

ここでなにより重要なのはAGI。AGIが高ければ高いほど、この世界を遅く感じ取ることができ、早く動けるようになる。逆に言うとAGIがほとんどないと言っていい状態の俺は相手の攻撃を知覚できず、動きは遅い。どこぞの環境破壊王のように相手の攻撃の初動を感知してカウンターを仕掛けるなんて芸当ができるほど技術は高くない。認識できず避けることができない以上、相手がこちらに対して攻撃をした瞬間、俺の敗北は決定的である。

だから隠れながら適宜悪魔たちを召喚していくのが最善の策であるだろう。

 

「まずは試しだ。“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 グランド・ドラゴンに悟られないように小さな声で召喚の文言を唱える。

 今回は試しという事で、いつも通りポイント合計数と召喚数を倍加させて発動させた基本的なセットにしている。

 俺の近くから泡が6つでてきてはじけると、6体の悪魔が出てくる。

 ただし悪魔たちをこのまま進ませたりはしない。そうしたら俺がここに居るという事をあの純竜に教えてしまう。それだけはなるべく避けたい。

 悪魔たちに森の中を進ませて、グランド・ドラゴンの四方いや六方から襲わせる。とりあえずは難しい指示を出さずに、特攻をさせて《チーム》がどれくらいできるのか見てみるとしよう。

 「行け」

 

 指示を出し、右腕を振って悪魔たちに行動を開始させる。

 号令のあと2分がたち悪魔たちがすべて配置についたとして、そしておれは初撃奇襲をさせる。

 

 「GURUAAAAAAAA」

 

 想定していない周囲からの悪魔たちの攻撃にグランド・ドラゴンが吼えるが、効いていない。

 《チーム》による悪魔の拳では体当たりでは蹴りでは、相手のHPを1mmも削れていなかった。これはまず間違いなく悪魔たちのSTRに対して相手のENDが高すぎるため、ダメージを受けるレベルのダメージをたたきだすことは出来なかった。

 STRを倍加するか?とも思ったが、おそらくそれでは相手のENDに届くことは出来ないし、焼き石に水だろう。

すなわち《チーム》ではあのグランド・ドラゴンを倒せない。

俺たちが今まで何度も使って来ていた、悪魔召喚のスキルが無意味に終わってしまったことに対してすこし絶望しかけるが、まだ諦めることは出かない。

 

なぜなら、希望があるから。まだこの状況を打開することができる2つの希望がある。

 1つ目の希望は相手のHP。眼に見える要素を計算して生まれる希望。

 先ほどの《チーム》による攻撃で相手のHPを全くと言っていいほどに削れなかったというのに、既に相手のHPの半分ほどが削られている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。

 最初はあの純竜の名前に驚いてHPが半分になっていることを見過ごしてしまっていたが、悪魔たちに襲わせる少し前に様子をうかがっていてようやく気付くことができた。

 これの理由は推測でしか考えられないが、あの純竜の体中にある傷が原因なんだろう。

 なんであんな傷ができたのかは分からないが、あれの所為でHPが少なくなっていると考えるべきだろう。

 2つ目の希望は新しいスキル。使えなかったスキルの可能性に賭ける計算外の希望。

 そのスキルは昨日の夜にレベルアップとともに覚えたスキルである。

 その名称は《コール・デヴィル・ボムトルーパー》。

 

『《コール・デヴィル・ボムトルーパー》 :消費ポイント『1000』

 【ボムトルーパー】(平均ステータスは別途参照)を3体召喚し、10分間使役する』

 

 言うまでも無く重いスキルだ。この重さゆえに朝起きてからの雑魚との連戦で使うことが出来ず、一度も試すことができなかったスキル。

 《チーム》の10倍のポイントを要求されるというのに、スキルの説明が【レッサー・デビル】から【ボム・デビル】に置き換わっただけというもの。だが間違いなくこのスキルは《コール・デヴィル・チーム》の上位スキルである。

 その理由は【ボム・デビル】の詳細である。HPとLUCそしてAGI以外のすべてのステータスが100であり、HPが300でLUCは10そしてAGIは300を超える。ステータスが【レッサー・デビル】の倍であり、さらにAGIは《ビギナースカウト》のそれより早い。そして何より【レッサー・デビル】が持たなかったスキルを一つ保有している。

 それが《接触自爆》のスキル。《ボムトルーパー》にふさわしい自爆の為のスキル。

 効果としては相手に接触している場合、自爆できるというもの。必ず自爆しなくてもかまわないという利点もあり、非常に使えるスキルだ。

 いくらなんでもステータスがあの純竜を超えるという事はないだろう。だがもしかしたら《ボムトルーパー》の自爆スキルなら通用するかもしれない。

 

 『さて、やるかシュテル。一度も使ったことが無いがここはこの可能性に賭ける。倍加指定。ボムトルーパー・N』

 『はい、問題ありません。ポイント合計数および《コール・デヴィル・ボムトルーパー》召喚数倍加セット完了です』

 

 ルンペルシュティルツヒェンの返答を聞き、俺は召喚を実行する。

 

 「さあ行くぞ、“地獄より来たれ、身を賭して散る儚き悪魔”《コール・デヴィル・ボムトルーパー》」

 

それと同時に黒い泡が俺の近くに現れる。その泡がはじけてでてきたのは6体の悪魔。

《チーム》により呼び出される悪魔と異なり、それより一回り大きく腹が膨れており時折腹を中心として身体中が赤く点滅している。まるでメルトダウンの臨界に達している怪獣王のようだ。

 グランド・ドラゴンの方を見てみると暴れている。どうやら六方から悪魔を襲撃させたのが逆鱗に触れたらしい。まあいきなり襲われて嬉しいなんて思うのがそうそういるわけないか。

 念のため《ボムトルーパー》の中から1体を選び出して、その1体のみを待機させて残りの5体をばらけさせてから特攻させる。その間にこちらも少し移動しておくが。

 少し移動して20秒くらいたった時、物陰から1体の《ボムトルーパー》が飛び出し暴れていて視野が狭くなっていたグランド・ドラゴンの右横腹に突撃し、爆発する。

 

 「GUAAAAAAAA!!」

「いまだ!」

 

 その光景を見て待機させている1体を除いてすべての《ボムトルーパー》に特攻させて次々と爆発させる。

グランド・ドラゴンを覆い隠すほどに立ち上った爆煙のせいで状況が良く分からないが、ここは次の一手を進めるために、追加で新しい《ボムトルーパー》を召喚する。

 

「“地獄より来たれ、身を賭して散る儚き悪魔”《コール・デヴィル・ボムトルーパー》」

 

これにより合計で7体の《ボムトルーパー》を使役することになる。

その内3体を作戦の為の仕込みで別行動をさせるために指示を出し、次に何の指示を出そうかと思案しながらグランド・ドラゴンの方を見ると同時に、顔を覆っていた爆煙が途切れグランド・ドラゴンの視界が元に戻り、俺と視線があってしまった。

 

「しまっ」

『主様っ!!』

 

グランド・ドラゴンはにやりという風に顔を少し歪めると、いままで自分を悪魔に襲わせてきた俺に対して数十メテルあった距離を一瞬のうちに移動し、煤に汚れてはいるがまだ健在している右腕を振り攻撃をする。

俺は見つかると同時に後ろに向かって飛びのきながら、まだ移動させてなかった4体の《ボムトルーパー》たちに自爆を命令する。この距離では俺もただでは済まないとは思うが、そんなことを考えている時間はない。

 

 「間にあえ、自爆しろっ!」

 

 後ろに飛びのいた数瞬後、俺の耳元をかすめるようにして何かが高速でとおる破裂音を聞き、さらにその数瞬後、俺の後方で大爆発が起こった。

 

 「ぐわぁっ」

 「GUWAAAAAA」

 『主様!』

 

 空中に飛びのいていた俺は大爆発からなる爆風を耐えることなど出来ず、爆風に押され数十メテルの距離を一気に飛ばされた。

 爆風と爆発の熱とそして地面を転がる反動でHPががりがり削れているが回復などしている暇はない、そんなことをしていたらあの純竜に詰められてすぐさまこのHPを全損させられてしまうだろう。残りのHPが5にまで減っていることを確認しながら、俺は新しい悪魔を召喚する。

 

「っぐ“地獄より…来たれ、身を賭して散る儚き悪魔”!《コール・デヴィル・ボムトルーパー》」

 

そして黒い泡の中から6体の《ボムトルーパー》が召喚される。

前回と異なり、今回は足もと付近で自爆させたため、相手の顔とHPが良く見てとれる。

HPはすでにのこり数cmにまで減っている。前回のHPの減りと併せて考えれば、あと《ボムトルーパー》2体ほどを自爆させればこちらが勝てるだろう。あれだけ足もとで爆発させまくったんだ、足はまず間違いなく負傷しているはず、負傷していれば移動速度も格段に落ちるだろう。次はまず間違いなく、あの純竜の移動速度をとらえ切れる。回避は出来ないかもしれないが、向かって来たあのグランド・ドラゴンにカウンターで数体の《ボムトルーパー》を自爆させてくればそれで終わるのだ、その必要はない。

グランド・ドラゴンの顔を見てみると苦々しげに顔が歪んでいるような気がする。

おそらくあの純竜もこの状況を理解しているのだろう。だがここであっちに逡巡の時間など与えさせはしない。挑発してこの状況を動かしてやろう。

 

「さあ、こいよ【グランド・ドラゴン】。その時が貴様の最後だ」

 

グランド・ドラゴンはなぜと思う。「どうしてこうなった」と。

ここは自身に敵対する者などいないはずの理想郷であったはずだ。

周りに居るのはモンスターにしろ人間にしろ、自分よりはるかに弱い群れでしかない。

それは自身の目の前に居る悪魔を使役するこの少年も例外ではない。

少年は自身より圧倒的に弱く、使役する悪魔も弱い群れでしかない。

たとえ傷ついてHPが半分になっていたとしても本来なら苦も無く殺せるはずの存在。

だが、今倒れようと居ているのは自身だった。

あちらもHPが尽きかけているが、悪魔たちを召喚させてしまった以上それは優位に立てる状況ではない。

少年が挑発してくる。その挑発に乗って、突っ込んで行ったらその時点で自身は終わりだろう。

だがまた逃げるというのも自身のプライドを刺激する。自身は〈厳冬山脈〉において生存競争に負けて逃げのびた敗者だ。しかも今回は自身と互角の敵対者ではなく自身より劣るはずの弱者。

 どうするか?と悩む。そしてとった行動は……

 

「逃げただとっ!」

『そんな、こんな土壇場で逃げるなんて!』

 

そうあのグランド・ドラゴンはこちらに向かってこないで、背を向けて村とは逆方向に走って行った。

いくら傷ついているとはいっても、俺のAGIではどうしようもないし、いまから《ボムトルーパー》に追撃させても初動の差と少しのAGIの差で追いつくのは不可能だろう。

いまからではあの純竜相手にはどうしようもなく、このまま逃げられてしまうだろう。

 

『やりましたね主様。さすが読み通りです(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)』

「ああ、仕込んだ甲斐があったよ」

 

そう、いまからではだが。

 

 

■■ 【グランド・ドラゴン】

 

『よし、逃げられた』

 

そう安堵する。

自分のプライドを覆いに削られた結果ではあるが、命には代えられない。

別の土地で休息をとったあとはこんどこそあの村と、あの少年を殺してやろうと思いながら走り続ける。

そう思いながらあの場所から数百メテル離れた所にある藪の中を突っ切ろうと足を進めようとした時、その藪の中から3体の悪魔、あの少年が使役していた爆発する悪魔が現れてた。

 

『っなぁっ!』

 

驚きながら遠く数百メテルに座りながらポーションを飲み捨てながら、獲物が罠にはまった成果を確認するあの少年と眼が合う。

 

『まさか、はめられた(・・・・・)だと!』

 

自身があの少年の思惑通りに動いていたという事実に苛立ちながら、諦めずに逃げようと動く。

奇襲や近場での爆発の為正確には解らないが、あの爆発する悪魔のスピードは自分の半分程度だったはず。足が爆発のせいで痛み本来のスピードを出せないが、まだあの悪魔たちより早いはずだ。

驚き振り向いたことで少しばかり距離を詰められているが、それくらいなら逃げ切れる。

そう思い痛む足を無視して遮二無二で逃げる。

だがそんな思いとは裏腹に悪魔は想定外の速さでこちらに近づく。まるでAGIが倍になったかのように(・・・・・・・・・・・・・)。

逃げることなど出来ず、回避もできず、悪魔の接触を許してしまい。

 

「GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 

爆発を起こし、自身のHPを刈り取っていくのを感じ取りながら純竜は思う。

 

『ああ、一体どうすればこんなことにならずに済んだのだろう』

 

HPが0になり、光の塵になりながら最後までそんな思いを抱き続けていた。

 

To be continued

 




(=○π○=)<でてきてすぐやられる系ボス
(=○π○=)<もう少し戦闘を長くできるといいんだけどねー
(=○π○=)<ちなみにボムトルーパーは普通のティアンにとっては使えないスキル
(=○π○=)<言うまでも無く思いコストが原因。そこをなんとかできるルンペルシュティルツヒェンはやっぱり優秀。


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エピローグ PROLOGUE

 

エピローグ PROLOGUE

 

□〈ヴァニリア村〉 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 「おお、戻ってきおったか、大丈夫だったかの?」

 

あの【グランド・ドラゴン】との戦いのあと、疲労の為に俺は純竜を倒した後に残ったドロップアイテムである【純竜の宝櫃】を回収してから、一度村に戻ってきていた。

 

「ああ、なんとかな」

「強敵ではありましたが、主様と私の敵ではありませんでした」

 

そう言いながら、今回の戦闘における詳細を村長に伝えて、証明として【純竜の宝櫃】をみせる。

ちなみに村に入った時点でもう安全だと判断してルンペルシュティルツヒェンはアポストル形態に戻っている。

 

「なんと、純竜がこんなところに来ておったのか。それにしてもお主たちはよく無事だったの。下級が一人で倒せる相手ではないというのに」

「すげえな、おい。そのなんだ坊主、ああいやローガンだったか、朝は悪かったなあんなこと言っちまって、お前たちがいなかったらこの村は滅んでいたぜ。本当に助かったよ」

 

村長とディルグたち村人はそんなことをいって俺たちを労ってくれた。

最初は村長やディルグを悪く思っていたけど、結構いいやつらだったんだな。

たぶん、余裕が無くて余所者に対して突っかかっていただけだったのかも知れない。

 

「今日は疲れただろう、もう休むといい。3日という約束をたがえる気はないぞ、明日から1日頑張ってもらうとするからの」

「そうだな、今日は疲れた。好意に甘えさせてもらおうとするか」

「はい、そうですね今日は休ませてもらうとしましょう」

 

村の人たちに声を掛け、ありがとうといわれながら用意されている村の議会場に足を運んだ。

 

 

 「ふう、今日は疲れたな」

 

 そうため息をつき床に寝っ転がりながら、今日の戦闘を振り返る。

 あのグランド・ドラゴンは間違いなく強敵だった。

 傷つきHPが半分まで削れていたおかげで何とか倒せたが、そうじゃなかったらやられていたのは俺の方だっただろう。

 それと策がうまくはまったのも大きい。

 1回目の《ボムトルーパー》を1度の召喚で大量にだしたのに比べて、2回目はポイントとAGIを2倍加させた《ボムトルーパー》を2度に分けて召喚していた。

 その内3体をあのグランド・ドラゴンが逃げるとヤマをはって、村とは逆方向に設置しておいたというわけだ。

 残りの3体もうまく配置しようとしたんだが、その前に俺に気づかれて近寄られたせいでAGIを2倍加した意味がなくなってしまったが、その分あの純竜にAGIを強化していたことを悟らせなかったのでどっこいどっこいだと思う事にしよう。

 ちなみにあの戦闘においてグランド・ドラゴンが逆方向に逃げると考えていた理由は単純。

 あれが敗者であるからだと確信したからである。

 最初にあのグランド・ドラゴンをみた時、俺はあのモンスターが敗者か死闘を制した強者なのか区別がついていなかった。

 だが暴れているときに見えたのは、身体の前についている物より倍近い量の背中の傷だった。

 あれはまず間違いなく逃げているときについた跡。

 それがあのモンスターを敗者だと決め打てた理由である。

 そして敗者であるのなら、あの状況に陥った時逃げるとふんでいた。

 それも俺とは逆方向に、あの時俺は村側にいたので当然村とは逆の方向に逃げていくと読みそれが当たった形になる。

 もし読みが外れて向かって来た場合も問題はなかったけど、変な方向に逃げられていたら厄介だったな。

 あとは……

 

 「主様申しわけありません、思考中の所割り込むようで悪いのですが少しよろしいでしょうか」

 「うん?なんだ、まあもう考えることもほとんどないし別にかまわないが」

 「はい、つい先ほど第2形態に進化しました(・・・・・・・・・・)

 「んなぁっ!?本当かシュテル」

 

 そう返答しながらステータスを開きエンブリオの項目を開く。

 そうすると到達形態の欄がⅠからⅡに変わっており、ちゃんと進化していることが分った。

 スキルは当然というか《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》のみで、新しいスキルはないが《偽証》の能力が上がっており3ヶ所3倍化になっている。

 これはいうまでもなく嬉しい。明確な今回の死闘の成果だ。

 そう思い他のステータスを確認すると……

 

 「それと、申しわけありません。進化の影響で補正が悪化しました。ステータスがさらに下がってしまっています」

 

 昨日の夜に確認したレベルよりひとつ上がった16というレベルと、昨日確認した時より下がっているステータスだった。

 

 「っちょ、まっ、はあ?」

 

 エンブリオのステータス補正の欄を見てみると、先ほど見た時は気付かなかったが確かに変わってる。

 それも悪いほうに。

 大体3/4減といったところか、ステータスがもとの25%ってどんだけ低いんだか。

 もしかしてこのまま進化していったらステータス補正がマイナス99%になったりしないよな?なんか普通にあり得そうだ。

 視界の端で「うう、すいません」という感じでうなだれているルンペルシュティルツヒェンを見てフォローしておく。

 

 「あー、シュテル。確かに驚いたけど、別に不満や怒りがあるわけではないからな?」

 

 そう別にこの状況が悪いとは思わない。

 確かにこのステータス補正の悪化は驚いたけど、それはスキルに一点特化するための必要経費だったのだろう。

 原作のローガンのルンペルシュティルツヒェンがどういう進化をたどったのかは全く分からないが、第2形態ですでに3ヶ所3倍化というのは十分におかしい性能だろう。

おそらくこの時点のスキルの性能は第3形態か、もしく上級である第4形態に匹敵する。

ステータスは重要だ、決して捨てられる要素ではない。

だがスキルも重要だ。ステータスが馬鹿みたいに高いだけなら、いくらでも対応できる。

そしてルンペルシュティルツヒェンはそっちの方向に性能の舵をとっている。

すなわちスキル特化のエンブリオ。

そして俺もこの変化は喜ばしい。ステータスは重要だが、スキルを重視したいと思っていたのだから。

もしくはその俺のパーソナルによってそっちの方向に向かったのかもしれない。

だから構わない。

 

「主様、そのように考えていただけて有難うございます。私は果報者です」

 

その言い方はおかしくないか?

まあいちいち突っ込んでいられない。

 

「さてと、こっちも確認しておくか」

 

そういって、アイテム欄から【純竜の宝櫃】を選択すると【オープンしますか?】と表示された。

そのまま売ってもある程度の金にはなるだろうが、ここは中身も気になるしYESを選択する。

 

【【純竜の長剣・ネイティブ】を獲得しました】

【【救命のブローチ】を獲得しました】

 

おお、原作でも引っ張りだこの【救命のブローチ】が落ちたのか、これはラッキーだな。

早速この【救命のブローチ】を装備して、【純竜の長剣・ネイティブ】の性能を確認する。

おお、攻撃力が200を超えているし、装備スキルも優秀だな。

と思ったが、装備制限に引っ掛かるなコレ。

どうやらレベル250以下は装備出来ないらしい。

そこまであげるのにまだまだ時間がかなりかかるので売るかポイントに変えてしまっていいだろう。

 

「こんなものか、まだ時間は余っているがどうしようかな?一度リアルに戻るか」

 

今の時間はまだ昼を少し過ぎたあたり。

モンスターを倒しに行ってもいいが、疲れたし明日にしたい。

暇なのでログアウトしてリアルに戻ることを選択する。

 

「わかりました、お戻りする時をお待ちしてます」

 

その言葉を聞きながら俺の意識は遠のいていった。

 

 

「ふう、もどったか」

 

あれから結構潜りぱなっしだったからな、腹が空いたぞ。

作ることもできるが、金は余分にあるそうだし外に食べに行くかな?

そう思い部屋を出てエレベーターを降りると、どうやら今帰ってきていたらしい外国人の美女が自分の部屋のポストを覗いている。

 

「こんにちは、おかえりですか」

「え、エエ、コンニチハ」

 

リアルではちゃんと外面ようの丁寧な言葉で挨拶をしておく。

この美女は少し片言な言葉を喋っているが、どこか知性的な感じがする。

お互いに軽く会釈をしてその美女はエレベーターに乗って行った。

さて、外に飯を食いに行くかとしようとしたがふと、あの女性の名前が気になって彼女が覗いていたポストの名前を確認して……おどろいた。

 

「へえ、フランチェスカって名前の人なんだ、綺麗だったなー……ってフランチェスカぁ???」

 

ちょ、っま、もしかしてこのマンションって主人公とフランクリンが住む、あのクマにーさんが所有するマンションだったのか?!うわぁ。

いや、まあここは確かに東京だったけどさあ。うわぁ。

 

その後、いろいろな衝撃であまり食べる気が失せて簡単に食事をした後、いくつか買い物して再び《Infinite Dendrogram》の世界にログインすることにした。

 

 

 「うわぁ」という気持ちを引きずったままログインした俺は、ルンペルシュティルツヒェンに心配されたりしながらのんびりと一夜を過ごした。

 

 その後、3日目は少し遅めの9時ごろにやっと起きて食事をしてから、《チーム》を使ってモンスターを倒していくのだった。

 3ヶ所3倍化のおかげでポイント効率がかなり改善し、3ヶ所目の強化ポイントをAGIに振ったおかげで、日が沈む頃にはあたり一帯のモンスターはほとんどいないんじゃないかというレベルまで一掃できたので、村長にクエストクリアーの証明をしてもらい、この村での3日を終わらせることにした。

 

 その後、泊まっていかないかと勧める村の人たちの好意を振り払って、夕日があたり一面を赤く染める帰り道を強行軍で帰ることにした。

 

 

 AGIと時間を3倍化した《チーム》の悪魔たちにより、来た時より短い半日で帰ることができた俺はすぐさま悪魔戦士ギルドに向かいクエストの終了を告げに来た。

 

 「おーい、もどったぞ」

 

 ギルドに入ると、前来た時より騒がしい。

 ギルドの受付の人も前以上に動いている。

 なにかあったのかもしれないが、それに躊躇もしていられない。

 前に受付をした男の所に歩いて行って声をかける。

 

 「ん?あんたもう戻ったのか、早いな。まあいい、クエストの終了だな。…ああ確認したぜこれで大丈夫だ」

 「よし、それで次のクエストはあるか?」

 「いや、今あんたに出せるクエストはねぇよ。それに今はいろいろと立て込んでいてな、しばらくはあまりクエストを受け付けていないんだ」

 

 うん?そういえば、確かにこのギルドに入ってきた時から少し様子がおかしいとは思っていたが、何かあったのだろうか。

 

 「ああ、理由は得に言わないぜ。下級が気にするほどではないからな……いや、もしかしたら何か依頼するかもしれないが、まだ問題が起こっているわけじゃあないからな」

 

 聞こうと思っていたのに早く釘を刺されてしまったな、さてさてどうしたんだか。

 まあ教えてくれないだろうし、いまは帰るか。

 

 「それじゃあ帰るけどいいんだな」

 「ああ、かまわねぇ」

 

 そう言ってギルドの男はあたふたと仕事をし始めるのを見ながら、外に出た。

 

 「さて、悪魔戦士ギルドはしばらく使えないし、冒険者ギルドでモンスターを討伐しながらレベル上げと行こうか」

 「はい、お付き合いいたします主様」

 

 そうして俺たちは冒険者ギルドにむかって歩き始めるのだった。

 

To be Next Episode

 




(=○π○=)<これにて一章終了です。
(=○π○=)<最後のほうのあれは5巻のネタばれですけどいれらずにはいられませんでした。
(=○π○=)<余談ですが、いまさらながらルビがちゃんとふられていないことに気がつきました。
(=○π○=)<後々修正しますが、とりあえずはこれでいきます
(=○π○=)<大体のところは・・・だしね、以降はちゃんとやりますが

次の章および話はなるべく早く上げたいと思います。


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第2章 傲慢なる悪魔使い達
前話 悪魔の実験


*残酷な描写あり
原作の第2章をよむのがつらいという方は閲覧するのを注意した方がいいかもしれません


前話 悪魔の実験

 

■ドライフ皇国〈リヴノー山岳地帯〉

 

 ドライフ皇国には山が多い。

 ひとつは南にあるアルター王国とこの国を隔てる国境地帯に存在し、天竜種が住みかとする〈境界山脈〉。

ひとつは北にある〈超級〉をもってしても越境が困難な、地竜種が住みかとする〈厳冬山脈〉。

他にも無数の山々が広がり存在している。

 西の海岸線を除き、山に囲われた天嶮の地、それがドライフ皇国である。

 そんな山々の中に〈リブノー山岳地帯〉は存在する。

 位置としてはドライフ皇国の北西。

〈厳冬山脈〉にはかろうじて入らないが、それでも北からの冷たい風が人を凍えさせる程に環境が厳しい、生命にとっての禁断の地。

 

 そんな地にある集団は居を構えていた。

 だれもその地に近寄らないからこそ、その地でどんなことをしていても決して知られない、皇都に居る連中に伝わらない。

 そう考えて彼らは、そこを拠点とした。

 たまに迷い込んだ人間や資材の搬入を不審に思った人間が覗きに来ることがあるが、それでも問題ない。

 彼らは全員【悪魔騎士】につく熟練のティアンなのだ、並みのやつには負けはしない。

 そして彼らが主と、師と仰ぐ人物は上級の限界に到達した、まぎれもない天才である。

 そんな彼らは当然ながら盗賊団などではありはしない。

 彼らは自らをこう称している〈ミルキオーレファミリー〉と。

 彼らの師であるヴィクター・ミルキオーレが徒弟たちとともに、自らが就くジョブである【悪魔騎士】やその下位職である【悪魔戦士】のさらなる発展を夢見て作り上げた魔術集団である。

 

 

 そこは地下に造られた野球場に匹敵する広大な空間だった。

 ここは〈リブノー山岳地帯〉のある山の地下に、数人の【悪魔騎士】が数週間にわたり作り上げた彼らの拠点である。

 そこには〈ミルキオーレファミリー〉の人間が集まり実験をしていた。

 数人で班を作り、それぞれに師から与えられた課題を実験して試していく。

 たとえどんな内容であろうとも、彼らは眉をひそめることもなく粛々と進めていく。

 それは輝かしい未来を夢見て行われる偉業のカタチ。

 ただし、今行われているのは発展と言う崇高な理念とは裏腹の、人を生贄とする残酷な悪魔の実験だった。

 

 「ギャアアああアアア!!!!」

 

 広大な空間の片隅で突如として奇声が発せられる。

 それは1人の、10年も生きていないかという少年の最後の断末魔。

 だがそれに対してだれも反応しない。

 反応できないのではなく、反応する必要が無いという無関心によるため。

 なぜならそんな断末魔など今までいくらでも聞いてきた。

 今までに聞いた断末魔の数などもう千を超える。

 そしてそれはそのまま、彼らが犠牲にしてきたものの数を表している。

 とはいっても、最初から彼らが人を犠牲にしていたわけではない。

 

 最初はただのアイテムを使用して来た実験だった。

だが実験が滞り息詰まるにつれて、それまでの方法ではだめだと結論付けられて新しい方法が試されることになった。

それが倫理を崩壊させる最初の一手、奴隷を生贄にした人体実験であった。

そしてこの方法によって状況は進捗した、進捗してしまった。

それからは奴隷を生贄にした実験が主流になっていた。

人を生贄にして、悪魔を召喚しようとする。

それはジョブとしての悪魔使いではなく、リアルにおける悪魔崇拝者のような吐き気を催す悪魔の儀式。

だが順調に進んでいったその実験はある問題によって停滞する。

それは金銭の枯渇による奴隷の購入ができなくなったため。

当然と言えば当然だ、今まで彼らが使って来た金額は億にものぼる。

それを維持できたのはヴィクター・ミルキオーレが稼いできた膨大な資産あってこそ。

一応、毎日数人にモンスターを倒させて金を稼がせていたが、ポイントを数倍出来るわけでもない通常のティアンにとって、大金を稼ぐなど不可能に近い。

精々がこの〈ミルキオーレファミリー〉を維持していく程度でしかない。

だから彼らは奴隷の購入をあきらめた。

それは人を生贄にするという行為を間違っていたと思って中止にしたわけではない。

そう奴隷を購入できない代わりに、半年前から次第に犯罪者でも何でもないただの人間を生贄にするようになってしまっていた。

 それも最初は飢えに苦しむ村の人間につけこみ少量の金や食糧と引き換えに手に入れていたが、それをする余裕も無くなると人をさらって生贄にするようになった。

 彼らは盗賊団などではない、だが実態はそれよりもたちが悪い。

 

 それでも彼らが実験するのは彼らの師が構想した1つの究極を形にするためであった。

 主の召喚を助け、時には主の剣や盾となり、主の道具として使いつぶすことができる悪魔を召喚できる意思を持つ悪魔召喚スキル。

 彼らの願いによりつけられたその魔法の開発名は悪魔召喚術式《ゲーティア》である。

 それを完成させるために彼らは非道を行う。

 それは自らのジョブを最強へと至らせる究極の魔法。

 

 

 「ふむ、今日はこれですべてか」

 

綺麗に整えられた金髪とあごに少しだけ金色の髭をつけた、黒いローブをまとう40代とおもわしき一人の男性は今行われた実験の成果を確認しながらそうつぶやく。

彼こそが、ヴィクター・ミルキオーレ。

この場に集う、すべての人物の尊敬を一身に受ける稀代の天才であり、現時点において【悪魔戦士】系統最強の術者である。

 

 「はい、残念ながらこれですべての資材は使い果たしてしまいました。また調達する必要がありますので、少しお待ちいただけますでしょうかお師匠様」

 

 資材によって形作られた赤い魔法陣の周りで、今回の実験の記録や跡片付けをしている十数人のローブをかぶった男の内の一人が、自らが師と仰ぐヴィクターの呟きに反応してそう答える。

 ヴィクターもまた弟子たちの中でも高弟といえる男に対して労いの言葉を掛ける。

 

 「構わないとも、時間は有限だがまだ猶予はある。ああそうだ我が弟子よ、ひとつ雑用を頼むとしようか。そこにある布切れは次の実験の邪魔になる。片付けてもらえるかね?」

 「はい、わかりましたお師匠様」

 

 処理をするのは先ほど使いつぶした資材……ひとりの少年が生贄になりこの世から消えうせた跡に、彼が唯一残していった衣服をゴミとして扱う。

 ヴィクターは生贄にした人間に対しての罪悪感など、ひとかけらも感じない。

 自分が生贄にしてしまった少年が最期に残していったものを遺品として残しておくことなど考えもしないし、むしろそれをポイントにすることすらも余分で邪魔な物として捨てることをよしとする。

 そしてもちろん新しく調達するその資材は人間であり、調達とはすなわち人をさらうという事。

 それに対して師匠も弟子たちもなんとも思わない。

 次第に人を生贄にささげることに対してマヒをしていったという理由もある。

 自分が最強になるために他者を犠牲にするのをよしとするという理由もある。

 だが最大の理由は他にある。

 それは究極の魔法に至れるための素材になるというのなら、犠牲になったものは幸運だっただろう、という倫理観はおろか常識さえ外れた悪魔使い達の傲慢なる価値観によるもの。

 

 だが彼(ヴィクター)は知らない。

 彼を師と仰ぐ者の中には彼が提唱する崇高な理念といやつを十分に理解せず、時折資材の内の一つを味見したり、横流しをしていることを。

 彼は天才であるがゆえに、そう言った機微に疎かった。

 

 だが彼らは知らない。

 最初の本当にまっとうな資材を搬入している時期にある物体がまぎれていたのを。

それは彼らが決して気づくことができないモノだった。

それは適合するモンスターを特殊な存在に変化させる力の結晶。

とある存在により管理されているモンスターにおけるエンブリオのような規格外。

 

 それ……■■■■■と管理AI四号は待つ、これに適合する存在が現れることを。

 

Open Episode 【傲慢なる悪魔使い達】

 




(=○π○=)<とりあえず完成次第あげることにします。
(=○π○=)<もしかしたら修正したりするかもしれませんが、その時は最新話の前書き当たりに書いておくことにしますー

(=○π○=)<文字数少ないし、字の文がかなり多くて読みずらい感じがする。もっとうまくなりたいな―と思う。

(=○π○=)<それはそれとして第2章開幕です。
(=○π○=)<読んでいただけたら察しが付いてくれると思いますが、この章は原作の第2章【不死の獣たち】を意識しております。パクリではないとは思いたい。
(=○π○=)<また今回は明確なローガンの強化回です。その位今回の章で手に入れる物は大きい。



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第1話 闘技場

第1話の《チーム》のステータスを半分に
第5話の【魔将軍】の第一条件の数の誤字を修正しました
……結構前に変えていましたが、伝える機会が無かったのでここでします。

それと第0話も段落がちゃんと機能していなかったので修正しておきました。他の話は以降暇を見てやります。

ワードからコピペすると段落とかルビとかダメになるんですね……


第1話 闘技場

 

□皇都郊外 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 あの純竜との戦いから、この世界の時間で二週間がたち今は皇都から少し離れた地のモンスターを倒しながらレベルを上げていた。

 モンスターたちを順調に倒している途中にボスモンスターの一体である【グラン・ロックゴーレム】を発見し、戦端を開こうとしているところだった。

 

 「さていくぞ、チームNS“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 もう慣れてしまった悪魔召喚の呪文を唱える。

 地面より黒い泡が噴き出て、その泡が破裂すると中から悪魔が出てくる。

 その数は9体。今回は定番のポイント合計数と召喚数、そして今回の用途を考えてSTRも倍にしてある。

 全身が堅そうな岩でできた四足歩行をするゴーレム。

 悪魔戦士ギルドで貰った情報によると、見た通りEND極振りの耐久型。これを相手に生半可な攻撃では通らないだろう。

 レベルは今の俺より低い33という数字が表示されている。

 相手に攻撃を当てることができるスキルを保有しているという事だったが、基本的にはAGIが死んでいるという話しだった。

 

 「いけ」

 

 呼び出した悪魔たちに指示を出す。

 とりあえずは細かい指示は出さずに、敵を指定した戦闘の合図のみを出す。

 その指示を聞いた9体の悪魔たちはさまざまな方向に飛び去り、周りを囲んで四方から【グラン・ロックゴーレム】に襲いかかり攻撃をする。

 

 『どうやら攻撃は有効のようですね、主様』

 

 ルンペルシュティルツヒェンの言うとおり、こちらの悪魔たちの攻撃で少しずつではあるがHPが削れていっている。

 聞いていたENDの高さから、場合によっては攻撃が通らない可能性も考えていたが、杞憂だったようで一安心だ。

 攻撃が通らない場合、ステータス強化の魔法を使用するつもりではあった。

 ここでいう、ステータス強化の魔法とは最初に覚えた《エンチャント・デヴィル・パワー》などと言うスキルではなく、レベルが25に至ったことにより覚えた3種類の強化スキルの一つ《エンチャント・デヴィル・ストレングス》のことである。

 まだまだ効率は悪いが、一つのステータスに特化している分使いやすい。

 その性能はMP50を消費して《旅団》枠内の悪魔の特定のステータス(この場合はSTR)を10%アップするもの。

 この強化値は、【魔将軍】が覚える《ブーステッド・デヴィル》系の強化値の半分である。

 こちらは《旅団》枠内のみと限定されているため、実質【悪魔戦士】専用のスキルではあるといっても、《ブーステッド・デヴィル》系の半分の性能でMP消費量が比較にならない程低い。

 このくらいなら《偽証》による倍加指定も視野には入るだろう。

 ちなみに残りの2つは、AGIを強化する《エンチャント・デヴィル・アジリティ》と、ENDを強化する《エンチャント・デヴィル・エンデュランス》である。

 

 「ステータス強化の魔法を使うはめにならずに済んでよかったぞ、消費がばかでかいからな」

 『そうですね、今の主様のMPでも発動がぎりぎりですからね。ティアンたち通常の【悪魔戦士】はこう言ったスキルもバンバン使っていくそうですが』

 

 おいやめろ。

 俺のステータスの低さをお茶の間の前の皆さんに知らしめるな!

 うん?お茶の間の前って誰だよ、たまに変な電波はいるな。

 まあ他の【悪魔戦士】だとポイントの消費と成果をつりあわせるために、そう言ったステータス強化の要素は必要だからな。

 そうこうしている間に《チーム》が【グラン・ロックゴーレム】のHPの1/3を削り取っていた。

 

 「順調に削れて行っているな、相手の攻撃が遅くて《チーム》のAGIでも避けきれるからすごい楽できるな」

 『主様、そろそろ時間です』

 「ん、そうか、それじゃあ追加と行こうか“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 再び泡が吹き出て、その中から9体の悪魔が出てくる。

 それと同時に、今まで召喚していた悪魔たちが泡となって消えていった。

 ルンペルシュティルツヒェンに頼んでいたのは時間の計測。

 《チーム》の召喚時間を数えてもらい、あと十秒になったら教えてくれるように頼んでいた。

 最初はいなくなったら新しく召喚していくというルーチンでやっていた。

だがモンスターのレベルが高くなるにつれて、悪魔がいない時間帯の数秒でこちらに近づいて攻撃してくるモンスターが増えてきたために、それを改善する必要が出てきた。

 また前の小山のモンスターを倒していた時のように、いない数秒の間に近寄られて奇襲される可能性も考えなければならない。

 そう考えて悪魔がいなくなる数秒前に新しく追加で召喚する方法をとることにした。

 だが俺にそちらの才能はまるでなかった。

 消えて失せる一分前に呼び出すことは当たり前、いなくなっても残り時間が30秒残っていたりした。

 まだ時計を買う余分なお金はないので、どうしようかと思っていたら、ルンペルシュティルツヒェンが「私にやらせて下さい」と胸に手を当ててアピールして来た。

 試しにやってみてもらったら、どうやらルンペルシュティルツヒェンは時間の計測が得意なようで、コンマ一秒に至るまで正確に当てて見せてくれた。

 30秒ゲームとか得意そうだなとも思った。

 

 「10分間でおよそ1/3を削れるのか、もう一度追加で召喚してこの10分で終わらせるか?いや、無理だな。相手はそこまで大きくはない、18体の悪魔が1体に攻撃しても被弾するリスクを高めるだけだ。それに味方が邪魔をして攻撃できないロスがそれなりに発生しそうだな」

 『数を少なくするのも効率化という事ですね。それはそうと主様、あちらの攻撃は問題ないのでしょうか?』

 「今のところ問題はないな、【グラン・ロックゴーレム】の通常攻撃はあの通りの速さだし、あいつの必殺的なスキルも数十メートル離れていれば初動を見て回避できるらしいしな」

 

 初動は【グラン・ロックゴーレム】の全身ががくがく動くらしい。

 それから相手が向いている方向に一定距離を攻撃する移動攻撃と聞いている。

 どういう感じなのかは教えてくれなかったが。

 

 「初動はほら、あんな感じにがくがくと、ってやばい!」

 

 みると身体が動き始めている。

 そしてグラン・ロックゴーレムの正面には俺がたっていた。

 俺を狙ったわけではないだろう、それだと少し攻撃のピントがずれている。

 これは周りを囲んで攻撃をしていた悪魔たちの1体を無作為に選んで、その延長線上に俺がいたというただそれだけなのだろう。

 だがこの状況はマズイ。

 言うまでも無く相手の攻撃範囲に入っていることがである。

 射程に関しては聞いていないが、届かないとたかをくくることなどあり得ない。

 相手の攻撃を察知した俺は全力で右方向に跳ぶ。

 

 「GUAA」

 

 それと同時にガゴンという何かが外れた音が響き、グラン・ロックゴーレムの身体がばらばらに、人の頭ほどの大きさの岩となり真正面へと数十の飛礫として発射されていく。

 その攻撃はグラン・ロックゴーレムが狙いを定めた悪魔を確実に仕留め、周囲の悪魔の内2体を泡と変え3体に大ダメージを与えるものだった。

 そしてこの攻撃はそれで終わりではなかった。

 攻撃は延長線上に続き、横に跳び回避していた俺の脚をかすめる。

 

 「っぐっ」

 

 グラン・ロックゴーレムが放った攻撃は、掠っただけだというのにHPを半分も削る威力をもっていた。

 そして俺の数メテル先に再び集まり、グラン・ロックゴーレムとしての形を取り戻す。

 それを見て、まるで氷炎魔団長のようだと思った、もしくは玄武か。

 

 「って、そんなことを考えている場合ではないな」

 『主様、危ないです』

 

 見ると、数メテル先に立っていたグラン・ロックゴーレムと眼が合う。

 いままでは敵として認識していなかったのか、もしくは雑魚だと思って見逃していたのか、はたまた気が付いていなかっただけなのか。

 それまでは俺を見ることはなかった、グラン・ロックゴーレムが敵意を持って俺を見ていた。

 グラン・ロックゴーレムが俺を殺そうという意思をこめて腕を振り……

 

 「防げ!」

 

 ダメージを受けなかった3体の悪魔が俺とグラン・ロックゴーレムの間に入り防ぐ。

 

 『いまのは危なかったな、まさか避けきれないとは』

 『大丈夫ですか、主様』

 「ああだが、これでおわりだ“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 いま満足に動けるのはこの3体のみ、これなら新しく召喚しても邪魔にはならないだろう。

 9体の悪魔が召喚され、先に戦っていた3体と併せてグラン・ロックゴーレムに襲いかかる。

 俺はポーションを飲みながら、相手のHPが削れるのを待つのだった。

 

 グラン・ロックゴーレムが倒れ伏して光の塵となる。

 そのあとにはドロップアイテムである【大岩石獣の宝櫃】が落ちていた。

 それを拾いながら今回の反省点を振り返る。

 

 「危なかったな、悪魔戦士ギルドの情報だと、簡単によけられるという話だったが。そうか、俺のAGIの低さが原因ということだな。他の【悪魔戦士】があいつと戦う場合、もっと高いレベルで戦うんだろう。もしかしたら【悪魔騎士】になってから戦うやつもいるのかもな。そいつらと比べるとAGIが最低1/4、最大だと1/10以上もあり得るのか。たしかにそいつらの避ける速度を基準で話されたら避けられないな」

 「そうですね、悪魔戦士ギルドの人たちも、もっとちゃんとした情報を教えてくれればよかったというのに」

 「まああいつらは俺のステータスのことを知らないからな。とはいえ、この状況は何とかしなくてはならないな、このままでは高速戦闘に対応できない。後ろでのうのうとみている現状も不満ではある。仕方ない、少し早い気もするがあの手と行こうか」

 「あの手……ですか?どういう方法なのでしょうか主様」

 「まあ、それは帰ってからのお楽しみというやつかな。俺としては、そこまで楽しい内容ではないんだが」

 

 だが、これは必須だからな。

 この先戦い続けて、いつか最強となるためにも。

 そのためにも、まずは皇都に戻るか。

 そう決めてから、再び召喚数・AGI強化の《チーム》を呼び出しながら帰路につくのだった。

 

 

 皇都に戻って来たら、もうすでに日も暮れて夜になっていた。

 そのため用事を後回しにして、屋台でかるく食事をしてから宿をとる。

 ステータスを開いてみると新しいスキルは獲得していなかったが、レベルを確認すると39にまで上がっていた。

 今日倒したグラン・ロックゴーレムのドロップアイテムである【大岩石獣の宝櫃】を開くと、中には【大岩石獣の巨盾・ネイティブ】と【エレメンタリウム】が2つも入っていた。

 【エレメンタリウム】は換金アイテムだが、【大岩石獣の巨盾】はどんなものかと確認してみると、装備防御力が結構高い大きな盾だった。

 もっとも装備制限がある意味、純竜を倒したときに手に入れたものよりきついため、ポイントに変換しておこう。

 ちなみに【純竜の長剣・ネイティブ】もすでにポイントに変換している。売るよりはポイントに変換した方が効率が良かったからな。

 その後は一度食事と排泄の為にリアルに戻った以外は、特にやることも無くずっと宿の中でのんびりしていたりした。

 

 

 そして夜が明けて朝になる。

 軽く食事をしてから、昨日中断した目的を成すために、足を決めていた進路へと向ける。

 

 「それで、主様。これからどこへ向かわれるのでしょうか?こちらは外やギルドへ向かう道ではないですよね」

 「うん?ああ、今からいくのは昨日言っていたお楽しみというやつだな。今の俺のプレイヤースキルは低いからな、そこをなんとかするために行かなくちゃいけないところがある」

 

 ちなみにここで言うプレイヤースキルは近接戦闘や身のこなしなどの身体技術のことである。

 エンブリオとジョブを用いた連携によるプレイヤースキルはそれほど低くはないとは思っている。

 低くはないよな?

 

 「行かなくてはいけない所?ですか」

 「そうだ俺の技術は未熟だ、だから熟練のティアンに教えを貰いに行くのさ。これから行くのは近接戦闘のプロフェッショナルの集う決闘の聖地。大闘技場さ」

 

 

 

 大闘技場。

 それは言うまでも無く決闘を行うための施設。

 決闘ランキングを競う闘士たちの闘争の場。

 この国には皇都の北西にある大闘技場が1つと、その周囲にある小さな決闘場が合わせて3棟存在するらしい。

 決闘場の数に関しては、決闘が最も盛んなアルター王国よりかなり少ない数しかない。

 その代わりに他の都市ではなく、皇都にそのままあるのは移動が楽でいいとは思う。

 

 今回行くのは、その大闘技場。

 大闘技場は本来の用途であるメインイベントの決闘興業や各種競技に使用されるのが主ではあるが、それとは別に新しい闘士の受け付けや一定の金額を払う事で熟練闘士から指導をしてもらえたりもする。

 また【闘士】のジョブにつけるジョブクリスタルもここに存在する。

 そんな所にいくのは、もちろん熟練闘士に指導をしてもらうためだ。

 レベルが50を超えたら闘士にはなりたいが、今はまだレベルが低くて闘士にはなれない。

 受付の人に闘士による教導を依頼すると、どうやら今教導ができる闘士は一人しか空いておらず、しかもつい先ほど受け付けたもう一人の男性と一緒になってしまうらしい。

 できればワンツーマンで教導してほしくはあったが、後回しにはしたくはないし贅沢は言わないでおく。

 受付の人にそれで構わないと伝え、今までにモンスターを倒して得たお金の半分近いお金を払う。いくら3倍になっているとはいえ、ポイントのやりくりはそれなりに大変なのでお金をそれほど持っていなかったのだ。

 受付が終了し、教導の為に開いている大闘技場の中の一角に案内されたので、その通りに移動する。

 

 移動した先に居たのはデカイ男と中くらいの男であった。

 デカイ男は身長200cmを超えるかという巨漢。

 年は30代くらいで筋肉が厚く、見るからにパワーファイターという感じがする。

 中くらいの男は身長160cm程の赤髪の少年。

 年は15くらいで大体は初めに貰える初心者用の装備だが、一部が少しグレードアップはしているのか。

 腰には綺麗な金のメダルをぶら下げており、メダルの中央には女性の意匠が彫られている。

 彼もまたまず間違いなく〈マスター〉なのだろう。

 それにしてもこっちにきてから男としかかかわっていない気がするんだが、そろそろ女性と知り合いたいと思うのは間違っているのだろうか。

 

 「ほう!君達も訓練をしに来た闘士見習いなのかな。今日は君達三人だけのようだし、ここで自己紹介をするとしよう。私は【剛闘士】のロイというものだ、よろしくな!」

 

 そう言って、こっちに自己紹介を促してくる。

 でも三人って、ルンペルシュティルツヒェンも含まれているのか?

 

 「それじゃあ、俺から自己紹介させてもらうぜ。俺の名前はミック・ユース。ジョブは…先生と同じ【闘士】だな」

 「俺はローガン・ゴールドランス。【悪魔戦士】のジョブに就いている」

 「ふむ、【悪魔戦士】とはまた珍しいな。それではそこの黒い君も自己紹介してくれるかね!」

 

 そう言いルンペルシュティルツヒェンに話を振るが、あんまり手をばらす行為はしたくはない。

 どうしようか。

 

 『主様。それなら私のことを“シュテル”として説明すればいいのではないですか?』

 『ああ、そうするとしようか。こんなことを聞いてくるってことは《看破》をもっていないか、使う気がなさそうだしな、ジョブを聞かれたら適当に【戦士】あたりを言っておけばいいだろう』

 「わかりました、私の名前はシュテルと言います」

 「そうか、シュテル君と言うのか。君は今回私の教導に加わらないという事だが、それでいいんだね」

 「はい、構いません」

 「?……へぇ、シュテルっていうのか、わからなかったな」

 

 わかる?どういう意味で行ったんだ、ミックは。

 もしかしてこいつ、《看破》をとっていたのだろうか?

 こんなことなら、ルンペルシュティルツヒェンにも雑魚と戦わせて《紋章偽装》でも覚えさせておけばよかったな。

 それはこれからの課題だな、その内自由な時間帯にやらせるとしよう。

 ばれてしまったのなら今回は仕方ないと諦めるか、まあエンブリオと言う事がばれる程度ならまだいい。

 

 「さて、それでは教導開始と行こうかな。まずは二人が戦いでどう動けるかどうかみるとしよう、二人とも武器をとりだしたまえ徒手空拳ならそのままでもいいがな」

 

 俺もミックもアイテムボックスから剣をとりだす。

 俺のは初日にも買っていた1000リルで売っていた安物の剣だが、ミックのはそれなりに高そうな剣を2本も持っていた。

 

 「ふむ、準備はいいみたいだね、さあこちらから行かせてもらおう」

 

 そういい武器をとりだしてこちらに振りかぶり――

 

 

 「ぬわー」

 

 あれから十数時間がたっていた。

 熟練闘士であるロイのコーチはスパルタな部分もあったが、的確にこちらの悪い部分を教えてくれている。

 剣の振りを、攻撃の回避の仕方を、体重移動や構え方の基本などを、一から少しずつ教えられた。

 朝から始まったこの教導も、もう夜になるほど続いていた。休憩なんかはある程度はあったが、基本ぶっ通しなため疲労はかなりのものだったが。

 そして今日最後の締めとして、ミックと簡単な戦闘を行い……こうして無様に倒れ伏しているわけだ。

 

 「大丈夫か、ローガン。というかぬわーってなんだよぬわーって」

 

 ぐっ、ついとはいえこんな無様な声をあげてしまうとは。そこにつっこむなよミック。

 ロイがふんふんと頷きながら俺とミックを見ているのを感じながら、すぐに立ち上がる。

 

 「大丈夫だ、問題ない」

 

 死亡フラグではない。ずいぶんとレトロなネタだったな。

 

 「うーん、二人ともまだまだではあるが、そこそこ動きは良くなっているか。ローガンの方はステータスが低いのか、少し動きが悪いかもしれないが……まあ、その内良くはなるだろう。とりあえず、今日の教導はこれで終了だ。これ以上したい場合はまた明日以降来てくれ」

 

 そう言いながら、パンっと手を打って終了を知らせてくる。

 やはり、俺の動きはまだ少し悪いか、ステータスだけが問題ではないなこれは。

 まあいい、何回か通えば俺ならそれなりの技巧は手に入れられるだろう、明日もまた来るとしよう。

 

 

 俺とミックあとついでにシュテルはロイに教導のお礼を言ってから競技場からでる。

 もう夜もそれなりの時間だ、食事をしてから宿で寝ようと思い、ミックに別れを告げようとした時――

 

 「なあ、ローガン。いまから一回闘おうぜ(やらないか)

 

 そんなことをミックがいいだした。

 いやその発言はいろいろと危ない。物凄く行きたくないんだがな。

 

To be continued

 




(=○π○=)<第3段階に進化するスピードってどのくらいなんでしょうね。
(=○π○=)<ルークは早すぎるし、レイ君は死亡と■■■のせいで遅れまくっているし基準が良く分かりません。
(=○π○=)<いろいろな都合で進化を2週間も先延ばしされたシュテル君。
(=○π○=)<少し先延ばしにしすぎただろうか?

(=○π○=)<予約投稿してみました。おそらく次から20時投稿すると思います。


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第2話 夜のスパーリング

第2話 夜のスパーリング

 

□皇都小闘技場 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 闘技場を出た後、ミックの提案でこの小闘技場に来ていた。

 あの発言はどうやら、闘技場で一回模擬戦闘してみたいということだったらしい。

 大闘技場は決闘ランキングを争うメイン決闘や特殊競技に使うのが基本で、使わない時間帯も教導訓練等しか使う事が出来ない。

 あの後大闘技場を使って模擬戦闘をすることは出来ず、そもそもあの後は決闘ランキングの7位と9位の地位を懸けたランキング戦が行われるらしい。もっともそのことはあのあとミックに教えてもらっただけではあるが。

 そのため模擬戦闘を行うために、この皇都十一番街にある小闘技場にやってきたというわけだ。

 小闘技場で模擬戦闘ができるといってもいつも空いているわけではなく、イベントや試合が組まれていることが多いという事だが、3つの小闘技場でローテーションを組んで一日に二時間以上は自由に使えるように予定を組んでいるらしい。

 深夜にもイベントが組み込まれているあたり、いろいろときついスケジュールなのかもしれない。アルター王国の1/4しか小闘技場が無いからな。

 いまはその空いている第二小闘技場の一ブロックを、お互いに半分ずつ出し合って5000リルでレンタルした。誘っておいて全額出さないんだな。

 

 「悪いなローガン、俺も金欠でさ。この前いい武器が売っていたから後先考えずに買っちまってな」

 「それに関しては……まあ仕方がない、金がそれほどないとはいえそこまで使う予定も無かったからな。それでなんでいきなり俺と戦おうなんて思ったんだ?今日の教導で一回闘ったが、お前の勝ちだっただろう」

 

 とはいっても俺はジョブのスキルもエンブリオも使っていなかったし、ステータスが格段に劣っているのは確実だった。

 なんでもありで戦えば俺の方が勝てるとは思うがな。

 

 「あっはっは。ローガンお前全然そんなこと思っていないだろ、【悪魔戦士】がどういったジョブなのかは知らないけど、エンブリオもジョブのスキルも使わずにステータスだけでごり押しして勝ったなんて喜べねぇよ」

 「っち、わかってしまうか。ああそうだ、確かにステータスは遥かに劣ってはいるだろう、だがスキルを駆使した戦いで一方的に負けるとは思わん。むしろ俺が勝つだろう」

 「っは、よく言うねえ。最初は普通のガキだと思ったらとんでもない自信家だったのか、まあ自信が無いよりあった方が全然俺の好みだぜ、おどおどしたやつと戦いたくなんかないからな」

 

 戦意に満ちた顔でミックはそういったかと思うと、顔を綻ばせて笑いながらいう。

 

 「それにしてもローガン、自信家の割にはよく初日に中央広場で四つん這いになっていたな」

 「は?何を言って……ああっ、きさ……お前なんでそのことを知っている!!」

 「くっくっく。やっぱり気づいていなかったんだなローガン。一応俺たち初日に合っているんだぜ、まあお互いにちらっと見ただけではあったし気づいていなくても仕方ねーか。俺は四つん這いのインパクトがでかくてはっきり覚えていたけどな」

 「あっ主様は望んであんなことをしていたのではありません。好きでやっていたように言わないで下さい!」

 

 ルンペルシュティルツヒェンのフォローになっていないフォローは気にせず、ミックの言葉を聞いて過去を探る。

 あの時は周囲を見る余裕はなかったから気がつかなかっただけかもしれないが……と、ふと思い返してみれば確かにいた。

 あの時確かに赤髪の少年、ミックが確かに居た。

 

 「ミック、お前は確かレオンのフレンドだったな」

 「せーかーい。そ、俺とあいつは同じスクールのメンバーなんだなこれが。まあ他にも一緒にやっている奴が二人いるけどな」

 「同じスクール?どう見ても同年代とは…ああキャラメイクか」

 「そうだぜ、まあどっちがどうキャラメイクしたかは秘密だ。リアルバレしたくないからな」

 

 そうかミックとレオンは友人だったのか、意外と世界は狭いな。

 それと……と言いながら、ミックは片目をつぶりルンペルシュティルツヒェンの方に親指で差しながら聞いてくる。

 

 「やっぱり、そこのシュテルはローガンのエンブリオだよな。俺の《看破》スキルは……まあ高いし、隠蔽できるとも思わないからな」

 「やはりばれていたか、想定はしていたがな。それで、シュテルが俺のエンブリオだとわかってどうするつもりだ」

 

 その言葉を聞き、ミックは再び戦意をむき出しにして笑う。今度はおかしくて、ではなく戦意による高揚によって。

 

 「だから闘おーぜローガン。スキルばらせなんて野暮なことはいわねぇ、だけど力隠して闘おうなんてするなよ。全力全開手加減なしで力ぶつけあおーぜ」

 

 ……なるほど、そういうことか。

 脳筋、というよりは戦闘狂か。

 だが腕試しと言うなら好都合だ。

 

 『主様、彼の申し出を受けるのですか?』

 『ああ、受けて損はさほどないだろう、むしろこちらの血肉になる。だから――』

 「いいだろう、ミック・ユース。その挑戦を受け取ろう、だが完膚なきまでに敗れ果てても俺は知らんぞ」

 

 こちらも挑発して、ミックの挑戦を受け取る。

 ミックは俺の返答を聞くと、装置をいじり不透過設定にする。

 どうやらミックは装置の操作方法について、あらかじめ聞いていたらしい。

 お互いに15メテル程度離れる。

 

 「それじゃ、行くぜローガン。コイントスで地面に落ちたらスタートでいいな」

 

 そう言いアイテムボックスから1リル金貨をとりだし指ではじく。

 さあ、行かせてもらおうか――

 

 

 キィインと音がなる。

 地面に金貨がぶつかる、戦闘の合図。

 その音を聞き、俺もミックも同時に動き出す。

 ミックは剣をとりだして、俺に近づき。

 

 『チームSAE』

 「“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 召喚の呪文を唱えながら、後方へ全力でバックステップしながら剣を全力で横に振る。

 お互いの剣と剣がぶつかる音と衝撃を手に感じながら、初撃をやり過ごせたことを確信する。

 

 「っち、やっぱこれで終わってくれないか」

 

 当たり前だ、そんな簡単にやられはしない。

 初撃を当てられなくて少し悔しがるミックの声と、これでなくちゃという思いを込めた戦意に満ちた顔を傍目で見ながら、バックステップで崩れた体制をすぐさま取り戻す。

 前まではこんなことは出来なかったが、教導の成果というやつだな。まあ受け身と起き上がりを重点にさせられただけともいえるが。

 そして召喚の効果が遅れて現れる。遅延したというのではなく、発動から悪魔が泡から出てくるのに3~5秒ほど掛かるせいである。

 出てきたのは《チーム》の悪魔3体。

 今回は悪魔の召喚数を対象としておらず、ポイントにも振っていない。

 強化したのは《チーム》のステータスのみ。STR・AGI・ENDの物理ステータス3種目を3倍化している。

 この選択をした理由は単純明快。数は後から増やせばいいし、召喚時間は短くても問題ないし、ポイントは消費を気にする必要が無いこの結界内なら捨て置ける。

 

 「ミックを倒せ、悪魔共」

 「はあっ?悪魔を呼び出したのか。なるほどなそれが【悪魔戦士】のジョブスキルってわけか」

 

 《チーム》の悪魔たちが動き、ミックに攻撃する。

 だがミックもそれでやられてくれるわけも無く、攻撃をかわし剣で防ぎ、カウンターを仕掛けて悪魔たちのHPを削る。

 

 「っち、結構硬てーな。1体1体が俺のステータスの半分くらいか」

 

 半分……か。こいつが《看破》を高レベルで持っていて、召喚した悪魔のステータスを見ることができるなら、こいつのステータスは300くらいか。

 まずいな。

STRが300というのはまだいい。これが高くても技巧が拙なければ問題はそこまでない。

 だがENDが高いとダメージが与えられず、AGIが高いと攻撃を与えるのが難しい。

 召喚した悪魔たちに関しては《ボムトルーパー》で解決することができるのでまだいい。

 《ボムトルーパー》はあの程度のENDを削りきり、ミックとおそらく同程度のAGIを誇る。

 だが問題は本体である俺の存在。

 俺の現在のAGIは50程度、ミックの1/6しかない……が、速度差は別に6倍ではないのは救いか。とはいえ、俺より体感速度は2~3倍にはなるはずだ、悪魔たちのステータスでごり押しできるかどうかはわからない、その速度差はどうにかする手を考えなければならないな。

 

 『それなら、ボムトルーパーNA-0』

 「ならこいつだ」

 「”地獄より来たれ、身を賭して散る儚き悪魔”《コール・デヴィル・ボムトルーパー》」

 

 動いたのは同時だった。ミックはバックステップしながら武器を双剣から銃に《瞬間装備》し、俺はポイントを節約するためにポイントと召喚数・AGIを対象とした《ボムトルーパー》を呼び出す。

 そして、呼び出しておいた《チーム》の悪魔たちが泡と化して雲散霧消してしまう。

 《チーム》が消えてしまった理由は、《偽証》の特性によるものである。

 2日目におこなった実験の一つで、まったく異なる悪魔召喚スキルを別々に設定した《偽証》を用いると、最初に召喚した悪魔が消えてしまう仕様のようだ。

 《偽証》がポイントのみで、ステータスや召喚数なんかをいじってなかったり、同じ召喚スキルなら消えないようだが、例外もあるようでいまいち基準が良く分からない。

 

 「俺狙いか」

 「ご明察。悪魔を倒しきるのも不可能じゃねーが、追加で呼ばれ続けるとじり貧になりかねないからな。さっきの悪魔を消して新しく呼んだのは【悪魔戦士】の制約かね、わざわざ消す必要なんてねーし別の悪魔を出すためにはリセットする必要があるのか。んで、新しく呼びだしたこの悪魔はなんなのかね、さっきの悪魔よりステが馬鹿たけーし変なスキル付いてるし数は増えてるし、何だよこれ」

 

 《看破》で召喚された9体の《ボムトルーパー》のスキルをみてそう言いながら、俺に向かって銃を発射してくる。

 このAGIだと銃弾を見きって避けるなんてのは夢のまた夢、銃弾を切るなんてのはもっての外。

 避け続けるのが不可能なら隠れるしかない。俺はミックと自分の延長線上に《ボムトルーパー》の悪魔1体を動かし射線を隠す盾とする。

 そうしながら、今回の《ボムトルーパー》召喚で温存しておいた、指定箇所一カ所分をしようして初となる『支援魔法』を発動する。

 

 「《エンチャント・デヴィル・アジリティ》」

 

 これにより《ボムトルーパー》のAGIは30%アップする。

 1170ものAGIを得た《ボムトルーパー》は俺の盾役と保険の1体を除き、7体の悪魔がミックをしとめようと動く。

 このAGIは俺とミックとの間の体感速度が2~3倍程度であるように、ミックと 《ボムトルーパー》との間の体感速度もまた2倍になる。

 ミックの速度では回避も逃亡もできない、高速の狩猟者。

 だからミックは勝つために一つの手を打つしかない。すなわち―

 

 「俺より早いのがこんなに出てくると嫌になるぜ、しくったなこれなら銃なんて出さずに剣のまま戦い続けた方が良かったか、まあこのままじゃ死ぬしガンカタと行かせてもらおうか」

 

 そう言い、銃を片手にこちらに突っ込んでくる。

 《ボムトルーパー》の攻撃をよけながら、最短で向かってくる。

 だが、《ボムトルーパー》の攻撃を僅かな動きで避けるというのなら、こうするだけだ。

 俺は2体の悪魔を接触させ――

 

 「っぐ」

 

 爆発が起こる、ミックのいた周辺一帯を覆うほどに爆煙が広がる。

 どうなったかが分らない。あれで無傷とは思いたくはないが、いまだに効果の分らないエンブリオの存在もある。

 結界がとかれないから、死んではいなそうだが……

 

 『よし、やったようですね主様』

 『シュテル、だからそれはフラグだからやめておけよ。っと、くっやはりか』

 「っぶっはー。あぶなかったぜ、あれはあやうく死ぬところだったっよ!」

 

 爆煙の中からミックが飛び出してくる。

 やはり無傷ではない、装備はいたるところがボロボロになり、最大の幸運として武器である銃が無くなっている。

 《看破》を持っていないためあちらの《瞬間装備》のスキルレベルは分らないが、【闘士】のレベルをカンスト近くまであげていたとしてもスキルレベルは5程度だろう。

 《瞬間装備》はスキルレベルによって、クールタイムが減少する。Lv1なら5分のクールタイムがかかったはずだ、そしてスキルレベル5ならどれくらい減少するか?

 よし、スキルレベル5でならおそらく短縮されるのは2分程度と見た、その程度ならミックがこっちに突っ込み終わっても再度の使用は出来ない。

 武器を持たないなら、こちらを攻撃する方法は徒手空拳のみ。いくらこちらのステータスが劣るといっても、ミックは技巧がカンストした連中と違って、まだそこまでの域には達していない。

 それなら武器を持たない相手に後れはとらない。

 ミックの後ろからは、残りの3体の《ボムトルーパー》が追いかけてきているし、俺の前には盾と保険として置いておいた2体の《ボムトルーパー》が待ち構えている。

 もう既に結構近づかれており《ボムトルーパー》を自爆させると、俺まで巻き込まれるが自爆を除いても《ボムトルーパー》のステータスは高い。

 AGIの差もあり、そう簡単に抜かれもやられもしないだろう。

 もっとも一応近づかれた時の為に、剣を構えるようにはしておくが。

 ミックと前に存在する2体の悪魔が近づく。

 悪魔たちは逃さないことを重視しながら、それでもミックを倒すべく手をふるい攻撃する。

 

 ――だが、ローガン・ゴールドランスがジョブを改竄出来るように、ミック・ユースもまたこの不条理を覆す一手が存在する。

 

 ミックは両手を上に大きく振りかぶり――

 

 「《瞬間装着》、【メカニカルアックス】」

 

 ――機械仕掛けの大きな斧をもって、2体の《ボムトルーパー》を一息で一閃した。

 

 「なあっ」

 

 2体の悪魔を泡と変えながら、ミックはこちらに突っ込んでくる。

 悪魔を倒した時に一瞬立ち止まったせいで、後ろから追いかけてくる《ボムトルーパー》との距離は近づいているが、それより俺との距離の方が近い。

 だが俺もまた、予想外の《瞬間装着》と一瞬で倒された2体の悪魔を目のあたりにして、立ち止まってしまっている。

 そして二人の距離が近づき――

 

 「しまっ」

 「これで終わりだぜ、ローガンっ!!」

 

 横薙ぎに振り払われた【メカニカルアックス】が俺の身体を通過し、そのまま俺のHPを全損――させずに懐から【救命のブローチ】が崩れ落ちる。

 

 「なっ」

 『あっ、【救命のブローチ】外すのを忘れていたな』

 

 そして後ろから3体の《ボムトルーパー》が近づき、今度はこっちが呆けていたミックのHPを全損させるのだった。

 

 

 「いやあ、参ったぜまさかあの攻撃が失敗するなんてなー。あれで勝ったと思っちまった。んでローガン、あれってお前のエンブリオの能力なのか?それともジョブとかレアアイテムとか」

 「っまあ?そんなかんじだな、ハハハハ」

 『まあレアアイテムではあるな、うん。決闘戦では禁止されているが、これは単なる模擬戦闘だしな、うん』

 『大丈夫です、主様。古来より勝った者がち、とか勝てば官軍といいます。これは主様の勝利で間違いないでしょう!』

 

 そこまで押されると少し悪い気がしてくるが、まあ確かに勝った者がちかな!

 

 「そういえば、ミックのあの《瞬間装備》はエンブリオのせいなのか?下級の【闘士】があんなに早く連続で使えるとは思わんし」

 「ああ、そうだぜまあ能力は内緒にしておくよ、決闘のランキングで戦う事になるだろうしな。そんときは負けねーぜ」

 「ぬかせ、俺とて負ける気はない、次も勝ってやろうさ。さて時間はまだ余っているがもうこれで終わりでいいな、ミック?」

 「俺も満足したしいいぞー。そういえばローガンは明日も闘士の教導を受けに行くのか?」

 「ああ、俺はそのつもりだ。ある程度の動きは出来るようになったとはいえ、まだまだ完全な付け焼刃。今日は突然のことに反応ができなかったりと、反省点は多いからな」

 「ふーん、俺も明日は教導を受けに行く積りだから一緒だな」

 「それはいいが、レオンとかはいいのか?」

 「あー、あいつらリアルの用事で2日間ぐらいログインできないからな。俺一人でモンスター倒すのも効率悪いし、だから教導受けに来たんだよ。決闘に興味があったってのも理由だけどな、一週間やることないのはきついからな―」

 

 ほう、ずいぶん時間が空くんだな。

 そのあとは軽い雑談をしながら俺たちは闘技場を後にする。

 闘技場を出た後、ミックはログアウトして別れることになった。

 

 

 「主様、これからどうなさるのですか?」

 「そうだな、とりあえず放置していた【エレメンタリウム】を売って簡単な防具でも整えようか、武器はまだこの安物の剣でいいからな」

 

 来た道を逆に戻りながら大通りまで戻ってくる。

 もう夜はそれなりに遅く、9時近くになっている。

 いくつか店が閉まっていたりするが、それでも数軒は空いている防具屋は存在する。

 その中から一軒の店を選び、【エレメンタリウム】2つを含む、いくつかのアイテムを売る。

 合計で6万近くなった所持リルを使い、いくつかの装備を購入する。

 全身タイプは合計でみれば安いし強いが、一つ一つの装備をグレードアップしづらいとふんで、上半身と下半身の個別の装備2つを購入した。

 上半身は鳥の羽を随所に盛り込まれ《耐寒》と《ダメージ減少》スキルの付いた【フェザーアウターウェア】と、下半身は【ブレイズウルフ】の皮で作られ《火炎耐性》と《耐寒》スキルのついた【ブレイズトラウザーズ】だ。

 どちらも防御力が高く、なおかつ《耐寒》が付いているものを優先して買わせてもらった。

 《耐寒》が付いている装備を購入した理由は簡単だ、ここが冬国であるからである。南の方はまだ暖かいが、皇都から北に行くほどに寒くなるという。まだ行く予定はないが、このドライフ皇国においては念のために勝っておいて損はないだろう。

 合計で6万近くにはなったが、何とかギリギリ購入出来そうなのでカウンターに向かい購入を済ませる。

 ついでにほとんど金が無くなったので、さらにいくつか売り払い2000リル程度は確保しておく。少しポイントのやりくりがきついかもしれないが、まだそれなりには貯蓄しているから問題はないだろう。

 

 そう思いながら店を出て、宿に向かう。

 

 

■■ドライフ郊外 【悪魔騎士】ロッソ・ミルキオーレ

 

 「はっはっはあっ」

 

 彼は走っていた。

 彼は逃げ出していた。

 

 こうなった理由に関して話すのであれば、時は少し遡る。

 

 それはおよそ3日前のことだ。

 〈ミルキオーレファミリー〉では、彼らが創りだそうとしている最高の秘儀を成すための最終調整に入っていた。

 各種の今までにない新しいスキルをつくり、さらにある召喚術式にまんべんなくこめられていく。

 まるで曼荼羅のような複雑怪奇な召喚術式を完成させ、あとは起動に必要な莫大なリソース量の確保が急務だった。

 そして召喚術式の安定のために遠方に離れることは出来ないまでも、ある程度手が空くようになり、数人の高弟たちはいままでに行われた実験の監査を行っていた。

 

 そして彼の行為が見つかってしまった。

 ばれてしまったのだ、彼がいままでに奴隷を売り払っていたことを、彼が奴隷を味見していたことを。

 高弟たちは激怒した。ただしそれは奴隷を売り払ったことでも味見したことでもなく、大恩ある師にして父たる絶対者のヴィクター・ミルキオーレの理想を裏切ったことだ。

 彼ら〈ミルキオーレファミリー〉はもともと皆孤児だった。

 それを救い出してくれたのがヴィクターだった。彼は孤児たちに名前と【悪魔戦士】としての力を与えてくれた。だから彼らは〈ファミリー〉なのだ。

 だがそのなかで、ロッソは少し違った。別にヴィクターのことを悪く思っているわけではない、むしろかなりの恩は感じている。

 だが、彼はヴィクターの語る理想が犯罪の道であることを分っていた、他の〈ファミリー〉の人間と違い、道理を知っていた。

 しかし、彼はそれを糾弾せず、密告をすることもせず、その地位に甘んじむしろ望んで他の犯罪に手を染めた。彼の意識ではただそれだけのことだった。

 

 そして彼は逃げ出した。彼を問いただし処刑しようとする高弟たちを振りきり全力で逃げ出していた。

 彼は自分が今呼び出せる悪魔の中で最もAGIの高い悪魔を呼び出すと、その背に乗って皇都へ向けて飛んだ。

 運は良かったのだろう、自分たちよりレベルの高い高弟たちを振りきることができ、術式の安定のために離れることができないために追手を差し向けることもできない。

 だが、いつかは術式を完成させて、追手をこちらに差し向けるだろう。

 そう考えて、ドライフ皇国から離れた、天地あたりに高跳びしようと移動手段を求めて皇都に向かっていた。もっとも彼が天地に向かって行っても、あの修羅の地で死ぬ可能性は高い気はするのだが、それは置いておこう。

 

 そして時間は巻き戻る。

 

 彼は持っていたアイテムボックスにある程度の食糧は入れていたため、多少は食いつなぐことができたが、満足に寝ることは出来ず、食糧も1日前になくなり危機にひんしていた。

 何よりの危機なのは、目の前に現れた1体のモンスター。

 すでに逃亡の際の戦闘と足代わりでポイントは尽きている。

 もうここまでか、と彼は最後と思った。しかし……

 

 「GUGYAAA」

 

 モンスターが光の塵となって消える。

 彼は自分が助かったのかと気を緩める。

 

 「あん?お前はもしかして〈ミルキオーレファミリー〉のロッソか、なんでこんなとこに。まあ丁度いい、こっちはお前らに聞きたいことが……ってねるなよ、おーい」

 

 彼はギルドで聞いたような声を耳にしながら眠りに就くのだった。

 

To be continued

 




(=○π○=)<対ミック戦 ブローチによって勝利(ずるい)

(=○π○=)<戦闘狂・闘士枠のミック
(=○π○=)<ちなみに彼が【超闘士】になることはないです
(=○π○=)<彼のエンブリオについてはおいおい、2章中に明かすとは思いますが

(=○π○=)<にしても、セイレム楽しかったな―(超余談)


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第3話 悪魔使いのスキル

投稿が遅れてすいません。

(=○π○=)<難産でした(リゼロとノゲノラをみながら)
(=○π○=)<少し内容が黒いです。お気を付け下さい

(=○π○=)<それと話の内容が少し適当な気がしないでもない。場合によっては修正します。


第3話 悪魔使いのスキル

 

□皇都 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 「あー、疲れたー」

 「今日で教導3日目か、さすがにもう劇的な進化が望める段階ではないな」

 「お疲れ様です主様、あとついでにミック・ユース」

 

 3回目の教導を終えて、俺たちは闘技場から出てくる。

 時刻は再び夜の時間帯。

 初日の急激な成長からあと少し通えば一流に届くかもと淡い期待を抱いてはいたが、昨日と今日の教導でその淡い期待は完全に砕かれることとなった。

 この二日間、基本の素振りなんかの地味な物ばかりに終始することになった。

 一応教導官のロイに聞いてみたが応用はまだまだ早いという。

 漫画なんかでもそう言った描写は多いから分らなくもないが、やはりこちらとしては一気に強くなれる方法を模索したいものだ。

 

 「ついでかよひでぇなシュテル。それはそうと、時間はまだあるけどどうしよっかなー、この時間帯じゃ外に狩りに行くのも大変そうだしなー」

 「まあ俺もこの時間帯に外にモンスターを倒しに行きたくはないな。レベルを上げたいのは山々だが今日は夕食してから宿をとってもう休むとするさ」

 

 最近は朝早くから夜のこの時間帯まで闘技場に行っていたから、レベル上げを全くしてないからな。

 必要な経費とはいえ、こうもレベル上げができないとなるときついな。

 ミックはんーと考え込んだ後手をポンと打ちこちらに提案をしてくる。

 

 「夕食か、それならたまには一緒にしないか」

 「……まあいいが、金は全然持ってないぞ」

 

 ミックに夕食に誘われるが、今は本当に金が無い。

 3日前に装備を更新してから、金の収入が一切ないからな。

一応日銭を稼ぐ程度にはモンスターを倒しているが、それでは日々の食事と宿代で精いっぱい、狩り場が皇都周辺だからレベル低くてレベル上げにもならないからな。

 

 「ああお前もかローガン。俺も装備買っちゃったせいで、全然金に余裕無いんだよなー。一応少しづつモンスターを倒しているけど、食事とか教導の代金で消えていくし」

 「ああお前もかミック。はっきりというと少しやばいな、いろいろ金やアイテムが入用だというのにどんどん端から消えていくからな」

 

 さてどうしたものだろうか。

 

 「んー、そうだ!一つ提案あるんだけどいいか?」

 「提案?一体何なんだ」

 「明日は教導休んで、二人で遠出してモンスター倒そうぜ」

 「珍しいな、俺以上に闘士に夢中になっていたはずのお前が教導を休むなんて言い出すとはな」

 「そうだな、確かに闘士は俺の天職と思っているよ。殴り合って、切り合って、ぶつかり合う、血と汗の混じり合うコロッセウム!魂が震えるぜ。でも金は欲しいしな。教導に関しては、少し先延ばしにする位ならまあいいさ」

 

 ずいぶん熱心に語る物だな。まあお前の熱意は分ったが。

 ついでにお前がかなりの金欠と言う事もわかった。

 だがそうだな、そういう事なら。

 

 「わかった、俺も付き合おう。この付近だと金を稼ぐのもレベルを上げるのも限界があるしな、少しは他人と協力するのもありだろう」

 「んじゃ決まりだな明日の8時に中央広場集合で、っと。それで夜メシはいいとこしってるぜ、安くて美味くて何より量が多いとこな、一皿で3人分くらいあるから俺たちならちょうどいいだろ」

 「申しわけありません、私も食事に誘っていただきありがたいのですが、今日は私の食事は結構です、夕食は主様とミック・ユースの二人でしてください」

 「ん?どうしたんだシュテル、飯食いたくないのか…ってなんだアレ」

 

 そうミックが上の方を指で挿して言う。

 その挿した方向を見てみると1体の悪魔がいた。

 それは大きさが大体俺と同程度、子供くらいの身長の小さい悪魔だった。

 目と耳が大きい、俺が見たことのないモンスターではない異形の悪魔。

 おそらくは上級職である【悪魔騎士】の召喚悪魔。

 あれはいったい?と、上を見上げていた俺の肩に手が置かれる。

 

 「っつ!」

 

 誰だ、と思い振り返った先に居たのは……

 

 「おう、ローガンそこに居たのか」

 

 あの悪魔戦士ギルドの受付の男だった。

 ただし、何度か受付で見ていた格好ではなく一目見て高位の装備だと分る黒い衣装だった。

 

 「ギルマス、彼が例の〈マスター〉の少年ですか?」

 

 そして彼だけではなくもう一人随伴していたようだ。

 彼の後ろにはもう一人の男がいた、190近い身長で黒い服に白い胸にあてた鎧、そして腰には片手剣が挿してある。

 

 「お前一体俺に何の用なんだ?それとギルマスってお前、ギルマスだったのか」

 「あ?あんた俺がギルドマスターって知らなかったのか、まあそういえば言ったこと無かったな。実はあんたにクエストの依頼があってな。前にごたごたしてたろ、それの解決策が見つかったんだよ」

 「クエストの依頼だって?」

 

 ギルドマスターと名乗ったその男は懐から1枚の紙を取り出して広げて見せる。

 それは通常のクエストの用紙ではなく、緊急用と書かれ通常の物と比べ簡単な走り書き程度の物しか書かれていないお粗末な紙であった。

 

 「細かいことは後回しで簡単にはしょっていうぞ。あんたに頼みたいのは〈ミルキオーレファミリー〉っていう悪魔使いがつくっている集団の解体だ。メンバーは俺とそこに居る騎士っぽいグレスとあんたの3人だけだな。もちろん報酬は用意しているからそこに関しては安心してくれ」

 「いくつか質問をしていいか?」

 「もちろんだな。ただし時間の余裕はさほどない、急がなくちゃならないからその気でな」

 「そうか、一番の疑問はなぜその〈ミルキオーレファミリー〉って所を解体しなくてはならないのかという所だな。同じ系統を使う仲間なのだろう?」

 

 俺の言葉にギルドマスターは頭をぼりぼり掻きながら、ミックの方をちらちらと見ながら気まずそうに言いにくそうに言う。

 

 「あーっと、悪いな。これはうちらのギルドの醜態でなあまり聞かれたくないんだが」

 「なるほどね、ま、俺のことは気にしないでいいぜ、誰かにこのことをしゃべる気なんてないからな」

 

 ミックは肩をすくめて手をあげて、問題ないというアピールをしながらそんなことを言う。

 まあこいつならそうだろう。

 ギルドマスターは俺の方をちらりと見て「どうなんだ」「どうするんだ」と問いかけてくる。

 

 「まあミックなら他言はしないだろうな」

 

 出会って3日しかたってないが、こいつがそういう事をしないのは大体分かるため、太鼓判は押しておく。

 その俺の太鼓判を信じたのか、もしくは〈マスター〉という派閥の関係のない自由な存在を信じたのか、はーっと息を吐きながらギルドマスターは口を開く。

 

 「事態が発覚したのは本当に2週間前のことだった。いままで〈ミルキオーレファミリー〉の連中はたびたび問題を起こすことがあったんだが、それでも多少のいざこざ程度が関の山だったんだが……」

 

 そういい今までの経緯が説明される。

 簡単にまとめると、数ヶ月前から山村の一部で黒いローブをまとった人物がたびたび現れて人を買っていくようになったという。

 人の購入は奴隷商ギルドなどの一部ギルドに条件付きでのみ許されていて、これは明らかな違法だという事だ。

 官警や冒険者ギルドを含む一部ギルドが血眼になってその正体を探っていた。

 さらにその人物の正体を探っていくと、彼らはたびたび盗賊まがいの人をさらうようなことまでしているらしかった。

 彼らは盗賊行為をする際、跡を残さずまた遭遇しても力を全く見せずにすぐにいなくなってしまい捜査が難航していたらしい。

 そしてその人物たちの正体がやっとわかったのが2週間前、その正体こそが〈ミルキオーレファミリー〉だったというわけだ。

 その正体が分った原因は捜査に当たっていた悪魔戦士ギルドの人間が、たまたま彼らと遭遇して知己に出会ったという単純なものだった。

 そしてその彼はそこでそのことを明かさなかったらしい、だから――

 

 「だから官警や他のギルドの連中はこのことをしらない。犠牲者の人たちには悪いがそいつのファインプレーだな、もしこのことが公になっていたらはっきりいって内のギルドは取り潰されていた。まあそんでうちのギルドの信用のおける奴らを使って他の依頼をすべて断って〈ミルキオーレファミリー〉の捜査に当たらせていたんだが、ここ2週間なしのつぶて、これはもう内のギルドが取り潰されるのを覚悟で官警どもに明かさなきゃいけないかとも覚悟したんだが……昨日やっと進展があった」

 

 そこで喋るのを一区切りついて息をつく。

 

 「昨日、〈ミルキオーレファミリー〉の構成員の一人に偶然出くわした。どうやらいろいろとやって逃げ出して来たらしい。それで今まで1日中、ごう……いや尋問していたんだが、いろいろゲロッてなやっとアジトの居場所が分かった」

 

 ……とりあえず言いなおした所には突っ込まないでおく。

 

「うわー、結構ひどいなあんたらのギルド、真実隠して犠牲者増やすとか」

 

ミックは結構引きながら、組織の闇という物に対して辛辣な言葉を言う。

 

「まあ、あんたら〈マスター〉がそういうだろうなと言う事も分ってはいたがな。これは何代も続くギルドマスターとしての責務だと思っている、まあ理解してくれとも理解できるとも思わねぇよ」

 

 ギルドマスターはこれで終わり、という風に話を切る。

 ミックも「なんだかなー」とは思いつつもそのことに深く突っ込みはしない。それはミックがこの〈Infinite Dendrogram 〉の世界をゲームだと思っているからだろう。あくまでこれはひとつのクエストにおけるバックグラウンドストーリーだと思っているから、深く突っ込まない気にしない。なぜならリアルではなく遊戯(ゲーム)なのだから。

 そして俺もそこには突っ込まない。俺はこの世界がゲームではないとは知っていながらも、自分の所属するギルドがなくなるという事態をわざわざ自分から引き起こすつもりも、もうおこってしまったことを掘り返すつもりもない。リアルであり、そして遊戯(ゲーム)だから。

 とりあえずはこのままでは話が進まないので、話をこちらから切り出すとしよう。

 

 「それでなんで俺たち3人だけなんだ?」

 「さっきも言ったが俺の信用のおけるやつは全員捜査に回していてな、今手が空いているのが俺とこいつだけだったんだよ。でもそれじゃあさすがに手が足りないからうちの新人〈マスター〉の手を借りようかって話になってな。《コール・デヴィル・サーチャー》を使って探索していたわけだ」

 

 なるほど、あの小さい悪魔はやはりギルドマスターが呼び出した召喚悪魔だったのか。

 

 「まあとりあえずは聞きたいことはもうないかな?」

 「そうかじゃあ俺のクエストをうけてくれるんだな?」

 「ああ」

 

 【クエスト【壊滅――〈ミルキオーレファミリー〉 難易度:8】が発生しました】

 【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 俺の耳に直接、イベントクエストの発生を告げるアナウンスが響く。

 どうやらあの双子はこれを通常のクエストではなく、緊急のクエストとして認識したらしい。

 そして難易度:8。つまりこのクエストの難易度は熟練者カンストティアン二人分や逸話級や伝説級のUBMと同等の難易度があると判断したということだ。

 一部の強者を除けば、間違いなく決死になるであろう難易度。

 だがむしろ望むところだと、やる気をこの身に漲らせる。

 その様子を眺めていたミックは、うんと頷くとギルドマスターの方に向かって口を開く。

 

 「なあ、そのクエストだけど――俺も受けていいか?」

 「あん?……まあ構わない…か、戦力は多い方がいいし〈マスター〉ならばいろんな問題は無視できるしな。だがいいのか、あんた俺らのこと良くは思っていないだろ?」

 「いや別に?さっきはああ言ったけど、理由は分るし何よりそのことをちゃんと言っていても別にたいして変わらなかっただろ、その逃げてきたやつがいなければアジトの場所分んなかっただろうし、それで結果に差が出ないんなら別にどっちでも構わないからなー。ただまあちょっとひどいなーとは思ったけども」

 

 それに、と続けて俺の方を見て笑う。

 

「ローガンとは一緒にクエスト受けに行かないか?って話しあっていたばかりだしな。丁度いい機会だろ」

 

 ギルドマスターはその言葉を受け入れ頷き、それでクエストが受理されたのか、ミックは「おっ」といってメニューを操作する。

 

 「それじゃあ、今から〈ミルキオーレファミリー〉のアジトへ向かうぞ、竜車を要してある、行き先は〈リヴノー山岳地帯〉だ」

 

 それじゃあ、クエストスタート!

 

 「あっ、ちょっと待った、行く前に教導休むこと受付の人に行っておかなくちゃな」

 

 そう言って大闘技場に戻っていくミックの言葉を聞き、他の全員はガクッとなったのであった。

 

◇◇◇

 

 あれから、受付に何日か教導を休むということを伝えてから、俺たちはギルドマスターが用意した竜車に乗って遥か北西に向かっていた。

 

 出発してから約2時間が過ぎ、出てくるモンスターはすべて竜車を曳く亜竜がすべてひき殺せる程度でしかないため、3人とも軽く雑談をしながら暇をしていた。

 ちなみに残りの一人、ギルドマスターが連れていた鎧の男――名前はアルフレッド・リヴィングストンと言うらしいのだが――は竜車の御者代わりとして亜竜に乗っているため忙しいらしい。

 暇をして暇をして、そしてようやく俺たちがその暇を発散する時が来た。

 そう亜竜では一気に轢き殺せないモンスターの登場だ。

 1体のボスモンスターと21体にも及ぶボスモンスターが率いる従者モンスター。

 俺とミックはレベル上げと資金を増やすために、モンスターを倒したいとギルドマスターとアルフレッドに告げてから、戦端を開いた。

 

 「いくぜぇ!」

 「こい“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”《コール・デヴィル・チーム》」

 「?」

 

 設定はいつも通りのポイント倍加と召喚数倍化、後はついでにAGIも倍加させてもらっている。

 ミックがボスモンスターに切り込み、俺は9体の《チーム》の悪魔で敵の従者モンスターを撹乱しながら倒していく。

 ミックがボスモンスターを双剣で切り、ボスモンスターがその四肢を用いてミックをたたきつぶさんとする。

 だが9体の悪魔を用いても従者モンスターすべてに対応できずミックの方に向かうモンスターも出てきている。

 それならばと新しく悪魔を追加で召喚し、追加した悪魔と併せて周囲の雑魚モンスターを倒し終える頃にはミックはボスモンスターをたおしていた。

 

 「おつかれー」

 

 ミックはそう言いながらこちらに帰って来る、どうやら宝櫃をゲットしたようだ。

 俺はアイテムドロップを拾いながらアイテム分配について相談すると、ミックは宝櫃のみでいいとのことなのでアイテムをすべてポイントに還元する。

 どうやら宝櫃を開けたら、いい武器とエレメンタリウムが複数個手に入ったらしい。

 俺たちが竜車まで戻り中に入ると、ギルドマスターが怪訝な顔で疑問を投げかけてくる。

 

 「なあ、ローガンいくつか質問をしてもいいか?」

 「?ああ、いいが一体何なんだ?」

 「お前の《チーム》の悪魔なんだが、普通と違うよな?3体しか出ないはずなのに9体も出てるし、通常よりスピードが速い」

 

 なるほど、そのことか。確かに普通の悪魔使いにとっては見過ごせないことかもしれない、だがそれは言えない。

 

 「悪いな、簡単に言うとそれはエンブリオの力だ。だからと言ってその詳細を話す気はないぞ」

 

 すこし突き放した言い方でその質問に答える。

それは俺の力の一端で秘匿すべきことだ、そして味方に話しておかなければならないことでもないから話す必要もない。

 

「あー、そうか。あんたの秘密を解き明かしたいわけじゃなかったんだ、もしかしたらそういう事ができる方法があるんじゃないかって思ってな。それなら教えてほしかったんだが……」

「残念だったな」

 「んじゃ、もうひとつあんた、なんであんなに長い召喚文読んでいるんだ?」

 

 その言葉に固まる。

 最初の質問と似たようなものだと勝手に想像して身構えていた内容とは全く異なる予想外の質問。

 

 (え……?何のことだ。全く心当たりないんだが)

 

 「あん?その顔、もしかしてしらないのか?」

 「いや、何のこと言っているんだ?召喚文って何のことだ?」

 「いや、だからさっきあんたが読んでいた“地獄より来たれ、三位一体の小さき悪魔”~ってやつだ、なんでわざわざあんな長い例文を呼んでいるんだ?お前の性格上、そんなかっこつけたものより手っ取り早い強さを選びそうなものなんだが?」

 「はい?例文……?」

 「もしかしてお前、悪魔召喚スキルに書かれていた召喚文を例文と知らずに「それを絶対読まなきゃいけないものだー」とか思い違いしていないよな?」

 「なん…だと…」

 「まさか本当に思いちがいしていたのか?っていうか初心者用に渡した一式にそのことについて書いておいた指南書を同封していたんだけど、読んでいなかったのか?」

 「え……いや、二人で手分けして読んでいたが、そんなもの俺は呼んで……ってもしかしてシュテルが読んでいたのか?いやでも読んでいたら教えてくれているだろう、なっ!」

 

 そういって、シュテルの方を向き少し剣幕の入った口調で尋ねると、シュテルは胸に手を当てて誇らしげに説明をする。

 

 「もちろんそのことについては読んでおりました。ですがそのような情報、主様にとっては不必要な物。なぜなら主様はいつでも威風堂々とかっこよく召喚呪文を唱えているのがいいのですから!」

 

 …おい。

 

 「あー、まあそんなわけでだ。本来悪魔召喚のためには○○を呼ぶ的な簡単な物でいいんだ。俺とかだと“来い”とか簡略化するな。ちなみにこの詠唱もスキルによっては完全に省略できたりするが、まあそれはいつか帰った時に教えるさ。ついでに教えておくとアイテムとかを生贄にささげる時も○○を捧げる的な物でいいからな?」

 

 そうか……まさかそんな悪魔使いのスキルがあったとはな。

 つまり俺は今までそんなことも知らずに得意げに悪魔召喚を行っていたというわけか。

 ミックやギルドマスターの気まずい視線を感じるのがつらい。

 

 『フフフフフフ』

 『主様?』

 「フフフフ、……畜生ゥ!おうちに帰ってやるー」

 

 そういってログアウトを行おうとするが、すぐにミックに肩を掴まれて他者接触によりログアウト処理が止められた。

 

 「ああ、どぅどぅ落ち着けってローガン。気にするなってほら、ただのしょーも無いミスだろ。いつも尊大なくせしてこんなときだけ子供に戻るんじゃねぇよ」

 

 ちくしょー。

 

 

 あのあと、ミックとギルドマスターの二人になだめられて、少し落ち着いたあとは得に何事も無く進んでいき、途中に俺やミックがログアウトをするために休憩を何回か入れたことを除けば順調だった。

 気がつけば〈ミルキオーレファミリー〉のアジトがあるという、〈リブノー山岳地帯〉に踏み入れていた。

 

To be continued

 




(=○π○=)<ミック君も主人公も遊戯派です。


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第4話 突撃

第4話 突撃

 

■〈リヴノー山岳地帯〉 【悪魔騎士】ヴィクター・ミルキオーレ

 

 ここは〈リヴノー山岳地帯〉の地下に広がる〈ミルキオーレファミリー〉のアジト。

 実験はほぼ終わり、資材ももう既に無く、弟子たちは互いに会話を楽しむなどといった偉業を汚す行為をすることも無いため、この地には静寂が蔓延っていた。

 ヴィクターはその静寂を嫌わずにむしろ好んで浸っていた。それは輝かしい未来を幾度も空想するのに都合がいいからである。

 しかし、その静寂は破られることになる。

 

 「ご報告します」

 

 静寂を終了させ騒喧さを場に満たす、その知らせは突然だった。

 ヴィクターはすでにリソースの目星さえ付け、召喚魔術式を完成させて後は式を安定させながら十数時間がたてば悲願が達成するという段になって、その報告は届いた。

 その報告は4人の侵入者を告げる物。

 ヴィクターに従う弟子たちが、警戒のために交代で〈ミルキオーレファミリー〉のアジトの周囲に数体の《サーチャー》の悪魔を張りめぐらせていた。その内の1体に侵入者が引っ掛かりこうして知らせが届いているのだ。

 

 「一体何者かね?」

 

 ヴィクターは、侵入者は何者かと誰何する。

 自分の空想を破られたことにいら立ちもあるが、それ以上にこのあと少しという時間にやってきた侵入者の正体をいぶかしむ。

 ただの無粋な放浪者……とは思いたい。今までにその手合いは何人か処理してきたし、その程度の存在ならばさして強くも無いだろう。もちろん漂流の超級職という可能性がゼロとは言えないが、《サーチャー》の悪魔を使役しているのはすべて《看破》を5以上あげている弟子のみ。その場合のやり過ごし方と言うマニュアルはすべて構築してある。

 だが、今日にまで至る官警やギルドの執拗な捜査を目の当たりにして、この状況を問題ないと断ずることなど出来ない。侵入者が4人であるならば官警ではなくギルドの人間であるだろうか?とあたりを付ける。

 それは間違っていない。だがもっともそのあたりには欠けている部分があるのだが。

 

 「この一団の中に我が悪魔戦士ギルドのギルドマスターがいるとのことです。また他の侵入者は“悪魔剣”アルフレッドと下級の悪魔戦士がひとり、後は【闘士】も加わっているようです」

 「ほう?」

 

 その報告を聞きヴィクターは眉と口元をあげる。

 4人の侵入者が誰かと思えば同胞であるとは思わなかったのだ。まあ部外者が一人紛れ込んではいるのだが。

 

 「なるほど、悪魔戦士ギルドの連中か。下級の悪魔使いはともかくとして戦力になるのがギルドマスターと“悪魔剣”の二人しかいなかったのかね、私の足元に及ばぬとはいえ他にも数人腕の立つ【悪魔騎士】はいただろうに」

 「それに関しては資材・情報調達班から報告が上がっておりました。どうやら悪魔戦士ギルドの連中は2週間前から方々に散って我らを探索していたようです。おそらく緊急と言う事でギルドマスターが直接動かざるを得なかったのでしょう」

 「ふむ、やはり2週間前に知り合いと顔を合わせてしまったという報告は杞憂ではなく真実だったというわけか、それにやはりロッソはギルドの連中に捕まったと見えるな」

 「はい……」

 

 そう2週間前には悪魔戦士ギルドに彼らの正体がばれてしまったことを知っていた。

だが口を封じようにも、その彼を見た悪魔戦士ギルドのメンバーはすでに皇都に戻っていて、高確率で話しているだろう相手の口を封じる意味さえない。なのでその報告が杞憂であったと内心をごまかしていたのだが……やはり現実は甘くはなかったようだ。

 そしてアジトを変えることもまた出来ない。これはロッソを追いかけることができなかった理由と重なるのだが、もうその時期には場所を移動するような余裕が一切なく、もし移動させるのなら現在の成果の半分以上を放り投げ、かつリソースの工面を一から組み立てなくてはならなくなる。あと半歩で奇跡に届くかというこの段階で、その決定を提案できるものはヴィクターを含めてだれ一人としていなかった。

 

 だからこの状況になってしまったことは、仕方が無いとヴィクターは諦める。

 だが彼の夢、彼の理想たるこの奇跡は一切諦めることは出来ない。

 ゆえに彼は一つの令を発する。単純明快なこの状況を変える手を。

 

 「しかたがない…か。全員に告げる。今現在、悪魔召喚術式の安定に取り組んでいる者とアベル以外はすべて侵入者の迎撃にあたれ。私も出向く、皆の者敵を殲滅せよ」

 

 そう、それは殲滅の令。

 当然ではあるだろう、この状況で他に打てる手などそうありはしない。

 この開いた空洞の地にヴィクターの大きな、しかし怒声ではない威厳に満ちた声が響き渡る。

 そしてこの令を聞いた、すべてのヴィクターの弟子たちはこれが最後だとやる気をみなぎらせる。

 ヴィクターはそのやる気をみなぎらせた弟子たちをみてそれでこそだと思う、なにせ負けはない戦なのだ、そんなものに物怖じする弟子などこの場にはいないだろう、と。

 そう、この戦いに負けはない。二人の上級であるギルドマスターと“悪魔剣”の実力は熟知している。彼らは確かに強いが、“悪魔剣”は〈ミルキオーレファミリー〉の高弟たちと大差はなくギルドマスターもまた高弟数人でやらせるかもしくは自分が戦えばいいだけのこと。下級二人など考慮の内にもない弱者。これで負けると考える方が難しい。

 とはいえ、一応念の為…と術式を安定させている弟子たちに確認する。

 

 「ああ、一応侵入者は私たちで対処できるが、もし何かしらの方法でこの場に直接強襲してきたら、例のあの緊急術式を使いなさい。安定とはほど遠く、危険な部分もあるがだからと言ってむざむざ侵入者に邪魔させることも無いでしょう」

 

 緊急術式とは、安定の段階を飛ばして起動させる緊急起動用のコマンド。

 場合によっては術式が失敗する可能性もあるが、邪魔されるぐらいならとこの方法をとるようにいう。

 弟子たちに伝えてはいない危険性もあるが…それくらいなら別に問題ないと許容する。

 それくらいは彼の望みの為なら仕方が無い犠牲ととらえる。

 ヴィクターが今までに消費して来た資材と同様に、そのような形で犠牲になれて幸せだっただろうと弟子たちの幸運を喜ぶ。

 

 そう、別にヴィクターは資材と弟子を分けて考えてはいない。

 弟子たちのヴィクターに対する崇敬をいいものとして浸っているが、だからと いってそれを消費することに一切のためらいはない。なにしろそのために拾って やったのだから、と傲慢な理由を心に秘める。

 

 

 彼らの想定は間違ってはいなかった。

 たしかに、侵入者は彼らの知る上級職二人と知らない下級職二人のみ。

 そこに一切の間違いはない。

 下級職の力など本来彼クラスのティアンにとっては鎧袖一触レベルの相手でしかない。

 だが、そこに一つ足りない数値があるという事を誰も知らなかった。

 そして、ヴィクターは知らなかった。

 天才であるが世間に疎く、また弟子たちもそのような報告は一切しなかったために知る由が無かった。

 それは20日ほど前から突如として増加したとある存在のこと。

 そう〈マスター〉という規格外の存在のことを全く考慮してなどしていなかった。

 

□〈リヴノー山岳地帯〉 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 時間は少しだけ巻き戻る。

 

 「っち、朝になっちまったか」

 

 そんなギルドマスターの言葉を聞きながら、食事を済ませる。

 現在地点は〈リヴノー山岳地帯〉の中腹少し前。

 〈リヴノー山岳地帯〉の麓にたどり着いてから、ばれるのは遅い方がいいというギルドマスターの提案によって、竜車を降りてここまで徒歩で登山することになってしまった。

 しかも明りを付けずに2時間も夜中を移動し続ける羽目に。

 《暗視》スキルを持つ上級職の【悪魔騎士】のスキルである、《コール・デヴィル・ダークウォーカー》をギルドマスターとアルフレッドの二人が1体ずつ交互に呼び出し周囲を警戒させていたとはいえ、いつ敵に襲われるかと何度も不安に駆られることになった。

 ちなみにミックも《暗視》スキルをある程度持っているらしく警戒の一員として最前にいた。

 ……これだと俺一人何もしてないことになるな。まあ向き不向きがあるということにしよう。

 

 「さて食事をしながらでいいから聞いてくれ、このあと少ししてから俺たちは〈ミルキオーレファミリー〉のアジトに向かって特攻する。時間が無いから再び夜になるのを待つことは出来ないし策を弄することもできない。だから一点突破で特攻一択だ」

 

 そう言いながら、おそらくこの周囲のものと思わしき地図をアイテムボックスから取り出して、ペンでいくつかの場所を大小さまざまなマルをつけ、ある場所には×をつけていく。

 

 「この小さいマルを付けた場所に《サーチャー》がいる。で、大きいマルがその《サーチャー》の識別範囲だな。《サーチャー》の説明に関しては必要ないな?」

 「ああ」

 

 《サーチャー》…すなわち【悪魔騎士】のジョブスキルの一つである《コール・デヴィル・サーチャー》に関しての説明はすでにこの場に来る間の竜車の中で一通り説明を受けている。

 《コール・デヴィル・サーチャー》は250ポイント使用で召喚可能な広域探査特化型の召喚悪魔だ。

 召喚数は1体のみだが、召喚時間が1時間と少し長めで、ステータスはHPが50でMPが150であり、他のすべてのステータスが1という脆弱さを誇る。

 だがその分スキルは探査に特化した優秀な物が揃っており、《殺気感知》《危険感知》《感知範囲拡大》《動体探索》《脅威探索》《指定人物探索》《探索範囲拡大》等の探査スキルを複数高レベルで保有する。また状況を召喚者に知らせる《従者報告》スキルも保有するため、【悪魔騎士】になってからは探査・警戒を行う場合に重要な役割を担うようになるとのことだ。

 

 「にしてもどうやってその《サーチャー》とやらを見つけたんだ?あと探査範囲とかどうやって見つけたんだよ。それとこのバツ印はなんだ」

 

 ミックがそう矢継ぎ早に幾つかの質問をする。

 確かにそれに関しては俺も疑問だった。

 説明を受けた限り《サーチャー》は魔法的な感知に気づくことができるスキルもあるというし、見つけた方法が全く分からない。

 探査範囲に関してはおおよその見当はつくが、バツ印も一体何なんだろうか?

 

 「《サーチャー》をみつけたのは目視だな、バツ印は召喚者、探査範囲は経験だな」

 「え?それってどういうことだ」

 「〈ミルキオーレファミリー〉の連中は素直すぎんだよ、《サーチャー》を使った拠点周囲警戒のセオリーを一つも間違わずに実践してやがる。まあ優秀っていうことなんだろうけど、それは逆にセオリーを知っている人間からすれば《サーチャー》の置き場所や自分の隠れ場所が丸分かりって寸法なわけさ。それと《サーチャー》の探査範囲は他のジョブで補っていない限り、範囲は固定だからな覚えていればすぐにわかるさ」

 「はー、すげー」

 

 (……なるほどこれが熟練者ティアンのスキルということか)

 

 決して忘れていたわけではない。

 特殊超級職を除く通常のティアンにとって、〈マスター〉のもつエンブリオの力は規格外であり常識外れだ。

 そこに〈マスター〉とティアンの差が存在する。

 だが、実際に〈マスター〉とティアンが相対した場合にティアンが食らいつくことができる要素が存在する。

 それがジョブに寄らない経験値の蓄積。〈マスター〉以上に修羅場をくぐり、身につけ続けた修練の証。

 今の俺では持ち合わせない力。

 

 『まあ、いつかはそれも手に入れて見せるさ』

 『はい、主様なら問題ありません』

 

 そう俺とルンペルシュティルツヒェンの間で会話をしながら、意識を現実に戻らせる。

 

 「んでだ、はっきりいってこの《サーチャー》に気づかれずに召喚者を倒すことは出来ないし、《サーチャー》を倒してから速効で召喚者を倒すのも無理だ、セオリー通りなら雑魚悪魔を拠点に置いておいて緊急連絡方法にしているはずだしな。召喚者が死んだら呼び出した悪魔が消える性質を逆手に取った連絡法さ。俺たちは遠距離攻撃も暗殺も得意じゃねぇからな、正面突破で相手に待ち伏せする時間を無くして突っ込んだ方がいいだろう」

 

 ギルドマスターは一息ついてから、「何か質問なるか」と眼で訴える。

 それに対して何もないという意思をこめて俺たちは首を振る。

 

 「それじゃあ、次は戦力確認だな。簡単にでいいから自分の戦力を評価してくれ。ちなみに俺は【悪魔騎士】で合計レベルは290だ。戦闘スタイルはオーソドックスな悪魔召喚を軸にしたタイプだ」

 

 そこまで行ってから右を向く。

 右に座っているアルフレッドを見たのだろう。

 ちなみに俺たちは円形または五角形の形で5人座っている。

 

 「はい、私ですね。私も【悪魔騎士】で合計レベルは242です。戦闘スタイルは悪魔を召喚しながら、自分も剣を持って戦うという両方をとったスタイルですね」

 「じゃあ、次は俺だな。俺は【闘士】で合計レベルは43。捨てジョブで1レベルあるだけだから、実質は42だな。戦闘スタイルはまあ普通に敵に突っ込むタイプだな。一応銃を持ってはいるけどそっちより剣で戦う方がメインではある」

 「最後に俺だな。といっても俺も【悪魔戦士】でレベルは39。闘い方も今のところ変哲のない悪魔召喚スタイルだしな」

 

 最後の戦力評価で自分のことを喋った後、他の3人が驚いた顔をし、ミックがこちらの勘違いを訂正する。

 

 「え?ローガン気づいてないのか、お前もうレベルアップしいるぞ」

 「なに?」

 

 その言葉に驚きながらステータスを確認する。

 見るとレベルは40に上がっており、さらに新しいジョブスキルを習得していたようだ。

 新たに覚えたスキルは《コール・デヴィル・チョアプラトゥーン》だ。

 

 『《コール・デヴィル・チョアプラトゥーン》: 消費ポイント『250』

  【スレイブ・デビル】(平均ステータスは別途参照)をX体召喚し、5分間使役する

  ※Xの数値は《旅団》スキルの空いた枠の数となる。』

 

 【スレイブ・デビル】のステータスを確認してみると、そのステータスはある意味すごいものだった。

 DEXを除くすべてのステータスが5というひどい有様であり、DEXのみが50という数値をかろうじて保っている。

 はっきりいって弱い。

 今現在の俺の《旅団》スキルのレベルは、何度も召喚し続けた甲斐があって最大の5に到達していて、旅団枠が30程ある。倍加を含めれば90に至るが、それだけ大量に召喚しても使い道が無い。おそらくこのスキルは本当にちょっとした雑用にしか使えない召喚スキルなのだろう、もっとも前に聞いた【悪魔騎士】の召喚数の条件を満たしたいならうってつけのスキルだとは思うが。

 いままでに習得して来て使っていない《コール・レッサー・デヴィル》や《コール・デヴィル・ガード》や《コール・デヴィル・クラッシャー》と同様にお蔵入りなスキルだろう。

 他にも使っていないスキルが2つ程あるが、あれらは使う機会が無いだけで使い道はあるしな。

 

 「使えないスキルだな」

 「まあそう言うな、いろいろと便利ではあるんだぜそのスキル。拳大の大きさのちっちゃい悪魔が、えっちらほっちらと何体も集まって雑用をこなすからな。結構人気なんだぜ。まあ戦闘特化ならいらないという気持ちもわかるがな」

 

 そんな小さい悪魔なのか。

 

 「さて、話を戻すとするか、全員の詳細を聞いた限りだと、とりあえずこのメンバーでも〈ミルキオーレファミリー〉の連中と真正面からぶつかり合ったらキツイ。だから作戦を立てるぞ」

 「さっき策を弄している時間はないって言ってなかったか?」

 「ああ大規模な策を弄している時間はねぇ、だがちょっとした作戦を実行する位なら余裕を見ていいと考えてる。なにより一番まずいのは焦って無謀に突撃した結果、返り討ちにあって失敗することだからな」

 

 ギルドマスターはそう言いながら再び地図を広げて、ペンでいくつかの線を描いていく。

 

 「いいか、あっちの性格からしてこっちが突っ込んだ場合に取って来る方法はある程度まで絞れるだろう。その中で一番とって来そうな方法を今から説明するぜ、まずは……」

 

□■〈リヴノー山岳地帯〉 【闘士】ミック・ユース

 

 道なき道を走っていく。

 あたりを見渡せば、そこは一面の死の大地。

 草木など一本も生えず、生物も少し前からモンスターも含めて1体も見当たらない。

 こことは違い、北東の《厳冬山脈》には、まだ地竜や怪鳥が巣くっていると来る途中の竜車内でギルドマスターが話していたが、ここにはそんなものも見当たらない。

 岩を飛び越えてごつごつした道を走る。

 

 今は休憩地点から直接〈ミルキオーレファミリー〉のアジトへ向かっている……訳ではなく、少し迂回してある場所から向かっている。

 その理由はギルドマスターが提案した作戦によるもの。

 迂回する分少し時間がかかってしまうが、それをする価値のあるものなのだろう。

 作戦による時間浪費の分、出来るだけ早くアジトへ突入したいと急ぐ。

 とはいっても、そんなに速度を出す必要はないし、できない。

 下級職とはいえ近接戦闘型のミックのAGIは369とそこそこにはある。

 もちろん上級以上の近接戦闘職と比べることなど出来ないのだが、比べるのが悪魔召喚ジョブであるなら別だ。

 ミックよりAGIが高いのはアルフレッドのみであり、そのアルフレッドでさえAGIは500に届くかどうかという所。ましてやAGIが50さえ切る人物が同行しているのならなおさら急ぐ必要はない。

 そんな遅さの人物……ローガンを背負ったり、悪魔に運ばせたりしないのは力の温存と、なにより調整が楽だからというだけである。

 

 (見えた、あそこか)

 

 《視力強化》を使いながら一番前を走っていたミックはアジトに近づいたことに気づく。

 もっともアジトが直接見えたわけではない。地図上で言うならアジトの場所までまだ少しある。

 それでも近づいたと気付けた理由は単純だ。

 目の前に数十人の黒いローブをまとった人間が待ち構えていたからである。

 そしてその様子を見ながら、ギルドマスターの言葉を思い出す。

 

 『相手が数十人でアジトの手前付近に待ち構えて居た場合。これがあいつらが一番取ってくる可能性が一番高い手段だ。その場合の作戦を説明するぜ――』

 

 へぇ、読みどおりなんだ。そう思いながら足を止めずに動き続ける。

 この方法を相手が取ってきた時が、こちらが勝つ確率が一番高いとギルドマスターは言っていた。

 他の方法、たとえばアジト内に引きこもられた場合、広い場所での乱戦は必至でどう考えてもこちらが不利になるとのこと。

 「でも相手がなぜ不利になる方法をとるんだ?」とこっちが聞いてみたら、それはあいつらの大望とやらが最大の理由にして足かせらしい。

 あいつらは大望の為に逃げられないし、万が一を考えて引きこもれない。

 そう読んだ上で、あいつらは彼我の戦力差ゆえに真正面からつぶしてくるだろうとも。

 

 その場合、チームプレイとしては俺がただ突っ込んでいくだけでしかない。

 もちろん妨害はあるだろうが、そこは切りぬけろと無情にも告げられた。

 そして突っ込んだ先で、「ソレをつかえ」と渡された、手の中にあるアイテムをいじる。

 

 (ギルドマスターが言っていた行動を起こす場所まであと200メートルくらいか)

 

 そこまで正確な距離測定ができるわけではないが、目測で距離を測る。

 そしてさらに目標地点に50メテル近づいた時、あちらの方からアクションが起こされる。

 

 「そこまでにしてもらおうか、我が同胞たちよ。ここに来たという事はどうせ私の理想を知っているというのだろう?ならば戦う必要などあるまい、我らの悲願たる理想の悪魔はすべての悪魔召喚者に捧げられるものだ。私の理想を受け入れなかったと言って同胞に与えないほど私は狭量ではない。ならば……」

 

 それはある程度こちらが予想していたもので…危機感を抱く必要のない戯言だった。

 ギルドマスターからはこちらの予想外の行動が無い限り、足を止めるなと言われているのでそのまま走り続ける。

 走りながら周囲を見ると、あちらの一人の男(ギルドマスターから聞いたヴィクターとやらなのだろう)は演説し始めていた。

 周りのローブをまとった男は、感動している者もいる。この状況を分かっているのだろうか?

 こちらはギルドマスターもアルフレッドも「ありえない」という顔で聞き流している。ローガンも……って少し惜しそうな顔をするなよおまえ、欲しくてもあっちに寝返ったりするなよな?まあいいか、とりあえずこっちはあちらの演説など気にもせず、目的地まで走り続ける。

 

 (……あと30メテル)

 

 そこまで近づいて、あちらも聞く気が無いことを再認識したのか、数名が悪魔を何体か召喚し始めている。

 だが少し遅い。

 

 (…3、2、1、0!)

 

 目標に到達した時点で、今までのローガンに合わせたスピードではなく、《持久力強化》や《走力強化》等のスキルをフル稼働させて全力で走る。

 それと同時にギルドマスターは上空に待機させていた、とある悪魔を動かす。

 

 「上だ!」

 「えっ?ぐっあっっ」

 「ぎゃああああ」

 「ごぇぇぇ」

 

 数と質で劣る集団が、相手に勝つための方法はいくつかある。後の時代で、敵を魅了して仲間にするという方法で数の差を逆転させてしまう【女衒】と淫魔もそのひとつだ。

 それらに対し、俺たちが選んだ方法は2つ。そのひとつが奇襲という単純な物。いかなる強者であろうと、無防備な瞬間をねらわれることは致命的だからだ。

 そしてそれをなした、その悪魔の名前は《コール・デヴィル・スカイランサー》。要は空を飛ぶ突撃槍使いの悪魔で、一直線に飛翔し突撃するその速度は【疾風槍士】の奥義の程ではないが音速に至り、威力もかなりの物らしい。

 そう…無防備な悪魔使い系統を一撃で即死させるのには十分な程の威力が。

 そして4体の《スカイランサー》が4人の悪魔使いを殺したこの現状を見て、作戦のひとつが完全に嵌まったことを確信させている。

 唯一反応して見せたヴィクターのことに関してもだ。

 《スカイランサー》のことがばれなかったのは、常に俺たちの頭上に1体ずつ置いて《サーチャー》にばれないようしていたらしい。アルフレッド曰く、そこまで緻密な悪魔コントロールを出来るのはギルドマスターかヴィクターくらいしかいないという。

 奇襲する対象にヴィクターを選ばなかったのは、ヴィクターなら直前で気付いて防御なり回避なりできるだろうというギルドマスターの読みがあったから。

 そしてこれでこの場に居た〈ミルキオーレファミリー〉の高弟たち、レベルが200を超えている人物をあらかた処理できたのだろう。ギルドマスターの言葉によれば半年前に居たレベルが200を超える人物は5人のみという話しだった。だから残りの危険対象はヴィクターを含めて後二人。

 

 そしてこれだけではない。もう一つの数と質を逆転させるための方法をとるため、ローガンたち悪魔使いは新しい悪魔の召喚呪文を唱える。

 

 「“来い”《コール・デヴィル・ビギナーキャスター》」

 「「“来い”《コール・デヴィル・キャスター》」」

 

 それが、魔法使用特化悪魔の召喚。もっとも俺にくわしいことは分らないが、いまは別にそれでいい。

 ローガンのみ3体。ギルドマスターとアルフレッドは1体ずつ悪魔を呼び出す。

 

 「っく、ここで魔法特化悪魔の召喚ですか?何を考えて……まあいいでしょう、身の程と言う物を教えて差し上げます。《コール・デヴィル・メ…」

 

 ――遅い。

 ヴィクターはあくまでもギルドマスターとアルフレッドしか見ていない。

 もしかしたら同じ悪魔使いのローガンのことはある程度気にしているかもしれないが、下級でそして別系統の職業に就いたものを全く認識していない。

 他の奴ら。ヴィクターの徒弟と云った連中も俺のことを認識していないか、突然の状況に困惑している奴しかいない。

 ……だから俺がここまで近づける。ヴィクターまであと3歩と言う場所まで。

 だがここで近づいて切りつけるなんて真似はしない。ギルドマスターの話が本当なら近接戦闘に対する備えはかなりしてあるらしい。

 それになにより…ギルドマスターの作戦を遂行するのが先だ。

 そう思い手の中のアイテム……《ボトムレスピッド》が込められた【ジェム】を俺とヴィクターの間に投げ入れて使用し、そしてローガンたちが召喚した悪魔たちもまた召喚者の意を受けてその身すべてを糧として最大の魔法を放つべく、《オーヴァーキャスト》を使用した《ボトムレスピッド》を発動する。

 そして6つの魔法の効果により俺たちの下に深い穴が開く。

 

 「っなあ?!」

 「っへ、一緒に落ちやがれってんだ」

 

 そして俺たちは地の底に落ちて……

 

To be continued

 




余談1:ビギナーキャスター

(=○π○=)<MP特化の純魔法特化
(=○π○=)<コストは少し高めの150だが、それに見合った性能。
(=○π○=)<複数の下級魔法を習得し、《オーヴァーキャスト》をもつ。

《オーヴァーキャスト》:自身が消滅する代わりに次の魔法の威力・消費MPを2倍にするスキル。

(=○π○=)<要は召喚悪魔の最終奥義のようなもの。それに比べたら格段に弱いけど。
(=○π○=)<召喚悪魔を使い捨ての魔法砲台にできる。ちなみにここまでやってやっと下級魔法使いの2/3の威力ではある。という設定。

(=○π○=)<ちなみに上位のキャスターは上級魔法もいくつか習得した上位互換。コストも増すけど。

余談2:ギルドマスター

(=○π○=)<優秀な人
(=○π○=)<ヴィクターを才能と運によって最強に至った天才とするならば
(=○π○=)<ギルマスは努力と死線によって最優に届こうとする努力の人
(=○π○=)<そんな彼のレベルが290どまりなのは、一度上級職をリセットしたからです。それが無ければ400超えてた。
(=○π○=)<要はヴィクターはナギタイプ、ギルマスはラカンタイプ
(=○π○=)<主人公は……ネギタイプ?


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第5話 それぞれの戦い

12/17あとがきを追加しました。


第5話 それぞれの戦い

 

□■〈リヴノー山岳地帯〉・地下 【闘士】ミック・ユース

 

 落ちる。

 落ちていく。

 六重の《ボトムレスピッド》によって空いた奈落の穴から、俺とヴィクターがともに落ちていく。

 頭上の小さくなっていく光点と、次第に暗くなっていく世界を感じながら行動を起こす。

 このままでは俺だけが地面に墜落して死んでしまうのだ。それを防ぐためにエンブリオを起動して《落下耐性》スキルと《ダメージ減少》スキルをふたつ使い着地に備える。

 俺だけが死ぬと思った理由は単純。先ほどヴィクターが何かの悪魔を召喚する声が聞こえたからだ。この状況で呼び出す悪魔なんて落下を防ぐための手段以外にないだろうな。

 

 「っつ」

 

 数秒ほどのフリーフォールから着地に成功したのと同時に頭上から大きな爆音が響き渡る。どうやらギルドマスターが立てた作戦はうまくいっているらしい。

 俺はヴィクターを探し奇襲に備えるため、《暗視》スキルと《殺気感知》スキルを使う。

 だが…奇襲になど備える必要が無かった。

 

 なぜなら、ヴィクターは俺のことを敵として認識などしていなかった。

 あいつは俺の頭上で悪魔の上に乗りながら、悠々と周囲を観察している。もちろんそれは一緒に落ちてきた俺を探そうなどと言う動きでは決してなく。爆発によってふさがれた地上への穴を見ながら、ここからどうやって抜け出そうかと脱出経路を探す動きそのもの。

その動きが頭にくる。

 俺は視界に入れるにあたわないのかと。

 だから――無理やりにでも入れてやる。

 

 「はあっ!」

 

 アイテムボックスから取り出した一本の投擲槍を、ヴィクターめがけて思い切り投げてやる。

 投擲槍は風を切り高速でヴィクターに接近し、ヴィクターはその一撃に気づかずに目の前まで到達して……不可視の壁に阻まれて落ちる。

 

 「ちぃッ!」

 「ふむ?」

 

 阻まれたこと自体にはさほど驚愕してはいない。だがやはり一撃入れてやるという意思を持ってはなった攻撃を意に介さずして防がれたのだ、舌打ちをしてしまう。

 阻まれた理由はあいつが持つ装備の効果だろう。ここに来る途中の竜車の中で最優先連絡事項のひとつとして、そのことについては聞いている。

あれこそがかつてヴィクターが〈ミルキオーレファミリー〉の戦闘メンバーと共に倒した、逸話級UBM【障壁狐 ファルクス】のMVP特典【障壁輪 ファルクス】の力なのだろう。

 その詳細についてはギルドマスターも知らないという事だが、道中に聞いたUBMやMVP特典の内容を聞く限り強力な力を持っていることは間違いが無いと思う。

 こちらの攻撃が満足に効かないような相手にどうやって立ち向かおうかとヴィクターの方を見ると、ヴィクターはようやくこちらのことを認識したようで、乗っている悪魔の高度を下げて降りてきていた。

 

 「っへ、やっと降りてきやがったか」

 「《コール・デヴィル・ダークウォーカー》。……ん?はあ、誰かと思えば貴様か。ああ、確かに私と一緒に落ちてきていたな、察するに君は上が片付くまでの足どめ役といったところか。全く、これがギルドマスターならばお互いの力と叡智と技術を研ぎ澄まし合う絶好の研鑽の時になったというのに。それでなくても“悪魔剣”ならば邪道を走る者を正道に戻す大義があるし、あの若い【悪魔戦士】の少年ならば我らがあるべき真の姿と言う物を教授出来たというのに……なぜ、君なんだね?まったく、ポイントの無駄遣いに他ならないよ。君みたいな矮小な下級相手に私の力をふるわなければならないのだからね」

 「あ?」

 

 こいつ、俺のことを眼中にないって、俺みたいなのを相手にする価値が無いってそういうことを言っているのか。ふざけるな。

 

 「いくぜ、ヴィクター・ミルキオーレ。テメェは俺が倒す」

 「身の程と言う物を少し弁えたらどうかね、まあいいだろう君を放置したまま上に戻ることは難しいようだしね。相手をしてあげよう、なにすぐに終わるさ」

 

 まだ言うか。

 ヴィクターを「仕留めてやる」と、俺はアイテムボックスから双剣をとりだし、地面を駆ける。

 

 これがこの地下坑道での戦いの合図となるのだった。

 

□地上 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 「ヴィクター様っ!」

 「お師匠様っ!」

 「父上!」

 

 ミックとヴィクターが穴に落ちていく。

 この場に居る〈ミルキオーレファミリー〉の連中は、自らが尊敬する人物であるヴィクターが落ちていくのを見て、驚愕し混乱して叫ぶ。

 敵がヴィクターのことに気をとられている間に、俺たちは次の行動に移る。

 ギルドマスターの作戦によって作り出した、この時間的優位と相手の隙をわざわざ見過ごす手はないのだから。

 

 「“来い爆弾魔”《コール・デヴィル・グランドボマー》」

 

 ギルドマスターが《グランドボマー》を召喚する。

 これは俺が切り札の一つとして使う《ボムトルーパー》の上位召喚スキルで、これによって6000という莫大なポイントと引き換えに、爆発力が格段にアップした悪魔を呼び出すことができる。

 その《グランドボマー》を俺たちが造りだした奈落に続く穴へとさし向ける。

 穴の近くには落ちたヴィクターを心配した、敵の徒弟たちが数人いるが…全く問題ない。

 穴の中央まで移動させた《グランドボマー》を周囲に居る数人の徒弟たち諸共、盛大に自爆させ穴を完膚なきまでに崩落させる。

 

 「ぎゃああっっ」

 

 敵の悲鳴を聞きながら、作戦の推移を確認する。

 そうこれが、質と数で勝る相手に対する対処法の二つ目。それが敵の頭にして最大戦力を隔離して封印すること。

 だが、単純に隔離しただけではすぐにヴィクターは出てきてしまうだろう、だからそのためにミックには、足どめとしてヴィクターの戦いの相手をしてもらうために一緒に穴の下に落ちてもらう事とした。

 俺たち4人の中で、ミックが選ばれた理由は二つ。

 ひとつは、彼がたとえ死んでも3日後に復活する〈マスター〉だから。

 もうひとつは、ミックがこの3人の中で一番勝率が高いから。

ヴィクターと同じタイプの俺やギルドマスターでは勝ちの芽はないだろう、そしてアルフレッドも戦いの根幹は俺たちと同じ悪魔召喚なのだ、悪魔召喚と言う同じ土台では地力がはるかに勝るヴィクターに勝ち目などない。

 だが、下級職とはいえ個人戦闘型のミックは別だ。あいつだけは悪魔の群れをかき分けて敵の喉元に食らいつくことができる。

 敵の守りに関しては分らないこともあるが、ギルドマスターにもろもろを説明された後、足止めを頼まれたミックは「それはかまわないけど、別にあれを倒してしまっても構わないんだろう?」と返していた。ギルドマスターはその言葉を聞き「ああ」と頷いて作戦を任すことになったわけだ。

 だが、ギルドマスターたちもミックも知らないんだろうけど、それはフラグだ。

っと、考えている場合ではないな。これは俺たちも行動に移す場面だ。

 

 「“来い”《コール・デヴィル・ビギナーキャスター》」

 「“来い”《コール・デヴィル・ロジティクス》」

 「っつ、どういうつもりだ。“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 「“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 「“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

 俺たちが悪魔を召喚するのに反応してか、生き残っている22人の敵の徒弟たち全員がしめしあわせたかのように《バタリオン》を召喚する。

 《バタリオン》は《チーム》の上位互換であり、超級職である【魔将軍】の《コール・デヴィル・レジメンツ》の下位互換スキル。

 【悪魔騎士】で最初に覚えているスキルであるため基本的なスキル扱いらしい。

 そしてその効果は1000ポイントと引き換えにして【ソルジャー・デビル】を16体・20分で召喚するというもの。【ソルジャー・デビル】は《レジメンツ》で呼び出される悪魔と同じであり、HPとLUKを除くすべてのステータスが100になっている弱い悪魔だ。

 だが弱いといっても総勢22人による《バタリオン》の召喚によって、352体の群れとなっているこの状況は普通に危機感を覚える。

俺一人で戦えば、敗北は必至だろう。

 だがこれも別に問題はない……そもそもこいつらの相手をするのは俺じゃあない。

 

 「ローガン!」

 「ああっ」

 

 俺とアルフレッドは352体の群れと22人の【悪魔騎士】無視して、アルフレッドが呼び出した運搬・輸送用召喚悪魔《ロジティクス》に乗り込む。 

 あいつらを無視して移動するのは、もちろん敵の本拠地に直接乗り込むためだ。

 

 「なっ!貴様ら逃げるのか」

 「悪いがお前らの相手をするのは俺だ、“来い”《コール・デヴィル・メガロニカナイト》」

 

 戦闘力を持たないがゆえに高いAGIによる高速移動が可能な《ロジティクス》によって、俺たちは後方に聞こえる敵とギルドマスターの声を耳にしながらこの場を後にするのだった。

 

◇◆◇

 

 あの二人は……無事に離れることができたようだな。

 俺はここに残っている22人の〈ミルキオーレファミリー〉の徒弟たちを《看破》によって見る。

 やはり……レベルが低い。

 確かに全員レベル50を超えて【悪魔騎士】に至ってはいるが、この中で【悪魔騎士】のレベルが一番高いやつでも62までしかいってない。平均してしまえば合計レベルが100いくかどうかと言ったところだろう。

 それでは奥義の《メガロニカナイト》をはじめとした強力な召喚悪魔は呼び出せないし、それにあいつらの今までの行動を見る限り、おそらくあいつらは養殖によって生み出されている。

 いちいちあいつらの行動が、ワン・ツーテンポ遅いし拙い。やはりこいつらの足止めを俺ひとりがすることにしたのは正しかったなと作戦の成功を喜ぶ。

 

 「っギルドマスター。あなたは確かに強いが、この22人に勝てると思っているのですかな?」

 「楽勝だろ?てめぇらが束になってもかないっこねぇよ」

 

 ただの煽りではなく、実際にそう思っているからな。

 俺は横に立つ5m程の金属鎧におおわれた悪魔を見る。その悪魔は両手で大剣を掲げ尻尾を地面にたたきつけながら、兜のスリットから除く赤い目が残光をまとわせながら周囲を睥睨している。

 今までの悪魔ではあり得ない威圧感を内包した存在。

 それもそのはず、この俺が呼び出した〈メガロニカナイト〉は純竜級の悪魔。

召喚に五万もの消費が必要な代わりに、そのステータスはまさに純竜級のステータスを誇り、複数の戦闘スキルも兼ね備えた大戦力。

 ヴィクターの野郎なら同じ《メガロニカナイト》を出したり、さまざまな召喚悪魔を組み合わせて倒すこともできるんだろうが、まあこいつらには無理だな。

 

 「ぐっ、こんなときにお師匠様がいてくれたら…」

 「っそ、そうだ。ヴィクター様をどこにやったんだ!」

 「あん?てめぇらもしかして知らないのか?この周囲にはいくつか大昔に廃棄された炭鉱があるんだよ、その内の一つの大きい空洞にヴィクター達を落っことしただけだ。というか、このあたりを拠点にするんなら少しは周囲を調べておけってんだ」

 「っは…廃鉱だと?!そんなものがあるなんて知らないぞ、もしそんなものがあるのならなんで、俺たちはあんなに苦労して大量のポイントを消費してまでアジトを作ったんだ!」

 「うわーw」

 

 確かにヴィクターの野郎は昔っから悪魔召喚以外のことに関しては疎かったが、全く調べてなかったのか。

 この廃鉱ができたのは800年前のことで、三強時代の動乱の中で資料のほとんどは失われたといっても、あるところにはあるんだがな。ヴィクターが疎くても徒弟たちはそのことについて何も言わなかったのかねぇ?

