もしものネギ先生 (...)
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過去の情景

 瞼を閉じると、鮮明に思い出してしまう。

焼けた村、石化した村民……襲ってきた存在を消し飛ばす、男の背中。

恐れて、助けたくて、助けられて、憎らしくて、救われて……憧れた。

如何にかしたくて、近づきたくて、どうにもならない毎日を送っている。

 

「……ん、寝てた、かな」

 

 ふっと意識を戻したその少年は、真っ黒な隈を携えたままそんなことをのたまう。

明らかな寝不足にも関わらず、彼の周囲が一瞬光ったかと思うと彼は伸びをして作業に戻ってしまった。

 

「よし、出来たぁ!」

 

 造っていたのは掌サイズのそれ……携帯電話である。

正確には改造していた。何をどう改造したかというと……魔法を使えるようにしたのだ。

 

「魔法の一矢っと」

 

 バシュンッと軽く少年から一本の光る矢が放たれた。

光線の様に夜空を横切っていくのを満足げに眺めて、よしっとガッツポーズをする。

 

「完成かな」

 

 少年、ネギ・スプリングフィールドは魔法使いである。

そしてそれ以上に天才少年であり、魔法使いなのに科学技術にまで手を付け始めているのだ。

 

「………あ、学校」

 

 忘れてた、と呟いた時間は深夜4時。今日は休日で魔法学校は休み……そして昨日どころか彼はここ一週間まるで魔法学校に行っていなかった。

 

「まぁ、なんとかしよう」

 

 魔法学校で習う程度のことは既に体得しており、科目を落とさない限り問題はない。時間割や残り時間なども考え、分身魔法を改造するか、と携帯を弄りだした。

 この携帯は魔法をプログラムに編み込んだネギ特製の物だ。

ネギの知りうる限りの魔法を先にインプットしておき、何時でも発動可能。電池も電力と魔力の両立を実現させている。

容量だけが問題だが、分身や矢程度ならどうにでもなる。

 プログラムを弄り、自分の思考パターンを入力した分身魔法を起動する。

あとは分身がどうにでもしてくれるだろう。分身の体験した記憶は携帯から抽出すれば問題ない。

 

「さて、久しぶりに寝たら、……特訓、しなきゃ。ふぁ~」

 

 そうしてネギは一人の時間を確保すると、一週間ぶりの睡眠をしたネギはある場所に行き、修練を始める。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

 

 まずは詠唱有の魔法で結界を作り、人払いを徹底的にする。

次に無詠唱魔法の練習、さらに魔法使いでありながら本やネットで得た知識から格闘術の練習も始める。

 

(……違う)

 

 思い出すのはもっと昔に観せてもらった、滝割りの光景。

タカミチと自分が呼んでいる男性は100mの滝を拳で割って見せた。

魔力を鍛え、魔法を鍛えるだけでは足りない。強くなるには、あの人のようになるにはこれでは足りないと思い、滝割りとあの光景(・・・・)を思い出しながら肉体も鍛えはじめた。

 肉体を鍛えれば、おのずと自分の「氣」も自覚する。

そうして氣を使ってみたのだが……いまいち、滝割りをした本人が使っていた力とは違うと感じた。

 

「……んー、分かんないけど、間違っては無いはず」

 

 魔法使いとしては落ちこぼれと言ったタカミチは素手で滝を割れる領域に居るのだ。

魔法も使えるなら……今から頑張れば、きっともっと凄くなれる。

 

(そう、凄く……あの人みたいに、すご―――)

 

 

 ――どんなに凄くなっても、僕では誰も治せやしないけど――

 

 

 脳裏に浮かぶ石化した村民……幼い自分を構ってくれた、家族のような人たちを思い出した。

そう、ネギ・スプリングフィールドは天才である。……だが、彼には誰かを癒す才能は無かった。

結界を張れる、弾幕を張れる、ぶん殴り、蹴っとばし、吹き飛ばし、消し飛ばすことはできる。大得意だ。

 でも、彼には圧倒的に人を癒す才能が無かった。

どんなに頑張っても、傷を治すのが精いっぱい。石化や呪いを癒す才能は、彼にはない。

 

「………っ」

 

 そんな考えを振り払うように鍛錬に打ち込む。

石化の解呪を諦めたわけではない。魔法の会得だって頑張っている……いっこうに成功する気配はないが。

 

「………」

 

 そうして今日も少年は淡々とスケジュールをこなしていく。

追いつきたくて、救いたくて……諦めと葛藤しながら、未だ9歳の少年はその身をイジメ続けた。

 

 

*

 

 

「……えぇー」

 

 魔法学校卒業の日、9歳の子供が行うにはいき過ぎた毎日を送っていた彼の手には一枚の紙切れが存在していた。

そこには「日本で先生をやること」と書かれている。これは最後の課題ともいえるもので、これをクリアすると「立派な魔法使い(マギステル・マギ)」という魔法使いにとって誉れ高い……まぁぶっちゃけちょっとした免許の様なモノがもらえるのだ。

 別になくてもいいのだが、自分を育ててくれた姉やそのお爺さんが通わせてくれた学校の最後の課題……こなさなくては、不義理というものだろう。

 

「仕方ない、行こう……」

 

 荷造りをしながら、目線が自然と大きな杖へと移った。

アレは魔法媒介としてはかなり有能で、子供が持つにしては色々と大きすぎる物だが、託されたものでもある。

 

「……持って行こうっと」

 

 携帯電話の収納機能(マジックポケット)を使い、杖を収納する。

ついでに携帯の魔法媒介にしている杖の破片と共鳴させて、魔力の浸透と負荷の軽減をよくしておいた。

これで魔法媒介も兼ねていた携帯が、超有能魔法媒介へと早変わりだ。

 

(さて、と……寝よ)

 

 本来魔法は隠匿さなければならない。これから先の修練をどうしようかと頭の片隅で考えながら……彼は眠った。

 

 

*

 

 

「さて、と………何で学園長室が女子中にあるんですかねぇ」

 

 麻帆良学園に到着した彼、ネギ・スプリングフィールドは送ってもらった地図を見ながらそう呟いた。

 

 「ねぇあの人――」「わぁカッコいい」「美形ね~」

 

 ネギの姿を見て近くの女子生徒が騒ぎ出す。

何故なら、今の彼は9歳児の姿ではない。魔法で20歳ほどの姿になり、言動も自身に暗示をかけることでそれに近づけているのだ。

 

「あのー、ネギ・スプリングフィールドさんですか?」

「ん?」

 

 今まで遠巻きに見られていただけだったが、二人の女子生徒が話しかけてきた。

長い黒髪が綺麗な子と、オレンジ色のツインテールに蒼と翠のオッドアイの少女だ。

 

「はい、そうですけど、何かご用でしょうか?」

「あの、うち近衛木乃香いいます。おじ……学園長先生がお迎えにって」

「そう、ですか」

 

 初耳のことに少し戸惑うネギ。

少し視た(・・)ところ、別に魔法媒介を所持している様子もないし、立ち回りも変わったところはない。

 

(……え?)

 

 横のツインテールの少女に視線を移したが……何も()えなかった。

ネギの眼鏡は魔法が掛けられており、魔法に関係する者なら所持しているであろう魔法媒介や、危険物、ついでに重心エトセトラを視ることができる。

 

(視えない、どういうこと?)

 

 だが彼女は見えない。木乃香はちゃんと視える為、これは彼女には魔法が効いてないということになる。

魔法関係者、にしては態度が一般女子のそれだ。早く済ませて欲しいのか、ちょっとイライラしているように見える。

 

「あ、彼女は神楽坂明日菜いいます。うちの同居人なんです」

「ちょっと木乃香、別に私を紹介しなくても」

「えーやん別に」

「っとそういえば、挨拶が遅れました。ネギ・スプリングフィールドです。麻帆良学園で教師をやらせていただくことになっています。よろしくお願いします」

「あ、いえご丁寧にすいません」

「よろしゅうな、ネギ先生」

 

 挨拶を交わすと、早速学園長室へと案内してもらった。

 

「失礼します……」

 

 ノックをして入ると、学園長席には頭の長いまるでぬらりひょんのような人物が座っていた。

一瞬悪魔や妖怪かと思ったが、案内してくれた二人が何の反応もないのでこれは人なのか、と思わずまじまじと見つめてしまった。

 

「始めまして学園長。ネギ・スプリングフィールドです」

「ふぉ?……確かじゅ―」

『年齢は幻術で誤魔化しています。数えで10歳が先生では、色々おかしいでしょう?』

 

 学園長が生徒二人の前でおかしなこと(実年齢)を言いそうになったので、念話で事情を説明しておく。

なるほどと頷くと、学園長も挨拶を返した。

 

「さて、まずは教育実習として3月まで頑張ってもらうからの」

「はい」

 

 まず、というのに少し引っかかったが、一般生徒の前では新任教師の振りをしなければいけないことを思い出した。

まずは、と言ってこれから先も考えていますよ、というフリをしておいたほうがそれっぽいだろう。

 

(……?まて、そういえばこの修行って何時まですればいいんだろ?)

 

 課題には日本で教師をすること、としか書かれていない。

ということは……。

 

(もしかして、本当にまずは扱いで、最低でも卒業生を送るまでやらなきゃなのかな?)

 

 色々本腰入れないと、と気合を入れ直す。

どうにも長丁場になりそうだと考えていると、学園長が爆弾発言をした。

 

「そうそう、木乃香、明日菜ちゃんネギ先生を暫く二人の部屋に泊めてくれんかの?まだ部屋決まっとらんのじゃ」

「「え?」」「ええよー」

 

 木乃香以外、ネギと明日菜の声が被った。

いやいやいや、何を考えてるんだこの人はっ。

 

「学園長、自分が此処に来ることは前もって伝えられていたはずでは?」

「そうなんじゃがの、部屋が足りなくての。今準備しておるところじゃ」『10歳のキミを独り暮らしさせるわけにもいくまい?』

『別に大丈夫です。それも含めて修行では?』

『しかし』

『これでも野宿経験もありますから』

 

 それに部屋を増築している間までとのことだが……流石に今の姿のネギが彼女達と部屋を同じにするのはマズイだろう。

というか、木乃香は何故OKをだしたのだろうか。ノリが良すぎないか彼女。

 

「はぁ……それなら暫く近くのホテルにでも泊まります。幾らか換金してきてますから、今月はそれで。来月からは給料からなんとかします」

「む、それは悪いの」

「そう思われるんでしたら、後々給料に追加しておいてください」

「分かった、そうしよう」

 

 どうにか学園長を説得し、ネギはホテル通いとなったのだった。

 

『あ、後で魔法関係者に関して資料を貰っても良いですか?名前だけでもいいので』

『あいわかった、用意しておこう』

『ありがとうございます』

 

 

*

 

 

「新任教師として3学期の間このクラスを受け持つことになりました、ネギ・スプリングフィールドです。よろしくお願いします」

 

 ネギが配属されてA組の第一印象は、元気がいい、だ。

黒板消しを扉に挟んでおいたり、足元には縄が掛けられていた。

上を見れば下がおろそかになり、下を見れば上から降ってくる……意外と効果的なのが驚きだったが、黒板消しを受け止め、縄を避けて挨拶をした。

幾らか感心の声が上がり、その人たちの顔を覚えておく。悪戯の注意人物だ。

 

「「「「「キャーッ!!!」」」」」

「わ!?」

 

 挨拶をすると喜声が響き渡った。

ネギの外見が若々しいイケメンということもあり、クラスはかなり熱気だった。

 

(これは、大変だなぁ)

 

 近寄ってきて歳や住んでいたところ、何の科目を担当するのか、本当に3学期だけなのか等々、様々な質問を捌きつつ、苦笑いを浮かべた。

 

(………頑張ろ)

 

 この元気なクラスが、元気なまま過ごせるように。

二度とあんな思いをしないために、自分のできることをするのだと、少年は誓った。

 

 

 

*

 

 

 あの情景を彼は生涯忘れない。

故に彼は自分を磨き続け、周りを護ろうとし続ける。

例え、その身がどうなろうとも――。




「魔法先生」ネギ・スプリングフィールド
実年齢9歳 外見年齢20歳
 魔法の眼鏡と魔法の携帯を所持しており、身体能力も高く、魔力と氣力の扱いも上手い。
独自の格闘術を会得しており、瞬動術も体得している。
精神年齢も暗示で底上げし、気配りや魔法の隠匿も原作以上に行う。
授業も分かり易く、バカレンジャーと呼ばれる5人にも如何にか理解し憶えてもらおうと四苦八苦するのだが、それはまた別の話……。
 トラウマを酷く引きずっており、誰かを護ったり救うことに躊躇が無い。父親から受け取った杖がさらに責任感を強くしており、良くも悪くもタガが外れているが、今は先生の本分として生徒を導き護ることを目標としているため、生徒に悪影響のあるようなことは極力避ける。

 原作と違い色々フラグが立ったり折れたりしているが、彼の未来は一体……?


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ネギ先生

続きをという声があったので、一話だけ書いてみました。


 ネギが教師となってから数日が過ぎた。

彼の苦難は、早速始まっていた。

 

(綾瀬夕映さん、神楽坂明日菜さん、古菲さん、佐々木まき絵さん、長瀬楓さん……通称バカレンジャーか)

 

 嫌な通称を付けられたものだと苦笑する。

だが先日行った小テストの結果を見れば笑いなんて引っ込んでしまう。

 

(本当に酷い点……授業を聞いてないだけなら、軽く教えればわかるかもしれないけど)

 

 正直に言って教えるのはネギにとって苦ではない。

中学の勉強は、どんなに酷くても頑張れば出来ることだとネギは考えている。

素養で決まってしまう魔法とは違い、勉強や研究といった知識、頭脳を用いるのはある程度どうにか出来るものだ。

一定を超えると才能だとか素養というモノは確かに必要な場面もあるが、それはそれこれはこれ。

 

「基礎が分かってない場合は、少し前の勉強から教えていかないとなぁ」

 

 どちらかというと問題は時間である。

前の授業を聴いていないと、次に繋がっている授業が分からないのは当たり前。それを追っていくのはそれなりの時間を要する。

 

(特に神楽坂さんは朝早くからバイトをしてるって話だし、長時間拘束するわけにはいかないか……宿題も加減するつもりはないけど、あまり量を出すのは良い手段とは言えないな)

 

 んーっと、考えだした結論は一つ。

 

「やっぱり補習授業かなぁ」

 

 補習というのは高校から行われるのが通例であり、中学までは成績がどの程度でもあまりそう言うのは行われない。

ただ、麻帆良は大学までエスカレーター式であり、そのためか中学から補習授業の行使がゆるされているのだ。

 

「根気強く頑張んないと」

 

 本来の2-A教師は高畑・T・タカミチだが、彼は大抵留守にしている。

凄腕の使い手として世界中に引っ張りだこな彼は、きっと今も誰かを救うために頑張っているだろう。

そしてネギは高畑と同じ英語教師。彼が留守にしている分、自分が補わなければ。

 

 

*

 

 

「と、いうことで。小テストの結果が悪かった5名は補習を受けてもらいます」

「え!?そんなぁ」

「ハッハッハ………マジアルカ?」

「仕方ないでござるな」

「……」

「うそぉ、私放課後部活ぅ」

 

 補習と言われてやる気は出ないだろう。まぁ予想通りの反応だった。

 

「部活の先生には話を通してありますし、補習の後の小テストで6点以上取れれば、補習の時間も週一にしますから」

「え、本当!?」

「はい」

「ちなみに取れない場合はどうなるのです?」

「そうですね……週四日、最低一時間は補習を受けてもらいます。こちらも小テストで……7点取れれば週一にしましょう。満点か9点取った場合は即補習終了ということでどうでしょう?」

「9点以上で終了の補習でござるか」

 

 今回の補習の目的は勉強のレベルアップもそうだが、出来るだけ全員に勉強する機会を増やすためでもある。出来れば、宿題くらいは自分で時間を作ってやってもらいたい。

 

(何人か見せてもらって提出してるのは分かってるんですからねー。まぁ出さないよりかは、問題に目を通してる分マシなのかもしれませんが)

 

 そうして始まった補習授業だが、意外や意外全員の飲み込みが悪いというわけでもなかった。

それどころか、綾瀬夕映に至っては初日で9点を取り、一発終了をかましてくれたほどだ。

 

(古菲さんや長瀬さんも8点……もう明日か明後日にはこの二人も終わるかな?)

 

 古菲はそもそも外国から来ていることもあり、日本語を学んだ経験と要領を聞き、その応用で英語も教えれば意外とスムーズにこなしてくれた。

というか、この二人は日夜行っている修行の分勉強していないだけだろう。

 

(あー、そう言えば修行場所、どうしよう……)

 

 麻帆良は広く場所には困らないのだが、人払いをして魔法を使える空間はさほど多くはない。

森林地帯は長瀬楓が修行をしているし、広い場所は大抵運動部が使っている。

 

(もう放課後は諦めて、深夜遅くか朝早い時間にするかな)

 

 人のいない時間に場所を探し、侵入阻害と人払いの結界を掛ければ大丈夫だろう。

放課後やることをやって、一眠りした後に特訓するのが一番だと考える。

 

(さて、現実逃避もこれくらいにして、今の問題は……)

 

 チラッと教卓から今問題の生徒を見る。

 

「うぅぅ」

「うーん……?」

 

 神楽坂明日菜に、佐々木まき絵である。

 

(佐々木さんは多分そろそろ合格ラインに到達しそうだけど、神楽坂さんは……)

 

 何度かテストを持って来て貰ったが、結果は4点にも満たないモノばかりだった。

 

(理解できてないわけじゃなくて、多分覚えきれてないんだろうな……ゆっくり教えるのが一番いいタイプだ)

 

 彼女には悪いが、こればかりは頑張ってもらうしかないだろう。

パンっと掌をたたいて音を出し、二人の意識をこちらへ向けた。

 

「今日はこのくらいにしましょう。行き成り根を詰めてもいけませんからね」

「ふあー」

「たすかった~」

「ちなみに宿題も用意してあるんですが……」

「「え?!」」

「……今日は集中して頑張ってくれたので、無しにしましょう。お疲れ様です、二人とも」

「「よ、よかったぁー」」

 

 心底安心する二人を見て、少し微笑んでしまうネギ。

こう言っては悪いが、何だか小さな子供を相手にしているようだ。

 

(なぁんて、年下なのは僕の方なのにね)

 

 この大人びた思考は暗示のおかげだし、この短い間に教師としてプログラムを立てるように出来たのも、他の先生の行動を観察し、生徒の反応も見て学んだことを頭の中で創り上げたからだ。

そして学んだことを暗示に織り交ぜ、年上の余裕を持ったまま、生徒に反感が少ない教師の行動がとれるように更新し続けている。

 

(他の人も成績が落ち始めるような人が居たら補習を受けて貰わないとな……とはいえ、それは期末まで一ヵ月きってからにしよう)

 

 余り急に大人数相手にするのはネギにとってもキツイモノがある。

今まで基本単独行動ばかりだった彼にとって、一クラス……それも本来は年上の人相手に教えるというのは、かなりのプレッシャーでもあった。

 

「……」

 

 だが、そのプレッシャーはネギ・スプリングフィールドにとって動きを阻害するコトにはならない。

幼い頃からトラウマを抱え、憧れに託され、追いかけ続ける彼にとってある意味刺激となっていた。

 

 

*

 

 

 そうして少しずつ2-Aの成績は上がっていき、万年最下位だったA組は3位まで上がることになる。

ちなみに最終課題が最下位脱出と言われたネギは大して慌てる様子もなく、結果にしても頑張ってたからなぁと頷いていた。

A組は対照的にどんちゃん騒ぎとなり、パーティーまで開くほどになった。気付けば他クラスまで巻き込み、先生達が止めようと奮闘することになるのだが、何気にネギはクラス側につくという茶目っ気を見せ、どんどんクラスや麻帆良に馴染んて行った。

 

 そして、3年生に進級しネギも正式な教師として扱われることとなって数日後……おかしな噂が流れることとなる。

 

 

 ――桜通りの吸血鬼

 

 

 その噂による原因は夜の桜通りで急に倒れる人がおり、その人の首元に噛み痕があったという話からだ。

 

(吸血鬼、か)

 

 魔法使いの間では吸血鬼というのは事実存在する怪物として伝えられている。

それが現れたというのなら、それが生徒を襲うというのなら対処するのが教師であり魔法使いだ。

 

「………さて、どうするかな」

 

 まずは、夜の警戒から始めた。

そしてそこで出会ったのは………。

 

 

初めまして(・・・・・)、ネギ・スプリングフィールド?」

「貴女は………」

 

 

 金の長髪を靡かせる黒コートに身を包んだ少女がいた。

彼女は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

3-Aの所属生徒であり、彼女は―。

 

 

「私は、悪の魔法使いさ」

 

 

 生徒に害する吸血鬼ならば、護るために滅ぼそう。変質者なら麻帆良から追放しよう。そう考えていたネギの前に現れた吸血鬼(生徒)は、愉し気に微笑んでいた。

 




保護対象であり討伐対象として現れたエヴァンジェリンにたいし、ネギの選んだ行動とは……?


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魔法使いネギ

 ……さらに一話続いてしまいました。感想って凄いデス!


 3年になったA組のネギに対する評判はかなり良かった。

授業は分かり易く、バカレンジャーにも根気強く、優しく教え少しずつ成績を伸ばしていった。

怒る時は怒るが、基本的に優しい上に時折微笑むその姿ときたら、中学生女子には甘い毒の様に効くようで既にファンクラブの人数は五桁を超えているとか。

 

「……フン」

 

 そんな姦しい噂話を鼻で笑う少女がいた。

彼女はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、訳あって麻帆良学園に軟禁されている吸血鬼だ。

 

(完璧な先生?あの(・・)ナギの息子が?)

 

 ネギの父であるナギ・スプリングフィールドのことを彼女はよく知っている。

粗野で乱暴で魔法学校中退で、魔法は5,6個しか覚えていないなんちゃってサウザウンド・マスター……確かに実力は化物レベルだったが、そんな奴の子供がまさかの先生として大成功している。一体どんな皮肉だろうか。

 

(今に見てろ、化けの皮を剥がしてやる!)

