quest! (resot)
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プロローグ

その男は、ハンターだ。

 

背中には、巨大な大剣、「天翔大剣」を背負っている。しかし、身につけているのは明らかに私服だ。赤色の底の浅いハットを被り、長く伸ばした黄色の髪の毛はその帽子の隙間から背中まで垂れ落ちている。その髪がまた、オレンジを基調とした私服によくマッチしている。

 

 

まあ、こいつは男なのだが。

 

 

男は、左手に盃、右手に酒の入った瓶を持って歩いている。彼が歩いているのは、氷の上。正確には、氷の洞窟の中、といった方がよいだろうか。暗闇の中を、背中に刺した松明の明かりを頼りに歩いていく。途中、足を滑らせることはない。彼の身のこなしは、ただの人とは比べ物にならないのだ。

歩いて行くと、不意に洞窟の先から光が漏れるところが見える。彼は、迷わずそこに歩く。そのまま、光は大きくなっていってーーー。

 

 

彼は、拓けた場所に立っていた。洞窟はそこで終わり。そこは、広い広い空間だった。天井は暗くて見えないほど高い。円形の氷の部屋だ。そして、その中心に大きな剣が突き刺さっていた。到底、人間の持てる大きさではない。天まで届く剣。人々は、この剣を「天剣」と呼ぶ。男は、その前に座り込んだ。

 

「久しぶりだな…。アン。」

 

剣に向かって語りかける。

 

男は二つの酒を注ぎ、片方を剣の前に置いた。

そのまま、その片方を飲み干す。

 

「うまい酒だろ?お前の好きなやつ、買って来たんだよ。」

 

男は、それから何の脈絡もなく、自分の生活のことを話しはじめた。

最近「狩った」モンスターなど、手に入れた武器など。

なのに、その顔はひどく怖い顔をしている。

 

「今日は、話があって来た。」

 

そして、男は突然切り出した。

剣は何も答えない。

 

「アマツマガツチの暴走が、始まっている。」

 

男は、そういった。

 

「つまり、また世界の終わりが近づいているってことだ。わかるだろ?また繰り返される。神による、あのくだらないゲームがな。」

 

男は立ち上がった。そして、剣を思い切り蹴る。

カツーン!

 

響く音。

何もない空間に、その音だけがこだましていく。

 

「もう、奴らの好きにはさせない。俺が、この世界を終わらせるから。もう、犠牲を出すわけにはいかないんだよ。わかってくれ、アン。

俺は、もう読まない。読まなければ、わからない。知られない。他の二役がついても、俺が動かなければ関係ない。そうして、世界は終わる。

それで許してくれ...。俺の最後の罪滅ぼしだから。」

 

男は、元来た道に足を向けた。

 

「また、来るわ。」

 

これは、ハンターの物語だ。この世界が、一度終わりを迎えてから数百年。新しい文明が、この世界には芽生えた。そして、唯一この世界の真実を知る、この男。

名前を、キリサメと言った。



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第1話 到着!

さあ、モンハン小説!まずは長い長い前置き、ユクモ村編です!オリキャラ紹介は後々で!


目の前には、一人の女の子がいる。

しかし、その身体は氷に包まれていた。氷に閉じ込められた女の子。しかし、その表情は笑顔だ。

 

ただの氷じゃない。

 

紫がかった氷の中で、にこりと笑ったその姿。

全て、私のせいだ。私のせいで・・・

 

その向こうに見える一体のモンスター。

 

だめだ。死ぬ。私も、死ぬんだ。ああ、ダメだ。

 

そのモンスターは私に向かって飛びかかってくる。いっそ、ここで死んだ方がいいだろう。

守れなかった。守るべきものを。

つまりそれは、人殺しに等しい。

 

私は人を殺してしまった。

 

そんな奴に、生きてる価値なんて、ない・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

途端、一気に苦しさが襲ってくる。

夢の中から無理やり引きずり出された。

 

「プハァ!ゲホッゲホッ!」

 

飛び起きた。まず耳に入ってきたのは、ザアザアと降る雨の音だった。

 

目を開けると、そこには一人の男の顔。どうやらそいつに、顔に水を思い切りかけられたらしい。

 

飛び上がって、気管から水を出しながら、そいつを思い切り睨みつけた。

喉に手をやって、咳をすると、少しずつ気管から水が出てくる。

 

ああ、苦しい。しかも、髪の毛はベシャベシャ。

 

濡れた身体がどんどん冷えていく。

 

全く、女の子に何すんのよ、こいつ。

 

「うるっせえなぁさっきから。ウンウン唸るくらいなら、寝るんじゃねえよ。」

 

男は、うざったそうにそういった。

大きな青い目が、気だるそうに光っている。

 

「何よ、別にいいじゃない。」

 

負けじと言い返す。こいつには、黙らされたらおしまいだ。次々と言葉を発しなければならない。昔からそうなのだ。

 

ガタガタと揺れる荷車の中。

外は、お互いの声がやっと聞こえるほどの土砂降りだ。

山並みの道を、私たちの乗っている馬車は走っている。かれこれ1日ほど、こんな景色が続いている。

 

つまり私は雨水をかけられたらしい。

雨水、人にかける?普通。

 

ほんとに常識のない奴なんだから、もう。

 

「また、あの夢かよ。」

 

ーーー。飛び起きた瞬間忘れていたはずの、さっきまで見ていた夢を思い出してしまった。

 

頭がいたい。

現実に来ても生々しく思い出す、あの光景が蘇りそうになる。慌てて首を振る。ああ、昨日の晩ゴハンおいしかった、うん、美味しかった…

 

 

私の幼馴染は、そんな私を見て、明後日の方を向く。

 

 

「ああ、悪かった。サツキ、すまん。忘れろ。お、おい、運転手さん?あとどのくらいだ?こんな雨の中2日も荷車の上じゃ、流石に気が滅入っちまう。」

 

「あと少しですにゃ、お客さん。嫌、お客様。最近雨が多くて、困ってるのにゃ。」

 

「そうかい。それは、大変だねぇ。ご苦労様。言っちゃ悪いが、こんな行きにくい村が一大観光地とは、不便なこって。」

 

青い目の幼馴染はケラケラと笑いながら言う。荷車をあやつるアイルーも、全くにゃ、と笑う。アイルーというのは、獣人族に属し、知能を持った猫のことだ。

 

「っていうか、あんたはなんで着替えてんのよ。」

 

「今日中にはユクモに着くらしいしな。きちんと正装で臨まないと。」

 

目の前の男の名前は、リュウという。職業は、ギルドマスター。

 

そこそこイケメンの顔に、特徴的な青い目。

そして、私の幼馴染でもある男だ。

鮮やかな青色の髪を整え、銀色の防具みたいな物を身につけている。

それは、ギルドマスターの正装でもある。

 

「ふーん。あっそ。」

 

女が寝ている間に横で着替えるとは、何ともふてえやろうだ。お天道様に変わって成敗してやろうか。

 

それで会話が途切れた。簡易の荷車の傘の外は、一面の森が広がっている。空には黒い雲が広がり、雷が絶えず鳴っていた。

王都にいた頃は、森なんてクエの時しか見たことない。

普通にこんな景観が広がっていれば、或いはモンスターに遭遇するかもしれない。

もし、今出くわしてたとして、今、狩りを行えるのは・・・

 

誰もいない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

悠久の昔から、我々人間は自然と共にあり、動物たちと共存して生きてきた。でも、時にその動物たちの中でも、人間たちに牙を剥く輩がいる。それを我々人間はモンスターと呼び、それを狩ることによって、その調和を保ってきた。

その狩りを行う専門の仕事。それがハンターという職業だ。世界で最も名誉も、金も手にいれることのできる職。同時に、自らの命をかけて、モンスターに対峙する。

 

そして、ハンターの指揮をとるのがギルドという機関。多数の職員が人々からの依頼を集め、ハンターを斡旋・サポートする。立ち位置的には、ギルドが雇い主なのだけど。

 

そんな学生の時の知識を思い出していると、雨が止んできた。

 

「おっ、止んできた。」

 

「お客さん、ちょうど間も無く到着にゃ。」

 

外を見ると、少しずつ晴れ間が出てきていた。道の先、向かって右側に、朱塗りの門。その先には向かって右に向けて、階段が続いているらしい。右手の山の上を見上げて、驚いた。

 

「すごい…」

 

思わず声が漏れる。

真っ赤なドーム状の巨大な建物が、山の山頂近くから顔を覗かせている。屋根からもくもくと煙が上がっていた。そして、山肌に沿って、たくさんの建物の屋根が顔をのぞかせている。

 

ある家からは煙が立ち、ある家では藁の屋根の吹替を行なっていた。10人ほどの人が屋根で作業している。更に、村を覆う一面のもみじ。秋の光を受け、真っ赤に染まる村。

 

ここが、自然とともに生きる村と言われるユクモ村だ。

 

感激しながら、目を前に向ける。

 

門のところに、二人の人が立っているのが見える。一人は、桃色の着物を纏った舞妓さんのような女の人。もう一人も女の人で、抜群の体型に、緑色の防具をつけている。多分あれは、リオレイアの防具だな。

めっちゃ似合うな…。

 

また、あの頃の記憶が蘇りそうになる。

首をブンブン振って、追い出した。

 

 

 

そのまま、荷車は二人の前で止まった。

二人ともにこやかな笑顔である。

私たちは降りて、二人の前に立った。

 

「遠方からはるばるようこそ、リュウさん。この度はわがユクモ村ギルドの、ギルドマスターの着任、本当にありがとうございます。私がこの村の村長です。」

 

舞妓さんが村長さんらしい。

 

「私はミルといいます。この村のハンターの代表をしております。どうぞよろしくお願いします。」

 

この綺麗なお姉さんが、ミルさん。

 

「はい。私がリュウです。これからお世話になります。よろしくお願いします。」

 

なるほどね。ハンターさんというわけか。

 

「それで、こちらの方は・・・?」

 

村長さんは、私を指した。

 

「あ、初めまして。リュウと一緒に引っ越してきました、サツキといいます。」

 

慌てて自己紹介。そりゃそうだ。

お付きの人とかに思われたかな?こいつのお付きなんて、それはそれで嫌だけど。

 

「ああ、話は聞いています。失礼しました。では、ご案内しますね。」

 

サツキーーー

これが私の名前だ。元ハンター。ただ、仕事は今は特にしていない。絶賛無職です。

 

ただ、ある目的があってここ、ユクモ村にリュウニ付いてくる形でやって来た。

 

石畳の階段を上ると、山の中腹にそって階段が続き、その脇に家々が立ち並んでいる。山を削って、山肌に沿って家を立てる技術。聞いていた通り。すごい村だ。

 

両側は商店街みたいになっている。野菜や肉を売る店が立ち並ぶ。

 

「あ、これ美味しそう…」

 

「ああ、それですか。モスってモンスターの肉なんです。ここら辺では食べるんですよ。」

 

「へ、へえ。そうなんですか。」

 

ミルさんに声をかけられた。

よく通る声。なるほど、これなら狩場でも声かけが容易だろう。

 

賑やかな大きな道。そこを外れると、いくつかの民家が立ち並んでいるのもわかる。

 

そして何より、紅葉がとても綺麗だ。

 

周りは、買い物をしている人たちがいて、村長さんと、見知らぬ若い男女にこんにちは、と声をかけてくれる。私たちも、その声に応えながら、石畳の階段を上る。

 

「美しい景観ですね。さすがはユクモです。」

 

「ありがとうございます。後で、ゆっくり温泉にでもつかってください。」

 

上る先に、大きな建物があった。さっに見えた、赤いドーム。真っ白な煙が、一段と上がっていた。

 

「それでは、リュウさんはこちらへ。サツキさんは、ミルさん。あなたが、家まで送って行ってください。」

 

「はい、わかりました。では、ついて来てください。」

 

リュウと別れる。多分、あそこがギルドなんだろう。流石、建物もこんな田舎にあるにしては大きいな。

ミルさんに連れられて、階段を再び降りていく。時折、籠を担いだ村人が挨拶しながら通り過ぎて行った。ミルさんに向けられる挨拶は、尊敬に満ちている。ハンターというのは、こういう職なのだ。ミルさんも笑顔で答えている。

 

その笑顔に、彼女の優しい性格が見えた。

 

ミルさんは、歩きながら突然話しかけてきた。

 

「そう言えば、サツキさんは元ハンターですよね?」

 

やばい。この村にも知れ渡っているのか。

 

「あ、えっとですね…」

 

「二つ名は、確か・・・」

 

「双星のサツキ!」

 

突然かけられた声にビクッとしてしまった。

 

突然、右手の家の中から、一人の女の子が飛び出して来た。身長は、私より低い。

金髪のショートカットに、黒い瞳。ただ、防具を身につけていた。ハンター一式防具?

 

は?こんな小さい子がハンター?

 

「ねえねえ、あなた、双星のサツキ、ミツキのサツキでしょ?Fハンでしょ?すっごい、有名人だよねー!」

 

早口でまくしたてられて、焦った。

 

「カンナ。お客さんに失礼だぞ。ハンターとして、もっと大人になれ。」

 

「い、いえ、いいんです。その名前、よく覚えてるね。あなた、歳は?」

 

その子はちょっとむくれて、

 

「私、あなたと同い年だよ!」

 

「ええええ!」

 

びっくりした。明らかに目の前の子は、年下にしか見えなかった。

 

「でも、あのサツキと狩りができるなんて!これからよろしくね!」

 

その言葉を聞いて、私の体温が下がるのがわかる。

 

ふと、高ぶる気持ちが冷めていく。

ハンター、か。

 

ーーー今もやっていれば、或いはよろしくと言えたのかもしれないけど。

 

「私、もうハンターはやめたの。」

 

 

 

 

いつの間にか晴れ上がった青い空と紅葉の下。そんな時に、出会った女の子。それが、カンナとの出会いだった。




サツキとカンナが主人公のお話になります!
これからよろしくお願いします!


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第2話 任命!

今回はカンナちゃん視点です!


ターン、ターン、タターン、ターン

タタタタタンタンタンー

 

紅葉彩るユクモの空に鳴り響くお馴染みの音楽。

それは、新たなハンターの誕生を告げる音だ。

 

ユクモ村の頂上にある、ギルド本部。

その中では、新しいハンターの任命式が行われていた。

 

主役は、たった一人。それが私だ。

 

 

一応ユクモの正装、真っ赤な着物を身につけている私。

 

私の名前は、カンナという。歳は24。

 

そんなカンナちゃんは今日から、ハンターになるのだ。

 

ずうっと、小さい頃から私の憧れの職業だったハンター

先日、ようやく試験に合格した。

夢が叶った喜びで、その時大はしゃぎした。

 

それはもう、ミルさんにそのあと延々4時間説教されるくらい。

 

でも、そんなのどうでもいい。

 

全く、ワクワクが止まらない。昨夜は眠れなかったのだ。早く、早く狩りをしたい。

 

目の前に立つ村長さんに、とびっきりのキラキラした目を向けた。

 

「ハンター証明書。カンナどの。貴殿をこれから我々ユクモ村ギルドのハンターに任命します。」

 

村長さんから差し出された証明書。通称ギルドカード。

 

それを受け取った。一礼して、席へ戻る。

 

「はい。それでは、新たなハンターの誕生を祝して、拍手をお願いします!」

 

一杯の拍手を受け、礼を繰り返す。

どうしても、照れてしまう。

あんまり頭の出来のよくない私を、ずうっと応援してくれた村の人たち。

私は、これから恩返ししなきゃいけない。

 

「では、新ハンターから一言。カンナさん、お願いしますね。」

 

はい、と声を出して、壇上へ向かう。

 

いちいち席へ戻ったのなんだったのよ。この儀礼的なやつが本当によくわかんない。

 

昔っから大雑把なところがどうしても直らない。

ハンターには、よくないことなんだろうか。

 

壇上に上ると、集まったギルドの職員さんと、ハンターさんの姿が見えた。ミルさんもいて、笑顔で拍手をしてくれている。

それに思い切りの笑顔で答えた。

 

「えー。みなさん、今日は本当にありがとうございます。これからハンターとして、皆さんの生活を支えていくとともに、先輩方に負けぬよう、精進したいです。

私の夢は、オールラウンダーになること!ていうか絶対なります!よろしくお願いします!」

 

私の夢を、大きな声で叫ぶ。

一礼すると、大きな拍手に迎えられた。

 

やあねえ、と言った声も聞こえる。

 

ーーーほんとに、オールラウンダーになるのに。

 

少々不愉快だったけど、ハンターになった喜びが大きすぎたので、気にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

わたしは、小さい頃から、モンスターを狩るハンターに憧れて、この村で生きてきた。わたしには、親がいない。いるのは、兄がただ一人。

 

周りに同い年の女の子もいなかった。だから、ハンターになることにためらいなどなかった。そして、とりあえずの目標は今、やっと叶ったのだ。

 

この紅葉舞う村で、わたしの夢は、始まるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

「あー気持ちいいー!」

 

ついつい声が出てしまう。ここは温泉。

 

ユクモ村。ここは、王都から遠く離れた、世界有数の観光地の一つだ。名物は、この温泉。ユクモの地では、絶えず温泉が湧き出ていて、一つの名物になっている。

 

そしてこの温泉は、ただの温泉ではない。

 

この温泉は、理由はわからないが、怪我や病気を治す力があるのだ。

 

その秘湯を求め、多くの観光客、もしくはハンターがやってくる。村を支えるのは、このような観光による収入である。ただ、今日は私一人だった。

 

小さい頃から入っていたし、空いている時期はだいたいわかる。

 

一杯に体を伸ばす。湯に浮かぶ紅葉が綺麗だ。

 

どうも式とか、そう言うのは苦手で、ちょっと疲れた。

この後、ハンター会議だというのに。

 

その時だった。

 

 

ガラガラ。

誰かが湯に入ってきた。

ふと目をやると、それはサツキだった。

 

「あー!サツキ、こんにちは!」

 

サツキはうげっというような顔をして、こんにちは、といった。

 

バスタオルを胸から巻いたサツキ。

 

て言うか、女湯でタオルを巻くなんて、何をしてるんだ、と突っ込みたくなる。

 

外せばいいのに、それ。

そして目線を下に下げれば見事な二つの・・・うん、見たくないわ。

 

サツキをまず狩りたいです…

 

「ねえねえ、私の式みた?」

 

まあ、そんなことは差し置いて。

とりあえず話題を振ってみた。

 

「見てたわよ。」

 

「どう?ハンターやりたくなったでしょ?」

 

「ならないよ、そんなの。」

 

そう言いながら、湯の中の私から一番遠い場所に歩いていく。

 

このサツキと言う人は、元ハンターなのだ。それもFハンである。

 

Fハンというのは、特別なハンターを示す非公式な略称だ。王都メゼポルタ。ここから遥か遠くにある、この世界を束ねる世界一の街。

 

そこは、王都であると同時に、世界一のギルドがある街でもある。

 

周辺に現れるモンスターの強さもレベルが違うのだ。そう言った状況下で、狩りの最先端をあの街のハンターは歩いている。そういう意味で、人々は、あのギルドを特別視しているのだ。最前線という意味のあるらしい、フロンティア。

 

その頭文字がFという文字によって表せるらしい。だから、メゼポルタギルド所属のハンターをひとえに私たちはFハンター、略してFハンと呼ぶ。

 

そして、この人。「双星」のサツキ。

一年ほど前まで、ミツキというハンターと共に、「双星」と二つ名が名付けられた新人ハンターの代表格だ。

 

雑誌で見たのだが、年が一緒というだけで、親近感を覚えた。しかし、突然ハンター界から姿を消してしまったという。

 

それが、ここユクモに来ると聞いて驚いた。そして、そんな人と狩りができることに心から感謝した。

 

 

 

でも、彼女はハンターをやめていたのだ。

 

 

 

 

 

「ねえ、一緒に狩りしようよ〜!」

 

「っていうか、私のこと、よくおぼえてたわよね。」

 

「当たり前だよ、雑誌の注目ハンターの欄は全部チェックしてるから!」

 

呆れたような顔をして、彼女は目を閉じた。

 

「ねえ、カンナさん、だっけ?こんなところでボーッとしてていいの?」

 

「え?」

 

「もう、会議。始まってるんじゃない?」

 

「え?でも1時からって・・・」

 

「さっき12時からの変更になったって聞いたけど?」

 

あ・・・そう言えば・・・

 

「えええええ!!やばい、ごめん行かなきゃ!」

 

まずい。いきなり遅刻は笑えない。

 

そう言えば、そんなことも、言ってたかも…

 

慌てて湯から上がる。ヒヤリとした空気に当てられ、ひっと声をあげてしまった。

 

「ごめん、また会おうね!私、諦めないよ!」

 

「諦めなさい!」

 

後ろを向かずに、服を着替えて、走っていく。

 

 

思うのだ。

 

ーーーあの子と狩りができたら、きっと楽しい。

 

何でやめたか知らないけど、狩りに私情は関係ないのだ。

あんなに狩りができる人が、楽しくないわけないじゃん!

 

 

 

 

 

あれ?サツキ、なんで会議の時間変更知ってたんだろう・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しまーす…」

 

ドアを開けて詰所に入ると、全員の視線がこっちに向いた。

 

「カンナ!何をやっていたの?初日から遅刻なんて、ありえないぞ!」

 

「すいません!ちょっと・・・」

 

「絶対風呂だろうが・・・」

 

「あ、はい・・・」

 

全員の好奇心の目。

初日に遅刻するやつはどういうやつだというように。

 

そして、怒鳴り声を上げたこのお方。

 

ミルさんに怒られた。

 

私の姉のような存在である、ミルさん。厳しい人だけど、とても優しいハンターだ。そんで、超美人。

茶髪の長い髪の毛。に大きな目。

抜群の容姿から繰り出される鋭い攻撃には、村の中でも一目おかれている。

私がハンターに憧れた理由の間違いない一つは、彼女に出会ったからだ。

 

 

ミルさんには、小さい頃たくさん遊んでもらった。そんなミルさんは、リオレイアシリーズの防具を身につけ、名前のわからないガンランスを背負っている。いや、あれはランスかな?

 

 

「まあまあ、ミル。一旦落ち着け。

カンナちゃん、遅刻はよくはないからねぇ?」

 

 

そう言ってフォローに入ってくれたのはベガさんという。青い髪に、ピアスのついた耳。チャラチャラしているけど、この人も超イケメン。ミルさんの同期で、この村一番のハンターだ。

 

「静粛に。」

 

奥からした声。そこにいたのは、サツキと同じくらいの、小柄な男だった。銀色のギルドマスターの正装に、肩までかかるような長めの青い髪の毛。

 

この人が、さっきもいたけど、噂のリュウというギルドマスターなのだろう。

 

「カンナさん。今日は会議ですから多めにみます。ただし、クエストの集合に遅刻したりしたら、許しません。いいですね?」

 

「はい、すみません!」

 

私は一礼して、一番後ろの席に着いた。

 

「それでは、新しいメンバーを含め、会議を行います。始めに、私が新しくメゼポルタの中央ギルドから派遣されてきたギルドマスターのリュウといいます。まだ若く、至らぬ点も多々あるかと思いますが、よろしくお願いします。」

 

「おいおい、あの奇跡のギルドマスターさんだろう?その年で一つのギルドを持ってる人が、何を言ってるの?」

 

「ちょっとベガ、あんた黙りなさいよ。」

 

「あれは、ハンターさんたちのおかげですよ。」

 

にこりとリュウさんは笑った。

 

「それで、現在の状況の確認です。

近年のユクモ周辺のモンスターの活動が活発になっており、村人への危害も増えていると聞きます。先日も、森へ入った村人が消息をたったとも聞いています。よって、ハンターの皆さんには益々頑張っていただきたいです。」

 

わかってる。最近、観光客がモンスターに襲われたり、村人が襲われたり、とにかく依頼自体も増えている。

 

だから、この誇り高い仕事につけたのが嬉しい、というのもあるけど。

 

 

「そして、編成についてです。」

 

 

きた。これが大事だ。

クエストは、基本的に4人1チームで行うのが主流だ。

多すぎず、少なすぎず。それによって、様々な状況に対応しやすくなる。

 

クエストをする以上、時には撤退なども考えなければならないのが筋だ。

 

そんな時に一人一人合わなければ、最悪の事態になりかねない。このチームというのが、クエストにおいてとても大事なのだ。

最も、撤退なんて、そんな気はさらさらないけど。

 

 

「まず、今ハンターは7名。つまり、4人と3人の組みとなります。4人のペアは、まずリーダーをベガさん。その他のメンバーを、セレオさんにミナミさん。最後に、サーサさん。このメンバーを四人班とします。

そして、3人班。リーダーをミルさんとして、セリアさん、そしてカンナさん。以上です。何か質問はありますか?はい、ミルさん。」

 

 

「カンナはまだ新人です。彼女の班を3人にしたのはどういう理由からですか?」

 

「ミルさんに指導をお願いしたい。これから、更にモンスターの活動が激化すると仮定すれば、彼女も早急に戦力となる必要があります。今は、主なクエストはベガ班で。あなたたちには、経験値を積ませる目的で、簡単なものからやってもらいます。クエストの割り当ては工夫しますから、よろしくお願いします。」

 

それは不服だ。私はもう準備万端なのだから。

ぷうっと、頰を膨らませてみる。

 

「それに・・・いえ、やめておきます。とにかく、それが理由です。」

 

「あの、すみません。」

 

それと、もう一つ。

 

どうしても、話しておきたかった。

 

「最近この村に来たサツキという方は、元ハンターで、すごく強くて有名なんですけど・・・」

 

「カンナ。あの子は関係ない。」

 

ミルさんに咎められる。

 

「あ、ごめんなさい。」

 

うーん、やっぱ、無理かな?

 

「いえ、いいんです。確かに、彼女が入れば戦力になりますが・・・今はそんなことを考えている時ではありません。」

 

私は座った。双星と言われた世にもめずらしき超新人「二人」でのチーム。そのチームの片方のハンター。

 

私と同級生とはいえ、戦力としては大きいだろう。私の望みもそうだが、ギルドマスターの期待ももっともだと思った。そう言えば、リュウさんとサツキは同じくらいにここに来たのかな?

 

「他になければ、これで終わります。最後になりますが、今後ともよろしくお願いします。」

 

とにかく、今は目の前のクエストに集中しなくてはならない。

 

どんなモンスター相手でも、必ず狩ってやるからね。




オリキャラ紹介

サツキ

姿はピンクのボブカットに良いプロポーション。マシュみたいなイメージ。歳はカンナと同じ24歳。
20でハンターとなり、「双星」と呼ばれたが、一年前にハンターをやめている。


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第3話 救出!

いよいよクエストへ!


おかしいな。

私って、ハンターだったよね?

なんで武器と、籠持ってるんだろう?

家でその二つを背負いながら首をひねる。

鏡に映る自分を見ても、籠が異質すぎて、何だか逆に笑えてしまった。

 

状況としては、今朝、ユクモを拠点に活動してるという行商人さんから依頼が入ったのだ。

 

 

 

「はちみつを取りに森に入ったの。ほんの村の前よ?蜂の巣が見つかったんだけど、何か物音がして。怖くて帰って来ちゃったから、代わりに頼まれて?」

 

 

 

 

たしかに、ハンターといえど、狩猟ばかりが常ではない。周りも含め、地域の人々の生活を支える依頼もくるのだ。

ただし。ハンターになってから2週間。私たちに周ってくる仕事はそんなのばかりだった。

 

ベガ班は今日も狩りに赴いているらしい。

それなのに私たちはキノコやら、虫取りやら、炭鉱作業やらばかり。途中、何頭かブルファンゴーー

イノシシ退治をしたが、それくらいだった。私は狩りがしたくてハンターになったのだ。流石にストレスがたまっていた。

 

それでも、仕事だ。やっと掴んだ夢への第一歩。そう簡単に文句は言ってられない。

 

「よしっ、頑張ろ!」

 

気合いを込めて、家を出た。

すると、

 

「うわっ!」

 

「へっ、ごめんなさい!」

 

誰かとぶつかりそうになって、慌てて飛びのく。

 

サツキだった。

 

「あら、カンナさん。今からクエスト行くの?」

 

「サツキ、お疲れ!そうだよ、これから。サツキは何するの?」

 

サツキはちょっと変な顔をして、

 

「あー、ちょっと森に、ね。」

 

サツキはよく見ると、運動する時のような格好に、籠を持っていた。

 

そして、袋を一つ。何をするのだろう。

 

「おーい、サツキ?」

 

見ると、石階段の上からリュウさんが降りて来た。

いつも通りの正装だった。

 

「リュウ。どうしたの?」

 

「こっちのセリフだ。お前何しに行くんだ?」

 

「私が何しようと勝手よ。ちょっと村の周り散歩するだけ。」

 

「それだけならいいがな。いいか?今は村の周りも危ないんだ。気をつけろよ。モンスターにあったら、必ず助けを求めろ。いいな?」

 

「わかってる。」

 

親しく話す二人を見て、少し呆けてしまった。

 

「あのー、リュウさんとサツキって一体・・・」

 

「ああ、幼馴染よ。」

 

なるほど、そういうことか。やけに仲が良さそうで、納得がいった。

やましい想像をしてしまった。

 

それなら、会議の時間をサツキが知ってたのも納得がいく。

 

「ああ、ひょっとして付き合ってるのかと・・・」

 

「それはない。」

 

2人の声が綺麗に重なったところで、

 

「カンナ!何してる!集合時刻は過ぎてるぞ!」

 

ミルさんの声がこっちに向かってくる。

あかんあかん。慌てて、

 

「それじゃ、またね!」

 

と言って走り出した。

昔何があったかは知らない。

 

でも、絶対にサツキと狩りがしたかった。

 

 

 

 

 

その時、サツキを私が止めていたら、どんな未来になったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは全速力で村へと戻る。ミルさんの背には顔を真っ青にして、苦しそうに息をするサツキ。

 

外傷がないことは確認した。

 

なら、一体どうしてこんなことになっているのか。

わたしにはわからないけど、医者に見せなければ。

 

村に戻ると、すぐに村唯一の病院に運んだ。

馴染みのハンターの背中に、明らかに様子のおかしい女性。村の人たちも、道を譲ってくれた。

 

「ウラのじっちゃん、急病人だよ!」

 

奥から顔を覗かせた一人のおじいさん。

その歳は本人曰くだれも把握できておらず、つまり本人でさえも把握していない。

 

黄色い服を見に纏い、いつもぼうっと外を眺めている。

患者が来るとき以外は。

 

名前はウラジさんと言う。腕は確かなのだが、少しボケている。

ちなみに私は昔からこの病院にも出入りして、構ってもらっている。

少しボケてるけど、優しいおじいちゃんみたいな人だ。

 

「あれ、カンナちゃん。給料日?はて、わしに給料なんて・・・」

 

「急病人!いいから、こっち来て!」

 

「すみません、すぐにお願いします。」

 

ボケをかましてるじいちゃんの手を強引に引いて、サツキの前へ。

 

じっちゃんはサツキを見ると、目が変わった。

これもいつものことだ。人を助ける時には、まるで別人のようにキビキビと動く。

 

「ミル殿、そこの棚からハサミと、それから、そう。その赤い瓶を取ってくれ。カンナちゃん、少し下がっていておくれ。」

 

サツキは相変わらず息が荒い。

ハアハアと何かにうなされたように息をしている。

 

じいちゃんは、何かに取り憑かれたようにブツブツ言って、薬を注射したりしている。

 

「はて、この子、何で倒れたのかの?原因がさっぱり・・・」

 

「わからないんですか?」

 

「うむ、怪我も特にしておらん。なのに、この症状・・・」

 

原因はたしかに謎だ。

アオアシラに襲われたはず。それは間違いない。なのに、怪我がない。かすり傷一つないのだ。なのに、サツキは現にこうなってる。一体どうなってるの?

 

その時、ドアが開いた。

バタバタと入ってきたのは、リュウさんと村長だった。

 

「サツキ!」

 

「サツキさんは大丈夫ですか?」

 

「村長、リュウさん!それが、何が原因がわからなくて・・・」

 

リュウさんは私の声も無視してサツキの元に駆け寄った。

ちらりと見て、顔を曇らせた。

 

「またか・・・大丈夫、皆さん安心して。水をかければ起きます。というか、水をかけてください。」

 

「はい?」

 

えーと?何言ってるんですか?

突然のリュウさんの提案に頭が混乱した。

ミズヲカケル?

 

「カンナさん?聞こえなかったのですか?水をぶっかけるんです。早く!」

 

その勢いに押され、水道場に向かった。

わけもわからぬまま、流しに置いてあったコップに一杯水を汲んで、リュウさんに手渡す。

あーもう!どういうこと?

リュウさんはそれを思い切りサツキの顔にぶちまけた。

容赦なかった。

 

「ちょ、リュウさん!!?」

 

水が飛び散り、床に溢れる。

 

「プハァ、ゲホゲホ!」

 

でも、その瞬間、サツキは目を覚まして飛び上がった。

気管に入った水を、咳をして出している。

あっという間だった。

なぜか、あんなに重体に見えたサツキは、一瞬で元に戻った。

 

 

それでも、顔は真っ青で、うつろに私たち、主にリュウさんを見ている。

 

「目が覚めたか?」

 

リュウさんが声をかけた。

まるで、いつものことだ、というように。

 

しばらく咳をしていたが、サツキも目をしっかりと開き、

 

「…うん、大丈夫。私、生き残ったのね。」

 

と言った。

 

「ミル班がたまたまお前の近くにいたらしい。助かってよかったな。」

 

サツキは頷いた。そして、私たちの方を向いて、

 

「そうなんですか、本当にありがとうございました。カンナさんも、ありがとね。」

 

と言った。

顔色は悪くて、息も荒い。

一体、今のは何?

 

でも、とにかく助かった、らしい。うん。

とりあえず、大丈夫だよね?

 

「う、うん・・・とにかく、無事でよかった!」

 

ミルさんもセリアさんも呆然としている。

わかんないことが多いけど、リュウさんの謎の治療が効いたらしい。

 

まあ、とにかく私は人を救えたのだ。

まさか最初がサツキになるとは思わなかったけど。

とにかくよかった。ホッと一息、ようやくついた。

 

一人で休ませた方がいいというじっちゃんの話で、私たちは外に出た。そのままギルドに戻る。

移動中も、特にさっきのことについて会話はなかった。

 

無言のまま、ギルドに到着する。

二人とも、疲れ切っているのが見て取れた。

 

アオアシラは、すでにギルドによって解体されたらしい。私たちの配分となる素材が、山のようにギルドの前に積まれていた。

 

「おおー!カンナちゃん、初素材でしょ?」

 

セリアさんの明るい声が響く。

 

「はい、ありがとうございます!」

 

とりあえず受け取った。

ずっしりとした重み。狩猟の実感が湧いてくる。

 

こうした素材は、加工屋のおじさんに出せば私たちの武器や防具にしてもらえるし、売れば換金してお金になる。

それとは別に、報酬も受け取れる。

 

ハンターというのはかなり儲かる仕事なのである。

命という、払う対価に見合ってはいる。

 

私たち3人分に配分された素材は、かなりの量がある。中々に質のよいものも多く、いい武器や防具になりそうだった。

 

一件落着。また、こういうクエストができればいいな。

さて、これをとりあえず持って行って、武器と防具、作れるかな?

 

ワクワクする。新しい武器か…どんなのにしてもらおうかな?

 

「ところで、カンナ?はちみつの籠は?」

 

………………ん?

 

「あ、ああああ!」

 

こうして、すっかり陽が落ちた森を、私はまた走らされることになったのだった。




オリキャラ紹介

カンナ

姿は金髪ショートカット。瞳は黒で、いわゆる貧乳。
歳は24。ユクモで育ち、幼い頃からハンターを志して今夢かなう。兄が一人。家族は他にはいない。


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第4話 遠征!

皆さま明けましておめでとう御座います。
2018年もまったりと書いていきます、よろしくお願いいたします。


ああ、眠い。

 

大きなあくびをした。

 

「おい、カンナ。あくびなんてしてる場合か?」

 

「ふぁぁぁあ。」

 

「セリアもだ!」

 

「ミルさんは眠くないんですか?」

 

「余裕だな。」

 

そう言って腕組みしながら座っているミルさん。

 

やっぱすごいな、この人。

その責任感が、ミルさんが頼れるリーダーである理由だ。

 

しかし、眠いのにそんな事情は関係ない。

 

なぜなら、現在は朝8時とはいえ、起きたのは4時半。

 

ガタガタと揺れる荷車の荷台は、睡眠を誘うには十分だった。

 

 

ちなみに、この荷車を引いているのはガーグァというモンスターである。飛べない鳥型モンスターで、人間によって家畜化している。

 

特に、重いものを引っ張る力に長けている。

 

ユクモ村周辺では、すごく大事な足だ。

荷物を運ぶのにも役立っている。

ユクモという大きな村に付属して、点々と集落が巡っているこの地方では、ガーグァが唯一の移動手段。そして、我々ハンターの足でもある。

私たちの大事な仲間の一つだ。

 

 

そして、運転手となっているのはアイルーと呼ばれるモンスター。

モンスターといっても、見た目は猫そのものである。だが、長い進化の中で、人と暮らす内に二足歩行になり、人語を話し、人のように器用になった。

 

唯一私たち人間の話のわかるモンスターといえるだろう。

メゼポルタなど一部の地域では、既にクエストの助けに導入されているという。

 

アイルーとハンターがともに狩りをする。

 

 

 

 

 

モンスターとの共存関係。これは、人間が模索し続け、一部で実現した形の一つなのだ。

 

そんなことを考えながら周りを見渡す。一面の荒野が広がっている。

気温も上がってきた。防具の裏に汗が滲むのがわかる。

うう、気持ち悪いなぁ。

 

 

私たちミル班、いや猟団「紅葉」の乗る荷車は、既に森を抜け、見渡す限りの荒野を走っていた。

砂原と呼ばれるこの地域は、雨の少ない荒野部や、一部は既に砂漠となり、起伏の少ない地形になっている。

 

このような中にも村が存在し、私たちはその村から受けたクエストに向かっていた。

 

 

 

紅葉というのは、このチームの名前である。

 

出発前に、セリアさんが言い出したのだ。

 

「ねえねえ、猟団の名前をつけようよ!」

 

この人はすごく子供っぽいというか、これでわたしより7か8くらい歳がいっているのだ。とてもそうは思えないけれど。まあ、そんなセリアさんの提案で、チームに名前をつけることにした。

 

 

ミル班!でもいいけど、やっぱかっこいいほうがいいもんね!

 

 

聞けば、ベガさんたちのチームは猟団「白光」という名前をつけたらしい。

ハンター界隈では、狩りの時、チームに名前をつけることも珍しくはない。別に禁止されているわけではないし、自由というわけ。

 

「それはいいな。どうする?」

 

「うーん。ユクモだから…

ユクモ、ユクモウ、ユクモ…」

 

「それより、ユクモと言えば温泉だろ?チームあったかとかいいんじゃないか?」

 

あの…ミルさん、セリアさん。そこからは何も生まれない気が…

 

先輩を初めて疑ったという話はさておき、私は一つ考えていることがあった。

 

かっこいいのがいいな、と思って、ぱっと思いついた名前だった。

 

「…紅葉、とかどうです?」

 

だから、私が提案した。

ユクモ名物の真っ赤な紅葉の色に、ハンターとして避けて通れない真っ赤な液体の色をかけて。

 

 

自分で言っといてあれだけど、すごくかっこいいじゃん!

 

 

ちなみに、趣味が悪いとリュウさんに笑われたけど、私は狩りがなにより好きだ。それで大切なみんなを守るためなら、血だろうが何だろうが恐れてはいられない。

 

というわけで、改めチーム紅葉は、少しずつクエストを達成していた。

 

最近では、前のアオアシラの遭遇戦のクエストの達成が元となり、リュウさんから少しずつ狩猟の依頼も割り当てられるようになった。

 

…まあ、ほぼアオアシラ。

あの熊さん、しょっちゅう出るんだよね、この辺。

 

足も遅いし、人が怪我したりはほとんどないけど、なんせ最近はたくさん出てくる。

 

ーーー不気味なほど、たくさん。

 

まあ、そんなのどうでもいい。問題は狩りができることだからね。

 

ついでに大量に狩ったアオアシラの素材は、今私が身につけている防具になった。

 

女の子仕様にしてもらったんだけど、めちゃめちゃかわいい。

 

加工屋のおじさん、流石だ。

 

だが…それは森の中の話。

今私たちがいるのは、この「砂原」だ。

 

実際、クエストで森から出るのは初めてだった。初めての遠征任務。ワクワクが止まらない。

 

依頼主は砂漠の中のある村。

 

砂原をドスジャギイというモンスターが手下を従え荒らし回っているらしい。

村の男たちで立ち向かったものの、怪我人が続出したようだ。

 

「それじゃ、もう到着するので、準備してくださいにゃ。」

 

アイルーさんの言葉で、眠気が少しずつ冷めていく。

 

今日も頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荷車を降りると、まず目に入ったのはベッドだった。

 

…わらが敷いてある。

ああ、噂には聞いてたけど、寝心地最悪そう。

 

「始めて見るよね?これがベースキャンプだよ!」

 

笑顔のセリアさんに促されて、周りを見渡す。

ここは小高い丘の上にあるようだ。

 

「は、初めて見ました…。」

 

「うんうん、いいよねここ!落ち着く!」

 

「ベースキャンプは、ギルド公認の安全地帯。わかるな?ここを拠点に活動する。」

 

ミルさんの説明の通り。

 

 

 

ここをベースキャンプと呼ぶ。

 

ベースキャンプは、すごく簡単に言えば安全地帯。そして狩りの拠点となる場所だ。

遠征というのは、こうやって遠く離れた場所で泊まり込みでクエストをすることを言う。

ユクモは管轄区域が広いので、こういう場所を作らなければ十分に時間を使った狩りができない。

 

逆に言えば、クエスト達成までは泊まる。

 

寝心地最悪のベッドとか、嫌なんだけどなぁ…

 

ベッドに向かって悪口を言っても仕方ない。

 

…?

 

すると、ベッドの脇にある大きな装置に気が付いた。

 

「ミルさん、あれは・・・」

 

指を指す。まさか、あれが噂の?

 

「わかるだろ?転送システム。物や武器のやり取りができる。」

 

「ギルドさんってすごいよねー?!あんなシステム開発できるなんてさー」

 

ほんとに導入されたんだ…

 

転送システム。

 

近年メゼポルタで新しく開発された、時空間移動のシステム。

人間などの生命体の転送にはまだ成功していないが、この機械を通せば、武器や道具がやり取りできる、らしい。

 

ギルドから遠く離れたこういう場所に置かれるようになった。これにより、状況に応じて武器を変えることもできるし、足りなくなった物は補充できる。

 

まさに、狩りのために作られた最新システム。

 

すごい、こんな田舎に最新技術が…

 

リュウさんの来訪と共に導入されたらしいが、あの人、本当にすごい人だ。

 

「それから、これは無線だ。耳につけとけ。」

 

ミルさんから手渡されて、私はそれを耳につけた。

 

遠征というのは、活動範囲が広い分、助けが直ぐに来るとは限らない。

 

そのため、この無線はまさに命綱。絶対に落とせない。

 

「そしたら、アイルーさん、ガーグァちゃん、お疲れ様だよー!」

 

「それでは、ご武運を祈りますにゃ。」

 

「ああ、帰りも頼むな。」

 

手を振るセリアさんに見送られ、アイルーさんたちは帰っていった。

 

さてと…始まるな。

 

ちなみにここは、砂原の入り口にすぎない。

 

それでも、ここに来るのに3時間。

帰るときには、無線で呼べばまた迎えが来る。だが、クエスト達成まではここでキャンプということになる。ときには野宿も覚悟して、ここを拠点にひたすらに動き回るーー

遠征とはそういうものだ。

まあ、全て聞いた話だけれど。

しかし、今回は話が違うらしい。

 

「それじゃ、計画を説明する。といっても、今回はターゲットがソルテ村周辺によく出没しているようだし、ソルテ村にとにかく向かおう。ここから1時間ってとこだな。」

 

「あの村、私行ったことあるなぁ。すごいいい村だよー?」

 

ソルテ村。それが今回の目的地らしい。

村周辺とかなり絞られた区域でのモンスターの出没なので、遠征とはいえ、泊まることになるかはわからない、とミルさんは言っていた。

 

「武器はどうします?」

 

「そうだな、まあカンナはとりあえず双剣で構わない。セリアは?」

 

「私も片手で構わないよー?」

 

「私もランスでいいかな。やつは何度か狩ったが、そう強くはない。油断しなければ必ず達成できるクエストだ。とはいえ、手を抜けば死ぬ。常に死と隣り合わせだということを忘れるな。いいな?」

 

「了解!」

 

「了解です!」

 

あれからアオアシラ相手に、双剣の使い方は少しずつ覚えた。

 

軽い武器をとりあえず極め、一つ一つ秘伝書を取っていく。それが私の「オールラウンダー」への道だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは、砂原のど真ん中。ソルテ村。その入り口についた。

 

木でてきた簡易的な門。それを見て、膝に手をつく。

 

「つ、着いた…」

 

「こら、へばるなカンナ!」

 

「ミルさんの鬼…」

 

喉が渇いた。1時間歩いただけなのだが、その気温は30度を軽く超えている。

 

二人は余裕そうだけど、どういうことよ。

 

しかも、アオアシラの防具。これが中々に重い。

ううん…筋トレが足りないかな?

 

顔を上げる。

 

村の入り口には、ガタイのいい男の人がいた。

真っ黒に日焼けした肌のほとんどを露出させている。

 

ベガさんみたいってより、男らしいかっこよさって感じだ。

 

「やあ、初めまして。村長のボクトです。」

 

ボクトさん。とりあえず名前を覚えた。

 

「ミルです。」

 

「カンナといいます!」

 

「やっほー!お久しぶりでーす!」

 

「やあ、セリアさん!お久しぶりです、その節はお世話になりました。」

 

などという挨拶が繰り広げられたのち、私たちは村の中に案内された。

 

セリアさんは、どうやら以前の狩りでもボクトさんに会ったことがあるらしい。

 

 

村の中を進みながら、心が痛んだ。

 

 

「これは、確かにひどいですね・・・」

 

ミルさんの呟きの通り。

村の男の人たちは大抵体のどこかに包帯を巻いていた。

痛々しい戦いの後。

想像以上に激しい戦いをしたようだ。

 

「ええ、いつも奴の取り巻きを追っ払ったりしている彼らも、ボスがいるとなると・・・それに、今回の群れはかなり規模が大きいんです。皆さんも、お気をつけて。」

 

「そんなに大きい群れなのー?」

 

「ええ。こんな群れ、普段はできないと思うのですが・・・」

 

「とにかく、我々は直ぐに発ちましょう。回復薬は、ありますか?」

 

「ええ、準備してあります。どうぞ、こちらへ。」

 

村の奥の貯蔵庫らしい場所には、たくさんの回復薬。

これは、この世界のそこら中で取れる薬草とキノコを特殊に調合して作られる。味は最高に悪いが、これを飲むと体細胞の分裂を促進して、怪我が急速に治るのだ。

 

勿論、完全に傷がふさがるわけではないけれど、即死するような怪我以外はこれで治せる。

 

「村人に使ってしまい、これだけしかないのです。本当に申し訳ありません。」

 

「いえ、私たちもいくらかはもってきています。2人とも。とにかくこれと砥石を持て。今直ぐ発とう。大きな群れらしいし、早く見つかれば今日中に終わるかもしれない。」

 

「ごめんなさい。よろしくお願いします。」

 

大きな図体のボクトさんの顔が下がる。

 

包帯を巻いた人々。

 

私と同じくらいの女性が男の人の看病をしているのも見た。

 

私の仕事は、困った人を助けること。

 

そして、狩りを楽しむこと。

 

私も、頑張らないと。

顔をパチンと叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村を出ると、ミルさんの案内で進んだ。

コンパスを持つのは、ミルさん。

 

その後ろに私。セリアさんが最後尾。基本的に、チームでは、一番の高ランカーが最後尾となり、リーダーが先頭をやる。

 

基本の一列縦隊で進んだ。

 

目的地は、多くの目撃情報があるという場所だ。

 

20分ほど歩くと、左手に洞窟が見えてきた。

 

「ここ、だな。」

 

すると、早速だった。

 

「あそこ!なんかいない?」

 

セリアさんの指の先には、確かに取り巻きがいた。小さいのがジャギィ。少し大きいのがジャギィノス。誰がつけたか知らないが、単純なネーミングセンスだ。

私は、腰の剣に手をかけた。

こっちもアオアシラ仕様になっている。その力は、確実に上がっているはずだ。

 

「カンナ、待て。」

 

だけど、ミルさんは手で私を制す。そのまま隠密の手振り。

 

リーダーの指示は絶対。これはハンターの硬い掟だ。

 

私たちは岩陰に隠れた。

 

「ミルさん?」

 

「このまま待とう。万一、洞窟の中で親玉と遭遇すれば、戦いにくい。ここにあいつらがいる以上、群れの本体も近くにいると考えるのが妥当だ。このまま待てば奴が現れるかもしれない。そうすれば、洞窟前のこの広場。いい条件で戦える。セリア。後ろ警戒してくれ。」

 

「了解だよー!」

 

岩陰からうかがっていると、気づいたことがあった。2匹や3匹ではない。ウジャウジャと10匹近くが、洞窟の入り口付近でウロウロしている。

 

この量。確実に、群れのボスがいるはずだった。

そして、その時はすぐに訪れた。

 

「ミルさん、あれ・・・」

 

セリアさんが指を出す。

 

洞窟の奥から現れたのは取り巻きの3倍はありそうな体の1匹のジャギィ。だが、その顔の周りには立派なフリル。

 

教科書で見たこと、ある。奴がドスジャギイだ。

 

「どうします?」

 

「取り巻きが多いな。多少減らないか・・・奴が奥に行ってしまうようなら、もう飛び出そう。しばらく待機だ。」

 

そのまま、5分ほど待った。

親玉は、しきりに声をあげ、取り巻きに呼びかけている。奥から次々と現れる取り巻き。むしろ増えている。

 

「あの、ミルさん・・・」

 

これ以上は増えるだけでは、と言おうとした。

 

 

 

その時だった。不意に、頭の上の方で物音がした。見上げると、隠れていた石の上からジャギィが見下ろしている。

 

「な…」

 

声を上げる間もなかった。

奴は、こっちに飛びかかってきた。

まずい。手を腰にかけた時には、その牙が目の前に迫っていた。

 

スパァン。

その音と同時に、鮮血とともに斜めにジャギィの体が吹っ飛んだ。

 

「カンナちゃん、大丈夫!?」

 

セリアさんだ。手には、片手剣が握られている。

助かった。

 

「はい、大丈夫です、ありがとうございます!」

 

「・・・仕方ないな。」

 

だけど、ミルさんは呟いた。

 

まあ、当然だよね。

その吹っ飛んだジャギィは、岩陰から大きく吹っ飛んだ。つまり・・・

 

雄叫びとともに、ボスを含め、一斉にこちらへ奴らは向かってきた。

 

「・・・行くぞ!」

 

私たちも武器を取り出す。

先手必勝!

つっこんだ。

 

まずは正面から飛びかかってきたジャギィをかわし、すれ違い様に切りつける。心地いい感触とともに、その体が吹っ飛ぶ。狙うは奥の親玉、ドスジャギィのみ。

 

だが、その取り巻きどもはそう簡単に近寄らせてはくれない。

 

2匹目、そして3匹目が両側から現れる。

すぐさま体を下げ、腹の下を切りつけた。

 

「いった…」

 

だけど、4匹目の存在に気がつかなかった。

 

肩のあたりに鈍い痛み。尻尾を振り回されて、それに当たってしまった。

 

2匹、3匹と倒していく。鈍い痛みの中、次の敵に向かう。

 

目の前には三体の取り巻きども。本当にうっとおしい。

 

「ああ、もう!」

 

「カンナ!おまえは取り巻きたちを引きつけてほしい!」

 

 

 

ミルさんの声。もうミルさんと、セリアさんは包囲網を突破している。ドスジャギイの前に立っていた。

 

残ったジャギィは、私に照準を合わせたらしい。

 

ああもう!私も、あいつと向かい合いたいのよ!

 

「カンナちゃん、とりあえずそこを突破してね!」

 

2人は動き始める。熟練者の二人は、しなやかな奴の動きに多少翻弄されていたが、優勢に戦っている。すれ違い様、血が飛び散っている。

 

がむしゃらに目の前のジャギィを切りつける。

 

尻尾が腹に入る。

 

「痛いわよ!」

 

だが、腹に入った尻尾を掴み、そのまま腰のあたりを切り刻む。血が飛び散り、ジャギィの体よろめく。そのまま、

腹を切った。

 

私だって。あいつと向かい合いたいんだ。

 

次の3匹が同時に向かって来る。

 

流石にそんないっぺんには無理。

 

ジャンプしてきた右の一体のしたを前に転がって抜ける。振り向き様、尻尾に切りつけた。

 

そろそろ、行きますか!

この双剣という武器、ただ二本あるだけではない。

 

そもそも、武器にはある秘密がある。

 

 

 

 

モンスターを狩ることによって、落ちる素材。その中には、モンスターの「魂」そのものを詰め込んだ部位がどこかにある。

 

魂の詰められた武器。そもそも魂が一体なんなのかはわかっていない。

ただ、経験則的にそういうものがある。

 

そして、その魂の宿る素材を見極め武器や防具に組み込むことで、超自然的な力がそれらに宿る。

 

そして、双剣に宿る力は・・・

 

集中する。すると、双剣が赤く光だす。

 

その瞬間、体が一気に軽くなる。

 

三体が向かってきた。左と真ん中の間を抜けつつ、両側を切りつける。

 

この弱い武器。しかし、ジャギィはその場で倒れ臥す。

 

一発で仕留めた。

 

 

双剣の解放。それは鬼神化という。

 

スタミナの大量消費と引き換えに、自身のスピードや力を増幅することができる。

 

今の2体で、残りは一体。飛びかかって来るだけ。本当に芸のない奴らだ。

 

鬼神化している私には、ジャギィの動きを見切るには早すぎる。

 

スパン。

心地よい手応えとともに、奴の体は吹っ飛んだ。よし。後は親玉1匹のみ。

 

「カンナちゃん、危ないよ!」

 

ホッとしたのもつかの間だった。

 

振り向くと、ドスジャギイの牙が目の前に迫っていた。慌てて剣を振ったが、しなやかに横に避けられる。

 

そのまま、タックルの姿勢。

 

だけど、私の体は降った剣の残りによろめいた。

 

重くなった防具。それが命取りだった。

 

まずい。回避できない。

 

「おい、カンナ!」

 

ミルさんの声。一旦もろに食らうしかないか…

多分死なない!

 

 

 

 

 

だけど、その時。

 

フッと世界が、スローになった、ような気がした。

 

へ?

 

慌てて横に避ける。だが、体は避けれたが、頭はダメだった。ドスジャギイと頭突きをかまし合う。

 

アオアシラの硬い防具のお陰で、なんとか鈍い痛みで済んだ。

 

体が浮く。何とか受け身をとった。

顔を上げると、ドスジャギイは既にセリアさんの方に体を向けていた。

ドスジャギイはタックルの構え。だが、セリアさんは動じない。

 

「おりゃああああ!」

横に転がってかわし、そのまま一太刀。

 

ギャアアアア!

 

それで終わりだった。

ドスジャギィが倒れる。

そのまま、動かなかった。

 

「ふう、終わった。早かったな。」

 

「うん、カンナちゃん、お疲れ!」

 

「お疲れ、様です…」

 

結局、私はほとんど狩りに参加できなかった。

 

それより、あれはなんだったんだろう・・・。

明らかに食らう覚悟、してたのに…

 

 

 

 

 

 

首をひねりながらも、とりあえずクエスト達成に安堵したのだった。




キャラ紹介!

セリア

ベガ班、「白光」のセレオとは双子。
オレンジショートの超元気な女の人。可愛らしい、ってイメージ。凛ちゃんに近いかも。

ミルさんの二つ下の年齢だが、セレオと並んでハンターランクはユクモ第2位。得意武器は双剣と片手剣。
クエストではその高い技術で紅葉のエースとして活躍する。


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第5話 嵐!