 そのことを知らずにポイントを大量消費とか【悪魔戦士】系統としては致命的なミスだな。まあ今回はこっちのプラスになるミスだったが。

 

 「ああいいや、そんじゃてめぇら覚悟しろよ」

 

 そして《メガロニカナイト》を動かしながら新しい悪魔を召喚する準備を始める。

 

 そしてこの地上でも新たなる戦いの火蓋が切られた。

 

 

□アジト内 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 あの戦いの場をギルドマスターにまかせて、アルフレッドが呼び出した《ロジティクス》にのり、数分かけて〈ミルキオーレファミリー〉のアジトの入口にたどり着くことができた。

 その後、アルフレッドが呼び出した《コール・デヴィル・スカウト》を先頭に立たせて警戒をさせながら、俺たちもその後ろに続いていく。

 道は整理されているわけでもなく、松明の明かりに照らされた岩をくりぬいただけのようなごつごつした悪路。

 

 「作戦通りではあるが、ギルドマスターは大丈夫なのか?」

 「大丈夫でしょう。《看破》は取ってないので相手のレベルは分りませんでしたが、挙動を見る限り彼らはそこまで強くない。あれなら数が倍になろうともギルドマスターの敵ではありません」

 

 相手の弱い連中をギルドマスターがひとまとめに相手をする、というのがギルドマスターが立てた作戦のひとつ。

 その作戦に対して「なんで、全員で一気にやらないのか?」と聞いたが、その理由は時間の問題らしい。

 ここでいう時間は〈ミルキオーレファミリー〉が造ろうとしている召喚悪魔が完成するまでの時間というわけではなく、もしミックが敗れた場合に廃鉱からヴィクターが出てきてこちらを倒しに来るまでの時間のこと。

 その可能性を考えて弱い連中をギルドマスターが相手にすることになった。

あの数を一人で抑え込めるのはアルフレッドや残念ながら俺でも無理だろう。ここもミックと同様に消去法によって足止めとして選ばれた。

 ちなみにヴィクターに二人以上で挑まなかったのは、足止めだけならミックでも問題ないだろうし、数が増えることであちらが本気でこちらをつぶしに来ないようにするためでもある。基本的に格上殺しは相手が油断していて出来るものだからな。…まあ一部そうじゃない奴らもいるが。

 また敵を放置して三人でこちらに来るというのは完全な悪手だ、そんなことをしたらヴィクターの救出をされてしまってそれでジ・エンドだ。それよりも早くあいつらの目論見を潰せればいいが、それは楽観視というものだろう。

 

 だからこうして急いでいるわけだが、ふと疑問に思い、あちらはどのような戦力なのかアルフレッドに聞いてみた。

 

 「あちらの戦力ですか?そうですね……私の知る限りだと相手で戦力になるのはアベルだけでしょう。半年前の時点でレベルが260を超えていたので、はっきり言って私より強いですね。ただし他の〈ミルキオーレファミリー〉の連中は、【悪魔騎士】をカンストさせていないでしょうし、この儀式を成功させるために確実に《儀式魔法》スキルを覚えることができる【儀礼官】や【儀式魔術師】などのジョブに就いているでしょうから戦闘のレベルはさらに下がると思っていいと思います。おそらくあなたでも簡単に倒せるでしょう」

 

 なぜだか、その言葉を聞き胸がじくりと痛む。どうしてだろうか?

 なにが心に来たのか思い出そうと、今の言葉を回想して――

 

 「ローガン!」

 

 アルフレッドの声と同時に起きたのは3つのこと。

 まずは先行させていた《スカウト》が泡となって散り。

 次に目の前に悪魔が突如として現れて。

 そして俺の前に剣を持つアルフレッドが立っていた。

 

 「なっ」

 

 驚いた。

 3つの起きたことすべての予兆すら全く気がつかなかった。

 もしアルフレッドの一言が無ければ反応もできなかっただろう。

 もしアルフレッドが間に入って防御してくれなければ、反応できたとしてもやられていただろう。

 そして……もしアルフレッドがいなければ俺は死んでいただろう。

 そんな自分にとって認めがたい事象を起こした元凶を睨みつける。

 

 「やれやれこれが防がれてしまうのか。さすがは“悪魔剣”と言うべきかな?そこの下級だけなら簡単に倒せていたと思うんだけど」

 「ふぅー。やはりあなたが出てきましたねアベル。奇襲用悪魔ですね、こうもうまく潜伏させられるとは思いませんでした」

 

 (こいつがアベル?現在の悪魔戦士系統において第3位の実力の持ち主)

 

 アベルの容姿は、典型的な外国人と同じ金髪碧眼の20代後半といったところの美丈夫で、今までに会った連中と同じ黒いローブをまとっている。

 一瞬の観察を中断して、アルフレッドと奇襲用悪魔が剣と拳で打ちあっている中、手助けをしようと《チーム》を呼び出そうとして、

 

 「彼は私が押さえます。あなたは先に行ってくださいローガン」

 

 その一言で行動を中止させられた。

 

 「――な、に?」

 「私がそんなことをさせると思っているのか?悪いけどそんなことはさせないよ、“来い”《コール・デヴィル」

 「《従魔解放》【デスウォリアー】《空想武装》」

 

 アベルの言葉を中断させて、アルフレッドはひとつのスキルを発動させる。

 俺が未だ知らない、未知の力。

 そのスキルの発動と共にアルフレッドが持つ剣の刃が黒く暗く染まり、いままでにうちあい押し合っていたのがうそのように一撫でで悪魔を屠る。

 

 「・バタリオン》。発動させてしまいましたか、出来れば使わせないまま倒せればよかったのですが」

 「――ふっ」

 

アベルの口上を満足に効かずに、呼び出されてすぐの満足に体制の整っていない《バタリオン》の内の一体に切りかかり、すぐさま泡に戻してしまう。

その一撃と共に、先へと続く道を切り開く。

 

「残念でしたね。ローガン!」

「っく、ああ!」

 

 アルフレッドだけにこの場を任せて先に行くことに抵抗はある。

 もしここでアルフレッドに加勢しても邪魔をするだけだし、そんなことをしたらアルフレッドは一生俺を許さないのだろう。薄い関係であるが、おそらくそうだろうという確信はある。

 そんなのはいやだ。

 これも適材適所なのだろう、“仕方が無い”そう胸の内を納得させて、後ろで鳴りひびくさまざまな音を聞きながら、この暗く続く道の先へ足を踏み出す。

 

 

そして、それから数分程走りつづけて、大きな空洞にたどり着き、そこで見たのは――

 

◇◆◇

 

 「っぐ、“守護者よ”《コール・デヴィル・ガードナー》」

 「やはり厄介ですね、“破壊者よ”《コール・デヴィル・クラッシャー》」

 

 お互いに防御特化悪魔と攻撃特化悪魔をそれぞれ召喚する。

 アベルが最初に進む道を妨害していたのとは逆に、ローガンが先に進んだ以上今度相手の妨害をしているのはアルフレッドの方だった。

 アルフレッドは悪魔の力が宿る剣をふるいながら、相手の力を把握する。

 

 (やはり、つよい。悪魔の性能が私のより上だ。おそらく獣魔師系統も取っているのでしょうね。対してこちらは悪魔を強化するジョブを一切取っていない、何度も切りかかりながら悪魔を呼び出してはいるがその都度対処されてしまう)

 

 内心、アルフレッドは少し焦ってきてはいる。

 このままでは、自分が抜かれてローガンに悪魔を差し向けられる、という焦り。

 自分はそう簡単にはやられないだろうが、だが抜かれることはありうるだろうという不安。

 

 その焦りと不安の根幹はやはり、〈マスター〉というものに対する認識だろう。

 アルフレッドは〈マスター〉の力は確かに同レベルより強いが、だが熟練のティアンによればひとたまりもないだろう、というこの時期のティアンのほとんどが持つ認識。

 たしかにこの時期の〈マスター〉の力は幼い。〈超級〉という規格外など生まれてもいないのだから当然と言えば当然だ。

 別にその認識が間違っているわけではないし、その認識をしているからといって愚鈍・無能という評価には一切ならない。それは正しいことなのだから。

 そして、アルフレッドがその認識を変える契機はそう遠くない。

 

 

 「ちぃ、やはりそう簡単にはいきませんか」

 「そう簡単に終わると思われているのなら心外だねぇ」

 

 最初の交戦開始からおよそ15分が経過している。

 それまでにアルフレッドが倒した悪魔の数は100を超える。

 そしてアルフレッドが消費した悪魔の数も100を超えかねない。

 その理由の一つが、アルフレッドが“悪魔剣”と呼ばれる所以になった一つのスキルの能力。

 スキルの名は《空想武装》。【空想戦士】というレア下級職が唯一もつスキル。

 このスキルを簡単に言うと、自分が保有している空想生命体(悪魔や霊体等の本来この世に居ない人類範疇外生物の通称)をコストに、自分が持っている武器を空想生命体の能力に応じて強化するというもの。

 このスキルは消費する空想生命体の強さや種類にかかわらず、5分で効果が切れてしまう。そのためスキルの貼り直しの為に数体の悪魔を消費しなければならなかった。

 それは戦線を支える数を少なくしてしまう事も意味する。

 

 それでもなお、お互いは互角に戦っていた。

 アルフレッドは悪魔を呼び出しながら相手の追撃の邪魔をさせながら、自身は敵の悪魔やアベルに切りかかり。

 アベルは悪魔を間断なく呼び出し続けながら、効率よく相手を追い詰めていく。

 その最大の原因は、アベルが先ほどから通常の悪魔しか呼び出していないことだろう。

 《スカイランサー》などの、この場所では使えない悪魔はともかくとして奥義を含むいくつかの悪魔を呼び出そうともしない。

 先ほどから呼び出しているのは【悪魔騎士】のスキルでありながら、弱いものばかりである。もっとも弱い悪魔を効率よく効果的に運用するのは、正規の純性の悪魔使いとしては真っ当なものなので批判は出来ないのだが。

 しかし、アベルが使わない理由は存在する。それは使えないからだ。5万もの大量のポイントを消費して呼び出される奥義の悪魔をはじめとして、強力な悪魔を呼び出すのには大量のポイントが必要になる。

 そして今現在アベルが持つポイントの総量は5万に満たない。

 その理由は至極単純な物である、彼らが目指す理想の悪魔を作り出すために、多大なリソースを要求され、それを満たすために自らの分も切り詰めていったという単純な物。

 戦闘メンバーであり、周囲の侵入者の排除を任せられていたアベルを含む高弟達でさえそうなのだ、通常のメンバーの保有するポイント総数は推して知るべしだ。

 対してアルフレッドはこの大事な決戦に際して保険をすべて使い、保有ポイント数を相当にあげてきている。超級職を保有しているなら《ギーガナイト》を数体呼び出すことも可能だろう。

 

 アルフレッドはレベル差と防衛側という不利を、ポイント数で拮抗状態に持ち込んでいる。

 そしてその拮抗状態を崩す一手を打つ。最初にして最後の差し手はアルフレッド。

 

 (後少し…)

 

 その手は、彼が現在ついているもう一つの上級職【空想刃】で唯一使えるアクティブスキル。

 数十メテルしか届かないが、強力な一撃を放つことができる中距離攻撃。

 この上級職についてからレベルを上げる時間がさほどなく、そのレベルは21で止まってしまっている(ちなみに半端なレベルは《獣魔解放》を覚えるためだけにある下級職のレベルを23まであげてそこから手をつけていないだけだ)。

 だが今はそれでも問題ないと、アルフレッドは黒く染まる悪魔の力が宿った剣を振りかぶり、スキルを発声する。

 

 「《ファントムレイザー》」

 「なっ」

 

 その宣言と共に、振りおろした剣から黒い刃が放出される。

 それは音速に迫る勢いでアベルに到達し、その身を通り過ぎる。

 血飛沫が吹き出す。

 アベルの右肩から左側の腰にかけて斜めに両断され、同時にアベルが呼び出していた悪魔が泡となって消える。

 それはアベルが完全に死亡した証拠。悪魔戦士系統一本だった男が【死兵】など取るはずも無く、竜鱗やブローチといったものを持っていなかったのだ。

 

 それがこの戦いの終着。

 アルフレッドは戦いの終わりを確認し、今までの疲労を感じて座り込んでしまう。

 だが、これで終わりではないと、ふるえる足を押さえてローガンが進んだ道の先へと彼も向かうのだった。

 

◆◆◆

 

 男たちは焦っていた。

 ここを最後の守護としていた、彼らの兄弟子であるアベルがここを立ち、そのアベルを通り抜けて一人の下級職の人間がこちらに来ていることを、探知用の悪魔が告げていたからだ。

 別に彼らがその下級職に負けると思っているわけではない。

 高弟達と比べればはるかに劣るとはいえ、それでも【悪魔戦士】をカンストさせて上級職に至るだけの実力を持った集団なのだ。

 だが、彼らが焦る理由はこちらにくる【悪魔戦士】に実力が劣るからというわけではなく、その敵に対応することで彼らの悲願が途絶えてしまう事。

 今ここには必要最低限の人間しかいない。他はすべて侵入者の迎撃に出てしまっているのだ。

 もし術式を安定させている彼らの内、一人でも離れればその時点で術式は暴走する。

 それは許容できないが、このままではその未来が来てしまう。

 

 だから、それに対応するための策は彼らには一つしか残されていなかった。

 それが悪魔召喚の術式安定という工程を無視して行われる強制励起。

 その手段について、彼らは師から何も聞いていないが、師が万が一としてのこした方法なら問題ないだろうと、手を伸ばす。

 暴走の危険が高いが、それでも全くの無に帰すよりはましだろうと、彼らはその最悪の手をとってしまう。

 

 「いくぞ、緊急術式起動――」

 

 いままで術式を白光で描いていた召喚陣が赤く染まる。

 その術式は召喚陣を中心とした数十メテルをすべてコストとした生贄儀式の秘法。

 そのコストとして術式を起動したすべての悪魔使いが生贄になってしまうが、それでも術式が無くなってしまうよりはいいと、ヴィクターは考えてその秘法を残した。

 

 「ぎゃあぁぁ」

 「ぐわああ」

 「だふぁkjふぉあjふぉあj」

 「がじょfじゃjをjんうぇらうぇお」

 

 光の塵となって消えていく、すべてのそこにある物が悪魔召喚を促すための原動力として。

 人も、アイテムも、モンスターも、そして……■■■も。

 

 その儀式はヴィクターもまったく予想だにしない結果を生み出す。

 コストとして消費されるはずの■■■は、その性質を保ちながら悪魔生物に取り込まれる。

 

 【デザイン適合】

 【存在干渉】

 【エネルギー供与】

 【設計変更】

 【固有スキル《常在召喚》を付与】

 【固有スキル《ポイント変換》を付与】

 【死後特典化機能付与】

 【魂魄維持】

 【〈逸話級UBM〉認定】

 【命名【悪魔式 ゲーティア】】

 

 そして一体の悪魔が生まれる……

To be continued

 




(=○π○=)<それぞれの戦い(ひとつは決着)

余談1:《空想武装》Lv1
    『自分が装備している武器に、空想体をコストとして5分間、装備箇所の装備攻撃力をコストとした空想体の全ステータス(HP・MP・SPは1/100で計算)合計の平均値の10%アップする。
   ※最大1体まで重ねがけ可能』

(=○π○=)<【空想戦士】固有のスキル。
(=○π○=)<この表記はLv1のものなので、レベルが上がるごとに%の数値と、重ねがけ可能数がアップする。
(=○π○=)<コストとするのは、テイム・クリエイト・サモンいずれでも構わないけど、いなくなるのでインスタント召喚向けではある。
(=○π○=)<基本的には使えないスキル。たとえば《ボムトルーパー》をコストにした所で、レベル1なら装備攻撃力が8しか上がらない。
(=○π○=)<複数体召喚するスキルでも、コストにするのはそのうちの1体のみだからね。
(=○π○=)<亜竜級をコストにして攻撃力を8アップする位なら、もっと強い装備を購入した方が手っ取り早い。
(=○π○=)<しかも空想体を用意できる人間が基本的に後衛や生産タイプで、物理ステータス弱いしね。
(=○π○=)<だからティアン時代では【獣戦士】と同様に使えないスキルで、あちらと違い〈マスター〉増加後も使えないのは変わらない。ただし一人を除いて。

(=○π○=)<凄い余談だけど、なんでこのスキルこんなに数字多いんだろうねー(棒)


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第6話 ミック・ユース

第6話 ミック・ユース

 

□過去

 

 ――俺には才能が無かった。

 

 勉強ができなかった。

 予習はしていた、復習はしていた、努力はもちろんしていた。

 それでも勉学において、俺はいつも下位をさまよっていた。

 理解ができない、計算ができない、記憶することができない。

 全く理解できないわけではない、拙いながらも少しづつ理解する程度の力はある。

 全く計算できないわけではない、ところどころ間違いながらも解くことは出来る。

 全く記憶できないわけではない、何度も書き取りをすれば当然覚えられる。

 それは発達障害などではない。一度そのことを心配された親に連れられて病院に行ったことがある。その結果は文句なしの健康優良児だった。

 勉強ができないという状況に対して、一度別のコースに行かないか?と言われたことがある。

 だがそれは審査の段階で躓いたようだった。別に全く勉強ができないというわけでもなかったからだ。多少なりとも勉強は出来ていた。

 俺は今のままでみんなと一緒に学校に行きたいと、審査をする人に伝えていたというのも理由ではある。

 

それにそれだけが問題ではなかった。

 

 運動もできなかった。

 別に家で年中ごろごろしていたわけではない。

 友人たちとアウトドアを楽しむことも多かった。

 同年代と比べても、それなりに体力は付いているだろうし筋肉もある。

 ただ、足りなかったのは運動センス、運動神経そのもの。

 歩くたびにこけるとか、どこかのアニメや漫画のキャラ見たいなことがあったわけではないが、うまく体を動かすことができなかった。

 

 そしてそれだけではなく、音楽の、芸術の、文才のあらゆる才能が無かった。

 空気を読むのが苦手で、ファッションセンスも無く、派手に遊ぶのもよしとしなかった。

 一応、ゲームに関してはそれなりの腕前はあったのだが、だからといってゲームで無双できていたわけでもなく、中堅または上の下という程度だろう。

 

 そんな俺に対して、世間の同年代の人間は厳しいものだった。

 10を超える頃から18近くになるまで、俗に言うスクールカースト、それの下位をぶっちぎって最下位として君臨し続けたのだ。

 

 別にそれを悲観していない。

 この不名誉な称号は、俺の俺である性質の一部だろうと理解している。

 大切な3人の友人。レナード、キャロル、アンジェラが対等な友人として接してくれたからでもある。

 

 だけど、それでも。

 

 ――俺は才能がほしかった。

 

 

 俺は才能のない今に、このままでいいと甘んじていたわけではない。

 現状を打破しようと、少し無茶をやって俺のこの現状を変えてやろうと動いたことがある。そのせいで1年近い停学処分になってしまったわけだけども。

 

 

 停学になったおかげで、いろいろと暇になってしまった。

 外で元気に遊ぶということもする気が無く。

 勉強を頑張ってみんなに追いつこうという気概も、すこしだけ休ませようと考え。

 だからといって、派手に遊ぼうだとか、危険なことをしてみようだなんて思わない程度には、自称ではあるかもしれないが良識的だった。

 そして何もすることが無く、日がな一日のんびりすごす日々をひと月ほど続けていたある日のこと、今までの日常を文句の使用も無くぶち壊す出来事が起こる。

 それは一つのゲーム。

 これまでもアンジェラあたりがいろいろなゲームを持ち込んで、みんなで楽しむことがあった。

 だが今回もちこんできたのは、いままで付き合いですることが多かったはずのレナードだった。

 俺たちはレナードが持ち込んだゲームという、今までになかった扉を開ける。

 その持ち込まれたゲームの名は〈Infinite Dendrogram〉というものだった。

 俺はそのゲームの説明を簡単に聞き、早くやりたいと思うようになった。

 今までに発売されたVRMMOはやったことが無かったが、現実と寸分たがわぬ世界で好きに生きることができるなら、同じ能力(ステータス)才能(スキル)をもって遊ぶことができるなら、それは俺が最も望んでいたものだと。

 レナードは、「いや、いままでに出たVRMMOは大したことなかったし、これもそこまで期待するほどじゃないかもよ?」、とは言っていたがやってみなければわからないと、批評を押し切ってプレイしてみることを選択した。

 

 ゲームのプレイ開始日はもうすぐそこまで迫っており、俺とレナードそしてキャロルとアンジェラを巻き込んでそのゲームを楽しもうと誘い、それを快く了承されて4人でプレイすることになった。

 プレイするに当たり、ある程度情報がほしいというレナードの希望によって、戦闘は決して行わずにゲームの設定が終わったら一度ログアウトするという約束をして、俺はゲームの機体を被り、これから俺が最も夢中になることになるゲームの最初の一歩を踏み出すのだった。

 

 

 俺の部屋から〈Infinite Dendrogram〉にログインした俺は、見知らぬ場所に立っていた。

 立っていたのは花々が咲き誇る野原。

 現実ではない、ゲームの世界。だがその精巧さに驚く。

 ゲームだと言われなければもう一つの世界だと錯覚してしまうような、匂いや風の動きを感じる程だった。

 

 「ふむ、よくきてくれたな」

 

 そこには一匹のネズミ……というよりはハムスターがいた。

 さすがゲームの世界。ゲームのチュートリアル?らしき案内がこんなのとは思わなかったぞ。これで声が高いならまた可愛いものだが、声が渋くてかっこいいというよりはなんか合わない。

 

 「ふむ、それではお主のこの世界での名前を決めてもらおうか」

 

 お主って、ゲームなのに丁寧語じゃあないんだな。まあいいけど。

 名前か……少し悩むけど、このVRMMOを始めるという段階である程度、候補は絞り込めていた。

 もともと俺はゲームでの名前に本名、ロイド・ダグラスからそのままとって、ロイドとして始めていた。

 だがVRMMOで本名を使うのはやめておいた方がいいと思い、そして今までの名前を使う気はなかったので、新しい名前を考えなければいけなかった。

 そしてこの世界ではじめる名前は自分が最も望むものをイメージした名前にすることにした。

 その望むものは当然『才能』。

 俺は『才能』を題材にしたものから名前を参考にしようとして、ひとつの作品にたどり着いた。

 それがミックという歌手の歌。その名前を名と決め。

 それのタイトルの日本語訳の青春を、今度は自国語に変えてユースと性を決めた。

 だから俺の名前は――

 

 「俺の名前はミック・ユースだ。それで登録してくれ」

 「ふむ、問題ない。それでは次に行くとしよう」

 

 そういい、いろいろな設定をすることになった。

 容姿は、今の容姿より少しだけ若い15才程の姿にしてもらい、髪の色を情熱っぽい赤にすることにした。

 所属国に関しては7つあったが、その場合の選択はアンジェラから強制されていた。

 それはもし所属できる所が複数あって、そのなかで火器類が満載っぽいところがあったら、かならずそこにすること!らしい、FPS関係が好きなあいつらしいが、強制はしてほしくなかった。

 ちなみにそれらしいところがなく、所属する所が複数あった場合は一度ログアウトする約束になっていたが、そうはならなかった。

 

 そして俺はゲームを始めることになった。

 最後にハムスターからは自由でといわれたのがすこし印象に残っている。

 

 

 ログインしてから、このゲームはチュートリアルだけでなく、いろいろな部分がリアルとまったく同じだと気付かされた。

 周囲を歩きまわり、身体を動かしてみたりした後、約束通り一度ログアウトすることにした。

 

 ログアウトすると、レナードはすでに設定を終えており、俺たちを待っていた。

 キャロルとアンジェラの女性二人を待つ間、二人で話し合ってはいたがいつまでたっても、キャロルとアンジェラがログアウトしてこないので、二人を揺さぶってみたらすぐにログアウトしたが、二人ともが『アバターを作るのに忙しいから邪魔をしないで、もう少し時間がかかるから』といわれ再びログインされてしまったので『アバターを作り終わって設定を終えたら、俺たちを起こしてくれ』というメモを貼り、一度ログインしなおすことにした。

 それから俺たち二人は、ログアウトするまで別々に行動することにして、俺は街を見て回っていたら、俺の左手に埋め込まれていた卵形の宝石が輝き孵る。

 俺のエンブリオが孵り、その性能を見た時、俺はやったと思った。

 それほどまでに、そのエンブリオは俺の望みを投影した、俺にあったものだったからだ。 

 

 その後、アナウンスで俺の体に誰かが触れているという知らせを聞き、俺はログアウトすると、女性二人組もアバターの設定がやっと終わって、高度からのフリーフォールを楽しんだ後、ログアウトして来たらしい。

 時間を確認すると、ゲームが開始されてからすでに4時間近くが経過しており、レナードが収集した情報を共有した後、遅れを取り戻すべく再びログインしてから本当のゲームスタートを開始することになるのだった。

 もっともジョブもエンブリオもない状態で結構なプレイヤー数が、モンスターと戦ってデスペナしまくっていたおかげでそこまで遅れはなかったようだが。

 

 ログインしてから4人で集まってお互いの容姿を見た、全員の感想が「みんなリアルと違う」というぐらい、全員容姿をいじっていた。

 一番リアルに近いのが順に、俺、レナード、キャロル、そしてアンジェラ。

 女性陣はよくそんなに時間かけたなと言うほど、がんばって製作したらしい。やはりいつの時代も女性はそういうのにこだわるのだろうか?でも綺麗にするというのならともかく、二人の容姿は普通じゃあないと思うんだがな。

 名前も俺以外は自分の名前を少しいじったくらいしか変えていない。身バレとかいいのだろうか?

 お互いにやりたい役割を再確認した後、その役割にあっているだろうジョブにつくために各地のジョブクリスタルをめぐることになった。

 どうやらこのゲームはエンブリオだけではなく、ジョブ制でもあったらしい、管理AIが全く教えてくれなかったから、もしレナードに戦闘禁止と言われなければ俺も死んでいたかもしれないな。

 俺と同様に第一形態になっていたらしいレナードと、その後に進化したキャロルとアンジェラはお互いに能力を確認し合い、ジョブとエンブリオをもとに、俺たちのゲーム内での役割は決定した。

 

 俺はメーレー型ダメージディーラー。

 キャロルはヌーカー型のダメージディーラー。

 アンジェラは万能アタッカー型のダメージディーラー。

 そしてレナードはヒーラー兼バファー兼デバッファー兼タンク兼クラウドコントローラー兼カンニングタワー兼ネゴシエイター兼シーフになった。

 いろいろと役割がおかしい気がするがキニシテハイケナイ。

 その内のひとりがいろいろと騒いでいた気もするがそれもキニシテハイケナイ。

 

 ジョブに就いた後、いざ戦闘へと外に向かおうとした途中で、往来の中で跪いている少年を見つけたりというトラブルはあったものの、問題なく初めての戦闘をこなすことができたのだった。

 最初に心配していたことのひとつである、俺がゲーム内でまともに動けて戦えるのか?という疑問は問題がかなった。

 理由は分らないが、この〈Infinite Dendrogram〉の中でなら俺はみんなと同様に動いて戦えるらしい。ただ、その後リアルで動いてみたらいつもどおりにダメだったのは残念だった。

 

 これが俺の始めの日の出来ごと。

 ここから俺は少しずつ強くなっていくわけだが、それはここで語るべきではないだろう。

 この日俺は一つの才能を手にした。

 それが俺のエンブリオ。〈マスター〉すべてが持ちながら多種多様な力持つ可能性の力。

 そして俺に才能を与え伸ばす力を持つ俺だけの――

 

◇◇◇

 

□■坑道地下

 

 「っつう!」

 

 ミックが降った剣は一体の悪魔に直撃して、そのHPを削り切り泡となって消えうせる。

 だがそれで終わりではない。

 彼が倒した悪魔など、敵の持ちえる軍勢の一端にしか過ぎないのだ。

 ミックと敵……ヴィクター・ミルキオーレがこの地に落ちてから5分程。

 いまだにお互いに戦い続けていた。

 いや、戦いというよりは、ヴィクターが呼び出し続ける悪魔の群れに対して、何体か倒しながらもなんとか生き残っているという、生存戦に近い。

 数十、数百と呼ばれ続ける悪魔に対して何とかミックが生を保っているのは、ヴィクターが本気でないことと、本気を出せないことが理由だ。

 それはこの坑道の暗さによるため。

 通常の悪魔ではこの暗さでは敵を認識できない。

 そしてこの暗さの中で動ける悪魔はおしなべて弱いものしかない。

 それが、ヴィクターが攻めきれない理由だ。

 ヴィクターが取っている【獣魔師】系統のスキルによって従来の物より数段ステータスは上がっており、【戦技師】のスキルによって本来の物より戦闘技術は向上している。だがそれでも、個人戦闘型であるミックをとらえられるほどの差でない。

 

 だがヴィクターはこの状況こそをいぶかしむ。

 彼が取っている《看破》はそれなりのレベルであり、下級職ではその効果から逃れることは出来ない。

 事実、確かにミック・ユースのステータスを《看破》することは出来ていた。

 そして、そのジョブは間違いなく【闘士】であり、レベルは42である。ひとつだけレベルを1で他のジョブをとっているようだが、下級職でレベル1で取れるスキルなんて高が知れているし、ステータスも高くはならないと気にはしない。

 一応、【絶影】などのジョブは自分のジョブ表記を変えることは出来るのだが、ヴィクターはそのことについては知らず、また知っていてもミックの動きから下級の動きそのものだと決め打つだろう。

 

 だがそれでは説明がつかない状況が存在する。

 

 ひとつが、ミックがこの暗闇の中で動いている、というところ。

 もちろんこの暗闇はスキルでつくられたものではないので、この中でも動くことは可能だ。

 だが、まるで見えているかのように動き、悪魔を倒し続けるのはまず不可能だろう。

 なぜなら【闘士】では《暗視》などのこの状況下で動けるスキルは覚えない。

 いくらヴィクターが他のことに疎くても、さすがにメジャーな下級職のスキルを覚えていないなんてことはない。

 もちろん装備の中でそのような装備スキルをもつものは一つも無い。

 

 ひとつはミックが悪魔を一撃で倒せる理由。

 確かにヴィクターが呼び出したこの暗闇内でも動ける悪魔のステータスは低い。

 だが仮にも上級職で呼び出した悪魔であり、ヴィクターのいくつかの支援も受けているのだ、下級の戦闘職が一撃で倒せるはずがない。

  

 ひとつは彼の保有するHPとSPの量。

 そのHPとSPの量は、まさに桁が違う。

 本来、下級職ひとつをカンストした所で、そのHPの量は1000を超えるか、と言ったところだろう。

 だが、現在のミックのHPは2000を超える。

 【闘士】はスタンダードで、ステータスの成長は物理ステータスが平均的に伸びるといったもの。これではレベル50までのばしても、HPの量は1000に届くかも怪しい。

 装備補正も入ってはいるが、これは明らかにおかしい。

 そしてこれと同じ現象がSPにも起きている。

 

 それらを成している理由をヴィクターは考えるが、一向に答えが出ない。

もし、ヴィクターが20日前から増えだした〈マスター〉のことに関して、知っていたら理由は分ったかもしれないが、いまはもしもは置いておくとしよう。

 いまは知らない、というのが大事なのだ。

 もしミックのことを〈マスター〉と分っているのならば、下級と侮りすぎず脱出の糸口を探したり、もっと全力でつぶしにかかっていたかもしれない。

 もしこの状況を成している力が〈エンブリオ〉のものであると分っていれば、その理不尽さに対して警戒することができたかもしれない。

 だが、いまはまだ、ヴィクターはそのことに気づかない。それがこの時のすべてだ。

 

◇◆◇

 

 (っち、ヴィクターのやつはまだあそこか)

 

 ミックは動きまわり続けながら、ヴィクターにどうやって近づくべきか考える。

 悪魔使い相手の戦いは、ローガンとの3日連続による模擬戦を経て、ある程度分っている積りだった。

 だがやはり、〈エンブリオ〉を保有するとはいっても、下級職ひとつのみとカンストした上級職の差は大きい。

 ローガン相手を想定していままで戦って来てはいたが、それでも次々に襲いかかる悪魔の群れを倒しながらヴィクターに迫るのは至難だ。

 またいくら油断しているとは言っても、ヴィクターは効率的に悪魔たちを運用してミックを追い詰めているというのもある。

 考える時間は多くあり、そして少ない。

 なにせ悪魔が次々に襲いかかって来るのだ、悠長に考えることができるほどの余裕はない。

 

そして考えることのできるわずかな時間がおわり、次の悪魔が襲いかかってくる。

 ミックより一回り大きい程度の三つ目の悪魔は、こちらに近づきヴィクターの意のままに右の腕を振ってくる。

 それを屈みながら右の方へ避けるのと同時に、左に持った剣を相手の首めがけて切る。

 そしてその一撃が悪魔の首に当たる直前に、自身の〈エンブリオ〉の力を起動させる。

 その一降りはそのまま悪魔の首を通り過ぎて、身体と頭を分離させることで悪魔の終わりとする。

 この成果を起こしたのはふたつのジョブスキルとひとつの〈エンブリオ〉のスキル。

 

 この時使用したスキルの名前は《悪魔殺し》と《剣速徹し》のふたつ。

 

 《悪魔殺し》はスレイヤー系統のスキルであり、《竜殺し》や《獣殺し》と同様にその種族に対するダメージを増加させるスキル。

 種族が限定されている分ダメージ倍率は高く、Lv1でも20%アップもする強力な物。

 この時に使われたものがLv4なため、ダメージ倍率は80%にも昇る。

 もちろんこんなスキルがどのジョブでも使えるわけも無く、【教会騎士】などの一部のジョブでしか使う事ができないはずのものだ。

 

 《剣速徹し》は後の時代で【抜刀神】カシミヤもつかう強力なスキル。

 そのスキルの効果は、自身の攻撃に対して相手が防御できなかった時に、自身のAGIの10%にスキルレベルをかけた数値分だけ相手のENDを減算するというもの。

 この時に使われたのもLv4であり、相手のENDを150近く減算している。

 いままでに使われた悪魔のENDが、ほぼすべて150以下の為、実質相手のENDを無視しているのに近い。

 そしてもちろんこのスキルも東方の剣術関連のジョブでしか使う事は出来ない。

 

 

 この二つを習得している理由こそ、このときに使用された〈エンブリオ〉のスキルである。

 そのスキルの名は《ブラッドアビリティ》。

 スキルレベルを保有するジョブスキルのスキルレベルを、このスキルのレベル分だけ上昇させる力を持つアクティブスキル。

 才をのばし、才を与える特性を保有するエンブリオの力。

 第1段階のときは1つのジョブスキルをひとつあげるのがせいぜいだったが、第2段階で2つのスキルを、第3段階でスキルレベルが2つあがり、現在の《ブラッドアビリティ》のスキルレベルは4になっている。

 

 それが彼の持つ第3段階到達〈エンブリオ〉、【才金貨リャナンシー】がもつ2つのスキルのひとつ。

 ミック・ユースが望んだ『才能』の形。

 




(=○π○=)<一話でミックVsヴィクター戦が終わるかと思ったら説明に一話をかけてしまった。

余談:【才金貨リャナンシー】
特性:ジョブスキル贈与
ステータス補正はHPとSPのみ高く(第3段階でC)
他が死んでいる(G)、もちろんローガンと違いマイナスにはなっていない。

《ブラッドアビリティ》LV4:
『ジョブスキルを選び、そのジョブスキルレベルをこのスキルのスキルレベル分アップする。
※保有していないジョブスキルはレベル0として扱う。
※最大同時発動数は2つまで
※新たに得たスキルはメインジョブのスキルとして扱う。』

(=○π○=)<もう一つのスキルは次の話まで内緒。
(=○π○=)<もう一つのスキルにあまりリソースをつかわずに、こっちメインでつぎ込んでいるため、ネイリングよりスキルレベルは高め。
(=○π○=)<下級・上級・超級の区切りが無いため、この時点で《軍団》Lv4とかもできる。
(=○π○=)<〈エンブリオ〉としては、少し特殊性が控えめな性能。


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第7話 才能

(=○π○=)<この話しの過去話で、あれ?と思った記述があるかとは思いますが、それは仕様で間違いではありません。できればそのことに関してはしばらく触れないでほしいのです。
(=○π○=)<(といって、予想していないところで矛盾あったらどうしよう…)


第7話 才能

 

■■過去

 

 その男は一言で言って天才だった。

 

 彼はだれよりも早く、地面に立つことができた。

 彼はだれよりも早く、言葉をしゃべることができた。

 彼はだれよりも早く、物事を理解できた。

 

 ミルキオーレ家というドライフ皇国の一貴族の嫡子として生まれた彼は、幼い頃より発揮し続けたその才覚で周りを魅了し続けた。

 もちろん、クラウディア・L・ドライフのように彼以上の才能を秘めている者もそれなりにはいるだろう。

 だがそれでも彼の才能は、周囲の人間と比べても際立っていた。

 

 幼少のころに入れられた学び舎で、彼は自分の倍近い年齢の先輩を自分の配下のように扱い、それが許されるようになっていた。

 それは彼の頭脳、運動能力、そして功績が周りと比べても遥かに段違いだったからだ。

 あれは自分たちと違う。そういう認識を周囲から持たれていたのだ。

 

 そんな彼がなぜ今、悪魔使いとして非道な実験を繰り返すようになったのだろうか。

 その起源は彼の10の年齢を祝う誕生日におきた悲劇が原因となる。

 

 彼の生家であるミルキオーレ家は、皇都近くに住む貴族の中では希少な貴族だった。

 その希少さの理由は、このドライフ皇国に生まれた3人の皇子の内、第3皇子についているからである。

そしてその中でも、バルバロス辺境伯の次に規模の大きな大貴族であり、皇都近くの貴族の中で唯一第3皇子についていた。

 だからこそ、ミルキオーレ家で悲劇が起きた。

 第一皇子を頭とする貴族たちの中で、ミルキオーレ家を邪魔に思ったいくつかの悪徳と言える貴族たちが結託してテロを起こしたのだ。

 そのテロによりその屋敷の中に居た家族および使用人はほぼすべてが死に絶え、生き残ったのは彼と二人の使用人のみとなった。

 ある意味幸運だったのは、その誕生会がパーティーとして他の出席者を募っていなかったことだろうか、そのおかげで第3皇子やバルバロス家に被害が出なかったのはミルキオーレ家の当主としては安心しただろう。

 だがテロがそれで終わったわけでもなかった。

 彼と使用人の口をふさごうと追手を差し向けるのは、当然と言えば当然だろう。

 この時は折悪く、第3皇子もバルバロス家も救出の手を差し伸べることができず、皇都はずれの一角で使用人二人が殺され、次は彼自身の番と言う時になって、助けが現れた。

 それは彼にとっては天の助けだっただろう。もしくは悪魔の助けか?

 彼の命が絶えるその一歩手前にまで敵の凶刃が迫った時、それを防ぎ襲撃者を殺したのは一体の悪魔だった。

 その悪魔自体は大したことがないものだ。何せ下級職のスキルの一つ《コール・デヴィル・ナイト》なのだから。

 今の彼にとっては、いくらでも呼び出し可能なその悪魔は、だが当時の彼にとっては何よりも印象に残る記憶になったことだろう。

 

 そして彼は一人の悪魔使いの手によって助け出された。

 その悪魔使いはなんということのない、ただの【悪魔騎士】だ。レベルもカンストに至っておらず、合計レベルは80に行くかどうかといったところ。

 そんな悪魔使いだが、殺されようとした子供を放ってはおけなかった。

 その後、彼を自宅に連れてそれから数年一緒に暮らすことになる。

 彼は自身を助けた悪魔使いの力に惚れて、同じ道を目指すことを決めた。

 本来は金を稼ぎながら自分でも戦い、苦労して【悪魔戦士】のレベルを上げていくことになるが、彼は少し違った。

 

 最大の理由は彼には莫大ともいえる遺産が、残されていたからである。

 それによって、最初から悪魔を複数、コストを気にせず次々に呼び出すことで初期のレベル上げの苦労を無くすことができたのだ。

 莫大と言っても、皇国に押さえられた品もそれなりの数があったため、全部で1億行くかどうかと言ったところだが、それでも十分ではあっただろう。

 彼を助けた悪魔使いもそのお金を取り上げない程度には善良であったため、彼がそのお金を十全に使えたという理由もある。

 

 そして彼は、次々に頭角を現していく。

 ひと月で【悪魔戦士】を修め、一年かけて【悪魔騎士】を上限まであげて、八年がたつ頃にはカンストにまで至っていた。

 当時、彼の年齢は20にもなっていない。〈エンブリオ〉という規格外の力を保有する〈マスター〉ならともかく、通常のティアンが力を極める時間としては異例と言うほかない。

 もちろんそこに至る途中に遺産は底をついていたが、それまで働いた金と彼自身の才覚による効率的運用法によって、金欠に陥いることはなかった。

 

 そんな彼が超級職である【魔将軍】についていない理由は、その条件を満たすことができなかった理由はひとつだ。

 それは彼がカンストに至るのと同時に、ある一つの研究を始めたからに他ならない。

 それこそが、今に至る多大な犠牲を持って完成間近まで迫っていたひとつの召喚術式、その研究である。

 彼は悪魔使いに助け出されてから、その年に至るまでずっと疑問に思っていたことがあった。

 それは、「なぜこうも、みんな悪魔を無駄にするのだろう」というもの。

 彼が知るすべての悪魔使いが、呼び出した悪魔を無駄に消費していたことに、常々苛立ちを覚えていた。それこそ彼が認める程の悪魔使い、今はギルドマスターの地位に就いている男と出会うのにさらに十年ほどかかってしまうくらいだ。

 そろいもそろって扱いが雑すぎる、悪すぎるという内心を押し殺しながらその年まで生きていた。

 しかし、もう我慢できないと、この現状を打破するためひとつの手を打つことになる。

 それこそが、全く新しい悪魔の召喚術の研究。

 彼の叡智を引き継ぐ悪魔が、悪魔の軍団を運用し。

 彼の技術を引き継ぐ悪魔が、既存の悪魔召喚を改変し。

 彼の思想を引き継ぐ悪魔が、彼が死した後も悪魔召喚の偉大さを世に知らしめるようにと。

 個体差の激しい人間ではなく、同一規格によって生み出される悪魔での【悪魔戦士】の未来の安定。

 そして、自分を助けてくれた悪魔の為に、今彼ができる最高の恩返し。

 そう信じて、彼はその奇跡を作るために、生涯をささげることを決意した。

 

 ……そう、彼は自分を助けてくれたのを、悪魔使いではなく、悪魔使いが呼び出した悪魔であると認識していた。

 それが彼の歪み。彼の天才性とこの救出により、形作られた彼の歪んだパーソナル。

 

 その決意のあとの彼の道筋は簡単だ。

 長く続くであろう、悪魔召喚技術の確立のために、お金を稼ぎ続けた。

 自分一人では足りないために、スラムなどから孤児を助けて、自分の子供として扱いながら【悪魔戦士】としての力を教えた。

 

 そうしてさらに20年の歳月が流れて、今彼はヴィクター・ミルキオーレとして悪魔召喚式『ゲーティア』の完成を待つ。

 

◆◆◆

 

□坑道地下

 

 (リャナンシー《暗視》セット、《危機察知》セット)

 

 ミックは走りながら、自身の〈エンブリオ〉である【才金貨リャナンシー】を起動させ、心の中で誰にも聞こえない言葉で、二つのジョブスキルをセットすることを命令する。

 リャナンシーは意志こそもたないが、自分の心の中の言葉だけで《ブラッドアビリティ》を使用することが可能な〈エンブリオ〉だ(ただし二つ目のスキルは発声が必要になる)。

 そしてリャナンシーによってセットされたのは《暗視》と《危機察知》。

 【闘士】は《暗視》を持たないため、そのジョブスキルレベルは4程度でしかないが、《危機察知》は元々保有しているためプラスされて現在の合計スキルレベルは8になっている。

 《暗視》スキルをつけているのは当然、この暗闇内でも満足に動けるようにするため。

 《危機察知》スキルをつけているのは、この暗闇内で奇襲を受けないようにするため。

 そして二つのジョブスキルを使いながら、ヴィクターの近くまで走り、その道中で行く先を阻む悪魔の領域に入る。

 悪魔が攻撃を仕掛けてくるのを見ながら、ミックもいままで他の悪魔たちにしてきたように仕掛ける。

 

 (リャナンシー《危機察知》リセット、《看破》セット)

 

 敵の攻撃を今までの経験によって回避しながら、もともと持つ【闘士】のレベル5の《看破》と併せて、レベル9という高ランクの《看破》によって相手のステータスを確認する。

 

 (HP1000、END100か、これなら……。リャナンシー全リセット《悪魔殺し》セット、《剣速徹し》セット)

 

 いままでにも使用して来たコンボを利用して、右腕に握った剣を振るう。

 その剣は、攻撃を仕掛けてきた悪魔の首に防御を許さず通過し、ENDを0にしつつスレイヤー系のスキルによって増加したダメージによって一撃で敵を殺す(ちなみに召喚悪魔は首が切られても、状態異常によって即死せず、しばらく行動できる)。

 泡となって消えていく悪魔の最期を見届けたりなどせず、ミックはそのまま進むが、倒した悪魔のすぐ後ろに控えていた悪魔にまた道を阻まれ、再び同じ工程を繰り返して左の剣をふるい相手の首とHPを吹き飛ばす。

 

 (ヴィクターのやつは……っちィ、あそこか)

 

 走り続け、倒し続けながら、ミックはヴィクターの位置を確認をするが、その位置はまだまだ遠い。

 もちろん全く変わっていないわけではない。

 少しずつではあるが、確実に近づいて行っている。

 しかし、ミックが近づくのと同時に、ヴィクターもまた位置を移動してこちらに捕まらないようにしている。

 幸いなのは今までのヴィクターが、逃げるという選択肢を持っていないことだろう。

 ギルドマスターと“悪魔剣”の力をもってすれば、上に居る徒弟達は倒されてしまうだろうが、それでも時間は稼げるはずだとヴィクターは考えていた。もっとも、その想像通りにはいかず、足どめとしてギルドマスターが残って、他の二人は先に進んでいるなんて想像していなかったが。

 だが、それももう終わりだろう。この地で戦い始めてからすでに5分近くが経過しているのだ。

 

 (さすがにこれ以上時間をかけるわけにはいきませんね、仕方ありませんこの場をすぐに終わらせて上に行くとしましょう)

 

 ヴィクターが決めたのは、いままでのちまちまとした悪魔召喚ではなく、強力な悪魔によるミック・ユースの即時決殺。

 この上でなお「逃げる」選択肢を行わないのは、誰とも知れぬ下級職相手に崇高なる悪魔使いの頂点たる自分が逃げ出すなど、ヴィクター自身のプライドが許さなかった、と言うそれだけのこと。

 ヴィクターはデメリットを承知で、ミックを殺すのに邪魔な障害の一つを排除するため、ある悪魔を呼び出す。

 

 「《コール・デヴィル・キャスター》」

 

 呼び出したのは杖を持つ、魔法特化の悪魔。

 その悪魔に自信を代償として、この場の最大の障害『暗闇』を終わらせるための一手を打たせる。

 そして呼び出された悪魔も、召喚者の意を読み取り、《オーヴァーキャスト》を使用した大魔法の発動を行う。

 同時にヴィクターもまたアイテムボックスからひとつのアイテムを取り出して、それを中心に投げ入れて……

 そして悪魔の魔法が発動する。

 

 「なっ!」

 

 世界が赤く染まり、ある程度の明るさを取り戻す。

 悪魔が使用したのは《クリムゾン・スフィア》という魔法。

 ヴィクターが投げ入れたのは『油』。〈ミルキオーレファミリー〉で使う松明などを維持するために用意していた数Lにも及ぶ量を、悪魔の魔法を着火剤として燃やす。

 そしてそれはただの明かりとしてだけではなく、坑道の中心で使用された、その物騒な点灯法は、ミックとヴィクターを分断する炎の柵となる。

 ヴィクターは明かりを取り戻したことによって、《ダークウォーカー》によってもたらせられる暗い視界を《ダークウォーカー》の召喚の維持とともにすて、自身の目で敵を認識する。

 

 「ちょ、ばっかじゃねぇのお前。なんでこんな閉鎖空間の中でこんな大きな炎を起こすんだよ!空気無くなるだろうが」

 「馬鹿とは心外ですね。そんなもの問題ありません、この空洞の大きさから考えて空気が無くなるのは後五分はかかります。それまでに君を倒して上に上がればいい、それだけのこと」

 「はぁ?」

 

 (残りポイント数は……一万と少しと言うところですか、【闘士】一人を倒すのは問題ないとしても、上のギルドマスターたちを相手にするのは少し厳しいでしょうか?いえ、それでも行くしかないですね)

 

 ヴィクターは今までの経験と、記憶している悪魔の情報をもとに残りのポイントを計算する。

 そのポイント数は、多いと云って問題ない量ではあるが、《メガロニカナイト》は召喚できず、強力な悪魔を複数召喚できるほどでもない。

 今召喚できる範囲内で、あの【闘士】を倒せるレベルは……と、ヴィクターは考えて呼び出す悪魔を決定する。

 

 「《コール・デヴィル・バタリオン》《コール・デヴィル・バタリオン》《コール・デヴィル・バタリオン》《コール・デヴィル・バタリオン》《コール・デヴィル・バタリオン》《コール・デヴィル・バタリオン》、《フォース・デヴィル・ストレングス》《フォース・デヴィル・アジリティ》《フォース・デヴィル・エンデュランス》」

 

 呼び出しのは基本的な悪魔の《バタリオン》。

 ステータスのほとんどが100の悪魔たちは、ヴィクターのいくつかの支援を受けて、300までアップする。

 それは弱小の悪魔ながら、ミックに近いステータスをもつ96体の悪魔の軍勢。

 そうヴィクターが選択したのは強力な1体の悪魔による圧殺ではなく、弱小の悪魔数十体からなる蹂躙である。

 悪魔使いらしいやり方で、悪魔を使役してミックを追い詰めることを決めたのだ。

 

 「行け」

 「またわんさか出てきやがって……」

 

 96体からなる悪魔の軍勢を、ミックに向けて進ませる。

 ミックとヴィクターの間、この広場の中央にある炎の柵を、空を飛び越えることで回避して空からミックを襲撃する。

 もちろんミックを同時に襲う事ができるのは1体から3体まで程度でしかない、だが連続で襲ってくる黒い波濤をしのぐのは今のミックでは厳しいのは確かだ。

 

 (もう《暗視》も《危機察知》も《看破》もいらないな。ヴィクターの野郎が俺を倒すまでここに居てくれるんなら、足どめの役目は果たせているんだが、だからと言ってこのままおめおめとやられ続けるわけにはいかないな。ならこの状況を変えるには……あれを使うか。だが、あいつの特典武具の効果が判らないうちは切り札を切るわけにはいかねー。ならいろいろと試してみるか!)

 

 数秒の思考を停止して、ミックはまずは向かってくる悪魔を対処する。

 右の剣を上空から拳を振りおろしながら向かってくる悪魔の首を狙い。

 左の剣を振っている途中の右の剣を邪魔しないような動きで左から廻り込んできた悪魔の首を狙う。

 その二つの剣はミックの狙った通りに首を通り過ぎ、今までに使って来たコンボで同時に相手のHPを削りきる。

 ……それで2体同時に処理は出来た。だが敵の軍勢はまだまだいるのだ。

 2体を倒したことで出来た右側の隙を、1体の悪魔が爪を横に振るいしとめようとする。

 それに対し、分っていたとばかりに上に跳び上がり、HPを削り取り泡になろうとしている悪魔を踏み台にしてさらにもう1段上に跳ぶ。1度目はタイミングの関係で間に合わなかったが、2度目の跳躍の時にはリャナンシーの力を用いることで、到達高度は《跳躍力強化》によりこの空洞の中ほどまで至る。

 

 「なっ」

 

 そんな方法で軍勢を抜け出してくるとはヴィクターは考えていなかった。もちろんあの軍勢を突破してこちらに到達することは想定していたが、だからといって悪魔の軍勢が存在する上空に到達するとは予想だにしていない。

 そしてその予想だにしていないことをミックが起こしたことによって生じた、ヴィクターの意識の空白という少しの時間を利用して、ミックは詰めのための確認を行う。

 

 (リャナンシー《投擲》セット……《看破》セット)

 

 そしてミックは、装備を双剣から2本の槍に持ち替えて、それを一本ずつ全力で投擲する。

 それはこの戦いの始まりでも行った、防がれてしまった奇襲と同一のもの。

 それでもなお、同じことを繰り返すのは、防がれてしまった理由と条件と効果を知るため。

 そして最初に投擲した一本の槍が、最初の時同様に防がれてしまう。しかし今度は、不可視の壁によって防がれるのではなく、黒色の力場が現れてそれに接触することで防がれる。

 同じ状況でことなる防御方法によって防がれた理由を考えようとして……だが、相手の防御がそれで終わりでないことがわかってしまった。

 それは黒色の力場が鳴動して、こちらに黒い波濤を向けてくるのが見えたからだ。

 

 「しまっ、《瞬間装備》【ハイラウンドシールド】」

 

 ミックは咄嗟に盾を装備して、攻撃を防ぐが相手の攻撃はそれで終わりではない。

 悪魔を踏み台にしたことで作り出した時間は、逆に空中と言う身動きが取れない空間で無防備に佇んでいることを意味する。

 ミックの下に居た悪魔が一体、また一体と翼を広げ空を飛びミックを向かい、同時にヴィクターがいつの間にやら一体の悪魔を呼び出し、その悪魔(キャスター)は火の球を生み出してこちらに飛ばしてくる。

 間違いなく絶体絶命の状況。

 このままではあと少しで自分が死亡してしまうと悟ったミックは、ひとつの博打を打つ。

 

 (リャナンシー《瞬間装備》セット、《機構性能強化》セット)

 「《瞬間装備》【メカニカル・アックス】、《ゴールド・ラッシュ》起動・《メカニカルブラスト》着火ァ!!」

 

 そして博打が発動する。

 この博打に関して少しだけ詳しく説明しておこう。

 《瞬間装備》はいうまでもなく、汎用の基本スキル。【闘士】とのマッチによりスキルレベルが9にまでなっているため、高速での切り替えができるようになった。

 《機構性能強化》は本来は【工兵】などの一部のジョブで習得できるスキル。その性能はスキルレベルに応じて、機械機構を埋め込まれた武器・防具の機構を用いたスキルの性能を底上げするスキル。

 《ゴールド・ラッシュ》は〈エンブリオ〉のスキル。だが【才金貨リャナンシー】のスキルではない。これは彼の友人の一人が持つ〈エンブリオ〉によって付与されたスキル。その効果は一度限りではあるが、機械武器・銃火器の性能を底上げするスキル。これにより本来の【メカニカル・アックス】より数段火力が高くなる。

 そして《メカニカルブラスト》は【メカニカル・アックス】に埋め込まれた機構装置にしてアクティブスキル。その効果は、【メカニカル・アックス】に付属しているカートリッジを消費して、刃の先に爆発を起こすスキル。だが、ただでさえ複雑な機構に加えて、下級が手に入る程度(一応友人3人の融資があったとはいえ)の武器だ、その威力は本来ならさほど高くはない。

 

 ミックが賭けた博打はそのスキルと斧による斬撃で敵を倒そうとしたわけではない。

 それではたとえ数体の悪魔を倒せたとしても、のこりの攻撃によってそのHPは無くなってしまうだろう。

 だからミックが行ったのは《メカニカルブラスト》を使った、ノックバックによる移動法。

 通常の2Dゲームなら基本とさえいえる技術ではあるが、この〈Infinite Dendrogram〉ではその爆風で死にかねない危険な手段。だからこその博打。

 しかし、この状況を打破する方法を、ミックはそれしか思い浮かべることは出来なかった。

 そしてこのままむざむざやられるのも、癪に障る。

 ならばと、死を覚悟しながらも、その可能性に賭けた。

 そして――

 

 「なあっ!」

 

 ミックが掲げた【メカニカル・アックス】が金色に輝き、その最後の力を発動させる。

 斧の先端から本来ではあり得ない大爆発を引き起こし、その爆破のダメージを受けながらもミックは爆風に乗って移動する。

 もちろん移動先は前にまっすぐに。複数体の悪魔を置き去りにし、赤く燃える炎の柵を越え、黒い波濤を発動させたヴィクターともども飛び越えて、その数メテル先に転がり落ちる。

 

 (まずい、ここまで近づかれるとは。《バタリオン》は……間に合わないか、コレでどれくらい持ちこたえられる?)

 

 ヴィクターは焦る。

 すぐ目の前に転がり落ちた【闘士】……ミックはすぐに起き上がり、アイテムボックスから剣を取り出して向かってくる。斧の方はどうやら壊れたらしい。

 この状況では回避などまず不可能。

 防御は……と自分の腕に着けている特典武具をみながら、その内の一つだけで大丈夫か?と不安に駆られる。

 

 ヴィクターの持つ特典武具【障壁輪ファルクス】が保有するスキルは二つ。

 そのひとつは長距離・奇襲防御用スキル《緊急障壁》。

 これはストック式の防御スキルであり、一定以上の距離から放たれた攻撃、または自分が3秒前までに認知していなかった攻撃に対して、ストックを消費して自動防御するという物。ストック式であるからか、それなりに高い防御力を誇るが目の前に居る、ミックの攻撃に対しては何の意味もなさない。5分前から認知し続けた近接攻撃にこのスキルは発動しない。

 そしてのこるもう一つでどれくらい防げるかと思案しながら、新たなる悪魔を呼ぶ。

 

 「《コール・デヴィル・ナイト》」

 

 ミックは目の前に現れた騎士風の悪魔を見やる。

 それは5メテル以上の身長を持つ、巨大な悪魔。

 それが今までの悪魔と違う事を認識して、スキルレベルを上げた《看破》で悪魔のステータスを見る。

 そのステータスははっきりいってかなりの高さの代物だった。ミックは知らないがその悪魔は亜竜級、彼一人で勝つには難題に過ぎる相手。

 だからそれをまともに倒そうという意思は捨てる。

 いま大事なのは、相手の持つ特典武具の能力を見極めること。

 そして、動きながら先ほど起きた結果を確認する。

 彼が投げた槍が、相手の黒い力によって防がれた理由。そしてなぜあの時、不可視の力で防がなかったのか。

 最初の不可視の力によって防がれた時は、相手のステータスに何の変化も無く、ただ防がれた。

 だが2回目にミックが投擲した槍を黒い力で防いだ時、相手のMPが結構な量減っていたのを《看破》で確認している。さらに一度目の時と違い、ヴィクターはスキルの名前らしきものを口にしている。

 明らかに2回目の方が割に合わないスキル。防御能力もミックが見たところ1度目の不可視の力の方がはるかに高い様な感じがした。

 それらの情報をもとにミックはひとつの決定をする。

 

 (……よし、一度目の見えねー壁は、一度きりのスキルとしてみてもう二度と使われないと思っとこう。2度目のやつは多分何回でも発動できるんだろうけど、あいつのMPの量からして発動できるのは後1回。受け止めた威力に比例して消費MP量が増えるとしてもあの程度の威力で、あれだけ減るなら大丈夫だろう)

 

 もちろん、その推測は少し間違ってはいる。

だが一度目のスキル《緊急障壁》がこの戦いで使われないのは間違いない。

 そして二つ目のスキルも、MPを回復させるポーションなんかを飲めば、状況はまた変わるのだが、幸運なことに今彼が持っているMPポーションで2回目を発動できるものは持っていいない。

 だからミックが【障壁輪ファルクス】を攻略するためには後一度使わせればいい。

 ただし――

 

 (さすがに《カウンター・プロテクション》の消費は大きい。あと一度の発動がせいぜいか、全く特典武具だというのならもうすこしローコストの特典が落ちてくれればいいものを)

 

 《カウンター・プロテクション》それが、【障壁輪ファルクス】の保有する第2スキルの名称。

 効果はMPを消費して防御しつつ、防御に使った力で余ったMPを利用して攻撃する攻性防御スキル。

 使ったMPをそのまま攻撃に使うという性質上、消費するMPが多くなってしまったのは仕方がないだろう。

 またローガンにも言えることであるが、【悪魔騎士】にMPはさほど多く必要ないのだから。

 そしてMPの消費が多くてもいいと考える。なぜなら――

 

(だがそれでもある程度は問題ないだろう、まだ竜鱗を数枚持っているし、場合によっては【救命のブローチ】もある)

 

 そう〈ミルキオーレファミリー〉のなかで、ヴィクターだけは【救命のブローチ】をふくむ、いくつかのアイテムを持っている。

 それは、彼が死んでしまっては、すべての計画がついえる為。

 そのために、少しの計画の遅れを覚悟でいくつかのアイテムを保有することになったのだ。それに寄って来る雑魚を倒すのはヴィクターや高弟たちが担っていたのだから、ある意味当然の選択かもしれない。

 だが、それは今のミックにとっては致命的。ただでさえ強力な相手が、防御に向いた特典武具だけではなく、生存にむいたアイテムまで持っているのだから。

 そう……本来なら。

 

 (この悪魔を回避しながら、ヴィクターの特典武具のスキルを使わせて、時間がたてば使ってくるだろうヴィクターが呼び出す悪魔の攻撃をかわす……無理だな。俺に弾幕ゲーを無傷で回避するスキルなんてない。ならば……相手のミスを祈って一か八かやってみるか)

 

 決める。

 《ナイト》の強力な一撃を回避しながら、ミックは腰につけてあるチェーンの留め具を外す。

 今から行うのはミックが現時点で使用可能な、最大の切り札。

 留め具を外していきながら、ヴィクターの方を見ると新しく何かしらの悪魔を呼び出そうとしている。さらに少し視線を外すと《キャスター》が新たな魔法をその身を賭して発動させようとしている。

 悠長にしている時間はないと、ミックはリャナンシーの持つ第二のスキルを発動させながら、チェーンに付いた女性をかたどった金貨を投げつける。

 それがスキルの発動条件。そのスキルの名は――

 

 「《精を奪い、才を与えよう(ギフト)》」

 

 それをヴィクターはただの悪あがきと受け取った。

 いくら後衛型のヴィクターがもろいといっても、この程度の攻撃でどうにかなるわけがない、と。

 そして下級職がもつアイテムに、ヴィクターをどうにかできるアイテムを持っているわけはない、と。

 そう、たしかにミックは大したアイテムは持っていない。彼が持っていた【メカニカル・アックス】に関しても、ヴィクターにしてみれば木端の武器。上級ならもっと強力な武器があるのだから。

 

 だが唯一、その金貨だけは異なる。なぜならそれは〈エンブリオ〉。下級であろうとも〈マスター〉であるなら持ちえる、規格外の性能を保有するオンリーワン。

 取るに足らないと決め付けたヴィクターが、ミックが賭けた未来の通りにその力を受け入れる。

 悪魔を呼び出すためにあげた右手にその金貨とチェーンは巻き付き――

 

――その発揮した効果によって、この空洞内に居たすべての悪魔が消えうせる。

 

 「っ《コール・デヴィル・ナイト》……なっ、なぜでない」

 

 そしてヴィクターが呼び出そうとした悪魔の召喚もキャンセルさせる。

 

 それを成したのは当然、ミックが発動したリャナンシーの第二のスキル《精を奪い、才を与えよう》の効果。

 ただしこのスキルが直接この状況を引き出したわけではない。

 なぜならこのスキルの効果は『自分が保有する、下級職で手に入れることができるスキル1つを、この〈エンブリオ〉に触れた相手に渡す』というもの、これ自体に悪魔を消し去り、スキルの発動をキャンセルさせる能力はない。

 だから、この状況を起こしたのは、渡したスキルによるもの。

 

 そのスキルの名は《ペンは剣よりも強し》という発動パッシブスキルによるもの。

 このスキルは【記者】系統の代表的なスキルであり、『パーティーメンバーの戦闘を見ることで経験値を得ることができ、パーティーメンバーにも同量の経験値が与えられる』という、経験値ブーストのスキル。

 だが、この効果ではこの状況にはならない。こうなったのは、このスキルに付随するある制約のせい。

 それは『スキル発動中は戦闘行為を行う事ができず、スキル自体をOFFにすることもできない』というもの。

 この制約によって、《精を奪い、才を与えよう(ギフト)》の効果が続く限り、相手を無力化することができるのだ。

 

 そしてミックは邪魔をする悪魔たちがいなくなった、ヴィクターとの間の領域を駆け抜け、拳を振り上げて―――

 

 「っま、まて。すこし話し合おうじゃない……」

 「黙れ、純粋な才能に溺れたものよ(てんさい)。俺の才能(エンブリオ)を思い知れ」

 

 振りぬいた拳をヴィクターの顔面にたたきつけて、数メテルを吹き飛ばす。

 その一撃によってヴィクターは気絶し、これによってこの戦いは決着を迎えたのであった。

 

 

 「にしてもやばいな」

 

 ミックはステータスを確認する。

 そのステータスには減り続けるHPとSPが表示されている。

 それが《精を奪い、才を与えよう》のデメリット。

 このスキルを発動中、自分と才能を与えた相手のHPとSPを削り続ける。

 これによってどちらかがコストを払えなくなった時点で効果が終了するが、そうなってしまったらここから出るのは不可能だろう。

 もちろん〈エンブリオ〉のスキルをキャンセルすることもできるが、いつヴィクターが起きてこないか心配ではある。

 もし消してしまった場合、その日はもう発動できない一日限りのスキルだからだ。

 そしてスキルの効果が途切れた状態で、再びヴィクターとやり合う事になってしまった場合、こちらの敗北は確定的だ。

 だから、気絶させてからずっとスキルを起動させたままなのだが……

 

 「さてどうしようかな……って、お?」

 

 その不安はどうやら無意味なものだったらしい。

 頭上から大きな音が響き、明かりと共に1体の悪魔とそれに乗った悪魔使いが降りてくる。

 それはギルドマスターだった。

 

 「おーい、平気かミックーって、ヴィクターの野郎を倒したのかよ、どうやってやったんだ?」

 「ふふん、秘密さ。そっちも無事に終わったようでなによりだな」

 「ああ、数が多かったから逃がさないように仕留め切るのは少し骨が折れたがな、基本的に弱かったから問題はなかったさ。ヴィクターのやつを無視してアルフレッドたちの応援に向かってもよかったんだが、あんたのことを助けに来たんだよ」

 「おー、それはありがとさん」

 「んで、ヴィクターのやつは殺さないのか?」

 「あー、なんかここまで精巧なNPCだと殺すのに躊躇しちまって、って同じNPCに言う事でもないか……」

 「?まあ、あんたが殺したくないってんなら俺の方で処理するがいいな?」

 「……そうだな、いかしておいてもいざという時に逃げられかねないしな。……わかったよ」

 

 そうか、とギルドマスターはアイテムボックスから武器を取り出す。

 今ならミックのスキルによって、ヴィクターを苦も無く倒せるだろう。

 ミックはその処理を……見届けた。

 NPCだと思いながらも、なぜかその光景を見なくてはならないと思ってしまったのだ。

 そしてギルドマスターは武器を振りかぶり、その一撃によってヴィクターを終わらせる。

 

 それが半年以上にもわたる悲劇をふりまき続けた、〈ミルキオーレファミリー〉の最期だった。

 

 

To be continued

 




余談1・《精を奪い、才を与えよう》
   『自分が保有する、下級職で手に入れられるスキルひとつを、この〈エンブリオ〉にふれている3分間まで相手に渡す。このスキルで相手にスキルを渡している間、そのスキルは使用ができず1秒ごとに自分と相手のHPとSPを10ずつ減らす。
 
 ※このスキルは1日に1度しか発動できない。
 ※渡したスキルは相手のメインジョブのスキルとして扱う。』

(=○π○=)<リャナンシーの第2スキル。
(=○π○=)<このスキルと《ペンは剣より強し》のコンボは、3分間戦闘何もさせないけど、HPとSPを1800奪わせてもらうよ!になる。
(=○π○=)<ひどい。

(=○π○=)<ちなみに本来このスキルは味方にスキルを与えることを目的としたスキルの為、効果に反して条件は少し軽め。
(=○π○=)<このスキルの下級職で手に入れられるスキルという記述は、下級職のジョブにあるスキルだけでなく、下級職からつづく《看破》Lv10とかも渡すことができる。その時はレベルがプラスされるのではなく、効果が切れるまで上書きされる。
(=○π○=)<そしてこのスキルは《ブラッドアビリティ》の効果によって高まった状態も渡すことができる。ちなみにそのばあい、《ブラッドアビリティ》の枠を1つ消費したまま効果が切れるまで変更できない。

(=○π○=)<ちなみに、このスキルが生まれた理由は、ミック君が得られた才能を使って人に貢献してみたいという思いもあったから。それなのに、結果はこれである。
(=○π○=)<ひどい(大切なので二度ry)


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第8話 【悪魔式 ゲーティア】

第8話 【悪魔式 ゲーティア】

 

■〈ミルキオーレファミリー〉・アジト内

 

 そこは巨大な空洞だった。

 ありきたりな表現になるかもしれないが、それこそ東京ドームひとつ分はあるだろうか?

 周囲の壁に埋め込まれた明かりのおかげで一定の明かりを取り戻すことに成功しているみたいではあるが、それでもなおこの空洞はうす暗く岩におおわれた天井に関しては戴きすら見えない。

 その広大な空間にはいま、その空洞すべてを埋め尽くすほどの曼荼羅じみた巨大な魔法陣のようなものが敷かれているが、数時間前には白い光で輝き、数秒前には赤く妖しく揺らめいていたその曼荼羅じみた魔法陣も、今は役目を完全に終えたとばかりに魔法陣を描いていた黒い跡のみが残っている。

 そしてこの空洞にはもう動くことができる存在かろうじて儀式の範囲から免れた羽虫を除けば一つしかない。その存在はこの広い空洞の中心に先ほど産み出され、創り出されたもの。

 それは悪魔だった。

 まさにそれだけの空間。他にはもう何も存在しない。人も物もすべて悪魔を召喚するためだけに消費されたのだから。

 

 そしてその悪魔は、まさに“THE・悪魔”という形をしていた。

 身長はおよそ3メテル前後。

 頭はヤギのようであり、2本の曲がった角を生やしている。

 瞳は赤い瞳孔と黄色い網膜でできている。

 人間と同様の二足歩行を行い、四肢を備える。

 下半身は人間のような通常の足ではなく、動物のように毛が生えた蹄行型の足になっている。

 尾てい骨より身長程の長さの細く長い尻尾を垂れ下げており、その先端は黒い三角の鏃を模している。

 背には一対の大きな翼があり、空を自由にゆくことができる事を示している。

 違うのは両腕に三個ずつ、そして胸にある大きな宝石。それらの宝石が異なる色で、だが邪悪さをどこか感じさせる色合いを持って、悪魔の特別さを物語っている。

 

 その悪魔の名は【悪魔式 ゲーティア】。

 逸話級という、限られた強さを示す位階に付くことを許された強者。

 そしてその悪魔が今までに同種が存在しないことを示す唯一の称号UBMを冠している。

 

 しかし本来、人の手による制作物であるゲーティアは、UBMたりえない。

 なぜなら、同じ魔術式を組めばそれだけで同個体を作り出すことができるのだから。

 それに本来なら召喚悪魔は召喚者の意思によって動く、ただの道具でしかない。

 そんなものがUBMとして認定されることなどない。

 だが、今回のゲーティアのUBM認定に関しては少し状況が異なる。

 

 一つは、もとよりゲーティアは通常の召喚悪魔とは異なる過程によりつくられている。悪魔を召喚できる悪魔という思想を形にするためには、ゲーティアをただの悪魔として創るわけにはいかなかった。

 そこで解決策としてヴィクター達がとった手段は悪魔をインスタントによる召喚ではなく、インスタント召喚をもとにした悪魔の完全クリエイトという形で成そうとした。

 それは本来インスタントによる召喚に特化した【悪魔戦士】系列の術者にとっては、門外漢としか言いようのない異端の技術。

 だがそれを数年にわたる試行の元、インスタントでありながら完全なクリエイトとしても機能する二重存在方法を確立した。インスタントの要素があるため、一定時間が過ぎれば泡となって消えてしまうのは、他の召喚悪魔と同様。だがクリエイトでもあるがゆえに一体の個としての存在を与えることが可能となった。

 インスタントでは決して不可能なUBM化が、クリエイトによる個としての誕生によりUBMになるための資格を手にすることができたのだ。

 だが、これだけではまだUBMになりえない。ゆえに他の理由もあってこそ。

 

 他の理由の一つとしては、この術式を知る物がもうほとんど存在しえないからであろう。

 すでにこの時点で、〈ミルキオーレファミリー〉の構成員の大部分が死亡している。

 そしてなにより、悪魔召喚式《ゲーティア》の構成のすべてを熟知しており、発案・考案・管理をしていた、ヴィクター・ミルキオーレがミック・ユースに敗れ、ギルドマスターの手によって死亡しているため。

 まだ現時点では、アベル・ミルキオーレや数人程生き残っているのだが、彼らは自分たちの専攻のみしか知らないし、教えられていない。その彼らが集まったところで、同じ術式をくみ上げることは出来ない。そう判断されたのだ。

 

 そしてさらにもっとも大きな理由を一つ上げよう。

 それはいつのまにか持ち込まれ、緊急術式によって強制起動させられ組み込まれたモノ。

 ジャバウォックにより管理される■■■である。

 緊急術式によってなぜ■■■がその性質を失わずに適用されたのかは、ジャバウォックにしか分からないだろう。

 ヴィクターが予想だにしない、緊急術式のバグとも想定外の仕様いえるエラーによって、適用された■■■は悪魔の力として取り込まれた、それだけなのだ。

 

 この3つの理由が原因として、ゲーティアは構成された。

 デザインにより克服された欠点も含めて厄介な悪魔、それが【悪魔式 ゲーティア】なのだ。

 

 

 ゲーティアは生まれてからそこに佇んでいる。時間にして一分程度ではあるが、何もせずそこにただ存在し続けている。

 それは動くことができない故では、もちろんなく。ただ、なにをするべきかと思案している所作そのものである。

 ゲーティアはただ生み出されただけなのだ。

 これが怨念により動くフレッシュゴーレムなら、暴走し周囲に怨念をふりまき続けるだろう。

 これが機械であるならば、あらかじめ決められたプログラムに沿って動くだろう。もちろんエラーによってその想定以外のことを起こすこともあるだろうが。

 これが完全なるジャバウォックのデザインであるならば、デザインの思想に沿った動きをするだろう。

 だが、〈ミルキオーレファミリー〉によって、ただ未来と言う漠然とした物の為に創られたゲーティアに、その身を動かす使命感などあるはずもない。

 ゆえにゲーティアは己の指針を決める。これから自分が行動していくうえで、どのようにするべきか自分の奥底の根幹を。

 

 人のために働く?いや、あり得ない。

 例え元が【悪魔戦士】系列の人間を助けるために開発され、創造されたとはいえ今の自分はUBM。人の意思を聞く必要はないし、そもそも元より悪魔召喚術式《ゲーティア》に『人に従うべき』という行動原理は埋め込まれていない。

 そうなってしまった理由は、もともと悪魔は人間につき従うべきという〈ミルキオーレファミリー〉の驕りか、ヴィクター・ミルキオーレの願望が入り混じってしまった所為なのか、どちらなのかは〈ミルキオーレファミリー〉が滅びの間近に迫りヴィクターが死んだ、いまとなっては判断がつくことはない。

 とはいえヴィクター達もその思考の全てにおいて悪魔が盲目的に『人に従う』と考えていたわけではない。召喚に関して二つのセーフティを用意してはいた。

本来なら召喚時に召喚者との強制契約が結ばれるはずであり、それによって悪魔の意思の善悪を気にすることなどないはずであった。

 本来ならたとえ悪魔が、契約を交わしていない状態になってしまっていても、上書きで契約可能な予備術式を開発してはいた。

 そしてその二つのどちらもが機能する状況なら、ゲーティアはUBMになどならなかったであろう。

 だが緊急術式により召喚時の強制契約が無意味な物と変わり、予備術式を唯一持っていたヴィクターは死んでしまう。

 それによって契約という軛からはずれ自由を手にしたゲーティアは、いまさら人間のためなどに働くなどという選択をするわけがなかった。

 

 ならばこのままどこかに隠れて生きていく?いやそれもあり得ない。

 もちろんUBMだからといって、すべてが活発に動くわけでもない。

 契約があるとはいえ天竜王などはおとなしく山の頂に居座っている。

 人に友好的なUBMもそれなりにはいる。

 だがゲーティアはそうではない。

 まず隠れる理由がない。誰かに見つかったら死んでしまうという恐怖を抱えているということも無く、隠れた秘境にいなければならないということも無く、そもそもこの地以外で隠れた場所など知りようもない。

 そして人に対して友好的であるはずがない。ゲーティアに呼び出される前の記憶などありはしない。だが悪魔召喚における基本事項の知識として、召喚の際には多大なコストを要求されるという事は知っている。そして自分を呼び出すために人間がどれほどの犠牲を払ったのかを。

 ただしそれは、犠牲になった連中を弔うというという意味ではない。

 あくまでも、自分の望みを叶えるために同種すらを生贄にする人類範疇生物に対する軽蔑である。

 そんな奴らと自分が仲良くしようとは、ゲーティアは思わなかったのだ。

 

 それからいくつかの方針を打ち出しては、駄目出しをして消していくが、最後に一つの方針を思い浮かべ、それはいいと受け入れる。

 そしてゲーティアは一つの決定をする。

 それは『すべての人間を支配し、悪魔による王道楽土を築く』という人類にとっては最悪の存在理由。

 ゲーティアは人類範疇生物と言う物を、自分より下であると、被絶対的搾取者であると信じて疑わない。

 理想とするのは自分を頂点として、呼び出した悪魔を小間使いとして、人間を管理・飼育する世界。

 もしこれが〈マスター〉増加前ならば、速効で管理AIに駆逐されかねない程の危険な悪魔。もっとも今や〈マスター〉増加後であり、現時点では近辺に二人の〈マスター〉が存在する状況では手だしなどされないのだが。

 その存在理由はヴィクター・ミルキオーレが望んだ未来にどこか似て、だが決定的に異なるもの。

 そしてゲーティアはこの薄暗い空間から飛び出て近くの街へ襲撃に行こうと翼を広げようとして……

 

 

 一人の侵入者に気づく。

 それは十ほどの年齢の少年。

 ゲーティアがこれから支配していこうと定めた人類範疇生物。

 まずは手始めにそれを殺そうと、これからのゲーティアが行く覇道の最初の贄の一人だと殺意を向ける。

 そしてその少年は……

 

◆◆◆

□同アジト内

 

 「っこ…れは…」

 『悪魔だけしかいない?ギルドマスターの話では術式を安定させている人間がいるという事でしたが』

 

 ローガンがアジトの空洞に入った時、目に入ったのはただ広いだけの空洞だった。

 数十人いると踏んでいた〈ミルキオーレファミリー〉の構成員が一人もおらず、予想外の状況にとまどう。

 しかし、誰もいないわけではない。

 空洞の中心には1体の悪魔が佇んでいる。

 それは今までに会ったことのない異様な威圧感をひめている。そしてその悪魔の上には【悪魔式 ゲーティア】という特有の表記。そしてその表記が意味するものは…

 

 「【悪魔式 ゲーティア】……UBMかっ!」

 『あれがUBM?たしかにギルドマスターから少しは話を聞いていましたが、なぜそれがこんな所に……いえ、ゲーティアというのは彼らが創り出そうとしていた悪魔の名称ですね。まさか創ったという事でしょうか?』

 「……本来なら、UBMを作り出すことはどんな奴にも不可能なはずだ、だがそれができているということは、それを成すだけの環境があったという事だろう。それがなんなのかはわからないが、今大事なのはあのUBMがあそこに居るという事だ」

 

 ローガンとルンペルシュティルツヒェンは話しをしながら、悪魔を観察する。

 ローガンは頭の片隅で『UBMを作り出すのはあの白衣のマッドサイエンティストの力を持ってしても不可能なこと、【怨霊牛馬ゴゥズメィズ】のような特殊な条件が重なったというわけか』と考える。

 考えながらもローガンは本当にゲーティアがUBMになった経緯など気にしてはいない。

 そんなことを考えるのは世界派や設定に興味がある一部だけだろう、とローガンは思っている。

 だからローガンが大事なのは一点のみ。

 

 「いくぞシュテル。あれを倒して特典を手に入れる。悪魔召喚のUBMならその特典はさぞ俺に会う事だろう」

 『…はいっ!如何に強大な悪魔といえども、倒して見せましょう。UBMなにするものぞ』

 

 そしてローガンは、そのUBMが気づかないうちに《ボムトルーパー》を数発打ちこんでやろうとして…行動に移す前に、ゲーティアがローガンの方を向き口を開く。

 

 「ほう?猿が迷い込んだか、いやよいぞ、道理をわきまえぬ愚者を導くのが我の役目、そこの猿よ、すぐさま我の足元に這いづくばるというのなら、その命我の為に役立ててやろう」

 

 ゲーティアが口にしたのは、先刻自らが決めた自身の有り様。

 それを傲慢な口調をもって、ローガンに命じる。

 それをするなら救けてやる、そうでないのならば死ぬがよい、というゲーティアの宣言。

 もちろんそれを問われたローガンとルンペルシュティルツヒェンの回答は決まっている。

 

 「ふざけるな。貴様こそ俺のものになれ」

 『たかが、創りだされた使役悪魔ごときが、主様を隷属させようだなんて片腹痛い。身の程と言う物を教えてやろう』

 

 それは絶対的な拒否。

 まあ当然と言えば当然だろう。

 たとえどのような存在相手であろうとも、『おとなしく従え』と言われて従うはずはない。痛みを知らなければ愚かしく反抗してしまうのが人間と言う物なのだから。

 そして〈エンブリオ〉もまた、主が望まぬ行動をとるのを由とするはずもない。

特にローガンとルンペルシュティルツヒェンであるならば、絶対にあり得ない未来だろう。

 だからこれは最初から決まっていた決別。

 そしてその回答を聞いたゲーティアの行動も決まっている。

 

 「…そうか、命が惜しくないと見える。なら、果てるがいい。“地獄の蓋を開き、這いでよ軍勢”《コール・デヴィル・レジメンツ》」

 

 それにより地面より泡が吹き出る。

 その数実に100。泡がはじけた中から出てくるのは弱小の【ソルジャー・デビル】。

 だが一体一体が弱くとも、それが100も出てくれば十分に厄介である。

しかし今注目すべきは、100の悪魔を生み出したことではなく、100の悪魔を生み出した方法そのもの。

 なぜならそれは……

 

 「バカなっ!モンスターが【魔将軍】のスキルを扱うだと?!そんなことは、ありえない」

 『あれがジョブスキル?なんでそんなものをモンスターが……あれ?主様なんであれが【魔将軍】のスキルだと知っているのですか?今までに確認した資料や聞き及んだ情報の中にそんなスキルのことはなかったはずですが……』

 (あ……いや気にしなくていい……)

 

 ローガンがミスしたのは置いておくとして、普通の悪魔がジョブスキルを扱うことはあり得ない。

 ジョブに着けるのは本来人類範疇生物のみと定められている。だから悪魔…非人類範疇生物がジョブにつけるわけも無く、そのジョブスキルを使用することもできない。

 もちろんこのスキルが《MP自動回復》などであれば、モンスターが持つこともあり得ただろうが、ゲーティアが使用したのは超級職でのみ使用できる悪魔召喚スキル。汎用的な物ではない。

 

 だからそれを可能としているのは【悪魔式 ゲーティア】が持つ2つの固有スキルの能力によるもの。

 1つは、《悪魔目録(インデックス)》という、すべての悪魔召喚スキルを習得するという効果を持ったパッシブスキルの力。

 これにより、下級職のスキルだけではなく上級職・超級職のものまで使用することができる。

 そしてもう1つはUBMになったことで手に入れた《ポイント変換》スキルによるもの。

 このスキルが無い初期のゲーティアの仕様では、ゲーティアを召喚実行するときに入れておいたポイントのみしか使用できない、充電式のようなものだった。

 だがこのスキルによって、悪魔を召喚する場合にその召喚に必要なポイントを、同じ数値のMPと引き換えに召喚することができるスキル。

 ゲーティアはもとから複数のMP回復スキルを保有していた。これは召喚方法を構築していた時に基礎としていた悪魔の性質によるもの。

 それによってよほど連発しない限り、悪魔を何度でも呼び出すことが可能となっている。もしこのスキルを他の【悪魔戦士】系統の術者が知れば喉から手が出るほど欲しいだろうが、残念ながらこのスキルを人が使用することができる事は決してない。

 しかしこのスキルにも弱点はある。それは召喚可能な悪魔の上限がMPの最大値によって決まってしまうという所。現在のゲーティアのMP量は1万しかない。他の悪魔と比べると後衛タイプの為、ステータスのほとんどが低いので仕方がないのかもしれない。

 しかしそれゆえに、ゲーティアは純竜級悪魔や伝説級悪魔。そして【ゼロオーバー】という神話級悪魔を呼び出すことができない。そしてMPの回復も早いとはいえ、瞬時ではないためその召喚可能数には一定の制限が加わる。

 

 しかしそれでも脅威ではある。多重技巧派にして広域制圧型の凶悪な悪魔だ。

 とはいえ彼らがおとなしくやられてくれるはずもない。

 

 「“来い”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 ローガンが呼び出したのは定番ともいえる、ポイント・召喚数・AGIを倍加した《チーム》達。

 ローガンは呼び出した悪魔に、《レジメンツ》と戦うように指示を出し、次の悪魔召喚スキルを実行しながら走りだす。1カ所にとどまっていても数で勝るあちら側に、9体の悪魔をとおり抜けられてローガンに直接攻撃をさせないためだ。

 ゲーティアもまたローガンの動きを見ながら次の召喚魔法が使えるようになる時を待つ。

 

 対峙するのは二つの支配者。

 人類すべてを支配すると嘯く傲慢な悪魔使い。

 特典を手に入れる機会が来たことに僥倖だと囀る傲慢な悪魔使い。

 いまここに、この地で続いてきた戦いの最後の幕が上がる。

 

To be continued

 




(=○π○=)<なんか予想以上に長くなったせいで分ける事に。
(=○π○=)<そしてそのせいで逆に文字数が少なくなったせいで、ゲーティアの説明をいろいろ文章足したりしたので、文が無駄に長いかもしれない。

(=○π○=)<それはそれとして、対ゲーティア戦開始です。

余談1:【悪魔式 ゲーティア】

(=○π○=)<何回か出しているけど、多重技巧派にして広域制圧型の悪魔。
(=○π○=)<保有固有スキルは《悪魔目録》《六法悪書》《魔骸転生》《悪魔心》《常在召喚》《ポイント変換》の6つ。
(=○π○=)<六法悪書は次回で説明するので割愛。

(=○π○=)<《魔骸転生》は素材アイテムまたは人間の死体を元に、それに似た悪魔をつくるクリエイトスキル。
(=○π○=)<《常在召喚》は召喚時間という制限をなくすだけのスキル。
(=○π○=)<《悪魔心》は……まあ、戦いに使う物ではない。

(=○π○=)<《悪魔目録》による多数のスキルと、《六法悪書》によるサポートをフル活用したタイプのUBM。それがゲーティアです。


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第9話 アンロック

第9話 ログイン

 

■ある悪魔の設計思想

 

 さて【悪魔式 ゲーティア】というUBMのことについて少し語ろう。

 

 今から語るのは、ゲーティアの持つ複数のスキルの解説である。

 ゲーティアは多重技巧派にして広域制圧型。

 ある悪魔の召喚スキルを元にして、ヴィクターが新しくいくつかのスキルを開発してそれを組み込むことで制作された悪魔召喚式《ゲーティア》を元として、■■■により創り上げられた悪魔。

 そのステータスはHPを除き低いものの、それを複数あるスキルにより補っている。

 しかし戦闘中にスキルを一つ一つ使用する度に説明を挟むのは、テンポが悪い。

 だからここでゲーティアの保有する固有スキルすべてを紹介しておこう。

 

 ゲーティアの保有する固有スキルは《悪魔目録(インデックス)》《六法悪書(イヴィルコード)》《魔骸転生(エロイムエッサイム)》《悪魔心(デモンハート)》《常在召喚》《ポイント変換》の6つ。

 なお固有スキルが6つだけであり、他の細かいスキルはそれこそ数十あるが、それらすべてを語るのには時間も枠も無い。だから説明は固有スキルのみだ。

 そしてすでに説明した《悪魔目録》と《ポイント変換》に関しては省いてしまおう。

 この戦いで使用されることのない、説明の必要がない《魔骸転生》と《悪魔心》に関しては省いてしまおう。

 《常在召喚》は召喚時間の限界を無くすというだけのスキルだから、特に詳しい説明は必要がない。

 ……おや?説明するべきスキルはのこりひとつだけとなってしまいましたね。

 

 なのでいまから話すのは《六法悪書》と言う物に関してだ。

 これは《悪魔目録》に次ぐ、ゲーティアの主力スキルであり、6つのスキルからなる複合スキルだ。それゆえに説明は長くなるとは思うが、書いておくとしよう。

 

 その6つのスキルとは、《融合召喚(フュージョンサモン)》《反応召喚(リアクティブサモン)》《強化召喚(アドバンスドサモン)》《速効召喚(クイックサモン)》《二重召喚(デュアルサモン)》《統合召喚(インテグレーションサモン)》の召喚呪文改変スキルのことだ。

 

 まずひとつ《融合召喚》は遥か昔に存在していたという〈イレギュラー〉【始原悪魔 デモンルーツ】が保有していたスキル《ターンバック・フュージョン》を、数々の文献や口伝をもとにヴィクターがその一部を再現するスキルをくみ上げる事ができた奇跡の産物。

 その効果は、悪魔召喚をキャンセルしてその悪魔のステータスを自分の物に加える、と言う物。本来の物と異なり、加えられる悪魔は一体のみであり加えられるステータスはSTR・END・AGI・DEXの4つのみである。

 このスキルをゲーティアが今に至るまで使わないのは、前線に出て戦う気が無く、かつMPが増えないから。

 ……〈ミルキオーレファミリー〉の人間が望んだ、主の剣と楯になるという思想の元に組み込まれたスキルではあるが、そのゲーティアがそれを望まないというのは企画倒れな気もするが。

 

 さて次は《反応召喚》だ。

 このスキルはヴィクターが持つ特典武具【障壁輪 ファルクス】のスキルを元にしてつくられたスキル。

 このスキルはあらかじめ一つの召喚スキルを選択しポイントを消費し待機させて置いて、相手の攻撃を受けた時に選択した悪魔スキルのポイントから1ポイントを消費するのにつき10ダメージまで一度に受けるダメージを削減する。そして残ったポイントを使用して選択した悪魔召喚スキルを実行するスキル。

 ただしのこったポイントの割合に応じて召喚した悪魔の召喚時間が削減されるので、大ダメージを防いだばあい、召喚した悪魔の存在可能時間は数秒程度にしかならない場合がある。

 

 次は《強化召喚》だ。

 このスキルはもともと他の召喚系のとあるジョブで習得できるスキルを元としたスキル。

 このスキルは召喚する悪魔の召喚ポイントとステータスを1.5倍にして召喚する強化スキル。

 呼び出す悪魔の召喚ポイントも増えてしまうという欠点はあるが、限られた枠内で強い悪魔を複数よびだすのであれば有用なスキルと言える。

 それにステータスバフのスキルや《魔物強化》スキルを合わせれば、個の力をさらに高める事ができる。

 使い道は限られるかもしれないが強力なスキルである。

 

 次は《速効召喚》だ。

 このスキルはある従魔師系統で覚えられる《獣魔解放》を参考にしたスキル。

 アルフレッドも使っていたこのスキルは、自分のパーティー枠にいる魔物1体のみを、待機させておくことができるスキルで、このスキルを使用することで、一瞬で呼び出すことができる便利なスキルだ。

 便利であるのに大抵の【獣魔師】がこのスキルを使用しないのは、このスキルを覚えるジョブもレア下級職であり、その条件を満たすのは面倒だからであり、このジョブで覚えるほかの有用なスキルが一つも無いことがあげられる。

 そしてヴィクターがつくり上げたのは、召喚時の猶予の短縮スキル。

 すべての悪魔召喚スキルは召喚が終了し泡の中から出てくるまでに絶対時間で3~5秒ほどの時を要求する。

 後衛で軍勢を整えるために悪魔を呼び出し続けるのなら全く必要のないスキルである。

 だが、相手の行動に対応するための援軍の呼び出し、または敵に近付かれた時の為に新しい悪魔を呼び出す場合。

 この時間の猶予は致命的な敗因となりうる。

 たかが数秒ではあるが、AGIが万に至った連中からすれば、それこそ数十秒もの隙になり、その隙にこちらが攻撃されるのは必定だ。

 それを回避するために絶対時間にして0.001秒というもはや一瞬と呼べ、AGIが馬鹿げた連中からしても十分に速効と呼べる速度で呼び出すことができるスキルをヴィクターはくみ上げた。

 なおヴィクターが参考にしたのは、召喚悪魔を一瞬で呼び出せるという点のみであり、そのスキルの機構に関しては全く参考とはしていない。

 

 次は《二重召喚》についてだ。

 このスキルは単純な召喚数を倍加するスキル。

 ヴィクターが1から考案し開発に成功したスキルである。

 このスキルを用いた召喚では必要ポイント数が1.5倍になり、かつ召喚時間が半分になるという制約があるが、それでも強力な悪魔を少しだけ少ないポイントで複数召喚できるというのは、悪魔使いにとっては垂涎のスキルだ。それだけコストを増やさずに悪魔召喚数を二倍~十倍にまで出来る、とある〈マスター〉がおかしいのだ。

 

 そして最後に《統合召喚》についてだ。

 このスキルは今まであげてきた6つのスキルの中でも特異なスキルだ。

 その理由は、このスキルのみヴィクターがかかわっていないからである。

 これはあるグループが偶然に発見し創り上げたスキルで、その効果は複数の悪魔召喚術師が同時に発動した同じ悪魔召喚スキルを一つにまとめて、特殊なスキルを植えつけるという物。

 簡単に説明すると、たとえば《バタリオン》に対して使用した場合、そのスキルによって呼び出される【ソルジャー・デビル】が1体のみ召喚される。

 そのステータスは変わらず、スキルは《統合回帰》というスキルのみが加わった以外に変化はない。

 そして《統合回帰》の効果は一つにまとめた数だけ、その悪魔が死んだときに同じ悪魔を召喚するという可逆召喚スキル。

 わざわざ一つにまとめた上で、死んだあとにばらけさせるという使い道がほとんどないと言っていいスキル。一応1体のみを敵の本拠地に潜ませてからしなせてその中で開放するという拠点攻撃方法もあるにはあるが、基本的に不遇スキルとしか言いようがないのは仕方がないだろう。

 そんなスキルがゲーティアに組み込まれたのは、弟子たちだけで創り上げる事に成功したから、その報酬代わりとしてでしかなかったりする。

 

 これで《六法悪書》の説明は終わりだ。

 もしゲーティアが伝説級に至っていれば、2つ以上を重ねる事ができ。

 神話級ならば6つすべてを使用できたのだが、これも逸話級の出力では1つしか使用できないのは、ゲーティアと対峙する彼にとっては幸いだろうが。

 

 さて彼がどうやってこのスキルを突破するのか。

 戦いの場面に戻るとしよう。

 

◇◆◇

□■アジト内 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 「くっ」

 「ふむ、次だな。“地獄の蓋を開き、這いでよ軍勢”《コール・デヴィル・レジメンツ》」

 

 戦いの幕が明けてから、さほど時間はたっていない。

 時間にしておよそ3分程度だろうか。

 だが、状況は明らかに変わっている。

 それはお互いの出している軍勢の総数。

 ローガンは現時点で23体の悪魔を従えている。

 そしてゲーティアの現時点での召喚総数は300近くにも及ぶ。

 もちろんその数が二人が今までに召喚して来た数ではない。ローガンはすでに42体近く召喚しているし、ゲーティアもまた今の数より少し多い。

 だが数の暴力により、またはローガンを逃がすための囮として数体の悪魔を消費して、今現在の数になっている。そこまでにゲーティアの呼び出した《レジメンツ》の悪魔も数体倒してはいるのだが、もとより《チーム》の悪魔は《レジメンツ》の悪魔の半分の性能しかないのだ、それでは押されるのも無理はないというもの。

 

 (っく、こいついつまで召喚し続ける気だ。一体こいつのポイントはどうなっている?)

 『主様、そのことに関してですが、1回につきおよそ1分。正確には52秒ですが、あの悪魔召喚を行う間隔は先ほどから一貫して同じものです。おそらく悪魔召喚を可能としているスキルのクールタイムか何かなのでしょうが、その間なら召喚は来ないかもしれません』

 

 …なるほど、召喚を使う間隔をあけているかと思ったらそういうことか。だがクールタイムにしても時間が微妙な気もするな、いや召喚するスキルによってクールタイムが異なることはあるのか、だがその間にこないとしてもこれをくぐりぬけるのは骨だな。

 さてどうするべきか…?

 

目の前に広がる悪魔の軍勢をみる。

 少し前からAGI型ではなく、END型で耐久戦をさせているがそれでは敵の数が減らない。

 そしてその軍勢をくぐりぬけて、ゲーティアの元にたどり着けたとしても、倒すのは困難だ。

 それは俺がつい先ほど行った手によるもの。

AGI型を呼び出していた頃に、一体を迂回させてゲーティアに奇襲させてみたが、その奇襲が当たることはなかった。

 それはゲーティアに当たる攻撃を阻む黒い波濤のような障壁によるもの。

 それがこっちの攻撃を防いだうえで、さらに《バタリオン》と思わしき召喚スキルとして、16体の悪魔が召喚されてしまった。

 その後、ゲーティアが『《反応召喚》セット』と言っていたのは、あのスキルの事前準備かなんかだろうか。

 

 (さてどうするか?)

 

 走りながら、《チーム》を呼び出し続けているが、数の差はやはり大きい。

 呼び出した悪魔たちが、次々に倒されていく。

 

 『主様、提案なのですが、《ボムトルーパー》を使用しないのでしょうか?』

 (いや…できない。確かに《ボムトルーパー》ならあの軍勢を倒すこともできるだろう。だが、おそらくゲーティアは俺が《チーム》しか使わないから、あちらも《バタリオン》しか使っていないだけだと思う。数で圧倒して叩き潰す様子を見せるために。もしここで《ボムトルーパー》を使用したら、あちらも呼応して他の悪魔召喚スキルを使うだろう。そしてそうなったら、俺があの防御を突破できる保証がない以上、お互いに召喚呪文の掛け合いによる泥試合だ。あっちはどうだか知らないが、こっちにはポイントの上限が明確にある。そんなものに応じるわけにもいかない)

 『なるほど…そういうことでしたか、すいません主様。変な提案をしてしまいまして』

 

 まあ、それはいいんだがな?

 さてルンペルシュティルツヒェンにはああ言ったもののこれからどうするか。

 《チーム》ではあの防御を突破は出来ないだろう。

 《ボムトルーパー》であれを突破出来れば問題ないんだが……ゲーティアのもとにたどり着けるかどうかも怪しいし、新しい悪魔を呼び出されたら困る。そしてなんとなくでしかないが、それだけで防御を抜ききって相手を倒しきるのは不可能だろう。

 

 さて、どうするか。と思案していたが、その時間が無くなってしまった。

 それは俺の前に迫る1体の悪魔。

 新しい悪魔を呼び出すのは不可能で、呼び出した《チーム》に守らせることもできない。

 だから仕方がないと、アイテムボックスから一本の剣を取り出して、その悪魔に剣を振りその隙に横を通り抜けて。

 そして切り返した目の前に居たのは、さらにもう一体の悪魔。

 

 (避けられないっ)

 

 俺は失敗したと、俺は避けられないと悟ると、責めて気絶だけはしないようにと左の腕で頭を守り……

 

 「ごあっ」

 『主様っ!』

 

 当然その攻撃をよけることなど出来ず、まともに攻撃を食らい、数メテル吹っ飛んでしまう。

 その一撃によってHPのほぼすべてを失い、そして俺の意識も失いそうになる。

 

(ああ、もう終わりだな。勝ちたかったが仕方がない)

 

この状況で勝つことを諦める。

 もう勝ち目などないと、悲観した俺は薄れゆく世界の中で――

 

 ――そこで1体の蟲を見た。

 

 本来はなんてことないはずのその蟲。

 モンスターでさえなく、俺を害する力なんて持ちようのない、カブトムシのような形をした見知らぬ蟲。

 だけど……。

 だけどなぜか……。

 その蟲のことが気になった。

 この非常時にその蟲を収集しようなんて考えたわけではもちろんない。

 ただ俺はその蟲を見続けることに対して、胸の底からただ言いようのない気持ちがわき上がって来るのだ。

 気絶こそ免れたものの、意識が薄れゆくこの状況でただそのことが気になった。

 本当はそんなことなどどうでもよく、もっと他にやることがあるのだと分っていたのに、だがその蟲から目を離せず、目を離してやるものかという思いがわき出る。

 なぜだろう?と、この状況下、薄れゆく景色のなかで考えて、心の奥底を感じて、そして……

 

 俺がその蟲に対して怒りを憎しみを感じていることに気付いた。

 それは俺があいつら相手に抱く感情にどこか似て、だがベクトルの異なる物。

 そしてなぜそんな思いを抱いているのかと、思いを馳せて……

 

 再び『主様』と俺の中で叫ぶルンペルシュティルツヒェンの声を聞きながら。

 俺の意識は刹那の間、この世界から消失して――

 

 

 ――ひとつの光景を幻視した。

 それは一体の蟲。

 それが俺の方に向かってくる、過去の光景。

 そして俺の周囲を取り囲んでいるやつらの嬉々とした顔。

 そしてその後、俺は奴らに……

 

◇◆◇

 

 ※特殊秘匿回線による非通知アナウンス

 【■■■■■■■■■より全■■■■■■に通達】

 【第一観察保護対象に異変を感知】

 【状況把握開始――原因特定完了】

 【原因を対象が許容量以上の意思レベルを発揮したためだと特定】

 【このままでは第一観察保護対象の意識および記憶が崩壊しかねない危険性が発生】

 【第一観察保護対象の安全確保のため、対処方法を発案】

 【原因となる一部記憶の消去を提案――2対3で否決……残念です】

 【……■■■より提案発議がありました】

 【提案発議内容は、【第一観察保護対象の記憶の一時解放】】

 【決議を摂ります――4対1で可決……残念です…というかジジィあなた面白半分にいれてませんか?これでは私の負担が大きいのですが……いえ、仕方がありません】

 【これより第一観察保護対象の記憶の一時解放を行います】

 【記憶指定……《アンロック》】

 

 【それにしても、面倒ですね。こうなったらもう二度とこんなことが起きないように、記憶を内緒でこそっといじってしまいましょうか】

 【記憶改竄……《コードエラー》】

 【…失敗してしまいました。理由把握開始……完了。どうやら【無限生誕】がかってに第一観察保護対象の記憶をいじれないように保護をかけていたようです……あのアマ、こちらに協力すると見せかけてこんなことをしますか】

 【ん?■■■より秘匿緊急入電ですか?一体何なのでしょう。ふむふむ内容は『私どもに内緒で勝手に彼の記憶をいじろうとしたようですね。あなたらしいですが、それゆえにこの私が把握できないとでも?【無限生誕】にもしもの時のセーフティをいくつか仕込んでもらって正解でした。それと今回のことは次回にあった時に、きっちり話させてもらいます』………ですか。……よし見なかったことにしましょう!忘れましょう!よしこの入電を捨ててっと記憶改竄……《コードエラー》】

 

 【おや?一体なんで私は先ほどからここに居たのでしょうか?】

 

◇◆◇

 

 「主様っ!」

 

 その声を聞き意識が覚醒する。

 目を開けてみれば、数体の俺が呼び出した《チーム》の悪魔たちが壁となって攻撃を防いでいるのが見える。

 そしてルンペルシュティルツヒェンは、内包形態ではなくアポストル形態になりながらポーションを持ってこちらの口に運んでいる最中だった。

 

 (シュテル、状況を教えてくれ…いやその前に元に戻れ)

 「は、はい」

 

 ルンペルシュティルツヒェンの返事と共に、あいつの身体が光り、粒子となってこちらの体の中に入って来る。

 モード移行が完了したのを見届けてから、このままでは話すのもままならないと、再び《チーム》を呼び出して壁を出す。

 

 (それで、今までどうしてた。どれくらい時間がたっていた?)

 『はい、時間にして11秒です。当たり所が良かったのか気絶している時間はそれほど長くはなかったようですが、気絶したままだと主様が殺されてしまうと思い、内包形態を解いてアポストル形態になり、主様が呼び出した悪魔に壁になれという指示を出しながら、いくつかポーションを利用して主様のHPを回復させていただきました。…これでよろしかったでしょうか?』

 (…ああいい。よくやったな、さてそれでこれからどうするか…。そういえば気絶する前に何かあったような……?!!!)

 

 そして思い出す。

 怒涛の濁流のような、記憶のフラッシュバック。

 今まで忘れていた……いやおそらく消されていた記憶の数々。

 その記憶は……俺が俺である理由。

 その記憶は……俺の〈エンブリオ〉がアポストルになった理由。

 

 

 ああそうだ――俺はこの〈Infinite Dendrogram〉( せかい )が嫌いだ。

 そして俺は俺が定めた、自分の使命を思い出す。

 他人にとっては馬鹿げた理由かもしれないおかしな理由。

 だが、俺にとっては譲れないもの。

 この変な状況に頭が正常に動いているとは到底思えないけども、それでもなお俺は俺の使命を吼える。

 

 「そうだ…思い…だした。俺は、俺は!■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

 俺は悪魔の向こうに悠然とたたずむ一体の悪魔を睨む。

 俺は今ここで諦めるわけにはいかない。

 俺がここで諦めたら、こいつの相手はミックたちがやることになるだろう。

 俺がここで死んで、ミックたちに任せなければならないのは嫌だ。

 俺がここで諦めたら、こいつから特典武具をとることができない。

 俺が強くなるためには、こいつの特典武具は欲しい。

 そして――俺は死が怖い。

 

 「いくぞ、ゲーティア。俺の全力で貴様を叩き潰してやる!」

 

 俺はまだ、敗北の瀬戸際で踏ん張れる。

 

 『主様!』

 「なんだ?悪いが俺はこれからあいつを叩き潰すんだ、嫌かもしれないが最後まで付き合ってもらうぞ」

 『いえ、私が主様の進む道を嫌などと思うはずもありません。ですが主様、私が言いたいことはそうではありません』

 

 では一体何だというのだ。

 

 『これは一体何なのでしょう?つい先ほどからいきなり出てきたのですが』

 

 それはひとつのウインドウ。

 俺が初めて見る、だが原作知識によって知っている赤いウインドウ。

 これは――

 

 【同調者絶対使命感知】

 【同調者復讐意思感知】

 【〈エンブリオ〉TYPE:アポストル【改竄悪魔 ルンペルシュティルツヒェン】の蓄積経験値――グリーン】

 【■■■実行可能】

 【■■■起動準備中】

 【停止する場合は後20秒以内に停止操作を行ってください】

 【停止しますか? Y/N】

 

 「……これ…は?!」

 『私にも分りません。これは一体……?』

 

◇◆◇

 

 【第一観察保護対象の意思発露を確認】

 【現状打破のきっかけとなる■■■も同様に確認】

 【状況が安定に入ったと推定】

 【再び第一観察保護対象――現在のプレイヤー名“ローガン・ゴールドランス”の記憶封印処理を開始します】

 【記憶封印――《ロック》】

 

――そして再びローガンの記憶の扉は閉じられる。

 

◇◆◇

 

 「っつ」

 

 なぜかいきなり記憶が断絶したような感覚を覚える。

 だがそれは気のせいだと思考を振り切り、目の前に出ている赤いウインドウを見る。

 それは特別であるかのように示す、特殊なウインドウによる警告を出している。

 何をするのかが分らない、ノイズとも文字化けともいえない、言語化不可能なものを記したウインドウを見る。

 ルンペルシュティルツヒェンは分らないだろうが、だが俺はこれを知っている。

 ■■■による強制進化。現時点では果たせない望みをかなえるための、未来への切符。

 俺が知る事例は【復讐乙女 ネメシス】と【幽閉天使 サンダルフォン】の2つ。

 そのどちらもが、現状を変えるために最も合った能力を手にしている。

 だがそれが俺に起きた理由が分らない。

 いや分らないというよりはそれがぼけているというべきか、ピントがずれたように先ほどの言葉も開いたと思った記憶の扉も全く思いだせない。

 この状況下で■■■による強制進化が起きた理由は全く持って分らない。

 だが、それでもこれによる恩恵は大きい。

 20のカウントから減っていく数字を見ながら、それまで全力で生き延びてやると足を進める。

 

 「クックック。一体いつまで逃げる積りなのかな?この状況を君達の遊びで言うのなら、鬼ごっこと言うやつかな?」

 

 いっていろ、残りはあと10秒。

 

 新しい悪魔は…呼び出さない。

 今呼び出すより、進化して効率が良くなってからした方がいいだろう。

 周囲の悪魔を見渡す。もう俺が呼び出した残りの悪魔の数は10を切っている。

 だが、その代わりにゲーティアが呼び出した悪魔の総数は500に迫ろうとしている。

 明らかに多勢に無勢。

 俺が残り時間までに悪魔に捕まらないように、呼び出した《チーム》を敵の魔の軍勢の前に配置し時間を稼ぐ。

 ゲーティアに動く様子はない。

 ルンペルシュティルツヒェンのカウントが正しければ、あいつが動き出すのはカウントが終わった後だろう。

 もし、ゲーティアがいま動き始めたら俺が生き残れる確率は格段に減ってしまう。

 だが油断か慢心か、それともそうせざるを得ないのかゲーティアが動かないというのなら……俺の勝ちだ。

 

そしてカウントが0になり――

 

 【カウント終了】

 【■■■による緊急進化プロセス実行の意思を認めます】

 【現状蓄積経験より採りうる一三パターンより現状最適解を算出】

 【対象〈エンブリオ〉:【改竄悪魔 ルンペルシュティルツヒェン】に対して■■■による緊急進化を実行します】

 【負荷軽減のため次回進化までの蓄積期間を延長します】

 

 そのアナウンスが流れるのと同時に、俺の身体が光る。

 いや、俺の中に入っていた、ルンペルシュティルツヒェンが光の粒子となり俺のからだの外にでて解け、

 

 【■■■――完了しました】

 【――SkillⅡ Complete】

 

 そして再び俺の中に入り合一形態をとる。

 

To be continued

 




(=○π○=)<今日は投稿開始一カ月記念!
(=○π○=)<ということで今日は連続更新します。
(=○π○=)<次回投稿は21:00です。

(=○π○=)<メイデンとアポストルの華。戦闘中における■■■による緊急進化の発動です。
(=○π○=)<アポストルなら一度はさせてみたいよね。

(=○π○=)<感想とかで頑張って第2スキルのことスルーしまくったけど、新スキル習得です。
(=○π○=)<新スキルの詳細に関しては次回で出ます。

(=○π○=)<それと……後で出すのもあれなので、ここで少しいいわけ?させてもらいます。
(=○π○=)<原作においてカグヤが、■■■を次に使うと進化が一年先になる。という話しをしていますが。
(=○π○=)<さすがにそこまでは待てないので、あれは連続による緊急進化のせいで進化が遅れるという解釈をします。
(=○π○=)<じゃあ、緊急進化するなよ、と思う方もいるかもしれませぬが
(=○π○=)<この段階で緊急進化させたかったので……
(=○π○=)<もちろん、一年とは言いませんが進化に関してはちゃんと遅らせます。


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第10話 《我は契約より玉と黄金を望む》

(=○π○=)<連続投稿2話目です。
(=○π○=)<1話目を読んでない方は、先にそちらをお読み下さい。


第10話 《我は契約より玉と黄金を望む》

 

□アジト内 【悪魔戦士】 ローガン・ゴールドランス

 

 「――これは!」

 

 赤いウインドウに書かれた文字を読み、その意味を考える。

 すでにルンペルシュティルツヒェンは俺の中に入り、その効果を取り戻している。

 もちろんこの間にも、ゲーティアは俺に起きた異変に首をかしげながらも、容赦など一切いれずになおも召喚をし続けている。

 そしてそのゲーティアに呼ばれた《バタリオン》の悪魔たちもまた、ゲーティアの指揮の元、俺を仕留めようと動き続けている。

 それらの動きに注意しながら、俺は確認をしなければならないことがある。

 それはあの訳がわからないシステム。■■■という原作においてもいまだに語られぬ、物語の根幹だろう設定による〈エンブリオ〉の強制進化シークエンス。

 それによっておきたひとつの事象。あの赤いウインドウに書かれていたことを信じるとするのなら、内容を解釈するのなら、それは俺の〈エンブリオ〉【改竄悪魔 ルンペルシュティルツヒェン】の進化による《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》に次ぐ、第二スキル獲得の知らせ。

 だからそれらの変化を確認するためにルンペルシュティルツヒェンに確認をする。

 

 (シュテル、これはお前が進化したという事でいいんだな?この進化によってどう変化したんだ?)

 『…はい、確認終了しました主様。確かに私はあれによって進化していたらしいです。これによって私は第3形態になりました。先ほどよりも強い力を持っているようです、これならこの状況を打破することも可能やも知れません』

 

 やはりそうか。

 先ほどまでは取っ掛かりがつかめないとも思っていたが、存外運が良かったな。

 いや、そういえば昨日からルンペルシュティルツヒェンの食欲がすぐれなかったか?

 緊急進化に至った起爆剤の意思がどんなものかはついぞ分らないが、それでも進化に至ったこと自体は必然の成り行きと言う物か。

 

 『……それで、新しく習得したスキル以外の変化に関してですが。全く変わっていません。ステータス補正が悪くもよくもなっておらず、第一スキル《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》による倍加能力も“3ヶ所3倍化”のままです』

 (…元々ステータス補正が良くなること自体は期待していなかったが、悪くもならなかったのか。いやそれはいいが、だが俺たちのメインスキルである《我は偽証より黄金を紡ぐ》が強化されなかったのは痛いな。その分新スキルに持って行かれたというところか、で?)

 

 それは分ったから本題の新スキルに移れという意味を込めて聞き返す。

 俺たちが話していた時間は5秒ほどではあるが、だからと言って無駄にしていい訳でもない。

 そしてルンペルシュティルツヒェンもそれを分っているのか、本題を話す。

 

 『はい、私たちの新しいスキル、その名は――《我は契約より玉と黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)》といいます』

 

 同時にルンペルシュティルツヒェンによって〈エンブリオ〉のスキルが書かれたウインドウが開き、《我は契約より玉と黄金を選ぶ》という名称と共にそのスキルの効果が示されていた。

 

我は契約より玉と黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)

 メインジョブのリソースを使用して、この3日間使用していない2つの悪魔召喚スキルの内、片方の召喚悪魔のステータスまたはスキルどちらかを切り取り、もう片方の召喚悪魔の同じ項目に貼り付ける。

 アクティブスキル

 ※切り取られたスキルはその後3日間使用することは出来ない。

 ※貼り付けられたスキルは、そのスキルを使用するかまたは3分たつことで元のスキルに戻る。

 

 それは悪魔改造のスキル。使っていない悪魔2体を使用して自分好みの性能を保有する悪魔を生成することができる強化改造の力。

 それは仕様変更のスキル。本来あった悪魔召喚スキルの欠点を探し出し、もっとよりよいものへと変える仕様改善の力。

 それは契約破棄のスキル。今までの悪魔の力を切り捨てて、ただ自分が望むもののみを選別して新しい召喚悪魔を生み出す契約を成す契約改竄の力。

 それは異なる世界の人物である彼が、ローガンとして転生したという彼のパーソナルを元に形作られた、カット&ペーストの力。

 それは『ルンペルシュティルツヒェン』と言う悪魔ではなく、『ルンペルシュティルツヒェン』に登場する貧しい粉ひきの娘が、《偽証》という悪魔との契約により王女になった人物が、自分の子供と自分のものとなった黄金を両立したいと、そうしても問題ないという考えで、悪魔との契約を破棄する傲慢なる悪魔使いの逸話に沿った力。

 《我は契約より玉と黄金を望む》は自分にとって、いや自分のみにとって有意な結果を約束する、二者両一のスキル改竄の力。

 

 「…これは。……なるほど、この状況を一度に変えられるものではないが、だがこの力があればあのUBMを倒すことができる」

 『はい』

 

 そう、これは状況を変える力ではなく、あの悪魔を倒すための力。

 スキルが悪魔召喚限定で、他のジョブに進む道が断たれたと云っていいが、今はそのことについては構わない。

 むしろ問題なのはスキルの説明にある一文の意味。

 

 「それで…このメインジョブで使用するリソースと言うのはどういう意味なんだ?」

 『どうやらこのスキルは発動する際、元となる二つの悪魔召喚スキルに必要なポイント数に応じて、発動に必要なリソース量も増えるみたいです。このメインジョブのリソースはポイントがあるならそちらから使用して……足りなければジョブのレベルを減らして発動するようです』

 

 おい、スキルの発動にジョブのレベルドレインを要求されるのかよ。まるであの【女教皇】の最終奥義のようだな。

 さて、どういう風に組み合わせるべきか?大量のポイントを要求されるのなら、複数のスキルをいくつも組み合わせる事は出来ない。

 だから候補は一つまでに絞っておくべきだ。他の候補はポイントに余裕が出てから考えればいい。

 

 『主様。あのゲーティアですが、一定時間がたったというのに新しい召喚スキルを使用してきません。何やら企てているのやも知れないのでお気を付け下さい』

 

 ん?そうか。

 俺はゲーティアの方を見る。

 あいつは戦いが始まってから変わらずに、俺たちを見下してにやにやしているが、それにしても確かに今のあいつに新しい悪魔を召喚する気配がない。

 油断しているのか、それともルンペルシュティルツヒェンが言うように、何かを企てているのか分らない。

 だが、今の状況でそのことを気にしすぎててもしょうがないし、思考を再開するとしよう。

 

 現時点で俺が3日間の内に使っている悪魔召喚スキルは2つのみ。すなわち《チーム》と《ビギナーキャスター》の2つ。一応《ビギナースカウト》はミックとの闘技場内での戦闘に使っているから省いておくとするか。《ボムトルーパー》と《ビギナービショップ》も使用はしているがギリギリ3日間の内には入っていないはずだ。まあ闘技場内でならカウントはされないとは思うが。

 使っていない悪魔召喚スキルは《レッサー・デビル》《ビギナーガード》《ビギナークラッシャー》《チョアプラトゥーン》。それにくわえて《ボムトルーパー》と《ビギナービショップ》もだな。

 それでどうするべきかだが……そうだなやはりあの組み合わせが一番だろう。あとはルンペルシュティルツヒェンに確認だな。

 

 (なるほどな。それで《■■■■■■■》と《■■■■■■■■■》を組み合わせた場合はどれくらいのポイントが必要になるんだ?)

 『その組み合わせですと…12500ポイントになります』

 「多いな…っち、“来い”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 進化からおよそ20秒しかたっていないというのに、召喚した悪魔の数は10を切りそうになっていた。

 急いで《チーム》を追加するが、正直言って焼け石に水でしかないだろうな。

 ジョブを示すウインドウを開き、現在のポイント数を確認するがもうのこり3400しかのこっていない。3倍化を含めて10200程度、後残り700近いポイントが足りない。

 このクエストを受けた時点で4500ポイントはあったから、これまでの戦いで3000近いポイントを消費していることになる。必要な経費は多かったが、それでも少し無駄をしすぎたかと少し後悔はする。

 あたらしくポイントを増やそうにも今日の朝の時点で、ポイントに変えられる物はほとんどポイントに変えてしまっている。だからあと700というポイントを得るためには、あの時ポイントに変える事を躊躇してしまった2つのものの内、どちらか片方をポイントに変えなければならない。

 その二つのものとは【救命のブローチ】と【三重衝角亜竜】。

 【救命のブローチ】は2週間ほど前に倒した純竜からのドロップの一つで、【三重衝角亜竜】は今回のクエスト報酬のひとつとして前払いしてもらったもの。

 そのどちらをポイントにするかと考えて――

 

 「いや、考えるまでも無いな。“我捧げるは”【三重衝角亜竜】」

 

 俺は間髪いれずに、【三重衝角亜竜】が込められたジュエルから、モンスターを解き放ちすぐさまポイントに変換する。

 そう、迷うまでも無い。ただの遠出用の足として手に入れた【三重衝角亜竜】と、これから一か八かに賭ける成功率を生存率としてかさ上げでできる【救命のブローチ】、どちらかが重要であるかは言うまでも無い。

 故に亜竜をコストとして1250ポイントを手に入れることにする。

 一度に手に入れたポイントの総数としては破格であるが、ポイント変換効率に勝るアイテムを交換するほうが少し安いと考えると、やはりもったいないと考えてしまうな。

 いや、いまはそんなことよりも、あの悪魔だ。

 

 「亜竜をコストとしてポイントをかさ上げしただと?…なるほど仕掛けるという事か、このままおとなしく悪魔の軍勢に翻弄されておとなしく死んでおけばいいものを。それならこちらも少し本気を出すとしよう。《強化召喚(アドバンスド・サモン)》“地獄の蓋を開き、這いでよ軍勢”《コール・デヴィル・レジメンツ》」

 

 (《強化召喚》か、一体どんなスキルだ?真っ当に考えれば、呼び出した悪魔を強化する強化スキルか)

 『どうやらその考えで間違いないと思われます。いままで召喚された悪魔よりも、今呼び出された悪魔の方が動きが格段にいいです』

 

 やはりそうか。そしてこれでゲーティアが呼び出した悪魔の総数は600近くになる。

 ある程度広いはずのこの空洞だが、これだけの悪魔がひしめいているとさすがに狭く感じるな。

 そして今から、この軍勢を突っ切ってあのゲーティアの元までたどり着かなくてはならない。

 第二のスキルである《契約》を使うために余計なポイントを消費をしたくないのだから、ここを突破するのにも必要最低限でかつ、あの2種の悪魔を呼んではいけない。

 さて、どうするかと考えて、純粋に戦力で勝る相手にちまちまと戦略を組み立てても、その戦略を通す前に数の差で押し切られかねない。やはりごり押しで行くしかないだろうと思い切る。

 

 「さて、今から行くのは死の行軍。だが――」

 (――はい、これで私たちが死ぬわけがありません。かならず勝利に至るでしょう)

 「ふ、こういうときはシュテルのそういう全面肯定も悪くはないな。さあいくぞ『キャスターNM』“魔術師よ”《コール・デヴィル・ビギナーキャスター》」

 

 泡が起こるのと同時に、俺たちはゲーティアに向かって走り出す。

 

 「血迷ったか?この軍勢相手に特攻を駆けてくるとはな。いや、俺の手をわずらわせたくないから、悪魔の手で自殺してくれるというのは大変喜ばしい」

 (言ってろ)

 

 ゲーティアの妄言を心の中でシャットダウンしつつ走り続ける。

 俺には見えないが、今頃俺の後方で泡がはじけて呼び出した悪魔が現れてくる頃だろう。

 その悪魔はミックとヴィクターを分断した時にも使った《ビギナーキャスター》。

 MPを高めた3体の悪魔は、その身を賭して、そのすべてを俺の為に使わせて、《オーヴァーキャスト》による全力の魔法にて、俺の進む道を遮る600の悪魔の内、俺とゲーティアを阻む数十体をすべて一掃してやる。

 

 「“来い”《コール・デヴィル・ビギナースカウト》」

 「…く、そういう手で来るのか。だが――」

 

 俺のAGIは当然低い。

 そして俺とゲーティアの間にある距離もまた遠い。

 悠長に走っていては、反撃の為の機会を増やしてしまう。

 だから走らない。俺が呼び出した《ビギナースカウト》は戦闘に使うためのものじゃあない。

 俺の後ろから呼び出した《ビギナーキャスター》のものらしき3つの魔法が発動され、俺を飛び越し俺とゲーティアの間にある悪魔たちに向かう。

 ゲーティアは俺が何をするのかを察した様だが、それでも相手の能力を考えればこれで問題ないと、全力で跳ぶ。

 

 「《ビギナースカウト!》。全力で俺をあいつの元まで運べぇぇ」

 「貴様の思う通りにさせると思っているのか?いなくなってしまうのならこちらで消費するだけのこと。《コンバージョン・デモン・フレア》」

 

 同時に起こったのは3つの事。

 ゲーティアが呼び出したすべての《レジメンツ》の悪魔をコストとして、ダメージ値6万の《コンバージョン・デモン・フレア》を発動し。

 俺が呼び出した《ビギナーキャスター》が、既に《レジメンツ》の悪魔共がいなくなった空間を全力の魔法で焼き。

 俺が呼び出した《ビギナースカウト》が、ジャンプした俺をその背に乗せてゲーティアに向けて突っ込もうとする。

 

 (なっ、そんな手を打って来るのか!)

 『主様、今までの時間から考えると、ゲーティアが新しく悪魔を呼び出すまで後26秒ほどです』

 

 俺たちの手をかわし、特大の炎を生み出したゲーティアはにやりと笑っているのが見える。

 ルンペルシュティルツヒェンの、のんきな報告を頭に入れながらこの状況を考える。

 避ける事は……できない。もう既に《ビギナースカウト》は前進して動き出している。車ではないが、動き出したこの状況を遅延なく方向転換できるほど《ビギナースカウト》の性能は良くはないだろう。だから避けられない。

 防ぐことは……できない。この炎は《コンバージョン・デモン・フレア》。原作においてローガンが使用していたもので、その威力はそのスキルを発動するために消費した悪魔1体に付き100だったはず。だから現在の威力はおよそ6万近くになる。だから防げない。

 生き延びる事は…できる。なにせそのために悪魔召喚の生贄に【三重衝角亜竜】を使用したのだから。俺は懐に入っている【救命のブローチ】の感触を手にしながら、生き延びることを確信している。

 

 (生き延びる事は出来る。だが…!)