 

 彼女は力を封印されている身ではあるが、戦えないわけではない。

吸血鬼の莫大な力は意外としたことやちょっとした些細なことである程度取り戻せるのだ。

今回はちょっとしたこと……生徒からの血液収集である。

万全には程遠いが、一般の魔法使い程度なら少しの血液と薬品、そして何より従者がいれば十分だ。

 

「行くぞ、茶々丸」

「はい、マスター」

 

 茶々丸(従者)を従え、夕暮れの屋上を立ち去るエヴァンジェリン。

そしてその日から、桜通りの吸血鬼の噂が立ち始めることとなった。

 

 

*

 

 

 ネギが吸血鬼の噂を知ったのは犠牲者が数人出たところだった。

未だA組に被害は出ていないし、死傷者が出ているわけではないせいか大きな噂にはなっていない。

だが女子とは特に噂話が大好きで、少し耳を澄ませると色々な話が飛び込んでくる。

 

(……吸血鬼、か)

 

 魔法使いの界隈での事実として、吸血鬼は存在する。

だがその数は少なく、弱点もそれなりに存在する為意外と滅殺されたり封棺されるケースが多い。

それに魔法先生や魔法生徒が多く在籍するこの麻帆良学園で、そんな大それた真似が出来るというのは少しおかしい気もしていた。

 

(タカミチは未だ留守だし、学園長に話を聞いておくべきかな)

 

 今日の補習は中止にし、書類仕事を手早く片付けるとネギは学園長室へと向かった。

 

「学園長、ネギ・スプリングフィールドです」

「ん?ネギ先生か、どうぞ入って構わんよ」

「失礼します」

 

 ノックをして入室する。相変わらずぬらりひょんの様だと失礼なことを考えつつ、吸血鬼の件について打診した。

 

「あぁその件か。ウーム……」

「何か心当たりが在るんですか?」

「………まぁ無関係でもないじゃろうから、話してもいいか。実はの……」

 

 そこから聞いたのは、一人の吸血鬼の少女とネギの想像する父親とは全く別人のような人の話だった。

吸血鬼を落とし穴にはめてごり押しの魔法をかけて学校に登校させ続けている……それも、もう15年以上。

 

「それは、なんというか……」

「ふぉっふぉっふぉ、信じられんかの?」

「いえ、まぁ英雄譚と事実が違うっていうのはよくある話ですから……ただやることがえげつないというかなんというか」

 

 吸血鬼ということは見た目通りの年齢ではない。

とっくに成人を越えているであろう中身が大人の女性に女子中に通わせ続けるというのは、かなりクるはずだ。

肉体的に死に難い者を相手にこれほど効く精神攻撃は中々ないだろう。

 

「その呪いを解く方法はないんですか?」

「ふむ……解く方法は、まぁ意外となくもないんじゃよ」

 

 英雄の力押しの上に出鱈目の呪文(オリジナルスペル)とはいえ、15年も時間があれば呪いの解呪方法など幾らか思いつく。

 

「じゃが、彼女は吸血鬼じゃ。それも悪名高い、の」

「つまり立派な魔法使い(マギステル・マギ)として解呪するわけにはいかない、と?」

「そうなるの」

「英雄とはいえその偉大な魔法使い(マギステル・マギ)の一人が、卒業する頃には解くと約束したのにも関わらず?」

「それを言われると、弱いんじゃが」

 

 本当に弱ったような雰囲気を作り出す辺り、この人の歴の長さが窺える。

幾ら暗示をかけているとはいえ、腹の探り合いでは自分は幼子以下。練度の差が知れる。

 だけど考えることはできる。学園長はこの麻帆良を代表する魔法使いだ。そして本人は別に解呪しても良さそうというニュアンスでこちらに伝えてきた。

学園長自身が解呪しないのは、恐らくできないから。悪名高い吸血鬼を解放したとなれば信用は落ち込み、学園長ではいられなくなってしまうかもしれない。

それに恐らく魔法先生や生徒の過半数以上が反対しているのだろう。幾ら英雄の約束事とはいえ、所詮は口約束。強制力が無い以上、こう言うのは認知の差で決まる。

 

「………分かりました」

「ん?」

「学園長、自分に桜通りの警戒を任せてください。それと、その際に吸血鬼に出逢った場合、裁量(・・)は好きなようにしてもよろしいですか?」

「………うむ、そうじゃの。好きにするとよい。幾ら儂でも流石に見聞きしておらん場所で何があってもどうしようもないからのぉ~」

「ありがとうございます」

 

 深く感謝を述べる。学園長は自分にこの件を一任してくれた。中心人物が父親と自分のクラスの生徒だからというのも大きいだろう。

今の言葉からして何があっても自己責任ということになり、少なくとも学園長の手助けは無い。その代り、生かすも殺すも自分で勝手にしても、御咎めは無い。

ネギはそう解釈し、早速桜通りの見回りへと躍り出た。

 

 

*

 

 

 そうして早3日が経っていた。

ここ暫くは天気が悪かったからか、吸血鬼も態々襲いに出かけたりしなかったらしく、この日漸くネギは彼女と出会うことになった。

 

「………来た」

 

 探査魔法、探知魔法、それを隠蔽する魔法。そして自分の気を抑えることで隠形し、ついでに軽く辺りを魔法の携帯でハッキングして魔力のウィンドウを宙に開いて監視していた。

軽く自分でも歩きつつ、夜7時過ぎ。ちょっと門限厳しいくらい……つまり、生徒が慌てて危ない道でも走って帰ろうとする時間に彼女は現れた。

 

「さて、どうするかな」

 

 未だこちらには気付いていないが、それも時間の問題だろう。

とにかく装備の確認をする。携帯と眼鏡の起動確認、持ってきた魔法道具(アンティーク)それと幾らかの魔法薬。弱点になりそうな聖水等も少々。

 

「よし、行こう」

 

 彼女の標的であろう人物が襲われるよりも早く、その人の目の前に現れる。

急ではなく、少し前の角から現れた風を装って歩いていくことで、小走りで走ってくる生徒ではなく、吸血鬼の方に警戒させた。

 

「こんばんは、もっと速く走らないと時間ヤバいですよー?」

「ね、ネギ先生?! こんばんはー、ありがとうございまーす!!」

「気を付けてくださいね」

 

 にこやかに見送りつつ、その姿が小さくなったところで無詠唱で魔法を使う。

使うのは認識疎外と人の立ち入りを禁じる隔離魔法、それに魔力や魔法を隠蔽する電力を使った特殊な結界も携帯からONにしておいた。

 これで見聞き出来ない(・・・・・・・)空間の完成である。学園長も言い訳しやすいだろう。

 

「――初めまして、ネギ・スプリングフィールド?」

「貴女は……」

 

 何と言おうか迷った。初めまして(・・・・・)ということは、相手は吸血鬼として立っていることになる。

日頃から変わった雰囲気の生徒だと思っていたが、こうして堂々と前に立たれると中々良い悪い(・・・・)感じだ。

 

「私は、悪の魔法使いさ」

 

 黒いコートも様になっており、綺麗な金髪と相まって綺麗だとも思う。

そんな彼女の横には、更に変わった風貌の少女がいた。体はどう見ても作り物だが、決してネギは彼女を()扱いしない。

 

「マクダウェルさんに、茶々丸さんですか」

「クックック、あの男の息子とは思えない程見事だったぞ。まさかここまで徹底してくるとは――まて、茶々丸(・・・)さんだと?」

 

 ネギは基本丁寧語で、相手の呼び方も大体苗字だが、一部そうじゃない人が居る。

まずタカミチ。これは昔馴染みという事もあり、私生活で会えば丁寧語ですらなくなっている。

次に刹那。彼女は学園長の孫の近衛木乃香の護衛役らしく、魔法について何も知らされていない木乃香への対処について話し合ったり、格闘術の鍛錬でもお世話になっている。

そしてその木乃香。刹那と木乃香は幼馴染で仲が良かったのだが、今は護衛役もあり距離が離れている。……そのためか、最近仲が良いネギに相談しに来たりして、ちょっと対応に困ってもいる。

 もちろん全員職務中は苗字呼びだが、放課後などには名前で呼んでいる。公私を分けているのがネギであり、そして今はその放課後でしかも魔法使いとして立っているのだ。

 

「お前、コイツと交流があったのか?」

「はい、何度か人助けや猫の餌やりを共にしました」

「ハァ!?この………いや、まぁいい。今は良い。取りあえず、用事を済ませようか」

 

 薬品をその手に持つエヴァンジェリンを見て、待ったをかけるネギ。

 

「用事というのは、呪いのことですよね?」

「あぁ。お前の血液が大量に必要だからな、力ずくでも吸わせてもらうぞ!!――氷結・武装解除!!」

「っ風盾!」

 

 吹雪を風で防ぐと、巻き起こった砂煙と共に茶々丸の姿が消えた。

 

「すいません、ネギ先生」

「っと」

「え」

 

 言葉と共に繰り出された拳を受け止め、流して投げとばした。

体術が出来ることが意外なのか、あっさりとエヴァンジェリンの元へ投げられる茶々丸。

 

「ほぅ、坊や(・・)は体術が出来るのか」

「まぁ幻術は見破られてますよね、当たり前ですけど。…話し合いませんか?」

「フン、その手に乗るか!貴様は立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指し此処に来たのだろう?ならば、私に協力などするまい!?――氷爆!!」

 

 攻撃してくるが、薬品を投げつけてくる動作がある時点で挙動は見切れる。

これなら刹那の剣捌きやタカミチの拳の方が数十倍速いだろう。

 

「いえ、まぁそうなんですけどねッ!」

「……」

 

 氷爆に紛れ、文字通り飛んでくる茶々丸は意外と手練れだった。

ただ動きは基本通りというか、機械的で捌くのに苦労はしない。自分の分身相手に徒手空拳は散々やっているので、気や魔法で強化されていない分少し遅い気もするが……。

 

「っと、危なっ」

 

 時折ロボの身体を活かした特殊な攻撃が織り交ぜられ、集中を切らせば一撃貰ってしまう。

 

「やりますね、ネギ先生」

「それはどうも、称賛ついでに――終わりです」

「あ」

 

 ガッと両手を掴み、組伏す。その際に無詠唱で戒めの矢をきつめにかけておく。

ロボの身体は意外と頑丈で無軌道だ。人の裁量で魔法をかけても力づくで解かれてしまうかもしれない。

 

「茶々丸!?」

「おっと」

「!」

 

 動こうとしたエヴァンジェリンに対し、骨董魔法具(アンティーク)の魔法銃を向けた。

骨董とはいえ手入れも能力向上の改造もしてある。それに魔力弾は自家製だが、籠っている魔法は戒めの術の他にも妨害魔法弾や魔力発散弾等取り揃えている。

 

「魔法具……それに無言呪文に体術、か」

「降参して話を聞いてください」

「……では一言だ」

「は?」

「一言で私の興味を引いて見せろ、面白い事なら尚いい」

「お、面白いって」

 

 愉しんでいるのだろう、銃を向けられても微笑すら浮かべている。

この少ない時間での対面でエヴァの性格を思案する。

ギャグを言えというのではなく、珍妙なことを言えということだろう。意外と捻くれている所があるように思えた。

 

「………では、ここだけの話ですが」

「うむ」

 

 すぅっと深く息を吸って一言告げた。

 

 

「僕は別に立派な魔法使い(マギステル・マギ)に興味はありません」

「………ハ?」

 

 

 暫くの間、沈黙が流れた。

立派な魔法使いとは現代社会における全ての魔法使いが目指し獲得する称号だ。

なのだが、この称号は魔法界の政界で発行されている……つまり、こう言っては何だが……別に持っていなくても良い蛇足なのだ。

 

「偉大な魔法使いと呼ばれる父を尊敬していますし、憧れてもいます。でも別にそう呼ばれて持て囃されたいかと言われると、特には」

「じゃ、じゃぁ何故ここに来た……?」

「行かなきゃ魔法学校に通わせてくれた人たちを裏切るようで悪いなぁと。卒業できたのは両親不在の僕を受け入れてくれた学園長のお蔭ですから」

 

 暫くポカンとしたかと思うと、エヴァンジェリンは大声で笑いだした。

 

「は、アハハハハハハ!!!……信じられんな、どうやったらあのバカからお前みたいなのが出来るんだ!?」

「父が粗野で乱暴でなんちゃってサウザウンドマスターだっていうのは、僕もつい最近知ったんです。多分、英雄譚の影響を受けたんですよ」

 

 英雄譚のナギはそれはもうカッコいいヒーローのようなものだった。

幼心に憧れたし、今でも英雄譚のナギ(・・)も、あの時村を救ってくれた()にも憧れている。

ただ知るのが遅かったためか、そこ(性格)らへんはこの通りというわけである。

 

「いや、愉快だ、あぁ本当に愉快だ……少しは話を聞こうじゃないか。それと、茶々丸を解放しろ」

「あ、はい。すいません茶々丸さん」

「いえ」

 

 戒めを解き、そっと手を差し伸べて立たせる。

その紳士的な姿を見て、更に笑みを深めた。

 

「クックック、やはりあり得んなぁ。先生の姿は借り物だと思っていたが、素だったか」

「この姿は暗示と他の先生を参考にした人格プログラムを並行処理してるんです。対応に関しては、義姉のお蔭ですかね」

「あぁなるほど。通りでA組のおかしな雰囲気に対処できるわけだ……にしても、5,6個しか使えなかったアイツの息子が、なぁ」

 

 攻撃や盾だけではなく結界、隠蔽、拘束、魔法具、暗示に他にも何かありそうだと感心する。

 

「お前の方がサウザウンドマスターらしいんじゃないか?」

「千も呪文はしりませんよ……さて、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん」

「なんだ?」

「一つ、契約を結びませんか?」

 

 取り出したのは契約書。口約束などではない、正真正銘拘束力のある魔法具だ。

 

「ほう、この私に契約?」

「はい。内容は僕の修行に協力すること。報酬は――その出鱈目な呪いの解呪です」

「プッアハハハハハハハ!!!」

「今度はなんですか……」

「お、お前、英雄の息子が、悪の魔法使い(吸血鬼)と取引、しかも内容が、救済だと?」

「本気ですよ?血が必要なら毎日死なない程度に必要量集めますし、そもそも解呪は難しいですけど出来なくはないです。基本は同じ魔法ですし、解析や開発は得意です」

「そうかそうか……いいだろう、どうせ今のままでは勝てないしな」

「でしょうね、というか本当はこの魔法具だっていくらでも対処できるんでしょう?」

「まぁな。魔力が足りないくらい、幾らでも補えるさ。ただ今日は愉快だ、興に乗ってやってもいい」

「それはありがたいです。では契約を」

「ああ」

 

 お互いの血印を押し、契約を果たした。

 

「あぁ、それと私のもとで修行するのなら、私のことは師匠(マスター)と呼べよ?」

「む、協力関係は対等のはずでは?」

「ほぅ、10歳の若造がよく吠えるな?」

「僕にも少しはプライドってのがありますから。……まぁ、今日からよろしくお願いしますね、エヴァンジェリンさん」

「長いし言い難いだろう、エヴァでいいぞ坊や」

「ネギでお願いします、エヴァさん」

「いーや、師匠呼びが嫌ならこっちは実力が付くまでこのままだ。譲らんぞ?」

「む」

「ふふふ」

「……マスターが楽しそうで何よりです」

 

 こうして、彼らの契約は成った。

後に特殊な魔法球の中で魔力が仮復活したエヴァに修行という名のもとボコボコにされるのだが、それは余談である。



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京都へ

 修行に課題に先生にとやること満載のネギだったが、そんな彼の唯一の休憩時間ともいえる少しだけの憩いの時間がある。

のんびりコーヒーを飲みながら魔法に関係ない書物を読みふけるのは、彼が最もまったりする時間で……。

 

「兄貴兄貴!」

「…………ハァ」

 

 時間、だったのだがそれは一匹の白いオコジョによって中止となった。

 

「どうしたのカモくん?あ、下着ドロとかしたらダメだよ?物理的かつ精神的にぶっ飛ばすからね?」

「兄貴、ホント俺っちにたいして毒っすね……」

「日頃の行いが行いだからねぇ~」

 

 この白いオコジョ、猫の妖霊(ケットシー)に並ぶ有名な妖精なのだが、いかんせんこのオコジョは性欲に忠実すぎるというかなんというか……。

 何故そんなオコジョを連れているかというと、昔義姉のネカネの下着ドロをした際に捕まえて、説教したことがある。

その時にもうやらないことを条件に逃がしたのだが、それを何故か漢らしいと思ったようで、気にいられ勝手に付いてくるようになってしまった。

 まぁこのちょろちょろと動く小動物が気に入っているのはネギもだから、出て行けとは言わない辺り甘いのかもしれない。

 

「ッとそうじゃなくて!契約(パクティオー)ッスよ契約(パクティオー)!」

「はいはい、しないってば」

「何で!?」

「だーかーらー、僕は今先生なんだって。パートナーを選ぶってことになると相手は同じ先生か生徒ってことになるでしょ?」

「って言っても魔法(・・)先生でしょ!?兄貴ー、そりゃ10歳でパートナーを決めろっていうのは早いかもしれないっすけど」

 

 オコジョ、アルベール・カモミールこと通称カモくんがこんなにもしつこく迫ってくる契約(パクティオー)とは、魔法使いとしてのネギをサポートしてくれる存在なのだが、ネギにはいない。

元々ネギが目指しているのはあの夜に出逢った父の様な戦いながら魔法を使うという魔法拳士であり、純粋な魔法使い(重火力砲台)ではない。

それは居れば良いかもしれないが、今必要という事ではない。

 

「急務ってわけじゃないでしょ。A組が卒業するまでの一年は先生と修行をメインにしないと」

「急務ッスよ急務!!あの闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)がいるんでしょ!?」

「エヴァさんね。そりゃいるけど封印されてるから問題ないよ」

「修行でボコボコにされてるじゃないっすか!それも三対一で!!」

「そりゃ修行だし、厳しくするやり方って言われてたからね」

「そもそもその封印もいずれ解いちまうんでしょ!?」

「そう言う契約だからね」

「兄貴、自分が何言ってるかホントに理解してる?ねぇ?ちょっとー!?」

 

 もう聞かない、とそっぽを向いて知らん顔するネギ。

カモ君の心配も分かる。修行はともかくとして、いずれ封印を解いたエヴァンジェリンが何をするかわからない。

きっと悪さはしない、と思うが周りはそうではない。悪と決めつけ攻撃をすれば、反撃をするのが彼女だ。きっと血生臭いことになる。

 そしてそうなった時、真っ先に責任の標的になるのはネギだ。

分かってる、そうならない様に無血でエヴァだけじゃなく、彼女を狙う人達を抑える力が必要なことは。

分かってる、どれだけ力をつけようがそれが一人では到底できないことだっていうのは。

 

「大丈夫、わかってるよカモ君」

「兄貴ぃ……」

 

 微笑んで優しくカモミールを撫でるネギ。

それが余計にカモミールを不安にさせる。まだ10歳の少年が、何をこんなに思い込んでいるのか。10歳の魔法使い、否、魔法使い見習いはこんなにも成熟しているはずがない。

ネギより様々な魔法使いを見てきたカモミールだからこそ今の彼が危うく見えるのだ。

 

(分かってない、わかってないっすよ兄貴。アンタには絶対パートナーが必要だ、急務なんすよ……)

 

 そうしてカモミールに心配されながらも、彼の日常と化した鍛錬と先生の二重生活が続いて行ったある日のこと。

 

「おい、坊や」

「何ですか?」

 

 修行がひと段落して休憩に入った時のことだった、エヴァが改まって話しかけてきたのだ。

 

「今度修学旅行があるよな?」

「えぇ、京都だそうですよ。なんでも中止になりかけてたみたいですけど、コレ(封書)を届けてくれればいいとかなんとか」

 

 京都の関西呪術協会は関東魔法協会と仲が悪く色々いざこざがあるらしい。

まぁと言っても魔法先生が封書を持って行くだけでいいというのだから、実際はどうかわからないが。

 

「それがどうかしました?」

「あのな、私は麻帆良(ここ)から出られないんだ……言いたいことは分かるだろう?」

「って言われましても、修行始めたばかりですから」

「始めたって言ってもこの魔法球の中でもう半年は修行しているだろうが!!少しくらい私の呪を解いてくれてもいいんじゃないか!?」

 

 うーんと考えるネギ。

まぁ出来ないことは無いのだが……。

 

「まぁそうですね、出来ないことは無いですよ」

「ほんとうか!?」

「はい。要するにエヴァさんの行動を縛っている精霊を欺く、もとい説得できればいいんです。今回なら、修学旅行は学業の一環であり、必ず麻帆良に戻ってくるので問題はない、みたいな感じに。ただその場合、修学旅行中の修学旅行先の自由だけですけど」

「十分だ!!麻帆良以外の景色をいい加減見たいんだよ私は!!」

「じゃぁ条件に一つだけいいですか?」

「む、なんだ?」

 

 ピンッと一本指を立てたネギに嬉しそうに聞き耳を立てるエヴァ。

嬉しそうだなぁと苦笑いをしつつも条件を述べる。

 

「何か新しい魔法を教えてください」

「ふむ……新魔法、か。とはいえ私が教えられて尚且つ坊やの属性に合う魔法、となると………アレくらいだな」

「何かいいのがあるんですか?」

 

 正直かなり適当に言ったのだが、心当たりがあるらしい。

 

「あぁ坊やにはきっとよく馴染むだろうさ」

「馴染む?」

 

 スッとエヴァの小さな掌がネギの顔に添えられた。

彼女の瞳に映る好青年……その幻術の奥に見える少年は、年不相応に沈んだ瞳を浮かべている。

暗い闇の中を彷徨う様な、それでいて希望を無くしていない……いや、縋ろうとしている滑稽で愉快で……少しだけ既視感を覚えるその姿。

 

「あぁ。ただちょっと時間がかかるがな」

「明日明後日は休みですから、フルで使えば現実時間で今から50時間以上ありますよ」

「そうか、2ヵ月近くもあれば、まぁ何とかなるだろう」

「ありがとうございます!」

「とはいえ、まずは私の解呪からだ!やれるんだろうな!?」

「あぁその辺は日頃眼鏡(コレ)で解析してますから、その位いじるのは今すぐにでも」

「本当か!よし、やれ!」

「はいはい、じっとしててくださいね」

 

 こうしているとワクワクしている少女なのだが、吸血鬼とは不思議なものだ。

エヴァとその周囲に魔法陣を描きながらそう思っていると、そういえばとエヴァが暇つぶしに語りだした。

 

「京都にはお前の父、ナギの仮拠点があるはずだ。とっくに死んで10年経つが、京都には紅き翼……ナギの仲間だったやつがいるからな。物を捨てずに大事にするやつだから、まだ残ってるかもしれんぞ?」

「そうなんですか?……あ、そうだエヴァさん」

「んー?」

「そういえば僕言ってませんでしたけど」

「なんだ?」

「6年前に父さんに出逢ってるので、多分死んでませんよ?」

「ハア!?!?」

 

 器用にも動かず驚愕したエヴァ。

ネギはその何時もは見せない愉しい姿に笑いながら話す。

 

「えぇ、杖ももらいました」

「……そーか、そーかそーか!あのバカが生きているか!!いやはやそいつは愉快だ!」

 

 楽しそうに笑うエヴァンジェリンを見ていると、本当にナギが好きなんだなぁと微笑ましくなる。

 ……あぁそうだ、そういえば自分もそうだったと思いだした。

父の話を聞くのが楽しくて、英雄譚に憧れて、嗤いながら無茶をして助けに来ないかなんて……。

 

「……なんだかなぁ」

「アハハ、ん?どうした?」

「いえ、色々愉しい旅行になりそうだなと思っただけです」

「あぁそうだな、全く楽しみが多くてたまらんわ」

 

 解呪を施し終えると次はネギの修行となった。

ハイテンションのエヴァの修行は色んな意味で大変だったと、ネギは後にカモミールに語ったという。




 二日前はお気に入りが75だったのに、自分が感染性胃腸になってゲロイン化してる間に何が……!?

何はともあれ、沢山のお気に入りに評価、ありがとうございますm(__)m


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修学旅行と暗い影

連投です。


 賑やかな3-Aを引き連れ新幹線に乗り京都へ……。

6班に分かれても尚大分騒がしいのだが……。

 

「おい見ろ茶々丸、15年で大分変わっているぞ」

「はい、先ほどからずっと見ていますマスター」

 

 一番はしゃいでいるのがエヴァンジェリンというこの状況はどうしたらいいのかネギは少し考えた。

 

(………ま、いっか)

 

 吸血鬼を見た目相応にみるべきではない、が別に見た目相応のことをしても悪くはないのだから。

彼はそれをスルーして新幹線から景色を眺めていた。

 

「ゲコ」

「?」

 

 暫く賑やかなクラスの声をBGMにしていたのだが、何故かカエルの声が聴こえ後ろを振り向いてみる。

 

「「「「「キャーーッ!?」」」」」

「ハ?」

 

 何故かそこらかしこからカエルの大群が現れていた。

学園長から呪術協会から何か仕掛けて来るかも、とは聞いていたが……正直これはどうなんだろうか?というか向こう側には秘匿とかはないのだろうか?

 

(まるで子供だまし……エヴァさんは)

 

 チラッとエヴァの方を見るが、我関せずを貫いている。

彼女の班に被害が無いのは、恐らくエヴァか刹那さんが何かをしたのかもしれない。

まぁ何もしないならそれはそれでありがたい。

 

(魔力、じゃない。氣かな……だったら魔力で反発するはずだから……)

 

 魔力と氣は別種のエネルギーだ。

外にも満ちている力と、身から溢れる力。本来は反発し合ってしまう力を融合させる技もあるが、まぁそれは今は割愛しよう。

 

(魔力供給、対象……結構いるな、100以上か)

 

 ネギは魔力を操り、カエル一匹一匹に与えた(・・・)

するとネギに与えられた魔力に圧し負け、氣が抜けただの紙切れに。

 

「な、なに?誰の仕業だったの!?」

「凄いマジックだったね~」

「にしてもカエルはないでしょ」

「えー可愛かったよ?」

「おいおい……」

 

 様々な反応をしつつも、誰かの悪戯(手品)だと思ったらしい。

相変わらず心広いというか豪胆なA組だが、今はそれを有難く思いながら、紙切れを回収すると椅子に座りなおした。

 

(なるほど、紙にプログラミング(呪文)を設定して、氣で起動してたのか……仕込みは何時だ?生徒の持ち物だけじゃなくて先生の持ち物からも出てきたし、事前にこれを買物の中に潜ませたわけじゃなさそう……ってことは多分同じ新幹線に乗ってる誰かがこれをばら撒いた……この人混みの中怪しまずにできるのは、乗車してる人でも自由に動き回れる人……怪しいのは売り子とかかな)

 

 大体犯人が潜んでいるというのは分かったが、ここでドンパチするわけにもいかない。

相手も派手なことはせず、でも嫌がらせでこちらの精神を削るつもりなのかもしれない。

魔法使いは精神力がモノを言うから、ある意味効果的ではあるが……。

 

(なんというか、温いなぁ)

 

 日頃のエヴァンジェリンの修行に比べると、なんというか……子供の悪戯にしか思えなかった。

舐めるわけではないし、こういう風に責めるのも悪くはないのだが、精神力関連の修行をこの間(・・・)散々行っているし、この程度は何ともないネギだった。

 

 

*

 

 

 その後も地味な嫌がらせが続いた。

ただ、先生として他所で生徒を見過ごせないという点からか、いつも以上に注意深くなっているネギには対処出来てしまう事ばかりだった。

落とし穴や飲み水を酒に変えたり、地味な嫌がらせばかりだったが、一般の学生なら怪我したり大騒ぎになりかねないことばかり。

 

(お酒は少しまずかったかな。アレ生徒が呑んでばれると旅行はおじゃんだろうし)

 

 そしてその場合エヴァのご機嫌も急速落下間違いなしであり、色々とネギがピンチに陥る。

ただ、だからと言ってエヴァに助力を頼むのは論外。きっとそれくらい何とかしろと言われるだろう。まぁ言われずとも対処するのだが。

 ともかく嵐山の旅館に着き、一息入れる。

こまごました嫌がらせばかりだったが、それ以上に初の団体旅行でもある。嫌がらせ関係なくネギにとっては疲労するのは当たり前だった。

だが、状況はネギを安らがせるつもりはないらしい。

 

「ひゃぁぁ~~~~!!」

「!?」

 

 悲鳴に瞬時に反応したネギは、携帯で旅館の現状況を確認する。

魔法や氣の反応を検索し、場所の特定を急ぐ。

 

(ここは、浴場か!)