お久しぶりです。テストやっと終わりましたよ…


「おい!もっとスピードは出ないのか!!」

 

「やってるにゃ、ミルさん!これ以上は無理にゃ!」

 

「このままじゃ荷車がもたん!おい、カンナ!そこちゃんと押さえとけ!」

 

その言葉と同時に、荷車が大きく揺れた。

 

「ひ、ひいいぃ!」

 

しっかりと捕まっていないと振り落とされそうだ。

 

砂原での任務を終え、帰途に着いた私たち紅葉。

 

だが、砂原を抜け、山に入った途端、大嵐に見舞われた。

最近、雨が多いな、とは思っていた。

だけど、今回の嵐は明らかに異常すぎる。

 

風も雨もめっちゃ強いんだけど…

 

雨は横殴りなので、ほとんど屋根が意味を成していない。吹き込む雨に打たれ、私たちはユクモ目指して、尾根を進んでいる。

 

崖の下には川。いつもは小川みたいなのに、今日は濁流になってしまっている。

 

風と雨で目が開けられない。

全く、最近の天気ときたら。

 

ここまでは初めてだけど、最近ユクモ地方の天候は安定しない。嵐が多いし、それに合わせてなのか、モンスターの活動も活発になってる。

ハンターとしては仕事が増えて嬉しい悲鳴なんだけど…

 

必死に目を開けると、遠くの山並みがうっすらと見える。

目に入った雨を拭って目を凝らすと、信じられない光景が見えた。

 

「………!!!?」

 

悲鳴すらあがらなかった。

 

山並みの一つ、一番高い山。

 

普段はユクモ村からも見える。真っ白な雪に一年中閉ざされた山。誰もその実態はよく知らない。

立ち入ることを許されているのは、村長と、村長が認めた者だけ。

 

霊峰と昔からユクモで呼ばれ、祀られてきた山だ。

 

だが、目の前の異変は明らかだった。

 

その山の頂上が見えない。

 

ーーー竜巻だ。

それも、山頂からその2割程までを覆うほどの、超巨大竜巻。それが、山頂のあたりに、まるで白い柱のように、雲まで立ち上っているのが見える。

 

「セリアさん、あれ・・・」

 

「うん・・・見えてるよ。何だろう。」

 

あまりの驚きに、言葉が出ない。口がパクパクしてしまった。

 

だが、突然、森の中に入って、その光景は見えなくなった。

 

「ダメにゃ、たまらないにゃ!そこの洞窟へ!」

 

私たちの荷車は、駆け込むように洞窟に入った。

 

すぐに降りるよう指示される。

屋根があるので、雨は止まったが、身体中ビショビショ。

秋の空気が冷たい。

完全に、風邪を引きそうだ。

 

「もしもし、リュウさん?もしもし?ダメだ、通信も届かない。……仕方ない、ここで待とう。雨が収まるまで、荷車の毛布で寒さを凌ぐんだ。」

 

そもそも、その毛布だって濡れている。やばい。ほんとに寒い。洞窟の奥は、真っ暗だ。行くこともできない。

 

ーーー遭難って、こんな気分なんだろうか。

 

さっきの光景が頭を駆け巡る。

 

今でも信じられない。

あの山を覆うほどの竜巻。

 

「…まさか、ね。」

 

多分見間違いだろう。きっとそうだ、そうに違いない。

 

「ううー、寒いよ!」

 

「セリア、もう少しの辛抱だ。頑張ろう。」

 

だけど、4人で震えて、30分後。

 

雨は、嘘みたいに晴れ上がった。

 

「馬鹿な・・・一体どういう。」

 

「それだけじゃないよ、ミルさん。さっき、カンナちゃんと見たんだけど、霊峰に巨大竜巻が見えてさ?」

 

「竜巻?」

 

「そう、霊峰の半分くらいまで覆うんじゃないかっていうくらいの竜巻。」

 

「そんなの、あるわけないだろう?」

 

…やっぱ、あれ本物?いやでも、まさか…

 

「私も見た、気がします。多分…。」

 

「・・・、とにかく、村に戻ろう。話はそれからすればいい。頼む。」

 

水浸しの道に、燦々と照る太陽。

 

何が起きているのかわからない。

 

でも、脳裏によぎるあの強烈すぎる光景だけが、この後に起きる事態があまりよくないことを連想させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく待っていると、リュウさんと事務の人たちが入ってきた。

 

「待ってました、ではお掛けください。」

 

席につく。

 

「では、話します。先程の雷雨での対応、お疲れ様でした。幸い、ユクモ含め、近隣の村に死傷者はいません。

…ですが、最近の天候の不安定さは無視できないものがあります。それに、報告があります。先程の雷雨の最中、霊峰に巨大竜巻が観測されました。」

 

「竜巻?」

 

やっぱり…あれは本物なの?

 

恐怖がよぎる。あんな竜巻、もろにくらったら…

 

「あ、あの…私とセリアさん、見ました。」

 

「ほんとに?」

 

「ほんとです、ベガさん。霊峰のてっぺんから2割とかまで見えなかったですもん。」

 

「そして、今の霊峰を写した写真です。」

 

職員の人が見せてくれた写真。

ブレが激しく、わかりにくい。

ただ、てっぺんの方は何か靄みたいなものに覆われている。

 

「天候が不安定で、無人探査機でもこれが限界。ただ、何か霞か雲のようなものに覆われていることだけは確かですね。」

 

「一体、何が起きてるのー?」

 

セリアさんの声は随分気楽だが、それ以外の人たちはそうではない。

 

みんな、異常事態を確信している。

聖なる山を覆った異常な竜巻。何もないわけがない。

 

何かが、起きている。

 

「謎です。ただ、この件についてはギルドで調査を既に開始しています。メゼポルタにも報告済み。ただ、皆さんの力が必要になることもあるでしょうし、モンスターの活動もより活発になるでしょう。くれぐれも、気をつけてクエストを行なってください。」

 

「一つ案が。」

 

手を挙げたのはミナミさん。

 

「我々で、調査チームを派遣すればいいのでは。そうすれば、事態の把握もより早くなるはずです。」

 

「そうね、それがいいかも。」

 

ミルさんも続く。

確かに、その方がいいかも…

 

「いえ、それはできません。」

 

しかし、リュウさんは切り捨てた。

 

「なぜだ?これから手遅れになるかもしれないんだぞ。」

 

「それでも、事態がきちんと把握できるまで、あなたたちを送り込むわけにはいきません。」

 

「おい、若造。お前、状況わかってるのか?」

 

「なんと言われようが、この状況下で派遣はできません。」

 

チッと舌打ちをして、ミナミさんは引いた。

 

「け、けんかはやめて、ね?」

 

セレオさんが助けてくれた。

 

喧嘩してる場合じゃないのは間違いない。

 

「霊峰・・・あそこに入ったことがある人も少ないですし、きちんと準備が整えばそれも考えます。ですが、現段階での派遣は危険すぎる。そう思います。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうは言っても、ねえ?」

 

集会を終え、階段を降りているとベガさんが言い出した。

 

「確かに危険ではあるが、あれは事態を甘く身過ぎている面もあるかもしれないな・・・」

 

ミルさんも言った。

 

「彼、若いからね。でも、取り返しがつかなくなってからじゃ、ね?

…ま、今はできることをするしかないけどね。俺らはこれから遠征だから、そんじゃあねー」

 

そう言って、白光の4人は去って行った。

みんな不安な顔をしている。

 

このままでいいのだろうか…?

 

「私たちも、明日から仕事だからな。とにかく、今日は休もう。」

 

そうして、私たちも解散した。

 

夜になって、不思議と、森が見たくなった。

 

村の入り口に向かう途中も、みんなが家を片付けている。この村の人たちは、本当に自然と向き合うのが上手いのだ。私たちを信じてくれてるから、普通の生活をしている。

 

それに、応えなきゃいけない。

 

私は、村の入り口の階段に腰かけた。

 

森は真っ暗。風が吹くたびに、ザワザワと揺れている。

この2ヶ月ほどで、すっかり紅葉は散ってしまった。夜は冷え込む。さっきの雨で、よく風邪引かなかったな。

 

最近のことを、思い出す。

やけに活発に活動するモンスター。

私としては、狩りが捗るし、悪くないのだけれど、どうも引っかかる。

 

そして、竜巻。確信した。何か、異変が起きている。

 

とにかく、普通の人に被害が出なければいいけど。

 

その時だった。

村の入り口に人影が現れた。

さっと身構える。

 

「た、助けてくれ!」

 

でも、それは男だった。私と年は同じくらいだろうか。

 

「ど、どうしたんです?」

 

「ここから少しあっちにいったとこに住んでるんだけど、突然、でかいイノシシが・・・作物や家を荒らされてる!頼む、何とかしてくれ!」

 

「と、とにかく、上にギルドがありますから、そちらへ!」

 

男を促して、上に走らせた。

頭をフル回転させる。

 

どうする?これは緊急事態。一刻も早く行った方がいいのでは?それに、多分そいつはドスファンゴ。ここらじゃ有名な巨大イノシシだ。庶民の手に負えるはずがない。

 

幸い、防具も古いやつだが身につけているし、武器も一応双剣を握っている。

 

…とにかく先に向かおう。

 

ミルさんやセリアさんが後から来てくれればそれでいい。

 

夜の真っ暗な闇を、私は駆け出した。

 

そして、ここから異変は始まる。

私たちの長い長い物語は、ここからだった。




キャラ紹介!

リュウ
サツキの幼馴染のギルドマスター。とある事件で有名となり、この若さでユクモギルドを統括する。
青い長髪。実況動画見ると、同じ名前の方がやってます。それと同じイメージです。


投稿大変遅くなりましたね…。
はい、しゃーないです。学校大変なんで、大目に見てください…。
これからもマイペースにやっていきます。
失踪だけはしないと宣言はしておきますね…。


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第6話 ピンチ!

寒い日が続いております。皆さんも風邪など引かぬよう、お気をつけて。

暗い森の中、ドスファンゴ狩猟に飛び出したカンナ。
果たして…


温泉に浸かっていると、日頃の嫌なことも全部忘れられるような気がする。

 

「あー……疲れた。」

 

思いきり足を伸ばしても誰もいないから大丈夫。まだ来てからそう日はたってないが、温泉の空いた時間は毎日入って熟知している。なんならさっきも入っていたしね。

 

月夜の夜。昼間は太陽の光がお湯の水面を照らしている。

月の光はそれと逆。水の中に沈み込み、底を明るく照らす光。

 

さっきの紅葉と名のついたという、ハンターたちを思い出す。ものすごい、という形容詞でいいのかわかんないけど、いっつもすごい笑顔のカンナ。大人なミルさん。そして、二人をニコニコと見ているセリアさん。

 

互いの信頼感がよくわかる。

小さいギルドだからだろう。

私が昔いたメゼポルタのギルドは、私欲の蠢く醜いやつだったし、心底羨ましい。

そして、私はそこをやめた。

 

彼女たちが太陽の光のように、水の水面を彩るなら、私は月の光のように、底でじっとしているだけの小さな光。太陽の光を浴びても、それを照り返すだけ。

 

ーーーいや、自分が光だってのも、自惚れた話ね。

 

こんなこと考えてたら気が滅入るだけだ。

 

あーあ。ほんと、何もすることがないとは退屈なものだ。暇すぎてむしろ疲れるというのはこういうことを言うんだろう。

 

ぼんやりと胸のブローチを弄ってみる。

お姉ちゃんからもらった大事なものだ。

 

埋め込まれた宝石の名前は、封龍石というらしい。

光を浴びて赤く輝くその石が私は大好きだった。

宝物なのだ。

 

 

 

しばらく浸かった後、温泉から上がって、体を拭く。

 

自分の体を眺める。未だ、ハンター時代の生傷が治っていない。一つ一つ、どこでついたものか覚えている。

忘れられない傷である。ただ、着替える服が防具ではないのが、何となく違和感にしかならなかった。

 

風呂上がりに、散歩がてらギルドの方へ行ってみた。

 

リュウに会って、何となしに話がしたい。そういう気分だった。

あの例の夢は、熊さんの一件以来見ていない。

 

目を合わせてしまった。それで、もう頭は何も考えられなくなってしまった。夢が頭を支配して、意識が沈んでいく感覚。

 

そして、起きたらいつものように、水をかけられていて、紅葉のメンバーの人たちがいた。どうやら助けられたってことくらいしか認識できなかった。

 

でも、あの一件からも山には入っている。山菜なんかをとりながら、

 

ーーーまずは手がかりから探さなければ。

 

何としても見つけてやるんだ。伝説だろうが何だろうが知ったことじゃないから。

見つけなければならないんだから。

ここに手がかりがあると信じて、私はユクモに来たんだから。

 

もう一度、光を取り戻したいから。

 

そんなこんなで階段を登り切る。何やら騒がしい。見ると、ミルさんと、セリアさん。そしてリュウ。

 

何やらもめているようだ。

 

「とにかく、急いで!」

 

リュウのその声と同時に、二人が階段を駆け下りて来た。私に脇目も振らず、真剣な顔で階段を駆け下りていく。

 

「どうしたの、リュウ?」

 

リュウは、真剣な顔でこっちを見ている。そして、

 

「サツキ、話がある。ちょっとついてこい。」

 

そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今晩、ギルドにユクモの近くに住んでる男が駆け込んで来てな。イノシシに家や畑を荒らされてるから助けてくれと。言うなれば、緊急のクエストが持ち込まれたってわけだ。」

 

話を聴きながら歩いていく。

 

どうやら、リュウの家の方にむかっているようだった。

 

「それで、紅葉を派遣しようとした。だが、カンナがいない。聞けば、先に男はカンナに話をしたという。やな予感がしたんだ。」

 

「まさか…。」

 

バカなのか、あの子は。

単独でクエストに向かうのはご法度とされている。。全く、学校で何を教わったのだ。

 

「でも、イノシシ程度、あの子もまさか死んだりしないでしょ?まして、遅れてあの二人がいれば。」

 

「そう。二人は家にいたが、すぐに準備をしてくれた。そして、少し遅れたが向かってもらった。よっぽど大丈夫のはずだった。でも。」

 

「でも?」

 

「現場には、大分弱ったイノシシーー。ドスファンゴが興奮して暴れまわっていた。そこにカンナさんの姿はなく、双剣の片方が一本、落ちていた。その脇にな、人のサイズはあろうかっていう足跡があったらしい。」

 

その言葉を聞いた瞬間、戦慄が走った。

 

既にリュウの家の前に来ている。

長屋のような集合住宅が、リュウの家だ。その中に二人で入っていく。

 

「もう一つ班あったのは?」

 

「もう遠征に出発してる。今ここを探せるのは無線を持ってる二人だけ。」

 

「何があったのか、わからないの?」

 

「わからない。」

 

リュウは落ち着きはらっているように見せていたが、相当焦っているのがわかった。

 

「とにかく、もうお前しかいない。」

 

「え…?」

 

ハッとした。

後について歩いていたら、いつの間にかリュウの部屋にいて、リュウはその奥を指差していた。

 

メゼポルタに置いて来たはずの、私の装備。

いつか狩った、ヴォルガノスの防具。

 

「もうお前しかいない。」

 

「ちょ、ちょっと待って。なんであんたがこれ持ってるの?置いて来たはず・・・」

 

「内緒で持って来た。」

 

「いや、待ってよ。」

 

急すぎる。何が何だか、整理できていない。私に行けと?

無理だ。モンスターの目を見てしまったら、私はあの時と同じ。

きっと倒れてしまう。

 

「待てない。」

 

「いや、私はもう・・・」

 

「んなこと言ってる場合か!」

 

肩を掴まれた。

 

青く輝く瞳。

リュウの目は本気だった。

 

「もう、俺は殺したくねえんだよ!お前も一緒じゃねえのか?お前、あの子の夢を聞いて黙ってられんのか!」

 

カンナの夢。

覚えてる。あの子がハンターになるというから、就任式を見に行った。その子は、丁寧に対応しているように見せながらも、ワクワクしてる感じ、興奮が伝わって来た。そして、彼女は高らかに宣言していた。

 

オールラウンダーになりたい、と。

 

何か、感じるものがあった。

 

「もう俺は自分のギルドの誰も殺させない。でも、このままお前が死んだみたいに生きてんのも嫌なんだよ。胸糞わりいんだよ。」

 

「それでも・・・」

 

「双星のサツキ!お前にクエストを出す!頼む!もうお前しかいない!」

 

その声は、部屋いっぱいに響いた。

 

部屋の奥に置かれた防具。

 

守りたかった夢。

 

あの時、守れなかった夢。

 

叶えたい夢。

 

私の状態。

 

色んなことがグルグル頭の中を回っている。

 

唇を噛みしめる。

 

不甲斐ない自分に腹が立つ。

カンナのことを思い出した。あの笑顔。狩りを楽しんで、オールラウンダーになりたい女の子。その子に危険が迫っている。手遅れかもしれない。それでも。

 

あの夢は、私が守るべき夢かもしれない。

 

急すぎて頭も回らない。

ずっと目を背けて来たハンターという道。

怖かったし、逃げたかったから。

 

つけられた傷が疼く。

 

でも、今、彼女を助けられるのは、私だけかもしれない。

 

人が死ぬ。夢が死ぬ。

 

それで、いいの?サツキ。

いや、違う。

 

やっと来たのかもしれない。

罪を償う、最初のチャンスが。

 

「わかった。今だけよ。」

 

リュウは頷いた。

 

「時間がない。クエストの内容は・・・」

 

「わかってるわ。任せなさい。何とかしてみせる。」

 

一度深呼吸。なんとかなるかはわからない。

 

 

「カンナを救出して私も帰る、でしょ?」

 

装備に手を伸ばしながら、言った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ドスファンゴがこちらへつっこんでくる。

 

だけど、普通に横に動けば、真横を通って行ってくれるのだ。そのまま回避。追いついて双剣を振る。

 

慣れれば、鬼神化を使うほどでもない。アオアシラ程度の強さだ。

 

あと少し。

目の前のドスファンゴも、大分弱っているだろう。

 

…とはいえ、私のダメージも少なくはないけどね。

実際、序盤、動きに慣れるまでは深追いして何撃か食らってしまった。

 

ドスファンゴがこちらを向いて突っ込んでくる。

 

ほんと、突っ込むことしかできない奴。それでも、不意に突っ込まれると流石に避けにくい。その上、興奮したこいつを一人で狩るのは中々大変だ。現に、何回か牙が腹に刺さったり、振り回す頭が腹に入ったりした。

 

その度に激痛が走る。昔のハンター一式だからか、装甲が薄い。血も出た。

 

たまたま持っていた回復薬は使い切った。私の体も度重なる薬の乱用で大分まずい。足が重い。

 

回復薬は使いすぎると、運動能力をさげてしまう。

 

そろそろ決めないと。横に回避して、また切りつける。ドスファンゴは突っ込んで行って、転んだ。

 

もう少し息が戻ったら、鬼神化してしまいにしよう。

 

あれ…ミルさんたちがくる前に終わらせられるかもしれない。

 

アオアシラやドスジャギイを狩ってきたが、私は目立った戦果をあげてはいない。

 

このままいけば、私の力を見せられるかもしれない。

 

よし…

 

そう思った時だった。

 

ウオオォォォン!!

 

夜中に、犬のような遠吠えが響き渡った。

 

ビクッとしてしまった。何?何の声?聞いたことない声だ。

 

サッと後ろを振り返ると、森の奥に何かいる。気配と、足音。

 

こっちに、来ている。

 

湿った落ち葉の踏まれる音。木々の中から、鳥たちが飛び立つ。

 

森の中から現れたのは、見たことのないモンスターだった。青い体に金色の鱗。鋭い目つきに、二本の短い角。四足歩行の形態。大きさは私の何倍?8か、9メートルといったところか。

 

驚きに、足が動かない。

 

ウオオォォォン!

 

そいつはまた吠えた。聞いたことのない叫び声。

 

鋭い目がこちらを向いた。刺すような視線。

 

やばい。直感的に、後ろに引いた。振り向くと、ドスファンゴはもういない。逃げ出した?

 

武器を構える。ただ一つ言えること。

 

ーーーこいつは、絶対にやばい、なんだ、こんな奴が、どうしてこんな村の近くに?とにかく、こんなところで暴れられても困る。

 

私は、森の奥へと駆け出した。

何か物が落ちるような音がしたけれど、気にしなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

チッ。山菜探しでよくこの森に入っているといっても、まだそんなに地形を把握していない。

 

久しぶりに身につける装備も思ったより重く感じる。

 

ああ、もう。衰えすぎよ、ほんと。

 

「いいか?もし何かに会っても、逃げるのが優先だ。今のお前は、いくらメゼポルタ出身でも一人で狩りができる状態じゃない。絶対に、モンスターの目は見るな。わかるな?それと、お前はこの辺りを中心に探してくれ。もし、彼女が村への影響を恐れ、そこにいたはずの何かを引きつけていて、なおかつ生きていてくれるのだとしたら、それが最高のケース。その場合、この辺りは地形的に広くて戦いやすい。彼女は地元出身だし、おそらくそうする。」

 

とにかく、そこに急がねば。他は、ミルさんたちが何とか潰してくれる。目も大分慣れてきた。

 

「…死ぬんじゃないわよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

後ろから、そいつは追ってきていた。

私は、走った。足が速すぎる。木々の間をぬって走る私に比べ、そいつは木をなぎ倒して進んでくる。何て筋力…。

こいつはやばい。状況も、最高に危険だ。このまま鬼ごっこしている場合じゃない。

でも、こんな狭いとこで戦うのは分が悪い。

 

前を見ると、森が開けていた。よし。ここまでは作戦通り。足が重い。ここにきて、何ができるかはわからない。でも、狩らなければ。

こんなのを野放しにするわけにはいかない。それは、ハンターとしての意地だ。

森を抜けて、平原に出る。狩るなら、ここが一番。何とか叩いて、耐えていれば、きっとミルさんやセリアさんが来てくれる。振り向くと、そいつはこっちに飛びかかって来た。ギリギリで避けた。振り向くと、そいつはもうこっちを向いている。敏捷性も尋常じゃない。

切りつける隙も、見つからなかった。

 

やはり、そこらのモンスターとはわけが違う。

また飛びかかって来た。今度もギリギリ。爪が手をかすめた。だめだ。体が持たない。

 

また来る!

 

そいつの方を見て攻撃に備える。

しかし、

 

あれ。止まってる。

 

ウオオォォォン!

吠えると同時に、何か光の帯みたいなものがそいつに向かって集まって来た。なんだ?だけど、今しかない。そいつに向かってって、手を背に伸ばした。

 

だけど、感触が、無かった。

背中を見ると、剣が一本しかない。

 

「そんな…」

 

まさか。落とした?

 

さっきの物音…

 

そう思った時には、目の前のモンスターが宙に浮いていた。月が、隠れた。尻尾が向かってくるのを、咄嗟に手で受け止めた。でも、パワーに押されて、吹っ飛ぶ。激痛とともに、やな音がした。起き上がれない。まずい。

 

手と足が…

 

ハッと目をあげると、もうそいつは私の前にいた。

起き上がれない。

 

やば、死んだかも……

 

ボンッ!

その時。突然、強烈な閃光が目を眩ませた。そいつの苦しそうな声。と同時に、誰かに抱きかかえられる。

 

体が浮いた。何が起きているのかわからない。

 

気がつくと、草むらの中にいた。

 

「間に合ったね、よかった。」

 

眩む目の中、誰かわからない。でも、その声って、まさか。

 

「サツキ?」

 

「はいはい、後で話はするから。とにかく、しばらくこれ飲んで休んでて。」

 

手に持たされたのは回復薬のビン。

 

「死ぬんじゃないわよ。」

 

目が少しずつ戻って来た。最後に見たのは、草むらから飛び出すサツキと、その背中にある、見たこともない武器だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

リュウ、あんた、ほんとすごいわ。

 

とりあえず最高のケースよ。望み通り。

 

って、どこがよ!全く、カンナ瀕死じゃない。

 

何とか追いつけてよかった。

おそらく私が来るまで40分。よくここまで耐えてくれた。

 

目の前のモンスターは閃光玉の効果が消えず、暴れている。私もとりあえず木陰に隠れた。

 

状況整理からね…。

 

まず、目の前のモンスターの目を見たら終わり。

その時点であまりにも無理な狩りだ。目の前のモンスターがどうなっているのかわからない。

視線は常に頭を捉えてはならないわけだから、側面や背後からの攻撃になる。

 

何より、足の動きだけで相手の動きを判断しなきゃいけない。

 

しかも私は久しぶり。こんな狩り、無茶苦茶もいいとこだわ。

 

すると、モンスターが吠え始めた。

戻ったか。とにかく、背後に回ろう。

 

草むらを走り抜けて、裏へ回る。

 

走っていても、モンスターはこっちを向いてこない。何をしている?青白い光の帯が見える。ちくしょう、何が起きてるのかほんとにわからない。

 

ただ、チャンスかもしれない。私の使命は撤退。

 

狩る必要はない。ここから逃げさせればいい。そのためには、コツコツとダメージを与えて、他の人の到着を待つ。これに尽きるだろう。

 

背中から武器を取り出す。

 

ズシリとした重さ。手をはめると、その重みが実感できる。これ、こんな重かったっけ?

 

穿龍棍。それが、私の使う武器の名前だ。

 

メゼポルタで新開発され、未だ一般に普及されてはいない武器種である。

 

まずは思い切り、尻尾を殴りつけた。手応えはそこそこ。しかし、フッと視界からモンスターは消える。跳んだ?だとしたら、まずい!

 

咄嗟に横に回避する。いた場所に尻尾が降ってくる。

 

大丈夫。メゼポルタの奴らより全然ついていける。これなら。よかった、あっちで慣れてて。向こうのモンスターだったら、大ダメージだったわね…。

 

再び殴りつける。

 

そして横に回避。今度は前足を連続で叩きつけてくる。

前足が地面にめり込み、足跡ができる。

しかし、スピード的には早くない。

 

回避だけならなんとかなる。

私は、また背後に回り込んだ。

 

よし、いけるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ。」

 

息が上がって来た。全く、救援を呼ぶ暇もない。尻尾を中心に攻撃を通しているが、あまり手応えもない。相手の攻撃はほぼ食らっていないからいいけど…。

 

早く、逃げてくれればいいのだけれど。

 

ウオオオォン!!!

 

再びモンスターが吠える。モンスターの動きが止まる。

 

この行動だけがわからない。

一応、警戒して離れておくのだが…。

 

私の視界に入るのは、青い胴体と背中にはある金と銀の鱗とたてがみくらい。

 

全体像がわからない。

あまりにも、今突っ込むのはきけんだろう。

 

チラチラとみえる光の帯。なんだ?ほんと。

 

この時間が謎だ。攻撃チャンスではあるのだが。相変わらず、尻尾を殴りつける。近くから光が伸びて来た。そもそも、この光の帯は何?

 

よく見ると、チラチラと点滅している。いや、そうじゃない。これは…

 

 

虫?

 

 

その時、パチッパチッと音がした。

待てよ。光じゃないとしたら?

私は、こういう光と一体となる、それでいて攻撃となりうるものを忘れていた。

 

「・・・しまった!」

 

体に激痛。

そうだ。光じゃない。

 

ーーー電気だ。

 

気がついた時には、もうモロに放電を食らっていた。

 

体が、動かない。

気配でわかる。こっちを狙ってる。

 

「まず…。」

 

やばい、回復薬あったっけ?

咆哮が聞こえる。だめだ、一旦食らうしか・・・

 

体に力を込める。痛みに耐えるならこう。ヴォルガノス防具こと、ラヴァ一式ならなんとか耐えてくれるだろう。

 

だけど、痛みはこなかった。

 

代わりに、ズバン、という音。

 

そして、どさり。

 

目を開く。視界に入って来たのは、まぎれもない目の前のモンスターの尻尾。それと同時に、モンスターの苦しそうな声。

 

モンスターは、踵を返し、逃げていく。顔を上げると、モンスターの逃げる後ろ姿。

 

誰かが尻尾を切ったようだ。

 

「一体…」

 

隣にいたのは、背の小さな女の子。さっき瀕死だったその子は、パタリと倒れた。

 

尻尾を双剣の片方。

たった一本で切ったカンナが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルさんとセリアさんに連れられて私は気絶したカンナとと共に帰還した。

 

「サツキ、ありがとう。」

 

「ミルさん・・・礼なんて、いりませんよ。」

 

「それでも、君が助けたんだ。

・・・君がハンターだった以上、この気持ちを忘れることなんてできないだろう?」

 

カンナは眠ったまま、どこか微笑んだような表情を浮かべている。

 

「・・・ほんと、人の気も知らないで。」

 

ずっと私は怖かった。

狩をするということは、私には許されないことなのだと。

誰かを守ることなど、私には届かない夢なのだ、と。

 

「どうだった?」

 

振り向くと、リュウがいた。

 

「リュウ・・・」

 

「あのさ、サツキ。お前はもう一回、ハンターをすべきだと思うんだ。」

 

「・・・なぜ?」

 

「お前は、彼女を守る力がある。そして・・・俺は彼女の夢の先を見てみたい。」

 

「オールラウンダー・・・」

 

「最強のハンターの証。それを誰かがとるところを、俺はどうしてもみてみたい。だから、お前に頼みたい。」

 

 

オールラウンダー。

 

ほんと、バカじゃないの。

もう今日、死にかけてたじゃない。

 

夢、終わりかけてたくせに。

 

 

 

 

<私は、オールラウンダーになりたいかな。>

 

 

 

 

 

 

「わかったわ。」

 

私も、覚悟を決めよう。それに、ハンターをしたままでも、私の目的にはあまり影響がない。

 

 

「私、ハンターになる。」

 

 




キャラ紹介!

ベガ
紅葉ともう一つのチーム、白光のリーダーかつ、エース。
青く長い髪をなびかせ、金のピアスを耳につける明らかなチャラ男。
イメージ的には青峰くんに近い。

幼馴染のミルさんとはかなり仲がいい。


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第7話 復活!

少しずつ、暖かくなってきたでしょうか。
筆者は東京なので、そう感じるだけかもしれません。

北信越は、大変そうですが…

ご無事を、お祈りします。

それでは、続きです。


ーーーF。

 

それは、私たちハンターにとっては、一つの目標でもある文字である。ちなみに、エフと読む。

 

実力のあるハンターのみがそこでハンターをすることを許される街、王都メゼポルタ。

そこのギルドの人々はFハンと呼ばれ、尊敬されている。

 

周囲に現れるモンスターは、あまりにも圧倒的に強い。

 

 

もはや人間が退治できるレベルはとうに超えている。

 

 

 

その中で、命のやり取りをすることが許される者たち。

彼らが紛れもなく、ハンター界の頂点をいく者たちだ。

 

 

そして、私の目の前に、突然現れたFの名を持つハンター。

 

圧倒された。すごかった。

 

サツキが、私を助けてくれたのだ。

 

彼女は、私と同い年。それなのに、私の知らない武器を使いこなして、次々と攻撃を決めていく。

 

明らかに慣れた身のこなし。予測。武器を振る、その的確さ。回避の仕方。

 

 

 

全くハンターを辞めていたとは思えないその力。

 

正直、私なんかとは、格が違った。

 

ひょっとしたら、勝てるんじゃないか。

そう思った。

 

 

でも、あのモンスターは何かが違った。突然、雷が鳴ったような音がして、サツキの身体が吹っ飛んだ。

 

辺りがまるで昼のように輝く。

中央のモンスターは、背中にバチバチと電気を纏った。

 

ユクモで現れるような、モンスターじゃない。

 

それを悟った。

 

放電が収まらない。周りの木々が、次々と倒れる。

 

その中に、サツキは倒れ込んだ。

 

 

やばい。サツキが危ない!

 

ーーー助けなきゃ!

 

そう思ったら、ダメージを負っていたはずの身体が軽くなった。

 

 

 

その瞬間、おかしなことが起きたのだ。

 

 

 

 

目の前の光景が、写真のように止まって見えた。

 

モンスターの尻尾がみえる。小さな鱗まで、鮮明に。

 

どこが弱いか。どこを切るべきか。

 

全て見通せた。だから持っていた、双剣を振り抜いた。

 

それだけだ。

 

ーーーあの感覚は何だったのだろう。

 

とにかく、魂が震えるようだった。

 

でも、あのモンスターには逃げられてしまった。少ししてミルさんとセリアさんが見つけてくれるまで、私たちは動けなかった。

 

雷狼竜、ジンオウガ。

 

それが、私たちの遭遇したモンスターの名前だった。

 

「・・・ジンオウガは霊峰に古くから生息するモンスター。雷の化身とも言われる、それも、伝説級に珍しい、普通なら遭遇するはずのないモンスターです。私たちの集落の近くになど、降りてくるはずがありません。」

 

村長さんの声を思い出した。

 

やはり、何かが、おかしいのだ。

 

リュウさんは引き続き調査を続けるという。

私たちは生き残ったけど、解決されるべき物事が多すぎた。

 

 

 

 

でも、いいこともある。

紅葉は、4人になったのだ。

 

「何よ、こっち見て。」

 

かつて双星と言われた二人組チームの一人で、当時の新人ハンターの代表格。

 

Fの名をもつメゼポルタのギルドから来たハンター。

 

 

サツキが、目の前にいる。

 

彼女が、ハンターに復帰したのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ねえ、おじさん。お願い!もうちょっとだけ!」

 

「何言ってんだよカンナ!これは俺が取ってきた薬草だぞ。これ以上値切れるかっての!」

 

「ぶー。けちー!」

 

目の前の明らかに幼い女の子は、実は私と同い年。

 

それも、ハンター。

 

 

ーーーほんとに、この子ハンターなのかしら?

 

 

ちなみに彼女は、先日、単独行動の件でリュウに滅茶苦茶怒られていた。

 

のに、全く反省の色が見られない。

 

今彼女はクエストの準備中。後10分。なのに、なぜか雑貨屋のおじさんに、薬草の値切りを始めた。

 

「ほら、カンナ。遅刻するよ、急ごう。ハンターなんでしょ?お金あるでしょ?」

 

「財布忘れた!」

 

「何してんのよ!」

 

「て、てへぺろ…」

 

「それでごまかさないの!何なの?あなたクエストに忘れ物する人でしょ、絶対!」

 

「い、いやー、そんなこと…」

 

「砂漠行くのにクーラードリンク忘れる人でしょ?」

 

「ど、どうしてそれを….」

 

やっぱりね…。

 

こんな子が、ほんとにオールラウンダーになれるのかしら。いや、無理よね。

 

オールラウンダー。とは何か。

 

それは、「ハンター最大の名誉」と言われる称号のことだ。

 

今現在、世の中ではさまざまな武器が使われている。

 

その元は、モンスターを狩ったり、採取したりして得られる、素材である。そして、モンスターを倒し、得た素材素材の中には、「魂」が宿る。

 

それからできる武器には、それぞれ狩ったモンスターの魂なるものが宿っている。それと本人の力が組み合わさると、各武器種に応じた特殊な力を使えるようになるのだ。

モンスターの魂を自分のうちへ呼び込む、ということ。

 

 

 

勿論、体への負担は大きいし、魂なるものが何かはよく研究が進んでいない。

ただ、そう体に害がある事例もなく、経験則的に使用されている。

 

 

 

そうして、魂の宿った素材を見極め、武器や防具に組み込む加工屋さんがいてこそ、私たちはより楽な狩り、強大な相手に対する狩りができるようになった。

 

そうやって繰り出される強力な攻撃。

 

例えば、双剣なら「鬼神化」となる。

 

そういった攻撃を、「解放攻撃」と呼ぶ。

 

その解放攻撃。実は、もう一段階上がある。

 

ただし、あまりにも大きい力を制御しなくてはならないため、各武器種で一定の実力、成果を残したものにのみ、その秘伝の力の引き出し方が秘伝書として与えられる。

 

実際、私も持っているのだ。主に使う、穿龍棍一枚だけだけど。

簡単に言えば、その武器種の免許皆伝みたいな役割を示している。

 

 

その秘伝書をすべての武器種で集めた者。それが、オールラウンダーである。それは、この世にある全ての武器種を自在に使いこなせる実力の持ち主。今現在その称号の持ち主は5人。

 

 

全員がハンターランク900を超えるまさに「最強」の人たち。メゼポルタに4人と、後はドンドルマという街のギルドに一人。

 

その中でも特に、重い武器を扱いにくい女性はたった一人。その異次元の称号を、彼女は得たいらしい。

 

ちなみに、その女性のオールラウンダーというのも、よく知る人物だったりするのだが。

 

 

 

 

 

 

だけど、この子もこの子で、何かが違う。あの時見たこの子の力。よくわからないと本人も言ってたけど、普通双剣一本でモンスターの尻尾が切れるなどありえない。

 

ーーーこの子にも、何かがある。

 

 

 

 

 

 

まあ、難しいことはリュウに任せておけばいい。それに、私の復帰する目的はこの危なっかしい時限爆弾を守ることと、あくまであるてががりを探すこと。

 

 

ハンターになれば、手かがりも見つかるだろう。

 

「ほら、いくよ。」

 

「はぁい…。」

 

カンナを引きずって、私は集合場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

復帰戦が遠征任務とは、かなーり心細いんだけど…。

 

ジリジリと、太陽が照りつける一面の砂景色。

 

というわけで、私たちは砂原のベースキャンプに来ている。

 

「お兄さん、無理しちゃダメだよー?」

 

「ああ、本当にすまない。」

 

そして、セリアさんが介抱しているのが、今回の依頼者。というか、救援を求めて来たハンターである。

名前は、オスロさんと名乗っていた。

 

 

今朝、ベースキャンプに置いてある予備の通信機から、救援が入ったのだ。

 

偶々ユクモに用事があって来たらしいが、途中でモンスターに出くわし、あえなく・・・というわけらしい。

 

「準備できたか?そろそろ作戦会議をしよう。」

 

ミルさんの周りに集まる。

 

「オスロさん、どんなモンスターだった?」

 

「獣脚類型のモンスターで、固すぎて攻撃が通らなかった・・・あと、突進で何度も天高く・・・」

 

「なーるほど。きっと、ボルボロスちゃんだねー?」

 

「そうだな。」

 

「ボルボロス・・・?」

 

「カンナは初めて狩るのか。」

 

「私もですが。」

 

「土砂竜と言われていてな。普段は泥の中で住んでるんだが、物音一つで飛びかかってくる。縄張り意識が強いんだ。それに、泥を全身に纏っていて、攻撃が通りづらい。」

 

中々厄介そうだ。獣竜種か、しかも。私の苦手な種類だからなぁ…。

 

「作戦は?」

 

「まあ、私とセリアがいればそう問題ない。回復薬はカンナ、特に多めに持っておけ。サツキは誘導、頼むな。全員、突進には注意しろ。」

 

ちなみに、事情は言わなかったけど、私はモンスターの目を見るとああなる、ことだけは説明した。

 

 

みんな、わけを聞きたそうだったけど、話すのが怖かった。

 

 

 

ーーーもう、思い返したくもない。

 

 

「それじゃ、行くか。」

 

 

今回は、セリアさん、ミルさんはいつも通りの片手剣とランス。

 

カンナはハンマーを担いでいる。

 

ほんとに、オールラウンダー目指してるんだな…。

 

 

 

<私、オールラウンダーになりたいな、サッちゃん!>

 

 

頭の中に響く声を、封殺する。

 

そんな夢を持つ馬鹿な女の子が、まだいたんだな。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

今回のクエストは、土砂竜ボルボロスを討伐するとともに、オスロさんを連れ帰ること。

 

狩猟達成に向け、私たちは、荒野を進んでいた。

 

途中、ジャギィの一団に会ったが、殲滅した。

サツキが入ってから、連携も取りやすくなった気がする。

 

私が突っ込んでもカバーがちゃんといるし、特にサツキは注意力が超高い。

彼女はモンスターの目が見れない。

 

それは視点を変えざるを得ないということ。

それで狩りをするなど、生半可なことではない。

 

やっぱりすごい。

 

それに、見るたび、思う。

 

「サツキー、もっぺんみせて?」

 

「だめよ。先を急ぐんだから。」

 

前を歩くサツキの背中に綺麗に収まった二つの棍。

 

穿龍棍。ギルドはまだ広く公開していなかったし、雑誌には武器のことなんて書いてないし、初めて知った。

 

見た目はただの二つの棍棒って感じのような見た目。

 

何より、すごく動きやすそうだ。

か、かっこいい…

見てて惚れ惚れする。

 

「・・・ん?」

 

よく見ると、穿龍棍の外にいくつも穴が空いている。

 

「サツキ、この武器、穴空いてるよ?」

 

「そーそー!それ私も思ってた!なんなの?」

 

セリアさんものってくる。

 

「あー、これはですね・・・これがそもそも、まだ実用段階をこの武器が抜けれない理由なんですが・・・でも、言う必要もないんですが?」

 

「そんならいいやー!」

 

「いや、知りたくないんですか?」

 

「んー、別にどっちでもいい!」

 

セリアさんの呑気さにはいつも振り回される。

 

これでこのチーム最上位ハンターである。

狩り以外ではほんとのんびり屋さん、って感じなんだけどなぁ。

 

「私も知っておきたいな。ギルドがこんな使いやすそうな武器を世に出さない理由がわからん。」

 

ミルさんも質問する。

 

「まあ、この穴はですね。こんな風に使うんです。」

 

サツキは武器を出して手にはめた。

 

次の瞬間、猛烈な風が吹いた。

 

「…!?」

 

砂埃が舞っている。パラパラと顔に吹き付ける砂。

 

 

 

とてもまともに動けない。

 

風に押されながら見上げると、サツキの体が「浮いていた」。

 

文字通り、宙に。

 

と、風がやむ。

サツキは、そのままふわりと着地した。

 

「空気を噴射して、体を浮かす。この武器は、空中戦ができるんです。

ーーーモンスターとわれわれ人間との大きな違いは重力による制限。それを取りはらえるメリットはあまりにも大きい。

ただ、わかるでしょう?防具を着た人一人浮かす風、この風は他のハンターには害悪すぎる。

故に、普段通りのチームが組めないわけです。チームが組めない。その危険度については、カンナ?わかるよね?

だからと言って、これを使わなければ、ただのリーチの短い棍棒。新武器の意味もない。だから、ギルドも一部の人にしか使用を認めてない。」

 

「へ、へええぇ。すごいね。」

 

「嵐の時の風みたいだった!」

 

「いや、この武器、嵐を起こしたりはできませんよ?」

 

「いや、そこじゃないでしょ、サツキ…。」

 

「天然?」

 

「は?」

 

「いや、なんでもないよ、サツキ。気にしないで。」

 

首を傾げないでほしい。私の中でサツキに関して一つ、特性が追加された。

 

「それなのに、お前は新人で使用を認められた、と。大したもんだな。」

 

ミルさんが褒める。

 

「いえーーそれにも、色々あるんですよ。」

 

納刀しながら話すサツキ。

 

「ほんと、すごいなぁ。ねえ、いっぺんやらせてくれない?」

 

「だめ。これはハンターランクがたったの10の人には渡せないの。」

 

「う・・・」

 

サツキのランクは150。ハンター歴一年でそこまで上がるのには、そういうわけがあったのか。同い年なのに文字通り、桁が違うとはこういうことだ。

 

「みんな、遊びできてるわけじゃないからな。そろそろ行こう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

荒野を抜けると、目の前には少し開けた場所がある。奥には泥だまりが見えた。

 

「ここからは静かにねー?」

 

セリアさんが小声で注意してくる。私たちは頷いて、奥をじっと見つめた。

よく見ると、泥から白い煙が上がっている。

 

それは、湯気とかの類いじゃないだろうな。

多分間違いない。

 

「あれは鼻息だからな・・・ああやって呼吸しているらしい。ドンピシャだ。やっぱりここだったか。」

 

ちなみに私は、泥に潜るとか、そういう類のモンスターは散々狩ってきた。

気が引き締まる。

 

「カンナ、行くよ?」

 

目の前の爛々と光る目を持つ女の子に声をかけておく。

危なっかしくて見てられない。

 

「セリア、まず頼む。後に続け。」

 

セリアさんは頷いて、走っていく。

20メートルくらい前にセリアさんが達した時、泥の中から咆哮とともに、そいつは姿を現した。

 

全長6、7メートルくらいだろうか。

 

全身に泥を纏ったその姿。異様にでかい頭。

 

ボルボロス。しっかりと頭に刻んだ。

 

「さあ、狩りの時間だ!」

 

セリアさんに続いて飛び出した。

こっちを向いて咆哮。うるさいな、全く。

 

セリアさんはもう切りかかっている。

私も最善を尽くそう。

 

まずは下を向いて、目を合わせない。

 

足元をじっくりと観察する。

よく見ろ。集中しろ。全てを研ぎ澄ませ。

 

どうやら、ボルボロスは尻尾を振り回している。ミルさんががっちりランスでガードするのが見えた。さすが、ランク200越えは伊達じゃない。

 

しなる尻尾を、しっかり正面から捉えている。

 

「ふぎゃ!」

 

聞かなくてもわかる情けない声。

 

「カンナちゃん、大丈夫?」

 

セリアさん、その子はほっといて大丈夫ですよ。

そんなくらいで死にはしない。

 

足の爪がこっちを向いた。何かくる。

頭の上が見えた。

 

反応!

突っ込んでくる!

 

体がそう思った瞬間、横に吹っ飛ばされた。受け身を取ると、そこにいたのはミルさん。ボルボロスは、すごいスピードでミルさんに突っ込んでいく。

でも、ミルさんは盾で軽く受け流した。

 

「余計だったか?あれには気をつけろ!」

 

「了解です!」

 

間に合ってはいたと思うが、そういう助けは有り難い。

 

にしても、かなりあの突進は早かった。

あれには気をつけないと。

 

目をやると、カンナが突っ込んでいる。

 

彼女のもつハンマーという武器。

基本はやはり、殴る、殴る、ひたすら殴る。

 

ただ、ハンマーは、意外と機動性に優れた武器。

 

カンナは、足を狙って、思い切り一撃叩き込む。

 

ボルボロスはたまらずのけぞった。意外と効いてる。

 

あの子、攻撃は問題なさそうね。

 

「って、うわ!?」

 

カンナの情けない声。

 

見ると、泥まみれの泥団子状態のカンナがそこにいた。

 

「気をつけろ!泥はそいつの武器だ!」

 

泥…。なるほど、だから泥の近くで戦ってるのか。

 

それにしてもミルさん、言うの遅いです。

泥団子みたいにまん丸のカンナ。もがけばもがくほど、固まっていくようだ。

その瞬間、カンナの体が消えた。

 

しなる尻尾。吹っ飛ばされたのだ。まずいな。

こういう時が私の出番。

 

全力で奴の前を走り去る。それを見て、奴は追ってきている。よしよし、誘導成功。

 

飛びかかってこい・・・きた!

 

私に課せられた役目は、紅葉の後詰め。

 

つまりは、狩りの「助っ人」である。

 

 

ボルボロスが後ろから追ってくる。

 

しかし、私の頭は冷静だ。この体勢から導かれる攻撃の種類は、巨体を活かした体当たりの説が濃厚。

 

つまり、モンスターの距離感を意図的に変えてやる。

 

的を絞らせない。1、2と数えて急に停止。

 

その瞬間に、振り向いて、足の下を抜ける。ついでに一発腹を棍で殴ってやった。顔を上げると、既に薬を飲んだカンナ。

 

私の時間稼ぎが、回復の隙を与える。

 

これが私の役割だ。

 

「大丈夫?」

 

「うう…痛かった…。薬って偉大だよね」

 

回復薬は体への負担も大きい。

ハンターというのは軽く薬中毒になるものだが、この子はむやみに突っ込むし、無事に投薬エースになりそうね…。

 

目を戻すと、ボルボロスは先ほどの突進の構え。

だけど、今度は見えてる。横に回避する。ボルボロスは体勢的にも、前が見えてないからか、そんなに追尾してこない。

そのまま足に叩き込んだ私の棍とカンナのハンマーが、ボルボロスの体の泥を落とした。

茶色の体があらわになる。

 

「いいぞ、泥を落とせばそこは弱点になる。一気に行くぞ!」

 

「ううー!サツキ、行こう!」

 

「おっ…けえ。」

 

ふと横を見る。

 

カンナの顔が、変わった。真剣な顔。

 

だけど、普段とは比べ物にならないその顔に、違うものを感じた。

 

 

 

何か、恐怖のような。

 

 

 

 

この子は、何発食らってもめげない。その原因は基本的には馬鹿だからなんだけど、この感覚。

 

何か、覚えがある。

 

メゼポルタにいた頃、何回も感じた。

 

 

 

ーーー天才と呼ばれる人の隣にいる感覚。

 

 

 

はあ。

 

ポーチから閃光玉を取り出す。さあ、狩ってきなさい。

 

後ろには控えといてあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大分ダメージも与えたろう。こっちの動きに余裕はあるが、相手の動きは鈍っている。今回はこともなく終われそうだ。

 

「カンナ、最後だから。」

 

横のカンナに声をかける。

殺気が一段と増している。

 

「・・・・・」

 

「カンナ?」

 

「うん、わかってる。」

 

思い切り外に走る。

私が誘導して、その隙にみんなで攻撃して終わりだ。

 

「サツキちゃん!もう少しお願い!」

 

「了解です!」

 

大きく迂回して、側面に回り込む。

感覚で追われているのがわかる。

 

一気に近づいて、横を抜けた。その隙に、横からミルさんとセリアさんが斬りかかる。

だが、こっちを向いたボルボロスは、逆にこっちに突っ込んできた。

ブン、と武器が空を切る音。どうやら失敗したらしい。咄嗟に回避をとった。

 

真横をボルボロスが通り抜ける。

 

ふと後ろを向くと、カンナが突っ立っている。

 

そこに向かってボルボロスは突っ込んだ。

 

 

「…ちっ!」

 

初めからカンナ狙いか。

 

「避けて!」

 

でも、カンナは動かない。

あの子、何してるの?

 

パァン!!

 

その音とともに、ボルボロスの大きな頭が吹っ飛んだ。

 

ボルボロスは天に向かって一つ吠えたかと思うと、ピクピクと痙攣して、そのまま倒れた。

 

「・・・は?」

 

見ると、カンナは呆然と立っている。

 

「カンナちゃーん!」

 

セリアさんが走り出すまで、私たちは動けなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

まただ。段々と、周りの音が聞こえなくなってくる。

 

それで、全てがスローモーションになって、目の前のモンスターのことしか考えられなくなる。

 

突っ込んでくるモンスター。

 

モンスターの名前すら頭に浮かばない。

ただ、横にあるスペースと頭の形だけがやけにはっきりと見える。

 

思い切り振り抜いたハンマーは、奴の頭を吹っ飛ばすとともに、息の根を止めた。

 

 

 

 

 

ここは庭。私が一人で住む家だ。

庭で双剣を振っている。右、左。何度も何度も振る。

暇なときはこうして練習するのが日課なのだ。

 

目の前にモンスターがいるように。

 

右から回転して、振り下ろして…。

 

最後に、鬼神化。一連の流れは完璧。

でも、あの時の変な感覚とは程遠い。

 

「おーい、カンナ。いるか?」

 

ひょこっと門から顔をのぞかせたのはミルさんだった。

 

「はい。どうしました?」

 

「いや、素材。届いたぞ。取りに来い。」

 

あ、はい。わかりました。

 

ミルさんは私の服と手の双剣を見る。

 

「朝早くから頑張ってるな。」

 

「いえ・・・」

 

「…やっぱり、あれが何なのかはわからないか?」

 

「はい。」

 

「そうか・・・」

 

ふと、遠くを見る。

 

遥か遠くに見える霊峰。

天辺は相変わらず雷雲に覆われている。

 

時折、雷の光の筋が光るのが見える。

 

今頃、ギルドの職員さんたちが派遣されているはず。

その結果がどうあれ、いい予感は何もしなかった。

 

私は、一体どうしちゃったんだろう。

 

ーーー今、何が起きてるんだろう。



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第8話 エース!

小説書くのってやっぱ難しいですね…

今回はセリアさんの回になりそうです。


観測不可能。

 

それが、霊峰を調査していた、ギルドの派遣隊の結論だった。

 

「我々も、可能な限り霊峰への接近を試みたのですが・・・瓦礫が道を塞いでいまして。」

 

「瓦礫…ですか?」

 

「巨大な岩が降り注ぎ、木も草も全てなぎ倒され、土砂の中に埋まっているような状況で。とても先に進めるような状態ではありません。」

 

つまり、普段はただの斜面のはずの霊峰が、ひどく荒れているということらしい。

 

リュウによれば、より設備の整ったメゼポルタギルドの派遣隊が出発したらしい。

 

今のところは心配いらないとのこと。

 

気にかからないかといえば嘘になる。

 

むしろ不安だ。住んでいる村で何かが起きている。

でも、私にできることはない。

 

村の人々の方がもっと不安だろう。

霊峰はこの周りの人々にとっては、信仰の対象として大切な山らしい。

 

そんな山があれでは、心の拠り所がないというものだろう。

 

でも、いつも通り、村の人を救うため、ギルドのため、そして私の目的のために狩りをするしかない。

 

そんなわけで、いつも通りのハンター生活を私も送っている。いや、送るしかない。

 

 

 

「あーーー。やっぱ、落ち着くわ。」

 

「ほんっと、ユクモの温泉さいこー!」

 

 

 

結果、カンナと温泉に入っている、というなんとも締まりのないオチである。

 

ハンターはギルドの雇われ人。彼らの指示なしでは、何もできないわけだが・・・

 

「ほんとに大丈夫かな、でしょ?」

 

「ヒイッ!?」

 

耳元で囁かれて、二人で間抜けな声を上げてしまった。

振り向くと、優しい緑の目をした女性がいる。

 

いつもは眼鏡をかけているので一瞬誰かわからなかったが、流石に覚えた。

 

「サ、サーサさんでしたか・・・」

 

「いつからいらっしゃったんです?」

 

「失礼ねぇ、私最初からいたわよ?体洗ってたけどね。」

 

「し、失礼しました・・・」

 

相変わらずの影の薄さである。

 

この人、逆に狩りに一番向いてるんじゃないか。

隠密性はナルガクルガに匹敵するな…。

 

「いい気候ねえ。冬になって、まだこんなに気温があるなんて。」

 

ユクモは温暖な気候で、冬でも湧き出す温泉の力か、氷点下を下回ることはないし、夏も40度を超えたりはしないという。

 

なるほど、過ごしやすさでは有名なのだ。

観光客の方が多いのも頷ける。村では、今もあちこちから湧く温泉に浸かるための、観光客でいっぱいだった。

 

「さっき、私の言おうとしたこと、何で・・・」

 

「サツキ・・・あなた、声出てたよ?ずーっとブツブツブツブツ。ぜーんぶ聞こえてたんだけど?」

 

「…腹立つ。」

 

カンナに注意されると腹がたつ。これはユクモハンターの中では常識にすべきだ。

 

「まあ、そう思うのも無理ないわね。でも、こんな時期だからこそ、私たちもやることやりましょう。」

 

「はい・・・」

 

ふと気になった。

 

「そう言えば、さっき、気候で感心してましたけど。」

 

「ん?・・・ああ、それ?私、ここら辺出身じゃないの。ココットって村から来たからね。」

 

「ああ、耳にしたことはありますけど・・・大変ですね。」

 

ココットと言えば、メゼポルタなどの大都市を支える一大農業地帯の中心となる村だ。

 

ここからはメゼポルタを挟んで反対側の方角。

 

そんな遠い転勤は初めて聞く。

確かに、ハンターが出身地から遠くに飛ぶことも珍しくはない。それは、仕事を求めて、であったり、訳ありであったり、色々だ。

 

「何かあったんですか?」

 

「いえ、どうもギルドに馴染めなくてね。」

 

まあ、そんなもんなのだろう。遠くに飛んでる自分が言うのだから、間違いない。

 

「あの、サーサさんが村にいるってことは、白光の人達、今村にいるんですか?」

 

「質問責めねぇ。いるわ。またすぐに、遠征でしょうけどね。それに・・・」

 

ピーンポーンパーンポーン。村内放送が鳴り響いた。

 

「さっき聞いたんだけどね。あなたたちも、仕事みたいよ?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

雨が、降り始めた。

 

ザアザアと屋根を叩く雨音。

本来なら、心が落ち着くはずのものだ。

 

だけど、今は状況が違う。

 

私たちは、ギルドでとある人物と対面していた。

 

「ドワッハッハッハ!いやー、参った参った!今回もやっちまったよ!」

 

・・・・。

 

白髪に老眼鏡。身長は私と同じくらい。

 

色とりどりの帽子を被り、探検服を身につけている。

ハンターでなかったとしても知っているこの初老の男。

 

自分で「モグラ」と名乗り、本名は誰も知らない。

職業は冒険家。

そして、この村一番の問題児でもあるわけだ。

 

「モグラ!いつも言ってるだろうが!村に危険が及んだらどうする!」

 

「何?文句あるのか?大丈夫だろう、あんな遠いところ!」

 

「ユクモじゃない!この周りに、ギルドがない集落がどれほどあると思ってる!手遅れになってからじゃ遅いんだぞ!」

 

そう。この人は無謀な冒険を繰り返してモンスターを刺激し、結果、周辺集落の危険、ひいてはハンターの仕事を増やすという意味で、大変に厄介極まりないことで有名な人なのである。

 

現在はミルさんが説教中。これもハンターにならずとも、割とこの村では見慣れた景色だ。

 

「まーまー、ミルさん。ちゃんと狩ればいいじゃないの。」

 

「そ、そうですよ!結局仕事なんですから。」

 

大笑いする反省の色のないモグラにキレるミルさんを必死に宥めるセリアさんとサツキを見ていると、いたたまれなくなる。

 

 

「ま、というわけだから頼みますね。」

 

 

大きなため息をついたリュウさんに、クエストを依頼された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユクモの玄関。雨の中、用意された荷車。

 

今回もまた遠征になりそうだ。

 

「よろしくにゃー!」

 

いつものアイルーさん。私たち紅葉の担当になったらしい。

 

「よろしくね!」

 

「さあ、行くか。準備はできたか?」

 

「はい!」

 

「本当に大丈夫か?今回は特にだ。とにかく入念にしておけ。」

 

「いや、まあでも、あんな爺さんが逃げ帰れたわけだし、大丈夫では?」

 

サツキが言う。

ミルさんは呆れた顔をした。

 

「サツキ、一つ教えておこう。カンナもな。

いいか?モグラが持ち込む任務は、大変に面倒くさい。それには、厄介な理由がある。あいつは無駄にモンスターの縄張りを引っ掻き回す。

ということは、裏を返せば、本来脅威になるはずのないモンスター。つまり、初見のモンスターの場合が多い。」

 

「…初見、ですか。」

 

あの爺さん、もう捕まえて隔離した方がいいんじゃ・・・。

呆れて何も言えない。

 

「とにかく、ベースキャンプへ行こう。今日は水没林か。」

 

チッと舌打ちするミルさん。

 

「最悪だな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、間違いない。最悪だ。足元は水浸しで、雨はますます強くなるし、こんな中で狩りをしろというの?

