ご都合主義的がっこうぐらし! (ハイル)
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1話

キーンコーンカーンコーン……

 

授業も終わり、席を立って伸びをする。テスト期間ではなく、目立った学校行事もない。

 

今日も何もない平和な一日だった……。

 

鞄を持って廊下に出ると、少し前を歩いていた見知った顔がこちらを向いた。

 

「あ、神谷君!」

 

腰まで伸びた茶色い髪にたれ目と目元の黒子が色っぽい美人、若狭悠里。

落ち着いた雰囲気と大人っぽい仕草から、男子からはもちろん、女子からの人気も厚い同じ学年の生徒である。

 

「ん、若狭か。これから屋上?」

 

「うん、いつもの園芸部。結構みんな大きくなってきたのよ?そろそろ収穫できるかも」

 

「へぇ、それは楽しみだな」

 

「収穫するときは、また呼ぶから……一緒に手伝ってね?」

 

そんな人気者の彼女と知り合ったのは、何だったか、意外と何気ない出会いだった気がするが……まぁ大したことじゃなかっただろう。

 

「雑用でよければ、好きに使ってくれ」

 

「クス、うん頼りにしてるわ。それじゃあ、またね。神谷君」

 

「うん、また」

 

が、そんな彼女と面識が出来て、少しは何かあるんじゃないかと期待していた時期もあったが……彼女とはいい友達って感じでそんな気配は全然ない。

彼女ほどの女性なら冴えない俺なんかよりも良い人がいるんだろうしなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!先輩!!」

 

「……お、お疲れ様です」

 

下駄箱の所で振り返ると、そこには見慣れたワインレッドの瞳に茶色の肩にかかるくらいの髪をハーフアップにした快活っ子と、青色の瞳でパールホワイトのショートヘアーをしたクール系女子がそこにはいた。今日はよく後ろから話しかけられる。

 

「ん?おー、二人とも今から帰りか?」

 

「はい!今日は新作のCDが出る日なんです!」

 

「ああ、圭が好きだっていってたあの」

 

この二人は、祠堂圭と直樹美紀。巡ヶ丘高校の2年生で俺の一年後輩にあたる。

二人に出会ったのは、確か去年の夏だったか、ガラの悪い奴らに絡まれていたところを、たまたま通りかかった俺が助けに入ったのが始まりで……あれ以来、妙に懐かれてしまった。

苗字で呼んでいたのに、名前で呼んでほしいとか言われたり……少しまだむず痒い。

 

「あ!先輩も一緒に行きませんか?」

 

「え?俺も?」

 

「そうしたら、美紀も喜びますから、ね、美紀」

 

「え!?えっと、私は……その」

 

「もう、なにをもじもじしてんのさ!いつもはもっとはっきり喋れるくせに、このこのー」

 

「ちょ、ちょっと圭~!」

 

相変わらず仲が良いなぁ……。

 

「そうだなぁ……折角のお誘いだし、一緒させてもらおうかな」

 

「本当ですか!やった」

 

パンと手を合わせて嬉しそうにしてくれる圭、俺が付いて行くって言っただけで、どうしてそう嬉しそうなのか。

 

「そんな大げさな……」

 

「いえいえ、先輩が来てくれると財布が大助かりですよ!」

 

「はは……そういうことか」

 

冗談です冗談、何て言って頭を掻いている彼女。明るく、ちょっと調子に乗るところもあるが、その明るい笑顔は見ているこちらも元気になれるような、そんな魅力的な笑顔だった。

 

「行くのは近くのショッピングモールだろ?」

 

「はい、以前先輩ともご一緒したあそこですよ」

 

あそこは映画館もついている大きなショッピングモールだ。暇を潰すにはうってつけだろう。

 

「あ!後、途中でゲームセンターに寄ってもいいですか?」

 

「私は、別に良いけど……」

 

俺も構わなかったのでうなずいて見せると圭の赤い目に闘志の火が宿る。

 

「よーし、先輩!覚悟してくださいね!今日こそ倒して見せますよ〜!」

 

「まだまだ後輩には負けられないな」

 

「こっちは、必殺技を考えてますから」

 

「そういって、前は美紀が抱き着いてきて俺の動きを止めるとかいうずるだったろ」

 

俺と圭が言っているのは、巷で有名な格闘ゲームの事で、前の対戦では、圭の指示で美紀が俺に抱き着いて操作を妨害するという作戦をとってきた。おかげで、集中できなかったが、最後の方は、なんだかんだ美紀と二人で圭を倒したんだっけか。

 

「うぅ、そ、その話はもう……」

 

「まだまだ、秘策はありますからね、ふっふっふ」

 

そういって、楽しそうに俺を指さす圭。おでこが、輝いて見える。

何気ない会話、何気ない人間関係、なんだかんだ言って、俺は結構今の学校生活が気に入っていたりする。

 

そう、そしてこれからも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ァー

 

ん?

ショッピングモールへと続く道の途中、あと少し、という所で、耳の中に変な異音が聞こえてきた気がする。

何だろう、あのカエルを引きつぶしたような声は……

 

「どうかしたんですか、先輩~?」

 

「いや……何か聞こえなかったか」

 

「え?……いえ、特に何も……」

 

耳を澄ませる、確かに聞こえた。それにぐちゅぐちゅと、何か噛潰しているような……路地の方か?

 

「あれ、ほんとだ、何この音……」

 

「……あっちだ」

 

「あ、ちょ!先輩!」

 

嫌な予感がする。

何だ、向こうに何かあるのか?

路地を進み、もう一つ向かい側の通りに出るとそこには

 

 

「……!?」

 

 

辺り一面の、赤と茶色。ひどい生ごみみたいな腐敗臭にアンモニアのような匂い、それにこの茶色の、糞の匂いが混じってそれはもう酷い匂いだ。

その先には、ぐしゃぐしゃと道路のど真ん中で「何かが」「何かを」貪っているのが目についた。なんだ、あれは……

 

「……う!!」

 

「せ、先輩!急に走り出すから、びっくりして……うわ、ひどい匂い……」

 

「先輩?……!!?」

 

「ぐぁ……?」

 

ギョロンと、こちらを見る「何か」。

飛び出した目玉に、血色のない青い顔。そして真っ赤な口元には先ほどまで貪っていたであろう、そう、「人間の手」がくわえられている……

ずぞっと、その「何かは」指を啜ってこちらを見、粘液だらけの口元を開く。

 

 

 

「……っ!」

 

「「きゃ、きゃあぁぁアアア!!」」

 

絹を裂くような圭たちの悲鳴。

どこかで、日常が崩れ去る音がした気がした。



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2話

キーンと、耳に圭と美紀の声が響く。その声にピクリと反応して、先ほどまで食事をしていた「ソレ」がこちらにのそのそと近づいてくる。

やばい、やばい、何かやばい!!

 

「走れ」

 

「……え?」

 

「で、でも……」

 

「いいから、早く!!!」

 

二人の手を取って元来た道を走って戻り始める、頭の中が熱く沸騰しそうであった。一体何が起こっている、あれは、俺の見間違いでなければ、人間が人間を食っていた、のか……?

いや、先ほどのあれは人間なんてものではない、そう、ホラー映画などでよく見る……

 

「せ、先輩!さ、さっきのっていったい……はぁはぁ」

 

「わからん、けど、何かとてつもなく、やばい気がする……!」

 

先ほどの悲鳴を皮切りに、けたたましくなる防災ベルの音、人々の叫び、そして、車の衝突音……どうやら、先ほど見た何かは幻覚でもなんでもないらしい。

 

「なに、なになに、何が起こっているの……?」

 

「じ、事故……?」

 

と、その時だ。

 

 

 

「や、やめろ、くるなー!!!うわあああ!!」

 

「っ!!」

 

電柱のそば、スーツを着た男性が先ほど見た、「何か」に襲われそうになっていた、いや、あれは別の個体!?

 

「ぐあ!!」

 

!肩を噛みつかれた!!!

見たところ、あの「何か」、か細い女性のように見えるが……男性の必死の抵抗もむなしく、力で負けてしまったようであった。とても女性の出している力とは思えない。

断末魔のように上げていた声も、やがて小さくなっていき、そして……

 

「……ゴふッ!」

 

大量の血を吐いて倒れた。「何か」はそのあとも、男の体を貪り食らう……その光景は、あまりにも刺激が強かった……先ほどから、カチカチと歯が鳴る音が聞こえる……

 

「……ぁ、俺が、きえ…ごふ……ごふ……ぁ、ぁぁ……」

 

苦しそうにもがき叫ぶ男性。圭と美紀が不安そうに俺の腕を掴んだのがわかった。呆然とその様子を見ていたが、やがて、男は動かなくなった。

 

「し、死んじゃった……の?」

 

「!見て!」

 

むくりと、起き上がったのだ。

 

とんでもない量の血を吐き、肩がえぐれてしまっているのに、男は平然と起き上がった。

 

「ぅ……ぁぁ……」

 

そう、やつらと同じ「何か」となって……

 

「せ、先輩……」

 

震えた手で痛いくらいに腕にしがみついてくる圭と美紀。呼吸が乱れ、見ただけで焦っていることが見て取れる。そして、それは俺も同様だということに今気が付いた。

汗が吹き出し、吐き気が、すぐそこまで迫っていた……

 

「に、逃げるぞ」

 

再び駆けだすと、さっきまで、そこで見ていた、「やつら」がこちらに気が付き、追いかけてくる。けれど、足はあまり早くないのか、すぐに、やつらを引き離すことができたようだったが……。その時は無我夢中で、ただ、ひたすらに走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園までたどり着くと、二人をベンチに座らせて自分自身も荒れた呼吸を整える。公園は先ほどまでの光景が嘘だったのではないか、と思えるくらいいつも通りの風景で……。子供が数名砂場で遊び、母親が後ろで立ったまま旦那の悪口を言って井戸端会議をしている。定年を過ぎたおじいさんが犬のリードをもったまま眠っているし……本当に、怖いくらいにいつも通りだ。

 

「ゆ、夢……?」

 

「美紀?」

 

「そ、そうだよ、夢だよ、圭。こんなの、だって、おかしいよ……こんなの、映画や物語の世界だけだって絶対……」

 

焦点のあっていない瞳で唇を震わせる美紀。

それを見て、圭は何と答えていいのかわからず、ただ黙って俺の方を見た。

 

「せ、先輩もそう思いますよね?だってこん、ふぇふぇふぇ!?」

 

ぐにぐにっと、ほっぺたを引っ張ってやると、慌てたように俺の手を両手でぺしぺしと叩いてくる。ほっぺた、柔らか!

 

「痛いか?」

 

「い、いふぁいです」

 

「つまり、そういうことだ。しっかりしろ」

 

本当に痛かったのか、涙目になった目でこちらを見上げる……でもはぁはぁと頬を抑える姿は満更でもなさそうな気が……って、こんなことしてる場合じゃない。

さっきまで目の前にいた「やつら」、あれは人から人へと感染するものなのだろう。

何故あんなやつらが居るのかは不明だが、近いうちにパンデミックによる大混乱が起こるのは間違いない……だとしたら今のうちに……。

 

「じゃ、じゃあ、ど、どっきりですよ!きっと!」

 

「え?」

 

圭が手を合わせてそういう。

 

「ほ、ほら、テレビとかで、一般人にもドッキリを仕掛けるような番組ってありますよね?それと一緒で……」

 

「……あんなドッキリ、放送できると思うか?」

 

「じゃ、じゃあ、映画の撮影とかで……」

 

「どこにもカメラマンも何もいなかったのにか?」

 

「……えっと……えっと……その、はい」

 

?圭が目を閉じて顔を突き出した。なんだ?

 

「えっと、外れたから、先輩がほ、ほっぺた、むにむにするんですよね?」

 

「へ?」

 

「馬鹿なこと言ってないで」

 

「いた、いたたたた!痛いって美紀!」

 

「圭、私も見た、はっきり見たよ……あれは、きっと……「きゃああああ!!!」!!」

 

ばっと、悲鳴のしている方に振り向く。

すると、そこには先ほど見た、「何か」になった子供の姿が目に映る!!

 

「どうしたの、カイト!ねぇ!カイト!!?」

 

「ぅぁ……ああああ!」

 

きゃーと、近寄った母親らしき女性が今度は噛みつかれる。

それからは、もう、地獄絵図のようであった、人々の悲鳴と、叫び、それを聞きつけたかのようになだれ込んでくる「やつら」。

 

俺はすぐに二人を立ち上がらせると、再び、駆けた。騒ぎが起きているのと反対の方向へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

河川敷のあたりまで来ると、騒ぎが大きくなってきているのがわかる。先ほどから、引っ切り無しに悲鳴や怒号が飛び交い、電子的なサイレン音や、或いは爆発が起こったんじゃというような大きな衝撃音……まさに混沌とした光景が広がっていた。

内心、バクバクとなった心臓と、今にも美紀と同じように夢だと思って逃避してしまいたいような気持があったが、目の前の後輩二人は、俺以上にに不安と恐怖に顔の色を青くしていた。

人間、自分よりも焦っている人が居ると、どこか冷静になれるもので、この状況下でも頭の中だけは落ち着いていた。落ち着け、落ち着け……俺がしっかりしてあげないと……。

 

「……まずは、俺の家に行こう。幸い、ここからすぐ近くだし、マンションの6階だからさっきのやつらもそうやすやすとは上がってこれないだろうしな。テレビもあるから、あいつらに関する情報が入手で……」

 

「先輩!後ろ!!」

 

はっとした!ばっと振り向くと暴走したトラックがすぐそこまで迫ってきていた。

咄嗟に芝生の方に身を投げ出し、二人も同じように反対側の芝生に飛びこむと何とか、難を逃れた、が、猛スピードのまま突進したトラックはそのまま河川の方へと突っ込み……爆発した。

一体何が、と見るとごうごうと燃える炎に近づき、もう「奴ら」が集まりはじめている……運転手が、やつらに襲われたのだろう、ここも、やばいなすぐに逃げないと……

 

「きゃあああ!!」

 

「美紀!!?」

 

視界に半分移っていた美紀の姿が消える!

下!

美紀の足を、何かがひっぱっている!

