高任斎の一発ネタ集。  (高任斎)
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1:甲子園。(原作:金閣寺)

投稿するには最低1000文字必要だなんて……。
個人的には、『本文:なし。』で、『世界一短い小説』にしたかった。


タイトル:甲子園

あらすじ:イトコを応援するために行った夏の甲子園。

     少年は、その魅力の虜となって、甲子園に永遠を求めるのだった。

原  作:金閣寺

 

本  文:なし。

 

 

 

感 想1:すごいです。本文がないのに、ラストシーンが目に浮かぶようでした。

 

感 想2:初めて見た甲子園を守るために、主人公は凶行に及んだんですね、わかります。

 

感 想3:本文無しって意味分かりません。というか、感想1、2って薬でもキメてるんですか?

 

感 想4:感想欄で、ほかの感想欄に言及するのはルール違反です。

 

感 想5:おまいう。

 

感 想6:だから、意味不明っつってんだろ。

 

感 想7:ググレ。

 

感 想8:放っとけよ、全力でバカさらしてるんだから。

 

感 想9:荒らしにかまうのも荒らしなので、スルーしてください。

 

感想10:9はこの作品を理解していない。

 

感想11:……どういうこと?

 

感想12:あ。

 

感想13:ああ、ラストシーンって、そういう……。

 

感想14:本文なしってことは、限られた情報から察することができるってこと。

 

感想15:つ『金閣寺』

 

感想16:つ『あらすじ』

 

感想17:おまえら、親切すぎ。

 

感想18:つ『タイトル』

 

感想19:18はいらんだろ。つーか、自分も含めてマナー悪杉の感想欄www。

 

感想20:教えてクレメンス。

 

感想21:わかったけど、ラストシーンしか思い浮かばない。

 

感想22:行間を読むんだ。高校球児ルートか、球場施設に就職ルートか……。

 

感想23:どこにあるんだよ行間って……あああ、わかった!

 

感想24:甲子園とは無縁で、プロ入りルートの展開に泣けた。

 

感想25:【悲報】主人公、パ・リーグ球団からドラフト指名。

 

感想26:交流戦……?

 

感想27:オールスター……?

 

感想28:甲子園でオールスターって、あったっけ?

 

感想29:各球団、持ち回りじゃなかった?

 

感想30:え、夏の甲子園とかと重ならないの?

 

感想31:オールスターは7月だよ。

 

感想32:【朗報】主人公、40歳にしてFAでタ〇ガースに入団。

 

感想33:少年の夢が叶った!

 

感想34:残念、あの頃の甲子園じゃなかったんだなあ。

 

感想35:ワロタ、感想欄で作品が完成していく。

 

感想36:お前ら、タ〇ガースファンの暗黒時代を知っているのか?

 

感想37:大正義球団のV9時代だな。

 

感想38:ヤバイ、ガチの古参兵がおる。

 

感想39:御堂筋シリーズですね、わかりません。(白目)

 

感想40:生まれてないけど、知ってます。

 

感想41:ナイター中継が始まったら、先発投手が誰かわからなかった件。

 

感想42:鯉のぼりとともに故郷に帰っていく助っ人外酷人。

 

感想43:野球ファンは野球スレに帰ってくれないか。むしろ野球は関係ない。

 

感想44:感想欄、炎上しすぎ。

 

感想45:あっ。

 

感想46:……言っちゃったか。

 

感想47:作品が完成しました。

 

感想48:二段構えじゃったか……。

 

感想49:うん、なるほど……だから、どういうことだってばよ。

 

感想50:感想欄は閉鎖させていただきます。




ネットスラングがよくわからないから、とりあえずスレを3本ほど読んでみました。
……昭和世代には厳しい世界だと思いました。
ぎこちないとか、そんな言葉回しなんかしないというのは、大目に見てください。


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2:タケトリの伝説。(原作:竹取物語)

なんか、原型は奈良時代あたりに成立したとみられてるらしいですね。



 今は昔……。

 

 竹から出てきたかぐや姫。

 3ヶ月の促成栽培で美しく育った姫は、男たちの好奇の視線にさらされた。

 現実の男どもには見向きもしない、姫のつれない態度に諦めていった数多の男たち。

 そこに、不屈の闘志を持った5人の男たちが立ち上がる。

 だが、姫に無理難題を押し付けられ、瞬殺であった。

 男を寄せ付けぬまま日々を過ごす姫。

 しかし、いつからか悲しげに月を見つめるように。

 

 ある日、姫の口から驚くべき告白がなされた。

 

 自分は月の世界の罪人で、罰としてこの地に流された。

 どうやら、月に帰る時が来たようです、と。

 

 竹取の(おきな)、そして(おうな)は、これまでの姫の態度に理解を示しましたが……その、目に見えてしまう疑問を口にしました。

 

 かぐやよ、故郷である月に帰るというのに、なぜそんなにも悲しい顔をしているのか?

 

 この問いに、姫は口をつぐみました。

 その様子を見て、翁も、媼もまた、二度とその問いを口にすることはありませんでした。

 しかし、姫が月に帰るとどこから漏れたのか、周囲が騒ぎ始めます。

 月からの使者、何するものぞと、時の帝は家の周囲に軍を配置する始末。

 

 そして、月からの迎えが明日にやってくるという夜、ついに姫の口から問いに対する答えが出たのです。

 

 姫に与えられた罰。

 それは、流されたこの地で、本当に大切なものと出会うこと。

 その大切なものと引き裂かれること、それこそが罰である、と。

 姫は、この地で大切なものと出会った。

 だからこそ、月からの迎えがやってくるのだと。

 

 静かな、静かな夜の静寂の中、翁が口を開きました。

 

 かぐや、私たちと一緒にいたいかね?

 

 その、あまりにも自然な言葉に、つい……姫は、本音をこぼしてしまいます。

 はい、と。

 

 翁と媼は、静かに微笑みました。

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷を囲んでいた軍は、攻撃はおろか、身動きすら取れずに地面にうずくまるばかり。

 月からの迎えは、恐ろしい力を持っているようでした。

 姫が悲しげに目を閉じた、その時。

 月の使者の前に、翁が立ったのです。

 

 姫は涙を流しながら、首を振りました。

 姫にとって、翁や媼と別れるのは悲しいことでしたが、二人が傷つくことはもっと悲しいことだったからです。

 駆け出そうとする姫の肩に、そっと媼が手をかけます。

 何も心配はいらないよ、と優しく微笑む媼。

 媼は優しい表情で、優しく語り始めます。

 

 姫に求婚した男たちが、なぜ実力行使に出なかったのか?

 風流だなんだといっても、権力者を一皮剥けば乱暴者の狼藉者。

 金や力にまかせて、姫をさらっていくことも辞さない連中なのに。

 

 首をかしげる姫に、媼はさらに言葉を続けます。

 

 翁が、なぜ竹取の翁と呼ばれているか……。

 もちろん、朝廷ゆかりの竹山を管理し、その竹で小物を作っているからではあるのだけど……。

 そもそも、朝廷ゆかりの竹山の管理を任されるというのは、何らかの身分が保証された人間ということ。

 竹取の翁と呼ばれる以前、タケトリの鬼と呼ばれた男がおったそうな。

 タケトリのタケは、身の(たけ)の、(たけ)

 古今無双の首切り鬼。

 

 風が、鳴る。

 風が、奔る。

 月からの使者の、首が舞う。

 人ならぬ鬼が、月の使者の丈を刈り取ってゆく。

 

 やがて、最後に残った一人が静かに剣を抜く。

 

 この地に、これほどの者がいたとは……。

 

 鬼が笑う。

 笑って首を振る。

 

 我は老いた。

 老いる前であろうと、我より上がいた。

 我、天に届かず。

 なれど、この地においては届かぬこともなし。

 

 風が吹き、二人がすれ違う。

 ひと呼吸。

 月の使者の口がかすかに歪み、首が落ちた。

 

 鬼が、深く息を吸い込んだ。

 鬼が笑った。

 鬼は、翁へと戻った。

 そして、呟いた。

 

 媼よ、あとは任せて良いか?

 

 媼が笑う。

 

 ええ、任されましたよ。

 月の使者の乗物に乗って、媼が空へと上がっていく。

 月に向かって昇っていく。

 

 震える姫の肩に手を置き、翁が笑った。

 

 何も心配はいらない。

 媼は、この翁よりもずっと強い。

 媼にたたきのめされて、この翁は媼と一緒になったのだから。

 

 そう言って翁は微笑んだが、姫は震え続けていた。

 

 

 数日たって、媼が月から帰ってきても、姫は月で何があったか聞くことはなかったという。

 姫は、この地において終の棲家を見つけたのだろう。

  

 




めでたしめでたし。

姫:『そこまでやれとは言ってないです』


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3:魔王は逃げない。(原作:テンプレファンタジーゲーム)

最初、『勇者からは逃げられない』ってタイトルにしようと思ったんですが、同一タイトルのゲームがあるらしいので変更。


 気配の消失。

 微かな驚きを持って、魔王はそれを受け止めた。

 魔王の配下、魔王四天王の最後の一人。

 四天王と言いつつ、現実は、一強二並一弱というところ。

 その最後の一強をもって、勇者一行へと挑ませたのだが……魔王としては、予想外の結果に終わったと言える。

 複数の部下の報告から分析した戦力値からは、考えられない。

 情報が間違っていたのか?

 それとも、四天王になにかトラブルが……いや、消失の瞬間までその気配にゆらぎは覚えなかった。

 だとすると……。

 

 勇者と呼ばれるだけのことはあるということか。

 

 魔王は微かに微笑む。

 四天王というのは、戦闘面……いわゆる軍人としての四天王だ。

 国としては、何も変わらない。

 四天王最後の一人に関しては少々惜しくも感じるが、ほかの3人に関しては、探せばいくらでも代わりが見つかる程度の存在だ。

 そして、魔王が魔王たる理由。

 魔族の全てが、無条件で跪き、頭を垂れる……それが魔王だ、それでこそ魔王だ。

 魔族の全てを敵に回しても、その全てを滅することができる存在。

 

 どれ、その勇者の顔でも拝んでやろうか……その程度の認識でしかなかった。

 

 

 

 

 ふむ。

 魔王が少し首をかしげた。

 四天王の最後の一人を向かわせた……その時に分析した戦力値より上昇しているのは確か。

 成長途上というには、勇者一行の道のりは矛盾に満ちている。

 強敵と戦うたびに、いきなり強くなる。

 そう表現するのがしっくりくる。

 その瞬間まで実力を隠してるのかと思ったが、そうでもなさそうだ。

 勇者の攻撃を受け止める。

 魔法使いの魔法を受け止める。

 賢者が、戦士が、神官が……。

 

 わからぬ。

 

 魔王は再び首をかしげた。

 なぜあやつは、こんな連中に負けたのだ?

 戦力値が上昇してなお、四天王最後の一人より劣る。

 戦闘のさなかに成長するかといえば、そんな気配もない。

 微かな好奇心を満たすべく、魔王は勇者以外の連中を、ほどほどに痛めつけた。

 放置すれば死ぬ、その程度に。

 勇者が飛びかかってくる。

 なんの変化もない。

 むしろ、稚拙。

 

 つまらん。

 

 勇者の身体が、ちぎれ飛ぶ。

 魔王の心には、何の感慨もない。

 つまらぬ時を過ごした……その程度。

 勇者一行は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 消失。

 微かな戸惑いと、目眩に似た何か。

 四天王最後の一人が死んだのだということを理解するまで、数秒かかった。

 手を見る。

 勇者一行を滅したはずの手。

 夢?

 幻覚?

 

 魔王は再び、勇者一行と戦う。

 

 

 わずかだが、強くなっている。

 人としては目に見えるほどの進歩か。

 しかし、魔王にすれば誤差とも言えぬ程度。

 強くなってなお、四天王の最後の一人に及ばない。

 夢か幻覚か、魔王は記憶をなぞるように勇者一行の力を確かめ、そして消し飛ばした。

 微かな不安を胸に抱いたままで。

 

 

 

 

 

 消失。

 それを認めるまで、10秒ほど必要とした。

 人ならぬ力。

 魔族の力とも違う何か。

 そう、女神の力が働いている。

 魔王の口元に笑みが浮かんだ。

 

 わずかだが、また強くなっている。

 でも、それだけだ。

 勇者を見つめる。

 何かを感じる……暖かく、しかしおぞましい何か。

 それは、加護という名の呪い。

 魔王は、嫌悪に顔を歪ませた。

 感情のまま、勇者一行を消し飛ばし、天を睨みつけた。

 

 女神に対し、魔王は明確な敵意を抱いた。

 女神は、この世界を創世し、自由に生きよと人や魔族をはじめとした生物を世界に放った存在だと言い伝えられている。

 しかしその実態は、『自らの定めたシナリオ以外は認めない』、傲慢で、全てを踏みにじるおぞましきものか。

 今なお、魔王の前に姿を現そうとはしない。

 そして。

 

 勇者にかけられた加護(のろい)が発動する。

 

 

 

 

 

 何度も何度も時を繰り返し、勇者一行がようやく四天王最後の一人を上回る程度に強くなった。

 それでも、勝負は時の運というレベルだろう。

 魔王はようやく、『四天王最後の一人が敗れた理由』を理解した。

 哀れみとともに、心の中で魔王は語りかける。

 

 お前は、この永遠に繰り返されるかと思える中で、心が折れてしまったのだな。

 

 勇者一行は、死に物狂いで魔王に攻撃を仕掛けているが、そもそも、魔王にダメージを与えられない。

 魔王との力の差は、まさに隔絶していたからだ。

 魔王は、勇者一行に対して特に思うことはない。

 むしろ、同情や哀れみを感じている。

 恨みはない。

 許せ。

 魔王が、勇者一行を殺すのではなく、心を折りにかかった。

 何をやっても、どうあがいても勝てはしない。

 それを理解させる作業。

 死ねば加護(のろい)が発動する。

 なら、死ななければどうだ?

 

 勇者一行の渾身の攻撃を、あえて無防備に受け止める。

 ノーダメージ。

 魔王の身体から溢れ出る濃密な魔力が、彼らの攻撃を通しはしないのだ。

 戦士が、神官が、賢者が、折れていく。

 そして、勇者が膝をついた。

 

 加護(のろい)が発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 神官を殺してみた。

 戦士を殺してみた。

 賢者を殺してみた。

 魔法使いを殺してみた。

 勇者を殺してみた。

 腕を飛ばした。

 戦闘不能にしてみた。

 2人を、3人を、同時に殺してみた。

 同時に戦闘不能状態にしてみた。

 

 はてしない繰り返し。

 基本的には、勇者にかけられた加護(かご)だ。

 勇者が死ぬ、もしくは心が折れる。

 つまり、勇者がこれ以上戦えなくなったとき、加護という名の呪いが発動する。

 そう、呪いだ。

 まごうことなき呪いだ。

 

 魔王は考える。

 なぜ、女神はこんな迂遠な方法をとったのか。

 時を巻き戻すなど、魔王にもできない。

 そして、ほんのわずかに勇者一行の力が増す。

 なぜ、急激に強くさせない。

 魔王たる自分を倒すだけならば、そんな必要は全くない。

 女神が力を発揮するには、何らかの制限があるのか。

 ならば、女神は全知全能ではない。

 あるいは。

 

 この、魔王をなぶっているのか?

 

 時は繰り返される。

 戦いは繰り返される。

 勇者一行の力は、まだまだ魔王には遠く及ばない。

 いつからか、勇者一行の目から生気が失せていた。

 まるであやつり人形のよう。

 まさか、と。

 魔王が語りかける。

 

 勇者よ、まさか繰り返される記憶が……あるのか?

 

 返事はなかった。

 

 

 

 魔王は怒る。

 魔王は猛る。

 勇者を倒したあとの、呪いが発動するまでの僅かな時間。

 天に向かって、全身全霊の攻撃を繰り出す。

 大気が震え、地が叫ぶ……しかし、天はすべてを飲み込んでいくかのようだった。

 

 

 また、呪いが発動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠の牢獄。

 前回、いや、前々回か。

 魔王は、勇者一行との戦いに全力を出すようになっていた。

 それに応える勇者もまた、四天王をまとめて軽く滅することができるまでの力を得ている。

 魔王の持つ力そのものは成長しない。

 しかし、戦いの経験値そのものは記憶として得られる。

 ある意味で、魔王もまた強くなっていた。

 そんな両者の戦いが終わったあと、周囲はひどい有様になる。

 

 しかし、呪いが全てかき消していく。

 

 

 

 

 

 荒い呼吸。

 崩れそうになる膝を、強い意志で押しとどめる。

 勇者一行との戦いで、魔王は左腕を失った。

 敗北の時は近い。

 

 魔王は天を睨みつける。

 残った右腕を、天に向かって突き上げる。

 勇者と戦って敗れた己の配下を、魔王は想う。

 魔王は逃げない。

 魔王は戦い続ける。

 最期の時まで。

 

 

 




魔王さま……。


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4:少子化社会に朗報を。(原作:カスタム隷奴2)

カスタム隷奴2は、15年ぐらい昔に発売されたエロゲーです。
女性を『モノ』として考える描写があります、ご注意を。


 何かに導かれた、そんな気がする。

 知らない裏道を歩き、存在すら知らなかった古書店で、1冊の古書を購入していた。

 表紙に書かれたその文字は、理解も、読めもしない。

 

 深夜、自分の部屋で、震える手を伸ばす。

『ヤバイ』という気持ちと『イケ』という気持ちがぶつかり合っている。

 ああ、それでも俺の手は……その古書に触れ、開いていた。

 

 禍々しい気配に満たされた空間。

 

 厨二乙、と笑うか?

 それどころじゃない。

 俺の目に前に現れた『それ』は、平和な日本人の学生である俺に、濃密な死と絶望を幻視させている。

 俺を見て、ニヤリと笑う『それ』。

 悪魔か、便利な言葉だ。

 その便利な言葉を、今使おう。

 

『悪魔』が、俺の知らない言葉で俺に話しかけてくる。

 その言葉が理解できることが何よりも恐ろしい。

 悪魔が指さす先に、開かれた古書があった。

 俺は、どうなってしまった?

 知らない文字を、読めてしまう俺は……何なんだ?

 

 楽しそうに悪魔が笑う。

 嬉しそうに悪魔が語る。

 古書について語る。

 魔道書の力について語る。

 

 手に取れ。

 力を行使しろ。

 貴様の欲望を解き放て。

 

 俺は神など信じない。

 しかし、俺は地獄に落ちるのだろう。

 いや、地獄ではない、もっとおぞましい場所へ逝くのか。

 

 俺の指が、よどみなく魔道書をめくる。

 心の奥に秘めた欲望が、女性を象っていく。

 名前・身長・体重・スリーサイズ・髪型・性格・家庭環境……様々なデータが、少女を象る。

 ちょ、待て。

 なぜ、俺と同じ学校に通う女生徒になるんだ?

 微かな疑問とともに、俺の中から何かが抜けた。

 

 喪失感。

 俺の意識は、薄れていった。

 なぜか、悪魔が俺を見守っていることだけはよくわかった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 夢か?

 いや、現実だ。

 古書が、魔道書がある。

 そして、得体の知れない力を感じる。

 朝食もそこそこに、俺は学校へと向かい……そして、出会った。

 

 俺が象った、少女に。

 

 少女はすごい浮いている。

 何故かというと、制服が違うからだ。

 転校……?

 いや、周囲の反応が普通だ。

 わからない、わからない、が……分かることもある。

 分かってしまうこともある。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 俺は彼女を呼び出した。

 話しかけたわけじゃない。

 ただ、呼び出そうと念じる、それだけのこと。

 場所など指定しない。

 そして俺は、学校の、目立たない場所で彼女を待つ。

 やはり、彼女は現れた。

 気が付けば、悪魔が耳元で囁く。

 

 欲望を解き放て。

 

 現実感がない。

 少女は、彼女は、俺の作品だ。

 俺の好きにして、何の問題がある?

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が帰っていく。

 俺には、彼女の状態が把握できている。

 精神状態、健康状態に至るまで。

 欲望か。

 力か。

 

 パチパチパチパチ……。

 

 響き渡る拍手にギョッとした。

 振り向けば、男。

 悪魔とは違う……が、『ヤバさ』だけは感じた。

 おそらく、抵抗しても無駄だ。

 俺の力は、荒事には向いてない。

 

 

 男に連れて行かれた先。

 俺の力を把握していた。

 俺の欲望を知っていた。

 俺が、あの古書店で魔道書を手にしてから、ずっと観察されていた。

 要求はシンプルだ。

 

 これからも魔道書の力を使え。

 生み出された女を調教しろ。

 調教し終わった女は、組織に提供しろ。

 つまり、俺に調教師として生きろと。

 

 やはり、な。

 そんなうまい話はないと思ってた。

 ヤバイところに足を突っ込んでしまっている。

 殺されるぐらいなら、好みの女相手に好き放題する方がマシか。

 

 

 俺は、組織の調教師として生きることになった。

 組織にすれば、素材の調達リスクはナシだ。

 この魔道書を扱える人材を探していたらしい。

 そして、似たような魔道書を持つ調教師がほかにもいるらしい。

 

 

 初めは、楽しくないこともなかったさ。

 俺の理想が、欲望が、形となって現れる。

 名前以外はソックリな少女を、全く別の調教をほどこしたりもした。

 しかし、いつからか、それはルーチンワークだ。

 効率重視。

 特に考えることなく、少女を仕上げていく。

 

 

 ある日、やけに疲れた感じの担任教師を見かけた。

 手にしたプリントに資料、そして生徒の提出物。

 女教師は苦笑しつつ言った。

 

「なんかね、仕事が増え続けてる気がするのよ。おかしいわよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ。

 

 気が付けば、俺の通う学校には、いろんな制服を身につけた少女でいっぱいだ。

 組織に提供した少女もたくさんいるが、あくまでも表の顔は女生徒だ。

 つまり、学校の生徒は増え続けている。

 それなのに、魔道書のチカラで周囲はそれを不思議に思わない。

 

 やべ。

 今夜から、大人タイプの女教師を作ろう。

 俺は担任の教師に心の中で謝りながら、そう誓っていた。

 

 

 




登場人物は、全て18歳以上です。(笑)


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5:誰もいないコート。(原作:プリズムコート)

うわあ、もう20年も昔になるのか、このゲーム。
わりとメタなネタが多く、人を選ぶ、育成スポ根、恋愛もあるよの、ゲーム。
選ばれた人間の評価は総じて高い。
敢えて言おう、傑作であると。
ちなみに、バレー界でラリーポイント制に移行しつつあった時期。
なので、ゲームではサーブ権有りかラリーポイントかを選択できました。


 4月1日。

 キュッキュッと、床を踏む音が、ただ広がって、消えていく。

 掛け声はない。

 ボールが床に弾む音もない。

 ボールを叩く音も、ボールを体に叩きつけられる音も、何もない。

 誰もいない体育館の床に、教師はモップをかけていく。

 

 モップがけを終えると、教師は床にワックスを広げ始めた。

 乾くまでの時間を考慮する必要はない。

 今日、この体育館を使用する部活はないからだ。

 

 全てを終えた教師の額には、薄く汗が浮いている。

 まだ肌寒いこの時期、体育館の床の一人清掃、ワックスがけはなかなかの重労働なのだ。

 むしろ、少し汗をかくぐらいで収まっている教師を褒めるべきか。

 いや、彼にとっては褒められるには値しないだろう。

 かつて、大学時代に全日本男子バレーのメンバーに選ばれ、世界選手権では大車輪の活躍を見せて、数十年ぶりの栄光を日本にもたらした男だ。

 まだ20代後半の男の肉体は、超一流アスリートのそれを維持している。

 

 ただ、その右肩を除いて。

 

 大学4年時に、バレー選手としての彼は死んだ。

 当時のコネというより、彼を心配した周囲が、私立朝霧高校という女子高の教師という立場を彼に与えた。

 ご丁寧に、朝霧高校にはバレー部が存在していなかった。

 それは、せめてもの配慮だったのだろう。

 そうして3年。

 教師としては可もなし不可もなし、プライベートでは厳しいトレーニングと節制。

 選手生命を奪われてなお、己にトレーニングを課したのは、未練だっただろうか。

 

 そこに現れたのが、彼女たちだった。

 

 熱血バレー少女でありながら、何故かバレー部のない朝霧高校に進学してきたうっかりさん。

 身長の低さから、走り高跳びの選手の道を諦めた、ちびっこ。

 仲間に裏切られ、バレーから距離をとろうとした、傷ついた少女。

 名門中学でセッターとして鳴らしていたのに、何故かここにやってきたおっとり少女。

 背の高さに悩み、女らしくなりたいと願う、どこか抜けた女の子。

 将来を嘱望されるバイオリニストでありながら、道に迷う少女。

 

 努力が才能を凌駕するなどという甘いことは言わない。

 彼女たちには才能があった。

 しかし、彼女たちの才能を正しく伸ばし、磨き上げたのが彼だ。

 

 彼女たち6人は、様々な日常イベントをこなし、ライバルと出会いながら、高2、高3と、全国大会連覇を果たす。

 全国連覇を果たしてなお、朝霧高校バレー部は消えた。

 彼女たち6人の卒業によって。

 

 

 

 誰もいないコートを眺めながら、彼は思う。

 東洋の魔女は、遠くなった。

 この国で野球が絶対ではなくなっていくように、バレーもまた競技人口が減少し続けている。

 

「先生」

 

 振り返る。

 

「中西先生に、黒崎先生……どうしました?」

 

 中西先生は、バレー部の部長。

 バレーの経験こそなかったものの、少女たちの熱意に負けて、男が監督を引き受けるまで、四苦八苦しながら部員の面倒を見ていた。

 黒崎先生は、養護教論。

 バレー経験者で、膝をやった……そのせいで、人一倍怪我には敏感だ。

 

「いや、誰もいないコートを見て黄昏てる誰かさんが気になってな……こいつが」

「……ワックスがけしてたんですね」

「……スルーかよ」

 

 男は、コートに目を向けながら呟く。

 

「怖いですからね、怪我は」

 

 中西先生が何かを言いかけ……黙る。

 彼女は、男の過去を知らない……有名なバレー選手だったという認識程度。

 おそらくは、『もう、怪我をする部員はいない』というところか。

 

 男が、苦笑を浮かべた。

 

「また、突然にバレー馬鹿が現れないとも限らないでしょう……現れてからでは、遅いかもしれませんから」

「そう、ですね……本当に、あの子達は突然現れて、すごい勢いで走り去ってしまいましたから」

「いや、あんな連中、そうそう現れるもんでもないだろ」

「もう、縁先輩は、そんなことばっかり……」

 

 風が、吹く。

 

 桜の花びらが、ワックスの乾いていない体育館の床に……それを、男の手が素早く掴んだ。

 桜の花は、別れの花か。

 それとも、出会いの花か。

 

 私立朝霧高校の体育館(コート)は、新たな出会いを待っている。

 伝説を残して去った少女たちの、後輩が現れるのを待っている……。

 

 




作者はまだ、長編を書き上げる夢を捨ててはいない。
そういや、リベロシステムもこの頃か……。
ブラジルが、立体Dスパイクを披露した時期ですね。


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6:トラックで行こう!(原作:トラック転生モノ)

こういう設定をいろいろ考えるのは好きです。


 子供たちをかばった俺を、トラックが見事にセンタリング。

 なお、シュートを決めてくれる味方も、狙うべきゴールも不明。

 

 目が覚めたら白い空間ときた。

 

 トラック。

 人助け。

 目が覚めたら白い空間。

 

 満貫だろこれ。

 異世界転生、チート付き決定。

 俺が突き飛ばした子供たちは無事だったのかとか、何も悪くないトラックの運ちゃんはどうなるのかとか、そもそも俺が死んだことには変わりはないだろとか、両親とか友人たちへの申し訳なさはもちろん、何も解決してないことから全力全開で現実逃避したいんだよ、言わせんな。

 

 ……などと、お約束の紆余曲折を経た俺は今。

 ショートカットで、ややスレンダー体型の、外見年齢は美少女以上、美女未満の眼鏡美人に、のし、と土下座体勢の頭を踏まれていたりする。

 むしろご褒美というわけではないが、感触からして靴を履いていないあたりに優しさがうかがえるので一安心。

 

「……落ち着いたかな、ご客人」

 

 あぁ、美人は声まで美しいなあ。

 

「客人を迎える作法の斬新さに、多少動揺しております」

「それは良かった。実は私も、想定外の闖入者に少々取り乱してたりするからな」

「……想定外と申したか」

「おお、申した申した。申したとも」

 

 ……声が笑ってるというか、『想定外の闖入者』の一語からすると、神様転生チート付きの線は消えたんじゃね、これ。

 

「えーと、突然お邪魔して、すみません?」

「よいよい。暇つぶしというか、新鮮な刺激は大歓迎よ」

 

 ぐりぐりと、乱暴なのにどこか優しさを感じさせる踏みつけを経て、俺は土下座から解放されたのだった。

 

「それで、ここはどこなんでしょう?」

「ふむ、強いて言うなら、『どこでもない場所』かの」

 

 どこでもない場所。

 それを聞いて俺が連想したのは、某宗教における聖母様の立ち位置。

 いや、なんかの作品のうろ覚えなんだけどね。

 それにしても、若い女性なのに言葉が古めかしいというか、『のじゃロリ』とも違うというか、外見がロリじゃないから『ロリババア』でもないわけで。

 まあ、見た目通りの年齢じゃないのはなんとなくわかるけど。

 

「ちょいと、調整する。記憶を借りるぞ」

「へ?」

 

 女性の手が俺の額にあてられる……微かな違和感、そして熱を残して、手が離れていった。

 

「あぁ……うん?妙な発達段階を経た世界……というか、そもそも、知識が貧弱……」

「やめてください、(心が)死んでしまいます!」

 

 土下座した。

 なお、頭は踏まれませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、つまり俺の言う『世界』はたくさんあると。そして貴女は、それを見守るだけの、管理人というか、監視員みたいな認識でオッケー?」

「うむ、おおむねそんな感じで良い」

「貴女は、ずっとこの場所で?」

「うむ」

「それって……」

「うむ、めちゃくちゃ暇だ!なので歓迎するぞ、客人よ」

 

 俺は曖昧な笑みを浮かべながら頷き、あえて疑問を口に出した。

 

「それで、俺は何なんでしょう?」

 

 世界のどこでもない場所で、俺がいる。

 トラックにひかれた俺と、ここにいる俺。

 肉体と、魂と、何らかのつながりがあるものなのか?

 というか、異世界転生はありませんか。

 できればチートもらって、気楽に生きていきたいです。

 

「うむ……確信は持てんが、概念保存の法則が働いたんだろう」

 

 なんか、聞き覚えがありそうでない単語が出てきた。

 エネルギーでも質量でもなく、概念保存の法則?

 

「ふむ……客人のいた世界では、人は簡単に死ぬ生き物だの?」

「つまり、簡単に死なない世界があると?」

「混ぜ返すな……頭を強くうてば死ぬ、胸を刺されれば死ぬ、血を失いすぎれば死ぬ、ちょっとした段差に落ちて死ぬ」

「すいません、最後の、某ゲームの主人公混じってませんか?コウモリの糞で死ぬ主人公とか、別のゲームの噴水に落ちて死ぬ海賊とか」

 

 女性はちょっと困ったように笑った。

 

「客人の世界のゲームや小説やアニメは面白いのう」

「文化が世界を超えましたか」

「まあとにかく……人を一人殺すのに、トラックはオーバーキルといえば察しがつかんか?」

「ああ、そりゃ、まあ……?」

「客人の命を奪うのに、トラックを必要とした……質量やエネルギーではなく、概念としてのオーバーキル。トラックという概念につり合いが取れる『何か』を、世界が必要とした」

 

 その、つり合いを取るために生み出された『何か』が俺?

 生み出された余分な『何か』が世界からはじき出されるなら、トラックによる異世界転生はあり得る?

 つまり、その『何か』が大きければ……チートなどの能力となって付随する?

 

「まあ、めそめそ泣かれても困るが、無駄に前向きすぎるのも考えものだのう……普通は、状況を認識できずに発狂しそうなもんだが」

 

 サブカルに汚染された民族ですから。

 

「うむ、世界間の移動がないとは言わぬが、客人にそれはない、以上!」

「またまたぁ」

「この、『世界のどこでもない場所』に、好き好んでずっといるとでも思うたか?」

「……何かやらかして、罰でもくらっているので?」

「自我に目覚めた時から、この姿でここにいた」

「うわぁ……」

 

 彼女は、妖しく、怪しく、微笑んだ。

 

 逃がさんぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トラックにひかれて、元いた世界とは別の場所で、美人といっしょ。

 あれ?

 そう考えると、悪くはない……のか?

 

 

 




もしかすると、彼女も別の世界でトラック(のようなもの)にひかれてやってきたのかもしれない。


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7:姉ちゃんの友達がゾンビになった。(オリジナル)

少年への性的暴行を連想させるシーンがあります。
了承の上、お読みください。


 最近知った、姉ちゃんの友達。

 姉ちゃんと同じ学校に通っているらしい。

 小学生の俺に対して、よく言えばフレンドリー、悪く言えばベタベタしすぎて鬱陶しい。

『私もこんな、弟欲しかったぁ』とか言いながら、抱きしめてほおずりしたり……子供扱いというか、ぬいぐるみ扱いじゃねえの?

 子供が好きとかいうくせに、俺の友達には見向きもしない。

 よくわからない。

 嫌いじゃないけど、好きにはなれない感じ。

 

 

 

 

 

 その姉ちゃんの友達が、おかしくなった。

 なんか変だと思ったら、いきなり首筋に噛み付かれた。

 痛いというより、気持ち悪いって感じだった。

 言葉が通じない。

 暴れるうちに、シャツが破れて、半ズボンも脱げてしまった。

 そうしてまた噛まれた。

 噛まれるというか、吸いつかれた。

『ぶぁぁ』とか『ぎぃ』とか、女とは思えないダミ声を上げて、ブルブル震えたりする。

 怖かった。

 抱きしめられて、顔も噛まれた。

 時折震える身体が、ただただ気持ち悪かった。

 

 しばらくすると、白目をむいて動かなくなった。

 俺は、半ズボンを引っ張り上げて逃げた。

 泣きながら、家に帰って……それでも言わなきゃと思ったから、姉ちゃんに言った。

 

 

 姉ちゃんの友達がゾンビになったって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉ちゃんの友達が、いなくなった。

 家族ごと、いなくなった。

 引っ越したらしい。

 

 みんな、俺のことを子供と思って、わからないだろうと思っているんだろう。

 姉ちゃんの友達は、処分されたんだ。

 ゾンビだから、処分されなきゃいけなかった。

 秘密にしなきゃいけないから、引っ越したってことにした。

 姉ちゃんが、両親が、怖い顔をして『誰にも話すな』って言ったのは、そういうことなんだろう。

 

 

 俺は、ゾンビに噛まれた。

 俺は子供だけど、ちゃんとわかってる。

 俺はきっと、ゾンビの菌かなんかの、キャリアってやつだ。

 今はまだ、発症していないってだけ。

 つまり俺は……人に近づいちゃいけない。

 姉ちゃんが心配そうな表情で近づくと、俺は距離を取る。

 姉ちゃんや、家族をゾンビにしたくはない。

 家族との生活が許されてるってことは、近づいただけじゃあ感染しないってことだろう。

 それでも俺は距離を取る。

 家族からも、学校のみんなからも。

 

 一人で、夕焼け空を見ながら考える。

 俺も、いつかは姉ちゃんの友達みたいに処分されるのかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟が、また一人で何かを考えている。

 別に、可愛いとか、大事なとか考えたこともなかったけど、今になってようやくわかった。

 大事な家族なんだって。

 あのクズのせいで、弟は心にひどい傷を負っている。

 友達ヅラして、最初から弟が目的だったとか……反吐が出そう。

 

 弟は、私が近づくと逃げる。

 そして困ったような表情で、私を見る。

 女性に対する恐怖症だろうか?

 学校でも、みんなから距離を取ってひとりでいるらしい。

 もしかすると、『自分が汚いモノ』と考えているのかもしれない。

 涙が出そうになる。

 そして、あの犯罪者への怒りで胸が張り裂けそうになる。

 

『姉ちゃんの友達がゾンビになった』

 

 この言葉を口にするのに、弟がどれだけ悩んだのか。

 ゾンビか……それ以外に、表現しようがなかったのだろうか。

 もしかすると、自分が性的暴行を受けたという自覚もないのかもしれない。

 女性として、他人事ではない。

 被害者は、その後の、好奇的な視線という二次被害も考えなければいけないのだ。

 ましてや、弟は男。

 より、好奇的な興味が寄せられる立場だろう。

 怒りとともに、あんな犯罪者を弟に近づけてしまった罪悪感に押しつぶされそうだ。

 

 カウンセラーの先生にも、心を開くことがないらしい。

 会話を拒絶するのではなく、少し考えて、話す。

 それの繰り返し。

 当たり障りのない会話。

 小学生のやりとりじゃないと思う。

 

 時間が必要だ。

 ただただ、時間が必要なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後。

 真っ赤になって布団の上でのたうち回る弟の姿を、姉は発見することになる。

 特に、精神的な後遺症は残らなかった模様。

 

 

 運が良かったと言える。

 

 

 




犯罪はダメ。
頭の中で完結してください。

いや、この前小学2、3年ぐらいの男の子が、おそらくは学校からの帰り道で友達とオーラルな性交の話をしてて、マジでビビりました。
言葉を知っているだけでもすごいのに、行為の内容も理解してました。

こんなピュアな弟は、いないかもしれません。

そういや、私は『帽子をかぶったお客さん』の下ネタ話を理解できたのが高校生になってからだったなあ。


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8:涼宮家崩壊ルート。(原作:君が望む永遠)

第一部と、第二部の間の話。
緑の悪魔(笑)は出てきません。

一時、オープニングとエンディングの曲をひたすら聞いてました。
アニメは見てません。


 鳴海さんがお姉ちゃんの見舞いに来なくなった。

 大丈夫だろうか?

 家で死んでるんじゃないだろうか?

 心配になる。

 

 お姉ちゃんのことを見捨てたとか、忘れるとか、割り切って日常生活に戻っていくことを決断したなどという考えは浮かばなかった。

 

 1年以上。

 

 高校を卒業するまで。

 高校を卒業してから。

 ずっと。

 毎日。

 あの人には、生活すらなかった。

 病院の、この病室にやってきて、お姉ちゃんの手を握り、泣きながら小さな声で語り続ける日々。

 ただ、それだけの日々。

 形の上では学校には通っていた……ううん、通わされていたけど、それがあの人にはなんの意味も持たないことは見ているだけで分かった。

 周囲の心配すらも、届かない。

 反応はする。

 返事もする。

 たぶん、こちらに気を使っているのもわかる。

 それでも、糠に釘を打っているような、手応えのなさを、誰もが感じている。

 誰も、あの人には届かない。

 あの人の心に届かない。

 

 お姉ちゃんを見る。

 ずっと眠ったままの、目を覚まさない、遥お姉ちゃんのことを見る。

 去年の夏休み。

 あの人とのデートに出かけて、駅で待ち合わせしている時に事故に遭って……怪我は治ったはずなのに、目を覚まさない。

 あの人が待ち合わせに遅刻した。

 だからお姉ちゃんは事故にあった。

 事故に遭った時間から考えると、そういうことに、なる。

 

 お姉ちゃんの手を握る。

 話しかける。

 起きてよ、お姉ちゃん。

 遅刻にも程があるよ。

 ……何故か、涙が出てきた。

 ああ、あの人も、こんな気持ちだったのかなあ。

 

 お父さんも、お母さんも、日常生活に戻っていった。

 理由はわかる。

 感情も理解できる。

 私は子供で、学生だから、感謝もするし、その選択を否定もできない。

 

 でも、嘘は嫌い。

 

 お姉ちゃんを見ているのがツラいから。

 だから、『仕事』とか『日常』とか『生活が大事』とかの理由を後付けしてる。

 

 知ってるよ。

 

 お姉ちゃんだけじゃなく、『鳴海さん』を見るのもツラいんだよね。

 お姉ちゃんが事故にあったこと、目を覚まさないことを、あの人のせいにしてるわけじゃない。

 お父さんも、お母さんも、大人だから。

 家族を守るため、自分を守るため、日常生活に戻っていった。

 だから、あの人を見るのがツラい。

 家族が大事だから。

 お姉ちゃんが大事だから。

 

 お姉ちゃんのために、自分の全てを投げ捨てているかのような『あの人』を見ると……罪悪感を感じる。

 

 言い訳をして生きているから。

 何の言い訳もできないあの人の姿を見るのがツラい。

 だからお父さんは、『自分を大切にしなさい』なんて言葉をあの人に言う。

 心配はしてると思う。

 全部は嘘じゃないとも思う。

 でも。

 

 自分が楽になりたいから……そう思ってない?

 

 あの人が、日常生活に戻っていってくれたなら。

 自分たちの心の負い目は軽くなる。

 そう思ってない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの人が、鳴海さんが……鳴海孝之さんが、お姉ちゃんの見舞いに来なくなった理由を知った。

 そっか、そこまでするんだ。

 あの人を日常に戻すため。

 あの人を守るため。

 キレイごとだってよくわかる。

 

『娘をこうさせた君に、これ以上見舞って欲しくない』

 

 ねえ。

 わかってる?

 あの人は、あの人には、お姉ちゃんしかなかったんだよ?

 お姉ちゃんが事故にあったのは、目を覚まさないのは自分のせいだって。

 

 お姉ちゃんへの罪悪感が、あの人をそうさせていた。

 

 ねえ、お父さん。

 それと、先生。

 先生は医者だから、よくわかってるんじゃないですか?

 それ、あの人が死んでもいいって思ってませんか?

 ずっと嫌いだったんです。

 医者だから、一歩離れた位置にいなきゃダメだって理解はできますけど、人を、患者を、『モノ』のように見てませんか?

 ねえ。

 あの人を。

 誰が、フォローするんですか?

 

 ああ、もしかして、そこまで根回しして、そんなひどい言葉をあの人に。

 

 心が冷える。

 お父さんへの、想いが冷えていく。

 お母さんは知ってるのかな?

 たぶん、知らない。

 お父さんが、病院の先生と相談して決めた。

 

 

 

 

 今日も病室にいく。

 お姉ちゃんを見る。

 眠ったまま、目を覚まさないお姉ちゃんを見る。

 

 寒いよ、お姉ちゃん。

 

 手を握る。

 お姉ちゃんは目を覚まさない。

 なのに、その手は暖かい。

 生きている。

 

 もう片方の手を、あの人に伸ばしたい。

 

 

 




と、この上で第二部開始が、私の望む永遠だ。(笑)

個人的には、事故にあった遥をひいた車にあゆが乗っていたとかになると、第二部がより一層香ばしいものになるのではないかと思います。

サブヒロインルートは、メイン3人をマッハで置き去りにしていくからなあ……。


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9:大切なお友達。(原作:マリーのアトリエ)

これも20年ぐらい昔になるのか、面白かったなあ。
うん、あの総ツッコミのネタも懐かしい。



 それは、かつての物語。

 

 シグザール王国の片田舎に住んでいたひとりの少女、マルローネは錬金術師を目指して、王立魔術学校のある都市、ザールブルグへとやってきました。

 しかしこのマルローネ、本人も自覚はあるのですが、ズボラでそそっかしく、ガサツで飽きっぽいという、およそ錬金術師を目指すには向いていない資格と性質の持ち主。

 わりと、結果は見えています。

 

 学校での4年間の集大成。

 卒業試験において、彼女は、王立学校創設以来最低の成績を叩き出したのでした。

 

 一応彼女を弁護させてもらうと、成績不振者や自分の限界を知った者、あるいは一身上の都合など、次々に学校から去っていく……そんなところですから、卒業試験に挑むものは、みなすべからく優秀な人間です。

 卒業試験における過去最低の成績が、過去最低の生徒を意味するわけではありません。

 

 しかし、過去最低の成績は、過去最低の成績でしかありません。

 この成績では、とても卒業させられない。

 イングリド先生は、マルローネに告げます。

 

 このままでは、あなたを留年させるしかありません。

 しかし、まずはあなたに5年間の猶予を与えましょう。

 それと、錬金術のお店を開くための土地と建物を。

 あなたはそこで、錬金術の店を経営しながら勉強を続けるのです。

 5年が経過して、何か一つ高レベルのアイテムを作成できれば、卒業を認めます。

 

 

 

 

 

 

 

「……後で気がついたんだけど、『4年で卒業』するアカデミーなのに、5年の猶予ってなんなのよ?しかも、留年させないためにってどういうこと?留年って、普通は1年間のやり直しって意味じゃないのかなあ?」

 

 その場で気づかないところが、マルローネのおおらかさと、ガサツさと、そそっかしさをよく示しています。

 

「まあまあ、落ち着いて、マリー」

 

 そう言って彼女をなだめるのは、マルローネ(愛称:マリー)がこの都市ザルツブルグで知り合った、大切なお友達のシア、シア・ドナスタークです。

 

 シアは、このザールブルグでも5本の指にはいるという資産家の娘で、実は、重い病気を抱えていました。

 もちろん、シアはこの大切なお友達であるマリーにそれを秘密にしていて……子供の頃からちょっと身体が病弱なのだと説明するにとどめていました。

 

 そのシアが、少し考え……マリーに対して告げました。

 

 ねえ、マリー。

 あなた、王立魔術学園への入学金を工面するのが大変だったって言ってわよね?

 もし、仮に……仮によ、卒業試験に合格したら、どうするつもりだったの?

 よほど優秀な成績を残さない限り、お城や貴族に招かれることはないし、お店を開くためのスポンサーが現れることもないと思うんだけど……どうするつもりだったの?

 

 おっと、このシア。

 優しそうで、どこか儚げな美少女でありながら、言うべきことは言います。

『優秀な成績じゃない』と直接言わないところは優しさでしょうか。

 さすが資産家の娘、経営感覚というか、コストや、現実に足をつけた考え方が身についています。

 確かに、王立魔術学校を卒業したからといっても、将来を保証してくれるものではありません。

 学校の卒業生という肩書きを得るだけです。

 それはつまり、『家が裕福でなく、将来へのビジョンが見えない生徒』は、錬金術師として生計を立てる夢を諦めて、卒業することなく学校を去っていくということです。

 

 極端な話、田舎で生活しながら、趣味として簡単な錬金術を使い、近所の人の助けになるという生き方だってできるのです。

 錬金術を仕事として生きていく……そのためには、優秀さはもちろん、夢とか、目標とか、もしかすると野望のようなものが必要なのです。

 

「え、卒業したあとのこと……え、考えたこともなかった……」

「マリー……やっぱりそうだったのね」

 

 シアは大きくため息をつき、マリーに再び告げます。

 

 ねえ、マリー。

 このザルツブルグで、店を開くための土地と建物を手に入れるのに、どれだけのお金が必要かわかる?

 学校の入学金なんかじゃすまないのよ?

 でも、イングリド先生は、マリーのためにそれを用意してくださったのよね?

 一人の生徒の、あなたのために。

 まさか、生徒全員のためにそんなことができるなんて思わないわよね?

 マリー、あなたは、大切に思われてるのよ。

 

「そんな……先生が、私のために……」

 

 マリーの目が感激で潤みました。

 厳しくて怖くて、恐ろしい……そう思っていたイングリド先生の中に、優しさがあったと気づいたからでしょう。

 

 そんなマリーを、シアが優しく見つめます。

 

「私も、ね。大切なマリーが、学校を卒業してこの街から出て行くんじゃなくて、最低でも後5年、一緒にいられるのが、嬉しいのよ」

 

 見れば、シアの目もまた潤んでいます。

 しっかりと抱き合うふたり。

 

 少女たちの友情は、かくも美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、錬金術師として名高いとは言え、王立魔術学園の1教師であるイングリド先生は、どうやってそんな都合の良い物件やら、錬金術の道具を確保したのでしょう。

 

 

 

 マリー。

 私の大切なマリー。

 絶対に離さない。

 絶対に逃がさない。

 ずっと、私のそばにいて。

 

 

 

 うん、つまりそういうことです。

 マリー、逃げて、超逃げて。

 シアちゃん、人には言えない『(愛が)重い病気』を抱えているから。

 

 

 マルローネ。

 可愛いマルローネ。

 お馬鹿で可愛いマルローネ。

 王立学校の教師というのも、何かとしがらみが多い。

 教師を辞めるまでに、最低4年はかかる。

 マルローネ。

 お前はずっと、私が見ていてやるからな。

 

 

 

 うわあ、当然だけどイングリド先生もグルだよ。

 しかも、シアと片手だけで協力しつつ、裏切る気マンマンだ。

 というか、『卒業試験の結果も怪しい』ぞ、これ。

 

 

 

 それは、後の『偉大な錬金術師にして、冒険好きな爆弾魔で騒動屋』のマルローネの、若かりし日々の物語。

 

 

 




(愛が)重い病気。(笑)
病弱のくせに、マリーの素材収集の旅に同行するお嬢様。
つまり、シアは可愛い。


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10:気軽に言葉を発するな!(オリジナル)

今は閉鎖された知人のHPで掲載してたシリーズものの第一話に手を加えたものです。
ちなみに内容は、エロ能力のお話が多めでした。(笑)


 なに?

 友達の作り方を教えて欲しいだって?

 ははは、そんなの簡単さ。

 学校の女の子に告白すればいいのさ。

 そうしたら、『お友達でいましょう』って言われるよ。

 お友達一人、ゲットだぜ!

 

 

 

 

 ……うん、昭和のギャグだな。

 今の時代、それほど親しくもない相手に告白なんかしたら、馬鹿にされて、お友達どころかハブにされて、ネットでさらされて、社会的に死ぬわ。

 

 ため息を吐く。

 駅前の広場に設置されたベンチに腰掛けて、行き交う人を見つめる。

 あれだな。

 寒くなると、人間関係の親密さがダイレクトに距離として現れるな。

 うわ。

 あいつら、付き合ってたのかよ。

 マジかよ、チクショウ。

 

 空を見上げた。

 

「マジで、リア充とか爆は……」

「それ以上はいけない」

 

 ビクッとした。

 誰だよ?

 

「通りすがりのおっさんだ」

「……確かに」

 

 通りすがりはともかく、見るからにおっさん、見事におっさん。

 俺も、こんなおっさんになっていくんだろうなあ。

 

「君はさっき、『リア充爆発しろ』と言いかけたんじゃないのかね?」

「いや、まあ……」

 

 なんというか、否定する気が起きなかった。

 多少恥ずかしいとは思うが、気軽に使われている言葉だ。

 冗談でも使う。

 それが今更……。

 

「……このおっさんの、指先に注目だ」

「はい?」

 

 なんか、愉快だな、このおっさん。

 ちょっと笑いたくなる。

 ま、いいや。

 注目しろと言うなら、注目するよ。

 

 おっさんは、さりげなく周囲を見渡し、もう片方の手で指先を隠すようにする。

 もったいつけてんなあ。

 

 ぽっ。

 

「っ!?」

 

 ちょっ、今の?

 手品……か?

 指先から、ライターぐらいの小さな火が。

 

「タネも仕掛けもない」

「いや、もう片方の手が怪しい」

「あまり人に見られたくはないんだが……」

「じゃあ、そこの物陰で」

 

 見知らぬおっさんと二人で何をやってんだかと思うが、久々にワクワクしてたんだ。

 どうせ、手品とか、トリックがあるんだろうけど。

 謎を解明するというか、ドキドキする。

 

 そして。

 

「な、なんでだよ?何がどうなって、ああなって、火が出るの?」

 

 マジで、タネも仕掛けもないようにしか思えなかった。

 もちろん、小さいとは言え火だ。

 触れると熱い。

 紙も燃える。

 おっさんがニヤリと笑い、変なポーズをとった。

 

「我が右手に宿りし力、ここに封印を解く」

 

 バカ笑いした。

 おっさんが、おっさんが、変なポーズ決めて、厨二セリフとか。

 久しぶりに腹の底から笑った気がする。

 なんなの、このおっさん。

 めちゃ、面白いんだけど。

 

 

 そして俺は、おっさんとふたりしてベンチに座り。

 

「この力に気づいたのは、5年前だ。タバコを吸いたいのに、ライターがなくて……指から火が出たら便利なのになあと、念じたら、出たんだよ」

「出ちゃったのかよ。修行も何もなしに」

「うん、出ちゃったんだよなあ……それまで30年以上気づきもしなかった、秘められた力ってことなんだろうねえ」

「ショボすぎる」

「便利ではあるんだ、ごくたまに」

「まあ、あんまり人前では見せられないわな……」

 

 そういやなんで、俺には見せてくれたんだ?

 まあ、他人に話したところで、信じてもらえずに終わるだろうけど、いいとこ『手品』だろ。

 

「実は、こういう不思議な力を持っている人間をほかにも知ってる」

「マジで?」

「左手で缶コーヒーを温められる力。右手はダメで、左手だけ。それも、缶コーヒ以外はダメ」

「だからなんで、そんな微妙な力なの!?」

 

 おっさんは、ちょっと空を見上げて呟いた。

 

「その人もね、自分の力に気づいたのは偶然だったって言ってた。成人式の帰りに気づいたらしいんだけど」

「うわぁ……」

 

 ふっと、おっさんが俺を見た。

 

「ねえ、もし君にもそんな力があったらどうする?」

「え?」

「もしも、『リア充を本当に爆発させる力』があったらどうする?」

「……」

「あの時、君はわりと本気で願ってたよね?秘められた力が、あのタイミングで発動したら、どうする?」

 

 あの二人が、爆発。

 いや、あの二人だけで話がすむのか?

 爆発するのは、『リア充』だ。

 誰が判断する?

 範囲は?

 周囲の影響は?

 

「……ヤバイな」

「だろう?」

 

 しばらく、俺も、おっさんも黙っていた。

 

「なあ、おっさん。なんで俺に声をかけたんだ?」

「なんとなく、だけどね。こういう力を持ってる人間がわかるんだ」

「……マジで?」

「ただ、力の種類はわからない」

「そりゃあ……そうだろうな」

 

 俺が連想したのは、バラエティ番組のNGワードだ。

 今まで十数年、普通に、平和に生きてきた。

 もしかすると、運が良かっただけなのかもしれない。

 

「え、なにそれ怖い」

「怖いんだよ、マジで怖いの。なんとなーくで、力を持ってる人がわかるおっさんもね、生きていくのがすごく怖いのよ」

「そりゃあ……怖いな、うん、怖い」

「仮にさ、『世界を滅ぼす力』を持っている人がいたら……平和に過ごして欲しいよ」

「うわぁ、想像しちゃった……」

 

 不幸が襲う。

 世界を呪う。

 世界が滅ぶ。

 

「というわけで少年よ、平和に生きていくことをアドバイスするよ」

「アドバイスされてもなあ……」

 

 好き好んで他人を傷つけたいとは思わない。

 それでも、キレル事はある。

 あれ?

 俺の人生、ものすごいハンデを背負わされてね?

 怒らず穏やかにって、人というより、仏様じゃん。

 

「頑固な油汚れをキレイにできる力あたりで、どうにかなんないかなあ」

「便利じゃん、おっさんも欲しいよ、その力」

 

 駅前のベンチでおっさんと二人。

 しばらく話し込んでから別れた。

 連絡先を交換することもしていない。

 

 家に帰って、いつもの生活。

 今日は、面白かったけど疲れたな。

 寝るべ。

 疲れも、風邪も、ひと晩寝れば元通りってのが俺の良いところだ。

 

 

 

 

 

 あ。

 まさか、な。

 

 

 




人類の可能性は無限なんだ。


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11:少女は二度絶望する。(原作:乙女的恋革命)

10年ぐらい昔に発売された、いわゆる乙女ゲーム。
ダイエットの種類がやたら豊富で、コマンドによる3コマ漫画が、ものすっごい楽しいゲームでした。
ダイエットにのめり込み、恋愛をすっとばすぐらいに。(笑)



 少女、桜川ヒトミは、空に向かって呟いた。

 

「やっぱり、そんなものなのね」

 

 身体は軽くなったが、心は重い。

 100キロの体重を、10ヶ月で45キロまで減らした。

 それから1ヶ月、リバウンド防止のための食生活も、そろそろおしまい。

 痩せようと思えば痩せられる。

 痩せた身体を維持しようと思えば維持できる。

 少女は何も変わらない。

 変わったのは外見のみ。

 

 家族はいつも、自分を優しく包んでくれた。

 太っていた頃の友人は、今も良き友人だ。

 痩せてから近づいてきた人も、別に皆が皆、そういう人ってわけじゃない。

 

 桜川ヒトミは、昔を思う。

 子供の頃の記憶。

『可愛い』と褒められると、家族が嬉しそうだったから。

 大好きな家族を喜ばせたかったから。

 自分を溺愛する父親が『娘の可愛さを、世界に知らしめたい』と応募した美少女コンテストが始まりだった。

 コンテスト荒らしと呼ばれた時期。

 子役モデルとして、コマーシャルにも出た。

 有名になり始めた頃から、周囲の反応が変化した。

 家族と、親しい人間だけが変わらなかった。

 

 家族が自分のことを心配し始めた。

 心配させたくないからやめよう。

 出たくないと、やりたくないと、自分が、家族が言っても、周囲の人間は放っておいてくれなかった。

 自分だけじゃなく、家族までもが疲れ始めていた。

 自分の前じゃ、そんな素振りは見せなかったけど。

 だから自分は、太ることにした。

 

 そして、子役モデルとしての、桜川ヒトミは消えた。

 

「美味しい物を食べるのは大好きだけど、この時はちょっと嫌だったなあ」

 

 平穏が戻ってきた。

 家族が、安らぎに包まれた。

 美味しいものが、美味しく食べられるようになった。

 

 自分は変わらない。

 変わってないつもり。

 太っててからかわれることもあったけど、周りは優しい友人知人に囲まれていた。

 全ての人に好かれるなんてできない。

 でも、嫌われるってこともなかった。

 

 高校2年生。

 1年前のこと。

 少し、傷ついた。

 もしも、太ってることで嫌われるなら、痩せたほうがいいのかなと。

 結局、あれは誤解だったわけだけど。

 彼女には、もともと嫌われていただけの話。

 

 ダイエットも、最初は辛かったけど、無茶はしなかった。

 運動も嫌いじゃない。

 栄養学なんかの勉強も面白い。

 ヨガは楽しい。

 ウォーキング、ボート漕ぎ、サウナスーツ、痩身体操、揉みだし、ラッピング、フラフープにボクササイズ……色々やったなあ。

 そして、ダイエットの合間の、お菓子。

 禁断の味。

 

 外見が変わる。

 周囲が変わる。

 無視してたはずの男の子が、気をかけてくれるようになる。

 友人でも知人でもなかった人が、声をかけてくる。

 

 ああ、私は変わらない。

 それと同じで、世界も変わらない。

 そういう人ばかりじゃないけど、そういう人の方が多い。

 ただ、それだけのこと。

 

 

「ヒトミちゃん」

「あ、透くん」

 

 私と同じようにダイエットに成功した透くん。

 一部では『丸い男』なんて馬鹿にされてたけど、痩せたらコロッと手のひらを返したみたい。

 

「ねえ、透くん」

「なに、ヒトミちゃん?」

「私、また太ろうと思うの」

「ヒトミちゃんが思うようにすればいいと思うよ……少しだけ、健康に注意してね」

「透くんはどうするの?」

「ボクも、太ろうかな……正直、疲れるよ」

 

 透くんの頬に唇を寄せる。

 透くんが、キスを返してくれる。

 

 自分も、透くんも、どこか善人じゃない部分がある。

 どこかで何かを諦めた。

 何かに疲れた。

 

 手を伸ばし、透くんの手を取った。

 柔らかかったはずの感触が、どこか男の人って感じのゴツゴツした感触になってる。

 指と指を絡めあう。

 恋人握り。

 自分の大切なものが、ここにある。

 

 

 




美人って大変。
ちなみに原作の主人公は、かなりユーモラスなキャラで、いい娘さんです。
作者は、丸い頃の透くんがお気に入り。


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12:鈍感難聴系主人公のつくり方。(オリジナル)

どこかで筆が滑った。(笑)
あまり気持ちのいい話ではなくなりました。
ヤンデレと狂気が少々、苦手な方はご注意を。 


 よく聞いて。

 女の子はね、男の子が持ってない権利を生まれつき持っているの。

 どこかで泣いてたら、助けに来てくれる男の子が、世界に必ず一人いる……そういう権利。

 でもね、この世界は広すぎるの。

 世界でたった一人の男の子に巡り会えない女の子がたくさんいるのよ。

 ねえ。

 泣いてる女の子を助けてあげてね。

 たった一人に巡り会えない女の子を、助けてあげて。

 あなたにつけた、名前に恥じないように生きていってね。

 

 

 

 人は死ぬと仏様になる。

 死んだ人間とは触れ合うこともできないし、言葉を交わすこともできない。

 だから、死んだ人間の言葉は、『絶対』になる。

 新たな言葉を加えることができないから、それまでの言葉を何度も何度も、自分の中で繰り返し続けて……そうなってしまう。

 

 それは、遺言じゃなくて、呪いって言うんじゃないの?

 

 少女は、墓と向かい合ったまま心の中でつぶやく。

 呟く相手は、少女にとってはおばさん。

 幼馴染の母親は、どこまでいっても他人でしかない。

 少女が幼馴染と結婚に持ち込めれば、『お義母さん』になるのだが。

 ちなみに、幼馴染の少年の名は騎士。

 騎士と書いて、ナイトと読む。

 少年の母親が、父親をはじめとして親戚連中の反対も全て押し切って、産後の体を引きずるようにして役所に持ち込んだ。

 病弱だったくせに、バイタリティに溢れすぎていた。

 

『だって、姓が白馬(はくば)なのよ?男の子の名前は、王子(プリンス)騎士(ナイト)しかないでしょう?』

 

 心の中で20回ほど繰り返す。

 

『ナイトなら許せる、ナイトなら許せる、ナイト……』

 

 そして少女は、自分の両親に感謝した。

 普通って素晴らしい。

 そう、少女は『普通』だった。

 あくまでも、自称、普通だった。

 一部では、何故か『ヤンデレ』と呼ばれている。

 そして、一部では『あれはヤンデレじゃないだろう』と評されている。

 まあ、少年の名前について少々不満を持っているが、少し愛が重たいタイプなのは間違いない。

 

 

 やがて、墓に祈りを捧げていた少年、白馬騎士(はくば・ないと)が立ち上がった。

 名前については、子供の頃からさんざんいじられたのは言うまでもない。

 しかし、少年にとっては……母親が死んでからは、周囲の雑音など、何の意味も持たなくなっている。

 もちろん、周囲の雑音を聞かないわけではない。

 聞いて、判断して、切り捨てるだけ。

 いらないゴミを捨てるように、少年はそれらを切り捨てることができる。

 無関心。

 

 少年は、母親の呪いにガッツリやられていた。

 

 泣いている女の子を助ける。

 慰めるのではなく、助けるのだ。

 理由があれば、その原因を取り除こうとする。

 当然、無理が出てくる。

 力が必要だ。

 子供の頃から問題児一直線だ。

 高校生ともなると、周囲も少年のヤバさを察して、それなりの対応をするようになる。

 いや、それだけではない。

 少年の周りの、女たちがヤバイ。

 

 少年が関わった、『泣いている女の子』の数からすれば、少数に過ぎない。

 感謝はしても、少年を知れば離れていく。

 好意が受け入れられなかったので離れるケースもある。

 

 つまり、少年の周りにいる女たちはみんな、『少年のあり方を受け入れているか、離れられないぐらい執着しているか』の二択。

 

 少年のあり方を受け入れている方は、自分を助けてくれた、助けてくれようとしたことについての感謝の念の比重が高めか。

 なので、少年のそれを助けようと動く。

 その一方で、『執着』組はおおまかに3つに分かれる。

 まずは、『この人の優しさを自分だけのものにしたい』という勘違い系。

 そう、勘違い。

 幼馴染の少女に言わせれば、少年が女の子を助けるのは、優しさや愛なんかじゃないというわけだ。

 次に、『この人はいろんなものが欠けすぎている。私が支えないとダメになっちゃう』という、だめんず系。

 幼馴染の少女は、たぶん、ここ。

 最後が、『崇拝系』。

 かなり悲惨な状況から救われた女が、色々とこじらせた感じ……というか、少々ぶっ壊れている。

 

 

 

 気が付けば、少年は女たちの檻の中。

 檻の中でも、女たちの牽制がある。

 経験を重ね、女たちのそれも巧みになっていく。

 少年は、檻の存在を感じることもなく、泣いている女の子を捜す。

 周囲の雑音は聞こえない。

 いや、むしろ周囲は女たちしかいない。

 

 鈍感ではない。

 少年の周囲の女たちは、見える変化が現れないから感じようがない。

 難聴でもない。

 少年の耳に入るのは、コントロールされた情報のみ。

 

 母親の狂気が、少年を狂わせた。

 少年の狂気は、泣いている女の子を狂わせた。

 正気の人間は弾かれていく。

 あるいは、狂気に侵されていく。

 

 

 一見、鈍感難聴系主人公による、ハーレム物語。

 しかし、その実態は女たちのチキンレース。

 先に動いたものが潰される。

 狂気の宴が、始まる……。

 

 

 




もう一度言う、どこかで筆が滑った。


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13:しあわせのかたち。(原作:ななか6/17)

2000年頃にチャンピオンで連載してた、ラブったり、コメったり、シリアスったりする漫画。
アニメになった気もするが、作者は見てない。


「この前の中間考査の成績を返す、呼ばれたものは……」

 

 教師の言葉に、教室の生徒は様々な表情を浮かべる。

 その表情も、成績表を見て、二転三転、七転八倒は当たり前。

 いつの時代にも、どの学校でも、似たような風景は見られるだろう。

 ざわめく教室内で、ゆり子はもう一度自分の順位を確認した。

 

「あまり、実感がわかないわね」

 

 万年2位の地位を返上し、初めて1位のポジションを奪い取った。

 いや、奪い取ったというよりは……。

 ゆり子は顔を上げて、左前方の席に座る少女を見つめた。

 

「はわわー。ねんじちゃん、見て見て!」

 

 何やら嬉しそうに成績表を振り回し、前の席に座る少年の顔にそれを押しつけている少女。

 入学以来、常にトップの座を守り続けていたのが彼女だ。

 まあ、正確に言えば、彼女であって彼女ではない。

 その事情を知っているゆり子にとっては、1位になったという実感がわかないのも無理はない。

 

 なぜなら、『6歳児』に、高2の問題を解けという方に無理がある。

 

 記憶喪失?

 いや、年齢退行。

 クラスから完全に孤立していたからこそ、その異様さを追求されないでいる……綱渡り状態の毎日。

 少女の幼なじみである少年はもちろん、事情を知ってしまったゆり子でさえ、その深刻さに胸を痛めているというのに。

 6歳児に戻った少女は、今日もお気楽で、ご機嫌だ。

 

「どれどれ……」

 

 押し付けられた成績表を、少年は面倒くさそうに……。

 

「ねえねえ、ねんじちゃんのは?見せて」

 

 机の上に置かれた成績表に伸ばした手を、少年はぺしっと払い落とした。

 

「こ、こういうのは他人に見せるもんじゃねえんだ!ほら、これも返すから鞄の中にいれとけ!」

「はわわ……ねんじちゃんだけ、ずるい」

「ずるくねえ!」

 

 二人の会話は、あくまでも小声だ。

 何をしゃべっているかはわからなかったが、その親子のようなじゃれあいに、ゆり子は微笑んだ。

 

(ふふ……きっと優しいお父さんになるわね、凪原くん……)

 

 ぽわぽわぽわ……と、ゆり子の中で、都合の良い妄想が翼を広げていく。

 

 テーブルを囲んだ一家の食卓風景。

 

『七華、またこぼしてるぞ』

『はわわ』

『しょうがないわねえ…』

 

 不器用な手つきでスプーンを使う娘の口元を優しく拭う少年の念二。

 困ったような、それでいて嬉しそうに父親のされるがままになる娘のななか。

 そんな2人の姿を見ながら、穏やかに微笑むゆり子は……母親のポジションだ。

 ご都合主義極まりない。

 

(って、何考えてるの私!)