水を吸った足が重い。一足一足ごとに、疲労が蓄積されていく。

 

「最悪だよね、ほんと。ねえ、サツキ…」

 

横を見ると、サツキはこともなげに進んでいる。

 

「サツキ・・・あなた、大丈夫なの?」

 

「何よ、こんくらいザラじゃない。私がどこでハンターやってたと思ってんの?」

 

…メゼポルタの周りってのはどんなとこだ。

 

うっそうと茂る木々の間を抜け、水溜りを超えて進んで行くと、少し開けた場所に出た。

 

開けた場所ってのは大概危ないところだが・・・。

その中央に目をやると、お目当てのモンスターらしき奴がいた。

 

「・・・あれか。」

 

取り囲むのは、フロギィというモンスター。

ここ、水没林ではよく見かける鮮やかなオレンジの皮を持つそいつは、腹にためた毒がその武器だ。人間の致死量を軽く超える猛毒。だが、本来人間とそう変わらぬ大きさのはずだ。

 

しかし、今回は明らかに大きさのおかしな奴が一頭。

 

「・・・おっきいねぇ。」

 

明らかに大きく、鮮やかな体をしたフロギィが一体。

 

小声でそういうセリアさんの手は、もう背中の片手剣にかかっていた。

 

「気をつけろよ。やはり見たことがない。」

 

「ドスフロギィとでも言うんですかね?」

 

「確実よね。」

 

「ただ、そんなに強くないはずだけどねー?元があれだし。」

 

「それは、そうでしょうけど。」

 

今日、私は双剣で来ている。

最近はいろんな武器を試しているが、双剣の使いやすさに最近はまっている。

 

「さっさと狩りましょう。」

 

私は、ジンオウガの一件を思い出した。

あの時も双剣だった。

 

そして、あの世界が止まる瞬間も思い出した。

 

ーーーもし、あの力が引き出せれば。

 

どんな敵も怖くないはずだ。

 

そのためには、私自身がもっと強くならなきゃいけない。

 

「…行きます!」

 

鬼神化して、飛び出した。バシャバシャと水の音が鳴り響く。ドスフロギィがこっちを向く。

 

喉の紫の部分が目に入る。あれが、毒袋だろうか。

 

フロギィの比じゃない。

 

流石、立派なものを持っている。

 

と同時に、閃光が光った。

閃光玉と呼ばれる、光を放つ玉。狩猟を有利に進める、特殊な道具だ。

 

「もう、突っ走らないでよね!」

 

サツキの閃光玉か。ドスフロギィは悶絶してる。

 

流石に、支援がうまい。

 

鬼神化のまま、切りつける。心地よい感触。硬さもない。振り回す尻尾にも勢いがない。やっぱり、前のボルボロスに比べれば大分楽だ。

 

私のあとに出てきたセリアさんやミルさんの攻撃も効いている。

私は周りのフロギィたちを蹴散らす。

 

雨を吸って重くなったはずの体。でも鬼神化さえしていれば、それを重いと感じることはない。

飛び上がって背中に一振り。

 

そして右、左と切りつける。

 

フロギィが宙を舞う。

 

「…よし!」

 

目を戻す。すると、不意にドスフロギィはバックステップした。見ると、喉元がうねっている。

 

…毒!

 

フロギィと同じ。とっさに正面から横へ。と同時に、毒が吐かれた。

 

紫色の毒が宙を漂っている。

 

「逃すな!」

 

息が切れてる。体力を使いすぎる鬼神化。気がついたら、体の重さが戻っていた。

 

鬼神化が程なくきれる。でも、逃さない。

 

ハアハアと言いながらも、右、左と剣を振り下ろす。

 

横からくる尻尾。咄嗟にしゃがむ。

頭の上をかすめていった。

 

ザクザクと切れる感覚。これは、思ったより速く終わりそうだ。

 

<初見のモンスターの場合が多い>

 

目新しいことが、何もない。

 

さっと嫌な予感がした。この楽な感じは?

 

途端、ドスフロギィは向きを変え、セリアさんの方へ。

この体を持つドスジャギイと同じモーションからの体当たり攻撃。ずっと動き続けたセリアさん。

その疲労は確実にたまっている。

 

更に、足が地面にとられていた。

 

滑りやすい足元ーーー。

 

「セリアさん!」

 

「・・・っ!」

 

セリアさんは食らったものの、受け身の体制。

 

流石だ。あんなに唐突なタックルで・・・

 

一瞬ホッとする。

だが、セリアさんの飛んで行く先を見て愕然とした。

 

「セリアさん!」

 

「セリア!」

 

綺麗にミルさんと私の声が重なる。

なんだ、あれは。

 

数分前に放たれたはずの毒。

その毒の霧が、まだ漂っていた。

 

そんな…雨が降っているのに。風だって、吹いている。

 

そんな濃い毒の霧なんて…。

 

そして、セリアさんの体がその中へ消えた。

 

「ゴホッゴホッ!」

 

咳き込む音。

 

「まず…!」

 

ドスフロギィはその隙を逃さない構え。

 

まずい、反応が遅れた!

 

ドンッ!

 

不意に、何かが突っ込んで、ドスフロギィの体を吹っ飛ばした。

 

「カンナ!撤退!」

 

「ミ、ミルさん?」

 

「わからん!だけど、よく状況を見ろ!」

 

見ると、サツキがもうセリアさんを担いで走り出している。

 

「早く!」

 

よくわからなかったが、とにかく走った。

 

前を走るサツキを見ながら、無我夢中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベースキャンプに着く頃には、3人とも完全に息が切れていた。

 

特に、セリアさんを担いで来たサツキは、ゼェ、ゼェと言っている。雨の中、走る辛さはスクールでも経験済みだった。

 

そして、その肩には、血がべっとりとついていた。

 

「血を吐いてる!」

 

「セリアさん!」

 

「う・・・結構、やばいかも」

 

急いでベットに寝かせた。

 

苦しそうな呼吸。

それを見つめる私の前に、草が差し出された。

 

「毒消し草。ちょっとはマシのはずよ。」

 

サツキが不機嫌そうに、こちらを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間。日は暮れ、夜が訪れた。

 

「カンナ、少しいい?」

 

そう言ってサツキに呼ばれ、少し離れたところまで来たところだった。

 

今思えば、私にとって、遠征では初めての泊まりがけになった。

 

ザーザーと降る雨。ザワザワとなる森。

 

モンスターについての情報がない。たったそれだけのことで、ここまで。

見たところ、ドスジャギイと変わらない体の構造。

そんなに強くないはずだ。

 

だけど、実際撤退を余儀なくされた。

 

セリアさんは、今は眠っているが、顔はまだ青い。

 

「なんで飛び出したの?」

 

そう聞かれた。

 

「えっと…」

 

確かに、私は飛び出してしまった。

 

 

「私は怒ってるんじゃない。起きたことに対して、どうしたら防げたか検討したいだけ。一歩間違えば、あれは自分だったわけだし。チームの事故は、全員の責任なんだから。私も毒に目をやるのを忘れてた。だけど、あなたはモンスターの情報がないとわかっていながら、あの時飛び出した。それはなぜ?」

 

 

何も言えなかった。それは、勢いに任せてしまったなんて、言えない。

 

 

「どうせ勢い任せだったんでしょうけど。」

 

 

そして、当てられた。

 

「いい?一つ教えといてあげる。」

 

サツキは、ミルさんたちの方へ歩きながら言った。

 

 

「ハンターは、誇り高い職業、なんだよ。ミスなんて許されない。」

 

 

そして、もう一言。

 

 

「遊びなら、学校でやってて。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、サツキ。」

 

火に当たっていると、ミルさんがサツキに話しかけた。

 

「はい?」

 

「さっきのは、何だ?」

 

多分、ドスフロギィをあの時吹っ飛ばした謎の力。

 

「穿龍棍の応用ですよ。」

 

サツキは淡々と答える。

 

「あの武器、空気の力で我々ハンターが浮くって話はしましたよね?それをうまく使っただけです。武器そのものを吹っ飛ばした。

…まあ、本来、武器を手放すのはハンターのタブーですがね。私は囮ですし、メゼポルタで少し練習したんです。今回応用が効いてよかったです。」

 

それでわかった。

 

サツキは判断力も高いし、技術もある。そして、その時最善な方法で答えを導く。

 

私は、結局何もしてない。鬼神化だって、最初からする意味がどこにあったろう。

 

 

 

 

私のせいだ。

 

 

 

 

…悔しいな。

 

誇り高い、職業…。

 

「セリアの体調が戻ったら出発しよう。相手は手負いだ。そこまで焦ることもない。」

 

ミルさんはそう言った。

 

降る雨をよそに、寝る支度をした。硬い藁のベットに寝転ぶ。色んな考えが頭に浮かんで、中々寝られなかった。

 

 

 

 

 

 

カンナちゃーん?

遠いところで、声がした。目を覚ますと、そこにはセリアさんの顔があった。

 

「ふわぁっ!?」

 

「おはよ!」

 

セリアさんがニッコリと、笑う。

 

ザーザーと降る雨は、まだ止んでいないらしい。

 

「セ、セリアさん?もう大丈夫なんですか?」

 

「うんー、大丈夫、かな?」

 

目の前のセリアさんは、何かいつもと違った。

 

何というか・・・目が座ってる。

 

「セリア・・・ほんとに大丈夫なのか?」

 

「ミルさん、私は本気だよ。」

 

セリアさんの背中。そこには、赤く光るリオレウスの武器がある。でも、それは片手剣じゃなかった。

 

「双剣?」

 

「転送機って便利だね!狩りの途中で武器を変えれるなんて!」

 

セリアさんは笑った。

 

「あ、ミルさん?水汲んで来ました!」

 

サツキもやってくる。

 

「ま、軽く腹に何か入れよう。転送機が、軽く食事を送ってくれたしな。」

 

ミルさんは、ベットに座り込んだ。

 

 

 

軽くご飯を食べる。

蒸した芋に、鮎の塩焼き。

 

温かい。

なんて素晴らしい機械なんだろう。

 

でも、どうも気持ちが上がらない。

昨日のことが、頭を離れなかった。

 

 

 

「昨日はごめんね、ほんと油断してた。」

 

突然セリアさんが、言った。

 

「気にするな。」

 

「でも、そのせいで狩りが遅れた。私、それは自分の責任だと思ってる。」

 

「そ、そんなことないです!あの時飛び出したのは私で…。」

 

「カンナちゃん。気にしないで。私は、油断してた。忘れてた、自分の役目。

ハンターなのに、命を賭けていたのに、最近楽な仕事が多いからって、手を抜いてた。

私、もう一回気を引き締めたいの。」

 

目が、いつものセリアさんじゃない。

 

その迫力に押されて、私は黙ってしまった。

 

「だからって、セリア。その体で、双剣ってことは・・・」

 

「そう。だから、私に任せてほしい。周りに人がいると邪魔になっちゃうかもしれないし。」

 

ミルさんははぁ、とため息をついた。

 

「・・・・・わかった。」

 

「あ、あの・・・話がわからないんですが?」

 

話が読めない。

 

「サツキ、カンナ。セリアの邪魔にならないように後ろで待機。やばくなったら出るぞ。いいな。」

 

「え、それって・・・」

 

「単純に、1-3に移行する。」

 

つまり、一人に攻撃を任せ、3人がサポートに入るということだ。

 

「サツキは見たことあるだろうな。」

 

サツキは、当然と言った顔で頷く。

 

「でも、今のセリアさんに…」

 

「カンナ、面白いものが見れるぞ。よく見ておくんだな。」

 

ミルさんは、サツキの言葉を遮って、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

移動中も、これから何が起こるのかわからなかった。

 

「リュウさんから連絡があってな。攻撃を受けたやつがどこへ行ったかは見当がついていたらしい。」

 

「あの、ミルさん。セリアさん…。」

 

「セリアか?大丈夫。もう勝ちは決まってる。それより、今あいつは集中してるから。話しかない方がいい。」

 

「でも・・・毒を食らった次の日に1-3を組むなんて・・・解毒間に合ってるんですか?」

 

「それは私も疑問ですが・・・」

 

「カンナも、サツキも、大丈夫だよ。」

 

ミルさんはそう言って、後ろのセリアさんをちらりと見た。その目は、やっぱりいつもと違った。

 

覚悟が、そこにあった。

 

「うちのエースは、誰よりもハンターの名に誇りを持ってて、そして、誰よりも負けず嫌いなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うっそ・・・

リュウさんが言った場所に着いた。奥には小川が流れ、その向こうは切り立った崖になっているみたいだ。水が流れ落ちる激しい音がする。

 

そこに、本当にいる。昨日つけた傷が残っているし、間違いなく同一個体。流石はリュウさんだ。

 

「それじゃ、後はよろしく。」

 

そう言って、セリアさんは双剣を取り出す。私たちも武器を取り出す。

 

と、その瞬間、セリアさんの武器が光った。

 

リオレウスの双剣が、赤く輝く。

 

「セリアと、その双子のセレオのランクは285。こなしたクエストは2500を超える。あいつらは軽い武器が好きだがな・・・その中でも双剣が一番得意だ。こなしたクエストのうち、1500回は双剣。この辺じゃ名の知れた双剣使いでな・・・」

 

まずはセリアさんの鬼神化。体が赤く染まる。

血流が高まっている。だが、武器の輝きは止まらない。

 

「鬼の双子って二つ名がある、秘伝書持ちの一流双剣使いなんだ。」

 

武器の輝きは、そのままセリアさんを包んだ。

 

武器から出た赤い光。それが、まるで炎のように、身体中を包んでいる。

 

「これが・・・秘伝書の?」

 

「鬼神化の更に上。鬼神強化。それが、双剣の秘伝書の力。見ておきなさい、カンナ。あなたが、何を手に入れようとしてるのか。」

 

サツキはそう言いながら、閃光玉を放った。

 

眩しい光が、辺りを包む。

 

刹那、セリアさんがドスフロギィに向かって走り出す。

 

「って…」

 

 

 

 

ビュンビュンと動き回るセリアさん。水が飛び散り、草が舞う。

 

速すぎる。目で追えない?

 

「行っても邪魔だ。」

 

出ようとする私をミルさんが止める。

 

「今行ったら逆に危ない。あの速さで動く人にぶつかったら、ほんとに死んじゃうわ。」

 

そして、ドスフロギィの体から血が吹き出す。

 

何が起こっているのかわからない。

 

草や木が舞い、周りのフロギィも飛び、そしてドスフロギィはわめきながら毒を吐く。そのどれもが、一瞬でかき消される。

 

 

これが、秘伝書か。激しく鳴く相手モンスターを、私はただ眺めているだけだった。

 

 

そして、雨は、そんなセリアさんを怖れるかのように、上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ただいま。」

 

クエストから帰ってきた私は、玄関に寝転んだ。

 

今日見てきたものを思い出す。

 

サツキの言葉。ミルさんの信頼。セリアさんの覚悟。

リュウさんの索敵。

 

たった一体のモンスターを狩るために、これだけの力が働いている。

 

「もっと、強くなりたい。」

 

改めて、思う。

 

彼女たちに、追いつきたい、と。




サードでずーっと思ってたんですが、あの温泉、めっちゃ入りたいんですよね…


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第9話 兄さん!

冬休みで若干時間ができたので、少しだけ更新スピード上げられるかもです…。


手に持ったカップを口元に持っていくと、癖になる香りが漂ってくる。鼻を満たすそのコーヒーの香りは、私の一番好きな匂いでもある。

 

コーヒー。なんと素晴らしい飲み物だろう。

だが、本当は酒が飲みたい。

 

ハンターはアルコールが基本的に禁止。それは、いついかなる時も依頼に備えていなければならないからだ。

二年間は酒を飲んだりもしていたが、流石に本格的にハンターに復帰してからは飲んでない。

 

命のやり取りをする上では、大事なことだから。

 

というわけで、私の一番好きな飲み物は今現在、コーヒーということになる。

 

それもブラックが大好き。

この喉を通る苦味がたまらない。

 

昔あるモンスターの肝を食べた時、あまりの苦味に戻しそうになりながらも、苦味に目覚めてしまった。

リュウからはドMなのかと尋ねられたこともあるが、私はそれから苦いのが大好きになった。

 

うん。この頭が冴える感じ最高。

カンナの口にも押し込んでやりたいな…

 

今も普通のコーヒーを、ブラックのままガッと飲んでいる。

コーヒーにはうるさいことで、リュウからいつも文句を言われていた。

 

そして、手には雑誌。まるで休日の受付嬢みたいな行動をしているが、実際ハンターに休みはない。

だからこそ、こうやって昼間から、冷気の漂う部屋、もといギルドにいるわけで・・・

 

 

「なーに見てんの、サツキちゃん?」

 

 

唐突に声をかけられた。

 

リュウよりも薄い青の髪の毛に2枚目の鏡みたいなイケメン。耳につけたピアスが、いかにも、という男の人。

 

そこにいたのは、カップを持ったベガさんであった。

 

 

「あ、お疲れ様です。」

 

「なあにー?暇なの?俺も隣でコーヒー飲んでいい?」

 

「まあ、いいですけど。」

 

にこりと笑って、隣に座ってくる。

 

「わ!サツキちゃんブラックなの?大人だねぇ!」

 

「そ、そうですか?」

 

 

威厳も何もない。すごく楽しそうにいつも話しかけてくる。

なんだけども、この人が村一番の実力を持つハンターなのだ。

 

 

「あー!月刊、『狩りに生きる』かー!懐かしいなぁ、それ。」

 

 

今度は、私の読む雑誌に注目してきた。

 

 

「ギルドにはずっと置いてありますけど・・・。」

 

「読まないんだよなぁ、あんまり本は。」

 

 

ぐびっとコーヒーを喉に入れながら言う。狩りに生きる。カンナは毎号買っているらしい。ここには、最近のハンターのこととか、モンスターのこととか、ギルドでツバメの巣が見つかったとか、多種多様な狩りの情報が載っている。

 

実際、ハンターの使ってる武器なんかは、規定で書いちゃいけない決まりだし、ハンター個人とかの情報はあんまり載ってない。でも、カンナは割と一字一句ハンターのことは特に記憶してる。

ほんと、あの女の子は根っからの狩りバカね・・・。

 

私の・・・双星という二つ名も、この雑誌で勝手に付けられたものだし。

 

 

「それ、何のページ?」

 

「あ、これは都市伝説のページですよ。」

 

「なにー?サツキちゃん、そんなのに興味あるの?気になる男のおとしかたとか、そんなページじゃないの?」

 

「違いますよ、そんなの。っていうか、狩りに生きるにそんなん書いてないですって。」

 

「あんなイケメンの幼馴染がいるのに?」

 

「リュウのことですか?あいつ、ああ見えてすごくぶっきらぼうだし、絶対嫌ですよ。確かにたまに頼りになるし、気遣いも結構できるし、才能もすごいありますけど。ベガさんだって、いい人いるじゃないですか。」

 

「…え?自覚なし?」

 

「?何か?」

 

「ん?嫌、なんでもない!え?ミル?そんなのじゃないよ、絶対。あいつこそぶっきらぼうだし。この前なんか、仕事の遅いギルドの職員叱り飛ばしてさ・・・。」

 

「リュウだって、この前休憩してたら怒ってきたんですよ?狩りの後だったし、怒られるようなこと、何もしてないのに。」

 

「お互い苦労してますなぁ。」

 

 

幼馴染というのは面倒なものだ。いいところも悪いところも、その一つ一つが目につく。

 

 

「まあ、ぶっきらぼうなのは好きの裏返しっていうし!」

 

「そんな、勘弁してくださいよ!」

 

 

 

「「誰が、ぶっきらぼうだって?」」

 

 

…。

 

えーっと?

 

振り向くと、書類を抱えたリュウとミルさんだった。

 

 

「へえ、サツキ。狩りの後じゃないのにコーヒーなんて、偉い身分じゃないか。」

 

「ベガ?あんた、こんなとこで油売ってていいと本気で思ってんの?」

 

「お、お二人とも、どうされたんですかい?」

 

「別にー?ただ書類を片すのを手伝ってたら、よからぬ陰口が聞こえてね?」

 

「い、嫌リュウ?違うよ、これ!?そんな悪い意味じゃないって!ぶっきらぼうってほら、可愛いし!うん、可愛いじゃん!」

 

「サツキちゃん…それなんの言い訳にもなってないし…。」

 

 

はあ、とため息をついたリュウは、

 

 

「まあ、今はいいけど。久しぶりに晴れてるし、そういう気にもなるよな。でも、お二人とも、気は緩めちゃダメですよ。」

 

そう言った。

 

「それで?サツキが雑誌を読むなんて、珍しいこともあるものだな。」

 

「いえ・・・まあ、ちょっと暇だったのでね・・・。」

 

 

嘘だ。これを手に取ったのは、その表紙が気になったから。このページが気になったからだ。

 

 

「んー?ああ、最近ニュースで取り上げられてるやつか。」

 

ベガさんが指差したのは、一番大きな記事。とある研究所で、モンスターを凶暴化させる薬が開発された、いやしてしまったというものだ。実際に投薬して、世界を手中にしようとしている・・・などと。

 

…まあ、そんなことに私は興味がないけど。

 

 

「こんな技術あったら、ほんと最悪も最悪だけどなぁ。」

 

「そりゃそうだ。こんなもん、あってたまるか。」

 

 

そんな話をしていると、更に村長さんがやってくる。

いつのまにか、見知った人が集まっていた。

 

 

「あらあら、皆さん、お疲れ様です。」

 

「お疲れ様です、どうされたんです?」

 

「いえ、私はセリアさんのお見舞いに行っていたので・・・。」

 

「ああ、この前の秘伝書で…。」

 

 

双剣の第二解放、鬼神強化は秘伝書の中でも相当な攻撃力を誇る技。故に、体への負担がでかすぎる。

 

実際、戦いが終わったセリアさんは、身体中から血を流していた。

 

すぐさま薬の大量投薬かつ絶対安静。

 

回復薬という薬は、体にあまりいいものではないのだ。

その分休息しないと、体が壊れてしまう。

 

 

「紅葉の皆さん、しばらくは3人かもしれませんが、頑張ってくださいね。」

 

「いざって時は私が出るよー!」

 

 

更に村長の後ろからやってきたのは、セリアさんの双子のセレオさん。

 

…ほんとそっくり。

 

 

「サツキちゃん、ミルさん、セリアが迷惑かけました。」

 

「いえ、そんな・・・。」

 

「カンナちゃんにもお礼言いたいんだけど・・・。」

 

「そう言えば、カンナちゃんは?」

 

「さあ・・・」

 

「まさか男・・・ゲフッ」

 

 

ミルさんの拳骨がベガさんに突き刺さる。

 

その時だった。

 

バタンと大きな音をたてて、カンナが入ってきた。そのままハアハアと息を荒げて、私たちの方へ走ってくる。

そのままリュウに向かって、

 

「リュウさん、クエストを・・・依頼を、私の依頼を受けてください!」

 

と言った。

 

「ど、どうしたんです?」

 

「村長さん!兄さんが、兄さんが危ないんです!」

 

村長さんは、驚いていた。

 

「ハナビさんが、ですか?」

 

 

大慌ての村長さん。

汗をダラダラかくカンナ。

 

何やらわからない。わかったのは、カンナに兄がいるらしい、ということと、クエストに行かなくてはならなくなりそうだ、ということだけだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私には、兄がいる。

 

母や父は私が幼い頃に亡くなったとその兄から聞いた。

 

だから、私の親といえば、年の離れた兄ただ一人だった。

とても優しい兄だった。

 

私がハンターズスクールに通い始めた頃、兄は遠く離れた凍土の気候観測所に勤め始めた。以来、私は一人暮らしを続けている。

 

たまーに会っているものの、最近は忙しいらしく、会えていない。そんな兄から手紙が届いたのが、ちょうど半日ほど前のことだった。

 

いつも通り朝ごはんを手早く作って食べていると、一匹のアイルーが駆け込んできたのだ。

 

ひどく衰弱していた。

 

「ど、どうしたの?とにかく、これを!」

 

暖かなスープを飲ませながら、事情を聞いた。

 

それで、兄が危ないと知ったのだ。

 

そんなわけで、私たち紅葉は凍土のベースキャンプにいた。

 

「つまり、悪天候で物資の供給が途絶えており、危険、と。そういうことだな?」

 

「はい・・・。」

 

「ハナビさんにはお世話になっている。あの人は強い人だ。大丈夫、きちんと助けよう。」

 

ミルさんに言われても、その嫌な予感は止まらない。

 

手紙が届いたのはさっきだが、あのアイルーさんがいつ向こうを発ったのかはわからない。

 

じっちゃんの話では、ひどく衰弱しているからしばらくは話せそうにない、ということだった。

 

当然だ。荷車で半日かかる道を走ってきたのだから。

 

だからこそ、いつ出された手紙なのかはわからない。

 

いつから兄は苦しんでいるのだろう。

 

ユクモのような田舎の地方では、転送システムとか、高精度の無線などほとんど使えない。

 

まして、ハンター関連以外では皆無。

 

更に、凍土という場所は、極端に電波の制限を受けてしまう。

 

それに悪天候が重なると、簡単にこんな風になってしまう。それに、最近はただでさえ不安な要素が多いのだから、余計落ち着けなかった。

 

そして案の定、おきてほしくない事態がおきていた。

 

「とにかく、一刻も早く出発だ。今は夜も近いが、手遅れになる前に向かわなければならない。3人で危険だが、いいな?」

 

はい、という声も少ない。

セリアさんがいない状況で遠征する羽目になるとは思わなかった。

 

ぎゅっと目を瞑る。

 

お願い。無事でいてーーー。

 

「大丈夫よ。」

 

サツキが声をかけてきた。

 

「…なんで?」

 

「根拠はないよ、でもね。」

 

一呼吸置いたサツキの口調は、少しだけ、いつもの強さを失っていた。

 

「私もいないのよ、親が。」

 

「え?」

 

「私を育ててくれたのは、姉さんなの。でもね、姉はどんなことがあっても、私の前からいなくなることはなかった。例え本当の親じゃなくても、誰かを育てる、守る立場になった瞬間、人は強くなるものなの。

だから、心配なんていらない。真摯に、ひたむきに。いつも通り助けようって思ってればいいの。絶対、あなたを残して死んだりしないわ。」

 

「うん・・・ありがとね。」

 

…そうだ。

 

兄は例え遠く離れても、私の前からいなくなったことはない。小さい頃から助けてくれた兄を、今度は私が助ければいい。きっと待っててくれる。

 

ーーーサツキは、私よりずっと大人なんだな。

 

ベースキャンプの入り口に立つ。

待ってて、兄さん。

 

絶対助けるから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ベースキャンプを出てすぐ、私たちは吹雪に見舞われた。あたりは真っ暗で、ほんの15メートル先も見渡せない。

 

本来、こんな悪天候の中を進むのは危険すぎる。寒さを抑える、ホットドリンクという薬を飲んでいるが、それでも防ぎきれない寒さの中を、私たちは行進していた。

 

足元も滑る。

 

考えられる一番まずい事態は一つ。

 

雪道でモンスターなんかに出くわすのが一番やりづらい。

 

今回のカンナの武器はどうやらスラッシュアックスらしい。この武器は、剣と斧、二つの変形ができる新しく、特殊な武器だ。第一解放の力で、攻撃が上がったり、麻痺や毒などの状態以上を与えたりといった付加効果もある強力な武器。扱いはかなり難しい。

 

カンナが得意なのは、軽い武器。

 

だけどスラッシュアックスはそう軽いわけでも無いし、多分慌てて持ってきたんだろう。

 

無理もない。家族というのはそういうものだ。

 

だから、私が守る。

 

彼女は、絶対に生かす。

 

それは、私があの時、彼女の夢を聞いた時から誓ったことだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンナの境遇はどうやら私とよく似ていたらしい。

 

私も、血の繋がった家族は姉だけ。幼い頃から意地っ張りだった私が、素直になれた、数少ない人物でもある。

 

今だからわかる。守ることは、とても難しいこと。誰かを守れる人間は、強い人。

そして・・・私はそうなれなかった人間だということも。

 

ーーなんで、あなたなの?なぜ?お前のせいでーー

ーーありがとうーー

 

脳裏に嫌な記憶が蘇る。必死に気を持ち直す。

 

こんなところで気絶なんてしていられない。

 

こんなところでくたばるわけにはいかない。

 

「頑張ろう、あと半分くらいだ!」

 

ミルさんの声も遠くに聞こえる。強い風。

やはり、気候はどんどん悪くなっている。早く着かなければ・・・

 

しかし、そううまくいかなかった。

 

突然、動物の咆哮がした。

 

「何?!」

 

「落ち着け。この声は、多分・・・。」

 

突然、鈍い痛みが襲った。体が宙に浮くのがわかる。咄嗟に受け身をとって地面についた。

 

冷たい氷の感触。腰にもろにぶつかってきたその塊がモンスターとわかるまで、そんなに時間はかからなかった。

 

「ウルクススか!」

 

目を凝らすと、長い耳が見えた。ウサギだ。でも、3メートルはあろうかという巨大ウサギ。ウルクススと呼ばれたそいつは、こちらに向き直ると、すごいスピードでこっちにお腹で滑ってきた。そんな移動方法ありか。

 

穿龍棍のダイヤルを回して空気を思い切り出す。風の力で踏ん張れない地面の分を補う。体が横に流れるのと同時に、脇をそいつが掠めた。回復薬を飲んでダメージを即座に癒す。

 

閃光玉をお見舞いする。これで時間は稼げるだろう。

 

「…クッソ!」

 

恐れていた事態。最悪だ。

 

「サツキ!大丈夫?」

 

カンナが駆け寄ってくる。スラッシュアックスを取り出し、ウルクススに対峙するカンナ。

 

「この吹雪の中で戦うのは危険すぎる!撤退するしか無い!」

 

当然だ。

 

私たちは3人しかいないし、とても狩りなどやってられる気候では無い。

 

「カンナ!早く逃げるよ!」

 

「でも、早くしないと!兄さんが!」

 

「今はそれどころじゃない!」

 

咄嗟に投げた閃光玉は、うまく奴の目を潰してくれたらしい。もがく音がする。

 

そいつの姿だって、まともに見えないのだ。

 

あの速さで動くモンスターなんて、今は相性が悪すぎる。

 

ミルさんの声の方向に急ぐ。

だが、カンナの手をとって進もうとすると、強い力で引き止められた。

 

「カンナ!気持ちはわかるけど、今は戻ったほうがいい!」

 

「・・・嫌だ。私は、助けないといけないんだ。兄さんを!」

 

「カンナ!」

 

目を見ると、ハッとした。

 

「・・・カンナ?」

 

カンナの瞳は黒いはずだった。でも、今のカンナの瞳は赤く充血している。

 

 

「まさか・・・カンナ・・・」

 

 

ジンオウガの時。ボルボロスの時。

彼女には信じられない力があるのではと思った時。

 

その可能性を私は考慮していた。

だけど、信じなかった。

 

 

こんな田舎の、あんな小さな女の子に、その力があるわけない、と思ったから。

 

こんなガキみたいな子に、そんな力があるわけないって。

 

 

だけど、その疑いを晴らすのに、その赤い目は十分だった。

 

 

私は見たことがある。人間の目の色が変わる瞬間を。

 

 

 

 

 

メゼポルタという、一流ハンターの集まり。

 

そして、Fの名を持つハンターの中でも、一流のハンターのそのまた一流、限られた人間のみが開けられるその扉。

 

誰よりも狩りをすることが好き。そして、誰よりも死にたくないと思っている人間。誰よりも誰かを守ることに執着する人。そして、誰よりも狩りが上手い人。

 

そんな限られた、ごく一握りの天才は、意識の中のある扉を開け、その世界に入ることができる。

 

ゾーン。

 

それはつまり、彼女もまた、天才だということの証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、「極限の集中状態」と一般的には定義されている。その状態になった者にとっては、本人曰く、「モンスターと自分以外誰もいなくなる」らしい。そして、狩りにおける全ての能力が向上する。

 

運動、認知、そして判断力。地形をうまく使う力。

 

自分の実力を全て発揮することができる。

 

 

「だとしても・・・!!」

 

 

今まで見てきた、カンナの謎の力。

その謎が解けた気がした。

だからって、早すぎる。

 

たとえこの子がゾーンに入れるほどの天才だったとして、こんなに早くなんて。

 

ーーーこんな、ハンターになって一年も満たない子に、なんて。

 

次の瞬間、カンナの姿は消えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

兄さんを必ず助ける。

 

ーーーこいつを、必ず殺す。

 

その時、あの感覚が私をおそった。全てがスローモーションになり、サツキの声が遠ざかる。

 

目の前の吹雪が無くなっていく。いや、吹いているのはわかるけど、見通しがよくなる。

 

吹雪を超えて、ウルクススが見えた。

 

体が軽い。足元は悪いけど、あまり気にならない。

 

滑らない地点が、足を通して伝わる。

 

私は走り出した。武器を取り出す。

 

今、スラッシュアックスは、斧モードだ。右へ、左へと切りつける。そのまま、縦へ。連続攻撃の一連の流れだ。

 

足元の悪さも気にならない。ウルクススの振り向きが果てしなくスローモーションだ。

 

グルグル回りながら、果てしなく右へ左へ。

 

弱点は何となくわかる。

あのスピードで滑走するモンスター。

 

だが、的さえ絞らせなければいい。そうしたら、むしろ動き回られることもない。

だから、常に奴の周囲を動き続ける。

 

信じられないほど早く動いてる実感はあった。

 

飛び散って来る血しぶきさえかわせる。

 

世界が、どんどんと止まっていく。

 

ーーー今なら。

 

手元のダイヤルを回して剣モードに。

 

そして、そのまま意識を集中した。解放攻撃。

スラッシュアックスはほとんど使ったことないし、慌てて目に付いたやつを持ってきただけだ。

でも、今ならできる。そんな気がした。

 

モンスターの魂が集まる。そのまま、目の前の脇腹に思い切り突き刺した。そこが一番弱い場所だということも、見えた。まるで、針の穴のようだ。

 

属性解放突き。それは、スラッシュアックス独自の必殺技。瞬間、ウルクススに全てを解放した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

気候観測所は、想像通り、なかなかに過酷な状態にあったらしい。電気がどこかで断線して途絶え、暖房がつかなかったようだ。備蓄しておいたホットドリンクが切れるギリギリで私たちは到着したらしい。

 

「兄さんー!無事でよかったよぉぉ!」

 

・・・と、まあ、先ほどのカンナはどこへやら、私とミルさんは感動の再会シーンを見せられている。

 

「カンナ、大丈夫だから。本当に、すまなかったね。

 

…お二人とも、助けて頂いて本当にありがとうございます。私がカンナの兄、そしてこの気候観測所の所長、ハナビといいます。妹が日頃からお世話になってます。」

 

他の職員も、口々にありがとうございますと声をかけて来る。

それほどに不安だったのだろう。

 

当然だ、陸の孤島ほど辛いものはない。

 

「ハナビさん、お久しぶりです。なに、これくらい当然です。ここの気候観測所のおかげで、私たちがどれだけ助かっているか。」

 

「そう言ってくださると幸いです。」

 

にこりと笑うハナビさん。

確かに、笑った顔は少し似てる、かもしれない。

 

「うちも多少の悪天候くらいは備えてたんですが…まさかこんなに吹雪くとは。初めてですよ、こんなこと。」

 

「…ええ。何か、最近不穏なことが多いようです。霊峰のこともありますし。」

 

皆、何かおかしいこの状況に不安が隠せない。

ハンターに復帰してから、色々と激動すぎる。

 

異変といい、カンナといい。

 

電気の不具合はミルさんが見たらすぐにわかった。

 

何でも、観測所のすぐそこで切れているのがわかって、修復も余裕だったとか。

今では暖房もついて、私たち3人はコーヒーを頂いている、というわけだ。

 

「ここも、気候が悪くなりましたね。転送システムが置ければよいのですが・・・」

 

「いえいえ、現実的ではないでしょう。我々は、このまま頑張らせてもらいますよ。」

 

「・・・ほんとにカンナのお兄さんですか?」

 

…その大人な感じはほんとに血の繋がった兄弟なの?

 

「ムッ、それは何?サツキ。」

 

「いやー?カンナちゃんに比べて、随分落ち着いた雰囲気だなーと思ってね?」

 

「落ち着きのない妹ですが、サツキさん、これからもよろしくお願いしますね。」

 

にこりと笑われた。

 

「は、はぁ…。もちろん。大丈夫です、責任持って面倒見ますから。」

 

「同い年なんだけど!?」

 

「いや、二人とも。同い年には見えんぞ。正確には、二人ともその年には見えないぞ。」

 

「え?私そんなに幼稚ですか?」

 

ミルさんにバカにされた気がした。

 

「いや、違う。そうじゃなくてだな…。」

 

まあいっか、と呆れられた。

 

「それでは、そろそろお暇します。」

 

ミルさんの声で、私たちも立ち上がる。

玄関を出ると、さっきより多少吹雪は収まっていた。

 

「兄さん、ほんと無事でよかった。」

 

「ええ、カンナに助けてもらう日が来るなんて夢にも思ってなかったよ。」

 

「私・・・少しは強くなれたかな。」

 

「十分強いよ。俺の妹なだけある!」

 

 

ああ、この二人は信頼し合ってる。

 

そう、それが血が繋がってるってことなんだ。

そして、そのおかげでカンナは完全にゾーンを開花させた。

私は・・・どうあればよいのかな。

 

ゾーン。

 

一部の天才だけが、開ける力。

 

ーーーなぜカンナにその扉が開かれたのだろう。

 

帰り際、ハナビさんにこっそりと声をかけた。

 

「ハナビさん。」

 

「はい?」

 

これだけは、聞いておきたかった。

 

 

 

 

「カンナは、本当にただのユクモの娘ですか?」

 

 

 

 

「・・・そうですよ。それが何か?」

 

 

 

 

 

ハナビさんの顔が、少し歪んだ気がした。

 

それが本当の言葉なのか、嘘なのか、私にはわからなかった。



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第10話 異変!

戦闘描写が大変に難しいです。
誰かほんと書き方教えてほしい…!


<いい?よく聞きなさい。あなたは、ゾーンに入れる人間。それはつまり、あなたが神様に選ばれた人間ってことなの。わかる?あなたの潜在能力は、私たちなんかとは違う。それは理解しておいてね。>

 

サツキに、この前兄さんを助けに行った遠征の後、そう言われた。

 

そんなこと言われても…というのがとりあえず第一に言いたいことだ。

知らないよ、そんなの。

 

だって、私だって意識してるわけじゃないし。

 

 

どうやら、ゾーンというのが、私の潜在的な力らしい。自分にそんな力があると知って、どうかと言われれば、それは素直に嬉しい。一部の天才しか使えない技らしいし。おかげで、私は兄を守ることができたわけだし、それによって私はもっと、誰かを守ることができるだろう。

 

 

 

でも、自分で聞いても、あまりにも実感がなかった。

 

 

 

 

ギルドの人たちに褒められても、リュウさんに一目置かれても、モヤモヤした思いが止まらなかった。

 

うう、こんな感じなら知らなきゃよかった。

 

私はハンターに憧れて、ハンターになった。

 

 

 

 

村の人を必死に守っている姿を、心底かっこいいと思ったから。

でも、いざ私が天才だと言われても、あんまり実感がわかない。

 

突然すぎて、頭がついていけてなかった。

朝起きた瞬間別の人になったみたいな衝撃だった。

ほんとに、私、このチカラを、使っていいのかな…?

 

 

 

温泉に浸かりながら、そんなことを考えていると、突然声をかけられた。

 

「カンナちゃん、少し良い?」

 

「ひゃいっ!」

 

突然横から声がした。

見ると、サーサさんがいた。

 

「ど、どうも…。」

 

「ごめんね。」

 

「いえいえ、こちらこそすいません。」

 

緑の瞳に、いつもつけている眼鏡を風呂の中でもつけているサーサさん。

黒髪を束ねた姿は、いかにも大人のお姉さんって感じがする。

 

「すごいのね、カンナちゃん。あのゾーンに入れるなんて。」

 

「いやー、ありがとうございます。」

 

「でも、顔が曇ってたわよ。何かあったの?」

 

「いえ…。」

 

話すべきだろうか。

まあでも、このくらいならいいかな。

 

「あ、その…。でも、何というか、実感湧かなくて・・・。

いきなりお前は強くなったぞー、なんて言われましてもって感じで…。」

 

「でも、ほんとに限られた人だけの力なのよ。」

 

「私の他に、誰か使える人を知ってるんですか?」

 

「ええ、知ってるわ。その人も、すごいハンターなのよ。」

 

すごいハンター。

私は、すごいハンターではない。それは私が一番わかっていることだ。

 

いっつも紅葉のみんなには迷惑かけるし。

 

 

私は、そんな人たちと同じ力を手にしていいんだろうか。

 

 

 

「・・・カンナちゃん。」

 

「はい?」

 

「その力に、溺れたらダメだからね。正しく使ってこその力なのよ。」

 

「え?」

 

「今は実感がないのかもしれない。でも、あなたはいずれ必ず自覚する。自分がとんでもないハンターだってね。」

 

サーサさんの目が、笑っていなかった。

すごく真面目な顔だった。

 

「でも、過信したらダメ。あなたも人であることに変わりはないのだから。その力は、人を守るために、あなたに与えられた力。

だから、そのために、そのためだけに、使ってあげてほしい。」

 

「人を、守るため…。」

 

 

 

そうだ。自分は力を手に入れたんだ。

 

誰かを守る力を。

それを使わないなんてもったいない!

 

「そう、ですよね、わかりました!」

 

「うん!それじゃあ、サツキちゃんが家で待ってるって言ってたわよ。早く行ってきたら?」

 

「そうなんですか。何の用事ですかね?」

 

「さあ。わからないけど…。」

 

「わかりました、行ってきます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドを飛び出す。

 

なんだか心が軽くなった。

そうだよね、私は私。

 

私がどうありたいかを見失ったら、意味ないもんね。

 

 

走っていくと、右手の駄菓子屋のお時間が出てきた。

 

「おお、チビのカンナじゃない。最近調子はどうだ?」

 

「うるさいよ、絶好調に決まってるじゃん!」

 

「お前も早く、セリアさんやミルさん、ベガさんみたいになるんだな。じゃなきゃお前なんかにクエスト頼めねえよ。」

 

「失礼だなぁ。私はオールラウンダーになるんだからね!じゃ、用事あるから行くね!」

 

 

 

 

 

 

私の仕事は、村の人を守ることだ。みんなの日常を支えることだ。

それで間違いないんだ。

 

 

 

 

「サツキー!」

 

 

 

サツキの家は、頂上のギルドの建物まで続く、村を貫く上り階段の途中を折れて、しばらく走るとある、元々空き家だった家だ。

 

ちなみにこの空き家は、ずーっと空き家のままだった。

 

小さい頃から上がり込んでいた私は、この家のことならなんでも知っている。勝手に入ってハンターの真似事して、何回も村長さんに怒られたっけ。

 

 

懐かしの景色だわ。

そのあとミルさんにげんこつもらって、家の壊したとこの修理なんかもした。あれは…嫌な事件だったよ。

 

 

玄関の引き戸を引くと、ガラガラと無抵抗に開いた。

 

「あれ…?」

 

違和感が襲った。妙だ。基本的に、サツキは家の戸締りを欠かさない。たまに忘れていると、忘れたのは自分のくせに、勝手に入ると怒るのだ。

 

 

<勝手に入らないでよ。人には見られたくないものなんて、たくさんあるんだから。わかる?カンナお嬢ちゃん?>

 

 

とか何とか言ってバカにされる。言い返して、いつも言い合いになる。

全く、そんなに嫌がることないじゃん。といつも思うのだが。

 

恐る恐る廊下に上がる。右手が台所。左のドアの先が和室。奥に見える階段を登れば、2階に上がれる。

 

何となく、嫌な予感がする。そもそも、ここに呼んだのはサツキのはずだ。ここにいないはずがない。

 

急いで階段へと向かう。階段を駆け上がる。ミシミシと軋む木の踏み板は、私を焦らせるのには十分だった。

 

 

「サツキ?」

 

 

奥がサツキの部屋のはずだ。廊下を走って、ドアを開け放った。

 

見慣れたサツキの部屋だった。何も変わったところはない。カーテンが開いて、日光が降り注いでいる。今日は久しぶりの晴れ。春を迎えようとしているユクモの村は、つい狩りなど忘れて、くつろぎたくなる気分だ。

 

窓際に近づいた。ふと、目に止まったのは窓の左にある収納箱。その一番下の箱から、何かの紙の端っこが飛び出している。

 

死という文字が見えた。何?咄嗟に反応して中を開けてしまった。

 

 

「何・・・これ。」

 

 

現れたのは、『狩りに生きる』など、様々な雑誌の切り抜き。そのほとんどがある内容のものだった。

 

 

「死者を生き返らせる『何か』?」

 

 

合わせて20枚はあるだろうか。この前発売された『狩りに生きる』の記事も見つけた。

 

遠い過去の文献をあさると、死者を蘇らせることのできる手段がいくつかあったらしい。

 

それによって、永遠の命を手に入れた者もいるとか。薬、なにかの術、あるいはそもそもそういう力を持つ人がいるとか。

 

そして、次の内容が私を惹きつけた。

 

 

「…特に、ユクモ地方では、そのような伝承が数多く残っているようだ。」

 

 

こっちからしたら、聞いたこともない、何ともうさんくさい話である。でも、その記事をなぜサツキが・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年前、双星と呼ばれたそのハンターは、突然名前を聞かなくなった。そして、私の前に現れた。ハンターに復帰すると、私たちの前で話してくれた時も、彼女は当時のことは何も言わなかった。

 

アオアシラに襲われた時の苦しそうな表情。時折見せる辛い顔。

死者を生き返らせることできる「チカラ」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サツキ、あなたに一体何があったの?

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今回、クエストの依頼主は我々の運転手のアイルーさんだ。名前はリュートというらしい。そのリュートの荷車運転のもと、私たちは砂原に向かっていた。

 

「潜口竜ハプルボッカ、か…。」

 

「ハプルちゃんかー、ま、頑張ろう!」

 

「おー!」

 

カンナのうるさいおー!に冷静に手刀をかましておいた。

 

ともかく、元気な声が二つ。

そのうちの一つはセリアさんだ。

 

幸い、ドスフロギィ戦で負った傷の回復も早く、すぐに紅葉に復帰した。

 

在ろうことか、そのドスフロギィの素材で作った毒属性持ちの双剣を作らせていた。

 

加工屋のおっちゃんも苦労してたな。

 

酷いと感染するらしいし。

顔が引きつってたのは忘れない。

 

 

 

 

それにしても…

 

あの戦いを思い出す。

 

やっぱり双剣の秘伝書は危険すぎる。できれば使わせたくないけど・・・

 

「そうなのにゃ。僕の知り合いの運送アイルーが、ハプルボッカに襲われて、荷車全部食われちゃったのにゃ。ハプルボッカを狩って、その素材を売る。そうしないと商売あがったりらしいにゃ。」

 

「なるほどな・・・。」

 

今回は素材こそがそもそもの依頼。

つまり、私たちに取り分はあまりないと思った方が良いだろう。

 

まあ私は、そんなに気にしないけど。

 

「リュートにはお世話になってるし、みんな、頑張ろうじゃないか。さて、指示を出すぞ。」

 

早速荷車の中で、作戦会議が始まる。

 

「奴を狩るのに一番簡単なのは、爆弾を食わせることだ。」

 

「爆弾…ですか?」

 

「ああ。携帯用の大タル爆弾。こいつを食わせる。」

 

「はぁ…。なんだかどんな相手か想像できましたよ…。」

 

「そんな、私たちたべられちゃうんじゃ!?」

 

「カンナちゃん、気をつけてないとマジで食べられるよ!」

 

「ひええ…。」

 

「危険だが、一番楽なんだ。だから、その誘導はサツキに任せたい。そして、私は今回、弓で来た。セリアは片手剣、これは手数重視だな。

カンナは、太刀で来たのか。」

 

弓。ミルさんは遠距離武器も使えるのか。

一方のカンナは太刀。細身の刀の形をしている。これもすごく強力な武器。

 

 

「それで、カンナは太刀使えるの…って、カンナ?どうしたの?」

 

 

さっきから目が合うと、当のカンナはぼーっと私を見てくる。

 

 

「何よ、まだ怒ってるの?悪かったわよ。リュウに呼ばれちゃったんだから。」

 

 

昨日のことだけれど、カンナを呼んでおいて、リュウに緊急の用事だと言って連れていかれ、すっぽかしてしまっていた。

 

そんなに喚かれなかったのは不思議だったが、別に気にしなかった。

 

それに、大した内容ではなかったのだけど。

 

 

「いや、違うの。ごめん、サツキ。」

 

「それじゃ、何なの?」

 

「…あ!そうそう、サツキって、穿龍棍以外の武器使ってるところ見たことないなぁってね!」

 

「あー…ま、まあ!穿龍棍強いしいいじゃない!」

 

 

慌てて目をそらす。

 

…私は、この武器以外使ってない。と言うか、使えない。メゼポルタにいたころ、何度か使ったのだが、散々な目に遭ったのをよく覚えている。

 

オールラウンダーなど、私にとっては夢のまた夢。

 

だからこそ、この武器の扱いでは負けない。今は全然本領を発揮できてないけども・・・。

 

気温が上がってくる。

 

とりあえず、グビグビとクーラードリンクを飲む。瞬間、急激に体が冷え、汗が引いた。相変わらず、この飲み物はすごい。

こういう飲み物は、大抵調合によって作られる。いろんなものを混ぜ合わせて作るのだ。

 

調合の勉強もしなくちゃな・・・。

 

囮なら、それくらいはできなければならない、かも。

 

私たちは今、砂漠のど真ん中にいる。辺りを見渡しても、サボテンが群生しているとか、岩が唐突にそびえ立ってるとか何とも砂漠らしい光景しかないあとは、周りにいくつか砂の山があるだけだ。奥には魚みたいなモンスターが砂の中からイルカのように跳ねている。

 

「デルクスっていうのさ。そう邪魔にもならない敵だから、気にしなくていい。」

 

ミルさんが教えてくれた。

メゼポルタは言ってしまえばモンスターのるつぼ。たくさんの種類のモンスターを見てきた。だが、ああいうのは見なかった。

 

当時から変わらず、モンスターの生命力とか、適応力には驚かされる。

そういう世界で命のやり取りをしなくてはならない。

 

気を引き締めなければ、だれか死ぬ。

それだけは、絶対に嫌だ。

特に、カンナを殺すわけにはいかないんだ。

 

「ミルさん、どこにいるかなー?」

 

「そうだな・・・サツキ、カンナ、周りの砂の山をよく見ていてくれ。」

 

「砂の山…ですか?」

 

周りにたくさん、風でまとまったのか、砂の塊がある。長さ5メートル、高さ2メートルほどの砂の山が、あちこちに点在しているのだ。その一つ一つに目をやっていく。見る限り、変わったところもありそうにない。

 

「ここら辺にはないかな。もう少し進もうか。」

 

しばらく進む間も、周りの砂の山を観察する。暑さで遠くの景色がユラユラしている。クーラードリンクで私たちは無事だけど、外の気温は50度は軽く超えていそうだ。

 

この中にモンスターがいる。この独特の緊張感、私は嫌いじゃない。

 

ふと目をやった先に、違和感を感じた。そこにはただの砂の山。なんだけど、先の方から何か煙みたいなのが出ている。

後ろに歩いていたカンナも、それを見つけたらしい。

 

「あれは・・・?」

 

「あったか?」

 

「はい、多分あれのことですよね・・・」

 

「そう、やっと見つけたな。ハプルボッカは砂の山に擬態してる。つまり、あの下に奴がいる。」

 

擬態するモンスターはよく見るが、砂の山に化けるとは中々いない。一体どんな奴なのだろうか。

 

「よし、そんじゃ、セリアよろしく!」

 

ミルさんの掛け声とともにセリアさんはゆっくりと歩き出す。一歩、また一歩。その後ろ姿は小学校低学年を思わせる。ただ、ここは戦場で、彼女はまぎれもない、帰ってきたうちのエース。

 

 

ゼロ距離に接近したセリアさんは懐から何か取り出し、ピンを抜いた。

携帯用の大タル爆弾。空に放り投げると空中で巨大なタルが現れて、ズドンと落下した。その瞬間、砂山が丸ごと消えた。

セリアさんがこっちに走ってくる。

 

「さあ、来るぞ!」

 

刹那、大きな音とともに、何かが砂の中から勢いよく飛び出した。

 

「うひゃあぁ!」

 

轟音とともに天高く飛び上がった10メートル級のモンスター。

 

それは、一言で言えば魚だった。タルのあった場所半径10メートルを覆い尽くす巨大な魚が、思い切り飛び上がってきたのだ。赤いエラがたなびいている。

 

すごいわね…。こんなに大きな砂中モンスターも中々いない。

 

と、その瞬間爆音が響く。悲鳴をあげたハプルの体は顔だけを砂の上に出したまま動かなくなった。

 

 

なるほど、爆弾を食べたのか。

 

体内での爆発となればかなり威力も大きいはず。

そりゃ動けなくなってもおかしくない。

 

 

「今がチャンス!私に任せろ!」

 

 

ミルさんはカバンから鬼人薬を取り出した。

 

真っ赤な薬品が出てくる。

 

それは、ハンターの力を高める薬。怪力の種を原料として調合によって作られる。それを飲むと、ハンターの単純な筋力が増す、という飲み物だ。

 

ミルさんはそれを一気に飲み干すと、ハプルの方へ走り出した。

 

取り出したのは、釣竿。

 

「釣竿!??」

 

まさか・・・

 

「ミルさんは、ハプル釣りの名人なんだよ!」

 

カンナのその言葉で、何をするかわかった。ミルさんは釣り針を口に引っかけると、

 

「オラオラオラァ!」

 

と言いながら引っ張る。

 

グイグイとミルさんの引っ張る方向にモンスターが引っ張られ、暴れる。

 

もくもくと砂埃が舞う。

 

ものすごい男らしい叫び声とモンスターの声。

 

ミルさんがすごい。

 

何かって、世紀末覇者みたいな顔してる。モンスターを釣り上げるの、私もやったことあるけどわたしには無理だった。鬼人薬を飲んでも引っ張り負けてしまう。

 

 

途端、ハプルの体が砂上に完全に露わになる。

 

「しゃー!オラー!!!!!」

 

ハプルボッカの体が20メートルは吹っ飛び、そのままものすごい音と砂埃とともに落下した。

情けない声とミルさんの気合の声が上がる。ミルさん、意外な一面を見ましたよ。…まあ、いいんですが。

 

「今がチャンスだよ!」

 

「はい!」

 

 

順調な狩りだ。

セリアさんが片手剣を振り上げる。

毒の片手剣…。

 

つまり、それで切りつけることで、モンスターに毒が回る、ということ。

それでカンナは以前倒したウルクススの武器。中に含まれる氷結袋のお陰で、水滴が凍りつくほどの凍てつく刀身となっている。

 

いずれも、こいつには効くだろう。

 

青い腹に黄色の模様。お腹は中々にグロいけど、私たちはそんなミルさんの釣り上げもあって順調にダメージを与えている。

 

わたしも、突進後の後ろ姿にむけて穿龍棍を振り下ろす。半分出した顔の横、エラがピクピクしている。

体が大きい分、視野の確保はずいぶん楽だ。それに、こいつもそんなに動きが俊敏じゃない。

 

エラの動きを見ただけでも、咄嗟に危ないのはわかった。

すぐさま地面を蹴って飛び上がる。

砂で足を取られるほど、わたしはやわな鍛え方してないからね。

 

途端、砂が思い切りこちらに噴射されてきた。砂の粒が身体中に当たってかなり痛い。だが、それほどでもない。

 

「はあぁぁ!」

 

カンナも長い刀身を振り下ろす。ザクザクと切れる心地よい音もする。

前回と違って、知識もある。

 

これは問題ない気がする。

 

「サツキ、しゃがめ!」

 

ミルさんの声と同時にしゃがむと、頭の上を矢が飛んで行った。頭に何本かがささり、血が飛ぶ。ミルさんのコントロールもかなりいい。

やっぱりこの人は頼れる先輩だ。こっちを向いているので、下を向いているが、目が小さいから、私にも攻撃のチャンスが回って来ることが多い。

 

ーーーこれなら、早く終わりそうだ。

 

私も、タル爆弾を置く。小さなタルのストラップみたいなやつ。ピンを抜いて放り投げると、たちまち大きくなる。とたん、こっちに大きな口をあけてハプルが向かってきた。

 

「サツキちゃん、こっちおいでー!」

 

セリアさんの声に合わせて、横に大きく迂回して回避。途端、さっきまであった爆弾が、砂埃と共に消え失せた。

 

あとこいつ、頭悪すぎる。これで何個目?それに、行動も極端に遅い。

 

 

そう、極端に。

 

 

違和感を感じ始めたのは、ようやくその頃だった。

 

 

その後も攻撃を与え続けて、私たちの狩りは正味30分で終わった。後はギルドに任せれば、素材も剥ぎ取れるだろう。簡単に終わってよかった。

 

 

最近、何かと苦労も多かったし、無事に狩れたのは悪くない。

 

 

でも、おかしい。

こんな速さ、知能では自然では生き残っていけないだろう。

このモンスターの本調子はこんなもんじゃないはずだ。

だが、実際にはあっさりと狩りが完了した。

そして、異変のこともある。何か、何かありそうな気もしたが、そんな予感は勝利の余韻に消えていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

村に戻ると、村長さんに会った。

 

村の天気は今日も雨。ジトジトした空気。季節は夏になろうとしている。

 

私がハンターになって、もうすぐ一年になる。今のランクは40。ペース的には少し早いくらいの上昇率で、私のランクは上がっている。さっきもあっという間に片付いたクエストがあって、それで40に上がったのである。

 

「カンナ、よかったな。」

 

「ミルさん、ありがとう!」

 

「村長さんも、お疲れ様です!」

 

「皆さん、クエスト帰りですか?ご苦労様でした。」

 

「ええ、ご苦労様でした。クエストと言っても、あっという間に終わりましたけどね。」

 

「ハプルちゃん狩ってきたのー!」

 

クエストの内容を簡潔に話す。村長さんの顔が変わった。

 

「変ですねえ、それは。」

 

「え?」

 

「ハプルボッカは普通、草食動物を食べます。そんなハプルが、肉以外の、例えば積み荷を襲うなんて・・・」

 

「えーと、つまり?」

 

言わんとすることがわからない。振り向くと、サツキが呆れた顔でこっちをみる。

 

「カンナ・・・つまり、餌がなかったってこと。

草食動物があのタイミングで、消え失せていた。」

 

「・・・そうか、そう言えば、一回も動物を見なかった。デルクスだけだった。」

 

「んー、確かに不思議かもねぇ。」

 

「やはり、何か不思議なことが最近おきていますね。先程も、おかしな人が村に来ましたしねぇ。」

 

村長さんもあまり明るい顔をしていない。

少し考え込むような仕草をした。

着物についた鈴がチリンチリンと鳴る。

 

「どんな人です?」

 

「何か、亡くなった人を探しているようでした。私が生き返らせて差し上げよう、とか言ってたでしょうかね。

余りにも唐突に村に現れたので、どうしようかと思ったんですが。

村人の報告で私が対応したんですが、どこかおかしな、というか…。

布を口元に巻いていて、顔もはっきり見えませんでしたし…。」

 

ハッとした。

 

 

<死者を生き返らせる>

 

 

サツキの方を見ると、その顔色が変わっていた。

突然村長さんに近づいて、

 

「その人、今どこにいますか!」

 

と言った。

 

「サ、サツキ!?」

 

「さ、サツキちゃん?どうしたの?」

 

「どこです!」

 

「い、いえ・・・私も突然のことでしたし、最近村で亡くなった方もいらっしゃいませんでしたので…。

その旨を伝えたら村を去って行きましたが・・・」

 

「今どこにいるかわかりますか!?」

 

「さ、さぁ…。ですが、こんな中歩いてきたようですし、そんなに遠くには…。」

 

「カンナ!悪いけど、報酬は私の家に持ってきといて!」

 

「お、おい、サツキ!」

 

サツキは雨の中、走っていく。

 

目が血走っていた。息も荒かった。

 

私は、あの時見た、あの新聞記事を思い出した。

何か、あったんだ。私の知らない何かが、あのハンターに。




サツキの謎については、これから少しずつ明かされていきます。

最後ちょっと短くなってしまった…

キャラ紹介!