 

「こ、この、美紀を離して!!」

 

「ぅぁ……」

 

「離れろ、圭!」

 

そう叫び、持っていた教科書入りのバッグを思いっきり投げつけてやると、うぅと、そいつはわずかによろめいた。

その隙をついて、近くに居た圭が美紀の手を握り、思いっきり引っ張り出す。

 

「立てる?美紀?」

 

「う、うん、あ、ありがとう、圭、先輩」

 

「話はあとだ、走れ!」

 

結構全力で鞄をぶつけたというのに、ゾンビはむくりと何事もなかったかのように起き上がり始める……くそ、普通の人間じゃ、ない、明らかに。

 

「もう嫌だよ……どうして、どうして、こんな……」

 

「今は、走れ!」



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3話

「はぁ、はぁ……」

 

「はぁはぁ……ううっ……」

 

「頑張ったな、二人とも、頑張った……」

 

ガチャンとドアのカギを閉めると、改めて部屋の中を見回し、やつらが居ないことを確認する。

流石に、ここまでは入ってきていないらしい。

 

「っう……!!」

 

「圭、大丈夫か、トイレなら、そこに……」

 

「だ、大丈夫です……」

 

嘔吐しそうになっていた圭の背中をさすってやると、圭は無理をした笑顔を作って返してくれた。

 

俺たちは、あれからやつらに見つからないよう、物陰に隠れながら俺の住んでいるマンションの604号室に避難してきていた。

マンションはセキュリティが厳重で、周りに高さのある門や塀もある。

ここまでは、今のところ、まだやつらが入り込んでいないようだった。そう、今のところは……

 

息も絶え絶えの二人を居間に案内し、冷蔵庫の中から未開封のペットボトルを二つ、二人に渡してあげると礼を言って蓋を開けるなり、一気に飲み干し始めた。

今朝から飲みかけにしていたペットボトルの水が残っていたので、自分もそれを口にする。乾ききった喉を通る水が、気持ちがいい……

 

ようやく落ち着ける場所についたためか、圭は大きく息を吐くとぐったりと俯き、疲れた様子で膝を抱えた。

美紀は先ほど河川敷でゾンビに触られた足が気になるようだった。来る途中も何度かハンカチで拭っていたが、落ち着ける状況になったために余計気になるのか、同じところを何度も何度もこすっている……。

 

「美紀、シャワーを浴びてよく洗うと良い」

 

「せ、先輩……わ、私、これ……」

 

泣きそうな目で俺を見る美紀、やつらに触られたから感染すると思っているのかもしれない。

 

「……少なくとも、俺が今日見てきたやつらは全員噛まれて感染していた、だから、触られたくらいでは何ともないはずだ」

 

「……そ、そうだよ美紀、それに、感染してたら、もうやつらになっているかも、だし……」

 

「やつらに……」

 

圭は言ってからしまったという顔をして口をつぐんだ。

しかし、事実、今まで見てきたやつらは少なくとも、噛まれた場合、すぐに奴らになっていた。

 

「大丈夫、大丈夫だ」

 

ぽんぽんと、美紀の頭に手を置いて何度か撫でてやると、少しだけ安心してくれたのか震えは少し収まった。

我ながら、ひどく適当な慰めだと思った。だって、本当に大丈夫なのかなんてわからないのだから……。

 

そのまま美紀を風呂場に案内してやり、再び居間に戻ってくると圭がテレビの電源をつけていた……が。

 

「先輩……このテレビって壊れてるんですか?」

 

「まさか、今朝もちゃんと見れてたよ」

 

ざざざと、テレビはどこのチャンネルも砂嵐になってしまっている。

何かおかしいと思いコンセントなども確認するが……特に異常は見つからない……

 

「……あ、そうだ!私、ラジオ持ってます」

 

そういって、ごそごそと圭が鞄から取り出したのは、ポータブルCDプレイヤー、最近見かけないが、確かにあの手のはラジオの機能もついている。

ついていたイヤホンを外し俺にも聞こえるようしてくれた……が

 

『ざざ……ザザザ……』

 

「あ、あれ、おかしいな……どこの局も入ってこない……」

 

こちらも先ほどのテレビと同じように、入ってくるのはだみ音だけ……。

……普通に考えてこのような緊急時に国や警察が何一つ放送を行わないとは思えないし……こんな短時間で情報網が全て壊滅するとは思えないのだが……。

 

「先輩ダメです、携帯は電話もネットもつながらなくて……」

 

「ネットもか……」

 

これはいよいよ雲行きが怪しくなってきたぞ……。

カーテンを少し開けて窓の外を見ると、のろのろと歩く奴らが数体目につく。夢ではない、だけど、あまりにも非現実的すぎる。

 

「先輩……」

 

「……そう不安そうにするなって、少なくとも、ここは大丈夫だ」

 

笑って、そう自分に言い聞かせるように伝える。

実際、ここがどれだけ安全なのかは俺にだってわからない。食料や多少武器になりそうなものもあるが、それでも完全に安全だとはいえない。だけど、今は少しでも彼女たちの不安を拭ってあげたかった。

 

不意に「あの、シャンプーが……」という美紀の申し訳なさそうな声を聴こえてくる、そういえば、風呂場のやつが切れていたのを思い出した。

棚に替えが入っていることを伝え、ついでに、彼女たちが着れそうな服をクローゼットから漁り始めた。

その間、圭は無言で映らないテレビとラジオのチャンネルを切り替え続けていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、小さめの奴だったんだけど、大きかったな」

 

「い、いえ大丈夫です」

 

美紀がシャワーを終えたので、俺の出した黒い長袖と灰色のゴムひものズボンを着てもらっているのだが、どうにも、彼女のサイズに合っていなかったらしい、ブカブカっとしてしまっている。

袖はテロっとしており、彼女も服が気になるのかベッドに腰かけながら、首元を引っ張ってすんすんと匂いを嗅いでいる……洗ったものなのに変なにおいとかするのだろうか……

 

「足はどうだ?」

 

「今のところ、何ともないです。痛みや違和感も特に感じません」

 

「そうか、良かった……!!?」

 

そういって、ススっと、ズボンをまくって白く、綺麗な生足を見せてくれる美紀。その光景に、思わず目を逸らすと

 

「え、あ!」

 

美紀もそれに気が付いたのか、慌てて足を戻して顔を赤くしながら手を膝に押し込んだ。

それから少し気まずくなったが、俺がやつらへの対策として、玄関の方に段ボールに本を詰めたものを並べようと提案したところ、黙って頷き、作業を手伝ってくれた。これで仮にやつらの侵入を許してもいくらか時間稼ぎになるはずである。

 

並べ終わると、ちょっとした達成感から美紀は、お疲れ様です。と言って今日久々に見る笑顔を浮かべてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

シャワーを浴びていると、今日あった出来事が一つずつ、鮮明に脳裏によみがえってくる。

突如あふれ出した「あいつら」に、一瞬で地獄とかした街や公園……。

きっとこんなこと、誰にも予想が出来なかった。そして、これから生き残るためには、そんな予想もできないことに備えて、もっともっと先の事を考えなければならないだろう……情報網は駄目だった、電気やガスもそのうち止まってしまうだろう……ならその先は……。

 

「ふぅ…」

 

いや、こういう時に一人で考えても駄目だ。彼女たちとも話し合いながら、確実な答えを探していこう。

ガシガシとシャンプーで乱暴に頭を洗うと気持ちを切り替えて今日の晩御飯のことを考え始めた。食料、何が残っていたっけな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねー」

 

「何?」

 

「良かったね、先輩がいてくれて……」

 

「……うん、良かった」

 

そういって圭はベッドの上から天井を見つめてつぶやいた。

 

私と圭のシャワーが終わり先輩がシャワーを浴びている間、圭はお宝本でも探す?なんていってふざけていたが、私が乗ってこないのを見てベッドに倒れ込むと今のような状況に至った。

 

そう、今はそれどころじゃない。

 

昼間に現れたあいつら、あれは感染病なのだろうか。だとしたら、治す手段は?感染経緯は?一体なぜ、そんなものが……。

考え始めたらキリがない、思考の連続……。

 

「……きっと、何とかなるよね。警察や、自衛隊の人が、あんなやつら全部倒して私たちを助けてくれるよね?」

 

「うん、これだけの騒ぎになったんだから、きっと……」

 

圭がゴロンと体勢を変えると、ベッドのすぐ傍に座っていた私の横に圭の顔が来るような形になる。

 

「私たち、大丈夫、だよね?」

 

「……」

 

ぐすっと、涙ぐむような声に変わる。

でも圭のその問にたいして、私は何も答えることができなかった。

わからない…私だって……もしかしたら……今日、触られたところから、徐々にウィルスが侵攻するかもしれない……

 

何も答えられず、俯いていると圭が手を宙でバタバタさせて、ばたんと、大の字になる。

 

「あーあ、こんな形で、先輩の家に来たくなかったな~……」

 

「……うん、そう、だね」

 

「……美紀、先輩の枕の匂い、さっき嗅いでたでしょ?」

 

「うん、ちょっとだけ……!!?え?え!?」

 

「あはは、冗談だったのに」

 

ケラケラとそういって笑う圭。

耳の先まで赤くなっていくのが自分でもわかる。すぐに、そうやってからかって!

 

「生きようね、美紀。私たち、絶対に」

 

「……圭?」

 

ぎゅっと、優しい笑みを浮かべて私を抱きしめてくれる圭。すると、自分の震えが収まったことに気が付いた。

私、震えてたんだ……あぁ、そうか、私だったんだ。圭は、突然、ふざけたようなこと言ったのも、自分の事じゃなくて、全部私のために……

 

「うん絶対に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がった俺は、あまりの良い雰囲気に滅茶苦茶居間に戻りづらかった。



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4話

「……あいつらについてわかってることは、まぁこんなもんか」

 

簡単な即席ラーメンでその日の晩御飯を食べ終わると、俺たちは今日起きたこと、現在の情報を一度整理することにした。

美紀が大学ノートに丸っぽい女子らしい字で、情報を書き連ねていく。

情報をまとめていけばいくほど、わからないことだらけであった。

何故、この町に突然あのようなパンデミックが?一体どこまで被害が広がっているのか……

 

「外国なんかは、意外と平気だったりして」

 

「外国か……例えば?」

 

「えっと、ドイツとか、イギリスとか、あとオーストラリアあたりも良いですね!」

 

「圭……それって全部圭が旅行で行ってみたいって言ってた国だよね」

 

「ははは。バレた?でもどうせ行くなら楽しいこと考えていきたいなって」

 

「そうだな」

 

少し逃避に近いような気もするが、二人の様子を見るにそこまで精神的に参っていないようで安心する。軽口を言い合えるような間は大丈夫だろう。

続いて「あいつら」についての話になった。

脳のリミッターが外れているからか普通の人間よりも力が強いこと、人を見つけると襲い掛かってくること、噛まれるとあいつらになってしまうこと。

後は臭いだの、動きが遅いだのと書いていると、ピタリと、美紀のペンが止まった。書くことがなくなったらしい。

 

「まるで、映画みたいですね……」

 

「映画ならB級の匂いがぷんぷんするな」

 

「あ、それからこれは憶測なんですが……」

 

「ん?」

 

美紀がすすっと、控えめに手を挙げて発言する。

 

「やつら、先輩が頭にバッグをぶつけたときに、動きが鈍くなったような気がします。他の部位でどうなるかはわかりませんが、大抵の創作物と同じであれば、頭が弱点かもしれません」

 

「頭か……となると、倒しきれなかったのは、バッグじゃ威力が足りなかったから?」

 

頷く美紀。何体もの頭をかちわれるような武器がいるな……しかも、あまり短いものだと、頭を狙った時に噛まれるリスクが高まるためリーチの長い得物が良いだろうが……家にそんなものあったかな。せいぜい物干しざおと旅行土産の木刀くらいしかないが……

 

「先輩……これからどうしましょうか」

 

「しばらく、ここに留まって様子を見よう。そのうち軍や自衛隊なんかが助けに来てくれるかもしれないし」

 

「そうですね」

 

「ただここにずっといることは出来ないと思う。見ての通り、食料の備蓄はそれほど多くないし、情報網が壊滅している以上、ライフラインが何時切れてもおかしくない状況だからな」

 

そういって、食料としてかき集めた即席麺やスナック菓子などを見つめる。

一人なら1週間は持っていたであろう食料だが、3人だと3日、切りつめても5日が限界だろう。

もし隣の人が居ないなら……ベランダから侵入して何かを……って、それは最終手段だな。この状態じゃ仕方がないとは思うが、人として何かを失う気がする……。

 

「次の避難場所を考えておく必要があるな。近くにあると言えば、スーパーやホームセンター、病院にショッピングモールくらいだけど……」

 

圭が一つ唸ってから声を出す。

 

「その中ならホームセンターが良い気がします。武器になりそうな物やサバイバルグッズなんかも豊富そうですし」

 

「確かに、籠る分にはもってこいの場所だと思うけれど……当分はやめた方が良いと思うぞ」

 

「え、どうしてですか?」

 

「きっと同じようなことを考えてホームセンターに行く人、多いと思うんだ。それで、武器を調達する前に襲われてあいつらになってしまって、また同じような人が来て……って感じで待ち構えているあいつらの数は相当なものになっていると思う」

 

「う~ん……じゃあ、病院、とかですかね。万が一怪我をしても、すぐに対応してもらえますし」

 

「……いや、病院もやめた方が良いだろうな。今回の件で噛まれた人が大勢病院に集まっていると思うし、下手をしたらホームセンターよりも危険かもしれない」

 

そう思うと、中々良い避難場所というのは見つからないものである。

初めに自宅を選んだのはそういう意味では最善だったかもしれない。

他の避難者もいないから無用な衝突も起きないし、内部からの感染の危険性も少ない。

と、考えていると俺の意見を聞いた圭が頭を垂れて落ち込んでしまった。

 

「って、ごめんな、なんかさっきから否定的な意見ばかりだな」

 

「いえ!先輩がちゃんと考えてくれるので、助かります!ただ、あまり良い意見を出せなくて駄目だな私って……」

 

「そんなことないって、ホームセンターはもう少し騒動が落ち着いたら行く価値は十分にあるだろうし病院だって……美紀?」

 

「……学校」

 

「え?」

 

「先輩、私たちの学校の学校案内って、まだ持ってますか?」

 

「え、あぁ、確かその辺の紙袋に」

 

そういって立ち上がると、棚の横に立てかけていた紙袋から学校案内を取り出し美紀に渡す。

それを机の上に広げて見せてから、何ページかめくってとある1ページへとたどり着く。

 

「……ほら、見てください!浄水設備に発電設備。それに、備蓄倉庫もあります」

 

「あ、そっか!それに、学校なら、私たち以外に生き残ってる生徒や先生がいるかも!!」

 

学校、巡ヶ丘高校か……。そういえば、そんな施設もあったな……発電機とか、使うことがないから覚えていなかったが、確かに二人の言う通り、生活の拠点となるライフラインは充実している。充実しすぎなくらいだ。

しかし、学校にも、多くの「あいつら」がいることが予想される……そのうえ、やつらの中にはもともと親しかった生徒が居る可能性もある。

そういうやつを見たときに、俺は躊躇いなく攻撃することができるのだろうか。

 

「先輩?」

 

「そう、だな……よし、じゃあ次の避難場所は学校にしよう。ただ、暫くはここに滞在するってことで良いか?」

 

「はい!」

 

「わかりました」

 

色々と不安要素はあるが、二人の意見を無駄にしたくなかったのと、

俺自身、ここに居るよりは希望があると思い、その意見を受け入れることにした。

それが最善なのかはわからないが、少なくとも、次の目的があるのは良いことだと思う。

 

「今日は疲れただろうし、もう寝るか。一応寝袋があるから、二人でジャンケンしてどっちがベッドで寝るか決めてくれ。負けた方が寝袋な」

 

「え?先輩はどうするんですか」

 

「俺は床で寝るよ、毛布もあるし」

 

収納スペースの上に放り込んであった寝袋を取り出し、丸まったのを解いていくと青い寝袋が姿を現す。

 