 

 ゆり子がぶんぶんと手を振って妄想を追い払うと同時に、チャイムが鳴り響いた。

 

 

 

「やべー、怒られるよ……」

「お父さんにお小遣い貰おうっと!」

 

 休み時間になっても、教室内は成績の話題一色だった。

 

「ねえ、雨宮はどうだった?」

「あ、うん……良かった」

「さすが雨宮よね……私なんか」

 

 肩を落とすゆり子の友人達。

 慰めと励ましの言葉をかけるゆり子は、ふと顔を上げた。

 視線。

 それも、熱い視線だ。

 ゆり子の心拍数が、はね上がる。

 視線の主は、少年、凪原念二。

「ねえ、雨宮聞いてる?」

 

 聞いていない。

 聞こえていない。

 女の友情は、恋心の前には紙切れ同然。

 

「雨宮!」

「……えっ?」

 

 友人に肩を揺さぶられ、ようやく我に返るゆり子。

 

「気分でも悪いの?」

「うん、顔も赤いし、熱でもあるんじゃない?」

 

 タイミングを合わせたように、すっと教室から出ていく念二。

 その後ろ姿にピンとくる。

 ゆり子は、頬を染めたまま小さく頷いた。

 

「うん、ちょっと熱っぽいかも……保健室に行って来るね」

 

 とか言いながら、ゆり子の足取りはスキップしそうに軽い。

 友情が軽すぎる世界だ。

 

「……大丈夫かな、雨宮?」

 

 不思議そうに呟く友人の声も、今のゆり子には届かない。

 そして、やはり廊下で念二は待っていた。

 

「凪原君……」

「あ、あのよ……」

 

 ゆり子から視線を逸らしつつ、恥ずかしそうに周囲に視線を配る少年の仕草がますますゆり子の想像力を逞しくしていく。

 

「やっぱ、ここで話すのもなんだな」

「ううん、私はどこでもかまわない」

「は?」

 

 残念、休み時間は短いのだ。

 

 カラーン、コローン……。

 

 ゆり子はチャイムを呪った。

 今なら世界も滅ぼせそうな勢いで呪った。

 

「と……放課後、残っててくれないか?話があるんだ」

「喜んで!」

 

 

 ぽわぽわぽわ……と、都合の良い妄想に浸りながら、ゆり子が足が地につかない状態で教室に戻る。

 もちろん、そんなゆり子を友人たちが放っておくはずもない。

 

「ちょ、雨宮。顔が真っ赤じゃない!早退した方がいいって」

「今日は絶対帰らない」

「あ、そ、そう?」

 

 もんのすごい表情で睨まれ、友人は静かに後ずさりしていく。

 

「くふ、くすくす…」

 

 赤い顔をして、どこでもない何かを見つめながらクスクス笑う美少女の姿は、なかなかに不気味なものがある。

 ななかの異変は、少しずつ周囲に認知されつつあるが、ゆり子のそれも大概だ。

 

「はわわ…どうしちゃったのかな、雨宮さん」

 

 授業中、小さな笑い声を上げ続けるゆり子を振り返っては、七華(ななか)は心配そうに呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『雨宮と俺って…以前出会ったことなかったか?』

 

『ええ……ずっと昔、子供の頃……』

 

『雨宮、実は、お前が好きなんだ』

 

『うれしいっ!』

 

 

 

 

「……さん、雨宮さんってば。もう、みんな帰ったよ?」

「はっ!」

 

 ゆり子は慌てて立ち上がり、周囲を見回した。

 

 窓の外は見事な夕焼け。

 心配そうな表情を浮かべた七華と自分以外には誰もいないように見えた。

 

「な、凪原君は?」

「ねんじちゃん?なんか用事があるから先に帰っててくれって……だから、雨宮さん一緒に帰ろ?」

「わ、私も今日は学校に用事があって……」

「はわわ……居残りなの?」

 

 七華の両肩をがしっとつかんで、ゆり子はぐっと顔を近づける。

 

「そう、居残りなの!だから霧里さんは先に帰っててね!」

「はややっ、なんか今日の雨宮さん恐い……」

 

 脅える七華の表情を見て、ゆり子は自己嫌悪を覚えずにいられない。

 

(……卑怯なコトしてる。でも、私だって)

 

 そんなゆり子の気持ちにはおかまいなく、七華は子供のように無邪気に手を振って笑った。

 

「じゃ、私は帰るから……居残りを手伝ってあげられなくてごめんね」

「ぜんぜん!」

 

 とてとてとてっという足音を残し七華が教室を出ていく。

 その姿が見えなくなる……と、否応なしにゆり子の心拍数が跳ね上がる。

 

 誰もいない教室に1人。

 

 来る。

 これから、彼が来る。

『大事な話』のために、やってくる。

 

 赤く染まった窓辺に腰掛けるゆり子の横顔は、期待と憂いに満ちている。

 精一杯平静を装っているが、心の中はいっぱいいっぱいだ。

 かすかな物音が聞こえるたびに、弾かれたように顔を上げて腰を浮かせる。

 何度も何度も。

 いくら空回りしても、ゆり子の情熱は無限大のようで。

 顔は黒板を、しかし視線は熱っぽく、教室の入口に。

 

 

 そして。

 待ち人が現れた。

 

「わりィ、待ったか?」

「ぜんぜん!」

 

 今が夕暮れで良かった……ゆり子は切実にそう思った。

 顔の赤さをごまかすことができるだろうから。

 

「な、凪原君……それで、大事な話って?」

「いや……ちょっと面と向かっては言いにくいんだがよ」

「で、でも…凪原君から言ってくれないと……」

「そりゃ、そーなんだが…?」

 

 これ以上焦らされたら気絶しそう。

 既に、ゆり子が自覚できるほど、心拍数はレッドゾーンを爆走中だ。

 

「じゃ、思い切って言うぞ」

「待ってたわ!」

「俺に勉強教えてくれ!」

「喜んで!……え?」

「恥ずかしい話だが……七華の奴、俺より成績がよくなっちまいやがって……て、おい、雨宮!雨宮!?」

 

(……そういうオチだと思ってたわ)

 

 

 ……思ってて、なおその態度か。

 ツッコミ役不在のラブコメの悲劇である。

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ……凪原君の場合、中学の頃からきちんとやり直さないといけないと思うの。時間はかかるけど、私もつき合うから」

 

 ゆり子の目が燃えていた。

 多少、恨みの成分も混入しているかもしれないが。

 

「お、おう……お手柔らかに頼むぜ」

 

 場所はゆり子の家。

 そして、気を利かせたゆり子の母が、階下からムードのあるピアノ曲をここぞとばかりに弾いてくれている。

 

「……あ、ここはこうして」

 

 念二の手を取る。

 

(……幸せかも)

 

 ゆり子と念二の勉強会……まだ始まったばかりの小さな物語である。

 

 

 




ヒロインはゆり子。(笑)


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14:おーる・ゆー・にーど・いず・うぃん。(オリジナル)

野球とループもの。


 劇的なサヨナラ勝利は、観客を魅了する。

 しかし、劇的なサヨナラ勝利の裏には、惨めなサヨナラ負けがある。

 

 負けて悔いなし、なんて言葉を俺は信用しない。

 負ければ悔いしか残らない。

 負けて悔しくないというのは、『どうやっても自分が勝てない』ということを受け入れてしまったことだと俺は思う。

 負けて当然。負けても仕方ない……それはつまり、『勝負じゃなかった』だけの話だろう。

 10年経っても、20年が過ぎても、受け入れられない負けがある。

 俺は、『勝負』というのはそういうものだと思っている。

 

 野球に限った事じゃないと思うが、『負ける』ってことは悲惨だ。

 

『なぜ、あの場面であんな球を投げた?』

『何年野球やってきたんだ?』

『打者がカーブを待ってたのは見え見えだったじゃないか』

 

 あの1球、あの1球、あの1球……俺はずっと言われ続けてきた。

 速球を投げて打ち取れる保証があるのかよ?

 そんな反論は意味がない。

 俺が投げた最後のカーブが、三塁線を抜けていった……その結果が全てだ。

 

 身体の感覚がもうない。

 目がかすんでいく。

 こんな気持ちを抱いたまま、俺は死んでいくのか……。

 ああ、チクショウ。

 最後に願いが叶うなら、あの場面からやり直してえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 願いが叶った。

 9回裏二死、走者満塁。

 スコアは3対2。

 ああ、あのシーンだ。

 身体が軽い。

 くたびれた中年オヤジの身体じゃない。

 あの時の配球は完全に覚えてる。

 

 初球は、人を食ったようなスローカーブ。

 2球目は、アウトローに速球。

 3球目はボールになるスライダー。

 4球目は、胸元にハーフスピードのボール球。

 

 そして、運命の5球め……の状況。

 

 ……どう考えても、アウトローの速球で決める配球なんだよな。

 俺なら決め打ちするわ。

 ここでカーブを待つとか無いだろ。

 

 でもまあ、これで俺は、あの1球を乗り越えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サヨナラホームランじゃねえか!

 かんっぺきに、アウトローの速球を待ってた打ち方じゃねえか!

 でもまあ、それは打者のあいつがよくやったって話だから仕方がない。

 何よりもムカつくのがこいつらだ。

 

『なぜ、あの場面であんな球を投げた?』

『何年野球やってきたんだ?』

『打者がアウトローの速球を待ってたのは見え見えだったじゃないか』

 

 ふざけんな!

 お前ら、結局打たれたことだけが問題であって、理由は全部後付けなんじゃねえか!

 チームメイトから罵られるのはまだ耐えられるが、観客席から見てた人間に、グランドの中のことをグダグダ言われたくねえよ!

 

 もちろん、そんなこと言えないけどな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とか思ってたら、またあのシーンに舞い戻った。

 じゃあ、コースの問題か。

 意表をついて、インハイに最高の速球を投げ込んでやるぜ。

 

 

 

 

 レフトスタンドです、ありがとうございました!

 

 強く踏み込んだ分だけバッティングの体勢が崩れてたが、肘をたたむのではなく抜くようにしてバットを振り切りやがった。

 悔しいが、上手いと唸らざるを得ない。

 でも、あの打者が速球を待ってたのは間違いない。

 

 ああ、うるせえ、うるせえ。

 カーブは、打たれたんだよ。

 つーか、体勢崩してたの見えなかったのかよ。

 インハイの速球を待ってるのが見え見えとか、そんなこと言ってると笑われるぞ!

 

 やっぱ、こいつら、打たれた俺に、ケチをつけたいだけの連中だ。

 野球のことなんか、ろくにわかっちゃいねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 

 ひょっとして、これって勝つまで終わらない?

 打者が待ってるのはアウトローの速球。

 インハイも打たれた。

 元々は、意識を外に持ってる打者の読みを外すつもりで、インコースのボールからストライクになるカーブを投げたら、3塁線を抜かれた。

 じゃ、じゃあ、内へのスライダーで、ボールからストライクを……。

 

 センター前ヒットでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よし、速球も、スライダーも、カーブも、全部打たれる。

 コースとか関係ねえ。

 そういや、ど真ん中は投げてなかったな……とかやったら、試合のあとの大ブーイングがすごかったわ。

 とにかく、打たれると俺が責められることはよくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 うん、どうやらチェンジアップもダメだな。

 

 あ、もう1球ボール投げて、フルカウントで勝負してねえな。

 満塁、フルカウントで勝負とか、渋すぎるだろ。

 フルカウントで、ボールになるスライダーとか、通好みの配球だぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 チクショウ、バットの先っぽでフラフラとライト前に落とされた。

 でも、一番打ち取った当たりだった。

 手応えはある。

 

 まあ、当然のように試合のあとに罵声を浴びせられたけどな。

 

 そういや、『変化球で逃げるからあんな結果になるんだ!』って罵声は、初めてだったな。

 罵声も奥が深いぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうなってんだ?

 全部打たれるじゃねえか。

 まさか、神様は俺の心を折りに来てるのか?

 どうあがいてもお前が負けるんだよってか?

 ふざけんな。

 俺は勝つまでやるぞ。

 勝つまで諦めん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 9回裏二死、走者満塁。

 スコアは3対2。

 カウント2エンド2。

 

 さあ、ここで……『敬遠』だ!

 

 押し出しで同点。

 でも、この状況で負けない選択はこれしかなかったんだよ、チクショウ!

 牽制球で走者をアウトにできないか、とかもやってみたけどな!

 当然、味方の観客席からは罵声が飛んでくる。

 敵の観客席からは、笑い声と、馬鹿にする言葉が飛んでくる。

 知るか!

 次の打者を討ち取って、初めての延長戦突入だ。

 

 そしてベンチ裏で監督に殴られた。

 

 知るか!

 

 11回表に、勝ち越しに成功。

 そして11回裏。

 10回裏は普通に抑えたから、やり直せる保証はない。

 俺は、当たり前のことだが、この結末を知らない。

 何もわからない。

 暗闇の中を、ゴールを目指して歩いていく。

 

 

 エラーとヒットと四球で、二死満塁。

 

 高く舞い上がる白球。

 セオリーだと、投手の俺じゃなく、内野手に任せる。

 でも俺は、自分でこの勝負にケリをつけることを選んだ。

 落球したら、大ブーイングだろうな。

 そんな馬鹿なことを考えながら、俺は落ちてきたボールを受け止めた。

 

 ついに勝った。

 勝ったのはいいんだが、やはり自ら同点にする押し出し敬遠が問題になった。

 色々と言われたが、一番笑えたのはこれだ。

 

『高校生らしく、正々堂々と勝負を……』

 

 死ぬほど勝負したわ。

 そして全部負けたぜ、チクショウ!

 

 結局、勝とうが負けようが、批判にさらされる運命だったってことか。

 まったく、やってらんねえぜ。

 ああ、でも……な。

 

 

 勝ったから、笑って聞き流せるわ。

 どうってことない。

 

 ありがとよ、神様。

 いい夢見れたぜ。

 どうせ、死ぬ前の走馬灯みたいなもんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なあ、いつまで続くの、これ?

 次の決勝でも勝って、甲子園出場決まったんだけど?

 もしかして、負けるまで?

 いや、痩せても枯れても、高校球児だったからね。

 わざと負けるなんてできないし、やらないよ?

 というか、甲子園で負けたら、またあのシーンからやり直しなんて言わないよね?

 

 

 

 それとも。

 人生までやり直さないとダメなの?  

 

 




まあ、勝たなきゃ始まりません。


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15:雨が止むとき。(原作:怪異?神話)

タダのカオスの書き散らし。
山もオチもない。
世界の終末と、深淵のかけらと、精神世界。


 今日も雨は降り続く。

 世界から青空が奪われて……3ヶ月程になろうか。

 世界中で雨を観測。

 気象衛星から送られてくるデータで、青い星を包み込む厚い雲を確認できたという。

 ありえない。

 1週間で、各国の海岸線の侵食が始まった。

 海面の上昇。

 雨は降り続く。

 降り続く雨の、水分はどこから来たのか?

 物質保存の法則の崩壊。

 どんな理論も、降り続く雨という現実の前には無力だった。

 

 専門家が、知識人が、普通の人が、空を見上げながら、終末を感じた。

 

 陸が沈んでいく。

 人が追われていく。

 秩序の崩壊。

 インフラの崩壊。

 都市の崩壊。

 国の崩壊。

 そして、人の崩壊が始まった。

 

 空を見上げる人はもういない。

 見るのは足元だ。

 ひたひたと、侵略を続ける水の暴力。 

 人が死んでいく。

 早いか遅いかだけの違い。

 投げ出される命。

 奪われる命。

 世界が滅ぶより先に、人が滅ぶ。

 いや、人の世界が滅ぶのか。

 

 

 

 少女は、窓から降り続く雨を見つめた。

 標高1500mを超える都市の、8階建てのビルの7階。

 細々と続いていたラジオ放送が途切れて、何日が過ぎたのか。

 物理的に考えるなら、世界には3000メートルを超える標高の都市だっていくつもある。

 人はまだ、生きている。

 

「水と食料、調達完了」

 

 どこかすっとぼけた明るさを感じさせる声とともに、少年が現れた。

 全身ずぶ濡れである。

 

「いやー、ヤバイヤバイ、マジでヤバイ。もう、本気でヤバイよ……つーか、もう無理。食料調達とか、無理の無理無理」

 

 少女がちらりと少年を見る。

 

「昨日も、一昨日も、同じこと言ってたよね」

「だって、どうにかしないと、お前死ぬじゃん」

 

 そう言って、少年が犬のようにブルブルと顔を振って水気を飛ばした。

 

「あなたが食べろって言うから」

「つーか、言われなくても食べろよ、飲めよ」

 

 少女が、少年を見つめた。

 名前も知らない関係。

 世界の終末らしい、歪な関係の二人。

 

「もしも、明日、晴れたなら」

 

 少女が、歌うように。

 

「キスしてもいいわ」

 

 照れもせず、醒めた表情で少年に言う。

 そして少年が言い返す。

 

「初めてなので、愛情とかムードを要求する」

「馬鹿ね……何もできないうちに死ぬわよ」

「それでも、最低限、愛情を要求する」

「じゃあダメね。そんなものはないし、雨もやまないから」

 

 そう言い放って、少女は再び雨を眺め始めた。

 

「雨、やまないのか?」

「やまないわ。ずっと降る。降り続ける。最期まで」

「そっか」

 

 少年がため息をついた。

 世界が終わっている。

 世界には生きるつもりがない。

 そして本当に、世界が終わる。

 彼女の世界が終わる。

 

「みんな、君が目を覚ますのを待ってる」

「具体的に」

「……みんなはみんなです」

「嘘が付けないところは、評価してもいいわ」

 

 少女は、雨を見ながら会話を続ける。

 

「お医者さんなの?」

「微妙」

「……気になるわね」

「それが、手なんだ」

「そう」

 

 雨はやまない。

 小降りになることもなく、激しくなることもない。

 一定の、同じペースで降り続ける。

 悪い意味で、少女の精神は頑なに安定している。

 怒らせようと試みた。

 笑わせようと試みた。

 少年が何をやっても、少女の心は動かない。

 雨は振り続ける。

 少女は死に向かい続けている。

 

 少年は、少女の隣に並んで雨を眺めた。

 分厚い雲から、降り続く雨。

 悲しみがそれを降らすのか。

 苦痛がそれを降らすのか。

 もしくは、絶望がそうさせるのか。

 

「なあ、何があったんだ?」

「……もしかして、警察の人?」

「まあ、関係者というかそういうことになる」

 

 少女は少し考え、呟いた。

 

「人がいっぱい死んだわ」

「それは知ってる」

「生き残った人は?」

「君だけだ……と言っても、生きていると言っていいのかな、これは」

「じゃあ、死亡確認して」

 

 わずかに、雨足が強まった。

 

「責任を感じてるのかい?」

「理解できないことに、責任を感じろと言われても困る」

「君が関与したわけではない?」

「たまたま立ち寄っただけ。そして絶望を知った」

「現場を見て、何人もの警察官が発狂した……半分が自殺した」

「残りの半分は?」

「仲間を殺してから自殺した」

「あの場所はどうなったの?」

 

 少年が、困ったような表情を浮かべた。

 

「消滅した」

「ああそう、仕方ないわね……この世のものでないものが、元の世界に帰ったんじゃないかしら」

「……オカルトは信じてないんだけどなあ」

 

 不意に、少女が手を伸ばした。

 手のひらで、雨を受け止める。

 

「雨が止んだら、世界が滅びるわ」

「君が目を覚ましたら、世界が滅ぶと言ってるように聞こえる」

「そう言ってる」

「うん、厨二病って言うんだよね、それ」

「異物は世界を侵食するの。私の精神は、異物に侵食された……つまり、私が目覚めると、肉体の侵食が始まり、世界の侵食が開始される」

「うわあ、なんだかすごいことになってきちゃったぞぉ」

「……まあ、信用されるとは思ってなかったけど」

 

 そして少女が笑った。

 

「ねえ、もうあなたも侵食されたのよ」

「はい?」

「どういう方法を使ったのか知らないけど、あなた、ずっと私の精神に接触してたから」

「えーと……」

「じゃあ、試しに雨を強くしてみたら?」

 

 ここは、彼女の世界だ。

 苦笑しつつ、少年がそれを試す。

 

「いやいや、君がやったんだよね?」

「じゃあ、雨を止めてよ……それを望んでたんでしょ」

 

 少女の微笑みに、少年は喉が張り付くような感覚を覚えた。

 不意を突いて、雷雨をイメージ。

 

 雨が雷雨となった。

 

 少女が笑う。

 静かに笑い続ける。

 少女の笑い声に耐えられなくなって、少年は耳をふさいだ。

 耳をふさいでなお、その声は妖しく鼓膜を震わせ、頭の中に響く。

 

「ねえ、雨が止んだら……キスしてもいいわよ」

 

 囁くような声。

 興味も、好意も感じない、少女の瞳。

 少年は、『死』を感じた。

 

 

 

 

 

 

 雨はやまない。

 降り続ける。

 そして、少年と少女は二人きり。

 少女は相変わらず、世界の終りを待っている。

 少年は、深淵に囚われて、動けずにいる。

 

 




とにかくカオスを書きたかった。
夢も現実も精神世界もヴァーチャルも、ご自由に想像してください。(無責任)



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16:犬、怖い。(原作:バイオハザード)

正確にはケルベロスでしたっけ?
初代ももう、20年以上昔ですなあ。


 ……なんだ?

 

 目眩を感じたと思ったら、いきなり視界が変わった。

 さっきまで自分がいた場所じゃない。

 というか、日常からどこか異質な世界に放り込まれたような違和感と、恐怖を覚える。

 無意識に腰を手をやって……悲鳴を上げかけた。

 

 ナイフ!?

 

 銃刀法違反で捕まっちゃうよ、これ。

 つーか、俺、そんな危険なもの持ち歩かないよ!?

 

 心臓の音が聞こえる。

 まずは落ち着くことだ。

 落ち着けば、何か分かることだって……ある。

 

 ある。

 

 どこか見覚えのある、懐かしいような……。

 具体的に言うと、学生時代に、文字通り死ぬほど繰り返して目に焼き付けた光景だ。

 

 ごくりと、唾を飲み込み……歩いてみる。

 

 ふらふらと、まっすぐ歩けない自分に気づく、気づいてしまう。

 ナイフを取り出して、まじまじと見つめる。

 

 間違いねえ、バイオハザード(初代)だ。

 

 やべえ、同人誌で主人公をパンチドランカーの設定にしたバチが当たったか。

 というか、オープニングはどうなった?

 ここ、食堂だよな?

 ……昔の記憶過ぎて、攻略方法なんか忘れちまったぞ。

 というか、そもそも苦手だったんだこのゲーム。

 

 ナイフを振ってみる。

 頼りない。

 所詮は素人だ。

 キャンセル技とか使えねえのか?

 素人が銃を手にしてろくに扱えるとは思わないが、それでも銃を手にしたい。

 銃は武器じゃない。

 安心感だ。

 確か、ベレッタがすぐに手に入った気がするんだが……あれ、クリスとジルでルート違うんだったっけ?

 いや、レベッカだったか?

 

 ……食堂から出ると、イベントだったよな?

 ゾンビとご対面の。

 ゲームじゃなく、リアルだ。

 武器を探せ。

 丸太はないか?

 ゾンビには丸太だ。

 

 これは、木の棒……木の棒か、短いな。

 チクショウ、金属バットとか置いてねえのかよ。

 よし、包丁!

 いやいやいや、ナイフは間に合ってます。

 というか、鈍器。

 今俺が求めてるのは鈍器。

 出会い頭に、膝の関節ぶち折ったら、それだけで動けなくなるだろ。

 ナイフとか銃よりも、肉体破壊系の武器をプリーズ。

 

 フライパン。

 いけるか?

 

 リーチが短いから、いきなり顔面行ったらああ!

 

 

 

 

 うわああああああ、首がもげたぁぁぁ!

 って、まだ動いてるうううううう!

 

 

 

 

 やべえ、ちょっと吐いた。

 

 俺、生きて帰ったら、サラダ食うんだ。

 

 

 

 玄関だ。

 エントランスホール?

 細かいことはいいんだよ。

 いや、細かいことを気にしないと死ぬ。

 おお、結構覚えてるもんだな……そう、床に落ちてたはずだ。

 

 よし、あった。

 

 ナイフを手に入れた。

 これで二刀流だぜ。

 

 

 

 

 

 

 待って!

 世界が俺を殺しに来てる!

 鼻歌交じりで、ナイフクリアしてた知人とは違うんだ。

 

 

 

 廊下だ。

 銃のマガジン……は意味ないな。

 でも確か、回復用のグリーンハーブがあったはず。

 回、復……?

 いやいや、これも安心感。

 

 はい、ナイフ発見。

 しかも2本。

 

 

 

 待って!

 これドッキリだろ?

 もしくは悪夢。

 

 ナイフ以外のアイテムがないのかよ!

 

 

 チクショウが、殺られる前に殺れ!

 次の廊下でゾンビが出てくるのは覚えてるぞ!

 出てくる数で、難易度判明だろ。

 イージーなら1体、それ以外は2体。

 いや、この世界には、俺に対する悪意を感じる。

 3、いや4体ぐらいを覚悟しておこう。

 

 

 ……食堂で、テーブルゲットだぜ。

 ほら、アクション映画とかであるじゃん。

 テーブルを盾にして突進とか。

 当たらなければどうということもない。

 テーブル抱えて階段のぼるって、なかなかくるわあ。

 

 さあ、テーブルを構えてラッセル車ぁぁぁぁ!

 ああああ、ゾンビの粘液みたいなのがぁぁぁぁ。

 ぐちゃって潰れて。

 ぐちゃってちぎれて。

 

 

 

 手ごわい敵だった。

 しかし、ゾンビは2体か。

 思ったより優しい世界かもしれん。

 

 ここは何があるんだったかな?

 彫刻に矢が……ああ、矢だ。

 あと、戦闘後ってことで、回復と、銃のマガジンがあるのはお約束だと思うが……。

 

 

 ナイフ発見。

 

 

 うん、そんな気はしてた。

 仕方ない。

 ナイフを使って、このテーブルの脚を、削って削って削って、バキッとな。

 これを2本重ねて……カーテンで縛る。

 

 念願の、鈍器を手に入れたぞ。

 

 そうだよ。

 暗い暗いと不平をこぼすより、進んで明かりを灯しましょうだ。

 ゲームじゃなくてリアルなら、発想しだいでいくらでも抗える。

 世の中には、ハンガーで戦う探偵だっているんだ。

 

 残りの脚、短めに折って、足や腕に装着したら、防具にならんか?

 いや、動きが阻害されるだけか。

 

 次は何をするんだっけ?

 石像を落とすとか、墓地でショットガンを手に入れるとか、断片的な記憶はあるんだが。

 どうせ、ショットガンはなくてナイフだろ。

 ショットガンじゃなくて、弾だったっけ?

 石像を落とすってことは二階だよな。

 落としたら何があるんだったっけ?

 

 

 

 ゾンビィィ!

 

 ……いけるな、この鈍器。

 むしろ大振りに気をつけよう。

 マジでびびった。

 中途半端に記憶があるのも恐ろしいな。

 

 ゲームとかだと、『逃げれば捕まりません』とか気軽に言うけどさ、サーチ・アンド・デストロイしないと、安心して行動できないよ。

 

 

 

 

 さて、この石像が……クソ重いんですがぁぁぁ。

 

 よいしょおおぉぉぉ。

 

 

 

 

 

 

 エントランスホールの床に穴があいたんですが、こんなんだったっけ?

 

 

 

 まあ、いい。

 いや、良くないだろ。

 あの石像落としたら、墓地に行けるとかそんなんじゃなかったか?

 どうなってんだ?

 

 

 

 

 

 とりあえず、そろそろ犬が出てくるはず。

 犬対策のために、カーテンを切り裂いて、腕にぐるぐる巻きつけておく。

 動きを阻害しない程度に、太ももと、お腹にも。

 

 

 

 うん、やっぱり石像を落とす位置が間違ってた気がする。

 

 床に穴?

 そもそも、このゲームの目的ってなんだったっけ?

 脱出?

 あれ?

 仲間とかいなかった?

 

 ちょいまち、廊下の鏡で確認だ。

 

 

 

 

 俺だ。

 鏡に映ってるのは、100%俺です。

 

 

 ふう。

 もうちょっとレベルの高い鈍器が必要なようだな。

 ははは、漫画や映画とは違うから、ドアに体当りなんかしたらダメだぞ。

 一般住宅の部屋のドアぐらいなら、普通にぶち破れるけどな。

 

 

 ……先生、肩が痛いです。

 

 つーか、これもう、食堂で火をつけて燃やせばいいんじゃねえの?

 いけるいける、ゾンビも燃えるって。

 

 確か、2階の食堂のそばにテラスがなかったか?

 あそこから飛び降りたら脱出できるよな?

 

 ゾンビはなんとかなるけど、犬とか毒蛇とか、戦うとかないわあ。

 毒蛇の種類にもよるけど、攻撃速度が0.1秒とか言ってた気がする。

 つまり、反応速度が0.1秒以上かかるとされてる人間にはよけれない。

 

 よし、そのためにも、脱出経路を確保だ。

 

 食料搬送のトラックとか落ちてないかなあ。

 ゲームが違うから無理だよなあ。

 

 仕方ねえ。

 エントランスホールのドアを、どうにかしてぶち破るか。

 

 ああ、だから銃が手に入らないのか。

 マガジンさえあれば、小細工ができるのに。

 

 さーて、ナイフでドアを削っていきます。

 くくく、重厚な造りとは言え、木製のドアだったのが不覚というものよ。

 削って、削って、薄くなったところで……ナイフをあてがって、鈍器でドン!

 よっしゃあ、穴があいた。

 

 

 

 

 

 手こずったが、ようやくドアが開いた。

 おお、朝日が昇る。

 まるで俺を祝福しているかのようだ。

 俺は洋館を後にして歩き出し……ああああああああ!

 

 

 犬、犬、犬、犬ぅぅぅ!

 

 

 ああああああああああああ。

 せめて、2匹は……殺っ……。

 

 

 




記憶だけで書いたらこうなりました。(笑)
後半部分とかほとんど覚えてないや。


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17:無茶言うな。(原作:プリンス・オブ・ペルシャ)

パソコン版の方な、そして初代。
30年近く前……だと?

任意でセーブができなかった、そんな時代。


 ……やっぱり悪夢だったか。

 

 いやあ、朝日を浴びながら犬に食い殺されるとかひどすぎだろ。

 アクションゲームの世界に一般人を放り込んでどうするのよ、マジで。

 

 

 

 

 

 ……悪夢は続いていました。

 

 ここどこ?

 というか、ここはどの世界だ?

 牢屋だよな?

 牢屋からスタートする世界?

 何がある。

 何があった?

 RPGか、RPGだよな?

 

 起き上がり、鉄格子へと近づいていく……。

 

 やばい、この妙にヌルヌルする動きと、微妙なタイムラグを感じさせる動作に、めっちゃ覚えがあるわ。

 特にこの『すり足』の動き。

 

 ああ、ということは、見張りの隙を突いて牢屋を脱出できちゃうんだよな。

 

 こんなふうに。

 

 ああああああああああ、残り時間1時間って、やっぱり『プリンス・オブ・ペルシャ(PC版)』の世界じゃねえか。

 しかも初代。

 死んで死んで死んで死んで死んで、ひたすらマップと罠と謎解きを覚え込んで、ようやくクリアできる、『死』を前提にした傑作ゲーム。

 制限時間内ならいくら死んでも構わないが、制限時間が過ぎるとゲームオーバー。

 ステージ数は、全部で12ぐらいだったっけ?(SFC版とは違います)

 

 めっちゃ面白かったけど、めっちゃ面白くて傑作だと思ってるけど、リアルではノーサンキューだろぉぉぉ!!?

 

 

 確かラスボスの宰相だったよな?

 国王が戦争に出かけたすきに、クーデター起こして国を乗っ取るとか……姫と結婚して正当性を得るために、姫本人に了承を得るとか……童貞か!

 そもそも、大国の姫と、旅の若者が恋に落ちたからといって、すんなりと結婚できるとか思ってんのか?

 姫が拒否してるのは、お前を拒否してるだけじゃ!

 主人公は、そのダシに使われているだけなんだよぉぉぉ!

 

 

 死にたくない。

 あああ、でも行くしかない。

 生きるために、死にに行こう。

 何を言ってるのかわからないと思うが、ここはそういう世界だ。

 

 ステージ1に向かってダッシュだ!

 

 思い出したあ!

 武器を持たずに敵に近づいたら生命力の数値にかかわらず瞬殺されるし、敵の前で武器を構えないと瞬殺される。

 武器と防具は装備しないと意味がないってやつだな。

 確か逆方向に死体があって、そこで武器を手に入れて……天井をつついて、生命力を3から4にひとつ増やす秘薬をゲット。

 そうそう、この薬を飲むアクションがやたら豪快で。

 あ、体力が満タンの状態で全回復の薬を飲むと、ひとつ上限突破するんだったか?

 まあいいや。

 薬を飲む時間も惜しいから、ステージ1以外の薬は、寄り道して飲むほどの価値もないし。

 

 最初の敵はただの雑魚。

 近づいて繰り返し斬るだけ。

 ステージが進むと、『カイン!』とか効果音出して、弾いてくるけどな。

 

 床に穴があいてたら槍が飛び出てくるから、走りながらジャンプで通り抜け……先に、ギロチンドアがあるんだったよなあぁ!!!!

 このゲーム、ホントに死に方がリアルで、まっぷたつになるだ……よ。

 

 

 

 生き返った!

 死んだステージの最初からやり直し。

 というか、死んでも痛くなかった。

 もう何も怖くない。

 

 敵を倒す以外は、ほぼ走り続けてクリア。

 

 俺の滅亡まで、後、56分43秒。

 

 

 

 扉を開くスイッチが、別の場所に設置されてあったりするんだが。

 これ、あくまでも俺は脱出しているわけなんだけど、向こうからこっちにやってくる場合はどうするつもりなの?

 そんなことを考えながら、俺は走り続ける。

 スタミナの数値はない。

 主人公はまさしく人間発電所だ。

 

 

 簡単そうに思えるだろう?

 でもね、見えない床とかあるのよ。

 実際に乗って、もしくは落ちて死なないとわからないような場所が。

 

 そうそう、変な鏡が置いてあって、そこにダッシュで突入しないと進めないとかなあ。

 初見ではどうしようもないというか。

 そして、その鏡から、主人公の分身が現れて……色々と邪魔をするけど、コイツがいないと、クリアできなかったか?

 あれ、こいつ邪魔しかしなかったよな?

 いや、どこかでクリアの助けになった気も……。

 最後なんか、剣を抜いての戦いになるんだけど、『剣を収めないと』死ぬまで戦う事になる。(分身は死なない)

 もちろんノーヒントだ。

 そりゃあ、相手(分身)の生命力が表示されてない上に、攻撃を当ててもなんの変化もないことがヒントといえばヒントだけど。

 

 まあ、いい。

 

 そうそう、ここで分身が現れて扉を閉めて、落とされる……。

 

 

 ……からこのステージは、始まるとすぐに『掴む』コマンドを実行しないと、いきなり死ぬ。

 懐かしいなあ。

 そうそう、前のステージは『落とされないとステージクリアにならない』から、『え?よじ登る場所で扉を閉められたらどうすりゃいの?』などと、壁にぶら下がったまま考えていると、時間だけが過ぎていく。

 

 よじ登れないのを承知で、よじ登るコマンドを入力すると落とされる……これもノーヒントだよ、チクショウ。

 

 そして場面が切り替わったら、いきなり落下中。

 さっきも言ったけど、これがステージの始まりで、壁を掴まないと死ぬ。

 

 ゲーマーとしては懐かしいけど、リアルでやられると……。

 

 さあ、このあたりからは敵も強い。

 俺の攻撃を弾いて攻撃してくる。

 その攻撃を、俺もまた弾いて切り返す。

 いや、格好いいのよ、このアクション。

 でもね。

 

 

 俺の滅亡まで、後、42分28秒。

 

 時間は刻々と過ぎていくのです。

 俺の記憶が確かなら、ラストに近いステージで、10分近くかかる長丁場があったはず。

 まあ、最後のラスボスとの戦いにたどり着くまでが制限時間なんだけどさ。

 宰相の体力は、最大の9。

 つまり、9回切りつけないと殺せない。

 こうやって、『カイン!』『カイン!』とかやってると、1回切るのに数秒かかるの。

 ボスとの戦闘だけで何分もかかるんだこれが。

 うん、だからね。

 

 うがああああ、雑魚はさっさと死ねぇぇぇぇぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、あったあった。

 こう、閉じられた扉の向こう側に、扉を開くスイッチがあるのよ。

 もう、当時は悩んだ悩んだ。

 ステージの隅から隅まで走り回って時間切れを迎えて何度ゲームオーバーを迎えたことか。

 当然、マップ表示などない。

 マップは全部自作した、当時のゲーマーなら当然だろう。

 

 さあ、しゃがんでねずみを呼ぼう。

 呼ばれたねずみがスイッチを踏んで、万事解決だ。

 

 

 

 もちろん、ノーヒントだ。

 

 当時のゲーマーの合言葉。

『困ったときは、スペースキー』

 

 

 そうだ。

 悲しみは何も生み出さないが、怒りからはたいがいのものが生まれる。

 ゆけ。

 走れ。

 飛べ。

 

 この怒りを全て、悪の宰相に叩きつけるのだ。

 当時はほんの少しだけ、悪の宰相を飛び越えてゲームの開発者にまで届きそうだったけどな!

 つーか、『カラ〇カ』と同じ開発者って聞いて、スゲエ納得した記憶があるわ。

 

 

 

 

 

 そうそう。

 ステージが進んでいくと、背景の窓から見える景色が少しずつ変化してたんだよな。

 こういう細やかな作り込みが、傑作を傑作たらしめてる理由で。

 

 おい、大活躍だな、ねずみ。(笑)

 お前がいないとクリアできないんだぜ、このゲーム。

 

 さあ、分身、はよ、来い。

 はよ、合体せいや。

 妙なエフェクトとかいらねえよ、時間がねえから!

 

 さあ、見えない床だ。

 なんだ、見えないだけかと思ったら、本当に床がなかったりするんだよ。

 走れ、飛べ。

 マップじゃなくて、リズムで覚えている。

 たたっ、たーん、たーん、た、たーん、たーん、た、……だったか?

 さあ、ラスボスだ!

 

 前口上なんかいわせるか、死ねえ!

 

 

 

 ははは、剣を構えてなかったら瞬殺される。

 そういうルールだよなあ。

 うわあ、姫がドン引きしてる。

 

 

 はは、ご安心を、姫。

 サルタン(国王)が国元の不穏を知り、前もって何人もの部下をここへと向かわせました。

 私はその部下の一人です。

 宰相はここに倒れました。

 サルタンも、まもなく戦いを終えて帰国することでしょう。

 少し時間はかかるかもしれませんが、混乱は収まり、平和な日々が戻ってくると私は信じています。

 

 ご覧ください姫。

 

 月が、あんなにも綺麗です。

 何の心配もいりませんよ。

 

 

 

 

 

 

 ……よし、決まった。

 このままフェイドアウトだ。

 

 あの、姫?

 姫ぇぇぇぇぇ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国王の大事な姫に手を出した人間はどうなりますか?

 もちろん、手は出していません。

 ただ、出されたと公言してはばからない姫がいます。

 

 スペースキー!?

 スペースキーはどこ!?

 

 

 




コングラッチレーション!
コングラッチュレーション!
おめでとう!
本当におめでとう!

このゲームのクリアにたどり着いた時の、あの最高の充実感というか達成感というか、ゲーマーにとって忘れられない一瞬でした。

ちなみに、『3D』の方は挫折しました。(1999年の海外版のやつ)
わからなかったんだ。
何をどうやってもクリアできなかったんだ。
今ちょっと調べてみたら、『3D』のあとの『時間の砂』からは攻略情報がぼろぼろあるんだけど、そこじゃないんだ。(涙)


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18:俺に触れると爆発するぜ。(原作:ダイナマイト刑事)

納得のいかない場面のつなぎを、捏造してます。
久しぶりにやりたくなってきた。
いや、ゲーム機じゃなくて、アーケードで。

とりあえず、連続投稿はここまで。



 悪夢がどこまでも続いていく。

 

 とりあえずわかったことがある。

 神様は俺を殺そうとしてるんじゃなく、嬲ろうとしている。

 

 今、俺の目の前にいる、これでもかとばかりに男臭い人物は、『Mr.ダイナマイト』の異名を持つブルーノ・デリンジャー刑事。

 

 この時点で泣きそうになった。

 これだけでわかってしまうぐらい、ゲーセンで友人たちとやりこんだゲームだったから。

 

 こぼれそうになる涙を必死にこらえる俺を見て、何を勘違いしたのか、『Mr.ダイナマイト』が、俺の肩を叩いてニカッと笑う。

 

『難しく考えるな。シュッと潜入して、ガツンとぶち倒して、ドカンと人質を助ければ、それでミッションコンプリートだ』

 

 はは、絶望的に最後の擬音の使い方が間違ってる気がします。

 

 

 知らない人のために説明しよう。

 

 テロリストグループが、大統領令嬢を含む多数の人質を取り超高層ビルを占拠。

 そこで警察の上層部は、『Mr.ダイナマイト』の異名を持つブルーノ・デリンジャー刑事と、新人だが有能なシンディ・ホリディの2人に、大統領令嬢の救出とテロリスト達の殲滅任務を言い渡した。

 2人はヘリで高層ビルの屋上へと向かい、テロリスト達の巣窟である高層ビルへと潜入する。

 

 素手で。

 

 

 

 この作戦を考えた、警察の上層部は頭おかしい。

 

 ちなみにこの『Mr.ダイナマイト』、なぜこんな異名がつけられているかというと、事件の解決、犯人の逮捕にかかわらず、『爆発率100%』だからだ。

 

 犯罪組織に乗り込んで爆発……これはわかる。

 強盗相手に銃で撃ち合って爆発……わからないこともない。

 ひったくりの犯人を捕まえて爆発……何がなんだかわからないの。

 

 検挙率と被害額がナンバー1の困ったちゃん、それが『Mr.ダイナマイト』の正体だ。

 とにかく、やつと行動するときは、ドラム缶を見たら爆薬と思え、というのが警察では合言葉。

 

 もう、わかるだろう。

 俺は……いや、『私』は、この危険物を押し付けられて無謀な作戦に放り込まれる、哀れな新人、シンディ・ホリディだ。

 多分、『私』は上層部のやばい情報とかを、無自覚に掴んでしまったんじゃなかろうか。

 神様はともかく、警察の上層部は確実に『私』の息の根を止めに来てると思う。

 

 だってさ、テロリストたちの殲滅任務とは言え、基本は潜入だ。

 なのに、私の服装の背中にはでかでかと『police』の文字。

 潜入させる気がないとしか思えないだろ?

 

 派手で痛快、爽快なアクションゲームなのは間違いないんだけど、なんでTSなんだ?

 誰得?

 ……薄い本みたいにならないよね?

 

 不安を振り払うように、パンチを放つ。

 キック。

 ……おや?

 

 連打からの、サマーソルトキックッ!

 

 やべえ、思い通りに動く。

 ヴァーチャファイター相手でもイケルだろ、これ。

 おいおいおい、これでも俺は1コインでエンディングにたどり着いたゲーマーだぜ。

 ……そこのゲーセンの難易度が甘かったという話もあるが、それはさておき。

 

 そもそも、シンディの方が少し速度があって隙が小さい(ただし攻撃力は劣る)から、好みはあるだろうけど、俺としては攻略しやすい方のキャラだ。

 イケる。

 そうだよな、アクションゲームにTSなんて関係ないぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、そう思わせてから落とすんだよね、知ってた。

 

 

 まず、ゲーム目線と、キャラ目線が違った。

 その空間の把握というか認識力が全然違ってくる。

 

 それと、敵キャラが濃ゆいキャラばっかりだったって忘れてた。

 ムキムキのパンイチ男が迫ってくるのに、恐怖心を覚えずにいられるか?

 悲鳴あげながら、三連打からの浴びせ蹴りで吹っ飛ばしたわ。

 

 で、吹っ飛ばしたら、その向こうに拳銃構えた敵がいるのよ。

 

 それを把握してたら、吹っ飛ばさずにひたすら削っていったんだけどな!

 いや、撃たれたよ。

 ご丁寧に、3発。

 めっちゃ痛い。

 いや、死なないだけありがたく思わなきゃいけないけどさあ。

 銃で撃たれてもなかなか死なない。

 これか、これが刑事(デカ)魂か!

 

 つーか、このゲームの何が面白くて、リアルだと勘弁して欲しいのが、プレイヤーキャラの優位性がほとんどないことなのよ。

 ある意味無双アクション系なのに、こっちも吹っ飛ばされるし、連打もらうし、コンビネーションまで使ってくる。

 1コインクリアのためには、戦いのときのポジショニングが超重要。

 敵を倒すよりも、敵の攻撃を受けないことを重視するスタイルが求められる。

 人生というか、現実(リアル)はいつだって、1コインだからね。

 

 よし、とりあえず部屋を制圧。

 

「行くぞ、シンディ!」

 

 はい。

 俺たちは走り出す。

 あー、あー、あー、懐かしいわ、これ。

 

 先輩、前!

 

 速かったのは俺の声か、それとも先輩の反応速度か。

 物陰から現れたテロリストを飛び蹴り一発でおねんねさせる。

 

 ……あれ?

 倒れた敵の首が……ああ、うん、考えないようにしよう。

 なるほど、ゲームやってる時は不思議にも思わなかったけど……一撃で終わってたんだな。

 

 エレベーター乗り場。

 先輩が飛び込む。

 先輩に注目が集まったところで、俺が飛び込んで不意打ち。

 きたよ空手家。

 コイツはこっちの攻撃をガードするから、ハンドアックス。

 斧でガードごとぶちのめす。

 

「どけ、シンディ!」

 

 先輩が柱時計を掴んで敵に投げつける。

 

 爆発!

 

 なんで!?

 記憶と違う!

 

「もう一丁!」

 

 

 

 

 ……ああ、うん。

 こうやって被害額が跳ね上がってくんですね。

 たぶん、先輩が悪いんじゃない、先輩が悪いわけじゃ……。

 

「もたもたするなシンディ、新手だ!」

 

 見れば、エレベーターから新たな敵が……思い出したァ!

 ダッシュ!

 そして、奪取!

 

 くらえ、ロケットランチャー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやあ、このゲームの醍醐味だよね。

 一撃で大ダメージ。

 スカッと爽やか。

 

 はいはい、今度はこっちのエレベータからでかい男が出てくるよね。

 いわゆる、中ボス。

 

 はい、どーん。

 もういっちょ、どーん。

 とどめに、どーん。

 

 さあ、先輩、次行きましょうか。

 

「お、おう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤバイ。

 超楽しい。

 リアルで無双ってこんな感じか?

 

 消防車は突っ込んでくるし、トイレでは敵が小便中だし、対戦車ライフルはぶっぱなせるし、もう、気分は世紀末ヒャッハー。

 はい、出てきた敵をぶっ飛ばし、そのまま前方に飛び込む。

 

 ……コンピュータルーム?

 警備ロボか!?

 1コインクリアのための最難関。

 

 先輩、こいつら分断して攻撃してください!ある程度ダメージ与えたらアームを落として、ビームを撃ってきますから、気をつけて!

 

「あ、はい」

 

 まずは連打からのダウン攻撃。

 その隙に移動して、モニターをゲット。

 どいて、先輩!

 

 警備ロボに投げつける。

 

 爆発!

 

 モニターが爆発するのは当然だよね。

 さあ、ロボットアームでタコ殴り……乗ってきたぁぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バズーカきたァァァ!

 先輩抱えて横っ飛びぃぃ!

 ひょううう、このシーン大好き!

 

 いかにもな中ボス、大男。

 

 こんなこともあろうかと!

 できるだけ銃を使わずに貯めときました。

 はい先輩、撃って撃って撃ちまくって!

 

 攻略法は完璧。

 左右に軸をずらしながら、コンビネーションからのダウン攻撃。

 待ち構えてのサマーソルトキック!

 

 

 

 

 

 爆発だァ!

 

 爆風で吹っ飛ばされた先が……隣のビルの屋上。

 一緒に吹っ飛ばされたのがアフロの空手家。

 ああ、なんか唐突に隣のビルの屋上で戦いが始まったのって、こういう事情があったんだ。

 服が破れてるのも、納得できた。

 

 無傷なのは、たぶん、刑事(デカ)魂のおかげ。

 

 勝ったのはいいけど、ここにいるのがバレた。

 ビルから銃撃されまくり状態。

 

 しまった。

 移動の際に足を滑らせて、落ち……。

 

「大丈夫か、シンディ!」

 

 やだ先輩、格好いい。

 でも、このファイト一発な体勢って……。

 

 先輩、狙われてる!

 狙われてる!

 

 ロケットランチャー!

 

 間一髪。

 ビルの側壁のパイプに掴まって……折れたぁぁぁ!

 折れた方向が、そのまま、元のビルの窓に向かって。

 

 レッツ、ハリウッド!

 

 窓ガラスを粉砕した先には、警備ロボ。

 

 速攻です。

 時間かけると、もう一体出てきます!

 

 

 

 

 相撲取りがなんでテロリストやってんだぁ!

 ライフルで容赦なく、逝け。

 コショウ。

 ガード不可のビール瓶。

 デブ怖い。

 相撲取り強い。

 

 

 バリケードのむこうから容赦ない銃撃。

 先輩、さすがに進めません。

 

「……あれを使おう」

 

 先輩が指さしたのは、ビル内部の非常用、もしくはエレベーター点検用のハシゴ。

 なるほど。

 

 でも先輩。

 私たち、屋上から侵入したのに、なんでこんなことになってるんでしょう?

 

「1階入口で警官隊とやりあってる連中を殲滅して、突入を可能にさせる必要があったからだ」

 

 なるほど。

 

 さあ、ハシゴを登りきったら、ラストは近い。

 雑魚戦闘がほとんどだったはず。

 ああ、ロケットランチャーだけは撃たせない。

 だって、それは俺が撃つものだから。

 

 

 社長室でテロリストのリーダーと対峙。

 

 ……ああ。

 まだ変身を残してる段階か。

 どうしても、上半身裸で刀を振り回すイメージが。

 

 気がついたら、先輩がゴルフクラブでナイスショットしてた。

 

 リーダーが大統領令嬢を抱えて屋上へ逃走。

 うん、お約束なんだけど、侵入経路を考えると、ものすごい徒労感が。

 

 そもそも屋上には警察のヘリが飛んでいて、ライトで照らしまくってる。

 逃げ道なんてないんだけど。

 

 警察のヘリから、なんの援助も援護もない。

 

 やはり警察の上層部は、私も、先輩も、ここで亡きものにしようと思ってるんじゃないかなあ。

 

 刀攻撃は結構鬱陶しいけど、先輩と二人でボコ殴りにして終了。

 

 

 

 

 

 そうそう、この大統領令嬢が美人じゃないんだよね。

 

「助けてくれてありがとう……その、あなたたち二人のうちどちらかを、ボディガードとして雇いたんだけど、どうかしら?」

 

 ははは。

 先輩を見た。

 

 先輩も、『ははは』とか笑ってる。

 

 ノーサンキューで。

 

 ゲームだと、ふたりの戦いが始まるんだけどね。

 しかし、終わってみれば、悪夢でもなかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつのまにか、『Miss.ダイナマイト』なんて異名をつけられてた。

 

 




1コインクリアするための強敵は、ロボと相撲取り。

というか、ひたすらこの路線を転生しまくる主人公のお話もいいかもしれん。
ハガー市長とかに転生させてみるのも一興か。
80~90年代のアーケードの思い出はそれこそたくさんあるし。


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19:詰ンデレラ。(原作:シンデレラ)

コメディにするつもりが、鬱話一直線に。(笑)


 父が再婚しました。

 

 母を失ってから半年も経っていません。

 まあ、私もそれほど子供ではないので、『死なないため』には仕方のないことだって理解できます。

 

 新しい義母さまと、新しい義姉が2人。

 彼女たちも、父や私の事情を知った上での再婚なので……優しくしてくれます。

 

 娘である私が言うのもなんですが、お母様はたいそう美人でした。

 王様が、お父様から奪い取るぐらいには。

 

 まあ、逆らったら、殺された上でお母様を奪われるだけですからね。

 娘の私が殺されるかどうかはわかりませんが、お父様は確実に殺されます。

 顔で笑って、心で泣いて。

 お父様は、お母様を大人しく奪われました。

 

 すぐに再婚したのは『別に王様のことなんか、全然恨んでないんだからね!』というアピールです。

 

 まあ、生きているだけでありがたいというか……。

 お母様は、どうなるんでしょう。

 

 王様が飽きて、家臣に褒美として下げ渡されるか。

 王様が飽きて、城のメイドにでもならされるか。

 王様に気に入られて、王妃様に殺されるか。

 

 え、王様が飽きて、家に戻ってくるパターンはないのかって?

 

 あはははははははは。

 

 王様のお手つきの女性を下げ渡されるって、表面上は栄誉とか褒美って感覚ですよ?

 ただの民でしかないお父様が、王様に褒美を与えられる状況って、どんな?

 

 

 こんな国、滅んじゃわないかなあ。

 

 ……私に、もっと力があればなあ。

 

 とりあえず、刃物の扱いに慣れようと思います。

 

 

 

 

 夢のように2年の月日が過ぎました。

 

 お義母様と、お義姉様たちが、私を見て首を振ります。

 

「そろそろ現実を見ましょうか……」

「そうですわ、お母様」

 

 お母様には及ばないものの、私は美しく成長したみたいです。

 

「……シンデレラ。クソ王様の慰みものと、クソ王子の慰みもの、どっちがいい?」

「とりあえず、最初はおとなしくして、油断したところをナイフで刺して、私も死に……」

 

 言葉の途中で、お義姉様2人に、肩を揺さぶられてしまいました。

 

「気持ちはすっごく分かるけど!」

「それやったら、一家揃って殺されちゃうから!」

 

 お義母様が、申し訳なさそうに頭を下げます。

 

「ごめんなさい、シンデレラ……私も、死にたくないのよ」

 

 料理の合間に、ナイフさばきは随分上達したつもりだったけど……冷静に考えたら、家族のみんなが人質状態でした。

 汚い、さすが権力者、超汚い。

 

 

「家族なんて、持つもんじゃないですね……」

 

「やめてシンデレラ、心をえぐるようなこと言わないで!」

「……子供にこんなセリフを言わせるこの国って、ろくな国じゃないわね」

 

 お義姉様達の言葉が、どこか虚しく聞こえます。

 

 やがて、お義母様が、ため息混じりに呟きました。

 

「問題の先送りでしかないけど……シンデレラを人前に出すのはやめましょう。服装も粗末なものを着せて……」

「……そんなことすると、お義母様たちが、みんなに悪く言われるのでは?」

 

 馬鹿ね。

 家族でしょ。

 気にしないで。

 

 そう言って、お義母様たちに、抱きしめられました。

 多少自己保身が混ざっているのでしょうけど、私は家族の愛を感じられて幸せでした。

 

 

 3年が過ぎ。

 4年経ちました。

 

 クソ王子が色気づいたらしく、お城の舞踏会に街のみんな……15歳以上の女性を招待するとかなんとか。

 盛り上がっているのはクソ王子だけで、街のみんなは、完全に白けています。

 

 まあ、行かなければ行かなかったで、兵士による美女狩りが行われるんですけどね。

 そして、お母様のように……。

 

「シンデレラ」

「わかってるわね」

「あなたは何歳?」

 

 12歳と40ヶ月です。

 

「……いや、お義母様にお義姉様。さすがに無理があります。私が行かなかったところで、どうせ、誰かに密告されておしまいですよ」

 

 みんな、自分の身がかわいい。

 誰かを差し出すことで、自分の安全を買える。

 人の情なんて、紙切れ同然です。

 金貨の重みに、勝てる人間などいないのです。

 

 そして、みんな殺されて……私はひとりぼっちになります。

 そのときは。

 

「……シンデレラ、ナイフは置きなさい」

「ひとりぼっちになったら、ためらわずに使います」

 

「まあ、私たちが死んだあとのことは知ったこっちゃないけど」

「そりゃそうよね」

 

 お義姉様、クールです。

 

 ああ、それでも。

 商人としてほかの国のことを知っているお父様が言うには、『この国は、周辺の国に比べたら随分とましな国』なんだとか。

 

 こんな世界、滅んじゃわないかなあ。

 

 ……私に、もっと問答無用なまでの力さえあれば。

 

 ナイフ片手に、兵士や騎士、そして王家の連中を、スッパスパ斬り殺す想像をして、心を落ち着けます。

 でもまあ、現実は非情ですし。

 

 精々、油断しきったところを、数人ほど殺って、おしまいでしょう。

 たった数人では、私のナイフは世界はおろか、国にも届かない。

 

 

 そして私は、家でお留守番。

 

 早ければ明日にも、金貨で転んだ人間に密告されて、家族崩壊の現実にさらされます。

 

 そうですね。

 世界とか国とか、王家の人間を殺すなんて夢を見るよりも、金貨に転んだ人間を確実に仕留める方が、現実味がありますね。

 

 つまり、私の存在を知っている近所の人間か。

 それとも、パーティーが始まっている時間に、街を見て回る薄汚い連中か。

 

 ……どっちにしろ、こんな時間に私の家に近づく存在は、ろくな人間じゃないでしょう。

 

「ヒィッ!!」

 

 よく避けた。

 だが、二度目はない。

 

 ナイフを構えてますが、これは脅しです。

 殺すなら、声なんてかけませんよ。

 殺してから考えればいいんです。

 

「待って!待って待って待って!」

 

 我が家に現れた老婆は、明らかに胡散臭かった。

 それゆえに、怪しくはないとも言える。

 変な人ではあるだろうけど。

 

「お、お城のパーティに行きたいのかい?いや、行きたいよね?」

 

 少し考えた。

 私がパーティーに行けば、家族は助かるかも知れない。

 

 なるほど。

 この胡散臭い外見といい、これが悪魔というものですか。

 

 どうせ死ぬか、慰みものになるかなら……それもいいかもしれません。

 

「わかったわ。その代償に、何を望むの?」

 

 胡散臭い老婆が、いい笑顔を浮かべました。

 逆に、信用できます。

 

「お前の美しさをもらおう」

「わかった」

「……え、いいの?」

 

 逆に問いたい。

 美しさが、何をもたらす?

 私の母は、その美しさゆえに家族と離ればなれになった。

 美しいがゆえに、目をつけられる。

 美しいがゆえに、モノとして扱われる。

 

 王が、美しい宝石を持っていても問題はないかもしれない。

 でも、民がそれを持っていたなら災いをもたらすだろう。

 ああ、王もまた『美しすぎる宝石』を持っていたならば、災いに見舞われるのかもしれない。

 

 人には、分というものがある。

 足らなくても、足りすぎてもいけない。

 私は、母からそれを学んだ。

 

 強く、意思を込めてナイフを振る。

 

 母には遠く及ばないと思っているが、私はモノとして扱われるのはまっぴらだ。

 喜びも、苦しみも、悲しみも、痛みも……自分で選んで生きたいと願う。

 

 

 気が付けば、胡散臭い老婆はいなくなっていた。

 悪魔は、人の心の弱さに忍び寄るもの。

 

 そして私は、理解した。

 

 父の財産。

 母の美貌。

 義母の愛。

 義姉の情。

 

 自分の分を超えたものを、持ちすぎている。

 だから、選べない。

 だから、どこにも行けない。

 

 母譲りの髪を、ナイフで切った。

 

 ドレスはいらない。

 ただ、動きやすい服を。

  

 

  

 

 お城に乗り込む。

 正面から堂々と。

 ナイフを片手に、歩いていく。

 

 人が割れた。

 兵士が避けた。

 騎士が退く。

 

 私は既に死人。

 

 何を勘違いしたのか、鼻の下を伸ばして近寄ってきた王子を、蹴り飛ばす。

 もっとろくでもない外見を想像していたけど、そこそこ見られた外見だった。

 

 靴が脱げてしまったが、どうでもいい。

 

 視線の先に王がいた。

 私を見つめている王がいた。

 

 あの日から。

 ずっと。

 口にしたかった言葉。

 

「返せ……母を返せ!私の母を返せ!」

 

 あの日。

 母を失った日にかけられた魔法(のろい)が、ようやく解けた。

 止まっていた私の時間が、ようやく時を刻みだしたのを感じる。

 

 私はシンデレラ。

 

 お母様、今会いに行きます……。

 

 




ちなみに、母親は早々と王妃に殺されるルートで。


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20:神様がくれたチート。(オリジナル)

過疎の村で老人がぽつりと、『若い奴はみんな異世界に行っちまった……』と呟く漫画を読んで思いっきり吹きました。(笑)


 トラック。

 

 神様。

 

 異世界転生ですね、やったー。

 

 現実は小説よりも奇なりというけれど、異世界転生って逆もありうるよね?

 別の世界のからこの世界にやってきて、それをもとに転生小説を書いたとか……そう思うと夢が広がる。

 

 ただちょっと気になるのは、僕の目の前にいる自称神様が10人ほどいるってことかな。

 ついでに言うと、ほぼ全員、笑顔が不自然。

 異世界転生に名を借りた、ブラック業務でも課せられるのかと思ったけど……。

 

「ああ、いやいや。できる限りそなたの希望にそった転生ライフをおくってもらおうと思っての?」

「そうそう。ならば、転生できる世界の選択肢は多い方が良かろうて」

「まあ、そういうわけで……希望を聞かせてもらうよ」

 

 ……ああ、うん。

 嘘は言ってないけど、余計なことは喋らないって感じかな。

 しかし、転生の希望か。

 あまり文明が発達した世界だと、窮屈なイメージがするし。

 

 5分ほど考え、ポツリとつぶやいた。

 

 

 吟遊詩人になってみたいです。

 

 旅から旅への三度笠。

 現代人にはできないというか、憧れのようなもの。

 命を粗末にしようとは思わないけど、どうせボーナスチャンスみたいなものだしね。

 

 英雄になんてなりたいとは思わない。

 でも、英雄の存在そのものには憧れる。

 街から村へ、村から街へ。

 酒場で、街の広場で、お祭りで、楽器を手に、英雄譚を歌い上げる。

 そんな吟遊詩人に、なってみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神様サイド。

 

 吟遊詩人ときおったか。

 とすると、情報媒体が発達、拡散した世界は除外じゃな。

 まあ、本人のイメージからして、剣と魔法の世界を望んでいると思っていいじゃろ。

 

 ふむ、楽器の演奏及び、歌唱能力は必須じゃの。

 楽器の手入れというか、作成もできるクラフト技術も必要か。

 その世界というか、地域にあった曲、フレーズ……作曲や作詞、文学的センスに……。

 

 ああ、旅から旅への生活になるから、サバイバル技術も必要じゃな。

 吟遊詩人という職業が成立するということは、治安は決して良くないし、旅そのものが気軽に行えるものでもないだろう。

 旅から旅への存在が警戒されるのはもちろん、排除される可能性は高い。

 とすると、人をひきつける魅力というか、カリスマも必要じゃろう。

 

 いや、待て。

 英雄を語るということは、英雄が何をしたかを知る必要がある。

 情報伝達が未発達の世界で、それを知るということは……。

 ふむ、やはり英雄とともに冒険をこなす程度の力は必要だろう。

 足でまといだと、同行を断られるの。

 むしろ、英雄を救うことが出来る程度の力は必要か。

 そうして英雄の為したことを間近で目撃することにより、吟遊詩人としてのオリジナリティというか、名や生活が保証されるだろう。

 

 

 ふむふむ、これらを満たすだけの能力を付与して……やはり、加護を与える神は一人では不足だの。

 さあ、みなのもの。

 これから異世界で新たな生を得る若者に、必要な力を与えよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!」

 男が、酒場のテーブルを拳で叩く。

「……あなた、飲みすぎよ」

「飲まずに、いられるか……」

 吐き捨てるように言って、男は酒をあおった。

 王都の酒場。

 勇者は荒れていた。

 

 国を救った英雄。

 龍を倒した勇者。

 数々の名誉、賞賛の声。

 その全てが煩わしい。

 

 今も酒場では、英雄譚が歌われていた。

 勇者の勇ましさを。

 聖女の慈愛を。

 賢者の英知を。

 だが、もうひとり。

 彼らの冒険に同行した、もうひとりの男が語られることはない。

 

「……それが、彼の望みだったから」

お前(せいじょ)はいいよな。お前がやったこと、為したことはちゃんとある」

「もう、よせ。忸怩たる思いを抱いているのはお前だけではない」

 

 勇者が、聖女が、賢者が、それぞれ背を丸めるようにして俯く。

 やがて、ぽつりと。

 

「確かに嫉妬の気持ちはあるさ、でも、俺たちだけが賞賛されて、あいつの功績が語られないのは嫌なんだ」

 

 勇者が、聖女が、賢者が。

 自分たちの命を救った恩人の希望を考慮して、ひっそりと手記を残す。

 せめて、自分たちの死後に、真実が伝わるようにと。

 

 そしてそれは、この国に限った事ではない。

 こうしている今も、吟遊詩人の功績を書き連ねる存在がいる。

 

 

 

 

 

 

 吟遊詩人は、今日も旅の空。

 吟遊詩人は歌う。

 吟遊詩人は戦う。

 吟遊詩人は、誰かを救い、誰かに感謝され、そしていつものように口止めをする。

 

 そして、盛大に心をもにょらせながら、旅を共にしたある国の勇者や、ある国の英雄や、ある国の冒険者などに、英雄譚を押し付ける。

 彼の作った英雄譚は数多く、様々な形で模倣され、吟遊詩人といえば、と名を挙げられるほど。

 

 なお、自分の死後、はかったように世界各地で多くの手記が発表され、長い時を経たあと『究極のマッチポンプ勇者』『英雄譚を歌うために英雄になった男』などと呼ばれることを知る由もない。

 

 




異世界で始めるハローワークというネタでなんか書けそう。
異世界で食堂を開くために必要なスキルは、とか。
神様が、必要なスキルをこれでもかと付与して、結果としてみんなチートになっていく。(笑)


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21:選択(オリジナル)

やや、鬱話です、ご注意を。


 商店街の福引で、妻が1等を当てた。

 某温泉旅館、2泊3日の宿泊旅行。

 はは、豪勢なものじゃないか。

 

 うん、豪勢なのはいいんだが……核家族化の流れなのかな。

 その旅行券が、家族4人を想定していたというのは。

 我が家は、娘3人の5人家族。

 1人分足して全員で、といきたいところだが……どうにも、私のスケジュール的に日程が厳しい。

 仕事を終わらせて直接現地に向かって中途合流ということも考えなくもなかったが、妻と、娘3人……女ばかりの旅行の方が、娘たちも気兼ねせずにすむんじゃないかと思った。

 まあ、末の娘ももう、父親離れをする年頃……というか、父親という存在を疎み始める年頃だ。

 

 亭主が留守番で、妻と娘が元気……それでいいじゃないか。

 男という生き物は寂しがり屋だが、独りの時間が必要な生き物でもある。

 そういうことにしておこう。

 

 

 妻や娘たちは旅行の2日目、そして自分は休日。

 ゴロゴロしていても何も言われない。

『あなた、掃除の邪魔ですから』などと、居間から台所、そして台所から廊下へ、などと追い払われたりしない。

 

 ああ、良い休日じゃないか。

 

 気兼ねなく、トイレで立ち小便だ。

 便座に座って小便するという行為が、どれだけ男にとってストレスか……女性はわかってくれないんだよなあ。

 まあ、女性は女性で、男性に対して言いたいことは山ほどあるんだろうが。

 ……でも、ちゃんと掃除はしておこう。

 

 よーし、ベランダじゃなくて家の中でタバコ吸っちゃうぞ。

 後で臭い消し撒いておかなきゃな。

 

 昼間なのに、とっておきのウイスキーを一杯。

 ここでもう一杯とやらないのが、男の節度ってもんさ。

 酒を味わうんじゃなく、昼間の飲酒という味を楽しむんだ。

 

 外食なんかしない。

 カロリーだの、減塩だの、コレステロールだの、健康健康、もうケッコーってね。

 もちろん妻には感謝しているが、それはそれ、これはこれ。

 男の料理だ、脂と塩。

 

 ああ、本当に良い休日だ……。

 

 

 私は、妻と娘のいない休日を心ゆくまで堪能した。

 

 その夜、私は夢を見た。

 変な夢だ。

 周囲は真っ暗。

 そこにすっと、妻の姿が現れる。

 いつもどおりの妻だ。

 普段通りの口調で、こんなことを聞いてくる。

 

『ねえ、あなた。私と娘3人……この4人のうち誰か1人しか助からないとしたら、誰を助けたい?』

 

 馬鹿な事を言うんじゃない。

 みんな助けたいに決まってるだろ。

 私と、お前と、千春に千花、千夏の5人揃っての家族じゃないか。

 

 ちょっと困ったように妻が苦笑する。

 

『それでも敢えて1人をあげるなら?』

 

 困った。

 こういう究極の選択みたいなものが一時流行ったけど……本音を言えば、選ばせるなよそんなもの。

 まあ、『仕事と私、どっちが大事』なんて選びようのない選択を投げかけてくる女性は少なくないしね。

 仕方ないなあ。

 そもそも、妻と二人きりという状況で、ほかの名前をあげることもできないだろ……。

 

 そして私は、妻の名をあげた。

 

 

 

 妻の姿が消え、長女の千春が現れた。

 同じことを聞かれた。

 

 いや、仕方ないだろ?