 

 急いで走り出すと、更衣室が観えた。

一瞬戸惑うが、何かあったら最悪忘却魔法だと切り替え突入した。

女子更衣室に入ると、浴場の方からもう一人勢いよく戸を開いた人物がいた。

風呂に入っていたのだからタオル一枚は分かるのだが、彼女……桜咲刹那はこの場には似合わない太刀を手にしていた。

 そしてそんな二人の間に居る悲鳴を上げた人は………。

 

「いやぁぁ~~ん!!」

「ちょ、なにこのおサルー!?」

 

 神楽坂明日菜と近衛木乃香が小さな猿に下着を脱がされそうになっていた。

 

((…………))

 

 ナニコレ、と一瞬思考が停止しかけた二人だが、切り替えて猿を対処する。

 

「二人とも伏せて目をつむってください!」

「ってネギ先生!?」

「み、見んといてー!」

「見ませんから身体隠してッ!!」

 

 如何にか二人をしゃがませると、ネギは拳で、刹那は刀で猿を吹き飛ばした。

猿はカエルの時の様に紙切れになっていく。

 

「桜咲さん、すいませんフォロー頼みます!」

「あ、はい」

 

 大急ぎで更衣室から退室する。

その時ふと、誰かの視線を感じたが浴場の向こう側だと気付き断念した。

流石に旅館には入ってこないようで、少し安心……せずイラついていた。

いっそ入ってくればブッ飛ばすのに、と握り拳を作っていると、更衣室から着替えた刹那が出てきた。

 

「……悪戯で如何にか納得してくれました」

「そうですか、よかった……ところで今のは、呪術協会の?」

「はい……嫌がらせがエスカレートしてますね」

「潰してはいるんですけど、結局後手後手ですからね……取り合えず人払いと隔離結界を夜は張りましょう」

「では、私は式神返しの結界を」

「お願いします」

 

 彼女は剣士としてかなり優秀の上、術まで使える。才能は逸品だろう。

だが、ネギにはどこか頑張りすぎている気もした。

どうしても護りたい人が居るというのは、きっと力を与えてくれるが彼女はそれがいき過ぎる節がある……特に、護衛なのに護衛と別の班になっているあたりそこが窺える。

同じ班ならばもっと護りやすいだろうに、不器用だ。

 

「……他にも魔法先生は来てますから、結界を張ったらゆっくりしてくださいね」

「いえ、私は」

「いざという時力が出ませんでした、じゃ話にならないですよ?」

「ム、それは、そうですが……」

「大丈夫ですから、ね?」

「……はい、わかりました。おやすみなさい、ネギ先生」

「はい、おやすみなさい刹那さん」

 

 手を振って見送ると、ネギは結界を展開したついでに自分にも暗示をかけておく。

先生用ではなく、不眠不休で動けるようになる暗示だ。魔法の催眠と併用して掛ければ、最長一ヵ月は寝ずに動ける。その後丸々数日休まないといけないが、5日程なら問題ないだろう。

 

「………休めって言った癖に、何やってんだろうね僕は」

 

 ボソッと自嘲する。しかし魔法先生は誰もが忙しいのも事実。

全員が警戒しているが、それ以上に警戒しなければ刹那が休もうとしないのもまた事実。

となれば、口八丁で誤魔化してネギが頑張るしか選択肢が無いのだ。

 

「それに折角の旅行、生徒が楽しまないとね」

 

 出来ることならば、刹那がこの旅行を只の護衛任務以外で楽しめるようにと、ネギは少しだけ祈った。

 

 

*

 

 

 次の日、意外や意外なことが起きた。木乃香が自分から動いたのだ。

ネギに相談を持ち掛けて来ていた木乃香だったが、朝食に誘うどころか、追い回すなんて初めてのことである。

 

(あーあー、刹那さん大変そう)

 

 でもどことなく嬉しそうだと微笑みながら見守る。

そう言えば、今日から自由行動の時間があるのだと思いだす。

日頃から自由な彼女達に自由を与えてはてさて大丈夫なのだろうかと思うが、そこは信じて見守るのが教師。

 

(とはいえ、少し相手の動きも気になるし、どうするかなぁ)

 

 相手の狙いがネギの持っている書だけなら別に幾らでも対処するのだが、こうまで嫌がらせが続くと少し疑ってしまう。

特に昨日の銭湯……あの状況だとネギ以外の教師や生徒が飛び込んでもおかしくはないのだ。

事実刹那が飛び込んで行ったし、敵は意外とすぐ引いたのも気になる。

 

(僕が書物を持っている、っていうのはまぁ分かり切ってることだろうしなぁ)

 

 ネギは英雄の息子として有名だし、そんなネギが来るのを渋って呪術協会は旅行を受け入れようとしなかったのだ。原因が親書を持って行くことで初めて緩和とするのだから、ネギが書物を持っているのは向こうも知っているはず。

なにより、丸一日使って嫌がらせだけ?様子見と考えれば十分な時間は過ぎたはずだ。

となると、何かを狙っている?書物以外?何を?

 

(………………そう言えば、木乃香さんは学園長の孫。ある意味弱みともいえる、か)

 

 今回の件に関わっている、もしくは巻き込まれて自然な人物を思い浮かべた。

彼女を人質に取ってしまえば、関東魔法協会の理事を操る十分な条件になるだろう。

と、なると親書を届けても意味が無くなってしまう。

 

(5班は要注意、ってことか……他の班には監視用の使い魔を放っておくとして、5班は隠形使って影ながら見守ろう。親書は、もうひと段落してからかな)

 

 こうしてネギの今日の行動が決まった。

使い魔は鴉にしておく。飛び回れる上にどこに居てもおかしくない便利な存在だ。

 

「さぁて――」

「あ、あの!ネギ先生!」

「はい?」

 

 振り向くと、いつも前髪で顔を隠している少女……宮崎のどかが顔を紅くしてこちらを見ていた。

 

「よ、よろしければ今日の自由行動……私たちと一緒に周りませんか!?」

「え」

 

 彼女は木乃香と同じ5班だ。隠形で見守るよりも、確かに同行した方が守りやすい。

だが、逆に言えば何か起きて唐突にネギが居なくなってもおかしい……。

 

(いや、他の先生に呼び出されたことにしたら問題はない、かな?)

 

 それに日頃はおっかなびっくりであまり話しかけてこない彼女が誘ってきたのだ。先生として、応えなければいけないだろう。

 

「はい、良いですよ」

「!」

 

 了承すると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

自分を押し出さない彼女にしては本当に珍しいとネギは思いつつ、その日は5班の一員として奈良を歩き回ることになった。

 

 

*

 

 

 二日目の奈良見物は、何だかオカシイことになった。

行き成り宮崎のどかと二人きりにさせられた上に、何だかその彼女の様子もおかしいのだ。

 

「……わ、わわ、私大、す、す――大仏が大好きでっ!!」

「へ、へぇ。渋い趣味ですね」

 

「私、ね、ネギ先生が大、大、……大吉で……!」

「え、あぁおみくじ引きますか……?」

 

「え、えぇと、あの、その」

「はい、なんですか?」

「あ、えと……ごめんなさいーーー!!」

 

 ついには走り出してしまった……どうしたらいいんだろうか、と思う前に考えることがある。

さて、これはどういう状況なのかと。

木乃香は近くにいるらしく、式神も問題なく追っているから問題はないが……。

 

(…………さっぱり分かんない)

 

 一緒に回りたい、何故?親しくなりたいから。……親しく?生徒と先生としてではなく?つまり友好を築きたかった。……おそらく。

二人きりにされた、何故?何か個人で話したいことがあるから………何を?

逃げられた、何故?上手く話せないから……これは分かる、羞恥心。

 

「………???」

 

 外見だけが20歳のネギには、乙女の恋心なんて分かるはずはない。

暫くの間熟考したネギは、取りあえずその場を離れのどかを追いつつ、使い魔たちの様子をリンクして見張ることにした。

 

(……取りあえず、そこの陰でこっちを見ていた二人はどうしようか?)

 

 時折のどかがチラチラみていたクラスメイトを放っておいていいものか少し考えるネギだった。

 

 

*

 

 

「ハァ……ハァ……もう、私のバカぁ」

 

 走って逃げたのどかがたどり着いたのは、茶屋のある静かな場所だった。

誰もいないと思って呟いたのだが、意外なことにそこには人が居た。

 

「あれ?どしたん?」

「本屋ちゃん?泣いて、何かあったの!?」

「あ、明日菜さんに木乃香さん……」

 

 同じ班員だが、二人はのどかとネギを二人にした後別で周っていた。

他にも夕映やはるなも同じ班だが、彼女たちはこっそり陰から見ていたため置いてけぼりをくらってしまっている。

 

「その……先生に告白を」

「告ったの!?」

「い、いえ、しようとして……失敗して、逃げちゃって……」

「な、なるほど」

「確かになー、ネギ先生かっこええもんな~」

「緊張したってわけね、よく分かるわ」

 

 高畑先生の前だと冷静になれない明日菜がうなずくのを木乃香が苦笑いした。

確かに共感できるのだろうけども、その共感は良いものではないだろう。

 

「んー、でも先生って立場だし難しいんじゃない?」

「それは、そうなんですけど……時々、寂しそうだなぁって思って」

「寂しそう?」

「先生が?」

「は、はい……いつも頼りがいがあって、頑張ってて……遠くから眺めてるだけで私は勇気をもらって、満足してたんですけど」

 

 以前、ふとコーヒーを飲んで休憩していたネギを見かけたことがある。

先生とは関係なくなったその姿は年齢以上に大人びて見えた。

 

「へぇ、でその姿にきゅんって来たんやな~?」

「きゅ、きゅんっというか、その……20歳ってあんなに大人だったっけって……ちょっと思って」

「あー20歳って言ったら、5.6年後には私らみんなそうなるのかー……たしかに、言われるとあと数年であそこまでなれるとは思えないなぁー」

「そうやね、思ったらネギ先生って初めて会った時から大人~っていう感じやったな」

 

 バイト経験で大人と関わり合いが多くある明日菜はなるほどと納得していた。

隣の木乃香も家の都合上年上とはかかわりがあるのだろう、頷いている。

 

「で、寂しそうっていうのはどういうことなん?」

「その……何となくなんですけど……無理とか、してるんじゃないかなぁって。なんか、休む時くらいは、もっとこう……なんでしょうね、分かんなくなってきちゃいました」

 

 アハハと真っ赤になるのどか。

恋心から来ているのか、それが恋のきっかけになったのか分からないが……何はともあれ、彼女を二人はとても応援したくなった。

 

「ううん!分かったわ!」

「え、え?」

「私応援する!大丈夫よ、そんな本屋ちゃんの想いは絶対届く!!」

「そうやね、うちも応援するえ!」

「あ、ありがとうございます……いってきます!」

 

 二人から勇気をもらったのどかは、改めて走り出した。

 

 

*

 

 

 ネギとのどかが合流できたのは、夕方になってからだった。

 

「ネギ先生ー!」

「宮崎さん……大丈夫ですか?」

「は、はい……あのっ私――私、ネギ先生が大好きです!!」

「………え」

 

 流石に疎いネギでも、彼女の言っている好きが普通のそれと違うのは感じ取れた。

思わず固まってしまうが、のどかは必死に言葉を紡ぐ。

 

「えと、突然言っても迷惑なのはわかってるんです……せ、先生と、生徒ですし……ごめんなさい。でも、私の気持ちを知ってもらいたくて――失礼します!!」

 

 また走って行ってしまった彼女を呆然と見送るネギ。

見守っていた同じ5班が全員彼女を追っていくが、それをネギは追おうとはしなかった。

 

「……………好き、か」

 

 嬉しい事だと思う。人から告白されるなんて初めてのことだ。

でも、ネギ・スプリングフィールドは魔法使いだ。

魔法使いと一般人が結ばれるケースは無いわけじゃない。寧ろ多い方だが、だが……。

 

「………………」

 

 今まで出会ってきた人たちが頭に浮かび、沈んでいく。

その姿を、記憶を、全てを認識したうえで――。

 

 

「分からない、なぁ……」

 

 

 親愛を知らず、友愛を構わず、恋愛を想像すら出来ない。

もしかしたら、もしかしなくても……ネギ・スプリングフィールドという少年は、欠陥している。



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最初の決闘

 一通り二日目の予定を終了し、浴場へ入浴するネギ。

傍らには勝手について来たカモもいた。

 

「聴いたっすよ兄貴ー、告られたんだって?」

「んー、……言っておくけど、契約(パクティオー)はしないからね」

「くっ、先読みは過ぎるとダメだぜ兄貴」

「カモ君の言いそうなことだからね……というかあまり喋らないでよカモ君?」

「今は人気ないんだから大丈夫だって」

「何処でばれるか分かったもんじゃないでしょ。秘匿って言うのは徹底してやるから効果があるの」

「兄貴は固すぎだぜー」

「……そう、かもね」

 

 生徒の告白にすぐ応えることも出来ず、そもそもその答えも見つけられないとは、頭でっかちと言われても仕方ないかもしれない。

今まで鍛えることに集中しすぎて、人と触れ合うことを避けていたのかも。

 

(考えればこの姿(大人バージョン)も偽りなわけで……正面から向き合ってる、とは言えないのかな)

 

 A組と仲良くなっていたと思っていたが、もしかしたら気のせいなのかもしれない、なんて。

 

(考え過ぎちゃダメだ………今は、この旅行を無事乗り切らないと)

 

 頭を切り替え今日あったことを思い出し………告白以外特に何もなかったと思い頭を再度抱えた。

 

(呪術協会……なにしたいんだろ?)

 

 絶好の機会が転がっていたと思うのだが、もしかして今日は仕込みで三日目が本番なのかもしれない。となると、こちらも少し準備が必要だろう。

携帯に眼鏡の調子の確認、それと魔法銃……旅行という事もあって持ちこめた量に限りはあるが、幾らかの魔法薬。

 

(いざとなったら……)

 

 ギュッと腕を握りしめる。

その両腕には、渦の様な黒い紋様が滲み浮かんでいた。

 

 

*

 

 

 次の日、三日目は隠形で陰から見守りつつ何もない様なら書物を届けようと考えていたのだが……。

 

「やっほー、ネギ先生♪」

「え……?」

 

 準備をし終わり部屋を出た瞬間に5班の面々が待ち構えていた。

木乃香の隣には刹那がおり、その腕をホールドされて困っているようだ。

なるほど、幾ら彼女でもこうして部屋の前に待機されてはどうしようもなかったのだろう……着替えもせず制服のままなんて、木乃香の本気度が窺える。

この旅行で是が非でも仲良くなるつもりらしい。

 

「今日も一緒に回りましょ?」

「えぇと……皆さん自由行動の予定はないんですね?」

「ないです」

「ネ、ネギ先生のご予定は……?」

「ぁ」

 

 不安そうにのどかに見つめられ、言葉に詰まるネギ。

未だ答えは出していないというか、それ以前に昨日の今日で気まずい。

気まずいが、無視するわけにもいかないだろう。今のネギは先生なのだから。

 

「……昼から予定がありますけど、それまでなら」

「やったー!」

「んじゃいこいこー!」

 

 元気な面々に囲まれ、ネギも一緒に歩きだした。

 

(兄貴、親書どうするんだ?昼からで間に合うのかよ?)

(夜じゃないなら多分ね……あまり遅くなっても失礼だし、せめて今日の夕方には届けないと)

 

 こそこそと付いてきたカモと話す。

書物は旅行中にどうにか渡さないといけない。向こうはこっちの理由なんてお構いなしだ。初日に届けなかった時点で失礼と考えられても仕方ないのだ。

 

「ネギ先生はやくー!」

「あ、はい」

 

 そこから暫くは彼女達と共に遊びや軽食に付き合った。

ゲームをしたりプリクラを撮ったりと愉しい時間を過ごしたのだが……。

 

(………尾行(つけ)られてますね)

(はい……2人、3人?)

(式神も混ざってますから、正確な数まではッと!)

 

 どうやら相手も本腰で狙って来たらしく、刹那は自分を狙ってきた鉄矢をささっと受け止めた。

 

「拙い、お嬢様走りますよ!」

「え、せ、せっちゃん!?」

「ちょ、どこ行くのよ?!」

「えっと、皆さん桜咲さんが急遽行かなきゃいけない場所があるそうなので、急ぎましょう!」

「な、なにごとー!?」

 

 前方を木乃香の手を握った刹那が、最後尾をネギが走って殿を務めた。

とはいえ、何処に行けばいいだろうか。

 

(今向かってる方向にあるのは……シネマ村、人混みの多い場所か……)

 

 人が多ければ相手も少し行動を変える必要があるだろう。

人気のない場所の方がこちらも戦える、が5班の皆を護らなければいけないことを考えると人気のない場所で囲まれるのは色々拙い。

 

「っすいません、先に行きます!お嬢様、失礼!」

「ふぇ?――ひゃ!?」

 

 刹那は木乃香を抱えてシネマ村へ跳びこんでいった。

 

「ど、どーゆーことです?」

「うーん??」

「えっと……刹那さんはやることがあるんです。で、木乃香さんには丁度頼みたいことがあるとかなんとか」

「そ、そうなんですか……」

「さ、二人の分は僕が払いますから入りましょう」

 

 5班を引き連れシネマ村へと入場する。

思った通り、敵の動きも人混みのお蔭で鈍った……もしかしたら、シネマ村に居れば問題ないかもしれない。

 

「さて、口八丁で入ったけどもどうしたら……?」

 

 視線の先に何やら人混みが……見れば、シネマ村で衣装を借りた二人が写真を撮られまくっていた。

傍から見ればお姫様と其れを護る剣士様といった感じで、普通にお似合いだった。

 

(…………楽しそうだし、うん)

 

 それを見て、話しかけるのは止めにした。

その代り少し隠形を使い、人ごみに紛れて少し離れた位置で待機する。

身代わりというか、餌にするようで悪いがはぐれたことにして敵が狙うのを待つことにする。

何時も後手後手に回っているし、今回もそうだがどうしてもこうなってしまう。

ならば、もう先手は諦め後手に徹底し、準備万端にして迎え撃った方がいい。

 

「どうもー、神鳴流ですぅ……じゃなかった、そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございます~~。そこな剣士はん、今日こそ借金のカタにお嬢様を貰い受けに来ましたえ~~」

 

 待ちに徹していると、思った以上にノリノリで一人の少女が現れた。

眼鏡をかけた薄い金髪の少女だが、その小さな体で放つ殺気は尋常なものではなかった。

30分後に日本橋に、といっていたが逃げたらA組どころかシネマ村に居る人間全員殺すつもりだろう。

 

(とはいえ、30分あれば問題ない……日本橋、あっちか)

 

 ネギは携帯を握りしめ、走り出した。

 

 

*

 

 

 時間になると、彼女とその連れだと思われる執事服を着た少年が現れた。

 

「何で俺がこないな格好……」

「まーまーええやないですか。にしても、おもったよりぎょーさん連れて来てくれはったようですなー♪」

 

 刹那の後ろには木乃香以外にもシネマ村に来たA組の面々や、一般客を引き連れていた。

どうやらお祭りだと思っていらしいが、決闘の舞台となる橋には誰も近づこうとしない。

 

「ほな、始めましょうかー。木乃香さまも刹那センパイも、ウチのモノにしてみせますえー♡」

 

 にこやかにしているが、まるで殺気を隠そうとしていない。

素人や一般人には分からないだろうが、隠れているネギですらピリピリとした感覚を覚えた。

そしてそれは刹那の陰に隠れていた木乃香も同様らしい。標的の一人だけあり、向けられた氣に過敏に反応したのだろう。

 

「せっちゃん、あの人……なんかこわい。気ぃつけてな?」

「………大丈夫です、お嬢様。何があっても、私がお嬢様をお守りします」

「……せっちゃん」

「アハハ、桜咲さんカッコいい」

「はい、安心しますね」

 

 刹那の笑顔に安心する木乃香や明日菜達だが、ネギは聴いてて不安しかなかった。

彼女は本当に木乃香の為ならば、何でも(・・・)するだろう。

 

「さてさて、ではそこの方々(一般人)には、私の可愛いペットがお相手します~、ひゃっきやこぉー♡」

 

 彼女が式神を使って召喚したのは、大量の……デフォルメされた木端妖怪たちだった。

こちらは特に殺気立っていない。足止め用というか、言った通りお遊び用なのだろう。

 

 

「んじゃ、俺はささっとお嬢様さらいますかー女殴るんは趣味やないし」

「そうしてくださいな~、そもそも刹那センパイはうちの獲物です~横取りは許しませんえ~」

「くっ」

 

 三者が構えたところで、ネギは魔法を発動させた。

 

(戒めの風矢っ)

 

「な、なんや?!」

「西洋魔法……?」

 

 少年は驚きながら弾き、少女は斬り裂いた。

呆気なく処理されるも、それは時間稼ぎの囮。

 

Pipi―【設定魔法発動ヲ確認:範囲指定:ビーコン起動:範囲固定:強制転移魔法起動】

 

 橋を中心に埋め込まれた魔石が反応し、ネギの魔力で携帯から連鎖発動する。

辺りを閃光が包み込み、晴れた時には――橋に居た人間は忽然と消えていた。

 

 

*

 

 

「う、此処は……?」

「山ん中ですなぁ……時間と場所を指定したのは間違いやったかなぁ」

 

 人払いと認識疎外を掛けた山中。

そこには橋を中心に居た半径数メートルの人間が揃っていた。

 まずは敵である二人と木端妖怪が数体。目の前には相対していた刹那、木乃香。

そして、彼女たちの近くには術を発動する際橋の下に居たネギと……。

 

「な、なにここ!?」

「え、えぇ!?」

 

 怯える木乃香の近くに居た明日菜とのどかだった。

どうやら、ギリギリ転移の範囲内にいたらしい。

 

「っ二人とも、下がって身を伏せてください!」

「え、ネギ先生?!なんで!?」

「あ、あわわ」

「早く!!」

 

 二人が怒鳴られ伏せた瞬間、刹那は少女の斬撃を弾き、ネギは少年の拳を受け止めていた。

 

「おぉ、アンタ思ってたよりやるやんか!」

「ネギ先生!?」

「刹那さんはそっちに集中してッ!!」

 

 こうして、木乃香たち三人を護りながらの戦闘が始まった。

 

(敵が二人だけとは思えない、多分本来この二人は護衛役の僕らを惹きつける役だったんだろう……これ見よがしに5班と一緒に行動し続けたから、こっちの護衛が僕らだけって判定された……となると、後何人かいるはず。此処の結界も遠距離から適当に張ったから、長時間は期待しない方がいい)

 

 となると、勿論結論はこうなる。

 

「速攻で行きます」

「ハ、やれるもんならやってみい!!」

 

 少年の拳は氣で強化してあるのだろう、重く早く強い。

だがこちらも魔力で身体強化してある上に、日頃三対一で鍛えられているのだ。

この程度なら、どうとでもなる。

 

「フッ!」

「おぉ!?」

 

 少年の動きに合わせ、彼を放り投げる。

チラッと刹那の方を見ると、斬り合って互角の勝負を繰り広げていた。

 

「痛たたた、やるなぁ――だったら、これでどうや!!」

「獣化ですか」

 

 白い毛並になり、気が身体に満ちて少し体が大きくなったように思える。狼男の様な風貌になった少年は、さっきとは桁が違う速度で拳を繰り出してきた。

 

(速――)

 

 既に思考が追いつかなくなりはじめ、ほぼ反射で彼の拳を受け流す。

肉体強化、思考速度強化、魔力の効率を無視し彼の動きに対応するために魔力の動きを速めていく。

 

「は、ハハハハ!!!やるなぁ!この姿でこうまで粘られるんは初めてや!!」

「この、バカスカとっ」

 

 余波が凄まじく、木乃香達が傷つかない様に防壁で包み込む。

その分、少しこちらの魔力の動きが落ち、少年との殴り合いへともつれこんでしまった。

人間のネギと獣人の彼では素の体力が違う。このままでは押し切られる。

 

「ネギ先生っ!!」

「おっと、センパイの相手はうちですえ~」

「邪魔するな!!」

 

 刹那が気づくが、少女の相手で手一杯になっていた。

実力はほぼ互角、木乃香の護りを任せてしまって全力を注げるというのに、手古摺って申し訳なく思いつつもどうにも出来ない現状に悔しさが表情に滲んだ。

 

「終わりや!」

 

 ついに白浪の少年の拳がネギを捉えた。

木乃香達が思わず目を背けるが、張本人のネギは拳を真っ直ぐ見据えたまま――。

 

「起動――起きろ(・・・)闇の魔法(マギア・エレベア)

 

 淡い黒の光を纏ったネギの腕が、少年の拳を抑えた。

 

「な、なんやそれ……」

「悪いけど、話してる暇はないんで」

 

 ボッと少年の比ではない速度で腕が振るわれた。

ギリギリ反応し両腕で防ぐが、獣化した彼の腕が痺れるほどの威力。幾ら魔力で強化されたとしても、これはオカシイ。

 

「とっとと終わらせる」

「ハハ、おもしれぇ!!」

 

 腕だけではなく両の眼の色までもが反転したネギに対し、少年も本格的に獣化を開始した。

もはや人間の領域から逸脱する争いが始まろうとしていた。




短編なのに、続きます。ごめんなさい。


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そして本山へ

 魂と肉体を侵す魔法、闇の魔法(マギア・エレベア)

莫大な力を得る代償は生半可なものではない。

激しい痛みが体を襲う、精神を屈させようと激情に呑まれそうになる。

 

「フウゥゥ!!!」

 

 それを食いしばり、必死に自分を保つ。

結界の都合もあるが、この魔法を保つにはネギは修練不足だ。

ネギは闇と相性が良すぎる。少しでも気を抜けば彼は彼でなくなってしまうだろう。

 

「ハッ!」

「GAァア!?」

 

 だがその恩恵は凄まじいの一言に尽きる。

 完全獣化し、巨大な黒狼となった少年を殴り飛ばす。

飛んでいく黒狼に瞬動で追いつき、頭を掴み思い切り地面へ叩き付けた。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」

「ガ、こ、の」

「来れ雷精風の精、雷を纏いて吹きすさべ」

 

 黒狼の少年は決して弱くない。

その一撃は容易に岩盤を打ち砕き、氣と妖力を用いた全力の一撃は大概のものを消し飛ばすだろう。

 

「う、グオォオオオオオ!」

 

 四肢と尾の多連続攻撃に加え、隙あらば噛みつき殺そうとしてくる黒狼。

その全てを真正面から弾き、避けながら詠唱を行う。

 

「南洋の嵐―ッ」

 

 魔法使いの魔法が強力なのは誰もが知っている事実であり、術を得意としていない少年にとって撃たせるわけにはいかない。

黒狼となったことで()が鋭くなった少年は一つ確信していた。

 

(あの紋様が何なのかはわからん、わからんけど――これ以上ナニカさせたら、アカン!!)