 

 そう、だから問題なのは生き延びた先の事。

 このまままっすぐ突っ込んでいってしまっても、生き延びられること自体は間違いない。

 だが、そうしてしまえば爆発による影響であらぬ方向へ飛ばされて、ゲーティアとふたたび距離をとらされるのは間違いがない。

 そしてそうなってしまえば、俺の勝率が無くなってしまうだろう。

 ゲーティアが同じ手に引っ掛かってくれる相手だとは思わないし、こんどはもっと強力な悪魔を呼び出してくるだろう。そうなってしまえば今の俺にはどうしようもない。

 だからあの極大の炎をうまくかわして、ゲーティアに近づく方法をとらなければならない。

 新しい悪魔を召喚することは出来ない。

《ビギナースカウト》の進行方向を変える事も出来ない。

そしてAGIの低い俺が大きな動きをすることも出来ない。

 だから俺にできるのは、やらなければならないのはこのまままっすぐ進みながら、必要最小限の動きで相手の攻撃をかわしきりつつ、相手に近づくこと。

 

 (無理難題に過ぎるな。だが……)

 

 意を決する。

 もとより選択肢などない。

 このまま逃げてしまえば、その先にあるのは敗北か、または……

 だが少なくとも俺の勝利ではない。

 今のこの身には、今までなかったはずの死への恐怖感、忌避感が根付いている。

 あの強制進化による変化だとは思うが、だがその死への思い以上に、俺がここで引くことを俺自身が許せない。

 だから進もう。

 

 時間にして数秒。

 ゲーティアが悪魔を炎に換えてから、さほど立っていない時間の流れの中で指針を決める。

 目の前に炎が迫って来る。

 少しずつ炎が大きくなり、視界を一刻ごとに大きく占めていくその形と、次第に感じていく熱気を肌に受けながら、俺は進む。

 今までのっていた《ビギナースカウト》をスターティングブロック代わりにしながら、クラウチングスタートをする。

 それは悪魔を加速装置とした近距離ダッシュ。

 本来の俺の速度では不可能な移動を、《ビギナースカウト》を用いて出しながら、極大の炎の下をくぐりぬける。

 

 「なにを!」

 

 そんな方法をとるとは微塵も考えていなかったのだろう。

 ゲーティアが少しあわてているみたいだ。

 俺は姿勢を限界まで低く下げ、地面と顔がぶつかりあうほどに下げた頭の上を、いましがた通り過ぎた炎の熱気と余波を感じる。

 背中が少し焼けていくのを感じながら、その数瞬後。

 

 「ぐぁあっ!」

 

 後ろで盛大に爆破が起き、その爆炎と爆風をもろに受けてしまう。

 その爆炎によって俺の懐に入れておいた【救命のブローチ】が跡かたも無く砕け散るのを感じ。

 その爆風によって前方に、10メテルほど数度のバウンドを含めて飛ばされる。

 飛ばされ地面に転がされていた俺は、間髪など入れる余裕も無いと、3日間のみだが闘技場仕込みの受け身をとり、すぐさま起き上がる。

 爆炎と爆風による影響は、それだけなら俺にとって不利なもの。

 しかし、これによって広がった爆煙は俺とゲーティアまでも包み込み、この元々うす暗かった〈ミルキオーレファミリー〉のアジトを無明の空間に変えている。

 この状況なら新スキルによる悪魔召喚も、防ぐのは不可能だろうと喜びながら、息を吸わないように口を押さえて、前に進もうとして――

 

 

 

―――『下ァ』

 

 そんな、幻の5周目に突入しそうな、電波な声が聞こえた気がした。

 

 

■【悪魔式 ゲーティア】

 

 【ゲーティア】は嘲笑っていた。

 

 それは自分に向かって無謀にも突っ込んでくる、一人の10にも言っていない人間のこと。

 彼我の実力を弁えずに、いまだに刃向かおうとするその滑稽な姿は、無聊を慰めるのに十分な物だった。

 しかし、そろそろ飽いてきた。

 犬畜生の反抗も、一度や二度程度なら可愛いだろう。だが幾度も重なればそれはうっとう強いという感情に様変わりする。

 自分にとってその人間の行動はまさにそれだった。

 そして相手の行動を少し変えてやろうかと、自分のスキルの一端である《強化召喚》まで使用してみたりもした。

 その結果は自分にとっては想定外の連続だった。

 ひとつは今まで逃げに徹していたあの人間が、新しい悪魔を召喚して来たこと。

 ひとつは危険を顧みず、炎に向かっていったこと。

 そして、いくら後方で爆発したからと言って、あの人間が600の悪魔を糧として産み出した《デモン・フレア》から生き残っているという事実。

 それらすべてが想定外。

 だが、これで終わりだと二つのスキルを起動させる。

 それは《速効召喚》と《MP保管》スキル。

 《MP保管》スキルは固有スキルではなく、元となった悪魔も保有する汎用スキルだが、その効果はMPを貯めておける物に一定のMPを貯めておいて、有事の際にそのMPを利用できるという、【マグナムコロッサス】の《チャージ・トリガー》の様なスキル。

 そしてMPを保管できる箇所は両腕に3つずつ、そして胸の中央にある7つの7色の宝玉である。

 だから、本来この戦いは自分が最初から全力になれば終わっていたものだと認識していたのだ。

 

 

 《デモン・フレア》が爆発したことにより,耳をつんざく大音量が響き渡る。

 その音をカモフラージュとしてそろそろ仕留めるか、と行動する。

 まず【ゲーティア】は《MP保管》スキルでMP量を回復させながら、新たな召喚スキルを発動させる。

 

 「《速効召喚(クイック・サモン)》“地獄の淵より、絶望をもたらす暗黒の使者”《コール・デヴィル・デスウォリアー》」

 

 《速効召喚》により瞬時に召喚される悪魔。

 この煙幕の中、地面から突然でてくるカンストした前衛上級職に匹敵する悪魔をよける事ができないだろうと勝利を確信する。

 そして――

 

 

 ――再び予想外の出来事が起きる。

 

 「なっ」

 

 それは、あの人間が右に動いたこと。

 爆風による移動を計算して、あの人間の目の前に召喚先を指定していたため、その召喚悪魔の攻撃は空を切る結果となってしまった。

 だがそんなことはあり得るのか?と疑問に思う。

 《メガロニカナイト》には劣るが《デスウォリアー》も十分に強力な悪魔、そしてそのスキルの一つに相手の《危機察知》系スキルをある程度ダウンさせる力もある。下級ならば例えスキルを保有していたとしても、スキルレベル0でスキルが無効になるだろう。

 それにそもそも相手は、自分を作り出した連中と同じ悪魔召喚者。そんなスキルを覚えているわけがない。

 

――しかし、ゲーティアの疑問の間にも状況は動く。

 

 気がつけば、人間がほんの少し目の前に立っていた。

 しまった、と思うのと同時に、これで終わりだとも同時に思う。

 なぜなら《デスウォリアー》はやられたわけではないのだから。

 あの人間はただ《デスウォリアー》の横をすり抜けて、こちらに向かっているだけなのだから。

 

 そしてあの人間の背後に近付いてきていた《デスウォリアー》は、その剣を振るい、

 

 

 「グギャアァ」

 

 突如として横から襲いかかってきた1体の《メガロニカナイト》によりその攻撃が阻まれる。

 

 「なっ!」

 「えっ?」

 

 それは自分の驚愕の声と同時に、あの人間の疑問の声も聞こえた。

 その声に、今のは奴の悪魔ではないのか?と疑問に思った。

 そして煙幕が晴れて周囲を見渡せるようになったことで、今までいなかった一つの面影を見つける事ができた。見つけてしまった。

 それはこの地下空洞の入口にいる一人の悪魔使い。

 それは手を伸ばし、こちらにたいして、にやりと口をゆがめている。

 

――それが致命的なミス。

 

 「《我は契約より玉と黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)》セット“チョアプラトゥーン”“ボムトルーパー”」

 

 遠方の悪魔使いに気をとられている間に近づいていた一人の少年は、自分の目の前に到達し、

 

 「これでおしまいだ“弾けろ雑魚共”《コール・デヴィル・チョアプラトゥーン》」

 

 百近い泡から小さい悪魔が出てきて。

 少年がスライディングによって自分の足の下をくぐりぬけて。

 

 「まだだっ。《融合召喚(フュージョンサモン)》“地獄の淵より、王を守護する黒き盾よ”《コール・デヴィル・ガード》」

 

 これを受けてはならないという自分の感を信じて、《ガード》のステータスでENDを補強し、これで大丈夫かと安堵して。

 

 

 その小さい悪魔が触れるのと同時に、爆発が起こる。

 その数、90。

 それは、外見こそ小さいただの雑魚悪魔だが、中身は全くの別物。

 【ゲーティア】がただの少年と侮った、その中身がただの少年ではないように。

 小さい悪魔に込められた大爆発が連鎖しながら、あたりを白く染めていく。

 

 それは少年の力が【ゲーティア】を上回ったからなのか。

 もしくは少年の傲慢さが【ゲーティア】をはるかに凌いでいたからなのか。

 強化したはずのENDなんてまるでむしして。

 

 そして【ゲーティア】はその身体を完全消滅させた。

 

To be continued

 

 




(=○π○=)<まだまだいくよー
(=○π○=)<次回投稿は22:00です
(=○π○=)<ただしこのあとの話ではなく、話しの内容としては感想で喋っていた内容に+αを加えた内容になっております。

(=○π○=)<感想を呼んでくださっている方も新情報があるので、読んでいただきたい。



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間章 ある男の話

(=○π○=)<連続投稿3話目です。
(=○π○=)<1話目・2話目をお読み出ない方はそちらからどうぞ。

(=○π○=)<今回のお話は感想で書いていた、いくつかの裏設定のようなものをかいたものです。
(=○π○=)<本当は結構後の方で設定集みたいなかんじでだそうかとも思っていたのですが、思ったより疑問に思う方も多かったようで。
(=○π○=)<いや、まあ、作者も改めて考えてみれば、この設定をわかれと言うのは難しいですね。
(=○π○=)<ただ、裏設定だけでなく、新情報もいくつかあるので、出来ればお読みいただきたいです。


(=○π○=)<それと《偽証》の条件付けに関して、もともとの設定としてはまったくないものとして扱っていたのですが、結構感想で指摘されたので、設定変えてます。
(=○π○=)<感想を書いた後で、あ!こうすればいいんじゃねとか思った結果である。
(=○π○=)<こっちの設定も結構ないかな?とも思いますが……どっちの方が無いんだろう?


□■【■■■■】■■■

 

 

 ある男の話をしましょう。

 これはIFから繋がるストーリー。

 

 クライマックスの後の一面であるというのに、このような話を挿入することに疑問を持つ方も多いでしょう。

 しかしこれは、この物語を知る上では避けては通れぬ話。

 このような場だからこそ、話せることもあるという物です。

 え、私が誰か……ですって?ふふふ、一体誰でしょうね、すくなくとも物語に直接出てくるわけではないアウター・ファクターであることは確かですね。

 あくまで私は語り部……というよりは推理物の答えを一部暴露する馬鹿なファンでしょうか。

 まあ、それはいいでしょう。私の正体を喋るためにこのような場を設けたわけではないのですから。

 さてさて、それでは本題を語らせてもらいましょうか。

 

◇◆

 

 それではもう一度言いましょう。

 ある男の話をしましょう。

 話すのはこの物語の主人公、今はローガン・ゴールドランスと名乗る男の内訳です。

 なぜ、ローガンのエンブリオがああなったのか、その真実を。

 

 とはいってもすべてを語ることは出来ません。

 彼がアポストルとしての性能を獲得した理由。

 彼の使命感に関してはまだこの場で言うわけにはいきません。

 なぜならそれは、この物語の根っこ、重要な部分を解き明かすことに他ならないのですから。

 いくら私でも、推理物の犯人を動機ごとペラペラしゃべる気はございません。

 なのでここで私が語るのは、あくまでこの場で喋ってもかまわないこと。

 あえて言うなら作者が物語を作るのに用意した裏設定の暴露。

 それでもいいならお付き合いください。

 

◇◆

 

 そうですね、まず何を話しましょうか。

 ええ、まずは一番大事な、彼がルンペルシュティルツヒェンを手に入れたことから行きましょう。

 

 まず、彼が【技巧改竄】ではなく【改竄悪魔ルンペルシュティルツヒェン】を手に入れた理由。

 それに関しては単純にルンペルシュティルツヒェンが彼の使命感を読み取りアポストルとしての性能を獲得した、それだけのこと。基本的なカテゴリがアポストルとしての性能を獲得したのならば、それは名前も変わるでしょう。

 

 そして【ルンペルシュティルツヒェン】を獲得した理由はこれまた単純、このローガンもまた『自分はだれよりも優れており、他者よりも秀でていると心から信じている』からです。

 もちろん原作の……ローガン・ゴッドハルトから幾分ずれている部分もございます。

 しかしあくまでも彼は自分がそうであると信じているのです。

 ローガン・ゴッドハルトと違い、自分が現時点(・・・) では他者に後れをとることもあるだろうとは思っています。しかし心の奥底では例え今はそうであってもいつかは必ずそれを超えて自分が頂点に立てる…そう思っているのです。

 『最強』を目指すのは通常のゲームプレイヤーとしての思考と、彼自身の使命感、そして『自分は天才だから、必ず最強に至れる』という3つの理由によるもの。

 そうですね、あと他には彼がローガンを悪く言う事が多いのは『俺はあいつとは違う、俺は天才でありあいつよりルンペルシュティルツヒェンをうまく扱える』とそう考えているからです。あとは…まあ気にしないでください。

 

 ゆえに彼は【改竄悪魔ルンペルシュティルツヒェン】を手に入れました。

 似ていて異なる部分もありますが……そこは神様パワーと言うやつですね。

 ゴールドランスとゴットハルト。二人の思考のブレを自分のエンブリオが関係する時のみ調律してブレを無くしているわけです。

 

◇◆

 

 さて次に語るべきは【改竄悪魔ルンペルシュティルツヒェン】が唯一持っていたあのスキル。

 《我は偽証より黄金を紡ぐ》の話をするとしましょう。

 

 皆さんご存知とは思いますが、《我は偽証より黄金を紡ぐ(ルンペルシュティルツヒェン)》とはローガン・ゴッドハルトが使っていた常時発動型の必殺スキルです。

 彼は自分の〈エンブリオ〉がルンペルシュティルツヒェンになると聞いたと時、このスキルのことを強く意識しました。

 それこそが最初にこのスキルが、通常のスキルとして発現した理由。

 主が強く望んだスキルをルンペルシュティルツヒェンは聞き届けざるを得ませんでした。

 もしそれが自分とはかけ離れた性能である場合、仕方ないとして似たようなスキルにすることもあるでしょう。

 ですが主が望んだのは自分の性能と合致する、主のパーソナルに合うものだったのです。

 

 ルンペルシュティルツヒェンは間違いなく戸惑ったでしょう。

 なぜなら主が望んだのはコストも無く条件も無く自分のみを対象に、ただ発動し続ける常時発動型の必殺スキルの代替。

 無茶ぶりもいいところです、1つの〈超級エンブリオ〉が長い時間を主と共に過ごした成果を、たった一つの初期固有スキルにおとしこめというのですから。

 ですが、ルンペルシュティルツヒェンはそれを叶えました。

 なぜならルンペルシュティルツヒェンは主の使徒(アポストル)。主の使命感をもって望まれた力を創るというのは、主の叶えなければならない望みを叶える道具たらんとする彼の存在意義。そこに異論や反論はない。

 そしてその願いをかなえる方法もありました。

 

 まずルンペルシュティルツヒェンが行ったのは自身の領域の定義。

 サンダルフォンが己の〈マスター〉の元恋人を、己を裏切り、逃げ出した者を絶対に逃がさない牢獄として領域を定義したように。

 アポカリプスが世界を憎む〈マスター〉の望んだとおりに世界を壊し、浸食する領域と定義したように。

 ルンペルシュティルツヒェンは己の〈マスター〉の使命感を読み取り、その『自己で完結する』望みを元に、〈マスター〉と世界を区切り、〈マスター〉の中のジョブという要素を改変し改竄する、という道を選びました。

 すなわちルンペルシュティルツヒェンの領域は、〈マスター〉の中。

 アポストルとしても稀有な領域の設定と言えるでしょう。

 もっともメイデンもメイデンで、〈マスター〉の望みによって変なジャイアントキリングが発生したりするので、これもまたひとつの有り様でしょうか。

 

 次にルンペルシュティルツヒェンが行ったのは自身の有り様による条件付けの設定。

 先ほども言いましたように、主が望んだのはコストも条件も無いスキルの発動。

 ここで条件を付けるわけには本来は行きません。

 ですが、彼はアポストル。

 スキルの発動に条件の設定を定められた〈エンブリオ〉。

 この設定を無くすことができないわけではありませんでした、あくまでもただの一スキルとして処理すれば、条件はなく創ることも不可能ではなかったのです。

 しかし、それには余分なリソースがかかってしまいます。

 あのスキルの構築に余分なリソースをこれ以上かけるわけにはいきません。

 そこで選んだのは、あっても無くてもかまわない、無意味な条件付けです。

 その条件は『〈マスター〉が存在している限り』というモノ。

 この条件付けがスキルの欄に表示されていなかった理由はそう難しいものでもありません。それはこの全く無意味な条件付けはいらないものとして、描写担当に消されることになったからです。

 この条件付けによってリソースの軽減はありませんでしたが、それでも軽減をすることができるような重い条件付けをすることは出来ませんでした。

 ちなみこんなに無意味な条件付けをすることが出来る理由は、彼の領域が比較的軽いから、というのもあります。他者に効果を及ぼすのとは違い、己の〈マスター〉にのみ作用するため大きいリソースは必要としなかったのですね。

 もちろん効果は強力なので必要リソース量はそれなりに必要でしたが。

 

 最後にルンペルシュティルツヒェンが行ったのはこのスキルを成立させるために必要なリソースの管理です。

 何度も言いますが、このスキルにはコストも重い条件付けもありません。

 もちろん、元の『1カ所、2倍化』というスキルなら、リソースの管理は不要です。この程度なら余裕で足ります。

 ですが最終形態までで必殺のリソース量に届かせるためには、最初からスキルの性能がある程度高い方が都合が良かったのです。

 なのでこのスキルの最初の性能を『2カ所、2倍化』と定めました。

 ここで重要なのは、当然リソース量。

 第一形態の時にスキルとして形作ることができるために用意されたリソースをすべて使い果たしてもこのスキルを完成させることは出来ませんでした。

 それも仕方がありません。なにせ第一形態の時に、第二形態に匹敵するリソースを使えというのですから。

 そこで手を付けたのが、手を付けざるを得なかったのが〈マスター〉へのステータス補正。

 もとよりアポストルは、プラスとマイナスの間の領域に0として力の補正を定義されています。

 ですが何よりもまず、己の主の望みを果たすべく、ルンペルシュティルツヒェンはここに手を付けることにしたのです。

 それこそがステータスマイナスの補正。

 アポストルとしては異様のその姿は、〈マスター〉が無茶な無謀な望みを抱いたが所為。

 ですが、ルンペルシュティルツヒェンはそれをよしとしました。自身の定義よりも主の望みを叶えることこそがアポストルの意味なのですから。

 

 

 さて、これで《我は偽証より黄金を紡ぐ》の解説は終わりました。

 ですが、これで終わりではありません。

 次に話すのは前の物語で彼が新たに得た、新しい力のこと。

 少しだけ復習させていただきましょう。

 

◇◆

 

 さてさて移り変わりまして、彼とルンペルシュティルツヒェンが手にした新しい力。

 《我は契約より玉と黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)》の話と行きましょう。

 

 このスキルはもちろん、彼がその復讐心と使命感によって生み出したもの。

 彼があの時口に出した言葉こそ、彼の望み、彼の使命感。

 え……?彼があのとき何を言っていたかわからない、ですか。

 すいません、それに関しては隠させていただきました。

 あの言葉はこの物語の核心に触れる大事な要素。

 ここで明かすのはもったいないと、隠させていただきました。

 とはいえこの程度、あの神と騙ったあの存在に比べれば可愛いものでしょう。

 あれはこちらの失敗、重要な発言、無意味な発言を同列に話す、いたずら好きの性格破綻者なのですから。

 そもそもにおいて、彼……すなわち今現在『ローガン・ゴールドランス』と名乗る少年に対してチートなど一切与えてはおりません(・・・・・・・・・・・・・・・)

 いえ、確かに彼とあれとのかかわりや原作知識は一応のチートと言えるでしょうか?ですが無意味な内容をペラペラと得意げに喋るのはどうなのでしょう。

 

 それにしてもあの様子を見る限り、前と全く変わりませんね。

 

 まあ、それはいいでしょう。

 いまはここで語るべきなのは、スキルの説明です。

 

 これは現状を打開するために手に入れたスキルです。

 《偽証》は間違いなく強力なスキルです。

 ですが緩急が無く、常に一定の力しか出し続けることができないため、強者に対しての打開策を模索しました。

 ジャイアント・キリングはメイデンの花ですが、別に他の〈エンブリオ〉でジャイアント・キリングが出来ないわけではありません。

 しかし、《偽証》を必殺の領域に押し上げるためには、無駄なリソースは限りなく抑えたかったのも事実。

 戦闘中の為、ステータスの補正をいじることもできず、後にリソースを降らないためにこの一形態分のリソースで完成させなければいけなかった。

 そこでルンペルシュティルツヒェンは一つの手を打ちました。

 あくまでこの形態でスキルの外枠という形のみを一形態分のリソースで形作り、能力を実行するための膨大なリソースは外部から使い、さらに条件を設定することで主が望む領域まで消費を落とす、という手を。

 

 外部リソースの供給源としては、メインジョブを選びました。

 ここから一定のリソースをとることでスキルが発動できます。

 そこにポイントなどの外部リソースがあるならそれを先に使い、なければレベルドレインと言う方法によってリソースを取得します。

 もちろんこのリソース所得方法は、悪魔召喚ジョブに付いているからこそ有用に扱えるものです。

 もっとも効果が効果なので他のジョブで使う事はまずないでしょうが。

 

 条件付けに関しては『3日間、そのスキルを使用していないこと』。

 彼は雑魚モンスターを倒す時に、大体の場合において《チーム》のみしか使っていませんでした。語られていない部分において、《ビギナースカウト》はときどき使ってはいましたが、それでも多様なスキルは使っていなかったのです。

 《ボムトルーパー》はコストが重く、《レッサー・デヴィル》は使う意味が無く、習得していたが特に使う所が無かった《ビギナーガード》、そして新しく習得したがゆえに使うタイミングが無かった《チョアプラトゥーン》。そのほかにもいくつか使っていないのもありますね。

 これらのジョブスキルを有効に使うために設定されたのが今回のこの条件です。

 これもまた〈マスター〉のみが対象となるスキルの為、条件付けが軽く運用に問題がさほどないものになっています。

 ちなみに余談ですが、デスペナ明け、新しく習得したスキル、これらは『3日間、そのスキルを発動していない』という条件をクリアー出来ているので、それらもスキルの対象にすることは出来ます。〈エンブリオ〉らしいガバガバさですね。

 

 効果は『悪魔召喚スキルのステータス表記またはスキル欄を、別のスキルの同じ項目に貼り付ける』という物。

 簡単に言うならスキルのカット&ペースト。

 まさしくチートであり改竄なスキルです。

 ただし、下級の一形態のみで創られたせいで、スキルの幅が大きく狭められており、柔軟性が全くと言っていいほどありません。

 柔軟性があり汎用的で制限のない《偽証》とは真逆の、一点に一瞬に性能を極めた重いスキルになっています。

 発動後の制約もあり、カットされたスキルの3日間の発動禁止。

 気軽に発動できるものではありませんが、もとより彼が望んだのは“一瞬に賭ける強力なスキル”。問題ではありませんでした。

 また闘技場ではある程度、欠点を無視できるのでこの段階から闘士を目指す彼には都合が良かったのでしょう。

 欠点もありますが、下級の出力で手に入れられる性能として及第点ではないでしょうか。

 

 

 さて、これで彼が持つ力の有り様に関してはある程度話すことができました。

 彼が習得するスキルは、後は必殺の一つのみ。

 それに関してもこちらが話すことは出来ません、ネタばれにも程がありますからね。

 彼はこれからどうなっていくのか、楽しみです。

 

◇◆◇◆

 

 それにしてもあれはどういうつもりでしょう。

 彼を転生させるのは彼の役割とはいえ、いくらなんでもふざけすぎです。

 仕事もやってはいるとはいえ、あれでは彼が少しかわいそうです。

 転生させるときに必要なことを何も言わずに、こちらの細工をまったく教えもせずに。

 あまつさえ、緊急用としてあの子が設定したアレを何度も使って彼でふざけるとは言語道断です。

 あの子もあの子で、無断で彼の記憶をいじろうとしましたし。

 次に会ったときに、そのことについてあの二人ときちんと話すとしましょう。

 

 to be continued

 

 

 




(=○π○=)<まだまだいくぞー
(=○π○=)<次回の投稿は23:00です

(=○π○=)<さて、今回の話で少しばかり情報が出てきました
(=○π○=)<第0話の伏線の回収……というよりは補足かな?
(=○π○=)<まだあそこらへんのは明かすわけにはいかないので、ヒントだけで

(=○π○=)<もうひとつだけヒントを出すと、あの神()は『嘘“は”言っていません』
(=○π○=)<詐欺師の常とう手段ではありますが


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第11話 あるひとつの終わり

(=○π○=)<連続投稿4話目にして最後です
(=○π○=)<前3話を呼んでいないのであれば、そちらからお読みください。


第十一話 あるひとつの終り 

 

□アジト内 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 後方に爆風を感じる。

 後方から断末魔が聞こえる。

 それはおそらく、俺があいつを倒した証。

 【ゲーティア】自身を壁としたおかげで、俺自身に爆発のダメージは届かなかったが、それでも爆風によって数メテル吹っ飛び地面を転がる。

 

 「っつぅ」

 

 転がりながらあの悪魔が光の塵になっていくのを見届けて。

 

 【〈UBM〉【悪魔式 ゲーティア】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ローガン・ゴールドランス】がMVPに選出されました】

 【【ローガン・ゴールドランス】にMVP特典【魔式手甲 ゲーティア】を贈与します】

 

 本当に【悪魔式 ゲーティア】に勝利したことを告げるアナウンスを聞く。

 戦利品を確かめたいのは山々だが、2度の爆発によってただでさえ低い俺のHPが危機に瀕している。

 痛む体を押さえながら起き上がり、アイテムボックスからいくつかのポーションを取り出して服用する。

 

 「お見事です主様。やはり我々の勝利でしたね!」

 

 もう戦闘が終了したからか、ルンペルシュティルツヒェンは俺の体から出て、アポストル形態に戻っていた。

 これで勝ったんだな、と実感を持って息を吐く。

 

 「そういえば、あの悪魔は一体」

 「ああ、主様。あの悪魔は……」

 「ローガン!無事ですか!」

 

 その声に振り返ってみると、入口の方からアルフレッドが走って来ていた。

 どうやらあのアベルとか名乗る悪魔使いをなんとかできたらしい。

 

 「アルフレッドか、ああ無事だな。……もしかしてあの悪魔はアルフレッドのものなのか?」

 「え?ええ。あなたがあのUBMに勝つ方法を持っていると思い、それで倒されようとしていたあなたを助けるために《メガロニカナイト》を呼ばせていただきました。結果あれを倒すことができてよかったですね」

 

 そうか、助けてもらったのか。

 

 「おかげで助かったぞ。あれが無ければ俺は死んでいたからな。でもよかったのか、アルフレッドが討伐するチャンスだったと思うんだが?」

 「アハハハ、普通は逸話級とはいえUBMを討伐することなんて出来っこありませんよ。ギルドマスターが一緒でもあのUBMが相手なら不可能でしょうね。だからあなたがあのUBMに勝機をもって突っ込もうとしているのを見て、それに賭けてみようと思ったわけですから」

 

 なるほどな。

 前からUBMは通常のティアンにとっては決死の相手だとは知っていたが、俺より現時点で総合力においてはるかに勝るギルドマスターや、近接戦闘能力が高いアルフレッドの二人でも無理なのか。

 だがそのおかげというべきか、俺に賭けてもらったおかげで俺はこうしてUBMを討伐してMVP特典装備を手に入れる事ができたんだからな。

 そう思いながらアイテムボックスからいままでは当然存在などしていなかった、【魔式手甲 ゲーティア】を取り出して装備してみる。

 【魔式手甲 ゲーティア】は手甲と言う名前が示す通り、手を覆う黒い籠手であり、腕を覆う黒い金属のようなものは三枚の段差によってなされており、その段差をつくっている黒い金属のようなものにそれぞれ異なる色の六つの宝玉がはめ込まれている。

 性能が気になり、ウインドウで説明を確認してみたらこんなことが書かれていた。

 

【魔式手甲 ゲーティア】

〈逸話級武具〉

悪魔を召喚する悪魔の概念を具現化した逸品。

装備者が行う悪魔召喚の補助をする事に特化している。

※譲渡売却不可アイテム・装備レベル制限なし

 

・装備スキル

《六法悪書》

《????》 ※未開放スキル

 

 「はっ?なんだこれは」

 「ほう、それがうわさに聞くMVP特典装備と言う事ですか、確かに普通の装備ではないですね」

 「ふむふむ、黒くて硬くて大きくてかっこいいですね。似合っていますよ主様」

 

 シュテル、お前は自分の発言を見直した方がいいぞ。

 いやまあそれはいいとして、この性能は何なんだ?

 ステータス補正なし、そして未開放のスキルが一つって。

 とはいってもこの状況を全く知らないわけではない。

 ステータス補正なしは【黒纏套 モノクローム】という事例がある。

 未開放スキルは【瘴焔手甲 ガルドランダ】や【断詠手套 ヴァルトブール】のふたつがそうだ。

 だが、その二つが同時に俺の最初のMVP特典になるなんて思いもしなかったぞ。

 それにしても〈エンブリオ〉にも特典武具にもステータス補正に嫌われるとはな、一体俺のステータスをどうしたいんだか。

 まあいいとりあえずは、未解放のスキルの詳細などわからないので、わかるスキルを確認しておこう。

 今現在使える唯一のスキル《六法悪書》を確認すると、どうやらこれ自体が複数のスキルの集合体だったようだ。

 それならばらばらにスキルとして登録すればいいのに、ともおもうが容量の関係で無理なのか、それとも元となった【ゲーティア】自身がこのスキルを持っていたのか。

 それで、そのスキルの内容はどうやら六種の召喚補助スキルのようだった。

 ひとつひとつ内容を確認してみるが、最後の一つを除きすべて俺にとって有用なものであり、きっちり俺にアジャストしてくれたみたいだ。

 

 「どうやらその顔を見る限り、いいものが落ちてくれたようですね」

 「お、ああ。〈ミルキオーレファミリー〉が創り上げようとしていた悪魔召喚者をサポートする悪魔召喚術式ってふれこみに間違いはなかったようだな。とりあえずスキルに関しては言う事がないな」

 「そうですか……。そうですね、ローガン少しいいでしょうか」

 

 ん?いきなり改まってどうしたんだろうと思いながら、アルフレッドの方をちゃんと向き合う。

 そうすると、アルフレッドがいきなり頭を下げてきた。

なぜに?

 

 「すいません、ローガン。私はあなたを侮っていました。いくら〈マスター〉だからといって下級の【悪魔戦士】では戦力にならないと、力不足だとそう勝手に決め付けていました。私の眼が節穴でした、まさか逸話級のUBMを倒すことができる力があるとは思いませんでした」

 

 そういってからアルフレッドは顔を上げて続ける。

 

「ローガン、私はあなたを只の下級などではなく、私と同等以上の実力を持った〈マスター〉だと認識を改めましょう」

 

 そうか。

 いやまあ、うん。【ゲーティア】を倒せたのは第二スキルを獲得したおかげだからだし、アルフレッドの助けもあったからなんだけどな。

 いやそれも俺の実力か?

 それはそれとして、こう他人に認められるというのは本当に気持ちがいいな!

 

 「そうか!まあ、アルフレッドの《メガロニカナイト》の助けと、あの『下』という奇襲を知らせてくれたおかげもあるがな。それにしてもあの煙幕の中でよくあの悪魔召喚を察知できたな、俺は全然気がつかなかったというのに」

 

 そこだけは少し俺の察知能力が劣っているようで認めがたいな。

 

 「はい?《メガロニカナイト》による助けはともかくとして、下からの《デスウォリアー》による奇襲はあなたの実力ではないのですか?」

 「はい、あの時彼は何も声をかけていませんでしたよ?もちろん私でもありませんし、主様が自らの能力でそれを成したのだとばかり思っておりましたが……?」

 

 ……は?どういうことだそれは。一体どういう……

 このお互いの齟齬はどういう事かと考えて、

 

 「おーい、三人とも大丈夫かー」

 

 そのミックの声に中断させられた。

 

 

 あのあとミックとギルドマスターの二人が合流し、4人+αは無事に生存できたようだった。

 その後ここでは辛気臭いからと、ギルドマスターが発見していたらしい〈ミルキオーレファミリー〉の住処に移動した。

 そこは、巨大な曼荼羅じみた魔法陣が描かれていた空洞から出て、俺たちが最初に開戦した場所には行かず、そのまま山を登って行った先にある小屋らしい。

 たしかにここは血の跡や何やらあるみたいで、心臓に悪い。戦闘中だからと気にしないでいたが、確かにここにずっといるなんて耐えられないな。

 そんなわけで、アジト内から出て小屋に付き、机を囲んで4人でお互いの状況について話し合う事にしたのだった。

 

 ミックはなんと、あのヴィクター・ミルキオーレを倒したらしい。

 さすがに殺せなかったようで、とどめをさすのはギルドマスターにやってもらったらしいが、それでもレベル50にも言っていない下級がカンスト上級職を倒すことができたのは、偉業としか言いようがないというのが二人のティアンの感想だった。

 その報告を聞きアルフレッドなんかは「かたやヴィクターを、かたや逸話級UBMを倒すとは、〈マスター〉というものは本当に規格外な人たちなのですね」という感想を口にしていた。

 俺もミックもだが、相手が最初から全力を出さずに戦力を逐次投入してくれたおかげで勝てたとはいえ、だからといって何回も闘って何回も勝てるとは思っていない。あれはお互いに死力を賭して、一か八かが嵌まったから勝てたものだろうからな。

 

 そしてギルドマスターは、20人近い【悪魔騎士】を相手に無傷で順当に倒すことができたらしい。

 本当に順当だったらしく、逃亡も降伏も許さず淡々と処理していたらしく特に語ることはないと言われた。

 それはそれで凄いが。

 その後はミックの加勢、またはミックを倒した後のヴィクターと戦うべく、爆発によって封じた穴を開通させて、坑道内に降りたということだが、その時にはもう既にミックがヴィクターを倒した後だったらしい。

 そうしてヴィクターを始末した後は、アジト内の戦力はもう弱い戦力しかないとにらみ制圧を俺とアルフレッドの二人に任せて、ミックと一緒に周囲に隠れている〈ミルキオーレファミリー〉の徒弟達を見つけ出していったとのこと。まさか逸話級のUBMが召喚される事態になっているとは、露として思わなかったらしい。まあ当然と言えば当然だが。

 

 アルフレッドは俺と別れた後、数十分かけてアベルとかいう悪魔使いを倒した後、急ぐためにAGI型悪魔にのって移動していたらしい。

 俺がゲーティアと戦っていたのは五分もかかっていないというのに、アベルを倒すのに十五分もかけたアルフレッドが俺とゲーティアの決着に間に合うとは。

 いや確かに、俺があのアジト内にたどり着くまでに結構時間がかかってはいたけども、まさか十分近くも移動していたのか。

 距離が長いのか、AGI型悪魔が早いのか、それとも俺が遅いのか……考えるのは止そう。

 それにしても“悪魔剣”か面白そうだな。

 近接戦闘能力は俺も欲しいと思っていたから、一応候補として考えておくか。

 まあ、いまは次に付くべきジョブは上級職である【悪魔騎士】一択だが。

 

 それから俺の戦いに関しても話した。

 俺と悪魔召喚術式がUBM化した【悪魔式 ゲーティア】との戦い。

 ミックなんかは「UBMと戦闘とかうらやましい。というか、俺にヴィクターとかいうあんまりおいしくない相手を押しつけておいて、UBMを倒すのとかひでぇぜ」とか言っていた。

 まあ、俺が逆の立場でも似たようなことは言っているだろうから、そのことにかんしては別にかまわないがな。

 ちなみにギルドマスターに関しては、それを聞いて驚いていた。やはりアルフレッド同様にほぼとはいえ単独でUBMを倒すというのはティアンからすればものすごいことなのだろう。

 ちなみにギルドマスターとミックは《看破》を持っているみたいで、俺の装備しているMVP特典の内容を見たらしい。ミックはイマイチ強さが分らない、という顔をしているがギルドマスターはその有用性に感嘆していた。

 

 

 お互いに状況報告が終わった後、ギルドマスターはアルフレッドを伴って、いろいろ処理をするらしいので、今はミックとあとはルンペルシュティルツヒェンと一緒に〈ミルキオーレファミリー〉が使っていた小屋でのんびりと休ませてもらう事にした。

 いまは死人である人物が使っていた小屋を使う事に対して、俺はそれなりに抵抗したのだが、アンデットがわき出るわけでもないという、ミックの言葉で一応納得することにした。

 ただし、少し休むだけで、ここで寝るというのなら俺はログアウトさせてもらうからな!と宣言だけはしておいた。

 

 「いやー、それにしても疲れたなー」

 「そうですね、あなたも結構疲れてはいるのですね。まあ主様もUBMという大敵を相手にしたのだから当然疲れてはいますが」

 「疲れはしたけども、その労力に見合った結果が手に入ったから今回はこれでよかったな」

 「あー、本当にいいなー。MVP特典、オンリーワンの武具とか超ほしんだが……。まあ俺の方も収穫はあったからよしとするかー」

 「収穫?何かあったのか」

 

 それに対してミックはふっふっふとわざとらしく笑いながら、一つのアイテムボックスを取り出した。

 

 「何だこれは?」

 「ヴィクター・ミルキオーレが使っていたアイテムボックスさ。ギルドマスターにほしいって言ったら、くれたんだよ。中身は結構いろいろ入っていて、高そうなポーションとか入っていたからな。今回のクエストの報酬と併せれば、壊れた武器の分を引いても完全に黒字だなコレ」

 

 …それはおいしいな。

 俺は金銭を犠牲にして特典武具を手に入れて。

 ミックは特典武具を犠牲にして金銭を手に入れたわけか。

 どちらがいいかと聞かれたら、普通に特典武具と答えるだろうがそれでも今回はほとんど赤字に近いからな……頑張ってこれから稼がないとな。

 

 「ああ、それと基本的にこっちがいる物だったけど、一つだけ俺にとっちゃ価値がないものがあったから、それはローガンにやるよ。ギルドマスターに渡すよりもそっちの方がいいだろうしな」

 「ミックに価値がなくて、俺にくれる物?もしかしてゲーティアの設計図とか?」

 「いや、残念。アイテムボックスにそのゲーティアとかいうやつの関連資料は一つも無かったよ。その代わりにこれが入っていた…」

 

 そういいミックが取りだしたのは数枚の紙。

 そこに書いてあるのは『廃案術式 【レメゲトン】』というもの。

 廃案…ゲーティアを制作するうえで没になった部分だろうか?

 一応一通り目を通して見るが、今の俺には分らない部分も多い。

 わかる内容だけでいうのなら、ある悪魔を召喚する術式のようだが、正確な所は一切わからない。もしかしたら本当に失敗作なのかもしれないな。

 あのフランクリンのやつなら、もしかしたらこれを活かすこともできるとはおもうが、あれに頼む気は毛頭ないので、自分だけで検証しなくてはならないな。

 【悪魔戦士】ギルドの情報と、図書館なんかにいってみるべきかな?まあ無駄かもしれないが暇を見てやってみる事としよう。

 

 「これは……、なるほどな。今の俺にはわからないが、もしかしたら使える物かもしれないし有り難く貰っておくとする」

 「ほいよー。それでこのあとどうするんだローガンは」

 「このあと?」

 「ああ、このクエストが終わって皇都に戻ったらだな」

 「特にどうともしないが……まあ今まで通り金と経験値を稼ぎながら、決闘の教導を受ける事になるんじゃないか?とりあえずは上級に上がるまでは教導は続けておきたいしな。それ以降はどうするかは分らないが」

 「ふーん、特に決まってないのか。それじゃあ、提案なんだけど戻ったら俺のチームを紹介するから、一緒にクエストに行こうぜ」

 「ミックの仲間だと?いや、俺は…というよりは【悪魔戦士】はソロが前提に近いジョブだぞ、他の人間と組むのは問題があるだろう」

 「まあ、そこらへんはレオンのやつがうまく考えるだろ。経験値分配が悪くなるけどパーティー組まずに戦ってもいいしな」

 「というか、そもそもどうして俺がミックとクエストを受けに行くんだ。別に俺じゃなくてもいいだろ」

 「えー、つれないこと言うなよ友達だろ俺たち」

 「なっ、誰が……いや、まあ友…達…という事にしてやっても…いい…ぞ」

 「うわー、素直じゃないねぇローガンも」

 

 よしこのことは後回しにしよう。

 そう決めて後ろに向き、話しを終わらせる。

 

 それからも少しずつ俺たちは、ギルドマスターとアルフレッドの二人が戻って来るまで駄弁っていたりしたのだが、そこは割愛するとしよう。

 

 

 二人が戻って来てから、もうここでする用事は一通り済んだとのことなので、皇都へ向けて帰宅することになった。

 今回は行きと異なり〈ミルキオーレファミリー〉の監視がなく、目を気にする必要がないとのことなので、アルフレッドの持つ地竜に最初から乗って移動する。

 管理AIによって技術がある程度向上しているといっても限界はあるのか、サスペンションの性能が悪く、山道を走っている間ずっとがたがたとしていたが、それも少しの我慢だとたえてようやく山を降りる頃には夜になっていた。

 

 そこから数度の休憩をはさみながら俺たちはまた皇都に戻るのだった。

 

To be continued

 




(=○π○=)<ふっ、これでぜんぶだしきってやったぜ(ゴハッァ
(=○π○=)<ストックがもう0です

(=○π○=)<次回投稿に関しては出来れば大晦日に投稿したいとは思っています。
(=○π○=)<間に合わなければ、来年に行きますが。次回エピローグです


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エピローグ 皇都に帰って

エピローグ 皇都に帰って

 

□ドライフ皇国皇都 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス

 

 「おう、もどったぞ」

 

 竜車に乗ること数十時間。

 あの〈ミルキオーレファミリー〉のアジトから、俺たち5人は特に何か起きるでもなく、無事にこのドライフ皇国の首都である皇都に戻ることができたのだった。

 そして皇都に戻ってから、ギルドマスターのすすめによって、薄暗い裏路地をとおり地下にある【悪魔戦士】ギルドに入っていくことになったのだ。

 そしてギルドの扉を開けたギルドマスターの一声が最初のソレだ。

 

 「ギルドマスター、大丈夫だったのですか?」

 

 ギルドマスターの声を聞き、ギルドに居る人間が数人近寄って来る。

 彼らまたは彼女らは、ギルドマスターの事を心配しいたわっているので、ギルドマスターは尊敬されているようだった。

 一度カウンターに戻ってから、数分後今度は二つのアイテムボックスを持ってこちらに戻って来た。

 

 「ローガン、ミック。俺たちはこいつらに今回の経緯を話さなくちゃならねぇ、だから今日はこれでお別れだな。このアイテムボックスは今回の依頼分の報酬だ。ローガンは報酬の前払いのせいで少し金少ないけどな」

 

 そして二つのアイテムボックスをそれぞれ俺とミックに手渡してくる。

 それを受け取るのと同時に、俺たちがそれぞれ受けたクエストの完了報告が届く。これで終わりらしい。

 ギルドマスターは手渡した後、最後に有難うといい踵を返して奥の方に向かっていった。

 しばらくはいそがしそうだな。

 

 「とりあえず、今日は帰るとするか。今日明日は教導も休みにしてるし、のんびりさせてもらおっと。お前はどうするんだ?」

 「俺か?そうだな確かに今日はもう日が暮れてきている。のんびりと休ませてもらおうか。明日はモンスターを倒しに行くさ、しばらく狩れていなかったしな」

 

 俺のレベルはゲーティアを倒した時点でも変動していなく、ここに帰る途中のモンスター討伐でようやくレベルがひとつ上げる事ができた。

 ミックはもっとレベルが高いようだし、今日は休むとしても明日休むことは出来ないな。

 

 「はー、ローガンもよくやるねぇ。まあいいや、俺は久しぶりの休みとするよ。あいつらが帰って来るのは明後日だしな」

 「あいつら?ああ、お前のフレンド達か」

 

 レオン以外のミックの友人かどんなやつなんだろうな。

 一応、ここへ帰る道中聞いてみたがはぐらかされてしまったし。

 

 「そうだな、まあお互いに時間が合うのは結構先になるかもだが、いつかローガンとあわせるよ」

 「……別にあう必要などないと思うがな」

 「まったくお前と言うやつは。……まあいい、それじゃそろそろ帰ろうぜ、俺にとっちゃ部外者でしかないからな」

 

 そう言いミックは周りを見渡す。

 確かにここは【悪魔戦士】ギルド。【闘士】であるミックにとっては居心地が悪いだろう。

 《看破》を保有するティアンも数人いるのか、ミックがなぜいるのか?と怪訝な表情を浮かべている。

 

 「そうだな、帰えるとするか」

 

 そして俺もここに居たい理由はない。

 ミックに同意して、出口となる扉を開ける。

 そうして二人して、この場を後とするのだった。

 

 

 「にしても……結構くれたものだな」

 

 今ミックは歩きながら、アイテムボックスの中身を確認している。

 歩いている場所は来た時にも通った、貧民街じみた裏路地なのでとられはしないかと、はっきりいって心臓に悪いが、ミックは気にしていないようだ。

 詳しく教えてもらっていないが、どうやら1000万リルくらいは入れてあるという事だった。

 

 「俺はまだ確認していないが、前払い分を含めてもそこそこにあるのだろうな」

 

 亜竜の値段を500万リル程度と見積もってもあと500万はある。

 本来のただの依頼としては破格の報酬と言えるそれは、口止め料という意味合いも含まれるのだろう。

 

「ようは内緒にしておけってことだろ?組織の裏ってやつなのかね。まあいまさら警吏にこのことを喋る気なんてないけどな」

「そういうことだろう」

「それにしても……、これってゲームだよな?いくらなんでもNPCの感情とか精巧に作りすぎだろ、命乞いしたり保身したりなんか本当にリアルな気分がして来たぜ」

「………」

 

ソレに関して俺が知っている事は多い。

だが、ソレに関して俺がいえる事は少ない。

俺のことがばれるというのも理由の一つではあるし、それにソレはミックが考えるべきことのように思えたからだ。

おそらく今までの俺なら、気にしなかっただろう事を気にするのは成長なのか、どうなのか。

いまはまだわからない。

だからミックに対して、俺はここで何も言えなかった。言う事が出来なかったのだ。

 

 

 あの後ミックとも別れた俺は、宿へ向かう…事はせずに皇都の外に来ていた。

 それは決して今から外でレベル上げしようということではなく。

 今回の戦いによって得られた力の検証だ。

 ただし、検証に大きなポイントが必要な第二のスキル《我は契約より玉と黄金を望む》は使用できない。

 だから今回検証するのは、新しく会得した特典武具【魔式手甲 ゲーティア】の性能である。

 

「さて行くぞシュテル」

『はい、いつでも問題はありません』

 

ルンペルシュティルツヒェンもすでに内包形態をとっており、いつでもスキルの使用が可能な状態になっている。

 

「いくぞ、《融合召喚》“来い”《コール・デヴィル・チーム》」

 

一瞬俺の体が黒く輝いたかと思うと、それが収まり何事も無い状態になっている。

ただしそれは何も起こらなかったというわけではない。

ステータスを開くと、検証通りにステータスがアップしている。

他の低いステータスが並ぶ中で唯一高いAGIの数値。

それは目論見通りの結果を出していた。

《融合召喚》はSTR・END・AGI・DEXのうちいずれか一つのステータスを、コストにした悪魔のそのステータス分アップする、と言う物らしい。

そしてその数値に、ルンペルシュティルツヒェンの3倍化も入るようで、現在の俺のステータスは本来のAGIの数値より150も高い数値のAGIになっている。

 

「よし次だな。《強化召喚》“来い”《コール・デヴィル・チーム》」

 

呼び出されたのは本来の《チーム》の悪魔。

だが試しに動かさせてみると、今までに見なれた悪魔の動きより格段にいい。

 

「よし《速効召喚》“来い”《コール・デヴィル・チーム》。…おお」

 

そしてこれも想像通りの成果を出した。

チームの最後の言葉を言うのと同時に、瞬時に呼び出されたその悪魔は、俺の命令をまってその場で待っている。

だがそれを無視して退去させて、俺は次の召喚を行う。

 

「よし《二重召喚》“来い”《コール・デヴィル・チーム》」

 

呼び出されたのは本来の物とはまるで異なる召喚数。

それは18体の悪魔。

一度に呼べる数としては上級職の《バタリオン》より上回るという事だろう。

 

《反応召喚》はわざわざ攻撃を食らいにいこうとまではせず、《統合召喚》は使い道がないので放置する。

総評としては、ひとつを除き全部おれの現状に合った優秀なスキルだろう。

特に《融合召喚》は今までの俺に足りなかったステータスを補充することができる数少ないスキルであり貴重だ。

 

それから他にもどのスキルと、どの召喚スキルを組み合わせたらいいだろうかと宿に帰り、夜深くになるまで考えるのだった。

 

 

 それはその日の夜中。ふと思ったこと。

 それはあの時疑問に思いながらも、誰にもわからなかったこと。

 それは一つの謎。

 いまだに分らぬ奇跡。

 それは――

 

 「あの時、俺に語りかけたあの電波は何だったんだろう?」

 

 その答えはいまだにわからない。

 

◇◇◇

 

□■???

 

 【穿凱土竜 ペネトレイン】

 最終到達レベル:18

 討伐MVP:【魔術師】ファトゥム Lv47(合計レベル48)

 〈エンブリオ〉:【無渇聖餐杯 グラール】

 MVP特典:逸話級【穿凱護符 ペネトレイン】

 

 【爆砲獣 アヴィルカダン】

 最終到達レベル:35

 討伐MVP:【獣戦士】ベヘモット Lv49(合計レベル49)

 〈エンブリオ〉:【怪獣王女 レヴィアタン】

 MVP特典:逸話級【爆砲筒 アヴィルカタン】

 

 【悪魔式 ゲーティア】

 最終到達レベル:21

 討伐MVP:【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス Lv40(合計レベル40)

 〈エンブリオ〉:【改竄悪魔 ルンペルシュティルツヒェン】

 MVP特典:逸話級【魔式手甲 ゲーティア】

 

 【切羽啼鳥 フォルティオン】

 最終到達レベル:19

 討伐MVP:【道士】迅羽 Lv42(合計レベル42)

 〈エンブリオ〉:【千里到達 テナガアシナガ】

 MVP特典:逸話級【切羽刃 フォルティオン】

 

 【孤狼群影 フェイウル】

 最終到達レベル:12

 討伐MVP:【壊屋】シュウ・スターリング Lv48(合計レベル48)

 〈エンブリオ〉:【戦神砲 バルドル】

 MVP特典:逸話級【すーぱーきぐるみしりーず ふぇいうる】

 

 【絶界虎 クローザ―】

 最終到達レベル:53

 討伐MVP:【闘士】フィガロ Lv41(合計レベル41)

 〈エンブリオ〉:【獅星赤心 コル・レオニス】

 MVP特典:伝説級【絶界布 クローザ―】

 

 【風艇魚 フォークロフト】

 最終到達レベル:28

 討伐MVP:【船乗り】醤油抗菌 Lv45(合計レベル45)

 〈エンブリオ〉:【大炎醸 アブラスマシ】

 MVP特典:逸話級【風艇魚雷 フォークロフト】

 

 

 「ホゥ?!」

 

 闇の中、ソレは定められた作業場で、定められた作業と記録を行っていた。

 ソレが見ているのは、己が作り出した〈UBM〉の討伐状況報告。

 想定外……いや、もちろんその可能性も一つのものとして想定していたのだが、ソレが見ているのはそれ以上の成果をたたき出している、喜ばしい報告だった。

 普段は無口で無言で淡々と仕事をしている、ソレでもその成果をみて声を上げて喜ばずにはいられなかったのだ。

 

 「さすがだな。最も多い我らの予測ではここまで至るのは、おそらく一人か二人だろうという物だったのだが……よもやこの世界でひと月とたたずに、これだけの〈マスター〉が〈UBM〉を討伐せしめるとはな」

 

 ソレ――〈UBM〉を創り、管理する〈UBM〉担当管理AIジャバウォックはそう口にする。

 当然ジャバウォックが驚いているのは、〈Infinite Dendrogram〉という彼らが用意したゲームが出されてからひと月という、強くなるのには短すぎる期間において、〈UBM〉という彼が用意した強敵を打ち倒したことだ。

 

 〈UBM〉というものは、他の十把一絡げのモンスターたちとはまるで異なる。

 1体1体が常識と言う物を投げ捨てた、格別にして隔絶したモンスター。

 各々が唯一の能力を保有し、強大なステータスをもって敵対する特殊なボスモンスター。

 後にも先にも同一個体は存在せず、たとえ同レベルであったとしてもただのボスモンスターの倍以上の強さを誇る、まさに絶対強者。

 その彼が創り、認定した〈UBM〉がひと月の間に数十体も倒されている。

  

ふと、〈UBM〉たちがどのように倒されたのか気になり、ジャバウォックは、空いた時間を利用してひとつひとつずつ戦闘のログを確認していく。

 本来ならジャバウォックの担当は、管理AIの中でも忙しい部類に入る。もっともジャバウォックにとって自分の担当は彼の趣味でもあるので、それを大変などとは思わないだろうが。

しかしこの〈Infinite Dendrogram〉のサービスを開始する前に、必要な事はある程度やっておいたおかげで、多少の時間の猶予はあるとふみ、こうして確認をしているわけだ。いまだに〈UBM〉を討伐できるほどの〈マスター〉の数は、それほど多くないというのも理由の一つにあげられるだろう。

 

◇◆◇

 

 そしてジャバウォックは十数もあった〈マスター〉と〈UBM〉の戦闘ログを読み終わる。

 

 「やはり想定外。……いやこれは想像以上というべきだろうな」

 

 そう感嘆の息を漏らす。

 ジャバウォックが閲覧した数十件の〈UBM〉討伐ログを見た感想がそれだ。

 なぜなら、このほぼすべてにおいて――

 

 「まさか、この〈UBM〉討伐をしたほぼすべてが、単独またはそれに近い状況によるものだとはな」

 

 そう、それらの内大半を占める討伐ログは、ソロまたは多少の他人の助けがあるものだった。

 もちろんパーティー単位で倒された〈UBM〉もいる。中には数百人の信者によって倒された〈UBM〉さえもいる。

 だがそれでも大半を占めるのは、それぞれひとりの〈マスター〉なのだ。

 ジャバウォックにとってはそれが何より喜ばしい。

 

 「やはりこういうのは素晴らしいな。苦戦とドラマの末に倒し、宝物を得る。それこそが英雄叙事詩というものだ。願わくば彼らが、このまま彼らが苦戦と苦悩と苦難と苦行と苦心を糧に、苦境を打破し続ける事を願おう。いつか彼らがその先に〈超級〉へと至り、そして〈無限〉に届いて欲しいものだ」

 

 そしてジャバウォックは願いを口にする。

 彼ら管理AI…いや〈無限エンブリオ〉が何よりも望む、新しい〈エンブリオ〉の〈無限〉到達という願い。

 そのために感傷を終わらせて、〈超級〉に至るための試練と化すべく新たなる〈UBM〉のデザインを試行する。

 

 「ふむ、そうだな。どういったものであればよいのか――」

 

 そうしてしばらく考えて……

 

 「――そうだな複数の人間にとりついて、とりついた人間の能力を扱えるというのはどうだろうか」

 

 いくつか試行錯誤しながら、その能力を考えていくが……

 

 「いや、だめか。問題が多すぎるな、出来れば元となるモンスターがいればいいのだが……?」

 「やめてー」

 

 ジャバウォックが思案しながら内容を口に出していた時、その言葉に対して後方からひとつの声が上がった。

 先ほどまでは間違いなく誰もいなかったはずの空間。

 ジャバウォックが振りかえった先に居たのは、一体のマスコットじみた猫。

 もちろん唯の猫ではありはしない。それもまた管理AIの1体にして、雑用および文化流布担当管理AIでチェシャという名で呼ばれているジャバウォックの同僚の一体。

 それは用事で同僚の仕事場を除いたら、なにやらかなり物騒な事を口に出していたので急いで止めに入ったという理由の為。

 

 「それ暴走して手当たり次第にとりつくイメージしかないよー。災厄となるのは〈SUBM〉だけで十分なんだからねー。それ以外の災厄になる要素はいらないよー。君が創った〈UBM〉で苦労したり処理したりするのは僕たちやティアン、それにプレイヤーの皆さんなんだからね?」

 「ふむ、たしかにこのままでは暴走しかねないな。それもひとつの〈超級〉への試練だとは思うが対策は講じるべきか……それで本題は何だ13号」

 「いや暴走しなければいいってわけじゃ……まあ、これ以上は言えないか。ああ、それで本題の件だねー。プレイヤー保護機能管理AI……アリスから頼まれた用事だよー」

 「内容は?」

 「『この一カ月にプレイヤーの皆さんが倒した〈UBM〉の戦闘ログを全部ほしい』、だって」

 「めずらしいな。どういうつもりだ?」

 「僕も詳しくは聞いていないんだけど、なんか〈UBM〉討伐あたりでなんかおかしい反応が出たんだってー。それを確認したいからとりあえず戦闘ログ全部をみておこうってことなんじゃないかなー」

 「おかしい事?一体どのプレイヤーなんだ。全部必要とすることはないと思うが」

 「いや、なんでもどのプレイヤーの方なのか皆目見当もつかないってことだよ。そのおかしい反応についても『あれ?』ってくらいで詳しいこと何もわかっていないみたいー」

 「…そうか。わかったコピーで構わないな。すぐに用意する」

 「大丈夫だと思うよー」

 「そういえば、なぜ13号が動いているんだ?たしかにこういった雑用は13号の仕事だが、10号もいるだろう」

 「……まだ調査段階だからねー。それにあいつに任せるとロクなことにならなそうだし、アリスもプレイヤーの皆さんのことだから慎重になっているんだと思うよー」

 

 13号……チェシャがあいつと呼び捨てる存在。

 基本的に有効なチェシャが唯一苦手と嫌いだと、そして友達がいない(断言)と吐き捨てる相手。

 たしかに13号も1号もこの状況なら、まだ10号に頼るという事はしないだろうと納得した。

 

 「…………」

 

しかしそれでもわからないのは1号が言う、おかしい反応の事。

ジャバウォックは考える。

プレイヤーがこの〈Infinite Dendrogram〉の世界に何かを持ち込めるわけがない。

そうであるならばその反応はプレイヤーとは無関係なことなのか……と考えて。

 

そして考える事を止めた。

その理由は単純にそれがジャバウォックの担当外だからである。

 彼が担当と任されたのは〈UBM〉のことで、そして彼の興味もそれにしかない。

 彼が疑問に思ったことはそのうち1号や13号、もしかしたら10号もはいるかもしれないが、彼らが解決するだろうと諦める。

 

 「それでは後は任せたぞ13号。私は仕事に戻る」

 「わかったよー。とりあえずはアリスの調査結果待ちだけどねー。それじゃ僕もお仕事行くー」

 

 ジャバウォックはそれで終わりと会話を終えて、ウインドウに向き直り仕事に戻る。

 そしてチェシャも、ジャバウォックから受け取ったデータをもって、アリスに頼まれた仕事を完遂するべく動き始めるのだった。

 

To be continued

 




(=○π○=)<とりあえずぎりぎり間に合った。
(=○π○=)<急いで間に合わせたので少し適当な気もする?

(=○π○=)<次回投稿ですが……年始でみたいのが沢山あって少し遅れるかもしれません。
(=○π○=)<なるべく急ぎたくはあるのですが……グレンラガンとかめっちゃ楽しみですし
(=○π○=)<遅くても10日までにはあげます。

(=○π○=)<ちなみに、戦歴のリザルトは2章で一番やりたかった事です。
(=○π○=)<下級という事を考えて、2人の〈エンブリオ〉の名前を変えています。
(=○π○=)<無限到達さんとかね!


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第3章 階をあがる、その頂き――
第1話 予選


(=○π○=)<更新遅れてすいません。

(=○π○=)<種火周回しながら、一挙を見まくったせいで、7日まで小説の方にまったく取り組むことができませんでした

(=○π○=)<それはさておき第3章開幕です。
(=○π○=)<第3章第一テーマは『決闘の階級をあがる、その頂きは栄光』です。

(=○π○=)<要は決闘回。まあ結構ダイジェストやカットを含みますが。
(=○π○=)<全部かき切ると、中だるみするし早くいろいろと書きたいですしね。


第一話 予選 

 

0day

 

□第二小闘技場 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 「もうそろそろか」

 「はい、あと8分ほどになります」

 

 瞼を開ける。

 ルンペルシュティルツヒェンの言葉を確認するため、瞑想とは言えないだろうまどろみから醒める。

 俺は壁にかけてある時計を見る。

 時計の針は短針と長針が共に12の数字を指し示めし、太陽は中天にあがろうとしている。

 あともう少しで戦が始まると武者ぶるいに似た気持ちで身体を震わせる。

 もっともこれが初めてではない。

 この気持ちに身体を震わせる事は、今までに9度あった。

 

 なぜならこの戦い――決闘ランキング予選は9回経験しているからだ。

 この決闘ランキング予選のルールは単純解明。

 10連続の勝利による勝ち抜けルールであり、勝ちぬけた者が決闘ランキング30位への挑戦権を得る。

 負けてしまえば、勝利して来たカウントが0になり、再び一から勝ち続けなくてはならない。

 そして幸運か実力か、俺はその戦いに生き残り9度の勝利を修め、こうして挑戦権をかけた最後の戦いに挑もうとしている。

 

 

 「よっ、激励に来てやったぜローガン」

 

 今まではいなかった人間の声を聞き、その声がした方に顔を向ける。

 そこにいたのは、その声の主はミックだった。

 

 「ミック」

 「ミック・ユース。来たのですね」

 

 ミックは入口に背を預けてこちらにニヒルな顔を向けている。

 ミックは時計をちらりと一瞥して、時間がまだあるという事を確認したのかこちらに向き直る。

 

 「この戦いで最後か、お前の戦う相手は俺たちの同類だ。お前は勝てるのか?」

 「勝つさ、勝てるかではなくな。たとえ相手が俺たちと同じ――〈マスター〉だとしてもな」

 「相変わらず、よく言うなぁ。まあ、頑張れとは言っておくよ、今回の同期による勝ち抜けはローガンか対戦相手のどっちかになりそうだからな。俺ともう一人は負けちまったからな、一からやり直しさ」

 

 俺たちの同期、この最初期に決闘に挑もうとした〈マスター〉は俺たちを含めて4人。

 そして順調に勝ち進んでいるのは、俺と今回の対戦相手だ。

 そう、ミックは一度負けている。

 その時の対戦相手は、今回俺が戦う相手と同じでありミックを一度破った相手だ。

 この時のミックと対戦相手の戦いは、いままでの決闘の常識を覆して高レベルどうしの決闘以上の盛り上がりを見せたそうだ。俺も付き合いで決闘の観戦をしていたため、その二人の戦いは確かにすごいといえるものだった。とはいえ、おそらく〈マスター〉同士の戦いなら常識的な範囲にとどまって入るとは思うのだが……やはりそういうことなのだろう。

 おかげでこちらが対戦する時の為の情報を手に入れる事ができ、今回利用することができるので大いに助かる。

 

 「お前を倒す相手だからな油断はしない。いくらお前が次のジョブとして上級職……【剛闘士】を選ばなかったとはいえな」

 

 ミックは強い。

 例え上級職についていなくても、汎用性に富んだ〈エンブリオ〉のおかげで、上級職に就いた俺たち他の3人に匹敵する強さを持っている。

 ミックの〈エンブリオ〉のスキルを知っている理由は、あの【悪魔戦士】ギルドの依頼を完遂し皇都に戻ってきた後、暇を見て二人で模擬決闘をした時、ミックの提案によりお互いの持つスキルの情報交換をしようというものを受け入れた。

 それによるとミックの持つ〈エンブリオ〉は【才金貨リャナンシー】という名前で特性はスキルを与える事らしい。

 そしてリャナンシーの持つ唯一のスキル、《ブラッド・アビリティ》により多種多様なスキルを手に入れられる汎用性の高いものだ。

 実際その力を使って、もうひとりの決闘参加者の〈マスター〉を打ち破っている。

 だからミックを打ち破れたのは、力がかみ合わなかったかそれとも純粋に力で勝ったか。

 俺が見るに後者に近い。それだけ次の対戦相手が強いという事だろう。

 ……ちなみに余談だが、俺がミックに教えたのは《偽証》のみで《契約》は教えていない。ミックには悪いが手札を隠すのは重要らしいんでな!

 

 「そろそろ時間だな」

 「はい、それではミック・ユース。勝った後に再び会いましょう」

 「あー、はいはい。ま、俺も負けたままではいられないんでね、すぐに追いついてやるから待ってろよ」

 

 もう時間だ。

 長針と短針が合わさり、開幕の時を告げる。

 立ち上がり、決闘場に続く通路へと足を踏み入れる。

 

 さあ、行こうか。

 

 

 

 入った瞬間にわあっという熱気と歓声が届く。

 決闘ランキング予選という、本来のメイン決闘の前座でしかないはずなのに客席が結構うまっている。

 もともと第2小闘技場に入る観客の数が少なく、席がすべて埋まってはいないとはいえ、2/3程度は埋まっている。観客の総数は万に届くかというところだろうか。

 他の決闘ランキング予選の試合であるならばこうはなっていない。

 この結果は今までに3度行われた〈マスター〉同士の決闘の激しさゆえに、観客を惹きつけそして4度目となる俺と対戦相手の戦いを見に来たのだろう。

 俺は入ってきた入口とは真逆の方を見る。

 そこから一人の20になろうかという青年と人が乗れるほど大きな犬が入ってきていた。

 彼が俺たちの対戦相手。そしてそのガードナーの〈エンブリオ〉。

 青年はこげ茶色の髪を後ろに流し、身長程の長さの槍を手に持っている。

 防具の装備は……やはりしてないな。

 ミックと戦った時もそうだったが、あの男は足首までの長さのパンツのみをはき、それ以外の一切の装備をつけていない。

上半身は裸でさえある……この寒い皇国でその格好って。いろんな意味でレジェンダリアに移ったらどうだ?

 

『えー、東門と西門から共に二人にして二組の挑戦者たちが姿を現しました。それではお二人とも試合設定に同意をお願いします』

 

 説明が簡単だな。これまで9度同じ説明で手抜きでしかないな。

 派手な演出もないし、アナウンサーの科白も単調としていて事務的にすぎる。

 たしか興行として盛大になるのは〈マスター〉増加後だったはずだから、今しばらくはこれにつきあうしかないんだろうな。

 ルンペルシュティルツヒェンを伴い、舞台の中央まで歩いて行く。

 

 「やれやれ子供か」

 「むっ」

 「容姿変更可能なVRMMOで大人だ子供だというのも変だと思うがな」

 「まっ、確かにそうだな違ぇねえ」

 

 舞台の中央で相手と向き合いながらお互いに軽口を言いあう。

 ルンペルシュティルツヒェンは不服そうであるが、批評は勝利という結果で覆せばいい。

 俺たちは互いにウインドウを展開する。

 このウインドウは決闘の試合で使われている結界の設定ウインドウだ。

 ここで設定するのは、回復アイテムの使用不能や一部アクセサリーの装備不能の確認。

 あとは他のこまごまとしたものをいくつか承認し、ウインドウを閉じる。

 

 『両者によるルール確認が終了しました。それではこれより結界を起動します』

 

 そして闘技場と観客席の間に透明な膜が張られる。

 

 (シュテル)

 「はい、合一形態起動」

 

 戦闘開始の合図を前にして、ルンペルシュティルツヒェンを光の塵として俺の中に入れる。

 

 『これより、本日の第1セミイベント。【剛槍士】ブルーノVS【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランスの決闘予選を開始!』

 

 そしてこの開始の宣言をもって試合が始まる――

 

 「シィイッ!」

 「BAUUUWA!!」

 『《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》セット。ポイント数・召喚時間・AGI3倍化設定…いけます!』

 「《融合召喚(フュージョンサモン)》“来い”《コール・デヴィル・スカウト》」

 

 動いたのは全員、四者四様に行動を開始する。

 対戦相手の男……ブルーノは槍を片手にこちらにまっすぐ突っ込んでくる。

 犬の〈エンブリオ〉は高く跳び、俺の後ろへ移動しようとしている。

 ルンペルシュティルツヒェンは最近の定番になっている〈偽証〉セットを指定する。

 そして俺は【魔式手甲 ゲーティア】のスキル《六法悪書》から《融合召喚》を指定して、AGIを三倍化した《スカウト》をコストとして自分のAGIを劇的に上げる。

 《スカウト》はこの試合に挑む前にようやく手に入れた、【悪魔騎士】のスキル。

 《ビギナースカウト》の上位互換であり、消費ポイントが増えた代わりにステータスが上昇しており、特にそのAGIは《ボムトルーパー》さえ超えて1000という数値を持っている。それだけのAGIを増加させれば例え元が貧弱で遅いといっても、並みの上級職相当のスピードを手に入れる事ができる。

 そして……本来は俺より数倍早いであろうブルーノの一撃を回避することもできる。

 

 「シィィッ!」

 「ハァッ!」

 

 鈍色の閃光が煌めく。

 それは槍の一撃。ブルーノが持つ鉄で出来た槍が放つ、心臓を穿つ一撃。

 その一撃をアイテムボックスから取り出しておいた剣を振りはじく。

 そしてこれまた四者四様。

 ブルーノは突きだした槍を引きもどし。

 犬のガードナーは宙より地に足をつけて。

 ルンペルシュティルツヒェンは俺の意思を読み俺が望んだ指定を行い。

 そして俺はガードナーに対抗するべく、そして足止めを行うべく、さらなる悪魔を呼び出す。

 時間に余裕は…多少なりともある。ならここはコストを気にせずに、

 

 「《強化召喚(アドバンスドサモン)》“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 「GUWAAAA!!」

 

 黒い泡が湧きあがる、その数48。

 コストが倍増したものの、短期間で強力な戦力を複数出すことができるのが《強化召喚》の魅力だ。

 だが召喚をしたからといて油断など出来るはずもない。

 現にブルーノから2度目の突きが放たれている。当然呼び出した悪魔が間に合う程の余裕なんてない。

 剣を戻し、再度弾こうとするが……。

 

 (っち、間に合わない!)

 

 AGIは間違いなくこちらが上。

 だが剣と長槍という武器の差。

 悪魔召喚によって多少なりとも生じたこちらの隙。

 そした対戦相手であるブルーノの技巧が組み合わさり、その槍の一撃は俺の剣よりもなお早くこの身に到達する。

 

 (この腕……こいつ、リアルで何かやっているな!)

 

 俺もミックもちゃんとした戦い方を学び始めたのは2週間前。

 合い間に時間が空いていたという事もあるが、それでも俺もミックもこんな動きは出来ていない。

 【超闘士】のように天性の才能と言う事は……多分ない。素人目から見たらこの動きは理解不能の領域にあるが、おそらくは努力の賜物なのだろうと思える。

 もしかしたらクラウディアが【衝神】についていなかったら、その座についていたかもしれない。とはいえ【神】系統は努力でどうこうなるものではないかもしれないが。

 

 だが疑問なのは3000オーバーの俺のAGIにどうやって追いついているのだろうか?という点。

 それは技術だけでは説明がつかない。そのAGIの差を埋める事ができるだけの技量があるとも断定できない。

 ミックが対戦時にブルーノのステータスを《看破》した限りでは、ブルーノのレベルは上級6レベルの合計56程度。その程度ならAGIは1000を突破するとは思えない。

 〈エンブリオ〉のステータス補正を含めても、だ。

 だからこれはブルーノの〈エンブリオ〉の固有スキルの所為。

 しかしそのスキルの理屈が分らない。あいつの〈エンブリオ〉は間違いなくガードナー。

 ガードナー自体が強力なステータスを持っているのならば、よくある話だ。

 しかし〈マスター〉自体が持っている理由は……っと。

 

 「ハッ、戦場で考え事たぁ悠長なこったな!」

 

 顔のすぐ横を槍がとおりすぎ、切っ先が頬を擦過する。

 

 (考え事をしている暇はないってことか!)

 

 再び遅い来る鈍色の切っ先を剣ではじきながら、後ろをちらりと見る。

 みればまだ悪魔たちとガードナーが今もなお戦い続けている。

 ステータスの差はやはり大きいのか、さすがに何体かはやられているがそれでも時間稼ぎができるくらいの性能は出すことができたようだ。 

 なら後はこちらだ。

 あらためてブルーノを見る。

 俺単体の力ではこいつに勝てない。だがそれならば勝てる物を呼べばいい。

 

 (ボムトルーパーセット)

 「《二重召喚(デュアルサモン)》“騎士よ”《コール・デヴィル・ナイト》」

 「新手か」

 

 呼び出したのは2体の騎士型悪魔。

 亜竜級悪魔であり、【悪魔戦士】が覚える最後のスキルであり、単一のコストでしか呼び出すことができない重い召喚悪魔。

 召喚時間も召喚数も書かれておらず、詳細ステータスも存在しないため、《偽証》の能力を必要ポイントの軽減にしか使えない。

 だがすでに《バタリオン》を召喚し続けている都合上、他のスキルを発動させるとキャンセルされてしまう。

 一応同じスキルの《バタリオン》ならば、同様に発動させることができるが、足止めではなく相手を倒すために使用するのなら個の戦力が高い方が都合がいい。

 だから最低限で共通しているポイントのみを倍加させた《ナイト》を呼び出したわけだ。

 

 「ぐっ」

 

 2体の騎士悪魔がその手に持った剣を振るう。

 大きな体躯の騎士がふるったその剣は、ブルーノに当たることはなかったが、だが回避による隙を作り出すことは出来たようだ。

 ブルーノが片膝に土をつけたのと同時に、俺は駈け出して剣をふるう。

 

 「ハァァ!」

 「このっ!」

 

 しかしその剣は、甲高い音を響かせながら槍の柄で受け止められる。

 

 (これでもだめか!)

 

 再びふるわれる《ナイト》たちの攻撃に合わせてこちらも動く。

 《ナイト》を陽動に死角から切りかかる。が、簡単に防がれてしまう。

 逆に俺を陽動に《ナイト》たちを後ろから切りかからせる。が、避けられてしまう。

 同時に周囲から一斉に攻撃をしてみる。が、そのまえに離脱されてしまう。

 他にもいくつからの攻撃を行ってみた……しかし、すべていなされてしまう。

 効かない・通用しない・倒すことができない。

 

 (どうする……このままではだめだ。《ナイト》達を召喚してからもうすでに5分近くが経過している。時間的な余裕はまだ25分ほどあるが、だからと言ってこのまま手をこまねいているわけにはいかない。……《契約》を使うか?)

 『現在のポイント保有数は2985なので、3倍化を含めて8955ポイントですね。このポイント数ではポイントのみでの『ボムプラトゥーン』は使う事ができません』

 

 《ナイト》の召喚に余分なポイントを使いすぎたということか。

 今回の決闘の為に用意したポイントは5208ポイントのみ。というよりはこれだけしか用意できなかったというべきか。

 保険としてある程度のお金は残しておきたかったとはいえ、もうすこしポイントに換えておくべきだったか。

 前払いのせいでクエスト報酬が余り貰えなかったというのもあるのだが。

 それでもやはり相手は〈マスター〉ということか。今までに予選で戦った9人のティアン達とはまるで異なる力を持っている。

 ミックは強いが、選んだ第2ジョブの所為でいまだその力は完成していない。

 ゲーティアは強かったが、油断し能力を制限していたため付け入るすきは存外多かった。

 しかし、こいつはその二例とも異なり違う。

 高い性能のガードナーと、高いステータスの〈マスター〉による連携。

 技巧に優れた〈マスター〉の脅威。

いまさらながらに実感する。こいつは……ブルーノは俺が今までに戦って来た相手の中でも最も手ごわいと!

 

 (シュテル、《契約》を使う。こいつは手を隠したままで勝てる相手じゃなさそうだ)

 『……かしこまりました主様。ですが対象はどういたしましょうか。《ボムトルーパー》と《チョアプラトゥーン》の『ボムプラトゥーン』コンボを使うにはポイントがたりませんが……』

 

 確かにどうするか。

 あれから《我は契約より玉と黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)》に必要なポイントを、結界内とはいえ手当たり次第に試してみた。

 

 下級職のスキル同士なら必要なポイントは1万+二つのジョブスキルに必要なポイント合計の二倍になる。

 上級職と下級職のスキルの組み合わせは1万5千+二つのジョブスキルに必要なポイント合計の3~5倍ほど。スキルの組み合わせによって多少は異なるが。

 上級職と上級職の組み合わせは、まだ組み合わせられるスキルが一組しか存在しないため分からない。

 そして詳細ステータスを出せない悪魔をスキルの対象にすることは出来ないため、亜竜級である《ナイト》をいじることは出来ない。

 それとそれ以外のメインジョブのリソース消費に関しては、一レベルごとのレベルダウンにつきおよそ1000ポイント相当。

 MPとSPも実は使えるようで、それぞれ100消費ごとに1ポイント分として利用できるようだ。もっともMPがこのまえようやく100を超えたため、こっちをポイントの代替にすることは多分ないだろうが。

 

 剣を振るい、ブルーノの一突きを弾きながら再び考える。

 これから追加で呼び出すのであれば、今までに呼び出した《ナイト》と《バタリオン》を消さなければならない。

 レベルとポイントを全て捧げるのであれば、もしこの賭けが失敗するのであれば負けるのは当然になる。

 だが……このままで変わるとも思えないか。

 組合せとしてはやはり『ボムプラトゥーン』が最大の候補ではある。

 だが、あれはAGI1という低速すぎてブルーノに当てられるかは分らない。

 むしろ避けられそうだ。

 

(ならば他の組み合わせは…………いや、待てよ?)

 

 それは唐突に思い浮かんだひとつの方法。

 実験など欠片もしていない、失敗する可能性も高い方法。

 だが……決闘に勝ちたいという思いと同時に、それを試してみたいとも思う。

 他の無難な組み合わせではなく、一か八かに賭けるというのは……

 

 …いやその方がいい。

 あのレイ・スターリングも含めて、一か八かの賭けというのは燃え上がる物だ。

 まあ決死の状況と、負けても問題はない決闘という違いはあるが、それでもやってみるとしよう。

 障害となるのは3つ。それらすべての賭けに勝たなければいけない。

 

 (シュテル……問題ないか?)

 『申しわけありません、やってみないと分らないです。本当にやってみるのですか?』

 (ああ)

 

 これで組み合わせは決まった、後は〈マスター〉であるブルーノに当てるだけだ。

 このまま発動しても当てられるかもしれないが、出来れば隙を作り出して……

 

 『主様っ!』

 

 その声に驚く。

 ルンペルシュティルツヒェンから発せられた、いきなりの大声。

 それはどうしたのかと思い、そして思い知らされる。

 それはブルーノが起こした物ではない。

 それはあいつの持つ〈エンブリオ〉。

ルンペルシュティルツヒェンが声を荒げたのは、犬型のガードナーがこちらに迫って来る事を告げるため。

 だがいきなりのその声に、逆に反応など出来ず動くことなど出来なかった。

 そしてガードナーの激突がぶつかる―――

 

 

――前に黒い障壁に阻まれてその突撃が防がれる。

 

 それはMVP特典のスキルのひとつ《反応召喚》によるもの。

 ガードナーの激突により召喚時間を激減させながらも、《反応召喚》による防壁は有効に機能して、その召喚スキルを実行しようとする。

 今回《反応召喚》にセットされてあるのは、一番消費ポイントの多い《ナイト》……ではなく、《コール・デヴィル・バタリオン》である。

 試合前、つまり通常の空間で設定をしなければならない都合上、《ナイト》のような消費ポイントが多すぎるスキルを設定するのは消耗が大きすぎる。

 次点で多いのは1000ポイントが必要な《ボムトルーパー》と《バタリオン》の2択。

 だが《ボムトルーパー》はもっとも《契約》を使う対象に選ばれやすいため除外され、《バタリオン》になってしまったわけだ。

 そして1000ポイントによって築かれるこの黒い盾は、5000ダメージを防ぐことができる。

 スキルを使ったわけでもない、ただの突進であるならばこれで十二分に防ぐことは可能だ。

 ……これだけならだが。

 

 『よし、これで防げました――』

 (いや、まだだ!)

 

 そう、これで終わりではない。

 俺自身の硬直。そして《反応召喚》による足どめ。

 それによってできた俺の隙を、ブルーノは容赦なく突いてくる。

 気がついた時には俺のすぐそこまで迫っている鈍色の穂先。

 俺をこれで殺そうと放たれた、心臓を穿つ必中の槍。

 

 避ける―――否、避けることなど不可能。この硬直でこの体勢で避けられるものを、必殺として放つほど、ブルーノは甘くはない。

 

 防ぐ―――否、防ぐための盾など持ってなどいない。かろうじて手にはめているこの【魔式手甲】なら装甲を削られながらも防げるかもしれない。だが、致命的に間に合わない。

 

 それなら、避けられないのなら。

 次に繋げるためにくらってやる。

 

 「!!」

 

 そして俺は踏み出す。

 ブルーノの驚いた顔を見ながら、傷つく道を選ぶ。

 本来なら攻撃など受けたくない。

 ただ座して敵を殲滅できるのであれば、後方に居た方がずっといい。

 だがそれでは―――変われない。

 

 『ッ主様!《我は契約より玉と黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)》――セット《コール・デヴィル・チョアプラトゥーン》《コール・デヴィル・ボムトルーパー》』

 「っぐぅ!」

 

 まずは第一段階。

 俺の望みを読んだルンペルシュティルツヒェンが、そのとおりに《契約》をセットする。

 コストにするのは持っているポイントのほとんどと、上級職の4つのレベル。

 それと同時にブルーノの放った一撃は、俺の肉を抉る。

 だが心臓が穿たれたわけではない。

 穿たれたのは俺の右胸。

 それはあの刹那で踏み込むことで、攻撃の着弾点を左から右に無理やり変えたため。

 避けられないのなら、攻撃を受けても構わない場所で攻撃を受け止めるという、ダメージコントロール。

 もちろん無事ではない。

 俺のHPは基本的に低い。場合によっては、これでHPのすべてが失われたかもしれなかった。

 それでも、こうするのがいいと―――あの一瞬で決めたのだ。

 

 「っつ召……喚…開放!」

 『《我は偽証より黄金を紡ぐ(フェイク・イズ・ゴールド)》――《コール・デヴィル・ビギナースカウト》のAGIにセット。《我は契約より玉と黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)》――セット《コール・デヴィル・チョアプラトゥーン》《コール・デヴィル・ビギナースカウト》』

 

 そして第二段階。

 今までに召喚した《ナイト》《バタリオン》のすべてを解除して泡に戻す。

 槍により肺を貫かれ、息ができない苦しみに襲われる。ステータスを確認する余裕など出来ないが、そういった状態異常が発動している頃だろう。

 そしてもう一度の《契約》発動。

 コストにしたのはぎりぎり《チョアプラトゥーン》を発動可能なレベル40までの、全レベル。

 これからするのは、初めての試み。

 もともと切り取る方と違い、貼り付けた方はすぐに使えなくなるわけではない。

 そのことについては最初の実験の時からわかっていた。

 だが、その事についてわかっていながらも、これからするのは発想することができなかったもの。

 それは《契約》による二重改竄。

 1度目の《契約》によって、メインスキルで呼び出す悪魔のスキルを変更し。

 2度目の《契約》によって、メインスキルで呼び出す悪魔のステータスを変更する。

 どちらか片方ではなく、両方を変更したもの。見た目とはまるでことなる、内面を保有する悪魔の改造。

 不可能だったならば失敗だった、1つめの賭けの成功。

 あとは――これが成功するか否か。

 

 『スキル正常起動。行けます主様!』

 

 その報告に喜びながらも、ソレを喜ぶ時間など与えられてはいない。

 ブルーノは槍を手放し、新しい槍をアイテムボックスから取り出そうとしているし。

 ガードナーは黒い盾によってひるんだ後も、臆さず次の突撃を行おうとしている。

 だからもう……“速効”しかない。

 

 『《偽証》をポイント・《旅団》・《師団》にセット』

 「《速効…召……喚》“来…い”《コール・デヴィル・チョアプラトゥーン》!!」

 

 苦しみを押し殺し、悪魔召喚スキルを実行する。

 AGI3000オーバーでさえ、一瞬にしか映らない速度で呼び出された90体の悪魔。

 

 「くそっ!」

 

 ブルーノはバックステップをしながら、《瞬間装備》を使い新しい槍を取り出す。

 だが逃がしなどしない。

 もしあいつがバックステップしなければ、俺も爆発にやられて死んでいただろう。

 だがこの開いた距離ならば、俺は自爆することもない。

 これが2つ目の賭け。

 

 「行けっ!!」

 

 俺の号令と共に《チョアプラトゥーン》が地面を駆ける。

 ブルーノを上回るスピードを持って移動するその突撃をかわすことなど出来ない。

 あの小ささなら打ち落とすのも不可能だ。

 

 「GUWAAAAA」

 

 ガードナーが俺を殺そうと突撃する。俺の残りHPを考えればこの一撃で死亡は確定だろう。

 だが、遅い。

 

 《チョアプラトゥーン》が1体そしてまた1体とブルーノの体に張り付き爆発する。

 《契約》による改竄は望んだとおりに正常に動作して見せた。

 エラーがおこればその時点で敗北であった。

 これが3つ目の賭け。そして俺はすべての賭けに勝って見せた。

 後は――勝利だけだ。

 

 どれだけHPがあったのか、あの爆発を5度耐えてみせたブルーノだが、ついに終りが来る。

 

 ガードナーが残り数cm前まで届き、そしてブルーノのHPが0になる。

 ブルーノの体は光の塵になり、ガードナーが消滅し、そして同時に俺たちの立っていたこの舞台を包む結界が消えうせる。

 

 『…決着!勝者【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス。そしてこれでローガンが10連戦勝利したため決闘予選通過し、決闘ランキング30位への挑戦権を得ます』

 

 アナウンサーのどこか事務的な決着の宣言が告げられ、少し遅れて観客の歓声と拍手も聞こえてくる。

 いままでの9連勝とおなじで、そして達成感がまるで異なる高揚感を覚える。

 拍手喝采を浴びながら、満悦に浸りながら再度勝利を実感する。

 

 

 

 そしてこれで――決闘ランキングに挑める。

 

To be continued

 





余談1:
(=○π○=)<ずいぶん後になりますが、レジェンダリア編で天空院翼神子ちゃん?と戦わせたくなりました。
(=○π○=)<その時を書ききるのはいつになるのやら。

余談2:
(=○π○=)<それと……【魔将軍】って呪われていません?なんかAEみて不憫だと思ったり。

余談3:
(=○π○=)<あと、この小説で出したいと思っていたジョブを、掲示板の方が出されたんですが、別にこっちでも出してかまわないですよね?……まあ二次創作同士ですし…


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第2話 Boy Meets Girl

第2話 Boy Meets Girl

 

0day

 

□第2決闘場 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 廊下を歩いて行く。

 あの闘技場での勝利に浸りながら、帰路に就く。

 

 「ん?」

 

 俺の体が光り、合一形態をとっていたルンペルシュティルツヒェンが、人の形をとりアポストル形態に移行する。

 ああ、そういえば勝ってからずっとこのままだったな。

 

 「おめでとうございます主様!これで決闘ランキングに挑めますね」

 「ああ、そうだな。いま勝率高いのは3勝のミックだったか?それならあいつらが決闘ランキングに食い込む頃にはもっと上にあがっているだろうな」

 

 逃げる積りはあまりないが、おなじ〈マスター〉同士の戦いでは思った以上に苦労する。

 それならレベルが倍以上高いティアンを相手にした方が楽だろうな。まあ超級職もち相手はごめんだが。

 あいつらが登って来る間のアドバンテージを利用して出来るだけ早く上に行かないとな。

 

 

 通路から出て第2小決闘場のロビーに出る。

 ただし、このまま帰ることはしない。

 俺はロビーの受付へ足を向ける。

 受付は腰の高さまでの大理石のような光沢をもった石でできている。

 そこに二人いる女性の片方を選び、その前まで歩き話しかける。

 

 「すこしいいか?」

 「はい、なんでしょうか」

 「決闘ランキング予選を通過したローガン・ゴールドランスだ。確認を」

 

 受付をしている女性は、俺の顔に気付いたのか顔を下げて受付のしたでガサゴソとなにか探った後、顔を上げる。

 

 「はい、確認終了いたしました。ローガン・ゴールドランス様と確認いたしました。決闘ランキング予選突破おめでとうございます。今回こちらに来られたのは決闘ランキング30位の座をかけたランキング戦に挑戦されるのでしょうか?」

 「ああ、当然だな。決闘開始日は最速で頼む」

 

 おおよそ想像がついていたのか、俺の返事を聞く前から受付の下から書類を探していたようだ。

 俺がいい終わるのと同時に下から書類を取り出して、目の前に出してきた。

 

 「どうぞ、ローガン様。こちらが30位への挑戦用の書類になります。眼を通していただいてから署名をお願いいたします。30位への最速ですと明日になりますね」

 

 言われた通り、一応目の前に出された一枚の紙に目を通しておく。

 その紙には『決闘ランキング挑戦用』という題名と、各種注意事項がかかれている。

 注意事項にはこれまで10回連続で読まされてきた、決闘ランキング予選のそれとほとんど変わらない。

 基本的な設定であるレベル50以上である、や決闘ではアイテムを使えないなどのものから、各種さまざまな注意事項が書かれている。

 変わっているのは一部付け加えられているランキング戦に関する物、そして一部削除されている決闘予選に関する記述のみ。

 付け加えられているもので、一番目を引くのは『30位への挑戦に失敗した場合、決闘予選からやりなおす』というもの。

 つまりこの次の戦いに負けてしまえば、ミック達と同様に決闘予選から勝ち数0でやり直さなければいけないという事。

 負けるつもりもないし、負けるとは思わないが、それでも負ける事は出来ないということだ。

 俺は再び覚悟して、書類に自分のサインをする。

 

 「はい、これで受け付け終了いたしました。次回のローガン様の決闘は明日の12:00より第2小決闘場で開催されるセミイベントになります」

 「よし、これで受け付け終了だな。明日の12:00か、少し早いな、だが願った通りだ」

 「はい、ですが明日のこの時間となると遠くまでモンスターを狩ることは出来ませんね……。精々が皇都近郊でモンスターを倒すことができる位ですね」

 

 今の合計レベルは60。

 特典武具を手に入れてから、なるべく早くレベルを上げられるようにモンスターを倒しまくっていたから10日ほどで【悪魔戦士】がカンストし、それからさらに5日間で【悪魔騎士】のレベルを10まであげる事ができた。

 ここまで早くレベルを上げる事ができたのは、二つ目のジョブでレベルが低いうちなので、結構早くレベルを上げる事ができたからなのであろう。

 決闘の予選や教導が無ければもう少しレベルを上げる事も出来たかもしれないが、今はこれでいいだろう。

 さて、受付は終了した。これからどうしようか?

 

 「シュテル、決闘場から出るぞ。明日まで出来るだけ近くの狩り場でモンスターを倒しまくるとしよう」

 「はい、お付き合いします主さ……?」

 

 ん、どうしたんだろうか?……っと。

 

 「よっ!ローガン、予選勝ち抜けおめでとうさん」

 

 背をポンっとたたかれ、振りかえった先にいたのはミックだった。

 そしてミックだけではない。

 さらに二人。

 一人は男。

 俺が先ほどまで戦っていたガードナー使いの〈マスター〉であるブルーノ。

 こいつはやれやれというような表情をしながら、ミックに文句を言わず付き合っているようだ。

 一人は女。

 俺たちと同様に初期に決闘を行う事を選択した〈マスター〉。

 名前は七咲桜火。

 蛇腹剣のアームズを〈エンブリオ〉とする典型的な戦士タイプ。

 こいつはニコニコとしながらミックについてきているようだ。

 

 「どうしたんだ?珍しいなお前たちが一緒に居るとはね」

 「先ほどぶりですねミック・ユース。やはり主様が勝ち抜けすることができましたね、あなたがランキングにあがって来るのをのんびりとお待ちしていますよ……一応は」

 「シュテル……お前は本当にブレないな。まあいいや、実際ローガンの勝ち抜けを祝福しに来たんだからな。このあと一緒にメシでも食わねぇ?」

 「と、言われてこのボウズに連れてこられたわけだ。まあ、ワシに勝った祝いをするというのも一興か」

 「そうですねー。勝ち抜けなかったのは悔しいですけど、それでも同期の勝利は祝いたいのです」

 

 ……すごいな。

 負けたうえで、他人を祝福できるのかこいつらは。

 俺に出来るか…………いや、できないな。

 俺には他人を祝福できない。

 他人が自分より上回っているのを許容できない。

 たとえ今上回っているとしても、ソレを認めずにすぐに上回ってやると思うだろう。

 ………俺もそう思えるようになれば変わるのだろうか?思えるようになるのだろうか>

?もしおもえたら■■■■■だろうか……っつ。?なんか一瞬頭が痛くなったな、一体なんだったんだ?

 

 「?どうしたんだローガン、頭を手で抱えて」

 「…ああいや、なんでもない。気にしないでくれ」

 「それじゃあー、食事処に行くとしましょうか、私はおなかがペコペコなのです」

 「そうだな。そんで、ドコにいくんだ?ワシゃああんまハイカラな所は御免被るぞ」

 

 どこかに一緒に飯に行くのは決定なんだな。

 まあ、いいが。

 

 「なら、和食か?でも、天地ならいざ知らずこのドライフ皇国に、和食屋があるともおもえねぇんだが」

 「おお!和食か、実はワシはこの年になるまで、和食といったものは食ったことが無いんだわな」

 「へー、そうなんですねー。私も懐石料理とかは食べたことなかったですけど、日本食おいしいので、お勧めなのです」

 

 懐石料理なんて食べる機会なんて俺も生前含めてなかったからな。……親に連れられたことなかったしな。

 日本人でも食べたことない奴は多いだろうしな。

 

 「まあ、和食でも構わねぇけど、ワシが食べたいのは要はあんまり飾ってねぇものってことだな」

 「じゃあ、普通のレストランか?別にそれでもいいぜ、俺もあんまり飾ったものは好きじゃねぇからな」

 「私もそれでいいのです」

 「ああ、俺もそれでいいぞ」

 

 レストランに行くことが決定する。

 それでさらにどこに行くか?と、いうことになり、そこでミックが名乗りを上げた。

 そして、ミックの行きつけの所に行くことになった。

 

 

 「うん、やっぱここの料理はうめぇな」

 「そうですねー。やっぱりお金をかけなくても、おいしいものはおいしいのです」

 「いいものだな、こういうものも」

 「うむ、ジジィにはこのくらいでいいな。あまりコテゴテしいのは好きではないからの」

 

 あれからミックの勧めるレストランで食事を楽しんだ後、外に出てお互いに思い想いの感想を述べ合った。

 

 「そういえば、ブルーノさん。ワンちゃんはどうしたのですか?私も触れあいたいのです」

 「ん?クーか。あいつはワシの紋章の中におるぞ。あいつは基本大きいから、街中で出すのには向かん」

 「そうですかー、ふれあえないのは残念なのです」

 「まあ、外に出る事になったら、あいつに触らせてやるさ」

 

 やったー、と喜ぶ桜火を見ながら、ぴょんっと跳びはねた。

 ブルーノはそんな桜火を見ながら、暖かい目で見ている。

 

 「くっくっく、それにしても『クー』ねぇ。その名前で犬型のガードナーってことは、名前が2択位にまで絞れるな」

 「ん?どういうことだ。犬型の『クー』?」

 「っち、失言だったか。まあいい、いずればれただろうからな。ああワシのガードナーの名前は『クー』だ。そう呼んでくれ」

 「クーちゃんかぁ。可愛い名前ですね!……それでその2択って何なのです?」

 「お?分らないってことは、桜火って英語圏じゃなさそうだな」

 「まあ、名前からして日本人っぽいが……」

 

 そういうってことはミックは日本人じゃないのか……

 まあ、たしかに友人たち含めて日本人っぽくなかったしな、欧米の人間ぽい気はする。

 

 「分らないので、あとで調べておきましょうか。それじゃあ、いつか触らせてもらえる日を待っていますね。わたしはそろそろログアウトしなければならないのです」

 「んむ?ワシもそろそろ検診の時間だな……ログアウトさせてもらうとしよう」

 「おーそうか。じゃあまた決闘場でな!」

 「ミックはまだログアウトしないんだな。まあ俺もしないんだが」

 「はい、それではおさらばです。ブルーノそれと七咲桜火。主様と決闘場であうのがなるべく遅くなればと思います」

 

 おいおい。少しきついぞシュテル。

 

 

 その後、少し喋った後、ブルーノと桜火がログアウトをして、俺とミックそれとルンペルシュティルツヒェンだけが残された。

 

 「さてシュテル。俺たちも外に狩りに行こうか」

 「はい、そうですね主様。それではミック・ユース。あなたともお別れですね」

 

 そう言ってミックに別れを告げ、外へ行くために門のある所まで足を向けようとした時、ミックはあわてて俺とルンペルシュティルツヒェンの肩をつかみ、足止めさせられた。

 

 「ストーップ。ちょっ、待てよおい。なにさらっと別れようとしてんだよ!」

 「いや、別にこれ以上何かすることはないだろう?」

 「どうしたんですかミック・ユース。まだ主様に用事があるというのですか?」

 

 ミックは俺たちの肩から手を外し、腰に当ててからため息をつく。

 

 「はぁ、いや結構前にだけど言っていただろ?俺のリアフレが一緒にパーティーを組めるようになったらお前も誘うって。今日は午後からあいつらが全員時間できるから誘おうと思ったのに、いきなり別れようとするなよな」

 「ん?あーそういえばそうだったな。レオンとキャロルには会った事あったが、全員で集まるのは初めてだな」

 

 そう、前々からミックにパーティーを一緒に組まないか?と誘われていたんだが、誰かしらの都合が合わずに今日までその日が来ることはなかったのだ。

 レオンは初日のあの忌まわしい事件の時に、キャロルは何度かミックと一緒にあっているが、あと一人はまったく会ったことがない。

 それで、今日やっと全員が一緒に行けるようになったという事か。

 

「それは分ったが、だからと言って行ってくれなければ、分るわけないだろう?」

「まあ、サプライズしようとしたのは、こっちが悪かったけど、だからと言っていきなり別れようとすんなよなー」

「それは分りましたが、あなたの友人はいつこちらに来るのですか?あまり無駄な時間を使うようでしたら、主様にとって迷惑です」

「あー、あともう少しだな。っとレオンからだ、中央広場で待つってさ。そんじゃ、行こうぜローガン、シュテル」

 

 強引だな。まだ行くとは言っていないんだが。

 まあレベル上げなら全員で言った方がいいのか?

 だが【悪魔騎士】はパーティーには向かないんだが、そこのところは分っているのかどうか。

 【悪魔騎士】には従属キャパシティがまったくないため、《師団》スキルを使わないならパーティー枠に入れるしかない。

 5人パーティーなら、あと1体しか召喚できないのだ、それでは【悪魔騎士】の意味がないと思うんだがな。

 そこの所、ミックを含めたパーティーメンバーがどう思っているのか、ミックに聞いてみるとしようか。

 ちなみに余談の一つだが、《師団》スキルは《旅団》の上位スキルで《軍団》の下位スキルであり、その効果は初期値で50体の悪魔を収容可能なスキルだ。

 

 「んー、俺は別にかまわないと思っているんだが、他の奴がどうかってことか。

レオンはとりあえず文句は言わないな、あいつは基本的にこう言ったことでは文句は言わねぇからな。むしろ敵を押さえつけるタンクの役割を担えるやつが増える事に喜ぶんじゃねぇか?

  アンジェラのやつも文句は言いそうにないな。基本的にそこまで細かく言うやつじゃないし、むしろそれをうまく使ってやろう!ってタイプだな。

  キャロルは……すこし文句を言うかもしれないけど、まあ気にするな。そもそもあいつ自身がパーティープレイに向かないタイプだしな

  だからまあ、気にするな。多少効率が悪くなる位なら、パーティーの人数が増える事にくらべれば些細な問題だからな。それにキャロル以外はまだ下級のままだし」

 「ああ、そういえばキャロルだけは上級職なのか」

 「ついこの前、上級職に付けたからな。俺はこの通り、二つ目のジョブで下級職を選んだし、レオンとアンジェラはまだまだレベルが低いしな」

 

 そういえばレオンはリアルが忙しくてあまりログインできないとかいっていたか。

 だが、アンジェラもなのか?

 前に聞いた限りだと、そこまで忙しそうではなさそうだったんだが。

 その事について聞いてみる。

 

 「あいつは最初から下級職をふたつとっていたからな。戦闘用の【工兵】と生産用の【技師】をふたつとっているからな、俺たちとは別行動で【技師】のクエスト受けたりしているし、その分合計レベルは俺たちより高いけどな」

 

 なるほど、戦う生産職というわけか。

 フランクリンのやつのように生産一本というわけではなく、生産したもので前線に出て戦うというところか。

 

 

 そう、しゃべりながら歩いていると、目的地である皇都中央の大広場にたどり着く。

 いまもなお、上空から降って来る人間がいるほど、人にあふれているがミックの友人がどこに居るのか分るのだろうか。

 と思っていたがどうやらミックは見つけられたようだ。もしかしたら〈エンブリオ〉のスキルで人を探すスキルでも習得したのかもしれない。

 

 「おっ!あそこだな、行こうぜローガン」

 

 ミックに手をひかれて、人ごみを抜けた先には3人の人間がたっていた。

 なお、シュテルは置いていかれているが、〈エンブリオ〉であるアポストルなら場所はすぐわかるだろうから気にしてはいない。

 

 「遅いのですよ☆待ちくたびれました」

 

 そう言って文句を言ってきたのは一人の少女。

 年齢は10歳前後、身長は120cmほどのピンクの長髪をふわっとさせていて、その瞳には星のマークが輝いている。どうやら最初のキャラエディットの中にはそんなものもあったようだ。

 服装はこれまたふわっとしたピンクと白の洋服。あえていうなら魔法少女系というのだろうか。生前はよく見ていたあの長寿シリーズのキャラを思い出す。

 名前はキャロル☆キャロライナ☆キャロライン。

 愛称はキャロと呼んでほしいそうだが、そこらへんは無視してキャロルと俺たちは読んでいる。ちなみに俺の知る限り唯一のルンペルシュティルツヒェンが、名前?のみで呼ぶ相手だ。

 

 「まあ、いいんじゃないのかねぇ。そこまでにしときなよキャロル。んであんたさんが、ローガンかい?はじめましてだね」

 

 そう言って仲裁しながら挨拶をしてきたのは初めて会う女性。

 年齢は……30近く。身長は180近くあり、顔にはバツ印のようなやけどかなにかを模した傷があり、筋肉がよくついている。

 服装はスーツをはおっており、どこぞのギャングのようだ。

 名前はD・A・D(デッド・エンジェル・デスペラード)

 愛称はアンジェラと呼んでいる。名前からしたら少し異なると思うのだが、リアルがそういう名前なのだそうだ。

 だがゲーム内でリアルの名前を言っていいのか?ともおもうが、ゲームの中のこいつとリアルを結び付けられっこないとかで、そう呼んでいるらしい。

 

 「ははは、まあとりあえず、挨拶は不要なようだし、これから外にモンスターを倒しに行こうか」

 

 そしてこいつが初日にもあったレオン。

 いろいろと気苦労があるようで、苦笑している。

 

 「それで今日はどこまで行くのです?キャロはともかく☆レオンはあまりながくいられないのです」

 「そうだなー、ローガンも明日試合があるみたいだし、今日は顔合わせ的な意味合いが強いしな。とりあえずはなるべく遠出しないようにだなー」

 「それなら、〈カルリッサ平原〉はどうかな。今日は夕方までそこまで出向いて、夜の間モンスターを狩りまくる。そして朝になったらこっちに戻ってくればいい」

 

 〈カルリッサ平原〉か、少し遠いな。確かここから西に向かって数時間かかったはずだ。

 それにその計画にはひとつ問題がある。

 

 「夜の間にモンスターを狩るという話だが、暗い中だとモンスターを倒すのもきついだろう。それでは効率が悪い」

 「ん?ローガンおまえレオンから〈エンブリオ〉の事について聞いていたんじゃないのか?」

 「僕とローガンが交換し合ったのはお互いの〈エンブリオ〉の名前だけだからね。能力に関しては秘密にさせてもらっていたよ」

 

 そうだな。とはいえ、ミックにはルンペルシュティルツヒェンの《偽証》の事に関しては話してしまっているから、伝手で聞いているかもしれないが。

 そうなると、こっちもレオンの〈エンブリオ〉。たしか、ラーだったか?それの詳細を知りたいな。

 

 「ふむ、それで一体どういうスキルなん……」

 「そんなのは後でいいでしょ、今はとにかく☆レッツ、ムーブだよ!!」

 「ま、キャロルのいうことも一理あるさね。時間は金なりだよ、歩きながらでも話しは出来るんだからね」

 

 そういう、女性二人に押されて、会話が中止されてしまう。

 しかし、細かい話し合いが移動途中でも出来るというのも確かなので、俺たち6人は連れだって〈カルリッサ平原〉へ向かう事にしたのだった。

 

 

◇◇◇

□〈カルリッサ平原〉 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 途中、レオンのAGIバフを受けながら、道中の敵を倒しながら進み、3時間がたった頃には〈カルリッサ平原〉にたどり着いていた。

 

 「とー☆ちゃーく」

 

 キャロルが跳びはねながら長い道のりが終わったことを喜ぶ。もっとも帰り道があるのだが、その事については考えないようにしているらしい。

 

 「さて☆これからかりまくるのですよー」

 

 そう言って、左手の3つの輪が交差している紋章から、一本の杖を取り出す。

 あれがキャロルの〈エンブリオ〉なのだろう。

 会ったことは数度あるが、一緒に戦闘をしたことはないのでどのような力を持っているのか想像できない。いや、魔法系であることは分るが、恰好からして。

 

 「そうだな、狩りの始まりだ」

 

 そう言って、地面に手をつく。

 アンジェラが触れた地面は湖の波紋のように波を打ち、その波紋の中から銃が2丁出てくる。

 あれがアンジェラの〈エンブリオ〉だろうか?

 

 「はあ、すこしくらいのんびりしてもいいんじゃないか?」

 

 そういって、右手に持っていた杖の〈エンブリオ〉を掲げる。

 その杖は金色でできており、身長程の長さをもつ柄で、下方の先端に4つにわかれている二つのU字を交差させたような意匠があり、上方には宝石のような部分から大きな翼の意匠と、大きな金属の球体がついている。

 初日に見た形と変わらないその杖の名は、【太陽獣杖ラー】。

 ここに来るまでにその〈エンブリオ〉の能力の一端はみているが、Type:アームズの中でも変わっている〈エンブリオ〉のひとつだろう。

 

 「それじゃ、いくよ。《太陽は獣に変わる》モード:アリエス」

 

 レオンの掲げた杖が変化する。

 その変化は、先についている金属の球がはずれ、宙に浮くこと。

 そしてさらにその球体が、まるでロボットの変身音を響かせて、新しい形に変わる。

 その形は一体の金属でできた羊。ラーの形態の一つであるモード:アリエスだ。

 移動中に聞いた話では、ラーは金属球が3種類のいずれかのガードナーに変化するタイプらしい。

 そしてその変形した3種類のガードナーはそれぞれに異なる力を持つ。

 アリエスの力は状態異常特化で3種類の状態異常を使用することができるらしいが、いま重要なのはアリエスのもう一つの力。

 

 「アリエス、《夜の住人》発動」

 

 それと同時に俺たちパーティーメンバー全体にスキルがかかる。

 日が暮れて、暗くなってきているとは思えないほど、周囲が明るく見える。

 それが《夜の住人》の効果らしい。効果としては、全員に《暗視》効果がつき、そして夜の間中味方全員に各種耐性スキルがつくというもの。

 耐性はあって困る物でもないし、なにより《暗視》効果はうれしい。

 

 「うっし。それじゃあ狩りをしようぜ!」

 「「「「おう!」」」」

 

 ミックの号令を聞いて、俺たちはモンスターを倒すべく動き始める。

 ルンペルシュティルツヒェンも合一形態になっており、いつでもスキルを使用することができる状態にしてある。

 今回の俺の役割は、遊撃と回避タンクの召喚。

 ここに来るまでに俺がやる役割を話あい。それによって、俺が召喚する悪魔も決定された。

 単体戦闘能力の高い《ナイト》ははっきりいって、費用対効果が最悪だ。

 だから今回はコストが低く、1体のみが召喚され、かつ相手を撹乱することができる悪魔を召喚する。

 

 (スカウト・SA)

 「《強化召喚》“斥候よ”《コール・デヴィル・スカウト》」

 

 呼び出されたのはポイントとSTR・AGIを3倍化させた《スカウト》。

 召喚数はいらなく、召喚時間はさすがに妥協する。

 そして、自分のステータスも高める事は忘れない。

 

 「《融合召喚》“斥候よ”《コール・デヴィル・スカウト》」

 

 俺の体を闇色の光が覆う。

 先ほどと異なり、ポイントと召喚時間、そしてAGIを3倍化させる。

 召喚時間を延ばすのは《融合召喚》の効果時間が、召喚スキルの召喚時間と同じだからだ。

 

 さあ、行こうか!

 

 

 あれから4時間近く狩りを続けてた。

 合い間に移動をはさんだとはいえ、かなりの間モンスターと戦い続けていたことになる。

 レオンの「一度、ちゃんと休憩しようか」という提案に全会一致で可決され、俺たちは見晴しのいい〈カルリッサ平原〉の真ん中で、レジャーシートを敷いて座って休憩をすることになった。

 

 「はぁー、疲れた疲れた。そんじゃあ今日の結果でも確認いたしますかね」

 

 そう言ってミックはシートにごろんと寝そべりながら、ウインドウを開いているようだ。

 レオンはこのあたりの地図を開きながら、「こっちがいいかな?それともこっち?」とか言いながら、次の狩り場所について考えている。……他の連中がモンスター討伐一直線だからそういう細かい雑事が全部レオンに降りかかっているんだな、お疲れ様とだけ労っておくぞ。まあ変わったりはしないんだが。

 キャロルは特になにをするでもなく、上を見上げてのんびりとしている。というよりは星でも眺めているのだろうか。

 アンジェラは……湖の波紋に手を突っ込んで、なにやら操作をしている。狩りの途中で聞いた話だと、アンジェラの〈エンブリオ〉はどうやら銃ではなく、あの湖の波紋のみであるということ。

 銃器や機械類の性能を高める改造生産スキルを保有しており、〈エンブリオ〉の名前はマーキュリー・アンド・ザ・ウッドマンというらしい。ずいぶん長い名前だな。

 この戦いの最中に一度使った、《シルバー・バレット》というスキルもその〈エンブリオ〉による改造でついたものらしい。

 さて、他の人間のことはこれくらいでいいだろう。俺も自分がどう変わったのかを確認しようか?と思い、ウインドウを開こうとして………

 

 「よっしゃぁーーーーー!!!」

 

 そんなミックの大声に中断させられた。

 

 「っ、うるさいですよミック☆何があったというのですか?」

 

 キャロルは耳を押さえてミックに対して文句を言う。

 それくらいの大声だったというわけだ。

 だがミックはその文句に対して、謝るのではなくウインドウを可視化させてこちらに見せてきた。

 そしてそこに表示されていたのは――

 

 「俺の〈エンブリオ〉が第4形態に進化したぜ!」

 

 ――ミックの〈エンブリオ〉が上級に上がったことを示すものだった。

 

To be continued

 




余談1:ラー
   【太陽獣杖 ラー】
    type:アームズ・ガードナー
    特性:獣変化
固有スキル1:《太陽は獣に変わる》
固有スキル2:《■■は獣に変わる》

(=○π○=)<レオンの〈エンブリオ〉
(=○π○=)<隠したいタイプではなかったので、最初から名前だしてたやつ。
(=○π○=)<ついでにスキルも隠すものでもないのでアンジェラともどもここで紹介。
(=○π○=)<保有スキルは一応ふたつ。ただし一つ目の固有スキルが3種類のガードナーに変化することができるタイプなため、実際は結構多いともいえる。
(=○π○=)<変化タイプは以下の3つ。

モード:ファルコン 《???》バフスキル《???》
モード:スカラベ  《???》デバフスキル《???》
モード:アリエス  《太陽は死と旅をする》状態異常スキル。《夜の住人》暗視+各種耐性スキル。

(=○π○=)<見ての通り、かなりスキルがおおくて、リソース面がカツカツ。
(=○π○=)<一応、レギオンとしてではなく。ひとつのリソースをいろんなタイプに変化させるという方法をとっているため、すこしリソース面は余裕がないわけでもない。
(=○π○=)<当然というかなんというか、ステータス補正が死んでいる。


余談2:マーキュリー・アンド・ザ・ウッドマン
    【錬換金湖 マーキュリー・アンド・ザ・ウッドマン】
    type:キャッスル・テリトリー
    特性:銃器類改造
固有スキル1:《あなたが選んだのはどっち?》

(=○π○=)<D・A・Dの〈エンブリオ〉。金の斧。
(=○π○=)<実はかなり最近まで邦題とどっちがいいかずっと悩んでいた
(=○π○=)<邦題の方が短くて分りやすいけど、かっこわるい。
(=○π○=)<こっちは長いけど、かっこいい。
(=○π○=)<んで、アンジェラの必殺が戦闘中に発動するものでもないため、かっこよさ優先でこっちに決定。
(=○π○=)<スキルは湖の中(エンブリオの中)に入れた銃器に、《ゴールド・ラッシュ》か《シルバー・ブレット》のいずれか一つのみを付け加えるスキル。
(=○π○=)<ちなみに付け加えないで、そのままとりだせば、銃器保管用の倉庫にもなる。
(=○π○=)<付け加える二つのスキルはどっちも、使用するとその銃器が壊れるもろ刃の剣。使うたびにお金が無くなっていくタイプのスキル。
(=○π○=)<《ゴールド・ラッシュ》はその銃器・機構を強化するスキル。
(=○π○=)<《シルバー・バレット》はその銃器に特殊な弾を装填するスキル。
(=○π○=)<詳細はおいおい。


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第3話 イツワリ

第3話 イツワリ

 

Day 1

 

□第2小決闘場 【司祭】レオン・アーノルド

 

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 息をつく。

 こんなにも息を荒げているのは、僕の友人が遅くまで狩りをしようといいだして、そしてみんなが寝坊したからだ。

 ちなみに寝坊したのは他の人間であって、僕がしたわけじゃない。僕はちゃんと朝の7:00に起きたんだけどね……。他の人が起きてくれなかったら意味がない。

 

 「いやぁ、ぎりぎりだったな。ローガンのやつは間に合ったのかね?」

 

 さすがに間に合っているんじゃないかな?

 今の時間は11:52分。決闘ランキング30位をかけた決闘の開始時間は12時ジャストなので、まだ少し余裕はあるからね。

 

 「ミックの上級に上がったテンションの所為で寝坊したよ」

 

 キャロル、演技とれて素が出てるよ?星は付けなくていいのかな。

 確かにミックの〈エンブリオ〉が上級に上がったおかげで、キャロルやローガンが俺たちも続くぞ!とか言い始めてかなりハイペースなスピードで、モンスターを倒し始めたからね。

 それでもさすがに朝日が見えるくらいの時間帯まで狩り続けるのはやりすぎだよ。しかも少し仮寝するだけとかいって、みんな仲良く寝始めて寝坊するんだから。まったくもう……。

 

 「おっ、どうやらはじまるようだね」

 

 考え事をしていた僕をとめたのは、アンジェラの一言だった。

 時間を確認すると、確かにもう正午になっていた。

 そして、アナウンスが始まる。

 

 「これより、本日の第1セミイベントの挑戦者。【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランスが東門より入場いたします」

 

 そのアナウンスとともに、東門といわれた僕たちから見て右の出入口から、ローガンが闘技場に入って来る。

 シュテル……彼の〈エンブリオ〉も共についてきている。どうやら最初から合体しないみたいだ。

 

 「おー、ローガンが☆やってきたのですね!」

 

 キャロルが元気を取り戻したのか、今までの演技をしはじめる。

 決闘に興味がないといっていたキャロルだったけど、やっぱり知り合いが決闘をするというのなら、気にはなるのかな?

 

 「では次に防衛者。【剛剣士】マカロ=カルボナーラが西門より入場いたします」

 

 そして西門と言われた僕たちから見て左側の出入口から決闘ランキング30位にいるティアンの武芸者がやって来る。

 30位とはいえ決闘ランキングに入るだけの実力を兼ね備えた技術を持っているらしく、その合計レベルも200近くになるらしい。

 29位よりもレベルが高いらしく、決闘がすきな人たちの間では、この人は手を抜いているんじゃないか?と言うもっぱらの噂らしい。

 

 「へー、あれが30位の決闘ランカーか始めてみるな。……にしても変な名前だな」

 

 ミックが言う通り、あの名前は少し変だと僕も思う。

 〈マスター〉ならともかく、ティアンであの名前になっているってことは、親はどんな積りでつけたのかな?

 まあ、性は変えられないだろうから、仕方がないのかな?

 

 「ロイ……じゃなかったミックは30位の人の事☆知らなかったのですかー」

 「リアルネームで呼ぼうとするなよな」

 「お前に言われたくはない」

 

 だからキャロル、いきなり素に戻るのは止めよう?

 まあ、キャロルとアンジェラの名前は言いにくいからね。仕方がないね。

 「んー、まああんまり興味なかったからなー。目の前の敵に全部を費やすほうが、俺の好みだからな」

 

 まあミックはそういったタイプだよね。

 

 「あんたら、雑談も結構だけど、そろそろ試合が始まるよ?」

 

 うん、どうやらそのようだね。

 もうすでに二人とも設定を終えているようだ。

 二人がウインドウを閉じるのと同時に結界が起動する。

 

 『両者によるルール確認が終了しました。それではこれより結界を起動します』

 

 シュテルの身体が光り、塵となってローガンの体の中に入っていく。

 ローガンの準備は出来ているようだね。

 

 『これより本日の第1セミイベント。【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランスvs【剛剣士】マカロ=カルボナーラの試合を開始いたします』

 

 そして二人の戦いが始まる。

 

 

 ローガンがバックステップをしながら黒く光る。

 そしてマカロというティアンも追撃して、特攻する。

 

 「おっ、AGIをあげたな」

 「すごい速さですね。はっきりいって☆よく見えません!」

 

 確かにすごい速さだね。

 マカロ…さんも頑張って追いつこうとしているけれど、まるっきり速さが足りていない。おそらく3倍近い速度差がある。

ローガンの技量が未だに拙いといっても……それだけの速度差があれば、圧倒することは可能だ。

 

「なるほどね。これが〈マスター〉とティアンの差ってやつかい」

「うーん。相手も弱くはないんだろうけど〈マスター〉を相手にするには少し力不足なんだろうな」

 「結構一方的☆ぽいね。どっちが挑戦者なのかわからないや」

 

 みんな同意見みたいだね。

 本来高いはずの防衛者の方が、守勢に回らざるを得ない状況になっている。

 先ほどからローガンは悪魔を出さずに、剣を取り出して闘っている。

 剣を使う事に向いているはずの【剛剣士】を相手にしているはずなのに、AGIの高さだけでその摂理を逆転させることができている。

 ローガンの剣の一振りを、マカロさんも剣で防ぎ、そして防いだ途端にローガンは剣を切り返して相手の首を狙う。日本ではあれをツバメ返しと言うんだっけ?

 だがやはりマカロさんも決闘ランキングに入るだけの実力者。その首を狙った一撃をちょっとの首の動きだけで回避しきる。

 確かにローガンの速さはすごいけど、でもこのままだと追い詰めきれない……いや、変わったね。

 

 「おっ、ローガンが悪魔をやっと出したな」

 

 見たらローガンが一体の騎士型悪魔を呼び出していた。

 ローガンが今召喚している悪魔は《コール・デヴィル・ナイト》とかいったかな?僕がこの目で見るのは初めてだけど、一応簡単には教えてもらったからね。

 そして……これで終わりかな?

 

 「流れが一気に変わったな」

 

 ミックの言う通り、今までローガンが優勢ではあったもののある程度は拮抗していた。

 だけど、亜竜級という戦力が一体増えたことで、その拮抗は崩れ去った。

 マカロさんも頑張ってはいる。

 あの悪魔が呼び出されてから一人と一体の連携の隙をつき、避けて逃げて反撃をすることもあった。

 だけども……

 

 「「「ああっ」」」

 

 観客席からさまざまな声が上がる。

 それはなんとか耐えていたマカロさんがさばききることができなくなり、そして亜竜級悪魔がもつ大剣がマカロさんの身体に突き刺さる。

 そしてHPのすべてを散らして……結界が消える。

 

 『試合決着。決闘の勝者は【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランスになります。これでローガン・ゴールドランスが30位に昇格。そして残念ながらマカロ=カルボナーラは決闘ランキングが剥奪され、予選からやり直しとなります』

 

 淡々と事務的に告げられるのもひどいかな?

 もうすこし、興行的にはできないものなのかな。

 

「これでおわりですね。一応このあと15位の決闘もあるけど☆見る必要はなーし、かな?」

 「そうだなー。一応メイン決闘ではあるけど、あんまり興味ないしいいかな?」

 「ならこれでかえるかい?あたしはどちらでもいいけどね」

 

 みんな、次の決闘に興味はなさそうかな。

 

 「ならこれで、帰るかい?ローガンなら僕たちのことなんか気にしないで、外に狩りに行ってしまうかもしれないし」

 「あー、あいつならありそうだな」

 「やっぱあいつ☆勝手なのです」

 

 あはは、なんかひどい言われようだね。

 それじゃあ、観客席から出ようとしようか。

 

 

□第2小決闘場 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 「今回も見事に勝てましたね主様」

 「ああ、しかも想像はしていたが、ブルーノやミックより数段やりやすかった。この分ならもっと上位にあがるまで苦戦はしなさそうだな」

 

 30位のマカロ=カルボナーラとかいうふざけた名前のやつに勝ち、決闘ランキング30位という座を奪い取ることに成功した俺は、さらに上位にあがるべく受付まで進んでいく。

 

 「決闘30位にあがった【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランスだ。次の決闘戦を挑みたい」

 「……はい、確認終了いたしました。それで次回の挑戦相手はいかがしましょうか?こちらが現在ローガン様が挑むことができる相手の一覧になります」

 

 そうして一枚の紙を差し出した。

 どうやらこの状況を予測していたらしい、早い様で何よりだ。

 そして一覧を見て、次の対戦相手を確認する。

 一応、29位とは明日から戦う事ができるようだが、ちまちまと戦い続けるのは性に合わないし、それにこれで時間をかけてミック達に追いつかれてしまったら、負ける確率が大幅に上がってしまう。

 ならば、一気にあがるとしようか。

 最初から挑める、最大の相手にするとするか。その相手だと……

 

 「よし、こいつだな。俺は決闘ランキング25位に挑む」

 「……25位ですか?!…いえ、一応挑むことは可能ですが、いくらなんでも無謀に過ぎます。スキップ制度を利用するにしても、二つ上の28位にしておくべきです!!」

 

 スキップ制度……ようは、数階級上の闘士相手に挑むことができる制度。ランク帯によってどれだけ上にまで挑めるかが変わり、30位なら5個上まで可能である。

 だから俺はこの制度を使い、一気に上にまで跳び決闘ランクを上げる積りだ。

 

 「問題ないな、むしろ一気に決闘ランキング10位に挑みたいくらいだ」

 「10位ィッ?!……いえ、失礼しました。こちらとしては闘士の方がソレを望まれるというのであれば、受領するまでです」

 

 ずいぶんと驚かれたものだな。

 それほど一気に駆け上がるのがめずらしいというところか。

 さすがに1位にいきなり挑むほどではないが、それでも10位までなら十分相手になると思うんだがな。

 

 「えっと、はい。決闘ランキング25位への挑戦でしたら、最速は10日後になります」

 「ずいぶん時間があくものだな」

 「25位との決闘となると小決闘場のメインイベントか、大決闘場のセミイベントにならざるを得ないからですね」

 (なるほど、試合のメインか、メインの戦場で…というわけか。ふっ、滾るな)

 「わかったそれでいい」

 

 再び何回も書かされた用紙に記入する。

 当然受け入れるにきまっているいくつかの注意事項に軽く目を通して、自分の名前を署名することで、受付を終了してこの場から立ち去ることとする。

 

 

 「おいおい、とっとと帰ろうとするなよなローガン」

 

 用事が終わり、次の試合が10日後と遠いため、レベル上げのためにモンスターを狩り続けようと外へ向かおうと、第2小決闘場の門を抜けて階段を降りようとしたその時に声がかかった。

 声をかけた主はミック。

 他にもレオンやキャロル、アンジェラも後ろについている。

 

 「試合が終わったのだ。帰るのは当然だろう、15位の試合になんて興味なんてないしな」

 「まー、俺らも特に興味ないから途中で帰ったんだけどな?それはそれとして、俺らに何も言わずに帰ろうとするなよな?」

 「別れるなら☆あらかじめ言いやがれです」

 

 ……なるほど、その事か。

 確かにさっきまでこいつらと一緒に居たのに、いきなり離れるというのなら少しは声をかけるべきだったか?

 まあ、そこそこ付き合いがある知人だしな、一応気をつけておくとしようか。

 ……キャロルの口調には突っ込まないぞ。

 

 「まあまあ、ローガンも反省しているようだし、そこまでにしておきなよ」

 「ぜぇぇぇったい☆反省なんかしていないですー」

 「よしときなよ、キャロル。そこらへん突っ込むと、藪だよ。長くなりそうだしね」

 「そうだね、とりあえず僕はそろそろ帰らなくちゃいけないから、ここでお別れだしね」

 

 レオンはここでログアウトするのか。

 前にあってから約丸一日。現実の世界での計算だと、大体8時間程度。

 長いと云えば長いけど、そこまで喫緊ではないとは思うんだが、忙しいんだろうか。

 キャロルやアンジェラもログインは時間空いているしな。ミックだけは変わらず、ほぼ20時間ログインしっぱなしだが。

 

 「へー、レオンはログアウトするんだな。俺はこのままINし続けるけど、キャロルとアンジェラはどうするんだ?」

 「えーと、私もそろそろ☆帰るとしましょうか―」

 「そうだねぇ。あたしは生産に打ち込むとしようか、ここでお別れだね」

 「ってことは、俺とローガンだけか。でもこの二人だと効率悪いしな、今日はこれで解散とするか」

 

 俺が静かにしている間に話が進んでいるな。

 結局、ここで別れて俺だけになるということか。

 これなら、そのまま決闘場から帰らせてもらっても、とも思うがそういう事ではないのか?

 

 そして二人がログアウトをして、他の二人も別々に行動をする。

 とりあえず、騒がしかったな、とも思いながら皇都を歩くことにするのだった。

 

 

 街を歩く。

 これからの目的としては、モンスターを倒してレベル上げ、という事になる。

 レベル上げの為のモンスターの狩り場として、東西南北どちらがいいか?と考えて西に移動することにした。

 狩り場として選定したのは、昨日・今日とミック達と一緒に狩り場として使用していた《カルリッサ平原》だ。

 こっちを選んだのは東西南北のうち、唯一俺一人で戦闘していないからというだけだな。

 

 「昨日こっちを歩いていた時にも思ったが、意外と賑わっているな」

 「たしかに北や南と比べると結構違いますね」

 

 北は行政、南は商業の施設が多いのに比べて、西は興行の施設が多い。

 一応西地区に代表される、決闘施設なんかもそのたぐいだ。

 レベル上げの為なら、今すぐ西門に移動した方がいいのだが、少し好奇心がわき起こり道中の興行施設を冷やかしがてら覗いてみる事にした。

 

 「さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃいィッ」

 

 あそこで客引きを行っているのは、紙芝居なのだろうか。

 男性が大きな声を上げて、手を叩いて宣伝をしている。

 今回やっている題目は『三英雄物語』というものらしい。

 軽いあらすじの様なものを見ると、どうやら六〇〇年前の三強時代を結構アレンジをして、子供向けに話を作り替えたものらしい。子供向けと言っても、童話ではなくまるで漫画みたいな出来になっている。

 もちろん対象年齢は低いみたいだが。

 少し興味がそそられるが、とりあえずは冷やかしなのでここを離れる。

 

 「……他には、あれは劇場か」

 

 かなり大きな建物が見える。

 形は大きな円形で、何十人もの人間が出たり入ったりしている。

 旗がいくつもかかっており、劇のタイトルらしきものが複数描かれている。

 後で聞いた話だが、この劇場はとあるカルディナの豪商が経営している演劇のための舞台で、天地を除いたすべての国に一つ以上置かれているらしい。あの国におく勇気はなかったのか、それともただ遠いからなのか。

 決闘の花場であり、他の興行も合間に行う決闘場とはことなる、興行の聖地のひとつらしい。

 他には……。

 

 「レディーーース・アーーーンド・ジェントルメェェーーーン」

 

 歓声が沸き起こる。

 歓声がおきた場所に目を向けると、その中心には一人の男がいた。

 シルクハットとモノクル、それとタキシードというのか?正装をしている一人の紳士風の男がいた。

 その男は杖を地面に叩くと、同時にどこから現れたのかハトが一斉に飛び立つ。

 その男が右手を振り払うと、その右手から紙吹雪が吹きあがる。

 その男が杖をくるりと回すと、その杖が花束に変わり、その花束を天高く宙に放り投げるとその花束が花火に変わる。

 どうやら奇術師のようだ。

 ……いや、どうやっているんだよ。

 スキルあり魔法アリのこの世界だから、出来ていることに驚愕はしない。

 だけど、どうやっているのかは皆目見当もつかない。

 腕がいいのか、いろいろなスキルを持っているのか。《看破》を持たない俺には判別がつかない。

 そう思いながら、奇術をみていると後方から数人の足音と、声が聞こえてきた。

 

 「ほら、どいたどいた」

 

 後ろを振り返ってみると、数人の警吏がこちらに向かって来ていた。

 あの奇術師を囲むように立っていた観客をかき分けて、奇術師の元まで歩み寄り。

 

 「貴様!許可を取らずに皇都の中心で花火を上げるとはいい度胸だ!詳しい話は白で聞かせてもらおうか」

 

 ……許可を取らずに街中で花火を上げたのか、確かにそれは起こられるな。

 観客の中から「えー」とか、不満な声がいくつか上がるが、それを「これは職務だ」といって黙らせる。

 間違っていないが、もう少し穏便に鎮められないのか?

 

 その後、警吏によってあの奇術師が連れ去られていった。

 あの奇術師は連行されながら「バレなきゃ犯罪じゃなかったのにー」とか言っていた。

 どこの邪神だよ。あんな街中で花火をやったらいくらなんでもばれるにきまっているだろうに。

 

 「さて、演劇は終わりだし、そろそろモンスターを倒しに外に狩りに行くか……」

 「はい、そうですね。結構おもしろかったのに残念です」

 

 ルンペルシュティルツヒェンはこう言ったのが好きなのか?

 まあ、今の俺たちにのんびりしている余裕はないが。

 そう思い、西門に足を向けて――

 

 「あれっ?ローガンじゃないのか?久しぶりだね」

 

 その声に振り向くとそこに居たのは、懐かしい人物だった。

 

 「…お前はジャックか。確かに久しぶりだな」

 

 そう、そこに居たのはジャック・バルトだった。

 この〈Infinite Dendrogram〉の世界に初めてログインした時に出会った一人目の人間。

 それゆえに覚えている。

 

 「うん、やっぱりローガンだね。久しぶりに会ったから、一瞬分らなかったよ。装備も結構変わっているし、他の人間と行動しているしね」

 「ああ、そうか。ジャックとシュテルが会うのは初めてだったな」

 「そうですねはじめまして、シュテルとお呼びください」

 「ジャック・バルトだよ、よろしくね」

 

 シュテルとジャックがお互いに挨拶をして、握手をする。

 

 「………それにしても?」

 

 ん?なにか疑問点でもあるのか。

 ジャックが頭をかしげて、んーと悩んでいる。

 

 「……どうしたんだ、ジャック」

 「……ああ、ちょっとわからなくてね」

 

 わからないこと?

 何か不明な点でもあるのだろうか?

 ジャックは先ほどから俺のことを、上から下まで見ながら時折んーと呻いている。

 ……分らないこと、というのは俺のことなのだろうか?