「あ、じゃあ、私と美紀が同じベッドで寝るんで、先輩、寝袋使ってください」

 

「それじゃあ狭いだろ」

 

「大丈夫ですよ、これくらいなら」

 

「え、うん。まぁ……」

 

そういって、圭がベッドに寝転がると、ポスポスと美紀を隣へと誘う。

圭に倣って、美紀は控えめに背中から布団に寝転がった。確かに、寝れなくは無さそうである。だが、これでは寝返りの一つも打てないだろうに……。

 

「ほら、大丈夫ですよ」

 

……どうしようか。床で寝て、寝袋を開けておけばどちらかが観念して使ってくれるだろうか。

 

「そうか、じゃあ悪いけど、今日は二人で寝てくれるか?」

 

「はい」

 

少し考えた結果、今日は圭の言うとおりにした。

寝にくかったとなれば、明日からは俺の言うとおりにしてくれるだろう。

寝袋のチャック部分を外し上下に分離すると普通の布団みたいな形へと変わる。あんまり密閉されていると、暑いんだよな寝袋って。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

外から空き缶のゴミ箱が倒れたような音や、扉を一心不乱に叩くような音、悲鳴のような叫び声なんかが聞こえていて、とても穏やかな夜とは言い難かった。

特に車の防犯ブザーの音がピーピーうるさくて、嫌になる。

圭と美紀は、二人とも横になり、圭のポータブルプレイヤーのイヤホンを片耳ずつつけて、騒音を聞こえないように防御している。

 

「……」

 

俺も同じように音楽を聴こうかと思ったが、それだと、いざという時に起きられない気がして抵抗があった。

 

……そういえば、学校の案内を見て思い出したが、屋上の菜園にいたであろう若狭のやつは無事なのだろうか。

普段しっかりしてはいるが、ピンチの時は意外と脆い奴だからな……もしかしたらもう……。

考えていて気持ちが悪い何かがこみ上げてきそうだったので、咄嗟に口元を覆い、大きく息を吐く。

考えるのはやめよう。今は、まず自分の身だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝。起きたら美紀の顔があった。

 

「……?」

 

むくりと起き上がろうとしたとき、んん、と寝袋の掛け布団が俺の方に引き寄せられてしまい、美紀が寒そうに身体を震わせる。

 

「ん……」

 

美紀が再び暖を求めて、ほぼ無意識に俺の方へと潜り込んでくる。

 

「っ!?」

 

「……すぅ……すぅ」

 

そしてそのままピタリと体をくっつけると、再び規則正しい寝息が聞こえてくる……

じんわりと暖かい体温に改めて見る整った中世的な顔。真っ白な透き通った肌に、同じシャンプーやボディソープを使ったとは思えないほど良い匂いがする。

……圭の所から落ちたのか、いつの間に……。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……」

 

朝のアレも相まって、ムラムラとするような気持ちが起こっていたが、隣に圭もいるし、そんな(一瞬の)ことに流されてこれからの生活に支障をきたしたりしたくない……。

そっと寝袋を抜け出すと、軽く顔を洗って、小便をするとアレはだいぶ収まった。

冷蔵庫に入っていた二人の名前の書いていない飲みかけのペットボトルから水を飲み干し、窓から外を覗き込んでみる。太陽がちょうどでたような、そんな時間だ。

 

「……心なしか、あいつらの数が少ないな……」

 

昨日、見た時よりもあいつらの数はかなり少なくなっていた。まさか、太陽の光と共に滅んだとか、1日たったから、崩れ落ちたとか?

などと楽観的なことを考えていたが、30分、1時間と経つにつれて、あいつらの数は徐々に増えていく……。

 

「先輩?……何を見てるんですか?」

 

「ん?ああ、おはよう圭。いや、あいつらの数がさっきまで少なかったから、もういなくなったのかと思ってさ」

 

「本当ですか!?」

 

「あ、いや、でもだんだんと元に戻っているみたいだ」

 

布団を飛び出し、ぶかっとしたパジャマを着た圭が外を眺めると、俺の話を聞いて残念そうに息を吐いた。

肩の部分が片方するりとずれ落ち、吐いた息でガラスが曇る。朝のテンションもあるだろうが、何だか色っぽく見えた。

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いや、もしかしたら、あいつら、死ぬ前と同じ行動をとってるのかもな」

 

「……同じ行動、ですか」

 

咄嗟にごまかすためとはいえ。我ながらそれっぽい言葉が出てきたと感心する。

 

「そうそう、だから、今朝や夕方なんかは通勤や帰宅ラッシュになるし、逆に早朝や深夜なんかはあいつらが少ないのかもしれない」

 

「生前の記憶、というやつでしょうか……でもそれって、何だか、悲しいですね」

 

「……」

 

圭のその言葉に、俺は否定も肯定もせず、黙って外を見続けた。



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5話

「先輩、や、やめましょうこんな……」

 

「シーッ……静かに」

 

するすると、4階の外廊下からザリガニ釣りをするように、ビニールひもに括りつけた水入りのペットボトルを垂らしていく。その下階には、あいつらが2体ほど徘徊しているのを確認済みである。

 

「……」

 

ピクピク、とヒモを引いてペットボトルを動かしてみるが、下のやつらはまるで見えていないのか、何の反応もなく素通りしていく。

 

「……目が悪いみたいだな、動くものに、なんでも反応するというわけでもなさそうだし」

 

「……」

 

不安そうに俺の服を摘まむ美紀、それとは対照的に、圭はきょろきょろと、辺りの警戒を行ってくれている。結構、肝が据わっている。

 

「ちょっと試してみるか」

 

「試すって……」

 

ぱっと手を離すとペットボトルが手すりにぶつかり、ガス!と鈍い音がする。

すると、さっきまで見向きもしていなかったあいつらが一斉に手すりへと集まってくるのがわかる。2階にいるやつも、反応しているようだ。

 

「どうやら音には反応するようだな。それも、結構よく」

 

「あ、危ないですよ」

 

「どうしてあいつら同士、干渉しあわないんだろうな」

 

落としたペットボトルを引っ張り上げ、ピクピクと揺らしてみるが、あいつらは先ほど音がした方をきょろきょろとみているだけで、ペットボトルが見えていない……。人間は視認できるが、物に対しては疎いのだろうか?

 

「……次は、パンツでもつるすか」

 

「え!?ぱ、パンツ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、何回か実験を行ったが、やつらは思いのほか、知能が低く、身体能力も低いようだった。

まず5感だが、聴覚以外はほとんど役に立っていないように思う。

目は動くものすら見えていないようで相当近くに物がないとわからない。最悪ぶつかったりしているようであった。嗅覚もないのか、においのついた衣服やその他諸々にも一切反応しなかった。味覚や触覚については、まぁ別に良いだろう。

 

ただ、どういうわけか、人に対しては五感以外の何かで居場所を探っているような気がする、それがフェロモンやオーラと言われる類の物なのかはわからないが、やつら同士が干渉しあわないのはそういう事なのではないかと思う。

 

知能も低く、段差や障害物がとにかく苦手そうだった。音を立てれば何にでも反応して、扉に対しても、基本叩き続けることしかできないようであった。もちろん、窓なんかはそれで簡単に破られてしまうので、それで侵入されてしまえば終わりだが、それがわかっていれば対策も立てられるというもの。

 

思っていたより強敵ではないと思う。もちろん、一発でも噛まれたらお陀仏なので決して油断できる相手ではないが……。

しかし、この程度の相手なら、装備を固めた自衛隊や警察がすぐに制圧、救助にこれそうなものだが……それができない、何かほかの問題があるのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日の早朝4時に、ここを出ようと思う」

 

夕方、二人に対してそう告げると、二人は少し意外そうな顔をした。

 

「えっ、もう出るんですか?」

 

「ああ。下にはやつらが集まり始めているし、このまま籠城していたらライフラインや食料が切れた時点で詰んじゃうからな。食料も残っているうちに、早めに脱出した方が良いだろう」

 

「……次の目的地は、学校、ですよね?」

 

「そうだ、ここから15分ほどかかる……早朝であれば、あいつらの数も少なくなるだろうし」

 

今朝、圭と話していた生前の記憶があるものだとすれば、せいぜい学校にいるのは監視の用務員くらいで、生徒や先生は皆帰っているはずである。もちろん、そうでない可能性もあるが……なんとなく、確信があった。

 

「もちろん、学校が崩壊していて無理だとわかったらここに引き返してくることになるだろうから、その覚悟はしておいてほしい」

 

二人はお互いの顔を見合わせてから、黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、これも持って行っていいですか」

 

「ドライバーか……良いんじゃないか?何かあれば使うかもしれないし。ああ、いちいち許可なんか取らなくても、好きなものなんでも持って行ってくれ」

 

部屋の中を漁りながら準備を進める。使えそうなものを持って行くというのも、意外と難しい。食料と武器になりそうな木刀や物干しざお、包丁とかはともかく、調理用具とか生活用品とか……そういえば、新品の石鹸があったな、ああいうのは持っていた方が良いだろうな……すっと立ち上がると洗面所の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「ほほう、これはこれは……」

 

「け、圭、やめなよ」

 

ん?二人がベッドの方を向いて何やらこそこそと話をしている。

一体何を見つけて……!!?

 

「あ!それは」

 

おいバカやめろ!マジで!!

本棚の普通の本の後ろに隠してカモフラージュしてあった「押しかけメイドさん、24時間ご主人様と〇〇で××…」が発見されていた!

慌てて圭の見ていたものをひったくる。

 

「ち、違う!これは先輩がお土産などと言って渡してきたもので……」

 

今の時代、パソコンでそういったものはいくらでも調べられるのでおかずといえばそちらが主流、なので、先輩から土産でというのはまぎれもない事実なのだが、二人がそんなことを知る由もなく、こ、このままでは、今まで築き上げてきた頼れる先輩の像が台無しである。

 

「大丈夫です!男の人って、こういうの必要なんですよね!」

 

「……先輩は、メイドが好みなんですか?」

 

なぜか赤い顔をしたまま良い笑顔をした圭とおずおずと上目遣いにこちらを見る美紀。

あいつらと初めて対峙した時以上に、冷や汗がすごかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、いくぞ」

 

午前4時、ゾンビが集まっている気配はない。

ゆっくりとドアを開けると、白んだ空に、独特の霞がかった空気。怖いくらいの静寂がそこにはあった。

 

「……」

 

大きく息を吸い、二人に目配せすると、ゆっくりと、音をたてないように外へと出る。

そして、そのあとはドアをゆっくりと戻し……ドアノブをゆっくりと戻す。

 

手すりから見える下の方には、やつらが数体うろうろとしているのが目についた。

よくよく見れば、着ている服や、身に着けている装飾品に見覚えがあった。やはり、ここに住んでいた人たち……なのだろう。帰ってきたは良いが、部屋に入れなかったのか?

 

……視線を戻し、二人にアイコンタクトを送るとゆっくりと階段を降りていく。

5階、4階……と、来たところで、階段に一体、「やつら」が居るのがわかった。

 

階段の真ん中でちょうどうつぶせになって寝そべっているが……寝ているのか、死んでいるのか、判断がつかない。

いや、そもそもこいつらは寝たりするのだろうか?

……何にせよ、階段の真ん中で寝ていて邪魔である。

 

「……」

 

ここで、大きな音を立てるわけにはいかない。

ゆっくりと、寝てるやつの隣の開いているスペースに足を差し込み、階段を降りていく。今にも、起き上がって足を掴まれ噛みつかれるんじゃ、と思うと心臓がうるさいくらい鳴り響き始めたが、焦らず、ゆっくり……

 

「……」

 

どうにか、俺が通り終わったのを見ると、後ろの二人が俺に倣ってついてくる。

初めに圭がゆっくりと階段を降りはじめ……通り抜ける。

 

圭が通り終わったのを見て、美紀が意を決して足をやつらの顔付近に差し込んだ……その時!!

 

「はぁぁ……!」

 

「っっっっっ!!!??」

 

足元のそいつが、息を吐いた。起きたのか!?

美紀はその息が足に掛かると、叫びそうになった衝撃を咄嗟に口を手で覆い防ぐが、顔が歪み、今にも泣き出しそうになっている。

そのまま、焦る気持ちもあるのだろう、ゆっくりと、足を進め、最後は落ちるように俺の元へと飛び込んできた。

がしりと、それを受け止めると、美紀がぎゅっと服を掴む。

 

「ふぅ、ふぅ……ふぅ、ふぅ」

 

……追って、こないな。

 

「……よし、大丈夫だ、大丈夫、気が付いてない」

 

「…………し、死ぬかと……」

 

「美紀~!すごい、頑張ったね」

 

「うん……」

 

ひそひそとなるべく小さな声を出しているが、こんな声を感づかれてもまずい、再び階段を降り始めた……3階、2階、1階……と、外へとつながる玄関口には、3体ほどのやつらがうろついていた。玄関口は場所も狭く、正面突破も難しいだろう……

 

「ど、どうしますか、先輩」

 

「……こういう時には、こうするんだ」

 

予め、ポケットに忍ばせていた小皿を取り出すと、入口から少し遠い場所に向かって、小皿を投げる。

 

パリン!

 

と、音が鳴ったと思えば、それと同時にあいつらが皿の鳴った方へと一斉に群がり始める。

それにしても、やはりこれだけ静かだと音が響くな。

 

「今のうちに……」

 

ゆっくりと、あいつらに気が付かれないように歩みを進める。

外へ……外へ……はやる気持ちを抑えて……足を動かし、俺たちは、無事地上へと出ることがきできた。

 

 



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6話

「……本当に、やつらは少ないみたいですね」

 

「普段だったら、私だってこの時間家で寝てるよ……」

 

ようやく見えて来た学校の正門。

しかし、ゾンビたちの姿はそれほど大したものではない。ぽつぽつと、グラウンドに何体かいるみたいだが、こちらに気が付いたところで距離的に追いつかないだろう。

 

「……まずは、3階を目指そう。上の階ほど、あいつらの数は少ないはずだからな。もし、万が一校舎内で奴らに鉢合わせたら、絶対に戦おうとせず逃げること。基本的に、何かを遠くに投げて音を出して気を引いた隙に逃げる。良いな?」

 

「はい!」

 

「わかりました」

 

圭と美紀、それぞれに目をやるが、二人の瞳には緊張こそあれ、この間のような恐怖の色は宿っていない。あいつらに対する実験やここまでの道中でも上手く切り抜けられたことなどが自信につながっているのかもしれない。

俺の手には木刀、彼女たちはそれぞれ包丁と鋏を持っているが、基本戦わせるつもりはない。ポケットに小物をいくつか忍ばせてあるので、それを使って相手の気を引いているうちに逃げるようにしている。

物干し竿の先端に包丁でも付ければ使えるんじゃないかとも思ったのだが、でかすぎて脱出の際、どこかにぶつけて音が鳴り、かえって移動の邪魔になりそうなので置いてきたのだが……やはりリーチがある武器は一つくらいほしかったなと今更になってから思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっと、手を出して二人を制する。

グラウンドを抜け、下駄箱からホールを覗き込んでみると、3体ほど「あいつら」がうろうろとしているのが目についた。制服を着ている……ということは元ここの生徒、必ずしも全員が家に帰ったりするわけではないのか……

 

ポケットから10円玉を取り出し、ホールの奥に向かって投げ飛ばすと、チャリンチャリンと、音が響き、その音に釣られてあいつらが移動を開始する。

 

ばっと、外へと飛び出し、階段へとむか……!!!!