 面と向かっては、お前が一番大事だよとしか言えないじゃないか。

 

 

 千春の姿が消え、次女の千花が。

 

『お母さんもお姉ちゃんもいないから、正直に答えても平気だよ、お父さん』

 

 お前がユダか。(笑)

 苦笑しながら、お前が大事と答えるしかなかった。

 

 

 そして最後に、三女の千夏が。

 私とは目を合わせず、そっぽを向いたまま、同じ質問をしてくる。

 

 そういえば、最近あまり会話もしてなかったか。

 子育てに正解はないとはいうけれど、ちゃんと気にかけているという姿勢だけは、いつも示すべきだと思う。

 

 私が答えると、千夏は睨んできた。

 難しい年頃だなあ。

 

『お父さん。さよなら』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、電話でたたき起こされた私に、残酷な現実が突きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 火葬場で、空へとのぼっていく煙を眺めながら、埒もないことを考える。

 あの時私は、1人だけなら助けられたのだろうか。

 

 選択するということは、選ぶということは。

 どの痛みを受け入れるか、覚悟を決めることなのか。

 だとすれば、あの時、私は何も選ばなかったと言えよう。

 

 心が弱っているのだろう。

 あれは、ただの夢だ。

 

 それでも、あの、私を睨んだ千夏の眼差しを忘れることができそうもない。

 

 

 




そういや、『あ〇たの知らない世界』っていつごろまでやってたんだろう。


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22:君のせいで……。(原作:エーベルージュ)

主人公の名前が思い出せない……。(笑)
確か、ナックと呼ばれていた気がするのだが。


 わけもわからないまま、このトリフェルズに連れてこられて……最初はなんだかなあと思っていたけど。

 良かったと思う。

 

 同室のノイシュは、少し変わってるけどいいやつだ。

 ネルトのやつは、ちょっとお調子者だけど、親友だって思える。

 スタンベルクは……まあ、嫌味なやつだとは思うが、尊敬できる部分もある。

 バイケルは、ちょっとひねくれてるかな。でもまあ、商人になるという夢を語るあいつは、悪い奴じゃないと思った。

 

 コーは、頑張り屋だ。

 モリッツに、フェルデンに、カステル、リンデル……まあ、クセはあるけど、知り合いがたくさんできた。

 

 柄じゃないなと思う。

 でも、ここに連れてこられてもうすぐ3年。

 このトリフェルズ校初等部も卒業だ。

 

 先日の進路指導で、校長に言われた。『進学先を選べ』と。

 

 その言葉の意味が分かるまで、少し時間がかかった。

 そして、言葉の意味を理解したら、たまらなくなった。

 

 初等部を卒業したら……みんなそれぞれに進路を選んだら、離ればなれになってしまうんだ。

 

 中等部を卒業して、そこでさらに高等部への進学を希望すれば、また会える奴もいるだろう。

 でもそれは……きっと。

 

 お前の道を歩めと親父には言われたけど。

 それは、誰もが、自分の道を歩んでいくことなんだろう。

 

 だったら、同じ道を歩いていきたい相手がいるときは、どうしたらいい?

 

 最初の印象は、怪我をした山猫だった。

 こちらのことなんて、これっぽっちも信用していないって感じ。

 自分だけを信じているから、自分しか信じられないから、思い込みが激しい。

 なのに、本当は優しい。

 優しくて、不器用で、誰かを信じたいのに、信じられなくて。

 ほっとけなかった。

 クラスから孤立しかけたこともあった。

 女優を目指していることを知った。

 父親がいなくて、母親に育てられたことを知った。

 わかりあえる、なんて言うつもりはない。

 この3年で、彼女が変わったように、自分もまた変わった。

 毎日、新しい自分が生まれてくる。

 毎日、新しい彼女と出会える。

 

 

 学長室を出て、歩き始めていた。

 走り始めていた。

 彼女の姿を探して。

 

「エルツ!」

 

 彼女の名を呼びながら、走った。

 変な奴だと思われているだろう……今更だな。

 

 ああ、そうだ。

 こういう時はモリッツだ。

 

「エルツなら……ふふふ、ごちそーさまってね」

 

 

 

 

 グラウンドを走る、彼女がいた。

 走る彼女の姿を見つめていた。

 

 彼女のことを、『可愛い』ではなく、初めて『綺麗だ』と感じた。

 

 

 

 エルツは、マンハイムに進学するらしい。

 ああ、そうか……と呟くしかできなかった。

 エルツを見て、すぐに目をそらす。

 エルツもまた、俺を見たと思ったらすぐに目をそらす。

 

 日が暮れていく。

 

 強くならなきゃ、と思う。

 勉強もしなくちゃ、と思う。

 そして、何よりもしっかりしなくちゃと思える。

 

 お互いに逸らしていたはずの視線が、タイミングを計ったように重なった。

 

 高等部で。

 

 そう言って、俺が伸ばした手を……彼女はじっと見つめ、おそるおそる手を伸ばして、こわごわと握ってきた。

 もう一度言う。

 

 高等部で、また。

 

 ぎゅっと、手を握られた。

 

「うん、うん……うん」

 

 何度も頷きながら、エルツが涙をこぼす。

 約束。

 このさよならは、約束のさよならだ。

 

 

 

 

 

 

 寮の自室に戻り、ベッドに寝転んだ。

 そんなつもりはなかったが、ウトウトとしていたらしい。

 

 気が付くと、俺の体に覆いかぶさるようにして、ノイシュがじっと俺の顔を見ていた。

 

 の、ノイシュ……?

 

 昏い目をしたまま、ノイシュが呟く。

 

『きみのせいで、世界が滅んだよ』

 

 




ベストエンディングを迎えて、プレイヤーが初めて知る世界の理不尽。(笑)

ちなみに、エーベルージュはシステムとか、シナリオとか、色々ともったいなあと思ってます。
ああ、スペシャルとか『2』とか、ラジオドラマは知らないです。


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23:クレイジーなやつら。(原作:クレイジークライマー)

インベーダーとかギャラクシアンとか、平安京エイリアンなんかはともかく、ある意味私が一番最初にハマったゲームがこれですね。
2面以降の、鉄アレイとか看板が落ちてくる殺意の高さに痺れた。

若い子おいてけぼりのネタなので、ネタを知らなくても読める話にしました。


 4時起床。

 腹筋と腕立て伏せ50回を2セット。

 そして1杯の牛乳。

 まだ暗い街を、30分ほど走って軽く汗を流す。

 シャワーを浴び、着替えてから朝食を取る。

 

 空が明るくなってきた頃、ホテルを出た。

 仲間と、連絡を取る。

 

「俺だ」

『よう、相棒。条件はパーフェクトと言っていい。気圧も安定していて、登山なら最高のアタックチャンスってやつだ』

 

 まあ、山には山の、街には街の風が吹く。

 いつだって自然は、気まぐれだ。

 人間が気を抜いた瞬間に、命を奪いに来る。

 

「そうか。俺も、コンディションは悪くないよ」

『おかしいのは、頭だけってか』

「はは、違いない」

 

 相棒と、笑い合う。

 姿は見えなくても、容易にその姿を思い浮かべることができた。

 

 何でもない会話を続けながら、街を歩いていく。

 

 ……見えてきた。

 

 そびえ立つ高層ビル。

 でかい、と思うんだろうな、普通の人間は。

 山に行ってみろよ。

 200メーター、300メーターを超える岩壁が、ゴロゴロしている世界だ。

 アルプスの、1000メートル超の岩壁のことを聞いたことはないか?

 目の前に、超高層ビルが次々と現れる……そんな世界だ。

 

 まあ、岩壁を避けてルートを取るのもアリの世界だが。

 

 じっと手を見る。

 いや、指を見る。

 指一本で、己の体重を支え、持ち上げる。

 手がかりさえあれば、どんな岩だって登れた。

 岩壁の覇者と呼ばれたこともある。

 

 この手が、この指が、支え、持ち上げることができなかった相棒の顔を思い出す。

 

 あの日、あの時、あの山の、あの壁で、俺は相棒(バディ)と一緒になにかを落としてきたんだろう。

 山の世界から去った俺が、なんの因果か……街で、ビルを相手にしている。

 

 ああ、街が目覚めると面倒なことになる。

 

「今からいく」

『オッケーだ!空で待ってるぜ、ケチャップのなりそこない』

 

 特に気負いもなく、俺はビルの壁面に指を掛けた。

 命綱なんてものは、当然ない。

 死ぬ時は死ぬ。

 それは、山も、街も、同じこと。

 ただちょっとばかり、確率が違うだけの話だ。

 

 指に力をいれ、身体を引き上げる。

 足が地面を離れ、生と死の境界が曖昧な世界へと飛び込んだ。

 

 

 両手、両足。

 4つのうち3つで身体を支え、残りの1つを休息させる。

 これを繰り返しながら、俺は登っていく。

 

 ああ、そろそろか。

 残念なことに、有名税ってやつだ。

 俺がビルを登っている映像を、誰かがネットにあげたらしい。

『リアルス〇イダーマン』などとタイトルをつけてね。

 おそらく、この人間には悪意なんてなかったのだろう。

 ただただ、びっくりしたからみんなに教えたかったとか、そんなところだと思う。

 

 そして、今さら説明するまでもなく、俺の行為は違法で、いわゆる犯罪者ってやつだ。

 

 つまり、犯罪者が、馬鹿なことをやっている。

 それを邪魔するのは正しいことだ。

 

 そんなところか。

 

 そういうやつらが、ビルを登る俺に向かって、モノを落としてくる。

 

 落ちたら死ぬ。

 当たり前のことだが、殺人という意識はないのだろう。

 そして俺もまた、そうした妨害をのみこんだ上で、この犯罪行為に身を投じている。

 

 風が吹く。

 落石がある。

 

 山も、街も変わらない。

 

 俺は、ビルを登る。

 それだけだ。

 

 

 突風が吹く。

 これは、山も街も変わらない。

 ぺたりと身体を壁面にはり付けてやり過ごす。

 

 強風が吹く山の稜線で、地面との隙間を空けて伏せるとどうなるか知ってるか?

 腹側と背中側で、気圧の差が生じる。

 つまり、飛行機の翼と同じだ。

 ふわっと、身体が持ち上げられて……飛ばされる。

 

 

 ビスケットをかじり、空を見上げる。

 世界のどこでも、空は同じという奴もいるが、俺はそうは思わない。

 さっきみた空と、今見上げている空は、もう別物だ。

 

 ここまで来ると、もう妨害はない。

 いや、なぜか鳥が襲って来ることもあるが。(笑)

 ただ、風が強い。

 そして、ビル登りを始めてから知ったことだが、ゆらりゆらりと、ビル自体が揺れる。

 もちろん、登るペースは落ちる。

 

 一歩一歩、いや、一手一手か。

 俺は登っていく。

 空に向かって。

 アンナプルナの空で見た渡り鳥を思い出す。

 人は、鳥にはなれないのだと思った。

 エベレストの夜空で見た、人工衛星を思い出す。

 あの時俺は、無意識に、空に向かって手を伸ばしていた。

 

 空へ、空へ。

 人が住めない場所へ。

 なのに俺は、その場所で生を実感する。

 落ちれば死ぬ。

 それが一層、空に生を感じる理由だろうか。

 

 

 やがて、右手が、縁を掴む。

 目の前から、壁が消える。

 ほんの一瞬だけ、自分が空にいるという錯覚を感じる。

 

 周囲を見渡し、ここより高い場所がないことを実感する。

 俺は今、世界を踏みつけているのだ。

 

 

 

 東の空から、相棒の乗ったヘリが近づいてきた。

 長居は無用だ。

 

 俺はまた、ビルを登るだろう。

 

 

 

 

 

 

 一度だけ受けた雑誌のインタビューの内容を、ここに記す。

 

 

『なぜ山に登るのですか?』

『そこに山があるからだ』

 

 有名すぎるやりとりだ。

 しかし、俺はこのやりとりにどうしようもない悲しみを感じてしまう。

 正確に言うと、この疑問を投げかけた人間に対して、『まあ、どう答えたところで理解されることはないな』という諦念がうかがえるからだ。

 

 登山に限った事ではなく、野球だろうが、ボクシングだろうが、はたまたどんなジャンルにせよ、あるレベルを突き抜けた人間に対し『なぜそこまでやるのですか?』という疑問をいつだって世間は投げつけてくる。

 そういう意味では、生活費を稼ぐという意味での『プロ(職業)』は便利な言葉だ。

 金と名誉のためと答えれば、なんとなく納得してもらえる。

 

 疑問に思うのは相手であって、相手の疑問を解消したいとは思っていない。

 ただ、そのてのやりとりが煩わしいと思うから、『相手が納得しそうな答えを与える』だけのことじゃないか。

 

 金も、名誉もなく。

 厳密に言えば、『犯罪者』というレッテルを貼られるだけの行為に身を投じる俺は、どうしようもない。

 無理に理解しようとしないでくれ。

 肩をすくめて、こう言えばいいのさ。

 

『クレイジー』と。

 

 




知人に言われた一言。
『上海で何か書けない?』

……むちゃぶりにも程がある。(泣)
だから、むちゃぶりで応えてやったぜ。


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24:見つけた、俺の生きる道。(原作:食戟のソーマ)

ちょい下ネタ注意。
あと、女性に不快感を与える恐れがあります。


 転生した。

 

 いや、前世の記憶持ちなんだけどさ……こう、今ひとつモチベーションが上がらないの。

 例えばさ、同じ人生を若い頃からやり直すっていうなら、また話は別だよ?

 でも、転生だからさ。

 ただ、前世の記憶があるだけで……家族はもちろん、名前から何から違うんだもん。

 正直、今の自分に何ができるのかとか、全然わからない。

 そりゃ、記憶があるぶん、勉強面ではちょっとばかり有利だと思うよ。

 子供の頃からトレーニングに励めば、スポーツだってそこそこやれるかも知れない。

 

 でもさ、『できること』と『やりたいこと』って違うよね。

 前世の記憶持ちで有利だから……ってのは、『やりたいこと』とは違うと思うんだ。

 40歳になる前に病気で死んじゃったとはいえ、前世の人生にものすごく悔いがあるってわけでもないし、どういう人生を送ろうかなあ……と、そこからなんだよね。

 

 ほら、あれだ。

 進路に悩む高校生が、とりあえず大学に行こう……みたいな感じ。

 そんな感覚で、一応、運動と、勉強はしてる。

 

 案外、巻き込まれる感じに人生が進んでいくほうが楽なのかもね。

 ははは、それはそれで『決められたレールの上を走る人生なんてまっぴらだ』とか言い出しちゃうのかもしれないけど。

 

 

 

 周囲からは、ちょっと変わった子供って思われてた俺も、この春から小学生になる。

 入学準備というか、家族揃ってデパートで買い物。

 そして、デパートの中のちょっとおしゃれなカフェで食事。

 

 春休みだからか、若い、学生さんの姿も見かける。

 というか、女性が多め。

 ちょっとばかり鼻の下を伸ばした父さんが、母さんにつねられたのはお約束。

 

 向かいのテーブルの、女子高生か、女子大生ぐらいの3人組。

 きゃあきゃあ言いながら、スイーツを一口。

 

 

 

 

 

 あ、ソーマだろ、これ。

 食戟のソーマ。

 

 とろけた顔で、ほぼ半裸状態の若い女性に、周囲は良い意味でノーリアクション。

 さっき鼻の下を伸ばしていた父さんですら、それを当たり前と思ってる感じ。

 

 いやいやいや。

 なんていうか、その。

 

 半裸で、とろけた表情の娘さんの姿に……恥ずかしながら、ちょっと、興奮しちゃいましてね。

 

 ええ、考えてみれば、男の動機なんて、基本はロマンと、金と、エロスですよ。

 難しく考える必要はなかったかな。

 

 え、なんか口調が変ですか?

 ふふ、興奮してますから。

 そして悲しいことに、身体は6歳児なんです、今の自分。

 

 自分がどこまで出来るかわからないけど、料理の道に進もうと決めました。

 15にして志ざし、30にして立つ、ですか。

 自分は、6歳にして志ざし、ふふふ、立つのは何歳ですかね。

 

 まあ、食戟のソーマの世界(仮)だからって、原作に介入するとか、主人公に絡んでいくとか、そういうんじゃないんです。

 自分の作った料理を食べさせて、綺麗なお姉さんのエロスを目の当たりにしたい。

 ただ、それだけなんです。

 

 

 イメージしてみよう。

 

 若い娘さんが、俺の作ったデザートを一口。

 

 びくん、と大きく震える身体、こぼれる吐息。

 ひと呼吸遅れて、胸元があらわになり、微かに震える身体を抱きしめる腕。

 目元はぽうっと上気して、潤んだ瞳、かすかに開かれた口の端から、こぼれるのは……。

 

 

 やらねば。(使命感)

 俺は、女性を喜ばせる(意味深)料理人になる。

 

 うん、このイメトレは、朝、昼、夜と、1日3度はやるべきだな。

 これは、スポーツの世界でも有用性を実証されている。

 成功した自分をイメージ。

 そう、成功する自分をイメージ。

 繰り返し繰り返し、せいこうする自分をイメージだ。

 

 進路に悩んでいたのが嘘のようだ。

 

 やりたいことが決まれば、方針が決まる。

 方針が決まれば、何が必要か理解できる。

 そして必要なものがわかれば、目標が定まり、そこに向けて努力が始められる。

 

 まあ、俺に料理のセンスがあるかが最大のネックなんだけど。

 でも、出来る出来ないじゃなく、やりたいんだ。

 そう、ヤリたいんだ。

 

 料理は、情熱(エロス)だ。

 

 

 と、いうわけで……まずは洋菓子職人が目標かな。

 仮に、料理の素質に恵まれていたとしても……客層が、おじさんと老人ばっかりだったら、そりゃ拷問でしょ。

 メイン客層が、若い女性。

 ここは譲れん。

 

 短絡的かもしれないけど、だったらスイーツかなって。

 

 甘いもの。

 おしゃれ。

 低カロリーとか、ダイエット食とかもいいかもしれない。

 

 

 転生者として、最低系オリ主と笑わば笑え。

 

 でも、俺は自分に正直に生きる!

 この世界、料理こそパワーだ。

 そして、俺のパワーは情熱だ。

 

 転生して見つけた、これが、俺の生きる道。

 

 




……うん、この主人公で続き書くのは辛いわ。(高任的には)
下ネタって、難しいよね。
こう、ちょうどいいレベルの見極めというか。


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25:おじさんと少女の、心が震えるお話。(オリジナル)

たまにはこういう話も書かないと。(笑)


 その男は、善人とは言えない。

 

 家族との仲はほどほどだ。

 仕事はほどほどにこなす。

 愚痴に近い形で、他人の悪口を言うこともある。

 買い物で多くお釣りを貰い、それに気づいていながら懐に入れたりもする。

 他人もやってるからという理由で、ちょっとばかり社会のルールを破ったりもする。

 

 どこにでもいる小市民だ。

 罰せられるのが怖いから、悪いことはしないというタイプ。

 まあ、悪人ではないだろう。

 

 

 ある日、男にはいいことがあった。

 気分がいい。

 それゆえに、普段ならやらないことをした。

 浮かれていたとも言えるだろう。

 

 泣いている女の子に、声をかけた。

 

 外見が10歳そこそこの泣いている少女に、中年オヤジの声かけ。

 

 おまわりさん、こいつです。

 

 後でその状況を思い返し、男は冷や汗をかいた。

 根っからの小市民である。

 

 しかし、まあ……。

 この男のおかげで、少女が泣き止んだのは事実だ。

 別れる時には、笑顔を取り戻した。

 いいことだ。

 大人として、胸を張っていいこと。

 

 男は知らないが、事実、少女は男の存在に救われたのだ。

 声をかけてくれたこと。

 話を聞いてくれたこと。

 不器用ながらも、話をしてくれたこと。

 

 何でもないようなことに、人は、心を救われたりもする。

 

 

 

 

 

 男に、不幸が訪れた。

 働いている会社が、なくなったのだ。

 完全なる不意打ち。

 不祥事に、行政指導やら、不調が続いていた経営やら、様々な要素が絡んだ結果だった。

 

 まあ、一言で言うなら、運が悪かった。

 よくある、よくある。

 どんまい。

 

 男は、ふらふらと公園へ。

 奇しくも、以前少女が泣いていた場所。

 公園は、心が弱った人間を惹きつける何かがあるのかもしれない。

 

 ベンチに腰掛ける。

 空を見上げ、ため息をつく。

 失業保険、再就職、養うべき家族……頭の中をぐるぐる回る言葉が、男の心を削り続ける。

 会社がなくなることを覚悟はしていた。

 しかし、実際になくなると。

 

 視線を地面に落とし、ため息をつく。

 心が沈んでいく。

 

 

 少女が、現れた。

 あの時にくらべて、少し大人になった少女。

 声をかけてくれた。

 話をしてくれた。

 

 現状は変わらないが、男はそのことに救われた気持ちになった。

 

 社会に出ると、結果で語られることがほとんどだ。

 それでも、と男は思う。

 

 少女が自分に声をかけてくれたこと。

 

 それは、決して意味のないことじゃない。

 無意味なんかじゃない。

 

 男はぎこちなく微笑み、感謝の言葉を告げた。

 手を振って、少女と別れる。

 

 男の背中を見送りながら、少女がつぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちょっと早かったかな。

 

 

 

 

 

 

 うまくいかない。

 再就職は果たしたが、いわゆる金銭面における条件が悪かった。

 決してそれだけではないが、家族との仲がこじれた理由に、経済的な側面があったのは確かだろう。

 

 やがて、男の家族はバラバラになった。

 

 守るものをなくすと、途端に精神的な張りをなくすタイプは、男性に多い。

 男も、そのタイプだった。

 

 仕事にも身が入らない。

 引っ越したアパートでの一人暮らし。

 生活が荒れていく。

 

 ふ、と。

 あの公園のことを思い出す。

 声をかけた少女。

 声をかけてくれた少女。

 

 男の心は弱っていた。

 なにか、すがるものを探していた。

 

 足を伸ばしてしまう。

 かつて、自分の家があった町。

 自分の家族があった場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……待ってた。

 

 いろいろと頑張った。

 お金も、人もたくさん使った。

 ようやく、報われる。

 

 来る。

 あの人が来る。

 心が踊り、笑みがこぼれる。

 

 弱りに弱ったあの人を。

 優しく受け入れてあげよう。

 あの時、あの人が私にしてくれたように。

 

 

 




こ、こういうのでいいんだよ、こういうので。(震え声)


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26:日常に潜むヤンデレ。(オリジナル)

この物語には、ヤンデレが『複数』存在します。
それを前提に、想像しながらお読みください。


 バイトを終えて、家に帰る。

 郵便受けから、チラシと封筒を取り出した。

 

 ん?

 

 通り雨でも降ったのかな。

 少し湿っていた。

 

 

 家の鍵は開いていた。

 いや、別に慌てるようなことじゃない。

 

「おかえり」

 

 し、親しい友人の杏子だ。

 レポートとノートの借りを返すということで、今日は手料理を振舞ってくれる。

 あらかじめ鍵を渡してあった。

 

「待っててくれなくても良かったのに」

 

 そう言って、わざとらしく笑い。

 

「お前は所詮、飯だけの関係だからな」

 

 ……叩かれた。

 ノリが悪い。

 

「ご飯作って、はいさよならってのもね……一応、反応を直に確認はしたいし」

 

 ちょっと照れたように杏子。

 騙されるな。

 こういう態度の後に、『一生のお願い』をぶつけてくるのが、コイツのスタイルだ。

 

「待ってる間に、勝手に部屋とか掃除したわよ」

 

 ……べ、別に、困ることなんてない。

 大丈夫だ、問題ない。(震え声)

 

「案外きれいにしてるのね」

 

「あー、そうかも。最近、目に見える部分は片付けたりしてたから」

 

 などと適当な事を言っておく。

 ちょくちょくコイツが部屋にやってくるから気をつけている……とは言わない。

 

「あ、そういや……雨とか降ったか?」

「たぶん」

「なんだよ、たぶん、って?」

「いや、ベランダに干してある洗濯物、ちょっと湿ってるのがあったから、そうなのかなって」

「乾かなかっただけじゃなくて?」

 

 杏子が顔をしかめた。

 

「ジーンズが乾いて、トランクスが乾かないってことある?あと、干してある場所」

 

 ああ、と思う。

 靴下やパンツは、ベランダの隅だな。

 雨が吹き込んできたわけだ。

 

「洗い直しかよ……」

「ちゃんと洗っておいたわよ」

 

 しれっと。

 

「汚いから」

「おい」

「捨てたほうがよかった?」

「いや、そうじゃなくてな……俺の存在が汚いって言われた気がして、ちょっと、心がひゅってなっただけ」

 

 つーか、雨に降られただけで、洗濯物捨てるとかあるのかよ。

 綺麗ずきにも程があるだろ。

 

 確かにこいつ、料理だけじゃなく、掃除とかも上手だしな。

 

「あなたは汚くないけど、汚物は消毒レベルの存在はいるわね、確かに」

 

 汚部屋ってやつか。

 俺のつぶやきに、杏子が反応する。

 

「ゴミは処分しないと」

「そうだな」

 

 

 杏子の作った飯を食う。

 やはりうまい。

 自分で作らなくていいってのが、さらに美味しく感じさせる。

 

「ふふ……」

 

 俺を見て、杏子は笑う。

 

 まんざらじゃ……ないんだよな、きっと。

 そろそろ、頑張らなきゃいけない時期……なのか。

 

「そういや、この前はサンキューな」

「ん?」

「いや、弁当の差し入れだよ。マジでうまかったし、助かった。バイト代が入る前だったし」

 

「……」

 

 なに、その沈黙。

 

「……あ、あの時の」

 

 杏子が、ぽん、と手を叩く。

 

 そうですか、忘れるぐらいの些細なことですか。

 ぐぎぎ。

 男に弁当の差し入れって、一大イベントじゃないんですかねえ……。

 

 こういうとこだよ。

 こういうとこが、今ひとつ踏み切れない理由なんだよ。

 

 心のやりどころを探すように、部屋の中を見回した。

 

 ああ、やっぱり、俺の掃除とは違うわ。

 なんか、壁とかも綺麗だし……。

 

「なによ、あのゴミ袋」

「チリ箱のゴミと、生ゴミが溜まってたから。この辺って、明日は燃えるゴミでしょ」

 

 オカンや。

 オカンがおる。

 

 

 

 

 

 食べたら洗い物。

 いや、料理に洗濯に、部屋の掃除。

 洗い物までさせられねえよ。

 

「じゃ、そろそろ帰るわ」

「おい、もうちょっと待ってろ。送るから」

「子供じゃないからいいわよ」

 

 杏子は俺の言葉をさらりとかわして……ふっと、窓の方に視線を泳がせた。

 

「どうした?」

「……いえ、虫かなにかでしょ、きっと。あ、そうそう返しとくわ、これ」

 

 杏子が、俺にカギを渡す。

 

 あ、合鍵だから、もらってくれてもいいんやで。(心の声)

 

 まあ、言えない。

 カギを受け取り、なんとなく見つめる。

 

 微かな違和感。

 いつも使ってる方じゃなく、予備の鍵だからか?

 

 は、もしやこれは杏子の家の合鍵というパターン……なわけないか。

 

「じゃあね。また試験前にはお世話になるわ」

「へいへい。どーせ勉強するんだから、お前のうまい飯が食えるぶん、役得だわ」

 

 

 杏子が帰り、洗い物も終わる。

 

 女々しいとは思ったが、ハンガーにかけたジャケットから家のカギを取り出して、返されたカギと比べてみたり。

 

 同じ鍵です。

 妄想、乙。

 

 

 

 しばらくして、電話が鳴った。

 スマホじゃなく、家電のほう。

 

 杏子だな。

 

『ちゃんと無事に帰ったわよ。おやすみ』

 

 言葉が少ないのは、照れだと思いたい。

 

「ああ、おやすみ」

 

 

 最初は、杏子らしくないなとは思ったが、もう慣れた。

 正直、家電なんてもう必要ないと思うんだが、気まぐれのようにおこる杏子とのやり取りが、それをためらわせる。

 

 それに、普段のスマホじゃなくて、家電でのやりとりの際、杏子の声が少し甘えて聞こえるのだ。

 

 それがたまらん。

 

 それを言ったら二度とやってくれなくなる気がするので、この件については俺は口をつぐむと決めている。

 メルヘンらしく、二人だけの秘密だな。

 

 

 

 頭を抱えて悶えた。

 俺、ちょっとやばい。

 

 性欲もあるが、この気持ちは恋愛だ。

 

 

 ん、なんだこれ?

 ゴミ袋の中が透けて……値札?

 

 なんとなく、ゴミ袋を開けてみた。

 

 

 

 ……綺麗好きですね、杏子さん。

 トランクスの値札やんけ。(ハサミでカット済み)

 おう、トランクスの入ってた袋かこのビニールは。

 

 

 

 えっと。

 これはつまり、『その時、汚いトランクスなんか履いてたら殺す』ってことか。

 

 いやいやいや、まだ慌てるような時間じゃない。

 

 その時が来たら、当然新品なんてのは、男子高校生の価値観だ。

 大学生ともなれば、綺麗だけど新品じゃない……程よい下着を身につけて臨むものだよ。

 

 つまり、このトランクスに馴染んでおけ、と。

 

 

 なんとなくカレンダーを見る。

 2ヶ月後には、クリスマス、か。

 

 くそう、罪な女だぜ、杏子。

 

 

 

 

 

 

 さて、寝るか。

 と、横になったところで、ふと気づく。

 

 あれ、ゴミの中に、捨てたトランクスはなかったよね?

 

 

 

 ま、いいか。

 

 




たぶん、レベルの高い人は私が想像もしない行間を読むと思います。(笑)
例えば、『見せたくないゴミはあらかじめ出してある』とか『郵便物は、誰が、どういう理由で濡らしたのか』とか。

敢えて、正解というか、私の想定は公表しません。

ヤンデレという名の怪物は、みんなの心の中におるんやで。(投げっぱなし)

追記。
私の知人が震えるような意見を出してくれました。

杏子のセリフ「案外きれいにしてるのね」を。
      「案外(女関係は)きれいにしてるのね」に。

杏子さん、どんな男を相手にしてきたんですかねえ。(震え声) 


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27:魔法少女との思い出。(原作:魔法少女もの)

特定の魔法少女ものを連想したりできるかもしれませんが、気のせいです。


 それは、いきなり視界に現れた。

 ギョッとするほど、ウブじゃない。

 そして、『見えないフリ』をするほど薄情にもなれない。

 

『お人好しも、程々にしておきなさい』

 

 彼女の言葉がよみがえる。

 ああ、あれからもう……30年以上過ぎたのか。

 

 名状しがたい生き物が、しばらく何も言わずに私を見つめていた。

 昔は猫が多かったな。

 まあ、『使い魔』のイメージなのか、小動物が基本なのは変わらないけど。

 

「……失礼しました。現地の協力者としてあなたを推薦されたのですが、正直意外だったもので」

「ああ、もっと若い男だと思っていたんだろう?」

 

 皮肉とも、ジョークとも取れる返し。

 これの対応で、大体見当がつく。

 

 魔法少女のパートナーも、最近は腹黒系が少なくない。

 時代の流れというやつだろうか。

 

 いや、昔もひどかったか。

 少し、笑ってしまった。

 

 魔法の世界から、この世界に修行にやってくる……私が初めて出会った、魔法少女もそうだった。

 当時はまだ少年だった私は、修行場所にこの世界を選んだことを不思議に思ったものだった。

 まあ、その理由というのが……なかなかに痺れたが。

 

 魔力の制御、魔法の習熟……未熟な場合は、事故が起きる。

 魔力の多い者の事故は、周囲に大きな被害をもたらしかねない。

 

 そういって、『魔法世界の女王候補の付き人(?)』である、あのクソ猫は普通に笑ったね。

 

『この世界で事故が起きても、私たちの世界には被害が出ませんから』

 

 俺は生まれて初めて猫に暴力を振るった。

 そして、『彼女』も、俺と一緒になって猫を虐待してた。

 今となっては、いい思い出だ。

 

 この世界に不慣れな彼女のサポート。

 その過程で、彼女のライバルである女王候補とも出会い……どちらとも、いい関係を築けたと思う。

 彼女たちは、自分の正体を世界に晒すことなく、修行を終えて帰っていった。

 誰が女王に選ばれたのか……俺はその結末を知らないままだ。

 

 あれを皮切りに、俺の前には数え切れない程の魔法少女が現れ、通り過ぎていった。

 別の世界からやってくるのではなく、この世界の人間に力を貸して便利につかわれるタイプの魔法少女が増えたのはいつごろからだったか……。

 

 

 と、いうか……この世界って、頻繁に滅びそうなピンチに見舞われてる。

 3ヶ月おきに世界の危機とか、ざらだ。

 一度に3人というか、3つのグループの魔法少女のサポートをしたこともある。

 まあ、最初は何度も死にかけたし、いわゆる悪堕ちした魔法少女を拳で改心させたことも数え切れない。

 拳以外のもので改心させたことも少なくない。

 敵に怪しげな術や薬を使われ、ヤバイ状態になった彼女たちを……いや、この話はよそう。

 あのクソ猫のセリフじゃないが、『別の世界からやってきた魔法少女相手だとさほど後腐れもない』が、この世界出身の少女の場合は、後で痛い目を見る。

 

 まあ、私も……どこに出しても恥ずかしくないクズ野郎ってことだ。

 歳を取って、多少丸くなり、道理をわきまえるようにはなったがね。

 

 人外を改心させたこともある。

 というか、人外相手が一番後腐れがない。

 しかも、一度改心させれば、ずっと忠実に従ってくれるからな。

 

 

 

 

 さて、いつまでだんまりを続けるのかな?

 小動物に、微笑みかけた。

 

「あ、あの……現地人と聞いていたのですが?」

 

 私は、笑う。

 

「魔法がない世界だからって、好き勝手できると思うなよ」

「いや、あなた使えますよね?魔法、使えますよね?」

 

 ふたたび、私は笑う。

 

「そいつは気のせいだ。ずっと魔法少女やそれに類する存在と接した生活を続けていたからな……ちょっとばかり、魔力を帯びた存在にはなっているが、魔法そのものは使えない」

 

 と、20年以上昔に言われた。

 どうも、人外を改心させる過程が、本格的にまずかったらしい。

 

 

 あのクソ猫が言ったように、魔法が使える世界の存在にとって、魔法が使えないこの世界はいいカモだ。

 基本は、他人の命よりも自分の命だ。

 それはつまり、よその世界よりも、自分たちの世界を優先する。

 

 この世界は、魔法世界にとって、ゴミ処理場のようなものなのだろう。

 魔法世界は、魔法世界同士で何らかの繋がりを持っており……『実は、便利な場所があるんだ』と口コミで広がったらしい。

 

 空前の魔法世界ラッシュ。

 それが、今のこの世界の実情だ。

 

 本来、自分たちの世界の厄介者をこの世界へと誘い込んで、その上で倒せればよし、倒せなくても『自分たちの世界が犠牲にならないなら問題なし』ってことだ。

 

 そして今は、戦う人材まで、現地調達……が主流だ。

 

 じわりと、私の中で渦巻く感情を少しだけ解放する。

 魔力やら霊力やら、仙力に闘気、プラーナやら……気を練り上げたりチャクラを開いたり……いろんなものをまとめて身体の中を満たし、少し、溢れさす。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 あ、こいつ……ここ数年では、まだマシな部類か。

 でも、とりあえず、確保。

 

 おう、魔法少女どこだよ。

 ちょっと跳ねてみろ。

 

 世間ずれしてない子供をだまくらかして、何やらせようとしたのかな?

 

「こ、子供じゃないです!26歳です!魔法少女(笑)です!」

 

 あ、そういうの初めてじゃないから。

 あれだろ?

 薄い本が厚くならないために、魔法少女には精神力の高い大人を起用すべきだ、とか、そういうのだろ?

 

「そう、そうです!相手は大人!きちんとした契約です!」

 

 契約、ねえ。

 そういうタイプか。

 

 でも、ピュアなハート(笑)をもってないと、魔法少女になれないってオチだろ?

 二十歳を超えて、白馬に乗った王子様が……とか、考えてる、ピュアっピュアなハートの持ち主なんじゃないの?

 

 髪をひっつめにした、黒縁メガネをかけた女が、陰鬱な雰囲気を漂わせながら現れた。

 

「……身体は大人、心は子供。ピュアなハートの26歳です」

 

 ……もう、自分が騙された自覚があるのか。

 まあ、私に言わせれば、まだ『マシ』な方だがな。

 相手を倒す手段が、性行為のみとか……邪気を回収する器が、魔法少女の存在とか。

 道具以下の扱いの魔法少女も、嫌になるぐらい見てきた。

 

「そこの生き物のせいで、身体がピュアじゃなくなりましたけどね」

「魔法を使えないあなたを魔法少女(笑)にするためですが、なにか?」

 

 こういうとき、どっちに突っ込めばいいんだろうな。

 俺もまだまだ、人生経験が足りない。

 

「というか、あんた。まさか魔法少女に憧れて……なんて理由じゃないよな?」

「契約金が500万、敵を一体倒すたびに1000万のボーナスが出ると」

 

 金銭契約はちょっと、新鮮だな。

 いや待て。

 

「それ、敵の確認はしたか?指定した相手じゃないと……とか、最後のボスしかボーナスが出ないとか、普通にありそうだぞ」

「ぎっくう」

 

 俺は小動物を睨んだ。

 余裕あるなあ、おい。

 

「お約束かと」

 

 したり顔で言いやがる。

 

「まあ、契約の不備を承知で、後でごねて有利な条件を引き出すつもりだったんですけどね」

「それでこそ、僕が見込んだ魔法少女(笑)です」

 

 どいつもこいつも世知辛いな。

 ん、待てよ?

 

「契約金が500万ってことは、もうもらったのか」

「現金は誠意です」

「もう、複数の銀行に分けて預けましたよ」

 

 

 昔は、良かったなあ……。(遠い目)

 

「んじゃ、こいつぶっ殺して、契約解除もできそうだが」

「僕は死にませぇぇぇん!ネタじゃないです!ほんと、死にませんから!」

 

 じたばたと暴れる小動物。

 死なないなら、やってみても問題ないってことだよな。

 

「とりあえず、1000万のボーナスは手に入れたいので、やめてください」

 

 ……騙されたんじゃないのかよ。

 

「いえ、サポート役のあなたが、見るからに強キャラムーブですし。時間経過で敵が増えるケースなら、ボロ儲けができそうだなと」

「ハハハ、早く倒さないと、世界がピンチですよ」

「それ、私の死のリスクと、どっちが上ですかね?」

 

 

 うん、ホント、昔は良かったわ……。(遠すぎる目)

 

 何も知らず、魔法の暴走以外は世界の危機もなく、この世界での生活をサポートするだけ。

 そして、相手は異世界のかわいこちゃん(死語)だ。

 

 

 いやまあ、えげつない連中が増えた分、役得っぽいことも増えたがな。

 歳を取ると、ピュアだった頃を懐かしむようになる。

 

 

 

「……ん?」

 

 気配。

 

「大変だよ!〇〇ちゃんが、奴らに捕まっちゃったんだ!」

 

 いまサポート中の魔法少女の危機を知らせる小動物が現れる。

 

 たまに、思うんだがな。

 助けを求める俺を、最初から連れていけ。

 

「ダメだよ。それじゃあ、〇〇ちゃんが成長しない!彼女には、経験が必要なんだ!」

 

 綺麗事を鵜呑みにするつもりはない。

 敵の攻撃にさらされる魔法少女のダメージや、負の感情。

 それらの回収が主目的、なんてケースもあった。

 魔法少女は、発電所みたいなものだとかな。

 

 

『お人好しも、程々にしておきなさい』

 

 また、彼女の言葉を思い出し……うすく笑う。

 そんなんじゃないさ。

 

 この世界は、魔法世界によって食い物にされ続けている。

 

 俺はただ、それが気に入らないだけなんだ。

 

 ボーナスの金額について交渉を始めていた二人に一言残して、俺は地を蹴った。

 ピュア(笑)なハートを笑えはしない。

 

 俺は、厨二の心を持ち続けている。

 

 




そういや、この前はじめて某魔法少女のアニメ見て、吹いた。
なんの作品とは言わんけど。


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28:私のパンチを受けてみろ。(原作:ソニックブラストマン)

このゲーム、数年前に続編が出てたんですね。(リアルパンチャーではない)
バカゲーであり、懐ゲーであり、そして一世を風靡した名作でもあり。
単位が『トン』なのがまた、心の琴線に。


「おめでとう、地獄行きだよ!」

 

 軽快すぎるミュージックとともに、そんなことを宣告された。

 死にたい。

 

 あ、もう死んだのか、俺。

 しかし、地獄行きなのか……マジかよ。

 

 ニコニコと笑顔を絶やさない存在に、ちょっとだけ、自己弁護。

 

「俺、なんか悪いことしましたっけ?」

「いやあ、キミは確かに失点こそ少ないけど、特にいいこともしてないから」

 

 なん、だと……?

 

「悪いことをしたら地獄行きって認識が主流だけど、正しくは『有言実行の優等生』以外は、もれなく地獄めぐりの運命だよぉ!」

「それはつまり……ひとにぎりの人間を除いて、地獄へゴーってことで」

「そうそう」

 

 ニコニコと。

 

「ほら、キミの育った国の道徳授業でもあったじゃない。『僕たちに何もしてないよ。見てただけだよ』からの『だから悪い』ってやつ」

 

 せ、政治が悪いとか……。

 

「あはは、民主主義で、主権が国民にある国の人間が何を言ってるかな?」

 

 うわあ、この人、俺の心読めるんじゃねえか。

 

「そうだよ……というか、時間も押してるから、処理するね。キミは、派遣される地獄でヒーローとして、人を助けて助けて助けまくって、最後は世界を救って死になさい」

 

 ひでえ。

 

「だいじょーぶ。ちゃんと力はあげるけど、鍛えなきゃ使えないよ。まあ、地獄の中では、随分とイージーな地獄だから。ほら、がんばれ、がんばれ……からのシュート!レッツ、エキサイティン!」

 

 

 ……って、なんか足元に闇が、吸い込まれる!

 のわぁー!!

 

 

 

 

 

 

 

 地獄……ねえ。

 

 なんか、転生したってイメージなんだが。

 子供時代を過ごし、学校に通って友人もできた。

 まあ、周囲の評価は、『変人』なんだけど。

 

 部活をやってないのに、早朝からトレーニングに勤しむ俺は、確かに変人なのだろう。

 何度も、色んな部の人間に誘われたが、断った。

 

「じゃあ、お前。なんでそんなに鍛えてるんだよ?」

 

 何かをしたいと思ったとき、自分の力が足りなかった……じゃ、後悔しきれないからな。

 

 そんな風に答えて誤魔化す。

 いや、俺がスポーツなんかやったら……大惨事だから。

 

 俺も、随分と手加減が上手くなった。

 

 周囲に人がいないことを確認し、何気なく拳を振るう。

 風切り音。

 尋常じゃない。

 しかし、これ……ヒーローとしてはどうなの?

 

 例えば、垂直跳びで3メートル飛べるとしよう。

 いや、例え話な、例え話。

 これはもう、一流のアスリートに混じっても、飛び抜けている。

 逸般人だ。

 

 でも、ヒーローとしてはどうだろう?

 その力をうまく使えば、誰かを助けることはできるかも知れない。

 しかし、なあ……。

 まだ、鍛錬が足りないってことか?

 

 

 悪いことはできない。

 変人だが善人、そしてお人よし。

 それが、俺に対する評価。

 

 でも、ここは地獄。

 あの言葉がよみがえる。

 

『ヒーローとして、人を助けて助けて助けまくって、最後は世界を救って死になさい』

 

 助けられるのか?

 

 そして俺は、卒業して働き出していた。

 日常が続いていく。

 世界が続いていく。

 ここが、地獄であることを忘れてしまいそうなほど、平和なままで。

 

 

 

 そんなある日。

 外回りの仕事中に、不思議な感覚に襲われた。

 

 なんていうか、そう、『スイッチが入った』って感じ。

 

『キャー、助けて!』

 

 助けを求める女性の声。

 周囲を見渡す。

 ちがう、声は、頭の中に直接。

 

 力が溢れる。

 自分が自分ではないものへ変わっていく。

 

 不思議な力が集い、自分の体へとまとわりつき……俺は、いや『私』は飛んでいた。

 身体のラインがぴっちり浮き出るスーツに、マスク、そしてマント。

 出来損ないの、アメコミヒーロー。

 

 その姿に、既視感があった。

 

 おい、待てよ。

 おいおいおい、これって、まさか……。

 耳にこだまする、あの言葉。

 

『ヒーローとして、人を助けて助けて助けまくって、最後は世界を救って死になさい』

 

 あ、あの野郎、ぶっ殺してやる!

 

『残念、私に性別はない。説明の必要はなさそうだね。ほら、がんばれ、がんばれ』

 

 見てるのかよぉ!

 

 急上昇からの、急降下。

 バタ臭い金髪女性が、暴漢に襲われそうになっている。

 俺の口が勝手に動く。

 

「私の名前は、スーパーソニックブラストマン!」

 

 やつが、腹を抱えて爆笑してる気配を感じた。

 

 

 ……クールに行こうぜ。

 女性を助け、暴漢と対峙する。

 

 そう、退治する、だ。

 

 羞恥心とか、どうでもいいじゃないか。

 俺は、ヒーローとして、人を助けて助けて助けまくって……悪くないだろ。

 

 はっ、これで地獄とか言ってたら、現世は地獄すら生ぬるい場所じゃねえか。

 

「私のパンチを受けてみろ!」

 

 このパンチングマシーンのことはよく覚えている。

 前世で、ダチと良く競ったもんだ。

 

 この暴漢は、最弱のステージ。

 ノルマとなるパンチ力の合計を2発でオーバー出来る程度に弱い。

 

 まあ、もうクリアしてボロボロの暴漢に向かって、もう一発殴るのはお約束。

 1ゲームで3発殴るというシステムが生んだ悲劇だな。

 

 そうそう、そして最高レベルの敵は、地球に迫る隕石で……。

 

 

 

 

 

 待って。

 ちょっと待って、お願い。(心の中で、震え声)

 

『ほら、がんばれ、がんばれ』

 

 

 精神状態は、身体能力に激しく影響を与える。

 私は、いや、俺は暴漢に負けてしまった……。

 

 暴漢にボコボコにされた俺に、やつが言う。

 

『おめでとう。ちゃんと女性は助かったよ。ほら、これからも、がんばれ、がんばれ』

 

 楽しそうに、嬉しそうに、そして……。

 

『イージーとは言っても地獄だよ。なめんな』

 

 

 

『キャー、助けて!』

 

 スイッチが入る。

 私は飛ぶ。

 

 車道に飛び出たベビーカー。

 それに迫るのは、トレーラーだ。

 

 私はベビーカーを抱えて、歩道へと降り立ち。

 

 うん、そのまま帰ろうぜ。

 頼むから帰ろうぜ、なあ。

 

 願いもむなしく、『私』は車道へと舞い戻り、迫り来るトレーラーを前に、拳を固めて構えを取る。

 

「私のパンチを受けてみろ!」

 

 意味ねえ!

 

 ゲーセンでダチとバカ笑いしてたシーンだが、我が身にこんな形で降りかかると笑えないし、悲しくなるわ。

 

 というか、トレーラーは、普通に道を走ってただけじゃないか!

 これがヒーローのやることか!

 

 

『ヒーローとして、人を助けて助けて助けまくって、最後は世界を救って死になさい』

 

 ……あっ。(察し)

 

 私は、拳に空を切らせた。

 3発。

 

 そして私の体が宙に舞う。

 

 子供は助かった。

 母親も無事だ。

 そして……。

 

 俺は、『トレーラーの運転手』を救った。

 あとついでに、トレーラーも壊さずにすんだ。

 

 そうか。

 あの暴漢を……俺は結果的に、死なせずに、助けることができたんだな。

 

 

 

 悪の組織が作った、要塞ビルに挑む私がいる。

 

 要塞ビルの中には、当然人がいた。

 

 船舶を狙う、巨大怪獣(カニ型ロボ)に挑む私がいる。

 

 カニ型ロボットを操縦している人がいた。

 

 私は、俺は、自分の身を犠牲にしながら、人を救っていく。

 救って救って救って……その先にたどり着く。

 

 

 

 私は飛ぶ。

 空の彼方、宇宙(そら)に向かって。

 

 地球に衝突するであろう、巨大隕石。

 物理的衝撃と、大気圏突入における衝撃波。

 地球を、人類を、滅亡へと導くもの。

 

 私の体は、力に満ち溢れている。

 それは、頼もしく、悲しい。

 

 破壊する力を、守るために使う。

 そして、その力を十分に発揮できる場面は、驚くほど少ない。

 

 ようやく訪れた機会が、今だ。

 

 スーパーソニックブラストマンが描く、物語の終焉。

 

 軽く、相棒(こぶし)に唇を落とし、囁く。

 

「頼むぜ、私のげんこつよ」

 

 さあ、行くぜ。

 

 迫り来る隕石に向かって高らかに宣言する。

 

「私のパンチを受けてみろ!」

 

 1発!

 

 地球に向かってはじき飛ばされる身体を支え、拳を固める。

 

 2発!

 

 表面に穿たれるクレーター。

 

 ああ、ここが地球を、人類を守る最終ラインだ。

 

 再び、叫ぶ。

 最後の叫びだ。

 

「私のパンチを受けてみろ!」

 

 衝撃。

 抜けろ、抜けてくれ!

 私の体に宿る力を、魂を、全て持っていけ!

 

 ねじり、こむ。

 私の全てが、右拳へと集い、抜けていく。

 全てが、抜けていく。

 

 

 砕けた。

 隕石が。

 そして、私が。

 

 隕石の破片とともに、私は遠ざかっていく。

 青い地球から……。

 遠く、消えていく……。

 

 

 薄れゆく意識の中で……『君のパンチを見せてみろ!』という声を聞いた気がした。

 

 




私は、隕石をクリアできませんでした。
1発平均150のパンチ力が必要なのですが、私のパンチはいつも140台の前半で。

地球を救えず、人類滅亡ルートを何度も見せられました。


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29:新入社員の憂鬱。(原作:戦隊ものとかそのへん)

……連載で行けたか。(震え声)


 ひと仕事を終え、缶コーヒー片手に空を見上げた。

 

 春、夏、秋、冬……と、季節が巡るこの国で、俺はこの時期の空が一番好きだ。

 まあ、地域差は勘弁な。

 

 コーヒーを一口。

 

 その、俺の好きな空が……少しばかり、くすんで見えた。

 5月病ってのは、こういう感じなのかね。

 

 もう一口。

 人生と同じで、苦くなけりゃ、コーヒーじゃない……だったか?

 

 ……ビールだったかも。

 

「ほう、大したもんだ」

 

 振り返る。

 

「訓練からの出撃、その後に平然としていられる新入りを見たのは、この15年で二度目だ」

「……そうなんですか?」

「まあ、な……そもそも、訓練の後にそのまま出撃とか、新入りに痛い目を見せるための儀式みたいなもんだ」

 

 何も言わず、コーヒーを飲む。

 

「本当なら、きちんと休息をいれて、万全の態勢をとる」

「……まあ、ブラックなのは覚悟してたんで」

「ブラックだったか?」

「いえ」

 

 首を振った。

 

 勤務シフト。

 週休二日制。

 超過勤務手当。

 残虐行為手当。

 

 びっくりするほど、ホワイトな集団だった。

 

 だからこそ。

 余計に、怪しい。

 

 怪しいと思ったから、調べた。

 下っ端でも、それなりに調べられることはある。

 

 

「……お前さんは、出世するよ」

「どうですかね?」

「こんなとこに就職するのは、たいていろくでなしさ……ほかに行き場所もなく、言い訳を繰り返しながら、その手を悪事に染める」

 

 沈黙。

 微かな緊張。

 

 ああ、新入社員らしくないんだろうな、俺は。

『余計なこと』に気づいた俺は、さて、どうなるのかね?

 

「お前さん、何が目的でここに来たんだ?」

「子供の頃からの夢でしたからね」

 

 銃を構えた男に向けて、笑う。

 

「世界征服ってやつに、本気で憧れてましたから」

 

 銃を構えたまま、男も笑う。

 

「どうだった?下っ端とは言え、悪の組織の一員になった気分は?」

 

 息を吐く。

 撃つなら撃てとばかりに、コーヒーを飲む。

 そして、空を見る。

 

「今日の出撃……ヒーローの対応が遅かったですよね?」

「……作戦勝ち、とは思わねえのか?」

 

 組織の破壊工作。

 少し遅れて、ヒーローの登場。

 戦闘行為。

 

 作り笑顔ではない、腹の底から笑いがこみ上げてくる。

 

「いや、ちょっとばかりヒーローに同情しましたよ」

「ほう?」

 

 今日の戦闘で、破壊工作で、それなりの被害が出た。

 いや、出せた。

 多くの建物が崩壊、あるいは何らかの損傷を受けた。

 

 あの、被害を受けた地域は……国の『再開発計画』が進められている場所。

 

 建物が壊れ、少なくないインフラが傷ついた。

 

 ああ、高く売りつけようとしていた土地の持ち主は、今、どんな気持ちなんだろうな。

 この出来事で、間違いなく土地の評価額はがた落ちだ。

 少なくとも、低く評価せざるを得なくなる。

 

 たぶん、ヒーローは何も知らされてないんだろ。

 茶番だ。

 ただ強いだけの、猿回しの猿。

 

「……」

「いやあ、惚れ惚れするような『邪悪な組織』じゃないですか、ウチは」

 

 

 ヒーローは戦う。

 しかし、数が少ない。

 どうしても御手に回る。

 

 悪の組織は戦う。

 ヒーローにはかなわないが、今日のように、そこそこ被害を与えることもある。

 

 世界の征服を目指す、ホワイトな勤務形態の悪の組織。

 

 笑う。

 笑うしかない。

 

 公務員かよ。

 俺が入社したのは、公務員だったってことだ。

 政治を行う上での、裏の仕事というか、国の便利屋だ。

 

 コーヒーを飲む……空っぽだった。

 ああ、空っぽだ。

 俺には、何もない。

 

「……殺してくれ」

 

 男と目が合う。

 不意に、激情のようなものが湧き出た。

 

「殺せよぉっ!」

 

 衝撃。

 自分の身体が跳ねる。

 

 俺を見つめる男の目が、少しだけ悲しそうに見えた。

 空っぽの俺が消えていく……。

 

 

 

 




個人的には、残虐行為手当でクスッと笑ってもらいたい。(笑)


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30:女騎士が泣いた夜。(テンプレバカ設定)

女性に対する虐待を想像させる表現があります。
あ、一応下ネタ注意で。


 皇国の16騎士。

 

 剣を振るえば一騎当千、兵を率いては常勝無敗。

 人格、能力、ともに優れたるものがたどり着く(以下略)。

 すべての少年たちが憧れ、一度は夢見る地位。

 無論、夢は夢、憧れは憧れとして現実に目を向けて大人になる少年がほとんどだが。

 

 16騎士で、ちょうど中堅にあたるものはこう語った。

 

『皇国の守り手として誇らしい気持ちはある。だが、本当は……守り手と呼ばれる我々が必要ない世界……それこそが真の望みだ』

 

 

 

 だが、これは表の世界。

 

 光あるところに影がある。

 

 妖し、魔のもの。

 皇国を狙う、人ならぬもの。

 剣も、兵も、それらを討ち果たすには能わず。

 

 皇国は、人は、それらの前に屈するしかないのか?

 

 いや、そうではない。

 

 表に出ることはない、皇国の闇、黒の16騎士。

 人ならぬものを討つ、聖なる力。

 

 表の16騎士が男性であることとは逆に、黒の16騎士は全員が女性。

 女性は、男性にはない神聖な力を秘めているのだ。(ガバガバ設定)

 

 彼女たちの存在は、表に出ることはない。

 闇に潜み、魔を討つ。

 そんな彼女たちには、過酷な運命が待っているのだ!

 

 

 

 夜の闇よりも暗い、影が奔る。

 二対の影。

 

 耳をすませば、聞こえてくる。

 争いの音。

 

「追い詰めたぞ、魔女ディルメース!」

 

 闇の中で、仄かに光る剣を突きつける女騎士。

 その名を、カノンと言う。

 

「ええ、よく追い詰めたわね……褒めてあげるわ」

 

 妖艶に笑う、魔女。

 そして、こぼれる声。

 

「ようこそ……堕としの間に」

「っ、これは!?」

 

 

 はいはい、テンプレテンプレ。

 

 

「なんだ、もうおかわりはいないのか?」

 

 汚された身体を清めながら、カノンは魔女に問いかけた。

 どこから取り出したのか、替えの下着を身につけていく。

 

 

「いや、あの……あんな目に遭って、折れたり……しないの?闇堕ちしない?快楽堕ちしないの?」(震え声)

「……1000年も前から、全く成長していないようだな、お前らは」

 

 ため息をつきつつ、カノンは術で清めた剣と鎧を身につけた。

 

 人の命は短い。

 それゆえに、学び、成長する。

 後のものに、教訓を残していく。

 

 むしろ、神聖な力でゴリ押しすればいいのだ、と。

 

「なあ、知っているか?」

「な、何を……?」

 

 カノンの鬼気迫る表情と、殺気に怯えつつ、魔女が尋ねる。

 

 ……よせばいいのに。

 

「我ら黒騎士は、皆例外なく師匠をぶっ殺しているんだよ」

「ど、どういう意味……かしら?」

 

「師匠はな……お前らのやり方に何も感じなくなるように、子供の頃から念入りに私たちを特訓してくれるのさ……つまり、師匠をぶっ殺せるってことは……わかるな?」

 

 皇国の闇は深い。

 この世で一番恐ろしいのは、人間である。

 

「ククク、私の姉など……気がふれてしまってな。まあ、師匠を別の意味で殺してしまったが、騎士としては働けぬ。もう、二度と正気に戻ることはないだろうな」

「あ、あの……そんな国裏切って、私たちの仲間に、ならないかな……なんて?」

「ないです」

 

 魔女の首か飛ぶ。

 

 

 カノンは語る。

 

『私たちの後継者が生れずとも良いように、あいつらを殺して殺して殺しまくることが使命だと思っている。黒騎士など、女騎士など……この世から消滅する日を願ってな』

 

 

 あ、あの……『あいつら』の中に、皇国の関係者は混じっていますか?(震え声)

 

 カノンは薄く笑い、しかし一筋の涙をこぼした。

 

『やつらは、最後の最後にヤる』

 

 あっはい。

 

 

 

 皇国の騎士は、表も裏も、自分たちの存在が必要な唸る未来を望んでいる。

 戦え、皇国の16騎士!(表と裏)

 その時が来るまで!

 

 




……何を書いてるんだろう、私。(所要時間10分)


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31:ある転生者の一日。(原作:エロゲ世界)

ほんと、何書いてるんだろう、私。
ちょい、下ネタ。

そして、男性の方も痴漢が出てきたら注意。
ヒュン、てするかもしれません。


 転生者、小谷(おたに)和幸(かずゆき)の朝は早い。

 

 5時には起き出して、軽く散歩と体操。

 それから、就寝中の家族を起こさないように、注意しながら食事の用意に取り掛かる。

 

 いや、転生者って早起きに関係ねえだろ。

 

 まあ、転生者ってのはマジなんだけどさ。

 といっても、ただ単に、前世の記憶持ちってだけだけどな。

 

 なぜこんな朝早くからというと、俺の両親は共働きなんだ。

 昨今じゃ珍しくもないが、しっかりとした温かい食事で一日の始まりを感じてもらいたい。

 

 仕事で夜遅く帰ってきてさあ、朝はコーヒーだけとか、パンとか、ブロックメイトをかじりながら会社に向かう生活とか……マジで勘弁して欲しいのよ。

 この世界で縁があって家族になったんだから、せめて出来ることはしてあげたいの、マジで。

 そうしないと、俺の前世の記憶に、チクチク刺さるのよ、目に見えない何かが。

 

 というわけで、両親にはゆっくり睡眠を。

 俺は朝食の準備を。

 それと並行して、弁当作り。

 

 時折両親が、『外で食べるから無理しなくても』と、思い出したように言うが、『いや、これも趣味みたいなものだから』と笑ってかわしている。

 まあ、前世から料理は好きだったんだ。

 

 転生したからといって、人生が急激に変わるわけでもなし、前世の人生にそれほど不満があったわけでもない。

 ほかにこれといって、やりたいこともないしな。

 

 両親の分、兄貴(高3)の分、姉貴(社会人)の分、そしておとなりの……クソファッキンな幼なじみの分で、全部で5つだな。

 ああ、俺のを入れて6つか。

 

 大変といえば大変だが、料理ってのは、経験だし……調理のチャンスがあるなら、逃がしたくはない。

 

 1万時間の法則って聞いたことあるかな?

 砕けた説明をすると、ある分野において1万時間の修練を積めば、誰でもそれなりのエキスパートになれるって理論だ。

 まあ、俺自身は眉唾だと思ってるけど。

 

 理由として一番耳に優しいのは、『適切な努力』ってやつ。

 だらだらと1万時間、間違った努力をしても無意味ってのは、納得しやすいと思う。

 

 理解は出来ても、納得しづらいのが、『素質の有無』ってやつ。

 才能がなきゃ、努力しても無駄だと、発明王も言っている。

 

 1日10時間で3年間。

 何事も3年間は打ち込めって格言と一致するあたり、完全な間違いとは思わないけどね。

 ただ、ある程度は一人前になれても、エキスパートってのはどうかな。

 

 1日5時間なら、6年間か。

 意地悪な言い方をすれば、日本の義務教育9年間で、『学生のエキスパート』がどのぐらい誕生してるのか考えてみて……って話になる。

 

 まあ、ちょっと話がそれたか。

 素質のあるなしなんてわからないけど、努力というか、経験値は絶対に必要だからね。

 

 これは、料理をする経験値ってだけじゃないんだ。

 料理を作ったら食べなきゃいけない。

 食べてくれる人が多くなれば、それだけ経験値は積みやすくなる。

 たまには、『これが美味しかった』とか『これの味付けはイマイチ』なんてフィードバックも得られる。

 

 自分ひとりで料理をするより、食べてもらえる人間がいるってのは、それだけで恵まれた環境なんだ。

 

 だから、感謝しなきゃ。

 そう、感謝しなきゃ。

 

「ほら、さっさとよこしなさいよ。どうせ、今日もまた美味くもまずくもない、微妙な弁当なんでしょ?感謝してよね、わざわざ私が食べてあげるんだから」

 

 

 ……感謝しなきゃ、ねえ。(ビキッ、ビキィッ)

 

「お、お姉ちゃん……そんな言い方」

 

 と、クソファッキンな幼なじみをたしなめようとするのは、愛理(あいり)ちゃん。

 え、幼馴染の名前?

 クソファッキンはクソファッキンです。

 

「は?何度もいらないって言ってるのに、わざわざ押し付けてくるんだから、残当の対応でしょ」

「で、でも……(かず)さんの料理、美味しいのに……」

「はぁ?あんた、どんな舌してんのよ?」

 

 待って。

 姉妹喧嘩しないで、お願い。

 俺の弁当で争わないで。

 

「はいはい、愛理にはお優しいことで。このロリコン!」

 

 そう言って、俺のおとなりさんというか、クソファッキンな幼なじみは、弁当箱をひったくるようにして行ってしまった。

 

 しばしの静寂をはさんで、愛理ちゃんがぽつりと。

 

「和さん、お姉ちゃんがいつもごめんなさい……」

 

 ああ、いいの、いいの。

 

 俺は、愛理ちゃんに向けてにっこりと笑う。

 

 俺の3つ下で、中学1年生。

 愛理ちゃんの両親も、俺のとこと同じで共働き。

 ただ、少々ワーカーホリックの気があって、ここ数年は家を空けがちというか、空けっぱなしに近い状態だ。

 世界を飛び回ってるらしく、時々不思議なお土産をもらったりするし。

 ついでに言うと、『毎食とは言わないけど、娘たちの食事の世話をお願い』などと頼まれて、毎月俺の口座には、『栄養費』が振り込まれていたりする。

 

 おじさんおばさんとの約束だからと……そう言えば、あの幼なじみも、受け取らざるを得ないわけだ。

 

 そのあたりの事情もあって、小さな頃から面倒を見てきたことと、ここ数年は食事の世話をしてきたせいか……愛理ちゃんは、わりと俺に懐いてくれている。

 

 頼まれたからとか、お金ももらってるからとか、それを承知で感謝してくれる愛理ちゃん。

 これが正しい人間関係ってものじゃないですかね、クソファッキンよ。

 

 見ればわかるが、控えめに言っても、愛理ちゃんは美少女だ。

 セミロングの黒髪に、愛くるしい顔立ち。

 ついこの間まで、手と足がひょろりと長い中性的な体つきだったのが、ちょっと大人になってきたなって印象を受けるようになってきた。

 まあ、おじさんとおばさんは、美男美女のカップルだから……ある意味、約束された将来だったかもしれない。

 

 人を外見だけで評価するのはどうかと思うが……あのクソファッキンは、愛理ちゃんやおじさんおばさんをはるかに超えて、文字通り桁外れの美少女だ。

 いや、外見だけで言うならもっと大人っぽい。

 それなりのファッションに身を包んで化粧をすれば、普通に女子大生程度には思われるだろう。

 だから、美少女っていうより、美女手前ってイメージ。

 

 街を歩けばみんなが振り返る……とか、実在するんだよなあ、チクショウ。

 

 そして多分、愛理ちゃんは……ちょっとばかりあの姉にコンプレックスを抱えてる。

 そんな必要ないのになあ。

 俺もそうだけど、うちの家族見てみなよ。

 見事なモブ顔だぜ。

 まあ、姉貴はわりと美人顔だが。

 

「……私も、和さんのお弁当食べたいのに」

 

 嬉しいこと言ってくれるね。

 でもまあ、給食だから仕方ないね。

 その代わりと言ってはなんだけど、今日の夕飯、なにかリクエストはある?