 

 確かにパワーとスピードが上がっている。凄まじい強化なのは認めよう。

だが獣人のこちらもパワーは負けていないし、何よりスタミナはこちらの方が上のはず。

このまま長引けば勝てないわけじゃない。それでも、長期戦の危険性は戦って分かる。

 この短い戦闘で分かったことがある。このネギという男はまるでびっくり箱の様だ。

転移から始まり魔法使いの癖に格闘術ができ、さらにあの謎の紋様と強化。

長引けば長引くほど何をしてくるかわからない。そして、それは確実にこちらを不利に追い込む。

 

「グオォオオオオオオオ!!!」

「っ」

 

 詠唱させない為に只管ラッシュを叩き込む。

 

(これで、終いや!)

 

 ラッシュの防御と詠唱によって動けないネギに対し、黒狼の口から氣と妖力を練り込み、限界まで圧縮したエネルギー球が発射された。

 

 ――()ぜぇ!!

 

 黒球はネギの目の前で爆破した。

 

「「「キャァアア!?」」」

「先生!?」

 

 爆破の衝撃は障壁で守られていた木乃香達にまで届き、その威力は離れていた刹那ですら感じ取れるほどのモノだった。

あの距離でアレを喰らってしまえば流石に……そう誰しもがネギの敗北を確信したその時。

 

「――雷の暴風、固定(スタグネット)

「んなっ!?」

 

 爆煙の中から、声が聞こえた。

 

掌握(コンプレクシオー)魔力(スプレーメントゥム)充填(プロ)―――術式兵装(アルマティオーネ)疾風迅雷(アギリタース・フルミニス)』」

 

 爆煙から現れたネギは、風貌が変化していた。赤髪が白髪に変化し、身体から紫電を放っている。

煙の中何をしたのかはわからない、だがその威圧感は増している。

 

「お前なんで……その腕!」

 

 よく見ればネギの左腕がボロボロになっていた。

あの爆破に対し無事だった理由がそれだ。

避けきれないと判断したネギは、魔力を左腕に集中し、氣と妖力の爆破(・・)に対し、魔力の衝撃波(・・・)を直接ぶち込むことによって緩和したのだ。

爆破と自分が生み出した衝撃波によって左腕は酷い損傷具合だが、逆に言ってしまえば左腕だけで済んだ(・・・・・・・・)ということでもある。

 

「は、ハハハ!舐めとったわ西洋魔術師!根性あるやんけ!!――オゴッ!?」

「……」

 

 魔法使いという分類は、攻防を前衛に任せっきりで守ってもらうばかりの腰抜けだと少年は思っていた。

しかしどうだ?自分と殴り合い、自損覚悟で攻撃を相殺し、そして逆転(・・)した。

速い、早い、卂い。さっきとは全く違う速さ。常時瞬動しているのではないか?そう思わせる速度はもう黒狼の彼が追いつけるそれではなくなっていた。

 勿論あきらめたわけじゃない。負けじと攻撃するが、そのどれもが当たらない。

躱され、流され、あちらの雷撃付与された拳と脚が黒狼の影装を貫き少年にダメージを与える。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

「くそ」

「来れ虚空の雷、薙ぎ払え!雷の斧(ディオス・テユコス)!」

「ガッ!」

 

 最早詠唱を止めることはできない。

雷撃を受け痺れた瞬間、ネギが黒狼の懐に入り込んだ。

スッと片腕を押し当てた。

 

解放(エーミッタム)雷の(ヨウイス・)暴風(テンペスタース・フルグリエンス)!」

「ぐ、おぉおおおおおおおおおお!!!???」

 

 接触状態からの上位攻撃魔法。

黒狼の姿は掻き消え、ボロボロになった少年が地に伏せた。

 

「闇と魔でブーストですかぁ……こりゃあきまへんなぁ」

「降伏しろっ」

 

 負傷しているとはいえ優秀な後衛であるネギがいる。

前衛だけの彼女だけでは、この状況を打破するのは難しいだろう。

 

「ん~……? いや、まだ終わりやないみたいですえ?」

「なに……?」

 

 ―ピシッ―

 

 何かが割れる音が響いた。

見上げれば、ネギが張った結界に罅が入っている。

時間的にはまだ余裕があるはず、つまり。

 

「新手か!」

「お迎えどうもです~」

「………退くよ」

 

 結界を破壊し現れたのは白髪の少年だった。

何処か無機質な印象を受けるその少年は、淡々と少女に退却を告げた。

 

「ええんですか?」

「ここは本山が近い。これ以上騒ぎにすると厄介なことになる」

「でも逆に言えば今が一番のチャンスともいえるんちゃいます?」

「今攫ってしまえば、本山および主力が襲ってくることになるけど?儀式の準備とかを考えると、得策じゃない」

「ほー。ま、術式とか儀式とかウチにはよく分かりませんし、言うとおりにしますえ~」

「ま、待て!」

 

 刹那が追おうとするが、その前に水の転移魔法で転移されてしまった。

別に追跡できないわけではないが、今の状況で敵の懐に突撃するのは得策じゃない。

それに、木乃香達にも説明が必要だろう……。

 

「……刹那さん、取りあえず今は本山へ行きましょう。親書のこともありますけど、安全地帯はあそこでしょうから。あ、その少年を縛って貰っていいですか?」

「はい……ぁ、ネギ先生、腕を見せてください」

「すいません……皆さんは怪我は?」

「え、あ、ないです!」

「大丈夫、です」

「ウチも大丈夫ですぅ~」

「聞きたいことが沢山あるでしょうけど、今は安全な場所に向かうことを優先しようと思います。歩きながら話すので、付いて来て貰えますか?」

 

 ネギの腕をササッと簡易処置し、刹那が捕まえた少年を背負う。

そしてポカンとこちらを見ている三人を引き連れ、呪術協会の総本山である山の中にある大きな屋敷へと向かった。

道すがら魔法使いや襲ってきた連中、呪術協会についても説明する。これまた意外というか、あり得ない話だと思うのは仕方ないだろうが、目の前であり得ない現象(魔法を使った戦い)を見たせいか、意外にも呑み込んでもらえた。

 

「流石総本山、大きいですね」

「はい、というかここは……」

「あれ、ここウチの実家や」

「「「えぇ!?」」」

 

 呪術協会の総本山はかなりの御屋敷だったのだが、そこが木乃香の家だとは知らなかったネギ、明日菜、のどかが驚きの声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください……えと、木乃香さんのご実家?」

「そうやで~」

「この親書は学園長、つまり木乃香さんの祖父からの手紙で……え?」

「こりゃデキレースってやつだな兄貴」

「い、いえ、こういうのは体裁もあるので別にデキレースというわけでは……」

「あ、ワカッテマスヨ、大丈夫デス」

 

 思わずカタコトになるが、幾らか納得いかないというかなんというか……釈然としない気持ちになりながらもネギは屋敷へと入っていくのだった。




次話は説明会になりそう…?


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夢の様な世界

 魔法、獣人、戦闘、血……短い時間で様々なものを見た木乃香、明日菜、のどかの三人は刹那に浴場へと案内された。

親書を渡したネギは総本山の長、近衛詠春と話があるとかで暫く二人になれるようにと個室へ移動していった。

 

「……で、どういうことなん?」

「ど、どういうとは?」

 

 風呂で裸の付き合いもあるが、それ以上に秘密を垣間見たということもあり木乃香の刹那に対する距離はかなり近くなっていた。

思わず動揺する刹那だが、木乃香は気にせず寧ろぐいぐい近寄って話を進めようとする。

 

「大体はネギ先生やお父様から聞いたけど、詳しいことはさっぱりやんか?」

「あーそうね。そもそも攫うとか言ってなかった?攫うって、あの劇が芝居じゃないなら木乃香をってことでしょ?」

「木乃香さんは此処のお嬢様、ということに関係あるんでしょうか?」

「やんごとなきってやつだもんね、もしかしなくても今危ない状況なんじゃない?」

「……だから先生や桜咲さんが近くに居てくれたんですね」

(ああぁぁ、私が説明も誤魔化す暇もない……というか所々私に気付いてたんですかのどかさん!?)

 

 詠春に色々と説明することを容認されたものの、何から話すかは決めかねて居た刹那。

だが彼女達は彼女たちなりの解釈でどんどん正解を導き出していく。本来なら魔法なんて信じられない現象に巻き込まれて混乱してもいいはずなのだが、この順応性は何処から来ているのだろうか。

ちなみにのどかが気づいたのは本当に偶然である。強いて言えば部活の賜物とも言えるかもしれないが。それにネギに関しては二日連続一緒に行動してくれたことに寧ろ合点がいったほどだ。

 

「で、どーなん?せっちゃん?」

「えっと、ですね……大体皆さんの想像どおりです。お嬢様には類稀なる力が備わっています。ネギ先生も凄かったですけど、呪術師……純粋な魔法使いとしてはもしかしたらネギ先生を上回る才能を持っているかもしれません」

「えっと、そうなん?」

「はい。あ、ネギ先生を基準にしてしまいましたが、あの人は本当に才能あふれる人です。あんな風に格闘戦をしながら魔法を使う人はそんなに多くありません。居たとしても、20歳でネギ先生のレベルに至る人は多くないです」

「「「へぇ~……」」」

 

 分かったような、わかっていないようなという感じの鈍い反応が返ってきた。

そりゃそうだろう、ほんのさっきまで非日常(ファンタジー)に触れることは無かったのだから、どうにか在ると思ってくれるだけ有難い。

 

「……話が逸れてしまいましたね。敵の狙いはお嬢様を誘拐し、長達を脅す材料にするだけではなく、その膨大な力を必要としているのです」

「うちの、力?」

「はい。ネギ先生は長に親書を渡しましたが、木乃香お嬢様が誘拐されてしまえばそれもほぼ効力を失う上、お嬢様の力を何か悪いことに使われ……最悪、東も西も乗っ取られてしまいます。酷い争いも起こるでしょう」

「………」

「勿論!そんなことは私や長、ネギ先生たちが絶対にさせませんので、ご安心ください!」

「……」

「……お嬢様?」

「木乃香?」

「木乃香さん?」

 

 刹那の説明を聞き、押し黙ってしまった木乃香を三人が見つめる。

暫く黙っていた木乃香だったが、数分して漸く口を開いた。

 

「………うち、何も知らんかった」

「それは、私たちが秘密にしていたからで」

「それで、せっちゃんはウチから離れていったん?」

「それは……その、そうでもありますけど、それだけが理由では……」

「何も知らんで、呑気に京都の案内して皆を楽しませよーって」

「それは悪い事じゃありません!寧ろ、それは私たちが望んでいたことで――」

「でも!それでせっちゃんは危ない目に遭っとった!ネギ先生だって、さっき大怪我した!!」

 

 脳裏に刻まれたあの斬り合い、あの戦闘は確かに非日常的で未だに受け付けがたいものだ。

だが、だからこそ鮮明に木乃香の記憶に焼き付いていた。

血なまぐさい光景は、さっきまで只の女子中学生だった木乃香には……彼女達には、重く感じられたに違いない。

 

「……お嬢様は、私たちが争うことが嫌ですか?」

「嫌に決まっとる!誰かが傷つくのなんてみたかない!それが、せっちゃん達ならなおさらっ」

「お嬢様、お聴きください……神楽坂さんたちにも、関係あるのでもうちょっと近づいてもらって構いませんよ?」

「あ、うん」

「は、はい」

 

 泣きじゃくる木乃香とそれを慰めようとする刹那に遠慮してか、少し離れていた二人を呼び戻す。

そう、今から話すのは彼女達にとっても重要な分岐点となる。

 

「お嬢様、私は勿論、ネギ先生も争いを止めることはありません」

「それは、ウチのせいなん?」

「いいえ、お嬢様を護るのは私の役目ですが、それを選んだのは私自身です。そして、ネギ先生も何か理由があってあの歳で魔法使い……魔法拳士をやっています。そのわけを私は知りませんが、どのみちハッキリ言えることがあります」

「?」

「私たちの選んだ道と、お嬢様達が進む道は、全く関係ありません(・・・・・・・)

「な、何でそないなこと言うん……?」

 

 肩に手を乗せ目線を合わせてハッキリと告げる。

こればかりは言っておかなければならないのだ。彼女が守られることと、それを自分がやりたいと自分で選び取ったことは何にも関係ないのだ。

 

「事実だからです……。お嬢様、お二人も、よく聴いてください。魔法世界というのはこちらの平和な世界と違って、未だ治安が良いとは言えません。争いは日常茶飯事で……二度と消えないような傷や、最悪死傷者だって出ます」

「「「ッ」」」

 

 それは、彼女達が思っていた以上に重い事実だった。

魔法なんてファンタジーがあるのだから、どこか争い事も護りがあるのではと思っていたのだ。それこそ、ゲームの様な蘇生魔法(ご都合主義)だってありかもなんて思っていたほどだ。

 

「そんな事実は、こちらで平和を生きるには必要の無いモノです……望むなら、全てを忘れることが出来ます」

「それって……」

「勿論、忘却を嫌うのならそれも構いません。ですが、どのみち魔法(ファンタジー)に関しては口外しないようにして貰わなければなりませんが」

「……それって、今よりせっちゃんと距離置くことに、なるん?」

「…………可能性は、否定できません」

 

 刹那は言えなかった。

魔法を知られる知られない以前に、こうやって木乃香を危ない目に合わせた上に総本山に護らせてもらっている(・・・・・・・・・・)時点で、自分の護衛役としての任は……十中八九解かれるだろう。

最悪麻帆良からこちらに戻されることもあり得る。

 

「そんなの嫌や!!」

「お嬢様っ」

「なんで?うち、せっちゃんとは仲良ぅしてたい!!何でダメなん!?」

「お嬢様、落ち着いてください。どうか私の話を聞いて――」

「嫌や!!別れ話なんて聞きとぉない!!」

「お嬢様!!」

 

 刹那を振り払うと、木乃香は浴場から走り去ってしまった。

 

「……あー、ちょっと行ってくるわね」

「………すいません」

「いいって。それより、他に方法はないの?」

「それは……………その」

「……あるんなら、ちゃんと言った方がいいわよ。じゃ」

 

 明日菜に申し訳なく思いながら見送る。

一つだけ、木乃香自身が魔法世界と付き合っていくというのなら……可能性は無いわけじゃない。

だが、それを護衛役である刹那が薦めることは、出来なかった。

 

「……あの、桜咲さん、大丈夫ですか?」

「あ、はい……すいません、宮崎さん。気を遣わせてしまいました」

「いえ、そんなことは」

 

 のどかがネギに告白したことはA組なら誰もが知っている。

彼女自身、ネギに関することで聞きたいことは山ほどあっただろうに、木乃香に集中させてもらわせてしまっていた。

 

「取りあえず、今は明日菜さんに任せましょ?」

「はい……すいません」

「いえ、えっとそんなに謝らなくても……」

「今回の件は私の力不足による結果ですから。他の生徒もいる中、ネギ先生は本当によく戦ってくれました。見たこともない魔法まで使って……怪我もさせて」

 

 素人目に観て、あの魔法は未だネギには使いこなせていないように思えた。

まるで何かを堪えるかのような印象を覚えたのは、恐らく刹那自身、自分を日頃から押さえているから気付けたのだろう。

 

「……桜咲さん、さっきご自分で言いましたよね」

「え」

「私たちの選んだ道と、貴方たちの進む道は違うって」

「は、はい」

「桜咲さんとネギ先生が選んだ道も、もしかして違うんじゃないですか?」

「……」

「なら、ネギ先生ならきっと怪我をしたのは自分が選んだことだ、っていうと思います」

 

 のどかの言葉に図星を突かれ、思わず押し黙ってしまう。

そうだ、木乃香を護衛するのとクラス全員を護ること。任からして違うし、きっと自分とネギ先生が力を欲した理由だって、違うはずだ。

 

「私は、告白したことを後悔してません」

「宮崎さん……」

「先生が魔法使いで、私の知らない世界の人だっていうなら……私、付いていきたいです」

「どうして、そこまで」

 

 さっきまで何も知らなかった少女は、何も出来ない無力なはずの少女は……何故か刹那よりもずっとずっと強く見えた。

 

「だって私、ネギ先生が大好きですから」

「……」

「きっと、木乃香さんが刹那さんに思っていることも、同じだと思います。だから、桜咲さんも、もっとちゃんと伝えたほうがいいと思いますよ?」

 

 事務的な別れ話ではなく、自分の想いを伝えるということ。

それは告白をしたのどかだからこそ言える、強い言葉だった。

 

「…………宮崎さんは、強いですね」

「そ、そんなことないですよ?!あんな風に戦ってるお二人の方がずっと」

「いえ、強いです……少なくとも、私よりずっと」

「桜咲さん……」

「……そろそろ上がりましょう、敵が何かする前に対策も整えなければいけません」

「……はい」

 

 暗くなりながらも、のどかの言葉に少しだけ力を持った刹那はしっかりとした足取りで歩いて行った。

 

 

*

 

 

「木乃香ー、木乃香待ちなさいって、木乃香!」

「っあ、明日菜……」

「もぉ、酷い顔して……よしよし」

 

 ざっと着替えて木乃香に追いついた明日菜は、彼女を優しく抱きしめ頭を撫でた。

思えばいつも寮で面倒見て貰っている明日菜がこんなことを木乃香にするのは初めてかもしれない。

 

「ひぐっ……うちな、せっちゃんと離れたくない」

「うん」

「でな、せっちゃんに、先生に、みんな傷ついて欲しかない」

「うん、うん」

「でもな……そんな、うちの我儘で、あんな風に困った顔、させたかない」

「ん、わかってる……大丈夫、木乃香の気持ちは間違ってないよ」

 

 優しく優しく、甘やかすように撫で続け落ち着くのを待つ。

魔法だのなんだの聞いていた割には、意外と明日菜は落ち着いていた。

もしかしたら、本などで余計な知識を仕入れているのどか以上に。

 

(……自分で思う以上に、動揺とかないのよねぇ)

 

 寧ろ、初めてネギに会った時の方が動揺を覚えたことを思い出す。

何故だか、あの顔を見ると何か思い出しそうになるのだ。

暖かくて、切なくて、バカらしくて、少し苛立つような妙な気持ち。

そんなことを日常的にこなしてきたせいか、もしくはおかげか、明日菜はこの場面で木乃香に配慮する余裕が生まれていた。

 

「……ごめんな、明日菜。ありがとー」

「いいって、いつも世話になってるしこのくらいはね」

 

 ぐすぐすとしながらも幾分が落ち着いた木乃香。

身体を離し、対面して改めて分かったことを一つ教えてあげた。

 

「木乃香、もしかしたら、木乃香次第でどうとでもなるのかもしれないわよ?」

「え?それ、ホンマ!?」

「ほんまほんま。あの桜咲さんが言い辛そうにしてたから、可能性が無いわけじゃないと思うわ」

「そっか……そっかぁ」

「ちょ、木乃香大丈夫!?」

「う、うん……なんか、ちょっと安心してもうた。あ、アハハ」

 

 木乃香は腰が抜けたのか、へたぁとその場にへたり込んでしまった。

泣いたせいもあるのだろう。あれだけ泣きじゃくって走ったのだ、少しでも安心したら力も抜ける。

 

「しょうがないわね、ちょっと休みましょ」

「わっ……アハハ、今日ウチようお姫様抱っこされるなぁ~」

「今日は特別よ、思いっきり甘えるといいわ」

「アハハ、ありがとぉ~」

 

 色々あったことだし、頭を整理する時間が必要だと感じた明日菜は木乃香を抱えて涼しげな場所を探すことにした。

 

「――あ()!?……なによ、こ……れ?」

 

 歩いていると、ふと頭に何かがぶつかった。

みると、戸が開いた部屋から石の手(・・・)が伸びており、それが歩いていた明日菜にぶつかったようだ。

 

「石像?」

「うち、こんなんあったかなぁ?」

 

 いわゆる巫女装束をまとった女性が、まるで逃げ惑うような形(・・・・・・・・)の石像が多数――。

 

「ちょっと待って、もしかしてこれ拙いんじゃ――」

「御明察」

「!?」

 

 声に振り向いた瞬間、明日菜の目の前に魔法陣が浮かんでいた。

その向こう側には、最近見かけた白髪の少年が、水を携え浮かんでいた。

 



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白髪の少年

遅くなりましたが、あけまして!おめでとうございます!


 ゆっくりと、白い少年の手が明日菜の眼前へと伸びていく。

まずいと思うがついさっきまで一般人だった彼女には何もできない。

もとい、何をすればいい(・・・・・・・)のかすらわからない。

 

「ぅ、ぁ」

 

 迫りくる掌はなんて事の無い小さな少年のそれなのに、感じる圧力は全くの別物。

車の前に跳び出した猫が動きを止めるように、明日菜もその身をピタリと固めてしまった。

 明日菜に抱えられている木乃香も同様に震えるだけで言葉も発することはできない。

過度の緊張からくる精神の集中によって、スローモーションのように迫ってくる少年の手を見つめるだけの瞳は―――その背後に、一陣の風を纏ったネギの姿(疾風迅雷)を写した。

 

「――」

 

 無音、まさに縮地の如き完璧な瞬動術。

ネギを見た二人が反射的な反応をするよりも先に、魔力を練り込み変質した腕の魔爪を突き立て――

 

「――なるほど」

「ッ!?」

 

 その直前、ぐるりと少年の首が回りネギの姿を直に認識した。

攻撃する瞬間の殺気に反応したのだろう、驚くが構わず突き立てる。

ネギが元から持つ上に、闇の魔法によって更に濃密になった魔力の塊。これを防ぐなど、常人には不可能だ。

だが進まない。魔爪は障壁を壊した……それでも、多数の障壁、その最後の一枚まで壊すことは出来なかった。

 

(一体、なにがっ!?)

 

 疾風迅雷の力を借りて、高速演算状態のネギの眼鏡が至近距離で解析をした結果、観測できたこの少年は正しく化物と称していいだろう。

こんなにも濃密かつ曼荼羅状の対物理・魔法障壁を張り続ける(・・・・・)なんて、人間の処理能力を超えている。

 

「ッそれでも!」

「ん?」

 

 更にもう片腕を突き刺し、障壁を砕く。

幾ら瞬動並で動けるとはいえ、事後硬直で一瞬だけ両腕は使えない。

だが呪文に腕は関係ない。無詠唱で魔法を使い、障壁の無くなった少年に魔法の射手を収束し、放つ。

 

「遅い、弱い」

「ガッ!」

 

 遅いと言うが属性は雷、それも急ごしらえとはいえ199の射手を束ねたそれを片手間に弾いてみせた。

反撃で打ち払われるネギ。相手の化物具合がどんどん酷くなるだけで、このままではネギに勝機は無い。

 

「神鳴流――」

「! 貴様は、近衛」

 

 そう、ネギ一人ならば。

 

「雷光剣!!」

「えいsy」

 

 白髪の少年に向け、詠春が氣を練った刀を振り下ろした。

派手さはないが、超一流の剣士が振るうその一刀は正しく少年を斬り飛ばした。

 

「ネギ先生!」

「お嬢様、明日菜さん御無事ですか!?」

「兄貴無事ですかい!?」

 

 詠春が現れた後にのどかと刹那が安否を心配して駆け寄ってきた。

詠春の肩にはカモが乗っており、改めてネギの肩へと昇ってくる。

 

(ぎ、ギリギリセーフ)

 

 微笑んで「大丈夫ですよ」、と生徒を落ち着かせつつも、内心ホッと一息つくネギ。

 詠春と別室で話していたネギは、石化の魔力に過敏に反応した。石化魔法の研究をしていたからこそ、その魔法の発動にはいの一番に気付くことが出来た。

対する詠春は何も気づいて居ないようだったが、進言すればすぐさま異常事態を察知し、行動を開始した。

 此処で問題だったのが、誰がどこに向かうかだ。皆の安全が第一だが、敵を放っておくわけにはいかない。

 まず詠春が敵を探そうとしたが、それをネギが却下した。

ネギなら疾風迅雷で超速移動が可能な上に、石化の魔法を使った相手の位置を感覚的にだが捉えていた。

 

(けど、ここまで手強いとは思ってなかった……)

 

 別行動は相応の危険が伴う。何かがあった時のバックアップはとても大事だ。

ネギが敵を引き付けている間に詠春が生徒たちの安全を確保、後に集合という手筈だったが、既に書状を渡した以上敵の狙いが木乃香というのは既に確実。

もし、探索する時間が惜しいと感じた場合、戦闘中のネギの場に駆けつけることにしたが、その辺りは詠春のさじ加減で決まる。

 もし、あと少し詠春が切り上げず長く探索を続けていたら……今頃ネギは石化か、死んでいたかもしれない。

 

「なる、ほど……少々甘く見ていたよ」

「! まだ動け」

「詠春さん、違う!それは分身です!!」

 

 深い傷を負ったはずの少年が喋り、思わず視線をそちらへ向けてしまった。

ネギは解析眼鏡のお蔭で分身をいち早く見破るが、詠春は一瞬遅れてしまう。

 

石の息吹(プノエー・ペトラス)

「ッ」

 

 水の転移魔法を使った死角からの魔法。

ネギと詠春の間の水溜りから伸びた手から石化の魔法が吹荒れる。

疾風迅雷を維持していたネギは近くに居たのどかと木乃香を抱え離脱した。

 

「詠春さん、刹那さん、明日菜さん!!」

「そ、そんな……」

「お父様、明日菜……せっちゃんっ!!」

 

 絶望的な状況に陥ったかと思ったが、ネギたちとは違う方角から知った声が聞こえた。

 

「わ、私は大丈夫です!長が弾き飛ばしてくれたので」

「せっちゃん!」

「っていうことは、詠春さんと明日菜さんは……え」

 

 魔法が晴れた先に居たのは、石化した詠春と……。

 

「な、なによコレぇー!?」

 

 何故か服だけ(・・・)が石化し、裸になってしまった明日菜だった。

 