 

「うわ!!」「キャア!!!」

 

ぬっと、男子トイレから姿を現した「あいつら」に驚きの声を上げてしまう!さっきの音を聞いて、個室のやつが出てきてしまったらしい。それと鉢合わせたのだ。

 

「グガア!!」

 

ぬらりと、大きな口を開くと、噛みつこうと手を伸ばしてきたので、咄嗟で木刀を盾にしてガードすると、バキバキ、と噛みつかれた木刀が軋む!

 

「!」

 

相手が噛みついてきている隙に、腹部を思いっきり蹴り飛ばすと、踏ん張る力がないためか相手は素直に後ろによろめき、倒れてしまう。コレがある、いくらあいつらの動きが遅くても、一発でアウトなのだ。不意打ちには十分注意しないと……。

 

「先輩、後ろから!」

 

!さっき驚いたときの声で気付かれてしまったのか、ホールに向かっていた3体ほどがこちらに近づいてくる。

 

「急ごう、部屋から出てくる奴には気をつけろ!」

 

女子トイレの向こう、階段を上る。

一段一段が、普段上っていた時よりも高く感じる。俺が踊り場へたどり着いた、その瞬間!

 

ゴロゴロと、「黒い塊」が上の階から転がってくる。

 

咄嗟に二人をかばって手を出したが、塊は踊り場の壁にぶつかってべちゃりと音を立て動かなくなる。見ると、あいつらが重なって、気味の悪い物体に慣れ果てている、階段を降りようとして失敗したのか……?

 

「びっくりした……今のうちに早く……」

 

と声をかけたとき、圭の顔が引きつっていることに気が付いた。

 

「どうした、圭?」

 

「すみません、驚いた拍子に、足、捻っちゃって……」

 

「圭、肩かして……」

 

すっと美紀が圭の肩を持つ。……圭の怪我も気になるが、階下を見ると、あいつらが集まってきている、今はとにかく上の安全な場所へ……ん?

 

バリケードがある!まだ、作りかけだが、教室の机を何段か重ねて作ったバリケード。これは、まさか……生存者が上にいるのか?

 

 

 

 

 

圭と美紀を手助けしながらバリケードを乗り越え、やってきた3階。見える範囲にあいつらは一体も居なかった。それと同時に、この階に生存者がいる確率が高くなったといえる。もちろん、既に、どこかの部屋で全滅している可能性もあるが……いや、考えるのはよそう。

 

辺りを確認しながら、ゆっくりと歩みを進める。

そこで、生徒会室、と書かれた一室があったので、そっと扉を開いてみる……中には、誰もいないな。二人を招き入れると、美紀が圭を近くのパイプ椅子へと腰かけさせる。

 

「圭、足、見せて」

 

「うん……」

 

圭の黒いタイツが脱げると、そこには白い足に似つかわしくない、赤い大きな腫れものができていた。ちょっと捻っただけ、と言っていたが、どうやらその程度の怪我ではなかったらしい。我慢していたのだろう。美紀が触れると、うっと悲痛な声を漏らす。

 

「すみません、私、いきなり足手まといに……」

 

「なに、こうして3人とも生きていたじゃないか。怪我はしたけど、噛まれてないし、何の問題もないだろ」

 

「でも……」

 

「私も、圭が生きていてくれて、それだけでうれしいよ」

 

「先輩、美紀……」

 

美紀がそういって圭の手を握ると、表情はいくらか柔らかくなった。

怪我なんて、あいつらになるのに比べたら安いものだ。

 

辺りを見回す、筆記用具にノート……使ったと思われる血痕のついたタオルに、カンパンの空き缶か……間違いなく、最近誰かが使ったものだろう。

……こういった極限状態の際、人と人との衝突というのは一番厄介である。先住民たちに俺たちが受け入れてもらえるかどうかだが……。

 

「ちょっと、周りを見てくる。多分、先客がいるだろうし」

 

「え?先輩?」

 

ペットボトルの水で圭の足を冷やしていた美紀が心配そうにこちらを見る。

 

「そんな顔するなって、すぐに戻ってくるから」

 

ガラリと、ドアを開けた。

 

「っ!」

 

「っと!?」

 

目の前に、黒い猫っぽい帽子、ピンク色の髪に同じ色の瞳をしていた小柄な少女が立っていた。制服を着ているということは、俺たちと同じ、巡ヶ丘高校の生徒なのだろう。ちょっと酸い匂いがした。

 

「あ、え、あのあの……」

 

「ごめんよ、こんな時間に勝手に入って。決して怪しいものではないから」

 

「う、うん……」

 

ピンク髪の少女はぽかんとした様子で俺の事を見る。言ってから思ったが、怪しいものではないっていうのは、大抵怪しい奴が言う言葉である。失敗した。

少女は少し落ち着いたのか、今度は身を乗り出して後ろを覗き込むと、圭と美紀とも目があったようだ。

 

「初めまして祠堂圭、巡ヶ丘高校の2年生です!」

 

「えっと、直樹美紀……です。2年生です」

 

「……ド、ドウモ……3年の丈槍由紀、です」

 

二人の自己紹介を聞いて、ぎこちない自己紹介で返すピンク髪の少女。

 

「3年…よろしくお願いしますね、由紀先輩!」

 

「!!」

 

圭のその言葉を聞いて、フリーズしてしまう丈槍由紀。てか、同い年だったのか……てっきり年下なのかと思ったが……。

 

「圭、先輩にいきなり、下の名前だなんて……」

 

「え~?でもその方が距離は縮まるでしょ?」

 

二人の会話もなんのその、ワナワナ小刻みに震えだす丈槍由紀に、どうかしたのかと声をかけようとした、その時だ。

 

「めぐねえ!りーさん!くるみちゃん!!大変、大変、大変だよ!!!?私が先輩で、後輩で、大変だよ!!」

 

ドタン、バタバタ!とはじけるように駆けだし、すぐ隣の放送室へと駆け込むとここまで響く大きな声を出す丈槍由紀。さっきまで、ずっと静かだったからきーんと耳に響く、キーンと。

……まぁ悪い娘ではなさそうだったで安心する。圭はその様子を見てあははと、笑顔を浮かべて脱力していたが、美紀はうるさそうに耳を塞いであいつらに聞かれたら……と不満そうだった。

 

 

 



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7話

「じゃ、後よろしく若狭さ~ん」

 

「え?あなたたち、何言って」

 

「正直、あーしたちは内申点上がるから園芸部に入っただけで、土とか泥臭いのまじ勘弁なんだわ、じゃ、そういう事で」

 

「ちょ……!」

 

鞄にたくさんついたストラップをジャラジャラとさせながら彼女たちはそういって校門から出て行ってしまった。

目の前に残ったのは、とてもじゃないけれど一人で運ぶ気になれない肥料や新しい菜園の道具……。

そう、顧問の佐倉先生に運ぶように言われていた…

 

こんなの、一人で運べるわけないじゃない!

 

そう怒りをぶつける相手は既にここにはいない。

ぎゅっと自分の服の裾を握りしめると、目をつぶって、ただただ怒りに身を震わせた。

 

……しばらくすると、そのまま立っていてもどうしようもないことに気が付いた。

仕方がない、運ぼう。全部、私一人で!半ば、ヤケになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ」

 

肥料の袋は思っていたよりもずっと重かった。

両手で抱えて、落とさないように前を見ながら歩いているが……情けないことにプルプルと腕が震えて足元がおぼつかないのが自分でもわかった。でも、私がやらなきゃ。私しか……

 

「おい、大丈夫か」

 

そんな時だった。

不意に自分の持っていた肥料の袋がすっと軽くなった感覚を覚えた。いや、軽くなったどころではない、持っていないのだ。見ると、私よりもいくらか背の高い男子生徒が代わりに肥料を持ってくれていた。

 

「え?あ、あの……」

 

「女の子一人に持たせるなんて、先生も酷いなぁ……これ、どこに持ってくんだ」

 

「えっと、屋上に……」

 

「よしきた」

 

それから、彼は何一つ文句言うことなく、肥料や道具を運ぶのを何往復も手伝ってくれた。普段、あまり話したことがない生徒だったけれど、見かけたことはある。名前は……何だったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、屋上って、こんなになってたんだな……初めて入った」

 

「普段は園芸部くらいしか入れないものね」

 

「あぁ、手伝って得したよ」

 

雑用をして、得も何もないだろうに。クスリと、彼の人の良さに自然と笑みがこぼれる。

すっかり日も落ちてしまったが、無事に仕事を終えられた達成感と、爽やかな疲労感で気分は良かった。

 

「……綺麗だ」

 

「え?」

 

ドキッとした。急に何を言い出すのかと。

でもすぐに気が付いた、それは私に向かっていったのではなくて、この屋上から眺めた真っ赤な夕焼けを見て、そうつぶやいたのだ。

 

「普段からこんな景色を独り占めしてるのか」

 

手すりに手を置いて、夕焼けを眺める彼。私は自分の服の裾をぎゅっと、握り言葉を、勇気を振り絞る。

 

「……良ければ、何時でも見に来てね」

 

「え?良いのか?」

 

「ええ、その代わり、園芸部の仕事も手伝ってもらうけどね、ふふ」

 

「はは……お安い御用さ」

 

その後、風に吹かれながら、二人で真っ赤な夕焼けを見つめる。夕焼けが赤くて良かった、だって、きっと今の私は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さん、りーさん!」

 

「……!あ、ああ、ゆきちゃん、どうしたの?こんな時間に」

 

「りーさん大変だよ!とにかく早く起きて起きて!」

 

……懐かしい夢を見た気がする。それだけに、今の現実が少し受け入れがたい。でも、彼女がここまでするということは何かあるはず、起きなければ……重い瞼をこすって、嬉しそうに今度は佐倉先生、ことめぐねぇをおこしにかかるゆきちゃん。

 

「めぐねぇ!大変だよ!起きて起きて!」

 

「大丈夫、起きてたわ……ふわぁ……恵飛須沢さんは?」

 

「くるみちゃんはさっき起きてもう行っちゃった」

 

「そう……」

 

思い出すのは、スコップを持った黒いツインテール姿の彼女。

屋上で、あんなことがあったにもかかわらず、昨日の夜までずっと一人で戦い続けてくれたであろう彼女……今日もほとんど寝ずに周囲を警戒していたのだろう……

 

「……」

 

「ところで、丈槍さん、大変なことって何かしら?もしかして、かれらが……」

 

「ううん!違うよ!私ね……先輩になったんだ!!」

 

ムフーと、鼻から息を吐くゆきちゃんを見て暫く思考が止まる。

しかし、徐々に言葉の意味を飲み込んで行き、めぐねぇと顔を合わせると笑顔が咲く。ずっと続いていた絶望の中に、かすかに光が宿ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いきなり、物騒だな」

 

「良いから、少しでもおかしなことしたら、首を飛ばすからな」

 

丈槍由紀が居なくなった後現れたのは、黒いツインテールに、特徴的な八重歯、そして、茶色いスコップを持った氷のように冷たい顔をした少女であった。

 

彼女は俺たちの姿を見るなり、まず、俺に向かって襲い掛かってきた。

持っていたスコップを躊躇なく振り下ろし、俺がそれを受け止めたのとほぼ同時に足払いを仕掛けてきた。

 

素直に転んだ俺に向かって、スコップの先端を突き付けるなり、冒頭のようなやり取りを行う羽目になる。

……油断した。あの丈槍由紀の様子を見て、すっかり気が抜けてしまっていた。

ここはまだ向こうの領地(ナワバリ)、食料にも限りがあるし、口数を減らすため、或いは危険があるとみられれば殺される可能性だって、あったじゃないか……。

 

「そっちの二人も、おかしな動きをしたらこいつがどうなっても知らないぞ」

 

「……」

 

「せ、先輩……」

 

「大丈夫だ。俺は神谷、この高校の3年生で、決して、怪しいものではない……!」

 

言ってから、しまったと思った。またやってしまったと。

俺の言葉を聞いてシャベル少女の瞳はますます冷たいものへと変わる。

 

「怪しいな……お前ら、3人ともやつらには噛まれていないだろうな」

 

「あぁ」

 

「どうだか……足を怪我してるみたいだが、そっちのデコも?」

 

「で、デコ!?私のはただの捻挫です!」

 

「そ、そうか……「あー!くるみちゃん!何やってるの!」!」

 

すっと、スコップが視界から消える。

どうやら、丈槍由紀が戻ってきて助かったらしい……。

 

「……別に、ちょっと、テストだ」

 

「テストって………か、神谷君!!?」

 

ドアの奥から入ってきた人物を見て、まさかと思ったが、まさかであった。

こげ茶色のストレートロングヘアーを左耳の周りだけバレッタでまとめ、黄色い左目の下には泣き黒子……桜色のカーディガン身に纏った同級生、若狭悠里。

 

「若狭。元気か?」

 

生きていたのか!とか、よくぞ無事で!?みたいな大層なセリフも頭の中には浮かんできたが、口から出たのは普段会っていた時と特に変わらないしょうもない一言であった。だが彼女は……

 

「……うん、うん、元気……」

 

俺の一言を聞いて、笑顔で返してくれたと思ったら、徐々に顔を歪ませ、なぜか泣き出してしまった。後ろにいた大人の女性が若狭の肩をそっと抱く。なんだ、どうしたんだ一体。俺と若狭が知り合いだとわかったからか、先ほど襲い掛かってきたスコップ少女はバツの悪そうな顔を浮かべて視線を外していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

生き延びていたのは、同級生の若狭悠里、恵飛須沢胡桃、丈槍由紀に、教師の佐倉慈の4人であった。正直、もしかしたら誰も助かっていないかもしれないと思っていたので、彼女たちの発見は、俺や圭たちにとっても大きな希望となった。

そして、それは彼女たちも同じだったらしい。他の生存者の出現に、恵飛須沢以外の3人はとても喜んでくれていた。特に

 

「じゃあ、みーくんと、けーちゃん!!」

 

「みーくん?」

 

「けーちゃん?」

 

「あとねあとね……かーくん!」

 

「かーくん……?」

 

この丈槍由紀は、普段からこういった性格なのかはわからないが、俺たちが来たことを本当に嬉しそうにしてくれている。それにしても、俺もこれからその変なあだ名で呼ばれてしまうのだろうか……変にむず痒い。

 

自己紹介もほどほどにして、俺たちは現在持っている情報の交換を行うことにした。まず、向こうが話してくれたのは、やつらに襲われた「あの日」の事。

4人とも、屋上にたまたま避難していたおかげで難を逃れたこと。夜のうちになぜか少なくなったかれらの隙をついて、バリケードを作ったこと……昨日は久しぶりにシャワーを浴びて、皆で布団の中で眠った事……どうやら、彼女たちは俺たちに比べて相当ハードな生活を送っていたらしい。