 

 「ジャック、何が分らないのか聞いてみてもいいか?」

 「……そうだね。ジャックにも聞いてもらおうか」

 「ああ」

 「実はね、僕はこれでも人を見極めるのが得意なんだ。いままでに人の鑑定……スキルではなくて、もともとの天性の能力の事だよ?……で間違ったことが無いんだよね。なかったんだけど……」

 

 ん?俺の鑑定?

 どういう事だ。俺の事が分らなかったってことか?

 

 「うん、実はね僕の君に対する印象は『50を過ぎた人間が、ある日新しい子供の姿を取り戻し、さらにその子供がまったく別の子供の形になった』っていう物だったんだよ」

 「……はぁあ?」

 

 なんでそんな印象を持ったんだか。

 まったくもって意味不明だな。

 ……いや、全く分からないものでもないのか?

 もし俺が生前50過ぎで、ローガンという子供に転生して、さらに新しいアバターであるこの姿になっていたらそういう印象になるのかな?

 だが、そんなふざけた事情はない。

 俺の生前の年齢は50になんて、まったく届いていないのだから。

 いや、ほんとにどうしてそんな印象を持ったのだか?

 

 「いや、まるで意味が分らないぞ!」

 「ああ、やっぱそういう反応が来るんだ……はぁ」

 「…うん?俺がこういう反応をするってわかっていたのか?」

 

 自分の考えが間違っていると分っていたのか?

 いや、でもジャックの言い分は少し変だな。

 ジャックは自分の鑑定結果に絶対の自信を持っているみたいだった。

 それなのに、間違っているとは思わないだろう。

 ならば……後は………。

 

 「もしかして、その印象を他人に行って否定されたりした…とか?」

 「……ああ、そうだよ。仕事中に面白い人間に会ったから、その事について話をしたら『ありえない』と笑われてね……はぁ」

 

 ああ、そんなことがあったんだな。

 まあ、そんなことがあったら、そんな落ち込んだ表情になるのもわかるな。

 ジャックがなんで俺の事をそう思ったのかも、気になるが今一番気になるのは……。

 

 「ふーん、そうなのか。それで、誰に俺のことを話したんだ?」

 

 誰かに話したか、だな。

 あんまり俺のことを変な噂と共に広めるのは止めてほしんだが。

 

 「ああ、そうだね。姫様だよ、この皇国の今は亡き第4皇子の忘れ形見であらせられる、朱紗・I・ドライフ殿下さ」

 

 第4皇子の娘の朱紗姫?

 

 「いや、あのあとローガンの事について姫様に話したら、『妾、片腹大激痛ww』とかいて大爆笑されたんだよ」

 

 そんなことがあったのか。

 

 ……それにしても、そうか。

 

 ここで、のことがでてくるんだな。

 作中でだと、たしかアルター王国の第3王女であるテレジア並みに、重要そうな位置にいるからな。

 アルターもアルターだが、ドライフもドライフでティアンの質がおかしいな。いや一番は天地だろうが。

 

 「ああそうだ、ローガン決闘ランキング入りおめでとう。僕も姫様も応援させてもらうよ、それと姫様がローガンといつかお茶会をしたいと云っていたから、その時がきたら連絡するよ。姫様は結構忙しいから、かなり後になりそうだけどもね」

 「お茶会?……まあいいだろう」

 「っと、そろそろ時間だね。ローガン僕はこれで失礼させてもらうよ、それじゃあね」

 

 考え事をしていたら、ジャックが行ってしまったな。

 まあいいか。俺たちもモンスターを狩りに行こうか。

 

 そうして俺たちは西門へと歩いて行く。

 

To be continued

 




(=○π○=)<……当然ですが、朱紗・I・ドライフなんていう人物は原作には登場いたしません。

(=○π○=)<それとこの時点で、2章中にいった制限は解除です。
(=○π○=)<あれの制限は単に、こっちの設定ミスと思われたくなかったからですしね


余談:
(=○π○=)<ちなみに決闘30位だったマカロ=カルボナーラの名前が決定したのは去年の12月26日でした。


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第4話 Go to east, Go to bottom

1/21 後半部分を加筆修正いたしました。
   急いでいたこととはいえ、未完成状態で更新してしまい申しわけありません。


第4話 Go to east, Go to bottom

 

25 day

 

□第3小決闘場 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 「ぐぅっ」

 

 走りながらうめき声を出す。

 いや、走るというよりは逃げるというところだろう。

 だが、自分が今陥っているこの現状を認めがたくある。

 なぜなら、それは自分が弱いから。

 なぜなら、それは俺がこの状況を打破できないが故。

 なぜなら、それは本来俺の望む未来のためには、俺が相手に立ち向かわなければいけないが為。

 だから認めがたい。

 今俺が敵対している相手――ミック・ユースに防戦を強いられていることを。

 

 「どうしたローガン。逃げてちゃ戦いにならないぜ!」

 「っく」

 

 ただし、この戦いはお互いの尊厳をかけた大事な戦いと言うわけでもなく。

 決闘ランキングをかけた大事な試合と言うわけでもない。

 この戦いはただの模擬戦。

 今までにもミックと何度か戦って来た、ありきたりなものだ。

 だが、ほぼ2週間ぶりに行われたこの模擬戦は、今までとは異なる様相を呈している。

 

 (ふざけるな。この俺が逃げなきゃいけないだと!)

 

 もちろんただ逃げまわっているわけではない。

 先ほどから《ナイト》を含む悪魔を何度も呼び出している。

 この戦いを始める前には9000近いポイントがあり、《偽証》による倍加を含めればかなりの余裕があった。

 だが今、ポイントが倍加を含めて2000を切ろうとしている状況になっても、まだミックを倒すことができていない。

 呼び出した強化《バタリオン》はすべて一刀のもとに切り伏せられ。

 呼び出した二重《ナイト》もまた、ミックとの数度の攻撃によって泡と散った。

 

 「くそぅ!“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

 48体の悪魔を呼び出す。

 だが――これでは解決にはならない。

 新しく追加した悪魔がまた一体、また一体と討ち取られる。

 俺が一方的に追い詰められている、この状況を全く理解できないわけではない。

 これは単純にお互いの性質の差であり、そして性能の差。

 俺は本体が弱い広域制圧型で、ミックは自身が強い個人戦闘型。

 単体での能力において、どちらに軍配が上がるかなど、火を見るより明らかだろう。

 それでも決闘ランキング予選までは、お互いに互角もしくはこちらが上回ることがあった。

 互角だったのは最初の3日間。あの時は一応の勝利をおさめたが、後の2日でお互いに戦いあった結果は、白星と黒星が平等につく結果となってしまっていた。

 こちらが上回っていたのは、あのゲーティアを倒してから。あの時手に入れる事ができた、特典武具のスキルによってミックを相手にごり押しすることができるようになった。

 そしてこちらが下回ってしまったのは、言うまでも無くあの20日前の出来毎の所為。それは単純にミックの〈エンブリオ〉が上級に上がったからであり、俺の〈エンブリオ〉が未だ下級にあるからだ。〈エンブリオ〉と異なり、ジョブはこちらが上級職なのだがそれでもやはり〈上級エンブリオ〉の性能はこちらを凌駕していた。

 

 (レオンがミックに合う下級職を見つけたとか言っていた時は、次のジョブで下級職を選ぶことを選択ミスだと思っていたが……シナジーの合うジョブと〈エンブリオ〉の組み合わせ。たとえ下級職であろうとも厄介極まりないという事か!)

 

 ミックが保有する戦闘力のすべてを理解しているわけではない。

 だが、一部の基本的な事に関してはお互いに明かして共有している。

 その一つが、ミックが新たに就いた下級職の詳細。

 そのジョブの名前は【万屋(ジェネラリスト)】。

 【万屋】は、【獣戦士】や【死兵】と同じくジョブスキルをひとつしか習得せず、かつステータス補正があまり高くないジョブだ。

 しかしそれを補って余りある恩恵を、そのジョブスキルはミックに与えている。

 そのジョブスキルの名前は《スキル上限開放》スキル。

 ジョブレベルを保有するジョブスキルであり、その効果は『このジョブスキルのスキルレベルの数値分まで、ジョブスキルレベルの上限を上げる』と言うもの。

 このスキルは【万屋】系統限定のスキルであり、他のジョブでは使用できない。

 そのため《スキル上限開放》スキルを十全に生かすためには、他のジョブで《看破》や《ラスト・コマンド》などの汎用スキルを習得しなければならない。

 すなわちこのジョブは汎用スキル特化ジョブ。

 しかし一部を除き、汎用スキルの性能は便利ではあっても強力ではない。

 ステータス補正が低いという事もあって、このジョブを選ぶ物好きはティアン時代にはそれほど多くはなかった。

 もちろんこのジョブをメインに据え、他のジョブも合わせて高レベルの汎用スキルを手に入れようとするティアンも少数ながら居た。《看破》や《鑑定眼》や《真偽判定》などの一部スキルを特化させたものは、それぞれの国としても一人は確保しておきたいからだ。

 だが戦闘に特化したジョブ構成を選んだ者にとっては不要なジョブだ。それはティアンの時代のみだけではなく、〈マスター〉の増えた現在でも変わらない。このジョブとシナジーする〈エンブリオ〉を保有する一人の〈マスター〉を除けばだが。

 

 「っぐ、シュテル!」

 (ミックが相手だと『ボムプラトゥーン』はかわされてしまう。物理特化も厳しいだろう。なら!)

 『かしこまりました。《我は契約より玉と黄金を望む》起動。魔法特化『キャスターバタリオン』行きます!』

 

 ミックの方を確認する。

 今もミックは動き続けながらこちらに近づきつつあり、呼び出した悪魔のほとんどが倒されている。

 時間の余裕はない。

 

 「いくぞ“大軍の魔術師よ”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

 呼び出されたのは48体の悪魔。

 《契約》により魔法スキルを植えつけられた、消費型の魔弾。

 悪魔たちに己が身を代償とした魔法を使用するように命令しようとして……

 

 「《ゴールド・ラッシュ》ファイア」

 

 金色の魔銃を構えたミックの一撃が放たれる。

 武器を消耗品にする代わりに、強力な性能を発揮させるそのスキルは、ただでさえ強力な魔弾を強化する。

 その一撃を予期しておらず、予期できなかった為に、俺は無防備な姿をさらしてしまう。

 弾丸は《反応召喚》という黒い障壁に阻まれ、その威力の一部を減衰させながらも、障壁貫通する。

 そして完全に無防備だった俺は、回避も防御も選択できず胸元に命中してしまう。

 そしてその一撃は俺のHPをすべて削りきり……

 

 

 「畜生ッ!」

 『主様!』

 

 地面に拳を振りおろす。

 それは当然、ミックに負けた悔しさをぶつけるためだ。

 今までにミックに負けたことは数度あったとはいえ、それはお互いに互角な状況から押し切られたことぐらいだった。

 しかしこうも一方的に敗れ去るとは、思いもしなかった。たとえ〈上級エンブリオ〉の力があるとしても、上級職と特典武具の差によって拮抗出来るとは思っていたのだった。

 だからそれができなかったことに憤りを感じる。

 俺の力はそこまでなのか……と。

 

 「ずいぶん悔しそうだな、ローガン」

 

 足を屈めて地面に右手をぶつけていた俺に、後ろからミックが声をかける。

 そしてその言葉に苛つき、ミックの方に振り返る。

 

 「き……」

 「おちつけよローガン。俺だってお前に負け続けているんだぜ、圧倒されてな」

 

 文句を言おうとした口を、ミックの言葉で押しとどめられる。

 ミックの顔に浮かんでいたのは、勝ったが故の高揚感ではなく、こちらを真摯に見つめる表情そのものだった。

 

 「……何?」

 「一度や二度の負けで不貞腐れるな、ただ一度の大敗で諦めるな。ゲームなんだから、負けても今度は勝ってやる!でいいんだよ」

 「……それは」

 

 ……確かにそうかもしれない。

 負けたのは悔しい。負かした相手に対する文句もある。

 だが、負けたからと言って、ここで逃げたらそれこそ負けなのかもしれない。

 俺は強い。

 だが、だからと言って他の人間が俺と同じか、それ以上にならないという保証は……残念ながらない。そういうことだ。

 ならば、そいつより、ミックよりもっと強くなってやる。

 手段はいくつか思い浮かばないでもない。

 後方から強力な悪魔モンスターを呼び出すというのは……却下だな。そんなことをしていたのでは原作のローガンの二の舞だ。

 ならば俺自身の強化。その為には……

 

 「うん、表情変わったな、ローガン。そうだぜ、それでいいんだ」

 「……ミック。なぜ俺に対してそんな助言を行う?俺とお前は同じランキングを争う立場だろう、ここで俺を放っておけばお前が上に立つことができただろうに」

 「あのなぁ、ランキング戦を戦い合う競争相手をなんで自分の手で引きずりおろさなきゃならないんだ。いいか、俺はお前に勝った上で、ランキングの上にいきたい。誰かを蹴落とした上での勝利なんて真っ平ごめんだね。それとローガン?俺はそんなことしないでも、お前の上に行くぞ?そんなことしなければ、お前の上に立てないなんて言うなよな」

 

 ……そうか、そういうことをいうのか。

 やはりこういうやつなんだろうか?

 俺はこういうタイプになれない。だがそれでも……。

 ああ。

 

 「ほざけ、次にランキングで戦う時に、こんな簡単に勝てると思うなよな」

 「ハッ、勝ってやるさ」

 

 お互いに笑いあう。

 それは互いに認め合ったからなのであろう。

 俺はおそらく初めて………。

 

 「……で、なんでお互いに笑いあっているのです?少し気味が悪いのです」

 「まあ、そういうな嬢ちゃん。ぶつかりあって、お互いの友情を確かめあうなんて美談じゃねぇか。まあ戦場とかでならともかく、こんな模擬戦を行う決闘場でっていうのは場面選択ミスっているとは思うがね」

 

 ハッ。

 その二つの声に驚き、振り向いた先に居たのは桜火とブルーノだった。

 ……ッ、今のを見られていたのか!

 それにしてもなぜこいつらがここに?

 

 「あー、そういやこいつら呼んでいたの忘れてたわ」

 

 お前の所為かミック。

 

 

 「はー、なるほど。俺たちでパーティー組んでモンスターを倒そうってことか」

 

 あの後決闘場から出た俺たちは、一度休憩がてらに近くの喫茶に入り、そこで二人を呼んだわけをミックに訪ねた。

 要は交流がてらに、遠征しようってことか。

 だが……。

 

 「それはいいが、お前たちは予選はいいのか?」

 

 こいつらはまだ、予選を勝ち抜けていない。

 もちろんこいつらが他の参加者に負けているのではなく、お互いに潰しあって誰一人として勝ち抜けることができていないのだ。

 くじ運が悪いというのか、誰か一人が9連勝した次の相手が同じ〈マスター〉で、そいつに敗れるということが何度もあった。

 こいつら全員、一度は9連勝しているのに、最後の一戦を落としているからな。

 一度、八百長試合で誰かが順に勝ち抜けたらどうだ?と提案してみたら、全員にあっさりと断られてしまった。

 ちゃんと勝たなければ意味がないんだと。こいつら決闘脳だろ。

 まあ、俺としてもここでこいつらと戦えば、負けてしまうかもしれないから、俺が強くなるため上に上がるために、足踏みをしてくれる事は嬉しいがな。

 

 「ああ、全員勝率がフラットになっちまったからな。休憩がてら遠征しようぜって言ってみたらこいつらが受け入れたんだよ」

 「ワシらとしても、こうも動きがないとキツイからの。この状況を打破できるブレイクスルーが起きないかとも思って受けたのだ」

 「誰も勝ち抜けていないですからねー。最後の一戦まで他の〈マスター〉と戦わずに、最後の一戦を勝てたローガンは運に恵まれていると思うのです」

 「……というわけで、一緒に行こうぜローガン」

 

 なんでだ。

 こいつらだけで行けばいいだろうに。

 そもそも俺のジョブはパーティープレイに向かないといったことがあるはずだが。

 

 「……行くにしても、お前たちの試合はどうするんだ休むのか?俺の次の試合は一週間後だが」

 「ああ、とりあえず2・3日分は入れてない。もし戻るのが遅くなっても一勝程度なら手放しても、それほど惜しくないしな」

 「それら込みで、ミックの申し出を受けたんじゃからな」

 「全員問題はないのです」

 

 ああ、俺抜きで話は進めていたのか。

 

 「というわけだ、一緒に遠征しようぜ」

 「なにが、というわけだ、だ。何も説明していないだろう」

 「特に細かい説明とかも無いと思うんだが、あまり細かいこと言わずワシらに付き合うくらいの気持ちでええ」

 

 はあ、どうするかな。

 確かに、とくに用事はない。

 俺は大決闘場で3日前に行われた、決闘ランキング20位との試合で勝利することができた。

 そのため次に挑める最大階級の決闘ランキング15位と戦うために、レベル上げをしなければならない。逆にいえば、それぐらいしか予定がない。

 別に拒否しても、問題はない。

 実際、この提案を蹴ったからって俺に不利益が及ぶわけでもなし。

 だからどちらでもいいのだが……。

 

 「……わかった、付き合おう」

 

 たまにはこういうのもいいだろう。

 一人で頂点を目指すというのは、俺の性に合っているが、それで限界が来ることもあるかもしれない。

 変化を期待するのなら、こういった他人とのかかわり合いもまるっきり悪いものではないと思える。

 

 「おうし、決定だな。それじゃあ今から行くか!」

 「今から?!」

 「善は急げというしのぅ」

 「まあ急すぎるとは思うのです」

 「しかし、行くとしても、どこに行くのでしょうか? 今ここで聞かされたので、主様は何も用意していないのですよ。遠征に必要な特殊なアイテムは何一つとして保有しておりません」

 

 一応、少しだけ食事を入れている程度か。

 ログイン初日の失態から、俺とシュテルそれぞれ別に、3食分の水と食料をアイテムボックスの中に入れてはある。

 二人が入れる程度のスペースを持ったテントと、低レベルモンスターよけの結界装置も1つだけ準備はしてある。

 だが、専門的な遠征用装備など一つも用意していない。もっとも、専門的な遠征用装備がどういったものかは分らないが。

 

 「とりあえず、俺がパーティー用のテントをもっている。内のパーティーで使っている奴だな。男女共同だけどいいだろ?」

 「一応私はうら若き乙女なのですけど……。まあプレイヤー保護機能がありますし、構わないのです」

 

 ミックのパーティー用のテントか。

 ミックが上級に上がったあの日に、一度仮眠をとるために利用させてもらったけど、かなりの広さだった。

 広さは大体10畳ぐらいか?小さめのビニールハウスともいえるかもしれない。

 ゲームらしい簡単な操作で広げる事ができる機能もあって、結構な値段はしたそうだが。

 確かにあれなら、このパーティーで使う分には余裕で余るな。

 

 「それでどこに行くんだ」

 

 場所を聞いていなかったが、移動も含めると結構な時間がかかりそうだな。

 

 「んー、行き先か?とりあえず東の方にずーっと言ってみようかなって」

 「行き当たりばったりか!」

 「特に決まった場所は決めてないからな」

 「狩り場は大丈夫なのか?あまり弱いモンスターしか出ないようなら、無駄骨もいいところなんだが」

 「それは大丈夫だろ。レオンに聞いた限りだと、基本的に皇都から離れるほどモンスターが強くなっていくって話だったし。それに皇都から東に進んでいけばいくほどモンスターが強くなる良環境みたいだぜ、まあカルディナとの国境線を越えればモンスターは弱くなっていくそうだが、そこまで行けないだろ」

 「移動に関しては、ワシのクーに乗せていってやる。徒歩で歩くよりも何倍も速い」

 「やったー。クーちゃんに乗せてもらえるのです」

 

 あー、あの犬のガードナーにか。

 確かにあれに乗せてもらえれば、俺が歩くより数倍早いだろう。

 だが……、と思い桜火の方を見る。

 

 「俺たちはいいが、桜火は大丈夫なのか?あの犬は結構大きいが、それでも4人全員が乗るのならくっつかないとだめだろう?いいのか」

 「クーちゃんに乗れるのなら些細なことなのです。我慢します」

 「大丈夫だろう。この前上級に上がったおかげでクーの大きさが結構大きくなった、4人全員乗せても間はあくだろう」

 「「「なっ」」」

 

 驚いた。

 ブルーノもすでに〈エンブリオ〉が上級に上がっていたのか。

 気がつかなかったぞ。

 

 「そうなのですかー。私の〈エンブリオ〉はいまだに下級のままなのです。早く進化してほしいのですが」

 

 俺のルンペルシュティルツヒェンもまだだな。

 もっともゲーティアの戦いのときに使用した■■■のせいで、しばらく進化はしないだろうとふんで入るのだが、それでもあの神の言う通りなら早めに進化するだろう。

 

 「そうか、それなら大丈夫そうだなー。とりあえずこれから食糧を買いこんだら、早速行くとしようか。目指せオケアノス!」

 

 東から海の果てを目指す気か!黄河まで?!

 

◇◇◇

 

 「わぁーい、私よりはやーい」

 

 顔に当たる風の冷たさを感じながら、周囲を見渡す。

 あの後一時間ほどかけて、必要な物資を買いこんだ後は、東門からブルーノの〈エンブリオ〉である犬のガードナーに乗って移動していた。

 実際に、ガードナーの速度はかなり速い。

 まるで、高速道路を走る車に乗っているかのようだ。周りの光景が矢のように通り過ぎる。

 おそらくAGIは1000を軽く超えているのだろう。

 

 「このペースなら、夜までには山を通過できそうだな」

 

 ああ確かにこのペースなら十分に行けるな。

 まえに〈ヴァニリア村〉へ向かうためにここを通った時は、丸一日かけて山の中腹まで歩いて、または飛んでいったのだが、本当にAGIが高い連中はこの世界を小さくできるな。

 あの時あれだけ時間をかけて進んでいったのが、馬鹿みたいに思えるぞ。

 〈クリエラ渓谷〉の大亀裂を避けて走っていっても、夜までには越えそうだしな。

 

 「もうすぐで大きな大渓谷が見えるな」

 「渓谷と言うよりは、亀裂に近いと思うんだが」

 「あれは亀裂なんてものじゃないのです」

 

 まああんな大規模なものは、亀裂とは言わないだろう。

 人為的に作り出されたものとはいえ、あれは渓谷と呼ぶにふさわしい。

 縦の長さは数百キロにもおよび、本来短いはずの横の幅でさえも、対岸が見渡せないほどに距離が空いている。

 そしてその底はどのくらいあるのかいまだにわかっていないそうだ。

 今までに何回も調査隊を送り出しているそうだが、一人も戻ってきていないらしい。

 一度、高位の【傀儡師】のティアンに頼んで探索してもらったことがあるらしい。

 そのティアンがつくった、人形はかなりの高性能で、戦闘能力も高かったらしい。

 探索に必要な探知スキルや、生存することができるための分体を作り出す能力や、そして主に情報と伝える機能など、さまざまな能力を併せ持ったその人形は………しかして、帰還することは出来なかったそうだ。

 最後の通信で主にもたらされた情報によれば、地の底には数体の強力なモンスターが蔓延っていることが知らされた。

 これが数百年前に起きた出来事。それからドライフ皇国はこの奥底に探査隊を派遣することはなく、個人の【冒険者】などが亀裂の探索に向かう事があったが、いまだに帰還者はいなく、どうなっているのか全くもってわからないそうだ。

 

 『そろそろ、〈クリエラ渓谷〉が見えてきますね』

 

 〈クリエラ渓谷〉のことを考えていたら、その大亀裂が見えてきた。

 本当に早いな、ここまでで大体2時間程度か。

 

 「さて?亀裂を大きく迂回するか、それともギリギリ通るかどっちにする。ワシはギリギリだな」

 「私もギリギリでいいのです」

 「俺もそれでいいぜ」

 「俺もそれで構わない」

 『私は大きく迂回した方が、安全だと思うのですが』

 

 スペースが足りないからと、合一形態をとっているルンペルシュティルツヒェンが不安を口にするが、いまさら一人が反対を言ったところで覆りそうもない。

 危険もそれほどではないらしいしな。まったくないわけでもないらしいが。

 

 「それじゃあ、あそこをショートカットするか。クー」

 「バウ」

 

 ブルーノが選んだのは〈クリエラ渓谷〉の亀裂ギリギリの足場。

 亀裂から数メテル程の余裕を持った、細い登山道。

 〈クリエラ渓谷〉から逆側には高い崖がそびえたっている。

 このガードナーでもこの崖を登りきるのは困難だろう。

 だが、この細い道を通らないならば、大きく迂回しなければならない。

 だから、ブルーノはこちらを選んだのだ。

 

 今までに何人も使用しているから俺たちも大丈夫だろう、という根拠のない自信を信じて俺たちはその登山道を通り……

 

 「なっ!」

 「やべっ」

 「きゃっ」

 「くそっ」

 『主様!』

 「バウゥ」

 

 その登山道はいかなる理由か足を踏み込んだ途端に、ガコッという音を立てて崩れ壊れてしまった。

 そして当然、そこに足を踏み入れていたクーとそれに乗っていた俺たちは、当然重力と言う摂理に従って、亀裂を滑り落ち……

 

 「「「わぁぁーーーーーー」」」

 

 俺たちは諸共に奈落へ落ちて行った。

 

To be continued

 



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第5話 奈落での出会い

(=○π○=)<前の話に関してですが。
(=○π○=)<投稿後、一度加筆修正をしています。
(=○π○=)<未完成の状態であげてしまったので、追加で書き直しさせていただきました。
(=○π○=)<もし、改稿前のをお読み下さった方は、よろしかったら見直していただければとも思いますが、本筋に変更は一切ないので、面倒であれば構いません。

(=○π○=)<本当に申し訳ありませんでした。


第5話 奈落での出会い

 

25 day

 

□〈クリエラ渓谷〉

 

 闇が近づき、光が遠のく。

 足場が崩れた為に、4人と一匹は落ちていく。

 慢心・自信故の未警戒だった突然の出来事で、全員は咄嗟に動くことはできなかった。

 硬直していた最小時間はおよそ3秒。

地上から45メテル程落ちた時点で、まず最初にブルーノが反応した。

 

 「クー」

 「グゥワゥ」

 

 その短い言葉だけでお互い意思を疎通しあい、体勢を崩して斜めになっていた身体をなんとか元に戻そうとする。

 〈マスター〉と〈エンブリオ〉の間につながる絆。お互いに口に出さなくても心の奥深くで通じ合う事ができるため、その一言で犬のガードナーは動く。

 このままでは墜落してしまうと、我が身を犠牲にするのを覚悟で、クーは着地をするべく4脚の足に力を入れる。

 さらに長い尻尾を自身の上に乗る、〈マスター〉を含む4人に巻き付け落ちないようにした。

 ブルーノは今の自分にできる事は他にないと、自分の〈エンブリオ〉と4人に託した。

 

 「それならっ」

 

 次に動くことができたのは桜火だ。

 硬直していた時間はおよそ5秒、地上から120メテル程落ちた時点だった。

 桜火は自分の左手の燃え盛る蛇の形をした紋章から、一本の西洋風の片手剣を取り出す。

 自分たちの体にクーの尻尾が巻きついて行くのを確認しながら、桜火は右手に握った剣を振り上げる。

 もちろんただ振り上げただけではない。

 その剣は、特性である蛇腹剣としての機能を発揮して、この窮地を脱しようと主の意のままに動く。

 まず剣は3つの節目にわかれて、ワイヤーのようなもので繋がれたその剣は、落ちていく自らの定めを覆すかのように、天へと延びていく。

 その剣先の速度は高速だ。彼らが落ちていく速度よりもなお速く、AGIに換算するならば6000近い速さで天を目指す。

 

 「っち、間に合わない。リャナンシー!」

 

 次に動いたのはミック。

 動くことができたのは落ち始めてから8秒後。地上から300メテル程離れた時のことだ。

 ミックは【才金貨 リャナンシー】のスキルを起動する。

 起動するスキルは当然、《ブラッド・アビリティ》。

 このスキルによって、新しく得るスキルは2種類。《暗視》と《視力強化》の二つのスキルを、自身が取れる最大限で会得する。

 もちろんこのスキルは、この状況を変える事ができるものではない。

 あくまでこのスキルは、状況を確認し把握するためのもので、安全性の確保率を高めるためのものだ。

 落ちていくのを他の3人に任せて、ミックは本来暗くて、見通せるはずのない地の底を見つめる。

 

 「っぐ、シュテル。《速効召喚》“来い”《コール・デヴィル・チーム》」

 

 最後に動いたのはローガン。

 他の3人から遅れて、落下をし始めてから丸10秒。現在地点は、地上より500メテル下でようやく動くことができた。

 呼んだのは《速効召喚》により、瞬時に呼び出された3体の悪魔。

 戦闘ではなく、ただ落下を防ぐための足として呼び出したために《チーム》という、最近では使う事がなかったスキルを発動する。

 刹那の内に泡が生まれてはじけ、呼び出された3体の悪魔は主の命令をそのまま実行しようとする。

 1体ずつ反対側から胴体をもち、残りの1体は下から身体で持ち上げようとする。

用途ゆえに今回呼び出された悪魔はAGIとSTRが3倍化されている。

 本来であれば、如何に巨体で4人の人間を乗せているとは言っても、問題なく持ち上げる事ができるはずのステータス。

これで大丈夫だと、ローガンは結果を見ずに安堵をし、

 

 「なっにぃー」

 ……その安堵が裏切られる。

 どう裏切られたかと言えば、悪魔が持ち運ぶことすらできずに、多少落下速度を落とすことができたという程度。

 自分が予想した結果とはまるで異なる事態に、ローガンは声を上げる。

 そしてローガンだけではなく、もう一人だけ異常事態に驚く者がいた。

 

 「なっ、はぁ?」

 

 ミックは疑問の声を上げる。

 そんな声を上げた理由は、次第に視界が暗く狭くなっていくからである。

 この世界でもそうなっていく理由はいくつかあるだろう。

 病気や加齢や状態異常、スキルによるもの等々可能性をあげればきりがない。

 今回のケースにおいては、スキルによるものといえる。二つの面を含めてだ。

 視界が暗く狭くなっていくのは、ミックが使用している《暗視》と《視力強化》の二つのスキルの効果が正常に働かなくなったためだ。

 

 「どういうことだ、これは。説明をしろシュテル!」

 『申しわけありません。原因は不明ですが、スキルの効果がダウンしております』

 

 そして、不具合が出ているのはミックだけではなく、ローガンもまた同様の不具合が発生している。

 ローガンが呼び出した3体の悪魔が、本来の性能を発揮することができずに、犬の〈エンブリオ〉であるクーを持ち上げる事が出来なかったのが、その証左だ。

 この状況を生み出しているのは、この〈クリエラ渓谷〉という地に蔓延するひとつのスキル……いや、これはもはやひとつの特性・性質と言いかえてしまってもいいだろう。

 それほどに異質なこの土地に、彼らは迷い込んでしまったのだ。

 

 「だめなのです!」

 

 不具合が起きているのは、明確に問題があるとわかったのは、ローガンとミックの二人のみ。

 しかし、不具合が起きておらずとも残りの二人、ブルーノと桜火にも予想外の事は起こりえる。

 桜火の手に握る蛇腹剣から伸びる剣先は、天を目指そうと伸び続けて……心半ばか、途中でその進みを止めてしまう。

 それは蛇腹剣が伸縮する機能に性能をあまり振り分けず、純粋な武器性能とステータス補正とスキル性能にも平等に配分したが故の結果。かの【星天到達 テナガアシナガ】は遠くに手を伸ばし、足を向けるためが故の特性を保有しているが、桜火が持つ〈エンブリオ〉の特性はそれとは少し異なっているためだ。

 地上に剣先を刺してアンカーにしようという、桜花の試みはもろくも崩れ去った。

もし仮に最初から地上を目指そうとせずに、落下途中に存在する岩壁に刺すことができていれば、ここまで悪化することも無かったかもしれないが、いまはもしもはいらないだろう。

これで二人に続き、桜火まで失敗した。

 

 「これは……クー!」

 

 そして、ブルーノと犬の〈エンブリオ〉であるクーにも予想外はふりかかる。

 それは彼らのもつ固有スキルひとつのエラー。

 ミックやローガンと異なり、この〈クリエラ渓谷〉の地の特性ではなく、彼らの固有スキルの特性故のエラー。

 自身のステータスが激減していくのを、ステータス画面ではなく感覚で気がつく。

 ブルーノは困惑する。何が起きたのかは理解できても、それがなぜ起きたのかはまるで分らなかった。

 そのステータスの減少は、〈エンブリオ〉であるクーの身体の大きさの変更という形で現れる。元々の大きさより半分以下と言う大きさと言う形で。

 そして当然、その〈エンブリオ〉の上に乗っていた4人の〈マスター〉は、その上に乗っている事ができず放り出されてしまう。

 

 「っぐ、戻れクー」

 「っちぃ」

 「どういうことなのです?」

 「もう一度だシュテル。《速効召喚》“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

 ブルーノがクーを左手の、鎖に繋がれた犬の紋章の中にしまう。

 そしてローガンが、再び悪魔を召喚する。ただし今度は《チーム》ではなく、よりステータスと召喚数に優れた上位互換スキルである《バタリオン》を使おうとする……が。

 

 「なっ、呼び出せない!」

 『そんな、どうして!?』

 

 ローガンが呼び出そうとした悪魔は、だが失敗する。

 それは、《暗視》や《視力強化》が正常に働かなくなったのと同じで。

 それは、呼び出した悪魔の性能が大幅にダウンしてしまったのと同じ。

 この地における特性によるもの。落ちていくごとに、なお深くなるごとに強くなる特性。

 それにとらわれた4人は、満足にスキルを発動させることができず落ちていく。

 そして……。

 

 

 「まずい!」

 「いやぁぁぁーー」

 「南無三!」

 「ふざけるなぁ」

 

 彼ら4人の前に、壁が立ちふさがる。

 落下していく彼らの目の前に現れた、地表と言う名の壁。

 数千メテルからの自由落下をした後に、確実な死という形で彼らの前に現れる。

 誰もが皆、死を覚悟し、

 

 「……ふむ。《偽典・神域花園》」

 

 花のベッドに包まれるという、意外な形で助けられる。

 

 「これは……」

 「おやおや、大丈夫ですかな?このような地に足を踏み込むとは、もの好きもいたものだ。もっとも私が言えることではないでしょうが」

 

 全員が予想だにしていない形での救出により、頭が真っ白になる。

 数瞬の空白を経て、やっと動き出すことができたのはブルーノとミックだった。

 

 「ここは、ワシらはどうなったんじゃ?」

 「えーと、助けてもらったん……だよな?誰だか知らないがありがとうな」

 

 二人が発した声を聞き、桜火とローガン、そしてルンペルシュティルツヒェンも同様に動き出すことができた。

 

 「うーん、私たちはどうなっているのですか?」

 「暗くて何も見えないな。どこに何があるのか……」

 『主様、落下時間からすると、ここは数千メートル地下のようです。かなり深いですね』

 

 足音が、彼ら4人に聞こえる。そしてそれは次第に強くなる。

 その足音は、彼ら4人を助けた存在のもの。

 その足音の主は、花のベッドに足を踏み入れた後、立ち止まり……

 

 「ふむ、暗くて何も見えないようだ。それならば明かりを出すとしましょうか。《偽典・サンライズ》」

 

 地底に太陽が現れる。

 その眩しさに目を焼かれそうになるが、咄嗟に目をつぶり、偽とはいえ陽の光になれた4人は順次目を開けていく。

 

 「まぶしいな……おお、これならよく見えるぜ」

 「ふむ、ワシは生きているのか」

 「助けてくれてありがとうなのです」

 「それで、お前は……って、お前は!」

 「どうしたんだよローガン?」

 

 ローガンが助けを出した主の顔を見て驚く。

 それは彼にとって既知の顔だったからだ。

 もっとも既知と言っても、何回もあったことのある知り合いというわけでもなく、この前に一度見かけた顔というだけだ。

 

 「ふむ?おや……。今生で会ったことがありましたかな?」

 「あ、ああ……。まあ観客として見ていただけだからな」

 

 彼らを助けたのは、モノクルをかけ、シルクハットをかぶり、タキシードに身を包んだ黒い男。

 それはローガンが2週間前に、ドライフの皇都で出会った手品師だった。

 

 「ふむ、あれを見てくださったのですね。気がつかずに申しわけありませんな」

 「観客が結構いたからな、あれじゃあ気がつかなくても無理はない……って、そういえばお前、皇都の警吏に連れ去られなかったか?もう釈放されたのか」

 

 ローガンがあの時の光景を思い出し、そう呟くと手品師は「っぐ」と言いながら動きを止める。

 その何かあった様な、手品師の動作に不穏な物を感じてローガンは恐る恐る尋ねてみると、

 

 「いやぁ、世紀の大マジックショーを行ったのですよ。監獄の中より皇都の外へと、瞬間移動するマジックなのですが、うまくいって何よりです。観客がいないのが残念でした」

 

 笑顔でそんなことを、口走った。

 

 「「お巡りさん、このひとです」」

 

 4人とも何とも言えない表情で、手品師を見る。

 ローガンと桜火は、息があったように口を滑らす。

 

 「ま、まあいいではありませんか、そのことについては」

 「いや、犯罪者に合って流すのもなんだかな―、という感じなんだが」

 「まあ、怪しくはあっても、悪人ではなさそうだが」

 

 全員が手品師にくわしく話せ、という雰囲気を醸し出すが、それにひるまずに手品師は無理やり流そうとする。

 そのことについて、おそらく年長であろうブルーノが問いただそうと、口を開こうとして……

 

 「敵襲だっ!」

 

 そんなことができる状況でないことに、ブルーノは気付く。

 それは1体のモンスター。

 堅そうな岩でできた四足歩行のゴーレム。名は【グラン・ロックゴーレム】。

 ローガンはモンスターの上に現れた名前を見て、それが下級職の頃に倒したことがあるモンスターであると気がつく。

 それならば、今の自分に倒せないはずはないと、ローガンは悪魔召喚を実行し、

 

 「“来い”《コール・デヴィル・チーム》、……っなぁ?!」

 

 その召喚スキルは成立せずに、悪魔が呼び出されない事態に陥る。

 続いて動き出そうとしたミックもまた、落ちる時と同様にスキルを使う事ができずに立ち往生する。

 それを見て、奇術師はふらり、と【グラン・ロックゴーレム】の前に立ち、

 

 「危ない!」

 「ダメなのです!」

 「……《偽典・天下一殺》」

 

 奇術師が繰り出した、杖による一撃のもとにもろくも崩れ去った。

 いくら下級とはいえボスモンスターの誇る膨大なHPを唯の一撃で削りきるという異常。

 それを成したのは《天下一殺》の効果。

 初撃にかぎり、絶大な一撃を放つことができる【伏姫】の奥義。

 しかし、彼は【伏姫】についているわけではない。この異常は、その超級職についているためではなく、ある一つのジョブによるものだ。

 

 「……おっさん、一体何もんだよ」

 「すごいのです」

 「《天下一殺》……?!」

 「これはすごいの」

 

 4人全員ともに驚く。

 《天下一殺》の効果を知るローガンを含めて、それをなした事を物凄いことだとわかる。

 

 「ふむ、このあたりはあのスキルの影響が色濃いですからな。今のあなた達にはきついでしょう」

 

 ボスモンスターを倒した余韻など悟らせず、奇術師は4人に向き直る。

 4人共に驚いていた、その中でミックは奇術師が先ほど口にした言葉に反応し、どういう意味かを尋ねる。

 

 「ちょっとまて、あのスキルって一体何なんだ?もしかしてここに来てから俺たちが、うまくスキルを使えないのって、それが原因なのか?」

 「ああ、あなた方は知らないでここに来たのですね。ふむ、少しばかり昔話を語る事にしましょうか」

 

 一息つき、奇術師は言う。

 

 「この土地はもともと何もない荒野でした。しかし約600年前にそれが少しばかり変わりました。

  現れたのは一体の〈UBM〉。突如としてこの地に現れたUBMに、ここドライフの人間たちは困惑し、驚き、そして絶望しました。

  徐々に皇都へ近づく〈UBM〉に対して、時の皇王は明確な対処法を見出せませんでした。なにしろ、あの〈UBM〉は特殊も特殊。あれを相手に皇国の最大兵器である【煌玉座 ドライフ・エンペルスタンド】は有効ではありません。

  純粋な能力であれば、勝てるはずの【機皇】も相性と言う壁は崩せませんでした。

  このままではどうしようもない。

  逃げるにしても、東側にはその災厄のごとき〈UBM〉が存在し、西は海で北は山。唯一逃せることができるであろう南側は……戦乱の真っ最中。

  皇都の人々をすべて逃がすことができる手段はありませんでした。

  ドライフの滅びを前に、時の皇王が選んだのは救援を求める事でした。

  その相手こそ【覇王】ロクフェル・アドラスター。侵略国家アドラスターの王であり600年前の三強時代の中心人物の一人。

  【覇王】はドライフに対して、戦力と技術の拠出と引き換えに、その救援に応じました。もっとも【覇王】がこの救援に応じたのは、情にほだされたから等では全くなく、自身の望みの為にそれが最速であるだろうと、踏んだから受けたにすぎないのですが。

  それはともかくとして【覇王】はただ一人、その〈UBM〉に挑みました。

  もっともそれは当然と言えるかもしれません。なにせ【覇王】はいうまでもなく一騎当千。同じ超級職とでさえ、隔絶とした差を生みだす規格外のイレギュラー。

  供など当然不要といいきり、ただ一人戦おうとして……

  一人の乱入者が現れました。

  乱入者は【覇王】にとって邪魔でしか無い存在。しかし、如何に【覇王】と言っても根絶が無理難題な強者。

  その乱入者の名前は【猫神】シュレディンガー・キャット。

  【覇王】と同様に、三強時代の中心人物の一人。

  風来坊であり、神出鬼没な彼がなぜこの場に現れたのか、いまだに謎とされています。

  しかし彼はそこに現れて、【覇王】に共同戦線を提案しました。

  【覇王】は一度はそれに反対し、逆に剣の一振りで【猫神】を吹き飛ばしました。

  ですがそれに懲りず、3日後に再び現れた【猫神】は、〈UBM〉と【覇王】の戦いに乱入し無理やりな共同戦線を築きました。

  その状況下に至っては、いかな【覇王】といえども【猫神】を先に潰すことなどできず、結果的に共同戦線が成立いたしました。

  こうして〈UBM〉と【覇王】【猫神】の戦争がはじまりました。

 

  その戦いは熾烈を極めたとも言います。もっとも観戦者など一人もいなかったので、当事者である【猫神】が語った内容をそのまま話しているのですが……。

  〈UBM〉の攻撃を受けて、自身の分体が消滅しながらも即座に補給し、戦線を維持し続けた【猫神】。

  〈UBM〉の守りを破ろうと、剣を振るい地平の彼方まで消滅させ、戦線を崩壊させ続けた【覇王】。

  そして【覇王】の性能をある程度ばかり弱体化させながら、【覇王】と【猫神】と戦い続けた〈UBM〉。

  その戦いは3日3晩に及びました。

  そして3日たった、戦争最終日の事。

  まず初めに【覇王】が放った最大の一撃は、このドライフ皇国の南東から西北にかけて斜めの傷を生み出しました。これほどの威力の攻撃を【覇王】が行ったことは、【覇王】の生涯においても数度しかないほどの、希少な一場面ですね。

  次に【猫神】が動き、百を超える自身の圧量で、〈UBM〉もろとも【覇王】が創りだした亀裂に押し込みました。【覇王】でさえ影響を受けた、〈UBM〉の力を全く受けなかった【猫神】はそのまま亀裂の地底でたたかい続け、押さえる事ができました。

  最後に動いたのは、これまで舞台に上がってこなかった時の三神。すなわち【天神】【地神】【海神】の三人の超級職保持者。彼らはある存在を封印するために開発していた三神が、共同発動魔法の実験として、そして【覇王】と【猫神】でさえもあれを倒すのは至難だとして、その魔法を発動しました。

  その魔法は正常に発動し、その割れ目に抑えつけられていた〈UBM〉を地中深く封印することができたのです。もっとも彼らの活躍はあまり知られず、【覇王】と【猫神】の二人が活躍したという事になっていますが、彼らとしてもまだ表に出るわけにはいかなかったので、それがちょうどよかったのでしょう。またこの時の魔法発動におけるいくつかの問題点を洗い出し、本命を封印するためにさらに改良をくわえられていったのですが、それについてはここでは割愛するとしましょう。

 

  なお、戦い終わった【猫神】は、「封印の所為で、本体つかえなかったなー」という独り言をつぶやいたとされていますが、そのつぶやきの意味はいまだにわかっていません。

 

  そうして封印された〈UBM〉ですが、その影響はまだ色濃く残っています。

  それがこの地におけるその〈UBM〉の誇るスキルの一つ《スキルエラー》の力。

一言で言うなら、一定以下のジョブスキルの性能をダウンさせ、場合によっては発動させなくさせるスキル。その一定値は発動する人間の合計レベルや、下級・上級・超級職のくぎり、あとはその発動するスキルの性能に左右されます。

  少なくとも合計レベル百以下が使用する上級以下のスキルはすべて無効ですね。

最も封印される前では合計レベル千を超える超級職のスキルさえも弱体化させ、使用不可能にするという、もっと強力なスキルだったらしいですが。規格外のレベルを誇る【覇王】とそもそもそんなものは関係ない【猫神】に関しては問題ないことでしたね。

  さてさて、これで話しも終幕です。

  この地において、あなた方がジョブスキルを発動させることができなかったのは、その〈UBM〉の《スキルエラー》によるものです。

  封印されてもなお、世界に力をふりまく、神話級さえも超えた〈イレギュラー〉。

  その〈UBM〉の名は、【職害魔晶 クリスタルエラー】。世に知られる〈UBM〉の中でも、災厄の一つとして知られる規格外です。

 

  ああちなみに余談ですが、この渓谷の名前が〈クリエラ渓谷〉と呼ばれるのは、この渓谷の名前を考えようという段になって、【覇王】が〈クリスタルエラー〉でいいといったことが原因です。

  【覇王】が生きている間はだれもが恐れて、その名前を通しておりましたが、【覇王】がいなくなった後は、〈UBM〉の名前をそのまま使い続けるのはどうか?という話になりまして……。

  しかし、もはやすでに〈クリスタルエラー〉の名前が浸透してしまっていたため、とりあえずその名前を縮めて〈クリエラ渓谷〉にしてはどうかという案が通り、それが使用されていったのです。

 

 ふぅ、話した、と奇術師は額を腕で拭う。

 ローガンたち四人は、その話の内容を聞きながら驚き、そして「長いな」とも思っていた。

 とりあえず、これで話しが終わったと踏んで、ミックは話しの最中に気になったいくつかの事について尋ようと口を開く。

 

 「いくつか質問いいか?」

 「ええ、もちろん構いませんとも、どうぞお聞きになってください」

 「んじゃ、まずひとつ。その〈UBM〉の《スキルエラー》の効果で、スキルを使えないのって、ジョブスキルだけだよな?」

 「肯定です。ジョブスキル以外……たとえば、装備スキルや配下のモンスターのスキルなどは十二分に使えたという話です」

 「なるほど……ってことは〈エンブリオ〉のスキルも問題なく扱えるという事か。俺とローガンはどっちも〈エンブリオ〉の性能がジョブスキルに依るからな。……あれ、でもブルーノのクーはどうしてダメになったんだ?別にジョブスキルで呼び出しているわけじゃないよな」

 

 そう疑問に感じ、ミックはブルーノの方を向き、ブルーノはああ、といいながら頬を指で掻く。

 

 「ああ、クーがダメになったのはワシたちのスキルの所為だから関係ない。ワシらの都合だよ」

 「へぇ、そうなのか。それならまあ追求しないけど、桜火もそんな感じ?」

 「あぅ、すいません。私のは単純にミスなので気にしないでくれると嬉しいのです」

 

 しゅん、となる桜火にあわててフォローして落ちつかせた後、ミックはもう一つの気になる事を尋ねる。

 

 「んで、ここに〈UBM〉が封印されているって話だが、それって解くことができるのか?」

 「通常の手段では無理でしょう。私は知りませんが、それに関してはある系譜が受け継いでいるとかなんとか。それにここで開放しても、三強がいない現代では倒す手段も封印する手段も無いので、藪をつついて竜を呼び込みかねません」

 「ふーん。今は無理でも超級職を得た後なら、俺たち〈マスター〉なら何とかできそうだけど……まあ、知らないならいいか。

それじゃあ、もうひとつ。最後に聞きたいことがあるんだが、あんた何モンだ?少なくともレベル百以下の上級ってわけじゃないよな?なんでここに居るんだ?」

 

 ミックが疑問に思うのは当然だ。

 なぜなら、彼自身が言っていた通り、この地はレベル百以下の上級職程度では生き残れない死の大地。

 そんな所に現れた奇術師に対して、悪人ではないとミックは思いながらも警戒する。

 そんなミックの質問に対し、「ああ」と自分が何者か言っていなかったと思いだし、その奇術師は自らの事について紹介を行う。

 

 「そうですね。この状況でついつい、言っておりませんでした。自己紹介は大切だというのに。

  それでは、言いましょう。私の名はルパン。ルパン・ジ・アシッドと申します。恐れ多くも【偽神(ザ・フェイク)】を授かりました、ただのしがない探索者です。以後、ルパンと気楽にお呼びください」

 

 そして、神の座をえた男は、恭しく礼をとる。

 

To be continued

 



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第6話 天への階(きざはし)

(=○π○=)<予約投稿せずに、そのまま投稿してしまいました
(=○π○=)<そのままにしておいてもよかったのですが、やっぱり予約したかったので一時削除しましたー

1/27 原作の設定の一部を間違えていましたので、修正いたしました。


第6話 天への階(きざはし)

 

□〈クリエラ渓谷〉 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 「【偽神(ザ・フェイク)】ルパン・ジ・アシッド……だと?」

 

 目の前の紳士風の奇術師が語った内容に驚く。

 それには二つの内容が含まれる。

 ひとつはそのジョブ。【偽神】というジョブ名は、神系統(ザ・ワン)のひとつなのだろう。

 それがどういうジョブかは不明だが、重要なのは目の前の男が超級職についているという事。

 そしてもうひとつは名前。ルパン・ジ・アシッドと言う名前は、原作者が考案しながらも、使われなかった名前だ。

 それがこうして俺たちの前に現れているという事態に、疑問を感じる。

 

 「【偽神】ってことは、超級職だよな。今どれくらいのレベルなんだ?」

 「ふむ、私のレベルですか?【偽神】が300を超えた位ですね、合計800程度の弱者でございます」

 「レベル800で弱者なら、ワシらは一体何なんじゃ、というはなしだが……まあいい。それで探索者というのはどういう事だ?」

 

 ブルーノが尋ねた内容に、ふむ、と少し思案してから、「まあ、いいでしょう」と前置きしてからルパンが説明をする。

 

 「探索は私が受けた使命です。

  細かい理由を話す事は出来ませんが、私が上司……のような方から、ある探し物を依頼されまして、それを探すためにあちこちを歩き回り、探索をしていたのです」

 「探索……何を探していたのかは、言えないのか?もしよかったら俺たちも協力するけど」

 

 勝手に巻き込もうとするなミック。

 知っているのなら、報酬次第で受けないでもないが、だからと言ってこんな面倒事に俺は好き好んで首を突っ込みたくない。

 

 「申しわけありませんが、話すことができません。最重要秘密事項なのですよ、本来はここでこうして話しているのさえもアウトなのですが、あなた方なら吹聴して回ることも無いだろうと思い、ここまで話しましたがこれ以上はさすがにあなた方といえども……」

 

 そうか、それならそれでいい。

 ミックも納得したのか、その事に関しては置いておいて、今話さなければならない重要事項に関して議題をだす。

 

 「それで、俺たちはこれからどうしようか? このままここに居るわけにもいかないし、ここから抜け出す方法を考えなくちゃな」

 「そうですね、この岩壁をのぼるのは、骨が折れるのです」

 

 桜火が疑似太陽の上を眺める。

 その上は、本来の太陽が届かず暗闇におおわれている。

 どれほどの距離があるのかはわからないが、ルンペルシュティルツヒェンの言葉によれば、ここは地上より数千メートル地下であるらしい。

 それだけ地下であるならば、一流のクライマーが一級の装備を整えていたとしても、登りきるのは無理だろうな。

 

 「そんなことをせんでも、ログアウトすればいいだろう」

 「あ、そうか」

 

 ブルーノが放った正論に、俺たちは単純解明な脱出方法を失念していた事に気付く。

 

 「それじゃあ、ルパンだっけか? ここで俺たちは帰るな」

 「ほう、あなた方はここから一瞬で抜け出す方法をお持ちであると……。ああ、あなた方は〈マスター〉なのですね。少し前から増加したという事を小耳にはさみましたが、まさか事実だったとは。……いや、ですが?」

 

 ルパンは俺たちの左手をみて、俺たちが〈マスター〉であると気がついたようだ。

 なにか考えている風なルパンだが、とりあえず俺たちはそれを気にせず、ログアウトをすることにする。

 

 「それじゃあな。助かったぜルパン。それと、ログアウトしたら、すぐログインして皇都の中央広場でまた落ち合おうぜ」

 「有難うなのです、ルパンさん」

 「それではな、いつかまたあったら奢ろう」

 「さあ、帰るとしようか」

 

 そうして俺たちはメニューを開き、ログアウト処理を実行して……。

 

 【他者接触状態につき、ログアウトできません】

 

 「なっ」

 「えっ?」

 「ログアウトできないだと?」

 「ふむ、飛ばされないのですか? あの噂は本当だったということでしょうか?」

 

 ログアウトが出来ない事態に陥る。

 他の3人の反応を見る限り、同じくログアウトできないのだろう。

 なんで、こんなことが起きたのか、と疑問を抱き……そしてルパンの言葉の意味を把握する。

 それは……

 

 「あの噂だと? どういう意味だ、この状況に関して何か知っているのか?」

 

 少し強めな口調で問い詰める。

 もちろんルパンにこの状況に陥った原因があるとは思っていない。だが、それでもこの状況の理由は知りたいし、知らなければならない。

 他の3人もどうやら、それに関しては同感のようだ。

 

 「ああ、あくまでちょっとした噂程度のものでしかありませんが。

  それによると、このちでは【クリスタルエラー】の影響下にあり、〈マスター〉はこの地では他の世界に飛ばされなくなっているらしいですね。

  もっとも、私どもには真偽のほどが分らない内容ではありましたが、あなた方を見る限り事実だったようで」

 

 ログアウト不可だと?

 どういった原理かは、分らないがこんな場所で常時他者接触状態になる力を持つ〈UBM〉が、眠っているとか悪夢でしかないな。

 

 「ログアウト不可か―、普通のゲームでならストーリー上、帰る事ができなくされることもあるけど、こういったVRMMOでそうされるとはなー」

 「それじゃあどうしたらいいのですか? もしかして私たち、ずっとこのままなのですか?」

 「詰みゲーってやつだな。最近のゲームでは珍しいが、まさかこのゲームでそんな事態に陥るとはな」

 

 3人とも、落ち込んでいるな。

 確かに、いきなりこんな場所で拘束される羽目になったら、絶望的だな。スキルが使えないのに強力なモンスターが蔓延っているわけだからな。

 ここから通常の手段で抜け出すのは、不可能に近い……だが、別に普通の手段しかないわけじゃあない。

 俺としても、あまり選びたくはない選択肢ではあるが、だからと言ってここにずっといるわけにはいかない。

 この状況を抜け出す方法、それは……

 

 「それなら問題はない。確かにこのままだと、ログアウトできない。

  だけど、この場所から抜け出て、前のセーブポイントに移動する手はある。つまり皇都ヴァンデルヘイムにログインする手だな。

  それは自殺だ。

  自殺に限らず、すべての〈マスター〉は死んでから、3日後に再びログインする時、ログイン地点は前のセーブポイントにになるからな

  俺たちで殺し合うのも面倒だろうし、自殺でいいだろう」

 

 一息に説明をする。

 そう、デスペナになってしまうと、3日間というログイン制限などの、厄介な制約が付きまとう。

 特に俺の場合、ルンペルシュティルツヒェンの第三形態の進化に■■■を使用したせいもあって、今度の進化が絶望的に遅れそうではある。だがそれでも、ここにずっといるわけにはいかない以上、この手を使うしかないだろうな。

 

 「ああ、そうか。自殺すればいいのか。俺もあまりしたくないけど、この状況的に仕方ないのかー」

 「デスルーラってやつですね。私もあまりしたくはないけど、仕方がないのですね」

 「ワシはこういうリアルなゲームで、デスルーラは好きじゃないんだが……」

 

 やっぱり他の奴も、好き好んで死にたくはないか、まあ当然だな。

 だがそれ以外の手はないし、自殺しようとして、

 

 「お待ち下さい!」

 

 ルパンの大声で中断させられた。

 声に驚いて、そちらの方を見てみると、なにやらルパンがかなり焦った風な表情になっている。

 一体どうしたのだろうか。

 

 「ふぅ、どうしたのかと聞いていれば、自殺をするなど早すぎますよ?」

 「いや、俺たちは〈マスター〉だからな、ここで死んでも3日後にこっちに戻ってこれるぞ?」

 

 ミックの言う通りだ。

 俺たちは死んでも死なない存在だ。自殺と言ってもそこまで忌避するようなものじゃない、もっともティアンには分らないだろうが。

 

 「いえいえ、そういう事ではありません。あなた方のような若い身空の方々が、自ら死を選ぼうとなどとは、嘆かわしい」

 「ワシはそれほど若くはないんだがな」

 

 結局何が言いたいんだ?

 自殺をするなってことなのか。

だがそれだと現状が俺たちにはどうしようもなくなっているんだが、そこら辺を考慮してくれないのだろうか。

 

 「とはいっても、ルパンさぁ。俺たちはここに閉じ込められてるに近いんだぜ? 自殺して脱出しないと、一生ここに居る事になっちまうんだが」

 「そうなのですね。私もこんな所にいたくはないのです」

 「ええ、ええ。そのお気持ちは私もよくわかりますとも。ですが自殺はいけません、それは人間としてやってはいけない事です」

 

 なら、どうしろというんだか?

 俺たちのそんな心の動きが読めたのか、ルパンはゴホンと咳をつき足をそろえ両手を広げて、誇るように宣言をする。

 

 「ここに閉じ込められているという心配は御無用にございます。あなた方が自殺など選ばなくて済むように、私があなた方を御救いします。私の力であなた方を地上にまでお送りいたしましょう!」

 

 すこし、演技がかかった風な口調で、胸を張りしたその宣言は、俺たちが忘れていたひとつの事実を思い出す。

 先ほど見たばかりだったはずだ、この男が【グラン・ロックゴーレム】を倒した姿を。

 俺たちがここで何もできずとも、この【偽神(ザ・フェイク)】という限界を超えた力を行使するこいつなら、この状況を打破することなど容易なのだろう。

 

 「俺たちをここから出してくれるのか!」

 「ええ、私の能力なら容易いといえるでしょう! もっとも、私の力では、一気に外に送りだすのは不可能なので、地上に戻るのはあなた方の力で為していただきたい」

 「ワシらの力で、だと?」

 「ええ、これよりお見せするのは、我が秘儀のひとつ。【偽神(ザ・フェイク)】の奥義、その名は《神域偽典》。

  このスキルの力は、『偽典』という名称のあとに、行使したいジョブスキルを唱える事で、そのスキルを発動が可能になります。

  もっとも本来の物より七割程度の力しか出せませんし、一度そのスキルを使う人間を見なければなりませんが。模倣は本物あってこそですからね」

 

 そう言い、杖をクルリと指でまわし地面を杖で叩く。

 杖で叩かれた所から金色の波紋がおこり、広がっていき、同時に俺たちが見つめるルパンの後ろに金色の波紋が収斂する。

 

 「それでは、奇術師らしく盛大に行くとしましょう! 

  レディーーース・アーーンド・ジェントルメェーーーン。

  お集まりの紳士淑女の皆様方、お待たせいたしました。

  これより【偽神】ルパン・ジ・アシッドによる世紀の大魔術をお見せいたしましょう! 演目は『ミラクルタワーの出現!』。

  何もない所より現れる、天を衝く魔天楼の勇士! 

  生憎とこの奇術には種も仕掛けも魔法もありますが、たとえそれでもこの奇跡の一場面、決して見逃すことなど出来ません。

  さあさあ、カウントダウンを始めましょう!」

 

 ルパンが右手をあげ、三本の指を立てる。

 

 「スリー!」

 

 指を一本たたみ、指を二本に変える。

 あれがカウントダウンなのだろう。

 同時に金色の波紋が早く大きくなり、収斂も大きくなっていく。

 

 「ツー!!」

 

 指をたたみ、指を残り一本に変える。

 同時にルパンは、左手に握った杖を後方に投げ入れる。

 桜火はわくわくと目を輝かせている。どうやらかなり待ち遠しいようだ。

 

 「ワン!!」

 

 指をすべてたたみおわった右手を、フィンガースナップを行うための形に変える。

 後ろに投げ入れた杖は、一度地面にぶつかりカランという音を立てて跳ね返り……そして杖が膨張してはじける。

 

 「ゼロっ!!! 《偽典・迷宮創造》発動!」

 

 頭上にあげた右手で、パチンという音を響かせながらフィンガースナップを行い、それは奇術の開始を宣言する合図。

 さらに、はじけた杖から白いハトが飛び出す。

 その総数を数えるのがばからしい程の、大量のハトのカーテンがどこぞに飛び去り消えていった奥にあったのは…………まさに巨大な塔だった。

 俺たちが良く使う、第二小決闘場に匹敵する直径と、登頂がまるで分らないほどに高い塔の頂上。

 あれがルパンの言う通り本当に地上まで届いているのだとしたら、1000メテル以上の高さを誇るのだろう。

 

 「すげぇ!! まるでバベルみたいだぜ!」

 「……バベルに例えるなミック。途中で折れたらどうするんだ」

 

 ミックの歓声に、ブルーノが突っ込むが、そんなものは気にしないぜ、とばかりに「すげー」と沸いている。

 もっともそれはミックだけではなく、桜火もだし……それに俺も大きな歓声こそ出さなかったが、かなりわくわくした。

 ルパンが行ったのは、超級職のスキルであるだろうが、それでも本来ならただの一スキルの効果。驚きこそすれ、わくわくするようなものではない。

 それを演出で湧かせるというのはエンターテイナーだな。

 

 「まあ、それはよい。それでワシらはこの塔を登ればいいんじゃな? 面倒ではあるが、確かに死を選ぶよりはいいか」

 「でも、この塔すごい高いですよ? 何回あるのかわからないのです」

 「何階あるのかは私もわかりませぬな。ただ私は地上付近まで塔……迷宮を創っただけですので」

 

 もしかしてこれを登らなければいかないのか?

 一階5メテルとして、上まで大体1000メテル以上だから、最低でも200階以上なのは確実だろうが。

 上を見上げる。

 塔は俺たちがたっている足場から、ルパンが生み出した疑似太陽を超えて、天上の暗闇の向こうに消えている。

 

 「とんでもない、長旅になりそうだな……」

 「まあ、こうして話し合っていてもしょうがないし、中に入るとしようか……」

 「そうですね」

 「地道に登っていくか……、幸いワシたちはしばらく予定がないからな」

 

 その言葉に、ルパンはうんうんと頷きながら、ふと、思い出したように言う。

 

 「ああ、言い忘れていましたが、このダンジョンの中にはモンスターが大量に発生しております、お気をつけください」

 「モンスター出るのかよ!」

 「だがジョブスキルを使えないとなると大変じゃあないか? 今現在満足に戦えるのは桜火だけだろう?」

 「それもそうか」

 

 どうしようか、と少し悩む。

 はっきりいって、ジョブスキルを使えないと俺とミックは役立たずになってしまうからな。

 

 「ああ、それなら大丈夫ですよ。迷宮内でなら【クリスタルエラー】の力は及びません、弱まった力では〈イレギュラー〉の力であろうとも寄せ付けません。ああ、それと地上に上るまでは、【クリスタルエラー】の影響圏内であることには変わりないので、おそらく地上に出るまではあなた方は他の世界に飛ばされることはないでしょう」

 「まあ、レベルアップしながら進んでいけるので退屈はしなさそうなのです。大変ですけど」

 「みなさま頑張り下さい。主様、私は合一形態をとります」

 「ああ」

 

 再ログインした影響でルンペルシュティルツヒェンの合一形態がとかれて、アポストル形態に戻っていたからな。

 ここからこの塔に上るというのなら、そっちの方がいいだろう。モンスターとの連戦になるしな。

 ルンペルシュティルツヒェンの体が光り、俺の中に入っていく。

 

 「それじゃあ、行こうぜ!」

 

 ミックが先に進み、俺たちがついて行く。

 目指すのは天地を貫く、塔の第一階層。その一階層にのみ取り付けられた、観音開きの黄金扉。

 先が見えず、長かろうとも踏破してみせると意気込み、両の扉を開いて……

 

 

 扉をくぐった先にあったのは、大きい広場と正面にある螺旋階段の入口。

そしてこの広場に大量に巣くうモンスターの群れ。

 

 「ずいぶんと多いな」

 「……大丈夫だ。こいつら全部弱いぞ、30レベル以下だ」

 

 ミックは、《看破》を使ったのだろう、敵が雑魚でしかないことを知らせる。

 それならば――萎縮する必要などないな!

 

 「さあ行くぞシュテル! 対雑魚戦だ」

 『はい主様! 《バタリオン》NA、《偽証》行けます』

 「“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

 48体の悪魔が呼び出される。

 そして俺が悪魔を呼ぶのと同時に、他の3人も同様に動き始める。

 ミックは両手に剣を持って、敵に向かって突撃を行い。

 ブルーノは左手の〈エンブリオ〉から、犬のガードナーを呼び出しつつ左手に槍を握り。

 桜火は右手に握ったままの剣を振るう。その剣は、3つにわかれて桜火が振った剣の勢いのまま、この広場を覆うほどに剣の中心を通るワイヤーが伸びる。

 

 「いくよ! 《焔を纏う蛇(ブレイズ・ウィップ)》」

 

 桜火の蛇腹剣に炎が燃え盛る。伸びた剣芯の合間に炎の剣の刃が作られる、いや生み出されると云った方が正確かもしれない。

 蛇腹剣は桜火の思い通りなのだろう、自在に空間を動き回り、燃え盛る剣先で敵を抉り、敵を切り刻み、敵に巻き付き刃で噛み炎で焼いて行く。

 

 「クー、ワシらも行くぞ! たとえ全力を出せぬとは言っても、ここで若い奴らに後れをとるわけにはいかん」

 

 ブルーノも突っ込み、槍を握り、子犬になぜかなっているクーと一緒にフィールド内を駆け巡る。

 

 「やはり、この程度の相手だと人数が多すぎるな……、これだと経験値が余り稼げないぞ」

 

 今この時にも、敵の数はどんどん減っていっている。

 俺が呼び出した悪魔も順調に敵を倒して言っているのだが、桜火とミックの討伐数が多い。

 ブルーノと犬の〈エンブリオ〉は、前に決闘場で戦った時より、なぜか数段弱くなっている。なぜだろうか。

 

 ちなみに俺たちは今回パーティーを組んでいない。その最大の理由は俺が全力で戦えるためというものだが、そのせいで経験値の分配が無く、倒したやつが倒したモンスターの経験値を総取りするシステムになっている。

 そういうシステムにした理由はこのパーティーには、回復職などがおらず、全員が前線で戦えるからだ。全員が思い思いに戦えば、それでいいという企画で連れだされたからな。

 ……とはいえ、こうもモンスターを倒せないのはキツイな。さて、それなら……

 

 (シュテル、次から少しペースを上げるぞ。コストは大きくなるが、経験値も惜しい。召喚数をSTRに変更するとしよう。召喚数は繰り返し呼び出せばいい、《強化召喚(アドバンスドサモン)》も併用していく)

 『かしこまりました、では次からそのように設定いたします』

 

 ルンペルシュティルツヒェンとの会話を終えて、広場の方を見る。

 みるともはや敵の数も減り、殲滅の完了まであと数秒と言うレベルまでになっていた。

 やはりミックと桜火のスピードが速いな。

 

 ……そして最後の一体になり、

 

 「これで、終りなのです!」

 

 炎を纏った剣の蛇が、この広場に残った最後のモンスターである【ティール・ウルフ】を貫き光の塵へと変える。

 そしてこれで終わりだな。

 ミックと桜火も戦い終わってこっちに戻ってきて……、パチパチパチという拍手の音が後ろから聞こえてくる。

 

 「えっ?」

 

 振り返った先にいたのはルパンだった。

 まあ、俺の後ろにいるような人物はそのくらいだろうが……

 

 「お前も一緒に来ていたのか?」

 「ええ、はい。ついてきました」

 

 そう言葉を口にするのは仕方がないだろう。

 なぜならルパンが俺たちと一緒にここに入って来るとは思わなかったのだから。

 その理由は……

 

 「ルパン、お前の探し物はいいのか? なんで俺たちについてくる?」

 

 そうルパンはこの〈クリエラ渓谷〉に探しものにやってきたと、言っていた。

 ここで俺たちについてくるという事は、俺たちとともに地上に戻るという事に他ならない。

 つまりは、探し物をするという事を諦めたのだろう。もしくは地上に戻ってから、また再びこの渓谷に戻って来る気なのかもしれないが。

 

 「ああ、その心配は御無用にございます。ここに来てから数日かけて探しまわりましたが、探し物はとんと見えずにもう帰ろうと思っていた頃なのですよ。どうやら私の探し物はここには無いらしい」

 「へー、そうなのか。ってことはあるかどうかも、どこにあるかもわからない探索ってことなのか。なんか聖杯探索みたいだな」

 「そうですね。上司のような方からは絶対にあるといわれて探していたのですが、どこにあるのかは全く分からずに、こうしてあちこちをさまよい歩いているわけです」

 「ほぅ。ずいぶんと大変なのだな」

 「……有難うございます」

 

 ……ん?なんだろう。

 俺がルパンを労ったら一瞬詰まった気がしたんだが、どうしたんだ?

 

 「それはいいだろう、一緒についてきてくれるというのならワシらも心強い。もしワシらが勝てないような相手が来た時には、手を貸してくれるというのだろう?」

 「ええ、それはもちろんです。雑魚の時はお譲りし、強者の時は貢献度を奪わないように適度に援護をする。それくらいは弁えておりますとも!」

 

 ほう、それはいい。

 他者にそれを強要する気はないが、他者がそれをしてくれるというのなら止める理由はないな。

 強くなれる機会は多ければ多いほどいい。

 もっとも他の3人は、それでいいのか?という表情をしているが。

 

 「お気になさらず。もとより私のレベルは結構高いので、いまさら下級が戦うような相手は経験値としてもあまりおいしくはないですからね。《迷宮創造》の特性によって、弱いモンスターは下に押し込められるので、しばらくは私の出番はないでしょう」

 「《迷宮創造》の特性?」

 「ああ、言っておりませんでしたな。《迷宮創造》は【迷宮王(キング・オブ・ラビリンス)】の固有奥義です。もっとも奥義と言っても最初から手に入れる事は出来るスキルらしいですが。

  この《迷宮創造》によって作られたダンジョンは、いくつかの特性を含みます。

  ひとつは、この迷宮を創った時点で、周囲のモンスターをとりこむという点。

  ひとつは、この迷宮の中にあるモンスターは、その強さによって弱い順に下から詰められていくという点。

  ひとつは、一定階層ごとに宝箱が自動生成されるという点。

  ひとつは、階層が上がるごとに、モンスターが強くなり、宝箱から出るアイテムは高価になっていく点。

  これらの要素が作られる時点で強制されてしまいます。コストも大きく、ほぼ【迷宮王】の一度限りのスキルに等しいですね」

 

 なるほど、要は普通のゲームのダンジョンと同じという事か。

 後はこの〈Infinite Dendrogram〉の世界にも〈墓標迷宮〉等はあるが、それらと同じダンジョンを創りだすスキルと言う事か。

 だが、それなら――

 

 「へー、そうなんだ。まっ、俺たちは問題ないぜ。そういうゲームは慣れているからな」

 

 ああ、問題ない。

 

 「それより、さっさと先に行こうーぜ」

 「そうだな、行こうか」

 『ここの部屋の高さは大体10メートルはありますね。想定より一部屋のサイズが大きいです。次へ進むための道が螺旋階段だというのも影響しているのかもしれませんが、案外それほど階数はないかもしれませんね』

 

 まあ、それでも先は長いけどな。

 

 「あうー、クーちゃんが行ってしまったのです」

 

 桜火は喋らないと思っていたが、小さくなった犬の〈エンブリオ〉にずっと抱きついていたのか。

 ブルーノが先に進んだ為に、犬……もう、クーでいいか。クーがついて行って離れてしまったので、泣き言を漏らしている。というか、少し泣いてないか?

 そんなにクーのさわり心地が良かったのだろうか?

 

 「あー、桜火。そんなに泣くな。後で存分に触らせてやるからな」

 「ほんとなのですか!」

 

 ブルーノが慰めたとたん、いきなり表情を変えてよろこんで万歳をし始めたぞ。

 そんなに嬉しいのか。

 

 「犬が好きなのか?」

 「はい! 大好きなのです!」

 「その割には、犬結構倒してなかったか?」

 「あれは、モンスターなので対象外です。……そういえば、ブルーノさんは犬を一体も倒してなかったですよね? モンスターでも倒せなかったのですか?」

 「………おう。あぁーまあ、そんな感じだな。悪いがワシらは犬の相手はせんから、その時は3人でよろしく頼むぞ」

 

 ……桜火怖いぞ。まあ、犬好きでもモンスターは別なのはわかるが。

 だがブルーノは倒せないんだな。犬のガードナーを連れているだけあって、極度の犬好きなんだろうか。

 

 「ほっほっほ、仲がよろしいですな。それで先に進まなくてもよろしいのですか?」

 「ああ、そうだな。本当にもう先に進むぞー」

 

 このままではいつまでたっても先に進みそうにないからな。

 話を切り上げて、ミックが階段を昇り始める。

 それに続いて、桜火とブルーノも昇る。

 

 そして俺も階段に足を掛ける。

 この地の底に築かれた塔の、第一段。

 こうして俺は(地上)へと続く、(きざはし)を登り始めた。

 

To be continued

 




(=○π○=)<桜火の蛇腹剣に関して、言葉だけだと説明しずらいので、ちょっとだけ追記。

1・ <二二}―       (=○π○=)<通常の両手剣形態
    ↓
2・ <―二―二―}―    (=○π○=)<剣が分離してワイヤーで繋がれた状態
    ↓
3・ <―――二―――二―――}ー (=○π○=)<物凄く伸びる
    ↓
4・ <―○―二―○―二―○―}― (=○π○=)<まるをつけた所にスキルが発動。
    ↓
5・ <―二―二―二―二―二―}― (=○π○=)<スキルによって剣の刃が生成される

(=○π○=)<この追加した部分は桜火の任意で解除可能。縮めるときは当然全解除です。
(=○π○=)<ちなみに、こんかい桜火の使った《焔を纏う蛇》は剣の刃を生成するスキルではなく、剣全体に炎を纏わせるスキルです。
(=○π○=)<細かい事はおいおいで。

(=○π○=)<……設定だけ考えて、描写の手間を考えていませんでした。


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第7話 百重塔・攻略

第7話 百重塔・攻略

 

□■迷宮内 25 day 4:00 p.m. 10階層

 

 「うぉぉおおお」

 

 ミックが駆ける。

 敵は一度ローガンが前に倒したことがある敵であり、〈クリエラ渓谷〉の地下でも【偽神】によって倒された相手。

 硬い岩に覆われて、四肢を地面につけたゴーレム。名は【グラン・ロックゴーレム】。

 ミックが持つのは【ゴラウハンマー】と言う銘をつけられたプレイヤーメイドの一品である。最初の狩り場で倒すことができる3種類のモンスター素材を使用して、ある〈マスター〉が造り上げたもので、素材こそ下級が倒せる範囲のものでしかないが、ジョブと〈上級エンブリオ〉のシナジー、そしてA・D・A(アンジェラ)の〈上級エンブリオ〉の力によって、現在の最前線……第一陣のトッププレイヤー層が使うレベルの武器に仕上がっている。

 そして、ミックがその【ゴラウハンマー】を【グラン・ロックゴーレム】に叩きつける。

 そのハンマーは二人の〈マスター〉が造り上げた通りの性能を発揮し、【グラン・ロックゴーレム】のHPを削りきる。

 

 「おっ、【宝櫃】ゲットだぜ」

 

 最後の一撃を加えた事が貢献値で最も評価されたのか、ミックは手に入れた【宝櫃】から【エレメンタリウム】などのアイテムをいくつか入手する。

 

 「あー、ミックさんにとられちゃいました。私も結構ダメージ与えていたと思っていたのですが」

 「桜火も頑張ってはいたと思うが、ゴーレム系相手に剣と炎では相性が悪かったな。そしてワシらは、あまり活躍ができなかったからな」

 

 ブルーノの内容にローガンが、少しばかり苛つく。

 確かに今回の戦闘では活躍できなかったが、それは相手が単体のボスモンスターであるから……と、反論をしようとしてその反論が出来ないことに思い至る。

 それはこの10階層までの10の戦いを振り返ればいい。なぜならここに至るまでローガン・ゴールドランスと言う人間が、MVPに称される事を為した事は一度も無かったのだ。

 

ボスモンスターは単体に向いたミックがいの一番に突撃し、HPの多くを削る。

 大量の雑魚モンスターは、ミックが広場内を駆け巡り強いまたは厄介なモンスターを倒して回り、弱い雑魚は桜火の蛇腹剣の一振りでなぎ払われる。

 ブルーノは現時点で本調子ではない故に、MVPを飾ることはない。だがもし彼が調子を取り戻したというのなら……その時はただ一人後れをとる物が現れてしまうだろう。

 

 

 そのただ一人……ローガンが後れをとる理由は単純である。

 ステータスの多寡と、初動の遅さ。大きく分けてこの二つであり、最大の致命的な部分だ。

 

 ステータスの多寡に関しては、現在如何しようも無い。〈エンブリオ〉のステータス補正がマイナスという仕様になっている為に、ローガンの本来のステータスは同レベル帯の戦闘職に比べて格段に低い。

 《融合召喚(フュージョンサモン)》という手もあるが、それは初動の遅さをさらに遅らせてしまう結果になる。

 

 初動の遅さは、《融合召喚》や悪魔召喚スキルを行うのに必要な掛かる時間のため。

 《融合召喚》はステータスを爆上げすることができるが、その発動までに数秒ほどとはいえ時間が必要であり、またその時間を使って行えるのがステータスアップなために、戦力を増やすことができず決定打にはなりえない。

 悪魔召喚スキルもまたその発動には時間がかかる。確かに《速効召喚(クイックサモン)》を使用すればその時間を大幅に短縮することができる。しかし他の部分をいじることは出来ず、またスキルを発音しなければならないという、この世界における基本的なルールによって、これまた数秒ほどの時間が必要になる。

 低速だった下級の頃なら、その初動の遅さを気にすることも無い。

 だが、この先に進むのなら。

 後方に隠れてただ悪魔を呼び出し続ける広域制圧型ではなく、前で剣を振るう事を視野に入れるのであれば……

 

 

 上の階へあがる階段をのぼりながら、ローガンは今回の機会を捨てる事を決意する。

 そしてローガンはアイテムボックスから取り出したのは一降りの剣。

 「ああはならないぞ」と思いながら、ローガンは強くなるために泥にまみれる道を選んだ。

 

□■迷宮内 25 day 4:40 p.m. 20階層

「ぐぅっ」

 

 ローガンが弾き飛ばされる。

 握った剣を取りこぼすことこそなかったが、相手の【ゴブリンウォリアー】との討ちあいに負け、後ろに飛ばされてしまう。

 AGI(速さ)こそ敵に圧倒しているものの、STRが劣るためにまともに打ち合えなかったのだ。

 もっともそれはローガンもそれに関しては織り込み済み。

今彼が必死になっているのは、ただひたすらに剣を当てるという作業なのだから。

 もちろん身体に剣を当てるだけで敵を倒すのは不可能に近い。ローガンの素の攻撃力では、相手に有効なダメージを与えるほどの火力は出せない。

 

STRは言うまでも無く低く、武器の攻撃力もそこまで高くはない。

初心者用の剣から買い換えて、今のレベル帯に合った装備にする……事が出来なかったため、少し妥協したある程度の性能の剣しか用意できなかった。

 性能が低い装備しかそろえる事が出来なかったのも、当然のこと。

 問題なのは金銭の事ではない。金銭ならばファイトマネーもあってそれなりに所有していた。

 だから、問題は別の事。そしてそれはローガンに常に付いて回る問題であり、それはステータスだ。

 〈UBM〉を倒すことで手に入れられるMVP特典は装備に一切の条件がかからない。

 だが、【宝櫃】等で手に入れられる武器にはステータスによって装備制限がつくのがほとんどだ。

 

 ローガンがほしいと思った装備品はすべて、レベル以外の条件がきついものばかりだったのだ。

 それでも妥協して手に入れる事ができた武器の性能は、【復讐乙女 ネメシス】と同程度の150という攻撃力は持っている。もっともスキルはひとつも無いのだが。

 

 

 

 「まだっ、まだぁっ!」

 

 ローガンが立ち上がり、目の前の【ゴブリンウォリアー】に再び切りつける。

 この部屋で戦闘が始まってから、もうすでに10分が経過している。

 この時点で残っているモンスターは、ローガンの目の前に立っている【ゴブリンウォリアー】1体のみ。

 他の敵を倒し終えた3人と、傍観を最初から決め込んでいるルパンは、ただ黙ってローガンと【ゴブリンウォリアー】との戦いを見守っている。

 

 3人からすれば……いや、ローガンを含めても全力を出せば一蹴に付してしまえるような相手。

 ミックはそれを、あいつが求める才能(つよさ)を手に入れる為に必要な物だと、手を出さず。

 ブルーノはそれを、あいつが自分であるために必要なことだと、手を出さず。

 桜火はそれを、なんか熱血している、と思いながらも他の二人に付き合い手を出さず。

 ルパンは、……変わろうとしているんだな、と思いながらも彼の自由の為に手を出さず。

 

 ――そして決着の時を待つ。

 

 「これっ、でぇ!」

 

 ローガンの一振りが、【ゴブリンウォリアー】の脳天にぶち当たる。

 【ゴブリンウォリアー】は、今までの数度の剣戟からその威力は高くないと踏み、耐えるために歯を食いしばる。

 確かにAGIをブーストした一撃では、いかに脳天に当てる事ができたと云っても、それで倒すことは不可能だ。

 

 だが………それを覆すために、ローガンは何度も泥にまみれる決意をしたのだ。

 

 振るわれた剣は、【ゴブリンウォリアー】が望んだ結果と異なり、そしてローガンとルンペルシュティルツヒェンが望んだ結果通りの結果を生み出す。

 その結果は唐竹割り。

 脳天の頂上から股関節まで、多少の停滞こそあったものの、その一閃を阻むことなど出来ずに通り過ぎる。

 

 「GAaaaaaaaAR」

 

 【ゴブリンウォリアー】が断末魔を上げながら、光の塵となって消えていく。

 

 「おー、おめでとうなのですローガン。何をしているか全くわからなかったのですが」

 「……っぐ、これではまだまだ実戦で使えるレベルではないか……、いやただの実験だ」

 

 ローガンは桜火の労いの言葉を聞きながら、膝をつき今回の戦いの酷さを吐き捨てる。

 それはこの成果が彼の望んだものとはほど遠いからだ。

 

 どうすれば改良できるのかと、ローガンは思案しながら彼らは次の層に進んでいく。

 

□迷宮内 25 day 5:30 p.m. 30階層

 

 ローガンがふるった剣が音を立てて、空を切る。

 外してしまったことに舌打ちをしながら、続いて二の太刀を振るおうとして……

 

 「GYAGYA」

 

 出来た隙を【ゴブリンウォーリア―】に狙われる。

 先ほどまでなら避ける事が可能だったその攻撃は、しかし今度はそれを避ける事は出来ずにまともに当たる。

 如何に下級のモンスターの一撃とはいっても、数度の交差を経てお互いに少しずつHPを削りきっていたこの状況に、ローガンは耐える事は出来なかった。

 そしてその一撃で、ローガンのこの世界初の死を迎えようとして……

 

 「《偽典・聖者の慈悲》」

 

 ルパンが使用した回復魔法によって、そのHPが全回復する。

 

 「っぐ、うおぉぉー」

 

 ローガンは助けてもらったことを、自分と合一形態をとるルンペルシュティルツヒェンに教えてもらい、ちらりとルパンの方を見ながらも、次の準備をしつつ剣を再度横に振るう。

 

 「GUGYAA」

 

 その剣は今度こそ彼らが望んだとおりに、首を通過し胴体と頭を割断し相手を死に至らしめる。

 ローガンは光の塵に変わっていく、【ゴブリンウォーリア―】から目をそらし周囲を見渡す。

 ローガンが見渡した視界内には、もはやすでに敵影が存在せず、つい先ほど最後のモンスターを倒し終えたミックが、ローガンたちがいる方へゆっくりと歩いて来ていた。

 

 それを見ながらローガンは今回の戦闘の結果を振り返ってみる。

 ローガンからすれば、当然それは無様に過ぎる物であったが……同時に、多少なりとも進歩が望めた結果をたたき出していた。

 最初の戦闘で、他の3人が戦闘を終える頃(およそ5分)になっても、まだまだ敵を倒すめどさえ見通せていなかったものが、今では他の3人が戦闘を終える頃(変わらず5分程度)には、戦闘を終わらせることができるようになっていた。

 もちろん、その程度ではまだまだ満足など出来ないと、ローガンは剣を握りしめるのを止めない。

なにせ相手は、悪魔を呼び出せば一瞬で片がつくレベルの雑魚なのだ。彼が目指す理想とはほど遠い。

次はもっとうまくやって見せてやる、と意気込みながら、ふと、思い出したようにルパンに振り返り小さく言う。

 

「あー、なんというか、HPを回復してくれて助かったぞ……」

「! いえいえ、お気になさらず。もとよりそれだけしかすることがないものですから。それに私が無理を言ってこの塔を上がるのを勧めたのです! この程度をしないというのも罰が当たるでしょう!」

 

ルパンはなぜか顔を輝かせながら、にこやかに笑みを浮かべる。

ルパンが自らの内心を語ろうかと思い……しかし、ローガンを含めて他の4人全員が階段をあがろうとしているのを見て、口をつぐむ。

 

そしてルパンも彼らのあとを追い、この階層を後にするのだった。

 

□迷宮内 25 day 7:00 p.m. 40階層

 

 「GUWAAA」

 

 その咆哮がフロア全体に響いたのは突然だった。

 その方向に一人を除き、全員が硬直をする。

 なぜならこの空間内にそんな咆哮ができるものなど、一体もいなかったからだ。

 この空間内にいるのは【キング・ゴブリン】率いるゴブリン達の群れ。

 彼らの言葉も「GYAGYA」というものだけだったからだ。

 今まで何度も闘って来た【リトルゴブリン】や【ゴブリンウォーリア―】にそんな咆哮を行えるものは一体もいなかった。

始めて戦うゴブリン達の群れの長である【ゴブリンキング】も、そんな咆哮が出せるようなモンスターにはどう見ても見えない。〈UBM〉ならともかく、少なくとも人間大の腹が少し膨れているゴブリンに、そんなことができると思う人間はそうはいないだろう。

それになにより、その咆哮はローガンたちの目の前にいるゴブリンから放たれたものではない。

そう、この方向は……

 

「ハハハハハッ! ようやく戻ったかクー!」

 

驚かなかった唯一の人間。ブルーノの〈エンブリオ〉であるクーが起こした物なのだから。

そのクーは、先ほどまでの子犬のような姿から脱却し、ここに落ちる前の大きな犬の姿を取り戻していた。

そして取り戻したのは姿かたちだけではない、なによりもステータスとスキルが戻ってきていた。

 

「いくぞぉ!」

 

ブルーノがこの広場を駆けまわる。

先ほどまでの遅い、威力に欠ける攻撃ではない。

その一撃はAGI3000がプラスされているはずのローガンの眼をもってしても、認識が困難な速度を誇り。

その一撃は急所を狙ったわけでもないただの一振りで、1000オーバーのHPを軽く削りきり、相手の肉片を光の塵に変えながら爆散させている。

 

これは相手を爆散させるスキルと言うわけではなく、ただ単純にステータスが高いが故に起こる結果だ。

 ブルーノとクーが持つ敵にとって……いや彼ら自身にとっても厄介な、1つのまたは4つのスキルが起こした、〈エンブリオ〉らしい規格外のスキルのせい。

 ペナルティが解けたことによって、再び発動できるようになったその力を行使して、ブルーノとクーは敵を殲滅せんと広場のなかを駆けまわる。

 そして、他の3人もその突然の変貌を遂げたブルーノたちの姿に驚き、一瞬行動を止めるが、彼らもまた「あいつだけにやらせない」と、各々の武器を持って敵に突っ込み……

 

 「いやぁ、やっと足手まといから解放されてよかったなクー」

 「BAWOOO」

 「にしても、いきなり大きくなったな。どうしたんだ?」

 「ああ……、それはワシらのスキルの効果だな」

 

 ミックは「なるほど」と、呟いて詮索を止める。

 ここにいるのはパーティーメンバー(パーティーは組んでいないが)であり、そして同時にいつか戦う可能性の高い決闘仲間だ。

 自分から明かしてくれる相手や、明かしても問題ないと思っている相手からならともかく、無理に聞きだすべきではないなと、ミックは思ったからだ。

それに、今は楽勝とはいえ、階層をあがって行くたびにモンスターの強さはどんどん強くなってきている。

 ここでわざわざ不協和音を響かせて、進行を止める手はないとも、ミックは思い次へ進むために全員に振り返る。

 

 「よーし、次に行こうぜ!」

 

 その音頭のもと、さらに彼ら5人と一匹は進んでいく。

 

□迷宮内 25 day 8:40 p.m. 50階層

 

 「よしっ、これで戦闘終了だな」

 

 最後に倒した【亜竜猛虎(デミドラグタイガー)】が消えていくのを確認しながら、戦闘終了を告げる。

 

 「やれやれこれでようやく50階というところか? 結構上まで来たがあとどれくらいあるのか、老骨には堪えるわい」

 「先はともかく、そろそろ眠くなってきたのですが……」

 「……ふむ。ここまでずっと戦い詰めでした。どうでしょう、ここで一休みされませんか? この迷宮の特性上、製作者(ダンジョンマスター)の意思が介在せぬ理由で、モンスターが階層を移動することは出来ませんから、ゆっくりと休むことができます」

 「そうだな。ここまでずっと戦闘だったんだ、朝まで休んでもいいだろう……シュテル解除だ、お前も休め」

 『かしこまりました、それでは休憩に入らせてもらいましょう』

 

 〈マスター〉の望み通りにローガンの体が光り、中から光の粒としてルンペルシュティルツヒェンが出てきて人の形をとる。

 それを見届けながら、ふと、思いついたようにミックが疑問を口にする。

 

 「そういえば、お前たちはリアル大丈夫なのか? 遠出をする前にみんなメシとかトイレとか済ませていたみたいだし、そっち方面はしばらくは大丈夫だろうけど、俺がいえる事じゃないけどリアルの用事とかはないのか?」

 「本当にお主がいえた事じゃないな……、お主とローガンはワシの知る限りかなり重度の廃人だしな。それとワシに関してはしばらく大丈夫だ。今日明日は検診をいれておらんし、周りにはワシのゲームの邪魔はするなと言っておるからな」

 「私も少しなら大丈夫なのです。学校は夏休みですし、親もそこらへんはあまりうるさくはないので……、さすがに朝までやっていると怒られるのですが」

 「俺も当然大丈夫だ……、もっとも用事がなくても他の部分で引っ掛かることもあるだろう、リミットはリアルで半日といったところか」

 「俺も当然大丈夫だぜ。半日だとすると、こっちで1日半ってことかー、まあここまで半日で辿り着けていたし何とかなるんじゃないか?」

 

 その後も和気あいあいと喋る4人の〈マスター〉を見つめながら、ルパンはふと、思い出したように口をはさむ。

 

 「……ふむ。これは私もりあるとやらの事を言った方がいい流れですかな?」

 「「「「いらない」」」」

 

 当然、いらないと〈マスター〉たちは返す。4人にとっては聞く意味がないことだから仕方がないだろう。

 それに「加われなくて、残念です」と肩を軽く落ち込ませながら、彼らの為にこの団欒の場を終わらせる。

 

 「そろそろ皆さまも疲れてきているでしょう。お話は後のお楽しみに取っておいて、今日は食事をとり、ゆっくり眠られてはいかがかな? ああ、食事でしたら私が用意いたしますよ、これでも【特級廚師】のスキルを模倣することに成功していますからな!」

 

 4人はそれに頷き、ルパンがふるった料理に舌鼓を打ち、就寝をすることにしたのだった。

 

 

 「おはよーなのです」

 

 桜火の元気な声が部屋に響き渡る。

 ミックの用意した大きなテントに仕切をおいて、男女分れている女性側のテントから桜火がにょきりと首を出して、男性陣に早く起きる事を催促する。

 その声を聞き、ひとりそしてまたひとりと、起き上がり……十数分後には全員が起き上がり、ルパンが用意した簡単な食事を食べる。

 ちなみに一番起きるのが遅かったのはミックである。

 

 

全員が食べ終わり、軽く決闘のまねごとをしながら、調子を整えてから次へ進むために階段に向かう。

昨日で50階層まで、踏破出来た。だから今日中にこの塔を抜けて見せる。と全員が意気込むのであった。

 

□迷宮内 26 day 05:30 a.m. 60階層

 

 剣を振るう。

 ローガンは、この塔を攻略し始めてから続けてきたルーチンを繰り返す。

 それはステータスに劣る彼が、前衛戦闘を行える理由。

 

 AGIが増大された状態でローガンは敵に向かう。

 《融合召喚(フュージョンサモン)》の効果によって、《スカウト》の3倍化されたAGIの数値3000分がローガンに上乗せされている。

 戦闘系上級職に匹敵する速度で敵に迫り、相手の首をめがけて剣を振るい……そして切り替える。

 

 「《融合召喚》“破壊者よ”《コール・デヴィル・クラッシャー》」

 

 ローガンが使用したのは、AGIを増加したのと同じ《融合召喚》の使用。

 《クラッシャー》の誇る1000というSTRを3倍化し、3000の数値をSTRに加算する。

 

 だが、《融合召喚》のスキルは併用できない。

 別の項目であろうと、同じ項目であろうと、新しく使った《融合召喚》の効果が優先されて、古いスキルの効果が破棄される。ようはスキルの上書き(オーバーライド)だ。

 

 

 当然、この戦法には最大の欠点が存在する。

 それは上級召喚魔法スキルの使い捨てによる、ポイントの大量消費。

 3倍化を含めても、1戦1戦に安くはない費用がかかり、そしてその費用は倒した相手から得られるドロップアイテムでは補えない。

 赤字が確定している戦いを、それでもレベルという意味ではなく、技巧と言う意味での経験値を得るために、ポイントをはき捨てる。

 

 それもすべては彼が自覚できない使命感ゆえに。

 

 「はぁあ」

 

 彼がふるった剣が、モンスターの胴体を通過し、ようやく敵を打ち倒すことができた。

 1度目の剣戟は避けられ、2度目は防御されたものの、3度目の正直という事かようやく敵の胴体に当てる事ができたのだった。

 

 ローガンは戦闘を歩くミックについて行きながらも、頭の中で今回の戦いを反芻する。

 どうすればもっと、ポイントを使わずに倒すことができたのか。

 どうすればもっと、敵を早く倒すことができたのか。

 どうすればもっと、強くなれるのか……と。

 

 答えが出ぬまま、ローガンはミックのあとに続き、この階層を去っていく。

 

□迷宮内 26 day 07:20 a.m. 70階層

 

 「はぁっ……ちぃ」

 

 ローガンが舌打ちをする。

 それは敵を打つことに失敗したから……ではない。

 今回は見事に敵を討ち果たすことに成功している。

 上層に上がるにつれ、次第に敵は強くなっていて、敵は下級のモンスターといえどもレベル50に近づき始めている。

 他の〈マスター〉達が敵を全滅させる前に、一対一の状況から敵を倒すことに成功している。

 今もこうして、目の前の【亜竜甲蟲】を倒している。

 

 だから彼が舌打ちをするのは別の事。

 それは……

 

 「失敗したな。あんな堅そうな相手に何度も剣をぶつけていればこうなるか。これまでの疲労もたまっていただろうし、当然と言えば当然だが……」

 『申しわけありません主様。武器が壊れる可能性を全く想定していませんでした』

 「まあ、それは俺もだが……」

 

 そう彼らが持つ剣が壊れてしまったという事。

 ただ壊れただけなら、次の武器に変えればいい。

 ただし問題は、これで彼らが持つ剣は初心者用の一降りのみになってしまったという点。

 今までの武器でやっと他の3人が倒し終わる前に、討伐を終える事ができていたものが、初心者用の武器ではいつ敵を倒すことができるか分らなくなる。それに今までの武器よりもろいのも確実だろう。

 だから彼らが選ぶ道は1つのみ。

 

 「仕方がない。これからは悪魔召喚でいくぞ、続きは地上に戻ってからだな」

 『かしこまりました主様、では基本的に《バタリオン》のAGI型にセットしておきます』

 

 これから、もっと前衛戦闘を習得していこうというこの時期に、突如頓挫させられることにローガンは残念がる。

 そしてローガンたちが気がつかない間に近づいていたミックは、その状況を尋ねる。

 

 「なあ、ローガン。もしかして武器が壊れたのか? 残念だったな、もしよかったらいい武器屋紹介してやるぜ?」

 「いい、武器屋だと?」

 「ああ、皇都の一角に家……というか、工房を構えている〈マスター〉がいてな。ドライフじゃめずらしい鍛冶系なんだよ。もしよかったらここから出たら教えてやるぜ?」

 「そうか……、それでは後でな」

 

 そう言って、ローガンは次の層に向かう階段へ行く。

 ミックは、それに苦笑いを浮かべて、後をついて行くのだった。

 

□迷宮内 26 day 9:30 a.m. 80階層

 

 「やべっ」

 

 ミックの呟きとともに、先ほど倒した亜竜級のボスモンスターが消えていく。

 本来はボスモンスターを倒したというおめでたい出来毎なはず。

 しかし、ミックは自身のステータスを表示しているウインドウを見つめて、嫌な顔を表している。

 その理由は、他の3人に起こるはずも無く、かつミックにのみ起こりえる事情。

 そうそれは……

 

 「レベルが50超えちまったな……」

 

 自身がついているジョブが上限に達してしまったからだ。

 他の3人は上級職についているために、レベルキャップにはまだかなりの余裕はある。

 だからこの時点でジョブのレベルキャップに捕まってしまったのは、次のジョブに下級職を選んだミックのみになる。

 新しく別のジョブを取っておけばよかったのだが、まだ少しばかりジョブレベルの余裕があり、本来の狩り場周辺にはジョブクリスタルもあるという事で、新しくジョブをとることを後回しにしてしまっていたのだ。それには【万屋(ジェネラリスト)】や【闘士(グラディエーター)】の上級職の条件をいまだ満たしていなかったというのもある。

 

 「あーあ、他のジョブあったら、そっちに切り替えればよかったんだけどな……。これじゃ経験値が無駄になるな……、仕方がないこっから俺はサポートに回るから後は頑張れー」

 「ワシはまだ50にもいっていないな。まあクーの復活までに、モンスターを倒せない時間が続いたから仕方がないな……。お主もそうだろう、ローガン?」

 「……ああ、残念ながらな。この塔に上がってから満足にモンスターを倒せてないからな」

 

 ローガンは自身のステータスを開きながら、苦々しげに返答を行う。

 それはローガンの現在のレベルは、〈クリエラ渓谷〉に落ちた時から変わらずレベル48のままで止まっているからだ。もっともいくらあまりモンスターを倒せなかったといっても、剣を摂ろうとせずに悪魔召喚一本でならば今頃もう少しレベルが上がっていただろうが。

 

 「私は……、私もこれでレベル50ですね」

 「俺は帰ったら新しいジョブにつかないとな……、次はさすがに上級職か」

 「次に就くのはどんなジョブなのですか?」

 「次か? まあ、【剛闘士(ストロング・グラディエイター)】か【万能者(オールラウンダー)】の2択だな……、いや【万能者】一択か? みんなはどうなんだ?」

 

 自分だけ次のジョブをかあるのは不公平だと、ミックは他の3人に問いかける。

 そこまで重要ではなさそうで、いつかの手の内をばらすことにも繋がるからだ。

 

 「ワシらはまだまだレベル上げがあるからな……」

 「他のジョブに就くのはまだ先だ。考えてもはじまらん」

 「えーと、とりあえず代弁すると……、ブルーノさんが【剛槍士】を、ローガンが【悪魔騎士】をそのままレベル上げをするってことなのです。ちなみに私も同じですね【剣舞士(ソードダンサー)】のレベル上げなのです」

 

 ミックは「やっぱ、俺だけなのか―」という呟きを口にする。

 ローガンとブルーノは次のジョブについて語らず、唯一話した桜火に関しても自分の現在のジョブのことしか話さない。いや考えていないだけだろうが。

 結局、自分だけが次のジョブの事について話しただけだったな、とミックは残念がる。

 

 「はぁ、まあ仕方がない。休憩はこれくらいでいいだろ? さぁ先に進むぞ」

 

 そういって、ミックは上に向かう螺旋階段へと足を向ける。

 話すのはこれで終わりだと、自分だけが損した気がする会話をミックは打ち切ったのだ。

 そして進もうとした先で、少しだけミックを不憫に思ったルパンが声をかけて……

 

 「ふむ、私の次のジョブについて聞かれますかな?」

 「いや、あんた超級職じゃん」

 

□迷宮内 26 day 0:00 p.m. 90階層

 

 「おや? これは珍しいボーナスステージですね」

 「ボーナスステージ?」

 

 今まで基本的に黙ってついてきていたルパンだったが、この階層でのみ、いの一番に声を出す。

 それはこの階層のボスを務めるあるモンスターのせい。

 そのモンスターの名前は【ライフハイド・オポッサム】。

 そしてこのモンスターの特徴は……

 

 「あのモンスターは特殊でしてね、一定以上の強さを持つモンスターなり人間なりが近づくと、死ぬのですよ……もっとも仮ではありますが」

 「死ぬのか! それってどういうことだ」

 「あのモンスターは、特殊な隠蔽特化のモンスターでしてな、本来なら見つけるのも難しいのですが、まあこうして広場の中央にいるのなら見つけるも何もありませんな。そしてあのモンスターのスキルの一つに《死んだふり(フェイク・ダイ)》と言う物がありまして、光の塵になって消えていくように死んで見せるのですよ。しかも、相手に経験値とモンスター討伐カウントを増やすという贅沢ぶりで」

 「うわ、すげぇな」

 「まあ、だから害獣と言うわけではありませんが。よく冒険者に狙われますね」

 「どうやって倒すんだ?」

 「あくまで消えているように見せるだけなので、そのあたり一帯を焼き払えば死にます。一応純竜級ということになっていますが、本体の性能はそこらの雑魚レベルですから」

 「なるほどの……うん? まて、もしかしてあいつがワシを敵だと認識して、その《死んだふり》を発動させた場合、ワシが倒した扱いになるってことか?!」

 「ええ、申し上げました通り、その通りでございます」

 「なんてこった」

 

 これまでの会話を聞いて、ブルーノは自分に降りかかった不幸を嘆きながら天井を見上げる。

 

 「……どうしたんだよ?」

 「……いいたくはないな。ああ、あれの相手はお前たちでしてくれ。ワシは一切かかわらんからな。下の階に行っているから、倒し終わったら呼んでくれ」

 

 そういうと、ブルーノは他の4人の返事を待たずに下の階層へと移動する。

 

 「なんだったんだ?」

 

 ローガンたちは疑問に思いながらも、無事に敵を倒すことに成功し、その後下の階層にブルーノを呼びに戻った後、再び上層を目指すのだった。

 

□迷宮内 26 day 3:00 p.m. 100階層前

 

 「これで100階か……」

 「そろそろ終わりが見えてくれると嬉しいのですが」

 

 そう言いながら、階段を上りきり100階へとたどり着いた彼らを待っていたのは、今までとは異なる豪華な闘技場と、その中央に立つ一体の人形だった。

 そしてその人形の頭上には名前としてこう書かれている。

 【肢造傀儡 アルヴィニオン】、と。

 

 すなわちそれは、この塔における最強の敵。

 1日をかけて登りきった先にいた一体のモンスター。

 伝説級とうたわれる〈UBM〉の登場だった。

 

To be continued

 



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第8話 人形と炎の蛇

第8話 人形と炎の蛇

 

 

□■300年前

 

 ある一人の天才がいた。

 

 当時、超級職にたどり着くことこそできなかったが、条件さえ合えばソレを狙えるレベルの能力をもった実力者として世に名を知られていた。

 その能力は、これより300年後に現れるある人馬族の【大死霊】と同等と言えるほどだった。

 

 その天才は、時の皇王の命を受けて1つの難題に挑む事になる。

 受けた難題は「帰還したものが、一人もいない死地へ情報収集用の傀儡を送る」と言うもの。

 敵が強く、昔に伝えられる〈UBM〉の影響が色濃く残る地。

 そんなところに情報収集用の傀儡を送り込むという、皇命を受けた一人の【傀儡師】系統の術者はその手段をいろいろと模索することになった。

 

 ジョブスキルを無効化されるという、〈クリエラ渓谷〉最大の難点をクリアする方法は最初から決められていた。

 それは術者に寄らない、造り出した人形に与えたスキルによる自動操作(オートコントロール)

 傀儡というよりは、人形型のモンスター制作に近い。

 だが、その術者は完成するに至った。

無論、それは簡単な物であったわけではない、幾度もの挫折を越え、絶望的な結果を覆し続けた。ああ、それは〈マジンギア〉という傑作を創り上げた、〈叡智の三角〉に匹敵するプ○ジェクトX並みのブレイクスルーだった。

 

◇◆◇

 

 そして術者は〈クリエラ渓谷〉へと人形を送り出した。

 いつもなら、造り出した人形に名前などつけなかった彼は、このときだけは唯一自ら考えて名前をつけた。

 その名はアルヴィニオン。

 1000年前に、ある地方で使われていた言語で、彼の一族が元々住んでいたと伝えられていたレジェンダリアのとある部族のもの。

 その訳は『終わらないもの』。いつまでも動き続けるようにと、願われてつけられたその名は、彼の思い通りにいつまでも動き続けた………良くも悪くも。

 

 〈クリエラ渓谷〉に送り込まれたアルヴィニオンは、彼が設定した通りに【職害魔晶 クリスタルエラー】の影響を受けずに動き続ける事に成功した。

 彼が与えた命令を最優先事項として、ルールを刻まれた彼は〈クリエラ渓谷〉で命令を果たすべく異形の足を前に進めた。

 ただし動き続ける事は出来たが………肝心の情報通信能力がエラーを起こし、彼とのつながりが断ち切れてしまう。

 もっとも当然と言えば当然だったかもしれない、他のスキルと異なり、通信能力のみ彼とアルヴィニオンがつながるモンスターとジョブスキルの合わせ技。

 そんな方法をとっていたがために、この〈クリエラ渓谷〉のギリギリまでを可動範囲とする【クリスタルエラー】の見えない手に捕まってしまい、ジョブスキルの影響を改変されてしまう事態に陥ってしまったのだ。

 

 自身を作り出した術者との影響が途切れたアルヴィニオンは、それからも途切れることなく動き続けた。

 こうも動くことができたのは、内臓リソース……ではなく永久に続くであろう外部リソースを用いた《エラー・ジェネレーター》という固有のスキルを持つためだ。

 このスキルはその名の通り『エラー』を集めて、アルヴィニオンが動くための動力とし、さらにステータスまで高める事ができる優れものだ。

 そして集める『エラー』とは、本来と異なる性能を発揮するジョブスキルの変化リソースのこと。【クリスタルエラー】の影響が色濃いこの地で、稼働させ続ける為に造られた永久機関なのだ。なお改変リソース確保のためにアルヴィニオンにはジョブスキルもいくつか取り付けられている。モンスターであるアルヴィニオンには使用不可能な類いだが、あくまで動力源としての運用なので問題はない。

 

 そしてアルヴィニオンは生き続けた。

 創造主が寿命によって死んだ後もなお。

 元より高いステータスと、複数の強力なスキルをもって他のモンスターに倒されることも無かった。

 ()きて、()きて、()きつづけること100年。

 契機は訪れた。

 

 〈エラー・ジェネレーター〉が駆動し続けて、貯蓄しつづけた魔力(リソース)

 強弱さまざまなモンスターを倒し続けて、奪い取り続けた経験値(リソース)

 ありとあらゆる鉱物・鉱石を肢体へと、変更し改造し続けてきた性能(リソース)

 それらすべての力が認められた。

 『ありとあらゆるものを肢体に造り変える』という逸話が認められた。

 さらに……この時点で誰にも操作されず、また製作者以外の誰にも知られずに造られたということを認められた。

 そして何より、世界(ジャバウォック)にそれが唯一であると認められた。

 その結果は〈UBM〉への認定。

 こうして逸話級UBM【肢造傀儡 アルヴィニオン】は誕生した。

 

 〈UBM〉になってからも、【アルヴィニオン】は戦い続けた。

 弱いモンスターだけではなく、純竜級のモンスターまでも。

 そして戦い続けること100年ほどが過ぎた頃、再び契機が訪れる。

 

 それは貯め込んだリソースが再び一定値を超え、新たなスキルを獲得したということ。

 そのスキルの名前は《グレイヴアームズ》。自分の領域に腕の墓標を突き立てる、墓守の力。

 そして新たな力が増えたことによる進化。逸話級ではなく、次のステージである伝説級に至ったのだ。

 

 それからさらに百年の時をアルヴィニオンは生き続けた。

 モンスターを倒し、時には逸話級の〈UBM〉を倒しながらも、生きて胸の内の狂った使命感を遂げ続けようと、〈クリエラ渓谷〉を徘徊し続けた。

 そしてさらに100年が経過して、新たな契機にして……最後の終着が訪れる。

 

 それはある日の事。

 奈落の底を歩いていたアルヴィニオンは、強大な力の発露を感知する。

 その力は、発動点より数キロメテルも離れたアルヴィニオンを取り込み……

 

 気がついた時には、大きな広間の中に立っていた。

 アルヴィニオンにはわからないことだが、これはもちろん【偽神】が造り出した(ちじょう)へと続く百の層からなる魔天楼。

 魔天楼の最上階を守護する存在として、呼び寄せられ取り込められたのだ。

 そして、この塔の最上層に設置されてから、待つこと1日半。

 彼の前に五人と一匹の来訪者が訪れる事になる。

 

◇◆◇

□■百層

 

 四人の〈マスター〉ともう一人、そして犬のガードナーが百層からなるこの迷宮塔を登りきった先にあったのは、豪華絢爛な闘技場であった。

 黄金に彩られた装飾品の数々と深紅の垂れ幕、ここが迷宮なんてものではなく、ひとつの祭典の舞台であると錯覚させるような威容。

 ここまでの階層では石工で形作られたものであったのだが、ここではそのパターンに当てはまらない。

 さらにその中心にて、挑戦者を挑む体で立っている一体の王者もまた、この層が今までとはまるでかけ離れた場所であることを指示している。

 

 立つのは一体の人形。

 ただしその姿かたちは通常のビスクドールや、等身大の人形などとはまるで異なる。

 それは多種多様な形の腕と足が組み合わさった奇形の人形。

 二足歩行どころか十と一の足を持ち、腕は肘に当たるであろう部分からさらに別の腕が生えている。胴体も手を組み合わせて、なんとか人体の身体を模そうと努力したような、ある意味醜悪な身体。

 唯一まともなのは、頭であろうか?

 よくある人形の頭と同じ、長髪の美少女を模した頭。ただしその頭の後ろに片手がひっついているのが著しくマイナスであるだろうが。

 そして、姿かたちと同様に、威容を放つのはそのモンスターの頭上に現れているひとつの名前。

 その名前こそ【肢造傀儡 アルヴィニオン】。

 言うまでも無く〈UBM〉特有の表記で書かれている、一体のモンスター。

 

 その姿を四人の〈マスター〉は目撃した。

 階段を上って来る挑戦者(おろかもの)をアルヴィニオンは認識した。

 自身のスキルにとらわれた常識外を【偽神】は把握した。

 

 動くのを、動き方を決めたのは同時。

 

 【偽神】は手を出さないことを決めた。

 たとえ相手が強くても、これは彼らが自身の力で倒すべきだと。

 もちろん、死なれては困るから、もしものときは手を貸さないわけにはいかないが。

 

◇◆◇

 

 「ギギギ……、テキセイタイショウノコウゲキイシヲカクニン。コレヨリゲイゲキス」

 

 【アルヴィニオン】は敵を排除することを決めた。

 もとより彼は〈UBM〉で人類の敵対者(モンスター)

 人と共存を選ぶ者もいるだろうが、彼は選ばない。創造主からの探索の命に反しないのであれば、当然人と敵対するのも吝かではない。

 

 アルヴィニオンは手を伸ばす。

 奇形なれど、異形なれど、それでも右腕と定義することはできる、右肩より繋がる二房の木を素材として造りだした腕を敵に向ける。

 無論手を伸ばすだけではない。さらにアルヴィニオンは代名詞とも呼べるある1つのスキルを発動する。

 スキルの名前は《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》。

 自身が定めた発動部位に、素材をもとにした四肢または頭を作成するスキル。

 これで手のひらに腕を構築する。

 作成スキルでありながら、高速でかつ低コストで手足の形をした、分体の従者モンスターを生み出す。

 作り出された手はそれで終わりではない。造り出した腕の手のひら……さらには手の甲・前腕よりもさらに腕が生み出される。

 ひとつの苗から、葉が生い茂る枝分かれする木の幹のように、それはさながら、手と腕でできた無限の系統樹(デンドログラム)を生み出し続ける。

 

 「そんなもの……、燃やしてやるのです!」

 

 幾つもの手と腕が組み合わさってできた、怖気が奔る醜悪な樹。

 それに嫌悪を覚えながらも、桜火は剣を伸ばし、炎を纏わせて、己の〈エンブリオ〉である炎の蛇で手腕の樹を燃やしつくそうと、この闘技場内をはしらせる。

 空間を這いずりまわる炎の蛇は、ぶつかった手腕の木の枝を切り取り、通過した木の枝を燃やしつくす。

 

 だが相手は〈UBM〉。

 並みのティアンでは勝ち目がない存在であり、〈マスター〉であろうとも勝ち目が薄い強大な存在。しかも相手は後に、準超級とさえ互角といわれた伝説級。

 これで――終わるはずもない。

 

 「ソセイヘンコウ……タイネツショリセイノウフヨ」

 

 樹が換わる。

 もとよりこの手腕の樹は、【アルヴィニオン】が制作したモンスターの群れ。

 初めに制作した素材……木材ではダメだというのなら、それ以外の素材にすればいい。

 【アルヴィニオン】は自身に内蔵された特殊なアイテムボックスから、これまでに採取し続けてきた石材と鋼材を取り出す。

 取りだした素材をもとに、《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》で新たなるモンスターを生み出す。

 

 これより生み出されるのは今までと異なる、鉄色とねずみ色で形作られる無機質な樹。

 下級の出力では決して燃やしつくすことが、不可能なもの。

 

 だがそれでも、炎の蛇は這いずりまわる。

 例え燃やすのが不可能でも、その剣先のアギトをもってすれば噛み砕くことは不可能ではない。

 

 だが……それを込みでアルヴィニオンは組成を変更している。

 石の枝を噛み砕き、締め付けていく蛇に対し、樹の枝がはずれる。蛇の攻撃でそうなったわけではない。

 あくまでそれはアルヴィニオンのスキル、もしくは特性によるもの。

 ひとつの手のひらから生み出されていた、鉄の腕が……発射される。

 

 腕は高速で宙を飛ぶ。

炎の蛇をめがけて発射されたそれは、蛇に突き刺さり……そして胴体を両断する。

 

 

 

 これでもう終わりだろう。

 なにせ、彼女の〈エンブリオ〉がこうして破壊されてしまっているのだ。

 ティアンと異なり〈マスター〉の大部分が、その戦力の過半を〈エンブリオ〉で占めている。

 それは彼女も例外ではない。彼女が選択したジョブも〈エンブリオ〉とのシナジーを考えて就いたもの。これ単体で戦えるわけはない。

 自分にとって一番重要な武器(エンブリオ)を奪い取られた戦士の行く末など決まっている。

 

 

 だが、知らねばならない。

 

 彼女の〈エンブリオ〉のモチーフを。

 そして、火と蛇が一体何を象徴しているのかという事を。

 そして、この状況においても、なお諦めるということを知らない、彼女の自身の有り様を。

 

 そう、彼女の〈エンブリオ〉、その名は―――

 

 

□桜咲 七火(なのか) /七咲 桜火

 

 私がこの〈Infinite Dendrogram〉というゲームを始めたのはただの幸運。

 

 誕生日が7月15日という、このゲームの開始日と同じだったからにすぎないのです。

 

 誕生日がもうすぐ来るという事で、何を買おうかずっと悩んでいました。

 可愛いぬいぐるみや、綺麗なお洋服、もしくは少しおしゃれに化粧道具なんかも。

 私もそろそろ少女ではなく、女にかわるお年頃。

 買いたいものは多く、だけど買えるのはどれか一つのみ。

 どうしようか、どうしようかと悩み続けて、気がついたら朝になっていたのです。

 

 結局決められないまま、私は学校に向かいました。

 6-2の教室にたどり着いてから、私の友達にも誕生日でほしいのは何か聞いてみました。

 それでもやっぱり決まりません。みんな、ぬいぐるみや洋服や化粧なんかでばらばらだったのです。

 

 ただひとり違う答えを出したのは、私のお友達の中でもすこし変わった子。

 ゲームが大好きで、学校の中にまで携帯ゲーム機を持ち込んで、あまつさえ授業中にまでゲームをやっていました。

 もちろん、私たちの学校は、ゲームは持ち込みさえ禁止です。なので見つかった端からゲームを没収されたりしていましたが、それでも飽きることなく幾つものゲーム機を持ってきていました。

 私のあるひとりの友達曰く、「剛の者」。

 私のある一人の友達曰く、「カミニーサマ系廃神」。

 そして彼女自身曰く、「身体はゲームで出来ている」とのこと。

 意味が全く分からないのです。

 そんな彼女が、誕生日プレゼントとして勧めてきたのがとあるVRMMO。

 

そう、それが私とこのゲームの出会いの第一歩。

 

 勧められたゲームを、興味の赴くままに買いました。

 親にねだって、これ以降の月々の料金も含めて払ってもらったのです。

 ……だからといって、さすがに半年分のお小遣いカットはひどいと思うのですが。

 

 宿題やらなにやらを片付けて、ようやくゲームを開始しようとなったのは、もう8時になってしまってからです。

 少しで遅れた感はありますけど、それでも意気揚々とゲームを始めました。

 

 猫さんが受付のチュートリアルで、名前を決めた私に待っていたのは所属国の選択です。

 ここは少し悩みましたが、ドライフ皇国に決定しました。

 その理由は、私にゲームを勧めてくれた彼女も一緒にゲームをプレイするからです。

 所属する国が分れるということをしらなかったので、どこから彼女が始めるのか分らないので、彼女が一番初めにプレイしそうな、ゲームっぽい世界を選びました。

 ……ちなみに、後日彼女に所属国を聞いたらレジェンダリアに決めていたそうです。残念ながら別々の国でのスタートになってしまったのです……しゅん(泣き)。

 

 そこからはいろいろありました。

 

 私の〈エンブリオ〉が第一形態に進化したり。

 ジョブにつかないまま、モンスターに突っ込もうとして、道中の他の〈マスター〉の方に助けていただいたり。

 それから私の〈エンブリオ〉にあうジョブはどれだろうかと、NPCに聞いてみたり。

 それから、いくつかのパーティーに助っ人として参加し続けながら、レベルを上げていきました。

 

 そして、決闘と言う物に惹かれ、決闘に全力を向けて、そして今日決闘仲間の人たちに誘われて……この塔の最上層にいます。

 

 

 相手のモンスター……話には聞いていた、このゲームにおける強大な力を持った存在が、私の〈エンブリオ〉を破壊するのが分った。

 私の〈エンブリオ〉が破壊されて……無くなってしまうと思ったのだと思うのですが、ミックさんとブルーノさんが共にこちらに駆け寄って来ます。

 ローガンも呼び出した百近い悪魔の内、半数近くをあの〈UBM〉の手でできた軍団の間に差し向けようとしているのも、見えました。

 

 でも……残念ながら遅いです。

 ブルーノさんはかなり速いですが、その分スタートダッシュで敵の近くまで走っていた分、戻るのも遅くなります。クーちゃんも同じですね。

 ミックさんも全力で戻ってきていますけど、ミックさんのAGIはそこまで早くありませんし、どうしても時間が足りません。

 ローガンは……純粋に遅いのもありますが、あれはたぶん私を助けるかどうか一瞬悩んだっぽいですね。強力な装備を落とす〈UBM〉を倒すのを優先するか、仲間を救出するかというのは、ゲーマーとしても当然の悩みどころだとは思うのですが。

 

 〈エンブリオ〉が消えてしまったのであれば、もう私に打つ手はありません。

 でも諦めることはありません、必要ありません。

〈UBM〉に壊された、私の〈エンブリオ〉が燃えていくのを見ながら、私は踊り続けます。

 

 踊り続けながら、全員が私を助けようとしてくれているのをみて……私は、

 

 「《炎華再生》」

 

 申しわけなく思ってしまいました。

 私の手に握った剣の柄から炎が噴き出し、そして宙に舞う剣の燃えカスへとつながる。

 柄から伸びた炎の導線は、燃えカスへと火をつけて……再び新たな蛇へと生まれ変わる。

 私の〈エンブリオ〉は壊れても終わらない。

 ()がいるかぎり、燃え続け動き続ける永久の蛇。

 死と再生を象徴する蛇というモチーフ。

 破壊と再生、生命力と死を象徴する火というモチーフ。

 この二つをモチーフとしている私の〈エンブリオ〉の特性は、『炎蛇腹剣』と『破壊再誕』。

 それが私の〈エンブリオ〉、【再誕炎蛇剣 ネフシュタン】の能力。

 だから、そう――

 

 ―――武器破壊は私にとって、致命打にはならない。

 

 よみがえったネフシュタンは、《燃え盛る蛇》のスキルで燃え上がりながら、地面を宙を這いずりまわり、ネフシュタンの剣先で、数十の手をうち砕き、剣鞭で手を切り裂かれる。

 でも、再び蘇っても、このままならまたあの石と鉄の腕に破壊される……という心配は無用なのです。

 なぜなら先ほどまでとは異なります。ネフシュタンの力は先ほどまでは砕くのも大変だった石でできた腕をやすやすと砕き、歯が立たなかった鉄の腕を砕くことができるようになっているからです。

 そうなっている理由は〈エンブリオ〉のスキルではなく、ジョブによるものです。

 

 私の就いたジョブは【剣舞士(ソードダンサー)】。

 踊りながら、踊るように剣を持って戦うジョブ。

 純粋な【剣士】とも、踊ることに特化した【踊子】とも異なる、舞うように剣を切り結ぶためのジョブ。

 それを象徴するかのように、【剣舞士(ソードダンサー)】の下位職である【舞剣士(ダンス・ソードマン)】が持つ代表的なスキルの名前は《ダンス(踊り)ダンシング(舞い)ダンサー(躍動する)》。

 自らが踊り続ける限りにおいて、一秒ごとに自身の攻撃力をひとつ上げ続けるパッシブスキルをもっています。

 ただし踊ることを止めた時点で効果は終了し、攻撃力の強化値もリセットされるという欠点はあるのだけれど。

 ちなみに、このスキルによって強化できる強化値の上限は合計レベル*100までで、現在のジョブレベル合計が100なので最大10000が時間と攻撃力強化の上限になる。このままなら上限までに2時間半以上、踊り続けなくてはならないけど、【剣舞士】のパッシブスキルに踊り続ける時間を少なくするスキルもあるので、実質50分程度で終わらせることができるのは救いだと思います。

 

 現時点で、私が踊り続けた時間は1分程度でしかないです。

 ですが、それでも攻撃力に200の上乗せが加算されるので……この腕の雨を倒すことができます。

 踊り続ける判定がややこしくて、いまだに基準が良く分からないのですけど、それでも1カ所にとどまってくるくる回って、ネフシュタンを操っていれば、その制約に引っ掛からないのは幸いなのです。

 

 

 踊り続けながら、舞い続けながら、私は〈UBM〉との戦いの状況を知ろうとしました。

 

 今はミックさんとブルーノさんがどちらも〈UBM〉に突進しながら、腕に阻まれてうまく攻撃ができないようです。地面からいきなり手と足が生えてくるのは、あの二人でも大変なのでしょう。

 この場で効率よくダメージを稼ぎ貢献しているのは私とローガンの二人だけ。

 私は踊り続けながら攻撃力が上がり続けるネフシュタンを振るい、腕や足をなぎ払い続けています。

 ローガンもまた大量の悪魔を呼び出し続けながら、悪魔に突進させて腕と足を道連れにしていってます。ローガンはどうやらあの爆発する悪魔は呼ばないようですね、いつも呼び出している、《バタリオン》とかいう悪魔しか呼び出していません。

 私とローガンはどちらも離れている所為か、あの地面からいきなり生えてくる気色が悪い攻撃を受けずに済んでいますが……

 この時にも、私の攻撃力は上がり続けています。ですが、だからと言っていきなりこの大量の手と足をどうにかすることができるわけもないのです。

 このままでは前衛で敵を引きつけてくれている、あの二人の体力(HP)が無くなってしまうのですが、どうしようも……と思っていた時、いきなり動きました。

 

 「《速効召喚》“速き悪魔よ”《コール・デヴィル・スカウト》」

 

 近くにいたため、聞こえたのはローガンが唱えた新しい悪魔召喚スキルの呪文。

 そして悪魔が呼び出されるのと同時に、大量の悪魔が消えていく(・・・・・・・・・・・)

 ローガンがいつの間にやら取り出していた、変なアイテムを呼び出した悪魔に持たせながら、その悪魔は最速で敵に飛びかかるのが見えました。

 なぜ、悪魔を消したのか? という疑問は、すぐさま無くなりました。

 理由は単純です。あの大量にあった手と腕と足の軍勢が、ここからあの〈UBM〉への道筋までまるっきりいなくなっていたのです。

 消した理由は、邪魔だったからなのでしょう。道を切り開くために突撃させながら、道をつくり、敵にまで到達したと見るなや否や、機を見るに敏とばかりに、最速で敵を打破することができる悪魔を呼び出した。

 

 剣を振るう事も、踊り続ける事もやめませんでした、それでも悪魔の行く末を見届けました。

 高速で動く悪魔は、〈UBM〉に近づくことに成功したその悪魔は、手に持った正体不明のアイテムを敵に近付け……金色に光ったかと思うと、大きな音を立ててそのアイテム……パイルバンカーが発射されました。

 そのアイテムは敵を貫通し、その威力は〈UBM〉の身体を粉々に打ち砕いて……

 

To be continued

 




(=○π○=)<やったか!