(どういう――)

「隙あり」

 

 あり得ない光景に驚いたその瞬間を見逃さず、白髪の少年が背後からネギを岩で造られた斧剣で斬り裂いた。

 

「ア、ガッ」

「「ネギ先生ぇー!!!」」

「あ、兄貴!?」

「ッ――お嬢様!!」

 

 強烈な痛みで力が緩み、木乃香を奪われてしまう。

刹那が瞬動で接近するも、水の転移魔法で逃げられてしまった。

 

「木乃香、さん……!」

「ネギ先生、動かないでください!」

「あ、血が……血が、たくさん」

「……」

 

 刹那が応急処置し、その横ではアタフタと抱えられていたこともあり、返り血をべっとり浴びたのどかが慌てる。

そして、そんなネギを見る明日菜は呆然としていた。

 詠春は石化、ネギは深手を負い、木乃香は攫われた。

館にいる人間の殆どは石化し、魔法界の伝手で治療班を呼んでも来るまで時間がかかる。

 

 状況は、最悪だった。



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ネギという少年

連投です


 傷の処置をしたネギは、これからどうするかを考える。

石化の魔法を解くことはネギには無理だ。解呪、回復魔法に関しての才能がないことは誰よりも自分で把握している。

だからこそ、彼は別の方法で解呪のアプローチをする研究を続けていた。

 一つは、呪いひいては魔法そのものの破壊。

解くのではなく乱暴に吹き飛ばす方法。ネギの性質から考えて、この方法が一番成功率が高いとふんでいた。

勿論、それ以上に呪われたモノ共々破壊する方が可能性は高いため、この研究は難航していた。

 更に一つは最近増えた手札……闇の魔法による、魔法の吸収。

太陰道という、あらゆるエネルギーを吸収し自分のモノにしてしまう究極技法。

だが、これも難しいだろう。エヴァですら断念した魔法……だが、闇の魔法で自身のエネルギーを取り込むことには成功しているという事実がある以上、ネギが諦めることは無いだろう。

 

 そして、最後の一つが魔法無効化。

 

「………」

「神楽坂さん、これをどうぞ」

「あ、ありがと」

 

 刹那が明日菜に衣服を渡している。

そっぽを向きつつも、彼女、明日菜が起こした事象が脳裏を離れない。

 

(確実に中った石化の魔法が効かなかった……思い出せば、彼女に解析の魔法だって効かなかった)

 

 魔法無効化に関しては、ネギは考えるだけ考え、断念した。

魔法使いのネギが行使するのは、勿論魔法だ。魔法で魔法を無効化する……かなり無茶苦茶で夢物語同然だと思っていた。

 調べたところ、魔法世界には魔法どころか氣だって無力化する場所があるらしいが、何故そんな場所があるのか、どうやって出来たのか……調べてみても分からなかった。

 

 

 ―――彼女を詳しく調べれば、もしかしたら―――

 

 

 頭を思い切り振ってその考えを払おうとする。

それでも払えない。考えた、考えてしまった。

彼女を、明日菜の氣を、魔力を、身体を、細胞の一片一片その全てを解析し、解体(バラ)し……そんな非人道的な手段を。

 自分は魔法使いだ。魔法使いは、魔法は善いことに使うべきだ。

争いがある以上、善いだけではいられないだろうが、それでも自分から進んで悪どころか鬼畜外道になるつもりは、少なくとも今のネギには無かった。

 

(切り替えろ、切り替えろ、切り替えろ)

 

 脳裏に石化した人がフラッシュバックする。必然と村人を思い出す。英雄(父親)を思い出す、自分の夢想と現実とその全てに対する苛立ちが、憤りが、様々な感情が呪いの様に積もって積もって積もって……ネギから離れようとしない。

 いくら暗示で自分を誤魔化そうと、切り離すことなど出来はしないのだ。

お前はそういう人間(・・・・・・・・・)なのだから(・・・・・)

 

(それでも、切り替えろ)

 

 ギュッと傷口を自分の手で握り、痛みで思考を研ぎ澄ます。

今はそんなときではないだろう、と。

 

「………刹那さん、少し頼みます」

「え、ネギ先生どこに?」

「ちょっと野暮用です。5分で戻ります」

 

 瞬動でその場から消えると、ネギは地下牢へと向かう。

そこには、縛られた彼が……自分たちを襲った敵の一人、獣人の少年がいた。

流石に地下まで潜りはしなかったのだろう。水辺もないから水の転移はしずらかったのもあり、彼は無事だった。

 

「ん?なんやえらいボロボロやな」

「キミは傭兵で、金を払えば何でもしてくれるんだったね」

「そうやけど……なんや、依頼か?」

「端的に言おう、近衛木乃香が攫われた」

「……ほぉ」

「こちらは近衛詠春が石化、僕は見ての通りのザマだ」

「大ピンチってやつやな」

「………敵の狙いが分からない以上、事情を知っているであろうキミを頼るしかない。ただ、儀式とか言っていたから時間の勝負だというのはハッキリしている。

つまり、状況は切迫している」

「あーもうハッキリ言いや!」

 

 どうやら、この少年は謀が苦手らしい。

敵だったというのに、何故か好感がもてた。

 

「報酬は?」

「釈放と、僕に払える最大限の報酬を準備しよう」

「んー……もう一個寄越しな」

「我儘だね」

「元依頼主の情報を喋るんや、信用が重要なオレみたいなやつにとっては、今回の依頼はかなり高いんやで?」

「……いいよ、要求は?」

 

 ニィッと八重歯をのぞかせ、子供以上に子供らしい笑みを浮かべてこちらを指さした。

 

「再戦や!オレが修行して強ぉなったら、もう一度戦え!」

「………バトルバカ」

「うっさいわ。で、答えは?」

「いいよ、またしよう」

 

 どのみちネギは断れる状況ではない。

 

「僕はネギ・スプリングフィールド、キミの名前は?」

「オレは犬上小太郎や、よろしくな!」

 

 魔法の契約書にサインした彼らは、握手を交わし自己紹介をすませた。

小太郎を引き連れ刹那達と合流した時に少し騒ぎになりつつも、彼らはこれからのことについて話し合った。

 

「やっこさんの狙いはリョウメンスクナっていう鬼神の復活や」

「暴力による支配ってことですか」

「まぁ人質の拘束も出来て一石二鳥。お得な作戦やけど、相手はあの近衛。真正面から戦争するわけにもいかんかったし、少数精鋭で事に当たらなあかんかった」

「つまり、敵の戦力は少ない?」

「そうやな、オレに神鳴流の嬢ちゃんに白髪の……ふぇーと言うたかな?それと、依頼主の天ヶ崎千草っていう姉ちゃん」

「キミが契約でこっちに着いたんだから、敵は三人……」

「その天ヶ崎というのはどういう人物なんだ?」

「んー、まあ普通の陰陽師やで?腕は立つんやろうけど、みたとこアンタ等みたいに肉弾戦はそんなできそうになかったわ」

 

 ネギ、小太郎、刹那で会議を進めていく。

鬼神が封じられている場所は小太郎が知っており、その儀式の所要時間はそれなりに掛かるが、一時間も要らないだろうということ。

 

「あの姉ちゃんは儀式で動けんやろうから、問題は二人やな」

「……神鳴流の相手は同じ神鳴流の私が」

「まぁ互角に戦っとったし、無難にそうやろな。じゃぁオレとネギでふぇーとを儀式が終わる前に倒して」

「それは無理かな」

「あ?なんでや?」

「……もしかして、キミ白髪の……フェイトっていうんだっけ?そいつの実力知らない?」

「あー戦ってるのは見たことないわ」

「キミを倒した状態の僕と、ここの長二人がかりで斃し切れなかったって言えば分かるかな?」

「……ホンマか?」

「正直、僕だけで闘ってた時は甘く見られてたというか、かなり加減されてたように思う。長が来てからは殆ど一瞬だったし、実力は未知数だよ」

 

 うーんと悩む三人。

 

「……応援は?」

「今から?魔法先生は生徒の相手で手一杯だと思うよ……そもそも、修学旅行について来た先生はほとんど一般人だし」

「そかー」

「………応援なら、二人ほど心当たりがあります」

 

 おずおずと手を挙げた刹那に視線が集まる。

 

「同じクラスの、龍宮真名と長瀬楓です」

「………余り気乗りしませんね。それに、長瀬さんは魔法に関して知らないのでは?」

「えっと、ですが忍びらしく半分はこちら側の人間と考えていいです」

「…………」

「どうするんや?時間は無いで」

 

 ネギは先生という立場だ。だが、それ以前に魔法使いだ。

先生として生徒を守る義務があり、魔法使いとして今の状況を如何にかしなければいけない。

護らなきゃいけない生徒を頼るなんて、本当は出来ない。でも、今の状況は切迫している。

 思考に思考を重ね、短いながらに熟考をしたネギが出した結論は……。

 

「決めました。刹那さん、龍宮さんの電話番号を教えてください。僕が話します」

「は、はい」

 

 通話をして数分後、彼らは本格的に動き出すこととなる。

 

「っと、その前にのどかさん、明日菜さん」

「は、はい」

「な、なによ」

「……二人とも、怖い思いをさせてすいません」

 

 頭を下げたネギをみて、あわわと慌てるのどかと明日菜。

 

「そ、そんな頭を上げてくださいネギ先生!」

「そうよ、アンタのせいじゃないでしょ!?」

「それでも、今回は僕に責任があります。……これ以上怖い思いをさせたくありません、ここで待っていてください。しばらくしたら、石化を解呪する魔法使いが派遣されてきますから、彼らに護ってもらってくださいね」

「先生……」

「大丈夫です。絶対、木乃香さんを連れて帰ります」

 

 そう、敵を斃し、木乃香を連れもどす。

 

「絶対です」

 

 ――だって、ネギ・スプリングフィールドに出来ることなんて、それ位(戦うこと)しかないのだから。

 暗く冷たい眼を幻影で隠した少年は、優しく微笑んで約束を交わした。

そして、優しくも力強いこの青年の姿を見破っている者は、今此処には一人もいない。

誰にも何も本当を告げることも告げられることも出来ない少年は、それでもこの思いは本当だからと、嘘に固まった姿のまま誓いを果たそうと走り出す。



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激突

 (ネギ)の笑顔を見る度に、何かが頭をよぎる。

誰かによく似ている、でも違う。(あのバカ)はこんな綺麗に笑わなかった。

そう、バカ。バカばっかり(・・・・)、楽しい人たち。

 暖かくて(赤毛の人達)兄の様な(白髪の人)父の様な(煙草の匂い)姉の様な(元気な少女)母の様な(綺麗な人)真面目な人(剣士さん)おかしな人(大きなバカ)変な人(本の人)見守ってくれていた人(小柄で白髪)――それに、それに?

 

(……――?)

 

 違う、誰だっけ。

そっくり、でももっと、何か決定的な何かが欠けている。

短い期間だったけど、それでも隣に居てくれた―――。

 

「さん?――明日菜さん!」

「へ?!な、なに本屋ちゃん!?」

「ぼーっとしてらっしゃたので……どうかしましたか?」

「えっと……なんだっけ?」

「え?」

「あ、アハハ。何か思い出してたんだけど、忘れちゃった」

 

 なんだったかなーと頭を捻る明日菜。

だが、何を考えていたのかすら思い出せないでいた。

明るく笑いながらも只一つ思うことがあった。

 

(私、何を忘れてるんだろ?)

 

 小さな疑問は、未だ晴れることは無い。

 

 

*

 

 

 一方、リョウメンスクナを蘇らせようとある湖で儀式を行っている者達が居た。

 

「……にしても、上手くいきましたねぇ」

「そうだね」

 

 天ヶ崎千草が解呪の詠唱をしている中、暇そうに護衛役の二人が会話を始めた。

 

「一人で乗り込んでどないする気ぃや思いましたけど、まさかホイホイっと攫ってくるとは」

「まぁ相手が隙だらけだったからね」

「ほぉ。あの近衛の総本山相手に、よぉいいますねぇ。自分の手に掛かればちょちょいのちょいやーってことです?」

「………いや、そう簡単なことでもないみたいだよ」

「?」

 

 会話をしながらも余念なく探知魔法を使用していた白髪の少年は、少し斜め上を見つめた。

同じように目線を向けると、そこには飛翔して来るネギ・スプリングフィールドの姿が。

 

「……諦めが悪いね」

「あらあら、また来たんですか~?まぁうちは斬れればええんで別にいいですけど♥」

「彼の相手は僕がするよ。キミは、そっちを頼む」

 

 少年が指差す方には、地を駆ける刹那と小太郎が視えた。

刹那の片手にはいつも持っている夕凪という太刀を……そして、もう一方の手には見たことのない黒刀(・・・・・・・・・)を手にしていた。

 

「あらあらあら、これまた斬りがいがありそうなものを……」

「それじゃ、頼んだよ」

「えぇ……。?」

 

 ふと、神鳴流の少女が不思議そうな顔をする。

思えば、今まで徹頭徹尾無表情だった彼の微笑んだ姿なんて、見た覚えがなかったような?

 

「まぁええ。うちはうちのお仕事しましょ♪」

 

 切り替えた少女は楽しそうに刹那へと斬りかかっていった。

 

 

*

 

 

 飛翔していたネギの前に、少年が立ちはだかった。

諦めが悪く、魔法に長け、重い拳を放つ。その真っ直ぐな瞳はどうしてもあの男を思い出す。

幻術とは言え成長したその外見も合わさり、思い出(デジャヴ)し、想い(湧き)出す。

 

(あぁ、そうだ。僕はこの昂揚感を知っている……)

 

 何と言えばいいのだろうか、どう言い表せばいいのだろうか。

任務は大事だ、重要だ。だが、それはそれとして(・・・・・・・・)この感情を無視することはしない。出来ない。

 

「ぉぉぉおおおおおおおおお!!!」

「フッ」

 

 頬が少しだけ緩んだ。白い少年に少しだけ浮かんだその色は、(ネギ)の拳を両の手で受け止めた瞬間には元の無表情()に戻っていた。

任務は行う。依頼もこなす。そのうえで、今この感情(瞬間)模索(体感)しよう。

 

「さっきとは様相が違うようだね……」

「ッ!」

 

 さっきのネギ(疾風迅雷)に加え、その両腕と身体からは焰が轟々と噴き出している。

速度上昇に加え、攻撃力と防御力を上げて来たらしい。

それだけじゃなく、他にも何か施したのだろう。さっきと違い魔力が濃い(・・)

 

「それでも、未だ届かない。キミは無力な存在だ」

「だからって諦めるわけにはいかないッ!」

 

 あぁ、やはり彼は彼の息子という事だろう。

そうと分かれば、もう只の無知で無力な少年だと格下に侮ることは止めにしよう。

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

「ッラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 

 拳を払い払われた二人は詠唱を始める。

少年、フェイトは魔法を警戒し少し離れたネギに向け、放った。

 

「――冥府の石柱」

「ッ雷の暴風!!!」

 

 超大の石の柱を複数本。全てを打壊すことは不可能、ネギは自分に中る柱だけを破壊した。

砕いた際に起こった土煙に紛れ、石柱を足場にして得意の瞬足でフェイトへと迫る。

 ネギがフェイトに勝つには、遠距離攻撃を全て防いでしまう多重障壁を如何にかするしかない。

だが、その障壁を遠距離で破壊することは今のネギには不可能。

 

(ゼロ距離なら対攻勢障壁の殆どを無視できる……零距離戦闘(インファイト)、これしか勝機は無い!)

 

 『雷の暴風(疾風迅雷)』に加え、『奈落の業火(獄炎煉我)』の異なる魔法を二重装填したネギ(疾風怒濤)

下準備と詠唱が居る為、急な戦闘では未だ使えない。だが使えば大幅な戦闘力アップになる。

それに加え、あるドーピング(・・・・・・・)を処置した。

今なら、この戦闘の間だけなら、目の前の存在と闘える。

 

(後は頼みますッ)

 

 ネギの役目はフェイトを釘づけにしておくこと。

木乃香を助ける役目は刹那達に任せ、戦闘を激化させていく。

 

 

*

 

 

「ざんがーんけ~ん!」

 

 間延びしたふざけ半分かとも勘違いしそうになるが、その剣筋は鋭く(はや)い。

外見は最後に分かれた時のままの仮装という、本当にふざけているとしか思えないのに、性質が悪くこの少女は強い。

 

「あぁそうやウチ月詠言いますぅ。以後よろしゅう~」

「貴様のような輩とよろしくするつもりはない!」

 

 二本の刀で防ぎながら、小太郎に目くばせを送る。

頷いた彼は影に潜り、先へと転移していった。

 

「あらら、やっぱり裏切りなはったんですか」

「疾ッ!」

「おっとっと」

 

 二刀になったことで刹那の手数と速さは上がったが、その分重さに欠ける。

幾ら氣を使って強化しようとも、相手も同じ氣の扱い方、技を会得した同門。

やはり勝つのは困難。

 

「それでも、お嬢様の為に負けるわけにはいかない!」

「んン!?」

 

 ガギィンと行き成り威力を増した刹那の剣閃。

見れば黒刀から邪気が発され、黒刀を持つ刹那の右腕を侵している。

あの邪気が刹那の軽い剣に重さと威力を与えていた。

 

「妖刀、ですかぁ。フフ、急にそんな刀手に入るなんて都合がえぇですなぁ。うちとしては愉しめるんでえぇですけど~」

「うっ」

 

 黒刀のことを言われ、思わず赤面する刹那。

この黒刀を手に入れたのは、ほんの数分前。ネギの相方でもあるオコジョ妖精、カモの提案によるものだった。

 

「兄貴、此処は戦力アップの為に仮契約(パクティオー)といきましょうぜ!!!」

「カモ君、この緊急事態に何言ってるのかな突然?なに?頭冷やしたい?」

 

 カモが言い出したセリフにツッコミついでに冷気を物理的に醸し出すネギ。

彼は師匠であるエヴァが闇と氷が得意属性ということもあり、必然と貪欲にその魔法も会得していた。 

 

「ちょちょちょ、タンマ、兄貴タンマ!エヴァンジェリン直伝の凍結魔法は死ねる!!」

「ハァ……言いたいことは分かるよ。勝率を上げる手っ取り早い手段だけど、僕は生徒と契約するつもりは」

「あ、あの」

「「ん?」」

 

 パクティオーがなんなのか、魔法生徒として学園に通っていた刹那は知っていた。

契約を結ぶ事によって発生する恩恵は凄まじく、木乃香を助けるためにも必要だと彼女はそう思った。

 

「私は、負けるつもりはありません。ですが相手は同門。先の戦闘から戦い方は双方知って、苦戦が予想されます。時間が勝負のこの状況で戦闘が長引くのは私としては承知しかねます」

「ですが……」

「お願いしますネギ先生。私に、お嬢様を救わせてください!」

「……」

 

 思考は数秒。だが、様々な意見がネギの頭をよぎった。

彼女を自分(英雄の息子)という面倒な存在に巻き込んでいいのか、今を生き残った先にあるのは厄介事ばかりかもしれない。

でも、だけど……その直向(ひたむ)きな姿と思いは、とても好感が持てる。

 

(………あぁ、もぅ)

 

 ガシガシと頭を掻いて浮かんだ感情を引っ込める。

改めて今一番重要なことを思い出す。

それは、木乃香を救うこと。自分の不甲斐なさ、敵の強大さを知っている。この少数で挑んで勝算がどの程度あるかなんて、正直分からない。

月詠がお遊びで使った式神召喚(ひゃっきやこー)のこともある。今度は戦闘用を使われれば、数は圧倒されかねない。

 

「………分かりました」

「! ありがとうございます!」

「礼なんてやめてください……こうなったのは力不足が原因だっていうことを思い出しただけです。非力な僕らには、力はいくらあっても足りない」

「はい……それで、契約はどのように?」

「あー……カモ君、よろしく」

「既に準備は出来てるぜ!!」

 

 気合十分なカモは既に魔法陣を書き終えていた。

刹那の手を引いて魔法陣の中心に立つ。

 

「ぇぇと、ですね……仮契約の必約はその、キスなんです」

「え……えぇ!?」

「すいません、専用の書物とか持っていなくて……血でも可能なんですけど、その場合魔法陣を描く道具(チョーク)に馴染ませなきゃいけなくて」

「い、いえ!時間がありませんし、私が言い出したことですから!謝らないでください!」

「そう言ってくれると助かります……では、失礼します」

「は、はぃ……ンっ」

 

 強者でありながらもか細い刹那の華奢な肩を掴み、繊細なものに触れるように、慎重に顔を近づけ……口付けを交わした。

唇を合わせるだけのバードキスだが、初めてという事もあり顔を真っ赤にする刹那。

魔法陣の効能のせいで気分が高揚していることもあり、フワフワした不思議な気持ちになる。

 

「刹那さん、どうぞ」

「……あ、は、はい」

 

 暫く蕩けた様にぽーっとしていた刹那だったが、ネギに出現したカードを渡され我に返った。

 

「えぇと……妖刀、ですね」

「ですね……多分、僕のせいです」

「い、いえ!心強いです!」

 

 カードには黒衣の和装をした長髪を結ばず流した刹那が、真っ黒な刀を持っている絵が浮かんでいた。

名称は『妖刀・童子切安綱』と表されていた。

 

「刹那さん、貴女は大事な人の為に戦える強い人です。だからこの刀をきっとちゃんと扱えると僕は信じます」

「はい、任せてください」

「えぇ、頑張りましょう」

 

 力……そう、これは木乃香を救うための力。

 

(お嬢様、ネギ先生……――グっ)

 

 黒刀……童子切から湧き出す瘴気(妖気)が刹那を侵し、強化する。

本来なら契約しているだけでネギの魔力供給を受けられるが、今ネギ自身難敵と戦っておりその恩恵は受けられない。

自分の氣力と気合で妖刀を振るう刹那。

 

(お嬢様を救うために妖刀だろうと何だろうと、扱いきって見せ――

 

――健気なえぇ娘やなぁ。

 

 脳裏に、ナニカ言葉が過った。

何処から?そう考えた瞬間には妖刀に意識が向いていた。

 

――ウチ(妖氣)を扱うのがどんないけ好かない奴か思ぉたら、随分と純真な子が振るっとるんね。

 

 ググッと力が増していく。

同時に額に違和感、言われずともわかる。恐らく、角が生えているのだろう。

 

(まず、いっ浸食、され)

「隙あり」

 

 苦しむ刹那に迫る白刃。

だが、突如スローモーションになり、脳裏にまた女性の声が響いた。

 

――あぁ、焦っちゃアカンよ。ゆっくり馴染ませな。アンタは同類(・・)なんやから、よく馴染むはずやえ?

 

 その言葉に、冷静になる。

そう、抑えることは慣れている。常日頃から、この力(・・・)を使わないように生きてきたのだから。

 

――そうそう、じょーずじょぉず。無理はあかんえ?これからもっと大物を斬るんやから。

 

 大物?一体何のことだと思考が過るが、それ以上に刹那の動きが急変した。

苦しそうな表情と少しぎこちなかった動きが流錬なものとなり、角が生えた瞬間に起きた隙は無くなっていた。

月詠の白刃を童子切でいなし、完全にキメ(・・)にかかっていた月詠の裏をかく形になった。

 

「雷光剣!!!」

「ぐ、ぁあああああああ!!!?」

 

 夕立に込めた氣が炸裂し、月詠を吹き飛ばした。

 

「はぁ、はぁ……今のは、一体?」

 

 角と妖気の収まった刹那が妖刀を見つめるが、先ほどの声が響くことは無かった。




『二重装填・疾風怒濤』
 雷の暴風と奈落の業火の魔法を掌握した状態。
雷の暴風の効果で身体的かつ思考、動体速度等があがり、奈落の業火の効果で攻撃力と防御力が増している。
二つの魔法、それも異なる属性を掌握する無茶を為すためには下準備が必要であり、今のネギでは戦闘中に発動することは難しいが、発動すれば格上の相手にもスペックだけなら追いすがれる離れ業である。

『アーティファクト 妖刀・童子切安綱』
 ある英雄がとある鬼を斬ったと言われる刀。それを模したレプリカだが、中に籠っている妖力は本当の刀から抽出し分け与えられた本物。
持ち主に力を与えるが、妖刀は自分の主が気に入らないとその身を妖気を持ってして斬り刻むという逸話がある。
刀に人格があるという話は今の所聞かないが……?