 

今度は、俺たちの現状を話すこととなった。今まで自宅に避難していたこと、やつらの習性について調べていたこと、そして、テレビやラジオから情報が全く入手できないような状況であったこと……希望を浮かべていた彼女たちの表情がみるみると曇っていくのがわかる。特に、先生の、佐倉慈の顔色は良くなかった。

 

「そう、それじゃあしばらく救助の見込みは……」

 

「……しばらくは自分たちの力で生き残った方が良いでしょう。幸いにも、この学校は、サバイバルをするには十分すぎる施設が整っていますし、2階の購買には食料だってあります」

 

「……」

 

「しばらくすれば、情報網も復活して国からの救援も来るでしょう。それまでは、ここを拠点にして、皆で協力しながら苦難を乗り越えるしかないでしょうね」

 

「……協力……そうね、そうよね。先生も、そう思うわ。こういった時だからこそ、協力し合わないと……」

 

そういって、皆で顔を見合わせる。

しかし、そこではたと気が付いた。前を見ても、隣を見ても、女、女、女と、女子しかいないぞ。不意に居心地の悪さを感じて、黙っていると、周りの空気もシンとなり、冷えたような居心地の悪いものになった。

 

「じゃあ、歓迎会だね!!」

 

「え?」

 

その、静けさを破るように丈槍由紀が机に手を置き、そう声を出した。

 

「みんなで、けーちゃんたちの歓迎会をしよー!」

 

「歓迎会……?」

 

「うん!飲んで、騒いで、ワーって!」

 

歓迎会か、確かにうれしいけれど、つい昨日やっと落ち着いた彼女たちにそんなことをさせるのは申し訳ない。それは隣にいた美紀も同じだったらしく

 

「……えっと、先輩、私たちは別に構いませんよ……それより、今は使える設備なんかを整理した方が……」

 

「もーう!後輩が変に気を使わなくて良いの!先輩に任せなさい!!ね、めぐねぇ、良いでしょ?」

 

「そうね……うん、みんなで仲良くなる良い機会だものね」

 

「やったー!じゃあ、まずは……「ぐ~」」

 

誰かの腹の音がなった。かと思えば、きゅ~っと、別のお腹が共鳴し始める。そこで、顔を背けていたが耳を赤くしていた恵飛須沢の姿を、俺は見逃さなかった。後、美紀。

 

「ふふ、まずは、ご飯にしましょう」

 

「あ、料理なら私も手伝いますよ!悠里先輩!」

 

「味見ならまかせてよ~」

 

「ゆき先輩って……」

 

がやがやと、周りが騒がしくなる。丈槍由紀、変な奴だなぁ。と思っていたが、これでいて、雰囲気を明るくするムードメーカーなのかもしれない。本当は、空気などを読んでわざとああいった振る舞いを?……と、それは考えすぎかもしれないが、なんにせよ、彼女のおかげで、重かった空気も一変した。

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

見ると、恵飛須沢胡桃であった。

先ほどのような冷たい空気はもう纏っておらず、少なくとも、警戒は少し解いてくれたとみても良い。

 

「さっきは、その、悪かったよ、ごめん」

 

目を伏せながらそう謝罪をしてくれた。……良い奴だな。

 

「さっき?なんか謝られるようなことあったっけ?」

 

「!……お前」

 

「それより、皆、洗濯なんかもするんだろう?購買まで行きたいんだけど、一緒に行ってくれないか?」

 

「……ああ、良いよ」

 

初めはどうなることかと思ったが、、思ったよりうまくやれそうな気がした。

 

 

この日から、俺たちのがっこうぐらしが始まったのだった。



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8話

ジャーーー!!

 

「……ふぅ」

 

朝。トイレから出た俺は、すさまじく晴れやかな気分であった。

ここ最近ストレスになるようなあいつらとの戦いが続き、ろくな食べ物も食べてなかったが、昨日は購買に残っていた消費期限の近い食材を若狭や圭が大量に料理してくれ、久しぶりに満足のいく食事をとることができたのだ。

 

そして、腹がいっぱいになると、出るものも出る。

先ほどはなかなか長期に及ぶ戦いをトイレで繰り広げていたが、長期戦であるにもかかわらず、勝つことはわかっていたような、そんな余裕のある気分が良い消化試合であった。戦いが終わった後、流すのが少し勿体ない気分になったくらいである。

 

凄まじい達成感があった。この、達成感を誰かと共有したくなったのだが……

 

「先輩、おはようございます」

 

生徒会室に顔を出すと、美紀が一人、パイプ椅子に腰かけ本を読んでいた。

 

「おはよう、美紀。今朝は何の本を読んでるんだ?」

 

「これですか?デセプション・ポイントという本です。地球外生命体の化石が発見されたという知らせを受けた主人公が……」

 

うん、美紀相手には流石に、今朝の俺の爽やかな気分を話すことは出来なさそうだな。

美紀は、図書館が使えるようになってからというもの、この通り本の虫になってしまった。もちろん、優先的にやることや、誰かの手伝いなども進んでやってくれるが……。

まぁ嬉しそうに本の内容を話してくれる彼女の姿は、嫌いじゃない。

 

そう、俺たちがここ、巡ヶ丘高校で暮らし始めて。かれこれ10日間が経っていた。

 

俺は恵飛須沢と一緒にやつらを倒し、2階を制圧した後はバリケードを補強したりしながら、行動できる範囲を増やし日々の生活基盤を強化していった。まずはどんな施設が使えるのか、また、残っているもので使えるものはないか、何日分くらいの食糧が残っているのか……やることは山積みであった。

部屋や廊下も、はじめ吐き気を催すほど無残なものであったが、皆で掃除をして、少しは、見れるようになってきた。ようやく、安定してきたのだ。生活的にも、精神的にも。

 

「先輩?」

 

「ああ、聞いてるよ。それで、面白くて昨日は眠れなかったと?」

 

「そ、それはその、はい。続きが気になってしまって……」

 

「そうか。でも、身体に悪いから、ほどほどにな」

 

「はい」

 

にこりと笑う美紀、こんな爽やかな空気なのに、大の便の話は出来ないよなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、神谷君。おはよう」

 

「おはよう、若狭」

 

屋上にやってくると、菜園の世話をしている若狭の姿が目に付いた。今朝から軍手をして、無駄な雑草をむしっていたらしい。手伝おうかとも思ったが、そろそろ終わりだったらしく、すでに若狭は花壇の一番端までやって来ていた。

 

「今朝も良い天気ね。これなら、今日もシャワーを浴びられそうだわ」

 

「そうだな」

 

学校の電気は有限である。

太陽光からの発電に頼り切っている現在は曇りなどの日は極力電気を使わないように取り決めた。その為、シャワーを使うにしても、電気が十分に貯まる晴れの日しか使えないのである。男の俺はともかく、女の子には少々しんどいことだろう。

 

「……あら、神谷君、何か良いことでもあったのかしら?」

 

「え?……どうして」

 

「う~ん、何だか、普段より嬉しそうな顔してたから、かな。何かあったの」

 

「ああ、いや、大したことないんだけど……」

 

と、そこまで言いかけて、思い返す。

彼女は、俺の大の便の話を聞いてどういう反応を示すだろう。

 

相手がどんなあほなことをしても笑ってくれるような男友達ならともかく、相手は今も俺の言葉をにこりと微笑みながら待ってくれているような美少女・若狭悠里である。

 

「まぁ、大したことじゃないよ」

 

「えぇ~、気になるじゃないの、ね、何?」

 

「なんでもないって。それより、何か手伝えることってあるか?」

 

「そうね……じゃあ、一緒に水やりを手伝ってくれないかしら」

 

上手くはぐらかしたと思ったが、そのあとも手伝いをしながら、今朝どんないいことがあったのか、7回も聞かれた。若狭は気になることに対しては結構、ねちっこいタイプであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに一人くらい男が居れば、今朝のあの感動も、何の気なしに話せるのだろうが……そうか、女子しかいないものな……。

 

「おい、ぼさっとするな、どうしたんだ」

 

「いや、悪い。ちょっとな」

 

やつらの相手は基本、俺と、それからこの恵飛須沢のやつとで受け持っている。

恵飛須沢は、強かった。その抜群の運動神経と奴らに対しても躊躇なくとどめを刺せるタフさを持っており、俺が長い得物で奴らを取り押さえたり、転ばしたりした隙に、恵飛須沢がとどめを刺すという戦い方で、やつらを撃退していた。

 

購買に置いてあったさすまた……これが、また使える武器だった。奴らのリーチ外から取り押さえられ、かつ、やつらの知能ではうまく抜け出せないものだから、拘束性も高かった。

おかげで、二人でなら2階を制圧することも可能になり、その後、バリケードを作って美紀達でも行き来ができるようにまでなった。1階まで行ったこともあったが、流石に制圧……するのはまだまだ難しいと感じた。倒しても倒しても、外から新しいあいつらが湧いてくるのだ。できるとしたら、せいぜい、夜に行って1階のどこかの物資をとってくることくらいだろう。

だが、今のところ、魅力的な施設が1階にないのもあって、制圧の予定はない。2階、3階でも十分に生活ができているが……と

 

「いたぞ……一体。バリケードを壊そうとしてるな……」

 

「……」

 

だっと、恵飛須沢がバリケードの机に飛び乗る。こいつ、倒すつもりか!っていうか、何か言えよな、本当。俺は恵飛須沢が机に乗って構えたのと同時に、ポケットに入れていたコインをわざと床に落とす。

 

すると、注意がバリケードから、バリケードの向こうにいた俺の方へと移り……

 

「……ばいばい」

 

その隙に、反対側に飛び降りた恵飛須沢が、スコップを振るってその首を跳ね飛ばす。

血潮に濡れる、恵飛須沢の服と顔……いくら見ても、見慣れない光景だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵飛須沢は、あまり笑わないやつだった。

由紀に色々とちょっかいをかけられたときなどは、少し柔らかい表情をするが、少なくとも、俺と二人でいるときに彼女が笑ったところは見たことがない。

 

「バリケードの補強はこんなもんか……また針金やら取りに行った方が良いな……」

 

「……」

 

無口で頼りになる相棒ではあるが、こんなことではこの先、思いやられ「なぁ」

 

「ん?」

 

「お前さ、なんか、言いたいことでもあるのか」

 

「な、何が」

 

「いや、なんか……そんな顔してた」

 

……驚いたな。俺になんか無関心だと思っていたが……。

それにしても、困ったぞ、それって、多分、俺が今朝の事を考えていた時のことだろう?今朝の事って言うと、大の便が快適だったというあれである。

 

「言えないなら、別に良いけど……」

 

だが、口数の少ない彼女が折角切り出してくれた一言なのだ、ここで言わないわけにはいかないだろう。見ると、彼女は凄く真剣な顔をして俺の言葉を待っているようであった、やはりここは言った方が良いな……。

 

「いや、実は今日、すげー大量のう…こが出てさ」

 

「……は?」

 

「だ、だから、すげー、腹の調子が良くて大量の…んこが出たんだよ」

 

「……」

 

「……」

 

静寂、無音。

恵飛須沢は豆鉄砲を食らったがごとく、口を開けてポカンとしている。やはり、言った後に、すごく後悔した。なんで俺はこんなあほらしいことを彼女に真実を打ち明けるかのごとく話してしまったのかと。

 

「ぷ、くく、ふふふ、あははははは!」

 

「お、おいバカ!笑うなよ」

 

「あは、あははは!だって、お前、すごい真剣な顔して、う…こが出たんだ。なんて、あは、あはははは!」

 

なんだ、何なんだ。

初めて見る大笑いだった。彼女は、俺の大の話を聞いて爆笑してくれたようだった。確かにコレが、俺の求めていた反応ではあるが、なんか、ちょっと違う。

 

「おい、笑いすぎだぞ」

 

「あはははは!」

 

「お、おい!あいつらが集まり始めてるって!」

 

ぐおおと、周りにあいつらが集まりだしたのでマジで焦っていたが、その間も彼女は腹を抱えて笑いっぱなしであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、今日はどうだった」

 

次の日、彼女の方から声をかけてきた。

 

「どうって、何が」

 

「うん?調子は良かったのかって事さ」

 

暫く考えてから、意味を理解した。

まだ昨日の事を言っているのか。っていうか、もしかしてこいつそういう話が好きなのか?

 

「あぁ、まぁまぁだったな」

 

「そっか」

 

そういって、優し気に笑う。何が彼女をここまで変えたのかわからないが、それから恵飛須沢胡桃は良く笑うようになった。



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9話

「みんな、少しいいかしら」

 

生徒会室で夜ご飯であるレトルトのカレーを食べ終わるころ、若狭が神妙な面持ちでこちらを見た。声のトーンからして真剣な話であるとわかったからか、由紀のやつも珍しく背筋をピンと伸ばして姿勢を正している。

 

「明日から、皆で部活を始めようと思うのだけれど……そのどうかしら?」

 

「「部活!?」」

 

そう大きな声を出したのは由紀と圭。美紀は二人に挟まれていたため、耳を抑えて顔を顰めている。部活……部活かぁ。佐倉先生は後ろでニコニコと微笑んでおり、既に話を受けていたことがわかる。それにしても、なるほど、部活か。

 

「ええ、ただ過ごすより、目的があった方が張りが出ると思って」

 

「うん!賛成!すっごく賛成!」

 

「部活って……どんな部なんですか?」

 

「それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…きて、ねぇ起きて、かーくん!」

 

「……ん?」

 

朝、か……?