余談1:アルヴィオン

(=○π○=)<ハナハナの実の能力者。さすがに相手に生やすことはできない。

(=○π○=)<ちなみにアルヴィオンのスキルに、小学生は最高だぜ! とかルビ振りたくなってしまった。

(=○π○=)<もしレジェンダリアの〈マスター〉のスキルなら振っていた。


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第9話 天蓋を穿つ

(=○π○=)<投稿が遅れて申し訳ありませんでした。

(=○π○=)<今回の話は、何回かいろいろと書き直したりして難産だったのです。

(=○π○=)<いまも、どうだろう? とか思ってるのですが、さすがにこれ以上遅れたらエタりそうなので、これで投稿いたします。


(=○π○=)<(ゲームしまくっていた事は内緒にしよう)


第9話 天蓋を穿つ

 

□■

 

 炎の蛇が手と足でできた樹の枝を剪定する。

 百にも及ぶ悪魔が仮初とはいえ、命を賭して造られた屍山血河の道を突き進み四肢でできた醜悪な人形に鉄杭を喰らわせる。

 鉄杭を胸の中心に叩きこまれた人形はばらばらに砕けて……残骸を周囲にまき散らす。

 

 だが、これで終わりではない。

 この戦いはまだ始まったばかりなのだ。

 先制攻撃を加えた程度で、終りになどなりはしない。

 

 とはいえ、このあとから話を進めるのは、少しばかり性急に過ぎる。

 書きたいところがあるだろう、描きたいところがあるだろう。

 故に視点を変えよう、中心を変えよう、そして時間を変えよう。

 

 今からは、話を少しだけ戻すとしよう。

 時間は戦い始めて少しばかり。

 前衛と後衛で異なる結果を生み出していたその時。

 

 後方で力を振るう二人の子供とは対照的に、今前方では二人の大人がその力を振るえずにいた。

 今からは、その内の片方に焦点(スポットライト)を当てよう。

 さあ、とくと見るがいい、ある一人の赤枝の末裔を。

 

◇◆◇

 

 男が槍を振るう。

 壊す(ころす)のは、手と足で生み出された、醜悪な樹海。

 墓標の如く突き立てられた、性質の悪い墓石を槍の一振りで砕く。

 これが墓標だというのなら、死した者を弔っているのなら、この槍を振るう男は悪鬼羅刹の類いなのかもしれない。

 地に眠る物と、壊され宙に舞う光の粒子に変わっていく、手と足の亡骸。

 まさに死屍累々。もしくは四肢累々だろうか。

 暴雨のごとく荒れ狂うその様は、通り過ぎた後を死で埋め尽くす。

 

 だが、その光景を生み出しているその男は、表情にそれをなした結果によって生まれるであろう、その類いを浮かべてはいない。

 歓喜を浮かべてはいない。モンスターをいくら屠っても、歓喜など浮かべることなど出来ない。なぜなら、敵はいまだに無尽蔵に出てきているのだから。

 狂気を浮かべてはいない。モンスターをいくら殺しても、狂気に染まることなどしない。なぜなら、男はこの程度の惨劇に浸るほど、人間として落ちてはいないのだから。

 傲慢を浮かべてはいない。モンスターがいくら弱くても、傲慢になどなることなど出来ない。なぜなら、男は自分のことをよくしり、また本来相対するべき敵にとって、この程度のモンスターなど消耗品に過ぎないのだから。

 無論、感動・快感・安心・恐怖・嫌悪・軽蔑・殺意・興奮、そのいずれにも合致はしない。

 

 ただ彼にあるのは、この停滞した状況を作り出されたことによる、不満しかなかった。

 もとより彼が槍を再び握ったのは、強敵との心躍る戦いのため。

 こんないくらでも湧いて出てくる敵を倒し続ける為ではない。

 不満は覚えている。だが、それでも槍を振るう事を諦める事など、出来るはずもない。

 それに――かっこ悪いところを見せるわけにはいかない、と彼は槍を振るい続ける。

 急遽加入することになった、あの【偽神(ザ・フェイク)】を名乗る男を除き、彼はこの中で一番の最年長であり、唯一の大人なのだ。

 だからこの中で最初に諦めるわけにはいかん、と決める。

 

 だが現状、彼はさほど役には立ってはいない。すくなくとも彼自身はそうと思っている。

 彼自身の成果としては、襲い続ける手と足の軍勢の大半をなぎ払う事に成功している。

 だがそれでも、時折討ち漏らしたモンスターがこちらに攻撃を加えてくるせいで、すこしずつ彼のHPは削られていってしまう。

 それに彼が相対しているのは、万に届くかもしれない軍勢の本の一角。

 一角をなぎ払う事に成功しているからと言って、それを誇ることなどできようはずもない。

 

 手は当然抜いてはいない。

 今もなお、彼は槍を降り続け、彼の〈エンブリオ〉もまた縦横無尽に走り回り敵を討つ。

 本来、軍勢に対して守るべきものを守れない個人戦闘型といえど、それを突破して首魁を打つことは可能なはず。

 特に彼ら程の力を持っていればなおさらだろう。

 

 それが不可能な理由はひとつ。

 敵が周囲一帯の地の利を得ているからである。

 《グレイブアームズ》の効果によって、【アルヴィオン】は自身から周囲100メテルの範囲内であれば、地面からいくらでも四肢を呼び出すことができる。

 一体一体がそれほど強くなくても、突然四肢が生み出されれば対応するのは難しいだろう。

 踏み出そうとした足の先に腕が造られれば、歩みを止められることになり、場合によっては身体のバランスを崩すことになってしまうかもしれない。

 槍を薙ぎ払おうとする時に足が造られれば、攻撃を止められることになり、手酷い隙をさらすことにもなるだろう。

 さらには人間にとっての死角の一つである、真下から攻撃を加えられれば、避けるのも防ぐのも厳しい。

 他にも多種多様な方法で、手を呼び出し、足を造り、【アルヴィオン】は敵の行動を阻害する。

 

 近接戦闘型にとっての死地。

 それが今、前衛として出ている彼らが満足に活躍できない理由であり。

 後方から攻撃を加えているローガンと桜火が活躍している理由でもある。

 

 それでも、彼らが戦えている理由はある。もっともそれは異なる理由だが。

 ミック・ユースは〈エンブリオ〉によってもたらされる複数のスキルによって、この状況を切りぬけている。

 対して、今こうして槍を振るう彼――ブルーノが戦えている理由はどうか。

 それはブルーノ自身がもつ、ブルーノが今までに積み重ねた歴史の蓄積によるものと、〈エンブリオ〉の能力によるものだ。

 

 彼はグスターボ・カレスティア・デ・サンタマリアとして、スペインの片田舎に生を受けた。

 そして彼は(よわい)10の頃から槍を振るうことになる。

 彼が学んだのは片田舎でひっそりと続けられていた、廃れかけた古き武術。

 槍を用いた実戦重視の殺人技術。

 その武術を学ぶものはそう多くなく、彼と同世代の人間は10人いるかいないかというくらいだった。

 むしろ多いと言っていいのかもしれない。その片田舎ではその武術を学ぶものが多かったとはいえ、総数にして百程の子弟はいたのだから。

 ともかく、彼はそこで武術と言う物を学び続けた。

 それは彼が槍を握れなくなるまでの60年の間、ずっと。

 自らに教えを授けた師が死に、自分が師となってからもなお。

 その年月の蓄積こそが、彼の力。彼の生きた証。

 彼の誇る技量は、この〈Infinite Dendrogram〉の世界においても上位に位置するといっても過言ではないかもしれない。もちろん彼以上に頭のおかしい技巧を保有するティアンなど天地を筆頭にそれなりにおおいし、〈マスター〉という枠に限ってもなお彼以上の技巧を保有するものは数十いるかもしれないが。

 

 そして、彼の〈エンブリオ〉の力もまた、この状況を戦いぬく力を彼に与えている。

 彼の〈エンブリオ〉の名は【誓血猛犬 クー・フーリン】。

 クー・フーリンは犬型のガードナーとして彼の〈エンブリオ〉として生まれた。もっとも上級に至った現在においてはガーディアンとしてカテゴリーが変わったのだが。

 そして、クー・フーリンのもつ特性はなにかと問われれば、答えは簡単だ。

 それは誓いの力。

 それは誓約にして制約にして、成約を行う主をも蝕むかもしれない諸刃の禁戒(ゲッシュ)

 ケルト神話に曰く、ゲッシュとは各人がさだめた禁忌(タブー)を守り続ける事で、神の祝福が定められる。

 ケルトの大英雄の名を冠する【誓血猛犬 クー・フーリン】もまたその性質を持つ。

 形態ごとに定められた誓約(ルール)を守り続ける事で、特定のスキルを発揮することができる。そのスキルの名はそのものズバリ《禁戒(ゲッシュ)》である。

 この1つにして4つのスキルによって、彼はこの四肢からなる軍団をはねのける事に成功しているのだ。

 

 【誓血猛犬 クー・フーリン】のもつ、《禁戒(ゲッシュ)》の効果はすこし複雑だ。

 効果自体としては、その特性である誓約強化というものに沿ったものではあるが、その誓約により得られる効果はそれぞれ異なる。

 

 《禁戒(ゲッシュ)》の中でも最も、重要なものが第一の禁戒である《禁戒:獣の不殺》だ。

 獣殺しを戒めた名前の通りに、このスキルは獣……魔獣系のすべてのモンスターの討伐を禁止している。

 そしてこの誓約を守ることによって得られる効果は、ステータスの大幅強化。

 もっと正確に言うのなら、その効果は『〈マスター〉と〈エンブリオ〉のステータスを「魔獣種を除くすべての討伐合計数÷3 - もっとも討伐数の多い種族の討伐数÷2」の数値分アップする』というもの。

 【殺人姫】の《屍山血河》に匹敵する強力な、ステータスの底上げスキル。

 この時点で、ブルーノが討伐した魔獣種以外のモンスターの合計は12000近くで、もっとも討伐数の多い鬼の討伐数が1000ほど。

 よって、現在のブルーノとクー・フーリンのステータスは共に4000近く上がっている事になる。さらにそこに、彼ら自身のステータスも加わるのだ、この4人の〈マスター〉の中でもブルーノ達は桁違いのステータスを誇っている。

 だが……誓約による強化が行われるのと同様に、禁忌を踏むことによるペナルティーも同様に存在する。

 《禁戒》全体のペナルティーとして、その犯した禁戒の重さに応じてその禁戒の効果が消滅し、しばらく使用できなくなることに加えて、さらにその禁戒独自のペナルティーが科せられる。

 《獣の不殺》の禁戒は……というと、それは同じくステータスに対するペナルティーであり、内容は『すべてのステータスを魔獣種討伐数*1000ダウンする』というものだ。

 この時点でブルーノが討伐してしまっている魔獣種の数は2体。どちらも過失と偶然とで彼自身が討伐したわけではないが、倒してしまっていることには変わりはなく、2000ものステータスがお互いのステータスから差し引かれてしまっている。

 それでも〈マスター〉と〈エンブリオ〉が共にHP・MP・LUC以外の4種のステータスが4000を超えるステータスを持っているのは十二分に脅威と言えるだろうが。

 

 1つの禁戒によって得られる莫大なステータスを使い、この不利な地で戦い続けている。

 相棒であるクーとともに。

 

◇◆◇

□【剛槍士】ブルーノ

 

 「ミックは……、頑張っているようだな」

 

 自分と同様に、前衛として戦っている、もう一人の相棒を見る。

 あちらもこの厄介な状況に苦労しているだろうに、それを分らせないほどに両手に握った剣を振るいながら、進んでいく。

 全く持って見事だ、とワシは感心するしかない。

 ワシから見てミック・ユースと言う人間には、才能と言う物がない(・・・・・・・・・)ようにしか見えなかった。

 今まで何人もの、才能ある人間に教えを授け続けたこの身としては、彼のような人間は一種の希少種とさえいえる。

 一を聞いて十を知る、ということわざの真逆。それこそ百を聞かせて一を覚えるといってもいいかもしれない。

 ある一点においてずば抜けた才能を持つ桜火や、まんべんなく高い才能を持つローガンとは違う。それほどにミックは武の才能を持ちえていなかった。

 だからワシはあいつらと、共に行動しようと思ったのだろう。

 いろいろな観点からみて自分と同じ3人の異なる人物と。

 

 「っと、いかんな。今はこちらに集中しないといけないが……、さてどうするか? クー」

 

 この状況下において、感傷に浸る時間などない。

 頭を振り雑念を散らした上でワシは、自分とは別方向から縦横無尽に走り回り、手足を散らしている自分の〈エンブリオ〉であるクー・フーリンをみる。

 クーもよくやってくれている。

 あちこち回りながら敵を倒しつつ突破する手段を模索しているが、てんで解決策が思い浮かびもしない。

 いまもなお、敵を倒し続けていることでステータスこそ上がってはいるものの、だからと言ってそれだけで倒せるほど甘くはない。

 

 さて、どうするか?と考えを巡らせていたワシの考えを吹き飛ばすかのように、事態は急転する。

 

 

 それは百近い、ローガンが呼び出し続けていた悪魔が消え去ったこと。

 そしてその悪魔がいなくなった跡をとおって、一体の悪魔が高速で宙を跳びその悪魔の金色のパイルバンカーらしきもので、あの〈UBM〉に直撃を加えたこと。

 この二つ。

 

 「やったのです!」

 

 桜火の喜んだ声が聞こえる。

 これであの〈UBM〉を倒すことができたと思ったのだろう。

 ローガンもまた満悦の表情を浮かべて、この成果を喜んでいる。

 

 だが………喜んでいるのはあの二人だけでしかない。いや、ローガンもまたある事に気がついたかのように、その喜びの表情をひそめている。

 

 前方にいるワシらが喜ばない理由、それはワシらがまだ戦い続けているから。

 この手と足からなる軍勢がいなくならないからだ。

 モンスターを生み出し続けていた〈UBM〉がいなくなってからもなお、モンスターはいなくならない。

 いや、既に呼び出されたモンスターがいなくならないというのはまだわかる。

 だが、今もこうしてモンスターが湧き続けているのは、訳がわからない。

 その意味を考えようとして、

 

 「気をつけろ! まだあの〈UBM〉は死んじゃいない!」

 

 ミックの一言に気付かされる。

 確かに、ローガンの放った悪魔の一撃であの人形の身体を打ち砕くことには成功した。

 それは間違いない。身体のパーツはちぎれて……あたりに散乱している。

 

 だが……あれが本体である保証はない。

 元より大量の手と足を生み出し続けていた〈UBM〉なのだ。

 そしてあの人形の身体は、複数の手が組み合わさってできていた奇形の異形。

 もっと早くに気がついてもよかったはずだ。

 あれはただの仮初の肉体であると。

 だがそれでもわからない事はある。

 あの人形の頭上には間違いなく【肢造傀儡 アルヴィニオン】という表記があった。

 だからワシらはあれを本物の〈UBM〉だと認識していたのだが。

 なら、あれは一体?と考え、

 

 「上だッ!!!」

 

 再びミックの言葉に現実に引き戻される。

 ミックの言葉を聞いて、上を見上げた先に合ったのは石の壁。

 いや、正確に言うなら数百にも及ぶ石でできた足が、上から降ってきていた。

 一体一体が弱いモンスターだといっても、それがこうしてこれだけ降ってきているのなら、それは容易にワシらを殺す一手になりうる。

 

 「《焔を纏う蛇(ブレイズ・ウィップ)》」

 

 踊り続けていた桜火の〈エンブリオ〉が天の壁を切り刻み、破壊する。

 だが、それだけでは敵は倒しきれない。

 桜火の処理能力をはるかに超える数と、桜火の攻撃性能に耐えうるだけの防御力をもった石の壁は、なおもこちらに向かってくる。

 

 「全員耐えてくれ!」

 

 ミックは地面のモンスターを倒し続けながら、こちらに向かいつつある。

 しかし、あの壁に対抗することができる手段は持っていないのだろう。

 空を睨みながら走り続けている。

 こちらに注意を促しているが、あれは耐えきれない。

 もしかしたらワシだけは耐える事ができるかもしれないが、他は無理だろう。特にステータスが最弱なローガンはその筆頭だ。

 

 「っくそ! 《速効召喚》“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

 ローガンもまた、100近い悪魔を呼び出している。

 だが、本人もこれでは無理だと分っているのだろう、焦った苦々しい表情で敵を睨んでいる。

 悪魔たちはそれぞれ飛び立って、石の壁を支えようとするが……どう考えても不可能だ。

 それほどに数は多い。

 

 他のだれも、この状況を変える事は出来ない。

 だから……ワシらが動くしかない。

 

 「クー!」

 

 槍を振るい、地面からなおも湧き続けてくる手と足のモンスターを倒し続けながら、自分の〈エンブリオ〉であるクーを呼び付ける。

 これから行うのは、ワシらの誓いによる禁戒(ゲッシュ)の力。

 クーの命を代償として行われる、その生におけるただ一度の力。

 

 「GUAAAAA」

 

 数百の地面から湧いて出てくる、モンスターを蹴散らしながらようやくクーはこちらに戻ることに成功する。

 数秒と言えど、余計な時間をかけてしまったことに、「遊撃などさせなければ」という思考が邪魔をする。

 だが、今それを言っても仕方がない。

 もうあと数十メテル、あと数秒という所まで、天を覆う壁は近づいてきている。

 

 クーの背中を踏み台として、ワシは空へ跳ぶ。

 わざわざ跳んだのは、ただ一度限りの攻撃を、手と足によって邪魔されたくはないからだ。

 踏み台として使用したクーもまた、ワシに続いて空へ飛び………光の粒へと変換されていく。

 光の粒へと変換されたクーは、ワシが持つ武器へと集まり、ただの武器であったはずのその槍は、光を放ち始める。

 

 これがワシらの第4の禁戒。『弱武器の使用』によって得られた《禁戒:弱武器使用》の効果。

 そのスキルはその武器に新たなるスキルを発現させる。

 3つのパターンを持つ、槍による奥義。

 今回使用するのは、この状況を打破するための広域拡散型攻撃。

 ただし、広域を攻撃することができる代わりに威力はそれほど高くはなく……なによりコストが厳しい。

 だが、そうも言ってはいられない。このままでは全員が死んでしまうのだ。

 ………いや、あの【偽神】ならばどうとでも出来るような気はするが、ワシの勘ではあれにあまり頼らない方がいい気がする。結局頼ることはできない。

 だからすべてを込みでこの一撃を放つ。

 またただでさえ足りない威力を少しでも上げるために、槍を持つのを腕ではなく、足へと移行させ………

 

 「うぉおおおおおお! 《我が誓約は、千の鏃となる(ゲイボルグ)》」

 

 天へ向かって解き放つ。

 投擲した光り輝く槍は、その槍を起点に赤い幻の槍を周囲にちりばめさせる。

 敵が無限の系統樹を気取るなら、こちらも一本の槍から続く無限の系統樹を築こう。

 それこそが、ワシらが誓った誓約(ルール)の力。

 それこそが、ワシらが守った禁戒(ゲッシュ)の力。

 それこそが、ワシらが決めた代償(ペナルティ)の力。

 

 一本の槍から続く赤枝の槍は、いま天蓋を穿つ。

 

 

 その分かたれた槍の枝は、ワシの狙い通りにすべての敵に命中し………轟音とともに瓦礫が散り飛び、光の粒へと変わっていく。

 それを見届けながら………武器とそしてクーに内心で別れを告げる。

 

 天に向かって放った槍は、そのスキルの威力に耐えきれずに砕け散り。

 槍に力を与えたクー・フーリンは、その力のすべてを使い果たし消えていく。

 

 これが第4の禁戒。

 〈エンブリオ〉をコストとすることで、上級職の奥義以上の火力を行使できる魔の槍を生み出すスキル。

 この『(やじり)』の効果は『〈エンブリオ〉のステータス合計の1%の攻撃力をもつ幻の槍を、〈マスター〉のステータス合計/100の数値分生み出す』というもの。

 今の時点だと『威力500の幻の槍を、500本生み出す』ということになる。

 お互いのステータスが上がれば上がるだけ、高い威力の槍を複数生み出すことができるようになる。

 なお、このスキルのペナルティは、『一定期間、ジョブスキルを発動できない』こと。

 もともとあまりジョブスキルに頼らない、ワシらにはそこまで重くも無い。どちらかというと、ペナルティよりコストの方が重い禁戒だな。

 

 もちろんクー・フーリンは〈エンブリオ〉。ここで消えてもまたふたたび、数日後に合う事は出来る。

 だが………それでも一端のお別れはさびしいものだと、胸の内で涙を流す。

 それに、〈エンブリオ〉が消えた事によって、ワシにかかるすべての固有スキルの効果も切れている。

 

 

 

 さすがに、これ以上戦うのは無理だろうな、と思い見上げた先には異形がいた。

 

 それは一体の〈UBM〉。

 もちろん新たなる〈UBM〉ではなく、今まで戦っていたはずの相手。

 変わらぬ上に表示される【肢造傀儡 アルヴィニオン】の文字。

 

 しかし、先ほどまで戦っていた相手とはまるで異なる姿かたち。

 それは手だった。

 見た事も無い材質でできた右手の怪物。

 それが………百メテル上の天井に張り付いていた。

 

 「あれは一体」

 

 それは誰の呟きだっただろうか。もしかしたらワシが口にしてしまったのかもしれない。誰ともわからぬ、おそらく全員が共通して疑問に思った事。

 

 その疑問に答えられるものは、誰もいないだろうと思い、

 

 「なるほど、そういうことでしたか。道理でモンスターの生体をうまくとらえられないと思っていましたが………、迷宮の中ではなく領域外に設置されていたという事ですか」

 

 すぐに答えが返ってきた。

 

 「どういうことだ? お主は何か知っているのか」

 「ええ、まあ。ご存知の通り、迷宮作成時には周囲からモンスターを集めて、各階層に設置する機能があります。しかし、なにかしらの原因で、あの〈UBM〉のみ100階層ではなくさらにその上………天井に設置されてしまったのでしょう。……いえ、気をつけていたつもりでしたが、私も【クリスタルエラー】の影響にさらされていたということでしょうか」

 

 そこまで喋ると【偽神】は、「ともあれ」と続けて言い放つ。

 

 「疑問はそこまででいいでしょう。今はあれをどうにかするのが先決ではないですかね? 私も最初は弱い〈UBM〉かと見誤っていたのですが、あれは十二分に伝説級を名乗るにふさわしい相手です。よそ見をしている暇などありませんよ………、ほらそうこうしているうちに、あれが崩れ落ちてきます」

 

 あれ?と疑問に思ったのは一瞬だった。

 ワシの放った『鏃』によってダメージを受けていた天井が崩落し………そしてそこに挟まっていたらしい、あの奇妙な手も同時に落ちてくる。

 

 「離れろっ!」

 

 ミックの言葉が、この空間内に響き渡る。

 豪華絢爛をもようしていたこの闘技場は、もはや見るに値しないほどに崩れ果てている。

 そして降りてきていた……落ちてきていた〈UBM〉は指を上手に使って、器用にこの地面に降り立つ。

 

 たしかに……違うと感じる。

 あの異形の人形と、この異形の手のもつ威圧感はまるで異なる。

 

 ああ、今なら確かにわかる、こいつこそが〈UBM〉だ!

 

To be continued 

 




(=○π○=)<クー・フーリン

(=○π○=)<結構バレバレな名前のエンブリオ。

(=○π○=)<外すと強くなる系、パーソナルどうなってんだ枠

(=○π○=)<個人的にスキルの性能を少し盛りすぎかな?とも思うけど、ペナルティとか条件とかいろいろあるし問題ないかな?とも思う。

(=○π○=)<第2の禁戒と第3の禁戒は、あとで。まあこの章で出しますが。

(=○π○=)<とある理論を用いるとやばいことになる〈エンブリオ〉の1つ。


(=○π○=)<最初にこのエンブリオを考案したのは実は5章時点で、その時の第一の禁戒は少し違っていた。

(=○π○=)<1つめは『ジョブについてはいけない』だった。

(=○π○=)<それで設定としては『いかなるジョブにもつかない、レベル0の超級にして、技巧で強い奴らをたおす”技巧最強”』というものだった。

(=○π○=)<被りまくりどころではない。なので没に。まあ設定はおしいのでこうして流用していますが。


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第10話 一才専心

第10話 一才専心

 

□■ある〈UBM〉について

 

 【肢造傀儡 アルヴィニオン】と名付けられた〈UBM〉は特殊だ。

 

 特殊ではない〈UBM〉と言うのも希少だろうが、このアルヴィニオンの生態はその中でも特殊な方であると云ってもいい。

 アルヴィニオンを制作した、あるティアンの【傀儡師】は制作する際に奇特な方法で制作を行った。

 

 それは人形と言う役割(ロール)を持たせたまま、人形を造り人形を操ることができる人形にして人形を扱う【傀儡師】としての性能を持たせた事だ、

 もちろんモンスターはジョブに就くことはできない。それに特化させた〈UBM〉ならあるいは可能かもしれないが、製作者であるティアンの力ではそれを為すだけのモンスターを生み出すことは出来なかった。

 もしくは一月前に生まれて、すぐ討伐された【悪魔式 ゲーティア】の様なジョブスキルを使う事ができる〈UBM〉としての固有スキルなら可能かもしれない。しかし、この方法も製作者であるティアンには不可能だった。

 だがしかし、それでありながら、【アルヴィニオン】はジョブスキルを保有している。

 

 それができる理由は当然〈UBM〉の固有スキルに他ならない。

 ジョブに就く固有スキルを持たず、ジョブスキルを行使できる固有スキルも持たないながらも、その不思議を可能としている方法が一つある。

 もっともそれは………正道とは決して云えず、そして人の道から外れた方法であるが。

 

 

 制作者が取った方法としては【魂売(ソウル・バイヤー)】ラ・クリマに近いかもしれない。

 生きた人をコストとする(・・・・・・・・・・・)方法によって生み出されたのだから。

 

 まず、彼は【職害魔晶 クリスタルエラー】の影響を受けないために、《エラー・ジェネレーター》の制作を決めた。

 しかし、その制作にはもっとも大きな問題点がある。

 《エラー・ジェネレーター》というスキルを開発することが問題だったわけではない。たしかにこのスキルを開発するのに、安くはない費用と少なくはない時間とがかかる羽目になってしまった。だがそれは大きな問題と言えるほどではない。

 問題だったのは………《エラー・ジェネレーター》を動かし続ける為の『エラー』をはきださせ続ける事。

 当然ながら、どれだけ大量の燃料があろうと、それだけで動力とすることは不可能だ。

 燃料を元に動力とするための火種が必ず必要になる。

 そして、《エラー・ジェネレーター》を動かすための火種となりうる、ジョブスキルがはきだす『エラー』を生み出すためには、ジョブスキルが必要になる。

 そうして【アルヴィニオン】にジョブスキルを搭載する方法を、模索することになった。

 

 前述したとおり、天才的な彼であっても、ジョブスキルをそのまま付け加えたり、ジョブに就けたりといった方法は不可能だった。

 だから別の方法を模索しなければならず、その可能だった別の方法が人道から離れていたとしても、それでも構わずにその方法を実行した。

 その方法こそ、人を【アルヴィニオン】に収納し、半永久的に生かし続ける(・・・・・・)方法。

 人を人類範疇生物としての枠に収めたまま、フレッシュゴーレムとしてひとつの塊として、その生きた人の肉塊を《エラー・マリオネット》というスキルで【アルヴィニオン】の『傀儡』として活かし続けた。

 人としての尊厳を踏みにじり、人としての生を奪い、人を人でなくする、最悪にして醜悪な方法。

 大半の人間が嫌悪するであろう方法によって、【アルヴィニオン】は動き続けているのだ。

 

【アルヴィニオン】が冠している名称である【傀儡】には二通りの意味がある。

 自らが生み出した、自身の分体である手や足などの四肢を【傀儡(くぐつ)】し、操るという意味。

 自らの中に生きる、フレッシュゴーレムと化したジョブスキル発動装置を【傀儡(かいらい)】とし、動かし続けるという意味。

 この二つの意味を同時に為すのが、この醜悪にして奇怪な人形の正体。

 

 もちろん、そんな存在である【アルヴィニオン】が真っ当な人形の姿をしているはずもない。

 製作者もまた、【アルヴィニオン】を通常の人形として産み出したわけでもない。

 人形を造り、人形を操るモンスター。

 そう、あくまで【アルヴィニオン】は傀儡であって人形ではない。似ているようで、解釈により少し異なる意味を持つ。

 

 そんな異形を操る、異常のモンスター。

 その姿かたちはどんなものかというと、それは【アルヴィニオン】を制作した、【傀儡師】の男が願った通りのものとして造られた。

 願いは、アルヴィニオンに『終わりのないもの』と名前をつけた通り、『永遠』『無限』を象徴する輪の形。

 『永遠の輪(メビウス)』の様なひねった形ではなく、リースや『尾を飲み込む蛇(ウロボロス)』のような単純な輪の形だ。

 材質は特殊ではある物の、異端とは言いづらい基本的な人形制作に使用している物を使っている。

 大きさはおよそトラックなどの大きめなタイヤと同じくらい。

 それだけなら、少し変わった異端のモンスターだろうが……

 

 製作者の悪意、〈UBM〉の醜悪さは変わらずにこの姿かたちに現れている。

 それが輪の始端と終端に結合剤として設置されているひとつの球体。

 タイヤのような形の輪っかを、指輪のリングとして言うのなら。その球体は宝石の如く装飾されて輪っかの外縁につけられている。

 その球体の色は、赤に満たされ時折白と黒とが混じり合う。

 それは……言うまでも無く、人である形を失い、人としてのすべてを失い、ソレでもなお生かされ続ける、人であったもの。

 人肉と血が混じり合ったフレッシュゴーレムとしての身体。

 『エラー』という火種にして燃料を送り続ける、【アルヴィニオン】の心臓部である。

 そして吐き出し続けた『エラー』を輪っかの内部に循環させて、大量のMPをはきだし続けている。

 球体の心臓部、輪っかの内部の血管と肺、輪っかの外面部にあたるスキル発動体である肉体部をもつ、異形にして人形と言う本来の使用からかけ離れた姿をしているモンスター、それが【肢造傀儡 アルヴィニオン】だ。

 こんな異形を造れるのは、製作者であった天才だけだろう。

 こんな倫理から外れた方法をとれるのは、製作者であった異常者だけだろう。

 【アルヴィニオン】が〈UBM〉として指定されるのは当然と言えるもの。

 なお、製作者は【アルヴィニオン】が〈クリエラ渓谷〉に送り込まれてから、数年後に身近な知人に『人を素材として人形を造っていた』という告発にあい、時の皇王の手によって処刑されることになってしまったのだが。制作方法を記述した書類もすべて焼き払われることになったが、それは余談だろう。

 

 

 こうして造られた【アルヴィニオン】は、製作者の思惑通りに生き続け……

 

 【偽神(ザ・フェイク)】の発動した《迷宮創造》 にとらわれて、塔の一番上に設置されてしまうことになる。

 だが、ここでおかしな状況になってしまう。

それは本来ならば最上階………100階を守護するモンスターとして設置されるはずの【アルヴィニオン】が塔の最上層である一番上の天井に取り込まれてしまったことだ。

 【クリスタルエラー】の影響範囲にかすめる程度しか触れていない領域に、設置された【アルヴィニオン】は本体が満足に動かすごとができずに、そのまま天井に埋まっていることしかできずにいた。

 満足に動かせるようになったのは、埋まってから1日がたってから、かする程度の『エラー』を貯蓄し終わり……、そして赤枝によって天井が崩されてからだった。

 だからそれまで本体は何もしていない。

 

 ローガンたちが戦っていたのは【アルヴィニオン】の分体でしかなかった。

 もともと造り出していた【アルヴィニオン】の分体であり、唯一の集合体。

 それを為しているのは【アルヴィニオン】の異なるスキル…………

 というわけではなく、《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》の効果のひとつでしかない。

 

 《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》はただの手と足を生み出すスキルではない。

 たしかに手と足を生み出すことができるが、それ以外にも3つの特性を保有している。

 

 そのひとつが、頭部分の製作である。

 《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》で制作可能な頭部分はひとつのみしか造ることができない。

 ひとつしか制作出来ない、その頭部分の機能は単純な物だ。つまりは聴き・視て・話す・思考して・記憶するという頭であるなら当然行う基本的な機能をおこなうというもの。

 【アルヴィニオン】本体には、それらの機能を行う事ができないが為の代替器官を制作するスキルでもあるのだ。

 そして頭の役割はもう一つ……それが完全なる分体であるという事。

 本体と同様に《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》や《グレイブアームズ》のスキルを使用でき、そして完全なる分体であるがために〈UBM〉特有の表記がでるという表示の偽造がされる。

 ただし動力源たる《エラー・ジェネレーター》とその火種(エラー・マリオネット)のみ本体のみと固定されていて、MPを本体と分身とで共有できるが一度に使える絶対的なMP量が大幅に削減されてしまう事態に陥ってしまっていたのだが。

 木や石でできた人形しか使ってこなかったのは、MP量が低いからだ。もし地底で戦っていれば、もっと強力な神話級金属や伝説級金属の分体を制作していただろう。

 天井と言う、『エラー』をほとんど収集できない領域から外れたことで、一度に使えるMP量も当然増えている。もっとも地底と比べればまだマシなほうだが。

 

 

 

 時間がたつごとにMP量を生み出し続ける〈UBM〉。

 素材の上限はある物の、それより彼らが力尽きる方が早いだろう。

 だから彼らとれる道は二つのみ。

 地上に近いこの状況を利用して、外に抜けだし逃げる道(ログアウト)

 そして今彼らの目の前に立っている〈UBM〉を倒して、宝物(特典)を手に悠々と帰宅する道。

 

 もっとも彼らがどちらを選ぶかなど、いうまでもない。

 そう、彼らの選んだ道は――

 

◇◆◇

 

 「くるぞぉ!」

 

 ミックの声がこの壊れた闘技場に響く。

 彼らの前にいるのは一体の〈UBM〉。

 【肢造傀儡 アルヴィニオン】と銘が打たれた、彼らが先ほどまで戦っていたはずの、異なる姿かたち。

 

 「なんだ、この姿は! っまるでマスターハンドだな……いやNo.106か」

 

 ローガンが驚く異様。

 それは逸話級の遺骸によって形作られた緑銅の右手。

 全長6メテルはあるかという、巨大な人形。

 手の甲の部分に本体である【肢造傀儡 アルヴィニオン】が鎮座し、中指に当たる真ん中の指の第一関節には頭が埋め込まれている。

 彼らが先ほどまで戦っていた分体と同じ、戦う異形の人形としての姿。

 だが、この手はいくつもの手や足が組み合わさってできたものではない。

 

 しかし、それも当然だ。これは擬態ではなく、【アルヴィニオン】が長い年月をかけて造り出した自分専用の戦闘形態。そこに余計な装飾はいらない。

 この姿になっている理由もまた《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》の特性のひとつ。

 このスキルは……通常の素材を使った汎用品だけでなく、オーダーメイドまで造ることが可能なのだ。

 オーダーメイドとして造るために【アルヴィニオン】が使用した素材は、かつて彼がこの〈クリエラ渓谷〉の地の底で戦った強敵である、【幻草巨人 グリーンマン】という名がつけられた逸話級〈UBM〉だ。

 本来〈UBM〉が〈UBM〉を倒した場合、倒した〈UBM〉が敵のリソースを吸収しリソースの増大のみが行われる。なお、それが格上の〈UBM〉相手なら、リソース上限の撤廃が起こり、上限値が大きく跳ね上がる。

 しかし、本来ならそれのみしか起こらない。

 倒した〈UBM〉の素材を利用したスキルなんてものは、本来ならあり得ないモノ。

 

 だが――ここに一つの例外が存在した。

 それが【アルヴィニオン】であり、《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》の最後の特性。

 ふたつめのオーダーメイドとも重なる所もあるが、このスキルにはただの素材のみではなく………たおして光の塵となる状態のモンスターを素材とすることもできるという特性。

 倒したモンスターを素材とする場合、ただのドロップアイテムを素材とするのと違い、造れるものはオーダーメイドのみとなるため、【アルヴィニオン】は費用対効果を考えてその方法を選ぶことはなかった。

 使ったのは一度。〈UBM〉を素材とした自身の身体構築と言うオーダーメイドのみである。

 伝説級の【アルヴィニオン】といえど、逸話級の〈UBM〉のリソースを保ったまま自身の身体を構築することは困難を極め、数十年という歳月と膨大なリソース(MP)を費やすことになってしまったが、それをするだけの価値があった。

 そうして出来たのは、伝説級のステータスを持つ〈UBM〉。

 STR・AGI・END・DEXの4種類のステータスがすべて一万に届き、HPに至っては五十万に届く、文字通りの怪物。

 

 

 そんな怪物を相手に、全員がおびえ―――

 

 「ローガンっ! 桜火! 下がっていろ、こいつはおれがやる!」

 

 るわけがなかった。

 

 確かに強敵。

 確かに戦力差は甚大。

 だが、それでもおびえるわけはない。

 

 「ギギ、セントウケイゾク、スキルケイゾク………」

 

 【アルヴィニオン】が動く、そして同時に《グレイブアームズ》も牙をむく。

 

 「なあっ!」

 「そんな、どうしてなのです!?」

 

 ローガンと桜火が驚く。

 それもそのはず、【アルヴィニオン】が動くのと同時に彼らの足元から手や足が生えてきたのだ。

 先ほどまでと同じスキルのはずなのに、先ほどまでとまるで異なる影響範囲。

 理由はさほど難しいものではない。単に一度に使えるMP量が増えたからというだけのものでしかないのだ。『エラー』の根源に近づいたがゆえに、一度に使用できるMP量も増える簡単な理屈だ。

 だが、その理屈を知らない彼らに、この状況の意味を分ることは不可能だろう。

 今わかるのは……何かしらの理由で、〈UBM〉が強化されたということ、それ一点のみ。

 

 だが、それが分るのなら、そう動けばいいだけの話だ。

 

 (シュテル! 足場(・・)を造るぞ、バタリオンNT(数・時間)セット)

 「《速効召喚》! “地獄より現れし使者よ、我らの踏み台となるがいい”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

 ローガンが悪魔を呼び出す。

 空中に呼び出された48の悪魔(あしば)

 瞬時に呼び出されたその悪魔を見て、そして召喚の時にローガンが唱えた文言を聞き、桜火は飛び上がる。

 踊ったまま、舞をしたまま、剣を振りながら。

 《ダンス・ダンシング・ダンサー》のスキルが継続したまま、この崩壊した塔の最上階を焔の蛇が這いずりまわる。

 桜火は悪魔を踏みながら、跳んで手と足が来ない、《グレイブアームズ》の影響圏内から抜け出る。

 少し遅れてローガンも悪魔を背に上空にあがる。もっともこちらは、悪魔の上を飛んで移動するなんて言う天狗や義経のような真似ごとはしなかったし、出来なかったが。

 ブルーノも、〈エンブリオ〉の無い今の自分では足手まといにしかならないことを分っているのか、悪魔の上に乗り階層から離れる。

 これで最上階に残るのはミックと………そしてルパンのみ。

 

 ミックは複数のスキルを併用し、この状況を切りぬけている。

 足場から生み出される多数のモンスターをなぎ払いつつ、【アルヴィニオン】の五指を用いた攻撃をかわし、はじきいなすことでこの窮地に対応する。

 

 ルパンはかかわらず、その場にずっと立っているのみ。

 だがそれのみでしかないはずのルパンに対して、本体は近寄らず、近場にモンスターを生み出さず、そして反応しない。

 これも当然スキルによるもの。とあるスキルによってこの状況を脱している。

 だから彼の方は心配はいらないだろう。

 

 ミックが戦い続けているのと同時に、天空に上がったローガンと桜火もただ座してみているわけはない。

 ローガンはバタリオンを追加し、その悪魔を地上に向けて【アルヴィニオン】の本体を削りながら、地上より発射される手と足の弾丸を防ぐ。

 桜火も器用に悪魔の背を動き続けながら、焔の蛇を走らせつづけ地上から生える手と足のモンスターたちを倒している。

 しかし……どちらの攻撃も有効とはいえない。

 確かに《グレイブアームズ》の墓標をなぎ払う事には成功している。

 二人とも、あの程度の雑魚に手間取るような実力ではない。

 だが、本体は異なる。一万を超えるステータスを持つ〈UBM〉に対して、有効な攻撃手段を桜火は未だ持たず、ローガンは使う事をためらっている。

 ローガンが持っている手札は、当然《ボムトルーパー》のこと。

 もっとも、消費をすることをためらっているわけではない。通常のモンスター相手ならともかく、〈UBM〉を討伐できるならその程度の代償は気にはしない。

 だからためらっているのは別の事。

 

それは『ボムトルーパー』では太刀打ちできないのではないか? という不安によるもの。

 ボムトルーパーの威力はすさまじい。下級職であれだけの火力を発揮できるジョブは100も無いだろう。場合によっては上級職の域にまで達するほどの火力を有している。

 だが、それでも限度はある。

 《ボムトルーパー》は決してEND無視の攻撃ではないのだ。ENDが高ければ高いほど被ダメージは減るのは当然。

 ローガンは《看破》のスキルを持ってはいない。

 だから幾つもの実験による結果でしか判断はできない。

 ただのモンスターなら《ボムトルーパー》1発で問題ない。

 下級のボスモンスターでも《ボムトルーパー》3発あれば大体終わるだろう。

 亜竜級も問題はない。

 純竜級に関しては最初の弱った個体と、次の通常の個体しか相手にしていない。

 弱った個体に関しては、10発近くで沈んだはずだった。しかし通常の個体と戦った時は30発当ててようやく倒すことができるほどだった。HPが低いだけなら20発だけで済んだだろうが、おそらく最初の個体はENDも低くなっていたのだろう。

その結果を元に、今の状況を振り返る。

 ローガンの呼び出した悪魔による攻撃をものともしないENDを誇るモンスター。

 そのENDは純竜級よりもはるかに高いことが分る。

 だからローガンは分ってしまった、《ボムトルーパー》では削りきれないと。

 それは《我は契約より玉と黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)》を用いても変わらないだろう。

 ローガンが新しく考案した新戦術の一つも、最初の一撃で失ってしまった。もう一度使う事ができないのは、うまくいくかわからなかったために、一度分しか用意していなかったからだ。

 ローガンは他の方法を考えるが、うまい手段が思いつかないまま戦況は進む。

 

 

 動いているのはミック。

 

 「1023、1024、1025ッ……」

 

 ミックが数をカウントしながら、手と足のモンスターを蹴散らしていく。

 カウントしている数は、同族の撃破数。

 〈UBM〉と同じ種族である手と足のエレメンタルを倒すことによってカウント数が増えていく。

 もちろんただ数えているわけではない。

 数を数えているのは《同族連続撃破強化》スキルのカウントアップの為。

 《同族連続撃破強化》と言うスキルは、名前の通り同族を連続で殺すごとに自身の攻撃力を強化する強化スキルである。強化数値は一体倒すごとにスキルレベル数分上がり、猶予期間内にまた同族を倒すことでさらに攻撃力をアップさせるスキルだ。

 現在の【才金貨 リャナンシー】の到達形態は第4形態。〈上級エンブリオ〉に進化するのと同時に《ブラッド・アビリティ》も強化され、そのスキルレベルは6になり、同時に使用できる数が3つにまで増えている。

 スキルによって新しく追加した《同族連続撃破強化》スキルによって、この状況での攻撃力強化値は6000オーバーにまで至っている。

 同じく追加している《精霊殺し》スキルによってダメージ値が2.5倍になっているため、ミック自身の素のステータスを加えれば、エレメンタルに対する攻撃力は18000近くになる計算だ。

 一体一体が弱い《グレイブアームズ》で生み出されるモンスターなら、容易く一撃で撃破可能な威力であり、【アルヴィニオン】に対しても有効なダメージを与える事が可能な程の威力。

 

 だが、それでも――届かない。

 

 ミックの放つ攻撃は有効だ。

 だが、攻撃を満足に当て続ける事ができていない。

 【アルヴィニオン】に近づく足を、《グレイブアームズ》が止める。

 それを処理しようと手と足の軍勢を倒せば、その隙に【アルヴィニオン】が攻撃を仕掛けてくる。

 遠距離攻撃をしようにも、手と足の壁に邪魔をされる。

 相も変わらずの、近接戦闘型の死地。

 むしろここまで戦えているのが見事だといえるだろう。

 《危機察知》スキルを、上限を超えて12で習得しているおかげで、《グレイブアームズ》による奇襲をかわすことができているだけだ。

 だが、このままではそれも持たない。この無限ループが続けば、ステータスではないスタミナ切れによってミックはデスペナに陥ってしまうだろう。

 《生命力強化》や《持続力強化》スキルを使う余裕さえない。

 だからこのままではミックの敗北はゆるぎないだろう。

 そう、彼だけなら――

 

 「《焔を纏う蛇(ブレイズ・ウィップ)》」

 

 初めに動いたのは桜火。

 【再誕炎蛇剣 ネフシュタン】が持つ二つの固有スキルの内の一つであり、破壊された武器を元の状態に戻すスキルである《炎華再生》に対して、こちらのスキルは単純な炎を纏わせて強化するアクティブスキル。

 〈エンブリオ〉自身である剣の威力に比例した炎を纏わせる。剣の威力が上がれば炎の威力も当然上がり、第3形態の時点でも武器攻撃力は500近くあり、さらにジョブスキルも踏むめると、その攻撃力は1000を超える。

 それにさらに炎が追加され、その一撃は性能が高めの《グレイブアームズ》でさえも、やすやすと噛み砕く蛇が生まれる。

 それほどの威力を生み出している桜火でも、いまはまだあの〈UBM〉には届かない。

 あと数時間ほど踊り続ければもしかしたらいけるかもしれないが、それでは遅いしうまくいくとは思えない。

 だから、桜火は自分がサポートに回る道を選ぶ。

 桜火は踊り続けながら、蛇を動かし地面から生える手と足の軍勢を削っていく。

 だがそれで終わるわけも無い。

 たとえ数十倒されようと、また再び生み出されていくのだ。

 だから次の手が必要なる。

 

 「っち、仕方がない! 借りは後で返してもらうからな! 《二重召喚》“爆弾魔よ”《コール・デヴィル・ボムトルーパー》」

 

 次に動いたのはローガン。

 この手を使えば、間違いなく自分は選考からこぼれおちる。そう思いながらも、ローガンは悪魔を呼び出す。

 呼び出したのは18体の《ボムトルーパー》。

 《偽証》によって召喚数を3倍化し、特典武具の効果によってさらに2倍化した、召喚数によって大量の悪魔が呼び出される。

 この悪魔をそのまま敵にぶつけるわけではない。

 それではあの〈UBM〉を倒すほどのダメージを与える事も出来ないだろうという確信はあった。

 だから、この悪魔たちの使い道は、次へつなぐための一助とすることに使う。

 ローガン本人にとっては業腹だろう。自分にあの〈UBM〉を倒す手段がなく、かつ知り合いがその手段を持っていて、そしてその知り合いに手柄を渡さなくてはならないなんて。

 自分が何者よりも勝っていると自負する彼にとっては、許しがたい屈辱である。

だが、自分の力を悔いながらも、彼はこの道を選んだ。

 彼の望む先には、この道が手っ取り早いだろうかと悩みながらも。

 ついでに、ミックの奴が失敗してデスペナになってしまうのなら、それはそれで俺が頑張ってMVP特典をとってやるだけだ! と自分を納得させながら、地面に向けていた《ボムトルーパー》を爆発させる。

 

「ギギ」

 「ッローガンか! 荒っぽいな……だが助かる!」

 

 《ボムトルーパー》の標的にさせ、爆破したのは地面。

 今もなお、ミックと【アルヴィニオン】と……ルパンがたっていた足場を崩す。

 これによって、【アルヴィニオン】からの猛攻はなくなり……なによりも《グレイブアームズ》による邪魔がなくなる。

 

 足場が崩れた事によって宙に浮く3者。

 この状況を生み出してくれたローガンの方を見ながら、ミックはあの〈UBM〉を倒す手段を使用することを決める。

 この〈Infinite Dendrogram〉において威力を出すスキルレベルを保有するジョブスキルは複数ある。そのなかからレオンが探しだした、ミックに合うジョブスキルの中でも最もよく使うのが汎用スキルと、そしてスレイヤー系統だ。

 ○○殺しと名がつく、スレイヤー系統は下級の段階のスキルレベル1からスキルレベル5までも十分に強力な性能を誇っている。

 しかし、もっとも変わるのが節目に入ってから。下級の頃は20%ずつ推移していた上昇値が、上級の領分に入った途端にその性能を飛躍的にアップさせる。その推移する量はスキルレベル1ごとに50%ずつになり……そしてそれは超級職との節目でも行われる。

 純粋に攻撃力を強化できるスキルであるため、このスキルを基本的に使っていくのが、最近のミックのスタイルになっている。

 

 そして、これから行うのはそれの発展系。

 まず、ミックは両手に持っている武器をしまう。

 これから行う事に、両手がふさがっているのは不利でしかないからだ。

 そして、アイテムボックスからひとつの武器を《瞬間装備》によって瞬時に取り出す。

 選んだ武器は【一族殲滅 ババババスター】と名がつけられた一人のジュジュと名乗る〈マスター〉が造った、オーダーメイド武器。

 次に両手に異なる物を持つ。

 右手に大筒を持ち、敵である【アルヴィニオン】に狙いをつけ。

 左手に金貨を持ち、自分の〈エンブリオ〉のスキルを起動する。

 起動するスキルは《精を奪い、才を与えよう(ギフト)》という、【リャナンシー】の第2スキル。

 対象は敵ではない。

 ミックを含む誰一人として、あの〈UBM〉のスキルがジョブスキルを使用していることなど分らない。それにたとえ使っても、《ペンは剣より強し》の『エラー』によって、再び動き始めてしまうのが落ちだ。もしかしたら攻撃できなくなるかもしれないが、それに賭ける必要はないだろう。

 そしてローガンたち、他の仲間でもない。

 この状況で仲間のスキルを増やすことに意義が生まれるスキルは少ない。

 それこそスレイヤー系列や、ローガン用に《悪魔強化》スキルを渡すぐらいだろう。もし他に手立てがあればそれを使ったかもしれないが、今回は違う。

 残るは一人のみ。

 

 そう、《精を奪い、才を与えよう(ギフト)》の対象となるのは、ミック自身である。

 このことに気がついたのは、お互いに〈エンブリオ〉のスキルの内容を共有し合っていたレオンだった。

 それまで所有者であるミック自身も気がつかず、そして試さなかった方法。

 《精を奪い、才を与えよう》の文面を簡潔に書くと『自分が保有するスキルを、この〈エンブリオ〉が触れている相手に渡す』というもの。

 あくまで〈エンブリオ〉が触れている相手に渡すものであり、『他者』に渡すスキルではない。

 その違いは大きい。そう――

 

《精を奪い、才を与えよう》というスキルは、〈エンブリオ〉である金貨に触れているのなら、自分も対象にすることができるスキルなのだ。

 自分のスキルを自分に渡しても意味はないと思うだろう。

 そう確かに、通常ならこの手間をかける意味などありはしない。

 だから通常でない方法によって、この手間の意味を生み出している。それは《ブラッド・アビリティ》という方法。

 この二つの〈エンブリオ〉を組み合わせる事によって、できること。それは――

 

 「リャナンシー、《精霊殺し》セット、《精を奪い、才を与えよう(ギフト)》、《精霊殺し》セット」

 

 ひとつのジョブスキルレベルの二重強化。

 本来《ブラッド・アビリティ》では、ひとつのジョブスキルに対してひとつの枠しか使用することはできない。

 だが、《精を奪い、才を与えよう(ギフト)》によって付け加えられたジョブスキルは元のスキルと同一としては扱わない。

 その違いによって、再び《ブラッド・アビリティ》の対象とすることができるのだ。

 元々、《ブラッド・アビリティ》のスキルレベルと同数値のスキルレベル6として付け加えられた《精霊殺し》のスキル。それが、《精を奪い、才を与えよう》によってスキルレベルそのままに加えて、さらにそこに《ブラッド・アビリティ》の強化が入る。 

 スキルレベル12という、本来の限界を軽く突破した《精霊殺し》の攻撃補正値は550%。

 対エレメンタルに限り、今のミック・ユースは五万近い攻撃力をたたき出すことが可能になる。

 

 それだけの威力があっても、あの〈UBM〉を倒すのは不可能だ。

 スキルレベルが12に上がったことにより、猶予時間が増えたとはいえ、エレメンタルを倒さずにいればあと一分でこのスキルも切れてしまうだろう。

 五万近い攻撃力があっても、あの〈UBM〉のHPを削りきるのは不可能に近い。

 だが、彼の保有する戦力は何も〈エンブリオ〉と【万屋(ジェネラリスト)】だけではない。

 

 「ババババスター起動! 《石紫死(いししし)》」

 

 【ババババスター】から、紫色の丸い弾丸が発射される。

 最後の保有戦力こそ、【ババババスター】のもつスキル。

 《石紫死》の固有スキルは、ぶつかった相手に毒の状態異常を与える。

 だが、仮にも相手は〈UBM〉。ただの状態異常が通じるはずもない。

 

 「ジョウタイイジョウスキルトダンテイ。モンダイナシ」

 

 【アルヴィニオン】が断定した通り、このスキルを持ってもこの〈UBM〉を倒すことなど出来ない。

 問題はないと、空中だからというのもあるが……その身でまともに食らい。

 

 そして全身に毒がまわる。

 〈UBM〉を侵す毒こそ、《石紫死》の能力。

 この毒の性能は、使用者のもつ倒す相手にマッチした《○○殺し》スキルのスキルレベル性能によって飛躍的に上昇する。

 スキルレベル12に比例した威力は、それに対抗するスキルを保有していないなら神話級さえも侵し、ただの毒のダメージのみで十万程度は敵を削りきる。

 だがそれでも【アルヴィニオン】の全HPを削りきることは不可能だ。相手のHPは五十万、十万を削りきってもまだ4/5も残っている。

 しかし……それでも終わりだ。

 

 「グギャアアアア」

 

 【アルヴィニオン】であって、【アルヴィニオン】でないものの悲鳴が響く。

 その突然の悲鳴にローガンたちは驚くが……、ミックにしてみればなにも驚く必要のない事に過ぎない。

 ミックは最初から《看破》を使用していた。もともともつスキルレベル5に加え、さらに二つのスキルによって上限がアップされ、スキルレベル12という高ランクスキルで敵を看破して……不自然さに気がついた。

 それは敵に〈UBM〉の反応がありながらも、モンスターの集合体でしかないという情報。

 一度は、敵がモンスターの集合体であるというだけなのだとも思いはしたが、上から降ってきていた、大きな手の姿の【アルヴィニオン】を視認した時点で、ようやくその意味に気がついた。

 地面から生えてくる無数のモンスターも、四肢が集まってできていた人の形の異形も、そして大きな手の怪物も、すべては〈UBM〉である【アルヴィニオン】が生み出した物にしか過ぎない。

 

 確かにあの大きな手の怪物は強大であり強力だ。

 あのバカ高いステータスを同行する手段はミックにも無かった。

 しかし、わざわざあれの相手をするまでも無い。

 なにせあの手の怪物の中に存在する【アルヴィニオン】本体のステータスは、HPが1000ほどしかなかったのだから。

 もちろんあの硬い手を砕く方法はそうはない。

 だが、中身を倒すだけなら、今のミックは保有していた。

 

 それこそが《石紫死》のもう一つの効果。

 このスキルは相手に与えたダメージの○○殺しスキルレベル%のダメージを、周囲の同じ種族に与える事ができる。攻撃を与えられる範囲は、ここ一時間の連続同族撃破数と同じ。

 ゆえに、周囲1000メテルにわたり、エレメンタルすべてをなぎ払う、死の風が吹き荒れる。

 

 「ゴッガ」

 与えるダメージは1万2千。そんな威力に耐えられるエレメンタルなど、手の怪物を除きいるはずもなかった。そう本体も含めても。

 そして、周囲のエレメンタルが光の塵に変わり、同時に右手の怪物が力を失ったかのように崩れ落ちて……

 

 【〈UBM〉【肢造傀儡 アルヴィニオン】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ミック・ユース】がMVPに選出されました】

 【【ミック・ユース】にMVP特典【肢造背嚢 アルヴィニオン】を贈与します】

 

 そのアナウンスによって、戦闘が終了したことが告げられる。

 

To be continued

 



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エピローグA 登りきった先は、明と宵の狭間

(=○π○=)<……あらすじでとある部分を消去しました。
(=○π○=)<タグではずいぶん前に消していたのですが、こちらでも……

(=○π○=)<嘘ではないけど……な部分だったのでタグ指摘されたくなかったので早めに消したんですが、こちらも残しておくのは止めた方がいいという結論に達したので……




エピローグA 登りきった先は、明と宵の狭間

 

26 day

□【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 手と腕の怪物が消えていくのが見える。

 大きな右手の怪物が光の塵になっていくのが見て取れる。

 あれがミックの切り札の一つなんだろう。

 理屈こそわからないが、あの切り札によってあの〈UBM〉を倒し、そして周囲の雑魚モンスターをも一掃した。

 ……それが悔しい。あいつに出来て俺に出来なかったことが。

 やはり、今の俺には強力な一撃を与える事ができる手段を持っていないのは、弱点と言えるだろう。

 それを解決するための手段はいくつか考案しているが、それでも他の方法を模索するのは悪手ではあるまい。

 そう思いながらMVPを獲得したであろうミックの方を見る。

 《ボムトルーパー》によって地面を破壊したせいで、ミックは下に向かって急降下している。下の階層であるはずの99階層を含めていくつかの階も、落盤に巻き込まれて大きな穴をあけている。

 いくらミックが複数のスキルを併用することによって、高い実力を誇っているとは言っても、あの高さから落ちたら無傷では済むまい。というよりデスペナに陥るだろうな。

 MVPを取られた腹いせに死んでもらうというのも一興かもしれないが………

 

 「行け」

 

 腕を振りおろし、悪魔たちに指令を下す。

 下す指令は当然『ミックの救出』。

 さすがに知人を見殺しにするのは、気が引けるからな。

 俺の命令を聞いた《バタリオン》はミックがいる真下に向けて飛ぶ。むしろ落ちるという雰囲気だが、まあそこは気にはしない。

 ミックが落ち始めたのは数秒前とはいえ、タッチの差で結構下まで落ちていっている。

 ステータスアップ系の魔法で強化しようにも、最初の《スカウト》による特攻攻撃の際に、なけなしのMPを総動員して使ってしまったため、俺の現在のMPは空に近い。

 MPを使う事なんてそうそうなかったから、俺が持っているMP回復用のアイテムも最下級の物でしかないから、瞬時に回復できない。

 このままでは《バタリオン》がミックに追いつく前に、ミックが地面に激突してしまう気がするが、どうしようもないな。今からAGIを得意とする《スカウト》当たりを呼び出そうとしても、時間が足りない。その前に地面に激突してしまうだろうな。

 さて、どうしようか? と俺は考えて、

 

 「ふむ、これはすこし緊急事態ですかな? いいでしょう。このままではミック君が死んでしまいかねません。よみがえらせるのも難しいでしょう。ここはひとつ私が手助けをいたしましょう」

 

 ルパンがひとつの手段を使用する。

 

 「《偽典:スペリオル・アジリティ・エンチャント》」

 

 それは単体のAGIを大幅に上げる事が可能な、【付与術師】系の超級職のスキル。

 強化する割合は、元の数値の10倍。

 元々AGIを《偽証》によって3倍化させていたのもあって、現在の《バタリオン》のAGIは3000に至る。

 素の3倍化《スカウト》に匹敵するAGI(はやさ)を手に入れた《バタリオン》は、強化された素早さを持ってさらに加速しミックに追いすがる。

 数十メテルを落ちた時点で、俺が差し向けた《バタリオン》による悪魔の手は、無事にミックに届くことになる。

 次の階層まであと何十メテルしかない地点まで落ちていたので、素の《バタリオン》ではミックが地面にぶつかるまでにとらえるのは不可能だったな。

 ミックを捕まえた《バタリオン》は、そのまま空を飛び悪魔の背に捕まる俺たちの元へ向かってくる。

 

 「助かったみたいですね。よかったのです」

 

 モンスターを倒し終えたからだろうが、空を飛ぶ悪魔の上を器用に踊りながら跳んでいた桜火は踊るのを止め、おとなしく悪魔の上で待機をすることにしたようだ。

 俺は桜火とは闘技場で戦ったことがない。あくまで桜火が戦ったことがある姿をちゃんと見たのは、闘技場におけるいくつかの試合とこの塔に上ってからでしかない。

 闘技場で戦っている時には、さして疑問に思う事も無かったが、あいつの能力は一体どれくらいなのか、はっきりいって想像したくも無いが、あんなアクロバティックな戦い方ができるくらいだ、相応なのだろう。

 

 「ふぅ、やっと勝てたな。あれが〈UBM〉か、今までに戦ったことがある敵とは一段も十段も格が違ったわな。にしても今回は疲れ果てたわ、クーも元に戻るまでに結構な時間はかかるだろうし、しばらくはのんびりさせてもらおうか」

 「ええ、皆さんお疲れ様です。百層からなる塔を登りゆき、最後にこうして物語の最後を飾るにふさわしい強敵を倒すことができた……、自殺などという手段を使わずにあなた方はこうしてここ(地上)に戻ることができたのですから」

 

 ブルーノはあの槍の投擲で力を使い果たしたのか、あれ以降悪魔の腕の中で疲れ果てたようにおとなしくしている。

 ルパンの奴もおとなしくしていた分、にこにこと笑顔を輝かせながら、こちらに近寄って来る。

 さっき、いきなり声をかけられた時も思ったが、やっぱりこいつ空中を歩けるのか。どうやっているんだと聞きたいところだが、聞いてもどうせ『手品です』としか言わないのは目に見えているがな。

 

 「おおー、すごいのです、ルパンさん。どうやって空中を歩いているのですか!」

 「ふっふっふ、手品です。ネタばらしは禁物にお願いいたしますぞ」

 

 ……やはりな。

 短い付き合いだが、なんとなくわかったぞ。こいつ人を驚かせたり、はぐらかしたりするのが好きだ。

奇術師というのなら、そういうのも普通なのか?

 

「あ、ミックさんが戻って来たのです」

 

悪魔の上に器用に正座していた桜火が、下から悪魔に抱えられえ上がってきていたミックに指をさす。

 ……さて、これでミックを救出することに成功したわけだが。どうしようか。

 特典を手に入れた祝いに、背中を強くたたいても文句はないだろう………、いや俺のステータスじゃあいつが痛むレベルは無理だろうな。

 仕方がない、普通に迎えるか。

 

 「お疲れ様です。おめでとうなのですミックさん」

 「ええ、おめでとうございますミックさん」

 「よかったなミック」

 「………おめでとう」

 『やはり、許せませんね。主様が手に入れるべき、アイテムを横からさらうなど』

 (……うん。俺が納得したことを蒸し返すなよなシュテル)

 

 ミックは手を振り、俺たちに返事とする。

 

 「おお、みんなありがとうな。ようやく〈UBM〉を倒せたな」

 「ええ、おめでとうございます。さて、こうして悪魔の上に立っているのも大変でしょう。私が凱旋の路を築くとしましょう、起動《偽典:虹霓創造(■■■■■)》」

 

 ルパンがそう言ったかと思うと、空中にたつルパンは杖を自分がたっている空間に向けて叩く。

 杖に叩かれた空間から放たれる波紋は、虹色に輝き地上の崖にまで光が伸びる。

 虹色の光によってできたもの、それは……

 

 「わー、綺麗なのです。これってもしかして橋なのですか?」

 「ええ、そうでございますとも。虹を生み出し、その虹を通り道とするように形成するスキルであります」

 「ほぅ、虹の橋か。北欧神話のようじゃの」

 「……ふむ、そのような物語があなた方〈マスター〉の世界にはあるのですね」

 「これってもう降りれんだよな? っと」

 

 ミックが悪魔の腕の中から抜け出して、虹の橋の上に立つ。

 おー、と感嘆の息を漏らした後、つま先でコンコンと虹の橋をたたくが、それで壊れることはなさそうだ。

 桜火はそれを見て、「私も」と悪魔の上のから飛び降りて、橋の上に飛び降りブルーノもそれに続く。

 俺も、悪魔に抱かれているのは心地が悪い。飛び降りて他のやつと同じに虹の橋に降りる。……少しだけ心配したが、無用だったな。

 

 「ふむ、みなさんお気に召して下さったようで、よかったです」

 「ふぅ、やれやれ長い道のりだったな。もう敵が襲ってくることもあるまい、シュテル合一形態を解除していいぞ」

 『よろしいのですか? ……かしこまりました。アポストル形態に移行します』

 

 ルンペルシュティルツヒェンの返事とともに、俺の身体から光の粒が漏れたかと思うと、その粒は人の形となる。いうまでもなく、ルンペルシュティルツヒェンがアポストルの形態になったということだな。

 

 「お疲れ様です主様、長い道のりでしたね」

 「ああ、そうだな。登り始めて大体一日くらいか、リアルだとおよそ8時間といったところか」

 「あー、そういやもうそんぐらいたっているんだよな。道理でさっきから【空腹】や【尿意】がずっと鳴りっぱなしだったわけだ。……こんな状態でよく〈UBM〉を倒せたな―俺」

 「ワシもそうだな、やはり時間が結構たっているから、相応に覚えるか」

 「はー、私も早く帰りたいのです」

 

 全員そんなに、【空腹】や【尿意】がひどいんだな。俺はそこまででもなさそうだが。

 そういうアナウンスが出た覚えがないしな。

 

 「ああ、もう大丈夫ですよ。この橋を登りきった先は、【職害魔晶 クリスタルエラー】の影響圏外ですから。そこからならもしかしたらあなた方の世界に戻る手段を使えるかも知れませんね」

 「本当なのですか? それじゃあみなさん急ぎましょう!」

 

 ルパンの言葉を聞いて桜火が、道を走っていく。

 そこまで急ぐほどか? とも思うが大変なのかもしれない。女の子らしいしな。

 

 (にしても、速いな。桜火のAGIは確か1000越えていると言っていたな? 【舞剣士】なんてAGIが高くなさそうなジョブについているというのに、そこまでAGIを出せるという事は〈エンブリオ〉の補正が随分と高いという事か)

 (そうおっしゃらないでください! 主様には私がいますよ!?)

 

 なんかルンペルシュティルツヒェンがすごい迫力に満ちた顔で、こちらを見ているんだが………

 理由は大体想像できるから、放っておくとするか。

 

 「おー、急ぐな桜火。そんなに厳しかったのか……」

 「ミック老婆心ながら忠告しておくが、女性の前でそういうデリカシーの無いことを言うのは止めておいた方がいいぞ。ワシも若い頃にそういう事を妻の前で言ってしこたま殴られた覚えがあるからな……」

 「「「うわー」」」

 

 妻の暴力性に驚けばいいのか、ブルーノの無神経さに嘆けばいいのか。

 ……夫婦なら問題なさそうな事案だろうが、気にしたらいけないかもな。

 すくなくとも俺にそういったのはまだまだ早いだろうしな。

 

 「おーい、皆さん速くー。景色が綺麗ですよー」

 「……まあ急ぐとするか」

 

 虹の橋を登りきった先で、桜火が手を振ってこちらに合図をしている。

 景色と言っても、荒野でしかなかったと思うが……、ミックのいうとおり急ぐとしようか。

 

 空が見えてくる。

 男5人で黙々と歩きながら、俺は開いている〈クリエラ渓谷〉の(うえ)を見上げる。

 もう結構遅いのだろう。空を彩るのは、深い青と紅に両断されていた。

 渓谷から見上げる空の景色は、虹の橋を登っていく毎に広がっていく。

 

 

 そして、塔と虹の(きざはし)を登りきった先は、明と宵の狭間だった。

 

 「へー、綺麗なもんだな。スクリーンショットにとって、キャロルたちに見せてやろうっと」

 「ううむ、いい景色だな。婆さんと一緒に見たくもあったが、仕方がないか」

 「月は東に、日は西に、ですね。終幕を飾る景色としては、最高峰と言えそうですね主様」

 

 群青色に染まる東の空には、青白く光る真円の満月が浮かび。

 緋色に染まる西の空には、橙と赤で輝く太陽が燃えている。

 黄昏時としても絶景といえる、その光景はたしかに桜火の言う通り、綺麗で急がせたくもあるだろう。……【尿意】がひどかったからじゃないんだな、ブルーノの勇士?を聞いた俺が桜火にそれを訪ねる事はないが。他の奴ならともかく、俺相手ならPKも辞さないかもしれないしな、あいつ。

 

 「やーっと、来たのですね。遅いですよ」

 

 のんびり歩いてはいたが、そこまで遅くはなかったとは思うんだがな。

 

 「ふむ、お待たせしましたな。いやいや、老骨には長旅は疲れる物でしてな」

 「老骨って……、見たところルパンの歳って40位だろ?」

 「はは、年齢は内緒です」

 

 ルパンはシルクハットを深くかぶり直して、持っていた杖の先端を唇にあてる。

 言う気はないという事か。正体不明、年齢不明で結構怪しい気はするが、まあ悪い奴じゃなさそうだしな。

 

 「さて、地上に戻ったわけなんだが……、ここでお別れと言う事でいいか?」

 「異議なーし、なのです。さすがにここから皇都までもどるのは、骨が折れる所じゃないのです」

 「クーもいないしな。徒歩だとあそこまで戻るのに数十時間掛かるだろう。走れば桜火は数時間まで短縮できそうだがな」

 

 走ることになったら、俺がいつまでたっても戻ることができなくなるな。

 そんなことになる位なら、普通にログアウトするぞ。

 

 「そういえば、クーちゃんの姿が見えないけどどうしたのです!? もしかして死んじゃったのですか?!」

 「死ん……、まあそういう事になるか。ワシのスキルの一つに〈エンブリオ〉であるクーをコストにしなければならない奴があるからな」

 「そんなぁー」

 

 スキルの発動に〈エンブリオ〉のコストが必要なのか、ずいぶんと重いな。

 俺の知る限り〈エンブリオ〉自身をコストとして指定しているのは、【アマノジャク】くらいでそれも必殺スキルだったからな。

 だが……いくら重くても、闘技場で使用する分には問題ないのか。俺と同じでいくら重いコストでも踏み倒せるのは強いな。

 やはり――

 

 「とはいっても、クーの奴も〈エンブリオ〉だし、数日経てば復活するぞ?」

 「うぅ、クーちゃぁぁん。……はぁ、それならまた会える時を待っているのですぅ」

 

 考え事をしていたら、桜火が項垂れているな。

 そんなにあの犬が気に行ったのだろうか?

 塔を登り始める前の小さい形態だったならそれもわからなくもないが、あの大きな犬の状態で気にいるのはどうしてだろうか。……考えてもはじまらないな。

 そう思って、桜火の方を見ていたら、気持ちの整理がついたのか顔を上げてミックの方を見て口を開き、

 

 「そういえば、ミックさんが手に入れたMVP特典ってどんなのです?」

 

 そんなことを聞いた。

 脈絡がないいきなりな質問だったが、その質問は俺にとっても有意義だ。

 なんせ、この時点で俺の【魔式手甲 ゲーティア】と同等かそれ以上の性能を誇る、MVP特典を手に入れたのだ、どんな能力を持っているのかは聞いておきたい。

 ナイスだ、と桜火に心の中で呟きながら、ミックの返答を待つ。

 ミックは、「ああ、そういえば」といいながら、アイテムボックスからひとつのアイテムを取り出す。

 あれがMVP特典なのだろう。だが、そのアイテムの形は……

 

 「……一応、これがMVP特典だな」

 「……え? なんなのです、それは。ローガンのとはまるで別物なのです」

 「そんなものが、MVP特典なのか?」

 「ふむ、面白い特典が出ましたね。ええ、《鑑定眼》をもつ私が宣言しましょう、間違いなくこれはMVP特典であると」

 「……鞄ですねこれは。武具防具らしい主様の【ゲーティア】とはまるで別物ですね」

 

 そう背負う事ができる黄土色の鞄、またはリュックの形をしていた。

 大きさは一昔前のゲーム機体である、任天堂switchを3つ4つ程重ねた程度。

 小さめの背負い鞄というところか。

 

 「えーと、名前は【肢造背嚢 アルヴィニオン】だな。それで、えーとスキルはっと……、はぇ?」

 

 特典武具を左手に持ちながら、右手でウインドウを開き特典武具の性能を見ていただろうミックが、変な声を上げて固まる。

 

 「どうしたんですか。ミック・ユース、主様達に性能を速く言ってほしいのですが」

 「……あー、いや。変な特典武具だと思ってな……、なんて言ったらいいのかはっきりいってこいつの使い道が分らないぞ」

 

 使い道が分らない?

 特典武具は、討伐MVPに対してアジャストされる。

 討伐者が使えない特典武具なんて出るはずも……、いやそうか。

 あの【犯罪王】のやつが手に入れた効果が分らない【再誕器官 グローリアε】に関しても、【犯罪王】のやつでも使い道が分らないことがあった。

【黒纏套 モノクローム】のようなアジャストしているけれど使いやすいものではないのかもしれない。

 アジャストはしているのだろうが、使い道が分らないという事はあり得るのか。

 

 「スキルはえーっと、《クリエイト・ザ・イリーガル・オブ・ユース・ハンド》だな。というかそれしかない。スキルの効果を見る限り手を生み出すスキルみたいだな」

 

 あの〈UBM〉が使っていた、手と足を生み出すスキルか。

 確かにあのスキルは強いのかもしれないが、前線で戦う事を求めるミックにとっては不要かもな。

 

 「へー、そんなMVP特典もあるのですね。もっと強いものだと思っていたのですが」

 「うーん、見た限りあんまり強いって感じじゃないな。まあ仕方がない、外れだと思って諦めるさ」

 

 ミックはそう言いながらも、特典武具を背負い装備するみたいだが。

 まあさすがに特典武具をしまうほど装備が充実しているという事も無いだろうしな。

 にしても………

 

 「いや、これ俺に似合わないよな?」

 

 ミックも自分で言っているが、あまり今のミックにあった服装ではないな。

 特典武具は、装備した場合の服装としてアジャストまではされないからな……、もっともそれがされていればフィガロや先々代【龍帝】のような存在は生まれなかっただろうが。

 

 「あー、まあそれに合った装備を手にいれればいいと思うのです……」

 「それ似合ってないってことだよな……」

 「ふむ、特典武具が必ずしもMVP獲得者にとって、似合いの装備が出るとは限りませんからな。ですがMVP特典は優秀です、手に入れたのなら例えに合わなくても装備した方がよろしいかと」

 

 中には、全身暗黒装備の【聖騎士】とかいるしな。6章時点だと【斥候】だったが。

 俺もこれから特典武具を手に入れていくのだろうが、なるべくちぐはぐな装備は勘弁したいな。

 

 

 「おっと、リアルからの呼び出しだな。そろそろいいだろう、ワシはそろそろ帰らせてもらうとするぞ。それじゃあな、あと今日は助かったぞルパン。またいつかお礼をさせてくれ」

 「おう、じゃあな。また決闘場で」

 

 ブルーノが別れのあいさつをしてから消え去る。

 用があったのか、どうやら急いでログアウトしたみたいだな。

 

 「さて、これでお別れなのですね。私もそろそろログアウトさせてもらうのです……結構さっきからアナウンスが激しくなっていますしねー。ルパンさん有難うなのです」

 「そうだな、それじゃ俺も帰るぜ。またなローガン、使い道よく分からないけど特典手に入れたし、すぐにお前のとこまでいってやるからな」

 

 そういって、残りの二人もログアウトする。

 後は俺だけか。

 ログアウトせずにこのまま帰るのは……、ポイントの無駄だな。

 経験値も低いし、剣が無くなった以上雑魚の相手をする意味も無いか。

 

 「さて、俺たちも帰るぞシュテル」

 「はい、かしこまりました主様。それではルパン・ジ・アシッド、今日は主様達の為に有難うございました、礼は言わせてもらいます」

 「ええ、こちらとしても理由はあったので構いませんとも」

 

 さて、それじゃあ俺たちも帰るとしようか……

 いや、その前にひとつ聞いておきたいことがあったんだ。

 

 「そういえばルパン。ひとつ聞いておきたいことがあったんだがいいか?」

 「ふむ? 一体なんでしょうか。私に答えられる事でしたら、お答えいたしますが?」

 「お前が造った塔の事だ。ルパンは塔の中でなら【クリスタルエラー】の影響は受けないっていっていたよな? だが最後のあの〈UBM〉との戦いで、あのとうの上層部は崩れ去っている。

  もし、あの塔の内部でのみ【クリスタルエラー】の影響が及ばないというのなら……塔の上層部が崩れ去った時点で俺たちも影響を受けないはずはない(・・・・・・・・・・・・)

  あそこまで上なら影響を受ける規模も少ないかもしれないが、だがあの時点で俺のスキルもそれに他の奴のスキルも、影響を受けたような風には見えなかった。

  他者接触状態が続いていてログアウトができなかったのだから、俺たち全員が【クリスタルエラー】の影響圏内にいたのは確かだ。

  だからわからない。俺たちはどうして塔の上層部でもジョブスキルを発動できたのか」

 

 一息で捲し立てる。

 あの塔の上層部で、ブルーノの一撃で塔の上部が完全に崩壊した時点から感じていた違和感。

 それがどういう意味なのかを尋ねる。

 結局俺たちはどうもせずにこうして帰ることができた時点で、こいつが何かを企んでいたわけではないというのは分る。

 それにあの時は他の事が気になっていたしな。ミックのMVP特典とか。

 だが、こうして尋ねる機会が生まれたなら聞いておきたい。

 

 俺の質問に対して、そんなものが出てくるとは思わなかったのだろう。

 ルパンが少し息を詰まらせる。

 だが、「いいでしょう」とため息をはき杖を持ったまま、こちらに向かって器用に拍手をしてくる。

 

 「ええ、コングラチュレーション!! ええ、その通りでございます。確かにあの説明は多少なりとも嘘をはらんでいました。しかしあなた方をだますつもりではなく、あくまでもこちらが言いたくない事実を隠そうとしただけという事は理解してもらいたい」

 「……それはどういう事なのでしょうかルパン・ジ・アシッド。なぜわざわざそんなことをして主様達に隠し事をしたのか尋ねたいのですが?」

 

 やはり、俺の考えはあっていたのか。

 シュテルが言う通りに、俺もその内容に対して尋ねてみたいな。

 

 「ふむ、仕方がありませんな。私にも隠さなければならないことがあるので、言える範囲でしかありませんが、それでもよろしいならお話しましょう」

 「構わない」

 「さて、まずあなた方が他の世界に飛ばされない理由ですが。それはひとつのスキルが影響しています。言うまでも無く〈イレギュラー〉と呼ばれる〈UBM〉【職害魔晶 クリスタルエラー】のスキルです。

  その固有スキルの名は《ミリオンズ・エラー・ハンズ》というもの。

  そのスキルの効果は見えない百万の手を用いて相手に『エラー』を送り込むという物ですね。

  三神の手によって、【クリスタルエラー】は封印され、《スキルエラー》の効果は大幅に落ちました。実を言うと、地底深くならともかく……20層位まで登った時点で《スキルエラー》の影響圏外からは逃れられていたんです。ですが、【クリスタルエラー】には遠方に対してスキルを送り込むことができるスキルがありました。

  見えない手で触れた相手に『エラー』を送り込むという性質上、触れられない相手にはスキルが意味をなしません。実際【覇王】はすべての腕をたたき落とした上で、【クリスタルエラー】に対処していました。

  ですが、残念ながら私にはその方法が使えません。いえ、そういう事ができるジョブ使いを見たことがあるのならば可能でしょうが、私の今生においてそう言ったジョブを持っている人は見掛けたことがないものでして。

  なのであなた方に対して私が行って手は一つです。

  それは影響を受けたジョブスキルを、あなた方のスキルの影響を行わないように元のスキルへとチューニングをすること。それができる方法を私は所有していました」

 

 そこまでいってルパンは息をつく。

 ルパンが話した内容は……まあ、わかる範囲のものだ。そう言ったスキルなら俺たちに効果が及ぶし、ルパンがそれに対処していたというのなら、塔が崩れ去っても俺たちに何の影響も無いからな。

 

 「これが真実です。私が言いたくなかったのは、『エラー』を中和できる方法を取得しているという事を言いたくなかったからですね。できれば塔の力で効果が受けないということで納得してほしかったのですが……、仕方がないでしょう」

 

 そういうことだったのか。

疑問が無いわけではないが、これ以上の事はルパンが言うこともないだろうな。

さて、聞きたいことも聞けたしそろそろ帰るか。

 

 「そうか、わかった。それではなルパン、今日は“自害”を選ばすに済んでよかったぞ。それじゃ帰るぞシュテル」

 「はい、主様」

 

 そうして俺はメニュー画面から、『ログアウト』を選択し、この世界から消えうせる。

 かすかに「私も助かりました」という言葉を耳に残して。

 

 

 「さて帰ったな」

 

 〈Infinite Dendrogram〉の世界からログアウトして、元の現実世界に戻る。

 このまま、ログインしたいが………

 

 その前に、トイレとご飯を済ませないとな。

 そこまでしたいわけでもないが、今やらずにログイン中にしたくなったら目も当てられない。

 大量に買い込んでいた、カップラーメンから適当に一つを選び、ポットのお湯を入れて、出来上がるまでの3分を待つ。

 この空いた時間で、トイレに行っておこうか?

 と、思った俺はトイレに行き、手を洗い食事ができるようにしておく。

 ふと、この現実世界における疑問点の一つが沸く。

 それは、この家に住むことになってからずっと疑問に思っていた事……、それは!

 

 「なんで、この家は鏡の類いがないんだよ! それも洗面所を含めてさぁ!」

 

 いや、他の部屋に関しては神の奴が用意し忘れただけというのも、わかるが。

 さすがに洗面所に鏡が無いのは、家の不都合だろう。

 すこしだけここのオーナーである椋鳥修一に、修理の依頼を出したくはなったが、特に使う物でもないし、金はそこまで余裕がない。

 一応、敷金・礼金・月々の家賃に関しては振り込まれているようだが、俺に用意されていた口座にはそこまで多い額が入ってなかった。

 それこそ、毎月の〈Infinite Dendrogram〉の費用を払い、3食分のカップラーメンを買いこめば、それでお金の大部分が消え去るほどだ。

 多少の金の余裕はあるが、だからといって使わないモノに対して金を掛けたくはない。

 

 「まったく、ここは高級なマンションじゃなかったのか……、とそろそろ3分か」

 

 いつまでも洗面所の前に突っ立って文句を言っても仕方がない。

 俺は洗面所から抜け出して、キッチンに向かい、カップラーメンのできを確かめる。

 

 「うん、ちょうどいいな。やっぱりラーメンは美味しいな」

 

 自分の部屋に戻りながら、カップラーメンを食べながらパソコンに向かい〈Infinite Dendrogram〉の情報が乗っているサイトを見る。

 基本的に俺はずっとログインしているからな、こういう機会で情報を集めておかないと。

 そうしていくつかのサイトを見回って、ほしい情報のいくつかを集める。

 一番欲しいのは超級職や〈UBM〉の生息区域の情報なんだが、さすがに今の段階でそういうのは出回っていないな。

 

 そうして、食事の後片付けをした後、俺は再びログインする。

 自分が目指す物の為に。

 

To be continued Episode Ⅲ-B

 




(=○π○=)<長かったですが、これで3章A終了です。

(=○π○=)<ええ、Aですとも

(=○π○=)<いくつかの小話をはさんでから3章Bに続きます。



(=○π○=)<………なお、この話しの後半に出てくる設定は後付けです。

(=○π○=)<6話でやらかしてしまったので、それの修正後の設定ですね……

(=○π○=)<幸いなのは、全体的には問題ない設定と言う事ですね。元の設定でもこれは可能でしたし

(=○π○=)<大幅に変わったのは、【クリスタルエラー】が強化されてしまったくらいです

(=○π○=)<それと、6話に「ああ、それと地上に上るまでは、【クリスタルエラー】の影響圏内であることには変わりないので、おそらく地上に出るまではあなた方は他の世界に飛ばされることはないでしょう」という科白を追加しました。


(=○π○=)<ログイン時間も含めて3章Aは結構見直すことが多いなと思いました。

(=○π○=)<今度からこういう事がないように、これからもがんばっていくので、お付き合いいただければ。


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閑話1 悪魔剣・上

(=○π○=)<閑話だから、7000字程度で終わるだろう……

(=○π○=)<そんな甘い考えでした。

(=○π○=)<書いてみたら普通に1万を軽く超えてた

(=○π○=)<なんで分割です

(=○π○=)<できれば今日中に連投したいけど、どうだろうか? まだ書いている途中なので……


閑話1 悪魔剣・上

 

33 day

 

□〈エディア丘陵〉 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 木々が生い茂る小高い丘の中腹。

 俺は48の悪魔を放ちながら、狩りをしていた。

 狩る標的は一種類のモンスター。

 この地に到着してから、十時間程かけてモンスターを討伐し続けている。

 これまでに討伐した目当てのモンスター総数は90程度、目標にはまだ少し遠いがそこまで遠いわけではない。

 あともう少し、と思いながら悪魔に令を放つ。

 放つ命令は、これまでにも何度か放ったもの。「猪を追い立てろ」という悪魔を猟犬とした狩りの命令。猟犬代わりの《バタリオン》にモンスターに攻撃しないように注意させつつ、俺の方にモンスターを誘導するように、という命令。もっともそこまで詳しい命令を出すことはできないので、ちょくちょく《バタリオン》にやられるモンスターを何度か見たが、さすがにそれは仕方がないだろう。

 そして今こうしている間も、《バタリオン》という猟犬に追い立てられ、こちらに向かってくる一体のモンスターを見る。

 

 「BOAAAA」

 

 猪突猛進という四字熟語さながらに、猪がこちらに向かって突進してくる。

 猪の頭上に浮かんでいる【リトル・アーマー・ボア】という表示を見ながら、俺は剣を構える。

 持っている剣は【ビギナー・ブロードソード】と呼ばれる、最初に手に入れられる武器で、その性能はレベル10程度の【剣士】が使うようなひどい性能の物だ。

 だが……仕方がない。

 俺にはこれしか扱えない。何よりもステータス面において、現在の俺は強力な武器を保有することを拒まれている。

 もしくは、もっと強力な武器に目を向ければ、それを解決することもできるだろう。

 だが市販されている武器に、俺が望む性能の物はなにひとつとしてなかった。

 確かに俺が装備できる、装備攻撃力が高い武器はあったが……、そんなものは必要としない。

 だから俺はここにこうしている。

 本来の俺の適正レベルである102よりはるかに低い、適正レベル10程度の雑魚モンスターを相手に。

 

 その理由は二つ。

 自分が望む性能の武器を、オーダーメイドするためと。

 自分の欠点のひとつである、近距離戦闘能力を改善するための手段の一つとしてだ。

 

 「はぁあっ!」

 

 両手に持った、剣を振るう。

 狙うのは当然、こちらに愚直に向かってきている猪のモンスターの首めがけてだ。

 俺のSTRは低く、武器攻撃力も拙いが……

 それを覆すのは簡単だ。

 

 「BUAAAAAA」

 

 猪の猛突進を横にサイドステップをしてよけながら、同時に両手に握った剣を思いっきり横に振るう。

 真っ当な剣の使用方法を考えるならば、バットを振るようなフルスイングは本来の剣の使用方法とは外れているだろう。

 使用方法の違いを知りながらもなおこういった戦いをしているのは、自分のステータスの低さと技巧の低さを補うため。

 

 〈Infinite Dendrogram(このゲーム)〉では、攻撃力を生み出しているのはステータスの多寡だけではない。俺たちの世界と同様に如何に筋力が高くても、触れただけで敵を吹き飛ばすなんてことはできはしない。

 高い威力は、それをともなう物理の法則をもってなされる。

 攻撃の速度、力の伝導。これらを上手に出すことができるのなら、ステータスを活かした高い威力を出すことができる。逆に言うのなら、そこをうまくコントロールできるのなら相手のHPを1にする手加減()等ということもできるが、それができるのは一部の頭のおかしい技術を持った連中限定だろう。

 俺がフルスイングをしている理由はそれに起因する。簡単に言うのなら、要は威力がほしかったのだ。

 大半の〈マスター〉は、STRのすべてを威力に変換できない。その中でSTRのすべてを威力に変換できるのなら、大抵の下級より威力を出せるはず、という確証のない理論を試してみていたのだ。

 

 「BUWOOO」

 

 ……そう思って、試していたのだが……

 

 (やはり、これでは無理か……)

 『見た目は、ダメージを与えられていないように見えますね。おそらく全力で振った分、うまく相手に当てられなかった、というところでしょうか?』

 

 ……おそらくそうだろうな。

 全力で振るったフルスイングは、猪に当たりこそしたものの、敵の鎧じみた毛皮と皮膚に弾かれて、鉄と鉄がぶつかりあった甲高い音を奏でるだけに終わってしまっていた。

 俺の攻撃力が、あの【リトル・アーマー・ボア】の防御力を貫通出来なかったわけじゃない。

 全力で振るった所為で、高速で突っ込んでくる猪にうまく当てる事ができず、相手の毛皮と皮膚の上を滑って弾かれただけ。全力投球のストレートに対して、フルスイングを行い、バットの上をかすめてファールになる感じか。

 

 (これではだめだな。一か八かに欠ける状況でもないし……、戦士としてではなくいままでどおり【悪魔騎士】として倒すとするか)

 

 俺を中心として猪が楕円を描き、走り続けている。

 おそらくは機を窺っているのだろう。俺の隙を弱点を、モンスターながらに観察している。

 このまま待てば、いつかは突っ込んでくるのだろうが、わざわざそれを待つ必要も無い。

 元より、この戦いはただの素材回収。時間をかけず、ただ作業のように狩るのみ。

 

 「悪魔たちよ……、おいたてろ」

 

 命令を下す。

 《バタリオン》という名の猟犬に、素材元を俺の所に来させるという命令を与える。

 俺の命令を聞いた悪魔たちは、望みの通りに【リトル・アーマー・ボア】の進路に立ちふさがる。

 悪魔たちの役割は、壁か赤い布を持った闘牛士か……

 

 (さて、どう動くか……)

 

 俺が猪の動きを見つめる中、猪は走り続け、悪魔に迫り……

 そして、悪魔を避けるように別の方向へ走る。

 

 (壁の役割か……、なら!)

 

 さらに悪魔を動かす。

 今回使うのは10体程度の悪魔のみ、壁として使うのならそれだけで事足りる。

 猪の進路を悪魔の壁でうまく調整し、猪の進行方向をこちらに向けさせ……

 

 「さあ、こいモンスター」

 

 こちらに向かって、茶色の弾丸が向かってくる。

 【リトル・アーマー・ボア】はその名の通り、END(硬さ)が高めのモンスターだが、決してAGI(速さ)が劣るわけではなく十二分に早い。さらにはあの速度での突進は低いSTR(筋力)を補う威力を生み出している。

 防御は不可能。まともにぶつかれば、死が待ち受けるのは当然。

 回避は無意味。ここで避けても、敵に決定打を与える事は出来ない。

 どちらも選択せずに敵の攻撃をただ座して待ちうける。

 もちろん諦めたわけではない。

 ひとつの狙いを胸に、敵がただ突っ込んでくるのを待つ。

 

 「BUOOO」

 

 敵が近づく。

 10メテル。

 

 「用意しろ」

 

 狙いを悪魔に伝えて、行動させる。

 残り5メテル。

 

 『……2・1』

 

 時間を正確に測れない俺に変わって、ルンペルシュティルツヒェンに時間を数えさせる。

 カウントダウンの対象は、俺の目の前に猪が届くまでの時間。

 そしてそれに間に合うように、悪魔の手が届くように計算された時間。

 俺がすべきことは、カウントダウン終了とともに悪魔たちに号令を与える事のみ。

 ……残り3メテル。

 

 『ゼロッ!』

 「今だ! 行けぇ」

 

 眼前に猪が迫り…………そして同時に横から2体の悪魔が飛び出す。

 当然、瞬間移動など出来るはずもない。この2体はあくまで突進する猪に合わせて、横から攻撃させておいただけの悪魔だ。

 だがそれでも、猛突進していた猪にこの挟撃を防ぐ事は出来なかったようだ。

 奇襲ではあるが、もし失敗したら失敗したで狩りを継続するだけだから、こちらにとって悪い事は何もない。

 何より成功したしな。

 

 「BUOOOOO」

 

 2体の悪魔が押さえる【リトル・アーマー・ボア】が暴れて、大きな鳴き声を喚き立てる。

 暴れてはいるが……この猪の攻撃力は速度あってのもの、それを押さえてしまっているなら、悪魔2体がかりでなら暴れられても問題はない。

 とはいえ、このままにしておいては、いつか抜け出てしまう可能性もある。やることはさっさとやってしまおうか。

 剣を押さえられて地面に伏している、猪の頸部に当てる。

 威力を出すために、剣を上に振りかぶり、

 

 「処刑者のまねごとだ、頸を落いていけ」

 

 俺が放った剣戟は、本来の俺のステータスの低さをものともせず、そして俺より高いはずの猪のステータスの高さを無視して、猪の首を両断する。

 それを為しているのは、俺の持つ特典武具である【悪魔手甲 ゲーティア】の固有スキルである《六法悪書》からなる《融合召喚(フュージョンサモン)》の力。

 これによって俺のSTRは300上昇し、並みの下級戦士系統カンストと同等の攻撃力を誇っている。

これでもそれほど高いわけではないが……それでもこの程度のモンスターを相手にするのならば、問題はない。

 この300という上昇値は《バタリオン》によるものだ。本来なら《クラッシャー》というSTRが高い悪魔をコストにすれば3000という10倍差のSTRを手にいれられたが、今回は費用対効果を織り込み、《バタリオン》で我慢している。

 

 首を絶った猪が、光の塵になっていく。

 周囲を一通り見渡せば、もはやすでに俺が呼び出した《バタリオン》達しかいない。

 もう少し居ると思ったんだが……どうやら《バタリオン》が追い立てる際に無駄に討伐しまくっていたらしい。

 俺の出す命令に悪魔がもっと忠実に動いてくれたなら……いや、命令に対しては忠実だ。だが、細かい命令を下すことができず、ここで思考することもできないのは面倒だな。

 もし広域制圧型に特化するのなら、召喚悪魔の戦技能力向上スキルをもつジョブをとるのもいいかもしれないな。

 

 「狩り場を移すか。あと数十狩れば目標にも達するだろう」

 『はい、このまま南下してしまいましょう。確かそちらにも【リトル・アーマー・ボア】の生息群生地帯があったはずです』

 

  ――よし、では次に行くか。

 

 

 それから、何体も狩り続けた。

 とはいっても、目標自体が近くなっていたためそこまで大量に狩らなくてもよかったが。

 

 ウインドウからアイテム画面を開き、自分の目的とする物が揃っているかどうか確認する。

 ほしかったのは当然、【リトル・アーマー・ボア】のドロップアイテム。

 種類にはこだわらなくていい、という事なのですべて合わせて100のアイテムがあるつまり、あの【鍛冶師】に用意しろとされていた分はこれで完遂した。

 そしてこの戦いでほしかったもう一つのカウントもこれで打ち止めだ。

 そのカウントは……

 

 『主様、これでジョブ条件の討伐カウントが貯まりました。第1条件はすでに満たしているので、これであのジョブに就くことができますね』

 「ああ、そうだな。これで条件成立だ、もっとも何体かは外れてしまっているものもあるかもしれない、帰り際にあと何体かモンスターを倒していくぞ」

 『はい、かしこまりました』

 

 

 ぴちょん、という水滴の音が聞こえる。

 雨が降ったわけではない。そして水道から零れおちたわけでもない。

この水滴音がなった理由は、路上に置かれている机の上にある、杯が倒れこんできた男につられて横倒しになってしまったからだ。

 男が倒れた理由は、おそらくカードゲームで金を賭けて負けた男が勝者に対して暴力を振るったからで、そこからお互い喧嘩に発展している。

 特に俺がかかわる必要も無いので放置しているが、やはりここの治安はひどいな。

 それでも武器をとりださずに徒手空拳のみでやり合っている分、【悪魔戦士ギルド】がある地区よりはまだ治安がましだといえるが。あそこは人死がたまに発生するし、後ろ暗いところがあるギルドも多いからな。

 本来なら、俺はこんな所を通ったりはしない。それなのにここを歩いているのは目的があるからだ。

 【リトル・アーマー・ボア】を規定数である100体分倒し終えたことで、すべての素材を集め終わった俺は、鍛冶師に会うという目的の為にここにこうしている。

 

 「えっと、こっちだったか?」

 

 皇都の裏路地を歩いて行く。

 このあたりは一度、鍛冶師と会うためにミックに連れられて来たことがあるが、それでも曲がりくねった路は、どう行けばいいかを覚えておくのはきついものがある。

 覚えなくても、地図に書き込めばいい……と思うかもしれないが、それができない理由が大小とある。

 小さい理由が、俺が会おうとする鍛冶師が地図などの公開情報に書き込まれることを望まないからだ。鍛冶師とは人がたやすく来れない秘境で鉄を鍛えるべし、という俺には理解できない信念をもっているため、誰かが知ることができる状況を好まない。

 その結果が会員制・紹介のみの、偏屈さじみた鍛冶師の誕生だ。

 俺はミックに紹介されているため、その鍛冶師に武器制作を依頼できるが、他の〈マスター〉がいきなり尋ねても門前払いになるらしい。

 《真偽判定》がつけられたアクセサリーを持っているようで、もし鍛冶師に対して「地図に書き込んだ」とか「誰かに無断で教えた」という嘘を言ってしまえば、その時点でその嘘を言った人間は鍛冶師に追い出されてしまうほどだ。

 

 「はい、確かにこちらであっているはずです。目印から考えても、今はこちらにあると考えていいでしょう」

 

 戦闘を警戒する必要性がないため、アポストル形態になっていたルンペルシュティルツヒェンが俺の独り言に答える。

 やはりこっちでいいらしい。俺だけだと見逃しかねないから、こうしてもう一人の眼を利用できるのは便利だな。

 見逃してはいけないのは、ルンペルシュティルツヒェンも言っていた鍛冶屋につながる目印のこと。

 そしてそれが地図にかけない大きな理由である。

 この鍛冶屋は移動する(・・・・)

 移動と言っても、扉を開けるごとに違う世界(とびら)につながるとかいう、二次元じみた方法ではなく、単純に彼の鍛冶師がログインごとに商売および錬鉄を行う工房の位置を変えるというだけである。

 そんな、ログインごとに位置を変えることができる工房が、普通の家の形式をとっているはずがない。

 理由としては、さほど不思議ではない。その形式を為しているのはTYPE:キャッスルという工房の形をした〈エンブリオ〉を鍛冶師が持っているからだ。もっとも俺が知るのはそこまでで、その〈エンブリオ〉の名前やスキルなんかは何一つとして知らないわけだが。

 目印はその移り変わる工房の位置と鍛冶師の現在地を知るための物。ステータス地点から置かれた目印をたどっていくことで、本命の場所にたどり着くことができるのだ。

 目印はそこまで複雑な物ではなく、今回の目印はハトが描かれた看板に沿って行く、というだけであり、そこまでたどるのは難しくはない。ただし小さく書かれているせいで見逃しかねないというのが難点であったが。

 

 「ん。見当たらないな。どこか見逃したか?」

 「いえ……。こちらであっていたはずですが。ということはここが目的の場所……と言う事になるのでしょうか?」

 

 周囲を見渡す。

 先ほどまで通っていた少し物騒な通りから外れた場所にある、ひとつの踊り場のような休憩地。

 黒と肌色が組み合わさったレンガの足場と俺の身長を優に超す3メテル程の塀。

 裏路地でありながら、特に不自然な所はないように見える周囲の光景………だが、ここが終着点だというのなら、何かしらの仕掛けがあるのだろう。

 ならば後は――

 

 「シュテル、このあたりを二人でくまなく探すぞ。最後の目印が書かれているかもしれない」

 

 はい、というシュテルの声を聞きながら、二人で手分けしていろいろと試してみる。

 地面を構成しているレンガを一つ一つたたいたり。

 塀を造っているレンガを一つ一つたたいたり。

 二人で手分けして3分ほどが経ち……やっと発見することができた。

 仕掛けは塀の一番右下のレンガ。それを軽く押すと、少しへこみそのままにしておくとレンガが元に戻る、というもの。

 間違いなくこれが入口だろう。

 シュテルを呼び戻し、レンガを押す。そうすると岩……レンガが動く音が響き、地面のレンガがいきなり一列分ガコッと下に落ちる。

 

 「おおっと」

 

 それで仕掛けを理解して、邪魔にならないようにシュテルとともに横にずれる。

 そうしている間にも、仕掛けは動き続けている。

 下に下がった一列に加えて、さらに一列さらに一列と順々にレンガが下にさがっていき、そしてできた物は、

 

 「……これは階段ですか」

 

 人一人が通れるかという程に横幅が狭い階段だった。

 レンガひとつ分の幅しかないせいで、一つ一つの段差の幅が足をうまくかけにくい階段としてなら失格な物だろうな。だからといって、ここから先に進まないという手を使う事は出来ないわけだが。

 

 「こんな仕掛けがあるんだな、このドライフには……」

 

 複雑な仕掛けで、秘密基地への入口を開いたこの階段だが、しかしこの入口を造り上げたのは、俺をここに呼び出した鍛冶師ではない。

 俺も詳しくはよく知らないのだが、このドライフ皇国には普通の人が知らない裏道や隠し通路が沢山用意されているようだ。ここもそのひとつ。

 本来なら、始めたばっかの〈マスター〉が知りえる物ではない。もちろんソレに特化した〈エンブリオ〉を持っているというのなら話は別だが。だが鍛冶師が持っている〈エンブリオ〉はそうではないだろう。キャッスル系でそんな能力を持っている〈エンブリオ〉など希少種もいいところだろうし……。

 俺も詳しい回答ができるわけではない。だがジュジュに聞いたところ、昔受けたクエストの報酬の一つらしい。どういうクエストで、どういう報酬だったかは教えてくれなかったが。それで隠し通路の部分に〈エンブリオ〉による工房を築いて、居を構えているわけだ。

 ドライフ皇国という国の地下にどうしてこんな仕掛けがあるのか、という疑問はあるがそれは考えても仕方がないし、先に進むとしようか。

 ルンペルシュティルツヒェンに「いくぞ」と告げ、階段を下りていく。

 

 「暗いな……」

 

 明かりがついておらず、足もとさえおぼつかない。

 地上から階段を十段程度降りただけでこれだけ暗いと、この先どれくらい暗くなるか見当もつかないな。

 アイテムボックスからカンテラを取り出す。使うかどうかわからなくても、簡単な冒険用装備一式は用意してあったからな。

 暗い通路を道なりに進む。そして歩き始めて一分が過ぎた時……その工房が姿を現した。

 

「相変わらず変だな」

 

 思わず感想が口に出てしまう。

 工房である鍛冶師の〈エンブリオ〉、それは奇妙奇天烈な威風の家。屋根だけ見てもサンタクロースが入るような煙突があり、屋根の一部は瓦が積み重なってできた古風な屋根があり、一部の屋根がセリ上がっており……、和風・洋風・中華等々さまざまな国の建築様式が混ざり合ったような、そんな家だった。

 

 「さて、素材は集めた。俺の理念は伝えた。あとは解読不能な箱(シュレディンガー)を開けるのみ」

 

 そして、俺はドアをたたき……

 

To be continued

 



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閑話1 悪魔剣・下

(=○π○=)<連続投稿2話目です。前の話を呼んでいない方はそちらからどうぞ。

(=○π○=)<9時に間に合わなかった……


閑話1 悪魔剣・下

 

□ドライフ皇国地下 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

「俺だ。ローガンだ。ジュジュはいるか?」

 

 一部が障子になっている鉄製のドアをノックしながら、俺がやってきたことを告げる。……が。

 

 「来ないな。〈エンブリオ〉がある以上、本人(マスター)がいるのは確定なんだが……」

 

 数分またされても、鍛冶師が出てこない。

 もしかしたら気がついていないんじゃないかと、再びドアをノックしようと扉を叩こうとしたちょうどその瞬間、

 

 「あー、だれだ……、あーローガンかできてるぞ」

 

 一人の男が扉をあけて出てきた。

 20代ぐらいの男で、黒髪黒目の……おそらく日本人。

 頭に白いタオルを巻き、上半身裸で、右腕に赤いスカーフの様なものを巻き、下はインナーらしきパンツしかはいてない男。前に会った時は、服を一応着ていたはずなんだが、鍛冶をするために脱いだんだろうか?

 

 「そうか、できているか」

 「お久しぶりです。えー、ジュジュ」

 「おう、あー、とってくるからちょっと待ってろ」

 

 やはりルンペルシュティルツヒェンもこいつの名前はそう呼ぶか、まあそうだよなキャロルもだがこいつも相当な名前だからな。

 ジュジュが工房の中に戻っていく。これから取りに行くのだろう。

 俺も懐から普段使っているアイテムボックスとは別のアイテムボックス……、ジュジュに頼まれた素材ひと組をつめた、いらないアイテムボックスを取り出す。

 

 「待たせたな、ほれこれがお前の新しい武器の素体だ。あとは魔改造するのみだな」

 

 戻ってきていたジュジュがアイテムボックスをこちらに渡してくる。

 これが俺の新しい武器。その始まりの形なんだろう。

 アイテムボックスをすぐに開きたいが……、その前に俺は手に持っていた素材入りのアイテムボックスを渡す。

 

 「これが依頼されていた素材ひと組だ、確認してくれ」

 「ほいよ、んむんむ。あーちゃんとあるな。毎度ありー」

 

 ジュジュが確認している間に、俺もアイテムボックスから剣をとりだす。

 とりだした剣の名は【無銘】。

 今はまだ何にも成れていない、始まりの形だからだろう。

 ミックに聞いた限り、この鍛冶師はどんな武器・形であろうと、最初の素体はこの名前で統一するそうだ。名前を考えるのが面倒なのだろうか。

 剣の形は典型的な西洋剣。

 一応、両手で持てるだけの広さを持たせてもらった剣の柄以外は、普通の剣とさほど変わりはない。

 変わるのはこれからなのだから。

 剣を軽く振り回す。後付け(・・・)も考えて、今までに使っていた武器より取りまわしやすくなってはいる。

 

 「……これ自体に問題はないな。後は頼んだぞジュジュ」

 「ああ、任せておけ」

 

 これ自体に問題はない。だから次に進める為、剣をジュジュに再び手渡す。

 次に会うときはどんな形になっているだろうか、と少しわくわくしながら。

 

 「どれくらいかかる?」

 「うん? んー、まあ一時間程度かねー。それでローガンはずっと待っているのか?」

 「……それでもいいが。いや、やはりもう一つの用事を済ませておこう。一時間後までにはここに戻る」

 「まー、遅れても数日ぐらいなら、俺が保管して置いてやるけどな。……分った、それじゃ俺は作業に入らせてもらうぞ」

 

 そう言って、ジュジュは扉の奥に姿を隠す。

 今から作業に入るのだろう。

 先ほどジュジュに言った通り、ここにいても仕方がない。

 後はジュジュに託して、俺は先にもう一つの用事を済ませるとしよう。

 

 「これで一つ目……だな。さて後もう一つを手に入れに行くとしようか」

 「はい、お供します主様」

 

◇◇◇

□■

 

 あの少年から手渡されたアイテムボックスを手にする。

 同時に、あの少年がいいと言った武器を机の上に置く。

 

 これから行うのは、今まで通りの魔改造武器の作成。

 特になんという事も無い、普通の作業。

 今回は少し特殊なオーダーが入っているが、それでも問題はない範囲だ。

 

 俺の名はジュジュ………と、今は名乗っている。

 《看破》なんかのスキルを持っている連中相手だと、俺の名前がばれてしまうこともあるが、それでもなるべく隠しておきたい。

 名前はまだない……というフレーズを使ってみたくもあるが、残念ながら俺の名前はあるし変えられない。

 今までに何回も体験したVRMMO。

 本当にバーチャルという物を体現できただけの今までの作品と同じだろうと考え、そして失敗した。

 好奇心で変な名前をつけてしまったからだ。

 俺みたいな名前の〈マスター〉も、同じ境遇の〈マスター〉も、誰一人としていないだろうな……、という確信がある(後日知った話だが、その確信は間違っていたらしい)。

 俺がこうして一人で黙々と鉄を鍛えているのも、それが原因の一つだ。適当に付けた名前だと言っても自分の名前を笑われたくないしな。ちなみにここの入会……というか顧客の条件もそれが含まれる。俺の名前を笑うやつに武器を造りはしない、という多分他の人に行ったら何か言われそうな予感がする基準があったりする。

 

 頭を振りかぶる。

 たまに思考がずれてしまうのが俺の欠点の一つだ。欠点自体は多いから、特にというほどでもないが。

 頭を仕事のモードに切り替える。切り替えると言っても、明確に変わるわけではない。というかそんなことができる奴がいるはずがないだろう、という確信がある(……後日 知った話だが、本当にそういうやつがいるらしい。しかもそれなりの数が)。

 俺の場合、よし仕事するぞ! という意識の切り替えのようなものだ。たいていの人間がやっている事でしかない。

 まずは、今回の依頼者である、ローガンのオーダーを確認する。

 

 ローガンから頼まれたのは、単純だが難しい、ある一つの事のみだ。

 そのオーダーの内容は、『武器性能のすべてを犠牲にして構わない。補正のすべてを投げうって構わない。俺のステータスの低さを補う、または利点を強化する装備スキルをつけてほしい。それと装備制限はジョブレベルで』、と言う物。

 武器攻撃力がいらない、とかどんな理由だ? とおもったが、それはローガンが習得したいと言っていたジョブスキルの内容を確認して理解した。

 確かにこれなら武器攻撃力はいらないな、と。

 補正が要らない、と明確に言うのは珍しいなとも思った。MVP特典のように補正が勝手につく装備はある。だがそれは一部の高ランクの装備のみだ。

 ティアン・〈マスター〉問わず、補正を積極的につけられる鍛冶師はそれほど多くはない。

 どちらかと言うと、高ランクの武器を造った拍子に勝手に付いてしまう、というレベルだ。

 勝手に付かない……とはいっても、だからといって最初からそれを投げ出すのは珍しいなとはおもった。だが彼の事情(ステータス)を聞き、それも納得した。ついでにマイナスとかどんなだよ、と少し引きながら。

 

 武器につけたいスキル、つけられるスキルはそれこそ無数に存在する。

だが俺は、その中でももっともローガンに合うだろうなという組み合わせをイメージする。

 それがローガンに採取してもらった3種類のモンスターの素材。

 【ガードキャンサー】【ティールウルフ】【リトル・アーマー・ボア】を数百回倒してもらって、手に入れてもらった素材の……素材。

 

 これらすべての素材を、俺の〈エンブリオ〉のスキルで一つにする。

 俺の〈エンブリオ〉のスキルは、第一形態になった時から2つ存在し、そしてそのまま追加されることはなかった。

 上級になった現在でもそれは変わらない。

 俺が今回最初に使うのは、《千種千器多種多様融合融解一切一助天号炉》。

 このスキルがどんなものかと言うと……素材となるアイテムを最大1000個まで選び、それをもとにした新たなるアイテムを創造する、と言う物。

 アイテム合成に特化した俺の〈エンブリオ〉の誇る、大多数合成スキル。

 これで素材のアイテムを、まとめて新たなるアイテムとして産み出す。

 

俺はスキルを行うために、手に持った素材アイテムが入ったアイテムボックスを放り投げる。

 捨てるわけではもちろんない。投げ入れる先は、いまかいまかと材料(にえ)を待ち受けて火を幾度も吹きこぼす、炎の蝦蟇口。そしてそれが《天号炉》の素材投入口だ。

 俺の〈エンブリオ〉が、キャッスルだからだろう。俺のスキルを発動させるためには素材をそれぞれの投入口に入れなければならない。他の〈マスター〉に聞いた限り、俺みたいなタイプは少数みたいだな。

 放物線を描いて、綺麗に炎の中に投入された、アイテムボックス(そざい)は火の中で一つのアイテムとして造りだされる。

 炉でこそあるが、これは俺の〈エンブリオ〉の固有スキル。

 融解して、形成して……という、鍛冶や合金形成の手順を一切飛ばして、瞬時に完成される。

 正確にはすべてのアイテムが瞬時に完成されるわけではなく、素材によって多少時間差はあるが、これくらいなら瞬時に完成可能だ。

 

 《天号炉》の火を落とし、アイテムをとりだす。

 とりだしたアイテムの名前は《ararak;dlfajfasl:001》

 どうやらこの《天号炉》で制作したアイテムの名はランダムに決まるようだ。変えることはできないし、出来たとしても変えるのは面倒だからしないが。

 

 もちろんこれで終わりではない。

 あくまでもこれは一つの素材を造ったにすぎない。

 素材をさらに加工しなければならない。

 

 次に行うのは中枢となる機械部品の製作。

 もっとも、さほど難しいものではない。

 俺の〈エンブリオ〉は合成特化で、俺のジョブは【鍛冶師】。

 機械を制作できない俺が、機械部品を製作するのは不可能に近い。

 いくらなんでも、スキルを何も使用せずに、自分の頭のみで高度な機械なんて製作することはできないだろう……そういう確信はある(後日ry)。

 だから基本となる機械部品の製作は、外注である。

 俺の数少ない客じゃない知り合いの〈マスター〉に頼んで造ってもらった一つの機械部品を取り出す。

 もっとも外注で頼んだだけあって、その性能はそこまでの物ではない。この機械でできることは『あるスキルをパッシブで起動させ続ける』というだけのものだ。とはいえ重要部品に変わりはないが。

 

 俺は機械部品と、新しく制作された素材アイテムを手に先ほど使った炉とは別の炉へと移動する。

 この炉が、俺の〈エンブリオ〉の第2のスキルを起動させるために必要な特殊炉。

 スキルの名は《双発双機合成合体高度高域天上天下地号炉》。

 このスキルで合成可能なスロットは二つしかない。二つしかいない代わりに……このスキルは操作によってアレンジ・創作が可能になっている。

 機械部品と、素材アイテムを二つある入口に入れる。

 多少乱暴でも構わない《天号炉》とことなり、こちらは少しデリケートなので、静かに入れる。

 入れ終ったら炉の入り口を閉じ、操作を行い、合成をおこなう。

 合成の方法は今回は単純だ。機械部品の中枢に、うまく素材アイテムを入れ込む。ただそれだけ。

 ただし、操作をミスると、両方のアイテムを一度にロスしてしまうため、慎重に不具合が出ないかどうか確認しながら操作を続ける。

 時間にしておよそ20分。

 慎重に操作を行いながら、問題がないか確かめ、トライ&エラーを繰り返し……

 そして完成する。

 

 出来たのは機械部品A。

 当然、これは中枢の機械部品を仕上げただけだ。

 これで終わりなはずがない。

 

 出来たアイテムを手に持ちながら剣を手に持つ。

 そしてその二つを、再び《地号炉》に入れる。

 後は焼き直しだ。先ほど通り幾つものトライ&エラーを繰り返し、真正の武器を創り上げる。

 時間が40分近くかかり……、少しだけ時間がオーバーしてしまったものの、納得のいく物が仕上がった。

 

 後は名付けだな。

 この傑作にはやはり、〈エンブリオ〉と同様の上と下の二つで構成した名前が合うだろう。

 下の名前は……、いままでどおりの命名でいいな。よし下の名前はキボウソードだ。

 上の名前は……、何をさせたいか、だな。……そうだな、やはり守らせるわけだし守護、守護剣心だな!

 【鍛冶師】の持つジョブスキルの一つで、制作した武器に銘をつけるものを利用して、俺が造り上げた武器に銘をつける。

 

 そうして完成した武器を眺めながら、ウインドウを開き詳細を確認する。

 

【守護剣心 キボウソード】

一人の鍛冶師によって造られた改造剣。

自らの命と引き換えに、主を守る障壁を常時展開している。

 

・武器攻撃力

 10

 

・装備補正

 なし

 

・装備スキル

 《騎墓餓護(キボウバリア)》LV5

 

※装備制限:合計レベル100以上

 

 

 ……うん、狙った通りの出来だな。

 想像以上に、かなりピーキ―な性能をしているが。

 さらに《騎墓餓護(キボウバリア)》の説明も見てみる。

 そこにはやはり、俺が狙った通りの性能が記されていた。

 

騎墓餓護(キボウバリア)

 装備者がダメージを受ける場合、かわりに受けるダメージ分の1/5の数値分、この武器の武器攻撃力を下げる。

 ※発動時間1sにつき武器攻撃力を1下げる。

 

 ……やはりピーキ―だな。

 このスキルは、ようは武器がある限り、常時ダメージを無効にしてくれる。

 ただしその分、攻撃力が下がり攻撃力が0になってしまえば、武器が壊れさらには超過ダメージをそのまま受けてしまう。

 《キボウソード》の武器攻撃力はたったの10。このままでは50以上のダメージを受けただけで、この武器が壊れてしまうんだが……、大丈夫なのかね。

 ちなみにこのスキルの元となったスキルは2つ。

 一つは《ライフリンク》という自分につき従う好感度の高い従魔とHPを共有するスキル。

 もう一つは、《ブレイドハート》という自分のダメージを武器に移すスキル。

 この二つの構成を元に、アレンジして造り上げたのが、この《騎墓餓護(キボウバリア)》というわけだ。

 

 その後、戻ってきたローガンに武器を渡し、依頼が完了された。

 あいつはどれくらい武器をうまく使ってくれるか、少し楽しみではあるな。

 喜んでいたので使い捨てたりはしないと思っておこう。

 

 

 さて、それではこれでお疲れ様だな。

 今日の依頼はこれで終了。後はレベル上げ用に幾つか武器を造って、店に売り込むだけでしかない。

 だから、これで俺の〈エンブリオ〉の役目は終わり。また明日頼むな、と思いながら自分の〈エンブリオ〉を撫でる。

 俺がここまで〈エンブリオ〉をいたわるのは、やはり名前のせいだろうな、と思う。

 俺と同じ名前の〈エンブリオ〉。

 だからこそ共感し、いたわるんだろうと思う。

 まあ〈マスター〉の中に自分の〈エンブリオ〉を悪く思うようなやつはいない……そう確信している(ごry)。

 

 

 そうして俺は〈エンブリオ〉を左手の幾つもの文字が組み合わさった紋章の中にしまいこみ、上に出る。

 俺の〈エンブリオ〉――【長名多言寿限無融合合成結界領域工房 ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツウンライマツフウライマツクウネルトコロニスムトコロヤブラコウジノブラコウジパイポパイポパイポノシューリンガンシューリンガンノグーリンダイグーリンダイノポンポコピーノポンポコナーノチョウキュウメイノチョウスケ】に別れを告げて。

 

◇◆◇

□■

 

 この〈Infinite Dendrogram〉の世界において、ジョブは多種多様にある。

 レベル50まであげられて、最大6つのジョブをとることができる下級職。

 レベル100まであげられて、最大2つまでのジョブをとることができる上級職。

 そしてレベルを無制限にあげられて、かついくつでも取ることができる超級職。

 

 〈マスター〉の一人、ローガンもまた他の〈マスター〉同様にジョブについている。

彼がついているのは下級職である【悪魔戦士】をレベル50と上級職である【悪魔騎士】を52まであげている。

 本来なら上級職を上げる途中に他のジョブを取得する意味はあまりない。なぜなら、上級職の方がステータスは上がりやすく、またレベルが上がれば上がるほど強力なスキルを習得するからだ。

 複数を平行にレベル上げしようとすれば、どっちつかずになりレベルが上がりにくくなる。

戦闘職と生産職を同時にあげているアンジェラあたりが一番わかりやすい。彼女はレベル上げを両立しているためレベルの進みが遅く、いまだに100に遠く及ばない。レオンと異なりログインは頻繁にしているはずなのに……である。

 

複数のジョブに手を伸ばせば、逆に効率が悪くなる。その理屈を知るローガンが、レベル上げを途中で中断し、複数のジョブを取得しようとするのは手札を増やすためである。

 ローガンの〈エンブリオ〉はステータスの多寡よりも、スキルの多様さこそを是とする。

 【悪魔騎士】を上げる事で手に入れられる悪魔召喚スキルも強力ではある。だがそれよりも手札の幅広さを重視したい。そう考えてローガンは新たな道に突き進む。

 

 

□皇都 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

あれから地下を抜け出し、レンガが降りてできた階段を元に戻し(戻すためのスイッチが地下にあった)、そして今は目的の物を見つける為にまた辺鄙な所をうろついている。

 ここもまたドライフ。そして皇都である。

 辺鄙なところと言ったが、ジュジュがいた所や【悪魔戦士ギルド】がある区域と異なり、こちらはきらびやかな印象を受ける。

 それもそのはず。俺が今居る所は、俺が良く通う〈大決闘場〉のすぐ近くなのだから。

 エンターテイメントの一大拠点である決闘場のすぐ近くにあるだけあって、店や人が多い。だがこのあたりは大通りから外れていて、喧騒はあまり届かない。このぐらいになると辺鄙と言っていいだろう。

 そんな所に来ている理由は……俺が望むジョブが、こちらにしかないからだ。

 自分が選ぶ選択がどうなるか不安はある。

おそらく、ただ広域制圧に特化するのならこんな道を選ぶ必要はないのだろう。

だが――それでも……

 

 「これが幸となるか、災となるか……、やってみなければわからないな」

 

 幾度目かの葛藤を振り払いながら歩き続ける。

 闘技場を経由し、歩くこと数十分。

 ようやく目的のジョブクリスタルに到達する。

 汎用のジョブが込められたジョブクリスタルなら、皇都広場に存在する。

 だが俺が求めるジョブはレアジョブ。普通のジョブクリスタルに入ってはいない。

 だからわざわざここに来たのだ。この皇都周辺で唯一このジョブに就くことができるジョブクリスタルを求めて。

 レアジョブがあるとはいえ、それを求める人以外には普通のジョブクリスタルだからだろう。

 周囲に人がほとんどいないな。

 一応の警護役としてか、一人の兵士がいる事以外は皇都広場のジョブクリスタルとさほど変わりない。あちらは複数いたからな。

 

 兵士に軽く挨拶をして、ジョブクリスタルに触れる。

 俺が求めるジョブは【空想戦士(イマジナリーファイター)】。

 空想生命体を利用して戦うジョブであり、それを使い捨てるジョブ。

 ジョブリストから【空想戦士】を選ぶ。

 【空想戦士】はレアジョブの一つであり、下級職でありながらこのジョブに就こうとするならば果たさなければいけない条件がある。

 条件は二つ。

 一つ目は『自分が空想生命体を100時間以上保持していること』。

 二つ目は『自分が近接攻撃のみで、敵のHPを90%以上削ったモンスターの数が500体を越えること』。

 このうち一つ目の条件に関してはとっくに満たしていた。これでも最初の方は常時悪魔召喚していたからな。

 問題だったのが二つ目。この条件を満たすために1週間近くを費やし、条件を達成することに注力した。もちろんそれだけでなく、あの鍛冶師の依頼を達成することも同時に行ってはいたが。

 

 本来ならいつかこの条件を満たそうと思っていただけで、すぐにこの条件を満たそうとは思わなかった。理由は今就いているジョブのレベルが半分しか到達していないからだ。

 しかし、そのいつか、が今すぐ、に変化したのはあの〈クリエラ渓谷〉に落ちる日の事が原因だ。

 もちろん、落ちた事が原因ではない。最大の理由はミックに負けたからである。

 最初はすべてを投げ出そうかとも思ったあの敗北であったが、だがあの戦いは後で振り返ってみればいろいろと考える事が多いものだった。

 あの敗北の原因は大別すれば二つの要因だと思う。それは召喚悪魔の性能の低さと、自分の性能の低さ。

 細かい理由はそれこそ山のようにあるとは思うが、大きなものとするならその二つになるだろう。

 問題は強くなるためにどちらを強化するべきか、だ。

 真っ当に強くなるならば、悪魔強化一択だろう。純粋に広域制圧型としてなら、そちらの方が簡単に強くなれる。

 だが、決闘を視野に入れるとするのなら、その選択では……とどかない。

 個人戦闘に特化した者に、雲霞のごとき悪魔の群れも、強力な悪魔の精鋭でも、どちらをとっても勝てない。個人戦闘型は単体で蹴散らし、召喚者である俺に攻撃を加える事ができるのだから。

 

 そして俺が選んだ道は広域制圧型と……個人戦闘型によるハイブリット。

 

 【空想戦士】というジョブは本来ステータスの低い、召喚師系・従魔師系のステータス不足を補うためのスキルをいくつか持っている。

 もっともそれが芽吹くのは上級になってからではあるが、最大の問題の攻撃力不足に関してはすぐに解決するし、手札として使う分には問題ない。一応、今日中にあげられる程度はレベルを上げておいて、すぐに【悪魔騎士】に戻すつもりであるが。

 あとはジュジュのところにもどって、武器をとりに行くだけだな。そこからはレベル上げだ。忙しくなりそうだが……

 

 「……さて、これで【空想戦士】に就くことはできた。これで攻撃力に関しては不足はなくなる。防御力に関しても武器で補える。速さに関しては……これは上級職に上がるまで解決はしないが、今のままでも《融合召喚》である程度は補える。……個人戦闘型と広域制圧型のハイブリット! 最強のやつらとはちがって広域殲滅ではなく、広域制圧なのが気がかりだが……、だがこれで俺はもっと強くなれるぞ! あーっはっはっはぁ」

 

◇◆◇

 

(主様が喜んでおられるようでなによりです)

 

 ルンペルシュティルツヒェンは、自分の主であるローガンが笑っているのを見て、自分も喜ぶ。

 主の喜びこそ、自らの喜び。

 それこそが使徒(アポストル)なのだから。

 自身の思いを押し殺し、口にせず、心のうちでただ思うのみ。

 

 (しかし…………、剣をとらずに悪魔召喚のみに特化させた方が、もっと強くなると思うのですが……、ですが主様がそうされたいのなら私は突き従うのみですね)

 

 たとえ、それが――主の為にならないとしても。

 

To be continued

 




(=○π○=)<……そんなわけで、前からちょくちょく出していたジョブにつきました。

(=○π○=)<感想から、もっと広域制圧に特化しろよ、とか言われそうですが、いろいろあるのです。

(=○π○=)<本来ならもっと後につける積りだったけど……、ある割烹情報の所為でそれがくるってしまった。

(=○π○=)<違和感は多いかもしれませんが、とりあえずはこれで


余談:ジュジュ

(=○π○=)<キャラネームで遊びすぎた系マスターの一人。

(=○π○=)<文字制限がないときいて、名前を入れてみて、修正するのを忘れた人。

(=○π○=)<エンブリオの特性は素材合成・武器改造。

(=○π○=)<必殺はまだ習得していないですが、漢字です。効果はオンリーワン制作に特化したタイプ。詳しくはおいおい。


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閑話2 太陽と星

閑話2 太陽と星

 

46 day

□〈アガリー平原〉 【大司祭】レオン

 

 天頂に太陽が燦然と輝く。

 僕たちの目の前には、金の海原が広がっている。

 太陽から発せられる光は、金の海原に反射して、一つの絶景を生み出す。

 麦の様な穂をつけた、豊饒の印を蓄えた地平まで広がるほどの大草原。それが今僕たちがいる〈アガリー平原〉の情景だ。

 麦の様な金の海原が広がると言っても、食べられるものじゃないらしい。これで腹を膨らませるのは厳しいだろうというのが、この地域一帯にすむティアンの人々の言だった。

 

 僕たちがここにいるのは、あるクエストを受けての物だった。

 そのクエスト自体は対して特筆するべきものじゃなく、『村の近くにはびこっているモンスターを駆除してくれ』というだけの依頼だった。クエストの難易度は5という、難しくないとは言わないが、僕たちなら問題ないだろうというレベルの物。

 油断でも何でもなく、ただ事実として現段階で僕たちを脅かすような事態は起こっていない。そして見渡す限り、その予想外が起こりえる可能性は限りなく低い。

 今もなお、僕の視界内で二人が動きまわり敵を殲滅していくのが見える。

 

 敵は下級の雑魚モンスター。【ゴブリン・キング】が率いる100をわずかに超える【ゴブリン】種の軍勢。

 【ゴブリン・キング】を象徴する《ゴブリンキングダム》の効果でステータスを強化されている各種【ゴブリン】達を、彼女達は苦も無く殲滅している。

 いまだに首魁である【ゴブリン・キング】にダメージを与える事は出来ていないが、それでも配下である【ゴブリン】達を倒していけばその内に攻撃が通るようになると思う。民衆のいない王ほどみじめな物はないからね。

 

 「「「GUGYAAAA」」」

 

 どこかで【ゴブリン】達の断末魔が聞こえてくる。同時に広がる大きな爆発音と、天に向かって黒い煙が立ち昇るのが見える。

 ゴブリン達にとっての惨状を生み出した主は誰だろう……、と一瞬考えたけどこんなことをこの程度(・・)で済ませる事ができるのはA・D・Aだけだろうね。

まだ彼女(・・)は動いていないし、もう一人はそういう攻撃が得意じゃなさそうだしね。

 

 「……やっぱり、アンジェラだったか」

 

視線を爆心地に移動させてみると、そこにはやはり金色に輝くバズーカを肩に持ちあげて、盛大に爆発させたのが見えた。

 おそらく数体の【ゴブリン】が固まっていたのだろう。もしかしたら【ゴブリン・ウォーリア―】等の上位種が存在したのかもしれない。

 だけど、それをアンジェラはバズーカで一掃した。僕たちのパーティーにはいろいろなタイプの〈マスター〉がいるけれど、彼女は火力だけなら確実に2位(・・)になれるほどの火力を持っているね。

火力という点においては、大した火力を持っていない僕はともかく、万能性において僕たちのパーティーの中でも突出した能力を誇るミックさえも上回りそうだ。

今もアンジェラは金色に輝く銃を両手に持ち、周囲の【ゴブリン】達の脳天に鉛玉を命中させまくっている。

ほとんどの敵を近寄らせることもさせないほどに、密な銃弾の幕を貼り、その一射一射が敵を致命にまで持ち込ませている。

 銃自体はそこまで強力な物じゃないと聞いている。この前やっと上級職に上がったというアンジェラのチューニングがなされたと言っても、その性能は一撃で敵を討てるほど強力な物じゃない。

 一撃で敵を終わらせる。どこにでも売っている類の銃が、下級とはいえモンスターを倒せるほどの火力を出しているのは、さきほどからアンジェラが使用している《ゴールド・ラッシュ》のスキルによる強化がされているから。

 アンジェラの〈エンブリオ〉は上級に上がったことで、銃火器特殊エンチャントスキル《あなたが選んだのはどっち?(スムースorラフ/ウィッチ)》によってつける事ができる《ゴールド・ラッシュ》の性能も飛躍的に上がり、強化幅だけでなく持続期間に関しても強化がされている。

 元々、一撃のみに効果を発揮していた《ゴールド・ラッシュ》だけど、銃に関しては弾を撃ちきるまで効果が続くように改造できるようになり、敵を倒す効率も格段に上がっている。

 一発・一丁よりも六発・一丁の方が効率いいからね。それでも銃を使い捨てているのには変わりないけれど……それもアンジェラの〈上級エンブリオ〉の新しいスキルの御蔭で少し変わった。今のアンジェラは武器を使い捨てることをためらう必要がない。

 

 「さすがだね。まとも(・・・)に戦えるのが二人だけだっていうのに、アンジェラも……そしてあの子もよくやってくれている」

 

 視界をアンジェラから、もう一つの方に向ける。

 僕たちがこのクエストを受けると決めた時に誘ったもう一人の参加者。

 僕たちが初めて誘う、Friend‘s friend。

 ――そう僕・アンジェラ・彼女に続く4人目の今回だけの仲間(パートナー)。それは、

 

 「すごいね。さすがミックやあのブルーノって男を倒して、予選から抜け出ただけはあるってところかな? あの子だけでアンジェラの倍のモンスターを倒してるや」

 

 今もなお、踊り続けながら焔の蛇を使役する一人の少女。

 今回のエキストラとして協力してもらっている、七咲桜火という名の一人の子。

 彼女は強い。25位とはいえ、決闘ランカーに成れるだけの実力を持った、現時点の僕たちのパーティーの中で最強の力を誇る単騎戦力。

 

 ―-そう、僕たちのパーティーに、ミックは入っていない。

 

 誘わなかったわけじゃない。ミックを誘わない理由なんてないから、当然誘ったさ。

 だけど、彼は彼のやりたい事をするために僕たちの誘いを断った。

 現実(リアル)に用があったわけじゃない。ミックの用は遊戯(ゲーム)の中にある。

 彼が今回のクエストを僕たちと一緒に受けずに、したかったのは彼自身の鍛錬の為だ。

 レベルやステータスじゃない技術と言う力を速くつけなければならないと、ミックは思ったからこそ、僕たちの誘いを振り切って、今は一人で力を磨いている。

 理由はミックが決闘仲間全員に敗れたからだ。桜火ちゃんだけじゃない。ブルーノさんにも、そしてローガンにも。

 ミック自身が弱くなったわけじゃない。ミックはいまも変わらない強さを持っている。

 だが、今のミックの実力ではブルーノさん達のステータスに追いつくことができず、桜火ちゃんとローガンの二人の新戦力に及ばなかった。

 全員に負けて悔しがっていたけど、それでも諦めずに強くなる道を探し……そしてソレは近くにあった。

 

 彼が半月前に手に入れた一つの装備――特典武具と呼ばれる【肢造背嚢 アルヴィニオン】という一つのアクセサリー。背負う形の数種・数個しか入れられないアイテムボックスの形式をした、手を造るスキルを有するアイテム。

 ミックはあの特典武具を手に入れてから、少し使っただけで使うのを止めてしまった。

 理由は単純。あの特典武具は、能力が劣り、かつ使いづらい。

 手をバッグからしか生み出すことができず、一体しか生み出すことができず、スキルを持っているという事も無く………何より、生み出した腕を動かすのは自動(オート)ではなくイメージによって動かす手動(マニュアル)というありさま。

 ミックから聞き出した、あの特典武具の元となった〈UBM〉。【肢造傀儡 アルヴィニオン】との戦い、その能力からすれば弱体化というレベルではなく、完全な下位互換としか言えない。

 特典武具は元となった〈UBM〉のそれより、弱くなるということは知っていたけれど、あれほどだとは思わなかった。僕たちの知るもう一人の特典武具保持者であるローガンのMVP特典はそこまで弱体化していなかったし。

 伝説級の特典武具だというのに、その強さがまるでわからないよね。

 だからミックはあの特典武具を使うということをしばらくしてこなかったんだけど……

 それではダメだ。ということで特典武具を使って強くなる道を選んだ、というわけだ。

 

 

「すごいね……」

 

腕を動かす修行中のミックに変わって、頑張ってくれている桜火ちゃんは、かなり速いスピードでモンスターを倒していっている。

殲滅速度なら、ミックよりも上だねこれは。

彼女はくるくると回りながら、腕の振り、剣鞭の伸縮で焔の蛇を自在に使役して、ゴブリンを倒していってる。

ミックよりも一度の攻撃範囲が大きいから、一度に倒す数も多い。

数秒踊り、その一帯のモンスターを倒し終えたと思ったら、剣鞭の反動を利用して高く跳び上がり、踊り続けながら宙を舞う。

それをすごいと素直に思う。【剣舞士(ソードダンサー)】のスキルの大半は踊り続けなければ効果を発揮することはできない。踊りが終わったとジョブが判断すれば、その時点で効果が無くなるスキルを、永続的に発揮させ続けている。

踊り続けながら攻撃できるのは彼女の才能(エンブリオ)。踊り続ける事ができるのもまた彼女の才能(センス)

彼女は異なる才能を両立させて、普通の人間には不可能な奇跡を生み出している。

 

また一つ一帯のモンスターを殺しつくす。

地を這う蛇のアギトが最後に残っていた【ゴブリン・ウォーリア―】の頭を貫き光の塵に変えていく。

アンジェラもだけど、桜火ちゃんもまた下級とはいえモンスター1体を一撃で倒して言っている。

対ゴブリン戦を始めて、踊り始めてからそろそろ十分が経とうとしている。

それだけ時間がたっているのなら、僕のバフも含めて今の彼女の攻撃力は5000を超えているだろう。

僕はまだ《看破》をとっていないからわからないけどね。

さて、この分なら……

 

『……Master, Enemy』

 

僕ではない、誰かの声が近くから聞こえる。

敵ではない。これは僕の味方で……パーティーには含まれない四人目の意思を持つ存在。

それは僕の杖………【太陽獣杖 ラー】の声だ。

僕の〈エンブリオ〉であるラーは、上級に上がった時点でこうして話をすることができるようになっていた。もっとも話をすることができるとはいっても、流暢に話すことができずに、片言な英語になっていない不思議な文法で喋って来るのだけれど……一応理解はできるからこれでもいいかな? 