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影なる自分

 フェイトをネギが、月詠を刹那が抑えている間に小太郎が接近、少し離れた場所から龍宮真名の長距離スナイプで援護、出来ることなら主犯である天ヶ崎千草を撃つ。

 主力二人さえ押さえてしまえば、天ヶ崎本人ではこの二人を止められることは難しい。

近距離だけでなく中距離もこなす小太郎を遠距離から彼女が援護するだけでも効果は高いのだ。遠くから狙い撃てなくとも、近距離戦闘を苦手とする天ヶ崎の元まで小太郎がたどり着けば詰み――そのはずだった。

 

「クソッこんなんありか!?」

 

 小太郎が瞬動で土煙を上げ目立ちながら一気に、見つからない様に龍宮が天ヶ崎を射程に収める距離まで慎重に接近していたその時だった。

天ヶ崎が器用にも呪文を詠唱しながら、捕えていた木乃香の魔力を使い大量の悪鬼羅刹を召喚したのだ。

 

「マジで百鬼夜行……いや、億鬼夜行やな。反則やろッ」

 

 この数を小太郎一人では対処しきれない。急遽龍宮と合流し二人でカバーしながら鬼を滅していくがこのままでは儀式が終わってしまう。

 

「どうする?」

「どうって―」

 

 選択肢は三つ。

一つ、このまま二人で押し切る――無理だ。儀式が先に完了するだろう。疲弊した自分達ではリョウメンスクナと呼ばれる存在に太刀打ちできるか微妙である。

一つ、龍宮を置いて、無茶だが連続影転移で近づく――無駄だ。儀式場の近くにもわんさか鬼が居る。邪魔されるだけでなく、連続転移の無茶によって小太郎は疲弊、龍宮も一人では厳しいだろう。各個撃破され、終わる。

一つ、どちらかが応援を呼びに行く。これが一番理想的だが、そうなると今通って来た道……フェイトと月詠が居るである場所を通らなければならない。それに、この方法では龍宮が危ないだけでなく、儀式は完了してしまう。

何より、今から援軍を呼ぶとなるとすぐ来てくれるのは長瀬楓という忍者くらいだろう。刹那から実力は龍宮真名とほぼ同格、少なくとも隔絶してはいないらしい。焼け石に水だ。

 

(アカン、詰んどる)

 

 それでも諦めないのは依頼の為か、それとも男の意地か。

黒狼状態に変化しつつ鬼をなぎ倒しながら、少しでも前へ進んでいく。

だがやはり間に合わない。

 

「クソ、クソ、チクショォオオオオオオ!!!!」

 

 悔しがる小太郎の眼前には、鬼が広がっている……そしてその奥、儀式場からは巨大な光の柱が発生した。

光の柱から現れたのは、二面四つ手の巨大な鬼……ビルにも匹敵するであろうその巨大な姿から発せられる妖気は、正しく鬼神である。

 

――儀式が、成された。

 

 その光景は離れて戦っていたネギ達にも見えていた。

 

「余所見かい?」

「まさかッ」

 

 ガギィンと魔力の刃と岩の刃がせめぎ合う。

不敵に笑うネギだが、その内心は荒れていた。

 

(どうする?どうすればいい?)

 

 リョウメンスクナを甘く見ていた。

間に合わなくとも如何にかできると何処かで考えていた。

だがそれは違った。少なくとも、小太郎と龍宮の二人だけでは不可能だろう。

特に龍宮は今回修学旅行という事もあり、最低限の武装しか持って来ていないという。

斃し切れるはずがない。

 

(何かあるはずだ、何か手が……――)

 

 手段を模索する。思考を緩めずフル回転させる。

選択肢がネギの脳裏に山ほど浮かぶが、その殆どが不可能だと結論着いてしまう。

何故なら、今のネギには目の前の敵すらどうにもできないのだから。

 

――下手くそ。

 

 フッと辺りが暗くなった。

フェイトの動きが止まり、声の掛かった背後には……色の反転したネギが居た。

 

――戦う事しか能がない癖に、その戦法がど下手なんだよキミは。

「煩い」

 

 彼は、加速したネギの思考に割って入ってきた。心象……闇の魔法(マギア・エレベア)の核意識とでもいうべきだろうか。

日頃暗示で抑えているネギの本来の姿。否、もっとどす黒い、ネギの本性とでもいうべきだろうか。

 

――何を躊躇している?何をこんなところでもたついている?

「煩い、黙っててよ」

――ハッ、黙れ?バカが。黙るのはキミだろ?(ボク)を生み出し、覚醒させ、力を与えたつもりか?ボクが闇の魔法による副産物だとでも?

 

 違う。

 

――分かってるだろ、ボクこそがネギ・スプリングフィールドだ。英雄に憧れ、貪欲に力を欲し、その矛先を求め、そして戦う。それこそがボクだ。自分の正義(偉大な魔法使い)を貫く為、魔法という暴力を振るう。それがボクらが憧れた、英雄達(殺戮者)だろう?

「ッ」

 

 言い返せはしなかった。あぁそうだ、その通りだ。英雄譚なんて相手からすれば只の虐殺劇に過ぎない。

視点や立場によって物語はひっくり返る。善や悪なんてものはあやふやである。

 

「でも、だからこそ自分を律することが大事なんだ。確かに僕は英雄に憧れてる。焦がれている。力を否定する気はない、けどだからと言って、暴力を許容するつもりは毛頭ない」

――で?お綺麗な理想論は好きなだけ語ればいい。問題は、それを為す力があるかどうかだろう?

「……」

――今必要なのは力だ。相手を叩きのめす暴力だ。違うか?

「違う、必要なのは場を収める力、理不尽に抗い、理想を叶えるための尽力だ」

 

 同じことだ、と(自分)は嗤う。

分かっている、とネギは自嘲する。

それでも、それだけはハッキリさせないといけなかった。

 

「君は僕で、僕は君だ。でも、僕がやりたいことは君には叶えられない」

――そうだね、ボクは力だ。恨み、辛み、妬み。それらを晴らすためにキミが産んだ君自身。

「でも、君が居なければ僕はボクでなくなってしまう」

――だからこそ。

「あぁ、つまり」

 

 

 (キミ)には(ボク)が必要だ。

 

 

 モノクロの世界が終わり、世界が元の時間を動き出す。

そして、目覚めたネギ(・・・・・・)と拮抗していたフェイトの岩の斧剣に罅が入った。

 

「なに?」

「おぉおおおおおおおおおお!!!!!」

「グゥッ!?」

 

 斧剣が砕けると同時に、魔力の刃が破裂、フェイトは傷を負いながら少し吹き飛んだ。

 

「悪いけど、直ぐに終わらせる」

 

 ネギの姿は数瞬前と違っていた。疾風は黒く染まり、炎熱はその身を焦がすほどの高熱を発し蒼炎へと変貌している。

 

――闇の魔法(マギア・エレベア)同調200%(オーヴァー・ドライヴ)

 

 更にネギは懐からあるものを取り出した。

それは、魔石を溶かし液状にしたもの。本来魔法具を造る際に回路として扱う特殊な液体。

それを……飲み干した。

瞬間、只でさえネギの膨大な魔力が魔液によってその圧を増す。ビキビキとネギの身体を駆け巡り、侵し、力を与える。

 

「なるほど、その魔法では考えられなかった急な魔力の濃さはそれか」

「質で上回るには、こうするしかなかッタからね」

 

 会話しながらも気を逸らせば獣になってしまいそうなほどの狂気が、ネギを襲う。

だが怖がることは無い。この狂気は自分自身。これがあるからこそ、自分は戦っていられるのだ。

腕が壊れようが、脚が折れようが、心が挫けようが、ネギ・スプリングフィールドは止まらない。止まれない(・・・・・)

 

――さぁ、理性の為に本能のまま暴れよう。

 

「ガァ!!」

「!?」

 

 腕脚が鋭利になったネギの手刀がフェイトを襲う。

結界に阻まれるが、更に捻り(・・)を加え追撃を与え打壊し、フェイトに叩き付ける。

フェイトは素手で受け止めるが、蒼炎によって焼き焦げ疾風によってネギの勢いは増すばかり。

 

 そうして、ネギに圧しこまれる形でフェイトは鬼の大群の向こう、リョウメンスクナへと叩き付けられていった。

 

「な、なんや!?」

「痛た……やぁ天ヶ崎千草。悪いけど、邪魔はしないでくれるかい」

「は?アンタ、え?」

 

 突如吹き飛んできたフェイトに目を白黒させる天ヶ崎。

その視線は、傷つけられたフェイトの裂傷から滴る白い血に向けられていた。

 

「アンタ、一体」

「後にしてくれ、今良いトコロ(・・・・・)なんだ」

「ハ?――キャァアアア!?」

 

 何を言っているのか理解できない天ヶ崎を、更に理解しがたい暴挙が襲った。

フェイトに目掛けて黒い疾風が飛び込み、蒼炎を爆裂させた。その威力はすさまじく、リョウメンスクナに護ってもらう形になっていた天ヶ崎にも影響を与えるほどだ。

 

「グゥウッ」

「はっ!!」

「ウガ?!」

 

 とんでもない威力を受け流したフェイトは、そのままネギを蹴り飛ばした。

飛んでいくネギを追いかけていくフェイト。彼らは、少し離れた森林で争い始めた。

 

「な、何なんや一体……」

 

 白い血を流すフェイト。化物のような風貌のネギ。

リョウメンスクナを封印から解き放ち召喚した天ヶ崎だったが、その鬼神が可愛く思えてしまう程の衝撃を受けていた。

 だがそれだけでは収まらない。

今度は億鬼夜行の大群を大きく二分にするほどの斬撃が放たれたのだ。

 

「あぁもう次から次へとッ!?」

「お嬢様ァ!!!」

 

 妖怪の大群を無視するように現れた刹那。

その黒刀からの妖気に浸食されながらも放たれた()の一撃は、確かにリョウメンスクナに届いていた。

 

「何やあの刀!?」

「ネギ先生、刹那……」

 

 驚愕する小太郎と、心配そうに見つめる龍宮。

今、ネギと刹那は限界を超えた無理をしている。二人とも長くは持たないだろう。

 人外と人間、鬼神と剣鬼。最後の死闘が始まった。

 

 

 二人の臨界まで、あと数分――!




『影ネギ』
 ネギの本心であり、裏の顔。誰もが持っている二面性、その一面である。
暗示や先生プログラムによって自分を偽っていたということ、それに加え闇の魔法会得により、心の奥底でくすぶっていた病み(闇)の自分に人格が形成されてしまった。
彼はネギであるが、その本質は獣に近い戦闘本能の塊。争いを良しとし、殺戮と英雄を同一視している。
ネギの焦がれる英雄像に近く、それでいて一番遠い。そのため、ネギは肯定しつつも受け入れ、堕ちるつもりはない。
『疾風怒濤・闇』
 闇の疾風によって火力が上がり、蒼炎となった。
本来の疾風怒濤以上の攻撃力を持っているが、その身を焼き焦がすほどの炎は今のネギには文字通り過ぎた代物である。
『魔晶液』
 魔石を液状にしたもの。本来は魔法具を造る際、魔力の通りを良くし、効率よく魔力を回すためのモノである。
ネギはこれを闇の魔法の応用で自分に組み込むことで、魔力の回転率を無理やり底上げした。その代償は如何程か……。


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正体

 スペックで追いすがるネギだが、その他もやはりフェイトの方が上手(うわて)である。

戦闘慣れしてるというのだろうか。死角に回り込んでの決定打が上手いことズラ(・・)され、威力を殺され、いなされてしまう。

 

(残り時間も少ない……どうにかするんだ)

 

 身体が悲鳴を上げている。呼吸をするだけで激しい痛みがネギを襲っていた。

暗示や薬の副作用で幾らか感覚が鈍り、自覚が少ないために表面に出ていないだけだ。

 魔力は同格、格闘術は相手の方が一枚上手。

魔法は障壁を貫通するための威力を準備しなければいけない。そもそも中るのか……。

 

(いや、中てる。それに、僕がフェイトに勝っている唯一がある)

 

 拳を握りしめ、準備を始めた。

同時にフェイトの背後に見える巨躯の大鬼(リョウメンスクナ)を見据える。

アレもどうにかしなければいけない。

 

(やり直しは出来ない。問題は、タイミングと……)

 

 フェイトだけを釘付けにするだけならともかく、大鬼まで攻略するにはネギの力だけでは難しい。

不可能ではないが、やはり勝算が低すぎる。

 

(頼みます、刹那さん)

 

 どうにか木乃香を救出し、その際に起きるであろうコンマ数秒の隙をネギは刹那に任せ、フェイトとの戦いに集中する。

 

 

*

 

 頭の中で声がする……心の底から愉しそうにくすくすと嗤っている。

 

――大きかねぇ。こうして戯れるのも一苦労やわぁ。

 

「くっ」

 

 最初の斬撃は確かに鬼神に傷を負わせた。

だが、致命傷には足りない。未だピンピンしているリョウメンスクナは六もある巨椀を振り回し、虫でも払うように刹那に猛威をふるっていた。

時折狙いすましたように一直線にとんでくる拳や掌は刀の妖気を引き出し、斬撃を当てることで一瞬、()を作って避けるということを繰り返していた。

 

――あぁ、ほら危ないぇ?もっと使わんと。

 

 妖気の探査だけではなく、刹那の感覚と同調しており、呑気に観戦している声。

もっと力をと刹那を誑かすが、その一線を中々刹那は越えられないでいた。

 この妖刀からの浸食を抑えて居られるのは、日頃から自分の力を抑えていて慣れているから。

……だけではない。元々持つ刹那の素養。彼女の妖気の容量(キャパ)が関係していた。

日頃使っていない刹那の妖気が妖刀の氣に圧され、顕現しようとしていた。

 

(これ以上は、私が――)

 

 自分の妖気と妖刀の妖気。暴れるその両方、どちらかしか抑えきれないと確信した刹那。

この角も、斬撃の禍々しさも、剛腕も……今なら、妖刀のせいにしていられる。

だが刹那自身の力は別だ。鬼なんて関係ないあの力。みられてしまえば……――。

 

「―ッ!!」

 

 一瞬の躊躇を狙って鬼神の腕が振るわれた。

横なぎに襲ってくる腕に刀を振るい、自分自身を上空へ弾き上げる。

 

「……ぁ」

 

 鬼神の剛腕の力もあいまって一瞬だが鬼神の顔まで吹き飛ぶ刹那。

その視線は……手足を縛られ、呪文を邪魔されない様に札で口を封じられた木乃香の姿を捉えた。

 

(何を、やっているんだ私はッッ!!!)

 

 身体は重力に従い、木乃香が遠くなっていく。

 

(違う、違う違う違う!!私はお嬢様を助けるために此処に来た。救うために駆けだしたんだ!)

 

 なのに戸惑ってどうする、怖がって(・・・・)どうする!!

 

「童子斬安綱、解放――酒呑童子(しゅてんどうじ)!!」

――あいあい、ご指名ありがとさん♪

 

 妖刀に秘められた氣が噴出する。

刹那の腕を多い、その身を赫紫色の紋様が奔る。

全身を妖気が包みこみ、内側も満ち……溢れた。

 

「ッ」

 

 バサッと……刹那の背中から白い翼が現れた。

更に変化はそれだけに収まらない。黒髪に染めていたが、妖気によって塗料が剥がれ真っ白に……カラーコンタクトも消滅。銀色にも思える煌びやかな白い瞳が露わになる。

 

「……」

 

 烏族(うぞく)と人のハーフ、有翼人。……本来なら黒い翼なのだが、彼女はどういうわけか白い翼を持って生まれた。

彼女は烏族にとって異色であり、異端であった。人の血を引き、反対の色を持った彼女は追放され……近衛詠春に拾われることになった。

 

――■■■!!

 

 幼い頃に受けた迫害(トラウマ)が脳裏をよぎる。罵詈雑言を烏族全員に言われ、両親は心を病んだ。最後は親からすら見放されて……でも、それでも刹那は自分を不幸だとは思わない。

 

(……お嬢様)

 

 詠春に拾われてからも不安で一杯だった。

烏族に嫌悪された上に、人間にも嫌われてしまえば――そんな、考えたくもないことをずっと思い続けていた。

髪を染め、瞳を偽って、嫌われない様に慎重に臆病に。

 そんな彼女に笑いかけてくれたのが、一緒に遊んだのが……一緒に過ごし、楽しい、嬉しいを共有してくれたのが木乃香だった。

詠春も傷付いた自分の手を引いてくれた、厳しかった剣の師匠だって丁寧に教えてくれた。

 

――私は、十分幸せ者だ。

 

 そんな自分にしてくれた人が危機に陥っている。

自分を見られるのは恐怖が伴う。それでも、行かなければいけない。

ここで恐れに負けてしまったら、ここで救えなかったら、きっと自分は一生後悔する。

 

「今、そっちに行くからね……このちゃん」

 

 決意を小さく呟くと、妖力と氣力を爆発させた。

生半可な一撃は効かない。全てを、一刀に掛けて――放つ。

 

 

――神鳴流・極大黒光剣(きょくだいこっこうけん)

 

 

 真っ黑な稲光(いなびかり)が、巨大な鬼を斜めに断ち切った。

 

「な、ぁ……!?」

 

 天ヶ崎千草には何も見えなかった。一瞬で空から降ってきた黒い光に鬼を両断され呆然とする。

捕えていた筈の近衛木乃香は、斬られる寸前に白い翼を生やした刹那に攫われ、抱きかかえられていた。

 

「うそや…――」

 

 呆然とした彼女は、直後青い光に飲み込まれた。

 

 

*

 

 

 鬼神が断たれた瞬間を、彼らも見ていた。

そしてそれは勝負を決するきっかけとなる。

 

「これは……」

「ッ!」

 

 一瞬、ほんの一瞬フェイトの意識が刹那達へ逸れた。

彼にとってもあの結果は想定外だった。鬼神に翻弄され、吹き飛ばされるのがオチだと、そう想定していたのだ。

そうして出来た隙に、ネギが全力を持ってして彼を押し込む。

 

「ォオオオオオオオオ!!!」

「!?」

 

 とっさに石の剣がばら撒かれるが、致命傷以外を無視して彼に密着、真っ二つに斬られた鬼神へとその身体を押し付けた。

まずは無詠唱で捕縛魔法、懐に持ちこんでいた銃で障壁破壊弾を撃ちこみ、邪魔な防壁を減らす。更に携帯から空間を圧縮するタイプの超小規模結界魔法を起動、ついでに闇の魔法の浸食を自ら悪化させ、生やした尾(・・・・・)でフェイトを拘束した。

 

(これで―)

 

 ネギがフェイトに唯一勝っていること。それは、手札の多さ(・・・・・)だった。

その全てを切り全力で彼を拘束する。これでも数秒と持たないだろうが、数秒あればいい。

さらに内包している魔法を解放する。

 

解放(エーミッタム)・雷の暴風、奈落の業火――術式統合(ウニソネント)

 

 これが現在のネギ・スプリングフィールドの正真正銘の全力全開。

奥の更に奥の手、切り札ならぬ鬼札。

 

――蒼炎の暴嵐(アイオーン・テンペスト)!!

 

 超高温の嵐がフェイト、鬼神、そして天ヶ崎千草を巻き込み焼き尽くそうとその猛威を振るった。

鬼神は消滅、天ヶ崎千草は鬼神に護られたのか傷はそこそこの様だが、衝撃で気を失い湖へと落ちていった。

そしてフェイトは……。

 

「なる、ほど」

「………ハハ」

 

 思わず笑みがこぼれる。

あり得ない、ゼロ距離で、邪魔な障壁は出来るだけ数を減らした。

何故、どうやって……いや、それ以前に。

 

「キミ、一体何者なんだ」

 

 その身は確かに火傷を負い、嵐によって刻まれた深い切り傷から白い血をダラダラとこぼし続けるその有様は重症に見える。

だが、それでも彼は微笑を崩さず、その場に佇んでいた。

 

「無力と言ったのは、訂正しよう」

「っ」

 

 逃がさないように、傷を負っているとは思えない力で腕を掴まれた。

既に魔力の殆どを使い、身体の外も内もボロボロのネギには逃れる術はない。

 

「だが、無知に変わりはないね。仕方がないのかもしれないけど、やはりキミはまだまだだ」

「何を言って」

「任務は失敗だけど、この勝負は僕の勝ちだ」

 

 笑みを浮かべた彼が呟いた次の瞬間、ボッと音を数瞬置き去りにした拳がネギへと叩き込まれる。

勢いよく吹き飛んでいき、魔法の衝撃で焼けていた木々を粉々にしながらネギは地へ沈んだ。

 

「さよなら、ネギ・スプリングフィールド」

 

 水の転移で消えた彼の眼には、そしてその拳には、確かにネギが致命傷を負ったのを認識していた。

 

 

*

 

 

 ネギが吹き飛んでいった場所に、大急ぎで刹那達が集まった。

刹那の姿を見て龍宮が驚いたりもしたが、それより今はネギだと考え駆けつける。

 

「「「ネギ、先生!?」」」

「おい、無事、か…?!」

「兄貴!」

 

 駆けつけた全員が驚きの表情を浮かべる。

唯一カモだけが龍宮の肩から降りて安否の確認を行い始める。

 彼女達が驚くのも仕方がない。

なぜなら吹き飛んだ先に居たのは、身体を血に染め口から血を溢し続ける……赤毛の少年(・・・・・)だったのだから。



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決意

 その日は近衛木乃香にとって怒涛の一晩となった。

誘拐され、手足口を拘束されて行われた儀式。途中で意識が朦朧としていたけれど、彼女はそれでも必死に状況を把握しようとしていた。

魔力という自分にとって未知のそれを使うのは、言われた通り気持ち良いだけだったのが幸いした。もしこれが耐え難い苦痛だったのならば、木乃香は問答無用で気絶していただろう。

 

 そうして認識できたのは、酷い光景だった。

自分の力で召喚されたのは、物語(フィクション)でしか見たことのない数多の妖怪に大きな鬼。

軍勢に翻弄されるクラスメイトと知らない少年。遠くで光がチカチカしているのは、きっと誰かが闘っているのだと伝わってくる力の余波で本能的に理解した。

 ネギ先生は白髪の少年とボロボロになりながら戦っていた。

何時も生徒達の面倒を見てくれるあの優しい先生が、鋭い目つきで見たこともない姿で、血を流して……。

同じように刹那も戦っていた。こちらへ駆けて来た時に凄い攻撃で軍勢を真っ二つにした彼女は、素人目に見て危ない刀を行使していた。

必死に……凄く必死に囚われの木乃香を助けようと、巨大な鬼に吹き飛ばされながらも。

 

(これが全部……うちのせい、で)

 

 初めて自分の弱さを呪った瞬間だった。

何も知らず、何も出来ず守られて……救われようとしていた。

なんて無力で、なんて無知なんだろう。今までずっとこんな風に自分の為に誰かを……刹那達を戦わせていたのか。

自責の念に押し潰されそうになって、目の前の景色が色あせていくような錯覚に陥る。

自分が居なければこんなことにはならなかったのに、とそこまで考えたところで、上空に吹き飛んだ刹那と目線が合った。

 

(せっちゃん……)

 

 傷だらけのボロボロになった彼女は、必死に鬼神へと斬りかかっていく。

そうさせているのが申し訳なくて、自分が情けなくて、遂に涙が零れそうになった。

その時、ふと思い出した言葉があった。

 

 

 ――私たちの選んだ道と、お嬢様達が進む道は、全く関係ありません。

 

 

 木乃香が初めて刹那に突き放されたと思った、冷たい言葉。

確かに今まではそうだったのだろう。何も知らない木乃香は無防備で能天気で……きっと護るのに苦労を掛けてきたんだと思う。

でも、今は違う。木乃香は知った、今見ている。自分の無力さを痛感し、こんなにも皆に傷付いて欲しくないと思っている。

 

(今も、うちは)

 

 刹那の姿が一変した。翼が生えて真っ黒な髪が真っ白になった。身体には木乃香に分からない呪詛が浮かび上がっている。

あぁ、きっと無茶をさせている。無理をしている。こんなのは嫌だ、嫌だ……じゃぁ、どうしたらいい?