ぼーっとした頭で薄緑色に光る時計を見ると、時刻は、午前3時……朝日を見るにしても、早すぎる時間帯だ。

 

「……トイレ?」

 

「ううん、違うよ」

 

目元をもみほぐしながらそう尋ねてみると、あっさりと否定する由紀。

じゃあ、何でこんな時間に。

 

「あのね、外に行きたいんだ」

 

「外?……外?」

 

少しずつ、覚醒していく頭の中で、由紀の言葉を反復させる。外、外、トイレじゃないし、購買、でもない。じゃあ、うん?まさか。

 

「学校の外か?」

 

「うん」

 

ぎゅっと、俺の服を掴む由紀。

なんで急にそんなことを……そう思ったが真面目に言っていることくらい雰囲気でわかる。

それに、彼女は頭はあまりよくないが、何の考えもなしにそんなことをいう人物でないということも知っている。

 

「……恵飛須沢を起こそうか?」

 

カーテンの向こうで寝ているであろう恵飛須沢の方を見る。

放送室で皆で寝る都合、それぞれのスペースにはカーテンで仕切りがつけられるようになった。圭と美紀、佐倉先生と由紀、若里と恵飛須沢、そして、俺といった具合に仕切られている。余談だが、カーテンにはそれぞれの名前の付いた看板(圭と美紀作)が付いており、それぞれの部屋って感じが出ている。

 

「ううん、すぐそこ、だから……」

 

不安げに瞳を伏せる由紀。いつも元気な彼女らしくない……。

 

「……わかった、行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

護身用のバットを持ち、放送室のドアを開けて、廊下へと出る。

夜の学校というのは、いまだに何か出そうで心臓によろしくない。いや、何か出るのか……。

後ろを見ると、由紀がいつもの制服を着て、心配そうに俺の服の袖を掴んでいた。

 

「よし、いくぞ」

 

「……う、うん」

 

 

 

 

 

 

バリケードを二つ超えて、階段を降りていくと、一階の廊下が見えてきた。

時間が時間だけに、やつらがすぐそばにいるという気配はない。気配はないが、油断はできない。それに、ここから先へは、ライトを使うと相手に気が付かれてしまう。わずかな月明りだけが、頼りだった。

 

「……」

 

静かに歩みを進めると、途中、やつらが居るのがわかった。また、下駄箱の方だ。あいつらは、何時も帰りもせず、うろうろしている気がする。

ポケットに入っていた小銭を投げて気を引くと、由紀の手を握り、一気に駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

綺麗な月だった。

 

白んだ空気に、雲も出ていたが、月は、丸々と輝いていた。

久しぶりに出る学校の外は、いつもとは違う、どこか新鮮な匂いがすると思った。

 

「外に出たけど、何か、探してたのか?」

 

「うん、えっと、こっち!」

 

先ほどまで後ろから小さくなってついてきていた由紀が前を歩き始める。これだけのリスクを背負わせたのだ、大したことのないことであれば、説教の一つでもしてやらねばならない。

 

「……どこかなぁ」

 

正門を出て、キョロキョロと辺りを見回し始める由紀。

本当に、どこまで行く気なんだ、これ以上学校を離れると……と、そこでキャン!と何か、動物が鳴くような声が聞こえてきた。

 

「いた!あっち!!」

 

「お、おい」

 

ばっと、道路を横切って駆けだし始める由紀のあとを追う。途中、車が民家に突っ込んだような形跡があったり、親子連れらしきやつらの屍があったりしたが、由紀はそれらには目もくれず、走り続ける。

 

「勝手に行くと、危ないって……」

 

「あ!見てほら!」

 

路地を曲がったところで、由紀が何かを指さしたが暗くて何も見えない。ポケットに入っていたスマホを取り出し、懐中電灯のアプリを起動すると……

 

「わん!」

 

「うわ!!」

 

しまった!飛び掛かってくる「何か」に対して咄嗟に、バットを構えようとしたが、携帯電話を持っていたため、うまく持つことができなかった!由紀だけでも!そう思い盾になるように前に出る。でもこれは、噛まれる!!

そう思った時だった。

 

 

ペロリ

 

 

ざらりとした舌が頬を舐めた。ついで、少し獣臭い口臭が、鼻を衝く。この独特な匂い……持ち上げてみると、犬だった。

 

「やっぱりいたー!」

 

「お、おい、待て由紀」

 

舌を出して尻尾をぶんぶんと振る犬にスマホの懐中電灯を当て、隅々まで見回してみる。

血が付いている……が、こいつの血……というわけではなさそうである。首元を見ると、首輪が付いており、そこには銀のタグで「太郎丸」と書かれていた。

 

「も、もう良いかな」

 

「ああ……太郎丸だそうだ」

 

「そっか!太郎丸!太郎丸……良い名前!」

 

「……」

 

クルクルと太郎丸を抱えて回る由紀を見て、ふぅと力が抜けるのがわかる。

急に出たいなどと言い出すから何事かと思ったら、犬だったのか……。

 

「ありがとう!かーくん!かーくんがいなきゃだめだった!」

 

「え?……あぁ、まぁ、気にするなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そっと、生徒会室に顔を出すと、ぱちりと電気が付いたのがわかる。

見ると、パジャマ姿の若狭が仁王立ちしているようであった。顔は笑顔だが、何とも言えない凄味を感じる……!

 

「……こんな時間に、どこに行っていたの?」

 

「いや、その、散歩?」

 

「へぇ~?」

 

こええええ!

怖い、怖すぎる!いつもニコニコと優しそうな笑みを浮かべているその細い目から見せる眼光が、鋭すぎて殺されそう。

 

「わん!」

 

「あら?」

 

「あ、太郎丸!」

 

「太郎丸?」

 

ピコピコと尻尾を振っている柴犬が若狭周りをクルクルと回る。若狭がしゃがみ込んで眺めようとした、そのときだ。

 

ペロっと犬が、若狭の胸を舐めた。揺れた。

もう一度言う、胸舐めて、揺れた!

 

「ん!?ゆきちゃん、ど、どうしたのこの犬」

 

「お外で見つけたんだ~、ね、飼ってもいい?」

 

「え、そ、そうね~……」

 

心配そうにこちらを見る若狭。ああ。

 

「大丈夫、噛まれた形跡はなかったよ」

 

そういうと、ほっとしたように、太郎丸の頭を撫でる。にしても、先ほどの光景は素晴らしかったな、暫く、俺の脳内フォルダの中に保存させてもらおう……。

 

「まずはめぐねぇに相談してみないと……」

 

「うん!あ!何か犬でも食べられるものってあるかな」

 

「それなら確か購買にドッグフードが……」

 

チラリと、こちらを見る若狭。

分かったよ、お犬様のために取りに行けばいいんだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わんこ?」

 

初めに起きてきたのは美紀だった。

部屋にいる俺たちに気が付いているのかいないのか、まっすぐに寝ている犬の元へと駆け寄ると、屈んで首をコテっと倒して、わんこ~?などと呼んでみている。めっちゃ可愛い。

そんな美紀の気配に気が付いたのか、太郎丸が目を覚ます。

 

「あ、あ、ご、ごめん、起こしちゃった?」

 

のそのそと、起き上がり、くぁっと伸びをすると舌をちろっと出して、尻尾を振る太郎丸。

それを見た美紀ときたら、目が、もうハート型になるくらいデロデロであった。顎のところをナデナデとしながらいつもより優しい声を出す。

 

「かわいい、どこから来たの?」

 

「すぐそこだよ!みーくん!」

 

「うわああああ!!」

 

後ろから突然由紀が現れ驚いた拍子に、太郎丸に張り手をくらわす美紀。

太郎丸はきゃんと、小さな声を上げて美紀が開けていた教室の扉を通って出て行ってしまった。

 

「……あ、太郎丸~待ってー!」

 

「……わ、私、なんてことを…………は!」

 

ばっとフリーズしていた美紀が振り返ってこちらを見る。すると、俺と若狭が椅子に座って紅茶を飲んでいたのにようやく気が付いたらしい。

 

「お、おはよう、美紀」

 

「…………見ました?」

 

「わんこ~だ何て、可愛かったわ、美紀さん♪」

 

「っ!」

 

いつもはクールな美紀が、耳の先っぽまで真っ赤に染まる。そして、そのままふらふらと立ち上がると生徒会室を出て、バタバタと放送室の方まで駆けだした音が聞こえる。あれは、布団の中に入って悶えるパターンだな……

 

「クス、美紀さんって、可愛い子ね」

 

「……あんまりいじると根に持つタイプだぞ」

 

「そう、気が合いそう」

 

若狭は耳元の髪をかき上げて、静かにカップを傾けていた。

 

 

 

 

 

その後、佐倉先生からは無事に太郎丸を飼う許可が出た。しかし……

 

「あはは、カワイイ~」

 

「本当だな、へへ」

 

「……」

 

そっと、圭と恵飛須沢の撫でている太郎丸に近づく美紀、が。

 

「あ」

 

美紀が近づくと、プイっと背を向けて今度は佐倉先生の元へと逃げるように移動する太郎丸……そう、美紀はあの平手打ちが効いたからか太郎丸にすっかり嫌われたようだった。

 

「みーくん、大丈夫大丈夫!」

 

「だ、誰のせいですか!」

 

「!わんわん!」

 

ばっと、美紀と由紀の間に入って吼える太郎丸。どうやら、二人が喧嘩をしていると勘違いしたようである。いや、どちらかというと、美紀が怒鳴ったから由紀をいじめていると思ったのかもしれない。

 

「あ、いや、これは、太郎丸……」

 

「……」

 

ぷいっと、太郎丸は教室を出て行ってしまう。

しゅんと寂しそうにしている美紀の方が、まるで小さな子犬のようであった。

 



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10話

「美紀~そっち何かあった~?」

 

「ううん、特には……う、蜘蛛の巣……」

 

ゴミ箱をひっくり返したかのように埃っぽい部屋の中、愚痴をこぼしているのは祠堂圭と直樹美紀の2年生コンビだ。

ここは学校の3階にあった資料室。今朝、たまたま倒した「やつら」のうち一体がこの部屋のカギを持っていたので入れるようになったのだが……

 

「先輩……ちょっと窓開けても良いですか」

 

「そうだな、ごほ、流石に、これは……」

 

資料室の中は埃っぽいだけでなく、本棚がひっくり返っており、足の踏み場もないくらい本やファイルが散らばっている。

何か役に立ちそうなものでもあればと思っていたが、あるのは学校の生徒数が書かれたかたっ苦しい資料や昔の卒業写真などのアルバムばかりで役に立ちそうにない。

 

ガララと美紀が窓を開ける音が聞こえる。

少しは綺麗な空気が入ってきた……気がする。

 

「……それにしても、大したものは無さそうだな」

 

「そうですね……せめて食料などあれb」「あ!」

 

圭が何かに気が付いたらしい声を出したので、美紀と二人、顔を合わせると身を乗り出して覗き込む。すると、くるりと振り返って見つけたものを勝ち誇るように見せつける。

 

「見てくださいよこれ!」

 

「えっと、DVDケースか?」

 

圭が見せてきたのは、どこでもあるような黒いDVDケース、しかも、タイトルは巡ヶ丘高校第32期卒業生……卒業DVDというやつで、今時珍しくもない。とてもじゃないが、そんなに声を出して喜ぶような代物ではない気がするが……。

 

「……有名人でもいるのか?」

 

「ふふふ、そう思うじゃないですか?」

 

パカっとケースを開けると、ちらっと、こちらを一度見て、DVDケースの中身を出す、かと思えば、またちらりとこちらを見て、手を引っ込める。……良いからはやく。

 

「じゃーん!見てくださいよこれ!」

 

そういって圭が勝ち誇るようにして取り出したのは一枚の色のついたDVD……って、これ

 

「映画のDVDじゃないか」

 

「そうなんですよ!しかもこれ、私が見たかったやつなんです!」

 

「どうして卒業DVDのケースにこんなものがあるんでしょう……?」

 

「……きっと誰かがケースでカモフラージュしておいてたんだろうな。何時でも見れるように」

 

「そうですね、まるで、先輩のえっちな本みたいですね」

 

……最近美紀は太郎丸の一件があったからか、機嫌が悪い。

 

「じゃあ、上映会だ!!」

 

「うお!」「きゃ」

 

「ゆ、ゆき先輩!?」

 

ばっと俺たちの間に立ち上がると、元気いっぱいにそう叫んだ黒い猫帽の丈槍由紀。

今日は、佐倉先生と授業をやるみたいなことを言ってなかったか?

 

「ふふーん!今日は上映会だね!夜になったら、みんなでポップコーン食べながら映画を見るの!部屋をうんと暗くして本物の映画館みたいに!」

 

「おー!それ、最高です!」

 

「……それは良いですけど、先輩、今日は授業を受けるって言ってませんでした?」

 

「今はちょっと休憩~。ねぇねぇ、けーちゃん!それってどんな映画~?」

 

「えっと、私も見たことないんですが、なんか泣けるって噂でしたね~」

 

「ほんとー!たのしみ~!」

 

「はぁ、全くもう、圭もゆき先輩も……」

 

何て言いながらも、美紀のやつも映画が楽しみなのか、口元は笑っていた。どうやら今日上映会とやらをするのは確定らしい。……久しぶりに笑顔を見せてはしゃぐ3人を見て、少しほっとした。救助の来る気配もなくて、最近はちょっと空気が悪くなってきていたからな。……さて、使えるDVDプレイヤーはどこの教室にあっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めぐねぇ、こと、佐倉先生の許可も無事に降りたので、俺は恵飛須沢と二人、職員室にあったプロジェクターとネットにつながらないノートパソコンを運び込む。

てっきり、教室にあるテレビを使うのかと思ったが、由紀のやつが、どうせならうんと大きい画面で見たいというので、先生の助言でプロジェクターを使うことにしたのだ。

 

「なぁ神谷、これ、どこへ持って行くんだ?」

 

「物理実験室か、化学実験室が良いかな、あそこは遮光カーテンだし」

 

「あー、そういえば……」

 

そういって、手もとに持っているノートパソコンを眺める恵飛須沢。その調子は普段とあまり変わりないように見える。

 

「映画、あんまり好きじゃないのか?」

 

「……別に、普通だよ。ただ、あんまり見に行く機会がなかっただけで」

 

「へぇ、恵飛須沢くらい可愛けりゃ、デートで行ったりしてそうだけどな」

 

「ぇっ!?」

 

「あ、太郎丸」

 

廊下の先から走ってきたのは、何か銀色の物を咥えた太郎丸と、それを追いかける由紀と若狭。

それにしても、若狭が走ると、バインバインとそれはその、凄い(語彙消失)。上も暴れていて凄いがひらひらと揺れるスカートはもう少しで見えてしまいそうな緊張感があってそれはそれで……痛っ!

 

ガツーンとあまりの後頭部の衝撃に、頭の中は一瞬真っ白になり、機材を落としそうになった手に力を入れて慌てて持ち直す。……隣に居た恵飛須沢にいいチョップをもらったらしい。にしても、少しは加減というものがあるだろう、意識が刈り取られるかと思ったわ!

 

「いってぇ……何するんだよ、急に」

 

「……ばか」

 

ぷいと顔を背ける恵飛須沢。なんだよ、急に……。

拗ねてる顔はちょっと可愛いが、まだ頭がジンジンしていてそれどころじゃない。本当に、じわじわ痛みが……あぁ……。

 

と、そんなやり取りをしているうちに、太郎丸のやつが通り過ぎて行ってしまった。

後ろからやってきた由紀と若狭が息を切らせながら俺たちの前で立ち止まる。

 

「はぁ、はぁ……早いなぁ太郎丸」

 

「なぁ、どうしたんだ、りーさん?」

 

「うん、太郎丸が、ポップコーンの材料を持って行っちゃって……」

 

「ぽっぷこーん?」

 

「映画と言えば、ポップーンだよ~!」

 

えへんと見かけのわりにそこそこ大きな胸を張る由紀。

ポップコーンか、久しく食べてないな……おわ!

今度は急に手もとが重くなった。

 

「おい、恵飛須沢」

 

「なに、ちょっと捕まえてくるよ」

 

そういうと、俺の持っていたプロジェクターの上にノートパソコンを乗せて、屈伸やストレッチを始める恵飛須沢。どうでもいいが、走るつもりならその重たいスコップは置いて行けよな……。

 

「よーい、どん!」

 

速!