逆に理解できるからこそ、この程度の喋り方しかできていないという考え方もあるけど。

 

「ん。なるほど、モンスターが近づいてくるね。あの二人の攻撃範囲に入らずにここまで来たんだ……。すごいけど、でもやられるわけにはいかない」

 

ラーの忠告通りにこちらに向かってくる、三体の【ゴブリン】に目を向ける。

【ゴブリン】は僕の横合い……あの二人が【ゴブリン】達を数十と倒して言っている、黄金の海とは別方向のから来ている。

逃げ切ることに成功した……、というよりは別働隊と見た方がよさそうかな?

その割に、強そうなモンスターはいなさそうだけど……。

僕も《看破》をとるべきかな? 今まではミックにそこら辺を任せていたけど、僕もそこらへんは注意した方がよさそうだ。

それはそれとして、モンスターの相手は……

 

「うん、やっぱり僕が倒すしかないか。二人とも、ステータス強化はこれ以上いらないかな? 彼女も僕がいちいち強化する必要はないだろうし………ラー、《太陽は天に、空を舞う(シャイニング・デイズ)》の対象を僕に固定してくれないかな?」

 『YEEEEES!!』

 

 ラーにあるスキルの操作をしてもらうように頼む。

 そのスキルが、汎用万能バフスキルである《太陽は天に、空を舞う》。

 スキルの内容は、そこまで難しいものではない。一定範囲内にいる対象のステータスを最低3%から最大200%アップさせるというもの。

 上昇幅は対象にする数によって変わり、一人ならば高い上昇幅を与える事ができる代わりに、数十人にバフを与えるとなるとその上昇幅も反比例して低くなる。

 上昇幅を変化させてているもう一つの条件も含めて、スキルの性能が変化しやすくなってしまうある意味欠点なスキルだけど、それでもこの場面で僕単体に能力を使うなら問題はない。

 太陽の光が凝縮されていき、僕にその日差しが降り注ぐ。もっとも本当に太陽の光を凝縮しているわけではなく、このバフスキルのエフェクトにしか過ぎないんだけど。

 焦点を変えているのは、僕たちの頭上高く飛ぶ一羽の隼。

 ラーのメイン部位である“太陽球体”を変化させるスキル、《太陽は獣に変わる(ラー・ア・ラー)》によってモード・ファルコンとして空を飛んでいた、ラーの分体が条件付き広域バフを凝縮させ、単体バフに変化させている。

 手を握り、また手を開く。

 今はステータスを確認している暇はないけれど、僕のステータスはおそらく3倍になっているんだろう。

 これなら。

 

 「これなら、下級モンスターを相手取るのに問題はないね」

 

 近づいてきた【ゴブリン】の一帯が僕に向かって、手荷物棍棒を振り下ろしてきた。

 元のステータスでもこれくらいなら軽く避けられるだろうけど、今のステータスなら迎え討てる。

 上から振り下ろされる棍棒に対して、手に持つ長杖(ラー)をほぼ垂直に付き立てる。

 垂直そのままじゃない。あくまでもある程度の傾斜をつけることによって、棍棒は杖の柄を滑り、勢いのまま攻撃の方向をずらして地面に激突する。

 棍棒が杖を滑る音、棍棒が地面にぶつかる音を聞きながら、アイテムボックスから取り出した短剣を、全力の一撃を地面にぶつけられて硬直していた【ゴブリン】の首に当てる。

 こんな状態ではなった一撃だ、短剣をステータス的な意味合いで装備はしていないため、装備スキルや補正が入らないけど、元々僕はそんなスキルを持っていないからあまり気にすることじゃないね。

 後衛とはいえ、3倍化したステータスで首という急所を刺したその一撃は、言うまでも無く容易く【ゴブリン】のHPを奪い取り、光の塵へと変化させる。

 僕はそれを視界の端に入れながらも、さらに動き続ける。なにせこれで終わりではなく、同等とはいってもまだ2体も残っている。

 

 「GYAGYAGYAAA」

 

 仲間を殺されたからか、1体の【ゴブリン】が激昂して棍棒を横にスイングしてくる。

 一体目の【ゴブリン】を倒した僕の隙をつき攻撃して来た【ゴブリン】の攻撃を避ける事は出来ず、かろうじてこん棒と身体の間に杖を割り込ませてガードに成功する。

 だけど、ここで僕の悪いところが出てしまう。ただガードに徹すればいいというのに、悪い欲が出てしまい、短剣をカウンターの要領で攻撃を仕掛けてきた【ゴブリン】に対して行ってしまう。

 一応これで、攻撃を仕掛けてきた【ゴブリン】を倒すことには成功したけれど。

だけど、ガードに成功したと言っても、その一撃は防ぎきることはできずに反動も加わり後方に吹っ飛んで倒れてしまう。

 

 「まずっ、《フォース・ヒール》」

 

 倒れこみながら、転がることで最後の【ゴブリン】の一撃をよけながら、回復魔法を使ってHPを回復させていく。

 いくらモンスターを倒すことができたと言っても、その一手で窮地に陥っては世話はない。

 後悔を抱きながら、土と草にまみれながらも、転がることで回避しようとするけども………、間に合わない!

 そうして倒れ込んだ僕の目の前に現れた【ゴブリン】が、僕めがけて棍棒を振りおろそうとして、

 

 「くっ……、へっ?」

 

 その脳天に風穴があけ放たれる。

 風穴は数ミリの弾痕。

 いきなりの事でびっくりしたけれど、僕たちのパーティーでこんなことができるのは一人しかいない。

 それを為したのはもちろん。

 

 「おう、大丈夫かいレオン。まったくあんたは後衛なんだから、気をつけてくれなきゃ困るわさ。まあ、レオンほっといてのんきに、山狩りに励んでいたあたしがいえる事じゃないのかね?」

 「ああ、ありがとうねアンジェラ。おかげで助かったよ」

 

 助けてくれたのは、ライフルを肩に担ぎながら、こちらに意気揚々と向かってくるアンジェラだった。

 間一髪のところで助けてくれたらしい。

 彼女が来てくれなかったら、安全なはずのクエストでまさかのデスペナに陥っていた可能性もあったから、本当に助かった。

 それにしても彼女がこっちに来たという事は……

 

 「アンジェラ、戻って来たってことは終わったんだね」

 「ああ、私の分(・・・)は終わった。あとはあいつ次第だね」

 「そうか……。ああ、桜火ちゃんもこっちに戻ってきてるね、【ゴブリン】達も予定通り逃げていってる」

 

 みれば先ほどまで踊りながら、敵を蛇腹剣で攻撃していたはずの桜火ちゃんも、今は剣を元の片手剣の形態に戻しながら、こちらにのんびりと歩いて戻ってきてる。

 僕たちが【ゴブリン】達を大量に倒して言ったからだろう、【ゴブリン・キング】はここで戦うのは得策ではないと、いったん引くことにしたんだろうね。

 その考えは間違ってはいないと思うし、そして盛大に間違っている。

 ゴブリン達が逃げていき、時間がたつにつれ、一体そしてまた一体と黄金の海原から抜け出していく。

 このクエストを発行した村長からは、この麦のような草原を犠牲にしても構わない、ということは言われているけれど、こんなにきれいな風景を犠牲にするのは少しひける。

 最悪の場合は、犠牲にするつもりだったけれど、アンジェラと桜火ちゃんの二人の活躍によって、この草原から【ゴブリン】達を追い出すことに成功した。

 

 ――そう、彼女たち二人の役割は、あくまでモンスターを追い立てるのがメインだ。二人にはメインの討伐……殲滅は難しいだろう。だからその役割は別にいる。

 

 「そろそろだね、アンジェラ用意しといてね」

 「あいつが終わったら、こっちもぶちかますから心配しなさんな」

 

 アンジェラが銃を構える。

 狙いは【ゴブリン・キング】。だけどこのまま撃ったりはしない。

 合図を待って、ただアンジェラは構えたまま、動かない。

 

 「戻ったのです。ええと、【ゴブリン】さん達を放置して大丈夫なのです?」

 「お帰り、桜火ちゃん。大丈夫だよ、あれらはもうすぐいなくなる」

 

 モンスターを倒し戻ってきた桜火ちゃんを労いながら、大丈夫だという事を告げる。

 そういえば話してなかった、と思いその事を話そうとして……

 

 「? それはどういう……、えっ!?」

 

 ――その瞬間、世界が蒼く染まる。

 

 ある一点、ゴブリン達のさらに向こう側から、青い光が放たれて周囲一帯を包む。

 桜火ちゃんと同様に【ゴブリン】もいきなりのその変化に驚いたようだ。もっともこれはただのエフェクト。これ自体は攻撃でも何でもない。

 攻撃であるのは……次の一撃のみ。

 青い光を放つ中心点から、魔力が吹きあがる。

 魔力が高まるのと同時に、その中心点の頭上に青い光球が浮かび上がる。

 一秒ごとに魔力は高まり、同時に比例して青い光も大きくなり輝きを増していく。

 見るからに膨大な魔力。後に聞いた話では、この時に使用した魔力総量は十万にもおよび、魔法系超級職の域に達するレベルの魔力を用いてたった一つの魔術を成立させる。

 青い光は半径100メテル近い程に巨大になり、一つの星となる。

 

 みるがいい、ゴブリン達よ。

 あれが僕たちの最大戦力。

 その名は――

 

 

 ――そして星が流れる。

 

 青い球体から、光が放たれる。

 単純な魔力砲。膨大なMPによって無理やりに放たれた、その魔法は通り過ぎる過程すべてを消去させながら、大地をえぐり取っていく。

 防御なんて、意味はない。あれを防御するなんて〈UBM〉でも難しいだろうね。

 当然、〈UBM〉でも何でもない、ただの下級モンスターにそれを防ぐことなど出来るわけがない。

 その一撃の魔法は正しく、敵をすべて殲滅し、一つのマップすべてを壊滅させる。

 

 

 僕たちのパーティーは、全員戦闘のタイプは異なる。

 個人戦闘型にして、単騎における最強戦力のミック。

 広域制圧型にして、全局面に対応可能なA・D・A(アンジェラ)

 広域支援型にして、器用貧乏な能力を持つ僕。

 そして広域殲滅型にして、集団戦において最大戦力のキャロル・キャロライナ・キャロライン。

 彼女の一撃は、単発ながらマップ一つを壊滅させることが可能だ。その分連射はきついけれど。

 

 「いよし、ターゲットクリアー。終わったよレオン」

 

 僕たちの戦力の事を考えていた思考に、アンジェラの声が割り込む。

 どうやら、ヘッドショットに成功したらしい。

 【ゴブリン・キング】は自分のダメージを、配下へと移すことができる。

 もし、キャロの攻撃で終わらなかったら、最後の一撃をアンジェラに頼んでいた。

 あの一撃で生きているかどうかもわからなかったけど、以外に生きていたらしい。それでもヘッドショット一発で死ぬくらいにはHPが削れていたみたいだけどね。

 さてクエストも終わったし、

 

 【設定時間になりました】

 

 キャロルを迎えようと思ったけど、その前にアラームが鳴ってしまったか。

 もう少し時間の余裕があったらいいんだけどね。

 楽しい時間は終わりのようだ。

 

 「ごめん、アンジェラ。僕はそろそろ帰るとするよ。キャロを迎えに行ったら、クエストの報酬を受け取っておいてね」

 「ん? ああ、もうそんな時間かい? 楽しい時間は早く過ぎ去っていくものさね」

 「まったくだよ」

 「あのー。レオンさんはもう帰ってしまうのです?」

 「そうだね。ごめんね桜火ちゃん、クエストに誘っておいて途中で帰っちゃって」

 「いえ、私も楽しかったですから大丈夫なのです。レオンさんもリアルの用ですよね? お疲れ様なのです」

 「ありがとう。それじゃあね」

 

 そうして僕はログアウトを実行する。

 

 

 「ん……」

 

 ヘッドディスプレイを脱ぎ、目を開ける。

 見なれた天井、見なれた部屋。

 ああ、現実(リアル)に戻ってきてしまったんだな、と思ってしまう。

 どうやらずいぶんあっちの世界の事が気に行ってしまったんだな、とすこし自嘲する。

 それほどにあの世界は精密だった。

 いや、あの世界は間違いなく、ゲームではなくもう一つのリアルだった。

 最初こそ、ゲームだと思って始めたこのデンドロだけど、今はそうは思っていない。

 僕は今は“この世界をゲームだと思っていない”。もっとも、それを口に出すことはしないけども。ミックたちはあの中をゲームとして楽しんでいるし、その楽しみを邪魔したくないしね。

 

 「時間は……、多少余裕はあるけど、早目に言った方がいいかな?」

 

 あらかじめ用意していた、荷物を手に僕は外に出る。

 

 

 「ローガン・ゴールドランス。決闘10位に勝利、最速のレコードホルダーになるか・・…か、どうやら彼も随分頑張っているようだね」

 

 今は電車の中。

 僕の目的地が少し離れているから、電車に乗って移動している。

 だけど、ただ乗っているだけもつまらない。今もゲームをしているみんなの為に情報収集はした方がいいかな、と思っていつもこうして端末を手にいろいろな〈Infinite Dendrogram〉のサイトを見て回っている。

 

 サイトと言っても、このゲームは自由すぎて狩り場の情報やらなにやら一秒ごとに変わってしまうから、そこまで参考にならなかったりするけどね。

 それでもたまに掘り出し物の情報が眠っていたりするということで、いつもこうしてニュースサイトの一つであるデンドロ関連を取り扱っている〈MMOジャーナルプランター〉というサイトにアクセスしているというわけだ。

 皇国関連のニュースを探っていき、出てきた一つの情報が先ほどの記事だったというわけだ。

 他には『皇国北部で黒い太陽が発生?! 異常気象か』『不可能クエスト! 皇国最強クラン〈ジャスティス・アーミー〉が壊滅した難易度詐欺クエスト『一輪の花をもとめて』に注意』『ある村で恐竜とそれにつき従う小動物が出現。〈UBM〉と思われて〈マスター〉が向かった先に居たのは怪獣型の〈エンブリオ〉とヤマアラシの〈マスター〉だった』などの見出しの記事があった。

 

 ……あまり有益な情報はなさそうだね。

 まだ目的の駅には遠いから掲示板でも覗いておこうか。

 

 掲示板で最初にみたのはジョブのことが書かれている掲示板だった。

 デンドロのジョブはかなり多いから、すべてを記憶しておこうとすると大変だから、こうして逐一頭に叩き込んでおかなくちゃならない。ミックはそこら辺が大の苦手だし。

 〈マスター〉の中で人気なジョブを知れば、それに対策もできるしね。

 

 そうして眺めていたジョブのリストの中でもっとも目を引いたのは、僕がまったく注意を払っていなかった二つのジョブ。

 ジョブの名は、それぞれ【獣戦士】と【生贄】という名前だ。

 全く意識していなかった、その二つが〈マスター〉達のなかで人気になる理由が、それぞれの詳細を確認した時点で理解できた。

 なるほど、確かにこれはすごいな。

 もっとも僕には合わないだろうけど。僕のラーはガードナー成分はあってもステータスはそう高くはないし、MPよりも他の部分の方を充実させたいからね。

 

 「ああ……、そういえばあれも併用できるのか」

 

 ある一つの事に気がつき、これの利用方法に関して思考をまとめる。

 

 「うん、これなら……、と到着か。深く考えるのは帰ってからにするかな?」

 

 開いた電車の両開きのドアをくぐりぬけて、リアルへと戻る。

 思考をゲームから、リアルに切り替えて……

 

To be continued

 



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プロローグ 裏で動くもの

(=○π○=)<もう1話、閑話を上げようと思ったけど、ここで出せる情報が無かったことに気付いて断念

(=○π○=)<なので諦めてB開始です。


プロローグ 二つの思惑

 

□■皇都ヴァンデルヘイム

 

 ドライフ皇国の首都であるヴァンデルヘイムにはさまざまな区画が存在する。

 中央にある広場や、北西の決闘場、南の商店街など。

 ドライフの他の街にもさまざまな施設が存在する。

 ここには無い施設など、それこそ山のようにあるだろう。

 例を言うのなら、皇国最大の畜産地であるバルバロス辺境伯領に存在する、美食都市フォミエル。

 皇国最北端に位置する歌と音楽に彩られた、芸術都市アカラビア。

 皇国南東に点在するドライフとカルディナをつなぐ商業都市群ウィークリア。

 最たるものはこの3つ。他にも小さいものながら、特筆することが可能な都市や街はいくつも存在する。

 だが、逆に言うのなら、ここにしかない施設も存在する。

 

 それが、ドライフ皇国の中心である最重要施設。

 皇国の心臓にして頭脳をつかさどる物。そして皇国最強の戦力が座する場所。

 戦力の名は【煌玉座 ドライフ・エンペルスタンド】。

 施設の名は皇王宮。すなわち、ドライフの皇王が居城とする〈イレギュラー〉とも呼ばれる機械仕掛けの城である。

 皇国の文字通り中心的な施設であり、当然唯一しかない(オンリーワンな)他に代替不可能な超級秘匿施設(トップシークレット)

 ゆえに、この施設はここにしかない。

 

 だが、ヴァンデルヘイムにしかない施設は、居城だけというわけではない。

 重要さでは、機械仕掛けの城に及ぶべくもないが、それでも他にもここにしかない要素・施設は存在している。

 

 その一つこそ、〈ヴァイスガルテン〉と呼ばれる、ある一人の人間が造り上げた特殊な要素を保有する居住施設。

 施設があるのはヴァンデルヘイムの貴族街の一角。

 中心に存在する【ドライフ・エンペルスタンド】から離れたいとでもいうように、もっとも街の中心から離れた地点にその屋敷はある。

 都市の中だというのに、あたり一面に年がら年中咲き誇る菊やユーカリなどの白が埋め尽くされており、もの好きな貴族の一部の子女がたまに観覧しにくることもあったりするが、それを除けば人と言う物が近寄らないような場所にそれはあった。

 人が近寄らないのは、それが禁忌に近いものとして扱われているから。

 皇国において異端で悲劇に満ちた血ぬられた、第4皇子の遺児として遺された皇女が住まうとされているせいで、それを恐れてだれも近寄らなかったのだ。

 血ぬられた運命に巻き込まれたくないから。

 皇族どうしの争いに巻き込まれないように。

 第3皇子と異なり、派閥となる貴族がほぼ存在しないこともそれに輪をかける。

 第4皇子に従うのは、一人の貴族を除けば少数の一般兵士のみ。そしてその貴族も位が高いとはいえず、騎士爵という最下位の一般人とほぼ変わらない木端でしかない。

 第4皇子とその娘である皇女が、派閥を広げようとしなかったのも理由としてあげられる。

 

そしてそんな遺児である朱紗・I・ドライフは、そんな状況に悲観――などするわけはなかった。

 なぜならこの状況は――

 

 

◇◆◇

 

 そこは静謐なる白の花園。

 

 都市部であるというのに、喧騒という物を忘却されたかのように静寂が支配する。

 静寂さの理由は、いくつかあるがその最たるものはここに存在する人間が二人しかいないからだろう。

 花園の支配者である少女と、付き従う騎士の男性。この二人しかいない。

 

 男性の名はジャック・バルト。【大戦士】につく少女の近衛であり、唯一彼女の味方をしているバルト家に残る唯一の人間。侍従さえいないのは、騎士爵という身分であるからだ。他人を雇う余裕などなく、付き従う物にも恵まれない。

 もっとも彼はそれでもいいと思っている。彼一人しかいないおかげで、こうして我の道を行くことができるのだから。もし両親や侍従がいれば、朱紗皇女の元に就くのを全力で止めただろうと思っている。

 朱紗皇女の元に居れば、自分は出世することはできないだろうと思ってはいる。

 通常、派閥が分かれ、そのどちらかのトップが栄光をつかんだ場合、残りの派閥の人間は処刑されるか冷や飯を食わされるかのどちらかだろう。

 自分に敵対的な態度をとった物を厚遇するものは、歴史上を見てもそう多くはない。

 皇王になるのはグスタフ皇子だろう。もしかしたら第2皇子が皇王になるかもしれないが、すくなくともすでにどちらともいない他の皇子は候補にならず、その子息である朱紗皇女やラインハルト皇子やクラウディア皇女が皇王になることはないだろう。

 そうと断言できるほどに、この皇王決定をめぐる宮廷の戦いは、第一皇子と第二皇子のみしか土俵に上がれていない。

 後ろ盾が一人もいない朱紗皇女は元より、バルバロス辺境伯が後見人として勤めている第三皇子の子息さえもだ。

 ジャックはそうと正確に状況を把握しながらも、朱紗皇女につくことを止めようとはしなかった。

 理由はただただ単純なものであり、利害よりも自分の心に付き従った、ただそれだけのこと。

 だから彼はここにこうしている。

 

 そしてもう一人。ここの主である皇女。言うまでも無くその名は、朱紗・I・ドライフという10にも届かぬ少女。

 純白色の髪を長くのばし、銀色にも見える灰の眼の白い少女。

 その少女は今、用意された紅茶とデザートであるスコーンを食べながら、彼女の背丈からは少し大きい大理石の椅子に座りながら、ティータイムとしゃれこんでいる。

 彼女の手よりも大きい上手に焼き上がったスコーンを、小さい口でちょびちょびと食べながら、彼女はふと思い出したように、傍らに(はべ)る自分の騎士にひとつのことを尋ねる。

 

 「そーいえば、じゃっく。じゃっくがあったそのろーがんというしょうねんが、ずいぶんとけっとうじょうでかつやくしておるときいたのじゃが」

 「そうですね。先ほど決闘3位にまで上り詰めたとのことです。他の決闘ランキングに入っている次点の〈マスター〉は、第9位のミック・ユースという〈マスター〉ですから、単独トップに近いですね。もっとも他国なら他にもローガンと同じ位にまで上り詰めている〈マスター〉はいますが。アルター王国の決闘王者であるトム・キャットとかですね」

 「うーむ。とむ・かっとは〈ますたー〉ぞうかまえからいるから、それほどすごいといういめーじがないからのー。それよりもあのくにじゃとふぃがろやふぉるすてらとかのほうがすごそうじゃし」

 「あはは、そうかもしれませんね。まだ決闘王者であるトム・キャットとフィガロやフォルステとの決闘は実現していませんから」

 「うーむ。それはたのしみ。もしけっとうおうじゃとそのふたりのどちらかとのしあいがあったら、でぃいんのれんちゅうからしあいをうつしたあいてむをこうにゅうしたいの、たかければあきらめるが」

 「わかりました。その試合が起こった場合、即座に試合を映したアイテムを購入しましょう。それほど高くはならないはずですからね」

 

 やったー、と小さく手を握り締める姫を見ながら、ジャックは少し苦笑しながら思ったことを口にする。

 

 「それにしても姫様は本当に、決闘がお好きですね。すこしであれば決闘にお金を賭けても問題ないと思いますが?」

 「ひまじゃからのー。おやにあれやこれやとならいごとをおしつけられないから、じゆうにできるじかんがおおくてひまじゃー。それとぎゃんぶるはすきじゃないのじゃ」

 「………それほどにいうのなら、勉強をしましょうか? 講師もちゃんと用意しますよ?」

 「いやじゃー、わらわはのんびりしたいー」

 「……」

 

 (相変わらず、姫様はこういうことがお嫌いなようですね。すこしは勉学に励まれてもいいと思うのですが。………無理やりにやらせればいいのかもしれないですが、それが出来ない私は甘く、そして親代わりとしては失格なのでしょうね)

 

 ジャックはそんなことを思いながら、内心ため息をつく。

 この齢になっても、一度も勉学と言う物をしたことがない朱紗皇女の事を思いながら、どうすべきか考えるが、一向に答えは出てこない。

 僥倖だったのは、彼女が天才と言える人間であった事。一度も文字を教えたことが無かったというのに、このやしきに置いてあるいくつかの書物を読むことで文字をマスターしてしまった。

 道徳を教えたことも無かったが、今のところ善人といえる成長をしているから、そちらも問題はないだろう。もっともそういう風になるようなら、さすがにジャックが戒めるだろうが。

 そう思っていたジャックは、自分の服をつかみながら、こちらをじとっという擬音が聞こえそうな目で見ている姫に気付きはっとなる。

 

 「じゃっく、むりやりするようならわらわはにげるぞ」

 「あ、ああ。申しわけありません。つい」

 「いちおー、わらわをおもってのことじゃからかまわんが、こうどうにうつすなよー」

 「そうですね。姫様がこのまま知識を勝手に修めていくのなら、私は勉学を強制しませんよ」

 

 ジャックのその返しに、むぅとうめき声を上げながらあごに小さい指を添える朱紗皇女をみながら、ジャックは「そういえば」と思い出して姫に質問をする。

 

 「そういえば、姫様? ローガンのことがどうかしたのですか? 質問がかなり脱線してしまいましたが、なにか質問があったのですよね?」

 

 ジャックの問いかけに、おお!とはっとしながら口にして、手のひらを拳で叩くようなそういえばという態度のあとに、自分が脱線しまくった話題の所為で言えなかった提案を述べる。

 

 「そうじゃったな! じつはの、ろーがんたち〈ますたー〉のひとたちががんばっていることをしゅくふくし、ここでけっとうにでている〈ますたー〉をさそって、ぱーりぃーをおこないたいのじゃ」

 

 椅子から下りながら、どん!と平らな胸を張りながら、朱紗皇女は自分の提案を自信を持って告げる。

 それをはしたないと少し窘めながら、ジャックはその提案にたいしてなるほど、納得しながら一つの懸念を口にする。

 

 「しかし、決闘ランカーの〈マスター〉すべてを招待するとなると、準備が大変になりますよ? 現在の決闘ランキングに入っている〈マスター〉は全部で16人。少なくとも何人か追加で雇わなければならないのですが……、姫様の安全を考えるのなら雇いたくはないですし……」

 

 〈Infinite Dendrogram〉がスタートされてから、もう大分日がたつ。

 現実で2カ月ほど、この世界では半年がこようとしている。

 それだけ時間がたてば、強力な力を持った〈マスター〉も多く出てくる。

 初日に始めたものの、最初は決闘にひかれずにモンスターを倒すことのみしていた者。

 後発組でありながら、初期組以上のログインで戦い続けて、ゲームでも上位の実力を得た者。

 理由は様々だが、時間がたつにつれて、決闘に参加する〈マスター〉は次第に多くなり、そして次々に決闘ランキングに食い込んでいき、そして上位ランクにまで手が伸びようとしている。

 最初期の〈マスター〉同士のつぶし合いから、今では参加人数が増えるにつれてランクの移り変わりも激しくなり、やがては上位の決闘ランキングをすべて〈マスター〉が埋め尽くすだろうという、各国の決闘ランキングの愛好家たちは口をそろえてこういう。

 ドライフもその例にもれず、今は10位以内にいる〈マスター〉こそ二人しかいないものの、その内もっと多くなっていくだろう。

 それほどに多くなりつつある決闘ランキングに参加している〈マスター〉すべてを招待しようとすれば、手が回るはずがないのは自明の理だ。

 

 「うーむ、わらわのことならだいじょうぶなのじゃがのー。まあ、じゃっくのけねんもわからなくはないから、すこしだきょうしよう。しょうたいするのはじょうい15いいじょうの〈ますたー〉だけでよい。それならば4にんしかいなかったはずじゃ!」

 「そうですね……4人なら、何とか回せそうですかね。それで日程はどうします?」

 「そうじゃのー、ろーがんのつぎのしあいのあとでどうじゃろう。しょうはいにかかわらずの!」

 「次のローガンの試合と言うと、今月の28になりますね。大決闘場のメイン試合で5時から始まるはずです」

 「というと、あと2しゅうかんごかー。わかったそれでよい」

 「わかりました。ではそれで手配します」

 

 話が終わったと思ったのか、再び大理石の椅子を登り座ろうとする朱紗皇女をみながら、ジャックは一応と忠告する。

 

 「姫様、パーティーの開催を喜ばれるのは結構ですが、不安要素は無くなっていない事に注意してくださいね?」

 「うむ? 不安要素……じゃと?」

 

 無事に登り終え、椅子に再び座ることに成功した朱紗皇女は、少しばかりの達成感をその平らな胸に秘めながら、ジャックのいう不安要素という言葉に反応する。

 はて、なにかあっただろうか?と少し疑問にも思ったが、スルーする。

 朱紗皇女からすれば、ジャックが何を不安と思うのか、理解ができない。見ればわかるが、今は残ったスコーンを食べる事に全力を尽くしたいと、スコーンに再び手を伸ばす。

 

 「少しは危機感を持ってください姫様。普段はここを特殊な結界で守っていますが、もし来客を招くというのなら、その結界を一時的に解除しなくてはなりません。その時のみ姫様の守りが薄くなるのですよ?」

 

 そこまで行って、ジャックは朱紗皇女がちゃんと話を聞いているか確認する。

 朱紗皇女はスコーンをいまだにちょびちょびと食べながらも、一応は話を聞いているようで、ジャックの方をたびたび見てはいる。もっとも大半は自分が両手で持つスコーンに注がれているが。

 ジャックは、そんな朱紗皇女にはぁ、とため息をつきながら、一応は話を聞いているからと、話を続ける。

 

 「当然ながら、普段より人員を増加させて守らせますが、それでも私たちが扱える人員は人数も質も、遥かに劣るのですから……」

 

 最後は少し悔しそうに零すようにいう。

 彼自身、自分の力の足りなさを自覚しているからだ。彼のレベルは合計184。下級職3つをカンストさせた上で、上級職ひとつについている。一応ティアンの枠組みの中では上の方に配置するかもしれない。彼より弱いティアンは街中に存在する。

 しかし、彼よりすごいティアンは例外と言える【覇王】や【龍帝】などの例を持ちださずとも、現時点で生きているだけでも百は軽く存在し、伝説・伝承を持ちだせばその例は一万を超えるだろう。

 この皇国でさえ、皇王である【機皇】や、第3皇子の派閥であるバルバロス辺境伯の子である【無将軍】ギフテッド・バルバロス、そして皇国特務兵など多数存在する。

 もし彼らのうちの一人でも、こちらに向かってくればその時点で、ジャックは姫を守れずただ無意味に命を散らすだろう。

 それが分るため、彼は拳を握りしめて自分の力の無さを嘆く。彼も細々とモンスターを倒してレベルを上げているが、朱紗皇女の護衛と言う最重要任務もあり、あまり遠出することができずレベルを上げる事ができていない。

 もし、この屋敷を包むこの結界がなければ、今頃第3皇子のように殺されているかもしれない。

 だから客を招くとはいえ、この結界を解除することには当然ためらいを覚える。

 

 だが、ジャックの心配をよそに、朱紗皇女は問題ないと断定する。

 

 「もんだいない。もともとここのけっかいはもしものばあいのそなえではなく、わらわがらくをするためにあるのじゃ、なくなったならばわらわがたいしょすればいいだけのこと」

 「そう言われますが、護衛としては納得が……、いえ」

 

 反論しようとしたジャックだが、それをやめる。

 言っても聞かないと思ったからであり、自分がそれを言う資格はないとも思ったからだ。

 彼にとっては護衛における最大の防御と位置付けられるこの〈悪性排除結界〉も、朱紗皇女からすれば自分たちと同様に無くても姫自身が頑張ればいいだけでしかない。

 もちろん彼女が、自分たちを排除しようと思うとも、自分たちがいなくなってもいいとも、思っていないことは重々承知している。

 朱紗皇女は自分だけがいればいいという、唯我独尊な性格ではないし善人だ。

 それにどこかこの皇女は、ものぐさな所がある。自分が面倒なことをするよりは他人に任せるだろう。

 面倒事を嫌い、娯楽に飢える朱紗皇女が、自分の安全の為だけに楽しみを延期するとは思えない。

 なにより、彼女自身が自分に迫る脅威を、脅威だと思ってはいない。

 自分に襲いかかる脅威がないという無知ではない。

 自分に襲いかかる脅威が弱いという楽観ではない。

 ただ、ありのまま、どんな脅威が襲ってこようとも、問題はないだろうという自負のみがある。

 そう、なぜならそれは―――

 

 「しんぱいしょうじゃなじゃっく。わすれたのか? わらわをどうにかできるあいてなどいるわけないじゃろうに」

 

 朱紗皇女は自分が両の手で持っていたスコーンを皿に置き、ジャックの心配を払拭する。

 そしてその心配をぬぐうべく、ただ一言その理由を述べる。

 にやり、と口に浮かべながら、ただ自らの称号を。

 

 

 

 「妾は―――世界最強じゃぞ?」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

■某所

 

 「おう、きましたぜ旦那」

 

 隠されていた扉を開き入ってきたのは、一人の男性。

 ジャケットとダメージジーンズのような服装と、そして竜種の骨の冠をかぶった世紀末スタイルとか蛮族スタイルとかバイキングスタイルともいえる、不思議な恰好の男。

 〈マスター〉相手なら理解もされるだろう服装だが、ティアンにとってはその格好は奇異に映る。

 その格好のあり様に何か言いたそうにするものの、まっていた者はそれには突っ込まずに、その男の来訪を歓迎する。

 

 「ええ、お待ちしていました。【山賊王】殿」

 

 待っていた者……フードを深くかぶった老人は、自らが招いた男を迎え入れる。

 招いた男の名は【山賊王】ヴィシャート・アングリカス。

 アルター王国とドライフ皇国の中間である〈境界山脈〉でただひとり活動をしていた無法者であり、一定のルールを自らに敷く義族でもあった。

 〈境界山脈〉は【天竜王 ドラグヘイブン】を筆頭に、強力な天竜種が跋扈している。

 そこで生き残るほどにその男は強い。

 不思議はない。彼は【山賊】系ジョブの超級職に就く熟練のティアン。その強さは折り紙つきだ。

 

 「……それでは、挨拶はこれまでにして、本題に入るとしましょう。【山賊王】殿にしてもらいたい事は、先に話した通りです」

 「問題ねえさ、あの内容だっテンなら、俺の命を賭けて果たしてやる」

 

 分厚い筋肉でできた胸板を自らの拳で叩き、「どんとまかせろ」とでもいう風に胸を張る。

 

 「そうですか……、内容を分かって受けてくれる方が居てくれるのは助かります」

 「俺の望みの一つが果たされるって言うんなら、このくらいやすいものでさ」

 

 老人はヴィシャートの顔を観察するが、そこにはやはり自分の望みをかなえる機会の一つが廻って来たことに、喜びと興奮が混ざっているように感じた。

 

 (そうたやすくはないのだが、それでもこちらの手の内をばらさずに、事を運べるのは幸いか……)

 

 老人は望みのあまりヴィシャートが暴走しないかと、危惧を抱かずにはいられないのだが、それでも自分が使える戦力としては一番使いつぶしやすい(・・・・・・・・)

 それに仮にもこの男は超級職。単純な戦力としてなら、自分の持ちうる戦力の中でもそこそこに強い方だ。一抹の不安材料があるにはあるが、だからといって今回立案したこの作戦を諦めるわけにはいかない。

 

 だが、ヴィシャートの方にも、今回の作戦に対して不安材料はある。

 自分が死ぬことに対してではない。もともと彼は自分の望みを果たすためなら、命を擲つと決めている。

 重要なのは、作戦がちゃんと成功するのかどうか。自分たちが切り札と位置付けるものは、それ相応の難度なのだ。

 今回の老人からの依頼でヴィシャートが最初に聞いていたのは、目的と対象とそして理由だけだった。もっともそれだけでヴィシャートが老人の依頼を受けるのには十分だったが。

 噂に聞く、いくつかの問題点をどう攻略するのか、いまだに彼は老人から聞いてはいない。

 そのため、そこをどうするのか、やはり聞いておくべきかと口を開こうとして、

 

 「そういえば、今回の依頼の詳細について話していませんでしたね?」 

 

 老人の思い出したような、わざとらしい態度に中止させられる。

 

 「目的と対象と理由は、先に話した通りですが……、細かいことを言ってはおりませんでしたので打ち合わせといたしましょう」

 「……そうだな。それで疑問なんだが、今回の依頼に関して問題点がいくつかあると思うんだが、それに関してはどうするつもりなんですかね?」

 

 ヴィシャートの内心の疑問を口にした、その言葉に対し老人は「ふふふ」と少し笑ってから、その疑問がどういうものかを察し、それに対しての回答を述べる。

 

 「問題点というのは…………、結界と対象の能力についてですね? 安心してください、それに関しては対策をすでに講じております」

 「……全部お見通しってわけですかい。まあ、こちらとしても楽でいいですがね。それで?」

 「対象に関しては、このアイテムを利用してください」

 

 老人はそう言いながら、棚から一つのアイテムをとりだす。

 それは一つの水晶だった。〈マスター〉の表現を用いるのならば、水晶ポイントに使われるカットのされ方をしている青白い拳大の水晶。

 とりだしたそのアイテムを、ヴィシャートに手渡す。

 

 「……これは?」

 「三神が用いた封印結界を参考に造らせていただいた、封印アイテムです。それを使えば、その対象を閉じ込める事ができます。……ただし、さすがにそれに三神の能力すべてを封じるのは不可能なので、能力はかなり制限されていますが」

 「制限されているってことは、あいつらに対しては使えないってことですかい……、まあそんな楽な相手じゃないっていうことですかね」

 「……そうですね。これをあの化け物どもに使えるのならそれに越したことはないですが……、不可能でしょう。ああ、ちなみに対象には、このアイテムは有用だと思いますよ? あくまで私の推測にしかすぎませんが」

 「……まっ、今回の依頼で使えるなら問題はないってことか。それで結界の方はどうするんですかい? そっちも何かアイテムを用意していたり?」

 「いえ、さすがにあの結界に対して、有用なアイテムはありません。原理は分りますが、対策が………、それはいいでしょう、あの結界に関しては細かいアイテムはいりませんからね」

 「特にアイテムがいらない? それじゃああれはどうすればいいんですかい?」

 

 「簡単です。………あいつらの力を利用すればいい」

 

 今まで好々爺然として話していたのから、うってかわって憎しみを含ませて老人は吐き捨てる。

 老人としても自分たちだけの力で為し得たかったのだ。それを知らないとはいえ、敵の力を利用するしかないということは、老人としては許し難かったが……、それでもなお自分の目的を達成するために必要な物だと決め打った。

 

「あいつら………、まさか! あいつらですか?!」

 

そして、ヴィシャートもまた、その「あいつら」が指すものがわかり激昂する。

自分たちの敵が生み出した存在の力を借りるという意味を。

 

「旦那……、それは!」

「落ちつきなさい、【山賊王】殿。あなたのお気持ちは、この老骨にも痛いほどわかります。しかし、これは為さなければならないのです……、引き受けていただけますでしょうか?」

 

老人はもしここで断られたら、また別の機会・手段を模索しなければならなくなる。それはなるべく避けたいため、諭すようにヴィシャートに話しかける。

 

 

 時間がたった。たった時間はおよそ5分程度であったが、それでもお互いなにも口にしなかったため、静寂が包んでいた。

 そしてとうとう、ヴィシャートが口を開き決断をする。

 

 「………わかりやしたぜ。俺も命を賭けた身だ、敵の力だろうと利用してやるさ」

 「そういってくれると信じていました」

 「それで、あいつらは王国から連れていけばいいんですかい?」

 「いえ、さすがに無理でしょう。あいつらはこの世界を遊び(ゲーム)だとしか認識していないですからね。そんなあいつらに隣の国にわざわざ行って、テロを起こして来いなんて言っても引き受けてくれるわけはありません。………第3王女をさらおうとした、あの犯罪者なら別でしょうが、それでもここから連れていく必要はありません。現地調達でいいでしょう」

 「ってことは、今からあっちに行って、そこであいつらの中から受ける可能性がある奴らをスカウトするってことですかい?」

 「はい、そうなります。皇国であいつら――『劣化化身(マスター)』どもをスカウトしてください」

 

 ヴィシャートは少し考えて、それが大丈夫かと考える。

 答えは大丈夫だろうという物。それは老人が行っていた通り、劣化化身共(マスター)はこの世界を遊び(ゲーム)だとしか認識していない。中には犯罪者になることを望む者もいるだろうという想定はある。

 

 「了解ですぜ……、それで決行日はいつになるんですかい」

 「そうですね、あるていど時間をおいて……、来月の28日に行いたいかと思います」

 「28日ですね、わかりやした。これであいつらにひと泡を吹かせることができると思うと気持ちがはやりますぜ」

 「あくまで、いくつかの想定で動いているので、あいつらに対して有用な一手になるかどうかは分らないですが……、それでもこれで―――」

 

 老人は一息おく。

 自分のうちに眠る復讐心、無き遺志。それを万感の思いを込めて吐き捨てる。

 

 

 「これで、化身共を滅ぼすことができる」

 

To be continued

 




(=○π○=)<なんか悪だくみされている気がするけど、それはそれとしてパーティー楽しんだら3章終わりだよー()



(=○π○=)<ああ、ちなみにこの小説では、基本的に原作で出てきた超級職はそのひとにつけるつもりです。

(=○π○=)<原作で出る前に、こっちで出してしまった場合は……、その時に考えるとして

(=○π○=)<まあ、つまりはそういうことさ


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第13話 頂点への挑戦権とパーティーへの参加権

(=○π○=)<遅くなってすいません……

(=○π○=)<最近仕事が遅くてあまり執筆できない……(ついでにゲームとか一挙とか)

(=○π○=)<やっぱりソシャゲ二つをやろうとすると時間無くなるな……




第13話 頂点への挑戦権

 

□〈大決闘場〉 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 ぶつかり合う。

 鉄と鉄が、速さを伴う互いの一撃のもとに組み合わさり、甲高い音を奏で上げる。

 ぶつかり合った鉄の名は、剣。

 敵の持つ、白銀色に輝く長剣。

 俺の持つ、赤黒色を放つ長剣。

 この二つがぶつかり合い、拮抗した攻撃力(ちから)を持って、互いに弾きあう。

 

 「ぐっ」

 「ちぃ」

 

 俺も対戦者である男も同時に舌打ちをする。

 対戦者は自分よりステータスがはるかに劣るはずの男と、戦いが拮抗してしまうという事実に、それを為している理由に。

 俺は能力が自分より低いはずの相手に、拮抗してしまう物が何なのか理解して。

 

 (……やはり、近接戦闘能力はあちらの方が上か。やはり、技術はあちらの方が一段上をいっている)

 

 敵のレベルは俺よりも高いとはいえ、スキルを含めれば問題ないかと楽観もしていたのだが………

 さすがに決闘ランキング2位についているだけはある。

 1位が特殊すぎるせいで、2位に甘んじている物のそれでもティアンの中でも有数の実力者。

 それが決闘ランキング2位【剣聖】アルバ。噂では皇国特務兵から、老年だということで退役した、元軍人でありその合計レベルは五百に迫るらしい。

 皇国の中でも有数の実力者であり、熟練者。

 だが、その程度で――

 

 「後れを取ってたまるかぁぁ!」

 

 弾かれた剣を持つ手に、再び力を入れて敵の喉元めがけて振り払う。

 【剣聖】アルバはそれを軽くスウェーして避ける。体のバランスを崩さない程度に、そして次の攻撃につなげられるように、小さい動きでこちらの一撃を避けられる。

 こちらの攻撃を避けたアルバは、その体制から軽く足を動かし、次に繋げる一撃を俺の首めがけて放つ。

 防御手段は用意してあるとはいえ、当然こんな攻撃を喰らってやるわけにはいかない。

 敵が中断から降りぬいた剣をバックステップで避ける。

 同時に合図を下し、周囲を取り囲んでいた悪魔の一体に攻撃をさせる。

 敵の剣戟が空を切るのと同時に、悪魔は爪を立てて後ろから振りかぶり奇襲を行う。

 

 「っぐ、厄介な! 男なら自分の身一つで戦わんかい!」

 

 見ていなかったというのに、背向からの攻撃を軽くいなしながら、剣を返しそのまま悪魔の喉元に食い込ませて光の塵に変えてしまう。

 さすがにこの程度で沈んでくれるほど、甘い相手じゃないな。

 奇襲をいなし、こちらの手を破ったというのに文句を言ってくるのには、こちらも言い返してやりたくなるな!

 

 「悪いが俺は悪魔使いなんでな! 悪魔も使うさ!」

 

 アルバの文句を、軽口で叩き返す。

 近接戦闘だけが俺の戦いではない。むしろこちらの方が本業だが。

 

 「“破壊者よ”《コール・デヴィル・クラッシャー》」

 

 バックステップからの着地後すぐに、再びバックステップを行いながら敵から距離をとり、さらに《クラッシャー》を追加で呼び出す。

 《クラッシャー》はSTR特化の悪魔。その数値は1000に届く。

 今回は他の部分に集中させているため、STRを倍加させる余裕がないため、3000にいっていない。もしこいつらをただ突撃させるなら、これだと足りないかもしれないが、そんな手をただ打つほど甘くはない。

 俺は懐からアイテムボックスを一つ取りだす。俺がいつも使っているアイテムボックスではなく、新しい戦術のひとつとして大量に購入したアイテムボックスの一つ。

 そしてとりだしたアイテムボックスに向かって剣を振りかぶり、

 

 「そらっ!!」

 

 喧轟一閃。剣の一撃でアイテムボックスを斬り裂き……そして壊す。

 

 「なにぃ!?」

 

 アルバは驚くが、それほど驚く物でもないだろう。

 アイテムボックスにしまった武器を、アイテムボックスを壊すことで、強制的に摂りだすなんて戦闘職なら当然の知識だろうに。

 俺がアイテムボックスを壊したのも当然それが理由だ。もっとも武器と言っても、通常の剣や槍ではない。

 崩れ落ちたアイテムボックスの中から落ちたのは、一本の筒。一応だが市販されている皇国独自の武器であり、特殊な性質を持った兵装である。

 兵装の名は………なんだかすごく長ったらしい名前だったから、俺は【キャノン】とだけ呼んでいるが、その効果は絶大だ。

 

 「持て《クラッシャー》」

 「その武器は……、っそういえば、古くなったから一般に売り出すようになったって言っておったな! 懐かしい物を出しおってからに」

 

 《クラッシャー》に【キャノン】を持たせる。

 この武器は俺には扱えない。重すぎて、威力が強すぎて、俺のSTR(ちから)では持ち切れず、反動ダメージによって自滅してしまう。

 STRが高ければ高いほど反動ダメージも当然減っていくが、3倍化した《クラッシャー》のSTRを《融合召喚》によって自分に付け加えてもなお、反動ダメージが襲ってくる。

 しかも反動ダメージは《反応召喚》や《キボウバリア》をなぜかすり抜けてくるから、俺のHPでは撃つだけで瀕死または即死になってしまう。その点、召喚悪魔は使いつぶせるから最低限のSTRのままでも問題ない。

 【キャノン】を反動無く使えるやつはそうはいないだろう。噂では一万を超えるSTRの超級職が反動ダメージによって死にかけたそうだしな。それこそ【破壊王】や【獣王】くらいだろうか?

もっとも反動を気にせず撃てばいいだけだが。

 【キャノン】が金色に輝く。

 悪魔は動き続けるアルバに向けて、筒の先頭を向け、 

 

 「撃て、《クラッシャー》」

 

 そして、引き金を引かせる。

 【キャノン】を持った《クラッシャー》に、狙いを定めさせ引き金を引かせる。

 この武器自体は単純な物だ。狙いをつけて引き金を引くだけで発動ができる。そこに必要なスキルなどないし、発動の意思さえ必要がない。

 スキルを持たず、意思も持たない仮初の空想生命体であろうと、引き金を引かせることさえできるのなら問題なく扱える。

 

 「チィイ!!」

 

 引き金を引くのと同時に、筒の後方から黒煙がものすごい勢いで噴出し、そして先端からは火花を伴って黒鉄の塊が飛び出す。

 【キャノン】は筒であって大砲ではない。こんな決闘場の中で放って、万が一避けられたらその時点で結界の壁にぶつかって……場合によっては結界を破り観客席に出てしまうかもしれない。

 決闘場の結界は、それ自体が強力な防御能力を備えるが、それでも超級職の奥義クラスの性能ならば突破は可能だ。

 そして【キャノン】の一撃と、《ゴールド・ラッシュ》の組み合わせはその域に届きうる。

 通常の戦場……俺たちのメイン狩り場あたりなら、通常の弾丸を放ってもいいのだが、今回を含めて決闘で使うのは特殊弾である螺旋槍(ドリル)

 【キャノン】は螺旋槍(ドリル)を弾丸としてではなく、筒より伸びる杭として放つ、射出装置(パイルバンカー)だ。

 火薬と特殊な機構をもって放たれた螺旋槍(ドリル)は、《ゴールド・ラッシュ》による強化も加わって、高速で撃ち放たれる。

 

 「だが! いくら威力が高かろうが、所詮は直線の攻撃……なっぁ!」

 

 当然逃がすわけはない。

 敵の動きを悪魔で封じる。

 今、決闘場にいる悪魔たちの総数は40程。100は召喚していたが、半分以上倒されてしまっている。だがそれでも、これからの使い道としては十分な数が残っている。

 

 「囲え!」

 

 元々、40近い悪魔たちでアルバを包囲していた。

 包囲していた理由は簡単だ。熟練の個人戦闘型相手に、目の前に百・千と並べても順次倒されるのが関の山だ。

 だからこいつらは使い捨ての兵ではなく、敵の妨害等を目的とした人員として扱う。

 敵の高速の移動を、前に悪魔を移動させることで阻害し。

 敵の必殺の一撃を、後ろから悪魔に攻撃させることで不発にさせて。

 敵の逆転の機会を、左右の悪魔たちとの連携でつぶす。

 今回もまた、こちらの必殺の一撃を当てる為の包囲網として、40の悪魔たちを使用する。

 包囲を狭め、悪魔たちの輪で圧殺するつもりで、命令を下す。

 一体一体は弱くとも、この短時間でこれらすべての悪魔を倒しつつ、放たれたのをかわしきるのは上級職レベルでは無理だろう。

 もしこれをどうにかすることができる方法があるとするなら………、一応手は打っておくか……。

 

 「この……」

 

 アルバは剣を振りながら、近寄っていく悪魔たちを倒していく。

 数秒に一体のペースで敵を倒して言っているが、これだけだと雲霞のごとく押し寄せる敵をはねのける事は出来ない。数十の悪魔の群れは足止めと言う役割は問題なく果たしている。

 四方八方は敵の群れ、それを知りアルバは敵の群れを突破することを諦めたのか、無謀な突撃を止める。

 だが……、これで勝ちを諦めるほど甘くはないだろう。

 アルバが光始めた剣を中段に構えたのを確認し、

 

 『用意します。《我は契約より黄金を望む(ウィッシュ・フォア・ゴールド)》。対象はスキル《デスウォリアー》。《スカイランサー》のスキルに改竄(コピー)します』

 「ここだな。《速効召喚(クイック・サモン)》“”《コール・デヴィル・デスウォリアー》」

 

 呼び出されたのは1体の悪魔。

 亜竜級の《ナイト》と純竜級の《メガロニカナイト》の中間に位置する悪魔召喚スキルでその性能は上位の亜竜級と同等以上の実力を誇っている。

 その分、召喚時間などで不利はあるのだが、俺が使う分にはさほど困らない。

《速効召喚》によって、瞬時に呼び出された《デスウォリアー》は、《スカイランサー》の持つ速効攻撃スキルによって、一瞬で距離を詰めて攻撃を行う。

 モンスターに囲まれたあの状況から一瞬で抜け出せるスキルは、【剣聖】には無かったはず。もしあの状況から逆転するならば《レーザーブレード》なんかの遠距離攻撃を行ってくると思っていた。

 そしてそれらのスキルを発動するのには、ある程度の時間がかかる。もっとも2~3秒ほどだが、それでもその時間の内に敵を攻撃出来れば、敵の攻撃を不発にすることができる。

 《速効召喚》による瞬時の召喚と、《スカイランサー》の特攻攻撃との組み合わせなら、相手のディレイよりもなお速く攻撃を行う事ができる。

そして高速で移動する《デスウォリアー》は数瞬の間さえおかせず、

 

 「《レーザー……ぐほぁ」

 

 腹から槍の穂先がでることで、発動しようとしていた《レーザーブレード》が中止させることに成功した。

 だが、それでもなお、あの老人は動くことを止めようとしない。

並みの〈マスター〉ならば、それで敗北を悟り死にゆくものだろうが、動き続けるのは戦う物に賭ける物があるからだろうか? もっともそんなものをこちらが斟酌してやる個必要はない。

 今だ戦意は衰えず、なおもこちらに向けて剣を振りかぶって来るアルバ。だが、四方八方の軍勢を押しとどめる唯一の隙に放とうとしていた決死の一撃が中止させられるという事は、周囲の悪魔に詰めの一撃を放つ機会を与える事と同じだ。

 こちらに攻撃しようとする戦意を保ったまま、悪魔たちの爪の檻にとらわれて……

 

 

 『決着ゥーー!!! 決闘の勝者は【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス! これでローガンが決闘2位の座につきます!』

 

 爪に無残に引き裂かれたアルバが光の塵に変わり、同時に舞台を包んでいた結界が消える。

 それをもって、司会者は俺の勝利を確信したのだろう、終了の宣言を行う。

 

 そしてこれで――

 

 

 

 「おめでとうローガン」

 

 試合を勝利で終え、次の試合のセッティングを終わらせた俺をミックの祝いの声が迎える。

 その後ろには、桜火とそしてセミイベントで勝利を修めたブルーノがたっていた。

ミックも含めて3人とも、普段の戦闘用の服装ではなく綺麗な礼服・ドレスを纏っている。

 もちろんこれは戦闘で使うための物ではなく、次のイベントで使うための物。

 2週間ほど前にジャックから招待された、このドライフ皇国の皇女主催のパーティーへ向かうための正装である。もっとも堅苦しいものではなく、皇女が俺たちと話をしてみたいと言うので急遽行われた非公式の立食会に近いそうだが。

 ジャックは正装しなくてもいいという、皇女の言伝をいってはいたが、その顔にはちゃんとした服装に身を包んでほしいという表情が浮かんでいた。なので、ブルーノの提案でこうしてちゃんとしたドレスコートにあう正装を着こんで、簡単ながらも俺たちはパーティーの作法を学ばせてもらい準備を整えた。

 俺も後で着こんでおこう。なお俺と違って、すでにアポストル形態に戻っていたシュテルは、執事服の様な正装なので問題ない。

 

 「それで、いつ会場に行けばいいのです?」

 「あとで、ジャックが迎えに来るそうだから。それまで待つことになるな……」

 「ジャックさんって、皇女様のお付きのひとだよな。離れてこんな所にきていいのか?」

 

 そういえば、ジャックは皇女のいちばんの股肱の部下らしいな。

 クラウディア・L・ドライフも部下に四苦八苦していたが、あの朱紗・I・ドライフはそれ以上に大変そうだな。クラウディアには【無将軍(ゼロ・ジェネラル)】やヴィゴマ宰相なんかの人材がいたが、朱紗にはジャックを含めて数人しか頼れる人間がいないとか……、レベル200以下の人間が最大戦力な当たり皇族間の力の差は低くなるほどに広がっているな。

 頼れるというだけで重宝できるほどに、人材がいないんだろう。

 

 「それくらいしか、頼れる人間がいないんだろう。そしてそれくらい俺たちのことを歓迎してくれているということだ。それと皇女は今回の決闘見に来ているらしいぞ?」

 「そうだな。ワシらを思って主催してくれたんだ、楽しまなければ罰が当たるという物だ」

 「え? 決闘見に来ていたんですか? それならジャックさんが迎えに来るのもわかるのです」

 

 パーティーの誘いを受けてから知ったことだが、どうやら朱紗皇女は決闘が大好きなようでよく内外の決闘戦を観戦しているようだ。今回も高位ランカー同士の決闘と言う事で観戦しに来ている。

 すぐにこちらに来ることができないのは、継承権が最下位とはいえ皇女と言うVIPな立場の所為でいろいろとやらなくてはならないことがあるからだとか。

 

 「まあ、来るまで待つか……」

 

 ミックがそう言い、俺たちも了解して30分程度待つことにしたのだった。

 

 

 

 「お待たせしました、みなさん」

 

 服装を黒い正装に変更して、ジャックをのんびりと喋りながら待っていたら、ようやく来たようだ。

 

 「遅かったなジャック」

 「ジャック殿、もうそちらの用はよろしいのですかな? ワシらはもう問題ないですが」

 

 ジャックとブルーノは所見のはずだったが、俺の言葉で把握したのだろう。

 ブルーノは丁寧なあいさつをして、右手を差し出す。

 

 「ええ、こちらこそ。姫様のお誘いを受けていただき有難うございます」

 

 ジャックも返礼をしながら右手を出して、握手を行う。同時に4人(+シュテル)の顔をみて全員そろっていると分ったのか、続けて口を開く。

 

 「外に用意してある馬車で姫様がお待ちです。そちらに移動しましょう」

 

 ジャックはそう言いながら手振りで外へと続く扉を指す。

 

 「そうだな。ここでずっと待っているのも何だし移動するか」

 

 とくに用事はないしな。俺たちは連れだってジャックの案内の元、外へ向かう。

 

 

 「すごい……普通だな!」

 

 なんというか、本当に皇女が乗っているのか? と疑問に思うような馬車だった。

 ぼろいとはいわないが、すごい素朴な馬車だった。というかそこらにあるような馬車なんだが。

 

 「あはは、姫様が余りお金をかけたがらないからね……、姫様にはもうすこしそこらへんにも金をかけてほしいんだけどね」

 

 貧乏性なのか? 

 末端とはいえ皇女ならもう少し金を持っているだろうしな。

 

 「それじゃあ、後ろに乗りこんで。狭いけど、自由に座っていいからね……姫様に失礼がないように」

 

 俺たちはそんなに失礼な態度をとるように見えるのか?

 だが、この大きさだと……

 

 「一つ聞いていいですか、ジャックさん? この大きさだと全員乗れなそうですけど」

 「いえ、乗れると思うよ。僕は前で業者をするし、一応この大きさでもつめれば6人乗ることはできるからね。キツイかもしれないけど、姫様も含めて子供もいるし大丈夫だよ」

 「そうかそれならいいけど」

 

 子供の大きさならつめれば結構入ることができるしな。最悪シュテルには合一形態をとってもらう事になるか?

 疑問が解けたので、ミックは馬車に乗ろうとして、

 

 「あー☆ミック、用事があると言っていたのに何をしているのですかー?」

 

 聞き覚えのある声に中断させられる。

 声に反応し振り返った先に居たのは、見覚えのあるピンク色の髪をした魔法少女風の女の子と後二人。

 

 「キャロル! どうしてこんなとこに居るんだよ。モンスターを狩りに行くんじゃなかったのか?」

 「もう暗いので☆戻ってきたのさ。そういうミックこそ☆どうしてそんなかっこで馬車に乗りこもうとしているのかな!」

 

 ミックとレオンがすごい気まずい反応をしているな。というか……

 

 「ミック、今回の事話してなかったのか?」

 「他はともかくキャロルに行ったら絶対うるさく付いて行く!っていいそうだったから……、内緒で行こうとしたんだけど」

 「ごめんミック。僕ももう少し外で狩りを続けていたかったんだけど、キャロルがもどるといってきかなくてね。ミック達ももう終わった頃だと思っていたんだけど……」

 「どんぴしゃでぶつかったってわけだ」

 

 それから、諦めてもらうために説明をしたのだが……

 

 「私も行く」

 

 結局、その一言でキャロルの意思が固まってしまったことがわかってしまう。

 やはり、女だけあってパーティーとかにあこがれるんだろうか?

 さすがに、主催者である皇女側の事情である、給仕や食事を作る人間の不足を聞かされ、キャロルもさすがに引いたんだが……

 またしても乱入者が現れる。その男は、

 

 「おやおや、お久しぶりですな、みなさん。こんな道端でどうされましたか?」

 

 あの渓谷でもあった【偽神】ルパン・ジ・アシッドだった。

 2度会った時と同じように、シルクハットをかぶりモノクルをつけた奇術師風の衣装をまとったルパンは、杖を地面につきながらにこやかにこちらに挨拶をかましてきた。

 俺を含めて5人は再びあった年齢・出身・経歴・身元諸々が不詳の男がなぜいるのか、そして俺たちになぜ声をかけてきたのか疑問に思い。

 ルパンに初めて会ったキャロルたちやジャックは、あからさまに不審者な男に身構える。

 

 「ルパンか、久しぶりだな。いやな……」

 

 不審者じみたルパンが自分たちの知り合いだと暗に含ませて、ミックは軽く経緯を説明する。警護上の理由もあるだろうからと、皇女がかかわっていることには触れずに、あくまでもジャックに家に招待されたという嘘ではないレベルにまで簡略化した説明を行っていた。

 説明の段階で、キャロルたちが参加できない、『給仕と食事を作る人手が足りない』という理由を話した時点で、ルパンは「うむふむ?」と頷き首を傾げ数秒の沈黙後、口を開く。

 

 「なるほどなるほど。そういった事由でしたか。それならば私にいい考えがあります」

 

 いい考え?

 俺たちの疑問を晴らすように、ルパンは自信たっぷりに自分の考えを口にする。それは……

 

 「簡単です。私がやりましょう。給仕と食事を作るのを、そして諸々の雑事すべてを引き受けましょう。なに、私は恐れ多くも【偽神】の座を戴いたもの、【超執事】や【特級廚師】のジョブスキルを保有する私なら見事お役目を勤めてみせましょう」

 「いや、そう言ってくれるのはうれしいんですが………、今回の招待はやんごとない御方によるものなので、防衛上の意味も兼ねてお断りさせていただきたく……」

 「かまわんぞ、じゃっく!」

 

 ルパンの自己推薦を断ろうとしていたジャックの言葉を、小さく可愛い声が中断する。

 その声は小さくとも、綺麗に響き耳に一言たがわぬほどに残る。こういうのが、威厳のある皇族の資格と言う物なんだろうか?

 

 「姫様?」

 「せっかくじゃし、そのるぱんというのをやとってやろう! なにわるいにんげんじゃないのは、みればわかる。ここは、こういにあまえよう。みっく・ゆーすのなかまたちもしょうたいしたいしの……。ほかのけっとうらんかーたちにはかわいそうじゃが、こっちもしょうたいしてみたいのじゃ!」

 「……よろしいのですか? はぁ、姫様がそういうのでしたら。そうですね、確かにルパン殿は姫様に対して悪意を持っているわけでも恐怖を覚えているわけでもなさそうですしね」

 「………ふむふむ。そうですか? こちらの申し出を受けていただき有難うございます……皇女様」

 

 びっくりしていたなルパンのやつ。やっぱり、皇族の食事を作るのはいきなりで驚くか。

 

 「それでは、みなさま全員パーティーにお誘いしますが……、さてこの人数だと全員馬車に乗るわけにもいきませんね」

 「ふむふむ。それなら私は走っていくとしましょう。なにこれでも超級職、いくらステータスがひくい私でも馬車に付いて行くだけの速度は出せますからな」

 「それなら俺も走って行くよ。うちのパーティーメンバーの我ままの所為で迷惑かける事になるしな」

 「それなら☆私も走って……」

 「いやキャロル。お前、典型的な魔法使いタイプでAGIめちゃめちゃひくいだろう。ここは俺が走るよ」

 「なんか悪いなミック。あとで埋め合わせはする」

 

 キャロルがミックに対して、すこしすまなそうに頭を下げる。最後のキャロルのセリフだけなんかいつもと調子が違っていた気がするけど、気にしないほうがいいのか?

 

 「それでは、みなさん。馬車に乗り込んでください」

 

 ジャックが扉を開けて、中に入るように言ってくる。

 俺たちはその言葉に従い、一人そしてまた一人と順々に中に入っていき、そして全員が入り終わった頃、朱紗は一度頷き口を開く。

 

 「さて、それではみなのもの。これより、わらわがしゅさいするぱーりぃーのかいじょうである、わらわのやしきへいくぞ!」

 

 そうして、朱紗の号令をもって走りだした馬車は、会場にむけて轍を残していくのだった。

 

 To be continued

 



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第14話 パーティー

第14話 パーティー

 

□■

 

 白い花園に囲まれ、静寂に包まれる白い屋敷。

 刻は8時前。いまここで、皇女の一人として扱われている朱紗・I・ドライフが主催するパーティーが始まろうとしていた。

 立食形式・バイキング形式の自由な食事を楽しんでもらうためのこの祝い。

 本来の予定(プログラム)なら夜中までで終わるはずの、この(パーティー)

 しかし、今宵開かれるそれは、いささか異なる予定(プログラム)となる。

 

 そう、この宴が終わるのは――

 

□〈ヴァイスガルデン〉 【万能者】ミック・ユース

 

 「綺麗な☆屋敷!」

 

 キャロルが両手を大きく広げて、エフェクトでもモデルでもない、本当に星を輝かせる勢いで目をキラキラとさせている。

 

 「豪華な☆食事!!」

 

 ふと、思い出したように、机の上に置いてあったワイングラス(中身はジュース)と綺麗に持ってあるコース料理を手に持ち、いまだに目を輝かせながらくるくると回っている。

 目を回さないのか? あいつは。そして食べ物をこぼさないのだろうか?

 

 「そして絢爛な☆この舞台ッ!!!!!!」

 

 食べ物と飲み物を一口ずつ口に含んだ後、ガッツポーズをとりながら大きくジャンプをしている。

  先ほど買ったばかりのドレスを破かんばかりと、動きまわるのはあいつが目指す少女としての動きとしてどうなんだ?

 

 「私は☆この為だけに! 生きていたー!!!」

 

 あいつ、生き生きしてんなー。

 そういえば、前からお姫様みたいな生活してみたいとか言っていたっけか?

 このデンドロでも、お姫様みたいな生活をするのは難しいからな。単純な最下位の爵位ならもしかしたら買えるかもしれないし、このままいけば相当な金額を稼げるだろうから大金をはたいてそういう生活をすることもできるだろうけど……

 でも、いくらそういう生活できたとしても、いまのあいつの態度を見てお姫様もしくは深窓の令嬢を思い浮かべるのはむりだよなー。

 ほら、もう新品のドレスにしわができているぞ。あいつも魔法少女()目指したり、お姫様目指したりと忙しいな。

 今のあいつに近づくのは、大金を積まれても遠慮したいな……

 

 っと、そうおもっていたら、レオンが近づいて行ったな。

 お皿に盛った数々の豪華な料理を、フォークのみを使って口にどんどん放り込んでいっているキャロルの肩に手をおき、諫言をするつもりなのか口を開いて言う。

 

 「ほらほら、落ち着きなよキャロ。すこしはしたないよ?」

 「っむ、レナ………レオンか? どうした私はいま、楽しんでいるんだが?」

 

 レオンの奴、今のあいつによく話しかける気になったな。

 食事中のライオンに手を出す位、危険な行動だと思うんだが。

 そして、いつものことだが、素が出ているぞキャロル。

 

 「あはは、素が出ているよキャロル?」

 「あ……、あははー☆なんのことかですー?」

 

 あざとい。すごいあざといぞキャロル。

 ものすごい(見た目)可愛く見える笑顔を振りまきながら、俺と同じ指摘をしたレオンをまぎらわすような声を投げかける。

 身体を曲げて屈めながら、上目づかいで指を頬に当てるところとか特に。俺たちは中身を知っている分、そういった所に引っ掛からないかけど、引っ掛かる奴は引っ掛かりそうだな。

 それで落ち着いたのか、キャロルは一応落ち着いたかのように、ある程度令嬢のように優雅っぽくふるまって、食事をとることにしたらしい。

 レオンもキャロルの狂乱が終わったからか、安心できたらしい。のんびりといっしゃに食事をしている。

 俺もそろそろ周りを歩いてみるかな?

 いくつか食べて腹もそれなりに膨れたしな。

 

 

 

 「えーと、これはこうして、こうやって……」

 「ああ、そこはナイフを使うんだ。もっともそこまで深く考えなくてもいいと思うぞ? ワシも昔はそこまで礼儀やらなんやらは気にしていなかったしな」

 

 別の机に移動すると、そこでは桜火がコース料理に対して、ナイフやフォークを両手に持ちながら、ブルーノに使い方と使い道を聞きながら四苦八苦しながら頑張って食べていた。

 どうやら桜火はちゃんとした作法で食べようと頑張っているようだ。そんなものはしらないと適当にやりすごすキャロルとは大違いだな。

 ブルーノはこういう料理になじみが深いのか、もしくは年季が深いからなのか、かなり詳しく桜火に作法を教えている。

 一応俺たちもここに来るまでに簡単に教わったりしていたが、それでも時間あまり使えなくてそこまで深く知ることができなかったから、桜火はいま教えてもらいながら実践しているということかな?

 

 「むー、食べるの大変なのです……。でも、こんなにおいしい料理を食べるのは初めてなのです! ほっぺがおちそうっていうのはこういうことだったのですね!」

 「確かにこの料理はおいしいな。いままで何度か会食にでたことはあったが、ここまでの料理を食べるのは初めてだぞ。あっち(リアル)じゃ、ここまでの料理はできないな……。スキルがあるこっち(ゲーム)ならでは、ってところか」

 「そういっていただけると嬉しいですね。あれ? ですがその料理は……」

 

 いつの間にか近くに来ていたらしいジャックさんが、二人の会話を聞いていたのか近くによってきていた。

 二人の会話を喜んで聞いていたと思ったジャックさんだったけど、二人の会話の中心である料理がどういうものかわかり、顔を微妙な物に変える。どうしたんだ?

 

 「おお、ジャック殿か。どうしたんだ、そんな顔をして?」

 

 ブルーノも俺と同じものを感じ取れたのだろう、顔が変わった理由を尋ねていた。

 ジャックはブルーノの質問に対して、どう答えたらいいかしばらく悩んでいた。

 桜火が食事を頑張って食べている最中、俺とブルーノがジャックの返答を待つこと数秒。

 答えることにしたジャックは、あまり気乗りしないのか、頬を指で掻きながら説明し始める。

 

 「いえ、実はその料理はマム……内の料理人が作ったものではないんです」

 「ぬ、そうだったのか? もしかしてどこかで買って来たとか?」

 

 へー、そうなんだ。

 でも、仮にも皇女のパーティーで出す物を、そこらで買ってくるってことも無いと思うんだけど……、あれ?

 もしかして、これを作ったのって……

 

 「いえ、さすがに買ってきたりとかは………、姫様の安全性の問題もありますし。そうではなく、この料理を作ったのはあなた方の仲間の【偽神(ザ・フェイク)】ルパン殿なのです」

 「なっ、あいつか!?」

 

 やっぱりルパンが作ったものだったのか。そうじゃないかと思っていたけど、本当にそうだったとはね。

 塔でもルパンが作った料理を食べた事はあったが、あの時はこちらが用意した分も含めて、そこまですごい食材は使っていなかったからな。ちゃんとした食材をちゃんとした器具で調理したらここまでの料理を作り出すことができるんだな。

 桜火も食べながらではあるが、その事実に驚いているようだし。ローガンにも教えてやったら驚くかな?

 

 「そうかルパン殿が……、あの人も大概いろいろなことに精通しているな。あの人から言わせれば『模倣』しているだけなんだろうが……」

 「そうですね。マムはあまり高級な料理は得手ではありませんので、その分をこういった祝いの場でしていただくのは嬉しくあります。一応あのかたも、招待客の一人なのでしょうが……」

 「ワシが言う事ではないかもしれないが、ミックの知り合い3人を含めて、そちらの事情を無視して無理やりに付いてきたわけだしな。このくらいの返しがあっても問題はないだろう?」

 

 ああ、うん。あいつら3人も、ルパンみたくなにか恩返し的な物をさせないとな。

 そうでないと、あいつらただメシが並んだ食卓に勝手に邪魔するリポーターっぽくて、今のところ迷惑以外の何物でもないな。レオンあたりはどうやって返そうか、考えているだろうけどどうするつもりなんだか? キャロルは今のところ目の前に思考が固定されっぱなしってのはわかる。

 

 「そうですね。しかし……、ルパン殿はなぜ、姫様のパーティーに参加されようとしたのでしょうか? ミックの友人3人のように、パーティーに参加したいというのならわかるのですが、やっていることは雑用等。とてもパーティーを楽しみたいと思っているとは思えないのですが……」

 「ふむ、それに関してはワシも疑問に思っておった。楽しむというよりは、参加すること……、それこそ雑事のみをするために参加したような……、ルパンは悪人ではないと思うがわからないところは多いな?」

 「そうですね。悪人ではないと思います。それならそうとわかるので……」

 

 たしかにこっちに来てから、食事を作ってる女性の人と一緒にずっと料理や配膳や片付けに終始していたからな。

 いちおう、それでいいのかと尋ねてみたけど、それにたいするルパンの返答は、「平気です」という胡散くさい笑顔だった。いや、逆に信用できなくなるんだが……、まあいい。

 俺もルパンは悪人ではないと思うが、隠し事が多そうというイメージはあるな。

 

 「えっと、すいません。ここはどうやって食べるのです?」

 「ん? おお、すまんな桜火。そこはそれをつかってだな………」

 

 そのあとも、いくつかブルーノとジャックは話しあっていたが、その話を中断するようにナイフとフォークを手に持って食べていた桜火がブルーノに語りかける事で終わることになった。

 ブルーノは先ほどまでと同じに、桜火にちゃんとした食事作法を教え、ジャックは再び見回りに戻る。

 俺もそろそろ移動するとしようかな?

 

 

 

 「おおー、これもうまいのじゃー」

 

 移動したでは、このパーティーの招待者である朱紗皇女が、アンジェラが皿いっぱいに盛ってきた料理をちょびちょびと食べていた。

 アンジェラが側付きの様な真似をしているのは、無理を言って招待してもらったから、その恩返しのためだ。

 ジャックはアンジェラにそういったことをさせるのは遠慮していたけど、アンジェラのたっての頼みと、朱紗皇女自身がアンジェラの世話になることを受け入れたため、アンジェラの望みが叶い、こうしてパーティーが始まってから朱紗皇女の世話をしているというわけだった。

 キャロルもアンジェラを見習ったらいいと思うぞ。

 それにジャック自身も、周囲の警戒や配膳などの雑事が、元々のマムという女傑とルパンの二人を加えてもなお、山積みなため今回のアンジェラの申し出も助かった部分があったらしいので、その分はアンジェラの冥利に尽きるだろうな。

 アンジェラはあれでやさしいし、面倒見がいいからこういった役は嵌まっているだろうし。

 

 「あんじぇら! つぎはこのでざーとがたべたいぞ!」

 「はいよ。でも好きな物だけじゃなく、ちゃんと栄養よく食べないとだがね?」

 

 アンジェラはそう言いながら、用意していたらしいプリン・ア・ラ・モードに加えて、オニオンやレタスを沢山もってあるサーモンのカルパッチョも一緒に皇女の前に出した。

 確かに食事のバランスはいいかもしれないが、プリン・ア・ラ・モードにカルパッチョの組み合わせってどうなんだ?

 もっとも、朱紗皇女はそんなことは関係ないと、スプーンでプリンをすくっては口に放り込みまくっている。どうやらカルパッチョを食べる積りはないようだ。

 

 「朱紗皇女! デザートばっかりだと身体に悪いですよ! 少しは他の物も食べませんと」

 

 アンジェラも素が出ているぞ。キャロルも含めて、お前たち二人ともロールプレイするのは無理だと思っていた。二人とも単純だからな。

 朱紗皇女は朱紗皇女で、知らんぷりとばかりによそ向いてるし、結構この戦い? は長く続きそうだな。アンジェラも他人を思っての事は、たとえ本人が拒否していても押し通すタイプだしな。

 どちらに手助けしても面倒なことになるのは、ほぼ確定だしとっとと他の所におさらばしようか………

 そう思い、足を他の所へ向けようとして、

 

 「おやおや。仮にも皇女となられる御方が、好き嫌いにとらわれてはいけませんよ、ええ」

 

 いつの間にか近くに来ていたルパンの声に引き留められる。

 ルパンはまるでウェイターのように両手にさまざまな料理が持ってある皿を持ちながら、笑顔を浮かべて皇女を窘めていた。リアルでも思っていたが、よくあんなに持って移動できるよな………、だけど台車使った方が早くないか? 突っ込んだらいけなそうだし、無視しておこうか……

 

 「………なんじゃー、わらわにもんくがあるのかー」

 「いえいえ。文句など一つも……朱紗皇女(あなた)の大変さに関しては、私もわかっておりますとも」

 

 ……そういえば、レオンの情報によるとこの皇女を取り巻く環境はかなり厳しいらしいな。

 俺たちにできる事があるならしてあげたいんだけどな………。すくなくともこんな小さい女の子が大人の事情による政争に巻き込まれるなんて悲しすぎるしな。

 そんな俺の表情に気がついたのか、朱紗皇女はこちらを少し気まずそうな顔をして振り向きながら言う。

 

 「そんなかおをせずともよいぞー? みっくとやら。わらわはいまのきょうぐうをたのしんでおるからの! まわりのにんげんにそんなかおをされると、わらわもすこしきまづいのじゃ」

 

 ………そうだな、本人が納得しているなら、下手な同情はその本人に対しての付き合いとしては最悪の方法でしかない。だけども、もし助けを請われたら、もし彼女に何かあったら、その時は全力で助けてあげたいな。

 

 「ごめんな。まあ、それはそれとして、ちゃんとバランスよく食べろよなー? 女の子なら体形とかいろいろ気にするんだろ?」

 「なんか、やぶへびふんだのじゃー」

 「ミック。あんた皇女様になんて口のきき方をしてんだい!? まあ、それはそれとして皇女様。ミックのいう通り、ちゃんと食べてなさいな?」

 

 なんで怒られるんだよ……

 朱紗皇女は「うへー」といううめき声を出しながら、必死になってアンジェラが差しだす皿を遠ざけようとしている。時々、「たすけてくれー、みっくー」という言葉が聞こえる。 

 何かあったら助けてやりたいと思ったのは確かだけど、さすがにそれは手を貸すことはできないな。というか手を出したらアンジェラが何を言ってくるかわからない……

 俺は助けられないけど、ルパンなら……って思っていたら、いつの間にかいなくなっていた。

 さすがにまだ、調理や配膳などの仕事が残っているんだろうな。

 さて、このままここにいて、朱紗皇女の難題に巻き込まれても困るし、あとはアンジェラに任せて別の所に行くとしようか。

 後方から聞こえる「うらぎりものー」という声をスルーしながら、歩きだしていく。

 

 

 

 「こんなところにいたのか、ローガン」

 「うん? 何だミックか……、俺の事を探していたのか?」

 「ミック・ユースですか。あなたこそ友人の方たちとパーティーを楽しまなくていいのですか?」

 

 少し広めの会場のどちらかというと端っこの方のテーブルに二人はいた。

 見かけなかったから、少し心配してはいたんだが、のんびり食事をとっているだけのようで安心したかな?

 

 「いやー。お前たち見なかったからな。にしても、ローガンたちはなんでここでメシくってるんだ? もっと真ん中で食べてもいいだろうに……」

 「単に食べたいものが中心になかったからこっちまで来ただけだけだがな………。とりあえず、こちらにも料理はあるからわざわざ真ん中まで行く必要性を感じなかっただけだ」

 「当然私は、主様の付添いです。主様から離れて食事などしません」

 

 シュテルはいつも通りだな。

 料理を手に来ないところとかは、まだまだだな………。まあ、こういう行事にでているだけまだまだましだろうけどな。

 俺も付き合って、テーブルの料理の一つに手を伸ばそうとして、

 

『ゴーン、ゴーン』

 

 大きな鐘の音が響く。

 

 「なんだ? もしかしてパーティーの終わりの合図なのか?」

 「いえ、主様。現在の時刻は20時37分です。パーティーの終わりとして、ジャック・バルトが話していた時間とはあまりに違いすぎますし、こんな中途半端な時間に鐘の音が鳴り響くのも変です」

 

 まだそんな時間なのか!

 確かに変だ。不審に感じた俺は、原因を知るだろうジャックの方を見る。

 そのジャックは、焦ったような表情で皇女の元まで走っていき、そして――

 

 

 窓ガラスが割れる音とともに、百を超える侵入者が乱入してきた。

 

 

■数分前 【山賊王】ヴィシャート・アングリカス

 

 「っち、あんまり集まらなかったか」

 

 愚痴をはく。

 自分と旦那が予定していた数に届かなかったことが頭に来る。

 予定では百の人頭を集める積りであった。自分たちの狙いを成功させるためには、そのくらいの人手は必要だろうと踏んでいたからである。

 しかし集まらなかった。用意できた人頭はわずか20あまりであり、予定を覆いに狂わせる結果になってしまった。

 それが頭に来る。

 予定が狂ったことではない。自分だけならまだしも、自分が旦那と仰ぐあの老人は、それらの事さえ考慮して次善の策を幾つも用意してある。今回も、人頭が集められないというのなら、他の手に訴えればいいだけのことでしかない。だからこれにかんして頭に来ているわけではない。

 頭に来ているのは―――人頭が集まらなかったこと。この世界に害をなす異物(ゴミ)ならせめて、自分たちの思惑のとおりに踊っていればいいという観念を異物(ゴミ)の手で狂わされたことに対するもの。

 他の人間(どうほう)からしたら、もしかしたら変に思うかもしれない。だが、例えそう思われても、俺は俺の正義(いし)によって、人間たち(みんな)の目を覚まさせてあげなくちゃいけないのだ。

 だから、今回の作戦は重要な物だ。旦那の依頼によって受けたが、それでも内容を知ったことで俺は受けると決めた。

 これで粗大ゴミ(化身)共をつぶすことができるのならば、と。

 そのためならば、おれはゴミ(劣化化身)の力だろうと利用してやるさ。

 

 とはいえ、劣化化身(マスター)共が集まらなかったのは事実。次善の策を動かさなければならないな……

 

 「しかたがない、これを使うか」

 

 そう言いながら、懐から一つのアイテムボックスをとりだす。

 もし、〈マスター〉が集まらなかったら。もし、敵の猛攻があり、狙いをとり返されそうになったのなら。「その場合には、これを使いなさい」と言われ、旦那から手渡された秘密兵器。

 場合によっては、旦那がかかわっていることがばれる可能性もあるため、なるべく使わないようにとはいわれているが、それでももし作戦の遂行に必須の場合、惜しみなく使うようにも言われている。

 そして、今回はその時だと判断した。

 いつでもアイテムボックスに納められた兵隊(・・)を使う事ができるように、アイテムボックスを握りしめながら、視界に移る白い花園を見つめる。

 

 「これが、悪名高い(・・・・)あの〈ヴァイス・ガルデン〉か」

 

 ドライフ皇国において、ここの主とともに忌み嫌われる禁断の聖域。

 主は主で厄介だが、それに輪をかけてこの場所も面倒な性質を持っている。

 その性質は、範囲内に入った敵性対象に対する、自動反応退却結界(オート・リタイアメント)と呼ばれる代物。

 領域に入ったすべての人間の敵性意思を感知し、わずかでも敵性意思を保有しているのならば、敵を入口まで退却させるというもの。

 こちらに対する危害を加える物では一切ないが、力の大小を問わず敵と言う物の一切を排除する絶対空間。

 一応、手動で許可する人物を対象外とすることができるらしいが、俺みたいな無法者が対象外となることは決してないだろうな。

 無敵とも思える結界。だが、そこには致命的な隙が二つ存在する。それは邪悪というものを持たず、ただありのままに邪悪を行う、天性の異常者。そして、そもそもこの結界ですら干渉できない性質を持つ者だ。

 一つ目のあては、旦那さえもいまはないということだが、二つ目は異なる。

 本来ありえない程の能力を誇る、この結界でさえ干渉できないもの………それは半年前にはまるでなく、今はありふれている物。劣化化身(マスター)という存在だ。

 旦那によると、劣化化身(マスター)共はすべからく化身の一体の力によって、その精神を保護されているらしい。

 倒すべき強大な敵ではあるが、その力の強大さゆえに今回の狙いが成功できるというのなら利用するしかない。

 今は、雇った20近い劣化化身(マスター)共に、この結界を破壊させる手はずを整えさせている。

 こいつらを雇うのは、面倒ではあったが難しくはなかった。

 この世界を遊び(ゲーム)だとしか感じていない、劣化化身(マスター)共の中でも、悪役になってみたいとかいうつまらない理由で悪事をなす一部の劣化化身(マスター)共に渡りをつけ、それなりに多額の報酬を払っただけなのだ。本来、いくら下位とはいえ皇女に対する危害を与える行為を了承する人間はそうはいないのだが、こいつら(ゴミ共)は遊びであるがためにちょっとした余興(イベント)で済ませてしまう。中には、犯罪者になることを選んだ劣化化身(マスター)にも、皇女に手を出すことを躊躇するある程度の良識をもった奴もいたが。

 

 「おぃy、【山賊王】の旦那ァa?」

 

 劣化化身(マスター)共の救いようの無さにいらだっていた俺に、今回雇った劣化化身(マスター)の男が話しかけてきた。

 今回雇った劣化化身(マスター)の中で一番レベルが高いため、一時的にリーダーとして扱わせていたその男が話しかけてくるということは、準備が終わったという事だろう。

 殴ってやりたい気持ちを自らの使命の為だと押し殺し、顎をしゃくりその男の次の言葉を待つ。

 

 「言われた通りにぃy、配置したぜぇe?」

 

 そうか、やっぱり終わったんだな。

 どうやら、あちらもパーティーをしているようだが……

 

 「悪いが、その予定(プログラム)はキャンセルだ。こっちの狂宴(パーティー)に付き合ってもらおうか!!!」

 

 合図を下す。

 それとともに、白い花園の色が、赤に変わっていく。

 旦那から、この結界を創り上げている要因の一つは、この花園だと聞いている。そしてこの結界を排除するならば、花園を壊せばいいという事もな。

 結界があるがゆえにここはセキュリティが比較的甘い。その隙をつき、雇った連中に火種を結界内の花園に大量に配置した。

 そしてその火種は、俺の合図とともに火を噴き、白い花を赤く燃えつきる花へと変貌させていく。

 

 「よし。もう大丈夫だろう。突入する……、うん?」

 

 どこからか、ゴーンゴーンという鐘の音が聞こえてくる。

 先ほど確認した時間はかなり半端な時間だったから、あらかじめ設定していたとは思えない。

 ならば――

 

 「なるほど、結界が破れたことを告げる警報か。まあいい、すぐさま行動に移すぞ」

 

 そして炎の道を通り、ガラスを割りながら中へ突入する。

 左手に持ったアイテムボックスを砕きながら。

 右手に持った封印アイテムを確認しながら。

 

 

 これが――俺の望んだ未来へつながると信じて――

 

To be continued

 



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第15話 騒乱の15秒(クウォーター)

第15話 騒乱の15秒(クウォーター)

 

□■

 

 それは彼らにとって突然だった。

 

 鐘の音の後に続いた、ガラスの割れる甲高い音。

 そしてそれと共に入って来る、百を超える闖入者。

 それを予期できたものなど……ほとんどいない。

 ジャックは、鐘の音がなった意味に気がついたため何が起こっているの予想できたが、彼だけでは、この状況を変えることなどできはしない。

 闖入者に対抗するために、腰に携えた長剣を抜き構えようとするジャックの抵抗をあざ笑うように、闖入者の一人である男は彼の横を抜き去り、彼が守ろうと後ろにかばった護衛者の元まで駆ける。

 

 いともたやすく、抜き去られたジャックではあるが、それを責めるのは可哀そうというものだろう。なにせ闖入者はレベル500を超える超級職を保有する熟練者であり、ジャックは合計が200にも届かない半端ものなのだ。

 互いのAGIの差は10倍以上の開きがあり、その体感速度の差も3倍以上も開いている。戦闘技術だけでもジャックを上回る闖入者を、止める事ができる道理などない。

 もっとも、道理が彼を許したとしても、彼自身が許しはしないだろうが。なにせ、自らが守ると決めた存在を守れなかった許しを求めるほど彼の想いは弱くはない。

 しかし、彼の想いの強さとは裏腹に、彼にとっての悲劇は否応なく進む。

 

 闖入者の男――ヴィシャートは喜ぶ。成功ではない。成功を喜ぶ段階ではまだない。

 喜んだのは、奇襲した時に瞬時に発動した《看破》によって判明した情報による幸運だ。

 今この場に自分以外の超級職は存在しない。

 劣化化身(マスター)の力は未知数だが、上級職程度なら問題ない。……もっとも読めない相手が一人いたが、それはヴィシャートを送り出した人間の情報通りなので気にはしない。

 敵が強大でなく、対処可能な弱者だけなら、不安要素が無くなる。だからその幸運に喜んだ。

 

 (他の奴らは動けてない。ゴミ共はこの奇襲に対応できていない。おそらく攻撃される可能性を聞かされていなかったんだろうな。しかし危機的な状況では、上方一つで優位劣位が簡単に決定される………これは貴様らの落ち度だぞ朱紗・I・ドライフ!!)

 

 ヴィシャートがこの場に無粋にも乱入して来てから、およそ3秒が経過する。

 ジャックの横を高いAGIで通り過ぎ、右手に握ったアイテムを起動させるのと同時に、他の人間も動き出す。

 動いたのは4人。すなわち決闘ランカーである、ローガン・ミック・桜火・ブルーノである。

 ブルーノは今までに積み重ねた経験で、他の3人も今までに決闘および前線で戦い続けた成果が実り、瞬時とはいわないまでもこの3秒という空白の間で戦闘状態を整えることに成功したのだ。

 ローガンとミックは《着衣交換》で、戦闘用の服装に変えながら戦いの準備をする。《着衣交換》という物を知らない桜火と、そもそも戦闘用の服装という物がないブルーノはそのまま地面を駆けだし朱紗皇女の元へ駆ける。

 ローガンは、《着衣交換》で装備した【魔式手甲 ゲーティア】の《速効召喚(クイック・サモン)》によって最速の悪魔を呼び出そうとする。

 ミックは、双剣を持ち速度を上げる為のいくつかのスキルを起動させながら、自分の特典武具を起動させようとする。

 桜火は、駆けだしながら左手の〈エンブリオ〉の紋章から、【再誕炎蛇剣 ネフシュタン】を取りだしながら、剣に炎を纏わせつつ剣を上段に構える。

 ブルーノもまた〈エンブリオ〉から犬のガードナーであるクー・フーリンを出し、さらにアイテムボックスから槍を取り出し、眼前に穂先を向け刺突の構えをとる。

 他の3人はいまだ動けていない。彼らが前衛戦闘を主とするタイプではないという理由もあるし、それをするだけの戦闘経験を重ねていなかったというのも理由といえる。

 結果として、4人のみ動くことができた。しかし、動くことができたとしても初動が遅すぎた。

 故に――

 

 「しれものめ! わらわをどうするすもりかわからぬが、みのほどをしれー。妾が最強である所以を知れ! 《強制号(グランド・オー)

 

 ヴィシャートが起動し終えた封印結界装置を朱紗皇女に向けて投げる。

 投げられた水晶は、七色の光を周りに放ちつつ、水晶体を構成している外辺が砕けて散逸する。そして同時に中に納められていた力が光の輝きとともに周囲を包む。

 中に納められていた封印術式は、朱紗・I・ドライフを囲うように半径数メテルの範囲に透明な七色の半球体を形作る。

 自分の周りに展開していく、光の結界を気にせず朱紗は自らの力を行使しようとする。それは相手がどうしようと自分には関係ないという自負もしくは、慢心によるものだろう。どうせ敵は自分を殺すことなど出来ず、こちらの一撃はたやすく相手を終わらせられるという、本来なら真っ当な評価をもっているからだ。

 たしかに殺すことができないならヴィシャートだけの力でも朱紗をどうにかすることはできないだろう。しかしここに彼を送り出した男の力も加わればその限りではない。

 

 「なに?」

 

 結界自体が成立するのはまだ先だ。

 今はまだ、起動して世界に干渉する段階でしかない。しかしそれでも――

 朱紗の力を封じることができていた。

 朱紗が戸惑うのも無理はない。彼女の力はそんな簡単に封じられる程、容易いものでも弱いものでもない。しかしヴィシャートを送り出した者が、結界機構とともに封じたもう一つの手段も含めて、結界の力は朱紗の力を発動させないことに成功していた。

 この事態になって朱紗は慌てる。それも無理はないだろう。自分の力に過信した者が、それが通用しなくなった時に十全の対応を取ることができないのは自明の理だ。

彼女が持つ力・内包する理は、まぎれも無く規格外であるが、彼女本人の身体は通常のレベル0の人間とまったく変わらない……脆弱な物だ。

 

 「姫様! なっ?!」

 

 自分が守るべき対象である朱紗の元へ近づこうとするジャックの行く手を一人の男が遮る。

 男は大きなベルトを複数身体に巻きつけたような奇妙な恰好で、漆黒の髪と紅い瞳をちらつかせながら、ピアスをはめている長い舌を伸ばしている。そしてもう一つ特徴的なのは左手にもつ大きな槌。獣のような異形の顔を模したその槌は、男の身の丈ほどもあるというのに、苦も無く振りまわす。

 振りまわしたまま器用に槌の先端をジャックに向ける。

理由なんて論ずる必要もない、皇族に手をかけようとするヴィシャートの企みに協力する時点で、彼は愉快な遊戯者(Player Killer)ではなく生粋の異常者(Person Killer)だ。その悪意は(ティアン)を殺そうとするのに十分な物だし、そのことについて何かを思う事も無い。ただ自らのクエストを阻む障害物(NPC)を殺そうと槌を振り下ろし、

 

 「ちぃtt、誰だよyoor」

 

 一発の銃弾に阻まれる。

 自らの悪意を振り撒こうとする一撃を、眉間に向かって放たれた一発の鉄塊を防がせることで中断させる。

 銃弾を放ったのは一人の男。いまから追いつくのは時間的に難しいと判断したミックが、最高レベルの《瞬間装備》を使い一瞬で装備した銃を黄金色に輝かせての《速射(ラピッド・ファイア)》によって最速の一撃として繰り出した。

 たかが一撃。その一撃によって黄金色に輝いていたはずの銃はもろくも崩れ去り、微小とはいえ《瞬間装備》の硬直(クールタイム)によって新しく銃を装備しなおすこともできない。

 銃弾を弾かなければいかなくなったことで、振りおろした一撃を無効化されたPKだったが、その隙を隙とせず二の次の一撃を振り上げる。

 この一撃をミックが防ぐことはできない。彼は新しく武器を取り出そうとしているが、数コンマの時間で攻撃しなおすことができるわけがなかった。

 

 ――しかし、このままジャックに振り下ろされる未来を、彼ら決闘ランカーが許すはずもない。

 

 「らあっつ!!」

 「BAUUAA!!」

 

 槌を振りおろそうとするPKの横から一人……いや、一組が襲いかかる。

 襲いかかったのは長槍を一閃するブルーノと、それを補佐するように追随するクー・フーリンのペアだ。

 万に届きそうなほどに高まったAGIを利用しての高速移動によって、襲撃時点からこの場所まで急いで来たブルーノは、ミックに次ぐ一撃としてPKの顔をめがけて槍を刺す。

 PKはその一撃を、器用に槌の柄でずらし、顔を下げる事で回避する。

 ブルーノの一撃を上手に防いだPKだったが、再びジャックに牙をむくのは許さないと、槍で相手の槌の柄と組み合わせて敵と睨みあう拮抗状態を作り出す。

 これで助けに行けると、ジャックは二人の横を通り抜けて朱紗の元へ行こうとする。

 

 

 ――しかし、遅かった。

 

 「これで終わりだ!」

 「これはまさか?!」

 「姫様ッ!!!」

 

 三者三様の声が屋敷に響く。

 同時に、朱紗を包んでいた七色の半円が収縮していく。

 ジャックが朱紗のもとにたどり着こうと、必死になって走るその様を笑うように、刻一刻と結界が狭まる。

 ヴィシャートはその結界の状態を見て、旦那の目論見通りに進んでいることを喜ぶ。それと同時に、自分に向かってくる一人の男を見る。その男の事は、この場に侵入した時点で《看破》している。その《看破》によると彼のレベルは200にも届いていない。この場にいる物の中で最も弱く、最も脅威が低く………そして、唯一彼が守るべき者。

 ヴィシャートはできれば、彼の様な人間は殺したくなどなかった。使命を果たそうとする、彼のような心地のいい心意気の人間(ティアン)は、彼が守るべきものだと思っているし、何より自身としてもそう言った人間は好みだ。

 しかし、だからといって、おめおめとジャックを通すほどヴィシャートは甘くはない。

 ヴィシャートを送り出した者の能力は、彼自身が知るようにずば抜けているし、今回のこの結界装置もおそらくは不具合などないのであろう。だが、万が一という事も考えられる。数式に歪みを及ぼす代入値は可能な限り少なくするのが、彼のポリシーだ。

 「残念だ」と心の中で呟きながら、ヴィシャートはジャックに向けて拳を構え、

 

 「ぬぅ!!」

 

 ヴィシャートの眼前に迫ってきていた炎を纏う剣先に気がつき、それを弾く。

 ヴィシャートの邪魔をしたのは炎蛇の牙。それを繰り出したのは最速で剣身を分かち十数の節を生み出し、数メテルを一瞬で突いた桜火だった。

 全員が動く中、いちいち踊っていたら護衛対象(朱紗皇女)を守れないと判断した桜火が、瞬時の判断でただの刺突に切り替え、そしてその判断が幸を制し、今ジャックを狙おうとしたヴィシャートの妨害をすることができたのだ。

 しかし、踊らずにただ突いただけの一撃。典型的なTYPE:アームズの〈エンブリオ〉としての能力を獲得していっているネフシュタンだが、そのせいで現時点での能力は平均的な物でしかない。高い武器攻撃力を持ち、《焔を纏う蛇》のスキルもあって威力がプラスされるとはいえ、その威力は1000にも届かず………超級職を相手取るには不十分でしかない。

 弾かれた蛇のアギトを再びヴィシャートに向けようとして、

 

 「邪魔だゴミッ!!」

 

 ヴィシャートが軽くふるった拳で、炎の蛇が容易く砕かれる。

 それに驚いたのは桜火………ではなく、ヴィシャートだった。

 確かにゴミのうっとおしい攻撃を払いのけてやろうと、ヴィシャートは拳を振るった。

 しかしその一撃は、決して武器を軽く砕くことができるほどの威力をもたせていたわけではない。あくまでこの一撃でできた隙にジャックを殺し、二の次の一撃でこのへんてこな武器を使っているゴミの少女を消してやろうとしただけだ。

 ヴィシャートはゴミが使った武器はそれほど弱いのか? と過小評価したくなってしまった。確かに今の一撃でも武器を壊すことはできる。だが、あくまでも最初に買うようなレベルの低い武器に限った話だ。レベル200近い人間が使う武器としては、あまりにも弱いとしかいえない。

 「劣化化身(マスター)の力とはそれほど弱かったのか?」とヴィシャートが疑問に思っても仕方がないかもしれない。

 しかし――正解は異なる。

 確かにネフシュタンは脆い。それは《炎華再生》という、武器を修復する機能を持つが故だ。「武器を壊すことで発動するスキル」をもつ“凌駕剣”のように、必要であれば〈エンブリオ〉は武器の耐久値を削ることもある。それは武器の耐久値としての性能を捨てて、他の所にリソースを回すことで武器を強くするためである。

 故にネフシュタンは脆い。その耐久値は初期の武器に限っても、耐久値と言う点では上回る物があるかもしれないと言えるくらいに。

 もっとも元はこれほど脆くはなかった。少なくともあの塔を登ろうとした日には、この剣の耐久値はもっと高かったのである。

 耐久値が多く減算された理由は、進化によってと、とある機能を〈エンブリオ〉に内包させたがためだ。

 威力はさほど高くなく、一撃加えられただけで崩れ去る、幻影や泡沫(うたかた)の様な一時の炎の蛇。

 弾かれ砕かれたことで、一生が終わった炎の蛇は黒い燃え滓のような塵に変わり、

 

 「面倒だな!」

 

 再び燃え上がり、炎の蛇腹剣としての性質を取り戻した炎の蛇は、再びヴィシャートを狙う。

 ヴィシャートは炎の蛇の対応をさせられながら周囲を見る。

 ヴィシャートと同時に強襲させた唯一の〈マスター〉はいまだ、ブルーノと会い対峙している。

 ヴィシャートが突入時に解き放った100を超える機械の兵隊は、同じく100を数える悪魔の軍勢と戦い続けている。

 ヴィシャートの言葉を聞いていなかったのか、続いて突入して来た二人の〈マスター〉は、ミックが銃弾によって牽制している。

 戦場はずいぶんと拮抗しているな、という感想をヴィシャートは抱く。

 こちらの全兵力を開放すれば話は別だろうし、またヴィシャート自身が動けばそれで終わるだろうという自身もある。

 しかしヴィシャートはそうしない。「わざわざ自分が最後までかかずらってやる必要もないだろう」と思っているからであり、彼の背後で最後の時が訪れるからでもある。

 

 「姫様っ!」

 「「「「朱紗(ちゃん・皇女・殿)」」」」

  

 戦場の音を響かせながらも、ジャックや〈マスター〉達の声がこの屋敷の中に響く。

 しかし、彼らの声を無視するかのように、結界は小さくなっていき………

 そして、一つの結晶へと再び結晶化する。

 ヴィシャートが使う前の結晶と似ていて異なる。異なる点は水晶の中に入っているモノ。まるで琥珀に込められた化石のように、朱紗・I・ドライフが入っている。結界の効果によって拳大にまで小さく封印されてしまっていたのだ。

 ヴィシャートは炎の蛇による襲撃をいなしながらバックステップを行い、封印完了に伴いアイテム化した重力によって宙から落ちゆく結晶をつかむ。

 

 (これで完了だな。劣化化身共の力は意外に侮れなそうではあったが……、これでしまいだ)

 

 ヴィシャートは懐から一つのアイテムを取り出す。

 いくつか彼を送り出した者にアイテムを渡されていたヴィシャートであったが、今回のこのアイテムに関しては彼が自前で用意したものだ。

 アイテムの効果は単純解明。

 用事は済んだとばかりに、ヴィシャートはそのアイテムを地面にたたきつける。

 

 「なっ」

 「きゃあ!」

 

 おきたのは閃光。そして騒音。

 閃光弾によって屋敷中を昼のように、いや昼以上に明るく眩しく照らす。

 ローガンたちはそれに対応など出来ない。瞬時に起こる閃光と破裂音はそれだけで人を制圧することが可能となる。

 閃光弾(フラッシュ・バン)現実世界(リアル)にもある兵器の一種であり、この世界においても変わらずに有用な兵器の一種として一部の人間に使われている。

 ヴィシャートら侵入者達は装備などであらかじめ防御していたが、ローガンら防衛側が突然の行動に対応できるはずもない。眼をつぶったり、腕を使って光を遮ろうとしたもののそれですべてが防げるはずもない。閃光とともにまともに食らった人間すべてが《盲目》と《盲聴》の状態異常にかかる。

 どちらの状態異常も効果時間は絶対時間にして5~6秒ほどだが、戦闘におけるその時間は絶望的なまでの差になりうる。

 防衛側が見えず、聞こえない状況の中で、そんなことを知ったことではないと、襲撃者達が動く。

 

 「――よし、目的は達成できたな。帰るぞ」

 

 手の中の結晶をいじりながら、ヴィシャートは襲撃者である残りの3人に撤収命令を下す。

 元々、彼の目的は彼の掌中に収まった、朱紗・I・ドライフの確保。他の目的に興味はなく、残りの家人の殺害や家探しする程人として落ちぶれていないという、自己分析を持っている。

 ヴィシャートの矜持以外にも、他の目的に欲を出した結果、視覚や聴覚を取り戻したローガンたちに反撃されかねないという理由もある。

だから、彼はそのまま帰ろうとし……

 

 「はぁaw?! なにぃいってんだよyou、旦那ァaaa!! ここは俺たちの邪魔をしてくれやがったa、正義の味方気取りの雑魚共ぶっ潰すところでしょうがywooou?!」

 「「そうそう、ありえないありえない」」「「あいつらに目に物見せなくちゃ!」」

 

 3人の〈マスター〉が反対する。

 元々彼らは遊戯(ゲーム)の一環として、このクエストを受けたのだ。リアルでは不可能な高貴な人間に対する悪徳、思うがままの略奪、それらを行うその為に。

 自分たちにとって重要なのは如何に好き勝手に暴れられるか、というところなのに、ただ皇女を誘拐してからそのまま立ち去るなんて、不完全燃焼もいいところだと反対する。

 

 (劣化化身(マスター)共め! 遊びで我らを殺し、奪おうというのか! ……いや、少し落ちついたほうがいいな。逃げるにしても、追手が来るのは確実だろう。レベルが低いというのに、俺に匹敵する速度を出しているやつもいたしな。陽動としてこいつらを利用すればいいか……)

 

 「………いいだろう。お前たちは好きにすると言い。ただし俺は先に帰らせてもらうぞ。用事はすんだんでな」

 「さっすが旦那ぁar、わかってるっuuw」

 「「そうだね、それでいい」」「「そうだね、それでこそだ」」

 

 それで用事は済んだだろうと、ヴィシャートは屋敷の外へ向けて跳び。

 そして3人の〈マスター〉達は残り2~3秒とはいえ、隙をさらしている連中を(なぶ)ってやろうと各々の武器を構え。

 

 「ふむふむ。嵐は去りましたかな? 《偽典:パーフェクト・リリース・レストリクション》」

 

 嵐の到来を察知し、【絶影】の各種スキルで隠れていた一人の男が、制限系状態異常の完全回復魔法によって《盲目》と《盲聴》を癒すことで彼らの思惑を完全に崩す。

 

 「えっtut?!」

 「「だれ?」」「「どうして?」」

 「おやおや? こちらの事ばかりを気にしていてよいのですかな?」

 

 ルパンは自分と会い対峙しながら、正体を考察しようとする〈マスター〉たちに対して悠長だなと低評価を下す。自分が回復魔法を使った意味をわかっていない……いや、それ以上に自分の事を気にしすぎていると。

 閃光弾と同様。戦場において一秒のみであっても、隙を浮かべるのは自殺行為だ。

 隙を生み出しながら「蹂躙する奪う」(くだらないこと)で話し合った犯罪者たちとは違い、彼らはその隙を逃さず声を上げることもなく、各々の高い速さ(AGI)を利用して速攻で近づく。

 PK達は突然現れた男の正体が気になり疑問を浮かべている間に、近づいていたミックとブルーノが各々の武器を振るい犯罪者に断罪を下す。

 

 「っつtu! 全員解けやがったのかkar! 仕方ないねぇee、とっとと逃げるぞてめぇらraa」

 「「そうだね仕方ないね」」「「さすがにこれは無理っぽい」」

 「逃がすかよてめぇら!」

 「餓鬼どもめ、オイタをしすぎだ。老骨の拳骨を喰らう覚悟はできているだろうな!」

 

 PK達がさすがに不利を悟り、外へ向けて跳び出し、ミックたちは逃がしてなるものかと追いすがる。

 これで屋敷から下手人の人間は全ていなくなった。

 しかし戦いはこれで終わりではない。今も、ローガンが新しく悪魔を追加しながら、機械の兵隊と戦い続け、桜火もサポートとばかりに参戦する。

 急なことで事態が把握できず混乱していた、A・D・Aとキャロルもまた時間がたったことによって状況を把握し、とりあえずはと杖と銃を構えてローガンたちの戦いに加わる。

 そして――ジャックとレオンは、今まで隠れていた相手に詰め寄り事情を問いただそうとする。

 

 「ルパン殿ッ! なぜ今まで隠れていたのですか! 超級職であるあなたの力があれば、姫様をお守りすることが! ………いえ、すいません。これは私の責ですね……しかし事情は聴かせてもらいます」

 「いえいえ。買いかぶらないでください。私が就いている【偽神(ザ・フェイク)】というジョブは模倣模造特化の生産職です。奥義たる《神域偽典》によってある程度の戦闘はこなせますが、それでも戦闘特化の超級職を相手にするには幾分劣ります。私のステータスはSPを除けば全て1000以下ですしね」

 「……なるほど、だからルパンさんは戦闘に加わらなかったのか」

 「ええええ。臆病者と罵ってください。私は自分の大命の為にここで命を投げ出すわけにはいかなかった、命を賭けるわけにはいかなかった。………それにひどいことを言うのは理解していますが、それでも……私には、あの皇女を守る理由はなかったのです」

 

 その一言をルパンがいった瞬間。ジャックの顔が歪み口を開きそうになり、そして閉じる。

 言うべきでないと理解したからだろう。実際に皇女のために民草に命を賭せとは、彼自身言えることではない。朱紗の立場の弱さを知り、その忠義に褒美を取らせることすらできないからだ。それでも言いたいことはあっただろう、だがそれを飲み込みジャックはただ拳を強く握り締める。

 レオンはそれを見ながら、今はそれに触れるべきでないと判断し、そしてもっと重要なことがあると判断する。どうするべきか考え、内通ではなく、今のルパンの理由が本当であるならば、この方法ならば大丈夫だろうという案が浮かび、それを具申する。

 

 「なら……提案します。ルパンさん、いまから《迷宮創造》を使ってください。それで、皇女さまを連れ去った、あいつらを閉じ込めます」

 「……なるほど、名案ですね。しかし、いまから使ってもおそらく迷宮が出来上がる前に範囲内から逃げ出してしまうでしょう。九に手を加えて十にするのは簡単でも、0から十を創り上げるのはそれだけ大変なのです」

 「いや! 確かこの皇都の地下には迷宮のような地下通路が沢山配備されていると聞き及んでいます! それを使ってはどうでしょうか!?」

 「なるほど……、そんなものがあったとは知りませんでした。確かにそれなら問題はなさそうですね、ええ。では盛大に行くとしましょうか《偽典:迷宮創造》」

 

 ルパンが《迷宮創造》を使用する。範囲としてくぎるのはこの〈ヴァイスガルデン〉の全区域。

 そこまで範囲を広げないと【山賊王】は捕らえられないと判断したからであり………しかし、そこまで広げてもタッチの差は埋められず、ギリギリで逃げられるだろうとルパンは判断していた。

 実際にそうなるだろう。ルパンたちと【山賊王】の距離はもう1キロメテルも離れようとしている。ここから追いつくのは至難であり、それこそ奇跡か常識外の一手でもなければ不可能だ。

 

 しかし―――それをもつのが〈マスター〉だ。

 

 レオンはすでに取りだしていた杖を頭上に掲げ、そして勢いよく地面にたたきつける。

 叩きつけるのは杖の柄ではなく、U字をクロスさせたような4本の足の意匠。

 【太陽獣杖 ラー】の第2のスキルにして、第2の変形スキルを今ここで使用する。

 その名は――

 

 「《四天は獣に変わる(チェンジ・ヌアス=セト)》」

 

 天から4本の支柱が降り注ぐ。降り注ぐのは此方(こちら)ではない、彼方(かなた)

 【山賊王】の頭上に降り注いだ4本の柱は、彼の身体を貫通し地面に縫い付ける。

 もっとも、このスキル自体に威力はない。貫通して見せても、あくまで物体的な物ではなく、スキルのエフェクト的な魔法効果にすぎないからだ。

 威力はなく発動対象も一体に限定されているが、その代わりとして効果範囲と拘束効果は強い。範囲は自分を中心に3キロメテル以内なら自由に発動でき、相手に高ランクの《拘束》と《呪縛》の二つの状態異常を与える。

 もっとも永遠に拘束はできないだろう。ラーのスキルのせいではなく、拘束され続ける状況を【山賊王】が許さないからだ。

 装備品を変更し、状態異常回復のアイテムを使用することを止めることなど出来ない。

 だがそれで十分だ。このスキルの目的は、あくまで一時の足止めのためとして発動されたのだから。

 

 そして時間がたち、ルパンのスキルが確定する。

 ルパンの足元から広がる力の渦は、この〈ヴァイスガルデン〉の領域を包み込み、地下の迷宮を取りこんで、新たなる一つの迷宮を創り上げる。

 レオンの狙い通りに【山賊王】を含むすべての下手人を巻き込んで。

 

 此処に一つのゲームが開く。

 ルールは単純。

 犯罪者(とうぼうしゃ)たちは、【山賊王】(おに)が逃げ切れば勝ち。

 被害者(ついせきしゃ)たちは、敵を全滅させて宝物を手にいれれば(皇女を取り返せれば)勝ち。

 

 最後に勝つのは――

 

To be continued

 




余談:
(=○π○=)<この話しは全て15秒以内に行われていたり

(=○π○=)<もっと時間掛かっているだろ! とかおもっても突っ込まないでください


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第16話 四方四散の迷宮遊戯・上

(=○π○=)<アナスタシアがすごいよかったー

(=○π○=)<そして前準備も含めて、あまり執筆時間とれなかった。(海道先生はどうやって時間を工面していらっしゃるのだろうか、すごい)

(=○π○=)<まあ、上下一緒に書き始めているんで、そんなに間をおかずに投稿できるとは思いますが


第16話 四方四散の迷宮遊戯・上

 

 

□■

 

 迷宮が誕生する。

 

 【偽神】ルパン・ジ・アシッドによって、地下に広がる隠し通路を素材として創られた〈ヴァイスガルデン〉全体を覆う大迷宮。

 横に広いだけではない、高さもそれなりに存在し、上り道・下り道・迂回路によって縦横無尽に広がる閉鎖空間。

 そんな中に彼らは招かれた。

 

 始まり(START)は同じではない。配置は各々異なる。基準となる始まり(スタート)は元の地点を基準としたランダム配置。近くにいれば一緒になる可能性も高くなるが、離れれば全く異なる地点に配置されるだろう。

 出口(EXIT)も異なる。入口が決まった一つの物ではないように、出口もまた決まったものではない。《迷宮創造》の制約として、かならず出入口となる部分が無くてはならないが、だからと言って出入口が一つ二つと決まっているわけでもない。通路の綻び、迷宮範囲の境界が入り混じったりすることで、複数の出口が生まれることもある。

 

 異なる場所で、攻略をしようとする彼ら彼女達。

 さて、この遊戯の主役たちの攻略風景を描写するとしよう――

 

 

□迷宮内 【悪魔騎士】 ローガン・ゴールドランス

 

 「ここは……!」

 『少し見覚えのある風景ですね。いつかあの【鍛冶師】に武器を作ってもらった時に通った地下通路に似ています』

 

 確かに似ている。全く同じではあり得ないだろうが、暗い通路が続く。

 この中を動き回るのは俺には無理だ。カンテラがアイテムボックス内にあるが、それを出すよりは。

 

 「“照らせ”《コール・デヴィル・ダークウォーカー》」

 

 俺が呼び出したのは1体の悪魔。フードを深くかぶった様な目が赤く光る身長60センチメテル程度の小ささだ。

 ステータスは度外視し、複数呼び出す利点も無く、召喚継続時間は再び呼び出せばいい。

 だからポイントのみ倍加する。

 呼び出した悪魔は、あのゲーティアが生み出された〈ミルキオーレ・ファミリー〉との戦いでギルドマスターたちが使っていた《ダークウォーカー》。《暗視》スキルを有し、使役者と視界を共有可能なスキルをもつため、この状況下では明かりをともすよりもいい。

 なにせ………

 

 「多いな……」

 『目視できるだけでも30以上はいます。お気を付け下さい主様』

 

 《暗視》スキルによって広がった視界の先に居るのは、30を超える機械の軍勢。

 それらすべてが手に持つ、銃器をこちらに向けて構えている。

 |機械の軍勢〈あちら〉も俺たちの事を認識しているのだろう。手に持つ銃器の銃身が光り輝く。銃弾による物理攻撃ではなく、電力(エネルギー)によるトンでも兵器(レーザービーム)

 一人の男として、ちゃんと見てみたい気もするが、この事態でのんびりと見ていたら死にかねない。

 俺は地面をけり、横に向かって飛びながら敵の軍勢に拮抗する。

 拮抗する方法は単純解明、敵を凌駕する規模の軍団を呼び出す、ただそれだけである。

 コストは度重なる戦いの果てにかなりの量を保持していた、それを第2位との決闘戦のために、今あるポイント変換可能なアイテムをほぼすべて費やすことで、今現在数十万規模のポイントを貯蓄している。これ以降の狩りにも影響するため、無駄遣いは出来ないが、この非常事態にコストを気にしすぎて死んでしまっても仕方がない。とりあえず今だポイントの倍加をとく必要はなさそうなのは幸いだな。

 敵の動きを見ながら右手を掲げ、召喚の呪文を唱える。

 用途は雑魚殲滅用(J・アドバンス)だと、心の中でシュテルに伝える。

 

 「《強化召喚(アドバンスド・サモン)》“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

 呼び出したのは48の悪魔。

 敵の性能(ステータス)は分らないが、まずは試金石としてこいつらを向かわせる。

 元のステータスはほぼオール100の悪魔たちが、複数のスキルによって700オーバーにまで至っている。それによって用意できたのは、下級のモンスターとしては上位に位置するレベルのモンスターの群れ。

 そして悪魔たちに号令を下す。俺の意思どおりに召喚地点から飛び出した48の悪魔たちは、機械の兵隊たちが放つ光の光線(ビーム)を掻い潜り、またはその身体で受けながら敵への距離を詰めていく。

 同時に俺も次の準備に入る。腰に付けたアイテムボックスから、一つの剣を取り出す。

 数ヶ月前にジュジュという名の【鍛冶師】に作ってもらった唯一(オンリーワン)俺に合わせた(オーダーメイド)の特殊武器。あの後、一度だけこの武器を強化してもらったので、あのときの性能そのままというわけではないが、武器攻撃力を少し上げただけの変化だから、そこまで劇的というわけではない。……スキル強化ができればよかったが、そこまで行くのにはまだまだ素材とレベルが足りなさそうという話だし、ある程度は気長に待つが。

 そして、その武器にかけてあった封印を解く。鉄の輝きに満ちていた剣身は、スキルの発動と同時に黒く染まり、さらには剣から漏れ出した黒い波動が剣から零れ出ていく、

 ひとまずは単純に剣を強化するだけだ。それ以上の強化は枠が足りない。それにこれでも目の前の敵を相手にするならば十二分といえる。

 機械の軍勢はいまもなお《バタリオン》と戦い続けているが、その戦いはほぼ拮抗いや、すこしこちらが劣勢かもしれない。数の差はこちらが有利で、ステータスは若干だがあちらが上回っているのだろう。あっちには遠距離武器というアドバンテージもある。

 

 敵と自分の戦力を把握し、ならばと俺も動くことを決定する。

 《融合召喚(フュージョン・サモン)》によって、AGIを可能な限り高めながら、敵に向かって自分も突っ込んでいく。

 悪魔だけに向かわせたりはしない。もっと強力な悪魔を呼び出すというのならともかく、《バタリオン》だけに戦わせると、時間が余計にかかってしまうだろう。このままなら全滅させられるし、追加で呼び出すのは枠が足りずそれに呼び出せても邪魔でしかない。

 地面を駆けながら、レーザーの動きを敵の動きから察知しながら、避け続ける。

 これでもゲームを始めてから半年が経過しようとしているんだ、この程度をこなすことができるプレイヤースキルは否が応でも………いや、優先的に鍛えてきた。数多の敵との戦闘、幾度の師との訓練、それらが合わさることで、高度な戦闘が可能となってきている。

 もちろん、それだけで全てを避けることができているわけではない。いくつかは剣で薙ぎ払い、手甲(ゲーティア)でガードし、いくつかは被弾してしまう。だがそれでも前に進むことに支障が出るほどでもない。

 

 敵との数十メテルを駆け抜け、敵の喉元まで近づき、そして剣を無造作に横になぎ払う。

 正式な剣の使い方とはいえない。教官のもとで教えてもらった西洋剣の使い方はこうではなかった。

 それを知りながら、こうした剣の使い方をするのは、それで十分だからだ。

 あの【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】と同様、牽制のような一撃で十分な程に、この一降りには威力が込められている。

 俺の振り払った剣は、俺の期待通りに敵の身体を通過し、敵の上半身と下半身を両断する。おそらく電気だろう、火花が飛び散り、閃光がはじける。

 それを横目に次の敵へ向かい、そして再び剣を振り下ろし、敵を唐竹に割り、それと同時に俺の背後で爆発音がする。アポストルとしての広い視界をもつシュテルによれば、俺が上下に両断した敵の機械が爆発したとのことだ。

 敵を連続で撃破できていることに喜びを感じながら、次の敵へ向かう。敵はまだまだ多いのだから………

 

 

 

 『状況終了。敵性反応なし、全て倒し終わったとみて問題ないでしょう。お疲れ様です主様』

 

 敵をすべて倒し終わった後、一息つくため、そして状況を軽く整理するために立ち止まってシュテルと会話をする。

 なお、悪魔はすべて帰還させている。召喚時間はまだ半分近く残っていただろうが、ここから次の敵までに時間が持つかはわからない。

 敵に対する用意は、この手に持つ剣だけでひとまずいいだろう、と思い一度返したのだ。

 

 「敵は30機だけか………、敵が突入して来たときの総数は100以上あったように見えた。おそらく他の所に居るのだろうな……。他の〈マスター〉はともかく、経験値()はなるべく倒したい……それに、クエストこそ発生していないが、一応さらわれた皇女を助けなければならないしな」

 

 クエスト担当管理AI達がこれをクエストにしないのはどうしてだろうか。

 十分に緊急クエストとしての条件は整えてあると思うんだが。

 おそらく、敵に〈マスター〉がいるからなんだろうが、クエストを受注できないのはすこし無駄に思えてしまう。

 メインで計画を立てているのは、あのティアンの男のようにも見えるんだがな……。

 

 『はい、ここは迷宮のようです。あの〈クリエラ渓谷〉の時とは違い、それなりに複雑そうですね。出来うる限り、迷宮の構造を脳内マッピングしておきます。失敗してしまう可能性は高いですが、むやみに歩き回るよりは……』

 「うん? いや何を言っている。他の〈マスター〉共ならともかく、俺ならば問題ないに決まっているだろう。忘れたのかシュテル、俺のジョブを」

 『ジョブ? ……あっ』

 「俺には|斥候()()()()という手段も、人海戦術という手段もあるんだ、脳内マッピングという手段を使う必要なんてない」

 

 そう言いながら、悪魔を呼び出す。100を超える悪魔といくつかの《スカウト(斥候)》。

 現実の迷宮ゲームならば、禁じ手にもほどがある手段を用いて、此処を攻略する。

 出口がどこにあるかはわからないし、敵が出口に向かうとも限らない。

 だが、今はこれでいいだろう。

 悪魔たちの情報をもとに、俺たちは迷宮の奥へ進んでいく。

 

 そして―――

 

 

□迷宮内 【万能者】ミック・ユース

 

 「っ! これは一体」

 

 俺は朱紗皇女をさらっていきやがった、犯罪者どもを追いかけて外へ向かって走り出していった、その数秒後に光が放たれたかとおもったら、この暗い場所に立っていた。

 一瞬何事かと、そして此処はどこかと思ってしまった。もしかしたら敵の〈エンブリオ〉の効果ではないかと。

 しかし、そのすぐ後に気がついた。これは別にそう言ったものではないと。

 それは、広がっていった光の波動を見たことがあったからであり、この暗い状況から薄く見える風景に覚えがあったからでもある。

 俺はリャナンシーに、《暗視》スキルを付与させて周囲を見渡す。

 視界に広がったのは、やはりどこか見覚えのある光景。あのクエストでジュジュと、俺たちのパーティーとで繰り広げた戦いの場にして、ジュジュが工房を築いている場所。

 皇都地下の隠し通路。俺はいまそこにいる。

 

 「驚いたな。いきなりこんな所に………、ルパンのスキルだろうけど、なんでわざわざ? いや、敵を閉じ込める為か」

 

 疑問に少し思い、考えるが答えはそこまで難しいものではないと合点がいった。

 間違えている可能性もあるが、多分そうである気がする。

 確かにこのままだと、俺とブルーノが追いかけていたPK達に追いつくことはできたかもしれないが、朱紗皇女をさらった【山賊王】に追いつくことは出来なかっただろう。

 敵襲の瞬間に《看破》で見た限り、万にこそ届いていないモノのかなりの高さのAGIに加えて、複数の強力そうなスキルを有していた。

 飛び出すのが遅れた、俺やブルーノでは追いつくのは無理だろうし、追いつけたとしても勝てるかどうか、戦いになるかどうかさえ分からない程の強者。

 ティアンの命と尊厳がかかっている状況で、負けるつもりも諦めるつもりも毛頭ないが、それでも保険は多い方がいい。一対一ではなく、こちらの〈マスター〉全てで戦えば、勝ちの目は高いだろうしな。

 その点で言えば、この迷宮はグッジョブだな。敵を逃がさず、閉じ込めておけるんだ。

 出来れば、他の〈マスター〉と合流しておきたいが……

 

 「周囲には俺一人だけ……か」

 

 《暗視》とついでに《視力強化》も合わせて周囲を見渡してみたが、俺以外人っ子一人としていない。

 別々の所に飛ばされたんだろう。前回のルパンが創った塔型の迷宮は、中でスタートではなく、入口の外で待っていたけど、今回は【山賊王】を閉じ込めるためにも、参加者(全員)を迷宮内に配置するしかなかったんだろうな。

 閉じ込められたかどうかについては………出来ていると思いこみたい。

 迷宮の範囲外に逃げられていたら、この迷宮はむしろ俺たちの行く手を阻む障害物にしかならない。その最悪のケースだった場合、出来るのは皇国全体にこの事件を知らせて世界中に捜査を配備してもらわなければいけない。

 どちらにしろ、今の俺たちはこの迷宮から速攻で抜け出すか、あの【山賊王】をこの迷宮内でとらえなければならない。

 今回がどちらかはまだわからないが………、今のところは後者の状況だと思っておこう。

 俺は脚に力を込める。このままここに居てもどっちの状況にとっても、悪手でしかないからだ。

 俺にマッピングの才能はない。昔懐かしのゲームをキャロがもって来ることがあったが、地図などが表示されないマッピングをしながら進まなければいけないレトロゲームを、満足にクリアーしたことはないからだ。

 リャナンシーのジョブスキルでそこらへんを補おうとしても………正直言ってそこらへんのジョブスキル名がどういう物があったか忘れてしまった。リャナンシーの《ブラッド・アビリティ》は俺が知るスキルしか、手に入れられないからな。

 レオンには全てのスキルレベルを有するジョブレベルを覚えておいた方がいい、といって1000以上に及ぶジョブスキルのリストを渡してきたが、あんなものすべて覚えきれるわけがない。俺が覚えているのはよく使うスキル50ちょいといったところだ。

 それで今まで十分だったが………さすがにこの戦いが終わったら一から覚え直すか・・・・・・

 

 

 「どこだっ!!……」

 

 走り続けて3分ほどが経過した。

 《暗視》を切らさず、常時かけ続けていたが、ここまでだれにも何にも会っていない。

 仲間にも敵にも、一切。

 胸の内に焦燥が芽生え始める。この迷宮はどれだけ広いのか、【山賊王】はもう逃げだしていないだろうか、そして俺はちゃんと道を間違わずに進んでいるのだろうかと。

 焦燥感が危機感に変わりつつある中、さらに先に進もうとT字路を左に進もうとして……

 

 「ガッッ」

 

 突然の襲撃を避けられず吹き飛ばされてしまう。

 

 「「あはは」」「「あれで生きているんだね、すごいね」」

 

 吹き飛ばされ、地面を擦りながら滑る状態を何とかしようと、腕と脚をうまく使って転がりながら跳びはねる。

 跳びはねながら空中で姿勢を制御して四肢を使って滑りながらうまく着地しながら、敵を睨む。

 そこにいたのは二人の少女。白髪褐色のドライフというよりは、カルディナの方に近い服装をした瓜ふたつの〈マスター〉だった。

 敵の動きを注意しながら、3本の武器を取りだし装備する。相手はこちらを警戒しているのか、それとも気にしていないのか、「あはは」と笑いながら、奇襲攻撃を行った姿勢から直立不動に姿勢を変化させる。