 

 答えは、刹那が教えてくれた。

 

 白くなった彼女は、空中で小さく呟いた。

不思議なことに……いや、きっと長い付き合いだからこそ、木乃香には意味が伝わった。

 

(うちも、せっちゃんのところに――)

 

 木乃香が自分を決めた瞬間、彼女を縛っていた全てが黒い剣激によって斬り払われた。

木乃香を救出し、上空へ改めて飛翔する刹那の腕の中で、ギュッと刹那の服を握りしめた。

 

「……ありがと、せっちゃん。白いせっちゃんも、えぇなぁ」

「あ、ありがとうございます……御無事で何よりです」

「……せっちゃん、うち決めたよ」

「はい?」

 

 白い長髪もよく似合う彼女が首を傾げた。あぁもう可愛いなぁと惚気ながら、一大決心を刹那へ告げる。

 

「うち、魔法使いになる」

「! それは」

「だいじょーぶ、わかっとるよ?」

 

 きっと辛いことが沢山ある。悲しいことに出くわすだろう。

今日以上に大変なことがあるかもしれない。でも、それでもただ護られるのは木乃香の性に合わないのだ。

だから、決めた。だから、願い事が出来た。

 

「だから、これからも一緒にいてな?」

「……はい」

「えへへ、ありがとぉ」

 

 木乃香の強い眼差しに意思で負けた刹那は、ぎゅっと抱きしめられながら地上へ戻ろうとして――。

 

 

――轟音が、轟いた。

 

 

「な、なんなん!?」

「ぁ」

 

 刹那だけがその光景が見えていたのだろう。彼女の表情が、一瞬にして陰った。

何か悪いことがあったに違いない。

 

「お嬢様、すいません!」

「ふぇ? ひゃわぁ~~!!??」

 

 木乃香を抱きしめた刹那は、彼女の負担にならないギリギリの速度で飛翔した。

目指すは、吹き飛んでいったネギの場所。

 

 

 木乃香にとって忘れられない長い一晩の、最後の時間が迫っていた。

 

 

*

 

 

 刹那に木乃香、龍宮に小太郎、そしてカモが駆け付けた場所に居たのは、彼らが慕う赤毛の好青年……ではなかった。

血塗れの上に口から血が流れ落ちているのは、赤毛の少年(・・)。見かけ年齢は自分達より三つか四つ下と言ったところだろうか。

 

「兄貴、しっかり!」

 

 カモが兄貴と呼び親しんでいるのは、ネギ・スプリングフィールドのはず。

それ以前にそれ以外に彼の知り合いはこの麻帆良にはいない。

 

「……ネギ先生、なん?」

「これは、どういう?」

「疑問は後だ。刹那、包帯かなにかあるか?」

「あ、あぁ」

 

 龍宮の言葉に我に返った刹那が治療しようと駆け寄る、だが。

 

「……酷いな」

 

 切り傷、裂傷、傷痕はパッと見ただけで全身にあるように見えた。

邪魔にならない程度に持ってきた簡易の治療具だけでは、足りない。

 

「せめて意識が戻ってくれれば」

「兄貴!あにきぃ!!」

 

 カモが必死に呼びかけ、遂には尻尾でペチペチと頬を叩きだしたその時、ピクリとネギが動いた。

ゆっくりと手を動かし、顔へ持って行くと……。

 

「兄貴、おき―」

「うっさい」

「ぷぎゃ!?」

 

 不機嫌そうにカモを握りしめた。

先生モードの暗示が幻覚と共に消失したせいだろう、何時もなら使わない言葉遣いが出ている。

 

「んなに、叫ぶないで……響く」

「あ、あぃさー」

 

 カモが手から抜け出し、心配そうにネギの傍に降りた。

ネギは少し体に意識を集中させ、今の自分の状況を確認する。

最後の最後、あの一瞬幻術を解くことでフェイトのリーチをズラし、捕まれていた腕をすっぽ抜かせることに成功していた。

幾らか衝撃は緩和された……はずだった、が。

 

(……あぁ、これは、まずい)

 

 そもそもの傷が多すぎる上に、魔晶液の副作用で身体の内側がボロボロ。

まともに殴られていたら即死だったが、それ以前に殴られた時点で致命傷だった。

 

「ネギ先生、なんですよね」

「……えぇ、救出、できたんですね」

「はい。傷の様子を見るに、かなり拙そうですが」

「そうですね……」

「そうですねって、何を呑気に」

「言われても、僕は治癒魔法が、苦手、です、し。今は、魔力が―ッ」

 

 そこまで言って、ゲボッと血反吐を吐き散らした。

あぁこれは本当に死ぬかもしれない、なんて頭の片隅で冷静になっている自分が居ることに苦笑を浮かべる。

 

「何を笑っているんですか!?苦手でも、何か手を探さないと――」

「落ち着け刹那」

「そやでー、こればっかりは頭に血ぃ昇らしてもえぇ考えは浮かばんで?」

「ッ」

 

 龍宮と小太郎の言葉に従い、深呼吸をする。

まず、龍宮や小太郎、刹那に治癒の術は使えない。龍宮は銃士で、刹那は剣士。治癒術は軽いものなら出来るが、精々切り傷をある程度塞げる程度。応急処置レベル。

そして小太郎は狗族だからこそ、自前の回復能力で大体の傷が治ってしまう為治癒術なんて会得すらしていないのだという。

 

「龍宮、手伝ってくれ。少しでも傷を塞ごう」

「あぁ、わかっている」

 

 冷静になった刹那と龍宮がネギの身体に術を掛けはじめる。

龍宮は術が苦手なのもあり、自前のちょっとお高い治癒の札を取り出したが、焼け石に水だろう。

 

「せっちゃん、ウチにも何かできへん?」

「……では、ネギ先生の手を握ってあげてください。魔力や氣は意思の力です。お嬢様の意思があれば、きっと治癒の効果を高めてくれると思います」

「わかった!」

 

 一般人で魔力の覚醒も先ほど他者の力で無理やりされたばかりの木乃香に出来ることなんて、と思考が過ったが、このまま瀕死のネギをただ見せるだけというのもまずいと判断した刹那。

言った言葉は本当だが、効果はそこまで期待していなかった。

だが、これは思っていなかった光景を生み出すことになる。

 

「―!?」

 

 パァッと木乃香の魔力が光ったかと思うと、掴んだネギの右手の裂傷がみるみる塞がっていく。

流石に全快といかないまでも、ある程度……右上半身の致命傷がどうにか重傷レベルにまで落ち着いた。

 

「こいつは……」

「はは、凄いな姉さん」

「?」

 

 本人は全く自覚していないだろうが、ただ意思を込めただけで他人を治療できるなどあり得ない才能なのだ。

だが、勿論このままでも間に合わない。現在治療できる者は全員石化されており、その石化を癒す者も手配したばかりで到着までに時間がかかる。

待っている猶予はない。

 

「こうなったら、仮契約(パクティオー)の出番だぜ!」

「ぱくてぃおー?それしたら、ネギ先生治るん?」

「おうよ!仮契約(パクティオー)には潜在能力を一瞬だが解放する。その特性を利用して―ぷぎゃ!?」

「カモくーん、なに、いってるのかなぁ?」

 

 未だ血が滴る左手でカモを再度掴むネギ。

少し殺気が混じっている様に感じるほどの怒気が小柄な少年から醸し出されている。

治癒され少しはマシになったネギだが、その身が危ういことに変わりはない。

だが、今のネギでもカモを氷漬けにすることくらいは容易だろう。

 

「えっと、ネギ先生?なにしとんの?」

「……いいですか、木乃香さん。僕と仮契約するのは、色々と、問題があるんです」

「も、問題?」

「一生徒である、木乃香さんをこれ以上、危ないことには、巻き込めません」

「それなら、大丈夫」

 

 ぎゅっと優しくネギの右手を包み込んだ。

何処までも慈愛を感じさせるその手つきに違和感を感じる。こんなにも躊躇なく魔法に関わろうとしていることに、ネギの脳内で警鐘が鳴り響いていた。

 

「うちな、魔法使い目指すことに決めたから」

「なにを―ッ」

 

 声を荒げようとして、激痛に言葉が押し込められる。

 

「今日で凄く痛感した。うちは、本当に何も知らんで護られてた」

「それは、皆が望んだことです」

「うん。でも、うちは知ったんよ。知ったからには、うちは自分の意思で決めたいんよ」

「……きっと、辛いですよ」

 

 彼女は近衛家という大きな派閥のお嬢様だ。

ネギとはまた違う意味で面倒事が多いだろう。

でも、それでも彼女の意思は変わらない。強くも優しい眼差しでネギを見つめる。

 

「護られてばっかりは嫌や。うちだって護りたい。だから、助けさせて?」

「このか、さん」

 

 ネギはもう何も言えなかった。

自分で強い意思を持って選んだ道を曲げさせることなどできはしない。それは、自分が一番痛感していることだから。

 

「えっと、それでぱくてぃおーってどうするん?」

「……ぇっと、ですね」

「……」

 

 ネギが言い難そうにし、刹那がそっぽを向いた。

そんな二人に疑問符を浮かべる木乃香に、嬉々としてカモがネギの手から脱出して告げた。

 

「キスっすよ!オイラが描く魔法陣の中で、いっちょ熱いキスをしてくだせぇ!」

「……へ!?」

 

 ボッと木乃香の顔が真っ赤になった。

あぁ何時もクラスの皆を優しく見守るお姉さんの様な立ち位置の木乃香が、珍しくも羞恥心を露わにしている。

外見は年下になっているとはいえ、目の前の少年は確かにネギ先生なのだ。

刹那に関する悩みを聞いてくれて、この修学旅行で沢山助けてくれたあのネギ先生なのだ。意識してしまうのも当たり前と言える。

 

「……えっと、嫌ならいいん、ですよ?少し時間はかかりますけど、他に方法が、ありますから」

「~~っええよ!だいじょーぶ、時間は無いんやろ?」

 

 この場合の時間とは、ネギの容態だった。

確かに、今から木乃香の魔力、もしくは血液を採取して馴染ませるのを考えると……チョークでも魔石でもギリギリになるかもしれない。

 

「後悔、しないでくださいね……」

「せんよ。きっと、ここで何もしない方がうちは後悔する」

「そう、ですか」

 

 カモが描いた魔法陣の中、ゆっくりと木乃香はネギの唇へ自分のそれを合わせた。

 

仮契約(パクティオー)~!」

 

 暖かな光に包まれ、カモの声が聞こえる中、木乃香とネギの仮契約が成立した。

現れたカードは……真っ黒な巫女服に包まれ、祭具を手にした木乃香が描かれていた。

 

「……えっと、ありがとう、ございます」

「……い、いえいぇ~」

「「あ、あははは……」」

 

 顔を赤くした木乃香と、少し居心地悪そうなネギは、ぎこちなく笑いあった。

無事傷が癒えたネギを見てホッとした一同は、ひとまず本山へと戻ることにした。

 

(傷は癒えたけど、魔力はまだ回復しない、か。……羨ましいな)

 

 自分には全く適性の無い治癒の才能を持つ木乃香が少し……否、大分羨ましいと感じていた。

自分にあの才能があれば、きっと魔法学校を卒業するまでに村人たちの永久石化を解けたかもしれないのに、と。

考えても仕方ないと気持ちを隅においやって、別のことを考える。

 魔力に関してだが、魔晶液の効果によって魔力の管が太くなった、と例えればいいのだろうか。タンクと蛇口が太くなったと言えば分かり易いかもしれない。

ネギは魔力の放出量が上がっているのを感じ、同時に闇の魔法の効果も相まって容量がだいぶ増えたことを自覚した。

後の問題は、魔力の回復量。……自然回復ではなく、ネギが自分で魔力を練って自活する方の回復の不足だった。

 

(契約者が出来てしまったし、護るためにも修行しないと……あぁでも)

 

 その前に、今から暫くは子供状態なネギはこの姿に関しても本山に戻り次第説明をしないといけないことを思い出した。

 

(………?)

 

 ふと、のどかにも説明をすることを考えると、何故か罪悪感にも近い気持ちが浮かぶ。

どうしてだろうと考え、当たり前のことに気付いた。

 

(あぁそうだ……偽っていた姿に告白させちゃったんだよね)

 

 成長した自分に惹かれたのどかには、本当に悪いことをしたなと思うネギ。

説明して、ちゃんと謝らなければと切り替える。

ここでネギが思い違いをしているのは、のどかは外見にだけ惹かれたわけではないという事なのだが、彼が気づくことは一切無かった。



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魔法少年と少女たち

 総本山へと帰ったネギたちは、応援部隊からの治療を受けた。

特に無理をしたネギと刹那は一晩掛けて治療を行われることとなった。

このかの異常な回復能力のおかげもあり、ネギの外傷はほぼ治っていたが刹那はそうはいかない。

酒呑童子と同調したため妖気が少なくとも今までの倍に膨れ上がっており、その影響もあって髪と瞳の色が白から変えられなくなっていた。これからの学校生活を考えると……いや、あのクラスなら簡単に受け入れられるから問題ないだろう。

 

「以上が今回起きた全てです」

「ありがとう、ネギ君」

「いえ」

 

 ネギは今回起きた自分の知りえることを纏め、資料を渡し説明もした。

礼を言われるがネギとしては当たり前のことをしただけであり、それ以上に今回は自分自身が知らないことが多すぎたため、寧ろ申し訳なくすら思っていた。

 

「にしても……」

「違和感、ありますよね」

 

 重度の魔素に侵されたネギは、一週間の魔法禁止を言い渡されていた。

本来なら絶対安静を言い渡されてもおかしくはなかったのだが、これも応援部隊の腕がよかったからだろう。

しかし、一週間はネギは魔法が使えない。つまり、今のネギは年相応の子供の姿なのだ。

 

「いやいや、そんなことはない。寧ろ違和感なくてびっくりしているくらいだ」

「そうですか?」

 

 子供がスーツを着て資料を作って渡して来たら、誰でも戸惑うものだと思うが。

 

「私の仲間たちはもっと濃い奴らがいたからなぁ。相当なことじゃない限り、驚くことはないよ」

「はぁ……なんかすいません」

 

 どう考えても破天荒だったという父もその一因だろう。そう思い当たったネギは思わず謝り、詠春はその姿に苦笑いを浮かべた。

その父親の子供がこんな真面目なのだという事実にこそ、彼は驚いているのかもしれない。

 

「では、僕はこれで」

「あぁ、お疲れ様……そうだネギ君、近くにナギの別荘があるんだ。その姿じゃ旅館には戻れないだろうから、寄って行ってみたらどうかな?」

「そう、ですね……そうさせてもらいます」

 

 今回ネギは体調不良で麻帆良に帰宅したことになっている。

先生方には申し訳ないと思いながらも、父の別荘に気兼ねなく行けることに喜びも感じていた。

 

「改めて、失礼しました」

 

 別荘の場所を聞き、鍵を受け取り部屋から出る。

向かう先は刹那がいる部屋だ。その部屋からは刹那を含め、数人の声が聞こえた。

 

「すいません、ネギです」

「あ、どうぞ入ってください」

「失礼します」

 

 入ると真っ白な髪と瞳になった刹那が制服を着てホワイトボードの傍らに立っていた。

どうやら、このかや明日菜、そしてのどかに魔法に関して教えているようで……。

 

「って、何してるんですか!?」

「? 魔法について知りたいということでしたので」

「あの……このかさんはともかく、二人は一般人ですよ?」

「明日菜さんは記憶処理が効かないようですし、ある程度は知っておいた方がいいかと……それと、のどかさんの意思は固いです」

「意思って……」

「……ぁぅ」

 

 ネギと目が合い、真っ赤になって俯くのどか。

 彼女はネギたちが総本山に戻った際、いの一番に駆け寄ってきた。

その時、ネギの姿を見て彼が実は子供だったと知って……それでも、無事でよかったと泣いて喜んでくれた優しい人間だ。

裏切りに怒らず、説明され理解し飲み込み、何も言わずネギをこうして気にかけてくれる。

 俯いたのどかを見て、ネギは一つだけ確信があったことを聞いた。

 

「……僕が、魔法使いだからですか?」

「! それは、その……それだけじゃ、ないです」

 

 ビクッとのどかの肩がはねる。図星であるが、しかしそれだけではないと否定の言葉を上げた。

 

「ネギ先生のことは、その……凄く、驚きました。魔法使いで、ホントは私より年下だったり……」

「えぇそうです。僕は貴女を……いえ、貴女()を裏切ってきました。姿だけでなく、先生として他の人の思考すら利用してきました。今は使えませんが、使えるようになればまた偽ります」

「それは、仕方ないこと、なんですよね?」

「………僕は、飛び級したという証明書を持っています。教師になるための試験もパスして、本物の教育者の免許というものもあります」

 

 ネギは子供の姿のまま先生が出来た。免許も何もかも、本当だ。

 

「年齢と外見を偽ったのは自分の意思です。魔法使いという異質を隠すために、その方が効率がいいと判断しました」

 

 子供先生なんてものをやっていたら、良くも悪くも注目が集まる。

何かを隠すのならば、人の視線は少ない方がいい。

 

「仕方のないことではなく、コレは僕の意思です」

「………」

「のどかさん……」

 

 刹那やこのか、明日菜の視線が黙ったのどかへと集まる。

彼女が提示した薄っぺらい免罪符を自分で打ち消し、堂々と自分は裏切者で詐欺師だと言ったネギは罵倒されてもおかしくはない。

そんな言い方無いだろう、と明日菜に至っては軽く怒りが沸いているような状態だ。

 少しの沈黙の後、口を開いたのどかは――緩く、微笑んだ。

 

「ネギ先生は、ネギ先生ですね」

「はい?」

 

 天才と言われてきたネギが、初めて全く理解が出来ない言葉が出てきた。

彼は姿を偽り、先生(・・)として生徒に触れてきた彼は全て暗示を基にした半ば別人のようなものだというのに。

その全てを今だけでなく、部隊が来るまでの間にも説明したのに、だ。

 

「だって私の知ってる、私が知った、ネギ先生です。いつも頑張ってて、一生懸命で……そんな風に、私の我儘(気持ち)に真剣になってくれる。大好きな人、です」

「……………」

「私は魔法に興味があって、同時にそんな大好きな貴方の、隣に、居たい……それが、私の意思です」

 

 のどかの真っ直ぐな気持ちに何も言えなくなるネギ。

このかの信念と同じ『絶対に曲げられない意思』というモノにネギは弱い。

それに加えてネギはのどかの想いの回答を、未だに見つけられないでいた。

 

「うひゃー、本屋ちゃん凄いわね」

「ほんまやねー、なんや暑ぅなってきたわ」

「これは、何と言えばいいか……」

 

 明日菜やこのかはニコニコと見守り、刹那は同じ異能者の立場としてコメントできずにいた。

 

「………はぁ。分かりました、好きにしてください」

「ネギ先生……!」

「それと僕は貴女の、のどかさんの気持ちへの応えが見つかっていません。ごめんなさい」

「いえ、その、私も急なことだったので……はぅ」

 

 告白の時を思い出したのか、顔を真っ赤にするのどか。

今も友人である三人に聞かれているのもあり、顔を俯かせて尚身を縮ませている。

 

「それで待たせるお詫び、というわけではないですが、理由の一因が僕にあるなら魔法に関しては僕に教えさせてもらえませんか?」

「ぇ……え!?!?」

 

 ガバっと顔を上げたのどかに、微笑みを返すネギ。

元気になってくれたなぁなんて思っているネギだが、のどかからすれば思いを寄せている相手と親しくなるチャンスでもある。

 

「い、いいんですか?」

「はい。こう見えて魔法論理には詳しいつもりですから、安心してください」

「はい!」

 

 ネギは元々自分が秘匿できなかったのが原因と考えているため、ネギにとって寧ろ教え、護るのは当たり前のことだった。

純粋に喜ぶのどかを見て決意を強くするネギ。

 いい雰囲気なその空間に、ぴょんっと現れる一つの影。

 

「兄貴ー!今こそ仮契約(パクティオー)の出番だぜぃ!!」

「へ?え、えっと、オコジョ……喋って?」

「はぁ。あのさ、カモくん」

「兄貴、このお嬢ちゃんに修行着けるんでしょう?ならお嬢ちゃんは兄貴の関係者どころか、兄貴の一番弟子じゃないですかい!」

 

 カモに驚くのどかと、相変わらずなカモに頭を抱えるネギ。

いつも通り断ろうとしたネギだが、彼が何か言う前にカモがたたかけた。

 

「このかお嬢ちゃんや刹那姉さんとも交わしたのは状況が状況だったが、今回は嬢ちゃんの意思に兄貴が折れたわけだし、それにカードがあれば色々便利ですぜ!何より、護身にも繋がるじゃねぇですか!」

「えっと、ぱくてぃおーってなんなんですか?」

「えーあー、もぉー」

 

 今のネギは暗示を使用していない。何だか面倒になってきたという意思が表に現れ、分かりやすくカモを握りつぶそうか悩みだした。

カモはのどかの背後に周りうまいこと逃げつつ、彼女に仮契約について教える。

 

「き、キス」

「のどかさん、別に断っても……」

「い、いえ!ぜ、ぜひ、お願いしま、すっ!」

 

 言葉を噛みつつも強い意志を見せるのどか。

ネギには確固たる意思表示をした方がいい、と日頃弱気な彼女はこの日学んだ。

その結果が友人たちの目の前でのキス(仮契約)であろうと、彼女は後悔しないだろう。

 

「そんじゃ、パクティオォー!!」

 

 もうネギに何も言わせないつもりのカモは、全速力で魔法陣を描き、二人を光で包んだ。

仮契約の魔法陣には特殊な副次効果がある。お互いの繋がりを強める行為でもあるからか、この魔法は何だか気持ちが安らぐのだ。

 

「な、なんだか暖かいですね……変な気分です」

「あはは……あ、そういえばこの姿で大丈夫ですか?少しくらいなら変わりますけど」

「大丈夫です。どっちの姿も、私のだ、大好きな先生です……から」

「……ありがとうございます」

 

 カードが出現するまでの間、僅かな時間唇を交わすこの瞬間を、のどかは忘れないだろう。

 キスをする二人を見てニヤニヤする明日菜にこのか……そして、思案顔の刹那。

 

(……10歳であの強さ。英雄の息子ということを除いても、異常だ)

 

 そもそも英雄ナギ・スプリングフィールドは行方不明になって長い。

ネギは父親に何も教わっていないにも関わらず、異常な強さを自力で得たことになる。

それだけではなく何より異常なのが、自分が死にかけるほどの重傷を負ってもブレない精神。

 

(何となく、カモさんが先生に仮契約を勧める理由が分かった……この()は、一人にしちゃいけない)

 

 小さな少年から垣間見えたナニカを刹那は感じ取った。

この日から刹那との修練の時間が少し増えたのは言うまでもない。

 

「……これが、私の」

「仮契約のカードですね……えっと、第三の瞳(サードアイ)ですか」

 

 黒い縁取りがされたカード、そこには大き目のフードが付いた白いワンピース姿ののどかが描かれていた。

カードの彼女の胸元には、六方陣の中心に瞳が描かれた銀色のペンダントが存在している。恐らくこちらがアーティファクトだろう。

 

「効果は今度確認しましょうか。修学旅行が終わって、僕が魔法を使えるようになってから開始しましょう。それまでは理論の方を教えますね」

「はい!」

「……ネギ先生」

「はい、何でしょうか刹那さん」

 

 刹那が挙手をし、一つ頼みごとをした。

 

「出来ればこのかお嬢様にも魔法を教えていただきませんか?」

「え、うち?」

「このかさんは学園長に教わった方がいいと思いますが……」

「おじーちゃんも魔法使えるん?」

「学園長は魔法も使えますが、基本は氣の方が扱いが得意な方ですし、先生に教えてもらったほうがお嬢様も気が楽かと」

 

 確かに、潜在魔力が高いこのかは魔法に長けている人に教わる方がいいだろう。

 ネギは自分が学園にいる魔法使いとして高位にいるとは思っていない。

理由として、他の先生の実力を知らない為である。仮にもあのエヴァンジェリンの監視を任されている学園の魔法先生だ。かなりの実力者が揃っているだろうとは考えているため、このかに教えるのは自分でなくてもよいと思っていた。

 

「僕より実力がある人は大勢いると思いますけど、それでもいいのなら……のどかさんも大丈夫ですか?」

「なんかごめんなぁ」

「い、いえいえ!よろしくお願いします!」

「ええこやなぁ、よしよし」

「え、あ、ぁぅぅ」

 

 いい子イイ子とのどかを可愛がるこのか。

ちなみに刹那はネギを見て、何を言っているんだろうこの人は……という目を向けていた。

 

(我流であそこまで近接戦闘が出来る上に、あの特殊な魔法……貴方より実力がある人は、学園でも少数ですよネギ先生……)

 

 自分がいったい誰に教えを乞いていて、誰を基準にしているのか、ネギは自覚を持った方がいいと感じた刹那だった。

 




 お久しぶりです、長らく間が空きました……展開が浮かばなかったのと、のどかのアーティファクトが思いつかなかったのです。
散々悩んだ結果、サードアイに。元ネタとしては某覚り妖怪です。細かい能力は違うと思います。
他にも考えたのですが……やっぱりこの子には読心、サポート系が似合うなぁと。同時に戦闘も出来るようにしたかったのですが、戦闘だけに振るとこれじゃない感があって結果こうなりました。


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英雄の謎

 ネギは生徒である彼女たちを途中まで送ると、カモを連れて父の別荘までやってきた。

彼女たちは迷子になり、夜くたくたになったところを拾われ一晩世話になった、ということになっている。龍宮真名には迷子を捜しに行って迷子になった、という申し訳ない理由を押し付けてしまったため、今度何かお礼をしなければいけない。

 

「……ここが、父さんの」

 

 草木が生い茂り、建物を見え辛くしているが、それが寧ろ秘密基地のような趣きを出していい雰囲気になっていた。

事実、この別荘は魔法的処置によって外部から人が認識できないようになっているため、あながち秘密基地というのも間違いではない。

 中へ入ると、壁一面が本や書類で満たされている。

魔法で保護されているからか、ほこりなどは被っていない。

 

「こりゃぁすげぇ本の数だな。兄貴、どれから調べるんで?」

「全部だよ。暫くは休みだし、此処に滞在する」

「麻帆良に戻らない気か?」

「戻っても療養ってことでやること変わらないよ。一々長を訪ねてここに来るのも面倒だし」

 

 そう言いながら、眼鏡に魔法薬を塗って速読を開始する。

元々ネギの持っている魔法具の殆どは、魔法が使えない状況(・・・・・・・・・)を仮定されて設計されている。

魔弾は元々魔力を込めてあるし、携帯だけでなく眼鏡にだって小型のバッテリーを積むことで魔力でも電力でも起動が可能になっている。

特に電力で動かせる携帯と眼鏡には大分世話になった。魔法学院の書庫に無断で忍び込み、速読だけでなく記録するのにもこの二つを役立てたものだ。

 

(日記とかは、まぁあるはずないか………………………ん?)

 

 暫く読み進めていると、いきなり別種の本が飛び込んできた。

今までは魔法や魔法世界に関する本、主に歴史書などだったのだが、急に天体の本が出てきたのだ。

魔法世界を救った英雄ナギは、天体……宇宙に興味を持っていた?

 

(………全体を把握してないからまだ何とも言えないけど)

 

 今は情報を溜め込む時間だ。整理するのは後でいい。

スイッチを切り替えると、ネギは黙々と書物を漁っていった。

魔法を使わなければいいのだから、と変な都合を引っ張り上げ「氣」で眠気を誤魔化し、一日3時間ほどの睡眠と片手間の食事に時間を取られる以外、残りの時間を全て読書へとつぎ込んだ。

 

 そして……謎が残った。

 

「………んー、どういうことだろ?」

 

 ここに来れば英雄の、父のことが分かるだろうと思っていた。

父だけではない、村の誰も知らなかった母のことも何か知れるかも、と少し期待していた。

だがここにあったのは魔法に関する知識書、魔法世界の歴史書、それに麻帆良に関する書類と、少しの天体に関する書物。

 

(麻帆良に関する書類が出てきたのにも驚きだけど、気になるのはこっちかな……火星に関する本が比較的多かった。火星に行きたかった……?)

 

 英雄ナギは過去、大戦後に人々を救って回っていたという。

行方を眩ませるその日まで……そんな日々を送っていた彼が、宇宙に興味があったなんて言う話は聞いたことが無かった。

 人というモノは、見知らぬ他人に夢を話すことはまずないだろう。

だが村や親戚に素振りすら見せないというのは、少しおかしくは無いだろうか。

興味があったが、手を出さなかった。もしくは出せなかった、または出す必要が無かった?

 

(理論的には魔力や氣でコーティングすれば、宇宙空間でも活動は可能……普通は無理だろうけど、英雄と呼ばれる程の達人であればロケットさえあれば行けるはず。いや、ロケットなんて無くても転移で……違う、そうじゃなくて)

 

 論点がずれたのを自覚し、頭を振って戻す。

大戦で活躍し、困窮していた人々をその手で救い続けた男は、別の星に関心を抱いていた。

本を買い、読み集める程度には興味があったその理由は……不明。

宇宙旅行に行きたい、なんていう程度のモノではないことは、専門書を見ればわかる。

 

(誰かに笑って話せる類の、気楽なものではなかった……?)