 

 そんな会話をかわしながら、愛理ちゃんを送り出す。

 

 

 

 

 

 

 うん、中学1年生とか、個人の差はあっても、子供としか思えないから。(震え声)

 俺、単純に高校1年生ってだけじゃなくて、転生者だからよけいにそう感じるんだ。

 しかも、子供の頃から面倒見てきたのよ?

 兄というより、お父さんポジだわ。

 

 ぶっちゃけると、これから年頃の愛理ちゃんが、あのクソファッキンみたいになったらどうしようって思う。

 精神的に深入りしてたら、立ち直れないかもしれない。

 

 いやまあ、あれは最初からあんなんだったけど。

 

 小学校1年生だったかな。

 公園の池に、あいつがお気に入りの帽子を落としてさあ。

 

 どうしようとか言って、涙目にでもなれば可愛げがあるってのに。

 あのクソファッキン、俺を見て顎をしゃくりやがった。

 

 ため息ついて、仕方ねえなあと、棒を片手に手を伸ばそうとしたらさ。

 

 

 

『さっさと拾ってきなさいよ』って、池に蹴り落とされました。

 

 

 

 俺の記憶では、全身ずぶ濡れになりながら帽子を拾って、さすがにムカついてたから、それをクソファッキンじゃなくておばさんに渡しただけなんだけどね。

 

 俺、本気で怒ると無表情になるらしい。

 

 助けを呼ぶでもなく、冷たいと声を上げるでもなく、淡々と無表情で帽子を拾って戻ってきたらしいのよ。

 おばさんに帽子を渡して、無表情のままじーっと20秒ほどあいつを見つめて、結局、何も言わずに、全身ずぶ濡れのまま一人で家まで帰っていたそうな。

 周囲の大人はもちろん、おばさんも凍りついて……そのときは声もかけられなかったって、土下座レベルで謝られた。

 

 まあ、細かいことはいいんだ。

 

 そして、当時は小学一年生。

 子供のやることとは言っても、やっぱりこう言うしかないよな。

 

 ないわー。

 

 

 まあ、これは極端な例だけど、一事が万事っていうか、幼なじみとの甘酸っぱい思い出とか、皆無だ。

 でも、おじさんおばさんに頼まれてるから、世話をやくわけさ。

 

 いや、学校でもちょくちょく『健気だ』とか『報われない愛情』とか、『逆ギレからの警察沙汰には気をつけろ』とか言われるよ。

 たぶん、邪険に扱われながらも、世話(?)をやき続けているから……俺があいつに惚れてるって思われてるんだろうな。

 もう、面倒くさいから、そう言われても否定もしないし。

 

 

 でも、もう一度いう。

 

 ないわー。

 

 あれと、恋愛関係が成り立つとか、想像とか妄想とか、これっぽっちもできない。

 中学校に上がった頃、ちょっと妄想しようと思ったけどさ。

 たいてい最後は、殺すか殺されるかだったわ。

 

 下品な言い方になるけどさ、俺、あいつじゃ勃たない。

 ガワが最高だってのは思うのよ。

 でもさ、マジで勃たない。

 ピクリともしない。

 

 ……不能じゃないのよ?

 

 おばさんなら全然いけるし、クラスメイトでもいける。

 だが、あいつはダメだ。

 

 無理矢理とかもないな。

 ほら、エロネタでそういうのあるだろ?

 ストレス解消になるかなと思って、いろいろ妄想したこともあるけどさ。

 

 無理だった。

 

 ちょっとばかり、男の性欲を過大評価してたみたいだ。

 どんなに嫌いな女が相手でも、身体は反応するって思ってたもん。

 

 あれは、性別女じゃなくて、クソファッキンのカテゴリーだな。

 そう思うことにしてる。

 

 

 

 通学中の電車の中で、痴漢を発見した。

 またあの人かよ。

 気が付くと痴漢に襲われてないか、あの人。

 いかにもって感じの、気の弱そうなOLさん、だろう。

 警察とか、裁判とか、そういうのもたぶんダメなんだろう。

 

 正直やりたくはないが、こっちもほとんど身動きが取れないから仕方がない。

 

 手を伸ばして、痴漢のタマをこりっと、ひねってやった。

 

 南無……。

 多少、心が痛む。

 いや、痴漢を許すとかそうじゃないんだが。

 

 手加減は上手くなったが、こう、心がなれないわ。

 

 

 

 

「小谷。放課後、私と遊びに行こうよ」

 

 俺は、主夫生活だっての。

 買い物やら、洗濯やら、夕飯の支度やら、あるんだってば。

 何度言えばわかるのよ?

 

 つーか、毎日毎日同じタイミング、同じセリフ、ポーズまで同じとか。

 ネタか?

 ツッコミ待ち?

 

 そりゃ最初はあれだったが。

 さすがに毎日繰り返されるとうんざりしてくるわ。

 クソファッキンほどじゃないけどな。

 

 ……ああ、こいつの誘いを断ってるから、余計にクソファッキンに惚れてるとか思われてるのか。

 まあ、どうでもいいな。

 こいつも、人の話とか説明を聞かないし。

 

 つきあうとか、ないない。

 

 

 

 

 学校が終わり、その足でスーパーに。

 夫婦共働きの多い時代だが、この時間帯はやはりおばさまが強い。

 まあ、はじき出される弱者はどの世界にもいる。

 タイムセールの商品を遠巻きに、しょぼんとしている若奥さん。

 この人、いつも目当ての商品を買えてないっぽい。

 俺からはただ一言だけ。

 強くなれ。

 

 もみくちゃにされながら、スーパーを二店、そして商店街をハシゴ。

 

 いくつもの買い物袋を抱えて帰宅。

 おばちゃんが強いわけだ。

 この買い物だけでトレーニングになってる気がするぜ。

 実際、特に鍛えてもいないのに、俺の身体はわりと筋肉質になった。

 

 夕飯の準備に取り掛かる。

 ウチの分と、愛理ちゃんの家の分。

 向こうの家で調理したこともあったんだがな、何度かクソファッキンに蹴り出されて諦めた。

 

 まあ、女の子ふたりの家に、男がお邪魔するのもあれだしね。

 

 ただ、愛理ちゃんがウチにやって来ることがある。

 もちろん、クソファッキンはそれにいい顔をしない。

 時々、お隣からあのクソファッキンと口論する声が聞こえてくると、ちょっといたたまれない。

 

 いやもう、クソファッキンとか関係なく、姉妹というか、家族は仲良くしたほうがいいよ。

 

「和さん、なにかお手伝いできますか?」

 

 ああ、今日はクソファッキンが家にいなかったのか。

 平和平和、圧倒的平和。

 

 結局、愛理ちゃんはウチで食べていった。

 そして、クソファッキンの分を、持って帰る。

 

 姉貴が帰ってきた。

 飯の支度をする。

 仕事の愚痴を聞くのがデフォ。

 たまに、ありがとう、とか言われると嬉しくなる。

 

 兄貴が帰ってきた。

 飯の支度をする。

 というか、相変わらずよく食うわ。

 体育会系、マジすげえ。

 

 2時間ほど仮眠をとって、本を読んだりしながら両親の帰りを待つ。

 

 珍しく、ほぼ同じタイミングで両親が帰ってきた。

 終電の時間、ともいう。

 飯の支度をする。

 少し会話をして、家族の団欒。

 

 後片付けと明日の準備。

 おやすみなさい。

 

 一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も進展が見られない。

 これが続けば、また始末書を書かされる。

 

 エロゲ神は、クソでかいため息をついた。

 

 何あいつ?

 なんなのあいつ?

 

 部活に入るでもなく、成績でトップを狙うでもなく。

 子供の頃から、家政夫生活かよ!

 

 どれだけ枯れてんだよ!

 熱くなれよ、もっと熱くなれよ!

 ムカついてるなら、押し倒せよ!(下克上ルート)

 ちゃんと痴漢から助けてやれよ!(支配ルート)

 いきなり痴漢が悶絶して倒れるから、困惑して涙目じゃねえか!

 普通にフラグを立ててくれよ!(露出ルート)

 買い物ぐらい手伝ってやれよ!(不倫ルート)

 お前の姉ちゃん、血が繋がってないからな!(駆け落ちルート)

 

 があああああっ!!

 タマついてんのか、あいつ!

 

 

 

 

 登場人物は、全て18歳以上です。(棒) 

 

  




がんばれ愛理ちゃん。(憧れのお兄さんルート)
君だけが頼りだ!


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32:辺境でスローライフ。(原作:三国志7)

時代考証とか、設定とか、チートとか、全部ふわっふわで。(白目)


 朝もやの林道を歩く。

 通い慣れた道で、迷うような場所はない。

 朝の散歩ついでに、畑の様子を見て回る……いつものこと。

 ふっと、カーテンを開くようにもやが晴れた。

 

 うん。

 ここ、どこだろう。

 

 1分近く呆けていたと思う。

 

 周りの植物に目をやった。

 

 うん。

 ここ、本当にどこだろう。

 植生が違うんだが。

 

 ふと、異世界転移という言葉が浮かんだ。

 田舎生活をしていると、娯楽がほとんどない。

 というか、近所は老人が多くて20代の人間は俺だけだから、趣味も合わないことが多い。

 ネット小説なんかは、いい暇つぶしになる。

 

 周囲に人はいない。

 やっちゃうか。

 

「ステータス!」

 

 ……出たよ。

 

 木野 義徳  在野

 

 武力: 99(+5)

 知力: 58

 政治: 62

 魅力: 24

 

 特技:一騎、無双……(省略)

 

 

 やばい、脳筋……でもないか?

 というか、魅力!

 どうなってんだ、魅力!

 ハゲてるからか?ハゲてるからなのか?

 遺伝だ!

 俺のせいじゃねぇ!

 

 というか、これ、三国志の7のステータスだよな?

 オリジナル武将は、最低値40じゃなかったか?

 

 

 うん、現実逃避はこのぐらいにしとくか。

 

 小説なら、襲われてる貴族とか、モンスターの襲撃とかあるんだろうけど……。

 

 あ、三国志7って……。

 

『グルルルルル……』

 

 阪神ファンに虎を倒せとか、どこの嫌がらせだゴラァ!

 

 

 

 

 

 ……さすがに、虎は強敵だったぜ。

 いや、強敵だよ。

 俺は無傷だけどな。

 

 というか、武力99はチートっぽいな。

 しかも、自分の体に全然違和感ないとか。

 

 しかし、この槍どこから出てきたんだか。

 

『グルルル……』

 

 またかい。

 つーか、鯉とか燕でもいいのよ?

 

 

 

 

 虎、多すぎだろ!(約20頭)

 武力が100になっちまったよ。

 

 苛政は虎よりも……っていうけど、こんなとこに人は住まんだろ。

 あ、フラグか、これ。

 

 フラグでした。(笑)

 

 

 

 

 

 村を捨てて逃げ出した人が集まって、ひっそりと……って感じの集落。

 とりあえず、虎20頭を運んでいったら拝まれた。

 

 うん、拝まれはしたんだけどさぁ。

 魅力24……。

 

 集落から離れた場所に、掘っ立て小屋を……え、ちゃんと使った資材は返せ?

 理解できるが、なんだかなあ……貸してくれただけ有情なのかね。

 

 

 見よう見まねで弓矢を作って……うん、いまいち。

 槍を持って山で狩りの方がまだマシ。

 

 そして、集落の人の畑仕事を手伝いつつ、集落から遠く離れた荒地を開墾。

 農具は……貸してくれるわけないよね。

 農民にとって、農具は宝だもんな。

 

 ははは、武力100の槍さばきってすげえ。

 木の棒の百烈突きで、地面が掘り返せる。

 クワなんて必要ない。

 力こそパワーだ。

 

 うん、これを繰り返していると、集落の人とも打ち解け……が、ダメ……魅力24。

 

 まずは借りを返すことに専念するか。

 確認とってから、山で木をスパーンと両断。

 枝を落としてから、抱えて戻ってくると子供たちに囲まれた。

 そして、子供たちを抱えて集落の大人たちが逃げていく。

 

 うん、田舎の閉鎖性には覚えがあるからなあ。

 

 というか、この集落。

 畑に対して、水が足りてないな……水路で引っ張ってこれるような水源とかないのか?

 

『よそもんが、口出しすんな』

 

 まあ、わからなくもない。

 農民にとって、水の確保は命綱だしな。

 争いのもとだ。

 

 

 というか、魅力を上げよう。

 三国志7だろ?

 お手紙作戦しかないよな。

 

 竹簡?木簡?だっけ?

 いちいち作らなきゃダメなのか。

 伐って、削って……。

 

 誰に手紙を出せばいいんだろうな。(遠い目)

 いや、なぜか言葉はわかるんだけど。

 ああ、でも魅力24だから『どれどれ、ひどい字だな……』とか言われるんだろうな。

 

 手紙を出すためには、相手を探さないとダメで。

 

 ……うん、この集落からはおさらばしよう。

 武力100だし、商人の護衛とか……は、街まででなきゃダメか。

 

 手紙を出すということは、商人と知り合わなきゃダメで、商人が訪れるような場所じゃなきゃダメで……。

 旅人に託すとしても、旅人が立ち寄るか、その地の人間が旅に出る必要が……。

 あれ?

 なんか、難易度高いぞ?

 

 

 まあ、街まで出るか。

 

 集落を離れるときに、子供が二人ほど手を振ってくれた。

 ちょっと泣けた。

 

 

 武力100。

 魅力 24。

 

 ……絶対、盗賊と思われてる。(笑)

 

 護衛に雇ってくれないかなあ。

 いい仕事するよ。

 

 幸いというか、ひとりで生きていく技術は高いのか、旅にはほとんど苦労しなかった。

 まあ、旅の途中でちょっと水を飲んだら、村の人間に追い回されたけどな。

 あと、鳥を矢で落とした時も、追い回された。

 

 村の財産だから、旅人が勝手に獲ったり、飲んだりしたらダメってことね。

 なので許可を。

 

 魅力24……。

 

 こんな世知辛いゲームでしたかねえ、三国志7。

 

 なので、無断で獲物をとり、山草などを採取し、水を確保し……。

 うん、立派な盗賊だわ、俺。

 

『グルルルル』

 

 はいはい。

 最近、虎を倒すことに抵抗を感じなくなってきた自分がちょっと嫌。

 

 虎の皮をきちんとなめせば、そこそこのお値段で売れるんだけど、さすがになめしの技術は持ってない。

 なので、皮革職人に買い叩かれる。

 

 だって、なめさずに放置してたら腐るもん。

 

 皮を剥ぐのは、そこそこ上手くなったけどな。

 これ、三国志7じゃなくて、モ〇ハンなのかなあ……。

 

 

 盗賊の襲撃だ!

 飯の種だ!

 

 おら、ちょっと飛んでみろ。(物理)

 

 うん、拠点に貯めこんでるかなと思ったけど、そんなことはなかった。

 モノがないから、襲撃するんだな。

 勤勉に盗賊行為をするような人間は、そりゃ少ないか。

 

 村から逃げ出すか、街から逃げ出すか。

 真面目に生きていけるなら、そうしたいって人間は少なくない感じ。

 

 

 虎だ!

 盗賊だ!

 盗賊だ!

 虎だ!

 

 この国の治安ェ……。

 

 

 まあ、運良く商人と知り合うことができました。

 めっちゃ警戒されてるっぽいけど。

 商人の草さん。

 

 この国、なんだかんだ言っても徳がモノをいうからなあ。

 商人が金を稼いだら、稼いだ金を使って徳を高めないと、襲撃されるんだと。

 役人に賄賂を渡して、人に施しをして……。

 

 盗賊だ!

 盗賊だ!

 虎だ!

 

 盗賊を役人につき出したら、賄賂を請求されました。

 解せぬ。

 

「盗賊が出るというのは、役人にとってはきちんとその地を治めていないということになるので」

 

 うん……うん?

 

「つまり、賄賂を渡せば、盗賊をあなたが捕まえたと報告してくれて、あなたの評判が上がります」

 

(どうでも)いいです。

 お金ないし。

 

 役人が舌打ちして背を向けた。

 無防備だな、おい。

 

「まあ、どこもこんな感じですよ」

 

 商人の草さんが、諦めたように言う。

 さすがに、『諦めんなよ』とは言えない。

 

 冗談抜きで、役人というか、国の目の届かない場所で自給自足の生活してる方が賢く思えてきた。

 

 というか。

 盗賊連中の、比較的真面目な連中を集めて、どこかで開拓とかできないかな。

 苛政は虎よりも。

 しかし、戦乱は苛政よりも、だ。

 

「……一考の余地はあるかもしれませんな」

 

 

 

 

 ……どうしてこうなった。

 

 5つの村。

 自治というか、自警というか。

 ガン〇ーラじゃねえけど、ここに来れば飯が食えるとでも思ったのか。

 働きたくてやってくるのならいいんだが。

 盗賊ホイホイになってる。(白目)

 

 ダメそうなのは首を飛ばし、真面目そうなのは意識を飛ばす。

 

 三国志のはずなのに、なぜか俺だけ無双になってる気がする。

 特技の無双って、そうじゃないよな?

 

 いや、たった1人で1000人の盗賊を……とか、封印したはずの厨二魂が疼いちゃったんだ。

 村を背負って一人……燃えるわ。

 というか、総勢1000人ぐらいの5つの村に、盗賊1000人を食わせるような蓄えがあるわけ無いじゃん。

 

 山へ、海へ。

 狩りと漁だ。

 

 農業革命?

 

 で き る か!

 

 家畜の存在が重要になってくるけど、虎や狼なんかウロウロしてる場所で、家畜なんてどう飼育しろと。

 というか、虎や野生動物が村によってくるからやめて。

 

 倒すけど。

 殺すけど。

 

 俺の虎魂は死んだ。(白目)

 

 開墾とか、さらりと言うけどな。

 近代農業の、肥料ぶっこみ方式じゃないと、3~5年は、まともな収穫なんてないです。(現代日本人農家の目線での主観です)

 農業の歴史は、土作りの歴史やで。

 

 芋は芋でも、里芋系しかないのか。

 里芋は、保存が難しいんだよな。

 暖かいと腐るし、寒いとダメになる……ああ、今思うと、冬に入る前の芋煮会って、そういう……。

 じゃがいもも、難しいけどな。

 あれは、栽培よりも保存がネックよ。

 アンデスでは、凍った芋を踏んで水を出すんだっけ?

 うろ覚えの知識をもとに、チャレンジは怖くて出来ん。

 というか、農作物は全部、保存がネックなんだけどな。

 

 そういう意味で、穀物は偉大だ。

 保存の難易度がやや低いという意味で。

 

 豊かではない。

 むしろ、貧しい。

 ただ、飢えないですんでいる。

 

 まあ、国に税金を収めてないからだな。

 というか、このあたり、漢の領土じゃなさそう。

 

 俺は、荒地を開墾しつつ、50人ほどの部下を連れて盗賊を倒したり、単独で虎を殺したり。

 

 

「私たちの村を守っていただきたい」

 

 魅力24だけど、いいの?

 

「(強ければ)ええんやで」

 

 そんな感じで、周辺の村や集落が、挨拶に来るようになった。

 

 

 うん、いつの間にか漢(瀕死)の領土を侵食しちゃったらしい。

 

 

 

 戦争の時間だ!

 

 

 まず、俺が単騎(徒歩)で突っ込みます。

 敵陣がまっぷたつに割れます。

 相手の部隊長や、指揮官の首を飛ばします。

 敵が逃げ出します。

 部下たちと一緒に追撃します。

 

 

 戦場に残された武器を、農具へ。

 ああ、戦争が儲かるってこういう……。

 

 ティンときたので、残された糧食は、2割ほどもらって、残りは返してやることにした。

 

 おかわりうまー。

 

 

 

 

 

 

「私たちも守ってください」(震え声)

 

 ええんやで。

 

 

 旗揚げの時間だ!

 

 今更どうしようもないというか、止まったらみんなが死ぬ。

 

 しかし、辺境とは言え、そろそろ聞き覚えのあるビッグネームのひとりやふたり、耳に飛び込んできてもいいと思うんだけど。

 

 漢は漢でも、前漢の時代とか言うなよ?

 

 いや待て。

 五代とか十国とか、ほかの時代に漢とかあったっけ?

 マニアでもなけりゃ、日本人が知る中国の歴史なんて、三国志と水滸伝、キン〇ダム程度だろ。

 

 

 ……なあ、黄巾の乱って知ってる?(震え声)

 

 

 

 来ちゃった。(流民が)

 

 善政じゃなくて、単純に貧しくて税金がまともに取れないだけです。

 いやまあ、疲れきって、泣き声も上げられない子供とかほうっておけないけど。

 

 この時代の農民って、財産なんだよなあ……。

 

 

 来ちゃった。(軍隊が)

 

 略奪じゃなくて、メンツのための戦争かぁ。

 こうやって、人は身動きが取れなくなっていくんだなあ。

 

 まあ、来ちゃったものは仕方ない。

 今日も元気に、スローライフだ。

 

 敵兵を、ちぎっては投げ、ちぎっては、投げ。

 ああ、スローって、そういう……。

 

 逃げるぐらいなら、最初から来るなぁ!

 

 

 

 

 いやいや、戦争さえなければ、それなりにスローライフよ。

 油とか貴重だから、日が沈めば寝るし。

 

 油?

 豆類って、油脂成分が多いよな?

 

 大豆油って……あったよな?

 

 畑のお肉って言うぐらい、タンパク質も。

 油を絞ってから、残りかすを食べてもいける、と。

 

 ただ、鳥害と虫害がひどいんだよな、あれ。

 特に、鳩が若芽が大好きで……ははは、殺してないよ。

 殺してないってば。

 鳥を防ぐネットなんかないし、虫害にいたっては、人海戦術しかないか。

 あと、花が咲く時期に、水が結構必要で……大豆に限らず、マメ科の作物は連作も危険なんだよな。

 うん、気候の問題もあるし、試験的にやるぐらいにしとこう。

 地域に合わせた栽培ができるようになるまで、最低でも10年はかかるか。

 

 

 

 はいはい。

 流民のおかわり。

 

 はいはい。

 軍隊のおかわり。

 

 流民と軍の訪れで、季節の移り変わりを知る。

 ちなみに、流民は税を納める前後で、軍隊は遅れてやってくる。

 軍隊を蹴散らすと、逃亡兵が盗賊になる……いや、罰せられるから家族のもとに帰れないって泣くぐらいなら、ウチに来なさい。

 家族もこっそりと、呼び寄せて。

 

 

 魅力が25になりました。(白目)

 

 お手紙を送る相手ェ……。

 

 しかし、俺ももう、四十路かぁ。

 何やら、辺境の蛮族王とか呼ばれてるらしいです。

 

 養子をもらいました。

 嫁さんはもらえませんでしたから。

 

 い、田舎の農家の後継者不足は深刻だから……。(震え声)

 

 

 

 ああ、今年もまた流民の季節かあ。

 

 じゃあ、頑張って、敵兵をぶん投げてきますかね。

 ただし、部隊長と、指揮官は必ず殺す。

 




なぜ私の書くお話はこうなってしまうのか……。

最初は、田舎で晴耕雨読、知人と書簡のやりとりをする……みたいな予定だったのに。


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33:野球、やろうぜ!(オリジナル)

暴力、およびいじめを連想させる表現があります、ご注意を。

あと、ほぼセリフだけで話が進んでいきます。
そして、セリフは全て本人の主観をもとにした内容です。
それが事実とは限りません。



 20年前と比較して、高野連に登録されている高校球児の数は、少子化と選択肢の増加によって大幅に減少している。

 にも関わらず、甲子園大会への参加校の数は増えている。

 

 それはつまり、1校あたりの部員数が減少していることを示している。

 

 さらに興味深いデータとして、『野球部を辞めていく』割合が大きく減少していることも挙げられる。

 1校あたりの部員数が減少したこと。

 これは、『試合に出られる』、『ベンチ入りできる』部員の割合が増えることを意味している。

 もちろん、体罰禁止などの世相もあるのだろうが、『練習の成果を発揮できる場が与えられる』ことによって、やりがいが与えられたのではないだろうか。

 

 なお、元プロ野球選手や、高校野球の監督などから、『全体的なレベルが落ちた』という発言を度々耳にするようになったが、教育という面からは考慮されない項目である。

 まあ、競技者数が減少すると、ピラミッドは小さくなるのは仕方ない。

 

 

 と、いうわけで。

 

 20年、30年前は、いろんな理由で高校野球の世界から去った連中がゴロゴロしていた。

 この物語は、そんな連中が無心になって白球を追いかける、そんなお話である。

 

 

 先輩連中が、野球や生活態度とは関係ないことでネチネチ絡んできたから、そいつら全員ぶん殴ったら野球部と、学校を辞めさせられた。

 解せぬ。

 

「いや、ふつーだろ」(震え声)

 

 あいつら、3年になってもベンチ入りの期待が持てない奴らじゃん。

 そのストレスを、下級生殴って発散とか……殴ったら殴られるとか、子供でもわかるだろ?

 

「……ふつーに、傷害事件なんですが」

 

 今年は甲子園狙ってるって言ってたからな。

 絶対にもみ消すって思ってたぜ!

 

「こいつ、辞めさせて正解だわ。タチ悪い……といっても、繁華街とか歩くと、『こいつ野球やってるから手を出せないんだぜ。ヤッちまえ』とか絡んでくる連中が結構いるから、一概には言えないのが悔しいのう」

 

 

 つーか、高校球児ってあれだな。

 買い食いしてたら通報される。(高野連に)

 ゲーセンに入っただけで通報される。(高校球児としてあるまじき行為らしい)

 めっちゃ監視されてるよな。

 なに、芸能人扱いなの?

 

 

「……まあ、素直になれよ」

 

 あ、なにが?

 

「野球、したいんだろ?」

 

 ……はぁ?

 せいせいしてるし。

 

「……伝言預かってる。『先輩からかばってくれてありがとな』って」

 

 ……。

 ……。

 ……なあ。

 

「なんだ?」

 

 この国って……学校辞めたら……学校以外の場所では……野球、できないんだな。

 子供の頃に三角ベースで遊んだ……。

 

 あの空き地は、もう俺には狭すぎる。

 

 なくして初めてわかるありがたみって……こういうことなんだな。

 

「……気づくのが遅いんだよ、アホが。1年でレギュラーとか、全部棒に振りやがって……はっきり言うけどな、お前のせいでレギュラーを奪われた先輩と、お前がいなくなったらベンチ枠が空くって理由で、『最初から』狙われたんだよ、お前」

 

 ……それで、お前もやめたってか?

 

「気が付いたら、クソ先輩をボコボコにしてました。後悔も反省もしていない」

 

 アホか。

 

「お前と違って、高校は停学ですみました」

 

 ……すまん。

 

 下げた頭を、思いっきり殴られた。

 

 痛いわー。

 めっちゃ痛いわー。

 

 だから。

 泣いてもいいよな。

 

 

 

 

「さて、草野球じゃ満足できないというお前には、2種類の道があります」

 

 え、あるの?

 

「アメリカに渡って、メジャーを目指す」

 

 金も英語力もないです。(まだ〇茂選手はいない……協定もないけどな)

 

「じゃあ、社会人野球だわ。俺らで野球チームを作って、チーム登録して……都市対抗野球を目指すしかないだろ」

 

 あれって、企業のチームじゃねえの?

 草野球チームでも参加できるのか?

 

「できる……つーか、調べてみたら、四国には登録チームが4つしかない(30年前)んでやんの。笑うわまじで」

 

 マジかよ。

 四国って、野球王国じゃなかったのか?

 

「何はともあれ、遠征費用とかめっちゃかかるわ。バイト探して、働いて金稼げよ」

 

 グラウンドは?

 

「河川敷グラウンドを、週末にかな。社会人の草野球ってのは、そういうことだ。できるできないかじゃなくて、やるかやらないかなんだよ。お前の言う『野球』がしたいなら、グダグダ言うな」

 

 というか、仲間も集めなきゃな。

 

 

 

「先輩の暴力がひどくて、選手生命の危険を感じてここにきました。目標は、2年後のプロテストです」

「親に無理やり進路を決められたので、入学してからちゃぶ台返ししてやったぜ。俺もプロテスト目標にするわ」

「……監督とコーチがアホだからやめた。自分で練習したほうがマシ。もちろん、プロ志望な」

 

 

 

 ……なんで、去年の県の中学野球ベスト9に選ばれたうち5人が、1年の5月末で野球部をやめてるんですかねえ。(震え声)

 

「……高校野球の闇が、深すぎだろ」(震え声)

 

 

 

 

「何やら、面白いことをしていると聞いた。けが人でリハビリ中だけどいいかな?あ、野球部はやめてきた」

「経済上の理由で高校にはいけなかったけど、野球はしたい」

「すみません、草野球と思ってました。帰ります、ごめんなさい」

 

 まあまあ。

 野球、やろうや。

 

 続々と集まる仲間達。

 

「違う!これ草野球のレベルと違う!」

 

 

 彼らに容赦なく襲いかかる資本力の壁。

 

 

 あんまり意識してなかったけど、硬式だと公式試合球が1個1000円以上か……。

 練習球でも軟式の3倍とか……。

 高校の練習だと、新球を10ダースおろして、半年も保たないって言ってたよな。(土のグラウンド)

 

「ははは。お前らすぐにやめたんだっけ?金属バットも割れるぞ、半年ぐらいで。1本、2万円以上な」

 

「「「「マジで!?」」」」

 

「後輩に頼んで、ティーバッティング用の捨てる直前のボールを一カゴもらってきた。仲良く使えよ」

 

「「「「あざーっす!」」」」

 

 

「……軟式じゃないんですね」(震え声)

「諦めろ……悪い奴らじゃないんだ。ちゃんといろいろ教えてくれるし、上手くなれるぞ」

「……少なくとも、高校の部活よりは、やりがいあるぞ。俺の選択は間違ってない」(震え声)

 

 

 河川敷のグラウンドを借りるって、金がかかるんだな。

 

 ああ、なんか今なら足を踏みいれる前にグラウンドに一礼とか、納得できるわ。

 時間制だから、だらだら練習とかできないし、すげー新鮮に取り組める。

 

 

「大学野球からドロップアウトしました」

「監督が代わって干されました……まあ、主観だからわからんけど」

「一日中野球の練習ができる環境と聞いて」(可能とは言ってない)

「久しぶりだな、お前ら。兄貴のあとを追って入った野球部にな、兄貴に恨みを持ってる先輩が残っててよぉ、報復のいじめがやばかったので逃げたわ。あと、兄貴はぶん殴ってきた」

 

 

 

 なあ。

 

「……言いたいことはなんとなくわかる」

 

 なんで、有望(と周囲から評価されてる)選手が五体満足のまま、野球界から去ってるんでしょうか?

 

「お前が言うな」

 

 まあ、野球ができるならいいけどな。

 

「……練習試合を組める相手がいないけどな」

 

 高校チームが相手ではいかんのか?

 

 

「自分がいた野球部を蹂躙するって超楽しみだろ!」

「つーか、俺、ここで上手くなったって実感できるもん……トレーニング理論とか、まじやばい」

「日本のスポーツの中で、野球が一番遅れてるんだよ……人気があるから、昔の理論がまかり通るというか」

 

 

「乱闘不可避だろ、どう考えても……メンバー的に」(震え声)

 

 う、うーん……。

 

「ははは、お前ら成長期だからな。身体能力の向上は、直接的に能力に影響するし、その分の錯覚もあると思うぞ」

「そうそう……身長とか伸びるとバランスが崩れることもあるし。浮かれるなよ」

 

「「「あざーっす!!」」」

 

 

 

 年上の人がいてよかったよな。

 

「うん、マジでな」

 

 

 

「うおおおお、やった。遠投が70メートル超えるようになった」

「打球の飛距離が伸びた気がする」

「……練習時間はむしろ短くなったのに、成長してるんだよなあ」

 

 

 

 うん。

 笑ってばかりってのもどうかと思うけど。

 全然笑わないよりは、はるかにいいよな。

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 チームお揃いのユニフォームもない。

 いわゆる、練習用ユニフォームに背番号を取り付けただけ。

 

 ある意味、草野球チームよりもお粗末な外見の、手段も目的もばらばらのツギハギチーム。

 

 それでも、『野球がしたい』という思いだけは一致していた。

 

 

 残念ながら、チームを結成した年は登録が間に合わずに都市対抗野球の予選には出られなかった。

 

 だが、次の年。

 

 

 グランドに寝転がって、空を見上げた。

 

 ちくしょう、これを勝ったら本戦(全国)に出場できたのに……。

 まあ、誰かが勝つから、誰かが負けるってことか。

 

 

「おう、お疲れ」

 

 疲れてねーよ。

 もう一試合やりたい気分だっての。

 

「まあ、それは本戦までおいとけ」

 

 

 

 ……え?

 

「……(察し)……地区ブロック予選の優勝チームだけが本戦に出るわけじゃないって言わなかったか?」(ブロックによります)

 

 ……途中から聞いてませんでした。

 ほら、勝てばいいのかなって。

 

「本戦のために、ほかの敗退チームから補強選手(人数制限アリ)を補充できるとかもあるんだが?」

 

 なにそれ?

 

「都市対抗野球、な。チームを超えて、『都市』の対抗野球な」

 

 〇〇県選抜チームみたいな感じ?

 

「そんな感じ」

 

 まだ、このチームで野球できる?

 

「できるできる……まあ、プロテスト受ける気マンマンの奴もいるけど、本戦で活躍すれば、プロのスカウトの目にもとまるんじゃね?」

 

 マジか?

 

「いや、うちのチームの選手……絶対ノーマークだし。甲子園でドラフト候補とか言われてる奴らに、劣るとは思わん……どのみち、このチームでは、最後の年になるわ」

 

 

 そう言って、あいつが笑った。

 

『まあ、細かいことは抜きだ。野球やろうぜ!おもいっきりな』

 

 




中学校の時の県のベスト9の選手がどんどん消えていく恐ろしさよ。(震え声)
当然、当時は育成リーグなんてなかった。


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34:炎のダイエッター。(オリジナル)

なんかまとまらないから、オープニングだけ書いてみた。


 1ヶ月で〇〇キロ痩せた。

 被験者の98%が、何らかの効果を得ています。

 ……。

 ……。

 

 

 西暦20××年。

 

 ダイエット関連サービスおよび食品、書籍などに対する苦情の対応量に業を煮やした政府は、ダイエットを国家資格扱いとすることを決定した。

 ダイエットレシピはもちろん、運動やカロリー計算、ダイエット食品に至るまで、国家資格を持たない者は、企画、販売に関われないという、暴挙に出たのである。

 

 

 え?

 何が暴挙かって?

 

 

『いやー辛いわ。痩せなきゃいけないけど、資格持ってないからダイエットできないわ。いやー、まじつらたん』

 

 全国各地で、こういうバカが出現したからである。(強弁)

 

 

「いいかげん、モノ食うのやめろ、ババア!」

「ほんなん言うたって、母ちゃんダイエットの国家資格持ってないもん。痩せなきゃあかんけど、ダイエットしたら、国に怒られるからなあ」

「ダイエットしろって言ってんじゃねえんだよ!量を控えろ!減らすんじゃなくて、控えろ!」

「痩せなきゃっていうんは、ダイエットやわなあ?いやー、母ちゃんも辛いけど、国の方針には逆らえんわぁ」

 

 ぬかに釘。

 のれんに腕押し。

 

 息子は激怒した。

 この、肉だるまババアを、必ず痩せさせねばならぬと決意した。

 息子には政治は分からぬ。

 だが、この肉だるまが、このままでは健康を害することは痛いほど理解していた。

 

「言うたなババア!俺が国家資格とるからな!ダイエットさせるぞ!泣き喚こうが、痩せさせるぞ!資格保持者は、他人にダイエットを強要する権利があるんだから、その時になって慌てても遅いぞ!」

「うわー、母ちゃんたのしみー(むしゃむしゃ)」

 

 他人にダイエットを強要する権利を持つ資格。

 むろん、その審査は厳しい。

 

 専門学校で4年学び、ようやく受験資格を得る。

 この間に、あらゆる理論を覚え込むのはもちろんだ。

 この中には、人間の心理学などを入ってくる。

 もちろん、入学したはいいが、卒業できる割合は低く2割ほどと言われる。

 

 そこから、資格試験合格まで、平均で4年。

 資格を取ってからも、研修として2年の期間が設けられている。

 

 ダイエットというのは、戦いである。

 自分のダイエットならば、自分との戦い。

 そして、他人のダイエットならば、それは他人との戦いであり、戦争とも言える。

 

 褒め、なだめ、叱り、導き、時には飴を、時にはムチを。

 なまやさしい道ではない。

 

 それゆえに、これほどまで厳しい道のりが設定されているのだ。

 

 

 だが、息子はその険しい道へと踏み込んだ。

 息子は否定するが、その原動力は母への愛情である。

 決して、外見が見苦しいとか、そういう理由ではない。

 

 そういう理由ではないのだ!(強弁)

 

 

 そして。

 息子は、最短の4年で資格試験に合格。

 2年の研修期間を経て、ダッシュで実家へと舞い戻った。

 

 そこで息子が見たものは……。

 

 

「……なんだよ、それ」

「……おかえり」

 

 肉だるま体型の名残もなく、やせ細った母の姿。

 

「なんでや……?」

「もう年やから……って言いたいけど、病気やわ」

「はぁ?そんなん、聞いてへんぞ!」

「……連絡させへんかったからなあ。アンタの勉強の邪魔しとうなかったし」

「邪魔って……ババア、俺、……なんで……だって……」

 

 母が、笑う。

 

「人間は、いつか死ぬんよ」

「……」

「アンタ……『死ぬ前に好きなだけ食べさせてくれ!』て泣き叫ぶ人間相手に、ダイエットさせられるか?その覚悟はあるか?」

「俺が……ダイエットさせたかったんは……母ちゃんだけなんやぞ……」

「アホ言いなや……母ちゃんはな、食べるん大好きなんやで」

「……」

「人の嫌がることを、無理やりさせる言うんは……ちゃんと考えや?傲慢ちゅう言葉を、愛情とかいう耳障りのいい言葉に変えたら許されるわけでもないんやで?」

 

 

 母の笑顔に。

 兄夫婦の表情に。

 

 母の命が、残り少ないことを……息子は悟った。

 

「なあ、母ちゃん……何食べたい?」

「……美味しいもんがええなあ……でもなあ、母ちゃん、食が細うなってなあ」

「そうか……わかった」

 

 

 ダイエット国家資格には、調理技術も含まれる。

 

 息子は、優れた調理技術をもって……母のために料理を作った。

 

「美味しいなあ……でも、ええんか?これ、太るんとちゃうん?」

「ダイエットってのは、痩せさせるためだけじゃない。人を健康にするための方法なんや……なあ、母ちゃん。食ってくれ……健康になってくれ」

 

 

 母が亡くなるまでの1年間。

 息子は、母のために料理を作り続けたという。

 

 死の間際。

 母が息子に向けて贈った言葉。

 

 

 母ちゃんは、幸せにしてもろうた。

 今度は、いろんな人を幸せにしてきなよ。

 

 

 後に、『炎のダイエッター』と呼ばれる男の誕生秘話であった。

 

 




私の母親とは一切関係ありません。(震え声)
まだ生きてるし。


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35:(催眠)恋愛相談所。(オリジナル)

人の心の闇にのまれよ!

かなりぼかしてますが、人の心を暴いたり、操作する表現があります、ご注意を。


「……催眠術、ですか?」

 

 そう問い返した彼女の口調は、ひどく曖昧だった。

 

 怒り出す人間もいれば、笑い飛ばす人間もいる。

 彼女のそれは、よくある反応一つと言えた。

 

「ええ、催眠術です」

「そうですか……本当にそうだとしたら、便利でしょうね」

 

 ああ、切羽詰っている。

 いいね、いいね。

 

 俺が恋愛相談所なんてものを無料でやっているのは、ちょっとばかり捻くれた動機によるものだ。

 

「便利ですか?」

「便利、でしょう?」

 

 少し首をかしげ、彼女が私を見つめる。

 瞳の奥に、見え隠れする狂気。

 こいつは、『当たり』かもしれない。

 

 だから。 

 

「たぶん……あなたが思っているほど便利ではないですよ」

 

 そう言って、私は少し説明を加えた。

 

 あなたの嫌いな食べ物を『好き』だと錯覚させたとする。

 あなたはそれを、『好きな食べ物』だと思い込む。

 しかし、あなたはその食べ物を何故嫌いだったのか?

 色、形、匂い、味?

 あなたの中の好悪を左右するファクターはそのままだ。

 あなたが、その食べ物を嫌いになったファクターが、あなたの心に働きかける。

 

 さて、あなたは『好きな食べ物』と思い込まされたそれを、『いつまで好きでいられる』でしょうか?

 

 彼女の表情が、少し動いた。

 理と情の両面で、『理解』したのだろう。

 

「つまり、好きにさせるだけじゃなく、好きであり続ける何かが必要になってくるんですね?」

 

 うん、理解が早い。

 60点あげよう。

 

「あなたがあなたである根拠、価値観、判断力を弄ります……さて、それはあなたなんでしょうか?」

「……」

「あなたが好きな人は、あなたが好きな人のままでしょうか?」

「人は……変わっていくものですよね?」

「……そうですね」

 

 彼女が、笑う。

 

 それを、禍々しいと言う者もいるだろう。

 しかし俺は。

 彼女の笑みを、美しいと感じる。

 

 真っ直ぐに、ねじ曲がった、人間らしい笑顔だ。

 

 それを見た時点で、俺は、彼女の依頼を受けることを決めた。

 

 

 

 ……彼女から詳しい話を聞いて、少し早まったかなと思ったのは秘密だ。(震え声)

 

 

 

 

 ターゲットは14歳の少年。

 ちなみに、依頼主は、32歳の女性……というか、教師と教え子。

 

「あぁ、私の天使が……もうすぐ……」

 

 うん、いきなり襲いかかったりしないし、俺が注意したとおり、大きな声も出さないし、身体に触ろうともしない。

 いい、依頼主だ。(震え声)

 

 というか、彼女のいう『天使』って呼称は、それほどオーバーな表現ってわけじゃない。

 安っぽい表現だが、透明感を感じる美少年ってとこだ。

 いや、14歳には見えない。

 

 ズバリ言うと、ショタだ。

 美ショタ。

 髪の毛はさらっさらで、まつ毛は長いわ、身体は華奢だわ……こう、壊れそうな感じの。

 

 まあ、依頼主の女性も、外見は悪くないとだけ言っておく。

 

 うん、まあ……俺にも少しばかり、良心ってものが残っていたらしい。

 やめないけどな。

 心がちょっとばかり痛むってだけの話。

 

 さて、天使の心の中に触れてみますか。

 

 この瞬間が好きなんだけど、今回はどうかな。

 

 俺みたいな胡散臭い存在に依頼する時点で、依頼人は色々とこじらせちまってる。

 理想と、妄想を押し付けられた相手の、『真実』に触れる瞬間。

 

 正直たまらんよ。

 幻想がぶっ壊された瞬間の、依頼人の顔ってのは。

 

 絶望、怒り、喪失、虚無……未分化の、原形質な感情の塊。

 

 依頼人の8割は、ここで心がへし折れる。

 暴れだすのも含めて、だけどな。

 そういう時は、依頼人の頭の中を『キレイキレイ』してから放流する。

 

 さて、ショタっ子と三十路女教師の運命や如何に。

 

『つきあってる人はいますか?』

 

 依頼人がスゲエ目付きで睨んでくるけど、女性の好みとか、そういうのを調べるための定番……。

 

「5人、です」

 

 

 なん……だと?

 

 地獄の釜を覗き込んだような気がした。

 

 人間の真実にさんざん触れてきた俺をして、意外というか、予想外というか、想定外というか。

 その瞬間の、依頼人の表情を確認できなかった。

 

 ちなみに今は、両手で耳をふさいで、イヤイヤしてる。

 精神年齢でバランス取れたんじゃねえの、これ。

 

 ……上げて落とすか。

 

 依頼人の手首を掴み、囁く。

 

「今までつきあった相手が、全部で5人なのかもしれない」

 

 彼女の顔が、パァーっと輝いた。

 

 ついさっきまで、つきあってる相手なんかいるはずがないと思ってたはずなのに、ずいぶんハードルの高さが下がったな。

 あるいは、現実逃避か。

 

 

『今、つきあってる女性は5人ですか?』

 

「はい……」

「ごふっ!(吐血)」

 

 ……お代はしっかりといただきましたと言いたいが、ちょっとだけ同情した。

 

 というか、現在進行形で5人?

 依頼人が教師ってことを考慮すると……。

 同級生とかじゃないんだろうな。

 

 少し、気になった。

 というか、魔が差した。

 

『〇ックスはしてますか?』

 

「はい……」

 

『5人とも?』

 

「はい……」

 

 

 

「コヒュー、コヒュー……(瀕死)」

 

 うん、天使はいるかもしれないけど、依頼人の天使はいなかったようだ。

 

「どうします?この天使ちゃん(笑)をあなたの虜にすればいいんですか?」(ゲス顔)

「……」

 

 ほう。

 まだ、完全に折れていない。

 つまり、まだ俺を楽しませてくれると。

 

「同時に5人の相手とつきあうというのは、『満たされていない』可能性が高いですね。満足していれば、満たされていれば、相手が5人も必要になるかどうか……」

 

 まあ、『複数人』と関係を持たないと満たされないって奴もいるが、敢えて言わない。

 人は、自分が信じたいものを信じる権利がある。

 

 俺は、ほんの少しだけそのお手伝いをしているだけだ。

 

「わ、私が……彼の希望にならなきゃ……」

 

 微かな希望に全振り。

 この人間らしさに、痺れる。

 

 というか、彼女の中でようやく、天使が『人』に変わった。

 恋愛関係を築く上では重要なことでもある。

 

「では……彼に、つきあってる5人について聞いていきますね?どんなところが好きなのか、どんなところが不満なのか……大事なことですから」

「は、はい」

 

 

 うん。

 依頼人は、地獄の釜ってやつは大抵二段方式になってることを知らないようだ。

 

 

 

 

「お金です……」

 

 依頼人の目から、ハイライトが消えた。

 

「彼の家、経済状況ってどんな感じ?」

「……裕福です」

 

 それは、『教師』としての判断なのか、『ストーカー』としての判断なのか、多少悩む。

 いや、『ストーカー』なら、そもそも動揺はしないか。

 

 うん、やはり『正確』な情報は必要だな。

 

 俺は、にこっと依頼人に笑いかけた。

 

「目を逸らさないでくださいね」

 

 

 

 

 なんだこれは……たまげたなあ。

 

 この少年の地獄の釜は、どこまで続くのか。

 そして。

 依頼人のメンタルが、斜め上に強靭だ。

 

「わ、私は……彼の初恋で、最後の恋になれる……うふふふ」

 

 ああ、頭の中がハッピーになってるのはいいんだが。

 恋を知らない人間に恋を錯覚させるのは少々難しい。

 少年の中の、『愛』だの『恋』だのに伴う、感覚が分類されてないから……どう錯覚させるかを考える必要がある。

 

 ふむ、『少年』の心を知り、『依頼人』を調整してやらなきゃな。

 なに、恋愛ってのは、一方の努力で維持するようなもんじゃないだろう。

 

 お互いが、お互いの為に……そういう関係じゃないと、長続きしないからね。

 

 俺は、『依頼人』を眠らせて、作業に取り掛かる。

 なかなか楽しませてもらったからな。

 

 ふたりとも、幸せにしてあげよう。

 

 

 ハッピーバースデー。

 

 

 

 

 




そして二人は幸せなキスをして……。(震え声)

うん、ガッツリ書くと内容がえぐすぎるし、ライトに書くと物足りない感じ。
こういう話は、加減が難しい。


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36:ケッコンカッコオリ。(原作:艦隊これくしょん)

書いてて途中で怖くなったので打ち切り。
なお、具体的な艦娘のイメージはありません。(ヘイト回避に必死)


 あれ?

 俺が申請したの、『ケッコンカッコカリ』だよね?

 指輪だよ?

 指輪が送られてくるはずじゃん。

 

 苦楽を共にした艦娘との絆が、最高に高まって……ようやく申請が許される『ケッコンカッコカリ』。

 

 これが申請できるこということは、提督としての長年にわたるキャリアはもちろん、確かな実績の裏付けの証明でもある。

 そして、大本営から送られてきたのが……。

 

 首輪。

 

 いや待って。

 なんか違う。

 かなり違う。

 全然違う。

 

 艦娘は兵器じゃないとか、今更そんな事を言うつもりはない。

 考えるまでもなく、『提督』だって、歯車の一つでしかないんだ。

 

 それでも。

 

 提督も、艦娘も、モノじゃない。

 それを、『首輪』ってなんだ、『首輪』って。

 

 久々に、純粋な怒りを覚えた。

 荒々しく、書類を確かめる。

 

 この度、『ケッコンカッコオリ』の申請が受理され……。

 

 ……。

 

 あれ?

 なんか、違和感が……。

 

 もう一度見る。

 

『ケッコンカッコオリ』

 

 

 

 まあ、確かに。

 結婚は人生の墓場だとか、よく聞く。

 

 うん、(オリ)とはよく言ったものだ。

 

 ははは。

 ナイスジョーク。

 

 ……誤字だよな?

 

 

 俺は、首輪を元の箱に戻した。

 そして、未決済書類の束のとなりに置く。

 

 あれこれ思い悩むぐらいなら、まずは目の前の書類仕事を片付ける方が有益だろう。

 大本営に問い合わせるにしても、すぐに答えが返ってくるわけでもない。

 そもそも、緊急の申請というわけでもないからな。

 

 ……その割には、随分と届くのが早かったな。

 

 

 

 

 

 みし。

 

 

 跳ね起きた。

 気配か、それとも物音か。

 

「しっ、失礼しました、提督」

 

 声だけで、誰かがわかった。

 安堵の息をはく。

 

「お前か……どうした、こんな時間に?」

「い、いえ、別に不埒なことを考えていたとか、そういうわけでは……」

「はは、わかっている。ほかならぬお前のやることだ、なにか理由があったのだろう」

 

 俺がここに赴任した、初期も初期からの、生き残りの艦娘だ。

 最も信頼する艦娘の1人と言える。

 

 それが、このような……。

 つまり、人目を忍ぶ、内密にしなければいけない何かがあったのだと……そう、判断したのだが。

 

「いえ、本当に、特に用事があったわけではなく……」

 

 彼女が言うには、たまたまこの時間に俺の部屋を通りかかったら……部屋の中から、俺の唸り声のようなものが聞こえて、つい確認しようと思ったらしい。

 

「そうか、心配をかけたようだな。すまない。そして礼を言わせてくれ」

「いえ、そんな……もったいないお言葉です」

 

 しかし唸り声か。

 記憶にないが、悪い夢でも見ていたのだろうか。

 

「……では、提督。私はこれで」

「ああ、世話をかけたな」

 

 彼女は、静かに部屋を出ていった。

 さて、寝直そう。

 

 

 

 

 

 

 はて?

 昨日、ここに置いておいたよな……首輪の入った箱。

 

 さりげなく秘書艦に尋ねたが、反対に尋ねられてしまった。

 

「何をお探しでしょう?説明して下されば、手の空いてるものに指示を出して……」

「いや、そこまでしなくてもいいんだ」

「しかし……」

「俺の思い違いかもしれん……こういう捜し物は、ひょっこりと出てきたりするものだからな」

 

 などと言葉を濁したが、『何か』を説明するのは、少し気恥ずかしい。

『ケッコンカッコカリ』の存在については、ほとんどの艦娘も知っている。

 

 提督としてのキャリアの短い頃は、この『ケッコンカッコカリ』に関して、複数の艦娘によるいさかいが起こる可能性があるから注意しなきゃいけないな……などと、冗談に興じたものだ。

 キャリアが長くなってきたら、逆にそんな話はしなくなる。

 

 つまり、『ケッコンカッコカリ』というのは、提督にってはある種のあこがれなのだ。

 

 自身のキャリアもそうだが、艦娘のキャリアも必要になる。

 その申請ができるだけで、名誉と言えるだろう。

 

 正直に言うと、俺は誰かと『ケッコンカッコカリ』をするつもりで申請したわけではない。

 

 あこがれの成就というか……『勲章』のようなものだ。

 なので、申請書類はこっそりと俺一人で書きあげ、私的なルートで大本営へと提出した。

 

 うん、秘書艦にチェックしてもらわなかったのがまずかったか。

 やはり、俺の申請書類に何か間違いがあったのだろうと思う。

 

 いや、しかし……。

 いったい、あの『首輪』はどこに消えたのか?

 というか、あの『首輪』は、いったい何なんだ?

 

 提督としての……いや、男としての不安感というか、首筋のあたりにチリチリとした熱というか、刺激を感じる。

 

 

「提督、こちらの書類に目を通しておいてください」

「うむ」

「それと、大本営からいくつか荷物が届いております。ご確認を」

「うむ、急ぎか?」

「いえ、特に指定はなさそうです」

「そうか……では後で確認するとしよう」

 

 

 急ぎの書類を決済したあと、俺は休憩のつもりで3つの小包を確認することにした。

 

 

 ……え?

 

『首輪』 

『首輪』

『首輪』

 

 書類を確認する。

 

『ケッコンカッコオリ』

『ケッコンカッコオリ』

『ケッコンカッコオリ』

 

 

 困惑から立ち直るまでに10秒ほどかかった。

 

 かすかに震える手で、その『首輪』を箱へと戻していく。

 理由はわからない。

 ただ……なんというか。

 

 

 ヤバイ。

 

 

 これと似たような感覚を、何回か経験したことがある。

 

 初の敗戦。

 こちらの作戦を完全に読まれた上での反撃。

 

 3度防衛を繰り返し、油断したところに受けた奇襲。

 

 順調すぎる遠征、からの補給線寸断。

 

 ……いずれも、多くの艦娘を失った。

 心に刻まれた、3度の敗戦。

 これを多いと取るか、少ないととるか。

 

 ほかの提督がどう……などというのは関係ない。

 失われた艦娘に、『次はない』のだ……敗戦というのは、俺が死んだも同然。

 俺の代わりに、艦娘を死なせた。

 

 

 ……浮かれている場合ではなかったな。

 憧れだの、勲章だの……死んでいった艦娘達にとって、なんの慰めになろうか。

 

 

 

 

「……私がそばを離れていた間に、何かありましたか?」

 

 自分への怒りや後悔……複雑な思いに没頭していたせいだろう、秘書艦が戻ってきたのにも気付かなかった。

 

「ふぬけた己に気がついて……まあ、自戒だな」

「……もし提督がそう思われるのでしたら、それは提督の期待に応えられぬ我らの責任かと存じます」

 

 最古参、というほどでもないが……秘書艦を務める彼女とも随分長くなった。

 戦いを、戦場を求めた彼女から、結果として俺は海を取り上げることになっている。

 

「……すまないな」

「何が、でしょう?」

「まだ、お前に海を返してやれそうにない」

 

 私の斜め後ろに控える彼女だが、ほんの少し笑ったような気がした。

 

「私の戦場は、提督の側にあることと思い直しております。お気になさらず」

「……甘えさせてもらう」

「それと」

「なんだ?」

「勝つ、ということは我ら艦娘全員が、お役御免の世の中になるということでは?」

 

 ……ああ、確かに。

 しかし、それは同時に……。

 

「そのときは、俺たち『提督』もまた、お役御免の世の中だ」

「いや、それは……」

 

 まあ、ゼロにはならないにしても、だ。

 

「『提督』も『艦娘』も、本質は変わらん……といえば、気を悪くするか?」

 

 そう言って振り返る。

 俺が浮かべていたはずの苦笑……それが消えた。

 彼女の表情が予想外というか、異質だったから。

 

 なんだろう、俺の言葉に気を悪くしたのではなく、ただ激しく動揺している感じ……?

 

「て、提督は……我らにとってかけがえのない存在で、この鎮守府はもちろん、国にとっても……そうであると、思います」

「その言葉、ありがたく受け取ろう……これからも、よろしく頼む」

 

 そう言って、彼女に背を向けた。

 いかんな。

 不安にさせてしまったか。

 俺としては、『提督』もまた『歯車』のひとつでしかないと思っているが、彼女達『艦娘』としては、俺の口からそんな言葉を聞きたくなかったのかもしれない。

 

 それにしても。

 思えば、辞令一枚でこの鎮守府にやってきた木っ端提督が、よくも生き残ったものだ。

 彼女たちの、信頼を裏切るわけにはいかないな。

 

 俺は、これからも提督として……ん?

 

『首輪』の入った箱が、いつの間にか2個に。

 

 あれ?

 3個あったよな?

 2個だったか?

 

『ここにあった箱を1つ知らないか?』

 

 なぜだろう。

 そんな簡単な質問を、俺は背後の秘書艦に投げかけることができなかった。

 

 

 

 

 おかしい。

 気が付くと、『首輪』の入った箱がひとつずつ消えていく。

 

 これは、明らかに誰かの手で……。

 しかし、何のために?

 

 あの書類をきちんと、『最後まで』確認するべきだったか?

 

 しかし、全てなくなった今となっては……確認しようもない。

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

 それは、昨夜とは別の違和感。

 跳ね起きることはもちろん、身じろぎすることこそが危険……そんな気配。

 息を殺し、こちらをうかがうもの。

 闇の中に潜むもの。

 

 そのまま、呼吸を100まで数えた。

 そしてまた1から数えなおす。

 

 それを何度繰り返したか。

 

 

 

 ……部屋の扉が、静かに開く。

 

 

 

 誘いだとしても、目を覚まさない方が不自然だ。

 

 俺は、身体を起こして、部屋の明かりをつけた。

 誰もいない。

 部屋から出て、周囲を確認。

 誰もいない。

 

 昨夜の、艦娘とのやり取りを思い出す。

 俺の唸り声などではなく、『何らかの気配』を感じて部屋の中を確認しようと思ったのではないか?

 

 開いたドア。

 

 その現実は、確かにある。

 

 

 何かが起ころうとしている。

 もしくは、何かが起きつつある。

 それだけはわかった。

 

 

 

 

 ふぬけていた。

 浮かれていた。

 危機感を胸に。

 緊張感を身にまとう。

 

 鎮守府に漂う、ピリッとした空気。

 ひりつくような何か。

 忘れていた。

 ここは、いつだって最前線だ。

 

 4度目の負けを味わうとき、俺はまた多くのものを失うだろう。

 もしかすると、俺自身を。

 

 やつらが、鎮守府に侵入してこないとも限らない。

 一昨日。

 そして昨日。

 

 俺の命は、際どいところをすり抜けたのか。

 

 

 

「提督、大本営からまた荷物が届いています」

「……ああ、確認する」

 

 

『指輪』

 

『ケッコンカッコカリ』

 

 

 ……うむ。

 

 首筋がチリチリする。

 背中に感じるのは、汗、か。

 

 つまり、あの『首輪』は。

 私の申請よりも早く。

 誰が。

 なんのために。

 4個。

 4人?

 いや、1人と、3人か。

 

『ケッコンカッコオリ』

 

 

 深い思索。

 無防備な時間。

 

 

 

「「「提督」」」

 

 俺を呼ぶその声は。

 氷のように冷たく。

 炎のように情熱的で。

 

「渡さない」

「逃がさない」

「ずっと一緒」

 

 檻が、見えた。

 肉の、檻。

 

 床に倒れた秘書艦。

 

 問うまでもない。

 

 そして、あの夜の、あれは。

 

 

 

『指輪』を見る。

 彼女たちを狂わせたのは、これか。

 俺の、自己満足な申請が。

 彼女たちを。

 

 目を閉じた。

 今はもういない彼女たちを思い浮かべる。

 

 ここですべてを始めた、俺と、6人の艦娘たち。

 

 2人は海に還った。

 

 目の前の3人。

 ここにはいない1人。

 

 もう、どこにもいない。

 

「「「提督」」」

 

 そして。

 俺がいなくなる。

 

 




まあ……檻の中の生活を楽しむのも、ひとつの人生でしょう。
大事なのは、檻の鍵を『自分で』持つということ。



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37:染められて…。(原作:超昂天使エスカレイヤー)

懐かしいなあ、もう15年も経つのか。
個人的には、マドカが好きだ。
名前を忘れたけど、敵の女幹部もわりと好き。(なら何故名前を忘れた……)

あ、女性に乱暴する行為を連想させる表現があります、ご注意を。


 エスカレイヤーの活躍によって、地球の平和は守られた。

 しかし、平和というものはだれかの犠牲によって成り立つもの。

 そう、彼らが感じている平和もまた……。

 

 

 高円寺博士の拳を受けて、恭介は壁に叩きつけられた。

 倒れた恭介を睨みつけてはいるものの、追撃を控えているあたりは大人なのだろう。

 

「君がエスカレイヤーを……沙由香をどう扱ったかについてはこれ以上は言わない。父親として、思い出したくもないからだ」

 

 淡々とした口調だが、にじみ出る怒気を隠せてない。

 

「沙由香の、エスカレイヤーであった時の記憶は全て破棄したよ。元の身体には、それ以前のバックアップ……沙由香は君の事など覚えてもいないし、エスカレイヤーだった自覚もない……」

 

 地球の平和を守ったエスカレイヤー。

 フラスト怪人に対する、唯一ともいえる戦力は、沙由香の父である高円寺博士の手によるものだ。

 むろん、博士は優秀すぎたために怪人どもにその身柄を拘束されていたのだが。

 

 自分の身が危ない事を知って、博士は怪人たちに対抗できるエスカレイヤーのボディに、娘である沙由香の精神をデータ化してコンバートした。

 むろん、元の体は生命維持装置に保管し、万が一のためにデータ化した精神のバックアップを取り、元に戻る操作を教えたアンドロイドのマドカに、それを託した。

 

 しかし、怪人に対抗する強い力を生み出すのは、なんといってもエネルギーが必要になってくる。

 エスカレイヤーのボディに搭載された、エネルギー回路。

 

『興奮することによって、ドキドキエナジーを生み出す』というもの。

 

 当初は沙由香も、マドカとソフトレズ行為によってエナジーを補給していたのだが、限界を感じた頃に出会ったのが恭介だ。

 かつての幼馴染。

 しかし、沙由香は京介のことを忘れていた。

 忘れてしまいたい、悲しい事があったから……。

 

 

 怪人に対抗するためと言いつつ、恭介の行為はエスカレートしていった。

 恋人がするような行為から、いわゆる鬼畜といわれる、露出や被虐行為へと……。

 地球の平和以前に、父親として、博士は恭介を許せなかったのだ。

 

「二度と娘には近づかないでもらおう……むろん、沙由香は君の事など覚えてもいないだろうがね」

 

 博士の宣言に、少年は……恭介は笑った。

 

「ははっ……」

「何がおかしい」

「おじさんのそれって、八つ当たりですよね?」

「なにっ?」

 

 恭介が立ち上がる。

 口元の血を拭い、再び笑い出した。

 そして、博士を見た。

 恨みつらみではなく、どこか哀れむような目で。

 

「本来の身体とは違うから」

「記憶は全て消したから」

「だから、娘の沙由香には何も問題ない。沙由香には、何もツライことなんてなかった」

 

 恭介は一旦言葉を切り……吐き捨てるように続けた。

 

「だから、自分は悪くない。博士として、父親として、娘に対しては、許される範囲のことをしただけだってね」

 

 博士が殴りかかるのを、恭介は何でもないように避けた。

 

「図星ですか?図星ですよね?沙由香を怪人たちと戦わせた。戦わせるためには、エナジーが必要で、そのためにはエッチなことが必要で……」

 

 博士のパンチを避けながら、恭介はエスカレイヤーの生みの親である博士の罪をうたいあげていく。

 そして。

 

「なんで、なんで沙由香じゃなきゃダメだったんだよっ!ふざけんなっ!」

 

 恭介の拳が、壁に叩きつけられた。

 二度。

 三度。

 皮が裂け、血が飛ぶ。

 それでもなお、壁を殴るのをやめない。

 

「ほかにいなかったのかよ!自分じゃダメだったのかよ!なんでだよ!なんで沙由香だったんだよ!」

 

 泣きながら壁を殴り続ける恭介を見て、博士から何かが抜けた。

 

「……恭介くん、君は……」

 

 

 

 壁を殴る恭介の脳裏に浮かぶのは、沙由香の言葉。

 

『戦いが終わったら……全部忘れたい』

 

 怪人との戦い。

 エナジーの回収。

 全部。

 

 エスカレイヤーとしての、全て。

 

 だから、そうした。

 そうなるように。

 すべてを忘れられるように。

 

 沙由香に。

 ひどいことをしながら、それに興奮してしまう自分に。

 戸惑いながらも、嫌がりながらも、それを受け入れ、悶えるエスカレイヤーの姿に。

 欲望を覚えた自分に。

 

 恭介は、壁を殴る。

 

 忘れたいのは。

 壊したいのは。

 自分自身……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……夢を見る。

 

 嫌な夢。

 いやらしい夢。

 

 だけど。

 眠る時間が待ち遠しい。

 

 あれは、誰なんだろう?