サーサ

変な名前になったのはご愛嬌。
黒髪ロングに赤のメガネ。青い瞳の持ち主。スタイルも良好。

モデルはユーフォのあすか先輩。
設定としては、のちに出てきますがガンナーさんです。


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第11話 不安!

サツキちゃんが何を探していたのか、少しずつ明らかになってきました。
続きもごゆっくりお楽しみください!


ずっと、その時を私は待っていた。

もし、本当にこの地方に死んだ人間を生き返らせることができる手段があるのなら。

そんなことを考えてこの地方にやってきた。

 

やっと掴んだかもしれない希望の光。それは突然現れた。

 

その人は、まだそんなに遠くに行ってないかもしれない。

ひょっとするとこの辺りにも・・・

 

「サツキ!」

 

ハッとする。

 

顔をとっさに上げると、目の前にボルボロスの頭が現れた。

 

「・・・っ!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギルドの窓、そこからはるかかなたに見える霊峰という場所。

でも、天辺には未だ雲がかかり、頂上が見えない。時折、雷が光っている。

古くから信仰の対象だったあの山は、今では村のみんなに不安を与えるものでしかない。

 

それに加え・・・あの日から、サツキは変わってしまった。

 

死んだ人間を探していた男の話を聞き、狩りにしても、集中力が完全に足りていない。

どこか、見えない影を探しているような、周りに目を向けすぎているような、そんな感じだ。

 

おかげで、いくつかのクエストの達成にも支障が出ている。ユクモ付近に現れるモンスターの気性は荒くなる一方。

持ち込まれているクエストの数は増えているのに、遅々として進まない。

 

「うう・・・どうしよう・・・。」

 

明らかに私たち紅葉の雰囲気も悪い。

いつも明るいセリアさんも最近は笑顔が少なかった。

 

トボトボとギルドの中に戻って行く。

なんとかしたいけど、どうしたらいいかわからない。

私は、どうすればいい?

 

 

 

 

奥の机には、リュウさんがいた。

 

「お疲れです、リュウさん。」

 

「・・・お疲れ。」

 

 

何か写真を見ているようだった。その表情が険しい。

 

 

「・・・嘘、だろ。」

 

「どうかしたんですか?」

 

「カンナ、紅葉を呼んでほしい。あと、村に白光もいるはずだ。」

 

その声は何か緊張感を含んだような、そんな感じだった。

 

 

「もう無視できない。まずいことになった。」

 

 

 

 

 

 

この8人が揃うのはいつぶりだろうか。久々に揃ったメンバーでも、空気は重かった。

 

「それで、どうしたんだ?」

 

口を開いたのは筋骨隆々のおじさん、ミナミさんだ。更に体格も大きくなって、とても一番年上には見えない。

 

「・・・この写真を見てください。」

 

リュウさんが示した写真は、真っ白だった。だが、ところどころ黒い部分もある。よく見えない。

 

「これは、メゼポルタの探査機が撮った霊峰の頂上の写真です。嵐が激しく、完全に近づくことはできなかったようですが、この1枚だけ撮れたようです。」

 

そう言うと、更に引き伸ばした写真を職員が持って来た。

 

ーーーそこにあったのは、信じられない写真だった。周りも騒然とした。

 

 

 

「もう一度言います。」

 

そして、リュウさんの口から決定的な言葉が発せられた。

 

 

 

 

「これは、頂上の写真なんです。」

 

 

 

そんなはずはなかった。これが、頂上のはずはない。

 

 

「これって・・・」

 

「そんな、ことが・・・」

 

「どう言うこと?これ、ほんとに頂上の写真なの?」

 

リュウさんは力なく首を振る。

 

「正真正銘、そうですよ。」

 

 

 

そこには、「平らな」地面が広まっている。でも、それは頂上にあるはずのない景色。

だって、頂上というのは本来尖ったものであるべきだから。

 

 

よく見れば気がついたかもしれない。でも、それはあり得ないことだった。

 

だからこそ、気がつかなかった。

 

 

 

頂上が雲に隠れて見えない?そんなんじゃない。簡単なことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頂上が消し飛んでいるのだ。綺麗さっぱり。跡形もなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ギルドの皆さんが見た瓦礫って・・・」

 

「頂上が消し飛んだ時に出た瓦礫。」

 

そう言いながら入って来たのは村長さん。

 

「これは、ただ事ではありません。原因はおそらく・・・」

 

「昨年の巨大竜巻、ですかね。」

 

ベガさんが言った。

 

「間違いないでしょうね。」

 

「リュウ・・・どうするの?」

 

「・・・メゼポルタのギルドに既に救援は呼んである。」

 

「そんなの、待てるはずない!」

 

立ち上がったのはミナミさんだ。

 

「リュウどの!いい加減にしてくれ!もうこうなった以上、あそこで何が起きているかとにかく早く特定しなければ!我々でチームを組むしかないんだよ!」

 

「いえ、それはしません。」

 

「なぜだ?」

 

「こうなった以上、我々の戦力で扱える範囲ではない。必ず犠牲がでるでしょう。」

 

「これ以上放置して、手遅れになったらどうするんだ?そもそも、原因さえ掴めていないのだろう?」

 

 

 

 

「・・・原因なら、未確定ですが一つ思いつくことがあります。」

 

 

村長さんだった。

 

 

「リュウさんには話をしました。」

 

「地形を変えるほどの巨大竜巻、天候の悪化、そして、本来霊峰付近に生息するジンオウガを追い出すほどの力。これほどの力、モンスター抜きでは起き得ない事象です。

そして、霊峰に古くから住むと伝説的に伝えられる古龍の中に、その力を持ちうるモンスターがただ一匹。」

 

 

「そのモンスターの名は、嵐龍、アマツマガツチ。」

 

 

村長さんの声に、私は身震いした。

あれ程の力が、たった一匹のモンスターによっておこされた。

 

アマツマガツチ。

 

 

「なぜ、この時期にこんなに活動が活発に・・・」

 

「それは知らん。ただ、とにかく今この瞬間、のんびりしているわけにはいかないのではないか?」

 

「俺もミナミの言うことに賛成。リュウさん、あんた慎重過ぎない?」

 

「私もかしら。」

 

 

サーサさんにベガさんも賛成した。

 

 

「いえ、あれ程の古龍相手に、我々だけでは・・・」

 

「なぜだ!?手遅れになってからでは遅いのだ!」

 

それでも、リュウさんは何も言わなかった。

 

 

「・・・とにかく、我々で対策は考えます。少々、お待ちを。」

 

 

そのまま、奥へ引き返していく。

モンスターの引き起こした、一つの山の上半分を消しとばす巨大竜巻。

 

未曾有の災害を前に、私たちは完全に動揺していた。だが、不幸は続く。

 

クエストは待ってはくれない。紅葉の遠征を告げる音が鳴ったのは、そのすぐ後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホットドリンクを飲みきると、身体が芯から温まる感じがした。ここは凍土。

兄さんを助けた時と同じく、相変わらず、吹雪が吹いている。

 

「今回の相手はギギネブラらしい。」

 

ミルさんが言った。

 

「この近くの集落のすぐそこで見かけたそうだ。何か気性が荒かったらしくてな。」

 

誰も何も言わない。皆、アマツマガツチのことで頭がいっぱいだった。

 

「・・・リュウさん、何を焦ってたのかなー?」

 

セリアさんが口に出す。

 

「サツキ、あんた何か知ってるんじゃないの?」

 

 

私は率直な疑問をぶつけてみた。サツキは反応したものの、何も言わない。

 

 

「カンナ、セリア、狩りの鉄則を忘れたか?」

 

「・・・何をおいてもクエストに向かい、クエストに生き、クエスト遂行を目的として行動せよ、です。」

 

「今、目の前でおきているこの相手に、堂々と向かおうじゃないか。」

 

サツキが立ち上がった。

 

「解毒薬は持った。行きましょう。」

 

だが、目的のギギネブラはなかなか見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凍土に来て3日目の夜。今日もギギネブラは見つからない。

 

「おかしいな。村の近辺からかなり離れたところまで探したのに。」

 

そう、捜索範囲はかなり広げた。なのにさっぱり見つからない。

 

「これなら、逆に問題無いのでは?」

 

「サツキちゃんのいう通りかもねー?」

 

私もそう思う。もう村からもかなり離れたところに来ている。

何かの拍子で村に接近してしまっただけで、もう離れて言ったということは十分に考えられる。

 

「とにかく、ベースキャンプに戻ろう。それから考えても遅くない。」

 

 

10分ほど歩くと、洞窟に差し掛かる。ここは、行きに通った場所だ。

今は真っ暗なので、頭のライトを頼りに進む。

足元もツルツルする。転ばないように注意しないと、と行きにコケた私は注意深く進む。

 

「バサバサバサッ!」

 

 

突然音が鳴った。

ひっと声を上げてしまった。上を見上げると、何匹かのコウモリが飛んでいた。全く、緊張感のない動物。こっちがどんな思いでこの場にいるのか、考えもしないで・・・

 

「ねえねえ、あれ何だろ?」

 

セリアさんの声の先。そこは、3メートルほど高くなった場所で、奥に更に洞窟が伸びていた。

 

その先に目を移すと、何かがある。

見ると、なにやら白くて半透明な皮のようなものがその少し奥まったところにだるんと落ちている。

 

「何でしょう、見たことないですけどね。」

 

「私も見たことないな。」

 

「何か、シュウマイの皮みたいですけど。」

 

「・・・サツキ、ボケなんだよね?」

 

心底思ったことをぶつけておいた。

 

「しかし・・・色が気になる。あの色はまさにギギネブラの色。」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、だが、奴が脱皮するなんて話、見たことも聞いたこともないんだがな・・・」

 

「そうだねー、私も10年ハンターやってるけど、聞いたことないかもー!」

 

この二人がそう言う以上、それに間違いはない。

だけど、今はあり得ないことがおきている時期。

 

嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

ギャァアアアァァ!

 

不意に、耳をつんざく大音量の咆哮が響き渡る。

明らかに、普通とは違う動物の声だ。

 

「・・・きたか。」

 

「みんなー、武器出そうか!」

 

こんな咆哮聞いたことない。

今回の武器は、私とミルさんが太刀だ。ミルさんは太刀も意外とよく使う。

ギギネブラにはいいらしい。

セリアさんは双剣。秘伝書だけは使わせたくない。サツキは・・・言うまでもないか。

 

まだ咆哮が聞こえる。このレベルの咆哮は聞いたことがない。変に太刀を握る手に力が入る。集中、集中、集中・・・。異変のことに気を取られてはいけない。ここは戦場。

死を自覚しろ!

 

「姿が見えませんが!」

 

「多分、上だ!」

 

ライトを上に向けると、そこには、おかしな生物がいた。

大きさは多分8メートルくらい。

白い体に、黄色の斑点がいくつもある。4本足で天井にくっつくその顔には、目がない。

というか前はどっちだ。後ろ側にも、顔と同じような構造がある。

 

 

 

「何だ・・・あれ?」

 

「え!ギギネブラではないんですか?」

 

「似ているが、おかしい!ギギネブラは、全身真っ白だ!」

 

ミルさんは武器の構えを崩さず言う。

 

「奴に黄色の斑点なんてないんだよ!」

 

 

 

途端、上からそれは降ってきた。咄嗟に後ろに飛んで回避。おかしなモンスター。

 

まさか、ここにまで。

着地の瞬間、足に痛み。捻ったらしい。

 

ああもう!何を考えているのよ。今は、とにかく倒すことだけ考えろ!

短期決戦が有効だと思った私は、そいつが後ろを向いていることを確認した。

 

判断基準は、爪。爪の向きさえわかれば、どっちを向いてるかくらいはわかる。

太刀の解放攻撃。それは、練気攻撃だ。

 

切れば切るほどその一振りのキレを高め、刀身を黄色に染め上げる。

 

目を閉じて力をこめる。解放の感覚はすぐにやってきた。

 

ギギネブラに向かって走る。太刀が光っている。それがわかる。

 

まずは上から思い切り切りつけた。ガチんと、まるで石にでもぶつけたみたいな手ごたえ。

 

刀身が一瞬白くなる。

 

「こいつの尻尾は硬い!狙うなら頭か翼だぞ!」

 

だから、ミルさんは言うの遅いんですって!まあでも、練気は溜まった。この調子、と思った時に、尻尾が思い切りこっちに向かってくる。反射的に思い切りしゃがんで避けた。

 

ギリギリ。動きも早い。

 

「こんなにこいつ速くないはずなんだけどなあ!?」

 

セリアさんも動転してる。わかる。自分も焦ってる。落ち着け、落ち着け、落ち着け!

更にもう一発、尻尾が飛んできたと思った時には遅かった。体が吹っ飛ぶ。受身は何とか取れたけど、腕が痛い。

 

続いて、ギギネブラはセリアさんに向かって、紫の液体を吐いた。毒だ。

放物線を描き、紫色の液体がセリアさんに向かって飛んでいく。

 

 

セリアさんはかなり遠くにいたが、その射程の高さを感じ取り、大きく前へ。

着弾した毒が、どろっとまとわりついた。

途端、毒が霧になる。

 

そんなバカな。液体から気体へそんな早く変わるなんて。

 

 

「射程も長い、何だこいつ!」

 

 

セリアさんはギリギリで避けたが、毒を多少吸ったらしい。

よろっとよろめくのが見えた。

 

「セリアさん!」

 

サツキが抱きとめ、横へ避ける。その真横を、毒が侵食していく。

私も、今度は翼を切る。さっきまでと違う手ごたえ。

さっき痛めた腕と足が気になるが、回復薬を飲む程度ではないと判断した。セリアさんが何か言って、懐から解毒薬の瓶をサツキに取り出させているのが見えた。

さすが、準備がいい。ちょっと吸い込んだくらいなら、すぐに回復も済む。

 

「オリャァァア!」

 

ミルさんの太刀は既に黄色になっている。白から黄色へ。それが太刀の力の上昇を示す変化である。解放攻撃の中でも、随一の使いやすさ。やられたモンスターに感謝しなければ。

私も斬りかかろうとしたそのとき。

 

ギギネブラの色が変わって行く。

それはまるで図鑑で見たカメレオンみたいだった。白い部分が黒く、そして黄色だった斑点はみるみる赤に変わって行く。何かがおかしい。

 

「カンナ、気をつけて!」

 

サツキの声が後ろからする。わかってる。

その時だった。

 

 

 

 

 

ギギネブラの更に奥の方で動く光が見えた。ギギネブラの攻撃をかわしながらその光を視認する。段々光は強くなり、不意にその主が現れた。

 

「モグラ!」

 

それは、あの探検家のモグラだった。ミルさんも認識したらしい。

 

「何してる!」

 

「ひっ、これは・・・」

 

モグラは後ずさりする。

 

奴は冒険家だ。

バカなのか?ここは洞窟の本当に奥の方。

一人でこんなとこまで来るなんて、正気とは思えない。

 

「ミルさん、私は保護を優先します!」

 

とにかく一般人が巻き込まれることは避けなくてはならない。

だから、ミルさんにも進言した。

 

「サツキちゃん!」

 

 

セリアさんの声で、目を戻すとサツキがモグラに思い切り突っ込んで行くのが見える。

 

「サツキ!」

 

だけど、サツキは止まらない。

セリアさんはそれを追いかけている。

今、ギギネブラはミルさんに飛びかかって毒を吐いたところ。ギリギリで躱したミルさんは、攻撃を入れている。

 

 

しかし、ギギネブラはターゲットを変えたらしい。

 

向き直ったのは、二人とモグラの方だった。

サツキも、セリアさんも二人とも気がついていない。

 

「・・・まずい!」

 

万一このまままとめて毒を吸い、行動不能になれば、全員の命が危ない。私は全力で走った。捻った足が悲鳴をあげている。すぐそこにいた3人が遠く見える。

 

あの時を思い出した。

 

 

 

 

ーーーゾーン、ゾーンにさえ入れれば!

 

 

 

 

でも、あの感覚は訪れない。

ギギネブラの速さもさっきより速い。

 

 

 

 

ーーー間に合え!頼む、来るなら今でしょ!

 

 

 

 

ギギネブラがその毒を吐いたと同時に、私は3人に思い切りタックルした。地面に叩きつけられ、痛みが走る。しかし、顔を上げると紫の霧が向かってきていた。

 

「逃げて!」

 

立とうとしたが足に力が入らない。

 

「ちょっと、カンナ・・・って、あなたはモグラ!」

 

「今は速く離れないと!」

 

セリアさんが気絶したモグラを引きずる。

私も行かなきゃ!立とうとして・・・私の足は動かなかった。

振り向くと、そこには、既に迫っているモンスター。

飛びかかってきたのだ。

 

 

「カンナ!」

 

「カンナちゃん!」

 

サツキとセリアさんがこっちに来ているのがわかる。来るな!

 

「早く逃げて!」

 

 

 

その真っ黒な体は、私に一番最悪な一文字を思い出させ、それで私の意識は完全に途絶えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

戦場で、ふと目に止めたのは、赤い小柄な男だった。

それは、私にずっと探していた人間を思い出させた。

 

 

だから、走った。でもそれは全然違う人で、そして今・・・

 

 

最悪な状況になっている。

 

「セリアさん、カンナをお願いします!」

 

「サツキちゃん!」

 

「大丈夫です、足、折れてますよね?!」

 

カンナは重症だ。

あの大きさのモンスターに吹っ飛ばされ、氷の壁に叩きつけられた。

 

だが、回復薬を飲ます暇もない。攻撃の激しさに加え、私たち二人も、かなりのダメージを負っている。そして、セリアさんは多分足が逝っている。

 

 

 

この一瞬で、これだけの。

 

 

 

自分の判断に嫌気がさす。余りにも、噂に気を取られすぎた。

 

脳裏に死の文字がよぎる。また、私が?

 

 

 

いや、ダメだ。私は、カンナを守って、それでも生きなければ!

 

 

 

ギギギィ……

 

と歯ぎしりのような音を立て、こっちを向いているギギネブラ。

背が低いので、本当に下を見ないと目を見てしまう。

 

死にたくなければ、反応を速くしなければ。全身が痛む。

 

ギギネブラは毒を吐く構えと見られる態勢。

でも、そうとは限らない。

 

セリアさんは二人を守るので精一杯だろう。私が招いた事態。私がなんとかしなくちゃ・・・!

反応しろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て!」

 

 

 

不意に、ギギネブラが血を吹く。こっちに毒を吐く体勢だったようだが、邪魔されたようだ。

 

大きく体をのけぞらせる。途端、目の前に背中が現れた。

 

「み、ミルさん・・・」

 

「全く、勝手な行動をする後輩だな。」

 

ミルさんは私の方を向かず、はっきりとした声で話す。

 

「状況は?」

 

「・・・カンナ、重症、私とセリアさんも、かなり。」

 

「うん、よろしい。思ったより冷静だな、流石だ。

サツキ、お前に何があったかは知らない。でも、今はここを乗り切ることを考えて欲しい。

回復薬を飲んでも、君たちはすぐには動けないだろう。ならば、ここは私に任せろ。」

 

「でも、こんな未確認な相手を一人で、なんて・・・」

 

「大丈夫。一応、秘密兵器はあるからな。ま、すごい久々だけどな。」

 

「そんなの!・・・」

 

「サツキ、賭けなのはわかってるさ。でも、わかってほしい。」

 

「サツキちゃん、下がって!」

 

「でも!」

 

「大丈夫!」

 

振り返ったセリアさんの顔は笑顔だった。

 

 

 

 

 

「私がエースと呼ばれるなら、紅葉のリーダーはたった一人!」

 

ミルさんに目をやると、その全身が赤く光り始めた。

 

「これは・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

ミルさんの刀が真っ赤に染まる。

そして、ミルさんも赤色のオーラを身に纏う。

 

 

 

 

 

「太刀の秘伝書解放・・・」

 

 

 

 

 

持ってたのか。

 

太刀の秘伝書は、練気状態。刀身は赤くなり、その一撃一撃は相手の硬度を無視し、確実に斬ることが可能になる。そして、持ち主本人の身体能力、集中力までも向上する。

 

 

体制を立て直したギギネブラは毒を吐くも、ミルさんには当たらない。

霧になる毒を一太刀の風圧で消しとばす。

ギギネブラは手負いのこっちを攻撃しようとするも、ミルさんは巧みに追撃し、手を緩めない。赤い刀身に赤い血しぶき。

それは、私の中のある記憶を蘇らせた。

 

 

「紅のミル、ですか・・・」

 

 

私は座り込んでしまった。腰が抜けてしまった。

 

メゼポルタで、いつか聞いた通り名を思い出した。

遠い田舎の地方にいるという、紅の名をもつ太刀使い。

 

 

 

これまで、ミルさんは基本、後ろから指揮をとり、ハンドサインで私たちを導き、ピンチの時にはランスのガードを使って私たちを助けてくれた。だから、わからなかった。

 

 

「本当は、ミルさんはこの村一番の太刀使いなんだよ!」

 

 

 

ギギネブラも弱っているのがわかる。

 

いける!

 

 

 

 

 

 

 

だが、途端にギギネブラは腹から毒ガスをまき散らした。ミルさんの体が毒に覆われる。

まずい!

 

 

「ミルさん!」

 

 

しかし、毒の霧の中からミルさんが飛び出した。

 

 

 

 

そのまま着地。と同時に、ギギネブラはそのまま倒れた。

ポカン、としてしまった。

 

ミルさんの赤い空気が消えていく。あっという間に、いつものミルさんに戻った。

 

「勝った・・・」

 

改めて、腰が抜けてしまった。

 

よ、よかった・・・死ななかった。

 

「ぷはぁ、無事だった。」

 

「息、止めてたんですか?」

 

「まあな。あの集中力の中なら、目を瞑ってても狩りはできるよ。」

 

 

それを聞いて、改めて負の感情が襲ってきた。

 

あの時、私が突っ込まなければ・・・

 

「ミルさん、ありがとう。私、何にもできなかった。」

 

「セリア、あの時サツキを追ってなくて、カンナが少しでも遅れたら本当に危なかった。判断は間違ってなかったよ。カンナとモグラは?」

 

「二人とも、回復薬は飲ませた。モグラさんは気絶してるだけだよ。セリアちゃんは、致命傷は治癒してるけど、まだ安全とは言えないと思うな。」

 

「だろうな。セリアも足がまだ治癒しきってないだろう。少し休んだら、すぐに出発しよう。」

 

ミルさんは振り向いた。

 

「・・・こいつは、一体なんだったんだろうか。」

 

毒の霧は晴れ、黒い体に赤い斑点が露わになっている。私は、いつか見た都市伝説を思い出した。

 

モンスターの凶暴化や操作の技術。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありえない。でも、もしありえたら・・・その時は、誰かがこの異変をおこしたことになる。この時期にアマツマガツチが活動を活発化したのにも、きっとわけがある。そして、この時期にやっと探し求めていた人物の手がかりが見つかったことにも、必ずわけがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

外では吹雪が吹き荒れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この後、私たちの村に、太陽の光が降り注ぐことはなくなった



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第12話 救援!

ギギネブラを辛くも退けたものの、カンナが重症を負うこととなった紅葉。
その、原因を作ってしまったサツキは…

暖かくなってまいりました。

続き、久々に更新です!


様子のおかしいギギネブラを討伐した私たち紅葉がギルドに召集されたのは、それから2日後のことだった。

 

 

今、白光は遠征中とのことで、今いるのは私とセリアさんとミルさん、そして、車椅子のカンナだけである。

カンナはしばらく休むように医者のおじいちゃんから言われている。

 

つまり、今実質狩りができるのは3人ということだ。

 

 

「リュウ、どうしたの?」

 

「…この異変の原因がわかったかもしれない。」

 

「なんですって!」

 

異変の原因がわかれば、何かしら対策が打てるかもしれない。私たちは活気だった。

 

「あのあと、紅葉が討伐したギギネブラを、いつものように調べたんだ、こっちで。そうしたら、明らかにおかしいことがあった。」

 

「何がおかしかったのー?」

 

リュウは、一枚の紙を手渡してきた。

ミルさんが受け取る。

 

横から覗き込んでも、数字がいっぱいで何が何やらわからない。

 

「これ何?」

 

「まあ、モンスターの血液とかの数値だよ。でも、その中に明らかにおかしな数値が出てる。」

 

リュウは指をさしてくる。

 

「これ。こんなの、自然界にこんなに存在する物質じゃない。明らかに人工物。つまりだな、薬だ。」

 

「薬か…。」

 

ミルさんの顔が曇る。

 

あたりの人気のなさが、不気味だった。

 

その事実の意味を理解するのに、時間はいらなかった。

 

 

 

「成分はよくわかっていませんが、人工的なものであることだけは確か。何者かがこいつになんらかの形で投与したのでしょう。」

 

 

「・・・一体誰が、こんなことを。」

 

「許されるわけない・・・」

 

 

 

そう。

この異変は、自然的なものではない。

何者かによって引き起こされたもの。

 

そういうことだ。

 

わかることは、あの都市伝説が存在する可能性が高まった、ということだ。そして、それを実際にモンスターに使ったものが必ずいる。

 

「この時期に、アマツマガツチが活動を起こしたのも、きっとそれが原因ですよね。」

 

「そう、自分は思うんですが。でも、アマツマガツチより先に、まずは地盤を固めなければ。皆さんのすべきことは、メゼポルタから救援が来るまで持ちこたえること。まだ時間があります。」

 

あの日からも、リュウはずっとメゼポルタからの救援待ちをしている。

ハンターからはちらほらと不安の声も上がってるけど…。

 

私は、リュウを信じる。

 

「とにかく、身の回りのモンスターの狩猟をしましょう。

…特に気をつけてください。

本来、カンナのいない3人の皆さんを向かわせるのは非常に危険です。何より、サツキは戦闘においてあまり活躍できませんしね。ですが、時間は待ってはくれません。既に依頼が届いています。」

 

リュウはクエストの紙を取り出した。

 

「ケルビという鹿型モンスターがいますね?そのモンスターが変死するという事件がここ最近、水没林でおきています。」

 

それを聞いて、モンスターの見当がつく。

闇に紛れる真っ黒な体が頭に浮かんだ。

 

「ナルガクルガ、だな。」

 

ミルさんがため息をつく。

 

私もそのモンスターは知っている。

メゼポルタ付近にも生息する、中型の飛龍だ。しなやかな体。大きさに釣り合わない高速での移動を得意とするモンスターである。

 

森の中のハンターとも言われている。私も何度も対峙し、実質逃げ帰ったこともある。でも、慣れればそこまで強い相手でも無い。

 

ただ…今回もまともな奴だとは限らない。ギギネブラの件もある。

 

…誰も死んではいけない。

誰も殺してはいけない。

 

気を引き締めなければ。

 

 

 

 

カンナのあれを思い出した。

 

 

ーーーもう、私のやることで足を引っ張るわけにはいかないんだ。

 

 

 

 

「迷ってても仕方ないね、行こっか!」

 

セリアさんの声に、私達も頷いた。

 

「…よし!」

 

「サツキ、ちょっといいか?」

 

リュウが耳打ちしてきた。

 

「何?」

 

「サツキ、これはお前にしか言わないぞ。いいか。モンスターに薬を使う。これがどういうことかわかるか?」

 

「え?」

 

「モンスターに近づかなきゃいけないんだよ。

だが…それができる人間は少ない。」

 

「リュウ、あんた何を言って・・・」

 

「わからんわけないだろう。」

 

「そんなバカなこと!」

 

「俺だって本気で言ってない!可能性の一つだ!」

 

リュウの言いたいことはすぐわかった。

 

「犯人が、裏切り者がいるかもってことだ。ハンターの中にな。」

 

それは、重い宣告だった。

 

私たちの出発を告げる雨の音は、今までと変わらず、ざあざあと不吉に鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

集合場所の村の玄関口に向かう途中、ウラジのーー。医者のじいさんのところに寄った。

 

 

「おお、サツキちゃん。いらっしゃい。」

 

「カンナに会いに。」

 

 

廊下は、やけにひんやりしていた。

 

ギギネブラの一件が、頭を駆け巡っていた。

 

奥の部屋に、カンナはいた。

包帯を体に巻いて、雑誌を読んでいる。

鼻歌交じりだった。

はあ、とため息が出てしまう。

 

ほんと、人の気も知らないで。

 

「何してんのよ、ほんと。」

 

「サツキ!お疲れ様。これからクエスト?」

 

「そーねー」

 

「そっか。頑張ってきてね!・・・」

 

そう言うと、カンナは外を見た。

私もそっちに目をやる。

 

雨粒が、降り注ぐ。

 

「雨、止まないね。」

 

あのギギネブラの日から、雨が止むことはない。いよいよ時間が残されていない。

メゼポルタの救援はこの雨、そして、ハンターの結集に苦戦しているらしい。

 

「ねえ、サツキ。本当にごめん。」

 

カンナは、ポツリと言った。

 

「何がよ。」

 

「私、あの時迷惑かけちゃった。

…それだけじゃない、たとえ私にすごい力があったとしても、ゾーンに入らない私は、いつも紅葉のみんなに迷惑かけて、助けてもらってばかり。

 

しかも、そのゾーンだって、あの時以来入ってない。私、ほんとダメだね。」

 

「…バカじゃないの。」

 

違うわよ。あの時無茶をして周りを見なかったのは私。

あんたが責任を負う必要はない。

ほんと、余計な気を遣わないでほしい。

 

だけど、一言が出てこない。

 

ごめんなさい、の一言が。

昔からこの気の強さだけ、なんとかならないものかしら…。

 

 

「私のせいよ。気にしないで、あんたは早く怪我治しなさい。」

 

待ってるから、と言って部屋を出る。

 

「ありがと、私、次は頑張るから!」

 

そんな声がする。

後ろ向きで手を振った。

 

<ーーーハンターの中に、裏切り者が…>

 

「馬鹿馬鹿しい。」

 

カンナ、あんたは…違うわよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ひどいな、これは。」

 

 

私たちがやったきたのは、いつかドスフロギィを討伐した水没林だ。

 

ここにやってきて約4時間。

 

しばらく歩いて、いくつかの集落に聞き込みをした結果辿り着いた場所は、ひどい有様になっていた。

 

ミルさんが指差すのは、倒壊した樹木。それも一本や二本ではない。

辺りそこらで、なぎ倒された木が、雨の中、不気味な雰囲気を与えて横たわっているのだ。

 

 

そこに、動物のいる感覚はない。

ただ、大きな生き物のようにも見えるどす黒い色を放つ木々が、折り重なって倒れているだけ。

 

根元から断ち切られた木の断面は、無残に荒れ果てていた。

 

 

 

 

まるでその木々が全てを喰らい尽くしたかのように、ほかの生命の痕跡が感じられなかった。

 

 

そして、その空いた空間は、道のように森の奥に続いている。雨に紛れる薄暗い森の道が、ずっと奥に続いている。

並みの破壊力ではない。

 

明らかに、普通ではない。

 

「で、でも、これを追っていけば辿り着くからね!」

 

明るくセリアさんだけが声を出す。

 

まあ、前まで聴いてた声とは全然違うんだけど。

今はセリアさんのこういう高いノリだけが雰囲気をよくする唯一つのものだ。

 

ミルさんはふう、と一息ついた。

 

 

 

「行こう、これならすぐに見つかると思う。」

 

そして、私たちは走り出した。

ところどころに水が溜まっている。落ち葉はもう浮いていない。

長引く雨で土も心もとない。

 

 

 

そんな中、私たちは大胆に森の中を駆けていく。

 

モンスターに気がつかれる恐れはないだろう。

濡れた落ち葉に音はしないからだ。

これならそう気配を悟られることなく進んでいける。

 

 

それに、相手は五感に発達し、音もなく襲ってくる、森のハンターとも呼ばれるナルガクルガ。まして、ほぼ間違いなくまともではない個体。

 

 

どっちにしろ気がつかれたところで、こっちが察することなどできはしないだろう。

 

 

私は、再び気を引き締めて、森の中に現れた道を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく走った。

ぽっかりと空いた道はまだ続いている。景色も変わらない。

でも、警戒は怠らない。

 

 

過去にあったいくつもの事例。

 

私は、ナルガに急襲された例をいくつも知っている。

油断したら背後をとられてた、なんてザラなのだ。

 

私はベテラン二人に挟まれる形で歩いているが、横の警戒は怠らない。

 

「ねえ、二人とも。」

 

進んでいると、セリアさんが不意に声を出した。

 

3人で立ち止まる。

道の端に、何か転がっていた。

 

「…ケルビだな。」

 

セリアさんくらいの大きさの、小さな鹿型モンスターが転がっていた。

 

ケルビ。

 

ナルガクルガの、大好物だ。

ピクリとも動かない。

腹のあたりが、引き裂かれているのが見てわかる。

 

 

 

 

死んでる。

 

 

 

 

だけど、食べてない。

 

それは、そのモンスターがもはや、食べるために殺してなどいないってことだ。

 

 

武器を取り出すと、前後の二人も構える。

 

 

 

あたりにモンスターの気配はない。

聞こえるのはただ、木々を叩く雨音ばかり。

 

ただ、それは文字通り、「気配が無い」だけである。

そして、その状況はこの相手の専売特許だ。

 

 

 

全神経を雨の音にまぎれた、一つの物音に集約していく。

 

 

 

 

ーーーザアザアザアザアザアザア

 

 

ーーーザッ

 

 

耳をとらえた雨以外の音。

微かに聞こえた音。

 

どこを狙っているのか、私の耳はギリギリ捉えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「セリアさん!」

 

 

その音とともに、左から大きな塊が飛び出してきた。私の声を聞いて、セリアさんもわかっていたようだ。

 

しゃがむとその上を大きな影がが通っていく。セリアさんは片手剣を伸ばして、逆に足のあたりを切った。

血が飛び散る。

 

 

しかし、相手は何ともなく着地した。

素早く態勢を立て直す。

だが、その後ろ姿を見て、私たちは戦慄した。

 

 

 

 

 

ナルガクルガというモンスターの色は本来黒色。

 

闇に紛れるための色だ。

 

だが、目の前のナルガクルガは明らかに違う。

 

 

 

 

鮮やかな緑色の体色を持つナルガクルガが、そこにはいた。

 

 

 

 

「やっぱり…!」

 

予想通りだった。

 

「普通の個体じゃない・・・!」

 

「サツキちゃん、援護よろしく!」

 

二人はすぐに体を前に進める。

ナルガクルガも森の方へ横っ飛びした。

 

 

まず前提として、私は奴の目を見てはいけない。

正面からの攻撃はまず無理。

 

 

 

そして、カンナがいなくて、ミルさんは指揮。要するに、今回の狩りではセリアさんしか純粋な攻撃力を持ってない。

 

 

ナルガクルガは、こちらを向き、咆哮をした。

通常の個体より迫力がすごい。

 

 

 

頭をよぎるのは、前のギギネブラの戦闘。あの時も、こんな個体に動揺していた。

それでは、同じことになってしまう。

 

 

 

 

 

考えちゃいけない。

忘れなきゃいけない。

頭から余計なことを追い出す。

 

いや、追い出そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナルガクルガは、尻尾をあげて、ゆらゆらと揺らす。わかる。この時は…

 

「散れ!」

 

ミルさんの声で同時に分かれる。後ろにザクザクと棘が飛んできた。

こんな感じで、ナルガクルガの尻尾には棘が仕込まれている。

 

その棘は、よくしなる尻尾に似合わないほど重量がある。

こんな個体のやつに当たれば危ないのは明確だった。

 

「ミルさん!あの棘盾で止めれる!」

 

「わからんが、咄嗟の時は任せとけ!セリアは攻撃!

左側はぬかるみすぎてて危ない!

右から行くぞ!」

 

 

セリアさんはそのままつっこんでいく。

私は突っ込むふりをしてこっちを向かせ、逆に逃げた。

 

 

こうすることで、セリアさんから意識を完全に逸らすことができる。

頭が低いので、私は正面から戦えば目を見てしまう。

 

「ナイスサツキちゃん!」.

 

ザクザクと音がするので、セリアさんの攻撃自体は通っているだろう。

 

いかにして攻撃の中心となるセリアさんに意識を向けさせないか。

 

それが最も大事なことだ。

 

私は、後ろ向きのまま、閃光玉を投げた。これでしばらくの間はセリアさんの助けにはなるだろう。

私も反転して斬りかかる。

 

肉質自体はそこまで硬いわけではなさそうだった。

 

そのまましばらくは雨の中の肉弾戦となった。

普通の個体を優に超える速さで動くナルガクルガを相手にしても、セリアさんの活躍がすごい。

 

私もなんとかくらいつけていた。

 

ミルさんも攻撃に参加しながら、的確に指示を出してくれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15分くらい経ったろうか。

相変わらず、緑のナルガクルガは自在に動きながら私たちに飛びかかってくる。

ある時は棘を飛ばし、ある時は手についた鋭利な刃翼で切りかかってくる。

あたりの木々は巨大なモンスターになぎ倒され、踏まれ、もはや原型をとどめていない。

地形を変えてしまっていた。

 

 

 

 

そしてこの頃になって、深刻な問題が生じていた。

 

「セリアさん!大丈夫ですか?」

 

横に戻ってきたセリアさんに声をかける。

 

「ハァ、ハァ。うん、だいじょぶ。ほら、またくるよ!」

 

今度は右から。

とっさにしゃがむ。

 

速い、ということは、躱すのに、いつもより更に動かなければならないということだ。

そして、戦いは少しずつ長期戦になりつつある。

 

だが、それが私たち、特にセリアさんの体力を奪っていくのも事実だ。

 

さらに降り続く雨もそれに影響している。

まあ、天候の変化くらい、メゼポルタから来た私にとっては想定内だ。

 

ただ、セリアさんは一人でその重みと戦う必要がある。気を抜けば死ぬ。それが、余計に精神力を奪っていく。

 

必死に戦うセリアさんが消耗しているのは明らかだった。

 

 

「…くっそ!」

 

 

カンナがいれば。

 

 

だが、彼女はいない。

 

カンナを削ったのは誰といえば、それは私だ。

 

 

「ああもう!」

 

飛んだきた棘をギリギリでかわす。

 

危ない。

また余計なことを考えてしまった。

ホッと安堵する。

 

ダメよ、私。

とにかく今は集中。

 

 

と、突然ナルガクルガは横に飛んだ。

咄嗟に身構えるが、これはよくあるナルガクルガの旋回行動だ。

 

その巨体ゆえ、10メートルほどしか飛べないが、この速さなら十分武器になる。

 

 

ただ、ここからなら飛びかかられても射程外のはずだった。

 

だが、その読みが甘かった。

私は、忘れていた。

 

 

 

 

ーーーそれが、予測のつかない、普通とは違うナルガクルガである、ということを。

 

 

 

 

キョオオオオオオ!

 

目の前に、大きな音とともに真緑の影が現れる。

 

 

 

「…!!!!」

 

声が出なかった。

 

 

 

その巨体が、もう一度目の前に現れたのだ。

 

 

 

2連続での旋回行動だった。

それは、明らかに通常個体にはない動き。

この濡れた地面で、大きな体のモンスターがそんな動きができるはずない。

ただ、目の前に突然現れたナルガクルガは、平然とやってのけた。

 

 

 

あまりにも咄嗟のことで、私は、驚きを隠せなかった。

動揺した。

 

 

 

ーーーそして、顔を上げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにあったのは、赤い目だった。

バッチリと目が合う。

そのナルガクルガの赤い瞳に、吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

ーーー逃げて。速く!ーーー

ーーーありがとう。ーーー

ーーーなんで?なぜ?ーーー

 

なぜ、お前なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も夢で見たあのモンスターの目が、脳裏で目の前の光景と重なっていく。ナルガクルガは止まっている。

グニャグニャとねじ曲がる目の前の景色。

 

 

「サツキ!サツキ!」

 

「サツキちゃん!」

 

2人の声が遠ざかる。汗が止まらない。心臓が早くなって、そして、何も考えられなくなって・・・

 

ーーー死ね。

 

ドクン。

 

アアアアアアァァァァ!

 

私は、あの悪夢にまた突き落とされた。

 

————————————————

 

3人でこのおかしな個体に挑むのはきついことだというのはわかっていた。

 

 

 

現に、攻撃の機会がなかなかがこない。セリアに指示を出し、サツキに声をかけながらも、私も攻撃をかわす必要がある。

 

 

 

そして、この個体はやけに速い。

 

確かに、ナルガクルガの持ち味はこの移動速度にある。

 

だが、こいつはどう推し量ってもその個体の1.5倍は速い。

 

それでも、時間をかければ。

体力さえ尽きなければ、戦える。

 

 

それは、そう思った矢先だった。

 

 

まさかのこの足元での二段階旋回。

それは、あっという間だった。

 

 

 

そして、回り込まれたのはよりによって、サツキだった。

 

 

 

 

「サツキ!サツキ!」

 

ナルガクルガはまるで品定めでもするように威嚇している。目が、合ってしまっている。

 

アアアアアアァァァァ!

 

その声とともに、サツキはその場に倒れこんだ。

 

「セリア!」

 

頭を瞬時に切り替える。

どうやら、私の頭は、追いついてくれたようだ。

セリアも同じ。

 

その声とともに、セリアはナルガクルガに向かって走り出す。

私も、重いランスを背負って走った。

 

ナルガクルガはセリアに一瞬気を取られたが、すぐに目の前の倒れているサツキに的を絞った。

 

だが、セリアに気を取られた一瞬。

 

 

 

それさえあれば。

 

 

 

 

すぐさま盾を構え、出て来た手をガードした。重い衝撃がからだ全身に響く。

 

「…くっ!」

 

力も強い。

最近の練習通り、うまく力を散らしてもこの火力。

 

紅葉に入ってからは、昔の太刀による攻撃的な姿勢を封印していた。

ユクモでも随一の双剣使い。

これだけ成長したセリアがいれば、火力は問題ない。

 

そしてむしろ、太刀に目覚める前よく使っていたランスを練習していた。

 

うん、それはいい判断だったようだな。

 

後ろに飛んで距離をとったナルガクルガは、今度はジャンプして飛びかかって来た。

 

サツキの上に覆いかぶさって上に盾を構える。

凄まじい衝撃とともに、足が悲鳴をあげた。

 

「いったい!」

 

だけど今は仕方ない。

とにかく今はサツキの命の保持が最優先。

 

 

「ほら、こっちこーい!」

 

セリアに引きつけられたナルガクルガは、一旦私の上から飛び上がっていった。、

 

サツキは、横を向いて倒れている。呼吸は荒くて、真っ青な顔色。雨の中でもわかる、異常な汗。

いつかアオアシラの時に見たのと同じ症状だ。

相当まずい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来、相手のモンスターについてよくわかっていない時、油断することは命取りだ。

 

それに、普段の冷静沈着なサツキからは、何をしてくるかわからない相手にあの失策はありえない。

だが、出てくる前にリュウさんに言われたことを思い出した。

 

 

 

<ミルさん、少し。>

 

<なんです?>

 

<サツキは、多分カンナのことでかなり罪の意識を持ってます。狩りの時に、影響が出るかもしれません…。

 

サツキは、強い。

 

余りにも、ハンターの模範すぎる。

だから、例え自らのせいでチームに迷惑をかけたとしても、今自分が何をしなければならないのか。

なってしまった後、どうすべきかを考えることができるハンターだ。動揺なんてしない。

 

それが彼女がFの名を背負えた理由なんです。

 

 

 

ですが、彼女の心は…

そんな強くできてないんです。

 

幼馴染として側で見てた方がいいのかもしれませんが、俺には無理です。

どうか…気をつけて。>

 

 

ちくしょう。

 

私が余りにも注意を怠っていた。

それがこんな形で出てしまった。

最悪だ。

 

 

「セリア!撤退したい!時間を稼げるか?」

 

「ミルさん!でも、こいつのスピード、逃げ切れる?」

 

 

ナルガクルガの猛攻をガードで捌きながら、思考を働かせる。相手はこの圧倒的な機動力を持ってる。

普通に逃げても追いつかれる。

 

だけど、セリアにひきつけを頼んでも、そのセリアは一人では逃げ切れない。

絶対に一人の方が危ない。なら、一体どうすればいい?

 

「・・・ちくしょう。」

 

またそんな言葉が頭に浮かぶ。

この個体も、きっと一連の異変、おそらく誰かの投薬によって生まれた個体だろう。

そして、それがハンターによって成された可能性が一番高いのもわかっている。

 

姿の見えない敵。そして、それは私たちの身内にいるかもしれない。

 

 

 

森を破壊し、ユクモを破壊しようとしてるだれか。

今、私たちはそいつの思う壺だ。

 

 

 

「ミルさん!逃げて!」

 

「セリア?」

 

「絶対私は死なないよ!キャンプで待ってて!」

 

「おい!逃げられるわけないだろ!」

 

「私、最近迷惑かけてばっかだし!」

 

ナルガクルガの棘を回避しながらセリアが叫ぶ。

 

 

 

たしかに、セリアは最近離脱も多い。

でもそれは、明らかにサツキとカンナのが原因のことが多い。

その考えは間違っている。

 

「それはちが…。」

 

 

 

「でも、私はエースだから!」

 

 

 

とても、決意のこもった声だった。

 

 

ハッとした。

 

 

 

「きつい時に、頼りにされるのは私のはずだよ!」

 

 

 

セリアの笑顔にカンナの笑顔。サツキの仏頂面。4人で私達はチームだ。

 

 

 

 

考えろ、私。

誰よりも落ち着く。

そして、誰よりも非情であれ。

リーダーとして。

 

そして、今チームを守る最適解。

 

今の状況。

 

「セリア!!」

 

仕方ない。信じるんだ。

 

「頼むぞ、必ず帰ってこい!」

 

私は、サツキを担いだ。

 

サツキか痙攣しているのがわかる。

ナルガクルガもこっちを狙っている。二段階旋回で、直ぐに寄ってきた。

 

「君は私が相手だよん!」

 

だが、セリアが頭に思い切り攻撃を叩き込む。たまらずナルガクルガが引いた時に、私は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

頼む。この世にいるっていうハンターの神とやら、頼むから私たちを助けて!

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな祈りを遮ったのは、聞き慣れた、でもなんだか腹立つ声だった。

 

 

 

「おいおい、ミル?お前、なんて顔してんのよ、かっこ悪いよ?」

 

 

 

 

小さい頃から馬鹿みたいに騒ぐのが上手なあいつの声がした気がした。

 

 

 

ドォン!

 

 

 

 

爆音とともに、背後のナルガクルガの体が爆発した。同時に、誰かがナルガクルガの腕を切りつける。しかも二人で。一人は女の子で、一人は若い男性。それも両腕同時だった。

 

 

それに耐えられず、ナルガクルガが一歩引いたところで、煙玉が投げ込まれた。途端、一面が白い煙に覆われる。

 

 

「走れ!ミル!」

 

 

「セリア!こっちに!」

 

 

「ベースキャンプまでとにかく撤退するぞ!」

 

 

無我夢中で走りながら、その声の主を確信した。

 

 

それは、現状で世界で一番欲しかったもの。

不思議と、笑みがこぼれた。

 

隣を走る、青い髪のチャラ男。

 

「…助かったわ、ありがと!」

 

横を走る完全に悪いやつみたいな髪の毛の幼馴染に、声をかける。

 

「今は逃げることだけ考えな!」

 

ベガが、そこにいた。

白光の救援だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ、水没林のベースキャンプは崖の出っ張りの下にあるので、雨が降らない。濡れた体を焚き火で温めながら、まずとにかく命があることに感謝していた。

 

 

 

セリアは、幸い致命的な傷を負ってはいない。あの相手に、前線でこのダメージは、流石と言うしかない。

 

 

「セレオ、皆さん、本当にありがとう!」

 

「もー!セリアはいっつも無理するんだから!」

 

そしてこの二人は並ぶとほんと見分けがつかない。

防具が白い方がセレオで、緑がセリア。顔は同じ。

焚き火に照らされた同じ顔は、ニコニコと笑顔だった。

 

さっきまで死にかけていたとは思えない。

 

 

「ほんと、生きててよかったわぁ、お疲れ様。」

 

 

外して拭いていたメガネをもう一度掛け直す女の人。この人がサーサさん。ボウガン、つまり銃を背負っている。影が薄くて、おっとりした人。

 

 

「・・・全く、あの若造ときたら。」

 

 

そして、この筋肉モリモリの渋い顔した男がミナミさん。

 

 

「まーまー!とにかく、生きて帰ってこれてよかったよ!それに、ミルのあーんなヘタレな顔も見れたし!」

 

 

そして、この空気読めないクソやろうがベガである。

 

 

「ベガ、あれを見てもそう言える?」

 

 

私は、ベッドを指差した。

 

そこには、サツキが横たわっている。

あの時の症状は変わっていない。

発熱、痙攣、動悸、発汗。

 

特に汗がすごい。水を口から流し込んでいるが、とにかく早く帰るべきだ。

 

「そもそも皆さんは、どうしてここへ?」

 

セリアが尋ねる。

 

「あいつだよ。」

 

ミナミさんが答えた。

 

「リュウだ。あいつ、被害の状況だけを見て、変異なナルガクルガだと見抜いてた。

それで、念のためとか言って、我々に救援を求めてきた。無線が雨で通じなくなった地点から判断して、どこで狩りが行われてるかまで、バッチリ合ってたよ。」

 

 

「ほんと、あの人すごすぎるわ。」

 

「セリアを助けれたのも、ぜーんぶリュウさんのおかげだよ!」

 

「まあ、サツキちゃんは誤算だったけどね。」

 

 

サツキのことは既にリュウに伝えてある。

彼は、現地に決断を委ねた。

 

 

「ギルドを治めるものとして、貴方達には生きて帰ってきてほしい。…しかし、貴方達が、決めてほしい。その先のことは、任せます。」

 

 

ただサツキは、できるだけ早めに返して欲しいらしい。

 

 

じゃあ、どうすべきか。

 

「とにかく、戻ろう。」

 

いや、考えるまでもない。

この状態で狩りは続けられない。

一旦態勢を整えるのが吉だ。

相手がまだ何をしてくるかわからないのだから。

 

 

「どこへ?」

 

だが、ベガの声がそれを遮った。

 

「村に決まってるだろう。どちらにせよ、我々が逃げ帰った時点でクエストは失敗してるわけだしな。」

 

「それでいいのか?」

 

 

ドキリ、とした。

 

 

ベガの声は、いつものおふざけモードではなかった。

 

「お前、何を言ってるんだ?」

 

「ミルの方こそ。いいの?暴れるあいつをほっといて。」

 

「だめに決まってる。だから、また狩りに来る。」

 

「いつ?その間に、村が、どこかの集落が襲われたら?」

 

ーーーー。

 

正論すぎた。何も返せない。

 

「なら、ベガさん。何かいい考えでも?」

 

サーサさんが尋ねる。

 

ベガは頷いた。

 

 

「サーサちゃんと、ミナミさん。二人で気をつけて、サツキちゃんを村へ連れてって。もう紅葉のアイルーの・・・リュートちゃんは呼んであるでしょ?」

 

「ベガさん、それって・・・」

 

「ま、緊急事態だしね。そして、こっちに決断は委ねられてる。」

 

 

それは、簡単な話だった。

ベガはにやり、と笑った。

 

 

「俺ら4人のチームで、あいつを狩ろうか。」

 

 

…。

そんなことだろうと思った。

 

私とベガと、セリアセレオの双子たち。

 

 

 

ユクモギルドが発足したのは、約10年も前。

その時集ったのが、私たち4人だった。

そんな私たちは、昔は4人でチームを組み、狩りをしていた。若い私たちにも、名前が付けられた。

 

「チームワークに問題はないっしょ?」

 

「さんせーい!私もそうしたい!」

 

「セリアと狩り?やりたいな!」

 

「んじゃ、ミルちゃん?指揮よろしくぅ!俺、ほんと向いてなくて困ってんだよねぇ。」

 

 

…もう確定したらしい。

さっきの真面目なベガは何処へやら、今はヘラヘラ笑ってる。

 

こうなったらこいつは何を言っても聞かない。

 

 

…だけど、不思議だ。

なんか、懐かしい。

 

もう諦めよう。

 

 

 

 

 

このクエストを達成するのが、リーダーとしての私の仕事なのなら。

危険を冒す価値が、今あるのなら。

 

「・・・太刀を、頼む。」

 

ベガ、セリア、セレオ。そして私。

昔、『清流』と名乗っていた私たち4人。

 

少し雨が、弱くなった気がした。



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第13話 清流!