 

 英雄ナギは、子供を作る程に愛する誰かがいた。その子供を窮地から救う程度には、認知していたはずだ。

そもそも、家庭を持った男がその家族を放ってしなければいけない(・・・・・・・・・)こととはなんだ?

 

(………)

 

 失踪理由不明、婚姻相手不明。分からないことだらけだが、一つだけわかったことがある。

大戦に飛び込み、駆け抜けた英雄はヒロインと結ばれハッピーエンド……ではなかった、としたら?

 

(何かある。自分の幸せというモノを手にしておきながら、それを手放さなければいけなかった何かが……)

 

 脳裏に、白髪の少年が浮かんだ。

自分を無知だと言ったあの少年……あの時は何を言われているのか分からなかったが、こうして自分の両親のことすら知らなかったことを自覚した。

英雄の息子と呼ばれるにしては、何も知らなさすぎる(・・・・・・・・・)

 

「―――………ぁーそっか」

「? 兄貴、何か分かったんで?」

「いや、うん。何でもないよ」

「??」

 

 横で雑誌を読んでいたカモを撫でながら、今更ネギは自覚した。

親元から離され親戚へ預けられ、何も知らされず、送られることもなかった。

村襲撃の際には、ナギ自身が救けに来たが、きっと村を襲撃されることが無ければ、普通に(・・・)()()()()()()はずだ。

 

(………僕は、護られてるのか)

 

 英雄が近くにいては守り切れないと判断したナニカから、遠ざけられている。

今の自分では途方もない程に巨大な何かを、その日ネギは偶像した。

何も分かっていないながらも、未だ英雄は戦い続けているのだと、彼は知った。

 

 未だ未だ力不足だと、痛感した。

 

「帰って修行しなきゃなぁ」

 

 明日は麻帆良に戻ることになる。

丁度休みだし、溜まっているであろう雑務をエヴァの所でさっさと片づけて修業をしよう。……いや、今直ぐ帰ってやろう。

 

「ってことでカモくん、帰るよ」

「うぇ?!明日の予定じゃ!?」

「もう読み終わったし、記録もした。長に挨拶したらそのまま帰る」

 

 さ、レッツゴーと少年姿でカモを引っ掴んで去るネギ。

明日までは魔法禁止だが、麻帆良に戻り次第エヴァの別荘で過ごせば一日待たずとも魔法が使えるようになる。

エヴァの住んでいる場所は校舎や寮からは少し離れているから、この姿で向かっても目立つことは無いだろう。

 

 その日のうちに麻帆良に戻ると、エヴァから呆れた視線を受けながら雑務をこなした。

別荘での一日は外界での一時間。よって、既に魔法は使ってもいいということになる。

勿論、普通は精密検査をした方がいいだろうが、ネギはそこに時間を使うつもりはなかった。

 

「そういえば、まだ皆さんは授業中ですよね?サボりですか?」

「貴様に言われる筋合いはないぞ?全く、幻術なしで帰ってきたと思えば行き成り別荘に押し入った上に雑務処理しだすし……というかその書類はどこから出した?」

「カモくんに取って来てもらったんですよ。彼、こういうの得意なので」

 

 過去に下着泥棒として名をはせたオコジョは伊達ではない。

これが下着ならばもっと素早く盗ってきただろう。

 

「まぁ何にせよ随分やる気じゃないか?」

「えぇ、力不足を痛感したので」

「確かにボロボロだったもんなぁ~」

「うっ見てたんですね」

 

 遠見の魔法だろうか、エヴァは修学旅行の戦闘を全て見ていたらしい。

 

「あぁ。随分無茶をしたものだ……が」

「っ!」

 

 ぐいっと腕を引っ張られ、袖を捲られた。

そこには起動状態のまま(・・・・・・・)闇の魔法(マギア・エレベア)が浮かび上がっていた。

 

「なるほど、成果はあったようだな。まだ多少刷り込みが甘いが、無意識状態での発動、その維持か」

「えぇ。魔晶液で限界値が上がった分の自己回復の上昇……やれることはいくつかありましたけど、直ぐに出来ることはこれくらいだったので」

「魔法禁止だったのだろうに」

「既に発動している魔法を解け、とは言われなかったので」

 

 そう、魔法を発動することは禁止されたが、既に発動……というよりも、活性化していた魔法を止めることは禁止されていない。まぁ幻術で隠して見せていないので、いわれるはずもないのだが。

それになにより、これの止め方をネギは知らない。

 

「全く、馴染み過ぎだ。身体の回復速度も異常だな。腕取るついでに罅入れたのに、もう治っているではないか」

「痛いと思ったら、何してくれてるんですかエヴァさん……」

「ハッ、元から痛んでいたくせに何を言うか」

 

 異常な闇の魔法の力でネギの身体は魔力的にも身体的にも充実している。

だが、その負荷はやはり大きい。強いものではないが、それなりの苦しみがネギを襲い続いていた。

 

「でも今はこれしかありません」

「……坊や、何を焦っている?言っておくがな、今のままでも貴様は十分強者の部類に入っているんだぞ?」

「僕の憧れには程遠いでしょう?」

「むっ」

 

 ネギの憧れ、英雄ナギの強さはエヴァも知っている。

確かに、アレと比べるとまだ未熟だろう。

しかしそれは比べる相手を間違えている。あの馬鹿は文字通りの怪物だったのだから。

 

「ハァ。そこまで言うのなら仕方ない……明日は学校が休みだし、坊やもやることがあるんだろう?」

「えぇ、そうですね。魔法を教えることになってます……って誰からそれを?」

「魔法関係者だとわかるやいなや、色々聞かれたり話されたりしただけだ。全く、あのぬらりひょんは孫だからと言って甘やかしおって」

「あー、なるほど……もしかして僕がいない間に魔法に関してご教授を?」

「あぁ、もちろん断ったがな。弟子は一人で十分だ……さて、それじゃぁデート(授業)の頃にはもう少しマシになるように仕上げてやろう。クックック、音を上げるなよ?」

 

 契約の瞬間も見られていたのだろう、やけにニヤついたエヴァに半ばからかわれながら、修業を開始した。

 そしてその日、ネギはぶっ飛ばされた回数を更新した。

不死身の吸血鬼相手にそこそこ回復力が上昇しただけのネギでは、やはり未だ勝ち星は上げられそうになかった。




闇の魔法浸食深度増加・定着率上昇中――……。


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魔法先生と魔法生徒

お久しぶりです。


 エヴァの『別荘』に集まった明日菜、木乃香、のどかの三人はネギから与えられた小さな杖を振っていた。近くには教えるためにネギと、護衛の刹那、それに一緒についてきた犬神小太郎が居る。

 彼女たちにはすでに簡単に魔力についての説明を施していた。

世界に満ちるエネルギーを自分の体内に取り込み、杖に集中させれば火花くらいは出る初心者用の杖を渡し、頑張って振ってもらっている。

火花が自在に出せるようになれば、後は呪文によって意味を持たせることで魔法の出来上がりだ。

 

(火花が出る(・・)とは、簡単に魔法具を作りおって……)

 

 そんな光景を遠目にエヴァは少し呆れながら視ていた。

魔力を一定値以上集中させれば必ず(・・)火花が出る杖など聞いたことが無い。

そう、ネギは今日の日の為に修業の片手間、この世に新たな魔法の道具を作り上げてしまったのだ。

 

「うぅーん、なかなか出ないわね……」

「明日菜さんは特殊な体質ですから、もしかしたら杖の方が不調をきたしているのかもしれないですね」

「えぇーなにそれ」

「でも機能が失われたわけじゃないです。ちょっと魔力の通しが悪いってだけですよ」

「ふーん……?」

 

 自分たちがどれだけ恵まれた環境で練習しているか、彼女たちは分かっていないだろう。

自分たちが教えを乞いているのが、化け物の卵だともきっと自覚していないはずだ。

 

「せっちゃんはやらへんの?」

「私は呪術という形ですが、出来ますから」

「俺も出来るで」

 

 そう言って刹那と小太郎は指先から炎を灯して見せた。

とても簡単な、寧ろライターでも使った方が速い位の術なのだが、それでもファンタジーを身近に感じた木乃香が騒ぐ。

 

「……呪術と魔法は、違うものなんですか?」

「そうですね……呪術はどちらかというと氣に近いものですかね。魔法と同じ括りではあるんです。エネルギーに意味を持たせることで事象を引き起こす魔法なんですが、呪術は思念に重視しています。もっと詳しい違いを話すとですね――」

 

 段々初心者用語が離れていき、魔法使い特有の意味や言語で専門的なことを語りだすネギ。

流石にのどかに行き成りそれはキツいだろう、と思いきやかなり呑み込みがいい。

昔からファンタジーに憧れ、夢想してきた読書系美少女は想定外に強かだった。

 

「――あと、ちなみに派生というか同じ思念でも他者の思念、祈りを重視した神聖魔法というものも」

「おーい、流石に横道に逸れ過ぎじゃないかボーヤ?」

「ぁ……すいません」

「いえいえ、私が聞いたことですから……」

 

 少し頬を染めたのどかの視線はネギに釘付けだった。

教師としてのネギ先生ではなく、魔法使いとしてのネギ先生を知ることが相当嬉しいのだろう。

 傍から見ても惚れこんでるんだなぁーと分かって――思わずエヴァの足が滑ってネギの脛を蹴り上げた。

 

「って、行き成り何するんですかエヴァさん!?」

「全く、親子そろって……そろそろ坊やの修業を始めるぞ、手伝え桜咲刹那」

「へ?私ですか?」

「あぁ折角居るんだ、ずっと初心者に付き合っても暇だろう?」

 

 エヴァは刹那のことをよく評価していた。

色々あったようだが、彼女は妖気を受け入れ、制御する道を選んだ。

代償として髪と瞳が白から変わらなくなったし、服を脱ぐとアーティファクトの効力によって刻まれた呪印がある為、クラスメイトと風呂に入ることも出来なくなったが、彼女は自分が選んだ道だと胸を張っている。

 

「待てや、修業なら俺も混ぜんかい!」

「ふむ……じゃぁ坊や側に着け、こっちに付かれても貴様にやらせることが無い」

 

 と、いうことで始まった魔法使い状態エヴァ&茶々丸&茶々ゼロ&妖気刹那を相手にした修行は………最初は酷い修業(リンチ)だった。

援護と遠距離砲撃手と化したエヴァの大火力を抑えるため、ネギと小太郎が茶々丸と茶々ゼロの相手をしながら突貫、しかし護衛として一定距離から離れずエヴァに近づかせない絶妙な刹那の邪魔が入る。

 刹那は刹那でアーティファクトを使わなければ、闇の魔法(マギア・エレベア)を使うネギを相手に出来ず、仕方なく全力全開。もとより修行のため手加減をするつもりはないが、妖気を扱う際は精神的にも集中するため甘さも緩さも無くなっていた。

 小太郎はパワーなら負けないと頑張っていたが、その力を技でいなされ完敗。エヴァに近づくことすらままならず、後半は茶々丸と茶々ゼロの相手をしていた。ちなみに茶々丸と茶々ゼロの姉妹機のコンビネーションは言わずもがな最高であり、とてもいい修行になったらしい。

 

(やはり、ネギ先生は強い……ですがッ)

 

 エヴァの邪魔をしながら刹那と斬り合うネギは異常な強さを持っているといえる。

しかし、やはりまだ発展途上。急造とはいえ相性のいいエヴァと刹那を打倒することは敵わなかった。

だが少年は修業中にもどんどん成長していっているのが、刹那にも分かった。この調子なら、数年後には急造のコンビネーションは通じなくなるだろう、と彼女は予想していた。

 

「二黒・斬岩剣ッ!」

「ぐっぁああ!!」

 

 妖気で真っ黒になった「夕凪」とアーティファクトである黒刀「童子切安綱」による斬り降ろしによって吹き飛んでいくネギ。

水中に沈んだのを見て、一息つく刹那。

 

「戯け、気を抜くな!」

「え?」

 

 エヴァに一喝されるも何のことか分からず狼狽えてしまう。

ネギは先ほどの斬撃を防いではいたが、手応えからして骨を砕いていた。

一度治療の為に休憩をはさむのならばともかく、何故?

 

「――ぇ」

 

 水中から強い魔力を感じたと思ったら、次の瞬間には刹那の視界が縦に一回転していた。

顎を殴られたのだと自覚するよりも卂く、帯電している(・・・・・・)ネギの踵落としによって地面へ激突した。

 

「ほぉ……坊や、一体何を装填した?」

「――」

 

 エヴァの問いには答えず、一瞬で背後を取ったことで応えた。

移動速度は音速を超えている。エヴァは殆ど勘で背後を蹴り、ネギの拳に殴られながら蹴り飛ばして見せた。

 

「ごふっ、雷速、か」

「ッ千の雷を、装填しました」

 

 千の雷の無詠唱はネギでもまだ制御しきれておらず、準備に時間がかかる。

しかし吹き飛ばされ距離を取り、刹那が油断した僅かな間を得ることが出来た。

 

「というか、雷をカウンターするってどういうことですか」

「ふふっこればっかりは経験の差だ。ほら、来るといい」

 

 雷速で動けるネギだが、それを一度勘でカウンターして見せたエヴァはやはり最強格の一人なのだろう。

その後も攻撃を続けるネギとそれをいなし、カウンターするエヴァという二人の攻防が延々と続いた。

雷速で動くネギは接近戦を続けることで魔法を撃たせないようにしていたが、エヴァに決定打を与えられない。

エヴァは雷速で動けない為どうしても後手に回ってしまい、異常な回復力を持つネギを倒せるだけの威力を与える魔法を準備できない―――わけではない。

 

「リク・ラク・ライラック――」

「ッぅぉおおおおおお!!!!」

 

 流石に雷速の攻撃を対処しながら無詠唱で倒せるとは思っていないエヴァは、容赦も遠慮も情けもなく始動キーから詠唱を紡いでいく。

必死に食らいつくネギだが、残念この魔法には若干弱点があった。

 まず、雷速で動くために先行放電(ストリーマー)がある。本来ならその先行放電を知覚したところでどうしようもないのだが、エヴァはそれでネギの動きを先読み(・・・)してしまう。

ついでに雷速で動けるといっても、常時雷というわけではない。直線で動く場合雷速であるというだけで、曲がったり回り込む際に僅か、本当に僅かな一瞬彼は()が出来る。

 

「――ま、よく頑張った方だな」

 

 一言いうのならば、相手が悪かった。

エヴァンジェリンでなければネギのワンサイドゲームもありえたが、相手は永い時を生きている真祖の吸血鬼。

長い時間生きていれば雷の大精霊とか相手にすることもあるのだ、と偉そうに氷漬けになったネギに語っていた。

 

 

 そんな彼らの実戦式修行を遠目に見ていた魔法生徒成り立ての彼女たちの反応は……勿論、何が起こっているのかも分からないので呆けるしかなかったのは仕方がない。

取り合えず地面に埋まった刹那とボロボロになった小太郎の治療を行いながら、ネギの解凍を行う。

明日菜があり得ない光景と容赦なさすぎる惨状に呆れ、木乃香やのどかは半泣きに成りながら手当を頑張りだした。

 

「丁度いい、近衛木乃香。アーティファクトを使って見ろ」

「ふぇ?うちの?」

「あぁ。お前の素質からして回復能力があるはずだ……描いてある物からして、それ以外もありそうだがな」

 

 木乃香のカードに描かれているのは、黒衣の巫女服と彼女の背後に連なる祭具の数々。

目立つのは弓矢だろう。しかし、他にも鍬やしめ縄のようなものも見られ、だいぶ変わったアーティファクトといえる。

 

「回復、治療をイメージしてみろ」

「うん……来たれ(アデアット)

 

 木乃香の衣装が変わり、彼女の意思によってその手に祭具――扇と鈴が現れた。

 

「……えっと、どうしたらええん?」

「んー……試しに踊ってみたらどうだ?」

「お、踊る?」

「祭りで見たことあるだろ」

「うち踊ったことあらへんよ~」

「適当でいいんだよてきとーで」

 

 アーティファクトはあくまで素質に合わせて現れる道具。

特に祭具ならば重視されるのは本人の意思だろう。純真なものほど効力が強いはずだ。

実際、木乃香が鈴を鳴らしながら、うろ覚えで舞ってみると――暖かな魔力が傷を癒していった。

どういうわけかネギの冷凍処理も解凍されていく。

 

(……治癒効果に封印解除か)

 

 木乃香の一生懸命な気持ちが伝わるような暖かい魔力も関係しているのだろうが、これはかなりえぐい(・・・)

下手をすれば彼女が(ねが)うだけで物理的な勝敗が決してしまうこともあり得る。

精神にも作用するのなら、そもそも戦争が始まる前に終わることも考えられる……流石に個人の意思がそこまで大きなことを左右出来るとは思わないが、可能性としてはありうる。

 下手をすれば世界に影響を及ぼすものが、少女の手に渡ってしまっていた。

 

「……す、すごいですお嬢様」

「えへへ、うちじゃなくて凄いのはこっちな気ぃするけどね」

 

 一方で解凍されたネギものどかのアーティファクトを試すことにした。

木乃香のは色々想定できたが、のどかのカードに書かれている眼のアクセサリーがそうなのだと分かるが、それ以外はよく分からない。第三の目(サードアイ)というらしいが、さっぱりである。

 

「で、では……すぅ、はぁ……っ」

「休憩がてらですから、気を楽にしてください」

「は、はい!」

 

 まだ火花すら出せないのどかにとっては、初めての魔法と言ってもいい出来事に緊張が抑えられていない。

しかしずっとそうしているわけにもいかない。

ゆっくりと、のどかは言葉を紡いだ。

 

来たれ(アデアット)……―――――?」

 

 大きなフード付きの白いワンピースに身を包み、胸元には六芒星の中心に瞳のアクセサリー。

そして、彼女の瞳の中に六芒星(・・・・・・・)が浮かびあがり、目の前のネギを直視した―――

 

 

 

  ―――瞬間、のどかの意識は暗転した。



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垣間観たモノ

 何よりも知りたいと、こんなにも強く想ったことはきっとない。

分からないことが多いからこそ、その気持ちは強くなっていった。

特に好きな相手のことならば、誰だってそうだと思う。

 

 そんな無垢で純粋な少女の願いは……思いもよらない状況で叶ってしまった(・・・・)

 

 月明りが無い暗闇を、青白い焔が照らしていた。

蒼い焔以外見当たらないその空間に、のどかは呆然と立ち、そして静かに狼狽えていた。

さっきまで皆と、大好きな先生と一緒に居たのに、一瞬気を失って目を醒ませばこんな状況に放り込まれていた。

 泣き出したりしないだけ、彼女の魔法や異能に対する耐性ができ始めていることが伺える。

必要以上に取り乱すことはないが、逆に言えば彼女は、これから何をどうすればいいのかすら分からない。

 

 そして数秒後、何も出来ないまま景色が翻った。

 

 

■■

 

 

 映ったのは小さな一戸建て。

そこに暮らしているのは――現在よりはるかに幼いネギだった。

彼は小さな杖を握りしめ、何か熱心に勉強している。

そんな光景を、のどかは背後で見つめていた。

 

「これって……?」

 

 自身の格好はアーティファクトのカードに描かれていた状態であり、目の前の景色はさっきとまるで違う。

そして、なぜかネギが幼少となっており、のどかのことなど見えていない様に一心不乱に勉強している。

 

「あ、あのー……せんせー?」

「……………」

「せんせー……聞こえてない、のかな」

 

 ずっと幼い姿とはいえ、ネギを見て少し安心したのか、彼女はゆっくりと落ち着きを取り戻し始めた。

現状考えられる可能性として挙げられる状況の考察をしながら、部屋を見渡す。

此処が過去そのものならば正直のどかにはさっぱりだが、もし過去の記憶を見ているだけならば、何か出られるヒントを見つけられるかも――そう思ったのだが、不可思議なことに気が付いた。

 

「なに、これ」

 

 気づかなかった(視えていなかった)。もしくは、気づこう(視よう)としなかったのだろうか、落ち着いたのどかは部屋を見渡してそれに気づいた。

模様か何かだと思っていたが、壁に、床に、ベッドに、机に、ネギが座っている椅子にすら英語、もしくはのどか自身には分からないナニカの言語がびっしりと刻まれていた(・・・・・・)

 

「………?」

 

 のどかには何が書いてあるのかさっぱりだったが、見る者が視ればそれが製作途中の魔法(・・・・・・・)だと理解できただろう。

 他にも窓の外に何かないかと窓を開こうとするが、真っ黒な窓はびくともしない。

これ以上は、非力な自分には何も出来そうにはない。そう判断したのどかは、ベッドに座りネギの後姿を見つめていた。

 数分ほどだろうか、暫く時間が過ぎると、唐突にネギが立ち上がった。

急な変化に思わずビクッと体を小さく震わせるのどかを無視して、ネギは乱暴に家の扉をあけ放った。

 

「ね、ネギせんせ……」

■■(装填)―――」

 

 何かの魔法……先ほどエヴァ達との鍛錬で扱っていた、攻撃魔法で自身を強化・変化させる魔法で、何かを装填した幼いネギ。

そのネギの前には――巨大な化け物が立ち塞がってた。

 

「…――ッ!?!?」

 

 悲鳴を上げなかったのは驚きが少なかったからか、もしくは急なことに反応が追い付いていないせいだろう。

なにせ、さっきまで何もなかった(見え始めたばかりの)外に、行き成り化け物が現れたのだから。

 

「■■■■■!!!!!」

 

 よく分からない雄たけびを上げながら、化け物は巨大な拳を幼いネギへと振りぬいた。

のどかは止めるどころか声を発することすらできずに、高速で放たれた拳はネギを直撃し幼い少年を潰―――せず、枝の様にか細い片腕に止められていた。

 

■■■■(術式統合)■■(解放)■■■■■(千雷の嵐光)

 

 不思議だった。ネギが何を言っているのか分からない筈なのに、その意味がのどかには届いて(視えて)いた。

雷の暴風をメインに千の雷を組み合わせたその一撃は、見事化け物を消し飛ばすことに成功する。

 

「す、すごい……ぁ」

 

 しかし、余りの威力にネギが耐えられなかったのか、少年の身体は傷だらけになり、全身から血を流していた。

思わず駆け寄ろうと立ち上がったのどかの耳に、小さな呟きが聞こえた。

 

 

 

 

 ―――タリナイ。

 

 

 

 

 そしてまた景色が翻り、暗闇に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 足元の感触が変わったことに気付いたのは、景色がまた変化してからのことだった。

 

「へ?え――ヒッ」

 

 目の前にはネギの姿が掻き消え、代わりに現れたのは石像達だ。

それも、本物の様に見える程やけに精巧なそれは、何かから逃げ出し、もしくは何かに立ち向かおうと、または泣いているようで、と思えば叫んでいるようにも見えた。

 どれも共通しているのは、必死な形相だということ。

そして……その全てが向いている先に、先ほどの化け物なんて幼子に思える程に凶悪で強大な存在が佇んでいた。

 

「■■■■」

 

 その真正面に、幼いネギの姿があった。

杖を振って呪文を飛ばす――効かない。

強化した拳を叩き付ける――効かない。

オリジナルの呪文を詠唱――効かない。

 

「――すまねぇな、遅くなっちまった」

 

 文字通り血反吐を吐き、全身から流血しながら化け物に攻撃していたネギの前に、誰かが現れた。

ネギは息絶え絶えになりながらも、その人物を睨みつける(・・・・・)

 

「……そうかお前、ネギか。ハハ、そうかそうか」

「………」

「ん?なんでもねーよ、それよりコイツをやろう。俺の形見だ」

 

 ふと、のどかはおかしいことに気付く。

ネギは睨みつけているのに、彼は微笑んでいる違い、ではない。

()()()()()()()()()視線が合っていない(・・・・・・・・・)

 

 ――まるで、只の映像がネギの前で投射されているようだ。

 

 そしてその想像通りと言わんばかりに、男の姿が掻き消えた(闇に溶けた)

 

「■■■■■ァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 杖を差し出した男の姿が消えると同時に、ネギの言葉が叫びに変わる。

幼子の拳は目の前の化け物にぶつけられ、その衝撃波は背後の石像達に罅を入れ、粉砕した。

ネギ自身の拳はひしゃげ、それでも目の前の化け物は健在のまま。

 そんな絶望的状況を受け入れないとでも言うように、彼は目の前を睨みつけ続け、そして―――。

 

 

 

『見つけた』

 

 

 

 何時ものネギ先生の声が響いたと同時に、世界が灰色に染まる。

灰色の空間で、黒いグルグル模様が全身に浮かび上がったネギ先生がのどかを見つめていた。

 

『ごめんね』

 

 のどかは優しく両眼を手で覆われ、次に目を開くと……そこには心配そうに此方を覗き込むネギの姿が。

 

「………ネギ、せんせー?」

「目が覚めましたか、よかった……どこか痛かったりしませんか?」

「いえ……?」

 

 痛いどころか何だか温かな感じがする。

いや、暖かいはずだ。だって、のどかは今――ネギにお姫様抱っこされていたのだから。

 

「!?!?!?」

「おっと、のどかさん?」

 

 さっきまで観ていた何かのことが、頭からすっぽ抜けかける程の羞恥心がのどかを襲い、彼女の顔を真っ赤にさせた。

慌てて降りようとするのどかを改めて抱えなおすと、ネギはまた心配そうに見つめなおしてきた。

 

「やっぱりどこか悪いんですか?顔が真っ赤ですよ?」

「ち、ちが、これは、そのっ」

 

 あわあわと言葉を紡ごうとするも、それに失敗して頭の中で単語が霧散していく。

現実に帰ってきても、のどかは何も出来ずネギに翻弄されていた。

 



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