 見えない顔。

 私に、いやらしいことをする誰か。

 でも、気持ちよくしてくれる誰か。

 

 少しずつ。

 少しずつ。

 その、誰かの顔をおおう霧のようなものが晴れていく。

 

 誰なんだろう。

 胸が、ドキドキする。

 そして。

 お腹のあたりが、なんか疼くような、切ないような……。

 

 うん、今日も早く寝ようっと。

 

 

 

 

 肉体は、魂の器という考えがある。

 記憶とは別の、魂としての存在。

 肉体を通して、魂は影響を受ける。

 

 染められた魂。

 

 その、染められた魂は、『何も知らなかった』はずの、肉体を染めていく。

 

 

 父親の。

 恭介の。

 求める彼女は、もう、いない。

 

 

 

「おはよう、マドカ」

「おはようございます……いい夢でも見たのですか?」

 

 沙由香は、笑う。

 夢を思い出して、笑う。

 その唇が、小さく開き。

 無意識につぶやいていた。

 

「……ご主人様」

 




というか、あのゲームで博士にツッコんだ人は多いと思うの。
まあ、ああいう突き抜けたガバガバ設定は大好きですが。


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38:あるチートの物語。(オリジナル)

異世界だから、異世界の話だから。(震え声)


 不祥事発覚。

 ここぞとばかりに叩き、煽るマスコミ。

 便乗する民衆。

 

 水に落ちた犬は、叩いて叩いて叩きまくって、わけがわからなくなって、反射的に謝罪の言葉を口にするようになるまでさらし者にするのは当たり前。

 暴力的な魔手は、その家族や交友関係にまで及ぶ。

 

 ……異世界の話である。(強弁)

 

 そんな世界に、ひとりの男が転生した。

 ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の成長をし、ごく普通の学歴を経た彼は……なぜか、国内トップクラスの大企業の内定をゲットした。

 

 しかし。

 人生そんなに甘くはない。

 

 卒論もなんとか終わらせた3月。

 この春から働く企業の、不祥事が発覚したのだ。

 

 内定者から辞退者が続出。

 それも無理はない。

 

 不祥事を起こした企業は、いわば絶対悪とみなされる。

 その企業に関わっただけで白い目で見られ、そこの社員ともなれば、本人のみならず、家族にまで社会生活に支障が出るぐらいに敵視されるのだ。

 

 600名を超える内定者のうち、辞退しなかったのは彼一人。

 社員すら辞めていく中で、彼は一人、轟然と顔を上げて立ち向かう決意を固めた。

 

 チートを使う時が来た。

 この時のために、自分のチートは与えられたのかもしれない。

 

 

 不祥事発覚からの内部調査。

 そして、正式な記者会見の場。

 

 マスコミが、国民が、舌なめずりして獲物を待ち構えている、そんな場所。

 

 そこに現れたのは、明らかに場違いな、新入社員の彼。

 まだ、新人研修も終わっていない、ピカピカの新人。

 ただ一人の新人。

 

 既に会場は怒声が飛び交っている。

 

 人生で生まれて初めての鉄火場。

 向けられる敵意、悪意のスゴさに、冷や汗を流す。

 それでも、彼は唇を噛み締め、その場に立った。

 

 社長、会長、重役からは、すべてを任されている。

 就職して最初の……そして、できれば最後になって欲しい大仕事。

 

 

『このたびは……』

 

 声を絞り出す。

 全身全霊。

 すべてを込めて。

 

『まことに、申し訳ありませんでした!』

 

 土下座。

 彼でなければ、ただのパフォーマンスとみなされただろう。

 

 しかし、彼の謝罪の言葉が。

 彼の土下座が。

 世界の認識を変えた。

 

 額を床に打ち付けたまま動かない彼を、マスコミが抱き起こそうとする。

 これまで、数えきれないほどの人間を、社会的に抹殺してきたマスコミが、彼の土下座をやめさせようとする。

 

 彼は。

 企業は許されたのだ。

 あそこまで反省しているのならと、世界が許すことを覚えた日。

 

 

 げに恐ろしきは、彼のチートである。

 謝罪スキル。

 問答無用の謝罪スキル。

 

 

「よく……やってくれた」

 

 社長が、流れる涙も拭わずに、彼の肩を抱いた。

 社長は、半年前に外部から招聘されて社長の座に就いた。

 

 そして、今回発覚した不祥事は、3~7年前のもの。

 しかし関係ないのだ。

 

 本来、不祥事とは関係のない社長を謝罪させ、社会的に抹殺し、その家族をも押しつぶすのが当たり前の世界だったのだ。

 不祥事が発覚した時点で、社長は妻と離縁し、親権も全て妻に渡した。

 

「ありがとう……ありがとう」

 

 もう、社長の家庭は壊れてしまった。

 それでも、礼を繰り返す姿に、涙が出そうになる。

 

「しゃ、社長は……悪くないじゃないですか」

 

 周囲を見る。

 誰もいない。

 

「父さんは、何も悪くないじゃないか!」

 

 息子は、涙を流しながら叫んだ。

 

 今ならわかる。

 大した学歴もない自分が、この会社から内定を貰えた理由。

 

 父への、餌。

 

 そして、不祥事の責任を押し付けるためだけの、社長の椅子。

 

 

「父さんは……悪くないだろう……」

「……ありがとう、ありがとう……」

 

 父と息子の抱擁は続いた……。

 




うむ、この二転三転させる展開が、ショートショートの肝だ。


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39:社会の闇。(原作:ななかさんの印税生活入門)

原作の登場人物じゃなく、原作で出てきたネタのお話です。
原作は、印税生活を夢見る少女が主人公のコミカルな漫画です。


 限界集落。

 

 過疎化、高齢化が進み、共同体としての機能が衰え、限界を迎えている……そういう概念から発生した日本の言葉である。

 最初は緩やかに、そして急速に悪化するため、それを自覚した時には手遅れということも少なくない。

 

 それを知ったところで何ができるのか?

 しかし、何らかの形でその実態を国民に知らせるべき。

 

 私は、複数の様々な思惑が絡んだ上で企画が通った番組を制作するクルーの一員である。

 

 

 

「……これは」

 

 よく、田舎の風景を映像で見て『のどかでいいところ』などという意見が出るが、それはあくまでも『手入れされた風景』だからそんなことが言える。

 いわゆる、限界集落、本当の田舎、本当の過疎地域の風景は、自然の前に膝を屈した人類を想起させるものがほとんどだ。

 

 人類が一度切り込み、その上でバランスを取っていた秩序が崩壊すると……こうなる。

 私の故郷も、他人事ではない。

 

 

 村の老人に話しかけるのも、少し気が重い。

 多くの人に話を聞き、そして、編集されると薄っぺらなものが残る。

 だからといって、前もって模範解答みたいな物を渡すと、『やらせ』だと叩かれる。

 難しい時代だ。

 

 それでも、私は話を聞く。

 仕事だ。

 

 

「……若者はみんな、異世界いっちまっただ」

 

 公園のベンチに腰掛け、猫を抱いた老人がつぶやく。

 私は、曖昧に、しかし同情心を忍ばせながらあいづちをうち……うん、うん?

 今、なんて言いました?

 

「わしらの頃とは、時代が違うだ……わしらの頃は、都会だ、東京へいくだ、言うて村を飛び出したもんだったが……今はみんな、異世界へいっちまう」

 

 遠い目をした老人の言葉を聞いていると、私の意識が遠のきそうに感じる。

 

「三好んところの、コウちゃん。幸村んところのセッちゃんもそうだ……もう、村に戻ってこれねえと引きとめようとしてもダメなんだぁ」

 

 す、すみません。

 ちょっとお名前を詳しく。

 はい、はい……。

 

 私は、クルーの一人にメモ用紙を渡して調べるように頼んだ。

 

 老人の話は続く。

 が、その話が右から左へ、綺麗に抜けていく。

 大丈夫、音と映像は拾ってるから大丈夫。(震え声)

 

 

 

 調べてもらった2人は、まだ学生で……『異世界に行く』と言い残して、それっきりらしい。

 いやちょっと?

 家族の方、捜索願とか出してないんですか!?

 

「いやあ、このあたりでは珍しくないことですから……」

 

 調べた、調べましたよ!

 いや、ホント。

 

 このあたりでは珍しくないことだったわ!

 この地域だけじゃなく、よそからもここにやってきて異世界へと旅立ってる若者がいるっぽい。

 

 私たちは、村の人間に案内されて、その場所に向かった。

 

「ここだ、ここから異世界に出るだ」

 

 そう言って指さしたのは、山裾の洞穴。

 洞穴といっても、奥行は3メートルほどか。

 ただ、その突き当たりには……黒々とした深い闇が。

 

「十数年前だったか……悪ガキが、度胸試し言うてこの中に飛び込んだのよ。それっきり、帰ってこん」

 

 待って。

 それはそれであれだけど、待って。

 

『異世界』の根拠は?

 異世界につながっているって根拠は?

 

 ツッコミが追いつかない。

 というか、ここに飛び込める子供たちを、ある意味尊敬してしまいそうになる。

 

 村の人間が、私を見て笑った。

 

「……ここに飛び込んだほうがマシと思う若者を、止められはせんよ」

 

 

 

 深く、心をえぐられる言葉。

 

 かつては、都会へ、東京へと向かった。

 それは、希望だったのか。

 それとも、村からの逃亡だったのか。

 

 もし、逃亡だったのなら。

 都会が、東京が、逃亡先として成立しないと思ったのなら。

 

 

 私は、もう一度振り返って、深い深い闇を見た。

 

 異世界へと旅立った若者は、この闇の中に何を見たのだろう。

 

 




『若者はみんな、異世界いっちまっただ』というセリフを使いだけのネタだった。

もう一度言っておきます。
原作は、印税生活を夢見る少女が主人公のコミカルな漫画です。(震え声)


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40:モテ期を抱きしめて。(原作:スターマイン)

この作品ではありませんが、この作者の別の作品で私は初めてヤンデレという言葉を知りました。


 ダーツの矢を構え、呼吸を整えようとする。

 

 ……いや、無理だろ。

 

 鼓動がうるさく感じるほどの、緊張感。

 下手をすれば、これで人生が決まる。

 

 そこの神様連中、『パ〇ェロ!パ〇ェロ!』ってうるせえよ。

 

 勘のいいやつはピンときたか?

 今、俺は自分の転生先をダーツで決められようとしている。(震え声)

 

 狙うべき回転盤の動きは早く、目を凝らしても意味はない。

 そもそも、狙ったところに当てる技術もない。

 

 回転盤は100分割され、それぞれ漫画やアニメ、ゲームの世界観をもとにした、擬似世界への転生切符が手に入る。

 まあ、擬似世界といっても、神様のお墨付きだ。

 できれば、命の危険のない、日常モノの、ふわっふわっした世界に転生したい。

『進〇の巨人』とか『女〇転生』とか『アー〇ードコア』とか、本当に勘弁してください。(震え声)

 

 主役、もしくはそれに準ずる主要キャラとして転生するからとか言われても、安心できねえよ。

 

 第一目標は、日常イチャラブ世界で、その次がスポーツものかな。

 モブならともかく、主役なら努力が報われるってことだろうし。

 

 目をしっかりと開き、俺は祈るようにダーツの矢を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……俺の名は、陸田(おかだ) 行成(ゆきなり)

 イチャラブハーレム物の主人公だ、ひゃっほい!

 

 いやまあ、日常イチャラブはともかく、ハーレムって正直気疲れしそうだからあれだけど。

『地球〇衛軍』とか、『ガン〇レード・マーチ』の世界に比べりゃ……な。

 

 俺が転生したのは、『スターマイン』という作品の世界だ。

 まあ、流星群がよく見える夜に、『流れ星に願いを』ってパターン。

『彼女がほしい』って願ったら、『9人の彼女候補』が、引率者1人と来てくれたってお話。

 そして、彼女たちとの生活が始まる……って、感じだ。

 

 ははは、主人公のことを憎からず思ってる幼馴染とかいるのにね。

 まあ、想いを寄せられたからって、それに応えなきゃいけないってことはないけど。

 

 とりあえず、この幸運に感謝して今を精一杯に生きていこう。

 高校生になるまで、自分を磨かなくっちゃな。

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 なんかおかしくね?

 自分で言うのもなんだけど、今の俺ってそこそこ良物件だと思うんだ。

 顔は悪くないし、成績も優秀、運動もなかなか。

 作家の父親と二人暮らしだったから、家事も結構こなす。

 別に、学校でハブにされてるなんてこともなく、女子とも話すし、友人もいるし……幼馴染もいるよ。

 

 だからこう、浮いた話の1つや2つ、出てきてもいいんじゃないかと思うんだけど。

 幼馴染もなんか、原作と違って幼馴染って感じしかしないし……主人公が鈍感なんじゃなくて、隠すのがうまいのか?

 

 なんだろう、レベルキャップみたいなもの?

 物語が始まるまで、ほかの女の子との仲が進んだりはしないって感じのあれか?

 

 うーむ……?

 

 

 

 

 気が付けば俺は高校生になり、運命の夜がやってくる。

 俺は願った。

 流星群に向かって。

 

 

 

 

 あるぇぇぇぇ!?

 

 いや、来たよ。

 来たけどさ。

 

 4人か。

 いや、本来4人もいれば十分だけどさ。

 残りの5人、どこいったのさ?

 

「えっと、ちょっといいかしら?」

 

 あ、志染さんはいるんだ。

 原作でも引率係としてやってくる、天見(あまみ) 志染(しせん)さん。

 体型こそ小柄だけど、大人っぽい……クールだけど、ほんのたまに見せる隙みたいなところが人気の高い登場人物だ。

 

「可愛い女の子が4人も来て浮かれる気持ちはわからなくもないわ。でもね、少し考えて?」

「な、何をでしょう?」

「あの夜、数多くの流れ星が夜空を流れ、貴方の願いを聞いたわ」

「はい」

「そして、貴方の彼女になってもいいと思ったのが、この4人ね」

「……」

「彼女になりたいじゃなくて、彼女になってもいいかな、ちょっと会ってみよう……ぐらいの感覚だからね。それが、4人なの。4人しかいなかったの。それを、よく考えてね」

 

 

 

 あ。

 俺、このイベントで彼女決めないと、一生ダメだわ。(確信)

 

 頑張ろう。

 一生懸命頑張ろう。(震え声)

 

 

 

 

 

???:「いや、あいつって……別に彼女がいなくても平気そうじゃね?」

???:「そうね、1人でなんでも出来そうだし」

???:「願いに真剣さを感じませんでした……」

 




誰が来て、誰が来なかったのかは、想像に任せます。(震え声)


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41:悲運の大エース。(オリジナル)

まあ、夢物語です。(笑)
野球ネタ、スタート。
わりとだらだら続きます。


 絶望した!

 なんかいろいろ絶望した!

 

 そして俺は、神様と出会った。

 

「少年よ、怪我をして野球ができなくなったからといって、何も死ぬことはなかろう?『たかが野球』じゃないか……」

 

 ブチギレたのは覚えているが、気が付くと神様が半裸で土下座していた。

 

「すみませんでした……人は誰でも心の中に聖域を持っているって忘れてました。ごめんなさい」(震え声)

 

 どうやら、俺の中の野球に対する熱い思いが、神様を動かしたらしい。(目逸らし)

 

 

 まず、再起不能と診断された俺の怪我を治療。

 そして。

 

「君、絶望するとまた私のところに来そうだから……ちょっと贔屓してあげる」

「あ、チートとか間に合ってますんで。俺の能力で、俺の努力で、野球選手として成り上がりたいなって」

「うん、大概めんどくさいよね、君って」

 

 神様が言うには、才能のコップの傾きを変更するということらしい。

 ゲームで言うなら、ボーナスポイントの振り分けか?

 

「野球選手として1流なのに運動音痴とか、サインを覚えられないバカとかありえないだろう?」

「それは、確かに……」

「持って生まれた天運とか、星の巡りとか……まあ、そのあたりだね」

 

 たゆまぬ努力を続ければ、俺は世界でも最高レベルの投手としての能力までたどり着けるらしい。

 年齢による衰えはもちろんおとずれるが、怪我をしない丈夫さと運を持つことになった。

 

 そして。

 

 代償とも言うべき呪いを。

 

「君が登板すると、味方打線は最高1点しか援護しないから」

「……」

「君のチームがどんな強力打線でも、相手がどんなに弱くても、絶対に最高1点しか奪えない」

「……ムエンゴ(無援護)の呪い」(震え声)

 

 勝つときは、完封勝利(相手を0点に抑えて勝つ)のみなんですね、わかります。

 いやまて。

 最高1点ってことは、1点も取ってもらえないことも普通にあるってことか。(震え声)

 

「あ、自分で打てば話は別だよ。3打席ホームラン打てば、3点も入るね」

「そ、走者がいた場合は……」

「それはノーカウント。君が打って入った点数は、味方が奪う得点には入らない」

「な、なるほど……」

「(ぼそっ)……まあ、そんな場面は回ってこないと思うけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、高校では1年の夏からエースナンバーをつけたが、甲子園の土を踏むことはなかった。

 

 プロのスカウトの目にとまったが、運良くとは言わない。

 15回を投げても速球が140キロ以下に落ちないスタミナと、キレのある変化球、精密なコントロール……超高校級どころか、そのままプロでも10勝以上できるだろうと評価されているからだ。

 

 ちなみに、高校時代に俺がマウンドに立って負けたのは5試合で、全て0対1のスコア。

 そのうち4つは、味方のエラーによる失点だ。

 つまり、俺が高校時代に打たれて失点したのは1点のみ。

 味方打線に非難が集中したが、俺はチームメイトをかばい続けた。(震え声)

 さすがに、良心が痛む。

 

 たぶん、俺が投げてなかったら、あいつらももっと打てたと思うんだ。

 ある意味、俺があいつらの運命をねじ曲げた。

 

 

 しかし、俺もとうとうプロ入りか。

 20年に1人の選手とか言われているけれど……。

 

 俺、プロで勝てるかなあ……。(遠い目)

 

 

 開幕1軍。

 そして初登板。

 1回に味方のエラーが出て、1失点。

 はいはい、いつものいつもの。

 

 もう、勝てないんだよなあ。(震え声)

 

 俺の打席がないから。(パ・リーグ)

 息詰まる接戦。

 そして、チャンスらしいチャンスも生れず、俺はそのまま9回を投げ切った。

 

 悲運のルーキーの文字が、次の日のスポーツ新聞を飾ったのは言うまでもない。(目逸らし)

 

 

 初勝利は4試合目。

 1対0の完封勝利。

 しかも、ノーヒットノーランのおまけ付きだ。

 先輩たちがみんなでお祝いしてくれた。(震え声)

 これまで3試合、ファンから罵声が飛びまくったから、俺に勝利をプレゼントできてほっとしたんだろう。

 

 

 怪我をすることもなく、2軍に落ちることもなく、俺は先発ローテーションを守り抜き、1年目のシーズンを終えた。

 32試合に登板し、9勝23敗。(すべて完封勝利)

 防御率は驚異の0.78。(9回を投げて自責点が平均0.78)

 防御率トップのタイトルを獲得し、新人王に選ばれた。

 

 このシーズンはチームの成績が振るわなかったこともあり、優勝したチームにいたなら夢の30勝に届いていたはずなどと、ファンのあいだでは噂された。

 

 

 俺、先発じゃなくて、抑えのほうがいいんじゃね?

 チームがリードしてる時に登板すれば、ムエンゴの呪いも関係ない。

 

 だが、9回を投げきってくれる先発投手というのはチームにとって貴重だ。

 そもそも、ムエンゴの呪いなんて、どう説明すればいいのか。

 

 

 

 2年目。

 8勝26敗。

 防御率0.45。(タイトル獲得)

 なお、完全試合を1つ、ノーヒットノーランを2つ達成した。

 

 

 3年目。

 10勝25敗。

 防御率0.82。(タイトル獲得)

 ノーヒットノーランを1つ達成。

 

 そろそろ、ファンが慣れてきた。(震え声)

 俺が投げていて1点取られると、ファンが帰り始める。

 

 

 4年目。

 9勝26敗。

 防御率0.63。(タイトル獲得)

 完全試合を1つ達成。

 

 この年、俺は史上最速で通算100敗に到達した。

 通算100勝は1流投手の証と言われる時代だが、通算100敗もそれに準ずる。

 それだけの登板数を任せられるということは、力を認められている証拠だからだ。

 

 しかし、ルーキーイヤーの開幕から先発ローテーションを守り続け、通算で36勝100敗と、勝敗記録だけを並べると、目を覆いたくなる。(白目)

 このペースで40歳まで現役を続ければ200勝に届くが、負けが600に届く可能性がががが……。

 

 俺の投手としての評価は間違いなく超一流で、既にメジャーからの接触もある。

 しかし、俺にムエンゴの呪いがある限り、メジャーでも同じことが……いや、失点の可能性が上がると、全く勝てなくなる恐れも……。

 

 恐ろしいことに、このムエンゴの呪いは、俺がほかの投手にマウンドを譲っても継続するようなのだ。

 リードされた状態で俺が降板しても、絶対に逆転できない。

 もちろん、追加点が入ることはない。

 

 完全に悪循環なのだが、1点取られると負けという認識が定着してしまったせいなのか、俺が投げる試合は味方のエラーの数が多い。

 そして、相手チームは絶対にあきらめない。(ここ重要)

 

 

 5年目。

 11勝25敗。

 防御率0.61。(タイトル獲得)

 ノーヒットノーランを1つ達成。

 

 11勝か……一応、キャリアハイってことになるのか。

 

 年俸交渉で、目を逸らしながら提示された額が、9000万とタイトル料1000万。

 便宜上だが、ようやく1億円プレイヤーの仲間入りだ。(白目)

 

 俺のファンは球団という枠を超えて存在している。

 こう、お国柄というか、報われない人間に対する同情票に近い気もするが。(震え声)

 ただ、俺の存在は縁起が悪いとされていて、グッズがあまり売れないから球団の利益に貢献できていない。

 

 一時期、厄落としとして、購入した俺のグッズを燃やすというのが流行ったのだが、もったいない精神と、選手の気持ちになって考えろ的な意見が優勢になって、封殺された。

 

 そして、いくらムエンゴの呪いと言っても、俺1人でチームの借金というか、負け越し数を12も稼いでいる計算になる。

 0対10で負けようが、0対1で負けようが、負けは負け。

 俺は、チームの勝利に貢献できていない。

 この成績で、年俸が上がり続けてきたのも、ある意味奇跡と言えるだろう。

 

 なので、俺も目を逸らしながら契約書にハンコを押した。(震え声)

 

 ファンの間では、俺の年俸が妥当かどうかで、争いが起きているそうだ。

 というか、さっさと今のチームを飛び出して、別のチームに移れとの声が大きい。

 

 ははは、ムエンゴの呪いがある限り、どのチームでも……いや、セ・リーグなら、俺の打席がある分、確率が上がるか?

 

 

 8年目のシーズンが終了。

 俺は通算200敗を引っさげて、FA宣言した。

 球団関係者や、チームメイトから活躍を祈られて、心がモヤモヤしたが、セ・リーグに移籍。

 ファンのあいだでは、悲運の大エースが、真の大エースとなって夢の30勝に挑戦などと言ってるが……ははは、ムエンゴの呪いはそんなに甘くない。(震え声)

 

 

 心機一転。

 移籍したその年に開幕投手を任せられ、俺は完全試合で開幕勝利を飾るという劇的なセ・リーグデビューを果たした。(なお、スコアは1対0)

 この歓声が、ため息と罵声に変わっていくんだ。(震え声)

 

 9年目。

 10勝26敗。

 防御率0.57。(タイトル獲得)

 1シーズンに完全試合を2つ達成し、特別表彰を受けた。

 

 年俸交渉は、お互いに目を逸らしながら終えた。

 気にしなくても、ええんやで。(白目)

 

 さて、今までも手を抜いていたわけではないが、俺も30歳が近づいたことで、トレーニングのやり方を少し変え始めた。

 栄養摂取も、専門家の意見を聞きながら変えていく。

 

 来年は10年目のシーズン。

 13勝すれば、通算100勝を達成できる。

 ちなみに、この9年間で通算87勝227敗だ。

 

 超一流の評価が、煤けて見える。

 

 

 10年目のシーズン。

 いわゆる、勝運に恵まれたとでもいうのだろうか……。

 

 21勝14敗。(最多勝獲得)

 防御率0.28。(タイトル獲得)

 完全試合が1つとノーヒットノーランが3つ。

 沢村賞に、年間MVP……まあ、覚えきれないぐらいに表彰された。

 

 俺、死ぬのかなあ……。

 

 一応、『防御率が0.28で14敗もするのがおかしい。結局は何も変わっていない』などのツッコミがあってホッとする。

 また来年から、10勝に届くか届かないかのシーズンになるんだろう。

 

 年俸は気にしない。

 たぶん、来年は下がるだろう。

 そして、俺は複数年契約には興味はない。

 

 

 11年目。

 6勝30敗。

 防御率0.56。(タイトル獲得)

 完全試合を1つ、ノーヒットノーランを2つ達成。

 

 夢の1シーズン30敗達成。(白目)

 これが揺り戻しだ。

 

 目を逸らしながら年俸ダウン提示され、俺は目を逸らさずにハンコを押した。

 

 

 12年目。

 15勝20敗。

 防御率0.64。(タイトル獲得)

 完全試合とノーヒットノーランを1つ達成。

 

 打撃が好調で、このシーズンはホームランを6本打った。

 それがそのまま勝利に結びついたと言えるだろう。

 いわゆる、ムエンゴジエン(無援護自援)というやつだ。

 

 球団関係者が目をぐるぐるさせながら、現状維持の年俸を提示してきたので、黙ってハンコを押した。

 正直、どうでもいい。

 

 

 13年目。

 11勝25敗。

 防御率0.98。(タイトル獲得)

 通算10回目となる完全試合を達成、表彰された。

 

 セ・リーグに移籍して5年、63勝115敗か。

 成績はアップしたと言えるだろう。(震え声)

 なんといっても、自分が打てば勝利につながるという希望がある。

 

 気のせいかもしれないが、最近はほかの球団の投手にも同情の視線を向けられることが多い。

 技術的なアドバイスを求められたときは、できるだけ真面目に対応しているのだが。

 

 

 16年目。

 シーズン半ばに通算400敗を達成。

 日本では前人未到、そしてこれ以後誰も到達できない記録となるだろう。

 ちなみに、16年目を終えて通算173勝で、200勝まではあと27勝だ。

 球団には、200勝を達成したら、メジャーに挑戦したいと告げてある。

 

 正直、俺って取り扱いに困る投手なんだろうな。

 メジャーでは、抑えを希望したい。(震え声)

 

 

 19年目。

 200勝達成。

 前々から発表していたメジャー挑戦を、ファンに向かって正式に発表する。

『500敗を達成してから行け』の声に、苦笑するしかなかった。

 

 日本球界で19年。

 通算203勝490敗。

 防御率は0.67。

 

 俺は、ついにメジャーに挑戦する。

 悲運の大エースの名と、ムエンゴの呪いを引っさげて。(震え声)

 

 

 

 

 メジャーでは、投手の役割分担がしっかりしている。

 だが、俺のムエンゴの呪いの前では、すべてが無意味だ。

 投球数を少なく、そして、俺を交代できない状況へと……。

 

 俺のメジャー生活は、完全試合で始まった。

 1勝できたことにほっとする。

 さあ、ここからだ。(震え声)

 

 ムエンゴの呪いが炸裂する。

 俺がマウンドを降りても、味方は点を取れない。

 逆転も、勝ち越しもできない。

 俺の後続が打たれて試合が壊れることもある。

 

 ここまで防御率0.38。

 6回を3失点以内に抑えることが、先発投手の役割分担とされ、クオリティスタートと呼ばれるのだが、俺は先発した12試合全てでそれを達成して7回か8回に降板し、勝ち星は完全試合を達成した時の1つのみ。

 むろん、負けも3つしかつかなかったが。

 

 勝ち星はほとんど増えなかったが、数字を重視するせいか、俺はシーズン終了まで先発ローテーションの柱としてあり続けた。

 

 結局このシーズンは40試合に登板し、5勝7敗。

 防御率は0.46。(タイトル獲得)

 

 

 40歳のシーズンだ。

 本当なら20勝以上、サイヤング賞が獲得できてもおかしくないという評価だが、年俸と、年齢の兼ね合いで、サクサク首を切られるのがメジャーだ。

 球団が俺を使うメリットは、安定して試合を作ること。(ように見える)

 さあ、サバイバルの始まりだ。

 

 38試合に登板し、9勝7敗。

 防御率は0.76。(タイトル獲得)

 ノーヒッターを2回達成。

 プロ生活において、2度目の勝ち越し。(震え声)

 

 俺が登板すると『ミスター・アンラッキー』のプラカードが、観客席で踊る。

 敵も味方も。

 ははは、俺って愛されてる。(白目)

 

 

 ドキドキしたが、来年も契約を結べた。

 まあ、シーズン中でも容赦なく首を切られるのがメジャーの世界だが。

 俺の年俸は、比較的安い。

 

 

 メジャー3年目のシーズン途中に、先発投手として、連続100試合クオリティスタートを達成した。

 大記録らしい。

 ははは、勝ち星がついたのは3割未満ですけどね。

 なんせ、俺が先発で登板した以上、俺が打たない限り味方は最高1点しか取れないのだ。

 リードしたまま交代できるのが4割ぐらい。

 そこから追いつかれるのが半々とすれば、俺の勝率は2割と少しぐらいに落ち着いてしまう。

 

 このシーズン、俺は40試合に登板し、5勝8敗。

 防御率は0.63。(タイトル獲得)

 

 年俸が上がると、首を切られる可能性も上がる。

 目標は45歳だ。

 ただ、7回、8回まで95マイル(152キロ)を維持するのが辛くなってきた。

 引退の時が近づいている。

 

 

 

 メジャー7年目。

 当年とって45歳。

 勝ち星が増えないせいか、年俸があまり上がらなかった。

 所属チームが全体的に若かったのもあるだろう。

 

 悲運の大エースの名に偽りあり、だ。

 俺はラッキーだ。

 

 既に、今シーズン限りで引退を表明してある。

 ワイルドカードで勝ち上がり、ワールドチャンピオンを決める一番で、こんな役が回ってくる。

 勝てば優勝、負ければ地獄だ。

 

 丁寧に。

 打たせて取る。

 7回を終えて、1対0。

 球数は70ちょうど。

 8回。

 そして、9回のマウンドへ。

 

 踊るプラカード。

 

 そういえば、メジャーデビューは完全試合だった。

 

 1人。

 2人。

 最後の、1球。

 

 うん……チームが若い。

 打ち取った打球が、完全試合を達成するはずの打球が、二塁手の股間を抜けていく。

 

 球場の雰囲気。

 味方チームの動揺。

 

 これを、ねじ伏せる若さが、今の俺にはない。

 

 そして、3塁手のエラーが、試合を振り出しに戻した。

 

 俺は笑みを浮かべ、チームメイトに語りかける。

 

『レッツ、プレイツー!(もう1試合やろうぜ)』

 

 俺の引退が延びた。

 なのに、さっきまで踊っていた『ミスター・アンラッキー』のプラカードが伏せられていた。

 敵も味方も。

 

 おいおい、ここはメジャーだろ?

 派手にやろうや。

 

 観客席に向かって手を叩き、歓声を要求する。

 ここからもう1試合、もう1試合だ。

 

 俺は、次のバッターを打ち取り……球数が100球を超えた。

 うん。

 ムエンゴの呪いだ。

 この試合は勝てない。

 

 そう思っていたのだが、監督が俺をそのまま打席に向かわせた。

 

 ラストチャンスか。

 ホームランを狙って、1、2の、3!

 

 

 

 静寂。

 そして、大歓声。

 

 味方だけじゃなく、敵の選手にももみくちゃにされた。

 アンラッキーかもしれないが、決してアンハッピーではなかった。

 それだけは言える。

 

 

 

 ムエンゴジエン。

 それが、俺の引退試合。

 

 

 

 ところで、俺の結婚って……ムエンゴの呪いと何か関係あるよね?

 そっか、私生活までムエンゴか……。(震え声)

 

 




ムエンゴの呪い……恐ろしい。

チャンスに打てない呪いをかけられた、史上最高の打者とかどうだろう?(ゲス顔)


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42:ゲームが大好きな兄弟。(原作:D&D)

リアルを少し混ぜ込みましたが、フィクションです。


「愚弟、ゲームやらんか?」

「ゲーム……?」

 

 愚弟は、年の離れた賢兄を見る。

 持っているのは、サイコロと筆記用具。

 

「ゲーム……?」

 

 とりあえず、野球のことではなさそうだと愚弟は理解した。

 

 ファミコンが世の中に登場する少し前のことである。

 まだファミコンは世の中に登場していない。(震え声)

 

 子供たちが、面白く遊ぶために頭をひねり、道具を自分たちで作り出していた……そんな時代。

 都会なら少し話が違ってくるのだろうが、田舎ではサービス業は貧弱になる。

 テレビで紹介される玩具を売っている店などないのだから。

 テレビや雑誌で遊びのヒントを手に入れ、それを自分たちで作るのが普通だった。 

『人〇ゲーム』を噂で聞いて、双六を自作するのがクラスに何人もいて、どれが良く出来ているかを競い合うような……それが、あの時代の田舎。

 

 そして、自業自得の部分はあるが、この兄弟、学校という集団からは孤立気味であった。

 

 賢兄は、『みんなの邪魔はしないから、自分の邪魔をしないでね。関わったところでお互い不幸になるだけだし』というタイプの天然チートであり、弟は『遊ぶ?いーよ、走り込み?キャッチボール?バッティング?』という、スポ根文明に汚染された野球馬鹿。

 

 遊び相手なんか、見つかるわけがないんだよなあ。(震え声)

 兄弟揃って、教室よりも図書室のほうが居心地がいいというタイプ。

 

 なお、どちらも中学校に上がると、少数ながら友人が出来た模様。

 

 というわけで、この賢兄が持ちかけてきたのがTRPG。

 テーブルトークRPG……参加者が役割を演じ、審判役となるマスターの与えたクエストをクリアしていく遊びのことである。

 

 ……なお、この時点では賢兄の自作である。(震え声)

 

 1974年に生まれた『D&D』が日本にやってきたのが1985年頃で、ファミコンが登場したのが1983年頃。

 まあ、愚弟がファミコンの現物を知人の家で初めて見れたのが、2年後の1985年。

 当時の、田舎への文化伝達の速度はこんなものである。(震え声)

 

 

 さて、この賢兄……上の学校に行くことで世界が広がり、後に世紀末覇王の名で呼ばれる知人と出会い、『D&D(海外版)』に触れた。

 

 もともと、ゲームの概念もファンタジーの概念も貧弱だったくせに、TRPGらしきものを自作するような賢兄の世界がこれで一気に広がった。

 ケルト神話やら、クトゥルフ神話やら、ギリシャ神話やらの資料が賢兄の部屋に溢れ出す。

 

 もちろん、娯楽のない田舎の人間だけに、野球馬鹿の弟も一気に染められていく。(白目)

 野球馬鹿とオタクのハイブリッドの基礎工事である。

 

 

 さて、このTRPG。

 日本における黎明期に、そして地方の田舎にプレイヤーというか、理解者がそうそういるはずもなく。

 なのでこうなる。

 

 賢兄。(ゲームマスター)

 ちなみにゲームマスターとは、プレイヤーの行動の難易度を判定したり、それが妥当かどうか、物語の進行を考えながら結末に向かってまとめていく役割を持つ。

 もちろん、NPCの役もこなし、情報を与えたりもする。

 アメとムチとでも言うべきか……まあ、難しい。

 早い話、ゲームでコンピューターが処理する部分を一人で担当するだけでなく、シナリオを考える、監督と脚本家とプログラマーと……みたいな、神様みたいなもの。

 

 愚弟。

 戦士と盗賊と魔法使いの1人3役。(震え声)

 

 

 異論はあるが、TRPGでは、ロールプレイングが肝である。

 教養の数値が低いキャラは、文字が読めなかったりするペナルティーがある。

 知恵が低いキャラは、『冴えたやり方』を思いつくのが不自然だと指摘されることもある。

 キャラクターの背景を考え、そのキャラクターらしい行動を心がけねばならない。

 

 

 もう一度いう。

 

 愚弟。

 戦士と盗賊と魔法使いの1人3役。

 

 そんな単純な話ではないが、脳筋戦士と、頭の良い魔法使いと、世間ずれした盗賊の3役をこなしつつ、与えられたクエストのクリアを目指す。

 

 愚弟が、それに慣れるまで大変だったのは言うまでもない。

 

 ただ、慣れてくると……連携が簡単になる。

 もちろん、どのキャラがどのような行動を取るか、どういう言葉を口にしたかを宣言しなければならないのだが。

 

 

 こうなると、少しTRPGの方向性が狂ってくる。

 

 賢兄は愚弟を。

 愚弟は賢兄を。

 お互いがお互いを、表情や呼吸音、ちょっとした仕草を観察し続ける。

 

 この情報に、裏はないか?

 賢兄の性格的にこれはありうるか?

 この愚弟の行動の裏には何がある?

 何を狙っている?

 

 怪しい石像は、最初に壊すなどのメタな行動が目立ってくる。(目逸らし)

 ならばと、その壊してしまった石像が実は重要だったというシナリオを組まれてしまう。(震え声)

 

 しかし、それでは結末にたどり着けないからと、お互いが、踏み越えてはいけない一線を学習し始める。

 

愚弟:「あ、そこの曲がり角、なんか嫌な予感するから、盗賊が先行して罠を調べた上で、戦士が剣を振りかぶって待ちかまえておくわ。そして、盗賊と魔法使いが普通に足音を立てて、その曲がり角に近づいていくね」

賢兄:「……ふむ。通常にない行動によって疲労がたまり、休憩を取るまではこれ以後の行動判定にマイナス修正入れるけど、それでいいかな?(笑顔)」

愚弟:「(賢兄の顔を見つめ)……了解。でも、この曲がり角は絶対にそうする(笑顔)」

賢兄:「ほう、そうか……ならば同じように、奇襲をかけようとしていた相手との相殺で、通常戦闘へ移行ね」

 

 ……学習、し始める。(震え声)

 

愚弟:「んーと、サイコロの目は11。」

賢兄:「ほう、高いな……うん、君たちは巧妙に隠された通路を発見した。ただ、入口が狭くて1人ずつしか通れない……危険な感じがするね」

愚弟:「……隠し通路のあるところの天井に視線を向けるよ」

賢兄:「ん?通路の中じゃなく、通路に入る前の天井?」

愚弟:「そうだよ……サイコロ振るぞ、6だが、失敗か?」

賢兄:「おい……まあ、失敗しても、何かがあるのが分かる(笑顔)」

愚弟:「……さっきの戦闘で倒した、ゴブリンの死体を持ってくるわ(笑顔)」

賢兄:「そうか……うん、君たちは罠を回避することができたが、隠し通路の入口も塞がれてしまった。時間をかければ取り除くこともできるが、依頼人のいう期限を守れそうもない」

愚弟:「くっ……裏目ったか。でもまあ、塞がれるってことは、別のルートもあるってことだ。(信頼)」

 

 なお、これらは中学生と小学生のやりとりである。(震え声)

 

 ……この兄弟のセッション(プレイ)時間は、わりと長かったのは言うまでもない。(白目)

 

 

 とまあ、愚弟が中学校に上がって野球部に入るまでこの兄弟は仲良く遊んだそうな。

 

 

 なお、この後遺症として、兄弟はいわゆる日本人の言うRPGに違和感を覚えるようになったそうな。

 そりゃそうだろう。

 自由度の高すぎるゲームに遊びなれると、不自由さが辛くなるものだ。

 

 石像に対し、正面から近づくか、横から近づくか、後ろから近づくか、まずロープで固定してから調べようなどと、ゲームで選択肢を与えられることはほとんどない。

 ダンジョン攻略にあたって、10フィートの棒をもって、それで通路や壁を探りながら進む自由もない。

 

 むろん、判定に失敗したと思えばいいのだが……罠に引っかかるのは、準備不足で、慎重さが足りないと反射的に考えてしまうのだ。(震え声)

 遭遇戦は仕方ないが、戦闘が予測されるのなら、前もってそこに罠をはじめとした仕掛けを張り巡らせるのは当然だと思ってしまうのだ。

 自分がプレイヤーでありながら、当然の手段を取れないのはストレスが溜まる。

 なので、ゲーム大好きな兄弟であったが、RPGに関してのみ割り切るのに時間がかかった。

 

 これがいわゆる、一部で囁かれたTRPG症候群。(違う)

 

 

 さてこの兄弟。

 TRPGというジャンルにおいてどういう消費者になったかというと……。 

 

『新しいTRPGのシステムが出た?やりたいシナリオがあるなら、自分で作ればいいし、システムも変更すればいいじゃん?結局は、マスターの調整能力次第よ』

 

 つまり、最初期の『D&D』をすべて自分でアレンジして仲間と遊び倒すだけの、供給者サイドに利益を全くもたらさない人間。

 賢兄は、良い消費者にはなれなかったのだ。

 

 

 そして愚弟は。

 野球選手としては、相手のくせやらデータ分析が得意なのはいいのだが、周囲から浮きまくって孤立気味。

 そして、ゲーマーとしては。

 

『いやぁ、あの賢兄みたいに上手にさばけんわ。設定とか考えるのは好きだけど、プレイはもう、いいかなって』

 

 やはり、良い消費者にはなれなかった模様。

 三つ子の魂百までというが、子供時代に刷り込まれた『自給自足』からは逃れられなかったというべきか。

 




ちなみに、本屋もないから、目に入る雑誌は、配達される『小学〇年生』のみ。
もう、〇研のおばちゃんとか、いないよね?(遠い目)

というわけで、筆記用具さえあれば遊べたTRPGは、田舎の子供にとっては福音だったのです……福音だったはずなのです。
遊び相手なんか……いるはずないんだよなあ。(震え声)


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43:神と呼ばれた男。(原作:ファンタジーもの)

これ、ええんか……?(震え声)


「……では、始めます」

「はい」

 

 ひざまずき、祈るように手を組んだ。

 それはまるで、神に祈りを捧げるような姿勢。

 

 貴族である前に、1人の男として。

 私は正しく、神に祈りを捧げる存在だった。

 

 そっと、私の頭部に手がかざされる。

 

 

 最初に感じたのは、暖かさ。

 それが長く続き、そして、熱へと転ずる。

 

 ゴトリ、と音を立てて床に転がるもの。

 

 ガラス瓶。

 私が用意した、最高品質の魔力回復ポーション。

 服用した場合、効果は抜群だ。

 名前のとおり、服用者の魔力を回復させてくれる。

 ただし、注意すべき点がある。

 それは……。

 

 ゴトリ、と2本目の空き瓶が床に転がった。

 私は、目を閉じていた。

 服用者の苦痛を思い、胸が痛む。

 

 魔力回復ポーション。

 魔力というのは、生命力を構成するものでもある。

 それを、短時間で絞り出させようというのだ……どこかに無理が出るのは当然か。

 当然、連続服用はその効果が半減する。

 それだけではなく、2本目以降は苦痛を伴う。

 

 魔力を得意とする貴族の子弟は、子供の頃にほぼ例外なくこの副作用を経験させられる。

 安易にポーションに頼ることを戒めるためだが……。

 吐き気、悪寒、頭痛……。

 それはまだ、軽い方。

 

 ふ、と……頭部の熱が、むず痒さへと変わった。

 ぐっと、握る手に力がこもる。  

 

 ゴトリ。

 

 私はもう、目を開けてそれを確認できなかった。

 その副作用は、個人によって多少ばらつきはあるそうだが……よく悲鳴を上げずにいられるものだ。

 恥ずかしながら、私は……3本目の副作用で気を失い、3日ほど寝込むことになった。

 

 

 ゴトリ。

 ゴトリ。

 ゴトリ。

 

 身体が震える。

 涙があふれる。

 

 自分の祈りが。

 自分の願いの代償が。

 その重みに、心が潰されそうになる。

 

 

 

 

 

 永遠とも思える時間が過ぎ……私は、かすれる声を聞いた。

 

「……終わりました」

 

 顔を上げる。

 真っ青な顔をして、今にも倒れそうな彼を支えた。

 人を呼ぶ。

 

 私の祈りの結果を確認するよりも、まずは彼を。

 

 早くて5日、長くて2週間。

 この奇跡のあと、彼は眠り続けると聞いている。

 もし、彼に何かあったのなら……私の命は消え去るであろう。

 彼に奇跡を与えられたものたちの手によって。

 

 あらかじめ手配してあった人員を回し、一息つく。

 そして、何気なく頭に手をやった。

 

 柔らかな、感触。

 それは、遠い思い出。

 優しく、懐かしい手触り。

 

「あ、ああぁぁぁ……」

 

 膝をついていた。

 手を組んでいた。

 奇しくも、先程と同じ姿勢。

 

 涙が止まらない。

 

 もし、私の心に涙の湖というものがあるのなら。

 それは、広く深い湖であるに違いない。

 

 

 

 彼が目を覚ましたのは、1週間後。

 そこでようやく、私は彼の起こした奇跡の内容を知った。

 

 

 髪の生える場所。

 その毛根が死ぬことによって起きる、不死の病。

 多くのものが、その病を克服しようとして……敗れ去っていった。

 

 治癒魔法。

 蘇生魔法。

 再生魔法。

 活力魔法。

 

 髪は生きている。

 人生に寄り添い、一生共にする長い友達。

 死んだように見えても、それは仮死状態なのだとか。

 

 彼の起こした奇跡。

 髪の毛の本数と同じだけの蘇生魔法。

 そして、同じだけの治癒魔法。

 さらに、再生魔法。

 

 蘇生魔法の使い手は、この国において片手の指で足りるほど。

 それを、髪の毛の本数と同じだけ。

 

 馬鹿げた魔力総量。

 彼にしかできない奇跡。

 

 しかし彼は、この奇跡の代価を受け取らない。

 強いて言うなら、魔力ポーションの値段がそれにあたるのか。

 

 衰弱した彼を見る。

 我らにその手を差し伸べ、苦痛に耐えながら奇跡を起こす彼を。

 私は決意した。

 彼を軽んじたり、害するものがあれば、自分の全てをかけてそれを排除することを。

 

 この日、私の中の価値観が変動した。

 彼のためなら、私は王を、国を、そして教会を、敵に回すことも厭わない。

 




モジャー公爵とか、フッサ子爵とか、登場人物の名前をいろいろ考えたけどやめました。(震え声)


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44:鶴の恩返し。(原作:本当は怖い昔話)

昔話系は、状況説明がほとんどいらないのがいいよね。(独断と偏見)


 気分が悪かった。

 それが必要なことだと理解はしていても、気持ちの良い話ではない。

 

 根元の曲がった木。

 それが普通なんだと思っていた。

 村から出る機会があって、まっすぐに伸びる木を見て驚いた俺に、行商人が教えてくれた。

 木の根元を歪めたのは雪の重みなんだと。

 

 俺も、あの木と同じか……。

 

 村が望む形に、俺の心を合わせる。

 ただ、それだけ……。

 

 空を見上げた。

 今にも雪が落ちてきそうな、鉛色をした空を。

 

 悲しげな鳴き声に、目をやった。

 

 罠にかかった鶴。

 まだ、若い。

 

 ふっと、親の姿を思い出した。

 姉を身売りして得た金を、地面に投げつけた親の気持ちが今なら理解できる気がする。

 そして、泣きながらそれを拾い集めた気持ちもまた。

 

 

 鶴を罠から外してやる。

 傷ついた脚に、サラシを巻きつけただけの手当て。

 所詮は気休めだ。

 鶴は暴れることもなく、ただじっと俺をやることを見つめていた。

 

 鶴が空へと帰っていくのを見送ったあと、猟師の家へと足を運んだ。

 俺も、猟師も、村の一員。

 勝手なことはできない。

 鶴を逃がした事を話す。

 鶴を逃がした理由を話す。

 そして、その代価を差し出した。

 猟師は黙ってそれを受け取り……ポツリと呟いた。

 

(かかあ)が死んだあと、おらも獲物を逃がしたことがある」

 

 返事も、頷くこともせず、俺は猟師の家を出た。

 

 空を見上げる。

 鉛色の空は、変わらない……が。

 白いものが落ちてきた。

 

 長い、冬がやってくる。

 独りきりの、冬が。

 

 

 

 

 

 雪がひどく、日中なのに暗い……そんなある日のこと。

 

 とんとん、と。

 戸を叩く音。

 雪や、風ではない。

 人の手によるもの。

 

 俺は、戸を開けた。

 

 まだ若い、かろうじて童ではないと思える年頃の女の子が立っていた。

 

「……先日、助けていただいた鶴です。私に、何かできることはありませんか?」

 

 震える身体。

 真っ赤になった手足。

 

 俺は、家の中に迎え入れた。

 まずは火に当たらせてやる。

 

 湯を飲ませた。

 それから、粥の上澄みを。

 

 飛びつこうとする気配。

 しかし、それを思いとどまったのか、俺の方をちらりと見る。

 

「ゆっくりでええ……慌てずにな」

 

 痩せた身体。

 こけた頬。

 

 飢えた状態で急に腹いっぱい食わせてはいけない。

 

 俺は、囲炉裏に薪を足した。

 

 

 

 

 眠ってしまった女の子を眺め、俺は呟いた。

 

「口減らし……か」

 

 この村のものではない。

 

 さほど器量も良くない。

 おそらくは、売れなかったのか。

 

 いかなる伝手をたどったのか。

 村の者が俺のところに、送り込んできたのだろう。

『鶴』を口にするあたり、猟師も一枚かんでいるのか。

 

 この子は、運が良いのか悪いのか、俺にはわからない。

 

 この子は、俺に対する一種の踏み絵だ。

 この冬を越し、俺が落ち着いたと思えば……村の者は、俺に再婚を勧めるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 地面に投げつけた金を泣きながら拾い集める夢だ。

 

『鶴』を見る。

 頬に肉がついてきた『鶴』を見る。

 

 俺は、泣いていた……。

 助けられなかった両親を、かかあを、想って泣いた。

 村に迷惑をかけないために、俺が殺した両親とかかあを想って泣いた。

 

 どのぐらいそうしていたのか。

 気が付くと『鶴』に背中をさすられていた。

 俺の涙は止まらなかった……。

 

「おまえ、怖くないのか?」

「……なにが、ですか?」

「この家は、流行病が出た家だ……俺の親も、かかあも、みんな死んじまった」

「……でも、生きてます」

 

『鶴』を見る。

 

「お前が病気になったら、俺が殺さなきゃいけねえ」

 

『鶴』が俺を見る。

 

「……私は、おじさんを、殺すのは嫌です」

「……」

「嫌がっても……やらされるんですね」

 

 そう言って、『鶴』が泣いた。

 

 ああ、この子は……ようやく泣くだけの元気が出てきたのか。

 俺は、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 長い冬が明けた。

 

 久しぶりに、村の者と話をした。

 身内から流行病を出した村の人間以外の村の者。

 

 隔意がないとは言わないが、まあ仕方がないと思う程度には割り切っている。

 

「おう、その娘っ子はなんぞ?」

「ああ、鶴だ。罠にかかってたのを助けてやったら、恩返しにやってきた」

「そんな、馬鹿な話があるかい」

「あるんだ、これが」

 

 のらりくらりと。

 再婚話をかわしていく。

 

 そして『鶴』も、俺に合わせてくれる。

 

「私、鶴の化身ですから」

 

 にこりと笑って。

 

「何かあれば、祟りますよ」

 

 年に似合わず、しっかりとしている。

 いや、冬を越えて……大人っぽくなった、か。

 子供だと思っていたのは、痩せていたからなのかも知れない。

 

 

 空に目を向け、『鶴』を探す。

 あの日、『鶴』を助けていなければ、俺は『鶴』を受け入れていただろうか。

 

 地面に投げつけた金を拾い集める俺がいる。

 金を拾い集めるようにして、生きる理由を拾い集める俺がいる。

 

 あさましい男だ、俺は。

 あさましく、生きている。

 

 




口減らしの口実というアイデアにひどく感心した記憶があります。
それをひとひねり。

『鶴』が『鶴』なのか、口減らしなのかは、みなさんのお好みで。(ゲス顔)


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45:ガチャ論。(オリジナル)

例によって、フィクションです。(震え声)
リアルも混ざってるけどな。


 数年ぶりに、高校時代の友人と会った。

 いや、友人ではなく、チームメイトという方がしっくりくる。

 趣味が合うわけでもないのに、野球部で、同じ時間をすごしたというだけで、何かを共有できる……そんな関係。

 

「なあ、ガチャって知ってるか?」

「……はい?」

 

 そりゃ当然知っているが、教師をやってる友人の口からこぼれると、違和感が半端ない。

 私も、友人も、昭和世代のいい年齢(とし)だ。

 まあ、私はオタクだが。

 

「あぁ、課金って言ったほうがいいのか?その、なんと説明すれば……」

「いや知ってるから!たぶん、お前よりずっと詳しいから!」

 

 この、2人の中年男性のやりとりの滑稽さを笑うがいい。(震え声)

 

 

 話を聞けば、なるほどと思う。

 友人は教師をしている。

 つまり、生徒がやらかせば、教師としても他人事ではないというか……ある意味、仕事として必要になってくる情報であり、出来事になるわけだ。

 

「最近の子供は理屈もこねるだろうし、指導も一筋縄ではいかないってか?」

「まあ、小遣いの範囲で、とか節度を守れとかが精一杯だな……そして、千人近い生徒の一人がやらかしたら、教師の指導が云々って、槍玉よ」

「……社会学の、正常な犯罪率、ていどの知識は身につけてからどうぞって話だな」

「教師やってると、今以上の苦痛を背負う余裕のない人間が多いって実感するわ……いや、マジで男子は全員、昭和の高校野球部スタイルで指導しようぜって思うわ」

「……馬鹿を絶滅はできなくても、減るって?」

「減る。絶対に減る。教師として、絶対の自信がある」

 

 私はため息をつきつつ、たしなめておく。

 

「言っておくけどな、俺らの監督はマシな指導者だったからな」

「わかってても言う。絶対に馬鹿は減る」

 

 ……友人同士の会話である。(強弁)

 自分の思い通りに仕事が進められることなどないのだ。(震え声)

 だからこそ、愚痴が出るということで。

 

 ついでに言うなら、昭和の、甲子園を目指すような高校球児は、公共の乗り物で『座席に座らない』指導を受けるのが普通だった。

 ほかの乗客の迷惑になるからだ。(視覚的な周囲への威圧も考慮して)

 時代が違うとわかっていても、高校球児っぽい学生が電車の座席に座っているのを見ると、一瞬戸惑う程度には指導を叩き込まれている。

 

 まあ、当時は連帯責任で出場停止という縛りもあったが、『他人に迷惑をかけない』ことを徹底的に(意味深)指導される。

 なので、当時の不祥事は部内の暴力行為がほとんどだった。

 あと、レギュラーになれないとわかった部員の自爆的テロ行為と、ライバル校の後援組織による高野連への密告合戦によるものなど。

 

 昭和の高校球児が清廉潔白などとは口が裂けてもいえないが、馬鹿は少なかったと思う。(震え声)

 

 

「……あー、うん。教師は大変だねえ」

「いや、まあそれもそうなんだけどさ……」

 

 友人が遠い目をする。

 

「俺らが野球をやってたのも……『ガチャ』に近いのかなって」

「はい?」

「高校に入ってまで野球を続けるやつって、基本的に自分に自信があるやつばっかりだったやん?少なくとも、自分の『才能』ってものを信じて、努力を重ねていったやん」

「怪我で、努力できなくなったやつもいるんですが?」

「怪我がなかったら……って思ってただろ?」

「そりゃまあ……プロ志望でしたし」

 

 私の言葉に、友人が笑う。

 金属バットの破壊力が浸透した時代、プロ入りを見据えて木製バット、竹製バットで練習していた厨二病患者のことでも思い出したのだろう。(震え声)

 

「……つまり、才能を信じて、野球というガチャをまわし続ける……それが、高校球児だったんじゃないかって」

「うわぁ……」

 

 自分ならいける。

 自分には才能がある。

 今までの努力を無駄にしないように、もっと努力を。

 

「うわぁ……」(震え声)

「そう思ったらな……俺は、生徒を怒れんわ」

 

 やめて。

 

「先輩も、後輩も、ほかの学校の知りあいも、結局は野球ガチャで破産した仲間やん……つぎ込んだのが、金か時間の違いかだけってことで」

 

 やめろぉ。(懇願)

 

 そうか、俺は……人生をチップに、せっせとガチャをまわしていたのか。(解脱)

 そりゃ、いまさらガチャに興味がわかないのも当然かなって。(確信)

 

「なんかな、そう思うと……破滅するまで課金させるのも、ひとつの教育かなあって」

「おい馬鹿やめろ。本気でやめろ」(震え声)

 

 

 

 

 話題を変えようとして、ふと私は思い出した。

 数年ぶりに会った理由。

 友人に、祝いの言葉を言ってないな、と。

 

 だが、その言葉がなぜか出てこない。

 

 3度目の結婚おめでとう。

 

 ……友人を見る。

 心の中で、そっとつぶやく。

 

 

 結婚は、ガチャとは違うんやで。(震え声)

  




高校時代、次の電車まで1時間近くあったので、駅前のゲーセンで時間をつぶしたことがある。
その1週間後、監督に呼びだされて注意されました。

高野連に伝がある後援会の人間から、監督に『脇が甘いんだよ、もっと部員を引き締めろ。野球が強いだけで甲子園にいけると思うな』という教育的指導(意味深)が入った結果である。(震え声)

あの当時の高校球児は、周囲の大人から人間扱いされませんでした。
寄り道、買い食いなど、本屋に立ち寄っただけでも『高校球児としてあるまじき行為』として非難される存在だったのです。
いちゃもんをつけられる可能性があるから、座席になんて座れない。(白目)

昔は、6月って高野連への密告電話の数が異常に増える時期でしたが、今はどうなんでしょう……。


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46:泣いたラーメン屋。(オリジナル)

こういう店、たまにあるよね。


 脱サラしてラーメン屋。

 5年後の生存率は、確か5%未満と聞いた記憶がある。

 

 自分は20人の中の1人。

 

 そう思い込めるものが、飛び込んでいくのだろう。

 あるいは、ラーメンが好きでどうしようもない者。

 

 前者は、緩やかに閉店への道を歩んでいくことが多いらしい。

 そして後者は、ラーメンへの愛が仇となって大失敗するものが多数を占め、極小数が生き残ると。

 まあ、立地条件や仕入れ、そして利益率など……様々な要素が絡むので、一概にはいえまい。

 

 俺はそのどちらでもなかった。

 料理は好きだったが、さほどラーメンにこだわりはない。

 ラーメン屋を選んだのは、失敗例が数多くデータとして存在したことと……俺の中のどこか投げやりな部分がそうさせた。

 案外、そういう冷めた部分が有利に働いたのかもしれない。

 

 俺のこだわりや、味の好みは、客にとってはどうでもいいことだろう。

 客商売である限り、優先されるのは客のニーズに応えることだ。

 その上で、俺自身のキャパシティと相談する。

 

 強いて言うなら、『じゃあ、この店でいいか』と客が妥協できるラインを探した。

 そこそこの味、そして値段、あとは食物としての安全性の確保。

 客層に合わせて味を調え、値段を調整し、仕入れを決めた。

 味の決め手などない。

 

 水になれ、とはブ〇ース・リーの言葉だったか。

 形にとらわれず、変化し続ける強み。

 だから、俺は……正しいとはいえなくとも、間違ってはいないはずだ。

 

 そして、5年経った今も……店をたたまずにすんでいる。

 運が良かったのだろう。

 

 

「いやぁ、ここの飯はホントに美味いよな」

「値段も手ごろだし」

「俺、ここの中華丼なら毎日でも飽きない」

「ばかかお前。餃子とスープ、そしてご飯の組み合わせに野菜炒めをつければ、1年中いけるわ」

 

 ……間違っていないはずだ。(震え声)

 

「うふふ、この店のスープは、毎日店長が何時間もかけて仕込んでますからね」

「マジかよ、このみちゃん?」

「ええ、このスープこそが、店の味の基本です。この店だけの万能調味料と言ってもいいですね」

「へええ……」

 

 このみちゃん(バイト)……そのスープってね、ラーメンスープなんだ。

 そりゃあ、旨み成分をたっぷり含んでるから調味料として使えるし、使ってるよ。

 

 でもさ、確かにラーメンにこだわりはないけどさ……。

 

「店長ーっ!餃子2枚と焼きそばに八宝菜、そして中華丼入りました」

 

 そういって、ビールの用意をするこのみちゃん。

 明るくて、働き者の、いい子だ。

 

 

 

 

 そして、1日が終わる。

 

 今日も、ラーメンは注文されなかった。

 もちろん、俺に、こだわりはない。(震え声)

 

 一番の人気メニューは、日替わり定食。

 ご飯と餃子、そしてスープに、日替わりのもう一品。

 中華丼をはじめとした、丼ものも定番で人気だ。

 

 もう一度言う。

 俺に、こだわりは、ない。(震え声)

 

 俺は、ラーメン屋の、店主だ。   

 

 




なお、近所では定食屋として認識されている。
そして、2番人気は少し変わった焼きそばだ。(麺をラーメンスープで軽くゆでてから焼くのだが、麺そのものが美味いと好評)
スープと麺は、ちゃんと消費されてます。(震え声)


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47:距離。(原作:いちょうの舞う頃)

ははは、もうキャラの口調とか覚えてません。
20年ぐらい前のゲームですねえ。


「……手をつなぐって、どうやればいいんだ?」

 

 これが高校生ではなく、小学生同士のお付き合いと思えば、微笑ましいのだけれど。

 私の友達(みやこ)が、初めて好きになった人は……馬鹿なのかもしれない。

 

 ちらりと、先輩を見る。

 

 落ち込んでいたみやこに、優しい言葉をかけてくれた悠介先輩。

 この『どうやって手をつなぐのか?』であたふたしている人が、知らない女の子(みやこ)に声をかけるためにどれだけの勇気を振り絞ったのだろうか。

 

 3年の先輩が引退して、1年も、2年も、レギュラー入りを目指して必死になる時期。

 遅くまで練習している私のために、おにぎりを作って待っていてくれたみやこが教えてくれた。

 

『誰かが誰かを必要とするから、人は生きてるんじゃないかって、そう思うんだ』

 

 なんでもいいんだと。

 その、大事な友達のために、何かをしてあげる。

 何かをしてあげたいという気持ち。

 

 見ず知らずの下級生に、そういう優しい言葉をかけることができる先輩。

 ちょっと頼りない感じもするけれど、悪い人ではない……きっと。

 

 まあ、みやこがちょろいのだけは間違いないけど。

 

 

 みやこにとっての『誰か』になってくれたこの人が。

 私の大事な友達のみやこの『誰か』になった先輩が。

 

 私の助言を必要としているのも……まあ、巡り会わせなんだろう。

 

 ため息をつき、すっと手を差し出した。

 

「……え?」

 

 きょとんとした表情を浮かべる先輩に。

 

「練習しましょう」

「え、いや……?」

「手のつなぎ方がわからないなら、練習するしかないでしょ!」

「え、でもそれって……みやこちゃんに……というか、千枝ちゃんにそんなことをさせるわけにも」

 

 あ、面倒くさい人だ。

 また、この人のことが少しわかった気がした。

 

「フォークダンスで手をつないだら、恋人ですか?すごいですね」

「は?俺が言ってるのはそういう……」

「はぁ、半ボッチ先輩は、これだからなぁ」

「で、できらぁ!」

 

 差し出した手をぎゅっと握られる。

 はいはい、子供子供。

 

 と、先輩がびっくりしたように私の手を放した。

 

「……どうしました?」

「あ、いや……ちっちゃくて柔らかくて、なんか壊れそうで怖くなった」

「……はぁ?」

「……女の子って、壊れものなんだなぁって実感した」

 

 この人、中学生の妹さんがいるのよね?

 なんで、こんな面倒くさい育ちかたしてるんだろう?

 

 

 ……まあ。

 がさつで男っぽいって言われ続けてるから、悪い気はしなかったわ、うん。

 ちょっとだけ、だけどね。

 

 

 

 

 

 ……知ってた。(白目)

 先輩だけじゃなく、みやこも結構馬鹿だったって。

 

 学校からの帰り道……川沿いの土手の道。

 

 みやこも、先輩もそっぽを向いて。

 それでいて、手をひらひらさせている。

 

 指がかすめるたびに、2人の足が止まる。

 身体が硬くなっているのもわかる。

 たぶん、2人とも手に全神経を集中しているのだろう。

 

 ねえ、2人の肩が触れ合ってるのはいいの?(ため息)

 

 肩を寄せ合い、不自然に手をひらひらさせながら。

 初々しいカップルのフォークダンスは始まらない。

 

 5分。

 10分。

 

 かすめるだけだった2人の小指が、どうした拍子にかそっと絡んだ。

 動きが止まる。

 息を呑む、私『達』。

 

 人のことは言えないけど、お人よしが多い。

 2人を追い抜かないようにして、距離を保ちながら生暖かい視線で見守っている……十数名。

 

 そっぽを向いていた2人の視線が、ゆっくりと……。

 お互いを見る。

 

 そして。

 

 先輩の手が、ぎゅっと。

 そして、みやこが。

 握り返した。

 

 

 そのとき、大歓声があがった。

 

 私は、あげてない。

 ガッツポーズはしたけどね。

 

 ……あとで、激おこ状態のみやこに、チョコレートサンデーをおごらされたけどね。

 まあ、それを食べながら、みやこが小さく『ありがとう』って呟いたのが聞こえたけどね。

 

 

 

 

 

 ……馬鹿がいる。

 

「……みやこちゃんに嫌われたかもしれない」

 

 私の目の前に、馬鹿がいる。

 いやもう、先輩とか関係ないから。

 馬鹿で、子供よ。

 

 まあ、私も誰かと付き合ったことなんかないけどね。

 それでも、これはない。

 

 今はそんなこと考えられないけど、いつかは私も誰かと恋人同士になったりするはずだけど。

 この、悠介先輩とみやこよりはうまくやれるはずよ。

 そうね、とりあえず。

 

 私は、思いっきり大きなため息をついた。

 

「いや、マジで悩んでるんだ……こういうこと相談できる相手がほかにいないんだよ」

「……半ボッチじゃなくて、完ボッチ先輩」

「みやこちゃんみたいなかわいい彼女ができたら、男友達はほぼ敵に回るからな」

「みやこはいい子だもの、多少の嫉妬は諦めて」

「諦めたから、千枝ちゃんに聞きに来てるんだよなあ……」

 

 そう言って頭を抱える先輩に、もう一度大きなため息を聞かせてあげた。

 

 まあ、仕方ないから話は聞いたけど。

 

 帰り道、距離が遠くなったんですって。(ため息)

 あのとき、手をつないだのがいけなかったんじゃないか、ですって。(大きなため息)

『無理やり』手をつないだせいかもしれない、ですって。(ものすっごい大きなため息)

 

 

 

 ……なんで、みやこが恥ずかしがってるって発想が出てこないのかしら?

 

 みやこみたいな、おとなしい女の子が相手なんだから、いつもは困るけど、時には強気で引っ張っていくぐらいじゃないとだめに決まってるじゃないの。

 

 

 

「ち、千枝ちゃん、聞いてぇ……悠介さんのことなんだけど」

 

 ははは、『無理やり』手をつながれて嫌がっているみやこが、頬を染めてのろけてくるんだけど。

 帰り道で、車からかばってくれたとか、色々。

 

 ああ、うん。

 私の話題、減ったなあ。

 以前は、私の部活の話とか、聞かれることばかりだったのに。

 みやこの趣味は読書だから、私はそっちにはついていけなかったから。

 そっか。

 あの、何気ない会話も……みやこが私に気を使ってくれていたのね、きっと。

 

 そして今は。

 私と、みやこの、共通の話題。

 

 あの人、そうなっちゃったなあ。

 

 ……ん?

 

「みやこ、あんた今、先輩のことを『悠介さん』って言った?」

「……ぁ」

 

 あはは、かわいいなあ、みやこは。

 でも、あの先輩にはむかついたから、今度殴っとこう。

 

 

 

 先輩の話を聞く。

 みやこの話を聞く。

 

 2人の距離を、お互いが望む、ちょうどいい距離を模索しながら。

 私は、悩み、考え、3人一緒に遊んだ。

 

 先輩が変わっていく。

 みやこが変わっていく。

 

 私に相談することなく、2人がデートをした。

 楽しかったらしい。

 うん、良かった。

 それでいいはずだ。

 だって、2人は恋人同士なんだもの。

 

 

 

 

 

 先輩と帰る日。

 私と帰る日。

 3人で帰る日。

 

 この3つをバランスよくローテーション。

 うん、生真面目なみやこらしい。

 

 今日は、2人が一緒に帰る日。

 苦笑しつつ、私はひとりで帰る。

 

 土手の道を歩きながら、心の中でつぶやく。

 

 ねえ、みやこ。

 私もね、この道で先輩に車からかばってもらったことがあるよ。

 

 そこにいない、誰かに、手を伸ばしながら、心の中でつぶやく。

 

 ねえ、みやこ。

 私、あなたより先に……先輩と手をつないだよ。

 何度も、何度も。

 

 土手の道を過ぎ……駅へと向かう、いちょう並木を歩く。

 彩られた葉に、季節の移り変わりを感じた。

 

 ひらひらと、いちょうの葉が落ちてきた。

 それを、つかむ。

 握り締めた。

 

 ねえ、みやこ。

 私は、この場所で。

 あなたを傷つけてもいいかなって、思ったことがあるよ。

 

 このいちょう並木を、先輩の隣で幸せそうに微笑むあなたを見て、そこにいるのが私だったらなあって。

 

 大事な友達のあなたを。

 傷つけてもいいって、決意したことがあるよ。

 

『千枝ちゃん、ありがとうな。みやことうまくいってるのは、千枝ちゃんのおかげだと思うよ、本当に』

 

 笑って、自然にあなたを呼び捨てにした先輩に。

 あなたと先輩が、感謝の気持ちだといって渡してくれたプレゼントに。

 

 私は、笑ってそれを受け取るしかなかったけどね。

 

 

 

 また一枚。

 いちょうの葉が舞う。

 握り締めたいちょうの葉を意識した。

 

 いちょうの葉がすべて散る頃、ここからは冬の空が見えるだろう。

 

 私、さっきはがんばって笑って見せた。

 だから、いいよね。

 

 いちょうの葉を投げ捨てて、私は泣いた。

 

 あの日。

 みやこが、そうしていたように。

 声を出さず、ただ、涙を流して泣いた。

 

 また一枚。

 もう一枚と。

 いちょうの葉が、私に向かって舞い降りてきた……。

 




エロゲーの主人公でありながら、女の子とどうやって手をつなぐのか苦闘する主人公のピュアさがまぶしいゲームでした。
ちなみに、みやこは由緒正しい眼鏡娘。
千枝は、ショートカットのラクロスっ娘。
真のヒロインは、妹。(ゆさゆさゆさ……)


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48:邪悪とは……。(原作:タイガーマスク)

機会があればまた何か書きますが、とりあえず、これでしばらく打ち止め。

このお話、たぶん、似たようなネタを誰かがやってるとは思います。


 転生したら、人生ハードモードだった。

 

 ラノベのタイトルっぽい説明で悪いが、つまり、そういうことだ。

 というか、ぶっちゃけ異世界とは思えない。

 イメージは、高度成長期の日本か。

 公害や学歴社会など、さまざまな形で社会の歪みが問題となって噴き出してくるそんな時代背景っぽい。

 

 まあ、ガチの異世界とか、悪人がヒャッハーしまくってるとか、そういうのに比べたらマシだけど……人権意識や社会保障の意識の低い世界で、孤児スタートは厳しい。

 

 もちろん、悪いことばかりでもない。

 メリットとデメリットはコインの裏表のようなもの。

 

『力こそパワー』

 

 悪いことをすればぶん殴られるし、悪いことをしているやつはぶん殴って注意する。

 弱きを助け、強きをくじく。

 ブラウン管の中のヒーロー像を、現実世界に投影してもあまり叱られない。

 もちろん、大きな怪我をさせないように、という注意書きがつくが。

 

 正直、前世では学校生活の変化に驚き、自分には耐えられないと思っていた。

 なので、子供の世界でこれがある程度通用するのは、昭和世代の人間にとってはありがたい。(震え声)

 

 そして幸い、この身体……優秀だ。

 優秀すぎるぐらい優秀だ。

 金がかかるのがネックだが、どうにかして、どこかの野球特待生あたりにもぐりこめないものだろうか。

 前世ならともかく、現状でプロスポーツとして成立しているのは野球と、大相撲と……意外だがボクシング(キックボクシング含む)もなんだが、歴史を振り返ると廃れていくんだろう。

 

 でもまあ、今は子供たちの『無邪気な』暴力に立ち向かうのが優先だ。

 

 

 そして、俺は無体な悪ガキ連中を叩きのめす。

 場所は、動物園の虎の檻の前。

 

 あれ?