暑くなって来ました。この暑さに負けぬよう、投稿ものんびりして行きます、


「アッハッハハッハ!」

 

 

人は、昔のことを夢に見ることがある。

それは、自分の大切な思い出であることが多いというけれど、私はあんまり信用していない。

それが本当に大切な思い出なのかどうかは、実際よくわからないからだ。

 

私も、よく見る昔の夢がある。

ベガと幼い頃、ちょうどハンターの学校に入った頃に、教室の外で見える霊峰を見ながら話したことだ。

その頃私たちは故郷のユクモを離れて、とある都市の学校に通っていた。

 

周りは知らない人だらけで、気候や風土も全然違っていたけれど、ベガがいたのであんまり苦ではなかった。

友達もたくさんいたけど、まあ幼馴染とは不思議なもので、やはり奴といるのが落ち着くのだ。

 

そんなわけで、その夢の中の私も、ベガと喋っていた。

 

 

私は話す。

 

「私はハンターになって、村のみんなを守りたい。」

 

「流石。その信念は昔から変わんないなあ、頭キラキラガール?」

 

 

 

手を叩いて笑うベガに、思い切り皮肉を言われた。

 

 

「あんた、バカにしないでよね。」

 

「バカにはしてないよ、むしろ尊敬してんだって。」

 

 

その軽いノリにムカついて、言い返した。

 

 

「んじゃ、あんたは何のためにハンターやろうとしてんのよ。」

 

その問いで、いつもハンターの試験では勝った事のない私が、久々に彼を困らせたことに、すごく優越感を感じたのを覚えている。

 

 

「俺?んー、何だろ?」

 

「何かを守るのがハンターなんだから、そんくらい決めときなさい、大事なことじゃない。

何かを守らないのに、何かを殺す。それは狩じゃなくて、ただの殺戮よ。

正義のためなんだから、そういうのは大事じゃない。私たちは生き物を殺すんだから。」

 

「そーだねぇ、何だろ。」

 

 

 

うーん、とうなって、それから笑って、ベガはこう言った。

 

「まあ、俺の守りたいものって言えば・・・」

 

 

 

その時、風が吹いた。

ユクモとは違う、都市の人の匂い。その今まで味わった事のない匂いの感情が、ベガの言葉を上書きしていく。

 

 

 

その先はいつも続かない。その答えは、今までずっとわからないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユクモの温泉がこんなに恋しい朝は今までになかった。

 

降り続く雨。季節は夏も終わろうとしている頃だ。

本来、この時期のユクモ周辺は気候も良く、晴れ晴れとしているというのに。

 

この異変が解決されなければ、この降り続く雨も止まないのだろう。

その中心にいるのはおそらく、古龍アマツマガツチ。

 

私も、名前くらいしか知らない。

 

神話や伝承の類を信じたことはないけれど、そういう噂の多いユクモにいれば、嫌でも知る名前だ。

 

 

 

初めは、嘘だと思った。そんなモンスターが、いるはずがない、と。

伝説の中の産物だと思っていた。

 

でも、明らかに普通でない最近の事情。もはや嘘だとは言っていられない。

そして、モンスターが操られている。

アマツマガツチというモンスターが、何者かに操られているーーー

 

 

そんな物語を描くのは、容易なことだった。

 

そして、暴れているだろう伝説の古龍を相手にするために、王都メゼポルタからの援軍を待っている現状。

我々のような小さなギルドのハンターのできることなんて、被害不拡大くらいしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

つまり、今は特異個体のナルガクルガ狩猟が至上命題、と私は一旦整理する。

相手は強い。ただ、こっちも負けはしない。

目の前の相手に集中しなければ。

サツキは、さっき無事に村に帰ったと聞いた。ウラジの医者が見ているらしい。

だいぶ落ち着いているが、昏睡が続いているようだ。

サツキのことは心配だが、そうも言ってられない。

 

 

 

 

 

振り向けば、着々と準備を進める懐かしい顔ぶれがいるのだから。

 

久々に揃った「清流」のメンバー。

10年前、小さなギルドで始まったユクモギルドで生まれたこのチーム。

 

今では全員のランクが250を超えている個々の力で奴に遅れをとることはないだろう。

ただ、相手が何をしてくるのかはわからない。

 

 

 

「準備できたか?作戦を立てるぞ。」

 

 

 

私はリーダーだ。このメンバーを無事なまま、クエストに勝って帰らせる必要がある。

3人も私の周りに集まる。セリアの傷も回復薬の効果ですっかり良くなり、とりあえず全員戦える状態ではあるだろう。

 

「さて、どーしますかね。」

 

ベガが口を開いた。

 

「相手が何をしてくるかわからない以上、むやみな突進は禁物。二段階旋回で一気に距離を詰めたり、離したりすることもできるのだから、距離感が大切になるだろうな。」

 

「私たち、一緒に動いた方がいいよねー?」

 

「そうだな、それがいいと思う。基本的には、セリアとセレオが二人。ベガが一人で行動。相手の逆をとり、危険な正面側じゃない方が攻撃。ただ、尻尾叩きつけ攻撃があると思うから油断は禁物。そこは集中力次第だろうな。」

 

「ま、そうなるだろうね。」

 

「あと、もう一つ。秘伝書について。みんな、それぞれ秘伝書武器を背負ってると思う。」

 

鬼の双子と呼ばれた二人は双剣。そして、ベガは大剣の秘伝書を持っている。私は当然太刀。

一応、他にも持ってる武器はあるが、私の本気の武器は今背負う、太刀だ。

 

 

背負っているのは前科のハプルボッカから作った特注品。

背中にあって一番しっくりくる。

 

 

 

 

「使い所は許可を出すまでダメだ。ベガはあまり反動なく使えるだろうが、私たちは使えばそのあとしばらくは疲れちゃって動けなくなるだろうしな。」

 

「りょーかい。」

 

「最後に一つ、絶対狩猟しよう。」

 

そんなありきたりだが、当時の言葉で話を終えた。

 

 

 

 

当時命の賭け方すらわからなかった私たち。

考えてたことは、絶対に狩猟する、という何でもない意気込みだけだった。

 

 

 

私たちは、立ち上がった。

4人合わせて、1210のハンターランク。

メゼポルタのギルドにおいても、文句ないのではないか。

 

間違いなく、この4人が、「最強」だ。

 

 

 

「そんじゃ、サツキちゃんの敵討ちとしましょうかね。」

 

 

 

ベガの軽いノリとともに狩りに行くのもいつ以来だろうか。

昔からこういう奴なのだーーー。

 

 

「クエストを、始めるぞ!」

 

 

 

昨日のリュウとの話では、おそらくナルガクルガは自分の縄張りに戻るのでは、という話があった。

 

体を休め、受けたダメージを回復したい、狩ったケルビに手をつけていなかったところから見るとそこは縄張りを外れている・・・と。

 

見事な推理力だと思う。

 

じゃあナルガクルガの縄張りはどこかと言えば、それは水没林の奥、我々が4番地点と呼んでいる場所のあたりだ。

雨が降っていないのに水が地面に溜まっている、水没林の名に相応しい場所だ。

辺りに隠れる木もある。ナルガクルガのための地形にもなっている。

 

 

 

 

 

 

途中、フロギィの群れに見かけたが、気がつかれることもなく進んでいくと、程なく、その場所に着いた。

強い雨が私たちの匂いを彼らから隠してくれたのかもしれない。

 

 

 

 

 

ここからは、完全に奴の縄張り。本来なら、忍び足で行くところだろう。

 

「それじゃ、いくぞ。」

 

力強く一歩を踏み出す。がさりと音が鳴った。

 

だが、私たちはその逆だ。足元の濡れた落ち葉に負けぬよう、力をこめてガサガサと歩く。

ここに敵がいるぞと主張しながら。小細工は無用だ。歩くたびに、集中を高める。

 

 

微かな気配を捉える力なら、私たちも負けていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その時は突然来た。

 

空気を切る音が突然耳に入る。

 

 

 

 

 

同時に、右手の森の中から、棘が飛んで来た。

間違いなく、奴だ。

 

咄嗟に身構える。

 

だが、視認できる棘は、全て自分のいる位置からそれている。

前、後ろ。他のメンバーの周りの地面に棘が刺さった。

 

頭を働かせる。その意味は、すぐにわかった。

なるほどな。

 

「みんな!散らばれ!」

 

その声を聞いた皆がそこを離れると同時に、森の中からジャンプで出てくる一つの家くらいの緑の塊。

 

ナルガクルガだ。昨日の個体に間違いない。

そいつは、私たちが避けたまさにその場に飛びかかった。

今のは、多分棘で私たちの逃げ場を無くして、そこに飛びかかる算段だったのだろう。

 

だが、狼狽えなければ問題ない。そこから離れるのは簡単だ。

ベガはすぐさまターンして、腕に向かって走る。

 

ほんと、相変わらず足だけは早い。

どれくらいかって、セリアの2倍は早い。

 

しかも、武器の中ではかなり重量のある大剣を背負ってその速度。

これがユクモ一番の狩りの名手の代名詞ともいえる、「速さ」という武器だ。

 

 

腕に向かって大剣を振り下ろすベガ。ナルガクルガは旋回行動で避けたが、腕についたブレードに当たる。

ナルガクルガの反応速度に追いつこうかというスピードは、ベガだけのものだ。

 

 

 

セリアとセレオに鬼という二つ名がつき、私に紅という二つ名がついたように、ベガにも狩りを続けるうちに、ついたあだ名がある。

あいつは白い防具が好きだ。

今も、泥まみれになった白い防具を着用している。

そんな姿と、流れるようなスピードから彼は「彗星」と呼ばれるようになった。

 

 

 

 

ナルガクルガは叫びながら着地したが、そこに先回りしたセリアとセレオが斬りかかる。

尻尾を狙い、双剣を振り回す。ある程度の攻撃を加えたら離れる。

 

 

 

 

切りつけられて怒ったのか、同時に、ナルガクルガは尻尾を振り回した。

しなる尻尾は、実際の長さを超えて伸びてくる。

 

あれには気をつけねばならない、と頭に入れ直す。

的確な判断をするには情報の整理が一番重要だ。

 

 

 

ナルガクルガは旋回、そしてもう一度旋回した。サツキを苦しめた二段階旋回。

移動距離は約50メートルってとこか。

 

 

そして、ナルガクルガはセリアとセレオに狙いを定める。

だが、ベガはそのまま後ろに回り込み、攻撃をする。

 

理想通りの攻撃の形。モンスターはいくら狡猾とはいえ、人間の作戦に即座に対応できるほど賢くはない。

つまり、相手を苦しめる作戦一つあれば、あっさりと勝てたりする。

私も、ナルガクルガか時折飛ばす邪魔な棘を地面から抜きつつ、攻撃に参加する。

 

私たち3チームが輪のような陣形をとることで、完全にハメた形となっている。

 

スピードを殺すために私が考えたのは、3人がナルガクルガを中心に、円をつくることだった。

どんなスピードで動かれても、必ず攻撃の方向は絞られる。物理攻撃しかないからだ。

ギギネブラのように、毒が明後日の方向から飛んでくることはない。

 

二段階旋回も通用しない。距離を詰められても慌てない。

これもまた、作戦なのだ。度胸と経験。そしてほんの少しの知恵があれば、目の前の相手にも恐れることはない。

 

 

 

「そろそろ決めようか!」

 

 

 

ベガがそう叫んだ。セリアとセレオも了解と声をかける。

セリアが離れると同時に、目の前にいたナルガクルガの横に向かって、セレオが閃光玉を投げる。

あたりを眩しい光が包み、その途端、ナルガクルガはベガの方に向かって旋回を行なった。

 

 

今日、閃光玉は使われていない。そして、その光を放つ物体が危険であることは、昨日の狩りでナルガクルガに本能的に植え付けた感覚だ。

 

 

そして、その眩しさは目に命中しなくても、本能的な行動を引き出すのには十分である。

セレオはそれをわかって、わざとベガの方に誘導したのである。これも、上級のハンターの勘というやつだ。

そして、ナルガクルガが動いた先には既にベガがいる。

 

ベガの体が光りだす。そしてその光は、腕に集約されていく。

 

 

 

 

大剣の解放攻撃。

 

それは純粋かつ瞬間的な腕力の向上だ。力を込めて振り下ろす一撃は、隙もでかいが当たれば大きなダメージを与えることができる。

多少ずれたが、ナルガクルガが着地した瞬間、大剣の「溜め切り」が発動した。

 

 

ズバン!という大きな音とともに、尻尾が吹き飛ぶ。ナルガクルガは悲鳴をあげ、血を撒き散らして叫んだ。

そこにセレオ、セリアも切り込む。

 

「やったか?」

 

と思ったのだが、相手は思い切りジャンプした。空中で尾がしなる。

尻尾叩きつけ。それは、ナルガクルガの中で、もっとも多くの死者を叩き出している攻撃だ。

あの巨体が落ちる力に、しなる尻尾の力が合わさってくる。

 

だが、躱すのも容易。しかも、攻撃をした後は、尻尾がぬかるんだ地面に取られることが多く、無防備になる。

 

見えていれば逆にラッキーなのだ。声をかけることもなく、3人はかわした。セリア、セレオはまた切り込む。

だが、ここで信じられないことが起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

尻尾は、地面に埋まることなく、ナルガクルガは、信じられない筋肉で、また飛び上がった。

 

 

それは予想外。セリア、セレオは完全に攻撃の体制に入っている。

二人は、急に敵が消えたので、驚いた顔を一瞬しているのが目に入った。

頭のどこかに用意していた、「普通ではない」の文字。

 

それが、何とか反応をしてくれた。

 

 

「避けろ!」

 

その声を聞いた二人は、とっさに互いに手を取り、思い切り互いを弾き飛ばした。

そこにナルガクルガの尻尾が落ちてくる。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、相手もしぶとい。3人を振り払って、森の奥へ走り出した。

 

「こいつ・・・しぶといやつめ!」

 

私は3人に追うように指示した。もしここで逃したら、また探さなければならない。

誰かの仕業で特異になった個体。環境に与える影響も大きい。

 

ここで片付けたい。どんどん離れていく背中を追いつつ、指示を出した。

 

 

 

「セリア、セレオ、使ってくれ。」

 

 

 

双剣の秘伝書を使わなければ、追いつけないだろう。

合図とともに、二人の武器が光りだす。諸刃の剣の強鬼人化だが、少しなら大丈夫だろう。

 

だが、そう甘い話でもなかった。

ナルガクルガは、50メートルほど先で、飛び上がったのだ。

 

「クッソ・・・!

 

」ナルガクルガは、実は飛べるのだ。

 

飛べるというより、滑空のイメージだが、それでも人間からすればかなり長距離を移動できる。

このままでは、逃がしてしまう。どうする?

 

「ミル!」

 

振り向くと、ベガが少し後ろでこっちを向いて、剣を構えていた。大剣が赤く光っていく。

 

その目を見た。

 

「もう・・・勝手なんだから!」

 

それでやりたいことがわかった。わかってしまうあたり、本当に嫌なものだ。

 

私も武器を取り出す。既に20メートルは上にいるナルガクルガに狙いを定め、集中する。体に力が満ち、血流が増加していく。

太刀の秘伝書解放。強制的に練気を高めた。

頭に血が巡り、集中が高まる。そのまま剣を後ろに構える。

 

 

そこへ、走ってきたベガが刀にジャンプしてくる。

 

「おりゃあああ!!!」

 

刀の硬い、根元の部分にベガの足をのせて、力の限り思い切り飛ばした。ベガの脚力も相まって、すごいスピードで近づくベガ。

私はすぐに秘伝書の力を閉じた。無駄に発動していると動けなくなる。

 

 

ベガの腕が光る。さっきの溜め攻撃。そのまま飛ぶナルガクルガに向かって、空中で大剣を振り下ろす。

 

 

ギャアアああアアアアア!!

 

 

とともに、すごい奇声を上げ、ナルガクルガが落ちていく。

そして、落ちていく先には秘伝書を解放したセリアとセレオ。

もう言うまでもない。双剣の心地よい斬撃とともに、2日間に及ぶ私たちの狩りは終わりを迎えた。

 

 

——————————————

 

私は、一体何をしているのか。言うまでもない、病院のベッドで寝転がって、治癒を待っているのだ。

そんな情けない姿を晒して、何がハンターなのか。

 

ゾーンという力を手に入れて、私は誰かを守る力を得たと思った。でも違った。

私は、みんなを守れなかったし、戦力にすらなれなかった。

 

既に時刻は12時を回っている。雨は止まない。ランプの明かりしかない部屋の中、気は滅入るばかりだった。

紅葉のみんなはナルガクルガというモンスターを3人で狩りに行ったらしい。

 

この時期に3人の狩りなど、普通ならさせられない

。でも、ギルドに届くクエストの量も増えていると聞く。早く戦力にならなければ。

そんな気持ちばかりが焦っていく。

 

コンコン。

ドアがノックされた。

 

「どうぞー。」

 

ドアが開いて現れたのは、すごく意外な人物だった。

 

「すまんのう、こんな時間に。」

 

「・・・モグラさん?」

 

それは、モグラだった。探検服にリュックを背負い、小さな体にぴったりあった、登山の前のような格好をしている。

 

 

「モグラさん。大丈夫ですか?」

 

 

そういえば、ギギネブラの一件の中、この人だけは怪我をほとんどしなかった。

 

「うむ。本当に、君たちにはすまないことをした。わしは、みんなに迷惑をかけるつもりなどなかった。」

 

「いいですよ。」

 

できるだけ明るく答えたつもりだった。何とか笑顔で言えただろうか。

 

「わしは、紅葉と言ったか。君たちに見て欲しいものがあるのだ。」

 

そう言うと、モグラは背負ったリュックを下ろす。

自分の体ほどはあるリュック。その中から何かを出した。

 

 

それは、青い水晶だった。

 

 

電灯の光に照らされて、キラキラと光るその宝石が、大小5、6個ばかり机に並べられた。

やば、めちゃ綺麗。

 

 

「綺麗ですね!」

 

「そうだ。わしは、これを探し求めて、冒険をしておるのだよ。」

 

モグラは、その中の一個を取り出して、私に渡してきた。

 

「これを見て欲しい。」

 

よく見ると、その青い光の中に、何かが混じっている。

 

「・・・これは?」

 

よく見ると、何かが書かれているようだった。

それは文字に見えた。だが、何の文字かわからない。

今まで見たこともないような文字だ。

 

「わしは、これが何かわからない。

・・・でも、これは何か大事なもののように思えてな。初めて見つけた時から、その美しさに魅入られてしまったのじゃ。

だから、わしは冒険をやめない。この石をもっと見つけることが、わしの残りの人生で心に決めたことじゃ。じゃから、わかってほしい。わしのような年寄りにも、若い人たちと同じように、譲れないことがあるんじゃ。」

 

・・・そっか。

謝罪に来たんだ、この人は。

 

「別に気にしないでほしいです。あれは、ただ単に、私に力が無かったからなんですから。」

 

モグラはふふんと笑って、

 

「村一番のおてんば娘も、言うようになったのう。じゃが、わしは知っている。お前も、何かを守る力を手に入れたようだな。」

 

「いえいえ、そんな。私には、力があっても何かを守れるほどの強さは・・・」

 

その時だった。

 

「急患!」

 

バタバタと音がした。そして、その声は多分ミナミさんの声だろう。

白光の誰かが怪我をしたのだろうか。慌てて廊下を覗き込むと、ベッドに寝かされ、ウラのじっちゃんに診察されているーーーー

 

サツキの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で眠るサツキ。だが、熱はまだ下がってはいない。昨日の夜、運び込まれてから、今まで。

 

時刻は夕方だ。リュウさんは、水をかけろと言ったのだが、私が止めた。

明らかに、前回と違う。よほど正面からまともに目を見てしまったのだろう。これほどのトラウマ。

 

 

 

この前の家で見た雑誌の記事。

余りにも、彼女にはわからないことが多すぎた。

 

それよりも、私は悔しかった。

 

 

 

 

涙が、あふれた。

 

「ごめんね、サツキ。」

 

 

 

あの時、兄を助けようと焦っていた私を励ましてくれたサツキ。

それ以外にも、彼女にいっぱい助けられた。

ハンターとしての技術も、いっぱい教わった。

 

なのに、私はサツキを助けるために自分が潰れてしまって、かえって迷惑をかけている。

ほんとにあきれるほど不器用だ。どうして、こうなっちゃうのかな。

 

 

どうしてかな。

どうすればよかったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

すすり泣いていると、ガチャリとドアが開いた。

開いたドアから入って来たのは、ハンターたちだった。

 

「ミルさん!セリアさん!ベガさんにセレオさんも!」

 

涙を慌てて拭う。

 

「カンナちゃん、無事狩ってきたよ!」

 

「カンナ、サツキの様子は?」

 

「見ての通り、まだ熱が下がってなくて。よほど正面から目を見たんでしょう?」

 

「そうだな。」

 

「でも、とにかく全員無事でよかったよ。」

 

「そうだねー!」

 

そこに、リュウさんが入ってくる。

 

「皆さん、クエストお疲れ様です。さすがでした。そして、サツキのこと。幼馴染として、本当に感謝しています。ご迷惑をおかけしました。」

 

「気にすることないのよ。」

 

「少なくとも今回は、君の責任じゃない。」

 

ミナミさんとサーサさんが入ってくる。

 

「二人とも、ご苦労だった。」

 

ミルさんが労をねぎらう。

 

そっか。みんなは、クエストを成功させたんだ。

 

 

 

 

 

ああ、悔しいな。

悔しい。私は、サツキに対して何もできないのかな。

 

 

今の私にできること、何かないのかな。

力も、強さもないけど。

それでも、今の私にできること。苦しんでるサツキにできること。

 

知って一緒に、悩めないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リュウさん。私は、サツキに何があったのか知りたいです。教えてくれませんか。」

 

だから、尋ねた。だって、私には結局、それしかできない。

それを知って一緒に悩むことしかできない。

 

 

 

 

その申し出に、リュウさんは眉ひとつ動かさない。

 

「なぜ?」

 

「私は、サツキに何があったのか、いままで聞かなかったです。いえ、聞けなかったんです。私はずっと逃げてたんだと思います。

多分何か、ずっと大きな闇を抱えているサツキに触れたくなくて。

 

・・・私は弱いんです。その結果、紅葉を抜けて、こうなっている。でも、私は強くなりたい。誰かを守れるようになりたいんです

。大好きな狩りで、みんなを守れるハンターになりたい。サツキの闇を取り払ってあげたいんです。

私が昔雑誌で見た彼女の写真は、とても、キラキラしたかっこいいハンターだったから。」

 

リュウさんは首を振った。

 

「今回のことは、あなたに責任はない。むしろ、サツキをハンターに復帰させた自分の責任だ。」

 

「どうしてそういうことを言うんです?」

 

 

でもリュウさんはその言葉には答えず、後ろを向いた。

 

 

「リュウさん!」

 

「・・・あなたたちに背負わせるには、我々の闇は深すぎるんですよ。」

 

そのまま部屋を出て、ドアを閉めるリュウさん。

 

その後ろ姿を追おうとした。でも、セリアさんが塞ぐ。

 

「カンナちゃん!」

 

「セリアさん、どうして?」

 

「私も聞きたいけど、ここは耐えようよ。二人がきちんと話してくれるまで、待ってようよ。」

 

「でも、でも!」

 

私は思い出した。サツキの今までの顔を。淡々と狩りで成果をあげても、彼女は笑わない。

昔見た彼女の写真は、もっと素敵な笑顔であふれていた。

抱え込む人を目の前に、何もしない自分に腹が立った。助けたい。守りたい。

 

彼女の助けに、なりたいの!

 

 

 

 

 

「私が話しましょう。」

 

その時、ドアが開いた。

村長さんだった。

 

 

 

「知ってるんですか?」

 

「ええ。」

 

「リュウの許可はあるの?話しちゃっていいのかな?」

 

「ベガさん。確かに、これは、大きな問題です。それに、私も部外者ですから、本来言うべきではないことです。

・・・しかし、私はこの村の村長。村民にとってよいことをするのは義務です。そして、サツキさんもリュウさんも今や私の村の村民です。

 

今は、皆の無事のために、この村を守ってくださるハンターさんが不安になる状況だけは避けたい。

ですから、みなさんを見込んで頼みます。

正面から彼女のことを受け止め、まっすぐ彼らに向かい合い、狩りを続けられますか?」

 

 

「でも・・・やっぱ、私は二人から聞きたいかも。」

 

「ではお願いします。

・・・二人を、どうか助けてあげてください。」

 

村長さんは頭を下げる。

みな、二人と一緒に狩りをして、助けられてきた。

顔を見合わせる。

 

 

「・・・わかりました。」

 

ミルさんが代表して答えた。

村長さんも顔を上げる。

 

「この話も、サツキさんとリュウさんをよく知る人から聞いた話ですが。ですが、ほぼ間違いはないと思います。」

 

 

 

村長さんは、近くの椅子に腰かけた。私も床に座った。

 

 

 

「皆さんは、『3つの天』、そして、『天廊の悲劇』について、どれほど知っていますか?」

 

 

それは、今まで語られなかった物語。そして、二人が背負ってきた闇を語る物語だった。



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第14話 過去!

さあ、久々の投稿の時だ・・・
忙しかったから仕方ないということにしておこう・・・


幼い頃の私は、生意気で強情でわんぱくな女の子だった。

 

今でこそ冷めた性格になってしまったけれど、私はそんな悪ガキだったのだ。

いつもメゼポルタの街や周りの森を幼なじみたちと回りながら、いろんな遊びをした。

 

近所の人たちからも有名な子供だった。

たくさんの居住区が集まるメゼポルタの中でも比較的子供の少ない居住区にいたためか、周りの大人たちも私のことを気にかけて、色々と構ってくれた。

 

あんまり触れないでほしい黒歴史もいくつかはあるのだけれど、とにかくサツキというのはそういう子だった。

 

そんなわんぱくなガキだったから、叱られることもしょっちゅうだったんだけど。

 

ただ、私が一人だけ言うことを素直に聞いていた人がいた。

 

「サツキー、ご飯できたよー?」

 

「姉ちゃん、今行く!」

 

それが、姉だった。私はたった一人の家族である、姉にだけは他の人以上に懐いていた。

姉は当時、自分がなんの仕事をしているか教えてくれなかった。

ただ、あまり家にはいない人だった。一週間とかいないこともあったと思う。

 

だけど姉は、そんな風に長く家を空けるような仕事をしながらも本当に私の面倒をよく見てくれたし、話をたくさんしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サツキ、学校はどう?」

 

「うん、楽しいよ。」

 

「そっか。この前また男の子泣かせたらしいけど?」

 

・・・それは違う。

この前、私が先生に怒られている隙に私の宝物、姉からもらった封龍石の首飾りを取られたから、仕返ししただけだ。

 

私は悪くない。それに、あいつ。

男の子の癖に泣くのが悪い。

おかげで、私が怒られる羽目になったんだから。

 

2時間は怒られてしまった。

全く、何で私ばっかり。

 

 

「あんなの、せいとーぼーえいだよ。あいつらが悪いんだもん。」

 

「そう。まあ、元気なのはいいことだけど、ほどほどにね。もう電話がかかってくるのはこりごりよ。」

 

 

そう言いながらも姉は笑う。

姉は本当に嬉しそうに、ニコニコと笑う。

それが何でかわからないけど、とても嬉しかった。

 

 

「早く食べな。二人が待ってるんでしょ?」

 

「そうだった!いってくる!」

 

 

 

遊ぶ約束を即座に思い出した私はすぐにご飯を口に頬張った。

そのまま急いで目の前の味噌汁を飲み、外へ向かう。

 

「行ってきまーす!」

 

「行ってらっしゃい。気をつけるんだよー!」

 

姉に声をかけて外に出る。一歩大通りに出れば、そこは賑やかな市場。

両脇に果物や魚、肉といった世界の様々な地域から取り寄せた色とりどりの品々が、木箱に入って並んでいる。

 

「おう、サツキじゃねえか!」

 

「おじさん、こんにちは!」

 

「何だ、今日も森に行くのか?」

 

「うん!」

 

「そうかい、そしたらこれ持ってけ。」

 

果物屋のおじさんからリンゴをもらう。

こんな感じで、メゼポルタの市場は人も多いし、店の人も優しい。

私が道を通るとこうやって物をくれることも多い。

 

 

 

だから私は、この街が大好きだった。

 

 

 

「ありがとね、おじさん!」

 

「おう!・・・ん?」

 

 

ブォオオオオーーン・・・

リンゴを受け取った瞬間、大きな音が鳴る。

これもメゼポルタでは聞き慣れた、法螺貝の音。

目をやると、その先には大きくそびえる巨大な建物が見える。

音が鳴ったのは、そっちの方角に間違いなかった。

 

 

 

 

 

朱に染まった赤い屋根に白塗りの巨大な建物。

あそこがこの世界を治める王の住む宮殿だ。

 

だが、その見えない裏手には無機質な石でできた、巨大な要塞があることも知られている。

 

そこがこの法螺貝の音の発信源。

 

 

そこにあるのが、この街のもう一つの巨大機関。

宮殿直属の巨大ギルド、メゼポルタギルドとハンター居住区だ。

 

そんな多種多様な人々の住む街。

それが、メゼポルタだった。

 

そして、このころの私は、その先自分がそこに住むことになろうとは、

全然思ってなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大都会メゼポルタといえど、一つ街を出ればそこは山に囲まれた、豊かな自然を湛えている。

 

街の北側には畑とか果物畑が多いけど、南側は山へと続く道がある。

門を出て、左へ。森の中をしばらく進むと、二人の人影が見えてきた。

 

「あ、サッちゃん!こんにちは!」

 

「お、来た来た。遅えぞ!」

 

正面にいるのは見慣れた顔の男の子と女の子。

 

男の子の方は薄い青の髪の毛。運動しやすそうな服を着て、虫網を持っていた。

この子が幼い頃のリュウ。

当時から賢くて運動もできるし、非の打ち所がないような優秀な・・・悪ガキ、なのだけど。

私以上に昔からわんぱくかつ頭の切れたリュウは近所では有名ないたずら小僧だった。ちなみに彼が盗んだおもちゃとかを持って店の人から逃げ回る光景はもはや名物になっていた。

 

 

「サッちゃん、今日はどこ行くの?」

 

「今日はあの山登るよ!これで私たちがこの辺の山制覇した初めての人になるんだ!」

 

 

そして、この赤の混じった茶色の髪の毛を後ろでまとめた、背の低い女の子。

小さな声で私の名前を呼ぶその子は、手を前で結んだまま、ちょこんと立っている。

 

 

この子はミツキ。

 

 

私たちのもう一人の幼馴染だ。

ミツキは私の家の隣に住んでいる。

ずっと親のいなかった私は、姉がいないときはミツキの家にお世話になることも多かった。

 

 

以来、私たち悪ガキ二人に、あまり気の強く無いミツキはついて来てくれるのだ。

 

 

 

 

「あんな高い山無理だよー!」

 

「大丈夫、今までもちゃんと登れたじゃん。」

 

「そうだぜ、ミツキ。大丈夫、危なくなったら助けてやるからさ。」

 

「でも、この前みたいに帰りが遅くなるとお母さんが・・・」

 

 

 

不安そうな目をして私を見てくる。当時の私は、ミツキを引っ張り回して、よくミツキの母親に怒られていた。

 

「大丈夫、私のせいにしていいよ。私と遊ぶの、嫌?」

 

 

ミツキはパッと笑顔になって、

 

 

「ううん、大丈夫!今日はサッちゃんに迷惑かけないようにするね!

やっぱり、私二人といると楽しいもん!」

 

「それじゃ、出発だ。俺は、この山にいるっていう伝説のコオロギを捕まえることも目標にしてるから、二人も見つけたら教えてくれ!」

 

 

なるほど。だからリュウ、虫網持ってるのね。

 

「わかった!」

 

「んじゃ、行こうぜ!」

 

 

 

 

 

 

こうして、私たちは山に踏み込んだ。

ここメゼポルタ周辺にはいくつかの山がある。

街の中での遊びに飽きた私たちは、ここ最近山での遊びにハマっていた。

いわゆる探検だ。

 

そして気がつけばほとんどの山の頂点に立っていた。

最後の山の制覇に挑んだのがその日だった。

 

一歩足を踏み入れれば、そこは普段私達の暮らす街とは全く違う景色が広がっている。

世界一の街のすぐ外とは思えない鬱蒼とした森。

秋の光を浴びて、色づく紅葉を眺めながら、坂道を登る。

舗装された道なんてないから、結構きつい。

 

 

でも、私たちにかかれば大したこともない。3時間ほど歩いたろうか。

子供は、いくら遊んでも疲れない、というのは本当だと思う。

 

「サツキ、ミツキ、大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫だよ!ミツキ、もう少し!」

 

「はぁはぁ……サッちゃん、リュウくん!もう少しゆっくり!」

 

「もう少しだ・・・お?」

 

木々をかき分け、進んでいくと、上にパッと開けた場所があった。

夕方のオレンジの空が輝いているのが見える。

 

「ちょうじょうだ!」

 

私はミツキに手を伸ばす。ミツキは私の手を掴んできた。

グイッと引っ張り上げる。途端、私たちは頂上に立った。

 

あまり高くない山だが、振り向けばメゼポルタが見渡せる。一番大きくて、日の光を受けてキラキラと輝く建物が、王の住む王宮。そして、その裏手に見える石造りの砦みたいなとこが、この世界で最大のギルドの本部だ。

 

そして、大小様々な建物が並ぶ街には、見渡す限り人が溢れ、夕方のおしゃべりを楽しんでいる。

 

「綺麗・・・」

 

「本当だよ。」

 

「さすが、二人だね。ほんとにここまで連れて来てくれてありがとう。」

 

「ううん、ミツキも頑張った・・・って、やば!」

 

そういうミツキは、服を泥だらけにしていた。

 

 

「・・・またミツキのお母さんに怒られちゃうな。」

 

「ご、ごめんね!今度は私からちゃんと説明するから!」

 

「サツキ、それについては頼んだ。」

 

「ちょっとリュウ、たまにはあんたも怒られなさいよ!

ミツキのお母さん、怒るとめちゃめちゃ怖いんだから!」

 

「・・・それは断る。俺だって怒られたくない。」

 

「ごめんなさい!」

 

「「なんでお前が謝るし・・・」」

 

 

そんなやり取りすら私は大好きで。

この子たちと一生一緒にいたいって、心から思った。

 

 

「さ、そろそろ降りようぜ。帰りにも、でかいコオロギ、見つけたら教えてくれ!」

 

リュウはどうやらコオロギしか頭にないらしい。すぐに元来た道に飛び出した。

 

「待ってよー!」

 

私たちも走り出した。

 

 

だから私たちは、森の陰から覗く顔になど、気がついていなかった。

 

 

 

山の中腹ほどに降りて来た。私たちは、左右を見渡して、コオロギを探す。秋の野山は、色づいた葉っぱを絨毯のように敷いている。その上を私たちが通るたびに、ザクザクと音がした。

 

帰ったら、ミツキのお母さんになんて言い訳しよっかな・・・

 

そんなことばかり考えていたから、その気配に気がつくこともなかった。

 

 

 

「きゃあああ!」

 

 

 

突然、後ろのミツキが叫んだ。指をさす方を見ると、木々の間で何かがジャンプした。

少し緑がかった体がキラリと光る。

それは、80センチはあろうかという超巨大コオロギだった。

 

「い、いたー!おいサツキ、逃すな!」

 

私は慌てて、その虫に飛びかかる。ミツキは目を背けてしまった。

だが飛びついてきた私をコオロギはジャンプでかわし、森の奥へ逃げていく。

 

 

「いくぞ!追え!」

 

「ミツキ、ついて来て!」

 

 

ミツキの手を引いて、走り出す。

 

「サッちゃん、危ないよ!森の奥へ行ったら!」

 

確かに、メゼポルタ周辺の山に立ち入り禁止の場所などほとんどない。

しかし、いつ危険が訪れるとも限らない森の中。

 

私たち以外に森の中で遊んでいる同級生を知らないくらいに、森というのは危険な場所だった。

 

だからだろうか。怯えるミツキ。

だが、私は捉えた獲物を逃さないのに必死だった。前を走るリュウめがけて、走る走る。リュウとの距離は10メートル。離されないように必死だった。

 

 

 

 

だが、突然目の前を黒い影が遮った。

 

「な・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

最初は木が倒れてきたのかとも思った。

それくらい大きな影だったから。

だけどそれは紛れもなく不規則に動き回っていた。

真っ白な毛並み。筋肉が大きく盛り上がった太い腕。私たちくらいは太いんじゃないか。

そんな生き物が、私とミツキの前に降り立った。

 

 

 

「・・・・・・!!!!」

 

 

 

それは、図鑑で見た猿だ。でも、大きさが違う。

私の何十倍もあろうかという猿。その猿は、私たちの前で咆哮した。

 

私は、動けなかった。

ただ、目の前の光景を呆然と見つめた。

 

 

人は、本当に危険な時何を思うか。

簡単だ。

 

『何も考えられなくなる』

 

なぜ?この町の近くで、こんなの・・・?

ありえない。

 

「キャアアああ!!」

 

ミツキの悲鳴で目が覚めた。

薙ぎ払われた腕を、咄嗟にしゃがんでかわす。

ミツキの頭を押し込んで無理やり避けさせる。

 

「たあああ!」

 

途端、リュウが棒で思い切り猿を叩いた。だが、一向に目もくれず、猿は尻尾でリュウを薙ぎ払う。リュウは軽々と吹っ飛び、木に打ち付けられ、動かなくなった。

 

「リュウ、そんな!起きて!」

 

だが、リュウは呼びかけに応えない。

 

私が助けなきゃ。

だけど、足がすくんだ。

 

こんな大きな生き物に敵うわけが無いって。

猿がリュウの方に目を向ける。

 

 

殺される。

目の前が真っ暗になりかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い切り叫んだその時だった。

ズバンと猿の尻尾が吹っ飛んだ。血が飛び散る。

 

「え・・・」

 

あまりに突然のことに、何が起きたのかわからなかった。

その猿はすごい奇声を上げ、森の奥へ走っていく。すると、左右の森から3人の人間が飛び出し、追いかける。

 

「そっちだ、早く!」

 

「わかってます!」

 

皆キラキラ輝く防具を身につけ、武器を背負っている。

猿の奇声は、遠ざかるにつれて、山に反響してうなり声のようになった。

目の前には血が流れ落ちる尻尾。

目が、奪われてしまった。

 

 

「・・・お主ら、運がよかったな。」

 

 

その声に呼ばれて振り向くと、身長が2メートルはあろうかという大男が立っていた。白髪混じりのボサボサの髪に、青く濁った目。緑のマントが首から足まで体を隠し、マントから出た、金色の防具から伸びる手には、リュウと、いつの間にか気絶したミツキが抱きかかえられている。

涙を拭って、立ち上がった。

 

「・・・ありがとう、ございました。」

 

それが、私たちとハンターの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちを襲ったのは、ゴゴモアというモンスターで、あのコオロギはカンタロス。そのカンタロスの異常発生のせいで、メゼポルタ近隣にゴゴモアが餌を求めて来ていた、というのが真相らしい。

たまたま近くを通りかかったチームがゴゴモアを見つけ、追ってみたらあら不思議、ということだったそうだ。

 

 

 

 

 

 

その夜、私は恐怖ももちろんあったが、あの光景を思い返して、興奮がおさまらなかった。

命の重みなどわからない小さな年の女の子にとって、自分を助けてくれたハンターのかっこよさは憧れの対象でしかなかった。

 

リュウの怪我は大したことはなく、その後もミツキとやんちゃして遊び続けた。その中でも、私は自分の中に生まれた夢を、しっかりと自覚していた。

 

 

そして、学校の卒業を控えた春、私は自分の意志を二人に伝えた。

 

 

「私、ハンターになりたいの。

・・・だから次の春になったら、ハンターの学校に行こうかと思う。」

 

 

その時の二人の顔を、私はよく覚えている。

 

 

「サッちゃんは勇気があるし、強いからきっと大丈夫だよ!」

 

 

ミツキは、何だか悲しそうな顔をしながら、そういった。きっと心配だったのだろう。リュウは、何も言わなかった。ただ、頑張れと言ってくれた。

 

 

「・・・まあ、そんなことだろうとは思ってたけど。」

 

 

そんな言葉を言い放たれた。

 

そして、私は15歳で学校を卒業して、ハンターの学校に入学した。

そして、そこには。

 

なぜか、ミツキの姿もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウは、ギルドの職員になるための養成機関に入った。リュウとはしばらく離れ離れになることになったが、ミツキがいたから頑張れた。

だが、ミツキがなぜここに来たのか。

それだけが気になっていた。

 

入学式の時の驚きを思い出す。

血の気の多そうな怖い顔つきの、大きな体の男がほとんど。

女の子もなんだか気の強そうな、取っ付きにくそうな人ばかりだった。

 

そんな中、校門の前でオロオロする女の子を見て、心臓が止まるかと思った。

 

 

だってミツキは、私に何も言ってなかったから。

だから、彼女を見つけた時、驚きもあったけど、泣きそうになった。

 

「ミーツーキ!!!」

 

「サッちゃん!!!」

 

ミツキが泣きながら飛びついてきた時は、ああ、何にも変わらないミツキじゃん、って思ったけど。

 

だからこの世界に来るなんて、思ってなかった。

 

 

 

「ねえ、ミツキ?なんであんた、ここに来たの?」

 

 

 

そんなことを、学校の食堂で昼ご飯を食べながら聞いたことがあった。

ミツキの成績は予想してたけど、あまりいいとは言えなかった。

 

 

私たちについて来て、多少鍛えられてはいるが、本当は運動の苦手な、何より弱気な子なのだ。

それに、あの事件を目の前にして、ハンターとかモンスターとかは、トラウマになっているとばかり思っていた。

 

 

「えっとね、サッちゃん、あの事件のあと、ずっと何かに夢中になってるみたいだったから。多分、ハンターなんだろうなって思ってて、調べてたの。

・・・そしたら、私も興味湧いちゃって。

私は確かに弱虫だけどさ。サッちゃんの見たい世界、私も見てみたかったの。」

 

「でも、私、ミツキに危ない真似はさせたくない。

ミツキには、私と違って親がいるんだし。」

 

 

それもある。命をかける仕事だから、家族も相当な覚悟がいるはずだ。

私だって、姉には相当反対された。

それを押し切って、ここに入学したのだ。

 

 

「何言ってるの。私たちは家族でしょ?

って、いけない。サッちゃん、実技の時間!今日私たち武器準備する当番だよ!」

 

 

にっこりと笑いながら口にものを詰め込むミツキ。

 

 

私を家族と呼んでくれる人がいる。

唯一無二の大切な友人を意識して、私はさらに頑張った。

 

 

私の願いは、誰かを助ける力のある、あの時のハンターみたいになることだった。

それと、もう一つ。

 

大切な友達を、助けたかった。

 

小さい頃から臆病で、いつも私たちの後ろにいたミツキ。

彼女の勇気を、支えてあげたかった。

 

隣の彼女の家で、一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たり。

私が寂しくて死にそうな時は、いつもそれを察して家にきてくれた。

だから、恩返ししたかった。

 

ミツキも辛そうではあったけど、負けなかった。

ギリギリの成績だったが、二人ともなんとかストレートでのハンターの試験に合格した。

 

「ミツキ!!」

 

「サッちゃん・・・

やったね!夢、かなって!」

 

「バカ!あんたもでしょ!ほんっと、人の子とばっか!

もっと喜びなさいよ!」

 

 

ハンターになれること。それも、ミツキと。

それが、たまらなく、形容できないほど、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またアイツ、新聞載ってるし・・・」

 

「流石だね、リュウくん。」

 

「ちくしょう・・・。」

 

思わず机に突っ伏した。

 

ハンターになって数ヶ月。私は、ハンターの厳しさを実感した。

実戦は何もかも違う。

私たちは、中々戦果を上げられないでいた。

一方で、ストレートでギルドマスターとなったリュウは、その才能を生かして、メキメキと頭角を現していた。

 

それに焦った。

 

 

「・・・練習しよ。」

 

ぼやぼやしてると、どんどん腕は落ちてしまう。

そうならないためには、練習しかない。

机を叩いて、立ち上がる。

 

「ミツキ、私たちも頑張らなきゃね。」

 

「そうだね、私も頑張る!」

 

 

相変わらず笑顔のミツキ。結果が出なくても、チームで足を引っ張って怒られても、ミツキがいたから頑張れた。

 

 

「あ。いた。おーい、サツキさん。」

 

 

呼ばれて振り向くと、それは、顔見知りのギルドの職員だった。

 

「なんですか?」

 

「ちょっと話があります、ついてきてください。」

 

その言葉に促されて、着いて行く。

昼前のギルドは人がまばらだ。

夕方になると飲み会をするチームで溢れかえるのに・・・

 

 

「あの、どうしたんです?」

 

「実は・・・サツキさんに、ある提案がありまして。」

 

「提案・・・ですか?」

 

「はい。最近ギルドの武器部門からある発明が届きまして。」

 

「発明・・・?」

 

「はい。そしてその武器をサツキさん。」

 

 

ギルドの奥にある、木の扉が開かれた。

机の真ん中に置かれた嫌に大きな箱の中に、黒光りするそれはあった。

 

 

「あなたに使ってもらってはどうか、という話になりまして。」

 

 

それが、私と穿龍棍の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

それは、モンスターとの戦いで優位に立てる、空中戦を可能にした武器。

しかし、人の体を浮かすほどの強い風。

 

それがネックになっていた。

その実用化の難しさから、使いこなせる人がおらず、また、チームの動きに影響を与えるので、改良が進もうとしていた。

 

 

だが、それを持つとなぜか手に馴染んだ。

練習をすると、使いやすくて、仕方なかった。

 

私は、その武器で狩りを続けた。チームでの狩りは不可能ーーー。

そう言われていたはずの武器。強い風で、チームの動きを阻害する。

だが、私の場合は話が違った。

 

その武器が、私「たち」の人生を変えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃあああ!」

 

風で舞い上がり、ゴゴモアの頭を殴りつける。そして、落ちた先には、風の流れをうまく読み、私の動きに合わせてくれる相方がいる。

 

「はああぁ!」

 

「ミツキ、任せたよ!」

 

ミツキは、双剣を操り、ゴゴモアを切りつけた。

大きな悲鳴にも似た声。

そこで、奴の動きが止まる。私たちの勝利だ。無傷だった。

 

 

「イェーイ!」

 

ハイタッチして、互いの戦果を確認する。

 

「サッちゃん、今日も絶好調だね。」

 

「ほんとよ、あんた、なんであんな風の中で動けるの?」

 

「うーん、勘かな?

別に風に逆らってるわけじゃないよ?

サッちゃんならこうするかなって思って、動くのとかに使ってるだけ。

・・・でも、他の人じゃ合わせられないんだよね。」

 

 

にっこりと笑うミツキ。後ろで、防具の陰から、ポニーテールが揺れた。

ミツキだけは、私の放つ猛烈な風の流れを読むことができたのだ。

最初に彼女と練習で丸太切りの特訓した時、ミツキと私は圧倒的な点数を出した。ミツキと私。

息が合うのはわかってたけど、ここまでとは思わなかった。

 

そして、私たち二人の名前は、どんどん上がって行った。

 

そして、その時は突然きた。

 

 

「サッちゃん!」

 

「これって・・・」

 

 

雑誌に載っていたのは、紛れもなく私たちだった。

 

そうして、私たちには二つ名がついた。

名を挙げたハンターには二つ名がつくのは、この世界での常識。

最高の名誉だった。

そして私たち二人には、「双星」という名がついた。

 

 

 

そんな時、私の運命を変えるもう一つの出会いがあった。

 

 

 

 

その人を最初に見かけたのは、ギルドの中。

食事をしていて、すぐにわかった。

コーヒーを口に運びながら、新聞を読むその人を見て、誰もが戦慄していた。

 

「ねえ、あの人・・・」

 

「うん・・・まさか。」

 

忘れもしない。

あの時、私たちを助けてくれたおじいさんハンターだった。

勿論私たちはお礼を言おうと、彼を探してはいた。

でも、見つからなかった。

 

その人は、突然現れた。

 

「あれ、君たちどうしたの。」

 

「あ、キリュウくん。あの人・・・」

 

「うわ、珍しい。ホームズさんじゃん。

こんなとこで見んのも久々だなぁ。」

 

そして、その時、同僚から初めて名前を聞いた。

ホームズ。

名前だけなら、知らないはずがなかった。

私を助けてくれたのは、今現在全ハンターで第3位のハンターランクを誇る、オールラウンダーの一人だった。

 

「・・・ミツキ。」

 

「どしたの?」

 

それは、腕をあげる道を模索していた私にとって、最高の出会いだった。

そしてもしその人と出会うことができたら、必ずそうしようと決めていたことでもあった。

 

「弟子入り、お願いしてくる!」

 

「・・・・ええええ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いいたします、私に狩りを教えてください!」

 

私は挨拶もそこそこにお願いをした。

頭を思い切り下げる。

 

辺りがどよめく。

 

「おい、あいつホームズさんに・・・」

 

「しかも弟子にしてくれ?」

 

「殺されるぞ・・・」

 

私は知ってる。

この人の噂だと、人に感謝されるのは嫌いらしい。

感謝の手紙を破り捨てたこともあったとか。

 

それをわかってたから、あえて感謝は言わなかった。

 

 

 

 

 

 

漂ってくるコーヒーの香り。

私は顔を下げたまま、もう一度お願いしますを言った。

 

憧れの人の元で、狩りがしてみたかったから。

そんな単純な願いだった。

 

 

 

 

青い目に、夏だというのにマントを羽織ったホームズさん。

それまで私の今日は、とかにああ、とかいや、とか曖昧な返事をしてきたのだが、その私を今は真っ直ぐ見据えている。

 

「・・・お前は、なぜハンターになろうと思った?

何を賭けてハンターになったんだ?」

 

「あなたのように、皆の生活を守りたいのです!

・・・私、昔あなたに助けてもらいました。でも、あなたはお礼なんて求めてないと、そう聞きました。私も、そんなかっこいいハンターになりたいです!」

 

大きな声でそう言った。

しばらくホームズさんは私を見据えていた。

 

やがて、表情一つ動かさず振り向いて、

 

「お前に教えることなどない。

クエストに一緒に行ってやるから、勝手に盗め。」

 

そう言って、とても静かに、私の同行を許可してくれた。

 

「はい!」

 

どよめきが辺りに広がる。

 

憧れのハンターと、大切な友人と、使いやすい私だけの武器。

そして名誉。

 

私の、一番の時期だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー!お前ら、やるじゃん!」

 

髪の毛に似合わない、真っ赤な顔をしたこの男。

 

「あんた・・・そんなに飲んで大丈夫なの?」

 

「大丈夫!いやー、本当にすごいねぇ。」

 

居酒屋でリュウと飲んでいると、そんなことを言われた。

リュウはもう背も高くなって、本当に男らしいというか。

なんというか。

すごく、複雑な気持ちだ。

 

 

「あんたもよ、リュウ。流石ね。ドンドルマでのこと。聞いたよ?」

 

「リュウくん、流石だよ!ほんと、かっこいいなぁ。」

 

 

リュウも照れ臭そうにしている。お酒の飲めないミツキは、オレンジジュースを飲みながら、とても嬉しそうだ。

私は、こんな日々かずっと続くと勝手に思っていた。それは、過信だった。

 

そして、ハンターがどういう仕事なのか、名声と引き換えに何を賭けているのか。そのことを、すっかりと忘れていたのだ。




サツキの過去を追う物語が始まります!


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第15話 天廊!

過去編二作目。天廊といえばあのモンスターだと思ってますが、そんなお話です。


「・・・なるほどね。

双星か。双子の星とはよく言ったもんだね。」

 

ベガさんの言葉に、私も納得した。

穿龍棍の風を受けたことが何回かある。

あれは、すごい風力だった。防具をつけた人一人を自在に動かすのだから、無理もない。あれに合わせられる人間が、いるなんて信じられない。

 

それを可能にしたのが、幼馴染のミツキさん、ってことなんだ。

それに、サツキがあの「忍面」ホームズの弟子だった、なんてことも初めて知った。

 

そりゃあ、狩りも上手いはずだよ・・・。

全ハンターの第3位に上り詰めた腕は、この村のハンターとは比べ物にならないだろう。雑誌に載ったわずかな情報からでも、その凄さはガンガン伝わってきたほどなんだから。

すごい、羨ましいんですけど・・・

 

 

「そうです。サツキさんは、確かな才能などなかった。ですが、ホームズさんに従い、そして相方のミツキさんとともに数々の死地を超え、成長していったと聞いています。今の彼女も、彼女自身の努力の賜物なのですね。」

 

「まあ、そこまではわかったぞ。

だが、問題はそこからだ。」

 

「3つの天と、天廊の悲劇。」

 

「これが、どう関係するというの?」

 

 

というか、そもそも3つの天ってなんだったろうか。

 

 

「あの、3つの天って何でしたっけ?」

 

「何でわかんないんだ、カンナ。ここに住んでいるのに忘れたのか?」

 

「3つの天・・・それは、天につながる3つの道と、遠い昔から言い伝えられてきた3つの場所のことです。

順に、『天廊』『天剣』そして、『霊峰』。

天剣はここから遠く離れた、ポッケという村のはずれに祀られた、巨大な剣のことです。それは、とある洞窟の中にあり、到底人間が持てないほどの大きさの謎の剣。

言い伝えでは、ハンターの祖とも言われる神が使った剣ということだけが私たちが知ることです。そして、霊峰。あの山は、古くから神が地へと降り立つ際に使った山とされています。

 

天剣に霊峰。その二つが神と通ずる二つの遺物と言われて来たのです。

・・・ですが、そもそも天廊というのがなかったことから、『3つの天』伝説はただの言い伝えの産物、語り草程度のものでした。

ですが、5年ほど前。ギルドが調査を進めていた樹海の奥に、調査団一行が見つけたのは、何だったと思いますか?」

 

「・・・天まで伸びる一本の塔。雲に隠れた頂上。外周は何キロメートルあるかもわからない、巨大な塔を、ギルドは見つけた。それが天廊だと推測されてるんだったな?」

 

 

ミルさんのいう通り。

それは「狩りに生きる」でも大きく特集されていた。外周数キロメートルはある超巨大な塔は当時みんなをびっくりさせたし、この小さな村でもみんなそれについて喋ってた。

私はハンターの学校に行ってたけど、先生たちもだいぶ大騒ぎしていた。

こんなの嘘だって騒いでる人もいたっけ。

まあともかく、ずっと噂だけの存在だった天廊らしきものが見つかって、伝説は現実味を帯びていたのだ。

うん。

難しい話だったし、全然そのくらいしか印象なかったけどね。

 

 

「その通りです。そして、天廊にはいくつかの出入り口がありました。

中は、空間があって、階段があった。人工物だということは間違いなかった。

しかし、それほどの大きな建造物です。

誰が作ったのか?

言い伝えでしかない、神が本当にいるのか?

 

それが多くの議論を呼びました。

そして、天廊の中にはたくさんのモンスターが生息していました。まるで、人間の侵入を拒むかのように。

天廊の調査が進めば、言い伝えられて来た伝説の手かがりが掴めるかもしれない。

そして、神と呼ばれる存在について、何か知ることのできることがあるかもしれない。

メゼポルタのギルドは、その調査を最優先事項として行い始めました。天廊の中に巣食うモンスターを、ハンターを派遣して狩りながら、少しずつ奥へと進んでいきました。

幸い、現れるモンスターも周りにいるものと変わりなかったようです。

あまり強いモンスターも現れなかったと聞きます。そしてメゼポルタのギルドはとうとう、大遠征隊を組織して、天廊に派遣しました。そこで起きたのが、例の事件です。」

 

 

少し前の事件だったけど、その事件はすごく良く覚えている。

 

 

 

「天廊の、悲劇・・・。」

 

 

 

 

それは、何年か前、世界を騒がせた大事件だ。

天廊とで、ハンターが100人ほど死んだのだ。

それも、オールラウンダー1人を含む、メゼポルタでギルド様々なクエストをこなしてきたいわゆるFハンと呼ばれる人たち。

 

メゼポルタのギルドの対応に問題があったのではないか?どうしてこんなことが起こってしまったのか?

遺された人たちの怒りは、凄まじかった。

一部の遺族がギルドを訴えたってとこまでは知ってる。でも難しい話が苦手な私には、そこから先のことはあんまり覚えてない。

 

 

「あの事件の死者は102人。その中には、オールラウンダーも含まれていた。

当時、世間は軽率に派遣団を出したとしてメゼポルタのギルドを批判し、大きな騒ぎになりました。そして、もう一つ、話題に上ったことがありましたよね?」

 

他・・・?

 

「えー?他なんかあったっけー?」

 

「セリア、忘れたのか?まあ、だいぶ前のことだしな。でかでかと出てたぞ。」

 

「ミル、俺も忘れた・・・。」

 

「おいおい。全く・・・本当に覚えてないのか?いいか?

当時有名になったのは・・・」

 

私は思い出そうとした。確か、その事件のことから、ハンターの学校で散々聞かされていた。

ハンターは常に死と隣り合わせだということを散々教えられた。

 

その時に、話題になったこと。

みんなが驚いたことがもう一つあった。

 

 

 

 

 

そっか、思い出した。

 

「・・・生存者がいたこと!」

 

 

 

 

ミルさんと私の声が重なった。そして気がついた。

この話の流れでわからないはずがない。

 

「そうです。そして、私の言いたいこともわかりますね?」

 

みんなが、眠るサツキを見ていた。

そんなことが・・・?

 

「そう、その生存者こそが、このサツキさんなのです。」

 

-------------------------

 

「天廊の調査?」

 

私は、聞いた言葉が冗談にしか聞こえなくて、もう一度聞き返した。

 

「そ、天廊の調査だ。俺がお前とミツキを推薦しておいた。」

 

天廊。それは数年前に見つかった、超巨大構造物のことだ。中にはモンスターがたくさん湧いているらしい。

ただ、そんなに歯が立たない感じでもないらしいので、最近では半分腕試しの攻略みたいな捉えられ方をしているらしい。

 

そしてその危険度を低いと判断したギルドが、近いうちに大派遣団を送るっていうのは、もうハンターみんなが知ってる話になっていた。

 

でも、それは結構長く家を空けることになるようだし、正直神様とか胡散臭い話が嫌いな私は興味を持ってなかった。

もし話が来ても断ろうと決めてたくらいだった。

 

 

「なんでよー。」

 

 

「この巨大派遣団にはメゼポルタギルドにとって、かなり重要な意味があるんだよ。ここにお前らが入って、成果をあげてくれれば、俺としても嬉しいしな。」

 

「でも、あれってかなり上位のハンターしか呼ばれてないでしょ?私みたいな新人が入っていいの?」

 

「何言ってんだ、双星さん。新人ハンターの代表格は、こういう時に活躍しなきゃな。」

 

「えー、めんどくさい。」

 

「まあ、そういうな。オールラウンダーも参加するらしいし、いい勉強になると思うぞ。」

 

ちょっと待て、今なんて?