 正直言って幸いだ。俺以外に周囲に人間がいない以上、この戦いは2対1のPvPになる。先手こそ奇襲という形でとられたものの、こちらの準備を整える事ができる暇を与えてくれるのはこちらにとっては嬉しいことだ。

 懐を確認すると、装備していたはずの【救命のブローチ】が崩れ去っていた。

 俺のHPはそこまで高いわけでもないから、今の一撃で削りきるだけの威力を出せたということだろう。

 《看破》も同時に起動する。それによって判明したのは、やはりというか当然というか、二人とも同じジョブについていた。奇襲特化のジョブで、俺のHPを削りきるほどに高い威力を出せたのは奇襲成功時のダメージを3倍化する《スニーク・レイド》の効果だろう。

 

できるならもう少し準備の時間を取りたいが、残念ながらそこまでの猶予はない。

 二人の〈マスター〉がいまかいまかと、こちらの行動を待っていて、もしさらに遅れた場合何をしてくるかわからない。

 それに朱紗皇女をつれさった【山賊王】の事もある。

 時間をかけるわけにはいかない。

 

 手に握った剣をきつく握り締め、俺はPK達に向かっていく。

 

□迷宮内 【剛槍士】ブルーノ

 

 「ちぃい!」

 「ぎゃははhaharr」

 

 ワシの槍と無法者(PK)のハンマーをぶつけ合う。

 この周囲すべてが真っ暗闇の空間に放りこまれて、突然の状況にどう対応すればいいかと四苦八苦していたワシのもとにこいつが奇襲を仕掛けてきた。

 敵の攻撃がこちらに当たる寸前で、クーがワシを守り逆にPK相手にカウンターを仕掛けてくれたようだが、クーが気がついてくれなかったらもしかしたらやられてしまったかもしれないとぞっとする。

 クーは犬のガードナーだけあってか、多少の夜目がきき、それ以上に鼻がきく。

 幸いなのは敵が奇襲用のスキルを持ってなかった事か。もし気配を殺すスキルを使われておったら、むざむざとやられていた。

 クーには生物的な察知能力こそあっても、スキル的な察知能力はないからな。

 クーによって、敵が引いた時間を利用して、アイテムボックスから念のためと買っておいたカンテラを取りだし腰に装備しておいた。

 はっきりいって大きくて邪魔で仕方がないし、明かりも弱く、多少の衝撃で壊れかねない安物だ。小さくて、明かりが強く、壊れにくいカンテラや、ライトなども店には売っていたが、ワシらはあまり夜の狩りをおこなわないからと、この程度で我慢していたが……

 

 「失敗だったな。まさかいきなりこんな所で戦闘を行う羽目になるとはな!」

 

 明かりが届くのはせいぜいワシの槍が届く範囲。腕長から、槍の長さを含めた範囲を制空圏として、敵の攻撃に対処する。

 こちらから攻撃をすることは出来ない。なにせ敵の動きが読めない。

 経験則から相手の攻撃を判断できなくはない。お互いの攻撃の質の差、相手の性格、相手の移動にともなう地面をける音、相手の呼吸。それらを情報として見えない相手と戦う訓練はしたことがあるし、多少なりともこの身に覚えがある。

 だが、残念ながらその技術が、今役に立っているかといわれるとそうでもない。

 

 まず攻撃の質が読めない。

 敵は無法者(PK)らしく、ハチャメチャに攻めている。

 それに加えて、おそらくこの敵手はちゃんとした戦い方を教わっていないのだろう。真っ当な戦い方を学んだ者には身についているはずの武の(ことわり)というものが、欠片も感じられない。

 ローガンたちは素人なりに、武を学び戦い方も身につけているが、敵手はそうではない。ただ自らの性能(ステータス)と能力《スキル》のままに戦い続けて………何とかなってしまっているのだろう。

 それができるだけの才能は感じる。いわゆる、純粋培養の天才型闘士(ファイター)というやつだ。だがそれでも、ワシくらい武を修めた人間からすれば、まるで理解していない相手をどうにかするなど、造作も無いはずなのだが………状況が悪い。

 天衣無縫というべき(スタイル)に加えて、〈エンブリオ〉やジョブというわからない要素まで加わる。

 これではワシでも攻撃の質は読めない。

 

 次に相手の性格が読めない。

 素直に読むとするなら、相手の性格は非道を非道と思わぬ狂戦士なのだが……

 しかし時折、狂戦士としてはあり得ない、行動に出たりする。こちらの攻撃にビビったかと思えば、笑い狂いながら遮二無二突っ込んできたりもする。

 二重人格の様な性格の差異がありながら、おそらくは二重人格などではないのだろう。

 理由も簡単にわかる。ここがゲームだからだ。

 ワシは多少若くなるように言動をある程度変えているレベルだが、人によっては本来の性格とはことなる仮面(ペルソナ)を被ることもあるだろう。ワシの知り合いだと、ローガンやキャロル・キャロライナ・キャロラインやA・D・A(アンジェラ)がそれにあたる。

 だから読めない。本来の性格(リアル)演じている性格(ゲーム)が入り混じっているせいで、いつどっちの性格で動くのかがわからない。

 

 最後に音。

 移動音、呼吸音、どちらも含むが、そのどちらも判断材料としては使いづらい。

 移動音は、ワシと敵以外にクーという要素があるからだ。残念ながら、動物の足音を聞きわける特訓はしたことがない。

 呼吸音は、相手が笑い続け、喋り続けているからだ。ならばそれを判断材料とすればいいと思うだろうが、時折木霊が反射して声が入り混じり判別がつきにくい。

 それに敵が高速で動きまわるせいで、音によって判断しづらい。全く不可能というわけでもないが、この状況下でそれを為すのは今のワシには不可能だ。

 

 経験則が通じないために、敵の攻撃に対して後の後という、悪手を連発せざるを得ない。

 この場で明かりを使っているのが、ワシだけのため視界は暗く閉ざされて判断材料にさえならない。おそらく敵はこの状況下でも戦えるスキルの類いを持ち合わせているのだろう。

 クーががんばって動きまわってくれているおかげで互角にまで持ち込めているが、ワシだけだったらやられていたかもしれない。

 

 「まったくもって、厄介だな!!」

 

 槍を持ちながら、暗闇から襲い来る襲撃者を相手に相対する。

 どうやってこいつに勝てばいいか考えながら………

 

to be continued



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第17話 四方四散の迷宮遊戯・下

(=○π○=)<水曜日には投稿できるだろう、とくくったたかがこの始末だ。

(=○π○=)<遊びすぎた・・・


第17話 四方四散の迷宮遊戯・下

 

□迷宮内 【剣舞士】七咲桜火

 

 ――炎の蛇を走らせる。

 

 いきなり、この暗い空間に放りこまれて、あたふたしていた私の目の前に数十という光がキラキラとしたかと思ったら、そこからビームが発射されました。

 この状況下にくわえて、いきなりのビーム発射という事態に対して、混乱していた私が避けられるはずも無く、私の身体に数十という光がつきささり、その反動で私は遠く飛ばされてしまいました。

 マスター保護の痛覚設定という素晴らしい機能の御蔭で、私にダメージはあっても痛みはないのはよかったですが………

 

 「《焔を纏う蛇(ブレイズ・ウィップ)》」

 

 ビームを受けた反動で後ろに吹っ飛ばされながら、ネフシュタンのアクティブスキルを使い、右手に握る剣身に炎を纏わせながら、右手を大きく振り払います。そうでなければ、次の攻撃で今度こそ私はやられてしまうのです。

 私は吹き飛ばされ宙を飛んでいる状態から、左手を地面につけ、反動で左の掌で地面を数メテル程滑った後、左腕の力で地面を強くたたき、私の身体を跳ね上げます。

 再び宙を舞いながら、右腕振りまわし、ネフシュタンを伸縮させて炎の蛇を自在に動かすことも忘れないのです。

 炎の蛇は私の思った通りに動き、数十といそうな敵に向かい……そして次弾のビームとぶつかり合って、壊れてしまいました。

 でも――それでも問題はないです。ネフシュタンは《炎華再生》のスキルを使い、壊れた剣の破片が燃え上がり、私が手にもつ本体と合わさって………再び完全な状態に戻ります。

 私は剣とビームがぶつかり合ってできた、時間の空白を使って地面に着地に成功しました。

 この数秒で私も状況の把握ができました。もう慌てません。もう混乱しません。

 一寸先も見えないという言葉の通りに、広がる闇の先に居る敵と戦うべく、踊ります。

 

 踊りといっても、私にちゃんとした踊り方はできません。知りません。

 私の記憶にある限り、私が踊ったことがあるのは、修学旅行のフォークダンスぐらいです。もしかしたら幼稚園の時とかに踊ったこともあるかもしれませんが、私は覚えてないのです。

 だから私にできるのはダンスの真似ごと。おそらく私にはローガンから聞いたことがある【神】系統(ザ・ワン)というジョブ系統に就くことは出来ないでしょう。

 私はあくまで、《ダンス・ダンシング・ダンサー》の影響が及ぶ程度に、ただくるくると回っているだけですから。一度、ちゃんとしたダンスの名人だというNPCにみてもらったことがありますが、その時は『これは踊りではない』という、かなりの酷評を受けてしまいました。すごい落ち込みましたが………同時に『これは戦舞だ』という評価ももらいました。

 踊り系統の神の条件は、あくまでちゃんとした、人を感動させることができるタイプの踊りをできるもの。私の様なただ、戦いにのみ特化させた人殺しの舞にはなれないのです。

 それは、残念だと思いましたが。同時に納得もしました。確かに私には踊っているというよりかは、本当にくるくるとしているだけという自己評価でしたし。ただ、あくまで普通の超級職を目指そうという変化が起こっただけにすぎません。

 

 ――それでも。踊りの才能がなくても、私のこの舞は敵を倒すのに十分な戦舞です。

 

 踊りながら、剣を振るい、剣を燃やし、剣を伸ばします。その勢いのまま剣先は闇の中を突き進み、ビームを撃って来たと思わしき場所を薙ぎ払います。

 幾つかの手ごたえと、幾つかの金属がぶつかり合う音、幾つかの破壊音を上げながら、役目を終えた炎の蛇を縮めながら、踊り続けながら、横に移動します。

 移動したのは、そのままそこにいると、相手の攻撃が当たってしまうからだと思ったからであり、実際にその通りに私が移動した後、すぐに闇の向こう遠方で光が輝き、そして私がさっきまでいた場所をビームが通り過ぎて行きました。ギリギリセーフなのです。

 縮めて再びちゃんとした剣の形に戻ったネフシュタンを再びふるい、先ほどの再現みたく剣を伸ばし、敵を薙ぎ払い、そして縮めるというサイクルを起こします。

 そしてそのサイクルを行いながら、くるくると踊り続けながら、「そういえば確認しないと」と思いだし、ステータス画面を開きます。

 開いたのは最初の敵の奇襲で数十というビームが私の身体に突き刺さったからです。

 あれで「どれくらいダメージを受けたのだろうか?」と疑問に思い、確認しているのです。

 結果は、HPの半減。および装備していた【救命のブローチ】が無くなっています。

 ……あのビームはそれほど威力があったという事でしょう。私の“特殊加工”の一つを無視して大ダメージを与えるほどの。

 とりあえずは踊りながらポーションを使ってHPを回復しておきます。

 

 「ずいぶん多いのです……。それに強い」

 

 《焔を纏う蛇(ブレイズ・ウィップ)》の炎を明かりとして、連結刃をこの空間内に縦横無尽に走らせることで、暗闇を晴らし、敵影を確認しました。

 敵の総数は百を超えているでしょう。

 そしてその敵は、パーティーで襲撃して来たあいつらの一種。機械の兵隊さんなのです。あの時はローガンや、その後にミックさんの友人方が助けて下さったおかげで、何とか持ちこたえる事ができましたが、おそらくこの機械の兵隊さんの強さは並みの上級職についているNPCと同等の実力はあると思います。

 間違いなく強敵。一機程度なら、問題はないですが、それでも数が揃えば厄介ですね。

 このまま戦い続けても、時間がたてばたつほどに、私の攻撃力が上がっていき勝ちの目は高くなっていきます。

 だけど、私が今しなくちゃいけないのは、この場での勝利ではなく、さらわれてしまった朱紗ちゃんを助ける事です。もちろん、他の人も動いているはずです。ローガンたち決闘仲間の実力は当然よく知っていますし、ミックさんのパーティーメンバーもまた、たまに組んだことがあるため、どれだけ強いのか知っています。

 他の人たちなら、私がいなくても助ける事ができるかもしれません。

 でもそれは――私が今全力を出さなくても、いいという理由ではないのです。

 

 「時間はかけません。一気に行きます!」

 

 撃鉄を上げる。そんな言葉が思い浮かびました。こんなフレーズが浮かんだのは、私の友達の未亜ちゃんの影響かもしれません。ローガンに行ったら、「厨二病だな」とか言われそうなイメージを持って、私は切り札の一つを切ります。

 その切り札は、私の物であって、私の物ではありません。

 あくまで仮初の私が借り受けた力。でも、間違いなく今の私を強くしてくれる本物の力なのです。

 その(スキル)の名は―――

 

 「起動! 《ゴールド・ラッシュ》」

 

 言葉を口にするのと同時に剣が黄金色に輝きます。

 このスキルは、当然私の物ではなく、アンジェラさんの〈エンブリオ〉【錬換金湖 マーキュリー・オブ・ザ・ウッドマン】のメインスキル《あなたが選んだのはどっち?(スムースorラフ/フィッチ)》によって付け加えられたもの。

 《ゴールド・ラッシュ》という、一瞬のみ機構を強化するスキルを使ったのです。

 あの塔の戦いでも使っていたように、元々ローガンとミックさんはアンジェラさんに頼んで、それぞれ幾つかの武器に《ゴールド・ラッシュ》を付与してもらっていました。

 二人が使っていた、黄金色に輝いた後で、消滅する。そんな共通点をもつスキルを使用していたことに関して、何気なく聞いてみた答えが、このアンジェラさんのスキルだったというわけです。

 私はそこでは、「そういうスキルがあるんだな」としか、思いませんでした。あくまで、高価な機械武器を壊して強力な攻撃を行う、もったいないおばけが出てきそうなスキルだな、と。

 しかし、その考えは思いっきり壊されました。壊して下さったのは、ミックさんの友人の一人のレオンさんです。

 ミックさん伝手で、レオンさんたちと仲良くなった私は、人が足りないという理由でレオンさん達とパーティーを組んでクエストを受けたのが始まりです。

 クエストをクリアーして、一度解散して……再びレオンさんに会った時、一つの疑問がレオンさんから投げかけられました。

 それは「その〈エンブリオ〉って、もしかして機械武器なのかな?」、という物。

 当然、答えはYESです。私の〈エンブリオ〉であるネフシュタンは、連結刃と発火機構がつけられた機械武器。そして、「そうであるなら、一つ面白い手段がある」とレオンさんは言って、一つのギャンブルを持ちかけました。

 それこそが、ネフシュタンへの《ゴールド・ラッシュ》の付与。《ゴールド・ラッシュ》によって、ネフシュタンの性能(ステータス)と能力《スキル》を一つ上の段階へ押し上げるという試み。

《ゴールド・ラッシュ》のデメリットさえも、私のネフシュタンならば無視できるかもしれないという利点を聞かされ試さずには居られませんでした。

破壊されてもいいように、闘技場の結界内で行われた実験は成功しました。この上なく、私にとって有利な内容で。

 

「まだです! 《狂乱の舞》」

 

《ゴールド・ラッシュ》によって強化したネフシュタンに加えて、【剣舞士】のスキルも使用します。

効果は単純に、攻撃力を1.5倍にあげるという物。もっともその代償として毎秒HPが1減っていき、その間HPを回復することができないというデメリットがありますが。

 

――黄金色に輝く炎を纏った蛇が、この空間内を蹂躙する。圧倒的な威力をもつ炎蛇の牙は容赦なく、機械の兵隊を喰らっていく。

 

 さすがに、これだけ重ねれば一撃必殺なのです。

 強化は4種類。

 《ゴールド・ラッシュ》によって、全ての武器性能・武器補正の強化がされていて、単純な武器攻撃力だけで1000にいくほどにアップします。

 【剣舞士】特有のスキルである《舞踏強化》もレベル10にいくまであげていたおかげで、時間が3分程度しかたっていないというのに、《ダンス・ダンシング・ダンサー》の強化値は2000に届きます。

 さらには《狂乱の舞》の効果によって、攻撃力自体にもバフがかかります。

 そしてそこに追い打ちをかけるように《焔を纏う蛇》も加わります。このスキルは単純に剣に炎を纏わせるスキルです。ただし、その威力はこのスキルを除く攻撃力と同じです(・・・・・・・・)。これは各種スキルによって高まった威力を実質的に2倍にするスキルなのです。

 合計一万オーバーの大火力。そしてそれを無尽蔵に叩きだすことができます。

 

 

 

 「まだ湧くのですか!」

 

 あれから踊り続けて、さらに3分ほどが経過しました。

 これまでに倒した機械の兵隊の総数は150を超えているでしょう。

 最初に遭遇した敵を倒している途中に追加で呼び出され続け、10・20と増えていき、今の総数は200に届くかもしれません。

 いちいち数えている暇はないので、数え方が適当な所もあるでしょうけど……、それほどに多いというのは間違ってないでしょう。

 あれからさらに時間がたったことで、《ダンス・ダンシング・ダンサー》の強化値は4000を超え始めました。もっとも、既に一撃必殺の状況だったので、これ以上の火力強化がいるかどうかは分りませんが。

 はっきりいって大変です。これだけ危険な戦いが連続して続くと、集中力を切らしてしまいそうになります。せめて、この戦いのゴールだけでも教えてほしいのですが……

 敵が発射して来たビームをネフシュタンを盾に防ぎ、防げなかった攻撃を踊り続けながら、敵とは逆方向にステップします。

 私の立っていた位置に突き刺さる十条の光線を見ながら、さらに襲いかかる光線を背後の壁を伝い宙に逃げながら回避します。もちろん、このときでも踊るのはやめません。やめたら《ダンス・ダンシング・ダンサー》の効果が切れてしまいますからね。

 踊り続けながら、ネフシュタンを動かし一機そしてまた一機と潰していきます。

 一工程(ワン・アクション)毎に、黄金に輝きながら崩れゆく〈エンブリオ〉を再誕させながら、再び蘇った炎の蛇を敵に向けるのを何度も繰り返していくのです。

 

 そして、ついに最後の一機に炎の蛇が噛みつき……

 蛇のアギトが無機質な機体(からだ)を噛み砕きます。

 

 「ふー。やっと終わったのです」

 

 身体的(ステータス)ではなく精神的(メンタル)の疲れ一気に噴き出し、大きな呼吸を繰り返しながら、束の間の休息とします。

 敵の残骸を椅子代わりとして、今回の成果を確認したところ………なにもありませんでした。

 レベルが上がっておらず、さらにはドロップアイテムが欠片も存在しない。

 倒したモンスターがいつもどおりに光の塵にならないことと関係するのでしょうが、これだけ戦い続けて成果が何一つとしてないことに、肩を落とさざるを得ないのです。

 光の塵にならなかったということは、この機械の兵隊たちはモンスターではなかったのでしょうか? もしかしたら………

 

 「っと、そんなに休んでいる暇はないのです。今はとにかく朱紗ちゃんを助けなくちゃいけないのです」

 

 座っていた機械の残骸から下りて、地面に立つ。

 後はどこに行けばいいかだけど………

 

 「その前に、真っ暗で見えないのです」

 

 基本的に夜の時間帯でモンスターと戦う場合、他の人と一緒になって戦っていたので、私自身は夜活動用のアイテムの類いを一切持っていません。

 もちろんカンテラやライトなんかもです。

 なのでこの暗闇のなか、どうすればいいのかと悩みます。

 一応ある程度時間をかければ、多少は夜目はなれるでしょうけど、時間はかけたくないしそれだとあまり高速で移動しづらいです。

 戦闘中は《焔を纏う蛇》の炎を明かりとしていました。

 でも今は戦闘中じゃないですし、どうすれば………

 

 「ああ、いや別に戦闘中でなくてもいいんですよね? 《焔を纏う蛇》」

 

 剣に炎を纏わせます。

 いつも使う蛇腹剣ではなく、ただの西洋剣としての状態で炎を纏わせ、即席のたいまつ代わりにします。

 これで明かりの問題は解決ですね。別に戦闘スキルだからといって、戦闘以外で使っちゃいけないと決まっているわけではないですし。

 ただ、ちゃんとした明かりじゃないから見づらいのが難点なのです。

 前方に明かりを集中させるため、剣を正眼に構えて走りだします。

 

 

 走りだして数分後、私の耳が異変を捕らえました。

 明らかな戦闘音。それもかなり激しいものです。

 敵と味方が戦っているのだと、気づいた私はそちらに向かって足を進めます。

 そして、見たのは――

 

 ――巨大な機械の怪物が、女性……キャロルさん達に向かって、拳を振り下ろされようとしている場面でした。

 

 「危ない」と思った私は、咄嗟にネフシュタンを鞭のように使い鎖として敵の拳を止めようとて、しかし一瞬しか止める事ができず、ネフシュタンの鎖は簡単にちぎられ、拳を振り下ろされてしまいました。

 拳を振り下ろされ、キャロルさんが死亡……はしておらず、どうやら鎖で一時的に止めた甲斐があって、その一瞬で避ける事ができたようでした。

 安堵を覚えながら、先ほどは必至でおぼろげながらしか見ていなかった敵の姿を確認し―――驚愕しました。

 

 なぜなら、その敵は――

 

□迷宮内 【賢者】キャロル・キャロライナ・キャロライン

 

 「一体☆どれだけ出てくるんですか―!」

 

 先ほどから面倒なことだ。

 いきなり、この暗い空間に移動させられたかと思えば、私とアンジェラの前に現れた機械の軍勢。

 とりあえず、目の前が暗闇だとどうしようもない。《ライト・ボール》の魔法を使用して光源を作り出そうとする。すくなくとも10分程度は継続して使い続けようか。

 私の手にもつ〈エンブリオ〉を握りしめながら、呪文を唱える。このゲームでは別に魔法を使う時に、詠唱をする必要はない。あくまでスキル名を唱えるだけで魔法を発動することが可能だ。

 だが、私がしたいRPは、魔法を唱えなければならない。ただ魔法の名前を唱えるだけなんて、つまらないしおもしろくない。たとえ、それで敵にこちらの行動がばれるとしても、呪文を唱えるべきだろう。

 呪文は即興で考える。詠唱をする必要はないが、《詠唱》スキルによって詠唱をする利点が生まれるのはいいことだ。

 

 「――(わが)うちに眠りし、魔力(ちから)奔流(かぜ)よ。

  ――今こそ、我の声に応じよ。

  ――其は、世界を照らす、一粒の光明。

  ――広がれ(つよく)輝け(つよく)永久に(つよく)

  ――暗黒(やみ)を退けたる、汝の名は――」

 

 5秒ほどの《詠唱》によって、本来のもの(魔法)より格段に強化する。

 魔力が削れて行くのを確認しながら、スキルを実行する。

 

 「《ライト・ボール》!」

 

 一粒の光球が生成される。その光球は、光源となって周囲を明るく照らす。

 一応、敵の姿はある程度認識できていたが、これではっきりと見える。

 敵は襲撃者共が使っていた、機械の軍勢。

 しかも、モンスターではない(・・・・・・・・・)

 数は20程度だが、私たちではきついかもしれないな。

 アンジェラの方に視線を向ける。あいつも敵の軍勢を睨みながら、ちらりとこちらにも目を向け視線が合う。

 アンジェラもわかっている。今の私は力になれない。

 なぜなら、私は大火力にこそ特化している。ここがただの荒野であるというのならまだいいが、ここが私たちのいた場所の地下に創りだされたというのなら……私は全力を出せない。

 そして、私の力の方向性も、主戦力としてあの敵軍と戦うのには向かない。

 だから、アンジェラに向けて視線を向けた――今は任せるという意味を込めて。

 

 「了解ッ! ほんとにあんたの力は使いづらいねぇキャロル!」

 「文句は☆後です! 蹴散らしてね!」

 「可愛い口調で言っても、中身が黒いってわけだ。これで魔法少女とは笑わせるねぇ」

 

 余計なことを言うな。

 自分も心の奥底で分かっている事実を指摘してくれるな。

 もっとも、それに対する文句は言わない。私が魔法少女っぽくふるまおうとしているのと同様に、アンジェラもまた被ろうとする仮面がある。

 それに、これはただの軽口だ。私たちのパーティーの中では、ミックに次ぐ純粋戦闘能力を持つアンジェラだが、それでもステータスがあまり伸びない【工兵】と生産職である【技術者】の混合でジョブを取っているため、ステータスはそこまで高くない。

 あんなことをいいながら自分を鼓舞しているわけだ。「自分にできるのか?」「いや、これだけ無駄口をたたけるくらいに余裕のある自分が負けるわけない」、と。

 だから文句は言わない。だが、

 

 「まかせるのです☆」

 

 応援はさせてもらおう。

 アンジェラは地面から2丁の銃を取り出す。この世界での逸品。リアルでも使われるその銃の名は、自動小銃(アサルト・ライフル)

 私の言葉に、「まかされた」という自身の想いを表すかのように、アンジェラは銃を黄金色に輝かせながら、敵に向かって突撃していく。

 ここからの銃撃戦では、さすがにあいつら(機械の軍勢)に分があると踏んだんだろう、中距離戦ではなく、接近戦を選択したわけだな。

 さて、友人が私のために敵に向かって突撃してくれているんだ、このまま何もしないわけにはいくまい。

 メイン戦力にはならないが、後方支援だけでもさせてもらおう。

 呪文を唱える。唱える魔法は、妨害用の魔法。

 

 「――(わが)うちに眠りし、魔力(ちから)奔流(いのち)よ。

  ――今こそ、我の声に応じよ。

  ――其は、全てを包み込む、大地の抱擁。

  ――強く(かたく)逞しく(かたく)折れず(つよく)

  ――大地(ほし)を形作る、汝の名は――」

 

 補助はいらないな。

 敵を認識しながら、その内の一体に向けて魔法を放つ。

 

 「《グランド・ホールダー》」

 

 地面から腕が出現する。

 アンジェラを攻撃しようとしていた内の一体を、その腕をもって地面に押し付ける。

 見れば、アンジェラがその間に1体の機械兵を倒していた。

 まだ先はあるが、この調子なら問題ないだろう。アイテムボックスから【MPポーション】を取り出し、飲み干してMPを回復しておく。

 初級の回復薬なので回復値はそこまででもないが、いまはすこしずつでも回復させてこちらに有利な、この戦況を長引かせたい。

 

 再び、アンジェラがもう一体の敵に攻撃し始めたのを見ながら、私は再び詠唱をし始める。

 

 

 「やれやれ、これで終わりかね?」

 

 アンジェラが最後の一体に銃弾を撃ち終えて、戦いを終了させる。

 さすがに20足らずとはいえ、疲れたな。

 精神的な疲れを感じながら、クールタイムが経過した【MPポーション】を再びアイテムボックスから取り出して飲み干す。

 この戦いはこれで終了したが、全ての戦いが終了したわけではない。

 ミック達他のやつらのこともあるし、なにより皇女がさらわれている。助けに行かなければならない。

 ああ、そういえばアンジェラがいつもより焦っている気がしたが、皇女の事を考えていたからかもな。あいつはそういうのを放っておけない。

 私としても、見逃せないしアンジェラにいって、次の場所へ移ろうかとしたその時。

 

 

―――怪物が現れた。

 

□迷宮内 【大戦士】ジャック・バルト

 

 「ここは……全く何も見えないっ」

 

 ルパン殿が使用したスキルによって暗転した先で、目を開くとそこもまた暗闇でした。

 姫様を早く助けたい。だというのに、これでは姫様を助ける所ではない。

 焦燥が口に出てしまう。

 どうすればいいかと、悩みながら遮二無二駆けだそうとする私の肩を誰かが掴む。

 焦っていた私は、それをはねのけようとするが、以外にその力は強くはねのける事が出来なかった。

 暗い世界でようやくなれてきた目で、肩をつかんだ相手の顔を確認すると、それはルパン殿であった。

 ルパン殿は、ダメですよ? とでもいうようなしぐさをしたかと思えば、口を開き一つの魔法を唱える。

 

 「《ライト・ボール》」

 

 光の球が生み出される。

 その球によって、暗闇に慣れようとしていた私の目は眩しさを覚えるが、だがそれでも見えるようになったことに安堵した。

 

 「すいません、ルパンさん。僕が《暗視》スキルを付与するスキルを使えばよかったんですが………《支柱は獣に変わる》のクールタイムですぐには出来なくて」

 「なに、構いませんよ。元より、私の役目は探索とサポートですから。それにジャック殿が突っ込んでいって死なれてしまったら、私も悲しいし皇女もふさぐでしょう」

 「申しわけありません。姫様を助けるのには、落ち着かなければいけないというのに」

 

 反省をしなければならないですね。

 姫様を助けたい思いに当然変わりはないですが、それでも確実に助ける為にはここにいる彼らの力が必要だ。

 

 「いえ、ここで話しているわけにはいきません。先に進みましょう」

 「そうですな、少し急ぎましょうか。《エンチャント・アジリティ》」

 「はい」

 

 ルパン殿がまた魔法を使う。スキル名からして、AGIをアップさせる付与魔法だろう。

 スピードの上がった脚で駆けだす。

 

――自分にとって何より大切な彼女の事を救い出すために。

 

 

「はあぁ!」

 

 敵を切り伏せる。

 敵は2種類。機械の軍勢と……そして手の甲に紋章を刻まれた、〈マスター〉とよばれる相手。

 機械はいままでに15機ほど切り伏せ、〈マスター〉は5人ほど切り殺した。

 これらを倒したのは私だが、しかし私の力ではない。私の力だけでこの20の敵を倒すほどの力を持っていないからだ。

 それを助けてくれたのは、私の同行者であるレオン君とルパン殿の二人。

 この二人がいなければ今頃私は殺され、そして姫様を救いだせなかったかもしれない。

 もっとも二人の力は前面にでて戦えるものではないというので、戦っているのは私だけだが。二人は回復魔法や強化魔法をつかい私のサポートとして動いている。

 それに不満がないと言えばうそになる。

 レオン君はともかくルパン殿はあきらかに前面に出て戦う事ができる力を有している。

 レオン君もルパン殿が戦えないといった時に、疑問を持った顔をしていた。

 この状況下で、なぜ戦わないのだろうかという疑問がある。

 もちろん、戦える力を持つのだから、戦え。なんて無責任なことを言うつもりはないです。

 ルパン殿がおっしゃられたように、彼は今この状況下で戦う必要性を感じないのでしょう。生死が重要ではないらしい〈マスター〉と異なり、ティアンなのだから当然かもしれない。

 私の見る限り、ルパン殿に悪意はない。人を見ることが長所な私の見立てだから間違いは……いや、わからない時も間違った時もあったか。

 だけど彼が基本的に善人だという事は直感としてもわかる。しかしそれならば一体、ルパン殿は何を抱えて……

 

 「申しわけありません」

 

 そう考えていた、私の思考にルパン殿の声が介入する。

 もしかして、失礼なことを考えていたことが、ばれたのか? とも思ったが、どうやら違うらしい。

 一体どうしたんだろうか? と思い、ルパン殿の声を待ち、

 

 「結論から言います。朱紗・I・ドライフおよび【山賊王】ヴィシャート・アングリカスの反応を感知しました」

 

 それが私の待ちわびていたものであると知り、喜ぶ。

 そして、私たちは先に進む。ルパン殿の道しるべによって一直線に姫様のもとへ向かう。

 

 そして、私の目に飛び込んで来たものは――

 

 

□■迷宮内 【山賊王】ヴィシャート・アングリカス

 

 「フンヌゥ」

 

 拘束を砕く。

 天より降ってきた4本の柱が、俺に拘束系の状態異常を与えていたため、しばらく動けなかった。

 なんとか複数の耐性装備を使用した御蔭で何とか拘束を砕くことはできたが、間に合わなかった。

 あと、数秒早く間に合えば、この迷宮から抜け出せただろうに。

 しかし、そのことを悔いても仕方がない。

 今はなによりも、この手の中にあるモノを旦那に届けなくてはならないのだから。

 もっとも、そこまで面倒ではない。

 迷宮から抜け出す方法などいくらでもあるし、その方法を身につけている俺がここから抜け出すのは時間の問題だろう。

 さすがにそこまでに劣化化身どもの妨害を受けたら遅くはなるが、それも問題はない。

 何せこちらの戦力は整っている。

 雇った20人近い劣化化身共。

 そして旦那から受け取った200近い、【自立型煌玉兵】。

 なによりもあの怪物。伝説級とうたわれる、昔旦那が創って、進化の化身に干渉されてしまい封印することになってしまった、あれがある。

 

 こちらの戦力は十分。あの怪物のみ、こちらがコントロールすることはできないが、それでも劣化化身共は俺までたどり着けまい。

 もし仮に、幸運にもあれらに妨害されず、俺の元までたどり着けたとしても、その時にはこの俺が相手になってやる。

 超級職という、この世界最大の力の一つをもってな!

 

 だから負けなどない。

 そう俺は負けない。俺よりもっと理不尽な物がなければ(・・・・・・・・・・・・・)

 

To be continued

 



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第18話 暗闇のランナーズ・ハイ

第18話 暗闇のランナーズ・ハイ

 

■ある犯罪者について

 

 この世界(ゲーム)にはさまざまな〈マスター〉がログインしプレイしている。

 プレイスタイルは多種多様。人それぞれに自由があり、管理AIもそうであればと望んでいる。

 英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、このゲームを続けるのもこのゲームを止めるのも。等しく彼らはそれを歓迎する。

 しかし、彼らはそれを歓迎するとしても、世界の住人(ティアン)が歓迎出来ないのもある。

 それは『悪人』。彼らは人を害し、世界に混沌を振り撒く。世界派だろうと遊戯派だろうと、『悪人』を選んだものに大差はない。

 彼らはすべからく、世界にとって害悪なのだ。

 

 

◇◆◇

 

 ゲームが始まってから、現実世界(リアル)において1年半、ゲームの中においてなら4年半がたった頃。……もっと率直に言うのならば、いわゆる原作開始時点になってから。

 多種多様な〈マスター〉が出始め、1割近い〈マスター〉がレベルを500までカンストさせる程に成長をし、中には最強の座を手に入れられるものもそれなりに見られたころ、『悪人』………犯罪者もまた様々な〈マスター〉が頭角を現していった。

 その中でも、とびっきりの物が〈IF〉(イリーガル・フロンティア)だろう。

 国もしくは世界中で指名手配がなされている〈超級〉犯罪者限定クランという、悪人の〈マスター〉がつくる団体としては間違いなく最悪の部類。

 所属する〈マスター〉も、西方各国を中心として重大犯罪を繰り広げていたものや、多くの〈マスター〉やティアンを殺して回りカルディナの大規模クランを殺戮してみせたものなどを筆頭に最悪の部類が集う。

 もっとも、最悪の中でも〈IF〉に入っている人間だけではなく、小規模とはいえ複数の国家を滅ぼしさらには【勇者】までも殺すにいたったものや、監獄内部でさえ忌み嫌われる世界(デンドロ)を憎むものなどもいるのだが。

 

 しかし最悪の中でも、それらがすべてではない。彼らに力または悪行が及ばずとも、世界に多大な害悪を及ぼす存在は多い。〈IF〉というのも、砂上の一角にすぎないのだ。もっともかなり大きく最悪な物であることも間違いないが。

 

 ドライフ皇国で悪行を重ねていた、一人の犯罪者もまた最悪と呼べるだろう。

 ある犯罪者は殺しを筆頭にさまざまな悪行を重ねた。

 しかし、その犯罪者は皇国の一部においては話を良くされるのだが、世界中となると途端に話を聞かなくなる。

 行動範囲が狭く、皇国でしか活動をしていないというのもある。

だがそれが最大の理由ではない。ならばそれはなぜか――

 

 結論からいってしまおう。その犯罪者は真価を発揮する前に牢獄に送られてしまったからだ。

 数百数千の人間(ティアン)を殺し、数十にも及ぶ村を滅ぼしたその男は、〈Infinite Dendrogram〉が始まってから現実世界で1年・ゲーム内で3年という記念すべき日を迎えずして牢獄に送られることになる。

 

 1周年を待たずして、牢獄に送られた………そのことについて、その犯罪者の力不足を責める事は出来ない。

なぜなら、それは男が就いた力、特殊性によるものだからだ。

 その力は規格外・常識外れという類いの中にあって、なお特殊極まる特性を保有している。

 その男も特殊極まる力だけではなく、普通の力を求めていた。

 しかし、彼がつける力の座はあいてなかった。真っ当な力を手に入れられなかった。

 彼が就いていたメインの職系統の超級職はロストしていて、条件は定かではなく、それ以外に彼が就こうとしたジョブに就くことは出来なかった。

 彼が就こうとしたジョブはメイン系統の超級職を除けば、3つ。彼が行う犯罪にそった犯罪者系統のジョブ。

 だが、それに就くことはできない。

 

 殺人・強盗・脅迫等を主とする幾つもの犯罪をこなした彼ならば、【犯罪王】に就くことができたかもしれない。しかし、その犯罪者以上に重大犯罪を繰り返していたとある〈マスター〉によって、その座を軽くとられてしまっていた。

 総数数千人以上の殺人を近接武器で行った彼ならば【殺人王】に就くことができたかもしれない。しかし、その犯罪者以上に生存に特化し、ただ殺人機械(キリングマシーン)として人々を殺していたとある〈マスター〉によって、その座を先にとられてしまった。

 病毒系スキルを多用し、一つの村を絶やす程に病に冒したことのある彼ならば【疫病王】に就くことができたかもしれない。しかし、それ以上に広大な“国”という単位で、人を病に侵し殺しつくしたとある〈マスター〉によって、その座に就くことができなくなってしまった。

 

 だから、就くことは出来なかった。

 彼が就いたのは、彼に押し付けられたのは、破滅が約束された最悪の物。

 それのみを力として。

 

 もっとも、ロストジョブと化している、彼が就くメイン系統のジョブの超級職の条件も全く分からないというわけではない。

 彼にあった超級職を自力で手に入れられる事がなくても、超級職さえ網羅したジョブの完全リストをもってすれば、その問題も無くなる。

 もし〈IF〉に入ったならば、オーナーを含む所属している〈マスター〉が、彼にあった超級職の取り方を教えただろう。

 しかしそうなることはなかった。

 条件の一つは満たしている。彼は〈Infinite Dendrogram〉が始まってから、リアルで1年半という時間をかけて、その条件を満たすことに成功している。

 しかし、もう一つの条件。〈IF〉に所属する〈マスター〉の勧誘という条件を満たさなかった。

 監獄という領域において【犯罪王】は彼を〈IF〉に誘わなかった。

 それは、彼自身が【犯罪王】とかかわりをもたないという理由だけではなく、彼が仲間になった場合、困ったことになってしまうからだ。

【犯罪王】だけでなく、【器神】なら誘わないだろう、【盗賊王】も誘わないかもしれない、精々【魂売】ならば誘ったかもしれない程度だろうか。

 少なくとも彼と【殺人姫】の相性は最悪に尽きる。たとえ、「仲間である」というプラスを与えていても、即座にマイナスになるような関係だ、それを考慮すれば仲間には誘わないだろう。

 

 

 世界にとっては幸運なことに、彼と〈IF〉は繋がらなかった。

 もっとも、脱獄の際の協力はしたので、どちらにしろ世界にとっては最悪なのは変わらないだろうか?

 

彼の忌名は、世界に災厄をもたらす獣。二つ名は“黙示獣(テリオン)”。

 彼の人としての名(アバター名)をコロコロ・ゴミックとして。

 

□■

 

――加速する。

 

 戦いは加速する。

 暗闇の中で早く(はや)速く(はや)迅く(はや)と急かすかのように、この場にいる3つの影は時を追うごとに加速していく。

 

 

 影の一つはブルーノという〈マスター〉。上半身裸で踝まで届く長い素朴なズボンのみを着るという特殊な恰好の持ち主は、長槍を振るいまわし、敵の攻撃をいなし、カウンターをし、敵を追い詰めようとしていく。

 影の一つはクー・フーリンというブルーノの〈エンブリオ〉。巨大な身体を俊敏に動かし、暗闇の中を動物特有の視界をもって、縦横無尽に動き回りながら、主の助けとなるべく動き続け、敵を追い詰めようとする。

 影の一つはコロコロ・ゴミックというPKを行う〈マスター〉。ベルトが複雑に絡まった呈の服装で、大きな槌の〈エンブリオ〉を振りまわし、この中において、上記二人と敵対する身でありながら、地の理を有効に活用しながら優勢に戦い続けている。

 

 

 幾度かの交差の後、再び二人の〈マスター〉お互いにぶつかり合う。

 

 ブルーノは腰に掲げた小さい光源の中で唯一足をその場にとどめて、敵の動きを見きろうとする。

 上段から振るわれた槌の一撃を、槍を螺旋に回転させ、コロの要領で敵の攻撃をいなし、それに加えて敵の喉元へと槍をつきいれる。相当の技量をもって放たれたその攻撃は、淀みなど一切感じさせず、神速の連携となる。

 槌は払われた。ブルーノが放った攻撃のイメージと同様に、槌は槍を滑り威力を減衰させながら、地面に落ちていく。

 しかしイメージ通りではない。その一撃は、想定と異なり相手の喉を貫くことはなかった。

 槍が到達するその前に、コロコロ・ゴミックが運動力学を無視するかのようにバックステップを行ったからだ。

 結果、攻撃は空を切ることになる。これまでにも何度か繰り返してきた情景。

 敵の攻撃に任せるしかないため、攻撃の主導権を握ることができず、全てが後手に回ってしまう状況にブルーノは苛立ちを僅かばかりに募らせる。

 

 (……また……か。これで何度目か? おそらく両手足の指の数は超しただろうが。ここまでになってくると面倒極まりない。こいつばかりにかかわずらっているわけにはいかないというのに!)

 

 距離が離れ暗闇の向こうへと消えたコロコロ・ゴミックは再び迂回しながら、壁をけりブルーノの側面から奇襲をかけようとして、クー・フーリンに阻まれる。

 横合いからコロコロ・ゴミックの腹を喰らおうと開かれた犬のガードナーのアギトを、自分が持つ槌を縦にして盾代わりにすることで、その奇襲を無為にする。

 コロコロ・ゴミックは攻撃を防ぎながら、ステップを行いクー・フーリンから逃れたコロコロ・ゴミックだったが、その心のうちは穏やかな物ではない。

 狂人的、死の狂信者であるコロコロ・ゴミックだったが、だからといっていつまでも敵を倒せない(ころせない)ことに苛立ちを覚えるのは当然だ。

 敵を殺す壊すというコロコロ・ゴミックの内に、一つの沁みなれど広がり続ける苛立ちが彼の身体をさらに加速させる。

 もっとも、苛立ちはコロコロ・ゴミックだけではなく、他の二人も同様。ブルーノは語ったとおりであるし、クー・フーリンも(マスター)の敵を噛みころせないことに、怒りを募らせていた。

 三者三様。全員が敵を倒せないことにいら立ちを覚える中、まず犯罪者(あくにん)()()すことを決める。

 

 (強えぇee、強えぇeeE! こりゃ勝てない。こりゃ生き残れない。そりゃ捨てなきゃいけないよなぁaarH! 道徳を! 勝率を! 生命を! そしてもぎとらなくちゃなぁaarH! てめぇの全部をよぉoooRoH!)

 

 コロコロ・ゴミックは心の奥で咆哮する。

 こいつは殺しつくすと。自分を見てるようで、ただ目的の途中にある障害物の一つとしてでしか自分を見てないブルーノを。

 コロコロ・ゴミックはギアを一つ上げる。ステータスではない、ステータスを上げるスキルを彼は一つも持っていない。だからあげるのは精神的な物、身体的な物。

 それは破滅願望。植物人間という廃人になるのを覚悟で自分の脳のリミッターを外し、命の灯火を燃料として火事場の馬鹿力と呼ばれる類いの力を絞り続け、コロコロ・ゴミックと名乗る犯罪者は1秒ごとにステータスに寄らない身体性能(スペック)を上げ続ける。

 止まらない。停まる先など選ばない。コロコロ・ゴミックが動きを止めるのは、彼が死ぬその時だけだろう。それ以外の終わりはこの時すでに捨て去っている。

 徐々にヒートアップしていく動きは、そのまま敵の命を刈り取る攻撃へと変化する。時折、隙を見ては噛もうと襲いかかるクー・フーリンの攻撃を避けず、喰らいながらも次へと繋げられるように動きまわり続け、ブルーノに休む暇など一切与えずに錬劇をたたき込む。

 コロコロ・ゴミックの口から漏れる呼気が次第に早く、大きくなっていく。

 コロコロ・ゴミックの身体は限界だ、すでに死に体といえる。一秒ごとに崩壊していき、生命の元を吐き出し続ける。身体の限界を、精神のみで凌駕し続け力を振り絞る。

 スキルが精神に影響するわけではない。ただ精神が肉体に影響し続けているにすぎない。故にプレイヤー保護担当管理AIアリスの領分ではない。

 だが、それは精神(こころ)が保障されているということと同義ではない。精神(おもい)を吐き出し続けることは、精神(いし)の摩耗を意味する。

 その先は、精神の死――

 

 (さすがに、放ってはおけんか!!)

 

 ブルーノは槍を強く握り締める。

 今、敵対者(コロコロ・ゴミック)が行おうとしている事、その意味を察して。

 ブルーノはこの世界をゲームだと思っている。だが、同時にリアルに影響しうる可能性も高く考慮している。この世界で廃人になってしまったら、場合によってはリアルでも同様に廃人になってしまう、その可能性を。

 ならば、止めねばならない。若人が死へと足を向けるのを、先達として止めなくてはならない。そう決め打ち、ブルーノもまたさらなる加速へと足を踏み込む。

 

 「ふぅぅぅー」

 

 ブルーノが息を吸い、そして吐く。

 人間ならば、だれしもが行っている呼吸という動作。それを一歩進んだ方法によって、さらなる意味をもたせる。

 武術において、呼吸とはただ空気の入れ替えのみを意味しない。息を吐くことで力を抜き、息を吸う事で力を強め、そして絶妙な間合い方法によって本来の力から、数段上の戦闘力を発揮できるようにする、武術の秘奥そのひとつなのだ。

 ブルーノもまた、この方法について習得している。彼が学び身につけてきた武の高みは、そこまでに至る。もっとも、近年は体の衰えで全盛期の1/10も力を発揮できず、いまはこの技法を使う事は出来ないのだが。

 だが、リアルとまったく変わらずに、また全盛期の身体でアバターを造ったブルーノの新しい身体は、全盛期のように、そしてそれ以上の性能(ステータス)で振るう事ができる。

 ブルーノの身体に力をみなぎらせる。第一の禁戒(ゲッシュ)によって、一万に届きそうなほどに高まったステータスだけではない。

 コロコロ・ゴミックが狂った精神(おもい)によって限界を超えた力を発揮し続けているのと異なり、ブルーノは培ってきた技術と蓄積して来た経験によって限界を超える。

  

 ――加速する。

 

 ブルーノもまた速度を上げていく。

 二人はともに速度を上げながら、槍を槌を拳を脚を、そして身体をぶつけ合わせていく。

 ブルーノが神速の突きを敵の喉元に向けて穿とうとし、それをコロコロ・ゴミックがギリギリ致命傷にならない程度に身体をずらし彼の肉を裂きながらも、それを気にせず槌を振るう。

 その槌は、狙い通りにブルーノの脳天めがけて振り上げられる。

 後ろからクー・フーリンが追い付いてくるのを気にせずに振るわれた一撃。それはブルーノが避けられない姿勢とタイミングで行われた攻撃だ。そのままなら脳を砕くか、揺さぶり失神へと誘うだろう攻撃を、腕を槌の軌道上におくことで盾代わりとして、ダメージを受ける事を許容する代わりに、敵の隙へと繋げる事をブルーノは選ぶ。

 敵が身体で己の槌による一撃を防ごうとしている所を加速する視界と脳で確認し、絶好の機会だと喜びながら、スキルを発動する。

 

 「《デッドカウント・フォース》」

 

 槌がブルーノの腕に当たるのとほぼ同時に発動されたスキルは、槌を黒紫に輝かせながら、敵に病を与える。

 これこそが、コロコロ・ゴミックが就いているジョブスキルの一つ。《デッドカウント・フォース》は次の攻撃に特定の病毒系状態異常を付与させるスキルである。スキルによって付与させるための状態異常はあらかじめ自分で用意しなければならないが、敵に服用させたり感染させずに、発症可能な物理を伴った発症スキルである。

 今回、ブルーノに対して発症させようとした状態異常は、【風邪】を含む数十という病。ただし特殊な物は一切なく、日常生活で罹る可能性がある変哲のないものばかりである。しかし、それをコロコロ・ゴミックの就いている【病戦士(イル・ファイター)】のジョブが持つスキルレベルが10に到達している《重病化》の影響もあり、そして発症させ病気の強力さも相まって、相手に立つことさえも不可能な程の重病を与えることができるのである。

 元々、【病戦士(イル・ファイター)】は、錬金術師系統であり病気を研究・開発する【病術師(イルマンサー)】とは異なり、相手に病を発症させながら、敵を弱らせ勝つことを目的とした前衛型戦闘ジョブ。最大の影響範囲では【病術師(イルマンサー)】には、大きく劣るだろうが、戦闘能力では俄然こちらが上だ。

 真っ当な人間ならば、これで動けるはずはない。たとえ、〈マスター〉だとしても、いや〈マスター〉だからこそ、動けるはずはない。病気の苦しみをプレイヤー保護機能は取り除いてくれない、数十の病の苦しみに耐えられる〈マスター〉など、全体を見渡しても百もいないだろう。

 ブルーノもまた耐える事は出来ない。もし、耐えられるならば、このゲームを始めてなどいなかったかもしれない。

 このままならば、ブルーノは苦しみもがき、場合によっては“自害”する羽目になるだろう。できれば自分の手で殺したいコロコロ・ゴミックではあったが、それでも数秒数分相手の苦しむ姿を見れるのならそれもよしと考えながら、自分の後ろから迫ってきているだろうクー・フーリンの相手をしようと意識を後ろに向けようとして、

 

 「《スラスト・ペネトレイション》」

 

 それは隙だとでも言うように、ブルーノが【疾風槍士】のアクティブスキルを使用する。

 風を纏いながらの突きを避けきることはできずに、右腕を抉られる。だが、それに呆けているわけにもいかないと、コロコロ・ゴミックは後ろから迫って来る敵から逃れるためにも、左側にステップし、理由を知るために《看破》によって相手のステータスを確認する。

 本来、動けるはずがない相手が、なぜ動けるのかという疑問を、《看破》による情報は単純解明な結果で示された。

 それは、

 

 (ッthr? どういう事だよそりゃarhR! なんで、全く状態異常にかかってないんだarH? 全部防ぐなんて無理に決まってやがるのにIhyee!)

 

 状態異常を受けていなければ、病による苦しみも倦怠も関係がないという、いまさら語るでもない自明の理。

 だが、コロコロ・ゴミックはそれにこそ驚く。なにせ、数十もの病を防ぐ装備など、そう簡単には手に入らない。

 現状、簡単に手に入る病を防ぐ装備はすべて、特定の状態異常一種に対してのものしかない。全ての状態異常を防ぐなど、いくつ装備欄があれば事足りるのか? それこそ【超闘士】でさえも不可能だろう。《病毒耐性》を保有する【病戦士】系統についていないのも、《看破》によって把握している。

 だが、簡単に誰でも、という縛りさえなくしてしまえば、それを為し得る方法は存在する。

 

 方法は主に二つ。それは特典武具と〈エンブリオ〉である。

 レベルという制限がなく、倒した〈UBM〉の性能を〈マスター〉にアジャストされることで発動する特典スキルは、〈UBM〉によっては強力な効果を発揮することが可能だ。実際に、【獣王】も神話級特典武具と自身のアジャストによって、大抵の状態異常を防ぐほどの耐性を得ている。

 しかし、ブルーノはMVP特典装備をもってはいない。彼が〈UBM〉にあったことがあるのは、あの塔での戦いのみなのだから、機会がなかったのだ。もっとも機会があっても、装備は出来ないだろうが。

 

 ならば、後は答えも単純だろう。

 この理不尽を為している理由は彼の〈エンブリオ〉、その一つの《禁戒(ゲッシュ)》の力である。

 クー・フーリンが定めた誓いの名は、《禁戒:唯一身》。

 誓約は『自分はいかなる防具・装飾品も装備してはならない』というもの。防具として認識されるもの全てを装備出来ないため、何も装備しない上半身裸の姿でいることを強制されている(なお、あくまで装備なので、純粋な衣装としてのズボンは問題ない。カンテラも装備アイテムとしてではなく、腰にくくりつける形で持っているだけのアイテムという認識だ)。

 加護は『自分のENDに比例した、全状態異常の耐性』というもの。【獣王】のもつ特典武具と同様の、汎用性の高い耐性付与スキルだ。もっとも、第4形態でしかないこちらの性能はあちらと比べれば格段に性能は落ちるだろうが。もし、コロコロ・ゴミックが複数の状態異常ではなく、一種のみであったならさすがに病気にかかっていただろう。

 禁忌は『自分が今まで防いできた全ての状態異常のうち、ランダムで合計回数種分かかる』というもの。ブルーノが防いできた状態異常の総数は、すでに1000を軽く超える。そうなってしまったら、死を選ぶしか道はなくなるほどに重い禁忌を誓っている。 もっとも、彼の意思で決まるもののため、破ることはないだろうが。

 これが彼の持つ第2の《禁戒》、その力である。

 

 コロコロ・ゴミックがブルーノに与えようとした病は通用しなかった。しかしそれは決してコロコロ・ゴミックの力がブルーノに通用しないという事とイコールではない。

 相手に与えられる病を、方法をコロコロ・ゴミックは考え続けながら、身体に力を入れる。今もなお加速し続ける身体を酷使しながら、全てを賭して目の前の男を殺してやると。

 ブルーノまた、敵の狙いが通用しなかったことに安堵しながらも油断はしない。敵の能力がこれで終わりでないと感と経験則で理解しているからだ。敵を上回る術を編みだすべく思考を加速させていく。

 

 

――加速する。

――――加速する。

―――――――加速する。

 

 

 戦いは加速していく。ブルーノもコロコロ・ゴミックもまた同じに。

 戦いは続いて行く。

 まだ、戦いは中盤に入ったばかりなのだから。

 

 

To be continued

 



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第19話 ()つ者、()ける者

第19話 克つ者、蒔ける者

 

□■ブルーノについて

 

 グスターボ・カレスティア・デ・サンタマリアがこの〈Infinite Dendrogram〉を始めた理由は、ただの暇つぶしだった。

 もしくは、現実(リアル)からの逃避だったのかもしれない。

 

 

 彼は、病に冒されていた。

 彼の病は、肉体と精神のそれぞれひとつずつ。

 

 肉体の病は、特段特筆することができるものではない。

 だれしもがかかる可能性のあるありきたりな物であり、治る可能性こそ少ないものの正式な治療を受け続ければ悪化しないため、死に至ることはない。

 少なくとも彼は、日本を中心として名を広げていた終末治療(ターミナル・ケア)専門の病院……〈月世の会〉に誘われることはなかった。もし誘われていたとしても、どっちみち〈Infinite Dendrogram〉をやっていただろう。アルター王国スタートでだが。

 病は死に至るほどではない、彼に死を覚悟させるほどの苦しさを与えていたわけではない。ただ、終わりのない倦怠感・熱・節々の痛み……そういったものと命が尽きるまで付き合い続ける事に、嫌気がさして来ていた。ただそれだけである。

 だからこの世界は彼にとっては救いだっただろう。苦しみから逃れ、全盛期の力のままにふるまうことができる世界は。

 

 精神の病は、ある意味彼にとって最大の病。肉体の病よりも、彼を追い詰めていた最悪の病。

 その病の名は“退屈”。

 死に至る絶望の病である。

 健康であった若かりし頃は、山々を駆け、命をかけて鎬を削り、青い春を謳歌していた自分が、数年前から満足に動き回ることができず、ただベッドの上で日がな一日、本を読むだけしかすることがなかった。

 それが彼にとっては苦痛だった。

 ()いていた。かつての強敵(とも)との死さえ覚悟した一瞬の(戦い)。今はそれを味わう事は出来ない。

 それは戦争を経験した兵士が、再び戦争を恋しく思うのともしかしたら同じなのかもしれない。

 人を殺したことこそないが、命を賭けた極限状態を懐かしむ気持ちは強い。こういうと、彼がバトルジャンキーの戦争狂であるかのように思えるかもしれないが、彼自身は命の価値をちゃんと理解している善良な人間だ。ただ、少し濃密な時間を過ごしすぎたせいで、その記憶が強く残っているのだろう。

 彼は再び全力を振るえる機会を欲していた。

 

 

 彼が待っていた(とき)。彼の苦しみを、全力を振るえる機会を、解消することができたのは、彼の孫娘がもってきた一つのゲームだった。

 当然、そのゲームの名は〈Infinite Dendrogram〉。

 彼の孫娘自身がやろうとして購入したゲームだったが、親に大事な時だから勉強しろといわれ、しばらくの間ゲームに触れる事ができないようにされてしまった。その後、ただ持っているだけで埃をかぶせるのももったいないからと、彼女はそのゲームをいつも暇そうにしていて闘病生活がつらそうなグスターボに譲ったというわけだ。

 彼も溺愛している孫娘から渡されたゲームを拒否したりなどせず、また発売から4日近く経過していて、ある程度の情報が揃って来ていてこのゲームのキャッチコピーもまた彼の知る所となっていた。

 「〈Infinite Dendrogram〉は新世界とあなただけの可能性(オンリーワン)を提供します」

 その言葉を。

 

 彼がくるしまない新世界(ゲーム)

 彼が全力を出せる可能性(オンリーワン)

 彼が望んだものは、嘘偽りなど何一つなく、全てが手に入った。

 治療や健診などもあるため、四六時中ログインできるわけではなかったが、それでも彼は時間の許す限り、このゲームをし続けた。

 その密度は、〈Infinite Dendrogram〉で遊んでいるプレイヤーの中でも、濃い方だと言えるだろう。もっとも、ほぼ四六時中ログインしている〈マスター〉も、ローガンやミック、【獣王】とドライフ皇国だけに限ってもそれなりにいたが。

 

 

◇◆◇

 

 彼がゲームを始めた時、自分の名前をどうしようか? と悩んだ。

 彼は今まで何かに名前をつけたことがなかったからだ。ゲームなどしたことはないし、自分たちの息子の名前をつけたのも嫁だった。

 実名そのままでゲームをプレイすることを、管理AIだとかという猫にやめておいたほうがいいと言われて、咄嗟に彼が思いついた名前がブルーノだった。

 ブルーノというのは彼が武術を並び始めるころに飼っていた相棒犬(パートナー)の名前だ。

 全盛期……ではなく、修行中という未熟な頃であり、自分の記憶の中でも最も濃かったあの日々を忘れたくないという懐古、もしくは感傷があったのだろう。彼はその名で、この世界に降り立つことを決めたのだ。

 

 〈Infinite Dendrogram〉を開始した彼は、ひとまず自分が慣れ親しんだ槍を手に持ち初期の情報ではあるがジョブというものもある事を事前情報として知っていたため、【槍士】のジョブに就いてから、皇都の外へと冒険を始めた。

 ブルーノへと名前を変えた彼はボードゲームや球技ならともかく、テレビゲームの類いをしたことがなかったが、だからだろう彼はこの世界(ゲーム)があくまでそういう遊戯(せかい)だと信じた。あくまで出来がいい、ゲームだと。

 

 外に出た彼の戦果は上々だった。少なくとも〈エンブリオ〉が無い状態で、彼ほどの戦果をあげられる〈マスター〉はそう多くないだろう。中にはジョブにつかず、目覚めたばかりの第一形態で亜竜級を倒してしまう猛者(もさ)もいるにはいるが、あれほどのは完全に例外だ。

 大半の〈マスター〉が不可能なレベルでの狩りを成功していた。もっとも、彼の心情的そして信念的に【ティール・ウルフ】など一部のモンスターと相対することに忌避感を覚え戦闘を避けていたが。

 

 ブルーノが【ティール・ウルフ】などの一部の相手と戦いを忌避した理由は、彼が学んだ武術の師が口にしていた信念によるものが原因だ。

 その信念は以下の6つ。

 一つ、自衛目的以外で獣相手に武器を向けない。

 一つ、道具に頼らない。

 一つ、戦いは通常の道着のみを使用する。

 一つ、武器は木を削ったもののみを使用する。

 一つ、挑まれた闘いからは逃げない(戦略的なものは構わない)。

 一つ、戦いに正義も悪も持ち込まず、ただ己の武への敬意のみを持て。

 以上6つを称して、武敬6ヵ条とする。という師の教えをいまだに持ち続けていたからだ。

 『師の教えを疑わない』。武術の世界でいわれている、共通認識の通りに彼は武を振るえなくなるまで実践し続けた。

 だからだろう、第一形態へと進化した〈エンブリオ〉があのような能力をもつようになったのは。

 他者から見てどうしてそんな面倒な性質を有しているのかわからない〈エンブリオ〉だが、彼からして見ればこの〈Infinite Dendrogram〉の世界でも変わらず信念を守り通す機会だと受け入れた。

 もっとも、この世界(ゲーム)はリアル程容易くはなく、戦う過程で魔獣系モンスターを倒す羽目になってしまったりしたが。

 

 

 〈エンブリオ〉が目覚めてから、ブルーノは時間が許す限りこの世界を楽しんだ。

 検診などによってリアルで半日毎に戻らなくてはならないし、魔獣種を倒せないという誓約も孕むが、それでもゲームの中で1日2日におよぶ外での狩りもあって、トップ勢のひとりに食い込むほどの稼ぎを叩き出していた。

 稼ぎが多い理由の一つとして、若いころに師に深い山奥の中で数週間放りこまれたせいで、身に着けざるを得なかった各種のサバイバル技術………用意されている道具によるものではなく、本当に着のみ着のままでの生活術を習得していたため、長期間による連続的なモンスター討伐を行えたというのも理由だろう。

 

 その後、ブルーノはレベルを上げ続け、その過程で皇都での興行の一つとして行われている決闘というものを知るようになる。

 モンスターを倒すだけでは得られない、鎬を削る死闘を再び味わうべく、彼は決闘に挑む条件であるレベル50まで自身を鍛え上級職に至る。

 そこからは知る通りだ。彼はそのとき会った自分に似ているようでどこか違う3人の少年・少女たちとかかわり続けてきた。

 

そして、今この光が差さない無明の地へと至る。

 敵対しているのは悪人であり狂人。自身の命を賭けた死闘を望むもの。

 それに彼は人として戦いを挑む。

 ブルーノは善人として、皇女誘拐犯をとらえようと敵に向かい。

 ブルーノは武人として、目の前にたつ強敵に立ち向かい。

 ブルーノは活人として、死にゆこうとするものを助けるために向き合う。

 そして何より、病人だったものとして、病を振りまき、冒されているものをそのままにして放置など出来ない。

 ここで助ける事ができるなんて幻想は騙らない。ただここだけでもという想いのもと、ブルーノは彼の偽善で全力を振り絞る。

 ランナーズ・ハイはピークに達している。全力をこれ以上出すのは互いに難しいだろう。

 だから、これより先を決めるのは――

 

◇◆◇

□■

 

 「はぁあっ!!」

 

 ブルーノが槍を振るう。《禁戒》の一つによって、敵の病を防いだブルーノは、勝ちを確信し油断したコロコロ・ゴミックへと。

 それを卑怯となじる事は誰にも出来ないだろう。戦いにおいて油断した者にかけるべき慰めの言葉など不要だ。常在戦場という言葉の通りに、戦地での油断はそのまま死に直結しうる。 

 彼は武を学んだものではあるが、同時に戦術もまた経験として知り、それもまた含めて戦いの力だと思っている。

 だからこれは、武術家として当然の事。もとより試合ならともかく、命を賭け、信念を燃やすべき闘いに遠慮は不要なのだから。

 それに……これで倒れてくれる程、生易しい相手ではない。ブルーノの隙を突いた一降りは、空を切る。

 

 (っつthu、どういうことだよyour! こりゃあrhar)

 

 予定と異なり、十全で動きまわるブルーノから一時的に退き、体勢を立てなおしたコロコロ・ゴミックは、心の中で愚痴を振り撒きながらそれでもなお武器を振るい続ける。

 敵が防いだ方法はわからない。だが、おそらくは限度があるだろう。上限か、回数か、種類か、そのどれかが。そうでなければいくらなんでも強すぎる。そう判断した、コロコロ・ゴミックはさらに身体を加速させ、敵に多種多様な病を与え続ける。

 そして、ひとつまたひとつと手段を講じながら、敵に効く方法を探し続ける。

 もちろん、ブルーノもそれをただ黙って見ているわけではない。これまでの何度かのぶつかりあいを経て、敵がただ闇雲に攻めているわけでもないというのはわかる。しかし、今の彼ではコロコロ・ゴミックを追い詰める事ができない。このまま敵の企みに任せるだけでは、自分が死ぬのは確実だろう。そう判断したブルーノは、切り札の一つを手に取る。

 (マスター)の決断を察し、クー・フーリンはコロコロ・ゴミックから離れて、主の元に戻る。

 それをコロコロ・ゴミックは不可解に思う。このまま続けても、自分があいつらに倒されることはないだろうと踏んでいたが、それでも攻撃を続けない理由がわからないと。

 実際に彼の身体はもう少しも持たないだろう。だから、攻撃の手を止めて、逃げ回っているだけで勝敗はつく。だが、そうはしないだろうと、その選択はないだろうとコロコロ・ゴミックは思っていたし………実際にそのとおりだ。

 ブルーノは逃げるつもりなどない。ここで相手を倒しておかなくてはならないと決めている。

 故に一度退いたのは、敵を倒すための準備、その算段のため。

 一組では時間制限までに敵を倒せないと踏んだ彼らが、一つとして力を振るう。

 それは彼の第4の禁戒の一つ。

 その名は――

 

 「《我が誓約は、光り輝く衣を纏う(クルージーン)》」

 

 ブルーノの前に立っていたクー・フーリンが光の塵となり、主の持つ槍に纏わりつく。

 同時に、ブルーノは槍を上手に振り回し、最高尾の柄を両手で握りしめる。

 槍に纏わりついた光の塵は、ブルーノが持つ柄を持ち手とし、槍の切っ先までを剣身とする巨大な光輝く剣となる。

 これこそがクー・フーリンの3種に別れる第4の禁戒が一つ。クー・フーリンの身体を数百の槍の弾幕に変える広域殲滅型の《我が誓約は、千の鏃となる》とは異なり、この衣は近距離しか攻撃できない代わりに強力な武器攻撃力を与える個人戦闘型の剣を生み出す。

 〈エンブリオ〉をコストとした第4の禁戒の中で、ただ一度限りの攻撃である鏃や杖とことなり、この衣のみ攻撃に1度の制限はない。

 《我が誓約は、光り輝く衣を纏う》の効果は、『〈エンブリオ〉のステータス合計の10%の攻撃力を持つ光の剣を、〈マスター〉のステータス合計/1000秒の間顕現させる』というもの。

 今の時点だと『攻撃力8000オーバーの剣を、80秒間の間使う事ができる』ということになる。

 並みの上級としてなら、破格の攻撃力。さらにブルーノ自身のステータスも加わり、ただの一撃で一万程度のHPなら削れるだけの火力を発揮することができる。

 ――これならば一撃で終わらせることができる。

 

 「っつ何だよ、そりゃあharH!」

 

 コロコロ・ゴミックが目の前の光景に、その結果の意味を直感的に理解して、理不尽さを吐き捨てる言葉を口にする。

 《看破》によって得た情報から、直感の通りにずいぶんとヤバい状況であることを察し、どうするべきか一瞬の間だが逡巡し………そして、やはりこれしかないと決める。

 動きだしたのは同時。

 ブルーノは、巨大な光の剣となったクー・フーリンを手に、あの狂人の元へと全力で跳び。

 コロコロ・ゴミックは左手でアイテムボックスから追加で病を補充しながら、右手に握る槌を掲げて、あのいけすかない大人の元へと突っ込む。

 そしてお互いは、たっていた場所の中間で激突する。

 ブルーノはそれに驚く。なにせ、〈Infinite dendrogram〉を何カ月やっていれば、この攻撃の強力さに気がつくはずだ。実際初見で、ローガンたち他の決闘仲間に見せた時、全員一度退いて様子見をしていた。

 この攻撃を相手にさえ、突っ込むことに驚き、そして納得する。敵は自分たちの事を恐れないと。

 ならば意識を切り替える。もともと逃げる相手を追跡しての、時間制限付きの戦いを想像していたが、向かってくるのなら時間制限はそれほど気にする必要はない。

 激突する瞬間に、ブルーノは光の剣を振り払い、そしてコロコロ・ゴミックは槌を振るう。

 お互いの攻撃は、同じく敵に当たり、

 

 「《トライブ・インフェクション》」

 

 コロコロ・ゴミックが最後の呪いを放つ。

 結果としてはブルーノの勝ちだろう。

 光の剣は敵の右腕と〈エンブリオ〉である槌を両断し、さらには肩まで深く切り裂かれているのだ。

 それに対してコロコロ・ゴミックの成果と言えば、右手も〈エンブリオ〉もダメだと判断し、咄嗟に左手で敵の身体に触れて、ある一つのスキルを発動しただけ。

 だれが見ても、勝利はブルーノの元にあると判断するだろう。実際にコロコロ・ゴミックもそう思っている。だが、ブルーノは「やられた」という思いとともに膝を突く。

 ダメージがひどいわけではない。今の攻防でダメージなど、欠片も受けていない。

 膝をついたのは単に、自分に降りかかった病の苦しさゆえだ。

 ブルーノはこの結果を押しつけた相手を見つめる。コロコロ・ゴミックはいまだに立っていた。ダメージがないわけではない、むしろ身体の方は今のダメージと無理やりに加速して来たツケで死に体だ。

 だが、それでも立っている。

 本来なら倒れるはずの重傷を受けながら、気力だけで。プレイヤー保護の影響もあって、痛みこそないもののそれでも肺にまで到達する傷口は、彼に極度の呼吸困難を与えている。病による苦しみと同様に、息ができない苦しみはこの世界から離脱(“自害”)しようとするのに十分な理由だ。

 だが、それでも彼は立ち、そして最後の時まで戦おうと身体を加速させ、敵に食らいつく。

 武器は持たない。元々代わりとなる武器はそこまで高い性能の物はないし、〈エンブリオ〉とジョブのシナジーがなければわざわざ武器を使わなくてもいいし、なによりすでに武器を持つことさえ辛い。

 コロコロ・ゴミックは左手と両足とで3足歩行をして、ブルーノに向けて最後の吶喊を行う。

 

 「GYhhharhhharrraaaaHHra」

 

 コロコロ・ゴミックの口から叫び声が響く。言葉になっていない、言葉にする気も無い、彼の心の内の慟哭をその衝動のままに吼える。

 それはまるで(けだもの)。病を振り撒き、無気味な叫び声をあげ、そして生者を喰らう最悪の獣。

 3本の脚に力を込めて、ブルーノとの3メテルも無い距離を一歩また一歩と距離を詰める。

 

――加速する。

 

――加速する。

 

――加速する。

 

 コロコロ・ゴミックが距離を積めるまでに必要とした歩数はたったの3歩。だが、その歩数一つ一つで彼の身体はギアを跳ね上げていく。

 彼は全力を出せないだろう。それをするには身体が傷つきすぎている。

 しかし、それでもコロコロ・ゴミックは全ての力を振り絞り、限界を超えた最後の加速を行おうと力のすべてを振りしぼり――

 

――光の剣が彼の身体を両断する。

 

 敵が同じく苦しい状況だろうに、全力を振り絞っている姿を見て、ブルーノは思わざるを得なかった。

 それは、「同じくらい苦しい状況で自分だけが苦しんでいるわけにはいかない」、と。

 だから、彼は全力を振り絞り、いまだに輝く光の剣を振るう。あちらでは抗う気も無かった苦しみに、こちらで貫き通したい自分のささやかな意地のために、この苦しみに抗った。

 ブルーノがこの一撃に込めた想い。彼自身としても驚きだろう、現実を超える苦しみを、現実を凌駕して克服したのだから。

 

――いま、彼は病に克った。

 

 それは間違いなく、彼にとっての進化。ジョブに()らず、〈エンブリオ〉に()らず、MVP特典に()らず。今、彼は彼の自由で世界を変えたのだ。

 

 

 「ぐぁあGyararrr!!!」

 

 コロコロ・ゴミックが咆える。

 抗い放った一閃は、間違いなくコロコロ・ゴミックを切り裂き、意地の通りに留める事ができたと安堵する。

 その一撃で終わりだった。

 元々、肩深くまで食い込んでいたために、HPがすでに1000も無い状況だったのだ、このもう一撃を防ぐことなど出来ない。

 断末魔を暗闇の中で響かせる。

 だから、コロコロ・ゴミックは死亡する。慈悲など一切なく、この世界から光の塵となって消えうせる。

 だが、

 

 【条件解放により【■■■■】への転職クエストが解放されました】

 

 ここに、破滅の種は蒔かれる。

 

◇◆◇

 

 「ふぅ、やっと勝てたか………。すまないな、クー」

 

 すでに光り輝くことは無くなった、手に持つ槍を見ながらブルーノは勝利の余韻に浸る。

 〈エンブリオ〉は無くなった。この時点でブルーノには、4つの禁戒による強化は施されなくなった。

 それでも、あのPKを倒すことには意味があっただろうと、ブルーノは思う。

 ここで一度、とめておかなくてはならないと。

 この先、あいつがどういう道をたどるかはわからないが、できればいいものであってほしい。もし、同じ道を進むというのなら、また再び相手をしなくてはならないな、とブルーノは覚悟をしておく。

 HPは全快している。ブルーノが罹っている病も、強力なものはそこまででもない。

 今、ブルーノが感じている病の症状は、高熱と倦怠感と節々の痛み、その程度だ。リアルなら学生や社会人が、休みを決め込むのに十分な物ではあるが、皇女がさらわれたこの状況下でのんびりと休んで過ごしていられるほど、ブルーノは薄情ではない。

 槍を杖代わりにして、ブルーノは立ち上がる。

 

 立ち上がることができるのは、コロコロ・ゴミックがブルーノに与えた病が弱かったからではない。第2の禁戒によって、状態異常の影響を軽減できたと言っても、それを無視することができるほどに強力な病をコロコロ・ゴミックは与えていた。

 《トライブ・インフェクション》というスキルは、同じ人間種一人限定のスキルであり、自分が触れている相手に自分が持つ病の内ひとつの効力を倍にしたうえで、感染させるスキルである。

 今回、コロコロ・ゴミックがブルーノに与えた病は、もっとも単純でありそれゆえに強力な【風邪】の状態異常。ただの【風邪】と侮るなかれ、複数のスキルによって強化されたその病は、感染者を無力化し死に至らせることができる強力にして凶悪な病だ。

 それほどに強力な病を第2の禁戒では防ぐことはできない。軽減は出来るだろうが、それでも本来の物より80%程度の性能に落ち込む位だ。

 回復アイテムによって、回復できたわけではない。それほどに強力な病を治す薬等、そう簡単に手に入るものではないし、何より使用できない。

 だから、ブルーノが槍を杖代わりとしながらも立つことができた理由は、スキルによるものだ。

 それこそが、ブルーノとクー・フーリンの第3の禁戒。

 

 第3の禁戒、その名は《禁戒:回復アイテムの使用禁止》だ。

 誓約は、回復アイテムを使わないこと。回復アイテムという類い全てがダメであり、【ポーション】類や【快癒万能霊薬】などの一切を封じられている。ようは『回復アイテムなど、使ってんじゃねぇ』ということだ。

 加護は、自身のHPおよび状態異常の常時回復。ブルーノのステータス合計値に応じて毎秒ごとにHPが微量に回復していき、さらに状態異常も多少なりとも回復していく。その効果はそこまで高いものではないが、気休め程度には十分であり、時間をかければ実感できるほどには回復する。今回の場合でも、光の剣が無くなり〈エンブリオ〉の効果が消えうせる一分の間に500近いHPが回復し、さらに状態異常も多少なりとも回復し、コロコロ・ゴミックが与えた病よりその効力は40%近くになるだろう。病にまだまだ侵されてはいるが、それでも動ける程度には回復できていた。

 禁忌は、自身への回復不能な継続ダメージ。〈エンブリオ〉が戻るまでの期間全てで継続ダメージが発生するため死ぬ。今あるデメリットの中でも、もっともキツイ物だろう。

 

この禁戒の恩恵をもって、瀕死から重病程度になったブルーノは先へ進む。一歩一歩確実に。

 

◇◆◇

 

 「これは……!」

 

 槍を杖代わりにしてから、数分がたち、先を進んでいっていたブルーノの耳に戦いの音が聞こえてきた。

 戦場は近いと判断したブルーノは、身体に力を入れて先へ進む。苦しさを押し殺して。

 

 

 そして彼の視界に入ったのは、一体の怪物。そしてそれと闘う、3人の女性たち。

 炎を纏った蛇腹剣が、怪物にぶつかり合い。

 黄金に輝く銃から放たれた銃弾が、怪物が放つ光の球とぶつかり合う。

 しかし、それで怪物は止まらず、腹の内から光を輝かせる。

 輝いているのは魔力を集めているからだろう。何をするかはわからないが、およそいいものであるはずはない。

 それで状況を把握する。ブルーノはその戦いに手を貸すことを決意して、杖代わりとしていた槍を《投槍》スキルで強化しながら、今ある全力で投げ入れる。

 その槍は光を輝かせていた、怪物の腹に当たり行き場を失った魔力が暴発する。

 もっとも、それで倒れてくれるわけはない。それはブルーノもわかっていた。

 そんなに生易しいものではないだろうと、敵の頭上に浮かぶ特徴的な表示を見て。

 身体に力を入れる。アイテムボックスから、予備の槍を取り出しながら、敵に向けて突撃する。

 今の自分にどれだけの事ができるかわからない。だが、それでも放ってはおけないと病に浸った体に喝をいれ克つ。

 ブルーノが投げ入れた槍によって、怪物もそして3人の少女もこちらに気がついたようだ。

 怪物は腕の一本をこちらに向けて振るおうとして、炎の蛇がそれを阻む。

 炎の蛇が作ってくれた隙に、まずはもう一撃だと、全力を込めた突きを放つ。

 もっとも、いくら全力を込めたと言っても、それで終わるはずはない。敵は強大なのだから。

 

 まだまだ、戦いは始まったばかりなのだ。

 

To be continued

 

 

 




(=○π○=)<ブルーノのジョブについて

(=○π○=)<今現在、上級職は、【剛槍士】と【疾風槍士】です

(=○π○=)<だけど本来の設定なら、【疾風槍士】ではなく【獣戦鬼】だった

(=○π○=)<それが変わった理由は簡単。彼にはガードナー獣戦士理論が合わなくなったからです。

(=○π○=)<結構前に出していた通り、クー・フーリンの本来のステータスは低く、それを第一の禁戒で補ってる。

(=○π○=)<でも少し前にでた活動報告情報によって、【獣戦士】の強化は元々のステータスのみと言う事がわかった。

(=○π○=)<いや、最初からわかれよという話だったんですが、たった100近いステータスアップのために【獣戦士】系統とるわけにもいかないので却下になりました。

(=○π○=)<ブルーノは、原作設定であった「各国でガードナー獣戦士理論を使う人間がおおく、上位とっている」枠だったので、少し困った。

(=○π○=)<……問題はもう片方の上級職にいれるジョブの案が全くないことですね。【力士】系統はたぶん、武器もってたらアウトっぽいしなー


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第20話 黒幻の双つ星

(=○π○=)<採集決戦、およびパソコンの不調により、投稿がかなり遅れてしまい申しわけありません。

(=○π○=)<どっちも、パソコン触れなかったせいでストックないのがきつい……

(=○π○=)<順調に執筆速度が遅くなってるし、頑張らなくてはなーとは思っているんですが……


第20話 黒幻の双つ星

 

□■

 

 「「あははは」」「「あははは」」

 「「すごいね」」「「すごいよ」」

 「「これに耐えられるなんて!」」「「これを防げるなんて!」」

 

 声が反響する。

 二人の襲撃者である〈マスター〉の笑い声が、闇に覆われた地下迷宮に響く。

 

 一人の少女は一振りのシミターを握り、笑いながらミックの正面から滅茶苦茶に振るいまくる。

 一人の少女は一振りのシミターを握りながら、ミックの背後に回って彼の死角から襲おうとする。

 声を途切れさせることが一度もなく、また動くことを止める事もせず、二人は交互にまたは同時にミックと切り結ぶ。

 片方だけの実力ならミックが上回っているだろう。だが、二人の〈マスター〉の連携はその実力差を補いつつ、ミックに防戦を強いる程の実力を発揮している。

 

 (厄介だな。どういう理屈だか分かんないが、こいつら普通じゃない。どっかでこっちがわかんないインチキしてやがるな!)

 

 ミックは心の中でそんな愚痴をこぼす。

 敵わぬほどに強いわけではない。確かにミックの敵である二人の少女は弱くはないが、だが自分よりは弱いという真っ当な評価がある。

 常識を超えた強さを持つわけではない。確かに訳がわからない強さを持っていそうではあるが、だからと言って常識外の性能というわけではないだろうと、ミックは考える。

 だからわからないのは、強さとは全く別の事。

 ミックが戦闘における基本的な動作として心がけ身に着けていた、初見での《看破》使用によって、敵二人のステータスが見えているが、それがおかしい。

 闘い続けて、もう数分がたとうとしているが、他のスキルは後回しにしていまもなお《看破》を発動させ続けている。どういうことだと、頭の中に疑問符を浮かべながら敵を凝視しつづける。

 それに反応したのは二人の少女だ。敵がその瞳に血管が浮かび出そうなほどに、こちらを見つめ続けているというのは、戦う内に気がつくのは当然と言える。

 二人とも他者の視線に鈍感ではないのだから。

 ミックが放つ視線が、色欲によるものではないと分っている。そんな欲情に塗れた視線ではない。

 おそらく、こちらのステータスを《看破》しているのだろうと、二人はあたりをつけながら、それにどう反応すべきか考える。

 普通に考えれば、無視した方がいいだろう。おそらく戦いのセオリーとしてならば、自分が気付いた敵の行動に対して、いちいち突っ込みを入れる必要などないからだ。

 だが、ソレは出来ない。なにより、彼女たちの有り様として、その選択肢は選ばない。

 なぜなら………この状況下で彼女がする行動は決まっている(・・・・・・・・・・・・・・)。何回か、そういう状況があったのだから。

今回もそれに倣うべきだろうと、二人はアイテムによる会話によって全会一致でらしい(・・・)行動をとる。

 

 「「あはは! どうしたのかな? さっきから私たちの方を見つめ続けて!」」

 「「もしかして惚れた?! 惚れちゃったのかな!? でも、ごめんね。ちょっと君は私たちのタイプじゃないかな!」」

 (……なんでいきなりフラレてるんだ? 俺。っと)

 

 いきなり、予想だにしない告白返しがされ、理不尽な言葉にどう反応すべきか考えながら、上段から振り下ろされる少女の攻撃を避け、右横から襲ってくる少女の攻撃を2本の腕を持って迎撃する。

 同時にさらに腕を振るいながら、最初に襲撃した方に攻撃をたたみこもうとして………それが違う事に気付く。

 「いつの間に」「どうやって」という、疑問を抱きつつ違うながらも、敵であることに変わりはないならばと、剣をたたき込む。

 それで、終わり。その一撃は確実に最初に襲ってきていたはずの少女の胴体に直撃し、そしてHPの全てを削りきり、光の塵へと変える。

 だが……これで終わりだが、まだ終わりではない。

 相反する表現だが、的確な表現でもある。なぜなら、敵はいまだに存命。

 少女がひとり残っているからではない。残っているのは二人。

 先ほどと変わらぬ二人。ミックが光の塵へと変えたはずの一人の少女が、変わらずにいまだ生き続けている。

 先ほど命を奪ったはず。だが、それをなにくわぬ顔をして再び少女が襲いかかる。

 不思議ではある。だが、その理由の一端がミックには理解できる。なにせ、先ほどから使い続けている《看破》による情報があるのだから。

 自分が倒した少女は本物ではない。ミックはそう結論付けた。

 ミックがそう思った理由は、彼が攻撃する一瞬に、対象の少女のステータスが大幅に減ったからだ。当然ミックはそんなことをしていない。

 だから、彼女のステータスが減ったのは彼女自身のスキルによるものだろう。もしかしたらもう一人の少女によるアシストかもしれないと、それ以外の可能性を考えてみるが、別にそこはいい。

 問題は、なぜステータスが減ったのか。わざわざ自分からステータスを減らす理由などない。MPやSPが減るのならばわかるが……、いやそれも最大値ごと減っている理由はわからない。

 ならば、他の理由としては、なにかしらのスキルを発動したことによるペナルティか、もしくは表記が似ているだけの別の個体になっているかのどちらかだろう。

 そしてミックは、前者の可能性を切り捨てた。どうしてもペナルティが起きるような他のスキルを使ったようには見えなかったからだ。

 もし、この段階で空間跳躍なんかの、強力なスキルを持つことに成功し、それを発動するのにおおきなペナルティがあったとしよう。実際にそれだけのスキルを使うのに、コストもペナルティも膨大な物になるのは間違いない。だが、コストはともかく、ペナルティはスキルを発動した後におこるものだろう。コストとしても、すこしおかしい。だから、ペナルティという線はすてた。

 だから残る可能性としては、偽物と入れ替わった可能性。おそらく自分の偽物といれかわって防御するような、変わり身の術じみたスキルを持っているのだろうと、ミックは結論付けた。

 

 (面倒だな。いくら敵を倒せる状況に持ち込めても、逃げられちゃ意味がない。……だが)

 

 ミックは一度思考を振り切り、二人の少女を見る。

 《看破》によってうつる視界に、〈エンブリオ〉は映らない。

 だが、おそらくは自分と同じ第4形態だろう。それならば――

 

 (それだけのスキルをそうなんども繰り返せるとは思えない。回数か時間かどっちかの誓約はある。それまで何度も倒し続ければいいだけだ……これをキャロルが聞いたら「脳筋だ」とか馬鹿にされそうだけどな。どっちみち、ひとりにばかり注視できない。敵は二人いるんだしな)

 

 能力がある程度推測できるもう一人と違って、もう一方は欠片もわからない。

 《看破》を使ってはいるが、それに映るのは奇妙なもののみ。

 

 (どうなってんだ、これ?)

 

 ミックが疑問に頭を悩まし、答えが未だに出てこない。

 《看破》に映るのは、二人の名前とジョブとステータス。ジョブにおかしいところはない。

 お互いに同じジョブについているが、そこは別にいい。いくら、このゲームがオンリーワンを推奨すると言っても、進む道(プレイスタイル)戦い方(バトルスタイル)活きる術(ライフスタイル)によってある程度は似てくることもあるだろう。

 商人としての道を選ぶならば、【商人(マーチャント)】を選ぶだろう。

 魔法を使うのならば、【魔術師(メイジ)】等の魔法職と、【生贄(サクリファイス)】を筆頭にMPがおおく増えるジョブを選ぶだろう。

 そして、二人の少女のように奇襲攻撃を行うのであれば、両方ともに【襲撃者(レイダー)】に就いている事もあるだろう。

 それだけなら、ただの一致として扱う事ができる。なので、そこに問題はないだろう。

 だがわからないのは、

 

 (なんで二人とも、ステータスもそれになによりも、名前が同じ(・・・・・)なんだよ!)

 

 鏡合せのように瓜ふたつの、全く同じ情報しか見ないという事。

 それらが一致することは本来ならばまずないといえる。ティアンならば場合によってありえるかもしれないが、だが彼女たちは〈マスター〉だ。

 ステータスが一致するには、同じジョブ構成で、同じ〈エンブリオ〉の補正数値で、同じレベル帯でなければならない。3つ全てが一致するのは、よほど示し合せなければ不可能だろう。いや、それでも無理に等しい。それはランダム性がからむ〈エンブリオ〉の補正と言う物が絡むからだ。

 故にステータスが全くの一致を取っている事は、驚くほかない。脅威と言うわけではなく、ただ純然に奇跡と呼べるほどの幸運の一致。

 実際にこれは幸運の一致だ。彼女たちは、本当に偶然にも〈エンブリオ〉によるステータス補正が同じ値になり、そして同じ名前を選んだ。最初のログインの際における名前の設定で、二人は共に担当した管理AIの「同じ名前の人間がいる」という警告を無視してデンドロを始めたからだ。

 それらは偶然。予期など一切できず、示し合せたことなど一度もなく、ただの偶然の一致としてお互いの名前や〈エンブリオ〉によるステータス補正が同じになったのだ。

もっとも、ただの偶然といっても、いま相対峙しているミックにそのことが判るはずもない。それが〈エンブリオ〉の能力によるものだと踏んで、どういうスキルなのか考察し続けているが、正解は当然でない。

 特に名前。ステータスならば、そういうスキルもあるだろう、とおもわないでもないが、名前まで一致させるスキルも、それを行う特性の意味も、そしてそれを発現させるに至った〈マスター〉のパーソナルも。ミックはそれら全てが理解できずに頭を悩ます。

そして当然、答えなど出るはずもなく、ミックは自分が不利になるのを承知でその意味不明を問いただす。

 

 「なんで、二人とも同じ名前なんだよ!」

 

 二人の少女を《看破》した結果映るのは同じ、『ナジュム・ブラックファントム』という名前。偽りなく、全く同じ表記、同じ名前。

 その問いに疑問を浮かべたのは、彼女たちだ。

 なぜ、同じ名前なのかという疑問ではない。

 なぜ、同じそんなことを聞くのかという疑問。

 そして、その疑問をそのまま口にしてしまう。

 

 「え? もしかしてあんた『グラファン』やったことないの? あんだけ宣伝してたのに………」

 「あー、まあ大きく宣伝してたの日本だけだったしねー。わからなくても無理はないんじゃないかな? まあ、わざわざこっちから答えは……「教えないよー」」

 (……ハッ?!)

 

 答えが出てくると思わなかったミックは、予想外のセリフに一瞬硬直してしまう。

 敵の能力が全く分からずに、敵に答えを聞くなんて無視されるだろうと思っていたし、敵の能力を把握できないレベルだと思われるのを覚悟で口にしたというのに、気軽にされた二人の少女による返答。

 今までと異なり、残響(エコー)を残すような気軽な口調とは一変して、普通の口調で語られたその言葉。

 ミックがしたことのない、知らないことを、「残念だ」と心底思いながら少女は語る。

 

 (どういう意味だ? まったくわからねぇし……)

 

 ミックは彼女たちの言葉の意味をわからないまま、再び横薙ぎに剣を振るう少女の攻撃をかわしつつ、もう一度右腕に握った長剣を機械的に振るう。

 また、再びステータスが入れ替わるのだろうと、予測していたミックを嘲笑うかのように、異なる展開が彼を襲う。

 それは、後方からの奇襲。

 敵が回り込んで来たというわけではない。ミックは当然、戦いの最中であるため油断せず、敵の動きに関して注視していた。自分の弱点となる背後の攻撃を、みすみすさせることなどありえない。

 また再び起きたわからない現象。

 それを突きとめる為に、ミックは《看破》ではない手段を使ってみようと思い立つ。

 そして別の手段として《鑑定眼》を用い、

 

 (《看破》を底上げしても変わらないなんて……、《エンブリオ》ならともかく、もしかして装備かなんかかもしれないし、いちおう《鑑定眼》も発動させとくか………どっちも特に変わったところはなさそう……ってはぁ?)

 

 再び驚くことになる。

 それは、《鑑定眼》による情報もおかしいことになっていたからだ。

 《鑑定眼》というスキルは、装備している防具・装飾品などを見る事ができ、スキルレベルが高ければ高いほど、鑑定妨害を突破して性能をみることができる。

 ミックの持つ《鑑定眼》のスキルレベルは複数のスキルにより、古代伝説級の鑑定妨害でさえ見る事ができるほどに高まっている。

 今のミックをだますことができる偽装をかけられるものなど、それこそ神話級以上の特化MVP特典か、〈超級エンブリオ〉のスキルくらいだろう。当然、二人の少女がそのどちらかを満たしていることなどあり得ない。ゆえに今の彼が見ている情報は嘘偽りなど全くない真実の情報だ。

 だが、それゆえにわからないとミックは頭を動かす。

 彼が見えている情報。それはお互いの装備の性能が全く同じだと言う事。

 もちろん、同じ装備を買いあされば、まったく同じものになるのは当然だ。

 だが、いまミックが見ている疑問は、そういったものではない。

 全く別の、同じになるわけがないだろう装備が、全く同じ性能になっているという異常。それがミックの疑問だ。

 二つの装備がある。同じ装備箇所に付けられている別々のはずの装備。

 一人の少女がもつ【魔力の篭手】という名の腕装備防具がある。その性能はMPを300あげる物だ。しかし、それだけではなく、HPすらも300の上昇値が付け加えられている。本来、レジェンダリア産というだけで安物のはずの【魔力の篭手】に反対の性能であるHPアップが込められているはずはない。

 一人の少女が持つ【体力の篭手】という名の腕装備防具がある。その性能はHPを300あげる代物だ。しかし、もう片方の少女が持つ防具同様にこの装備にもまたMPを300追加でアップする性能を持っている。こちらも同様に、普通ならそんな追加効果などついているはずもない。

 どうみてもおかしい性能だ。それこそ、二つの装備の性能が合わさったと言えるもの。

 それがどうしておきているのかを、ミックは考えてこちらも答えが出ないでいる。

 これも二人の少女のどちらかの〈エンブリオ〉の能力によるものだろうとあたりをつけざるをえなかった。

 もっとも正解を言えば、同じ装備の性能である理由はまったく別の物なのだが。

 

◇◆◇

 

 

 交戦を開始してから数分がたつ。

 その間、お互いに決定的な状況に持ち込むことができず、数分という時間をずるずると同じような状況で戦い続ける羽目になっていた。

 

 「「そらぁあ!」」「「もう一回行くよぉ!」」

 

 片方の少女が地面に向けて、アイテムボックスから取り出した手のひら大のボールをたたきつける。

 ミックは「またか」という感想こそあれ、驚きはしない。なぜなら、先ほどから何度か行われてきているため、新鮮味がないからだ。

 地面にたたきつけられたボールが割れて、そこから煙が噴出する。周囲一帯を数秒にわたり煙幕に包むアイテムであり、この閉鎖空間でも数秒後には煙が晴れる特性がある。

 この光が差さない迷宮内という暗闇だけでなく、こんな煙幕を使うのは二人の少女たちの敵であるミックが暗闇の中でも見えているかのように動き回るからだ。

 実際ミックは、高ランクの《暗視》スキルによって、光が一切ないほとんど真っ暗闇といえる状況でも、まるで昼間のように見る事ができている。

 だから彼女たちはミックの目を晦ませるために煙幕を使用した。彼女たちの必勝パターンに追い込むために。

 

 「「《アナザー・パーソンズ・オブ・ワンセルフ》」」

 (こんどは、そっちか。リャナンシー、《危機察知》《殺気感知》オン!)

 

 一人の少女が動く。

 彼女の〈エンブリオ〉は幻。全く同じ名前どうしである、彼女たちが使う識別用の称号は“幻のナジュム(サラヴ)”。

 幻のナジュム(サラヴ)は〈エンブリオ〉を使用して、ミックに対して奇襲攻撃をおこなおうと動く。

 もっとも、ミックもただでやられるはずはない。彼女たちが今までに何度かおこなってきたように、彼もまた同じように対処する。

 二つの対奇襲用スキルを総動員し、敵の次の攻撃に備えていたミックの後方から反応があり、それに対して長剣を握った右腕を振り、カウンターをおこなう。

 彼のスキルによる知覚能力通りに、後方から飛び出した一人の少女がふるった剣と、ミックによるカウンターが交差して鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が響き……互いに大きな衝撃を持って吹き飛ばされる。

 これもまた先ほどから繰り返してきた光景。それに少女は心の中で舌打ちをし、また同時にミックも心の中で舌打ちをする。

 少女が舌打ちをするのは、彼女たちの戦法をことごとく無為にする相手への不満。

 ミックが舌打ちをするのは、一度の交戦で勝ったとしても全体としてはなんら状況が好転していないという危機感によるもの。そしてすぐさま襲い来る敵手の存在がいるからだ。

 

 「「さあさあ、生み出しましょう! 《黒の幻影(ブラック・ファントム)》」」

 (そりゃ今度はそっちが来るよな!)

 

 未だに煙幕が周囲を覆う中、もうひとりの少女が続けて動く。

 もう一人の少女の〈エンブリオ〉は黒。彼女の識別用の称号は“黒のナジュム(アスワド)”。

 黒のナジュム(アスワド)が呼び出すのは3つの黒。

 これもまた繰り返されてきたもの。ミックは驚かず、いままでどおりに対処する。

 たがいに吹っ飛んだことによって、姿勢が悪くなっていたが、元々いまからする迎撃に姿勢の良し悪しは関係ない。

 煙幕の中から出てきた3体の敵手を見据え、そして《看破》によってその敵のステータスが低いものであることも確認できた。

 その敵の姿は、大の成人男性と同等の大きさで、頭に髑髏かもしくは悪魔の仮面のようなものを被っている執事服の様な衣装をまとった戦闘能力をもった兵。

 ミックが直接見たわけではないが、おそらくもう一人の少女のスキルによって生み出される使い捨ての兵士(インスタント・ソルジャー)だろうと考えた。強いわけではないが、それでもそれなりの性能を誇っている兵隊を複数呼び出すことができる召喚スキルだと。

 1体1体は強くない。だが、それでも一度に数体の兵隊が襲ってくるのは、純粋に脅威と言ってもいい。

 だが、それでも今のミックなら対処可能だ。

 彼の右腕は使えない。最初の襲撃をかわし、弾くのに使用してしまい次の攻撃に使う事はできない。

 彼の左腕も使用しづらいだろう。体勢を崩し、それを整える為に地面に就いている左手をすぐさま攻撃に転用できない。

 彼の元々の両手は塞がっている。

 だから、残り全ての腕(・・・・)をつかう。全ての腕を振り払い、数体の黒い兵隊を一度になぎ払うことで、敵の攻撃を終わらせた。

 

 「「なにそれ、ずるい」」「「一体どういう理屈なのかな!」」

 

 二人の少女が抗議の声を上げる。

 未だに煙幕に周りが包まれ見えないはずだと言うのに、二人の少女は問題なく見えているような口で文句を言うことに、ミックは幾度目かの考察を張りめぐらせる。

 ミックからしてみれば、自分のやっていることなんてさして特別なことではないという認識だ。〈エンブリオ〉とMVP特典というオンリーワンな要素二つが組み合わさっているが、だがこのくらいなら方法こそ異なれど結果のみで言うならば他の〈マスター〉だってできるだろうという評価を彼は持っている。

 自分がしているのはその程度のことだと。

 

(さすがに4本でも、キツイか。だがこれ以上は操作できないからな。場合によっては【竜腕】を出す必要があるが……)

 

 敵の愚痴を聞きながら、ミックもまた自分の才能の無さを嘆き、心の中で愚痴を吐き出す。

 自分にもっと才能があれば、もっと数を増やせるだろう、と。実際に皇国にいる【無将軍】ならば、もっとたくさんの数を使役できただろう。

 もっともミックがことさらに無能というわけではない。脳内での操作(マニュアル)という日常生活で使用することがまずない才能を要求されるため、通常の人間でもそう多く扱えることはないからだ。

 【無将軍】でさえも、生まれた時からもちえるMVP特典を使用するという機会、および【無将軍】のジョブが持ちえる脳内操作を補助するスキルがなければ1000を超える人形を操作など出来ないだろう。もっとも、素でそういったことができる〈マスター〉もいるのだが、それは例外に過ぎる。

 ともかく、彼が今扱える腕は少ない(・・・・・)

 一人の少女を吹き飛ばした、右腕。

 地面に手をつく、左腕。

 さらには前方・右上・左下から襲い来る黒い兵士をなぎ払った、追加された4本の腕(・・・・・・・・・)

 本来の腕に追加されている、4本の鉛色の腕。

 それが、彼の新しい力。彼にさらなる可能性をもたらした希望。

 

 それこそ――彼の才能(特典武具)

 

To be continued

 

 



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第21話 一面六臂

(=○π○=)<感想で言われた点に関しては重々承知してますが、この途中からいきなり変えたら意味不明になりすぎるので、この章はある程度このまま進めます。

(=○π○=)<一応、4章で出番予定だった二人(ナジュム)を削って、ここで入れる予定の無かった〈エンブリオ〉の説明も入れたりして、ちょこっとだけ努力してはいるのですが……

(=○π○=)<執筆速度に関しては、リアルの事もあるので確約できなかったり、案が浮かばなかったりで停滞することもありますが、頑張ってはいます……




第21話 一面六臂

 

□特典武具の活用方法

 

 伝説級特典武具【肢造背嚢 アルヴィニオン】。

 いまさら語るでもなく、あの塔でミックがMVPに輝いた結果、手に入れる事ができたアクセサリー装備。

 唯一持ちえるスキルは《クリエイト・ザ・イリーガル・ユース・ハンド》のみ。

 その効果は、背嚢の中にしまった素材をもとに、腕のモンスターを制作・召喚するという、元となったスキルと同様のただそれだけのもの。

モンスターの肉体は、素材としたアイテムによって異なる。モンスターの素材なら、モンスターの面影が僅かばかりとはいえ、みえなくもない風貌に。鉱物を素材としたならば、それを素材としたメタリックな風貌に。それぞれの素材毎に、千差万別のモンスターとして制作されるのだ。

素材によって変わるのは見た目だけではない。そのモンスターそれぞれの性能として、ステータスという形で差異が生まれる。高速で走るモンスターを素材としたなら、モンスターのステータスは、AGIが特に高いものとして現れるだろう。硬い鉱物を素材としたならば、ENDが高いモンスターとして生まれるだろう。そして強いもしくはレア度の高いアイテムを素体としたならば、そのステータスは高いものになる。逆に言えば、弱いもしくはレア度の低いありふれたものを素材としたならば、ステータスは低くなる。

 初期に手に入れられるモンスターのドロップアイテムや鉱物などでも制作はできるが、その性能(ステータス)はオール100にもいかない程という、非常に残念な物になってしまう。

 そして、さらに残念なことに、この特典武具によって製作されるモンスターに、スキルは基本的に付与されない。ただステータスに特化されたモンスターとして、制作され召喚されるのだ。

 ステータス補正も皆無だ。この特典武具がもつのは《クリエイト・ザ・イリーガル・ユース・ハンド》のみ。それ以外の性能をすべて(なげう)っているため、この特典武具に持ち主を補助する能力は一切ない。

 そう、全てを擲って、なおこの性能。

 特典武具としていうのなら、確かに性能は控えめだろう。格こそ違えど、似たような性能を持つ【エデルバルサ】あたりなんて、一度に旅団規模という1000を超えるモンスターを制作でき、さらにはそのステータスも並みのティアンを超える物を製造できる。

 それに比べれば、あまりにも拙い。神話級と伝説級という差を考慮してもなお。

 実際にこの特典武具は弱い。元となったスキルが弱いわけではない。伝説級の枠に収まらないわけでもない。このスキルの弱さは、《クリエイト・ザ・イリーガル・ユース・ハンド》の性能をステータスの高さでも、コストパフォーマンスの高さでもない別の事に使用している為だ。

 モンスターの弱さも金額を消費することで一定の強さにすることができる。

 彼が今使役しているモンスターは、高レベルモンスターの完全遺骸や、高品質の鉱物を素材としている。そのおかげもあって、制作されたモンスターのステータスは平均1000オーバーにもなり、亜竜級モンスターにも匹敵する能力を持っている。………それに応じて、召喚・制作の際に関してかかる金額も数百万にも及んでいるが、必要経費と見るべきだろう。

 

 

 もっとも、弱くともこの特典武具を使う事を止める所持者(ミック・ユース)ではない。

 少なくともこの特典武具は、彼の弱点の一つを補い、2つしかなかった手数を3倍以上に増やし、今までになかった手段を創造するものだからだ。

 【肢造背嚢 アルヴィニオン】の装備は、アクセサリー枠ひとつの圧迫と言う対価を払ってなお、余りある報酬が払われる。それに関してはさすがに特典武具だ、という事だろう。

 払われる報酬を多くする方法もある。

 それは【肢造背嚢 アルヴィニオン(特典武具)】と、ミックのもつ【才金貨 リャナンシー(エンブリオ)】とのシナジー。

 

 一つ目のシナジーは、モンスターの性能を変化させるもの。

 召喚されるモンスターの性能(ステータス)低い(よわい)というのなら……、強くしてしまえばいい。

 【精霊強化】という特化強化スキルや【魔物強化】という汎用強化スキルを使用すれば、召喚されるモンスターの性能もそれに応じてアップする。

 ミックの〈エンブリオ〉はいまだ第4形態。あの塔の戦いと同様に、《ブラッド・アビリティ》のスキルレベルは6で止まっている。だがそれでもスキルレベルを6つも高める事ができるのなら、それぞれのスキル効果をさらに高める事ができる。

 モンスターのステータスがいくら低くても、それだけの強化を重ねれば十二分に強力と言える。 

 ミックはこの特典武具の活用方法を見出した時から、下級職の内【精霊強化】と【魔物強化】を覚えるジョブを取得して、現在の二つのスキルレベルは下級職の内でなら最大といえる範囲だ。

 そのスキルレベルの値は8。《ブラッド・アビリティ》を含まず、下級職の上限を超えるスキルレベルの高さの正体は、彼のメインジョブ系統である【万屋(ジェネラリスト)】の特性故だ。

 【闘士】が複数の武器を使って闘うと言う特性、【壊屋】がオブジェクトを壊すことに特化した特性、【司祭】がHPや状態異常を回復させるという特性を持つのと同様に、【万屋】にも特性と言えるものがある。

 それが《スキル上限開放》による汎用高スキルレベルによる、スキル特化という特性。

 このスキルのスキルレベルは上がらない。《軍団》のようにスキルレベルが上がりづらいというわけではない。そもそも上限自体が上がらない。

 下級職で手に入れられる《スキル上限開放》の最大値は2という低いもの。強力なスキルゆえに、下級職のリソースすべてを捧げてもなおこの程度が精いっぱいというわけだ。

 上級職に上がってもスキルの上限は劇的に変わらず、最大の上限値は5に収まる程に。

 だが、現在の《スキル上限開放》のスキルレベル3でも、性能自体は問題なく適用されている。

 下級で取りえるジョブスキルの最大値に、さらに3プラスしたスキルレベルで、ジョブスキルを使う事ができるのだ。もちろん上限を上げるだけなので、そのスキルを何度も使ってスキルレベルを上げる必要こそあるのだが。

 当然ミックはこれまでの戦いで各種スキルを使いまくり、幾つかのスキルを最大値まであげている。【精霊強化】や【魔物強化】もその一つで、強化値はそれぞれ45%にもなり、両方を併用すればモンスターの強化値は2倍にもなり、《ブラッド・アビリティ》をそれぞれに使用すればモンスターの強化値は3倍にもなる。

 場合によって、召喚したモンスターの性能を強化しながら戦うのが、今のミックの戦術の一つなのだ。

 そして、彼のこの特典武具を使用した戦術はそれだけではない。もう一つのシナジーにこそ、彼の最大の報酬がある。

 

 

 

 それこそが第二のシナジー。ミック自身の性能の変化。

 ミック自身の性能とは、彼のステータスの事。

 特典武具と〈エンブリオ〉、そしてジョブによる3種混合によってなされる亜種最強理論。

 その最強理論とは、この世界を席巻し始めている〈ガードナー獣戦士理論〉と呼ばれるとあるビルドのこと。

 〈ガードナー獣戦士理論〉を要約して言えば、自身のキャパシティ内にいるモンスター1体の元々のステータスを、自身のステータスに付け加える事ができる、【獣戦士】のもつ《獣心憑依》というスキルを使ったもの。キャパシティが0のガードナーの特徴をフル活用し、〈上級エンブリオ〉であるならばめずらしくもない純竜級のステータスをそのまま自身にプラスすることで、最強の前衛をつくりあげることができるという、最強といわれるだけはビルド理論の事である。

 ミックはその理論の一部を取り入れて、3種混合の強力なシナジーを生み出した。

 もちろん、ミックの〈エンブリオ〉はガードナーではない。彼の〈エンブリオ〉のTYPEはあくまでアームズだ。

 だから取りいれたのは、キャパシティのモンスターのステータスを得るという部分のみ。

 【獣戦士】がメインジョブと言うわけではない。ただ下級職の一つとしてジョブを取っているだけにすぎない。

 《獣心憑依》はあくまで、【獣戦士】系列でのみ使用可能なスキルだ。今の彼のメインジョブである【万能者】で使う事は不可能だ。だがしかし、それでもスキルレベルの最大値を上げる事は出来る。

 そのままでは使えない、意味がないスキル圧迫だが、使用することができないという条理が決められている。

 しかしそれを覆す不条理が存在する。それこそ他ならぬ〈エンブリオ〉という存在によって。

 《ブラッド・アビリティ》は増加させたスキルを、メインジョブのスキルとしても扱わせる効果も付属している。

 すなわち、本来【万能者】では不可能な《獣心憑依》のスキル発動を、《ブラッド・アビリティ》によるスキルレベルアップと重ねれば可能とすることができるのだ。

 発動する場合のスキルレベル値は合計14。転写効率にして80%という驚異的な物。スキルレベルが10を超したからと言って、EXになるわけではないためさすがに120%という転写効率はまだ(・・)達していないが、それでもそうとうな数値の強化が施される。

 

 キャパシティの問題もない。《クリエイト・ザ・イリーガル・ユース・ハンド》によって制作されるモンスターのキャパシティは0で固定されている(・・・・・・・・・)

 すなわちキャパシティ内に修める限り、召喚できる数に限りはない。もっとも、実際は操作することができる数や、召喚する場所の問題もあるため、そう多く呼び出すことはできないだろうが。

なお《獣心憑依》を使う都合上、パーティーを組んでいない間は、召喚する腕のモンスターは自身のキャパシティに1体のみ呼び出し、のこりをパーティー枠を使用することで使役している。パーティーを組んでいる間は、一体のみを使うかもしくは《獣心憑依》を使用するのを諦めるしかないのだが。

 

 

 亜竜級のステータスを加えられ、純竜級クラスの腕4本を扱う、一面六臂の羅刹。

 それが今のミック・ユースの有り様(たたかいかた)

 特化しているわけではなく、全てが一点に向いているが故の汎用性の高さ。

 対応力、突破力その全てが揃った、一つの答え。

 それが数カ月の試行と鍛錬と努力によって培われた彼の才能なのだ。

 

 

□■

 

 (ああ、もう面倒だなぁ。クロもいらいらしてそうだけど、こっちもそろそろ何とかしないとね。(私たち)は泣く子も黙るナジュム・ブラックファントムなんだから!)

 

 少女は愚痴る。心の中で。

 それは、なんどやっても目の前の背中から腕を生やした一人の男を倒せないから。

 ミックに攻めさせもしない代わりに、彼女たちからも攻め切れていない。

 

(本来の自分(彼女)の実力はこんなものではないはずなのに! 自分(僕たち)の所為でこの程度しか力を発揮できないなんて!)

 

 再び少女は愚痴る。自分たちの力を合わせて一人の人間に勝てないなんて、と。

 お互いの状況は互角。

 いや、おそらくはミックの方が勝っているだろう。

 二人の力はどちらかといえば、初見殺しに分類される。

 少女以外のもう一人の少女(彼女)と、生み出される幻影によって、対応させる間もなく二人の力によって敵を速攻撃破するというのが彼女たちのスタイルだった。

 しかし、彼女たちの今までの戦いを通用するわけないと、はねのけたのがミックだった。

 【救命のブローチ】による初撃奇襲の失敗。

〈エンブリオ〉による死角からの攻撃の不発。

特典武具による高ステータスによる自分たちの不足。

 それらによって、彼女たちの初見殺しがミックに届かず、幾つかの初撃を凌ぎきり、既知の攻撃へとかえた。

 初見殺しと言うのは、呼んで字の如く、最初でのみ高い効果が発揮される。

 既知であるならば、多少の攻撃によってたおれるミックではない。

そのまま、二人の攻撃をいまだに凌ぎ続けている。

 凌ぎ続けながら、反撃を時折行っていて、このままならあと数時間あれば押し切れるという状態ではあるが、ミックはそれに喜ぶことはできない。

 

 (やばいな、今どんぐらい時間がたっている?)

 

 ミックとしては、はやく二人を倒して先に進みたい。さすがに放置したら、どうなるかわからないし自分とかならともかく、レオンあたりがこの少女ふたりと闘う羽目になったら倒されてしまうだろう。

 だが、悠長にしている時間もない。それはさらわれてしまった皇女を助けなくてはならないからであり、他の仲間が未だに戦っているだろうからだ。ミックがいまここで安全策をとりながらのんびりと闘うなんてことは、その二つを切り捨てることにつながる。

 故にミックは、時間をかけずに戦うと決めた。

 

 (全て出して、片方を速攻撃破。それしかねぇな。よし、そうと決めたなら)

 

 ミックが後ろへ跳ぶ。

 高いAGIやSTRを元にしたバックジャンプは、彼の望み通りに遥か後方まで一息に移動することに成功する。

 それは退却ではない。戦うと決めた以上、ミックが退いたのは次の手に繋げるため。

 煙幕の中という、地の不利を払うため、影響下にないただの暗闇に移り、再び《暗視》スキルを起動させながら、『腕』を起動させる。

 その腕の名は【竜腕ハイ・ドラグ・ライトニング】。ミックが持つ切り札の一つにして、勝利をつかむための栄光の竜腕。

 

 「「え?」」

 「「此処で退く? って、やばい! 幻のナジュム(サラヴ)気をつけて! あいつの狙いはおそらく……」」

 「少し遅いぜ! 《瞬間装着》」

 

 一人の少女が疑問を浮かべ、もう一人の少女がミックの行動の意味に気付く。

 気付いた方……“幻のナジュム(サラヴ)”はそうはさせるかと、ミックの邪魔をするために近寄ろうとする。

 しかし――それよりもミックの方が早い。

 ミックは複数の配下強化スキルを《ブラッド・アビリティ》共々併用しながら、《瞬間装着》を使い、一つの武器を手に取る。

 手に取った武器は、【大風扇】とよばれる身の丈ほどの大きさのうちわ。もっともただのうちわではなく、黄河産の伝来品でその価格は云十万もする高価な物。

 武器でありながら、殺傷能力を持たないすこし変わった特性を持つただのアイテムともいえる。

 そんなものを取り出したからには、これをつかって戦おうとしたわけではない。これは、戦いやすくするための道を造り出すための物だ。

 ミックが【竜腕】をもって【大風扇】を振りかぶる。

 そして、扇というアイテムの本来の使用方法通りに凪いで、全力で仰ぐ。それこそが、この【大風扇】の特性。使用者のSTRに比例した、風を一定時間発生させ続けるというもの。

 本来、普通の人間が扱っても、ただ涼む程度の物でしかないが、これを【竜腕】という純竜級のステータスを加算されたミックが振るえば、それは全てを吹き飛ばす豪風となりうる。

 もちろんこれはただの風。どれだけ強くても、敵を倒すほどの力はない。………一応十万以上のSTRをもってすれば、敵を倒すことも不可能ではないかもしれないが、それだけの(STR)をもつものなどそうはいないし、なによりこのアイテムの耐久力が足りないので考えるだけ無駄だろう。

 だから活用の仕方は――煙を吹き飛ばすこと。

 そして、

 

 「えっ?」

 「申しわけありませんっ!」

 「やっぱり……!」

 「《スケイプ・ゴート》すべて吹き飛ばされました!」

 「なっ!」

 

 この場に響いたのは五者五様の声(・・・・・・)

 ミックと二人の少女(サラヴとアスワド)と、そしてさらに二人のナジュム(・・・・)

 ミックはこの状況に驚き、四人の少女はばれてしまったことを悔やむ。

 無理もないかもしれない、二人の少女が同じ顔・同じ声・同じステータスであったのに、さらに全くおなじ顔の少女が二人も追加されたのだから。

 だが、ここで驚いてばかりでは、決闘ランカーとは言えない。たとえ理屈がわからなくても、敵を豪風によって行動不能にしたことに変わりはないのだ。

 

 (意味は相変わらずわからねぇが、どっちみちやることは変わんない……か! どっちみち時間はそんなにないしな)

 

 暗闇に吹く風に乗るように、ミックは全力で走る。

 手にもつ【大風扇】はもういらないと投げ捨てて、【竜腕】に一振りの剣を握る。

 煙から抜け出たことによって、スキル強化を《看破》と《鑑定眼》と《暗視》のみに切り替えながら、四人の少女を見る。

 この場において、ステータスを上げるスキルも、戦闘を補助するスキルも使用しなかった理由は簡単だ。それはもうそんなものをつかう必要性がいないから。もうこのあとひつようなジョブスキルは存在しない。

 だから、あくまでも情報を少しでも得ようと、ミックは三種のスキルを発動させ………、そして残念ながら思惑通りにはいかなかった。

 それによって映るのは、ほとんど変わらぬ似たようなもの。二人の少女に加えて、さらに追加された二人ともの容姿・性能が似通っている。

容姿は褐色白髪と言う二人の〈マスター(少女)〉とは衣装がすこし異なる以外は〈マスター(少女)〉たちとおなじ。ステータスこそ少し異なっているが、それは二人の〈エンブリオ〉による些細な違いだろう。

 幻の〈エンブリオ〉が周囲にいる人類範疇生物のステータスをコピーした【ドッペルゲンガー】を生み出すことに特化し。

 黒の〈エンブリオ〉は、ある程度のステータスをもつ黒い兵隊を生み出すことができるスキルを保有する、女性型のガードナーという特性を持つ。

 これによってできるのは、どちらもおなじ全く同じ名前を持つ女性体を生み出すという事象(コト)。たった一人の〈マスター〉の力だけで一組の少女となりたいと、なんの偶然か同様に願われたパーソナルを反映された結果生み出された二組にして四人の少女たち。

 同類………同じこと(ロール)を願った同士に出会ったために、その〈エンブリオ〉の力を隠して、ペアで組むこととなったのだった。

 そしてお互いの奇跡の出会いを経てから、彼女たちは今までずっと死して別れることなく、共に行動を共にし続けて………ここに最初の最期を迎える事になる。

 

 「「だめっ!! 動けないー」」

 

 一組にしてひとりの〈マスター〉と〈エンブリオ〉である(アスワド)が、復唱による残響を伴った声をあげる。

 その言葉を聞きながら、ミックは風に乗ったまま、本来の右手で腰につけられた自分の〈エンブリオ〉である金貨から伸びるチェーンを外し、そのまま右手で手に持ちながら、紫電を纏う。

 暗く先が見えぬ静寂が包んでいたはずの迷宮通路を、電荷の移動による宙を裂く雷の音を奏でながら、雷光によって周囲を明るく照らす。

 迷宮内と言う、天から続かない閉鎖空間に雷雲は発生しない。ゆえにこれは自然的な物ではなく、当然人為的な物である。そしてその発現地点はミックと重なる場所。

 しかしミックが雷を放っている訳ではなく、その電源は彼が背負っている背嚢から生えている一本の【竜腕】。

生前雷を使う事を得意としていた純竜級の天竜である、【ハイ・ライトニング・ドラゴン】の完全遺骸を素材としたこの【竜腕】には、他の腕と違って一つのスキルを保有している。

 それが《限定解放》と呼ばれる、素材の力を一時的に開放するためのスキル。戦闘時に発動することができるアクティブスキルではなく、非戦闘時でさえミックが右手に着けている【ジュエル】に入れていなければ常時発動してしまうパッシブスキルであり、【竜腕ハイ・ドラグ・ライトニング】の《限定解放》の効果は、【竜腕】自身に継続ダメージが発生する代わりに腕に雷を纏わせ続けさらにステータスを倍加させつづける。

 HPが持続的に減り続ける為に【竜腕】を使える時間はそう長くなく、時間限界はおよそ一分。死んでしまうその前に【ジュエル】の機能によって【ジュエル】内に戻されるので、【竜腕ハイ・ドラグ・ライトニング】を使えるのはその間だけだ。しかし、タイムリミットというデメリットに比例して、この【竜腕】の性能は高い。

 

 (まずは一人……! 確実に止める!!)

 

 敵を狙い定める。

 あたりは半分、狙うべきはひとつ。

 〈エンブリオ〉を倒す必要も、相手にする必要さえもない。どちらの〈エンブリオ〉も動けずスキルも使えず、〈マスター〉が死ねばおのずと消えうせるのだから。

 ゆえに狙うべきは〈マスター〉である。それも、二人の〈マスター〉のどちらでもいいというわけでもない。最初に倒すのはどちらでもいいが、どちらか片方を足止めすると言うのなら止めるべきは決まっている。

 

 ミックは手に持ったメダルを投げつける。

 それは《獣心憑依》によって高まったステータスと、暴風による追い風によってミックの走る速度よりもなお速く敵に向かって飛び………敵の喉元に巻き付き接触し、

 

 「《精を奪い、才を与えよう(ギフト)》」

 

 そしてミックは切り札の発声を行う。

 与える才能は敵の一切の攻撃手段を奪う《ペンは剣より強し》、与える相手は入れ替わることができるスキルを持っていそうな相手――〈幻のナジュム(サラヴ)〉。

 こちらの攻撃を無為にできるスキルを有していると分っている以上、そちらを封じるしかない。もし失敗してしまえば、終了のわからない追いかけっこに終始するしか敵を倒す方法は無くなるだろう。

 だから狙うべきは一つ。4人の少女の中から幻の〈マスター〉を狙わなければならない

 全くのランダムでこそないものの、彼の勘に頼る部分も大きい。

 そしてその結果はというと………大成功だ。

 

 (封じられた!? ってことはヤバい………彼が失敗するのを期待するのは無意味だよね? これで終わりかな……)

 

 〈幻のナジュム(サラヴ)〉は己の死期を、そしてナジュムの終わりを悟る。

 もうひとりの自分(アスワド)とは、出会い友にして【共有者(パートナー)】となった時から、お互いのスペック全てを打ち明けて情報を共有している。

 お互いにこの状況でどうにか出来る方法は持ち合わせていない。

 

 ミックは相手の様子にこちらの狙いが成功したのだろうと気付き、シメ(・・)を行う。

 風を受けて高速で進む身体のままにもうひとりの〈マスター〉――〈黒のナジュム(アスワド)〉に近づき【竜腕】に握った剣を振るう。

 稲光を発しながら、放たれた暗闇への一閃は、胴と頭を分断し蘇生猶予さえなく、少女はすぐさま光の塵となり、同時にもう一人の少女――〈エンブリオ〉も消えうせる。

 それによって、一組の〈マスター〉を倒したことを確信でき、そのまま次の相手に向かう。

 敵を斬り伏せた勢いのままに、風によって動きを封じられ〈精を奪い、才を与えよう(ギフト)〉によって攻撃を封じられたもう一人の少女に向けて、剣を返す。

 当然、斬りかかられた彼女に攻撃をかわすことなど出来るはずもない。

 剣はそのまま次の攻撃へと転じて、少女の肩口に刃先が食い込み、

 

 「「がっぁ!」」

 

 少女の断末魔とともに、剣が胸元を通り尾骨を抜けて逆袈裟に通る。

 これで生きてはいられない。【救命のブローチ】等も彼女たちは持ち合わせていない。

 その一撃は確実に彼女のHPを削りきり、多少の猶予の後、光の塵へと変えていく。

 装備させれらていた人間が死んで消えていったことで、首に巻きつかされていた〈エンブリオ〉である【才金貨リャナンシー】が宙に投げ出されて、地面に落ちようとするのを、ミックは腕の一本を使って受け止め、すぐさま新しく《暗視》を発動しなおす。

 

 「ふぅ」

 

 溜息を吐きだしながら、顔と眼を左右に揺らしてミックは周囲を観察する。

 彼以外の生きている人間は周囲に一人もおらず、あたりを暗闇と静寂が包んでいる。

 一応、まだ終わっていない可能性も考えて、ミックはいまだに剣を構え続けていたが、どうやらもう一人もいないだろうと、剣を下ろして構えを解く。

 構えを解くのと同時に、背嚢から出していた【竜腕】を含む、4本の腕すべてを【ジュエル】に戻す。ミックは【竜腕】のHPを確認し、そのHPが結構危険域に近づいていたことに気がつき、「ギリギリだったな」と思いながら再び息を吐く。

 

 「勝てたみたいだな………。っていっても、のんびりしているわけにはいかないな。まだ朱紗皇女がさらわれたままだしな」

 

 二対一という激戦をくぐりぬけ、座り込んで休みたいと言う欲求をかぶりを振って払い、立ったまま次の戦いへ進もうと、足をのばし………そして一つの変化に気付く。

 

 

 

 その変化は音。

 静かで彼の吐息の音しか響いていなかったはずの、この暗闇内に新しく響き始めた一つの音。

 それはまるで遠雷のように、彼方から届き轟く空を裂く音。

 そして時を経るごとに、大きく近くなっていく嵐のような暴虐。

 ミックはその音を聞き、身体に残る疲れを振り払うように、再びアイテムボックスから剣を取り出して装備する。

 

 (なんだ、こいつは!? この音は……まさか、戦っているのか?)

 

 ミックは近づいてくる音が破壊音だと気付く。

 岩を壁を地面を砕きながら進む、破壊者によるもの。

 それから逃げているのか、もしくは戦っているのか、少しずつ近づいてくる音はやがて鼓膜さえも破壊するかのような大きな音となる。

 音が大きくなり、どんどん近付き、それが最大点に到達する時、暗闇が終わり晴れる。

 迷宮となっていた地下通路の壁が砕け落ち、そこから大きな影が一つと、小さな影が四つ飛び出し、五つの影が飛び出してくるのと同時に、そこから明かりが迷宮内中に広がっていく。

 その明かりは、一つの小さい影……キャロル・キャロライナ・キャロラインによって点けられた光属性魔法によるもの。そう当然、小さい四つの影はすべてミックのよく知る人間によるものだ。

 しかし、大きな影はミックが知らず、だが知ることもある怪物。

 

 「〈UBM〉だって……?!」

 そうそれはこの世界に唯一と定められた怪物。ミックが出会う三体目の強敵。

 

 戦いはいまだに続いて行く……

 

 

To be continued

 






余談:二人のエンブリオ
【幻想霊帯 ドッペルゲンガー】
Type:テリトリー
スキル1《アナザー・パーソンズ・オブ・ワンセルフ》
     自己投影スキル。自分(マスター)の投影体を召喚する。召喚できる範囲はテリトリー領域内ならどこでも(100メテルくらい)。投影はステータスだけでなく、ジョブや装備なんかもコピーする。

(=○π○=)<幻のナジュムの〈エンブリオ〉。

(=○π○=)<今のところ一つしかスキルがないけど、それは完成体(必殺)を見越した進化な為。

(=○π○=)<ステータスだけならともかく、ジョブスキルや装備も含める為にリソースを多く使う必要があったため、第4形態でも未だにこの程度が限界。

(=○π○=)<敵のコピーやプラスアルファは(まだ)できない。


【豊饒黒羊樹 シュブ=ニグラス】
Type:レギオン・ガーディアン
スキル1:《黒の幻影》
     黒い羊の執事の戦闘員を複数呼び出すことができる。ステータスは呼び出す数による、最大10体まで呼び出せるが、呼び出す数が多いほどステータスは低くなる。だいたいいつも3体くらいにおさえている(大体通常のれべる50ティアンと同じ程度)
 
スキル2:《黒羊樹胎》
     詳しい説明は省くと、自分と黒羊との位置を入れ替える《キャスリング》。

スキル3以降:ないしょ。

(=○π○=)<黒のナジュムの〈エンブリオ〉

(=○π○=)<いろんなスキルがくっついているタイプ。メインはガーディアン体(ナジュムに似た姿の少女)で、そっから黒い羊を産んでいる。


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第22話 迷宮の怪物・序 【星喰餓機獣スターヴ】

第22話 【星喰餓機獣スターヴ】

 

□【賢者】 キャロル・キャロライナ・キャロライン

 

 ――私たちの前に蒼雷を纏う化け物がそびえたつ。

 

 「なんだい、あれは……」

 

 近くにいるアンジェラから戸惑いの声が聞こえる。

 その言葉に対し、アンジェラの方を振り向かない。振り向く余裕なんてない。

 それは、アンジェラが発した戸惑いの理由がわかるからだ。

 私が使用した光を灯す魔法によって、この暗闇の迷宮内にできた光源が周囲を明るく照らされていて、その中に浮かぶ一体の強大なモンスター。

 幅は10メテル、高さは20メテルはあろうかという、地下にしては広大な通路なはずなのに、私たちの前にそびえたつモンスターはなお巨体を誇示できるほどの大きさを誇っている。

 目算で横は7メテル、高さは12メテルと言ったところか。長身と言うわけではなく、どちらかと言うと球体系のモンスターや、デフォルメされた2等身キャラに近いかもしれない。もっとも、私たちの前にいるコイツは、そういった類い(キャラ)によくある、可愛さだとか、愛嬌のよさだとか、弱々しさだとか、そんなものを一切感じさせる気がなさそうな化けものだが。

 そいつ(ばけもの)は牛の様な顔から見える小さくも赤く妖しく輝く眼球のようなものでこちらを見下ろしながら、2等身キャラにありがちな巨大な足で地面に転がる機械の軍勢の亡骸を踏み砕き、これまた大きな口で迷宮の壁をおやつのように噛み砕き、悠々とこちらに近づいてきている。

 その身体は生物的な物ではなく、金属の走行を纏い、呼吸というものをしていないように見える。おそらくこいつも機械。

 そして、あいつの頭に浮かぶモンスターの表記。ただのモンスター名の表記ではなく、ある種のモンスターがもつ特有の命名によってつけられたモンスター名。

 【星喰餓機獣スターヴ】。それは〈UBM〉特有の表記。強大であり異質な、規格外の怪物(モンスター)

 一秒に満たないだろう敵の観察を終えるのと同時に、アンジェラが口を開く。

 

 「っは! あいつらの親玉って所かねぇ? 子分がやられて怒ってやって来たってわけかい?」

 

 いや、そうじゃないだろう。アンジェラが目の前のモンスターに対してだした感想に、心の中で異議を唱える。

 たしかにあのモンスターと、私たちが倒して(こわして)きた機械の軍勢は似ている所も多い。

 似ている所は、同じ機械であると言うと所。機械をベースにして生み出された………否、改造されて造られたモンスターだ。

 その側面のみで見てみれば、確かに親玉と見る事もできる。しかし、このモンスターと機械の軍勢、この二つはあまりにも運用方法の差が大きい。

 かたや、単体で暴れまわり戦場を荒らしまわる一騎当千の暴れ牛。

 かたや、集団で敵を追い詰め戦術と数の暴力によって強者に勝つための兵隊。

 全く違う、この二つを両立させないだろう。軍団の将が一騎当千の力を持つのは分る。

 だが、異種混合とするには、あまりにも一騎の力と、軍団の力……いや、その二つの力の種類がかけ離れている気がする。

 同じ機械であるという共通点を無視できるほどに、種類がかけ離れているという点が、二つを全く別物だと私に理解させている。

 あいつの扱う力の種類にしろ、あいつの性質にしろ……だ。

 もっともあの化け物が「機械の軍勢の頭ではない」ということは、戦う上で必要な情報ではないので、いちいちアンジェラに訂正したりはしないが。

 いまするべきことは一つ、

 

 「A・D・A(エーダ)、武器の在庫は☆余っているのですかー?」

 「……それは止めてって……いや、いま言うべきことじゃないね。残念ながらそんなにないさね、昼の狩りで使いすぎた。補充せずにこっちに来ちまったからねぇ。そういうあんたの方こそ、“青”はどんだけのこっているんだい?」

 「………残念ですけど、こっちも☆空っぽなのですよー」

 

 戦力の確認である。

 お互いがどれだけの戦力を残しているか、それを確認せずしてあれをどうにかする方法を見つける事ができない。

 出来ないのだが………これはきついな。

 お互いに戦力をほとんど残していないとは。それほどに昼の戦いで結構大判ぶるいしてしまったようだな………どちらも。ミックがいない分、私やアンジェラが攻撃をしなければならない比率は高まってしまうから、ある意味当然の帰結と言うやつか。

 ならどうするか……って、危ない!