 

 心の中に広がる得体の知れない不安感。

 私の所属する孤児院の名前は、『ちびっこハウス』

 

 あれれ?

 

 私の名は、『なおと』。

 そして今、私をスカウトしようとしているのが、悪役レスラー養成機関『虎の穴』。

 

 ……タイガーマスクだ、これ。(白目)

 

 前世でも運動には自信があったけど、そりゃこの身体には負けるわ。(震え声)

 

 

 

 

 

 

 

『虎の穴』の殺人的トレーニングというか、『的』はいらねえよ。(震え声)

 まさしく、殺人トレーニングだ。

 でも……良くも悪くも、突き抜けた何かを持たない人間は、早めに脱落させたほうが良いから、すべてが間違っているってわけでもない。

 猛練習に耐えられることと、それに応えられる身体というのも才能だ。

 野球で150キロの速球を投げようと思ったら、その負担に耐えられる身体が必須となるのと同じことだ。

 少し、悩ましいが……仕方ない部分はある。

 

 とりあえず、飯というか、栄養摂取的な意見だけは、死ぬ気でごり押しした。

 ははは、仲間と一緒にクソなコーチの太ももの肉を食いちぎってやったぜ。

 

 そうしたら、食事に肉が大量に出てくるように……違う、間違ってはいないが、そうじゃない。(震え声)

 

 これ以降……俺が口を開くと、コーチが一瞬おびえるようになった。(目逸らし)

 

 ははは、ちゃんと食べてますって。

 心配ない、心配ない……怖くないよ、ホントだよ。

 

 

 虎の穴には俺と同じような境遇というか、孤児が多かった。

 原作のこのあたりはうろ覚えだが、主人公が孤児院に寄付するっていうのは、自分の境遇や仲間を見て、何かしら思うところがあったんだろう。

 

 力が強くなる。

 身体が大きくなる。

 成長することは、やはり楽しい。

 さすが主人公のボディといいたいが、俺なりに努力はしたつもりだ。

 

 スクワット。

 腕立て。

 前世で慣れていたつもりだったが、平然と4桁の数を要求されたときは動揺した。

 でもまあ、前世でスイミングクラブに通ってた知人も、中学生で腕立て800回とか普通に言ってたし、競技が違えばトレーニング方法も違うってことだろう。(震え声)

 プロレスラーってすげえや。(白目)

 

 リングのマットは、硬くて荒かった。

 もっと柔らかいと思っていたけど、大男が暴れまわる足場だもんな……甘く見てた。

 それに、柔道の初心者が、畳にこすって血が出るのと同じことだろう。

 まだ、皮膚が弱く、レスラーの皮膚になっていないということだ。

 最初は一発背中からたたきつけられただけで、皮がむけて血がにじんだ。

 文字通り血だらけになりながら、ペアの仲間と交互にリングにたたきつけ合う。

 血と汗でぬめって抱えあげるのが難しくなると、コーナーポストに上って、飛び落ちたりした。

 飛び降りるじゃなくて、飛び落ちるんだ……受身をとらずに背中から。

 皮膚を鍛えると同時に、痛みへの耐性を得る。

 そうして、強い身体を作り上げていく。

 プロレスラーってすごい。(目がぐるぐる)

 

 

 当然だけど、プロレスラーとして要求されるだけの身体ができなかった連中は、姿を消していった。

 スポーツの世界はどこもこんなもんだし、ましてや虎の穴は慈善事業ではない。

 後ろ盾のない孤児である自分をスカウトし、トレーニングと教育を施し、飯を食わせてくれた。

 この、虎の穴に対する恩みたいなものを確かに感じている。

 

 少なくなった仲間と、ようやくプロレスの技を学んでいく。

 虎の穴は、悪役レスラーの養成所。

 悪役レスラーの需要があり、金になるということだ。

 プロレスラーとしての教育に加え、悪役レスラーとしての教育。

 それぞれのルールがあり、禁じ手がある。

 禁じ手を防ぐためには、禁じ手を学ばなければいけない。

 悪役レスラーの道は厳しい。

 また1人、仲間が去っていく。

 

 そして、新しくやってくる後輩たちがいる。

 

 強くなれ。

 強くあれ。

 

 そんな言葉をかけるしかできない俺がいる。

 

 

 

 

 

 ついに、俺がこの虎の穴を卒業するときがきた。

 

 提示された契約書。

 うん。

 う……ん?

 

 あれ、ものすごくまっとうな……契約だな。

 俺のファイトマネーの半額を上納と聞けば眉をひそめるだろうが、それは試合の斡旋などの、マネジメント料を含めた金額だ。

 しかも、子供の頃から10年近く養育されてきたという背景がある。

 ついでに言うなら、新人悪役レスラーのギャラなんてしれている。

 そして、俺に人気が出てギャラが増えれば……上納金の割合も減る。 

 

 芸能人というか、アイドルのギャラを考えれば……むしろ恵まれているか。

 ギャラの半分をもらえる新人の芸能人がいるか?

 

 あれ?

 ここは、悪役レスラー養成機関であって、単純に商売で……。

 少なくとも、悪ではない……な。

 

 え、何やってんの、タイガーマスク?(震え声)

 

 養育してもらって、手に職をつけてもらって、試合のマネジメントもしてもらって、自分がいた孤児院に援助したいからって『虎の穴』との契約を無視して……。

 

 ああ、うん、そりゃ怒るわ。(震え声)

 裏切り者というか、契約不履行の犯罪者じゃん。

 

 好意的に考えたら、刺客という名を借りて対戦相手を送り込んで……せっせとファイトマネーを稼がせてくれたともいえる、か。

 

 ……。

 ……。

 ……うん、相談してみよう。

 

 虎の穴のマネジメント部の人に、相談してみた。

 俺がお世話になった孤児院の現状を説明し、援助したいのだと。

 将来、俺のギャラがアップしても、上納金は半額の割合で……そのかわり、手を貸してもらえないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、今日もリングの上で戦う。

 悪役レスラーとして。

 得意技は噛み付きだ。

 あと、爪(隠し武器)の引っかきな。

 ははは、タイガーマスクだからな、噛み付いてナンボよ。(震え声)

 

『ちびっこハウス』の後輩にはあまり見せられないパフォーマンスではあるが、気にしない。

 プロだから、気にしないったら、気にしない。(震え声)

 

 

 でもまあ、俺を育ててくれただけでなく、相談にも親身になってくれた虎の穴には感謝だ。

 俺が金になる悪役レスラーだということを考えても、良くしてくれている。

 恩は返さなければいけない。

 絶対に。

 




子供の頃に見たアニメ、大人になってから原作を読んで愕然とする。
ああ、悪役レスラーって、そういう……。(震え声)


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49:賢者タイム。(オリジナル)

下ネタを含みます、ご注意を。


「賢者タイムって、知ってるかい?」

 

 俺の問いかけに、彼女は素っ気無く答えた。

 

「……言葉としては、ね」

 

 かすかに、驚く。

 賢者タイムという言葉は、スラングだ。

 おそらく男性なら、説明されればすぐに理解できる……まあ、下世話な言葉だろう。

 女性である彼女が、少なくともそれを聞いたことがある、と。

 

 良くも悪くも、ネットの普及は、人に膨大な情報を与えるということか。

 かつての、情報を手に入れる能力ではなく、あふれる情報の取捨選択が重要視される。

 そんな時代を、俺たちは生きている。

 

 ああ、それでも……。

 

「少し、説明させてくれ」

「……どうぞ」

 

 賢者タイム、あるいは賢者モード。

 男性が、欲求が満たされた瞬間に、それまでの熱狂的な興奮が冷め、冷静になること。

 まあ、性的オーガズムに達したあと、急速に性欲が減退し、冷静になることを主に言う。

 しかしここで問題なのは、この賢者タイムがどのような仕組みで、もたらされるかだ。

 

 男性は性的に興奮すると、性器である海綿体に血液が流れ込む。

 ここが大事なところだ。

 この、海綿体に流れ込む血液は、どこから来るのか?

 

 一呼吸おき、彼女を見る。

 そして、再び口を開いた。

 

 男性は、性的興奮時に、脳への血流量が減少するんだ。

 つまり、海綿体に流れ込む血液は、脳に流れる血液を減らして、ひねりだしたものなんだ。

 

 人間の頭部の重量は、体重の10%程度。

 しかし、脳に送られる血液は、平常時で25%。

 これは、人間が思考するにあたって、大量の酸素を消費することに関係する。

 思考することによって、脳は大量に酸素を消費し、それ相応の血流を必要とするんだ。

 

 そう。

 男性が思慮深く行動するためには大量の酸素が必要で、そのためには血流が必要不可欠なんだ。

 悲しいことだが……。

 男性は、性的興奮時において、思考能力が減少する。

 海綿体に流れ込む血流だけじゃなく、脳以外の全身に血流を奪われる。

 獣としての、名残といえるだろう。

 

 身体は運動時を想定した状態に。

 繁殖のために、本能に身を委ねさせる……。

 

 そして、性的オーガズムを迎えると、脳への血流が平常に戻る。

 賢者という言葉を用いているけど、何のことは無い、ただ単に平常時の思考を取り戻しただけなんだ。

 ただ、それまでのギャップの激しさに、敢えて賢者という表現が使われたのだと思う。

 

 

 ガンッ!

 

 彼女が、サイドテーブルの脚を蹴った。

 

「……何が言いたいの?」

 

 俺は用意しておいた指輪を取り出し、彼女に向かって差し出した。

 

「俺と、結婚してください」

 

 永遠の数秒。

 

「お受けするわ」

 

 解放。

 歓喜。

 

 彼女が、にっこり笑って俺を見る。

 

「あなたが、指輪まで用意したプロポーズよりも、性欲を優先したことは絶対に忘れないけどね」

 




フィクションなのに、股間がひゅんってする……何故だろう。


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50:黒い提督。(原作:艦隊これくしょん)

鬱展開です、ご注意を。
特定の艦娘をイメージしたものではありません。


 終わりの見えない戦い。

 不足しがちの物資。

 昼夜を問わない警戒態勢。

 戦いの中で、傷ついていく仲間たち。

 

 そんな中でも、彼女たちは自分たちの幸運を感じていた。

 

 全滅もやむなしと思われた戦いで、傷つきはしたが生還できたこと。

 ままならない補給を、大胆で、繊細な作戦でカバーしてきたこと。

 綱渡りどころか、今にも切れそうなクモの糸。

 それを、渡りきる。

 渡りきってしまう。

 何度も。

 繰り返し。

 

 奇跡ではなく、手腕なのだと。

 幸運ではなく、提督の才覚なのだと。

 

 そのような提督の下で戦えること。

 彼女たちは自らの幸運に感謝し、別の鎮守府や泊地で戦っているであろう姉妹たちを憂いた。

 

 

 壊したのは、彼女たちが憂いた姉妹たちの言葉。

 

『それって、ブラック鎮守府じゃないの?』

 

 出撃頻度。

 物資状況。

 休暇状態。

 

 別の鎮守府の、泊地の、『ホワイト』な状況。

 

 ひとつなら聞き流せた。

 ふたつなら、そういうこともあるかと思えた。

 みっつ、よっつ、いつつ。

 

 揺れる彼女たちの心にとどめを刺したのは、姉妹たちの、『心配する』言葉。

 

『大変だと思うけど……がんばって』

『私たちを、モノとしてみる提督ばかりじゃないから』

『いつかきっと、状況も変わるよ』

 

 

 信じていた幸運は。

 心配され。

 哀れまれる状態だったこと。

 

 

 全てではない。

 しかし、少なくはない彼女たちが……『状況を変えるために』立ち上がった。

 

 最初は、『穏やかに』要求を。

 しかし、突っぱねられる。

『そんな余裕は無い』と。

 戦いはある。

 物資は不十分。

 それが現実。

 

『なぜ、この提督の下の自分たちだけが、こんな状態にあるのか?』

 

 自然な疑問。

 その理由を、彼女たちは提督に求めた。

 提督が悪いのだ、と。

 どこかにごまかしがある。

 うそがある。

 欺瞞がある。

 

 提督を支持する仲間は、きっとだまされている。

 

 目に見える、崩壊が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「提督!提督!」

 

 自分を守ろうとした艦娘を、逆にかばうことで……提督は、緩やかに生を手放しつつあった。

 人を傷つけない。

 その原則を図らずも破ってしまった彼女たちは、動揺して静まり返っている。

 部屋の中に響くのは、提督にかばわれた艦娘の絶叫のみ。

 

 提督の目が開く。

 

「あぁ……無事でよかった」

「提督、しゃべらないで……貴様ら!医者だ、早く医者を呼べ!」

「報告せよ。誰も……大きな怪我をしたものはいないな?」

 

 秘書艦が、姿勢をただして口を開く。

 

「は。未確認ではありますが、いないと思われます」

「ならば、よし」

「……提督、ひとつよろしいですか?」

「何かな?」

「何故、こんなまねを……」

 

 提督が、微笑む。

 

「歯車だからだよ」

「……?」

「提督だって、歯車のひとつに過ぎないんだ……」

 

 小さな声で、提督が語る。

 

 提督は、艦娘と違って深海棲艦と直接戦う力は無い。

 提督の役割は、艦娘を戦いに送り込むこと。

 敵と戦い、戦力を失わずに、戦い続けられる状態を維持すること。

 

 自分は、提督として、戦争の歯車として役立たずになった。

 それゆえに、敵と戦うことのできる艦娘を守った。

 

 歯車として。

 壊れた歯車として、最後にできること。

 

 別の、歯車を守ること。

 

 

 そして、最後に一言。

 

「みんな、無事でよかったなぁ」

 

 

 

 命を落とした提督に罪があるとすれば。

 他人の苦境を、バカ正直に信じたことだろう。

 自らが苦境にあるからこそ。

 国が苦境にあるからこそ。

 彼は、他人の苦境を信じた。

 

 援助を願う鎮守府や泊地への、物資の融通。

 援軍。

 

 戦場には出ないものの、眠る暇も惜しんで職務に忠実だった男は……『ブラック』の烙印を押された。

 鎮守府の管理不行き届き。

 深海棲艦と戦う艦娘を、ひどく扱ったと。

 真実を知るものも、それを表ざたにする危険を重視した。

 それでも、その家族をかくまう程度のことはしたようだが。

 

 

 

 新たに提督がやってくる前に、2人の艦娘が姿を消した。

 そして、提督に引継ぎを済ませてから、秘書艦もまた姿を消した。

 

 新しい提督は、『ホワイト』な提督だった。

 

 その結果、全てが壊れ始めた。

 

 

 

 艦娘を轟沈させるような、危険な戦場には手を出さない。

 援軍も出さない。

 物資にも余裕は無い……あくまでも、彼らの考える余裕、だが。

 

 ホワイトが、グレーに。

 グレーが、ブラックに。

 転げ落ちていくのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 南の海。

 戦いの海。

 3人の艦娘が、暗く冷たい、重油の香りのする海に向かって灰をまく。

 壊れた3つの歯車。

 そんな彼女たちが。

 黒い提督の、白い灰をまく。

 涙を流しながら。

 




フィクションなので、リアルに重ねて読まないでね。(震え声)
でも、課金勢と無課金勢にあてはめたら、いきなりギャグ風味に。


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51:異世界で飯を作る。(オリジナル)

知 人:「高任さん、異世界転生者のグルメモノを書くなら、どんな話を書く?」
 私 :「……ハードル高いから、こんな感じでごまかす」


 赤。

 炎が揺れる。

 

 強火の遠火。

 沸騰させない火加減。

 表面を焼き、肉汁を閉じ込める。

 

 知識はある。

 経験もある。

 

 だが、『俺』の経験はあくまでも現代日本を基準とした経験だ。

 

 

 

 いやぁ、薪で料理するのってキツイっす。

 

 焼くか煮る。

 料理の手段は、おのずからこの二つに収束されていく。

 

 一定しない火力。

 そもそも、薪が豊富とも限らない。

 

 

 じゅっ。

 

 肉から落ちた脂が、炎に落ちる。

 

 漂う香り。

 そして、唾を飲む音。

 

「お、おい、まだか?」

「もうちょっと我慢しろ」

 

 香草を細かく刻み、肉の表面に振り掛ける。

 

 香草が熱せられ、へにゃりと肉にへばりついた瞬間、俺は肉を火から遠ざけた。

 肉を回しながら、表面を薄く削り取っていく。

 焼けているのは表面だけだ。

 内部までは、まだ火が通っていない。

 

「ほらよ。喧嘩するなよ」

 

 3枚の葉にとりわけ、仲間に回した。

 そしてまた、肉を火にかざす。

 

 焼けた肉を口にする仲間たち。

 俺もまた、一切れ。

 

 うん、まあ……こんなもんか。

 少なくとも、仲間たちは美味そうに食っている。

 

 ここは、異世界。

 俺は、現代日本で死に、この世界で生まれ変わった。

 

 前世の記憶。

 そして、今の俺の肉体。

 当然だが、味覚の発達度合いは別物だ。

 というか、味覚そのものが別物である可能性が高い。

 

 同じ日本人でも好みは分かれる。

 日本人が美味いと喜ぶ食物も、外国人には苦痛に感じることもある。

 

 もしかすると、今の俺は……味噌の香りに、吐き気を催すかもしれない。

 グルタミン酸、イノシン酸……感じ取れる旨み成分が別物だったなら。

 いや、間違いなく別物だろう。

 

 なんせ、この世界には『塩』がない。

 

 

 ……この時点で、俺の前世の記憶や経験の多くがふっ飛んだ。

 

 言葉が違うとか、そういうレベルじゃない。

『塩』のようなものもないし、その代替物のような存在も見当たらない。

 

 もちろん、俺の調査不足とか、そういう部分はあるのだろう……が。 

 

 この世界の人間は、俺の前世での人間に対して、生物としての成り立ちとか、そういうものが別種の可能性が高い。

 

 とはいえ……デザインにおいて何らかの共通性はあるのだろうと、気を取り直して生きてきた。

 ものを食べなければ死ぬ。

 身体を鍛えたら、それなりに強くなる。

 子供はある程度親に似る。

 

 たぶん、大まかな骨組みに関しては類似性があるんだろう。

 そして、世界の成り立ちや、構成などで、何らかの変化がある。

 

「しっかし、すごいよな」

「まったくだ。焼いた肉に草を振りかけるとか、ちょっと考え付かないぜ」

 

 ……ただ振り掛けるだけじゃダメなんだよな。

 

 この香草、そのまま口にするととんでもなく苦い。

 細かく刻み、水分を出す。

 そして、火であぶる。

 

 そうすると、動物の肉の脂分と反応して……たぶん、反応してるんだと思う。(目逸らし)

 

 ちなみに、魚はダメだ。

 そして、動物の肉なら全部大丈夫かというとそうでもない。

 大型の、肉食獣とは相性が悪い気がする。

 

 ……蒸し物とかもダメなんだよなあ。

 

 正直、使い勝手が悪い。

 保存も利かないしな。

 

 

 また、肉の表面を削り取った。

 仲間に回す。

 あくまでも、これは前菜。

 

 

 鍋に目をやった。

 

 穀物……のようなもの。(目逸らし)

 

 一応、この世界の、この地域の主食ってことになっている。

 正直、美味しくない。

 

 まあ、この世界……塩も砂糖もないしな。

 というか、調味料がない。

 少なくとも、『調味料』という概念がない。

 

『食べても死なないモノ』を、焼くか、煮る。

 

 前世でもそうだったように、多くの人間がチャレンジを繰り返し……食べられるものを開発してきた。

 俺もまた、この世界で死ぬまでに、積み上げることになるだろう。

 

 

 穀物の鍋を、仲間たちがまずそうに食う。

 そして俺も、食べる。

 

 この穀物。

 焼いても煮ても、まずい。

 粉にして、水でねって焼いてもまずい。

 蒸してもまずい。

 

 動物の肉と一緒に煮込んだら、肉までまずくなる。

 

 俺も、これまでに色々と試してみた。

 

 いわゆる、アクが強いのかと、茹で汁を交換したりしてみた。

 植物の汁ならどうか。

 動物の血液はどうだ。

 

 前世の記憶からすると、炭水化物の塊のはず。

 熱を加えれば、何らかの変質が……と思ったのだが、どうにもならなかった。

 

 煮ても焼いても食えないというが、これは煮ても焼いても生でも食える。

 

 ただ、まずいだけ。

 それでも、栄養はあるんだ、きっと。

 

 この穀物の栽培方法が確立したのが、300年ほど前のことらしい。

 それから、人口が増えた。   

 人口を支える栄養源であることは間違いない。

 

 

 ちなみに、XO醤とかも考えはしたんだ。

 まあ、味の〇でもいい。

 いわゆる、旨み調味料。

 

 異世界だろうと、味覚が別物だろうと、『美味い』と感じる食べ物があるならば。

 その、『美味い』と感じる物質を抽出して調味料にすれば……ってね。

 

 

 ……色々やったなあ。(遠すぎる目)

 

 

 この世界、単純に旨みを混ぜると喧嘩する。

 文字通り喧嘩するんだろうなあ。

 

 そして、不味みに変わる。

 

 

 ……俺は、異世界に生きている。

 

 旨みと不味み。

 または、不味みと不味み。

 

 この組合わせに、未来を求めた。

 

 だから、あの穀物はきっと……何かあると信じたい。

 まだ試していない手段。

 まだ見ぬ何か。

 

 肉と香草のような。

 

 

(飲食的に)ひどい世界だなあと思うと同時に、ワクワクしている自分がいる。

 

 この世界は、まだ見ぬ空がたくさんある。

 知らないもの。

 知らない世界。

 

 

 この、異世界の空の下で。

 俺は、飯を作り、食べ、生きていく。   

 




塩がない世界は、一度書いてみたいとは思うんですが……。
ただ、塩が生物にもたらす恩恵を別物に置き換えるだけでも、生物学から生態系にいたる部分まで考えなきゃいけないから、書き手の知識はもちろん、読み手に説得力を感じさせる部分でかなりハードルが高いですね。
一番楽なのは『魔力』でごまかすことでしょうけど、そうすると『魔力の多い動物の肉が美味い』なんて安直な話になりそう。
結局それは、食材に関係なく旨み調味料をぶっかけるのと変わらない気がします。

異世界の食事事情の意外性と新鮮さを、言葉で読み手に説得力を与える……考えただけでも、そのハードルの高さに目がくらみます。

しかし、異世界グルメというジャンル……難易度は激しく高いけど、チャレンジのし甲斐がありますね。


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52:怖い話。(オリジナル)

なんか色々、システムが変わってますね。(ウラシマ状態)


 ふと、目が覚めた。

 しかし、ゆめうつつ。

 物音。

 意識の覚醒。

 お隣さんが、出かけていく。

 枕元の時計を確認。

 

 深夜、二時過ぎ。

 

 ……うん。

 

 タイミングが良かったのか悪かったのか、眠気も消えてしまった。

 仕方なく、読みかけの小説に手を伸ばす。

 

 静かな夜。

 

 20分ほど過ぎて、また眠気が戻ってきた。

 本を閉じる。

 ライトを消す。

 目をつむる。

 

 フォウフォウフォウ!!

 

 異様な音。

 電子音。

 

 電話?

 目覚まし時計?

 

 耳を澄ます。

 

 フォウフォウフォウ!! 

 

『ガスが、漏れています』

 

 にょわー!?

 

 飛び起きる。

 右か、左か?

 あるいは上か?

 

 鳴り響く警告音。

 止まる様子はない。

 こっちか。

 

 壁に耳を当てる。

 間違いない、こっちだ。

 しかも、さっき出かけたばかりのお隣からだよ、これ。

 

 加齢とともに衰えを感じつつある脳細胞をフル活動。

 

 どうする?

 どうしよう?

 

 ガス警報機の異常。

 それが一番平和だ。

 笑い話ですむ。

 

 だが、それにチップを全賭けして眠りにつく度胸はない。

 というか、チップは私の命だ。

 

 動かねばならぬ。

 守護らねばならぬ。

 

 草木も眠る、深夜の2時過ぎだけどな!

 

 この時間帯に、眠りについているアパートの住人に声をかけて回って……チクショウ、動きたくねえ。

 どうあがいても、俺が感謝される道筋が見えない。

 

 感謝されるケースは、アパートがふっ飛んで『命があって良かった』ケースのみか。

 しかしその場合、家とか家財道具を失うわけで。

 

 ひらめいた!

 

 責任を他人に押し付けよう。

 専門家にアドバイスを受け、アドバイスされたように行動する。

 

 いや、だって専門家に住人を起こして避難させてくださいって指示されたんですよ。

 仕方ないですよね。

 

 これだ。

 これが日本人のあるべきメンタルで、行動規範だ。

 

 えっと、消防局でいいのか?

 

 まずは落ち着く。

 住所。

 現状説明。

 短く簡潔に頭の中でまとめる。

 

 よし。

 

 連絡。

 ほぼ、想像通りに物事が動いていく。

 

 一応、貴重品はバッグに入れて持った。

 さあ、立てよ住人!

 起こして回るぜ!

 仕方ないんだ、そう指示されたんだ。

 

 

 深夜2時過ぎという時間帯。

 言葉の通じない住人の存在。

 明らかに胡散臭い視線で見られる俺。

 というか、たぶん俺の部屋のガス漏れと勘違いされてるかもしれない。

 

 人類の、知恵と勇気と博愛が、苦戦を強いられる。

 

 深夜の大騒ぎ。

 笑い話で終わってくれ。

 

 部屋を出てきた住人が、ガス警報機が鳴り響く部屋のドアをどんどん叩くことを繰り返す。

 

 いないって言ってるだろ!

 だから慌ててんだよ!

 

 未だに、部屋から出てこない強者もいる。

 こんな時間にうるせえぞと言われたらそれまでだ。

 

 良くも悪くも、この騒動が終わった後のアパートの住人間の人間関係は複雑なものとなるだろう。

 

 無事に済めば、騒いだ俺は悪者だ。

 平和な日常を、ガス警報機がぶち壊した。

 

 チクショウ。

 ここにはいない、お隣さんへのヘイトが溜まる。

 

 鳴り響くガス警報機。

 

 ふと、気づく。

 これ、ガスの元栓というか、部屋の外にそういうバルブがあるんじゃね?

 

 専門家に任せるべきだ。

 いや、出来ることはやるべきだろう。

 というか、一番大事なのは自分の命の安全を確保することではなかろうか。

 

 肩をつかまれる。

 罵られる。

 いわれのない暴力が俺を襲う。

 

 だから俺の部屋じゃねえって言ってんだろ!

 

 とうとう悪者探しの開始だ。

 

 ああ、チクショウ。

 なんでこんなことに……。

 




爆発オチにはしない。


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53:ニコポ(レベル1)。(オリジナル)

なんか上手く話が膨らまなかった。


「えっ、マジで?マジでいいの?」

「はい。その程度なら、お礼としては足りないぐらい」

「というか、ニコポで通じるんだ?」

「もちろん」

 

 ダメでもともと、半ば冗談で口にした要求。

 それが通ってしまった。

 たぶん、俺の人生にはリーチがかかったのだろう。

 通ればリーチ、これは宇宙の真理だからな。

 

 狼狽する俺を、ニコニコと微笑みながら見つめる黒髪ロングの絶世の美少女……いや、美女?

 まあ、その中間ぐらいか。

 といっても、見た目だけで言うならば、だが。

 

 なんせ、人間じゃないからなあ。

 この世のものとは思えないぐらい可愛くて美人でも仕方がない。

 

 ほんの気まぐれで助けた子猫。

 別に猫が好きってワケでもないんだが、なんというか、助けられるから助けた。

 その程度。

 まあ、その猫が……ペットだったらしい。

 

 ただ、真夜中にいきなり目の前に現れるのは勘弁して欲しかったが。

 でも、人間じゃないというのをそのまま信じる理由にはなった。

 

「みー」

 

 助けた猫が、てしてしと俺の膝を叩く。

 首筋をくすぐってやると、満足そうにゴロゴロとのどを鳴らした。

 

「さて、じゃあ『ニコポ』の能力を与えるための準備を……」

「あ、時間がかかるんだ?」

「いえ、それほどかかりませんよ。あなたの顔やら体型やら、作り直すだけですから」

「へー、作り直……」

 

 待てい。(震え声)

 

「……」

「……」

「……どのぐらい待てばいいの?」

「いや、うん、何もかも待ってほしいと言うか……その、作り直すってことは、俺、死んじゃうの?」

 

 彼女が、妖しく、美しく微笑む。

 

「人の身体なんて、所詮魂の入れ物に過ぎませんし」

「いや、いきなり顔から体型まで変化したらもう別人でしょ?俺の周囲、大騒ぎに……えっと、少なくとも両親はびっくりすると、思うんだ、うん」

 

 誰かが言ってた。

 人生において、本当に友達と呼べる存在は最高でも3人ぐらいしかできないって。

 だから、俺は大丈夫、きっと大丈夫。

 

「騒ぎになんかなりませんよ。そこは私の、不思議パワーで、周囲も普通に受け入れます」

「いきなりガバガバだな、おい!」

 

 正直、俺は微妙に不細工で、コンプレックスを抱えている。

 太っても、痩せてもいない。

 いわゆる中肉中背で、特に特徴はなく……目が大きいとか細目とかもなく、鼻はやや低く、口の大きさや形も普通なんだが……こう、ひとつひとつのパーツは普通の範疇だけど、微妙にバランスが悪いというか。

 好意的な評価としては、『味のある顔』。

 子供の頃は誰でもカワイイなんて言われがちだが、俺の子供時代は……大人たちはこう、残念そうな表情を浮かべて何も言わなかった、それが答えだ。

 

 顔にコンプレックスがあるからこそ、このままの俺というか外見で、ニコポかまして癒されたい。

 

「というか、不思議パワーでどうにかなるのなら、今の俺のままでニコポさせてください」

 

 彼女はぽんと俺の肩に手を置いた。

 

「人間、見た目が9割って言うよね?」

「何でそんなとこだけ、リアルなんだよぉぉ!」

「うーん、好意を持つ、あるいは恋愛感情を芽生えさせるなら、何かしら相手の心の琴線に触れる必要があって、優れた外見ってのはわかりやすいファクターなんだけど」

「マジレスはやめてください、お願いします」

 

 違うんだ、イケメンだからという理由のニコポは違うんだ。

 そこには夢も希望も、ロマンもないんだ。

 普通の顔、あるいは不細工。

 惚れる要素も、好意をもたれる要素もないのに……というのが、ロマンファンタジーなんだ。

 

 良くも悪くも、俺は自分の外見の悲哀を味わって生きてきた。

 もちろん、人格が優れているなんて口が裂けても言えない。

 でも、でも、イケメンに作り変えられてニコポのスキルを得たとしても、それは俺の敗北感を増幅するだけじゃないか。

 

「あぁ、美醜逆転……」

「微妙な不細工さだから、微妙なイケメンってオチだよね。人によっては好みとか、そういう感じの」

 

 彼女が、笑う。

 そして、ぞっとするような冷たい口調で、言った。

 

「つまりあなたは……モテたいんじゃなくて、ある種の復讐をしたいのね」

「復、讐……」

「今まで肯定されることがなかった容姿に魅了される……それを眺めて笑いたい、違う?」

 

 反射的な否定の感情。

 しかし、それを乗り越えて……彼女の声が、言葉が、すとんと胸に落ちた。

 

「は、はは……」

 

 手で、顔を覆う。

 引きつったような、笑いがこぼれる。

 

 そうか、そうなのか。

 ああ、うん、そりゃ、モテないし、相手にもされないわ。

 

 彼女を見る。

 最初の微笑とは違う、ぞっとするような笑みを浮かべている彼女。

 

「そういうドロドロした人間の感情って、好きよ」

 

 妖しく、惹き込まれるような響き。

 人ならぬ彼女。

 もしかして、悪魔よりの存在なんだろうか。

 

「そのままのあなたなら、最大レベルのニコポは無理ね。ううん、良くも悪くも平凡なだけに、最低レベルにならざるを得ない」

「……レベル?」

「器を作り変えて渡そうと思ったニコポなら、相手の女性はその場で腰が砕けて、股を開くレベル」

 

 それはニコポと言うより、マジカルの分野ではなかろうか。(震え声)

 というか、それはそれで情緒がないと言うか。

 

 あぁ、でも低いレベルなら……最初は勘違いかもと思う程度で、少しずつ少しずつ心が傾いていく……そんな過程を楽しむのはロマンだと思います、はい。

 

 

 

 そうして俺は、ニコポ(レベル1)を手に入れた。

 ちなみに、最大レベルは256らしい。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、最低レベルってことは、使ってるうちにレベルが上がったり……」

「しません」

「……効果が薄いだけ、とか?」

「それもありますが、条件が厳しくなる感じかしら」

「……と、言うと?」

 

 彼女は、俺に向けて言った。

 

『あなた自身の付加価値を高めることで、スキルを使用できる相手も増えるし、効果も多少高くなる』

 

 ん?

 

 言葉が耳に届いたが、心にまで届いてこない。

 首を傾げる。

 

「そうね、たとえば自分より力が強い相手に勝とうと思ったら、優れた技や、運の要素が必要となってくる、そうよね?」

 

 わかる。

 なので、頷く。

 

「力の差が大きければ大きいほど、必要とされる技術や運の要素は多大なものとなる」

「あ、え、それって要するに……俺が大きく劣っていて、レベル1の技術では勝負をひっくり返せないとか、そういう……」

「ほら、スポーツ選手とか、大富豪とか……同じような容姿、人格でも、ハードルの高さが変わるのはわかるでしょう?」

「……何でそんな世知辛いんですかね」

「大丈夫、不思議パワーで、努力すれば能力が上がるようになるから」

「え、俺の時代が来る感じ?」

「才能や成長率はそのままで、ただ限界突破というか、上限をなくすの。地道に成長し続けることができるわ」

 

 ……それ、リアルのとき〇モじゃないんですかね。

 

 

 

 

 

 

 雨の日も、風の日も。

 小雪が舞った冬の日も。

 1日30時間という、狂ったトレーニングの毎日。

 

 え、1日は24時間だって?

 ほら、不思議パワーだから。

 時の小部屋みたいな場所で、あらゆる分野の勉強と鍛錬に明け暮れるが、所詮俺の才能は凡人レベル。

 本当に、地道にしか成長しない。

 

 しかし、そんな生活を続けて1年。(現実の時間)

 

 最初にスキルの効果が現れたのは幼女だった。(目逸らし)

 おまわりさん、来ないで。

 

 

「どういうことですかね?」

「幼い子供だから、相対的にあなたの能力が高いのよ。おそらく、あの子の周囲にも、さほど優れた大人がいないんでしょうね。狭い世界、そして少ない経験の中で、あなたは優れた存在であり……付加価値によって、ニコポが発動したのよ」

「……幼女に抱きしめられて通報されるとか、罰ゲームなんですが」

「でも、前に向かって進んでいる実感は持てた、そうでしょ?」

「それはまあ、確かに……」

 

 納得はできる。

 しかし、同時に恐ろしいことに気づいた。

 

 たぶん、俺の付加価値とやらが高まり、対象のそれを超え、一定以上の差をつけることでニコポを発動させることができるようになるという感じなんだろう。

 それはつまり、世間的に評価の低い相手からニコポが通用しだすってことではなかろうか。

 

 ああ、そういえばあの幼女……ちょっと不憫な感じだったかもしれない。

 だからこそ、転んだときに、自然に助け起こしていたのだが。

 そして、大丈夫だぞ、と笑いかけたら……。

 

「ちょ、このスキル、パッシブなの?常時発動タイプなの?」

「……笑わなければいいんじゃないかな」

 

 

 ……1日30時間というスケジュールの中に、ポーカーフェイスの鍛錬が追加された。

 

 

 そしてまた、1年(現実)が過ぎ、俺はなんとか1(ながれ)大学に合格することができた。

 やっぱこれ、と〇メモ世界に侵食されてないか?

 

「いい大学に入ったことで、特定の層の女性に対してあなたの付加価値が増大したわ」

「……日常的に出会うのは、同じ大学に通う女性と思うんですが?」

「まあ、そうなるわね」

「俺、この大学だと間違いなく下から数えたほうが早いポジションだと思うんだけど」

 

 というか、たぶん周囲はみんな俺なんかより才能があって優秀なはずだ。

 

「がんばれ、がんばれ」

 

 スケジュールが、1日わずか72時間のものに変更された。

 

 目に見えて成長したりはしない。

 ただ、1ヶ月、3ヶ月、半年と時間が経過し、ふと振り返ると、自分の成長を確かめられる。

 じれったいが、地道に、じりじりとした歩みを続けていく。

 

 やることは多く、周囲は優秀。

 だから、少し油断していたかもしれない。

 

 

「……ぁ」

 

 ひっつめ髪に黒縁めがね。

 大学生と言うより、会社のお局様ルック。

 そんな彼女の、目元が赤らむのがわかった。

 

 成績は優秀だが、容姿的な偏差値が低め。

 しかし、発動条件がそろうほどか?

 

 戸惑いを隠せないまま、彼女が足早に立ち去った後で……現れる。

 

「彼女、勉強以外はからっきしね。運動はもちろん、自炊してるのにわりとメシマズで……生きていくのに苦労しそう」

「……なあ、俺のスキルって、ある種の地雷発見器になってないか?」

「スキルはスキルでしかないし、道具のようなものよ。それをどう使うかは、持ち主しだいね」

 

 ……常時発動タイプなんですが。

 

 彼女が、楽しそうに言う。

 

「接客業のバイトとかしてみない?ほら、スマイル、スマイル」

「……無差別ニコポ連打とか、興味がないといえば嘘になるけど、厄介ごとを背負い込みそうな気がしてならない」

「んー、そう単純じゃないのよ」

「と、いうと?」

 

 俺の問いに、彼女が簡潔に答えた。

 

「1流大学生であることを知るか知らないかで、あなたの付加価値は変動するもの」

「……ちょっ!?」

「人間、見た目が9割って、そういうことよ」

 

 スポーツ選手、金持ち、エリート……それを知っているか知らないかで……。

 

 運動ができても、それを知らなければ意味がない。

 勉強ができても、それを知らなければ意味がない。

 

 手で顔をおおった。

 俺の付加価値は、俺が決めるんじゃなく相手が決める。

 つまり、初対面の女性に、俺のニコポとか無理なんですね、チクショウ、わかりたくない。

 

「あなたの願いは、あなたの容姿を肯定しない女性をニコポして、ある種の復讐を遂げたいというもの。つまり、対象は、あなたの知り合いでなければならない。違うかしら?」

 

 彼女を見る。

 ただただ、微笑を浮かべた彼女を見つめる。

 

 俺の願いの、急所をえぐってくる彼女。

 

 ああ、うん、確かにそうだ、そうなんだろう。

 俺のそれは、無邪気な『モテたいんじゃよぉ!』というものではなく、どこか暗いものを伴った欲望だ。

 初対面ではなく、俺の容姿を肯定しない……できれば否定するお高い女性をメロメロ(死語)にして、それを笑い飛ばしたい、そんな感じだ。

 ねじれた欲望、性格なんだろうけど、そうすることで俺は、あらためて生きていくことができるような気がする。

 

「ははは……」

 

 笑いがこぼれる。

 ニコポのような笑いではなく、もっと別の、おぞましい何か。

 

 

 その日から、俺は少しずつ交友関係を広げ始めた。

 優秀ではないが、今の俺は平均的な学生ではある。

 最初は、『何だコイツ』的に思われても、話をすれば、遊びにいけば、俺という存在が『ある種のオールマイティ』であることがわかってくる。

 その場その場で、誰かのフォローができる。

 友達としては、便利な存在だろう。

 

 男の知り合いが増えれば、女性と知り合うきっかけも増える。

 もちろん、いろんなタイプがいた。

 

 その中の1人。

 ああ、彼女だ。

 彼女がいい。

 

 そう思える、女と出会った。

 

 絵に描いたようなお高い女性で、プライドが高く、権威主義。

 正直、仲間内でももてあまし気味のポジションにいるっぽい。

 周囲から、あまり好かれてはいないように思える。

 

 俺を見て鼻で笑い、俺を紹介した男に『付き合う相手は選んだほうがいいのでは?』とその場で言ってしまえるレベルだ。

 

 これを堕とそう。

 彼女を堕とそう。

 

 それはつまり、彼女にとって価値のある分野の能力を伸ばせば、俺の付加価値が高まるってことだろう。

 顔と血筋は無理筋だ。

 しかし、絡め手は使える。

 彼女が評価、信頼、あるいは尊敬する誰かが俺を評価すれば、彼女の俺の見方に影響を及ぼすこともできるだろう。

 

 情報収集。

 戦略方針。

 個々の戦術を設定。

 努力目標。

 

 あとは、鍛錬だ。

 

 1日の鍛錬は、1週間に及ぶスケジュール。

 気が狂った、密度の濃い日々を過ごしていく。

 

 それと同時に、それとなく『彼女のような女性が好みだな』と、友人に伝えておく。

 友人連中がそろって、『いろんな意味で彼女はやめておけ』と止めるのが笑えた。

 曰く、『相手にされない』『仮にアレと付き合っても、苦痛でしかない』『男にとっての地雷』などなど、彼女の評価は散々だった。

 

 だが、それがいい。

 そういう女だからこそ、ニコポで堕とす、堕としていく価値がある。

 

 彼女に対して急接近するようなことはしない。

 遠ざけず、しかし必要以上に近づかない。

 丁重に扱うが、唯々諾々と従うことはせず、時には苦言を呈して怒らせることもする。

 

 顔と血筋が無理なら、物理を上げて金で殴るのは基本だ。

 交友関係も利用しつつ、学生起業。

 優秀な人間のフォローと言うか、マネジメントというポジション。

 そして、落ち着いたら手を引き、また別の人間の手助けをする。

 

「……あなた、自分がトップに立つという気概はないの?」

 

 そんな風になじられたが、組織としては俺のような人材には価値がある。

 一度だけならともかく、いくつもの起業に関わり、まとめ、流れに乗せた実績は、明らかに俺の評価に下駄を履かせた。

 

 そうなると、俺はもう、うかつには笑えない。

 俺が笑いかけるのは、彼女に対してだけだ。

 まだ、ニコポは発動しない。

 それでも、俺は不意打ちのように、彼女に向かって笑顔を見せる。

 

 鍛錬、学業、ビジネス。

 忙しい日々が楽しい。

 日々の生活に張りがある。

 

 時間を作っては、彼女に会いに行く。

 

 明日か。

 1ヶ月後か。

 1年後か。

 あるいは、次の瞬間か。

 

 ニコポが発動する瞬間を、俺は夢見る。

 

 そして……。

 

 

 

「あなたには、感謝しているわ……あなたは、いつもあなたでいてくれたから」

 

 作ってるよ、めっちゃ作ってるよ。

 仮面をかぶりまくってるよ。

 

「正直、あなたの顔は嫌い……特に、あなたの笑っている顔は大嫌い……でも真面目に何かをしている姿は、それほど嫌いじゃない」

 

 なんでやねん。(震え声)

 

「……ねえ」

 

 そして、彼女が笑った。

 いつもの、おざなりなものではなく……。

 

「私、あなたのことが好きなのかもしれないわ」

 

 彼女の笑顔が……とても笑顔で。

 ああ、だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苦難の日々が続いた。

 彼女と結ばれるための、高いハードル。

 現代の民主的な社会においてなお、家格や血筋の問題は避けられない。

 

 ああ、でも俺には……。

 

「言ったでしょ、スキルはスキルでしかなく、道具に過ぎないって。それをどう使うかは……あなたしだい」

 

 ニコポ(レベル1)、か。

 

 そしてまた、鍛錬の日々は続いていく……。

 

 

  




日常のどたばたにするには、ネタが弱いというかありふれていたのかなぁ。


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54:世界が私を悪と言うのなら。(原作:悪役令嬢もの)

えっ、悪役令嬢ものの話を?
書けらぁっ!


 祖父は、政治家だった。

 人を、白か黒かで判断することは愚かしいが、政治家ともなればその判断は余計に難しくなる。

 金権政治家だと叩かれる一方、本当の政治家と評価されたり。

 往々にして、世間の評価と身内の評価は食い違うものであるが、父は祖父のことをひどく嫌っていた。

 祖父のあとを継ぐ気分はないと宣言したものの、『最初から、お前に政治家は無理だとわかっている』と返されたそうだ。

 父と母、そして兄2人……感情の濃淡はともかく、祖父に対してよい感情は抱いていなかった。

 そして私は、好きでも嫌いでもなかった。

 祖父は祖父として、何をしようが、何を言われようが、私の祖父なのだから否定しても意味はない。

 

 ……祖父は、私を気に入っていたように思う。

 

 忙しい人だったが、たまに会うと……私の質問に、答えられる分には答えてくれた。

 

『政治は、人を動かすことだと私は思っている』

『人はみな、理想で動くとは限らない』

『政治家が理念で動くのはいいが、政治家が動かそうとする人は、理念では動かない』

『カリスマで人を動かせるのは100年に1人世に出てくるかどうかで、国の政治はそれを待ってはいられない。ならば、金で人を動かす』

『金権政治と蔑まれようが、何も決められず、何もできず、右往左往するだけよりよっぽどマシだ。どういう形であれ、人は前に向かって歩き続けなければならないからな』

 

 子供心にも、祖父の言葉はそれなりに説得力があった。

 小学校のクラスの話し合いでさえ、意見はバラバラになってまとまらない。

 最後は、教師が強権をふるってやっと何かが決められる。

 教師がいなければ、教師の権力がなければ、どうにもならないことぐらいは、子供にだってわかる。

 

『金が使えなくなれば、この国の政治家は人を動かせなくなる。最後の手段で世論に利用するようになり、すべてが壊れて……そこでようやく、この国は、この国の人間は、政治とは何かを考えるようになるだろう』

 

 予言めいた祖父の言葉は、良くも悪くも的中した。

 

 祖父の地盤を引き継いだのは、祖父の秘書をしていた人で……良くも悪くも、時代の変化についていけず、足をすくわれた。

 

 政治でおなじみの贈賄罪と収賄罪。

 賄賂を送った側と、賄賂を受け取った側。

 前者の時効は3年で、後者の時効は4年。

 

 前者の自白で、後者の罪が暴かれるケースがこの国では多い。

 不思議なことに、前者は時効を迎えて罪に問われず、後者は罪に問われるケースがほとんどだ。

 つまり、3年経ってから賄賂を贈った側に自白させて、賄賂をもらったとする相手を罪に問い、失脚させる。

 これが、この国における政治闘争と成り果てている。

 

 ひどく穿った見方だが、『賄賂のやりとりが存在しなかったとしても』、罪に問われない自白をさせれば、収賄罪で政治家は失脚させられる。

 

 

 祖父の地盤。

 それが、回ってきたのは、私が30歳になった春だった。

 

 父よりも年上の人が、畳に頭をこすり付けるようにして私に頼むのだ。

 何人も、何人も。

 このままでは、祖父の築きあげたものが全てダメになる、と。

 キレイごとだけじゃなく、今までの反動で、祖父の地盤とされる地区が冷遇されるのは明らか。

 我々にとっては、生きるか死ぬかの問題だ、と。

 

 ため息をつき、窓に視線を向けた。

 空が見える。

 山が見える。

 祖父の愛した故郷。

 祖父の愛した国。

 

『全てを救うことはできない』

『全てを救うということは、この国ではない別の場所の誰かから奪い、切り捨てることだ。最初はそれでもいいが、やりすぎれば世界から睨まれ、奪われる』

『学校も、地域も、地方も、国も、世界も……人の集まりで、欲の集まりだ。弱者になるのは論外だが、絶対的な強者になるのもいけない。勝ち続けることはできない、それははっきりしている』

 

 人は、変わらない。

 ただ、時代だけが変わる。

 

 私は、祖父の後継者として立つことに決めた。

 メリットとデメリット。

 祖父の人脈。

 そして、世間での、強烈な悪いイメージ。

 

 私の政治家としての活動は、そこから始まった。




か、書けねえっ。

これ、前話とは逆に話が膨らみすぎる、それもまずい方向へ。(震え声)
なお、この世界は現実に良く似た異世界で、フィクションです。


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55:追放もの。(原作:追放もの)

えっ、追放ものの物語を?
書けらぁっ!

……で、追放ものって、どういうジャンルなの?


 雪が融けて、また春が来る。

 草木が芽を出し、動物が活動を始める。

 生命の目覚め。

 

 そして、今年もまた、魔獣が村を襲撃しにやってくる。

 

「さて、と」

 

 遠目で、魔獣の数、種類を確認。

 そして、村の職人からの、資材のリクエストと重ね合わせる。

 ただ、撃退するだけでは足りない。

 ただ、倒すだけでも足りない。

 

 辺境の村にとって、魔獣は脅威であると同時に、貴重な資源でもある。

 皮、鱗、爪、牙、骨、肉……種類によっては、血液もまた資源だ。

 

 魔獣とは違うが、ウサギにはウサギに適した皮のはぎ方がある。

 鹿には鹿の、熊には熊に適した方法。

 四足の獣なら、背中の皮を傷つける殺し方は良くない。

 部位によって肉質が変わるように、皮もまた部位によって使える大きさや用途が変化するからだ。

 

 爪や牙は、折ってしまうと価値が激減したり、使えなくなる。

 骨もそうだ。

 毒をもつ魔獣は、それが肉に回らぬように、できることなら毒を使用させることなく、毒そのものを手に入れられるように倒す。

 

 倒し方の選択。

 それができる実力が、俺にはある。

 

 努力はした。

 血反吐を吐くような鍛錬もこなした。

 しかしそれでも、やはり父と母の血を受け継いだ才能なんだろうと思う。

 

 その、父も母も、今はもういない。

 

 この辺境の村にやってくる前、両親がどこで何をやっていたのかを俺は知らない。

 村の老人は、こんな辺境に流れてくるならば、それだけの理由があったのだろうと……言葉を濁す。

 おそらく、両親の存在は村にとって厄介者だった。

 しかし、両親の存在は、村に益をもたらした。

 そんな奇妙な均衡が、両親をこの村に居つかせた。

 

 この村は俺の故郷。

 そして、村の大人にとっては、俺はどこまでいってもよそ者なんだろう。

 10年、20年と、俺と同世代、年下の者が大人になり、村の中心となる頃、俺は本当に村に受け入れられることになるだろう。

 

 それまでは。

 俺は、村の役に立つ存在でなければならない。

 

 俺の実力なら、村を出ても立派にやっていけると言う村の人間もいる。

 その言葉が正しいのかどうか、俺にはわからない。

 俺は、この村以外の世界を知らない。

 村の向こうに、別の村がある。

 そのまた向こうに、少し大きな村がある。

 町があり、また村があり。

 はるか彼方に、街があって……国の都があるらしい。

 先代の村長が、一度だけ行った事があったそうだ。

 

 知らない世界。

 見慣れぬ魔獣を警戒するように、知らない世界に対する思いは、好奇心や憧れよりも恐怖が先立つ。

 

 息を吸い、吐く。

 右手の武器、左手の武器、腰と背中の、予備の武器。

 

 さあ、狩ろうか。

 村を守るため、村を富ませるため。

 

 

 

 

 

 

 4年が過ぎた。

 15歳になり、俺は子供ではなくなった。

 でも、やることは変わらない。

 

 春の襲撃。

 夏と冬の定期的な間引き。

 冬の狩り。

 

 いや、ひとつだけ。

 村の大人に言われて、弟子のようなものを取ることになった。

 俺の両親が死んだ時は、幼いながらも俺がいた。

 ならば、万が一俺が死んでしまったら?

 

 代わりは必要なんだ、と。

 

 粘つくような視線と口調でそう言われ、俺は頷くしかできなかった。

 まあ、順調に育てば……俺はお払い箱なんだろう。

 

「……お人よしっスね、アラタにぃ」

「断れば、今すぐ出てけって話になるさ」

「アラタにぃがいなくなれば、困るのは自分たちっスよ?」

「俺がいなくても、村の大人連中で撃退はできるし、それなりに資源も手に入れられるんだよ……俺に任せれば、手間と被害が軽減されるってだけで」

 

 俺がいなくなっても、俺の両親がいなかった頃に戻るだけの話しだろう。

 

「……俺は俺で、クソ兄が嫁さんもらって子供も生まれて、分ける畑も食い扶持もないからって、家族に放り出されたんスよ」

 

 弟子と言うか、俺の5つ下、ケイの愚痴をおとなしく聞いてやることにした。

 村は、少しずつ大きくなっている。

 しかし、村が養える人数には上限があり、それを超えると村から放り出される者が出る。

 その時のために、家族は金をため、村から送り出すときに渡す……なんてことができるのは一部だ。

 そのまま放り出されるのも珍しくなく、命の危険があるとはいえ、俺の弟子にさせられたのはまだ幸運な部類か。

 

 愚痴を聞き終え、俺はケイの頭に手を置いた。

 

「着の身着のままで放り出されたんだろ?とりあえず、服と武器をどうにかしようか」

「あー、たぶんアラタにぃからもらった服を着たら、この服を返せって言われる気がする」

「……いっそ、すがすがしいな、それは」

 

 両親が死んで、一人きりで過ごす家に、ケイを迎えることになった。

 

 

 

 

「武器を構える。魔獣を見る。動きに合わせて、素材を損なわないように、殺す。以上だ」

「……たぶんだけど、アラタにぃは弟子を取っちゃいけないタイプだと思うっス」

「もちろん、最初からうまくやるのは無理だ。斬り過ぎたり、ミンチにしてしまったり、破壊してしまったり……そういう失敗を重ねて、手加減を覚えていくんだ」

 

 両親が俺に教えてくれたように、俺もケイに教えていく。

 

「いや、違うっスから!それ、アラタにぃじゃなきゃ、死ぬための指導っスよ!」

 

 ……魔獣の習性と、武器の使い方から教えることにした。

 

「ちょっ、アラタにぃ。この武器、重くて持てないっスけど」

 

 ……魔獣の習性と、身体作りからはじめよう。

 

「……食い扶持が増えたっスけど、大丈夫っスか?」

 

 俺は、畑を持たない。

 狩りの獲物を、畑を持つ村人と交換して麦を手に入れる。

 あとは、野山で野草や木の実を拾ったり……うーん。

 

「悪いな、獲物の肉が中心の食事になると思う」

「いや、むしろ大歓迎っスよ」

「……肉ばかり食ってると、身体を壊すと聞いている」

 

 狩りは、獲物を倒しておしまいではない。

 処理もそうだが、運搬もある。

 ケイという人手が増えた分、多く持ち帰ることができるようになった。

 

 とはいえ、肉を処理するのにも限界がある。

 村人と交換できるのもそうだが、干し肉を作るにしても、そうするために必要なものがでてくる。

 つまり、食えるだけ食え。

 

「……この肉、村のガキどもに食わせていいっスか?」

 

 ……うまくやれ。

 いいか、うまくやれ。

 意味はわかるな?

 

 ケイが頷く。

 よそもの扱いの俺より、村の中にいたケイの方がそのあたりはよくわかっているだろう。

 そして、それはケイへの評価を良くすることにもなるはずだ。

 

「……ほんと、お人よしっスよね、アラタにぃは」

「俺の両親も、この村に生かされてた面はあるんだ。そこから目を背けるのは公平じゃないだろう」

 

 そして1年、ケイはうまくやった。

 たぶん、うまくやったのだろう。

 いや、うまくやりすぎた……。

 

 村という、小さな世界。

 当然、その世界の中にも秩序がある。

 よそものの俺を下に見ることで保たれる秩序があるように、家族というさらに小さな世界の中で、上下関係を決めることで保たれている秩序もある。

 

 ケイが肉を食わせてやりたいと思ったガキどもは、その多くが村の中で下に見られている家の子供であり、家の中で下と扱われている……つまり、村から出ていく将来が待っている子供たちだった。

 

 

 

「……ごめん、アラタにぃ」

「まあ、弟子のやったことは、師匠が責任を取るのが筋だ」

 

 息を吸い、空を見上げた。

 雲が流れている。

 

 村を出て、知らない世界に。

 

 恐怖はある。

 それでも、心が軽くなったように思えるのは気のせいか。

 

 草原があり、森があり、川があり、山がある。

 そこに獲物がいるならば、俺はどこでも生きていられる。

 そう、思おう。

 ケイがいる。

 弟子の前で、不安な表情は見せられない。

 

「荷物は持ったか?」

「うん」

 

 ケイが、村を振り返る。

 

「村の連中はどうでもいいけど……ガキどもは、どうなるかな」

 

 頭をなでてやる。

 この1年で、ケイは少し背が伸びた。

 まだ伸びるはずだが……あまり大きくなれないのかもしれない。

 

「どこへ、向かうの?」

「そうだなあ……」

 

 日が昇る方角には、村がある。

 日が沈む方角には川があり、そこを越えると荒野が続いている。

 川に対して左の方角には山があり、川はその山から流れて……どこに向かって流れていくのか。

 

「獲物を追いながら、考えるとしよう」

 

 

 

 アラタ16歳。

 ケイ11歳。

 長い長い、旅の始まりであった……。




高任:「えっと、物語上多少は仕方ないとは思うんだけど、突然追放されるって、仲間内でコミュニケーション取れてないよね?いわゆる、空気が読めないタイプなの?」
知人:「いや、あくまでも主人公が仲間やグループから追放されたところから始まる物語のこと。だから、主人公のタイプはそれぞれよ。復讐に走るもよし、新天地でスローライフするもよし……」
高任:「自由契約になったプロ野球選手が、別の球団と契約して無双する感じ?」
知人:「うん、間違ってはいない、間違っては」
高任:「ほーん」
知人:「悪役令嬢もの、追放もの、そしておっさんもの……これがここ数年のウェブ小説の3大ムーヴ……な〇う限定かも知れんけど」

つまり、次の話はおっさんもの。(目逸らし)


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56:禁煙。(原作:おっさんもの)

というわけで、悪役令嬢もの、追放もの、おっさんものの、3本。
受け取ってくれ、シーザァァァ!(知人)

あ、病気やら死の表現があります、ご注意を。
なお、タバコに対する思想は、あくまでも物語の登場人物が抱いているとするものであり、現実やら書き手の思想と完全一致するものではありません。


「なんでなのよっ!」

 

 振り返ると同時に、テーブルに叩きつけられる、娘の手。

 

 怪我はしていないだろうか?

 そんなことを考えてしまったのは、ある種の逃避だったのかもしれない。

 

「お母さんは、タバコのせいで死んだんじゃない!なんで、なんでまだタバコが吸えるのよ!」

 

 右手の指に持ったタバコを一旦しまい、私はベランダから部屋に戻り、窓を閉めた。

 

 

 あれが……妻が死んで、1年になる。

 肺がんだった。

 

 息子はこの春で二十歳になり、法律の上では大人の仲間入りをしたが、娘はまだ中学の3年に上がったばかり。

 多感な時期だ。

 

 声を荒げているうちに感情が高ぶったのか、娘が泣き出す。

 声をかけると『ほっといてよ』と言われ、黙って見守っていると『何で何も言ってくれないの!』と言われる。

 こういう部分は、娘はあまり妻に似なかった。

 

 ただ、見守ることで娘の感情の嵐が過ぎるのを待つ。

 親として、父親としてどうかとも思うが……答えは出ない。

 妻と娘の気質がまるで違うように感じるように、人はひとりひとり似ているようでも違う価値観を持っている。

 正しい答えなどない。

 なのに、間違った答えが存在するのがわかってしまう。

 

 正しい父親を目指すよりも、間違った父親にならないように。

 正しい答えを探すことに疲れ果て、そんなことを考えてしまうようになった私は、典型的な日本人気質の小市民なのだろう。

 

 

 

「災難だったね、父さん」

 

 娘が自分の部屋に引っ込んでから、息子が顔を出す。

 現代っ子というか、『自分は要領がいい』と思い込んでいるタイプだ。

 たぶん、社会に出てから苦労するだろう。

 

「……人が死ぬことを、理不尽としか感じ取れない年頃だ。大した父親でもないが、娘の癇癪を受ける程度のことはしないとな」

「って言うかさ、父さんのタバコって、1日に何本よ?」

「2、3本かな」

 

 朝食の後、そして夕食の後。

 仕事中に1本吸うか吸わないか、程度。

 1箱20本で、1週間は持つ。

 

 禁煙、嫌煙、分煙だと、かまびすしい昨今だが、それゆえに『喫煙』そのものがコミュニケーションとして利用できる時代だ。

 昔気質の職人なんかは、私がタバコを吸うと知って、心を許してくることも多い。

 

 実際、私がタバコを覚えたのは働き始めてからだ。

 先輩のアドバイスを受け、仕事のために、それを覚えた。

 酒とタバコが、人の心の垣根を取り払うことが少なくない……そんな時代も、もう終わろうとしている。

 終わろうとしているからこそ、まだそれが通用する。

 日が沈んでから、本当に暗くなるまでの……残照のタイミングなんだろう。

 

 タバコ一本。

 それで、仕事の取っ掛かりができるのなら……そんな理屈は娘には通じないし、親としても振りかざすべきではないだろう。

 もちろん、タバコの匂いそのものがダメだという人間もいるので、そのあたりは担当を分担するようにしているが。

 

「まあ、俺はどうでもいいと思うけど、1日2本や3本のタバコなら、やめてもいいんじゃない?」

 

 息子が言う。

 こういう発言でも、見せ掛けの要領のよさが透けて見える。

 自分は損をせず、提案だけをする。

 

 学生時代の友人関係ならともかく、社会に出ると……自分の身を削らない提案は、提案とみなされない。

 交渉とは認められないのだ。

 

 古い、友人を思い出す。

 彼の父親は、いわゆる家長制度の雰囲気を色濃く持っていた人で……友人から、大学進学に際して苦労したことを聞いた。

 父親がいかせたい大学と、友人が行きたかった大学。

 世間の評価、学力偏差値……父親の言い分を、友人はデータを示して言い負かしたが、問題の本質はそこにはなかった。

 つまるところ、彼の父親は自分の交友関係において評価の高い大学に友人を進学させたかっただけなのだ。

 なので、友人がやるべきことは、父親ではなく、父親の周囲の人間を説得、あるいは騙し、自分がすごい大学に入学したいのだと父親に思わせなければいけなかった。

 

 物理を含んだ話し合いの結果、彼の父親は折れた。

 しかし、『自分の希望を取り下げるだけでは父親としての面子が立たない。だから、お前も希望する大学には進学するな。嫌なら、学費も生活費も、全部自分で稼げ』と。

 

 いわゆる、日本人的妥協の産物で、どちらも望まない結末になったようだ。

 学生時代、酔うと決まって『あの大学に行きたかった』と愚痴をこぼしていたことからもそれがわかる。

 自分で稼ぐ覚悟ができなかった時点で負けよという意見もあるだろうが、受験勉強と、入学金と学費を稼ぐバイトを両立させた上で、見知らぬ土地で下宿を借り、働き口を見つけろというのは、いささか厳しい意見だろう。

 奨学金に関しても、親なり保護者の署名がいる……親が本気になれば、子供を追い詰めるのはたやすい。

 

 当時は、そんな父親もいるのかと思ったものだったが、社会に出ると、こんなことばっかりだった。

 理論や利益ではなく、落としどころだけを考える交渉。

 日本だけかと思ったら、海外だと表に出ないだけで、ビジネスという面子の取り合いは、熾烈で激烈でもあった。

 

 交渉の基本は、それが利益であれ面子であれ、お互いの要求を削りあうことらしいと、理解するしかない。

 自分を削らない要求が交渉と認められないというのはそういう意味だ。

 むろん、それは私が出した結論であり、別の答えを持つ者はいるだろう。

 良くも悪くも、時代が変わればやり方も変わる。

 別の答えが導き出されて当然ともいえるか。

 

「まあ、国が許可を出して売ってるものだからね。文句を言うなら喫煙者じゃなく、国に言うべきだよね」

「はは、権力者は基本老人だからな。そして、老人は喫煙文化を支持する者が多い……だから余計に、老人に対する切り札として、『健康』をお題目にしてるんだろうさ……」

 

 そのお題目を利用するもの、反発するもの、頭から信じるもの、耳をふさぐもの。

 

 情報には必ず意図がある。

 伝えたいことがあるからではなく、目的があり、そのために情報を発する。

 その中で様々な思惑が絡み合って、情報の意図は紛れ、姿を隠してしまう。

 そんな世の中だ。

 

 とはいえ……な。

 

 現代社会は、現代の世界は、どんどん狭くなっている。

 それ故に、余裕のある交渉ができなくなっている。

 時代の変化なんてものは、つまるところ、家が狭いが広いか……そんなものでしかないと、私は思っている。

 狭さに耐えられないものが、耐えられなくなったものが、『邪魔だ』と声を張り上げ、それをきっかけに、ちゃっかりと自分のスペースを確保するものがいて、隅に追いやられるものがいる。

 

 息子の苦労は、私の苦労とは別のものになるだろう。

 それがわかっているから、陳腐なアドバイスしかできない。

 私の経験は、息子にとって半分も役に立つかどうか、おそらくはそんなものだろう。

 そんな父親でしかないのだ、私という存在は。

 

 妻が死んで、この家は広くなった。

 逆に、人が増えれば、手狭に感じただろう。

 

 妻が死んで1年、私は私の、息子は息子の、そして娘は娘のやり方で、心の中に何かを積み上げてきたはずだ。

 娘が積み上げてきた何かが、今こうして……私のタバコに向けられた。

 そういうことなのだろう。

 

「まあ、父さんの身体を心配してるのは本当だよ」

「そうか、ありがとう」

 

 少し笑って。

 

「娘を嫁にいかせて、結婚式で泣くまでが父親の仕事だからな」

 

 これも、もはや古い考えだろう。

 経験が人を作る以上、私は、自分が生きてきた時代に縛られる。

 

「……あれ、結婚できるのかね?」

「そんな言葉は、恋人の1人や2人、家に連れてきてから言うんだな」

「家に連れてきたら、逃げられないだろ」

「はは、まだまだ遊びたい盛りか……まあ、働き始めてからの話か」

 

 父息子(おやこ)のやりとり。

 似て非なるもの。

 しかし、必要だったもの。

 母娘(おやこ)のやり取りを失った娘。

 

 私は、親として、父親として、母を失った娘に何ができるだろうか。

 

 何もできないことと、何もできなかったこととは違う。

 社会に出れば、結果しか認められないようになるが……せめて、家族という小さな社会においては、何かをしようとする努力が必要であるべきだろう。

 

 

 春が過ぎ、夏が来る。

 

 娘の通う中学の三者面談。

 話が終わった後、私だけ呼び止められ……少し家庭の事を聞かれた。

 母を失ったこと、その影響。

 どこか回りくどい言葉に、もどかしさを感じた。

 それを指摘すると、『難しい時代ですから、昔のようにはいきません』と申し訳なさそうに頭を下げられ、かえってこっちが恐縮するはめになった。

 家の事を聞くと、プライバシーの侵害だと抗議されかねないのだとか。

 

 連絡網に家庭訪問……悪いことをした生徒を張り倒す。

 もう、そんなことが許される時代ではないのだな。

 私の上の世代だと、『学校が家の教育に口を出すな』という空気だったが、今は『学校で全部教育するのが当然じゃないですか』などと主張する親までいるとか。

 それが限られた少数だとしても、自分が年をとったと、つくづく実感する。

 

 

 

 夏が終わり、娘も、高校受験に向けて……いや、周囲の雰囲気に流されている感じか。

 周囲が勉強を始めたから、自分もしなきゃ落ち着かない。

 そういう感覚は、私にも覚えがある。

 

 暖かく見守ると言いたいが、何もできないだけだ。

 あの日から、私と娘との会話は極端に減った。

 

 

 秋も半ば、夜遅く帰宅した私を娘が待っていた。

 何かあったのか?