 

食いついた私を見て、リュウはニヤリとした。

・・・まあ、オールラウンダーがくるのなら勉強になることもあるかもしれない。

それに、ここで名を挙げることができれば・・・

 

 

「わかったわ。とりあえずミツキに相談してみる。」

 

「おう、よろしくな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ってことらしいよ。」

 

「わあ、あの天廊に?でも、ちょっと怖いかも。」

 

 

話をしてみると、予想以上にミツキは笑顔で答えて来た。

 

 

「何言ってんの。あそこには、そう大した敵もいないみたいだし、大丈夫よ。それに、私たちもどんどん名を上げてかなきゃ、ハンターになった意味ないよ。

・・・それに、ミツキ、あんた前言ってたじゃない。オールラウンダーになりたいって。」

 

 

それは、突然だった。

ギルドでご飯を食べていた時、急に真剣な目になったミツキがオールラウンダーになりたい、などと言ったのだ。

半分冗談ではあると思うけど、流石に壮大な夢だ。

もし本当になったら歴史が変わるだろう。

女性オールラウンダーは一人しかいないんだから。

 

 

「確かに、そうだね。私、もっと強くなりたい。」

 

「そうでしょ?だから、がんばろ?」

 

うーん、とうなって水を飲むミツキ。

 

「なんか、私たち運がいいね。」

 

そういってミツキは笑ったけれど、ミツキが不安になっているのはすぐにわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、みんな!今日は頑張ろうじゃないか!俺がアイクだ、よろしくな!」

 

それは知ってる、と思いながら顔を上げる。

正面に見えるのは巨大な壁だ。

そこにパックリとあいた口。

その前で私たちはアイクさんという人の話を聞いている。

上を見上げると壁ははるか高くまで見えて、雲の上に続いている。

 

 

・・・ここが天廊か。

辺りを見回しても見慣れた樹海が広がってる。

ジメジメした空気は樹海お馴染みなんだけど、ここは目の前の構造物が異様すぎるせいで余計空気が悪く感じた。

 

そして、目の前で指揮をとるこの男。

アイクさん。

アイクさんというのは、ランクで言えばハンター中第5位のオールラウンダーだ。

ランクは確か、940。

特に大剣を得意としていて、根っからの力自慢。

双剣や片手剣も、力の限り振り回す。その火力は計り知れない。湖を割ったとか、山を叩っ斬ったとか、色々囁かれているが、それほどに実力は高い人だ。

それに、熱い性格と相まって、ギルドでも、そしてハンターの中でも、人気が高い。

 

そして今回集められたハンターは120人。

いずれも名がそこそこ上がっているハンターばかりだが、二つ名のついた人はあんまりいないかな。

どの人も、この遠征で名を上げようと必死なのだろう。

 

「いいか、この遠征はギルドにとって

大きな意味を持つ!各々、頑張ってくれ!」

 

おおおお、と上がる叫び声。

私はそれを聞きながら、隣のミツキに、

 

「ま、まぁ、がんばろ?」

 

と声をかけた。

 

「サッちゃん、緊張する・・・。」

 

「何言ってんの、まだ始まってもないじゃない。」

 

私は前を向く。こいつらなんかに、負けない。

絶対に名を上げてやろう。

それに、ずっとミツキも一緒だ。何も怖くなんかない。ハンター達の武器がガチャガチャと鳴り、前に進み始めた。

そしてそれが、天廊でおきた事件の始まりを告げる音だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「このように、オールラウンダーアイクを中心として、ギルドの派遣団は天廊に挑みました。

階段を登り、中のモンスターを倒しつつ進む。

途中崩れた壁を見つけながら補給を受け、一週間ほど進んだそうです…。

・・・まあ、ほとんどの人のランクは少なくとも100はあり、それで120人です。

この遠征は、大成功かのように思われました。

しかし、ある階段を登った先で、遠征隊は扉を見つけたのだと言います。」

 

「扉・・・ですか?」

 

「はい。それは、10メートルはあろうかという扉でした。遠征隊は、扉を開き、中へ入った。

その先は大きな広間になっていたといいます。」

 

広間・・・天廊は、やはり人工物なのだろう。

ここまでの話は多分だけど、公式に発表された事実には無い。その証拠にみんな、興味ありそうに聞いている。

 

「中には、何が?」

 

「・・・最初はわからなかったそうです。

中はがらんどうで、何もなかった。

 

しかし、突然でした。

モンスターが上から飛びかかってきた・・・そうです。」

 

 

背筋がゾワっとした。

 

 

「黒い体に、赤い目。二枚の翼。

絵に描いたような凶悪な姿のモンスターがそこにはいました。

誰も見たことのない、異形のモンスター。そして、そのモンスターが翼を一振りした瞬間・・・惨劇が始まったといいます。」

 

————————————————

 

「何よ、こいつ!?」

 

私の叫びも、モンスターの咆哮でかき消された。私の本能がこいつはヤバイと言っている。

 

ハンターたちの間にもどよめきが広がる。

みんな、慌てて武器を取り出した。

 

隣のミツキもそれを感じ取ったらしい。一歩後ずさりした。これは・・・一回引いた方がいい。

だが、目の前のモンスターが翼を振り下ろした瞬間、とんでもないことがおきた。

 

最初はパキパキと音がしただけだった。

そして、そいつの足元が水色に染まっていく。

氷?

 

「氷が・・・」

 

といいかけるや否や、一気にそれが加速した。私たちの足元に向かって地面が瞬く間に凍っていく。恐ろしいほど冷たい冷気が頰を伝った。

と、見る間に、目の前に氷の柱が立つ。前の方にいたハンターの何人かが、氷の中に閉じ込められた。

悲鳴が上がる。

 

このままここにいてもまずい。

私は、咄嗟に危険を感じ取った。

 

「ミツキ、こっち!」

 

私は咄嗟にミツキの手を握って、穿龍棍の噴射をかけた。ふわっと体が浮く。その下を、氷が駆け抜ける。後ろでも、断末魔を上げる暇もなく、何人かが氷の彫刻になった。

更に、その後ろ。

 

「・・・!!」

 

開いた扉が、そのスペースを埋めるように凍りついた。ミツキの悲鳴が、耳に届く。

 

「閉じ込められた・・・。」

 

ミツキはそう呟いた気がしたが、そんなことはわかっている。そして、周りもそれを感じたらしい。瞬く間に、悲鳴が上がった。

 

「落ち着け!皆!」

 

アイクさんの声も虚しく響いていく。

そのモンスターは、信じられないスピードで動き出した。前にいたハンターの一人に前足の爪を振り下ろす。そいつは、避ける間も無く爪に貫かれた。そして、体が凍りついていく。瞬く間に氷の柱が出来上がる。更に、次のハンターも、左の爪にやられた。

 

「サッちゃん!」

 

「ミツキ、こいつを狩るしかない!」

 

ここから出て、とにかく撤退するしかない。だが、わかることは、とにかくこいつはヤバイということだけ。勝てるのか?

ガクガクする膝をなんとか抑え込む。

怖がってる暇なんてない。

 

モンスターは尻尾を振り回し、ハンターを薙ぎ払う。恐ろしいスピードだ。

そして、触れられたそばから氷の柱が立つ。

 

余りにも寒い。

 

冷気が辺りに充満している。

私は、これまでの狩りを思い出す。

氷を扱うモンスターは何度も見てきた。

 

だけど、この同じ空間にいるだけで凍りつきそうな威力。

 

 

「こんなの、どうすれば・・・!」

 

 

こっちを向いて、さらに息を吸い込む。

 

 

「サッちゃん、上へ!」

 

「た、助け・・・」

 

 

ミツキの声で、私はまたもミツキを連れて舞い上がる。

その下を、太い氷のブレスが通っていった。

恐ろしい冷気で靴が凍る。

後ろにいたハンターが氷の中に閉じ込められる。

その生々しい最後の言葉を振り払う。

 

恐怖に押しつぶされそうな心をなんとか取り戻そうと必死だった。

 

 

 

着地はなんとかうまくいった。

 

 

「ミツキ、ありがと!」

 

「どういたしまして。でも、まだ来そう!」

 

もう周りには多くの氷の柱が立っている。中の人間を早く助けないと命がまずい。

胸が痛い。

折れそうな心を必死に保つ。

目の前の相手に集中しろ。名を上げるんじゃなかったのか?

 

「おいおい、俺を忘れるな!」

 

どこからか声がすると、ものすごい音がした。

途端、冷気を帯びた白い風がぐにゃりとゆがむ。

 

空気が揺れる。

その瞬間、物凄い風が吹いてきた。

 

 

「キャッ!」

 

「ミツキ!」

 

 

凍った地面に足を取られ、思わず後ろに倒れそうになるミツキに何とか手を伸ばす。

 

そのまま見えたのは、白い斬撃だった。

白い空気の斬撃がモンスターにささる。

たまらず、モンスターが悲鳴をあげた。

 

 

「効いた・・・!」

 

 

空気を歪めるほどの力。

 

 

「アイクさん!」

 

「双星だな?まだ戦えるか?」

 

「はい、!」

 

「残りは25人か・・・。みんな、聞け!いや、その前に避けろ!」

 

 

残りに向かって、モンスターがものすごいスピードで突進する。地面に足がつくたびに氷が伸びていく。何とか避けている者もいたようだが、いくつかの柱がまた立った。

それだけじゃない、そのいくつかがポッキリと折れた。

背筋が凍る。彼らがどうなったのかは、考えなくてもわかった。

 

「そん、な・・・。」

 

「ミツキ、気をしっかり!」

 

今は逃げなきゃ。

このままでは、殺される。

 

さっきまでの闘争心は最早何の役にもたってなかった。

 

狩れる狩れないではない。無理だ。ここからの脱出を考えるべきだ。

氷の扉を何とかして割れないか?

 

アイクさんならいける気がする。いや、それにしても隙がいる。

 

「アイクさん!」

 

「おう、任せたぞ!」

 

理解が早い、流石百戦錬磨の勇将だ。って、今は感心している場合ではない。

 

「ミツキ、行くよ!」

 

モンスターはこちらに突進してきた。

集中、集中・・・。

よく見ろ。足を凝視する。右、左。そのタイミングに合わせて、うまくかわす。

そのまま空気の噴射を行なった。体が浮く。

その風圧にビクともせず、ミツキも切りかかった。殴りつけると、鈍い手応え。

モンスターは、尻尾を振り回す。通り過ぎた地面から、氷の柱が立った。

ミツキは、風圧に上手くのって、自在に動くことができる。

 

確かに、今までのモンスターの比じゃないくらいは速い。

でも、死にたくないという思いだけが私を動かした。

 

まだ、死にたくない。

 

 

 

見た所、氷を使うだけだろうし、狩れなくても、時間稼ぎはできるはずだ。

恐怖に飲み込まれそうになりながらも、少しずつ分析していく。

 

 

ブォン、という音とともに、信じられない空気の波動が扉を直撃している。

なのに、氷の壁は中々壊れていない。

攻撃をかわしながら、その時を待つ。

 

「皆さんはとにかく避けてください!」

 

ミツキが周りの生き残ったハンターを誘導しつつ、攻撃を加える。

 

よく見える。

死にそうな時に人は本領を発揮するってのは本当なんだろう。

少しずつだけど、慣れつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、その時までは。

 

突然、モンスターが咆哮とともに、体を振り回す。一旦離れたが、その周りから、紫の液体が飛び出した。

紫の液体・・・

判断が、一瞬遅れた。

 

「毒・・・?」

 

「サッちゃん、足元!」

 

ハッと下を見ると、足元がボコボコと液体化している。飛び退くと、そこから紫の液体が吹き出す。

 

「何よ、これ!」

 

だけど、バリン!という音がした。

見ると、アイクさんの向こうで扉が割れ、扉の奥が見える。

 

「こっちだ!」

 

周りのハンターたちも、扉に向かって走り出す。

これが何だかわからないけど、とにかく助かる見込みが見えた。

 

「ミツキ、急いで!」

 

「うん!」

 

私たちは背を向けて走り出した。後ろを振り返ると、あいつはこっちをむき始めている。

 

間に合うか?扉までは50メートルほど。全力で走る。間に合え!

 

その時だった。ふと後ろを見ると、モンスターが翼を振っている。最初の時の光景が蘇る。

また、塞がれてしまう?何かしてくる?

 

あと20メートル。

 

頼む、頼む、頼む・・・

 

「サッちゃん、ごめんね。」

 

「・・・?」

 

 

ミツキの声がした。

ミツキは私の穿龍棍の風力操作スイッチを押した。

 

「何を・・・」

 

言い終わる前に、信じられない風圧が体を扉に向かって押した。

 

「キャアアアアア!!!!」

 

途端、モンスターから紫の風がこっちに吹いてくる。反射的に、ミツキの手を掴んだ。すごい風で、扉に一直線に向かう。

 

「急げ!双星!」

 

アイクさんの声がする。アイクさんは、その白い波動を思い切り風に向かって放った。

 

そのまま、扉を抜けた・・・はずだった。どしんという衝撃とともに、ミツキの手が離れる。

 

その瞬間、宙に浮いていた体が地面についた。

うまく着地できずに、体がゴロゴロと転がる。

 

そのまま、壁にぶつかった。

 

「いった・・・」

 

助かった・・・

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、そう思ったはずなのに。

顔を上げると、扉のところには、下半身が紫色の氷で凍りついたミツキの姿があった。

そして、その氷が信じられない速さでミツキの腰まで登っていく。

 

 

「ミツキ!」

 

「来ないで、サッちゃん!」

 

 

ミツキの体の氷は、どんどん胸のあたりまで侵食している。すぐに行かなければ。

だが、体が痛んで、うまく動かない。

ズルズルと足を引きずって進む。

さっきの着地を完全に間違えていた。

 

「ミツキ、諦めないで!」

 

「えへへー…。」

 

ミツキは、にこりと笑った。

でも、その目からは涙が流れ落ちている。

 

「サッちゃん・・・私、サッちゃんといれたこと、サッちゃんを守れたこと、

えーと、それからね・・・サッちゃんに恩返しできてよかったよ。

 

・・・私、もう、無理みたい・・・。」

 

目から生気が失われていくのがわかる。

 

 

「バカ、言わないの・・・」

 

この泣き虫が。

そんなの、認めない。何としても助けてみせる。

ずっとそうだったんだから。

 

「サッちゃん、絶対、生き残ってね。」

 

「ミツキ!」

 

手が触れられそうな位置まで来た。だが、氷はすでに顔にまで広がっている。

 

 

 

 

「サッちゃんーーー。ありがとう。」

 

 

 

 

それで、ミツキの体は完全に凍りついた。

 

 

「ミーーーー」

 

口がパクパクとしているのがわかる。

 

ミツキ?

ミツキ?

 

 

奥を見れば、アイクさんも、逃げようとしていたハンターも凍りついている。

アイクさんが最後に放った斬撃までも。奥には、その元凶のモンスター。

 

「あ、ああ。」

 

最初から、穿龍棍の風圧を使っていれば?

ミツキにスイッチを押されるまで気がつかなかった。

 

「あ、あああ。」

 

ミツキが、声をかけてくれなかったら、今回の狩猟、私は生き残っていなかった。

ミツキが、私と引き換えにーーー。

 

「あ、ああああ。」

 

ダメだ。死ぬ。私一人じゃ、こいつは倒せない。ミツキの犠牲も、私の力じゃ意味がない。

逃げなきゃ。逃げなきゃ。

モンスターの目と私の目が合った。冷たい目だった。

赤い目が、光った。

 

ーーー何で、今私は生きてるの?

 

「ミツキィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、目が覚めた。まず目に入ったのは、青い髪の毛。

 

「サツキ!サツキ!」

 

「リュ、ウ・・・?」

 

こうして、私は生き残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後で聞くと、異変に気がついた救援隊が駆けつけた時、私が一人で倒れていて、奥のモンスターはいなくなっていたらしい。

 

その扉は、誰一人として侵入を許されないことになった。

中に閉じ込められたままの100人ほどの遺体も、家族の元に帰ることは叶わなかった。

 

ただ一人、扉の外で氷に閉じ込められた彼女を除いて。

 

ミツキの遺体は、凍ったまま持ち帰られた。

家族の意向で、今でも、ミツキはギルドの冷凍室で眠っている。

 

 

 

私はミツキのお母さんに、一晩中謝った。

泣きながら何度も頭を下げた。

 

 

「サツキちゃんに悪いところなんてないのよ。」

 

 

そう言ってくれたけれど、凍ったミツキの前で泣くお母さんを見ていたから。

 

 

 

 

 

だから、私は自分のしたことをひどく責めた。いや、今でもそうだ。

 

なぜ私は生き残ったのだろうか。

たった一人の幼馴染しか守れなかっハンターに何の価値が?

 

私に、価値なんて存在するんだろうか。

 

そして、私はモンスターを狩れなくなった。モンスターの目を見れば、あの時の光景がフラッシュバックしてくる。

 

周りは、唯一の生き残りである私を責めたて、面白がり、寄って来た。家に引きこもった。

リュウや、姉にも関わらなくなった。私は、もう生きる意味すら見失っていた。そんな時ーーー。

 

 

私は、唯一の希望に出会ったのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「こうして、サツキさんはハンターを辞めました。

それから、少しずつ精神も回復しましたし、世間の熱も少しずつ冷めた。

だから、おそらく普通の生活ができるまでなったのでしょう。」

 

そうして、村長の長い話は終わった。でも、一つ違うと思うことがある。

サツキは、世間の熱が冷めたから生きているんじゃない。

雑誌のことを思い出していた。

 

 

 

多分、だからサツキは都市伝説の死者を蘇らせる手段を探していたんだろうな。

 

その唯一見つけた希望にすがるようにして。それしか、今まで見てこなかったんだろう。

なんて、残酷なんだろう。

なんて、私はナメていたんだろう。

 

私は、狩りをするハンターがかっこいいと思ったから、楽しそうだと思ったからハンターになった。

だけど、同い年のサツキは、もっと過酷な狩りの本当の姿を知ってる。

でも。だとしてもーー。

 

「村長、皆さん!大変です!」

 

突然、村人が飛び込んで来た。

 

「ど、どうしました?」

 

「村のすぐそこで、巨大なモンスターが!」

 

反射的に、身構えた。空気が一気に変わる。

 

「行くぞ!」

 

ベガさんの声に応え、私は飛び出した。

怪我をしていたはずの体は軽い。

 

 

 

 

 

 

ううん、サツキに比べれば、私はずっと軽いもん。

 

 

 

 

サツキ。見ててほしいな。今度は私のことを。

今度は、私があなたに見てもらう番だ。今までの狩りで、何度もサツキの姿を見て、かっこいいと思ったんだ。

だから、贅沢かもしれない。

 

こんなの私が言うのも、本当はおかしいのかもしれないけどさ。

 

 

 

 

 

今度は、私のことも見てくれないかな。



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第16話 笑顔!

サツキの過去を聞いたハンターたちは、何を思うのか?
続きです!


少しずつ、霧が晴れていく。

でも真っ白な霧ではなく、むしろ真っ黒な霧。

 

もう何度繰り返したかもわからないあの悪夢が、ようやく晴れていくのがわかった。

 

身体がわずかに動く。

うん、大丈夫そう、かな・・・

 

 

「サツキどの、サツキどの?」

 

しわがれた声に名前を呼ばれた気がした。

薄眼を開けると、そこにはどこかで見たようなおじいさんの姿。

 

「モグラさん・・・?」

 

いつかに見た、モグラさんの顔だった。

 

「おお、目が覚めたか。」

 

私は起き上がった。

頭が痛い。

 

でも耳につく雨は依然として降り続いている。

 

あれ?私、なぜこんなところに・・・?

 

ふと目の前に、赤い目が現れた気がした。

戦慄が走る。

汗が一気に噴き出して、呼吸が乱れる。

 

「サツキさん、これを!」

 

手渡されたコップの水を飲み干した。

ダメだ。必死に頭から記憶を振り払う。

 

こんなとこで、また倒れるわけには・・・

 

 

 

ゆっくりと呼吸をする。

 

「スーッ、ハーッ。」

 

 

 

 

 

少しだけ、落ち着いた。

顔を上げる。

 

生きてる・・・。

どうやら私は、また助けられてしまったようだ。

 

 

「目覚めましたか、サツキさん。」

 

 

ふとドアの方を向くと、村長さんがいた。

さっきの声・・・

そっか、村長さんがお水を・・・

 

悲しそうな顔をして、髪飾りをいじっている。

 

「ありがとうございます、本当に。そして、申し訳ありませんでした。」

 

「いいんですよ、サツキさん。

それよりも・・・許してください。」

 

「何か?」

 

「あなたの過去のことを、皆さんに話しました。」

 

「え・・・」

 

ドクン、と胸が疼く。

 

「なぜです?」

 

次に私の口から出たその言葉は、喧嘩腰だった。

・・・あのことは人に言うことじゃない。

 

それに、村長さんが知ってるはずがなかった。

 

「誰かから、聞いたんですか?」

 

「ええ。サツキさんの、お姉さんから。」

 

「なんで・・・」

 

「おかしいと思ったんです。あなたがリュウさんと共にやってくると聞いた時から。

だって、あなたが元ハンターだってことは知ってましたから。

・・・そして、あんな姉がいるハンターがどうしてやめたのか。

もしかして、ハンターになりたいのではないかとも思ったものですから。

 

だから、メゼポルタに聞きましたよ。

直接、お姉さんが話していただいたことにはびっくりしましたけどね・・・。」

 

「そんな・・・でも。」

 

「理由は単純です。あなたを助けたかったんですよ。」

 

「助けたかった?」

 

「お姉さんは、ただ一つ言いました。

リュウさんとサツキさんを、解き放ってあげてほしいって。」

 

解き放つ・・・?

確かに、私とリュウはミツキのこと、ずっと気にしてる。

私が、縛られてる?

いや、でもこれは縛られるべき罪だ。

 

たくさんの人が死んで、私だけが生き残った。

 

そして何より、私をかばって、家族ある女の子が死んだんだから。

そんな私の耳に、村長さんの言葉が降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは、戦いすぎなのですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

「だって、そうじゃないですか。一人であの事件を背負って、一人で戦う。

リュウさんもそうです。あなたたちを派遣したことに、ずっと負い目を持ってたった一人で戦っている。

苦しんで前を向くことが正しいことだと思い込んでいる。

ミツキさんのためだ。彼女の影にずっと囚われている。

・・・しかし、ここにいる人を見てください。

 

彼らは、なぜ狩りをしているのかわかりますか?」

 

「なぜ・・・?」

 

「守りたいからですよ。」

 

「大切・・・」

 

「はい。彼らは、守りたいだけなんです。

この村、そこに住む人。ギルドの人も、この自然も、そして、仲間も。

あなたもなんですよ、サツキさん。

 

あなたも、仲間なんです。」

 

「・・・そんなの、認めてもらえるはずないでしょう?」

 

「・・・確かに、受け入れられやすい話をしたとは思ってません。

でも皆、あなたと共に戦ってきたでしょう?

彼らがなんで狩りをするのか。

あなたがどういう思いでいるのか知った彼らが、どうするのか。

・・・普通だったらいい反応ではないでしょう。

だからこそ、今までと変わらず、あなたの戦いを支えてくれるハンターたちだと、私は賭けてみたんです。

そして、その答えをあなたは聞かなければなりません。」

 

みんなが、あれを聞いて、答えを・・・?

 

考えてもわからない。

怖い。

 

みんなが、守りきれないハンターを、迷惑しかかけていないハンターを、どう思うのか。

考えたくもない。

 

 

その時だった。

バンっ!!

 

ドアが勢いよく開いて、リュウが入ってきた。

 

「村長!なぜ、モンスターの襲来が私に報告されないのです?」

 

「リュウ?」

 

「サツキ、目が覚めたか。よかった。だが、そうも言ってられない。

・・・村の門のど真ん前、30メートルほど前でモンスターが暴れているらしい。」

 

「な・・・!」

 

 

 

 

信じられない。私も行かなければ。

無理矢理にでも、身体を起こそうとする。

 

でも、ふらついてしまった。

ベッドに倒れこむ。

 

「サツキ、無理するな。

・・・それより村長、説明してください!

まず我々に報告するのが筋なはずでは?」

 

村長さんは、にっこりと笑って私たちを見た。

 

「私は心配など微塵もしていません。皆、私の村のハンターです。

村に危害が及ぶことはありません。」

 

「どうして、そこまで・・・?」

 

そんなの間違っている。100パーセント村に危害が及ばない保証はない。

彼らを、どうしたらそんなに信じられるというの?

 

「村長!それはおかしいです!」

 

「あなたたちは、この狩りを見ていてください。

・・・出過ぎた真似だと理解しています。

でも、どうかお願いします。

ついてきてください。」

 

深々と頭を下げる村長さん。

リュウも黙ってしまった。

モグラさんもうんうんと頷いている。

 

 

「大丈夫ですよ、本当に。」

 

 

その声に、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドボルベルク、それがあのモンスターの名前です。」

 

村長さんが教えてくれた。

 

 

見たところ、尻尾のハンマーによる叩きつけ攻撃。巨体を活かした体当たり攻撃。

これが主な攻撃で、途中で何度か回転攻撃もするようだ。カンナは、足元に潜り込んで足を切りつけている。

双剣がキラリと光った。すると、突然巨体が転倒した。

 

 

「足の怯み・・・」

 

足を攻撃することによって稀に引き起こせるモンスターの転倒。

怯みを引き起こしたのは、間違いなくカンナだった。

 

 

「カンナのあんなの、初めて見た。」

 

「カンナさん、さすがですね。」

 

 

6人もハンターがいれば、優勢に戦いを進められるだろう。

でも、なぜだろう。

外から見ていると、何故か視線はカンナに吸い寄せられた。

いつも中にいて、気がつかなかった。

 

 

そのままカンナは、尻尾に向かって走り出す。双剣が輝いた。

 

「鬼神化!」

 

ズバンッ!という音とともに、尻尾の先が切り落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで?」

 

彼女に視線がいってしまう理由。

しばらく見ていれば、わかった。

 

 

笑ってる。雨と血が舞う中、カンナは笑っていた。

 

 

 

「どうして・・・そんな笑顔でいられるの?」

 

 

 

たまらず、ドボルベルクは後ずさる。だが、続いて回転を始める。

だが、すでにセリアさん、セレオさんが足下に潜り込んでいる。足を切りつける二人。

 

 

「カンナ!」

 

 

見ると、カンナが一人、遠く離れたところから走り始めた。その先にはミルさん。

両腕を前に出し、ドボルベルクを顔だけで視認している。

 

「それ!」

 

 

 

ジャンプしたカンナに、ミルさんの腕が乗る。そのまま、ミルさんは思い切りカンナを、ドボルベルクに放り投げた。

いくら大きいとはいえ、その回転の尻尾の高さはせいぜい人の頭の高さ。

 

高さ的にそれより高い尻尾は無意味だし。

 

 

 

だから、それより高く飛んでしまえば、確かに楽に近づける。

そのまま、カンナはドボルベルクのコブに、思い切り二本の剣を突き立てた。

 

「ガアアアアアアア!」

 

たまらず倒れるドボルベルク。

 

「乱舞!!!」

 

 

 

そう叫んだカンナが、コブに向かって剣を振る。

血の出方が尋常じゃない。

多分、あそこは弱点なのだろう。

 

 

 

 

 

そして、その数秒後。

 

「ウガアアアアアアア・・・!」

 

 

 

ドボルベルクは、倒れ伏した。

 

 

・・・・

 

「よおおおおおおし!!」

 

 

ハンターたちの歓声が上がる。

勝った・・・!

 

 

 

うおおおおー!

後ろから、雨音に負けない叫びが上がる。振り返れば、ユクモ村の人々がいつの間にか集まっていた。

 

 

「やいカンナー!カンナのくせに!」

 

「ミルさん、ベガさん、かっこいいー!」

 

 

みんな、異変の中、モンスターの襲来まで受けて不安だろう。

でも、こんなにたくさんの人が応援してくれている。期待してくれている。

カンナは相変わらず笑っている。

 

 

 

 

 

確かに、思い出した。そうだった。

こんな中で、戦うのが私は好きだった。

目の前が、少し滲む。

 

 

 

「サツキ。」

 

 

 

いつの間にか、カンナが目の前にいた。

 

 

「サツキも、ミツキさんから解放されよう。忘れなくていい。

・・・でも、囚われてたら、いつまでたってもミツキさんは悲しいまま。

大丈夫。必ずミツキさんを生き返らせることはできる。

私たちも手伝うから。だから、サツキもありったけの力でさ。

 

今はさ。狩りを楽しもうよ。」

 

「・・・うん!」

 

カンナは、リュウの方を向いた。

 

「リュウさん。私たちで、この異変を解決しましょう。

事態は一刻の猶予もありません。もう何日連続雨だと思ってるんです?

大丈夫です。」

 

カンナはにこりと笑った。

 

 

 

「私たちは、強いですよ。」

 

 

 

後ろには、笑顔のハンター達。私たちは、顔を見合わせて、笑ってしまった。

 

 

 

「生意気なカンナだな・・・

サツキ・・・もっかい信じていいか?」

 

答えは、決まってる。

 

「任しときなさい、当然じゃない。」

 

 

リュウはみんなの方を向いた。

 

 

「守りましょう。この村を。そして、この世界を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、後ろに誰かいる気がした。振り向こうとしたら、背中を押された。

わかったよ。

私も、好きに歩くから。もう少しだけ、待っててね。

私の、大切な相棒さん。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・、なんだ、もう出発してたんですか。」

 

 

俺は、その報告を聞いてさっきみんなに言ったことを思い出した。

サツキを、もう一度信じる。そして、今度はもう大事なものを失わないようにするんだ。

この異変は、我々だけで解決してみせる。と、メゼポルタに連絡しようとしてみたら、この連絡だ。

 

先鋒隊が、もう出ているらしい。

しかも・・・驚きだ。

 

 

 

「しかも、あなたたちが出るんですね。いいんですか?

メゼポルタギルドは、自分たちの()()()()()をメゼポルタから離して。」

 

 

 

「うーん、まあ、いいんじゃないかしら?

それが上の判断らしいし。何かあっても、あっちには戦力溢れてるしね。

・・・それに、いい話も聞けたしね。私にとっては、最高の。」

 

 

「サツキのことですね。」

 

 

「そう。・・・カンナちゃん、か。うん、サツキちゃんがね・・・」

 

 

電話の向こうでは、涙ぐむ女の人の声がしていた。

 

 

「何か、やっぱり嬉しいな。」

 

「全く、あやつもつまらぬことを考えるものだ。」

 

 

今度は男の人の声がした。

 

 

「まあ、くだらぬことに気を取られていて、それが取り払われたのだから、悪いことではないがな。」

 

「そういうこと言わない!ねえ、リュウくん。カンナちゃんによろしくと言っておいて。私たちもできるだけ早く向かうからさ。」

 

「ええ。お待ちしていますよ。」

 

 

この人たちが来てくれるなら、正直後は待っているだけでもいいかもしれない。だが、彼らの覚悟を信じるなら、我々も動かなければ。

 

 

「こっちも、ベストを尽くします。だから、お願いしますよ。『血陰』のお二方。」

 

 

雨が、少し弱まった気がした。




サツキがやっと自分の気持ちに気がつくお話でした。
この話が書きたくて今まで長々とやってきたんですね、はい。
ごめんなさい。

そして、謎の二人の正体は・・・?


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第17話 彗星!

ハンターとして過去から決別することを決めたサツキ。
一方、リュウは謎の人物たちと会話していて・・・?


最近、砂原の方で奇妙な事件が起きているらしいーーーー。

 

 

 

 

 

それを聞いたのは、カンナたちがドボルベルクを撃破した翌日のことだった。

 

 

「それで、オスロさん。砂漠から、残らず生き物が消え失せた・・・

ということですね?」

 

「ええ、そうです。」

 

以前、ボルボロスに敗れ、やっとのことでベースキャンプにたどり着き、私たちが助けることに成功したオスロさん。

彼が、使者としてやってきたのは朝早くのことだった。

 

あの時彼はしばらくユクモに残っていたが、すぐに帰ってしまった。

そして、今回はあのボクトさん・・・

ドスジャギイの一件で村を襲われていたあの村長さんの使者という形でこの村にやって来ている。

 

「それで、こちらのハンターさんに頼もうかと。

・・・あれほど頼もしい方々なら、例え強大な敵が出てこようと安心に進みそうです。

私も、長く自分にギルドを空けてはいられません。

ここは一つ、あなた方にお願いしたく。」

 

机に座ったまま、頭を下げるオスロさん。

 

 

「頼もしいなんて・・・えへへー、照れます!」

 

 

そして使者に対して思い切り笑顔で振る舞う女の子。

 

一晩休んだ私も、そしてドボルベルクとの戦いを無傷で終えたカンナもようやく復帰したのだが、しばらく見ないうちに、そして昨日のことがあったとしてもこういうところはちっとも変わっていないわね・・・。

 

 

・・・でも結局この子のおかげでまたハンターに戻れそうだし。

先の見えない闇の中にいた私に、手を差し伸べてくれた女の子。

 

・・・無下にはできないけど。ほんのちょっとだけなら見直したのも本当だし。

 

 

 

 

それに、この子は今は鳴りを潜めているが、天才ハンターの専売特許、ゾーンに入れるハンター。

ということは、潜在的にはこの子は、きっと私よりすごいわけだし。

 

この子より下とか、自分で言っておいてムカつくわね、なんか・・・

 

 

 

「お話は承りました。では、我々で調査を進めましょう。」

 

 

 

リュウはあっさり引き受けた。

 

 

 

「うんうん、やっとリュウくんも俺の実力に気がついたかなぁ。」

 

「ベガ、うるさい。」

 

「ミルちゃん、顔怖いよ?そんなんだから、結婚でk」

 

 

 

即座に拳骨が振り下ろされる。

緊張感がない・・・

 

そしてその中心は間違いなくこの人。村一番の天才だっていうのに。

・・・まあ、ミルさんとの相性はバツグンだけどね。

 

 

夫婦漫才的な意味で。

 

 

 

「ともかく、これは白光、紅葉両陣営で対応しましょう。砂漠へ全員、派遣します。」

 

「えー、村の防備は大丈夫なのかしら?」

 

 

サーサさんが声をあげた。

 

 

「ええ、大丈夫です。今は、あなたたち二チームで動いてください。」

 

「何か考えがあるんだな?」

 

 

ミナミさんが言う。

前まであんなにバチバチしてたのに、今は何だか二人とも雰囲気がいい。

 

 

「任せてください。

・・・実は、昨日連絡があって、メゼポルタからハンターが派遣されました。本来我々だけで対処をしようと言ったんですがね。

ですが、彼らが到着すれば、村の防備は万全です。」

 

「何だって?それなら話は早いな。」

 

少し驚いた。

あれほど遅れていた救援がようやくきたのか。

まあ、救援が間に合うのなら私たちが頑張りすぎることもない。

それはそれでよかったわね。

 

 

「戦力は多いに越したことないしね。ってことは、援軍が来るまで耐えればいいのかな。」

 

「ちなみに、そのハンターって?」

 

 

カンナが聞く。メゼポルタからFハンが来るなら、そりゃ気になるだろう。

 

 

「『血陰』です。」

 

 

ドンガラガッシャーン!その場にいた全員が後ろへひっくり返った。

わたしも含め。

 

「い、いや、そんなわけ!」

 

「なんでそんなビッグネームが?」

 

「いや、あり得ないっしょ!」

 

「ま、まあ、驚かれるのも当然ですよね・・・」

 

リュウが頭をポリポリと掻く。

 

 

 

「ってか、サツキ!」

 

「・・・わかってるわよ。」

 

 

 

血陰・・・。この世界でその名前を知らない人はいないだろう。

ハンターは基本的に4人一組で行動するのが原則。

ただ私とミツキの「双星」みたいに、稀に人数関係なく組まれるチームもある。

そしてその血陰っていうのは、オールラウンダー二人による究極のチームのの愛称だ。

今現在、ハンター界における最強のチームだ。

 

そしてその片方は紛れもなく、私の師の『忍面』ホームズ。

正確には、私が師だと思っている人。

向こうがどうだか知らないけど・・・。

 

 

「まあ、ともかく、そういうことなんで、安心です。」

 

「ま、まあ、確かにそれが来るなら安心だねー!」

 

「すごい、血陰に会えるなんて!」

 

「カンナ、騒ぎすぎだぞ。」

 

「超有名人ですよ、当たり前じゃないですか!ああ、異変ありがとう・・・」

 

「感謝してどうすんのよ!」

 

 

カンナがおかしくなっているので話を進める。

 

 

「それで?具体的には何をすればいいの?リュウ。」

 

「まあ、簡単に言えばその調査だ。古龍アマツマガツチを倒すには、おそらく全戦力の投入が必要だし、その間に周りの村がやられては困る。最悪でも、この一件だけは片付けたい。

もし何かあって、必要があれば、狩りに移行してくれればいい。」

 

「了解。」

 

「・・・皆さんを、信じます。

どうか、お気をつけて。」

 

 

リュウはにこりと笑って、私たちを送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうちゃーく!!!!」

 

「うるさい!」

 

カンナにツッコミを入れて、私も砂を踏む。

 

村から数時間。

私たちは、以前ドスジャギィの件で世話になったボクトさんの村に到着した。

・・・一年ほど前と何も変わっていない。砂の中、水が沸く数少ない場所。そこに、転々と煉瓦造りの小屋が立ち並んでいる。

人も忙しそうに行き来している。

 

ユクモ村の方角を見ると、厚い雲が見える。

割とここは村からも離れているせいか、雨が降っていない。

ただ、曇ってはいるが、それでもクエストで濡れなくて済むのは久しぶりだ。

 

 

「お久しぶりです、ボクトさん。」

 

「どうも、ベガさん。今回もありがとうございます。調査、お願いします。」

 

 

二人が固く握手を交わした。

白髪の優しそうなおじいちゃん、といった装いをしたボクトさん。前来た時と何にも変わらない、茶色のマントを羽織っている。

そのまま、一番大きな小屋に案内された。中に入ると、大きな机に椅子が並んでいる。私たちはそこに座った。

 

 

「それで、状況を伺いたい。」

 

 

ミルさんが、代表して話し始める。

 

 

「はい・・・それが、最近村の近くでモンスターを見かけないのです。」

 

「それは聞いたけど、むしろそれはいいことではないのか?」

 

 

ミナミさんが声を出す。

確かに、それならそれに越したことはないのではないかとも思う。

 

 

「ええ、でもあまりにも妙で。

このような辺境の村ですし、我々も武装しつつ、ハンターの皆さんの力も借りつつ、うまくモンスターとは付き合ってきたのですが、最近は必要もなくなっていて・・・何か、嫌な予感がしたんです。

それに、村人の何人かが、砂漠で何か黒い生き物を見た、と言っていて・・・」

 

「黒い、生き物・・・?」

 

「真っ暗でよく見えなかったそうですが、黒い、巨大な何か・・・。

村人は怖くて逃げ帰ってしまったようですが。

私の予想なんですが、おそらく、何かがいるのだと思います。

この砂原に。」

 

「・・・うん、私もそれはわかるよー、多分、あの時のハプルボッカもそうだよね・・・」

 

 

セレオさんが口を開く。

そう。突然積荷を襲ったハプルボッカ。

やけに弱っていたあの個体。あの狩りはあまりにも楽だった。

 

 

「随分ハプルは弱っていた。」

 

 

ミナミさんが言う。

 

 

「それは、多分ほかのモンスターにダメージを受けてたからだ。

あの死体を見たんだが、明らかに剣なんかじゃつかないような傷が混じってた気がする。

特に腹の下側に、どでかい穴が空いてたぞ。

・・・あれは完全に人間のつけれる傷じゃない。」

 

「ってことは・・・」

 

 

つまり、この付近に何かがいるのだ。それも、大型モンスターに大ダメージを与えるような何か。

おそらく、とんでもなくヤバイ。

久々に狩猟の前に鳥肌がたった。

 

 

「実害が出ていないのに、あなたたちを呼ぶのは誠に心苦しいのですが・・・」

 

「いえ、我々も早くカタをつけなければなりません。

この地方で起きている異変は、すでに一刻の猶予もないですから。」

 

 

ミルさんが立ち上がる。私も立ち上がった。

 

みんなの顔を見渡す。

 

背中に背負ったボウガンに弾を込めるサーサさん。

大剣に一度手をかけるミナミさん。

隣に立ってると髪留めのあるなし以外でほとんど見分けのつかないセレオさんとセリアさんは、互いの双剣を確認している。

いつになく真剣な顔で目を閉じるベガさん。

ミルさんはそんなベガさんの背中を思い切り叩く。

 

「・・・わかってる。」

 

そう呟いた。

そして、カンナは・・・

 

笑っていた。少しだけ、微笑むように。

 

「・・・何笑ってんだか。」

 

8人のハンター。それぞれが特徴を持ち、戦う精鋭たち。

この辺鄙な村に、異変が襲来して、このメンバーが揃ったこと。

私には、なにかの巡り合わせに感じてならなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時刻は夜8時を回った頃だろうか。腰につけた電灯であたりを見渡しても、殺風景な岩と砂の山のみ。

雲に覆われて、月明かりのない砂漠に、その塊たちはもう噂の黒いモンスターに見えるんだけどな。

 

随分寒くなってきた。砂漠の夜は冷える。さっき、ホットドリンクを飲んで体をあっためたんだけど、それでもその寒さをはっきりと感じ取れる。気温は多分だけど、氷点下にはいってるかな?くらいだろう。

 

それにしても・・・

 

 

「本当に、人っ子一人いないなぁ。」

 

呟いてみる。

 

「いや人間はいないわよ。」

 

「いいツッコミ、サツキ!」

 

予想通りのツッコミが返ってきた。

やっぱサツキとは相性いいな。

 

「・・・はめられた気がする。」

 

「・・・二人とも、緊張感って知ってる?」

 

ベガさんに叱られて黙り込む。

うん、それはどうでもよくて。話に聞いていた通り、モンスターは一匹もいない。

ハプルの時時群れていたデルクスすら見ることができなくなっている。

 

 

「うーん、ダメだ。いないな。」

 

「こう暗くっちゃねー!」

 

「また明日にするか。」

 

「でも、できるだけ時間をかけたくは・・・。」

 

「サーサちゃん、こればっかりは運だよ、運。焦っても仕方ないって。」

 

「でも、村を離れすぎるのも・・・」

 

 

ミルさんは少し考える。

そして、手元から地図を取り出した。

 

 

「わかった。念のため、二手に分かれて帰ろう。捜索範囲を少しでも広げるためだ。

ベガたちはここから向こうを回って帰ってくれ。

私たちはこっちから行く。」

 

 

ミルさんは私たちが通ってきた道から二手に別れて帰る道を示した。

 

 

「りょーかい。でも、途中で何か見つけたら?」

 

「無線の電源を入れとこう。いざって時は、その音を聞いて判断する。

多分雑音が激しいけど、異変に気がつくくらいはできるだろう。」

 

「へーい。そしたら白光は行こうか。

じゃあ、ミルちゃんまた後でねーん!」

 

「うっさい、さっさと行け!」

 

「セリア、また後でねー!」

 

「セレオも気をつけてねー!」

 

 

あの班はほんと賑やかだな、といつも思う。

4人に手を振って、見送った。

 

「じゃ、私らも行くぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、ほんと、あいつは・・・」

 

歩いていると、ミルさんが独り言をつぶやく。

いや聞こえてたら独り言でもなんでもないと思うんだけどな。

 

「ミルさん、あんまり嫌じゃなさそうだねー!?」

 

「セリア?お前、からかってんのか?」

 

 

耳のあたりを真っ赤にするミルさんを見て、つい笑ってしまった。

 

 

「あの・・・」

 

 

途端、声を出したのは少し後ろにいたサツキだった。

 

 

「サツキ、どったの?」

 

「・・・いえ、少し思ったことがあるんだけど。」

 

「何だ?言ってみな。」

 

「えと・・・もしこれがモンスターの仕業だったとして、そこまで強大なモンスターが、ですよ?

姿をほとんど見せてないってのはつまり・・・」

 

「つまり?」

 

「地上にいないってことじゃ・・・」

 

 

地上に、いない?ってことは・・・

ってことは、さ・・・

結論として考えられるのは・・・

 

 

「・・・なあ、セリア。私たち、今までこんな音出してたっけ?」

 

「ううん、ずっと黙って静かに歩いてた、かも・・・」

 

 

突然、砂の中から何かが飛び出した。それも、私たちの中心から。サツキが私を突き飛ばした。

 

 

「いったい!」

 

 

硬い感触。下から何かに突き上げられた。地面と空が逆転して、鈍い痛みが体を襲う。

何とか受け身をとった。見ると、全員四方に飛ばされている。

 

 

「あぶな・・・」

 

 

痛みはあるが、何とか致命傷はさけたようだ。回復薬の小瓶を取り出して飲み干す。

体の痛みが抜けていく。

 

目に入ったのは、まっ黒い何かだった。慌てて光に照らす。

小型懐中電灯。

夜の暗さに対抗するためにと、村の方にもらったものだった。

 

真っ黒な体色に、フリルのついた頭。緑の小さな点のような目に、二本の長い角。

15メートルはあろうか。

見た目的には真っ黒な悪魔・・・にしか見えないモンスターがそこにいた。

 

 

「ディアブロス!」

 

 

それは、この世界ならお馴染みのモンスター。絵本でもなんでも見たことない人なんていない。

 

だが、その体色は砂と同じ黄土色のはず。

目の前の真っ黒に染まったディアブロに、私は戦慄した。

ナルガクルガは、聞いたところによると真緑だったそうだ。

ギギネブラは部分的に色が違った。

 

 

「特異型・・・こいつも!」

 

 

地響きにも聞こえる唸り声を、ディアブロスはあげた。

 

 

「うるさい!」

 

 

そのままディアブロスは、その二本のツノをこっちに向けて、突進してくる。

 

 

「速・・・」

 

 

避けたが、足が掠めた。

 

振り向いたが、見えない。真っ暗な闇の中に、やつは完全に溶け込んでいる。

目を凝らすと、ディアブロはサツキの方へ向かっていた。

 

 

「サツキ!」

 

 

サツキはうまくかわす。

別に立ち直ったといっても、サツキは目が見れないことに変わりはない。

彼女はとにかく視野を下に下げなければならない。

 

 

さっきの速さを頭の中で描く。

あの速度で動く相手をそんな近い視野で見切るなんて・・・

 

いや、私なら無理!

 

 

 

「気をぬくな!」

 

 

 

ミルさんの声。

素早く頭を切り替える。

狩りは始まった。だが、明かりを灯し、ディアブロスの姿を捉えていては、武器など使えない。

目を凝らすと、突然ディアブロは現れた。今度はとっさに右に避ける。

剣を抜き、振るが、もう既に闇の中に消えていた。

 

 

「どうしよう、暗すぎる!」

 

「任せなさい!」

 

 

サツキの声が暗闇からする。

 

 

「こんな時のサポートじゃん!」

 

 

不意に、辺りがパッと明るくなった。ディアブロの姿がはっきり見える。

サツキが、照らしていた。

 

 

「さあ、3人とも早く!ベガさんたちの到着まで、なんとかしましょう!」

 

「ってか、ベガ!さっさと来い!」

 

 

ノイズが混じって聞こえないが、何か聞こえた気がした。

やっぱり、これだけ激しく動いていては、無線も機能しない。

 

ディアブロが思い切り吠えた。耳が破れそうなほど大きな音。

だけど、迷わない。狩るんだ。こいつを。

 

 

 

しばらく攻撃してわかったこと。このディアブロスはとにかく速い。

 

普通の個体の数倍の速度を感じる。

いつもは難なく見切れる速さも、ここまで来ると集中力が鍵になって来るくらいだ。

 

だが、明るければとにかく何とかなる。ミルさんがランスでうまく鋭い角を受け流し、私とセリアさんがダメージを与える。

基本的な紅葉の狩りは、前からこの一連の流れだ。

 

今は足や腹にダメージが集中している。徐々に手応えをつかんでいる、はずだった。

だが、突然ディアブロは足をふみ鳴らし始めた。

 

 

「離れろ!」

 

 

ミルさんの声で、私たちも離れる。その口から、どす黒い息が出ていた。

わかる。

ディアブロスがああなった時は、あんまりいいことがない。

極度の興奮状態になってるって証明なんだよね。

 

 

 

「おーい!来たぞ!」

 

 

 

同時に、後ろから声。振り向くと、白光が来ていた。

 

 

「みなさん!」

 

「お待たせ!・・・チッ、またこんなやつか。」

 

「セレオ、いける?」

 

「大丈夫だよ!」

 

 

私は、横を見る。

 

 

「本当、飽きないわね・・・

何であんたこんな時に笑ってんのよ。」

 

 

その顔を見て、何だか嬉しくなってしまったってことを、あとで言おうと思った。

 

だって、サツキは、笑みを浮かべていた。いつもの仏頂面じゃなかった。

 

 

「サツキ、笑ってるよ?」

 

「……ほんと?ふふっ、誰かさんのせいね。」

 

「へ?」

 

「カンナ、あんたのせいだって言ってんのよ?狩りの間、ずーっと笑顔のくせに。」

 

「それは褒め言葉だって。」

 

 

ニッコリと笑っておいた。

 

ディアブロは、黒い息を弾ませながら、こっちに狙いを定める。

 

 

確かに、死ぬかもしれない。でも、この命のやり取りが、私は嫌いじゃない。

 

 

これが、狩りだ。

 

 

ディアブロが、こちらに走り出す。

そして私たちは、必ず、こいつを狩るんだ。

 

—————————————————

必ず、狩る。カンナの笑顔を見ながらそう思っていたが、それは甘かった。

 

黒い息を吐き始めたディアブロス。

その速度は、正直次元を超えていた。

視認しているのに、気がつけばもう目の前に角が迫っている。

私たちもギリギリで躱しているが、避けるので限界だ。

 

 

「ああもう・・・穿龍棍さえ使えれば!」

 

 

カンナのおかげである程度乗り越えられたとはいえ、多分目を見たらまたあの症状が出る。

私が戦うにはまだ遠い。

てか、そもそもこのメンバーじゃ無理か・・・

 

 

「大丈夫か?」

 

 

ミルさんが隣に来た。

 

 

「はい!」

 

「少し作戦を実行する。

これから、スピードのあるベガ、セリア、セレオが軸。あとは全員囮だ。

ガンナーのサーサを筆頭に、支援に回ること。」

 

 

それと同時に、ディアブロが突進してくる。

私は、目さえ見なければいい。

 

とりあえずかわすことができた。

 

私は、振り向きざまに閃光玉を投げた。眩しい光とともに、ディアブロから悲鳴があがる。

3人が突っ込むのが見えたので、とりあえず支援は成功しただろう。

 

ディアブロはいったん離れたベガさんに向くが、今度はミナミさんが閃光玉を投げる。

当たらなくても、注意を引きつける。

 

これが閃光玉というものの一つの力だ。

ディアブロスはミナミさんに向き直り、突進を仕掛けるも、最初から避ける気のハンターを捕捉できるほどの速度はない。

というかそうなったらただの不可能というやつだし。

 

今の私たちはベガさん、セレオセリア姉妹を囲んだ円形の布陣。

文字通り「円形陣」と呼ぶ。

人が多く、さらに中に入った人の特性が活かされる時にはかなり有効だ。

 

 

ギャアアッ!

激しい悲鳴とともに、その黒い尻尾が切れた。

 

 

「よっし!」

 

「流石、3人だね!」

 

 

となりのカンナも叫ぶ。

このままいけば・・・

 

だが、ディアブロは新たな行動をとった。角を地面に擦り付けている。

 

すると、みるみるうちに体が見えなくなっていく。

 

 

「地中へ・・・」

 

 

あっという間に、その姿は地面に消えた。

ここにきて、新しい行動か。

 

地面に潜ったディアブロス。今度は何を・・・

 

 

「どーしたの!」

 

 

セレオさんが叫ぶ。…待て、最初のやつからすると・・・

 

 

「セレオ!」

 

 

セリアさんも何かを察したようだ。セレオさんも咄嗟にそこから離れる。

だが、ディアブロは逃さない。少し離れたところから、突然地上に飛び出す。セレオさんはとっさに双剣を突き立て、勢いを殺した。吹っ飛んだセレオさんを横目に、またディアブロは地中へ。

 

「みんな、無闇に動くな!」

 

そう声を上げたミルさんの元へディアブロは現れた。ランスの盾と角が正面からぶつかる。盾は壊れなかったが、ミルさんはそのまま吹っ飛び、後ろの岩にぶつかった。

 

 

「ミルさ………!」

 

 

カンナが叫ぼうとしたので口を塞ぐ。

 

 

「ばか、ちょっと静かに・・・」

 

 

今、ここは奴が支配している。迂闊に叫べば、どこから現れるか分かったものじゃない。

ミルさんは動かない。気絶したのはむしろ幸運だろうか。

 

しばらく静かにしていると、ディアブロは少し離れたところに現れる。とっさに体がそちらへ向きかけたが、目は見れない。

 

カンナが斬りかかったものの、すぐに潜ってしまった。そして、動いていたカンナが次の的になる。

 

 

「カンナ!」

 

 

慌てて突き飛ばす。

だが、動いてしまっては次はこちらだ。

ミルさんの方へ目をやると、セレオさんがついてくれている。

あっちは任せよう。

 

私はいい。最悪、穿龍棍を使った風の回避で何とか間に合う。

 

だけど、他の人はそうはいかない。

黒い息を吐きはじめてから、奴は全体的に能力が鋭敏になったみたいだし。

 

だめだ、みんな動けない。

一歩でも歩けば的になる。

 

 

みんな、疲弊している。

一発食らえば、死ぬかもしれない。

精神的にもかなりきているだろう。

 

このままじゃジリ貧だ。打開する方法は、奴についていくこと。

そのためには・・・

私にできることは何だ?

そして、託せる人は、誰だ?

 

ふと思いついた。

あの天廊でやってたことを今できれば・・・

 

 

「カンナ!」

 

 

回避体制に入りながら言う。

ディアブロはすぐそこから飛びかかってくる。角がライトを浴びて、キラリと光る。

 

そのまま片方の穿龍棍をカンナの方へ向けて、出力をあげた風を送り込む。

 

「きゃあっ!」

 

カンナは強い風を受け、ぐるりと1回転した。

 

 

「よし、予想通り!」

 

私は何とか回避すると、無線を取り上げる。

みんなは標的にならないように黙っていたが、無線を取り上げる。

 

 

「皆さん、静かに聞いてください。」

 

 

喋り始めるとディアブロスは飛びかかって来る。

何とか回避しながら喋る。

 

 

「私の穿龍棍の風なら、皆さんの回避の手助けができるかもしれません。

私の近くに来たら必ずジャンプでかわしてください。

そのまま攻撃に向かってください。他の人は懐中電灯で視界の確保を!

私も余裕がないので・・・っと!」

 

足の先を角がかすめる。

 

 

「了解!」

 

叫んだベガさんの近くに来ていた。その途端ベガさんは飛び上がる。

ディアブロスが出て来ると同時に、思い切り噴射をかけた。

 

空気の塊に押されたベガさんはそのまま回避。

着地と同時に攻撃を仕掛ける。

 

よし、これだ。

 

そしてそのままカンナの方へ転がり込む。

今度は私が、と叫びかけたカンナの口をふさぐ。

 

 

「声を落として。」

 

「どしたの?」

 

「あんただけが頼り。この状況じゃみんな死ぬわ、いずれ。」

 

「でも、この作戦なら!」

 

「このまま攻撃してても埒あかない。ベガさんだって2、3発入れれればいい方だし、私の体力にも限界がくる。

これは時間稼ぎなのよ。」

 

 

全員が肩で息をしている。そう、スタミナが切れたら死ぬのだ。

 

 

「えと・・・?」

 

「ゾーンよ。」

 

 

結局、それしかない。

今瞬間的な力なら、右に出るもののないゾーンという力。

それに頼る。

 

打開できるとしたら、それしかなかった。

 

 

「でも、私、あれそんな簡単に入れないと思うけど・・・」

 

「でも、入れなきゃ死ぬわ。みんなのために。」

 

「…わかった!」

 

「とにかく集中しなさい。それがゾーンに入るコツ。それまで少しでも時間稼ぎと攻撃はしておく。頼んだわよ。」

 

 

カンナは目を閉じる。

ハンターである以上、今私にできることをする。

 

もう後悔しないために。死なないために。

 

ミツキに誓ったんだから。

必ず待っててって。

 

だから私が死ぬわけにはいかない。

 

 

「皆さん、行きますよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは消耗戦だった。

私がディアブロスの攻撃を避けながらみんなの回避を手助けする。

ひたすらに私は走った。

 

砂埃のせいで喉が焼け付くように痛む。

足だって砂に取られながら全力で走ってるんだし、もうかなり足にきている。

 

「ハァ、ハァ・・・」

 

でも足を止めない。

だって、この人たちのためにやってるんだから。

 

 

私を支えてくれる人に何とか報いたい。

 

ただ、それだけなのよ。

でも何としてもやり切ってみせる。

 

 

 

そんな中、セリアさんを飛ばした直後、私の目が視界の端であるものを捉えた。

 

ミルさんが目を覚ましている。

 

彼女は立ち上がった。

 

まずい、今動いたら・・・

 

「すまな・・!」

 

声を上げた瞬間、砂柱が立ち上がる

 

 

「ミルさん!」

 

まずい。

 

「ミル!」

 

ベガさんが何とかミルさんを抱きかかえて逃す。だが、ディアブロが通り過ぎた瞬間、嗚咽が上がった。

 

「グアッ………」

 

こっちにディアブロの追撃を避けつつ走ってくるベガさん。

 

「ああもう、さっさと逃げなさい!」

 

サーサさんが銃弾を放つ。

その球は、少し離れた岩に命中した。大きな音とともに、岩が崩れる。

ディアブロは今度はそっちに向かって突っ込んで行った。

 

ミルさんの足から血が流れている。

流れてくる血は止まる気配がない。

 

「早くこれを!」

 

声を潜めて、すぐに回復薬を飲ませた。

 

 

「ウッ……すまない。

二度も・・・」

 

「大丈夫ですか?」

 

「いいから早く飲んで、ミル。」

 

 

薬の力でみるみるうちに足は治っていく。

でも、この傷だともう激しく動くのは無理そうだ。

 

かといって、ミルさんを庇いながらでは、この先も危うい。

 

 

「状況を、教えてくれ。」

 

「はい……今、こんな感じで・・・」

 

 

とりあえず私は説明した。

誰も動いていないため、今ディアブロスは地中に潜ったままだ。

 

 

「……私は放置しろ。」

 

「そんな。」

 

「大丈夫、動かなければ狙われない。さっき、気絶していた私は狙われなかったろう?」

 

 

だからって、負傷者をほっとけるわけがない。私が付きっきりになるのは無理だ。

どうしたものか・・・今、動くこと自体危険行為なのだ。

でも、私もかなり限界に近い。

 

 

「クソッ・・・」

 

どうしたらいい?