 

 「キャロル!」

 

 アンジェラの悲鳴じみた注意の声を聞きながら、私は全力で横に跳ぶ。

 跳んだ理由は、正面から突進して来た一体の怪物のせい。

 高速で、身体からほとばしる雷を周囲にまき散らしながら、こっちに向かってくる〈UBM〉の攻撃……というよりかは、捕食から逃れるためだ。

 怪物は大きな口を開けて、青く光り輝く牙をこちらに見せつけて、私の横を通り過ぎ、そして私がたっていた場所にその牙が突き立てられる。

 ――その牙は地面(せかい)を砕き、その顎は迷宮(せかい)を喰らう。

 機械の身体に食べ物なんていらないだろうに、わざわざ食事として取り込む理由があるのだろうか? おそらくはこの怪物の固有スキルに関係するんだろうが。

 にしても、面倒だ。もうすこし様子見してくれていればよかったんだが、そんなにあまくはないか。私たちをただの(オブジェクト)としてではなく、きっちりと(しょくざい)として見てくれているらしい。全く嬉しくないがな!

 とりあえずは、攻撃してみようか。もしかしたら相性が良くて通用する可能性もある。さて、攻撃は通用するかな――アンジェラの攻撃は!

 

 「《シルバー・ブレット》起動! 《モード・バースト》……吹き飛びなぁ!」

 

 私がアンジェラに視線を送り、アンジェラがそれに気付くのと同時に、彼女は頭を軽く縦に降り、了承を示す頷きを返してアイテムボックスから一丁の銃を取り出し、敵に向かって撃った。

 この狭い迷宮内でなら避ける事は不可能だろう。そう思った私の想像通りに、アンジェラが手に持つ銃から放たれた一発の銀の銃弾は、一直線に進み敵の鋼の装甲にぶつかり、そして爆発する。

 アンジェラの〈エンブリオ〉によって付け加える事ができるスキルの一つ、《シルバー・ブレット》は銃弾に幾つかの特殊効果の内、ひとつを付け加えることができるスキルであり、今回使ったのはその内の一つ。

 《モード・バースト(爆弾化)》は銃弾を爆弾へと変化させて、敵にぶつかった時点で銃弾に込められた魔力を解き放ち爆破させるというもの。その威力は亜竜級にさえも結構なダメージを与える事ができるのだが………

 

 「まるで効いてないねぇ」

 「どんな装甲☆してんですかー! これでHP全く減らさないって、どんだけ守り硬いのか………END一万超えてるっぽいね☆」

 「もしくは、なんかのスキルで防いでいるか……だね! 《シルバー・バレット》起動、《モード・ピアッシング》!」

 

 ああ、その可能性もあったな。

 アンジェラが今度は、貫通特化の銃弾を放つが、それも効いていないようだ。

 【工兵】の上級職は条件がそろわなくて未だに就くことができていないという事だが、それでも下級までのバフと《シルバー・バレット》も加わり、一ダメージさえも与えられない相手なんて見たことがない。前にあった奴は性能が高いタイプじゃなかったしな。

 

 「これも通用しないのかい……、対魔獣特化弾(モード・アンチビースト)は意味なさそうだしねぇ。仕方ない全部出し切るよ! 《シルバー・バレット》起動、《モード・バースト》」

 

 アンジェラは怪物の動きに注意しながら、てにもつ銃を分解し、銀の力が宿った銃弾を吐き出す(・・・・・・・)

 さらにアンジェラは地面に映る黄金の波紋からもう一丁の銃を取り出し、取りだした銀の銃弾を込めて狙いを定めようとしている。

 おそらくあれがいまのアンジェラに出来る最大の攻撃だろう。アンジェラが今使える銃のリストがどうなっているかは知らないが、あのコンボに関しては見覚えがある。

 いまはまだ、わたしが戦うわけにはいかないが、それでも怪物の動きを止め、弱らせることくらいならできる。

 

 「――さあさあ、祈り(近づき)ましょう、願い(近づき)ましょう!

  ――私はこっち(世界)、あなたはあっち(根源)

  ――繋げましょう、私たちの(えにし)

  ――繋げましょう、私たちの契約(えにし)

  ――あなたはだあれ? わたしはだあれ?

  ――わたしはキャロル。あなたを導くもの。

  ――あなたは魔法。世界を変える奇跡なり」

 

 詠唱を唱える。詠唱を重ねながら、魔力を込める。

 使うのはただの地属性下級拘束魔法。

 だが、相応の魔力を込めて放つ魔法だ。あの怪物でも多少留めておくことはできるだろう。

 アンジェラは準備が完全に終了し、既に銃を敵に向けて構えている。

 〈UBM〉は周囲の壁や地面を貪りながら、蒼雷を纏いながらアンジェラに向けて突撃している。

――速いな。

 硬いだけでなく、かなり速い。おそらくSTRさえも高い。

 このままではアンジェラがあの怪物に押しつぶされるか、喰われてしまう。あの銃弾で一撃で倒すことができれば問題がないが、さすがにそれは楽観視と言うものだろう。

 おそらくあれでは倒せない。だからここで足止めをしなくてはならない。

 

 「それ以上進ませはしないよ☆――《ボトムレス・ピッド》」

 

 この魔法によって地面を沈める。

 怪物が今踏み出した足場を対象に、魔法を使い地面を陥没させて埋める。

 これによって怪物の下半身が地面に埋もれ、しばらくの間行動できないだろう。

 これなら!

 

 「アンジェラ!」

 「わかってるさね! 《ゴールド・ラッシュ》」

 

 アンジェラが引き金を引く。

 それによって放たれるのは、一発の弾丸。

 《シルバー・バレット》によって制作された銃弾を、《ゴールド・ラッシュ》によって強化された銃に込めて放つ、アンジェラの最強の攻撃。

 これならば、と思い託して放たれた銃弾は、怪物の身体に当たり、そして爆発する。

 爆発によって、この迷宮内の通路を煙が埋め尽くし、光をかき消し再び暗闇に包まれる。

 最初の《ゴールド・ラッシュ》を含まない一撃より、遥かに強力でそして煙たい。

 手を口に当てて煙を吸い込まないようにしていたが、アンジェラはどうやら少し吸い込んでしまったらしい。ごほごほと咳をしながら、洒落にならないことを口にする。

 

 「やったかい!」

 

 わざとなのか?

 いや、アンジェラの性格上、素だな。

 まあ、一応突っ込んでおくか。

 

 「いや☆それフラグなのです………って、やっぱりそうですよねー」

 

 ああ、やっぱりそうだろうと思ったが、やはり生きてたか。

 爆煙が消えて晴れていく中で、今だ変わらずに怪物がたっていた。

 しかも……

 

 「なっ無傷………かい!?」

 

 まったく傷ついていない。いや……、少し煤けてはいるし、放射線状に罅も入っている。だがダメージをほとんど受けているようには見えない。精々HPバーが1・2センチ程削れているかどうかといったところか。

 これは厳しいな。これをあと百回ほど繰り返してくれれば勝てるだろうが………アンジェラの方を一瞥すると、彼女は軽く頭を横に振る。同じことを繰り返すことはできないという返事だな。元々、そこまで改造済みの武器が少ない上に、武器を速攻で消費しまくる二つの改造スキルを併用していけば、武器湖(ぶきこ)の底がすぐ見えるようになるのは明らかでしかない。

 アンジェラの金銀コンボ以外で、あの怪物を倒せるとしたら、おそらく私たちの手札の中で、あれを超えられるのは《アルカンシェル》くらいか……。

 私たち以外であの怪物の防御を超えられそうな手札を持っているとしたら、ミックと……あとはローガン位か。攻撃能力がまるでないレオンは論外、桜火は十時間くらい踊り続けないと無理だろう、ブルーノは性能が平均的に高いがそこ止まり、そしてティアンの三人の実力は未知数。あの二人の最大もどれほど有効かわからないし、正直いろいろこの状況は厳しいな。

 とりあえずここは時間を稼がなくて………

 

 「しまっ!」

 

 目の前に怪物が迫る。

 《ボトムレス・ピッド》による足止めが、いつの間にか終わってしまっていたらしい。

 いくら下級魔法とはいえ、それなりに魔力を込めていて、まだ拘束していられる余裕はあると思っていたんだが、予想以上に穴が小さく………そして敵がもっと強かったという事だろう。

 半身が埋まっていたはずのコンクリートの地面を、力づくで壊しながら小さく大きい足を進めながら、怪物は大きな口を開けて駆動音か排気音か、まるで咆哮の様な大きな声を上げてこちらに向かってきている。

 

 「キャロル!」

 

 アンジェラが銃で支援してくれているが、怪物はまったくこらえた様子がない。《ゴールド・ラッシュ》も《シルバー・バレット》も使わなければ、そこらの店売りの銃では傷一つつかないみたいだ。

 私が魔法で反撃するとしても、あの《ボトムレス・ピッド》で動きを止められなかった以上、生半可な魔法が効くとは思えない。ここは逃げ一択だな。

 

 「――我が身体に満ちよ、世界の魔力。」

  ――星の意思を満たせ、身体の………」

 「ちょっとお! あんたこんな状況でも魔法の詠唱しようとするの、やめぇ!」

 

 これは私の自由(ジャスティス)なんだ!

 邪魔してくれるなよな!

 怪物の捕食を横に跳んでやり過ごしながら、呪文の《詠唱》を続けながら魔力を魔法に込め続ける。

 この程度でやめちゃ話しにならない(意味がない)

 

 「――世界をつかむ力を!

  ――満たせ、満ちよ、満ち足りよ。

  ――これが………あっ、だめだこれ」

 

 私の近くで爆発が起こる。

 爆発が起きた原因は、怪物が地面を食べたことによって発生していた。

 大した爆発じゃない。威力は低いし、爆発の範囲も影響も小さい。だが、それでも……私の姿勢を崩し、身体を地面に寝かせる事ができるだけの(爆風)はあった。

 私が使おうとしていたのは地属性系統の強化魔法。この姿勢が崩された状況では、使っても意味がない。

 アンジェラも私を助けようと、銃を怪物に向けて撃ちまくっているが、それでタゲがとれることも、ひるませることもできていない。

 怪物は通路を食べながら、手を上げる。二頭身キャラでありながら、大きく太い腕を。

 武器を持っているわけではないが、それでもあの怪物のステータスで、あの大きさの腕で全力で殴られたら………

 だめ………だったか。私は私の死期を悟る。私が死ねば、次はアンジェラが一人で戦う羽目になるだろう。だが、私のサポートなしで、アンジェラがどれだけ持ちこたえる事ができるだろうか?

 アンジェラに対して申しわけないと思うのと同時に、走馬灯のように世界が遅くなる。当然、AGIが速くなったわけではないが、感覚として世界を遅くしている。

 手がゆっくりと、だが確かな速さと威力をもって、私を殺すために手が降りてくる。

 そして手が中ほどまで降りてきて、

 

 ―――どこからともなく、一匹の蛇がその腕をからめ捕る。

 

 その炎の蛇は、怪物の腕に巻き付き、降りてくるのを邪魔をしている。

 炎の蛇を操っている主は、怪物の向こう側な為、見る事ができないが確かめるまでもない。あれは、私が知っているものだ。

 丁度いい時に助けてくれた彼女(桜火)に感謝しながら、私は身体を動かしながら魔法を完成させる。炎の蛇はあくまであの腕を一時的に止めただけにすぎないからな。私の知る耐久値から逆算するに、あれが腕を止めていられる時間はあと三秒と言ったところだろう。だから、それまでに避けなければならない。助けてくれたのに、むざむざと油断して死ぬことほど馬鹿らしいこともないからな。

 魔法も問題ない。あの状況でも、魔法を途切れさせることも《詠唱》を途切れさせることもしていない。いくら死が迫っていても、そこは途切れさせてはいない。

 途中でうっかり変な言葉が入ってしまったが、まあそこは許容範囲だろう。そうおもっとく。

 

 「――我が身は鋼。我が身体は金剛。

  ――我が身は燕。我が身体は疾風。

  ――星の魔力(ちから)よ、我に英雄の器を」

 

 詠唱を続ける。十二分に長い詠唱を持って威力(性能)を高める。

 自分にできる最速で、身体を起こしクラウチングスタートのような体勢になる。スピードを出すための足場はないが、それを望める状況でもないな。

 足に力を込めて、全力で地面を蹴るのと同時に、魔法を行使する。

 

 「《ガイア・フォース》」

 

 私に力がみなぎる。私が現段階で行使できる最大の性能を持った強化魔法は、私のステータスを一段階も二段階も押しあげ、戦闘系上級職を超えるステータスを短期間だが実現させる。

 そして、高まった力を存分に振るい、怪物の文字通り魔の手から逃れ数十メテル離れた場所まで移動しておく。

 移動する最中に、背後から物凄い破砕音が聞こえてきたが、やはりあの炎の蛇の呪縛から抜け出て、そのまま私がたっていた地面を砕いたのだろう。

 あれだけの威力、おそらく強化魔法を使っていたとしても、一撃で死んでいた………。もしよしんば死ななくても、重傷であったことは間違いない。

 助かった。という思いを息とともに吐き出しながら、助けてくれた蛇の主を見やる。

 そこにいたのは当然桜火。彼女も私を助ける事ができたからか、ほっとしたような表情をしている。

 救援に来てくれた彼女を見て、「来てくれたか」という安堵とともに、「彼女だけか」という落胆も心の内に抱いてしまう。彼女も彼女で戦いの果てに此処まで来てくれたのだろうに、そう思ってしまう自分の型式通りの思考回路に苛立ちを覚える。やはり、私では彼女たちのようには………いや、まだ始まったばかりだ。

 悪いこと、変なことを、この状況で考えるのはよくないことだな。

 

 思考を変えよう。

 

 敵は強大な怪物である〈UBM〉。

 性能の型にはめるとしたら、おそらく相手は伝説級上位か古代伝説級下位といったところか。伝説級の性能はミックに聞いたことがあるし、古代伝説級の性能に関しても二カ月近く続いてきたデンドロに流れる情報から類推するにある程度の性能を思い浮かべる事ができる。

 形式の型にはめるとしたら、おそらく純粋性能型。もしかしたらと、他に〈UBM〉らしい理不尽なスキルを保有しているかどうかと観察してみていたが、あの怪物の防御能力の高さは特殊なスキルによる無効化・遮断ではなく、単純なまでの防御力(END)の高さゆえの硬さ。

硬さをたたき出す、手品の種もわかっている。

 種がわかった理由は私も同様の手法を使ったからであり、あの怪物に流れる力を魔力を感じる事ができる幾つかのスキルを使いながら観察していたからだ。

 種の名は、地属性魔法。あれは単純に、膨大な魔力を用いて、あの怪物自身の鉄の身体を純粋に強化しているからだ。方向性としては防御能力(END)優先で、STR・AGI・DEXと優先度が下がっているのだろう。もしAGIあたりがENDと同程度まで強化されていたら、私たち全員反応できずに死んでいたからな。

 膨大な溢れるほどの魔力を湯水のように浪費し、それを肉体強化(ジェット噴射)によってそれなりのステータスを得ている。まるでいまもなお人気の高い、あの指定にRが入っている作品(ゲーム)に登場するアーサー王のようだ。

 問題はあの魔力を捻出している方法。私はあれがそんなに膨大な魔力を保有しているとは思えない。なにせ、いままでにあの怪物が使用しただろう魔力総量を簡単に算出すれば、私たちとの戦闘開始時点からすでに50万近く以上の魔力を吐き出している。伝説級や古代伝説級の特化ステータスなら、それぐらい持っていてもおかしくはないが、だからと言って常時無意味に吐き出し続けるほどではないし、そんなモンスターをわざわざ造るか?という疑問もある。

 百万では全然足りない。一千万あってやっと通常の戦闘をこなせるといった程度か。そんなの割に合わない。モンスター製造において、魔力を千増やすのもそれなりのコストがかかるだろうに、一千万なんてそんなの噂に聞く神話級以上の性能がいる。

 だから、その計算を変化させる式が存在する。

 魔力を生み出し、吐き出し続け、無尽蔵かつ無限の永久機関たる心臓部が。魔力を生産するスキルというのは、私も持っているし(・・・・・・・・)、〈UBM〉が持っていることもまったくおかしくはない。むしろ、第4の状態よりも、あの怪物のスキルの方が性能いいだろうな。

 ただ………常時制限なしで魔力を生み出す私のと違って、おそらくあいつのはコストまたは条件が存在する。あの怪物の行動および名前から類推するに、『星を喰らう』というものが。

 私たち生物が、食事からエネルギーをとりだすのと同様に、おそらくあの怪物は食事から魔力を取り出すのだろう。

 

 ………問題はそれが判って、さてどうするか?だな。

 持久戦は私たちに不利であり、そして利点も存在する。

 いくらでも戦えるあの怪物と、基本的に衰退していくだけの私たち。

 孤立無援の怪物と、待てば助けが来るであろう私たち。

 どちらを取るべきか………いや、此処は待とう。

 このまま全員が助けに来てくれるなら、場合によっては私にとって最良の勝利が得られる。まあ、全員の戦力がどれくらいあるかによるが。

 そうときまれば、

 

 「桜火ちゃん☆無理はしなくていいからね! 今は踊り続けながら敵の妨害をよろしくね☆。 アンジェラは☆緊急時以外は金も銀も使わなくていいよー!」

 

 戦い方を変える。二人にいって、耐久戦に切り替える。

 二人も私の提案を受け入れてくれた。

桜火は敵への攻撃ではなく、敵の足を転ばせたり相手の身体にひっかけたりに戦い方を変更し、スキルは使わずに基本的な踊りと炎を纏った蛇腹剣のみで戦い始め。

アンジェラは時折、散発的に使用していた《ゴールド・ラッシュ》の使用を止め、彼女が持つ拘束弾などの特殊武器に切り替え始めた。

私も妨害用の魔法を幾つか準備する。こういうときは海属性の魔法をもっと使えればとも思えるが、私は天属性メインだったからな。一応地属性もいくつかスキルを上げていて満足に使えるので、少し楽ができるが。

 

怪物はいまだに動き続けているが、それでも対処は出来ている。

これならおそらく後、数分は持ちこたえられるだろう。

だが、私には魔力という限界があり、同様にアンジェラの弾薬の在庫や、桜火の体力という問題もある。

限界が来るまでに、何か手をうたないとな。

 

◇◇◇

 

 「――彼方に星の息吹を! 《アース・ウォール》」

 

 壁を造る。

 迷宮を素材として、怪物を阻む盾とする。

 並大抵の相手ならこれで止まってくれるんだが……、そんな幻想は今は抱かない。魔法を発動させた後、岩の壁を目隠しにしながら、横に移動する。

 そして横に移動し始めた数瞬後に、怪物が岩の壁を捕食しながら破ってきた。やはり幻想だったな。

 再び、魔法を《詠唱》しようとし、

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――」

 

 声にならない咆哮を、怪物が発した。

 

 「っつ。こりゃやばい!」

 「なんですか、これー!!」

 

 アンジェラと桜火が戸惑いの声を上げる。

 最初に戦い始めてから、もう30分近くがたつ。

 あの怪物(猛牛)攻撃(捕食・突進)を《アース・ウォール(赤い布)》でかわせると分ってから、単純なルーチンワークで時間を稼ぐことに成功していた。正確には魔力をもって生み出された物体があれの食事で、それを食べるために他をすべて無視して《アース・ウォール》に突っ込んでいたんだろう。

 戦いがハマッていたおかげで、わたしが《アース・ウォール》に使う分のMPをたびたび【MPポーション】で補充する以外は、とくに消費するものもなく作業ゲーが成功していた。

 あとは、他の仲間がどれだけ早く来てくれるか、ミスってしまえば即死の状況とはいえ、8分近く同じ行動を取り続ける事に飽きが少しずつ来ていたが、その矢先に突然の豹変が起こった。

 怪物が咆哮を上げ、巨大な顔面の真下にある胴と言うにはすこし小さめの本体の装甲がずれ、左右に開いてその中から光る球体が現れた。

 腹の中に現れたあれは心臓(コア)か? 

 一部の〈UBM〉には、ただHPを削るだけではなかなか死なず、コアを破壊しなければいけないタイプも存在すると聞いている。

 だがしかし、なぜわざわざそんなものを露出するのか………

 そう思っていた私の前で、その光る球体が輝き始める。

 輝きは次第に大きく、強くなっていきながら、怪物は天井を見上げながら低く重く唸り続けている。

 あれがなんなのかわからないが。どちらにせよいいものではなさそうだな。

 

 「アンジェラ☆あのきらきら輝くボールを☆砕いちゃってください! 桜火は私と一緒☆あれの妨害しようね!」

 

 みんなに指示を出してから、私も妨害用の呪文を唱え始める。

 

 「――暗く、黒く、昏く」

 

 同時にアンジェラも地面に現れた黄金の波紋から、拳銃を取り出しそれを敵の心臓部に向けて連射する。できれば単発火力の大きいスナイパーライフルなんかの方が良かったが、ここで使わなかったということは、品切れなんだろうな。

 今だ動かない怪物の腹の中に存在する球体に向けて、アンジェラが拳銃を黄金に輝かせて、6発の銃弾を放つ。

 放たれた銃弾は問題なく球体に命中する………が、これでは火力不足か。

 目に見えるダメージは無い。あの怪物の上にうかぶHPゲージは減らず、あの球体に傷も付かない。一応あれでもそこらの下級モンスターならば一発で倒すことができる威力はあるんだが。元々武器としての威力が低い拳銃に、持続型の《ゴールド・ラッシュ》を付与していたせいで、二つが組み合わさって威力がそこまで高くないものに仕上がっている。

 あの球体は弱点ではあるんだろうが、それでも数万オーバーの耐久値(END)はありそうだな。

 もしアンジェラがもつ武器の中でももっとも火力の高い武器による金銀コンボを使えば貫けるかもしれないが………、それは考えても意味がないことか。

 

 「全く効いちゃいないねぇ! どうするのさキャロル?」

 「――あれ☆ほんとに硬いね。桜火ちゃん☆の攻撃も効いていなさそうだしね!」

 

 桜火も踊り続けながら攻撃し続けているが、効いたように見えない。おそらくすでに与えるダメージは1万を超えているだろうに。

 どれだけEND高いんだか。あれで無理だと、ミックでも【竜腕】の時間内に削りきれるかどうかわからんぞ。

 とはいえ、戦い続けることに変わりはない。一人では無理でも複数の〈マスター〉の力を合わせればいいし、私を含めて一人でなんとか出来るのもいる。

 諦める意味はない。

 戦い続ける為に詠唱を続けようとする私をあざ笑うかのように、怪物の腹の内からもれでる光は強くなり続けそして咆哮とともに解き放たれる。

 

 「■■■■■■―――」

 

 腹の内から放たれたのは、5つの光弾。

 それをみて、「なんて無駄な」と思った。あの光の弾丸は魔力を込めてつくられたものだ。

 それもありあまる魔力を無駄に込められている。術式なんて関係なく、そもそも発動する機関さえも持たず、魔力生成機関から造られる魔力を無理矢理に押し出すことで、飛ばされている。

 魔法でさえなく、ただの魔力の塊である魔弾。

もしあれに使われている魔力を私が使用して、似たような結果の魔法を発動したとするならば、おそらくあの10倍の威力で100を超える光の弾丸を造ることができるだろうに。

 

「キャロぅ! あたしはあれの迎撃で構わないさねぇ!?」

「――構わないよ☆ あれすっごい無駄な気するけど☆それでも結構なダメージはありそうだしね☆」

 

アンジェラは「了解」と頷くと、再び拳銃を二つ取りだして、二丁拳銃(ツーハンド)スタイルで怪物が放つ魔弾の迎撃をしている。

魔弾は無駄に込められた魔力量に比例するかのように、動きは遅い。アンジェラの腕で討ち損じる事はないだろう。

しかし……あれでは威力が足りない。一発の魔弾を撃ち落とすのに排出する、薬莢の数は8を超えている。

銃弾(たま)を撃ち終わった後の、銃弾の詰め替えに要する時間を含めれば、効率が悪いといえる。もっとも、効率のいい方法はいまの状況と相反するものだ、だから使うかどうかは………いや、使ったな。

アンジェラは二丁拳銃を黄金色に輝かせて、魔弾の迎撃にでる。これで魔弾を迎撃するのに排出する薬莢の数は2つになった。まだ等倍ではないが、それでも手数を減らせることはDPSにもつながる。いまだ時折吐き出し続ける魔弾は、特有の軌道を持って私たちに襲いかかるが、それをすべてアンジェラが迎撃し、かつ迎撃する必要のない時は、怪物に銃弾を浴びせている。

ダメージはやはりそれほどではないな。拳銃で〈UBM〉に致命的なダメージを与えられるとは思っていなかったが。

いまもなお、桜火が踊り続けながら敵の装甲に向けて、蛇腹剣を突撃させ続けているが、敵の突進を止めさせる以上の成果は出せていない。出せるとしたらあと1時間後当たりだろう。

それにしても………使う機会がないな。あの二人だけだと、すこしばかり望んだ状況にはならないかもしれない………選択ミスったかな?

そう思い始めた私の視界の端に、プラスワンが現れる。それは私の待ち望んでいた援軍。すこしばかり満身創痍な気がしないでもないとはいえ、彼の参戦は私にとっても喜ばしい限りだ。

彼は杖代わりとしていた槍を《投槍》し、その槍は怪物の腹に当たり爆発する。

 

「――は? どういう意味だ?!?」

「ブルーノさん!」

 

桜火が自分の知人の登場に喜んでいる中、私は詠唱こそ途切れさせはしなかったが、RPがはがれてしまうほど一人困惑する。

怪物の腹への攻撃なんて、すでにアンジェラも桜火もしていることだ。

私はしていないが、攻撃スキルなんて使えない以上、試す価値もない。

二人があの怪物の腹へと攻撃を仕掛けた時、その攻撃によって何も起こらなかった(・・・・・・・・・)

だが、ブルーノが仕掛けた攻撃のみ、その攻撃は爆発を誘引した。

二つの違いはなんだろう、と考えるが答えは出ない。もう少し情報があればいいのだが。

 

 だが、まあ………何とかなりそうだな。

 ブルーノは槍を手に、怪物の前に立って戦い始めた。

 彼の〈エンブリオ〉だと聞いている、犬のガードナーがいないのは気になる。もしかしたらコストにしてしまったのか?

 だとしたら今の彼のステータスは脆弱な通常のティアンと同レベルと言う事になる。

 決して戦えるとは思えないのだが……何とか戦えてしまっている。……なるほど、ミックが決闘仲間の中で一番うまいと言っていた意味がわかったぞ。

 このままでも大丈夫だとは思うが、

 「ブルーノ☆そのまま敵の攻撃を引きつけるの頑張ってね!」

 

 一応指示は出しておく。

 ブルーノは「おう」という軽い返事をした後、槍を強く握り締め敵の攻撃をいなし、かわし、上手にさばいている。

 これならば問題ないな……

 

 そう思った私の前で、再び変化が起こる。

 それは怪物の変化。怪物の腹からもれでる光が次第に強くなっていき、そしてそこに赤い色が混じっていく。

 

 「■■■■■■■■■■■■――――」

 

 そしてその色が臨界に達した時、怪物は再び咆哮を上げたのだった。

 

To be continued

 

 



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第23話 そ■は改■■れし■憶

(=○π○=)<奇遇?なことに、僕も風邪でダウンしてしまい、しばらくかけませんでした。遅れてすいません。(それでも10日かかってはいたけど)

(=○π○=)<前回から話は変わってジャックサイドです。

(=○π○=)<ちなみに構成は、序ジャック1ジャック2破ローガン1ローガン2ローガン3急エピローグ123になりそう。もしかしたら変わるかもしれないですけど。

(=○π○=)<ちなみに今日は連続投稿です。


第23話 そ■は改■■れし■憶

 

□■【大戦士】ジャック・バルト

 

 機械の兵隊や、姫様をさらった敵に味方する〈マスター〉との戦いをくぐりぬけ、【偽神(ザ・フェイク)】ルパン・ジ・アシッド殿の案内に導かれて、進んだ先にあったもの。

 それは………

 

 「こ……れ、は……」

 

 壁……だった。

 

 「見事なまでに、行き止まりですね」

 「ええ、ええ。壁ですとも」

 

 そんな!無駄足だったというのか。

 っく、こうしている間にも、姫様がどんな思いをされているのか……

 いや、今こうして悔いている時間さえ惜しい。

 

 「ルパン殿、レオン。仕方がありません、引き返しましょう!」

 「はい、そうですね。ミック達が頑張っているとは思いますが、だからと言って僕たちが無駄な時間を過ごしていいというわけではありませんから」

 「………おや? おやおや?」

 

 踵を返し、来た道を戻ろうとする私とレオンだったが、それをまるでおかしいものを見たというように、ルパン殿が疑問の声をあげ首を傾げた。

 ルパン殿の態度に疑問はあるが、それは戻りながら内容を聞けばいいと、進もうとする私の肩を誰かに掴まれた。あまり時間はないだろうに、ここで時間を浪費されることに、僅かばかりの苛立ちを覚えながら、振り返る。

 どうやら私の肩を掴んでいたのは、レオンだったようだ。

 私は彼に、どうして肩をつかんで、早く戻ろうとするのを邪魔するのか、問いただそうと口を開こうとして、その前にレオンが口を開く。

 

 「まあ、待ってくださいジャックさん。ルパンさんが何か言いたそうですし、効いてあげましょう」

 「む……先に進みながら、話を聞きたかったのですが………。まあ、いいでしょう。それで話となんでしょうか?」

 

 先に進もうとしていた私を、無視されていると感じていたのか、すこし悲しそうにしていたルパン殿だったが、私がちゃんと向いてから声をかけたことで嬉しそうにする。いや、姫様ならともかくあなたのようなアラフィフにそういう風に喜ばれても、こちらにとってはいやなもの以外のなにものでもないのですが。

 心の中に浮かんだ、ルパン殿に対するぶしつけな感想を押しとどめ、彼の言葉を聞く姿勢にする。

 ルパン殿はそんな私の態度を見て、うむうむと満足げにうなずいた後、ルパン殿は行き止まりである壁を手に持つ杖で指して………そして私たちの勘違いを正す。

 

 「いえいえ、ただこの先に道があると言うのに、戻ってしまうと言うので、それはどうなのかな? と思ってしまった次第でして」

 「……どういう事ですか? 見たところただの行き止まりにしか見えませんが」

 「そうか! もしかしてこれは、この地下通路に来るための入口によく採用されている、開く岩壁と同じなのか!」

 「ええ、そういうことです。よくお気づきになりましたね、レオン」

 

 なんだって!

 もう一度行き止まりの壁をあらためて見るが、やはり変わったところがないように見える。

 ルパンは私たちの反応を楽しんだ後、私たちに背を向けて岩壁に向けて歩きだし、岩壁の一部を手に盛った杖で「コンコン」と2度たたく。

 叩かれた場所の石がへこんだかと思うと、岩壁が次々にへこみ地面の下に沈み、やがて人一人が通れるほどの空洞が出来上がった。その空洞の先にはランプではなく電気による明かりがあり、整備されている道を明るく照らしていた。

 

 「なんと、こんな道があったなんて」

 「……こんな隠し通路、知らなかったよ。でも、どうしてだろう?」

 「ふむ。そういえば、レオンも皇都の地下通路の事はご存知でしたかな?」

 「うん。前に受けたクエストの報酬でね? でもこんな通路に関してはまったく知らなかったけど」

 「ほうほう? そんなクエストを受けられたことがあると! ですが、こういった隠し通路の事を知らないとなると、あなた方が受けられたクエストの報酬とは、ずいぶんと古いものだったのですかな?」

 

 ………いや、二人揃って話し合うのは別にかまわないですけど、とりあえず先に進みたいんですが。

 姫様の事が心配ですしね。

 開かれた通路の奥から、入口の所で喋っている二人に「早くいきましょう」と文句を言ったことで、二人も先に進む気になったようだ。

 私の後をついて行きながら、なおもそのクエストの事に就いて話し始めてた。いや、先に進むのなら止める気はないが、もう少し必死になってほしいと少し思ってしまった。

 

 「――それで、やっとのことでボスモンスター倒したら、壁が壊れてそこに迷路の地図が貼ってあったんですよ」

 「なるほど、そんなことが。私もこの地下通路の構造を把握するのには時間がかかったのですが、持つべきものは幸運ですかね?」

 

 本来この地下通路を知る者は、皇国に在籍している者の中でもそうはいないはずなんだけどね?

 この地下通路は皇族の緊急時の避難通路と言うサブの役割も持っている。だからそこまで知られていいものじゃない。

 国に関係ない〈マスター〉と放浪者(いっぱんじん)に、このことが知られていると皇王やその周囲の人間が知ってしまったらどう思うのか。その結果を創造するだけで恐ろしい。

 私は姫様を虐げる皇王やその周囲の人間が嫌いだし、姫様を一緒に巣くってくれる知人を関係や上の人間に突きだそうとするほどこの国に愛着を持ってない。私が姫様の力になろうとするのは、姫様のことが……

 

 「おやおや? これは分かれ道ですかな?」

 「小部屋か、皇都(うえ)で見たことがないような機械が幾つか置いてあるな」

 

 ルパン殿が開いた道をすこし進んだ先に小部屋があり、そこからさらに3つの通路が続いている。

 この小部屋は通路を少し改造したような跡があることから、もともとあったものじゃないんだろう。十字路の中心を無理に広げて機械をおいていったようだ。

 いくつかモニターらしいものと、用途がわからない機械がおいてある。

 

 「なんだ、ここは? いや、まあいい、それでルパン殿? 姫様がいる場所への道はどっちなんですか?」

 「ふむ? すこし探ってみますか………、おや? ああ、どうやらこのまままっすぐ進めば朱紗皇女のもとにたどり着きそうですね」

 

 そうか、このまままっすぐか。

 さあ、いこうと足を進めようとした私を、続くルパン殿の声が止める。

 

 「それと、現状を確認しましたが、のこりはすくないですな。残っている敵は朱紗皇女をさらった【山賊王】とその周りにいる〈マスター〉が数名、それと別の場所で暴れている〈UBM〉が一体ですな」

 「〈UBM〉だって! ばかな、なんでこんな地下通路にそんなものがいるんだ!」

 「どうせ彼らが巻いたんでしょう。敵をモンスターで足止めする。戦い方としてはなにも間違ってはいませんね」

 

 確かにそうかもしれない。だが………

 姫様の事を放っておくわけにはいかない。だが、〈UBM〉を放っておいて皇都に被害が出てほしくもない……

 どうすれば……

 

 「ああ、ちなみに、すでに【山賊王】とはローガンが、〈UBM〉とは残りの〈マスター〉全員で戦っているようですよ?」

 「え?」

 「なに?」

 「このままだとどちらも厳しいでしょう。ここで提案です、別れましょう」

 「ばかな、こんな所で別れるのか!」

 「他に敵がいませんしね、わかれても彼らと合流するまでは安全です」

 

 それは………

 

 「よし、別れましょう。僕はミックたちと合流します。お二人はローガンのところに行ってあげてください」

 

 なに?

 レオンはそういうと走りだす。ルパン殿に道を聞いて、その通りに彼らのもとに向かってく。

 私はそれを見ながら、素早いなとおもった。おそらく、彼はルパン殿の言う通り、別れた方がいいと思ったのだろう。

 その判断力の高さ、速さはすごい。

 

 「ふむふむ、やはり彼が〈UBM〉の方に行くのですな。では我々も………おおーっと! しまった、私としたことが」

 

 レオンを見送った後、ルパン殿がわざとらしい口調でいきなり語る。

 

 「申しわけありません、ジャック殿。どうやら急用が入ってしまいまして、あとはお任せしても構いませんな? いえ、朱紗皇女に関しては心配は無用でしょう! もう解放されました(・・・・・・・)。ローガンは思った以上に活躍していますね。これなら心配はいらないでしょう。もっとも、今だ【山賊王】は健在なので、早く助けに行った方がいいとはおもいますが、ね?」

 

 早口でルパン殿はそんなことをいう。

 その言い分にすこし頭に来てしまうが、だがここでいうことはできない。

 むしろ、この役割は本来私のみの物だ。他の人たちが手を貸してくれるとしても、私がそれを強要することはできない。

 なにより、そんな状況だと言うのなら、口論する時間が惜しい。

 

 「………わかりました。それでは私は先を急ぎますので」

 「ええええ。申しわけありませんね? ですが、あなたはよくやりますね? あなたは弱い。ここにいる全ての存在より弱いでしょう。そんなあなたが超級職という、頂点の一つに挑んでも死んでしまいますよ? あなたをそこまで駆り立てる理由は何です?」

 

 そんなもの決まっている。

 だが、口に出しはしない。言ってはいけないことだし、言う気もない。

 この想いは、墓場まで未来永劫持ち続けると決めている。

 

 答えを拒否するように、私はルパン殿に背を向けて、走りだす。

 私の愛する(・・・)姫様をお助けするために!

 

□■ジャ()ク・バルト

 

 私が姫様にお会いしたのは、幼少の頃。

 私が父に連れられて、皇族の方が開いたパーティーに参加した時のことだ。

 私はそのパーティーで一人の赤ん坊と■■(であ)った。もっとも、あくまで皇族の方々に拝謁した時にちらりと見ただけの事だが。

 今は亡き、第4皇子クリストファー・A・ドライフ殿下と、その妃である東方の国出身の東 夢(あずま ゆめ)殿に抱かれていたのが、私が末永くお仕えすることになる、朱紗姫だった。

 

 私はそこで一目■■(惚れ)した。

 なぜかは分らない。だが、一生あの方についていこうとその時思ったのだ。

 もっとも私は騎士爵である父の子。今だ何の役職にも付いていない、ただの子供が、継承権が低いとはいえ皇族の子供に就くなんてできるはずもない。

 だから私はその時の想いをあきらめざるを得なかった。

 

 しかし、運命は私に味方をし、そして運命は姫様やその両親の方々・そして私の父に対して敵意を向いた。

 起こったのはただの他愛のない事故。ただ道が崩落し、たまたまそこを通過していた一台の馬車が土と岩に埋もれてしまっただけ。犠牲者も10人程度で、本来ならそこまでおおごとにするものでもなかった。

 だが、他愛がないのは、それによって犠牲になられた人。この事故によって犠牲になられたのは、クリストファー皇子とその妃、そしてそのお世話をしていたメイドと護衛をしていた私の父を含む数人。

 それによって皇国に小さいながらも騒動が起こった。そう、ちいさかったのだ。

 皇王は事故に巻き込まれると言う弱さを嘲笑(あざわら)い、第一皇子と第二皇子はともに悲しみつつも対抗馬が少なくなったことを喜んだ。第三皇子もまた、ほぼ同時期に死んでしまったため、姫様を守る人も慰める方もひとりもいないという状況になっていた。

 

 だから私は手を上げた。

 あの小さくも可愛い姫様を私が守らなければならないと、周囲にいた本当に姫様のためになるのか疑問しかない連中をはねのけて、私が姫様の護衛兼教育係になることにした。

 

 そこからはいろいろと大変だった。

 一度もしたことがない、赤ん坊の世話。時折襲い来る姫様を狙う者の排除。父君であられる皇子が残された数々の遺産の整理、およびそれらをねらう貴族や商人の相手。

 本当に頼れる味方は、その時点の皇国には存在しなかった。

 だから私は、国に使える物ではなく、市井の人間に協力を仰いだ。

 皇国で料理店をしていた女傑を料理番に雇い。

 皇国のスラムで自警団をしていた連中を、姫様付きの護衛として雇い。

 皇国の裏社会で会計士をしていた人間を、私の補佐として雇い。

 

そうして、姫様を守ることができる大勢を手に入れた。もっとも、騎士爵の私が率いる身分の低い連中ということで、周りの貴族たちからはずいぶんと小言を言われたり、見下されたりしたものだが、それは無視したり、行動ではねのけたりしていたものだ。

 一番の問題点であった姫様の養育も、それほど手間はかからなかった。姫様が子供のころからおとなしく夜泣きなど一度もしたことがなく、勉学もまるで最初から答えを知っているかのようにすらすらと答えを導かれ、道徳と言う物を教えるまでもなく物の良し悪しを知っていた。

 あえて姫様の問題点をあげるとするなら、姫様がめんどくさがりやだということ位だろう。勉強を嫌い、運動を嫌い、他者との交流すら最低限に押しとどめようとする。

 もしそういう超級職があれば、もしかしたら条件を満たしているかもしれないとおもう程のめんどくさがりやだった。まあ、噂にきく【怠惰魔王】は条件が条件なので習得は無理だろうが。

 

 超級職と言えば、姫様は少し特殊だ。

 姫様はジョブには就かれていない。特殊超級職でなければ、幼少の時にジョブにつけるはずもないのだから、あたりまえだが。

 しかし、姫様は本当にジョブに就いていないのか?と疑問に思うほど、特殊な力を保有している。

 その特殊な力は記憶を消す力。

 皇都に構えた屋敷を囲む、結界は姫様が造り上げたものだ。正確には、姫様が植えた白い花の花壇に敵対者の記憶を消しつつ、敵を追い出すという効果が含まれていた。

 そこから、皇都の著名な知識人、果ては王国の【大賢者】殿にも見てもらい、その花壇が有する効果を調べてもらい、花壇と忘却結界が連動しているという事から、花壇が万が一なんかあった場合にすぐさま対応可能なように、屋敷に警報装置を取り付けてもらったりもした。

 いろいろなことがわかって、私としても喜んでいたが、姫様はかなり不機嫌な顔で、機嫌を取り戻されるのにかなりの時間がかかってしまった。

 姫様が不機嫌だった理由はわかる。最初、姫様が植えた花壇の能力がわかった時、『面倒だから誰にも言わなくていい』とおっしゃられていたのを、私がわからないモノに頼りたくないという一心で、姫様を振り払い調査する人を集めたことを起こっているのだろう。

 人を集めたと言った時点で、かなり不機嫌な顔をされていたし、【大賢者】殿が来られた時なんか、すごい笑顔で不機嫌になっていたから間違いはないと思う。

 もっともなんで不機嫌になったのかは、今になってもわからないが。

 

 

 それからも、いろいろと問題はあったが、こうして姫様とともに楽しく生きている。

 それも全ては、あの時スラムで孤児だった自分を拾ってくれた………

 

■■(アレ)

 

 

to be continued



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第■話 改変――始まり

第■話 改変――始まり

 

□■ある人物の記憶――閲覧不能・削除済み

 

 暗い空を見上げている。

 灰を敷き詰めたような空を。

 そろそろ雨が降るのだろう。このままでは雨に打たれてしまう。

 雨は()の体温を奪い、そして死に至らしめるだろう。冬と言うわけでなく、いまはまだこの国としては暖かい方だが、それでも冬国でもあるこの国の雨は冷たい。

 このままならば、俺は死ぬ。無様にこの世界に何も残せずして、ただ躯をさらす。

だが動こうと思わない。動く気力がない。生を諦めたわけではなく、生に頓着する気も失せるほどの絶望が、俺の身体を縛っている。

 

◇◆◇

 

 俺は此処に生まれた。

 ドライフ皇国を統べる皇王が座す皇城のお膝元。皇都ヴァンデルヘイムのスラムの孤児(・・・・・・)として生まれた。

 薄汚れ、窓が割れ、建物に罅が入り、そして時折人がのたれ死んでいる。俺はそんな劣悪な環境で生きていた。もっとも不幸を嘆く気はない。周囲には俺と同じような人間がそれなりにいたし、不幸を嘆く暇があったら食べ物を奪い、戦わなければ死んでいたから。

 それに俺たちは恵まれていた方だっただろう。表通りに料理店を経営していた女将が、余った食べ物を時折俺たちに融通してくれていたおかげで、俺たちの餓えによる死はそれほど多くは無かった。仲間たちも同じ境遇の同士として、お互いに思いやり、手助けをしあえる関係を築けていたからだ。

 

 だが…………それでも死が無かったわけではない。

 寒さによる死。生活の場を守るための死。犯罪が官警に見つかり彼らによってもたらされた死。

 そして……モンスターによってもたらされる死。

 今回もそうだった。今の俺たちが生き延びる為には、多少なりともモンスターを倒して、その報酬によって食いつなぐ必要が如何してもあった。

 もちろん、俺たちが強力なモンスターを相手にできるわけはない。一応、外で戦うメンバーは全員ジョブに就いているが、それでも下級職ひとつを満足にあげてさえいない。そこらによくいるレベルだ。今だ戦闘系のジョブに就くような年じゃない俺たちは、戦闘の邪魔になるために外についていくことはできず、皇都の中で請け負う事ができる簡単な依頼の手伝いぐらいをするぐらいしかなかった。

 そんな俺たちが請け負ったのは、地下に住み着く鼠の駆除。モンスターと言う事さえないような、ただの動物を人海戦術ですこしずつ仕留めていき、その討伐数によって報酬が与えられる雑用依頼。冒険者にはこんなものを受ける気がない人が多く、また冒険者に頼む必要さえない以来の為、こうしてスラムに住みつく俺たちにも依頼が回って来ている。

そうして俺は普通なら(・・・・)忘れる事の出来ない、忌まわしいクエストが始まった。

 

 最初は順調だった。いつもどおりの代り映えのしないネズミ討伐の風景。

 討伐クエストを受けるような当時下級職に就いていた仲間たちも参戦して行われたネズミ駆除は、本来なら何事もなく終わるはずだった。

 それが変わったのは、ネズミ討伐を始めて一時間程度が過ぎた時の事、突如悲鳴が聞こえ、それを聞いた俺は急いで悲鳴の発生源へと向かい、そしてそのモンスターと出会った。

 出会ったのは【ビッグ・マウス】という変哲のないただのモンスター。〈UBM〉どころか上級モンスターでもボスモンスターでさえないただのモンスター。そこらの下級ティアンパーティー程度でも、簡単に倒してしまえる程度のモンスター。

しかし、こいつは今の俺たちでは倒せないほどに強かった。

 もし、最初からこんなモンスターがいると分っていたら、戦闘を行えるパーティーが組んで戦っていれば、勝てたかもしれない。だが、7人の戦闘員は、その内の一人が最初の奇襲で死に、残りも各個撃破されてしまったらしい。

 勝てないと分ってからは、俺たちはただ逃げた。追ってくる【ビッグ・マウス】から逃れる為に、わき目も振らず全力で。

 

 走りながら、横を走っていた仲間の一人にどうしてこうなったのか問いただした。

 彼は最初に【ビッグ・マウス】を発見したと、危ないと大声で喚起した人間だ。なぜ、こうなったのか理由を聞くなら、こいつが一番だろうと思ったからだ。

 全力で走りながらで、息も絶え絶えだったので、彼の説明はとぎれとぎれだったが、要約すると以下のようだ。

 地下通路のある箇所のネズミ駆除を行っていた際、たまたま隠し通路を発見し、そこを覗いてみたところ、モニターがあってそれを適当に操作していたら、どこかの映像が映し出されたらしい。

 その映像にはいろいろなドラゴンやらがいて、ずいぶん壮大だったそうな。寒そうな風景だったらしいけど、その内の一体には虫が張り付いていたので、そこまで厳冬というわけでもないみたいとのこと。

 それはともかく、その後、しばらく眺めていたら、突然背後から大きな物音がして、振り向いたら、あの【ビッグ・マウス】が仲間たちを殺して喰らっていたので、急いで逃げ出した。

 それが事の顛末とのこと。やはりよく分からないな。

 

 詳しく効きだした後は、ただ走り続けた。

 俺たちのすぐ後ろから聞こえる断末魔を無視して、助けを求める声を聞かずに、ただ走り続けた。一人また一人と生が懸かったレースから脱落していくのを見ながら走り続け、気がついた時には地下から抜け出していた。

 あの暗く死が蔓延った地下から抜け出すことができて安堵をおぼえる中、俺と同様生き残った数少ない仲間が後ろを指さしながら、声を上げた。

 その声によって、俺は安堵による弛緩が抜け落ちて、再び身体に緊張が満ちる。同時に現在の状況を把握する余裕が生まれた。

 生き残った人間は俺を含めて9人。そしてその内の一人が指さした先に居たのは当然【ビッグ・マウス】。

 ジョブに就いていないレベル0の人間とはいえ、数十人も殺したことで、そのレベルもあがりさらに強大になっていた。レベルが低いとはいえ、戦闘職に就いていた人間も7人殺している。

 これで俺も死ぬ。そう思った俺の前に、絶望の淵に立たされた俺たちの前に、一人の男が立ちふさがった。

 その男は手に持ったジェムを【ビッグ・マウス】に投げつけると、ジェムは爆炎を上げて燃え上がる。

 俺たちにとっては絶望的だった敵が、たった一発のジェムによって死亡する。この時は知らなかったが、どうやらこのジェムは《クリムゾン・スフィア》を込めたものだったらしい。いくら俺の仲間たちを殺しまわったといっても、そのレベルは1か2程度上がって10かそこらになった程度。上級の奥義を喰らって生き延びる事は、さすがにできなかったのだろう。

 

 これで終わり。

 これで俺たちは助かった。

 だが、これで失ったものもまた多い。

 

 その後は、助けてくれた男がクエストの報告を行い、俺たちは幾ばくかの報酬を受け取り男と別れた。

 

 そして別れることになったのは助けてくれた男とだけではなく、俺たちもだった。

 理由は言うまでもなくクエストによる仲間全員の死が原因。

 残りの仲間はすでに十人。共同体として生きていくのには、あまりにも少ない。助け合っていくのには数となにより力が足りなかった。

 助けてくれた男が去り際に、人材をスカウトしているという話を聞いて、俺以外の人間は、これからも生きていくために離れていった。

 俺も助けてくれた男と仲間たちの両方に誘われたが断った。受けたい理由がなかったし………そして、受けてはいけないと心のどこかで思っていたからだ。

 

 

 それから、しばらく俺は一人で生きた。

 俺の仲間たちがすべていなくなり、真っ当ではない人間の多いスラムといえど、それでもコミュニティは多く、助けてほしかったら助けてくれる所もあった。もっともその場合は雑用・下っ端から始める事になるだろうが、それを許容できれば生にしがみつきたければそうすればよかった。

 だけど俺はそうせず、あくまで一人で生きた。

 そうした理由は絶望からだ。友を失い、これから生をしがみつくこともせず。

 そうしてしばらく生き続けて………そして、俺は今ここにいる。

 

 

◇◆◇

 

 一人で生きていくと決めてから、ここにいたるまで紆余曲折あったりもしたが、それは端折ろう。

 今大事なのは、おれがこのスラムの一角で、誰にも知られずに命を終えようとしているということだから。

 

 

 ぽつり、と顔に水滴が落ちる。

 どうやら降ってきたようだ。

 先ほどまでは曇っていたとはいっても、まだ雨が降るようには思えなかったが、過去を思い返しているうちにずいぶんと雨足が近づいてきていたようだ。

 これが走馬灯というやつなんだろう。ずいぶんと懐かしいものを思い出してしまった。

 一粒の塊は、やがて幾つもの飛礫(つぶて)となって俺に当たっていく。

 雨がどんどん強くなってきていた。

 このままここにいたら、雨に打たれて体温を奪われ……そして死ぬ。

 でも、絶望と倦怠に包まれた俺の身体と心は、俺が物影に隠れることを拒絶する。

 もう、そんなことをする必要はないと。もうこのまま死んで、仲間の元へいっていいと。

 

 俺と一緒に助かった他の奴らは、また別の人生を歩んでいる。助けてくれた男の元で、彼と同じジョブに就いて、彼と同じ道を歩んでいるらしい。あの男の指示で再び、スカウトに来た仲間だった男と会った時に、そう軽く話を交わした。

 その時、俺も彼と一緒にいこうと、再び誘われたが………やはり断った。そして彼らも俺の事はもう誘わなかった。

 生きる理由を失い惰性で生きるようになった人間を、仲間などにしたくは無かったのだろう。もっとも断った理由は、それだけが理由ではなかったけど。

 別に彼らの事をどうこう思っているわけではない。

 一つの理由として、彼らとともに歩む未来に希望を見出せなかったという物があるし。

 一つの理由として、あの助けてくれた男が真っ当なようには見えなかったからだ。

 昔から人を見抜く観察眼には優れていた。こういった生まれと生き方をしてきたからだろう。俺には大体の人の善悪と、人の良し悪しと、人のなりというものを軽く観察しただけでわかると言う特技を身に着けていた。

 この世界でジョブに就くことで身につけられるスキルとはことなる、天性の自前の物。

 俺はこの感覚で幾度もこちらをだまそうとした悪人を察知し、回避することに成功していた。

 そんな感覚をもつ俺からみたあの男は、黒だ。悪人……とはまた違うのだろう。善悪を超えた別の理由で動き、目的のためなら手段を選ぶという事をしないタイプの狂人。

 俺はあの男をそう看破したから、彼らについていかなかった。あのような手合いについていった先に、絶望よりひどい死が待ち受けているような気がしたからだ。

 それが間違っていたか正解していたかは、もうどうでもいい。

 死にゆく人間が考えるべきことじゃないだろう。

 

 

 そうして、雨が俺の体温を奪い。雨が俺の残り僅かな生きる気力を奪い。

 死神の指が触れようと言う段になって………

 彼女(・・)が現れた。

 

 

 誰もいなかったはずの、裏路地にいきなり現れた。

 一万を超えるAGIによって引き起こされる、神速の速さによってここに来た訳ではない。

 彼のステータスは今だに、一般人のそれと変わらないが、勘でそして此処に来た時にソニックブームの一つも起きなかったことがそれを裏付ける。

 まるで噂に聞く転移魔法のように、忽然と姿を現したその女性。

 髪は腰に届くほどに長い純白色の綺麗な髪。

 瞳も白っぽく、銀や灰色のような薄いだけど綺麗な色。

 背の丈は150程。見た目からしておそらく15才かそこらだろう。

 神秘的な美しさを誇り、神がその全霊を持って創造したと言われても頷いてしまうほどに可憐な少女。

 死を望んでいたはずなのに、俺はその少女を一目見ただけで顔がほてってしまった。雨で体温を結構奪われていたはずなのに。

 その少女は雨に濡れながら、その小さな口を開く。

 

 「状況把握。どうやら成功のようですね。アリスはよくやってくれました、人気のない所への秘匿転移は難しいと聞いていたのですがよくやってくれましたね。出来ればこんな雨の日じゃない方がいいんですが、晴れの日よりこういった天気の方が一目を避ける事ができるのはわかる…………って、失敗しているじゃないですか」

 

 少女はひとりでぶつぶつとそんなことを呟いていたが、どうやら俺の事に気がついたようだ。

 その少女は俺に気がついた途端目を見張り、手をかざしながら俺に近づいてくる。

 少女の行動に、不穏な物を感じながらも、なにか行動を起こす気にもなれず、その少女の姿を目に焼きつけながら、

 

 「仕方がありません。まだ根回しが済んでいませんが、ここは改竄するべきですね。小規模な力の発現だけなら問題ないでしょう。さて、一応どういった人間か確認してみますか……《記録閲覧》……って、へぇ?」

 

 こちらに害を為そうとしていた、少女の顔が愉悦に満ちる。

 そのまま彼女は、ほう、ほう、と頷きながら何かを考え、そして再びこちらを向いた顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

 

 「よろこべ少年。君が捨て去ろうとした命、人生、そして理由。この私が有効に使ってあげましょう」

 

 そんなことを言ってきた。

 

 「いや、なかなかに丁度いい物件だよ君は。私としても協力者はなるべく確保しておきたかったのですよ」

 「へ、なにを言って………」

 

 彼女の物いいに対して、声を出してしまっていた。死を許容しようとしていた俺がである。

 それほどに、彼女の存在は俺にとっての起爆剤だったのだろう。

 

 「いえ、私としてもそこらへんから軽く見積もればいいじゃない、と思うんですが。あの小うるさい■■■はそこらへんに細かいですしね。彼女からは『いじっていいのはうわべだけ、対象は世界に影響のない範囲かつ死に瀕しているもののみ』という、厄介な誓約をかけられてしまいましたしね。そんな好都合な人物、早々現れないと思っていたんですが」

 

 そういってかざしていた手を地面に座っていた俺の肩におき、続ける。

 

 「あなたは世界に記録が残らない類いの人間であり、そしてあと少しで死にそうであり、そして何より私への想いが悪くない。だからあなたを選びましょう。変える人間にくわしく説明する必要はないとは思いますが、それでは不義理ですし、なにより私の有り様として好まない。なので少し落ち着ける所に場所を移しましょう」

 

 手が差し伸べられる。

 彼女の言っている意味がひとつもわからないが………どうやら、俺を必要としてくれているということだけは分った。

 俺の観察眼からも、俺の存在をほんとに喜んでくれているように見える。

 たぶん、それは真っ当な理由ではないのだろう。彼女は俺が生きていることを喜んだのではなく、ただ単に探す手間が省けたことを喜んでいる。

 俺を助けてくれた男と同じく、彼女もまた目的のために手段を選ぼうとはしないのだろう。どんな手段でも使う、というよりはどんな手段だろうが面倒なことを避けられる方法を取りたいといった感じだが。

 

 だけど。

 だけど、それでも。

 俺は彼女に必要とされていると分って、彼女がまた俺によって助かったと分って。

 俺はそれに喜びを感じた。

たぶんそれは、彼女だったからだろう。

たぶん、俺は俺でなくなる。それでも彼女のために変わるのならそれでもいいと、そう思ってしまった。

 

 そして、俺は彼女の手を取る。

 

 「ありがとうございます。さて、軽く自己紹介と、これからについて話しましょう」

 

 そう言いながら、彼女は俺の手を引き、立ち上がらせてくれる。思ったより力があるようだ。

 

 「私の名は………そうですね? 真名をいうわけにはいきませんし………アカシャとでも呼んでください。もっとも、そう呼べる期間はそこまで長くはならないと思いますが」

 

 立ち上がらせてくれた彼女は、そのまま手を引きながら俺を屋根のある所へ連れて行く。

 

 「あなたの名は……そう、ジャックと言うのですね。……ああ、私があなたの名をわかったのは、よんだからです。得意なんですよ、こういうこと」

 

 名乗っていないと言うのに、俺の名を呼んだ彼女………アカシャに対して首を傾げると、彼女は首を傾げた理由がわかったようで、ふふふと笑いながら俺に説明をしてくれる。

 

 「さて、あなたにしてもらうのは、私のサポートです。これから私は一人の人間(ティアン)として仮初の人生を送ることになります。しかし、その為には一度0歳にまで戻らなくてはなりません。私も面倒で仕方がないのですが、あのジジイの誓約がそう言ったものなのです。例外はあるみたいですが」

 

 全てを理解できているわけではない。

 だけど、これからずっと彼女のために生きていかなくてはいけないらしい。……生きていくことができるらしい。

 

 「これから私があなたに見せるのは二つの奇跡。私が世界を変え、あの老害が私を変える。そして最期にあなたを変える」

 

 ジジイというのが誰かは気になる。どうやって変えるのだろうか。

 

 「そこからはあなたの仕事です。私に仕え、私に尽してください。力を与える事は出来ませんが、おそらくそれがあなたの望みでしょう」

 

 アカシャが俺の瞳を覗く。

 俺の魂の奥まで読み取るような、深いまなざしにすこし気おくれした。

 だけど、やめたりはしない。彼女の言う通り、今の自分を変えつつ、アカシャの役に立てるならそれでいい。

 俺は頷く。

 彼女の契約を受け入れる。それは悪魔との契約か、神との誓約か、どちらかはわからないが、どっちにも当てはまりそうな気がする。

 

 「さて、私の担当は全部だとして………私がどこに転生しましょうか? それは決めていませんでしたが………そうですね、貧乏だったり地位が低いと大変そうです。皇族に生まれ変わりましょう!」

 

 詳しくはわからないが、皇族になる方が面倒事が多い気がするんだが……

 

 「えっ? そんなとこに転生させるのは無理? 嘘言わないでください。あなたの力なら簡単な物でしょう。えっ? 母体がいない? 第1~第3はすべて対象に出来ないですって………、いいでしょうそこまでいうのなら、面倒ですけどわたしが4番目を造ってやろうじゃないですか!」

 

 なんかすごいことを話しているな。

 だれかと遠距離会話しているんだろうが、内容がものすごい。というか、楽をするためにわざわざスケープゴートだかなんだかしらないが用意するのは、それこそ面倒じゃないのか?

 

 「ええ! わかりましたそれでいいです………、と。お待たせしました、あのジジィとの話し合いが終わって、どうにかなりそうです。さて、それじゃあ、こちらもそろそろ実行に移したいと思います。思いのこしたこと、伝えたいことなど何か残っていますか?」

 「ない」

 

 二文字で軽く返す。

 もう、おれには思いのこしたことも、誰かに伝える相手もいない。

 おれがどう変わってしまうかはわからないが、もう始めてくれて構わない。

 

 「………そうですか。わかりました」

 

 アカシャが両手を広げる。

 それと同時に彼女から威圧感がひしひしと伝わって来る。普通の人間じゃないとは思っていたが、この威圧は普通じゃない!

 

 そして彼女は、本当の名とともに、力を解放する。

 その()は――

 

 「《|我は■■の書架を開き、世界の果てを記録する《■■■■■■■■■》》」

 

 ――そして、俺の世界は改竄された。

 

To be continued

 



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第24話 迷宮の怪物・破 集まる七色

(=○π○=)<………とりあえず、ゲッテンデメルグの前には書き終わったな……



第24話 迷宮の怪物・破 集まる七色

 

□【賢者】キャロル・キャロライナ・キャロライン

 

――怪物が咆哮する。

 

 あの大きく醜い口から放たれたものではない。

 あいつの全身からほとばしる駆動音のようなものだろう。

 いや、確かに一度はあれを口から放たれた咆哮だと錯覚してしまったが、よく見て聞いていれば、その違いがわかる。身体のきしみ、身体を通る魔力の奔流、そう言ったものがうめき声となって周囲を響かせている。

 それにもう一つ察したものがある。あの口は、喋るだなんてそんな高尚な行為を行うための物じゃない。あれは敵を喰らい、貪るための搾取機関にすぎないからだ。

 

 「って、そんなことを考えている場合じゃないですよねー☆」

 

 あの怪物の咆哮のやりかたなんて今はどうでもいい。それより大事なのは、どうしてそんな行為をおこなったのか。

 そこにどんな意味があるのか、だ。

 あの行為によって変化したのは三つ。

 怪物の色と、怪物の内の核らしきモノの光、そして怪物が時折放っていた蒼雷。

 怪物の色はもともとのメタリックな銀色から、黒みを帯びた黒鉄(くろがね)へと変化し。

 怪物の内の光を放ち続けていた核は、放ち続けていた光が小さくなっていき、やがて光を放たないただの球体になり。

 怪物が纏っていた蒼雷は、なりを潜め、漆黒に変色した肉体に青白い線になっている。

 どういった変化だろうか。一応、あいつの能力からして、変化のパターンは何通りか思い浮かべる事は出来るが………

 もし、最悪のパターンだった場合、詰みかねない。今だここに集まっていない勝機をつかむためにも、種明かしぐらいはしておくとするか………

 

 「アンジェラ! ゴールド・ラッシュの在庫はまだあるよね☆とりあえず余裕は取りながら、何発かお願いね!」

 

 怪物の腹の光は収まっている。あれならもう光弾は放てないだろう。

 実際にあいつは黒くなってから光を放っていない。

 ………というか、黒くなったと思ったら、しばらく動いていないんだがな。

 あの変化を行うのに、魔力(ちから)をすべて使い果たしたわけでもないだろうに、沈黙を続ける理由は一体何だ?

 沈黙を続けてくれるなら、楽でしかない。いくら相手がどれだけの硬さ(END)を誇ろうと、ただの置物相手なら他の手立てを考える余裕が生まれるし、対応も簡単だ。

 悲しいのは………あれが、どう見ても嵐の前の静けさにしか見えないと言う事か。

 だが、そうだとしても、ここで削れるならそれなりには削っておきたいし、敵の能力の見極めにも利用ができるかもしれない。

 頼んだぞ、A・D・A(アンジェラ)

 

 「おうさ! 《シルバー・バレット》起動、《モード・バースト》装填(セット)。さあ、いくさね《ゴールド・ラッシュ》起動ゥ! 《ダブル・ポイント・ショット》!」

 

 破裂音がなる。回数は合計、都度12回。

 アンジェラは両手に持つ拳銃を、連続速射(ラピッド・ファイア)によって火花をともらせる。

 そこから放たれた銃弾は、六槍という絶技となって動かず不動を保っていた怪物にぶつかり………そして、はじかれる。

 その光景に対し、「無駄だった」と思う事はない。たしかに、アンジェラの攻撃が効かなかったことは、銃弾・拳銃の無駄遣いだっただろう。だが結果(リターン)が得られたなら、それは決して無駄ではない。

 結果は変わらず弾かれた、だが変化を知ることはできた。それは攻撃がたやすくはじかれたこと。

 双銃による銃弾を重ね合わせて貫通力を高める《ダブル・ポイント・ショット》による攻撃は硬さへの対抗力が高い。ダメージこそさほど伸びないが、敵の装甲を貫くだけならアンジェラの手札の中でも最大の組み合わせだった。

 しかし、それが通用しないとなると……通用しなくなったとするならば、ますますまずい状況になっている。

 先ほどまでだったらこの組み合わせでも多少はダメージを与えられていたんだがな………、もっともあの光を放つ球体はあれでもダメージを与える事も傷をつける事さえもできなかったが。

 

 「………まったく、対してダメージを与えているわけでもないのに☆性能かわるなんて、ゲームバランス狂いすぎだっていうんですよ☆ イベント戦闘っていうなら、もうすこしクリア条件わかりやすくして☆ほしいんかな?」

 

 「今はそんなことを言っている場合じゃないんだけどねぇ? それでいったいどうするさね、キャロル。私たちの攻撃が全然通用しないんだけど、なんか手はあるんだろうね? 私の“兵団”も。あんたの“虹”もどっちもクールタイムが重なって使用不可能っていう状況だしね」

 

 節約のため《ゴールド・ラッシュ》を使わず、ただの拳銃の状態のままで連射をしながら私の横にまで歩いてきていたアンジェラと軽口をかわす。

 私とアンジェラ。どっちも昼の狩りで派手にやりすぎたせいで、私たちがこの怪物の討伐で使える手札はない。

 もしも私の“虹”が使えるのならば、こんな戦闘なんてとっとと終わらせて………いや、こんな皇都の地下で気楽に使えないが。場合によっては地上が一面焼け野原になってしまうしな。

 まあ、それは今は考えるべきではないな。今考えるべきは、私たちの手札で、あの怪物をどうにかするべき切り札を見出し、それを効率よく効果的に場に出すこと。

 

 「喰らってくださいなのです! 《ゴールド・ラッシュ》《狂乱の舞》!」

 

 桜火が攻める。

 紅蓮の炎が、《ゴールド・ラッシュ》の影響によって黄金の炎へと変化し、長蛇となった【ネフシュタン】に纏わりつき、黄金のアギトを怪物に突き立てる。何度も何度も、何度も何度も。

 だが、怪物の頭上に浮かぶHPは一向に減らない。全く効いていない。

 戦い始めてから25分はもうとっくに経過している。

 すでに性能は限界に到達しているだろう。彼女のレベルから考えて、あれ以上の火力増加は見込めない。

 彼女が持つであろう諸々の補正も考えれば、トータル攻撃力は50,000にギリギリ届かないだろうが………本来ならそれでも十分すぎる威力。

 しかしそれでも届いていない。

 あの怪物が誇る今の硬さ(END)は五万を超えている、ということだろう。あれが黒くなる前は、彼女の攻撃はそれなりに通用していたが、それがとうとう通用しなくなってしまった。

 怪物のHPバーを見る限り、相手の残りHPは残り9割………すこしずつ削れて行っていたのが幸いだが、それでも今だ多い。

 5万………いや、場合によってはそれを容易く上回るかもしれない硬さ(END)をもつかもしれない。

 その護りを抜ける人間(マスター)なんて、私は私自身しか知らない。

 私以外の〈マスター〉の全てを知っているわけではない。各々隠していることはあるし、自分自身しかしらない細かい詳細もあるだろう。

 だが、その内の一人。いまこちらに悠々と近づき歩いてくる彼に、あの怪物の護りは抜けないだろう。おそらく彼もそれをわかっているからこそ、アンジェラや桜火のように攻撃をおこなわずに、私と話すためにここに来たのだろう。

 

 「………たしか、ブルーノだったですよね☆ どう思いますかー」

 「状況は最悪だな。わしは〈エンブリオ〉がない所為で力を発揮しきれない。それでも元々わし自身がもつ技術で、並みのティアン程度は動けるだろうが………あれを相手にそれでどうにかなるとは思えんな。どうすればいいとおもう?」

 「なるほど☆やっぱり思っていた通り、普通のティアン並みの力しかないんだね☆ まあ、それならそれで計算しやすくていいですが☆!」

 

 並みの〈マスター〉ならば〈エンブリオ〉を奪われた時点で無力に落ちる。

 だが、彼はその技量をもって、ティアンとおなじように戦う事ができるのなら、戦力として数えられる。もっとも彼の力(ティアンレベル)ではあの護りを超えられない。まあ、それは大多数にもいえることだが。

 攻撃役は任せられない。だから、彼に与える役目は……

 

 「いまは☆このままでいいよ。あれが動きだした時に………って、噂話はするもんじゃないね☆! ブルーノは回避タンクお願いね☆」

 「うん? ああ、なるほどな。さすがにあのまま倒されてくれはしないか………」

 「っつ、まずいねぇ!」

 

 みれば怪物が細かく振動している。

 腹の光も再び輝きを増し、怪物が目を覚ます。

 

 「やれやれ、お姫様がキスしたってわけでもないのに、なんで怪物が目を覚ましてるんだろうねぇ」

 「余裕だね☆まあ、深刻に考えるよりは、いいけど………それより、逃げますよ?!」

  

 雑談として話していた前半と違い、後半の「逃げる」というワードは大きく叫び、今もなお戦い続けている桜火に告げる。

 隣にいたアンジェラとブルーノもその言葉に驚いたようだが、桜火はそのなかでも最も驚きそして納得がいかないようだった。

 足を止めず、踊り続けながら、手を振り、蛇腹剣の〈エンブリオ〉を動かし続け、そして戦い続けながら、私の発した言葉に対して異論を返す。

 

 「ちょっと待ってくださいなのです。ここは最期まで戦いましょう?! このまま戦い続ければ…………」

 「このまま戦い続ければ☆みんな死んじゃうね! 私たちのだれもが、あれに対抗するすべを持たないんだから☆。ここで持たせることもできなくはないけど、それでも無意味に危険地帯を歩きまわる必要性はないよ」

 

 ふざけながら(ロールプレイしながら)も真剣に危険性を伝える。いや、最後の方は失敗していたかもしれないが。

 私の言葉に桜火は動きを一瞬止める。私の言ったことが正しいと思ったから、図星を指されたからだろう。だが、今は動きを止めていい場面じゃない。

 まずいと感じた私はアンジェラの方を見て意思を伝える。お互い付き合いも長く、彼女も状況を判断できる人間だ、アイコンタクト(それだけ)で意思疎通ができる。

 アンジェラは私の意思を感じて動き出す。彼女はアイテムボックスから一つのアイテムを取り出し、それを怪物に向けて投げ入れる。彼女の〈エンブリオ〉による強化の範囲にそのアイテムは入っていない。だが、それでもアンジェラの就いているジョブには、そのアイテムの効果………爆発力の強化を行えるパッシブスキルも存在する。

 狙っていたわけではないかもしれないが投げられた爆弾は、動き出そうとした怪物の口の中へ見事に入り込み、あの怪物が口の中に入ってきたモノを食べようとし、その爆弾は決められた爆破余裕を待たずして爆破する。

 

 「VUMOOOOOOOO」

 「今だよ☆みんなこっちについてきてね☆!」

 「……しかたなしか、あいわかったぞ!」

 「うーーー、すっっっつごい、くやしいのですー」

 「やれやれ………果ての見えない逃避行ってわけかい、がらじゃないんだけどねぇ」

 

 口の中で起きた爆発によって、多少なりともダメージを受けたのか、怪物はその場でうずくまっている。

 ダメージによる怪物の停滞に加えて、爆煙が目隠し代わりにもなっている。あれなら多少なりとも時間は稼げるだろう。今の内になるべく距離は取っておきたい。

 アイテムボックスから懐中時計を取り出し、時間を確認する。現時刻は日本で言う所の丑三つ時……午前2時になろうとしている。

 私たちがパーティーを終えたのが、大体夜の10時近くだったはず………ずいぶん時間がたっているな。これだけ時間がたっているなら、私やアンジェラの切り札もあと3~4時間たてば再使用可能になるはずだが………

 もし、あいつ(・・・)もなんの手立ても持っていなかったら、(皇都)のティアンや〈マスター〉の力を借りるか、私が全力をだせるように地上を目指すべきだな。

 迷宮になっているせいで、交通網が少しごちゃごちゃになっているが、この程度ならまだ元の地形から推測可能な範囲だ。

 最短で地上までいくのなら、おそらくわき道を無視してこのまま道なりに進めばいい。だが―――すこしでも保険はかけておくべきだな。

 

 「みんな☆こっちだよ!」

 

 私はみんなに合図して、左の道……わき道(・・・)へと向かう。

 他の人間……迷宮の構造を多少なりとも知るアンジェラを含めて、私のとった行動をとがめたり疑問に思った者は誰一人としていなかった。私としても、いちいち得意げに解説する気もないから、私の言う通りに進んでくれるのはまったく問題はない。

 そうして私たちが角を曲がり終え、先に進もうとしたその時、

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!!」

 

 再び怪物の咆哮が迷宮内に轟く。

 後ろを振り返って確認するまでもない、あの怪物が動きだした。

 後ろから破砕音が聞こえる。一度ではない。何度も何度も。壊さなければ先に進めないバーサーカーは、ただ私たちを喰らうため(ころすため)に自らを省みず、迷宮を砕き喰らいながら追いかけてくる。

 猪突猛進なんて、やさしいものじゃない。ぶつかって身体の骨が砕けて死ぬなんて言う、生易しい殺し方(・・・・・・・)を許すつもりはないだろう。

 あれが与えるとしたら、それは身体が塵芥のように消し飛び、生きていた痕跡など残すことを許さない、残酷な死。

 そんなものは、

 

 「そんなものは、絶対☆拒否だね!」

 

 死に方一つで、ゲーム内で何かが変わるわけでもないが、それでも死ぬときはまともな形がいいと考えてしまう。まあ、どっちみちどんな死でも拒否することには変わりないが。

 

 「? どうしたんだいキャロ?」

 「……なんでも☆ないよー」

 「そうかい……? まあ、いいさ。それより、これからどうすんだい? あんたの事だからただ逃げ回るってわけでもないんだろう? もしそうだったら、他の連中はともかく、あんたがダウンしちまうしね、ひ弱だからさ」

 

 おのれアンジェラ。ゲーム内では、そっちのほうが体力(ステータス)あるからっていじりおって。現実では大差ないじゃないか。

 実際、魔法使いな私のステータスより、純戦闘職の二人(桜火とブルーノ)はいうまでもなく、アンジェラも戦闘職と生産職を両立しているだけあって、それなりにスタミナがある。

 このまま、走り続ければ最初にダウンするのは私だろうが、だからといってそれでいいわけでもないのだぞ!?

 

 「心配はいらないよ☆ 確かにこのまま逃げきるだけになる可能性も☆ゼロじゃないけど……そうならないように考えてはいるからね☆!」

 「それは一体どういう意味……」

 

 私の言葉に、アンジェラが意味を考えようとする。

 だが、そんな時間は無いし、そんなことをせずとも答え合わせまではすぐだ。

 私は目の前のT字路を睨む。おそらく、他の連中は右か左かどちらにわかれるのだろうかと考えているのだろう。

 だが、私の答えは――

 

 「――アンジェラ。目の前の壁を砕け!」

 

 アンジェラが言おうとした先の言葉を打ち切り、私の声をかぶせる。

 今もなお、後ろから追ってくる怪物から逃れる為に走っている最中だ、目の前のT字路の壁にぶつかる刻限は、次第に短くなっていく。考える時間は無いし、迷う時間はもっとない。

 アンジェラも同意見に至ったのだろう。意味はわからず、意図はしれずだろうが、それでも私の言う通りに目の前の壁を壊すべく、アイテムボックスからパイルバンカーを取りだす。

 アンジェラがローガンに渡していたものの下位互換。威力は低く、そして反動もすくなく軽い、お手軽な破砕装置。

 薄い家の壁を砕くときに用いられる、性能的にはそこまででもない一品だが、アンジェラの力を加えれば性能は一段階以上アップする。

 

 「砕け! 《ゴールド・ラッシュ》!」

 

 音が近い。もうすでに雷は纏っていないだろうに、こちらにむかってくる時に怪物が出す音は雷が落ちるときのようだ。そしてそれが次第に近づいてきている。

 いくらあの怪物のAGIが低目と言っても、私たちよりは高いのだろう。AGIの差がそこまで大きくないことが唯一の救いか。

 怪物が近づくなか、戦闘を走っていた私を追い抜き、アンジェラが手に持つパイルバンカーを壁にぶつけ、そして引き金を引いた。

 彼女の就く【工兵】のいくつかのスキルと、〈エンブリオ〉によって加わった一撃強化のスキルが加わり、射出された杭は分厚い石の壁を容易く砕く。

 そうして、私たちは砕けたT字路の壁の先に広がるもう一本の大きな通路へと、足を踏み入れた。

 

 「敵が近いね☆ みんな、ここで☆応戦するよ!」

 「っここは! なるほど、こんなとこにつながっていたってわけかい!」

 

 杖を構えて、逃げる為にしばらく唱えてなかった呪文を詠唱しなおす。

 同時にアンジェラも私の意図を理解し、地面に手をつき泉から2丁の銃を取り出し構える。

 他の二人も、ここで戦うことになるということ、そしてもう逃げきれないと言う事を悟り、各々の武器を構える。

 しかし、二人の顔に浮かぶのは「このままで大丈夫なのだろうか?」という疑問。

 目的地に着いたものの、このままでは先ほどまでと同じ、焼き直しに過ぎない。私たちの手札は何一つとして相手に有効でない以上、このままではじり貧になってしまうという危惧を抱くのは当然だろう。

 実際に私も、現時点で有効な手立てを求めて此処に来たわけではなかった。ただ、いくつかの可能性に期待したから、ここで一度迎撃するという選択肢を取ったにすぎない。場合によっては、これが完全な悪手になってしまうと言う可能性も0ではなかった。

 しかし―――少なくとも目的の一つを達成できた以上は、確率0%でも悪手でもない。

 私は通路に入ってきてからこちらを睨みながら向かってくる怪物を見つめる。いや、正確には怪物を見つめていたわけじゃない。私が見ていたのは怪物の向こう側、怪物を中心点として私たちの逆側にいる、私以外のだれもが気付いていない一人の(仲間)

 その男はいつもの双剣ではなく、大斧を振り上げて、警戒していなかった怪物の背後を、おそらくは奇襲を成功させる可能性を上げるスキルを新しく得て(・・・・・)、一撃を喰らわす。

 

 「VUWAAAAA」

 「なっ、ミック!」

 「ミックさん!」

 

 大斧の一撃によって、怪物を揺らしたミックは、だが奇襲を成功させた喜びより、舌打ちをして悔しがる様を見せる。おそらくは、《看破》あたりでダメージを全然与えられていないことが見えたからだろう。

 【竜腕】こそしていないものの、それでも【アルヴィニオン】による4本の腕をつけた状態で行った一撃でもダメージを喰らわないか………桜火の時間全開の攻撃でも全然効いていなかったからな。

 

 「ミック☆【竜腕】は? どうしたのかなー?」

 「悪りぃけど、もうつかっちまったよ。2対1で戦う羽目になってな。あんなのはとっとと終わらせた方がいいと思ったんだが………まさか〈マスター〉二人より、やっかいなものがあったなんてなぁ」

 

 笑っている場合か!?

 全く、たとえあの怪物がいなかったとしても、超級職のティアンという厄介な相手がいるだろうに………

 私もミックの実力はよく知っている。ミックが切り札を切ったという事は、使わなければいけないようなよほど(・・・)な相手だったのだろう。

 それをとやかく言えないが、だがもうすこしこいつは物事を考えてほしいんだがな……っと、そんなことを考えている場合じゃないな。

 戦況を確認してみれば、今は怪物と三人が戦っている。

 桜火は再び踊り始めながら、炎の蛇腹剣を縦横無尽に這わせ。

 ブルーノは槍を手に、〈エンブリオ〉無しで怪物のまえにたち、敵のヘイトを集め。

 アンジェラは再び両手に持った2丁拳銃を、素のままで撃ちまくっている。

 敵の攻撃に対して、怪物はやみくもに動き回り喰らおうとしている。私のことなどすでに眼中になく、目の前のブルーノを喰らおうと口を開き突進するが、ブルーノは素人目から見ても無駄がなさそうな動きで避けながら、機をみて攻撃をしたりスキルによってヘイトを集めている。

 あれなら、もうすこし大丈夫だろう。アンジェラにアイコンタクトによって、すこしだけ「時間稼ぎを頼む」と伝える。

 今は私が戦闘に加わるより、あらたな情報源(ミック)を有効に活用するべきだ。

 

 「ミック、状況はだいたいわかるよね☆? こまかくは言わないよ☆あれのステータスと思ったことわかったことの所感を教えてほしいな☆」

 「んー、まあなんであんなのと対峙しているのかは解らねぇが………【星喰餓機獣スターヴ】、伝説級の〈UBM〉っぽいな。ステータスはオール5000。ああ、LUKは少し違うな、たった20しかないし………」

 「………は!?」

 

 私は仮面(ペルソナ)を被らない素の反応を返してしまった。

 それほどに、ミックの言葉は私にとって衝撃だった。

 ステータスがオール5000。それはつまり、MPもそしてENDさえも5000という数値だということ。

 それはあり得ない。身体のステータスを上げているだろう魔法の出力もだし、あいつのENDの数値はもっとおかしい。アンジェラや桜火の切り札による攻撃を、たった5000程度で無傷に近いダメージにすることなど理屈に合わない。

 ミックがこの状況でうそをつくなんて考えられないが、それを考えてしまうほどミックが明かした事実は衝撃的で………そして、私の思い違いを知らされる結果だった。

 

 「ミック☆それは事実なんですよねー? ってことは、あいつはたった5000程度のENDで☆アンジェラや桜火の切り札や………ミックの奇襲を防いだってことかー☆」

 「……そういえばそうだな。いくら【竜腕】を使わなかったからと言って、あの一撃でほとんどダメージ喰らわないなんて、いくらなんでもおかしい」

 「最初は☆あの怪物のENDが数万以上だと考えていたんだけどねー☆ でも、違ったみたい……ってことは、純粋性能型にみせかけた特殊な防御方法(無効スキル)持った、スキル特化型だったわけだー☆」

 

 全く、数時間前の私を殴り飛ばしたいね。見当違いの考察を長々と疑いもせずに続けていたなんて。

 ………まあ、いい。それを開帳しなかった時点で、誰も知りえない秘密に落とし込むことができる。

 今大事なのは、あれにたいしてどうするかだしな。

 

 「それで、どうすんだ? あいつらも頑張ってるけど、ほとんどダメージ受けてないし……俺が加わってもあまり変わらなそうだな。ほんとに意味わからないぐらい硬いなあれ、ENDはそこまで高くないはずなんだけどな」

 「とりあえず☆もうすこし戦い続けようか! 少しずつでもダメージを与えられているんだったら、戦い続ける事も無駄じゃないしね! 合流してない4人+αがなんかあるかもしれないし☆………レオンや上級職ティアン(ジャックさん)に関しては☆絶望的だけど、他の人は何かしらありそうだしねー☆」

 

 特にあの奈落の底でミックたちがお世話になったという、超級職の男は戦力として数えやすい。もしかしたら、状況を一変させる方法を何かしら持っているかもしれない。

 それまでは………

 

 「戦い続けるしかないねー☆ ハァ……」

 

 

 「――我は秘法に手を伸ばす。 《グランド・ホールダー》」

 

 戦い始めてさらに1時間近くが経過する。

 お互いに無理をしないように、もしダメージを受けた場合やMP切れの場合は一度退いて回復するようにしている。だが、それも長くは続きそうにない。

 もともと私やアンジェラはモンスター討伐の帰りで、アイテムのほとんど……特にMPポーションを大量に使い果たし、そして補充できていない。私のもっていたMPポーションはすでにすべてなくなり、今持っているMPを必死にやりくりしている。いや、私の場合は多少貯金(・・)があるからまだ余裕があるが。

 それでもMPを無駄遣いできず、発動させる魔法は選ぶ必要がある。

 そして、私がMPポーションを持っていないのと同様に、他のみんなもいろいろと危うい状況になっている。

 

 「ちぃ! キャロゥどうすんだい?! 私もそろそろ泉の底が見えてきそうなんだけどさぁ!」

 

 私と同様に戦い帰りのアンジェラもやばい。場合によっては私以上に。

 アンジェラからの悲鳴が聞こえた通り、どうやらそろそろ彼女の武器湖に貯蔵していた分がなくなりかけているようだ。

 武器だけでなく、銃弾もそろそろやばいのだろう。少し前から撃つペースをかなり抑えてきている。

 今の彼女の保有数がどれくらいあるのかはわからないが、あまり長くいられないことはたしかのようだ。

 他の面子にも目を向ける。

 

 まずは桜火。被ダメージはそこまで多くなく、彼女が持っていたポーションで事足りている。武器の消耗も彼女の武器の特性を考えれば、問題はない。

 しかし、彼女が大丈夫かと問われれば、「そうではない」と答えざるを得ない。

 原因は体力(HP)ではなく、彼女の精神(こころ)。前の連戦でもそうだったが、終わりの見えない戦いをずっとし続ける事に、彼女は飽きそして疲弊している。

 少し前からささいなミスが目立ち始め、踊りに精彩さが欠けていく

 このまま同じ戦いを続けるのはもう無理だろう。

 

 残りの二人、前衛で頑張ってくれているミックとブルーノは私たちの中でもまだ余裕がある方だ。

 前衛で敵のヘイトを貰い回避盾じみた役割を買ってもらいながら、時折攻撃を交えて怪物と渡り合っている。

 二人とも前衛で戦っているだけあって、被ダメがかさみ交代で回復に努めているが、それもそう長くは持たないだろう。二人の持つ回復アイテムの残り残量はわからないが、おそらくそう多くはない。防御もしくは攻撃時に武器が傷つくことによって、武器を何度か交換しているのも含め、長期戦は不可能だろう。たとえ私たちの中でも余裕がある方だと言っても、いくらでも戦えるというわけではないからだ。

 

 「……さて、そろそろ潮時かなー☆」

 

 できれば保険を考えて、もう少しここで戦っていたかったが、だからといって無理をして死んでしまっては元も子もない。

 できれば朝までここで頑張っておきたかったが、無理だったのなら仕方がない。

 この深夜の時間帯で皇都(うえ)の人間がどれだけ起きているか、どれだけ戦える人間が多いかは分らないが、なんとかできることを期待しよう。多少の犠牲が出るかもしれないが、それでも国の中枢なんだ特筆できるティアン戦力の一人や二人はいるだろう。

 そうときまれば、話は早い。あとはただ逃げるだけだ。

 

 「ミック☆ブルーノ! そのまま戦い続けながら聞いていてねー☆ 私たちはこれから逃げるから☆敵の注意を引きながら後退戦に移ってねー☆」

 

 いまもなお、戦い続けている二人の前衛にむけて、逃げる意思を伝える。

 こちらから見える二人の背中が、微妙に反応してみたのが見えた。ちゃんと聞こえたようだ。

 細かくは指示をしなくても、前衛戦闘に長けた二人ならなんとかうまくやってくれるだろう。

 それに指示を出さなくてはいけないのは、二人だけではない。

 

 「桜火ちゃんは☆〈エンブリオ〉使って、うまく相手の足止めしてね☆! 今まで通りだけど、踊れないだろうから☆威力の期待できない攻撃はもういらないからそのつもりでね―☆」

 

 桜火に指示を出しながら、こっちだと案内するように駆けだす。

 私の指示に対してなにかいいたげな表情をこちらに向けた桜火だったが、それも一瞬で私の指示に従うと、アンジェラともども私のあとについてくる。

 

 「アンジェラは、この地下通路を崩落させる積りで☆攻撃してね☆! 大丈夫☆私たちが通る道は☆ただの住宅街しかないから、犠牲になるとしたら何体かのNPCだけ(・・・・・・・・・)だから気にしなくていいよ☆! 崩落しない可能性も高いしね☆!」

 

 幸い此処から皇都の外へと続く唯一の地下通路は、すべて住宅街しか通らない。重要NPCもいないはずだし、だから犠牲になっても困らない(・・・・・・・・・・・)

 私たちが全員生き延びて、かつドライフ皇国に重大な被害を出さないための簡単かつ無駄のない解決法(・・・・・・・・・・・・)

 それでもできれば被害は少なくしたいと、朝になるのを待っていたが、それももう待てない。朝になれば、多少の騒音で逃げることができるNPCもいただろうが、夜中のこの時間帯で崩落の予兆に気付くことは難しいだろうし、避難も無理だろう。

 だが、仕方がない。

 通常時ならともかく、この段階で他の犠牲を避けてまで、安全性を捨てなくていいだろう。

私は、この合理性にみんなも頷くと信じて、

 

「だめだよキャロル。そんなことしちゃいけない。僕たち全員生き残って、皇女を助けてこの夜を明けたいけど、だからといってティアンの犠牲を許容しちゃいけない」

 

この場にいなかった、人間に否定される。

その声は、よく聞きなれた仲間のもの。

この大通路から伸びる細い通路から現れた、男の声。彼は――

 

 「……レ…オン?」

 「別に通路を壊さなくちゃいけないってわけじゃないんだろ? だったら、アンジェラには敵を攻撃してもらえばいい。見たところ二人の攻撃がきいていなそうだけど、それでも多少の攻撃の反動で足を遅らせる事くらいはできるんじゃないかな?」

 「レオン! 一体いつこっちに………そっちは大丈夫だったのかい!?」

 

 アンジェラがレオンに安全確認をしながら、二人でこの状況(戦闘中)で談笑するのをみながら、軽く溜息を吐く。

 「こうなったか」という思い。安全策をとるなら、私の言った通りにした方がいいというのはレオンもわかっているだろうに、それでも反対をした。私が、他の人間(桜火とブルーノ)に内緒にしたい力をしっていてなお。

 レオンがこの世界のティアン(NPC)を人間と同じように思っているのは知っていたが、必要とはいえ犠牲が起きることを許容できないか。

 レオンの言葉を無視すると言う選択肢はない。あれはあれで私たちのパーティーの要だし、レオンの言葉でNPCが犠牲になるのに反対しようかどうか迷っていたアンジェラ達が、完全に反対に回ってしまった。これではもう私の策を通すことはできないだろう。

 それに実際、私の策は次善の為の念の為だったわけだしな。

 

 「……んー、わかったよレオン。よし☆! そうときまったら、みんな逃げるよー」

 「あはは、ごめんねキャロル。これで全滅したら、僕の所為だし。それじゃみんな頑張って逃げようか、《エリア・リフレッシュ》」

 

 レオンの握った杖から、オレンジ色の光が周囲に放たれる。たしか、肉体的な疲労を回復する魔法だったはず、これから走るとなったら便利だな。

 それにレオンが杖の先についていた球体を、黄金のワシに変えて周囲にAGIアップのバフを与えている。早く走れるようになって、走るハードルが低くなり、私は安心したぞ。

 

 「それじゃあ☆みんな! 逃げようか!」

 

 

 そして、私たちは走りだしてから、数十分という持久走を行いながら、いまもなお出口へ向けて走り続けていた。

 

 私は時折妨害用の魔法を唱えて、怪物の足止めをして。

 レオンはAGIのバフをかけながら、回復魔法でHPや疲労を回復させ。

 アンジェラはレオンの提案通りに、効かないながらも敵に反動が出やすい攻撃を繰り返し。

 キャロルは走りながら〈エンブリオ〉の剣を、上手に動かして敵をからめ捕ったりし。

 ブルーノは敵が踏み出す先に攻撃を加えて足止めをするという、どこぞの格闘漫画じみた方法で敵の注意を引き。

 ミックは6本の剣と高まったステータスを使い、敵から真正面にぶつかることで足止めを行う。

 

 私たちの力がうまくかみ合い、いまだ怪物に先手は取らせていない。

 

 「キャロ! あとどれだけ走ればいいんだい!?」

 「あと☆もう少しだよ! 次の角を曲がったら、そのまま☆まっすぐ行けば、そこが出口(ゴール)だよ☆ あと1キロメートルってところかな?」

 

 そう後少し。

 それで外に出る事は出来る。外に出た後は、戦いの音とかをきいて誰かしら〈マスター〉なりが出てくるだろう。出口は隠されているとはいえ、皇都からそこまで離れていない。だから、誰かが助けに来ることを疑ってはいなかった。

 

 

 だが………それは一種のフラグというやつだったのだろう。

 

 「VUMOOOOOOU!!!」

 

 怪物が咆哮する。それは私があの怪物とであってから何度も聞いた声であり、そしてこのチェイスが始まってからも幾度も聞いた声であり、そして聞きなれて油断してしまった怪物の変化の声。

 

 「キャロ!!」

 

 ミックが慌てた声を発する。

 いくら怪物の声に聞きなれたと言っても、自分の友人の慌てた声には反応する。

 だが、少し遅かった。もし、怪物の声で反応していたら、すこしは変わったかもしれないが、数秒遅れてはっせられたミックの声で気付いた時には………あまりにも遅かった。

 

 「「なっ!」」

 

 私を含めて何人かの驚きの声が重なる。誰と誰が発したかはわからない。声が重なり合って人を判別できなくなっていたし、なによりそんなことを気にかける余裕すらない。

 驚いたのは、目の前に迫ってきていた死。怪物はミックたちが今もなお抑えているが、それとは別のだが怪物が関係することは間違いないだろう死。

 迫ってきていた死は腕。

後にミックに聞いた話では、怪物が追いかけてくる途中、いきなり自分で自分の腕を噛み捥いだらしい。突然の事で、ミックたちがその意味に気がつかず、そしてそのまま怪物は顔を振るのと同時に、腕を投げつけたらしい。その時に同時に腕に光を集めながら。

 

「避けろ!!」

 

驚いていた私たちに、ミックが避けろと指示を出す。

実際にあれが直撃すれば、戦闘職の桜火はともかくとして、私やレオンのようなやわい人間は簡単に死んでしまうだろう。

人を一人殺すに足るだけの威力を持っているこの攻撃を、「避けろ」とミックが行ったことは、決して間違いではなかった。

 

 ――だが、その指示は間違ってはいなかったが、正解ではなかった。

 

 私たちはミックの指示通りにそれを避ける。全員すぐ避けれたというわけではなかったが、それでも桜火が振った〈エンブリオ〉によって、全員腕から逃れる事ができ、

 

 そして、私はその攻撃の危険性と、本当にしなければならなかった対処法を思い知らされる。

 

 

 起きたのは、爆発。

 投げられた腕が、私たちを通り過ぎながら、光の残滓………腕から零れ落ちる魔力を攻撃の軌跡に残しながら、目の前の通路の上部にぶつかる。

 それは、私たちが逃げる為に通らなけらばならなかった、通路の天井。それが爆発によって崩れ落ち、そして――崩落する。

 

 「「なっ!」」

 

 また再び声が混じり合う。だが、今回は驚きではなく………それもあるだろうが、なにより絶望によって。

 これで、外に出る事ができなくなった。

 これで、いままでの徒労が無駄になってしまった。

 これで、先ほど避けたはずの崩落を結果的に許してしまった。

 このあとの状況もわかる。驚き、絶望感を感じながらも頭の中から必死に、この皇都の地下通路の図を思い浮かべる。

 そして、同じことを思ったのだろう。そんな私にレオンが声をかけてきた。

 

 「………キャロル。この通路の上はどうなってるのかな? それとここ以外に、街中以外に出れる場所ってあるかな?」

 「………一つ目は安心して☆ この上は外壁の外側だからまず人はいないよー☆ そして二つ目は残念☆ ここ以外にそんなとこはないね。だから私たちは選ばなくちゃ☆街中で怪物(こいつ)が暴れるのを許容するか、頑張ってこの崩落した地面を通れるようにするか、それともこいつを倒すか。さあどうするかな☆?」

 

 頑張って、ロールプレイする。私も、この状況に混乱と、徒労と、絶望感をもっているが、だからといってこんなとこで諦めたら、意味がない。私の知る(目指す)魔法少女の一人は、こんな状況でもきっと「絶対、大丈夫だよ」とかいうに決まっているのだから。

 だから、頭を回す。

 この状況で、いちばん何とかできそうなのは私くらいだろう。この怪物を倒すことも、この崩落した通路に風穴をあける事も不可能ではない。

 だが、まだ少し時間が足りない。私が望む威力を出すには、一つでは足りず、おそらく2つは必要になる。だが、もっとも使いやすい《青》は昼での戦いでエンプティ状態だ。

 《青》を使うために、あともう数時間戦い続けてくれと、言えない。それは、周囲の状況を見れば、言う事はできなくなる。

 もうみんな満身創痍だ。特に桜火はいろいろと限界かもしれない。

 

 「足りないかもしれない☆だけど、できるだけやってみるよ☆」

 

 だから、私は切り札を切る。

 “虹”は使えない。魔力があまりにも足りない。

 今使えるのは“赤”だけだ。しかも、私の〈エンブリオ〉の反応から見るに、あまりにも薄い(・・)

 だが、それでも状況を変える為に、切らなければならない。

 もし、これで倒せなくても、罅の一つでも入って、あの怪物を倒すきっかけになればいい。

 

 「みんな☆よく聞いてね! 今から私の魔法を使うから、それまで私の護衛お願いね☆」

 

 反応は聴かずに、準備を進める。

 

 「《赤色の蒐集連環(レッド・コレクター)》起動。“星の光よ、我が元に集い来たりて”」

 

 手にもった|杖〈エンブリオ〉を敵に向ける。

 同時に杖の石突きの先に四つの赤色の円環の魔法陣が連なって、浮かび上がる。

 赤色の魔法陣を吸入口として、魔力を蒐める。

 これが私の〈エンブリオ〉のスキルの一つ、魔力蒐集。

 自分を中心として、誰の物でもない魔力(リソース)を蒐めるスキルだ。しかし、この誰の物でもないというのが曲者で、基本的に使い終わった魔力は無くなるために、なかなか使いどころが少ないスキルだ。

 もっとも時間をかけなければいけない他のスキルと違い、このスキルはいくらでもつかうことができるのが利点ではあるが。

 

 「魔力充填、問題はなし……いや、少々すくないか? ………続行可能、続けます」

 

 〈エンブリオ〉に貯まっていく、魔力を見ながらやはり少ないと思いながらも、それをやめることはしない。

 基本的に私の〈エンブリオ〉は一撃必殺。ここで使わなかった分の余分なリソースを次に持ち越せない以上、たまっていく魔力を無駄にする中止という手段をとることはできない。

 おそらくはなにかしらの影響………もしかしたら目の前の怪物によって、周囲の魔力を食い散らかされているのかもしれない。

 そのことに、なにかしらのひらめきが出かかるが、それよりも次の手だと頭を進める。

 

 「――(かぜ)は炎に、宇宙(そら)を埋め尽くすは全て光」

 

使う魔法は、私が使う中でも希少な、即興ではない魔法詠唱文を決めているスキル。

始めに使う魔法は、天属性。

杖の先に極小の風球を7つ生み出す。

風の球はやがて回転を早め、熱を持ち、そして炎へと変える。

風の外殻によって、炎を漏らさず、中で熱を高め続け、そして白く輝かせる。

 

「――(ちり)は星に、原始(はじまり)が紡ぐは七環の天体図」

 

 次に使う魔法は、地属性。

 風によって球体の中に閉じ込められた塵や砂などの鉱物を、炎と魔法によって精錬する。

 精錬するのは可燃物。

 杖の先に広がるのは、塵と炎が閉じ込められた、七つの球体。それがまるで天体図のように私の杖を太陽として、ぐるぐると回り続ける。

 

 「――(あめ)は命に、混沌(じごく)の日々に安寧を」

 

 次に使うのは海属性。

 炎と塵によって、いまにも破裂しそうな魔法(ほし)を、破裂しないように威力を減衰させる。

 ただ、減衰するわけではない。もっと効果的に。もっと強烈に。

 さらなる火力を求めて、くみ上げ続ける魔法に、一時的にストッパーを噛ませているだけにすぎない。

 それはただの一時的な安寧(げんそう)

 

 「――(ぜん)は一に、神意(すべて)は此処に集約せり」

 

 全ての魔法を同時に扱う。

 風をまとめ、炎の温度を上げ、塵の量を増やし、可燃性を上げ、時がくるまで抑え続け、球体の完成度を上げ続ける。

 これを限界まで続ける。

 私が操作可能な球体の数の最大数は、私の好きな数字と同じく7つ。

 これを私と〈エンブリオ〉がもつ魔力量の限り、まわし続ける。

 そして、此処に一つの魔法とする。

 最後の魔法は、解放の魔法。無属性でどこにも属さない、ただのありふれた魔法を起爆剤とする。

 風の抑え、海の制限、それらをまるで今にも崩れそうなジェンガから、さいごの柱を取り除くように、たわいのない魔法で、最大限の効果を発揮させる。

 

 「――そして、終焉より始まる、開闢の光を(集いし七色の輝きを)

 

 魔法が一段落し、敵を見据える。

 私の魔法が出来上がるのを見て、ミックとブルーノが怪物から離れる。

 怪物はいまさら私に気がついたのか、脅威を排除しようと私に向かって突撃してくる。

 だが、遅い。もうすでに魔法は完成している。

 

 「第一魔法開帳――《Seven Colors & Seven Stars》」

 

 此処に私の作成した、オリジナル魔法の一つを解き放つ。

 解き放たれた7つの球体は怪物に向けて発射され、そして怪物に当たり爆発する。

 一つ一つが上級職の奥義に匹敵する大魔法。

 これならば――

 

 「やったか!」

 

 その光景に、ミックが離れながらフラグ臭い言葉を言いながら、ガッツポーズをしているのが、爆煙がたちこめる端に見えた。

 

 「いや☆だけど、さすがに………。……やっぱり☆フラグだったかー」

 「なっ!」

 

 私の目の前、爆炎が晴れた先には、変わらぬままの怪物がたっていた。

 あの魔法を喰らって、どうして!?

 そう思ったのは一瞬、すぐに理由は察せられた。確かにあの魔法は私のお気に入りでかつ、私の持つ魔法の中でもおとなしめの使いやすいもの。

 だから、あれの威力は私の持つ魔法の中でも低いし、さっきまでもっていた魔力保有量が低すぎたため、威力を十分に保てなかったのだろう。

 簡単に見積もって、威力は《クリムゾン・スフィア》の1.2倍位か。

 それでは低すぎて(・・・・)、あれにダメージを与える事は出来なかったのだろう。

 一応、あの怪物の表面が煤けていて、HPが数%削れているが、それでは気休めにならない。

 

 もう私に打つ手はない――そんなことを思った私に向かって怪物が向かってくる。

 すでに私に脅威はないだろうに、先ほどの続きか、ダメージを喰らったお返しか。

 理由はわからないが、怪物はこちらに向かってきていた。

 ミックもブルーノも、どっちも先ほどの攻撃範囲から逃れる為に、怪物から離れていて私を守ることはできない。

 桜火は私がヘイトを取ってしまったことに気付いていなく、レオンとアンジェラは打つ手がない。

救いの手はない。

 

 「あ」

 

 怪物が近づいてくる。刻一刻と、死の間際だからだろう、なんとなく遅くなった気がする周囲の風景と、目の前に迫って来る怪物の口を見つめる。

 その自分を喰らおうとする怪物(悪魔)に、最後の絶望()を感じ、

 

 「抑えろ、“悪魔共”!」

 

 その怪物を数十の悪魔が取り押さえた。

 それは最後の〈マスター〉。

 それは最後の色。ここに七人の〈マスター〉(七つの色)そろった(集まった)

 

 それは紛れもない、希望の(ピース)

 

To be continued

 




余談1:キャロの魔法

(=○π○=)<魔法の詳細設定がでてきたために、考え直さなくてはならなくなった魔法の一つ。
 
(=○π○=)<最初はただ、七属性の魔法の属性弾を発射するだけの魔法だった。

(=○π○=)<考えるのが大変だった(作者の頭の出来の所為で)


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第25話 【悪魔騎士】悪魔による蹂躙の仕方

(=○π○=)<思った以上に筆が進んだので投稿

(=○π○=)<ちなみに、感想で返したんですが。「これいじょう第一部でオリキャラがでない」っていうのは

(=○π○=)<重要キャラが出ないってことなので、雑魚キャラや村人A的なのはそこそこだします、あしからず。


第25話 悪魔による蹂躙の仕方

 

□迷宮内 【悪魔騎士】ローガン・ゴールドランス

 

 「っつ! まだ、こんなにいたのか!」

 

 俺が無数の機械兵――イラストを知らないから正確なことは言えないが、もしかしたらあの【煌玉兵】かもしれない敵……を倒し、進んだ先には広大な空間。

 半径十数メテルはあるだろう、円形の広場じみた空間に、9人の人間が連れだって歩いていた。

 それは手に各々別の紋章を輝かせる〈マスター〉であり…………まず間違いなく、俺の()

 俺が出くわしたのは敵の背後だったため、気が付いていなかっただろうが、俺の声であいつらも俺のことに気がついてしまったようだ。………っち、うかつに声を荒げたのは失敗だったか、次は気をつけるとしよう。

 まずは、その前に………

 

 「敵を皆殺しにするとしようか、シュテル!」

 (はい、主様!)

 「あいつは! 決闘2位のやつだ! ステータスは低いから、速攻でやっつけちまうぞ、悪魔を召喚させるな!」

 

 敵の中から一人の〈マスター〉が俺を指さし、指示を出す。あれがあの中の司令塔のような存在なのかもしれない。だが、パーティー会場に強襲して来た、あの3人がいないな。ミックたちがおっていったから、別の場所にいるのか?

 

 「くらえぇ!」

 

 俺の元に〈マスター〉の一人が向かってくる。通常の武器ではあり得ないような奇形の剣を携え、赤い外套を纏ったその男は、上段より振り下ろそうとする。

 その〈マスター〉のスピードはかなり速い。おそらく相手のAGIは1000を軽く超え、俺の経験的におそらくAGIは3000近い。

 ジョブ構成はおそらくAGI特化の上級職ひとつと下級職を1~2個取っていると言ったところか。

 俺の今のAGIがやっと150を超えたと言ったところだから、お互いの速度差は3倍はあり、移動や攻撃速度はもちろん認識にもその差は及んでいるだろう。………赤いからと言って、なにも本当に3倍で動かなくてもいいんだがな。

 相手はまぎれもなく速い。しかし、いくら早くても………ステータスが高くても、

 

 「それではダメだな――」

 

 足を半歩ずらす。それだけで、敵の攻撃を避ける事ができる(・・・・・・・・)

 こいつはあれ(・・)と同じだ。

 何も考えず、ただステータスのまま振るえば、自分よりステータスが低い相手にあたるなんて考えている。それが【獣王】や【殺人姫】くらい、馬鹿げている差ならまた話は別だが、3倍差程度なら、別の要因で軽く覆すことができる。

 俺は相手の剣戟を避けながら、剣を振り下ろした〈マスター〉の後ろから近づいてくる、3人の〈マスター〉を見る。

 この3人は今の男よりは遅いが、それでも俺よりステータスが高いのは間違いないだろう。だが、それでもなっていない(・・・・・・)

 これなら、こいつらに対する対策はいらないな。あいつらの後ろにいる残り数人の〈マスター〉も魔法を発動させようとしていたり、もしくは遠距離攻撃だったりで、危険性は感じない。〈エンブリオ〉特有のわけのわからないスキルによっては、こちらもなにかしらの危険を背負うことになるかもしれないが、今は考える必要はないだろう。

 今やるべきは、こいつらの殲滅だ。

 

 (シュテル……いつものだ。PMD(汎用強化)

 (了解です。設定問題ありません、蹂躙なさるんですね!)

 

 シュテルが喜んだ声を上げる。今はプレイヤースキルと《空想武装》のスキルレベル上げの為に、剣を振るって戦う事の方が多かったが、その所為でシュテルが「悪魔を沢山よびだしましょうー」と何度も催促をかけてきて、若干面倒に思っていた。

どうやら、シュテルは【改竄悪魔】の名の通り、悪魔を沢山呼び出して闘う事を好むらしい。他の武器を装備することを嫌うネメシスと同じ感じだろうな。

決闘でさえ、自分の手札を隠すために悪魔をどれだけ(・・・・)出せるのか見せようとしなかっため、本当に悪魔を真っ当に召喚する機会に恵まれなかった。

だが、今回は別だ。いくら、なんでも〈エンブリオ〉の能力が判らない〈マスター〉複数相手に近づいて攻撃すると言うのは、防御力に今だ不安の残る現状試したくはない。

それにこいつらには………接戦による敗北ではなく、圧倒的な実力差による惨敗を味あわせてやりたい。

だから、

 

「いくぞ、《強化召喚(アドバンスドサモン)》“地獄の底より来たれ、我が最強の騎士よ”《コール・デヴィル・メガロニカナイト》!」

 

俺が呼び出したのは1体の悪魔。

敵の攻撃から避け、バックステップにより俺と敵の中間地点に黒い泡を浮かべ、それから俺が今呼び出せる最強戦力を召喚する。

自らの最強戦力を呼び出すことに高揚を感じ、すこし長めの召喚文を詠唱してしまったが、敵の〈マスター〉の中でこれを妨害できそうな相手はいないから問題はないだろう。

泡がはじけ、その中から悪魔が現れる。大きさはおよそ5メテル近く。全身を金属製の鎧をまとった巨大な悪魔。悪魔の半分ほどの大きさの巨剣を構え、赤い(まなこ)で目の前の剣を振り下ろした体制のままの赤い外套の男を見下ろし………そして、無造作に振るった巨剣で、ただの一撃でその男を光の塵に変える。蘇生猶予など、一秒さえも許さずただ無慈悲にデスペナルティに追い込んだ《メガロニカナイト》は、俺の意思を汲み己が蹂躙するべき相手を認識する。

 

「そんな、クルクルシュナイダー! 馬鹿な、あいつはAGI型だから防御力低いっていっても、それでも一撃で殺されるなんて!」

 

………あいつ、そんな名前だったのか。

まあいい。AGI型だからといって、一撃で倒されることに驚いているようだが、もしそいつを“上級”という区切りの中で止めたいなら、覚悟をすることだな?

本来の《メガロニカナイト》は純竜級の悪魔。【悪魔騎士】の奥義だが一つの街程のコストを要求されるというのに、その能力はそこまで高いものではない。純竜級といっても、数千万リルを払えば純竜級を買う事は出来るしな。

だが、俺が呼び出したこいつはそんなレベルではない。

 

「俺がタンクをする。他の奴はその間に決闘2位のやつをやっつけてくれ! 《オート・ヘイトカヴァー》《アストロガードォ》!」

 

鎧を着た男が構える。

盾は持っておらず、《アストロガード》を使用したという事は、おそらくあいつのジョブは【鎧巨人】ということだろう。

“蹂躙天蓋”も就いていたタンク向けのジョブの一つ。

そして確か《オート・ヘイトカヴァー》はタンク向けのジョブが持っていることが多い、ヘイトを集める事ができるスキルのひとつだったはずだ。特性としては『一定以下の自我を持つモンスターにしか効かない』という制約があったものの、それさえクリアさえできれば、どれだけ高レベルのモンスター相手にも使える便利と攻略サイト(というよりは情報収集サイト)で評価が与えられていたスキルの一つだったはずだ。

たしかにそのスキルは、意思と言う物を持たない召喚悪魔には効果的だろう。レジストなんて一片の可能性も無く、《メガロニカナイト》に効く。

実際に《メガロニカナイト》はあの【鎧巨人】の影響を受けて、あいつの元までまっすぐ駆けていく。

そして一直線に進む《メガロニカナイト》を迂回するように二人の〈マスター〉が武器を構え、連れ添う狼にのり、全く違う方法で俺を殺そうとしている。

おそらくあいつらの考えとしては、あのタンクが動けなくなる代わりに防御力を5倍にする《アストロガード》を使い、悪魔の攻撃を耐えている間に、無防備な俺を倒すつもりだろう。

だが、いくつか思い違いをしているな。

まず一つ、俺はそんな簡単に死にはしない。

 

「《レーザー・スラッシュ》!」

「《狼天…》」

 

一人の男が振るった剣をよけながら、敵が振るった剣を握る腕をつかみ、大外刈りの要領で敵の体勢を崩しながら、いまだ攻撃のエフェクトができる剣を、男の代わりに俺の敵に向けてふるう。振るわれた敵は俺に攻撃しようとしていた狼に乗った少年。

俺の知らないスキル………おそらく〈エンブリオ〉のスキルを使おうとしていた少年は、《レーザー・スラッシュ》をまともに身体に受け、攻撃がキャンセルする。

そのまま剣を振るった男を飛ばし、距離を取る。

剣を振るった男も、あの一撃を受けて未だに生きている男も、どちらも驚いているがそれほど大したことではない。

 

これが今の俺の実力。この世界に来てから約半年、〈エンブリオ〉の進化と言うわかりやすい強化が後回しにされた俺が、必死にプレイヤースキルという実力を手にするために重ねてきた努力の結果だ。

本来なら俺はそんなことをせずとも強くはなれるだろう。だが、最強には届かない。

俺は原作知識で知っている。俺と同等もしくはすこし低いと言っても、天才であり努力や研鑽を行っている連中を。

だからそのために、見返すために俺は自分のパーソナルを改竄する。

それで最強に至れるというのなら、努力だってしてやるし、知り合いを利用することもいとわない。

それと………、驚いて俺を見つめているようだが、そんな余裕は貴様らにないぞ?

後ろから後方役の数人の〈マスター〉が騒いでいるが、それは届いていない。

もっとも、今からではあいつらのAGIからしたら手遅れだろうがな。

俺に対して口を開こうとした剣をもった男が口を開こうとする。おそらく「なんで?」とかそんなことを言うつもりなのだろう。

だが、それを聞き届けるまでもなく、後ろから悪魔が追い付く。

 

「ガッ!」

「はっ!? なんで、ライ、ちょめ助――あ」

 

後ろから《メガロニカナイト(・・・・・・・・・)》が剣を振るい、剣を持っていた男の首を薙ぎ、そしてデスペナを与える。

それに驚き、声をあげた狼に乗る少年に、反応すら許さず音速(・・)で近づき、再び剣をもって一刀両断する。

その間わずか5秒。

《メガロニカナイト》がタンク役の【鎧巨人】に向かっていってから、俺を攻撃して来た二人とタンクの一人、計三人の〈マスター〉を瞬く間に処理した悪魔の騎士は、今度は敵に向かわず俺の前でその身体を張る。

理由は魔法使いの男を含めて火力の高いスキルを複数こちらに向かって撃って来たからだ。俺一人でも対処できないわけではないが、こいつの性能の高さを思い知らせるのなら、この方法がもっとも冴えたやり方だ。

俺をターゲットとした《クリムゾン・スフィア》や《ハイパー・ショット》などの、俺も知る強力な攻撃や、中には俺も知らない〈エンブリオ〉やレアジョブ由来の攻撃もいくつかまじっている。

HPがやっと300を超えた程度の俺なら、その内の一撃でも貰えばたちまちHPを削られてしまうだろう。まあ今は【救命のブローチ】をつけているから、一撃程度なら回避できるが、複数喰らえば死んでしまうし例えダメージが0でもダメージによる痛みがなくても、わざわざ喰らおうとは思わない。

もっともこの攻撃を喰らうのは俺ではなく、この《メガロニカナイト》だから問題はないだろうがな?

 

(シュテル、逃げられる可能性がある。あいつらが向かってくるならこのまま《メガロニカ》に任せるが、そうでないときのためにPMD(汎用強化)は維持しておけ、いざとなったら悪魔軍団を呼ぶ)

(了解いたしました主様。………いやぁ、早く逃げてくれませんかね、あいつら。すごいわくわくします)

 

いや、逃げるのを期待するなよ。一応は逃げてくれない方が楽なんだから、コスト的にもな。

そう思っていた俺の頬を熱風が通り過ぎる。どうやら攻撃を《メガロニカナイト》が防ぐことができたようだな。俺の位置からでは向こう側が良く見えないため、その瞬間を目撃することは出来なかったのが残念だ。

《メガロニカナイト》の向こう側で困惑した焦った声が聞こえる。「どうして」という声は今の一連の攻撃で《メガロニカナイト》が傷ついていない(・・・・・・・)からだろう。

それも当然、今の《メガロニカナイト》のENDとHPをもってすれば、あの程度の攻撃を多少の傷で抑える事ができる。

さて、驚き絶望している所悪いが、生憎とそんな時間は残されていないぞ?

俺の召喚悪魔はいまだ健在で力は十全を発揮できるんだ、そら今から悪魔が地獄へ向かいに行くぞ?

 

「っぐ、どうしてだよ! いくらなんでも俺たちと同じ〈上級〉がこんな強い悪魔を召喚できるわけない! 一体どうしてっ、ぐァ!!」

 

俺を指さし文句を言おうとした一人のPKを、《メガロニカナイト》が容易く屠る。

ヒーラーだったからだろう、前衛を倒した時以上に容易くそのPKは光の塵へと姿をかえる。

それにしても、「俺たちと同じ〈上級〉がこんな強い悪魔を召喚できるわけはない」、か。

一応訂正しておくと、俺はいまだに〈下級エンブリオ〉なんだが、指摘する必要性はないな。

確かに俺が呼び出した悪魔は本来の位階は“純竜級”として扱われている。

戦闘職の〈マスター〉なら〈上級エンブリオ〉に進化した段階で、“純竜級”を倒せるようにはなっているだろう。

だが、そいつはちがう。

悪魔のSTRはEND特化の上級タンクを一撃で屠ることができ。

悪魔のAGIは音速に移行する1万を優に超し。

悪魔のENDは上級の必殺を複数受けてなお、無傷でいることができる。

他のステータスも同様に高い(LUC以外)、そいつのSTR・END・AGIのステータスの数値は36,000。

すなわちそいつの位階は、ステータスのみで見るのなら“伝説級”に値する。

超級職である【魔将軍】の《ギーガナイト》に匹敵する大戦力だ。並みの〈マスター〉に超えられるものではない。

 

「っちっっっくしょう! 全員逃げるぞ、あんなのに勝てっこねぇ!」

(おや? 向かってこないのですね、残念ですがそれならこのまま殲滅するまでです。主様よろしいですね?)

「追いかけるのは面倒だしな。《強化召喚(アドバンスドサモン)》“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

再び悪魔召喚を行う。今度はいつも使う《バタリオン》による悪魔の軍勢。

召喚数はいじってないため、その数はたった16だが、《メガロニカナイト》と一緒に敵を追い詰めるのに使用するのならこれでも十分だろう。

残りの(えもの)は6体。これで事足りるだろうし、足りなければ足せばいいだけだ。

呼び出した悪魔は、俺の号令を聞き飛び立つ。その速度は《メガロニカナイト》には遠く及ばないが、それでも元の数値から比べれば速いその悪魔は、PKたちを追い詰め狩るために飛び立つ。

この悪魔たち、そして《メガロニカナイト》共に、汎用強化と《強化召喚》による補正が加わる。

 

強化の数は3つ。

【魔式手甲 ゲーティア】による6つの召喚強化式のひとつ、《強化召喚(アドバンスドサモン)》によって全ステータスが2倍に。

シュテルによる《偽証》によって倍加されているスキルによってステータスがさらにアップしている。そのスキルは、【従魔師】のスキルである《魔物強化》。元のスキルレベルは下級で手にれられる最大数値にしているため、全ステータスは本来なら30%アップするが、それが今は3倍になり90%の強化がなされている。

そして同じく同系統の強化スキルがある。全種族平等強化の《魔物強化》とは異なる、特定種族限定の強化スキル。そのスキルの名は《悪魔強化》、見たままの通りに悪魔種族限定で強化するスキルであり、俺が就いている下級職のひとつである【邪教徒(ヒーザン)】によって得られるスキル。《悪魔強化》によるステータス強化は、《魔物強化》と同じで元々30%強化の所、《偽証》が加わり90%の強化がなされる。

結果的に、元が5000の《メガロニカナイト》のステータスは36,100へと至り、元が100の《バタリオン》は722になる。

《バタリオン》程度の強化率でも、並みのティアンなら強敵だし、《メガロニカナイト》に至っては………この通りだ。

 

「っちっくしょう!」

 

また再び同じ悲鳴が聞こえる。伝説級にまで至った悪魔を今のあいつらでは倒すことは難しいだろう。もっとも「不可能」だと断定はしない。それは慢心だ、〈マスター〉がそれぞれ持つ〈エンブリオ〉はそれを覆すことが可能な「わけわからない殺し」がある。俺もそうであるように、あいつらにもこの状況を覆すことが可能ななにかしらがあってもおかしくはない。

だが――見る限りそれは杞憂だったようだな。

あいつらは群れを崩し、散り散りになって逃げようとしている。もし手立てがあるのなら、それを企てようと思うだろうにそれが全く見られない以上、問題はなさそうだな。

いまも《バタリオン》が追い詰めた〈マスター〉の一人を《メガロニカナイト》が切り捨てた。

お互いの戦力差は一方的に広がるばかりだ。

 

そう――思っていた。

 

突如、爆炎が巻き起こる。

この空間すべてに爆風が届くほどの巨大で、おそらくかなり強大な爆発が都合3度。

発生源は元々《メガロニカナイト》がいた場所。

俺はそれに驚愕する。爆炎を起こせる相手がいたことよりも、あの《メガロニカナイト》を倒せる相手(・・・・・)がいたこと。

爆煙の端から、《メガロニカナイト》の身体が光の塵になっていくのが見える。あの3度の爆発だけで18万を超えるHPと3万を超えるENDを持つ、俺の最強戦力を倒せる奴が敵の中にいる事を考慮していなかった。故の驚愕。

そんな馬鹿火力を叩きだせる奴はあの変なRPをしている女か、もしくはファトゥムのような、大火力に特化した魔法職ぐらいだと思っていたからだ。

 

「……な…に!?」

(……主様! 気をつけてください! 今の攻撃(・・)は!)

 

ああ、《メガロニカ》を倒せる敵があっちに……いや、違う!

俺は全力で全速で、身体を崩し後ろからのあるだろう(・・・・・)奇襲に備える。

一瞬で注意を払ってなかったせいで、よく見ていなかったが、爆発が起こる直前………なにか光り輝く物を見た気がした。

あれは【魔術師】系統が魔法を通常通りに発動したことによっておきた事象(こと)ではなく、まずまちがいなく強力な魔法が込められた【ジェム】を使い捨てることによる最近語られ始めた【ジェム】生成貯蔵連打理論の体現。

純粋に強力な超級職の魔法(・・・・・・・)を込められた特性品。

しかし、そんなもの《大火力のジェム》を俺から逃げようとしていた〈マスター〉が持っているとは思えない。

ならば、そんなものを持っていそうな相手はひとつに絞り込める。

それは――

 

(っち、やはりか!)

 

俺のこめかみを通り過ぎる、一刃を横目で確認する。その位置は元々俺の首があった場所。

ジェムによって《メガロニカナイト》を倒した男は、気配を消し音速で俺の背後から奇襲を行ったのだろう。物凄く速く、そして容赦がない。

目線を少し横にずらし、攻撃して来た敵を確認する。

その人物は40を超した男性で、へんな形の頭部の骨を帽子代わりに被っており、そして服装はジーンズと革でできたジャケットという、変な恰好をしている。………〈マスター〉から変とは言われたくないだろうが。

 

(この男は……!)

(間違いなく、襲ってきた集団の一人です。お気を付け下さい主様)

 

 その男は、今日………いや、昨日になるだろう、パーティーに突っ込んできた4人の襲撃者の一人。

 この事件を引き起こした原因だろう男は、その顔に驚愕を浮かべてこちらを睨んでいる。推測だがその驚愕の原因は、奇襲を避けられたことだろう。俺のようにステータスの低い相手が、自分の攻撃を避けられるはずはないと、そうタカをくくった思いが裏切られた故の驚愕。

 俺のステータスの低さは、行動の一つ一つを見れば察することはできるし、なにより【斥候】なんかの基本的なジョブを取っていれば《看破》できるから、ばれたこと自体は問題ではない。

 いま重要なのは、この状況をどう切り抜けるか。敵の攻撃を避ける為とはいえ、体勢が崩れていてすぐに動き出せない俺を、今度こそはちゃんと仕留めると意気込みを見せながら第2の刃を振るおうとするティアンから、どう切り抜けるか、だ。

 

 (《融合召喚(フュージョンサモン)》によるスピードアップ……は間に合わないし、なにより逃げる為のダッシュをする余裕がないから却下だな。なら……シュテル、PSA《物理強化》―チーム!)

「《速効召喚(クイックサモン)》“割りこめ”《コール・デヴィル・チーム》!」

 

《速効召喚》によりAGI型の超級職からしても速いといえる速度によって、3体の悪魔が瞬時に召喚される。

強化部分は、ポイント節約のためのポイント()と、《チーム》の平均ステータスであるSTR()AGI()の3つ。

このお互いの距離が近い状況では、数をいくら増やそうと意味はあまりないし、強力な悪魔を呼ぶよりは使い捨ててでも、この状況をリセットした方が得策だろう。

敵の男は仕留めようとした俺が呼び出した悪魔によって、その攻撃が鈍っている。これなら“保険”を使わずとも、凌ぎきることができそうだ。

 

「投げろ! はじけ! 盾になれ!」

「邪魔ダァ!」

 

悪魔に命令を下す。

呼び出した3体の悪魔の内1体に自分を投げ飛ばさせ(・・・・・・・・・)

1体を敵に向かわせ、弾かせる。もっとも、倒されるだろうが、時間を造り出せれば問題ない。

そして最後の1体はそのままそこで防御に努めさせる。こいつも倒されるだろうが、それでも時間は稼げる。

 

「っぐ!」

 

自分に圧力がかかったと思うのと同時に、身体が浮遊感に包まれる。

うまく悪魔は俺を投げ飛ばしてくれたようだ。3倍化が入ったとはいえ、元々ステータスが低いが、子供一人を投げ飛ばすことくらいはできるからな。

数メテルの距離を飛ばされながら、必死に体制を整え、地面に身体をすりつけながら、立ち上がる。

同時に、敵を確認すると、男の周囲から光の塵が3つ立ち昇っていくのが見える。やはり、速攻で倒されたか。

だが、役目は果たした。

 

「シュテル汎用強化――《二重召喚(デュアルサモン)》“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」

 

悪魔が稼いだ数秒を利用して32体の《バタリオン》を呼び出す。

敵の男は「面倒だ」とでもいうように、顔をゆがませてついていないというのに、地を払うように両手に握った短剣を振るう。

まだ、こちらからはしかけない。悪魔を追加することもしない。

俺は自身の強化にジョブの方向性を進めてきた所為で、《看破》をはじめとする便利なスキルを一切持っていない。だから、敵の情報が全くない。

敵が応じるかはわからないが、と思いながら口を開く。

 

「ずいぶんと物騒な物を持っているな。あの強化した《メガロニカナイト》を倒すアイテムなんて、どんな手段で手に入れたんだ? それもやっぱり、盗んだのか?」

「ハァ? なに勘違いしてやがンだ!? あれは盗んだんじゃなく、旦那が念のためって渡してくれた、《恒星》を込めたってヤツで………って、なにおれはまじめに化け物に返事を返してるんだか?」

 

馬鹿正直に答えてくれるとは思わなかったな。

なら、もう少し話を続けて、情報を聞き出そう。

そう思った、俺の話を切り、あいつは獰猛な顔を浮かべて、宣言する。

 

「俺の名前は【山賊王】ヴィシャート・アングリカス。化け物どもにいちいち名乗るのも無意味だろうが、生憎とこれから全てを奪うときめた相手に名乗るのは、俺の流儀なんでな。さあ、とっととくたばってもらうぜ?!」

 

そして――この世界の【超級職】(絶対強者)の一人が動きだす。

 

To be continued

 




(=○π○=)<《恒星》を扱える魔法職……きっと、【炎王】に違いない!(ミスリード)


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