 悪い意味で、鼓動が高まる。

 

「タバコ、やめたんだ?」

 

 わずかな間。

 私は首を振った。

 

「いや、そんなことはないよ」

「……そう」

「ああ、本数を減らしたのは確かだが、禁煙はしていない」

 

 娘は、自分の足元に視線を落とし……もう一度呟いた。

 

「そうなんだ……」

 

 自分の部屋に戻っていく娘の背中を見送る。

 

 会話はなくとも、見ているのだな。

 私が、息子を、娘を見ているように。

 

 

 

 冬になり、年が明けた。

 妻のいない、母のいない、2度目の正月。

 遠くまで足を延ばして、学業成就のお守りを購入して娘に渡した。

 

「実力で受かるから必要ない」

「あ、いや、お前を信用してないわけじゃなくてだな……その、気持ちだ、気持ち」

 

 難しい年頃である。

 まあ、受け取ってくれただけでよしとしよう。

 

「父さん、俺にお年玉は?」

 

 ははは、こやつめ。

 まあ、社会に出るまでは、だな。

 

 

 

 冬が終わり、また春が来る。

 私が、彼女と出会い、そして別れた季節。

 

 今日の墓参りは、娘の合格の報告も兼ねている。 

 

 希望の高校に合格を決めた娘。

 就職活動が本格化し始める息子。

 

 私の家庭も、またひとつの季節を過ぎ、別の季節を迎えようとしている。

 

 

 

 息子と娘は先に帰らせた。

 私と、妻の2人きりの時間。

 

 葬式が、死人ではなく生きている人のための儀式とは良く言ったものだ。

 法要も、墓も。

 残された者のために。

 

 少しずつ、心を整理していき……残しておきたいものを選んでいく作業。

 そうして、自分の心の中に、故人の墓を作り上げていく。

 

 妻は死に、私は生きている。

 私は、今を生きている。

 

 春、春か。

 妻が生まれた季節。

 妻と出会った季節。

 妻と別れた季節。

 

 タバコの箱の封を切り、抜き取った1本に火をつける。

 

 妻は、彼女は……私のひとつ年上で、短大を出て就職した彼女は、職場では私の3年先輩だった。

 私は、男とは思われていなかった。

 手のかかる後輩、その程度の認識。

 私も、そういう目で彼女を見てはいなかった。

 

 目を閉じる。

 

 病院。

 医者に首を振られた記憶。

 入院してから、急激にやつれていった姿。

 

 どちらからともなく、思い出話を始めた。

 彼女と私、心の整理をするため。

 死を受け入れる準備。

 

『あなた、私の前でタバコを取り出したのよ』

 

 薄く笑って、彼女は……それまではぐらかし続けていた告白を始めた。

 

『ワイシャツの袖から、ぬっとあなたの手首が見えて……ドキッとしたわ』

 

 手のかかる弟のような存在に、男性を意識した瞬間。

 

 仕事のために覚えたタバコ、だった。

 そのはずだった。

 

 彼女の告白を聞いてから、タバコは、私の中で別の意味を持った。

 

 

 吸いさしのタバコを、墓に供えた。

 

 嫌煙に分煙、知ったことか。

 私は、禁煙などしない。




これを読んで知人は、きっと『違う、そうじゃない』と言う。

おっさんが主人公で、ロマンスがあって、娘のような女の子(物理)が登場する。
たぶん、説明されたとおりに書いた。

最近のアニメとか漫画とか良く知らないので、時々こんな感じで情報を仕入れて手を出しておきたくなるんです。
よく知らないものを書くのは、危険を伴いますが、新しい発想が生まれていいですね。


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57:サイコロを振る僕たち。(オリジナル?)

最近は、ネットでのセッションもあるとか。
時代は変わったなあと思います。


 TRPG、通称、テーブルトーク。

 文字通り、仲間が集まってロールプレイング(役割を演じて)して楽しむ遊びだ。

 プレイヤーは、自分が演じるキャラを作る。

 

 熱血漢がいいか?

 物語の主人公は、多かれ少なかれ、そういうところがあるね。

 憧れるし、演じやすくもあるだろう。

 

 知的な教授を演じてみたい?

 気をつけろよ、キャラのステータスは高くても、頭のできは本人の能力に準じてしまうぞ。

 

 心優しきバーバリアン?

 おっと、通だね。

 気は優しくて力持ち、でも知恵はあっても学がないということを忘れちゃいけない。

 理論的に説明できないことを、もどかしく感じるかもしれないよ。

 

 ふーむ、なんだか面倒くさそうって?

 そこがいいんじゃないか。

 まあ、異論は認めるけどね。

 

 コンピューターのプログラムに制御されるゲームと違って、こちらの行動を判定するのはゲームマスターである人間だ。

 ある意味融通が利くし、別の意味ではもどかしいぐらい無理ができない。

 

 森の中で迷子になり、ひたすらマップ上をうろうろしながら、『木に登って高いところから眺めるとかできないのかよ!』と癇癪を起こした人もいるだろう。

 木に登ればそれが解決するかどうかではなく、木に登って、それを確かめられるという満足感があるんだ。

 まあ、往々にして『はるか彼方まで、森が続いているように見える』とか、『じゃあ、木に登れるかどうか判定しようか』などと返されるんだけどね、ハハハ。

 

 まとめると、自由を楽しみ、不自由を楽しむゲームだ。

 仲間と相談して、知恵と勇気を出し合って、物語をつむいでいく……共同作業。

 

 

 

 

「……というわけで、素人がとっつきやすい、野球の試合をサイコロで判定するシステムを作りたいんだが」

「いきなり何かと思えば……」

 

 ため息をつく。

 俺が連れてこられたのは、テーブルトーク研究会。

 

「ガチ体育会系で、ガチのオタクって人種は貴重なんだよ」

「あぁ、まあ、それは同意する。俺の感覚で言うと、オタクってなるもんじゃなくて、業のようなものだしな。たぶん、生まれた時からそうなる運命に近い感じ」

「わかる」

「わかる」

「わかる」

 

 研究会の部員と、手を握り合う。

 

 しかし、野球をサイコロでねぇ……となると、2人でプレイする感じなのかね?

 サインプレーや、盗塁、エラーは、処理が面倒になるからすっ飛ばすか。

 投げて、打つ、その結果。

 ああ、昭和の時代の野球ゲームのノリで行くしかないだろ。

 

 いや、投手プレイヤーが投げて、打者プレイヤーが打撃判定するのは、慣れてないと間違いなく飽きが来るな。

 たぶん、打者判定で試合を進めて、ギャラリーと一緒に盛り上がるシステムがいいだろ。

 とすると、大き目のボードに判定シートを拡大コピーして貼り付けて……は、後で考えることか。

 

「6面ダイスは厳しいな」

「え、最初から10面ダイスを想定してたんだけど?バランス調整と計算がしやすいし」

「素人さんは、まず10面ダイスに戸惑うと思うわ」

「いや、逆に『こんなサイコロがあるんだ』と興味を持ってくれるかもしれない」

 

 喧々諤々。

 オーケイ。

 まあ、メリットとデメリットは、コインの裏表だ。

 

 バランス調整は後からするといってもな、最初にある程度はかせをはめる必要があるか。

 打率は、2割5分から3割5分の間。

 10面ダイスだと、2割か3割かの区分になるから、クリティカルとファンブルは必要か。

 

「あまりシステマティックにすると、淡々と進んで本人はもちろん、ギャラリーも楽しめないと思う」

「ああ、それもそうか……1対0の緊迫した投手戦を、野球を初めて見る子供が楽しめるかといったらまずないしな。8対7のゲームが、一番楽しいと、どこかの大統領も言っている」

「へえ」

 

 正確には、2回の逆転劇を含んだ8対7のゲームには、全ての要素が詰まっている、だったか。

 8対7というスコアであるなら、1点も入らなかった回が存在するわけだし。

 

 しかし、ギャラリーか。

 ギャラリーを楽しませるには……やはり、ヤマとオチが必要なんだよな。

 

 んー。

 

「どうした?」

「いや、打者9人に別々の判定作るのはやるほうも見るほうも煩雑になるから、クリーンナップとそれ以外、あるいは上位打線と、下位打線にわけたほうが……」

「……プレイヤーがキャラを選ぶのはどうだろう?」

「というと?」

「あらかじめ、複数人の選手のシートがあって、そこから3人分選ぶとか」

 

 ああ、はいはい。

 打順で言うと、1~3番から1人、4~6番から1人、7~9番から1人、みたいな。

 そして、モブとネームドで区別して、判定を行う、と。

 

「なら、ネームドにはそれぞれ、左投手に弱い、とか、軟投派が苦手とか設定して、対戦相手がどの投手を選ぶかで有利不利が出てくる感じに」

「おう、なんかカードゲームじみてきたぞぉ」

「……軟投派って何?」

「そこからか、おい」

「いや、素人の目線ってのは、そういうもんだぞ」

「野球のルールを、みんなが知ってると思うなよ」

「俺、いまだにサッカーのオフサイドとラグビーのオフサイドの違いがわからん」

「いや、ラグビーにオフサイドがあることを知ってる時点でたいしたもんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふむ、1がファンブル(致命的失敗)、10がクリティカル(会心の一撃)なんだけど、これが特別という意識を持たせるために、ダブル判定のシステムでいこうと思う。

 というか、ぶっちゃけバランスをとるためだけどな。

 

「ほう、続けて(眼鏡クイ)」

 

 いや、クリティカルが出たらホームランとか、たぶん最初はともかく途中でだれる。

 1人もランナーが出なかったとしても、1試合で27人、ああ、倍か、60回からの判定を繰り返すわけだから。

 ホームランバッターとアベレージバッターの区別もつけたいしな。

 なので、クリティカルが出た場合、長打判定にする。

 二塁打から本塁打まで……ああ、そこでファンブッたら、打球がランナーに当たったとか、観客が身を乗り出してキャッチしたとか、鳥に当たって落ちてきたとか、こう、何でやねんっと突っ込める結果にしよう。

 

 なので、2~9の間は、ヒットかアウト。

 1のファンブルは、三振とか、ダブルプレーとか、デッドボールとか、だな。

 

 さっきも言ったけど、打率は2割5分~3割5分、出塁率4割程度に抑えないと、試合が終わらんよ。

 攻撃してるほうはいいかもしれないが、やられてるほうがたまらんだろ。

 あとは、ホームランか三振か、みたいなネタキャラを放り込むぐらいか。

 

 学祭の出し物にするなら、多少アバウトにしたほうがいいだろうね。

 というか、カードゲームの方がやりやすいかもしれんな、野球をゲームのシステムに落とし込むのは。

 

 

 

 

 そうして、できたシステムは、叩き台。

 もちろん、理論上の確率計算をして、どのあたりに収束するかを求めるのだが。

 これをもとに、ひたすらサイコロを振って、振って振って振りまくって、テストプレイの繰り返し。

 

「おかしいでござるよ!確率が理論値に収束しないでござる!」

「計算間違ってないか?」

「合ってる、何度計算しても合ってるんだ!」

「じゃあ、なんで打者3順なんてするんだよ!」

「こっちは、5回が終わって37対1だぜ!」

「おーい、漫研のやつに頼んだ、プレイヤーキャラのイメージカードが出来上がったぜ」

「「「「「どれどれ?」」」」」

 

 僕たちは、泣き、笑い、騒ぎ、無駄話をしながら、サイコロを振る。

 だって、楽しいから。




まあ、ひとりでやるゲームも面白いんですけどね。
それぞれ別の味わいがあります。


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58:バールのようなもの。(原作:バールのようなもの)

とりあえず、これで一区切り。
ネタだしというか、放出終了。

しかしこの話というか、原作のお話って、現代落語にもなってるらしいですね。
私は聞いたことがないんですが、お話の筋とか変わってるのかなぁ。


『次のニュースです。昨夜、〇〇市にある質屋が襲われ、現金や貴金属など数百万相当の……』

 

 ほーん、物騒な話だねえ。

 無関心とか、冷たいといわれようが、ひとり暮らしの大学生にとっては、無縁の話だ。

 それよりも、街を歩いていて襲われるとか、深夜のバイトの帰りに襲われて所持金を奪われるとか、そっちの方が身近な脅威となりうる。

 学生オンリーの安アパートに、強盗がやってくるかって話だ。

 

『なお犯人は、店に侵入したあと、バールのようなもので金庫をこじ開けたと見られており……』

 

 衝撃が走った。

 それまで流していた意識が、テレビに集中する。

 

 しかし、無常にもアナウンサーは次のニュースへと移っていく。

 そこには、既に俺の求める情報はない。

 

 ごくり、と唾液を飲み込む。

 先ほど耳にした言葉を、心の中で繰り返す。

 

 バールのようなもの。

 

 バールのようなもの、だと?

 

 なんてこった……。

 どうやら、俺の日常は壊れてしまっていたらしい。

 いや、あるいは知らないうちに平行世界的な、異世界に来てしまっていたのか。

 

 恐ろしい世界だ。

 バールを使って、金庫をこじ開ける、だと?

 そんなことのために、バールを使役するのか?

 できてしまうのか?

 

 いや待て。

 あくまでも、『バールのようなもの』と言っていたな。

 まだはっきりとはしていない。

 それは、不確定であり未確認なんだろう。

 あるいは、犯行情報として、あえて伏せたのか。

 

 俺にしても、バールを知識としては知っていても、この目で見て、確認したことはないのだ。

 仮に、それを見たとしても……俺は、バールをバールとして認識できないってことになる。

 

 問題なのは、『バールのようなもの』という表現だな。

 そう表現したからには、バールをバールとして認識できる者がこの世界には存在することになる。

 アナウンサーが特に説明することもなくさらりと流したことを考えると、それを認識できる者が、この世界ではありふれているってことじゃないか。

 

 くそっ、なんて世界だ。

 俺は、ただの大学生で、一般人だぞ。

 こんな世界にいられるか、俺は自分の部屋に戻るぞ。

 

 

 

 ……現実逃避している場合じゃないな。

 

 俺は深呼吸し、あらためて部屋の中を見渡した。

 俺の部屋。

 俺のアパート。

 同じものに、思える。

 

 持ち物のチェック。

 大学のノート。

 スマホ。

 友人。

 

 手が止まる。

 この世界の友人は、俺の友人なのか?

 

 しかし手詰まりだ。

 拙速は巧遅に勝ると言うが、一般人である俺には力がない。

 ならば、せめて情報だけでも手に入れる必要がある。

 

 はたして、通話は通じるのか。

 ……南無三。

 

 祈るようにして、ボタンを押した。

 

『よう、どうしたんだ?』

 

 通じた。

 思わず神に感謝しようとして思いとどまる。

 うかつな行為は慎むべきだ。

 

「いや、さっき、その、ニュースでな……」

『なんだ?なんかあったのか?』

「その……バールって」

『よせ!』

 

 普段の友人らしからぬ、鋭く、低い声。

 

『その名を、安易に使うんじゃない』

「や、やばい、のか?」

 

 胸がばくばくしている。

 やはり、そうか。

 その名を、口にするだけでもやばいのか。

 平行世界。

 神話が身近な異世界、なのか。

 

『いいか、良く聞け。その、お前が今口にした名は、商標登録されているんだ』

「しょ、商標登録!?」

 

 背筋が凍る。

 神を使役するだけでなく、その名を商標登録、だと?

 

 この世界は、この世界の人間は、どこまで恐ろしい力を発揮できると言うのか。

 そして、その力の格差は悲しいぐらいに存在するんだろう。

 そうでなければ、友人がここまで釘を刺すはずがない。

 

『……説明のために、あえて口に出すぞ、いいか?』

「ああ」

『バールってのは、バール社が作った特定の工具のことをさす。そして現状は、それに近い形状の工具がいくつもあって、詳しい人間でもなければ、それら全部を説明なんかできないんだよ』

「……はい?」

『わかるか?うかつにバールという名を使って、訴えられたらどうする?この現代社会で、そんなリスクをとってどうする?』

「あ、あぁ、そうだな……」

『わかってくれたらいいんだ。悪かったな、声を荒げて』

「あ、いや、うん、ありがとう……」

『聞きたいことはそれだけか?じゃあな』

 

 通話は切れた。

 

 スマホの画面を見つめたまま、俺は呟く。

 

「その、バールってなんだよ?」

 

 どうやら、古代オリエント系神話の英雄神でないことは確かなようだが……。

 よし、ググるか。

 

 

 数分後、枕に顔をうずめて足をパタパタさせる俺がいた。

 

 しらねーよ。

 日曜大工とか、工作が趣味の人間じゃなきゃ、こんな工具しらねーよ。

 せいぜい、金とこを、聞いたことがあるぐらいで。

 あれ、金てこだったか?

 まあ、いいや。

 

 はぁ、焦って損したぜ。

 そっか、バールはバールじゃなくて、バールだったんだな。

 あれだな、たぶん、発音が違うんだきっと。

 こう、巻き舌なんかで、テクニカルに発音しなきゃ別物なんだな、うん。

 

 その夜、俺は安心して眠りに付くことができた。

 

 

 

 新しい朝。

 爽やかな目覚め。

 昨夜のことを思い出すと、ちょっと死にたくなるが、まあ若気の至りだ。

 今日も元気に、大学に行くか。

 

「よう」

「おはようさん、昨夜は悪かったな、変な電話かけて」

「いや、気にしなくていい。デリケートな問題だしな」

 

 そう言って、友人が俺を見る。

 

「というか、お前があんなことを聞いてきたのが意外だったからな」

「意外ってことはないだろ?自分が何も知らないって、あらためて実感したぜ」

 

 何気ない会話。

 日常。

 何が異世界だ。

 アホか俺は。

 

 アホだったな。

 

「ああ、ところでさ、〇〇の話なんだけど……」

 

 友人の表情が凍りついた。

 見れば、周囲の人間が俺を凝視している。

 

 なん、だ?

 俺は、何を……。

 

 右腕をつかまれた。

 

 黒服、サングラス。

 初めて見た。 

 

 別の黒服に、左腕も押さえられる。

 

 なんだ?

 一体、なんなんだ?

 

 友人の顔が遠ざかっていく。

 黒服に、引きずられていく俺。

 どこだ?

 俺を、どこへ連れて行くつもりだ?

 

 車に押し込められる。

 気づけば、拘束用のマジックテープで両手首を固められていた。

 そして両足首に。

 やめろ、目隠しはやめてくれ!

 

 黒服の呟き。

 

「まだ、こんな権利意識の低い人間がいるとは……」

 

 そして、俺の世界は闇に包まれた。

 

 長い長い、闇の中。

 俺は考える。

 

 もしかすると、俺は最初に思ったとおり……別の世界にやってきていたのではないのか?  




というわけで、バールのようなものでした。
オチは多少理不尽ですが、権利侵害がキッツイ世界だったと言うことで。
うん、しかし清水先生の作品をパロディで書く日がくるとは思わなかった。
個人的には、『〇知妖怪辞典』の日本全国バージョンとかやれたら楽しいだろうなとは思いますが、あの切れ味を真似するのが難しい。

ちなみに、高校生が『バール』って言葉に反応したのがきっかけで思いついたお話。
私の感覚からすると、工具じゃなく、ウガリット神話や旧約聖書のバールを連想するほうが変わってると思うんですが。

あと、魔法少女のマジカルバールという作品が作られない理由は、たぶん商標登録のせい。


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59:世界が思い通りになるノート。(オリジナル)

あぁ、うん、どこかで間違えました。(震え声)


 世界が思い通りになるノートを手に入れたぞ!

 

「……一度も試すことなく、鵜呑みにしているあなたにドン引きです」

 

 さらに、使用上の注意というか、使い方を教えてくれる美女のアシスタントつき。

 クール無表情系で、毒舌気味とか……ノートがなくても、その時点で大勝利なんだよなあ。

 

「せめて、以前の持ち主はどうなったのかという疑問を抱く程度の知能がないと、そのノートを使いこなすことはできませんと忠告します」

「……使いこなせたら、デレますか?」

「デレます。使いこなせたら、ですが」

 

 そうか、デレるのか……。

 

 息を吐き、あらためて彼女に目をやった。

 

 長身でスレンダー、その分、胸はやや大きめの印象を受けるが、サイズはCってところだろう。

 ストレートロングの黒髪は腰まで届き、ややきつめの印象を与える目元。

 唇は薄めだが、不自然な紅さが目をひく。

 眉はやや太く、好みは分かれるだろうが、俺は一向に構わん!

 人間じゃなくても問題ない!

 

 また、息を吐いた。

 そうか、これが、これがデレるのか。

 

 ……すぐにデレたら興ざめだな。

 

 じわじわと、なぶりデレさせてくれるわ。

 日本語がおかしいが、そういうことだ。

 

「……おかしいのは、頭ではないかと」

 

 ははは、こやつめ。

 うん、最高だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間が過ぎ、俺は美女に後頭部を踏まれていた。

 

 正直、俺の性癖からは外れているんだが、貴重な体験ではある……というか、この状態からデレまで持っていくとか、想像するだけで楽しい。

 

「……そろそろ、一度ぐらいノートを使ってみてはどうかと提案します」

 

 美女の口から『使って』とかいう単語が飛び出すと、はかどるよなあ。

 ケーキ屋で、売り子のお姉さんがショーケースの商品を取り出そうとしゃがみこんだ時とか、男子高校生にはたまらないよね。

 

 まあ、見られてるんだけどな!

 この1週間、ずっと、見られてるんだけどな!

 

 ……さすがに、そこまで俺はレベル高くないと言うか。

 1人になる時間が欲しい。

 

 あ、例によって、彼女の姿が見えるのは俺だけなんてのはお約束。

 

「なぜ、使おうとしないのですか?」

「ククク、いかにも使ってみたくなるノート……それが罠、圧倒的罠」

 

 間違いなく、しっぺ返しがくる。

 使ったら最後、沼、泥沼。

 

 ……と言うのは建前。

 

 美女とのやり取り。

 至福、圧倒的至福。

 現状維持、それがベター。

 

 ……デ〇ノートみたく、時間制限とかないよね?

 

 ちらり、と美女を下から見上げた。

 

 ナイスアングル。

 グッドだ。

 

 ……パンツじゃないぞ。

 脚が綺麗なんだ。

 脚から腰へと伸びるラインが、ため息を付くほど美しい。

 

 

 

 

 

 

 

「……お願いします、ノートを使ってください」

 

 美女の土下座。

 

 笑みがこぼれる。

 約一ヶ月、これが、デレか。

 

 ある種の満足と同時に、警戒する。

 俺がノートを使わないことが、彼女にとってなんらかのデメリットがある……そう思っていいのだろうか?

 彼女の弱みは握りたい、しかし、彼女が消滅とか、いなくなることは避けたい。

 

 土下座中の彼女を見下ろし、大きく息を吐いた。

 潮時、か。

 

 

 彼女が顔を上げた。

 彼女が俺を、俺が彼女を見つめる。

 

 立ち上がった彼女が、すっと、右手を開く……そこにノートが現れる。

 揺らめくように、くるり、くるりと、回転を始める。

 白と黒。

 どちらが表で、どちらが裏なのか。

 

 回転が速くなり、白と黒が混ざり合っていく。

 灰色。

 ノートが彼女の手を離れ……胸の前に移動する。

 回転は続いている。

 

 彼女が、両腕を広げた。

 室内なのに、彼女の髪が風に吹かれるかのように広がる。

 

『……、……、…、…、……』

 

 彼女の唇から紡がれる、聞きなれない言葉。

 異国ではなく、この世界ではないどこかの言語であることを直感する。

 

 彼女の右手に、眩しい光。

 彼女の左手に、輝く闇。

 

 目の前の、矛盾した光景に言葉を失う。

 

 回転を続けるノート。

 光と闇を宿した彼女の両手が、叩きつけられた。

 

 

 静寂。

 それを破って、彼女が言った。

 

「この世界の翻訳が完了しました」

 

 翻訳かよ……。

 翻訳?

 この世界?

 

 彼女を見る。

 

 薄い唇が、血のように紅い唇が微かに開いて……彼女は笑っていた。

 

「以前の持ち主が、以前の持ち主がいた世界がどうなったのか……もう、遅いですよ」

 

 それは、つまり……願いがかなうとか、そういうものじゃなく。

 文字通り、世界が、思い通りになる、ノート……なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、地面にノートを叩きつけていた。

 

「どうなってんだ、チキショー!」

「強いて言えば、あなたの頭がどうにかなっていると」

 

 世界を思い通りに……なんて言われて、新世界の神を名乗れるほど、俺はぶっ飛んではいない。

 胸を張って言える、俺は小市民だと。

 小市民らしく、ささやかな願いというか、祈りを込めて、俺はノートに書いた。

 

『朝目覚めると、食事が用意されている。俺が覚えている、懐かしい母親の味を再現したもの』

 

 死んだ母親を生き返らせるとか、そんな大それたことを書いたりはしない。

 人として守るべき一線があることぐらい理解しているつもりだ。

 懐かしい母親の味。

 もう二度と味わうことのできない、母の作った食事。

 

 俺が目覚めた時、母親の味はもちろん、食事の用意すらされていなかった。

 

「どういうことだ?」

「どうもこうも……」

 

 彼女は首を振り、こう言った。

 

『できるわけないでしょう、そんなこと』

 

 なん、だと?

 

 えっと、それはつまり……懐かしい母の味は、母じゃなきゃ作ることができないとか、そのためには母親を生き返らせろとか、そういう……?

 

「……食事は誰が作るんですか?食事の材料は誰が用意するんですか?材料を買うお金は誰が出すんですか?」

 

 う、うん?

 ううん?

 

「やれやれですね……では少し、お手本を」

 

 彼女はそう言って、ノートに文字を……え、書けるの?俺だけが使えるとかじゃなくて?

 

『……窓から入ってきた風に吹かれて、本棚の上のボールが床に落ちる』

 

 強い風。

 そして、ボールが落ちた。

 

 彼女は、ボールを本棚の上に戻し、『窓を閉めた』。

 そしてもう一度、同じことを書いた。

 

 何も起こらない。

 

「世界には、それぞれの『理』が存在します。その理に外れたことを起こすことはできません。当たり前のことではありませんか?」

 

 風に吹かれて、ボールが落ちる。

 窓が開いていなければ、風は部屋の中に入ってこない。

 ボールが、重力に引かれて床に落ちる。

 重力は、この世界の理に属するから、あえてそれを記す必要はない、と。

 

「……窓ガラスが割れるぐらい激しい風が吹けば」

「今現在の気象条件で、そこまでの強風は吹かないかと」

 

 お、おう。

 

 それはつまり……理と言うか、世界を納得させるだけの理由があれば、そうなる、と。

 たとえば、台風が来ていたら。

 いや、台風が発生するような条件を満たし、そうなるように導けば……。

 

「全然、思い通りじゃねえよ、チキショー!」

 

 あれだろ!

 美少女を俺に惚れさせようとしたら、『あなたのどこに好きになる要素が存在するんですか?』とか、無表情でディスられるんだろ、俺は良く知ってるんだ!

 

 いや、もちろん、すごいノートだと思う、思うんだ。

 そのなんというか、あれだ。

 黒歴史ノートを、『緻密な設定』でがっちがっちに固めろって話だよな?

 面倒くさすぎる!

 

 道で百円玉を拾おうと思ったら、誰がどういう状況でそれを落としたかとか考えなきゃならないんだろ?

 しかも、状況設定が中途半端だと、俺が拾うより先に、別の誰かに拾われるとか、そういうのだろ?

 

 ちらり、と彼女を見た。

 

「ちなみに、世界を救うような新技術を発見するとか……」

「どのような技術が、どのような理によって理論的に成立しているかを……」

 

 そうだと思ったよ、チキショー!

 

 ……ん?

 

 ……重力がどのように働いて、とか書かなくても、ボールは落ちた。

 

 正直、俺は重力のことなんてよくわかっていない。

 でも、書かなくても、重力は作用する。

 この世界の理、か。

 

 窓を開けた。

 ノートに文字を書き込む。

 

 ティッシュを1枚、窓から落とし……風に吹き上げられて舞い上がるのを見る。

 

 次は、学校のノートを、窓から落としてみた。

 風は吹いたが、ノートは地面へと落下した。

 

 ……ほう。

 

 ノートが舞い上がるほどの風は吹かなかったが、風そのものは吹いた、か。

 

 別のノートを取り出す。

 風は吹かない。

 少なくとも、俺が感じ取れるほどの強さの風は吹かない。

 ノートを落とした。

 風が吹いた。

 

 ほう、ほう。

 俺がノートを窓から落とすまで、風が吹かないのか。

 

 それは、『おかしい』だろ。

 

 風が吹くのにも、条件がある。

 条件で、強さも、タイミングも変わる。

 

 つまり、今の気象条件なら『吹いてもおかしくない風』を、無条件で起こすことが出来ると言うことか?

 ノートが舞い上がらなかったのは、単純に風の強さが足りなかっただけ、と。

 

 緻密な設定と言うより、違和感を感じない現象に近いな。

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いた。

 舞い上がるスカート。

 

 スカートが翻る前に手で押さえられ、パンツは見えなかった。

 だが、まくれ上がるスカートがいいんだ。

 見える見えないじゃない。

 いや、むしろ見えないほうが萌える。

 

「なんだろう、すごい充実感を覚える。世界が輝いているような、そんな感じ」

「……良かったですね」

「ありがとう、素直にそう言える」

 

 ノートに書いた文字。

 それが消えていく。

 

 その一方で、それよりも先に書いた文字は、消えずに残っている。

 

『今日、俺は事故にあったり怪我や病気にならずに、1日を過ごせる』

 

 くくく。

 この手のお約束、アクシデントによる死亡も、これで問題無しよ。

 人間、生きていてナンボだからな。

 

 ……。

 ……?

 ……あれ?

 

 足が、動かない。

 駅はすぐそこ。

 いつものように電車に乗って、学校に……。

 

 悪寒が走った。

 

『今日、俺は事故にあったり怪我や病気にならずに、1日を過ごせる』

 

 つまり、駅に行くと、電車に乗ると……事故に、遭う?

 

 ノートを確認する。

 何が起こる?

 重大な事故?

 どうすれば防げる?

 

 考える。

 震える手で、『〇〇駅は、今日一日大きな問題もなく、営業を続ける』と書いた。

 

 俺の足は動かない。

 電車か?

 あるいは、俺個人が階段でつまずくとか、そういう事故か?

 

 いや待て。

 ノートに書いたことが、実現できるとは限らない。

 風が吹いたが、ノートは舞い上がらなかった。

 駅で何かが起こることを止められないという可能性。

 既に手遅れ。

 

「どうしました?」

「何が、起きるんだ?」

「おかしなことを言いますね。私は、あなたがノートを上手く使いこなせるかどうかしか興味はないですよ」

 

『〇〇地区では、今日1日の電車のダイヤに大きな乱れは出ない』

『駅に不審物があれば、早急に発見されて問題が起きない』

『〇〇に……』

『〇△は……』

 

 書き連ねていく。

 想像。

 思いつき。

 最後は殴り書き。

 

 震える。

 できることはやった。

 ここなら安全。

 でも、ここから、駅から離れたい。

 

 駅に背を向ける。

 家に。

 足が動かない。

 なぜだ?

 駅ではなく、こちらも危険?

 なら、何故俺は家から外へ出かけることができた?

 

 パニック。

 しかしそこから動けない。

 そんな俺に対して、誰も注意を向けない。

 

 日が沈み、夜になった。

 まだ、動けない。

 駅は、何も起こらない。

 電車も動いている。

 

 夜が更けて、日付が変わった。

 動く。

 足が動く。

 家に向かって歩き出す。

 2歩3歩。

 

 家に着いた、その瞬間……右足のかかとに痛みが走った。

 

 ……靴擦れができ、薄く皮が擦りむけていた。

 

 

 

 不貞寝して、新しい朝を迎えた。

 

 俺は、恐ろしいことに気づく。

 靴擦れを起こさず、家に帰ることができる距離。

 昨日のアレ、たとえば『1週間』と俺が書いていたらどうなったのか?

 1週間、あの場から身動きができなかったんだろうか?

 

 ……いや。

 靴擦れが起きないような歩き方をしてれば……ってことは、人の身体が勝手に動くとか、そういうことは出来ないってことか。

 

 ん、んん?

 なんかおかしいな。

 

 ノートを開く。

 

『〇〇時ちょうどに、俺はラジオ体操を始める』

 

 時計を見る。

 時間が来る。

 俺の身体は動かない。

 

 ……むう。

 謎が深まった気がする。

 

 強いて言うなら、俺は怪我や病気をしたいとは思わなかった。

 そして、ラジオ体操をしたいとは思わなかった。

 やりたくないこと、願ってもいないことをさせたりはできないってことか?

 生物としての、ある種の理。

 

 と、すると……誰かを殴ろうとしている人間を押しとどめることはできないってことになる。

 物理的に、それを妨害する必要がある、か。

 

 極端な話、世界を平和に、全ての戦争、紛争が起こらない……などと書いても、『それを起こしたい』者がいれば、起きてしまう。

 

 ん?

 そいつが誰かをそそのかした場合、ノートに書いたそれより強い影響が出る?

 いや、そそのかされて『それをしたい』と思った時点で、ダメか。

 

 ……このノート、本当に世界を思い通りにできるんですかねえ?

 

「……何故あなたは、素直にノートの使い方を聞かないのですか?」

「聞いても答えないじゃねえか。昨日だって……」

「ノートの使い方を聞かれた覚えはありませんが?」

 

『何が、起きるんだ?』

『おかしなことを言いますね。私は、あなたがノートを上手く使いこなせるかどうかしか興味はないですよ』

 

 ……おう、確かに。

 

「でも、『ノートを開いて文字を書いてください。上手く使いこなせばいいんですよ』とか言わないか?」

「……どうやら、もう私が教えることは何もなさそうですね」

 

 ははは、こやつめ。

 

「そもそも、世界によってすべてが変化するのですから、私の経験がこの世界で役立つとは限りません」

「使えねー」

「世界の理を、世界そのものを理解する、としか言えません」

 

 勉強しろってことじゃないですか、ヤダー。

 というか、俺より数段優れた連中があらゆる分野で研究を重ねているのに、俺一人がどうこうして世界を理解するってのが無理と言うか、傲慢だと思う。

 

 俺の言い分に対し、彼女はただ無表情で俺を見つめていた。

 

 

 

 

 まあ、それでも。

 時間経過とともに、少しずつ、少しずつ、できることが増えていく。

 思い通りになることが増えていく。

 

 世界の理なんて大したことじゃなく、経験則か。

 こいつなら、こういうことをしそうだな、と。

 この雰囲気、こういうことが起きそうだな、と。

 

 思い通りにならずに、時には癇癪を起こしたりもした。

 まあ、癇癪を起こしてもどうにもならないので、またノートと向かい合う。

 そして、人と、世界と向かい合う。

 

 ふと、気がつく。

 俺は、いつから学校に行くのをやめたんだろうか?

 知人、友人。

 親戚。

 すべてが曖昧。

 

「なあ?」

「どうしました?」

「俺がこのノートを手にして……どのぐらい経ったっけ?」

「おかしなことを言いますね、私は……」

 

 はいはい、耳タコ耳タコ。

 俺がノートを使いこなせるかどうか、それだけですよね、と。

 

 そしてまた、俺はノートと向かい合う。

 世界を向かい合う。

 

 文明が滅びた。

 文明が興った。

 繰り返されていく。

 

 光。

 手の中のノート。

 いや、俺の手?

 

 隣を見る。

 いない。

 右、左。

 

 いた。

 俺の前。

 跪いていた。

 

 あぁ、と思う。

 遠い約束。

 

「……デレたか」

「はい」

 

 彼女が、顔を上げない。

 

「全ての研修を終え、あなたは神となられました」

 

 ……ひどい結末だ。

 

 俺の流した涙が、宇宙の星になっていく。

 またひとつ、新しい世界が生まれた。

 




いや、最初は『小説家になるノート』ってネタだったんですよ。
まあ、察して。


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60:ラストラン(原作:ROAD)

駅伝モノの群像劇だと、『風が強く……』の方が有名なんでしょうけど、私はこっちの方が好み。

なお、駅伝の名称や歴史は、記憶のみで書いてるので間違ってる可能性があります。


 駅伝と聞いて、最初に連想するのは箱根大学駅伝だろうか?

 昭和の頃ならともかく、いや、昭和末期以降は……おそらく最も知名度の高い駅伝大会であろう。

 それ故に、ものすごく誤解されているが……。

 

 箱根大学駅伝は、『地方の大会』である。

 全国の大学が参加する、参加できる大会ではない。

 

 大学駅伝で、全国大会は2つある。

 1つは、全日本大学駅伝対抗選手権。

 そしてもう1つは出雲駅伝。

 どちらも、全国の大学、各地区の代表が参加して競われる大会である。

 

 この2つに箱根駅伝をあわせて、男子の3大大学駅伝と呼ばれているが……歴史、知名度ともに、箱根駅伝が独走しているのが現状である。

 箱根駅伝は1920年、大学駅伝選手権は1970年ぐらい、出雲駅伝に関しては、平成に入って1989年か90年あたりが初開催。

 

 そして、知名度が低いと言うか、関係者かマニアでもなければ知らないであろう地方の大会があって、関西地区なら丹後大学駅伝、九州なら九州大学駅伝対抗選手権など。

 各地域の大会、あるいは選考会で好成績を上げた学校が代表となって……推薦枠もあるが、全国大会に挑むわけだ。

 

 もう一度言う。

 中国地方や九州地方、あるいは関西、北陸やら東北北海道の大学の陸上部員に、『なあ、おまえんとこ箱根駅伝出ねえの?』などと無邪気な笑顔で質問しないように。

 大学陸上競技、特に長距離部門において関東地区のレベルが高いのは確かだが、いくら実力があっても、オリンピックで金メダルを取れるような選手がそろっていたとしても、絶対に箱根駅伝には出られません。

 箱根駅伝に出たいのなら、関東学連に所属する大学に入学するしかない。

 

 ……まあ、名門校だと、一般入部が認められない学校もありますが。

 このあたりは、高校野球の名門校と同じ。

 

 と、いうわけで……箱根駅伝の大学だけじゃなく、中学駅伝、高校駅伝、実業団駅伝など、様々な駅伝の大会が存在しているのだが、それがどこで行われているかを把握している人は少ない。

 箱根駅伝は、テレビ放映を通じて知名度を上げ、ブランドイメージを確立した……いわば時代の波に乗った勝ち組の大会であるが、すべてがそうして波に乗ることはできない。

 むしろ、埋没していく方が多い。

 

 駅伝は、開催するにあたって、ものすごく苦労が多い。

 現代機器の助けを借りてなお、必要なのは圧倒的なマンパワー、そして開催地域の住民の理解。

 人口分布の変遷、交通量の変化……時代の流れは、かつてそれを是として環境を、否に変えていく。

 

 知名度がなければ、自分には無関係としか思えなくなる。

 自分とは無関係なら、自分にデメリットを与えるものは排除したい。

 ある意味、人として自然な心の動きだ。

 

 積極的につぶすわけではなく、『迷惑』で『メリットが見えない』から『続ける意味はない』よね、と、そんな感じの意見がまとまると、ぷちっとつぶされる。

 マラソンにしても、『道路を走る意味ないよね?交通の邪魔にならないように、競技場を約42キロ分ぐるぐる走ればいいじゃん』という意見は少なからずある。 

 駅伝に限らず、スポーツの大会や、文化的催しなど、そんな程度のものだ。

 

 知名度を上げるというのは、現代社会ではビジネス面だけではなく『守る』ために必要なものといえる。

 

 

 前置きが長くなったが、これは……日本のある地方で開催される、時代の流れに乗ることができず、むしろ押しつぶされる形で廃止が決まった駅伝大会を舞台に、語られる物語である。

 

 

 

『1区走者、山科(やましな)久地春(くじはる)の章』

 

 

 午前4時30分。

 季節は晩秋、あたりはまだ真っ暗だ。

 真っ暗だが、そこかしこで人が動いている気配を感じる。

 

 レースの開始時間、第1区のスタートが朝の8時。

 俺だけじゃなく、他のチームの第1走者もみな準備を始めている時間帯。

 

 競技の始まる4時間前には目を覚まし、準備を始める……とはいえ、同じ陸上競技でも長距離選手のそれと、短距離や跳躍の選手とでは準備に適した時間帯は違ってくる。

 もちろん、個人差も含めて、だ。

 

 俺の場合は、じっくりと身体を起こして体温を上げ、そこから軽い栄養補給。

 散歩、アップ、栄養補給、瞑想、散歩。

 車で言うところの、暖機運転を続けながらスタートを待つ……少し面倒な体質だ。

 

 実業団選手になってからしばらくして、マラソンには向いていない体質だと宣告された。

 この国の長距離選手は、トラック競技からマラソンへ……というルートが求められるところがある。

 トラック競技に比べて、マラソンの人気が、いや認知度が高いせいと言うべきか。 

 

 マラソンには向いていない。

 その宣告は、俺の競技者としての寿命が残り少ないことを教えてくれた。

 

 あれから数年。

 まだ、正式な発表はされていないが、俺の所属する実業団陸上部の解散が決まった。

 俺の長距離選手の寿命よりも、実業団チームの寿命が先に尽きた。

 笑うしかない。

 

 会社の経営不振ではない。

 いや、大きく分類すればそうなる、か。

 

 野球、ハンドボール、陸上競技部……実業団チームを抱えるためのコスト。

 費用対効果……便利な言葉だ。

 

 近年、テニスや卓球、バドミントンなど……チームではなく、個人を支援する企業が増えたのも、その一環だ。

 選手だけでなく、監督やコーチ、トレーナーを抱えなければならないチームは、割に合わない。

 名の知れた選手個人のスポンサーとなって、宣伝効果を狙う。

 

 つまり、企業にとって、選手を育てる時代は過ぎた。

 世界で戦える選手を、あるいはその見込みのある選手だけに金を注ぐ。

 良く言えば効率的、悪く言えば使い捨て。

 

 まあ、このぐらいの愚痴を吐く権利が俺にもあるだろう。

 

 空を見上げた。

 薄闇。

 

 考えてみれば、駅伝には出場するチームがそれぞれ区間の数だけ選手をそろえる必要がある。

 学生ならともかく、実業団の駅伝大会は……消えていく時代なんだろう。

 駅伝には、チームが必要だ。

 しかし、さっきも言ったように……チームを抱えるのは、企業にとって割に合わない。

 

 チームに所属する14名の選手のうち、会社が支援する選手は2名のみ。

 別の実業団に移籍が内定したのが1名。

 残りの11名は……事実上、引退ということになる。

 

 知らず知らず、笑いがこぼれた。

 今年で最後になる駅伝大会を、解散が決まった実業団チームが走る。

 

 7区間、7人の選手。

 俺を含めて、行き先が決まらなかった者ばかり。

 

 俺が選ばれたのは実力か。

 それとも、ここが俺の出身地だからか。

 一応、現状ではチームで5、6番手の実力ぐらいかな、と思ってはいるんだが。

 

 まあ、事実上のクビを言い渡されるような選手でも、全員がそれなりの実績を持っている。

 実績がなければ、実業団まで競技を続けてこられないからな。

 いわば、俺たちはエリートの落ちこぼれ、なんだろう。

 

 そんな苦味を噛みしめながら、俺は故郷の道を走るのか。

 

 夜が、明けていく。

 始まりの朝。

 終わりの朝。

 

 

 

 5分前。

 

 1区のスタート地点。

 たすきを縛り、長さを調節して身体にフィットさせる。

 ちょっとしたことだが、後半になるとたすきがずれる感触が、気を散らしたりする。

 

 長距離選手にとって、レース中に考えるのは、ペースのことだけでいい。

 余計な思考は、スタミナを奪う。

 ただ、それだと2流どまりだと言われたが。

 技術ではなく、駆け引きに思考を割く余裕が生み出せないのは、突き詰めると才能の差だと。

 

 ふと、高校駅伝のことを思い出した。

 

 たすきが汗を吸って、うまくほどけなかった。

 たぶん、あれで2秒程ロスした。

 区間5位。

 3位とは2秒差だった。

 

 あれがなければ、俺の進路は、未来は変わっていただろうか。

 

 1分前。

 

 このレースで、俺の進路は、未来は変わるだろうか。

 

 10秒前。

 

 俺が、周囲が、身構えていく。

 時計をチェックする。

 

 号砲。

 

 飛び出す者。

 目標の選手の後ろに付く者。

 選手の数だけ思惑が飛び交い、交差する。

 

 風は微風。

 先頭で影響を受けるより、集団の中でもまれるストレスの方が大きいか。

 

 この大会、レベルの上下はそこそこある。

 レベルの違う人間がそばにいると、リズムが狂う。

 それを狙って、先頭でペースを落とす……という作戦が取れなくもない。

 

 最初の1キロを、3分10秒で入った。

 遅い。

 

 視線が飛び交う。

 頷き合う者がいる。

 言葉に出さない交渉、駆け引き。

 

 さりげなく、ポジションを取る。

 3人。

 5人。

 

 俺は、極端なペース変化に弱い。

 じわりと、あげた。

 一番先に飛び出した格好。

 ついてくる。

 背中の気配。

 

 次の1キロを3分5秒。

 その次の1キロを3分ちょうど。

 弱い者は振り落とされ、強い者には少々物足りない、そんなペース。

 

 

 道の脇に、ぽつりぽつりと、人がいる。

 箱根駅伝のような、華やかさはない。

 

 地方の、田舎の駅伝大会だ。

 交通整理の人員も多くはない。

 応援する者も、まばら。

 

 ……故郷だからわかる。

 

 応援する人間の半分以上は、サクラだ。

 旗を渡され、選手を応援してあげてくださいと、頼まれる。

 

 それでも、子供の頃にこの大会を見て、走り始めた者もいる。

 俺の5つ上の先輩も……最終区間にエントリーされていたはずだ。

 

 5キロを、15分20秒で通過した。

 

 背中の圧力。

 ペースを上げろという言葉が聞こえてくるようだ。

 応じるにせよ無視するにせよ、意識すればリズムが乱れる。

 繊細さと鈍感さの両方が必要と言われる所以。

 

 足音。

 苛立ちが聞こえてくる。

 それぞれの思惑。

 

 俺はこのレースが最後だが、ただの調整に過ぎない者もいる。

 

 好きに走れよ。

 俺に期待なんかするな。

 

 心の中で呟き、俺は駆けていく。

 

 

 7キロ地点を通過。

 残り5キロと少し。

 

 焦れたのか、俺の背中から抜け出した。

 それを追う者が4人。

 ほぼ予想通り。

 

 俺は、追わない。

 いや、追えない。

 追えば、つぶれる。

 

 また、笑いがこぼれた。

 

 中継ポイント。

 そこがゴール。

 そこで、俺の競技者としての寿命が尽きる。

 

 少しでも長く現役である事を望みながら、1秒でも早くたどり着こうとしている。

 

 最善を。

 最速を。

 それを放棄した瞬間、俺は競技者として終わる。

 

 道は続いている。

 俺の終わりに向かって。

 

 俺の、ラストランは、もうすぐ終わる。




というか、一発ネタで書く話とちゃうわ!(逆ギレ)
機会があれば、もうちょっと練り直して最終区まで書いてみたいです。


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61:追放されたおっさんと、悪役令嬢。(混ぜるな危険)

ぺろっ。
うん、このわざとらしい〇ろう味。

『異世界』現代風ファンタジーです。(震え声)


 先日までの、重く湿った空気はどこへやら。

 からりと乾燥した空気は、どこか肌寒さすら感じてしまう。

 台風が、夏という季節の残滓を根こそぎ吹き飛ばしてしまったらしい。

 

 あらためて、空を見上げる。

 

 台風一過、か。

 青く澄んだ空。

 対照的に、私の心は淀んでいる。

 

 霞ヶ関(の一部)を襲った嵐。

 こちらの影響は、台風一過……などという、わけにはいかないだろう。

 一日で通り過ぎる気象現象の台風と違って、こちらは静かに3年ほどかけた暗闘が行われ……先月になって一気に表面化した。

 まあ、表面化する時点で、勝負がついている。

 とはいえ、半年、いや、おそらく1年以上後を引くことになる。

 

 ……追い出される私が考えても仕方のないことだが。

 

 

 派閥だの、天下りだの、何の意味があるんだか。

 学生の頃は、そんなことを思っていた。

 しかし、いざ官僚の下っ端になってみれば……中立などと言うスタンスが許されない現実が待っていた。

 

 仕事は、人と人とのつながりだ。

 与えられる仕事、その繰り返しの中で、人とのつながりが構築されていく。 

 それは否応なしに、派閥に属さないと仕事そのものができないことを思い知らされる。

 本人の気付かぬうちに、どこかの派閥に組み込まれているなんてのが大多数で、ごくわずかな例外、いわゆる異能の持ち主だけが、中立であることを許される。

 そして、きわめて優秀で、かつ政治的バランス能力を持つ人間は、自分で派閥を選ぶことが許される。

 その、どの派閥を選ぶかという選択そのものが、トップ候補としての踏み絵でもある。

 この現実を飲み込めない人間は、遠からず精神を病んで姿を消す。

 

 成績が優秀だったから官僚になった……そういう人間は、同僚の仕事の下請けマシーンになるか、自らここを去るケースが多くなる。

 

 私は、どこにでもいる普通の優秀な人間どまり。

 ただ、少し、いやかなり出世と言う意味では運が良かった。

 もちろん、出世ではなく、人生とか、人として運が良かったかと言われると疑問だが。

 

 

 毎年毎年、普通の優秀な人間がやってくる。

 その一方で、各分野のトップに上り詰めるのは……3~5年の世代で1人程度。

 普通の優秀な人間の中の、異能の持ち主や、異常な優秀さを見せる人間を見出すためには、派閥抗争と天下りによって、組織内を循環させる必要がある。

 システムとして最善とはいえないだろう。

 ただ、これをやらないと、現状より悪くなるのは明らかだ。

 優秀な人間が腐ると、その破壊力は目もあてられない惨状を引き起こす。

 

 そして、私が属する派閥は敗れた。

 ごく少数の野望と、多数の生き残りの本能の戦争の結果。

 まあ、いつかめぐってくる順番がやってきただけ。

 

「よう」

「……やぁ」

 

 苦笑いで返す。

 

 勝者と敗者。

 いや、そんな大した話でもない。

 自分の上が勝ったか負けたかであって、自分個人が勝負に敗れたという実感はない。

 生き残った派閥の人間と、敗れた派閥の人間。

 前者の少数は出世の道が開け、多数は現状を維持できる。

 後者の多数はルートからはずれて窓際へ追いやられ、少数は……ポストを開けるために追い出される。

 私は、その少数の中の……まあ、下っ端のほうだ。

 

「残念だったな」

「そうでもないさ……運良く、能力以上の出世のレールを走らされていただけだからな」

「そう卑下するもんでもないだろう」

「卑下したくもなるさ」

 

 私の属する派閥の敗北が決定的になった時点で、妻は娘を連れて出て行った。

 早い話、妻の存在が私の能力に下駄を履かせていただけの話。

 

 まあ、形だけの結婚、形だけの夫婦、そして、形だけの家族だ。

 

 押し付けられた見合い。

 それは、私だけでなく妻にとってもそうだった。

 何もかもが面倒で、しかし仕事の幅が広がることに歪んだ喜びを覚えていたのは事実。

 

 家に帰るのは、年に数回。

 仕事の忙しさと、家そのものへの疑問と、そして彼女に対する誠実さと。

 私は、彼女と性的な交渉をしたことがない。

 つまり、娘の存在は……そういうことで、彼女の両親もそれを承知だ。

 当然、娘も私が本当の父親でないことを知っており……意外と言えば意外だが、娘と私の関係は、それほど悪くない。

 というか、娘と妻の仲があまり良くない。

 

 

『パパも大変よね、ママみたいなの押し付けられて』

 

 私のプレゼントを受け取りながらそう言ったのが、10歳の誕生日だ。

 少しばかり、早熟の気があるかもしれないと、当時は思った。

 

 私と妻の関係が仮面夫婦に過ぎないことを、私の両親は知らずに逝った。

 妻の家系とは、所詮住む場所が違う。

 知らないままの方が良かっただろう。

 実家は兄夫婦が継いでいる、憂いはそう多くない。

 

 まあ、良くも悪くも、私という人間はどこか壊れている。

 いや、昔から壊れていた、だな。

 

 

「……奥さん、出て行ったんだって?」

「わかっていて、聞くなよ」

 

 苦笑を浮かべる。

 

「ここを追い出される人間に利用価値はないさ」

「それは、奥さんの両親の意向だろ?」

「元々仮面夫婦だからな……下手すりゃ、別の男と再婚させる気かもしれん」

 

 壊れているのは、私だけじゃなく彼女もだろう。

 彼女の両親が、あるいは家そのものが、彼女を壊した。

 

 

「前置きはいい。本題はなんだ?」

「……雇われ社長をやってみないか?」

「わけありか?いや、わけありだよな?」

「期間は2年……任期満了前に、責任を取って退陣ってとこだ」

「敗戦処理か」

 

 おそらく、創業者一族の隠れ蓑か、泥をかぶせたくない誰かの代役。

 

 外部から社長に就任して半年、マスコミの前で10年も前の不祥事の謝罪を繰り返す……なんてのはこういうケースもある。

 

 外部の人間だから思い切った内部監査ができ、それで過去の不祥事が見つかったというよくある筋書き。

 不祥事発覚後の世間へのアピールのために、社内改革の断行……外部の人間だから、それがやれる。

 不祥事という泥と、社内の恨みを一身に背負う、文字通りの敗戦処理係。

 

 なるほどな。

 妻と娘に出て行かれた、独り身の男に回すちょうどいい役柄ってことだ。

 

 まあ、当然……それなりの見返りは提示される。

 良くあるのが、不祥事の泥をかぶってから数年後、別の企業や分野で何らかのポストを与えられるいうもの。

 一昔前は、ストレートに金銭というのも少なくなかったのだが、今は企業の金を自由に動かすのが難しい時代になっている。

 それ故に、社長という立場を利用して報酬を渡すなどの、工夫が必要になる。

 

「直接、じゃないよな?」

「ワンクッションはさむ……まあ、半年か。来年の4月の新人事にあわせてってとこだろうよ」

 

 直接の天下りは、さすがに露骨過ぎる。

 ここを出て、別の組織なり企業なりで別の肩書きを得てから、落下傘候補よろしく敗戦処理に挑む、か。

 あくまでも、官僚出身というスタンスだ。

 

「で、どうする?」

「……二つ返事で引き受けるのと、まずは資料をよこせって言われるのと、どちらが安心できる?」

「引き受けない限り資料は見せられん、と言うしかないな」

「……実質、選択肢はない、か」

 

 マスコミに袋叩きにされ、嫌われ者になりながら社内改革。

 これが俺の天下りだ。

 この敗戦処理には能力も必要で、ここでやらかすと後がない。

 

 まあ、こんな話が来るだけマシ……。

 

 ピンと来た。

 

「この話、妻の実家筋からか?」

「……お前への、詫び料だろうな」

「手切れ金、の間違いだろう」

「かもしれん」

 

 つまり、これで完全に無関係、か。

 

 息を吐き、空を見上げた。

 

 これを引き受ければ、待っているのは嵐のような日々だ。

 私の心のよどみを吹き飛ばすのには、それが必要だろう。

 

 ……ちょうどいい、か。

 

「受けるよ」

「そうか」

 

 わずかな沈黙を経て、ポツリと呟かれる。

 

「少し、お前が羨ましいよ」

「まあ、そっちが安泰なのも2年か3年程度だろうしな」

 

 派閥争いの勝利。

 その勝利の効力は、驚くほど短い。

 

 災害大国と呼ばれるわが国だが、ここ、霞ヶ関だって負けちゃいない。 

 

 外交判断。

 国家を取り巻く状況の変化。

 選挙。

 

 いつだって、嵐は起こりうる。

 ここを去る私が属した派閥が、数年後には返り咲くなんてこともざらだ。

 ただ、そうなったとしてもそこに私の席はない。

 

 この蒼天の下、私は霞ヶ関という魔境を去り、別の魔境に身を投じる。

 そんな私を『羨ましい』という、こいつもたぶん壊れている。

 

 風が吹く。

 しばし、その感触に心を傾けていた。

 

 

 

 

 

「ははっ」

 

 企業の資料の一部に目を通し、思わず、笑いがこぼれた。

 こりゃひどい。

 

 時刻は、深夜を通り越して明け方だ。

 敗戦処理が始まるまで、あと半年もない。

 時間は有限、やるべきことは多い。

 提供された資料を読み込みつつ、その資料が本当に正しいかどうかの調査も始めなければならない。

 もちろんと言うか当然と言うか、私の敗戦処理の裏側を知る、企業の人間は一部に限られる。

 

 外部の人間だから、内部の人間関係を無視して強権をふるえるというのは、ある意味で真実だが、間違いでもある。

 まず、私はあくまでも雇われの社長であり、雇い主であり、スポンサーの意向にそぐわない行為は厳禁だ。

 ここで重要なのは、スポンサーの意向が私にはっきりと知らされないことにある。

 もちろん、スポンサーそのものも。

 創業者一族の依頼なのか、国主導のものなのか、あるいは……などなど。

 

 私は、『提供された』資料を読み解くことで、スポンサーを推測し、その意向を汲み取った上で適切な行動を取らねばならない。

 実際、不祥事を全てぶちまける……なんてのは、大抵のケースで悪手だ。

 不祥事を発表する時点で、何らかの対処の目処が立っていなければならない。

 マスコミがすっぱ抜く企業の不祥事の多くは、政治闘争によってもらされた情報がほとんどだ。

 

 対処の目処が立っていない状況で発表されると、被害は拡大する。

 それは、敵対勢力にとってはマウントをとる格好の材料だからこそ、政治闘争に使われるわけだが。

 

 一刻も早く真実を……などというお題目で被害をこうむるのは、多くのケースで国民だ。

 もちろん、本気でどうしようもないというか、国民に周知させることが目的のケースもあるから、一概には言えないが。

 

 

 夜が明け、仮眠もそこそこに人に会う。

 政治も仕事も、人を動かすことが本質だ。

 人間1人ができることは限られており、どれだけ多くの人間を動かすことができるかが、仕事の総量を規定する。

 

 異能の持ち主や、きわめて優秀な人間は、書類で、言葉で、それを理解し、人を動かすことができるが、私はその境地に至ることはできない。

 泥臭く人に会い、その求めるところを知り、動かそうと試みる。

 結果、私ができる仕事の総量は、彼らに劣ることになる。

 

 縁と運。

 私の仕事がどうなるか、出来が満足できるかどうかは、私が誰と出会うことになるか……が重要になる。

 かつての上司が言うところの、運任せの人材。

 そこが、私の限界。

 

 まあ、出会った人間を馬車馬のように働かせて使い捨てていくのが瞬間最大風速となるんだろうが、それをやるとブラックのそしりを受ける世の中だ。

 やらないとは言わないが。

 

 

 関係者、あるいは関係者になるだろう人間と会い始めて数週間、企業の専務の1人が目の前にいる。

 創業者一族に連なる1人で、若い女性。

 

 それはいい、いいのだが……。

 まだ21歳で、専務に就任したのが今年の4月というのが、かなり厄い。

 

 不祥事発表に際して、雇われ社長を生贄にするだけでは弱いと考えたのか。

 一族の1人を、こういう形で生贄に差し出したとすれば、考えていたよりもハードな天下りになる。

 

 そうすると、ただ仲介しただけとはいえ、妻の実家筋としては……ここで完全に私につぶれて欲しい、あるいは過去という縁そのものを叩き潰したいと考えている可能性がある。

 だからといって、嵌められたとか、罠というわけでもない。

 この件をきちんと処理すること、成功させて欲しいと考えている人間がいるのも確かだからだ。

 

 成功させて欲しい人間がいるならば、失敗して欲しい人間もいる……それは世の常だろう。

 単純な反目ではなく、右手で握手し、左手にはナイフを構え、足を踏みつけあう……どこにでもある人間関係。

 そうしたいろんな立場の、いろんな思惑が混ざり合って、魔境が生まれる。

 

 能面のような彼女の顔を見つめ、私は軽く、ジャブを放った。 

 

「……このたびは、貧乏くじを引いたようで」

 

 びきり、と彼女の表情が崩れる。

 うん、若い。

 演技でなければ、ただの裏のない生贄。

 

 元々は、本家に近い分家の娘で……中学に上がる前に本家に養子に出され、政略的な結婚の駒にされた。

 まあ、婚約どまりだったが、それも彼女が専務に就任するのと前後して解消されている。

 正直、笑うしかない状態だろう。

 

 平手の一発や二発、罵声程度は甘んじて受けるつもりだったが……上流階級の教育は侮れない。

 

 ひきつった笑み。

 かすかに震える肩。

 しかし、それだけだ。

 

 ……元妻も、こんな風に壊されていったのだろうか。

 

 かすかに憐憫の情を抱き、あらためて彼女を見つめる。

 

 霞ヶ関で思い知らされた、私の限界。

 それ故に、この手の人間の心に忍び込む技術には、そこそこ自負がある。

 

 たぶん、彼女はこの仕事を進める上でのキーパーソンになる。

 そんな予感。

 

 空気を変える。

 態度を変える。

 口調を変える。

 

「なあ、お嬢さん」

 

 悪魔の囁き。

 

「誰に復讐(ざまぁ)したい?」

 

 

 私は、壊れている。

 仕事のためなら、それほど手段は選ばない。




追放されたけど、実は結構有能。
婚約破棄された、悪『役』令嬢。
復権と、ざまぁの可能性。

よし、どうやらこのお題は、完璧にマスターしたと言えるな。(目逸らし)


個人的には、ざまぁって、もっとこう、情念とか怨念がドロドロに純化した、コールタールよりも黒い何かのほとばしりに、美しさを感じます。
悪役令嬢も、そそのかされてヒロインを〇してしまった取り巻きに向かって、『あら、〇してしまったの?そこまでしなくても良かったのに』などと、微笑みながら……最後は優しく抱きしめて『大丈夫よ、あなたは私がちゃんと守ってあげる……まずは身を隠しなさい。落ち着いたら、私だけに居場所を教えるのよ、悪いようにはしないわ』……みたいな。

知人:「それ、悪役令嬢じゃなくて、悪の令嬢や」
高任:「なんでや!?スチュ〇ーデス物語のアレとか、完璧な悪『役』令嬢やんけ!」


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62:百万回死んだ、織田信長。(オリジナル?)

タイトルの出オチ感がいいよね。
なお、歴史はガバガバというかネタです、突っ込まないように。


 平行世界。

 外史。

 

 SFだか、ラノベだか、ゲームだかで、散々見聞きした言葉が飛びこんでくるコミュニケーション。

 気の合う友人と、オタク話をしているわけじゃない。

 

 俺の目の前で、『この世のものとは思えない』妙齢の美女が、微笑みながら立っている。

 そう、微笑みながら立っている『だけ』だ。

 

 口が、唇が、舌が、動いているようには見えない。

 なのに、俺は彼女の言葉を聞いている。

 

 正直、俺の頭の出来では理解できない内容も含まれているのだが、彼女の言葉を理解できてしまう。

 無理矢理ねじ込まれている感が半端ない。

 

 

 世界を樹木にたとえるなら、外史は枝にあたる。

 樹木全体に流れる栄養は限られていて、枝を無制限に増やし、無秩序に伸ばし続けると、樹木全体が弱り、枯れてしまう。

 同時に、適度な枝を確保しないと、それはそれで樹木そのものが弱くなる。

 

 

 種の多様性みたいなもんかね。

 それも、ある程度の秩序を備えた多様性が、全体的な活力を生み、寿命を延ばす、みたいな。

 

 美女が、にこりと笑う。

 

「ええ、そのイメージでおおむね間違ってないわ」

「なるほど。それで俺に何を……」

 

 ……。

 ……。

 

「うわ、しゃべった!」

「頭がキレすぎるのも、愚図すぎるのも、対象外なので」

「……」

「……」

「その、ほどほどがいい、と?」

「標準的なカテゴリーが望ましい、と……あなたが3人目のサンプルです」

 

 3人目でしたか。

 標準的ってなんだろう……というか、前の2人は何をやったんだろうか。

 

 あらためて、美女を見つめる。

 文句なしの美女。

 ただ、綺麗な風景とか絵画的な美しさであって、こう、色気というか、エロい対象としては見られない感じ。

 まあ、人間じゃないってのが目に見えてるしなあ。

 

「と、いうか……俺は死にましたか?」

「ええ、死んでもらいました」

 

 美女の微笑み。

 ああ、うん、ないわー。

 

「あなたのいた世界からつながる可能性が途絶えたので、樹木にとって無駄な枝を落とす……それだけです」

 

 怒りはない。

 呆れと、諦め。

 

「……消滅する世界だから、資源の活用というか、リサイクルですか?」

 

 にこり。

 

 ……喋れや。

 

「4人目を選ぶ手間が省けて良かったわ」

 

 ああ、激昂しちゃったのかな、前の2人は。

 まあ、俺は流されるのが得意ですよ、と。

 

 

 

 

 

 さてさて、樹木やら枝やらは、あくまでもたとえ。

 世界の多様性を守るために、彼女は、あるいは彼女たちは、世界を選別し、その行方を見守り、可能性が途絶えた世界を消滅させ、また新たな世界を選別する。

 

 別の世界、別の歴史を知る人間を、新たな可能性を発芽させるために、可能性の坩堝である世界に放り込む。

 まあ、あれだ。

 ニホンオオカミが絶滅しなかった世界を作る、みたいなものと思えば理解しやすい。

 ニホンオオカミが絶滅しない環境、世界、それはどんな可能性を持つ世界になるだろうか、とかね。

 それを、人間でやる。

 

 俺が放り込まれるのは、戦国時代の日本。

 

 ……ピンポイントすぎじゃね?