状況は刻々と変わるのが狩場の常識。

その場で一番いい選択肢を・・・

ぎゅっと目を瞑る。

 

何か、何か、何かあるはず。

カンナがゾーンに入るまでの辛抱なんだから・・・!

 

 

 

 

「おい・・・ベガ?」

 

 

 

ふと見上げると、さっきまでミルさんの方を向いていたベガさんが上を向いていた。

 

 

「ベガさん?」

 

 

声をかける。

返事が曖昧だった。

 

 

「・・・ああ。」

 

「おい、お前・・・」

 

「ミル……任せとけよ。」

 

「ベガさん、一体何……」

 

 

言いかけてハッとした。こっちに顔だけ向けたベガさん。

 

目が赤色に染まっていた。

 

まさか。

 

「ベガ・・・」

 

多分間違いない。「入っている」

 

 

この人が何と呼ばれていたのか、私はようやく思い出した。

村一番の天才。

 

この人も、選ばれた人。

 

ゾーンという領域に立ち入ることを、許された人・・・。

その赤い目が、それを物語っていた。

 

 

「任せて。」

 

そう言い残したベガさんは、走り出した。

 

 

「・・・っ、速い!」

 

 

その速度は段違いに速い。

ベガさんは彗星と呼ばれるだけあって、普段からとんでもなく速い。

さっきから、攻撃までは行かなくても、ディアブロの突進は全て自力で避けていた。

だけど、その2倍は速い。

というか、あまりにも人間の限界速を超えている?

 

 

 

ディアブロスがその動きを察知して飛びかかる。だが、すんででかわす。そのまま、地中へ潜り込み、また飛び出す。

だが、ベガさんには当たらない。

 

 

そして、そのままベガさんはディアブロスを追いかけて行って、追いついた。

 

 

「おりゃあああああ!!!!!!」

 

 

大剣が唸る。あの動きに、追いつくのか。もう私たちが交代で照らすライトなど、ベガさんの動きには間に合ってない。

でも、チラチラと見える光景はその圧倒的な移動速度を伝えていた。

 

 

 

 

圧倒的な力で、ディアブロを押していた。

 

 

 

たまらずディアブロスは、そのまま角でベガさんを突き上げようとする。

動きが鈍い。

 

それはそうだ。

奴だって、かなり動き回っている。

地上に出て多少動きが鈍くなってもおかしくはない。

所詮は生き物なんだから。

ベガさんはそのままかわすと、剣を思い切り振り上げた。バキッ!という大きな音とともに、角が吹っ飛ぶ。

 

 

「沈めええええぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

そのまま、剣を振り下ろした。

 

がアアアァァ!

 

そう言って、ディアブロスは崩れ落ちた。

 

 

 

 

「やっ、た・・・?」

 

 

 

ベガさんが倒れこむ。

 

「べがさあアァァン!」

 

カンナがベガさんに突っ込んでいく。私たちも、駆け寄った。

 

 

「勝ちました!」

 

「あれ?みんな・・・」

 

「ベガさん、すごかったよー!」

 

「あなたも、ゾーンに・・・」

 

「俺が、ゾーン?」

 

「そうです、流石でした。」

 

 

全く、すごい。

こんな小さな村に二人も、いるなんて。

 

 

「……全く、勝手なやつだ。」

 

 

そう言いながらも、ミルさんは笑っていた。

 

 

「足は?」

 

「薬ですぐに傷は塞がった。歩くくらいなら問題ないよ。」

 

「そっか・・・無事なら良かった。」

 

「残念ながら無事だ。」

 

 

ふふっとベガさんも笑う。

 

 

「帰ろう。」

 

「……そうだね。あれ、立てないや。」

 

 

ゾーンは体の消耗が著しい。特に最初は、そんなもんだろう。

 

二人のリーダーが肩を貸しあって歩き出す。私たちが先導した。

最後尾からついてくる二人。いい絵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その奥に灯を、目をやって戦慄した。

 

いない。さっきまで倒れていたはずの、黒い悪魔が。

 

 

「な……」

 

 

と言った時。突然、ディアブロが飛び出してきた。最後尾の二人めがけて、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

二人は後ろを振り向いた。

 

そして、それは一瞬で起こった。こちらに突然ミルさんが飛んでくる。

私はミルさんに思い切りぶつかられて、倒れ込んだ。すると、ドォン!という爆音。

 

そして、ディアブロスが倒れる。

 

ドサリという音。すこし離れたところで、ベガさんが仰向けに倒れていた。

 

 

「ベガさん!」

 

 

近づいて、言葉を失った。

腹の周りを、真っ赤な血が染めている。

不気味なほどの静寂の中を、冷たい風が吹き抜けていった。



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第18話 雷!

resot 「うーん・・・。」
サツキ 「・・・あのさ。」
resot 「何です?」
サツキ 「いや、なぜ私がこんなとこに?」
resot 「いや、最近作者様とキャラクターが会話する流れを前書きにする人が多いじゃないですか。
    面白そうだから、私もやってみたくて・・・。」
サツキ 「パクリってわけね。」
resot 「まあ、そういうことになりますかね?」
サツキ 「で、私はどうすれば?。」
resot 「えっと・・・」
サツキ 「何も考えてないのかい!!!」
resot 「マジすいません!リスペクトですから!次回はもう少し書けるようにしますから!」


目を開けると、見慣れた天井が目に入る。

いつもと変わらない木目の天井が、光に照らされている。

 

 

「・・・。」

 

 

起き上がると、そこにも見慣れたギルドの風景。

 

 

「あの・・・。」

 

 

私は近くを通った女の人に声をかけてみた。

でも聞こえなかったのか、書類を大量に持ったまま走っていった。

 

 

「・・・聞こえてたくせに。」

 

 

チラリとこっちを見たのはすぐわかった。

 

別にあの声が通ったからといって、何か用があったわけではない。でも、誰かと話したい気分だった。

あたりを見渡しても何にもいつもと変わらないように見える。

あるものは書類を運び、あるものは書き物をしている。その光景をぼーっと眺めていた。

 

でも何となく、避けられているのだけはわかる。

 

 

「・・・もう。」

 

 

周りに、ハンターは一人もいない。

今、皆何してんのかな。

 

 

「あの・・・。」

 

 

顔を上げると、目を真っ赤に腫らした職員さんの顔があった。

 

 

「リュウさんがハンターさんを呼んでました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう。」

 

「・・・おす。」

 

リュウは至っていつも通りに、私に声をかける。

 

 

「・・・サツキ。」

 

「・・・ごめん。私、裏切った。」

 

「気にするな。お前のせいじゃない。」

 

 

そう、いつも通り喋る彼。

 

 

「無理しなくて、いいよ。」

 

「・・・やっぱ、バレたか?」

 

 

笑うそいつの無理する姿なんか、見る気にもならなかった。

だって、目に涙が溜まってんじゃんか。

バカじゃないの。

 

 

「辛いな、やっぱ・・・俺も、死にたくなる。」

 

 

言葉にするだけなら簡単なことなのに。

結局ベガさんが目を覚ますことはなかった。

ただ、それはあまりにも重い一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の目の前でハンターが死ぬ。

また、死んだ。

まただ。また。また死んでしまった。

死なせてしまった。

 

そんな思考ばかりが頭を支配してしまう。

 

でも実際に、リュウとの約束は守れなかった。

 

唯一違うのは、私の心だった。

消えない後悔。あの時こうしていれば。その気持ちだけは募っていくばかりだ。

 

・・・でも、もっと打ちひしがれている人たちを見ていたら、私は恐ろしく冷静になった。

当たり前だ。

この村のハンターたちはベガさんをよく知っている。みんなの苦しみは、私たちとは計り知れないだろう。

ここに来て2年程度の私も、こんなに辛いのだから。

 

でも、だからこそ嫌になる。

仲間が死んだのに、あの時のトラウマは、今回は蘇らなかった。

・・・なんて自分勝手なやつだ、私は。

なんて、自分を否定する言葉が次々と出てくる。

 

それに、私たちを追い詰める出来事がもう一つ。

血陰の到着がまた遅れた。

 

原因はこの・・・

 

 

ドンガラガッシャーン!!!!!

 

 

・・・激しい雷雨だ。

この天候に、足止めを食ったらしい。なので、この村はオスロさんがしばらく守ってくれていたそうだ。

・・・本当にやばいのが襲来していたら、まずかっただろう。

 

 

「あ・・・。」

 

 

しばらく待つと、仲間たちが入ってくる。

セリアさんにセレオさん。ミナミさんにサーサさん。

 

 

「・・・。」

 

 

何も言わない。

皆下を向いたまま、暗い顔つきで座る。

むしろこの状況下で、まともに呼びかけに人が集まることの方がすごい。

 

人が死ぬ。

それはそんな簡単なことではない。

 

 

「・・・、ミルさんは?」

 

セリアさんが口を開く。

 

 

「・・・さあ、。」

 

「さっき、ギルドの裏手に行ったのを見たような・・・」

 

「リュウ、私見てくる。」

 

 

ーーー何ができるのよ。

何もできないのに、飛び出してしまった。

ただ、一つだけわかることもある。

 

だって、大切な幼馴染を失う思いは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドの裏は、小高い丘になっている。

そこからは、ユクモ周辺の森が一望できる。

・・・今は雨が降っていて、よく見えないが。

 

 

「ミルさん・・・」

 

 

そこに、ミルさんは立っていた。駆け寄っていくが、こっちを見ない。

真っ直ぐに森の方を見つめている。

 

何か、声をかけなきゃーーー。

 

 

「……サツキか。」

 

「ミル、さん………。」

 

「なんてことはない、うるさいやつが一人、村のために死んだ。それだけだ。」

 

 

あまりに予想外の言葉に少し驚く。

声もいたって落ち着いている。

 

 

「え?」

 

「それだけだよ。勝手に死んだあいつが悪いんだ。

余計に私を庇いやがって。

あの時動けなかったのはあいつだろう?完全に判断ミスだ。」

 

「ミルさん?」

 

 

近づいていって、顔を覗き込んだ。

 

 

「・・・っ」

 

 

心臓が止まるかと思った。

雨の中だというのに、それとわかるくらい、彼女の頰に涙が伝っていた。

口元から血が流れている。

 

 

「ミルさん、血・・・」

 

 

口から流れた血は、胸元を真っ赤に染めている。

唇を歯で髪破ってしまっていた。

 

 

「ちょ・・・ミルさん、何してるんですか?」

 

 

唇を噛み破り、胸元を真っ赤に染めながら泣くミルさん。

何も声がかけられない。

 

 

「全く、お節介なやつだ。」

 

 

「ミル、さん・・・。」

 

 

どうしたらいい。私は、何ができる。

どんな声をかければ・・・?

 

 

「・・・昔、ここでな。あいつと話をしたことがあった。まだ私たちは見習いでな。

何のために、何を守るためにハンターになるかっていう話だった。

・・・あいつの答えを、私はすっかり忘れていたよ。」

 

 

何か、何か言わなければ。

 

 

「あ、あの……」

 

「ほんと、何で忘れてたのか・・・。あいつ、なんていったと思う?何を守りたいって言ったと思う?」

 

「ミルさんーーー。」

 

「あいつ、私を守りたいってーーーそう言ったんだよ。」

 

 

そう言って、ミルさんは崩れ落ちた。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

叫び声が、雨音の上から聞こえてくる。

当時の私を、見ているみたいだった。

そして、わかった。何も言うことができない。

声のかけ方がわからなかった。

 

どうしたらいいの?

こういう時に、なんて声かけたらいいの?

一体、どうしたらいいの・・・?

 

 

「サツキ・・・。」

 

 

振り返ると、そこにはカンナがいた。

 

 

「カ、カンナ・・・?」

 

 

カンナは、私の呼びかけに応えずスタスタと歩いていく。

私の横を通り過ぎ、ミルさんの方へ。

しゃがんでいるミルさんを見る。

 

 

「ミルさん!」

 

 

そう叫ぶや否や、彼女はミルさんの顔を思い切り持ち上げる。

 

 

「ちょ、カンナ待って!」

 

 

止める間もなかった。頰に思い切りビンタした。

 

バチイィィン!

 

カンナは、頰に思い切りビンタした。

 

 

「ちょ、ちょっと、カンナ?!」

 

「ミルさん、立ってください。」

 

 

ミルさんは何も言わない。

ただ虚ろな目で、カンナの目を、真っ直ぐ見ている。

 

 

「なぜ、リュウさんの呼びかけに応えないんですか?」

 

「・・・・・・。」

 

「サツキに、私たち何て言ったんですか?一緒だよって言いましたよね。

一緒に異変解決するんだよねって。

・・・だったら、解決しなくちゃ。

私たちは、止まるわけにはいかない。

私たちがここで止まったら、ベガさんは本当に死んでしまう!!」

 

 

叫ぶように声を出すカンナ。

 

 

 

「私たちが、意思を引き継がなきゃ。

・・・あのベガさんが、ミルさんが泣いているのを望むと思いますか?」

 

「・・・・・・。」

 

「行きましょう。この戦いを、終わらせるんです。私たちの手で。」

 

「・・・・・・。」

 

「立ってください。

そして、私たちを導いてください。

私は信じてます。ずっと昔にミルさんに憧れた日からずっと信じてます。

私の指揮官は、ミルさんしかいないって。

・・・だから、指揮してください。

あの人の繋いでくれた命を!この村を守るために死んだ命を!

ミルさんと私たちで繋ぐんです!!!」

 

 

ミルさんは、下を向く。

 

 

「ベガ・・・。」

 

 

それから、こっちを向く。口元の血を拭った。

いつものミルさんの目だった。

 

 

「二人とも、ありがとう。

・・・行くぞ。」

 

「はい!!」

 

 

ミルさんは、そう言ってギルドの方へ歩いて行った。

 

 

「カンナ、ありがとね。」

 

そう言うのがやっとだった。

 

 

「やめてよーー。」

 

 

震える声がした。

 

 

「もう、こんな思い、したくないよ……。」

 

そう言って、カンナは私に抱きついてきた。

 

 

「ううっ うっ・・・・」

 

 

堪えるような声で泣くカンナをだきながら思う。

 

強い子だ。

私なんかより、ずっとカンナは強い。

 

だからこそだ。

私が支えられることはーーー。

 

 

「必ず、異変を解決しましょう。」

 

 

狩りしかない。

そして、この子を守らなければ。ミツキと同じ夢を持ってる、この子を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「揃いましたね。」

 

リュウは言った。力のこもった声だった。

 

「我々も、前を見なければなりません。ベガさんのためにも。

それが、一番彼が望むことです。」

 

 

あまりにも力強く、迷いのない声だった。

 

 

「私はみなさんを信じます、と言いましたよね。

・・・まだ信じています。俺は、まだみなさんを信じています。

必ず、帰ってきてくれると。そう信じて、準備を進めています。

見せてください。あなたたちの力を。守りたいという意思は、みんな同じです。

守りたかったっていう意思も、皆持ってます。

同じ痛みを抱える者同士、恐れるものなどありません。」

 

 

リュウの言葉を、皆黙って聞いていた。

 

 

「戦いましょう。そして、ベガさんに報告しましょう。」

 

 

その声を聞いて、一人、また一人と顔が上がる。

 

 

「………セリア、行こっか。」

 

「そだね。」

 

「我々も、戦おう。村の英雄のために。」

 

 

リュウはふう、と息をついた。

 

 

「クエストです。」

 

 

その声は、さっきより更に力強かった。

 

 

「村の付近に雷狼竜、ジンオウガの存在が確認されました。」

 

 

その言葉に、私の背中にも力が入った。

ジンオウガ。

懐かしい名前だ。

あの夜の出来事を思い出した。

 

 

「ついに、奴が村に戻ってきたようです。」

 

「・・・それで?」

 

「紅葉。あなたたちに、お願いできますか?」

 

 

ベガさんは、何を望むだろうか。これ以上止まること?いや、そんなはずがない。彼に失礼だ。

村のために亡くなった英雄のためにも。

 

 

「「はい!」」

 

「セレオ、ミナミ、サーサの3名は村で待機。4人の不在中、村はあなたたちで守ってもらいます。」

 

「りょーかいでっす!」

 

「セレオ、任せたよ!」

 

「みなさん!!!」

 

 

ドアが開く。

そこに突然入ってきたのは、村長さんだった。

 

 

「一つお話があります!

今の今まで、過去の文献を漁ってたんですけど・・・!」

 

「お、落ち着いてください!」

 

 

リュウがたしなめる。

いつも落ち着いている村長さんが取り乱すなんて初めて見た。

 

いつも通りのよく通る声が響く。

 

 

「この村に伝わる古龍、アマツマガツチ。そのモンスターに関わる伝説が、もう一つあったんです。

かのモンスターの力の源、『天空の龍玉』。言い伝えですが、その宝玉を使って神は人に命を与えた、と・・・。」

 

 

背筋がピンと張る。

 

 

「つまり・・・?」

 

「ユクモの生き返り伝説は、もしかしたらここからきているのかもしれません。

伝わってきた文献は受け継がれるだけであまり解読はしてこなかったんですが・・・。

詳しく見てみたら、書いてありました。

これを使えば、もしかしたら!!」

 

 

ベガさんを助けられるかもしれない。

そして、もしかしたら。

 

私のずっと探していたもの。求めていたもの。

 

ミツキーーーーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・これでいいかな。」

 

 

武器を磨き終えてふと一息つく。

窓の外に目をやると、その瞬間に雷が落ちた。

 

 

「雷・・・。」

 

 

部屋で準備をしていると、目に入るものがあった。

それは、よく見る白い雷ではなかった。

青い色をした雷。あの時巻き込まれた、ジンオウガの雷と同じ色。

 

首にかけた封龍石に手を延ばす。

ぎゅっと握りしめた。少しずつ力が湧いてくる気がする。

ミツキ、お願いがあるの。

私に、力を貸して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ・・・。」

 

 

村の入り口にたどり着くと、オスロさんがいた。

 

 

「どうも。まだお帰りでなかったんですね。

・・・本当にありがとうございました。」

 

「いえ。あなたたちも、頑張ってください。私も、元いた場所で頑張りますから。

あっちも大変みたいでーーー。もちろん、こちらほどではないでしょうがね。」

 

 

何を言えば、といった顔で話すオスロさん。

この人も、気を使ってくれているのだろう。

 

 

「大丈夫ですから。」

 

 

そう言っておいた。ガーグァの荷車がやってくる。オスロさんは、それに乗り込んだ。

 

 

「そう言えば、オスロさんはどこのギルドなんですか?」

 

 

そういえば知らなかった。

 

 

「ああ、言っていませんでしたね。私は、ココットという村のギルドなんです。」

 

「ああ、ココット!」

 

 

確か、サーサさんもココットの出だと温泉で聞いたことがあったな。

温泉での会話を思い出していた。

 

 

「サーサさん、そしたら知ってるんじゃないですか?ここに来たの、最近みたいですし。」

 

「え?一体なんのことです?」

 

「え?サーサさんも、ココットの出だと言ってましたけど・・・。」

 

 

オスロさんは首を傾げた。

 

 

「あんな方、私ギルドで見たことないですよ?なにかの間違いではありませんか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は、初めて目の前で人が死ぬのを見た。

蘇る記憶に向かって、ブンブンと首を振る。

今は、集中すべき時だ。

 

リュウさんが指定した場所は本当に村から近かった。

門からほんの1里くらいかな。

あたりには木が生い茂っているが、ところどころ踏み荒らされたような跡が残っている。

本当に村の近くまで来ていたようだ。中には、焼け焦げたようなものまで。

 

 

バチバチバチバチバチ!!!!!

 

 

突然、轟音が鳴り響いた。

4人ですぐに武器を構える。

 

 

「気をつけろ!」

 

 

あたりを見回す。

音がした方を見ると、木々の向こうで、雷がバチバチと落ちている。

 

 

それは、青白い雷。

私が前に見たあの光と同じ色だった。

 

 

「・・・近いな。」

 

「そうですね。」

 

 

草の茂みを飛び越え、木の合間を縫ってーーー。

 

目の前に、少し開けた場所が現れた。

湖のほとりだった。雨の中、生えるススキが垂れ下がっている。

そして、そのススキの中に、雷が激しく落ちている場所があった。

次々と立ち上る光の柱。その中心に、そいつはいた。

 

 

「出やがった・・・。」

 

 

雷狼竜、ジンオウガ。

背中は、夜闇の中、灯のように輝いていた。

バチバチと輝く背中を下に下っていくと、その先が不自然に途切れている。尻尾が切れていた。

武器を強く握りしめる。

 

 

「あの時のやつだ・・・」

 

「ええ、そうみたいね。」

 

「それじゃ・・・」

 

「行こう!」

 

 

ジンオウガもこちらに気がついた。

途端、かなりのスピードでこっちに走ってくる。

 

 

「相変わらず速いなぁ!」

 

 

でも私はもうあの時の私とは違う。

体が軽い。あの時より体はずっと動きやすい。

まずは回避。

そして、頭を追いかけて切りつける。

 

ちなみに私はもちろん、双剣で来た。セリアさんは片手剣。そしてミルさんはランス。

紅葉単独での狩りは久々。

 

 

しばらく攻撃していると、パターンも見えてきた。

まず危険なのは、前足で私たちを叩きつけてくる攻撃。

ただ問題は、一撃ごとに雷が前足に落ちてくる。

 

 

あたりの空気がピリピリとひりつくような感覚。

あれに触れたら、絶対感電するな。

 

それから、全身を使った旋回や体当たり。

ミルさんはガードできるけど、私たちは躱すしかない。それに、かなり速い。

 

前のディアブロスほどではない。

でも中々読みづらい動きを見せてくる。

ディアブロスは割と直線的な動きが多くて、回避もその速度さえ振り切ってしまえれば危険はなかった。

途端にジンオウガは体当たりの構え。

 

私もとっさに反応する。

 

 

「右・・・

に動いておいて左、かな。」

 

 

<大事なことは、ジンオウガの攻撃をかわすには奴を騙す必要があるだろうってことだ。>

 

 

ミルさんの言葉を思い出す。

その「ディアブロスとは違う速さ」をミルさんに伝えた時に返ってきた言葉だった。

 

 

<相手の反射神経を信じろ。>

 

 

 

前もそうだった。

逃げ回りながらも、ジンオウガを振り切ることはできなかった。真っ直ぐ走るだけではなく、止まり、曲がることができるから人間の細かな動きにもついてくる。

 

 

だから簡単に言えば、カマをかける必要があるってこと。

 

突然の方向転換をしなければ、最後にジンオウガの反射神経によって追いつかれる。

 

 

右に一歩。

そんで・・・

 

 

「残念でした!!」

 

 

左にかわす。

 

 

真横を通り過ぎるジンオウガの足に剣を突き立てる。血が吹き出す。

 

 

「よしっ・・・ってやば!」

 

 

でも、何より厄介なのが・・・

 

不意に、ジンオウガの背中が輝きだす。

そのまま体を捻って、空中で回転。

途端、光の玉が曲がりながら向かってくる。

 

 

「・・・まず!」

 

 

この玉がよくわからない。

私は横へ回避。だが、玉は急激に曲がって、こっちへ向かってきた。

 

 

当たる!

 

 

でもバチーン!と音がして、光の玉は消えた。

 

ミルさんが間に入ってくれたらしい。

虫がチラチラと飛び交う。

この虫が電気の源らしい。

それにしても、この玉、軌道が全く読めない。

 

 

「カンナ、大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です!」

 

「それにしても・・・動きに無駄がなさすぎる。気をつけろよ。」

 

 

次はサツキへの体当たり。

そして攻撃のあとも、すぐに次の攻撃につなげてくる。

回避はできても、攻撃できないのでは意味がない。

サツキも比較的安全な後ろ足などを切っているが、ダメージは十分じゃないだろう。

 

 

「なんか大きな攻撃をしたいなぁ・・・。」

 

 

いや、まてよ?

 

 

「サツキは後ろ足ばっか切ってる?

ひょっとして・・・。」

 

 

後ろ足、か……。これは賭けかもしれない。

でも、やってみる価値はあるかも・・・。

 

 

「セリアさん、気を引いてください!」

 

 

セリアさんに声をかける。何も言わなくても、セリアさんは私を見て何か感じてくれたらしい。半ば強引に突っ込み、攻撃を加える。

一旦距離をとったジンオウガは、あの電撃の玉を繰り出す構え。

セリアさんは体制が悪いけど、そっちはミルさんが守ってくれることを信じた。

無理やり突っ込む。

 

 

「カンナ!」

 

 

というサツキの呼びかけも無視して、とにかく走る。そして、懐に潜り込んだ。

ピカピカと光る虫がブンブン飛んでいる。

 

ビリビリと感じる電気。

 

 

「うっとおしい!」

 

 

叫びながら振り払う。そのまま後ろ足を視認。

やはり、サツキの攻撃でだいぶ痛々しかった。細かい傷が大分固まって付いている。そこに、双剣の解放を持っていく。

鬼神化に一瞬でなり、思い切り切りまくった。

 

 

途端、悲鳴をあげてジンオウガが転倒する。

 

 

「皆さん、早く!」

 

 

4人が同時に追撃体制に入る。ジンオウガは体制を整えようとしたが、サツキが思い切り頭を後ろから殴ったせいでまた転げた。

 

 

「そのまま、ゆっくり転がってなさい!」

 

 

眩しい光。さらにサツキの閃光玉での追撃だ。

サツキが後ろからしか攻撃できない、ということは、モンスターの後方にはダメージがたまりやすい、ということだ。そもそもこいつの尻尾を切った時も、そうだった。

 

 

背後は意外と弱点だった。

 

 

ともかく、これで大きな攻撃を与えられただろう。

 

またジンオウガは光玉を打ち出してくる。これもそう。私たちを追ってくるなら、もっと引きつけてーー。

 

 

「おりゃ!」

 

 

かわす。

 

 

よし。いい調子ではないか?前のディアブロスよりは戦える。

1年前までは手も足も出なかったのに。

ちょっとは私も成長したのだろうか。

 

だが、体制を整えて驚いた。

 

 

「そんな・・・!」

 

 

雨の中、光の帯がジンオウガに向かっていく。

青白い光の帯に目を凝らすと大量の虫が見える。それが、吠えるジンオウガに真っ直ぐに向かっている。

 

 

「攻撃だ!」

 

「いや待ってください!」

 

 

我に返ったミルさんの叫びを、サツキが遮る。

そう、ここで攻撃すると、前のサツキみたいになるかもしれない。

さらに集まっていく虫を見ながら、私たちは手が出せないでいた。

 

途端、雷がジンオウガの周りに落ちる。

バチバチと光る電気。

 

 

「白い・・・!」

 

 

背中は輝く白色だった。

 

 

「もう・・・そんなんになったらくらえないじゃんか・・・」

 

 

ここからはマジで集中しなくちゃ。

死ぬ。一歩間違ったらほんとに死ぬ。

 

 

そのまま、向き直ったジンオウガ。

 

 

「来る・・・!」

 

 

セリアさんの方だ。そのまま、飛びかかる。

明らかに前より速い。

 

 

「ほんっと、まだ上がるのか・・・!」

 

 

セリアさんはギリギリで回避。したはずだった。

そのままセリアさんが倒れこむ。

 

 

「な・・・!」

 

「セリアさん!」

 

 

サツキがとっさにジンオウガを誘導。

私はセリアさんの方へ向かった。

 

 

「大丈夫ですか!」

 

「うん、大丈夫!

でも・・・気をつけて、体が痺れてる。

周りの電気、尋常じゃない。」

 

 

セリアさんは立ち上がったが、まだ動きが硬い。サツキは大きく距離をとってかわしているけど、ギリギリでかわすとこうなるのかもしれない。

 

 

 

「・・・よし、いけるよ、もう!」

 

「セリア!行くぞ!」

 

 

セリアさんとミルさんも加勢に向かう。

私は、ジンオウガをじっと見据えた。

 

 

「やってやる・・・!」

 

 

このままでは、うまくいかないかもしれない。

相手はさらに強化された。

ディアブロスと同じくらい速く、そして電撃を持っている。

 

じゃあ、私にできることってなんだろう?

 

 

「カンナ、どしたの?!」

 

 

サツキが近くに寄ってくる。

 

 

「うん、サツキ。少し時間を稼いで。」

 

 

私は、3人がジンオウガの攻撃をかわすのを眺めながら、それに目を凝らした。

 

ベガさんも確かこうやっていた。

 

私は、大した力もないけど、今こいつを倒すためには、大した力を持たなきゃいけない。

 

あの力が、私は欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゾーンゾーンゾーンゾーン......」

 

 

みんなが時間を稼いでくれてる間に、何とか入れないだろうか。みんなを助けるために!

 

でも、その期待とは裏腹に、全く変化はない。

 

 

「・・・ああ、もう!なんで入れないのよ!」

 

 

ゾーン。

ゾーン。

ベガさんはこういう状況の中で入っていた。

前と何が違う?あの時を思い出せ、私!

 

 

 

「カンナ!考えるな!」

 

 

 

不意に、サツキが大声を上げた。

 

 

「考えるなんてアンタの性に合ってないわ!

・・・気にしなくていいから!アンタなんかいなくてもこんなの余裕だし!

だから、鬱陶しい同情とか心配とかしないでよね!」

 

「舐められたもんだよねーほんと、カンナちゃんなんかにさ。

新人さんはおとなしくしててくれていいんだよ!」

 

「セリアの言う通りだな。

超えてきた死地の数が違うんだよ!」

 

 

ミルさんのランスがジンオウガの胸元に刺さる。

革の手袋・・・そっか、電気を防ぐために!

 

 

 

 

ハンターっていうのは、モンスターを狩ってみんなを守る仕事。

だから、みんなは、一つ一つの戦いに頭と体を全て捧げる。

たった4人の命で何人もの人々を救う。

それはそういうことなんだって、教えてくれた仲間たち。

 

 

そして、私にできること。

 

そっか、そうだよ。

経験も実力も足りない。

 

だから、楽しむ。

 

 

そうだった、忘れてた。

私は、笑顔を今、失っていた。

何のために、私はハンターになったんだっけ。

 

 

「・・・スゥ。」

 

 

私は、目を閉じた。

みんなのために?

それだけじゃなかった。

 

異変解決?

ううん、もちろんそれだけならかっこいいけど。

でも、私は大好きなことを、精一杯楽しみたいって、そう思ったから。

だからどんなことがあっても、ここまできたんだから。

 

 

 

なんとしてもーーー。

 

 

 

こいつを、狩ってみせる。

 

 

 

 

 

 

ドクン、と心臓が震える。

 

血が送り出される音だ。

ゆっくりと目を開くと、少しずつ、全てが遅くなっていく。

頭が冴える。

血がまるで、身体中をめちゃくちゃに速く動いているような感覚。

 

さっきまでの喧騒がない。

雨音も、雷の音も、全部消えてる。

全部聞こえない。

 

でも、わかる。

ジンオウガの周りでは雷音が響いてるし

足元の水溜りは降って来る雨を跳ね返している。

聞こえないけれど、鳴っているのはわかる、不思議な感覚。

 

双剣を取り出す。

軽い。

まるで持ってないみたいに軽い。

何とも懐かしい、この感覚。

 

 

この戦いをーー。

終わらせる!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ジンオウガの背中が白く輝いている。

 

 

「食らったらダメとか、無理な提案してくれるじゃない・・・!」

 

 

見る限りだけど、もう私たちが食らえる電圧じゃなさそうだ。多分食らったら死ぬんだろう。

この前のディアブロスはかすり傷くらいならなんとかなった。

でもこれはどうにもならないっぽいわね。

掠っても多分感電して終わる。

 

集中力を高める。

頭の中から余計な思考を追い出した。

 

 

「皆さん、集中しましょう!」

 

「りょーかい!」

 

 

地面を叩きつけ、私たちを押しつぶそうとしてくる。速い。ディアブロスほどのサイズではないから、あれほどではないけど、速さだけ見たら同格だろう。

 

それに、何より恐ろしいほどの瞬発力だ。

 

本来、スピードというのは動く速さのこと。

だが、狩りに慣れれば慣れるほど、こちらについてはついていくのも容易になる。

私たちもより速くなっていくからだ。

だが、慣れにくい動き、というのもある。

 

それが瞬発力の高いモンスターの動きだ。0から突然100まで速くなるような相手は、普通の人間の反射速度を超えていることも多い。

 

慣れればそれにもついていけるらしいが、そこまでに辿り着いているハンターは残念ながらここにはいない。

 

結果的に今やってるのは単なる予測の回避。

 

それにまで反応されたら・・・

 

 

もう死ぬしかないってわけね。

 

 

ジンオウガが空中で回転しつつ、押し潰そうとしてくる。うまく回避したが、腕に電気が流れてきた。痛みが走る。

 

かわしても、周りの雨から電気が流れ込んでくるのだ。そのまま、ジンオウガが吠える。

 

 

「・・・!」

 

 

周りに雷が落ちてきた。

 

 

「いや、無理……!」

 

 

はっきり言って、雷など避けられない。

全身をなにかが駆け抜ける感覚。

 

 

「いったい!!」

 

 

いよいよ食らってしまった。

 

まず・・・

 

体が宙を舞って、叩きつけられる、はずだった。

 

ふわり、と誰かに抱えられる。

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

「カンナ……あんた……。」

 

 

 

 

赤い目になったカンナを見上げていた。

 

 

「・・・かっこいい、わね。」

 

「まあね。」

 

 

前に、こんな風にカンナを抱き上げたことを思い出していた。

 

うん、あの時のカンナはほんと弱かった。

でも、今なら。今のあなたになら、任せられる。

 

 

「行ってきなさい・・・あとは、任せたわよ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

セリアさんが前に出ているのがまず私には見えた。

 

ジンオウガはセリアさんに向かって片手を振り上げる。私はとっさに間に割って入った。

 

ゆっくりに見えるジンオウガの動き。

足の裏が迫っている。

セリアさんの体を少し押し上げてから、一気に足に力を込める。

そのまま攻撃の範囲外へ一気に出た。

 

セリアさんが軽い体で助かった。

 

 

「カンナちゃん!」

 

「ここは私に!」

 

「・・・!わかった!」

 

 

セリアさんはそのまま離れていく。

サツキをお願いします、とすれ違いざまに話しておいた。

 

目の前の相手に向かい合う。

先ほどよりずっと遅く見えている。

まずは電気の玉を発してくるが、その曲がり方の具合もよくわかる。

 

一気に距離を詰めて斬りかかる。

心地よい切れ味。

 

さっきと全然違う。剣に力が入る。

 

切っ先から電気が流れ込んできてしまうのを防ぐために道具袋を手袋みたいにしてきた。

 

その分握力はいるけれど、今の私なら大したことはない。

 

そのままジンオウガは、全身を使った回転攻撃。

でもそれも見えてる。後ろに一歩下がると、目の前を尻尾が通過した。

 

前に切って、短くなった尻尾がここで力を発揮してくれた。

 

わずかな足首のひねりだけでそのまま前へ出る。

全身に力が思うようなタイミング、思うような力で入る。血は脳にいっているイメージなのに、体も暖かい。

そのまま、落ちてくる雷をかわして、飛び上がる。頭に生えた短い二本の角を、思い切り切りつけた。

 

 

「ガァァァァァァァァ!!!」

 

 

角が飛ぶ。

叩き割った角の断面が赤く滲んでいるのが見えた。

 

手なんて抜かないんだから。

 

ジンオウガが苦しそうにのけぞったのをみて、そのまま顎を剣のつかで思い切り殴りあげる。

 

そのまま、前足をほぼ同時に切りつける。

すぐそこに雷が落ちる。

 

・・・

 

でも、自分のところに落ちないのも何と無くわかる。頭を浮かされ、前足を切りつけられたジンオウガは完全に体の前側が浮いている。

 

なら、これならどう?

 

即座に鬼神化。そのまま、後ろ足へ猛スピードで向かった。

 

 

「えい!!!!」

 

後ろ脚を切ってしまえば、そのままジンオウガの体が宙を舞う。その浮いた胸元、今見えている限り一番弱いところを狙って。今出せる最速で剣を振り続けた。

 

 

「吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 

血が吹き出す。

だがジンオウガが倒れてもやめない。

 

 

 

起き上がろうとしているのだろうが、意味がない。

起き上がるな。

これまでなんども倒れたのは私たち。

 

もう二度と、お前らを起き上がらせはしない。

 

二度と、お前らにやられたりなんかしない!!

 

 

 

 

「はあああぁぁぁ!」

 

 

 

私は更に剣のスピードを速めたーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん。」

 

 

我に帰ると、目の前にサツキの顔があった。

 

 

「・・・サツキ?」

 

 

息が苦しい。

それと、腕がやけに痛む。

 

 

「えっと、どうなったんですかね・・・?」

 

「おっと、動かないでね。あんた今、体ぶっ壊れそうでしょ?

ゾーンで鬼神化するなんて・・・。

無茶苦茶ね、あんた。」

 

「カンナちゃん、ほんとすごかったよー!」

 

 

ふと目をやると、ジンオウガが仰向けに倒れていた。

周りのススキが一面なぎ倒されている。

 

 

「勝ったん、ですか?」

 

「ええ、どっかの誰かさんがやったみたいよ。」

 

「さ、帰ろう。みんなが待ってるからな。」

 

「そう、ですね・・・。」

 

「立てる?

って、無理そうね・・・。しゃあないわね。」

 

「カンナちゃん、体の力抜いといてね!!」

 

 

セリアさんに抱えられてサツキの背中に放り出された。

 

 

「軽っ!」

 

「やだなぁ、褒められてる?」

 

「筋肉全然ついてないわね、あんた・・・」

 

「へへ・・・。」

 

「カンナ。」

 

 

ミルさんの声に呼ばれて振り向くと、珍しい先輩の笑顔があった。

 

 

「ありがとう。」

 

「いやいや・・・。」

 

「・・・あいつも喜んでると思う。」

 

「そう、ですね。」

 

 

ミルさんはやっぱりすごい人だ。

 

だって・・・私は大好きだった人が死んだ後にそんな顔ができる自信はないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サツキに背負われて村へ帰る途中、セリアさんが口を開いた。

 

 

「そろそろ『血陰』来てるかなー?」

 

「あぁ、来てると思うがな。」

 

 

ミルさんが答える。

 

 

「そんなにひどい嵐だったんですかね・・・?」

 

「・・・ま、メゼポルタからだとあの霊峰のあたり超えなきゃいけないからね。

現にあっちからの荷車なんて長らく来てないってリュウが言ってたし。」

 

 

サツキが答える。

 

 

「まあ、でもそのチームならアマツマガツチも多分狩れるよねー?」

 

「多分、ですけど。」

 

「なら、私たちの出番はここで終わり?」

 

 

セリアさんの疑問は正直私も持っていた。

 

 

「まぁ、あの人たちなら多分大丈夫だし、一番合理的な判断はそれだろうな。」

 

「ってことは、あとは信じるだけ・・・。」

 

「そういうことかー、なら私ちょっと休みたいなぁ。ディアブロス戦から一回も休んでないもん。」

 

「確かに、本当にきつい二連戦だったからな・・・

温泉に入って治癒したいとこだ。」

 

「あの温泉あっという間に疲れ取れますからね・・・。

私もお酒ちょっとのみたいですs…。」

 

 

 

 

ドシャーン!

 

 

 

 

すごい音がした。

 

 

「セリア!!!」

 

「うん!!!」

 

 

二人が武器を取り出す。

振り返ると、森の奥の空に、青い雷が落ちている。

 

 

「ちょ……。まさかさっきのやつ!」

 

「そんなはずは・・・!」

 

 

そうセリアさんが言った後だった。

今度は別方角で青い雷。

 

 

「一体・・・!!!」

 

「まさか、まだ別の個体が!?」

 

「そんな!」

 

 

それはまずい。

この状況じゃ!

 

そして、今度はまた別のところで雷の落ちる音。

 

 

「走れ!」

 

 

ミルさんの合図に合わせて、セリアさんも武器をしまう。

 

 

サツキがスピードを上げる。幸い、何も現れない。

5分ほど走って、無事に村の門にたどり着いた。

 

 

「はぁ、はぁ・・・」

 

 

肩で息をするサツキを尻目に、振り向く。

 

 

 

村の前の森のあちこちの空から、青い雷が落ちている。それだけではない。獣の唸り声が、鳴り響いていた。

 

 

「嘘でしょ……。」

 

「これ全部、ジンオウガ?」

 

 

少なくとも、10体はいる。

異様な光景に、私たちは唖然とするしかなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私たちは、そのままギルドまで走った。

 

状況がわからなかった。

必死に狩ったモンスター。それと同じ雷があんなに?

 

 

「そんなはずは・・・!」

 

 

カンナを背負ったままギルドへ向かう階段を登っていく。

まさか。あまり考えたくない、最悪の状況が思い浮かぶ。

あの量のジンオウガ。

 

そんなの、相手にできるはずがなかった。

 

 

「とにかく、リュウに相談だな。」

 

 

ギルドのドアを開けた。中で、慌ただしく動く人々。

 

 

「リュウはどこだ!?」

 

 

ミルさんが職員さんを捕まえて聞く。

 

 

「あ、ミルさん!!

ってことは、紅葉の皆さんまで!

よかった、生きてる・・・」

 

「今はそれどころじゃないだろう!」

 

「あ、はい!

リュウさんなら、今あっちの応接室で、お客人と・・・。」

 

「あ、ごめんね。

リュウくんとの話、終わったわ。」

 

 

職員さんが応接室を指差そうとした瞬間に、声がする。

透き通るような、高い声。

 

 

「...............!!!」

 

 

雨音の中でも、はっきり聞こえるその声は、とても懐かしかった。

 

 

「ソニアさん、いいんですか?

せっかくの久々の再会なのに。こんな普通で。」

 

「いーからいーから。」

 

「・・・君達が、紅葉か。」

 

「ホームズさん、そんな睨みつけちゃダメだって。

さて、皆さん。待たせたね、ほんとよくやったよ。

・・・ね、サツキちゃん。」

 

 

あっけにとられる私たち。

リュウに続いてドアの向こうから歩いてくる二人に、完全に空気負けしていた。

 

一人は、明らかにおじいちゃんにしか見えない男性。

オレンジ色だけれど、いつものマントを羽織っている。

切れ長の目に、白いひげ。灰色の髪の毛。

 

明らかに普通のハンターとは雰囲気の違う男。

『忍面』ーーー。

 

私の師匠でもある人。

誰よりも気高く、誰よりも強く、そして誰よりも、ハンターに「命」を賭ける男。

ハンターランク現在第3位のオールラウンダー。

 

 

「あなたが、ホームズさん、ですか?」

 

 

ミルさんが言う。

 

 

「いかにも。噂は聞いているぞ、『紅』。ホームズが私だ。」

 

「ってことは、もしかしてあなたが・・・?」

 

 

もう一人は「血陰」の片割れ、ということ。

第3位に釣り合うハンターは確かにこの人しかいない。

長い紫の髪が、黒い兜の合間からのぞいている。190センチはあろうかという長身に抜群のスタイル。

背負った武器は、まごうことない穿龍棍だった。

 

 

「久しぶりだね、サツキちゃん。」

 

 

そして懐かしい声で私の名前を呼ぶ女性。

 

 

 

 

誰もが、彼女のことをこう言う。

 

<もし彼女が男だったらーーーーーー。>

 

 

歴史上、最速でオールラウンダーの称号を手にして、あっという間にハンターランク「第2位」まで登りつめた天才。

クエストの達成数も他を圧倒し、何度も世界の数々の村を救ってきたハンター。

 

 

「姉さん・・・。」

 

 

私の姉、ハンターランク985。

『月光』ソニアもそこにいた。



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第20話 決戦!

ミル 「いやにスッとしたな、投稿欄。」
resot 「はい、流石に多くなってきたもので。もう多少1話長くてもいいやって変えちゃいました。」
ミル 「20話ね・・・結構書いたもんだ。」
resot 「意外とこの話、思い入れも強いもので・・・。」
ミル 「投稿スピードには反映されないんだな・・・」
resot 「・・・ノーコメントを貫きます。」
ミル 「ま、いいや。最終決戦編です、どうぞ!」


「お、落ちる・・・。」

 

「ちょっとカンナ、余計なこと言わないで!」

 

「二人ともうるさいぞ!

セリア!後どれくらいだ?!」

 

「もうちょっとだと・・・

ミルさんそっち行って!」

 

 

強風に煽られてまた籠が揺れる。

 

 

うう、頼むから耐えてね?

これに乗る時のリュウさんの笑顔を思い出す。

いや、ここで死んだらシャレになんないし!

 

 

「カンナちゃん、もうちょっとあっち寄って!サツキちゃんはこっち!」

 

 

気球の籠の中で、細かくセリアさんの指示に従って動く。

びゅうびゅう吹く風。

落ちずにすんでるけど、正直進んでるのかもわかんない。

 

 

ユクモ村を発って1時間。外を見ると、広大な森が下に広がっているのがちょっと見える。

雨がすごくて霞んじゃってるけど。

緑が一面にあるので、多分そうなんだろう、というくらい。

 

目の前を見ると、霊峰がそびえ立っているのがわかる。

 

 

「ヒイイ、近い!!!」

 

 

もはや白い壁、ともいうべきか。白い岩がゴロゴロ転がっているのがこれも微かだけど見える。

 

あれが、多分崩された山の残骸なんだろう。

 

 

「何だ、あれ!」

 

「…あれだよ、みんな!

突っ込むよーーー!!!」

 

 

ミルさんの声の方を見てハッとした。

周りでは、風が激しく吹いていて、葉っぱを巻き上げている。

風に乗って、自由自在に舞う木の葉。だけど、そこだけ違う。

 

葉っぱが、まるで一つの線みたいに、霊峰の頂上の方に吸い込まれていくのが見える。一筋の葉っぱの道が、私たちの行く道を・・・って!

 

 

「え、ほんとにあれですか!」

 

「もう入るよ!」

 

 

その向こうに、なにか白いものも見えた。

 

 

「リュウの言ってたのってあれ?

無茶苦茶すぎるでしょうよ!!!」

 

「そう、さあ、サツキちゃん!ミルさんはそっちね!」

 

 

バタバタと二人が動く。

狭い籠の中では、いっぺんに多くの人は動けない。セリアさんは、上から伸びる二本の糸を操って、なんとか制御を続けている。

これだけで疲労が溜まりそうだ。

 

 

「サツキちゃん、7時の方向に風よろしく!」

 

「風!?」

 

「穿龍棍!」

 

 

サツキは言われるまま、外に両方の穿龍棍を突き出した。そのまま、風を思い切り噴射させる。ビュオオオ!とすごい音がして、気球が一気に傾いた。

 

その先に木の葉の道がある。

まっすぐに例の流れに向かって進んでいく。

 

 

「気球はぶっ壊していいらしいし、これでおしまい!みんな、しっかり掴まっててね!」

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・????

 

 

「お、おいセリア!今なんて?」

 

「いいから早く掴まる!」

 

 

途端、気球が大きく揺れた。

周りに、木の葉がいっぱい流れている。周りの景色が見えなくなるほどに。

途端、上も下もわからなくなった。

 

体に強烈な圧がかかる。

と思ったらふわりと浮く。

 

 

もしかしなくても、これはヤバイ。

 

 

「ちょっとおおおおおおぉぉぉぉぉぉx!」

 

 

4人の断末魔とともに、気球は霊峰に向かって吸い込まれていったのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「セリアさん!死ぬかと思ったじゃない!」

 

「あはは、サツキちゃん、ごめんって。

サツキがゴタゴタ言うから黙っといてって言われてたの!」

 

「あんにゃろう・・・!」

 

「まあ、死ななくてよかったが・・・。

セリア、私を天国に送るつもりだったのか?」

 

「いやー、ハラハラしたぁ!」

 

 

ここは、多分霊峰の頂上付近。らしい。

山肌にぽっかり空いた洞穴に私たちは避難した。

 

気球が山肌に不時着してから、すぐそこにあったのでとりあえず。

 

気球の布をクッションにしたが、運と判断が悪かったら地面に叩きつけられていた。

あんにゃろう、生きて帰ったら殺してやろうか・・・!

 

 

「それにしても、頂上ではないな、ここは。さて、どうやって上に登るか。」

 

 

外は激しい嵐。

別にこの中で狩りをするわけだし、このまま行ってもいいが、流石に体力を極力温存したい。

ここで休んでいるとはいえ、あの無茶苦茶な飛行で体にももう既に疲労がたまっている。

 

 

「うーん、せめてここが霊峰の山肌のどこら辺にあるかさえわかればねぇ。」

 

「うーん、どうだろう?わかんないやー。」

 

「あの、ミルさん。」

 

「うん?」

 

「あれ・・・。」

 

 

カンナの指差す先。

洞穴の少し奥の天井から少しだけ水が落ちている。

そういえば、さっきから風の音だと思ってたけど、少し違う音も混じってるような気もする。

 

 

金切り声みたいな、そんな感じ。

 

顔を見合わせる。

 

 

「このすぐ上に、もし頂上があるなら・・・。」

 

ゴクリ、と唾を飲み込む。

ミルさんがランスを天井に向けて構える。

 

 

「一つだけ、爆弾があるよ!」

 

 

セリアさんが手元から小さな小型爆弾を出す。

 

 

「・・・もし、この上が頂上なら、もう返ってこれないかもしれない。いいな?」

 

「そんなの、もう済んでます!

・・・怖いんならこんなとこ来ませんしね!」

 

 

カンナの声。

思いはみんな同じだった。

 

 

「・・・よし、行くぞ!」

 

 

ミルさんの合図で、投げられた爆弾は爆発する。

ガラガラと崩れる岩の隙間から、少し明るい空が見えた。

 

 

「行くぞ!!!」

 

「「「はい!!!」」」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とりあえず一言で言うと、穴の外は、大嵐だった。

 

 

「うう、寒い…」

 

 

気温が低い。

雨だけじゃなくて、空気がなんと言うか、冷たく感じた。

少しそのまま辺りを見渡す。

 

 

「こんな・・・!」

 

 

驚いた。

今私たちが出てきたところから、地面が円形にまるで円のように広く広がっている。

ところどころにゴロゴロと石があったり、凸凹したりしている。

 

 

「広いな・・・。」

 

 

そして、その円の先はすっぱりと切れ落ちているようだ。山の頂上が吹っ飛ぶーーーー。

この地形が、たった一匹のモンスターに。視点を回転させていった私たちの首が、止まった。

 

 

「・・・。」

 

 

 

 

 

その姿に、見惚れてしまった。

 

 

 

 

美しかった。

言葉にならない綺麗さだった。

 

白いたてがみ。長い髭。金色の角。

大きな頭に、小さい体。

風をまとったその姿は、気球で見た謎の影そのものだった。

 

しばし、私たち4人と目が合う。

ただのモンスターとは違う、圧倒的な存在感。

悪天候に合わない、あまりにも白く、綺麗な体。

そして、放たれる圧倒的なプレッシャー。

 

古龍。

 

 

ヒュオオオオオ!!

 

 

「・・・・・・・・・・・・!」

 

 

 

アマツマガツチが鳴き叫ぶ。我に帰った私たちも、武器を取り出した。サツキが穿龍棍。

私とセリアさんが双剣。ミルさんがランス。

 

 

「来るぞ!」

 

 

アマツマガツチは、体をよじった。

そのまま、一気にこちらに突っ込んでくる。

 

よく見ると、アマツマガツチは体が浮いていた。って、そんなこと言っている場合じゃない。思い切り飛びのく。だが、目算を誤った。

ヒレのような前腕が私を弾き飛ばす。

 

 

「いった!!!」

 

 

痛みがは走った。受け身をとって、すぐに回復薬。

 

大きさも速さも桁違いだ。

 

どれをとっても今までのモンスターの比じゃない。

サツキの方に目をやると、やはり回復薬を飲んでいた。

 

 

「もう一度来るぞ!」

 

 

今度は逆にしゃがむ。

少し窪んでいたのが幸いした。

ギリギリ上を通ってくれた。

 

この速さ…。

 

サツキのことを思う。

下を向くしかないサツキの視界では、多分避ける暇がない。誰かが助けなければ。

 

 

アマツマガツチはミルさんに標準を絞ったらしい。体をくねらせ、回転する。ガードできているが、そのままミルさんは後ずさりする。

単純に大きいから、攻撃力も高い。

 

 

「サツキ、私の声を聞いてて。」

 

「カンナ?」

 

「右!!!」

 

 

 

風の音に負けないように、声を張る。

多分、日々鍛えているハンターじゃなかったら飛ばされているほどの風速になっているだろう。

 

こちらに標準を合わせたアマツマガツチは、体をまたよじらせる。来る。

 

 

「サツキ、1秒後横へ!」

 

 

言いながら私も横へ移動。

 

 

「ヒッ・・・!」

 

 

掠めたけど今度はうまくかわせた。そのまま追いかける。

追い風の向きだったので一気に近づけた。

 

 

「喰らええ!って、あれ?」

 

 

双剣で思い切り切りつけた。鱗を引っ掻いて、少しだけ血が飛び出す。

 

硬い。

 

でも、それだけじゃない。

今、変な感じがした。

 

 

ーーー力が逃がされた?

 

 

剣がうまく刺さらなかったような。

 

同じように攻撃していたセリアさんも首を傾げながら、アマツマガツチの後方へ。

アマツマガツチは、ミルさんの方へ向かっていった。

 

 

「セリアさん・・・」

 

「なんかに、遮られた。わかんない。」

 

 

話しているうちに、アマツマガツチはいつのまにかこちらを向いていた。頭を上にあげて、振り下ろす。と同時に、何かの玉が吐き出された。

 

水の玉だ。

 

咄嗟にかわす。

 

 

「ミルさん!」

 

「ああ、わかってる。私もさっき一撃与えた。多分、風だな。」

 

「風、ですか…?

って、サツキ、そっちいった!」

 

「ありがと!」

 

「そうだ、体の周りに風が流れている!

だから、もっと強く剣を振れ!あと、私のランスみたいに突けばいい!風に邪魔されないからな!」

 

 

また突っ込んでくるアマツマガツチ。私は横に転がった。そして、振り向きざまに頭に何撃が食らわせる。

 

 

「なるほど・・・!」

 

 

ほんとに剣が流されて、うまく切りつけられない。頭を上げたので横に避けた。

水玉・・・!

 

 

だが、水は水でも今度は違った。真っ直ぐ、水流のようなものが口から吐き出された。

 

 

「危ないよカンナちゃん!」

 

 

割と直線的で助かった。

 

でもその水圧で、地面に亀裂が走っていく。

 

なんかでああやって石を切るやつ見たことあるけど、なんて威力・・・。

 

食らって体が真っ二つになるのが想像できた。

あまり速くないのが避けるのには助かった。

 

 

ミルさんは威力を見て、防御から回避へ切り替える。

重いランスでの回避はギリギリだった。

…ランスの盾が少し凹んでる。

うん、やっぱり食らったら死ぬ。

 

 

「よく見て、カンナちゃん!水を使った攻撃の後は隙があるから!」

 

 

セリアさんの声を聞いて、私も相手をよく見る。突進、水玉、水ブレス。

 

 

空中に浮いているせいで、中々見極めが難しい。でも、特に水を使った攻撃の後には隙がある。

 

 

「サツキ!」

 

 

サツキにも声をかけながら、目を配る。セリアさんは後ろ脚に、飛びかかりながら切っている。パラパラと鱗が剥がれ、血が吹き出す。流石だ。

私は、この風のなか、そこまで俊敏には動けない。どうしよ、となると…

 

ピンと来た。

 

水玉を口から吐き出すアマツマガツチ。

でも、これは読んでる。そのまま、近づいて、鬼神化した。体が軽くなる。一気に近づいて、前のヒラヒラした手のあたりを切る。

 

鬼神化していれば、体に纏う風もあまり気にならない。

 

二、三撃当てると、真下に向かって水ブレスを吐いてきた。すぐさま横に退避して、アマツマガツチの下から離れる。そして鬼神化解除。

 

 

 

「・・・これかな。」

 

 

 

ディアブロスの時と同じ…というか、狩りに大事なことは「はめる」ことだ。

 

相手の動きに対して、こちらの動きも決まる。

あとは選択の問題。

 

つまり、見極めの戦いにすることができればいい。

なぜ2回目から狩りは簡単になるのか?

答えはこれ。

こうなれば、後は繰り返しだから。

 

 

 

戦闘から30分。はやくも、形に入れた。セリアさんも動きを見極められるようになっているし、ミルさんはうまくガードで私たちを動きやすくしてくれてる。

サツキも私たちの声を聞き、うまくかわしつつ、穿龍棍で殴りつけている。

 

 

頭をあげた…次はここ!

 

 

鬼神化して、すぐにアマツマガツチの前に立つ。顎に向かってアッパーカット。そのまま横へ回避。

軽くひるんだアマツマガツチは、すぐにこっちを向いた。だけど、それが失敗よ。

 

 

「てえええい!」

 

 

セリアさんが横から飛び上がる。頭の上を越えながら、剣を回転しつつ振り抜いた。

 

 

「キョオオオオ!」

 

 

アマツマガツチの向かって右の角がポッキリと折れた。黄金の角が地面に突き刺さる。

いけるかもしれない。狩猟開始から1時間。

確かに疲れもかなりある。

でも、これなら、この調子なら…

 

不意に、アマツマガツチが距離を取る。そのまま、頭を天に向けた。なに…?