そう思ったころには、既に恵飛須沢の背中は小さくなってきていた。若狭や由紀も口を開けて驚いている。かと思えば、また走って戻ってきた……手元には、抱えられた太郎丸……。スコップを持ってあの速さとは……、

太郎丸が咥えているのは、銀色のアルミ鍋というやつに入った家庭で作るタイプのポップコーンだった。包装された状態ではあるが、太郎丸の牙が中身に少し食い込んでしまっている……そんな太郎丸を、恵飛須沢は抱えたままげしげしと頭を乱暴に撫でる。

 

「全く、どうしてポップコーンなんて盗んだんだ?太郎丸―」

 

「太郎丸も食べたかったんだよね~」

 

今度は由紀に頭を撫でられるとくぅんと情けない声を出す。こいつは結構賢いんだよな、こちらの言うことをきちんと理解してるみたいだし、危険な1階にはむやみに近づいたりしないし……やつらが入り込みそうになった時はすぐに俺たちを呼んでくれたりもした。ポップコーンがどんなものなのかも知って居たり……は流石にないか。フリスビーとかに見えたのだろうか。

 

「……まあ、塩やキャラメルなんかを使わなければ、太郎丸が食べても問題ないし、これは太郎丸の分も作っちゃおうかしら」

 

「本当!?りーさんさすが~!」

 

「あ、もう、由紀ちゃんったら……」

 

ぎゅっと、若狭に抱き着く由紀。二人は、こうしてみていると仲のいい姉妹のようにも見える。それを微笑ましそうに見つめる恵飛須沢は……どっちかと言うと、お父さんとか、お兄ちゃんとかそういうポジションだろうな。

 

「恵飛須沢って、やっぱモテそうだよな?」

 

「は、はぁ……!?な、何言ってんだよ、お前!?」

 

ああ、主に女の子に、モテそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンと膨らむポップコーンに驚く太郎丸になごんだりしながら、夕方、俺たちは物理実験室に集まった。

物理実験室は大きな机がいくつも並んでおり、中々見ごたえがありそうだった。

先生がスクリーンを降ろして映画を見れるようにセッティングしていると、さっそく今日作ったポップコーンを持った由紀が一番前へと陣取った。

 

「丈槍さん、ちゃんとまっすぐスクリーンに映ってるかしら?」

 

「大丈夫だよ!めぐねぇ!」

 

「だから私はめぐねぇじゃなくて……はぁ、それじゃあ、みんな座ってね」

 

「みーくん、隣座って!」

 

「え……まぁ良いですけど……」

 

ぞろぞろと、セッティングを見守っていた皆も自分の席を探して移動し始める。俺は……そうだな、前ってガラじゃないし、後ろの扉の近くにしておくか、もしも「何か」あった時にも、すぐに対応できるしなぁ。

 

後ろの席にあった、一番端っこの丸椅子に腰かけると、すぐ隣に圭がぽんと腰かけてきた。それも、これだけ椅子があるのにわざわざ真隣にだ。

 

「ふっふっふ」

 

「な、なんだよ、不気味だな」

 

「まぁまぁ、良いじゃないですか♪」

 

妙にご機嫌な圭がニコニコと笑みを浮かべるのを気味悪く思っていると、前の方に座っていた美紀がジト目でこちらを見ているのに気が付いた。別に、お前から圭を取ったりしないっての。

 

 

 

「……」

 

「くるみちゃんくるみちゃん、そんなとこに立ってないで、隣、座ってよ~」

 

「え、あ、ああ……」

 

「それじゃあ、電気を消すわね」

 

ぱっと、電気が消えると、部屋の中には、プロジェクターのうっすらとした光だけが映るようになった。前に座っている由紀たちや、若狭と佐倉先生の後ろ姿も、灰色に光って見える。

 

「うわぁ、すごい!わくわくするね!」

 

「そうですね、結構雰囲気が出てます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口にポップコーンを放り込み、さくっと噛むとほどよいバターの甘みが口の中に広がっていく。それをぽいぽいと口に詰め込んでいると、少し喉が渇いてきたので、珍しく許可のでた貴重な炭酸飲料を口いっぱいに飲み込むと、乾いた喉を、冷たい炭酸がはじけるように潤していく。

 

映画は、犬との共存をテーマにした恋愛映画だった。

初めは、主人公の男性が寒さに震える子犬(シュナウザー)を拾い、その犬をかわいがっていると、たまたま近くに住んでいた傷心の女性と会話するきっかけとなり徐々に仲が発展していく……といったような、まぁよくある内容だなと思った。

 

「この犬、ちょっと太郎丸ににてますね」

 

「そうか?全然犬種が違うだろ」

 

映画の犬は黒いシュナウザーで、太郎丸はスタンダードな柴犬だ。ちっとも似ていない。

 

「なんとなく、雰囲気がですよ」

 

「まぁ、どっちも賢い犬だろうけど」

 

 

 

 

 

 

(恵飛須沢くらい可愛けりゃ…デートで……)

 

(全然内容が入って来ない。あの馬鹿が変なこと言ってきたせいだ…)

 

「……あたし、ちょっと、トイレ」

 

「……」

 

「……」

 

(って、由紀も美紀も真剣に見てて聞こえてないか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?

トイレにでも行っていたのか、廊下へと出ていたミス・シャベル、もとい恵飛須沢のやつが後ろの扉をそっと開けて部屋に入ってきたかと思えば、そっと俺の隣に丸椅子をおくと、おもむろに腰を下ろしはじめた。

 

「なぁ誰、あの女の子?」

 

「あぁ、主人公の妹だって」

 

「ふーん、なんか、どっかで見たことあるよな」

 

「最近売れてた女優だろ?」

 

「え、ああ、そうだったっけ」

 

『お兄ちゃんが女の人と知り合っただなんて信じられないよ』

 

……なんで自席に戻らないんだろうか。

どうやら、恵飛須沢はそこに腰を落ち着けたらしく、そのあとも、ぽつぽつと俺に感想を求めてきたり、持っていたポップコーンを取られたりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今まで、ありがとう……お前は、死んでからもずっとボクのそばにいてくれたんだね……』

 

『わん』

 

ぐすぐすと、物理実験室には、女子連中のすすり泣く声が響く……。

 

「ぐす……ぐす……」

 

横目で見ると、圭も目を真っ赤にして、持っていたハンカチで目元の涙を拭っている。

……こういう動物系は、最後に死んじゃうんだろうなぁ、とある程度覚悟してみるものの、やっぱり実際その場面(シーン)になると、くるものがあるよな……。って

 

「……」

 

恵飛須沢のやつが机に突っ伏したまま動かない。

お前、この名シーンを見逃すつもりかよ。

 

「……」

 

しょうがないな。

圭にばれないように、ポンポンと、背中を軽くたたいて起きるように促す。いくら合わない映画だったとは言え、このシーンを見ないのは勿体なすぎる……何度か背中をぽんぽんしてみたが、恵飛須沢は起きる気配が……。

 

「ぁ、ありがとぅ……もう平気だ」

 

「……え?あ、あぁ」

 

なんだ、起きてたのか。

って、酷い顔だな……まさか、机に突っ伏していたのは、泣いてたからなのか……。興味がないどころか、号泣するなんて感情移入しすぎだろう……。

ただ、ぐいっと手の甲で涙を拭ってにへらと笑う姿には、不覚にもドキリとしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はわたしが太郎丸と寝る!」

 

「あ、ズルいですゆき先輩!おいでー太郎丸~♡」

 

「……ぅぅ~……わふ」プィ

 

「えぇー……ぇー……」

 

夜。夕食の時間は映画の話でもちきりだった、やれ、主人公の男が少し優柔不断すぎるとか、女のヒロインが尻軽っぽいとか。まぁそういう他愛のない話だ。だが一番の話題は何といっても犬だった。犬が着ていた服が可愛かったとか、子犬時代のブルブル震えてお風呂に入るシーンが良かったとか。

 

そうすると、自然と今一番最も身近な犬である太郎丸に注目が集まる。

急にみんながちやほやし始めるので、太郎丸自身何が起こっているのかわからなくて困惑しているだろう。今も、誰が太郎丸と寝るのかということで争奪戦が起きている。

 

「わかったわ、じゃあ、こうしましょう!太郎丸が今から一番に寄っていった人の布団で今日は寝るということで!」

 

「のった!」「異議なし!」

 

となると、由紀・佐倉組と、若狭・恵飛須沢組と、圭・美紀組になるわけだが……。

 

「おいで~太郎丸~!」

 

「太郎丸くん、かも~ん!」

 

「いつもご飯をあげてるりーさんですよ~」

 

「りーさん、それはズルいような…」

 

「……」

 

お、俺のところに来たぞ。

え~とか、なんで~とか、ぶーぶーと不満の声が飛んでくるが知った事ではない。

 

「まぁ、そのうち熱も冷めるだろうよ」

 

「くぅん」

 

……俺の枕元で引っ付いて眠る太郎丸。

そうでもないようを装っているが、内心、めっちゃうれしかった。

 



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11話

コンビニの薄暗い店内。目視できるのは、フロアの先に見えている、もはや店員だったか客だったわからないあいつらが……2体。

 

目の前にいた恵飛須沢からアイコンタクトが送られてくる。こくっとうなずき、落ちていたカップ麺を拾うとドリンクの入ったガラスケース目掛けて、投げつける。すると、「あいつら」がパン!というカップ麺の当たった音に反応し、背を向けた。

 

「っ!」

 

その隙をついて、飛び出すと俺はバッドで、恵飛須沢はシャベルであいつらの後頭部を……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩たち、息がぴったりでしたね」

 

店内のあいつらを一掃し終えると、物陰に隠れていた美紀が姿を現す。

やや興奮したよう両手をグーにして、俺と恵飛須沢を交互に見ている。

 

「そうか?」

 

「はい、目を見ただけでお互いの考えていることがわかっているような、そんな感じで……阿吽の呼吸と言うやつでしょうか?」

 

「まぁ、あたしとこいつは乗り越えてきた死線の数が違うからな」

 

そういって、恵飛須沢は俺の肩に背伸びして肘を乗せると、歯を出しながら得意げに笑った。

確かに、俺と恵飛須沢はもう何度あいつらと戦ってきたかわからない。はじめこそ、戦うことに躊躇し、時には嘔吐してしまうようなこともあったが、ほかの皆にこんなことをさせたくないという気持ちの方が強く、次第に、あいつらを倒すことに抵抗がなくなっていった。それに、恵飛須沢が隣に居てくれるというのも大きいだろう。彼女のタフさには何度も助けられている、きっと俺一人では、今頃何かが壊れてしまっていたからもしれない……。だけどうぬぼれでなければきっと彼女も同じことを考えてくれているはずだろう、そう思えるからこそ、信頼できる。

 

「まぁ、相棒ってところか」

 

俺のぽつりと呟いた一言が聞こえていたのか恵飛須沢は間抜けにもぽかんと口を開けた。トレードマークの八重歯が良く見える。

 

「相棒?……へへ、そうだな、相棒か!」

 

そう言葉を繰り返しながらバシバシと親戚のおばちゃんのように強く背中を叩いてくる恵飛須沢。痛い。背中をさすりながら恨みがましく恵飛須沢を見たが、俺と目が合うとにっとご機嫌に笑うだけだった。……なんだか怒る気は失せてしまった。

 

「あの、そろそろ物資を詰めませんか?いつまた奴らが来るかもわかりませんし」

 

「っと、そうだな。あまりのんびりもしてられないか」

 

「……見張りはあたしがやっとくから、二人で持っていくものを選んでくれ。何かあったら、呼びに来る」

 

「わかった」

 

やや緊張感の戻った話し合いもすぐに終わる。美紀と一緒に陳列棚に並んでいる物資の選定しながらぽいぽいと持ってきていた大きめの白い袋につめていく。そう、今日俺たち3人は、初めてのおつかい……もとい、学校の外への物資の調達にやってきていた。

誰が行くかとか、いっそ全員で行くかなど揉めたのだが、先生には学校に残ってもらい、一番戦闘力のある3人がそのまま外に出ることにしたのだ。

美紀は、戦闘経験こそあまりないが、運動神経はほかの4人よりも良い。もちろん、単純な力なら大人の佐倉先生の方が上だろうが、とっさにあいつらに出会った時に必要なのは、あいつらを倒す力ではなく、あいつらから逃げる脚力なのだ。それに、俺たちがいなくても、先生がいてくれれば学校は、大丈夫だ。

 

ガサガサと陳列棚を漁る。ドリンクもいるな、後は佐倉先生にも……別になんでも構わないのだが、気分的に高いものを詰めていく方が背徳感が高めでワクワクする。コンビニから堂々と盗みを働くなんて、こんな時じゃないと出来ないだろうし。

 

「先輩、そういえば、由紀先輩が大和煮が食べたいって……」

 

「大和煮か……あるかな」

 

「あと圭はそろそろ別のCDが聞きたい~って」

 

「はは、アイチューンカードなら山ほどあるんだけどな」

 

「ふふ」

 

冗談を交えながら缶詰やカップラーメンなどを詰めていくが、これは……結構な重さになりそうだ。試しに持ってみるが、両手で持って何とかって感じだ……できればもっと持っていきたかったが……荷物が重くて身動きが取れず、あいつらに……なんてのはシャレにならない。諦めた方がよさそうだな。ふと美紀の方を見ると、何かを美紀がじっと見ている。

 

あれは……化粧品や美容品か……俺の視線に気が付いたのか美紀は慌てて首を振る。

 

「いえ、行きましょう、先輩。今は生活には必要なものが最優先ですから」

 

「……そうだな」

 

そういって、恵比寿沢の元へと向かう美紀。ふと目に入ったのは、落ちている大きめのビニール袋……ふむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

「おかえりなさい!」

 

そういって一番に走り寄ってきたのは由紀だった。

そして、同じくらいにしっぽを振った太郎丸。圭や若狭、佐倉先生もそれに続くように近づいてくる……。よかった全員無事だったか。

 

「太郎丸~。圭たちを守ってくれてありがとね~♪」

 

「わふ……」

 

美紀の猫なで声に、お前のために守ってやってたんじゃないとばかりに、顔をそむける太郎丸……美紀、灰になりかけてるぞ。

 

「あれ、くるみちゃん、お土産は?」

 

「あ~お土産な……」

 

ちらっと、目を合わせてわざとらしく残念な顔を作る。すると、みるみる若狭たちの顔も曇っていく。

 

「あなたたちが無事だっただけでも先生は「ほら!こんなに!」はぅ!?」

 

先生が慰めの言葉をかけようとしたときに、美紀と一緒にドアの後ろに隠してあった大きな麻袋を取り出して見せると、わぁとみんなから歓喜の声があがった。これを背負ったまま階段上るのが一番きつかった。そのままガラガラっと中身を「学園生活部」のテーブルに広げていく。

 

「あ!赤いきつねにどん兵衛も!さっすが美紀~わかってる~」

 

「ちょ、圭、近いって……もう」

 

「大和煮~!!」

 

「よかったわね、由紀ちゃん」

 

がやがやと、皆が持ってきた商品を見て喜びの声を上げる。ついでに。

 

「ほら、これはおまけだ」

 

「え?」

 

そういって背中に隠していたビニール袋を机の上に出すと、あ!!と圭や若狭の目が輝く。取り出したのはブランドものとは程遠いコンビニの化粧品やシャンプーなんかだが、今使ってる米のとぎ汁よりなんかよりは百倍ましだろう。声が若干高くなり、食料そっちのけで早速何があるかを物色しはじめた。