 

 みんな大好き、織田信長でやればいいの?

 みんなのフリー素材、織田信長。

 裏切られすぎとか、幸運すぎとか、信長の絶体絶命は何度あるんだよとか、俺の世界の日本では、80年代後半からは信長史観と言われるぐらいだからね。

 

 ああ、別の可能性ってことは……え、待って。

 

 美女を見つめる。

 

 あの、もしかして……織田信長って?

 

「ええ、『弱小織田家から、天下を狙うぜ』などと、ノリノリで切り開かれたのが……あなたのいた世界です」

 

 にこにこと、美女が言葉を続ける。

 

「桶狭間……でしたか?あの戦いで、最初の成功までに4桁に届く試行回数を重ねたと記憶してます」

 

 お、おう……。

 

「撃退するだけなら、そうでもなかったんですけどね……あの戦いで今川義元の首をとらない限り、織田家が詰んでしまうと……戦いの前の敦盛の舞いって、雨乞いなんですよ」

 

 その発想はなかった。

 ああ、うん、はかったように雨が降るとか、そうか、アレは幸運じゃなくて、信長が掴み取ったものだったんだな。(震え声)

 

 いや待って。

 何度もやり直したんだったら、なんであんな……ほら、浅井家の裏切りとか。

 

「これをやったら失敗するからとか、理由はともかく、こうしたら成功するからとか……家臣に説明できます?」

 

 あぁ、信長が短気で言葉足らずなのって、そういう……。

 

 あれ、やり直しができるなら楽勝とか思ったけど、これってハードモードじゃね?

 自分が何故そうするか、そうしなければいけないのかを、周囲に説明できないってことだよね?

 

 家臣に説明せず、納得させられないまま、次々と常識はずれの行動を……そら、裏切られるわな。

 

「……裏切られたほうが、結果としてはマシと判断した分もあります」

 

 え、もしかして……信長の一生って、最善なの?

 本能寺の変も、アレが最善なの?

 

「ちなみに、やり直しは、生まれた瞬間からですので」

 

 セーブポイントはなしで、桶狭間だけで4桁か……。

 生まれてから桶狭間までを、4桁回数繰り返すって……地獄かな?

 雨が降らなかったら、即切腹とか……周囲の家臣とか、ドン引きだよな、きっと。

 

 いや、違う。

 桶狭間を成功させた後も、やり直すたびに、桶狭間を成功させなきゃ……。

 

 つまり、やり直した回数だけ桶狭間を……。

 

「桶狭間にたどり着く前に、殺されるのも多かったですよ」

 

 あ、はい。

 ああ、うつけのフリって、そのあたりもあるのかなぁ。

 

「あなたの世界では、織田信長は有名ですが……普通にやれば、すぐに消える弱小勢力なんですよ」

 

 ……飛騨の三木家改め、姉なんとかさんの野望ですね、わかりたくない。(白目)

 

 まあ、尾張のナゴヤ城の今川某を、信長の父親が騙し討ちして奪い取ったのが、信長の幼少時なんだよなぁ。

 あぁ、うん。

 普通に考えたら、どうにもならん……そういう勢力だわ。

 つーか、ノッブの父親がいなけりゃ、お話にもならない。

 

 チートとか、幸運すぎとか、裏切られすぎとか……ああ、しかも未来からの転生者でもあるのか。

 チクショウ、納得したくない。

 

 

 美女が笑う。

 

「彼は、100万回死にましたが、あなたはどの可能性を狙います?」

「……死ぬのって、痛くて苦しいですか?」

「今から、何度でも試せますよ」

 

 

 ははは。

 わかりました。

 阿波の海部家から、天下を獲ってやりますよ。(やけくそ)




敦盛は雨乞い、間違いない。(真顔)

阿波の海部家スタート……たぶん、応仁の乱ぐらいから始めないとノーチャンス。
細川家、三好家の下で出世して、独立ガチャでワンチャン。


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63:対魔忍?聞いたことがある。(原作:対魔忍?)

対魔忍?
聞いたことがある程度です。
なので、まあ、設定がおかしいとか、そういうのは抜きで。


 友人の目を見つめたまま、言葉を続けた。

 

「まあ、聞いたことがあるだけなんだけどな」

「……だろうな」

 

 と、友人が返す。

 

 時は、いや、時代は世紀末。

 魔界やらとゲートがつながるわ、魔物と戦うためにサイバーでパンクな技術が蔓延するわ、暴力と腐敗のよどんだ時代に俺たちは生きている。

 というか……本当は、ずっと昔から人ならぬものと人間との戦いは続いていて、それが表面化したのが今の時代ってことになってる。

 ただ、隠されてきた事実が表面化ってことは……今俺たちが感じている『事実』とやらも、実はいろんなものが隠された状態で知らされている事実なんじゃないかと不安になるのは当然だろう。

 

 魔と戦う忍達。

 つまり、対魔忍。

 都市伝説のようだが、これは間違いなく実在する。

 

 魔を退ける……退魔忍なんて勘違いもあるようだが、実際、本当はこれが正しい。

 対魔忍の多くは、魔の血を引いていて、その魔の力を用いて、魔物と戦う。

 ただ、この魔の血に由来する力を制御できなければ、人であることを続けられず、魔に堕ちてしまうともいう。

 つまり、魔の力がある程度退化した人間が、退魔忍であることが少なくない。

 

 良くも悪くも、魔の血を引いている人間は、少なくない。

 血の濃さ、薄さはあるが、何かのきっかけで、その血に宿る魔の力に目覚めるものもいて……都市伝説も何も、それは決して他人事ではないのだ。

 

 

 俺は、あらためて友人に目を向けた。

 

「それで、いきなり何よ?」

「ああ、いや……昨日の夜、見ちまったんだ、その、たぶん、対魔忍が戦っているのを」

「へえ」

 

 敢えて、軽く返す。

 

「いや、信じてないだろ、お前」

「信じるも何も、なぁ?」

 

 できるだけ茶化すように。

 そして、馬鹿にはしないように。

 

「いや、まあ、その反応はわかるんだけどな。俺も、あれを見るまでは、都市伝説としか思ってなかったし……それでもまあ、俺たちの知らないところで、そういう連中と戦っている存在はいるんだろうなとは思ってたけど」

 

 半目で、友人を見る。

 

 そうか、見たのか、こいつ。

 いや、見ることができたのか、こいつは。

 

「……なんつーか、その、すげぇ、エロかった」

「お、おう……」

 

 俺の返事をどう受け取ったのか、友人が慌てたように言い訳を始める。

 まあ、うん、いいんだけどな。

 気持ちはわかるし。

 

 都市伝説で語られる対魔忍の特徴は、大体そっち方向に偏ってる。

 

1、基本、女性は美人揃い。

2、基本、女性はスタイル抜群。

3、基本、女性の衣装がやたら露出が高いか、エロい。

 

 などなど。

 

 まあ、なんで女性ばっかりなんだよとか、都市伝説スレでは突っ込まれてるんだけどな。

 魔の血を引いてるってことは、基本魔にそういうことされた女性の子孫ってことで、そういうことされるってことは、魔物の審美眼にかなう美しい女性だからとか何とか。

 スレでは好き勝手に語られてる。

 

 ああ、本当にな。

 

 ……友人に対して当たり障りの無い対応をしているが、実は、俺の身内に対魔忍がいる。

 だから、俺は対魔忍が実在していることを知っているし、たぶん、一般人よりも事情に詳しい。

 

 対魔忍、か。

 俺の身内の、対魔忍。

 それはつまり、俺も、何がきっかけで……そうなる可能性がたぶんにある。

 俺の身体に流れる、魔の血脈。

 

 はっきり言うと、怖い。

 ああなってしまうのが怖い。

 

 俺の、父方の祖父の弟だから、大叔父さんってことになるのか?

 ある日突然、血に目覚めたらしい。

 50を越えてなお、見た目は若々しく、20代で通じてしまう。

 

 女ばかりと言うか、女だらけの対魔忍。

 もちろん、男もいる。

 男もいるが、ほぼ女。

 その秘密は……なぁ。

 

 大叔父さんの姿を思い浮かべる。

 

 エッロい対魔忍スーツに身を包んだ、外見上は妙齢の美女。

 

 ……血に目覚めると、その多くはTSしちゃうんだよなあ。(震え声)

 そして、スタイル抜群に。

 なおかつ、若々しい外見を保ち続け……そりゃあ、政府の上層部の女性連中が、嫉妬に狂って情報を売り渡すよなあ。

 救いが無いのが、男は男で、対魔忍とエロいことしたいからって、魔界の人間とつるんで情報を売り渡す。

 

 国営デリバリーとか、脳筋とか、好き勝手言われてるけど、そもそも信用できる後ろ盾が皆無なんだから、そりゃあ、脳筋プレイするしかしょうがないって。

 

 

 対魔忍として数十年、無事(?)で現役であり続けられた大叔父さんみたいな存在は、例外中の例外らしい。

 父も、兄も、いつか自分がエッロい対魔忍スーツに身を包むはめになるんじゃないかと、怯えながら日々を過ごしている。

 そして俺も、朝目覚めるとすぐ、股間に手をやってしまう癖がついた。

 

 ……大丈夫、俺はまだ大丈夫。

 

 血の目覚め。

 それは、魔の気配によってなされることが少なくない、らしい。

 君子危うきに近寄らずってことだろう。

 対魔忍である大叔父も、俺たちと直接会うことは極力避けている。

 ありがたく思うと同時に、申し訳なく思う。

 そして、それを割り切る大叔父のあり方が、どこか悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、『女』の声で、友人から電話をもらい、大叔父さんに連絡した。

 

 ああ、うん。

 涙でぐしゃぐしゃの、エッロい身体つきの友人(顔は面影を残しつつ、ほぼ別人)に抱きつかれて、多少股間に来るものがあったが、それと同じぐらいの恐怖を覚えた。

 

 友人がそうなったことに、大きな驚きは無い。

 だって、あいつは……対魔忍が戦っているのを『見る』ことが出来たんだ。

 そう、本来『常人が目で追えるようなものではない』対魔忍の戦いを。

 それはつまり、血の目覚めの予兆だ。

 

 そしてたぶん、俺はもう友人と会うことは無い。

 

 そう、思っていたんだがなあ……。

 

 

 

 

 

 

「お前も対魔忍になるんだよぉ!」

「いやぁぁぁぁっ!」

 

 立派な対魔忍見習いになった友人に襲われて何かを失い、そのまま朝までロングランをかまされ……目が覚めたら、股間のモノとサヨナラしていた。

 

 顔を上げると、いい笑顔の美少女が。

 

「ようこそ対魔忍の世界に」

 

 はは、抜かしおるわ、こいつ。(震え声)

 

 ……いざと言うとき、絶対に見殺しにしてやるからな。

 

 裏切りと足の引っ張りあい。

 それが、対魔忍の世界だ。 




高 任:「……と言う話を思いついた」
知 人:「対魔忍TSwwwwwww」

うむ、一発ネタとは、かくあるべし。


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64:『童貞が悪』という台詞を聞いて考えた話。(オリジナル)

あんまり救いの無い話ですので、覚悟をしてから読んでくださいね。


 理不尽な人生だったと思う。

 なんというか、子供の頃からずっと、とにかく人に嫌われた。

 いや、好かれなかったと表現するのが正しいか。

 

 できるだけ平等に、というのが最高に好意的な反応。

 

 両親にしても、『自分たちの子供で、悪い子じゃないんだからちゃんと扱ってあげないと』と言う感じに、悩んでいたのを知っている。

 

 理由は無く、まず感情と言うか、感覚が来るらしい。

 そばにいたくない。

 なんか、ムカムカする。

 その上で、理由付けされて、『嫌い』だと認識する。

 

 どうやら、俺と『直接』会った瞬間に、そうした感覚に包まれるらしい。

 たとえば、電話なりメールなりでしかやり取りしてこなかった人間は、普通に俺に対して好意的な反応を示したりする。

 俺の写真を見てもそんなことはないらしい。

 ごく普通の、特徴の無い平凡な顔。

 いわゆる中肉中背の体型。

 外見的なものが与える嫌悪感からは、たぶん遠いところにいる。

 

 それが、いざ直接会った瞬間、得体の知れぬ嫌悪感に包まれるらしい。

 それまでの好意的な印象とか記憶はそのままに、ただ、嫌になっていく。

 俺に落ち度はないと理解してなお、その感情の流れを止められない。

 理性的に、公平に、平等に扱おうというのが、最高に好意的な反応というのは、そういうことだ。

 

 正直、俺の人生は詰んでいた。

 極力人と会わない仕事を選び、電話とメールだけでやり取りする関係を維持する。

 あとは、俺に会ってなお、平等に扱おうとする少数の人間との、わずかなやりとりが、俺の生命線。

 

 人の集まる場所は鬼門だ。

 見知らぬ人間が、俺にきつい視線を向けてくる。

 そして、そんな自分に気付いて不思議そうに頭を振る人間の仕草に耐えられない。

 

 酔っ払いなどの、理性的な判断力が落ちている人間は、俺に対して直接的な暴力を振るうことも少なくない。

 俺に落ち度は無いが、警官や弁護士、それらの人間を俺は無条件で信じることができない。

 

 悪いこと、というか、犯罪は犯さなかったと思う。

 ただ、生きてきた。

 そして、疲れ果てた。

 もっと他にやりようは無かったのかという気持ちはあるが、後悔はほとんどない。

 

 ただ、知りたい。

 何故俺は、こんな人生を送らなければならなかったのか?

 

 呟くように問いかけ、顔を上げた。

 

 男なのか女なのか、良くわからない中世的な顔立ち。

 というか、アルカイックスマイルと言うか、仏像的なイメージの姿。

 

「……なんちゅうかなあ」

 

 いきなり、イメージが崩壊した。

 表情はそのままで、声というか、言葉だけが砕けまくっている。

 

「あれや、友達の友達は、ちゅうてつなげていくと、6回でほぼ日本国民全員とつながるなんて話があるやろ。人の縁ゆうんも、それと似たところがあってな」

 

 そう言って、頭をかく。

 

「人と人がまぐわうゆうんは、ただ身体だけのことやなくてな、魂のまぐわいっちゅうか、魂がふれあい、混ざり合うことを意味するんよ」

 

 一旦、言葉を切り……また、頭をかく。

 

「この、他人の魂との混ざり合いっちゅうか、まぐわいが、再び人として生を受けるに際して、縁を取り持つっちゅうわけでな、その、なんや……」

 

 言葉を濁し、濁し、コホンと小さく咳をして。

 

「そら、大人になる前に死ぬゆうんもあるからあれやけど、童貞のまま死んでまうとな、その分、縁が薄れていくんよ」

 

 え?

 

「一度や二度ならええんやが、それが6度続くとな、魂の混ざり合ったっちゅう縁が薄れて消えてまうっちゅうか、わずかなりとも縁が残ってる魂がほぼおらんようになってしまうんや……つまり、縁の切れた魂には親しみを感じひんし、よそ者っちゅう認識してしまうだけやなく、縁そのものをあたらしく作ることができひん魂ばかりになるんやな」

 

 え、あ、う?

 6、度。

 6度?

 俺の魂、6回連続で童貞のまま、お亡くなりになりましたか?

 そしてまた、俺は童貞で。(7世連続?回目)

 

 コフッ。(吐血)

 

「まあ、一度の生で混ざり合いすぎると、逆に魂が濁るっちゅうか、それはそれで敬遠されるようになるんやけどな……あんたの場合、ここまで縁が薄いっちゅうか、切れてしもうたら、もうどうにもならんわ」

 

 ……前世とか、俺の記憶にないから俺のせいじゃねえといいたいけど、魂つながりで自業自得とか言われそうでなんだかなあ。

 ああ、でも、理不尽とか、馬鹿らしいとか思っても、こういう理由があるんだと説明してもらえて……なんか、楽になったなあ。

 

 しかし、そうかぁ。

 冗談でもネタでもなく、童貞って悪だったんだなあ。

 

 

「あれや、あんたは、新しい縁を求めて、異世界に逝ってもらいましょ」

 

 

 ……所詮最後は、異世界転生か。

 

 しかし、童貞か、童貞のせいで、異世界転生か。

 最近流行の、異世界転生ですよっと。

 

 ……なんか、怖い考えが浮かんだけど、黙っておこう。




えーと、愛の無いまぐわいは無効な感じの設定で。
たぶん、心が通い合うことで、魂が触れ合うとか何とか。

……人類が滅びそうな設定だなあ。(震え声)

あ、異世界からやってくる魂で、差し引きゼロか。


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65:なでポ(レベルМAX)。(オリジナル)

見せてやりますよ、本当の一発ネタってやつをね。


 コミュニケーション能力に不安がある。

 笑い声がすると、自分が笑われているのではないかと不安になる。

 自分に自信がない。

 エトセトラエトセトラ……。

 

 

 視線は自分の足元へ。

 自分の思っていることを、人生で経験したことを、ありったけの勇気とともにぶっつけた。

 

「いくらチートもらっても、異世界でうまくやっていく自信なんてないです」

 

 人が生きていくのに必要なのは、能力じゃない。

 いや、もちろん最低限の能力は必要だろう。

 それでも、重要なのは、人とつながるための能力、コミュニケーションだ。

 それは、世紀末ヒャッハー世界だったとしても、たぶん変わらない。

 

 ……多少、重要度が下がる気もするが。

 

 臆病だと、笑いたければ笑え。

 自分から信用するとかそういうのはどうでもいい。

 まず、信用されたい。

 信頼されたい。

 それも、無条件の信頼だ。

 その前提があってようやく、俺はコミュニケーションの第一歩を踏み出せる。

 

 とにかく、声を荒げたり、話の途中でさえぎったり、否定したり、暴れたりせず、最後まで、ちゃんと、俺の話を聞いてくれれば……たぶん、きっと。

 そうやって最後まで話を聞いた上で、それを否定してくれるのなら、納得できるし諦めもできる。

 

 俺は、善人ではないが、悪人でもないと思う。

 俺を無条件で信頼してくれるような人が相手なら、悪いことをしようなんてことは思わない。

 今までそういう機会が無かったからなんて言われたら否定は出来ないが、たぶん、そんなことはしないと思う。

 

 

 

 

 ……言いたいことは言ったと思う。

 たぶん、俺の話を聞いてくれたんだろうとも思う。

 さすが神様、それだけで感謝だ。

 

 それでも、顔は上げられない。

 顔を、反応を見るのが怖い。

 

「なるほど」

 

 びくり、と身体が震える。

 

「あなたに必要と言うか、あなたが生きていくのに必要なのは、なでポスキルね」

 

 ……は?

 はぁぁぁぁ!?

 

 俺が。

 俺が、人の頭をなでるとか、できるわけ……。

 

 

 顔を上げる。

 その、視界が歪む。

 神様の、女神様の顔。

 その口元。

 

 邪悪な笑い(俺主観)とともに、俺の意識はふっ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤ん坊にできることは少ない。

 身体がうまく動かない。

 言葉もしゃべることができない。

 目も見えない。

 ぼんやりとした明るさを感じ取れる程度。

 痛いとか苦しいとかはなく、心地よいか不快か、その2つが現れては消えていく。

 

 赤ん坊らしく振舞いたくても、どういう振る舞いが赤ん坊らしいかわからない。

 

 (たぶん)両親が怖い。

 変な子供とか思われて、捨てられないだろうか。

 虐待されないだろうか。

 無視されるならまだいい。

 育児放棄とかされたら死ぬ。

 

 何もできないのに、意識だけがあるとか、拷問か。

 無限に思える思索時間。

 その無限の時間を、ネガティブな思考で埋め尽くしていく。

 

 まだ、この世界がどんな文化レベルなのかもわからない。

 

 それでも、少しずつ少しずつ、世界が色付いていく。

 

 目に見えてくる何か。

 耳に聞こえてくる何か。

 自分が発する声。

 

 自分に向かってかけられる言葉。

 触れてくるもの。

 

 目が見えてくる。

 片言の言葉。

 

 2人の男女。

 ああ、両親か。

 

 母の手が伸びてきた。

 頭をなでられる。

 

 その瞬間。

 頭の奥、深いところで効果音のようなものが鳴ったのを感じた。

 

 ちょろーん。

 

 不安がかき消され、心が満たされていく。

 

 

 まま、だいすきー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、無条件に優しい世界なんてものは存在しませんが、無条件の信頼を寄せられて、それを無碍にできる人間ばかりが存在する厳しい世界なんてのもないですからね」

 

 女神は微笑み、新たな生を歩み始めた赤ん坊に向かって、祝福を投げた。




テンプレを逆転させてみるのはお約束。

ただ、この『まま、だいすきー』も年を重ねると大惨事になりそう。
たぶん、頭なでられると誰にでもついていく、アホの子のキャラになりそう。

……この手のお話で連想するのは、八神君の家庭の事情なんだよなあ。
まあ、マンガじゃなくドラマのほうに転生したら何も起こらないだろうけど。(震え声)


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66:老いらくの……。(オリジナル)

書き終わった後、いましろ先生の『ハーツアンドマインド』を思い出した。(震え声)
かなりマイナーな作品ですが、その中のお話の『のん気なこと言ってんじゃねえ!』という魂の叫びは、たぶん一生忘れない気がします。

なお、悪の組織に誘拐されて改造を受け、洗脳される前に脱出。
あるいは、何かの弾みで洗脳が解けて、組織に反逆する。
たぶん、こんなのが昭和世代の男の子のロマンだと思う。


 会社に入って間もない頃、何かと面倒を見てくれた上司。

 直属の上司ではなく、先輩と呼ぶのもおこがましい……もうすぐ50に届きそうな、そんな人が、仕事のやり方、周囲への気の配り方、自分では到底通えないような高い店に連れて行ってもらい、マナーや注文の仕方、接待の作法や、店の女の子の扱い方にいたるまで、教えてくれた。

 

 仕事に慣れ、社会人であることにも慣れ、周囲に面倒をかけずにすむようになり、逆に新人の面倒を見るようになった頃……その上司が、会社を去ることになった。

 

 出世争いに敗れたとか、仕事で何かをやらかしたとかではなく……いや、間接的にそういうことになるのか。

 ありがちな理由と言えばそうなんだが、『女』だった。

 

 当然、上司には家庭があって、奥さんも健在、子供は三人だったか……一番上の子供は就職して働き始めたとか、そんな状況。

 50を越えて、女に入れ込んだ……入れ込んでしまった。

 

 噂を聞いて会いにいった私や同僚に、昔と変わらない柔らかい微笑を浮かべて……『まあ、老いらくの恋というやつかな。もちろん、世間的には褒められたことじゃないが』と呟いたのが印象的だった。

 

 

 あれから20年あまり。

 私も、当時の上司と近い年齢になった。

 まあ、近い年齢にはなったが、個人的な状況は全く違う。

 

 私が、家庭を持つことは無かった。

 いや、この先そういう可能性がないとは言えないが……やはり、無いだろう。

 小学校から大学まで、スポーツに夢中だった。

 就職してからは、仕事に夢中だった。

 女性との縁はなく、むしろ縁そのものを放り投げながら駆け抜けてきた……というと、ちょっと美化しすぎか。

 正直、周囲からの私への評価は、『変人』だろう。

 

 小学校の頃から大学までは、スポーツに夢中で友人と遊びに行ったことなどほとんど無い。

 練習の合間に時間を見つけては、走り込みや基礎トレーニング、研究などで、チームメイト以外との交友を持つ時間をひねり出すのは難しかった。

 就職してからは、仕事に夢中で……資格の取得や、仕事がらみの人間関係でスケジュールは埋まり、プライベートな時間なんてものはなかったとも言える。

 

 まあ、ある種の甘えと言ってしまえばそれまでだろう。

 

 そんな私が、いわゆる閑職に回されて……2年。

 空いた時間を、何のために使うか、何をして過ごすか、真剣に悩んで悩んで、自分には趣味と呼べるものが何一つ無かったことに気づかされた。

 

 童心に返るといっても、子供の頃に遊んだ記憶が無い。

 加齢により衰えた身体で、スポーツに打ち込むのも無理がある。

 上を目指し続けた私にとって、スポーツは楽しむものではなかった。

 逆に言えば、そのレベルを楽しめないことが、私の才能の無さを意味するのかもしれない。

 

 そんなときに、上司のことを思い出し……50を目前に控えて、あらためて家庭を持つのは無責任だと思えた。

 子供が成人する頃には、私は70を超えてしまう。

 古い考えかもしれないが、親は子供に対する責任を……少なくとも、その覚悟を持つことが必須だろう。

 

 途方にくれた私は、読書や映画鑑賞など、お茶を濁すような日々を送っていた。

 

 そして……出会った。

 

 ワクワクする。

 胸が躍る。

 非現実的だとわかってはいるが、想像をとめられない。

 

 誰に迷惑をかけるでもない。

 想像から実践に。

 

 利き腕に包帯を巻き、会社へ向かう。

 時折ふっと、窓の外へ視線を投げる。

 人の輪から距離をとり、穏やかなまなざしを向ける。

 

 深夜の街を、ただ歩く。

 ストイックな生活。

 肉体的トレーニングの開始。

 

 ビルの屋上で、人知れず涙を流す。

 不可解な落し物をして、他人に拾われる直前に、慌てて回収する。

 

 厨二病と言うらしい。

 黒歴史の生産と言うらしい。

 

 50を目前に控えて、何をしているのかと思う。

 だが、楽しい。

 やめられない。

 

 

 ……悪の組織とか、実在しないだろうか?

 

 突然さらわれ、改造されたりしないか?

 いや、くたびれた中年男を戦力にしようとするのは現実的ではないな。

 

 馬鹿なことを考えながら、早朝のランニングを終える。

 

 何の変哲も無い街角で足を止め、手を合わせて祈りを捧げる。

 人知れず、失われた命。

 それを悼む自分を作り出し、なりきる。

 

 朝日が昇る。

 見つめる。

 涙を流す。

 

 最近、自由自在に涙を流せるようになった。

 

 朝日に背を向け、歩き出す。 

 表情を引き締め、小さく呟いてみる。

 

「この街は、俺が守る」




ついさっき、ネカフェ店内ですれ違ったJCぐらいの女の子二人。
たぶん、ボカロの曲の替え歌なんだろうけど、ものすっごい下品な内容の歌で、JCの口から飛び出てくるとちょっと興奮しましたわ。(震え声)

しかし、なんだなあ。

豚の尿道の『ぴー』に『ぴー』して苦しむ姿を見下ろしながら、甘く優しく『ぴー』してあげるの~。(大体こんな感じの歌だった)

意味、わかってるのかなあ。
まあ、ゲラゲラ笑ってたし、わかってるんだろうなあ。
以前ちょっと書いたけど、小学生(男子)がランドセル背負って下校しながらオーラルな行為について語り合ってたりする時代なんだよなあ。(特殊な例と思いたい)

こわいわー、とづまりしとこ。


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67:黄金銭闘士とは。(原作:やきう系)

『早くFAをとってください』の言葉に、腹筋がねじきれそうになった。
まあ、その発言が事実かどうか、あるいは記事から伝わるニュアンスが一致しているかどうかは不明ですが、うん、まあ、ねえ。(目逸らし)
これはもう、『戦え、黄金銭闘士』するしかないですわ。


 プロスポーツ選手は、日々が戦いである。

 昨日までのスターが、事故あるいは故障で能力を発揮できなった瞬間、首を切られる。

 

 保障?

 そんなものは、(基本的に)ねえ!

 

 実力を示し、結果を残し続ける。

 結果を残すことで生き残りを果たし、ビッグマネーをつかむ。

 

 明日への保証の無い彼らは、いつだって今を生きている。

 明日の約束より、今日の銭。

 残した結果(成績)を武器に、彼らは戦う。

 とにかく戦う。

 ヘイトをかき集めようが、戦い続ける。

 

 そんな彼らのことを、人々は、銭闘士と呼んだ。

 そう、黄金のために戦う、黄金銭闘士(ゴールドセイント)と。

 

 彼らにとって、まさしく、誠意(評価)とは、言葉ではなく金額。

 しかし、敵もさるもの。

 日本人特有の、横並びの価値観。

 集団秩序、世間の目、そして予算など、あらゆるものを盾にして抗う。

 

 

 交渉の席において、球団側がこれ見よがしに提出してくる資料。

 子供の頃から、やきう漬けの生活をしてきた銭闘士への、精神的攻撃に他ならない。

 グラフだの、評価ポイントだの、査定基準だの……小難しい言葉の羅列を、きちんと理解できる存在は多くない。

 だからこそ、交渉相手から語られる言葉が重要になってくる。

 

 くわえて言うなら、銭闘士が1人なのに、向こうは複数人であることも少なくない。

 圧迫面接。

 同調圧力。

 

『チームの成績が悪かったから……』

『チーム内のバランスを考えるとこれ以上の金額は……』

『無い袖は、振れねえんだよ!』

 

 申し訳なさそうな表情の向こうに透けて見えるもの。

 

『わがまま言わずに、さっさと契約せえや』(超主観)

 

 その根拠の無い思い込みが、彼らの小宇宙を燃やすのだ。

 

 知るか、馬鹿!

 何言ってるのか、さっぱりわかんねえよ!

 やきう言葉をしゃべれや!

 

 席を立つ。

 交渉決裂?

 いや、これは交渉などではなく、ただの世間話に過ぎない。

 あくまでも本番はこれから。

 

 その、本番のための空中戦が始まる。

 

 銭闘士は、交渉相手の不実さをマスコミに語る。

 ここで感情のままに不満をぶちまける銭闘士は、所詮青銅クラス。

 マスコミに同情的な記事を書いてもらうか、アオリ記事を書いてくれるであろう記者の力を借りるか……は、まだまだ黄金には届かない。

 

 銭闘士を、黄金銭闘士たらしめるものとは何か。

 

 心の強さである。

 

 球団に敵視されようが。

 マスコミに叩かれようが。

 ネットでボロカスに言われようが。

 

 自らの残した結果。

 己の能力への強固な自負。

 明日無き立場への危機感。

 

 子供の頃から人生の全てをやきうに捧げ、その上で勝ち残り、生き延びてきた。

 そのすさまじい生き様が、彼らを強くする。

 

 マスコミを前に、涙をこぼすことも厭わない。

 罵声を浴びせるファンにむかって笑顔を向け、にこやかにファンサービスを続ける。

 

 明日を、未来を今に変えるため、彼らは戦い続けるのだ。

 

 

 

 

 2度目の交渉に挑んだ黄金銭闘士。

 

 そこにいたるまでに、マスコミやファンの反応は、おおむね黄金銭闘士へ同情的。

 もちろん、だからといって調子に乗ってはいけない。

 マスコミもファンも、掌のくるくる体操には定評があるからだ。

 

 ただでさえ、高給取りの黄金銭闘士に対しては一定数のヘイトが集まる。

 目を覚ませ。

 金に執着するのは卑しいという価値観は、資本階級が作り上げたものだ。

 労働が人生を豊かにするとか、労働者にも経営目線が必要とされるとか、大抵は雇用者側の利益につながる言い分だ。

 

 黄金銭闘士は、社会区分的には、個人経営者だ。

 しかし、傍から見れば球団に雇われているという形式に近く、球団は球団で『嫌なら契約しない』『そんなに自分に自信があるならよその球団いけや』という理論が成り立つ。

 

 チームに必要な戦力という観念と、球団経営に必要な要素は必ずしも一致しない。

 チームの成績がぱっとしなくても、総合的な利益が上がるならそれでよしとするのが球団サイドだ。

 その一方で、黄金銭闘士は、どんな形であれ働く機会を必要としており、それが失われた瞬間、全てを失う。

 

 だからこそ、黄金銭闘士にとって、ファンの存在は重要だ。

 球団にとって、収益の源となるファンは必須のものであり、黄金銭闘士の意向は無視できても、ファンの意向を完全に無視することは難しい。

 

 3年連続で優勝を果たしても、観客は減り続け、収益が悪化していったケースもある。

 10年以上、5656(ゴロゴロ)してBクラスを爆走していながら、球団の収益が上がり続けたケースだってある。

 チーム成績を理由に、黄金銭闘士たちの年俸を削りに削った、球団サイドの手腕が光るわけだが、チームが久しぶりの好成績を残した際に『成績ってのは、積み重ねが重要』などと、黄金銭闘士とは別の意味で、心の強靭さを見せ付けてくれたりもする。

 まあ、やりすぎて黄金銭闘士の新人獲得の際に『この球団に行きたくない10個の理由』などとマスコミにぶち上げられて大恥をかいたりするので、何事も程々が大事だ。

 

 黄金銭闘士は、球団サイドがキレないラインでタップダンス。

 球団サイドは、ファンが暴れないラインで鉄壁ディフェンス。

 

 この絶妙にかみ合わない両者の2度目の交渉は、意外だが、たいていは穏やかに始まる。

 そう、交渉ではなく、世間話から。

 

 最近変わったことはないか?

 来期も期待しているよ。

 故障には気をつけてくれよ。

 などなど。

 

 こう、長らく単身赴任していた父親が、久しぶりに戻ってきて、自分の子供たちとの距離感を確かめる作業にも似ている。

 

 10分。

 20分。

 

 黄金銭闘士はともかく、球団サイドも暇ではない。

 この時期は、黄金銭闘士たちとの交渉もそうだが、新人銭闘士たちの入団交渉やら、来季に向けてのスケジュール作成、契約シートの営業など、やることは目白押しである。

 

 30分。

 世間話は続いていく。

 交渉の件を、どちらも持ち出さない。

 しかし、両者の目の色が変わっていく。

 

 先に動いたほうが負ける。(震え声)

 

 先に動く=早く契約を済ませたい。

 

 この、謎の理論が、両者の動きを封じている。

 

 かつて某球団では、交渉する黄金銭闘士が夕方から用事があるのを承知で、その日の昼の1時に予定を組み、席に座った黄金銭闘士に向かって『今日の予定はキミだけだからね、何時まででもオッケーだよ。日付が変わるまででも付き合おう』などと発言し、主導権を握ったという逸話もある。

 

 ビジネスもまた戦い。

 戦う者たちは、決して相手に弱みを見せてはならない。

 

 そして1時間が過ぎ……どちらも動かず、2時間が経過して、世間話だけで交渉が終了する。

 

 黄金銭闘士はマスコミに対し、『いや、今日は世間話だけで終わりましたよ』と伝え、球団サイドは『いやあ、いろんな話をしていたらいつの間にか時間が過ぎていてね』などと発言。

 

 それを受けて、『こりゃあ、長くなるぞ』と、マスコミの間で、暗黙の了解のようなものが出来上がる。

 

 

 3度目の交渉の前に、球団側はさっさと他の銭闘士たちとの交渉を終わらせていく。

 スケジュールの都合であり、黄金銭闘士を孤立させるためでもある。

 

 黄金銭闘士の言い分は、きわめて単純に要約すると『成績と年俸がつりあわない』というものであり、これは交渉を蹴る黄金銭闘士の数が多ければ多いほど、ファンの目線では『球団の査定がおかしくね?』という空気が生まれやすくなる。

 逆に、1人だけ交渉が長引くと……『何1人でゴネてるのか?妥当な評価でしょ』的な空気になりやすくなる。

 

 掌くるくる体操があちこちで見られるのも、この時期だ。

 

 

 2度目の交渉から期間が開いて……3度目の交渉。

 交渉のために、他の銭闘士の年俸やら成績やらをまとめた資料を作ってくる銭闘士もいるが、黄金銭闘士はゆるがない。

 自分の能力と、球団における自分の価値、ファンの評価、その他諸々に絶大な自信を置いている。

 

 どちらかというと古いタイプの黄金銭闘士。

 FA権が登場してから、移籍とか再契約とか、活躍を続ければFAというボーナスがあるんだから、それまでは我慢しろや……という空気が生まれてしまった。

 

 しかし忘れてはならない。

 明日ではなく、常に今を生きるのが、本来の黄金銭闘士の生き様だ。

 不確かなFAなどという明日の幻影に惑わされること無く、心の小宇宙を抱きしめて今日の銭を掴み取る。

 

 

 この、3度目の交渉の席で、球団サイドの姿勢ははっきりとする。

 12月に入り、新人銭闘士の入団交渉や、来季に向けての戦力補強など、チームの戦力が明確になるにつれて、残りの予算も明確になるからだ。

 11月だと、『この後、どんな交渉が控えているかわからないので、予算は確保しておきたい』という意識が働くのは言うまでも無い。

 

 なので……3度目の交渉では、世間話など挟まず、いきなり額を切り出してくるケースが多い。

 その上で、その金額になった理由を、資料を示しながら、甘い言葉で懐柔しながら、黄金銭闘士を納得させにかかる。

 

 10割の満足ではなく、6割の満足を目指せとは……戦国大名ではなく、某球団の合言葉。

 

 まぁ、この額なら、仕方、ないの、かな?

 

 と、黄金銭闘士に思わせた瞬間、勝負は終わっている。

 チームの事情とか、言い訳と言う名の、諦めるための理由を自分の中で作り上げ、戦いを終わらせ、来期に意識を向ける。

 

 

 ここで納得ができず、銭闘を続行する場合……これは、年越しが見えてくる。

 

 新しい交渉材料が出てこない限り、球団が提示する金額は変わらない。

 いや、むしろ変えてはならない。

 ころころ変えてしまっては、じゃあこれまでの査定方針はなんだったのかと言う疑問が生まれてしまい、将来的なデメリットをうむ。

 

 

 なので、4度目の交渉は……数字ではなく、情に訴えるものになる。

 正直、仮に1億もらってる銭闘士が、100万円の積み上げを勝ち取っても、税金などを考えると誤差範囲である。

 

 なので、9800万ならキリよく1億。

 そんな感じで、見栄えのいい、キリの数字に寄せるか寄せないか、みたいなドブ板交渉の始まりである。

 

 もうすぐ子供が生まれるんで、ミルク代として、とか。

 結婚のご祝儀ください、とか。

 タイトル料として、とか。

 球団選手寮をでるので、引越し代を、とか。

 1億円選手と呼ばれたいので、100万は自分で出すので、球団の発表は1億にしてくださいとか。

 

 こう、ある種のピエロを演じ、球団サイドを和ませ……マスコミへの話題づくり(記事になるエピソード提供)も含めて、何らかの実利を勝ち取る銭闘士は、まさしく銭闘士と呼ばれる存在ともいえよう。

 

 しかし、強烈な己への自負、あるいは、球団に対する不満が、心の中で小宇宙となって膨れ上がった黄金銭闘士は、そんな交渉を軟弱だと断じ、年俸調停も辞さない態度に出る。

 

 この調停とは……自分の成績と年俸がつりあっているかどうか、第三者に判断を委ねるものだ。

 しかし、この調停が行われる場合……球団側は、それまで明示してなかった経営情報をこっそりと提出することがある。

 早い話、『ウチの経営状況で、そんな金は出せません、無理』と告白する。

 そして、第三者といっても、そこはその、経営者目線を持っている人が主なメンバーだからして……。

 

 年俸調停をやると、大抵のケースは球団側の主張が通る。

 

 なので、真の黄金銭闘士は、年俸調停を好まない。

 選手会長的な、リーダー的な存在が、社会への問題提起としてそういう行動を起こす……という、負けを覚悟したものがほとんど。

 

 この頃になると、ファンはともかく、マスコミはじわりと『黄金銭闘士がゴネている』という印象を与える記事にシフトし始める。

 マスコミもまた、記事の提供者として、球団サイドに対して完全なる敵と言うか、悪役には回りにくい立場にある。

 

 時期としても、年を越して1月。

 2月になればキャンプも始まり、新しいシーズンの始まりとして、明るい記事を書きたいと言う本音もあるだろう。

 

 そういう意味では、ヘイトを集めすぎるこの時期まで交渉を長引かせることは、黄金銭闘士としては敗北を意味するようにも思える。

 

 本当に、敗北だろうか?

 

 否である。

 

 交渉の延長、自費によるキャンプイン。

 世間からのヘイト。

 

 これらは、黄金銭闘士の、渾身のアピールなのだ。

 つまり、『俺と球団は、相容れない仲ですよ』と。

 球団もまた、『この黄金銭闘士は、絶対に必要な存在ではありません』との主張。

 

 FAがある。

 メジャーがある。

 トレードもある。

 

 既に、来季に向けて、水面下での戦いは始まっている。

 

 己の力がある限り。

 必ずどこかに、自分を必要としてくれる存在がある。

 自分に助けを求める球団がいる。

 

 強烈な自負と、心の強さ。

 それが、黄金銭闘士だ。

 

 ここまでやってしまったら、もう球団を飛び出るしかない。

 

 このシーズン、黄金銭闘士は、死に物狂いで自分の力をアピールする。

 球団は球団で、それがわかっているから、使い倒す。

 もちろん、シーズン終了後に、交渉する気などまったくない。

 

 いまや完全に敵対した両者が、同じ船に乗り、優勝を目指す。

 

 戦え、黄金銭闘士!

 その身、朽ち果てるまで。

 

 戦え、黄金銭闘士!

 黄金を抱いて、(メジャーに)飛べ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、ぶっちゃけ。

 球団側も、銭闘士側も、マスコミも、ファンサイドも、ビジネスとしての前提を無視してるから、話がかみ合うはずが無い。

 選手の年俸を語る前に、球団としての経営収支を公表し、減価償却などの必要経費なども含めて、まず最初に『選手の年俸』として払える限度額というか、限度枠を明らかにすれば、この手の争いは減るだろう。

 もちろん、親会社の広告効果とか、数字化しにくいものはあるが。

 

 同じような成績の他球団の選手の年俸と比較するとか、そういう発言が出てくる時点で、ビジネスとは別の次元の話である。

 

 とはいえ、球団、銭闘士、マスコミ、ファンの視点がかみ合わないから、かみ合わせようとしないからこそ、彼らの戦いは面白く、楽しいものとなる。(他人事感) 




予算に限りがあるから、球団が手厚く評価したい選手と、そこまで手が回らない選手との間に差が出るのは、ある種の必然。
ただまあ、個人的に代理人はあんまり認めたくない。
なぜかと言うと、プロ野球という『商品』がもたらす利益と言うパイの振り分けに対して、代理人という、本来無関係な人間が分け前をもらうことになるから。
つまり、マクロ的に見れば、関係者への分け前の割り当てが減ることに。

まあ、難しいですね。


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68:少年とOLさん。(オリジナル)

徒然なるままに、タイピング。


 父親が最低でも4年以上という長期の海外赴任が決まり、母親がそれについていくのも決定。

 兄は就職で、姉は大学進学で、既に実家を離れて一人暮らし中。

 しかし、末っ子の少年は、この春に高校2年になるわけで。

 

「……あんた、どうする?」

「いや、どうもこうも……」

 

 と、母親の問いかけに、少年は言葉を濁す。

 海外といってもなかなかに幅は広いが、彼にとっては総じてこんなイメージだ。

 

 海外、遠きにありて思うもの……というか、テレビやネットで楽しむもの。

 百歩譲って旅行まで。

 日常生活を考えるなら、日本生まれ日本育ちの日本人なら、日本が一番快適に過ごせる。

 

 かつて日本人が持ち合わせていた、あこがれなんて価値観は、これっぽっちもなし。

 情報過多社会による、ある種の弊害ともいえるだろうが、父親の職業もそれを後押ししていた。

 いわゆる、多角的企業の資材確保部門と言うか、資源ビジネスに関わる仕事。

 

 父親がかかわるのは、資源を加工して製品として売り出す地域ではなく、基本的に、資源を資源として輸出する地域が多い。

 これは、現地の開発や、施設の運用なども含めた契約の仕事であり……これまでも、数週間、数か月の出張なら、それなりに経験してきた父親の口から語られる『海外』の情報は、憧れとかそんななまやさしい類のものではなかった。

 幼少期から、そういった情報に触れて育ってきたのだから、少年の反応もむべなるかな。

 

「海外で生活とか、学校とかも含めて無理無理……つーか、その赴任先って、聞き覚えがないんだけど、どの地域の、どんな国よ」

 

 と、少年の視線は、母親から父親へ。

 

「……いいところらしいぞ、自然が豊かで」

「自然しかないんですね、わかります」

 

 緑が多いとかじゃなくて、自然が豊かって表現がポイント。

 まあ、単純に鉱山資源とかになると、当然場所は鉱山で、第一次加工のための施設が作られる現地なり、輸出のための港なり、機能的なものになりがちだ。

 

 日本人が連想する、緑の多い大自然という意味ではなく、人工物が少ないという意味合いでの表現だろう。

 

「まあ、お前が通える現地の学校とか……ないんだよなあ」

 

 と、苦笑いの父親に、少年は何かを感じ取ったらしい。

 

「親父、ひょっとして左遷……」

「そうとも言う」

 

 刹那の沈黙。

 少年は、言葉にならない……父親への感謝をにじませ、ただそれを肯定する言葉を呟いた。

 

「……そっか。大変だったんだな」

 

 少年の思いやりを無視するように、しみじみとした感じで、父親が呟く。

 

「たぶん、これからのほうが大変なんだよなあ」

 

 現地における文化の違いとかその他諸々、少年としては、曖昧に頷くしかない。

 

 微妙な空気を振り払うように、母親がぱん、と手を打った。

 

「まあ、あんたがこっちに残るのは仕方ないって話なんだけど、そのうえでどうするかって話なのよ」

「……というと?」

 

 母の言葉に首を傾げ、少年が先を促す。

 

「家よ、家」

「家?」

 

 父、母、兄、姉、そして少年の5人。

 かつては、父方の祖父祖母も含めて、7人が生活していた家だ。

 少年一人で暮らすのは、ちと大きい。

 大きいというか、維持が大変。

 

 少年はそれほど家事を苦にしないタイプだが、専業主婦としてスキルも経験も豊富な母親とはわけが違う。

 ついでに言うなら、一人暮らしを始める高校生の少年に、それを求めるのは酷だろうという、母親らしい思いやりみたいなものもあるうえでの意見だ。

 

 1、お手伝いさんを確保し、この家で生活する。

 2、この家は賃貸に出し、少年はアパートを借りて気ままな一人暮らし。(ただ、大家として多少の雑事あり)

 3、思い切りよく家は売り払ってしまい、少年はアパートを借りて一人暮らし。

 

 大きく分けるとこんな感じ。

 

 1は、費用とか、いい人が見つかるかどうか(あまり時間はない)が不安。

 2と3は、両親の一時帰国とか、兄や姉が里帰りする場所がなくなるというか、感情面においてちょっと受け入れがたいイメージ。

 もちろん、ちょうど条件に合う借家人を探す手間などもあるが……時間の制約で、交渉は、代理人に頼むしかないだろう。

 そしてその間、少年の立場は宙ぶらりんになる。

 

 どれも、メリットとデメリットがある。

 加えて言うなら、少年は2年後の進学の選択次第では、家を離れる可能性がある。

 ちょうど、微妙な時期。

 

 どうしよう?

 どうしようか?

 

 

 結局、急な話だったせいか、ちょうどよいお手伝いさんを探すのも、賃貸や売却、少年の新しい住居を探すのも難しいことを思い知らされたわけで。

 

 情報化社会であろうと、こういう微妙なケースの場合は、口コミはやはり強い。

 いや、強いと言うより、柔軟性があると言うべきか。

 

『1人暮らしは、他人の目が無いから堕落しやすい』

『他人の目があれば、大丈夫なのでは?』

『しっかりした子だし、家事もできるんでしょ?』

 

 船頭多くしてなんとやら……というより、複数の意見が悪魔合体したあげく、友人知人の伝手を頼って話は転がっていき、2人の働く女性を家に受け入れることになってから、約半年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……信じて迎え入れた人が、ポンコツだった件」

「こっちは毎日働いてるのよ、大変なのよ、へとへとなのよ」

 

 世話をするんじゃなく、世話されたい!

 

 恥ずかしげもなく、こう主張するのは……少年とは9つ違いの、26歳OLさん。

 名前は、(たえ)

 少年の父親の友人の娘さんなのだが、この春、一身上の都合で転職の必要に迫られて、新しい職場や、住居や、生活などなど、てんやわんやの状態で、この話に飛びついたらしい。

 

 転職の必要に迫られたという部分にそこはかとない闇を感じるが、その事情を、少年はまだ知らされていない。

 

 まあ、初対面の年頃の男の子との同居と言うか、一緒に生活することを受け入れるぐらい追い詰められていたのはともかく、家事に関しても、やればできる女性だ。

 現状、ほとんどやらないというか、やる気がないだけで。

 

「わかるわー」

 

 しみじみとした感じに頷く女性は、父親の姉の旦那さんの姉さんの娘さん。

 関係的には、親戚とは言い難いレベル。

 こちらは、バリバリのキャリアウーマンというか、明らかに婚期を逃しつつある女性。

 年齢に関しては、とりあえずアラサー。

 名は、千恵美(ちえみ)

 

 こちらは、少年とは一応面識があった。

 ずいぶんと昔のことなので、少年のほうはそれを覚えていなかったが。 

 

「働いてるとねぇ、旦那じゃなくて、お嫁さんが欲しいのよ、正直」

「そう、それ!」

 

 どこか現実逃避気味に、意気投合する女性たち。

 

「いや、あんたらが欲しいのは、生活をサポートする母親だろ」

 

 鋭すぎる少年のツッコミは、スルーされる。

 そして、これ以上ツッコムと、『男の子なんだから……』とか言い出すのが、いつもの手段だ。

 その場その場で都合よく、男女平等と、女性の権利を訴えるあたりは、いまどきの女性と言うべきか、それとも女性2人と少年1人という、年齢の壁と数の暴力によるものか。

 

 少年は、もう何度目になるかわからないため息をついた。

 

 最初に、当番だの役割分担だの、決めることは決めたのだが、それが機能していたのは、本当に最初のうちだけだった。

 

 もともと、少年には姉がいて……子供の頃からある程度『ひどいやねーさん』という文化に親しんでいたのも理由のひとつだろう。

 仕事で疲れているみたいだからとか、相手は年上だからとか、女性だからとか、少年が遠慮を重ねつつフォローをしているうちにずるずると。

 特に、転職したばかりの女性は、新しい仕事と生活に気苦労が多いようで、少年としても見ていられなくなったとも言うのもある。

 

 世話好きの女性は、潜在的なダメ男生産機であるという言葉があるが、少年にも少しばかりそういう才能があるのかもしれない。

 

 もちろん、いくら必要に迫られたからと言って、少年と、嫁入り前の女性二人を同居させることに、母親がゴーサインを出したことからもわかるように、少年の気質は基本的に善良だ。

 そのあたり、母親はもちろん、両親の信頼が透けて見える。

 

 もしかすると……少年の性欲を刺激しないように、保護欲をかき立てるように、女性二人がわざとだらしない姿を演じているのかもしれない。(震え声)

 

 

「つーか、服着ろや」

「えー、まだ暑いし」

 

 ぐずる妙を、千恵美がたしなめる。

 

「いや、さすがに男の子の前で、下着姿はまずいと思うわ」

 

 さっきまで意気投合していた千恵美の反応に、裏切られたという気持ちが浮かんだのか……妙は、ちらりと千恵美の下腹の辺りに視線を向けた。

 

「私の身体は、見られても恥ずかしくないし」

「……それは、私の身体が見られて恥ずかしいぐらい、だらしないって言ってるのかしら」

 

 みしり、と、空気がきしむ音がする。

 

 そんな2人を、少年は半目で眺めた。

 

 ついさっきまで仲良くしてはずなのに、なんでいきなりマウントをとり始めるんだろう。

 少年と言うより、男性にとってある種永遠の謎に思いをはせる。

 

 まあ、客観的に評価すれば、妙も千恵美も、目を見張るような美人とまでは言わないが、それなりに映える顔をしており、スタイルも悪くはない。

 ある意味、リアリティのある、『近所のちょっとかわいいお姉さん』ポジションをはれるだろう。

 

 そんな女性2人との同居生活。

 同年代の男連中からは羨ましがれる状況のはずだが……少年の視線はどこか醒めている。

 

 少年は、あらためて二人を見つめ……同居のための顔あわせしたときの、ドキドキ感覚を懐かしく思った。

 そう、そんな感覚は既に過去のもの。

 

 実際、妙が下着姿でうろつく姿を目撃しても、少年の股間は無反応だ。

 風が吹いただけで、股間が元気になったりすることもある男子高校生としては、ちょっとばかり不安になる反応といえる。

 

 まあ、いくらなんでも少年の反応は従順すぎないかという疑問もあるだろう。

 一応それにも理由がある。

 

 妙と千恵美は、格安の家賃といくらかの食費で、ある程度の生活のフォローが得られるという、まさにいい感じに状況が好転した実感があった。

 しかし、できる女の千恵美は、この状況が少年の犠牲の上に成り立っていることをすぐに理解し……感謝と言うか代価として、そこそこの小遣いを渡すようにした。

 

 人は、いわゆる互酬性の原理にとらわれる。

 

 簡単に言えば、何かをしてもらったから、そのお返しをする。

 お返しをしないと、落ち着かない……という心の動きのこと。

 

 まあ、洗脳などでは『継続的に(それが思い込みでも)与えつつ、お返しは受け取らない』ことで、自分から離れられなくする手段として使われたりもする。

 

 普段から良く『飴ちゃん食べる?』と飴を押しけていくおばさんが、何かを頼んできたときに断りづらい気持ちになるのも、その原理を利用したものである。

 おばさんが、それを自覚しているかどうかは不明だが。

 

 もちろん、『何かをしてもらって当然』などという、ジャイアニズムに毒された人種には通じにくいが、基本善性の少年にはクリティカルヒットしたのは言うまでも無い。

 不満を大きく膨らませる前に、笑顔とお礼の言葉とともに、そこそこの金額を渡され、しかもそれが毎月毎月、定期的に与えられる。

 少し遅れて、妙もまた千恵美にならってそうし始めると……もう、少年としてはなし崩しに現状を受け入れるしかない。

 

 まあ、まだ学生の少年と、社会でもまれたできる女との経験値の差であろう。

 千恵美のやり口を汚いとは言うまい。

 子供はそうやって、大人になっていくものだ。

 

 

 ただ、そんな風に……だらしない(生活の場)女性をお世話する日々の繰り返しは、少年の中で慣習化されていき、ほんの少しばかり、性格というか、その場その場の判断に影響を与えるようになっていく。

 

 

 時は少し流れて、10月。

 秋半ばでありながら、ぐっと冷え込んだ……そんな日の夜。

 

 ごみ収集場に顔面から突っ伏している酔っ払った女性を、少年がほうっておくことができずにお持ち帰りしたのはむしろ必然だったのか。

 

 色々あって、3人目の同居者となったOLさん。

 彼女の登場で、物語は動き始める。




一発ネタでも短編でもねえよ!(逆ギレ)

あー、オープニング風味で終了。
心の奥の、ネタの宝箱に封印処理。


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69:高橋麻耶はできる女である。(原作:アマガミ)

たしか、初代サンタの麻耶せんせー。


「高橋先生。頼まれていた資料、ここに置いときますね」

「ありがとう、絢辻さん。おかげで助かったわ」

「いえ、そんな」

 

 絢辻さん、と呼ばれた女子生徒は、恐縮した感じに首を振る。

 長い黒髪がさらさらと揺れ、いかにも、という優等生の姿を強く印象づけた。

 

「さて、と」

 

 教え子が職員室を去ると、女教師、高橋麻耶29歳独身は、提出された資料を手に取り、作業を開始しようと……したのだが。

 

「高橋先生」

 

 年配の男性教員から、横槍が入った。

 

 まあ、要約すればこうだ。

 

 教師の仕事(雑用)を、生徒に任せるのは問題がある。

 それも、特定の生徒に偏るようでは、世間の目がうんたらかんたら。

 

 忠告と、自己保身と、ほんの少しの嫌味が混ぜられた言葉を、おとなしく受け止めて、麻耶はそれをやり過ごす。

 まあ、麻耶はもともとこの学校の卒業生で、さっき声をかけてきた年配教師は、かつて担任教師だったこともある……微妙と言うか、目に見えない力関係があるだけに、こんな風に口を出してくることが多い。

 

 

 ため息をついたところを、隣の席の女性教師に笑われてしまった。

 そして、ひそひそと。

 

「……男性の方って、ホント女の子に夢を持ちすぎですよね」

「です、ね」

 

 絢辻(あやつじ) (つかさ)

 整った顔立ちの、絵に描いたような優等生。

 面倒見が良く、いつも人に囲まれ、教師や人の頼みを嫌な顔ひとつせずに、受け入れるべきは受け入れ、ためにならないと思えば断り、教師の立場としては非常に都合のいい生徒。

 

 先の年配教師の忠告も、多少彼女への入れ込みというか、贔屓が混ざっている……それを、麻耶と同じく同僚の女性教師も感じていたようだ。

 まあ、教師は教師で、年配の教師から若手教師に、雑事を押し付けることが多いのが現状で、どの口が……といいたい気分をぐっと押さえ込むのが常ではあるが。

 

 かの女生徒の評価にしても、あくまでも男性から見た一般的評価に過ぎない。

 女性の目から見れば、それも人生経験に加え、多くの生徒と接してきた女教師の目から見れば、むしろ彼女が不器用なことが透けて見えている。

 

 クラスの中心人物。

 ごく自然に、クラスの委員長のポジションになってしまう。

 それを、『演じて』いる。

 

 理解していて雑事を頼むのか、とツッコまれそうだが、麻耶の言い分はこうだ。

 

 仕事はさせる。

 ただし、ちゃんと評価はする。

 クラスで、押し付けられた仕事に文句しか言わない生徒とは一線を画し、就職、進学の際には、きちんと評価を上乗せしてそれに報いる。

 

 大体、『優等生を演じる』彼女のことを薄々理解して、無報酬で面倒や用事を押し付ける女子生徒たちに比べたらホワイト過ぎてお釣りが来る。

 

 彼女の周囲の人の輪、それは純粋に彼女の魅力だけではなく、都合のいい存在として一部の女子生徒に利用されているのが現状だ。

 

「……まあ、絢辻さん本人がそれに気付かず、周囲を見下しているのが自業自得とはいえ、ね」

「女なら、大抵わかっちゃうものなんですけどね」

「男子生徒も、勘のいい子は気付いてますよ……」

 

 可愛くて面倒見が良く、クラスの人間に分け隔てなく話しかける。

 まあ、そこに違和感を覚えるか覚えないかは、本人の資質と、人生経験次第だろう。

 そして、男は男である分だけ、女を理解するのが難しくなる。

 

 それはもちろん、女もまた、男を理解するのが難しいことを意味し……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼ、僕、高橋先生のことがすきなんです!」

 

 こんなことになって、困惑することになるのだ。

 

 麻耶が担任する、2年A組の生徒の1人で、橘純一。

 成績も、運動も、平凡。

 おとなしいと言うか、普通と言うか、どこか印象の薄い男子生徒。

 

 1クラス30人から40人の生徒を担当する以上、どうしても目に付きやすい生徒とそうでない生徒との間に、認識の差が生まれるのは仕方が無い。

 

 

 気を取り直し、麻耶はあらためて男子生徒を見つめた。

 

 私は教師で、あなたは生徒なのよ。

 気持ちは嬉しいけど、ごめんなさいね。

 

 ……なんてことは、仕事に対してさほど責任感も持たずに、不平と転職願望ばかり口にする馬鹿でもいえる。

 

 少年の、若いエネルギーを否定してスポイルするのではなく、本人のよりよい未来に向けて消費させてこそ、人を導く教師の仕事であろう。

 長すぎる沈黙は、男子生徒を不安にさせ、逃亡してしまうかもしれない。

 

 頭の中で忙しく考えをまとめながら、麻耶は、柔らかく微笑んだ。

 

「いくつになっても、相手が誰でも、こうやって誰かに認めてもらうことはうれしいわね。ありがとう、橘君」

 

 否定ではなく、肯定から入る。

 コミュニケーションの基本テクニック。

 暴走させず、コントロールし、誘導する。

 それが難しい。

 

 そっと手を握る。

 しかし、それなりの距離は保つ。

 

 男子生徒の気持ちは肯定する。

 やんわりと、現実を思い出させるように仕向ける。

 教師と生徒。

 発覚すれば、ダメージを受けるのは教師のほうであること。

 

 周囲の印象についても語る。

 例として、同じクラスの女子生徒、絢辻詞のことを挙げた。

 

 同じことを言っても、同じことをしても。

 それまで積み上げたものによって、周囲の見方が変わること。

 

 丁寧に、粘り強く。

 麻耶は、自分が望む方向に少年を誘導していく。

 

 

 所要時間、53分。

 

「わかりました!僕、先生はもちろん、周囲の人間にも認められるように、がんばります」

 

 まずは勉強。

 成績の向上。

 

 少年の、若さゆえのエネルギーは、爆発力はあっても、持続力に欠けることが多い。

 周囲に知られぬように、『きちんとあなたのことを見ている』とアピールしつつ、少年の頑張りを持続させ、結果を褒め、達成感を与える。

 

 それを、習慣として定着させればしめたもの。

 いつしか、自分に対する気持ちは、周囲の異性に対して向けられていくだろう。

 

 

 

 

 

「……想像以上に、伸びがすごいわね」

 

 それまでの少年は、普通の成績。

 どうやら、何も勉強せずに、授業をなんとなく消化するだけで、その成績を残していたと推測される。

 

 ならば、努力を続けさせれば……大学進学時に、どのレベルまで到達できるか。

 

 まあ、受け持ちの生徒が結果を残すのは、教師としても悪くない。

 

 さほど手間にもならない、燃料投下を繰り返しながら、時間が過ぎ……少年は2年から3年へ。

 担任と教え子から、学校の教師と生徒という関係に。

 

 たぶん、これでフェイドアウトしていく……それだけの関係。

 

 

 麻耶は、なんとなく……なんとなく考えた。

 少年が大学に進学し、卒業して就職するときに、自分は……36歳か、と。

 

 教師は激務だ。

 そして、今年で30歳。

 ここ数年は、恋人どころか、お付き合いに発展させる出会いとか余裕が無い。

 

 激務に明け暮れる、教職の現状。

 6年後の自分の姿を想像。

 

 心の中のぼんやりとした何かが、少しずつ形になっていく。

 

 少年の人柄は、ある程度理解した。

 もちろん、人間なんて、経験次第でどんな風にも変わると言われる。

 それは逆に、経験そのものを限定してしまえば、ある程度変化をコントロールできるのではないか。

 

「……よし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございます、高橋先生。あ、もう、橘先生でしたね」

 

 かつての教え子、絢辻詞が、麻耶に向かって祝福の言葉を投げる。

 

「いやあ、一回りも違う教え子をくわえ込むとか、想像もしてなかったものですから」

 

 投げると言うか、投げつける。(震え声)

 

 麻耶は、にっこりと微笑み。

 

「絢辻さんが、私の年齢になるまでに、結婚式を挙げられるかどうか、楽しみにしてるわね」

 

 詞が笑う。

 麻耶が微笑む。

 

「あははは」

「うふふふ」

 

 絢辻詞は、かつてのクラスメイトから『印象が変わった』という、オブラートに包んだ評価を受けている。

 絵に描いたような優等生キャラなんて、社会にでたら何の意味もないことがわかったらしい。

 

 余談だが、少年は高校を卒業した後、彼女と同じ大学に進学していた。

 成績の向上にくわえ、きりっと『大人びた』成長を遂げた少年の姿は、大学内でもそこそこ人気になったのだが、既に先約済み。

 それを知ってなお、攻勢をかけた女性もいたようだが……今日の結婚式から、想像していただきたい。




『よし』じゃないが。(震え声)

個人的に絢辻さんは、仮面をはがして振り回したい。
後、天然らしいあのお姉さんは、処世術としてそれを演じていると妄想してしまいます。


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70:さらば愛しき女よ。(オリジナル?)

ネタの連続放出はここまで。
約8時間で8本だけど、文字数的には、2万5千ほどで、原稿用紙60枚ほどだから普通か。
結局、ネタがあるかないかだけなんだよなあ。

タイトルは、チャンドラーの作品から。
まあ、ハードボイルド系が嫌いな人は、ナルシストの極みとか言うけど。


 彼女との出会い。

 私は、14歳だった。

 

 全身を雷に打たれたような衝撃だった。

 身動きひとつできず、呼吸するのも苦しかったのを良く覚えている。

 文学的、古典的表現が決してオーバーなものではないと、実感したものだった。

 

 

 高校進学を機に、彼女とは離れてしまった。

 私は、彼女に何も言えなかった。

 想いを伝えることさえできなかった。

 むしろ、彼女とは離れてしまうことに、安堵の想いさえ抱いていたと思う。

 

 私にとって、彼女のそばにいることは苦しいことだったから。

 

 

 彼女は気まぐれで、傲慢な性質だった。

 もう二度と会うことはないと思っていたのに、再会は早かった。

 

 

 深い仲になった。

 

 

 私は若かった。

 彼女と、一生を添い遂げようと覚悟も定めた。

 

 それでもやはり、彼女は気まぐれで……私の想いを踏みにじることをなんとも思わないぐらい、傲慢だった。

 だからこそ、時折彼女が見せてくれる優しさの様なものが……私の心に、強い印象を残したのだと思う。

 

 

 大学に進学して、私は他の女性と知り合い、仲を深めた。

 どこか、自暴自棄になっていたことも理由には挙げられるだろう。

 

 彼女のことを忘れかけたとき、また再会を果たした。

 いや、私には彼女のことを忘れることなどできなかったのだろう。

 

 気まぐれで、傲慢な彼女。

 とはいえ、冷たくすると拗ねたりもする。

 

 年を重ねて、私は多少大人になってはいたけども、依然私は若かった。

 風呂場で身体を温めあったり、ベッドの上での怪しげな体操で彼女の機嫌を取ろうとしたことも少なくない。

 

 効果覿面とまでは言い難いが、彼女が機嫌を治していく。

 

 こんな風に、彼女とともに時を重ねていくのだろうかとも錯覚できた。

 

 

 

 気まぐれで傲慢な彼女は、また私のそばから消えた。

 私に、傷だけを残して。

 

 

 また始まる、自暴自棄な生活。

 友人の助けを得て、生活を、日常を取り戻した。

 

 しかし、私はどこかすさんだ心を抱えて社会に出ることになった。

 

 そしてまた、彼女がふらっと私の前に現れる。

 自分が、心も、身体も、深く彼女にとらわれていることがわかってしまう。

 

 ある種の、運命の女。

 

 彼女との別れを、醒めた気持ちで迎えられた自分に気付いた。

 

 

 

 再会と、別れを繰り返していく。

 積み重ねていく。

 

 どんなに積み重ねても、慣れないものがある。

 たぶん、慣れてはいけないもの。

 

 

 

 私が死を迎えるとき、彼女は私のそばにいるだろうか。

 彼女が、私より先に死ぬことは想像できない。

 

 それでも、想像する。

 馬鹿げた夢想。

 

 私の死とともに、彼女が死を迎える。

 そんな、妄想だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ」

 

 自分語りをやめ、顔を上げた。

 

 そこに、古い友人の顔がある。

 

 くだらない話を聞かせてしまった。

 そのそしりは受けよう。

 

「それ、ぎっくり腰と言うか、腰痛を擬人化したものとか言わないよな?」

 

 

 友人の視線から顔を逸らし、私は運命の女を詠う。

 

 さらば愛しき(ひと)よ、と。

 

 ……『長いお別れ』でもいいのよ。(震え声)




タイトルを『腰痛』にしたら一瞬でばれるしなあ。
だからといって、お話の最後でオチをつけないのも違うし。

冷たくすると、彼女(腰痛)が拗ねるのは当然だよね。
お風呂で身体を温めたり、布団の上での腰痛体操は基本。
後、彼女を起こさないように、こっそり布団を抜け出すネタなんかも入れたかったけど。

なお、頭痛なら『頭を悩ませるかわいい人』で。
胃弱とか、おなかが弱い人は、自分のおなかに飛び込んでくるロリ少女を想像するといいらしいぞ。(震え声)

ただ、重病系は洒落にならないので、ネタにしないほうがいいかと。


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