 

 

その時だった。風が一段と強くなった。それだけじゃない。今まで右へ左へと無作為に吹いていたはずの風。それが、一つに、アマツマガツチの方へ向かって吹き始めた。

 

 

「武器をしまえ!!!」

 

 

ミルさんに従って武器をしまう。

 

突然、体がアマツマガツチの方へ引き寄せられる。

 

 

「うわっ・・・!!!」

 

 

慌てて踏ん張るけれど、そのまま滑ってしまう。咄嗟にかがんで、地面を掴んだ。

すぐ横にいたサツキも、同じ体勢をとっている。ミルさんは盾を構え、必死に耐えていた。

 

 

「なに、よ!この風!」

 

 

耐えられるかわからない。でも、手を離したら、もっとどうなるかわからない。

 

顔をもう一度上げて、ハッとした。岩がこっちに向かっている。と思った時には目の前に。

 

 

「…!」

 

 

右手で弾いた。でも、それがいけなかった。

左手が離れる。体がふわっと浮いたと思ったら、猛烈に引っ張られた。

 

 

「カンナ!」

 

 

サツキの出した左手に手を伸ばすが、届かない。アマツマガツチに向かって、猛スピードで吸い寄せられる。アマツマガツチは、回転を始めた。最初はゆっくり、でも目にも止まらぬ速さに。中央で風が渦を巻いていく。

 

あっという間にその渦は、巨大な竜巻に成長していた。

 

視界に入るのは巻き込まれた岩ばかり。

だめだ、体が言うことを聞かない。

 

 

「痛い!!!」

 

 

巻き込まれた岩に体を打たれた。体が浮き上がり、上下がわからなくなって…

 

 

「ゲホッ!」

 

 

気がついたら体を地面に打ち付けられていた。全身に激痛が走る。身体が動かない。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・!!」

 

 

痛みに耐え、懐から出した回復薬を飲んだ。なんとか多少痛みは引いた。

はっと顔を上げる。

見ると、目の前には切り立った崖。ひっと声が出た。あと一歩ずれていたら・・・!

 

 

「カンナ!!」

 

「な、なんとか大丈夫!」

 

 

アマツマガツチとサツキたちはこの戦場の逆側で戦っていた。いけない、私だけ戦わないわけには。

巨大な竜巻は、ゆっくりと消えていく。

出ている時間も短い。

 

 

竜巻をあんな簡単に・・・!

身体の痛みがだいぶひいた。

 

まだ、戦える。

 

 

急いで走る。だが、視界の端に入ったものに一瞬目を取られた。

 

 

「・・・?」

 

 

鉄製の何かが、木の土台に固定されている。

 

 

「すいません!」

 

「大丈夫か?」

 

「はい…いたた。」

 

「あんまり大丈夫じゃないな。」

 

 

ミルさんも、ほおに傷がある。

それだけじゃない。肩で息をしている。

 

そこで気がついた。

私も、かなりしんどい。

 

ここは標高も高く、空気も薄い。鬼神化も併用した攻撃。ここまでの長丁場になるとは思っていなかったこと。

 

何が、いけるかも、だ。

目に見えてやばいのは竜巻だけかもしれない。

 

でも、状況は確実に悪くなってる。

早めに終わらせないと、こっちにガタがきてしまう。ただ、ダメージらしい大きなダメージは与えられていない。

アマツマガツチの白い身体の部分部分には鱗が剥がれ、血が出ているところもある。確かに硬さで言えばディアブロスの方が上だろう。

でも、何より竜巻を起こすレベルの動きがまだできるあたり。

 

 

「奴さんはまだ余裕ってわけね・・・!」

 

「こっちは結構しんどいんだけどなー!」

 

 

これが、古龍か。

 

 

「大丈夫?死んでないね?」

 

 

アマツマガツチの突進を回避して、サツキが滑り込んでくる。アマツマガツチは次の突進の構え。

 

 

「うん!」

 

 

と言い残して飛びのく。そのまま、攻撃ーーー。

だが、アマツマガツチは頭をあげた。あの構え。来る。

 

 

「みんな、何かに掴まれ!」

 

 

私も今度は岩に捕まる。あの風がまた吹き始めた。こうなっては、攻撃などしていられない。体力が奪われるだけだ。

またたくまに風は竜巻に成長。今度は耐えれたが、アマツマガツチは竜巻の中に陣取り、水を吐き始める。こうなっては躱すしかない。

 

 

「くっそーーー!」

 

 

何か、手はないか。

何か、何か、何か・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふふ。」

 

 

戦場なのに聞こえた笑い声が、私の思考を遮った。

 

水を躱したミルさんが、急に笑ったのだ。

 

 

「どうしました?」

 

「ベガが・・・あのバカに唯一教わったことがあってな。」

 

「ベガさん、が…?」

 

「格が違うと感じたら、切り札を惜しむな・・・とな。

カンナ!皆に伝えろ。次あの攻撃が来たら、私の元に集まれ、とな。」

 

 

わからないけど、何か策があるらしい。アマツマガツチがこっちに突進してくる。横に思い切り前転して、すぐ後ろを向く。尻尾が目の前にあった。

 

鬼神化して切りつける。ディアブロスやジンオウガと違って、あまり硬くないのが救いだ。

でも、纏う風のせいで、随分ダメージは阻害されているだろう。

 

アマツマガツチは水ブレスを使った。私とセリアさんは距離を取る。すると、アマツマガツチが再び頭を上げた。

 

 

「皆さん!ミルさんのところへ!」

 

「カンナ!?」

 

「カンナちゃん!?」

 

「いいから早く来い!」

 

 

私たちは走り出す。そのまま、ミルさんの元へ。

 

 

「全く、伝えろと言ったろう?」

 

「いえ、間に合いませんよ!とりあえず即席ですけど集めましたよ!」

 

「まあいい、早く私に掴まれ!」

 

 

言われるまま、ミルさんに捕まる。

サツキとセリアさんも同じようにした。

 

「ミルさん、一体・・・」

 

「まさか…」

 

「セリア、そのまさかだ。」

 

 

ミルさんはランスを取り出す。

 

 

「私が最初にとった秘伝書は、実はな・・・

 

太刀じゃないんだよ。」

 

 

風が変わった。すごい風が吹き始める。体が浮きそうになる。だが、ミルさんのランスが輝き始めた。

 

ランスの秘伝書・・・それって、なんだっけ?

 

 

「ミルさん、2枚持ってたんですか?」

 

「ああ、行くぞ。攻撃の準備をしておけ!」

 

 

突然、私たちの周りを、赤く透明な壁のようなものが覆った。そうだ。サツキから聞いたやつだ。

 

 

 

 

絶対防御。

 

 

 

 

いかなる攻撃も通さない、赤い壁。それがランスの秘めた力・・・!

 

 

ミルさんは地面に踏ん張りながらも、身体が浮かないようにしながら、引きずられて行く。そのまま、アマツマガツチの元へ。

アマツマガツチは、回転を始めた。

そのまま、空気が渦を巻いて、竜巻になる。

でも、その中にいる私たちは、何も起きない。

舞う岩すらも、壁がはじき返してる。

 

 

「すごい……」

 

 

この壁の中にいれば、全ての攻撃は無と化す。

ミルさんが改めて、すごいハンターなんだと悟った。

 

 

「カンナちゃん!鬼神化!」

 

「は、はい!」

 

 

これまでの習性からして、アマツマガツチはこの攻撃の後、竜巻の中心に降りてくる。そこを狙って・・・

 

 

「とりゃああ!」

 

 

私たち3人の剣が、アマツマガツチの腹を襲う。鮮血が飛ぶ。

 

 

「ヒョオオオオオオ!」

 

 

苦しそうな声をあげて、アマツマガツチが怯む。もっと、もっと早く。ここなんだ。ここで倒す!

 

 

だが、アマツマガツチは再び叫び、距離を取る。途端、赤い壁が消えた。ミルさんはゼエゼエと息をする。やっぱり、身体への負担は大きいみたい。

 

 

でも、アマツマガツチにはかなりのダメージを与えたはず。

これで、一気にこっちが有利になっただろう。

 

 

その考えが甘かった。

 

 

「なんだ・・・!?」

 

 

見ると、アマツマガツチの身体が少しずつ変色していく。白かった身体の一部は黒く染まり、片方残った金色の角は輝きをます。

それだけじゃない。周りの雲が、真っ黒に染まっていく。雷が鳴り響く。

 

雲が、いや空が、支配されてるみたいだった。

 

 

「ヒョオオオオオオ!!」

 

 

その声とともに、雷が落ちた。空気がより一層早く流れる。アマツマガツチの横で、渦を巻く風。

竜巻が、至る所で発生している。

 

 

「そんな・・・!」

 

 

私たちは、呆然と立ち尽くした。

風を操り、気候を操る、ユクモ地方伝説の古龍。アマツマガツチの真の「本気」だった。




セリア 「レゾットさんこんにちはー!」
resot 「どうも、こんにちは。」
セリア 「いやー、アマツマガツチは強いね!」
resot 「すごく懐かしいです、こいつ相手に何回も死んだの。」
セリア 「私たち勝てるかな?」
resot 「ぶっちゃけ黒ディアの方がつよ...」
セリア 「それは言っちゃだめなやつだよ!」
resot 「・・・」
セリア 「とにかく次回もゆっくり見てってねー、アマツマガツチ編第2章です!」


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第21話 決着!

カンナ 「いやー、ここまで長かったねぇ。」
resot 「はい、正直しんどかったですね。でも、やっぱり小説書くのって楽しいって思いますよ。」
カンナ 「今回は私活躍するでしょ?」
resot 「頑張ってくださいね」
カンナ 「任せといて!」
resot 「というわけでタイトル通り決着です!」


黒く体色を変えたアマツマガツチの攻撃は、私たちの想像を絶していた。

何より、攻撃力が大きすぎる。

 

 

 

 

「サツキ、ブレス!狙われてる!」

 

 

 

カンナの声をよく聞く。

目が見れない以上、当然視野が狭い。

 

普通に認知していたら間に合わない。

回避すると、すぐ横を水が通過していった。そのまま右側に走る。

 

地面がめくれ上がっていく。

 

一撃一撃で地形を変えるようなやつだ。

 

絶対に攻撃を受けられない。

 

 

「…っ!」

 

 

だから思い切って懐に入れない。

今だってそう。

攻撃の機会はなくはない。

でもこの回避行動で近寄って、もし一撃もらったら・・・

 

恐ろしい速さで体制を立て直したアマツマガツチは、グルグルと回転を始めた。瞬く間に、4つの竜巻が弾き出される。

 

問題は攻撃力だけじゃない。

さっきから、風が一段と強い。

それだけじゃなくて、竜巻が所々で発生する上、こうやってアマツマガツチが竜巻を起こしたりもしてくる。こうなっては近づけない。

 

 

要するに、完全にジリ貧状態だった。

 

 

さらに問題は重なっている。

戦闘開始から既に2時間は経っただろうか。

なによりも私たちを困らせているのはアマツマガツチの体力だった。

 

 

アマツマガツチがまた巨大竜巻攻撃の構えを見せる。

 

 

「ミルさん!」

 

「…任せろ!」

 

 

ミルさんのランス秘伝書の絶対防御。

確かに強いのは私も知っている。

 

その盾の有効範囲に入ってしまえば、どんな攻撃をも通さない絶対防御は、メゼポルタではすごく人気の高い秘伝書だ。

 

この全てを引き寄せる竜巻攻撃にももちろん強い。

 

でも、それが負担にならないはずがない。息も絶え絶えなミルさん。

 

 

「く・・・!」

 

 

苦しそうにミルさんが息をする。

あと2回ってとこだろう。

なのに、目の前の古龍はまだまだ元気だ。腹から血が流れ落ちているが、いっこうに構わない、といったように動き回る。

 

吸い寄せられていくミルさんと、それに捕まる私たち。そして、腹の下に辿り着いた時、巨大な竜巻が発生する。

だが、赤い壁に岩や木は弾かれ、私たちの元には辿り着かない。

 

 

「せえええええい!」

 

 

3人での一斉攻撃を腹に叩き込んだ。

たまらず悲鳴をあげ、アマツマガツチは距離を取る。

 

 

「まだ、倒れないのかよ・・・!」

 

 

苦しそうに息をするミルさんを横目で見る。

もはや残された道はただ一つ。

 

 

「後2回で終わらせるわよ、カンナ!」

 

 

じゃないと、私たちの体力がもたない。アマツマガツチは叫んで、遠ざかる。

竜巻もすぐに消えた。

でも、そう上手くもいってくれなかった。

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

「ミルさん!?」

 

 

声をかける。

だけどミルさんの体は、その場に力なく倒れこんだ。

 

 

「ミルさん!」

 

「サツキ!きてる!」

 

 

ミルさんを抱きかかえ、横に逃げる。だが、足が残ってしまった。水ブレスが足を直撃。弾き飛ばされて、地面に叩きつけられる。

 

 

「ウッ…」

 

 

懐から回復薬をすかさず飲む。

あと2瓶・・・そのうち一本をミルさんに飲ませる。

 

足の、体の痛みがとりあえずは引いていく。

後、一瓶・・・!

 

いや、それよりも!

 

 

「サツキ・・・大丈夫だ。」

 

「大丈夫じゃないですよね。」

 

 

ミルさんの限界が思ったより早かった。

唇をかむが、ミルさんは体に力が入ってない。

これは、ダメだ。

 

 

「とにかく一旦下がってください。まだ、ミルさんは必要なんです。」

 

「…わかった。」

 

 

カンナなら構わず突っ込んだだろうが、ミルさんはわかってくれた。

 

 

しかし、困った。

 

 

アマツマガツチの水ブレスを今度は回避。だが、足が重い。

ミルさんだけではなかった。

回復薬で治癒力が高まったとはいえ、かなり疲労の面で、効きが悪くなっている。

なのに、こちらから攻撃をする暇がない。

 

 

竜巻が多すぎる。

 

 

「さて、どうしよっか?」

 

「セリアさん、耐えるしかありません。あれじゃ近づけないですよ。アマツマガツチの体力もきっともう少しです。ミルさんの回復を待ちましょう。」

 

「ええ!きついよそれ!」

 

「やるしかないでしょ、カンナ!打開策他にあるの?」

 

 

耐える。ここからは私たちの体力勝負だ。

ミルさんの復活を待ってから一斉に・・・!

 

 

「ねえ、サツキ。」

 

「何?あんたも集中しなさい。」

 

「あのさ、向こうになんか、鉄の器具に土台ついたやつがあったんだけど、何か知らない?」

 

「はあ?」

 

「いや、気になったんだけど、流石に何もないかなーって。でも、なんか砲台みたいにも見えてさ…」

 

「何言ってんの、そんなの、・・・?」

 

 

突進攻撃をかわしてハッとした。

 

 

少し、心当たりがある。

メゼポルタにいた時に、ほんの何回か使ったことあるあれだ。

 

まさか。それって・・・いや、でもありえない。なんでそんなものがこんなところに?

 

 

「カンナ!それって、本当に砲台みたいだった?」

 

「うん!」

 

 

いや、待てよ。

 

メゼポルタの探査機がそういえば嵐に巻き込まれて墜落してた。

もし、それに積まれていたとしたら?

そして、今の状況を打開できるとしたら、もしそれが本当にあの器具なら・・・!

 

 

「セリアさん、少し引きつけていてください!」

 

「わかったよ!」

 

「カンナ、どこだ!」

 

「あっち!」

 

 

カンナの指差した方に目を凝らす。ある。

雨と暗さでよく見えないけど、気をつけて見れば何かある。

 

 

「だいぶ体も戻ってきたぞ、サツキ。」

 

 

回避を続けていたミルさんが声をかけてきた。

 

 

「大丈夫です!もう少し休んでてください!」

 

 

そう言って走った。頼む、壊れてないでよ!せっかくあるなら役に立ちなさい!

 

 

 

 

バリスタ!!!

 

 

 

 

 

駆け寄ると、間違いなかった。バリスタ。

いくつかの街に設置されてるモンスターの迎撃装置の一つだ。恐ろしい速さで弾を放ち、また拘束弾まで放てる優れもの。

ただし、扱いが難しい。

練習しないと放てない。

メゼポルタの学校くらいでしか教えてないだろう。だから、使えるとすれば私だけだ。

 

あとの問題はただ一つ。弾があるかどうか。

急いで確認する。

砲身の根元に走る。弾がいくつか装填されていた。

 

 

「いける・・・!!!」

 

 

10発の弾に、1発の拘束弾。十分だ。

横のスコープを覗いて狙いを定める。

 

暴れまわるアマツマガツチとセリアさんやカンナを見ながら、私は弾を放った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ズドォン!

 

すごい音がして、アマツマガツチが血を吹いた。

 

何が起こったかわからなかった。でも、サツキが何かしたらしい。

 

思えば、たしかになにかの砲台のようにも見えた。あれがやはりそういうものだったのだろう。サツキがいてくれて助かった。

 

アマツマガツチはブレスの構え。だが、今度は尻尾に命中した。

 

 

ヒョォ!

 

 

叫び声とともに、アマツマガツチの体がグニャリとのけぞる。すごいダメージ。メゼポルタの新兵器かなんかなのかな?

 

 

「カンナちゃん、私たちも!」

 

「はい!」

 

 

アマツマガツチに突っ込む。あちこちで起きている竜巻は不規則に動いている。右から一つ。認知して左へ全力で。通り過ぎると、後ろを竜巻が横切っていく。飲まれたらどこへ飛ぶかわからない。もしこの山の端から落とされたら…

 

上手く腹の下に潜り込めた。

サツキが注意を引いてくれてるおかげで、ずいぶんと楽チンだった。

 

 

もはや腹は無残に切り傷がついているので、そこを鬼神化して容赦なく切りつける。アマツマガツチの周りを流れる風の壁はかなり強い。

 

でも負けない。引いて駄目なら押してみな!

 

 

「セイヤァ!!!」

 

 

突き上げた双剣はうまく腹に突き刺さった。

 

 

なのに、アマツマガツチは倒れない。

またサツキの弾が当たる。今度は頭だ。

 

 

「ナイスコントロール!」

 

 

サツキが気を引いてくれているおかげで、私たちの方への攻撃が幾分楽になってる。

 

簡単に懐に入り込むことができるようになった。

 

 

これなら!!!

 

 

 

だが、アマツマガツチは踵を返す。

 

弾の飛んでくる方向を向いた。

 

 

サツキが、狙われてる?

まずい、そっちを狙われたら!!!

 

 

 

慌てて鬼神化し、目の前の尻尾を切りつけるが、アマツマガツチは意に介さない。水ブレスの構え。

サツキは見えていると思うけど、あの砲台が壊されたら終わりだ。

 

 

その時だった。

 

 

 

「そっちは絶対に行かせないんだから!」

 

 

 

聞き慣れた声がした。

その声とともに、アマツマガツチがのけぞる。空中から着地したセリアさん。

体に、赤いオーラを纏っていた。

 

 

「セリアさん!」

 

「カンナちゃん、悪いけど、あとの私の体は任せるね。」

 

 

前にも、ドスフロギィの時に見た輝き。

強鬼神化。自らの肉体と引き換えに、異常な攻撃力を引き出す双剣の秘伝書解放をした、セリアさんだった。

 

 

「そんな・・・!

セリアさん、それって!」

 

 

覚えている。

あれを使ったセリアさんは、しばらく動けなくなった。セリアさんが危ない秘伝書を使わなくてもいいように、私も頑張ろうって思ったのに。

 

 

「あぶないですよ!

今は、そんな無理しなくても!」

 

「じゃあいつするのさ!」

 

 

セリアさんが叫ぶ。

 

 

「私、かっこ悪いんだ。カンナちゃん。

サツキちゃんとカンナちゃんはどんどん成長するし。ゾーンに入ったベガさんもそう。

村のために必死に頑張る人だっている。

 

・・・それなのに、私は何にもしてない!

紅葉にいて、エースの名前をもらっている私ができること、何かなってずっと考えてた。

でも、ここなの。

ここなんだよ。

どうしようもない時。

残った希望を守りきるのが、私の使命なんだって!」

 

 

セリアさんは動き出す。

この風の中なのに、前に見たゾーンと変わりない速さ。アマツマガツチは体をくねらせ、竜巻を起こそうとした。

だが、セリアさんはアマツマガツチと逆に移動。

途端に、アマツマガツチが叫んだ。

 

 

「そんな・・・速すぎて!」

 

 

アマツマガツチと逆に移動しながら、斬りつけたのだ。信じられない。短い双剣が届くギリギリの位置。その間合いを保ち、更に切りつけるなんて。

 

そのまま、飛び上がったセリアさん。アマツマガツチの体は、その通ったあとの通りに切りつけられた。すごい。

 

 

やかましく叫びながら水ブレスを吐くアマツマガツチ。でもまるっきり見当違いだ。

動きも少しずつ鈍くなってくる。

あの古龍が、そもそもセリアさんを追いきれない。

 

ズドン!とサツキの狙撃も命中した。

これなら…!

 

しかし、アマツマガツチは竜巻攻撃の構えを見せた。まずい、掴まらないと・・・

 

 

「沈め!」

 

 

遠くからサツキの声がした。と思うと、アマツマガツチの背中に何か刺さる。そのまま縄が伸びてきて、アマツマガツチを捉える。そのまま、地面に体を叩きつけた。

 

すごい…さすがサツキ!

そこを逃さないセリアさん。

 

 

「行けええ!」

 

 

私とミルさんも突っ込んだ。頭を切りつけるセリアさん。その動きが益々上がる。

 

 

「・・・そっか、セリア。」

 

 

 

私の横で、ミルさんが呟いた気がした。

気がつけば、それは乱舞と呼ばれる最強の双剣武術の動きだった。

 

 

「あれって、もう!」

 

「はあああああ!」

 

 

私たちの攻撃に、アマツマガツチは悲鳴をあげる。そのまま、ボキン!と音がして、もう一本の角が折れたかと思うと、アマツマガツチは動かなくなった。

 

 

「ハァ、ハァ………」

 

 

私たちはしばらく放心していた。すると、セリアさんの体が血を吹いた。そのまま崩れ落ちる。

 

 

「セリアさん!」

 

 

駆けよって、私の回復薬を飲ませる。傷は、少しずつ塞がっていった。

乱舞。

その別名は、腕おとしだ。

 

あれは、双剣の中で一番激しいと言われる連続攻撃の名前。

攻撃回数が桁違いの代わりに、特に鬼人化してる時に無闇にやると、あまりの負荷に腕を落とすと言もわれている。

 

 

そして生憎、セリアさんの腕は、血まみれだった。

 

 

「へへ…私、活躍できた?」

 

「当然ですよ…」

 

「セリア・・・よくやった。」

 

 

サツキも駆け寄ってくる。

 

 

「サツキ、よくやった。流石だな。」

 

「いえ…セリアさん、見てました。解放のタイミングといい、完璧です。」

 

「終わったんだね・・・」

 

 

色んなことを思い出した。兄さんのこと。村で応援してくれた、じっちゃんや村長さん、モグラさん。

ソニアさんとホームズさん。リュウさんに、白光の皆さん。

 

 

「ベガ…やったよ。」

 

 

ミルさんの漏らす声。

・・・私たち、何とかやり遂げられたみたいだよ、ベガさん。

 

 

「・・・帰りは、全部終わったらむかえが来るらしい。」

 

 

そんなミルさんの声。そう。それで終わったはずだった。

 

 

だけど。次の瞬間の風のような音は、私たちを驚かせるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

ヒョオオオオオオオオオオ!!!!!!

 

 

 

 

!!!

慌てて、振り向いた。

 

 

 

「ちょっと…」

 

「嘘だ、そんなの・・・」

 

 

アマツマガツチが、身体を起き上がらせている。

 

少しずつ、だが着実にその体は宙に浮かび上がっていた。

血まみれの体なのは間違いない。

でもそのまま、私たちを見据えると、更に高く浮き上がった。見上げると、アマツマガツチは遥か高くにいる。

そのまま、水ブレスを吐き出した。

 

 

「危ない!」

 

 

セリアさんを背負ったミルさんが横へ。私たちは縦に動く。

 

そんな。まだ、倒れないの?

あれだけ食らわせて、まだ?

 

 

「カンナ、ぼーっとするな!」

 

 

サツキの声。

横に飛びのく。すると、地面がめくれ上がった。岩が宙を舞う。

途端、岩が私たちめがけて降ってきた。

 

 

「きゃあああ!」

 

「バカ!」

 

 

サツキに抱きかかえられ、体が浮く。さっきまでいたところに大きな岩が落ちた。

明らかに今までの攻撃力じゃない。

そんな、まだ上があるなんて。

 

 

「よく見ろ!」

 

「ご、ごめん…」

 

「動揺するな!」

 

 

ミルさんの声。セリアさんは気を失っているようだ。無理もない。

体に負担をかけすぎたんだ。

 

 

さて、どうしよう。

 

こっちはもうセリアさんが戦えないのはもちろんだし、とっくに回復薬なんて切れちゃってる。

 

これでも相当攻撃はかわしている。

むしろこんだけよくもったと私は思ってる。

 

それに体力だってとっくに限界が近い。

こんなに長い時間雨に打たれたら流石に・・・!

 

 

「サツキ!」

 

「わかってるって!ちょっと待ちなさい!」

 

 

上空から降り注ぐ水流をかわしながら頭を少しでも働かせる。

 

頭にあるのは、私が習得したばっかのアレ、なんだけど。

 

 

「あんだけ上空にいられたら・・・!

それにゾーンにも入ってないし!」

 

 

後ろに飛んで目の前を横切る水ブレスをまた避ける。

 

 

「畜生!」

 

 

頭がまとまらない・・・!

 

 

「サツキ!カンナ!」

 

 

後ろから、ミルさんの声がする。

 

 

「振り向かなくていい!よく聞け!」

 

「なんですか!」

 

 

アマツマガツチは狂ったようにブレスを吐き続ける。その一撃一撃で岩盤がめくれ上がる。あたりはゴツゴツした岩の塊で覆い尽くされかけてる。

 

足場の悪い中、集中していた。

ミルさんの声なんか聞いてる場合じゃなかった。

 

でも、その時のミルさんの声はやけにしっかりと耳に響いた。

 

 

「いいか、絶対に死ぬな!

こんなとこで情けない死に方したら許さないからな!

 

お前らなら、大丈夫だ!

 

お前らが、紅葉の、ユクモの、最高戦力だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は正確に狙われたブレス。

でも、サツキも私も難なくかわす。

 

 

落ち着いている。

わかる。

 

ああ、私、何だか冷静だってわかる。

 

 

体はボロボロ。

温泉に入ったのなんて数週間前に感じるくらい。

 

いたるところが悲鳴あげてるし、息も上がっちゃってる。

 

なのに、アマツマガツチは超元気。

 

 

でも、私の頭は冷えてる。

 

 

 

・・・最高戦力だなんておこがましいけど。

絶対、二人の方が強いのは間違いないんだけど。

でも、もう動けるのは私とサツキだけ。

 

 

 

 

 

そうだよね。

やるしかないんだから、私がやらなきゃ!

 

 

 

 

 

 

次のブレスを避ける。コースはおろか、岩も完璧に見えた。

 

 

「サツキ。」

 

「わかってるわよ、ほんと。」

 

「私、あいつ狩るから。狩って、ユクモを救うの。」

 

「わかってるわ、そんなの宣言しなくていい。」

 

 

サツキの横に並ぶ。まだあちこちで起きている竜巻は、風の流れにしか見えない。

 

 

・・・あ。

 

 

 

音が、消えた。

空高くに飛ぶアマツマガツチの様子がわかる。

 

血が流れて、苦しそう。

あと、一息。

 

随分、ゆっくりだなぁ。

都合いいや。

 

 

ああ、良かった。

 

 

ゾーンに、入っている。

 

 

「行くわよ!」

 

「うん!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とは言ったものの・・・

どうしようか。私は、ピンチを前にして、おかしいほど落ち着いていた。ミルさんには下がってもらって、セリアさんを任せた。

空中高くに浮いているアマツマガツチ。

 

チラッと横目でカンナを見る。

赤い目だった。

 

 

「・・・。」

 

 

ってことは、間違いない。

ゾーンだ。

 

でもこのままじゃ攻撃などできない。

あの高さにいる的にどうやって・・・!

 

 

あまりにも苛烈な水ブレス攻撃だった。

一向に降りて来る気配がない。

このままでは、いずれゾーンも効果時間を過ぎて、意味がなくなっちゃうな・・・。

 

 

 

どうする。どうすればいい。

 

 

 

頭だ。

私はこのチームのサポートで、こういうことで役に立たないといけない。

 

アマツマガツチに攻撃を当てる。

そのために、カンナをあの場所へ・・・!

 

 

「・・・そっか!」

 

 

 

あそこに辿り着ければいいのなら。

カンナに賭けるなら。

さっきのセリアさんの速さを見て思ったのだ。カンナのゾーンの速さは、軽くセリアさんの強鬼人化を超えていると思う。

 

 

もし、その速さに賭けるとしたら。

 

 

「カンナ!」

 

「何!」

 

 

信じられないスピードでブレスをかわしたカンナが声を出す。

 

 

「今から作戦話すぞ、30秒で理解しろ!」

 

「わかった!」

 

 

これが最後。これでアマツマガツチが倒れなければ、多分負ける。勝つ。必ず。サーサさんと、姉さんと、リュウと、約束したんだ。

 

 

「勝つわよ!

行くよ、カンナ!」

 

「おっけー!」

 

 

私たち二人は、アマツマガツチのブレスをかわす。この後、少しの間はあいつは攻撃してこない。

その間に、私たちは走った。

 

 

 

目指すのは、適当な大きさの竜巻だ。

 

 

 

そして、私は穿龍棍を取り出す。

そのまま竜巻に飲まれた。

 

 

「うひっ…!」

 

 

体がふわりと浮く。同時にカンナと手を繋いだ。体が回転をはじめ、どんどん空中へ。

 

同時に、穿龍棍を使う。

体制を風で整える。

 

 

穿龍棍の扱いでなら私でも戦える。

体の体制を、カンナ含めて保つ。

 

 

「右、左、そんでこっち・・・!」

 

 

右。左。そしてまた右。不規則な風に、次々と体が振られる。風を操る私の手に、汗が滲むのがわかる。

そのまま、私たちの体は思い切り空中へ浮き上がった。そのままカンナに私を踏ませる。

 

 

アマツマガツチが斜め上に見える。

 

 

「いっけええええ!」

 

 

思い切りカンナは踏み切った。同時に、思い切り空気を打ち出す。

後は、任せた。

 

 

「やあああああァァァァァ!!!!」

 

 

 

同時に、カンナの身体が赤く輝いた。

 

 

 

「いっけええええええ!!!!!!」

 

 

 

目にも留まらぬ速さで剣を振るカンナ。

アマツマガツチまで、あと3メートル!

 

 

「行けええええええ!カンナ!」

 

 

カンナは目にも留まらぬ速さで剣を振る。

最早残像になっている。

 

 

そのまま、カンナはアマツマガツチの上に乗った。同時に、私の体も落下して行く。

 

だが、

 

 

 

ヒョオオオオオオ!ギャアアアア!

 

 

 

その声から、何が起きているかはわかった。

着地して、上を見る。アマツマガツチは、カンナを振り落とそうと必死らしい。

くねくねと体を曲げている。

血しぶきが雨に乗って舞っている。

 

その時だった。空から何か、落ちて来た。

慌てて受け取る。

 

 

「何・・・?」

 

 

それは、なにかの容器だった。

雫の形をしていて、中に液体が入っている。

 

 

 

 

ぎゃああああああああァァァァァ!!!!

 

 

 

慌てて上を確認する。

 

ふわり、とアマツマガツチの身体が浮く。

そのまま、アマツマガツチが落下して来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドシャアアアン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に白い身体が落ちて来た。もう、その体は黒くない。

カンナが、その上に横たわっている。

 

 

「カンナ!」

 

 

すぐさま駆け寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りの竜巻が止んでいく。

 

少しずつ、雲が晴れていく。

そのまま、明るさが増していき・・・

 

 

太陽が、顔を出した。

 

 

アマツマガツチは、ピクリとも動かない。

しかし、そんなこと今はどうでもいい!

 

 

ミルさんも駆け寄って来る。

 

 

「カンナ、あんた・・・!」

 

 

アマツマガツチに飛びかかる前の赤いオーラ。

間違いない。

 

 

「ゾーンと秘伝書、一緒に・・・!」

 

 

セリアさんが普通の秘伝書でああなったんだ。

カンナが無事なわけない。

 

 

現に、カンナの身体の至る所から血が出ている。

やばい。骨、何箇所いってるだろうか。

 

 

「くっそ!」

 

 

すぐに口から最後の余ってた回復薬を流し込む。傷は塞がっていく。

だが、出た血が多すぎる。

 

 

 

ふと目をアマツマガツチにやると、すごいことになっていた。

 

 

「そんな・・・!」

 

 

ミルさんの驚きは私も一緒だった。

無数の切り傷がアマツマガツチの背中を真っ赤に染めていた。あの一瞬でついた傷とは思えない。

 

 

「…!くっそ!!!」

 

 

ちくしょう。こんな、ここまでした英雄をここで死なすわけにはいかない。

私は手で止血に入った。

 

 

死ぬな、死ぬな、死ぬな!!

 

 

「カンナ、あんたの夢は、まだ始まったばっかでしょうが!

 

こんなとこで、死ぬんじゃないわよ!」



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第22話 次の!!

いよいよラストの回です。


温泉に一人でつかっていると、ユクモ秘伝の傷を治す、暖かいお湯が体にしみていく。

ぼうっとする頭の中、サツキはお湯を掬った。薄く白みのかかったお湯が、サツキの手の中でキラキラと光る。

今までの淀んだ色のお湯とは、全く違う。その美しい光に、目を見張った。

 

 

 

「…勝った。」

 

 

 

手に掬ったお湯をパチャリと落とし、ふと外に目をやる。

 

太陽が見えた。

光が温泉から見える、雨風でところどころ葉の落ちた木々を照らしていた。

たしかに普通綺麗とは言えないかもしれないけれど、今のサツキの目には段違いに美しく見える。

ユクモ村が、こんなに綺麗だったなんて。

 

思わず叫びたくなってしまうほどに、鮮やかな色が、そこに満ちていた。

 

 

昨日まで2ヶ月ほど続いた嵐。

だが、今は嘘のように晴れ上がっていた。ユクモは大きな被害もなく、周りも数個の集落で土砂崩れの被害があったものの、死者もほぼいない。

 

 

「終わった…。」

 

 

狩りは終わったのだ。

そしてこの異変も、アマツマガツチの討伐によって全部終わったのだ。

重体のカンナは病院に運び込まれたものの、奇跡的にその心臓は動いていた。助かるだろう、ということだった。

 

 

「・・・っ。」

 

 

 

思わず涙が出てきた。

ポロポロと落ちる涙は拭っても拭っても流れ、温泉の湯の中に消えていく。

 

 

温泉で一人で泣いていることが恥ずかしくって、でも全然涙は止まってくれなかった。

 

 

色んなことを思い出した。この村に来た時のこと。あの頃のサツキは、ミツキを助ける、たった一つの希望を追って、森を探し回っていた。

 

今聴くと、その噂もサンサさんが流していたらしい。村に来た謎の男も、彼女が雇った者らしかった。

 

 

そして、カンナと出会った。最初はおかしな人だと思った。でも、一緒に狩りをしてみようと思ったのは、なぜだろう。カンナが、自分をまたハンターに繋いでくれた。ミツキと見た夢に、向かわせてくれた。そして、古龍アマツマガツチを倒し、何かを守りきれた。あの時守れなかった命を、サツキは今度は救えたのだ。

 

 

カンナや、他のみんながいてくれたから、サツキはまた歩き出せた。

 

 

感謝してもしきれなかった。

 

 

涙を流しながら、サツキはゆっくりと脇に置いてあるあるものに手を伸ばす。

 

 

アマツマガツチが落とした雫。

白く輝くその石はとても冷たい。

光を反射しているだけなのだろうけど、不思議と光っているように見える。

 

 

 

<ユクモの村長には、代々伝えられる伝説があるのです。その中にも雫の話はありました・・・アマツマガツチを倒し、得た雫。名を、崩天玉といいます。その中の液体は、死者を蘇らせ、生者を不死にするものである、と。>

 

 

 

 

ほんとかはわからない。嘘の確率の方が高い。それはあくまで伝説だ。

でも、もしほんとなら。その可能性があるなら。伝説のアマツマガツチが蘇ったことを信じるなら、この液体をどう使うのが、いいんだろうか。

 

 

 

ミツキのことが、頭をよぎった。

 

 

 

ミツキに使ってあげたかった。

サツキがこれまで生きる意味はそこにあった。そこにしかなかったし、他の意味を見出そうともしなかった。

 

 

 

でも、今は違う。

 

 

 

サツキの頭に、色んな人の顔が浮かんだ。セリアさんにセレオさん。ミルさんにミナミさん。サンサさん。リュウ。姉に師匠。そして、カンナ。

 

 

サツキの頭の中は、もう一人じゃなかった。

こんなに周りに仲間がいる。やりたいこともいっぱいある。アマツマガツチだって、一人で倒せたはずがなかった。まともに狩りもできない、私のわがままに付き合ってくれたこの村の人たちのために、ほんのささやかでも自分のできること。

 

 

伝説の、死者を蘇らせることのできる方法。もうこれっきりかもしれない。

 

それでも、今、この雫を望みを託して、ミツキに使えるだろうか。

 

 

(・・・ミツキ。)

 

 

あの時、救えなかった命がある。

 

ミツキは、それを望むだろうか。

ミツキは、自分にどうしてほしいだろうか。

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

ミツキは、どういう気持ちであんなことを、死に際に言ったんだろう。

自分にどうしてほしいと、彼女は願ったんだろう。

 

 

 

考えたら、すぐにわかる。

あの子は親友だった。

あの子の考えてることなんて全部わかる。

 

 

 

(ほんっとに…後悔しないでよね。)

 

 

 

 

 

 

 

私は、お湯からザパリ、と上がった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「兄さん、もっと速く!」

 

「わかってるって。でも、どうせまた後で見れるんだよ?」

 

「いいから。今すぐ見たいの!」

 

 

アマツマガツチとの死闘を終えて2週間後。カンナは1週間の長い眠りから覚めた。重体のカンナは全身をちょこっとでも動かすと激痛が走るほどだったけど、それでも順調に回復を続けた。

 

 

 

ちなみに、起きた後待っていたのは、サツキの説教だった。何もあのタイミングでゾーンと秘伝書解放を同時にするなんてバカじゃないのかと。

 

 

っても、あの時は必死だった。ゾーンに入って、アマツマガツチに近づいた勢いで、つい秘伝書も使ってしまった。そこから無我夢中に切って…あとは覚えてない。でも、こうして無事に、車椅子だけど動けるようにはなっている。

 

生死の縁を彷徨ったとは思えないほど元気。ひょっとしたら自分の体もハンター仕様に丈夫になってきたのかもしれない。

 

そんなカンナは今、兄のハナビに車椅子を押され、ギルドを爆走中である。兄も、今日という日に合わせて凍土の観測所から戻ってきていたのだ。

 

 

「あの扉だよ!速く、速く!全速前進!」

 

「わかってるって、皆さん、ごめんなさい。」

 

「いいんですよ、英雄さんですものね。」

 

「あはは…ありがとうございます。」

 

 

サツキの説教のあとはすごかった。村中の人たちが部屋にやってきて褒められた。

 

カンナがよく見ている、『狩りに生きる』の取材の人まで来た。

ランク100手前のハンターがゾーンと秘伝書の同時使用で古龍を倒す。長いハンター史に新たな一ページが刻まれたと言われた。

照れて照れて照れまくって、何を答えたかあんまり覚えてないけど、単純にそれくらい嬉しかった。

力のない自分が、今まで散々苦労して、悩んで、それでも前に進んだのはみんなのおかげだ。自分だけじゃない。助けてくれた周りのハンターや村の人たちの行動も肯定されたとわかって、とにかく嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

そんなカンナもある程度車椅子なら動けるようになった。

そして、今日。

 

 

カンナは、ドアを思い切り開けた。

そして開けた瞬間に、思わずふわぁ、と息が漏れた。

 

 

「うわぁ…」

 

「お、おいカンナ!今は入ってくるな!」

 

「お久しぶりです、村長さん。ミルさん。本当にお疲れ様でした。そして、ミルさん。この度はおめでとうございます。」

 

「あらあら、ハナビさん。遠いところわざわざありがとうございます。どうです?ミルさん。」

 

「綺麗ですねぇ。」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれハナビさん!恥ずかしい、死にたい…」

 

「なに言ってんですか。これからもっと恥ずかしくなりますよー、!」

 

 

鮮やかな着物を着ているけれど、その結ってある美しい髪の毛はまさしくミルさん。それにしても、日がな一日ハンターの防具を身につけているミルさんのこの格好は同性でも魅入ってしまうほど似合っている。

兄のゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 

多分、ほんのりと赤く染めた顔は化粧のせいだけじゃないだろう。

 

 

「ミルさん、おめでとうございます!」

 

「うう…恥ずかしいんだが。」

 

 

すると、ドタドタと音がする。

 

 

「おっと、来ましたか…。」

 

 

この足音は・・・。

 

 

 

「ミルさんー!来ましたよ、お・う・じ・さ・ま…って、どうしました?」

 

 

ミルさんはクエストに出ている時のようにサッと顔色を変えると、スタスタと扉の方に歩いていく。

 

 

「ミルちゃーん!!!ぶべら!」

 

 

そのまま大きくなる足音とともに、飛び込んで来たのは青い髪の「いかにも」カッコいい男の人。だが、こちらは袴を着つけていた。ミルさんに飛びついたが、逆に拳骨を食らって吹っ飛ぶ。

 

 

「いったー!」

 

「うるさい!」

 

 

 

地面に転げる男の人。

ベガだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

サツキのおかげだった。

アマツマガツチが死ぬ間際に落とした、崩天玉。

 

 

その液体を、ベガの遺体に使ったところ、ベガの心臓が再びうごいた・・・らしい。聞けば、崩天玉には昔から死者を蘇らせることができる、という伝説があったようだ。

 

 

それからはもうすごかった、らしい。

飲めや食えや踊れやのパーティで、ベガも含め、それはそれは賑やかな宴が村中で三日三晩続き、秘蔵の酒は飲み尽くされ、美味しいものは食べ尽くされ、その後3日間食卓が雑炊だけになるくらいだった、らしい。

 

 

ちなみにその絶対楽しいであろう機会を昏睡という形で、村人の中でたった一人全部逃したカンナは、かなーり根に持っていたりする。

 

 

 

そんなベガもすっかり元気になり、今現在はミルのげんこつを食らってぶっ倒れているわけである。

 

 

「ちょ、ちょっとミル。それはひどくない?未来の旦那にさ。」

 

「うるさい。着替えてる女のところに入ってくるやつに何かを言う権利はない。そもそも、お前その格好でよく動けるな。」

 

「防具に比べたら安いもんよ!あ、ハナビさん!これはこれは。可愛い妹さんですよねぇ。手出しちゃダメですよ!ガハッ。」

 

 

今度はミルさんが履いている草履を飛ばした。ベガさんの顔面に命中する。

 

 

「ほんと、先が思いやられる…なぜ私はこいつを好きになってしまったのだ…」

 

 

はは…。

カンナには、見える。多分この二人は、どういう関係になろうと変わらない。ベガに振り回されるミルの未来が明確に見えたので、とりあえずお疲れ様です、と心の中で呟いておいた。

 

 

 

まあ、そういうことで。私は眠っていたけど、ベガさんとミルさんはきちんと思いを伝え合ったらしい。なんやかんや仲がいいのは知っていたし、満更でもないのも一目でわかっていたし、むしろ古参のセリアとセレオからしたらやっとくっついたかとらしくもない、ため息をついたそうで。

村一番のハンター同士の婚姻なんておめでたいこと中々ない。

 

 

あの日から、村は息を吹き返していた。

 

 

 

そんな今日は二人の晴れの式。つまり、結婚式だ。

 

 

「二人とも、似合いすぎですよ…」

 

 

泣いてしまった。

村が戻って、ベガは生き返って、みんな幸せで。

ハンターになって二年で、本当に色んなことがあった。

でも、今だからわかる。この景色だ。この景色のために、ハンターは命を張る。バカみたいだと言われるかもしれない。でもここに、命を張るだけの価値があると、実感してみないとわからないんだと。

 

 

「ちょ、なんでカンナちゃん泣くの?」

 

 

ベガさんの声のせいだ。

ミルさんのいつもの制裁のせいだ。

みんなの笑顔のせいだ。

全く、ほんと。

よかった。

 

 

全部、終わったんだ。

そして、始まるんだな、と。

 

 

カンナは泣きながら、思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワーワー、おめでとう!

そんな声が溢れる。

 

 

「流石に盛り上がってるね、カンナ。」

 

「兄さん、当たり前だよ!村一番の美男美女の結婚式だよ!?」

 

「わかっているけど…。すごいね、これは。」

 

 

式場のギルドから石畳を降りてくる二人は、腕を組んで歩いてくる。

それにつられて、沿道の歓声が波のようにこっちに向かってきた。

 

カンナも、兄とサツキ、リュウと声を上げる。真っ赤なミルさんの顔は、なんともいえない。こんな乙女なミルなんて、カンナは見たことない。

 

 

「あー!かわいすぎ!ミルさーん!」

 

 

こちらをチラリと見たミルは、また顔を伏せる。

だけど、それに気がついたベガが、ミルを引きずってこっちに来た。

 

 

「おめでとうございます!」

 

「ありがとん!」

 

「ああ、ありがとう…」

 

「ほら、ミル?ちゃんと顔上げて!」

 

「うう……」

 

 

なんてことだ。可愛すぎる。

これはもう殺人的な可愛さだ。

 

 

「仲良くしてくださいよ、ほんと。」

 

「サツキちゃん、それはこの女次第だよ。」

 

「殺されたいか?」

 

「いや、ごめん!まじここで拳骨はやめて!」

 

 

あたふたするベガを見て、みんな笑った。うん。違うな。前言撤回。

先輩はやっぱり、先輩だった。

ベガの尻に敷かれる未来は明確に見える。

 

 

「それに、サツキちゃん?次は君の番じゃない?」

 

「?どういう?」

 

「ほらー、リュウくんがいるじゃなーい。」

 

 

ブフッ!!!

 

 

いたずらっぽく笑いかけるベガの言葉に、サツキとリュウが同時に吹き出す。

 

 

「「絶対にありえません!!」」

 

 

「ご、ごめんって。そんなに否定しなくても…。じゃ、そんじゃーね、また後で!!ほら、行くよ!」

 

「明らかにお前が悪いぞ…。

それでは、また後でな。」

 

 

すごい剣幕で同時に叫ぶサツキとリュウにに気圧されるように、二人は降りて行った。

 

 

「あーもう・・・。びっくりした。」

 

 

サツキはパタパタと手で顔を仰ぎながら、そう呟く。

 

 

「・・・ま、あの人が戻ってきてくれて、冗談を言ってくれるだけで頑張った甲斐があったな。」

 

 

本当に、そう思う。

今は、余韻に浸りたい。

上を見上げると、道に沿ってそびえている木から、真っ赤な紅葉が舞っている。

 

 

(あれから2年か。)

 

 

ハンターになった日を思い出した。

その時と同じ、今の色あざやかな紅葉を、私はきっと忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の結婚式のあと、カンナは車椅子のまま病室に戻っていた。いい式だった。誓いの盃を交わす時に、ベガが盃をひっくり返し、怒ったミルが赤らんだ顔を一気に青くしてぶん殴った以外。うん、考えるのはよそう。

 

 

そんなカンナは、昨日手紙を眺めていた。それは、サツキの姉、「月光」ことソニアからだった。

 

 

[やっほー、カンナちゃん!ごめんね、私もすぐに戻れって言われちゃって。アマツマガツチ討伐、ハンターランク100到達、おめでとう。

この前の件だけど、約束、ちゃんと守るね!メゼポルタで待ってるよん!

今度は、Fの名を持って私のところへおいで!]

 

 

くしゃり、と手紙を握りしめる。

 

 

「ーーっっっ!!!!」

 

 

飛び上がりそうな身体を、絶対安静の言いつけがかろうじて留めてくれた。

 

 

あの時、カンナがソニアにしたお願いは、単純だった。

自分弟子にしてください、と。

なのに、約束を守った私が目覚めた時、もうソニアはホームズとメゼポルタに戻っていた。そして、今朝方手紙が来た、というわけである。

 

あの時、アマツマガツチ到来の裏で集まってきたジンオウガは、全て二人の手で討伐されたらしい。占めて二十匹。十八匹は二人で倒したらしい。残って狩りをしていたセレオやミナミに尋ねると、いや、言葉にならない、という曖昧な返事だけ返ってきた。

 

いつか、メゼポルタに行けたなら。

そう考えるとワクワクする。

そういえば、サーサのことも聞いた。でも、不思議と受け入れていた。狩りを通して、彼女が決して悪い人間でないとわかっていたから。ベガも生き返ったし、結果良ければ全てよし。また戻ってきて狩りができるだろう。

 

だから、この異変は終わりなんだ。

そして、さっき考えていたことと同じ。また新しい旅が始まる。みんなにとって。自分にとっても。

 

 

(楽しみだなぁ…。)

 

 

 

それが嬉しくて、布団に顔をうずめる。

その時、扉が叩かれた。

 

 

「どうぞ。」

 

「失礼・・・って、カンナしかいないのね。」

 

 

扉が開いて、入ってきたのはサツキだった。

 

 

「サツキ!」

 

「うるさいわね、もう。さっきも式場で会ったじゃない。」

 

「いいじゃん、別に。」

 

「調子は?」

 

「よゆー!」

 

 

サツキはあきれた、と言った顔をした。

この子のおかげなんだ、と思う。

この子が村に来て、全部始まった。

自分の目標で、道しるべで、ライバルで、友達。

言い尽くせないサツキへの感情が、不思議と溢れてくる。

 

 

「サツキ、ありがとう!」

 

「は?なにそれ。」

 

 

サツキは驚いた顔をした後、そのままクスリと笑った。

どうせ照れてるんだろう。

 

 

「それにしても、ほんと、二人とも綺麗だったわね。」

 

「当たり前じゃん。」

 

「ミルさんのあんな格好、初めて見たけれど。似合ってたわね…。ま、それはいいとして。」

 

 

サツキは、ふとカンナの持っていた手紙を指差す。

 

 

「あんた姉さんに弟子入りお願いするなんてね。姉さんの嬉しそうな顔、見せてあげたかったわ。」

 

 

そう言った。

 

 

「そうだよ、サツキなんてすぐ追い越すんだからね?」

 

「バカはそっちじゃない。まだぺーぺーのくせにー!」

 

「むっ!秘伝書、サツキ持ってないくせに!」

 

「失礼ね、穿龍棍なら持ってるわよ!」

 

 

サツキは椅子に座りながら、そう言う。その時だった。目線を机の上に置かれた手紙の上にやりながら、ふと、彼女の目がある一つに止まるのを感じた。

 

 

「あれ、何?」

 

「ん?」

 

 

サツキが指差したのは、青い石だった。いつかモグラこと、迷惑トレジャーハンターが見せてくれた、謎の文字が刻まれた石。カンナは説明する。

 

 

「ふうん。」

 

 

そう言って、石を回して眺めていたサツキの手が、ピタリと止まる。

 

 

「ねえ…これ、『F』じゃない?」

 

「え?」

 

 

石に指を指すサツキ。カンナもどれどれ、と覗き込む。

 

 

「ほ、ほんとだ。」

 

 

たしかにそうだ。少し掠れているし、小さいけど間違いない。Fという文字が、ぐにゃぐにゃとした謎の文字の中に紛れている。

 

 

「それに、ここだけ大きく書いてあるわ。何でしょう?」

 

「さあ…知らない。」

 

「古代の、文字……?」

 

 

サツキが呟いた。

その時、またも扉が開かれる。

 

 

開けたのは、リュウと村長さんだった。

 

 

「リュウ、どした?披露宴ならもう少し後でしょ?」

 

「いや・・・。この空気の中言うのもなんなんだけど。サツキ、お前に用があって。俺と来てくれ。あの異変のことで、サンサさんからとんでもない証言が取れた。」

 

「何?」

 

「いいから。あと、お前の姉にも相談があってな。」

 

「まあ…いいけど。じゃ、カンナ。私行くから。安静にしてなさいよ。」

 

「う、うん。」

 

 

そう言って、二人は出て行く。

残された村長さんと、カンナは二人だけになった。

 

 

「具合は、どうです?」

 

「大丈夫ですよ!何か、御用ですか?」

 

「いえ、きちんとお礼をしなければ、と思いまして。カンナさん、本当にありがとうございました。ユクモの村長として、改めてこの通りお礼を申し上げます。」

 

「い、いえ、やめてくださいよー!この前も言われましたし!」

 

 

そこまで会うたびにそれをされると恥ずかしい。

 

 

「結局、今回の異変は、あなたたち無しでは解決しなかったのです。当然でしょう?」

 

 

そう言った村長さんの顔は、なぜか曇っていた。

 

 

「あ、あの〜。何か?」

 

「はい?」

 

「いや、何か嬉しそうに見えなくて…ご、ごめんなさい!」

 

「あら、そうでしたの!いえ、ごめんなさい。ただ…少し気になることもありまして。」

 

「えっと、聞いても?」

 

 

何だろう。

村長さんは、ポツリと話し出した。

 

 

「ユクモの伝説の話は何回かしていますよね?」

 

「は、はい。ベガさんが生き返った崩天玉とかの話ですよね?」

 

「はい。ですが、伝説はそれだけじゃなくて・・・。その中に、こんな話もあるのですよ。」

 

 

村長さんは窓の外に目をやる。ここからも見える黄色いイチョウが、風に揺れていた。

 

 

「この村は過去にも、アマツマガツチの脅威にあったといいます。その時、伝説のハンターがそれを狩り、異変を終わらせました。そう、今回のように。

でも・・・この話には続きがあるんです。これは始まりなのだ、と。本当の異変はここからだった、と。その事件一度ハンターをやめた伝説のハンターは、再び剣を取り、ついにその異変は解決された…。

あくまで伝説です。しかし、伝説通りにベガさんが本当にアマツマガツチの崩天玉で生き返ったことといい、実際にアマツマガツチが異変に関与していたことといい、今回の事件は伝説に絡みすぎている。

もしかしたら…終わりではないのかも、と思うと不安でならないのです。そして、その伝説のハンターの役は、今回の場合、他ならぬあなたたち、と思うと。」

 

「そ、その伝説のハンターってまさか…」

 

 

私は伝説なんかあんまり知らない。

歴史の授業は苦手だった。

 

でも、ハンターの祖と呼ばれる人物の名は物語で何回も、何回も聞いたことがある。本当にいたのかもわからない、最早神の類だけど。

 

 

「はい。伝説のハンター、アンゼリカはユクモに拠点を置いていた時期があったそうなんですよ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「リュウ、一体何?」

 

「とりあえず、座ってくれ。」

 

 

リュウの後に続いてギルドに入り、手近な椅子に座る。リュウはさっきまでとは違い、仕事の正装を身にまとっている。

 

 

「例の異変の原因が、薬だって話はしたよな?」

 

「ええ。」

 

「サンサさんは、それをユクモ周辺の土壌にまいて、生態系の中で循環させたらしい。草に浸透した薬が草食動物に食べられ、それが肉食動物に食べられる、みたいな具合だ。だが…その薬の出所を尋ねたら、とんでもない名前が出てきた。

用事ってのは、その件でお前の姉に確認してほしい。」

 

「誰だったの?」

 

 

リュウは難しい顔をした。

 

 

「『第1位』らしいんだ。」

 

「・・・は?なんですって?」

 

 

とんでもない名前が出てきて、サツキに鳥肌が立つ。

 

 

第1位。

 

 

つまり、姉であるソニアの更に上をいくハンター。

 

 

サツキは、その男をギルドで見たことはない。彼は少しふつうのハンターとは違っているからだ。

ギルドから仕事も受けず、気ままに、ふらりと現れて、平然と国や村を、たった一人で救う。そんな流浪のハンターだ。

 

 

だけどそれは同時に、ハンターの世界の法を侵している。ギルドの許可なく狩りを行うのは生態系保護の観点で認められていない。

 

 

だから第1位は同時に、犯罪者でもある。しかしその実力と、実害のなさから、ギルドも黙認していた。

サツキの考えを読んだリュウが、続ける。

 

 

「ああ、そうだ。メゼポルタギルドは今全勢力をあげて第1位ーーー。『キリサメ』を捕らえようと躍起になってる。」

 

 

その男の名は、「キリサメ」という。

 

 

「なんで、そんな名前が…」

 

「わからん。ただ、ソニアさんは面識、あったよな。少し聞いてみてくれ。」

 

「わ、わかった。今日にでも・・・」

 

 

と、答えようとした時だった。

 

 

「リュウさん、大変です!」

 

 

ギルドに駆け込んできたのは、若い職員だった。

 

 

「今度はなんだ!」

 

「ただ今、霊峰の頂上の調査、及びアマツマガツチの遺体の確認をしていたのですが…岩の陰から、男性が発見されました!」

 

「は、はあ?何言ってんですか?」

 

 

女性も信じられない、というような顔をする。なんだ?この感覚。

あの時、アマツマガツチの存在を実感した時と同じ。

 

 

何かが、起きてる・・・?

 

 

「わかりません。それに、目立った外傷もなし、ただ気絶しているだけみたいで・・・」

 

 

あの嵐の中、眠っていたと?気がつかなかったし、ありえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異変は終わっていなかったのだ。

そして新しい物語がここから始まる。

 

サツキの頭には、青い石に書いてあった、大きな文字があった。

 

ーーーquestーーー、と。

 

その意味がわかるのは、ずっと先のことになる。

 

 

第1部 完




見ていただいてありがとうございました!
続きはまた気が向いたら書いてみたい・・・。

見てくれた方、ありがとうございました!


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