 

「あの、先輩どうして……」

 

「ん?……まぁ、こういうのって、必要最低限、食べていくものがあればいいってわけじゃないだろ?たまには、こういう何気ないものがないとな」

 

それに、これだけ喜んでくれると重い思いをして、肩に食い込ませた甲斐があったというもの。俺の話を聞いた美紀も理解はしてくれたのか、そうですね。と優しく微笑む。

 

「そうそう、何気ないもの、これとかな」

 

そういって、今度は、恵飛須沢が服をペロンとまくって腹の中からコンビニで取ってきたらしい漫画本を取り出す。俺や美紀がそれを見て驚いたのに、更に気をよくして人差し指で鼻をこする。

否、俺が見ているのは、恵飛須沢の「白いおヘソ」だった。健康的で、ほどよく腹筋がついていて……恵飛須沢の白いおヘソをじっと見ていると、気が付いた恵比寿沢が顔を赤くしながら漫画本で叩いてくる。あれ、そんなに痛くない。

 

「先輩のえっち」

 

美紀から絶対零度の瞳を向けられる……こっちの方が痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「神谷君……学校の周りはどうだった?」

 

ワイワイとハシャグみんなを遠巻きに見ていると、佐倉先生が小さな声で訪ねてくる。

 

「あまり良くはなかった……ですかね。バリケードを見かけたりはしましたが、大抵は破られた後で……まぁ、この辺については後で皆を交えて報告します。でも今は……」

 

つかの間の休息でもいい。皆の楽しそうな顔を眺めていたかった。

嬉しそうにチョコレートを見つけて天高く掲げる由紀に、未だに、美容品の使い方を考えているらしい若狭や圭。太郎丸と戯れる美紀とくるみ……。

 

「そうだ、実は先生用にもお土産が……」

 

「え?何かしら……」

 

まだ少し重い袋を持ち上げると、ビニールに入った銀色や金色の缶を4つ……。すると、みるみる佐倉先生の目が輝いていく。が、んんっと咳ばらいをしていつもの優しい笑顔を浮かべる。

 

「駄目よ、神谷君、こんなもの学校に持ってきちゃ、それに、未成年でしょ?これは……先生が没収します」

 

「はぁ、まぁもともとそのつもりでしたけど」

 

小躍りしそうなほどに袋を高々と持ち上げるとぎゅっと抱き寄せる佐倉先生。

 

「~♪」

 

「あ、めぐねぇもお菓子?」

 

「そう、おつま……ど、どんなお菓子があるかな~って、うふふ」

 

「?めぐねぇご機嫌だ~」

 

スキップしながら由紀に交じって晩酌の魚を探す佐倉先生。いつもは訂正しているめぐねぇ呼びも、ここまでご機嫌だと気にならないらしい。先生には、いつも苦労をかけてるからな、大人が一人ということもあって、これからどうするかとかとか、日々やることがないとメリハリがつかないからと授業してくれたり……。色々と。

 

パイプ椅子に腰掛けると、肩の力が抜けていく。しかし……良い報告ばかりでもない。

 

まず、学校の周りには、ろくに生存者はいなかった。

もしかしたらどこかに避難していて、上手くやり過ごしているのかもしれないが、それ以上に、突破された後、のような場所が多かった。

それに……以前、由紀と夜に出たときにも見たが、車が玉突き事故でも起こしたのか、車が建物に突っ込んでいたりかと思えば、やつらを巻き込んで……。

 

コンビニもあまり荒らされてなかったところを見るにもしかしたらもう、この辺りには……。

 

「かーくん!こっち来てよ~!お菓子じゃんけん!」

 

「負けませんよ!先輩!」

 

笑顔で由紀や圭が俺のことを呼んでいる。

こういう日が、いつまでも続けばいいと、そう思っていた。

 

 

 

 

しかし、幸せはそう長くは続かないものだった。

それを痛感したのは、とある「雨の日」のことである……

 



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12話

「神谷……神谷……」

 

?そう声が聞こえた気がする。

振り向くと、そこには教室があった。なんの疑いも持たずに扉を開けると、そこにはいつもの騒がしいクラスのみんな。

 

昨日見たドラマの内容を駄弁る女子連中に、新作ゲームのアップデートについて盛り上がる男子たち、そして、俺を見つけて手を挙げてくれて……。

 

「神谷、お前も来いよ……?」

 

「っ!?」

 

ズゾっと、肉が削げ落ちた!!!?

一瞬にして顔がドロドロに溶けていく……!いや、これは、知っている。見たことがある。

こいつら全員……俺が……!

 

「神谷、こっちは安全だぜ?」「お前も……楽に…るぞ?」

「神谷…疲れ…で…ょ?」「ほ……ら、そこに座って、み…なと所…おい……」

 

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---

 

 

「は!!……は!は!は!」

 

起きたとき目に入ったのは天井ではなく誰かの顔だった。

とても心配そうにこちらを見ている、優しそうな女性の顔。手を、握ってくれているのか、何となく暖かい……。荒れた呼吸を整えていると……

 

「母さん…?」

 

「……」

 

そっと、額に手を当てられる。そのままゆっくりと瞼をおとされる。

ひんやりしていて、気持ちがいい。それに、すごく……落ち着くような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曇った朝の日。

今日は電気が使えない。学園生活部的に言えば、全校停電の日……。

 

「パーン!パーン?パーン♪」

 

「ゆき先輩はしゃぎすぎです」

 

「え?美紀も嬉しくて足ゆらゆらしてるのに?」

 

「ちょ、け、圭!」「みーくん可愛い~」「うんうん、可愛い可愛い~」

 

「う~!」

 

顔を真っ赤にして反論する美紀に対して、しししと歯をだしてねーと顔を合わせる圭と由紀。この二人、意外と気が合うんだよなぁ。

今日の朝食は、このがっこうぐらし始まって以来のパンである。缶ベーカリーとかいうやつでこの前コンビニから持ち帰ったものの一つなのだが……乾パンやお米タイプの非常食と違って、まだ誰も食べたことがないタイプの食料だった。賞味期限は結構長かったが、果たしてうまいのか、そもそも調理もせずに食えるものなのか……?何となく未知の食べ物のような気がして手が付けがたい。

 

「はやく、かーくん開けて開けて~」

 

「あ、ああ」

 

缶のプルトップに指をかけてぱこっと親指で蓋を押し込むと缶は問題なくあいた。中からも腐っているとか、そんな匂いはせず、それどころか……

 

「「「おぉぉ…!」」」

 

「パンの匂いがする~!」

 

「本当だな!これは……パンだ!」

 

たった一つ缶を開けただけで大騒ぎである。皆の分も順番に開けていき、若狭が入れてくれた紅茶と、圭の出してくれたマーガリンで立派な朝食の完成だ。ビタミン剤が少々場違いなきもするが、そんなもの、今更か。手を合わせると、

 

「「「「「「「いっただきまーす!」」」」」」」

 

同時にパンにかじりつき、一斉に目を見開いた。

 

「うまっ!」「本当にパンですね!」「はぐはぐ、うッ!」「ゆきちゃん、ほら紅茶を飲んで…」

 

意外なほどに、パンだ。

食べていたのは黒糖味と書かれた缶のものだったが、味がしっかりついているうえに、しっとりしつつもふんわりとやわらかい。久しぶりの「食べられるパン」の登場に皆、興奮を隠せないでいた。

 

「トースターとかあれば、もっとおいしいかも!」

 

「そうね。今日が全校停電の日じゃなかったら……」

 

「でもさ、このまま食べても十分おいしいって。なぁ、神谷」

 

「そうだなぁ、俺は鍋で煮詰めたほうが…」

 

「え!?」

 

「ははは冗談だ、冗談。ココアにつけたりしても美味いかもな」

 

「な、なんだよ、くく、あはは。そうだな。牛乳とかな」

 

そんな和やかな雰囲気で暫く食べ進めていると、不意に佐倉先生と目があった気がした。

 

しょ・く・い・ん・し・つ

 

「?」

 

「めぐねぇのパン、私のと味が違うね~」

 

「あらあら、それじゃあ少し食べてみる……って、佐倉先生でしょ、もう~」「えへへ~」

 

「でも、味の違うパンの交換ってのは悪くないかもな~。なぁ、神谷!」

 

「ん?あぁ悪い全部食っちまった」

 

「あ!そ、そっか」

 

……今、佐倉先生が、そう口を動かしたかと思えば、また、何事もなかったかのように由紀たちと話し始める。気のせいか?いや、でもそんな雰囲気じゃなかったような……

 

何気なく視線を足元に落とすと、ドッグフードを食べ終えた太郎丸は、けぷとげっぷを出すと欠伸をして気持ちよさそうに眠りについたようであった。今日は悪夢を見た気がするが、何だかほっとする朝の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、来てくれたのね」

 

職員室に入ると、佐倉先生が笑顔で席を立って俺のことを出迎えてくれた。

なんだか、久しぶり感じる学校の空気に思わず背筋を伸ばして、ピンと礼をして職員室に足を踏み入れる。……ここもひどい荒らされようだ。しかし、不思議と教師のあいつらはほとんど見ない。この前の資料室の人くらいで、ほかの人は……。

 

「ほかの子たちは?」

 

「え?ああ、今は、部室でパンに合う料理が何か話してました。俺はトイレってことで抜け出して」

 

「そう……あ、そんなにかしこまらないで、こっちに座って?」

 

「……はい」

 

先生の横にあった灰色の椅子に腰かけると、こぶしを丸めて膝に乗せる。なんだろうか、先生とこうして二人きりで話すことなんてあんまりなかったし……緊張する。意味もなく目を泳がせていると、先生の方から口を開く。

 

「大変でしょう?男の子一人だし……」

 

「え?」

 

予想のしていなかったいきなりの問いかけに対して、どう返していいか返答に詰まる。

男の子一人とは、「アレ」のことを言われているのだろうか?確かにこの女だらけの空間で無防備な若狭のパジャマ姿や美紀のガーターなんかにこう、ムラムラとしてしまったことがあるが、それを女性の佐倉先生にそのまま吐露するというのも……それに、もしかしてトイレで発散した時の匂いがばれているとか……いやでもシャワーに行く前にしてるはずなのに……

 

押し黙っていると、先生は何かに気が付いたのか顔を赤くしながら手をあわあわと振る

 

「え、えっと、男の子はあなた一人だけでしょう?だからみんなどうしても頼ってしまって……外に出るのも危険だったし……そういった矢面に立つのはストレスになったりしないかしらって……」

 

質問の意図が分かってほっとする。同時に、いつものような佐倉先生を見て、心にも余裕ができていた。

 

「……今のところそういったことでストレスに思ったことはないですよ。こんな状況ですし、俺に出来ることなら、何でもします」

 

「そう……」

 

実際、今の生活が始まった時はストレスに思うことは多少あった。なかなか助けが来ないとか、がっこうで戦うやつらのこととか。けれど、それ以上に俺がやらないとという気持ちが強くて、今なら多少の無茶ならどんなことでもする覚悟がある。

 

「あのね。言いにくいことかもしれないけれど…………神谷君はあの中に誰か好きな子は、いるの?」

 

「えッ!!?」

 

思わず目を見開いて佐倉先生を見る。先生もどことなく顔が赤い気がするが、俺の顔はきっとそれ以上に赤い。佐倉先生が、そんな俗っぽいことを?

 

「ご、ごめんなさい。本当は、こういったことは生徒同士の問題だと思うのだけれど……こういった状況でしょう?正直、結構危ういと思うの……」

 

「それは、俺が誰かと付き合ったりしたら、和が乱れる、ってことですか?」

 

「そうね……どこまでかはわからないけれど、今のままでは、そうなってしまうことも……」

 

「……」

 

……実は、俺自身そういう可能性を考慮しなかったわけではない。ただ、あれだけ可愛い子たちが俺なんかにと思うとどうも現実感に乏しかったのだ。それでも他人の口から改めてそう告げられると……

 

「……どうするのが良いんでしょうか、問題になるのなら、俺はここを出ていく覚悟もありますが……」

 

「そんな!」

 

がたっと、佐倉先生が椅子から立ち上がって、こちらの丸めていた拳に手を添えた。冷たくて柔らかい手が甲を滑る。

 

「いいえ!いいえ、そんなこと絶対にないわ!あなたも、私の大事な生徒です!生徒が学校を卒業もせずに辞めるだなんてそんなの……許しません!」

 

「……っぷ」

 

呆気に取られてしまった。どんな説得をされるのかと思えば、頬を膨らませて子供みたいに許しませんと言ってきたのだ。我慢できずに噴き出してしまった。

 

「ひどい!先生は本気よ神谷君!?」

 

「はははは、いや、すみません。つい……俺も、少し自虐的になり過ぎました」

 

俺の言葉を聞いて、ほっとしたように笑顔を取り戻した先生は再び椅子に座ると、今日一番真剣な顔をする佐倉先生。俺もようやく本題なのだろうと思い、唾をのみこみ、背筋を正す。

 

「神谷君。それも重要なことなのだけれど、今日、私があなたを呼んだのは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神谷っ!!!はぁ……はぁ……」

 

「恵飛須沢……?」

 

職員室から出るとほぼ同時に、血相を変えて走ってきたのは茶色いシャベルを持った恵飛須沢胡桃……。いつもとは、焦り方の様子が違う。何か、嫌な予感がする。

 

「どうした、恵飛須沢」

 

「はぁ、ん、正面の、バリケードが破られる!」

 

「な!?」

 

「あいつら、雨に濡れないように、学校の中に入ろうとして大漁に押し寄せてるんだ!」

 

廊下を蹴って窓を見る。気づけば今朝は降っていなかった大粒の雨が大地を濡らしているようであった。そして、それらを嫌がるようにして「あいつら」が校舎へと向かって歩いてきている……まさか、あいつらの弱点は雨?いや、これは……

 

「生前の記憶……?」

 

「生前の?」

 

「あいつら、雨が降ったら校舎に入るっていう生前の記憶があるんだ。きっとそれで……」

 

「……普段校舎にいない奴らもこっちに向かってる。このままじゃ、いつなだれ込まれるか……」

 

少し泣きそうな顔をしている恵飛須沢の両ほほをぱしっと挟むと、ムニムニと動かす。恵飛須沢は驚いたように目をぱちぱちとさせてこちらを見上げている。

 

「ふぁ、ふぁみや?」

 

「しっかりしろ。大丈夫だ。こういう日が来るかもって話は、してただろ?」

 

実際に準備をしていたわけではない。けれど、もしかしたら……なんてことはパトロール中なんかに話したことがあったのだ。

 

「俺たちで守るんだ」

 

それを恵飛須沢も思い出したのか、うん、うんと頷いて、徐々に目にも光が宿っていき、へへっと八重歯を出して笑う。

 

「……え、えっと~。どうかしたの、二人とも?」

 

「あ、めぐねぇ!ここも危ないすぐに上に!」「え、ええ!?」

 

ガシャン!!と派手な音が下の階から次々と響いてくる…!

俺が、みんなのためにできることは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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